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八幡「普通の青春」戸塚「テニス部!」
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1:
「高校生活を振り返って 改」
三年F組 比企谷八幡
青春とは嘘であり悪である。
その気持ちは一年前となんら変わらない。
青春を謳歌せしものは常に自己と周囲を欺くし、自ら取り巻く環境の全てを肯定的にとらえる。
だが、この一年で必要悪の存在に気付いた。
筋肉を傷付けることは本来悪であるが、結果としてより強い筋肉を形成する。
他人と勝ち負けを競うことは自己満足の帰結にすぎないが、終わった後には結果はどうあれ清々しい気持ちになる。
つまり、嘘も欺瞞も秘密も詐術も、
平塚「時として高校生活には必要なものである」
八幡「………」
これは、比企谷八幡の後悔の物語。
全てが遅く、タイミングが悪く、それでいて甘く優しい青春の一年間。
部活に、恋に、友情に。
道を踏み外した人間に訪れる最後のチャンス。
それは、一年前の春、奉仕部に入って間もない頃にさかのぼる。
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3:
二年まで戸塚彩加の事を知らなかったのは、今思うと人生最大の失敗だったように思える。
女の子に間違えてしまうような可愛い容姿、華奢な身体、柔らかい言動、戸塚彩加は性別と髪形を除けば男子の理想像である。
事実、性別を知った今も戸塚……いや、彩加には心を奪われるし、時に欲情もしてしまう。
彩加「それで、比企谷君さえよければテニス部に入ってもらえないかな?」
体育の授業中、彩加は言った。
彩加の相方が休みだというので代わりに打ち合っていたら、そんな展開になってしまった。
まぁ、一年後の俺から見ると、この二年生時点での彩加は10段階で初心者が1だとするとせいぜい2か3レベルだった。
はっきり言って弱い。
それでも、この時点で初級者である俺とは雲泥の差があった。
心の中では、今更俺が入って何になる。ふざけてんのか。
雪ノ下雪乃に言えば全否定されること間違いない。
俺は迷うことなく断る。
八幡「……悪い、それは無理だ」
そもそもこの時点での俺は部活に対して憎しみに近い嫌悪感を抱いていたし、継続というモノが大の苦手だった。
そんな俺が部活に入っても彩加をがっかりさせてしまうだけだ。
まぁ、人から誘われる事自体は少し嬉しかったけど、これで終わりだ。
俺はそう思っていた。
彩加「じゃあ仮入部ってことで良いよねっ」
何勝手に話を進めてんのこいつ。
後から知った話だが、戸塚彩加は人の言う事を聞かない。
聞いているようで全く聞いていないのだ。
4:
雪乃「ダメに決まってるじゃない」
放課後、雪ノ下雪乃に報告へ行った俺は、見事出鼻をくじかれた。
実際、奉仕部なんてふざけた部活を続けるくらいなら戸塚と玉を叩いていた方が何十倍もマシだ。
そう思って説得に来たのだが、……まぁ本音のどっちもフェードアウト作戦が見抜かれたのだろう。
八幡「いや、でも戸塚が……」
俺は必殺“他人が原因”を使用したが、雪ノ下は冷たくそれでいて鋭い視線をこちらに向けて、
雪乃「戸塚という子にあなたの何が分かるの? あなたは外見だけまともな腐ったミカンを他人にあげるような人間なのかしら?」
なんという鋭さ。これが鍛え抜かれた刀の威力だと言うのか。
八幡「外見だけまともって俺の顔の事か?」
雪乃「彼の中ではテニス部員としてまともそうに見えた、という意味よ。実際には害悪しか及ぼさない腐れ部員にしかならないというのに」
なんかこいついつもより厳しくないか。
その時の俺は雪ノ下の鋭い刃をただただ回避するのが精いっぱいで、“彼女の気持ち”については全く考えてなかったのである。
これが後悔を引き起こす一つ目のフラグ。
八幡「もう一回断ってくるよ」
元々熱心にやる気などなかったのだ。俺は踵を返す。
雪乃「ええ、そうね。それが良いわ」
背中越しに届く雪ノ下の肯定的な言葉。
その時振りかえっていれば、また結果は変わっていたのだろうか。
全ては後の祭りである。
5:
テニスコートにたどり着くと、彩加と十人弱の生徒がテニスボールを追いかけていた。
一般的に言っても、サッカーやバスケに比べて、テニスには派手さがない。
淡々と玉を打ち返すだけの作業。
俯瞰の映像で見るとまた変わってくるのだが、横から見ていた俺はすぐに飽きた。
そして、彩加が打ち合いをやめてボールを取りに行くタイミングで、俺は彼女……彼に話しかける。
八幡「戸塚」
彩加はすぐに反応した。
彩加「比企谷君!!」パァァッ
まるで背後から光が差しそうな、アニメだと背景にフワフワとしたものが現れそうな彩加の笑顔。
俺は思わず頬を赤らめてしまう。何なのこれ。恋って奴?
彩加「練習に来てくれたんだね!」
極上の笑顔のまま、俺の腕を引っ張る彩加。
え、何、俺ってそんなに期待の星なの?
部長「君が比企谷君か」
いかにも熱血そうな三年生が笑顔で俺の前に来た。赤色のラケットがよく似合っている。
八幡「あの……断りに」
断りに来たんですけど。そう言いきる前に部長は俺に自分のラケットを渡してきた。
部長「今日はそのままの格好で良い。一緒に練習しよう!」
後から知った話だが、テニスコートにテニスシューズ以外の靴で入ることはあまりよくない事らしい。
つまり、それでも良いから一緒に練習をしたい。という歓迎の表れだったのだ。
でも、その時の俺は、
八幡(ははぁ、さては俺をボコボコにして皆でバカにする作戦だな?)
捻くれていたのである。
まぁまだ彩加の事も全然知らなかったしな。
6:
部長「はははっ、やるな比企谷君!」パコーンッ
結論から言おう。
八幡(テニスって楽しい!)パコーン
実際、壁打ちの効果があったのか、まともなラリーが何度も続いた。
この時の俺は、壁打ちの延長線上――つまり、部長が俺の打ちやすい玉を返してくれているだけである事に気付かなかったが、だからこそ心から楽しむことができた。
なぜなら、自分の打つ玉が下手くそであるがゆえに相手が走り回り、苦しみ、一生懸命になっているからである。
まぁ、最終的にはそれが試合の楽しみなのだが、練習……というか遊びでそれを楽しむのはただ性格が悪いだけである。
それでも、戸塚も部長も、周りの部員も、仲間が増える事を喜んでくれた。
え、何これ、俺モテ期? モテ期なの?
ここで断っておくが、俺の他人を信じないフィルターは依然として作動しているし、それはかなり強力なものである。
しかしながら、俺のフィルターのほとんどは対女性用と対イジメ用であり、こう言ったスポーツ上での歓迎と歓声を止めることはできなかったのである。
この時、あまりに集中しすぎて、雪ノ下の存在を忘れていた。後日、壮絶な嫌味と罵倒を浴びせられるのだが、そんなことは些細なことであった。
気づけば、日が暮れていた。
9:
帰り道、制服に着替えた彩加(本当に男だったのか……残念)と一緒に校門を出る。
彩加「ねぇ、一緒に駅前のミスド行かない?」
なんと、デートのお誘いである。
いや、間違えた。この場合は……なんて言えばいいんだ。友達いたことないから分かんないぜっ。
八幡「え、いや……いいけど」
ごくり。
いや、何で生唾飲み込んでるの。
確かに汗で艶やかなエロさを滲ませた彩加は普通の男子……いやその辺の女子にすら出せない色気がある。
だけど落ち着け。この目の前のガールフレンド(偽)は、男だ。
彩加「ほんと? やったぁ」パァァ
これである。
俺は自転車を取ってくると告げると、駐輪場へ向かった。
何だよこのドキドキ。恋愛ゲームの放課後イベントかよ。ハートを大きくすれば手もつなげるのかな。
と、思って歩いていると、目の前に現れたのはおっぱいのお化け……いや、アホの子だった。
結衣「あ、ヒッキー!」
彼女が笑うと、幼い容姿がさらに幼くなる。でも、普通に可愛いので化粧ももっとナチュラルにすればいいのに。
10:
八幡「なんか用か? ビッチは放課後忙しいだろ。男漁りとか」
結衣「だからビッチ言うなし! キモい! キモい!」
キモいを連発する由比ヶ浜。
だが、今の俺には何も効かない。……あれ、心が少し潤んできた。
結衣「ねぇ、ヒッキーって奉仕部なんだよね」
恐る恐る、とでも言おうか、ビッチらしからぬ遠慮気味な質問に俺は即答する。
八幡「不本意ながらな」
本当に不本意である。
俺は部活動なんか一切せず、登校と下校を繰り返し、腐った青春のミカン箱に入らないまま出荷されたいのだ。あれ、例えと現実がごっちゃになってしまった。
結衣「じゃあ、何でテニス部で練習してたの!?」
なぜお前がヒステリーになる。
八幡「つーか見てたのかキモい」
よし、言ってやった。
結衣「み、見てなんかないし!! たまたま目に入ったって言うか、けっこう打ってる姿とかカッコ良いなとか……ってちが、ちがう!!」
ブンブンと両手を振って誤魔化す由比ヶ浜。
俺は早く彼女の下へ行きたいのだが……間違えた彼だったテヘペロ。
11:
結衣「あ、あんさぁ! もしヒッキーがテニス部に入るんなら!」
少し切羽詰まった表情で、由比ヶ浜は言った。
結衣「私、マネージャーになる!!」
そして、世界が固まった。
八幡「………は?」
ちょっと計算式が分かんない。
俺足すテニス部イコールテニス部員。おっけー間違いない。
テニス部員比企谷足す由比ヶ浜イコールマネージャー。
八幡「お前算数苦手だろ?」
結衣「うん、通信簿いっつもがんばりましょうだった」エヘヘ
八幡「大変だな。じゃあな」
結衣「うんっ! また明日!」
臭いものには蓋。
意味分からない発言はスルー。
俺はそそくさと自転車を出すと、由比ヶ浜に目もくれず校門へ向かった。
これが、二つ目の後悔。
後に青春の台風28号を引き起こす原因。
まぁ、結果から考えても分かるはずがないのだが。
12:
校門を出ると、彩加が鞄を両手持ちして踵でコンコンと地面を叩きながら下を向いていた。
これってあれだな。漫画で他校の超絶美少女幼馴染が校門まで迎えにきたシーンのあれだな。
事実、本校の彩加を知らない奴や他校の生徒達が彼を呆けた顔で見ていた。
中には話しかけようとする不埒な輩もいたので、俺は急いで彩加の下へと駆け寄った。……彼氏気取りかよ。
彩加「あ、比企谷君! 待ってたよ!」
にこり。
そんな音がしそうなくらい天使の笑顔を見せる彩加は、なぜか自転車を挟んでいた立ち位置から、俺の横へと移動した。
つまり道路、彩加、俺、自転車の順だ。
彩加「何食べよっかなぁ」ウーン
空を仰ぎながら、ドーナツに想いを馳せる戸塚彩加はヒロインの鑑だ。
八幡「戸塚はよく帰りに寄り道するのか?」
まるで父親が食卓で息子に聞くような言い方だ。我ながらトークに難あり。
彩加「ううん、比企谷君が一緒だからだよっ」
はうっ。
心の中で声をあげて照れる俺。
何この可愛い生物。天然記念物なの。可愛い天然記念物なの?
八幡「ふ、ふーん」
何も返せない自分が恥ずかしい。
後ろから、いくつかの視線を感じたが、どうせ彩加のことを見ているのだろうと、俺は視線の主を確かめはしなかった。
まさか、視線の主があの人だったとは。なんて伏線を残しつつプロローグを締めるのである。
プロローグ 完
13:
>>2 そだねー。安価の方もしなきゃだねー。
>>7 テニヌとのクロスではありません。
>>8 まぁそう言わずにあっちも続きやったら見てあげてください。
本編を地の分ありで行くか迷いつつ少し休憩してきますー!
15:
>>14 違います。戸塚♀でもなければホモでもありません!(震え声)
つづきー
17:
進路指導室。
平塚「いや、しかし君が普通にテニス部としてここまでやれるとは驚いたぞ」
八幡「はぁ、なんか誉めてんのかけなしてんのか分かんないっすね」
平塚「誉めてるに決まってるだろ!」
八幡「でも、少し後悔してます」
平塚「奉仕部をおざなりにしたことか?」
八幡「いや、それはそれであいつに悪いことしたなとは思いますが……。じゃなくて、もっと早く部活をしてればって……」
平塚「………」
八幡「先生?」
平塚「……比企谷。だから人は自分を騙し、周囲を欺き、都合のいい自己肯定を続けるんだ」
八幡「………」
平塚「時間の早さは残酷だ。気付いた時にはチャンスはなくなっている。葉山隼人だってバスケ部の方が活躍できたかもしれないし、三浦優美子だって最初からテニスを続けていれば全国優勝も夢じゃなかった」
八幡「そっすね……」
平塚「だが、彼らは後悔しない。いや、後悔はしているだろう。泣いているだろう。だが、それを表には出さない」
八幡「……恥ずかしいから?」
平塚「違う、仲間たちとの青春を後悔などで汚したくないからだ」
八幡「………」
平塚「今なら分かるだろ。だから、大学生活はしっかりと楽しめよ」
八幡「……先生」
平塚「ん、なんだ?」
八幡「先生はそこまで生き遅れて後悔しぐぼほぉっ」メコッ
平塚「これが私からの最後の贈り物だよ比企谷」メリメリ
18:
第一話 戸塚はスコートが良く似合うし俺は審判が良く似合う
20:
戸塚彩加は策士だった。
彩加「えへへ、ドーナツ奢ってあげたんだから、入るよね」ニコニコ
いや、策士というか、可愛い奴だった。
俺は彩加に買ってもらった一番安いドーナツを頬張りながら、この世界に性別を変える魔法の薬が売っていないか考えた。……お金で解決できそうだった。
八幡「どうしてそこまで俺をテニス部に入れるんだ?」
彩加「ああ、うん。そこを言わないと納得できないよね」
あるのか。
俺はてっきり彩加が俺の事を好きなのかと思っていた。というか今でも思っているし、思わせぶりな行動をするのは彩加だ。
彩加「比企谷君って、すごく良い目をしてるよね」
あー、分かる分かる。これってあれだよね。壺売るパターンだよね。
希望に満ちた目をしてるあなたに最適な壺はこちらって、誰が買うかっ。
八幡「腐った目ってよく言われるけど……?」
彩加「そんなことないよっ! ちゃんとボールだけじゃなく相手コートの動きとか見てるもんっ」
ぎゅっ、と、手を握られた。
彩加の小さな手は少し汗ばんで俺の手を湿らせた。……って官能小説じゃないんですけど。
八幡「ま、まぁ人間観察は好きですけど……」
俺は目を逸らす。こんなキラキラした目に見つめられたら惚れちゃうだろマジで。
その後も、いかに比企谷八幡という人間がテニス部に向いているかという話を延々と続けられ、
彩加「ありがとー!」
気付いた時には入部届けにサインしていたのである。
もしかして、壺が入部届けなのでは。
21:
家に帰って家族へテニス部入ることを伝えると、今日の晩飯がハンバーグからステーキに昇格した。
父親はラケットとシューズ代をポンと出してくれたし、母親は明日から体力のつく弁当を作ると張り切った。
小町「やー、小町はグリップでもプレゼントしようかなー」
その時は何を言っているか分からなかったが、可愛い妹である。
グリップが自分で巻くものだと知った時、小町がくれたピンクのグリップは机の中にそっとしまったのだが。
翌日、朝練習に出向いてみると、そこには部長と三年生の部員数名、そして二年生は彩加だけが参加していた。
彩加「朝は自由練習なんだ」
なるほど、それでこの人数か。
一通りのウォーミングアップトレーニングを教わる。けっこう量が多い。
部長「比企谷君は朝練は普通に僕達に混じってやってもらうけど、夕方は他の部員にも示しがつかないから基礎練習と審判をしてもらうと思う」
俺は頷いた。
優遇という言葉が嫌いだからだ。
雪乃下雪乃も言っていたが、優遇される側はそれ以外からの嫉妬の矛が向いてしまう。
俺は今までその矛を向ける側だったが、いや向ける勇気はなかったけど、それでも優遇自体が好きではない。
朝はサービスコートを使ってショートラリーを続ける。
全体を使ってのラリーと違って力のコントロールが難しい。
彩加「やっぱり才能あるよ比企谷君は!」
彩加が嬉しそうにラリーをするが、正直小さなコートに返すことは苦痛でしかなかった。
普段使ってない筋肉を使うと疲れてしまうように、普段使わないタイプの集中力を発揮すると、疲労と苦痛が激しいのである。
22:
ショートラリーが終わると、コート全体を使ってのラリーとなる。
ここで初めて気づく。
一面のコートを一つのペアが半分使うのだが、違うペアの方へ飛ばすとラリーがどちらも中断してしまうのである。
つまり、自分にコントロールというものが全くない事に。
彩加「最初は誰でもそうだから! 横よりも縦に集中して!」
横よりも縦。
なるほどさっぱりピーマン。
それでも、何度か失敗していくうちに、真っすぐ返すことはできるようになった。
だけど、短かったりアウトしたりで彩加に迷惑をかけっぱなしとなる。
彩加「……はぁはぁ」
気付いたら、汗だくでビチョビチョの彩加がそこにいた。
八幡「す、すまん」
俺の謝罪に彩加はにっこりと笑いながら、
彩加「ううん、すごく練習になるよっ」
と、笑った。
どうやら彩加がいる限り、俺の部活動は続きそうである。
24:
部長「この部にもとうとうマネージャーが入ることとなった」
放課後、歓声が上がる。もちろん俺の時の数倍はでかい。
結衣「ゆ、由比ヶ浜結衣です! よろしくお願いします!」
は?
俺は目を疑った。
こいつ、マジで入りやがった。
部長「由比ヶ浜さんは戸塚や比企谷君と知り合いだそうだ。女テニもマネージャー不在だから、奪われないように各自由比ヶ浜さんには優しくするように!」
部員たちの軍隊並みに足並み揃った“はい”という返事が響く。
結衣「えへへ、よろしくね二人とも」
体操服ではにかむ由比ヶ浜。
いや、本当に何がしたいの君。
彩加「嬉しいなっ! よろしくねっ」
きゃっきゃとはしゃぐ彩加と由比ヶ浜。
まぁ俺には関係のないことだと、玉拾いと素振りに戻る。
審判の内容は一週間以内に覚えればいいとのことだ。
そして、今日もまた奉仕部の存在について忘れてしまっていたのだった。
25:
結衣「彩ちゃんだけずるい! 私も一緒に帰るんだからねっ!」
言葉の意味が良く分からなかった。
八ちゃんだけずるいなら、彩加と帰りたいんだろうなと分かる。
彩ちゃんだけずるいなら、俺と帰りたいみたいじゃないか。
八幡「ああ、気にするな。男漁りなら遠慮せず――」
拳が飛んできた。
結衣「ヒッキーのバカっ! キモい! 変態!」
どうやら本気で怒っているらしい。アザラシにアザラシと言って何が悪い。ビッチにビッチと言って……何が悪い。
彩加「比企谷君、女の子には優しくしなきゃダメだよっ」
と、怒っているのか可愛い顔してるのか分からないが、彩加が窘める。
俺はすかさず由比ヶ浜にすまんと謝ると、由比ヶ浜は、
結衣「何で彩ちゃんの言うことは聞く訳!? ヒッキーのバカっ!」
と、ますます怒ってしまった。訳が分からん。
26:
道路、彩加、八幡、自転車、由比ヶ浜の順番で歩道を歩く。
結衣「………」
由比ヶ浜が少し不満そうにこちらを見てくるが、俺は彩加の制汗スプレーの匂いに集中したいので無視をした。
彩加「今年は県大会勝ちぬきたいなぁ」
結衣「去年はどうだったの?」
彩加「えへへ、二回戦負け……」
結衣「でも一回は勝ったの!? 一年生なのにすごい!」
彩加「……相手が棄権したから…」シュン…
相変わらず、アホの子である。
県大会だろうが何大会であろうが、一回勝ったくらいで誉められて喜ぶ人間はいない。
由比ヶ浜が本気で彩加のことを考えて誉めたのなら良いが、今のは明らかに親が子を誉めるような中身がない誉め方だ。
まぁ、このまま気まずい雰囲気が続くのも嫌だったので、助け舟を出す。
八幡「まぁ、今年は少なくとも去年よりはいい成績を残さないとな」
スポーツをするような前向きな人間は過去より未来に目を向けた方が良い。
もちろん、過去にいい成績があるなら振りかえるのもいいが、過去に何もないなら未来にすがるしか道はない。
彩加「うんっ、頑張るよ!」
結衣「は、はちみつレモン作るよ!」
八幡「うげ、何その不味そうなやつ」
彩加「あ、僕作れるよっ!」
八幡「めちゃくちゃ美味そうだな。ぜひ作ってくれ」
結衣「ヒッキー!!」
三人でじゃれながら帰る放課後は、今までにない充実感を俺に与えた。
27:
放課後、俺は平塚先生に呼び出された。
平塚「比企谷、君はテニス部に入ったみたいだな」
八幡「はぁ」
何でこの人、そんな確認のために呼び出してんの。ストーカーなの。
心の中で平塚先生をストーカー認定したくらいのタイミングで思い出す。
八幡「あ、奉仕部」
平塚「やはり、忘れていたか」
平塚先生は大きくため息を吐いた。
八幡「いや、別に忘れていた訳では、記憶から抹消していただけで」
平塚「なおの事悪いわ」
どうやら、平塚先生の中では俺を更生するだけでなく、俺を使って雪ノ下もどうにかしたかったらしい。もちろん、俺がテニス部で汗水流して青春を謳歌することには大いに賛成だが、それならそうと奉仕部をきっぱり辞めて欲しいそうだ。
八幡「俺は別に構いませんが」
彩加が誘ってきた時の作戦が理想通りに展開したらしい。
一つ違うのが、俺自身テニス部を楽しんでいることだが。
28:
雪乃「そう……」
雪乃下雪乃はそれ以上何もいわなかった。
俺も、立つ鳥跡を濁さずで、別れの言葉も残そうとは思わなかった。
そう、ここで“雪ノ下があんな事を言わなければ”、俺は奉仕部と何ら関係のない極々一般的なスポーツ高校生として二年と三年を終わらせていたのだ。
雪乃「比企谷君」
扉に手をかける俺の背中に飛び込む震えた弱弱しい声。
俺は、立ち止まる。
これがあの冷徹の女王雪ノ下雪乃の声か?
まだ出会って数週間しか経っていないが、彼女の強さを存分に受けて来た俺だからこそ、
彼女が本当に助けを求めているのが分かった。
雪乃「私は……私もあなたのように変わりたい」
俺は振り返る。
そこには、夕日を背に少し照れながらこちらを見つめてくる美少女の姿があった。
八幡「奉仕部にでも頼んでみれば?」
俺は扉を閉めた。
何で俺の事を散々貶してきた人間の面倒を見なくちゃいけないんだ。
これっきり、卒業の日を迎えるまで雪乃下雪乃とは口を聞かなかった。
俺は鼻歌交じりにテニス部へと向かったのだった。
29:
一週間後、俺は審判台に立っていた。
八幡「ざ、べすとおぶわんせっとまっち、部長さーびすぷれい」
我ながらぎこちなさすぎる掛け声だとは思ったが、実際主役はプレイする側だ。審判の掛け声などどうでも良い。
部長「………ふんっ!」パコンッ!!
部長の綺麗なサーブがサービスコートのコーナーに突き刺さる。
彩加「くっ……」パコッ
当てるだけが精一杯の彩加。俺は端に振られた彩加がコートに戻れるか心配だったが、審判だったので飛んでいくボールを優先した。
部長「………」ザザッ
コートの中心らへんを跳ねたボールは、完璧に待ち構えていた部長のラケットに吸い込まれ、
部長「……だっ!」パコンッ!!
彩加の届かない逆サイドへと飛んでいった。
八幡「フィフティーンラブ!」
俺はポイントをコールする。
あれ、なんか審判も楽しいぞ。
31:
一か月も共に汗を流せば、当初あったぎこちなさは完璧に消え去り、あれほど腐っていた俺もいまではすっかり部員の一人である。
というより、幼少よりこちら側は仲良くしたいという意志は見せ続けて来たのだ。今だって、ちゃんと信用できる人達になら心を開いたっていいと思っている。……まぁ、それでも俺が心を開いているのは彩加くらいだが。
結衣「ヒッキー! はい、タオルだよ」
カラカラに乾いたタオルで顔を拭くと、とてつもない爽快感があった。
八幡「……ん」
俺が汗を拭いたタオルを由比ヶ浜に渡すと、あろうことかこいつは、
結衣「……くんくん」
においを嗅ぎやがった。
八幡「え、何してんのお前」
結衣「………………はうぁっ!?」カァ///
他の部員も由比ヶ浜を見ていた。
女テニも由比ヶ浜を見ていた。
由比ヶ浜結衣、まさに四面楚歌である。
結衣「あ、あの、それはその……///」
顔を真っ赤にして弁解しようとする由比ヶ浜。
だが、混乱した頭で良い回答が得られるはずもなく、
結衣「人の匂いを嗅ぐのが好きなんです!!」
と、ビッチ認定間違いなしのトンデモ発言をかましたのだった。
37:
結衣「あ、ち、ちがくて! ヒッキーの汗はもちろん臭いですけどっ! そうじゃなくてっ!」
もちろん臭いのか俺のタオル……。
心の中でビッチ死ね社会的には死んでるけどなっ。と、罵声を浴びせながら、俺は練習に戻った。
いつもなら助け船を出してやらんでもないが、臭いと言われて助ける義理はない。
意外に傷ついた自分がいた。
と、その瞬間、
彩加「あっ!?」
びりっ、と音がして、ネットのポールにズボンを引っかけた彩加が盛大に転んだ。
皆の視線が一気にそちらへと集まる。
彩加「ててて……」
驚きの声が上がった。
八幡「ボクサーパンツ……だよな?」
破れたズボンから除く灰色の布。見た目はボクサーパンツなのだが、いかんせん彩加が履いたせいか女性のスポーツブラとセットで売ってるパンツのような印象を受けた。あれって何ていうんだ。
彩加「あっ///」
さっと破れた個所を手で隠す彩加。その動きはまさにドジっ子美少女のそれで、男子生徒の視線は彩加の下半身にくぎづけだった。
結衣「彩ちゃん! これヒッキーが使ったいいにお……タオル!」
何を言いかけたのか分からんが、俺の名前を出す必要はあったのか?
結果、あったみたいだ。
彩加「ありがとう! くんくん」
何故か、破れた箇所を隠すのではなく匂いを嗅いだ彩加。
ぷはーと、良い笑顔を魅せた瞬間、俺の下半身が少し反応したのだが素数を数えて必死に抑えた。1、3、5、7、9ってこれ奇数じゃねぇか。
38:
彩加が女テニに拉致されている間、俺は後輩とラリーをすることにした。
結局全員の名前を覚えていないのだが、こいつは確かイチローに似ていたから鈴木でいいか。
鈴木「おねがいします」
スズキは、見た目はイチローなのに、運動が大の苦手だった。
才能に溢れる比企谷君が三日でできたことを、入部して二か月近く経った今でもできていない。
それでも、ラリーはできたので、俺達は下手くそ同士ラリーを続けた。
しばらくラリーを続けていると、スズキの球筋が少し右……俺の方から見て左に逸れることが気になった。
鈴木「あ、僕スライスしか打てないんです」
これももう少ししてから気付くのだが、俺の球筋はナチュラルなフラットで無意識的にスピンとスライスを使い分けているらしく、それは一つの才能であるらしい。なんだよ、凄いじゃないか俺。
でも、この時の俺は、スライスを打てる一年に対してスライスを知らない二年としての劣等感からか、
八幡「………」パコンッ!!
少し強めに打ち返した。鈴木はすぐに追い込まれてミスをした。
39:
彩加「え、えっと……ど、どうかな?」ヒラヒラ
女テニに囲まれて戻ってきた彩加の下半身はスコートで守られていた。逆に言えばズボンという護りがなくなっていた。
かわいーっ、という女テニからの黄色い声。
いや、確かに可愛すぎるだろこれ。
一切ムダ毛のない足は細く滑らかで、男くせに何故か少し内股なのがまたグッとくる。
太ももは男らしい筋肉は見た目には分からず、むしろ女性らしい滑らかさばかりが目立っていた。
八幡「最高」
俺は、親指を立てた。
彩加はえへへと笑いながら、それでもさすがに恥ずかしかったのか部室へとダッシュで戻り、体操服に着替えて戻ってきた。……え、何でスコート履いたの?
ともかく、分かった事がいくつか。
俺は審判が好きだと言う事。
由比ヶ浜は変態だと言う事。
そして、彩加はスコートが似合うという事。
なんだかこれはこれで間違った青春を送っているような気がしたが、まぁ悪い気はしなかった。
第一話 完
40:
三浦とくっつけたい病が出てくる。
でも先に言っておくとヒロインは……おっと陽乃さんが迎えに来たようだ
42:
☆登場人物☆
■テニス部■
比企谷八幡……当ssの主人公。今までにない原作準拠の八幡。ただ、少しATフィールドは弱いかも。
戸塚彩加……スコートが似合う男の子。八幡の事が大好き。一緒に全国を目指す。
部長……熱血系のテニスプレイヤー。実は結構強い。アニメや原作に部員が出てなかったのでオリジナル。
鈴木……下手くそなプレイヤー。スライスしか打てない。イチローに似ている一年生。
■マネージャー■
由比ヶ浜結衣……人の匂いを嗅ぐのが好きだと公言してしまったビッチ。本当はヒッキーの匂いだけ。
■その他■
雪ノ下雪乃……勇気を出してみたらトドメを刺された可愛そうな女の子。高校生活で八幡と喋ることはないと書かれてしまった。
43:
平塚「そう言えば」
八幡「まだ話は続くんですか?」
平塚「良いじゃないか。生徒の恋愛事情は教師のスパイスだよ」
八幡「先生の報われない婚活のきばくざっ!?」ゴスッ
平塚「黙れこのリア充」
八幡「お……れは…」
平塚「お前、二年の夏休み前に告白されたみたいだなぁ」
八幡「ぐっ……」ドキッ
平塚「しかも? 後輩だって?」
八幡「い、いや、それは……」ダラダラ
平塚「いやー、モテる男は辛いなー」
八幡「先生だってモテるのはモテるでしょ。 中身見られて訴えられるだけで 」ボソッ
平塚「抹殺のぉ!!」
八幡「い、いやっ! あんたまだセカンドブリッドも撃ってないでしょ!?」
平塚「お前とこういうバカ話できないと思うと少しさみしいよ」
八幡「……じゃあ、け「そうかその気になってくれたか!」
八幡「警察呼びますよ」
平塚「」
44:
第二話 それを人は吊り橋効果と呼ぶ。
45:
ここで、女子テニス部について言及しておく。
男子テニス部よりさらに弱小である総武女子テニス部は、全員で7名、団体戦に出られるギリギリの人数だった。
三年生が三人、二年生が二人、一年生が二人で、そのうち軟式か硬式を中学の時にしていたのは部長の一人だけである。
だから、時として男子は女子の練習に付き合うことがある。以前は偶数のため体よく断ることもできたのだが、俺が入部したことで、ラリー練習の時などはお互い一人余るためコートと時間の観点から男女ペアを作った方が効率が良いのである。
八幡「……よろしく」
ここで、俺と組まされる不幸な女子テニス部員を紹介しておこう。
一年の名前は……すまん、全く思い出せない。全く思い出せないので、名前だけでも可愛い名前……ポニーテールが良く似合っていたので馬子ちゃんと名付けよう。
馬子「よ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる馬子。なるほど、馬っぽいところが一つもない。
馬子は名前とは裏腹にハムスターのようにちょこまかと動く。
ちょこまかと動くのは良い事なのだが、ボールを見ていないし構えもなっていないので、全然ラリーが続かない。
ラリーが続かなければこっちの練習にもならない。
部長「そうか、すまんな」
練習にならなさすぎたので、俺は馬子を鍛えることにしたのだ。
これが三つ目の後悔。
この時の俺は、他人に好かれるなどと夢にも思っていなかったし、馬子を鍛えるのだって、単に自分のためだったのだ。
由比ヶ浜の謎の視線は気になったが、俺は馬子に壁打ちをさせることにした。
47:
馬子は何でテニス部に入ったのか疑問に思うくらいテニスボールを見ていなかった。
構えて、振る。構えて、振る。
その動作をする為だけに入部したのかよ。と、思わずツッコミたくなったけど、俺はぐっと我慢して優しく教えた。
八幡「打った球が跳ね返ってきたら、左手で取るんだ」
彩加の受け売りだが、これは案外初心者にとって理想的な練習となる。
なぜなら、ラケットを持つ側は腕とラケットの長さがあるが、逆は腕の長さしかない。
つまり、打つ気で跳ねたボールを取ろうと思うと、必然的に膝を深く落とさなければならないからだ。
馬子「とれません……」
馬子はボールをとれない事を嘆いていたが、俺からしたら、最後までボールを見ている分進化していると思った。
だから、厳しいようだが続けさせた。
ボールを打って、跳ね返ってきたボールを左手で掴む。
これは、とてつもなく苦痛な作業だった。
テニスは本来打ち返すところに楽しさの大部分が集約されている。打ち返して相手を翻弄する。
サーブくらいだろう自分で投げた球を打って楽しいのは。
馬子「………」
最初は嫌がっていた馬子も、一度、二度、三度とボールに触れることができてからは、少し楽しそうに作業を繰り返していた。
そして、馬子の監督をしてその日は終わった。……あれ、俺って部員だよね。監督じゃないよね。
48:
帰り道、俺達はいつも通り三人で帰っていた。
今日は道路、彩加、由比ヶ浜、俺、自転車である。由比ヶ浜の機嫌が良いのは彩加と隣だからだろうか。
結衣「ねぇヒッキー、馬子ちゃんにエロいことしてない!?」
少し冷たく鋭い視線が突き刺さった。
八幡「してねーよ。俺はボンキュッボンが好きなんだよ」
と、言って、しまった、由比ヶ浜の胸を見てしまった。
その視線に気づいたのか、由比ヶ浜はさっと胸元を腕で隠し、
結衣「キモいっ/// 死ねっ///」
と罵詈雑言をぶつけて来たので、俺もかっとなって、
八幡「誰も見てねーよ! 平塚先生レベルになってから帰ってくるんだな!」
と言い返すと、あろうことか彩加が、
彩加「牛乳でなんとかなるかなぁ……」
と、胸を揉んだので俺と由比ヶ浜はそれ以上この話題に触れないことにした。
51:
結衣「ねぇヒッキー、もうすぐ試合だよね」
テニスには県大会の他に、小さな大会から大きな大会まで探せばけっこうある。
総武テニス高校としては、練習試合も兼ねて夏の県大会の前に6月の一般人も参加する市の大会に参加するのだ。
八幡「そうだな」
結衣「ユニフォームは部で買うけど、シューズは借りてるんでしょ?」
ラケットはすぐ買ったのだが、思ったより値段が張ったのでシューズは部長の分を借りていた。
ちなみにバボラの201×年モデルで青色のラケットだ。小町には何でピンクしなかったのかと言われた。
八幡「大会に参加できないからな」
結衣「じゃあ、一緒に買いに行こうよ!」
俺は、立ち止まった。
一歩踏み出した二人が不思議そうにこちらを見てくる。
八幡「………」
俺は考える。
思考とは経験と予測の連続である。
経験、うん最悪の経験しかない。
予測、最悪の経験しかないんだから最悪の予測しかない。
結果、
八幡「いや、マネージャーだからって無理しなくていいぞ」
丁重にお断りした。
52:
休日、俺はいつもよりほんの少しだけ服について悩み、ほんの少しだけ顔をしっかりと洗い、ほんの少しだけ予定より早く家を出た。
小町「デートですかな?」
にしし、と笑う小町を放っておいて、俺は駅へ向かう。
結衣「あ、ヒッキー!」
駅へ着くと、私服の由比ヶ浜がこっちに向かって走ってきた。うわ、胸揺れてるし、どうなってんのあれ。
八幡「……うす…」
別にデートとか思ってないからね。ただシューズを選ぶのに他人の意見が欲しかっただけだからね。
心の中でそう言い聞かせながら、俺は改めて由比ヶ浜を見た。
結衣「……ど、どうかな?」
ほぼ夏のような気候だったので、薄着の由比ヶ浜結衣はシンプルながら可愛い服を着ていた。スカートの黒にシャツの白が余計と上半身の豊満な……あ、これ以上見たら殴られる。
八幡「……い、良いんじゃないか?」
結婚式で花嫁衣装を着た娘を誉める父親か。
結衣「そっか……良いんだこれで///」
モジモジと照れる由比ヶ浜を見て、俺もなんだか照れてしまう。
これが一般的な男女が味わっているドキドキハートキャッチゲームという奴か。恐ろしい……。
八幡「戸塚は?」
彩加の私服もさぞかし可愛いんだろうな。
と、期待に胸を膨らませていると、由比ヶ浜は、
結衣「あ、彩ちゃんは今日来れないよ?」
……最悪だ。
結衣「ちょっと! あからさまに残念そうな顔しないでよ!!」
肩パンをしてくる由比ヶ浜の可愛さは認めるが、それ以上に俺の心は淀んでいた。
彩加とデート……彩加とデート……。
結衣「もうっ、早く行こう!」
ぐいっ、と腕をとる由比ヶ浜。
肘先に伝わる柔らかい感触で、比企谷八幡選手は一瞬で気力を取り戻しました。
……我ながら単純な奴。
53:
意外にも、俺の天敵であるリア充女子とのショッピングは楽しかったのである。
結衣「ねぇねぇっ、どっちが似合う!?」
八幡「……そっち」
結衣「さっきからエロいのばっか!///」ベーッ
いや、エロい服を選んでるの君ですからね。
可愛く舌を出す由比ヶ浜が試着室に戻ると、俺は自分がここにいてはいけない人間じゃないのかと疑問に思う。
女の子の服のみを取り扱うお店。
そこに一人目の腐った男を置いて行く由比ヶ浜。お前は悪魔か。
八幡「由比ヶ浜、俺もそこに入れてくれ」
結衣『はぁ!? 何言ってんのよ!? 変態! キモい!』
カーテン越しに叫ぶ由比ヶ浜。
八幡「だって、皆俺の事女装趣味の変態野郎って目で見てるから……」
結衣『気のせいだって! バカヒッキー!!』
気のせいじゃない。だって、店員さんが近づいて……、
店員「あの、彼氏さんごめんなさい。ここではカップルとはいえ異性で入ることをお断りしていますので」
あれ、俺の事を変質者だと思ったんじゃないの。
その後、顔を真っ赤にした由比ヶ浜に引っ張られて、そそくさと店を後にした。
54:
結衣「ヒッキーのせいであのお店もう行けないじゃんバカ!」
顔を真っ赤にして怒る由比ヶ浜。
八幡「気にする必要はねーだろ。誰も覚えちゃいねーよ」
結衣「うぅ……」
瞳を潤ませながら、由比ヶ浜はしぶしぶ納得した。
八幡「でも、俺とお前でカップルに見えるのな」
結衣「うっ///」
ありえねーとは言わないが、それでも、俺からしたら、
八幡「どう考えても、妹に付き合わされてる兄みたいなもんだろうに」
結衣「………」
あれ、何でそんな無表情なんですか。怖いですよ。
結衣「ヒッキーのバカ」
真顔で言われるとすごい傷つくんですが。
馬子「あれ? 先輩?」
突然、後ろから声が届いた。
馬子だ。
55:
馬子「へー、それじゃあこれなんか安いですよ?」
馬子もテニス用品を買いに来ていたらしく、俺達は一緒にスポーツショップへと入る。
八幡「だから何でピンクなの? 俺って林家さんみたいかな?」
馬子「えー、絶対に似合いますよーねぇ由比ヶ浜先輩」
結衣「………」ムスーッ
ゴリラの真似をするように口の上らへんに空気を溜めて不機嫌さを表現する由比ヶ浜。
八幡「あ、もしかしてバナナか?」
結衣「ゴリラの真似じゃないし!」
通じてんじゃねぇか。
馬子「……ぷっ、あはは」
突然笑い始める馬子。あれか、箸が落ちても笑ってしまうお年頃か。
結衣「?」
馬子「先輩達ってほんと仲良いですよね」
結衣「う、馬子ちゃんっ!?」カァ///
八幡「お前の眼……大丈夫か?」
結衣「ちょっとそれどういう意味っ!?」
なぜか機嫌よくなった由比ヶ浜と馬子の意見で、ミズノのリーズナブルなシューズに決めた俺は、無事買い物を済ますことができたのである。
そして、事件は起きる。
56:
不良「あー、俺の肩おれたわー」
不良2「こいつの肩超絶もれーからなー」
不良3「どうすんのよこれ」
馬子「………」
結衣「………」
まぁ、説明すると不良にぶつかられてイチャモンつけられているだけだ。
運の悪い俺はよくそういう目にあった。目もあってないのに殴られかけたこともある。
だから、この手の脅しには慣れていた。
だが、二人は全く慣れていなかったのだろう、涙目で震えている。
不良「おい、どうすんのよモテモテの彼氏ー」
不良2「そうだな、金か土下座だな」
不良3「2ちゃんやっさしー」
爆笑する三人。お前元気じゃねーか。
馬子「お、お金なら……」
と、財布を取り出そうとする馬子。
俺は手で制する。
不良「お、カッコ良いねぇ。どうすんの?」
シャドウボクシングのように拳を前につきだす不良。だから元気じゃねーか。
こういう時、俺は躊躇しない。
意地も自尊心も守った所で何の解決にもならない。
八幡「………」
地面の堅さを手で感じながら、俺は理想的な三角形を腕と地面で作る。
そして――、
57:
八幡「いてて、結局殴るのかよ……」
正確には蹴られたのだが、土下座して地面に頭を着けた人間を蹴るか普通。
結衣「大丈夫ヒッキー!?」
トントンとハンカチを口元に当てる由比ヶ浜。ビッチもハンカチとか持ってたんだな。
馬子「………」
馬子はその場に立ちつくしている。
そして、その後も、何も喋らず、由比ヶ浜の一方的な会話を会釈で流しつつ、駅前で馬子とは別れた。
結衣「馬子ちゃん……怖かったんだね」
八幡「幻滅したんだろ。土下座男子に」
結衣「何一つのジャンルを作ってんの、キモい」
八幡「……痛いのは身体だけで勘弁してくれ」
結衣「……カッコよかったよ」
八幡「………え?」
結衣「ヒッキーカッコ良かったって言ってるの!!」
そして、由比ヶ浜も走って帰っていった。
テニスシューズを手に持ったまま、俺はしばらくの間その場から動けなかった。
58:
告白されたのは、それから数日後のことである。
59:
八幡「は?」
思わず、聞き返す。
昼休みに部室の前に呼び出された俺は、馬子から告白された。
言葉はえーっと、「好きです、付き合ってください」だったっけか。
なんかそんな感じの告白を受けた。
馬子「あの時、私たちを守るために身体を張った先輩が……カッコよかったです」
うーん、乙女心とは分からないものである。
土下座男子なんて思春期の女子からしたら、ダサい象徴のように見えるが……って自分で言って涙でそう。
八幡「いや、別にあれは……」
突然の出来事に俺は対応することができなかった。
なぜなら、告発はあれど告白は今までに一度もなかったからだ。
あ、偽の告白なら何度も受けましたけどね。
馬子「後、練習でも優しく教えてくれる先輩が好きです!」
そのほかにも、一人でいる所とか、昼飯食べてる所とか、色々好きになった理由を言われたが、俺の脳には一切届かない。
なぜなら、前に述べたとおり比企谷八幡には対女子用の強力なフィルターがあり、容易くそこを突破することはできないからである。
八幡「あー、ごめん、無理だわ」
俺はもし彼女が本気だったとして、なるべく傷付けないように即答した。
馬子は分かりましたと、小さく頭を下げて去っていった。
今思うと、生まれて初めてのマジ告白に対して、なんと義理人情のかけらもない返答をしたのだろうと思う。
その日の放課後、馬子が退部したことを知る。
第二話 完
60:
平塚「お前、最低だな」
八幡「最低なのはこんな俺にした世の中ですよ」
平塚「……その発言を聞くと、何一つ成長していないように思えるが」
八幡「……自分でもそう思いました」
平塚「まぁいい。それだと女テニが大会に出られないじゃないか」
八幡「知ってるくせに」
平塚「まぁな」
八幡「あそこからの一週間は本当に地獄でした」
平塚「まぁ私も何度か君たちを見ていたが、あれは誰がどう見ても……」
二人「「女王と奴隷」」
平塚「ぷはっ、良いじゃないか。君はドMなんだから」アハハ
八幡「何でそうなるんですか」
平塚「まぁ良い。それじゃあ、その時の事も教えてくれ」
八幡「……仕方ないですね。今日はラーメンをおごってくださいよ」
平塚「ああ、何なら家で手料理をふるまうぞ」
八幡「いや、身の危険を感じるので辞めておきます」
平塚「」
61:
第三話 女王はグリップを握り、奴隷は女王を抱きしめる
62:
女子部長「どうにかしてよね。比企谷君」
八幡「」
どうやら、馬子は事の顛末を全て話したらしい。
俺に助けられ、惚れて、告白して、振られた。
そして、部活にはいられなくなったから去ります。
これだけ聞くと、俺が加害者のように聞こえるが、その実、俺は何もしていないのである。
女子部長「次の大会までに誰か一人、絶対ね」
女子の部員を確保して来い。
それって難易度SSS級のミッションなんですけど。魔王倒す方が簡単なんですけど。
俺は、やはり女子なんて自分勝手で間違っていると心の中で悪態を吐きつつ、練習に没頭した。
部長に後から聞いた話だと、ことラリーに関していえば、この時点で俺は部内で部長に次ぐ実力を得ていたのである。
そして翌日の休み時間、俺の部員確保の旅が始まるのである。
63:
女子「ごめんなさい」
女子「は、話しかけないで」
女子「………」
相模「え、アンタ誰? キモい」
散々な結果である。
高校生になって自分から動く事をやめた分、傷つくことも少なかったため、“少しは自分の事認められたんじゃね”とか思っていたのだが、打ちのめされてしまった。
結衣「……こうなったら私がっ」
八幡「お前じゃ胸の上にボールが乗っかるよ」
結衣「はぁ!? キモいんですけど!?」
顔を真っ赤にして怒る由比ヶ浜。
その会話を聞いて、女王は動いた。
三浦「結衣さー、テニス部入るん?」
三浦優美子。このクラスの頂点オブ頂点。葉山隼人と二大巨頭のトップカースト集団のリーダー的存在である。
結衣「う、うん。部員が一人足らなくて」エヘヘ
だから、お前には無理だって。
心の中ではそう思いながらも、由比ヶ浜が部員になってくれるなら探す手間が省けると俺は内心ホッとしていた。
だが、女王はいつも民衆の希望を打ちのめすのである。
三浦「あーし、入部してやってもいいけど?」
三浦優美子の言葉に、葉山グループが反応する。
65:
葉山「えっ、まじ? 優美子テニス部入るのか!?」
戸部「それマジやべぇっしょ! 三浦って中学の時に県選抜にも選ばれてるっしょ!?」
三浦「昔のことだし///」
葉山「俺らも全国狙ってるし、総武高校に全国大会出場できる部活がまた増えるな!」
トップカーストはいつも自分たちばかりで盛り上がる。
由比ヶ浜も三浦が入るのならこんなに喜ばしい事はないという雰囲気を演出していた。
八幡「で、でも、毎日部活出れんの?」
ああ見えて男テニも女テニも練習熱心で規律正しい。部活を勝手に休むとその日は校庭をひたすら走らされたりする。
三浦「は? そんな必要ないし。週三くらいの練習で十分っしょ」
と、強気な発言をすると、周りの連中がもてはやす。
戸部「マジ強気ーっ、でも三浦ならできそうなところがこえー」
葉山「まぁがむしゃらにやるだけがスポーツじゃないしな。俺達はバカだからがむしゃらにやるしかないけど」
何をフォロー入れてんだこいつらマジで殴ったろか。
結衣「で、でも、部活だし毎日でなきゃ……」
さすがに由比ヶ浜も毎日部活に付き合っているだけあって、三浦のやろうとしていることが部の空気を壊すことを察していた。
だが、三浦の暴挙は止まらない。
三浦「はぁ? どうせあいつらよえーんだろ? ならあーしが大会優勝に導いてやるよ」
この態度である。
俺と由比ヶ浜は困り果てて、一度練習に来るように説得してこの場を収めた。
66:
女子部長「……そんな…」ガクッ
三浦「余裕っしょ」
結果は、三ゲームマッチを一ゲームたりとも与えずに男子部長以外全員抜きしてしまった。
彩加「さすが三浦さんだ……」
三浦「次はあんた?」
三浦はラケットで部長を指した。
部長は良いだろうと頷くと、コートに立つ。その雰囲気は静かなること林の如し。
八幡「ざ、すりーげーむまっち、部長さーびすぷれい」
と、コールをかけた瞬間、
―――スパコーンッ!!
聞いたことのない音がコートに響いた。
三浦「……は?」
トントンと三浦の後ろでボールが跳ねる。
部長「俺はこれで終わりで良い」
茶番は終わりだとでも言わんばかりに、部長は男子部員を呼んで練習を再開した。
比企谷君はいざこざが終わるまで向こうを手伝ってやってくれと頼まれたので、女子部の方にいる。
なんかこれって奉仕部みたいだな。と思った瞬間、黒髪の美白少女が脳裏に浮かんだが誰か思い出せなかった。
68:
三浦が提示した条件はこうだ。
練習は週三日。それも内容は自分で決める。
ユニフォームは自分で用意した分を着る。
大会への交通費は部費から。ガット代も部費から。
先輩後輩関係なく実力ある者を敬え。
八幡(なんていうか……恐ろしい奴だな)
しかし、誰も文句を言えない。
実際、女子テニス部員は三浦から有効的なポイントを一ポイントも奪っていないのである。
男子テニスの部員も、パワーで押し込んだポイントが数ポイントあるだけで、実力的に言えば完敗に近い。
俺はというと、キモいからアンタとはしたくない。と断られてしまった。ちょっと試合を楽しみにしてたのに、ぐすん。
女子部長「………」
女子部長は悩んでいた。
言わば、女子テニス部が築いてきた規律と縦社会が女王によって一瞬でぶち壊されるのである。
大会に出るためとはいえ、テニス部という形だけで内部は全く新しいものになることを受け入れて良いのだろうか。
三浦優美子はそんな彼女たちの葛藤を気にする様子もなく、
三浦「つーか、よえーんだから悩む権利もないっしょ?」
と、ゴジラのごとく彼女たちの平穏をぶち壊したのである。
八幡「……俺と勝負しろ」
突然何言ってんの俺。
69:
三浦「だからキモいから無理」
テニスするだけでキモいって、俺どんな奇病発してんの。
八幡「んだよ、負けるのがこえーのかよ」
ピク、と三浦の表情筋が動いた。
あいにくプライドをくすぐることには長けている。
三浦「ボコボコにしてやんよ」
八幡「一週間後だ」
俺は、人差し指を前に出した。
八幡「後、一週間で、お前をボコボコにしてやるよ。三浦優美子」
鬼のような表情でこちらへボールを打ち込んだ三浦は、
三浦「負けた方が勝った方の言う事を何でも聞く。分かったな」
と、今すぐ断りたくなるような条件を提示して去っていった。
静寂だけがコートに残った。
70:
>>67 今回いつも頭に持ってきてた部分を後ろに回してるので、劣化してるように感じるかもしれませんが、たぶん第五話あたりから、皆が八股に求めてるものを提供できると思います! 後、一つのものを長く続けて欲しいという要望にもこたえてるので、前置きは長いです!
72:
その日から一週間、俺はサーブだけを鍛え続けた。
部長いわく、サーブで試合の八割は決まるらしい。さらに言えば、ファーストサーブがきちんと狙い通りに狙ったパワーで打つことができるかどうか。それが試合を制するための絶対条件だそうだ。
しかし、これがまた難しい。
ある人は、サーブが一番簡単だと言う。なぜなら、ボールを自分の思い通りにあげられる唯一のタイミングだからだ。
事実、良い所へ投げられたらすごくいいサーブが決まる。
いいサーブが決まれば、相手は体勢を崩し、球威のないボールを返すことしかできない。
なるほど、テニスの試合とはこうやって嫌な場所嫌な場所を狙うスポーツなのか。
八幡(なんて自分に向いているスポーツなんだろう)
理解すればするほどに、自分の理想的なスポーツだと感じてくる。だが、それもこれも相手選手への敬意があって初めて成り立つが、俺にはそれが全くと言っていいほどなかった。
小町「やー、最近帰りが遅いねーおにぃちゃん」
小町がパンツにタンクトップという際どすぎる格好でうつぶせの俺をマッサージしてくれている。
いや、下半身は凝ってないですよ。ただ少し硬くはなってるかもしれませんけど。
73:
小町「おにぃちゃんがこんな疲れて帰ってくる日が来るとは、小町は思いもよらなかったよー」
俺も、小町が(ほとんど)裸でマッサージをしてくれる日が来るなんて夢にも思わなかったよー。口が裂けても言えないけど。
と、腰の部分に感じていた重みが、全身に分散された。
え、もしかして今、小町が上に寝転んでる?
小町「やー、疲労した筋肉って温かいんだよ? 知ってたおにぃちゃん」
八幡「い、いや……知らないけど…」
何これ、エロゲ? エロゲ―なの?
小町「ただでさえ、顔の良かったおにぃちゃんが、スポーツまでしたら、小町……」
そこで言葉が止まる。
なんと、妹は俺の背中で寝てるではないか!
八幡「………」
俺は動くことができず、仕方ないからこのまま寝ることにした。
パパ様お願いだから俺の部屋に来ないでね。
74:
八幡「なぁ戸塚、ベイビーステップって知ってる?」
彩加「? なにそれ」
俺は、三浦に勝つためにありとあらゆる手段を選んでいた。
テニス雑誌、ビデオ、インターネット、それから漫画だ。
テニスのプリンス様は途中までは少し参考になった。
八幡「この主人公もけっこう遅くからテニスするんだけど、勤勉な性格でものすごく強くなるんだ」
彩加「へー、比企谷君みたいだねっ」
相変わらず、男心をくすぐるのが上手い。好きだっ。
それから、自分のフォームを動画にとってチェックもした。
八幡「でも、筋肉が足りねーから、フェデラーとかのフォーム真似ても意味ねーかもな」
彩加「うーん、でもやっぱりプロのフォームの方がより理想的だとは思うけど」
動機はクラスの高慢な女子を倒したいと言う不純なものだが、目標がある分成長は早かった。
気づけば、彩加にゲームを取られることなく勝つほどまで成長していた。
うーん、自分の才能が恐ろしい。
??「彼らが弱いだけよ。あなただって十分弱者の部類だわ」
誰だよ。記憶で俺を否定するのはやめてくれ。
76:
そして、三浦との試合の時がきた。
三浦「予告通りボコボコにしてやるっしょ」
葉山「優美子ー、がんばれー」
戸部「ヒキタニ君も頑張っれっしょー」
誰だよヒキタニ君って。でも、クラスメイトに応援されて少し嬉しいのが悔しい、びくんびくん。
部長「比企谷君、彼女の試合を見る限り、中学時代はフラットの綺麗な展開ばかりを経験してきたようだ。意識的にスピンで圧倒すれば勝ち目もある」
八幡「えーっと……スピンの意識的な打ち方って…?」
部長「……がんばれ」ポンッ
まぁ、始めてから一か月そこらである。意識的なスピンなんて結局モノにしたのは数ヵ月後の秋ぐらいだったし。
彩加「それじゃあ始めるね」
三浦「ラブゲームで終わらせる」
八幡「………」ポンポン
彩加「ザ、ワンセットマッチ比企谷サービスプレイ!!」
俺は、自分より少し背中よりの前方にボールを投げる。
ボールは理想的な位置に上がった。
物理的に運動エネルギーがなくなる前、つまり“ボールが上昇している所を打ち込む”。
――スパァンッ!!
三浦「……は?」
一歩も動けずボールを見送る三浦。
少し遅れて、驚きの声が響いた。
彩加「フィフティーンラブ!」
77:
彩加『クイックサーブ?』
八幡『ああ、俺らしい戦い方だろ?』
通常、サーブはボールの落ちてくる所、もしくは頂点を叩く。
だが、トリックプレイにその上がりっぱなを叩くことで相手のタイミングを崩すサーブがある。
それがクイックサーブだ。しかし、最近ではそれが普通のサーブになっているため、効かない場合もあるらしい。
三浦「やってくれるじゃん……」
それでも、中学のしかも女子がクイックサーブを扱える訳もなく、このプレイは理想的にポイントに繋がったのだ。
問題はここからである。
八幡「………」
当然、クイックサーブは警戒されているし、素人にはリスクもでかいので連続する意味はない。
だから、ここは入る確率の高いフラットサーブで真っすぐ確実にサービスコーナーを狙う。
三浦「甘いんだよ!!」パコンッ
八幡「くっ!!」
サービスコートの中央に落ちた玉は三浦の正確で早いショットで返され、俺は触れることもできずにリターンエースを取られた。
彩加「フィフティーンオール!」
三浦の余裕そうな笑みが、最初のクイックサーブでとったイニシアチブが意味なかった事を物語る。
78:
彩加「ゲーム! ゲームカウントフォーゼロ!」
三浦の予告通り、ラブゲームで試合は展開していた。
やはり土台が違いすぎた。
一つ一つのプレーの完成度が三浦の方が高いため、いくら食らいついても最終的にはポイントをとられる。
どうやら、残るは“意識的なスピン”に頼るしかないようだ。
三浦「あんた、負けたら一週間地獄だかんね」
コートを変わる際に、小声で忠告された。
死刑宣告。
俺は、過去の様々なトラウマが想起した。いや、マジでどうしてこんなに思い出すことが多いの俺。
八幡「………」ポンポン
再び俺のサーブだ。
クイックサーブを使うか。……いや、無駄に集中力を使うより、ここは威力重視のフラットサーブだ。
そして、意識的なスピン。
右斜め上へなぞるような回転、もしくは真っすぐ上をなぞるような。
それを意識的にやれればスピンのボールに慣れていない三浦は展開に苦しむはず。
八幡「………」パコンッ!!
甘い。
自分でもすぐにわかるほど、コースのとれていない弾道。
三浦「疲れて来たんじゃない?」パコンッ
鋭い弾が、コートを走る。
なるほど、やはり女子中学はフラットの押収だったんだろう。真っすぐでい弾がコートの端っこを貫いた。
いや、まずフラットがとれませんがな。
戸塚「ラブフィフティーン!」
関係ないけど、そんラブって俺に対する愛のラブじゃないよね。
79:
展開は0対4のラブフォーティー。
つまり、このサーブを取れなければ、実質的に負けてしまう。なぜなら本日三浦のサービスゲームは一ポイントもとれていないからである。
そこで俺は考える。
勝てなくてもいい。一矢報いたい。
目の前の高慢ちきな女王の驚く顔がみたい。
例え一週間地獄のような生活を送るとしても、あの一本さえ思い出せば乗り切れると言うような一本を。
そして、過去のトラウマは一つの作戦を提示する。
俺の孤独の象徴にして最強の矛。
八幡「………」スッ
三浦「アンダーサーブ? 苦し紛れっしょ」
ラケットを下に向けたことで、三浦は意気揚々と前で構えた。
比企谷八幡は思い出す。
野球は何人でやりますか。はい、一人です。
ボールを高く投げると、下に構えていたラケットを野球のスイングをするかのごとく、肩に構える。
三浦「つっ……!?」
意表を突かれたのか三浦は急いで後ろに構える。おそらくいつも通りのサーブが来ると思ったのだろう。
だが待て、しばし。
落下してきたボールを俺はアッパースイングで思い切り打ちあげる。
八幡「セーシュンのバカやろーーーーっ!」パコーーーンッ
フレームにジャストミートした玉は、ガッと音を立てて、遥か上空へと吸い込まれて消えた。
三浦「はぁ!? 何それ、ありえないんですけど!?」
遥か上空で停止した玉はゆっくりと落下し、その運動エネルギーはどんどんと大きくなり、ついに大きな音を立ててサービスコートへと着地した。
80:
予想外の事が二つ。
ひとつ、ボールがあまりに高く上がったため、玉はブーメランのようにこっちのコートへ戻ってきた事。
ひとつ、あまりに動揺した三浦が、ネットの事を忘れてこちらのコートへ走ってきた事。
結果。
三浦「きゃっ!?」
八幡「くっ!?」
俺の上へと落下する三浦。
ギャラリーがざわめく。
葉山「優美子!」
葉山が入ろうとするが、部長が制止する。ここは神聖なコートであり、試合中に一般人が入ることは禁止だ。
三浦「……あんた…」
八幡「……けがはないか」
俺は、三浦の無事を確かめた。
いや、本当はネット付近で構えてたら、ボールの軌道に呆気を取られて三浦がぶつかってきただけなんですけどね。
三浦「……し、心配されなくても平気だしっ///」
さっと立ち上がる三浦。どうやら本当に平気なようだ。
俺はというと、……残念、平気なようだ。
そして、三浦がネットに触れたためにこちらのポイントとなったが、呆気なく次のポイントをとられて、そのまま最終ゲームもストレートでとられた。
戸塚「ゲームセット! ウォンバイ三浦!」
彩加の無情なコールが響く。
比企谷八幡初のワンセット試合は、見事ストレートで終わったのである。
81:
結局、三浦優美子は入部した。
どうやら、当初の条件は撤回して、現在の部活の状況に合わせるようだ。
まぁ、それというのも、
三浦「ヒキオ、肩揉め」
八幡「へーい」モミモミ
三浦「んっ/// そ、そんなエロい揉み方すんなし!」バキッ
八幡「ぶふぇっ!?」
比企谷八幡を奴隷にする権利が一週間と言わず、卒業するまでに増えたからでした。めでたしめでたし……全然めでたくねーよ。
三浦「結衣ー、今日部活終わったらミスド寄るっしょ?」
結衣「あ、うんっ!」
三浦「ヒキオ、ドーナツ奢れし」
八幡「……はい」
三浦女王は全部奢れとは言わない。
そこにしびれるあこがれ……ねーよ。
第三話 完
82:
☆登場人物☆
■テニス部■
比企谷八幡……当ssの主人公。今までにない原作準拠の八幡。ただ、少しATフィールドは弱いかも。
戸塚彩加……スコートが似合う男の子。八幡の事が大好き。一緒に全国を目指す。
部長……熱血系のテニスプレイヤー。実は結構強い。アニメや原作に部員が出てなかったのでオリジナル。
鈴木……下手くそなプレイヤー。スライスしか打てない。イチローに似ている一年生。オリジナル。
■女子テニス部■
女子部長……けっこう強気な女子。唯一の経験者。オリジナル。
三浦優美子……八幡の活躍?により、部活に入る。毎日八幡達と一緒に帰る。
■マネージャー■
由比ヶ浜結衣……人の匂いを嗅ぐのが好きだと公言してしまったビッチ。本当はヒッキーの匂いだけ。
■その他■
雪ノ下雪乃……勇気を出してみたらトドメを刺された可愛そうな女の子。高校生活で八幡と喋ることはないと書かれてしまった。
葉山隼人……神聖なコートには入らせない。
戸部……誉め名人。
83:
平塚「そうやってイチャイチャイチャイチャ」ギリッ
八幡「どこを聞いたらそう解釈できるんだよ……」
平塚「それで、その後何か面白い事は起きたのか?」
八幡「しばらくは何も、練習に没頭して、市の大会で部長ベスト4、俺はベスト16、彩加は一回勝って
三浦は優勝しただけ」
平塚「そうか、それで彼女はかつての情熱を取り戻した訳だ」
八幡「まぁ、それも夏の大会で打ち砕かれますけどね」
平塚「それでも、関東大会まで行けるだけすごいじゃないか」
八幡「男子は部長以外そっこーで負けました」
平塚「団体戦の方は?」
八幡「余裕で負けましたよ」
平塚「そうか。残念だったな」
八幡「まぁでも、その頃には俺達はすっかりテニス部の仲間ーって感じでした」
平塚「嬉しいよ。お前がそんな風に楽しく過去を語れるようになって」
八幡「はぁ……」
平塚「だが、夏に彼女を作ったのは許さん」
八幡「いや、だからあれはっ」
平塚「じゃあ、ラーメン屋でその話を詳しく聞こうか」グイグイッ
八幡「あ、やめてっひっぱらないでーっ」
84:
第四話 こうして彼氏彼女の事情は完成する。
91:
市の大会で優勝した三浦はますます調子づいていた。
三浦「あーし最強っしょ!」
全校集会で表彰された三浦は今や学校でも時の人となっていた。彼女が歩けば皆は注目し、中にはファンだと公言する(奇怪な)生徒まで出てくる始末だ。
まぁ、なぜ俺がそんなことを知っているかというと、
三浦「ヒキオー、飯行くぞー」
女王の付き人だからなんですよね(死にたい)。
あの一件以来、見事なまでに三浦に気に入られた俺は、ことある毎に引っ張りまわされた。
唯一の救いが、彼女自身そこまで悪い人間ではなく、俺に対し一定のラインで気を使ってくることだった。
要するに、俺が不機嫌になるようなことはしなかったのだ。
自分がジュースを飲めば、三割くらいは俺に飲むように命令した。
買い物に付き合わされたら、好きなお菓子を一つ買っていいと奢ってくれた。
ファミレスに付き合わされると、デザートを分けてくれた。
由比ヶ浜結衣は少し不機嫌そうに言った。
結衣「優美子ばっかずるいっ! 私にもヒッキー貸して!!」
おいおい、俺はレンタルペットじゃねーぞ。
だが、人権がうまく機能していないのも確かだ。
92:
一方で、比企谷八幡は立派なテニス部員だった。
右足を大きく踏み込み、左方へ飛ぶ球を壁を作るようにして打ち返す。
部長「ナイスショット!」
今や、比企谷と言えば両手持ちバックハンドの名手となっていた。
彩加「いいなぁ、八幡はバックハンド得意で」
いつの間にか、彩加と俺は名前で呼び合うようになっていた。というより、彩加の距離がどんどんと近づいてきていたのだ。
これだけは普通の青春とは言い難いモノで、さすがの俺も少しばかりの不安を感じていた。
――彩加、マジで俺の事好きなんじゃね?
今回の話はこれが原因なのだが、そこに気付くまではもう少し時間を要する。
とにかく、比企谷八幡の部活動は大盛り上がりなのである。
93:
大会が残り一週間になると、男子部員は全員朝練習に参加していた。
これは八幡効果のお蔭もあるだろう。実際、部長に次ぐ実力を一番遅く参加した素人が得ていたのだから。
部長「比企谷、俺とダブルスを組む気はないか?」
この部長、まんま青春の学園にいる眼鏡部長である。
俺は他人と組んで何かすることに自信がなかったため、断った。だって絶対俺が迷惑かけるもん。
奇数だったので、俺はシングルスのみに出ることとなった。団体戦も、今まで頑張ってきた人間を優先的に出した方がどうせ負けるにしても納得がいくだろう。
実はこの時、市の大会で実力のなさを再認識していた俺は、県大会に全く希望を見出していなかったのである。
これは、今までのような後ろ向きな姿勢ではなく、その先を見据えた、冬の大会へ視野が向いた前向きな姿勢なのだが、言葉にしても上手く伝えられる自信がなかったので黙っておいた。
そして、県大会前日、俺は三浦に連れられてファミレスに来ていた。
三浦「なぁヒキオ、あーし何ゲーム取られるかな」
この態度である。
94:
八幡「さぁ、全部ラブゲームで終わるんじゃねーの」
とてつもなく興味がわかなかったので、適当に返した。三浦自身も本気の言葉を聞きたかったわけじゃなかったので、そうっしょ、とどっこいしょによく似たニュアンスで喜んだ。
一ゲーム取られるごとになんか奢ってやるよ。
本当に心から調子に乗ってるなこいつ。一回戦負けになればいいのに。
そう心の中で毒づいたのは、三浦の実力が本物で、俺は彼女が本当にラブゲームで優勝すると内心思っていたからである。
県大会終了後、俺の胸でボロ泣きする三浦を見ることになろうとは、その時は一ミリたりとも想像がつかなかった。
99:
結果から報告すると、三浦優美子はラブゲームで―――負けた。
三浦「あぁあぁああああぁあぁあああ!!」
試合終了後、人知れず、彼女は叫んだ。
何故知っているかって?
俺は人じゃないから。奴隷だから。
だから、三浦優美子が俺の胸で泣いていたとしても、それは誰にも見られていない出来事なのだ。
青春とは嘘であり、悪である。
だから俺が本心では、(そりゃあ第2シードに当たれば負けるだろ)と思っていても、その手は彼女の柔らかい髪を撫でることはできるのである。
だから俺の下半身がひそかに硬くなっていたとしても、青春の甘酸っぱい味を楽しむことができるのである。
こうして俺は、ゆっくりと黒く、どす黒く染まっていく。
それは、とても心地良く、抜け出すことのできない底なし沼。
100:
テニスが他のメインスポーツより残酷な点は、数字だけで判断すると圧倒的な差があるように見える点である。
0?6。
これが三浦とシード選手の試合結果。
素人が見れば、ぼろ負けである。
実際のところ、シード選手は息を切らしていたし、三浦は何度もマッチポイントを奪っていた。
だが、ブランクは大きすぎた。
三浦「………」ゼェゼェ
ほぼ気絶しかけたような、棒立ちでサーブを待ち構える三浦。
由比ヶ浜の応援も彼女の耳には届かない。
サービスエース。サービスエース。サービスエース。
ラスト2ゲームは悲惨の一言に尽きる。
まるでラケットが10キロのダンベルであるがごとく、三浦の腕は上がらない。
足は引きずり、女子の球威でラケットを弾かれ、そのまま尻もちを着く。
クラスのトップカーストは、女子高校テニス界のトップカーストではなかったのだ。
見た目の派手さのせいか、他校の生徒は彼女をバカにするように笑っていた。
由比ヶ浜は怒っていたが、俺は当然のことだと思っていた。
スポーツ選手が派手な格好をしない理由。それは、調子に乗って負けた時恥ずかしいから。
だから、ダンスやエクストリームスポーツは派手な格好をする。周りが皆派手な姿で、地味な姿だと逆に失敗した時恥になるから。
そして、三浦優美子は侮蔑と嘲笑の対象となった。
101:
後から知った話だが、三浦の対戦相手はかつて三浦がストレートで倒した相手だったそうだ。
だからなんだ。と言えばそれまでだが、何度も言ってきたとおり彼ら彼女らはすべからく自分が主人公である。
つまり、追いつかれる、追い抜かれることを極端に嫌う。
努力が足りないとか素質がないとかの問題じゃない。
主人公は最後に勝つものだからだ。
三浦もまた自分を主人公だと疑わないタイプの人間だ。
自分中心に世界が回り、自分中心に世界を回す。
その唯一無二の存在が、かつてボコボコにしたモブに追い抜かれてしまったのだから、彼女のダイヤのような自尊心はあっという間に砕け散った。
だから、比企谷八幡の胸で泣いた。
比企谷八幡が三浦優美子に対して一切の感情を持たず、試合結果に一切の同情を持たず、これからの展開に一切の期待を抱いていないのに、彼女は俺に全てを晒して泣いた。
結論、やっぱりリア充は総じて自分の事しか考えてないな。そう思いました。
102:
?間奏?
平塚「それで、三浦優美子と付き合ったんだっけ?」ズズズ
ラーメンをすする美人に俺はげんなりした。
それなりに青春を謳歌した結果、平塚静の魅力に気付く。
彼女は大人の女性なのだ。
子供のぐちゃぐちゃな黒を受け入れるし、きっぱり断罪もできるし、嘘もついてあげられる。
大人の綺麗な黒をしっかりと受け流すし、それでいて自分を見失わない。
平塚静は外面以上に内面の整った人物なのだ。
八幡「違いますよ。俺と付き合った……まぁ厳密には付き合ってないですけど」ズズズッ
何故だろう。先生の前で付き合ったなんて言いたくない。
……ああ、あれか。母親に恋愛事情聞かれるみたいな気恥かしさか。
平塚「はいダウトー。学校で堂々と手を繋いで、休日には映画を見て、祭にも一緒に行く相手を人は恋人というんですー」
確かに、はたから見たなら誰だって恋人同士だと思うだろう。
というか、あの時の俺も付き合っているつもりだったしな。
八幡「………」
キラキラと子供のように目を輝かせて俺を見つめる平塚先生に、俺はついに折れた。
八幡「俺と付き合ったのは――」
103:
恋人の振りしてあげよっか?
八幡「は?」
俺は耳を疑った。
放課後、由比ヶ浜と部活に向かう途中、俺は現在の状況を相談した。
相談した。つまり、俺は悩んでいたのである。
戸塚彩加はどんどん距離を縮めてくるし、三浦優美子は俺に対してどんどん遠慮がなくなってくる。
後々語るが、他にも悩みの種はいくつかあった。
だからと言って、由比ヶ浜結衣が俺と付き合うメリットがあるのか?
結衣「え、だって、ヒッキーの事好きだし」
頬を赤らめながら、由比ヶ浜はジッとこちらを見つめた。
俺は、大混乱した。
104:
八幡「それは、えっと、どういう意味でしょうか」
好きだったら普通恋人の振りじゃなくて恋人になるよね。
つまりこれは恋人じゃなくて友人として好きということですか。
結衣「え、だってヒッキーは私の事別に好きじゃないでしょ?」
少し悲しそうに由比ヶ浜は言った。
八幡「まぁ、そうだが」
結衣「ひどいっ!!」
いや、言いだしっぺはお前だろ。
実際、俺が異性を好きになることなど、ありえすぎてありえない。
人は簡単に人を好きになるからこそ、簡単に好きにならないのだ。
八幡「お、今の八幡的に哲学的ぃ」
結衣「何言ってんのキモい」
これが好きな人に対する態度なら、俺は一生女子に好かれなくて良い。
105:
結衣「あのね、私ってほら、ヒッキー以外に貰い手いなさそうだし」アハハ
八幡「俺はゴミ処理係ですか?」
結衣「ヒッキー酷過ぎ!」
由比ヶ浜は憤慨した。
俺は言い返す、
八幡「俺の事好きなら、ヒッキーをやめてくれませんかねぇ」
人は人に対してもっと素直になるべきだ。
必殺の棚上げ作戦で俺は由比ヶ浜を責める。
結衣「あ、うん……そうだね。
比企谷……君///」モジモジ
いや、いやいやいや。
今更そんな純情ぶっても騙されたりしませんからぁ!
この高鳴っている心臓はただの不整脈ですからぁっ!
結衣「比企谷君は、さ。私の事……ちゃんと呼んでくれないかな?」ジッ
上目遣いでこちらを見つめてくる由比ヶ浜は、今までになく俺の心を……。
八幡「……ビチヶ浜」
結衣「最低! 比企谷君のバカっ! 嫌い!!」ポカポカ///
力のない拳が俺の胸を叩くたびに、俺は(あれ? こいつ抱きしめて良いの?)と、リア充の扉の前に立ったが、さすがは歴戦のボッチ。身体は全く動かなかった。
106:
結局、俺は由比ヶ浜の提案を受けた。
戸塚の事に悩み、三浦の事に悩み、そのほかの事に悩んでいた俺に現れた解決策。
そんなことは全然言い訳で、
結衣「えへへ……好き、だよ?」
ただ単純に、俺は目の前の可愛い女子と付き合いたかったのである。
こうして、ここにボッチとビッチのカップルが誕生する。
彼氏と彼女の事情はこうして完成した。
第四話 完
109:
ビールを飲んで良いか。
やさぐれる平塚先生の提案を強く断って、俺は話を続けた。
八幡「どうせ話はここまでですし」
平塚「は? 何を言ってるんだ? ここからが一番酒の肴になる話題じゃないか。キスはいつしたんだ? エッチはしたのか? そりゃあするだろうな。何回したんだ?」
八幡「だから、振りだって言ってるでしょ。手を繋いだのも恋人であることを周りに認知させるため。一度だってキスはしてないですよ」
平塚「……え、マジ?」
八幡「マジです」
平塚「いや、いやいやいや、それを信じろというには先生ちょっと汚れすぎちゃったなー」
八幡「さ、家まで送りますよ」
俺はそそくさと会計を済ませると、ビールを飲みたそうにした先生にコンビニで買いましょと説得をしてラーメン屋を後にした。
平塚「それじゃあ、二年の秋から今まで、お前は何をしていたんだ?」
八幡「いや、だから青春ですって。普通に部活をして、普通に皆で遊んで、たまに由比ヶ浜と遊んで」
平塚「………」
不意に立ち止まる平塚先生。
八幡「?」
そして、俺はまぁ予想はしてたけど、やっぱり実際に先生が知っているとショックな出来事を口にした。
平塚「雪ノ下雪乃は、二年の秋から今まで、君と付き合っていたと報告してきたぞ」
季節は春。
少し強い風が、平塚静の髪を撫でた。
112:
第五話 【議題】究極の選択は人を殺すか。
113:
>>107 ブレイクポイントだっけ? テニス辞めてから長いから忘れちゃったてへ。
114:
平塚「先週の事だが、奉仕部の部室であいつは私に嬉しそうに語ったぞ」
八幡「………」
平塚「お前と過ごした青春の日々。それは自分の世界しか信じてこなかった愚かな自分を変えてくれた、と満面の笑みで……」
そこで、平塚静は目を見開く。
平塚「まさか……二股?」
八幡「……だったらよかったですね」
平塚「……違うのか?」
八幡「……例えば、目の前に大盛りラーメンと一口サイズの最高級ステーキがあったとします」
平塚「………」
八幡「ラーメンはどこにでもある普通の素材。ステーキは松坂牛の時価数万円するような肉」
平塚「………」ゴクリ
八幡「どっちを食べ「ステーキだっ!」
八幡「………」
平塚「……ごほんっ、つまり、何が言いたいんだ?」ジッ///
八幡「これは、そういうお話なんですよ」
俺は、あくまで比企谷八幡の“主観”の話を始めた。
普通の青春を謳歌した、卑しく、愚かで、馬鹿な男の物語。
それは、二年の二学期初頭まで遡る。
115:
何度も言うとおり、俺はあの日、雪ノ下雪乃の伸ばした手を払って以来、卒業まで一度も会話をしていない。
正確に言うなら、一度として“まともな会話”をしなかった。
雪乃「ちょろっとー、何無視してんのよー!」
げた箱で、雪ノ下雪乃は俺に向かってそう言った。
残念ながらすぐに御坂美琴のキャラを模倣していると気付いた俺は、彼女の下半身に視線を向けた。
予想通り、短めのスカートのすそ辺りに短パンがちらりと見える。
八幡「……えっと、どこのレベル5でしょうか」
俺は、今までの短い人生でかつてないほど引いていた。
材木座の奇行だって、戸塚のほもぉな言動だって、三浦の暴挙だって引かなかった俺が、ドン引きしていたのである。
雪乃「どうやら違ったみたいね……」
ブツブツと何かを呟きながら、去っていく雪ノ下。
下駄箱に取り残された俺は、しばらく足がすくんで動けなかった。
ここから、雪ノ下雪乃と俺の交錯しているようでまったく噛み合っていない戦いが始まる。
117:
雪乃「さぁっ、不思議を探しに行くわよっ!」
黄色いリボンで髪をくくり、腕には『団長』と書かれた腕章がついている。
八幡「俺は宇宙人も超能力者も知り合いじゃないんで……」
雪乃「……これも違うみたいね」
雪ノ下はまたしてもブツブツとつぶやきながら去っていく。
これは三度目もあるな。
そう思っていると、放課後には、
雪乃「……情報統合思念体にとって【割愛】人間とコンタクト出来る」
無表情で対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスの台詞をスラスラと噛まずに喋る雪ノ下。
この頃には流石の俺も気づく。
八幡(ああ、こいつ俺とラノベの話がしたいんだな)
雪ノ下雪乃は負けず嫌いな上にどこまでもまっすぐである。
だから、俺に素直に「あなたと話したいからラノベの勉強をしたの」とは言えないのだろう。
その結果がこれかよ。
素直じゃないにもほどがあるし、俺じゃなきゃ絶対に伝わってねーぞ。
俺は無視をしてテニス部の練習へ向かう。
ああ、言い忘れてたけど彩加が部長、B組の……何ちゃら君が副部長になった。
比企谷八幡はなんと、“ツイストサーブ”をマスターしていた。
雪乃「楽しいわ。比企谷君」
背中に突き刺さる言葉を俺は聞かなかったことにした。
118:
雪乃「比企谷先輩! 私は百合なのだ!」
上半身制服にスパッツという謎のファッションで、雪ノ下雪乃は俺の前に立ちはだかる。
結衣「ゆ、ゆきのん?」
由比ヶ浜が戸惑うのも無理はない。文字が読めないんじゃないかと思うほど本と無縁の彼女に目の前のパンツを履いているのか履いてないのか確かめるべき少女の元ネタを知らないのだから。
雪乃「由比ヶ浜先輩! 私はあなたが好きなのだ!」
どう考えてもキャラ的にお前が蟹の少女だろうが。
俺は由比ヶ浜の手を強く握った。
結衣「あっ///」
嬉しそうに笑う由比ヶ浜。
この時の俺は、ただ単純に俺という存在にコケにされたのが許せなかっただけなのだろうと思っていた。
ただ単純に、俺を振り向かせ、自分のモノにして満足したいだけだと。
だから、彼女に対してまともに向き合おうとも思わなかったし、彼女がいくら俺の好きなラノベのキャラをコスプレしようが何も思わなかった。
その真意を卒業式に知るのだが、全ては後の祭りである。
雪乃「本当に、楽しいわね。比企谷君」
雪ノ下雪乃は満面の笑みで去っていく。
俺と由比ヶ浜はしばらく手をつないだまま茫然としていたのだった。
遅刻して彩加に怒られました。てへぺろ。
119:
下ネタという概念が存在しない退屈な世界の表紙そのままで現れた時は、流石に俺も狼狽した。
由比ヶ浜結衣は彼女に恐怖を抱いた。
ちょうどタイミング良く誰も来なかったのが幸いして事件にはならなかったが、あれは完全にアウトだったと思う。
だから、俺は言った。
八幡「意味分かんねーよ! 何がしたいんだよお前!!」
直球ストレートの全力投球。
だが、その球は何かの引力に阻まれ地面へと落下する。
雪乃「何を言っているの? これはあなたが望んでいた世界でしょう?」
まるで会話になっていない。
由比ヶ浜は何も言えず、口をパクパクとしている。
俺は由比ヶ浜の手を引っ張ってテニスコートへと向かう。
雪ノ下は通り過ぎる俺に向かって小さくつぶやく。
雪乃「奉仕部はね、本人の理想を提供する場所じゃないの」
俺は全身に何か粘っこいナメクジのようなものが這いずり回った気がした。
それからしばらくの間、俺は学校を休んだ。
医者はただの風邪だと言ったが、俺はただの疲れだと思っていた。
……本当に、あの時の俺は疲れていた。
120:
一方で、三浦優美子と俺はライバル関係に発展していた。
彩加「ゲームセット! ウォンバイ八幡!」
いや、コールくらい名字でお願いします。
三浦「くっそー、本気でむかつくしっ!」
八幡「へっ、ビッチの考えることくらいお見通しなんだよ」
三浦「ビッチ言うなし!」バコンッ
八幡「いたっ!? ボールぶつけんな馬鹿っ!」
これも卒業式に知った話だが、実はこの頃の俺は人生最大のモテ期だったらしく、葉山グループと比企谷グループの二大ファンクラブが形成されていたらしい。
まぁ、本人が気付かないくらい根暗な女子のファンクラブだったらしいが。由比ヶ浜いわく、馬子もそこに所属していたらしい。……なんかちょっと嬉しい。
結衣「比企谷君! えへへ、今日も一緒に帰れる?」
この時の由比ヶ浜はまさに恋する乙女、見た目から仕草までまさに男子の理想像にあった。
八幡「ああ、いいけど」
結衣「やった♪」
こんな可愛い子に何もしなかった俺は凄いと思う。すごい……ヘタレだと…思う。
ともあれ、雪ノ下雪乃の件を除けば、俺は青春の真っただ中にあった。
その雪ノ下雪乃の件も、俺にとって全く関係のない出来事だと今でも思っているので、
実質的には比企谷八幡は人生最大の青春祭りだったのである。
121:
平塚家
平塚「なぁ、お前は私に一人で寝かせないつもりか?」
八幡「なんでそうなるんですか」
平塚「だってそれストーカーだろ!? 今日こんなに一緒にいたら私殺されちゃうんじゃないのか!?」ギューッ
八幡「うわ、その年でかわいこぶってもいだぁぁあああ!?」ギリギリ
平塚「ふふふ、楽しいなぁ。生徒とじゃれるのは楽しいなぁ」グググッ
八幡「ぎ、ギブ……」
平塚「それで、結局雪ノ下雪乃は何がしたかったんだ?」
八幡「それを話す前に、また質問しても良いですか?」
平塚「ああ、面白い話を頼む」
八幡「本気でビビってます?」
平塚「トイレに行けないくらいには」
八幡「可愛い……」
平塚「えっ!?」
八幡「うわぁ、その反応……」
平塚「撃滅のぉ……」
八幡「とっても可愛いです」ドゲザ
平塚「早く話せ。後ビール飲んで良いか?」
八幡「ダメです」
122:
とある世界に、すごく貧乏な家に生まれた少年がいました。
その少年は一日にほんの少しのパンと、公園の水で飢えをしのいでいました。
ある日、少年の前に二人の人間が現れます。
一人は、こんな安物で良ければいくらでも食べて良いよ。と、出来合いの料理を机に並べます。
一人は、今まで貧乏だったあなたを称えて、世界中でも一握りの人間しか食べられない料理を一度だけ振る舞いましょうと、と高級料理を並べます。
少年は迷わず飛びつきました。
八幡「さて、どちらに飛びついたでしょう」
123:
平塚「そりゃあ、飢えているんだから質より量だろう」
八幡「そうですか? 本当にそれで良いんですか?」
平塚「……意地悪言うなよ」ムスッ
八幡「いや、つまり、そういう話なんですよ」
平塚「?」
八幡「雪ノ下雪乃はその質問に即答で高級料理を選ぶくらいに、
誰よりも純粋で穢れがなくて、そして――」
――本当に価値あるモノを見抜ける人間だったんです。
第五話 完
124:
卒業式の日。
雪乃「……比企谷君。いよいよお別れね」
八幡「いや、最初から別れてるけど」
雪乃「私は……とうとうあなたを救えなかったわ」
八幡「救ってもらいたいなんて一度も思ってなかったけどな」
雪乃「いいえ、あなたはいつだって救いを求めていた」
八幡「意味分かんねーし」
雪乃「あなたは、テニス部に入ってからの二年間、一度だって心から笑った事がない」
八幡「……人生で一度だって心から笑ったことはねーよ」
雪乃「だから、よ」
八幡「は?」
雪乃「私はあなたを笑顔に導く術を知っていたし、それをしてあげたいと思っていた。……でも、あなたは最後まで楽をした」
ぐさり、と刺さった。
楽をした。楽をした。楽をした。
雪乃「本当に――」
125:
第六話 ごめんなさい。
126:
ちょっと風呂入ってきます!
ヒロインとのイチャイチャタイムまで長いぜ!!
128:
八幡「いきなりですけど、平塚先生はピンク嫌いですよね」
平塚「本当にいきなりだな。まぁ嫌いだが」
八幡「そう思ってました」
平塚「なぜ分かった?」
八幡「そりゃ、あれだけピンクを避けてたら嫌でも気付くでしょ」
平塚「そうか。で、それがどうかしたか?」
八幡「雪ノ下が言いたかったのは、つまり、平塚先生がピンクの服を着て学校に行っていたようなものだ、と。そういうことです」
平塚「……つまり、お前は無理をしていた。そういうことか?」
八幡「いえ、もっと根本的な問題です」
平塚「?」
八幡「それに気付いたのは、卒業式に雪ノ下と別れて由比ヶ浜の所に行った時でした」
129:
結衣「それで、告白はするの?」
突然。
あまりにも突然の事に、俺は人生で一番間抜けな顔をしたと思う。
結衣「やだ比企谷君変な顔」アハハ///
そう笑う由比ヶ浜の距離は、少し遠い。
八幡「いや、告白って……お前とつきあ――」
結衣「付き合ってる振りじゃん」
俺は、手に持っていた卒業証書の筒を落とした。
桜吹雪が、筒を俺から引き離した。
130:
八幡「いや、そうだけど……でも、それは」
結衣「彩ちゃんと優美子と距離を置くため?」
俺は頷く。
事実心の底からそう思っているからだ。
だが、由比ヶ浜は引かない。
結衣「ひき……“ヒッキー”。私、ヒッキーの事が大好きだよ」
八幡「………」
結衣「だから、“最初から分かってた”」
よく分からない。
最初から?
それは出会った時からということか?
それとも、付き合った時から?
結衣「ヒッキーはさ、テニス部に入ってからの二年間、楽しかった?」
八幡「……ああ」
嘘偽りはない。
俺は人生で初めて人間関係を含めて楽しいと思えた。
だから、首を縦に振る。
結衣「でも、“笑った事ないじゃん”」
ぐさり。
雪ノ下が刺した場所を寸分たがわず抉る。
結衣「楽しかったら、笑えるはずだよ?」
八幡「そ、それは人それぞれで……」
ダメだ。言い返す言葉が見つからない。
131:
結衣「ヒッキーってさ、ゆきのんの言葉を借りたら、“自己犠牲精神の塊”だよね」
八幡「そんなことねーよ」
俺は、嫌な汗が流れているのを感じた。
まるで、自分さえも知らなかった一面を、世界中が知っていたような。
堂々と廊下のまん中を歩いていたら背中には「僕は馬鹿です」と張り紙をされていて、それを見た周囲の人間の視線に気づいたような。
結衣「だから、自分を殺してまで、好きな人を守ろうとしている」
ぐさり。ぐさりぐさり。
八幡「そ……」
これ以上、由比ヶ浜と会話をしたくない。
だが、ねっとりと地面と同化した足は全く持って動かない。
結衣「ヒッキー、結局小町ちゃんからもらったピンクのグリップテープ、使わなかったよね」
やめろ。これ以上触れるな。
八幡「俺に……似合わないからな」
132:
結衣「ふーん、似合うと思うけどな」
八幡「そういう問題じゃねーんだよ」
結衣「……ねぇヒッキー」
八幡「……何だよ」
結衣「ヒッキーって奉仕部だったよね」
八幡「……少しだけな」
結衣「振りに付き合ってあげたんだから、最後に奉仕活動してくれる?」
八幡「……俺に出来る事なら」
133:
そして、由比ヶ浜結衣は涙を流しながら、俺に依頼した。
結衣「私の大好きな比企谷君の事を、諦められるようにしてください」
桜舞う木の下で泣く由比ヶ浜は、今まで見て来た中で一番大人っぽく、綺麗だった。
134:
どうしてもビールが飲みたいと言うので、俺はしぶしぶ一本だけですよ。と、平塚静にアルコールを摂取することを許可した。
平塚「んぐっ、んぐっ、んぐっ……ぷはぁーーーっ!」ドンッ
本当に色気のない飲み方だ。
俺は二本目に手をかけようとする平塚先生を目で制止する。
平塚「……分かった」
しぶしぶ頷いた彼女は、本当に残念そうにビールから手を離した。
しばらくの間、けして心地良いとは言えない沈黙が流れた。
静止した状況を打破したのは平塚先生だった。
平塚「それで……その…な」
モジモジと、言い淀む平塚先生に俺は尋ねる。
八幡「トイレですか?」
平塚「違うっ! あれは冗談だ!」
いつも通りのやりとりをして、少しだけ場が和んだ。
と、同時に、流れは一気に加する。
平塚「その……ピンクのグリップを使わなかった理由……というのは…」
今までの大人な振る舞いとは打って変わって、頬を赤くしてモゴモゴと歯切れの悪い口調で喋る平塚先生はだいぶ可愛い。
八幡「そうですよ」
俺は頷く。
136:
平塚「じゃあ、由比ヶ浜とキスしたなかったのも?」
八幡「そうですよ」
平塚「え、エッチしなかったのも?///」
八幡「そうですよ」
平塚「じゃ、じゃあ、ビール飲ませてくれなかったのも!?」
八幡「真剣に話がしたかったからです」
平塚「ごめんなさい」
八幡「一杯くらい……大丈夫ですよね?」
平塚「う、うん……すごいドキドキしてるけど///」
八幡「それは違うドキドキだと嬉しいです」
平塚「………///」
137:
平塚「じゃ、じゃあ……」
八幡「そうです。普通、卒業式の日に思い出話をこんな時間まで教師と語る卒業生がいますか?」
平塚「あ……あう///」
八幡「さっき」
平塚「……っ」ビクッ
八幡「ヘッドロックされて、すごいドキドキしました」
平塚「……っ///」カァ
八幡「いつも関節を決められてる時、胸が当たってドキドキしてました」
平塚「ば、ばかものっ///」
八幡「ラーメン屋へ一緒に行ってくれて、すごく……嬉しかった」
平塚「そ、それはっ、……ラーメンが食べたかったから///」プイッ
八幡「………」
平塚「う、嘘だよっ! そうだ! お前ともっと一緒にいたかったんだっ///」
八幡「………///」
平塚「照れるな……ばか…」モジモジ///
138:
俺は、無防備にもフローリングにあぐらかいていた静の太ももに手を置き、身体を前に寄せた。
平塚「……いきなり…すぎるだろ……」
それでも、拒否することなくこちらを見据える彼女の瞳には、俺と同じ気持ちが宿っていると思う。いや、そう思いたい。
八幡「この二年間、普通の青春を送ってきました。友達と、部活と、彼女と」
平塚「彼女とか言うな……嫉妬する……」
顔を真っ赤にして呟く静を見て、俺は口角が上がっていくのを感じた。
八幡「でも、本当は……平塚静と一緒に過ごしたかった」
自分でもわかる。
平塚「……良い笑顔だよ、比企谷」
今までにない優しい抱擁が、俺の頑張りを祝福してくれた。
そして、両目を閉じて、ジッと待つ静の唇を……俺はゆっくりと――塞いだ。
初めてのキスは、ビール臭かった。
139:
平塚「も……もう…何でビール飲んだんだ私のバカ……」
八幡「だから止めたのに……」
平塚「そりゃ期待はしてたさっ! お前の話しぶりはまるで私の事が好きな言い方だったからなっ!」
八幡「嘘つけ、由比ヶ浜とまだ付き合ってると思ってたくせに」
平塚「う、うるさいっ/// 衝撃のファーストブリッドを食らわすぞ!」
八幡「ほら、おいで」
平塚「あ、あう……そんな両手を広げたって、い、行かないぞっ///」ギュッ
八幡「こうしてみたかった」ナデナデ
平塚「……か、彼氏気取りかっ///」
八幡「じゃ、やめときますか」パッ
平塚「………」ウルウル
八幡「それじゃあ、静からキスしてよ」ンッ
平塚「そ、そんなことっ!!」
八幡「………」
平塚「………」チュッ
八幡「冷静になると馬鹿みてーだ」パチッ
平塚「め、目を開けるなぁっ///」
八幡(結婚しよ……)
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