右京「346プロダクション?」back

右京「346プロダクション?」


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1:
アニメ準拠はほとんどありません
気分を害されたら本当申し訳ありません
3:
右京「…」
右京「…!」パチ
右京「…ここは…」
右京「…どこ…ですかねぇ…」
右京「…」キョロキョロ
右京「…僕の家では、ないようですが…」
右京「…」フゥー
右京「…困りましたねぇ…」
右京「…?」
右京「…はて、これも…僕の鞄ではないようですが…」
右京「…」ガサガサ
右京「…」
『346プロダクション 係長 杉下右京』
『会社TEL』
右京「…はて…この名刺は…?」pipipipi
右京「…」prrrr prrrr
『はいもしもし346プロダクション総務課、米沢です』
右京「…!……杉下です」
『杉下係長!どうされました!?こんな時間に…』
右京「こんな時間…とは?」
『何って…もう10時ですよ?』
右京「…」バッ
『AM10:02』
右京「これはこれは…申し訳ありません。どうやら寝過ごしてしまったようです」
『おや?杉下係長がですか?珍しい事もあるんですなー…』
右京「ええ。なにぶん今しがた目覚めてしまったようですから」
『…あー………でも、まあ…』ボソボソ
右京「…?」
『杉下係長から借りた落語のCDが余りにも面白くてですな…私からはほら、出勤中、スカウトに精を出し過ぎたって言っておきますから…』ボソボソ
右京「そうしていただけると助かります」
『まあ、気にせずゆっくり来ることですな』
右京「ええ。感謝します」
右京「…」
右京「…何なんですかねぇ…これは」フゥー
4:
翌日
右京「…」
346プロ『』
右京「…はて…僕は一体…どうなってしまったんでしょうねぇ…?」
「おや杉下君。お早う」
右京「…おはようございます」
「うむ?私の顔に何かついているかね?」
右京「いえ。昨日は少し羽目を外してしまったもので、ご迷惑をかけたのではないかと…」
「そうかね?いやいや君の事だ。仕事に精を出していたんだろう?米沢君からもそう聞いているものだからね」
右京「おやおや…」
「まあ、たまにはゆっくりすることも大事だよ。…だが君は今…大変な時期だったね…」
右京「はいぃ?」
「…私で出来ることなら、何とか手助けしてあげたいんだが…」
右京「…」
「とにかく君には期待しているんだ。是非頑張ってくれたまえよ!」
右京「…ありがとうございます」
「うむ!」
右京「…」pipipi
『アドレス登録件数 3件』
『千川ちひろ』
『山西部長』
『米沢守』
…。
右京「…山西部長!」
山西「ん、ん?…な、何かね?」
右京「…いえ、なにぶんまだまだ初めての事ですからねぇ…お力添えして頂ければと思いまして…」
山西「…うむ!任せておきたまえ!」
右京「…」ペコ
山西「頑張ってくれたまえよ!期待しているからね!」
右京「ええ。お心遣い、感謝致します」
5:
右京「…」ペラ
『プロジェクト(仮) 室長 杉下右京』
『○階 階段右突き当り』
右京「…ここでしょうかねぇ…」
『プロジェクト(仮) 室長 杉下右京』
右京「…困りましたねぇ…」ガチャ
右京「失礼します…」
…。
右京「…誰か、いらっしゃいませんか?」
…。
右京「…」
…。
右京「…」ペラ
『プロジェクト内アイドル 未定』
右京「…」
米沢『私からはほら、スカウトに精を出し過ぎたって言っておきますから…』
山西『仕事に精を出していたんだろう?米沢君からもそう聞いているものだからね…』
右京「…なるほど。そういうことでしたか…」
右京「…僕にも、不思議な体験をする機会があったんですねぇ…」
6:
米沢「は?名刺を失くした?」
右京「ええ…どうやら昨日何処かで落としてしまったようなんです。僕としたことが…」
米沢「いやはや…昨日に引き続き珍しいですなぁ…」
右京「ええ。ですので早急に新しいものを…」
米沢「…え…」
右京「…」
米沢「…そ、早急にと言われましてもですな…」
右京「恐らく電話一本で済むと思いますがねぇ?」
米沢「おわっ…相変わらず勘が鋭い…」
右京「…ところで、つかぬ事をお聞きしますが…」
米沢「…なんですかな?」
右京「…実は僕、アドレス帳の名前の部分だけを、消してしまったんです」
米沢「…は?」
右京「米沢さんなら、恐らくどなたか存じ上げると思うのですが…」
米沢「…杉下係長。本当に大丈夫ですか?どこか調子が悪いのでは?」
右京「あ、これはこれは…。買いかぶり過ぎですよ。僕も所詮、人の子ですからねぇ…」
米沢「はあ…まあ、分かる範囲で…」
右京「まず、この連絡先ですが…」
米沢「…ああ。この方は…千川ちひろさんですな」
右京「千川ちひろさん。…ええ…と…あの…」
米沢「あの緑スーツの若い事務員の方ですよ」
右京「ああ!そうでしたそうでした…」
米沢「それでですな…」
右京「ええ…」
7:
右京「…」ガチャ
右京「…」スッ
右京「…」
『346プロダクション 社員心得』
右京「…」ペラ
『その1…』
右京「…」ペラ
『作業手順』
右京「…」ペラ
『アイドルを勧誘するにあたって』
右京「…」ペラ
『オーディションを開催するにあたって』
右京「…」ペラ
『月の売上報告会…第4週土曜』
右京「…」ペラ
『LIVE・イベント・オファー等』
右京「…」パタン
右京「…成る程」
右京「…僕もついに不思議な体験をする機会が出来ましたよぉ…」
「…あのー…」コンコン
右京「どうぞ」
「…あ、失礼します…」ガチャ
右京「…おや、貴方は…」
ちひろ「杉下さん。先日の日報がまだ届いていないようなので…」
右京「ああ!これは僕としたことが…」
ちひろ「簡易的でも構いませんから、書いておいてください。杉下さんの机に入れておきましたから」
右京「どうもありがとう。…あ、千川さん」
ちひろ「は、はいっ?」
右京「…このプロジェクトルームなんですがねぇ?」
ちひろ「え、ええ…」
右京「これ、いつまでにアイドルの方を呼べば良いのですかねぇ?」
ちひろ「え…えーと…ですね…せめて、今月中には…」
右京「ああ…それはそれは。分かりました」
ちひろ「そ、それでは…」ガチャ
右京「…」フゥー
右京「…困りましたねぇ…」
8:
ちひろ「…」
ちひろ「…あの人、やっぱり苦手だなぁ…」
ちひろ「…それに、あのプロジェクトって…」
ちひろ「…いわゆる、追い出し部屋…なのよね…」
ちひろ「なのに…あんなに楽しそうに…」
ちひろ「…あの人、どうしてアイドル事務所のプロデューサーなんてやってるんだろう…」
ちひろ「あの人の能力が役に立つ仕事って、他にいくらでもあると思うのに…」
9:
翌日
山西「やあ」
米沢「あ、これは山西部長。何かありましたかな?」
山西「うむ…それがだね…」
米沢「はい?」
山西「彼に関することなんだが…」
米沢「…」
山西「…」
米沢「…少し、席を外しますか」ガタッ
山西「うむ。そうしてもらえると助かるよ」
ちひろ「…」
10:
山西「…すまないね」シュボッ
米沢「いやあ…中々人前では出来ませんからな」
山西「…しかし、嫌な風潮もあったものだよ」
米沢「…そうですな」
山西「私から見て、杉下君以上に人を見る目がある人間はいない」
米沢「…」
山西「それをどうして皆、分からないのか…」
米沢「…」
山西「思い当たる節は、無いわけではない」
米沢「…」
山西「…杉下右京。彼の下に着いた社員やアイドルは悉く引退、辞職していく」
米沢「…それが、彼の異名となった…」
山西「…杉下右京は、人材の墓場」
米沢「…ふむ…」
山西「おかげで今、彼を煙たがるアイドルや社員は大勢いる」
米沢「…」
山西「だが、それは勘違いだ」
米沢「…私も、そう思うのですがね」
山西「彼はいつだって、誰とでも真っ直ぐ向き合うような人間だよ」
米沢「…ですが、真っ直ぐ向き合い過ぎてしまう…」
山西「…加えて、あの記憶力と洞察力だ」
米沢「社員もアイドルも、彼と関わると自信を失い、辞めて行く…」
山西「…それは、彼のせいではないと思うのだがねぇ…」
米沢「…物腰柔らかな接し方とは裏腹に、社員やアイドルの核心をこれでもかというくらい突く…」
山西「…」
米沢「…彼はプロデューサーとして最も大事なものが欠けているのかもしれませんな…それで、その杉下係長がどうかなさいましたか?」
山西「うむ。…それなんだがね?」
米沢「…」
11:
山西「…この間の、彼がスカウトに明け暮れて時間を忘れていたという…君の優しい嘘だがね?」
米沢「…バレておりましたか…」
山西「…まあ、私からもスカウトだ外回りだと報告しておいたからそれは良いとして、だ」
米沢「何ですかな?」
山西「考えてもみたまえ。オーディション会場で彼の前で一体何百人の子供達が涙を流したと思う?」
米沢「…その場に私はいませんでしたからな。どうとは言えませんが…まあ、想像はつきます」
山西「…まあそれは置いといて、だ」
米沢「…今思うと、彼がスカウトなどするわけもありませんでしたな」
山西「…」
米沢「…む?」
山西「…その、まさかだよ」
米沢「…その、まさかですか…」
山西「…彼が、スカウトに出掛けたのだ」
米沢「…なんと」
山西「…警察を呼ばれなければいいのだがねえ…」
米沢「…流石に身元引き受け人はお任せ致しますよ…」
山西「…」
ちひろ「…」
ちひろ「(…どうして、部長はあの人の事をそんなに…)」
13:
同日 PM14:20
「はーい!当日チケット売ってるよー!チケット持ってない人は買わなきゃ入れないよー!」
「…」
「おっ!?そこのお嬢ちゃん!…もしかしてチケット持ってないの?」
「…売り切れだったんだよぉ…」
「じゃあ買わなきゃ!ちなみに…どっちの席?」
「…でも、それ…アレでしょ?ダフ屋って…」
「堅いこと言わないでよー。こういうの、何処でもやってんだからさー…」
「…んー…」
「で?どっち?…あ、でもあれだ。そのユニフォームって…キャッツだよね?」
「…ん。そう」
「じゃあ良いのあるよ!何と1塁側最前列!」
「えっ!?」
「これまさに奇跡だよ!!このチケット買う為に今日ここに来たんだって!」
「…」
「だってチケット無いのに来たってことはさ、ある程度こういうのも期待してたんでしょ?」
「…くら…」
「ん?」
「…それ、いくら?」
「…んー…苦労したからなー…3でどう?」
「うぇっ!?3万!?」
「当たり前だよー!そりゃあこれ一番良いアングルで見られるんだから!」
「…んー…」
「もしかして手持ちじゃ足りない?」
「…足りないよー…」
「うーん…じゃあ2万5千!!」
「高いよー!」
右京「そういう問題ではないと思いますよ」
「!?」
「!?」
14:
「…誰?お嬢ちゃんの知り合い?」
「…んー…知らない」
右京「僕が彼女の知り合いかどうかはともかく、転売目的でチケット類を公衆に対して発売する場所において購入すること。公衆の場で、チケット類を他者に転売することは迷惑防止条例で禁止されています」
「んぐっ…あ、アンタ警察か?」
右京「…いえ、警察ではなく。ただの通りすがりですよ」
「じゃ、じゃあ俺を捕まえる資格はねえよな?偉そうに説教垂れやがって…」
右京「ですが、警察を呼ぶことは僕でも彼女でも出来ますよ」
「なっ…」
右京「もし警察に捕まれば、10年以下の懲役または500万円以下の罰金。そのチケットを何枚売れば元が取れますかねぇ…まあ、売れないでしょうが」
「…チッ…なあ、オッさん」
右京「何でしょうか?」
「あんまゴチャゴチャ言ってっとなぁ…痛い目見んぞ!!」ダッ
右京「…」ヒョイ
「おわっ!?」ドタッ
右京「…」グイイッ
「い、いででででで!!わ、分かった!!分かった!!もうやめるから!!ダフ屋やめるから!!」
右京「もう遅いと思いますよぉ?」
「…えっ?」
警察「…」
「あっ…」
警察「申し訳ありません。少しお話を伺いたいのですが」
「…あー…」
右京「まだ彼女には売ってはいないようです」
警察「そうでしたか。犯人逮捕にご協力感謝致します!!」
右京「ええ。お仕事頑張ってください」
警察「はいっ!!…ほら行くぞ。立ってホラ」
「…ぁーぃ…」
右京「…」
「…」
15:
右京「貴方、良かったですねぇ」
「えっ?」
右京「もしあの場でチケットを買っていたら、貴方も刑罰の対象になっていたかもしれませんよ?」
「え…えええっ!?アタシもなっちゃうの!?捕まっちゃうの!?」
右京「本来の正規のルートを通さずに買ってしまってますからねぇ…それに、犯罪を助長することにもなってしまいます」
「…ごめんなさい…」
右京「…しかし貴方、野球がお好きなんですねぇ」
「?うん!でもね…好きなのはやっぱりキャッツなんだ!!」
右京「ほー…キャッツ…ですか」
「うん!」
右京「いやはや…野球には疎いものでして。どういった球団なのか…名前しか知らないんですよ」
「えー!?知らないのー!?」
右京「ええ。本当、野球には疎いものでして…ですが、この湧き上がる歓声を聞いていると、どうにも興味が湧いてしまいますねぇ」
「…そうだなー…おじさんもキャッツのファンの一員になる?」
右京「ええ。是非」
「じゃあそこで一緒に観ようよ!あそこの店なら中継で観れるからさ!」
右京「おやおや…。貴方がよろしければ…」
「あ、アタシ姫川 友紀!おじさんは?」
右京「…杉下 右京と申します」
友紀「じゃあ右京さん!助けてもらったお礼も兼ねてガンガン!キャッツの事を教えちゃうからね!」
右京「ああ、それはどうもありがとうございます…ですが」
友紀「?」
右京「先程の後にこんな事をするのは人としてどうかと思うんですがねぇ?」スッ
17:
友紀「…?これ、名刺…」
右京「申し遅れました。僕は346プロダクションで働かせていただいているものです」
友紀「346?…346って…。あ!あの超大きいアイドル事務所!!」
右京「ご存知でしたか。…実はですねぇ?先程、僕は貴方に声をかけようと思っていたんですよ」
友紀「え…アタシに?」
右京「ええ。ですが偶然、先程のようになってしまった…ただそれだけだったんですよ」
友紀「…えっと…それ…もしかして…?」
右京「ええ。是非とも貴方に、346プロダクションでアイドルとして活動して欲しいんですよ」
友紀「…え…」
右京「…」
友紀「…ええええええええええ!!!?」
18:
右京「何か…おかしかったですかねぇ?」
友紀「だ、だってだよ?アタシ…だって…あれぇ?」
右京「…そうですねぇ…ああ、僕という人間は、こういう時、言葉を発することがどうにも苦手でして…不便な性格です」
友紀「そ、そりゃそうだよ。褒めるところなんて…」
右京「ですが…こうして貴方と話していると、僕も何故か笑顔になるんですよ」
友紀「そ、そうかなぁ…」
右京「ええ。これは、何と言うのですかねぇ……ああ!癒しというものですかねぇ」
友紀「い、癒し…?だって、アタシってほら…うるさくない?」
右京「そうでしょうかねぇ…先程の青年にも、僕にも全く警戒心を出さず笑顔で接する貴方のその少年のよう純粋さ。僕はそこに惹かれたのかもしれませんねぇ」
友紀「え、ええと…と、とりあえず!あの、店に…い、行こうよ!試合始まっちゃう!」
右京「ええ。では一先ず、キャッツのお勉強をさせていただきます」
友紀「よ、よーし!ガンガン教えちゃうからねー!」
19:
…。
友紀「あの時はさ、正直驚いたよね」
友紀「え?いや…普通さ、スカウトって…何か、名刺渡してはいさよならみたいな感じじゃないのかなって…」
友紀「でもさ、右京さんは違ったんだよね」
友紀「もう絶対アタシをアイドルにする気満々でさ…。その為なら2時間でも3時間でも10時間でも付き合ってやるって感じでね」
友紀「…今になってみると、ぜーんぶ、右京さんの掌の上だったのかなーって」
友紀「でもね?悪い気が一切しないんだよね…」
友紀「…何だろ…よく分かんないや」
友紀「だってさ、右京さんって、絶対人を悪く言ったりしないし、絶対に見捨てたりしないんだよね」
友紀「怒られたこともあるけど、それでも見限ったりするなんてこと絶対無かったよね」
友紀「…不思議な人…」
友紀「…だったよね」
…。
20:
PM16:00
友紀「…あ!もうこんな時間!?」
右京「おやおや…。何か用がありましたか?」
友紀「う、ううん…。そのー…右京さんは、お仕事大丈夫なのかなーって…」
右京「そうですねぇ…ああ、確かにお仕事がありましたねぇ。…ですが貴方のお話と…」
友紀「…」
『キャッツ逆転大勝利ー!』
右京「試合が面白くてですねぇ…忘れてしまいました」
友紀「…」
右京「では、そうですねぇ…手短に、5分だけ」
友紀「…5分だけ?」
右京「ええ。来る来ないは別として、話せることは話しておきたいものですからねぇ」
友紀「う、うーん…」
右京「まず、何故僕が貴方を選んだか」
友紀「う、うん…」
右京「まず一つ。明るいところです」
友紀「明るい…」
右京「二つ。とても話しやすいところ」
友紀「…」
右京「そして三つ目。これは簡単です。…外見です」
友紀「…そ、そんな事言われてもー…」
右京「ただ外見だけでアイドルになれるのならば、こうして一緒に話をしたりはしません」
友紀「…」
右京「僕の見立てでは、貴方には天性の才能があるようです」
友紀「才能?」
右京「ええ。先程貴方がテレビ画面に向かって応援のコールを叫び出した途端、周りの方々も呼応するかのように応援を始めました」
友紀「…」
右京「君を中心として、輪が出来たんですよ。これを才能と言わずして何と呼びますかねぇ…」
友紀「…買い被りってことは?」
右京「僕、こう見えて、目には自信があるんですよ」
友紀「…」
右京「もし僕のお願いを聞いてくださるのでしたら、いつでもいらっしゃってください」
友紀「…いつでも?」
右京「ええ。明日でも、来週でも」
友紀「…」
右京「今からでも構いませんよ?」
友紀「…そ、それはまだちょっと早いかな…」
右京「ああ、これは失礼しました…どうにも羽目を外し過ぎたようです」
友紀「えっと…」
右京「それでは僕はこれで。…あ、お釣りはどうぞご自由に」
友紀「えっ?…あ、ちょっ…」
21:
友紀「…行っちゃった…」
友紀「…えっと…」
友紀「…アタシが…」
友紀「アイドル…」
友紀「…」pi pi pi
友紀「…」prrr prrr prrr…
友紀「…あ、もしもし…お母さん?」
友紀「うん。久し振り…うん。元気にやってるよ」
友紀「うん。お父さんは?…相変わらず?良かった…」
友紀「…うん。いや、別に何かあったわけじゃな…んー…いや、あったけど…」
友紀「わ、悪いことじゃないよ。ただね…」
…。
友紀「うん…うん…」
友紀「…うん。…分かった」
友紀「うん。お母さんも。お父さんに宜しく伝えといて」
友紀「うん。…ありがと」pi
22:
右京「…」ガチャ バタン
右京「…」ガラ
『日報』
右京「…」
『本日の仕事内容』
山西「杉下君、私だ。入るよ」コンコン
右京「どうぞ」
山西「失礼するよ」ガチャ
右京「お疲れ様です」
山西「ああお疲れ様。…で、どうだったね?初スカウトの成果はあったかね?」
右京「そうですねぇ…」
山西「まあ確かに安易にオーディションを開くより、自分の目で見て確かめた方が良い事もあるからねぇ」
右京「ええ」
山西「…ただ、そうだね…あまり時間をかけ過ぎるのも、後後困りかねないからね」
右京「はいぃ?」
山西「…少なくとも来月までには成果を上げろというのはあまりにも酷だ」
右京「…」
山西「何か困った事があったら気にせず言ってくれたまえよ?」
右京「…お心遣い、感謝します」
山西「それでは、お疲れ様」バタン
右京「ええ。お疲れ様でした」
右京「…」
右京「…」
山西『初スカウトの成果はあったかね?』
右京「…」
右京「僕は、どういった人間だったんですかねぇ…」
23:
「…」
人生で、初めてだった。
「…」
確かに、今までの人生でナンパされたこともあった。
学生時代はそれなりに…青春だって経験してきた。
「…」
だけど、なんだろう。
あの人は、違う。
「…」
アタシに対して、何にもいやらしい目をしなかった。
熱心に勧誘していたけど、そこに無理強いはなかった。
…それもそうかも。
「…そもそもアイドルなんて、儲かるのかな…」
出来るとは思えない。
だからこそ、右京さんはアタシに無理強いをしなかった。
…それでも、絶対にアタシをアイドルにしたい。
そんな目だった。
「…」
…正直、どちらにするか、まだ迷ってる。
「…」
だからこそ、その答えを決めに来た。
…だから、今日。
今日の、右京さんの言葉を聞いて、決める事にした。
「…だけど…」
…。
……。
「…アタシって本当に、こんな所に呼ばれたのかなあ…?」
24:
そこには、見る者を圧倒するような大きな城。
自分がこんな所で何のオーディションも受けずにアイドルになれるなんて、信じられない。
ピシッとしたスーツの…社員の人かどうかは分からないけど。
「…」
ふと、自分の身姿をたまたま停めてあった車の窓で確認する。
「…」
少なくとも、ここはアタシにはかなり不釣り合いなんじゃないかって、そう思う。
「…」
正門の前から中の様子を確認する。
「…あ!」
一瞬。
一瞬だけだけど、見えた。
「…あれって、城ヶ崎美嘉…だよね…」
…。
こんな所に、呼ばれたってこと…?
「ちょっと君!」
「えっ!?」
25:
警備員「え、じゃないよ!ここは関係者以外立ち入り禁止!!それとも許可取ってんの!?」
友紀「え…あ…」
警備員「まー…よくいるんだけどね。君みたいにここからずーっと中の様子見ててさ。酷い奴なんかカメラ構えたりするんだからねぇ」
友紀「え、えっと…」
警備員「何?」
友紀「こ、これ…」
警備員「…え…これ…杉下係長の…」
友紀「は、はい…」
警備員「…うーん…じゃあ、ちょっと…待っててくれる?」
友紀「あ、はい…」
警備員「…あ、もしもしー。はい。杉下さんからの勧誘を受けたという方がー…はい。はい…」
友紀「…」
警備員「えっ?」
友紀「!」
警備員「…あー…はい。じゃあ、はい。お待ちしてますー…」
友紀「…?」
警備員「あのね?杉下係長に繋いだんだけど…ちょっと別の人が来るみたいだから」
友紀「…え、えっと…それって…?」
警備員「あ、違うんだよ!杉下さんに繋ごうとしたら別の人が会うからって総務課の方がね…?」
友紀「えっと…まだ、入ったら…ダメですか?」
警備員「うーん…ちょっとここで…」
友紀「は…はあ…」
…。
…気まずいなあ…。
26:
その後、警備員と他愛のない話をしながら、やがてここに来るだろう右京さん以外の人を待っていた。
「…」
恐らくここの専属アイドルかな…。
あまりアイドルに詳しいわけではなかったから、誰かは分からない。
けど、例えそれか誰だとしても…。
「…?」
「…?」
「…?」
…。
まるで、捕まった子供を見るような目がアタシの精神を徐々に削っていく。
…。
誰でもいい。
この警備員さん以外の関係者なら、誰でもいいから話しかけて欲しい。
それならこんな風に見られることはないはずだから。
「多分もう少ししたら来ると思うから」
「…はあ…」
この寒空、なんたって警備員のおじいちゃんと一緒にいなきゃいけないんだろう…。
呼ばれたから来ただけなのに…。
「…」
…来たのは、アタシの意思、か…。
「…あのー…」
「!」
27:
「…えっと…」
「貴方が杉下さんからスカウトを受けた方ですか?」
「は、はい…」
「…本当に?」
「あ、えっと…名刺…これ…」
「…は、はあ………あの人、本当に…」
「…?」
「…分かりました。でしたら案内致しますのでついてきて下さい!」
「…はあ…」
…。
何だろ…この人。
変わったスーツだなあ…。
「…あ、それと…」
「な、何ですか?」
「…杉下さん、変な事吹き込んでませんよね?」
「…?」
「ほら、ここの会社の愚痴とか、貴方…あ、お名前…」
「あ、姫川 友紀です…」
「姫川さんですね!私は…千川ちひろです!」
ちひろさんはそう言うと、名刺の代わりに胸の幼稚園児みたいな名札を強調してきた。
「じゃ、じゃあ、ちひろさんで!」
「はい!」
28:
「…で、どうなんですか?」
「え?」
「ほら。さっきのお話です…」
ちひろさんは、どうやら杉下さんがアタシを勧誘してきたことがあまりにも珍しいみたいで、その背景をやけに詳しく聞いてきた。
「…え、えーと…特にそういうことは…寧ろ助けてもらったというか…」
「た、助けてもらった…?」
「はい。あのー…ドームで、野球の試合を見ようとしてたんですけど、チケット買えなくて…それでダフ屋に捕まっちゃって」
「あー…そこを…」
「そこを右京さんに助けてもらって…ちょっと怒られて」
「怒られた!?」
「あ!いや違うんですよ!?アタシそのダフ屋からチケット買いそうになっちゃってて…それも犯罪だぞって優しく諭されて…」
「…やっぱりあの人、苦手だなあ…」
「え?」
「…まあ、多分…杉下さんの所に行ったら…」
「…?」
「ちょっとだけ、いや…かなり現実を知ることになると思いますよ」
「…どういうこと…ですか?」
その煮え切らない態度。
何なんだろう、この人…。
仮にも杉下さんはこの会社の係長なのに、何だかアタシが杉下さんの誘いを断ることを期待してるみたいな感じ。
…アタシは、この人が苦手だなあ。
「…ええと、○階の…何処だっけ…」
それに上司のいる部屋なのにも関わらず、場所すら書類を見ないと分からないなんて。
「…」
アタシは自然と口数が少なくなっていった。
「あ、ここを右突き当たり…」
「…」
「…ここ、ですね。…なんせ、最近出来たばかりですからね…」
「…?」
「…私はここで。では詳しい事は正式に決まってから…」ペコ
「…どうも…」ペコ
29:
…何だか、不自然過ぎる。
そもそも、杉下さんの仕事が忙しいからとか、そんな理由も聞いてない。
それに、道中の右京さんへの発言。
…まるで、煙たがってるような、そんな感じ。
…あんなあからさまに、そんな事…。
…だとしたら、考えられるのは…。
「…」
ここにいる、右京さんが、何かしらそういう原因を持ってるってこと…。
「…」
でも、あの人がそんな、女性社員に煙たがられるような事するわけがない。
…自信無いけどさ。
「…」コンコン
『はーい』
「あの…アタシ…」
『はい。存じ上げておりますよ』
「え?」
『どうぞ。お入り下さい』
「あ…うん…」
…。
30:
…。
「…え…」
「どうも。お待ちしておりました」
…そこに広がるのは…いや。
「…」
…広がってない。
「どうかされましたか?」
「あ…えーと…」
…狭い。
5人も入ったら、満員になりそうなくらい狭い。
…つまり、圧倒的に狭い。
「…どうやら僕は、狭い空間に縁があるようでしてねぇ」
「?」
「いえ、こちらの話です」
…。
高そうなスーツに、サスペンダー。
奥に帽子と、トレンチコートがかけられてる…。
「…」
棚を見ると、ティーセット。その上は難しそうな本。
…ここが、アイドル事務所のプロジェクトルーム?
「外は寒かったでしょう。紅茶でも飲んでいって下さい」ゾボボボボボボボ
「え、あ…うん。………ん!?」
「どうかされましたか?」
「えーと…その淹れ方、何?」
「ンフフ…美味しくなるんですよぉ」
…。
31:
右京「ああ、千川さんに…」
友紀「うん。何か案内するーって言ってた癖にここの扉の前でスーってさ」
右京「そうですねぇ…まあ、どうやら僕はそこまで評価の高い人間ではないようですからねぇ…」
友紀「…そうなの?」
右京「何をしたのか、全く見当もつかないんですがねぇ…」
友紀「…でも、右京さんが何かするなんて無いよ。無い無い!」
右京「そうだと思いたいのですがねぇ。いつ何処で恨みを買っているものか分からないものですから」
友紀「だって、アタシの事助けてくれたよ?」
右京「たまたまですよ」
友紀「…」
右京「…さて、今日ここに来てくださった。まずはそこにお礼を言わせて下さい」
友紀「あ、うん…」
右京「その様子だと、まだどちらにするかは決めてらっしゃらないようですからねぇ」
友紀「…アタシって、もしかして分かりやすい?」
右京「分かりやすいというよりは、素直だと思いますよ」
友紀「それ、分かりやすいって事だよ…」
右京「おやそれは失礼しました…」
友紀「…でも、ありがと」
右京「…そうですねぇ…」
友紀「…」
右京「ここの部屋を見る限り、大仰なアイドル活動が出来るかどうか…保証できないかもしれません」
友紀「…」
右京「だとしたら、どうでしょう?」
友紀「…」
右京「実は僕も、アイドルをプロデュースするという経験は浅いものでしてねぇ…」
友紀「え!?」
32:
右京「ええ」
友紀「え…なのにスカウト…?」
右京「ええ」
友紀「えええ…?」
右京「ですから、牛歩戦術でゆっくりじっくりと見極めていこうと思っている次第です」
友紀「ぎ、ぎゅうほ…?」
右京「ですから、そんなすぐにデビューという訳にはいかないかもしれませんねぇ」
友紀「う、うーん…」
右京「…ですが」
友紀「?」
右京「僕は、君が辞めると言わない以上、何があっても前に進ませます」
友紀「…」
右京「勿論嫌なこともあるでしょう。辛い事も多い筈です」
友紀「…」
右京「ですから、無理強いはしません」
友紀「…アタシに、任せるってこと?」
右京「ええ」
友紀「…あんまり、熱心な感じじゃないね」
右京「貴方の人生ですからねぇ」
友紀「…ねえ」
右京「はい」
友紀「あのさ、その…『貴方』っていうの、やめてよ」
右京「はいぃ?」
友紀「だってさ、それこれからやっていきたいって相手にかける言葉じゃないよ?」
右京「そうですかねぇ…」
友紀「そうだよ!せめて名前で呼ぶとか、貴方じゃなくて、…うーん…」
右京「…そうですねぇ…なら、姫川君。これでどうでしょう?」
友紀「…何か男扱いみたいだよぉ…」
右京「ああ、これはこれは…申し訳ありません。僕、昔からこうでしてねぇ…ええ。僕の、悪い癖…」
友紀「…」
33:
友紀「…あのね…」
右京「ええ」
友紀「この間、右京さんに勧誘された後さ、アタシ親に電話したんだよね」
右京「ああ、それはそれは…」
友紀「…それでね、言われたんだ」
右京「それは、何と?」
友紀「…好きにすればいいって」
右京「…ほお…」
友紀「…でもそれって、別に放任とかじゃないんだよね」
右京「…と、言いますと?」
友紀「人生って、一回しか無いからって。だから好きにしてもいいけど、後悔だけはするなって」
右京「…なるほど」
友紀「…だから、これだけは質問させて?」
右京「何でしょう?」
友紀「アタシ、これからどんなアイドルになるの?」
右京「…そうですねぇ…」
友紀「…」
右京「…これは、僕の提案なんですがねぇ?…チアガールのようなものはどうでしょう?」
友紀「…チアガール…」
右京「ええ。この間の貴方の店の中で起こしたちょっとした出来事。僕はあれがとても印象的でしてねぇ…」
友紀「あの、応援のこと…?」
右京「ええ!まさに。貴方には人を元気付け、力を湧き上がらせる才能があるんですよ!」
友紀「…」
右京「ですから、その才能を生かした仕事をしませんか?」
友紀「…アタシの、才能…」
右京「ええ。是非」
友紀「…」
右京「…」
友紀「…やっぱり、無理だよ」
右京「おやおや。…ちなみに、何か理由がおありでしたか?」
友紀「…」
34:
高校時代を思い返す。
「…」
野球部の、マネージャー時代。
「…」
アタシのマネージャーとしての仕事は、色々あった。
球を磨いたり、足りない物を発注したり、練習試合のプログラムを組んだり。
部員のユニフォームを洗濯したり、書類を作ったり。
…でも、アタシが一番頑張っていたのは、部員のケア。
応援してもダメな時はダメで、その時は励ましたり、一緒に悲しんだり。
「…」
でも、あの時。
あの時の事は、今でも鮮明に記憶に残ってる。
「…」
高校生活、最後の夏。
対戦相手に全く歯が立たなくて、そのまま大差をつけて負けてしまった時。
アタシが出来ることと言えば、部員を頑張って励ますことくらいだった。
「…」
…けれど。
35:
『…畜生…』
『…これで俺らの野球人生終わりかよ…』
…。
で、でもみんな頑張ってたよ!
『…頑張って、この結果なんだよ』
で…でも…。
『…』
す、凄くかっこ良かった!アタシにとっては凄くかっこ良かったんだよ!
『…は?』
…えっ…?
『大差つけられて、負けて…それがかっこ良かった?』
…そ、そんなつもりじゃ…。
『そりゃ、お前は後ろで見てるだけだもんな』
え…。
『それでも何年も一緒にいてさ、そんな言葉かけるか?こんな時に」
…。
『…もういいよ。どうせ終わりだしさ』
…。
『…だけど、せめて最後くらいは空気読んでほしかったけどな』
!?
『…じゃ、お疲れ…』
…そ、そんな…。
アタシ…そんなつもりじゃ…。
…違う、のに…。
36:
友紀「…それでさ、アタシその事がトラウマで、逃げるみたいな感じで東京に来たんだ」
右京「…」
友紀「…かっこ悪いでしょ?」
右京「…そうでしたか。そのような背景があるにも関わらず、申し訳ありません」
友紀「ううん。気にしないで」
右京「…ですが尚更、僕は君をプロデュースしてみたい」
友紀「えっ…」
右京「そんな気持ちになりましたねぇ」
友紀「…だ、だって…アタシ…」
右京「…」
友紀「アタシ…みんなの気持ちも考えずに…無責任なこと言って、怒らせて…それで…逃げて…」
右京「…ならば、その秘密を抱えたまま、君はその人生を全うしますか?」
友紀「…」
右京「君の罪は、部員の皆さんのプライドを傷つけてしまったこと」
友紀「…うん」
右京「ならば、その罪と向き合うべきです。その罪の意識をしっかりと持ち続けるべきです」
友紀「…罪の、意識…」
右京「ええ。その後の人生が大きく変わるはずですよ」
友紀「…」
右京「それに、罪という秘密を抱えたままで、本当の幸せを手にすることなど、僕には出来ないと思うんですがねぇ」
友紀「…」
右京「今一度、向き合ってみませんか?…自分の罪と」
友紀「…アタシの、罪と…」
右京「きっと、見えてくるはずです。これからの人生が」
友紀「…本当に?」
右京「ええ。きっと」
友紀「…本当の本当に?」
右京「ええ」
友紀「…信じて、いいの?」
右京「ええ」
友紀「…」
右京「…」
友紀「…なら、約束」
右京「何でしょう?」
友紀「…アタシの人生、ちゃんと幸せにしてね?」
右京「ええ。勿論」
友紀「…じゃあ、これから…ン゛ン゛!」
右京「…?」
友紀「…よろしく!!右京さん!!」
右京「ええ。よろしくお願いします」
37:
…。
友紀「何でだろうね。今思えばこれ、愛の告白みたい」
友紀「うえっ!?さ、流石に無いよ!っていうか向こうもそう思ってるよ!」
友紀「だって考えてみなよ…。少なくとも年齢差30以上あるんだよ?」
友紀「これ、絶対無理だって。世間的に」
友紀「アタシ達の中ではマシって…そんなこと言ったらキリないじゃん!」
友紀「もー…」
友紀「…でも、楽しかったね…」
友紀「…まあ、そうだけど…」
友紀「まあ、ね…」
友紀「…もう、いないんだよね…」
…。
38:
山西「聞いたかい!米沢君!」
米沢「…ええ。耳にはしております」
山西「いやあ…これを機に、彼の評価が変わればいいんだがねぇ」
ちひろ「…あの…」
米沢「おや千川さん。どうかされましたかな?」
ちひろ「ええ。その…彼って…」
米沢「ああ、杉下係長ですな。貴方が案内した姫川さんという方が正式に彼のプロジェクトでデビューすることが…」
ちひろ「…えっ!?」
米沢「?」
山西「あの杉下君が…ついに本格的にプロデュースを始めるんだ。私達も全力でバックアップしようじゃないか」
米沢「そうですな…。ああ、千川さんは彼女と少し話したそうで」
ちひろ「え、は、はい…」
米沢「どうでしたかな?彼女は…今までのアイドル達と比べて…」
ちひろ「そ、そこまでは…」
山西「うむ…まあ、彼が自分で選んだんだ。それなりの実力が無ければこんな事にはならんだろう」
米沢「そうですなぁ…まあ、しばらくは見守っていくとしますかな」
山西「うむ…」
ちひろ「…」
ちひろ「(どうして…)」
ちひろ「(今までの人だったら、こんな事あり得なかった…)」
ちひろ「(…あの人の下に着いて、良いことなんか殆ど無いのに…)」
ちひろ「(…でも、まさか…違う?)」
ちひろ「(今度は…違うというの…?)」
40:
翌日
友紀「おはよー!」
右京「おはようございます」
友紀「…ん?これ、何?」
右京「それですか?ええ…前の職場で、使っていたんですよ。出退勤時に掛け直してくれると助かります」
友紀「ふーん…じゃあ…よい…しょっと!」カタン
『杉下右京』
『姫川友紀』
右京「では…まず昨日渡した書類ですが…」
友紀「ん!書けたよ右京さん!」
右京「ありがとうございます。…おや、元気な字ですねぇ…」
友紀「これからアイドルとしてやってくんだから。これくらい大袈裟な方がアタシらしいかなって!」
右京「良い心がけです。…ところで、君。お腹は空いていませんか?」
友紀「あ…うん。実は…朝ご飯抜いてきちゃって…」
右京「おやおや。それはいけませんねぇ…」
友紀「だってほら…身体測定とか…体重…」
右京「成る程…ですがこういう時に最も大事なことがあります」
友紀「?」
右京「それは、変に飾らないことです」
友紀「飾らないこと…?」
右京「ええ。付け焼き刃程度の努力など、すぐにダメになりますからねぇ」
友紀「う…気にしだしたら余計に…」グウウウウ
右京「おやおや。…でしたら、君の好きな物を食べに行くとしましょう。何でもというわけにはいきませんがねぇ」
『AM9:00』
友紀「あー…でも、リクエストしていいんだよね?」
右京「ええ。何が良いですか?」
友紀「じゃあ、揚げ物と、お肉にピザと…」
右京「……困りましたねぇ……」
第一話 終
59:
…。
「えーい!」バシッ
…。
「やー!」バシッ
…。
「こら!ちょっかい出したらダメ!!」
…。
「すいません…うちの子、本当にヤンチャで…ほら!謝りなさい!」
「ごめんなさーい…」
…。
「ほら!今度はあっちのお店に行ってみようね!」
「はーい!」
…。
「…」クルッ

「…」ベー
…。
61:
友紀「ああああああああああ!!!!」
右京「どうかされましたか?」ペラ
友紀「どうかじゃないよ!これって本当にアイドルの仕事なの!?」
右京「ええ。れっきとしたお仕事ですよぉ…」ペラ
友紀「だってさ、こういうのってたまにインターネットサイトとかでバイト募集してるじゃん!」
右京「それはあくまで一般のイベントのみなんですよ。こういったアイドル関係のイベントにおいては、身内を使った方が信頼出来ますからねぇ…」ペラ
友紀「へー…じゃなくてさ!」
右京「どうしましたか?」
友紀「いや、これってさ!どこのプロジェクトの人達もやりたがらなくて断った仕事なんでしょ!?」
右京「ええ。屋外とはいえ人混みの多い中でのイベント。そのような密閉された着ぐるみに身を包めば、体調を崩すかもしれません」
友紀「…それをアタシに回すの…?」
右京「貴方は新人。僕は煙たがられる社員。これだけでも十分理由になると思いますがねぇ?」
友紀「…じゃあさ、いつになったら本格的に活動出来るの?」
右京「そうですねぇ…」
友紀「…」
右京「…それは、これから探すとしましょう」
友紀「…えええ…?」
右京「とにかく、水分補給は大事ですが、あまり摂り過ぎないよう注意して下さい。次の休憩は2時間後らしいですからねぇ」
友紀「汗で消えるよ…。…あー、確かに現実と理想って違うなー…」
右京「そうですかねぇ…」
友紀「だってほら、アイドルってさ、こう…歌ったり踊ったり、司会やったりさ?」
右京「誰しも初めからそんな大役を任されるわけではありませんよ」
友紀「そうなんだけどさぁ…」
右京「君は足し算を飛ばして割り算を学びますか?」
友紀「…これって、足し算かなぁ…」
右京「少なくとも、何の経験も無い君が休憩中こうして愚痴を吐きながらでも見逃してもらえる簡単なお仕事だと思いますがねぇ?」
友紀「うっ…もしかしてスタッフの人に聞かれてた?」
右京「ええ。とても」
友紀「…あー…何かやらかしちゃったなぁ…」
右京「そう思うなら、これから一生懸命やることです」
友紀「…例えば…どうやって?」
右京「そうですねぇ…例えば、先程の子供」
友紀「?」
62:
右京「彼は貴方が無抵抗であるのを確信し、蹴るという行動に移りました」
友紀「その堅苦しい言い方辞めてよ…」
右京「本来イベントの潤滑油でなければならない着ぐるみ達が、ただ棒のように立ち尽くしていてはそうなるのも当然だと思いますがねぇ」
友紀「でもさ、着ぐるみなんて誰が見たりするの?」
右京「見ていたからこそ、君の所へやってきたんじゃありませんか?」
友紀「うーん…」
右京「ただ仕事をすれば良いというものではありません。常にベストを尽くし、出せる知恵は全て出してやりきりましょう」
友紀「大袈裟じゃないかなあ…」
右京「塵も積もれば山となる…。小さな仕事でも、やり続ければそれは大きな財産となります」
友紀「でもほら、こんな塵じゃ風に吹かれて終わりだよ…」
右京「今はともかく、与えられた仕事をこなすのみです。そうでなくてはあのような舞台にはいつまでも立てませんよ?」
友紀「?」
『悪い子はタイホしちゃうぞー!バキューン☆』
友紀「…はーい…」カポッ
右京「ああ、それと」
友紀「?」
右京「昼休憩の時間が少し短くなったそうですから、弁当は僕が持ってきましょう。少しでも休憩時間を長くしなければなりませんから」
友紀「…はぁぃ…」
63:
アタシがアイドルになって、はや2週間が経過した。
初めの1週間は、宣材写真を撮ったり、いろんな説明を聞いたりした。
そしてそこからは、トレーナーについてもらって、アイドルの基本的な動きを学んだ。
ダンスや、歌。
表情や、表現。
最初は物珍しさから、何でも楽しかった。
怒られることも、苦じゃなかった。
だけど、人間3日も過ぎると環境にいい加減慣れてくる。
そして、怒られるのが辛くなりだした時、アタシに初めての仕事が舞い込んできた。
初めての仕事は、新発売のジュースの店頭販売。
何の興味もないそれを褒めちぎるのは演技力の無いアタシにとっては至難の技で、勿論後でスタッフから直々にお叱りを受けた。
右京さんはアタシと一緒に頭を下げ、そして何事も無かったかのように終わる。
…参ったなあ…。
アイドルって、もっと簡単になれるって思ってた。
「…」
こうやって細々と小さい仕事やって、ただ延々と日々が過ぎてくのかな…。
「…」
右京さんは、アタシをどうする気なんだろう。
…上手いこと言って、上手いこと利用する…。
「…!」ブンブンブンブン
違う。
それは違う。
右京さんだってギリギリなんだ。
社会経験が少ないアタシにだって分かる。
「…」
あれはどう見たって、そういう部屋だ。
いらない社員を追い出すような、そんな部屋だ。
そんな所にいる人が、最後まで足掻こうとしてるんだ。
一緒に足掻こうとしてるアタシがこんなんじゃ、右京さんに迷惑をかけることになる。
「…ねーねー」
「?」
その時、誰かがアタシの手を引いた。
耳には子供らしき声が聞こえる。
…これって、さっきのちょっかい出してきた子供?
…あれ?何で前が見えないんだろ…?
「…首が後ろ向いてるよ?」
「え?」
64:
「ちょっとさ…いくらなんでもあんな風に仕事されちゃこっちも堪らないよ」
「すいません…」
「申し訳ありません」
また、やっちゃった。
思いっきり首を振った時に顔部分が後ろ向いちゃったんだなあ。
「…」
隣で深々と頭を下げる右京さんを見ていると、本当に心苦しくなる。
自分よりも年下だろうはずの人に、何の迷いもなく頭を下げてる。
しかもそれは、アタシのせい。
そしてそれは、アタシの為。
もっとちゃんとやらなきゃ、というのはちょっと遅かったみたいで、現場リーダーの説教を小一時間聞かされた。
「…まあ、その子反省しているみたいだしさ、午後からはちゃんとやってよ?こんなんでも仕事なんだから…」
「はい…」
「申し訳ありませんでした」
…ホントこの半日で、アタシはどれだけ迷惑かけたんだろう。
65:
友紀「ごめんなさーい…」モグモグ
右京「過ぎてしまったことをとやかく言うつもりはありません。君も反省しているようですからねぇ」
友紀「…その、これからどうなるんだろって不安が多過ぎて…」モグモグ
右京「それで今の仕事を台無しにしていれば、いつかその不安は本当の事になりますよ」
友紀「う…」モグ…
右京「今からさあ頑張ろうとしている君にこんなことを言うのは酷かもしれませんが、嫌ならいつでも辞めて頂いて構いません」
友紀「…」
右京「君が限界を感じたなら、一刻も早く辞表を提出すべきです」
友紀「…」
右京「ただ、限界というのを決めるのは自分です」
友紀「…んー…」
右京「僕は限界というものは無いと思っています。もし限界があるとするならば…」
友紀「…」
右京「それは、諦めた瞬間でしょう」
友紀「…」
右京「君は、諦めましたか?」
友紀「…まだ」
右京「なら、また始めましよう。歩き続ければ、必ず光は見えてきます」
友紀「…ん…」
右京「おやおや…相当疲れたようですねぇ」
友紀「疲れたっていうか、堪えたっていうか…」
右京「ああ、なるほどなるほど…」
友紀「体力は結構自信あるんだよ。けどさっきや今みたいに淡々と怒られるのは慣れてないよー…」モグモグ
右京「君らしいですねぇ…」
友紀「…そういえばさ、朝何の本見てたの?」
右京「ああ、そのことですか…。…これです」
友紀「?…これ…346の…?」
右京「ええ。346プロダクションで研修時に使われる教科書のようなものです」
友紀「なんたってそんなの今更…?」
右京「新人アイドルをデビューさせるんです。僕も今一度新人のような気持ちで仕事をしたいと思いましてねぇ」
友紀「へー…」
『おーい』コンコン
友紀「?」
右京「どうぞ」
66:
アタシが昼休憩を取っている時、不意に休憩室の扉がノックされた。
さっきの現場を仕切っているリーダーさんかなと思ったけど、この声は女の人だ。
…誰だろ?
「どーもー。杉下係長ー」ガチャ
…あれ?
この人さっき、舞台に立ってた…。
「ああ、片桐さん。これはこれは…」
「ん…まあ、噂には聞いてたけど…本当にデビューさせたのね」
…片桐…。
何処かで聞いたことあるような…。
「…あ!」
「何よ。挨拶も無し?」
「…あ、す、すいません!えっと…は、はず…初めまして!」
「…」
「…」
「…」
…うわー…噛んだー…。
67:
友紀「あの、今後ともよろしくお願いします…」
早苗「分かった、分かったわよ。…それにアタシだってまだデビューしてそんな長いわけじゃないから」
友紀「えっ…」
右京「彼女がデビューしたのがおよそ6ヶ月前ですねぇ」
早苗「ほー。にしてもよく覚えてるわね…」
右京「ええ。情報や物は一度見たら忘れられないものでして…」
早苗「…警察やった方が向いてると思うわよ?」
右京「…どうですかねぇ…」
友紀「そ、そうなんですね…で、でもアタシより先輩…」
早苗「そりゃそうだけどさ。それならもうちょっと気張りなさいよ。スタッフに連れて行かれる着ぐるみなんて聞いたことないわよ」
友紀「あ…す、すいませんでした!」
早苗「あーいいわよもう。どうせここの責任者に怒鳴られたんでしょ?」
右京「怒鳴られたというよりは、窘められたという方が正解ですかねぇ」
早苗「余計な事言わなくていーの」
右京「おやおや…」
早苗「…ん、まー…ね?それでさ、アタシ午前で仕事終わりなのよ」
友紀「あ…え、えっと、お疲れ様でした…」
早苗「あー違う違う!そうじゃなくってさ…」
右京「?」
早苗「ほら、午後になってまたアンタがやらかしたらアレだから」
友紀「え…」
早苗「だからねー…んー…」
右京「…」
早苗「アタシが一緒にやったげる」
友紀「…え…」
右京「…!」
68:
初めはただの軽い冗談かなと思った。
けど早苗さんは新たに用意された着ぐるみに何の躊躇もなく着替えていきなりアタシはの手を引いて走り出した。
何をするつもりなのか、というのを聞くのは野暮かなと思ってやめておいたけど。
「わー!クマと犬が走ってるー!」
「追いかけろー!」
…この様子を見ると、何となく分かる。
きっと、早苗さんもこういった仕事をしてきたんだなって。
だから、アタシに見本を見せたかったんだなって。
自分も同じ体験をしたんだぞって、行動で表してる。
そりゃ、さっきのやり取りでこの人が右京さんみたいに言葉で表すよりは、こうした方が得意ってのは分かるよ。
…だけど…。
「わー!」
「捕まえろー!」
これが、イベントの潤滑油になるのかな…?
『おやー?ワンちゃんとクマさんが会場を闊歩してますよー!?』
「待てー!」
「わーい!」
…。
…この追いかけっこ、いつまでやるの?
69:
早苗「ゼーッ…ハーッ…」
友紀「そんなになるくらいならどうしてあんなこと…」
早苗「これくらいやってりゃあの口うるさそうな責任者も嫌でもまたアンタ使おうかなってなるでしょうよ」
友紀「あ…」
早苗「いーい?芸能人の仕事ってのは棚から牡丹餅みたいなもんじゃないの。自分で手に入れなきゃ始まらないのよ」
友紀「…」
早苗「とにかく与えられた仕事を「一所懸命」こなしてね。…あ、これアタシの好きなタレントの造語だけど」
友紀「あー…はい」
早苗「そうやってやり続ければ、「ああこいつ頑張ってんな」って、また新しい仕事くれるようになんのよ」
友紀「…ありがとうございます」
早苗「分かったなら良いわよ。アタシもアンタに質問あったし」
友紀「え…アタシなんかに?」
早苗「そ。アンタなんかに」
友紀「でも…特には…」
早苗「何言ってんのよ。あの杉下右京が初めてご指名したアイドルなのよ。絶対なんかあるわ」
友紀「…?」
早苗「あら…その様子だと杉下係長がなんて呼ばれてるかも知らない?」
友紀「…そんなの、知りません」フイ
早苗「えー、そんな怒んないでよ。ちょっと興味があるだけなんだって」
友紀「…別に、何も特別なことは…」
早苗「そお?…あ、まだ杉下係長の本質までは知らないか…」
友紀「…どうして、みんなそうやって杉下係長を悪く言うんですか?」
早苗「え?」
友紀「あの人がどんな人間かも知らないくせに。変な噂だけは信じて…」
早苗「ほー…」
友紀「…何ですか?」
早苗「随分買ってるみたいじゃない」
友紀「そりゃ、アタシの半生預けてんですから…」
早苗「ふーん…まあ、大事よね。そういう信頼も」
友紀「…だから、正直嫌です。右京さんの悪口聞くのは」
早苗「悪口だなんて言わないわよ。ただ本当のことを…」
友紀「そろそろ子供達に気づかれますね。行きましょう!」グイッ
早苗「オウッ!?まだ無理!横っ腹痛い!!」
70:
「…いやー…午前とは打って変わって違うねー…」
右京「恐らく先輩アイドルに発破をかけてもらったのでしょう」
「彼女、元警察官だからね。後輩の面倒を見たくなったんじゃないかな…」
右京「そうでしょうか?」
「?」
右京「犬に引っ張られる熊というのは、いかがなものですかねぇ」
「あー…」
右京「…しかし、元警察官の方ですか…」
「うん?もしかして…知らなかった?」
右京「いえいえ。改めて彼女の行動力に感嘆したんですよ」
「そうだねぇ。とにかく明るくて、場を盛り上げようと頑張ってくれるからねぇ」
右京「…成る程」
「あれは間違いなく近い将来大物になるよ」
右京「ええ。僕もそう思います。…ああ、それと」
「ん?何?」
右京「先程姫川君には言って聞かせました。まだ現実に向き合えてはいないようですが…」
「まあ、そりゃそうだよ。ただああやってさ、がむしゃらにやっていけばみんなの見る目も変わるんじゃないかな」
右京「でしたら、また彼女に目を向けていただけると助かります」
「あっはっは!そんな言い方されたら断れないなー…」
右京「今の僕は、プロデューサーですからねぇ…」
「そうだねぇ…今度、小さいイベントだけど、それの司会やらせてみようか?」
右京「おやおや…それはありがたい限りです」
「今度は顔も出すし、台本があるにしても舞台の上では全部自分でやらなきゃならない。小さいけど責任重大だよー…?」
右京「ええ。覚悟しています」
「じゃあ、僕向こうのブース行ってくるから、彼女達はよろしくね」
右京「ええ。僕でよろしければ」
「何かあったら係員に伝えておいてねー」
右京「ええ」
71:
右京「…」
右京「…」
右京「…」
「…あのー…」
右京「はい?」
「あのー…ここに中学生くらいの、薄紫の髪の毛した子が来ませんでしたか?」
右京「はいぃ?」
「あれ?も、もしかして責任者の方では…?」
右京「いえ。関係者ではありますが、スタッフではありません」
「あ、そ、そうですか…えっと…」
右京「特徴を教えていただければ、伝えておきますよ」
「あ、はい…えっとですね…こう、横がハネてて…眼鏡をかけた大人しい感じの女の子です」
右京「薄紫で、横がハネていて眼鏡をかけた女の子ですね?」
「ええ。娘なんですけど…ちょっとはぐれちゃったみたいで…」
右京「了解しました。スタッフの方に伝えておきますので、ここを真っ直ぐ行ったブースでお待ちください」
「はい!ありがとうございます…」
右京「それでは」
「はい!」
右京「…」
右京「…」
右京「…はて、中学生、ですか…」
72:
友紀「え?薄紫の髪の毛の子?」
早苗「見てないわよ、そんな子」
右京「そうですか…」
友紀「普通に迷子アナウンスしてもらえばいいんじゃないの?」
早苗「まあ、そうよね」
友紀「スタッフに言ってないの?」
右京「ええ」
早苗「えっ!?何仕事放棄してんのよ!!」
友紀「今すぐ言わなきゃ!親御さん待ってるんでしょ!?」
右京「…まだ30分も経ってませんよ?」バッ
友紀「十分すぎるでしょ!!苦情来るよ!!」
右京「そうなんですがねぇ…僕にはどうも、迷子とは思えないんですよ…」
早苗「…迷子と思えないって…」
右京「ええ。中学生といえばもう一人で電車にも乗るような年齢です。親と一緒に来たとはいえ迷子になるとは考えにくい…」
早苗「考え過ぎよ。今の子なんてそんなもんでしょ」
右京「そうですかねぇ…だとしたら何故その子供の方はスタッフに声を掛けないのでしょう…」
友紀「スタッフが分からないとか?」
右京「それは考えにくいというものです。ええ、何故かと言いますとスタッフの方々は皆共通のベストを羽織っている。その上一つのブースに3人以上のスタッフが常駐している徹底ぶりです」
早苗「ただ単に恥ずかしいだけでしょ。中学生にもなって迷子って…あれ?」
右京「?」
友紀「?」
早苗「あれじゃない?」
友紀「んー…?」
「はいお待たせ!焼きそば一つ!」
「ありがとうございます!一度で良いからやってみたかったんです!こういうこと!」
「そうなの?じゃあ楽しんできなよ!ここら一帯色んなもん売ってるからさ!」
「はい!」
友紀「いやー…あれは…」
早苗「薄紫よ。でも」
友紀「だって全然おとなしくないじゃないですか。眼鏡もかけてないし」
早苗「…うーん…でもどう見ても特徴と合致するわよ…?」
右京「…妙ですねぇ」
早苗「…ん!まあでもほら、見つかったかも分かんないんだからさ!ほら親御さんのとこ行った行った!あの子はアタシが捕まえとくから!」
右京「そうですねぇ…」
早苗「アンタらの仕事は着ぐるみと迷子探し!探偵ごっこは家でやんなさい!」
友紀「は、はーい…」
73:
「あ、そうでしたか…良かったあ……でもちょっと遅いんじゃないですか?」
右京「ええ。なにぶん迷子の方が多いようでして。手間取っていたようです」
友紀「…」
「でも見つかったみたいで良かったです。あの子は私が見てないと不安で不安で…」
右京「そうでしたか…それは申し訳ありませんでした」
「ええ、大丈夫です。…全く、旦那が見てくれないから、私が見ててあげないと…」
右京「…」
友紀「…」
「あの子、誰かにいじめられたりしてませんか?ちょっかいかけられたりしてませんか?」
右京「ええ。僕の見た限りではそんな事はありませんでしたよ?」
友紀「そうですねー…凄い笑顔dムグッ…」
右京「案内しますので、どうぞこちらへ…」
友紀「んぐぐ…んん?」
74:
「…」
「本当に申し訳ありませんでした…この子がご迷惑をおかけしたようで…」
早苗「大丈夫ですよー」
「…」
「この子は私が見てないとダメなんですよ。とても一人にはしていられません」
「…」
友紀「…」
右京「…」
「ほら貴方も謝りなさい」
「…」
「…幸子?」
「!」
「幸子」
友紀「お、お母さん…そんなことしなくても大丈夫ですから…」
「いえ!この子には謝ってもらわないと!悪いことしたんですから!」
「…」
友紀「え、えっと…」
「…ごめんなさい…」
「ごめんなさいじゃないでしょ?幸子。言った通りにしなさい」
早苗「…」
「…ご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした…」
「そう!それでいいの。ちゃんとお行儀良く出来る子は将来も安泰なんだから…」
友紀「…」
右京「…」
75:
「それではこれで。どうもありがとうございました…」
右京「ええ」
早苗「…」
「…あっ…」ポト
「あ、幸子!貴方また財布をお尻のポケットに入れたりして…」
「ご、ごめ…すいません…」
「こんな持ち方は不良になりますよ!…全く…」
「は、はい………あっ」
右京「…」ヒョイ
友紀「!」
早苗「!」
「…!」
右京「落としましたよ?」
「は、はい…あ、ありがとうございます…」
「まあ!ちゃんとお礼が言えたわね!」
「…」
右京「お礼はともかく、財布をお尻のポケットに入れていると体の重心が左右非対称になり、骨盤が歪んでしまう可能性があります」
早苗「それにスリにあうかもしれないわよ」
「…どうも、ありがとうございました…」ペコ
「本当にありがとうございました。さ、行くわよ幸子」
「…はい…」
友紀「…」
早苗「…」
右京「…」
76:
早苗「ちょいちょい」
友紀「?」
早苗「これ、見て」スッ
友紀「え?…うわっ!血出てますよ!」
右京「…先程の彼女ですか?」
早苗「ん。そう」
友紀「そうって…何でそんなこと…」
早苗「声掛けたら逃げようとしたのよ。そんで捕まえたら暴れられてその時引っかかれちゃった」
右京「おやおや…」
友紀「その…何か…アレな感じとか?」
早苗「いや、別にどこかおかしいってわけじゃないのよ。あの子。むしろ頭はかなり良い方に見えるわ。…でしょ?」
右京「ええ。とても聡明な方だと思いますよ」
友紀「なら、そんな子がなんで…」
早苗「さあ…ねぇ?」
友紀「そもそもさっきだって右京さん、どうしてアタシが喋ってるの止めたの?」
右京「…考えられることは一つです」
友紀「?」
早苗「…あの子、親に飼われてるわね」
友紀「…あっ…」
右京「ですが、それならそれで疑問が浮かびます」
早苗「何?」
右京「飼う、という表現は少し気に入りませんが、まあ良しとしましょう」
早苗「…何よ。もったいぶってないで…」
右京「飼っているということは、大事にしているということです。しかしそれなら何故この人混みの中に、それも迷子になりそうな空間に彼女を連れてきたのでしょう?」
早苗「…そういえば、そうね…」
友紀「…でもほら、アタシ達じゃどうしようも…」
早苗「さあ?どうかしらね?」
友紀「え?」
早苗「杉下係長?アンタあの子の財布に名刺…入れたでしょ?」
友紀「えっ…」
右京「おやおや。見破られていましたか」
早苗「元警官舐めんじゃないわよ。何?まさか同情であの子をスカウトするつもり?」
右京「どうでしょうねぇ…」
友紀「…」
早苗「…相変わらず何考えてるか分かんないわねぇ」
友紀「…でも、考えれば考えるほど…あの親子…」
右京「…妙ですねぇ」
友紀「妙だねぇ…」
早苗「妙ねぇ…」
77:
右京「…ああ!それと」パン
友紀「?」
右京「君、来週に行なわれるイベントで司会をやらせてもらえるそうですよ」
友紀「えっ!?」
早苗「あら、良かったじゃない」
右京「片桐さんの手助けのおかげですねぇ」
友紀「!…あ、ありがとうございます!」
早苗「あーいいのいいの。こういうのって持ちつ持たれつだから」
右京「勿論簡単なお仕事ではありませんよ」
友紀「う、うん!頑張る!」
早苗「…でもアンタ、どうすんのよ。あの子は」
右京「それはまた別の話です」
早苗「…まあ、名刺渡したところで来るかどうかも分かんないからね…」
右京「そうですねぇ…」
早苗「…何よその顔。まるでもう来るみたいな…」
右京「…ンフフ」
早苗「…やっぱアンタ苦手だわ、アタシ」
右京「そう思われているようですねぇ」
友紀「さ、早苗さん!」
早苗「あーはいはい。もう言わないから」
右京「…」
早苗「良い相棒が出来たみたいじゃない。今度は大事にしなさいよ」
右京「…ええ」
友紀「…?」
78:
「それじゃ!お疲れ様ー!」
「「お疲れ様でしたー!」」
「お、お疲れ様でしたー!」
早苗さんの掛け声に始まり、会場の一室でアルコールの無い小さい打ち上げが始まった。
アタシみたいな小さな役柄の人間にもその場を与えてくれて、少しでも盛り上がりを分かち合えるよう尽力してくれたんだろうなぁ。
…。
それでも…。
「…」
右京さんは出された物は口にせず、ただ笑顔でみんなと談笑していた。
…まあ、確かにあの人が変わった人だっていうことはなんとなく理解出来る。
けれど、別にそんな事で煙たがれる人には見えない。
…それでも、やっぱり気になる。
さっき、早苗さんが言った言葉。
「今度は」大事にしろ。
「…」
…あれって、どういうことなんだろう。
…右京さんは、アイドルを大事にしない人?
…いや、それは考えにくい。
アタシの為にどれほどプライドを削っていると思ってるの?
…本当は、知ってる。
さっきの仕事の件だって、責任者の人が頼み込まれたって言ってたから。
「…」
なら、一体何がどうなって、右京さんは今みたいな地位になったんだろう。
…。
……。
そして、そのアタシの疑問は。
…意外な形で解消されることになったんだ。
…ただ、アタシはこの時その疑問を遥かに上回る事を思い出したんだ。
そう。
「…………え?イベント…来週?」
第二話 終
90:
「あの!と、ととと突然呼び出してす、すま…、ごめん!」
「ええんどすえ。ウチもこれから暇やったから…」
「あ、そ、そうなんだ!…えっと…」
「どうされたんどすか?」
「えっと…んー…」
「…」
「…ああああ…ど、どうしよう…」
「どないしました?はっきりしておくんなはれ」
「え、は、はい…えっと…」
「…」
「こ、これ!…これ!受け取ってください!」
「…これは?」
「あ、あの!か、帰ってからでも良いので!よ、読んでいただければ…」
「…」ポイ
「えっ…」
「…そのやり方、気に入りまへんなあ」
「あ、え…」
「男やったら、どっしり構えとくんなはれ。帰ったら読めだとか…いいえ。むしろ手紙自体ウチの好みじゃありまへん」
「…」
「そんな女々しい態度、ウチは気に入りまへんなあ」
「…ン゛ン゛!…わ、分かった!それなら、俺も覚悟き、決めるわ!」
「どうぞ」
「……お、俺…」
「…」
「俺、不器用で、こういう経験も少なくて…」
「…」
「そんなに頭も良くない。運動神経がええわけでもないし、イケメンでもない…」
「…」
「それでも、俺、紗枝ちゃんと…つ、付き合い思うとる…」
「ここ、覚えとるか?は、初めて俺が紗枝ちゃんと会うた場所や…」
「こ、こんな俺で良かったら!付き合うてくれへ…ん………か……」
「…あれ?紗枝ちゃん…?」
91:
友紀「zzz…」
『えー、間もなくー、京都ー。京都でござい…ます』
友紀「zzz…」
右京「…」ペラ
『出入り口はー、右側ー。右側…です』
右京「おや、着いたようですねぇ。それでは、行きましょう」
友紀「zzz…」
右京「姫川君」
友紀「…紅茶が…紅茶が服にかかる…」
右京「姫川君」
友紀「!う、ヴぇ!?」
右京「おやおや。先程までの緊張はどうしたんでしょうねぇ」
友紀「え……えっと…あ、着いた?」
右京「ええ。もうすぐ止まります」
友紀「…あー…また来た…緊張が…」
右京「おやおや…。随分と気持ち良く寝ていたようですから、随分な鉄の心臓を持ってらっしゃると思ったのですがねぇ」
友紀「だって…朝の5時おきだよ?緊張してても睡魔には勝てないよぉ」
右京「夜更かしは体にも肌にも良くありませんよ。君はもっと規則正しい生活を心掛けるべきです」
友紀「でも…流石に本番3日後とか言われても困るよぉ。こういうのってほら、もっと入念な練習とかさ…」
右京「仕方ありません。本日出演される方が怪我をしてしまったらしいですからねぇ」
友紀「ピンチヒッターってこと?」
右京「ええ。それでも掴んだチャンスです。モノにしない手はない…」
『京都ー。京都で、ござい…ます』プシュー
右京「さて行きますよ。愚痴は歩きながらでも吐けます」
友紀「ふぁぁ…い」
右京「あ、それともう一つ」
友紀「何ー?」
右京「君、顔を洗った方がよろしいですよ?」
友紀「え?…あ、涎出てた…」
92:
右京「しかし君、随分荷物が多いようですねぇ」
友紀「だってほら、やっぱりテレビ越しでも応援したいもん」
右京「ああ、キャッツの応援グッズですね?」
友紀「うん!今日は張り切って応援するつもり!」
右京「そうですねぇ…そうなれば僕も助かるのですがねぇ…」
友紀「?」
右京「君がこの仕事を難なくこなせる方なら、それも出来るでしょう」
友紀「え?」
右京「予想集客数は最高1000人と大きなイベントに比べればさほどながらも、君はその人数の前でイベントを進めなければならないのですよ?」
友紀「え…それってまさか…野球観れないってこと…?」
右京「ですから、君次第です」
友紀「無理って顔してるじゃーん!!」
右京「欲望に身を任せ仕事を捨てるか、多少の欲は我慢し、仕事を全うして次に繋げるか」
友紀「ぅ…」
右京「納得いきませんか?」
友紀「納得はしてるよ…でもついてないなぁって…」
右京「でしたらこう考えてみてはどうでしょう」
友紀「?」
右京「君が仕事を頑張り続けたかいあって、やがてキャッツから何らかの形でオファーが来る…」
友紀「…そっか…」
右京「それもまず今回の仕事をやり遂げてからですがねぇ?」
友紀「う…ヤバい…お腹痛くなってきた…」
右京「…無理もありませんかねぇ」
友紀「…もし右京さんならこんな時どうするの?」
右京「そうですねぇ…」
友紀「…でも右京さんって、こういう時でも平然としてそうなんだよねぇ…」
右京「僕も人の子ですよ。人並みに緊張はします」
友紀「絶対嘘だー!右京さんこそ鉄の心臓だよー!」
右京「おやおや…」
93:
本当にびっくりした。
先週の着ぐるみ仕事の後、アタシは何かの間違いかと思って右京さんに再度、いや何度も聞き直した。
けど、やっぱり日にちは来週。
それは決定。
何でも当日の主役が骨折しちゃったとかでイベントには出れなくなり、急遽空きのタレントを探していたそう。
そこにたまたま右京さんが頼み込み、早苗さんの発破のおかげもあってアタシが滑り込めた、という事。
…だけど。
「あまりにも急じゃないかなあ…はむっ」
「そうですねぇ…少し、僕も急ぎ過ぎたかもしれません」チュー
今の時刻は朝の9時前。
かなり都会の京都といえど、流石にこの時間に開いている定食屋などあるわけもなく、仕方なくアタシ達は早朝からやっているファーストフード店で朝用のメニューを注文した。
「マフィンってやっぱ手につくね…」ペロ
「君が頼んだんですよぉ…」
ふと、思う。
「ねえ右京さん」
「何でしょうか?」
「…右京さんって、コーヒー飲むんだね」
「頼まざるを得ない状況になりましたからねぇ」
「ご、ごめんって…お腹空いてたから…」
でも、コーヒー飲んでる姿とか似合いそうだなあ…。
…相変わらず事務所では紅茶をバチャバチャやってるけどね…。
94:
友紀「それで…今日からみっちりやるってこと?」
右京「ええ。僕はそのつもりです」
友紀「…うぇぇ…」
右京「どうかされましたか?」
友紀「だってぇ…久し振りの京都だよぉ?小学校以来だよぉ…?ゆっくりもしてみたかったり…」
右京「まず、僕らがここに何をしに来たのか。それを君は考えるべきですね」
友紀「分かってるよー…」
右京「僕らのような身分の人間は、交通費、宿泊費を出してもらえただけでもありがたいと思わなければなりません」
友紀「…米沢さんに頼み込んだんだって?」
右京「流石にぶっつけ本番というわけにはいきませんからねぇ」
友紀「…交遊費なんてものは…?」
右京「君のお小遣いから捻出していただければ幸いです。最も、その時間があるなら、ですが…」
友紀「…時間無い?」
右京「ええ。本来こうして座っている時間すら惜しいというものです。食べる事は歩きながらでも出来ますからねぇ」
友紀「アタシも右京さんみたいに見たもの聞いたもの全部覚えられる頭があればなー…」
右京「そんなものを言い訳にしていれば、いずれ困るのは君ですよ」
友紀「ぁーぃ…」
右京「とはいえ朝ぐっすりと寝てしまったせいで活動が遅れている脳には丁度良い栄養分が補給出来たかもしれません」
友紀「…ん!まあね!じゃあ…行く?」グググ…
右京「ええ。そうするとしましょう」
友紀「…あのさ」
右京「何でしょう?」
友紀「駅で何か買う分にはアリ?」
右京「帰りに買うのでしたら結構です。僕も、そうするつもりですからねぇ」
友紀「え!?右京さんお土産買う人いるの!?…あ、ご、ごめん…」
右京「お気になさらず。しかしこれがいるんですよ…」
友紀「…米沢さんだよね?」
右京「ええ。米沢さんも…」
友紀「…「も」…?」
右京「ええ。とはいえ僕も彼には色んな借りがありますからねぇ。昔も、今も…」
友紀「へー…付き合い長いんだ」
右京「そのようですねぇ」
友紀「えー…完璧他人事じゃん…」
95:
友紀「狭い道だねぇ」
右京「そうですねぇ」
友紀「あ、見て見て。向こうのゲーセン凄い人混み。子供達がたくさん…」
右京「春休みですかねぇ。この快晴に最近穏やかになってきた気候。外に出たくなるのも分かります」
友紀「アタシも外好きだよ。球場はもっと…」チラッ
右京「君もしつこいですねぇ」
友紀「分かってるよ!いつか来るキャッツの為に!」
右京「ええ、その意気です。ですがあまり愚痴が多いとスタッフに聞かれてしまうかもしれませんねぇ」
友紀「うぐっ…わ、分かってるって…」
右京「おや、どうやら心当たりがあるようですねぇ。ならばそれは改めるべきでしょう」
友紀「…右京さんって絶対腹黒だよね…」
右京「そのようなことも言われたことがありますねぇ」
友紀「だってさ、まず逃げ道無くしてから言ってくるでしょ?ちょっとは油断させてよ」
右京「僕はごく普通の事を言っているだけなんですがねぇ…おや」ドン
「…きゃっ」
友紀「あ…ご、ごめん!大丈夫?もー…右京さん!前見て歩きなよー…」
右京「おやこれは僕としたことが…申し訳ありません。大丈夫ですか?」
「…え、ええ。大丈夫どすえ」
右京「お怪我はされていませんか?」
「ええ。気にせんといて下さい。ウチも前見んと走ってしもたんどす」
右京「そうでしたか…」
「…お二方は、ご旅行どすか?」
友紀「えっ!?ち、違うよー!仕事だよー!」
右京「ええ。彼女はまだ新人とはいえ、アイドルなんですよ」
「それはそれは…ウチてっきり親子かと思てしまいましたわ」
友紀「親ッッ…!?子ッ……!!?」
右京「おやおや。確かにそれくらい歳が離れてはいますがねぇ」
友紀「こ、この人はアタシのプロデューサー!アタシはアイドル!!」
「そないに怒らんといておくれやす。軽いてんごどすえ」
友紀「て、てんご?」
右京「京都弁で、冗談。ですね」
「ふふ。よく知っとりますなあ。お二方、東京の方どすか?」
友紀「ん、うん…」
「それはそれは…京都はええ所どすえ。どうか楽しんで下さい」
右京「ええ。お心遣い、感謝します」
「ほなウチはこれで…」
右京「ええ。それでは…」
友紀「じゃーねー」
96:
友紀「えーっと…ホテルはこの道を真っ直ぐ…2つ目の信号を左…」
右京「3つ目ですよ。覚えていないなら常に僕が用意したプログラムを手に持っておくべきです」
友紀「うー…昨日ちょっとDVD観てたから…」
右京「DVDを観る前にでも暗記出来たはずですがねぇ。道のりくらいは」
友紀「…あー言えばこー言う…」ボソッ
右京「何かおっしゃいましたか?」
友紀「な、何でもない!」
右京「そうですか」
友紀「…あ。ねえ右京さん?」
右京「どうかされましたか?」
友紀「ん…あのさ、さっきの子、めちゃくちゃ可愛くなかった?」
右京「そうですねぇ。確かに、とても綺麗な顔立ちをしていらっしゃいました」
友紀「だよね!それにおっとりしててさー…」
右京「それが、どうかしましたか?」
友紀「ん?いや…ほら、スカウトとか…」
右京「そうですねぇ…」
友紀「あ、この間みたいに気づかれないように名刺を仕込んだとか?」
右京「僕は何の理由も無しにそんな事はしませんよ?」
友紀「?…じゃあ、スカウトしないの?」
右京「そうですねぇ…今のところは、考えていません」
友紀「え!?もったいないなー…」
右京「僕が君をスカウトした時、何と言ったか覚えていますか?」
友紀「?…んー………」
右京「君、すぐに忘れますねぇ…」
友紀「てへへ…ごめんごめん」
右京「顔が良いだけならば、僕はスカウトはしません」
友紀「?」
97:
右京「…僕の勘が正しければ、彼女は恐らく何らかの意思を持って僕にぶつかってきました」
友紀「…え?…わざとってこと?」
右京「ええ。ですから避けるにも避けられなかったんですよ。この狭い路地ですから。それに凶器のような物も持っていなかったようですし…」
友紀「考えすぎだよ…。それにわざとだとしたら何でそんなこと…」
右京「理由は分かりませんが、彼女は恐らく君が思っている人間とは大幅に違う方だと思いますよ?」
友紀「えー…?何かぶつかられたからって根に持ってない?」
右京「おやおや…」
友紀「考えすぎだって。あるわけないじゃん」
右京「ええ。普通はそうでしょう。ですが見て下さい。この狭い路地を」
友紀「狭いけど…何?」
右京「ええ、狭いというのに、路地にまで出ている店の看板や石像。果ては回収されていないゴミ袋の山。前を見ずに歩いていれば僕にぶつかる前に何度ぶつかる羽目になるのでしょう?ええ、あのような角のある物にぶつかればタダでは済まないと思いますよ?」
友紀「あー…確かに人にぶつかるよりも危ないね」
右京「ですが彼女はこう言いました。「前を見ていなかった」と…」
友紀「確かに、怪我してた様子もなかったけど…でもほら、携帯いじってたとか…あ、だったら携帯落とすよね」
右京「ええ。そう思います」
友紀「ん…んー…」
右京「そして何故かは分かりませんし、名刺を仕込んだりもしていませんが、逆はあるようですよ?」
友紀「ん?あれ?…それ、ハンカチ?」
右京「ええ。そのようですねぇ」
友紀「さっきの子?」
右京「ええ。まるで気づいてくれと言わんばかりに僕の足元に落ちていました」
友紀「ふーん…何で?」
右京「何ででしょうねぇ…」
友紀「んー…でもほら、それに関しては本当に落としたとか…」
右京「彼女の服装、何でしたか?」
友紀「え?…普通に、ズボンと…長袖の…」
右京「そうですねぇ。しかし彼女の上着にはポケットが無かった。だとしたらハンカチが入っているのはズボン。それに身体にフィットするようなものです。そのフィットしたズボンのポケットからハンカチがそんな簡単に落ちますかねぇ?」
友紀「細かいなぁ…」
右京「ええ。細かい所がいちいち気になってしまう。僕の、悪い癖…」
友紀「まあいいじゃん。会ったら会ったで返せばいいし、会わないなら会わないで交番にでも届ければいいし…」
右京「そうしますかねぇ」
友紀「…ん、何かそれ良い香り…」
右京「お香を焚いてあるのでしょうねぇ」
友紀「ふーん…それに結構高そう…」
右京「ならば尚更、返さないわけにはいきませんねぇ」
友紀「そりゃあねぇ…そんな綺麗に使ってる物…あれ?」
右京「ええ。そうなんですよ」
友紀「…そういえば、引き返してこないね」
右京「ええ。それほど大事に使っているのであれば失くしたことにすぐに気がつくはず…」
友紀「…」
右京「…」
友紀「…ま、考えるのやめよ?」
右京「そうしましょう」
98:
…ああ。
この感じ、ほんまに久しぶりやわぁ…。
歩き方、話し方、接し方、立ち振る舞い全て…。
あれこそ、ウチが求めていた男…。
…ああ、アカン…。
これは、ほんまにアカンわぁ。
『お、俺…』
あないないちびったモンとは違う。
年齢…そんなものどうでもええ。
ウチは、ウチの好きなモンがええ。
ああ、まさか友達との遊びの行きしにこないな出逢いがあるとは…。
「駅から後を追って正解やったわぁ…」
…普通、親子があないな格好で旅行に来るわけがない。
…アンタらの関係がどんなもんかなんて、どうでもええ。
ウチは、欲しいモンはとにかく手に入れたい主義なんどす。
その為なら、思い入れのあるもんなんて捨て駒にしてもええ。
「…」カチッ
『こちらが今日泊まるホテルですねぇ…』
『あ、ここ?…あ、ちゃんと別々の部屋だよね?』
『君、そこも覚えてないんですか?』
『え?あ…待って…あ、うん。別々…』
『…』フゥー
『あ、ちょ!右京さん!失望しないで!こっから!こっから巻き返すから!』
『ちなみに君、何時に何処に行くかは覚えてますか?』
『そ、それくらい覚えてるよ!○時に○○の○○…ってもう無いじゃん!!』
『ええ。急ぎましょう』
…。
「…フフッ…」
あのお方、右京はん言うんやなあ。
ああ、右京…。
ええ名前やわぁ…。
しかし、右京はんは無理でも。
…。
『ほなウチはこれで…』ポイ
『ええ。それでは…』
『じゃーねー』ポスッ
…。
…あのキャップ被ったとぼけた方やったら、分からんやろなぁ。
…鞄の中に、盗聴器放り込まれたなんて…。
99:
友紀「あー!つ、着いたー!」
右京「ええ…。本来なら…ここまで息を荒くすることはないんですがねぇ」
友紀「…お腹空いてたんだもん…」
右京「君は睡魔にも空腹にも、滅法弱いようですねぇ」
友紀「しょうがないでしょー。人間の三大欲求!食べる!眠る!………あっ…」
右京「…」
友紀「…」
右京「さ、行きますよ」
友紀「…ぁぃ」
100:
右京「お待たせしました」
「あー!待ってたよー!いやー…本当に申し訳ないね!」
右京「いえ。むしろこのような素晴らしい仕事を下さったことに感謝しなければなりません」
「大袈裟だよー!まあ、ある程度はさ、台本あるから。それと僕らも全力でフォローするからさ!」
友紀「み、346プロダクション所属、姫川友紀です!よ、よろしくお願いします!」
「ん!よろしく頼むよ!…まー…ここだけの話さ、杉下プロデューサーには話したけど…」
友紀「あ、その…休んじゃったって…」
「そう!そうなんだよー…。実はその子も新人でさ。何だか可哀想でねぇ」
右京「本来ここにいらっしゃるはずの方がまさか体調不良とは…いやはや、しかも身内である為、いささか複雑な心境でもあるというのが本音です」
「本当だねぇ。でもほら、この間みたいにさ、早苗ちゃんを引っ張るくらいの度量見せちゃおうよ!」
友紀「え?」
「もうね、僕は確信したね。君はいつか大物になるって!」
友紀「ほ、本当ですか?え、えへへ…」
「だから頼むよ!1000人規模なんだからさ!」
友紀「…それ、思い出させないで…」
右京「大丈夫ですよ」
友紀「え?」
右京「人間、追い込まれれば本来の力を発揮出来るものです」
友紀「うわー!ライオンの親みたいなことやってるー!!」
右京「ンフフ」
「大丈夫大丈夫!…って言えないのがね…」
101:
友紀「えー…えっと…ここで、「み、みんなー…待たせてごめんねー…」」
右京「…」
「…」
友紀「「やっぱり学生さんが多いかなー?卒業生はお、お疲れー!在校生はこれからも…頑張ってー…」」
右京「…」カチ
友紀「…ど、どうだったー!?」
右京「『それでは後ろまで聞こえませんよ。もう少し大きな声でお願いします』」キーン
友紀「えー!?」
右京「『僕達が今立っている場所は大体200人くらいの場所です。そこにギリギリ聞こえる程度ですよ』」キーン
友紀「えー…」
右京「『何の為にピンマイクが着いていると思っているんですか。いつもの君のテンションでいけば出来ることですよ』」キーン
友紀「い、いつものって…そんなさあやりましょうじゃ出せないよー!」
右京「『恥ずかしさを捨てて下さい。それだけです』」キーン
友紀「う…だって聞いてるの右京さん達しかいないし、道行く人たちがこっち見てるんだよー!?」
右京「『本番はこんなものでは済みませんよ』」キーン
友紀「う…」
右京「…」
「…本来ならこんな練習しないんだけどねぇ。彼女の場合は、何もかもが初めてだから…」
右京「ええ。その上本番はもうすぐそこ。これ以外に良い場慣れのさせ方が思い浮かびません」
「…昨日今日デビューしたての子じゃ公衆の面前で大声出してっていうのは難しいよねぇ」
右京「正しくは2週間と3日です」
「でも、こういったことは初めてでしょ?」
右京「ええ。しかし彼女は元野球部のマネージャーであり、その経験は今でも染み付いています」カチ
「じゃあ、それをこれからどうやって出してくか、だね…」
右京「『声出しが出来るようになるまで次のステップには進めませんよ。頑張って下さい』」キーン
友紀「わ、分かったよぉ…」
102:
ああ…恥ずかしい。
そりゃ、部員応援する時とかは全力でやってたけど…。
あれは、ただそれが楽しかったから、そうしただけ。
…今は、どうだろう?
「…」
『どうかされましたか?』
…アタシ、今これ、楽しんでるのかな…。
「…」
元々、アイドルって仕事にも…あんま興味あったわけじゃないし。
…じゃあ、何でだろ…。
『姫川君』
「あ!ご、ごめん!ボーッとしちゃってて…」
『慣れない事だと思いますが、やっていけば必ず慣れてきます。ですから何度もやりましょう。こういうものの楽しみは、やり続けなければ分かりません』
「え…」
…どうして、アタシの考えてること…。
…そういえば、前にもアタシの顔を見ただけでアイドルになろうか迷ってる事を見抜いてみせたよなぁ。
『やりがいは、やらなければ感じません。ですからまずやれるだけやってみましょう』
右京さんの声がスピーカーを通して聴こえてくる。
アタシを慰めようとしている優しげな声。
その中にはスタッフへのフォローもあるんだろうけど…。
…あ。
そういえば、言ってたなあ、あの人。
限界を感じた時、それは諦めた時。
「…」
なんとなく空を見上げる。
「…」
『…』
今日は、雲一つない晴天。
こういう時、上を見るとなんとなく元気が湧いてくるってみんな言う。
…それが、今は少しだけ分かる気がする。
「…ン゛ン゛!」
一つ咳をして、息を吸い込む。
そして、アタシは。
目の前にいるお客さんに向けて、いつもの声を出した。
「みんなー!!待たせてごめんねー!!」
…今のお客さんは、二人。
右京さんと、スタッフを纏めている人。
「やっぱり学生さんが多いかなー!?卒業生はお疲れー!!在校生はこれからも頑張ってー!!」
103:
正しくはお客さんじゃないけど。
それでも、今アタシの目には二人以外にもお客さんが見える気がする。
勿論アタシの頭の中だけだけど。
そこには、大勢のお客さんがいると思い……というより、いる。
そこには、いるんだ。
「…」
結局、アタシの声はどうだったのか。
「…」
それは、さっきよりももっと奥で拍手している右京さんを見て分かった。
…あれ…なんだろ。
「…」
顔が、とんでもなくにやける。
ただ褒められただけなのに。
あの笑みを見ると、どうしてか顔の筋肉が緩んでしまう。
「…あ」
…そうだ。
分かった。
アタシ…やっと褒めてもらえたんだ…。
104:
右京「とても良かったですよ。君の元気のある話し方に、僕も思わず疲れが吹き飛んだようです」
友紀「お、大袈裟だよ…」
「いやー、良かった!じゃあ次のステップは台本を覚えることだね!」
友紀「あ…こ、この分厚いやつを…」
右京「20ページ程度ですよ」
友紀「そりゃ右京さんはパッと覚えられるだろうけどさぁ…アタシがそんな顔に見える?」
「まー…これも慣れだよねぇ。トラウマになるくらいやれば嫌でも覚えるから」
右京「ああ、それは素晴らしいですねぇ」
友紀「えー…」
「ほんまに、素晴らしいどすなあ…」
右京「…」
友紀「え?」
「え?」
「ほんま、何から何まで…」
右京「…」
「こ、この子誰?友達?」
友紀「え…あ、いや…友達じゃないですけど…朝…会ったよね?」
右京「ええ。会いましたねぇ」
「ええ。そして今回も…」
友紀「な、なんたってこんな所に…」
「あんだけ大きな声でやってたら気になりますわ。こないな民家の少ない場所でも…」
友紀「あー…やっぱり聴こえちゃうよねぇ…」
右京「そうでしたか。それはご迷惑をおかけしました」
「でもちゃんと許可取ったんだよー?…っていうかお嬢ちゃん関係者じゃないんでしょ?」
「ええ。たまたま通りがかっただけどすわぁ」
右京「たまたま、ですか」
「ええ…そうどすぇ。それにちょっと落し物を…」
友紀「落し物?…あ、あのハンカチ?」
「そうなんどす。大事にしてたもんを落としてしまうなんて…」
友紀「ご、ごめーん…あれ、近くの交番に届けちゃって…」
「あらぁ…そうなんどすか?」
友紀「うん。だから…」
右京「忘れ物はハンカチだけでしたか?」
「ええ。…え?」
106:
右京「僕はてっきり、他の忘れ物を取りに来たのかと思いましたが」ゴソゴソ
「え…」
右京「携帯電話。これ、君のですよね?」
「・・・・・・」
友紀「え!?それも落としてたの!?」
右京「ええ。君の鞄の中に」
友紀「え…ちょ!ちょっと!勝手に漁ったのぉ!?」
右京「申し訳ない。どうにも目に入ってしまっていたので、君が荷物を預けた時に少しだけ」
友紀「言ってくれれば出したのに…」
右京「ええ。申し訳ありません」
「・・・・・」
右京「電源は切れているようです。どうぞ?」
「え、ええ…ど、どうもおおきに…」スッ
右京「…」ググッ…
「…え…?」
右京「…「これ」を犯罪として訴えるのはとても難しいですからねぇ…」ボソッ
「…」
右京「それではこれで。姫川君。次は台本を覚えましょう」
友紀「あ、うん…じゃあね!イベントにも来てねー!」
108:
「…は…」
…なんで?
「…はは…」
…もしかして、全部バレてたん?
「…」
…なんちゅうお人なんやろか。
…オマケに、あの姫川っちゅう女の方にバレへんよう、電源が切れるんを待ってたっちゅうこと?
「…アカン」
アカンわぁ。
…あないなことされたら。
「…もうウチたまらんわぁ…」
109:
6時間後
友紀「…あ゛ー…」
「だいぶ堪えたみたいじゃない」
右京「…おやおや。もうこんな時間でしたか」バッ
友紀「…冷静になって考えたら、昼にまで終わるわけないよねぇ…」
右京「ようやく地に足のついた考え方が出来るようになったということですかねぇ」
友紀「うーん…」
「でもよく頑張った方じゃない。…でも本番でいざこれが出来るかってなったら、分かんないけどねぇ」
友紀「…そういえば、知らない間にステージ作りが凄い進んでる気がします…」
「それだけ集中出来たって事だよ。OKOK!」
右京「頑張っているのは決して君だけではない…。スタッフの皆さんや、工事の方々。皆さんのお力があって初めて仕事というのは完成するんですよ」
友紀「うん…」
右京「君の仕事ぶりは先程まで、自分の為だけに頑張っているように見受けられました。ですがこのように目を向けると、考え方も変わってくるはずです」
友紀「…」
『はいそこー。そこの溝にくっつけてー』
『当日の弁当ってこれで合ってますー?』
『雨天用のテントはこっちにまとめといてー!』
右京「全ては当日のイベントを成功させる為。一人がわがままを言ってしまえばその成功率は大幅に下がります」
友紀「…うん。ごめん…」
右京「「その」気持ちがあるなら必ずイベントは成功する筈です。君は思い込みは強いですが、とても正直で素直な方ですからねぇ」
友紀「褒めるならもっとちゃんと褒めてよー…」
「…そういえばさ、さっきのあの京都弁バリバリの可愛い女の子。あの子いつの間にか居なくなってたね」
友紀「あー…さっきまであの辺で座って見学してましたね…」
右京「…」
友紀「右京さん、何かあの子のこと…嫌がってる?」
右京「嫌がるということはありませんが、彼女は先程、僕達を見ていたというよりは…何か別の事をしていたように見受けられます」
友紀「…別?」
右京「ええ。何でしょうねぇ…」
友紀「…普通にTwitterとかで呟いてたとか?」
右京「彼女が手にしていたのは、携帯電話ではなくメモ帳でした」
「相変わらずよく見てるんだねぇ。さすが大手アイドル事務所のプロデューサーだね」
右京「おやおや。ご期待に添えなくて申し訳ありませんが、僕はそれほど大した人間ではありませんよ」
「またまた…」
友紀「もしかして右京さんって…褒められるの慣れてなかったり?」
右京「慣れていると聞かれると、そうでもないですねぇ」
友紀「…へー…」
右京「どうかされましたか?」
友紀「なーんでもなーいよ?」
110:
「まあ、今日はこれくらいにしようよ。スタッフ帰してあげないと可哀想だから」
友紀「え?…もうこの際あと2、3時間は…」
右京「ここを管理する方もいらっしゃるんですよ。僕らだけで残るというのは無理があるというものです」
友紀「そ、そうなんだ…」
「じゃあ…おーい!そろそろ切り上げてー!今日は終わりにするよー!」
『『はーい!!』』
友紀「みんな、元気だなあ…」
「元気ってより、疲れを見せまいとしてるんじゃないかな。僕に気ぃ遣って」
右京「充実していたのでしょう。…君はどうでしたか?」
友紀「え?あ、うーん…」
右京「?」
友紀「…まだ、よく分かんない」
右京「おやおや…」
「ははは!そんなもんだよ!やっていけば慣れてくって!」
友紀「そ、そんなもんなのかなあ…」
「こういうのはさ、場慣れしていくしかないんだよ。数やって、自分で覚えていくしか上達する方法なんかないって」
右京「ええ。しかし、姫川君」
友紀「?」
右京「マンネリという言葉もあります。それは慣れる、ではなくダレるということ…」
友紀「マンネリ…」
右京「そうならないよう、仕事時は常に気を引き締めて真剣に臨んで下さい」
友紀「は、はいっ」
右京「良い返事です。それでは今日はホテルに戻るとしましょうかねぇ」
友紀「うん!あー!お腹空いたー!」
右京「おやおや。もう気が緩んでいますよ?」
友紀「あ…」
「ははは!そりゃ終わった時はみんなそうだって!」
111:
右京「では許しも出た事です。野球は観れませんでしたが、一日の終わりに少しだけ乾杯するとしましょうか」
友紀「え…い、いいの?」
右京「君が、宜しければ」
友紀「う、うん!行くよ!行く!」
右京「そうですか。では行きましょう」
「僕も行きたいところだけど、奥さんがうるさいからねぇ…」
右京「それは残念ですねぇ」
友紀「右京さーん!行くよー!」
「あーあ。もうあんなにはしゃいじゃって。…まるで親子だねぇ」
右京「…親子、ですか」
「うん。親子」
右京「そうですか…」
「どうかした?」
右京「いいえ。お疲れ様でした」
「うん。じゃあまた明日宜しくね」
右京「ええ。お疲れ様でした」
友紀「ほら行くよー!早くー!」
?『右京さーん!先行っちまいますよー!』
右京「…」
第三話 終
115:
言うの忘れてました
紗枝Pさんごめんなさい
117:以下、名無しにかわりましてSS報VIPがお送りします 2016/03/20(日) 21:35:26.39 ID:fFSMmqxVO
ただの箱入りお嬢様が盗聴機まで仕掛けるというのは、些か無理がありますねぇ
118:
>>117
携帯を複数持ち歩いてて、その一つを盗聴器代わりにしたということで…
125:
『こっち紙皿足んないよー!!』
『ガスボンベはもっと奥!子供がぶつかったらどうすんだよ!』
『す、すいません!』
『あと2時間だよ!項目全部確認出来てる!?』
『こっちオッケーでーす!!』
…。
内心、半分は早くやってみたいと思った。
けれど、もう半分は、出来ればやりたくなかった。
でもそんなアタシの頭の中など関係無く、時間は否応無しに過ぎていく。
「…」
今日も、快晴。
春の嵐もどこ吹く風と、雲一つない青空が広がっている。
「絶好の仕事日和ですねぇ」
アタシの隣でそう呟く右京さんは、アタシが今どれだけ緊張しているか、分かっているのだろうか。
…いや、絶対分かってる。
分かってるからこそ、あえてアタシを奮い立たせようとしている。
もう逃げられないぞ。
もうやるしかないんだぞ。
…そうアタシに言っているんだ。
「…」
アタシはいつもだったら、どちらかといえばお客さん側で。
食べたい物食べて、やりたいものやって、それで終わってた。
それが、今。
立場が完全に逆転し、今までにないほど追い込まれている。
野球で言うなら、9回裏2アウトで負けてる状態。
…そのせいでもあるのか、アタシはかなりマズいことになってた。
「あと10分程したらリハーサルをしましょう。最も、もうこの間のような大仰な事は出来ませんが」
「…もうちょっと台本見てていい?」
「それ、もう3回目ですねぇ」
「だ、だって…」
「昨日は全部覚えられていた筈ですよ?」
「…う…」
…緊張のせいか、台本の内容が、一切出て来なくなっていたんだ。
126:
前日 PM9:00
友紀「えっと…ここでまた壇上に上がって…そしたら『さてここからビンゴ大会をします』…」
『♪』
友紀「?…あ」
『右京さん』
友紀「もしもし?どうかした?」
右京『ええ。少し心配になったもので』
友紀「大丈夫だって。今日だってもうほとんど見ないで行けたし」
右京『そうですねぇ…しかし何と言っても、これが初めて人前で話すというお仕事ですから、やり過ぎることに越した事はないんですよ』
友紀「うん。大丈夫。ちゃんと今も練習してるから」
右京『そうですか…』
友紀「もー…信用無いなあ…」
右京『信用はしていますよ。君は嘘をつけない体質のようですから』
友紀「本当?」
右京『ええ。だからこそ、心配なんです』
友紀「…?」
右京『君はすぐに顔に出ますから。いざという時皆さんに悟られないか…」
友紀「やっぱり馬鹿にしてるでしょー!」
右京『いえいえ。君がとても正直者だということです。しかし…』
友紀「?」
右京『…いえ、なんでもありません。ですから一つだけ』
友紀「どうしたの?」
右京『君に期待しています。頑張って下さい』
友紀「…うん!ありがとう!」
右京『それでは、また明日』
友紀「おやすみー!」
127:
現在
右京「一回は出来たんです。なら何度でも出来る筈ですよ?」
友紀「う、うん…だからもう少し…」
右京「リハーサルは台本を持ったままでも構いません。何にしても声に出した方が頭に入ってくる筈ですからねぇ」
友紀「わ、分かってる。分かってるけど…」
右京「どうしましたか?」
友紀「あ、足が…足が震えて…」
右京「…」
友紀「全然、立てる気がしない…」
右京「怖くても、嫌でも、立ち向かっていく事が大事です。そうすることで光は必ず見えてきますからねぇ」
友紀「…だって、こんなの、生まれて初めて…」
右京「まだ、君は20歳でしたかね」
友紀「う、うん…」
右京「そうですか…しかし、若いウチにこういった経験をしておくのは将来きっと役に立ちますよ」
友紀「将来より今が一番大事だよ…」
右京「おやおや。分かっているのなら早く練習しなければなりませんね」
友紀「…う、うん…わわっ」ガタッ
右京「…」ガシッ
友紀「ご、ごめん…こんな時に…全然頼りなくて…」
右京「…まだ諦めるには早過ぎると思いますよ?」
友紀「…だって、全然頭に入ってこない…」
右京「…」
友紀「あんな何百人もの前で、いつもみたいに出せる気がしないよ…」
右京「…困りましたねぇ…こういう時に、何か気の利いた一言でも出せることが出来たなら良いのですが…」
友紀「…うう…」
右京「ですから、一つだけ」
友紀「…」
右京「頑張って下さい」
友紀「本当に気が利いてないよぉ…」
右京「おやおや…」
128:
声が、出ない。
足が震えて、動けない。
自分の体が、自分のものでない錯覚に陥る。
何かを考えている余裕も、この時のアタシにはなかった。
ただ、時間よ過ぎないでくれ、止まってくれと考えていた。
「…」
もし、失敗したらどうしよう。
もし、声が聞こえていなかったらどうしよう。
そうなったら恐らく、アタシは耐えられない。
スタッフに迷惑をかけるんじゃないか。
右京さんに捨てられるんじゃないか、と。
そこまで思いつめていた。
怖い。
ただひたすら、怖い。
リハーサルにもその思いは顕著に表れていたようで、段々みんなの顔が曇っていくのが手に取るように分かった。
「…!」
そしてしばらく目にしなかった時計の方を向くと、既に1時間前だということを容赦無く告げていた。
アタシは今すぐここから逃げ出したくなるような衝動に駆られながらも、ギリギリ理性を保っていた。
こんな筈じゃ、なかったのに。
早苗さんみたいにパッとやって、パッと終わらせられたらいいなって、考えてただけなのに。
現実は、こうだった。
いざという時ここまでパニックになる自分の器の小ささに、失望した。
129:
「いやー…なんとなく予想はしてたけど…これは予想以上だなぁ」
右京「なにぶん初めての事ですからねぇ。しかしそれで済む話ではない…」
「そうだねぇ。今更変えるわけにもいかないし、っていうか変えたらこの子も346プロさんも立場が無いならねぇ」
友紀「…」
「最悪、台本持ったままっていう方法もあるよ?案外珍しくないし…」
右京「確かにそれなら出来るでしょう。しかし彼女の場合、もう一つ…」
「…萎縮しちゃってるねぇ…」
友紀「…」
右京「…」
友紀「…アタシ、ホントにダメだね…」
右京「はいぃ?」
友紀「…今になって、マネージャーの時のこと思い出してる」
右京「…」
「?」
友紀「また、みんなを傷つけて、それで何処かに逃げちゃうんじゃないかって、そう思い始めてる…」
右京「君は、そこまで弱い人間でしたか?」
友紀「…弱いよ。これがホントのアタシ…」
「…」
右京「そう、君が思っているんですか?」
友紀「今までもそうだったよ。築いてきた信頼もすぐに無くなって…ううん。信頼なんて、無かったんだよ。きっと、初めから…」
右京「…」
友紀「みんな、アタシの事煙たがってたんだ…」
右京「それはどうか知りませんが…今ここにある真実を、君に伝えましょう」
友紀「…?」
右京「僕と君の信頼関係は、あるかどうかと聞かれれば、まだ、無いのかもしれません」
友紀「…」
右京「何故なら、君はまだ自分という殻を破ろうとしていないからです」
友紀「…殻?」
右京「ええ。過去のトラウマに怯え自分を閉じ込めた、その殻ですよ」
友紀「…」
130:
右京「…金銀多分積みおくは、よき士を牢へ押しこめおくにひとし…」
友紀「?」
右京「かつて、豊臣秀吉が言ったとされる言葉です」
友紀「…どういうこと?」
「金銀財宝を蔵に閉まっておくなんて、有能な奴を牢屋に閉じ込めておくのと同じだよってことだね」
右京「ご解説ありがとうございます。…今、ここ。この場所での金銀財宝というのは、君です」
友紀「え…アタシ?」
右京「ええ。僕が君に会った時、言ったことを思い出してください」
友紀「…えっと…」
右京「僕はあの時、君に大きな才能があると言いました。君を中心とした輪が店の中に瞬く間に広がり、その場を盛り上げてみせた…」
友紀「あれは…」
右京「それは、僕には出来ないことです。しかし君には出来る…これは少なくとも、僕よりもエンターテイナーとしての才能があるということじゃありませんか」
友紀「そう…なのかなあ…」
右京「そしてさらに言うのなら、金銀財宝はその君の才能ですよ」
友紀「…」
右京「その才能を眠らせ、閉じ込めるのはとても懸命な判断とは僕には思えません」
友紀「…でも、どうしたら…」
右京「それをどうするか、僕も今考えているところです」
友紀「…でも、信頼関係は、無いって…」
右京「それもそうでしょう。僕と君とは、まだ始まったばかりじゃありませんか」
友紀「…!」
右京「僕はこの先、何があろうと君を捨てたりはしません。僕が君の、相棒である限り…」
友紀「相棒…」
右京「今日がどのような結果になるにせよ、君が全力を出せたなら僕に責める権利はありません。ですから、どうか頑張って下さい」
「僕にも責める権利は無いのかな?」
右京「責任を取るのは、僕一人で十分ですから」
「お…」
友紀「えっ…」
右京「ですから、やれるだけやってみてはどうでしょう?」
友紀「そ、そんなのダメ!右京さんが辞めるなんて…アタシの為なんかに…!」
右京「…自分自身を否定することほど悲しいことはありません」
友紀「でも…!」
右京「また逃げればいい。全てを捨てればいい。それで人生をやり直すことなど出来ると御思いですか?」
友紀「…」
右京「君は、姫川友紀以外の何者でもありませんよ。どんなに不本意な人生だとしても、逃げ出さずに立ち向かっていくことでしか、本当の幸せを手にいれることは出来ません」
友紀「…」
右京「…成功させられますよ。君ならば。必ず」
友紀「…じゃあ、約束して」
右京「何でしょう?」
友紀「アタシ、やれるだけやってみる。だから…右京さんも、二度とそんなすぐ自分を犠牲にするなんてこと言わないで」
右京「おやおや…」
友紀「だって、まだ始まったばっかりなんだから…ね?」
右京「…」
131:
友紀「アタシ、今まで自分の為だけに頑張ってた」
右京「…」
友紀「…本当は、そうじゃないんだね」
右京「ええ」
友紀「自分だけじゃなくて。右京さんや、スタッフさん。それと、見に来てくれるみんなの為に頑張るんだよね」
右京「ええ」
友紀「…だったら、頑張れる」
右京「…それが、君です」
友紀「…うん!行ってくる!!」
132:
…前に言われたっけ。
アタシをどういう風にプロデュースしてくのかって。
チアガール…だっけ。
…何か、良いなあ、そういうの。
「みんなー!!待たせてごめんねー!!」
人を応援する。
それはアタシのトラウマであり、好きな事でもあった。
「やっぱり…学生さんが多いかなー!?」
アタシ、やっていいんだ。
やって良かったんだ。
「卒業生はお疲れー!!」
そう思うと、途端に台本の内容がポッと出てきた。
「在校生はこれからも頑張ってー!!」
みんなの視線がアタシに注目してるのがなんとなく分かる。
携帯カメラを向けて撮っている人もいる。
そうだよ。
今、君達が撮っているのは…。
「346プロ所属!応援大好きチアガールアイドル!!姫川友紀でーす!!!」
『ワアアアアアアアアアアア!!』
「みんなー!!ユッキって呼んでねー!!」
『ユッキー!!』
『ユッキー!!』
「絶対覚えてよー!!これからよろしくねー!!」
ユッキ、ユッキって。
みんながアタシの名前を呼んでいるのが分かる。
そっか。
これが、アタシの才能なんだ。
今、ようやく理解出来た。
これなら…アタシ…。
「…!」
133:
この時、アタシはすぐに気がついた。
観客の中に、二人。
二人だけ、稀有な視線を向けている人達がいることに。
そしてその二人は、見覚えのある人。
「あ…」
あれは、アタシがマネージャーをやっていた時の、キャプテンと…アタシの後輩のマネージャー。
…付き合ってたんだ、この二人。
…でも、そんなのは重要じゃなかった。
「…」
その顔からは、何を思っているのかは分からない。
分からないけど、今のアタシの精神を狂わせるには持ってこいの二人だった。
あの時、アタシを突き放したキャプテン。
アタシに何も言わず、静かに離れていった後輩マネージャー。
目が合ったこの数秒で、過去のトラウマが鮮明に頭に蘇るのが分かる。
この時のアタシは、こう思った。
『どうしてお前みたいな奴が、応援が大好きだなんて…』
『うるさいだけのお前が、こんな所に…』
そう、思われているんじゃないかって。
「あ…えっと…」
次第に、口が回らなくなり、足が微妙に震え出す。
舞台袖で待っている右京さんの目が見開かれているのが横目で見えた。
やらかした。
なんだってこんな時に、こんな所に来てるんだろ。
…酷い偶然も、あったもんだなあ。
やっぱり、アタシにアイドルなんて…。
「ユッキはん、何黙っとるんどすか?」
「え?」
134:
数分前
「大丈夫そうだね、彼女」
右京「ええ。まだメンタルの弱いところがありますが…」
「そんなの、これからどうにでもなるよ」
右京「ええ。今はまず、この仕事を無事終わらせる事を祈るのみです」
「ほんまどすなぁ」
「え?」
右京「はいぃ?」
「いやぁ、ここのスタッフさん、ほんまお優しい方ばかりどすわぁ」
右京「君、どうしてここにいらっしゃるんですか?」
「右京さんの名前出したら、すんなり通してもらえましたわぁ」
右京「どうやって、ではありません。どうして、と聞いたんですよ?」
「え…この子って、この間見学してた子?」
「ええ。あん時はご迷惑をおかけしました…」
右京「今も、十分かけていると思うんですがねぇ?」
「いいえぇ。今回は友紀はんを助けたろかなと思ったんどす」
右京「…はいぃ?」
「今の今までそこで糸の切れた人形みたいに座り込んどったあの方が、今すぐさあやりますで行けるとは到底思えまへん」
右京「…」
「…右京はんも、そう思っとるとちゃいますか?」
右京「…」
「えーと…とりあえず、関係者以外はねぇ…」
「ウチ、あの台本もプログラムも頭に全部入っとりますえ?」
右京「!」
「!」
135:
「ウチなら、ピンチヒッターのピンチヒッターになると思いますえ?」
右京「…ですが、今やっているのは彼女です」
「ええ。分かっとります。ですから、もしもの時の為に…これ以上ご迷惑はかけまへんから」
右京「…」
「…もしもの時の為に…なら、まあ…ね?」
右京「……貴方がそう仰るなら、僕は許可する以外ありませんね」
「つれない態度。でもそこがまたええわぁ…」
右京「…」
「……この子って、杉下さんの何なの?」ボソ
右京「全く知りませんねぇ……おや?」
「あら?」
「え?……あれ?友紀ちゃん急に黙っちゃったよ?」
右京「…内容を忘れた。…ようには見えませんねぇ…」
「…?」
右京「…考えられるとするなら、過去のトラウマに出会ってしまったか」
「それ、さっき言ってたやつ?」
右京「ええ。しかしここで何か考えている余裕はありません。とにかく姫川君を一度…」
「待って下さいな」
右京「?」
「丁度良えのが、ここにおります」
右京「…」
「いややわぁ。そんな目で見ぃひんといて下さいな。ウチも友紀はんの過去なんて知りまへん」
右京「…」
「これだけは、嘘ちゃいますえ。人を陥れたりするんはウチの家の教えに反することになりますからなぁ…」
右京「…だとしたら、どうするのですかねぇ?」
「あらぁ…ただ右京はんが、出してくれればええだけどすえ?」
右京「…」
紗枝「…ウチへの…小早川紗枝への、GOサインを」
右京「…」
136:
アタシが、再びパニックに陥っていた時。
隣で、最近聞いた覚えのある声がした。
目をやると、そこには最近会ったばっかりのあの子。
あまりにも急過ぎてピンマイクは用意出来なかったのか、即席のマイクを持っていた。
まさか、こんな偶然もあるなんて。
「え…」
「なんや友紀はん。まるでウチが出番無いみたいな目で見て…お客さん方、酷いと思いまへんか?」
その瞬間、少し静かになっていたお客さん達が再びドッと湧き上がった。
「でもウチの登場が遅れたくらいでそんなパニックになっとったらあきまへんで?」
「あ、うん…ごめん…」
「それに友紀はんずるいどすえ?ウチの紹介してーな!」
…えええ?
だって、名前も知らないんだけど…?
「…皆はん、ウチの名前もちゃんと覚えて下さいな?」
ちゃんと、と言った時にアタシに対してジ口リと目を向け、思わず寒気がした。
だけどもっと寒気がしたのは、その次の彼女の発言だった。
その発言に驚いたのは、きっとアタシだけじゃないはずだと思う。
「346プロダクション所属、京都生まれのアイドル、小早川紗枝どす。皆はん、どうぞお見知り置きを…」
「…え?」
思わず舞台袖にいる右京さんに目を向けると、勿論アタシと同じ反応。
そりゃそうだよなあ…。
だって、こんな事、こんな大勢の前で大々的に346プロダクション所属だなんて発表されたら…。
「これからどんどん仕事していくつもりどす。皆さん…覚えといて下さいな?」
流石に、雇わざるを得ないよねぇ。
『紗枝ちゃーん!!』
『二人とも応援するぞー!!』
…この子、右京さん以上に黒いんじゃないかなぁ…。
だけど、この子といると…。
「え、えっと!じゃあここからはアタシと紗枝ちゃんで、盛り上げていくからねー!!」
『『オオオオオオオオ!!!』』
何故だか、アタシの緊張が解れていっていることに気がついたんだ。
137:
紗枝「いやぁ、楽しめましたわぁ…」
友紀「…」
右京「…」
紗枝「どうしたんどすか?そないな目で…」
右京「どうしたか。それは君自身が理解している筈です」
紗枝「…ああ!忘れてましたわぁ。あまりにも突然やったんで…ついつい…」
友紀「…」
紗枝「せやけど、ホンマに何があったんどすか?」
友紀「え?」
紗枝「台本忘れるくらいやったらカンペでも持っとく筈やし…」
友紀「…何を言って…」
右京「…姫川君、その方は今回の事に関して何もしていませんよ?」
友紀「え?」
紗枝「?」
友紀「…あ、本当に何も知らないんだ…」
紗枝「何があったんどすかぁ?」
友紀「絶対言わない!!」
紗枝「教えて欲しい…なぁ…」
友紀「可愛く言ってもダメ!」
右京「それよりももっと大事な事がありますよ」
紗枝「?」
右京「君はこの先、どうするおつもりですか?」
紗枝「…さて、どうしまひょか…」
右京「僕は構いませんよ。君を突如乱入した不審者として通報しても」
紗枝「堪忍しとくれやす…」
友紀「…でもさ、ああ言っちゃったし、アタシもそのまま進めちゃったし…紗枝ちゃんのおかげで上手く行ったってのも、あるし…っていうか、不甲斐なくてごめん…」
右京「それに関して僕は責めるつもりはありません。君がベストを尽くした結果ですから」
友紀「…う、うん…ごめん…」
右京「しかし君はどうでしょう?君は確かに姫川君を助けましたが、やったことは偽計業務妨害罪にあたる可能性もあるんですよ?」
紗枝「う、ウチ難しい事は分かりまへんなぁ…」
友紀「うわー…嘘ついてる顔だー…」
紗枝「…あの、もしかして相当怒ってはります?」ボソボソ
友紀「…うーん…アタシもよく分からないよ。そもそも何考えてるか分かんないし…」ボソボソ
右京「何か仰いましたか?」
紗枝「い、いえ!」
友紀「なんでもない!」
138:
紗枝「あー…その…」
右京「…」
紗枝「ほ、ほら、ウチ…」
右京「…」
紗枝「…ちょ、ちょ!友紀はん…」グイグイ
友紀「え、え?」
紗枝「頼んますわぁ!ほら、今回の借りはこれでチャラにしたりますから!」ボソボソ
友紀「か、借りって…そもそも、どうしてそんなに右京さんを…」
紗枝「…そりゃ…見てくださいな!」グイッ
友紀「イダイッ!…え、ええ?」
紗枝「あの立ち振る舞い。話し方、歩き方…どれを取っても、正にオトコって感じ、しますやろ?」
友紀「………ええええ……?」
紗枝「ウチ…まさしく、あのお方に…」
友紀「…」
紗枝「…これ以上は言えまへんわ!ライバルの目の前でなんて…」ペシッ
友紀「……まさか、ジジ専…?」
紗枝「年齢なんて関係あらしまへん。良えなあと思った方が良えんどす」
友紀「…だからって、アタシにどうしろって…」
紗枝「…簡単どす。ウチが右京さんにスカウトしてもらえるように話してもらえば…」
友紀「え!?無理無理無理!!あの人を言葉で納得させるとか爪楊枝でホームラン打てって言ってるようなもんだから!!」
紗枝「…そんなぁ…」
右京「終わりましたか?」
紗枝「えうっ!?」
友紀「うわっ!?」
139:
右京「一先ず君は置いといて、姫川君。君にお客さんが来ていますよ?」
友紀「え?」
右京「どうぞ」
「…失礼します…」
「…失礼…します…」
友紀「…ッッ…」
紗枝「?」
右京「…学生時代の、お友達の方だとお聞きしました」
友紀「…どうして…」
「…」
「…」
友紀「…」
「…その…ユッキ…」
友紀「…」
「…その、まさかこんな所で会うなんて、夢にも思わなかった…」
友紀「…アタシも…」
「…えっと…」
「…もう!!いいから!!私が言います!」
友紀「!」
「ユッキ先輩!本当にすいませんでした!!」
友紀「!!………え?」
「私達、あれからずっと後悔してたんです!あんな別れ方して、連絡も取れなくなってて…!」
友紀「…」
「……お、俺も、俺も本当に、ごめんな!!」
友紀「…キャプテン…」
「俺ら、本当はずっと感謝してたんだ。いつも元気に、汗だくになりながら俺らを応援してくれてたお前に…」
友紀「…」
「けど、学生生活最後ってなった瞬間、ついお前に八つ当たりして…なんて器の小ささだって、後悔してた」
友紀「…でも、アタシは…」
「違う!お前は俺達を元気付けようと、無理をして…お前の優しさは、俺達だってよく分かってた筈なのに…!!」
「…キャプテン。大学に行ってもずっと先輩の事探してました。何とかして連絡を取ろうと…」
友紀「…」
「だって、キャプテンは…」
「おい!言うな!」
「ダメ!!今言わなきゃ絶対後悔する!!」
友紀「…え、え?」
「キャプテンは…」
「おい!」
「キャプテンは、ユッキ先輩の事が好きだったんです!」
友紀「…え?」
140:
友紀「…」
「…」
「…」
紗枝「・・・」
右京「…」
友紀「…え、嘘…」
「嘘じゃ…ない…」
友紀「…え?」
「…俺、お前の事が、その…好き、だったんだ…」
友紀「だって、2人は…」
「私達、付き合ってないんですよ」
友紀「…え?」
「今日はサークルの仲間で来ただけです。私とキャプテンが同じ大学に進んで…」
友紀「…」
「…」
「…だから、もう今日を逃したら、一生会えないかもしれないって…」
友紀「…」
「…だから、もし、その…キャプテンの事を…」
「待てよ」
「…え?」
141:
右京「…」
「そ、そんな、いつまでも同じ女を追いかけるなんて女々しい真似、俺がするわけないだろ?」
「え、でも…」
友紀「…」
「…だからさ、お前はアイドル、頑張れよ!今日のお前、めちゃくちゃ良かったからさ!」
友紀「…」
「だから、これからはテレビの向こうから俺らの事応援してくれよ!俺、大学でも野球やってるから!!」
「…」
紗枝「…」
「おい!いつまでもいたら邪魔だから、帰るぞ!余計な事言いやがって…」ポカッ
「痛いっ!!…えっ!?あ、ちょっと!」
「じゃあな!俺らも応援してるから!!」
友紀「あ、うん…」
142:
友紀「…」
右京「…良いんですか?」
友紀「…何が?」
右京「追いかけなくても良いのか、ということです」
友紀「…」
右京「君は、彼に対して…」
友紀「右京さん」
右京「…」
友紀「…あのね。アタシはアイドルだよ?恋愛禁止だよ?」
右京「…」
友紀「そんな…恋だなんて、アタシがするわけないじゃん」
右京「…そうですか」
友紀「…それに、追いかけたら、右京さん困るんじゃないの?」
右京「…君の人生、君が一番良いと思ったことを…」
友紀「なら決まりだね!」
右京「…」
友紀「アタシは、応援大好き、チアガールアイドル…姫川友紀なんだから!!」
右京「…そうですか。君がそれを選ぶのなら、僕も最善を尽くす以外ありませんねぇ」
友紀「うん!」
143:
「いやー、今回は本当にお疲れさんね。でもびっくりしたよ!まさかの隠し球だもん」
紗枝「いややわぁ。照れてしまいますわ」
右京「隠し球ではなく、客席からの乱入です」
紗枝「…堪忍しとくれやす…」
友紀「でも助かったのは本当だよ?」
「そうだねぇ。本当に勧誘しちゃいなよ。才能もあるよ、きっと」
右京「…」
「おーい!!紗枝ちゃーん!!」
友紀「?」
「?…今度は誰?」
紗枝「…」
「紗枝ちゃん!!ああ良かった!ギリギリ間に合ったわ…」
紗枝「…」
友紀「あれ…なんかこの光景…」
「…紗枝ちゃん!!こないだは悪かった!!せやからもういっぺん俺の告白を聞いてくれ!!」
友紀「おっ!!?」
右京「…」
紗枝「…」
「俺、紗枝ちゃんが、この世で一番…!!」
紗枝「お断りします」
「す」
友紀「…」
右京「…」
「…」
紗枝「ウチ、もうアイドルになるって決めたんどすわ。せやから人と付き合うなんて出来まへんわぁ…」ケラケラ
「」
友紀「うっわー…腹黒…」
144:
翌日
友紀「いやー…今回は疲れたねぇ…」
右京「それだけ頑張って働いたという証拠です」
友紀「そ、そう?えへへ…」
右京「君の仕事ぶりも、ちゃんと評価されていたようですからねぇ」スッ
友紀「?あ、これ今日の新聞…アタシが載ってる!!」
右京「ええ。早オファーが来ているようですよ。事務所から連絡が来ましたからねぇ」
友紀「うぅ…良かったぁ…」
右京「ええ。…しかし」
友紀「…」
紗枝「あ、これウチの事も書いてありますなぁ…」
右京「…」
紗枝「勿論、ウチにもオファーが来とるんちゃいますか?」
右京「来ているにせよ。君はまだ事務所に所属してすらいませんよ?」
紗枝「そんなん、これからどうとでもなります。せやから今は、束の間の休息を…」
右京「…君、親を説得出来たんですか?」
紗枝「これでも、人を説得するんは得意分野なんどすえ」
友紀「うわー…」
右京「…困りましたねぇ」フゥー
紗枝「うふふ。前途多難。これもまた一興…」
友紀「で、でも仲間が増えて良かったじゃん!右京さん!」
右京「今は、そうするとしますかねぇ…」
紗枝「うふふ」
右京「…ああ、それよりも…」ガサガサ
友紀「?」
右京「…これを、君に」
友紀「?…これ、グラス?」
右京「ええ。お酒を嗜む君に丁度良いかと思いまして…」
友紀「…あっ」
145:
…。
友紀『駅で何か買う分にはアリ?』
右京『帰りに買うのでしたら結構です。僕も、そうするつもりですからねぇ』
友紀『え!?右京さんお土産買う人いるの!?…あ、ご、ごめん…』
右京『お気になさらず。しかしこれがいるんですよ…』
…。
友紀「…あ、ありがと…」
右京「ええ。気に入っていただけると嬉しいのですが…」
友紀「う、うん!大事にする!一生使う!」
紗枝「…あらあ?もう酔いが回ったんどすか?友紀はん…顔が真っ赤どすえ?」
友紀「え!?ち、違うよ!!日焼けしただけ!!」
紗枝「…ま、それより…これから先輩として、よろしゅうたのんます。友紀はん」
友紀「え、あ、うん…」
右京「…ンフフ」
友紀「!な、何で笑ってるのー!」
右京「何故でしょうねぇ…」
紗枝「うふふ。ほんま、面白い方やわぁ」
友紀「え!さ、紗枝ちゃんまでー!」
第四話 終
158:
「みんなー!準備できてるー!?」
『『ワアアアアアアア!!!』』
アタシと右京さん。
それにもう一人、紗枝ちゃん。
3人での仕事が、遂に本格的にスタートをきった。
「アタシのサイリウムの色はー!?」
『『オレンジー!!』』
まだ売れっ子アイドルだ、なんてこれっぽっちも言えないけど。
「それじゃーみんなー!いっくよー!!」
『『ワアアアアアアア!!!』』
アタシは、この現状に満足している。
…勿論、目指すところはトップアイドルだけど。
「気持ちいいよねー!?」
『『一等賞ー!!!』』
こんな幸せな日々が、いつまでも続くといいなあ。
※参考動画
http://youtu.be/CTl1BDngldc
159:
右京「とても良かったですよ。君のファンもとても楽しそうでした」
友紀「うん!ねえ次のお仕事は何?」
右京「そうですねぇ…2時から○○ビル内にて雑誌のインタビュー、5時からは○○スタジオで番組の撮影ですかねぇ」
友紀「うん!分かった!」
右京「君、とても楽しそうですねぇ…」
友紀「当たり前だよ!こんな楽しい事無いって!」
右京「そうですか。君が楽しそうで何よりです」
友紀「えー…もっとこう…ないの?一緒に盛り上がるとか…」
紗枝「右京はんがそないな事すると思いますか?」
友紀「だって、いつも何考えてるのか分かんないし…右京さんがこう…めちゃくちゃ楽しい時って、何なの?」
右京「楽しい時、ですか…」
友紀「うん」
右京「僕も毎日が楽しいですよ?」
友紀「えー…本当に?」
右京「ええ。中でも、君達が喜んでいる時が一番ですかねぇ」
友紀「ングッ…!!またそうやって恥ずかしいことをー!」
紗枝「いややわぁ。ウチが喜んどる時が一番だなんて…」
友紀「…アタシも入ってるぞー…」
紗枝「…ほな右京はん。ウチも行ってきますわ。ウチのこと、ちゃんと見といて下さいな?」
右京「ええ。勿論見ていますよ。ですから…」
紗枝「頑張って下さい。もう右京はんが次に何言うかなんて分かっとりますえ?」
右京「それは何よりです」
紗枝「ウチも右京はんのこと、よう見とりますからなぁ…」
友紀「ほーら!早く行かないと遅れちゃうよ!」
紗枝「そんな急かさんと…もしかして友紀はん…」
友紀「ほら早く早く!見ててあげるから!」
紗枝「うふふ…」
160:
今日アタシ達が来たのは、都内にある公会堂。
そこでは新人のデビューシングルを歌わせてもらえるイベントが定期的に行われていた。
これでアタシ達もまた、歌手としてようやく本格的にデビューすることが出来たってことなんだよね。
勿論、ここでのお客さんやスタッフの印象が悪ければ、その後の仕事に響くということもあり、それなりにプレッシャーは感じていた。
でも、アタシや紗枝ちゃんは他の人に比べたら大分幸運なのかもしれない。
右京さんが色んな所に頭を下げに行って、そのおかげでラジオや音楽専門番組で取り上げてもらう事が出来たから。
だから、ちゃんとした前情報があって。
お客さん達も、みんなアタシの特徴とか、曲名とか、知っててくれた。
「…初めて人前で歌った気分はどうでしたか?」
「え?」
「まだ、余韻が残っていらっしゃるようでしたから。少しクールダウンというものをしてみては如何でしょう?」
「あ…」
難しい言い方だけど、一言にするならこうだ。
『はしゃぎ過ぎ』
「…ご、ごめん。あんまり嬉しくて」
「ええ。そのお気持ちは良く分かります。僕としても君の元気な姿を見ることほど助かる事はありませんからねぇ」
ほら。
そうやって、まるで孫でも見るかのような目でアタシを見る。
「おじいちゃんみたいだね。なんか」
「おやおや。…僕ももう、そんな年齢でしたかねぇ」
…でも、その気持ちが、アタシにとっては心地良くなってきているのも確か。
「あ、準備出来たみたい。…あ、あれって…傘?」
「蛇の目傘ですね。舞妓さんが日常生活で愛用している和傘です」
「あー…それで着物…」
右京さんって本当、何でも知ってるんだなあ…。
「でも、本当に似合ってるよね」
「ええ。ちなみにあれらは全て彼女の私物だそうですよ?」
「…えっ!?」
…さすが、京都生まれのアイドル。
※参考動画
http://youtu.be/kpiYajeu7-s
161:
ピンク色のサイリウムが、会場内を照らす。
さっきのアタシとは違って、妖艶な雰囲気を漂わせつつも華やかに踊る紗枝ちゃんが、随分大人びて見える。
…確かに、はしゃぎ過ぎちゃったかなあ。
「…」パシャ
隣で事務的に写真を撮っている右京さんを見ると、改めて自分が舞い上がっていたという気持ちになる。
…それでも。
「…」
アタシ達を撮ったカメラの中の写真を見ている右京さんは、今までにないくらい上機嫌そうに見えた。
「…やっぱり、嬉しいんだ?」
「ええ。仲間がここまで有名になるというのは、こんなにも嬉しいものだったんですねぇ。…改めて思いました」
「…改めて?」
「ええ。…こちらの話ですが」
改めて…。
それって、昔もこんな感じでアイドルをデビューさせてたってことなのかな…。
「…!」
ふと、少し前の早苗さんの言葉が頭をよぎった。
『今度は、大事にしなさいよ?』
…あれ、結局なんだったんだろ。
今になってもよく分かんないし…。
「…」
この右京さんが、アイドルを大事にしないだなんて考えられない。
自分を犠牲にしてでも、アタシを守ろうとしたこの人が、そんな酷い人だなんて。
…無い。
少なくとも、アタシはそんな右京さんは知らない。
今、ここにいる右京さんこそがアタシの知ってる右京さんなんだから。
だから、そんな事知らない。
もし、そういう人間だったとしても、今の右京さんは違う。
だって、ずっと一緒にやってきたんだから。
「…そろそろ準備をしておいた方がよろしいと思いますよ?」
「え?」
「小早川君の曲が終わったらすぐに移動ですからねぇ。準備を早めに済ましておいて損は無い筈です」
「あ、うん!着替えてくるね!」
…ちょっと細かいところはあるけど、ね。
162:
右京さんは、社用車をあんまり使わない。
自分の車の方が乗り心地が良いから、らしい。
「…」
だけど、紗枝ちゃんがウチにやってきて三人組になったから右京さんの二人乗りの車では移動出来なくなった。
そこだけはちょっと不満そうな顔をしてたけど、社用車でも難なく乗りこなしているところを見ると、やっぱりこの人って凄いなあって思う。
…ただ。
「右京さんってさ、壊滅的に白ワゴン似合わないよね…」
「あまり好んで乗る事はありませんねぇ」
「友紀はん、何言うてますの。ウチは右京はんが運転してくれるなら補助輪付きの自転車でも喜んで乗りますえ?」
「そんな右京さん見たらアタシ泣くよ…?」
「僕も、それは勘弁してもらいたいものですねぇ」
「例えどすえ」
別に取り合いになったわけじゃないけど、当たり前のように助手席に乗り込んだ紗枝ちゃんを見てると、本当に右京さんが好きなんだなあって改めて思う。
そりゃ、確かに頼りになるし、色々知ってるけど…。
「…」
バックミラーを見ると、結構シワのある見慣れた顔が映る。
…冷静になって考えると、結構異常だよね。
だって、例えば紗枝ちゃんが26になったら右京さんってもう定年退職してるくらいの…。
…あれ?
「…ねえ、右京さん」
「どうかされましたか?」
「…右京さんってさ、何歳なの?」
「…」
…アタシ、右京さんの年齢も、誕生日も知らない…?
163:
「ウチも気になりますわぁ」
紗枝ちゃんが食い気味に右京さんに詰め寄る。
そういえば、右京さんってアタシに対して一度も自分の個人情報を話したこと、ない…よね。
「…」
アタシ達の質問に、右京さんはただひたすら黙っている。
今更隠すような仲でもないのに。
…っていうか隠すような事でもないのに。
「ほら、右京さんの誕生日とか祝ってあげたいから!」
「そうどすえ。ウチなんてもうそれはそれは盛大に祝いたいと思っとります」
「あとはね、右京さんの好きな物とか…」
「どんな京都の若い女子が好みか…」
「あ!行きたい所とか!」
「ウチは右京はんと一緒なら…」
「ちょっと紗枝ちゃん静かにして」
「あら、いけず…」
「…」
…あれ?
もしかして、話したくないのかな…。
…祝われるのが、嫌い…とかってわけじゃないみたいだけど。
「…」
多分、この質問には一生答えてくれなさそうだなあ。
「…もしかして、こういうの苦手?」
「苦手ではありませんが、特に答える事でもありませんからねぇ」
「えー!?そんなの寂しいじゃん…」
「でしたらこういうのはどうでしょう?」
「?」
「僕と君が初めて出会った日が、誕生日ということで」
「…えええ…そんな拾った犬みたいな…」
「その程度の認識で構わない、ということですよ」
…なんだか、複雑だなあ。
誕生日も、年齢も、家も、過去も、知らないのに、こうやってほぼ毎日顔を合わすのって。
「せやけど、連絡先は教えてくれましたやんか」
「連絡先が分からなければいざという時に困りますからねぇ」
「んー…」
…やっぱり、教えてくれなさそうだなあ。
164:
友紀「…」モグモグ
紗枝「…」ハムハム
右京「すみませんねぇ。先程の渋滞が無ければ、何処かの店に入って少しゆっくりと昼食を取る予定だったんですが」
友紀「ん、でも忙しいって証拠だよ!気にしない気にしない!」
紗枝「ウチ、昼食にコンビニのパンなんて初めてやわぁ…はむっ」
右京「おや。やはり、あまりお気に召しませんでしたか?」
紗枝「いいえぇ。今までこういう時は必ずお弁当を持たされとったんどす。せやから何だか新鮮で…」
友紀「あー…もしかして箱入り娘ってやつ?」
紗枝「…せやなぁ。そうかもしれまへんなぁ」
友紀「あ、ご、ごめん…ちょっと軽い気持ちで…」
紗枝「ええんどす。来る日も来る日も電話がかかってくるさかい、なんて過保護な親なんやろかと思いましてなあ…」
右京「それだけ君を大事にしている証拠ですよ。悪い方向ばかりでなく、良い方向にも目を向けてみるべきです」
紗枝「…それでも、実家での暮らしはほんまに息が詰まりそうでしたわ」
友紀「…よく説得出来たね。アイドルになるって…」
紗枝「うふふ。それはまあ、簡単でしたわ」
友紀「え?」
紗枝「ウチ、ほんまは説得なんてしてまへんの」
友紀「…な、何をしたの?」
紗枝「父親の不貞をちょこっとネタに使うただけですわ」
友紀「うわー…腹黒…」
紗枝「不貞をやらかすあの人が悪いんどす。浮気する男は女の敵やさかい…」
右京「君、意外と探偵向きかもしれませんねぇ」
紗枝「ほな一緒にどうどすか?トップアイドルになった後は2人でゆっくりと…」
右京「…約束は出来ませんねぇ」
紗枝「あら…冷たいお返し…」
右京「君がそうなっている時は、僕はもう動けなくなっているかもしれませんから」
友紀「ブフッ」
紗枝「そんなんウチが何でもしますさかい。気にせんといて下さいな」
右京「君が気にしなくても、僕が気にするんですよ」
友紀「…でもさ、現実問題右京さんって結構ムリしてない?」
右京「ムリ、というのは君達も変わりませんよ」
友紀「でも、アタシ達は…何と言うか…」
右京「お心遣い、どうもありがとう」
友紀「…何かごめん」
165:
右京「しかし君達にムリをさせているのは間違いないんですよ」
紗枝「ウチらが?」
右京「ええ。あれ程の大人数やカメラの前で何かをするというのはかなりのプレッシャーがあるというものです」
友紀「確かに今はまだちょっと緊張したりするけど、でもやってけば楽しみも分かるんでしょ?」
右京「おやおや…」
友紀「右京さんがそう言ってくれたからさ。だからとにかくやり続けることにしたんだ。そしたらきっとそのうち慣れてくはずだし」
右京「そうですか…でしたら、次のお仕事のような時も、慣れていっていただけたら幸いです」
友紀「?」
紗枝「次は…雑誌のインタビューどすなぁ」
友紀「アタシで、紗枝ちゃんで…」
右京「ええ。それと対談もあるんですよ」
友紀「対談?アタシと紗枝ちゃんの?」
右京「いえ」
友紀「…?」
166:
『さて、今回先輩アイドルと、新人アイドル。お互いがお互いをどう思っているのかを率直に聞かせていただきたいのですが…』
瑞樹「そうですねぇ…まだまだ出てきたばかりとはいえ、色んな所に引っ張りだこで、瑞樹も負けてられない!って思っちゃいますね!」
『姫川さんと、小早川さんは?』
友紀「え!?えー…」
紗枝「そう…どすなぁ…」
『川島さんという同じ事務所の先輩アイドルに対し、どのような思いを持ってらっしゃいますか?』
友紀「そ、それは勿論、尊敬してます!はい!」
紗枝「ウチも川島はんのようにハキハキと喋る余裕が欲しいどすわぁ」
瑞樹「あらまぁ…瑞樹照れちゃう!」
友紀「は、ははは…」
紗枝「うふふ…」
友紀「(慣れてくって、こういうアレ…?)」
167:
とにかく驚いた。
車を出る瞬間、ああ。と言い忘れていたかのように告げられた対談の相手。
その人は、同じ事務所の先輩、川島瑞樹さん。
早苗さんと同時期にデビューして、メキメキと頭角を現している実力派アイドル。
「何かのサプライズでも狙ってたのか知らないけど、そんなサプライズ、嬉しくないよ…」
「おやおや。いつ何時も真剣に取り組むべきだとも言ったはずですよ?」
「えー…」
「その、川島はんって方はお優しい方なんどすか?」
「分かりませんねぇ。一緒にお仕事をしたことがないものですから」
瑞樹さんがどういう人なのか。
怖い人なのか、優しい人なのか。
早苗さんみたいに豪快な人なのか、右京さんみたいに細かい人なのか。
どういう人かは分からないけど。
…その答えは、割とすぐに分かった。
「あら心外ですね。顔くらいなら何度も合わせてるじゃないですか」
「はいぃ?」
「あっ!……は、初めまして!姫川友紀です!」
「こ、小早川紗枝どす」
「川島瑞樹です。ちゃんと教育出来てるみたいですね。杉下係長?」
「そうですねぇ…恐らく彼女らの順応が早いのでしょう」
「あらあら…相変わらず謙虚なんですから」
…この人が、川島瑞樹さん…。
まさか、現場に一人で来るなんて。
…あ、そういえば早苗さんも一人で来てたっけ…?
「まだ新人ということで至らない点もあるかもしれませんが、どうかこの2人をよろしくお願いします」
「そんな…上司がそんな簡単に頭を下げたらダメですよ?」
「今日は、お世話になる立場ですから。そこに上司も部下もありません」
…でもなんだろう。
この人は、早苗さんに比べて、凄い柔らかい接し方だなぁ。
「ではこちらからもよろしくお願いします」
「ええ。今後とも…」
早苗さん…個人的に何かされたのかな…?
168:
『先輩として、何か伝えておきたいことなどはありますか?』
瑞樹「そうですねぇ…やっぱり、若さはいつまでも持ってて欲しいということですね!」
友紀「若さ…」
『若さ、ですか?』
瑞樹「ええ。それは肌とか、顔とか、身体とか。色々あるかもしれませんけど、一番は気持ち!若いウチはとかじゃなくて、いつまでも若い気持ちでいること!…それが大事なのよ?」
紗枝「勿論川島はんも、若い気持ちで?」
瑞樹「そうね。学ぶ事は常にあるから。だからいつまでも初心を忘れずに、常に一年生という気持ちでいたいのよ」
友紀「へー…立派だなあ…」
瑞樹「そう思うなら、貴方もそうならなくちゃダメよ?」
友紀「あ、は、はいっ!」
『…では、今の川島さんの意見も踏まえた上で何か質問したいことなどはありますか?』
友紀「質問したいこと…?」
瑞樹「何でも良いわよ?答えられる範囲なら…」
友紀「答えられる範囲…あ!」
瑞樹「何かしら?」
友紀「…えーと…でも、ここだと聞けない…かも…?」
瑞樹「あら、もう伝説を作る気?」
友紀「い、いえ!そういうアレじゃなくてですね!」
紗枝「…そうどすなぁ…ほな、同期の片桐はんについては…」
瑞樹「あ、早苗ちゃん?」
紗枝「ええ。やっぱり親しいんどすか?」
瑞樹「そうねぇ…最近になって、割と話すようにはなったわね…」
友紀「え?同期なのに?」
瑞樹「ええ。つい最近。2人で特番やって、その収録の前に一回お酒を飲み交わしたことが交流の始まりね」
紗枝「大人の方々はやっぱりお酒なんどすなぁ…うふふ」
瑞樹「まあ、そこで大喧嘩したのだけれど…」
友紀「えっ?」
瑞樹「私達、喧嘩から始まったのよ?」
紗枝「…ほー…」
瑞樹「…ま、そこからは普通に仲良くなったけどね」
友紀「なんか、漫画みたいですね」
瑞樹「そうねぇ…確かにそうかも。…ふふっ。変なの…」
169:
瑞樹さんと話して1時間程。
その時間は割とすぐにやってきて、アタシ達の今日2本目の仕事が終わった。
瑞樹さんは意外とあっけらかんとしていて、アタシ達の質問にもポンポンと答えていってくれた。
…元アナウンサーともいうこともあり、結構厳しい事を言われるかと思ったけど、違うんだなあ…。
全く…右京さんめ。
「…全部分かってて言わなかったんだね?」
「はて、どういうことですかねぇ…」
「あー!ごましてるー!」
「ンフフ…」
けど初めて知ったことがもう一つあった。
この人、見た目に反して結構お茶目なところもあるんだ。
…仲良くなれた証拠なのかな。
だとしたら、なんか嬉しく感じる。
「…まだ時間には余裕があるようです。10分程ここで休憩するとしましょう」バッ
「あ、うん!じゃあちょっとトイレ行ってくるねー!」
「あらまぁ…女子がトイレだなんて、はしたないどすえ」
「あはは。ごめんごめん!ちょっと待っててねー!」
170:
…。
友紀「…次は番組撮影かー…」ジャー
瑞樹「緊張するかしら?」
友紀「緊張、しますね…」
瑞樹「変に力み過ぎちゃダメよ。ロクな事にならないから」
友紀「あはは。右京さんにも言われました…はしゃぎ過ぎるなよって」
瑞樹「誰でも言うわよ。こういうのは適度に力を抜くって事も覚えなきゃ」
友紀「は、はい…」
瑞樹「…」
友紀「…」
瑞樹「…で?」
友紀「え?」
瑞樹「聞きたいことって、何かしら?」
友紀「え…」
瑞樹「あるんでしょう?聞きたいこと」
友紀「…」
瑞樹「まあ、何が聞きたいかなんて分かってるけれど」
友紀「…えっと」
瑞樹「右京さんの、過去の話よね?」
友紀「…」
瑞樹「…違うかしら?」
友紀「…いえ、その事です」
瑞樹「前に早苗ちゃんと仕事したって聞いたけれど、その時は聞かなかったのかしら?」
友紀「…んー…アタシが結局途中で聞くのやめちゃったというか…」
瑞樹「あら、そんな嫌がるようななこと言ってたの?」
友紀「…その…」
171:
…。
瑞樹「ふーん…そんなこと言ってたのね?…あの子らしいわ」
友紀「はい…何だか右京さんを煙たがってるみたいで…全員ってわけじゃないんですけど…」
瑞樹「そうね…総務部の米沢さん、今西部長………辺りかしら」
友紀「…あんな優秀なのに」
瑞樹「そうね。杉下係長は本当に優秀よ。…本当に」
友紀「なら、どうして…」
瑞樹「だからこそよ」
友紀「…だからこそ?」
瑞樹「ええ。優秀だからこそ」
友紀「それの何処が…」
瑞樹「優秀だから、色んなところに目がいくの」
友紀「…?」
瑞樹「それこそ、決して目をつけてはいけないものにも…」
友紀「…どういう…」
瑞樹「杉下係長はね、罪といつものは見逃せない主義なのよ」
友紀「…」
瑞樹「それが例え、自分の上司の不正であったとしても」
友紀「…まさか…」
瑞樹「…そういうことよ」
友紀「…」
瑞樹「彼のプロジェクトは解体。アイドルも他の事務所へ移籍。そして彼自身は…」
友紀「…あの…狭い部屋に…?」
瑞樹「ええ。けど安心したわ。今度はちゃんと上手くやっているようだから」
友紀「…でも、だからって…あんなに煙たがらなくても…」
瑞樹「…実はね」
友紀「…?」
172:
瑞樹「彼、オーディションとか開かないでしょ?」
友紀「…そういえば…」
瑞樹「…見抜いちゃうのよ。嘘とか、本当の性格とか」
友紀「…落とすってことですか?」
瑞樹「ええ。それも数十人単位で」
友紀「え!?そんなに!?」
瑞樹「それはもう、みんな喚いて、泣いて帰ったって聞いているわ」
友紀「…えええ…?」
瑞樹「それに、彼といて思わない?ちょっと頭が良過ぎって」
友紀「…まあ、はい」
瑞樹「例えば台本一つにしても、アイドルが苦労して、数日かけてまで覚えたものを1、2分。たった一度の流し読みで覚えちゃうのよ?」
友紀「…確かに、そうですね…」
瑞樹「…オーディションで見事合格したアイドルもたまたま彼の下に入った社員も彼のそういう能力に圧倒されてね。どんどん自信を失くしていって、辞めていっちゃうのよ」
友紀「アタシはそんなこと…」
瑞樹「…まあ、貴方はね…そういうの全く感じなさそうだし…」
友紀「あ、今バカにしましたねー…」
瑞樹「ごめんごめん。…ま、そういう悪い偶然が重なってね。ついたあだ名があるのよ」
友紀「…右京さんに?」
瑞樹「ええ」
友紀「…ちなみに、何ですか?」
瑞樹「…人材の墓場」
友紀「…ッッ!!」
173:
瑞樹「酷いあだ名でしょ?」
友紀「そんな…酷過ぎですよ!悪いのは右京さんじゃないでしょ!?」
瑞樹「ええ。でも内情を知らない人はただの変わり者としてしか見ていないのよ」
友紀「そんなっ…じゃあ、なんで早苗さんは…」
瑞樹「あの子、不器用だからね…けど嫌ってるわけじゃないのよ?」
友紀「…」
瑞樹「あの子なりに気を遣ってるのよ。これ以上余計なことをするなって」
友紀「…早苗さんが…」
瑞樹「…杉下係長だけの問題じゃないものね」
友紀「…でも、それならどうして右京さんの無実を…」
瑞樹「…私やあの子が言ったところで、変わりはしないわ。それに常に目を光らせてるみたいだからね」
友紀「…」
瑞樹「さっきのスタッフの中に、女性カメラマンがいたでしょ?」
友紀「は、はい…」
瑞樹「あれはね、役員の息のかかった監視役よ。もう何度も見てるからいい加減覚えたわ」
友紀「え…」
瑞樹「だから私も早苗ちゃんも大仰な事は出来ないの。こうやってトイレの片隅で話したり、言葉を濁して伝えることしか…」
友紀「…」
瑞樹「だからこそ、貴方達には彼の力になって欲しいのよ。あの人のお目にかかった貴方達に」
友紀「…」
瑞樹「貴方達の笑顔が、どれだけ杉下係長の心の支えになっているか、よく考えて」
友紀「…」
瑞樹「…そして、もう一つ」
友紀「…」
瑞樹「彼はまた再び同じ事をやるかもしれないわ」
友紀「…」
瑞樹「だからお願い。そうなる前に彼を止めて」
友紀「…瑞樹さん…」
瑞樹「杉下右京の正義は、時に暴走してしまうから」
友紀「…」
瑞樹「だから、止めてあげて。…相棒として」
友紀「…」
瑞樹「分かった?」
友紀「…はい」
174:
「お待たせー!ごめんね!ちょっと瑞樹さんと話しちゃってて…」
「おやおや。確かに忙しい先輩とお話しする機会はそうありませんからねぇ」
「あんまり遅いとウチと右京はんで行ってしまいますえ?」
「あはは。ゴメンゴメン」
…。
初めて知った、右京さんの話。
やっぱり右京さんは悪い人じゃなかった、という思い。
…でも、決して良い人だけってわけでもないという思い。
「…」
時に右京さんの正義感は暴走し、自分以外も巻き込んでしまう。
完璧な人間なんて、いやしない。
右京さんにもまた、人間らしい部分があった。
…聞いたのはアタシ。
ただの自業自得。
それは勿論分かってる。
だけど、今では聞くんじゃなかったという思いが頭の中を占めている。
「…」
尊敬すらしている人の、危険な部分。
「どうかされましたか?」
「え!?い、いや、なんでもないよ…」
「そうですか。では参りましょう」
「う、うん…」
右京さんに嘘は通じない。
それは、もう分かってる。
だから今もきっと、アタシに何かしらあったということはバレてる。
「…」
ただ単にアタシが嘘を言うのが下手なだけということもあるけど。
「姫川君。早く乗って下さい」
「あ、うん…」
右京さんは、あえてそれを聞こうとはしない。
175:
「…ほんで?」バタン
「え?」
「…瑞樹はんに、何言われたんどすか?」
「…な、何も…」
「…いじめられたんどすか?」
「そ、そんなことないよ!凄く優しい人だったよ!」
「…そうどすか。まあ、それはホンマみたいどすなぁ…」
聞いてくるのは、紗枝ちゃんだけ。
…紗枝ちゃん。腹黒な割にはアタシの事それなりに気遣ってくれてるんだなあ。
「…」
相変わらず運転席で無表情のまま車を走らせる右京さんに目をやる。
「…」
もしもこの人が、また会社を敵に回したとして。
「…」
…アタシは、止めることが出来るのかな…。
紗枝ちゃんなら、止められるのかな…。
「右京はん。ウチ、女子寮で早友達が出来たんどすえ?」
「それは喜ばしいことです。大事にしてください」
…止めるどころか、着いていきそう…。
176:
「…」
窓から外を眺めると、生憎の曇り空。
今のアタシの心中を物語っているかのような、そんなイメージ。
「…」
人材の墓場、杉下右京。
アタシがいるここは、果たして墓場なのか、それとも光差す花道なのか。
もし前者なら、アタシはどうするのか。
墓場から抜け出そうともがくのか。
はたまた毒を食らわば皿まで、なのか。
「…」
たまらず頭をガリガリと掻く。
その動作を訝しげに見つめる紗枝ちゃんと、何を考えているのか分からないウチさんと目が合う。
アタシには出来ない。
この2人を足場にするなんて。
…でも、一緒に引き摺り込まれる気はない。
…だから、止めなきゃ。
もし、右京さんがそうなったなら。
「…」
…。
……。
……この人を…どうやって?
第五話 終
190:
春。
桜が咲いて、花見シーズンも訪れた。
しばらく見なかった虫も目覚め、陽気な日が続いている。
「…」
…はずなのに。
「…あー…寒い…」
朝のニュースを見ると、今日の最低気温は2℃。
放射冷却で寒い朝方は越えたからそこまではないだろうけど、まだ朝早いし、気温は多分5℃くらいなんじゃないかと思う。
「…こんなんじゃ、咲いたもんも閉じちゃうよ…」
ただでさえ寒いのが苦手なアタシにとっては、かなり嫌な温度。
早く事務所に行って、暖房の効いた部屋で休みたい。
「…」
右京さんの部屋は、狭いし、ロッカーも無いしで不便だけど、狭いからこそすぐに暖房が効く。
そこだけが唯一の利点ともいえる。
それに右京さんはアタシ達よりもかなり早く来てる様子で、入ったら既に暖房が入ってる状態だし。
…ん?
「…ちゃんと、家に帰ってるよね?」
…うん。
まあ、それは無いか。
普通に帰ってるし…。
191:
「…」
アタシ達の一日の始まり。
一番乗りで右京さんがやってきて、エアコンのスイッチを入れて紅茶の準備をする。
その30分後くらいにアタシが来て、もう10分後に紗枝ちゃんが来る。
そして入口の横に設置してあるタイムカード代わりの木札を表にして、そこから一日が始まる。
紗枝ちゃんは平日なら学校に行って、その他の日はレッスンに。
アタシはまあ、大体レッスン…。
「…」
…でもあの木札、右京さんが自分で作ったって言ってたから驚いたなあ。
…紗枝ちゃんのは、お手製だったけど。
…。
『あ、紗枝ちゃんそれどうしたの?』
『ウチも作ってたんどす。どうどすか?』
『はー…達筆だなあ…』
『書道は日本女子の嗜み…友紀はんもやってみたらどうどす?』
『えー…苦手だなあ、そういうの…』
『…』ヒョイ
『?』
『…そうですか…』ガリガリ
『あら?右京はん…気に入りまへんでしたか…?』
『気に入らないというよりは、気になりますねぇ…縦が5mm、横が3mm大きいです』ガリガリ
『まあ、そんなに!』
『…えええ…そのくらい良いじゃん…』
『どうにもこういうのは気になって…仕方ありません』ガリガリ
192:
…。
あの性格は、絶対直らないんだろうなあ。
「細かい事が気になるのが、僕の悪い、癖…なんちゃって……ん?」
…正門で、警備員のお爺さんと誰かが言い合いしてる…。
「いやだからね?関係者以外は…」
「何を言ってるんですか!ボクはスカウトされたんですよ!」
「いや…ならさ、名刺とか…」
「うぐっ…め、名刺は失くしました!」
「…じゃあ、ダメかなあ…」
「何故ですか!」
「…うーん…」
…あの子、何処かで見覚えがあるなあ。
薄紫の、横がハネた髪の毛に、中学くらいの姿。
「…あ!」
193:
「いやー…助かりました!感謝してあげますよ!」
「あ、あはは…」
アタシの知ってる範囲の事を警備員さんに話すと、意外とすんなり通してくれた。
勿論、聞いたらマズそうな話は言わずに。
…でも、こんな簡単にアタシの頼み聞いてくれるってことは、それだけ、アタシは顔馴染みになったってことなのかな…。
だけど、正門を抜け、エレベーターに乗るまでの間だけでもこの子はとにかく喋る。
アタシもお喋りな方だけど、この子は、ちょっと違う気がする。
だって、アタシが初めて見たこの子は…。
「全く、ボクの可愛さを見ればアイドルだとすぐに感づく筈でしょう!そう思いませんか?」
「いや…許可無しで入れるとあの人が怒られるから…」
…こんな感じではなかった。
アタシの知ってるこの子は、もっと。
…いや。
そういえば、静かになってたのは親の前だけだったっけ?
一人でいた時は、凄く楽しそうで、こんな感じだった。
「…」
『あの子、親に飼われてるわね』
早苗さんが言ったあの言葉。
それがどういう意味なのか、流石にアタシでも理解出来る。
だけど、そうしたら疑問は残る。
それを言ったのは右京さんだけど…。
「…」
どうしてそれ程大事にしている子を、あんな所に連れていったのか。
…分かんないや。
194:
「ここの階ですね!ここにボクが来てあげる事務所があるんですね!」
「うん。きっとすぐ馴染めるよ」
「当たり前です!ボクの可愛さでメロメロにしてあげますよ!…で?」
「ん?」
「何処に行くんですか?そっちはトイレですよ?」
「…あー…トイレの、もっと向こう…」
「え?あそこは物置部屋でしょう?倉庫って書いてありますよ!」
「……ま、とりあえず来て」
「?」
「…」
「…あ、あの…ちゃ、ちゃんと部屋はあるんですよね…?」
「あるよ。…ちょっと狭いけど…」
「狭い?…まあ狭いというのは我慢出来なくはないですが。倉庫の近くというのは……え、ここッッ!!?」
195:
友紀「そうだよ。ここ」
「ここって…倉庫…」
友紀「ううん。見なよ、ここ」
「プロジェクト(仮)…室長、杉下右京…」
友紀「ここが、アタシ達のお城!慣れたら良いとこだよ!」
「…あの…あの人って、係長…なんですよね?」
友紀「ん…うん…」
「係長の部屋が、倉庫ですか?」
友紀「…うん」
「そしてトイレの近くですか?」
友紀「うん…良いでしょ?」
「そこだけでしょ!!しかも大して羨ましくない!!」
友紀「まあ、住めば都だから…話だけでも聞いてってよ」グイグイ
「あ、ちょ!押さないで!まだ入るとは…!」
友紀「右京さーん!紗枝ちゃーん!新しいメンバーだよー!」ガチャ
「あっ…」
197:
右京「…」
紗枝「…」
「…あ、あはは…」
友紀「これからこっちでやってみたいって!」
右京「おやおや。貴方でしたか。お待ちしておりましたよ?」
紗枝「?…この方、どなたどすか?」
右京「説明すれば長くなります」
紗枝「一言でどうぞ?」
右京「僕がスカウトしたんですよ」
紗枝「まあ…こないちっこい子を…」
「ち、ちっこくないです!!ボクはこれでも中学生ですよ!!」
紗枝「そうどすか?それはそれは…」ケラケラ
「ぬぐっ……初対面の人になんて失礼な…!!」
友紀「あー…とりあえずさ、自己紹介とか…ね?」
「あ…ええ!いいでしょう!可愛い可愛いボクの名前、今ここで発表してあげますよ!!…ゴホン!」
右京「おやおや。気になりますねぇ」
紗枝「こないな所で大声出さんといてくださいな。響いてしゃあないんどす」
幸子「輿水幸子!!それが可愛いボクの、可愛い名前ですよ!」
右京「杉下右京と申します。こちらの着物の女性は小早川紗枝さん。そちらの貴方を連れてきた方は…」
幸子「姫川友紀さんですよね!先程教えてもらいましたから!」
右京「そうでしたか。ではまず、貴方に色々お話を伺いたいもので…」
幸子「む…何でしょう?」
右京「ええ。色々と…」
幸子「む…」
198:
輿水幸子、14歳。
何だか気圧されるような話し方だけど、何処か遠慮がちな雰囲気があるような、そんな気がする。
「…私立○○学校…」
「あれ?その学校名って何処かで聞いたことある…」
「ええ。都内にある中・高・大学とエスカレーター式になっている学校ですねぇ」
「え!あそこって…超エリート校じゃないの!?」
「フフーン!ボクは頭脳も完璧ですからね!」
あー…そういえば早苗さんも右京さんも絶対頭良いって言ってたなあ…。
「せやけどそない頭の良え学校の方がようこないなお仕事する気になりましたなぁ」
「完璧なボクはこの程度の事、造作もありませんよ!」
…確かに、エリート学校の人って聞くと、常に勉強勉強みたいな感じがするなあ。
…意外とそうでもないのかな?
「そしてボクを完璧なまでのアイドルにする、杉下さん!」
「完璧かどうかは別として、どうかされましたか?」
「まずこの部屋はなんですか!一人一つ物を置くスペースは用意して下さい!ギュウギュウ詰めじゃないですか!!」
「本来は倉庫ですからねぇ。2人もいれば満員だったんですが…」
「ならばスペースの広い場所を確保するべきです!係長ともあればもう少し広い…場所を…」
「…」
「あー…幸子ちゃん。あのね?」
「…いえ、まあこの部屋でもやりようはありますからね!許してあげましょう!」
「え?」
「…さ、ボクに聞きたいことがまだまだあるんでしょう!どうぞ聞いてください!」
199:
「…」
…まるでアタシの言葉を遮るように被せてきた。
…きっと気づいたんだ。
隔離された狭い部屋。
直されない部屋の名前。
与えられたそれなりの役職。
アタシが数日かかってようやく理解した事を、この数分で。
そしてそれに関して何も言わない。
それは取るに足らないことだという優しさなのか、ただの現実逃避なのか。
…この時のアタシには、まだ分からなかった。
200:
右京「成る程。貴方がとても聡明な方だということがよく分かりました」
幸子「そうでしょうそうでしょう!もっと褒めて下さい!」
右京「僕としては今すぐにでも貴方を採用したいところなんですがねぇ…」
幸子「どうしました?」
右京「ええ。未成年者を採用するには、親御さんの許可が必要なんですよ」
幸子「…」
右京「ですので、親御さんの許可を頂ければと思いまして…」
幸子「…そ、それって…どうしても必要ですか…?」
右京「ええ。これはルールですので。…勿論父親母親、どちらでも構いませんので」
幸子「…」
右京「いつでも構いません。僕はいつまでも待っていますので」
幸子「…は、はい…」
友紀「…」
紗枝「…」
右京「…」
幸子「…分かり…ました…」
右京「…それでは、お待ちしております」
幸子「はい…」
201:
紗枝「さっきのお方、親御さんの話題になった途端静かー…になりましたなぁ」
右京「君のように親御さんを手玉に取ることが出来る方もいれば、そうでもない方もいるということです」
紗枝「…エリートにはエリートなりの悩みがある言うことどすか?」
右京「ええ。そういうことです」
友紀「…」
右京「…携帯電話の電源を、切っていた可能性があります」
友紀「え?」
右京「腕時計はしていませんでした。そしてここの部屋の時計はあの棚に置いてある小さい電波時計のみです」
友紀「ん…まあ。確かに見にくいけど…」
右京「ええ、見にくいんですよ。その上彼女が座っていた位置からは死角と言ってもいい程見えない…。しかし彼女はその見にくい時計を目を凝らしてまで見ていた。携帯電話を見れば済む話なんですがねぇ」
紗枝「…そういえば、あのお方、右京はんの腕時計をやけにチラチラ見てましたなぁ…」
右京「ええ。それほど時間を気にするのならば尚更、携帯電話を見ればいいだけの話なんですよ」
友紀「…持ってないとか?」
右京「あれくらいの年齢の方なら持っておいておかしくはありません。その上彼女はエリートとも呼ばれる学校の生徒。連絡手段の一つとして持っていても不思議ではない…」
友紀「…時間を気にしてるけど、携帯は見ない…?」
紗枝「…?」
右京「分かりませんか?」
友紀「…うーん…」
早苗「考えられるのは、塾…もしくは習い事をサボってまで来た…」
紗枝「!」
友紀「うわビックリしたぁ!!」
202:
早苗「暇?」
友紀「暇?じゃないですよ。どうしたんですかいきなり…」
早苗「だって見覚えのある子がいたんだもん。気になってしょーがないわ」
紗枝「…片桐はんどすか?」
早苗「そうよ。瑞樹ちゃんが余計な事言いまくった早苗ちゃんよ」
友紀「…あの雑誌見てたんですね…」
早苗「…で?アタシの推測は正解?」
右京「正解かどうかは分かりませんが、僕と同じ考えですね」
早苗「そ」
紗枝「…つまりは、お嬢様校やから習い事していてもおかしない…。それをサボってここにやって来た、と…」
右京「そんなところでしょうかねぇ」
友紀「…え…だったら結構ヤバいんじゃ…」
早苗「そうね。今頃サボった理由考えてるわよ。あの親からバンバン電話かかってきてただろうし…」
友紀「あー…だから電源切ってた…」
早苗「…にしてもよ。今度は何やらかすつもり?」
右京「はいぃ?」
早苗「杉下係長はね、何でもかんでも首突っ込み過ぎなのよ。絶対苦情来るわよ」
右京「おやおや…僕はまだ何かをするとは言ってませんよ?」
早苗「未来が見えてんのよ。何の理由も無しにあんな事しないでしょ」
紗枝「あのー…何があったかは置いといて…背景が…」
友紀「え?…あー…」
早苗「…」
203:
幸子「…」
幸子「…」カチ
幸子「…!」
『着信 塾 3件』
『着信 母 24件』
『メール 母 37件』
幸子「…」ガタガタ
『♪』
幸子「ひっ………も、もしもし…」ピ
『幸子!!貴方今何処にいるの!!?』
幸子「あ、あの…ちょっと…お腹が痛くて…」
『だからってどうして電話に出ないの!!お母さん先生から連絡が来てビックリしたのよ!!?』
幸子「は、はい…すいません…」
『今すぐ先生の所に行って謝ってきなさい!!今日は塾で出来なかった分家庭教師にやっていただきますからね!!』
幸子「…はい…」
『そういえば…貴方まさか…アイドルになろうだなんて思って…346プロダクションに行ったんじゃないでしょうね…?』
幸子「い、いえ…」
『そうよね。あんな危ない仕事、貴方には相応しくないから』
幸子「…」
『聞いてるの!?』
幸子「は、はいっ!」
『貴方はちゃんと勉強して、一流企業に勤めて、エリートとしての人生を歩んで…』
幸子「…はい…」
204:
紗枝「…そうどすか」
友紀「まあ、何というか…アタシらには分からない悩みだよね」
紗枝「ウチも習い事はぎょうさんやっとりましたが、そない強制された覚えもありまへんなぁ…」
早苗「行き過ぎた教育。…ほら、たまにあるじゃない。頭の良い筈だった子がドローン飛ばすとか…」
友紀「あー…」
早苗「やり過ぎは良くないのよ。やらせなさ過ぎも良くないけど」
友紀「なんでアタシ見て言うんですか…」
紗枝「…ほんで?右京はんはあの方をここに入れるつもりどすか?」
右京「出来ることなら…」
紗枝「ウチは反対どすなぁ」
友紀「!」
早苗「…」
右京「…と、言いますと?」
紗枝「実の親も納得させられへんような方が他人を納得させられるとは到底思えまへん」
右京「…」
紗枝「それにあの態度。ただ強がってる風にしか見えまへん。そんなメッキ…すぐ剥がれますえ?」
右京「僕は何も、彼女をそのままアイドルにするとは言っていませんよ?」
紗枝「…?」
早苗「…まさか…」
右京「…いずれ、彼女の親にも会うことになるでしょうから」
早苗「…ハァ…」
友紀「…でもさ、右京さん」
右京「どうしましたか?」
友紀「あの子って、頭良いんでしょ?未成年なら親の許可がいるって分かってる筈じゃ…」
早苗「…分からない?」
友紀「え?」
早苗「…助けを求めてんのよ。誰でもいいから」
紗枝「助け、言うよりは…安らぎ…そんなところかもしれまへんなぁ」
右京「その言い方の方が、正しいかもしれませんねぇ」
早苗「…いずれにしても、あの子にとってアイドル云々はどうでもいいのよ。虐待されてるとかなら児童相談所とかに行くかもしれないけど、そうでもないみたいだし」
友紀「…藁にもすがる思いって事ですか?」
早苗「…ま、そんなところね…」
友紀「…」
紗枝「…」
右京「…」
205:
早苗「…で、よ」
右京「はいぃ?」
早苗「トボけんじゃないわよ。杉下係長も見たでしょ?あの母親がはいそうですか分かりましたで済ませる人に見える?」
右京「見えませんねぇ」
早苗「アタシらは警察でも公的機関の人間でもないのよ。普通の…まあ普通じゃないけど、会社の、社員と、タレント」
紗枝「…」
早苗「そんな人間が何の関係もない人に出来ることなんて何も無いのよ。そもそもあの子に実害でも出てんの?」
友紀「…むしろ、アタシらのが有害なんじゃ…」
早苗「そう。世間一般で見ればアタシらのがよっぽど有害。こんな人生棒に振るかもしれない職業なんてそうそうやらせるわけにはいかないのよ」
紗枝「そうどすなぁ…」
右京「…そうですねぇ」
早苗「…でもまあ、その救いたいって優しさは認めてあげたいけどね…」
右京「お心遣いどうもありがとう。…」
友紀「…どしたの?何か納得いってないって顔だけど…」
右京「…ええ。親を恐れてる。果たしてそれだけが塾を無断で休んだ理由になるのか…」
早苗「…行きたくない理由が、他にもあるってこと?」
右京「ええ。僕はそう考えています」
紗枝「…はい!この話はここでやめまひょ!」パン
早苗「…」
紗枝「推測するんはええと思います。せやけどもうすぐお仕事の時間どすえ?」
友紀「…あ」
右京「…そのようですねぇ」バッ
友紀「ん…まあ、じゃあ、行こっか。早苗さん。…えっと、何か…ありがとう…ございました…?」
早苗「何もしてないし変な気ィ使ってんじゃないわよ」
206:
「…」
あの時、右京さんが考えてた事って、何だろう。
幸子ちゃんが塾に行かなかった理由。
親だけじゃなくて、他にもいる。
「…」
アタシとは180°違う人生を歩んでいるあの子。
あの子にしか分からない悩み。
「…」
でも、右京さんは見破ってるのかもしれない。
「…」
ただ、それをこの人が教えてくれるだろうか。
…聞いたら、教えてくれるのかな。
「…」
…でも、聞いてどうするの?
聞いたら、アタシは何とかしようとするの?
自分の人生すらまだ上手くやっていないアタシが、他の人をどうにか出来るの?
「…難しいなあ」
「どうされたんどすか?」
「ん…なんでもない」
紗枝ちゃんから逃げるように窓に顔をやる。
こういう時、アタシはすぐ顔に出るから。
…だからかな。
「…!!?」
この時、アタシは決して見てはいけないものを見てしまった。
「右京さん!!止めて!!」
それと同時に、本能的にアタシの口は動いた。
「…!」
アタシの言葉を聞いた瞬間、右京さんは急ブレーキをかけた。
…後ろの車に野次を飛ばされていたけど。
「…!」ガチャッ
この時のアタシは、無我夢中だった。
シートベルトを強引に外し、ドアを開け、「そこ」に向かって一直線に走っていった。
「何してるの!!やめなさい!!」
「!」
「…逃げるよ!」
これが全く知らない赤の他人だったら、まだ余裕があっただろうけど。
「そこ」にいたのが赤の他人じゃなかったからか、アタシには逃げる彼女達を追いかける余裕は無かった。
だって、あの子達が寄ってたかっていじめてたのは…。
「さ、幸子ちゃん!大丈夫!?」
…他ならない、さっきまで元気に自分と話してた幸子ちゃんだったから。
207:
「…」
急いで時間を確認する。
…正直、そんなに余裕は無い。
だけど、この子を一人にしておく事も出来ない。
「幸子ちゃん!」
怪我をしている様子は無い。
けど、彼女の目は虚ろで、アタシの問いかけには返事をしない。
これだ。
これが、右京さんの恐れていたことだったんだ。
この子が塾をサボった理由。
親への恐怖。
そして、同じ塾生からの、陰湿ないじめ。
「輿水さん!返事をして下さい!輿水さん!」
「…う、右京さん…」
そして、これまで見たことのない程焦っている右京さん。
彼女がどれ程マズい状態なのか、それだけで理解出来る。
「…あ…は、はい。わ、私…でも、お金、ありません…」
「…!?」
「…輿水さん!!」
「…!は、はい!?…あ、杉下さん…」
208:
…この時のアタシ達の顔は、どれだけ酷かったんだろう。
「…」
紗枝ちゃんですら、幸子ちゃんをいじめていたあの子達を嫌悪感をあらわにした目で睨みつけている。
「ど、どうしたんですか…そんな3人で…」
そして全く意識の無かった幸子ちゃん。
アタシ達が来たことでようやく我に返ったようだけど。
…何なの、これ…。
「…幸子ちゃん…」
何なの、これ。
「そ、そんな泣きそうな顔して…何があったんですか…」
親に怯え、同級生に怯え。
いったいこの子が、何をしたっていうの…?
この子に、いつ安らぎが訪れるっていうの?
「…!」
この時のアタシが出来ること。
「ど、どうしたんですか…姫川さん。全く仕方ないですね!」
それは精一杯幸子ちゃんを抱き締める事だけだった。
そして、この時のアタシはまだ気がついていなかった。
「…」
瑞樹さんが言っていた、あの言葉。
『杉下右京の正義は、時に暴走する』
今からアタシは知ることになる。
杉下右京という人間の、凄まじいまでの正義感を。
「…」
弱者を守るためなら、例え何をしてでも止める、その生き様を。
「…!!」
第六話 終
224:
早苗「…あー…今日も疲れたわぁ…」
『♪』
早苗「?…瑞樹ちゃんかしら……げっ…」
『杉下係長』
早苗「…何気に初めて電話が来たわね……もしもし?」pi
早苗「あー…うん。お疲れ様。そっちはどうだった?」
早苗「あ、そ。まあ上手くやれたんなら良いわ」
早苗「で、何よ。そんな事でかけてくるような人間じゃないでしょ」
早苗「…え、まあ…そういう知り合い?…それならいるけど…」
早苗「…会いたいって…今何時だと思ってんのよ」
早苗「…どうせロクでもない事に首突っ込んだんでしょ。嫌よ。巻き込まれたくないし」
早苗「…それに、杉下係長が何をしようとしてるか、なんとなく分かるわよ」
早苗「やめときなさい。ホント」
早苗「…………いや、アタシが言って止まるならもう止まってるわよね」
早苗「とりあえず何があったのか、話してもらうわよ。そっちの奢りで」
早苗「ん。はい」pi
225:
早苗「…あー…ねぇ」
「はい?」
早苗「プロデューサー君に伝えといて。今日は直帰だからって」
「良いですけど…そろそろ連絡先交換しといて下さいよ」
早苗「だって過保護過ぎるんだもん。目つき悪い癖にアンバランス過ぎでしょあの子」
「まあ、見た目は確かに怖いですけど…良い人じゃないですか」
早苗「そうだけどね。あの子前にすると見下げられる感じがしてヤなのよ。背めちゃくちゃ高いし」
「それで?…あの万年係長からは何て連絡があったんですか?」
早苗「さあ…ね。聞いてたの?」
「…ちょっとだけですけど」
早苗「なら忘れなさい。もし会社の人間に告げ口したら即外してもらうから」
「…えっ!?シメるとかじゃなくて!?」
早苗「何か問題でもある?」
「いや、まあ…言いませんけど…どうしてあんなおじさんに?」
早苗「変に勘繰るんじゃないわよ。そういう関係でもないし」
「…まあ、私は早苗さんのスケジュール管理が仕事ですから。その後はどうもしませんけど…」
早苗「勘繰るなっつの」ペシ
226:
「…」
「…あの子ったら…一体何処に…」
「…」
「…いえ、そんな筈はないわ。だってあの子はちゃんと成績トップなんだもの」
「この世は一番頭の良い子こそが一番偉いのよ。だからきっともう…」
「…そうよ。あんな不良達は幸子に相応しくない」
「だから、もっと勉強して、偉くなって…そうすればきっと…」
「…」
『PM9:00』
「もう家庭教師が来る時間じゃない…。一体何をやっているのよ…」
『すいません』ピンポーン
「…?はーい。今出ますねー…」
227:
『夜分遅くに申し訳ありません』
「…?失礼ですが、どなたですか?」
『ああ、申し遅れました。私特別臨時家庭教師の杉山と申します。こちら輿水さんのお宅で間違いございませんか?』
「まあ!それはそれは申し訳ありません…はい!今開けますので…あ。でも…今幸子が…」
『ええ。そのことも兼ねてお話を…』
「?……あら、幸子!!貴方何処を…!」
『まあまあ。今回は少しお話をしたいだけですので…』
「…分かりました。とりあえず上がってください…」ガチャ
「どうもありがとうございます。それでは輿水さん。参りましょう」
幸子「…はい」
228:
「幸子…貴方今日だけでどれだけ迷惑を…」
「輿水さんのお母さん。実はですねぇ。今回彼女がこうなったのには理由があるんですよ」
「…?」
「ええ、僕がここに来る途中、ご老人をお世話している彼女を見ましてねぇ…」
「…あら。幸子。本当なの?」
幸子「…は、はい…」
「そのご老人の方に尋ねたところ、腰を痛めて道端でしゃがんでいたところを彼女に介抱してもらっていたと。その上荷物を持って遠い家まで運んでもらえたと仰っておりました…それはそれはご機嫌な様子で…」
「…でも、それだけでは塾をサボったり家に帰らない理由にはなりませんね…」
「ええ。何にしても無断で欠席をするのはよろしくないことですが、ここは一つ、彼女の善行を認め、今日の事は水に流してもらえませんかねぇ?」
「…幸子」
幸子「は、はいっ!」
「本当かしら?」
幸子「は……は、はい…」
「そう…そうなの…」
「勿論僕も今日は勉強を教えに参ったのですが、いかんせん彼女がほとほと疲れていらっしゃるようで…このままでは恐らく勉強も捗りません」
幸子「…」
「…」
「なにしろ半日もの間人助けをしていらっしゃったんですから…ですから今日のところはゆっくり休んでいただいて、また後日連絡を頂ければと思いまして…ええ。勿論お代は頂きません」
「…そうですか…先生がそう仰るのでしたら…そうですね…」
「実はですねぇ。あまり短期間で詰め込み過ぎるのは科学的に考えるとよろしくないんですよ」
幸子「…!」
「…何ですって?」
「ああ。気を悪くされたのでしたら申し訳ありません。ですが知識習得の一過性はテスト後折角覚えた知識を忘れてしまう可能性もあるんです。勿論学習方法は貴方にお任せしますが…」
「…」
「それに輿水さんは僕が担当している生徒に比べとても聡明な方だとお見受け致しました。これは普段からのお母さんの教育が素晴らしいのでしょうねぇ」
「…幸子」
幸子「は、はい…」
「…今日は早く寝なさい。それと明日はお母さんが教えるわ。いつもと違う環境なら新鮮な気持ちで出来るでしょう?」
幸子「…はい…」
「それが良いかもしれません。しかし輿水さん。来週からはちゃんと塾にも行くことですよ?」
幸子「はい…」
「それではお邪魔しました。お茶、とても美味しかったですよ」
「いえ。此方こそ幸子を送って下さってありがとうございました」
229:
右京「…」バタン
友紀「…」
右京「お待たせしました。それでは参りましょう」ガチャ
友紀「参りましょう、じゃないよ…」
右京「はいぃ?」
友紀「よくもまあ、嘘八百並べて帰ってきたね。怒られなかったの?」
右京「ええ。家庭教師が臨時ということが救いでした」
友紀「…いくら幸子ちゃんを助けるからって、流石にやり過ぎじゃ…」
右京「恐らく彼女の母親は、先程の事を話しても信じないでしょう」
友紀「お婆ちゃん助けたって方が信じないよ…」
右京「いえ。そういうことではありません」
友紀「?」
右京「彼女の母親は、輿水さんの良い部分だけを信じるようです」
友紀「…都合の悪い話は聞かないって事?」
右京「そうとっていただいて構いません」
友紀「…でも、今でも信じられない。あんな事が実際にあるなんて…」
右京「僕も現場を見たのは初めてですねぇ」
友紀「…酷いよね。あんな事…」
右京「ええ。とても」
友紀「…これから、どうするつもり?」
右京「どうするとは?」
友紀「とぼけないでよ。さっき早苗さんに電話してたでしょ」
右京「そうですねぇ…」
友紀「…ダメだよ。変な事したら…」
右京「かといって、このまま彼女を見過ごすのはあまりにも酷です」
友紀「だって、もしあの親が苦情出したら、今度は…」
右京「そうならない為に、片桐さんに協力を仰ごうかと」
友紀「…」
230:
幸子ちゃんが、いじめの被害にあっていた。
背景は知らないけど、恐らく同じ塾の人達。
幸子ちゃんが不意にこぼした台詞から察するに、あの子達は幸子ちゃんからお金の無心をしていたようだった。
そしてアタシ達が駆けつけ、ようやく元に戻ったかと思うと、今度は親の事で暗くなっていった。
その時、右京さんがやったこと。
まず、紗枝ちゃんを女子寮に帰し、幸子ちゃんに家庭教師のキャンセルをさせた。
その後、自分がその家庭教師になりすますことであの場を収めた。
…でもこんなの、一時的なもの。
来週になれば、幸子ちゃんはまたあそこに通わなければならない。
「…」
またあの子達が待っているんだろう。
アタシ達もいつでも駆けつけられるわけじゃないのは当然知っている筈だから。
「…」
もし、仮に右京さんが何かしようとしているなら。
今こそ、アタシは止めなきゃならない。
「…」
…でも、止めていいのだろうか。
もし、ここで止めたとして、あの子はどうなるのか。
これからも常に怯える生活を送るのか。
…そう考えると、口が動かなくなる。
231:
「…」
分かってる。
今、右京さんは仕事そっちのけで幸子ちゃんを助けようとしてる。
…でも、それを止めたくないアタシもいることは確か。
「…!!」
ジレンマ、というやつなのか。
ダブルバインドというやつなのか。
こんなの、どうしていいか分からない。
ただ、これだけははっきり言える。
「…」
右京さんがやろうとしていることは、正しくない。
蛇の道は蛇。
まさにそれだ。
「…矛盾してるよ…」
「何か仰いましたか?」
「…何も」
…聞こえてるくせに。
232:
「…」ガラッ
幸子「zzz…」
「…幸子…」
幸子「zzz…」
「貴方は、立派な人間になるのよ」
幸子「zzz…」
「そうして、もっと見返してやるの。あの酷い子達に…」
幸子「zzz…」
「大丈夫。貴方は私が守ってあげる」
幸子「zzz…」
「あの時も、守ってあげたんだから…」
幸子「zzz…」
「貴方に取り付く悪い子は、みんなお母さんが追っ払ってあげる」
幸子「…」
「…どんな事を、してもね…」
幸子「…!」ビクッ
「…だから、安心して寝なさい。……お休み、幸子」
幸子「…」
「…ちゃんと、明日もお勉強するのよ」
幸子「…」
233:
PM10:00 某居酒屋
早苗「…ん!あ、こっちこっち」
右京「どうも。お疲れ様です」
早苗「ん。…あれ?杉下係長の娘達は?」
右京「お二人とも帰りましたよ」
早苗「…ふーん…人払いはOKってこと…」
右京「…」
早苗「…で?なんたっていきなり探偵の知り合い?」
右京「警察の方に調べてもらうわけにもいきませんから」
早苗「探偵も同じよ」
右京「おやおや…」
早苗「…」
右京「…」
早苗「そうやって暴走して、またアイドル達の人生ダメにするつもり?」
右京「はいぃ?」
早苗「とぼけてんじゃないわよ。前の事件を忘れたとは言わせないわよ」
右京「…」
早苗「折角スカウトした二人を、ダメにするなんて許さないわよ」
右京「…」
早苗「アンタの本業はプロデューサー。探偵でも警察でもないの」
右京「…ええ」
早苗「だから協力出来ない。分かるでしょ?」
右京「…」
早苗「アンタには最後までやり通して欲しいのよ。あの子達の事を…」
右京「…」
早苗「だから冷静になって自分の仕事と向き合って。まずあの子達の事に目を向けて」
右京「…手を伸ばせば、届くかもしれない。その時、伸ばさずにはいれない」
早苗「…」
右京「僕は、そういう性分なんですよ」
早苗「…」
右京「…」
早苗「…もう、これっきりにしてよ?」
右京「ええ。よろしくお願いします」
234:
3日後
友紀「…おはよー…」
右京「おはようございます。寝不足ですか?」
友紀「ん…」カタン
右京「…」
友紀「…」
右京「…」
友紀「…で?いい加減何しようとしてるのか教えてくれないの?」
右京「…何でしょうねぇ」
友紀「ダメだよ。話さなきゃ」
右京「おやおや…」
友紀「アタシだって、もう片棒担いじゃったんだから。聞く権利はあるでしょ」
右京「…そうですねぇ…」
友紀「…」
右京「…全てが終わった後にでも、話しましょうかねぇ」
友紀「えええ…この空気で断るの…?」
右京「話せば君は動きますから」
友紀「…」
右京「…」
友紀「…右京さんは、幸子ちゃんの為に人生棒に振るつもり?」
右京「どうですかねぇ…場合によっては…」
友紀「…それで、あの子が喜ぶと思うの?」
右京「僕の考えが正しければ、今彼女の心身は疲弊しきっています」
友紀「…」
右京「そうした者が選ぶ最終的な行動。僕は何度か目にした事があります」
友紀「…あの子は、そんなに弱い……」
右京「少し関わっただけですが、とても心の弱い方だと思います」
友紀「…でも、それで右京さんが…」
右京「残念ながら、この世に人の命より価値のあるものなどありません」
友紀「…」
右京「僕は今日、予定が入っています。申し訳ありませんが代行を引き受けてくれた方がいらっしゃいますので…」
友紀「…ホントに、ちゃんと話してよ…?」
右京「ええ」
235:
「…」
右京さんが、早苗さんと話してから約3日。
右京さんは相変わらず何も話してはくれない。
今日も予定があるからと半休を取り、他の人に引き継いでもらっていた。
「本日は杉下係長が緊急の予定があるとのことですので、よろしくお願いします」
「あ、うん。そんなかしこまらなくても…」
「いえ…それと、今日も頑張りましょう」
…まさか、早苗さんのところのプロデューサーとは思わなかったなあ。
「えっと…今日の予定は…」
「○時に○○スタジオにてCM撮影が入っております」
「あ、ありがと…何か右京さんみたい…」
「…杉下係長から学べることは、沢山あります。誤解されてる方も多いかもしれませんが…」
…この人、良い人…なのかな。
「…あ」
「はい。何でしょうか?」
「早苗さんと瑞樹さんは?」
「お二方は、ご自分の車で移動しているようです。私が着いていると力を発揮出来ないと…」
「…あー…」
確かに、あの人達…この人とは合わなそう…。
首に手をやる仕草をし、ほとほと困っているという顔をする彼を見てそう思った。
236:
右京「…」
「…あのー…」カランカラン
店員「いらっしゃいませー。お一人様ですか?」
「いえ、待ち合わせを…あっ」
右京「すいません。僕と待ち合わせしていたんですよ」スッ
店員「あ、そうでしたか。…ご注文は…?」
「ええと…ホットコーヒーを…」
店員「かしこまりましたー」
「…」ガタッ
右京「…」
「…」
右京「はじめまして。杉下右京と申します」
「はじめまして。輿水幸子の父親です」
右京「ええ。そう聞いております」
「…話は聞いています。何やら大変な事になっていると…」
右京「ええ。本当に」
店員「お待たせしましたー。ホットコーヒーです」
237:
…。
「元々、幸子の面倒を見ていたのは私でした」
右京「…」
「…少なくともその当時は明るく、普通の子供でしたよ」
右京「…」
「しかしその当時から私と妻の幸子の教育方針は対立しており、私に隠れて幸子へ家庭教師をつけたり、習い事をさせたり…」
右京「…」
「元々あの子は頭が良かったのでそんな必要は無いと思っていたのですが…妻は常に一番を取らせると…」
右京「…」
「おまけにアレはとにかくヒステリック持ちで…見てください。この腕…」
右京「切り傷ですねぇ。それもとても深い…包丁ですか?」
「ええ。とにかく自分の思い通りにならなければ暴れる。それを毎日毎日やられていれば…別居したくもなりますよ」
右京「…」
「…勿論幸子の事は心配してましたが…まあアレは幸子には手を出しませんから」
右京「何故、そう思うのですか?」
「自分の作り上げた作品だからですよ。塾に通わせ、習い事もさせ…そんな手塩にかけて育てた作品を傷つけはしないんです」
右京「…作品、ですか…」
「…あ、勿論私はそんな事思っていませんからね!?」
右京「ええ…」
「…しかし、私は違う。私に対しては敵意を剥き出しにしてくる。このままじゃいつか殺される。そう思って逃げ出したんです。幸子を置いて…」
右京「そうですか…」
「今、私とアレの繋がりは膨大な養育費、ただそれだけ…」
右京「…」
「…しかし、今の幸子の様子を聞くと…」
右京「…」
「…あの子は…」
238:
右京「彼女は、とても頭の良い方です」
「…ええ」
右京「その中でも特に目を見張るものは、空間認識能力」
「…」
右京「彼女は今現時点で何が起こっているのか、そしてそれの原因、それをどうにかする為の措置を瞬時に感じ取れます」
「…」
右京「そして彼女は、今自分が出来る最善の選択をした」
「…それが…」
右京「…自我を捨てる」
「…」
右京「そうすることで、母親の感情の起伏を最低限に抑え、いじめのダメージも抑えた」
「…」
右京「しかし、今。ここに来てそれが限界を迎え始めています」
「…それは…」
右京「必死にもがいているんです。抜け出そうと。この狭い牢獄から」
「…だから、助けを求めたんですね」
右京「恐らく、そうなのかもしれません」
「…」
右京「貴方がもし、彼女を大事に思っているのでしたら…」
「…」
右京「行動を起こすべきです。直ちに」
「…」
右京「彼女はまだ、自分を持っています。しかし一刻の猶予もありません」
「…私は、出来るでしょうか?」
右京「…」
「…今更…父親面など…」
右京「出来る、出来ないではありません」
「…」
右京「やるか、やらないかです」
「…やるか、やらないか…」
右京「ええ」
「…やるか……やらないか…」
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