八幡「初詣?」小町「うん!」back

八幡「初詣?」小町「うん!」


続き・詳細・画像をみる


八幡(さて、金曜日か。波乱の日になりそうだな)
八幡(俺は平穏に過ごしたいだけなのになあ…………)
八幡「おーい小町、今日は送っていかなくていいのか?」
小町「あ、待って待ってー。今行くからー」
八幡(玄関で声をかけるとリビングから慌てたような声が返ってくる。しばらくして荷物を持った小町がやってきた)
小町「お待たせ。はい、これ」
八幡「ん? これは…………弁当か?」
小町「うん。お昼も色々あるかもしれないけどさ、これ食べて元気出して! 小町の愛情たっぷり詰め込んだからね!」
八幡「そうか。んじゃありがたくいただくぜ。サンキューな小町」
八幡(受け取った弁当をカバンに入れ、わしゃわしゃと小町の頭を撫でる)
小町「あうう、セットした髪がー」
八幡(そうは言っても小町は逃げようとせず、心なしか嬉しそうにしている)
八幡「それじゃ行くか。寒いから防寒はしっかりしろよ」
小町「うん、ばっちりだよ」
八幡(外に出て自転車に乗り、後ろに小町を乗せて俺はペダルを踏み出した)
168:以下、
八幡(小町を送り届け、時間ギリギリに高校に着いて教室に入る)
八幡(が、自分の席に着いて、ちらっと教室内を窺った時に違和感を覚えた。何だ?)
八幡(別段おかしなとこはないように見えるが…………戸塚は何やらプリントを見ているだけだし、由比ヶ浜はいつも通り葉山達と騒いでいるだけだし)
八幡「…………ん?」
八幡(いやいや待て待て。あの葉山グループは男女で分裂したんじゃなかったか? なのに今は前と同じメンバーで集まってんぞ。葉山と三浦も楽しそうに喋ってるし)
八幡(ちょっと前までなら当たり前の光景を訝しんでいると予鈴が鳴り、各々は自分の席に着いた。どういうことだ…………?)
169:以下、
八幡(気にはなったが、こちらから聞くわけにもいかない。というか別に俺が気にするようなことでもない)
八幡(葉山が考え直して三浦と付き合うことにしたとかかもしれないが、俺には関係ないしな。むしろ昼休みの平穏が戻ってきそうで良かった。あの調子なら俺と昼を一緒にしようなんて思わんだろ)
八幡(そんなふうに考えていた時期が俺にもありました)
優美子「あ、ヒキオ今日は弁当なん?」
姫菜「妹さんが作ったの? あ、朝はお母さんだっけ?」
隼人「今日は俺達もお邪魔するよ」
翔「ヒキタニくんとなんて珍しいっしょー」
八幡(どうしてこうなった)
173:以下、
八幡「疲れた…………」
八幡(メシを食い終わっても喋ることをやめず、あいつらはガンガン俺にも話しかけてきた。葉山と戸部がサッカー部の顧問に呼ばれてようやく解散となり、俺は机にぐったりと突っ伏している)
姫菜「お疲れみたいだねヒキタニくん」
八幡「海老名さん…………」
優美子「ヒキオは何をそんなにぐったりしてんの?」
八幡「三浦もか……メシ時の会話に疲れたんだよ」
八幡(さっき解散したはずなのにまたすぐに俺のところにやってくる二人。何なのお前ら、俺のこと好きなの?)
優美子「は? あんくらい普通だし」
八幡「ぼっちだから大勢でメシ食いながら騒ぐことに慣れてねえんだよ…………」
八幡(暗に今後は誘うなという意味を込める。まあそんなことをしなくても愛想をすぐに尽かすだろうが)
優美子「ふーん。じゃ、来週はあーしと二人で食べるよ。大人数でなきゃいいっしょ?」
八幡「はい?」
姫菜「あ、優美子ずるい。ヒキタニくんを最初に誘ったのは私だよ!」
八幡(え、何これ、モテ期? いやいや、勘違いしてはいけない。海老名さんと三浦だぞ?)
174:以下、
優美子「だってさ、なんか隼人もヒキオの良さを理解してるみたいじゃん。あーしだけわかってないのは悔しいし」
姫菜「んー、ヒキタニくんの良さは普通に接しててもわかんないかもよ」
優美子「普通にって……ヒキオが悪い奴じゃないのはわかってるつもりだけど…………じゃあ海老名や隼人は普通じゃないときにヒキオと何かあったん?」
姫菜「ちょっとね。たぶん隼人くんも」
優美子「うーん、あとで隼人に聞いてみるかな…………」
八幡(俺の話を俺そっちのけで会話する二人。俺はどうすればいいんだ?)
姫菜「あ、ヒキタニくん。ほったらかしにしてごめん」
八幡「いや、空気扱いは慣れてるけど…………その、三浦はさ……」
優美子「ん? ああ、あーしと隼人のこと?」
八幡「う、まあ……」
優美子「ま、ヒキオならいっか。あーしは別に隼人を諦めたわけじゃないし」
八幡「え?」
優美子「付き合うことは出来ないって言われたけど嫌われてるわけじゃないから。だったらこれからもつるんであーしの魅力に気付かせて今度は向こうから告白させてやるし」
八幡「そ、そうか」
八幡(やべえ。三浦優美子さんすげえ男らしい!)
175:以下、
優美子「そうやって腹を割って話したら隼人も『ヤバい。そんなこと言われたら心が傾いてしまいそうだ』とか言ってたし。お世辞でもそうでなくても近くにいるのを嫌がってないならあーしにもまだチャンスはある」
八幡「…………三浦、お前すげえな」
優美子「ふふん、あーしの魅力にヒキオも気付いたか。でもあーしは隼人一筋だから」
八幡「いや、本気で応援してるぜ。俺は何もしてやれないけど」
優美子「そんなの当たり前だし。惚れた惚れないは当人だけの問題なんだから」
姫菜「う…………」
八幡(海老名さんが一瞬顔をしかめる。三浦の言葉に思うことがあるのだろう)
八幡「で、でもみんながみんな三浦みたいに強いわけじゃないからな。ちょっとくらい人を頼るのもありだと俺は思うぞ」
八幡(って、何で俺は海老名さんにフォロー入れるみたいに言ってんだ)
優美子「へえ、ヒキオはそういう考えなん? だったらあーしもヒキオに頼みあるよ」
八幡「え?」
優美子「隼人が気に入ってるヒキオのことを知りたいから少しはあたしとつるんでもらうし」
八幡「う…………い、いや、ダメだろそれは」
177:以下、
優美子「は? 何で?」
八幡「ほ、他の男と一緒のとこを葉山に見られたらどうするんだよ。誤解されるぞ」
優美子「あー、ヒキオなら大丈夫だし」
八幡「何だよその根拠のない自信は…………」
姫菜「じゃ、二人でないなら平気でしょ? 私も一緒にいるから」
優美子「まあ海老名ならいいか」
八幡「俺の許可なしに話を進めるなよ…………」
優美子「もう決まったし。とりあえず来週からも昼はよろしく」
姫菜「よろしくねヒキタニくん」
八幡(そう言って二人は手を降って去っていった。何で俺の平穏を脅かすんだリア充ってのは…………)
八幡(でもまあ三浦があんなんなのは良かった。葉山グループも分裂しなくて海老名さんの懸念材料が減ったわけだし…………って、何で俺なんかが海老名さんの心配をしてるんだか)
180:以下、
八幡(放課後か…………はあ……この後に疲れそうなことがあるってのにもうヘトヘトな気がする。さっさと部室に行こう)
隼人「比企谷、ちょっといいかい?」
八幡「良くない。消えろ。話しかけるな。お前の視界に比企谷八幡など存在しない」
隼人「ははは、ひどいな。じゃ、ちょっとこっちにきてくれ」
八幡(葉山は俺の腕を取って廊下に連れ出そうとする。顔は笑っているがたぶんこれ以上断っても無駄だろう)
姫菜「ぐぬぬぬぬ…………」
八幡(教室の隅っこで海老名さんが血の涙を流しかねない勢いで歯軋りしていた。ああ、『はや×はち』を妄想しないって約束を守ってくれてんのか…………)
181:以下、
八幡「わかったわかった、ちゃんとついて行くから手を離せ」
隼人「そうかい。ま、ジュースの一本くらいは奢るからさ」
八幡(葉山はとても俺にはできない爽やかな笑顔を浮かべ、歩き出した。黙ってついていくと自販機の前に辿り着く)
隼人「マックスコーヒーがいいんだったな? そら」
八幡「おう」
八幡(葉山が購入したマッ缶を受け取る。礼は言わない。どうせろくでもない話があるのだろうからその代償だ)
八幡「で、何か用なのか?」
八幡(近くに備え付けてあるベンチに座り、マッ缶のプルタブを開けながら葉山に問いかける。葉山もベンチに座り、購入した微糖のコーヒーを一口飲む)
隼人「優美子のことさ」
八幡「ああ……」
八幡(生返事をしたものの、三浦のどのことを言っているのかわからない)
隼人「比企谷の良さを知りたいから来週は昼を一緒にすると言ってきた。浮気じゃないから安心しろとね」
八幡「…………迷惑だ。何とかしてくれ」
隼人「はは、俺にはどうしようもできないさ。優美子を束縛する権利もないし。そもそも付き合ってるわけじゃないから浮気以前の問題だ」
八幡「でも原因はお前だろ? お前が俺を無駄に買い被っているからだ。ちゃんと三浦に『比企谷は話す価値もないダメ人間だ』って説明しろよ」
182:以下、
隼人「残念だが俺は無駄な嘘を吐きたくないんだ。俺が比企谷を買っているのは事実だからな」
八幡「へーへー、トップカースト様にそう言われて光栄ですよっと」
隼人「照れるなよ」
八幡「んなわけあるか…………で、お前これからどうすんの?」
隼人「何のことだ?」
八幡「三浦と付き合う可能性はあるのかってことだ。完全に望みがないならさっさと断ち切ってやったほうがお互いのためじゃないか?」
八幡(三浦はああ言っていたが、徒労に終わる可能性もあるのだ。その時の心境を考えると他人事ながら心苦しくなってしまう)
隼人「ない…………つもりだったんだけどな」
八幡「あん?」
隼人「正直惚れてしまいそうだ。頑なに拒否したつもりだったんだがそれでもああ言われるとね…………優美子には言うなよ?」
八幡「…………言わねえよ」
八幡(その時の葉山の表情は何とも言えないものだった。こいつもこんな顔するんだな……)
隼人「しかし比企谷が俺達のことを気にかけるなんてな。どういった心境の変化だ?」
八幡「お前らなんかどうでもいいよ。ただ…………海老名さんがな」
隼人「姫菜が?」
183:以下、
八幡「その、なんつーか、お前らのグループが微妙なのを嘆いてたからさ。それでちょっと気になったんだよ」
隼人「そういえば最近姫菜と仲がいいらしいじゃないか。気をつかわないお喋りが楽しいと言ってたぞ」
八幡「いや、海老名さんはいつも気を使ってなくね?」
隼人「というより会話の内容をちゃんと理解してくれて、欲しいレスポンスがしっかり来るのが嬉しいみたいだ。俺達じゃわからないことも多くて」
八幡「一部理解したくないものもあるんだが…………というか何で海老名さんてお前らのグループにいるんだろうな」
隼人「連れてきたのは優美子だが、姫菜はあの特殊な趣味以外はしっかりしてるからな。そこを優美子は気に入ってるらしいが」
八幡「あの一点だけで相当アレだと思うが…………」
隼人「しかしそうか、姫菜か…………」
八幡「あん?」
隼人「姫菜のことが気になってるのか?」
八幡「は? 何でだよ?」
隼人「違うのか? やたら気にかけているみたいだけど」
八幡「違えよ。そりゃ最近やたら話す機会あるけど…………そんなんじゃねえよ」
隼人「でも姫菜は比企谷を気にしていたぞ。正確には奉仕部のことか」
八幡「…………」
184:以下、
隼人「聞いてるよ。そっちこそ微妙な感じなんだろ?」
八幡「別に…………ただなぜか海老名さんがそれを気にしてるふうでな。だから最近会話があるってだけだ」
隼人「うん。で、比企谷は奉仕部はどうするつもりなんだ?」
八幡「………………」
隼人「迷ってる、って表情じゃないな。言いたくないならそれでもいいさ。ただ」
八幡(葉山は一度そこで言葉を切る)
隼人「何か行動を起こす前にできることがあるならしっかりやっておくことだ。でないと後悔するぞ、俺みたいに」
八幡「…………何かあったのかよお前に」
隼人「さてね。じゃ、そろそろ俺はサッカー部に行くよ。また話し相手になってくれ」
八幡「ごめんだ。二度と話し掛けるな」
隼人「ははは、また来週な」
八幡(俺の言葉をとことん無視して葉山は空き缶を屑籠に放り込んで去っていった。俺はマッ缶の残りを飲みきり、大きくため息をつく)
八幡「………………できることがあってもそれを行動に移せるとは限んねえんだよ」
192:以下、
八幡(奉仕部部室に入るとすでに雪ノ下も由比ヶ浜も来ていた。そりゃそうだな、葉山と結構長い時間話してたし)
結衣「あ、ヒッキー…………」
八幡「由比ヶ浜。お前を奉仕部部員として頼みがある」
結衣「え、な、何?」
八幡「葉山グループの連中を何とかしろ」
雪乃「突然どうしたのよ。とりあえず座って落ち着きなさい」
八幡「……おう、悪かった」
八幡(ちょっと気が急いてしまったな。俺はカバンを置いて椅子に座る)
結衣「隼人くん達なら仲直りしたんでしょ? あたし達とも普通に朝から話してるし」
雪乃「私も由比ヶ浜さんにそう聞いているわ。何も問題ないと思うのだけれど」
八幡「俺にとばっちりがきてんだよ。昼飯の時あいつら挙って俺のところに来やがった。俺の平穏が脅かされてるんだ」
雪乃「あら、コミュニケーション力のリハビリにいいじゃない」
八幡「ゆっくりメシを食いたいのに落ち着けないだろうが…………来週からも海老名さんと三浦が付きまとう気まんまんだし」
結衣「え? 姫菜と優美子?」
雪乃「…………どういうことかしら?」
193:以下、
八幡「知らん。葉山や戸部は今日だけみたいだが、それでもあのリア充グループとメシ食うのは気を遣って疲れるだけだ。同じグループなんだから何とかしてくれよ」
結衣「ええー、そんなこと言われても…………」
雪乃「それならまず原因を突き止めるべきではないかしら? どうして三浦さん達は比企谷くんと行動を共にしようとするのか」
八幡「何か俺の良いところを知りたいとかいうわけのわからん理由らしい。そんなとこないから止めとけって言ったんだが聞かなくてな。だから由比ヶ浜が『比企谷八幡は良いところなんてないクズ人間です』ってあいつらに言え」
結衣「そんなこと言えるわけないでしょ!」
八幡「何でだよ。いつも雪ノ下と一緒に俺に言ってるようなことをそのまま伝えてくれればいいんだって」
結衣「うっ…………」
雪乃「…………」
八幡「それともなんだ。奉仕部同士の依頼は受けられないとでも言うのか?」
結衣「あ、そ、そうだよ! 奉仕部は解決する側なんだから! 奉仕部部員のヒッキーが依頼しちゃダメでしょ!」
八幡「ああ。なら、ほれ」
八幡(俺はカバンから一枚の書類を取り出し、雪ノ下の前に置いた。その書類の一番上には『退部届と書いてある』)
197:以下、
八幡(俺はカバンから一枚の書類を取り出し、雪ノ下の前に置いた。その書類の一番上には『退部届』と書いてある)
雪乃「!!」
結衣「ヒ、ヒッキー、これって…………」
八幡「平塚先生には今日までは残るように言われていたからな。別に本格的な部じゃないんだからわざわざ書かなくてもいいんだろうが、一応ケジメとしてってことで」
結衣「そんな……何で…………」
八幡「だから何度も言ってるだろ。俺は奉仕部にいない方がいい」
結衣「でも…………!」
八幡(由比ヶ浜は何かを言おうとするが、上手く言葉が出ないのか後が続かない)
雪乃「………………」
八幡(雪ノ下はしばらくその退部届を見つめていたが、徐にそれに手を伸ばす)
198:以下、
八幡(それを手に取った雪ノ下はそのままビリィッと二つに破り裂いた)
八幡「は……?」
結衣「ゆ、ゆきのん!?」
八幡(二つに破いたそれを重ね、またもや裂く。それをもう一度繰り返す。さらにもう一度…………)
雪乃「くっ……くっ……」グッグッ
八幡(裂けなかった。握力が足りないようだ。しばらく試みて諦めたようで、カバンからハサミを取り出してチョキチョキと切り始める)
雪乃「…………」フー
八幡(満足したか雪ノ下はその小さくなった紙屑をゴミ箱に放り捨てる)
雪乃「何かしら?」
八幡「いや、言いたいことは色々あるが…………いっぺんにじゃなくて何枚かずつに分けて破ればハサミいらないんじゃねえか?」
雪乃「!!?」
八幡(雪ノ下は『あっ』という表情をする。思い付かなかったのか…………)
雪乃「…………何のことかしら?」
八幡「いや、今更取り繕うなよ……俺の退部届だよ」
雪乃「知らないわね。そんなもの見たこともないわ」
八幡「ったく……んじゃ今この場で新しいのを…………」
雪乃「比企谷くん」
八幡(俺が自分のカバンを漁ろうとすると、少し強めの声色で呼ばれる)
八幡「…………何だよ」
199:以下、
雪乃「ごめんなさい、今からわがままを言わせてもらうわ」
八幡「?」
雪乃「私はあなたに奉仕部を辞めてほしくない」
八幡「!!」
雪乃「今までの行動がどうとかそういうのは関係ないわ。ただ私が、雪ノ下雪乃という一個人があなたに奉仕部を辞めてほしくないのよ」
八幡「雪ノ下…………」
結衣「ヒッキー! あたしも!」
八幡「ゆ、由比ヶ浜……」
結衣「ヒッキーがそう考えたらあたしが何を言っても仕方ないのかなって思ってたけど、あたしはヒッキーにここにいてほしい!」
205:以下、
八幡「…………」
雪乃「今更何を言っているんだと思ってる顔ね」
八幡「いや、そんな…………」
雪乃「でもまずは私の、私達の今の気持ちを知ってほしかったの」
八幡「…………」
雪乃「比企谷くんはどうなのかしら?」
八幡「え?」
雪乃「比企谷くんは『自分は奉仕部にいないほうがいい』とか『辞めるべきだ』とか言い続けていたわね。だけどあなた自信の気持ちをまだ聞いていないわ。比企谷くんは奉仕部を本気で辞めたいのかしら?」
八幡「………………」
雪乃「沈黙は否定と受け取るわよ」
八幡「好きにしろ。どうせ俺は来週から来ないだけだ」
雪乃「ではなぜそんなつらそうな表情をするの?」
八幡「つらそうって、俺はいつもと変わんねえよ。お前に俺の何がわかるんだ」
雪乃「ええ、わからない。だから」
八幡(雪ノ下はそこで言葉を切り、立ち上がって俺の方にやってくる)
雪乃「知らずに色々言ってしまってごめんなさい。そして、あなたのことを近くでもっと知りたいわ。お願いします比企谷くん、奉仕部を辞めないでください」
八幡「ゆ、雪ノ下…………」
八幡(あの、雪ノ下が。俺に頭を下げた、だと……?)
215:以下、
結衣「ヒッキー! あたしも、ごめん!」
八幡「な、何でだよ。お前らが頭を下げる必要なんてどこにもないだろ?」
雪乃「いいえ。あなたがいなかったらどうにもならないことが多々あった。それなのに私達はあなたに悪態ばかりついていたわ」
八幡「俺のやったことなんて微々たるもんだ。むしろ余計なことをしてしまったまである」
結衣「そんなことないよ!」
雪乃「仮にそうだったとしても、何かの為に行動しようとしたこと自体は認めるべきなのよ。それなのに何もできなかったこともある私が否定することは間違っているわ。だから、ごめんなさい」
八幡「雪ノ下…………」
八幡(そこでようやく雪ノ下は頭を上げる。合わせて由比ヶ浜も)
雪乃「以前言ったわよね。あなたのやり方が嫌いだと」
八幡「ああ」
雪乃「でもそれだけで通じるはずがなかったのよ。だから今から真意を言うわ」
八幡「真意?」
雪乃「比企谷くん、私はあなたに傷付いてほしくないの」
八幡「!」
雪乃「もしあなたが傷付かなければならないときは、その前に私達に相談してほしかった。他に方法がなくても一緒に傷付いてあげたい。せめて、覚悟を決めておきたい」
八幡「ゆ、雪ノ下…………」
217:以下、
雪乃「例えあなたが犠牲になるのが最善だとしても、あなただけが勝手に一人で傷付くのはもう嫌なのよ」
八幡「……………………俺は犠牲になったつもりも、傷付いてるつもりも、ない」
雪乃「…………」
結衣「…………」
八幡「例え結果的にそうなったとしても、何人も傷付くより一人の方が効率的だろ」
結衣「違うよヒッキー! あたし達はヒッキー一人が傷付くのが嫌なの!」
雪乃「それによって結局は私達も傷付いてしまうの。だから…………」
八幡(二人はそこで言葉を放つのを止め、じっと俺を見る)
八幡(何でだよ。何でそこまで俺のことを気にするんだよ)
八幡(沈黙とこの空気に耐えきれず、俺はつい冗談めかしたことを言ってしまった)
八幡「何、お前ら俺のこと好きなの?」
雪乃「…………そうかもしれないわね」
八幡「はぁっ!?」
218:以下、
雪乃「異性としてかどうかはともかく、あなたのことは嫌いではないわ」
八幡「あ、ああ」
八幡(恋愛感情抜きでってことか、びっくりした…………)ドキドキ
雪乃「何度も言うけれど、私はあなたに奉仕部にいてもらいたいの。少しでも未練が残っているのなら、辞めないでほしいわ」
結衣「あたしも…………ヒッキーがいない奉仕部なんてやだよ…………」
八幡「雪ノ下…………由比ヶ浜…………」
八幡(俺は、どうすべきなんだろうか。どうしたいんだろうか)
八幡「…………」
雪乃「…………」
結衣「…………」
八幡「なあ、雪ノ下」
雪乃「何かしら?」
八幡「俺ってさ、まともな人間になれたかな?」
結衣「え、突然どしたの?」
八幡(由比ヶ浜が疑問の表情を浮かべる。しかし雪ノ下は何かを理解したように微笑んだ)
雪乃「あの頃よりはマシになっているでしょうけど、まだまだよ」
八幡「そっか…………」
結衣「ゆ、ゆきのん、そんなこと言ったら…………」
雪乃「つまり私への依頼もあなたの入部目的も達成できていないということね」
結衣「え?」
八幡「どっちかっつうと平塚先生の目的だし俺は強制入部みたいなもんだけどな。でも達成できてないか…………なら辞められない理由が出来ちまったな」
225:以下、
八幡(あのあとはだいぶ以前の奉仕部に戻った気がする。いや、多少の変化もあったか)
八幡(二人の俺に対する態度が柔らかくなった。しかも無理している様子もなく、ごく自然に)
八幡(しかし結局葉山グループが絡んでくるのを何とかしろという依頼は引き受けてもらえなかった。真人間になるために人付き合いをしろと言われたのだ。どうすっかなぁ…………)
八幡(雪ノ下達と別れてそんなことを考えながら駐輪場に向かう。もう学校に残っている生徒もほとんどいないのか、ポツンと俺の自転車が取り残されていた。いつもなら持ち主と同じぼっちだなと思うところだったが)
姫菜「はろはろ?、こんなとこで奇遇だねヒキタニくん」
八幡「…………これが偶然だっていうなら世の中全部偶然になるんだろうな」
八幡(海老名さんがそこにいた。ていうか俺の自転車の荷台に座って足をぶらぶらさせていた)
227:以下、
八幡「えっと、誰か待ってるのか?」
姫菜「うん。たった今相手が来たところだよ」
八幡「そりゃ良かった。んじゃ俺は帰るから。また」
姫菜「コラコラ。どうみてもヒキタニくん待ちに決まってるじゃないの」
八幡「嘘だな。クラスメイトの美少女が俺如きを待つなんてラノベみたいなことが起こるはずがない」
姫菜「この前ファミレス行く前に起きたばっかりでしょ…………それにラノベみたいっていうならヒキタニくんこそじゃない」
八幡「?」
姫菜「普通の学校にはない変な部活に入って部員は女の子達、なんてラノベ以外の何物でもないよ」
八幡「…………た、確かに」
八幡(まあ決定的に違うのは俺が全然モテないってことなんですけどね。俺には主人公補正が働いてないようだ)
姫菜「でも御世辞でもヒキタニくんに美少女って言われたのは嬉しいな」
八幡「…………悪い、キモいこと言ったな」
姫菜「嬉しいって言ってるでしょ」
八幡「フォローとかはいらないから。で、何の用だ?」
姫菜「むー…………ま、いいや。ヒキタニくん、私とデートしない?」
八幡「…………は?」
230:以下、
八幡(デート? デートって言ったか? 俺に?)
八幡「…………」
姫菜「おーいヒキタニくん、何か反応してよー」
八幡「…………すまん。俺はまだ未成年だから連帯保証人にはなれないんだ」
姫菜「別に変なこと企んでるわけじゃないってば」
八幡「それに将来は専業主夫だからな。どっちにしろ連帯保証人にはなってやれない」
姫菜「いや、ヒキタニくん頭は悪くないんだから社会に出ようよ。なんてね」
八幡「…………で、結局何なんだよ?」
姫菜「うん、まあ今のやりとりもちょっとだけ関係あるけどさ、明日か明後日暇? 良かったら映画一緒に見に行かない?」
八幡「…………ああ、あれか」
姫菜「うん。メメラギの映画」
八幡「違うからね。BL要素一切感じられない作品だからねあれ」
姫菜「男が二人いたらそれだけで充分じゃない!」
八幡「いきなり力説されても反応に困る!」
姫菜「で、どう?」
八幡「……何で俺を誘うの? 海老名さんなら男女問わず知り合い多いだろ」
姫菜「んー、そりゃ優美子達のおかげで友達はたくさんいるけど、こっちの趣味の人ってあまりいないんだよね」
八幡「まあ三浦からの関係ならそうだろうな」
231:以下、
八幡(デート? デートって言ったか? 俺に?)
八幡「…………」
姫菜「おーいヒキタニくん、何か反応してよー」
八幡「…………すまん。俺はまだ未成年だから連帯保証人にはなれないんだ」
姫菜「別に変なこと企んでるわけじゃないってば」
八幡「それに将来は専業主夫だからな。どっちにしろ連帯保証人にはなってやれない」
姫菜「いや、ヒキタニくん頭は悪くないんだから社会に出ようよ。なんてね」
八幡「…………で、結局何なんだよ?」
姫菜「うん、まあ今のやりとりもちょっとだけ関係あるけどさ、明日か明後日暇? 良かったら映画一緒に見に行かない?」
八幡「…………ああ、あれか」
姫菜「うん。メメラギの映画」
八幡「違うからね。BL要素一切感じられない作品だからねあれ」
姫菜「男が二人いたらそれだけで充分じゃない!」
八幡「いきなり力説されても反応に困る!」
姫菜「で、どう?」
八幡「……何で俺を誘うの? 海老名さんなら男女問わず知り合い多いだろ」
姫菜「んー、そりゃ優美子達のおかげで友達はたくさんいるけど、こっちの趣味の人ってあまりいないんだよね」
八幡「まあ三浦からの関係ならそうだろうな」
233:以下、
姫菜「で、明日明後日ってさ、駅前の映画館はカップル割やってるの」
八幡「なっ…………」
姫菜「どうせなら少しでもお得で見たいじゃない。知り合いであの映画見そうな男子っていったらヒキタニくんが思い付いたからさ」
八幡「…………でも、戸部に悪いだろ」
姫菜「本気で思ってる?」
八幡「理由の一つではあるだろ」
姫菜「うーん、ちょっと映画代が安くなる程度じゃヒキタニくんの心は動かないか。じゃあ交換条件を出すよ」
八幡「交換条件?」
姫菜「うん。もし私とデートしてくれるなら、月曜日に優美子がヒキタニくんとお昼一緒しようとしてるのを止めさせてあげる」
八幡「う…………」
八幡(正直ちょっと心惹かれるな…………というかこの誘いって別に俺にデメリットないよな? 海老名さんだったらそこまで悪巧みなんかしないだろうし)
八幡「わかったよ。そのお誘い、受ける」
姫菜「ホント? ありがとうヒキタニくん」
234:以下、
八幡「急で悪いけど出来れば明日の方がいいな。日曜日はゆっくりしていたい」
姫菜「おっけ。帰ったら時間調べてメールするね」
八幡「おう」
姫菜「…………」
八幡「…………」
八幡(そこで話は終わりのはずだ。なのに海老名さんはまだ俺の自転車の荷台から降りようとしない。どころか何かを期待するようにこっちを見ている)
八幡「…………俺でよければ近くまで送っていこうか?」
姫菜「ホント!? いやーヒキタニくんがそんなこと言ってくれるなんて夢にも思わなかったなあ」
八幡「白々しい…………いや、断ってくれて全然構わないから」
姫菜「そんなことしないって。よろしくー」
八幡(海老名さんはようやく一旦荷台から降りる。俺が鍵を外してサドルを跨いだところで再び荷台に座り、俺の身体にしがみついてきた)
八幡「じゃ、じゃあ行くから。ちゃんと掴まっててくれ」
姫菜「うん。お願いしまーす」
八幡(俺は背中に暖かさを感じながらペダルを踏み出す)
247:以下、
小町「えっ! デート!?」
八幡(明日デートしてくるから、とメシ時に小町に話すと大袈裟に驚く。いや、大袈裟でもないか。俺の口からデートだなんてな)
八幡「まあ一緒に出掛けるってだけなんだが…………一応向こうはデートって表現してきたから」
小町「だ、誰と? もしかして最近お兄ちゃんラブな海老名さん?」
八幡「何だよラブって。確かに海老名さんだけど」
小町「なあんだ、やっぱりお兄ちゃんのことが好きだったから構ってきてたんだね」
八幡「だからそれはねえよ。だいたい奉仕部に戻そうとさせる意味がないだろそれだと」
小町「そっか…………と、ところでお兄ちゃん。奉仕部は、辞めちゃったの?」
八幡「ん? ああ、いや、何だかんだ残ることにした。雪ノ下達も引き留めてきて色々話し合った結果な」
小町「あ、そうなんだ。でも、その…………」
八幡「安心しろ、もう蟠りも何もねえから。お互いの思ってたことぶちまけたし。それでも前より関係は良くなったと思う」
小町「そっか、良かった…………本当に、良かった」
八幡(小町は安堵のため息を吐き、ニコッと笑う。我が妹ながら可愛いぜまったく)
248:以下、
小町「じゃああとはその海老名さんに関してかな。結局何でお兄ちゃんに構うかは聞いてないの?」
八幡「ああ。今日送ってる途中に聞いたんだが、『明日教えてあげる』って言われてな。ますます一緒に出掛けるのを断れなくなっちまった」
小町「ふうん………………え、送ってる途中? お兄ちゃん海老名さんと一緒に帰ってたの?」
八幡「あっ…………い、いや、たまたま帰り道に会ってだな……」
小町「お兄ちゃん奉仕部に残ってたのなら遅くまで学校にいたんだよね? 海老名さんて部活も委員会もやってないって聞いてたけどたまたま一緒になるの?」
八幡「う…………」
八幡(しかし『俺を待っていたんだ』とは言いづらい。何かの用事のついでだったのかもしれないし。そもそもあのくらいの用事ならメールで済むはずなんだよな)
小町「うーん、気になって受験勉強どころじゃないよ。ちゃんと明日話聞いてきて教えて!」
八幡「あ、ああ。話せる範囲でな」
小町「で、明日はどこに行く予定なの?」
八幡(メシを食い終わったあとも小町に根掘り葉掘り聞かれてしまった。別に海老名さんに他意はなく、目に付いた俺を誘っただけだと思うんだがなあ)
252:以下、
八幡(さて、土曜日である。昨日海老名さんから来たメールでは十時頃に駅前で待ち合わせとのことだ)
八幡(出掛けるにはまだ少し早いが、親や小町が起きてきて見つかる前にさっさと家を出てしまおう)
小町「あれ、お兄ちゃんもう出掛けるの?」
八幡「…………おう」
八幡(玄関に向かおうとしたらいきなり見つかってしまった)
小町「うんうん、感心感心。ちゃんと早めに到着しとくなんてわかってるじゃない」
八幡(そういうわけではないんだがな。ただ今みたいに色々言ってくるのが煩わしかっただけで。特に親が)
八幡「そんなわけだから俺はもう行ってくる」
小町「あ、ちょっと待ってお兄ちゃん…………うん、服装も変なとこないね。行ってらっしゃーい」
八幡(俺の服装を一通りチェックし、手を振る小町に応えながら俺は家を出た。このままじゃ三十分前くらいには着きそうだな…………まあ、待たせるよりはいいか)
253:以下、
姫菜「あ、おはよーヒキタニくん。早いね」
八幡(到着してしばらく待っていると海老名さんがやってきた)
八幡「うっす。海老名さんこそだろ。まだ二十分前だぞ」
姫菜「うん。ヒキタニくんのことだからもしかしてすごく早く着いてるをじゃないかなって思ってさ。待たせちゃった?」
八幡「いや、俺も来たばっかだから」
姫菜「お、いいねいいねそのセリフ。デートの定番って感じ」
八幡「よせって。勘違いしちゃうだろ」
姫菜「しちゃってもいいのに…………」
八幡「えっ?」
姫菜「じゃ、行こっか。まだ余裕はあるけど混まないうちにチケットとか買っちゃった方がいいよね」
八幡「お、おう」
八幡(今、海老名さんとんでもないこと言ったような…………気のせいだよな?)
八幡「あそこの映画館でいいんだよな?」
姫菜「うん」
八幡(ここからでも見える建物を指差すと海老名さんは頷く。俺は自分が車道側になるように歩き出した)
姫菜「んー…………えいっ」ギュッ
八幡「! え、海老名さん……!」
八幡(隣に並んだ海老名さんが俺の手を握ってきた)
256:以下、
姫菜「カップル割を使うんだからさ、少しはそれっぽく見せた方がいいでしょ?」
八幡「い、いや、でも、その」
姫菜「ほら、キョドらないキョドらない。別に女の子と手を繋ぐのが初めてってわけでもないんでしょ。結衣だってこのくらいしてるんじゃないの?」
八幡「いやいやいや、それが今こうする理由にはなんねえから」
姫菜「いいからいいから。ヒキタニくんだって強引に女の子の手を繋いで引っ張ることくらいあるでしょ?」
八幡「ねえよそんな経験。一発で通報されるわ」
姫菜「あれ?」
八幡「ん?」
八幡(海老名さんは怪訝な表情をし、俺の顔を覗き込む)
八幡「な、何だよ?」
姫菜「んー……何でもない」
八幡(くすっと笑い、前に向き直る。何だ?)
八幡「そ、それより手を離してくれよ」
姫菜「え、何で?」
八幡「何でって…………」
姫菜「私は嫌じゃないよ。ヒキタニくんは嫌?」
八幡「嫌、ってわけじゃないけど…………」
姫菜「じゃ、いいよね。レッツゴー」
八幡(海老名さんは楽しそうに歩く。くっ、海老名さんの考えがわからん! …………あとで教えてくれるんだろうか?)
八幡(手……柔らかいな…………)
259:以下、
八幡(映画館でチケットを買う段階になってようやく一旦手を離してくれた。変な汗とかかいてなかっただろうか…………)
八幡(まだ少し時間があったので物販や他映画のチラシを眺めて時間を潰した)
八幡「もうすぐ入場時間だな。飲み物とかポップコーンどうする? 俺は買っときたいけど」
姫菜「飲み物は欲しいかな。でもポップコーンはそんなには…………あ、これにしようよ」
八幡(そう言って海老名さんが看板メニューで指を差したのはペアセットのやつだった。大きめの器のポップコーン一つと飲み物二つのやつだ)
八幡「え、でも……」
姫菜「私は少しつまませてもらえばいいから。飲み物はコーラにしよっと」
八幡(そう言って並んでる列に向かう海老名さん。仕方ない、これを買うか)
八幡(さっさと代金を支払い、入場開始のアナウンスが流れたので入り口に向かおうとする)
姫菜「待って待ってヒキタニくん。私まだお金渡してないよ」
八幡「いいよこのくらい。それに男だったら出すもんだろ」
姫菜「んー……ヒキタニくんがこれをデートだと思ってくれてるなら奢られちゃうけど、どう?」
八幡「…………じゃあデートってことで」
姫菜「えへへー。ありがとうヒキタニくん、大好き」
八幡「…………っ! ず、ずいぶん安上がりだな」
八幡(かろうじて軽口が出てくれた。危うく手の荷物を落としそうになったぞ)
260:以下、
八幡(指定された座席に座り、飲み物を海老名さんの席の置き場にセットしてやる)
姫菜「ん、ありがとう」
八幡「あと、ポップコーンはここらへんに配置しとくから。適当に食べてくれよ」
姫菜「うん」
八幡(しばらくはいろんな映画の予告やCMが流れる。やがて完全に灯りが消え、注意事項のあとに本編が始まった)
265:以下、
八幡(スタッフロールのあとの次回予告が終わり、館内の照明が点灯する)
姫菜「んー、演出とかすごかったねー。ちょっと物足りないけど三部作じゃなくて丸々一本だったら疲れるかも」
八幡「そうかもな…………あ、容器一緒に捨ててくるから」
姫菜「ん、ありがと」
八幡(海老名さんから容器を受け取り、ゴミ箱に放る。もちろん氷は別に捨ててな)
姫菜「ね、ヒキタニくん。このあとも何にもないよね? もう少し一緒にいてほしいんだけど」
八幡「え、あ、ああ。俺に予定はないが」
姫菜「良かった。ちょっと映画や原作について語りたくなっちゃってさー」
八幡「まあ、俺なんかでいいなら相手になるよ」
姫菜「やだなー。ヒキタニくんでいいんじゃなくてヒキタニくんがいいの。ついでにお昼も食べよっか。サイゼでも行く?」
八幡「お、おう。そうだな」
八幡(俺がいいって…………あんまりこういう話できる相手がいないんだな。勘違いしかけるとこだったぜ)
八幡(それに俺に構う理由も聞かないとならないしな。丁度いいか)
八幡「んじゃ行くか」
姫菜「うん」ギュッ
八幡「! ええええ海老名さん、何で腕組んで…………」
姫菜「え? ヒキタニくんはデートだって思ってるんだよね? じゃあこれくらい普通でしょ」
266:以下、
八幡「そ、それは俺が勝手に思ってただけで…………」
姫菜「大丈夫大丈夫。私も思ってるから。それにデートしよって誘ったのは私の方からだし」
八幡「でも、誰かに見られたら、海老名さんに迷惑が……」
姫菜「私に迷惑? 何で?」
八幡「学校でも最低辺で悪評だらけの俺がトップカーストの海老名さんと腕組んでるなんてそれだけで海老名さんが悪く言われかねないだろ」
姫菜「大丈夫だってばー。さ、行こ」
八幡(俺の忠告を聞かず、組んだ腕をぐいぐいと引っ張る海老名さん。これは言うことを聞いてくれそうにないな…………)
八幡「はぁ……」
八幡(俺は小さくため息を吐き、隣に並んで歩き出した)
270:以下、
八幡(サイゼに入り、適当に食べるものとドリンクバーを注文する)
姫菜「じゃ、飲み物取ってくるね。ヒキタニくんは何がいい?」
八幡「あー、俺は何があるか見てから決めてるから自分のだけ取ってくればいいよ」
姫菜「そう? じゃ、お先に」
八幡(海老名さんは荷物を傍らに置き、ドリンクバーに向かう。というかカバンはともかく財布や携帯まで置いていくなよ…………信用されてるってことなのか?)
姫菜「お待たせー。行ってきていいよ」
八幡「ああ」
八幡(俺もドリンクバーでガムシロップをたっぷり入れたコーヒーを持ってくる)
八幡「お待ち」
姫菜「ううん。で、早なんだけど今日の映画ヒキタニくん的にはどうだった?」
八幡「ああ。ところどころやり過ぎだったり演出過剰だったりはするけど面白かったと思うぜ」
姫菜「だよね。原作と違うとことかもあったけど、悪くない改変だったし」
八幡「出逢うのが町中の街灯の下じゃなくて地下鉄のホームってのは良かったな。降りる途中の緊迫感と音楽がマッチしてた」
姫菜「あそこはドキドキしたねー。ところで、あの辺で鳴ってたピピピピーピーみたいなアラームっぽいのってなんだったんだろ?」
271:以下、
八幡「多分モールス信号のSOSだと思うぜ。トントントンツーツーツートントントンってやつ」
姫菜「へー、ヒキタニくんは何でも知ってるね」
八幡「何でもは知らねえよ。知ってることだけだ」
姫菜「ふふっ。でもなるほど、SOSか。主人公がその信号を受け取ったから途中で逃げずにあそこまで近寄っちゃったんだね」
八幡「あるいは本能が危機感を覚えて自分に警告してたのかもな。近寄らずに逃げろって」
姫菜「あ、そうか。それも面白い解釈だね」
八幡「実際はどうだかわかんねえけどな。あるいは両方かもしれないし」
姫菜「…………えへへー」
八幡「な、何だよ」
八幡(突然はにかむ海老名さんに俺はちょっと動揺した。変なこと言ったか?)
姫菜「ヒキタニくんを誘って良かったなーって。こういう会話や議論をナマでできる機会ってあんまりないし」
八幡「そ、そうか」
八幡(やべえ。何て返していいのかわからねえ)
八幡(だけどそこで注文したものが届いた。助かったぜ)
八幡「じゃ、じゃあとりあえず食おうぜ」
姫菜「うん。いただきまーす」
272:以下、
八幡(メインのメシを食い終わり、海老名さんは簡単につまめるものを追加注文する。まだまだ話し足りないようだ)
八幡(いや、このあとどこかに行くよりはここでだらだら喋ってた方がいいのだが)
姫菜「あ、飲み物なくなっちゃった。ちょっと行ってくるね」
八幡「ああ。戻ってきたら俺も行くから」
八幡(二人ともドリンクのお代わりをし、追加で頼んだポテトをつまむ)
八幡「そういえば海老名さん、俺に遠慮してるか?」
姫菜「え、何が?」
八幡「いや、全然BLの話が出ないから…………」
姫菜「ああ。それは帰ってからネットでそっちの仲間と語り合うから。ヒキタニくんは嫌でしょ?」
八幡「別に」
姫菜「え?」
八幡「趣味なんて人それぞれだから嫌うようなことはしねえよ。俺と葉山をくっつけるのは勘弁しろってだけだから。相槌くらいは打つしツッコミだって入れてやるよ。興奮冷めないうちに語ったっていいんだぜ」
姫菜「………………」
八幡「あー……いや、勝手言ってすまん。俺じゃ語り甲斐がないか」
姫菜「ううん…………えへへ、ヒキタニくんは優しいね」
八幡「…………んなことねえよ」
273:以下、
姫菜「あるよ。ヒキタニくんの優しさに触れた私が言うんだもん」
八幡「誰だって知り合いに優しくすることくらいあるだろ。それがたまたま海老名さんだったってだけだ」
姫菜「でもヒキタニくん、まったく知らない人を助けたりするでしょ?」
八幡「しねえよ。何の得も見返りもないようなことなんて」
姫菜「ふーん…………ところでヒキタニくん。冬休みの間誰かと会ったりした?」
八幡「え? あ、いや。小町と初詣行った以外は引きこもってたからな」
八幡(突然の話題転換に戸惑ったが、さっきの話を続けるよりはいいか。質問に答える)
姫菜「何か面白いこととかなかったの? 初詣で」
八幡「何も。おみくじも引いてないし、本当にただお詣りして終わったからな」
姫菜「ふーん、そっかー」
八幡(海老名さんが頬杖をつきながらこっちをじっと見る。いったい何なんだ?)
八幡「俺のぼっち正月がどうかしたのか?」
姫菜「ううん。何でもない」
八幡(そう言いつつもちょっと嬉しそうなのは何でなんですかね?)
275:以下、
姫菜「そういえばヒキタニくん。奉仕部に残ることにしたんだって? 結衣から聞いたよ」
八幡「ああ。まあ色々あってな。だから『はや×はち』は金輪際アウトだ」
姫菜「ぐぬぬ…………まあ仕方ないか。約束だし」
八幡「で、何でなんだ?」
姫菜「え?」
八幡「何で海老名さんは俺をそんなに気に掛けるわけ? 悪いけどそこまで親しいわけじゃないよな俺達って」
姫菜「えー、一緒にキャンプとかもした仲じゃない」
八幡「平塚先生の策略でな。俺は嫌だったのに……」
姫菜「あはは。でもあの時、うん、あの時からすでにヒキタニくんは他人のために動ける人だったよね」
八幡「何の話かわかんねえな。過去のことは忘れるようにしてんだ」
姫菜「いつも『トラウマが?』とか『過去の黒歴史が?』とか言ってるみたいじゃない。結衣に聞いてるよ」
八幡「何なのあいつ。そんなに俺を貶めたいの?」
姫菜「ふふ。結衣にはそんなつもりはないんだって。許してあげてよ」
八幡「はぁ……」
姫菜「でもそうだね。ヒキタニくんからしてみたら私の行動はちょっと戸惑うのも無理ないよね」
八幡「まあな」
276:以下、
姫菜「…………ねえ、ヒキタニくん。ちょっとヒキタニくんにはつらいかもしれないこと、聞いていい?」
八幡「何だよ突然。恋人いない歴なら年齢と一緒だぞ」
姫菜「それは私もだってば。ヒキタニくんはさ、異性にちょっと優しくされて、それだけで相手に惚れちゃったこととかある?」
八幡「!」
八幡(いきなり何を、と思ったが、海老名さんの表情は真剣だった。ならちゃんと答えるべきだろう)
八幡「あるよ。それも一度や二度じゃない。んで『向こうも俺のこと好きなのかな』って勘違いを何度もしてきた」
姫菜「そう、なんだ」
八幡「で、俺の黒歴史がどうかしたか? それこそもう過去の話だし笑いの種にしてくれたって構わないぜ」
姫菜「笑わないよ…………私だってそうだもん」
八幡「え?」
姫菜「男子にありがちな話っぽく言うけどさ、女子だって男子に優しくされたら心が靡いちゃうことあるんだよ」
八幡「そ、そうなのか」
姫菜「うん。でもさすがに少しは慎重になるけどね。すぐに告白とかはしないよ」
八幡「うぐっ…………」
姫菜「だけどさ、きっかけはどうでも、そこから相手をどんどん好きになっちゃったら仕方ないとこもあるよね」
八幡「…………」
277:以下、
姫菜「ヒキタニくんはさ、そういう過去を持ってるしネガティブなところあるからはっきり言わないとわからないよね。だからこんなとこだけど言わせてもらうね」
八幡「え、海老名さん……?」
姫菜「ヒキタニくん、私はヒキタニくんが好きだよ。友達とかとしてじゃなく、異性として」
八幡「!」
姫菜「…………あー……言っちゃったなぁ……本当はこんなとこで言うつもりなかったのに、どうしても伝えたくなっちゃった…………」
八幡「な、ならどこで言うつもりだったんだよ…………」
姫菜「んー、月曜の放課後の予定だったんだけどね…………ま、過ぎたことは仕方ないか。とにかくそういうわけだよ、私がヒキタニくんに最近構っていた理由は」
八幡「え、えっと…………」
姫菜「ごめん。困らせたいわけじゃなかったの。でも私、本気だから」
八幡「そ、そうか。その…………」
姫菜「というわけでこの話はここまで」
八幡「え?」
姫菜「月曜にちゃんと告白し直すから、聞いてくれる?」
八幡「わ、わかった」
八幡(脳のキャパシティを超えた出来事に頭が上手く回らず、かろうじてそんな返事をする。ほ、本当に本気なのか?)
姫菜「よしっ。じゃあメメラギについて語っちゃうよー」
八幡「お、おう。どんとこい」
285:以下、
八幡(しばらくは海老名さんのBL談義に耳を傾ける)
八幡(時々ツッコミを入れながら聞いているが、本当に楽しそうだよなあ…………ここまで夢中になれるものがある、というのは正直羨ましい気もした)
姫菜「…………っはー、語った語った。なんか充足感すごい」
八幡「そりゃそうだろうな。もうサイゼ入って四時間くらい経ってるし」
姫菜「えっ!? うわ、ホントだ! ごめんヒキタニくん! 止めてくれてよかったのに!」
八幡「いや、別につまらなかったわけじゃないから。それにそんな楽しそうな海老名さんを止めるのも野暮だし」
姫菜「ううー……ヒキタニくんて意外と聞き上手なんだもん。それに直接顔を合わせて話せることなんて滅多にないから…………」
八幡「だから気にすんなって。女子がお喋り好きなのはわかってるから。由比ヶ浜や小町もそうだしな」
姫菜「むー……ヒキタニくん、デート中に他の女の子の名前出すのは良くないよ」
八幡「今日何回も出してるじゃねえか、今更だろ。しかも小町は妹だし」
姫菜「女心は複雑なんだよ」
八幡「多分俺には一生理解出来ねえんだろうなあ…………」
287:以下、
姫菜「でも、うん。ありがとうね。最近色々あったからさ、おかげですごいすっきりしたよ」
八幡「そこまで打ち込めるものがあるってのはいいことだな。俺は疲れることはしたくないけど、そういうの嫌いじゃない」
姫菜「えへへ、ありがとう。でももしBLの話がダメって言ったらもっとヒキタニくんも喋れたかもしれないのに」
八幡「俺に話の種なんかないぞ。黒歴史くらいしか」
姫菜「いやいや、今日の映画のこととかさ。ほら、パンツもろ見えだったとかお○ぱい揺れ過ぎだったとか胸に顔うずめた改変とか」
八幡「女子とそんな話が出来るか! 罰ゲームってレベルじゃねえぞ!」
姫菜「えー、私はそういうのもバッチコイだよ。女の子も好きだし」
八幡「百合で腐女子かよ…………ノーマルな恋愛にしとこうぜ」
姫菜「え? だから私はヒキタニくんが好きだよ?」
八幡「え、あ…………」
姫菜「おっと。告白は月曜だった。今のナシでお願い」
八幡「お、おう…………」
289:以下、
姫菜「じゃ、そろそろ出よっか。あんまり長居しても店に迷惑だし」
八幡「おう。もうすぐ夕飯の時間だしな」
姫菜「はいストップヒキタニくん。さすがにここの代金まで奢ってもらうのはダメ。伝票を渡しなさい」
八幡「いや、だから、デートなんだったら…………」
姫菜「その気持ちは嬉しいけど私達はまだ学生だよ。稼ぎが違うとかないんだから。それに映画館でも出してもらったし」
八幡「あー…………じゃあ千円だけ出してくれ。あとは俺の顔を立ててほしいんだけど」
姫菜「うー……じゃあ今回はそれで。ご馳走になります」
八幡「いいってこれくらい。会計してるから表で待っててくれ」
姫菜「うん」
八幡(俺はレジで伝票を出し、代金を支払う。外に出ると海老名さんが隣に並んできた)
姫菜「じゃ、今日はこの辺でお開きにしよっか」
八幡「だな。えっと……送っていこうか?」
姫菜「うん、お願いしまーす」
八幡(海老名さんは嬉しそうに返事をして俺の腕に自分のを絡めてきた。うう……予想はしていたけどやっぱり恥ずかしい)
八幡(ちょっと、いや、かなりドギマギしながら海老名さんを家まで送り届け、俺は帰路についた)
298:以下、
八幡(考え事をしていようがボーっとしていようが腹は減る)
小町「どしたのお兄ちゃん?」
八幡「ああ、いや、何でもない」
八幡(逆もまた然り。メシの最中にボーっとしてしまったようだ)
父親「どうした八幡? 悩み事なら聞くだけ聞いてやるぞ。何とかするかは知らん」
八幡「あー…………某妹が『お父さんウザい』って言ってて本人にそれを伝えるべきか悩んでてな」
父親「なっ! こ、小町、嘘だよな!? 小町はパパのこと大好きだよな!?」
小町「お兄ちゃんのは嘘だけど…………でもあんまり構ってくるのはウザいって思っちゃうかも……」
父親「こ、小町いいいぃぃぃ!」
母親「うるさい。もう少し静かに食べなさい」
父親「あ、はい」
八幡(相変わらず比企谷家の男性の立場は低いのである。あとパパって言うな気持ち悪い)
小町「でもお兄ちゃん、本当に何かあったの? 今日のデートで失敗したとか?」
父親「デ、デート!?」
母親「八幡! 詳しく聞かせなさい!」
八幡(静かに食べろって言った直後に何なんだよ)
八幡「というか親の前でんなこと聞くなよ」
299:以下、
小町「えー、でも元気ないお兄ちゃんが気になって…………」
八幡「あとで話してやるから今は大人しくしてろ」
父親「おい八幡。そんなおもし…………可愛い息子の元気がないのを親として放っておけん。相談に乗ってやるから話してみろ」
八幡「今面白そうとか言いかけたよなクソ親父が」
母親「何を言っているの八幡。子供の悩みは親の悩みよ。さ、一緒に解決しましょう」ワクワク
八幡「一見いいセリフだけど好奇心旺盛な表情が台無しにしてるからな。そもそも親に恋愛関係の相談をすることなんかねえから」
父親・母親「ブーブー」
八幡(もうやだこの息ぴったりの夫婦)
301:以下、
八幡(メシを食い終わって自室に戻る。少しするとドアがノックされて小町が入ってきた)
小町「やっはろーお兄ちゃん」
八幡「小町、その挨拶はやめろ。馬鹿が移るぞ」
小町「えー、でも結衣さんも総武高校に受かったんだよね。ならあやかってもいいんじゃない?」
八幡「ほんと何であいつ合格出来たんだろうな…………てか馬鹿って言って由比ヶ浜を連想するあたり小町もなかなかやるな」
小町「わ、わ、今のナシ!」ワタワタ
八幡「で、何か用か?」
小町「ん、海老名さんとのデートはどうだったのかなーって。上手くいった?」
八幡「……………………」
小町「ありゃ、何か失敗しちゃった?」
八幡「いや…………むしろ満点に近いんじゃねえかなって」
小町「え? 自分でそれを言う? 逆にダメっぽいんだけど」
八幡「まあ、色々あってな」
小町「つまり、最終的にどうなったの?」
八幡「あー、相談したい内容もあるから言っちゃうけどさ」
小町「うん」
八幡「月曜日に海老名さんに告白されるらしい」
小町「…………は?」
302:以下、
八幡「罰ゲーム、ってわけでもなさそうだし、どうしたらいいのかわからなくて」
小町「待って待って。どういうこと? それって今日告白されたわけじゃないの?」
八幡「あー……何か勢いで俺を好きって言ってしまったみたいで、ちゃんと月曜に告白し直すから聞いてくれって言われて…………」
小町「お、おおお…………ホントにお兄ちゃんのことが好きだったとは……」
八幡「そこはまあ小町の予想通りだったわけだな。何で最近構うのかはわかったけど、何で奉仕部にいさせようとしたのかはわからんまんまだが」
小町「聞かなかったの?」
八幡「ちょっとショッキングで聞き忘れた。というかその辺の話はやり直し時に持ち越す雰囲気だったからな」
小町「へえ…………で、お兄ちゃんはどうなの? その、海老名さんのことは好きなの?」
八幡「わかんねえ。正直戸惑いの方が今は大きいからな」
小町「お兄ちゃんにとっては初体験だもんね。もしかして今日明日考える時間をくれるためにワザとフライング告白したんじゃない?」
八幡「え」
八幡(あー…………海老名さんならそれくらいのことはするかもな)
小町「もうこればっかりはお兄ちゃんの気持ち次第だけど、どうするにしても真剣に考えてあげてね」
八幡「わかってる」
304:以下、
八幡(日曜日。ぼっちである俺には予定などなく、テレビを見る以外にはダラダラしているだけの安息日である)
八幡(つまり考える時間はいっぱいあるってことなのだが…………まともな結論は出なかった。そりゃそうだ、今まで経験したことのない出来事なんて対処しようがないのだから)
八幡(だからといって逃げるわけにもいかないし…………いっそ罰ゲームであってくれた方がどんなに楽だったか)
小町「悩んでるようですな、彷徨える仔羊お兄ちゃんさん」
八幡「ああ…………どうしたらいいのかさっぱりわかんねえわ。突き放すのが正解かもしれねえけど方法が思い付かないし」
小町「え、何で突き放すの?」
八幡「…………俺なんかと付き合ったって良いことないだろ。海老名さんはトップカーストのグループなんだし」
小町「…………んっふっふー」
八幡「? 何だよ?」
小町「本当にそう思ってるなら悩まなくていいよね。突き放すかどうかから悩んでる時点でお兄ちゃんはだいぶ揺れ動いてるよ」
八幡「う…………」
小町「はー、あのお兄ちゃんがこんなになるなんて。年明けの頃とは大違い」
八幡「うっせ」
305:以下、
小町「あの頃は大変だったんだからね。お父さんもお母さんもオロオロして心配してたんだから」
八幡「は? 親父達が?」
小町「うん。いつもの不精とかじゃなくて無気力状態のお兄ちゃんにどうすればいいのかわからないって。下手に親がでしゃばるのも良くないって言ってたけど心配はしてたよ」
八幡「そう……なのか……」
小町「だから昨晩は嬉しそうだったよ。なんか色々解決したみたいな上に恋愛事で悩むような余裕も出来たんだなって」
八幡「恋愛事で悩むのって余裕の現れなのか……?」
小町「ちょっと前のお兄ちゃんのに比べればでしょ。そりゃ人に寄っては違うけど、お兄ちゃんの表情見てればね」
八幡「そんなもんなのか…………だからといって息子の恋愛沙汰に興味を持って欲しくはないがな」
小町「家族愛ってことでひとつ。で、お兄ちゃんは海老名さんにどう返事するの? 断るにしても真剣にしないとダメだよ」
八幡「あー……まだ決めかねてる。というか決めなくてもいいやと思ってる」
小町「え?」
八幡「今の自分の気持ちは俺にもわからん。だからもうその場で臨機応変に対応しようかと」
小町「コミュ障のお兄ちゃんにできるの? どっちかっていうと行き当たりばったり、でしょ」
八幡「うっせ」
八幡(ま、何とかなるだろ)
306:以下、
小町「でもたった数日でこんなふうになるなんて、初詣の神頼みが聞いたのかな?」
八幡「え、何をお願いしたの?」
小町「お兄ちゃんの悩みが解決してお兄ちゃんに春が訪れますようにって。見事に両方叶っちゃいそう!」
八幡「春はまだ訪れてねえよ。てか俺のことより自分の頼み事をしろ受験生」
小町「もちろんそれもしたよ。でもお兄ちゃんのことが気になって勉強に手が付かなかったら意味ないし」
八幡「あー……重ね重ね悪かったな」
小町「ううん、平気。そういえばお兄ちゃんは何をお願いしたの?」
八幡「決まってんだろ。小町の受験が上手くいって小町が幸せになれますようにってな」
小町「え、自分のは?」
八幡「いや別に。というか神様もどこまで手が回るかわからんしな、なら一点集中狙いで小町の受験にした」
小町「えー、もったいない。良いことをしたんだから色々叶えてくれたかもしれないのに」
八幡「良いこと?」
小町「ほら、神社で綺麗な着物姿の人を助けたじゃない」
八幡「ああ、そんなこともあったな。あまり顔を見てないから綺麗かどうかは知らんが」
小町「ええー、もったいない。凄い美人だったよ。高校生か大学生くらいかな?」
八幡「どうせその場限りの出会いなんだから関係ねえよ…………そろそろ寝るか。小町も勉強はほどほどにな」
小町「はーい」
309:以下、
八幡(七つのうち最も嫌われているであろう月曜日がやってきた。眠い目を擦りながら俺は教室に入る)
八幡(相変わらず葉山グループを中心に賑やかなクラスだったが、その隙間を縫うように自分の席に向かう。その時こちらに気付いた海老名さんが軽く手を振ってきた)
八幡「………………」
八幡(ちょっと気恥ずかしくなったが、振り返すとニコッと海老名さんは嬉しそうな表情をする。思わずドキッとし、慌てて目を逸らしてしまう)
八幡(仕方ないでしょ! ぼっちにはハードル高過ぎだってば!)
彩加「あ、八幡。おはよう」
八幡「おお、戸塚。おはよう」
八幡(トテトテと寄ってきた戸塚に俺は挨拶を返す。ああ、癒やされるな…………)
姫菜「………………」
310:以下、
八幡(さて、昼休みだ)
八幡(確認はしてないけど海老名さんは三浦を止めてくれるって言っていた。なら逃げる必要もない。久々に教室でぼっちメシを楽しもう)
姫菜「はろはろ?、今日もよろしくー」
八幡「…………何で?」
八幡(俺の席に海老名さんがやってきた。もちろん弁当持参でだ)
姫菜「え、やっぱり優美子いたほうがいい?」
八幡「違えよ。何で海老名さんがこっちに来てんだって」
姫菜「え? 優美子がヒキタニくんとお昼一緒しようとするのを止める、とは言ったけど私のことは何も言ってないよ」
八幡「そりゃそうだけど…………」
姫菜「それに優美子を止める理由的に私がヒキタニくんのとこ来なきゃいけなかったし」
八幡「はい? てかどんな理由であの三浦を止めたんだ?」
姫菜「私がヒキタニくんと二人でご飯食べたいからってお願いしたの」
八幡「なっ…………」
姫菜「だから私がここを離れると優美子がやってきちゃうかも。どうする?」
八幡「…………わかった。海老名さんと二人でいい」
姫菜「あ、今のもうちょっとロマンチックに言って。『姫菜と二人きりがいい』とか」
八幡「言わねえから。あと名前呼びもしない」
姫菜「ちぇー」
311:以下、
八幡(幸いなことに海老名さんはあまり話し掛けてこない。だけど俺の顔をじっと見てきたりするのでどうにも落ち着かなかった)
八幡(悪目立ちや蔑みの視線でなく、はにかみながら見られているというのは気恥ずかしさも相まってメシの味がほとんどわからない)
八幡「ご、ごちそうさま。んじゃ、俺ちょっと用事あっからこれで」
姫菜「え、ヒキタニくんに用事なんかあるの?」
八幡(確かに普段の俺なら用事なんかあるわけがない。しかし今日に限っては正当な用事を作ることができた)
八幡「ああ、奉仕部に先週持ち込まれた依頼でな。ちょっと材木座に会いに」
姫菜「あ、自作ラノベの添削ってやつ?」
八幡「週明けまでに済ますって言ったからな。面倒なことはさっさと終わらせる」
姫菜「うん、わかった。行ってらっしゃーい」
八幡(フリフリと手を振る海老名さんに適当に応えながら俺は材木座から預かった原稿を持って教室を出る)
八幡(その際、葉山グループの方から視線を感じたが、それは一切合切無視した)
312:以下、
八幡(材木座を呼び出し、珍しく丁寧にダメ出しという名の指摘をしてやる)
八幡(というかただの時間稼ぎだ。さっさと教室に戻ったらまた絡まれる可能性もある。昼休みいっぱいを俺は材木座と過ごしてしまった)
義輝「…………うむむ、今回も手厳しいが為になった。また次回もよろしく頼む」
八幡「とりあえず流行りものをすぐに取り入れるのはやめておけ。どっかで見たな、くらいにしか思わんから」
義輝「わ、わかった。善処しよう」
八幡(予鈴が鳴ったので俺は材木座と別れ、教室に戻る。次の授業は数学だったか…………面倒くせえ……)
八幡(そんなふうに何事もなく午後を過ごし、放課後になった)
八幡(そういや海老名さんはいつあの話を切り出してくるつもりなんだ? また帰り際に駐輪場で待ってる気か? いや、悪戯や気の迷いだったって可能性もあるが。むしろそうであってくれ)
八幡(クラス内を見回すと葉山や三浦はいたが、海老名さんはいなかった。まあ有耶無耶になったってこっちは一向に構わないんだがな)
八幡(あ、そうだ。平塚先生に奉仕部に残るのを報告しとかないと。そう思って職員室に向かっていると、俺を呼び止める声があった)
翔「ヒキタニくん、ちょっと話があんだけどさ」
321:以下、
八幡(とりあえず黙って前を歩く戸部のあとをついて行ってるわけだが…………)
八幡(やっぱり話って海老名さんのことだよな……なんだろう、問い詰められたり詰られたりすんのかなあ。せめて痛い目を見るのは勘弁してほしいなあ)
八幡(やがて自販機のとこにたどり着き、戸部は財布を取り出した)
翔「ヒキタニくん、マックスコーヒーが好きなんだっけか?」
八幡「え? あ、ああ」
翔「よっと。ほい」
八幡(戸部はマッ缶を購入し、放ってくる。俺は慌ててそれを受け取った)
八幡「な、なんだ、くれるのか?」
翔「話に付き合わしちゃってるワビってことでさ、もらっといてくれよ」
八幡「まあ、いいけど…………」
翔「とりあえず座らね?」
八幡「…………ああ」
八幡(俺達はベンチに腰掛ける。この前葉山と話したのと同じベンチだ。なに、ここリア充御用達なの?)
翔「で、俺の話ってもう予想してるっしょ?」
八幡「海老名さんのこと、だよな?」
翔「そーそー」
八幡「………………」
翔「………………」
八幡(それに頷いたものの、戸部はそれきり黙ってしまった。いや、何かを言おうとはしているのだが、どう言い出したものか逡巡している感じだ)
322:以下、
翔「あー、実はさ、俺って意外とモテるんだよね」
八幡(? 突然変なことを喋り出す戸部。何か話のきっかけでも作ろうとしてんのか?)
八幡「そうか。でも意外でもないだろ別に」
翔「お、そう思う?」
八幡「背も高いし顔も悪くないしサッカー部で活躍してんのなら人気あってもおかしくないだろ。ちょっと軽薄そうだけどそれが親しみやすいって長所にもなり得るし」
翔「ちょっとヒキタニくん、誉め過ぎっしょー。お世辞でも悪い気はしないけどさー」
八幡(戸部は照れ臭そうに頭を掻く。しかし俺はお世辞のつもりはない。戸部だってトップカーストの一員なんだし)
翔「まあ隼人くんの陰に隠れちゃってるけどさ、告白だって何度かされたことあんだよね。同級生にも後輩にも」
八幡「羨ましいことで」
八幡(俺だって中学時代されたことあるぞ。罰ゲームで)
翔「でも俺はそれを断ってきた。他に好きな人がいるからって」
八幡「…………」
八幡(戸部の表情からいつもの軽薄さが消え、真剣なものに変わる。本題に入ったようだ)
翔「そんな俺が断ってきた女の子に比べてさ、俺ってホントダメなやつだなーって」
八幡「は? 何でだよ?」
323:以下、
翔「みんな自分で考えて、悩んで、勇気を出して告白してきたのにさ。俺は他人に頼っちゃった。海老名さんと上手くいくようにしてほしいなんて」
八幡「おかしくはないだろそんなの。むしろ本当に好きだからどんな手段を使っても成功させたいってのは当然なんじゃないか?」
翔「そんなふうに言ってくれるヒキタニくんってマジ良い奴っしょ…………」
八幡「んなことねえよ。その告白を俺がぶち壊したのわかってんだろ」
翔「あー、あれはマジごめんな」
八幡「え、何でお前が謝るんだよ? 俺がしゃしゃり出て」
翔「海老名さんに聞いた」
八幡「!」
翔「昨日海老名さんに呼び出されてさ、そん時に色々…………修学旅行の時の裏話?ってのも」
八幡「…………」
翔「そんで、そのせいでヒキタニくんが結衣達とギクシャクしちゃったのも」
八幡「それは違う。戸部や海老名さん達のせいじゃない」
翔「ヒキタニくんならそう言うって予想はしてた。でも絶対原因の一つではあるっしょ。最初から俺が海老名さんに気持ちを伝えるだけで済むのにややこしくしちゃって…………しかもヒキタニくんは乗り気じゃなかったのに全部悪いとこ背負わせちゃったし」
324:以下、
八幡「別に気にしてねえしそんなふうに思ってもねえから」
翔「嘘でもそう言ってくれるなら助かるけどさ…………で、結局ヒキタニくんが海老名さんにした告白は完全に嘘なん? 海老名さんに好意を持ってたりとか」
八幡「少なくともあの告白はガチ百%嘘だ」
翔「ふーん。でも今海老名さんはヒキタニくんが好きなんっしょ?」
八幡「え…………」
翔「それも昨日聞いた。呼び出されてウキウキしてたらまさかの言葉だったわー」
八幡「…………」
翔「まあフったことのある俺がフられるのを受け入れないわけにはいかないっしょ。だから昨日ちゃんと告白して、ちゃんとフられてきた」
八幡「!!」
翔「ヒキタニくんは俺の気持ち知ってるし、優しいから遠慮とかするんじゃないかって不安になってさー」
八幡(戸部はそこで俺の方に向き直り、まっすぐに見てくる)
翔「受け入れるにしてもフるにしても、海老名さんの気持ちにしっかり答えてやってほしいんだわ。何かを言い訳にしたりせず、ちゃんとヒキタニくん自身の気持ちでさ」
329:以下、
八幡「俺自身の気持ちで、か…………」
翔「まー、言っちゃなんだけどヒキタニくん恋愛経験少なそうだからすぐには無理かもしれないけどさー」
八幡「本当に言っちゃなんだなオイ。フられた回数なら豊富だぞ」
翔「おお、結衣が言ってたヒキタニくん得意の自虐ネタ」
八幡「なんであいつは俺を話題にしてんだ…………」
翔「あっはっは、ヒキタニくんてやっぱり面白いわー。でも結衣は海老名さんの気持ちまだ知らないんだよな。多分俺と優美子だけかな?」
八幡「そうなのか?」
翔「結衣が知ってたらもっと騒ぎ立てるっしょ。優美子は意味ありげな目線だったから…………ん、メール?」
八幡(戸部はポケットから携帯を取り出して操作する)
翔「やべ、いろはすからだ。紅白戦始まるのに俺の姿が見えないって顧問が怒ってるらしい。悪いけどヒキタニくん、俺は部活に行くから」
八幡「おう、頑張ってこい」
翔「また話とかメシとか一緒しよーぜ。じゃー」
八幡(戸部は俺の肩を叩いたあとダッシュで去っていった。さすがサッカー部レギュラー。足のいことで)
八幡(しかし、うん。戸部ってウザいけどいいやつだよな……)
八幡「…………」
八幡(自分の気持ち、か…………)
342:以下、
八幡(何だかなあ…………あいつらに比べて俺は…………)
八幡(頭を悩ませながら部室に向かう。ドアの前に立つと中から話し声が聞こえた)
八幡(何やら盛り上がっているようで、邪魔をしないようにそっとドアを開ける)
結衣「全然印象違うんだね、びっくりしたし!」
雪乃「この時はコンタクトをしていたのかしら?」
姫菜「うん。あんまり好きじゃないんだけどこういう時くらいはって…………あ、ヒキタニくん、はろはろ?」
八幡(部室には海老名さんが来ていた。ちょっと戸惑いながらも短く返事をしておく)
結衣「ヒッキー見て見て! 姫菜がすっごいキレイなの!」
八幡「あん?」
雪乃「海老名さんの着物姿よ。あなたの目もこれを見て浄化するといいわ」
八幡「俺の目は呪いか何かかよ…………どれどれ」
八幡(由比ヶ浜が差し出してきたのは一人の女性を被写体にした写真だった)
八幡「…………へえ」
八幡(思わず感嘆の声が漏れた。普段とは全然違う、もっと大人っぽくて艶めかしい女性の姿があった。言われたうえでよく見なければ海老名さんの面影を見付けられないだろう)
343:以下、
姫菜「ど、どうかな?」
八幡「えっと、月並みな意見で申し訳ないけど、綺麗だと、思うぞ」
姫菜「ホント? えへへ、ヒキタニくんにもそう言ってもらえて嬉しいな」
雪乃「あなたにも人並みの審美眼があったのね。どう? 目の濁りは取れたかしら?」
八幡「俺の目は筋金入りだぞ。一朝一夕で取れるもんじゃない」
八幡(くすくすと笑いながら言う雪ノ下に返しながら俺はいつもの席に座る………………あれ? 今の着物姿、どっかで見たことあるような……)
八幡(気のせいか…………もう一回見せてくれとか言ったら何か言われそうだし……)
姫菜「それでね、せっかくだからこの格好で近所の神社に初詣行こうとしたんだけど、家族が昼から出来上がっちゃっててさー。仕方なく一人で行ったんだ」
結衣「大丈夫だったの? ナンパとかされたんじゃない?」
雪乃「あるいはたちの悪い酔っ払いに絡まれたりとか」
姫菜「雪ノ下さん御名答。うん、実は神社で酔ったおじさんに絡まれちゃってね」
八幡(…………あれ?)
姫菜「その時慣れない草履だったからく走ると転びそうだったし、出店の裏で人も通りかからないしでさ」
八幡(…………)
346:以下、
姫菜「ベンチに座ってたんだけど、何か怖くて大声も出せなくて……」
結衣「だ、大丈夫だったの?」
姫菜「んー、正直もうダメかなと思っちゃった。身体とか触られちゃうのかなあって」
雪乃「その言い方だと大丈夫だったみたいね。どなたかが助けてくれたのかしら?」
姫菜「うん、たまたま通りかかった男の人がいてさ、私が困ってる様子を見て近寄ってきたの。それでいきなり両腕を振り上げてね」
結衣「ま、まさか暴力とか……?」
姫菜「ううん。手を叩いて大きな音を出したの。お相撲さんの猫騙しみたいなやつ」
雪乃「いきなりそんなことをしたらさぞかし驚くでしょうね」
姫菜「うん。酔っ払いのおじさんはびっくりしてベンチからずり落ちちゃってね、その隙に私の手を取ってその場から連れ出してくれたの」
結衣「うわ、かっこいい!」
雪乃「ずいぶんスマートなやり方ね。なかなか出来ることではないわ」
八幡「…………」ダラダラ
姫菜「えへへー。ねえ、ヒキタニくん」
八幡「お、おう」
姫菜「あの時はありがとう。お礼を言うのが遅くなってごめんなさい」
353:以下、
雪乃「え?」
結衣「えっ?」
八幡「…………あれ、海老名さんだったのか」
姫菜「うん。新学期になってからも反応薄いし、もしかして気付いてなかったのかなーって思ったけど」
八幡「ああ。全然気付かなかった」
八幡(だけど今思い返してみると、その時のことを探るような言動が結構あったな)
姫菜「ふふ、ヒキタニくん格好良かったよ。手を引っ張られた時はドキドキしちゃった」
八幡「あ、いや…………」
姫菜「もともとヒキタニくんは悪くない人だと思ってたんだけどさ、あれがきっかけだったよ」
八幡「…………」
姫菜「そこから段々気になってきてさ。教室でもつい目で追っちゃったり、誰かと会話してるのを耳傾けたり」
八幡「え、海老名さん…………」
姫菜「気が付いたら、ヒキタニくんの存在がすっごく大きくなってた」
八幡(な、なんだこの流れ……まさか、こんなところで…………)
姫菜「約束通り言わせてもらうね。ヒキタニくん…………ううん、比企谷八幡くん」
八幡(止めようとした。だけど海老名さんの真剣な眼差しに身体が動かない。海老名さんはついに決定的な言葉を放つ)
姫菜「私は、あなたが好きです」
365:以下、
八幡(部室内に静寂が訪れる。俺は言葉が出てこなかったし、雪ノ下と由比ヶ浜は目を丸くしていた)
八幡(そもそも何でここで言うんだ? てっきり前みたいに駐輪場で待ち伏せしてるか、どっかに呼び出しされるのかと思っていたのに)
姫菜「あー……この場所で告白したのはヒキタニくんにとって迷惑かなと思うけど、ごめんね」
八幡「あ、いや…………」
八幡(俺の心を読んだかのように海老名さんが話す。そういや呼び方が戻ったな。てか俺の名前ちゃんと知ってたんだ)
八幡「えっと…………じゃあ、ちょっと質問していいか?」
姫菜「はいはい、どーぞー。聞きたいことあるの?」
八幡「色々あるけど、とりあえずずっと気になってたやつを聞くわ。何で海老名さんは俺を奉仕部に残らせようとしてたんだ?」
366:以下、
姫菜「んー、申し訳ないと思ったから、かな」
八幡「いや、だから海老名さんが原因てわけじゃないんだからそんな……」
姫菜「あ、そうじゃなくて」
八幡「え?」
姫菜「ヒキタニくんさ、奉仕部好きでしょ?」
八幡「う…………」
八幡(答えにくいことをストレートに聞いてくるなぁ。しかしごまかす状況ではないか。なるべく雪ノ下達から顔をそむけながら答える)
八幡「まあ、そうだな」
姫菜「そんな奉仕部内が微妙になってて辞めるだの辞めないだのの時ってさ、結構心弱ってたんじゃない?」
八幡「……かもな」
姫菜「そんな時に告白するのなんて、何か違うかなーって」
八幡「弱ってるとこにつけ込むみたい、ってことか?」
姫菜「そんなとこかな。それじゃあフェアじゃないでしょ」
八幡「フェアって…………別に誰かと勝負してるわけでもないだろ」
姫菜「してるといえばしてるかも」
八幡「え?」
八幡(俺は意味がわからず聞き直したが、海老名さんは俺から雪ノ下達の方に向く)
367:以下、
姫菜「結衣、雪ノ下さん、私はヒキタニくんが好きだよ」
結衣「…………」
雪乃「…………」
姫菜「ごめんね不意打ちみたいなことしちゃって。でも、本気だから」
結衣「姫菜…………」
雪乃「海老名さん…………」
姫菜「二人は、どうするの?」
結衣「…………」
雪乃「…………」
八幡(どうするのって…………おいおい海老名さん、まるで二人が俺のことを好きみたいじゃないか)
雪乃「…………そうね。いつまでもこのままではいられないと思ってはいたわ」
結衣「ゆ、ゆきのん……」
雪乃「由比ヶ浜さん。私達には避けられない、いつか通らなければいけない道なのよ。それが今来たというだけ」
結衣「う…………」
雪乃「ならば、もう決着を付けにいきましょう。大丈夫よ、私達なら」
結衣「…………うん!」
八幡(なんだなんだ、いったい何の話だ?)
雪乃「比企谷くん」
八幡「お、おう」
八幡(いきなり話し掛けられて戸惑う。なんだよ、由比ヶ浜と海老名さんと話してる最中っぽいのに)
378:以下、
雪乃「私はあなたが好きよ」
八幡「………………は?」
雪乃「だからあなたが傷付くのは嫌だったし、演技とはいえ海老名さんに告白した件は必要以上に責めてしまったわ。ごめんなさい」
八幡「え? え?」
八幡(雪ノ下が、俺を?)
雪乃「さ、次は由比ヶ浜さんの番よ」
結衣「う、うん」
八幡(ちょ、ちょっと待ってくれ。今混乱してて…………)
結衣「ヒッキー。あたしヒッキーのことが好き」
八幡「…………っ!」
結衣「何だかんだ言っても人に優しいヒッキーは好き。でも、自分に優しくないヒッキーは嫌。胸が苦しくなるの」
八幡(ゆ、由比ヶ浜まで…………)
姫菜「あはは、ヒキタニくんモテモテだねー」
八幡「…………いや、笑い事じゃないだろ」
姫菜「そうだね。でも今まで思いも寄らなかったって表情だったから、つい」
八幡「そりゃそうだろ…………えっと、罰ゲームとかじゃ、ないんだよな?」
結衣「違うし!」
雪乃「私達は本気よ」
八幡「そ、そうか…………」
八幡(マジか…………)
379:以下、
姫菜「でもさ、こう言っちゃ何だけど、結衣も雪ノ下さんもヒキタニくんにとっては気持ち伝わりづらいと思うよ」
結衣「う…………」
雪乃「そう……かしら?」
姫菜「端から見てるとわかりやすいけどね。特に結衣はバレバレだし」
結衣「うえぇ!?」
姫菜「以前からヒキタニくんの方をチラチラ見てたし、何かあるとすぐ話題に出すし」
結衣「ストップストップ! これ以上だめぇ!」
八幡「////」
姫菜「雪ノ下さんも結構意識してるみたいだったしね。ヒキタニくんと話してる時は嬉々としてたし」
雪乃「なっ……!?」
姫菜「ま、ヒキタニくんはわかってなかったみたいだけど。それともわざとわからない振りしてたのかな?」
八幡「…………わかんねえよ。わかるわけ、ない」
八幡(海老名さんの言葉に軽く返そうと思ったが、思いのほか真剣味を帯びてしまったようだ。三人の表情が少し引き締まる)
380:以下、
八幡「ああ、いや、すまん。そっちがわじゃなくてこっちがわの問題な。俺が、誰かに好かれることなんて無えと思ってたからさ」
姫菜「だよねー。はっきり言っても疑うんだから態度で察しろってのも無理だよね」
雪乃・結衣「「う…………」」
姫菜「まあだから私から言わせてもらったんだけど。でも映画デートとかしたんだから少しは意識して欲しかったなー、なんて」
八幡「いや、海老名さんは誰ともそういう関係になるつもりはないって言ってたからさ」
姫菜「そのつもりだったんだけどね。惚れちゃったものは仕方ないよ」
結衣「ちょっと待ってヒッキー!」
雪乃「え、映画デートとはどういうことかしら?」
八幡「ああ、海老名さんと共通の見たい映画があったから一緒に見ただけだ」
姫菜「うんうん。それだけだよ。手を繋いだりそのあとファミレスで楽しくお喋りしたりしたけど全然大したことじゃないし」
雪乃「なっ……!」
結衣「ヒ、ヒッキー!! どういうこと!?」
八幡「いや、なんで俺に問い詰めるの?」
385:以下、
姫菜「まあまあ二人とも。全部私の方からしたことだからさ」
八幡「自分で煽っておきながら…………」
姫菜「だってさ、私は二人に比べてだいぶ出遅れちゃってるし。言葉にはしなくても二人から何らかのアプローチはされてるんでしょ?」
八幡「…………」
雪乃「…………」
結衣「…………」
姫菜「あ、あれ?」
八幡「あんまり覚えがねえな…………というか雪ノ下に至ってはいまだに電話番号やメルアドを知らんし」
姫菜「ええー…………私だってもう交換したしメールも定期的にしてるよ?」
雪乃「し、仕方ないじゃない。一度タイミングを逃したらなかなか言い出せなくて…………」
姫菜「ほら、ヒキタニくん。せっかくだから今交換しといてあげなよ」
八幡「え、ああ。えっと、雪ノ下、交換しとくか?」
雪乃「え、ええ。お願いするわ」
八幡(この中では最も早く知り合った雪ノ下とようやく俺は連絡先を交換しあった)
姫菜「うーん、しかし結衣がそこまで純情だったとはねー。もうちょっと積極的にいってるかと思ったのに」
八幡「別に責めるわけじゃないけどさ、どっちかっていうと俺は嫌われてるんじゃないかって反応ばっかだった気がするぞ」
結衣「うう…………」
387:以下、
雪乃「あの、海老名さん?」
姫菜「ん、なに?」
雪乃「あなたのスタンスがよくわからないのだけれど…………あなたは比企谷くんのことが好きなのよね?」
姫菜「うん、そうだよ。あわよくば恋人同士とかになれたらなって思ってる」
雪乃「それなのに時折私達に助け舟を出すような行為をしているのは何故なの? そもそも私達の前でなく、関係ないところで動いた方が得策ではないかしら?」
姫菜「うーん、さっきも言ったようにフェアじゃないからかな」
雪乃「でも恋愛沙汰は綺麗事だけではやっていけないわよ。いえ、私も経験豊富というわけではないのだけれども」
姫菜「そうなんだけどね…………ね、ヒキタニくん」
八幡「な、何だ?」
姫菜「ヒキタニくんはさ、奉仕部に入って自分が変わったと思う?」
八幡「え…………まあ、変化はあったと思ってるよ」
姫菜「うん、だよね。もっと言えば結衣や雪ノ下さんと関わるようになって、だよね」
八幡「………………」
姫菜「私が好きになったのはそのヒキタニくん。結衣や雪ノ下さんのおかげで変わったヒキタニくんなんだ。なら、二人のいないとこでこそこそするのはさすがに不誠実かなって」
390:以下、
結衣「不誠実だなんて、そんな…………」
姫菜「やー、思った以上にヒキタニくんに惚れててさ、それに優美子達を見てて考えさせられたんだよね。ちゃんと真っ直ぐに向き合おうって」
雪乃「三浦さん?」
姫菜「うん。だから、とべっちのこともちゃんとしてきた」
結衣「えっ?」
八幡「…………昨日のことか」
姫菜「あ、とべっちに聞いた?」
八幡「ついさっきな…………こう言うのも何だが、あいつすげえ良い男だぞ」
姫菜「うん、知ってる。でも私が好きになったのはヒキタニくんだしねー。そもそもとべっちじゃ私の趣味を受け入れてくれそうにないし」
八幡「おい待て。まるで俺が海老名さんの趣味を受け入れているように聞こえるぞ」
姫菜「え、ファミレスでメメラギの話の前に言ってたじゃない。『姫菜、俺ならお前の趣味も何もかも受け入れてやれるキリッ』て」
結衣「え、ヒ、ヒッキー!?」
八幡「言ってねえから。否定はしないってだけだろうが。あとキメ顔もしてない」
雪乃「コホン…………つまり海老名さんは戸部くんを…………?」
姫菜「うん。ちゃんとお話して、断ってきた」
395:以下、
結衣「そ、そうなんだ…………」
姫菜「うん。だからヒキタニくん、この前みたいにとべっちを理由にしないでね」
八幡「…………しねえよ。戸部にも言われたしな」
結衣「え、な、何を?」
八幡「それは言えねえよ。戸部のためにもな」
姫菜「うーん、いいねぇ男の友情は。また色々捗りそう…………」
八幡「いや、他人事みたいに言ってるけど思いっきり海老名さんは当事者だからね? むしろ俺と戸部の間に入ってるからね?」
姫菜「わかってるよー。でもあんまり空気重くするのも何だかなって」
八幡「はあ…………」
雪乃「それで比企谷くん。どうするの?」
八幡「あん? 何が?」
雪乃「あなたは今、三人の女子に告白されたのよ。それの返事に決まってるじゃない」
八幡「……………………」
396:以下、
八幡(………………返事、か)
八幡(今、ここで俺が言うべきことは決まってる)
八幡「悪い、ちょっと…………」
雪乃「『ちょっと1日考えさせてほしい』なんてヘタレたことを言ったら校内の自動販売機のマックスコーヒーを買い占めて常に売り切れにするわよ」
八幡「…………」
雪乃「…………」
結衣「…………」
姫菜「…………」
八幡「…………ちょっと今週いっぱい考えさせてほしい」
雪乃「はぁ?」
結衣「もっとヘタレじゃん! 長すぎるよ!」
姫菜「あはっ! あははははは!」
八幡(雪ノ下は呆れ、由比ヶ浜は突っ込みを入れ、海老名さんは大ウケして机をバンバン叩く)
八幡「し、仕方ないだろ。告白して玉砕することはあってもされたことなんか罰ゲーム以外ではねえし! それも複数同時になんて!」
雪乃「そんなに難しく考える必要ないじゃない。自分の気持ちに素直になって『俺もずっとお前が好きだったよ雪乃』って言えばいいのよ」
結衣「ちょっとゆきのん! なんでゆきのんが選ばれてることになってんだし!?」
姫菜「あはは。というか今まで全然素直じゃなかった雪ノ下さんが言えるセリフじゃないよ」
雪乃「む…………」
399:以下、
八幡「いや、まあ何ていうか……お前らの気持ちは嬉しいよ。本気で好きになってもらったことなんかねえからさ」
雪乃「比企谷くん…………」
八幡「…………本気、だよな?」
結衣「だからそう言ってるじゃん! 罰ゲームとかじゃないからそんな恐る恐る聞かないでいい加減信用してよ!」
八幡「だ、だって」
姫菜「ヒキタニくん、信じてくれないならここで三人で『ヒキタニくんの良いところや好きになったところ』の暴露大会を始めちゃうよー」
八幡「それは勘弁してくれ…………わかったよ、信じる」
結衣「むー…………何か姫菜ってヒッキーの操作方法が上手い…………」
姫菜「ふふーん、ごめんね結衣。正妻の貫禄を見せ付けちゃったみたいで」
結衣「何でだし! あたしの方がヒッキーとの付き合い長いもん! ね、ヒッキー?」
八幡(やめて! 私のために争わないでみんな!)
八幡「というか一旦落ち着いてくれよ」
結衣「むー……」
八幡「まあ、なんだ。正直そんなポンと返事を出せるもんじゃないだろこれ。お前らだからこそ、真面目に、真剣に考えて答えを出してみたいんだ」
400:以下、
雪乃「仕方ないわね。それならじっくり考えなさい」
八幡「ああ。すまん」
雪乃「それと今回のことでわかったと思うけれど、あなたは自分で思うよりずっと上等な人間なのよ。昔ならいざ知らず、少なくとも今のあなたは」
八幡「え?」
雪乃「あなたを好きな人がいる。あなたが傷付くと嫌な人がいる。あなたに何かあると心配する人がいる」
八幡「………………」
雪乃「これからは、その事を心に留めてくれると嬉しいわ」
八幡「……ああ、わかった」
雪乃「…………では今日の部活は終わりにしましょう。もう帰っていいわよ比企谷くん」
八幡「え? でもまだ時間は…………」
姫菜「こらこらヒキタニくん、雪ノ下さんの赤い顔見ればわかるでしょ。もう一緒にいるだけでもいっぱいいっぱいなんだって」
八幡「な…………」
雪乃「よ、余計なこと言わないでちょうだい海老名さん」
姫菜「でも否定はしないんだねー。ま、そんなわけだからここは女だけにしといてよ、ほらほら」
八幡「お、おう。じゃあ、また明日な」
八幡(俺は海老名さんに背中を押され、部室をあとにした。三人が少し心配でもあったが、俺が何かできるわけもない。とりあえず帰るか…………)
422:以下、
八幡「ただいまー」
小町「お帰りお兄ちゃん、今日は早いね。あ、もしかして告白関係で?」
八幡「あー……まあそんなとこだ」
小町「で、どうだったの? 海老名さんに告白されて付き合うことにしたの?」ワクワク
八幡「いや、保留中」
小町「えっ?」
八幡「ちょっと色々あってな、今週いっぱい時間もらって考えさせてもらうことにしたんだ」
小町「ええー…………こう言っちゃなんだけどお兄ちゃんが告白されるなんてもう一生涯ないかもよ? それとも他に誰か好きな人がいるとか?」
八幡「確かに今日みたいな告白イベントはもう二度とないだろうな…………」
小町「だったら」
八幡「まあ聞けよ。俺もいっぱいいっぱいなんだから相談に乗っては欲しいんだ」
小町「なんか訳ありっぽいね。そんじゃじっくり聞きましょう。コーヒー淹れるからリビング来てよ」
八幡「おう。着替えたら行くわ」
424:以下、
八幡(俺は自室で部屋着に着替え、リビングに向かう。コーヒーのいい匂いが漂ってきた)
小町「お待たせー。砂糖とかはここね」
八幡「おう、サンキュ」
八幡(座って待っていると小町がコーヒーを目の前に置いてくれる。スティックシュガーをたっぷりと入れてよくかき混ぜた)
小町「いつも思うけどお兄ちゃん糖分取り過ぎじゃない? 糖尿病になっちゃうよ」
八幡「脳みそ使ってるから大丈夫だ。特に今回の件は頭痛くなるほど考えにゃならんし」
小町「なんか昨晩と言ってることが違う…………何があったの?」
八幡「聞いて驚くなよ」
小町「勿体ぶらないでいいから早く」
八幡「今日部室に行ったら雪ノ下と由比ヶ浜と海老名さんがいたんだけど」
小町「うん」
八幡「三人それぞれから告白された」
小町「へー。その海老名さんだけじゃなくて雪乃さんも結衣さんも告白したんだ」
八幡「…………なんか反応薄くね?」
小町「え、だって二人とも前々からお兄ちゃんが好きなんだろうなとは思ってたし」
八幡「…………マジで?」
小町「マジで」
425:以下、
八幡「俺全然わからなかったんだけど…………」
小町「お兄ちゃんは自惚れや勘違いをしないように無意識に自分に言い聞かせていただけだと思うよ」
八幡「だってよ、二人ともいつも俺のことをキモいとか言ったり蔑ろにしたり空気扱いしたりしてんだぞ」
小町「あー……さすがにそれは二人が悪いかな。たぶん油断もあったんだろうけど」
八幡「油断?」
小町「ほら、お兄ちゃんモテないじゃん。だから他の女が近付くことはないと思って慌てなくてもいいと考えてたんだよ、きっと」
八幡「おいおい、目以外は顔は悪くない。国語は学年トップクラスの成績。なかなかの高スペックだぞ俺は」
小町「フォロー出来ないレベルで目が腐ってる。数学は学年最下位クラス。コミュニケーション能力が致命的に不足している」
八幡「やめてくれ小町、その罵倒は俺に効く」
小町「まあ実際のところはモテモテだったわけですね、我が兄は」
八幡「正直今でも冗談かなんかかという疑いを捨て切れてないけどな…………」
426:以下、
小町「最近はお兄ちゃん達の仲が微妙だったからもう駄目かなーとは思ってたんだけど」
八幡「…………あいつらが俺を好きだっての、端から見たらわかりやすかったか?」
小町「うん。知らない人が見たらわからないだろうけど、親しい人なら丸分かりだったんじゃない?」
八幡「そうなのか…………」
小町「でもその海老名さんは何でお兄ちゃんを好きになったの? きっかけとか聞いた?」
八幡「一応な…………ほら、初詣ん時ちょっとした事件あっただろ」
小町「あ、あのお兄ちゃん猫騙し活躍事件?」
八幡「どんな事件名だよ…………その時の着物姿の女性な、あれ海老名さんだったらしい」
小町「えーっ!? 本当に!?」
八幡「ああ。部室で写真見せてもらったわ。とりあえずきっかけはそれだな」
小町「ほえー…………ん? でも何で部室で? 海老名さんは奉仕部関係ないんだよね?」
八幡「まあ簡単に言うと、雪ノ下や由比ヶ浜のいないとこで告白するのはフェアじゃないとか何とか。俺にとっても恥ずかしいからここらへんはあんま突っ込まないでくれ」
小町「ふむむ…………で、お兄ちゃんはどうするつもりなの?」
427:以下、
八幡「………………」
小町「?」
八幡「どうしよう…………?」
小町「いや、小町に聞かれても…………相談に乗るとは言ったけどちょっと予想外だったよ。海老名さんが雪乃さん達を煽るなんて。普通なら二人きりになって告白するもんだし」
八幡「ああ。こっちから持ちかけといてなんだけど、相談して何とかなるもんじゃないよなこれ」
小町「結局のところお兄ちゃんがどうしたいかってことだもんね」
八幡「だよなあ…………いや、その『どうしたいか』ってのが自分でもよくわかってないんだがな。だからこそ時間をもらったわけなんだが」
小町「今までの人生で縁がなかったから悩むのも無理ないか…………でもお兄ちゃん、これは覚えといて」
八幡「あん?」
小町「ちゃんと、お兄ちゃん自身の気持ちで答えてあげて。誰かを選んだら誰かが傷付くとか考えないで。でないとみんなに失礼だよ」
八幡「…………ああ、わかってる」
八幡(戸部にも似たようなこと言われてるしな)
428:以下、
八幡(さて、一晩考えた結果)
八幡「何も思い付かなかった…………」
小町「そもそも考えてわかることでもなくない?」
八幡「かもな…………ふわぁ……眠いけど学校行くかな。小町は休みなんだっけ?」
小町「うん。自由登校だから家で勉強するつもり。行ってらっしゃーい」
八幡(俺は小町に手を振って玄関を出る。自転車を押して通りに出たところで)
姫菜「あ、ヒキタニ君、偶然だね。はろはろ?」
八幡(海老名さんに声を掛けられた…………いやいや)
八幡「家の場所全然違うだろうが…………待ち伏せか?」
姫菜「あちゃー、バレちゃった? うん、ヒキタニ君と一緒に登校したくてさ」
434:以下、
八幡「一緒にって、俺自転車なんだけど…………」
姫菜「うん、そうだね」
八幡「…………」
姫菜「…………」ニコニコ
八幡「…………後ろ、乗るか?」
姫菜「いいの? ありがとうヒキタニ君」
八幡(海老名さんは嬉しそうに微笑む。くっ、ドキッとしてしまった)
姫菜「じゃ、お邪魔しまーす」
八幡「ああ」
八幡(海老名さんが荷台に跨がり、サドルに座った俺の腰に腕を回す。心なしか以前より込める力が強いような…………)
姫菜「えへへー、こんな恋愛漫画みたいなことができるなんてね。好きな男子の自転車の後ろに乗って登校する男子のお話は何度も見てきたけど」
八幡「それ恋愛漫画じゃなくてBL漫画だからな」
姫菜「男の子同士だって立派な恋愛だよっ!」
八幡「お、おう」
姫菜「あ、でもヒキタニ君は駄目だからね。ちゃんと女子に恋愛すること」
八幡「男子に恋愛することはないから大丈夫だっての」
姫菜「戸塚君もだよ?」
八幡「え、戸塚は男子じゃなくて戸塚だろ?」
姫菜「ちょっと前の私ならその一言で暴走してたんだろうなあ…………」
435:以下、
八幡「もう『はや×はち』は諦めてくれたか?」
姫菜「うん。『はや×はち』も『とつ×はち』も『とべ×はち』も『ざい×はち』もやめたよ」
八幡「多いな! んで総受けにされてんのか…………」
姫菜「ヒキタニ君自分からガンガン攻めるタイプじゃないしねー。だから私から告白してるんだし」
八幡「そ、そうか」
姫菜「でも私に振り向いてもらいたいからやめたんだよ。だからもし私をフったらまた餌食にしちゃうよ?」グフフ
八幡「斬新な脅し方だな……」
姫菜「ま、冗談だけどね」
八幡「冗談に聞こえないところが恐ろしいな」
八幡(そんな会話をしながら学校近くの歩道橋まで来る)
姫菜「じゃ、ここらへんでいいよ。ヒキタニ君朝から目立つの嫌でしょ?」
八幡「だったら昼とかもほっといて欲しいんだが…………」
姫菜「うん、前向きに検討しとくよ」
八幡「ほぼ断りの言葉だよな、それ」
姫菜「あはは、じゃあまたあとでね」
八幡(海老名さんは手を振って歩道橋を上がっていく。自転車の俺はもう少し先の横断歩道まで行かないとならない)
八幡「…………」
八幡(本当ならシリアスな会話になるはずの内容だったのだが、ところどころツッコミ箇所があったためにしどろもどろにならずにすんだ。わざと、なのかなあ…………?)
437:以下、
八幡(さて、昼休みである)
八幡(完全に空気と化し、誰にも気付かれぬまま教室を出ることに成功した。ステルスヒッキーの名は伊達じゃない!)
八幡(朝一番に海老名さんが絡んできた以外は特に何事も起こらなかったし、久々に気を使わないぼっちメシを満喫できそうだな)
八幡(購買で昼食を購入し、一応他に人がいないか確認してからベストプレイスに腰を下ろす)
八幡「ふう…………」
八幡(落ち着く…………つくづく俺はぼっち気質なんだなあ……)
八幡「こんな俺の何が良いのやら」
姫菜「教えて欲しいならいくらでも言ってあげようか?」
八幡「うおぉっ!? え、海老名さん!?」
姫菜「こんなとこにいたんだ。今日は結衣も私達とご飯一緒だったのにヒキタニ君すぐにいなくなっちゃうんだもん…………よっこいしょ」
八幡(いつの間にか現れた海老名さんは俺の隣に座る…………って、近い近い!)
姫菜「で、ジャン負けして飲み物買いに行ったらヒキタニ君見つけたから来ちゃった」
八幡「別に来なくていいのに…………」
姫菜「大丈夫。みんな待たせてるしすぐに行くから」
八幡(宣言通り、海老名さんは立ち上がる)
438:以下、
姫菜「んー、でも自分でもびっくりだね」
八幡「何がだ?」
姫菜「好きな人とちょっとお話出来ただけで、すっごい嬉しくなっちゃう乙女心が自分の中にあったなんてさ」
八幡「なっ…………!」
姫菜「あははっ、じゃあまたね」
八幡(戸惑う俺をよそに海老名さんは自販機のある方向へ行ってしまった)
八幡「…………」
八幡(顔が、熱い。間違いなく真っ赤になっているだろう)
八幡(本来なら震えるほど冷たい風が心地いいほどだ。味がよくわからなくなった残りの昼食を俺は頬張った)
440:以下、
八幡「うーっす」ガラガラ
雪乃「こんにちは比企谷君」
八幡「おう」
八幡(放課後になり、俺は奉仕部部室へとやってくる。カバンを机に置き、いつもの席に座った)
雪乃「比企谷君、紅茶を淹れようと思うのだけれどあなたも飲むかしら?」
八幡「あれ、由比ヶ浜を待たなくていいのか?」
雪乃「由比ヶ浜さんは三浦さん達と出掛けるそうよ」
八幡「そうか。んじゃ頼むわ」
雪乃「ええ」
八幡(雪ノ下は席を立ち、準備を始める。なら今日は二人か)
八幡(二人…………? うぐ、ちょっと意識しちまうな)
雪乃「はい、どうぞ」
八幡「おう、サンキュ」
八幡(俺は目の前に出されたカップを取り、冷ましながら口に含む)
雪乃「でも正直あなたも今日は来ないと思っていたわ」
八幡「あん? 何でだ?」
雪乃「告白してきた相手と同じ部屋で過ごすなんてあなたにとって苦痛ではないかと思ったもの」
八幡「う…………まあな」
雪乃「それでも来たということはもう答えが出たのかしら?」
八幡「俺がそんなすぐに決断できるとはお前も思ってないだろ?」
雪乃「ええ、もちろん」
441:以下、
八幡「即答かよ…………まあさすがに目を逸らしていい問題じゃないしな。ちゃんとみんなと向き合わなきゃならんし」
雪乃「あら……ふふ、由比ヶ浜さんも当てが外れたわね」
八幡「由比ヶ浜?」
雪乃「どうせあなたが来ないと踏んで彼女は三浦さん達と出掛けることにしたのよ。最近御無沙汰だったらしいから」
八幡「そういやずっとこっちに顔出してたもんな」
八幡(そして冬休み中は分解しかけていたわけだし、なかなか集まる機会もなかったのだろう)
雪乃「ねえ、比企谷君」
八幡「何だ?」
雪乃「私は彼女達を…………いえ、葉山君や戸部君達も含めたあのグループは、正直上辺だけの関係と思っていたこともあったわ」
八幡「あー……俺もだな」
雪乃「でも、あのグループは色んなことがあっても元通りになった。どの告白も成功していないというのに」
八幡「そう、だな……」
雪乃「奉仕部も」
八幡「え?」
雪乃「奉仕部も、あれに負けないくらいの繋がりはあると私は思っているわ」
八幡「………………」
雪乃「だからあなたがどんな答えを出そうとも、私達はそれを受け入れて、尚且つ今まで以上の関係を保てると信じている」
442:以下、
八幡「雪ノ下…………」
雪乃「だからあなたはあなただけのことを考えて答えを出してちょうだい。それがきっと一番いい結果に繋がるはずよ」
八幡「…………ああ」
八幡(俺は雪ノ下の言葉に神妙に頷く。それに満足したか、雪ノ下は紅茶のおかわりの支度を始めた。二人とも飲み干してしまったしな)
雪乃「ちなみにこれは私だけでなく、私達三人の総意よ」
八幡「昨日話し合ったのか?」
雪乃「ええ。誰が選ばれても恨みっこなし。選ばれなくても関係を変えたりしない。あと校内での人前での露骨なアピールや強引な誘いは比企谷君に迷惑だからしない。など、ね」
八幡「ああ、だから昼休みとか無理に誘ってこなかったのか」
雪乃「断られたらそこで諦めると言っていたけれど、その前に逃げ出したらしいわね…………どうぞ」コトッ
八幡「サンキュ…………まあ何があるかわからなかったしな。結局海老名さんには見つかってちょっと話はしたけれど」
雪乃「え、ぬ、抜け駆け? 比企谷君、その状況を詳しく教えなさい!」
八幡「うお、食いつくな…………いや、一人でメシ食ってたらたまたま通りかかった海老名さんとちょっと話しただけだよ。本当に偶然ぽかったぞ」
443:以下、
雪乃「そ、そう。ならいいのだけれど」
八幡「でも校内でってことは学外ではなんかするつもりなのか?」
雪乃「そんなことは…………いえ、その手があったわね」
八幡「変なこと企むなよ……てか朝の海老名さんの行動はそれだったのか」
雪乃「朝?」
八幡「ああ。何か一緒に俺と登校したいからっつってうちの前で待ってたわ」
雪乃「! そ、それで、一緒に登校したのかしら?」
八幡「まあ、な。自転車の後ろに乗っけて途中まで。人通り多くなる辺りで別れたけど」
雪乃「くっ……彼女、行動力あるわね…………こうなったら私も明日……」ブツブツ
八幡「おいやめろ」
雪乃「私だって比企谷君とお付き合いしたいのよ。海老名さんに負けていられないわ」
八幡「お、お付き合いしたいって……」
雪乃「あっ……」////
八幡「いや、今更照れることでもないんだろうけど…………」
雪乃「と、とにかく、一番付き合いが長いはずの私が出遅れている気がするのは否定できないわ。もう少し攻めないと…………」
八幡「その、気持ちは嬉しいけど、あんまやりすぎると引くからな俺。釘を差しとくが」
雪乃「…………わかったわ」
449:以下、
八幡(それからしばらくは何事もない日々を過ごした。俺からの誘いでない限り、抜け駆けになる行為は禁止だということになったらしい)
八幡(思えばあの朝の海老名さんの行動はこれを見越してのことかもしれない。ギリギリ協定違反にならないところをついてきたというか)
八幡「誰を選ぶか、か…………」
八幡(誰も選ばないという選択肢はない。三人が三人とも俺なんかには不釣り合いなほどの女子だし、俺だって彼女達に好意は持っている)
八幡(雪ノ下雪乃)
八幡(由比ヶ浜結衣)
八幡(海老名姫菜)
八幡(仮にこの中の誰か一人だけに告白されたのなら、数日悩んだ末に受け入れただろう)
八幡(だけど俺は選ばなくちゃいけない。放棄することは許されないんだから)
八幡「………………」
八幡(俺は…………)
451:以下、
雪乃「比企谷君。今日はもう金曜日なのだけれど、決心はついたのかしら?」
八幡(部室にいると、雪ノ下がそう聞いてきた。由比ヶ浜と、たまに遊びに来るようになった海老名さんもこちらを見る)
八幡「………………ああ」
雪乃「! そう……ここで聞いても構わないのかしら?」
八幡「いや、ダメだろ…………その、ちゃんと一人ずつ話したいし。明日か明後日俺のために時間くれるとありがたいんだが」
雪乃「ならこうしましょう。比企谷君、デートをしなさい」
八幡「え?」
雪乃「私達とそれぞれデートをして、終わり際にフるなり告白なりの言葉をくれればいいわ」
姫菜「あ、フられる二人にも思い出をってこと?」
雪乃「ええ。お二人には悪いからそれくらいのサービスはしてあげてもいいと思ったのよ」
結衣「ちょっ、なんでゆきのんが選ばれるのが決まりみたいな言い方してんの!?」ブーブー
姫菜「そうだそうだー」ブーブー
八幡(なにこいつら。いまいちシリアスになりきれないんだけど)
452:以下、
雪乃「比企谷君はそれでいいかしら?」
八幡「え、あ、ああ。ならあとで時間と場所決めてメールするから」
結衣「あれ、ヒッキーが決めてくれるの?」
八幡「さすがにな…………いくら俺がヘタレっつってもこれくらいは」
姫菜「じゃ、デートのお誘い心待ちにしてるね」
八幡(くっ…………改めて言われると恥ずかしい)
雪乃「思い出すわね。わんにゃんショーとかの二人で出掛けたときのこと」ニコニコ
結衣「思い出すねー。夏祭りとかに二人で出掛けたときとか」ニコニコ
姫菜「二人ともいいなあ。私なんかせいぜい映画館行ったくらいしかないや。あ、あとは自転車の二人乗りでの送り迎えくらいかな」ニコニコ
八幡(怖い怖い! 笑顔なのに火花が飛び散ってんぞ! かといって俺が何か言える立場でもないか…………)
八幡(が、すぐにその牽制合戦は鳴りを潜め、もうこの話は終わりだというように三人は雑談をしだす。いつも通り空気になった俺はスマホを取り出して調べ物を始めた)
464:以下、
雪乃(部活が終わり、帰宅途中にメールの着信音が鳴った)
雪乃(差出人は比企谷君から。内容は『明日、昼一時からで大丈夫か? オーケーなら駅前に集合でどうだ?』というものだった)
雪乃(私は了解の返事を送る。どこへ連れて行ってくれるつもりなのかしらね)
雪乃(………………)
雪乃(…………でも)
465:以下、

続き・詳細・画像をみる


「ふにゃ〜〜\(´O`)/」 可愛らしいあくびの三重奏

旦那に年収250万だったと報告したら「学生のお小遣いだね」って鼻で笑われた。なんかすっごくムカついてる

ふと思ったんだが猫が魚好きっておかしくね?wあいつら自分で魚とれないよな

喫煙者「たばこ休憩!w」嫌煙わい「じゃあわいも休憩」喫煙者「は?」

シャープの蚊取り空気清浄機 どうやって蚊を捕まえるのか

志希「フレちゃんがうつになりまして。」

【マスゴミ】清原和博被告が保釈 車を追跡するマスコミバイク集団が暴走族だと話題に!

【フジテレビ】”ショーンK”騒動で揺れるフジ『ユアタイム』の後任候補にもヤバい過去

【北朝鮮】またミサイル発射の情報 800km飛んだ

【悲報】広瀬アリスに批判が殺到してる件・・・・・・

後味の悪い話『戻るのは4回目・新世界より』

【正論】「自分ができなかったから」と孫に剣道をゴリ押しするウトメに一言

back 過去ログ 削除依頼&連絡先