ダークエルフ「男の尻尾をモフモフしたい」【中編】back

ダークエルフ「男の尻尾をモフモフしたい」【中編】


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5:
部屋のブザーが鳴ったのは、ダークエルフがちょうど荷造りを終えた時だった。
雨が沛然と降っている中、屋根を叩く激しい水音に紛れて聞こえた。
ダークエルフ(誰だろう……?)
訝しみながら、彼女は扉の前に立ち、魚眼レンズを覗き込む。
妖狐族と思われる女性が佇んでいるのが、歪んだレンズ越しに視えた。
ダークエルフ(……男の幼馴染か? あれ以来全く音沙汰が無かったが)
逡巡しながらも、ダークエルフは施錠を外し、扉を開ける。
女性は雨傘を差していなかったが、体は濡れていなかった。
286:
ダークエルフ(彼女に似ているが、別人だな。顔立ちが大人びているし、尻尾が四本だ)
ダークエルフ(体が濡れていないのは妖術でも使ったからだろうか?)
「あれ、此処って男ちゃんの部屋じゃないの?」
ダークエルフ「男の部屋なら、そちらから見て此処の右隣である一番端の部屋です」
「あ、そうなんだ。ごめんね」
ダークエルフ「あ、でも男は留守ですよ」
「そうなの? どれくらいで帰ってくるのか知ってる?」
ダークエルフ「そこまでは流石に……」
「そっか。困ったなー」
287:
ダークエルフ(……見たことの有る顔だな)
「厚かましいけど上げて貰えないかな? 怖いのに追われてるんだ」
ダークエルフ「追われてる……」
「取り敢えず上がって良い?」
ダークエルフ「はあ……。どうぞ」
「ありがとね」
快活な口調で礼を述べ、彼女は部屋に入る。
ダークエルフ「粗茶ですが」
彼女はティーバッグの緑茶を淹れて彼女に差し出した。
「無理に上がったんだから、お構いなく」
288:
女性はどこか優雅に茶を啜った。
ダークエルフは彼女の所作に眼を奪われる。
ダークエルフ(…………あ)
唐突にダークエルフは彼女が何者なのかに気付いた。
ダーク「あああ、あにょ、ももも、もしかして……」
ダークエルフのよく知っている人物だった。
「うん? どうしたの?」
ダーク「まままま、まお、まおうさま!?」
魔王「そうだけど」
289:
ダークエルフ「え、えー」
ダークエルフ(魔王様ってどのようにもてなせば良いのだろうか)
ダークエルフ(そもそもどうして魔王様がこんなアパートの一室を訪れるのだ)
ダークエルフ(……追われていると言っていたな)
ダークエルフ(……もしかして暗殺を目論む輩に追われているのか!?)
ダークエルフ(この部屋が流血と叫喚に満たされるのか!?)
ダークエルフ(勘弁してくれ……)
ダークエルフ(それにしては、魔王様は随分と穏やかな雰囲気だな)
ダークエルフ(尻尾がパタパタしていて、とても可愛いらしい)
ダークエルフ(モフモフしたい)
291:
魔王「雨足が強いね」
ダークエルフ「そ、そうですね」
魔王「でも明日の予報は晴れだって。
……その荷物を見るに、何処かに出掛けるのかな?」
ダークエルフ「あ、はい。明日から『勇者合宿』が有るんです。何でも、魔王様が提案なさってくださったと、先生方は言っていましたが」
魔王「ああ、高校生なんだ。
勇者合宿、まだ続いてたんだね。軽い冗談で提案したのに」
ダークエルフ「えー」
魔王「酒の席でも、軽口はダメだね。
でも、二十年近く続けてるということはそれなりに意義があるみたいだから良いのかな」
ダークエルフ(魔王様は意外と適当な性格なのだな)
魔王「ところで黒ちゃんは、男ちゃんと仲が良いのかな?」
ダークエルフ(……黒ちゃん、なんて初めて呼ばれた)
292:
ダークエルフ「隣室ですし、一応同じ組なので」
魔王「へー。本当にそれだけかなー。怪しいなー」
意地悪そうに口許を吊り上げながら、彼女は詰め寄る。
ダークエルフ「え、えと」
魔王「その反応、もしかして付き合ってるのかなー?」
ダークエルフ「しょしょ、しょんな! ま、まだです!」
魔王「へー。まだかー」
ダークエルフ「あ、あうあう」
魔王「あはは。からかってゴメンね。
まあ、あの子と仲良くしてあげてね」
293:
ダークエルフ(この女、怖い)
ダークエルフ(……彼女が、男を振った女か)
ダークエルフ(やはり美人だ。男が惚れるのも無理ない)
ダークエルフ(今でも男はこの女を好いてるのだろうか)
ダークエルフ(だとしたら、敵う気がしないな)
魔王「ボクとしては、異種族同士で結ばれるのはお勧めできないね。特に、寿命に歴然とした差が有る時は。娘や孫より長生きするのは、辛いものだよ」
ダークエルフ「……あ、あの。非常に不躾なのは重々承知しているのですが、再婚などはなさらないのですか?」
魔王「わぁ、本当に不躾だね」
ダークエルフ「すすす、すいません!」
294:
魔王「土下座までしないでよ……。冗談だから」
ダークエルフ「いえ! 本当に失礼なことを伺いました!」
ダークエルフ(国の王に何を訊いているのだ、私は)
魔王「良い相手がいれば、そうすると思うよ。
そう言い続けて、もう千年ほど経っちゃったけれど」
ダークエルフ「そ、そうですか」
ダークエルフ(敵となる可能性は、零では無いということか)
ダークエルフ(むぅ)
ダークエルフ(やはり、勇者合宿で更に距離を縮めなければな)
ダークエルフ(頑張れ、私!)
魔王(急に気合いの入った顔になったけど、どうしたんだろ)
295:

モフりたい
296:
そういえばまだモフモフしてないな
297:
スレタイにあるのにまだないなww
307:
唐突に、彼女は端正な顔をしかめた。
魔王「うぇ、もう居場所がバレちゃったみたい。足音を消してるし」
ダークエルフ「へ?」
魔王「男ちゃんの部屋のブザーが鳴ったんだ。怖いのが来ちゃったみたい」
ダークエルフ(此処が修羅場になるのは困るな)
暫くして、ダークエルフの部屋のブザーが鳴った。
ダークエルフ「ひっ」
魔王「うーん」
若干の間を空けて、もう一度ブザーが鳴った。
ダークエルフ「ど、どうしましょう」
308:
魔王「もう無理そうだね。出てみて」
ダークエルフ(出た瞬間に襲われたりしないと良いが)
ダークエルフ(でも、強硬手段に出るような輩だったら、とっくにドアを破っているか)
物怖じしながらも、彼女は施錠を外し、扉を開ける。
「ふむ。王殿がおられるな」
ダークエルフ(また美人が来た)
ダークエルフ(うわぁ……四天王の方だ)
ダークエルフ(恐ろしいって、彼女のことか)
ダークエルフ(確かに、気は強そうな方だが)
ダークエルフ(……彼女も雨に濡れていないな)
四天王「失礼してもよろしいか?」
ダークエルフ「あ、はい……」
309:
魔王「……どーも」
四天王「……王殿。ご勝手な外出は困ります」
魔王「いやー、ゴメンね」
ダークエルフ(……どうして私の部屋に、魔を統べる王と重鎮がいるのだろう)
四天王「ここ二ヶ月ほど、王都内に不穏な動きが有ることは、ご存知でしょう」
魔王「知ってるけどさ。城内にずっといると窮屈なんだよね」
四天王「お気持ちは痛いほどに承知しておりますが、王殿のご命が狙われている可能性がある以上、仕方の無いことです」
ダークエルフ「え」
魔王「ああ、四月の中旬にちょっと襲撃されたんだ。
何だか頭のおかしい集団にね。皆して死んだ魚の目をしてたんだ。怖いよね」
310:
ダークエルフ(そんな重大なニュース、初めて耳にした)
四天王「非公表の事柄を軽々しく仰らないでください。
すまないが、このことは内密にしていただきたい」
ダークエルフ「あ、はい」
魔王「返り討ちにしたから良いじゃない。それにまた襲われても大丈夫だよ。ボクは強いからね」
四天王「そのようなお言葉は、私よりも強くなってから仰ってください」
魔王「ほほう? 随分と大きく出たね」
四天王「事実を述べたまでです」
魔王「……これは『拳神』と持て囃されて図に乗った小娘に現実を教えなきゃいけない感じかな」
四天王「流石は王殿。ご冗談がお上手ですな」
魔王「わぁ、闘ってやる。戦ってやる。殺ってやる」
四天王「いくら王殿といえど、戦闘に関しては容赦致しませんよ」
ダークエルフ「あの、外でやってください」
311:
魔王「お邪魔しましたー」
四天王「失礼した」
ダークエルフ「はあ」
魔王「勇者合宿、楽しんで来てね」
ダークエルフ「あ、はい」
四天王「個体数が極めて少ない黒エルフか。
一度手合わせを願いたいところだ」
ダークエルフ「それはお断りさせていただきます」
四天王「残念だ」
魔王「じゃあね」
二人は豪雨の中を、やはり傘も差さずに帰って行った。
312:
ダークエルフ「随分と気さくな方達だ」
ダークエルフ「テレビで観るのとはだいぶ違う」
ダークエルフ「あの方達、私が初めて見た時から全く老けてない」
ダークエルフ「それにしても、仲が良さそうだったな」
ダークエルフ「……昼過ぎだし、一眠りするか」
ダークエルフ「それにしても三泊四日か」
ダークエルフ「パーティの編成は最高だが、部屋割りがな……」
ダークエルフ「入学式から二ヶ月以上も経って、未だに同性の友達ができていないのは、色々と問題だ」
ダークエルフ「この機会に、同性とも親しくなれると良いが」
ダークエルフ「まあ、それも頑張ろう」
ダークエルフ「…………すぅ」
320:
ーーーーーー
ーーーー
ーー
雨上がりの空に雲は無く、常に世界の半分を満たしている薄紫の霞は、大粒の雨によって局地的に落とされた。
上弦の月が、遥か上の紺碧に弧を描いている。
芝生の上の露は、月光を反射して煌めいていた。
彼女は細く長い息を吐いた。
形の良い口に咥えられた細筒から、幾つもの泡が生じる。
透明な小球は宙を漂い、或るものは空中で弾け、或るものは地面に落ちて消散した。
全ての気泡が消えた後、彼女はもう一度息を吹く。
シャボン玉が飛んだ。
すぐに壊れて消えた。
321:
「綺麗だよね。魂が有るとしたら、こんな形なのかな」
幼馴染「……それが、我が家の敷地を無断で侵している貴女の第一声なのね」
「冷たいなぁ。私たちは“友達”なのに」
幼馴染「……親しい者の間にも礼儀は必要でしょう」
「そっか。ゴメンね」
幼馴染「それで、何の用かしら?」
「そんなに急かさないでよ。慌てて良いことなんてないよ」
幼馴染「……ああ、そう」
「私は“友達”と月見をしたかっただけだよ」
322:
「雨上がりは良いよね。
私は、このしめやかな感じと独特の薫風が堪らなく好きだな」
幼馴染(こいつの好みなんて知りたくも無いわ。
変に付き纏われているせいで男にも中々会えないし、本当に害悪ね)
彼女はもう一度シャボン玉を吹いた。
「世界征服は中々難しいものだね」
それからしみじみと呟いて、液が詰まった容器に細筒を浸す。
幼馴染「……冗談じゃなかったの?」
「まさか。実際に行動を起こしてるよ」
幼馴染「行動を?」
「“兵士”を使って貴女の高祖母を暗殺しようとしたりね。失敗しちゃったけど」
幼馴染「……は」
323:
「命令を果たせなかった“兵士”たちを処分しておこうかと考えたけど、また使えるかもしれないから生かしておくことにしたよ」
彼女の言葉に、妖狐は曖昧にうなずいた。
「それで、今は戦力の増強を頑張ってるよ」
幼馴染「操っている者の数でも増やしているの?」
「それも続けているけどね。国の高官とか、王に固い忠誠を誓っている鬼人族とかを中心的にね。
でも最近はもっと大きな戦力を手中に収める為に奮起してるよ」
幼馴染「大きな戦力?」
「三王獣だよ」
彼女は目を剥き、絶句した。
幼馴染「……手懐けられる存在じゃない」
暫く沈黙し、やがてそれだけを口にした。
324:
「できるよ。現にベヒモスを四頭と、ジズを二頭懐柔できたしね」
幼馴染「陸王と空王を……」
「見つけるのが凄く大変だったけどね。
征服の重点になるはずの王都侵略は、基本的にベヒモスだけで事足りるんだろうけど、どうせだから三頭一対で揃えようと思ってるんだ」
幼馴染「……貴女は本当に世界を征服したいの? 三王獣まで従えて、今更冗談なんて言えないわよ」
「本気だってば。ずっと言ってるじゃない」
幼馴染「何の為に?」
その問いに、彼女は沈黙する。
返事の代わりなのか、シャボン玉を飛ばした。
325:
「ーーーー世界はつまらないよ」
幼馴染「……」
「私の力の強大さはよく知ってるでしょ」
幼馴染「ええ」
幼馴染(嫌というほどね)
「そのせいで全てが上手く行き過ぎるんだ。張り合いがないよ」
幼馴染「聴く側からすれば羨ましい限りね」
「……やっぱり、優秀なキツネちゃんでも私の気持ちは共感してくれないんだね」
幼馴染「私は上手くいかないことの方が多いわ」
幼馴染(現に男を振り向かせることができないでいる)
326:
「そっか」
幼馴染「ええ」
「……また霞が立ち込めてきたね」
幼馴染「本当ね」
「……私は瘴気が嫌いだな。元々私たちには有害だったんだし、今でも、耐性がついただけで必要のある物質ではないしね」
幼馴染「そうだったわね」
彼女は息を吹いた。
透明な泡が、再び微風に舞う。
「尤も、アレは別みたいだけど。
ーーーーそろそろ帰るね。ばいばい」
返事も待たずに、彼女は虚空に姿を消した。
幼馴染「……大混乱が起きそうね。そう遠くない内に」
シャボン玉はもう一つも残っていなかった。
345:
ーーーーバス内ーーーー
ダークエルフ(出発式とか不要だな)
ダークエルフ(早朝で眠いのに、立って校長の長話を聞くのは億劫だ)
ダークエルフ(しかし良い座席だ)
ダークエルフ(窓側だし)
男「ねむ……」
ダークエルフ(何より男の隣だしな)
ダークエルフ(眠そうに眼をこする男が凄く可愛い)
ダークエルフ(寝ている隙に尻尾をモフモフできないだろうか)
ダークエルフ(流石に怒られるかな)
346:
ヴァンパイア「なんだか眠そうだな。行きのバスは騒いで愉しむべきなんだぜ」
彼女の前の席に座っていたヴァンパイアが笑顔で振り向いた。
ダークエルフ「吸血鬼なのに、朝に強いのだな」
ヴァンパイア「固定観念に囚われないのが俺なんだぜ。
男も随分と眠そうだな。今の内に耳でも触っておくか」
男「やめろ。耳と尻尾に触られるのは特に嫌いなんだよ」
ダークエルフ(そうなのか。勝手にモフモフしなくて良かった。嫌われたくないからな)
ヴァンパイア「しかし楽しみだぜ。皆で合宿とかテンション上がるぜ。どうせならオークも同じバスで騒ぎたかったぜ」
男「それはしょうがないだろ。身体の大きさが違うからな。それに、パーティが同じなんだから殆ど一緒に行動するしな」
ヴァンパイア「男は分かってないんだぜ。
こういう行事の楽しみは何でも共有したいのが乙女心なんだぜ」
ダークエルフ「ヴァンパイアは男じゃないか」
347:
男「俺は宿屋に着くまで寝る」
ヴァンパイア「男はつれないんだぜ」
ダークエルフ「男だからな」
ダークエルフ(そんなところも好きだが)
ヴァンパイア「前からダークさんに訊きたいことが有ったんだぜ」
ダークエルフ「なんだ?」
ヴァンパイア「エルフ族は貧乳が多いと言うだろ」
ダークエルフ「まあ、華奢な種族だからな」
ヴァンパイア「ダークさんも細いしな。でも、ダークさんは貧乳じゃ無いんだぜ」
348:
ダークエルフ「純エルフに比べたらな。純エルフと黒エルフには体格にも差異が有るしな」
ヴァンパイア「ほほう。けしからん身体は黒エルフ特有なのか」
ダークエルフ「そういうことになるな。
尤も、黒エルフは総じて魔法が不得手だから、純エルフの劣化とも言える。その中でも私は出来損ないだから一切使えない」
ヴァンパイア「……ダークさんって自虐が好きだよな。
生きる上で大切なのは根拠の無い自信を持つことなんだぜ」
ダークエルフ「根拠の無い自信か」
ヴァンパイア「おう。俺だって他より取り分け優れたポイントなんて無いけど、自分を信じて生きてるんだぜ」
ダークエルフ「ヴァンパイアには素晴らしいところがたくさん有ると思うが」
ヴァンパイア「それを言うならダークさんにも有るんだぜ。おっぱいとかな!」
ダークエルフ「……そうか」
349:
ヴァンパイア「あれぇー?今は流れ的にドツキが入るのを期待してたんだぜ」
ダークエルフ「被虐嗜好者なのか」
ヴァンパイア「それは誤解なんだぜ。
痛めつけられて悦ぶ趣味は無いはずなんだぜ」
ダークエルフ「怪しいな。まあ、概ね良いことを言っていたと思う」
ヴァンパイア「ふふん、惚れても良いんだぜ」
ダークエルフ「ヴァンパイアの本命はラミア先生だろう」
ヴァンパイア「ば、ばか! 同じバスに乗ってるんだから、軽々しく口にされると困るんだぜ……!」
ダークエルフ「そうだった。すまない」
ヴァンパイア「まったく……」
350:
ダークエルフ「魔王様は美人だな」
ヴァンパイア「急にどうした?」
ダークエルフ「いや、何となく」
ヴァンパイア「魔王様か。魔族の男の初恋は大体魔王様だよな」
ダークエルフ「そうなのか?」
ヴァンパイア「俺もだし、俺の親父もそうだって言ってたんだぜ。親父は、何時の間にか外見が魔王様より老けてしまって落ち込んだとも言ってたんだぜ」
ダークエルフ「ふむ」
ヴァンパイア「でも拳神様派の奴も少なく無いんだぜ」
351:
ダークエルフ「確かに美人だからな」
ヴァンパイア「そうそう。それに、あの漢気溢れるところに心囚われるんだろうな」
ダークエルフ「武勇伝もよく聞くな」
ヴァンパイア「世界大戦の時の話とかな。 人間が飛ばしてきた巨大飛行型兵器を生身で撃墜したらしいぜ」
ダークエルフ「更に、エルフ族でもないのに魔法を使えるそうだ。相当特殊な方だな」
ヴァンパイア「……ずっと気になってたんだが、魔法って具体的にどういうことができるんだ?」
ダークエルフ「色々だな。些細な魔法ならば水を濾過したり、火を起こしたりもできる。強力なものだと、相手を三日ほど気絶させたり、惚れさせたりもできる」
ヴァンパイア「惚れされる? 凄く魅力的な響きなんだぜ」
ダークエルフ「尤も、かなり高等魔法だから行使できる者が殆どいないのが実情だ」
352:
ダークエルフ(私だって使えるならばとっくに使っている)
ダークエルフ(いやでも、正々堂々と仲良くなりたいから控えるだろうか)
ダークエルフ(……使えないのだから考えるだけ無駄か)
ダークエルフ「因みに、傷を癒やす『治癒の呪』を使えれば魔法士としては充分だと言われている。気絶させる『昏倒の呪』が使えれば相当な実力者だな」
ヴァンパイア「ほうほう。ところで、魔法って詳しい原理がまだ分かってないんだろ? だったらダークさんが一切使えないと決まった訳じゃないだろ」
ダークエルフ「それは、そうだ」
化学教師「ヴァンパイア君、いつまでも後ろを向いてちゃダメだからね」
ヴァンパイア「あ、すいません」
鳥人の注意を受け、彼は前へと向き直る。
353:
ダークエルフは暫しの間、車窓の風景に意識を傾けていた。
ダークエルフ(暇だし、しおりを読むか)
それから、ハンドバッグにしまっていた冊子を取り出す。
表紙にはデフォルメされたキャラクターが描かれていた。
美術部員が依頼されて描いたらしい。
彼女はぺージの一枚目をめくる。
上質の紙では無く、めくる際に軽くシワができた。
しおりの一頁には合宿実施の動機が難しい言葉を交えながら長々と書かれている。
ダークエルフ(普通の生徒は多分見ないだろうな)
ダークエルフ(しかし、大仰な言葉を並べながらも、実情は酒の入った魔王様の冗談という)
354:
ダークエルフ(合宿中の行動は基本的に四人。たまにクラスごと)
ダークエルフ(……独特なのは、クラス対抗のポイント制か)
ダークエルフ(一組から五組の五チームの合計点で順位付けをする)
ダークエルフ(得点は様々な状況で発生して増減する)
ダークエルフ(優勝クラスには素晴らしい賞品か)
ダークエルフ(素晴らしい賞品。一体、何なのだろう)
ダークエルフ(取り敢えず宿屋についたら部屋に荷物を置けば良いのだな)
ダークエルフ(三人部屋だ。しかも女子。私だけ余るパターンは勘弁してくれ。いや本当に)
ダークエルフ(……そんな憂慮をしても不毛だな)
ダークエルフ(有意義な時間を過ごす為に男の寝顔を見ておこう)
355:
ダークエルフ(綺麗な寝顔だ)
ダークエルフ(いつもの冷ややかな印象が失せて愛らしい)
ダークエルフ(……今なら耳とか尻尾を触り放題か)
ダークエルフ(い、いやダメだ!)
ダークエルフ(バレたら男に嫌われてしまう)
ダークエルフ(それは絶対に嫌だ)
ダークエルフ(見てるだけにしよう)
ダークエルフ(もっと仲良くなればきっと好機があるはずだ)
ダークエルフ(今は我慢の時だ)
356:
ダークエルフ(見れば見るほど端正な唇だ)
ダークエルフ(……うう)
ダークエルフ(なんて蠱惑的な唇なんだ)
ダークエルフ(貪りたくなってしまう)
ダークエルフ(……ただ粘膜を接触し合うだけならば何も問題無いんじゃないか?)
ダークエルフ(はっ……!)
ダークエルフ(だ、ダメだダメだ!)
ダークエルフ(平常心を取り戻せ!)
ダークエルフ(男の寝顔を見ていたら奇行に走ってしまいそうだ)
ダークエルフ(勿体無いが外を眺めておこう)
364:
ーーーー宿泊施設・待合室ーーーー
ダークエルフ(もう昼だ)
ダークエルフ(半島にある宿泊場所か。大規模な造りだが飾り気がなく簡素な施設だな)
ダークエルフ(貸し切りのうえに、大所帯だからしょうがないのだろうけれど)
ダークエルフ(修学旅行でもないし、宿泊料を切り詰めておきたいのだろうな)
ダークエルフ(その割には三人部屋なのだから不思議だ。詰められるよりは嬉しいが)
ダークエルフ(宿屋の裏手に温泉が湧いているらしい。露天風呂というやつか)
ダークエルフ(しかし、生徒の使用は禁止されているそうだ)
ダークエルフ(こっそり入って見つかりでもすれば減点の対象になるのだろうな)
ダークエルフ(……温泉か。数えるほどしか入湯したことないな)
ダークエルフ(取り敢えず、荷物を置いてくるか。その後に昼食だ)
365:
ーーーー初日・午後・防波堤ーーーー
ヴァンパイア「海だ! 海だぞー!」
男「見事な紫色だな」
オーク「『海瘴溝』から瘴気が噴出しているせいだね」
ヴァンパイア「前方に雄大な海。後ろには山林。
山派も海派も満足な地形なんだぜ」
ダークエルフ「今日は、ここで日が暮れるまで釣りか」
地理教師「一組の皆さん、竿の準備はできましたか? はい。たくさん釣ってください。はい。釣った分だけポイントに加算されます。はい。大きければ大きいほど高ポイントです。はい」
生物教師「俺の酒の肴にするんだから気合い入れて釣れよ!がはは!」
地理教師「ちょっと!? 生徒の前で何言ってるんですか!?」
生物教師「あん? ああ。酒なんか飲むわけないだろ! 勤務中だからな!」
地理教師「白々しいにもほどが有ります。はい」
生物教師「うるせーな。その両腕に抱えてる頭、海にぶん投げるぞ」
地理教師「勘弁してください。はい」
366:
ヴァンパイア「昼食、思いのほか地味だったなぁ」
オーク「確かにね」
男「合宿なんだからあんなものだろ」
ダークエルフ「そうだな」
ヴァンパイア「まあ、気を取り直していくんだぜ。デカイのを釣ってやるんだぜ」
オーク「大地を釣り上げたりしないでね」
男「お約束だな」
ヴァンパイア「そんなことしないんだぜ。取り敢えず誰か釣り餌を付けてくれ」
男「俺も無理だ。誰か頼む」
ダークエルフ「私も頼む」
オーク「しょうがないなぁ」
367:



ダークエルフ「釣れた」
ヴァンパイア「はやっ」
男「しかも二匹だな」
ダークエルフ「釣りをしたのは初めてだが、中々楽しいな。想定していたよりも手応えが強くて驚いた」
地理教師「お、釣れたんですね。はい。二匹で十ポイントといったところですね。はい。忘れない内に集計用紙に書いておきます。はい」
オーク「やったね」
ヴァンパイア「俺も負けてられないんだぜ」
ダークエルフ「誰か、針から魚を取ってくれ。ビチビチ跳ねて怖い」
オーク「あ、僕が取るよ」
ダークエルフ「ありがとう。それと餌も頼む」
オーク「はいはい」
368:
ヴァンパイア「んー、釣れないんだぜ」
男「まだ始まったばかりだろ」
オーク「そうそう」
ダークエルフ「釣れた」
ヴァンパイア「どんだけなんだぜ」
男「運が良いな」
オーク「あ、取るよ。餌も付けておくね」
ダークエルフ「ありがとう」
オーク「ところで。ダークさんは良いとして、ヴァンパイア君と男君が自力で餌を付けられないというのはどうなんだい?」
369:
ヴァンパイア「えー、だってなぁ」
男「環形動物は気持ち悪い」
ヴァンパイア「ウネウネ気色悪い」
オーク「薄弱だなぁ」
ヴァンパイア「ま、餌の取り替えはオークに頼むんだぜ」
男「その前に釣らないとな」
オーク「そうだね」
ダークエルフ「あ、また釣れた」
ヴァンパイア「……なんでダークさんのところだけ入れ食いなんだよ」
370:



ヴァンパイア「つ、釣れねぇ……」
男「ああ……」
オーク「ぶひぃ……」
ダーク「あ、釣れた。これで二十匹くらいかな」
男「二十二匹だな」
オーク「凄いなぁ」
ヴァンパイア「俺なんて近くのゴブリンとお祭りになったんだぜ」
オーク「近い位置で釣りをすると結構なるよね」
ダークエルフ「オーク、取ってくれ」
オーク「はいはい。餌もだね」
371:
男「幾らなんでもおかしいだろ。どうしてダークだけこんなに釣れるんだよ」
ヴァンパイア「ホントだぜ。
とにかく、ボウズで終わるのは避けたいんだぜ」
オーク「そうだね」
ダークエルフ「釣りは楽しいな」
男「それだけ釣れれば楽しいだろうな」
ヴァンパイア「羨ましいんだぜ」
オーク「はあ……。こないなぁ……」
男「……陽が傾き始めたな。制限時刻も遠くない」
ヴァンパイア「うう。焦るんだぜ」
372:



ヴァンパイア「他の奴等も全く釣れてないらしいぜ」
オーク「ぶひぃ。せめて明日が釣り予定の二組と三組も僕たちと同じ調子だと良いけどね。
明日はバカみたいに釣れたりしたら、差がついちゃう」
男「そうだな。どうせなら優勝したいところだ」
ダークエルフ「男も意欲が有ったのか」
ダークエルフ(くだらないとか言って適当に取り組むと思っていたが)
男「どうせなら勝ちたいだろ。どんな勝負事でも負ければ悔しいしな」
ヴァンパイア「それでこそ漢なんだぜ」
オーク「負けたくないよね」
ダークエルフ(意外と子どもじみたところも有るのだな)
ダークエルフ(……本当に、知れば知るほど好きになる)
373:
地理教師「そろそろお終いです。はい。竿を片付けてください」
「うがー! 釣れなかったー!」
「つまんね……」
「マジで糞だな」
ヴァンパイア「うう。結局ボウズなんだぜ」
オーク「運が悪かったなぁ。魚が少なかったのかな」
男「はあ……」
地理教師「……おかしいですね。例年はもっと釣れるはずなんですが。はい」
生物教師「全くだ。殆ど黒エルフしか釣ってねーな」
ダークエルフ「ふふん」
「……なんだよ。魔法でも使ったんじゃねーの」
「魔法で独占かよ。屑だな」
「道理で釣れないはずだ。時間を無駄にした」
ダークエルフ(……どうしてそうなるのだ。そもそも私は魔法が使えないのに)
374:
ヴァンパイア「おいおい、勝手なこと言うなよ。確固とした証拠でも有るのか?」
「いや、ねーけどさ。でもおかしいだろ」
「魔法を使ったとしか考えられないな」
「確かに、一人だけそんなに釣れるのはおかしいわね」
ヴァンパイア「たんなる偶然だろうが。憶測で物事語ってんじゃねぇぞ」
男「そもそもダークは魔法を使えないしな」
生物教師「ほぉ。それは初めて聞くケースだな」
「は? エルフなのに魔法を使えないのかよ。魔法はエルフの唯一の存在理由みたいなものだろ」
「変な肌の色をしてると思ってたが、黒エルフはやっぱり劣等種か」
ダークエルフ「……っ」
オーク「いい加減にしなよ! どうして他者の気持ちを慮れないんだ! 君たちの言葉がどれだけダークさんを傷つけてるのか自覚しなよ! 多勢に無勢で罵倒を並べるなんて最低だよ!」
375:
ヴァンパイア「ひゅーひゅー。オークさんカッケー!」
オーク「どうしてヴァンパイア君は茶化す側に回ってるんだい!?」
ヴァンパイア「だって殆ど代弁してくれたし」
「……ちっ」
ヴァンパイア「まあ! 舌打ちなんてはしたない! お母さん、あなたをそんな子に育てた覚えはないわよ!」
「育てられた憶えがねーよ!?」
ヴァンパイア「まあ! お母さん、息子に怒鳴られたショックのあまり、顔が青褪めてしまったわ!」
「吸血鬼だから元々蒼白だろうが! そもそもなんで寸劇を始めてるんだよ!?」
地理教師「あー、取り敢えず宿に戻りましょう。はい」
377:
オークに怒鳴られたらビビルよなwww
378:

これは良いオーク
380:
ーーーー宿泊施設・夕食後ーーーー
ダークエルフ「すまなかった」
男「ん、どうした?」
ダークエルフ「皆に迷惑をかけてしまった。クラスでの心象も下げてしまったかもしれない。本当にすまない」
オーク「僕たちは言いたいことを言っただけだよ。ダークさんが謝る必要なんて無いよ」
ヴァンパイア「そうそう。それに友達なら謝るんじゃなくて、むしろ感謝して欲しいんだぜ」
ダークエルフ「……ありがとう」
オーク「どういたしまして」
ヴァンパイア「だぜ」
ダークエルフ(……私は本当に、素晴らしい友人に出会えたな)
381:
ーーーー大浴場ーーーー
ダークエルフ(一組の女子全員が同時に入浴か)
ダークエルフ(広いがこの大人数だと流石に狭いな)
ダークエルフ(しかも他の組が支えているから、まったりする暇も無い)
「ほんとに全身の肌が黒いね……」
「変なの……」
「てかキモい……」
「どうしてエルフ族がこっちの学校に来たのかイミフだったけど、納得……」
ダークエルフ(聞こえているぞ。まったく)
ダークエルフ(でも、さっきよりもずっと気楽だ)
ダークエルフ(私への揶揄に怒ってくれる友人がいるのは幸せなことなのだな)
ダークエルフ(おかげで、今はどちらかというと腹が立っている)
ダークエルフ(好き勝手言ってくれるな。ちくしょう)
ダークエルフ(ここは一度、怒りを表明してみようか)
382:
サキュバス「はぁ。まったく」
ダークエルフ(相部屋になるサキュバスだ)
ダークエルフ(この淫魔、言動が辛辣だからな)
ダークエルフ(まさに、“歯に衣着せぬ”という慣用句を体現したような女だ)
ダークエルフ(彼女の前ではやめておこう)
ダークエルフ(今は大人しく入浴しておくか)
サキュバス「アナタ達、いい加減にしなさいよ」
ダークエルフ(……ん?)
383:
サキュバス「豚がさっき言ってたことは正しいでしょ。
大勢で一人を詰るのは間違いよ。せめて堂々と一対一で罵りなさいよ。
それに魔法が使えないからって馬鹿にするのもおかしいでしょ。アナタたちは自分がどれだけ優秀だと過信してるのかしら」
ダークエルフ(彼女の主張は正しいような正しくないような……)
ダークエルフ(いや、正しくないな)
「偉そうに……」
サキュバス「なに? 大きな声で喋ってくれないかしら。それともその声量が通常なの? 今まで良く生活できたわね」
「はあ!? なんなの!?」
ウンディーネ「あ、サキュたんの悪口言ったら、溺死寸前まで水責めの刑ね」
ダークエルフ(サキュバスといつも一緒にいる水人だ。
彼女とも相部屋なのだから困る)
ダークエルフ(笑顔だが、目が据わっている。……本気だな)
384:
サキュバス「その呼び方はやめなさいと言ってるでしょ。
あと勝手なことをしないで。私に突っかかる生意気な子は、私が躾けるんだから」
ウンディーネ「サキュたん冷たーい。でもそんなところも大好き!」
サキュバス「はいはい。良いから“たん”はやめて」
ダークエルフ(……静かになったな)
ダークエルフ(重苦しい沈黙だ。先程も同じ雰囲気になりかけた時はヴァンパイアの冗談で和らいだが、今度はそういかないようだ)
ウンディーネ「サキュたん、背中流してあげる」
サキュバス「結構よ。それと、その呼び方はよしなさい」
ウンディーネ「遠慮しなくて良いってば。身体にボディソープを付けて、と」
サキュバス「本当にやめなさい」
385:
ダークエルフ(……あそこだけ百合の花が香っている)
ウンディーネ「一緒にニュルニュルになろうよー」
サキュバス「勘弁してちょうだい」
ダークエルフ(この光景を男子が見たら狂喜するのだろうか)
ダークエルフ(……男も?)
ダークエルフ「風呂場では静かにしろ! 女同士でイチャつくな!」
ウンディーネ「……うん?」
唐突に、彼女の周囲に四本の水柱が発生した。
柱は縦長で、彼女の背丈を優に超えている。
ウンディーネ「なんか言った? 溺死したいって聞こえた気がしたんだけど」
ダークエルフ「何でもないです。申し訳有りませんでした」
彼女の謝罪から僅かに間を空けて、水の柱が崩れ落ちる。
ウンディーネ「ごめんね。聞き間違えちゃった」
ダークエルフ「いえ」
ダークエルフ(……以前はこんなのがもっと身近にいたな)
386:
ーーーー男部屋ーーーー
ヴァンパイア「さて。ここで問題なんだぜ」
オーク「いきなりどうしたの」
ヴァンパイア「現在、我がクラスの女子が入浴中なんだぜ」
男「それが?」
ヴァンパイア「ここで俺たちがとる行動は何だ?」
オーク「いや、何もしないでしょ」
ヴァンパイア「ハズレなんだぜ」
男「良いから布団敷けよ」
オーク「そうだね。答えは布団を敷いて寝る」
ヴァンパイア「ハズレなんだぜ。でも布団は敷いておこう」
387:
男「お前は体幹トレーニングでもして寝ろ。それが答えだ」
ヴァンパイア「ハズレなんだぜ。体幹はするけどな」
オーク「お風呂も入ったし、明日も早いし寝よう」
ヴァンパイア「だああぁぁあああ! なんでそうなるんだよ! 普通は覗くだろ! お前ら本当に高校生か! 枯れてんのか! 悟りでも開いてんのか! 百八つの煩悩から開放されちゃってんのか!!」
男「うるさいな。隣室の奴らに迷惑だぞ」
オーク「夜中に騒いでたら、きっと減点の対象だよ」
ヴァンパイア「お前らの性欲の無さには絶望したぜ。猪人族なんて性欲の強さで有名だろうが」
オーク「そんなこと言われてもね。倫理に反してることはしたくないもの」
ヴァンパイア「どうやったら、そんなに堅固な理性を養えるんだよ」
388:
男「今風呂に入ってる女子は俺たちのクラスなんだろ?」
ヴァンパイア「しおりのスケジュールを見る限りそうなんだぜ」
男「だったら絶対にダメだ」
ヴァンパイア「ほほう。へえへえ」
オーク「あはは」
男「……なんだよ」
ヴァンパイア「いやぁ、好きな娘の裸を他の男に見せたくないのは当然なんだぜ」
男「なんの話だよ」
ヴァンパイア「白を切ろうとしても無駄なんだぜ」
389:
オーク「さっきダークさんが悪口言われた時、一番怒ってたのは男君だもんね」
ヴァンパイア「そうそう。いつ爆発するかと不安だったんだぜ」
男「……意味が分からないな」
ヴァンパイア「素直じゃないんだぜ」
オーク「本当にね」
ヴァンパイア「ぶっちゃけ両想いだよな。何故くっつかない。何故交尾しない」
狐「……死んでみるか?」
ヴァンパイア「冗談なんだぜ」
オーク「これが獣纏か。初めて見たよ」
390:
ヴァンパイア「でも、妙に焦らすようなことはしない方が良いんだぜ。微妙な関係は変動しやすいからな。くっつける時にくっついちまえ。合宿なんて最適だろ」
男「……トイレ」
ヴァンパイア「好きなだけしてくれば良いんだぜ。気のすむまでな」
男「……そうするよ」
オーク(ヴァンパイア君がカッコ良い? いや、気のせいか)
ヴァンパイア「なんか失礼なことを考えてる顔だな」
オーク「え、別になんにも考えてないよ」
ヴァンパイア「怪しいんだぜ。
……はあ。女体。全裸。瑞々しい肌。じゃれ合う女子たち。下着姿。髪を乾かす仕草。衣擦れの音。はあ……」
オーク「うん。やっぱりヴァンパイア君はヴァンパイア君だ」
391:
ーーーー女部屋ーーーー
ダークエルフ「あの、ありがとう」
サキュバス「なにが? 感謝されるようなことはしてないわよ」
ダークエルフ「いや、サキュバスのおかげで陰口が止んだから」
サキュバス「私は、私が思ったことを口にしただけよ。まあでも、一応謝辞を受け取っておくわ」
ウンディーネ「サキュたん! 一緒に寝よ!」
サキュバス「結構よ。私の布団に入らないで。あとその呼び方はやめて」
ウンディーネ「もう! すげないんだからー! でも大好き!」
サキュバス「はいはい。分かったから、私の布団から出てって」
ウンディーネ「もう既に一糸纏わぬ姿だよ。やんっ!」
サキュバス「じゃあ、布団を交換ね。私はアナタの布団で寝るから」
ウンディーネ「あーん。いけずぅ」
392:
ダークエルフ「……トイレに行ってくる」
ダークエルフ(ダメだ。ここは花の香りが強過ぎる)
ダークエルフ(少し夜風に当たろう)
ダークエルフ(先生方に見つからないようにしなければな)
ダークエルフ(戻ってくる頃には落ち着いていると良いけれど)
ウンディーネ「サキュたーん。愛を語り合おうよー」
サキュバス「良いから服を着なさい」
ウンディーネ「着させてー。それとサキュたんの服を脱がさせてー」
サキュバス「断るわ」
ダークエルフ(……暫くは無理そうだな)
405:
部屋を後にした彼女が向かった先は宿屋の横側だった。
道中、誰にも見つからなかった。
靡く風を強く感じるように彼女は目を閉じる。
海から運ばれて来た仄かな潮の薫りが彼女の鼻腔を通り抜けていく。
それから宿泊施設をも通り過ぎて、山林に茂る草木の葉を揺らす。
小高い丘の上に構えられたその場所からは、闇のなかでさざめく海が一望できた。
三方向を海に囲まれた、半島と岬の定義の境界とも言える地形だった。
やがて彼女は目を開き、天を見上げた。
零れ落ちそうな光の粒が瞬いている。
上弦の三日月も有った。
夜中でもかなり明るい王都の星空とは比較にならなかった。
406:
手を伸ばせば星屑を掴めそうで、彼女は天へと手を差し伸べた。
男「高校生にもなってまだそんなことする奴がいるとはな」
ダークエルフ「ひゃ!」
背後から唐突に声をかけられ、彼女は短い叫びを上げて身体を硬直させた。
男「驚かせたか。悪い」
ダークエルフ「……男か。いつからそこに……」
羞恥で紅顔しながら彼女は訊く。
心臓が激しく脈打ち、痛いくらいだった。
星と月以外の光源は無い為、自分の頬が紅いことを悟られずにすみそうであることには内心安堵する。
男「お前が来るよりも先にいたよ」
407:
ダークエルフ「そうか……。恥ずかしいところを見られてしまったな」
男「気にするな。気持ちは分かる。素晴らしい星空だからな」
彼女はうなずいた。
ダークエルフ「王都では見られそうにない星空だ」
それから訊ねた。
ダークエルフ「男はどうしてここにいるのだ?」
男「……ちょっと考え事」
言いにくそうに告げて、彼は訊ね返す。
男「お前こそどうしたんだよ」
ダークエルフ「部屋が百合の香りに満ちていてな……」
彼は怪訝そうな顔をしながらも曖昧にうなずいた。
408:
男「夕方のことだが、気にするなよ。エルフ族は優秀だから妬まれやすいきらいが有るからな」
心配そうな視線を向ける彼に、彼女は軽くかぶりを振って微笑む。
柔和でいながら強靭な微笑だった。
ダークエルフ「気にしてない。私には素晴らしい友人がいるからな」
男「そうか」
うなずいてから、彼は僅かに顔を曇らせたが、薄闇のせいで彼女の眼には映らなかった。
男「ごめん」
彼の突然の謝罪に、彼女は首を傾げた。
謝罪される理由が思いつかなかったからだ。
空気よりも軽い気体を詰められた風船のように、謝罪しなければいけないことは数多く彼女の脳裡に浮上した。
409:
男「お前が言いがかりをつけられた時、弁明してやらなければいけなかった」
ダークエルフ「そんな。気にすることでは無いし、ましてや謝ることではないだろう」
彼は強く首を振った。
尻尾のバタつきも増した。
男「俺が納得いかないんだよ」
ダークエルフ「男はあまりに律儀過ぎるな」
男「それは違う。俺はただ……」
彼は何か告げようとして、口を噤む。
ダークエルフ「どうした?」
410:
男「いや。……まだ時間有るか?」
ダークエルフ「大丈夫だが」
男「それなら少し雑談しよう」
ダークエルフ「ああ」
彼の提案に、彼女は嬉しそうな顔で同意した。
二人は近くのコンクリートの段差に腰を下ろす。
コンクリートは未だに昼の陽光を仄かに帯びているらしく、冷たくはなかった。
膝が触れ合いそうなほどに二人の間隔は狭かった。
そのまま二人の心の距離を表していた。
411:
彼女は高鳴っている心臓を落ち着かせるように静かに深呼吸した。
男「明日の予定は午前は登山だったか。登るのは大した山ではないらしいな」
彼は星空に視線を向けたまま言った。
尻尾は地面に着くのを嫌がるように、重力に抗って反り返っていた。
ダークエルフ「午後からの工芸はクラス一丸で作品を製作するんだったな。しかも得点が付けられると」
男「正直まとまる気がしないな」
彼女は肯いた。
ダークエルフ「私たちのクラスはクセが強いのが多いし、繋がりが希薄だからな。オークも大変だ」
男「俺たちも協力してやらないとな」
ダークエルフ「ああ」
412:
男「それで、明後日は山地での食糧調達か」
ダークエルフ「得点の稼ぎどころなのだから合宿の肝とも言えるな」
彼はうなずく。それから笑った。
男「集めた食糧はまた鬼人の教師の胃袋に収まるんだけどな」
彼女も笑った。
ダークエルフ「あの先生はよく食べるからな。十尺を超える巨漢だから当然なのだが」
男「まあな。それで、四日目が野外炊飯か」
ダークエルフ「男の料理の腕前を披露できるな」
男「そこまで凄いものでもないけどな」
彼は肩を竦めてから、ようやく彼女の方に顔を向けた。
男「お前もだいぶ料理が上手くなったな」
ダークエルフ「二ヶ月も教わったからな」
男「お前が熱心だったからだろ。それに物覚えも良いしな」
ダークエルフ「男にそう言われると嬉しい」
413:
彼女は白い歯を見せた。
彼は暫くそれを凝視して、それからおもむろに彼女を抱き寄せた。
ダークエルフ「え……」
小さな声が漏れた。
彼女は茫然としながら彼の体温を感じていた。
身体は弛緩していて抵抗も硬直もしなかった。
彼と同じように、背中へと腕を回すこともなかった。
やがて大きな安らぎが彼女の裡に満ち始めた。
彼の腕の中は何よりも彼女を必要とし、彼女を守ってくれるように思えたからだった。
そして彼が堪らなく愛おしかったからだ。
414:
ダークエルフ「あ、あの……」
男「……いきなりすまない」
彼は身体を放し、顔を伏せて謝罪した。
彼の体温が離れるのと同時に、彼女の身体を寂寥が過ぎった。
ダークエルフ「確かに驚いたが……」
気恥ずかしさから、続きの句は発せられずに彼女の裡で萎んだ。
むず痒い沈黙が漂う。
それでも彼女はこの場を離れたいとは思えなかった。
男「……そのうち」
ダークエルフ「え?」
彼の呟きが聞き取れなかった為、訊き直す。
415:
男「そのうち言いたいことがある」
ダークエルフ「そうか……」
或る期待が彼女の心内で湧き起こったが、それを悟られないように平常を装った。
男「……そろそろ戻るか」
彼女は彼の提案にうなずく。
男「教師に見つからないようにしろよ」
ダークエルフ「男もな。……心待ちにしてるから」
幾分の失望と多大な希望を秘めながら、彼女は部屋に戻った。
424:
ーーーー露天風呂ーーーー
語学教師「ふう……。良い湯加減だ」
数学教師「あー、腹の底から生き返る」
地理教師「十尺を超える巨漢三人に囲まれているせいで、自分が小さくなったようです。はい」
生物教師「風呂でやる酒は最高だな! がはは!」
地理教師「本当に自重してください。はい」
生物教師「うるせーな。頭を沈めんぞ」
地理教師「あづっ!? 既にしてるじゃないですか!? あづっ! ちょっ! 鼻にお湯が!」
語学教師「うるさいぞ。いい年して風呂で騒ぐな」
数学教師「まったくだ。入浴ってのは一日で一番有意義な時間だってのに」
425:
生物教師「がはは! わりぃ! んなことよりミノ先生も一杯やるか?」
数学教師「お。じゃあ貰うか」
生物教師「そうこなくちゃな。トロール先生も飲むだろ?」
語学教師「む。じゃあ一杯だけ」
生物教師「流石、どこぞの首無しと違って話が分かる」
地理教師「私は間違っていません。はい」
生物教師「うっせ。もっかい沈んどけ」
地理教師「あづっ! ホント勘弁して!」
数学教師「相変わらず仲が良いこった」
語学教師「まったくだ」
地理教師「どこを見て言ってるんですか!? そのお目々たちは腐ってやがるんですか!」
426:
生物教師「んなことより、どのクラスが優勝しそうよ?」
地理教師「何が『んなことより』ですか。はい。私には一大事ですよ。はい。あづっ!? 堪忍してっ!」
数学教師「俺の予想は三組だな。中々の団結力だし、組全体の意欲も高い気がする」
語学教師「ふむ。私は五組が健闘すると踏んでいる。多才な生徒が多いようだからな」
生物教師「なんだよ。二人とも自分の受け持ちクラスじゃねぇか」
地理教師「なら私は一組が。……と言いたいところですが、険悪な雰囲気で厳しいのが実情ですね」
生物教師「そうかぁ? 中々見所が有りそうだと思うがなぁ。面白い奴らが多いしな」
数学教師「オーガ先生がそう言うのならそうなんじゃねぇの?」
言語教師「鬼人族は魔族最強の戦士たちだからな。その観察眼を以て言うのだから信憑性は高いだろう」
地理教師「だと良いのですけどね。はい」
427:
数学教師「正直さ」
語学教師「なんだ?」
数学教師「優勝とか、運だよな」
生物教師「それは言っちゃダメだろ。事実だけどよ」
語学教師「まあな。そのことに感付いている生徒も多いようだ」
地理教師「あながち言い切れないと思いますけどね。はい。加算だけでなく減点も有りますから。はい」
数学教師「でも極端な減点なんてまず無いだろ。そのくせ釣りと食糧調達は獲得点に差が付きやすい」
生物教師「だなぁ」
語学教師「その二つは校長から義務化されているのだから仕様がない。私的意見としては釣りは外した方が良いが」
428:
生物教師「その二つは魔王様が提案したんだろ? しかも酔っ払ってる時によ。それを律儀に守る校長はアレだな。阿呆だな」
地理教師「ちょっ」
数学教師「世界の統治者だからな。それに校長も魔王様が初恋なんだろうよ。校長からは同胞の臭いを感じるからな」
語学教師「校長はどのような伝手で魔王様と同じ席で飲んだのだろう」
地理教師「聞いた話によると、魔王様がご贔屓にしているケーキ屋の主人と親しいらしく、その関係で三人で飲んだらしいです。はい」
数学教師「魔王様は本当に気さくだよな」
地理教師「その親しみやすさが好意を集めるんでしょうね。はい。私としては時たまに発せられる皮肉が堪らなく好きですが。はい」
生物教師「んだよ。俺以外は魔王様に惚れてた口か。俺は拳神様一択なんだがなぁ」
語学教師「なるほど。あの方は鬼人族の長であるし納得だな」
429:
数学教師「族長に異種族が就任してるのは鬼人族だけだよな」
生物教師「ああ。若い奴はそのことに反感して決闘を挑みやがる。異種族、しかも女が自分達の長なんて認めたくねぇからな」
語学教師「オーガ先生も同じ口か」
生物教師「まあな」
地理教師「その結果無惨に負けたと。あづっ!? やめてっ!」
数学教師「負けた相手に惚れるってのは鬼人らしいな。よく分からんが」
生物教師「しかし、どうして中年同士で恋話を交わしてんだ?」
語学教師「良いじゃないか。恋は死よりも強し。そして生涯の命題の一つだ。存分に話すべきだろう」
生物教師「がはは! 結局恋は生殖本能だがな!」
数学教師「それで良いじゃねぇか。最重要の本能だ」
語学教師「そうだな」
地理教師「いいかげんたすけてっ!」
生物教師「あ、悪い。忘れてた」
430:
サービスとか誰得だよwwwwww
431:

中年男の入浴シーンがサービスかよwwww
434:
ふぅ……
436:
いやなサービス食らったwwww
しかもそれで賢者になってる奴までいるし
439:
ーーーー二日目・正午・山巓ーーーー
オーク「暑いね……」
男「ああ……」
ダークエルフ「私はそれほどでもないな」
ヴァンパイア「俺もだ。吸血鬼はこの程度の寒暖には堪えないんだぜ」
オーク「羨ましいなぁ。僕なんか汗だくだよ」
地理教師「それでは昼食です。はい。作っていただいたライスボールをどうぞ召し上がってください。はい」
ヴァンパイア「あー、腹減ったんだぜ」
オーク「ホントにね」
男「オークのは随分と大きいな」
440:
ダークエルフ「私の分の五倍は有るんじゃないか?」
オーク「ダークさんのが小さいだけだよ」
ヴァンパイア「それだけでは無いだろうけども、オークの巨体を考えれば当然なんだぜ」
オーク「そうそう」
「下山だりぃ」
「だよなぁ……」
「次は工芸かよ」
「適当に駄弁ってれば良くね」
「確かに。誰かがやるでしょ」
ヴァンパイア「俺たちのクラスは盛り上がりに欠ける奴らが多いんだぜ」
オーク「うん。僕が皆を焚き付けないとなぁ」
ダークエルフ「私たちも協力するさ」
男「ああ。HR委員にばかり任せてられないしな」
オーク「うん。ありがとう」
441:
ーーーー工芸室ーーーー
地理教師「それでは夕餉の刻限まで製作に取り掛かってください。はい。しおりに有る通り、評価は教師陣で行います。はい。
私は席を外します。HR委員を中心に頑張ってください。はい」
オーク「分かりました」
ヴァンパイア「さて、何を作るか」
「ここ、テレビがねぇから超つまんねぇよな」
「だよなぁ。部屋に一台付けろっての」
「いつも観てる音楽番組が観れなかった。好きなアーティストの新曲が流れるはずだったのに」
「ああ、あのグループでしょ。私も好きだよ」
ダークエルフ(デュラハン先生が退出した途端に騒がしくなったな)
ダークエルフ(テレビ番組なんてニュースしか観ないから、不便には思わないが)
ダークエルフ(しかし、殆どのクラスメイトに意欲が見えないな)
オーク「みんな! 何を作る?」
442:
「お任せするわ。俺ら応援してっから」
「うんうん。ファイト」
「健闘を祈りまぁす」
オーク「あはは……。それは困るよ。皆で作らなきゃ意味が無いんだから」
「別に他クラも適当っしょ」
「てか、美術部とかがやった方が良い作品になるでしょ」
「別に文句も言わないし」
ヴァンパイア「皆でやることに意味が有ると思うんだぜ」
「めんどくせ」
「俺は美術科目が苦手だしなぁ。手出しできねぇわ」
「あー、俺も。中学校時代の成績は毎回低かったわ」
ダークエルフ「得手不得手では無いと思う」
「あ? じゃあ何作るんだよ?」
ダークエルフ(彼はいつも私に突っかかってくるな)
ダークエルフ「それは、決まっていないが」
「ちっ。偉そうな事言うなら最初にそれくらい決めておけよ。案も無いのに上から目線で偉そうなこと言ってんじゃねぇよ」
ダークエルフ「あ……えっと」
443:
男「気にするなよ。大体それを考えるのも製作の一つだろ。そんなことも分からないのか」
「あぁ!? 妖狐族だからって調子に乗んなよ!」
男「なんだそのチャチな啖呵は。それに俺は事実を述べただけだ」
ヴァンパイア「おいおい。あんまり煽るなよ。仲良くやろうぜ」
「てめぇ!バカにしてんのか!?」
男「してない。バカとは思っているが」
ダークエルフ「男……。もう……」
「ざけんな! いつも澄ましやがって! ムカつくんだよ!」
男「……それは俺の台詞だ!」
444:
ダークエルフ(男が声を荒げているところなんて久しぶりに聞いたな)
男「いつもダークを罵りやがって! いい加減我慢の限界なんだよ! アイツだって色々なことで苦しんでるんだよ! それぐらい察しろよ!」
ヴァンパイア「お、おい! 胸倉掴むのはやり過ぎなんだぜ!」
オーク「ちょっと! 落ち着きなよ!」



ダークエルフ(取り敢えず場は落ち着いたが、空気が最悪だ)
ダークエルフ(クラスメイトを焚き付けるはずだったのだが)
ダークエルフ(何か打開策は無いだろうか)
オーク「んー、何を作ろうか」
ヴァンパイア「まったく考えが浮かばないんだぜ……」
男「……」
「……」
445:
「……なんか、そんな空気じゃねーよな」
「だよなぁ……。誰か適当にやっちゃえよ。もう」
オーク「だからね。全員で作ることに意味が有ると思うんだ。皆が一つになって、一つの作品を仕上げる。それが大事なんだよ」
「そりゃ、そうかもだけどさ」
「実案が無いのが現状だよなぁ」
ダークエルフ(全員が一つ。そして一つの作品。……そうだ)
ヴァンパイア「こんなことになるなら昨日の内に考えておけばよかったんだぜ」
オーク「そうだね。失敗しちゃったなぁ」
ダークエルフ「あの、似顔絵とかどうだ」
オーク「似顔絵?」
ダークエルフ「ああ。皆で大量に似顔絵を書き合って模造紙に貼るんだ。そして一枚絵を作れば良いんじゃないか?」
ヴァンパイア「あー、モザイクアートって奴か」
446:
「時間かかりそうじゃない?」
「うん」
ダークエルフ(ダメか)
サキュバス「興味深いわね。私は賛成よ」
ウンディーネ「私もー」
オーク「うん。名案だと思うよ」
ヴァンパイア「やり甲斐が有りそうなんだぜ」
「結構面白そうだな」
「でも絵とか苦手だわ」
ダークエルフ「絵はそこまで上手くなくても良いと思う。上手い方が良いのは確かだが」
ヴァンパイア「大事なのは量と配置なんだぜ」
447:
「お、なら俺でもやれんじゃね?」
「俺もできそう。お前のことを面白く描いてやるぜ」
「やるなら急いだ方良くない?」
「だよねー」
「デフォルメキャラでも良いよね?」
「劇画風に描いても良いかも」
「取り敢えず時間との戦いだな」
ダークエルフ(意外と乗り気だ)
ダークエルフ(一組がここまで一致団結しようとしているのは初めてだな)
オーク「時間が勿体無いよ! 早取り掛かろう!」
『おお!』
ヴァンパイア「ペンは用意したんだぜ。一枚の用紙に大量に描いて、切り取って使おう」
オーク「流石ヴァンパイア君、準備が良いね。大きい図柄は何にする?」
男「それなら、やっぱりーーーー」
448:



ヴァンパイア「さらさらーっと」
オーク「両手と両足で描くとか凄いね」
ダークエルフ「私からすれば両手で描くオークも相当に凄いが」
ダークエルフ(よく見れば殆どのクラスメイトが両手で似顔絵を描いてる)
ダークエルフ(幾ら何でも異常だろう……)
ヴァンパイア「ふんふーん」
オーク「ラミア先生を描いてるんだね。って、用紙全部がラミア先生じゃないか」
ダークエルフ「……しかも上手いな」
ヴァンパイア「さて、スペースも無くなったし用紙を変えるか」
449:
オーク「もう二十枚目なんて早すぎだよ。助かるけどね。でも、違う人の顔も描いて欲しいな」
ヴァンパイア「えー、度がだいぶ落ちちゃうぜ。それにラミア先生しか一度に四種類の表情が描けないんだぜ。愛が為している業だからな」
オーク「同じ表情でも問題無いし、ヴァンパイア君はそれでも筆だと思うけど。僕なんかまだ六枚目だ」
ダークエルフ(私なんてまだ一枚目の半分も描いていない……)
ダークエルフ(頑張ろう)
ダークエルフ(……男の耳はもう少し尖っているな)
ダークエルフ(もう少し吊り目にして)
ダークエルフ(鼻はもう少し高いな)
ダークエルフ(お、そっくりだ)
ダークエルフ(ふふん)
450:
サキュバス「……」
ウンディーネ「ねー。サキュたーん」
サキュバス「その呼び方はいい加減やめて欲しいわ。何かしら?」
ウンディーネ「どうしてオーク君だけ描いてるの?」
サキュバス「…………なんとなくよ」
ウンディーネ「そっかー。あの豚殺してこよう」
サキュバス「物騒なことを言うのはやめなさい」
ウンディーネ「だってー。だってさー」
サキュバス「……次は貴女も描くわよ」
ウンディーネ「むー。嬉しいけど」
451:
サキュバス「貴女の用紙は私ばかりじゃない。三十枚くらい全部」
ウンディーネ「そーだよ。これが平常時のサキュたん。これがちょっと不機嫌なサキュたん。これがハニかんでるサキュたんで、こっちが結構怒ってるサキュたん。寝ているサキュたんに、ぼんやりしているサキュたん」
サキュバス「随分と絵が上手ね。タッチの種類も豊富だし」
ウンディーネ「愛の力だよー」
サキュバス「あっ、そう」
ウンディーネ「サキュたん、愛してる!」
サキュバス「はいはい」
452:
ダークエルフ「男は誰を描いているのだ?」
男「ん」
ダークエルフ(……これは何なのだろう?)
ダークエルフ(魔獣?)
ダークエルフ「あ、もしかしてベヒモスか。中々だな」
男「…………オークのつもりなんだが」
ダークエルフ「え?」
ダークエルフ(しかし四足歩行じゃないか)
ダークエルフ「あ、この脚らしきものは手なのか。なるほど」
453:
男「……」
ダークエルフ(あわわ、男が落ち込んでしまった)
ダークエルフ(男の画力が、幼児と同じかそれ以下とは思わなかった)
ダークエルフ(……落ち込む男、可愛い)
ダークエルフ(ちょっと垂れた耳が庇護欲を刺激してくるな)
ダークエルフ(抱き締めたい)
ダークエルフ(そしてモフモフしたい)
男「俺の絵が壊滅的であることは重々承知しているさ。しているけどさ……」
ダークエルフ「す、すまない男! 悪気は全く無かったんだ!
で、でもほら! こっちのレヴィアタンは中々似ているぞ! 尾がちゃんと八本有るしな!」
男「……それはクラスメイトのサラマンダーだ」
454:
ダークエルフ(私はアホか!)
ダークエルフ(似顔絵なのに海王の絵を描く訳が無いだろう!)
ダークエルフ(尾もよく見れば消し残りじゃないか!)
ダークエルフ「すす、すまない男! で、でもほら!火蜥蜴も海王も大きさは違うが、形は少し似てるから! 海王じゃなくて海蜥蜴に改名すれば良いと思うから!」
ダークエルフ(……私は何を言っているのだろう)
ダークエルフ(フォローを入れるはずだったのだが)
男「……はあ」
ダークエルフ(男の耳が更に垂れた)
ダークエルフ(可愛すぎる)
455:
「……男」
男「……何だよ。さっきのことなら謝らないからな」
「……悪かった」
男「……」
「俺はずっと僻んでいたんだ。妖狐もエルフも優秀な種族だからな。それに比べて俺たちの種族は低脳扱いされてるから。
それが更に自分を浅ましくしていることにお前の怒りでようやく気づけた」
男「……俺に謝る必要は無い。ダークに謝れ」
「……そうだな」
男「……さっきは悪かった」
「……なんだよ。謝るんじゃねぇか」
男「うるさいな」
「はは。……しかし、その絵はベヒモスか? そこそこ似てるな」
男「悪口か? 悪口だよな?」
「ん? 違ったのか?」
男「……」
「えっ、なんで項垂れるんだよ」
457:



「模造紙に、似顔絵を貼り付ける配置は大体記しておいたから。ちゃんと明度別にな」
「まじか」
「俺たちの種族はパズルとかに強いから。殆どが理数系だしな。それに俺は色彩の勉強を昔からしてたし」
「ケットシー凄え」
「それでザッと見た感じ、色が濃い似顔絵が足りないな」
「んー、どうするか」
「あ、ダークエルフさんを描けば良いんじゃね?」
「そうだな」
ダークエルフ「わざわざ、写実しなくても大体で描けば良いだろう」
「ダークエルフさんの顔をまじまじと見たことがないから、上手く描けそうにないんだ」
「そうそう」
ダークエルフ「……まあ、構わないのだが」
458:
「……やべぇな。ダークエルフさん、メチャクチャ美人じゃねぇか」
「お前、気付いてなかったのかよ」
「やべぇ。学校生活を二ヶ月無駄にしてたわ」
「ちょっと笑ってみてくれないか」
ダークエルフ「ん、こうか?」
「……まじやべぇ。ホントやべぇ」
「なんという破壊力……!」
「おかしいな。サキュバスさん派だったのに」
男「……」
オーク「男君の耳がピクピクしてる……」
ヴァンパイア「嫉妬なんだぜ……」
男「聴こえてるぞ」
459:



ヴァンパイア「切るのも面倒だったが、並べる作業が一番面倒なんだぜ」
オーク「良いから手を動かそうよ」
ダークエルフ「一番重要な作業は一番面倒なものだろう」
ウンディーネ「あ! 私のサキュたんの隣に男子を並べちゃダメー! ましてや豚の似顔絵の隣なんて許しません!」
オーク「ぶ、ぶひぃ……。そんなこと言われても……」
サキュバス「ウンディーネの言葉は気にしなくて良いわ」
ウンディーネ「サキュたん、ひどいよー!」
サキュバス「どこがよ」
ヴァンパイア「百合は良いもんだぜ」
オーク「百合?」
460:



オーク「もう暗くなってきたよ。急ごう」
ヴァンパイア「後は糊付けだな」
男「業務用の『スライムストッパー』を見つけたぞ」
オーク「固定剤あったんだ。じゃあ、上からゆっくり垂らして固まったら完成だね」
ウンディーネ「サキュたんをネバネバのベトベトに……」
サキュバス「したら、もう口も利かないわ」
ウンディーネ「冗談だよー」
サキュバス「冗談に聞こえなかったわ」
男「俺が糊付けして良いか?」
オーク「じゃあ、お願いするね」
ヴァンパイア「慎重にやるんだぜ」
男「分かってるよ」
461:



「あー、やっと完成か」
「ちょっと不格好だな」
「モデルが悪いんだろ」
「はは、確かにな」
ダークエルフ「ただ、模造紙の隙間が寂しいな」
オーク「なにか飾り付けでもする?」
ヴァンパイア「でも時間が無いんだぜ」
男「全員の手形でどうだ?」
サキュバス「良いんじゃないかしら」
ウンディーネ「共同製作って感じが出て良いね」
462:
「おし、絵の具の準備だ」
「カラフルにしようぜ」
「俺はオレンジが良いな」
「俺ピンク」
「コバルトブルーしかないだろ」
ダークエルフ「私は黒で良いか」
男「俺は飴色を自作しよう」
オーク「僕は緑とかで良いかな」
ウンディーネ「豚はピンクで良いでしょ」
オーク「ぶひぃ……」
ヴァンパイア「俺は、黄色かな」
463:
「そこは赤だろ」
「意外性ばかり狙ってもしょうがないだろ」
「意外性はお約束を守ってこそだしな」
「君には失望したよ」
「ないわー。ヴァンパイアないわー」
「黄色とか。お前のパンツの後ろだけにしろよ」
「それは黄色じゃなくて黄ばみじゃね?」
ダークエルフ「酷い言われようだな」
ヴァンパイア「うおー! ムカつくんだぜー!」
464:
「ちょっ! ジャージに手形を付けるな!」
「落ちなくなるだろ!」
ヴァンパイア「知ったこっちゃないんだぜ!」
「このやろー!」
「きゃっ! 巻き込まないでよ!」
オーク「お。落ち着いて! わわ、僕にまで!」
「俺にもかよ! お返しだ」
「戦じゃー!」
「何すんのよバカ男子共!」
「うるせぇ!」
465:



地理教師「……皆さん、どうして皆さんのジャージにカラフルな手形が付着しているのですか。はい」
ヴァンパイア「負けられない戦いがそこに有りました」
オーク「作品が汚れなくて良かった……」
ダークエルフ(さっきの混乱の途中、誰かに胸を揉まれた……)
ウンディーネ(ダークちゃんも良い胸してるなー)
生物教師「負けられない戦いかならしょうがねぇな! がはは!」
地理教師「納得しないでくださいよ!」
化学教師「わぁ。一組の作品、凄いですね」
歴史教師「モザイクアートですか。半日足らずでこれだけの作品をよく作成しましたね」
語学教師「様々な絵柄の似顔絵が有るな。全員で描いたのか」
数学教師「昨夜のオーガ先生の言葉はマジだったわけだ」
生物教師「当たり前だろ! がはは!」
466:
地理教師「この一枚絵、私ですか?」
オーク「はい。やっぱり担任の先生が一番適しているかと思いまして」
地理教師「とても嬉しいですね。はい。頭が地面に転がってるデザインが少し気になりますが。はい」
生物教師「そっくりじゃねぇか。こんなのを作ってもらえるなんて教師冥利に尽きるだろ」
地理教師「本当に感激ですね。はい」
歴史教師「これは、私の似顔絵でしょうか」
ヴァンパイア「あ、俺が描いたんだぜ」
化学教師「特徴をよく捉えてるね」
ヴァンパイア「ラミア先生のことをいつも見てるからなんだぜ」
467:
歴史教師「見ていて面白い顔では無いと思いますが」
ヴァンパイア「面白くは無いんだぜ。ひたすら胸が高鳴るんだぜ」
歴史教師「む。そうですか」
ダークエルフ(ヴァンパイアが口説きにかかっている)
ダークエルフ(いや、素なのか)
化学教師「あ、私のもあるね。嬉しい」
数学教師「一年の担任全員いるみたいだな」
語学教師「本当に力作だ」
生物教師「がはは! 校長までいるぜ!」
468:
ダークエルフ(この様子だとかなりの高得点だな)
生物教師「お! ベヒモスまでいやがる!」
地理教師「あ、本当ですね。はい」
ダークエルフ(そ、それはタブー……!)
男「……」
数学教師「お、マジだ。遊び心も有るのな」
生物教師「こっちはレヴィアタンか」
語学教師「ほう、アーティスティックなイラストだ」
歴史教師「描こうとして描ける絵では無いですね」
化学教師「そうですね」
男「はは……」
ダークエルフ(……涙目の男なんて初めて見た)
ダークエルフ(網膜と脳細胞に焼き付けておこう)
472:
こりゃ、モフモフしたくなるわな
477:
もうニヤニヤが止まらないwwwww
478:
ーーー男風呂ーーー
ヴァンパイア「今日は有意義な一日だったんだぜ」
オーク「だね。作品も全クラストップの得点だったし、クラスの和も一層強固になったしね」
男「このまま首位を維持できると良いな」
ヴァンパイア「そうだな。ってことで潜水対決しようぜ」
オーク「それはあまりにも脈絡が無いんじゃないかな」
ヴァンパイア「気にすんな」
男「全員が入浴してる浴槽では勘弁して欲しいが」
オーク「そうだね」
ヴァンパイア「女々しいんだぜ!いいから、せぇの!」
479:



オーク「ぷはっ。……二人ともまだ潜ってるんだ。凄いや」
オーク「頑張れー」



ヴァンパイア「がはっ。くるし……」
オーク「ヴァンパイア君が先か」
男「俺の勝ちだな」
オーク「随分と余裕そうだね……」
ヴァンパイア「負けたか。潜水には自信が有ったんだけどなぁ」
男「まあ、俺は息を止めてないからな」
480:
オーク「どういうこと?」
男「水中でも呼吸できるようになる妖術を使ったんだ。『化水』というな」
ヴァンパイア「そんなの狡いんだぜ」
男「だって狐だし」
ヴァンパイア「狐? 画伯の間違いだろ」
男「あ?」
オーク「二人ともやめなって」
485:
ーーーーーー
ーーーー
ーー
昨夜に比べて瘴気の濃度が濃く、遠方を窺い知ることのできない夜だった。
昨夜は輪郭を掴めた海も、今は霞の向こうからさざめきを届けるだけだった。
宿泊施設の横手に彼はいなかった。
今夜も彼に逢えるのではないかと期待していた彼女は幾分気を落とす。
空気が裂ける音を耳にした。
どのように時間を潰すか考えていた時のことだ。
肌にまで響きそうな鋭い音だった。
彼女は音の出処と思わしき方向へと首を曲げる。
どうやら建物の裏手から聞こえたらしい。
486:
彼女は怪訝な表情を浮かべ、音源に向かうか暫し逡巡する。
それから、好奇心に背中を押されて足を踏み出した。
その背中は分厚く、そして雄大だった。
施設の中から漏れ出る僅かな光が彼を照らしていた。
十尺を超える偉丈夫の背中だった。
隆起した筋肉に滴った汗が、仄かな光の下で煌めいた。
半裸の大男は弓を引いていた。
二間もの全長をした武骨な上長下短の大弓だった。
弦の緊張が極限まで高まる。
解放を求めるように、しなった弦が音を立てた。
それは獰悪な猛獣の唸り声に似ていた。
487:
矢はつがえられていなかった。
弦の緊張に呼応するように、周囲の大気も張り詰める。
それが極限まで高まったと彼女が直覚した時、弦の解放を阻む指が開かれた。
矢はつがえられていなかった。
先ほど彼女が耳にした空気を裂く音が生まれた。
音と共に生み出された風は、前方に生えていた樹木の細枝を砕いた。
猛獣が歓喜する声が彼女の脳裡を過ぎった。
瞬きすることを忘れていた。
呼吸すらも失念していた。
眼が離せなかった。
488:
再び静寂が訪れた時、偉丈夫が振り返った。
鬼人「ーー黒エルフか」
鬼だった。
暫くの沈黙の後、鬼は逆立てている黒々とした髪を掻いた。
それから厳めしい顔をくしゃっとして笑う。
生物教師「夜に彷徨くのは減点の対象になるぞ。俺は見逃してやるがな」
ダークエルフ「…………」
彼女は声を出せずにいた。
洗練された所作の精巧な流動に、未だ心奪われていた。
489:
やがて彼女は口を開いた。
ダークエルフ「美しいな……」
熱に浮かされたような声音だった。
ダークエルフ「荒々しくも、繊細で……」
美しい翠の瞳も熱を帯びていた。
ダークエルフ「力強くも、雅で……」
生物教師「がはは! 中々見る目が有るな!」
彼は大きな笑い声を上げてから大弓を地に置いた。
光に照らされた大弓は、石炭のように黒光りしている。
ダークエルフ「初めて見る素材です……」
490:
彼女は彼に近づいてからしゃがみ込み、まじまじと弓に見入る。
生物教師「ベヒモスの甲殻を使ってる。弦はベヒモスの髭でできてる。陸王がそのまま弓になったと考えりゃ良い」
鬼人の言葉に彼女は目を瞠った。
生物教師「お前にも弓の心得が有るみてぇだが、それは扱えないだろうな」
ダークエルフ「……触ってもよろしいですか」
生物教師「おう」
威勢の良い返事に安心して、彼女は自身の背丈の二倍は有る大弓を握る。
硬質でありながら滑らかで、手に吸い付くようだった。
持ち上げようと腕に力をこめる。
491:
ダークエルフ「重いですね……」
彼女は両手で弓を掴み、歯を食いしばって引き上げようと尽力するが、弓は微動だにしなかった。
地に貼り付けられたようだった。
生物教師「やっぱり細腕じゃ持ち上げるのも無理か。
まあ、こいつを完璧に操れるのは鬼人族ぐらいだからな」
彼は夜にそぐわない豪快な笑い声を発してから、足元に置いていた細長の布袋を掴み上げて手を入れた。
取り出されたのは大弓と同じように黒光りする小弓だった。
それも充分な大きさだったが、彼が持つと子供の玩具のようだった。
生物教師「デカい奴じゃどんなに加減しても威力が有り過ぎて、並の獲物じゃ微塵も残らねぇんだ」
教師は彼女に小弓を手渡す。
彼が手を離した瞬間、彼女の腕が急激に垂れ下がった。
ダークエルフ「これも、重いですね……」
492:
両腕で辛うじて支えるのが限界で、構えることなど到底できなかった。
彼女は小弓を静かに地面に落とした。
ダークエルフ「ベヒモスを狩猟したのですか」
生物教師「ああ。結構昔にベヒモスが或る地方都市に出現してな。」
彼はその年を口にする。
ダークエルフ「私はまだ生まれていないですね」
生物教師「あれからもうそんなに時間が経ったのか」
彼は曖昧な笑いを厳めしい顔面に浮かべる。
生物教師「俺にはまだ最近のことのように思えるぜ。
そして、おそらく生涯忘れらることのできない出来事だな」
彼は彼女に語るのではなく、自分の裡で噛み締めるような様子で呟いた。
493:
生物教師「陸王の名を冠するだけあって、奴は恐ろしく強かった。
鬼人族長ーー拳神様でも単独では手を焼いていた」
ダークエルフ「あの方が……」
彼女は実際には見たことがないベヒモスの姿を、自分の知る情報を基に構築する。
それから巨山のような陸王と、一昨日対面したばかりの四天王のサイズを比較した。
次にその彼女が片脚で軽々と潰されている像が、彼女の意思を無視してダークエルフの脳内で結ばれた。
生物教師「俺を含めた鬼人十数人も共闘してようやく仕留めることができたんだ。
この弓二つはその際の記念に自作した」
ダークエルフ「なるほど」
彼女は再び足下の小弓に視線を戻す。
彼の武骨な太い指で作られたとは思えない艶やかな形状だ。
494:
生物教師「がはは! もう遅い時間だ! さっさと部屋に戻れ!」
ダークエルフ「あ、はい」
彼女は歯を食いしばりながら、両腕で小弓を持ち上げる。
生物教師「お、悪いな」
教師はそれを何でも無いように片手で受け取り、布袋に収納した。
ダークエルフ「おやすみなさい」
生物教師「おう! 明日も早えんだからグッスリ寝ろよ!」
ダークエルフ「はい」
彼女はその場を立ち去ろうと踵を返した。
生物教師「……黒エルフ、か」
495:
ダークエルフ「なにか?」
彼女は再び向き直る。
生物教師「お前は魔法を使えないらしいな」
彼女は肯いた。
生物教師「普通のエルフじゃ魔法で肉体強化もしてねぇのに弓を持てたりはできねぇだろうな」
ダークエルフ「はあ……」
彼の意図が察せず、彼女は曖昧な返事をする。
生物教師「黒エルフってのは、通常のエルフと違って瘴気を取り込めるのかもな。
だから肉体がより強靭なのかもしれねぇ」
ダークエルフ「……黒エルフは純エルフよりも、より魔物の肉体構造に近づいていると?」
496:
生物教師「あくまでも推測だがな。
魔法が使えないのも、この辺りに関連しているのかもな」
彼女は曖昧に肯いた。
黒エルフがーー己がどのような存在なのかは昔から模索していた。
その答えの一端に出会ったのかもしれないが、感動は無かった。
それから、自身の求める答えは生物学的なものでは無いことに気付いた。
生物教師「ーー百分の一か。やはりお前にもいるんだろうな」
ダークエルフ「……はい」
彼の言わんとしていることを察して彼女は肯いた。
百分の一。
それは黒エルフが産まれる確率だった。
そして、もう一つの確率でも有った。
497:
ーーーー露天風呂ーーーー
生物教師「おーす!」
数学教師「なんだ。遅かったじゃねぇか」
語学教師「鍛錬が長引いたのか?」
生物教師「まあ、そんなとこだ! 桶は……あったあった」
地理教師「毎日欠かさずに鍛えるなんて凄いですね。はい」
生物教師「鬼人族じゃ普通だぜ。首無しも毎日剣を振れよ」
地理教師「私は剣ではなく、ペンで戦ってますから。はい」
生物教師「うぜぇ! がはは!」
地理教師「あづっ!? ひどいよ!」
498:
数学教師「しかし奇妙だよな」
語学教師「まったくだ」
生物教師「なんの話だ?」
地理教師「釣りの話です。はい」
生物教師「ああ。確かに異常だな」
数学教師「だろ? 四クラス合わせて零なんて初めてだぜ」
語学教師「近くにいた釣り人に話を伺ったが、彼もボウズだったらしい」
地理教師「海で何か異常が起きているのでしょうか。はい」
生物教師「さあな。それよりも飲もうぜ」
地理教師「またですか。いい加減ーーあづっ!?」
499:
数学教師「明日は食糧調達か。何事もねぇと良いが」
語学教師「山に猛獣はいないはずなのだから大丈夫だろう」
地理教師「不注意での怪我なども止めて欲しいところです。はい。監督不届きとなってしまいますから。はい」
生物教師「ま、そうだな」
数学教師「獣なんか狩らずに、山菜とかを採ってくれるだけにして欲しいところだぜ」
語学教師「うむ。穏便に終わって欲しいところだ」
生物教師「熱燗うめぇ」
地理教師「飲んだくれめ。あづっ!? ヘルプ!」
504:
ーーーーーー
ーーーー
ーー
夕焼けが山林を赤く染めていた。
高木の太い枝の上で、彼女は弓の弦を引き絞っていた。
数本に分けられた組み立て式の代物を、合成樹脂を幾重にも巻き付けて補強した弓だ。
彼女が持参した弓だった。
狙いは遥か前方で草を食む獣。
すらりと伸びた脚で大地を踏みしめている。
頭部にある独特の弧を描いた細長い双角が特徴的だ。
彼女は研ぎ澄ました集中力を以って照準を定める。
そして右手の指を離し、矢を射出した。
数瞬の間を置いて、獣は首をもたげて矢の方向へと顔を向けようとした。
それは矢が獣のこめかみを穿つのとほぼ同時だった。
505:
酷くゆっくりと獣は倒れた。
完全に動かなくなったのを見届けてから、彼女は一挙に枝から地面まで飛び降りる。
膝の屈折で衝撃をだいぶ吸収した為、音は比較的小さかった。
ダークエルフ「すまないな」
彼女は謝罪の言葉を口の中で呟き、獣へと歩み寄る。
ヴァンパイア「ダークさん、流石なんだぜ!」
彼女の影から吸血鬼が姿を現した。
彼女は別段驚きもせずに彼を一瞥した。
ダークエルフ「これくらいなら普通だろう」
ヴァンパイア「いや、本当に凄いんだぜ。こんな遠くから正確に当てるなんて普通はできないんだぜ」
506:
ヴァンパイア「さて」
彼は獣の側に屈み込み、その首筋に噛み付いた。
喉を鳴らす音が断続的に繰り返される。
ダークエルフ「……吸血してるのか?」
返事はなかった。
やがて、彼は首筋から口を離した。
ヴァンパイア「血液が凝固すると肉が血生臭くなっちゃうんだぜ。だから有る程度抜いておこうと思ったんだぜ」
ダークエルフ「なるほど。しかし獣の血を飲んでも問題無いのか」
彼女は疑問に思い訊ねた。
ヴァンパイア「良し悪しは血の匂いで本能的に分かるんだぜ」
ダークエルフ「凄いな。まさに吸血鬼といったところか」
彼は微笑みながら肯く。
ヴァンパイア「さてと。男とオークに合流するか」
507:
ダークエルフ「ああ。しかし暑い……」
ヴァンパイア「美人は汗をかいても美人なんだぜ」
ダークエルフ「そうか」
ヴァンパイア「……ダークさんは男以外の異性と話す時は泰然としてるよな」
ダークエルフ「……そうだろうか?」
ヴァンパイア「そうなんだぜ。どれだけ男のことが好きなんだという」
ダークエルフ「なな、なんの話だ」
ヴァンパイア「その反応、バレてないと思ってたのか?」
ダークエルフ「い、意味が分からないな」
ヴァンパイア「吃りながら白を切ろうとするダークさん、凄く可愛いんだぜ」
508:
ダークエルフ「……」
ヴァンパイア「睨まないで欲しいんだぜ」
ダークエルフ「……まあ、バレていたところで問題無い」
ヴァンパイア「そうなのか」
ダークエルフ「羞恥は感じるが」
ヴァンパイア「恥じらうダークさん、可愛過ぎてペロペロしたいんだぜ」
ダークエルフ「アホなことを言ってないで行こう」
ヴァンパイア「はいはい」
509:
男「魔獣を仕留めたのか。やるな」
ヴァンパイア「ダークさんがやったんだぜ。遠くから弓矢でぶすっとな」
ダークエルフ「私の数少ない特技だからな。
だが、二人も魔獣を仕留めているじゃないか。しかも二頭も」
男「罠を張って、誘導して落としただけだ」
ダークエルフ(いや、それが凄いと思うのだが)
「お、魔獣を狩ったのか。お前ら凄いな」
「これで一組の優勝は盤石だな」
「他のクラスにも魔獣を狩った奴はいるらしいけど三頭は狩ってないだろうな」
オーク「そうだね。さて。そろそろ麓に戻ろうか」
510:
ーーーー山麓ーーーー
化学教師「集計した結果、得点が一番高いのは一組ですね。次点で四組。その後は五、二、三と続きますね」
ヴァンパイア「おお。圧倒的な差で首位なんだぜ」
オーク「やったね。後は減点されないように慎んで行動しよう」
「そうだな」
「今日は疲れたし早く寝るか」
「腹減ったぁ。夕飯はなにかな」
「汗かいたし、風呂入りてぇ」
サキュバス「疲れたわね」
ウンディーネ「私が癒してあげるー!」
サキュバス「結構よ」
511:
ーーーー露天風呂ーーーー
化学教師「何事もなく終わって良かったですね」
歴史教師「ええ、本当に」
化学教師「今日はだいぶ日焼けしちゃいましたね。日焼け止めを塗ったんですけどねー」
歴史教師「大変ですね」
化学教師「ラミア先生は細かい肌をしてますよね。羨ましい」
歴史教師「そうでしょうか?」
化学教師「どんなスキンケアをしているんですか?」
歴史教師「特筆すべきことは特にしていないですが」
化学教師「えー……。私なんて毎日欠かさずにスキンケアをしてるのにボロボロですよ。
どうして水泳部の顧問もしているのにそんなに白いんですか」
歴史教師「おそらく蛇人族の体質ですよ」
512:
化学教師「うう……。蛇人族羨ましい……」
歴史教師「そうですかね」
化学教師「……尻尾を触っても良いですかね?」
歴史教師「急にどうしたんですか?」
化学教師「前からどんな手触りなのか興味有ったんですよね」
歴史教師「別に構いませんが」
化学教師「やったぁ! それでは失礼しますね」
歴史教師「んっ、ちょっとくすぐったいです」
化学教師「逆立てて撫でるとザラザラしてるのに、鱗の一つ一つは滑らかな手触りですね。
わぁ、流れに沿って撫でるとスベスベだ」
歴史教師「んっ……」
513:
歴史教師「ハーピー先生ばかりズルいですよ。
私も羽根に触ってみたいです」
化学教師「良いですよ」
歴史教師「なるほど。付け根はこうなってるのですか。
羽根に神経は通っているのですか」
化学教師「んー、髪の毛と同じと考えて大丈夫ですね」
歴史教師「なるほど。
付け根は少し硬質ですね。陶器のようです」
化学教師「ひゃっ! そこくすぐったいんです!」
歴史教師「おっと。すいません」
514:
歴史教師「……今物音がしませんでしたか?」
化学教師「……しましたね」
歴史教師「そこの茂みからでしょうか」
化学教師「おそらくそうですね」
歴史教師「誰かいるのでしょうか……」
化学教師「分かりません。ピット器官を有していたりは?」
歴史教師「いえ。蛇人族は昼行性ですから」
化学教師「……確認しますか?」
歴史教師「……一緒に行きましょう」
515:
ーーーー男部屋ーーーー
オーク「ねぇ、男君」
男「ん、なんだ?」
オーク「ヴァンパイア君、遅いね」
男「確かに。随分と長いトイレだな」
オーク「なんだか嫌な予感がするんだけど」
男「嫌な予感?」
オーク「うん。凄く、ね」
男「気のせいじゃないか?」
オーク「だと良いけれどね」
516:
男「……ノック?」
オーク「ヴァンパイア君……じゃないよね」
男「ああ。聞こえてきた足音は二つ。そのうち一つは地を引き摺るような音だ」
オーク「男君はやっぱり耳が良いね」
男「まあな。取り敢えず出ないと」
オーク「だね。今開けまーす」
歴史教師「……」
化学教師「……」
オーク(うわあ……不機嫌な顔)
517:
オーク「ど、どうしたんですか」
化学教師「これ」
オーク(ラミア先生の尻尾?)
オーク「……ヴァンパイア君!?」
男「声を荒げてどうしたんだ。
……うわ、なんだこのヴァンパイアらしき物体は」
歴史教師「紛れも無くヴァンパイア君です」
オーク「ど、どうして瀕死なんですか?」
化学教師「彼ね、私たちがお風呂に入ってるところを覗いてたのね」
男「あ、阿保が……」
518:
ヴァンパイア「お、俺は何も知らないんだぜ……。ほ、本当なんだぜ……」
歴史教師「現行犯がよく言います。どうやらもっと強く締め上げて欲しいようですね」
ヴァンパイア「あがが!? 死ぬ! 死ぬ! いやでも本望!?」
歴史教師「……度し難いですね」
ヴァンパイア「かひゅ……」
歴史教師「君は不敬なところは有れど、誠実な生徒だと思っていましたが」
ヴァンパイア「ーーーー」
歴史教師「本当に失望しました」
オーク「先生、ヴァンパイア君が完全に失神してます」
519:
化学教師「取り敢えず今回は被害者が私たちだけだから、不問にしておくけどね」
歴史教師「君たちも彼が大切な友人なら口外しないように」
オーク「あ、はい」
化学教師「あと、一組は零点まで減点ね」
オーク「え!?」
男「まじか……」
歴史教師「連帯責任ですから。ヴァンパイア君はここに捨てていきます」
化学教師「おやすみー」
オーク「……おやすみなさい」
520:
オーク「皆にどう説明しようかな……」
男「俺たちも知らない振りをするのが得策じゃないか?」
オーク「だよね。……まったく。ヴァンパイア君は」
男「こいつは生殖器で思考してるのか」
オーク「否定できないね」
男「……しかし、こいつ」
オーク「随分と幸せそうな顔してるね……」
男「腹立つな。狐火で髪を軽く燃やしておくか」
オーク「重傷だし、これ以上はやめてあげなよ」
男「オークは優し過ぎるな」
525:
ーーーーーー
ーーーー
ーー
部屋のベッドに腰掛けながら、少女は円筒を右眼で覗き込んでいた。
赤い花柄の紙を巻いた筒だ。
たおやかな細指で円筒を廻す。
廻す度に砂利をかき混ぜるような音が小さく響いた。
左眼は閉じられている。
「万華鏡も綺麗だよね。私たちの未来はどんな色かな」
ダークエルフ「……何をしに来た」
「そんなに怖い声を出さないでよ」
少女は万華鏡を覗いたまま、柔和な口調で言った。
ダークエルフ「この状況で、それは無理だな」
淫魔と水人が床に臥していた。
意識を失っている。
部屋に突如として現れた少女の力によるものだった。
526:
ダークエルフ「お前はいつだってそうだ。
全ての物を見下しながら飄々とした態度を気取っている」
「ひどいなぁ。傷付いちゃうよ」
少女は平然とした口調で言う。
それから花柄の色紙で飾られた円筒から右眼を離した。
翠の両眼がダークエルフに向けられた。
彼女の瞳と同じ色だった。
「暫く見ない間に口が悪くなったね」
ダークエルフの脳裡に或る単語が浮かぶ。
百分の一。
それは、黒エルフが産まれる確率。
そして、一卵性双生児が産まれる確率。
527:
ダークエルフ「サキュバスとウンディーネに何の魔法を行使した?」
彼女は双子の妹を睨みつけながら詰問する。
少女は、エルフはその小さな肩を竦めた。
エルフ「『昏倒の呪』だよ。威力は明日の早朝に目覚める程度に抑えて置いたから安心して」
ダークエルフ「そういう問題では無いだろう。『昏倒の呪』は用法を誤れば脳死する可能性も有るだろう。
エルフ族としての誇りが有るならば無闇に魔法を濫用するな」
その言葉に少女は嘲るような微笑みを浮かべた。
エルフ「お姉ちゃんがエルフ族について語るの? 出来損ないのお姉ちゃんが?」
ダークエルフ「……」
エルフ「軽い冗談だよ。怒っちゃった? ごめんね」
528:
彼女は話題を転換する。
ダークエルフ「いつの間に『転移の呪』を使えるようになったのだ。あれは亡失魔法だろう」
エルフ「私が使えるんだからもう亡失魔法じゃないよ。
使えるようになったのはお姉ちゃんが家を追い出されてすぐだから、進学する直前かな」
告げて、彼女は再び万華鏡を覗き込む。
何か大切なものを探しているように熱心だった。
エルフ「ーーお姉ちゃんは今の日々が楽しい?」
唐突な質問に、ダークエルフは首を僅かに傾げた。
ダークエルフ「……ああ」
それから間を空けて答える。
エルフは愉しげな声を出す。
エルフ「……そっか。楽しいんだ。ふうん」
529:
エルフ「壊したくなるなぁ」
530:
ダークエルフ「……っ」
彼女の呟きに、ダークエルフの背筋が凍り付く。
蟲が全身を這っているような悪寒が走った。
エルフ「お姉ちゃんの為にプレゼントを用意しておいたから」
ダークエルフ「……プレゼント」
彼女は言葉を小さく繰り返す。
口の中が渇き切っていた。
エルフ「うん。結構大きいんだ。お姉ちゃんを訪ねたのもそれを伝える為だよ」
ダークエルフ「……それだけの為にサキュバスとウンディーネを気絶させたのか」
エルフ「そうだよ」
ダークエルフ「ふざけろ! 他者を愚弄するな!」
彼女の大声に、エルフは顔をしかめながら万華鏡から彼女へと視線を移した。
エルフ「一々カリカリしないでよ。男君に嫌われるよ?」
ダークエルフ「っ!?」
彼女は目を剥く。
それから眼光鋭く自身の妹を睨みつける。
531:
エルフ「あはは。“まだ”何もしてないよ。勘繰り過ぎだってば」
ダークエルフの眼光の鋭さは増す。
エルフは苦笑を浮かべながら肩を竦めた。
エルフ「まあ、今日は帰るよ。さようなら」
ダークエルフ「私は二度と会いたくないが」
エルフ「実妹に対して冷たいなぁ。
まあ、お姉ちゃんの要望は叶うだろうけどね」
彼女が何か言い返す前に、エルフは姿を消した。
最初からその場にいなかったと錯覚するほど唐突な別れだった。
ダークエルフ「……私にはアイツの目的が分からない」
静寂に包まれた部屋の中で、彼女は呟いた。
537:
ーーーー最終日・朝・食堂ーーーー
サキュバス「昨日は知らない間に眠ってしまったわ」
ウンディーネ「えー、私と睦み合った甘い一時を忘れたの? 私の身体の下で悶えていたあの一時を」
サキュバス「朝から変なことを喋るのはよしなさい」
ダークエルフ(いつも思うが、彼女はあまり淫魔らしくないな)
ウンディーネ「あれー? 本当に憶えてないの?」
サキュバス「そんな虚言を信じるわけないでしょ」
ウンディーネ「そっかー。忘れちゃったのかー。そっかー」
サキュバス「……何も無かったわよ」
ウンディーネ「昨日のサキュたんは凄く可愛かったのになー」
538:
サキュバス「嘘よ……。私にそんな性癖は……」
ウンディーネ「サキュたん、美味しかったよー。えへへ」
サキュバス「そ、そんな……」
ダークエルフ(アイツが来るまでは別にいつも通りだったのだが)
ダークエルフ(ここは黙っておくか)
オーク「あ、僕たちも相席して良いかな?」
ダークエルフ(男たちか)
ダークエルフ(ヴァンパイアが若干負傷しているが、喧嘩でもしたのだろうか)
ウンディーネ「来んな豚死ね臭いんだよ飯が不味くなるだろうが」
オーク「ぶ、ぶひぃ……」
539:
サキュバス「口を慎みなさいよ。別に構わないわ」
オーク「ほんと? ありがとうサキュバスさん」
サキュバス「……別に」
ダークエルフ(……ふむ)
ウンディーネ「豚の悪食を見てると食欲が失せるんだけど。床で食べて貰えないかな」
オーク「ぶ、ぶひぃ……。量は多いけど同じ物だよ」
ウンディーネ「あれー。糞豚が食べるんだから、生ゴミかと思っちゃった」
オーク「ぶ、ぶひぃ」
サキュバス「いい加減にしなさい」
ウンディーネ「……ちぇ」
540:
ーーーー正午・野外炊飯場ーーーー
ヴァンパイア「カレー美味しいんだぜ。男とダークさんの料理の腕前は凄いんだぜ」
オーク「もう。ヴァンパイア君は調子が良いんだから……」
男「本当に呑気だな。クラスメイト達の消沈した顔はお前のせいなのに。あと傷の治りが早過ぎだろ」
ヴァンパイア「吸血鬼だからな。昨日は血も飲んだし」
ダークエルフ「ヴァンパイアのせいで一組は零点にされたのか?」
ダークエルフ(てっきりアイツが何か仕掛けたものと思っていたが)
オーク「あ、内密にね。まあ、色々有って」
ダークエルフ「色々か」
ヴァンパイア「でも本当に記憶が無いんだぜ。トイレに行った後、気晴らしに外に出たところまでは憶えてるけど」
ダークエルフ(記憶が無い?)
ダークエルフ(……アイツが何かしたのか?)
ダークエルフ(充分に有り得るな)
541:
ダークエルフ(使ったのは操る魔法か?)
ダークエルフ(そんな魔法、私の知識には無いな。敢えて上げるならば『蠱惑の呪』か)
ダークエルフ(しかしあれは好感度を高めるだけのものだから、使用者に従順になるだけで自発的に行動するはず)
ダークエルフ(それに記憶を失うことは無いはずだ)
オーク「昨夜のことで何か憶えて無いの?」
ヴァンパイア「水の滴る艶やかな髪。赤みを帯びた柔肌。美乳」
ダークエルフ「覗きでもしたのか?」
ヴァンパイア「そういうことになってしまったんだぜ」
ダークエルフ(……自発的行為である可能性も否めないな)
ダークエルフ(ヴァンパイアだし)
542:
ダークエルフ(食器類を洗浄した後は自由時間か)
ダークエルフ(一時間では大したことはできないな)
男「……なあ、ダーク」
ダークエルフ「うん?」
男「その、この後に話が有るんだが……」
ダークエルフ(この他人行儀な態度は、もしかして……)
ダークエルフ「あ、わわ、分かった」
男「……取り敢えず洗ってしまうぞ」
ダークエルフ「そそ、そうだな」
543:
ダークエルフ(鼓動が余りに激しくて身体まで跳ねているようだ)
ダークエルフ(男に悟られていないと良いのだが)
男「……っ」
ダークエルフ(目が合ってしまった)
ダークエルフ(何だこの感じ! 何だこの感じ!)
ダークエルフ(……落ち着け)
ダークエルフ(アイツの腹立たしい媚びた笑顔を思い出せ)
ダークエルフ(……だいぶ昂ぶりが収まったな)
544:
「しっかし、最下位かぁ……」
「理不尽だよな。理由も分からんし」
「ほんと何が有ったんだよ」
「事件の臭いがするぜ」
オーク「あはは……」
「ま、でも良いんじゃね?」
「楽しかったよね。団結できたし」
「親睦が深まったし」
「モザイクアートを作るのはやり甲斐があった」
545:
「みんなで何かを成し遂げるのって凄え気持ち良いよな」
「ほんとほんと」
「食糧調達も、辛かったけど充実してたな」
「うんうん」
「野生の魔獣の肉なんて初めて食ったわ」
「俺も。クセが強かった」
「山菜の天ぷらはメチャクチャ美味しかった」
「確かにね」
「最下位でも最高のクラスだと思う」
546:
オーク「どうせなら皆でもう一度集合写真を撮らない?」
ヴァンパイア「お! 良い考えなんだぜ!」
「やっぱり背景は海だよね」
「だね! 」
「デュラハン先生も呼ばないとな」
「皆で同じポーズとろうぜ!」
「えー、それはヤだ」
「ま、取り敢えず片付けよ」
ダークエルフ(先に集合写真の撮影になるようだな)
ダークエルフ(その後は…………はうっ)
553:
ーーーーーー
ーーーー
ーー
薄紫の海を背景に、一組のクラスメイトが担任教師を中心に固まっていた。
砂浜では他の組の生徒が波を蹴ったりして遊んでいた。
流石に泳いでいる者はいない。
地理教師「私は素晴らしいクラスの担任になれて幸せです。はい」
自身の両腕に抱かれた彼の顔は、心底嬉しそうに笑っていた。
数学教師「じゃあ、撮ります。端っこがフレームアウトしてるから全体的にもっと寄って」
牛人の教師が、体格にそぐわないサイズのカメラを構える。
「……? どうしたケットシー。メチャクチャ震えてるぞ」
生徒の一人が首を傾げて言った。
猫に酷似した獣人は、首を振る。
「分からないけど、身体が……」
喋る内にも、彼の身体の震えは強さを増していき、遂に自力で立ち上がることすらできなくなっていた。
彼は集団の中から抜け出そうとするように砂浜を這いずる。
男「おい、本当にどうした?」
「怖い……。怖い……」
うわ言を呟きながら猫人は集団から離れようとする。
ウンディーネ「……海がおかしい」
ポツリと水人の少女が呟いた。
いつもは柔和な顔が、今は強張っていた。
サキュバス「深刻な顔をしてどうしたの?」
ウンディーネ「離れなきゃ……。海から逃げなきゃ……!」
彼女は切迫した面持ちで声を荒げる。
地理教師「……っ。危険です! 海から離れてください!」
数学教師「あん? いったい何だってんだ?」
多くの者が不可解そうな顔をして周りを視線を散らす。
他のクラスでも同じような状況だった。
ダークエルフ「……海?」
彼女は何気なく海を振り返る。
554:
海が割れたのは、その時だった。
555:
瘴気を取り込み、生命を維持する生物を『魔物』と呼ぶ。
魔物という存在は幾つかに分類される。
高次な知能を具有する魔物を『魔族』とした。
多様な種族が存在し、現在では共存して生活を営んでいる。
『魔草木』は植物型の魔物の分類だ。
生産者、分解者で有るが、中には消費者を喰らう種も存在する。
また、『花人族』という魔族も存在する。
そして。
低次の知能しか備えていない魔物を『魔獣』と分類した。
非常に大きな分類だ。
哺乳類も、爬虫類も、魚類も、巨大な昆虫もまずはここに分類される。
家畜や愛玩動物として品種改良された種も多い。
『一角獣』など希少な種は保護対象生物だ。
しかし、その大半は凶暴性を秘めた生物だ。
時として魔族すらも生命の糧とする。
世界の生態系の頂点はいつでも魔族では無かった。
未だ辺境地の生態系の頂点には、三王獣と畏怖される魔獣が君臨している。
陸王ベヒモス。
巨山の如き獣。
空王ジズ。
天を闊歩する獣。
海王レヴィアタン。
556:
彼女たちの眼前に現れた獣。
557:
海王の出現と共に発生した波濤が轟音を立てる。
それは発声器官を喪失した獣王の啼き声だった。
身体に纏っている半透明な翠色をした粘膜は、状況によっては優美で神秘的に視えるのかもしれない。
しかし、現在の状況では邪悪な印象しか抱けなかった。
八つの紅眼は何も捉えていない。
それでも身をくねらせ、太古の残滓である不完全な四肢を用いて浜辺に打ち上がろうとする。
その様子に生徒達は悲鳴をあげながら蜘蛛の子を散らすように逃げる。
混乱を鎮静する為に各教師は声を張り上げて生徒たちに避難の指示を出す。
生物教師「がはは! こんな浅瀬まで海王が来るなんて珍しいな!」
鬼人は豪快な笑い声をあげながら、弓袋から取り出した大弓に、矢筒から取り出した弓と同じく陸王の甲殻から削り出した矢をつがえる。
大弓用の矢は三本しか手許に無かった。
558:
数学教師「宿泊場所よりデカイんじゃね。そもそも海王は陸上でも活動できんのか?」
生物教師「元はベヒモスだからな。長時間じゃねぇなら大丈夫みたいだ」
数学教師「陸から海に進出したって説が有力なんだっけか。事実だとしたら奇特な奴だな」
語学教師「呑気に話している場合では無いだろう!」
生物教師「がはは! 俺が囮になるさ! その間に避難をすませれば解決だろ!」
彼は間近まで迫っているレヴィアタンに狙いを定めて、力の限り弦を引き絞る。
そして、海王の偏平な口に向かって陸王の化身を放った。
矢は口内に潜り込む。
海王はその巨体を仰け反らせた。
八本の尾が荒々しく水面を叩く。
数学教師「流石鬼人族だぜ。さて今の内に……」
レヴィアタンから眼を離し、後ろを振り向いた牛人の顔が凍り付いた。
生物教師「……なんだよ、これ」
鬼人もまた呆然と呟く。
誰もが無様に口を開き、途方に暮れていた。
559:
ーーーーーー
ーーーー
ーー
彼女は宙に腰掛けている。
正確には腰掛けたような姿勢を取っている。
その小さな手にはお手玉が三つ握られていた。
器用に玉の循環を繰り返す。
何度も。何度も。
そして口許に微笑を浮かべながら地上を見下ろしていた。
大地が極端に大きく隆起していた。
隆起は比較的大きな円を描き、下にいる者たちを囲んでいた。
その牢は、一人として外に漏らすことは無かった。
厚い大地の壁は彼女の魔法によるものだった。
エルフ「せっかくのプレゼントから逃げちゃダメだよ」
愉快そうに彼女は呟く。
560:
エルフ「壊すなら徹底的にね」
玉は入れ替わる。
追い出され、受け入れられる。
エルフ「どうせならちゃんと見届けたいけど、やることも有るしなぁ」
残念そうに呟き、彼女は手を止めた。
エルフ「ばいばい。お姉ちゃん」
彼女は三つのお手玉を消し去る。
それから下に向けて小さく手を振った。
エルフ「安らかに眠ってね」
彼女の姿が消え、後には虚空のみが残っていた。
561:
ーーーーーー
ーーーー
ーー
突如として隆起した地面は生徒たちの逃走を阻んだ。
彼女の周囲には先程まで生徒たちの怒号と壁を蹴る音が満ちていたが、今では咽び泣く声ばかりだ。
鳥人族や淫魔族など、翼を有する種族は飛翔して逃げられるだろう。
しかしこの状況で独り逃げようとすれば、多くの者が抱えた行き場を無くした憎しみの矛先とされ、最悪翼をもぎ取られてもおかしくなかった。
それを恐れているのか、壁を超えて逃げ出そうとする者はまだいなかった。
生徒たちは、後ろで八本の尾を振るって徐々に迫る海王と、あまりに強固な壁を諦観した顔で交互に見やることしかできなかった。
ヴァンパイア「……俺たち、海王の食糧にされるのか?」
オーク「ここで死ぬの……?」
男「……」
562:
ダークエルフ「……くそ」
ダークエルフは激しく憤っていた。
全てが自身の妹の所業だと覚ったからだ。
彼女は忌々しい壁から目を離して後ろを向く。
教師たちがレヴィアタンの足止めをしている。
一瞥しただけで明らかに劣勢であることが分かった。
そもそも少人数で敵う相手ではない。
ダークエルフ「……私が止めなければいけない」
男「……なに言ってるんだ」
ダークエルフ「……っ」
彼女は海へと、海王へと駆け出す。
男「おいっ!」
彼の制止の声にも振り向かずに、彼女は全力で走る。
563:
オーク「ーーーー男君。ヴァンパイア君」
男「……なんだ?」
ヴァンパイア「……どうした?」
オーク「怖いよね。死んでもおかしくないんだから」
彼の言葉に、二人は肯いて同意した。
オーク「正直、先生たちに海王が倒せるわけがないよね」
二人は肯いて同意した。
オーク「僕たちなんか尚更だよね」
二人は肯いて同意した。
オーク「でも、このままじゃいけないよね」
二人は沈黙した。
オーク「怖くても、臆病になっても、それでも突き進む。
それがきっと勇気だよね。」
二人は沈黙する。
オーク「もしそうだとしたら、大切な友人の為に一歩を踏み出せる者が、『勇者』だよね」
564:
二人は笑う。
男「お前は格好良いな」
ヴァンパイア「友の為に生命を張るなんて尋常じゃないんだぜ」
男「ーーーー俺にはもっと重大な理由が有る」
ヴァンパイア「奇遇だな。俺もなんだぜ。逃げて怯えてる場合じゃなかったんだぜ」
オーク「……そっか」
三人で笑う。
オーク「行こう」
ヴァンパイア「行こう」
男「行こう」
そういうことになった。
565:
ーーーーーー
ーーーー
ーー
海王の全身が浜に上がっていた。
生物教師「死にたく無い奴は下がれ! 海王は俺がやる!」
レヴィアタンの背後に雄々しく突っ立っている鬼人が叫んだ。
歴史教師「単騎でどうにかなる相手ではないです!」
語学教師「せめて、海王の攻撃対象を分散させなければ……!」
数学教師「いやー、教師が殉職なんて事例ないんじゃね?」
化学教師「不吉なことを言わないでくださいよね!」
歴史教師「まったくです!」
レヴィアタンの尾が鬼人の身体を叩きつける。
生物教師「ぐっ……」
彼は大弓で辛うじて受け止めた。
弓が大きく軋む。
566:
地理教師「はあっ!」
片腕に頭を抱えたデュラハンが、握っていたペンで尾を突いた。
数学教師「ホントにペンで戦ってるのかよ!?」
語学教師「言ってる場合か! こっちには三本来たぞ!」
数学教師「げっ!?」
近くに固まっていた巨人と牛人は後ろに大きく跳んで尾を回避した。
生物教師「水棲生物が! 陸で図に乗んな!」
鬼人は大弓の弦を引き絞る。矢は最後の一本だった。
海王の急所は把握していた。
しかし、彼の実力を以ってしても的確に射抜くのは困難だった。
精神を研ぎ澄ませる。
567:
化学教師「ほらほらこっちだよ!」
ハーピーは海王の周囲を旋回しながら、海王の気を引く。
歴史教師「……ハーピー先生危ない!」
ハーピーの死角から、彼女に向かって尾が振られた。
鬱陶しい虫を払うような所作だった。
化学教師「あ……」
生物教師「……ちっ」
大弓の最後の矢はその尾を打ち抜く。
硬直した尾が彼女を叩き落すことは無かった。
レヴィアタンは更に猛々しく暴れる。
全員が、自己の生命を繋ぎとめる為に避けるので精一杯だった。
568:
鬼人には未だ海王を討ち取る手段が有るが、海王のこれ以上の進行を阻むことを優先して、前へと躍り出る。
ダークエルフ「先生! 私も戦います!」
生物教師「……莫迦が! 下がってろ!」
彼は、走り寄って来たダークエルフを怒鳴りつけ、迫った尾を横に跳んで回避した。
ダークエルフ「私には戦わなければいけない理由が有る!」
生物教師「誰もがそうだろうが! いいから俺たちに任せろ!」
彼女は激しくかぶりを振る。
ダークエルフ「違う……。違うんだ……!
私はアイツに証明しなければいけないんだ!」
彼女の切迫した声音と表情から何かを感じ取ったのか、鬼人は押し黙って少し離れた地点に指を向けた。
そこには彼の弓袋があった。
生物教師「矢も一本だけ袋の中に有る。尾の付け根の中心を狙え」
手短に言い、彼は海王に殴りかかる。
569:
自身のやるべきことを把握した彼女は、弓袋へ駆け寄ろうとした。
瞬間、尾が上から振り落とされた。
ダークエルフ「っ!?」
驚愕で彼女の身体が強張る。足が動かなかった。
しかし圧し潰されることは無かった
狐「立ち止まるなよ。危ないだろ」
飴色の体毛を纏った獣が、彼女を背に乗せて迫る尾から離れた。
ダークエルフ「男!」
狐「何か特別な事情があるようだが、それは後で聴く。今はこの畜生を倒すことが最優先だ」
ダークエルフ「……ああ!」
彼女は小弓と矢を取り出す。
一昨日ほど重くは感じなかった。
危機的状況に陥ることで、身体の限界が伸長されたらしい。
何かの音を耳にして、彼女は背後を振り向く。
そして目を見開いた。
570:
歴史教師「何をしているんですか!?」
ラミアが叫ぶ。目の端には涙が溜まっていた。
側にはヴァンパイアが倒れていた。
ヴァンパイア「だ、大丈夫なんだぜ……。なんたって吸血鬼は頑丈だからな……」
彼の脇腹が裂けていた。傷口には血の糸が引いている。
鋭利な刃物でつけた傷ではなく、手で無理やり千切ったような裂傷だ。
黒々とした血が傷口から止め処無く溢れ出していた。
彼女を庇った際に被った傷だった。
歴史教師「死んでしまいますよ!」
ヴァンパイア「こんなのは、唾付けとけば、治るんだぜ……。
それに、ラミア先生を護って、死ねるなら、割りと本気で、悪く無いんだぜ……」
掠れた声で言い、彼は立ち上がる。
571:
ヴァンパイア「安全なところまで逃げて……」
彼は顔をしかめ、夥しい汗をかきながらも海王と彼女の間に立つ。
歴史教師「……っ。君は、本っ当に度し難いですね!!」
顔をたくさんの涙で濡らしながら、彼女は叫ぶ。
オーク「だって、ヴァンパイア君ですからね。
それに、女性の前で格好付けたいのは男の性ですから」
オークが吸血鬼の隣に並ぶ。
オーク「大丈夫?」
ヴァンパイア「……結構やばい。でも、やるしかないんだぜ」
レヴィアタンを睨みつけながら彼は呟いた。
572:
サキュバス「酷い傷ね……」
ウンディーネ「うわぁ……。尻尾には気を付けないと」
ヴァンパイア「お前ら……」
「あんまり独りでカッコつけんなよ」
「そうそう。ヴァンパイアのくせによ」
「まったくだ。俺らにもカッコつけさせろよ」
オーク「みんな……!」
一組のクラスメイトたちがいた。
「僕たちだってやってやるよ」
「もう泣いて待つのはイヤなの」
男女隔てなく全員がいた。
ヴァンパイア「……はは。ホント最高のクラスなんだぜ」
オーク「そうだね。……僕たちならやれる! 戦おう!!」
全員の声が重なった。
573:
海王は悶えるように身を捩らせている。
その度に翠色の粘膜が辺りに飛散した。
レヴィアタンの八本の尾は、教師と一学年の全生徒の手によって地に押さえつけられていた。
一組の奮闘を見て、全員が焚き付けられたのだ。
燃え上がった炎は海の王をも焦がしている。
尾があらゆる方向に引っ張られ、付け根が剥き出しになっていた。
海王の身体には、酷く狭隘ながらも軟弱な肉質の層が、尾の付け根から脳まで続いている。
ダークエルフは其処を射ち抜く為にレヴィアタンの背後に回り、左手で黒光りする弓を構え、右手で光沢を放つ漆黒の矢を、美しい女の黒髪を思わせる弦につがえていた。
腕は麻痺していた。腱は断裂寸前まで軋む。
それでも、その顔には一切の雑念が無く、精神は無我の極致に有った。
574:
矢は今つがえているのが最後の一本だ。
外すわけにはいかなかった。
全ての者の生命と願いが彼女の双肩にのしかかっていた。
それでも彼女の心は乱れない。
側には愛する者がいた。
それだけで彼女はまったく気負いせずに狙いを定めることができた。
弦が緊張する。唸り声のような音を立てる。
彼女は弓と化した陸王を完全に支配していた。
そして。
575:
海王は一際大きく身を仰け反らせた。
幾つかの尻尾が跳ね上がり、数十人が飛ばされた。
しかし、大きな怪我をした者はいないようだった。
ダークエルフ「……やった、のか?」
彼女は安堵し、小弓を落として砂浜に膝を着いた。
そして次の瞬間には、その身体は沿岸部の奥まで放られていた。
ダークエルフ「ーーーーっ」
海王の最期の抵抗だった。
尾は彼女の身体を掬い上げるように打った為に裂傷は生じなかった。
しかし、あまりの衝撃に彼女の意識が混濁する。
彼女の肉体から感覚が剥離していた。
そして、海面に叩きつけられた彼女の意識は八つ裂きになった。
576:
ーーーーーー
ーーーー
ーー
どこだ。
暗い。
……光だ。
遠いな。
死ぬのか。
良いか。
楽しかった。
とても。
さようなら。
577:
……手が温かい。
握られてるのか。
誰に?
ーーそうか。
いつだって彼だ。
すくってくれるのは。
……いきたいな。
一緒に。
「帰るぞ」
……うん。
611:
ーーーーーー
ーーーー
ーー
ダークエルフ「ーーーーん」
ダークエルフ(……白い部屋だ)
ダークエルフ(点滴が打たれてる)
ダークエルフ(病院か?)
ダークエルフ(確か、私は海王を射ち抜いて……)
ダークエルフ(ああ。その後に飛ばされたのか)
ダークエルフ「んん……」
ダークエルフ(身体中が痛い……)
ダークエルフ(今は昼間かな)
男「……起きたのか?」
ダークエルフ(男だ。付き添ってくれていたのか)
ダークエルフ「おと、こ……」
ダークエルフ(喋るのが辛いな)
ダークエルフ(凄く眠い……)
男「待ってろ。すぐに医者呼んでくるから」
612:
ーーーーーー
ーーーー
ーー
ダークエルフ「ん……」
ダークエルフ(眠ってしまったのか)
ダークエルフ(痛みはだいぶ引いている)
ダークエルフ(……薄暗い)
ダークエルフ(夕方か)
男「お、また起きたか」
ダークエルフ「……ずっといたのか?」
男「まあ、な」
ダークエルフ(……嬉しいな。凄く)
613:
男「退院は早くて二日後か」
ダークエルフ「そうなのか?」
男「ん、昼間の話を聞いて無かったのか」
ダークエルフ「殆ど記憶が無い。男がいたのは憶えてるが」
男「そうか。因みに、お前は二日も眠ったままだったんだぞ」
ダークエルフ「……そうなのか。随分と熟睡していたな」
男「アホ。こっちはずっと心配してたんだぞ」
ダークエルフ「ありがとう」
614:
男「……変わったな。知り合った頃のお前なら謝ってたぞ」
ダークエルフ「そうかもしれない」
男「……しかし、時の流れは早いよな。もう少しで夏休みだ」
ダークエルフ「そうだな」
男「夏休みが終わって少ししたら、今度は文化祭だ」
ダークエルフ「忙しくなるな」
男「ああ。だが、掛け替えのない日々になるだろうな」
ダークエルフ「うん」
男「……だから、その、なんというか」
ダークエルフ「……?」
男「今までよりもっとお前の側で、その日々を過ごしたい」
615:
ダークエルフ「……それって、プロポーズ?」
男「あー、えー、まあ、うん」
ダークエルフ「け、結婚?」
男「えー、あー、その、まあ、うん。将来的には」
ダークエルフ「……嬉しい。凄く、凄く嬉しい」
男「……泣くほどかよ。合宿中にしなくて良かったな」
ダークエルフ「……そうだな。情けない顔を男以外に見せないですんだ」
男「というよりも、俺が他の奴に見せたくない」
ダークエルフ(……男のデレ期が遂に訪れたのか?)
ダークエルフ(尻尾をモフモフしても良い頃合いだろうか)
616:
男「それで。返事を聴かせて欲しいんだが」
ダークエルフ「あ、えと……不束者ですが、よろしくお願いします」
男「……いや、それはおかしいだろ」
ダークエルフ「そ、そうか?」
男「いや、良いけどさ。こちらこそよろしく」
ダークエルフ「は、はい」
男「…………」
ダークエルフ「…………」
男「…………」
ダークエルフ(え? 何だこれ気まずい)
617:
ダークエルフ(変に意識すると話題が全く出てこない)
ダークエルフ(どうしよう)
男「あ、あー、お前も疲れてるだろうしそろそろ帰るな」
ダークエルフ「あ、うん」
男「明日も休日だし、他のクラスメイトも来ると思う。
今日も結構な人数が来たが、折悪くお前が寝てたんだ」
ダークエルフ「そうなのか」
ダークエルフ(わざわざ見舞いに来てくれる友人ができるとは)
ダークエルフ(本当に意義の有る合宿になったな)
男「それじゃあな」
ダークエルフ「うん。…………男」
男「ん、なんだ?」
ダークエルフ「好きだ」
男「…………」
男「俺もだ」
618:
二章的なものが終了です。
この後はほのぼの成分が極端に減る予定なので、閑話として日常パートを少し挟むと思います。
620:
えんだあああああああああ!!w
いや、>>1乙!
625:
乙!
ほのぼの成分が極端に減る・・・だと・・・?
627:
やめてくれえええええええ乙
63

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