真姫「私のお父さん」back

真姫「私のお父さん」


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私は、お父さんが嫌いだ。
無愛想で、自己中心的で、
一つの我儘も聞いてくれなくて、私を医者にさせることしか考えない、そんなお父さんが嫌いだ。
大嫌い。好きなところなんて思いつきもしないわ。
一度だって、お父さんと楽しく会話できたことがあったかしら。
少なくとも、記憶には、ない。
お父さんは、私に何の気持ちも、何の興味も持っていないの。
どんなに頑張ったところで、頭をなでてくれることはなかった。
暇があったら医者の勉強しろ、って言われた。
だから、いつからかお父さんには、何も期待しなくなった。
2:
「た……た、た、たすけて!じゃなくて、大変です!ラブライブ大会の日時が決まりましたっ!」
「予定通りの発表に大変なんてないでしょ…」
お決まりのトークと共に、部室に知らせが来た。
全国の最上位の大会、ラブライブ。
規模は大きく、全国のテレビ放送されるほど。
ついに、来たのね。
3:
正直なところ、実感がわかない。
お遊び半分で始めたスクールアイドル。特別才能のある人を集めた訳でもないμ's。
まさか、あのラブライブに出る事になるなんて考えてもみなかった。
全国一、か。
「2週間後、○月○日の時からです。μ'sは50番目ですね、必需品は…」
……
あーあ。
確かにこれは大変ね。
とは言っても私個人の事だけど。
4:
その日は、医療関係の偉い人たちの集まる会議とかで、お父さんに参加しろって言われてるの。
絶対に、って。家柄のためにも医者になるのにもかなり重要なことみたい。
まあ、答えは決まってるんだけど、お父さんに伝えるのは、どうにも気が重い。
……メールがあるじゃない。
5:
ポケットからひみつ道具スマホを取り出す。まきちゃんストラップ付きよ。
「注意事項として携帯の電源は…ってまきちゃんそれ伝説の初期ストラップぅ?!?!うわぁぁ、今やオークションでさえ手に入れられないというあの!」
花陽にひみつ道具ごと奪われてしまった。ちょっと返しなさいよ。
すると希に目を付けられたのか、
「ん??真姫ちゃん何か企んだ顔してるなぁ、さては盗撮??」
盗撮って…
6:
…盗撮はいいとして、企んだ顔。
考えてみればそうだ。
一応約束を破る訳だし、メールなんて卑怯というか、無礼。
顔見て伝えるべきことよね。
ズルなんて、性に合わないし、好きじゃない。
ーー
7:
「再来週のあれだけど、悪いけど行けなくなったから」
翌日の朝食。お母さんは用事があるらしく、運悪く二人きりのテーブル。
堅苦しいってもんじゃないわ。
そんな中、なるべくさり気なく、予定変更を口にする。
もっと謝罪の気持ちを込めたことを言えばよかったとは思うけど、父親相手ではどうにも無理みたい。
お父さんは、予想通り激昂した。
8:
立ち上がるなり、私を睨みつけて、
「冗談じゃない、あの会議は何が何でも参加しろと言ったはずだ、真姫!」
2つのトマトージュースが波打つ。
顔をトマトみたいに真っ赤にして、勢いよく立ち上がったせいでフラフラしてる。
興奮しすぎよ。私が少しレールからそれたからって。
「昨日決まったことで、今回だけははずせないの」
今回のが大切なのは分かるし、悪いと思ってるけど、これは絶対に譲れない。
「お前が医者になれるかどうかが決まるような会議なんだ、それ以上に優先するものがあるはずがない!」
…ある。確実に。とても大切な何かが。
9:
「さてはまたスクールアイドルなんだな?そんな中途半端なものは早くやめろと言ったはずだろ!」
……
…スクールアイドルの悪口は、μ'sの悪口は、許せない。
「それが医者の何に役立つと言う?こうして悪影響を及ぼすだけだ!将来を考えろ!今日にでもやめてこい!」
やめるなんて、有り得ない。
私に色を取り戻させてくれた、スクールアイドル。
忘れていた大事なことを、思い出させてくれた。
スクールアイドルが、μ'sが、私を支えてくれた。
スクールアイドルが私を育ててくれたんだ。
お父さんは、嫌いだ。
10:
「スクールアイドルを悪く言わないで!私は医者になるために生きてるんじゃない、私はお父さんの言いなりの人形でもロボットでもないから!お父さんなんて、大っっ嫌い!」
「おい、真姫、真姫……!」
今度は私が睨みつけて、朝食もそのままに席を立った。
考えてみれば、大嫌いと親に言ったのは初めてかもしれない。
後味悪いわね…
これだから嫌なのよ。
さっさと学校に行きましょ。
ーー
11:
「真姫ちゃん、目がトマトみたいに真っ赤だにゃー」
「き、気のせいよ」
バレた…?
「真姫ちゃん、悩みがあるなら何でも相談してね?話すだけでも心は晴れると思うから」
「凛も一緒にね!」
ふふ、良い友達ね。ちょっと、また目に来ちゃうじゃない…
でも、相談するほどのことじゃないし、ラブライブにも支障も出ないから。
「大丈夫よ、何もないから。そんなことより練習、頑張らないとね」
13:
支障どころか、いつもより頑張った。
私から頑張ろうなんて口にすること滅多にないのよ?
海未からも、
「おや、更にキレが出ていますね、素晴らしいです。」
褒められたもの。
無我夢中、なんて言葉が合うかもしれない。
14:
意地になってるのかもしれない。
多分、スクールアイドルを貶されたことと、
医者にさせる事しか考えてくれないのが悔しくて。
そうだ。
きっとそう。
だって、お父さんは私になんて興味持っていないから。
ーー
15:
ラブライブ大会の3日前、お父さんが入院した。
盲腸炎とか言ってたかしら。ふん、罰が当たったのよ。
医者なんだから病気くらい防ぎなさいよ。
医者が入院するなんて馬鹿馬鹿しい。
入院ついでに性格も治療されて帰ってこないかしら。
……
まあ、会いたいなんて思ってないけど、形式上、会いに行くべきよね。
ーー
16:
「…来たわよ、お見舞い」
そう言って、少し痩せたお父さんの脇のテーブルにトマトジュースの缶を置く。
美味しいわよね、トマトジュース。
お父さんは、来た私を見て、驚いたような顔をしたけど、すぐに安心して目を瞑った。
いつもの刺々しさが幾分和らいだ顔に見えた。
17:
「…悪いな、真姫」
お父さんが謝るなんて初めてじゃないかしら?
…弱気?
不思議と、その言葉は心に残る。
…人を治療するん側なんだから、しっかりしなさいよね。
18:
話すことなんて無いから、もう一本持ってきた缶を10分かけて空けた。
不思議と、ギスギスした沈黙では、なかった。
そして、私は何を考えているのか、帰り際に、
「明々後日、私、ラブライブ大会に出場するから」
勝手に口が喋った。
19:
自分でも何をやっているのか分からない。
どんなに期待しても返してくれないってことは、百も承知のはずよ。
また、医者になれと怒鳴られるだけ…
ぐっと心構えていると、
「…そうか」
返ってきたのは意外な返事だった。
それは、たった三文字だったけど、確かな強さがあった。
ーー
22:
「大会、がんばるにゃー!!」
「うん、また明日、ここに集合ね?」
「ええ。凛、急に抱きつかないで!」
ラブライブ前日。
明日に備えて、今日は軽いリハーサルだけをして帰ってきた。
凛、興奮しすぎよ。その気持ちも分かるけど。
23:
「明日に備えて早く寝るよかよちん、真姫ちゃんじゃあね?」
「じゃあね真姫ちゃん、凛ちゃーん、置いてかないでぇー…」
もう、凛はすぐ走りたがるんだから。
とか言ってる私も、ソワソワしてる。
全国レベルの舞台に出るなんて、想像もつかない。
大勢の人前で、格好良く踊れるかしら。
失敗せず歌えるかしら。
……ふと、昔の光景を思い出した。
ーー
24:
…見つけた。
あれは確か、小学校の一年の頃。
しわくちゃになった、赤い一輪のバラのブーケ。
ピアノの、小学生対象の大きな発表会だった。
それは、2位をとった証。
1位じゃなくて、2位の。
25:
このしわくちゃのしわ模様は、私が私でなくなった証。
私は、2位をとれたことが嬉しくて。
早くお父さんに褒めてほしかった。
喜んでほしかった。
『なんだ、1位じゃないのか!』
でも、期待は、呆気なく裏切られた。
『お前には勉強があるんだ。勉強で一番になって医者になればいい』
私は、色を失った。白黒の世界だった。
26:
私には何の気持ちも、何の夢も持たせてはくれない。
医者以外は何も認めてくれなかったから。
だから私はこれを、あるいは心を、握りつぶした。
そうして、そこにできた、しわ模様。
27:
…そのバラのブーケを今、私は取り付ける。
心を込めて。
丁寧に。
しわをなるべく伸ばさないとね。
大事な大事なラブライブ大会なんだから。
頭の紫のバラと合わせてみようかしら、新しい品種の出来上がり。
ふふっ、素敵じゃない?
ーー
33:
「1!」
「2!」
「3!」
「4!」
「5!」
「6!」
「7!」
「8!」
「9!」
「「μ's!ミュージック、スタート!!」」
34:
「1!」
「2!」
「3!」
「4!」
「5!」
「6!」
「7!」
「8!」
「9!」
「「μ's!ミュージック、スタート!!」」
35:
たくさんの人に見てほしい、私達の想いを伝えたい、そう感じた。
スクールアイドルと9人の想いを分かち合いたい。
お父さんには。 
お父さんにも。
意地を張っても、期待してなくても、見てほしい気持ちは同じだから。
私たちの事を、少しでも知ってほしいの。
お父さんにも、きっと分かるから。
全力で、踊るから。
だから、見て!輝いてる私を、きいて!
ーー
36:
私は走っていた。
気が付くと、歩いていたはずがいつの間にかね。
凛と花陽と別れてから、すぐに支度して。
手には、金のメダルと、トマトジュース。
私たちは、ラブライブ大会で優勝した。
1位。嬉しくて嬉しくて、早くお父さんに伝えたかった。
2位じゃなくて1位だって。
37:
認めてほしいの。別に医者が嫌な訳じゃないんだけど。
ずっと殺してきた感情だったけど、認めてほしくて、褒められたいから。
思い出した感情だから。
そして、息を切らしながら病棟に入った。
…頭には、紫のバラと、赤色のバラが。すっかり忘れてたわ。
39:
ーー
病室の前に、人がいる。知っている人がたくさん。
お母さんや、和木さんまで。
え?
え?
え?
何?
何があったの?
40:
何十人いるのか分からない人を思い切り押して突っ切る。
目に入ったのは、未開封のトマトジュース缶、そして、
34
モニターに出た数値。
心拍数、のはずがない。
なぜなら盲腸炎なのだから。
41:
有り得ない、間違いだ、機械の故障か何かだ。
早く取り替えて、直してよ、こんなのやめて
「ねえお父さん、しっかりしてよ!何かの間違いでしょ?盲腸炎でしょ?」
病名を偽るなんておかしいから。
お人形でしかない私に嘘をつくなんておかしいから。
気を使う必要なんて、ある訳ない…
42:
いくら嫌いなお父さんでも、死ぬなんて、有り得ないから…
「……悪、いな、真姫…」
つい3日前、謝られた事を思い出した。
そしてまた、謝られた。
それは、なんの事に対して謝っているのか、私には分からない。
全てに対して、なのかもしれない。
43:
「謝らないでよ、何で謝ってるのか意味わかんないからっ…」
両手で握り締めた左手が徐々に冷たくなっていくのが分かる。
「待って、言うこと聞かなくてごめんなさい、大嫌いなんて言ってごめんなさい、お医者さんになるために勉強するから、何でも聞くから、良い子にするから死なないでよお父さんっ!」
「…お前は、良い、娘だ……」
お父さんは力を振り絞って手を私の頭にのせて、撫でてくれた。
その手は、興奮する私をなだめるようだった。
45:
指は、赤いバラに触れられた。
「……優勝、おめでとう……」
「もっと叱ってよ…いつもみたいに怖い顔して、ねえ、パパっ……」
「……よく、頑張った、な…偉いぞ…」
「…ぁっ、ぅあ…パパ……っ」
「応援、して……る………」
パパは、穏やかに、笑った。
まだ見たことのない、もう見ることのない、優しい笑顔があった。
46:
ふと、ベットの上にあったパパの携帯が目に入る。
画面では、さっきまで大会を生放送してたチャンネルがラブライブ特集をしてる。
その携帯には、伝説のまきちゃんストラップが、付いていた。
「…パパっ…パパぁぁっ……」
どうやら、私は勘違いをしていたようだった。
パパは、私を見ていてくれた。
私の事を考えていてくれた。
47:
怒鳴りつけても、行動を制限しても、そこにあったのは確かな愛情だった。
自己中心的に見えることでも、私の為を思った事だったのかもしれない。
1位しか認めてくれない事も、堅いなりの考えだったのだ。
きっと、不器用なだけだったのだ。
私に不器用さが遺伝してるわね。
そして、勘違いがもう一つ。これもまた不器用の一種かも知れないけど。
そんな、不器用で、人を傷つけてしまうような、パパを、私は。
私は。
「パパ、大好きよ」
48:
ーーー
ーー

私は今、医者をしている。
パパに認められて、かなり迷ったけど、でもスクールアイドルにこだわる事に決めたから。
それに、元はどうあれ、医者になりたいと思っていたのには違いない。
パパも喜んでるでしょうね、なんて。
毎日充実した日々を送っているけど、μ'sに出会わなかったら、きっと、寂しい人生だったんじゃないかしら。
μ'sには、本当に感謝してるんだから。
ありがとう、μ's。ありがとう、スクールアイドル。
言っても、それを忘れるつもりも忘れられるはずもない。
49:

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