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モバP「うちに駄サンタが居る」


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モバマスSSです。
地の分を含むのでご注意ください。
更新不定期。
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2: 以下、
『サンタ見つけた』
サンタクロース。
こう、子供の夢を乗せて真冬の空を駆けずり回る例のあのお方だ。
年に数回の出勤で暮らしていけるとは羨ましいやつめ。
そのサンタクロースが転がっていた。
比喩ではなく、本当に。
真っ赤で微妙に露出の激しいサンタが道路の端のアスファルトの上を転がっていた。
汚れにやや煤けたような白の髪。
顔つきは見えないが、どう見ても日本人ではないだろう。
俺は部屋の端に置きっぱなしだったぱんぱんに詰まった燃えるごみの袋を捨てに出して、カラス用のネットを掛ける。
なんとなく軽く手を払い、横たわりぴくりとも言わないサンタの横に膝を突く。
「成仏しろよ」
「わ゛だじ、し゛ゅ゛う゛ぎょうぢがいばずぅぅぅ!」
生きてたのか。
3: 以下、
『冗談のセンスを疑う』
虚ろな目をした女サンタだった。
顔を上げた女は顔立ちこそ整ってはいたが、頬に大量の小石を貼り付けていた。
「ひでぇ顔だ……」
「真剣な面持ちで言うことがそれですかぁ!?」
半泣きのサンタが若干目を血走らせて叫んだ。
白の髪と黄金色の瞳が相まって割りと本気で恐い。
微妙に頬がこけているのが、その怖さに拍車を掛けていた。
「……悪い。良く見れば俺が子供の頃に涎掛けにしていた経年劣化で微妙に色の悪い等身大ピカ○ュウぬいぐるみのような愛嬌のある顔立ちだな」
「馬鹿にしてますぅ! 行き倒れにだって人権があるんですよぅ!」
俺の襟首を引っ掴んで揺さぶってくるサンタ。
おかしい。ちょっとした場を和ませるジョークのつもりだったんだが。
4: 以下、
『ド畜生』
「で、なんでこんなところに倒れてんだ」
「……いや、それは聞くも涙、語るも涙のそれはもう」
女が時期を間違えただか国を間違えたとかサマーなんたらと矢継ぎ早に話す。
ふと、タイマーで炊いた米がそろそろ炊きあがる時間なのを思い出す。
「悪い、飯食ってからでいいか。まだ朝飯食ってないんだ」
「……あの、私もう何日もお水しか口にしてないんですけど」
「知ってた」
「う゛ぅぅぅぅぅぅ!!」
殆ど本気で泣きながらキレ、再び俺の襟首を掴もうとしてやめ、平手でアスファルトを叩き始める。
どうやら怒りのやり場が見つからないらしい。
5: 以下、
『プライドバイバイ』
「捨てないでください」
「誤解を招きそうなことを言うのはやめろ」
俺のズボンの裾を引っ掴み動く姿勢を見せないサンタ。
流石に性格が悪いことに自覚のある俺でも無理矢理引きずるのは選択肢にはない。
「このままじゃお兄さんの捨てたゴミを漁って残飯を漁るかご飯を食べさせてくれるような弱みでも探してしまいますぅ」
「プライドはないのかプライドは!」
「……プライドでご飯は食べられませんでした」
サンタは真顔だった。
夢を配る仕事とは一体。
少なくとも子供には見せられない気がした。
6: 以下、
『本気で飢えると人は凶暴になる』
……うっそだろ。
気づけば小分けして冷凍保存でもしておこうと思っていた五合も炊いておいた米が一粒も釜には残っていなかった。いや、別にまた炊けばいいのだが、とてつもない食欲だ。
コップを二つ出して、麦茶を注いだそれを一つ差し出してやる。
「はふぅ。ありがとうございますぅ?。お兄さんは私の命の恩人ですねぇ?♪」
「誰だよお前」
「お腹が満たされて心に余裕が出来ましたぁ?」
そこまで飢えた経験は流石になかった。
だが、ニコニコと笑うサンタを見ていると毒気が抜かれる。
7: 以下、
『サンタジョーク』
「この熱いのにその暑苦しいサンタ服はどうにかならんのか」
時折麦茶を口に含みながら半眼でサンタを見やる。
サンタは顎に左手をやるとなにやら考えこむ。
「私からサンタ要素抜いたらなにが残るんでしょう?」
「やめろよ。真顔でそういう話題振るの」
「こう、なんというか水物というか、期間限定なお仕事なのでその季節以外だと結構疎外感がありますよねぇ」
「そのサンタあるあるみたいなのをサンタじゃない俺に言われても困るんだが」
「こう、普段から街でも「えっ、なんでサンタ……?」みたいな視線を時折……」
「お前それ、私服だったの……?」
「なーんちゃって♪ 冗談ですぅ?♪」
……。
…………。
「麦茶のおかわり俺のと一緒に入れてくるぞ」
「わー。ありがとうございますぅ」
入れるのはダバスコ、マヨネーズ、粉末緑茶と……あとなににするか。なんかあったっけ。
14: 以下、
『口がひりひりしまふぅ……』
「ひろいれすっ! ひろいれすぅ!」
「一軒家だからな。広さはそこそこあるな」
「辛いって言ってるんれすぅ!別に一軒家自慢されたかった訳じゃらいれすぅ!」
違うのか。
瞳に涙を浮かべてテーブルをダンダンと乱打するサンタ。
といか、明らかに麦茶に赤いのが浮いてても飲んじゃうのか。飲食物の扱いは慎重にせねばならぬというのに。これも職業病の一種だろうか。
ぼんやりと視線をテレビに向けると、何時も通りウサミンハートウェーブをぴるりるさせながら天気キャスターの仕事を全うしていた。
「あぁ、ウサミン、ウサミン世界一可愛いよ」
「うわっ、真顔で言われると結構気持ち悪いですぅ……」
「……」
おのれ小娘め。
小娘には分からんのだ。ウサミンの可愛らしさは地球規模ではないというに。
「え、えと。言い過ぎました。そんな泣きそうな目で見ないでくださいよぉ……」
気持ち悪いのは自覚があるからいい。別に傷ついてなんていないのだ。
15: 以下、
『熱狂的なウサミン星人』
「あのウサミンさんってアイドルさんなんですよねぇ」
「今世紀最大のアイドルだな」
「別にそこまで聞いてないです」
「タペストリーとかタオルとかポスターも買ったんだ。こういうのの置き場所に困らないから一軒家は最高だよな。引っ越した甲斐がある」
「まさかそんなことのために!? そんなことのために一軒家に住んでたんですかぁ!?」
なにを今更。
「そんなにウサミンさんっていいものなんですか?」
「……俺が当時十七歳で当時のウサミンが十七歳の頃から追いかけてるからな」
「……んぅ? でも、さっきの自己紹介でもウサミンさん十七歳って……」
「そりゃお前、あれだろ。サンタが子供の夢を運ぶのと一緒でウサミン星人は大人になってしまった子供の願望と意地の体現なんだよ」
「な、なんだかウサミンさんが凄く立派なお方に見えて来ましたぁ」
「だろう?」
粉末茶をお湯で溶いて喉に流し込む。
今日もウサミンが可愛いので世界は平和である。
16: 以下、
『サンタの飼い方、育て方』
「というか、お前、これからどうすんだ」
「……ど、どうしましょう?」
俺から露骨に視線を外してぷーぷー吹けない口笛を吹くサンタ。
こいつ微妙に白々しいな。流石の俺もこのまま投げ出すには少し気を許しすぎだ気がする。
そして、このサンタ、この手の展開を期待しているような気がしないでもない。
追い出せば普通に出て行くんだろうが、なんか嫌だ。後味も悪いしもやもやする。
「……ふむ」
サンタの頬に触れ、軽く引っ張る。
「いふぁいれふ」
顔立ちは悪く無い。いや、全然良い。
問題は肉付きが良くないことか。これは食生活の問題か。別に痩せている分にはいいのだが、不健康レベルだとちょっとな。肉、肉を喰え。クッキーとか歌詞ばっか喰うのは論外。
「飼ってみるか、サンタ」
「すっごい犯罪的なセリフですねぇ……」
「サンタの飼い方、育て方とか本屋に売ってないかね」
「どういう需要の本なんですかね、それ……」
世の中以外とそんな需要ねーよというものに限って需要があるものである。
17: 以下、
『サンタは丸洗い出来ません』
「とりあえず風呂だな」
「……なるほど。私の裸体をじっくりと鑑賞したいと?」
「女の子用の子供服と俺のジャージの予備くらいしか着れるものないんだが、どっちがいい?」
「うぅ。……無視ですかぁ。じゃあジャージで。……ん!? 子供服!? なんで子供服があるんですか!? お兄さん子持ち!? 嘘、年齢的にはおかしくはないですけど! ですけどぉ!」
うるさい。
ジャージを喚くサンタの手に押し付け、脱衣所に押し込む。
ふと、サンタの座っていた椅子に目をやると、小石やら砂やらが散乱していた。
……そうだよな。こいつアスファルトに転がってたんだもんな。
最初に風呂に放り込んでおくべきだった。失敗した。
ということはあっちもか。
扉の奥からシャワーの音が聞こえる。
脱衣所に放ってあるサンタの汚れた衣服を纏めて洗濯機に放り込む。
……いや、この服って丸洗いしていいのだろうか。触ってみた感じナイロンっぽかったので多分大丈夫だと思う。
念のため、おしゃれ着用の洗剤を放り込んで洗濯機をスタートさせる。
その時だった。
浴室の扉が勢い良く開き、濡れた銀色の髪が視界一杯に広がった。
「う゛ぅぅー。おにいざぁーん、石鹸が小さくて上手く泡立たないですぅ! 新しいせっけ……ん?」
最初に真っ白な髪と肌に目が行った。
黄金色の瞳が見開かれ、洗濯機のボタンに手をやったままの俺を視界に入れて固まる。
「……」
「……」
「これは、大当たりを引いたか?」
想像以上だ。磨けば光るとかそんなレベルではない。
エロいとかそれ以前に綺麗だと感じた。
「あの、女の子の裸を見て、その反応っておかしいですよぉ! おかしいですよぉ! ホモですか! ホモなんですかぁ!?」
「やっぱりイケるな」
「……いや、イケてもそれはそれで問題というか、その……ちょっと困りますぅ……」
サンタはすすすと後ろ足に下がると浴室の扉に体を隠しながら頬を染めて、こちらを半眼で見てくる。
お前は一体なんなんだ。
22: 以下、
『三秒スリーピング』
「とりあえず服か」
とろあえず衣類がないとマトモにこいつ出歩けんぞ。
事が済んだらサンタ服は暫く封印だな。目立つのはいいのだが、それで我が家を出入りされるとちょっと困る。
「……面目ないですぅ」
テーブルにぐでんと項垂れながらぼやくサンタ。
うぅむ、寛いでやがる。
「いへぇ、にゃんかお腹一杯になってお風呂入ったらにぇむくなってきまひは」
「いやいや、ここでは寝るなよ」
「……すぅ」
「……寝るなよ?」
反応がない。うっそだろお前。寝付き良すぎだろこいつ。
23: 以下、
『ウサミンパワー(♂)』
二階に上がるとすぐにブルーの札のついた部屋が真向かいにある。
やや殺風景というか、個人の部屋にしては物が少ない。まぁ、この部屋の存在自体がだれかさんの「逃げ場」であることにも関係あるのだが、それは今はおいておく。
タンスから布団を引っ張り出してベッドに敷く。
そして次が本番、この爆睡サンタをなんとかして二階まで持っていかなければならない。
俺にありし日の若さと力を貸してくれウサミン。
完全に脱力した人間ほど運びにくいものはそうない。
腕の中で完全に伸びているジャージサンタを見てそう思う。
階段一歩一歩を踏みしめる脚が重い。
膝が軋むような重み。……大丈夫、まだだ、まだいけるはずだ。
だからこそ、階段を登り切った時にある種の達成感を感じた。
「やりましたねぇ! お兄さん!」
「あぁ!」
『いぇい!』
パチンと小気味良い音が響いた。
俺に抱かれたまま瞳をぱっちりと開いていたサンタとハイタッチを交わす。
多分生まれて初めて年下の女性に拳骨を落としたと思う。
起きてるなら運ばせんな!
24: 以下、
『理不尽すぎる妄想の押し付け(イヴ)』
「つぅぅぅ?! あ、頭が割れるかと思いましたぁ?」
……ちょっと起きにくかっただけじゃないですかぁ。
あんなに怒らなくても……。
少しだけ不満を垂れながらお兄さんに言われた部屋へと向かいます。
と、言っても階段のすぐ前なのですが。
指定された部屋には「ありす」と書かれた青のプレートが下がっていました。
え、えっと……?
多分部屋は間違っていないはずです。ノックをしても反応がないので部屋に入ります。
中は少しだけ物が少ない……?
そんな印象を受けます。ベッドの上には小さめの枕が一つ。
布団に潜り込み、私が使うには少し小さな枕を抱きまくらにしてぼんやりとしていると、ふとお兄さんが子供服について言っていたことを思い出しました。
ありすと書かれたプレートと子供服。そしてこの小さな枕。
その想像は天啓の如く、稲妻の如く私の頭に浮かんできました。
「妻と娘に先立たれた男は日々を怠惰に過ごしていた。男はまるで心のどこかが欠けてしまったように何事にも関心を寄せることが出来なくなってしまっていた。だが、ある日のことだった。男は路上で倒れる白髪の美しい少女を見つける。少女に目を奪われた男は少女を家に連れ帰り、いつしか共に生活するようになる。男は少女と生活を共にするうちに徐々に心を開き、過去の傷を癒していく。そして、しょ、少女はそんな男に心を、こ、心を惹か、惹かれて……惹かれ……くふゅっ……きゃ、きゃー!」
……。
…………。
「な、なるほど! お兄さんには少し優しくしてあげましょう?」
33: 以下、
『寝顔は可愛い ※その他の項目は評価に含まないものとする』
正直、今日は朝から疲れた。これもみんなサンタが悪い。
二階のベランダで洗濯物をぼんやりと干しながら考える。
振り返ればガラス越しに枕を抱いて爆睡中のサンタの姿が目に入る。
正直な話、無理もないのだ。
食べずに寝る場所もない生活などそう保つものではない。
明日の朝まで眠っていても俺はなにも驚かない。
「……まだまだ早いか」
急く必要も理由もない。
放置すれば明日の朝には居なくなっているかもしれない子だ。
最良の状態で迎えられればそれで良し、そうでなくても構わない。誘導はするが強制はしない。
空になった洗濯籠を抱え、部屋に戻る。
端のベッドではサンタが未だ眠りこけている。
部屋から気づく位置にサンタの服を干したので、乾いたら勝手に着替えるだろう。
「……ぅにゃ」
なぜかにへらと口元を緩ませたサンタがごろんとこちらに寝返りをうつ。
そんな姿でも愛らしく見えるのだから美人は得なんだと思う。
「……おに、しゃん」
呼ばれた気がして振り返るが、未だサンタは眠りの中。
……気のせいか。
「らめ、れすよぅ。わらしはむしゅめ、しゃんのかわりじゃ……ほんろにらめれすよぅ。……ゃんゃん」
こいつ、どんな夢見てやがる。
……とりあえず買い出しにでも行ってくるかな。肉、肉と栄養がこやつにはが足りぬのだ。
34: 以下、
『囚われありすと悪い大人(ありす)』
優しいことと甘いことは別である。
そんなことは子供の私でも知っている。
ただ、その甘さを誰も求めないのかと言うと、それもまた、きっと別の話。
それは期限付きの世界。
私がいつか大人になるまで、私がいつか邪魔になってしまうまでの儚い世界。
だからこそ、私はその世界を侵食してきたソレに心のどこかで怯えている。
ソレは私の部屋……まぁ、正確には私の部屋とは言えないのですが。のベッドで幸せそうな寝顔を浮かべて眠りこけていました。
「……綺麗な人」
雪のような髪と素直そうな顔立ち、そして柔らかい表情。……今はちょっと、いえ、大分だらしない表情の方に傾いてますけど。それを差し引いても美人さんであることに疑いはありません。
……いつか、こんな日が来るかもしれないと思っていました。
でも、それはすぐではないと思っていた。
あの人は重度のウサミン星人を患う安倍菜々追っかけという深刻すぎる弱点を抱えているので異性からは見向きもされない。そういう生き物なんだと思っていました。
どう見ても彼女と私には共通点なんて一つもなくて、どうしようもなく情けなくなって。
35: 以下、
『ひ、引き止めてくれてもいいんですよ?(ありす)』
ぼんやりとした足取りで玄関を出る。
少しだけ背伸びをして鍵を閉めた。私の掌に乗る合鍵をぼうっと少しだけ見つめてから掌を握りしめ、バックに放り込む。
まだだ、まだ私の世界は壊れていない。
振り返り、一歩を踏み出そうとした時、大きな影が私を包んだ。
「……おっ、来てたのか」
両手にビニール袋を下げたあの人が気の抜けるような声を出した。
「……いえ、もう帰ります」
「そうか?」
ちょっとだけ首を傾げた後に、私の言葉をなんら疑うことなく彼はドアノブに手を掛ける。
「そうだ、ハンバーグ作るんだけど食ってくか?」
再び帰路に着こうとしていた私の足が止まる。
「……友達の家でご飯をご馳走になるのは普通ですか?」
「普通だな」
「……そうですか」
「……友達の家に私の部屋があるのも普通ですよね」
「普通じゃねぇよ。人の部屋を勝手に占領して改造すんな」
「……」
「……」
「……『兄さん』がどうしてもと言うなら夕飯作りくらいは手伝ってあげない、こともないです」
「じゃぁ、手伝ってくれ」
「……しょうがない人ですね」
ウサミン星人で意地も悪い癖になんで、なんでこんなに気づく人なんだろう。
……この合鍵、返すのはもう少し先でもいいですか?
38: 以下、
『夢追い人の案内人』
前を向いて歩いて行く人の姿が好きだ。
強い芯を持った人に憧れる。
ただ、先を見据えていることと前を歩いて行くことは別のことではないかとその時の俺は思ったのだ。
そんな気持ちを抱いてこの業界に飛び込んだ気がする。
誰にだって相性がある。苦手な人間も相性の良い人間も居る。
俺に青年時代に願ったあらゆる原石を磨く才能はなかった。
だから、絞ったのだ。情景と理想に燃えるような、火を灯し、燃料をくべれば走り出すような、そんな俺の理解の及ぶ、思考の近いアイドルたちに。
だからこそ、「アイドルには興味なかったが、将来は歌や踊りを仕事にしたい」と面接で言い放った幼い少女に不合格の判を押すことに躊躇いはなかった。
憧れからスタートした人間である俺では彼女を扱いきれるとは思えなかったからだ。
例え、輝くものが見えていたとしても、だ。
そんな彼女と帰り道が重なったのは偶然。
言葉を交わし、少しだけ彼女が理解出来て、繋がりが出来た。
……まさか兄呼ばわりされて我が家を侵食されるまでになるとは思わなかったが。
だが、もしも、もしも彼女がいずれ彼女自身で始まりの楔を打ち付けたのなら、その時はーー。
39: 以下、
『ささやかな抵抗、あるいは置き土産』
「送っていかなくてもいいのか?」
「必要ありません」
ふい、とそっぽを向いて歩き出すありす。
なんというか、基本的にお互いに我が強いので基本的にどちらかが折れることになる。
少しずつ、少しずつありすの影が小さくなっていくのを見届けてため息を一つ。
「……あの年頃は難しいな」
男みたいな扱いやすいアホさがないというか、完全無欠の思春期というか。
みみみん!みみみん!言ってるだけで楽しい俺とは精神構造からして違うらしい。
ふと、ガゴンッ!っと凄い音が聞こえた気がして、小走りで玄関に戻る。
『いだぁっ! みぎゃ、みぎゃにゃぁぁぁぁ!』
二階から想像を絶する悲鳴が聞こえて割りと本気でビビる。
慌てて二階に登ると、サンタがなぜか後頭部を押さえながら床を転がっていた。
「……鬼、鬼れすかぁ。寝てる人の口の中にミントガム入れることないじゃないですかぁ。起きた時に辛さが一気にぶわぁぁぁって! ぶわぁぁぁぇって!」
なに言ってんだこいつ。
「ガムなんてお前の口に入れてないぞ」
「こんなことしそうなのお兄さんしか居ないじゃないですかぁ!」
「泥棒が忍び込んでお前の口にガムを放り込んでいったんだろ」
「どんな泥棒ですかっ!」
「じゃあお前が寝ぼけてそこらのものを手当たりしだいに口に入れたんだろ」
「それなら私の手に届かない高いところに置いておいてくださいよぉっ!」
幼児か。というか、お前はそれでいいのか。納得しちゃうのか。
40: 以下、
『一欠片の羞恥心』
「……あの」
「どうした?」
「外、真っ暗なんですけどぉ……」
「そりゃ、夜だからな」
窓越しに外を覗く。夜空は未だに少しだけ灯りを灯している。
あいつ、無事に帰れたかな。後でメールでも送っておくか。
「……なるほど、なるほどぉ」
サンタは腕を組んでうんうんと頷く。
……一体なにを納得しているのやら。ろくでもないことなのは分かる。
「とりあえず、お前、寝癖が大変なことになってるのは分かるか?」
一瞬だった。
手近にあった薄手の毛布を引ったくると、サンタはぐるぐるとそれを自身の頭に巻きつけた。こいつ、隠しやがった。
「……寝癖が、なにかありますか??」
「お前、羞恥心とか美意識とかまだ残ってたんだな」
「ひっ、酷いっ!?」
全身だぼだぼの男物のジャージで頭にターバンの如く毛布を巻きつけてるお前の姿の方が酷いよ。
41: 以下、
『慈愛の精神(偽)』
「いえ、分かってますよ。見える、見えます。お兄さんの心の傷が!」
俺がこの間ウサミンの特典付きCDをkonozamaされたことを言っているのだろうか。
だとしたらなかなかに鋭い。転売屋は死ぬがよい。
サンタはふっ、と地味にイラッとするようなため息を吐き、掛け布団を軽く持ち上げる。
「さっ、どうぞ! いえ、寝かしつけてあげます! こう、焚き火に飛び込むうさぎのような自己犠牲の精神ですぅ」
入れと、入れと言うのか。この毛布ターバンの全身だぶついたジャージ女と一緒の布団に。
というか、焚き火に飛び込むうさぎってお前は月のうさぎか。というか、最後普通に死ぬじゃねぇか。
死ぬような覚悟で寝かしつけるってそんな俺が嫌か。
「そ、そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃないですかぁっ!? こう、半分、半分冗談ですけどそんな微妙な顔されると私だって傷つきますよぅっ!」
なにがしたいんだか、なにを考えているのかさっぱり分からなくてそろそろ恐くなってきたぞ。
45: 以下、
『眠れない夜には(イヴ)』
我ながらぎゃーすかぎゃーすか騒いだ一日だった気がします。
そっと瞼を閉じると少しだけ熱を帯びていた気持ちが落ち着く。
「……楽しかったなぁ」
じゃれあいのような時間が酷く早く過ぎていってしまったような。
急に独りきりがどうしようもなく寂しくなる。
来るはずの眠気はとうに消えてしまっていて、眠れないことを悟りました。
ベッドから立ち上がり、階段を降ります。
リビングに入ると、お兄さんが眠たそうにうとうととしながら歯ブラシを咥えていました。
「やっぱ寝付けらいら?」
眠たそうな瞳をこちらに向けて歯ブラシを咥えてもごもごと喋るお兄さん。今ならちょっとだけ愛嬌がある気がします。
「……よく分かりますねぇ」
「あんらけ寝れららな」
お兄さんはのっそりとテレビを点けるとなにかを持って私に近づく。
「きゃぅっ!」
気づけば私の首にはヘッドフォンが掛けられていて。目の前には籠。その中には一杯にDVDやらBDが詰まっていました。あ、ウサミンさんのがある。
「暇ぐらいは潰せるらろ」
今にもばったり倒れて眠ってしまいそうなほど眠そうなお兄さんが口を濯いでから部屋を出ていこうとする。
「……え、えと! お、おやすみなさい!」
お兄さんは僅かに身じろぎしたように見えた。
「あぁ、おやすみ」
その声は少しだけ優しい響きを伴っていたような、そんな気がする。
46: 以下、
『上級者用目覚まし』
目覚まし設定しているメルヘンデビューで目が覚める。
朝メルヘンで今日も絶好調である。
欠伸を噛み殺し、上体を起こす。
パジャマのまま部屋を出て、リビングに入るとサンタが転がっていた。
すかーすかーと安らかに寝息を立てながらカーペットに涎の染みを作っている白髮少女になぜか謎の安心感を覚えるのは俺のなにかが汚染されてしまっているのだろうか。
寝室から持ってきた薄手の掛け布団をサンタに投げ込む。
顔まで布団で埋もれた気がするけど、まぁ、大丈夫だろう。死にはしない。
散乱するディスクを片付け、プレイヤーに入っているディスクも回収する。
トレーに乗って出てきたディスクを見た時、少しだけ驚いた。
ディスク自体は無地のもので、俺がかつて自分で焼いたものだ。
無地のディスクには『依田芳乃 Vol.3』と黒のマジックで書き殴られていた。
ーーーわたくしにとっての契約とは非常に重きものでしてー。そうですねー。そなたが全てを投げ出してしまった時には、そなたを貰い受けることにしますー。穢れを弾く魂とはー、非常に稀なものでしてー。
どこかからアホな声が聞こえた気がして慌ててかぶりを振った。
54: 以下、
『違う、そうじゃない』
あっと言う間に終わった束の間の休み。
リビングでダウンしていたサンタに簡単な置き手紙を置いて、俺はこの世知辛い社会に舞い戻った。
「どうやらなにか良きことがあったようでしてー?」
「……どうだろうな。良いのか悪いのかはまだ保留かね」
車の後部座席にはどこか核心を得たようにことを尋ねてくる少女が一人。
依田芳乃。俺にとって最も付き合いの長いアイドルだ。かれこれ五年以上前になるだろうか。現在十六歳である。ちなみに出会った当初から十六歳である。
『むー、そなたでしたかー。わたくしを探していたのはー』と尋ねてきた芳乃はその時から全く姿が変わっていない。うっそだろと今でも思う。
確かに俺は永遠の十七歳こと安倍菜々大好きな追っかけウサミン星人である。でも、微妙に違くね? ウサミンの魅力は水中で必死にしゃかしゃか足を動かす水鳥的要素も含まれるはずだ。だが、芳乃がばたついているところを見たことがない。余裕しかない。確かにウサミンに焦がれている俺だが、芳乃は惜しいけど微妙に違くね? いや、まさかとは思うが本当に十六歳から時を停めてるとかそんなんじゃないよな?
55: 以下、
『わたくしのそなたなのでしてー』
「なるほどー。そなたはまた待っているのですねー。そなたの気の長さにはわたくしも少しだけ驚愕でしてー」
こくこくと、首を小さく上下に振る芳乃。
「鉄は熱いうちに打てという言葉もありましてー?」
「……まぁな」
分かってはいるが、許容は出来ない。
良いと思った子が居るならばチャレンジしてみるべきでは、と言いたいのだろうがそれにはまだ早すぎる。……早すぎる早すぎるといってありすなどは既に年単位で経っているのだが。……俺はもしかしてただのアホなのだろうか。
「しかし、わたくしが居るだけでそなたは安泰なのでしてー」
「凄い自信だな」
「そなたにとっての一番はわたくしなのでしてー。積み重ねた時間は自信になるのでしてー」
「ウサミン愛してる」
「……既に色の付いた魂を塗り替えるのは想像以上に大変なのでしてー。わたくしー。だるーん」
ミラーを覗くと和装の芳乃が全身を脱力して首を垂れていた。死体みたいで割りと本気で怖い。
56: 以下、
『俗世に呑まれよ!(人の世もそう悪くないものでしてー)』
「そなたー。そなたー」
「どうした?」
運転中に後ろから肩を揺さぶるのはやめろ。
事故って死ぬぞ。
……お前が死ぬビジョンだけは全く浮かばないけど。絶対死ぬの俺だけだよな。
「そなたはいつになったら折れてくれるのですかー?」
「お前って時々凄いこと言うよな」
「折れてしまえばそなたはわたくしのものですのでー」
「生涯現役って憧れるよな」
「最初はそれほどでもなかったのですがー。わたくしもけがれが溜まってしまったというべきでしょうかー? なかなかどうして、悪くないものでしてー」
「なにがだ?」
「歪まぬものもー、永遠の信仰も存在しないのでしてー。しかしてー。百の幸せを願わずに、一の幸せを祈るのもー、そう悪くないのものでー」
「済まん。日本語か熊本弁で頼む」
「地に堕ちた信仰は世界に漆黒の帳を降ろし、彼の者を新天地に誘うのでしてー。煌めく魂を欲する彼の者は人の世に新たな理を築くと同時に彼の者は煌めく魂に近づき輝けし芽と欲望の芽の両方を芽生えさせたのですよー」
なんでだよ。なんでそっちの言語チョイスしたんだよ。
63: 以下、
『当たり前のようで、難しいこと』
「わたくし、依田芳乃(よりたよしの)とー」
「私、古澤頼子(ふるさわよりこ)がお送りする脱線混沌バラエティラジオ、「より×2」。今日もゆったりと始まります」
硝子の奥では一人の少女ともう一人の少女にしか見えない十六歳がマイクに声を当てている。
頼子の視線がこちらに一瞬向く。小さく頷いて見せると、向こうもまた小さく頷く。
誰しもが得意不得意がある。
その中でも一部の人間だけが持つ突出したもの、それを才能と呼んだりする。
頼子の持つそれはありふれたものでありながら、非常に純度の高いものだった。
時間を与える。
必要なだけの時間を。それでいながら手持ち無沙汰にならないだけの俺で先読み出来るもっとも先の仕事の情報を与える。
それだけで自然と自信と経験を蓄えていく。
時間を与えれば必要なだけの、必要以上の仕事の含蓄を備える。先の情報を与えればまた次の仕事の時には十全な知識を備えてくる。今回の様に誰よりも早くスタジオに入り、人間関係の調整もこなす。
だから与えるのだ。常に彼女がそのポテンシャルを活かせる舞台を。
彼女の中の良い流れを崩さぬように。肩の力を抜いて力を発揮出来る場所を。
64: 以下、
『脱線混沌バラエティラジオ「より×2」』
「ふむふむー。今日も始まってしまったこのラジオー。わたくし今日はいまいち乗り気ではなくてー」
「……あれ? そうなんですか」
「こう、安倍菜々に一戦吹っかけたい気分といいましょうかー」
おい馬鹿やめろ。
そう声が出かけたのを意地で止める。
「なるほど。性質が被っていると。十六歳と十七歳ですから」
「……大体、そんな感じですのでー」
違うだろ。お前、ウサミン成分ありそうで実は皆無だろうがおい。
というか瞬時にその結論に至る頼子が凄い。
「ちなみに私も十七歳なんですよ?」
「それなら頼子、年上ですしー。これからは頼子『さん』とお呼びするのでー?」
「……私もこちらの世界に身を置いてようやく一年という若輩ですから、今回ご遠慮させて頂きますね」
「今日も頼子は華麗に躱すのでしてー。これも芸能界にけがされてしまった悲しい後輩なのでしてー。第一回放送時の初々しさはいずこへー?」
「一体なんのことでしょうね。ふふっ」
口元に手を添えて頼子が小さく笑った。
65: 以下、
『脱線混沌バラエティラジオ「より×2」(2)』
「さて、早事務所の先輩から可愛がって貰っている私ですが、今日は早お便りが来ています」
「さらっと毒を吐く後輩にわたくしは驚愕せざるを得ないのでしてー。して、便りの内容はー」
頼子は一枚の封筒を取り出し、丁寧に広げていく。
「前回芳乃さんのコーナーで失せ物探しをお願いされていた方ですね。ラジオネーム「恋するCocoonさん」」
「ほー。前回は逃げ出してしまったモノの行方でありましたかー。その時はわたくしむむむっーっと頑張りましてー」
「モノ?ペットじゃありませんでしたか?しかし、どうやら無事に見つかったようですよ」
「それはなによりでございましてー」
「はい。それでは読み上げますね。「前回はありがとうございました芳乃さん。お陰様で逃げ出したモノをきちんと回収することが出来ました。もう二度と手放さないようにします。真っ赤なリボンをしっかり結びつけて。運命だと信じるだけではダメですね。きちんと自分で結びつけておかないと。差し当たって、なにか気をつけることはありますか?」……だそうです」
うん。……うん? なんか微妙にズレてる?
66: 以下、
『脱線混沌バラエティラジオ「より×2」(3)』
「まずは「恋するCocoon」さんー。何事もなく見つかったようでなによりでしてー」
「そうですね。この真っ赤なリボンというのも派手で目立つ目印になりますし、良いのではないでしょうか。流石に首輪の代わりにはならないかもしれませんが」
「きっともう首輪も付いているのでー。問題はないかとー?」
「そうですね。両方付けておけば安心ですね」
なぜだか分からないが、背筋に薄ら寒いものを感じた。
風邪でも引いたか?
「しかし、差し当たって、なにか気をつけることというのはなんなのでしょうか?これは……私から言えるのは外に出すのは「恋するCocoon」さんと一緒の時だけとかそのくらいしか」
「むむむー。わたくしから言えるのは縁で結んでしまうのはどうでしょうかというくらいでしてー?」
「……縁、ですか?」
「例えば約束ごとや契約はー、少なからず人を縛り、人の縁を繋ぐものですのでー」
「……確かに、男性モノのラブコメディーなどはそういったものがよく見られますね。幼少期の約束などは昔からのテンプレートですし」
「頼子もそういったものは嗜むのでー?」
「……へっ?……た、たまに……たまにですけど……読まないことも、ないです」
「リスナーの皆様にも頼子が頬を染めながらあたふたと慌てる可愛らしい姿が頭の中に浮かんだかとー?」
「や、やめてくださいよぅ!」
映像でお見せできないのが残念ですを素で起こす頼子に若干口惜しい気分になる。
公開生放送でも予定しておくべきだな。
「と、いう訳で長く持つような約束事や契約でも取り付けておけば同じように長い長い、モノによっては一生モノの縁が紡がれるのではー」
「とのことです。もっとも、わんちゃんや猫ちゃん相手では難しいので余りアドバイスにはなっていないかもしれませんね」
「むー。前回のアレは「失せ物探し」というよりは、「失せ者探し」でしたのでー。問題ないかとー。少々淀みこそ見受けられましたが悪しき縁ではないのでしてー」
「……私にはそのニュアンスの違いがいまいち分からないのが残念ですが、そろそろ次に行ってみましょう」
……長く持つような約束事?なんかこれも微妙にデジャヴというかなんというか。
72: 以下、
『脱線混沌バラエティラジオ「より×2」(4)』
「続いてラジオネーム「S.Heart」さん。「多分、私は強情なのでしょう。こう、性格というか、キャラ付けというか。ただどうしても今更引くわけにもいかないわけですし、負けたくないという気持ちがあります。ただ、ふと一人になるとどうしようもなく不安になるんです。例えばよしのんちゃんは強烈なキャラだと思うのですが、こう、芯になる部分を教えて頂けると幸いです。それと、デビュー当初からよしのんちゃんを知っていますが、魔女レベルで見た目に変化がないのですが、なにかありますか?」……とのことです」
「少し長い上にそもそもわたくしの得意な失せ物探しですらないのですがー」
魔女レベルで変化がないのはむしろ俺が聞きたい。
こいつ身長体重も全く変わってないぞ。……ありえん。俺なんてメタボを恐れる歳になったというのに……。
「まぁ、よくあることなので」
「ですが魔女扱いはあんまりなのではー?わたくし、魔女というよりはどちらかといえばもっと……もっと……なんでしょうねー?魔女ではわたくし、狩られてしまいそうなー?」
「ちなみに白魔女と呼ばれる占いや治療を生業としてい方たちが魔女狩りの被害に合うことはそれほどなかったようですよ」
「ゼロではー、ないのですねー」
「人のすることですからね」
「疑心と混乱は人を狂わせますのでー」
「……ままならないものですね」
頼子がアンニュイなため息を吐く。
こちら側、スタッフ側の空気が死んだ。多分リスナーのテンションも現在進行形でだだ下がりだろう。
それなのに向こう側、芳乃と頼子が割りと和気あいあいと話しているものだから、ギャップが凄い。脱線混沌ラジオの名は伊達じゃないというか普通に放送事故だろこれ。
73: 以下、
『脱線混沌バラエティラジオ「より×2」(5)』
「ところで、なんの話でしたっけ?」
一通り語り終えて満足したのか、頼子が小さく首を傾げる。
「若さとはなんぞやというお話ではー?」
「そうでしたっけ?」
「恋をしていれば人は若々しくいられるという著書やらドラマやらー。そんなものを丸コピして復唱すればよろしいのでしてー?」
「問題はアイドルである私たちが色恋沙汰を喋ると色々と大炎上することでしょうか」
「わたくしも最近は燃え上がる皆さんを見てせせら笑いながら引退するのも悪くないものかと最近考えておりましてー。このラジオが始まった頃からよしのんさんじゅうろくさいはいつになったら結婚するのというお便りがいくつかー。魔を払うために就寝中のその方たちの耳元でほら貝を吹き鳴らしてみたいのですがー」
「鼓膜くらいで済めばいいですね」
いいですね。じゃないだろ頼子。もっとこう、他に言うことあるような気がするぞ。
魔女狩りだか魔女裁判だとかウィッチクラフトだとか完全に脱線した話はあんなに語ったじゃねーか。
というか、前半の若さうんぬんより前半の割りとヘビーそうな悩みはスルーか。スルーなのか。
74: 以下、
『脱線混沌バラエティラジオ「より×2」(6)』
「そもそもー。わたくし、依田と頼子のお送りする「より×2」なのでしてー。わたくしの苗字が変われば自然崩壊待ったなしのようなー?」
「すれすれ、というよりは完全にアウトな話題ですね」
「よりん星人終焉の時なのでしてー。信仰を失ったよりん星人は最後は力を失い、人の世と人の記憶からゆっくりと消え去るのみでしてー」
「その数秒くらいで考えたキャラ付け、私は嫌いじゃないです」
いや、普通によしのん星人でいいじゃねーか。
「よりん星人なら頼子に二代目を押し付けられるのでしてー」
「ちょ、ちょっと待ってください。それ、私に押し付けられても困るんですけど!」
「……わたくしの代わりに、頼子に安部菜々を倒して欲しいのでしてー。がくー」
「私を代役に立てて勝負を仕掛けようとするのやめませんか!?というか、なんでそんなに好戦的なんですか!?」
俺、そんなことが起きたら向こうに付きたいんだけど、いいかな?
「むむむー。どこかから裏切りの気配を感じるのでしてー」
ジトっとした視線が硝子の向こうから飛んで来るのをそっぽを向いて誤魔化した。
75: 以下、
『兄妹にしか見えない』
「お疲れ、二人とも」
「はい、お疲れ様ですプロデューサーさんも」
「俺はいつも通りなんもしてないけどな」
「そうですねー。そなたはいつもわたくしの運転手でしてー」
「なるほど、なるほど。お前は俺を普段からそう思っていたんだな」
「めがー。目がまわるのでしてー。わたくしの世界がぐるぐるー」
芳乃の頭を掴んで右へ左へと揺さぶって弄ぶ。
長く手触りの良い芳乃の髮が左右にさらさらと揺れるのが少しだけ面白い。
ふと、気づくと頼子が少しだけぼうっとした顔でこちらを見ている。
あぁ……なるほど。
「……やってみるか?」
そっと、芳乃を押し出して頼子に頭を差し出させる。
「そういう意味じゃないのっ!」
微妙に敬語剥がれてるぞ頼子。まぁ、別にいいんだけど。
77: 以下、
『想像しただけ、想像しただけなのでせぇふですぅ!』
仕事を終え、家に帰るとサンタが死んでいた。
カーペットにうつ伏せになる形で倒れている白髪少女。
俺は膝を突いてサンタの首筋に掌を添える。
「脈がない。死んでるな」
「……あの!隙あらば私を殺そうとするのはやめませんかぁ!?」
がばっと顔を上げるのと同時にサンタが青い顔で腹を押さえる。
「で、なにやったら自宅で行き倒れるんだ」
「お腹、お腹空きましたぁ……」
「……ん? 冷蔵庫にハンバーグの余りと炊飯器にご飯残ってなかったか?」
「……食べて、良かったんですか?」
「むしろお前は食べないでどうやって生きてくつもりだったんだ」
「てっきり採集生活でもしてこいということかとぉ」
俺はド畜生かなにかか。なんでお前、変なところで律儀なの?
「……まぁ、なるほど。確かに俺の落ち度だな」
「ほぇ?」
「犬猫に勝手に皿にドックフードやらキャットフードやらを盛って食べろだなんて言う飼い主は居ないもんな」
「……」
ぽんぽんとうつ伏せになったままのサンタの頭に手を置いて犬猫にするようにやや乱暴に撫でる。
少しの間、ぼけっとしていたかと思えばサンタの頬が徐々に赤くなっていく。
「……あ、あれ?渾身のジョークのつもりだったんだが。適当に冷蔵庫にあるものやらは使っちゃっていいぞ」
「で、ですよねー!分かってますぅ!分かってますよぉ!ちょ、ちょっとペットのように飼われるやや背徳的な生活を夢想しちゃってなんてしてないんですからねっ!」
空腹のあまり壊れてしまっているのだろうか。
82: 以下、
『干物サンタ』
「???っ♪」
サンタがビーズクッションに頭を預け、鼻歌を歌いながらテレビを齧りつくように見ている。
画面の向こう側では芳乃がゆらゆらと袖振り、着物をはためかせながら踊っていた。
ディスクケースには切り取ったメモ帳がセロハンで貼り付けてある。
『依田芳乃 Vol.9』。
ライブ映像やら練習風景やらが詰め込まれたそれは元々は俺の勉強用のものだ。
それも大分昔、とはいっても芳乃のプロデュースを初めて五年以上、いや、研修期間や見習い期間を含めると六、七年にはなるのか。
今となっては作ることも少なくなったが、恥ずかしい話、自身に人を育てる才能があると信じていた頃の足掻きの記録だ。
樹木を伸ばす魔法は使えないことを悟り、ひたすらに土壌を整え、調子を見て日当たりを調整するようなプロデュースに切り替えるまでには大分血を吐く思いをしたものだ。
「……面白いか?」
「はいー。なかなかどうして、面白いですぅー」
ごろごろと俺の予備のジャージのまま転がるサンタ。
というか、そろそろ俺のジャージ返せよ。
83: 以下、
『本人にはとても言えないけれど』
「しかしまぁ、飽きないもんだな」
Vol.9ということは途中飛ばし飛ばしでも十時間をゆうに超える程度には見ているはずだ。
「なんといいましょうかぁー。回を増すごとに模索してたり、良くなったり、悪化してたりしてて見ててあんまり飽きません」
寝転がり、足をパタパタとさせながらサンタは言う。
「んー。私、どっちかと言うとよしのんちゃんの方が好きかもしれませんねぇ」
「そっか」
「……ありゃ?お兄さん、こういうこと言ったら嫌な顔するかなぁって思ったんですけど」
「そこまでは狭量じゃないぞ」
「ですかー。でも、お兄さんはウサミンさんが一番好きなんですよねぇ。よしのんちゃんの方が枚数多いのにぃ」
「そりゃーーー」
口を開こうとした時。テレビの向こうの芳乃がこちらを向いて微笑んだ気がして。
「……どっち、どうだろうな?」
「おや?お兄さん、浮気ですかぁー?」
「人聞きの悪い事を言うな」
「う・わ・き!う・わ・き!」
「……お前、滅茶苦茶楽しそうだな」
「えへへー」
サンタはビーズクッションに顔を埋めてだらしない笑い声を漏らした。
……俺は、どっちなんだろうな。
芳乃の前だったらウサミンと断言してたような気がするし、自分で自分が分からん。なんだこれ、気持ち悪い。
84: 以下、
『フルボッコだドン!』
「むー。でもでもー」
「どうした?」
唇を尖らせて少しだけ不服そうなサンタ。
「こう、練習風景に時々割り込んで来るこの男の人、すっごいウザいですね」
「そ、そうか?」
テレビ画面には若かりし頃の俺の姿が小さく映っている。
遠巻きに撮影しているカメラはいつも全体が見えるように少し遠巻きに見える場所に脚立に立てていたような記憶がある。
「この人すっごい邪魔ですぅー。なんか言ってること微妙にズレてますしぃ」
心臓に杭を打ち込まれているような気分だ。
だが、まぁ、黒歴史だろうとこれも大事な記録なのだ。十年後にこいつばっかでぇーと思えるようなプロデューサーになれるようにとそんな気持ちで残したものだった気もする。
「……ま、まぁ、この人もこの人なりに頑張ってるんじゃないか?」
「空回ってたら意味ないじゃないですかぁー」
これ以上はやめろ、やめてくれ。他人に言われると結構ぐっさりと来る。
85: 以下、
『おわかりいただけただろうか』
「大体なんというかこの人、バトルモノのアニメとか漫画の三話あたりで自信満々に主人公に突っかかって三分ぐらいでぼろ雑巾になりそうな顔してますしー」
俺の中のなにかがこの瞬間、ぷっつりと切れた。
「……そうかそうか」
「どうかしましたかぁ?」
「その三分くらいでぼろ雑巾になりそうな男の顔と俺の顔をよーく見比べてみろ」
サンタは胡乱げな瞳をこちらに向けるとぼんやりと見つめ、次にテレビに映る青年へと視線を向ける。再びこちらにサンタが顔を向ける。
今度は真顔だった。
再びテレビへと視線を向ける。
一分、二分と経って、再び俺にその目を向けてきた時はその顔面は蒼白だった。
「……いえぇ。こう、よく見ればこの男の人もなかなか男前なお顔をしていらっしゃる気がしますね。心なしか将来大成しそうな真剣な面持ちも高ポイントかと」
「いやいや、正直に言ってくれてもいいんだぞ。やられ役のモブキャラみたいな顔しやがってって、な?」
小さく微笑んで見せるとサンタが頬を引き攣らせて仰け反った。
「あ、あははぁ。や、やだなぁ。私そこまで思ってな……私、そんなこと思ってないですよぉ?」
挙動不審に手をふるふると振るサンタを横目に小さくため息を吐く。
まぁ、別に元より怒ってなどいないのだが。俺だってウサミンのステージに変な男が紛れ込んでたらそこ除けと思うし。
86: 以下、
『背徳の扉』
「自分が美少女だからと調子乗りおって」
「……へ?」
「ん?」
呆けたような声を出すサンタ。
……なんか俺変なこと言ったり地雷踏んだか?
「……いや、まさかとは思うんですけど、美少女って私のこと言ってます?」
「お前以外に誰が居るんだ?」
「……」
「……なんだ?」
「お兄さんって人を褒めることが出来たんですね……」
なんでお前はことあるごとに俺を鬼のようなキャラにしたがるんだ。
「というか、お前に褒めるところが今まであったかちょっと聞きたいんだが。今までやったこと復唱してみろ」
「ご飯食べましたぁ!」
「それと?」
「寝ました!ご飯食べました!テレビ見ました!寝ました!」
「なるほど。良かったな」
「……いや、なんでそんな冷静なんです!?出て行け穀潰し的な展開じゃないんですかぁ!?」
勝手に一人で盛り上がっているサンタ。
知らない間に我が家にベッドやら布団やら家具とか可愛らしい小物が増えてた時ほどの驚きはないので別にそんなでもない。
「ペッドモデルでもあるまいし、愛玩動物に稼いでこいなんていう飼い主は居ないだろ?」
「ふぇ?」
どこかに飛び出して、また路頭に迷っても困るので、軽く冗談を飛ばす。
しかし、なぜか小さくぶるりとサンタが身震いしたように見えた。
心なしか、若干息も荒い気がする。
掌をサンタの額に当てる。熱はなさそうだ。いや、でもコイツカーペットで寝てたし飯食わないしで体調崩しててもおかしくないんだよな。
「お前、本当に大丈夫か」
「……いや、こう。この背徳の扉に一歩踏み込んで仰向けになってお腹を出してしまったら二度と常人に戻れないというか、色物キャラになってしまいそうといいますかぁ……」
仰向けで腹を出して寝たのかこいつ。
ごにょごにょと喋るので先ほどから聞き取りにくいのだが、早めに寝かした方がいいのだろうか。体力が落ちてる時に病気させると長引くしな。
91: 以下、
『他の人に見られるのはちょっと……』
「ほへぇ?。お兄さん、よしのんちゃんのプロデューサーさんだったんですねぇ」
「……まぁな」
「なんというか、こう、強そうですよね。プロデューサーって肩書きって」
シッシッなどと言いながらへにょへにょした謎のシャドーボクシングらしきものを披露するサンタ。
一体この子はプロデューサーという肩書きになにを期待しているのだろうか。
いや、むしろ夢を届けるサンタだからこそなにかを期待しているのだろうか。
……深いな。
変な方向に思考が飛んでいきそうになっていると、カチリ、と鍵の回る音の後に玄関のドアが開く音がした。
「……兄さん、雨が降りそうですから洗濯物は取り込んだ方がいいのかもしれま……せん」
リビングに入ってきたありすの視線がジャージのまま寝転がり、ぼさぼさの髮のサンタへと向かう。
一瞬だった。
跳ねるように立ち上がったサンタがリビングを飛び出し、二階へと駆け登っていく。
戻ってきた時には出会った時に着ていたサンタ服に身を包み、髮が綺麗に整えられていた。
「ぜはー、ぜはー。おに゛いさ゛ん、洗濯物……取り込んでおきました!」
お前、他人にそういう格好見られる羞恥心残ってるなら俺の前でも最低限にくらいは小奇麗にしようとは思わないのか。
俺は思わないけど。
92: 以下、
『本当に大事なことはそんなことではないので』
サンタの不思議そうな視線と、ありすの訝しげな視線が俺に向けられる。
「……誰ですか。この人」
ありすがサンタを指差す。
行儀が悪いから人を指差すのはやめなさい。
「この間拾った」
「いや、普通に生活してて女の人は拾えないと思うんですけど」
なんだかありすが思ったより冷静だ。
もうちょっと驚くかなとは思ったのだが。なんか惜しい気がしないでもない。
「あ、あの!この子、誰ですか?」
なんでお前ら、いちいち俺を通そうとするんだよ。
「……橘ありすです。苗字……名前は……いえ、どっちで呼んでくれても構いません」
一つ嘆息すると、ありすはふい、とそっぽを向きながらそう言った。
お前、変なこだわりでなかなか名前呼びなかなかさせなかったような気がするんだけど、どんな心境の変化だよ。俺、そこまで行くのに半年くらい掛かった気がするぞ。
93: 以下、
『気を回して損しましたね』
「……えと、イヴ・サンタクロース。イヴって呼んでくださいねぇ?」
一瞬、俺の思考が止まった。
なにかが、なにかがおかしい。
「……お前、名前あったのか」
俺の小さく呟くような言葉にピクリとサンタが反応を示す。
「い、言ってませんでしたっけ?」
「……聞いてないな」
顔を見合わせて、お互いに硬直する。
「……兄さん、この人のことなんだと思ってたんですか?」
「野生のサンタ」
「雑っ!?私の認識が酷く雑ですぅっ!?」
誰だってこう思うだろ。俺だってこう思った。
「……兄さん、もしかしてこの人の名前も知らないって本当に拾っただけなんですか?」
「そうだな。むしろなんだと思ってたんだ」
「別に……。そんなことはどうでもいいじゃないですか」
「まぁ、そうだな」
「そうです。兄さんには関係のないことです」
ありすが再びそっぽを向く。この年頃の女の子はやっぱ気難しいな。
94: 以下、
『勝手に私を殺さないでください』
「……ん?ありす、ありすちゃん?じゃあ、えと、二階のあの部屋って……」
「私の部屋です」
毅然とした態度で断言するありす。
……もはやなにも言うまい。好きにしてくれ。
「……生きてたんですねぇ」
「兄さん!兄さん!なんか今この人、すっごい失礼なこと言いました!」
「許してやってくれ。アホなんだこいつ」
「ア、アホじゃないですよぅ!」
ちょっとネジが飛んでるのは間違いないだろうが。
「……私、今日はここで寝ますから」
「なるほどぉ。私はありすちゃんと一緒のベッドで寝るとぉ」
「兄さん、この人やっぱアホです。あと、図々しいです」
「だから言っただろうに」
というか図々しいとかお前、特大のブーメラン突き刺さってないか。
95: 以下、
『じゃれあいの範囲』
「……しかし、イヴさんはマトモに名前も呼んで貰えなかったんですね。……ふっ」
「お兄さん、今ありすちゃんが嘲るような目で私を見ましたぁ!」
俺が一人、夕食を終えた後の皿洗いに励んでいると背後から呼ばれる。
振り返ってありすに視線を向ける。
うむ。いつも通りむっつりとした顔だ。
「気のせいじゃないか?」
「すみません。愛想のない顔ばかりしていて」
「……あんまりありすを虐めてやるなよ。お前の方が歳上なんだから」
「本当にごめんなさい。サンタさん、いえ、イヴさん」
「今の絶対わざとですぅ!絶対わざとですぅ!」
「ちょっと間違えちゃっただけだろ」
「兄さんの言うとおりです。すみません」
「顔が、顔がこれっぽっちも悪いと思っていなさそうな……」
「そんなことないです。なかったらいいですね」
「お兄さん、今!」
うるせぇ。いい加減歯磨いて寝ろ。
というか、お前ら実は仲いいだろ。共謀して俺を弄んでいるんじゃないかと思えてきたぞ。
96: 以下、
『約束です。破ったら怒りますから』
深夜、ドスンという鈍い音に目が覚める。
暫くすると、ドアの開く音。
「……兄さん、起きてますか?」
「起きてるよ。どうした?」
アリスはやや躊躇いがちに口を開いた。
「……イヴさん、寝相悪いです。しかも寝ぼけて抱き寄せて涎を擦り付けようとしてきます。避けようとしてベッドから落っこちました。……頭痛いです」
転げ落ちた時に打ったのか、後頭部を押さえながらありすが布団に潜り込んでくる。
「……今日はこっちで寝ます。……いいですよね?」
「しょうがないだろ」
「……そうです。しょうがないんです」
横向きにこちらを向いてありすが目を閉じるのを見届けて俺もまた目を閉じた。
少しずつ、少しずつ意識が薄れていく。
「兄さんは、私の兄さんですよね」
「お前がいつか忘れたり嫌になるまではな」
「……本当ですか?」
「あぁ」
「……約束。約束ですよ。兄さんのこと、忘れたり嫌になったりしませんから。兄さんはずっと私の兄さんですよ」
小指になにか暖かなものが絡まる感覚。
暗闇の中、薄っすらとした意識の中でもそれだけははっきりとしていた。
「……分かった。約束な」
『そうですねー。そなたが全てを投げ出してしまった時には、そなたを貰い受けることにしますー』
『兄さんのこと、忘れたり嫌になったりしませんから。兄さんはずっと私の兄さんですよ』
「気の長い、約束ばっかり増えて、いく……な」
完全に意識が失せるまでそう長い時間は必要なかった。
103: 以下、
『人肌恋しいお年頃?(ありす)』
カーテンの隙間から漏れた陽の光がまぶしくて、目が覚めました。
眠気を払うように頭を振るうと、やや乱れた髮が揺れます。
掛け時計に目をやると、もういい時間になっていました。
「……昨日はこっちで寝たんでしたっけ」
隣を見ると、兄さんが未だぐっすりと眠りに就いていました。
「……なんだか、昨日は情けないことを言った気がします」
約束。きっと兄さんは本気で信じてなんていないと思います。
子供の言う一年、二年というのはとても脆く、儚いものだから。
何人もの年頃のアイドルたちを育て、見送ってきたのは兄さんだから。守られる約束より守られない約束の方がきっと多くて。
……くだらないことを考えて、無駄な時間を割いてしまいました。
私は寝ている兄さんの体に手をかけます。
「兄さん、起きてください兄さん。朝ですよ」
軽く揺すりますが、反応はありません。
相当深く眠っているみたいです。
ぐっすりと眠っている兄さんを見ていると、なんというか、なんでしょう、これ。
「……ちょっとだけ、ちょっとだけ、……いいですよね?」
兄さんのお腹に横から顔をうずめる形で布団の上にのしかかります。……ぬくいです。やわこいです。なかなかどうして、悪くないです。ちなみにやわこいって方言らしいです。標準語だと思って使ってました。
104: 以下、
『理不尽な敵対宣言がウサミンを襲う(ありす)』
「にーふぁん、にーふぁん、あされふよ」
ぐでぇっと兄さんのお腹の上に顔を埋めて完全にリラックスの体制に入っていると、再び眠気が襲ってきます。……あ、これダメなやつです。……いや、でもぬくいです。快適です。眠いです。……だから、おやすみなさい。
 いちっ!
  にぃっ!
   ななぁぁぁ!!!
「わきゃぁぁぁっ!?」
突如響き渡る謎のシャウトに私は慌てて飛び起き、兄さんの元から退きます。
敵襲。敵襲ですか!
 ウサミンパワーで?♪
   メルヘンチェンジ?♪
      みんな大好き?♪
 好き好き大好きうーどっかーんっ♪
兄さんの枕元のスマートフォンが忌々しい電波を垂れ流していました。
布団がもぞもぞと動き、手が這い出て、スマートフォンを引っ掴んで目覚ましアラームらしき電波を止めました。
「……おはよウサミン」
兄さんは真っ先に安部菜々におはようのあいさつをしました。すぐ傍に私が居るんですけど。私が居るんですけど!
「おはよう。ありす」
「…………おはようございます」
拝啓 安部菜々様。
みんな大好きでも多分私だけは貴方のことがキライです。
109: 以下、
『女の子と呼ぶには些か』
我らがプロダクションは養成部門やプロデュース部門などを抱えるそこそこ大きめのプロダクションである。
敷地面積もちょっとしたもので、中庭がある。そう、中庭があるのだ。
素晴らしい。
かくいう俺も緑豊かなウサミン星(千葉県内のウサミン星の飛び地)出身なのでこういう落ち着いた場所でもそもそと昼食を摘む時間が一番落ち着く。
芳乃や頼子とベンチに並んで座りながら三人揃ってサンドイッチをもそもそと口に運ぶ。
基本的にこの二人とは誰が喋るわけでもなくても、空気が悪くならないので割りかし一緒に居ることが多い気がする。そういった仲が必ずしも最も仲が良いという訳ではないが、なかなかどうして、そういった人と巡りあうのは稀有なことである。
「そなたは人を見る目だけはありますのでー。……人以外を見る目もありそうですがー」
「心を読むな。あと、怖いことを言うのはやめてくれ」
人以外を見る目ってなんだよ。
自前のシルフスコープなのか。ゆうれいの正体がガラガラだって一発で見抜いちゃうのか。
「……見慣れない方、ですね」
頼子が少し遠くを眺めて呟く。
その視線を追うと、ウェーブの掛かった髮の学生服の女の子がゆらゆらと定まらない足取りで右往左往していた。だが、足を進める度に、その足取りはしっかりとしていき、最終的にこちらへと真っ直ぐに向かってくる。
「……すんすん。美味しそうな女の子の匂いがするよぉ?」
美味しそうな女の子?
俺の左に座る芳乃へと目をやる。次に右に座る頼子へと。
「なんだ、頼子か」
「……そなたー。なぜ真っ先にわたくしを選択肢から外したのですかー。ねぇ、ねぇ、そなたー」
110: 以下、
『エンカウントクンカー』
「見っーっけっ!」
挙動不審な女の子がとうとう俺たちの前までやってくる。
「頼子、呼ばれているらしいのでー。どうぞー」
「えっ!?」
若干やさぐれたような表情で芳乃が頼子を促し、やや強引に頼子が立たされる。これが後輩イジメか。
「すんすん、すんすん」
そして、鼻を鳴らした少女は頼子を華麗にスルー。頼子のここまで複雑そうな表情は初めて見た気がする。
「すなわちわたくしがー」
意気揚々と立ち上がる芳乃。
だが、無情にもそんな芳乃すら彼女はスルーした。だらりと前かがみになった芳乃の髮に隠れた先の瞳を覗き込むのが躊躇われる。そして、とうとう彼女は俺の前に。
「お手を拝借!」
「えっ?あぁ、はい」
彼女はなぜか、俺の手をひょいと持ち上げ、鼻を近づける。そして次にシャツの胸のあたりまで。なんかこえーよ。すげぇこわいよ。なにが君を駆り立てているんだ。
「女の子の匂い!」
彼女がようやく顔を上げる。
俺かよ。なんでだよ。というか、そもそもなんで俺なんだよ。
111: 以下、
『我々の業界でもご褒美です』
芳乃の懐疑的な視線がなぜか俺に突き刺さる。
ゆっくりと芳乃はベンチから降りると、今度は俺の膝の上に腰掛けた。
「……すんすん。……わたくしにはまったくわからぬのでしてー。……もくもく。そなたー。このカツサンド、味付けが濃すぎるのでしてー」
座るな。嗅ぐな。俺の手に持ったままの食べかけのカツサンドを勝手に喰うな。
「……すんすん。ダメですね。確かに全然分かりません」
「頼子、お前だけはマトモだって信じてたんだが」
「まるでわたくしがマトモではないようなー?」
「マトモだと思うならとりあえず膝から降りた方がいいんじゃないか?」
「そなたはわたくしのベンチですのでー」
おかしい。プロデューサーから運転手、あげくの果てにベンチまで格下げされてしまった。無機物の壁は脆く、儚かったな。
あと、カツサンド全部喰われた。
112: 以下、
『子供じみたなんとやら』
「ねー、ねー、キミキミ!その匂い、どこで付けてきたの?」
誰かにキミとか呼ばれるのはなんだかんだで随分久々な気がする。
「匂い、匂い……?」
そもそもそんなの心当たり……あったな。ありすか。そうか、多分昨日布団に潜り込んできたありすの匂いのこと言ってるのか。
しかし、なんと言ったものか。考え込むように視線を巡らせると、パックの牛乳のストローを加えてこちらを窺うように見ている頼子と視線がぶつかった。
「多分小学生の女の子の匂いか」
「ごふっ!?えっ、はっ!げほっ!げほっ!」
俺の変態じみたセリフに、頼子がごぼり、と牛乳を逆流させ、口元を押さえながらえづく。
「お前は反応が素直だから本当にからかいがいがあるよなぁ」
「……おこっ、おこりっ、私だって怒るよっ!?」
「すまん、すまん」
そのうち、頼子のこういった面もプッシュ出来ないものか。そもそも、なかなか出てこないからこそ、可愛らしく見えるものなのかもしれないが。
113: 以下、
『ギフテッド』
「海の向こうで飛び級やってたけど、つまんないから帰ってきちゃった!」
少し話してみれば、一ノ瀬志希、志希はにぱにぱと笑いながらとんでもないことを言い出した。
「……ギフテッド」
「そーそー、それそれー」
頼子の呟きに志希はあけすけに答えてみせた。
ギフテッド。
大分昔の「より×2」でなんか頼子が言ってたな。
天才という枠の中から更にギフテッドという枠が存在するとか日本では余り理解がないとかそもそも思考回路から異なるとかなんとか。
……あぁ、こんなことならもうちょっと真面目に聞いておくんだった。
「というか、なんでこんなところに居るんだ?新人アイドル……じゃないよな?」
「にゃははー。ちょっとやってみませんかって言われて話だけ聞きに来たんだけどー」
志希はバツが悪そうに目を逸らす。
どうやらお気に召さなかったようで。どうやら飽きの来るのが早いというか、元々移り気な子みたいだ。
「そりゃ、悪いことをしたな」
「んー。別にー。あたしってほら、メンドくさい子だからさー」
「折角だから少し見ていくか?」
「……いいの?」
「レッスン中の子の写真撮ってSNSかなんかで拡散とかしなければな」
「にゃは♪しない、しないー」
夢中になれるなにかには一直線になるのか。それとも、常に興味を引けるなにかをこちら側で用意しなければいけない子なのか。……いまいち先が読めない子だ。
正直言って、この子に関しては今の段階ではなにも分からない。
120: 以下、
『ボケループ』
第一レッスンルーム。
幾つかあるレッスンルームの中で最も大きなレッスンルームであり、その気になればかなりの数の人間を収容出来る。
ここは少々俺に縁のある場所で、俺に任されている仕事のうち、この場所が占める割合もそこそこなものだ。
と、いうのも、第一レッスンルームの一部の場所はガラス張りになっており、その場所からは音声が聞け、更には全体を見渡せるようになっているのが関係している。
要するにここは分かれ道。
新人アイドルとプロデューサーやマネージャーを振り分ける選考場所なのだ。
相性的に悪くなさそうなユニットの提案と、どのアイドルをどのプロデューサーやマネージャーに振り分けるかの人事もどき。芳乃が人を見る目だけはうんぬんというのもこのあたりに関係している。だからこそ、俺はちょっとお偉い人であり、人事に納得のいっていない人間は俺を良く思っていないかもしれない。なぁ、俺、プロデューサーなんだけど。そのうちストレスでハゲるぞ。
パァン、とベテランのトレーナーさんが手を叩く。
それと同時に何人もの少女たちがステップを踏み、歌を紡ぐ。
まだ、彼女たちは候補生だが、それでも世間一般の新人アイドルと比べても遜色ない程度には練度が高いというか、仕上がってきていると思う。
「二人共、着いて来てくれなくても良かったんだけど」
俺の横に付くようにして、芳乃と頼子の姿があった。
「そなたの傍にわたくしが居るのにー。理由など必要ないのでしてー」
「なんという精神的イケメンさん」
「そういうそなたはフツメンさんでしてー」
「心が沈むな」
「沈んでしまったそなたでもー。わたくしが必ず引き上げて見せますのでー」
「なんという精神的イケメンさん」
「そういうそなたはフツメンさんでしてー」
「心が沈むな」
「沈んでしまったそなたでもー。わたくしが必ず引き上げて見せますのでー」
「気が抜けるボケをループさせようとするのやめませんかっ!?」
業を煮やすとまではいかないが、耐えられなかったのか、頼子が叫ぶようにツッコミを入れてくれるのに少し安心した。
志希へと視線を移す。
志希はただ、鼻歌を歌いながら面白そうに研修生たちを眺めている。
それだけだ。
121: 以下、
『一ノ瀬志希への挑戦状』
第二、第三とレッスンルームを転々としていく。
だが、志希は時折面白そうに目を細め、笑ってみせるだけだ。
足りない。
なにかが足りていない。
恐らく、志希の興味を惹けていないのだろう。いや、正確には惹けている。だが、それは三日後、もしかしたら数時間後には失せているような。
その程度のものだった。
ポケットに手を入れ、個別のレッスンルームのうち、いつも優先的に割り当てられている部屋の鍵を取り出し、扉を開いた。
「ちょっと退屈だったか?」
「んー?そんなことないよ!すっごい面白そうだったー!」
「……それはなにより。呼び出しておいて飽きられて帰られちゃうようならプロデューサーの名折れだしな」
「……ぷっ、それ、プロデューサー関係なくないかな??」
多分、その言葉に嘘はない。
ただ、単純に一ノ瀬志希という器を熱するだけの熱量が足りていないのだ。きっと。
くすくすと笑う志希を横目に、常設されたノートパソコンに手を掛ける。
パスを通し、無数の楽曲データから第一レッスンルームで流れていたものを選んでダブルクリックする。それと同時に、部屋中が聞き慣れた音楽に溢れた。
「……こんなんっ!だったか?」
一歩踏み出す。ズレているし、不格好だろう動きで候補生たちの動きを真似る。
呆れたような目で俺を見る芳乃と、驚きに目を見開く頼子の対比が少しだけ面白い。
「くふっ!くふふふ!あははっ、違うよ。えっとねー。確かねー。きっとこんな感じー」
少しの間、志希は呆けたような顔をしていたが、一歩前に出ると、挑戦的な目で俺を真っ直ぐに見て踊り出した。
頭のいい志希はきっとすぐに分かったのだ。これは俺からの志希への挑戦状なんだと。思惑通りにわざわざ踊ってくれているのだ。
122: 以下、
『着火』
見事。そう言う他なかった。
俺が他人をレッスンすることなんてないし、下手に口出ししても色々と崩壊するので基本しないのだが、それでも素晴らしいと思った。
「んとー、こうでー。こうかなっ!」
一曲終えたところで俺はギブアップ。
ダメだ。なんちゃってウサミン星人では若さが足りない。あと、なんか腰がヤバい。あのまま続けてたら色々とマズかったかも。
ループ設定にしてある曲が一周して、二周目に突入しても、志希は踊り続ける。
「頼子」
「……なるほど、そういうことですか」
はぁ、と一つ小さいため息を吐くと、頼子は靴を整えて、前に出た。
少し後にタイミングを図るようにして、頼子は歌い出し、同時にステップを踏み出した。
それを目にした志希の瞳に好奇心の輝きが、確かに見て取れた。
「スゴい、スゴい!さっきの子たちと全然違うっ!」
興奮したような面持ちの志希。当然だ、頼子は候補生とは違って既に立派なアイドルだ。
明らかに今までの志希の態度とは違う。……これはいけるか?
123: 以下、
『一ノ瀬志希の構成式』
ややバラつきのある志希のステップと歌いながらでも安定感のある頼子のステップ。
二つが重なり、時に交差する。
だが、その光景は異常。その一言に尽きるものだった。
これほどのものだとは、誰も思わない。
一つ節を超えるごとに修正される。一つ節を超えるごとによりよいものへと変えていく。
「よぅし、あたしもやってみよー!」
頼子の歌声と志希の歌声が重なる。
頼子の驚愕がこちらにまで伝わってくる。
今の一ノ瀬志希は古澤頼子には遥かに及ばない。
それは頼子には積み重ねた時間があって志希にはそれがないからだ。
だが、その差を志希はやすやすと飛び越えようとしている。
他人に綺麗に見られる動きというのを、志希は理解し、さらにそれを自身に最適化させようとしている。俺は無言で曲のループを止め、歌の終わりを待つ。
124: 以下、
『彼の自慢のアイドル』
音楽が止まる。それと同時、頼子は一つ息を吐き、こちらへと歩いてくる。
すれ違いざまに小さく呟く。
「……今日、着いて来てくれたのが頼子で助かったよ」
頼子の足が止まった。
「……この貸しは高く付きますよ。……なんて、冗談ですけど。ふふ」
本当に、頼子で良かった。
古澤頼子というアイドルは知っている。自身の価値がボーカル、ダンス、ヴィジュアルでもなく、古澤頼子が古澤頼子であるということに付けられているのだと。少なくとも、俺がそう見ているのだと。
だから、壊れない。だから、揺るがない。
だが、頼子以外だったのなら?
寒気がする。全く笑えない。もしも、もしも志希を連れてきた誰かがスカウトを成功させて、スカウト組として新人アイドルたちに混じえて素人としてレッスンでもさせようとしたなら、間違いなく全てが崩壊していた。数人で済めばいい。下手すれば数十人、それ以上の心を折っていたかもしれない。
125: 以下、
『依田芳乃の本領発揮』
志希は額に汗を浮かべながら、床にぺたんと尻もちを付いた。
「にゃっはっはー!思ったよりも全然面白いねー」
笑っていた。志希はにこにこと楽しそうに笑っていた。
「それはなによりだ」
「うんうん。キミとなら、アイドルやってみるのも楽しいかもー。やっぱホンモノは違うわー」
「……そっか」
志希は笑いながら俺を見上げる。
……これでいいのだろうか。どうしてだか、なにかが足りない気がした。
『Aという質問にBという答えを出すことが出来るのが優秀な人、でも、ギフテッドはAという質問そのものに疑問を見出したり、そこから議論に発展させることが出来るんです』
その時、ずっと前の「より×2」で喋っていた頼子の言葉が断片的に蘇った。
もしも、もしも、志希が追い続けることが出来るような質問をぶつけることが出来たのなら、どうなるのだろう。投げ出してしまうだろうか、それとも夢中で喰らいついてくるか。
……気づけば俺はマウスを握っていた。楽曲データから芳乃が普段ライブで用いているものを選択する。間を置いて、最も聞き慣れたイントロが流れ出した。
芳乃と目が合う。芳乃は穏やかな表情を浮かべ、前へと踏み出す。
「そなたがわたくしを求めるならばー。何度でもお応えしましょうー」
和服の袖を翻し、芳乃は一つ靴音を高々と鳴らした。
そんな他愛もない動作一つで小さなレッスンルームは、小さな世界は変わる。
126: 以下、
『一ノ瀬志希の化学反応』
人の目を惹くというのはアイドルにとっての初歩の技能であり、これ以上ない才能である。
どんな歌声も、どんなダンスも、どんなヴィジュアルも、人の意識を惹けなければフルポテンシャルを発揮出来ない。
その人の目を惹く、というそれだけのことが昇華されると一つの世界観が出来上がる。
例えるならば、高垣楓。彼女がステージに立つだけで空気が変わる。
ステージ全体が彼女の世界観に引きずり込まれる。
それはもう、スター性だとかを超越したサイキック染みたなにかだ。
芳乃が持つものがまさにそれで、一度魅入られてしまえばステージの終わるまで世界は芳乃のものだ。理屈とセンスだけでは手に入れられないものを芳乃は持っている。
決して激しい動きではない、だが、緩慢なものでもない。
動作を真似ることも昇華させることも出来ても依田芳乃には易易と届かない。
誰もが届きそうでいて、誰もが届かない。
だからこそ、頼子に期待していることの一つに芳乃の世界観において古澤頼子の存在を確とするということがある。
生半可な子では呑まれてしまう。弾かれてしまう。だからこそ、芳乃という世界観の登場人物の一人のような。一人でステージで立っていた、立たざるを得ない芳乃の隣にいつの日か頼子が立つ日を、ずっと夢見ている。
踵を踏み鳴らすだけで人を引きずり込む。
腕をゆったりと前に伸ばすだけで人の心を掴んで逃さない。
長いようでいて、一瞬のように感じられる歌が終わる。
志希は少しの間、呆けたような顔をしてから下を向いてぷるぷると震える。
「あははははっ!サイコー!ちょっと面白そうって思ってたけど、ゼンゼンそんなことないや!すっごい楽しそー!」
キラキラと瞳を輝かせた志希がなにか憑き物が落ちたかのようにあっけらかんと笑い出す。
「うんうん!きっと、キミが一番アルケミストー!あたしとキミとでー、So Cute!」
志希がこちらを向いて駆け出し、勢いのままに俺に抱きついた。
ちょっと待って、今抱きつかれると俺、さっきの謎ダンスで大分腰が……!
あっ……。
139: 以下、
『時計の針は止まらない』
正直に言えば、十代の頃やこの仕事を始めた当初はぎっくり腰とかダセェとか思ってたような気がする。
だが、実際なってみると全然笑えないし、少なくともギャグにはならない。
多分、俺以外の数々の元若者が通ってきた道なのだろう。
「なんとなくー。こんなことになる気がしておりましてー」
芳乃によって腰ににひんやりとした湿布が貼られる。
「いけると思ったんだけどな……」
「そなたが普段から運動しているならともくー。そうではありませんのでー」
まぁな。確かにそうなんだけど。
なんか、ちょっとショックだ。
「ちょっと前まではメルヘンビューだって本気出せば踊れると思ってたのにな」
「……それは、健常者の精神を破壊する所業なのではー」
あれ、割りと本気で引かれた。芳乃にしては珍しい。
うつ伏せの状態なので、芳乃の表情が見えないのが若干惜しい気がする。
というか、異常者扱いはやめろ。
「しかしー。そなたがそんなことをする必要もなかったのではー?」
「……素人に最初からプロの隣で試しに踊ってみろよなんていう大人気ない真似出来んだろうに」
様式として、多分格好悪いところを引き受ける役は必要だった。で、志希もそれを分かっていて、乗ってくれた訳だ。最初はちゃらちゃらした印象だったけど、とんでもないな。あの態度は擬態……ではないと思う。あれはあれで素なんだろう。ただ、どこまでも底知れない子だ。最近の若者こわい。もぅマヂ無理。メルヘンデビューしょ……。
140: 以下、
『一つのエピローグのその先へ』
夕方になれば、社屋から段々と人の数が減り、音が消える。
橙色の夕陽が窓硝子から差し込み、少しだけアンニュイな気分になる。
「……や、その……本当に大丈夫、かなぁ?」
バツの悪そうな顔でこちらを覗き込んでくる志希。
まさか飛びついた相手がぎっくり腰でダウンしてその場に崩れ落ちるとは流石のギフテッドでも分からなかったのだろう。というか、分かったらこわい。
「しつこい、しつこい。学生は暗くならないうちにとっとと帰りなさい。頼子、見送るついでに今日はもう上がっていいぞ」
渋る様子を見せる頼子を少し強引に志希と共に帰らせた。
頼子は機転が効くし、押せばなんだかんだで引いてくれるので助かる。
「で、当然のごとくお前は帰らん、と」
「そなたの車で送って貰った方がわたくし楽ちんでしてー。だるーん」
芳乃はソファーの背もたれにぐったりと背を預けながら言う。
「なんという腹黒さん」
「ここは心優しきわたくしに感謝して涙する場面ではー」
本当にお前、精神的に図太くなったな。ピュアだった頃の芳乃、カムバック。
「……そういや、昨日居候と昔の映像を見たよ」
「日々迷走を繰り返す懐かしき日々ですねー」
「あぁ。最初は俺が誰だか分かんなくてウザそうな人だとか言ってたよ」
「それは……その方には見る目がないのですねー」
芳乃の言葉に小さく笑う。過剰評価もいいところだ。
「全くだな。だけどまぁ、若かったよ。ただ……」
「……ただ?なんでしょうかー」
「何年分か通して見てると俺だけが歳を重ねて、お前を一人だけ置いていってるみたいな気分になった。なんだろうな、凄く情けなかった」
芳乃が僅かに身じろぎする気配。
「……まさか、それで普段から若さ若さ、安部菜々安部菜々などと言っていたのですかー?」
「それは素だ」
「……がっかりでしてー。そこは嘘でもわたくしのためだと言って欲しかったような気がするのでしてー」
「残念だったな」
「そうですねー。しかしまぁ、悪くない気分でございましてー」
呆れたとばかりに芳乃はため息を一つ。
ゆっくりと起き上がると、腰の痛みは大分マシになっていた。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「では、そなたの奢りでご飯を食べて帰りましょうー」
「むっ、今日は世話になったし仕方あるまい」
141: 以下、
『サンタ、死す(通算○回目)』
家に帰るとサンタが死んでいた。
お前、またかよ。
椅子に座りながらテーブルに突っ伏す形でサンタが倒れている。
テーブルの端には所々に赤い斑点の残る皿。
「あ、兄さん。お帰りなさい」
「ただいま」
ひょこっと、ありすが台所の奥から姿を現す。
なぜか、青のエプロンを身に付けており、少しだけ懐かしいような、微笑ましい格好だ。
「兄さん、兄さん。兄さんもご飯食べますよね?」
若干興奮しているのか、ありすが兄さん兄さん連呼しながら尋ねてくる。
「あ、あぁ……」
半ば気圧される形でつい、頷いてしまう。
イカンな。ご飯食べてきちゃったんだけど。……ん?というか。
「あれ?ありすは料理出来たんだっけか?」
「……私ももう十二歳ですから。料理くらい、ちょっと……その、出来るようにしようかなって……」
「……そっか。偉いな」
「そ、そんなことないです!」
俺なんてこの歳くらいじゃ卵焼きくらいしかマトモに作らなかった気がする。
女の子っていうのはこのくらいの歳でもしっかりしてるもんだなぁ。
142: 以下、
『飯テロ』
「はい。お待たせしました」
皿の上には真っ赤なパスタが乗っていた。
いや、真っ赤なだけなら別にいいのだ。手間の掛からないナポリタンとかはよく作るし。
ただ、なんというべきだろうか。トマトっぽくない。やたらとどこかで見たことのあるような種があるし、匂ってくる酸味に微妙に違和感を感じる。
「……おに゛……ざん……」
呻くような声が聞こえて対面に目を向けると、サンタが虚ろな瞳をこちらに向けていた。
ぱくぱくと口を動かしているが、なにが言いたいんだか分からない。
くるくるとパスタをフォークに巻きつける。
「まぁ、うるさくは言わんがそんな変顔を人に向けるもんじゃ……」
フォークを口に運んだ瞬間、全身の血が泡立つような感覚と猛烈な寒気がした。
でろりとした甘みが熱を通したことにより超圧縮されて言葉で表現出来ないような大惨事を起こしていた。しかも、それに加えて恐らく牛肉らしき物体がでろでろに溶け込んでいて、肉特有の甘みとどう考えても苺としか思えない物体の甘みがミックスを起こし、俺の味覚を破壊していた。冷や汗が止まらない。
143: 以下、
『サン「カ(タ)」クコーナー』
「ど、どうでしょうか?」
ありすは期待に満ちた視線を真っ直ぐにこちらへ向けてくる。
なんでだ、なんでこんなことになった。
手間がかかっているのは分かる。凄く分かる。この四分の一くらいの工程のもうちょい、こう、スタンダードなものを作れば上手くいくだろう。
なぜだ、なぜいちごパスタという選択に至ってしまったのか。あと、多分工程もなんか違うだろこれ。
「……よく、頑張ったな」
「えへへ」
頬を掻いて照れるありす。可愛いな、おい。
「ただ、ごめんな。今日はちょっと仕事仲間と食べてきちゃったからもうお腹いっぱいなんだ」
「……そう、なんですか。えへへ、しょうがないですよね」
「また今度、本かなにか買ってきて一緒に作ろうか」
「そう、ですね。計画通りになにかをするって思ったより、難しいです」
……本当にな。
「……ですが、このパスタの余り、どうしましょう?」
「イヴが足りなかったみたいでお腹空いてるらしいから食べるそうだ」
「そうですか。それなら安心ですね」
「ふぇっ!?」
サンタが突っ伏していた状態から勢い良く起き上がる。
俺は無言で持っていたフォークにパスタをありったけ巻きつけると無言でサンタに突きつける。
「ほら、あーん」
「ふぉ、ふぉーきゅ」
サンタの表情が引きつっている。
しかも、赤くなったり青くなったりを繰り返している。これで黄色が増えたら信号機だな。
「あーん」
「……」
「あーん」
「……」
「あーん」
「……あ、あーんっ!」
ようやく観念したのか、持ち手部分に迫る勢いでフォークにかぶりつくサンタ。
再び赤くなったり青くなったりを繰り返す。
何度も繰り返すうちに最終的には無心の境地にたどり着いたのか、俺が巻きつけたパスタに真顔でかぶりつくだけのサンタを見て若干申し訳ない気分になった。
154: 以下、
『アイデンティティーがクライシス』
「う゛ぅぅ?。お兄さん、なんだか私に当たりが激しくないですか?」
ありすの愛情とチャレンジ精神と良く分からないなにかが混じったいちごパスタを完食したサンタが瞳を潤ませてこちらを上目遣いで見てくる。あざとい。
「……なぁ」
「なんですかぁ?」
「起立」
「はいっ!」
サンタが椅子を引いて勢い良く立つ。
背後でヘアゴムでポニーテールに纏められた白銀の髮が揺れる。しかも、俺の予備のじゃなくて普段使ってたジャージ着てやがる。……普段着の方着るからいいけどさ、お金出すから俺の衣服をサラっと奪うのやめような。
「……お前、サンタだよな?」
「もっちろんですよぉ!生まれた時からサンタクロース、イヴ・サンタクロース、ですぅ!」
サンタ要素が一個も残ってないぞこれ。サンタのサの字も存在しないレベルだ。
しかも、なんかポニテになってるし。そっちの方が楽なのは分かるけど、本当にそれでいいのかお前。なんでちょっと見ない間に干物度上がってるんだよ。
アイドルには属性がある。
いや、キュート、クール、パッションとかではなくて。例えば芳乃で言えばミステリアスで童顔とか。後は頼子で言えば知的とか理性的とか。それらの属性はファンの年齢層を大きく変動させる。学生要素があれば自然と10代?20代のファン層が厚くなる。頼子などはタレント寄りというか、楚々としたイメージが強いので上下男女問わずに幅広いファンが居たりする。少なくとも、メガネ頼子派と裸眼頼子派が日々血で血を洗う闘争を繰り広げている程度には。芳乃はそれより少々幅は狭まるが、それでもかなり広い。まぁ、芳乃の場合は知名度とか単純に元○代とかのファンが継続しているというか芸歴が長いから……その、そういうことだ。
じゃあサンタは?
特有の言葉の訛り、なし。それどころか超堪能、ミステリアスな要素は……ないこともないが、絶賛減少中。綺麗な銀の髮は……現在ジャージでカラフルなヘアゴムで留めたポニテなスポーツ少女みたいになってる。
「あのっ、人の顔見てすっごく深刻そうな顔するのやめませんかぁっ!?ねっ、ねぇっ!?」
……はぁ。
「せっかくに美人さんに産んでもらったんだからもうちょっと頑張れ」
「……へ?」
きょとんとした目のサンタの頭にポンと手を乗せて、空になった皿を重ねて持って、台所へと向かう。
「も、もう一回!聞こえなかったのでもう一回言ってみてくださいよぉ!」
……やなこった。
155: 以下、
『負けず嫌いの2ndStep』
背後から布団に倒れこんで、伸びをする。
今日だけでいつもの倍は疲れた気がする。その分、収穫はあったのだが。
目覚ましのアラームを設定しようと、スマートフォンを弄っていると振動が。どうやらメールを受信したらしく、送信元は頼子だった。
古澤頼子 Sub.今日のこと
結構悔しかった
「……俺のアドレスは日記帳じゃないぞ」
割りとよくあることだし、スルーして眠ってしまってもいいのだが、送信者が頼子ということで少し気になった。
とりあえず意味が分からんから主語をくれという旨を送信する。
古澤頼子 Sub.一ノ瀬さんについて
私だけが歌って踊って見せても本当の意味で一ノ瀬さんの心は動かなかったよね
……気にしてないと思ったけど、そんなことなかったのか。
誤魔化すのも得策でない、と。少々迷ったが、素直にそうだなと返しておく。
古澤頼子 Sub.一ノ瀬さんについて
そうやって正直に答えてくれるところ、結構好きかも
くすくすと口元に手を当てて笑っている頼子の姿が瞬時に頭に浮かぶ。
……正直、少しだけ、少しだけこの返信で頼子が壊れてしまうのではと思ったが、俺は頼子を甘く見すぎていたようだ。反省。
156: 以下、
『負けず嫌いの2ndStep(2)』
古澤頼子 Sub.一ノ瀬さんについて
きっと一ノ瀬さんにとって届くものが多すぎるんだろうね
少し時間を掛ければ追い越せる、目的地が目に見える、手が届く場所にあるから冷めちゃう
私もそんなちょっと頑張れば手の届く位置に居るのかなって考えたらちょっと悔しくなっちゃった
正直に言えば、驚いた。
頼子がここまで心情を吐露したことなどなかったから。条件反射でそんなことないとまでメールに打ち込んでいたことに気づき、全て消した。
こんな言葉は望まれていない。
少しだけ遊びを入れて姫様の望むままにお応えしましょうと打ち込み返信する。
返信が来ない。……もしかしたスベっただろうか。うわっ、いい歳してなに言ってんだこいつとか思われてしまっただろうかとまで思った時、再びスマホが震える。
古澤頼子 Sub.no title
もっと色んな種類の仕事を請けてみたい
私だけのなにか、もう少し探してみたい、かも?
そのメールを見た時、眠気が一気に吹き飛んだ。
……本当に、甘く見すぎていた。いつか来るだろう終わりの時まで我慢強く積み重ねていける子だとは思ってはいたが、一日でここまで強くなるなんて誰も思わない。アイドルになってまだ一年と半年程度だ。芳乃ほどこの場所に長く留まるかは分からない。ただ、後二年後、三年後、この子は一体どこまで辿り着いてしまうのだろうか?
どちらにせよ、俺に出来るのは望みを叶えてあげるくらいだ。
了承の旨を送信する手が少しだけ震えた。
古澤頼子 Sub.no title
ありがとう
でも、そうやって自分を仕事を取ってくる道具みたいに卑下する貴方は嫌い
いつだって貴方は私にとっての最高のプロデューサーだから
なぜだか視界が滲んで見えてくる。
やっとの思いでそのセリフは顔を合わせた時に言ってくれと打ち込み、送信する。
古澤頼子 Sub.no title
それは、恥ずかしいからイヤ
そろそろ寝るね。こんな時間に付き合ってくれてありがとう
おやすみなさい
……。
…………。
「……兄さん、またベッドから追い出されました。今日もこっちで寝て……ってえっ、なんで兄さん泣いて……そ、そんなに嫌でしたかっ!?」
170: 以下、
『ぜ、ぜったいえっちな人ですっ!』
ベッドの上で大股を開いて爆睡する少女が一人。
毛布を蹴り上げた片足が見えているが、意に介す様子もない。
あと、ついでに色気もない。
「おいっ、起きろ。おーきーろー。朝だぞー」
肩を掴んで揺さぶる。
「……ふにゃぁ」
ふにゃぁじゃないだろうに。
なんでこいつはここまで幸せそうに眠れるのだろうか。ちょっとだけ羨ましくなる。
「おーい、イヴさん、イヴさんやー」
「うがっ」
更に揺さぶると、年頃の少女が出してはいけない声を出しながら、イヴの瞼がゆっくりと開かれる。
「……」
「やっと起きたか」
「……」
なぜか瞼を開いたまま表情を硬直させているサンタ。
「よ、夜這いですかぁ!?」
寝起きのぼんやりとした瞳とやや赤みを帯びた頬をして尋ねてくるサンタ。
「夜じゃねぇよ、朝だよ。カーテン開けるぞこのぽんこつ」
「……なるほろ。おやひゅみらさい」
「はいはい、おやすみ……って寝るなぁっ!」
「へぶっ!?」
布団をひっぺがして、ベッドに転がすと、勢い余って顔面から壁に衝突した。
いかん、やりすぎた。
「兄さん、イヴさん起きましたか?」
「うぐぅ」
「……起きたみたいですね」
ありすが部屋にひょっこりと顔を出して言った。
どうやらこっちは朝の支度が終わっているようで、少し安心。
「というかイヴ、ちょっと今日は着いて来て貰うから身支度だけしといてくれ」
「……身支度?」
サンタはぼうっとしたまま少し考えこむ。
「……なるほどぉ。で、でぇとですかぁ。大丈夫です。わ、分かってますから」
「兄さん、ここにまだ寝ぼけてる人がいます。叩き起こしていいですか?」
「流石にやめてあげなさい」
ありすの表情が不機嫌なものへと変貌する。
ここ数日は機嫌が良かったのになんということをしてくれたんだ。
「でも、イヴさん思考回路がちょっと、その、え、えっちです!むっつりな人です!ぜったいおかしいです!」
「……そ、そんなことないですよぉ」
真っ赤になってサンタを指差すありすと音の出ない口笛を吹きながら目を逸らすサンタ。
朝からお前ら仲いいな、おい。
171: 以下、
『ランナー装備(スタミナ消費は半分にならない)』
「でも、イヴさんを連れて行くってどこに行くんです?まさか、本当に、その……」
「服と生活用品揃えてきて貰うんだよ。流石にこのままじゃアレだろ」
「……なるほど。分かってましたけど。分かってましたけど!」
「まぁ、実際は知り合いにイヴを預けて揃えてきて貰うんだけど」
「うぇっ?」
変な声を出すな。
というか、俺にそういう生活用品の類は分からないし、そういったことの面倒を見てくれそうな子に預けてくるだけだ。そういったことに男が首突っ込んでも邪魔者扱いされそうだし。ただ……。
「……ありす」
「なんですか?」
「……こう、サンタ服とジャージは……その、どっちの方が外に出すのにマシなんだろうな」
ありすは表情に渋いものを作って俯く。
まさか本気で外に出る服がない状態に陥るとは思わなかった。
「いや、その普通にサンタ服でいつも通りに……」
「ジャージですね」
「やっぱジャージだよな」
ありすがサンタの背後に回って髮をポニーテールに縛り、俺がサンタの首から仕事用に持っていた音楽プレイヤーを掛けさせる。
「完璧ですね」
「完璧だな。これならランニング帰りに見えないこともないか」
「お昼前くらいまでに服さえ買わせてしまえば着替えられますしね」
首から音楽プレイヤーをぶらさげながらどこか黄昏れた瞳でサンタは窓の外を見つめていた。
「……私ってなんなんでしたっけぇ」
サンタだったなにかだよ。お前が自分で全力で投げ捨てたんだろ。
173: 以下、
『お兄ちゃん!』
ハンドルを強く握り、欠伸を噛み殺す。
「見えたぞ」
「ほぇぇ、結構女子寮ってスゴイんですねぇ」
助手席に座っているサンタが車の窓を開けて、女子寮に目を向ける。
うちのの女子寮は事務所の規模に比べてかなり立派なものであり、所属アイドルからも評判がいい。
建物自体が結構綺麗で、部屋の広さも結構あるらしい。
「なんで女子寮なんですかぁ?」
「お前の面倒見てくれる子が居るから」
「……あの、私一応十九歳でいい歳なんですけど……」
「じゃあ、面倒見てくれる子は歳下になるな」
「……ふぉぉ、微妙に情けない気がしますぅ……」
なにを今更言っているのか。
俺にはお前の情けない姿以外を見た記憶がないぞ。
駐車場に車を停めて、ドアを開く。
寮の入り口から女の子がひょいと姿を現し、こちらへと小走りに走ってくる。
「お兄ちゃん、遅刻ですよ!」
「悪い。こいつがちょっとゴネた」
「ゴ、ゴネてないですよぉ!起きられなかっただけで!……というか、お兄ちゃん?……お兄さんの妹さんですか?」
「違うけど」
「あはは……。そこはお気になさらず。私が勝手に呼んでるだけですから!」
彼女、五十嵐響子はサイドテールを揺らして少しだけ困ったように笑ってみせた。
174: 以下、
『寮母見習い五十嵐響子』
「五十嵐響子っ!えっと、そうですねー。この寮の寮母見習いみたいなことやってます。よろしくおねがいしますねっ!」
「寮母、見習いですかぁ」
「はいっ!私のお母さんが寮母さん、それで私が寮母見習いですっ!」
ふふん、と言わんばかりに響子が胸を張ってみせる。
「……なるほどぉ」
「響子も昔はこんなに小さくて母親の後を付いて回る幼子で大変可愛らしいものでしてー。その頃はわたくしのことも『よしねぇ』『よしねぇ』と大変愛らしいものでありましたー」
「へぇ、そんなに昔からここに居たんですかぁ……んぇ?……ふぇ?よ、よしのんちゃん?……えっ、ホンモノのよしのんちゃん!?」
気づけば俺の横に付くような形で芳乃が居た。
ちょっとこわい。
サンタはあわあわと手を振っては意味不明な挙動をしている。
アイドルの女子寮なんだからアイドルが居るのは当然だろうに。
「いつの間に居たんだよ……」
「よ、よしねぇ……じゃなくて芳乃ちゃんはなんでお兄ちゃんに気づけるんですかね……」
「わたくしの場所にそなたがいらしたならそなたの隣にわたくしがいるのも当然でしてー。それにしても、響子は素直にわたくしのことを『よしねぇ』と呼んでくれても構いませんのにー」
「私がイヤなんですっ!」
175: 以下、
『記憶にございません』
響子も昔は芳乃のことを『よしねぇ』と呼んでいた。その頃の響子はありすよりもずっと幼く、齢十にも達していなかった。寮中の女の子たちのアイドルというべきか、猫可愛がりされていた記憶がある。『お兄ちゃん』と俺のことを呼ぶのもその頃の名残だ。
あくまで母親の真似事だったそれが少しずつ成果を出すそれに変わり、ここまで至る。あの、にこにこと笑っていた女の子がここまで来たのかと思うと少し感慨深いものがある。
響子の弟含め、当時若かった俺は二人を遊びに連れ回したりしていた。
多分今同じことをやろうとすると俺がついていけなくなってヘバる。時の流れは残酷である。
「ということで、響子。イヴをお願いしたいんだけどいいか?お金は封筒に入れてあるから、余ったお金でお昼かなにか一緒に食べてきてくれ」
「了解しました!今日はお母さんも居るので全然オッケーですよ!」
なぜかビシッっと敬礼をしている響子の額を軽く突くと、わたわたと後ろによろける。
「あっ、酷いんだー。お兄ちゃん、歳下の女の子に手を出しましたね」
「埋め合わせはするから許してくれ」
「とりあえず今日の分はなにかご褒美が欲しいですね!」
「……言っとくけど、昔みたいお前ら姉弟に一日中遊園地とか連れ回されたら俺が死ぬからな?」
「……そんなことし、しませんよ?」
俺と目を合わせろ、目を。
176: 以下、
『幼少期テンプレ詰め合わせ娘』
「それじゃ、イヴを頼んだぞ。迎えに来るまでこき使ってくれてもいいぞ」
「任されましたっ!」
大変頼もしい返事で。未だに放心しているサンタを見やり、少しだけ楽しみになる。一日も預ければ価値観も変わるだろうか。画面越しではない生のアイドル。遠いようで、彼女たちはとても近いから。サンタがどんな感想を持つのか気になる。
「そうだ、芳乃。頼子も呼んできてくれないか?一緒に車で事務所まで……」
「あ、はい」
気づけば若干申し訳なさそうに小さく手を挙げる頼子の姿。
「そんな展開になる気がしましてー。既に連れて来ておりましてー」
仕事が早いな、オイ。
「それじゃ、行ってくるよ」
「あ、はい!行ってらっしゃい芳乃ちゃん、頼子ちゃん!」
「……頼子、響子も今ではあんな保護者ぶっておりますが、ランドセルを背負っていた頃は『私はお兄ちゃんのお嫁さんになります!』と公言する大変愛らしい幼子でしてー」
「……それは、とても可愛らしいですね」
頼子が口元にうっすらとした笑みを作る。
本当にな。今でも可愛いけどあの頃は最強だった。俺がロリコンだったら死んでた。こう、社会的に。
「ちょぉ!ちょっと待って!よしねぇ!昔のことほじくり返すのはやめて! 忘れた!私はその時の記憶は綺麗サッパリ忘れましたからっ!」
必死に言い訳するように叫ぶ響子。
「そなたは響子にフラれてしまい傷心でしょうー。わたくしが慰めてさしあげましょうー」
なぜか助手席に座る芳乃から撫でられる。
「響子の約束を信じてこの歳まで独身だったのにな」
「ふぇっ!?」
酷く動揺した顔をした響子が一歩仰け反る。
「いや、その、お兄ちゃんが嫌いという訳じゃなくてですね……その……」
「まぁ、嘘だけど」
「……」
「……」
しばしの沈黙。
俺は無言で芳乃と頼子を載せた車を発進させる。
「もう怒った!怒りましたからねー!このお金でイヴちゃんと食べられるだけ食べてきちゃいますからー!封筒が空っぽになってても知りませんよっ!」
エンジン音に遮られながらも、遠ざかっていく叫び声が聞こえる。
「可愛らしいでしょうー?」
「……ふふっ、そうですね」
少しの間、助手席と後部座席から小さな笑い声が響いていた。
185: 以下、
『着せ替えサンタ(イヴ)』
……人はなぜ服を着るのでしょう。
いえ、その裸族ではない。ないとは思うんですけど、ラフな格好の方が人間楽な訳でして、もう全人類ジャージでいいんじゃないかな、とは思うんです。
なんというか、突っ張る感じがしませんし、安心する匂いがします。
とはいえ、外聞を保つ為に服装というのは大事なものらしく、お兄さんは外に出る時はそういうのが厳しいみたいです。こう、職業柄、自然にそういうのが気になるのかもしれませんけど。
それはそれとして、私は現在試着室に篭っています。
「次は……これですっ!」
響子ちゃんの差し出す服へと次々に着替えていきます。
「むむっ……いまいちですね。次ですかねっ!」
「いやっ、あのっ、私が自分で選んじゃったり……なんてぇ」
「いえ、お兄ちゃんから殆ど私が選ぶようにとのことです。なんかセンスなさそうだから私の方がマシそうだと……美術の成績は壊滅的ですけど服装くらいならなんとかなりますっ!」
不安です!不安しか残りません!
というか、お兄さんに全く信用されていません!
まるで、クリスマスに幾つも幾つも配って回った記憶のある数多の着せ替え人形の1つになってしまったみたいです。
186: 以下、
『サラッと紛れ込んでいる異物(イヴ)』
ぽんぽんぽん、と瞬く間に荷物が増えていきます。
それでも、響子ちゃんが配送サービスでそこそこの量を送った後でこれです。
というか、ごくごく自然にお兄さんの家の住所を書いていたんですけど、これ突っ込むことろだったんでしょうか。自然な動作すぎてツッコムのが躊躇われました。
「あはは、思ったより時間が掛かっちゃいましたね」
「そうですか?凄く助かりましたぁ」
女の子の買い物としてはこう、結構早い方だと思います。
ぱぱぱって決めているというか動きがテキパキとしてます。
「うーん、ほら、男の人ってこういうの待ってるとすぐ飽きちゃいますから!うちの弟とかちょっと放っておくと不機嫌になっちゃって、お兄ちゃんが居ると宥めてくれたり、他のところに遊びに連れ出してくれるからそうでもないんですけど」
……なんというお姉ちゃん。というか、サラッと混じってるお兄さんは一体何者なんでしょうか。相も変わらず面倒見良すぎるというか、ありすちゃんの天敵っぽい気がします。こう、同じ義妹というか、偽妹ポジションとして。
188: 以下、
『呼称の理由(イヴ)』
「よしねぇとかは物を選ぶときとかは直感染みてるというか、一分二分で決めちゃうんですけどね」
そう言いながら舌を出して響子ちゃんが笑います。
そんな響子ちゃんの様子に少しだけ違和感があります。
なんでしょう。……あっ!
「よしのんちゃ……ごほん、芳乃ちゃんのことよしねぇって呼ぶのは嫌がってましたけど、今は普通に呼んじゃうんですね」
響子ちゃんは小さく苦い顔を浮かべます。
「うーんと、これ、ですかね」
響子ちゃんはスマートフォンの画面をこちらへと真っ直ぐに向けてきます。
モニターには小さな男の子に肩車している若かりし頃のお兄さんと、そんなお兄さんのズボンの端を引っ張ってどこかを指差す女の子。そして、よしのんちゃん。
「えと……この女の子が私で、お兄さんに担がれてるのが弟です。それとよしねぇ、それで次!」
次々と時間を追うように写真が切り替わる。
次に切り替わった画面には少しぶすっとした表情の男の子と、苦笑いしながら男の子の頭に手を当てるお兄さんと同じくぶすっとした表情の女の子。そして、困ったように笑うよしのんちゃん。
「確かこの時はお兄ちゃんが日帰りで釣りに連れて行ってくれるって弟が喜んでたんですけど雨振って中止にしちゃったんですよね……。私が中学入りたての時くらいかな?この頃はまだよしねぇって面と向かって呼んでた気がします」
ちょっとわかってきました。
……な、なるほど。これは確かに呼ばなくなるかもしれません。
写真が進むごとにすくすくと成長する響子ちゃんと弟さん、あと、少しずつ活力が減ってるお兄さん。まったく変わりないよしのんちゃん。
こわっ、なにこれ、ステージで見る分にはこわくなかったのにこうやって家族写真風に見るとすっごいこわいです!
「……今はいいんです。二年後、三年後、五年後に大人になった私がよしねぇのことを正面切ってよしねぇと言えるほど時間の流れに抗える容姿で居られているんでしょうか……。少なくとも本人の前でよしねぇって呼ぶのは控えようかなって……」
そ、それは確かにもっともすぎる悩みですっ!
189: 以下、
『サンタ、地雷を踏み抜く(イヴ)』
「でも、お兄さんは『お兄ちゃん』で芳乃ちゃんは『よしねぇ』なんですねぇ」
「あー……それ聞いちゃいますかぁ」
「あ、あれ?マズかったですかぁ?」
苦い笑みを浮かべている響子ちゃんの表情に暗いものが落ちた気がします。
あ、あれ?なにか失敗しちゃいましたか?
「うーんとっ、その、面白い話じゃないんですけどほら、アイドルっていうのは水物じゃないですか」
「……そうなんですか?」
「あははっ、そうなんです。寮だって一月に何人も居なくなって、一月に何人も入ってくるような、そんな場所です」
響子ちゃんは唇に人差し指を添えて笑ってみせます。
……少しだけ話が見えてきたような。これ踏んじゃいけない地雷踏んだ気がします。
「子供の頃に色んな人に可愛がって貰った私にとって『お兄ちゃん』は一人だったから『お兄ちゃん』で、『お姉ちゃん』は沢山居たから『よしねぇ』なんです。でも、残っているのは『よしねぇ』だけ。違う道に進んだり、普通に結婚した人も居ますけど……その、アイドルって夢見がちな人が多いんです」
「……夢見がち、ですかぁ?」
「はい。アイドルである自分だけが自分の存在価値である、みたいな。そういう人は折れるまでは強いけど理想の自分と現実の自分が剥離して折れてしまったらそれっきりの人が多いってお兄ちゃんは言ってました。だから、お兄ちゃんが本当の意味で選ぶのはいつもよしねぇとか頼子ちゃんみたいな……ってまぁこのことはいいですかね。だから、笑って終われる人ってあんまり居なくて……私が『お姉ちゃん』だと思ってた人たちも最後はちょっと荒れちゃったり……あはは」
響子ちゃんの空笑いが虚しく響きます。
重いっ!すごく重いですぅ!お兄さん!お兄さん助けてぇっ!?
190: 以下、
『サンタ、地雷原をひた走る(イヴ)』
空気が死にました。
今の私、すっごくダウナーです。ダウナーなサンタです。
この子、底抜けに明るい子だと思っていましたが、幼少の頃から世の中の厳しさを叩きつけられてる上でのタンポポ染みた根性のある明るさです。
「あっ、でも私はアイドルは大好きなんですよ?」
「あっ、はい……」
「な、なんだか凄くイヴちゃんのテンションが下がっているような気がします!えと、その……でも、イヴちゃんもアイドルになるんですよね?」
アイドル?誰が?首を傾げていると、響子ちゃんが私を真っ直ぐに見ていました。
…………私?
「こう……ペットじゃなくて、ですかぁ?」
思わずといった体で呟いた言葉が耳に届いてしまったようで、響子ちゃんがフリーズしました。一分、二分と表情が固まったままだった響子ちゃんの首がぐぎぎという機械音を立てそうなほどにぎこちなく動きました。
「……あ、あは♪大丈夫、大丈夫ですよ。お兄ちゃんが女の人を飼うような人に歪んでしまっても私がき、きちんと……ただしいあ、あいをあたえてあげましゅ、から!」
マズいです。なんか響子ちゃんを壊してしまった感があります。
「そ、そうですよ!よしねぇが悪いんですよね!ずっとよしねぇなら我慢出来るし、仕方ないかなと思ってたのに私もいつの間にか十五歳ですし!よしねぇとの戦争も辞さないというか!……後一年間なんとか……」
「な、なーんちゃって!冗談ですぅ!か、考え中!考え中だったんですよぉ!」
咄嗟に言い訳のような言葉が出ました。なにが、とは言いませんがこのままではなんとなくお兄さんがヤバい気がしました。流石の私も恩を仇で返す薄情者ではありません。……ちょっと……その、ぐうたらではありますけど。
「……へっ?……な、なーんだ。もうっ、あんまり驚かさないでくださいねっ!」
少しの間、ぽかんとした表情をしていた響子ちゃんは表情を若干ぎこちない笑みに変えながらいいました。なんだか、眠れるなんとやらを起こしてしまったというか、なにかの片鱗に触れてしまった感があります。
……おんなのこってこわい。
199: 以下、
『早すぎる夢の終わり(響子)』
笑って、泣いて、もう一度泣いて。
背伸びをしても届かなくて、手を伸ばしても届きませんでした。
それは、ずっとずっと昔の話。アイドルになりたいと言った私の頭を優しく撫でて、苦笑いを浮かべていたお兄ちゃん。
どんな我儘でも聞いてくれたお兄ちゃんはこの『お願い』だけは頷いてくれなくて、ずっとこのことが不満でした。
だけれど、一年経って気づき始め、二年経ってようやく理解しました。
私が憧れた人たちの居る世界はどこまでもきらびやかで、どこまでも残酷でした。
慕っていた人たちは、一人、一人と私の居場所を離れていきます。
大事な人が一人居なくなる度に泣き、また一人泣く度に泣く。
子供だった小さな掌では、誰一人として、繋ぎ止めることは出来ませんでした。
きっとお兄ちゃんは知っていたんです。
憧れだけであの世界に飛びこんだお兄ちゃんは世界が決して優しいものではないということを。
だから、私の『お願い』を聞いてくれなかった。
子供のままの心では、いつか折れてしまうことを知っていたから。
だから、きっと私は醜いんだと思います。気がつけば、ふとした瞬間に輝く舞台に立つ彼女たちに嫉妬してしまっている。それでいて、未練たらしくこの場所にしがみついている。
200: 以下、
『深刻な容姿詐欺(響子)』
光に煌めくような銀の髮と綺麗な瞳。
すらっとした私より十センチくらいは高いであろう身長。
最初はジャージで少々芋っぽい印象を受けましたけど、服装を整えれば後はもう別人。
あぁ、なるほど。と嫌でも納得してしまいます。
これだけ印象深い容姿をしていて、少しとろんとした穏やかそうな目元とおっとりとした喋り方が加わっているから近寄りがたい印象がない。
この人以上にアイドル向けな人なんてそう居ないだろう。少なくとも、私みたいなちんちくりんよりはずっと。……お兄ちゃんもこういう大人な人が好きだったんでしょうか。……ちっ。
イヴちゃんの着ていたジャージやらが収まった紙袋を座席の下に置いて息を一つ吐く。
お昼時を少し過ぎた今の時間帯になると、ファミレスもやや空席が出来ていて、過ごしやすい空間になっていました。
イヴちゃんは物凄くご機嫌そうにコーラをストロー越しに吸い上げていて、少しだけ微笑ましくなります。
「……いいなぁ、イヴちゃん」
「なにがですかぁ?」
気づけば私の口からは羨望の言葉が漏れていました。
201: 以下、
『夢の残滓(響子)』
お兄ちゃんに選ばれる、というだけで価値がある。
あ、それは感情論を抜いてでもですけど。要するに、お兄ちゃんに認められるというのは己の価値を見出されるということに等しいんです。お兄ちゃんが認めたということは、才能が存在するという宣告に等しいから。いや、その、盲信とかじゃなくて。プロダクション内の共通認識としてです。その辺りが突き抜けていたからこそ、お兄ちゃんはあっという間に出世したと言ってもいいと思います。
テーブルに肘をついて、ややぼんやりとしながらそのことを語ります。
「……あ、あれ?お兄さん、凄い人?」
イヴちゃんは頬を引き攣らせながら呟きます。
だからこそ、羨ましいと言っておろうに。……なんて。
「で、でも……いや、その……私は、その……う、嘘だったんです!実はアイドルにならないかなんて言われてないんです!ごめんなさいぃ!」
イヴちゃんはぱたぱたと手を振りながらそう言った。
私は思わず苦笑いの表情を作ります。でも、多分結果は変わらないんです。
私でも気づくような煌めきを、兄さんが見逃す訳がないんですから。
「うーん。ただ言ってないだけだと思いますよ」
「そ、そうなんでしょうかぁ?」
「はい。ほら、私も子供の頃はアイドルになるのが夢だったんですよ?」
「……そうなんですかぁ、夢はいいものです。……尊いですぅ。それで、今はなにになりたいんですか?」
顔を上げたイヴちゃんは穏やかな目を真っ直ぐに私に向けて言いました。
なにになりたい?そんなの決まって……。私は寮母見習いだから……。
202: 以下、
『仮面を砕いて(響子)』
どくん。と心臓が跳ねました。
私は、なにになりたいんだっけ?
皆が夢を追う場所を守る寮母さんに……。
私は……。わたしは……?
「あ、あはは……。まだ、ちょっと……アイドルに、憧れてるかも、しれません。でも、ほら……私は料理洗濯とかお掃除の……その、家事全般くらいしか出来ませんから!ほら、ね?適材適所ですよね!」
窓ガラスに映る私は元気に笑えていました。
笑っていることには自身があります。今でも人を見送るのは辛いですけど、私だったら笑って見送って欲しいと思うから。
イヴちゃんは少しだけ寂しそうに小さく笑みを浮かべていました。
「……そうですかぁ。でも、料理洗濯お掃除が大好きなお嫁さんみたいなアイドルも可愛いと思いますぅ」
「そんなアイドル、見たことないですよ!」
無意識に強い声が出ます。どうしてだか、私はイヴちゃんの言葉を無性に否定したくて。
「そうですねぇ。私はほら、世間知らずですからぁ、ウサミンちゃんみたいなアイドルも芳乃ちゃんみたいなアイドルも初めて見ましたぁ。あ、あの二人みたいなアイドルって他にも居ますかね?お兄さんに言えば見せてくれるかなぁ?」
私の心情を知ってか知らずか、ぽやぽやとした表情でイヴちゃんは言います。
……あの二人のようなアイドルなんてポンポン居るものではない。居るはずがない。きっと初めての……初めての……。
「……ごめんなさい。ちょっと用事思い出しちゃって、その、荷物持って先に帰ってますね!お支払いはこれでお願いします!」
「えっ、ちょっ」
お金の入った封筒を机に叩きつけて、両手一杯に荷物を持って逃げるようにファミレスを去ります。
知ったような……知ったような口を効かないで!
頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。何人もの私のお姉ちゃんたちを奪っていったあの場所にそれでも憧れてしまう私はおかしいのだろうか。
訳も分からず、私はただどこへ向かうでもなく、走り出していた。
206: 以下、
『可能性を否定したくて(響子)』
走る、走る、走る。
なにも考えずにひたすらに走った。手に持った荷物の紐が掌に食いこんで、ふと我に返る。
荒い息がこぼれ落ちる。
「はっ……はっ……」
失敗した。それも大失敗だ。
イヴちゃんも置いて来ちゃって、お兄ちゃんに合わせる顔もない。
「なんで……どうして」
どうしてあんなにも取り乱してしまったのかが分からない。
イヴちゃんはなんのことないことを言っただけなのに、どうして。
ふらふらと覚束ない足取りで近場にあった公園に入り、ベンチにへたり込みます。
……理由なんて、そんなこと……分かっているのに。
『でも、料理洗濯お掃除が大好きなお嫁さんみたいなアイドルも可愛いと思いますぅ』
イヴさんのなんの気もなかったであろう言葉が蘇る。
私は笑い流すべきだったのだ、いつもの私ならそれを出来たハズなのに。
私はただ、『そんなアイドルが居てもいいですね』と言うのがどうしようもなく、こわかったのだ。
207: 以下、
『橘ァ!(響子)』
「……これからどーしよう」
空を見上げれば憎たらしくなるほどの青空が広がっていて、更に憂鬱になりそうです。
はぁ、とわざとらしいため息を吐いて、公園のベンチに座りながら俯く。
とりあえず、落ち着かなければなにも始まりません。
瞼を閉じてひとまずリラックス……。
「ハスハス?♪うーん、ありすちゃんスッゴイナイステイスト!むふー、湿布の匂いがしない方のプロデューサーの匂いもするー♪」
「な、なんなんですか!いいかげんに訴えますよ!」
リ、リラックスを……。
「先生!志希ちゃんはありすちゃんの匂いが大好きです!ありすちゃんの匂いが付いたプロデューサーとプロデューサーの匂いが付いたありすちゃん、ナンカ凄い!サイキョー!一嗅ぎした時した時から好きでしたっ!」
「ひぃっ!?……変態!兄さんの知り合いだからって私が通報しないと思ったら大間違いですよ!」
「にゃっはっはー!ヘンタイごっこー♪」
「ごっこ!?ここまでやってごっことか言い張るんですか!?」
リラ……。
「ヘーキ、ヘーキ!ありすちゃんがプロデューサーと一緒に寝てても志希ちゃんは秘密にしておいてあげよー!ひゅーひゅーブラコンさんっ!」
「なっ、あっ!?な、なんでそんなこと分かるんですか!?」
「んふふー♪プロデューサーのありすちゃんの匂いは右腕からっ!それでもってありすちゃんのプロデューサーの匂いはお胸からお腹にかけて!匂いの濃さからいってありすちゃんがプロデューサーの右腕を抱く形で寝ているのだということは想像に難くないのだぁーっ!」
「ど、どんな嗅覚してるんですかっ!」
……あ゛ぁ?
217: 以下、
『当時の彼の目にはしっかり者のお姉ちゃんしてた頑張り屋で素直で可愛らしい女の子が映っていたらしい(響子)』
ご、ごほんっ!なんだか不適切な音声が私の口から漏れた気がしますが気のせいでした。
それはそれとして、なんだか聞き覚えのある声が聞こえます。
一人はありすちゃん。なんか微妙に敵対視されてる気がしますが、こう、生意気だった頃の弟みたいな可愛い女の子です。もう一人は……誰でしたっけ?
あ、あぁ……。寮の見学に来るって電話が来たばっかりの子だったっけ。一ノ瀬……えーと、……一ノ瀬……志希ちゃん、そう、一ノ瀬志希ちゃんだったと思います。
……それにしても、よろしくない。よろしくないです。
ありすちゃんももう十二歳です。これは流石に一人寝くらいは出来なくてはいけません。
いえ、別に気に喰わないとかそんなことじゃないんです。
過去に思いを馳せれば、最後にお兄ちゃんにそんなことをしたのなんてもう五年以上前になるんでしょうか。自覚があるのかないのか、昔からやたらと子供に対して甘いというか、他人の面倒見たがる質の人なので私も色々あった訳ですが、こう、私の場合は弟がセットで付いてる訳です。ですから……私になにかしてくれるというのは自然と弟とセットになるわけです。お兄ちゃんView的に言えば五十嵐響子じゃなくて五十嵐姉弟な訳です。だというのに……だというのに……!
膝の上に載せて、両腕で抱くようにして載せていた紙袋がぐしゃりと歪む音が聞こえました。
私がありすちゃんと同じことをするにも、手順が必要だった訳です。
別に一緒に住んでいる訳でもなければ、特別な繋がりがある訳ではないんですから。
家に遊びに行っては、夕方まで弟をお兄ちゃんにけしかける。
それはもう、弟の体力が尽きるまでけしかければ、自然と疲れて寝ちゃう訳で、後は私も狸寝入りです。ぐっすりと眠っている子供×2を見れば、わざわざ起こすことを積極的に選びたくないお兄ちゃんのすることはお母さんに電話を掛けて私たちを預かる旨を伝えるしかないわけで、これでやっと前提条件が整う訳ですよ。
それでもって、眠る私たちを布団までお姫様抱っこで抱えて布団に寝かせる時にそっとお兄ちゃんの服の袖を掴むわけです。
あ、この時には振りほどこうとすれば解けるくらいにするのがコツです。困らせるつもりはないので。
子供と遊ぶというのは、大人でも大分疲れるもので、そのうちくたびれているお兄ちゃんと子供×2が並んで眠っている図が出来上がります。微笑ましいですね。
後は簡単です。眠っている弟を叩き起こして私とお兄ちゃんが並んで寝ているところを今はもう結婚してしまったお姉ちゃんの一人に借りたデジカメで撮ってもらいました。
今でも額縁にはその時の写真が飾ってあります。ただ、普段陽気な弟があれほど冷たい目をしていたを見たのはあの時だけでした。
まぁ、そんなことはどうでもいいわけで、過去の私がそこまでやってようやく辿り着けるような位置に今、なに喰わぬ顔でありすちゃんが居るわけです。うぎぎ……。
218: 以下、
『タチバナをさがせ!(響子)』
輝かしい幼少期の思い出に思いを馳せていた私ですが、ふと我に帰ります。
……そもそも、こんな考え事をしている場合ではありませんでした。
「……よっと」
ベンチから立ち上がり、周囲を見渡します。
自動販売機、イグアナを散歩させている女の子、ランニングをしている男性、ぴにゃこら太、反対側のベンチに腰掛けて本を広げている女の子。
ごくありふれた光景の中、視線を巡らせていると、目的の二人は直ぐに見つかりました。
公園の入り口にほど近いところで、二人は会話を弾ませています。……ありすちゃんはややキレ気味に、ですけど。
「大体なんなんですか!というか、嗅がないでくださいっ!」
「……えー」
「えー、じゃなくて!」
やや前傾姿勢になりながらも、吠え立てるように言葉を叩きつけるありすちゃん。
「んー?ほらっ、あたしってば今やプロデューサーに見出されたアイドルの卵だから!」
「……」
私の歩みが自然と止まる。
それと同時、ありすちゃんの表情に険しいものが浮かびました。
219: 以下、
『チート少女の挑み方(響子)』
「……それは、自慢ですか?」
「にゃ?」
ありすちゃんの表情に冷たいものが浮かんでいます。
真面目にありすちゃんが怒っている姿を見るのは初めてかもしれません。
「私は、その……諦めた人間です。兄さんに選ばれた貴女と違って選ばれなかった人間です」
心臓が跳ねる。
同じだった。私が考えていることと。
近場の木の後ろに隠れ、幹に背中を預け、へたり込む。だけれど、私とありすちゃんの間には、決定的に違う部分がある。私は舞台に上がる覚悟すらなく、ただ嘴を開いているだけのひよこだった。
「くっくっくー。志希ちゃんの目を誤魔化せると思ったら大間違いだぞー」
一瞬、私が隠れていることがバレてしまったのかと思ったら、そうでもないようで、志希ちゃんはただただ、ありすちゃんへと目を向けていた。
「……はい?」
ぽかん、と口を開けて呆然とするありすちゃん。
当然、私も意味が分かりませんでした。
220: 以下、
『もうコイツがプロデューサーでいいんじゃないかな(響子)』
「ズバリ!ありすちゃんはプロデューサーの秘蔵っ子と見たぁ!」
「そろそろ帰ります」
はぁ、とわざとらしいため息を吐いて帰ろうとするありすちゃんの肩を志希ちゃんが掴みました。
「チョーっと待ったぁ!あたしの将来のパーティーメンバー!」
「……いや、パーティーメンバーが欲しいなら異世界でぴにゃこら太でも退治してた方がいいと思います」
「やーだー!あたし、絶対芳乃ちゃんに下克上するのー!」
その言葉に、ピクリとありすちゃんの肩が反応しました。
「……依田芳乃。そんな上から数えればすぐ出てくるような人相手に下克上なんて考えるだけ無駄です。諦めた方がいいです」
「えー。そんなんじゃつまんなーい」
「大体なんで私なんですか。貴女が言うようなパーティーメンバーで言えば私、レベル一の貧弱キャラです。それか、そもそも戦闘参加出来ない村娘Aです」
「じゃあじゃあ、ありすちゃんは『プロデューサーの受け持つアイドルのイベントによく連れて行って貰う』とか『友達とでも行っておいでってさり気なくチケットの類を貰ったことがある』とかあとあと……」
「……なんでそんなこと知ってるんですか」
目をまんまるにしたありすちゃんが一歩引く。
対照的に猫のように目を細めて笑う志希ちゃん。
「んふー♪これは大当たりかにゃー?プロデューサーの温めてた卵を横から掻っ攫うことになるけどあたしの野望の為に我慢して貰おー♪」
229: 以下、
『橘さんはおこです(響子)』
「……馬鹿げてます」
「どしてさー」
「どちらにせよ、私は認められません。兄さんは私の兄さんであってそれ以外のなにかではないですから」
複雑そうな表情をしながらありすちゃんはそう言って切って捨てました。
「ありすちゃん的には利害で繋がる関係は不適切かにゃ?」
「それは……」
「んふ♪あたしとプロデューサーはきっとそーゆーカンケー!少なくともプロデューサーはあたしを飽きさせないだけのなにかを沢山持ってるー♪そこからさきはー……どーかにゃ?」
「……いいです。認めます。私はただ兄さんとは他意のない関係であって欲しかっただけです。兄さんからすれば……その、そういう意図が……あったかもしれませんけど。その程度のことで失望するような薄っぺらな関係でもありません」
ありすちゃんは顔を上げると、キッと睨みつけるように志希ちゃんを見ました。
そんな視線を向けられて、少しだけ志希ちゃんの表情が困ったように歪んで見えた。
「あ、ありゃ?もしかして、本気で怒ってる?……あたし、ふざけているように見えたカナ?」
「……ふざけているかはともかく変態だとは思っています」
230: 以下、
『五十嵐響子はお姉ちゃんなので!(響子)』
「んー、参ったなぁー。このままではあたしの計画が破綻してしまうー」
「……大体、貴女が下克上するのになんで私が絡むんですか」
「だってー、調べてみたけどマトモにやっても芳乃ちゃんには届きそうにないしー、ここは王道的にパートナーを捕獲して一発逆転!それとね、それとねー、一番大事なのがねー」
ぶすっとした様子でぼやくように言うありすちゃん。
そんなありすちゃんを見て、人差し指を立てながら、志希ちゃんはにんまりと笑ってみせます。
「ズバリ、匂いカナッ!」
……はっ?
そう思ったのは私だけではなかったようで、ありすちゃんも私と同じようにフリーズしていました。
「そ、そんなことで……?」
「そんなことじゃないよー。あたしにとっての最優先事項だよ!プロデューサーに付いてるありすちゃんの匂いを嗅いだ時にビビビッと来た!」
ぽかん、としているありすちゃん。
ちょっと私も意味が分からないです。
「ふっふ?、いい仕事するやつはイイ匂いがするもんだからねっ!」
決め台詞のごとく、立てた人差し指を唇に当て、志希ちゃんは猫のように笑む。
それと同時に呆然としていたありすちゃんの口の端が歪む。
「ふ……ふふっ。……くっ、あははっ。いい仕事をするやつの匂いって……くっ、あはっ」
笑っていた。
さっきまでずっとしかめっ面で不機嫌そうな表情だったありすちゃんが。
「……っふふ。私の、負けです。ちょっと、ちょっとだけ、貴女に付き合ってみるのも楽しいかもって思ってしまいました」
目の端をごしごしと拭いながらありすちゃんはなにかを吹っ切ったように、楽しそうに笑っていた。
……。
…………。
「っはー。私、なっさけないなー」
ため息を一つ。さっきまで悩んでいたことがどうしてだか小さく思えた。
気怠い気分を振りきって立ち上がり、木に預けていた背中とおしりを軽くはたく。
ありすちゃんと志希ちゃんを横目にその場を去る。
「……」
子供だ子供だと思っていた相手がずっと大きく見えてしまった。
だというのに私は、なんの気もない言葉に揺らされて、自分を見失って、逃げ出した。
「……私はお姉ちゃんだから。ありすちゃんがお兄ちゃんの妹ならそれ即ち、ありすちゃんは私の妹も同然ってね!」
お姉ちゃんは情けないところなんて見せないのです。
単純明快、当たって砕けましょー!
決意新たに、踏み出した足取りは少しだけ軽かった。
231: 以下、
『挑戦者の瞳』
「お兄ちゃん、私、お嫁さんになりたいですっ!」
子供の頃から可愛がっていた女の子が突然こんなことを言い出した。
当然、俺の頭の中が真っ白になった。
「そなたー。ハンドルを握っているからといって、相手の男を轢き殺す算段を立てるのは流石にやめたほうがよいのではー」
そんな算段まだ立ててねーよ。
仕事帰りに二人を寮に送りに来ただけなのに、なぜ俺はこんな目に合っているのか。
またか、また俺は第一子が生まれましたとかそういう類の手紙を貰うハメになるのか。別に結婚しましたとかならまだダメージ低いのに、知り合いから子供関連の手紙を貰うと無性に虚しくなるのはなんなんだろうな。
「あ、と……ま、間違いました。えと……お嫁さんみたいなアイドルになってみたいです!」
別の意味の衝撃が俺を襲う。
冗談かと思って見れば、響子の瞳は真剣な光を湛えていた。
なぜだか、その光を見ていると無性に懐かしいような、むず痒いような気持ちになる。
あぁ、この既視感。似てるのか、ずっと昔、人を磨くことを諦めてしまう前の俺と。
「そなたー」
「……なんだ?」
助手席に座ったままの芳乃が俺のスーツの袖を掴んで揺すった。
「よろしいのではないでしょうかー?」
「……お前は、なんだかんだで響子を可愛がってるし否定すると思ってたよ」
「わたくしは迷走して四苦八苦していた頃のそなたも好きでしたのでー」
それ、響子がこれから迷走して、四苦八苦するって分かって言ってるのか。……とんだサディストだ。
「響子」
「……ひゃ、ひゃい!」
噛みながら、慌てたように叫ぶ響子。
……腹は決まった。響子にそっと手を差し伸べる。
「……やってみようか」
「はい!」
握られた掌に感じる暖かさは昔と変わっていない気がして、少しだけ嬉しくなった。
……ん?そういえば。
「イヴはどこに居るんだ?」
「……あっ」
232: 以下、
『迷子回収』
既に夜と言って差し支えない時刻になっていた。
暗闇の中、車を走らせる。
一時間、二時間と、ただただ時間だけが過ぎていく。
響子と買い物をしたという辺りを中心にぐるぐると回っていく。
「……おっ」
ふと、公園の近くに差し掛かった時にライトに紛れ込むような銀の髮が見えた気がして、車を止める。寮から借りてきたライトを握り、街灯の光に照らされている場所へと歩みを進めていると、目的の人物はベンチにへたり込んでいた。
「こんなところでなにをやってるんだ」
声を掛けると、バッと勢いよく顔が上がる。
サンタは涙目だった。というか、殆ど泣いていた。
「おに゛ぃ゛っざん……っ!」
「……っと!」
腰に思いっきり抱きついてくるサンタ。持っていたライトが俺の手を離れ、カラカラと音を立てながら転がっていく。
……またぎっくり腰にならなくて良かった。本当に……!
「なにをいい歳して迷子になってんだ。帰り道くらい覚えておけよ」
「うぇっ……えへへへへ」
「おい、馬鹿!明日も使うんだから人のスーツに涙やら鼻水やらを擦り付けるのはやめろ!」
「やぁーらぁー!」
「幼児退行すんな!はーなーせー!」
234: 以下、
『うちに駄サンタが居る』
ご機嫌そうに鼻歌を歌うサンタが助手席に我が物顔で座っている。
……正直、最初は誰だか分からなかった。
服装がジャージから変わるだけでこれほど印象が変わるとは。やっぱり響子に任せて正解だった。
「中々似合ってるじゃないか」
「むむー。帰ったらいつものジャージに戻りたいですぅ。やっぱりあっちの方がやっぱ楽ですよぉ」
「うわぁ、もったいなぁ」
本気で勿体無い。小奇麗にしてるだけで全然印象が違うのに。
「……お兄さんは、私がこんな感じの格好してる方がいいですかぁ?」
「……」
言われて、想像してみる。
「な、なんですかぁ!?その嫌そうな顔!やっぱり似合ってないなら似合ってないって言えばいいじゃないですかぁっ!」
……ただ、家で常にこの格好してるとどう扱っていいのか微妙に困るかもしれない。と、思っただけなのだが。雑に扱いにくいというか、我ながら酷い感想だ。
「そういえば、響子がアイドルやりたいらしい」
「うぇっ!?」
「……正直、お前がなんか言ったんだと思ってたけどそうでもなかったのか」
うーむ。分からん。
他になにかあったのか、サンタが自覚ないうちになにかやったのか。
「……そんでもってありすもだ。まぁ、こっちは色んな意味で変化球だったが、一日で二人だぞ、二人」
「ほえー」
サンタはぽけーっとしながら俺の言葉を聞いている。
最近、一日一日が激動で精神が削られっぱなしだ。
「……正直、効いたな」
「効いた、ですかぁ?」
「……一日だ。たった一日で精神的にすっごい強くなってた。志希って子なんて一年掛けても俺のやれなかったことを一日でやってのけたよ。……なんというか、どうしようもなく情けなくなったよ」
嬉しいんだか、悲しいんだか、寂しいんだか分からん。
ただ、きっかけが俺であればいいと思わなかったかと言えば嘘になるのだ。うーむ、なんという大人失格。
「むぅ、よく分かりませんが傷心のお兄さんを私が慰めてあげればいいんですねっ!よぅし、いい子いい子ぉ!」
「調子に、乗るなっ!」
「あいたぁっ!?」
額にデコピンをかますと、サンタは大げさに仰け反る。
サンタのぺろり、とあざとく舌を出す仕草を見て小さく吹き出す。
「……これから忙しくなるから、お前はもう暫くうちのペットでいいぞ」
「さ、最初から私、ペットじゃないですよぉ!というか暫くってその後どうするつもりですかぁっ!」
こちらに乗り出してきて叫ぶサンタ。必死な姿が更に笑いを誘って手元が震えそうになったのを必死で堪える。
「じゃあ、そうだな。うちに駄サンタが居るってことで妥協しとくよ」
「そ、それ……全然良くないですぅ!」
モバP「うちに駄サンタが居る」 END
235: 以下、
これにて完結です。
誤字やらなんやらありましたし、ネタのキメラみたいなSSでしたが書けて楽しかったです。
ここまで見て頂けた皆さんに感謝。
239: 以下、

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