女(22)の主に性的な黒歴史を書いてくback

女(22)の主に性的な黒歴史を書いてく


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1:
幼稚園
オ●ニーを覚える。幼稚園で毎日のように机の角にあそこをおしつけてクネクネしてたので先生が親に伝える→お父さんに現場を取り押さえられる。
それまでは教室で「こうすると気持ちいいよ!」などと友達に教えたりしてたけどこの一件以降は隠れてするようになる。ちゃんとしたオ●ニー覚えるまで10年近くこのやり方が続く。数年後おばあちゃんにも現行犯で見つかり「そうすると気持ちいいの?」と聞かれる
3:
幼稚園2
性的なこと=隠さないといけないと学んだ私だったがやはりエロへの興味は尽きなかった
同じ園の友達の家に遊びに行った時、その子がバービーとその彼氏を取りだしてお人形さんごっこをしようと持ちかけてきたのでこれだと思いエロままごとを提案
隣のダイニングでお茶していた母達の隣でいけない遊びをするスリルがたまらなかったが、ちょっと頭のゆるかった友達が大きな声で「じゃあ次は私のあそこと○○くんのあそこ見せあおう!」と言い放ったことで無事にジエンドした
その瞬間すごい勢いでこっちを見て固まった母×二人の表情及び凍った空気は今でも強く焼き付いている
8:
小学校入学?低学年
小学校に入学してもやはり私はエロガキだったがエロは隠れて嗜まなければならないと学ばされた幼稚園時代の一連の出来事によって子供のくせにムッツリスケベに成り果てていた
飢えていた私はどうにかしてエロに触れたかったがネットも身近でない時代だったので方法は限られていて頭を悩ませる毎日
そんなある日、親の買い物に着いていった私は、スーパーの片隅で衝撃的な出会いを果たす
スーパーにはレジ横なんかに小さいラックで週刊紙や漫画雑誌が売られているけど、本好きだった私は親が買い物している間にそこで絵本などを読み漁るのが常だった
そのラックの本は大まかにジャンル分けされて置いてあり、私が読むのはいつも子供向けの一角の商品だった
ある日、自分よりもっと上のお姉さんたちが読むものだと思っていた少女漫画雑誌にふとした好奇心で手を伸ばしたのが天国への扉を開いた瞬間だった
11:
素晴らしい
12:
小学校低学年2
ピンクの背景に綺麗な線で可愛いお姉さんとかっこいい男の人が描かれた表紙・・・しかも雑誌の名前が・・・英語なのである。しかも、筆記体なのである。
それまで雑誌と言えばドラえもんのバーンと載った「小学一年生」しか知らず、毎号付いてくる紙の付録をシコシコ組み立てるのを楽しみとしていた私にはそれだけですごい大人なものに見えて手に取るだけでドキドキ、辺りを見回したりなんかして・・・
開いてみたらスゴかった。
今思えばその雑誌はりぼんとかちゃおとかいった健全少女漫画雑誌ではなく
、絵こそそういう漫画と変わらなかったがまごうことなきエロ漫画雑誌だった。
今まで興味こそあれど脳内で妄想しオナるだけしか知らなかった私には、それが初めて見る実在のエロだった。
初めての刺激に触れた私はもっと、もっとと次を求め、母の買い物には用がなくても付いていくようになった。スーパーの一角で小さな胸を高鳴らせる変態幼女は、貪欲なスポンジのようにエロ知識を吸収していき、ク●ニやフ●ラチオなどの存在を学んだ。
16:
>>12
低学年でそれって相当やな
15:
レディコミやんけ(驚愕)
それ本来は夕飯のオカズを買いにきた奥様がついでにアッチのオカズも買って為に置いてあるんですよねぇ
17:
快感!フレーズって少女マンガはガッツリエロかった
19:
小学校低学年3
エロ漫画雑誌の立ち読みにハマった私はしばらくするとすっかりふてぶてしくなり、お気に入り認定した雑誌の次の号を待ち望みながら、同じ号を何度も読破するあつかましさを獲得していた。
あんなに最初は興奮したのに、新しい号の出るのが遅い月刊誌は、何度も読むうちに刺激が感じられなくなっていて、どうにかしなければと悩む毎日
ここで再び転機が訪れる。
私がそれに出会ったのは家族で行った回転寿司だった。その店には待ち合いスペースに時間潰し用に雑誌が置いてあった。少女漫画雑誌に限界を感じていた私はもっと大人向けの、アダルティな雰囲気満載の装丁のものを手に取ったのである。
それこそがレディコミだった。
中を見るとそれまでドキドキしていたエロ漫画が子供騙しであることが分かった。
欲求不満の主婦、毛むくじゃらの絶倫男、寝取り、寝取られ、汁だくの世界。ページぶち抜きで描かれた、2穴挿入されながら髪を振り乱し、獣のように喘ぐ大人の女性の姿を見て、私は不思議と冷静に、子供のエロとの決別を感じた。
20:
行く末が気になりる
続けなさい…
21:
面白いんだけどなんか見てられんwwwwww
22:
小学校低学年4
この出来事以来立ち読みにさらに熱が入ることになるが、自分では隠せていると思ってたけれど、親にはばれていて「そんなの大人の読むやつだからやめなさい」とたしなめられる。
それによってさらに「エロは隠さなければならない」という認識が強まり、「もっと上手く隠れてやらなければ」という一種強迫的な思いの元に、私は表では成績優秀ないい子、裏ではドエロという苦難の道のりを辿っていくことになるのである。
ちなみに、ここまでの話はおよそ7、8才くらいまでの出来事である。
25:
発達が早いな、このころに検査をしたら知能指数は高い値が出たろう
26:
おまおれかと思って読み始めたけど自分より遙かに発育早くてわろたwww
28:
小学校中学年
ついに我が家にパソコンが来た!
賢しかった私はすぐにネットの使い方、もといネットでのエロの見方、履歴の消し方などを覚えた。
親の前ではこれ見よがしに世界名作文庫などを広げていた私であったが、一人になればやりたい放題、快適なスケベライフを送っていた。
初めてのエロ漫画との出会い、さらなる大人のエロとの邂逅・・・ネットではエロ画像もたくさん見ることができた。だけどなにかが物足りなかった。それらは全て「刺激の受け手となる」だけのものだったからだ。
「誰かとエロい話がしたい」もっと言うなら「してみたい。」同級生はドッヂボールや鬼ごっこに夢中でこの欲求を満たしてくれるパートナーたりえない。この「双方向性のあるエロ」を求める欲求が私を数多の黒歴史たちの墓場へと誘っていった。
チャHである。
31:
小学校中学年2
ここまでの話を聞いて私がとんだムッツリ早熟エロガッパと思われた方も多いでしょうが、実は普通に小学生らしい一面もありました。
当時(10年ちょっと前)子供たちの間で小型ゲーム機のリバイバルがありました。
かの有名なたまごっちです。
小学4年だった私は、お隣の仲良しの友達とおそろいのたまごっちを買ってもらい、互いの家を行き来してはお互いのたまごっちの成長を見せ合って喜ぶなんて年相応の可愛い放課後を過ごしていました。
たまごっちは育て方によってどういったキャラに成長するかが違って、しばらく遊んでいても、なってほしいキャラが中々見られないなんてことが起こってきます。
そこで私が「たまごっち 育て方」「ふらわっち 条件」などのキーワードをネット検索にかけるのは至極当然の流れでした。
そして見つけたのです。あの掲示板を・・・
32:
小学校中学年3
そのサイトは普通に攻略情報が載っているサイトでしたが、たまごっちを持っている子供たちが楽しくお話しする目的で作られた掲示板やチャットがありました。
その掲示板には当時のネットの生活への浸透率が今ほど高くなかったことを考えると、結構な数の人が来てました。
かなり盛り上がっていて、たまごっちの育成について話してる人は全然おらず、学校のこと、ドラマのこと、漫画のことから、リレー小説からなりきりまで色々な内容のスレが入れ替わり激しくどんどん建てられていました。
その中にあったんです。イメプのスレが。
35:
おませちゃん
33:
おもしろい
34:
大変興味深い
36:
小学校中学年4
ご存知ない方のために説明すると、イメプとはオンライン上で行われる、台詞とロルから成るイメージセ●クスのこと。
台詞は文字通り自分の言いたいこと、ロルはその時にする動作で、主に台詞の後に括弧をつけ、その中にロルを書いて状況を表現する。
例:して・・・?(ブラウスの裾をたくしあげ。)
そのたまごっち掲示板には、イメプしましょう?とかのスレがたくさん建っていて、私はそこで初めてイメプの存在を知った。
10やそこらの子供たちが集まる場所でそんなスレが山ほどあった。かねてから「エロで誰かと繋がりたい」欲求をもて余していた私は、もちろんそれに参加した。
他の子達が指しゃぶりの癖が直るか直らないかくらいの時期にオ●ニーを始め、数年前にレディコミの洗礼を受けていた私。
すぐにその場に馴染むどころか、 男名のハンネで攻めばかりこなし、程なくしてそのサイトの「イメプマスター」の地位を得ることが出来た。
当時は他のカップルがプレイしているところに入っていって3P風の流れを作り、「○○君の方が上手いから○○君だけにされたい!」女の子を寝取ったり
「○○君好き・・・付き合って!」などと言わせたりして優越感に浸ったりしていたけど、その女の子がめんどくさくなってきたらハンネを変えて取っ替え引っ替えを繰り返していた。
37:
いいぞぉ…
38:
小学校中学年5
しばらく掲示板のイメプで遊んでいた私だったが、掲示板はレスとレスとの間にタイムラグがあり、プレイ自体もゆっくり進む傾向にあり、段々物足りなくなってきた
イメプを見つけた当初こそ、これぞ私の追い求めていた物だと感激したものの
双方向的エロコミュニケーションを初めて経験し真新しさが感じられなくなってきた今、次に求めるのはやはり自分の発言やロルに対してすぐ反応が返ってくるというリアルタイム性だった
そこで私は舞台をそのサイトの掲示板からチャットへと移行した
掲示板と同じくチャットもたくさんの人で賑わっており、私はすぐにそこでイメプマスターとしての手腕を発揮し、顧客を獲得することに成功した
チャットの良いところは、すぐに返事が返ってくる上、自分と相手以外の発言を見えなくできるので、二人でやりたい放題できたところであった
また、特定の相手に、その人にしか見えないメッセージを送れる(TwitterのDMみたいなもの)機能が付いていて
話していてちょっといい感じになってきた女の子に個別でメッセージを送って口説きおとしたり、みんなで健全な雑談をしていると見せかけて裏では二人だけでエロいやりとりをするという興奮シチュエーションが作り出せる神機能だった
他にも、表で女の子とチャHしながら、個別で別の女の子に「表ではあの子としてるけど、君のが可愛いし抜け出さない・・・?」なんてメッセージを送って別の場所に誘導→別窓で二人とチャHなんてこともしてた
1年くらいそんなことして遊んでたけど、サイトにいるの、自分と同じくらいの子供で、なんの経験もないんだよなあ・・・と急にほとぼりが冷めたのでだんだん遠ざかっていった
43:
なんて恐ろしいんだ女子小学生
45:
俺はなんてスレを開いてしまったんだ…ゴクリ
49:
性欲こじらせるとタイへン
51:
エロはすごい力があるな
しかし、JSでこれはすごい
52:
激しくそれでも流れるような文章すき
56:
これは久々に名作の予感
文才と展開の巧さが素晴らしい
58:
5歳の娘がいる俺の身にもなれよ
61:
キスやフ●ラ程度なら、小学校卒業前に経験済とみた。
59:
俺も前にこんなスレ書いたな
62:
>>59
前に似たようなスレ見た気がする
と思ったらお前か!
63:
俺も見たことあるぞ
私の性遍歴を語るみたいなスレタイ
※関連記事
自分のオ●ニー遍歴を語らせてくれ。
75:
お疲れさまです!たくさん言葉かけてくださってありがとう。上げられてる人とは全て別人です!今日も書き溜めしてなくてゆっくりになりますが書いていきます
77:
プレ思春期(小学校高学年)
様々な出来事により早くから「エロは隠れて嗜まなければならない」と認識した私
それは私が初めて親に持った「秘密」だった
元々内向的で人見知り、おとなしい性格の私ではあったが、この秘密を持ったことによって「表の顔」と「裏の顔」が生まれ、のちに両者は極端に解離していくことになる・・・
そしてその解離は私をさらなる倒錯へと導いていくのだが、それはこの話より数年経ってからの出来事である
子供の頃から私は外で友達と遊ぶより本を読んでいる方が好きだった
小学校中学年までは、それでも友達と毎日のように放課後に待ち合わせをした、おにごっこをした、シール交換をした
しかし、その一方で、頭の片隅には、幼稚園時代から消えない違和感があった
「みんなはどうしてこんなに幼いんだろう」
この違和感が、11才頃になって急激に大きくなってきた
中二病に罹患したのである。
79:
>>77やばい自分そっくりすぎるw
喫茶店に置いてある週刊誌のエロ漫画よく読んでた
中学くらいからはエロ体験記読み出してからは活字エロにハマったw
81:
>>79
双子かな?
90:
>>81
もし中学受験で私立行って高校もその中高一貫の私立に進学したのなら双子やわw
97:
>>90
ほんとに双子でワロタ
80:
プレ思春期2
中二病にも色々あると思うが、私の症状は端的に言って「周りが全員バカに見える」タイプのものであった
最初の兆候として、学校に行くのがつらくなったのだが、それにはこういったいきさつもあった
私はちょうどイメプマスターになる直前くらいに転校をしていたのだが、転校先はそれまでののびのびした小学校と違い、高級住宅街のぼんぼんやお嬢が通う、中学受験率の高いエリート小学校だった
それまでの小学校と違ったのは、みんなが(私がレディコミに出会ったくらいの年齢から)ある種ヒステリックとも言えるほどの英才教育を押し付けられてきていて、「自分は賢い」と思い込んでいたこと
「勉強さえできれば何だって許される」という主張のもとに、生徒たちは学校の授業を見下してこれ見よがしに騒ぎ、持ってきたゲームで遊び、先生にたてつき、おとなしい子をいじめた
私はその子達が初めはかわいそうだった
どう見ても、過酷な塾通いを何年も何年も続けているストレスや、勉強ができなければ親に愛してもらえないのではないかという不安を精一杯隠そうとして虚勢を張っているようにしか思えなかったからだ
もっと肩の力を抜いて素直に子供らしく甘えればいいのに、と
しかし、毎日のように荒れ果てた教室で過ごしているうちに、私自身もストレスが溜まった
その頃家庭も荒れていたので、毎日毎日繰り返される、子供じみた反抗で学校生活の平穏まで壊されるのはかなり堪えた
84:
プレ思春期2
学校がつまらなくなってしばらく、友達から新しく塾に通い始めることを告げられた
学校のテストはほとんど100点が当たり前で授業は退屈だったし、金持ちの子供ばかりが来ている小学校のお高い雰囲気にもなじめなかった私は、「塾に行けば退屈しのぎくらいになるかも」と考え、近くの塾に入れてもらった
はじめての塾の日、私は買ったばかりの教科書をさらのままリュックに詰め込み、それを背負って自転車で出発した
緊張しながらドアを開けると、まだ授業が始まるまで数分あったのに、もうほとんど全員が教室のドアの外で待っていた
そこに座り込んだ彼らがおそらく何十分も前から血眼で見つめていたものは、色とりどりのマーカーがひかれ、スペースというスペースにメモが書き込まれ、何度読み込んだのか見てとれるくらいぼろぼろに使い込まれたテキストだった
あれ?この塾、やばいぞ?
「お前、テストでクラス決まるんだぞ、知らねーのwwwww」同じクラスのガリ勉マッシュが言う
授業の時間になり、ドアを開けると、塾長がいた。塾長はハチマキをしていた。
私はそこで初めて、公文始めてみっかぁ!的なノリで入った塾が中学受験塾であったことに気づいた
85:
中学受験はわろた
88:
プレ思春期3
その夜
私「お母さんあそこ中学受験塾だよ、私中学受験なんかしないよ、やめたいよ」
お母さん(体育会系)「1度始めたことは最後までやりなさい」
私「(自分も進学塾って気づいてなかったやんけ・・・)」
というやりとりを経て、公立行く気満々だった私の中学受験が決定した
学校では生徒たちが反抗を繰り返すところを毎日見せつけられ、その子供っぽさに辟易していた私だったが
家の方でも昔からごたごたがあったことで、「親も、先生も、大人も、かっこよくて強くて正しいだけの存在ではない、隠れて泣くこともあれば間違うこともあるし頭のおかしな奴もいる」と考えるようになっていた
そのことが大人に対する敬いの心を失わせ、同年代の子供たちの健全な幼さすらネガティブなものとみなすようになったことで、「周りが全員バカに見える」患者が無事に誕生したのである
94:
表の顔は優等生のムッツリっていうところまでは自分そっくりだ
私も保育園児のときにはオ●ニーしてたわ……そのときはエロ行為だって認識してなかったけど
95:
プレ思春期4
まあここらへんはエロが少ないのでざざっと行くと
ニヒリストタイプの中二病に罹患した結果
・学校の感想文や道徳の授業でいちいちつっかかって面談の日々
・ふざけて嫌がらせをしてきた受験組の同級生をその場で締め上げる
・「『傷』も愛しい痕跡なんだ」とかいうポエムをあちこちに残す
というまたベクトルの違う王道黒歴史を築いたという話でした
ちなみにこの後地元で一番の中高一貫女子校に合格し
中学入ってから中二病を発症し、完治した後もそのことを知られている人間と6年間過ごさなければならないという苦行を強いられる同級生を何人も目の当たりにした
発症の時期がもう数年遅れてたらと思うと今でも震える
中学に入ってからは徐々にニヒリスティックな笑いかたをすることもなくなり、消え去ったかのように思えたあの欲動が再び私の中で激しく脈を打ち始めるのであった
次は女子校編です!
98:
ゆり展開か
99:
アホ過ぎるwwwwでもおもろい
110:
これおもろいな
146:
こんばんは!間が空いちゃってごめんなさい、そして保守してくださったり面白いって言ってくださったりした方ありがとうございます!
女子校編いきます!
147:
よしまたパンツ脱いだぞ。よろしくー
148:
女子校中学編1
幼稚園時代からエロに魅せられ性の求道者として孤独な道のりを歩むことになった私
小学校高学年にしてニヒリストタイプの中二病に罹患&プレ反抗期を迎えたことで目に入ったもの全てにポエムを書き残すことに忙しくなりエロに関しては一旦冬の時代が訪れたかのように見えたが・・・
さて、無事に中学受験を終えた私は春休みの間、学級崩壊や家庭のゴタゴタで張り詰めっぱなしだった心の力を存分に抜き、羽根を伸ばした
以前に書いた通り私は表面だけは良い子でいるように心がけていた
故にそれまでも親にはできの良い子として誉められて育ってはきたものの、地元で一番の女子校に合格したことで私の家族内での地位が確立された
また、小さい頃から大人びた(ように見える)子であり家族内でゴタゴタが起こっていた時期も親の相談などに乗って殊勝な姿を見せていた
それらのことが両親に「>>1は大丈夫」「>>1は本当にいい子」という認識を与えることになったのだが、この「誤解」は(きょうだいの中で私がすることだけ大目に見られるなど)おおよその場面ではプラスに働きつつも、数年後に悲劇を生むことになる
治まってきたとはいえまだ中二病が完治していなかった私は、私が合格したことに浮き足立ちお祝いの言葉や期待を口にする親や親戚たちを少し冷めた目で見つめていた
仲良しだった友達と学校が離れてしまうことでセンチメンタルにもなっていた
「その中学がどんな場所であろうと、どうでもいい」と思っていた私
その学校に行くことを目指して何年も勉強してきてやっと悲願が叶った子達と私は違うのだから・・・
新品のぶかぶかの制服に身を包み、桜の花の満開の下、誇らしげな生徒と親たちの中に紛れて私は孤独だった
この学校で私は、人格形成のもっとも重要な時期といえる思春期の6年間を過ごすことになる
色々な意味で中身の詰まりすぎていた青春時代の舞台となる場所に今自分が足を踏み入れたことを、入学式で舟を漕いでいた私は知るよしもなかったのであった
150:
女子校中学編2
さて、中学に入った私はいくつかのカルチャーショックを経験したのだが、それは以下のようなものだった
・金持ちの家の子が多すぎ
親が医者(しかも開業医)、大企業勤め、大学教授、弁護士等・・・私の家は中流家庭で、経済的には充分恵まれていた方だが学校の中では一番庶民だった
・勉強に対する意識がヤバい
ずっと勉強をしてきた子達の中でもさらに受験戦争で勝ち上がってきた子達が集まっていたのだから当然といえば当然だが、この学校の生徒たちにとって勉強はもはやアイデンティティの重要な構成要素であり、命をかけて勉強に臨んでいた
医学部志望、超有名大学志望が多く、一浪、二浪はあたりまえ
中学で遊んでいた子が高一、高二になって猛烈に受験勉強に打ち込み始めたり、間に合わなかった場合でも当たり前のように浪人していい大学を目指すようになるのを見て、私はやはりアイデンティティの拠り所が違うなと感じたものであった
やはり皆この学校に合格したことはかなり誇りに思っていたらしく、入学直後は受験のときの苦労話で持ちきりだった
高校に上がってもその話が定番盛り上がりテーマの位置に留まっていたので私はかなりドン引きだった
うっかり口を滑らせて「小6のとき学習塾と間違えて進学塾入ってェ」なんて言おうものならマジで吊るされそうだったのでドン引きしつつもその話題に参加できないのはさみしい私であった
そして、私の人生に最も大きな影響を与えた新たな文化との出会いがあった
・漫画、アニメとの接触
私の家は漫画・ゲーム禁止で、小さい頃はアンパンマン、ディズニー、ジブリしか見せてもらえず、私はそういったサブカルチャーにほとんど接触することなく育ってきていた
しかしながらそんな家はマイノリティーである
中学生の女の子(それも、真面目でおとなしい子)が集まれば、漫画やアニメの話が出てくるのは当然のことである
また、小学校と違い、何を持ってきてもよかった中学では、漫画の貸し借りが頻繁に行われていたため、漫画といえば日本の歴史全巻セットしか持っていなかった私も無事に世俗の文化にジャックインすることができたのであった
そして、無事に二次元にハマった
二次元にハマり、二次創作にハマった
夢小説である。
151:
女子校中学編3
みなさんは夢小説をご存知だろうか
夢小説とは、所謂ケータイ小説の一種で、主に女子中学生から高校生くらいの年齢の子が書いており、恋愛をテーマにしたものがほとんどの割合をしめるものである
普通の小説と違うのは、ヒロインの名前を自由に設定できるところである
入力欄に好きな名前を入力すると、小説の1ページ目に飛べるという仕組みで、処女の妄想にうってつけであることから常に一定の需要があり、ジャン○などの漫画キャラや小説のキャラ、ジャ○ーズからお笑い芸人まで幅広いジャンルの取り扱いがあるのが特徴である
中学に入り某ジャン○漫画にハマった私
幼い頃から優れていたいかがわしいものを見つける嗅覚を遺憾なく発揮し、すぐに夢小説へとたどり着いた
夢小説にも書き手によって色々な作風のものがある
・激甘(ヒロインと相手がラブラブなもの)
・悲恋(生き別れたり結ばれなかったりで悲しい結末に終わるもの)
・切甘(切ないけど甘い要素があるもの)
などである
これらはジャンルを表すと同時に、小説の目次ページでタイトルの後などに付け加えられることで、読者が自分の需要に合った作品を選べるようにする目印のようなものだった
みなさんも想像がつくとは思うが私は激甘とか朝チュンとかそういったものは一切すっ飛ばしてエロいものにハマった
所謂、「裏」という表記がされるものである
「裏」の中でも過激な性描写のあるものは「激裏」とされる
ヒロインが強引で無理矢理そういった行為を迫られる「鬼畜激裏」や、アブノーマルな内容を含む「変態注意」、無防備なヒロインが他の男に危なっかしげなところを見せたことに相手が嫉妬する「嫉妬」などが数多く見られた
私はもちろん「鬼畜変態激裏」が大好物で夢小説サイトを巡ってはそのような小説を読み漁っていた
しかし読む方も処女なら書く方も処女なので「激裏」と書いてあっても全然激しくなかったり「変態」と書いてあっても「これノーマルじゃねーかっ!!」と憤りを感じるようなものも多かった
ちなみに私が夢小説にハマっていた頃は、夢小説サイトでは「裏」の置いてあるページが隠されていることが多かった
未成年への配慮もそうだが、多くの夢小説作家たちの間に「夢小説は、作品の純粋なファンの目に触れないようにすることがマナー」という共通の認識があったことが大きかったと思う
そんな良い話を足蹴にするかのようにしばらくすると私は初見のサイトでもほぼ一発で裏置き場を見つけられるようになっていた
夜な夜な起きていることがばれないように電気を消した部屋で布団に入って鬼畜激裏を読んでいたために、中学入学当時Aだった視力は現在Cにまで落ち込んでいる
152:
眼鏡娘か?!
155:
素晴らしい
156:
モバゲーとかであったなあ
一般人が誰でも小説書いて投稿できるシステム
160:
文章おもしろい
161:
夢小説で鍛えたのか
自分でも投稿してそう
168:
やっぱ本当の高学歴は読みやすい文章書くんだなと思い知らされた
171:
>>168
わかる
182:
女子校中学編4
中学に入学し、新たな文化、サブカルチャー及びそれまで電車男でしか見たことのなかった本物のオタクたちと出会い心の癒しを得た私は、中二病から回復し少しずつ笑顔を見せることが増えていった
人見知りな私であったが無事に何人か友達も出来た
この頃出来た友達は中高6年間を共に過ごした同志となり、いまだに交流が続いているマブである
夜な夜な夢小説を読み漁り、読むだけでは満足できなくなった私はもちろん執筆にも手を出した
私は当時、本や漫画にあまり感情移入しない方で、「フィクションだし」と少し距離を取ってしまうところがあった
夢小説を読むときも自分の名前を入力することはなく、もっとのめり込めたらいいのに・・・と少し残念に思っていた(激裏でオ●ニーはしていた)
そこで、自分のツボを押さえたグッとくる小説が見つからないなら自分で書くしかない!となって、ホームページを開設、執筆活動を始めたのだった
題材には当時ドハマリしていたジャ○プの某漫画作品を選んだ
昔から文章を書くのが好きだった私は小学校1年生のときに作文コンクールで入賞し親バカな母から「将来は小説家だ!」と賞された国語力を遺憾なく発揮し処女ならではの恥ずかしい妄想を形にしていった
作品は自分では読まないくせに甘(ラブラブなもの)、切(切ないもの)が多く、そして全体的に暗めだった
かつてイメプマスターとして鳴らした私ともあろうものが、経験したことのないセクロスシーンを書くことが恥ずかしくてできなかったのである
それに加えて恋愛に対するお花畑のようなイメージが反映されて、ホームページの小説置き場はプラトニックなもので埋まっていた
一般的な夢小説サイトではキャラクターはかなり美化され、まさに「夢」を具現化したように描かれていることが多かったの
私のサイトでは、そんなキャラクターたちを、現実にいたらどうだろう?という視点で捉え直しリアルめに描いていたところが差別化に繋がり、夢小説サイトが集まるランキングでも上位に入ることができるようになっていった
183:
女子校中学編5
執筆活動は楽しかったが続けているうちにキャラクターを無理矢理女と絡ませた話より、キャラクター同士のやりとりや内面を描く方が楽しいことに気づいた
そのうち夢小説サイトなのに名前を入力する欄のないものばかり増えていき、「そもそも夢書いてる人たちや私、なんの経験もないんだよなあ・・・」と急にほとぼりが冷めたためにサイトの更新は次第に少なくなっていった
物心ついてからずっと妄想や創作の世界のエロだけでシコシコ楽しんでいた私
だけどいつもどこかに「これはバーチャルだから」「私も相手も経験がないからリアリティはない」「リアルはもっと別のはず」という仮想のエロへの冷めた認識とリアルへの期待があった
ここから「経験がないなら作ればいいじゃない」という発想が生まれ、まだ自分の運命を知らない私は無邪気に次なる黒歴史を作ることになる
モバゲーである。
185:
女子校中学編6
中学に入学し初めて漫画アニメに出会ったことで「二次元最高!」などと言っていた私のオタク熱も、中学1年のうちに、はしかのようにすっかり治まった
表面上は普通の女子中学生と同じように落ち着いたあとも、1、2年ほどは夜中に夢小説を読み書きする生活を送った
しかしながら夢の世界でも放埒の限りを尽くした私はバーチャルの世界に楽しさを感じるよりむしろその制約の多さや限界をひしひしと感じるようになっていった
そして舞台はリアルへ────さまよい続ける私はその旅路の果てに数多の黒歴史たちの屍が山積みになっていた危険な聖地「モバゲー」へとたどり着いたのであった
モバゲーを始めたのは中学の友達に誘われたことが始まりだった
モバゲーとは当時流行っていたSNSのひとつで、プロフィールページを拠点として、自由に着せ替えできるアバターや日記、メール、ゲームなどで楽しむサイトであった
私は初めはリア友たちと繋がり、その友達、その友達と交遊の輪を広げていった
同じ市内の他の中学高校の男子などもその中に含まれており、音楽の話や学校の話などをだらだらとしていたがあまり楽しめなかった
私はそれまでネットといえばエロいことにしか使っていなかったので、そういった性的な要素の排除された「当たり障りのない」やりとりを赤の他人とするのは新鮮でもあったが少し退屈というのが本音だった
また、同じくらいの年代の男子は少し幼く感じて、話すのに気を使ってあまり楽しめなかった
そんなとき、誰かの友達繋がりで私のプロフィールページに頻繁に足跡を付けてくるようになった人がいた
後にこのモバゲーから私が打ち立てることになる黒歴史の柱となる人である
男だったがドMだったのでMとする
186:
最後の一文ワロタ
188:
おらワクワクしてきたぞ
189:
これはMに期待せざるを得ない
190:
━━━━(゚∀゚)━━━━!!
193:
女子校中学編7
Mは古参で何年もモバゲーをやっており、モバ友もたくさんいるようであった
彼のページを覗いてみると、社会人であること、33才であることの他に
かなりの時間モバに滞在していること、アバターも課金必須のアイテムやモーションで凝ったものにされており、日記も頻繁に更新されていたことから、かなりモバに入れ込んでいることがわかった
モバにいる間の私はほとんど同時期にモバゲーを始めたリア友たちとつるんでおり、学校であったことや友達の間でブームになっているフレーズなど内輪のネタで盛り上がっていた
そのうちの誰かとMが偶然知り合ったことがきっかけで、Mはその私含めたリア友達全員となんとなく言葉を交わすくらいの仲になっていった
Mは物腰穏やかで言葉遣いも丁寧であり優しかったのでみんななんとなくつるんでいたが、ある日誰かが見つけてきてみんなに見せた彼の昔の日記の記事には、驚くべきことが書かれていた
モバゲーには友達になった人がプロフィールや日記を更新したときに通知が来る機能があり、Mと知り合ってから彼が更新した日記には仲間内のみんなが目を通しており、コメントなどもしていた
日記の内容は映画のことや行ったライブのことなどで当たり障りのないものがほとんどだったのだが、その時点で既に彼のおかしさが少しだけかいま見えていた
まず、とにかく更新が多い
多いときは日に数回、少なくても数日に一回の更新があったと記憶している
さらに、そのどれもが写真つきでかなりの長文だった
これはかなり性格が悪いことだがこの時点で私たちは若さゆえの傲慢さをもってMのことを「悪い人ではないが、いい歳なのにモバゲーにはまっている、しかもわざわざ知らないJCとばかり絡みたがる痛い人」として認識していた
さて、友達が見つけてきた彼の日記であったが、それは最近更新されていた内容とは少し異なり、彼の恋愛体験について書かれたものだった
その記事には、「誰々を好きになった」「はじめてデートでどこどこに行った」「これこれこういうしぐさが可愛かった」などおそらくリアルタイムの出来事と並行した彼の恋愛が綴られていた
やはりいつもの長文でかなり細かいことまで書き付けられていることを除けば、そこまでは普通の日記だった
その幸せ一杯の頃から少し下った時期に書かれた記事を覗いてみると、凄かった
Mは、あれだけ嬉々としてなんでもかんでも日記で報告するほど大好きだった彼女に「振られて」いたのである
そこから数ヵ月は見事に「でも」「だって」「どうせ」といった三大モテないワードをふんだんに使い、見事にメンヘラ堕ちした彼の内面が赤裸々にぶつけられた記事がいくつもいくつも投稿されていた
私たちは既に「これあかんやつや」とドン引きしていたが、極めつけは彼が振られた女性について語っていたときに発した「やっぱり若い女性しか好きになれない」という言葉であった
さらに記事を見てみると、彼の言う「若い」とは中学生から高校生くらいであること、モバゲーで知り合ったそれくらいの女の子にすぐに惚れては失恋し、ハッピー天国とメンヘラ地獄を数ヵ月単位で繰り返していることがわかった
女子校なのでそういったことには疎かった私たちも、彼のロリコンカムアウトに一旦固まった後、自分達もMにそういう対象として見られている可能性があることに気づき、その後はMとの絡みはちょっとしたあいさつだけになるなど自然と減っていったのである
稀代の黒歴史生産マシンの誰かさんを除いてである
199:
女子校中学編8
Mからみんなが心理的に距離を取るようになってからしばらくして、彼との会話の中で近々公開される映画の話が出た
私が「それ見たいんですよね」と言った瞬間Mは「じゃあ見に行きましょうか(笑)」と(笑)で保身に走りつつもリアルでのデートに誘ってきたのである
さっそく学校に行きみんなに相談したが、みんなは「マジでwwwwwwww M wwwwwww」と股を開いて手を叩きながら猿のように豪快に笑うという女子校アクションを返すばかりであまり真面目に聞いてくれなかった
みなさんは女子校の内情をご存知であろうか
私が通っていたのは進学校なのでまた違ったところも多いとは思うのだが、私の学校に限った話で言えば、生徒たちは身なりに興味がなく寝癖そのまま眉毛ボーボーの子達が半分くらい、年相応に色気付ききれいにしていた子達が半分くらいであった
前者はオタクが多く、後者はギャル、普通、バカ(ノリがバカ)に大まかに別れていた
他校の男子たちと繋がり要領よく彼氏を作っていたギャルたちは例外として、当時の同級生たちはあまり恋愛経験がない子がほとんどだった
私たちは当時バカグループだったのでもちろんそんな経験はなく、私がデートに誘われたどうしようとみんなに相談してもネタにして笑い飛ばされる結果に終わったのはある意味仕方ないことではあった
一人で決断することを迫られた私ではあったが、既に心は決まっていた
レディースコミックに手を出したときも
エロチャットの海に飛び込んだときも
夢小説なる未知の食材を初めて口にしあまつさえ自ら調理に臨んだときも
いつだって私はいかがわしい新境地に惹き付けられては、なにが待っているかわからないその場所に一人で足を踏み入れていった
好奇心────それこそが私がこの孤独な旅路を続ける原動力であり、それに従っていくつもの新たな景色を見てきた経験が私の冒険者としての自信を高めていた
エロ漫画?違う
イメプマスター?違う
夢小説?違うんだ
そんなものでは、私はまだまだ「本物」にはなれない
かねてより何千本と激裏夢小説を読み自分でも夢小説を書いていたものの、「リアルでの恋愛経験がない」ことが常にどこかで引っ掛かっていて、こんなことでは「嘘の作品しか書けない」と悩んだこともあったし、「リアリティのない裏で喜んでいられる」ことが恥ずかしかった
以上のような打算的な考えでもって、私はまったく恋愛対象ではなかったMからのデートの誘いを承諾することにした
200:
面白い支援
203:
女子校中学編9
来るべき初デートの時は中学3年生の春に訪れた
待ち合わせは私の住んでいる市の一番都会な街の映画館で、会うまで写メの交換などもなく、ぶっつけ本番感が強かった
私は相手を意識してドキドキということはなかったものの普通に超人見知りだったので緊張しながらその日を迎えた
待ち合わせ場所では服装の情報を頼りに合流することになっていたが、私は少し離れたところから携帯をいじったり周りを気にしているような素振りを見せたりしている人を探し、Mの品定めと人見知りの心の準備をしようと目論んだ
そして見つけたMは────うん・・・
中肉中背で、服装は普通、そして顔は、うん・・・な印象の人だった
緊張しながら声をかけると向こうも若干きょどりながら挨拶してきて名乗りあった
Mは既にチケットを買っていてくれていたのですんなりと劇場に入ることができた
映画は残念ながら普通につまらなかった
映画が終わった後ランチをして初めて顔を付き合わせてまともに話したが、Mの印象はふだんのモバのときとあまり変わらず丁寧で穏やかな感じだった
ランチの後そのまま帰ろうとしたところ、Mがよければ家まで送りますよと申し出てきた
初対面の男の車に乗ることがヤバイのは常識だが、Mはそんな私の不安を感じてか顔写真入りの社員証を見せて、変なことはしないと約束してくれた
系列ではあったが地元で一番有名な企業の社員であったこと、気が弱くてロリコンな彼がそんなことはしないだろうと踏んだことからまだまだ青かった私は言われるがままに車に乗ったのであった
車の中でMは、以前に私が好きだと言ったことのあるアーティストの曲を用意していてくれてかけてくれた
ここからみなさんが期待しているようなエロ展開に繋がることはなかったのだが、Mは運転の合間に私を見つめては「>>1さん(下の名前にさん付け)可愛い・・・」と繰り返していてヤバいと思った
家に帰り次の日の学校では記念すべき初デートの次第をみんなに報告し「やっぱりちょっとヤバイ」「もうやめな」という意見をもらった
しかしながらバカな私はネットで知り合った男と中学生にしてリアルで会ってデートしてしまう自分が悪くてカッコいいと勘違いしていたため、その後全く気がないのにも関わらず数回Mとのデートを重ねた
惚れっぽいMはやはりすぐに私に恋愛感情を向けるようになり、私が好きなバンドの曲を自分で歌ったものを録音して送ってきたり、クリスマスや誕生日にはプレゼントをくれたりした
そしてついに何度目かのデートの帰りに車の中で話しているときに告白された
今思えば本当にひどい話だが、私の中でMは、ロリコンでモバゲー中毒という時点で「ナシ」だった
なのに何回もデートに応じた上、「考えさせてください」とはっきり断らずに帰って、しばらくいつも通りの連絡を続けたあと、急に面倒くさくなっていきなりMの前からフェードアウトした
Mは最後まで手を繋いでくることもなく、生粋のロリコンなんだなと思った
もちろんその後Mの日記は荒れ、数ヶ月後の私の誕生日には、宛名のない長い長い切ないポエムが投稿されていたという
204:
さて、中学編はここで終わりです
みなさんありがとう!支援うれしいです。
高校からはどこまで書いていいのかわからないくらいエロくなっていくので、時間かかっちゃうかもしれないけどよろしくおねがいします!!
205:
ありがとう
面白かったよ
なんの映画だったのだろう
ロリコンだったというからプリ○ュア・・・
207:
>>205
どんでん返し系サスペンス映画でした!
211:
>>207
さすがに中学生相手にプ○キュアはなかったか
でもそのおっさんが「ぷいきゅあがんばれ?」と言ってペンライト振っているところは見たかったかな
208:
実はバイオリンかクラシックバレエたしなんでたお嬢様でしたか?
214:
>>208
バレエやってたけどすぐやめちゃいました(笑)
1玉100円のキャベツで食い繋いでる庶民ッス!
212:
全然性的やないやん
213:
女子校高校編1
さて、エスカレーター式なので散々遊んでいても無事に高校に入学することができた私であったが、リアルでのデートを経験したことで、人と繋がるエロへの欲求が小学校ぶりにふつふつと沸いてきた
モバゲーはリア友が集まっていたこと、私自身既に飽きていたことから、私はネットで適当に検索して出てきた別のSNSへ活動の場を移すことにした
そのサイトはエロ写メを貼ったり思わせ振りな投稿をする女性のプロフィールページに出会いを求める男たちが殺到し息を荒げて我よ我よとメールアドレスを貼っているという治安の悪い場所だった
私はそこでドMなJKとしてプロフィールを作り、初めはそこで指示を受けてオ●ニーすることにハマった
私はドMで羞恥心を煽られるような責めや恥ずかしいことを言わされるのがキュンキュンきてしまうタイプだったのでそういった責めの上手い男の人数人とメールアドレスを交換し、その日の気分で違った人に責めてもらっていた
ちなみに冒頭でも書いたが私は初めて覚えたオ●ニーがこすりつけオ●ニーで、オーソドックスなやり方を試してはみたものの何かしっくりこず、夜な夜な布団にあそこを擦り付けるという珍奇なやり方を10年以上続けていたのである
そして高校に上がる前後の時期から、普通のやり方に慣れるよう練習を続け、そのサイトに入り浸るようになった頃、はじめてそのやり方で自分で達することができた
それは擦り付けオ●ニーでいくのよりももっと直接的で強烈な快感だった
いくことを覚えた私は言葉通りのオナ猿になり朝も夜もオ●ニーオ●ニーオ●ニーの日々を繰り返していた
次第にメールの言葉責めだけでは物足りなくなり、電話で指示や相互オ●ニーをする所謂「オナ電」にハマった
それまでずっと一人での、あるいは仮想空間における仮想のエロしか知らなかった私に、リアルタイムで男の人に声を聞かれながらエロいことを言われてしまうオナ電はたまらなく刺激が強く興奮した
メールアドレスを交換した責め師の中でも、優しいAさんとオラオラ系のBさんがお気に入りだった
Aさんは声も高めで穏やかに話し、普段は優しいのだがエロいことをするときはドSで、「そんなに早くしちゃうの?」「見てるよ」「恥ずかしい子だね」など、優しいながらも羞恥心を煽り追い詰めていくような責めが得意でキュンキュンしていた
Bさんは普段から気も我も強くオラオラ系で、しているときもあまり印象は変わらなかった
かなりドSの鬼畜で、いやらしいことを大きい声で言わされたり、いかせてくれないと思ったら連続でいかせまくってきたりしてキュンキュンした
昔からクールキャラでドSに見られることが多く学校でも女子達からかっこいいキャラ扱いされていた私は、誰にも言えない本当の自分をオナ電で解放することに快感とリフレッシュ効果を感じていた
幸いにも何度も何度もいける体質だったのでめちゃくちゃに責められて頭も体もおかしくなりそうになるまですることができた
ネックだったのは家族がいないときにしかできないことだった
二世帯同居で家族が多い我が家では人のいない時間帯は限られており、その隙間を狙って今だ!とオナ電を開始するのであるが一回のプレイで最低一時間はしないと満足できなかったので、なかなか思いきりできない現状に不便を感じまくりだった
そんなある日Aさんとプレイ中買い物から帰って来た母(超潔癖)にいきまくってる声を聞かれ一言「気持ち悪い」と言われたことがオナ電から遠ざかる契機となった
216:
オナ電で言っているところを母に見られたの?聞かれただけじゃなくて。
アグネス ガラッ (AA略
という感じで
219:
>>216
見られてはないけど、聞かれてました
玄関から音が聞こえて服着て澄ました顔してたけど、バレてて「気持ち悪い」でした(笑)
218:
女子校高校編2
1年くらいそうしてオナ電を繰り返していたのだが、次第にエロからは遠ざかっていった
母に見つかったこともあったが理由はそれだけではなかった
遅い「思春期」が私にもやってきたのである
家庭のゴタゴタが落ち着いてきたタイミングであったこともあり、抑えてきた感情や我慢が自分の中に溢れ爆発しそうになるのを感じた
もともとおとなしい性格ではあったがさらに気難しくなり物思いにふけることが多くなった
両親は私が小学生のころに再婚していたが、その頃になって私はやはり幸せだった子供時代を思い出すことが多くなり
昔家族で住んでいた家をバスを乗り継いで見に行き、その家のベランダから見えていた綺麗な池がコンクリートで舗装されてすっかり様変わりしてしまったのを見た
他にも、小さい頃に家族で行った動物園や、水族館などを一人で回り、思い出をなぞってそれらがもうここに戻ることはないことを改めて感じた
親に無理矢理行かされていた塾や、育ちの違い、勉強への意識の違いなどから行くのがつらくなっていた学校をさぼって、ぐるぐると地下鉄に乗り続けたこともあった
昔のことがずっと心の中に解決しないで残っていたことに気づき、学校に行くのがしんどくなっても、ずっといい子でやってきたので、親には相談することができなかった
街を歩いていると、自分だけ背景から切り離されている感じがした
降りる駅がない
居場所がない
最後の方は、エロのためでなく、いやな考えを頭から追い出すためにオナ電をして、騙し騙しやってきたけど、それでももうごまかせないと感じるほど、抑えてきた悲しみや寂しさは膨れ上がっていた
孤独だった
すっかりメンヘラ化した私は、子供の頃から体の中に溜め込んでいた涙を全部出すかのように毎日泣いて、自傷行為をした
それでも空洞は埋まらなかった
そして高3を目前とした春休み、家族で旅行に行き、いい娘としての最後の思い出を作ってから、私はそれらを全て捨ててしまった
処女を売ったのである
220:
壮絶な少女時代だ
224:
う?む、続きが気になる
228:
さらっと書いてるけど腹抱えて笑えるシーン多いな
母親にオ●ニー見られるとか地獄だろwww
ちょっと暗くなってきたが先が楽しみで面白いわー
232:
こんばんは。みんなありがとうございます!高校編の後編、書いていきます!
234:
パンツ脱いだ
236:
女子校高校編3
物心ついてからずっと、表面上は「いい子」「優等生」でやってきた私だったが、高校の半ば頃になってようやく思春期を迎え、自我の芽生えを経験する
幼少期に家庭が荒れていたこともあり、親に甘えるよりもむしろ、心配をかけない無意識的に演技をしていた
誰がどう見ても「有名進学校のお嬢様」「成績優秀な自慢の娘」「頼りがいのある長女」だった
自分でもそう思い込んでいた
しかし、思春期が訪れそれまで抑えてきた感情が決壊したことで、蓋を開けてみれば本当の自分は幼く傷つきやすく、愛情に飢えたただの子供で、幼いときから心が成長していないということがわかった
私はそんな「本当の自分」と、「それまで作り上げてきた自分」の間で板挟みになり苦しむことになった
先にも挙げたが、私の入学した学校はかなりの進学校で、他のみんなの勉強に対するモチベーションも、家庭の環境も、何もかもが自分のそれからはかけ離れており、友達はいたが心からは馴染めずにいた
中学まではそれでもきちんと登校していたものの、中学の終わり頃に体調が悪くなり、病院に行ったところ、ストレス性のものだと診断された
この時親は心配してくれたものの、仕事が忙しかったことや、いい子ちゃんの私がいつものように強がってみせたことで、この件は大事にされることなく終わってしまった
高校に上がり、大学受験の熱を帯び始めた周りとのギャップがひしひしと感じられるようになってきた頃から、私はさらに学校に行くことがしんどくなり、授業や行事もさぼりがちになった
もともと育ちがよく根は真面目な子達が集まっていたので授業をさぼる生徒など「前代未聞」で、私は「問題児」扱いされるようになり、何度も面談室に呼び出されるようになった
「学校がつらい」と家でこぼしても、母は行きたくないだけで学校を休むことは許さないという方針だったので、制服で家を出て、駅で着替えて街をふらつき、下校の時間頃にまた制服に着替えて家へ帰った
家にも、学校にも、居場所がなかった
そんな事情があり、オナ電にのめりこんだけれど、私の中の孤独、空しさ、寂しさは、もはや、そんなものではごまかせないほどに膨れ上がってしまっていた
そんなある日、義父と喧嘩した母が、プチ家出的に少しだけ遠くの水族館へ、私と妹だけ連れて行ってくれた
その日は暖かい春の日で、広がる青い空と海がよく見えて、その中にぷかぷか浮かぶ白いヨットが牧歌的だった
仕事で忙しい母との久しぶりの家族らしい穏やかな時間は私の心をなごませたけれど、そののどかさが、いや、あまりにものどかだったがゆえに、若さに急いでいた私にすべてを捨てる決意を促してしまうことになった
その小旅行が私の「自慢の娘」としての、最後の幸せな時間だった
次の日、私はそんな幸せから目を背けるように、出会い系で知り合った知らない男と寝た
238:
どうにか孤独を忘れてしまいたい
一瞬だけでも居場所がほしい
たとえそれが許されない行為によってだとしても
最後の最後になっても、親に甘えることはできなかった
使ったのは大手出会い系サイトだった
プロフィールとアバターを設定し、ネットで調べたやり方でサイト内の掲示板に書き込むと、あれよあれよという間にメールが来た
私はその中で適当に一人を選び、「割りきり」「本番なし」「手か口」という条件で待ち合わせをした
初めての男は無口で睫毛が長くふてぶてしい表情の男だった
待ち合わせ場所から彼の車に乗り込んだとき、ああ私はついに一線を踏み越えたんだなあという感じがしたけれど、不思議と冷静だった
ホテルに着き初めはキスや上半身を触られて、あっという間に下を脱がされた
そして自分でも何がどうなっているかわからないうちに、挿入されていた
血が出たかは覚えていないけど、すごく痛くて、生だし、約束は?と頭が真っ白になって訳がわからず
ようやく「痛い」と絞り出した言葉も、まさか出会い系で割りきりするような女がはじめてだとは思わなかったらしく、聞き入れてはもらえなかった
そのまま生外で3回された
後にも先にも出会い系でゴムをつけなかったのはこの時だけだった
終わった後、約束のお金をもらおうとすると、一万円札を1枚渡された
半泣きで「これだけじゃ・・・」と言うと、かなり渋々と言った様子でもう1枚渡されて、「最初に決めとかないと今度からは貰えないよ」と言われた
消え入りそうな声で言った「初めてだったんだもん・・・」に、言葉が返ってくることはなかった
そのまますぐにホテルを出て車で最初に待ち合わせをした場所まで送ってもらい、別れた
待ち合わせをした公園では、黄昏に満開の桜がライトアップされていて、その下でたくさんの人たちがお花見をしていた
公園中に賑やかな声と笑顔が溢れていて、桜は綺麗で、みんなが誰かと一緒にいて、私だけがその希望の風景から弾かれていた
もう、違うんだと思った
そんな人たちを横目に見ながら、大きなその公園をとぼとぼと歩き回り、一周し終わる頃、ようやく一筋涙がこぼれた
240:
それから先の私は、自分でもドン引きするくらいにメンヘラ堕ちしていった
一回やれば百回も同じとばかりに、寂しさをまぎらわすように出会い系で男漁りを繰り返した
はじめは割り切りで募集した方が、遊び慣れている人が来てタダマン希望の人より安全だと思ってそうしていたものの、自暴自棄でそんなこともどうでもよくなり、ただでやらせるようになった
恥ずかしいことながら、年上の男性ばかり選んでいたのは、幼い頃に別れた父親と重ねていたのだと思う
大体、学校が終わってから募集をかけ、18?20時くらいに待ち合わせをして、数時間で帰り、翌朝また学校へ・・・という生活だった
家族には塾の自習室に行くと嘘をついて出かけ、帰ってきてからは何食わぬ顔で今まで通りの「いい娘」を演じていた
だけどそんな生活も長くは続かなかった
2ヶ月ほど経って、ついに審判の日が訪れたのである
両親にばれたのだ
242:
なんだかレベッカの曲に出てくる女の子みたいな感受性だな
文章力や表現力が豊かすぎて逆にリアリティが感じられないけど
でもNOKKOも20代前半であんな詩を書いてたんだっけ
まぁおっさんの感想はどうでもいいか笑
245:
>>242
感情はこもっているので、文章は硬質で良いかなあと
レベッカ聴いてみます!
おじさんの感想うれしいですよ、ありがとうございます。
248:
>>245
普段使いの口語体だとどんな感じなんだろうね、また印象が変わるんだろうな
REBECCA聴く?まぁオナ電を聞かれたのと口づけをかわした日ではちょっと違うけど笑
フレンズ
https://www.youtube.com/watch?v=ngdr7xoSJ9U
あとはMOONなんかも頭に浮かんだな
https://www.youtube.com/watch?v=Ezf1jDeLGsY
250:
>>248
そりゃ、もう、「ヤバい」ばっかりですよ(笑)
フレンズは有名ですよね。MOON聴いてみたら、すごく泣いてしまいました・・・はまりそうです。ありがとう。
244:
女子校高校編6
ばれたのは偶然だった
6月頃スマホの調子が悪くなり、両親が携帯ショップに行くついでに持っていってくれると言うので、パスコードの設定を解除して預けた
出会い系はスマホでやっていたのだが、ブックマークはせず、検索履歴も削除し、サイトもいちいちログインするようにしていたし、会った相手とのメールも削除していた
だから証拠は残っていないはずだったのに、その日の夕方まだ帰ってきていない母から錯乱した様子で電話がかかってきた
涙声でこれはどういうことと問い詰めてくる母にはじめはしらばっくれたものの、帰って来て目の前で泣き崩れられたときには何も言うことができなかった
母が言うには、友達とのメールを見たのだという
確かに、当時私には一人だけ信頼していた友人がいて、自分の状況を相談することもあり、その中に出会い系のことも書いてあったのだ
母は「自慢の子だったのにどうして変わっちゃったの」と泣き、「お前はもう信用がゼロだから」と携帯を取り上げて私をしばらく部屋から出さないようにした
それまで一旦バラバラになった家族を支えるためにいい子でいることだけが私の支えで、人生の最優先事項だった
ようやく落ち着いた家族を守りたいと思えばこそ、家庭を壊す原因を作り、母にひどいことをした父に会いたいとか
父との別れが自分の中で未だに大きな傷となって残っているとは言えなかったし、だから一人で解決しなければならないと思って、結果としてこんな馬鹿げた行為に及ぶことになってしまったのだけれど
家族を守りたかった自分が、それをもう一度壊した
もう泣いてほしくないと思っていた母を自分が泣かせた
なにより、ずっといい子でやってきたのに、こんなに簡単に「信用ゼロ」になってしまって、自分の存在価値やそれまでしてきたことの意味を否定されたように感じたことが、つらかった
責められてもよかった、泣かれても殴られてもよかった
ただ一言、「どうしてそんなことしたの」と聞いてほしかったけれど、その言葉はついぞ母の口から発せられることはなかった
246:
まだまだ黒歴史はあるのだろうか…
247:
単なるエロスではないのね...
249:
女子校高校編7
潔癖でそういうことが大嫌いな母は、怒り狂い、嵐のように泣き、「もう2度とこんなことはしない」と私に言わせ、携帯を取り上げた
ついでに、枕の下に隠してあった血のついた剃刀を見つけ、私の体を押さえつけて無理矢理袖を捲り腕を見ようとした
この時抵抗して、以降もずっと隠しているので、未だに母は私の自傷跡を見たことはない
そうやって母と約束したものの、私は出会い系をやめる気はさらさらなかった
「なぜ私だけが責められるのか」
「学校に行きたくないと言ったのに、聞いてもくれなかった」
「病院で学校のストレスと言われたのに、仕事で忙しくてすっかり忘れて、無理矢理学校に行かせようとしたお母さんも悪いんじゃないか」
そういう反発心があった
「なぜ」と聞いてほしかった
私は元々嘘をつくことがかなり下手で、家族の中でも「>>1は絶対に嘘をつかない」で通っていたし、実際にほとんど嘘をついたことはなかった
出会い系のことは私が意図的に悪意をもってついた初めての嘘だった
だけど、きっとやはり完璧にはつき通せていなくて、少し様子を気にかけてもらえれば、すぐに気づくような不自然なところがたくさんあったと思う
ずっと仕事仕事だった母への当て付けと、本当の自分に気づいて受け入れてほしいという幼児のような願いをもって、私は母と約束した一週間後にはまた出会い系を始めていた
初めての相手以降必ずゴムをつけるようにはしていたが、それでも不安がぬぐえず何度か一人で無料の保健所のエイズ検査に行った
検査は幸い全て陰性だったが、行く度に泣くほど不安で、情けなくて、惨めで、自分の馬鹿さ加減を身に染みて感じた
それなのにやはり出会い系をやめることはできなかった
つらさが最高潮に達したときに、毎回違う男と寝て一瞬だけそれを忘れ、終わった後には罪悪感と後悔でさらにつらくなる、そしてまた出会い系にアクセスする・・・その繰り返しだった
学校で周りが完全に追い込みに入る夏休みになっても、私は全く勉強せず、一日中家にいて、二、三日に一回男とやりに出かけるという最低な生活を送っていた
出会い系がばれたあとは一瞬だけ嵐が訪れたものの、しばらくすると私のしたことはなかったように扱われ、義父も母も気を遣いながらもそれまで通りの接し方に戻った
出会い系を続けていることはばれていなかったが、受験生にとっての天王山である夏休みなのに塾までやめてあまりにも勉強しない私に義父がキレて出てけと怒鳴ったりした
この頃は精神状態がかなり危なくて寝る相手もSMマニアばかりを選び、一本鞭でぶたれて体が数週間消えない青アザだらけになったり
鬼畜な親父に麻縄で縛られて玩具でア●ルを開発されたり、ア●ルに巨根を無理矢理入れられて吐きそうになったりとかそんなことばかりしていた
251:
oh…
252:
女子校高校編8
結局、年末までそんな生活を続け、センター試験の数日前になって私はようやく勉強を始めた
もともと勉強だけはできたので無事に地元から離れた国立大に合格し、念願だった一人暮らしが決定した
母や周りの人たちは喜んでくれた
私を問題児として見下していた同級生たちと同じレベルの大学にちょっとの勉強で合格できたことは、彼女たちを見返せたような気がして気分がよかった
春からは、やっとこの息苦しい家からも、おかしな学校からも抜け出せる
一人で、自由に、新しい環境で生きるんだ
中学に入るときとは違って、私は新しい生活への期待に胸をときめかせていた
この先どんな出来事が待っているかも知らずに
273:
>>252
さらっと描かれてるけどすごいわ
253:
一応、高校編は終わりです!
この後は大学入学?現在までを書いていきたいと思います。
かなり暗くなってしまいましたが、一応ハッピーエンドにはなるのでお付き合い頂けると嬉しいです。
支援とか感想とか全部全部ありがとうございます。うれしいです。質問には出来るだけ答えていくのでまたなにかございましたらぜひ聞いてください!
254:
高校まででどんぐらいの人数を経験したの?
256:
>>254
高校時代だけの数はちょっとわからないんですが全部あわせて50いかないくらいだと思います
257:
やっぱり賢いんだな
俺には書けない読みやすさだわ
どうでもいい質問だけど芸能人で好みの人いる?
260:
>>257
普通です、普通。
でも、ありがとうございます。
椎名桔平さんとか、堺雅人さんとか、松田龍平さんみたいな、年上の色気がある人が好きです。
263:
>>260
おお、ありがとう色気かー
流行りに流されずに自分の趣味確立してる辺は若干初期のイメプマスターな感じが残ってるなw
続き楽しみにしてるよ
最後まで頑張ってくれ
265:
>>263
イメプマスターの頃の輝き取り戻したいです(笑)
読んでくださってありがとうございます。
最後まで書くので、よろしくお願いしますm(__)m
259:
お疲れです。しかし大作やねー
小説書いてただけあって文章もわかりやすいし
頭いい子だというのもわかるわぁ
出会い系にはまってたときセ●クスで感じてはいたの?
最初は痛いだけだったけど慣れてきたら体が開発されてた、的な。
彼氏とか好きになった人とかはここまでの時点ではいなかったんかな?
262:
>>259
ぎゃーありがとうございます。
初めは思い付きだったし、すごく私事なので、こんなにみなさんにたくさん読んで頂けると思ってなくて、びっくりだけどうれしいです。
初めは痛かったんですけど、5回目くらいのエッチではじめて中イキしてから、段々開発されて、中でもいきまくれる体になりました
彼氏はいなかったけど好きな人はいました!でも、メンヘラだから、したこと全部話してました(笑)
267:
>>262
感じるようになっちまうのかー
あー、元々自己開発は小学生の頃からやってたんだったな
あと電話とかでww
しかし好きな人に売春歴も体験も話しちまうとはすげーなw
聞かされた方も頭抱えただろうに
269:
>>267
そうなんですよね、悲しいことに。
でもやっぱり気持ちのないセ●クスとそうでないものは全然全然全然別物ですね。
もともと出会い系始まる前から知り合っていて、かなり色々なことを聞いてくれる相手ではあったのですが
好きな人にはなんでも話したくなってしまって。
それがいいか悪いかはその時々によって違うのですが。
261:
ハッピーエンドてまだ22なのに
264:
>>261
確かに。
とりあえず今ハッピーという感じです。
270:
今ハッピーということは!
271:
>>270
とにかくハッピーなのです。
もう少し暗い話が続きますがそんな感じの現在にちゃんと帰着するつもりなのでよろしければお付き合い願います(^-^)/
279:
今ハッピーなのか良かった
このスレ見つけたから久々にびっぷら通ってる
296:
>>279
ありがとうございます。
思い付きで始まった、しがない女子大生の自分語りですが
こんなにみなさんに読んでいただけて驚きながらも嬉しく思っています。
残りは大学四年間の出来事を書いて終わりにしたいと思ってます。
よろしければ最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
280:
なーんか暗い流れだなぁと思ってたけど、とりあえず、ハッピーになるんだな。
安心して楽しませてもらうわ。
284:
>>1
過激な体験してると好きな人とでも普通のセ●クスじゃ満足出来なかったりするもん?
あと、>>1はここに集まってるような不埒なおっさんみたいなのにいいように利用
されないように気をつけろよ
今ハッピーと書いてるから大丈夫だとは思うが
292:
>>284
出会い系でしていたセ●クスと好きな人とするのは全く別物に思えます。昔は単純に強い刺激の方が「嫌なことを忘れる」という目的を叶えられたので過激なことばっかりしてましたが
陳腐だけど気持ちがあればそれだけで、普通のプレイでも特別な満足感が得られるものですね。
ありがとうございます。
今ある幸せを捨ててしまうという以前のような過ちを繰り返さないようにしたいと思っています。
289:
ナンパて成功するかね?
294:
>>289
ナンパの目的が何かによりますが数撃てば当たりそうですね。
この後書きますがナンパについてって・・・したこともありまして
見るからに寂しそう?なメンヘラっ娘ならいけるのでは。
でもやり捨てはダメです。
290:
なんか泣いてもーた
やっぱ親は子供をちゃんとみてやらんとならんのだわなと思って
295:
>>290
今となっては親のせいにするつもりはないですが、当時はやはり親の存在は自分の中ですごく大きかったです。
わかってほしい気持ちと、うまく自分を表現できなくて寂しさに気づいてもらえない苛立ちから
自分のしていることの責任を親に帰していたところはありました。
今は少しずつ歩み寄ってはいるんですけどね。
300:
濃い
301:
ここまで彼氏が出来てないのか
308:
>>301
ここまで彼氏できてなかったですね。
高校時代にネットで知り合った男の子とごっこ的なことはあったのですが、ほんとの恋ではなかったです
302:
大学編1
さて、地元から離れた地方の大学に合格した私
高校時代は家にいることがつらく「あと○ヶ月で家を出られる」と心の中でカウントダウンを続けて騙し騙し生活していたので、悲願が叶うことになりかなり上機嫌だった
最後まで「問題児」だった高校の卒業式では涙することもなく、大好きだったアウトローな美術の先生にだけ挨拶をして、ひとり真っ直ぐ家に帰った
合格が決まり、私はわがままを言って早めに引っ越しさせてもらった
あれだけのことをした娘を地元の外に出すことを許した母の心は如何様なものだったのだろう
あの時突き刺さった「信用ゼロだから」という言葉をよそに
私が家を出るとき、両親はあのことを蒸し返すこともなく優しく送り出してくれた
私も一人で頑張るのだと思っていた
新しい環境、学校、一人暮らし
それが一点の曇りもない希望の風景に繋がると信じて疑ってもいなかった
さて、入学式だが、当初の期待と裏腹に、なぜか私はアウェイさを感じていた
ずっと勉強してきてやっと志望校に受かった学生たちの笑顔が、高校時代を出会い系に費やし、適当に志望校を決めて最後に申し訳程度に勉強しただけという自分の中途半端さを引き立てるような気がして、恥ずかしかったのである
中学の入学式と同様「真面目に頑張ってきたみんなと、いい加減にやってきた自分は違うんだ」と勝手な疎外感を感じ、自分の殻にとじ込もって、積極的に話しかけることや、SNSで同じ新入生と繋がること、新歓を回ることもしなかった
その結果、見事にぼっちになった
それまで友達の数は多くはなかったものの、深く付き合える少数の友人はつねに周りにいてくれたので、学校で話せるひともいないという状況はかなり堪え、自己肯定感がどんどん下がっていった
授業にもうまく馴染めなかった
中学高校の授業は受験をいかに乗り切るかという目的に主眼が置かれたもので、暗記や機械的に教科書をなぞっていくだけの授業が多かった
私はそのような授業が悲しかった
もっと情緒的で感動するような、勉強する意義を内発的に生徒に感じさせるようなものを求めていた
例えば古典のタイトルだけを「暗記するべきもの」として出されても、そんなものは本当の勉強ではない、その作品が素晴らしいのならなぜその中身を紹介してくれないんだろう
みんなはどうしてタイトル覚えるだけでなんの疑問も持たないんだろう
そんなことばかり考えていた
要するにくそ真面目だったのである
ゆえに大学の授業にはとても期待していた
レベルの高い大学なら、本当の勉強ができるはずと
しかし、蓋を開けてみれば、自分が勉強したかった専門科目ではない言語や、一般教養や、体育などの必修科目でほとんどの時間割が埋まっており
その多くの科目が「出席」や「感想の提出」が必須となっていて、まだ1年生ということもあって、授業のレベルも高くなく、満足できなかった
また、出会い系をしていたくせにもともとくそ真面目な性格の私は、感想用紙に「適当なことを書く」ことが昔からできず、真面目に書くのだがそれが教師の反感を買い呼び出しをくらうことが多く、感想用紙アレルギーだった
「教科書に書いていない感動するようなものごとの教授」をかなり期待していた私には、出席、感想、教科書をなぞるだけの授業はがっかりだった
そんな気持ちはわがままで、自分が言い訳ばかりしていることには気づいていた
友達もやはりつくれなかった
出会い系で出会った男と薄暗い部屋でやりまくるだけやりまくってきた汚い私と違って
みんなが綺麗でキラキラして見えて仕方なかった
私は学校に行かなくなった
304:
悲しい世界
305:
予想はしてたけど暗黒面に引き戻されるのがやけに早かったんだな
夏前にはそんな感じかい
310:
>>305
5月には全然学校行かなくなりました。
306:
大学編2
学校に行かなくなった私は家に引きこもるようになった
汚い私はみんなとは違う
友達がつくれないのは、私が魅力的じゃないからだ
学校に行かなきゃ
行けない、情けない
バイトするのも怖い
しないと、したくない、できない
「みんなが当たり前にできること」が「できない」
やっぱり私ダメなんだ────
「大学に行ったらこんなことをしたいな」「真面目にやり直すんだ」と思い描いていた理想の生活と現実の生活の間に、すぐにずれが生じた
くそ真面目な私は「こうでなければならない」思想が強く、そのギャップと思い通りに出来ない自分に悩み、苦しんだ
そして案の定新天地でも出会い系を再開した
317:
夢中になって読んでいます。
レベッカは紅白歌合戦に出ていましたね。
 昔を知っている私からするとえらいおばさんになったなというのが正直なところ。
というか、普段歌を歌っているのだろうかと気になった。なんかぎこちなかった。
緊張していただけだったのかな。
 それに比べて今井美樹 Piece of My Wishは昔の歌なのに完璧!
どちらの歌も自然に口ずさめた。
今の歌はさびさえもすぐに忘れるのに昔の歌はなぜか覚えている。
年をとると記憶力が駄目だな。
*おまけ
 紅白の公式ページを見たがPiece of My Wishとちゃんと"of"の部分を小文字で書いて
いるのがちゃんとしているなと感じた。MLAの規則ではこれが正解。
みんなこれを知らずに"Of"とやってしまうのが多い。
こんなこと外国語学部英米学科卒の人間じゃないと、気にしないか・・・
323:
>>317
おまけが最高すぎる
324:
>>317
これなんてコピペ
325:
>>317
これ?
328:
>>317
なんだこいつ・・・
329:
>>317の人気に嫉妬
403:
>>317
ジジイワロタ
319:
>>317
隙あれば自分語り
320:
>>319
シィーーーーーッ!
330:
これはコピペになるw
334:
>>1
ちょっと全裸になりなさい
本当に汚いのか体を隅から隅まで確認してあげる
綺麗だったら
顔を見つめたりしてトコトン恥ずかしがらせてやる
俺は服を脱がないよ
裸なんか見られたら恥ずかしいからねwww
何回か会って
愛してあげたいと思ったら初めて俺の裸も見せてやるわ
336:
>>334
これまた気持ち悪いコピペみたいなもん 来たぞw
337:
>>334
おまけコピペ忘れてますよ
358:
これはいいスレ
378:
大学編3
大学生活の入り口でつまづいた私は生じたばかりの理想と現実のささいな「ずれ」を乗り越えることができず、すぐに大学へ行かなくなった
精神的につらいということを言い訳にバイトもしておらず、全く知らない土地で友人もいない。暇が多いということはすなわち、頭にまとわりついて離れない鬱々とした感情と四六時中向き合い続けるしかないことを意味していた
それでも初めは出会い系ではなく自傷や過度の飲酒、食事をせずに死にかけたり、反対に吐いても吐いても食べ続けたりといった方法でつらさや孤独を紛らわそうとしていた
しかしそれも長くは続かず、「もっと強いショックが必要だ」と感じたことで、私は今後一切やめようと思って年末から遠ざかっていた出会い系を再開したのだった
私は潔癖で真面目な親に育てられたこともあり、元々はかなり社会的道徳に沿った考え方をする方だったので、「知らない男とセ●クスする」ことは私にとっては「人として最低」のことで、軽蔑すべき行為だった
そんな考え方をしていながら現実逃避の方法として敢えて出会い系を選び続けていたのは、そうすることが真面目な自分にとってかなりショックなことであるがゆえに、結果として「つらい」気持ちが一瞬だけ麻痺して、一瞬だけ楽になるからであった
セ●クスしている間だけは、ショック状態で頭が真っ白になる
起きている間中、さらに言うなら眠っている時にまで追いかけ続けてくる苦しみから一瞬だけ逃れて、張り詰めっぱなしでいる心の緊張をとくことができる
しかしながら終わった後には後悔や自分への軽蔑、嫌悪が押し寄せ、さらにひどい状態になり、それでさらにそのストレスから逃れるために出会い系にのめりこむという完全なる悪循環に陥っていた
当時はほとんど昼夜逆転していて、一日中家にいて ネットをしたり音楽を聴いたりして、たまに出会い系で男と寝に出かけるという生活だった
大学生活にすんなりと馴染み楽しそうなツイートをする同級生たちを見て、私はさらに自分の殻の中に閉じこもるようになっていった
381:
大学編4
出会い系を再開してからは、更に心が荒んでいき、ナンパに付いていってやることもあった
しかし終わった後は毎回「もうこんなことは2度としたくない」と強く思い、良心と「セ●クスをすればつらいのから逃れられる」という刷り込みのような観念との緊張に苦しみながら、半年ほど出会い系をやらずに耐えていた時期もあった
今思えば麻薬中毒の症状と似ていたと思う
やめたいと思い、意志をもって長い期間やめられていても、なにかの弾みで一回やってしまえば、すぐに元通りの行動パターンに逆戻りしてしまう
そんな生活が一年ほど続いたある日、転機が訪れた
ここではあまり触れていなかったが、当時私には一人だけ信頼していた人がいた
高校の頃からの付き合いで、出会った頃から私の誰にも言えない気持ちや悩みを聞き、支えてくれていた人だった
その人とは主にメールでやり取りをしていたのだが、大学に入ってからも付き合いは続いていて、闇MAXの絶望諦観状態に陥っていた私にとっては、その人とのやりとりが唯一の心の慰めであり支えだった
その人には出会い系のことも自傷のことも話していたけれど、その人は私がそういうことをするたびに怒り呆れながらも「やるかやらないかは>>1が自分で決めないといけないこと」だと言って、直接的にやめろと言うことはなかった
その人のそういった接し方は冷たいと言えばそれまでだけど、私にとっては、頭ごなしにやめろと言って訳も聞いてくれなかった大人たちと違って、私を一人の人格として尊重し認めてくれているように感じられて嬉しかった
信頼している人に「やめろ」と言われれば、それに従うことは簡単だけど、それはただの思考停止で、依存で、対等な関係ではないと私は思っていた
出会い系をやめられている時期もあればのめりこんでしまう時期もあり、それらが交互に訪れ、強い意志でもってすっぱりとやめられないことはつらかった
けれど、だからと言ってその人に全て頼って現状から抜け出せたとしても、それは本当の意味での解決にはならず、自分の力でなんとか出来るようにならなければ意味がないんだと、半ば強がりながらも私はそう信じていた
私はその人と、そういった意味での「適度な距離」を保ちつつ、やはりかなり大きな部分で支えられていた
友人で、人生の先輩で、好意を寄せる異性として、シリアスなことからくだらないことまでたくさんの話をして、本当にその人が大好きだったのだ
なのに、メンヘラが悪化して完全に頭がおかしくなっていた私は、些細なことから一方的にその人を傷つける態度をとり、結果として「絶交」状態に陥ってしまったのである
382:
純文学みたいな話だなぁ
383:
大学編5
その頃の私は情緒不安定で、その人に見捨てられることが不安で、試すような行動や言動を繰り返したり、自傷や出会い系といった破滅的な行動に走ったりするなど、ボーダーラインパーソナリティ障害、俗に「ボーダー」といわれるものの特徴を強く持っていたように思う
その時も私はささいなすれ違いから一方的に彼に「捨てられる」と感じたことで怒りまくり、「絶交して」と迫ることで相手を試したつもりだった
今思えば完全に頭がおかしいけれど、それまでにも何度か絶交を迫ったり、わざとメールアドレスを変えて連絡が付かないようにしたことがあった
しかし、その度に彼は受け入れてくれており、甘えていた私はその時も「不安なのだから仕方ない」と自分を正当化して、かなりきつい言葉で攻撃した後に、もう絶交しよう、といつもの台詞をぶつけたのだった
当然、いつものように「しないよ」と言ってくれると思っていた
でも、そうはならなかったのだ
一言了承の返事を返したあと、後悔した私がどれだけ謝っても、彼が気持ちを変えてくれることはなかった
私は世界がバラバラになったように感じて、気が狂うほどに泣き、それまで感じたことのないような絶望で何も手につかなくなった
彼との別れは、世界と自分を辛うじて繋いでくれていた糸が切れることで、それまでどれだけつらいことがあろうと辛うじて踏みとどまっていた、全てを放棄するあの決定的な行為すら、勢いに任せて実行してしまいそうだと思うほどであった
毎日毎日彼のことばかり考えていて、毎晩仲直りする夢を見た
数日おきに未練がましいメールを送ったけれど、やはり返事はなく、その度に泣いて、そんな生活が数ヵ月続くうちに、少しずつ新しい考えが生まれてきた
それまでは、謝って、こういう気持ちだったからと説明して、これからはこうするからと泣きついて、それで許してもらいたいと思っていた
だけどそれは、結局のところ都合の良い言い訳で、悪い自分を変える努力もせずに、相手にわがままを押し付けているだけではないかと気づいたのだ
では、本当の反省とは?
本当に謝るとは、どういうことだろう
私が出した答えは、自分の悪いところを省みて、それを直せるように生活を変え、目に見える結果を出してから、改めて気持ちを伝えるというものだった
ひとまず以下の目標を立てて、大学の半期が終わる頃、もう一度メールを送ろうと決めた
・大学に行き、単位をとる
・友人をつくる
・バイトを始める
・カウンセリングに通う
・出会い系や自傷などはやめる
などであった
385:
大学編6
頑張ってそれらの目標を達成すること=彼と仲直りできる唯一の可能性であると思うようになったことで、それまでただうじうじしていただけだった私は、かなり前向きになることができた
昼夜逆転していた生活リズムを戻し、毎日1限から授業に出席し、誰よりも真面目にノートを取って、苦手だった感想用紙も毎回提出した
ずっと引きこもりだったのでコンビニでおでんを注文するだけでも挙動不審になるレベルだったが、毎日登校して、同じ学科の子に自己紹介や挨拶して顔を覚えてもらうところから始めて、友人も何人かつくることができた
それまでひどかった飲酒もほどほどに抑え、自傷や出会い系も一度もせずに自律的な生活を送ることができていたと思う
バイトも短期ではあったけれどいくつか経験し、自分ではどうにもならない病的な思考回路や行動パターンを改善するため、カウンセリングにも通い始めた
そして半年としばらく後、当初からその時までと決めていて、待ちに待っていた日がやって来た
大学の成績開示の日だ
ドキドキしながら専用のホームページにアクセスすると、25単位良い成績で取れていることがわかった
私は彼に、反省のかたちとして生活を改めたこと、軽い近況報告と謝罪の気持ちを伝えた。
それまで何度謝っても返事はなかったけれど、その日のうちに彼はメールを返してくれた。いつものように優しくてあたたかくて安心する文面で、気持ちを受け取ってくれたことが書いてあった。
私はそれまでのどんよりが嘘のように舞い上がって、しばらく夢見心地だった。
彼と離れた生活の場を作り、自分のするべきことをこなすよう努めた半年間は、精神的に彼にべったりだった私を未熟ながら少しだけ自立させた
それから数年たった今でも彼との交流は続いていて、毎日毎日メールしてなんでもかんでも報告していた以前と比べ、少しだけ大人の付き合いが出来るようになったと思う
さて、無事に悲願を果たした私ではあったけれど、カウンセリングは終わりにしないで続けることにした
出会い系や自傷はこの半年こそやめられてはいたけれど、そういった行動の根本の原因になっている心の壊れた部分を治療しなければ、問題の解決にはならないと思ったからである
道徳と堕落の狭間で心が引き裂かれるのはもううんざりだった
カウンセリングを受けることで、私は「まとも」になりたかった
ようやく癒え始めた心が、そのせいで再びずたずたにされてしまうとも知らずに
390:
その彼とはどこでしりあったのだらう
ネットなのかな
461:
>>390
ネットで知り合いました!毎日毎日死ぬほどメールしてなんでも打ち明けてました。
391:
何とかなく感じていたけれど境界例の方だったか
私は境界例の女と付き合って結婚して離婚したのでもう境界例と関わるのは二度とごめん
それも心理療法カルトに入って私を金づるにしようとしたし
私は娘も取り返すことが出来ず、敵を叩きつぶすことも出来ずと散々
 こう書いていると>>1に敵意をもっているように誤解されるかもしれないのでフォローしておくと
>>1には幸せになってほしい
ただ難しいと思う
境界例の生まれ育つ家庭は機能不全家族ばかり
赤ちゃんから人生をやり直すことは出来ないから嫌な経験をなかったことに出来ない
いいカウンセラーと出会って地道に心の歪みを解きほぐすしかないね
ミラクル・マジカル・ジュエリーレ >>1の人生がいい方向に変わるといいね
413:
>>391
こんなキモイレスもそうそう見れない
392:
スキあらば
自分を語り
キモがられ
396:
>>392
キモがらてないもん
393:
>ミラクル・マジカル・ジュエリーレ
???
なんかのオマジナイ?こわい
401:
なんで最後にプリキュアに変身するのか…
407:
そろそろ放置しとかないとまた構われてると思って嬉ションすっから
エサは与えないようにしましょう
419:
ハッピーエンドに期待
425:
大学編7
つらかった高校生活の中でどんどん高まっていった大学生活への期待とは裏腹に、即座に大学デビューに失敗し不登校ひきこもりメンヘラクソビッチと成り果てた私
生活も心もどんどん荒れていき、大好きだった一番の友達との絆さえ自ら壊してしまう
彼と仲直りするために生活を改めるようつとめ、学校にも行けるようになったし、友達もつくることができた
その努力が功を奏してか無事に再び手をつなぐことができた
全てがいい方向に向かっているように思えた
これからだと思ったその時に、あんなことが起こるなんてまさか夢にも思っていなかった────
彼と仲直りした後も私はカウンセリングに行き続けることにした
理由としては、彼との絶交のこともあったが、一番は「嫌なことがあるとセ●クスに逃げてしまう」というおかしな思考回路に自分自身がうんざりし、ほとほと疲れはてていたからである
やめたいと思ってもやめられない、まさに依存症の状態に陥っているのだと思い、そこから抜け出すのには専門家の手を借りるのが一番手っ取り早いと考え、私は初めてのカウンセリングに向かった
何を隠そう私は自分がメンヘラなくせに、いや、メンヘラであるがゆえに、同じように孤独に苦しむ人たちの助けとなれたらと思い、心理職を志しており、大学でもそのような授業を受けていた
だから普通の人よりかなりカウンセリングに対する抵抗が低く、もっと専門的な課程では、カウンセラーになるために「カウンセリングを受ける」授業もあると聞いていたため、早々にそのような決意をすることができたのである
私が行ったのは大学直属組織の学生向け無料カウンセリングだった
無料とはいえ、カウンセリングの専門の教授や精神科医たちが受け持つもので、どんなものか分からないカウンセリングを初めて経験するのには良いところのように思えた
初めてのカウンセリングの少し前、私は彼と絶交した直後だったので死にかけており、「このままだと早まった真似をしかねない」「もう限界だ」と思ったため、そのセンターに電話をかけて衝動的に予約を取った
緊張よりも「早くなんとかしないとヤバい」という気持ちの方が大きかった
看護師さんに受付で声をかけると1畳くらいの待ち合い室へと通され、そこで10分ほど待つと、閉めきったドアがノックされ、担当のカウンセラーが現れた
彼のことをKとする。
Kは「初めましてKです」と自己紹介したあと、専用の面談室へ私を案内し、ドアを閉めた
面談室には一人掛けのソファが向かい合わせで置いてあり、その間の小さな机の上に、私のカルテのようなものが置かれていた
Kは40代後半だったが30代前半くらいに見え、話し方もはっきりしていて親しみやすく、雰囲気もあまりカウンセラーっぽい穏やかなインテリといった感じではなく、スポーツでもやっていたのかなという印象だった
私は話さなければ解決しないと思っていたし、早く治りたかったので、友達と絶交したこと、その人と仲直りしたくて来たこと、出会い系のことや自傷のことなどの話しにくい問題も早い段階で話した
初回は家族関係や軽い生い立ち、現在の状況などを話して終わり、その後は大体週一、一時間で続いていった
Kは私から見れば少し図太く物事を深く考えないように思えたが、カウンセリングは一時間というおおよその決まりに反して、次に予約の入っていないときは二時間や三時間も話を聞いてくれた
カウンセリングを続けるうちに、学校には行けるようになったものの、周りがキラキラして見えて辛いとか、やはり友達とも若干の距離を感じるとか、親との摩擦のことなど話題は色々な方面に広がっていった
なかでも絶交した彼のことは毎回必ず話していた
私は、治りたいのに恥じらっていても仕方ないと思い、出会い系や自傷をするときの心理や、幼い頃に別れた父親への気持ち、家族への気持ちなど、自分の内面のかなりの部分をさらけ出した
一つ誤解しないでもらいたいことがあって、それは、それは私がKを個人として、もっと言うなら一人の異性として好きになったからではなく、カウンセラーとして信頼していたからだ
実は、カウンセリングに来てカウンセラーのことを好きになってしまう患者は多いとされる
その好意自体は、カウンセリングのプロセスで患者を良い方向に導いていくために役に立つとして、肯定的に受け取られている
ただ、私に関してはそのようなことはなかった
異性関係に疲れはて、自暴自棄にセ●クスを求めてしまうことが嫌になり、それを治したいと思ってやって来たカウンセリングで、カウンセラーのことをそんな対象として見るということは、ありえなかった
何より絶交した彼が好きだった、毎日毎日彼のことばかり考えていた
427:
大学編8
そんなわけで私はKにはなんでも話しつつも、彼のことは「先生」としてしか見ていなかった
「なんでも」とは言うが、やはり自分が出会い系で会っていた人たちと同じくらいの歳の男性だったし、出会い系のことを話すときは、必要最低限のことだけ話し、向こうに変な想像をさせないように気を付けていた
Kは私の話を聞き、「真面目すぎる」とか「純粋すぎる」とか、「自己肯定感が不当に低すぎる」という評価をした
とくに一番最後の自己肯定感に関しては、「美人で、性格も頭もよくて、僕なら>>1さんのスペックがあったら万々歳なのに」と何度も言っていた
私はわざわざ言われるような美人ではない(出会い系のおっさんに言われた「今までサイト経由で会った中でベスト3に入るよ!」という微妙な例えがぴったりだと思う)ので、お世辞だと思って真面目に受け取らず適当に流していた
しかし、その後もKはことあるごとになんの脈絡もなく「美人」「モテそう」などと私に言ってきたので、「ん?」と少しだけ思ったけど、特に気にすることもなかった
今振り返ればその時気づいておけばよかったと思う
私は以前にも挙げた学校に真面目に行く、出会い系や自傷はやめるといった目標をこなす日々を続けながら、Kとのカウンセリングに通った
Kと話す内容は雑談が多くなってきており、私は真面目な話がしたいのに、全然治療が進んでいないように思えて怒りながら帰る日も出てきていた
しかしながらそのような時間は気晴らしにもなり、全体的に見て、Kとのカウンセリングは私のストレス発散の場として機能し始めていた
そして半年ほど経ち、絶交した彼と仲直りできてから程なくして、ようやくKを「先生」としての信頼できるようになり、これから治療が進んでいくのではという期待が生まれてきた頃、彼は間もなく転勤で別の大学に行ってしまうことを打ち明けた
Kは自分の後を別のカウンセラーに引き継いでくれると言ったが、私はKのように相性の良いカウンセラーにうまく当たるだろうかと不安になった
そんな私の不安を見越してか、彼は仕事用のメールアドレスの書かれた名刺をくれ、なにか合ったらここに連絡してくれれば相談に乗ると言ってくれた
そしてKがいなくなった後、私は新しいカウンセラーと数回会って話をした
しかし、彼は所謂「医者」という感じで、ごはんは食べられていますか?よく眠れていますか?お酒はどれくらい飲んでいますか?と脚を組みながら聞き
それに私が答えると、目の前でメモをとり、沈黙が続き、また質問、それが終わるとカウンセリングの時間は一時間とってあるはずなのに、五分で薬を出し、次回また来てくださいという感じだった
私は彼と仲直りこそできたものの、年度が変わったことで将来への不安や焦りが大きくなって、また状態が悪くなってきていた
そこにきてそのようなカウンセラーに当たり、ストレスマッハで袋小路に追い詰められたような感じになっていた
そんな時、ふとKにもらった名刺のことを思いだし、また状態が悪くなっていること、新しいカウンセラーと合わないことなどを相談するメールを送った
429:
大学編9
Kは私の相談メールに対して真摯に返してくれ、週一回電話でならカウンセリングできるけど、どうかな?と申し出てくれ、私は藁にもすがる思いでお願いしますと頼んだ
転勤したのにまだ相談に乗ってくれるなんて、良い先生だと思って嬉しかった
私は新しいカウンセラーとのカウンセリングも続けたが、やはり彼の態度が良くなることはなく、失望しながらも薬だけもらって、本当に話したいことやぶちまけたいことはKとの電話カウンセリングの時間に吐き出していた
電話で話していたことはずっと対面で行っていたカウンセリングとあまり変わりはなかったが、私にはKのテンションが妙に高いように思えた
そのような電話カウンセリングを二ヶ月ほど続けたある日、私がKの転勤先の近くに住んでいる友達のところに泊まりで旅行に行くことになったと話すと、Kはよければ一緒にご飯でも食べながらカウンセリングしますよと言った
私はここでもやはり、電話ならともかくとして、そんな時間を割いてまで私の相談に乗ってくれるなんて、本当に良い先生だと思ったし嬉しかった
そして旅行の日、私は大荷物を抱えて待ち合わせの駅に向かった
Kはカウンセリングのときいつもスーツを着ていたので私服姿は新鮮だった
Kはここで「そんな大荷物で店に入るのはあれだから」と近くにある自分の家に荷物を置いていくよう私に言った
私は断ったが、Kがしきりにそう言うので、大人はそんなものなのかなと思って案内されるがままKの家まで付いていき、玄関先に荷物を置いてからKのおすすめだというイタリアン居酒屋に向かった
店はカジュアルながら程よく品のいい店といった感じで、私が酒好きだと知っているKはワインと、いくつか料理を注文して、本題に入った
私はメールで話したようなことをもう一度話し、Kもはじめはそれに対してアドバイスなどしてくれていたが、Kはがぶ飲みといった感じでワインを飲み進め、あっという間に酔っぱらってどんどん自分の話をするようになった
私はウゼーと思っているときも人に合わせてしまうことが多く、よく言えば聞き上手なのだが、
その時もカウンセリングということで来たのにベロベロになり自分の話ばかりするKになんだよと思いつつも、優しく合いの手を入れ、それがさらにKを気持ちよくさせて調子に乗らせるという悪循環に陥ってしまった
Kはもはやカウンセリングなど頭にないようで、会話の内容はほぼ雑談だけになってしまっていた
そんなときKが、「>>1さんはやっぱり彼氏作りなさい」「学校の同級生とかどうなの」と振ってきたのに対し、私はうっかり「年上の人じゃなきゃ無理ですし」と答えてしまった
一通り飲み食いした後、私はその後泊めてもらうことになっていた友達との約束の時間があったので、荷物を取ってすぐにお暇するつもりでいた
しかし酔っぱらったKは「家にシャンパンがあるから一緒に飲もう」と誘ってきて、断っても何度も同じ事を言うので、どうせ家には戻らないと荷物を回収できないし、と思って、馬鹿な私は承諾してしまったのである
そして家に上がって再び飲み始めたのだが、Kは自分の昔の話などを始めてなかなか帰してくれそうもなかった
私はうざいと思いながらもやはり優しく合わせてしまい、何度も浪人したり中退したりして、やっと大学を卒業できたと情けなさそうに語るKに「でも、頑張ったんですね」「立派じゃないですか」と返したりして、そんなやり取りが一生続くかと思われた後、
Kは「>>1さんの話聞くって言ったのに、自分の話ばかりしてごめんね」「ダメなカウンセラーでごめん」と申し訳なさそうに言って
私が「そんなことないですよ」言った途端、「そんなこと言うとこうだよ」と言って、私の腕を引っ張りフローリングの床に押し倒してきたのだった
431:
434:
カウンセラーとしてやっちゃいかんことしとるな
435:
大学編10
よく、「嫌なら抵抗できるはず」という言葉が性被害者へ向けられる
カウンセラーとして信頼していた相手とはいえ、自ら家まで上がり込んでそのような行為を迫られた私がレ●プ被害者と言えるかはさておき、嫌なときに抵抗できるためには、ある程度の自己肯定感が必要だと思う
お気に入りのものを持って歩いているときに、それを「ゴミ」と言われたらどうだろう
「ゴミじゃない」と反論することはできるだろう
そのものが「好き」だし「ゴミじゃない」という確信があるからだ
私にとって、Kにそのような行為を迫られたことは、「お前はやらせるしか価値がないゴミだ」と言われたのと同じだった
だけど、抵抗することはできなかった
かねてから自己肯定感の低かった私には、「お前はゴミだ」と言われて「私は違う」と言えるだけの自分の価値への信頼はなかった
むしろKの行為によって改めて自分がゴミであることを見せつけられたような気がして、ショックすぎて涙も言葉も出ず、「これがお似合いなんだ」と思って、なすがままにされるしかなかったのである
出会い系で会う人にそういう対象として見られるのは、初めからそういう目的で会うのだから、当たり前のことだ
だけど、望まないセ●クスをしてしまうこと、それが嫌で治したいと思っていること、好きな人がいること、今までどのように生きてきたのかということ、心の奥の奥の孤独や苦しさ、痛みを全てさらけ出した
「信頼できるカウンセラーだから」さらけ出した、そんな相手に、そのようなことをされるのは
やはり、心を切り刻まれるようにつらかった
あまりにもつらすぎたのでことが終わるまでの間私の心は息を止めていたが、それが長すぎたので半分ほどは死んでしまった
Kは「前からこうしたいと思っていた」「転勤してからメールが来たときまたあの美人な子と繋がれると思って嬉しかった」「>>1さんの好きな人に嫉妬していた」と次々と信じられない発言をした
おまけに、既婚者で単身赴任で一人暮らしなのに、「(私と会って)万が一のことがあるといけないと思って」と、避妊具を準備していた
結局、友達のところには行けなかった
どんな顔をして会えばいいのかも、わからなかった
翌朝Kは私を駅まで送ったり、鞄を持ったり切符を買ってくれたりしたが、私はそういうもの全てが煩わしく、ただもうKの目に入らないところへ行きたいという気持ちしかなかった
数日して旅行から帰っても感情は凍りついたままで、私はショックなはずなのに実感がなく涙も出ないという解離状態に陥っていた
この時はまだ家まで上がり込んだ私も悪いということで泣き寝入りする気持ちだった
しかし、そんなときKから来たメールで、私の怒りは抑えきれないものになった
「次回の電話カウンセリングはいつにしますか?」
私はカウンセラーという仕事を尊敬していたし、だからこそKを信頼していたのだ
私にそういうことをしたということは、自らカウンセラーであることを捨てたのも同然なのに
まだ彼氏面される方がましだった
一人の異性として接される方がましだった
この上、まだカウンセラー面をして、カウンセラーという誇りある仕事まで踏みにじるのか
そう思うと、大事にはしないでおこうと思っていた気持ちがうって変わり、「絶対に許さない」と怒りの炎で燃えるようになった私は、すぐさまKが元いた大学の組織に告発したのだった
437:
大学編11
大学では証拠の提出が求められたので、私はその後もKとの電話やメールのやりとりを続け、それらを全て記録したものを今までのものと合わせて提出した
それに加えてKと出会った初回カウンセリングからその日までの経緯を事細かに記録したものも提出した
Kはすっかり私をものにした気でいて、勝手に次は一緒に旅行に行く計画を立ててべらべら喋っていたので、それらの発言も全てデータとして大学側に出した
大学はセクシャルハラスメントとしてKの転勤先に報告すると私の告発を受けてはくれたものの、その後数ヵ月、何の経緯の報告もない状態が続いた
その数ヵ月は地獄だった
私は完全に死を決意したものの、やはりよぎるのは分かり合えないことが多かったものの、ずっと守りたくて、そして一度は自分の手で壊してしまった家族の顔だった
一人暮らしなので部屋で死ねば腐乱死体になって発見されるだろう、そんな姿を見た母の嘆きようは如何様なものだろう
飛び降りて死ねば原形が残らないだろう、そしてやはり、母は、妹は、狂ったように泣き自分を責めるだろう
そう思うと、やはり私は決定的な自殺行為はできない
風俗に行こうと思った
風俗に行けば、真面目な私は、この上耐えられないだろう、心を自らめった刺しされるような環境に追い込んで、酒にも溺れるだろう、薬もやるかもしれない、そしてどんどん心も体もぼろぼろにして、いつかはきっと終われるだろう
しかし、そんな風に、「緩慢な自殺」を願っていられたのは、余裕のあるときだけだった
ふと、「今ならいける」と思うことが何度も何度もあった
駅のホームに飛び込みそうになったり、ベランダから飛び降りそうになったり、手首をザックリ切りそうになったり、トラックの前に飛び出しそうになったり
そんな衝動が頻繁に沸き起こり、それを押さえることが一苦労だった
Kのことを大学に伝えた勢いで、私は母にもこのことを伝えた
母は動転していたが、私よりも怒り狂い、絶対にただではおかないと言ってくれた
出会い系を始めた頃から、私は自分の精神的な問題に関して親に頼ることは一度もなく、出会い系はばれたが黙殺されて、家での私はそれまで通り「いい子」の枠に再び無理矢理押し込められていた
だから、カウンセリングに通っていたことでさえ、話すことはかなり勇気がいった
だけど、この問題について親にも相談したことは、結果として、それまで距離を感じていた親と少しだけ近づけたような気持ちに私をさせたのだ
それはよかったと思うが、私はすでに限界だった
幼少期のトラウマ、出会い系、自傷、ひきこもりなどを経て、やっと前に進めると思った矢先に、こんなに大きなショックを受けて
例えるなら、過去のトラウマや辛かったことが、解決しないままナイフのように心にいくつも刺さっていて、ただでさえだらだら血を流して痛くてたまらないのに、最後にそれを踏み潰されて足でグリグリやられた感じだった
30まで生きるつもりは毛頭なかった
未来は黒い森の中で
毎日毎日死ぬことばかり考えていた
441:
大学編12
KはクソカスのKだ
大学からなんの連絡もない日々はつらく、私は接客のアルバイトを始めた
そんなときに彼と出会った
エンジェルなのでAとする
Aは大学の友達の知り合いで、かねてから話は聞いておりかなり面白そうな人だと思っていた
そして私がそう思っていることを友人がAに伝え、ひょんなことから二人で遊びに行くことになったのである
しかしながら私はその頃までずっとファザコンで、恋愛対象も倍ほど上の歳の人に限定されていたし、なによりそれまで色々なことがありすぎて、こんな地雷だらけの自分を受け入れてくれる人なんているはずないと思っていたし、
好きになる人に私のようなゴミをあてがいたくはなかった
メル友の彼のことはやはり好きだったけれど、絶交して、距離と時間をおいたことで、恋愛感情というよりはもっと憧れや信頼に近いものだと感じるようになった
だから本当の恋愛は、まだ知らなかったけれど、上に書いたような理由もあれば
同年代の人は自分と違って綺麗だから、汚い自分と一緒になって幸せになれるはずがない
そう思って恋愛なんて諦めていたのである
だからAと二人で遊びに行くことになっても、全然期待していなくて、つらい時間の気晴らしになればとか、同年代の男なんてガキだしどうせつまらないんだろうなぁなんて、勝手ながらも決めつけていたりした
そして当日
待ち合わせ場所で初めて会った彼はとても穏やかで落ち着いた雰囲気で、育ちの良さそうな好青年だった
私はやはりクソほど人見知りでほとんど顔を見ることすらできず、申し訳程度の自己紹介を終えたあとは、歩きながらほとんど彼に喋らせて、たまたま見つけたカフェに入った
そこで話していると、意外なほど趣味が合うことに気づいた
漫画、音楽、映画、動物が好きなこと、歴史や芸術に惹かれること
そして勝手に同年代だからなんて見下していた私が恥ずかしくなるくらい、彼は優しくて、落ち着いていて、自分の話ばかりしたりしないで、真摯に話を聞いてくれて、一緒にいてとても心安らかだった
その後、夜ご飯を食べ、お酒を飲みながら、今日初めて会ったことが信じられないくらい深いところまで色々な話をした
私は昔から人の気にしないようなことでも色々と考え込んでしまい、自分なりの考えを持たないと先に進めないところがあり
そういう考えを人に話しても、小学校なら呼び出しだし、中高では周りに馴染めなくて呼び出しだし、大学では引きこもりになった上、復帰したあともどこかみんなから浮いていた
だけど、彼には「話しても大丈夫」だと思えた
彼なら「聞いてくれる」し「わかってくれる」
その予感は的中していた
私がほとんど人に話したことのない、色々な物事に関する「独特な」考えを話しても
彼は大学の人たちのように笑ったり、「さすが経験のある人は違うね」などと勝手に上の方に私を据えたりせずに、わたしの言葉をひとつひとつ咀嚼するように、静かに聞いて、それに対する真摯な考えを話してくれた
私はこの時点でかなり彼のことが好きになってしまっていて、これは私の性質みたいなものだが、好きになるとなにもかも話したくなってしまうので、過去にクソビッチだったことやKに犯されたことなど会った初日だというのに話してしまった
どうせ真実を知ったらだめになるのだから、早い段階で話しておけば、傷つくことも少なくて済むだろうと思ったのである
初デートはそんな真面目な話もしつつ、くだらない話でもかなり盛り上がって
私は自分でも信じられないくらい楽しくて、自分が楽しんでいることにびっくりして
帰る頃にはすっかり彼に惚れてしまっていた
自分から連絡先を聞いて、別れた後、スキップしながら帰ってしまって、やっぱりびっくりして、こんな初めての感情が、恥ずかしくてくすぐったかった
442:
振り幅大きいな
エンジェルね、良い響きだけど頭の中でトレンディエンジェルが浮かんできてしまってどうしようもないよ
ふぅ、おめでとさん
443:
大学編13
そこからAと毎日ラインするようになった
Aは対面で話しているときはまともなのにオンラインだと振り切れていて変人という感じで面白かった
かなり激情型の私はAに惚れるのも早ければ間もなくかなり激しい好き好きアピールを開始してしまった
私はかなり幼いところがあるのでこういうときの駆け引きができず、ただ好きだから素直に垂れ流ししてしまうという状態だった
だけどAはすごく素敵な人だし、年下の私なんて相手にしてもらえないだろうな・・・とか
前にも書いたように、自分が恋愛して幸せになるなんてありえないと思っていたから
そういった不安はつねに頭の片隅にちらついてはいたものの、やっぱり好きだから気づいたら好き好き言っているという始末だった
Aは私が軽い感じで好き好き言っても真面目なイケボで好きだと言ってもなんとなくネタにしたりしてごまかしてきた
私はやっぱりこんなに急に迫ってきたらビッチそうろうだなと思われるよなあとか思いつつも、やはりやめることができなかった
滲み出てしまうものは仕方ないのである
そんなアピールを続けてしばらくが経ったある日、Aはようやく「俺も好きだよ」と言ってくれた
私は「自分はAが好き」というだけで舞い上がっていてそれだけでもドキドキして楽しくて、それだけで自分の中で完結していた
会った初日にビッチを告白していたのでまさか先に進むことがあるなんて思いもしておらず、好きと言われたときは本当の本当に舞い上がり、毬になって部屋中の壁や天井にぶつかっては跳ね返ってを繰り返してしまった
そして、告白しあってから初めて会った日、私は百戦錬磨の姐さんキャラでであったにも関わらず、緊張しすぎてティーカップを持つ手が震えて部屋中にカチャカチャカチャカチャ・・・というカップとソーサーのぶつかる音が響き渡るという恥ずかしい事態を経験した
もちろんほとんど顔も見れない状態で、沈黙さえ恥ずかしくてわけのわからないネタに走ったりしてごまかしていたのに、Aが不意に「おいで」とかやるので「は、はぁ!!!??」と大声を出してきょどってしまった
446:
大学編14
先に書いておくとこの14はのろけでしかないです!
そんな次第でAと付き合うことになった私だったが、100%幸せハッピーだったわけではない
一人になるとやはりKのことがつらくて、Aとのデートや新しく始めたバイトで日々をやり過ごしてはいたけれど、待てども待てども大学からは連絡が来なくて、騙し騙しやるのに時折限界がきては、メンヘラ大爆発を繰り返していた
私にとってAはちゃんと付き合う初めての彼氏で、とにかくもう大好きでたまらなかったので、普段はそれでごまかせてはいたけれど、やっぱり色々なことを思い出してつらくなってしまうことがあり
当初から「これを言ったら嫌われるかも」と彼氏彼女に対して遠慮する意識が希薄だった私たちは、喧嘩になっても感情をありのままにぶつけ合う方をいつも選んだ
私の過去のことで喧嘩になったこともあった
私がメンヘラ大爆発して死にたいしか言わなくなったときもあった
普段優しいAが嫉妬してヒステリックに怒ったこともあった
だけど、その度にさらに仲良くなることができた
喧嘩になることはあっても、Aはいつも「今の>>1が好き」「過去のことは関係ないよ」と言ってくれる
一度、私がKのことを思い出して鬱になり、泣きながら「死にたい」「殺して」「私ゴミだから」を延々リピートしていたら
Aの方が泣いてしまって「ゴミなんて思ったこと一回もないよ」「大切なんだ」と言ってくれた
私はそれまではやっぱりどこかAの気持ちというか、自分なんかが人に大切に思われるなんてことありえないと心のどこかで疑っていたけれど
このことでかなりAの気持ちを信じられるようになった
また、付き合っていたら自然と向き合わなければならない問題のひとつ、セ●クスに関してだが
Aと初めてセ●クスするとき、私はとても怖かった
自傷の傷を見られること
敏感な体を見て、開発されきった汚い女だと思われること
それまで忌むべき存在でしかなかったセ●クスなのに、好きな人とするとはいえ、楽しめるんだろうか
セ●クスしたら、色々なことが思い出されるんじゃないだろうか
Kにあんなことされたばっかりなのに
そんな気持ちに加えて、「はじめて好きな人とする」ことに対する、普通の女の子がもつような不安や恥ずかしさなどもあった
私は今まで散々色々やってきたのに、そんな処女みたいな気持ちが自分の中にあることが恥ずかしくてたまらなかった
だけど、そんな不安もよそに、Aと初めてやったとき、私は嬉しくて、そんなに自分が大切にされていると感じられるのは初めてで、今までずっと諦めていて二度と手に入らないと思っていたものが今ここにあるんだと思って、わけがわからなくなって泣いてしまった
それまではつらいときにするけど、嫌なもの、自分の価値が貶められるものとしてのセ●クスしか知らなかったのに
好きな人とするだけで、こんなにも喜びが得られるんだと思った
今では再び立派なセ●クス猿に戻っている
448:
>>446
なんだか読んでて気持ち良くなってくるよ
447:
やっとハッピーエンドがきたのか…
最後読んでてこっちもとても嬉しい気持ちになったよ
450:
大学編15
Aは、今まで私の心にぽっかりと空いていて、自分では埋めることのできなかった穴を、その優しい心で、ひたむきな愛で埋めてくれる
私はAの前では幼い子供のように素直になることができて、幼い頃つらいことがあって成長が止まってしまって、子供のままになっていた心の部分が、ゆっくりと人と為してもらえているのがわかる
まだボーダーさはあるし、急にパニックになって泣くこともある
Aは「ゆっくりでいい、二人で治していこう」、私が「私頭おかしいからぁぁぁ!!」と泣いても、「頭おかしくてもいいから」と優しく抱き締めて落ち着かせてくれる(もはや慣れたものである)
ずっと死にたかった
孤独で、何を叫んでも、手を伸ばしても、誰にも、どこにも届かない赤い空の荒野に迷い込み
いつまでもけしてここから出ることはできないと思っていた
つらいのに、こんなにつらいのに、今日も死ななかった、今日も死ななかった
なぜだろう、なぜこんなに嫌なセ●クスをしてまで、醜い傷を増やしてまで死ねないんだろう、生きていたって仕方ないのに、あさましい行為で生を長らえさせてしまうのはなぜ?
そう思って枕を濡らす夜がどれだけあったのかは、もう数えきれない
だけど、Aと出会って
出会い系をしても
自傷をしても
不登校になっても
カウンセラーに犯されても
生きていてよかったと思った
死ななくてよかったと思った
あんなにつらい、たくさんのことに耐えて生き延びてきたのは
Aと出会うためだったんだって心から思えた
Aは、「>>1は宝物」と言ってくれる
結婚まで本気で考えているらしい
まだどうなるかはわからないけど、私もそうなったらいいなと思っている
Kのことはまだ解決していない
待ちに待った大学からの連絡は、「今は直接の教授──生徒関係にないので不問」とのことだった
しかしそれで許すつもりなんて毛頭ない
春から始まる新生活が落ち着いたら、出るとこに出るつもりでいる
心配なこともあるけれど
今はそんな感じで大体ハッピーだ
451:
振れ幅が激しすぎて今後の展開が不安だけどハッピーなのはいいことだ
456:
そんなに愛されてお幸せ様!
生きてるっていいなって思ったよ!
457:
大学編16
今までの半生を振り返ってみると、たった四半世紀足らずだというのに出てくる出てくる黒歴史の多いこと・・・
もはや今までの人生全部が黒歴史の綴れ織りだったんじゃないか?キャロル・キングだったんじゃないか?そう思えるレベルですらある
そんな黒歴史を量産して、心理学も学んで考えるようになったことがひとつある
人の心を鏡に例えてみたい
鏡に映るものが美しいものなら、そのものは美しく、反対に醜ければそのものは醜いだろう
鏡は平らで、もののありのままの姿を映すからである
人の心はどうだろうか?
人の心はそれぞれ、生い立ちや、それまでの経験、性格、コンプレックスなどで固有の「歪み」をもっている
人の心は、外部のものや人を自分の中に映し出す点で、鏡に似ているけれど、鏡と違って「歪み」があるため、そのもののありのままの姿は映さない
ハキハキした学級委員がいるとしよう
自分の意見を通すよりも、みんなに合わせて和を保つことがよいことだと考えているおとなしい生徒は、その学級委員を「でしゃばりの仕切り屋」とみなすかもしれない
でも、体育会系の教師は、その同じ生徒を「リーダーシップのある、頼りがいのある生徒」として好ましく思うかもしれない
人の心はそれぞれ「歪んで」いて、その心に映る像は、その歪みに応じて人それぞれ異なるからである
出会い系で知り合った、ド変態のおっさんがこう言っていた
「変態とは相対的なものである」と
つまり、変態とは、その性癖が受け入れられない場合にのみ成立する概念で、同じ性癖を持ち、互いに受け入れ合うことができるパートナーとの関係性の上では、二人はもはや「変態ではない」のだと
同じことが人の心と心による認識にも言えないだろうか
私はずっと自分も、自分の過去も受け入れることができなかった
それらはずっと自分の中で「軽蔑すべき」ものであり「忌まわしき」存在だった
それは、私自身の心が「真面目」「潔癖」で「自己肯定感が低い」という歪みを持っていたからだ
そのような歪みを持っている心には、自分や過去は一つの固定された像としか映らない
だけど、別の人から見たらどうだろうか?
異なる歪みを持った心でもって、同じものを見れば、それはまた異なる像としてその人の心に映る
自分や、過去は、相対的なものでしかないのかもしれない
それは寂しいことでもあるが、一縷の希望でもある
「過去は不変のものではなく、そのときどきで意味付けしなおしていくことができる」ということの
Aと一緒なら、それができるような気がする
Aはいつでも「過去は関係ない」「今の>>1が好き」「宝物だよ」「二人で生きていきたい」と言ってくれる
同じように「歪み」を持った心でもって。
私はそれが嬉しいのだ。
458:
長かった自分語りに付き合っていただき、ありがとうございました
「黒歴史」とスレタイに書いたけれど、自分の中で黒歴史といえば、やはり高校以降の出来事たちだったので、一番書きたかったのはそれでした
思い付きで始めたけれど、自分の心を整理するいい機会になったと思います!
クソビッチって叩かれて終了だと思ってたのに、時間かかってしまったのに、みなさん気長に読んでくださって、あったかいコメントまでいっぱいくださって、本当にうれしかったです!ありがとうございます!
質問なんてございましたらお返事返していきたいと思います。
463:
お疲れ
面白かったって言ったら失礼だけど、面白かったよ
娘でもおかしくないくらいの年の子やのに、めっちゃしっかりしとるな
お幸せに
466:
>>463
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
面白いって言ってもらえたら、救われますよ、ありがとう。
>>463さんにも、素敵な春が訪れますように。
また寒くなったのであったかくしてくださいね!
465:
イメプマスターの頃はゲラゲラ笑ってたけど最後の方は胸が痛かった
幸せに過ごしてね
468:
>>465
えへへ。ありがとうございます。
またああいう伝説的黒歴史作りたいですねえ・・・
仲良くやります。ありがとう。
467:
ドラマチックな小説みたいな話だった
バイタリティーがすごいな
470:
>>467
読んでくださってありがとうございます。
実際はそんなカッコいいものじゃなかったけど、孤独とか堕落って純文学ではお決まりのテーマですね。
ありがとう。
471:
Aとかクッソ良いやつでクッソイケメンなんだろうなぁ…
裏山
478:
>>471
読んでくださって、ありがとうございます!
いいやつですよ!
人見知りすぎて全然顔見れなかったので、3回くらいデートしてまじまじ見たらイケメンだって気づいてびっくり。
まあ付き合うのに顔とか関係ないんですけどね。
473:
このまま彼と幸せになるんだぞ!
479:
>>473
幸せになります!ありがとう。
475:
凄い
あんまり年変わんないけど精神年齢高そう
あと文才あって羨ましい
お幸せに
480:
>>475
ありがとうございます。
全然子供なんですよ。
>>475さんも、笑顔の未来へ行けますように。
476:
途中から読み始めて最後リアルタイムで読めて幸せだ
ほぼ同い年で、中学生くらいまではほとんど全く同じだったからハラハラして読んでました
そして今号泣w
今幸せでよかった。
481:
>>476
わー、ありがとうございます。
私の方が、そんなん言われたら、泣いてしまいそうです。
色々あったけど、収まるところに収まったような感じです。
年が近いんですね。ほとんど同級生!読んでいただけてうれしいです、ありがとう。
477:
お疲れ様ー
今これだけ自分と向き合えていたら歳を重ねながらボーダーも落ち着いていけそうだね
ボーダーのつらさが本当にリアルで胸がえぐられるくらいつらくなる程の文才羨ましい
もう充分苦しんだんだから幸せになっていいんだよ
自ら幸せを壊すことなく、幸せから逃げることなく穏やかに暮らしていって欲しいと切に願う
484:
>>477
優しくてあたたかいコメントありがとうございます。
心に染み渡ってきて泣いてしまってます。
ボーダーは少しだけ薄くなったように思います。焦らず気長に付き合っていきたいし、今ある幸せから、今度は逃げないようにします。ありがとうございます。
482:
おつかれさん
こう言っていいのかわからんけど、おもしろかったよ
彼と仲良くな
485:
>>482
ありがとうございます。
面白いって言ってもらえたら、もうそれでいいんです。
彼と仲良くやりますね
>>482さんにも幸あれ!
488:
特別に強い生命力を持った特別な人の物語という感じはするな
でもハッピーエンドで良かったよ
489:
>>488
そのへん歩いてる普通のメンヘラリーノですよ。
ありがとう。
490:
良い意味で淡々としててとっても読みごたえがあった
22歳でこれなんだから随分とタフなハートだよね
492:
>>490
読んでくださってありがとうございます。
4万字ありました(笑)
もうちょっとしたことではへこたれません!
491:
今度はハッピーだけのスレが立てられたら良いね
493:
>>491
のろけスレとかめっちゃ立てたいです。
ネタ溜めとこう(笑)
494:
>>493
俺みたいな童貞を殺す気かな?ww
506:
こんな言葉は相応しくないかもしれないけど
読み物として相当面白かった…
Aといつまでもお幸せに
507:
>>506
読んでいただけてうれしいです。ありがとうございます。
面白いって言ってもらえただけで救われます。
ありがとう、幸せになります!
486:
リアタイで読めてよかった!お幸せにな!
47

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