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渋谷凛「ハナコに名古屋弁のババアの人格が生まれた」
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1:
ある日の朝方、私はプロデューサーに電話をかけた。
1コール目。
2コール目。
やっぱりまだ寝てるよね。あとでかけなおそう、そう思った直後にプロデューサーが電話に出た。
P『おはよう、凛。どうしたんだ?こんな朝早くに』
プロデューサーはふわああという大きな欠伸と寝起きの低い声のあとそう言った。
凛『おはよう、プロデューサー。朝早くにごめん。どうしても相談したいことがあって』
P『ああ、構わないよ』
凛『今から話すことは嘘じゃないからね。絶対に笑わないでよ?』
P『分かってるよ。もちろん誰にも言わない』
凛『うん。ありがとう』
P『それで、何があったんだ』
凛『.....ハナコに名古屋弁のババアの人格が生まれた』
P『は?』
そりゃあそうだ、誰だってこんな反応になる。
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2:
ハナコに起こったことをありのままにプロデューサーに話した結果は
「よく分からないが確認するよ」という返事と現場まで送って行くから話の続きはそのついでに、とのことだった。
はぁ、プロデューサー早く来ないかなぁ。なんて考えながら私の部屋の犬用のベッドで寝ているハナコに目をやる。
見た目はハナコのままなのに、名古屋弁を話すんだから私だってびっくりだ。
とりあえず、ハナコが起きたらうるさいしその前にメイクと着替えをしちゃおう。
下はデニムで上は、うーん。カットソーでいいかな。
薄めのカーディガンを羽織って首にはいつものネックレス。これでよし、っと。
「なにぃ、今日はえらい早いがね」
鏡に向かって今日のコーデを確認していると背後から声をかけられた。
ハナコだ。
凛「おはよう。ハナコ」
ハナコ「凛ちゃんおはよう。デート?」
凛「違うよ、お仕事。プロデューサーが迎えに来るんだ」
ハナコ「だからおろしたばっかの服着てるのね」
凛「もう、そういうのいいから」
ハナコ「あんまり背伸びするのはやめやぁね。等身大の凛ちゃんが一番だわさ」
凛「はいはい、分かったからちょっと静かにしてて」
ハナコ「アタシのご飯と散歩があるんだで、はよしやぁ」
凛「分かったから待ってて」
うるさいって意味が分かってもらえただろうか。
そう。この人?この犬?喋るのだ。名古屋弁で。
暇があればずっと喋っているのだ。
3:
***
私がメイクを終えドレッサーから離れるとそれに気付いて「やっとだがや」と言いながらハナコも起き上がる。
ドアの前で立ち止まりいじわるをしてやると
「はよ開けやぁ、アンタねぇアタシが届かんの分かっとってやっとるでしょ」などと文句を垂れるのが少しおかしかった。
階段を下りるのは少し疲れるようで「アタシももう年だわ」なんて言ってソファーに座りこむ。
およそ犬の座り方ではない。
「肉球じゃ上手く押せんからテレビつけてちょ」と言われるがままにテレビをつけてやる。
なぜ言うことを聞くのか、って?
テレビを見ててくれた方が静かだからだ。
4:
カラカラカラという台所でドッグフードをエサ皿に入れる音を聞き付け、ハナコはこちらへと飛んでくる。
「上にペディグリーチャム乗っけてちょ、上にペディグリーチャム乗っけてちょ」
しっぽをパタパタと振りながらハナコはそう言った。
凛「だめ。あれは夜だけって言ってるでしょ」
ハナコ「なんでぇ、一日二回の楽しみなんだからええがね」
凛「だめだってば。太るよ」
私がそう言うとハナコは少し、しゅんとしたかと思えばすぐに立ち直りドッグフードをがつがつと食べ始める。
こういうところは犬なんだなぁ、と思いながらご飯を食べるハナコを見ているとインターホンが鳴った。
プロデューサーだ。
5:
「ちょっと待っててね」とハナコに言い私は店の方へと下りていく。
鍵を開けてシャッターをガラガラガラと上げるとプロデューサーが待っていた。
P「おはよう、凛。で...ハナコは?」
凛「ご飯食べてる。まぁとりあえず上がってよ」
P「ああ」
プロデューサーに店の中へと入ってもらい再びシャッターを下ろし、ドアを施錠する。
リビングに戻るとハナコはご飯を食べ終えていてまたテレビを見ていた。
「いかんがね!いかんがね!」と連呼しているので「どうしたの?」と聞くと
どうやら占いで12位だったらしく怒っているらしい。
凛「そんな占いで怒ることないでしょ」
ハナコ「アタシが怒っとるのはそういう理由じゃないわ」
凛「じゃあなんなの」
ハナコ「ラッキーパーソンなんて言われてもアタシにはわからんがね!ラッキードッグも言やぁかぁ!」
凛「...はぁ」
くだらない。と言いかけたところで口を閉ざしプロデューサーの方へ目をやると
プロデューサーは口を大きく開けて呆然としていた。
P「......マジで?」
凛「私だってびっくりだよ」
P「マジでハナコ?」
凛「そうだってば」
まだ状況が呑み込めない様子で目をぱちぱちとさせているプロデューサーに
「なにぃプロデューサーさん来てたんなら言やぁよ!」とハナコは追い打ちをかける。
P「ハナコ...さん?でいいのかな...?」
ハナコ「アタシ以外にどこにハナコがおるって言うの!それにさん付けなんてせんといて!」
P「は、はい。じゃあ、ハナコ...で」
ハナコ「あ、鍵はちゃんとかってきた?かってなかったらちゃっとかってりゃあよ?」
P「は...?」
凛「プロデューサー、今のは施錠してきましたか?してなければ早く施錠してきなさい。って意味だよ」
P「分かるか!!」
凛「私も最近ようやく分かるようになってきたところだよ」
P「この症状はいつから?」
凛「一週間くらい前から」
P「このことをご両親は?」
凛「知ってる」
P「ご両親は何て?」
凛「あんまり気にしてないみたい」
P「これ気にしないってすごいな...」
そう、本当に私の両親は寛大というかなんというか。
でもこの状況に慣れつつある私も異常と言えば異常なんだけれど。
6:
P「それで、普段はどうしてるんだ?」
凛「店番させてるみたい」
P「へぇ...って接客させてるのか!?」
凛「ううん。流石に隠さなきゃ、ってことで内線をかけさせてるみたいだよ」
P「あー、なるほど」
凛「うん。だから渋谷さんちのワンちゃんは賢いねー、なんてよく言われるんだ」
P「だろうなぁ...」
凛「それで、まぁ相談なんだけどさ」
ハナコ「アタシの散歩忘れとれせんか?」
本題に入ろうとしたところでハナコに遮られた。
ああ、もう!と言いたくなる気持ちを抑えて「はいはい」と返事をしてやる。
ハナコ「ほら、アンタの部屋からはよリード取ってりゃあ!」
凛「分かったから待ってて。ごめん、プロデューサーちょっとハナコ見てて」
P「あ、ああ」
ハナコ「プロデューサーさんも凛ちゃんに付いてったりゃあ」
凛「それはだめ!ハナコは余計なこと言わないで!」
ハナコ「ふふふ。あの子の部屋、今わやだで入って欲しくないんだわ」
P「わや...」
ハナコ「アンタに会うための服を選んどって部屋中わやなんだわ」
P「わや...」
ハナコ「パンツまで落ち取るがね。わやだがぁ」
P「わやっすね...」
次から次へと飛んでくる名古屋弁の応酬で既にグロッキーなプロデューサーだった。
7:
***
それからプロデューサーと二人でハナコの散歩に行き、家に戻った。
凛「じゃあお仕事行くから。お母さんたち起きてくるまで大人しくしててよ」
ハナコ「おうちゃくせんわ!アタシのことなんて気にしとる暇あったらお仕事頑張りゃあよ!」
凛「はいはい、行ってきます」
ハナコ「プロデューサーさんも凛ちゃんをよろしくね。アタシの可愛い飼い主さまだで」
P「え、ええ。任せてください」
ハナコ「気ぃ付けなかんよ!スピード出し過ぎたらかんでね!」
P「噛んで...?」
凛「いけませんよ、って意味だよ」
P「分からない...」
そうして私達はハナコに見送られ家を出る。
停めてあるプロデューサーの車に乗り込み、私の現場へと向かった。
8:
凛「それで、結局言えなかった相談なんだけどさ」
P「ああ。そういえばそうだったな」
凛「忘れてたでしょ」
P「...うん」
凛「まぁ仕方ないよ。あんなインパクトあるものを見せられたら、ね」
P「うん...」
凛「本題に入るね。アレ、元に戻せないかな」
P「元に、って言うと?」
凛「普通の犬に」
P「あー...どうなんだろうなぁ」
凛「戻せるかどうかが知りたいんだよね」
P「こんなの聞いたことないからなぁ...それに凛は戻したいのか?」
凛「うーん、そう言われちゃうと複雑なんだけど」
P「まぁもう既にアレと一週間生活したわけだもんなぁ」
凛「そうなんだよね...」
P「わやだな」
凛「ふふっ、わやだね」
P「とりあえずはアレと生活するって方針でどうかな。一時的なものってこともあるだろうし」
凛「そう...だね、そうしてみるよ」
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