飛鳥「ボクがエクステを外す時」back

飛鳥「ボクがエクステを外す時」


続き・詳細・画像をみる


・モバマスSS
・地の文
・不定期更新
2: 以下、
 覚えているかい? 幼い頃を。
 世界は自分を中心に廻っていて、小さくもたくましいその瞳は輝ける未来を見据えていたはずだ。
 ……ボク? ああ、ボクもさ。でもボクだけじゃない。そうだろう?
 世界はボクのことなんて見向きもしていなかった。
 暖かな光は手を伸ばせば届き、積もる想いはいつか実る。そんなものは幻想に過ぎない。逆らうことも許されずボクらはただ流されていく、それが世界の本質だ。
 勝手に勘違いしていたくせに、ひどく裏切られた気分だったね。
 だからボクは、ボクだけのセカイを創ることにした。
 ボクを見放すような、いや、一瞥もくれなかった世界なんかいらない。周りにいたいつまでも幻想に浸っている連中を時に軽蔑しながら、つまらない世界に抵抗するためのセカイを。
 ――あぁ、キミは今こう思っただろう。『こいつは痛いヤツだ』ってね。
 それからのボクは傍観者としてなるべく世界を俯瞰している。退屈な日常に馴染んでしまわないため、セカイへ浸るようになっていった。
 おかげで世界についていろいろと知れた代わりに、世界から孤立していったボクはもちろん孤独になった。
 ボクは此処にいる。
 つまらない世界なんかいらない。
 そうは思わないか?
 叫んだところで誰の耳にも届かない。届いたところで、そんな愚かなことはやめておけと嗤われる。こいつは痛いヤツだと、抗い続けるボクを認めず流されるままの世界へ飲み込まれていく。最初からボクなんて存在しなかったかのように。
 こんな自分を認めてくれるのは、きっと自分だけ。
 あぁ、知っていたとも。もう慣れたさ、孤独にだって。
 ボクのセカイはボクだけのもの。理解者なんかいなくたっていい、どうせ現れやしないのだから。
 ……。
 そう、思っていた。
 キミと出会ってしまったあの日から、未知の世界を知ることになった。世界についてボクは知ったつもりになっていただけだったんだ。
 暗く閉ざされたセカイに――ヒカリが差し込んだ。
----------------------------------------------------------------------------
3: 以下、
「こんなところにいたのか、飛鳥」
 事務所のあるビルの屋上で、息を白くさせながら流れる雲の行方を追っていると聞き慣れた声がした。
 時間になるまでセカイに浸っていたかったボクは、突然の来客に驚きこそすれ辟易はしなかった。目当てがこの場所ではなくボク自身にあるのだから。
 どうせもうすぐ顔を合わすだろうに、よく探し当てたものだ。緩みそうになる口元を引き締め、振り返る。いつものスーツ姿がそこにあった。
「やぁ、プロデューサー。どうしたんだい、わざわざ迎えに来たという風には見えないね」
「次の仕事が決まったんだよ。早く教えてやろうと思ってさ」
「フフ、仕事もボクも逃げやしないのにご苦労なことだ。伝えるだけなら携帯電話でもよかったろう」
「それだと味気ないだろ? まあ素っ気ない返事がくるかもとは思ってたけど」
「理解っているじゃないか。……理解っているといえば、よくボクがここにいると理解ったね。ボクらの波長が引き合わせたのかな」
「ああ、前に高いところが好きだとか言ってなかったっけ? まーだ肌寒いし、まさか本当にいるなんてなあ。こんなとこで何してたんだ?」
「ちょっと、ね。あぁ、キミと出会った日のことを思い出していたよ」
 アイドルという新しい世界に誘われた日。傍観者に徹していても独りでは知りようもなかった世界へと、ボクを連れていこうとするとはね。
 まさに青天の霹靂ってヤツさ。
 ボクはちょうど新しい居場所を求めていた。でもそんな都合の良い展開はボクのよく知る世界では起こりえない。それなのにこうして出会ってしまったのだから、あの日は世界に抗うボクが初めて報われた記念すべき日ともいえる。
 諦観していたつもりのくせに、心のどこかで求めてやまなかったものが手に入りかけている予感。その夜は眠れなかったものさ。そんなものだろう?
 もっとも、彼は仕事の一環として偶然目に留まったボクをアイドルに誘っただけなのだろうけれど。
4: 以下、
「……アイドル、楽しいか?」
 腕をさする手を止め、控えめな調子でボクにそう問うてきた。
 楽しい。感情を四つに大別するなら、悲しくはないし、怒りもしていない。ならそれは楽しい、もしくは喜び?
「楽しめているつもりだよ。ここはボクを飽きさせない。もちろんキミもね」
「そりゃよかった。想像と違って嫌になったのか少し経って辞める人も多くてな」
「掴んだ夢のあまりの熱さに、その身を焦がしてしまったのさ」
「楽しいばかりじゃないからなあ。でも飛鳥にはぜひ長居してもらいたいよ」
 いなくなってしまった人との思い出がそうさせたのか、彼は遠く空の彼方を見つめていた。
 ボクもそれに倣い、意味もなく遠い空を眺める。静寂な空気に肌寒さが際立ち始めて、しかしそれが心地よく感じた。
 このまま浸っていてもよかったけど、彼の方は寒さが苦手なのかあっさりとその静寂を破った。
「うーさむっ。そういやあの時付けてたの、それだよな。黄色」
「あぁ、これかい?」
 エクステンション――エクステのことを言っているのだろう。彼と出会った日にも付けていた代物だ。その時の気分でカラーを選ぶことにしている。
 エクステは付けるのに時間が掛かるけど、その分付けた後にはそれまでと違う自分が待っているんだ。そうだな、目の良いヤツは伊達眼鏡を掛けたことはあるかい。フレーム越しに映る世界は別物に見えてくるだろう?
 ボク、二宮飛鳥という少女が「二宮飛鳥」らしくあるためにエクステは必要なパーツといっていい。これとともに世界に抵抗していたからこそ、今ボクは此処にいられるのだから。
 たとえ本質は何も変わっていなくても、ね。
「相変わらず目立つよなぁ。人混みとかで探しやすそうだ」
「そうやってあの日もボクを探し当てたのかな?」
「かもな。話してみたらもっと興味が湧いたし、声を掛けて正解だった。期待してるよ」
 ボクの方こそ、誰かに、ましてやオトナに、興味を持つようになるなんて思ってもみなかった。
 ボクのセカイに踏み込んできた彼を見ていると、期待せずにはいられない。
 新たな世界を求めて鼓動が高鳴っているくらいだ。
「俺何しにきたんだっけ……あ、そうだ。仕事の件だけど中に入りながら話すよ。もういい時間だろ?」
 携帯電話を確認してみる。たしかに頃合いだ。
「そうするとしよう。往こうか、プロデューサー?」
 肩を並べて歩き出す。つまらない存在だと忌避してきたオトナであるはずの彼と、同じ目的を持って前に進んでいる。それだけでもボクからすれば充分に非日常だ。
 独りじゃない。
 ボクは今、此処にいる。キミがくれた世界で。
5: 以下、
「近々行われる年齢別にユニットを組んでの対抗戦フェス、その14歳代表に推薦したら通ってな。三人組が上限で二人までは決まってたんだけどさ」
「代表、ね。ボクが世代を象徴するにふさわしいと?」
 いわゆる中二、思春期真っ只中の14歳であることは自覚している。しかしアイドルとして選出されるなら、この世界に踏み込んでまだ浅いボクより他のアイドルの方が代表されるべきではないのか。
「せっかくだからこれを機に売り込もうってわけだ。同い年で組めばきっと良い刺激にもなる。それに知名度はともかくとして、能力で劣るなんてことはないよ」
「ふぅん。だいぶ買われてしまっているみたいだね」
 とはいえ、誰かと組なきゃいけなくなったと考えると、だんだん乗り気ではなくなる。
 ボクがこの場所で信用しているのは彼だけであり、他のオトナやアイドル達に興味はなかった。
 ……キミさえいればいいのに。
 心に残った古傷が、少し痛む。
「さて、あいつらは来てるかな」
 彼が目的地である一室のドアを開き、促されるように中へ入る。そこには見覚えのある、そして彼があいつらと呼んだ二人がそれぞれ待機していた。
「どこ行ってたんですか、プロデューサーさん! せっかくボクが早くきてあげてたというのに……おや、そちらの方は?」
「ククク、今宵のミサに招かれし同胞よ。邂逅の刻をまずは祝おう!」
 輿水幸子。自身のカワイさに絶対の自信を持ち、ボクと同じく一人称に「ボク」を用いるアイドル。
 神崎蘭子。ゴシックロリータ風の衣装に包まれ、独特な口調に彼女のセカイを感じさせるアイドル。
 ……だったかな。興味のなかったボクでも知っているくらいだ。
6: 以下、
「俺がこの前スカウトした新人だ。ほら、お前も挨拶したらどうだ」
「ん……そうだね。やぁ、ボクはアスカ。二宮飛鳥だ。よろしく」
「むむ、あなたも”ボク”なんですね。ちょっとプロデューサーさん、ボクの特権だったのにこれはどういうことですか!」
 彼女の言い分はわからなくもない。所属するアイドル全員を把握してはいないが、ボクが来るまで他にはいなかったはずだ。
 それをわざわざ代表の選出で被らせることもなかっただろうに。
 もしくはそれが14歳らしさを表している、とでも? ……あながち否定できないか、ボクでいえば。
「まあまあ、いいだろそれくらい。二人とも方向性違うのにそこだけが共通してるなんて、面白いじゃないか。しかも同い年ときたもんだ」
「フフーン、ボクのカワイさは同い年どころか、全世代の方々の追随を許しませんけどねぇ♪ いいでしょう、カワイイボクを引き立ててくれるというなら気にしないことにします」
 存外素直というか、よくもここまで確固たる自我を隠すことなく体現しているものだ。
 そういう意味ではこちらもそうなのだが。
「我と近しき領域に住まう者、であるか?」
 翻訳機はないのだろうか。フィーリングは何故だか伝わってくるのだけど。
 えっと、返事した方がいいのかな。
「どうだろうね。似て非なるものだと思うよ。あるいはもう一つのボクのカタチ……近くもあり、遠くもある。そんなところか」
「……うむ! 我が名は神崎蘭子。来たる聖戦に向け、魂を共鳴させて往こうぞ!」
7: 以下、
「二人とも、何を仰ってるんです? ああもう、蘭子さんについては覚悟してましたが、ボクの周りに話の通じる方はいないんですか……」
 幸子の中ではボクと蘭子は同類らしい。ボク、そんなに難しいこと言ったか?
「ははは、これから仲良くやっていけそうだな。ちなみに俺がお前ら14歳代表のプロデューサーだ。よろしくな」
「知ってますよ。あなたはボクのカワイさを世界中に広める、とても栄誉ある大役があるんです。忘れていないでしょうね?」
「我が友に遙かより見出されしこの魔翌力、望みとあらば求めに応じ解き放たん!」
 発言の内容を察するに、三人は面識があるようだ。何かを思い出してしまいそうで、なんだか心がささくれ立っていく。
 あぁ、またこの感覚か。自分だけが共有できない世界を前にどうすることもできないでいる。新参者が常に歓迎されると思ったら大間違いなんだ。
 プロデューサーすら、さっきまでボクと屋上にいたヤツと同一にはもう見えない。ボクの知らない歴史と、そこで構築された世界がボクを拒む。そんな錯覚に陥る。
 ……考えすぎか。
 これから同じ舞台を控える同志なのだから、排除する必要性がどこにある?
「やれやれ。個性の海に沈まないよう、足掻いてみるとしよう」
 自分らしい言葉を、一抹の寂しさと一緒に吐き出す。
 白い息に乗せてかき散らしてしまいたかったが、室内は白く染まるほど寒くはなかった。
「心配しなくてもあなたも個性的ですから! ……あー、知ってると思いますがボクは輿水幸子といいます。えっと、飛鳥さん? よろしくお願いします。ちょっとだけ先輩のボクが何でも教えてあげますから、頼ってくださいね!」
 自尊心の塊かと思いきや、礼儀正しさを漂わせながら彼女なりにボクへ気を遣う幸子と、
「我が友の如く、我が波動を解するやもしれぬ『瞳』の片鱗を秘めし者……飛鳥ちゃんかー♪ あ、いえ、その……創世の時!」
 一瞬何か崩れなかったか?
 仮面の奥に潜んでいるのは純真か、それとも。どうにか覆い隠そうと口調を戻す蘭子と、
「この二人のことなんてすぐに追いつけ追い越せだ。頑張ろう、飛鳥」
 その発言の意図はなんですかと幸子からの小さな抗議を軽くあしらいながら、いつもの笑みを浮かべるプロデューサー。
「……うん」
 考えすぎ、だよね。
 こうして期間限定ユニットの結成はあっさりと成されたのだった。
 新参者のボクをなんてことなく許容し迎え入れた同い年のアイドル二人、幸子と蘭子にも少しだけ興味が湧いてきた。彼の思惑通り良い刺激になりそうだ。
 ここが当面のボクの居場所。
 悪くない。
「ところでプロデューサーさん、ボク達のユニット名はどうなってるんですか?」
「そこまでは決めてないんだよ今回。コンセプトが年齢別だから一目でわかりやすいようにさ、お前らはさしずめ14歳組ってとこか」
「味気ないですねぇ。もっとこう、ボクのカワイさがにじみ出るように……カワイイボクと同い年の仲間たち、どうですか!」
 部屋の空気が凍りつく音がした。
8: 以下、
「だって、カワイイでしょう?」
 それが幸子の回答だった。
 概ね想定していたが……。
「こんなにカワイイボクがボクだなんて、もうカワイさしかありませんね! いやー、てっきりボクのカワイさに立ち向かってくるライバルがとうとう出現したのかと思いましたよ」
 頭が痛くなってくる。
 どういう過程を乗り越えてその解に到達したのだろう。
「飛鳥さんも、結構お似合いですよ。まぁボクほどではありませんが」
「似合うというのがどういう意味で使われているのかわからないけど、キミとボクでは違うとだけ言っておくよ」
 早行われたレッスンの休憩の合間に、ボクらが”ボク”を使う理由の話になった。
 “我”である蘭子は当然除け者となってしまう。なんだか悪い気がして様子をうかがうと、蘭子も気になっていたのかボクらの会話に目を輝かせていた。
「ボクほどカワイイ子なんてそうそういないでしょうからねぇ。そりゃあ違いますとも」
 幸子の物事を測る基準にはカワイイかどうかがほぼ必ずついて回ってくる。
 話が通じていない時があるのはボクらが原因ではなくむしろ幸子なのでは、と思わなくもない。ある意味で。
「なにやら不服そうですね? では飛鳥さん、あなたはどうして”ボク”なんですか?」
 ふと、息が詰まる。
 セカイが揺れる。
「……そうだな。一言でいえば、記号に惑わされがちな世界でより正確にボクという存在を示すため、かな」
 全然一言にまとまらなかった。まぁ、お約束ってことで。
 この世界で生きていれば誰もが幾度となく味わってきたはずだ。男だとか、女だとか、コドモだとか、オトナだとか。そういった単純な記号でしか判断せずに測られることが、往々にしてある。
 ボクがボクであることに見向きもせず、ボクが何者かを決定しようとする行為は。
 「二宮飛鳥」という存在を否定しているのと同じだ。
 ボクがボクと自称するのも、世界への抵抗といえなくもない。英語と違って一人称はたくさんあるんだ。女だから私、それではつまらない。
「?? はぁ、苦労されてるんですね?」
 いまいちピンときていないようだった。
 無理もないか、幸子ほど自我を剥き出せるヤツなら、誰の目にも同じ輿水幸子が映し出されることだろう。
 と、思い至ったところで、そんなことはあるはずないとボクの胸の奥が訴え出した。
 自戒する。ボクもまた、輿水幸子という記号だけで幸子を判断してしまってはいないか?
 ……危ない、ボクもまだまだだ。
 人のことなんて簡単に解りやしない、要はそれに尽きる。
9: 以下、
「まぁ、そこを言うとプロデューサーはそこいらのオトナとは違うみたいだ。人を見る目というか、記号に惑わされない力がある。ボクはそう思うね」
「……我も同意しよう。その言の葉に内包された言霊を」
 傍観者となっていた蘭子がそこでようやく口を挟んできた。
 思い当たることがあるのか、目の輝きはなりを潜めてしまっている。
「我が友の導きがなければ、我が我を謳歌することも難儀なものであったろう」
「むむむ……? 我が友ってプロデューサーさんのことでしたっけ?」
 うむ、と首肯する蘭子。
「プロデューサーさんといえば、ボクたちをありのままにさせてますよね。知ってますか飛鳥さん、プロデューサーさんの机の下ではキノコが栽培されてたり、セーターが編まれていたりするんですよ。それだけ好きにさせておいてボクのカワイイワガママはあんまり聞いてくれないのは納得いきません!」
 プロデューサーという三人が共通できる数少ない話題のおかげか、幸子も饒舌になっている。
 ……え? キノコ? セーター? 何を言ってるんだろう。
「それはまぁいいんですけど、プロデューサーさんはボクが”ボク”っていうのを聞いてこない珍しい方でしたね。どういうわけかよく聞かれるんですよねぇ、いろんな方に。どうしてでしょう?」
「……どうして、か」
 本気で疑問に感じている幸子が、ボクには違う生き物に見えた。
 世界への抵抗だなんて、それは一定の常識ってヤツをわきまえているから自覚する行為だ。わかってるさ、女がボクというのは普通はおかしい。普通……嫌いな言葉だ。
 しかし彼女は違うらしい。カワイければいいじゃないかと心から思っていて、だから常識に、普通に、囚われたりはしないのだろう。
 ボクとはあまりにもかけ離れた価値観。でもそれが、ボクの目には眩しく映る。
 ……もともとボクらは違う生き物だ。さっき自分でそう発言したばかりじゃないか。輿水幸子と二宮飛鳥は違うんだ。
 ボクらは、違う。
 違うから――解り合えない?
 プロデューサーのことを思い浮かべる。彼とボクは、どうなのだろう。
 彼とボクは――解り合えている?
「我が友の持つ『瞳』の魔翌力を以てすれば、真実を照らす灯火を翳すことなど造作もない!」
「だからわかりませんってば、蘭子さんが何を言いたいのか」
「えー!? 幸子ちゃんにもやっと伝わってきたと思ったのに……はうっ」
「それです、蘭子さん! やればできるじゃないですか、さてはボクをからかってます?」
「ち、違うのー! 我は……そう、我の真なる姿は混沌より舞い降りし堕天使。仮初の姿にて虚言など弄さぬ!」
「蘭子さんが堕天使ならボクは天使そのものですね、なんといってもこんなにカワイイんですからそうに決まってます!」
「むぐぐ、堕天せし我を裁かんとする刺客がこれほど間近にいようとは……!」
 二人が和気藹々とする中、ボクはそう遠くない記憶を静かに辿っていた。ボクが自分をボクと呼ぶようになった頃、それはいつだったか。
 世界の在り様に気付いてしまった時、
 代わりにセカイを望むようになった時、
 ……エクステをつけるようになった時?
 いずれも正しくて、どれも違うような気がした。
10: 以下、
「闇に飲まれよ!」
 一日が終わり、事務所を出る前に放った蘭子の台詞は、気疲れからかもはや理解が追い付かなかった。
 ……闇は何のメタファーだろう。飲まれる?
「お疲れさん。気をつけて帰ってなー」
 PCモニターに隠れていたプロデューサーの顔がこちらを覗き、キーを叩いていた手は宙でひらひらしている。
 蘭子は満足そうに部屋を出た。彼らには意味が通じ合っていたというわけか。
 隣で茫然としていた幸子と目が合う。おそらく彼女と初めて意見が一致した瞬間だった。
「さすが『瞳』の持ち主といったところかい?」
 蘭子の言葉を借りて彼に問う。皮肉などではなく、つい口から出てしまっていた。
「まさか、これでも苦労してるんだぞ?」
 冗談めいた調子で返してきたプロデューサーは、しかし嘘をついているようにも見えない。
 たしかに同類でもなければ無理からぬ話だが。
 ボクとキミが同類であるなら、どうだろう。多少は伝わるんじゃないだろうか。
「同じユニットで活動する身としては、コミュニケーションが取りやすいと助かるんですけどねぇ」
「幸子もコミュニケーション取るの下手な方だろ」
「な、なんてことを! どこに目をつけてるんですかプロデューサーさんは!」
「あはは。飛鳥はどう思う?」
 急に振らないでほしい。
 隣からは、そんなことありませんよね? と視線で訴えかけられている。どうしたものか……。
「……理解るけど理解らない、かな」
「飛鳥さんまで!? こんなにカワイくて完璧なボクのどこに問題があると仰るんですか!!」
「はいはい、その話は今度にしよう。遅くなるぞ」
「絶対ですからね! もう……行きますよ、飛鳥さん?」
 ぶつぶつと文句を漏らしながら退室する幸子を追う前に、プロデューサーへ向き直る。ボクから何を受け取ったのか、首を縦に振ってくれた。
11: 以下、
 別れの挨拶もそこそこにボクより一回り小さな背中を探して追い付くと、小言は既に止んでいた。
「飛鳥さんも寮にお帰りでいいんですよね?」
 先ほどのやり取りを気にした素振りもなく、何気ない世間話を持ち出してきた。慣れているのだろうか。
 ほっとした息が漏れてしまわないように気を付けて、返事をする。
「あぁ。キミもかい?」
「ボクの家からここまで通い詰めるのはさすがのボクも少し無理がありますからねぇ。山梨県なのでそう遠くもないですけれど。世界がカワイイボクを望んでいるので仕方ないんです」
「山梨、か。なるほどね」
「? 飛鳥さんの出身はどちらで?」
「静岡さ」
 隣接しているから何だというのか、しかし全国から人が集まっていると僅かながら親しみを感じてしまうものだ。
 もっともボクらの間となると、そこに下らない論争がつきまといがちだが。
「フフーン、富士山はボクのものですからね♪」
 そうきたか。
「好きにするといい。ボクはどっちだっていいしね」
「ではそうします。日本一高い山には日本一カワイイボクこそふさわしいんです!」
「たいした自信だ。見習いたいよ」
「どんどん見習ってください、じゃないと一番になれませんよ!」
 一番、それはトップアイドルという意味だろうか。彼女のことだから可愛さかな。
 ボクは可愛くなりたいとは思っていない。ただ自分のセカイを表現するためにいろいろ気は遣っている。このエクステもそうだ。
「……キミは一番になりたいのかい?」
「なりたい、じゃなくてなるんですよ。いいえむしろなってます! ボクをカワイイと言ってくれる人がいるんです。ボクがボクをカワイイと思わないでどうしてカワイくなれますか?」
「我思う、故に我在り……とは異なるか。でも、そうだね。その通りだ」
「飛鳥さんもせっかくアイドルになったんですから、自分のなりたいものを目指してみては? カワイさ以外でならきっとどうにかなりますよ。プロデューサーさんもついてますし」
 幸子にとってアイドルはどうやら手段でしかないようだ。
 生憎ボクもアイドルそのものになりたくてこの世界に入ったわけじゃなく、初めてボクを解ってくれた人に誘われるがまま非日常へ入り込んだまでだ。アイドルも、まぁ悪い気はしていないけど。
 ボクは何になりたいんだろう。もしくは何をしたいのか。ボクは何者であるかを、アイドルとして歌やダンスで表現する……存在証明?
 よくわからない。アイドルとしてのボクはまだ、そんなことを考える余裕はない。
 少しだけ、幸子がアイドルの先輩らしく見えた。
 これが彼女のセカイなのか。
「ではここで、ボクがどれぐらいカワイイかというお話を特別にしてあげますね。そうですねぇ、あの時の話をしましょう」
「……」
12: 以下、
 幸子のカワイイトークを流していると、先に部屋を出ていた蘭子が事務所のビルの敷地から出てすぐの辺りで、落ちかける夕陽を眺めていた。ボクらを待っていたのだろうか。
「来たか、我が同胞達よ。落日の彼方へその身を闇に染めん!」
「?? あ、蘭子さんも寮生活されてるので同じ帰り道ですよ。寒い中待たせてしまいましたかね……あれ、出身はどちらでしたっけ?」
「我が生まれ落ちしは火の国よ!」
「……あぁ、熊本かな」
「ひ、火の国よ!」
 ボクが答えると、こだわりなのか言い直す蘭子だった。
「熊本県って火の国とも言うんですね? では三人で帰りましょうか。飛鳥さん、蘭子さんもボクについてきてください!」
 鼻歌まじりに幸子がボクらを先導する。帰り道ぐらいとっくに覚えているんだけどな。
 しかし東京は三人が横に並んで歩くには狭い路地が多く、いずれにせよ誰かが前を行くか後ろをついてくる形になる。
 今度は蘭子と並んで歩いた。それにしても、誰かと一緒に帰るなんていつ以来だろう。
「我が友から聖なる預言を授かっていたのか?」
 遅れてきた理由を聞いているのかな。まぁ、これぐらいはね。
「何でもないよ。遅くならないうちに帰れってさ」
「宵闇の広がる刻限までもう僅かね。我らが花園に辿り着く頃には月光が降り注ぐであろう」
 どうにも闇というワードの使用頻度が増えている。そもそも好きそうだな、ボクも嫌いじゃない。
 蘭子はそれっきり口を開かず、周囲のノイズに不思議とかき消されない幸子の鼻歌がボクらを包み込んでいる。ボクにとっては知り合ったばかりの二人と会話の続かない空間だというのに、居心地はさほど悪くなかった。
 居心地、か。
 独りに慣れるうちに気にすることもなくなった、とボクは思い込むようにしていたんだ。そういう余計な煩わしさとは無関係でいたかったから。
 他人と距離を置く理由なんてそんなものだろう? 解るヤツにだけ解ってもらえばいい。ボクにとってはそれが、プロデューサー……なのかもしれない。少なくとも、彼のおかげで孤独を感じることは減ってきている。
 そんな彼によって今日、新たに生まれた繋がりからは一体何を得られるのかな。どうせなら楽しいものだといいんだけど。
 ……。孤独にはもう、戻れない。出会ってしまったから。彼と。彼らと。
 そうと決まれば欲張ってみるか。傍観者に徹していたつもりが、ここからは観測者の領分だ。
 セカイが一歩、動き出す。
13: 以下、
「闇……飲まれる……」
 蘭子のセカイにも触れるべく、まずは彼女らしい言葉遣いからアプローチしよう。
 蘭子の言葉を思い出す。ここまで何度も繰り返された闇は夜のメタファー、で合っているはず。
 ではその闇に飲まれる者とはどういったヤツなのか。彼が正しいのであれば意味自体は「お疲れ様」という返事で通じること――疲れたヤツが飲まれる闇。レッスンの疲労……それはそこまででもないな。
 空を見上げると陽は落ちきって、群青が漆黒へと塗りつぶされたがっていた。蘭子からすればボクらも闇に飲まれているに違いない。
 そのボクらは今、寮へと帰る途中だ。
 ……帰る?
「……フフ、だからお疲れ様なのか」
 思わず口にしてしまい、蘭子や先行して鼻歌まで歌っていた幸子もこちらを振り向いた。
 傍観者ではなくなってしまった――が、それもいいだろう。
 ボクのセカイは動き出しているのだから。
「いや、闇に飲まれよが気になってね。寮へ帰る途中のボクらは今、夜の闇に飲まれかけようとしている。その直前にプロデューサーへ送った言葉なら、それはつまり別れの挨拶――転じて、一日の役割を終えた労をねぎらう意味も含んでいそうだが、どうだろう」
「あー……わかるようなわからないような、でもそれならお疲れ様とプロデューサーさんが返したのも頷けますね。そうなんですか、蘭子さん?」
 幸子は納得してくれた、が。
 言ってしまった後で、闇なんて夜の他にも様々なメタファーとなり得るじゃないかとか、不安を煽る反証ばかりがちらついた。見当違いも甚だしく彼女のセカイを取り違えていれば、彼女を傷付けてしまうのは目に見えている。
 解ってもらえないのは、つらく、哀しいことだ。
 覚悟を決めて、蘭子の瞳に失望の色が浮かんでいないか確認すると、
「……う、」
 薄明かりではっきりとしないものの、言葉を詰まらせた蘭子の顔には、沈んだはずの夕陽が代わりに浮かび上がっていた。
「……うん」
「蘭子さん、もしかして恥ずかしがってます?」
「恥ずかしがってなどおらぬ! ……ククッ。そこまでの境地に達しようとは、やはり『瞳』を持っていたのだな、飛鳥!」
「……フッ、どうだろうね。プロデューサーがくれたのかもしれないよ」
「ボクは貰ってませんよそんな『瞳』なんて! なんですか、ボクだけ仲間外れなんですか!?」
「天に使えし者には我が魔翌力の波動を見定められぬか……」
「あ、今のはなんとなくわかりましたよ。ボクがカワイイのがいけないってことですね!」
「そういうことにしてあげようか、……蘭子?」
「うむ! 今宵は我も寛大なるぞ!」
 それからというもの、寮に着くまで他愛もない会話が途切れることはなかった。
 ボクより先に非日常を生きていただけあって変わったヤツらが多い。変わっていて、そんなに変わらない。その一員にボクは迎え入れてもらえたかな。
 ボクのセカイは、諦めることで余計な傷を負わなくするための、孤独に満ちた退廃的で閉鎖的なものだったけど。
 こんな帰り道も――良いものだ。
14: 以下、
「首尾は上々、といったところか。比較できる判断材料がボクにはないから何とも言えないが」
「いや、正直かなり挑戦した人選だったけど何とかなるもんだ。でもそこはやっぱり同い年パワーもあるんじゃないか? もっとまとまりがつくまで時間かかると覚悟してたのに、驚いたよ。飛鳥のおかげかな?」
 忙しくなった日々の合間、気まぐれに早く事務所へ訪れてみると、デスクで仕事に勤しんでいたプロデューサーの他に誰もいなかった。早く来すぎたか、それともセカイがボクらを引き合わせたのかな、なんてね。
 三人での活動がメインとなってからというもの、彼と二人きりで落ち着いて話すのは久し振りだった。
 もっとも、それ以前から彼が抱えていたアイドルはボクだけじゃない。ボクが周りのアイドルを気にしないようにしていたから、二人でいることを多めに感じていただけだったのだ。
 彼といると、自然と鼓動が高鳴る。
 新しい居場所をまたくれたから、どうにも期待してしまう。
「他の組み合わせがどうなのか知らないけれど、どうだい? 勝算のほうは」
「そうだなあ。よその情報は本番まで何も教えない方が面白いかと思ってさ。言わないでおいたけど、聞く?」
「お楽しみ、ってヤツだね。いいよ、ボクもそういう趣向は嫌いじゃない」
 年齢別の対抗戦、そうは謳っても所詮はフェスティバル、お祭りみたいなものだ。特別に闘争心を掻き立てられるものじゃない。
 しかし彼がボクを選んでくれたからには無様な姿を晒したくない。ついでに好成績を収められたら、その程度のスタンスにとどめている。
 ボクを冷ますのも熱くさせるのもキミ次第、だろう?
「初めてユニットを組んでみてどうだった、ソロで活動した方が気楽だったりするか?」
「フフ、ついこの前まではきっとそうだと思っていたよ。まぁ、やってみるものだね」
「蘭子が『瞳』を持ちし同志よ、ってはしゃいでたな。あれを瞬時に理解するにはやっぱり素質がいるんだろうなあ」
「キミには素質がない、とでも? 蘭子に言わせればキミも『瞳』を持っているはずだ」
「ははっ、ないない」
 あっさりと否定する彼に、ボクは違和感を覚えた。
15: 以下、
「今でも通じないことはある。でも蘭子が蘭子なりに何かを伝えようとしてくれているなら、俺はそれが何なのかわかるために努力する。でなけりゃ俺は、蘭子をプロデュースする資格がないと思ってるよ。同僚からは真面目過ぎだって笑われるけどな」
「理解するまで努力、か」
「じゃなきゃ俺を信じてついてきてもらえない。だろ?」
「……」
 そう、ボクがこうして彼を解っていなかったように、彼にもまた解らないことはある。ヒトであればそんなのは当然で、そんな当たり前を忘れさせてくれたから、つい勘違いしていた。
 彼の目に映る「二宮飛鳥」は、どんなヤツなのだろう。
 気になる。
 まるで別人なのか、それとも限りなくボクに近い何かか。案外それは「二宮飛鳥」より「二宮飛鳥」していたりして。
 ……「二宮飛鳥」するってなんだよ。
「俺なんてそんなもんだ。特別な才能なんてないから裏方にいるし、でも俺が裏方で頑張れば、誰かが輝きを増す。平凡なりにできる精一杯も、報われると嬉しくてさ」
「報われる……それがキミにとっての世界への抵抗なのかもね。ふぅん」
 理解者ではない。誰かを完全に理解するなんて無理に決まってる。理解が出来ないものはそこで思考を停止して、理解出来るものへ興味を移す。それが普通、ボクの嫌いな普通だ。
 ただそれを諦めなかったヤツがいる。それが自分の仕事のためだとしても、楽をしようとすればいくらでもやり様があったろうに端から選択肢にないのだ。
 理解されることを諦めていたボクへと引き合うように現れたのは、理解することを諦めない彼、か。
 とても理に適っていた。
「やはり、キミは他のオトナとは違うようだ。たいしたものだよ」
「お褒めに預かるとは光栄だな。そういうわけで、残念ながら俺は飛鳥の言う「痛いヤツ」でもない、と思う」
「さぁ、どうだろう? キミ自身も同僚に笑われるって言っていたじゃないか」
「それは……うぐぐ。ええ……そうか、俺は痛いのか……」
「……フフ、あはは」
 飾り気のない笑みが零れた。自分でも驚くほどに。
 彼のことが以前よりもっと知りたくなった。理解者じゃなくていい。ボクの知らないキミがいるなら、解き明かしてみたい。
 本当に興味の尽きないヤツだ。
 だからこそ、ボクは此処にいるのだろう。
 ボクの期待していた通りのヤツではない、そうはっきり宣言されたはずなのに、どうしたことかボクの心は哀しみに暮れることなく弾んでいる。
 そんなことはない。ボクらはきっと似ているはずだ。
 鼓動は高く、早く。熱を帯びて脈打ち出す。
 世界に抵抗して報われることのヨロコビは、キミのおかげでよく知っているから。
 これまで与えられてばかりだったボクでもキミと対等になれる方法があるというなら。
 ボクも……キミの期待に報いたい。
 あぁ、そうだ。非日常なんかより、ボクが本当に望んでいたものは、きっと――
「フフーン♪ カワイイボクが一番乗り?、ってなんだ飛鳥さんが先に来ていましたか」
「天に使えし者よ、我を忘れて貰っては困る……。ククク、煩わしい太陽ね!(幸子ちゃん、私のこと忘れてない……? おはようございます!)」
16: 以下、
「あぁ、おはよう。二人は一緒だったんだね」
 幸子に続いて蘭子が中へ入ってくる。もうそんな時間か、と携帯電話を手に取るとまだ少し余裕があった。
「これでも早めに寮を出たつもりだったんですけどねぇ。さぁプロデューサーさん、時間前の行動を心掛ける立派なボクを褒めていいんですよ!」
「可憐な頬に遺された活力を与えし白き粒、実に甘美なる共演であったぞ(ほっぺたにご飯粒つけた幸子ちゃん、かわいかったな?)」
「ちょ、蘭子さん! それはさすがにわかります、ボクのカワイイほっぺたにそんな変な粒なんてついてないですから! ……もうついてないですよね?」
「なんだ幸子、お行儀悪いなー。寝ぼけてたのか?」
「だから違いますってばぁ! ……コホン。ほーらプロデューサーさん、こんなにカワイイボクがそんな油断するわけないじゃないですか。ボクのカワイイ頭をなでなですれば思い出してくれますかね??」
「はいはい、カワイイねー」
「気持ちを! もっと気持ちを込めて!」
 四人が揃ったことでいつもの時間が流れ出す。
 幸子がプロデューサーに可愛がられようとするのも、あしらいながら最後にはちゃんと相手をしてあげるプロデューサーも、その様子をただ眺めている蘭子とボクも、いつも通りだった。
 そう、いつも通り。変わったところなんて見当たらない。いずれ飽きたら、おもいおもいに過ごすんだ。ボクだったら、そう。蘭子と話したり、時間まで音楽を聴くとかね。
 だというのに、どうしてだろう。
 今日はその幸子とプロデューサーのやり取りが目から離れなかった。
 ……あれ? おかしいな。見飽きた光景なんだけど。
 くすぐったそうにしている幸子と、なんだかんだと慣れた手つきで扱いを心得ているプロデューサー。そこに特別な意味なんて……ない、はずなのに。
 さっきまで浮かれていたボクの胸に、小さな、それでも確かに、よくわからない何かがつかえはじめた。
17: 以下、
とりあえずここまで。以降は不定期更新となります
22: 以下、
「調子でも悪かったんですか? 体調管理もボクたちにとっては大切な仕事ですよ」
「……あぁ」
「永久に吹き荒ぶシヴァの息吹に魂を蝕まれているのなら、我がイフリートの欠片を授けよう(風の冷たい日が続いてるもんね、寒かったらホッカイロ使う?)」
 二人に心配をかけてしまっている。それだけ今日のレッスンは身が入らなかった。
 ボクの中で突如として起こった異変。一体何が原因なのか、つい正体を暴こうと意識が自身の奥底へと埋没していってしまう。
 始まりはどこなんだろう。きっかけは……?
「トレーナーさんから聞いたぞーお前ら。飛鳥、どうしたんだ?」
 おぼつかない手で帰る支度をしていると、背後からプロデューサーの声がした。
 今朝以来か……いつの間にこんな近くまで来ていたのだろう。
「どうもこうも、見ての通りさ」
 自分でもよく解っていないのに弁明は出来ない。言葉を濁すのに精一杯だ。
 そんなボクを彼もまた憂慮してか、いつになく真剣な表情をしている。こういったイレギュラーは誰にとっても迷惑でしかない。すぐにでも問題を解決しなくては――
「風邪でも引いたか……? 熱は?」
「……っ!」
 熱があるのか確認するためであろう、ボクの額へ振りかざされた手を反射的に一歩下がって避けてしまった。
 すかさず幸子がボクらの間に割って入る。
「プロデューサーさん、いくらあなたでもいきなり女の子の頭を触ろうとは感心しませんね。こんなにカワイイボクについやってしまうならともかく」
 彼女のことだから真意は汲み取りにくいけれど、ボクにはそれがボクを気遣っての抗議であると感じた。
「え……あ、すまん。馴れ馴れし過ぎたな……悪かった」
「いや、ボクは……」
 それぐらい構わない、と言いかけている自分を一旦、言葉ごと飲み込む。
 ボクはそういった馴れ合いを好むヤツだったろうか。目的が目的だし、彼に悪気がなかったのは明白にせよ、だ。
 本当に調子が悪いのかもしれない。不意を突かれたせいか、止まりかけた心臓が今は警鐘を鳴らすように鼓動を早めている。
「で、では我が、その身に帯びる熱き波動を推し量ろうぞ(じ、じゃあ私が飛鳥ちゃんの熱を測るね?)」
 こちらへ伸ばしてくる蘭子の手を、仕方なしにされるがまま受け入れた。思いの外ひんやりしていてなんだか気持ちがよかった。
23: 以下、
「どうだ、蘭子?」
「ふむ……微々たるものだが、熱き波動を感じる……(ちょっとだけ熱があるかも……)」
「……本当に体調がよろしくなかったんですね。どうしてボクに言ってくれなかったんですか?」
 口をとがらせた幸子は怒っているようには見えず、見上げる瞳は優しげにボクを映していた。蘭子は蘭子で何かを取り出そうとしている。さっき言っていたホッカイロに違いない。
 そうか、あの時ボクは浮かれていたのではなく、浮かされていたというのか……熱に。笑えない冗談ではあるが、それなら合点もいくというもの。
 言われてみると身体があまり言うことをきかないような気がしてきた。ラジオを聴いたりで夜更かしをしてるせいかな。しばらく睡眠時間を確保した方がよさそうだ。
「参ったな……。俺がしてやれそうなことは……うーん」
「まったく、こういう時は気が利きませんねぇ。寮まで送って差し上げたらいかがです?」
「そ、そうだな。急いで車出してくるから少ししたら下に降りてきてくれ」
 ボクを置いて話が大げさになってきている。このまま帰れないことはない、彼を煩わせるわけには……。
 車のキーを手に急ぎ足で出ていこうとする彼の背中を追おうとして、幸子に止められた。ボクよりも小さな身体が屹然と立ちはだかる。
「駄目ですよ、こんな時ぐらい大人しく言うことを聞いててください。プロデューサーさんもそうしてくれた方が安心するでしょうから」
「真に安息を得るのはそなたではないか?(幸子ちゃんもこれで安心だね!)」
「あーあー、何を仰っているのかわかりません! ボクは将来的にボクの足を引っ張られないために懸命な判断をしたまでですよ!」
 その台詞はただの虚勢で深い意味などない、解っていたつもりなのにボクは二人に謝りたくなった。足を引っ張りかねないのは事実だし、ボクが弱っている証拠だろうか。
「……ごめん」
 長く孤独に過ごしていると、他人にどう謝っていいかも忘れてしまうみたいだ。
 たった三文字の言葉なのに謎めいた重みが出てしまった。言う方も、おそらく受け取る方も。
「うぐ、べ、別に飛鳥さんを責めているわけではなくてですね? ほら、病は気からというのですから、いつものようにキリッとしてればいいんですよ!」
 自信に満ち溢れた態度から一変あたふたと狼狽える幸子は、なんだか見ていて心が安らいだ。素直じゃないな……人のこと言えないか。
24: 以下、
「よかろう。我もこのまま捨て置けぬ。壮健な我が身を以て、我らが花園へ帰還した暁には同胞たる飛鳥の邪気を祓わん!(私も心配だから、寮に帰ったら飛鳥ちゃんの看病するね!)」
「いいよ、そんな。万が一蘭子に伝染してしまったら元も子もないだろう?」
「我の魔力ならば造作もない! 我が同胞飛鳥の禊、我が執り行おうぞ。まずはこの呪符で凍てつく冷気より這い寄りし魔を祓うとよい(大丈夫! 私が飛鳥ちゃんを早く治してみせるから、はいホッカイロ!)」
 善意で半ば無理やり手に握らされた温かなそれを、そのまま突き返すほどボクは芯まで凍えてはいなかった。今は、もう。
「あぁもう、もっとボクにもわかりやすくですね? とにかく、下に降りましょう。プロデューサーさんの車で早く帰って、今日のところは安静にしていてください。いいですか?」
「……そうするよ」
 そしてボクは、感謝の意を表すのも下手になっていたことに気が付いた。もっと気の利いた台詞があったはずなのに。
 二人に挟まれるようにして事務所を後にすると、ボクらを車で待っていたプロデューサーとすぐに合流した。
 幸子から「ボクの特等席、今日は特別ですよ」と助手席を明け渡され、断る理由もなくそれに従う。後部座席に蘭子と幸子も乗せて三人揃って送ってもらうことになった。
 カーエアコンが作動していたものの車内はまだ温まりきっておらず、微かに身震いしてしまう。それを見咎めたのか彼は出発前に自分の上着を脱ぎ、ボクに差し出した。
「さすがにそれではキミが寒いだろう?」
「お前の方が心配だ。なーに、俺は寒さに強いから気にすんなって……ヘェックシュン!!」
 ……嘘が下手にも程がある。でもそこはアイドルであるボクを優先すべきだからと押し切られた。裏方というのも大変だな。
 ボクはありがたく上着を借りることにし、毛布代わりに身を包んだ。蘭子から貰ったホッカイロもあり、これでまだ寒さを感じようものなら罰が当たりそうだ。実際とても温かい。
「うーし、いくぞ。頼むから信号捕まんないでくれよぉ……」
 弱々しい号令とともにアクセルが踏まれ車が出発する。そこまで遠くない道程ではあるが、やはり東京では車も窮屈そうに風を切っている。彼の方こそ風邪を引かないよう、せいぜい祈りを捧げるとするか。
 ……やはり何かおかしい。さっきからそんなキャラだったか、ボク。
 まぁいいさ。体調が戻れば自然といつもの自分を取り戻せるだろう。それまでは戯言に興じてみるのも悪くない。
「なぁ――」
「ん? どした」
「……。いや、何でもない」
 後ろの二人に倣ってボクも何か話していたくなり、彼の方を向くと運転に集中している横顔があった。
 ボクのためにわざわざ車を出しているんだ。邪魔をするのはよくない。
 そう思い、ボクは黙って彼の運転を見守ることにした。
 ……気付かれないように、そっと。彼の横顔を見つめながら。
25: 以下、
ここまで。書き溜めが無いので次はいつになるやら……
ぷち飛鳥、解放されましたね。さっそくエピソード全解放してきました。相変わらず飛鳥でした(?)
26: 以下、
「前から思ってたんですけど、飛鳥さんっていつも自室でお料理してるんですか?」
 プロデューサーに寮まで送ってもらった後、蘭子と一緒に部屋の前まで付き添ってくれた幸子が問いかけてきた。
 料理、か。ボクの家庭スキルはいずれも14歳の一般レベルといっていい。つまり、家庭科の授業で習った程度。
「いや、していないよ。どうして?」
「食堂で見かけたことがなかったもので。いつもご飯はどうされてるんです?」
「魔力の源を供給せねば、その身を蝕む魔を祓えぬ……(ちゃんとご飯食べないと、治るものも治らないよ……)」
「……適当に、コンビニとかで買ってきてるさ。霞だけで生きていけるほど徳を積んではいないからね」
 食堂の雰囲気はボクのセカイとは相容れなかった。あの空間に独りで食事をしに行く気にはなれず、同じ独りなら自室で済ませてしまいたい。
 孤独なボクを夜の闇は分け隔てなく包み隠してくれる。たとえ目的地が目的地であっても道中でセカイに浸る時間は充分にあり、夜に外出するのは好きだった。あまり遅い時間はまだ歩きにくいけれど。
 ……いや、もはやボクはここでも独りではないんだったな。習慣になっていたから思考が及ばなかった。
「飛鳥さん、成長期にそんな偏った栄養を摂っていては大きくなれませんよ?」
 ボクより幾分も背が低い幸子に説得力があるかどうかは甚だ疑問だ。
 それに栄養ならサプリメントでも摂った気にはなれる。効果のほどは知れないので敢えて深く追究せず、プラシーボ効果でも作用すればいいのだが。自分を騙すことには慣れている。
 そういえば、ここに住むようになってから少し痩せたかな。体を作るのが食なら、体調管理に続きボクはアイドルとしての職務を放棄しているのだろう。食だけに……やめておこう、お叱りを受けそうだ。誰に?
「……もういいかな? 悪いけどその話は今度に――」
「絶対だめ! 私、寮母さんに許可をもらってお料理運んでくるから待ってて!」
 ……お叱りを受けた。
 誰に? 今のは……蘭子?
 頭で整理する間もなくぱたぱたと小走りでいってしまい、またもボクと幸子は蘭子の背中を茫然と見送ることしか出来なかった。
「たまに、というか割と標準語に戻りますよね、蘭子さん」
「あ、あぁ。でも今のは……」
「あなたのことを思って、でしょうね。フフーン、そういうことですから安静にしていてください♪ ボクもこの辺で失礼しておきましょうかねぇ」
 そうして幸子もボクを残して去っていった。観念しろ、というわけか。
 あの空間で食事する気分にはなれなかったし、これからまた外出して夕飯を調達する気力もなかったから都合はいい。しかしどうして蘭子はそこまでしてボクに?
 ……自分の部屋の前で突っ立ってないで、まずは部屋に入ろう。廊下を誰も通らなくてよかった。
27: 以下、
 鍵を開ける。帰っても家族すら出迎える人のいなくなった、今のボクの家だ。
 実家にあるボクの部屋とは比べ物にならないほど広い。当たり前ではあるが、備え付けの設備で生活のほとんどを営める。寮自体に食堂や浴場があっても、食事や入浴のためにここから出る必要はない。
 この部屋には何でも揃っていた。それ故に、ここには何もなかった。
 もとより孤独への対処に慣れていたからホームシックには掛かりそうもない。しかしひとたび事務所を離れれば孤独がつきまとってくる。ヒトは孤独を抱えて生きるものだと、ここへ来る以前のように何度も寂しさを誤魔化してきた。
 そんなボクの部屋に初めて、ノックの音が響いた。
 着替えてる時に。
「……どうぞ」
 まぁ、エクステを外していただけだったけれど。
「持ってきたよ、飛鳥ちゃ……わぁ」
 この非日常の世界で、エクステを付けていないボクを見た最初の一人となった蘭子のリアクションは、わぁ、だった。
 部屋に来られる以上は覚悟していたが、そんなに物珍しそうにしなくてもいいじゃないか。
 ……恥ずかしいな。恥じらいなんて感情が湧き起こるのは久し振りだ。
「ボクに用があるんだろう? 早くしてくれないか」
 いてもたってもいられず、語気を強めないよう抑えただけでも上出来だった。
 今のボクは蘭子の記憶にあるいずれの「二宮飛鳥」でもない。世界への抵抗をやめ、羽を休めている無防備極まりない状態だ。
 この部屋は孤独に憑りつかれているのと同時に、他者をパーソナルエリアへ踏み込ませないための最後の砦でもある。「二宮飛鳥」という仮面がいらないこの場所では尚更、誰にも容易に踏み込ませたくはなかった。
 ……でも、蘭子になら、いいかな。もちろん……幸子も。
 心のどこかでそう思っていたから、来訪を予見できたノックの主に対してボクは「二宮飛鳥」であるためのエクステを外して待っていたのかもしれない。
「ご、ごめんね? えっと、すぐ出て行くから……」
 選んだ言葉が悪かったのか、結局勘違いさせてしまったようだ。廊下に待機させていたカートから蘭子は申し訳なさそうにトレイを取り出し、食欲をそそる匂いとともにボクへ手渡そうとする。
 うん? カートにもう一つ、トレイがある。二人分食べろという意味ではもちろんないだろう。
 ならば、それが意味するところは。
 ……それもまた、ボクの望むところだった。
「そうかい? ……参ったな。誰かに見張ってもらわないと、無理してでも食べる気にはなれないんだ」
 きょとん、というオノマトペが似合うくらい蘭子は普段より顔に出やくなっていた。
「部屋で一緒に食べてくれないか。蘭子さえよければ、だが……どうだろう」
「……、うんっ!」
 言葉の意味を理解するのに数秒、蘭子は満面の笑みで快諾してくれた。その笑顔は今まで彼女がみせてきたものとは違った魅力に溢れている。
 ボクの知らない彼女に出会えた気がして嬉しく思う反面、はたしていつまでこの調子なのかと思わなくもない。特徴ともいえる独特の言語を捨ててまでボクの相手をしているのだから。
 ボクから「二宮飛鳥」の仮面が外れているように、蘭子にも「神崎蘭子」の仮面がどこかで外れたというのか。確かにイーブンではあるが……気掛かりだ。
28: 以下、
 蘭子からボクの分のトレイを受け取り、部屋の中へ招き入れる。もっぱら作業台として使っていた備え付けの簡素なテーブルを食卓として誰かと囲むことになろうとは。
「飛鳥……その身に刻まれた煉獄の呪いは未だ解けぬか?(飛鳥ちゃん、熱は上がってない?)」
 あ、戻った。
「どうだろう。指摘されるまで自分でも気付かなかった微熱さ、たいしたものじゃないよ」
「ならば明日には全快しておろう。……常夜を彩るミサを開く刻も、今宵ではない、か(明日までには治りそう? この後お喋りしたかったけど、今日はだめかなぁ)」
「ふふ、看病してくれるのではなかったのかい? 眠くなるまでの喋り相手ぐらいなら、身体に障ることもないんじゃないかな」
「……! ククク、このような刻でもなければ祝宴の幕を上げたものを。さて、今宵我等に捧げられし贄より魔力を補給するとしよう(わーい! って本当は喜んじゃだめだよね。それじゃあご飯食べよっか?)」
「あぁ。……、いただきます」
 独りの時にわざわざしたりしない食前の挨拶も、誰かと一緒ならしてもいいかという気になる。不思議なものだ。
 蘭子が運んできてくれたのはハンバーグを主菜に、ポテトサラダ、野菜の多く入ったミネストローネを副菜へ置いた洋風なメニューだった。どれもまだ冷めてはいない。
 これだけのものをコンビニで買い揃えたところで、満腹にはなっても満足はしなかったろう。千円は掛かるだろうし、14歳の中 学生にとって一食でそれは痛過ぎる出費だ。
 それを抜きにしても、食堂で提供された今日の献立は有り体に言って、とても美味しそうだ。
「はっ、深紅の秘薬と漆黒の霊薬……そなたはどちらを所望する?(あっ、ケチャップとソース……飛鳥ちゃんはどっちがよかった?)」
 二種類から選べたらしい。どちらでもよかったが、気分で選ぶとするなら――
「蘭子が好きだという方を食べてみたかったかな。トマトソース派かい?」
「う、うむ。しかしよいのか?(う、うん。でも本当にいいの?)」
「今は蘭子とセカイを共有していたいんだ。たとえそれが、ほんの些細なことでも」
 彼女とは解り合えると思ったから。
 ……そうじゃないな。
 彼女と解り合いたいと願ったから、仮面を被っていては言葉にしにくいことも今なら言える。誰に求められたわけではなく、ボクがそう求めているんだ。
 彼女の言葉を即座に汲み取れるようになっていたのも、『瞳』や素質なんかよりそういう意志の差に過ぎなかったのだろう。努力家の彼のために付け加えておくと、ボクにとっては、ね。
 蘭子は、ボクに何かを求めてくれているのかな。
 彼女の仮面が一時的にでも外された意味。ボクに何を訴えようとしていたのか。
 幸い時間はあるし、ここなら誰に邪魔されることもない。食事を済ませたら……改めて会いにいこう。
 また会わせてくれるだろうか。ボクの知らない、素顔の神崎蘭子に。
29: 以下、
 中身が空になった二人分のトレイを、運んできたカートごと蘭子が返しにいっている間にボクはベッドへ潜る準備を整える。後は歯を磨くだけだ。
 軽くシャワーも浴びておきたかったが明日の朝に回すことにした。蘭子いわく「揺り籠にて多量の生命の雫を精製し穢れを祓うとよい(眠ってる時にたくさん汗かいて治しちゃおう)」とのこと。
 微熱のせいもあってか身体が重い。ボクには少し量が多かった夕食のおかげで満足感もあり、まだ眠るには早い時間だけどそのうち眠気もやってきそうだ。
 とはいえ、蘭子がボクを看てくれる間に話したいことは山ほどある。山……どこかからフフーン、と鼻を鳴らす誰かさんの声が聞こえた気がした。
 そこへ再びノックの音が響く。幻聴ではなく、現実に打ち鳴らされたものだ。
「生命の起源もこれだけあれば今宵を乗り越えられよう(お水たくさん持ってきたよ!)」
「蘭子、さすがに一晩でそれは……」
 どこから持ってきたのか2Lのミネラルウォーターを2本、何もなくなったテーブルの上に蘭子は鎮座させた。
 容態が今より悪化したとしてもこれを全て汗の一部として消化するのは無理だ。……まぁ、気持ちだけ受け取っておこう。喉が乾いたらベッドを出なくて済むし、残してもペットボトルならどうにでも保存しておけるのだから。
 歯を磨き終え、ベッドに半身を潜らせる。完全に横になってしまっては話しにくいので上体は起こしたままだ。蘭子からは横になるよう忠告されたけど、そこまで体調は悪くないのと厚着をすることでなんとか納得してもらった。
「……ねぇ、蘭子。聞きたいことがあるんだ。いいかな」
 休息を欲しがる身体に逆らっていられるうちに、ボクは本題を切り出す。
 ベッドの空いている所に座らせて同じ高さに目線のある蘭子は、まるでそうなることを解っていたかのように、ゆっくりと頷いた。
「どうしてボクに、ここまでしてくれるんだい?」
 共に過ごした期間はまだ短い。ボクらの生きた14年という歳月から比較しても、そこまで思い入れられるほどの時間を共にしたとは思えない。
 ――違う
 ボクらは僅かにベクトルの向きは異なるけれど、出発点はとても近いところにある。似て非なるもの、いつかのボクは彼女へそう答えていた。彼女もその回答に頷いていたはずだ。
 ――解っているくせに
 ボクにシンパシーを感じているから? 彼と出会うまで誰かに解ってもらうことを諦め、自分だけのセカイを望み孤独を選んできたボクに?
 ――そうじゃないだろう?
 全てを解れやしなくても、彼女のことを知るために。ボクは問わずにはいられない。
「答えてくれるかな。ううん、答えてほしい……聞かせてほしいんだ」
「……。私、ね」
 ぽつりと、「彼女」は現れた。
30: 以下、
「あの人に……プロデューサーにアイドルにしてもらうまで、ずっと私は独りだと思ってたの」
 彼女は穏やかな表情で、過去を懐かしむように語ってくれた。
 どこかで聞いたことがあるような――彼女の物語を。
「私が”私”でいることを、周りの誰にも望まれていなかった。”私”でいちゃいけないんだって、遠回しに言ってくる人もいて」
「そんな時、あの人に出会えた。私が”私”であることを認めてくれて、”私”でいられる場所をくれた……」
「けど、その時はそれだけだったの。”私”のことは認めてくれても、”私”の言葉はここでもなかなか通じなくて」
「やっぱり独りのままなのかなって思った。それでもやっと認めてもらえた”私”をどうしても捨てられなくて、捨てたくなくて……何も言えないまま、気付いたら倒れちゃってた」
 飛鳥ちゃんよりも酷かったかな、と彼女ははにかむ。
 心労も重なっていき、しかし体調不良を訴えることも出来なかったのだろう。訴えたところで伝わらないと、それまでの経験が彼女を諦めさせていたから。
「病院のベッドで目を覚ましたら、あの人がずっとついててくれたみたいで、すごく謝られちゃったな。お前のことをもっと解ってやれていたら……だって。ふふっ、休みたいとも素直に言えなくなってた私が悪いのに、おかしいよね」
 彼を思い、柔らかい微笑を零している。その顔にボクはどこかで見覚えがあった。彼女のものではない、誰かの……。
 急に、胸が締めつけられる。
「それからしばらく、時間さえあれば”私”とお話してくれたの。他の子のプロデュースもあったはずなのに、あの頃だけはほとんど付きっきりみたいになっちゃって」
「そのことについて、あの人が受け持ってるアイドルの人達から何か言われたりはしなかったな。みんな知ってたんだね、あの人がああいう人だってこと」
 理解することを諦めない、諦めの悪い彼。
 ボクも知っていた。……知ったばかりだけど。
「”私”の言葉の意味が通じるまで何度も聞いてくれて、諦めずにずっと側で”私”のことを見ていてくれる……『瞳』の持ち主」
「飛鳥ちゃんも、そうだったよね。”私”の言葉を理解しようとしてくれた。初めて一緒に帰ったあの日、すごく嬉しかったんだよ?」
 『瞳』の持ち主とはそういう意味だったのか。
 ボクがプロデューサーから『瞳』を貰ったというのも、あながち間違いではないのかもしれない。
「飛鳥ちゃん、熱があるのに黙ってたからあの時の私を思い出しちゃって。あの人がそうしてくれたように今度は私が飛鳥ちゃんに、できることならついててあげたかったの。大事なことなら、前よりはちゃんと素直に話せるようになってきたし、それに」
「独りはつらいから……。私のことを気遣ってくれたり解ろうとしてくれる人も増えてきたんだ。だから飛鳥ちゃんにも――私だって、飛鳥ちゃんより少しだけアイドルの先輩だもん。幸子ちゃんばかり頼られててずるい!」
31: 以下、
 ……。
 ……………………。
 ……えっ、終わり?
 物語の締め括りが幸子ずるい、って。いいのだろうか?
 ……彼女がそれでいいなら、終幕としよう。美談なんかではなく、彼女のありのままをぶつけてくれた結果だというのなら。
「解ったよ。聞かせてくれて……ありがとう」
 感謝の言葉も、今なら――彼女になら、素直に言えた。
「……ボク、そんなに幸子に頼ってたかな」
「そうだよー、幸子ちゃんが言ってたもん。まだまだボクがついててあげないと駄目ですね! って」
「ふぅん……幸子がね」
 ボクが二人を観測していたように、幸子もボクを観測していたというのか。
 いや、ボクはもう観測者ではないんだった。きっと幸子も、そして蘭子も観察者なのだ。こんな世界でも、手を伸ばせば届くものもあると信じて行動している。だからこうして蘭子はボクの隣にいて――
 新たに、ボクの部屋にノックをする人も現れるのだ。今日だけで三度目だ。
 思わず蘭子と視線が合わさる。そのうちの二回は蘭子であり、その蘭子はここにいる。
 噂をすれば、というヤツか。
「飛鳥さーん、ボクが様子を見にきてあげましたよー。大丈夫ですかー? ……もう寝ちゃいましたかねぇ?」
「……くすっ」
「ふふっ……」
 来訪者が誰であるかなんて、候補が他にいないのだから解りきったことだ。
 ただそれが、今は嬉しかった。
「我が迎えれば、天に使えし者は如何な対応をするであろう?(私がお出迎えしたら、幸子ちゃんどんな反応するかなあ?)」
「さぁて、ね。それより、そっちでいくのかい?」
 そっちとはつまり、仮面を被った方の蘭子だ。
 ボクの代わりに幸子を迎えるため腰を上げた蘭子は、僅かに逡巡し、それでも答えてくれた。
「本当はこうして話すの……やっぱりまだ恥ずかしいけど、飛鳥ちゃんも外して待っててくれたから……おあいこ、だよね!」
「……ちぇっ、バレていたんだ」
 エクステを付けてない姿を晒すことに恥じらいを覚えていたボクを、蘭子はお見通しだったようだ。
 参ったな。蘭子には隠し事をしてもあまり通じなくなりそうだ。
32: 以下、
「では、いざ往かん!(いってくるね!)」
「あぁ。……幸子なら、良い反応してくれると思うよ」
 そして、期待以上のリアクションが返ってきた。
「あ、起きてたんですね……って蘭子さんじゃないですか! もしやずっとお二人で……って飛鳥さんが飛鳥さんでなくなってるぅ!?」
「否、あれなるは無垢な魂へと転生した我等が同胞、飛鳥よ!(違うんだな?、あそこにいるのはいつもより素直な飛鳥ちゃんだよ♪)」
「もう、そうやって二人の世界でボクを仲間外れにするつもりなんですね! 蘭子さん、ずるいですよ!」
「ずっ……!? ず、ずるくないもん! 幸子ちゃんの方がずるいもん!」
「ど、どどどうしてボクが責められないといけないんですか!? 飛鳥さん、蘭子さんはどうしちゃったんです!?」
「とにかく入りなよ。そこでそうされてると……目立つだろうし」
「あ、そうですね……すみません。それより体を起こしてて大丈夫なんですか? 冷えちゃいません?」
「温かいよ。温かくなった、が正しいかな」
 孤独が染みついて冷たくなっていたこの部屋も、これからは少しだけ温かくなっていきそうだ。
 この温もりを……冷まさないためにも。
「我も一度、我が寝室にて闇夜を彩る正装に変えてこよう。刹那の間に回帰せん(私もそろそろ部屋に戻って着替えてこようかな。すぐ戻ってくるね?)」
「うん、いっておいで。まだボクも眠れそうにはないからね」
 幸子と違い蘭子は自室で一息吐く間もなかったんだった。幸子が来てくれてボクを独りにさせずに済むと判断した、そんなところか。
 蘭子がいなくなっても部屋の温かさは変わらなかった。幸子はどこに腰を下ろしたものかと悩んだ末、ボクのベッドの枕元になるべく近いカーペットの上にちょこんと座っている。
 幸子を見下ろすような姿勢になり、ふと今朝のワンシーンが脳裏を過ぎる。ボクが自身の異常に気付いたあの時のことだ。
 ……今のままのボクだと、あることをつい聞いてしまいそうになる。同時にそれは聞きたくないものでもあり、矛盾を自覚した問いかけがいつしか芽生えていた。
「……飛鳥さん? ぼーっとしてますけど、無理はしていないですよね?」
「あ、あぁ。大丈夫だよ。眠くないのも本当さ」
 心配してくれている幸子をよそに、ボクは衝動を抑え込む。
 幸子は、そして蘭子は。プロデューサー……彼のことを、どう思っているのだろう。慕っているには違いない、けれど。
 彼のことを語っていた蘭子は、そう、彼に頭をなでられていた時の幸子に似ていた。
 ……そして、ボクは。この胸のつかえは本当に微熱によるものなのだろうか。そんな状態で誰かのことを解ろうとしたから、自分のことが解らなくなっている?
 明日の朝を迎えたら、エクステを付けるため鏡に映る自分と長く向き合わなければならない。そこに映し出された自分が、ボクの知らない誰かになってはいないかと、未知の不安に駆られている。
「……今日はなんだか、眠りたくないな」
「いやいや、たっぷり眠ってもらわないとあなたもボクも困るんですって」
 何も言い返せなかった。
33: 以下、
今日はここまで
独自解釈が増えてきてますね。今さらですが、苦手な方はご注意ください
34: 以下、
かわゆいのう
あとらんらんのちょっと背伸びした先輩感がいい

35: 以下、
「来てくれたんだね。いや、キミがここに辿り着かないわけがないか」
 明くる日の昼下がり、ボクはプロデューサーと二人きりになるべく屋上で待っていた。話がある、とだけメールで告げて。
 また一足早く事務所へ訪れようかと企んでみたものの、起床してからも蘭子と幸子に世話を焼かれてしまいずっと行動を共にしていたから、こうでもしないと二人きりにはなれなかった。
 昨日の今日だ、世話を焼いてくれることには感謝しているけどね。
「ごらんよ、プロデューサー。あの地平の彼方にまでボクらのように意思を持って選択を決定し、それに基づいて行動を開始する、ヒトって生き物がごまんといる。それなのにこの空間にはキミとボクだけだ」
「それが意味するところ……この作為的にも運命的にもみえる巡り合わせに、キミは何を思う?」
「……なあ、飛鳥」
「うん? なんだい」
「病み上がりなんだからこんな寒いとこで俺を待つなよ」
 冷たい風が、それみたことかと言わんばかりに吹き荒れた。
「もしかしてこうやって身体を冷やすから風邪でも引くんじゃないのか?」
「……もう少しキミは情緒というものを重んじるヤツだと思ったが、クチュッ」
 くしゃみが出てしまった。
 これでは情緒も何もないじゃないか……!
「ほらー、治りかけが一番危ないんだぞ。ぶり返したらどうするんだ」
「ボクが凍えそうな時はキミが溶かしてくれるんだろう? 氷の膜に覆われて打ち震えている魂ごと、さ」
「飛鳥、なんか今日はアクセル全開だな。どうした?」
 全開……か。全開、フルスロットル、ありったけ。
「ボクがボクであることに変わりなんてない、それを再確認したくてね。キミを写し鏡にすることでさ」
 ボクの不調、変調とでもいうべきか。その原因を突き止めるべく原点に立ち返ろうというわけだ。
 彼女らのいない、キミとボクのセカイ。そこにいるボクがボクの知る「二宮飛鳥」であるかどうか、それさえ解ればいい。あとは自分自身へ問いかけるまでだ。
「まあいいけど、こじらせないようにな」
 それはどちらの病についてなのか、とは言及しないでおく。
 ……不自然に見えてるのかな、ボク。
 落ち着こう。この胸の高鳴りもいつも通りなんだ。何も変わったところはない、はず。
36: 以下、
「なぁ、キミの目に映るボクは揺らいでいたりしないだろうか?」
「飛鳥は飛鳥だろ? 俺が知ってる飛鳥だよ」
「知ってる、か。本当にキミはボクのことを知っているのかい?」
「そう返されると言葉もないな……。まだ俺の知らない飛鳥もそりゃいるんだろうけどさ」
「……質問を変えよう。キミはキミ自身のことをどれ程知っている?」
「俺のこと? 俺のことは俺が一番よく知ってるけど、そうだなあ……。案外知った気になってるだけなのかもな、昔の俺は将来アイドルのプロデューサーやってるなんて想像すらしてなかったし」
「ボクだって同じさ。アイドルをすることになるなんて思ってもみなかった。そう、同じ」
 同じ、を強調して間を置いてみる。
 寒さを思い出す前に、次に続ける言葉を探して。
「ボクはね、プロデューサー。変わっていくセカイにそれまでのボクが置き去りにされていないか、何故だか不安なんだ。今ここにいるボクは、キミと出会った頃のボクといえるのか……。ボクはボクで在り続けられているだろうか」
「んー……月並みなことしか言えないけど、人は変わるものだよ。俺だってそうだ。変わらない人なんていないさ」
「そう、だね。キミは正しい。あぁ、まごうことなき正論だ。変わらないヤツなんていやしない」
 ボクだって最初からこういうヤツだったわけじゃない。そして、こういうヤツになったから得られたものもある。
 今はそれを手放したくないから、「二宮飛鳥」の仮面をつけているボクは彼に問う。
「それでも、ボクがボクでなくなってしまったら……キミはどうする? 先なんて見えない暗闇の中で、進むべき道はおろか自分のことすら見失ってしまったボクを、キミは……置いていってしまうのかな」
 伝えたいことの全てを伝えられたとは到底思っていない。自分でもよく解っていないのだから、感覚的にならざるを得ない。
 要領が悪くても、拙い言葉でも、彼なら理解しようとしてくれる。それだけを頼りに、ボクは彼の返答を待つ。
 難しい顔をしながら、それでも逃げるような真似はせず、やはり彼はボクにまっすぐ向き合ってくれた。
「その時は……見つけてみせる。なーに、俺とお前は一度こうやって出会えたんだ。飛鳥が自分を飛鳥じゃなくなったと思っても、どこかに必ず飛鳥がいるはずだ。それを俺は見つけてみせるよ」
37: 以下、
「……そう、か。キミならボクの知らないボクをも、見つけられるのかもね。諦めの悪いキミのことだ。キミなら……フフッ」
 果たして会話が成立しているのか、それはボクらにも解らない。吹き荒ぶ風のように捉えどころもなく、言葉を交えた感触だけを残していく。ボク自身が表現出来ない不安や迷いを彼が理解し、その上で回答をしたというのなら、それは本物の理解者なのだろう。
 しかし理解者なんてものはいない。だからボクは、ボクらは解り合おうともがいてるんだ。
 ……ボクじゃなくなったボクを、見つけにきてくれる、か。そいつは楽しみだな。
 幼い頃、似たような童話を読んだことがあったっけ。
「飛鳥ー、口元がニヤけてるぞー。やっぱり俺は痛いヤツだーとか思ってたり?」
「いや、この魔法が解けた方がいいのか、解けない方がいいのか……少し考えてるんだ」
 真夜中の12時を刻限に魔法を掛けられた少女は、ガラスの靴を残して舞踏会を去った。
 彼女と夢心地なひと時を過ごした王子様は彼女のことが忘れられず、誰とも知らない彼女を探したという。ガラスの靴が彼女を探し出す唯一の手がかりと信じて。
 そんな都合の良いおとぎ話なんて、と切り捨ててていたボクはもうここにはいない。ボクらの出会いが奇跡のようなものならば、それは魔法といっていい。魔法の存在をボクは信じてみたくなっている。
 魔法が解けてしまいそうになったらボクも帰らなくてはいけないんだろうか。帰るとは、つまりボクが元いた日常の世界へだ。
 しかし彼の知らないボクを見つけてもらうためには、一度魔法が解けなくてはならない。ガラスの靴、の代わりになるものも無しに、だ。
 以前、屋上で二人になった時。彼は彼のもとから去っていった人を思い出の中の住人にすることで受け止めていた。ガラスの靴も無ければ、それまでの自分ではいられなくなった彼女を追い掛けて何になる?
 ボクの魔法も解けてしまえば、誰もボクを追ってくることまではしないだろう。たとえそれがボクを見つけてくれるはずの彼であっても。
 ……とすると、ボクは彼と出会えた「二宮飛鳥」でいるうちしかこの世界を共に歩んでいけないのか。
 ボクは偶像として舞台には上がれど、残念ながらおとぎ話の中に生きてはいない。決められたストーリーを自分のペースで読み解くのではなく、終着点も解らない時間の奔流に流される世界で生きている。
 魔法があったとしても、それだけは変わらない。
 出会いがボクにとっての魔法なら、ボクに出来るこの世界への抵抗とは……魔法が解けて決別を迫られないよう、長針と短針が12の数字で重なり合うのを先伸ばしにすること。
 つまりそれは、ボクが「二宮飛鳥」で在り続けること。
38: 以下、
 彼のもとを離れるなんて想像すらしたくない。ボクの居場所はここなんだ。ボクの知らない世界を彼と、彼らと歩んでいきたい。そのためなら、ボクは。
 ……。
 ボクがボクであるかどうかを確認するはずが、ボクでいなければならないという枷を課されることになろうとは、ね。
 楽しいばかりじゃない、彼がいつか口にした言葉をなぞる。
「クシュッ」
 セカイに浸りすぎて、いよいよ身体が冷えてしまっていることも忘れていたらしい。
 またくしゃみをしてしまったボクに呆れたのか、彼は短い溜息を吐く。
「あーもう、だめだ。中入るぞ!」
 ボクの身を案じて引っ張ってでも屋内へ連れていこうとする彼の手は、しかし何も掴むことなくボクの腕の前で静止した。
 躊躇っているんだ。昨日、彼の手をボクが反射的に避けてしまったから。
「あ、いや、これはだな……」
「……。理解ってるよ」
 腕ぐらい触れられてもいい。そう思ったけれど、彼の前では、彼が導いてくれたこの世界では「二宮飛鳥」でいなければ。彼の目に映るボクが「二宮飛鳥」でなくなった時、きっと魔法が解けてしまう。
 それだけは避けたい。
 ……ん? なぜ避けたいのだろう。彼のもとを離れたくない理由……。
 先ほども考えていたように、彼がくれた居場所を気に入っているから? 彼女らと過ごす世界も悪くないから? 孤独のセカイにはもう戻りたくないから?
 ――彼とはまだ解り合えていないから?
 ボクの変調の理由は、こういうところにあるのかもしれない。でもそれを考えるのは後回しにすべきだろう。寒さが身に染みてきている。
「……往こうか、プロデューサー」
 名残惜しさに見て見ぬ振りをして、彼の手の温もりを知ることなくボクは屋上を後にした。
39: 以下、
 対抗戦フェスも間近になり、それまでのスケジュールに組まれた最後のオフの日である今日を、ボクはボクらしく過ごすことにした。エクステも付けてある。
 とはいえボクの生活、特に食生活が蘭子や幸子によって改善されてしまい、寮の食堂で朝食や夕食を取るようになったボクがボクらしいといえるかは疑問だ。まだ独りで行く気にはなれないし、それぐらいはいいかな。
 手始めにしばらく手の付かなかった趣味に勤しむとしよう。寮に引っ越してから封を開けていなかった荷物の中に眠らせている、漫画を描くための道具を取り出した。
 何も描かれていない真っ白なページに自分だけの物語を紡ぐ――漫画を描いている時は、ヒトであるボクも世界を創造する側に回れる。現実の世界では思うようにいかないんだ、それぐらいの抵抗は許されるだろう?
 ゆくゆくそれが黒歴史ってヤツになろうとも、ね。ボクは気ままに自分だけの歴史を歩んでいきたい。どうやら歴史が黒く染まった先人は数多いようだが。
 漫画を描くことで抵抗する必要のないほどボク自身が非日常を味わってしまっていたから、こうして自分の望むセカイを描き出す高揚感が懐かしいとさえ思う。
 さぁ、物語を紡ごうか。
 話はだいたい出来ていた。頭も体もあまり使わなくて済む時間――学校にいる時とか、プロットを練ったりして退屈をやり過ごしている。ボクじゃなくても退屈しのぎの方法ぐらいそれぞれ確立してるんじゃないか?
 学校、つまらない日常の最たる例だ。ボクが14歳になってすぐ、つまり中学二年のそれも三学期だなんて時期に寮への引っ越しに伴い、初めての転校を経験した。
 転校生とはそれまでの日常に突如として現れた異物のようなものだ。ボクも例に漏れず奇異の目に晒され、声を掛けてくる人もそれなりにいたけれど、既に作られた輪へ溶け込むことはしなかった。
 ……出来なかった、ともいえる。日常の世界では諦め慣れていたせいかな。
 でもボクは全く気にしていない。ボクには非日常の世界が待っているのだから、とっくに飽きていた日常の世界なんて二の次だ。
 有り余っていた時間で織り成されていた物語の、まずはネームの作成に取り掛かる。今はアナログでの作業をしているけれど、いつかデジタルな作業もしてみたい。パソコンとそれで絵を描くための機材っていくらぐらいするんだったか。
 もしアイドルとして売れることがあれば、それぐらい簡単に買えるかな――
40: 以下、
 黙々と趣味に没頭していると、ノックの音が転がってきた。
 ……うん、片付けてから応対しよう。
「ちょっと待ってくれ。……あぁ、いいよ。どうぞ」
 起きている間、鍵を掛けることが少なくなったボクの部屋に入ってきたのは幸子だった。
 何やら手帳を携えている。何だろう?
「えっと……そのー。お、お元気ですか?」
 どことなく不審な幸子を、さてどうしてやろうかと画策するのも一興だったが、今日はボクらしく過ごしたいのもあって早めに本題を引きずり出すことにした。
「まぁ座りなよ。朝食を食べ切れる程度には元気さ、幸子も見ていただろう? それで、何の用だい」
「うぅー……」
「言いにくいことなのかい?」
「それほどでもないのですけど……そう、ですね。か、覚悟を決めました! 飛鳥さん、カワイイボクを助けてくれたりはしませんか?」
 事態は切羽詰まっている、ということだろうか。やむを得ずボクのもとに?
 幸子が言い淀んでいた理由は解らないが、それで彼女に手を差し伸べない理由にはならなかった。
「いいよ。ボクにしか出来ないことがあるのなら、ね。早いとこ済ませてしまおう」
「ありがとうございます! それで……ですね? 今日ボクが飛鳥さんを訪ねたことは、蘭子さんには黙っていて欲しいんです」
「蘭子に? 蘭子には内緒の話、ってわけか」
「そういうことになります。いいですか?」
「了解だ。それで、蘭子に内緒にしなければならないようなボクへの用事、聞こうじゃないか」
「むぅ……笑わないでくださいよ?」
 よほど困窮していたのか、幸子が恥を忍んでここに来たことだけは伝わってきた。
「あの、ですね……。ボクに、蘭子さんの言葉がわかるようなコツとかあれば、教えてください!」
41: 以下、
 ……。
 なんだそんなことか。
「今絶対なんだそんなことかって顔しましたよね!? ねぇ!?」
「いや、すまない。フフッ……」
「笑わないでって言ったのにー! うぅぅ、酷いですよ飛鳥さん……」
「そうじゃないんだ、幸子。もう既にキミも『瞳』を持っているんだ。ボクなんかいなくても何とかなるさ」
「この時点で何を仰ってるのかよくわからないから、せめてコツだけでも飛鳥さんにお聞きしたかったんですけど……」
「ふぅん、そんなに幸子は蘭子のことを解りたいって?」
 含みがある意地の悪い言い方も、相手が幸子なら安心して口に出来た。
「だ、だってボクだけ蘭子さんが何を言ってるのかわからなかったらですね? ボクたちの舞台もすぐそこですし、チームワークは万全にしておいた方がよいでしょう?」
「つまり、ひいてはボクらのため、と」
「そ、そういうことです。ああ、ボクってなんて健気なのでしょう……」
「フッ、解ったよ。キミが望むのならボクは力になろう」
 力になれることがあるのかどうか定かではないけれど、幸子が蘭子のことを解ろうとしてくれて嬉しくなっているボクがいた。
 ……今日はボクらしく過ごすつもりだったのにな。カワイイヤツめ。
 期間限定とはいえユニットに貢献できるという点でもボクには充分動機になる。今度の舞台はアイドルとしての「二宮飛鳥」の足掛かりとなるのだから。そのために彼が推薦してくれたのをボクはしっかり憶えている。
「ずっと気になっていたんですが、どうして飛鳥さんはそんなに蘭子さんの言葉の意味が伝わるんです? 語彙力の問題なのでしょうか?」
「語彙も確かに彼女の言葉を紐解く上で重要ではあるけど、まずは彼女のセカイに共感することから始めるべきだね。共鳴、とも言うのかな」
「ハードルが高過ぎます!」
「幸子は我が道を往くヤツだからな……あぁ、ボクもか。それでも彼女を理解しようというんだ。大丈夫、蘭子もその努力は高く買ってくれるよ」
「努力してるなんて思わせたくないから飛鳥さんにこっそり聞いてるんですが……」
「それもそうか。だがボクから教えられることとなると――」
 これ以上の言い様がない、と言い掛けたところでノックの音に割り込まれた。
 もしかしなくても蘭子だろう。どうしてこうもタイミングが良いんだろうな、この二人。
42: 以下、
「あの、まさか……!?」
「他にいないだろう? あー、どうぞ」
 ドアが開かれ、やはりそこにはゴシックロリータに身を包む少女が佇んでいた。
「ククク、求めに応じたこと、感謝しよう。……む、天に使いし者も参っていたのか(お邪魔しまーす! あれ、幸子ちゃんも来てたんだ?)」
「え、えぇ。あー、その、蘭子さんはどのようなご用件で飛鳥さんに?」
「我が同胞、飛鳥に真偽を問おうと機を図っておったのだ。同じく我が同胞の幸子の前ではあるが……世に宣布された魂の記憶であれば、うむ……(飛鳥ちゃんに聞こうと思ってたことがあってね。幸子ちゃんもいるけど、公式プロフィールにあることだし……いいかなあ?)」
「飛鳥さん、今のも飛鳥さんには通じてるんですか?」
 一人で勝手に悩み出す蘭子の隙を突くように、ボクへ耳打ちする幸子だった。
「それなりにはね。幸子はどうだい?」
「最後の方は全く意味がわかりません!」
 ボクも絶対的な自信があるかと問われれば微妙なラインだけれど、おそらくそんな感じじゃないかな。
「いいよ、蘭子。こっちに来て話してみてくれ」
 三人で囲むと手狭かもしれないな、このテーブル。
 おっと、ついこの部屋で誰かと食事することを前提に考えてしまった。その心配は次に体調を崩す時まで杞憂だ。
 いつもの顔ぶれが揃う。二人には他のアイドルとも親交があるだろうに随分落ち着いたものだ。フェスが終わりユニットが解散されても、ボクらの関係もまた期間限定にならなければいいのだが。
 そんなことを考えていると、蘭子は神妙な面持ちでボクを訪ねた用件を切り出した。
「我が同胞飛鳥よ、そなたも召喚の儀を執り行う……のか? 創造主となり、新たな世界を紡ぎし者、とあるが(飛鳥ちゃんって絵を描くの好き? 趣味に漫画を描くことってあったけど)」
 まさにそうしていたところだった、とは言わないでおこう。
「確かに、それはボクの趣味の一つだよ」
「召喚の儀って……そういうの黒魔術っていうんですか? まさかお二人は夜な夜なカワイイボクを呼び出そうと魔法の儀式を!?」
「幸子がボクらを怪しい集団と取り違えないよう言っておくと、絵を描くことさ。ボクの場合は漫画だけどね」
「へー……召喚の儀、がですか。うーん」
 蘭子の目を盗み、幸子はこっそりと手帳にメモを残すべく手を動かしている。蘭子がいて都合がいいのか悪いのか解らなくなってきてるな。
 バレそうなものだがそんな幸子に目もくれず、蘭子はボクに期待の眼差しを送ってきていた。そのわけは、まぁ何となく解る。
 蘭子の趣味が絵を描くことなのは知っていた。その絵から歌や衣装のアイデアが生まれることがあるらしく、意を決してプロデューサーに見せた絵を採用してもらったエピソードを語る蘭子はとてもはしゃいでいた。
 趣味が近いと強固な仲間意識が芽生えやすい。それはボクも感じている。
 感じてはいるが……。
43: 以下、
「見てみたい、って言うんだろう? 蘭子……でもそれは、理解るよね?」
「うむむ……やはり障壁を張るか……!(むー、やっぱり簡単にはいかないよね……)」
 言葉のいらない探り合いの様相をボクと蘭子は視線のみで呈していた。
 彼女のグリモワール、スケッチブックに描かれたセカイを覗こうとするのは、彼女いわく禁忌に触れる行為だ。しかし近しい趣味を持つ者が側にいると、単純にそれについて語らいたくなることもれば、相手の力量の程を測りたくもなる。
 見てみたい気持ちと見せたくない気持ち、特に後者を蘭子はよく心得ているだろうから、この展開は容易に予測出来た。
 ボクも自分の描く漫画については外へ向けて発信したいとは思っておらず、ただ創造主として自分の思い描く世界を形にしていたい。だから誰かに見せる必要もない。
 ……とはいえ、ボクはボクで蘭子の描くセカイに興味がないともいえないのだが。
「やむを得ぬ……。我も今はグリモワールが手中にない、だがそれ以上に……! 来る日が我等に訪れ、その身に宿す魂が業火に焼き尽くされぬ境地へ到った時こそ……世界を交錯させるミサを開きたいものね(しょうがないかぁ。私のスケッチブックも今は手元にないし、どうせあっても……! でもいつか、自信がついたら見せ合いっこしたいなー)」
「あぁ。その時が来たら、ね」
 誰に見られても臆することのない境地か、どのくらい研鑽を積めばボクも辿りつけるだろう。
 今のボクに自分の描いたものをひけらかす気は更々なくとも、技術に裏打ちされた自信が表現者としての承認欲求を掻き立て、いずれ大衆からの共感を得ようとすることも……?
「あのー、すっかりボクのこと忘れてません? こういうのをですね、ボクは……もうっ!」
 幸子がふてくされてしまった。ボクの部屋に訪れた意味を考えれば、こうなって然るべきではある。
 蘭子の手前、はっきりとは言わないのが幸子らしくもあった。
「ところで、我が同胞幸子は何故ここに?(ところで、幸子ちゃんはどうして飛鳥ちゃんのお部屋に?)」
「ええっ!? それは……その、後学のためといいますか、ねぇ?」
「ボクに振られてもな。さっきも言い掛けたんだが、ボクからはもう幸子次第としか言えないよ」
「そうですか……。わかりましたよ、じゃあ今度はプロデューサーさんに教えてもらいます!」
 蘭子が一連の流れに疑問符を浮かばせている間に、幸子は携帯電話を取り出した。
44: 以下、
「……彼に掛けるつもりかい?」
「今日はプロデューサーさんもオフのはずですしね。時間もあまりないことですし、カワイイボクからのお願いなら何よりも優先して聞いてくれるはずです!」
 そうして何度も留守番電話サービスに取り次がれ気を落とした幸子を、なんとか慰めようとする蘭子は自分が渦中の人であるのに気付いていないようだった。
 なかなか通じない蘭子なりの励ましの言葉は、逆に幸子へ追い討ちをかけてしまってはいないだろうか。
 さすがに静観している訳にもいかず、ボクは素朴な疑問を投げつけてみた。
「オフのプロデューサーに電話なんて掛けていいのかい? 緊急の案件ならともかく私的な用事でさ」
「ボクにとっては緊急なんですが……。そうでなくとも別に構わないんじゃないですか?」
 そういうものなのか。
「プロデューサーさん、オフの日も結構ボクたちに付き合ってくれますよ。お買い物ですとか、遊園地なんかにも連れていって貰えましたしね。やっぱりボクがカワイイからでしょうか、フフーン♪」
「ゆ、遊園地……!?(ゆ、遊園地……!?)」
 どちらの蘭子が喋ったのか判別しにくいということは、蘭子もプロデューサーの付き合いの良さを知らなかったのだろう。いや、蘭子なら知っていた上での反応かな。
 ……いいのか? アイドルとプロデューサーが仕事でもなく遊園地って。買い物もそうだけど。
「そこはまぁ、ボクもちゃーんと気を付けてますよ。溢れ出るカワイさを抑えるのに苦労します。カワイイボクがもっと世間に知れ渡ったら、お出掛けまではさすがに厳しいでしょうねぇ」
「ふぅん。蘭子はどうだい? オフに彼と過ごしたことは」
「ふぇっ、私!? あの、えっと……」
 その慌てふためきように答えがもう出てしまったようなものだが、蘭子にも詳しく聞いておこう。後学のために。
「うぅ?……。い、一度だけ、日頃の感謝の気持ちを込めて、手作りのお料理を食べてもらったことなら……」
「手作り料理ですか……! 日頃の感謝の気持ちとは、意外とやりますね。蘭子さん」
「だってだって、他にどうやって声を掛けたらいいのかわからなかったからぁぁ……」
 テーブルに突っ伏した蘭子はすっかり耳まで赤く染まっていた。
 蘭子のことだ、何か大きな理由でもなければ休日を一緒に過ごそうなんて誘うこともままならないだろう。彼女がそれを密かに望んでいるかどうかは別として。
 ……。オフの日に彼と会うなんて考えたこともなかった。
 仕事ではないのだから、アイドルとして会うのではない、よね。もちろん彼のこともプロデューサーとして会いにいくのではなく。
 では一体、彼女らは誰として、誰でもない彼と共に時を過ごしたというのか。
45: 以下、
「飛鳥さんはありますか? プロデューサーさんとオフの日に過ごしたことは」
「ボクは……ない、かな」
 アイドルになってから、アイドルとして彼と接するのが当たり前だと思っていた。ボクと彼はトモダチになった訳ではないのだから。
 だというのに、ボクは二人のことを羨んでしまっている。
「二宮飛鳥」らしからぬ感情がボクを惑わそうとする。
 ……。
 どうして?
「あの……プロデューサーさんも忙しい方ですし、ボクたちより日の浅い飛鳥さんにはその機会がまだ巡ってきてないだけですよ。気にしないでください」
 何故か幸子にフォローされている。別に落ち込んだりとかしていない……んだけどな。ただ迷いが生じてしまっているだけで。
「……幸子ちゃん。遊園地、どうだった?」
「え? えぇ、そうですねぇ。絶叫マシーンが面白かったようなそうでもないような。乗ってる最中に水を掛けられる仕組みになってまして、プロデューサーさんはちゃっかりレインコートで濡れないようにしてたんですよ! ボクだけ濡れちゃいましたが……まぁ、水に滴るカワイイボクを見たくて黙ってたなら仕方ないですかね。フフーン!」
 相変わらずプロデューサーのことになると幸子は口がよく回るようだ。蘭子が上手く乗せているのもあるが、おかげで頭の中がごちゃごちゃしているのを気取られずにいられている。
 幸子の話を聞いている振りをしながら、この感情の正体に何とか一つの結論が出そうだった。
 ボクは……彼の特別でありたかったんだ。
 彼にとってのボクは担当アイドルの一人でしかないのだろう。ボクにとっての彼は特別な存在だというのに。出会えたことに満足してしまっていたが、それはボクの視点に過ぎなかった。
 彼女らのおかげで周りのことも少しは見えるようになってきている。だからボクは、彼が見せるいつもの笑顔を他の誰かにも見せていたことや、ボクのように彼を特別視しているアイドルが何人もいることに気付いてしまった。
 ボクは彼に、ボクのことを特別に感じて欲しかった。ボクがそうであるように。
 じゃないと……不公平だろう?
「――それでせっかくプロデューサーさんにもボクをカワイく仕立てるチャンスをあげたのに、結局選んでくれなかったんですよねぇ。プロデューサーさんならボクのカワイさを引き立てるお洋服ぐらい、すぐ見つけられると思ったんですけど。意外とプライベートではこういうことに慣れてないのかもしれませんね?」
「我が礼装はグリモワールに示されし魂の輝きを具現させたもの……しかし友が自ら我へと選定せし召し物というのも興味が尽きぬ(私が描いた絵から衣装をそのまま作ってもらったこともあるけど、プロデューサーに選んでもらったお洋服っていうのもいいなあ)」
「グリモワ……? 蘭子さんもプロデューサーさんとお買い物とかどうですか?」
「む、無理無理無理! 絶対顔見れないよ……だ、だって二人きりでしょう……?」
「二人きりの方が都合がいいと思いますけど? 独占できますしね!」
「独占……!?」
「飛鳥さんも二人きりの方がいいと思いません?」
「ん、あぁ……そうかもね。それより、もうお昼も近いけどどうしようか?」
 頭に入ってこない会話を打ち切りに入る。あるいはあまり聞いていたくなかっただけ、とも。
「うえぇ!? ボクとしたことが、話に夢中になってました……。プロデューサーさんもどうして電話に出てくれないんでしょう? 今度こそ……!」
「天に使えし者の内に抱えた秘め事とは一体……?(幸子ちゃん、何か隠してる?)」
「いずれ解る時が来るさ。蘭子にも、幸子にも、ね」
 結局繋がりはしなかったものの、幸子が気軽にオフの彼へ電話を掛けていたのがずっと心に残った。
 仕事の関連以外でボクは彼に電話をしたことも、ましてやされたこともない。
 それなのに、その日一日、あるはずのない着信がボクのもとに届いたりはしないか、何度も携帯電話を確認してしまった。
 そうこうしてるうちに声を聴きたくもなったけど、こちらから掛けることも出来ないまま、最後のオフはボクらしくなく過ぎていった。
49: 以下、
「良い仕上がりだ、二宮。これなら本番が楽しみだな」
 幸子と蘭子がそれぞれの仕事でいない中、ボクはトレーナーとマンツーマンでボーカルレッスンをこなしていた。
 一人だけのレッスン、二人のどちらかが欠けたレッスンはこれまでにも何度かあった。駆け出しのボクが二人よりもスケジュールに余裕があるのは当然だ。
 実力ですら水をあけられないために、一人でのレッスンはユニット結成以前よりも身が入る。三人揃ったレッスンではボクより先を往く二人への焦りを隠すだけでも手一杯だ。
 トレーナーに褒めて貰えたのならば、ボクの水準は上がっているのだろう。
 確かな手応えに胸の内だけでヨロコビを甘受していると――
「お疲れ様です。様子を見に来たのですが、どうですか? 飛鳥は」
 レッスンルームに思いも寄らない来客が顔を出す。プロデューサーだ。
 二人のどちらかに付いているとばかり思っていたが……。
「上々だ。本人もやる気を見せてくれているし、これならあの二人にも引けを取らないのではないかな」
「飛鳥がやる気を……へぇ。トレーナーさんにそこまで言ってもらえたら安心ですね」
 余計なことを言わないで欲しいな。
 視線だけでトレーナーに抗議してみるが、プロデューサーと話をしていてこちらに気付く様子もなかった。
「本人から歌うのは好きだと聞いていたので、飛鳥の武器になってくれたらと考えてはいたんですよ」
「二宮の歌声は個性的なところがある。どこまで曇らせずに伸ばしてやれるか、それが我々の課題だな」
「いやー、早く聴いてみたいなあ飛鳥の歌。今後とも飛鳥をよろしくお願いしますね」
 オトナのする会話をプロデューサーがしていると、ボクは彼のことをまだまだ解れてはいないんだな、そう思い知らされる。
 あれは彼のオトナとしての仮面なんだろうか。それとも、ボクに向けるあの笑顔の方が……。
「なんなら少し聴いていくか? 今の二宮なら充分キミに可能性を見せてくれるだろう。もちろん時間さえあれば、だがね」
「いいんですか!? じゃあちょっとお邪魔しようかなあ。いいよな、飛鳥?」
「ん、あぁ。ボクは別に……」
「決まりだな。では今日の総まとめとしてさっきのところ、もう一度いくぞ。準備はいいな?」
 よくないに決まっている。いつの間にそんな運びになっているんだ。
 ボクに断る権利なんてそもそも無かったのだろうけど、それでもいきなり過ぎる。どうしてこんなことに。
 本番まで取っておくのが面白いんじゃなかったのか?
 いや、これもボクの成長を見せつける良い機会だ。彼を安心させてやれないことには、ボクは彼と対等にはなれない。今日この時をボクのために割いているなら、やってやるさ。
「……いつでもどうぞ」
「よし、始めよう」
 期待を背負う、というのはどうにも大変な重荷になり得る。
 本番前にそれを理解できただけでも彼の前で歌った意味は大きかった。
 ……あぁ、そうとも。彼を前にして、ボクは上手く歌えなかった。
50: 以下、
「機嫌直してくれよ飛鳥ー?」
 レッスンが終わり、早足で事務所へ戻ろうとするボクを追ってプロデューサーもついてくる。邪魔をしに来たことをボクが怒っている、とでも察したらしい。
 そうではない。そうじゃないんだよ。今のボクはキミに顔向け出来ないんだ。だから放っておいてくれ。
 言えるはずもなく、ただボクは黙って歩を進める。彼もまたボクの後を追うのをやめない。目的地が一緒なのでそればかりは仕方ないのだが。
「飛鳥の歌、良かったよ。もっとちゃんと聴きたかったな」
「やめてくれ。慰めてるつもりかい?」
「すまん。レッスンルームに入る前、中に入るタイミングを測ってる時にも聴こえたんだ。あまりよくは聴こえなかったけど、あの後トレーナーさんに褒められてたんじゃないか?」
「……」
 なんだ、あれを聴かれてたのか。
 ホッとしたような、釈然としないような。しかし偶々上手く歌えなかった、などと言い訳をしないでいたのは正解だったみたいだ。
 彼に格好悪いところは、なるべく見せたくない。
「でも、アイドルなら人前で本来の力を発揮できるようにならないとなあ。それは俺が飛鳥に経験を積ませてないからいけないんだけどさ」
「……ボクなら出来る、そう信じてこの舞台に推してくれたんだろう? ならそれは、ボクの力が及んでいないせいだ」
「最初からどんな時も全力を出せるやつなんてそういないよ。気にするなって」
「でもキミはボクを――」
「飛鳥」
 名前を呼ばれただけなのに、スッと胸に落ちていった。それは無視出来ない何かを秘めていて、ボクの足の動きが止まる。
 ……振り返ると、そこには笑顔があった。
 微笑みだけで優しさに包まれる、いつもの笑顔だ。
「本番も間近なのはわかってる。でも焦らないでほしいんだ。俺一人なんかよりよっぽど多くの人にお前の歌を聴いてもらうことになっても、その舞台にはあいつらが一緒にいる。だから安心しろって」
「……っ」
 ボクを落ち着かせようとしているのは伝わってくる。それ自体はいい。
 けれど、彼の言い分ではボクだけを甘やかしているように聞こえてしまう。それでは二人に追いつけない。ボクなりに追いつき追い越そうとしているのだから、そんな特別扱いはいらない。して欲しくない。
 ……だから、つい、ボクは。
「裏方のキミに、何が解るっていうんだ?」
 口にした側から後悔するような、思ってもいないことを彼に言ってしまった。
51: 以下、
「…………」
 驚き、だろうか。彼の笑顔を奪い去ったボクの台詞は、怒りでも哀しみでもなく、代わりに彼へ与えたのは驚きの表情だった。
「そう、だよな。見ているだけしか出来ない俺が、何を言ってるんだろうな」
 どうも真に受けてしまっている。
 違うんだ、ボクはキミを責めるつもりなんてなかったのに。
「謝ってばっかりだな俺、すまん」
「……怒らない、の?」
「え?」
 思い通りにいかないからと八つ当たりしているコドモを、彼は叱らなかった。叱るどころかそのコドモの稚拙な弁解すらも真剣に受け止めている。
 彼は他のオトナとは違う、そう思っているけどそれはまだボクの勘でしかない。
 彼のことを知り、彼と解り合おうとするのなら……今だ。きっと今なら彼の心に触れられる。
 既にボクは彼を傷付けてしまっている。ならボクも、傷付くつもりで触れ合わなければ嘘ってものだ。
 ボクは再び、彼に問う。
「キミの気持ちも汲まずに生意気なことを言ったボクを、怒らないのかい?」
「……。そんなこと、ないさ」
「そんなこと、とは?」
「飛鳥が言ったことだよ。ステージに上がることのない人間が、ステージに立とうとしている人の気持ちをどうしてわかるんだろうな。飛鳥の言う通りだと思ってさ」
「違う、ボクは本気でそんなことを言うつもりはなかったんだ。だからキミが、ボクの虚言を気にする必要はない」
「……俺さ、気が利かないってよく言われるんだ。飛鳥を安心させようとして掛ける言葉を間違った。そうだろう?」
「それは……」
 奇しくもボクが彼にそうさせてやれなかったように、彼もまたボクを安心させられなかったことを悔いているようだった。
「飛鳥が熱出してどうしようってなった時も、幸子に言われたもんなあ。俺はいつも大事な時に限って何も出来ない、してやれない。そんな俺でもついてきてくれる皆を、輝かせてやりたいってのに……。上手くいかないな。俺は」
 屋上で遠く空の彼方を眺めていた彼が、頭をよぎる。
 常に正解を選択し続けられるわけがないのに、そうしたすれ違いの果てに彼のもとを去った人がいたのかもしれない。邪推であればいいのだが、理解し合えないまま別れてしまっては彼も心残りだろう。
 寂しい思い出として彼の心に住み着くつもりは、ボクにはない。
 ボクは彼と、解り合いたい。
52: 以下、
「……ねぇ。ボクは甘やかされたくなかっただけなんだ。あの二人と比べて、経験が浅いからって求めるレベルを下げられるのは、嫌だ」
「飛鳥……」
「でも、場数を踏まなきゃ得られないものもあるんだよね。その事実と向き合わずに、二人に追いつこうとしたボクを……キミは嗤うかい?」
「そんなことない! 俺、飛鳥がやる気だって聞いて嬉しかったんだ。二人を追い抜くつもりで取り組んでくれてるんだろう?」
 ……。
 今それを真顔で問われるのは、堪えるな……。
 だがこれぐらいで恥ずかしがってはいられない。
「まぁ、キミが用意してくれた舞台だ。ボクにとっての大事な……始まりになろうとしている舞台で、ヘマをしたくない。そのつもりでやってきているよ」
 胸中を吐露することで、ボクの中で対抗戦フェスにかける想いが熱くなっていたことを、ボク自身の胸の奥から教えられた気分だ。
 理由はいろいろあるけれど、最高の舞台にしたいと今のボクは思っている。
「……飛鳥。ありがとう」
「おいおい、どうして礼なんて口にするんだ。言うにしてもそれはまだ早いってものだろう?」
「ううん、言わせてくれ。いきなり大き過ぎる舞台へ上がらせようっていう俺に、ついに文句が出たと思ったらそれは俺が飛鳥を見誤っていたせいだった……。それでも、ついてきてくれるんだよな。俺に」
「キミ以外とこの世界、次の世界を歩んでいくつもりはないんでね。ボクの扱いを心得たいなら、ボクのことを理解ってもらわなきゃ。そしてボクは、キミのことを――」
 いけない、歯止めが利かなくなってきている。まずは落ち着こう。
 ひと呼吸置いて下手に口を滑らせないよう整えていると、彼の方からボクの発言の続きを引き取った。
「……そうだな。飛鳥って周りの評価に無頓着でクールに何でもこなしていくタイプかと思ってたけど、違うみたいだ。何を見てきたんだろうな、俺」
「…………」
 心臓を中心に迸っていた温度が、急に下がっていくのを感じた。
 確かに、「二宮飛鳥」の仮面を被っている時のボクはそういうヤツだった。そう演じてきた。それが今はどうだろう。
 彼がアイドルへ誘ってくれた「二宮飛鳥」と、今のボク。それらが乖離してしまったら、ボクに掛けられた魔法は解けてしまわないだろうか。
 彼と解り合いたい。でもそうすることで、彼の中のボクが「二宮飛鳥」でなくなってしまったら……。
「飛鳥? どうした、固まってるぞ」
「…………何、でもない。立ち話は……終わりだ、事務所に戻ろう」
「ああ。そうだな。もしかしたらあいつらも戻ってきてるかもしれないぞ」
 止まっていた時間が動き出し、彼が前へと歩いていく。
 数歩遅れて今度はボクが彼の後を追った。
 先を歩いていた時とは比べ物にならないほど、重くなった足取りで。
53: 以下、
「あ、戻ってきましたね。さぁプロデューサーさん、飛鳥さんも早く支度してください!」
 急かすように帰り支度を促す幸子と、どこか上の空な蘭子がボクらを出迎えた。
「どうした幸子、これから何か用事か? 早く帰りたかったなら待ってなくてよかったんだぞ?」
「ククク、我が友よ。今宵そなたを束縛する鎖が解き放たれているならば、祝宴を開くのもよいと我等で創案していたのだ(プロデューサーが今日は早く帰れるって聞いて、一緒にご飯食べに行きたいなーって話してたんです!)」
「えっと、俺はもう少し仕事残ってるんだけど……」
「なら早く片付けてください! 今すぐに!」
「お、おう。でもどうして急に?」
「フフーン、もうすぐ本番ですからね。景気付けっていうんですか? たまにはこういうことも大事だと思ったまでですよ。あぁ、ボクってなんて冴えてるんでしょう!」
 舞い上がっている幸子を見て、蘭子の様子にも合点がいった。
 食事、か。もちろんボクのことも頭数に入れているのだろう。
「そんなこと言って、ていよく俺から上手いもん食わせてもらおうって企んでたんだな? 幸子はずる賢いなー」
「ちょっ、どうしてボクだけそうなるんですか!? 蘭子さんはどうなんです!?」
「蘭子はそんな悪巧みなんてしないだろ」
「ボークーもー!! こんなにカワイイボクが悪巧みなんてしませんよ! プロデューサーさんはボクを何だと思ってるんですかぁ!」
「冗談だって、ほらほら。幸子はカワイイカワイイ」
「……そうやって撫でればボクのことは何とでもなると思ってません? 騙されませんよ! でもそれはそれとしてもっと撫でてください! そのままお仕事片付けちゃいましょう!」
「撫でながらは効率悪いな……。っと、俺は飯に連れていくぐらいなら別にいいけど」
 プロデューサーは蘭子へ向き直り確認を取る。「愚問!」と蘭子は首肯した。
 そして次は、ボクの番だ。
「飛鳥も来てくれるよな?」
「ボクは……」
 彼らについていけば、それは楽しい晩餐会となるのだろう。
 仕事の外で初めて彼とも親交を重ねられる。何とも魅惑的な誘いだった。
 だがボクは……ボクでいなければ。彼が見ているところでは「二宮飛鳥」としての判断を下さなくてはならない。
 そうしないと、12時を示そうとする時計の針の音がボクへ迫ってくる気がしたから。
54: 以下、
「……いい、ボクはやめておくよ」
「そうか? 残念だな……どうしても? 遠慮しなくていいんだぞ?」
「うん。苦手だから、そういうの」
 食い下がる彼から逃げるように視線を逸らす。その先には蘭子の哀しみに染まった瞳が飛び込んできて、たまらず下へと再度視線を逸らした。
 俯きながらボクは帰るための支度を始めようとする。
「飛鳥さん、そう仰らずに行きましょうよ。どうしちゃったんですか? まさかまた具合でも……?」
 頭を撫でる彼の手から離れ、ボクの様子を窺いにくる幸子。
「……。行こ?」
 ボクの手を取り、寂しそうにボクを見つめる蘭子。
「飛鳥もいなきゃ、行く意味が薄れちゃうんだけどな……今日だけでも、だめか?」
 苦手だと告げたはずなのに、なおも優しく食い下がるプロデューサー。
 ……あぁ、なんて居心地が良いんだろう。孤独から抜け出したくて、あんなに求めていたものがここにあるというのに。
 でも、駄目なんだ。ボクはここにいたいから、一緒には行かない。
 つまらない意地かもしれない。それは解ってる。きっと彼らならどんなボクだって受け入れてくれる。根拠はない、だたボクがそう勝手に信じているだけだ。
 それでも、この世界は何が起こるか解らない。さっきのボクのように、その気のない一言で相手を傷付けてしまうこともある。それが引き金となって永遠の別れに繋がったりもするだろう。
 ボクは恐れているんだ。この居場所を失ってしまうことを。
 全ての始まりである彼から……見限られてしまうことを。
 ボクが「二宮飛鳥」で在り続ければ、少なくとも居場所を失うことはない。
 ここにきて、ボクは望んだものの尊さを理解した。
「……いっておいで」
 ボクの手を取る蘭子を軽く振りほどき、支度を済ませる。
 三人の視線に僅かな痛みを覚えながら、ボクは一人で――独りで、事務所を出た。
 帰り道、見慣れた景色であるはずがどうにも色褪せている。雑踏の音も何も聞こえてこない。ここには何もない。
 あるのは孤独だけだ。
 ……いたたまれなくなり、ボクは遠回りをしてでも違う道から寮へ帰ることにした。
55: 以下、
 寮の自室へ戻るなり、灯りもつけずにベッドへうつ伏せに横たわった。
 何かをする気になれない、これからどうしたいのかも解らない。真っ暗な部屋でただただ孤独に苛まれている。
 今頃彼らはボクの影をそこに置いて、どこかで食事をしているのだろう。考えただけで後悔しそうになる。ボクも行きたかったな。
 ……でも、これでよかったんだ。ボクがボクである限り、「二宮飛鳥」として彼らと交わることさえ出来れば、他に望むものはない。過ぎた欲は身を滅ぼす。世界ではよくあることさ。
 そうやって自分を騙すのは慣れている。だからといって、それで得られるものはない。あるとすれば虚無感くらいだ。
 暗闇の中、思考まで暗くなっているボクにはお似合いだな。虚無……か。
「飛鳥ちゃん」
 ……? 幻聴だろうか。
 いないはずの人間の声が聞こえてしまうとは、いよいよボクの精神は闇に憑りつかれてしまっているのかもしれない。
 ……そんなわけがなかった。今度はノックの音も暗闇の中に鋭く響いた。
「飛鳥ちゃん、いる……よね? 入ってもいいかな」
 帰ってすぐに部屋の鍵を掛ける習慣は失っている。入ろうと思えばいつでも入れる状態だ。もっとも、この部屋に訪れようとする人間はかなり限られているが。
 いや、限られているからこそ、すぐには鍵を掛けなくなったのだろう。彼女らならいつ来てもいい、そう思っていたから。
 蘭子はボクに何の用だろう。寮にいるということは、ボクのせいで食事をしに行く予定はキャンセルになってしまったのかな。ボクのせい……それならますます今は顔を合わせづらい。
 蘭子も解っているだろうに、それでもボクに寄り添おうとするのか。
 逃げ場は……ない。だが彼女を拒絶することも、ボクには出来なかった。
「……お邪魔しまーす」
 ゆっくりと丁寧に蘭子は部屋のドアを開けた。中が灯りもついていないことを察してか、声のトーンを落としている。そのままほとんど音を立てずにドアが閉まる。
 この暗闇の中にボク以外の誰かが存在している。姿は見えない……今の体勢では明るかろうがどうせ見えないけれど、孤独を選んだボクにも繋がりを求める誰かがいてくれて、心に小さな火が灯るようだった。
「飛鳥ちゃん……聞こえてる?」
 部屋の中までは入ってこようとせず、ドアを閉めてからその場に立ち尽くしている蘭子はボクに問いかけた。
「間違ってたらごめんね。飛鳥ちゃん、プロデューサーと何かあった?」
 ……。
 何かはあった。だがそれはもう決着がついている。ボクが勝手に別なことを引きずっているだけで、あの時のやり取りはもう終わったんだ。
「…………」
 蘭子に答えられそうな返事は持ち合わせておらず、無言を返すしかない。
 それを彼女はどう捉えたのだろう。呆れてしまっているだろうか。それとも……。
「……あ、あのね。それじゃあ、私も答えるから……これだけは聞かせて」
 私も答える? 蘭子は何をボクから引き出すつもりなんだ。
 ろくに返事もしないボクへ語りかける蘭子は、決意のようなものを抱いてこの暗闇を今も存在しているに違いない。そんな彼女の決心を聞いてしまえば、またボクは何かを後悔することにならないだろうか。
 ……聞いてみたい、だけど聞きたくない。逃げ場を失っているボクがいくら迷おうと、蘭子を止められるはずもなかった。
「飛鳥ちゃんは……。あ、飛鳥ちゃんは、あの人のこと…………好き?」
56: 以下、
今日はここまで。やっと終わりがうっすら見えてきました
57: 以下、
訂正
>>5
×誰かと組なきゃいけなくなった
○誰かと組まなきゃいけなくなった
>>23
×懸命な判断をしたまでですよ
○賢明な判断をしたまでですよ
>>45
×水に滴るカワイイボク
○水も滴るカワイイボク
58: 以下、
おつおつ
ちょっとずつシリアスになってきたかな
59: 以下、
 好き。
 ……好き?
 耳を疑った。何を言い出すんだ蘭子は。
 ボクにそう問いかける彼女は、この暗闇のどこかで今何を思い、何を見通そうとしているのか。
 そしてボクは、たったそれだけのことを聞かれてこうも胸が締めつけられている。あるいは、全くの死角から心臓を突き刺されたかのような。鼓動が早まるのを抑えられない。
 好きかどうかなんて、彼のことを嫌ったりしていないならそうだとも言えなくはない。そんな回答で蘭子が納得するとは到底思えないが。
 感情が、追い付かない。
 本当に彼女からの問いかけは『たったそれだけのこと』なのか……?
 好き。その二文字に含まれた意味とは、きっと――
 彼女はボクを、どこまで知っているんだろう。
「……。あの、私はね――」
「待って……蘭子」
 ボクからの反応が無いとみて、微かに震えた声で何かを打ち明けようとする蘭子を押し止めた。
 彼女は自分語りを始めてまでボクの返事を待っている。純情で、でも恥ずかしがり屋で、仮面をつけずに思いを言葉にするのが不得手な彼女が、だ。
 あの時と違い、ボクはエクステをつけたままだ。闇に紛れて彼女と向き合おうとする意思を都合よく隠し切っている。
 それでも彼女はこうまでしてボクの心に触れようと、触れ合おうと手を差し伸べてくれていた。
 これ以上、蘭子を待たせるわけにはいかない。
 ボクの……トモダチを。
「灯り、つけるよ」
 ベッドのどこかにあるはずの、部屋の照明をつけるリモコンを手探りで掴み取る。暗い所に長く居ただけあり、差し込む光に目が眩みそうになった。
 目が慣れるまでは目を瞑っていよう。その間に、ボクは身体を起こしてエクステを外すことにした。付けるのは時間が掛かるくせに強い衝撃を受けても簡単に外れるそれは、なんだか蘭子のそれに似ていなくもない。
 外したエクステをテーブルに置く。綺麗に保管するための作業は後回しにして、依然ドアの前で立ったままの蘭子を、ベッドに座るボクの隣へ来てもらうよう手振りで促した。
 蘭子はどこか安堵した表情でボクの隣に座る。面と向かって話すのが気恥ずかしくなり、隣に居てくれた方が喋りやすい。
「……キミと、またこうして話すことになろうとはね」
 仮面を外したボクらの密会は二度目だ。
 今度はボクも、自分の内にあるものを曝け出さないといけない。だが蘭子はボクから言質を取らなくても何か確証があってボクに問うたのだろう。
 やはり彼女に隠し事は通じにくいか。別に意図的に隠していたわけではないけれど。ボク自身でさえ、ボクにそんなものが隠れているのかどうか考えもしなかったのだから。
「それで、ボクがプロデューサーを好きか――だったね」
「……うん」
「どうしてそう思うんだい? 根拠があるなら聞いていいかな」
 恋愛経験なんてないボクには、誰かを好きになるという感覚が解らない。14年も生きて未経験なことをどうして想像だけで補える?
 蘭子はどうなんだろう。ボクよりは詳しいのかな。それでボクの内に潜むものの正体を察知したというのか。
60: 以下、
「あのね。あの人のことになった時の飛鳥ちゃん、私に似てるなって思ったの」
「……。どう、似てる?」
「そうだなあ。あの人とお喋りしてると凄く楽しそうだったり、あの人の話題になったらたまにぼんやりしてる時とか」
「ま、待った、蘭子。ボク……そんなだった?」
「うん」
 断言されてしまった。
 ……蘭子を隣り合わせになるよう座らせてよかった。顔を合わせられそうにない。
「私にはわかるよ。私も……そうだから」
 蘭子は蘭子でどんな顔をしているのだろう。確認したい気もするが、今のボクにそうする勇気は湧かなかった。
 顔をちょっと覗くだけのことに勇気が必要になろうとは。
 どうしたんだ、ボク。
「私ね、もっとあの人とお話したい。頑張ったら褒められたいし、つらい時は側にいて欲しい。時々だけど、私の言葉が通じなかったりしたら、その、つい、す、拗ねちゃうし」
 むーっ、と頬を膨らませた蘭子をイメージする。とてもしっくりきた。
「飛鳥ちゃんは、どう?」
「えっ?」
「飛鳥ちゃんはあの人にして欲しいこととか、ない?」
「ボクは……」
 望むことならある。
 ボクは彼と、解り合いたい。解り合ううちに彼の知る「二宮飛鳥」ではないボクを、幻滅されやしないか――魔法が解けてしまわないか、恐れもあるけれど。
 して欲しいこと、か。
 欲を言えば、まぁ、その。なくもないけどさ。
「じゃあ、幸子ちゃんのこと羨ましく思ったことは?」
 ここでも幸子が出てくるのか。
 ボクらの密談に幸子は不可欠らしい。でも、今回は心当たりがあった。
 それが羨望であったかは解らない。彼に撫でられている幸子を見て、ボクに異変が起きたのを自覚したのは確かだ。
 あの時の感情は――
「……。ずるいな、幸子は」
 このもやもやとした感情を的確に表す単語が浮かばなくて、前回の蘭子の言葉を借りることにした。
 苦し紛れのつもりが、奇しくも言い得て妙だった。
61: 以下、
「いいよね、幸子ちゃん。あんなに素直にあの人とお喋りしたり、ワガママ聞いてもらったり……私には真似できないなあ」
 真似を出来ないという点では同意見だ。真似してみたい、という意味ではなく。
 彼にあれほどべったりした自分を想像してみる。今度はまるでイメージを構築出来ない。
「なぁ、蘭子。つまりキミは、こう言いたいのかい?」
 幸子について思うことが本題に関わることであるのなら、そしてこれまで挙げられた全てを是とするならば。
「キミとボクは似たような想いを彼に抱いている。それが何なのか、キミは識っている、と」
「そう、だね」
「つまりキミは、彼のことが……?」
「…………だって、好きになっちゃうよ」
 吸い寄せられるかのように、隣に座る少女の横顔をボクは自然と眺めていた。
 ボクもまた、そんな顔をしていることがあったのだろうか。
「私が”私”でいられるアイドルの世界に連れてきてくれて。誰にも分かって貰えないと思ってたのに、私のことを分かろうとしてくれて。……嬉しかった。あの人の近くにいると、ずっとドキドキするんだ。きっとこれが、好きってことなんじゃないかな」
 彼の側に居る時の、あの胸の高鳴り。
 彼への期待によるものとばかり思い、その心地良い高揚感に酔いしれることもあった。
 これが……好き?
 ボクがそうであるように、彼にとってのボクも特別な存在であって欲しいという欲望も。
 彼のことが好きだから。
 ……。
 あぁ、そういうことだったのか。
 ボクは彼が、好きなんだ。
「……似てるね。ボクらは」
 自分以外の誰かから自分のことを認められたりはしないのだろう、そう諦めていたところなんてそっくりだ。
「うん。似てるから、そうじゃないかなって……気付いちゃった」
 蘭子がボクに微笑みかけてくる。ボクもつられて、少しだけ笑顔を返せた……と思う。
「ねぇ飛鳥ちゃん、あの人と何かあったんじゃない? そのせいで、みんなでご飯に行かずに帰っちゃった、違う?」
「……お察しの通りさ」
 闇の中に葬った回答を、光の下へ甦らせる。
 話してみよう。ボクが抱えているものを。
「ボクはね、自分の存在が揺らいでいることには気付いてたんだ。彼の側に居ると、特に……。この世界にきて、ボクの望むセカイもずっと明るいものになった」
 孤独の上に成り立っていたボクのセカイは、いつしか人の影が染みついていた。
 その影を追えばボクを迎え入れてくれる人がいる。それは彼であり、隣に座る彼女であり、ここにはいない彼女でもあり。
「変わらないヤツはいない。今のボクは、きっと彼と出会ったボクではなくなっている。アイドルに誘ってくれたボクじゃなくなったら、ボクはこの世界にいられなくなるんじゃないかって……考え出したら止まらなくなるんだ」
「……うん」
「彼に言われたんだ。ボクは周りの評価に無頓着で、クールに何でもこなすヤツだと思ってたって。ボクは……「二宮飛鳥」は彼の言う通り、確かにそういうヤツだった。だからボクは、彼の前ではそういうヤツでいようと思った」
 ボクが「二宮飛鳥」を演じ続ければ舞踏会が終わることはない。
 仮面がボクを縛る枷になろうとも、魔法さえ解けなければ舞台で踊っていられるはずだから。
62: 以下、
「それで今日、みんなで一緒に行こうとしなかったんだ」
 ボクの告白を静聴していた蘭子は、柔らかい調子でボクに確認を取ろうとする。
 責める気など、まるでないらしい。
「うん……。蘭子が今ここにいるってことは、計画を台無しにしてしまったようだね」
「それはいいの。今日のことは私と幸子ちゃんで勝手に決めてたことだもん。飛鳥ちゃんが来てくれなきゃ、意味がなかったから」
「……もしかして、最初からボクのために?」
「そうだよ。お仕事以外であの人と会ったことないって言ってたよね。単純に私と幸子ちゃんが四人で一緒にご飯食べてみたかった、っていうのもあるけど……迷惑だったかな?」
「そんなことないさ。正直、割と後悔してたくらいだ」
 灯りもつけず闇に身を包んでいたボクを見られて、今さら何でもないなどとは強がれない。強がったところで看破されるのが落ちだ。
「それならよかった。ふふっ、じゃあ幸子ちゃんにも説明しないとね。飛鳥ちゃんが先に帰っちゃって、幸子ちゃんもなんだかんだ心配してたから」
「幸子が……。幸子ももう寮に戻ってるのかい?」
「うん、一緒に帰ってきたから部屋にいると思うよ。もしかしたら食堂へご飯に行っちゃってるかもだけど」
「そっか。ならまずは幸子の部屋に往ってみるとしよう。蘭子も……来てくれるかな」
「もちろん! えへへ、やっと頼ってもらえたー」
 無邪気に喜んでいる蘭子がとても愛おしかった。彼はこんな彼女の一面をどれほど知っているのだろう。
 ボクから見ても蘭子は仮面を被っていようがいまいが魅力的な少女だ。彼女を肯定しているのなら、ボクのことも肯定してくれるだろうか。
 エクステを外したまま、初めて自分の部屋を出た。寮の廊下でさえ別な世界へ迷い込んだかの錯覚に陥る。
 それでもボクは、彼女に会いに行かなければ。
「……なぁ、蘭子」
「ん? なあに?」
「幸子の部屋って、どこだっけ」
 誰かの部屋へ行くことも、これが初めてのボクだった。
63: ◆KSxAlUhV7DPw 2016/05/24(火) 06:50:35.24 ID:ibEATKqeo
今月中に終わらせたかった……
長くなる時はつけるようにしてたので、今さらですが酉つけておきますね
65: ◆KSxAlUhV7DPw 2016/05/31(火) 22:41:36.10 ID:D9m/pSOOo
 蘭子の先導により、もう一人のトモダチの部屋へ着く。
 彼女は中に居るだろうか。ボクは腕を軽く振りかぶり、
「……」
 ノックをしようとするも減、ドアの手前で固まってしまった。
 あの一件で顔を合わせづらくなったのは蘭子だけではない。幸子も、そしてプロデューサーにもそうだ。
「私が代わりにする?」
 ここまで連れてきてくれただけでも有り難いのに、まだボクに助け舟を寄越してくれるのか。
「……あぁ。助かるよ」
「任せて♪」
 ボクに頼られることがよほど嬉しいらしい。その遠因が幸子への一方的な対抗心からくるものではまさかないよな。ボクは幸子にばかり頼っていたつもりはないけれど、彼女にはそう見えていたようだから。
 そして蘭子は勢いよく、幸子の部屋に快音を打ち鳴らした。
「ひゃいっ!? ど、どなたですか? あ、ちょ、ちょっと待ってくださいね! 今取り込んでますので!」
「あう……強くしすぎちゃった」
 部屋の主を怯えさせるノックからバタバタと中から聞こえ続けて数十秒後、恐る恐るといった具合にドアが開かれた。
「お待たせしました……なんだ、蘭子さんですか……。それと」
 幸子が視線をボクに向ける。何気ない動作でしかないそれは、今だけはボクを射竦める効果があった。
目を逸らして逃げたくなるが、ぐっと堪える。もう彼女らから逃げる真似はしたくない。
「……なんて顔してるんですか、それでは文句の一つも言えなくなりますよ。もう」
 もとより文句など口にするつもりもなかったくせに、幸子はやれやれとポーズを取る。
 ふぅ、と一息ついた後の彼女は、ボクが体調を崩した時に見せた優しい目をしていた。
「入ってください。ボクに用があるんでしょう? 急いで片付けましたから、居心地はそんなに悪くないと思いますよ」
「……邪魔するよ、幸子」
「お邪魔しまーす♪」
「ひっ! 蘭子さんが蘭子さんじゃなくなってるぅ!?」
「い、いいの! 今日は……きっと大事だから、まだ頑張れる!」
 幸子にも通じるように、仮面を脱いでいるのだろう。もしくはそれだけ幸子にも心を許せている、とも。
 ボクは幸子が蘭子の言葉を理解するために努めているのを知っているので、早く三人で不自由なく会話する日が来るのを密かに心待ちにしている。
66: ◆KSxAlUhV7DPw 2016/05/31(火) 22:43:37.06 ID:D9m/pSOOo
「わぁ……いろいろあるんだね、幸子ちゃんの部屋」
 蘭子も入るのは初めてなのか。いろいろある、で済ませていいのかはボクには疑問だったが。
 急いで片付けたという幸子の部屋は、それほど物は多くないのに何故か雑然としていた。そしてどこかチグハグというか、幸子の趣味とは合致しなそうなものが散りばめられている。
 たとえばDVDデッキに積み上げられたホラー物らしきパッケージ。部屋の隅に置かれたキノコの植木鉢……キノコ? 明らかに他の誰かから持ち寄せられたものだろう。
 かろうじて幸子らしさを表す私物だと一目で判断出来たのは、幸子の家族写真らしきものが飾られた写真立てくらいだ。
「部屋を片付けるのって苦手なんですよね。家では家事なんてしたことなかったもので……さぁ、適当にくつろいでください」
 片付いているのに散らかっている、でも落ち着ける……不思議な空間もあるものだ。部屋の空気を決めるのは物ではなくそこに住まう本人によるということか。
「さて、飛鳥さん。蘭子さんも、ボクの部屋のことはいいですから。……やっぱり変ですか?」
 幸子に似つかわしくない物も見受けられるのは確かだが、誰かから持ち寄せられたであろうそれらを幸子は大切にしているのだろう。それだけは伝わってきた。
「そんなことないさ。……幸子、今日のことだけど――」
 蘭子にそうしたように、ボクはせっかくの誘いを断った理由を幸子にも打ち明けた。
 蘭子は聞くだけ聞いて肯定も否定もせずにいてくれたけど、幸子はどうだろう。ボクとはあまり似ていない彼女だからこその意見を聞いてみたくもあった。
 たとえそれが、ボクの在り方を否定するものだとしても。
「うーん……難しく考えすぎじゃないですか? 自分に正直にならなきゃもったいないですよ」
「誰もがキミみたいにはなれないよ、幸子」
「それはそうでしょう、ボクになれるのはボクだけですから。ボクがわからないのは飛鳥さんが飛鳥さんの仮面を付けて演じている? ということです。どうしてそんなことする必要があるんですか?」
「……誰しも仮面は持っているものさ。自分のセカイに適合するためであったり、世界に対して弱者である己を隠すためであったり、ね」
「?? もっとわかりやすく説明してもらえないでしょうか……」
「そうだな――」
 ちらと蘭子を見やる。思い返せば彼女とは、自分の好きな人などというこの上ない秘密を共有してしまったのだ。実感はまだ湧いてこないが。
 こうなれば幸子も巻き込んでしまおう。ボクの言わんとすることもこれで通じるはずだ。
「幸子は、プロデューサーのことが好きかい?」
67: ◆KSxAlUhV7DPw 2016/05/31(火) 22:46:04.84 ID:D9m/pSOOo
 ……直球過ぎた。
 だからこそ威力もあったようで、幸子がみるみる茹で上がっていく。
「な……な……、なああああーー!? 何を言い出すんですかあなたは!! ボクがプロデューサーさんを……す、す、好きだなんてぇ!?」
 顔を真っ赤にしながら慌てふためく幸子のことを、心なしか蘭子が目を輝かせて見つめていた。この手の話題が好みだったりするのだろうか。
 いや、今は置いておこう。
「幸子にも理解りやすい事例を挙げたつもりだけど」
「どこがですかぁ! さてはボクをからかってますね!?」
「そんなつもりはないよ。ただ、思い出してみてくれ。彼と接するキミとボクらと接するキミは、全く同一の輿水幸子であると言い切れるかい?」
「うむむ……? わかるような……わからないような?」
「幸子と共に過ごして気付いたんだ。キミには可愛がられようとするキミと、可愛くあろうとするキミがいる。この些細ながら決定的な差異、思い当たらないか?」
「……」
「彼の前では、そう。可愛くあることよりも、可愛がられることに重きを置いている節がある。どちらが本物の輿水幸子か、という話ではなくてね」
「あの……飛鳥さん……」
「それから、うん? なんだい」
「とりあえず……その、この辺で……ひとまず勘弁していただけないでしょうか……」
 両手で顔を覆った幸子はそれだけ言い残してうずくまった。態度に出やすい蘭子に負けず劣らず、隠し切れていない部分が朱に染まっている。
 ボクの指摘に思い当たったからなのかは定かではないが、しおらしい幸子は誰が見てもカワイく映ったことだろう。
「飛鳥ちゃん……もしかして吹っ切れちゃった?」
 つられて照れている蘭子がトーンを落としてボクに訊ねる。
「誰のせい、だろうね」
「う?……ご、ごめんね」
「いいよ。それにまだ、決まったわけじゃないしさ」
 幸子がどの程度彼を好いているのか、それは幸子にしか解らない。ボクのように無自覚だったのかすらも。
「幸子。ちなみに蘭子から言わせれば、ボクは彼が好きらしい。もちろん蘭子もね」
「ちょーーーー!? な、何言いだすの飛鳥ちゃん!!」
「踏み込んでおいて自分は黙ってるってのはイーブンじゃないと思ってさ。蘭子だってそうしてくれただろう?」
「そうだけど……私の分まで、いきなりすぎるぅ?……」
 蘭子の声はもはや消え入りそうだった。
 ボクもなんだか頬が熱い。今ボクはどんな顔をしているのやら……。
68: ◆KSxAlUhV7DPw 2016/05/31(火) 22:48:54.83 ID:D9m/pSOOo
「……お二人も、プロデューサーさんが好き、と。そういうことで……いいんですね?」
 返答を待つ前にこちらから打ち明けたのがよかったのか、幸子は幾分落ち着きを取り戻していた。もう両手で覆う必要もないらしく、ボクらを伏し目がちに探ってきている。

「あぁ。そういう幸子は?」
「……」
 虚空へと視線をさまよわせる幸子はどことなく憮然としながら、それでも黙秘を貫こうとはしなかった。
「ボク……は、そうですね。ボク、両親のことが大好きなんです」
 頭の中を整理するためであろう。幸子はボクの知らない彼女の物語を紡ぎ出した。
 両親。あの写真立てに飾られた、幸子の後ろに映っている二人の男女のことだろうか。
「小さい頃からボクのことをカワイイカワイイって育ててくれて、そんなボクはきっと誰よりもカワイイんだろうなって思ってました」
 相当溺愛されて育ったに違いない。世界一を自称するほど自分のカワイさを豪語するくらいだから。
 ……。思ってました、か。
「でも、少し外に出てみるとボクをカワイイって褒めてくれる人はあまりいないんですよ。思っているだけで口にしないのか、本当に思ってないのか、それはわかりませんが」
 可愛がられて当たり前、そんな都合の良い彼女のセカイを世界は認めなかった。
「両親が嘘を吐いている……とは思いませんでした。ボクをたくさんカワイがって大事に育ててくれた、大好きな両親を嘘吐きになんてしたくありません。ボクはカワイイんです。だからボクは、多くの人にカワイがられるアイドルになりました。誰かがボクをカワイイと褒めてくれるようになることが、育ててくれた両親への恩返しにもなると信じてますから」
 幸子が「輿水幸子」たる所以はそのような生い立ちから来ていたのか。
 そうと語ってくれている少女は今、ボクの知っているいずれの幸子のようにも見えなかった。
 仮面が外れているのか、新しく付け直したのか。ボクにそれを判断する術はない。
「それなのに」
 思い出すように幸子の頬へ赤みが差した。
「本当はもっと難しいものだと思っていたんですけどね……。プロデューサーさんがボクのことをオーディションで採用してくれて、早くボクのファンになってくれる人からだけでもカワイイって言われるようになろうと思ってたら」
 その先の展開を、ボクは何となく察した。彼が絡んでいるからかな。
「……ボクの最初のファンって言ってくれたプロデューサーさんが、手放しにボクをカワイがってくれるんですよね。今となっては意地悪ばかりですけど。その、なんだか両親と一緒に居る時のような気持ちがしちゃって、つい……甘えちゃうんですよ! 悪いですか!」
69: ◆KSxAlUhV7DPw 2016/05/31(火) 22:51:13.34 ID:D9m/pSOOo
 堪え切れなくなったのか、俗に言う逆切れの様相を呈された。
 ここだけ切り取るとどうして幸子が赤くなってるのか解りづらいだろうな。
「っと、幸子はたしかご両親を大好きだと言ったね」
「ええ、まぁ……そうですけど」
 念を押して確認を取る。大事な部分がまだ聞けていない。
「彼と一緒に居る時の気持ちがご両親と同質のものであるのなら、幸子は彼のこともまた大好きだ、ということになるのかな」
「……!?」
 自分が何を喋っているのかもあやふやだったのだろう。考えればすぐに解る符号なのだが、幸子は絶句していた。
「え……あの、あれ? そういう……ことに、なる……んですかね?」
「そうなんじゃないか?」
「そうだと思うよ!」
 蘭子の援護も加わり、蘭子が部屋に訪れた時のボクみたく幸子は退路を失う。
 もっとも、身内に対しての大好きと他人に対する大好きでは意味合いが異なってくる。異性へ抱いたものなら尚更だ。
 言葉にならない言葉が何度も何度も幸子から漏れ出た後、顔の赤さから何までいろんなものが頂点に達したらしい。
「――……そ」
「……そ?」
「そ、そういうことに……しておいてあげます!!」
 うっすらと涙目にすらなっている。声は震え、臨界点を迎えかけているのだろう。
 しかしボクは、幸子の精一杯の強がりを重く受け止めた。ボクらは同じ想いを抱えた者同士だ。決して全員が報われることのない想い。同時にそれはボクらにとって報われることがあってはならない想い。
 創作のテーマとしても再三扱われ、甘くもあれば苦くも描かれるこの感情がボクらによからぬトラブルをもたらしはしないだろうか。
「……ところで」
「なんだい?」
「ご飯……食堂へ食べに行きません? まだなんですよ、気持ちも一旦落ち着かせたいですし」
「あ、私もー。飛鳥ちゃんもまだだよね?」
「まぁね。……そうしようか」
 どうやら杞憂に終わりそうだった。
 いや、何かが起こるのを期待しているわけではないからいいのだけれど、こういう時は軋轢を生ずるものとばかり想像が働いていた。ボクがこの手の話題や状況に疎いだけかな……?
 ボクらの中でいち早く内に秘めた想いの正体を暴き出していた蘭子には、どう折り合いをつけているのか食後にでも聞いてみたい。
 ボクらの夜は、まだ終わりそうになかった。
70: ◆KSxAlUhV7DPw 2016/05/31(火) 22:53:44.58 ID:D9m/pSOOo
「あ、あんまり見ないで欲しいなぁ?……」
 空腹を満たしたボクらが改めて集ったのは蘭子の部屋だった。
 意外にも部屋の中は彼女のセカイを彩る装飾をほとんど施されておらず、幸子とは対照的に住んでいる本人が部屋から浮いてしまっている。
「すっきりしてるものですねぇ。あれ、もしかしてボクの部屋だけ……」
 口をつぐむ幸子だったがもう遅かった。ボクの部屋も徐々に物が増えていくのだろうが、幸子の部屋ほど雑然としないよう気を付けなければ。
「あの、今度は何をお話するの?」
「蘭子、キミのスタンス……いや、覚悟……? 何と名状するべきか……とにかく、たとえばキミがこれからどうしていくつもりなのかを聞きたいんだ」
「うん? 何のこと?」
 首を傾げられてしまった。
 察して貰えるものとばかり思っていたから調子が狂う。
「こんなこと気にするボクの方がおかしいみたいでなんだか気恥ずかしいが……。つまり、ボクらの想い人が一緒だったわけだ。それを知ってなおボクらがこれまで通りのボクらでいられるか、という、ことなんだけど」
「うーん……。飛鳥ちゃんはこのまま仲良しでいるの、イヤ?」
「嫌じゃない。ボクだって、二人とは……。ただ、いざ自分がこんな状況に陥ってみると、そういうことになるんじゃないかって不安になるんだ。ボク……やっぱりおかしいかな?」
「いいえ、何の問題もないですよ」
 気を取り直した幸子が自信満々に口を挟んできた。
 ……幸子はこうでないと。
「ボクたちはアイドルなんですから、そもそも恋愛はご法度です。取り合うことも出来ないのに争って険悪に、なんかなりませんって」
 フフーン、と幸子は鼻を鳴らす。
 それについてはボクもこの世界の扉を開く前、厳密に言い渡されたっけ。そういうものだと解っていたし、自分がそうなることは当面ないと踏んでいたから特に気にはしていなかったが。
「……ずっと抱えたまま冷めるまで待つしかない、か」
 アイドルにしてくれた人を好きになり、アイドルになったが故にその気持ちを封じなければならない。随分と皮肉なものだ。
 とはいえ、許されるなら想いを伝えるのかといえばそうでもなく。如何ともし難い、これが恋愛ってヤツなのか……。
 考え込んでいると、それを見越してなのか蘭子はボクの迷いにポツリと道を示した。
71: ◆KSxAlUhV7DPw 2016/05/31(火) 22:57:47.87 ID:D9m/pSOOo
「私もね? 叶わない、叶っちゃいけないってことは承知してるよ。誰かを好きになっちゃいけない。知ってたはずなのに、知ってたからって、この気持ちは抑えられなかったと思う」
「蘭子……」
「私は、この気持ちもあの人がくれたものなら、大事にしていたいんだ。私が”私”であることを捨てずにいさせてくれたから、この気持ちだって手放したくない。それにあの人のことだから、もしかしたらこの気持ちにだって……なんて」
 自分の秘めた想いに気が付いて、受け入れてくれるのを期待する、ということか。
 迎えに来てくれるのを待ち続ける。蘭子らしい選択に思えた。
「欲張りさんですねぇ。まぁボクも、そういう考え方は悪くないと思いますけどね」
「だってぇ……。そういう幸子ちゃんは、どうしていきたいの?」
「ボクですか? ボクは……今まで通り、といったところでしょうか」
 混じり気のない微笑を浮かべた幸子を見て、既に心が決まっていることを窺えた。
 こんなところでもボクは二人に置いていかれそうだ。
「今まで通り、ボクが一番カワイイってことをプロデューサーさんと一緒に証明していきます。すぐ側に一番カワイイ女の子がいて放っておける男性なんていないでしょう? プロデューサーさんだってきっとそうです!」
「……それで、一番になって彼を籠絡出来たとしたらどうするんだい?」
「その時は……そうですねぇ? ボクが一番だってことを証明しちゃったら、アイドルでいることに拘らなくてもいいかもしれません。それならボクが誰とお付き合いしようと関係ありませんしね!」
「フッ、清々しいな。それもまた一つの答え、か」
「幸子ちゃん、カッコいい!」
「蘭子さん。褒めてくれるのはいいんですけどボクはカワイイのであってカッコいいは……でもたまにはあり、ですね。そんなボクもきっとカワイイことでしょう!」
 迎えが来るのを待つことを選んだ蘭子、そして自ら振り向かせることを選んだ幸子。
 気付いてしまった初めての感情にボクが振り回されている間にも、これだけ差をつけられている。彼と過ごした時間でも劣るボクは、自分の方針くらい早く見定めなければ追い付けなくなりそうだ。
「飛鳥ちゃん、ゆっくり決めていいんだよ? 私、本当はどうしたいかなんてわかってないし、でも幸子ちゃんみたいに大胆なことも私には出来ないし……」
「……また見透かされたかな。心遣いありがとう、蘭子。……そんなにわかりやすいのかな、ボクって」
 さすがにボクの心の機微を感じ取り過ぎではないだろうか。
 顔に出てる?
「ふふっ、そうじゃなきゃあんなこと聞きに行ったり出来なかったかなー。それでも違ってたらどうしよう、って心臓バクバクしてたけどね。暗くて助かっちゃった」
「ボクだって、あの闇の中に誰かが光を灯しに来るとは思ってなかったよ」
「? 何のお話をしてるんですか?」
「幸子の部屋に来る前、ちょっとね。今日の立役者というか、こんな流れになった元凶? が蘭子なんだ」
「元凶!? うぅ、そんな言い方しなくても……」
「……ボクも今日のことは忘れられそうにありませんね。こ、こういうお話っていわゆるガールズトークってものなんでしょうか?」
 この面子によるガールズトーク、か。
 彼が聞いたら笑うかな。らしくない、って。
 ……らしくない、よね。自分でさえ、誰かを好きになった自分なんて想像も出来なかったのだから。
72: ◆KSxAlUhV7DPw 2016/05/31(火) 23:01:17.78 ID:D9m/pSOOo
「せっかくですし、プロデューサーさんの好きな女性のタイプについて何かご存じありません? こんなにカワイイボクが甘えてみてもほとんどあしらわれてる気がしてならないんですよ」
 あしらわれてる自覚あったんだ。めげない辺り幸子は根性があるというか。
「あの人の好みのタイプ、かぁ。聞いたことないなー。担当してるアイドルだっていろんな人いるもんね」
「ボクたちより年下の方もいれば、プロデューサーさんより年上の方もいました。……仕事に私情は挟まないってことなんでしょうかね?」
「スカウトまでこなしてるくらいだ、多少は彼の琴線に触れる相手を選んでるんじゃないのか?」
「とすると、単純に範囲が広い……? 見た目が重要ということでしょうか?」
「み、見た目だけで判断する人じゃないと思うよ!」
「おお、はっきり仰いますね。何か根拠があるんですか?」
「それは……そのぅ……」
「どちらにせよ、見た目も中身もカワイイボクならプロデューサーさんの好み足りえるでしょうけど!」
「他に重視してるものがあるかもよ。人を形容する言葉は可愛いだけじゃない。それに、身体的特徴に意外なコンプレックスがあったりとかさ」
「それって小さい子が好きですとか、むしろ大きい方がいいですとか、そういうことですか?」
「まぁ、そうだね」
 ふーむ、と握った手を口元に押し当てて考え出す幸子。蘭子もうーん、と時折かわいらしい唸り声を漏らしている。
 人の好みなんて推察したところで割り出せるものなのだろうか。参照データも乏しいことだ、ここでボクらがあれこれ議論しても確かめようもない。
 それでも考えずにはいられなくさせるのは、ボクらにとって著しく関心のある議題だからなのだろう。
 彼を知り、彼と解り合うためにも、彼を読み解く重要な知識の欠片となり得る……うん、おそらくそうに違いない。ボクらは知らなくてはならないはずだ。
「小さい……大きい……? ……むむ?」
 何かヒントでも見つけたのか幸子が視線を一点に集中させていた。視線の先を辿ってみると蘭子がいる。
 いや、もっと精細に点と点を結んでいくと、それは蘭子の――
「? 二人ともどうしたの?」
 注目を浴びていることに気付いた蘭子は、ボクと幸子がまじまじと眺めているものが何なのか、視線を追って突き止めようとし、
「――――!?!?!?」
 ボクらよりも豊かに成長しているそれを隠すように、自身の身体をかき抱いた。
73: ◆KSxAlUhV7DPw 2016/05/31(火) 23:12:34.09 ID:D9m/pSOOo
「えっ、なっ、なななな……!」
「……大きい方が好き、という男性は多いと聞きますが」
「どうだろうね。彼もそうなのかはこの際さて置いて……」
「さ、幸子ちゃん? 飛鳥ちゃん? なんか、怖いよ……?」
「飛鳥さん。ボクたちは今日、お互いの心の中を見せ合いました。どうせなら今日という日に、ボクたちの全てを曝け出すというのはどうでしょう?」
「あぁ、悪くない趣向だ。ボクも今日は初めてキミたちの部屋に訪れた。この勢いで初めてを制覇してしまおうかな、残りは寮の浴場くらいなものだけどね」
 またも蘭子をきっかけに意見が合うボクと幸子だった。
 蘭子は息の合うボクらに恐れをなして後退りし始める。ここは蘭子の部屋だ、もちろん逃げ場などない。
「今の時間は空いてましたかねぇ。さぁ行きましょう、準備はいいですか蘭子さん」
「や、やだああぁぁ! 絶対やだ、二人とも目が笑ってないもん!」
「つれないな蘭子、キミのおかげでボクは自己理解を深められたんだ。ささやかながら礼がしたい……まぁ、背中とか流してあげるよ」
「とかってなに!? うわああああん、誰か助けてええええ!!」
 十数分後、寮の浴場に絹を裂くような蘭子の悲鳴が響いた――ということはなく、広い湯船を三人の貸し切り状態でくつろいだ。二人のおかげか、ボクは誰かと入浴するという行為にもあまり抵抗を感じなくなっていた。
 彼女らと共にいることで満たされるものがある。孤独に過ごしてきた時間を取り戻すかの如く、今やボクのセカイに必要不可欠な存在だ。
 こんなセカイに変わってしまった原因は、彼以外にありえない。ボクのセカイは彼を中心に廻っている。そう言い切れる自信が、今日、ついた。
 ボクは、プロデューサーのことが、好き――
 就寝前、彼のことを思い浮かべながらベッドの中でそう独りごちてみると、じんわりと胸の奥が熱くなってきた。彼への想いを自覚した後だとこうも違ってくるのか。想いが溢れて、これまで以上に彼を求めてしまっている。
 ふと、虚空に手を伸ばす。何かを掴もうと握ってみてもそこには何もなく、いくら欲しても実体が無ければ得ることは出来ない。彼がボクのことを何とも想っていなければ、いくら手を伸ばしてもボクの一番欲しいものには届かない。それが世界の理だ。
 彼はボクをどう想っているんだろう。どんな評価を下していて、どんなアイドルをボクに演じさせるつもりなのか。ボク個人をどう捉えているのか――気になり出すと、止まらなくなる。
 ボクは……この心を、このセカイごと、彼に預けてみたい。どこにいても孤独を感じることの無いよう、寄り添うように。彼が望まない限り、実現しようもない儚い願いだけれど。
 アイドルとして彼から与えられたボクの役割が、誰かに夢を見せることだというのなら。ボク自身が夢と消えてしまわないためにも、ボクは夢を見続けよう。
 叶わないのなら、せめて。
 いつか叶うことを夢見て。
 ボクもまた、幸子のようにはなれないようだ。蘭子はこんな想いを一人で抱えていたのかな。ボクは明日、彼を直視出来るだろうか。
 ……なんだか眠くないな。
 適当にラジオをつけて、眠気がくるのを待つ。聞き慣れたパーソナリティーの声が、遠いどこかで何かを話している。電波が悪いのか、さっぱり頭に入ってこない。
 もしこれが夢見心地な気分ってヤツのせいなら、確かに今のボクは夢を見始めているところなのかもしれないな――
 ――どんな夢も、いつかは覚める時が来る
 ――それはきっと、魔法が解けていくかのように
74: ◆KSxAlUhV7DPw 2016/05/31(火) 23:18:04.36 ID:D9m/pSOOo
今日はここまで。あと4?5章分くらいになるかと思います
書いてみたいなーと思ったシーンにようやく取り掛かれそうです。長い前座(?)だった……
75: 以下、
おつ
まってる
76: 以下、

続き・詳細・画像をみる


アニオタさん、少女と一緒に首都圏のアニメショップに行き自宅近くに送り届けた結果逮捕される

警察官「目の前で殺人事件が!クソッ…休憩中だからなにもできん…!」

スピアフィッシング中の漁師に牙むき出しで襲ってくるサメをとらえた視点映像が恐ろしい!!

漫画家の収入が羨ましすぎる 1億部売れたら40億円貰えるらしい

ビックリして背中から倒れこむ子ネコ、超絶萌ゆるわぁ(*´Д`*)

【画像】ベラルーシ大統領「ペラペーラ」彡(゚)(゚)「…ん?今脱衣って言ったよね?」

杉浦太陽めっちゃ老けたなあwwwwwwwwwww

【衝撃】福澤朗アナ「タモリが日本の卓球をダメにした」説を主張wwwwwwwwww

【閲覧注意】洒落にならないほど、『怖くない』話。

モバP「誕生日おめでと。何がほしい?」

ツイッター民「トイレ行ったらクジャク居てワロタ」www(※画像あり)

ジェガンのかっこよさwwwww

back 過去ログ 削除依頼&連絡先