勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」【完結】back

勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」【完結】


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1:
【Episode:Final】
――――黒の国・魔王の城・大広間
勇者「よっ」
魔王の城の大広間へと足を踏み入れた勇者は、その奥に魔王がいるのを見つけるといつものように声をかけた。
数日ぶりにみた彼女は勇者の知る彼女とは随分印象が違って見えた。
容姿はそう変わっていない筈だがそのように感じてしまうのは彼女の瞳が虚ろで輝きを失っているからだろう。
魔王「遅い、遅刻だ!!」
大広間で勇者が来るのを待ち受けていた魔王はいつもよりも重々しい声でそう言った。
彼女は勇者の顔を見て少し驚いた。
決戦を前にもっと悲壮な面構えをしていると思ったのだが普段とたいして変わらぬ顔をしている。
おそらく全てにおいて吹っ切れたからなのだろうと納得する。
彼女に『遅刻だ』と咎められ勇者は苦笑しながら言う。
勇者「おいおい、待ち合わせの時間を決めてたワケでもないのに遅刻ってのはないんじゃないか?」
勇者「お前が言ってた緑の国への侵攻作戦まであと2日あるし、むしろ早いくらいだろ」
魔王「時間など関係ない、私を待たせた時点でお前は来るのが遅いということだ」
勇者「なんだよその理屈」ハァ
理不尽な仕打ちにため息をつく。
勇者もよく屁理屈を言う方だが自分で言うのと人に言われるのとは話が別だ。
712:
魔王「……ともかくよくぞ来たな、100代目勇者よ」
魔王はゆっくりと勇者に歩み寄りながら話しかけた。
魔王「貴様がこうしてここに来たということは100代目勇者として私と闘う覚悟をしてきたのだと見受ける」
勇者「…………」
勇者は何も言わない。
魔王「…………フッ、言葉は不要、ということか」
魔王はその沈黙を肯定と解釈する。
勇者の背負う剣に目がいった。
彼は長年愛用している短めの剣を腰に差す他に、もう一本剣を背負っていた。
魔王「……私が言った通り聖剣と契約を交わしてきたようだな」
魔王は満足したように言って立ち止まると腰に差す魔剣に手をかけた。
魔王「ならば相手にとって不足はない」
スラァ……
チャキッ
抜刀すると構えをとった。
魔王「無駄話はここまでだ。抜け、勇者」
勇者「…………」チャキッ
勇者は何も言わずに背中の聖剣を抜いた。
713:
魔王は構えた魔剣の切っ先を勇者に向けて彼を鋭く睨んでいる。
勇者は聖剣を身体の前で構えて微動だにしない。
静かに時が流れていく。
やがて魔王が吠えた。
魔王「…………参る!!」ドンッ!!
石畳の床を蹴ると勇者目がけて超高で急接近する。
そのまま魔剣を大きく振りかぶると勇者へと一閃する。
だが勇者は回避をしようとも防御の構えをとろうともしなかった。
代わりに…………。
勇者「…………」フッ
代わりに静かに微笑んでみせた。
714:
ヒュンッ!!
魔王「!?」
目の前から消えた勇者に魔王は完全に虚を突かれた。
勇者の神の転移魔法をもってすれば今のタイミングで魔王の攻撃を避けることなど造作もない。
魔王が驚いたのはそこではなかった。
勇者は"聖剣をその場に残して"空間転移したのだ。
フォンッ!!
魔王の太刀が空気を切り裂く音がする。
カシャァンッ
勇者の残していった聖剣が床に落ちて音を立てる。
トンッ
次の瞬間、魔王の背中には温かな感触が伝わった。
715:
自分の身体の前で優しく組まれる勇者の腕。
最初は何が起きたのかよくわからなかったがすぐに状況を理解した。
……今、魔王は勇者に抱きしめられている。
鎧越しでも勇者の体温の温もりが伝わってくる気がした。
鎧を隔てていても勇者の鼓動が伝わってくる気がした。
右耳からは彼の静かな吐息が聞こえる。
魔王「…………どういうつもりだ?」
背後にいる勇者に冷たい声で言い放つ。
だが勇者は彼女の声とは対照的に、おだやかな優しい声で言った。
勇者「……ばぁーか、お前の考えてることなんか俺には全部お見通しなんだよ」
勇者「お前……俺と闘ってわざと死ぬつもりだろ」
716:
魔王「…………」ピクッ
勇者の一言を受け一瞬魔王の顔がこわばった。
勇者「『わたしには勇者を殺すことなんてできない。わたしか勇者の命がこの世界のために必要ならわたしが死ねばいい』……とか考えてたんじゃねぇか?」
勇者「お前が争いごとを好まない優しい奴だってよくわかってるからさ、きっとお前ならそう考えてるだろうってずっと思ってたんだ」
魔王「…………」
魔王は何も答えなかった。
答えられなかった。
動揺して次の言葉がすぐに出なかったのだ。
なんとか胸中を落ち着けると意識して冷徹な声色を作り勇者に言う。
魔王「…………下らんな」
魔王「もしお前の言う通り私が死ぬつもりなのだとしたら、わざわざお前の仲間達を襲い宣戦布告するなんて茶番をしたりしないだろう。ただお前と闘って殺されればいいだけだ」
勇者「……お前が武闘家達を傷つけたのは自分に罪を負わせるためだろ?」
魔王「…………ッ」
勇者「大切な友達を傷つけてしまった自分はその罪を死ぬことで償わなければならない……そう自分に言い聞かせて逃げ場をなくすためってとこかな」
勇者「言ったろ、お前の考えてることなんか俺には全部お見通しなんだよ」ハハッ
717:
魔王「…………」
魔王はもはや何も言い返せなかった。
押し黙る魔王に勇者は語りかける。
勇者「……なぁ、魔王」
勇者「俺さ……ようやく気づいたんだ」
勇者「俺にとっては人間と魔族の和平とか、世界の平和とか、神樹のこととか……実はどうでもいいんだ」
勇者「俺は……お前が笑っていてくれればそれでいいんだよ」
勇者「人間と魔族の和平を目指してきたのもさ、お前にいっぱい笑って欲しかったからだったんだ」
魔王「…………」
勇者「……ずっと前にお前に言ったこと、覚えてるか?」
魔王「…………?」
勇者「覚えてないなら何度でも言ってやるよ」
勇者は微笑みながら、ゆっくりと優しい声で魔王に言った。
勇者「世界中の誰もがお前を魔族の王様として見ても、俺だけはお前のこと1人の女の子として見てやる。だからそんな顔すんな」
魔王「…………ゆうしゃ……」
勇者「だからいつもみたいにさ、また笑ってくれよ。魔王」フフッ
718:
魔王「…………ばか……」
魔王の金色の瞳から大粒の涙が一粒こぼれ落ちた。
魔王「…………ずるいよ、勇者」ポロッ
魔王「今そんなこと言うなんて……ずるすぎるよ……」グスッ
勇者の言葉に抑えていた魔王の感情が涙とともに一気に溢れ出す。
カシャァンッ
魔剣を手放して流れ出る涙を拭おうとする。
しかし輝く雫は彼女の瞳から止めどなく溢れてくる。
魔王「勇者と闘わなくちゃならないってわかった時から……わたしが勇者の代わりに死のうって決めてたのに……そんなこと言われたら……覚悟が揺らいじゃうじゃん……」ポロポロ
魔王「わたしは……わたしは勇者を殺して生きるくらいなら死んだ方がいい……」グスッ
魔王「……お願い、勇者。わたしを殺して…………どうせいつか他の勇者に殺されるんなら勇者の手でわたしを殺してよ……」ポロポロ
泣きじゃくる魔王に勇者は笑いながら言う。
勇者「バカ、話聞いてたのか? 俺がそんなことするわけないだろ?」
魔王「でも…………」
719:
勇者「それに命懸ける覚悟があるなら……俺と一緒に世界を救ってくれないか?」
魔王「…………?」グスッ
勇者「実はさ、世界を崩壊させずに神樹を全部ぶっ壊す方法を考えついたんだ」
魔王「え……!?」
勇者の言葉に魔王は耳を疑った。
勇者の顔を見ようと眼だけ彼の方を向ける。
勇者「白の国の学者さんに計算してもらったらほぼ確実に成功するだろうって」
魔王「じゃ、じゃあ…………」
魔王の声は震えながらも心底嬉しそうだ。
勇者「あぁ、俺達はもう闘う必要はないし、世界の悲しみの連鎖を断ち切ることができるかもしれない」
勇者「でも俺だけじゃ出来ない……お前の力が必要なんだ」
勇者「その……下手したら死んじゃうかもしれないらしいんだけど……付き合ってくれるか?」
不安そうに勇者は魔王に尋ねた。
だが魔王はそんな勇者の心配をよそに希望を宿した声で言った。
魔王「……そんなの当たり前だよ。勇者となら地獄の果てだって、どこまでも一緒に行くよ」
勇者「……そっか、ありがとう」
720:
魔王「それに……」
魔王は静かに勇者の手に触れた。
そしてどこにでもいるような普通の女の子のように愛らしく笑う。
魔王「わたしと勇者が力を合わせてできないことなんて何一つないよ」フフッ
勇者「…………そうだな、お前の言う通りだよ」ハハッ
彼女の笑顔こそ見れなかったがこうして彼女がまた笑ってくれただけで勇者は満足だった。
勇者「とりあえず俺はそのことをお前に伝えに来たんだ。武闘家達と側近さんが砦で暴れて陽動をかけてくれてる、早くアイツらのとこに行こうぜ」
魔王「え?何で側近も?」
勇者「まぁそこらへんは後でゆっくり話すさ、これから片付けなきゃならない問題もあるしな」
魔王「……でも……」
さっきまでとはうって変わって魔王は急に元気がなくなった。
勇者「?」
魔王「……わたしみんなに酷いことしちゃった……どんな顔して会えばいいかわからないないよ……」シュン
勇者「なんだそんなことか、みんな気にしてないって」
魔王「でもさ……」
721:
落ち込み不安がる勇者をどうやって励まそうかと勇者は思案していたが大事なことを思い出した。
勇者「そうだ、みんなから伝言がある」
魔王「伝言?」
勇者「そう、魔王に会ったら伝えて欲しいって頼まれてたんだ」
勇者「魔法使いが『あたしはいつだって魔王の友達だけどみんなで遊びに行く約束破ったら絶交だかんね!』ってさ」
魔王「……魔法使いらしいね」クスッ
勇者「絶交されたくなかったらちゃんと約束守らなきゃな」
魔王「そうだね」フフッ
魔王は屈託なく笑う魔法使いを思い浮かべた。
耳は彼女の弱点なので会ったら思いっきりなでまわしてやろうなどと思う。
勇者「側近さんは『私を巻き込まないための魔王様のお心遣い、嬉しく思いますが私は不満でいっぱいです。帰ったらこの件につきまして"友人として"抗議いたしますので覚悟なさって下さい』だってさ」
魔王「"友人として"……か。側近わたしのことそんな風に思っててくれたんだ……」
勇者「側近としてじゃなくてお前の1人の友達として不満たっぷりってことだな」
魔王「……ちゃんと謝らなきゃね」
眼鏡を光らせて魔王に不満をぶつける側近の姿が思い浮かんだ。
謝ったら文句を言いながらも許してくれるような気がした。
722:
勇者「僧侶は『魔王ちゃんが試合放棄するなら私が先にアタックしちゃうよ、不戦敗なんて私絶対許さないからね』だとさ」
魔王「それは困るな……」
勇者「もしかして温泉行った時に言ってた勝負の話か? 一体何の勝負なんだよ?」
魔王「ふふっ、まだ内緒だよ」クスクス
良き友であり恋のライバルの僧侶とは恨みっこなしで正々堂々と勇者争奪戦に決着をつけたいと思った。
役得ということでこうして勇者に抱きしめられていることは内緒にしておこうと決めた。
勇者「んで最後は武闘家…………」
魔王「……?」
勇者「あー、くそっ、アイツが余計なこと言うから覚えてられなかったじゃねぇか」
魔王「え〜、それはないんじゃない?」ハァ
唸る勇者に魔王が呆れ果てる。
勇者「いや、ちょっと待て、喉まで……あぁ!そうそう!」
勇者「『貴女の行動を責める人など僕らの中には誰もいませんよ。たまにはぶつかり合って傷つけ合うこともあるでしょう、ですが最後には仲直りできる……それが友達というものです』だ」
魔王「……いかにも武闘家らしい言葉だね」
勇者「こういうときでもなんか真面目だよな、アイツは」
魔王「……そっか、友達なら仲直りできるんだよね……」
武闘家の言葉は今の魔王の心に深く響いた。
おそらく武闘家もそれが魔王が一番欲しい言葉だと思って言伝てを頼んだのだろう。
勇者「……な?心配することなんて何もないだろ?」ハッ
魔王「……うんっ!」
723:
魔王「……って言うか勇者いつまでわたしに抱きついてるつもりなの?」
勇者「!!」ハッ
魔王に言われて勇者は気づいた。
そういえばさっきからずっと魔王を抱きしめたままだ。
魔王「セクハラで訴えるよ?」フフッ
勇者「わ、悪ぃ」バッ!!
彼女から離れると焦りながらなんとか弁解をしようとする。
勇者「なんかこう……この方が気持ちが伝わるかなって思ってつい……いや、やましい気持ちとかは決してなく、だな」アセアセ
魔王「フフッ、分かってるよ、今日だけは許してあげる」クスクス
慌てふためく勇者がおかしくて魔王はいつものように笑った。
勇者にとってはひさしぶりに見た彼女の笑顔だった。
勇者「……さて、そろそろ武闘家達のところに行くか」
勇者は陽動として砦で戦っている武闘家達のところに戻ろうとした。
今回の作戦はあくまで魔王の説得が目的であり神樹の破壊は今日である必要はない。
魔王が再び和平への希望を持ったなら緑の国への侵攻作戦は中止になり時間的に猶予ができる。
その時間でさらに良い方法がないか考えたり周囲に被害が出ないようにしたりと十分に準備をした上で決行すれば良い。
724:
勇者「黒の国の兵士達の攻撃はお前が止めてくれよ」チャッ
勇者は聖剣を拾いながら言う。
魔王も魔剣を拾いながら返す。
魔王「うん、任せて」チャッ
勇者「よし、んじゃ……」
勇者は転移魔法発動の合図に指を軽く鳴らした。
勇者「ほっ」パチィン
し〜ん……
勇者「……あれ?」
しかし何も起きない。
魔王「どうしたの?」
勇者「…………?」バッ
今度は指を鳴らすのではなく左手を広げて転移魔法陣を展開しようとした。
しかし魔法陣は現れない。
勇者「……転移魔法が使えない……」
『瞬天の勇者』と称される転移魔法の使い手である勇者が転移魔法の術式を組み間違えるとはどうにも考えられない。
勇者は胸騒ぎがしてきた。
725:
魔王「もぅ、しょうがないからわたしがやるよ」バッ
し〜ん……
手を高く掲げて転移魔法を発動させようとした魔王だったが彼女も魔法陣の展開に失敗した。
魔王「あれ?」
勇者「さっきは使えたのに……」
魔王「どうしてだろ?」
勇者と魔王、その両者が術式を組むのを間違えたとは考えにくいことだった。
ともすれば考えられるのは『術式を組むのに成功しているのに魔法陣が展開できない』という状況だろう。
『不思議な力にかき消された』とでも言うのだろうか。
勇者が自分達の置かれた状況について考えていると、禍々しい殺気が周囲を覆った。
726:
勇者・魔王「!!」ゾクッ!!
バッ!!
ドガアアァァァンッ!!!!
殺気を感じてその場から離れるとさっきまで二人がいた場所が爆撃によって消しとんでいた。
入り口付近の石造りの壁がガラガラと音を立てて崩れていく。
魔王「な、何なの!?」サッ
勇者「誰だ!!」サッ
剣を構えて周囲を警戒する。
「やはりそう簡単には殺されてはくれんか」ククッ
薄暗い大広間の奥から低い男の声が聞こえてきた。
魔王「……!!」
魔王は男の声に聞き覚えがあった。
幼いころから何度も聞いてきた声だ。
727:
コッコッコッ……
足音を響かせ男が悠然と勇者達に近づいてくる。
徐々にその姿が明らかになっていく。
漆黒の鎧に全身を包んだ中年の男が二人の前に現れた。
逞しい肉体と勇ましい顔つきは一目見ただけで彼が歴戦の強者であると誰もが理解できるだろう。
魔王「叔父上……!!」
勇者「!!」
魔王が彼をそう呼んだことで勇者も彼が誰なのか分かった。
先代魔王の弟にして魔王の叔父――――魔将軍だ。
728:
魔王「何故叔父上がここに!?私は魔巌の砦への向かえと指示した筈だが」
魔王「……いや、そんなことはどうでもいい。何故私達を狙った!?」
吠える魔王をあしらうように魔将軍が言う。
魔将軍「……なに、姫君を狙ったのはついでだ」
魔王「ついで……!?」
魔将軍「私が用があるのは小僧、貴様だ」スッ
魔将軍はそう言って勇者を指差した。
勇者「……へぇ、アンタに会うのは初めてのハズなんだけどな……なんか恨みを買うようなことしたかな?」
魔将軍「恨みは無い。だが聖剣と契約を交わした100代目勇者……貴様は私がこの手で殺す。最後の勇者として散りゆくがよい」
勇者「はいそうですか、って殺されてやるほど俺は優しくないぜ。それに俺にはやることがある」
魔王「待て、魔将軍!!無益な闘いはやめろ!!」
殺気立つ二人の間に割って入るように魔王が会話に口を挟む。
729:
魔王「私は……いや、黒の国は人間側との和平に向けて歩み出す。これ以上無駄な血を流すことは100代目魔王である私が許さんぞ!!」
魔将軍「和平……? フンッ、世界に神樹がある限りそんなものは不可能だと分かっているだろう」
魔王「その神樹を破壊する方法が判明したのだ!!神樹が無くなれば戦争を続ける意味は無くなる!!」
魔王「父上の夢見た平和な世界がやってくるかもしれんのだ!!」
そう語る魔王を冷ややかな眼で見ると魔将軍は無関心に言った。
魔将軍「それがどうした?そんな世界私には興味がない」
魔王「なっ……」
魔将軍「兄上……そうだ、兄上は甘かったのだ。同じ人間同士とは言え黒の国以外の人間など虫以下の価値しかない」
魔将軍「我々は魔族、奴らは人間……この違いは絶対的なものだ」
魔将軍「そうだと言うのに手を取り合って平和を目指そうなどと……そうやって人間などに心を許すから大勇者に裏切られて兄上は奴に殺された」
魔王「それは違うぞ!!大勇者殿は正々堂々父上と闘い、そして……」
魔将軍「我が身惜しさに親友を殺したのだろう」
魔王「違う!!」
魔将軍「違わないさ。大勇者が兄上を殺したという変えようのない事実がある以上な」
730:
異議を唱える魔王をまるで相手にもせずに魔将軍は言う。
魔将軍「私は兄上のように甘くはない……完全な世界をこの手で作ってみせる」キッ
勇者「…………アンタ一体何企んでやがる?」
勇者は醜く濁った魔将軍の瞳に嫌悪感を抱きながら尋ねる。
魔将軍「……フッ、いいだろう。計画は最終段階に入っている、冥土の土産に教えてやろう」
勇者と魔王を前に魔将軍はありとあらゆる負の感情をその眼に浮かべながら話し始めた。
魔将軍「20年近く前……世界の真実について知った私は世界に憤り、絶望した」
魔将軍「戦場で散っていった数々の仲間達、そして兄上は世界の崩壊を阻止するための生け贄にすぎなかったと知ったのだからな」
魔将軍「しかもこれから先も未来永劫、滅びの時までそうして同胞達は死んでいく……」
魔将軍「私は世界が憎かった、人間が憎かった、何より運命に対しあまりに無力な自分自身が憎かった!!」
魔将軍「……そしてある時気付いたのだ……魔族が完全に世界を支配することで世界は平和になると」ニィ
魔将軍の顔が狂気に歪む。
731:
魔将軍「強大な軍事力によってこの世界を完全に黒の国の、魔族の支配下に置く」
魔将軍「そして人間達をその世界の安定を守るために"使えば"よいのだ!!」
魔将軍「人間達を交配させ、生ませ、増やし、毎年一定量殺して神樹への供物とする」
魔将軍「勇者の刻印を持つものは聖剣の加護に耐えうるだけ鍛えて聖剣と契約を交わさせた後に殺す」
魔将軍「そうすれば魔族の完全に支配する世界には争いは起こらず、我々にとって永遠に安泰な新世界が創れるとな」クククッ
魔将軍は狂ったように笑いはじめた。
彼が抱いていた強大な世界への恨みはいつしか人間への恨みへとすり変わっていた。
魔将軍のおぞましい計画を聞き、話の内容に堪えられなくなった魔王は怒りの叫びをあげる。
魔王「ふざけるな……ふざけるな!!!!」
魔王「貴様……何を言っているのか分かっているのか!?」
魔王「貴様は同じ人間を家畜以下の存在として扱おうというのだぞ!?」
魔将軍「黙れ!!我々は魔族だ!!人間などという薄汚く卑しい下等な生物と同じではない!!」
魔王「……貴様のそんな狂った野望、100代目魔王として、父上の意志を継ぐ者として、何よりこの私自身が断じて許さん!!!!」
魔将軍「私が王となる新世界では姫君にも政治を任せても良いと思っておったのだが……残念だ」
732:
魔王にそう言うと魔将軍は今度は勇者の方を見た。
魔将軍「……分かったか、100代目勇者。私の創る新世界において勇者などという下らぬ存在は不要なのだ。魔力増幅装置の聖剣さえあればそれでいい」
魔将軍「貴様を殺してその聖剣貰い受けるぞ」
黙って話を聞いていた勇者はようやく口を開いた。
勇者「…………俺の言いたいことは1つだ」
勇者「テメェみたいな憎しみに狂ったクソ野郎に俺達の未来は好きなようにはさせねぇ、絶対に!!」ギリッ
魔将軍「クククッ、威勢が良いのは結構だが得意の転移魔法が使えぬことには気付いているだろう?」
魔将軍は皮肉を込めた笑みで勇者を見る。
勇者「……!!……じゃあテメェが!?」
魔将軍「そうだ。瞬天の勇者が転移魔法を応用して闘うことは知っていたからな、いつか魔王の城へ姫君と闘いに訪れた時のために転移魔法を無効化する結界を準備していた」
魔将軍「私がそれを先ほど発動させたところだ……今やこの城では私を除いて誰一人として転移魔法は使えぬぞ」
勇者「転移魔法が使えなくたって俺には聖剣がある!!」
勇者は聖剣を強く握り締め魔王に叫ぶ。
勇者「魔王!!アイツの思い通りになんか絶対させねぇぞ!!」チャッ
魔王「うん!!わたし達の手であんな狂った野望を止めよう!!」チャッ
733:
勇者・魔王「はあぁっ!!!!!!」
ドンッ!!!!!!
ゴウッ!!!!!!
聖剣と魔剣の力によって極限を超えて高められた二人の魔力が一気に開放された。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!
膨大な魔力が大広間を激しく揺らす。
魔将軍「ほぅ……やはり勇者と魔王か。素晴らしい魔力だな……」チャキッ
スラアァ……
二人の魔力を肌に感じつつ魔将軍は腰の大剣を抜いた。
不気味な紅い刀身についた気味の悪い目玉がギョロギョロと動いている。
魔王「何?あの剣……気持ち悪い……」ゴクッ
勇者「随分とまぁ悪趣味な剣だってのは見ただけでわかるけど……それだけじゃなさそうだな」ゴクッ
スッ……
魔将軍は右手に持った剣を身体の前で横一文字にする。
それに左手を軽く添えると足を肩幅に開き大きく息を吸った。
734:
魔将軍「かあっっ!!!!!!」
ドンッッッ!!!!!!!!
ゴウゥッッッ!!!!!!!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!!!
魔王「な……!?」ビリビリ
勇者「にぃ……!?」ビリビリ
魔将軍の開放した魔力は尋常ならざる量の魔力だった。
明らかに人の限界を超えている。
先ほど勇者と魔王が開放した凄まじい魔力も今の彼の魔力には及ばない。
その人知を超えた魔力は大広間はおろか魔王の城全体を揺らしているかの様だった。
空気を伝わる魔力が二人にとっては痛みとして感じられるほどだ。
勇者「その気味悪い剣、まさか……」
魔将軍「あぁ、貴様の考えている通りこれは特注の魔力増幅装置だ」
魔王「やっぱり……!!」
魔将軍「数少ない聖剣と魔剣の資料を元に現在の最新の魔法科学により作り出された妖剣……魔力増幅装置としての力は聖剣と魔剣を凌ぐ」
魔将軍「私はこの妖剣を手に、王として新たなる世界の頂点に君臨する……」
魔将軍「魔族の中の魔族……いや、魔王の中の魔王、『大魔王』としてな!!!!」
735:
大魔王「今!!この時より!!私は自らを大魔王と名乗ろう!!」
魔将軍……いや、大魔王は妖剣を高々と掲げて叫んだ。
勇者「ハンッ、『大魔王』とは随分とご大層な名前だなおい」
魔王「だけど勇者……」
勇者「わかってる、あの力は本物だ」ゴクリッ
大魔王が妖剣を構えると彼を取り巻く魔力が急激に張りつめた。
重々しい声で大魔王が勇者達に叫ぶ。
大魔王「さぁこいガキども!!魔族のための新世界の礎となれぇ!!!!」
736:
魔王「勇者!!」バッ
勇者「任せろ!!」バッ
カアアアァァッッ!!!!
手をかざした二人の前方に巨大な魔法陣が展開される。
勇者・魔王『七重炎撃魔法陣・獄』!!!!!!!!
ゴオオオオオオォォォォォォッッッッ!!!!!!!!
大魔王「!!」
ドッガアアアアァァァァーーーン!!!!!!
七重最上級炎撃魔法が同時に二発。
考えられる二人の最大火力の一撃である。
煉獄の大火炎が大広間の半分以上を焼き払い、吹き飛ばした。
常人ならば防壁魔法陣を展開していたとしても耐えきれずに一瞬のうちに骨すら残さず焼き尽くされてしまうだろう。
737:
だが勇者達はその一撃で大魔王を倒せているとは思ってはいなかった。
この一撃は自分達と大魔王の力量の差を測るのが目的だ。
勇者「…………」
魔王「…………」
剣を手に揺らめく炎をじっと見つめる。
ブワッ!!!!
突如として炎撃魔法の残り火が吹き飛んだ。
大魔王は先ほどと同じ位置に悠然と立っていた。
驚くべきことに無傷で。
738:
勇者「な、嘘だろ!?あれで無傷って……!!」
魔王「よ、よく見て、勇者!!」
勇者「!?」
魔王に言われて勇者は大魔王を凝視した。
彼の身体のは禍々しく黒く輝く魔力の霧のようなもので覆われている。
勇者「なんだあれ……」
驚愕する勇者達を見て大魔王はいやらしい笑みを浮かべて口を開いた。
大魔王「……"これ"は妖剣の力を開放した私のみが使うことのできる裏魔法……名前すらまだない」
大魔王「術式に高魔力相殺の魔法方程式を組み込んだ超高密度の魔力の衣だ」
大魔王「私への魔法攻撃を瞬時に無効化する闇の衣、と言ったところか」フフフッ
大魔王の闇の衣の説明を聞き勇者が喚く。
勇者「あんな桁外れの魔力持ってるクセにこっちの魔法は全部効かないとか……どう考えてもこんなの反則じゃねぇかよ!!」
魔王「泣き言言わない!!わたし達はわたし達にできることをやるだけ!!」
魔王はそんな勇者を叱咤する。
739:
魔王「魔力の衣ってことは物理的攻撃には基本無力ってことでしょ、なら剣撃と体術なら通るハズだよ!!」
勇者「そりゃそうだろうけど……」
魔王「それに!」
勇者「?」
魔王「わたしと勇者が力を合わせてできないことがあるの?」ニコッ
勇者「…………」
そう言われてじっと魔王の顔を見ていた勇者だったが少しすると笑って言った。
勇者「…………ねぇな、何一つねぇ」ニッ
大魔王「……?」
大魔王(なんだ?先ほどまでと空気が変わった……?)
長い間戦場を駆けてきた大魔王は戦場の空気と言うものを敏感に感じとることができる。
ついさっきまで自分との力の差に絶望しかけていた彼らの周りの空気が今は何故か温かな希望を取り戻している。
740:
勇者「足、引っ張んじゃねぇぞ」
魔王「それはこっちの台詞」
勇者「よく言うぜ、さっきまで泣いてたくせによ」
魔王「今は関係ないでしょ、もう!」
勇者「眼、まだ赤いけどな」
魔王「うそっ!?」
勇者「嘘」ククッ
魔王「むぅ〜……後で覚えててよね」ムスッ
勇者「はいはい」フッ
勇者「……んじゃ、行ってみっか!!」チャッ
魔王「オッケー!!」チャッ
741:
トンッ
二人は互いに背中を預けるようにして立った。
勇者は右手に持った聖剣を、魔王は左手に持った魔剣を真っ直ぐに大魔王へと向ける。
絶望的とも言える状況で、彼らの瞳には希望の光が宿っている。
互いが何を考えているのか、合わせた背中から想いが伝わってくる。
声を合わせて叫んだ。
勇者・魔王『裏魔法陣・亜音』!!!!
カアアアァァァッ!!
地面に展開された魔法陣から放たれた白い光が勇者の身体の包む。
同じ様に魔王の身体を黒い光が包む。
大魔王「フンッ、小僧一人と小娘一人などまとめて葬り去ってくれる!!」チャッ
大魔王『裏魔法陣・亜音』!!!!
カアアアァァァッ!!
黒の光が勇者達同様に大魔王の身体を包み込んだ。
勇者「だぁっ!!」ドンッ!!
魔王「はぁっ!!」ドンッ!!
勇者達は同時に地を蹴って大魔王へと向かっていった。
742:
勇者「おら!!」ビュッ
初手、左手側面から勇者が横薙ぎを放つ。
ギンッ!!
しかし大魔王はそれを難なく受け止める。
魔王「はっ!!」ヒュッ
大魔王「フン」サッ
間髪を入れずに魔王が突きを放ったが大魔王は身体を捻って避けてみせる。
しかも攻撃のための予備動作は既に終えている。
このタイミングならば一振りで魔王の首を胴体から切り離すことが可能だ。
大魔王「まずは1人!!!!」ビュッ!!
広刃の大剣を魔王目がけて振り抜く。
魔王「…………」
しかし魔王は防御しようとも回避しようともしない。
743:
ギィンッ!!
大魔王「……!?」
魔王への攻撃を防いだのは彼女自身ではなく勇者だった。
魔王「やぁっ!!」ビュッ!!
勇者が大魔王の太刀を受け止めた隙に魔王が魔剣を振るう。
大魔王「チッ!!」サッ
大魔王は一歩退き彼女の剣を避けてみせた。
キュキュッ
クルッ
魔王が軽くステップを踏み身を翻す。
744:
すると彼女と入れ替わるように勇者が大魔王へ攻撃を仕掛ける。
勇者「せいやぁっ!!」バッ!!
ビュバッ!!
ガキィン!!
大魔王「ぐ……ぬ!?」
二人がつばぜり合いになったところで勇者を飛び越えるように魔王が大魔王へと飛びかかる。
魔王「はぁっ!!」ビュッ!!
大魔王「ぬぅ!?」サッ
ギィンッ!!
その攻撃を大魔王はなんとか受けきったが勇者と魔王の猛攻は止まらない。
キィンッ!!
ガキィンッ!!
キキィンッ!!
キィーンッ!!
カガキィンッ!!
勇者・魔王「おおおおぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
745:
大魔王(……なんだ!?……なんだこの流れるような連携は……!?)
大魔王(打ち合わせも無しにこんな複雑な攻撃……有り得ない!!)
大魔王は動揺していた。
純粋な剣の腕前なら恐らく自分の方が上。
勇者と魔王を二人同時に相手にしていてもおそらくそれは変わらないだろう。
まして自分には妖剣の加護がある。
身体能力は彼らを遥かに凌駕していると言って過言ではない。
いくら二人がかりとは言え彼らをあしらうことなど造作もない筈。
なのに。
どうして。
何故。
何故こうも自分が圧倒されている……!?
746:
息もつかせぬ連携攻撃を大魔王へと仕掛けながら二人は思った。
勇者・魔王(…………わかる!!)
勇者(次に魔王がどう動くのか……!!)
魔王(次に勇者が何をするのか……!!)
勇者(言葉を交わさなくても……!!)
魔王(動きを見なくても……!!)
勇者(魔王のことが)
魔王(勇者のことが)
勇者・魔王(自分自身のようにようにわかる!!!!)
剣撃の合間にお互いの顔をちらりと一瞬だけ見た。
瞳を見て相手も同じことを思っているのだと確信すると自然と笑みがこぼれた。
747:
大魔王「えぇい!!いい気になるなよ、ガキ共がぁ!!」バッ
大魔王は勇者達の猛攻の最中、地を蹴って飛び退くと彼らと距離をとった。
大魔王「2人仲良く消し飛べ!!」サッ
カアアアアァァァァッッ!!!!!!
大魔王が手をかざすと勇者達を中心に大広間の床に巨大な魔法陣が形成される。
勇者・魔王「!!!!」
大魔王『七重爆撃魔法陣・滅』!!!!!!!!
ドッガアアアアァァァァンッッ!!!!!!
鼓膜が破れてしまいそうな轟音が響いた。
最上級爆撃魔法陣による凄まじい大爆発は大広間の屋根を消し飛ばし城全体を激しく揺らした。
モクモクモクモク……
大魔王「…………」
大魔王は妖剣を構えて未だ消えやらぬ爆煙を注意深く見ていた。
直撃していればいくら勇者と魔王とは言え跡形もなく消しとんでいるだろうが恐らく防壁魔法陣で防いでいることだろう。
致命傷は与えられたかもしれないが安心はできない。
748:
大魔王「…………」チャッ
大魔王が軽く妖剣を握り直した瞬間、黒煙の中から高の突きが繰り出された。
ブワッ!!!!
大魔王「!!」サッ
身体を左に動かしその突きを避けると、黒刃の剣が彼に向かって振り下ろされた。
魔王「せやっ!!」ビュッ!!
大魔王「くっ!!」サッ
ガキイィン!!!!
魔剣と妖剣とがぶつかり合い激しい金属音を立てた。
魔王と剣を交えつつ、次に来るであろう勇者の攻撃に注意を払う。
先ほど突きが放たれたことを考えれば前方の黒煙の中から追撃が来る筈。
749:
パシィッ!!
大魔王「!?」ピクッ
背後から音が聞こえた。
何かを掴む音だ。
大魔王「ッ!?」バッ
思わず振り返ると彼の後ろで勇者が右手に聖剣を、左手に小振りの剣を持ち振りかぶっているところだった。
大魔王「まさかさっきの突きは……!!」
大魔王の言う通り、先ほど彼が避けたのは突きではなかった。
勇者が長年愛用している短めの剣、それを魔王が大魔王目がけて投げたものだったのだ。
魔王が魔剣による攻撃を仕掛けた時には既に勇者は大魔王の背後に回り、投げられた愛剣を掴み取っていたのだ。
750:
勇者「はあぁっ!!!!」ビュバッ!!!!
ザザンッ!!!!
大魔王「ぐあっ!!」
手にしていた二本の剣を振り抜き大魔王の背を十字に斬りつけた。
魔王「てやっ!!!!」バッ!!
ドゴォッ!!
大魔王「があぁっ!!」
魔王は身体を回転させることで破壊力を上げた蹴りを大魔王の右脇腹へと放った。
蹴りの衝撃により大魔王の体が吹き飛ばされる。
勇者「…………」ハァハァ
魔王「…………」ハァハァ
二人は荒く息をすると、すすだらけの互いの顔を見た。
拳を軽く握るとそれをぶつける。
コツン!
勇者・魔王「……よしっ!!!!」グッ
751:
大魔王「ぐっ……」ヨロッ
背中の傷と脇腹の痛みに耐えながら大魔王はゆっくりと起き上がった。
先ほどまで彼を覆っていた黒の衣は今の一撃により消え去ったようだ。
勇者「どうした、大魔王サマともあろうもんがこの程度が!?」
魔王「今ならまだ間に合う、馬鹿げた真似は止めろ!!」
大魔王「……フフッ、貴様らの力がこれほどまでとはな……」
大魔王は薄ら笑いを浮かべながら二人を見る。
大魔王「力や条件では圧倒的に私が有利であるにも関わらず2人で力を合わせることでその差を埋め、あまつさえこの私に傷を負わせるとは……いやはや恐れいった」ククッ
勇者「ならさっさと妖剣を捨てて投降するんだな!!」チャッ
魔王「いくら貴様の力が強大であろうとも私達がこうして力を合わせれば必ず勝てる……!!」チャッ
聖剣と魔剣を大魔王へと向け二人は言う。
先ほど傷を負ったことで大魔王と勇者達の力の差は大幅に縮まっている。
いや、むしろ今や勇者達に分があると言える。
大魔王「……フフフッ」
しかしそんな状況にもかかわらず大魔王は不気味に笑い出した。
752:
勇者「どうした?何がそんなにおかしい?」
大魔王「いや、すまんな…………もしもの時のために保険をかけておいて正解だったと思ってな」ニヤッ
魔王「保険……?」
大魔王「…………」パチィン
カアアァァッ!!
大魔王が指を鳴らすと彼の足元に転移魔法陣が展開された。
パッ
ドサッ……
「うっ……」
青白い光の中からこの場へと空間転移された女性はその場へ倒れこんだ。
黒髪の美しい気品ある女性だ。
魔王「な…………」
女性を見るなり魔王は驚愕のあまり言葉を失った。
やがて怒りにわなわなと震え始める。
勇者「だ、誰だよ?知り合いか?」
その女性が誰なのか分からない勇者は魔王に尋ねる。
沸き上がる怒りを必死に押さえながら魔王は答えた。
魔王「……黒の国の王妃……私の母上だ…………」ギリッ
勇者「なんだと!?」
753:
大魔王は呻き声をあげて倒れる黒の王妃の襟首を掴んで無理矢理立たせるとその首筋に妖剣をあてがう。
黒の王妃「う……」
魔王「……どういうことだ……何故母上がここにいる!!私と勇者との闘いに巻き込まぬよう母上にも城から退避してもらっていた筈!!」
大魔王「言ったろ、保険だとな。貴様が新世界で私に反逆を企てた時のために数日前から私が幽閉していたのだが……まさかこんなかたちで彼女を人質として使うことになるとは私も思わなかったよ」クククッ
勇者「テメェ……何から何まで歪んでやがる……!!!!」キッ
黒の王妃「う……」ピク
そこで黒の王妃が意識を取り戻した。
ゆっくりと瞼を開ける。
黒の王妃「……ま、魔王?」
魔王「母上!!」
黒の王妃「そして……隣にいるのは……勇者君ね、若い頃の大勇者さんそっくりだわ……」
魔王「待っていて下さい!!母上、すぐ私達が……!!」
大魔王「おっと、私がそう簡単に彼女を解放すると思うか?」
勇者「ぐっ……!!」
754:
大魔王は醜い笑みを浮かべて勇者達に指示を出す。
大魔王「聖剣と魔剣を鞘に納めてこちらに投げ捨てろ。さすれば彼女を解放してやる」
魔王「…………」ギリッ
勇者(ふざけんな……そんなことしたら5秒とかからずに俺達は殺される……!!)
黒の王妃「私には状況はよく分かりませんが……私が魔王の枷となってしまっているということは分かります……」
黒の王妃「魔王……私に構うことはありません」
魔王「しかし!!」
黒の王妃「言ったでしょう? あなたがどんな選択をしても私はあなたの味方だと」
大魔王「……余計なことは言わなくてよいのだ」
ドスッ
反抗的な王妃の態度に苛立った大魔王は表情を変えずに妖剣を彼女の大腿部に突き刺した。
黒の王妃「うぅっ!!」
勇者「テメェ!!!!」
激痛に王妃は顔を歪め呻き声を上げた。
足から流れ出る血が彼女の服に赤い染みを作る。
755:
黒の王妃「……魔王……」
痛みに耐えながら王妃は魔王の瞳をじっと見つめた。
その目は芯の強い女性のものであり、優しく温かい母親のものであり、気高く高貴な王族のものであった。
魔王「…………」
そんな彼女の眼を黙って見つめていた魔王はやがて口を開いた。
魔王「……分かりました、母上」
勇者「魔王!?」
大魔王「貴様……正気か!?」
魔王の一言に勇者だけでなく大魔王もが驚きの声を上げる。
魔王「……100代目魔王として私はこの黒の国の民を、世界に住む全ての人々を守らなければなりません」
魔王「そのために実の母の犠牲が必要とあれば……私は……」
勇者「でも!!」
黒の王妃「良いのです、勇者君……」
勇者「王妃様……」
黒の王妃「親はいつだって子の幸せを願うものよ」フフッ
魔王「……私の……私と勇者の目指す平和な世界を是非母上にも見ていただきたかったです……」チャキッ
魔王は魔剣を構え直した。
その手に力を込める。
勇者「やめろ!!魔王ぉ!!」
756:
――――魔巌の砦
魔法使い「まったく、キリがないね…………」ハァハァ
側近「くっ……!!」ハァハァ
僧侶「が、頑張って、みんな……」ハァハァ
武闘家「参りましたね、どうも」ハァハァ
「コフー!!コフー!!」
「グルルルル……!!」
勇者と別れてから武闘家達は襲い来る狂戦士達を全力で迎え撃っていた。
肉体を限界を超えて強化された彼らの強さは驚異的ではあったが戦闘力に関しては武闘家達の方が上回っていた。
だが彼らの真に恐ろしいところはその戦闘力ではなかった。
並外れた生命力……タフネスだ。
一度死してその肉体を魔力によって動かしている彼らは疲れを感じなければ痛みも感じない。
戦闘前に武闘家が魔法使いに言ったように『バラバラの粉々の木っ端微塵』になるまで襲いかかってくるのだ。
腕が吹き飛ぼうと脚がもげようとお構い無し、ひどい者では頭だけで噛みついてこようとした者までいた。
対して武闘家達は徐々にその身に疲労が溜まりつつあった。
狂戦士の軍勢に魔力とスタミナを温存して闘う余裕など無く、このままではじり貧は免れない。
圧倒的な強さでたった四人で狂戦士達をおよそ半数倒した武闘家達だったが、このままでは狂戦士達を倒すよりも先に彼らの肉体が限界を迎えてしまうだろう。
757:
魔法使い「勇者はまだなの? 魔王を説得するだけにしては遅すぎるんじゃない?」ババッ!!
魔法陣の術式を組みながら魔法使いが不満を言う。
片腕の狂戦士「ガアアッ!!」バッ
顎の無い狂戦士「コォー!!」バッ
両足の無い狂戦士「ゲギャギャギャ!!」バッ
魔法使い「んもう、しつっこい!!!!」
カアアアァァァァッ!!!!
魔法使い『五重風撃魔法陣・真』!!!!
ビュォォォォオオオオ!!!!
ザザザザザザンッ!!!!
狂戦士達「ギャア!?」
発動させた風撃魔法が飛びかかってきた狂戦士達の身体を切り刻んだ。
758:
肩で大きく息をする魔法使いと背中合わせに立ち武闘家が言う。
武闘家「……よくは見えませんでしたが先ほど城の方で爆発があったみたいです」
僧侶「え……まさか……説得に失敗して……!?」
驚き焦る僧侶を側近が冷静に諭す。
側近「……魔王様が勇者さんと闘わずに世界を救う方法があると知ってその考えを受け入れないとは私にはとても思えません」
武闘家「えぇ、僕もそう思います……ですからなんらかの事情で不測の戦闘に巻き込まれたと考えるのが妥当でしょう」
僧侶「……だ、大丈夫かな……勇者君……」
武闘家「何があったにせよ僕達は勇者を信じて待つことしかできません……」
僧侶だけでなく武闘家も顔に不安が見てとれる。
それは魔法使いも側近も同じだった。
武闘家「とにかくここはなんとかして僕達だけで切り抜けるしかなさそうですね」
魔法使い「やっぱりそうなるよねぇ……」
側近「ですが正直厳しいですね……彼らと違って私達には魔力にも体力にも限界があります。このままでは……」
武闘家「…………」
759:
現状を冷静に分析した結果、側近と武闘家は絶望的な状況と、いずれは破滅が待ち受けていることを理解した。
顔を曇らせていく二人に僧侶が言う。
僧侶「それでも……それでも勇者君が頑張ってるのに私達が根を上げる訳にはいかないよ!!」
力強く彼女はそう言った。
眼には強い光が宿っている。
そんな僧侶を見て仲間達の瞳にも輝きが蘇る。
側近「……失礼しました。私としたことが少々悲観的になっていたようです……」
魔法使い「……そだね。大丈夫、あたしはまだまだやれるよ!」ニコッ
武闘家「ふふっ、僧侶さんの言う通りですね」
武闘家「最後の最後まで僕達は自分達にできることをやるだけです、力尽きるまで目いっぱい暴れてやりましょう!!」
魔法使い「おー!!」
僧侶「うん!!」
側近「えぇ!!」
760:
彼らが再び構えをとった時、重々しい男の声が聞こえた。
『裏魔法陣・暴龍』!!!!
ゴオオオオォォォォォッッ!!!!
「グギャッ!?」
「ギャーッ!?」
その声が響いたかと思うや風撃魔法により形作られた巨大な竜巻の龍が戦場を駆け抜けた。
十人以上の狂戦士達が風の龍に飲み込まれ吹き飛ばされる。
武闘家「!?」
僧侶「今のは一体!?」
武闘家達の背後から鎧に身を包んだ中年の男が現れた。
顔にある幾つもの傷は彼が戦に生きてきた年月の長さを物語っているかのようだ。
傷の男「よく言った、それでこそ100代目勇者の仲間達だ」ニッ
魔法使い「だれ?」
傷の男「おいおい、お嬢ちゃん、誰は酷いんじゃないか?」
僧侶「あ、あなたは……!!」
武闘家「裂空の勇者さん……!?」
側近「!?」
武闘家達は突如としてこの場に現れた一人の勇者に驚きのあまり言葉を失った。
黄の国の裂空の勇者と言えば99代目勇者の座を大勇者と争った実力者だ。
鍛え抜かれた肉体と風撃魔法で勇者達の生まれる前から戦場を駆け抜けてきた猛者である。
761:
裂空の勇者「おうよ、思い出したかい?」ニッ
魔法使い「……誰だっけ?」
武闘家「ほら、去年の勇者候補達の試合で会ったじゃないですか」
魔法使い「あー、6勝してたのに最後の試合に勇者に開始2秒で負けたあの人か!!」
裂空の勇者「うっ……そりゃ間違いじゃないけどよ、ありゃ瞬天の坊主が反則じみてただけだ」ポリポリ
彼はばつの悪そうな顔で頭を掻いている。
そんな裂空の勇者に武闘家が不思議そうに尋ねる。
武闘家「でもあなたがどうしてここに……?」
「裂空の勇者さんだけじゃありませんよっ!!」
武闘家「!?」
762:
『裏魔法陣・星空』!!!!
カアアアァァァァッ!!
夜の空に鮮やかな幾つもの光の玉が現れた。
それが目映く青く輝いたかと思うとまるで流星群の様に大地に降り注ぐ。
ドドドドドドドドドドッッ!!!!
「ガ……ア……!?」ピキピキ
「!?!?!?」パキパキ
光に撃ち抜かれた狂戦士達は一瞬の内に美しい氷の彫刻となってしまった。
戦場にはいくつもの氷像が芸術的に立ち並んでいる。
武闘家「この氷撃魔法は……!!」
美しいまでに洗練された氷撃魔法を見て武闘家はその魔法を放ったのが誰なのかすぐに分かった。
彼がその名を呼ぶよりも早く少年の声が聞こえた。
763:
星氷の勇者「はいっ、僕ですよ、武闘家さん!!」
弓術士「やっほー僧侶ちゃんっ!」ヒラヒラ
聖騎士「よく持ちこたえたな」
賢者「皆さん大丈夫ですか!?」
青の国の100代目勇者候補、星氷の勇者一行がその場に現れた。
先の青の国への奇襲攻撃では彼らを助けた武闘家達だったが、今こうして彼らに助けられることになろうとは夢にも思わなかった。
側近「彼らは……?」
魔法使い「青君だよ!!」
側近「あ、青さん……ですか?」
僧侶「100代目勇者候補の星氷の勇者とそのお仲間さん達です!!」
「まだまだいるぜっ!!」
気合いのこもった女性の声が聞こえた。
764:
『裏魔法陣・獄炎大火葬』!!!!
カアアアァァァァッ!!!!
ドドドドドドドドドドッッ!!!!
ゴオオオォォォォ!!!!
「ギャウッ!?」ボゥッ
「ギャアァァ!!」ジュワッ
戦場に多数の魔法陣が展開されると、そこから巨大なマグマの柱が吹き出してきた。
氷の彫刻達は一瞬にして溶け、火柱の直撃を受けた狂戦士は灰すら残さず消し飛んだ。
鋭い眼の女性「アタシを忘れてもらっちゃ困るね!!」
武闘家「煉撃の勇者さんまで……!!」
大火力の炎撃魔法の使い手である彼女は煉撃の勇者、赤の国の100代目勇者候補である。
去年の勇者候補達の試合では星氷の勇者と激戦を繰り広げ、会場をおおいに沸かせた。
765:
戦場の氷が彼女の手によって蒸発してしまったので星氷の勇者はすぐに不満を漏らした。
星氷の勇者「あぁ!!せっかく凍らせたのに溶けちゃったじゃないですか!!」
煉撃の勇者「アタシがいるのに氷撃魔法なんて使うアンタが悪いんだよ」ハンッ
星氷の勇者「だったら僕がいるのに炎撃魔法を使うあなたも悪いですよ!!」
煉撃の勇者「なんだい、文句があんならやるかい?」
星氷の勇者「いいですよ、1年前の試合の時みたいにまた僕が勝たせてもらいますよ」
煉撃の勇者「ほほーぅ、いい度胸だ……魔族より先にアンタを炭にしてやるよ」ピクピク
勇者達の闘いが始まりそうになったところで仲間達が止めに入る。
聖騎士「そこまでにしておけ」グイッ
星氷の勇者「あう、すみません……」
弓術士「ね、煉撃ちゃんもそこらへんにして」ムニッ
煉撃の勇者「アンタはどこ触ってんだ!!」
ゴンッ!!
弓術士「ふがっ!!」
766:
頭を押さえて痛みを堪える弓術士をよそに武闘家がこの場に現れた勇者達に尋ねる。
武闘家「しかし皆さんが一体どうしてここに……」
星氷の勇者「勇者さん達が世界を救うために黒の国に戦いに行っているから力を貸してくれって頼まれたんですよ」
裂空の勇者「ったく、こっちの都合なんてまるでお構い無しだもんなぁ」ハァ
煉撃の勇者「いくらなんでもあの人に頭下げて頼まれたら断れないって」アハハ
裂空の勇者も煉撃の勇者もそう言って苦笑している。
魔法使い「え、誰?」
僧侶「勇者候補達みんなにお願いできるようなすごい人なんて……」
武闘家「…………僕は1人しか知りませんね」フフッ
三人の勇者達をこの場へ援軍として向かわせたのが誰だか分かり武闘家は静かに笑った。
767:
――――魔王の城・大広間
魔王「…………」ググッ
勇者「やめろ!!魔王ぉ!!」
母もろとも大魔王へ斬りかかろうと魔王が足先へ力を込めた。
勇者は彼女を止めようと叫んだ。
その瞬間、大広間に男の低い声が響いた。
『八重雷撃魔法陣・轟』!!!!
勇者・魔王・大魔王「!?」
バリバリバリバリッッ!!!!!!
耳をつんざく轟音と共に凄まじい雷撃が大魔王へと襲いかかる。
大魔王「くっ!!」バッ
大魔王『七重防壁魔法陣・断』!!!!
ズガアアァァァーーンッッ!!!!
大魔王「ぐ……ぬぅ!!」ググッ
多重防壁魔法陣と言えどその大規模な雷撃魔法を完全には無力化することができず大魔王は魔力を防壁へと集中して必死にその雷撃に耐えている。
シャッ!!
大魔王「!?」
突如黒い影が大魔王の前へと踊り出た。
768:
「はあっ!!」ビュッ!!
ドゴッ!!
大魔王「がっ!!」ヨロ
雷撃魔法への防御に意識を集中させていた大魔王はその影の奇襲に対応できず、蹴りをもろに腹部に食らってよろけた。
痛みにより王妃の襟首を掴む力が弱まり王妃が解放される。
ガシ
タンッ!!
スタッ
倒れる黒の王妃を両手で抱き抱えるとその影は大魔王の懐を一瞬で離れ、瓦礫の上へと着地した。
魔王「な、なんだ……?何者だ……!?」
勇者「…………」
突然の出来事に唖然とする魔王。
だが勇者は瓦礫の上へに悠然と立つその男が誰なのかよく知っている。
嬉しそうに、しかし皮肉を込めて、勇者は彼へと言った。
勇者「遅いぜ、『白雷の勇者』……!!」
大勇者「待たせたな、馬鹿息子」フッ
魔王「まさか……大勇者さん……!?」
769:
大勇者に抱えられたまま黒の王妃は彼の顔を見た。
歳はとっているが昔と変わらず凛々しいままだ。
黒の王妃「大勇者さん……」
大勇者「すみません王妃様、少々手荒な真似になってしまいました」
黒の王妃「いえ、助けていただいてありがとうございます」
大勇者「お久しぶりです……10年ぶりでしょうか?」
黒の王妃「……そうですね、緑の国で剣士さんの家でお会いして以来ですね」
黒の王妃「……お髭、似合っていますわ」フフッ
大勇者「あなたは変わらず美しいままですな」フフッ
黒の王妃「あら、ありがとうございます」ウフフ
嬉しそうに笑ってから王妃はちらと勇者を見て言う。
黒の王妃「息子さん、若い頃のあなたにそっくりですね」
そう言われて大勇者は魔王を見た。
不思議そうにこちらを見ていたのでその顔がよく見えた。
大勇者「娘さんはやはりあなたにそっくりだ。……いや、今こうして見るとアイツにも似ていますな」フッ
黒の王妃「私もそう思っています」フフッ
770:
談笑している父に勇者が話しかける。
勇者「ったく、助けに来るならもっと早く来いよ」チッ
大勇者「何故か転移魔法で城に跳べなくてな、近くの山に跳んでそこから走ってきたのだから仕方ないだろう」
大勇者がそう言うと背後から二つの影が現れた。
一つは巨大な剣を担いだ筋骨隆々の大男、もう一つは小柄な老人のものだ。
店主「やれやれ、やっと追いついたわぃ」
剣士「1人で勝手に行っちまいやがって……」フゥ
勇者「剣士のオッチャン!!……ってなんで酒場の爺ちゃんがいんだよ!?」
店主「おぉ、勇者、どうやら無事なようじゃな」フォッフォッ
勇者「見物に来たならさっさと帰れ!!危ねぇぞ!!」
勇者が店主に叫んでいると大魔王が怒りを露にしながら立ち上がった。
大魔王「くっ……人質を救出されるとは不覚……!!」ギリッ
大魔王「こうなれば王妃共々消し飛んでもらうぞ!!」バッ
勇者「やべぇ!!」
771:
大魔王『七重炎撃魔法陣・獄』!!!!
ゴオオオオォォォォッッ!!!!
店主「七重炎撃魔法とは……こりゃこっちも本気じゃなきゃ相殺できんな」
店主はそう言うと両の手を迫り来る業火へと向けた。
カアアアアアァァァァァッ!!!!
勇者「!?」
店主の目の前に巨大な六つの赤く輝く魔法陣が展開される。
しわがれていて、だが力強い声で店主が叫ぶ。
店主『四重炎撃魔法陣・獄』!!
店主『四重氷撃魔法陣・絶』!!
店主『四重爆撃魔法陣・滅』!!
店主『四重風撃魔法陣・真』!!
店主『四重雷撃魔法陣・轟』!!
店主『四重重撃魔法陣・崩』!!
ドドドドドドッッッ!!!!!!
カッ!!!!!!
ドッガアアアアアァァァァァン!!!!
大魔王「ぬぅ……!!」ビリビリ
店主の放った六種の四重最上級魔法と大魔王の炎撃魔法とがぶつかり閃光とともに凄まじい爆音を響かせた。
高密度の魔力がぶつかり合ったことで生じた大爆発が周囲の大気を揺らす。
772:
勇者「な……えぇ……!?」
勇者は酒場の店主が最上級魔法陣を多重展開してみせたものだから呆然として言葉も出ない。
そんな勇者に店主は笑って言う。
店主「フォッフォッ、驚いたかの?」
店主「爺は無駄に長生きなもんじゃから秘密の1つや2つあるもんなんじゃよ」フォッフォッフォ
大勇者「異なる属性の攻撃魔法は同時に多数展開できないハズなのだが……」
店主「なぁに、ちょっとしたコツの問題じゃよ」
大勇者「……まったく、相変わらず恐ろしい爺さんだ」フッ
剣士「ホントだぜ、現役退いて20年近いってのによ」
大勇者「それはお前も同じだろう。お前は大丈夫なのか?」
剣士「まぁな、田舎暮らししてても鍛練は一日たりとも欠かしてねぇからな!!」ドンッ!!
773:
剣士は背負っていた大剣を構えて大魔王へと飛びかかった。
重厚な鈍い輝きを放つその黒刃の大剣を振りかぶり思いきり大魔王目がけて振り下ろす。
剣士「オラアァッ!!」ブンッ!!
大魔王「チッ」サッ
ドガアアァァンッ!!
剣士の太刀により大広間の床が広範囲に亘り吹き飛んだ。
そのまま身体全体を使って大剣を繰ると横薙ぎへと繋げ大魔王を狙う。
剣士「せいやぁ!!」ブンッ!!
大魔王「くっ!!」バッ
ガキイィィーーーン!!!!
剣士「んぁ!?」ズザー!!
大魔王「ぬっ!!」ズザー!!
大剣と妖剣とかぶつかり合い両者はその衝撃により吹き飛ばされる。
774:
店主「世界で最も重い金属『黒山鋼』……それで造られたあの大きさの剣を振り回すとは剣士も昔と変わらぬ剛腕じゃな」フフッ
大勇者「まったくだ……だが魔将軍の奴は私達の知る魔将軍ではないようだな」
店主「……うむ、昔の奴なら最上級魔法陣の多重展開は五つがやっとだったハズじゃ」
大勇者「剣士の剛剣を受け止めれば私でも一方的に吹き飛ばされるぞ……一体あの力は……」
考えられない程に力を増している魔将軍に疑問を持つ大勇者達に勇者が言う。
勇者「妖剣の加護だ!!」
大勇者「妖剣?」
魔王「新型の魔力増幅装置です!!」
魔王「妖剣の加護により圧倒的な力を得た叔父上は自らを大魔王と名乗り世界を完全に黒の国の支配下に置くつもりなのです!!」
大勇者「何? だが戦争が無くなれば神樹への魔力供給が……そのことは奴も知っている筈だ」
勇者「アイツは黒の国以外に住む人間のことを家畜みたいに扱うつもりなんだ!!魔族だけが生き残るために支配下に置いた人間を生ませては殺していくって!!」
店主「なんと……」
大勇者「歪みきっているな……」
775:
トンッ!!
ザザッ!!
大魔王と剣を交えていた剣士が飛び退いて大勇者達のところへやってきた。
剣士「おい、どうなってやがる!?アイツ昔と比べ物にならねぇくらい強いじゃねぇか!!」
大勇者「あぁ、なんでも大魔王とか言うらしい」
剣士「魔王の中の魔王ってか? チッ、実力が伴ってなけりゃ鼻で笑ってやったのにありゃマジでそんぐらい強ぇぜ……」
勇者「だけど……」
魔王「うん!」
大勇者「我々が力を合わせれば相手が何者であろうとも勝てぬ筈がない!!」チャキッ
王妃をその場に下ろすと大勇者は背負っていた剣を抜いて構えた。
剣士達もそれに続く。
776:
大勇者「王妃様、ここからはさらに戦いの激しさを増すでしょう、どうか安全なところへ」
王妃「えぇ、ですが先ほどから転移魔法が使えず……」
困惑する王妃に勇者が言う。
勇者「大魔王のせいだ。アイツが転移魔法を無効化する結界を城全体に張ってるって言ってた」
店主「なら走って城からある程度離れれば転移魔法が使えるようになるじゃろう」
話しながら店主は回復魔法陣を展開していた。
王妃の足の傷はもうすっかり塞がっている。
大勇者「おそらく店主の言う通りだろう。ここからうんと離れた安全なところへ避難していて下さい」
黒の王妃「……分かりました、私がいても足手まといですし私は皆さんの勝利を願うことにします」
そう言ってこの場を去ろうとする王妃に自己嫌悪でいっぱいの顔で魔王が話しかける。
魔王「母上、先ほどはすみませんでした……私は母上を……」
黒の王妃「いいのよ、あなたの決断は魔王として当然の決断。むしろその決断をできたこと、私は黒の王妃として誇らしく思うわ」
魔王「…………その言葉、深く胸に刻みます……」
黒の王妃「……ではみなさん、後はお願いします。彼の狂った野望を止めて下さい」
勇者「おう!!」
魔王「……はい!!」
黒の王妃「では、みなさんにご武運があらんことを……」
王妃は頭を深く下げてその場を去って行った。
777:
大勇者「さて…………」
大勇者は大魔王へと向き直った。
彼は剣を構えて忌々しそうにこちらを睨んでいる。
大魔王「勇者と魔王、大勇者、剣士、そして大賢者が相手か…………これではいくら私と言えども分が悪いな」
大勇者「分かっているのなら大人しく剣を納めろ。新しい世界は我々ではなく新しい世代が作っていくものだ」
大勇者の言葉に耳を貸すこともせずに大魔王はブツブツと独り言を言っている。
大魔王「……出来ればこの手は使いたくはなかった……何が起こるか分からないからな……だがこうなればそうも言ってはいられまい……」
魔王「何か始める気か……?」
勇者「また新しい人質とかか?」ハンッ
大勇者「その程度ならまだいいがな……」チャッ
大魔王「願わくは私の理性の欠片が残っていることを……」チャキッ
大魔王はそう言うと妖剣を持ち変えその剣先を自身へと向けた。
勇者「!?」
大魔王「ふんっ!!」ビュッ!!
ドスッ!!
ビシャァ!!
魔王「なっ……!!」
そして妖剣を自身の胸へと突き刺した。
彼の胸からはおびただしい量の血が止めどなく噴き出している。
778:
大魔王「……がふっ!!」ビチャッ
剣士「なんだなんだ、勝てないと分かって自害か!?」
大勇者「……いや、違う……!!」
カアアアアァァァァ!!!!
大魔王を中心に紫色の魔法陣が展開される。
店主「な、なんじゃあの魔法陣は……今まで見たこともないほど禍々しい魔力で溢れておる……!!」
大魔王は血を吐きながら狂気を孕んだ笑みで勇者達を見て言った。
大魔王「…………死して私に歯向かったことを後悔するのだな……」ニタァ
大魔王『裏……魔法陣・狂魔……転成』!!!!!!
ドウッ!!!!!!
魔法陣からおぞましい魔力が噴き出してくる。
赤黒いその魔力は怨み、妬み、憎しみ、悲しみ……あらゆる負の感情を表しているかのようだ。
779:
大魔王「がっ……!!……ぐぅ……がが……がああ……!!!!」ドドドド!!
負の魔力が大魔王の身体を包み込み彼の体内へと入り込んでいく。
ドクンッ!!ドクンッ!!
心臓と一体化した妖剣が不気味な鳴動を始める。
メキメキ……!!
ビキビキビキ……!!
大魔王の身体は何倍にも膨れ上がり、筋肉は隆起し血管が身体中に浮き出ている。
ギョロッ
ギョロロッ
身体中のあちこちに気味の悪い目玉が現れる。
大魔王「う…………がああぁぁあぁあぁぁあああぁ!!!!!!」
ドンッッッ!!!!!!!!
ゴウッッッ!!!!!!!!
勇者「ぐっ……!!」ビリビリ
魔王「つぅ……!!」ビリビリ
開放された膨大な魔力が城全体を激しく揺さぶった。
大魔王「グアアアアァアァアァァァァァ!!!!!!」フー!!フー!!
赤く輝く不気味な眼で荒々しい呼吸をする大魔王はもはや人と言うよりは巨大な魔獣だった。
780:
大魔王「クハはハハ……素晴ラしイ……素晴ラしい気分ダ……今ナラ容易くコノ世界ヲ滅ぼセる気ガする……!!」フー!!フー!!
勇者「なんだこれ……悪い冗談だろ……?」
剣士「……こいつは洒落になってねぇな……文字通り化け物だ……」ゴクッ
魔王「叔父上…………」
大勇者「……爺さん、今の奴をどう見る?」
店主「尋常ではない魔力に膨れ上がった筋肉と浮き出た血管……そしてあの赤い眼……信じがたいことじゃが魔獣堕ちしているとワシは思う」
大勇者「そうか……残念だよ。私も同じ意見だ」
狂戦士と化すことで圧倒的な力を得た大魔王に一気に絶望する勇者達。
そんな彼らを見て満足げに笑うと大魔王は四つん這いになり大きく口を開けた。
大魔王「消え去レ人間共ヨ!!!!」カパッ
キイイィィィン!!!!
彼の持つ膨大な魔力が一点に集中して圧縮されてゆく。
その魔力の球体が持つ破壊力を直感的に理解した大勇者が叫ぶ。
大勇者「不味い、避けろ!!」バッ!!
勇者「チッ!!」バッ!!
魔王「くっ!!」バッ!!
キュバッ!!!!!!
勇者達がその場を避けた直後、黒い閃光が一筋走った。
781:
ズオッッッ!!!!
ドッガアアアアアアァァァァァンッッ!!!!
閃光の先、魔王の城の西にあった小さな山が爆音とともに消し飛んだ。
信じられない眼前の光景に勇者達は言葉を失っている。
魔王「な…………」
勇者「おいおい…………マジかよ」
剣士「山一つ吹っ飛んでるぜ……」
間髪を入れずに大勇者が動いた。
大勇者「爺さん、合わせろ!!」
店主「了解じゃ!!」
二人は大魔王へと手をかざし叫ぶ。
大勇者『九重雷撃魔法陣・閃』!!!!
店主『十連三重雷撃魔法陣・閃』!!!!
ズガガガガーーーーーン!!
バリバリバリバリバリバリッッ!!!!
一本に収束された魔力のいかずちが大魔王の身体を撃ち抜かんとする。
782:
大魔王「……コザかしイ」ギンッ
ブワッ!!!!
シュウゥゥゥ……
フッ……
大魔王が怪しくその瞳を光らせた。
彼の身体を包むように黒い霧のようなものが現れたかと思うと大勇者達の放った雷撃を消し去った。
大勇者「何!?」
店主「なんじゃあの黒い衣は!?」
驚く大勇者達。
勇者と魔王は再び現れた闇の衣を見てじっとりと汗をかく。
勇者「あれは……!!」
魔王「高密度の魔力によって魔法を無力化する衣です……あれがある限り大魔王には魔法は一切効きません……!!」
剣士「いよいよもって反則だな、おい……」
783:
絶望する彼らをよそに大勇者は何かを考えているようだった。
やがて決意したように大魔王を睨むと静かに口を開いた。
大勇者「…………剣士、爺さん」
剣士「あん?」
店主「なんじゃ?」
大勇者「奴は私達だけでなんとかするぞ」
剣士「はぁ!?」
勇者「何言ってんだ親父!?俺達も闘う!!」
魔王「そうです!!5人で力を合わせれば……!!」
異議を唱える勇者達に大勇者は言う。
大勇者「勘違いするな、勿論お前達にも闘ってもらう」
大勇者「お前達には奴の魔力の衣を打ち破ってもらいたい」
勇者・魔王「!?」
大勇者「あの黒い衣……高密度の魔力によって形成されているらしいな」
魔王「は、はい。叔父上がそう言っていました」
大勇者「ならそれを超える超高密度の魔力ならばあの衣を破れるハズだ。その一撃で奴の魔力の源となっている妖剣を破壊しろ」
勇者「ちょ、ちょっと待てよ!!さっき俺と魔王の七重炎撃魔法二発でも破れなかったんだぜ!?親父と店主の爺ちゃんの一点集中の雷撃魔法でも破れなかったしそんな超高密度の魔法なんてねぇよ!!」
784:
大勇者「いや、ある」
勇者「!?」
魔王「……まさか……!!」
大勇者に断言されて魔王はある一つの魔法を閃いた。
少し遅れて勇者も同様にその魔法を思い浮かべる。
大勇者「今のお前達にならできるハズだ……何より勇者は私の、魔王ちゃんはアイツの子だ。きっとできるさ」
勇者「……でも俺達が魔法を発動させる間親父は……」
心配そうに自分を見る息子に父は笑って答えた。
大勇者「なに、私は大丈夫だ。お前も見たろ?今の私は八重最上級魔法陣の展開ができる」
大勇者「長く聖剣と契約し続けてきたことでこの身体にまだ聖剣の加護の効力が残っているいるようだ、心配はするな」フッ
勇者「…………」
大勇者「だが……それでもあまり時間は稼げん。……上手くやれよ」
勇者「……わかった!!」
魔王「必ず成功させてみせます……!!」
785:
大勇者「良い返事だ。よし、やるぞ。剣士、爺さん」
二人の返事を聞いて大勇者は魔獣と化した大魔王へと歩き出した。
剣士「やれやれ、ホント損な役回りだぜ」ハァ
店主「まったくじゃな、安酒代じゃ割りに合わんよ」フォッフォッ
大勇者「文句を言うならお前達を私の仲間にした運命に言うんだな……行くぞ!!」ドンッ
剣士・店主「あぁ!!」ドドンッ
大勇者『裏魔法陣・亜音』!!!!
剣士「チェストオオォォォ!!!!」
店主『四重爆撃魔法陣・滅』!!!!
大魔王「クハハハははハハ!!私ノ圧倒的な力の前でハ貴様ラナど虫ニ等しイ!!貴様ラヲ消し去リ世界を魔族のもノニシてクレようゾ!!!!」
ドガアアァァン!!!!
786:
激しさを増す父達の戦いを見ながら勇者は父に不満をたれた。
勇者「……ったく、簡単に言ってくれるよな、あの親父……」
魔王はそんな勇者を励ますように明るく言う。
魔王「でもわたし達のこと信じてくれてるってことでしょ」
勇者「……そうだな」
魔王「きっとできるよ。なんだか……父上が力を貸してくれる気がする」フフッ
勇者「俺も、親父にできることぐらいやってみせねぇとな」ヘヘッ
笑い合うと二人は剣を身体の前に構え両手で持った。
勇者「…………」チャッ
魔王「…………」チャッ
目を閉じ精神統一を始める。
魔力を深く深く研ぎ澄まし、その両手へと集中させていく。
勇者「…………よしっ!!!!」カッ
魔王「…………いくよ!!!!」カッ
十分に魔力の収束が済むと目を見開き思い切り魔力をスパークさせる。
勇者・魔王「はああああぁぁぁぁっ!!!!」
バリバリバリ!!!!
メラメラメラ!!!!
両の手の甲に拳大の魔法陣が展開される。
魔法陣から魔力が溢れ手にした剣へと伝っていく。
787:
勇者「もっと……もっと強く……!!!!」
勇者は聖剣に伝う魔力をさらに強めようとする。
こんなものでは大魔王の闇の衣を切り裂くには魔力が足りない。
魔王「もっと……もっと細く……!!!!」
魔王は魔剣に伝う魔力をさらに圧縮しようとする。
これではただの攻撃魔法と同じ、もっと薄く細く剣の形に魔力をとどめなければならない
勇者「もっと激しく……!!」
バチバチバチ……!!!!
勇者の勇気に呼応するように聖剣を取り巻く雷撃がその激しさを増していく。
魔王「もっと熱く……!!」
ゴオオオォォ……!!!!
魔王の想いに応えるように魔剣を取り巻く火炎がその火力を増していく。
勇者「もっと……!!!!」
バチバチ……バチチチチ!!!!
聖剣を覆う高密度の魔力は次第に弾ける音を強くしていき、圧縮されていく雷撃は青から紫へそして白へと輝きを変えていく。
魔王「もっと……!!!!」
ゴオオオ……ォォオオオ!!
魔剣を覆う高密度の魔力は次第に燃え盛る音を強くしていき、圧縮されていく炎撃は赤から青へ、そして黒へと色を変えていく。
勇者・魔王「もっと!!!!!!!!」
カッ!!!!
ドンッッ!!!!
二人が叫ぶと聖剣と魔剣が光輝いた。
続いて彼らを中心に凄まじい魔力の奔流が吹き荒れる。
今、二人の手には光輝く魔力の剣が握られていた。
788:
剣士「うらぁっ!!!!」ブンッ!!
剣士は大剣自身の重さを利用し全力で大魔王の足へと剣を振り抜いた。
ガキィーーン!!!!
が、彼の足を切り落とすことは敵わず剣を鈍い衝撃が伝わる。
剣士「かってぇ!!なんだこいつの皮膚!?」
大魔王「効かヌ!!」ビュッ
剣士「っと!!」サッ
ドゴオッ!!
繰り出された大魔王の拳を間一髪で避ける剣士。
地面が吹き飛ぶほどの一撃だ、直撃しては全身複雑骨折だろう。
カアアアァァァッ!!
大魔王を中心に赤く光を放つ巨大な魔法陣が展開される。
店主『四重重撃魔法陣・崩』!!!!
ズンッッッ!!!!!!
その場に通常の何百倍もの重力がかかる。
大広間の石畳は亀裂が入り粉々に砕け、重撃魔法が作用した場所が円形に凹んでいる。
しかし闇の衣に覆われた大魔王は店主の重撃魔法を全く苦にもしていない。
店主「む……これでも駄目か」
大魔王「効カぬ効かヌ!!!!」
789:
大魔王が店主へと攻撃をしようとした時、大勇者が爆撃魔法を放った。
大勇者『八重爆撃魔法陣・滅』!!!!!!
カッ!!!!
ドガアアアアァァァァンッッ!!!!!!
大気と大地を激しく揺さぶる大爆発。
この爆発をまともに受けては普通の人間ならば身体がバラバラに吹き飛んでしまうだろうし、まともに立っていられる者すらいないだろう。
ブワッ!!
大魔王「効カヌと言っテイいる!!」ビュワッ!!
大勇者「くっ!!」
しかし、もうもうと立ち込める爆煙の中から現れた大魔王は無傷であった。
その手のひらで大勇者を押し潰そうと攻撃を仕掛ける。
ガキィーーン!!!!
大勇者「……ぐ……うぅ!!」グググッ
大勇者は両手で剣を抑えるようにしてなんとか大魔王の攻撃に耐えている。
肉体強化魔法で身体を強化しているとはいえ身体中の骨が軋み筋肉が悲鳴を上げている。
790:
大魔王「無駄だ……無駄なノだ!!」
大魔王「私は今ヤコの世界ノ頂点、全テの生物を超越シた存在トナったノだ」
大魔王「たカダカ貴様ら数匹の人間ごトキが敵ウ訳ガナいのだ、ソれが何故分かラん!!!!」グッ
大勇者「ぐっ……!!」ミシミシ
大魔王は大勇者を押しつける右手にさらに力を込める。
大勇者の周りの地面はその圧力に陥没し始める。
大勇者自身ももう限界だろう。
だが彼は笑って言った。
大勇者「……フッ、分かっていないのは貴様の方だ、"魔将軍"」
大魔王「何……?」ピクッ
大勇者「言ったろ、新しい世界を作るのは新しい世代だと」
大勇者「未来を想う力は何よりも強い、希望を信じる心は何よりも強い!!」ググッ
大勇者「絶望的な闇が目の前を覆い尽くそうとも!!心に信じる希望があれば、人はいかなる時も光を目指して真っ直ぐに歩いていけるのだ!!!!」グググッ
791:
ドンッッッ!!!!
大勇者が叫ぶのと同時に彼の背後では魔力が弾ける音が聞こえた。
音の中心には光輝く剣を手にした勇者と魔王が立っている。
大魔王「!? ナンダ!?」
大勇者「ようやくか……待たせおって」フッ
そう言って笑うと大勇者は勇者達に叫んだ。
大勇者「ブチかませえぇ!!!!!!」
大勇者の声を聞き二人は静かに構えをとった。
真っ直ぐに大魔王を見据えるとその手にさらに力を込める。
792:
勇者「やるぞ、魔王!!」
魔王「うん、勇者!!」
勇者・魔王『裏魔法奥義……』スッ
声を合わせて、父の編み出した秘剣の名を叫んだ。
勇者『白雷の太刀』!!!!!!!!
魔王『黒焔の太刀』!!!!!!!!
勇者・魔王「ぅぉぉぉおおおぉおぉぉおぉおおお!!!!!!」ドドンッ!!
大魔王「オオオォォォ!?」
雄叫びを上げながら高で大魔王へと切りかかる。
勇者・魔王「でやああああああぁぁぁぁ!!!!!!」
ザザンッ!!!!!!
繰り出された二人の太刀が斜めに交差した。
あらゆる魔法を斬り伏せる絶対轟断の剣と絶対灼斬の剣が大魔王の闇の衣を引き裂き彼の骨肉を断った。
793:
ピシッ……パキィン!!
二人の太刀筋の交わるところにあった妖剣は粉々に砕け散った。
大魔王「ぐ……ぐああああああぁぁぁぁあぁああぁあ!!!!!!!!」
身体から血を吹き出して大魔王が断末魔の叫びを上げる。
そのまま胸を押さえて倒れ込んだ。
勇者「……よっしゃあ!!!!」グッ
魔王「やったね、勇者!!!!」グッ
二人は笑顔で握った拳を軽くぶつけ合う。
大勇者「よくやった、2人とも」
剣士「まるで若い頃の大勇者達みたいだったぜ」
店主「うむ、まったくじゃな」フォッフォッ
大勇者達が勇者達の元へと駆け寄ってくる。
五人はくたびれた顔で笑い合う。
794:
剣士「大魔王の野郎も倒したしこれで一件落着……か?」
魔王「そうですね、反人間派の中心人物であった叔父上が死したとなれば国内部での反人間派の勢いは弱まり和平の実現が一気に近づきましょう」
勇者「そっか……ついに俺達の夢見た世界が……」
魔王「うん……」
店主「人間と魔族…………いや、人間同士が争うことのない世界か……まさか生きている内にそんな世界がやってくるとはのぅ。長生きはするもんじゃな」フォッフォッフォ
大勇者「何が長生きだ、ほっておいてもお前ならあと2、300年は生きられるんじゃないか」
店主「あと200年も生きたら1000歳を超えてしまうわぃ」
勇者・剣士「え!?マ、マジかよ!?」
店主「嘘じゃよ、嘘」フフフッ
大勇者「そんな訳あるか阿呆」ヤレヤレ
魔王「普通騙されないよ」クスクス
最後の闘いを終え五人の戦士は大いに笑いあった。
肩の力を抜いて、屈託のない笑顔で。
これからは皆でこうして笑い合える世界が来るのだ。
そう信じて笑っていた。
…………だが、闘いはまだ終わってはいなかった。
795:
ズズンッ!!!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!
「!?」
突如鳴り響く地鳴りの音。
大地が激しく揺れている。
勇者「な、なんだ!?」
魔王「じ、地震!?」
慌てる勇者達の背後で重々しい声が聞こえた。
「まダダ……まダ終わラん……!!」
その声に振り向くと大魔王が赤い瞳を光らせて再び立ち上がっていた。
勇者「あの野郎まだ……!!」
剣士「昔からしつこい野郎だったからな」チッ
大勇者「だがさっきの一撃は明らかに致命傷だった……一体どこにそんな力が……?」
796:
大勇者の疑問に答えるように大魔王の身体が怪しげに光り出した。
いくつもの光の筋が彼に向かって伸びてくる。
激しい戦闘により屋根の吹き飛んだ大広間からはどこからその光の筋が伸びているのか分かった。
あろうことかそれは黒の神樹からであった。
その光に包まれて大魔王の傷が癒えていく。
大勇者「ま、まさかアイツ……!!」
魔王「神樹から魔力を吸いとっているの……!?」
五人は一瞬にして状況を理解した。
この大地を揺さぶる地鳴りは大魔王が黒の神樹から魔力を吸収したことで、神樹の生命力が低下して起こったもの……世界崩壊の序章だ。
放っておけば黒の神樹は周囲のあらゆる魔力を吸収し黒の国は一夜にして不毛の地に変わる。
いや、黒の国だけではない。
黒の神樹崩壊の影響は世界各地の神樹に広がりこの世界全体が滅びることになる。
797:
大勇者「やめろ!!貴様自分が何をしているのか分かっているのか!?」
こめかみに青筋を立てて大勇者が叫ぶ。
大魔王「分かっテイルとも……神樹かラ魔力を吸収すルコとで神樹ノ生命力が低下スレば世界がドウナルのかもな」
大勇者「だったら今すぐこんな馬鹿げた真似はよせ!!神樹が崩壊すれば貴様も死ぬことになるのだぞ!?」
大魔王「いイや……神樹は崩壊しナイ……」
大魔王「ソウなる前に勇者ト姫君を殺せバ良いダケノこト……!!」
大魔王は立ち上がると血を吐きながら空に向かって吠えた。
大魔王「憎い……憎イ憎い憎イ憎イ憎い!!世界ガ憎い!!人間ガ憎い!!勇者が憎イ!!」
大魔王「コの世界は魔族マゾががあ!!しは、支配すれれバ永遠にへ平和ナノダアアァァ!!!!」
言葉にならない叫び声を響かせる大魔王を見て勇者達が身構える。
勇者「……ダメだ、あの野郎完全に憎しみだけで動いてやがる……理性の欠片も残っちゃいない」チャッ
魔王「なら……今度こそ私達の手で完全に叔父上を……!!」チャッ
798:
大勇者「待て、ここは私達に任せろ」バッ
剣を構え直した勇者達を制止するように手を差しのべて大勇者が言う。
勇者「親父!?」
大勇者「状況は思っているより深刻だ。お前と魔王ちゃんは神樹の根と直結する城の地下深くの小部屋へと向かい神樹に魔力を注いで破壊しろ」
勇者「!!」
魔王「魔王を注いで……?」
勇者「詳しいことは後で話す」
神樹の破壊法を詳しく聞いていなかった魔王は疑問符を浮かべる。
勇者はそんな彼女に後で説明することを約束する。
大勇者「完全に奴の息の根を止めても神樹が魔力吸収を起こした時点で世界は崩壊するのだ。それだけはなんとしても食い止めねばならん」
勇者「だけど親父達だけじゃ……!!」
大勇者「いや……先ほどの魔法剣による一撃は間違いなく致命傷だ、ああして神樹の魔力で傷を癒してはいるが奴も立っているのがやっとの筈だ。おまけに理性も吹き飛んでいる……おそらく私達だけでもなんとかなる」
勇者「…………」
話を聞いてもまだ迷っている勇者に大勇者は99代目勇者として、父として、後押しをする。
大勇者「お前はお前にできることを、お前がすべきことを全力でやれ。私は私にできること、すべきことを全力でやる」
大勇者「世界を平和にして私に自分のことを認めさせてやるのだろ?」
父の言葉を聞き勇者は決意したように拳を強く握った。
勇者「…………わかった、行ってくる」グッ
大勇者「よし、それでこそ私の息子だ」フッ
799:
そう言うと大勇者は魔王へと向き直った。
先ほどまで共闘してはいたもののまともに話したことすらなかった。
近くで改めて見ると黒の王妃にそっくりの美しい少女だった。
だが先代魔王の面影もどことなくある。
大勇者「魔王ちゃん」
魔王「は、はい!!」
大勇者「君の父上を殺したのは他ならぬこの私だ、本当にすまなかった」
魔王「い、いえ、父も母も、勿論私もあなたのことを恨んでなどいません」
大勇者「……そうか。そう言ってくれてありがとう」
大勇者「アイツによく似て優しくて強い娘に育ったな」フフッ
魔王「…………」
大勇者「出来の悪い息子のこと、よろしく頼むよ」
魔王「…………はい!!!!」
本当はもっと彼女と話していたかったがそれだけ言って大勇者は息子達を見送った。
勇者「魔王、神樹の小部屋ってどこにあるんだ!?」
魔王「魔剣と契約した時に初代の魔王さんに教えてもらったけど地下にある13番倉庫の隠し階段みたい!!」
魔王「ついてきて、こっち!!」タタタッ
勇者「わかった!!」タタタッ
その姿が見えなくなるまで大勇者は彼らの背を眺めていた。
800:
店主「……行ったか」
大勇者「あぁ」
剣士「……神樹の方はアイツらに任せるとすっか」
大勇者「私達はこの化け物の後始末だ」チャキッ
大魔王「ぐガアああぁぁぁぁ!!憎い人間ゲンががぁ!!ゆゆユウシャあああ!!!!」ブンッ!!
ドガァ!!
ドゴォ!!
大勇者「…………」
叫びながら辺り構わず破壊衝動に身を任せる大魔王を見て大勇者はつらそうな顔をした。
店主「どうした?そんな顔をして」
大勇者「……いや、もしかしたらこの怪物は私が産み出してしまったのかもしれんと思ってな……」
801:
大勇者「奴が人間を憎むようになったのは私がアイツを殺したからだ、なら……」
剣士「ばぁか、お前がそんなこと気にするなんざ気持ち悪ぃだけなんだよ」
大勇者の沈んだ声をかき消すように剣士がいつもの力強い声で言った。
剣士「コイツが歪んじまったのは紛れもなくコイツ自身のせいだ。お前にゃ非はない」
大勇者「剣士……」
店主「……そうじゃな、悪いのはお前さんではなく悲劇を産み出してしまったこの戦争じゃよ」
大勇者「爺さん……」
二十年来の二人の仲間に励まされ大勇者は剣を構え直した。
大勇者「……そうだな、ありがとう、2人とも」
剣士「んじゃ、ラスボスを討伐としゃれこむか!!」チャキッ
店主「この大仕事を終えたらワシも本当に引退じゃな」バッ
大勇者「99代目勇者一行最後の闘いだ……行くぞ!!!!」チャッ
ドンッ!!!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!
世界崩壊のカウントダウンが始まる中、99代目勇者と仲間達は憎しみの化身と化した哀れな魔族へと立ち向かって行った。
802:
――――魔王の城・地下深く
カッカッカッカッ!!
コッコッコッコッ!!
勇者と魔王は神樹の根と直結する小部屋を目指して暗闇の中ひたすら螺旋階段を降りていた。
13番倉庫のどこに地下へと続く階段があるのは分からなかったので勇者は石畳を全て吹き飛ばしてそれを見つけた。
長く深く続く階段は何段も階段を飛ばして降りてもまだまだ目的の小部屋にはたどり着かなかった。
おかげで魔王に神樹の破壊方法とその問題点を説明する時間は十分にあった。
しかし説明が終わっても階段は終わることはなかった。
次第に二人は本当にこの階段に終わりがあるのか不安になってきた。
もし終わりがあったとして目的の小部屋がなかったらこの大幅なタイムロスは致命的だ。
勇者がいっそ下まで魔法で大穴を空けてやろうかと考えていた時、ついに長い長い下り階段は終わりを告げた。
古めかしい石の扉が現れたのだ。
勇者「ここが……!!」
魔王「神樹の部屋……!!」
803:
勇者と魔王は緊張しつつも扉に手を掛けた。
二人同時に、ゆっくりと扉を押す。
ゴゴゴゴゴ……
ゴォン……
石と石とのすれる重々しい音を聞きながらその石扉を開けた。
中の小部屋は神聖さを漂わせつつもどこか気味の悪い、不思議な空間だった。
天井、壁、床その一面にびっしりと魔法方程式の術式が書かれている。
部屋の中央には見たこともない魔法陣が描かれており、紫色の怪しい光を放っている。
そしてその魔法陣の中央には太い柱が一本立っている。
……いや、柱ではない。
一面に術式の刻まれた柱は近くでよく見ると植物のように見える。
それこそが神樹の根であった。
魔王「これが神樹の根……」スッ
魔王はその根に触れた。
聞こえる筈もない神樹の鼓動が伝わってくる気がした。
804:
勇者「後はコイツにありったけの魔力をブチ込んでぶっ壊すだけだ」
魔王「そうだね」
勇者「万全の状態で成功率9割って話だったからな……魔力満タンじゃない今の俺たちが魔力の減ってる黒の神樹に一生分の魔力をブチ込んだとして成功率はどれくらいなのか……」
魔王「…………」
勇者「……ホントに死んじまうかもな……」ハハッ
勇者は苦笑してみせた。
正直なところ成功率は五割を切っていると言ってもいい。
もし勇者達の一生分の魔力が黒の神樹を膨張させ破壊するに足りなかった場合、神樹の魔力吸引力に耐えきれず彼らは生命力を吸われて死に至る。
勇者も魔王も死を覚悟しているつもりだったが、いざこうしてみると唇が少し震えてきた。
魔王「いいよ、勇者となら」キュッ
魔王は不安を押さえるように唇を強く噛むと言った。
魔王「ずっと前から夢見てきた人間と魔族の争うことのない世界……それを目指して一緒に頑張ってきた勇者となら……わたし死んでもいい」
勇者「魔王…………」
魔王「わたし達2人の命でこの世界を悲しみの連鎖から断ち切ることができるなら安いもんでしょ」
勇者「…………」
魔王「…………ホントはそんな世界を勇者と一緒にこの目で見てみたいけど……ね」フフッ
そう言って笑う魔王の顔は今にも泣き出しそうだった。
805:
勇者「…………いや、きっと大丈夫だ」
勇者は握った拳を自分の胸に当てた。
さっきまであんなに早かった鼓動が少しずつ、少しずつ静かになっていくのがわかる。
勇者「生きて神樹をぶっ壊して、みんなのところに帰ろう」
勇者「そんで俺たちの作る平和な世界を胸張って生きてこうぜ」
魔王「…………」
勇者「それにお前は魔法使いとの約束があるだろ、アイツ約束破るとメチャクチャすねるからな」ハハッ
魔王「……フフッ、そうだね、絶交されたら困っちゃうよ」クスクス
魔王「後は僧侶との勝負の事もあるしね」
勇者「あ、それいい加減教えろよな。なんの勝負なんだよ?」
魔王「生き残れたらそのうち教えてあげる」
勇者「じゃあ何が何でも生き残らねぇとな」チッ
魔王「そういうこと」ニコッ
806:
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!
ビシビシッ
ガラガラ
大地の鳴動が激しさを増す。
小部屋の床や壁にひびが入り天井の一部が落ちてくる。
勇者「……時間もないみたいだな」
魔王「……いこっか」
勇者「あぁ」
勇者は背負っていた聖剣を抜き放った。
魔王も腰に差していた魔剣を抜いた。
二人は刃を下に向け両手で剣を持つとそれを高々と掲げた。
魔王「3、2、1でいく?」
勇者「よし、分かった」
魔王「……やっぱり『せーの』の方がいいかな」
勇者「ったく、どっちでもいいよ」
魔王「じゃあ、『せーの』で」
勇者「あいよ」
魔王「せーのっ!!!!」ビュッ!!
勇者「らあっ!!!!」ビュッ!!
ドドスッ!!!!
神樹の根へと思い切り剣をを刺した。
807:
勇者「魔王!!」
魔王「うんっ!!」
勇者・魔王「はああああぁぁぁぁっ!!!!!!」ドドンッ!!
ズオッ!!!!
開放した二人の全魔力が神樹へと流れ込んでいくのが分かる。
神樹の根が光輝き生命力に溢れていく。
勇者「まだまだぁ!!」グッ
魔王「はあぁぁっ!!」グッ
剣を握る力を強めてさらに魔力を神樹へと送り続ける。
今や彼らと神樹は聖剣と魔剣を介して一つになっている。
神樹を破壊するのにはまだまだ魔力が必要なことがなんとなく分かる。
ドンッ!!
勇者・魔王「!?」
急に神樹に魔力を送るのに抵抗が発生するようになった。
今までは魔力を放出すれば放出しただけすんなりと流れ込んでいったのに今は自分でさらに魔力を押し込もうとしなければこちらに魔力が押し返されてしまいそうだ。
勇者「ぐぐぐっ……!!」ブシュッ
魔王「くうぅっ……!!」ブシュッ
肉体の限界を超えて無理に魔力を放出していることに身体が耐えられなくなってきた。
あちこちから血が吹き出し身体中が悲鳴をあげている。
808:
勇者「ま、まだまだぁ……!!!!」ガフッ
魔王「もう少し……もう少し……!!!!」ブシャッ
ドンッ!!!!
またさらに抵抗が強くなった。
身体的負荷も限界に達し膝をつきそうになる。
だが彼らは諦めなかった。
血を吐きながらも剣を握っる力は決して緩めない。
強い光を宿した眼で神樹の根を見つめている。
……いや、根を見ているわけではない。
どこかずっと遠く。
遠い遠い未来をその瞳は見つめているのだ。
人々が互いに手を取り合い、笑い合って過ごす日々を。
消えかかる意識の中、二人は叫んだ。
勇者「うおおおおぁぉぉぉぉぉっ!!!!」ブシュシュッ
魔王「はああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」ブファッ
勇者「こ……!!」
魔王「の……!!」
勇者・魔王「ばっかやろおぉぉおおぉおぉおぉおおお!!!!!!!!!!」
その瞬間、白い光が彼らの身体を包んだ。
809:
――――魔王の城・大広間跡
剣士「おらああああぁぁぁっ!!!!」ブンッ!!
ザクッ!!
大魔王「ぐうぅっ!?」
剣士は大魔王へと飛びかかり大剣を全力で振り下ろした。
大魔王の脳天に刺さった大剣は頭蓋骨に阻まれ剣士の怪力をもってしてもそれ以上は彼の身体を切り裂くことはできない。
剣士「爺さん!!」
店主「分かっておるわい!!!!」ババッ!!
剣士が店主の名を呼ぶよりも早く、店主は魔法陣を展開していた。
店主『四重重撃魔法陣・崩』!!!!!!
カアアアァァァッ!!!!
ズズンッ!!!!
大魔王の周囲に凄まじい重力場が形成される。
剣士「ぐぅ……待ってましたぁ!!!!」
重力に必死に耐えながら剣士は剣を持つ手に力を込める。
黒山鋼という特別重い金属で作られた剣士の剣は重力魔法の作用によりさらにその重さを増す。
剣士「どっせいぃっ!!!!」ブンッ!!
ズバァンッ!!!!
大魔王「が……ぁ……!?」
重撃魔法を利用した一太刀で剣士は大魔王を両断した。
810:
大勇者「はあああぁぁぁっ!!!!」ドンッ!!
剣士の一撃により真っ二つになった大魔王へと大勇者が突進していく。
裏魔法・亜音により肉体の反応度を極限以上に強化した彼の手には伝家の宝刀である白雷の魔法剣が握られている。
大勇者「これで……!!!!」ヒュババババ!!
ザザザザザザンッ!!!!!!
雷撃魔法を超圧縮したその剣に切れぬものはない。
眼にもとまらぬさで魔法剣を振るうと一瞬で大魔王の身体は細切れになった。
大勇者「終わりだ……!!!!」バッ
カアアアアアアァァァァッッ!!!!
剣を投げ捨て両手を大魔王目がけてかざすと特大の魔法陣を展開した。
大勇者『九重雷撃魔法陣・轟』!!!!!!!!
ズガアアァァァァーーーンッ!!!!
バリバリバリバリバリバリバリッ!!!!!!
轟音と共に放たれた最上級雷撃魔法はあまりの魔力に攻撃範囲にある全てのものを跡形もなく消し去った。
雷の中に消えゆく大魔王の肉体。
大魔王「あに……う…………わた………は……」フッ…
彼の最期の言葉は雷の轟きに書き消された。
811:
大勇者「…………」ハァハァ
前方の城跡、何もない空間を大勇者は注意深く見つめている。
大勇者「…………」フゥ
大魔王の気配が完全に消え去ったことを確認すると大きく息をつきその場に座り込んだ。
剣士「……ふぅ、なんとかなったな」
大勇者「あぁ……つつっ……」
店主「まったく、九重最上級魔法陣展開なんて無茶をするからじゃ。ほれ」
店主が手をかざすと大勇者の足元に緑色の魔法陣が形成された。
回復魔法特有の緑色の優しい光が彼の傷を癒していく。
大勇者「ありがとう爺さん、大分楽になった」シュウゥ…
店主「ほれ、お前さんも」
剣士「おぅ、よろしく頼むぜ」
同様に剣士の傷も癒す。
812:
回復魔法の光に包まれながら大勇者は黒の神樹を凝視していた。
その顔つきが次第に険しくなっていく。
大勇者「……気づいたか?爺さん」
店主「うむ。先ほどまで周囲の魔力を吸収しようとしていた黒の神樹が今は魔力に溢れておる」
剣士「お!?ってぇことは勇者達は神樹の破壊に成功したってことか!?」
大勇者「一応は……な」
剣士「なんだよ、浮かない顔して……嬉しくねぇのかよ?」
店主「神樹に供給された魔力が多すぎるんじゃ。このままでは膨らんだ神樹が爆発を起こしてここら一帯は消し飛ぶじゃろぅ」
剣士「なんだって!?」
店主の口から飛び出た話の内容に剣士は狼狽えた。
魔力を注ぎ込んで神樹を破壊したら何事もなく世界が神樹の支配から解放されると思っていた彼にとってその話はあまりに衝撃的だった。
驚く剣士をよそに大勇者は至って冷静に状況を分析していた。
大勇者「……おそらく魔将軍を倒したせいだ。勇者達の魔力と奴が死んだ時に発生した魔力とが一気に神樹に注ぎ込まれた結果、局長の予測を遥かに超える魔力が黒の神樹にブチ込まれることになったのだろうな……」
813:
少し何かを考えてから大勇者は店主に指示を出した。
大勇者「この爆発で他の神樹に影響が出ないとも限らん。爺さん、アンタは今から各国を巡って王都の人間に避難命令を出すように王様達に伝えてくれないか?」
店主「…………お前さんはどうするつもりじゃ?」
大勇者「私はここで命を懸けて神樹の爆発を最小限に留める」
剣士「な……!!馬鹿言ってんじゃねぇぞ!?」
大勇者の言葉に剣士が声を荒らげる。
大勇者「聖剣の力に長く肉体を蝕まれていた私はどのみちもう長くない。自分の身体だ、自分が一番分かっているさ……もって1年というところだ」
剣士「だからって!!」
大勇者「勇者達が世界のためにその命を懸けたのだ、大人の私が命を懸けなくてどうする」
大勇者「聖剣の効力がまだ持続している私なら黒の神樹の爆発を最小限に抑えられるだろう」
大勇者「逆に私が抑えなければ神樹の爆発は近くの街まで及ぶ……そうなれば何万という人々の命が失われることになる」
剣士「…………」
大勇者「私の最後のわがままだ、許してくれ。剣士」
814:
剣士は何も言わずに地面に座り俯いていた。
大勇者の意思が固いことを分かっている店主は共に戦場を駆けた旧友の顔をただじっと見つめていた。
黒の神樹の起こすやかましい地鳴りの音だけが聞こえる。
やがて剣士は立ち上がると大勇者に背を向けて言う。
剣士「へっ、これでやっとお前のわがままから解放されるのかと思うとせいせいすらぁ」
剣士「学生時代からお前には散々振り回されっぱなしだったからよ、最後のわがままくらい聞いてやるぜ」グスッ
大勇者「……ありがとう、剣士」フフッ
せっかく大勇者に背を向けているのに鼻をすする音で泣いているのがバレバレだ。
大勇者はそんな剣士がおかしくて笑った。
店主「……時間もなさそうじゃ、名残惜しいがワシはもう行くぞ」
大勇者「あぁ、そうしてくれ」
剣士「生きてたらまた会おうぜ、馬鹿野郎」ヒッグ
大勇者「そうだな」フッ
815:
店主「……そうじゃ」パチィン
大勇者「?」
店主が軽く指を鳴らすと小さな青い魔法陣が空中に現れた。
魔法陣が光ったかと思うと店主の手には酒瓶が握られていた。
店主「ほれ、いつものじゃ」ポイッ
大勇者「お、気が利くな」パシッ
店主「代金は……またウチに来た時にでもツケと一緒に払ってくれれば良い」フォッフォッ
大勇者「そうか、恩に着るよ」
大勇者はボトルの栓を開けて一口酒を飲んだ。
いつもの軽く焼けるような感覚が喉を通り胃へと染み込んでいく。
店主「……では、達者でな大勇者」
剣士「……あばよ」グスッ
大勇者「あぁ、2人とも元気でな」
カアアァァ
フッ……
店主は転移魔法を発動させその場から去っていった。
大勇者「…………お前達と過ごした時間、楽しかったよ」
あちこち崩れてもはや広間とは呼べなくなった大広間で大勇者は一人、夜空を眺めていた。
817:
――――――――
――――
――

気がつくと真っ暗闇の中にいた。
何もない無限の闇の中で魔王は悟った。
魔王(あぁ、わたし死んじゃったんだ……)
死後の世界というものには前から興味があったので正直がっかりした。
綺麗な一面の花畑と澄みわたる青空、そこにいる人々は皆が笑顔を絶やすことなくニコニコと笑い一日中歌って踊って過ごす。
そんな世界を想像していたらなんだこの世界は。
つまらない暗闇が広がるだけとは死後の世界とやらは味も素っ気もない世界なのか。
魔王(しかもうるさい)
そう、死後の世界はうるさかった。
何か地鳴りのような「ゴゴゴゴ……」という音が止むことなく聞こえている。
これでは安心して寝つくこともできない。
魔王(あと冷たくて固い)
さらに死後の世界は冷たくて固かった。
と言うのも彼女の頬にはさっきから冷たくて固い何かが触れている。
おまけにそれが小刻みに揺れているからタチが悪い。
その振動で起きてしまいそうだ。
魔王(まったく、まるで石の床で寝てるみたい……)
魔王(……石の床……?)
魔王(…………!!)
魔王(まさか……)
魔王(まさか…………!!)
瞬間、彼女の意識が覚醒した。
818:
――――魔王の城・神樹の小部屋
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!
魔王「ハッ!!」ガバッ
鳴り響く地鳴りに魔王は飛び起きた。
彼女は死んでなどいなかった。
魔力を放出し尽くして気を失って倒れていたのだ。
魔王「生き……てる……」
声は出る。
目も見える。
耳も聞こえる。
生きていることを確かめながら五体を確認する。
全身傷だらけではあるものの魔力が全く無い不思議な感覚を除いては特に身体に異常はないようだ。
魔王「……ゆ、勇者!!」ハッ
慌てて周りを見渡すと隣に勇者がうつ伏せに倒れていた。
魔王「勇者!!大丈夫!?勇者!!」ユサユサ
必死で勇者の身体を揺すって起こそうとする魔王。
脈拍も呼吸もあるので命に別状はないと思うが意識がないのは心配だった。
勇者「ん……」ピクッ
魔王「勇者!!」
彼女の呼びかけのおかげか、乱暴とも言える揺さぶりのおかげが、勇者は意識を取り戻した。
819:
勇者「ま、魔王?」ウゥ…
魔王「良かった!」ガバッ
勇者が意識を取り戻すなり魔王は勇者に抱きついた。
勇者は顔を赤くして抵抗する。
勇者「わわっ、なんだよ、抱きつくなよ!!」カァ
魔王「良かった、無事で……」ギュッ
勇者「…………お前もな」ポンッ
勇者は抵抗するのを止めて軽く魔王の頭に手を置いた。
勇者「…………でもどうやら俺達はここで死ぬみたいだな……」
820:
何かを悟ったような勇者の声に魔王は我に返って勇者から離れると彼の視線の先を追った。
小部屋の入り口は神樹崩壊に伴う地震によって崩れてしまっていた。
手作業で瓦礫をどかしている時間などないし、仮に神樹が崩壊する前に人が通れるだけの隙間を作って走って逃げたとしても神樹の崩壊に巻き込まれて死んでしまうだろう。
勇者「せっかく生き残れたってのに万事休すってやつだな……」
魔王「うん……さっき一生分の魔力使っちゃったからもう魔法も使えないもんね」
勇者「………………」
魔王のその言葉を聞いて何かに気付いたようで勇者は自分の手のひらをじっと見つめている。
魔王「? 勇者?」
勇者「あ、いや、ごめん、ボーっとしてた」アハハ
魔王「……よくこんな状況でボーっとできるね」ハァ
勇者「へいへい……っと」
821:
トン……
魔王(…………)
勇者(…………)
勇者は魔王に背中を預けるようにして座った。
背中から相手の息づかいが伝わってくる。
二人はしばらくそのまま何も話さなかった。
その沈黙が心地よかった。
幼い頃からよく二人で会ってはいたが、二人でいる一時がこんなに名残惜しいと感じたことは多分ない。
目を瞑れば相手の呼吸だけでなく心音まで伝わってくる。
そして魔王は思った。
魔王(これで最後なら……ちゃんと勇者に伝えなきゃ……)
魔王(わたしの勇者への素直な気持ち……きちんと勇者に聞いてもらいたい)
そう思うと急に口の中が渇いて手が汗ばんできた。
心臓の鼓動がやけに早くなってくる。
気のせいかもしれなかったが勇者もまた鼓動が早くなっているように感じた。
魔王は決心すると勇者に声をかけた。
822:
勇者・魔王「あのさ」
勇者「ん……」
魔王「あ……」
なんと同じタイミングで勇者も話しかけてきた。
相手にも言いたいこと、聞きたいことがあるのだろうと思ってお互い譲り合いが始まる。
勇者「お前先にいいよ」
魔王「勇者こそ、先に言いなよ」
勇者「いや、お前からだ」
魔王「ダーメ、勇者から」
勇者「お前が先に話さなかったら俺なんも話さないからな」
魔王「あ、それずるいよ!」
勇者「つーワケでお前からな」
魔王「……もぅしょうがないなぁ……」ハァ
譲り合いに敗けた魔王は渋々先に話すことを承諾した。
823:
勇者「んで?」
魔王「え?え〜っとね……」
魔王(うわ〜ん、勇者のバカバカ〜!こんな状況で言えるワケないよ〜!!)ウゥ…
いざ勇者に想いを告げようと決意したのに勇者とのなんてことない会話で魔王のその決意を挫かれてしまった。
こういう決意というものは心に決めるまでにはやたら時間と覚悟を要するのにいとも簡単に崩れ去ってしまう儚く脆いものなのだ。
100代目魔王と言えども一人の少女だ。
彼女も例外ではなかった。
魔王「え、え〜っとね」
勇者「うん」
魔王「そ……」
勇者「そ?」
魔王「僧侶って可愛いよね!」
勇者「はぁ?」
魔王「いや、僧侶って可愛くて優しくて家庭的ですごく良い娘じゃない? だから勇者はどう思ってるのかな〜って」
魔王(ご、ごめん僧侶……もし僧侶が死んじゃってあの世で会ったら土下座で謝るね……)
魔王は咄嗟に彼女の名前を出してしまったことを誠心誠意心の中で詫びた。
824:
勇者「変なこと聞くな……俺はてっきり……」
魔王「?」
勇者「あ、いや、なんでもない」
勇者は何か言いかけて口をつぐんだ。
勇者「僧侶ね〜、たしかに可愛くて良い娘だと思うぜ」
魔王「ほぅほぅ」
勇者「下に兄弟がいるから面倒見もいいしさ、頭もいいし優しいし」
魔王「うんうん」
勇者「どっかの誰かと違って料理も上手いしな」
魔王「う……」グサッ
勇者「学校行ってた頃はファンクラブとかあったな〜」
魔王「そう言えば勇者に前聞いたことあったなぁ……僧侶すごくモテるんだね」
勇者「まぁな、白薔薇学園ミス・ミスターコンテストは俺らが入学してから卒業するまで僧侶と武闘家が優勝してたよ」
魔王「えぇ!?そうなの!?」
勇者「あれ、話してなかったっけ?」
魔王「優勝したって話は聞いたことあったけど在学期間中ずっとだったなんて……」
825:
勇者「僧侶みたいな才色兼備な女の子に好きになってもらえたら幸せだろうなぁ……なんてな」ハハッ
魔王(……この鈍チンめ……)ハァ
勇者の鈍感さに呆れて魔王はため息をついた。
その学園のアイドル、才色兼備な可愛い女の子に恋されているというのにてんで気づかないとは……なんとも勿体無い。
……では僧侶が勇者のことを好きなのだと知ったら勇者はどうするのだろうか?
顔を真っ赤にしながらしどろもどろになりつつも彼女の想いに応えるのだろうか?
正直魔王から見て勇者と僧侶はお似合いに見える。
だらしない勇者を僧侶が優しく包み込んで支えてくれそうだしとても上手くいきそうだ。
二人が仲睦まじくしているところを想像すると胸が苦しくなった。
締めつけられるような、針でチクチクと刺されるような、そんな痛みだ。
魔王はしばらく何も言わずに勇者のことを想ってぼーっとしていた。
不快な神樹の鳴動だけが聞こえてくる。
……と、そこで勇者が言いかけたことをまだ聞いていないことに気がついた。
自分の勇者への想いは勇者にそのことを聞いてから伝えれば良い。
827:
魔王「そうだ、勇者はわたしに何を言おうとしたの?」
勇者「え?お、俺か?」
急にそう言われて勇者はビクンと体をこわばらせた。
魔王「そうだよ、わたしまだ聞いてないよ」
勇者「う……そうだよな……」
魔王「ほら、最後なんだしちゃんと言ってよね」
勇者「…………そうだな」
勇者は唾を飲み込んで口を潤すと静かに魔王に聞いた。
勇者「その……さ、魔王って魔力どれぐらい残ってるんだ?」
魔王「へ?そんなの0に決まってるじゃん、一生分の魔力使い切っちゃったよ」
勇者の質問に答えながらも魔王は思う。
何故勇者はそんなことを聞くのだろうか?
魔王の心の引っ掛かりを取り除くように、勇者が言った。
勇者「実は俺さ、ちょっとだけ魔力が残ってるんだよな」
勇者「…………ギリギリ女の子一人転移魔法で飛ばせるくらいには……さ」
魔王「……………………え?」
勇者の言葉を聞いて魔王は振り返った。
勇者の優しい微笑みで魔王は全てを理解した。
828:
カアアァァ……!!
魔王の足元に転移魔法陣が展開された。
優しく微笑みかける勇者に魔王は怒りと悲しみの混じった声で怒鳴りつける。
魔王「……ふざけないでよ勇者!!」
勇者「ふざけてなんかないって」
魔王「こんな……こんなのってないよ!!」
勇者「悪いな、つらい思いさせてさ」
魔王「魔力が残ってたなら二人で転移魔法で跳ぶとか、入り口塞いでる瓦礫を吹き飛ばすとか他に方法あったでしょ!?」
勇者「二人で跳んだら安全なとこまでは転移できそうにないし、入り口通れるようにしたとして走って逃げても神樹の崩壊に巻き込まれる……お前だって分かってるだろ?」
勇者「こうすればお前だけは確実に生き残れる……」
魔王「だったら……だったら勇者が生きればいいじゃない!!なんでわたしなの……!?」
勇者「うーん……100代目勇者って言ってもただの一般人だしさ、これから来る新しい世界にはお前の方が必要かなって」ハハッ
魔王「でも……!!」
勇者「それにさ、お前が俺の立場なら……きっと同じことしたろ?」
勇者「武闘家達には……よろしく言っといてくれ」ナハハ
魔王「勇者…………」ポロポロ
829:
魔王はとうとう泣き出した。
綺麗な金の瞳はすぐに涙でいっぱいになり光輝く雫がとめどなく溢れてくる。
勇者「俺達が夢見た平和な世界を俺は見ることはできないけどさ、お前は新しい世界で笑って生きて欲しいんだよ」
勇者「言ったろ? 俺はお前に笑っていて欲しいんだよ」
勇者「死んじゃったらお前もう笑えないだろ? まぁ……俺が死んだらお前の笑った顔がもう見られないってのが残念だけどな」ハハッ
魔王「勇者……」ヒッグエッグ
勇者「だからさ、最後は笑ってさよならしようぜ、魔王」ニッ
魔王「…………」グスッ
そう言って笑ってみせた勇者だったが、彼の瞳も涙で潤んでいた。
830:
魔法陣の光が次第に強くなっていく。
青白い光に包まれて魔王はもうすぐ転移空間へと飛ばされてしまうだろう。
時間がない。
この残された時間で自分の勇者への想いを伝えなければ。
脳をフル回転させて彼への想いを的確に表す言葉を探した。
しかしどんな言葉も物足りない。
勇者へのこの想いを、真っ直ぐに、全て、余すことなく伝える方法……。
魔王「…………」
青白い光に包まれながら魔王は勇者を抱きしめた。
勇者「え……まお………………!?」
そして……唇を重ねた。
831:
甘くて酸っぱくてそれでいてしょっぱい、悲しいキスだった。
ほんの一瞬が永遠に感じられた。
唇を離して勇者を見ると、勇者は突然の出来事に戸惑っていた。
勇者「……お前……」
今起きたことが信じられないと、自分の唇にそっと触れた。
そんな勇者を見て魔王は涙で顔をぐしゃぐしゃに歪めながら目いっぱい笑ってみせた。
魔王「ばか勇者……」ニコッ
転移魔法の青い光が二人を無慈悲に引き離した。
832:
――――魔巌の砦
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!
黒の神樹の地鳴りは武闘家達が戦う魔巌の砦まで響いていた。
城で何かがあったのだと感じつつも彼らは目の前の敵を片付けるのに全力を注いでいた。
星氷の勇者『四重氷撃魔法陣・絶』!!!!
ビュオオオォォォォ!!
煉撃の勇者『四重炎撃魔法陣・獄』!!!!
ゴオオオオォォォォ!!
凍てつく氷の剣と燃え盛る紅蓮の炎が最後の狂戦士の四肢を撃ち抜いた。
黒甲冑の狂戦士「グガァ……!?」
右半身を氷漬けにされ、左半身を焼かれて狂戦士が一瞬ひるむ。
裂空の勇者「一気にたたみかけるぞ!!」
魔法使い「うん!!」
側近「えぇっ!!」
裂空の勇者・魔法使い・側近『四重風撃魔法陣・真』!!!!!!
ゴウッッッッ!!!!!!!!
ズバズバズバババババン!!!!!!
黒甲冑の狂戦士「グ……ガガァ……!?」
三人の放った真空の刃が狂戦士の身体を切り刻む。
全身を切り裂かれた狂戦士はかろうじて動いているにすぎないほどダメージが蓄積されている。
833:
武闘家がとどめの一撃を放つ。
武闘家「……これで終わりです……!!」
右拳にありったけの魔力を集中させて自身の持つ最大の技を放つ。
武闘家『三重重撃魔法陣・崩』!!!!!!
ドッゴォォオオオン!!!!!!
黒甲冑の狂戦士「ガア……ァァ…………!!」
最上級重撃魔法陣をその拳に纏った渾身の一撃は黒い甲冑を着た狂戦士の身体をバラバラに破壊した。
彼の肉塊が周囲に散らばっていく。
武闘家「はぁ……はぁ……」ゼェゼェ
弓術士「……うっし!!今ので最後っすね」
賢者「つ、疲れました〜」ペタン
聖騎士「恐ろしくタフな奴らだったな……あんな奴らと戦っていたとはまったく、お前達はたいしたものだ」
魔法使い「えへへ〜、それほどでもあるかなぁ、なんて」ニャハハ
煉撃の勇者「……ったく、調子がいいやつだよ、アンタは」
834:
狂戦士の軍勢を全て倒した勝利の余韻に浸る弓術士達。
しかし冷静な武闘家達は黒の神樹から不気味に響く地鳴りがまだ全てが終わっていないことを表していると分かっていた。
側近「……城で何があったのか気になりますね……」
星氷の勇者「さっきなんて山が吹き飛んでましたもんね……」ゴクッ
裂空の勇者「それにこの大地の鳴動……これはただ事じゃない」
武闘家「恐らく勇者達が神樹の破壊に成功したのでしょうが……膨張した神樹の魔力では城の周辺が吹き飛びそうですね……ここも危ない」
僧侶「勇者君……魔王ちゃん……無事でいて…………」ギュッ
勇者の無事を祈る武闘家達に裂空の勇者が尋ねる。
裂空の勇者「武闘家の坊主よ、神樹の破壊ってのは一体……」
武闘家「それについては後で話します。まずは勇者と合流し次第ここから離れるのが先決です」
星氷の勇者「……わかりました、武闘家さんがそう言うなら一刻の猶予も許されてないってことですね」
星氷の勇者がそう言い終えた瞬間、彼らの前に青く輝く魔法陣が現れた。
835:
カアアァァッ!!
僧侶「これは……!!」
側近「転移魔法陣……!!」
魔法使い「勇者が帰ってきたの!?」
勇者の帰還を首を長くして待っていた仲間達が転移魔法陣を取り囲む。
ドサッ……
青い光の中から現れたのは美しい黒髪の女性が一人……それだけだった。
魔王「う…………」
側近「魔王様!?」
聖騎士「この女性がか……?」
弓術士「むっちゃ美人じゃないっすか!!」
この場に魔王が現れたと聞き煉撃の勇者は手にしていた剣を倒れている魔王へと向ける。
煉撃の勇者「おいおい、なんで魔王がこんなとこに出てくるんだよ」チャキッ
今にも切りかかりそうな煉撃の勇者を止めようと魔法使いが両手を広げて彼女の前に立ちはだかる。
魔法使い「魔王は敵じゃないよ!!あたし達の友達だよ!!」
煉撃の勇者「は、はぁ?」
突然「魔王が友達」などと言われたものだから流石の彼女も面食らってしまった。
836:
武闘家「大丈夫ですか!?魔王さん!!」
魔王「ぶ、武闘家……? それにみんな……」
僧侶「魔王ちゃん!!勇者君は!?」
魔王「……勇者……勇者はまだ城に……!!」グスッ
「!!!!」
魔王の言葉に場が凍りつく。
神樹による爆発の中心地となるであろう魔王の城に勇者がまだとり残されている。
その場にいる大半が勇者の身に何が起こったのか、どうして魔王がこの場に一人で空間転移してきたのか分からなかったが、唯一武闘家だけは大筋の状況を把握していた。
魔王「武闘家!!城に行って!!勇者が……勇者が……!!」ポロポロ
涙を流しながら魔王は武闘家に必死に懇願する。
武闘家は唇を強く噛むと魔法使いに指示を出した。
武闘家「……魔法使いさん、転移魔法を。……ここから撤退します」
魔法使い「へ……」
僧侶「そんな!!勇者君がまだお城にいるっていうのに!?」
837:
武闘家の指示が信じられないと僧侶は叫んだ。
武闘家は拳強く握りしめながら勉めて冷静に話し出した。
爪の食い込んだ彼の手は血が滲んでいる。
武闘家「今から僕達が勇者を救出に行っても神樹の崩壊によって全員が死ぬことになります……勇者はそんなこと望んでいません……」
僧侶「だけど!!」
魔法使い「だったらあたし達だけで行くよ……!!」
ドドッ!!
魔法使い「な……!?」
僧侶「あっ……」
いきなり二人の首筋に衝撃が走った。
急に意識が遠退いていく。
ドサドサ……
彼女達の後ろでは裂空の勇者が指を真っ直ぐに伸ばして立っていた。
彼女達の頸に手刀を叩き込み気絶させたのだろう。
裂空の勇者「悪いな嬢ちゃん達」
武闘家「裂空の勇者さん……」
裂空の勇者「気にすんな、憎まれ役も年長者の役目だ」
武闘家「……すみません」
838:
裂空の勇者「おら、わかったらさっさとずらかるぞ、ガキ共!!」
星氷の勇者「…………はい」ギリッ
煉撃の勇者「……あいよ」チッ
やりきれない思いを露にしながら他の勇者達もしぶしぶと撤退に同意する。
三人の勇者達が展開した転移魔法陣がその場にいる者達を青白い光で照らし出していく。
魔王「待って……まだ……まだ勇者が……!!」
側近「魔王様……」
武闘家「…………」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!!
ガラガラガラ……!!!!
ビキビキビキビキ……!!!!
大地の鳴動がさらに激しさを増す。
黒の神樹を中心に大地が裂け、そこから魔力の光が溢れ出していく。
魔王「勇者……勇者ぁ!!」
カッッ!!!!!!!!
黒の神樹が光輝いた。
巨大な一筋の光の柱が天高く伸びていく。
光の柱は次第に太くなっていき周囲のあらゆるものを飲み込み始める。
どこまでもどこまでも高く伸びる光の柱に、魔王は大粒の涙を流しながら喉が潰れるほど叫んだ。
魔王「勇者ぁぁぁぁあああああ!!!!!!!!」
839:
――――――――
――――
――

――――3ヶ月後
魔王の城と魔巌の砦での100代目勇者達の激闘、そして黒の神樹が消え去ってから三ヶ月の月日が流れた。
100代目勇者と100代目魔王の手によって黒の神樹は破壊され、彼らの思惑通り他の神樹達も消え去ることとなった。
他の神樹達が消滅する時に発生した地震によって各国の王都では多少なりとも被害は出たが、少数の怪我人が出ただけで死者は出ていない。
黒の国では魔王の城を中心に広範囲で地形が変化するほどの魔力の大爆発が起きた。
だが幸いにして被害は城の周辺だけで済み、近くの街までは爆発は及ばなかったようである。
そんなわけで今やこの世界には神樹は一本たりとも生えてはいない。
この神樹の消滅は人々に大きな不安を与えた。
今まで信仰の対象としてきた御神木が消え去ったのだ、世界が終わるのかもしれないなどと騒ぐ人間達もいた。
各地の神樹の消滅してからおよそ一週間後、黒の国では100代目魔王が中心となって人間達との和平を目指す大規模な国内会議が行われた。
会議の終了後、100代目魔王は黒の国の総意として聖十字連合に正式に和平を提案。
聖十字連合はその申し出を受け入れた。
100代目勇者と100代目魔王の悲願であった聖十字連合と黒の国との和平は驚くほど簡単に実現したのだった。
840:
和平の実現にともない国際会議の場で100代目魔王はこの世界の真実と神樹が消滅した経緯を全世界の人々に話した。
長い間憎しみ戦い合っていた人間と魔族は実は同じ種族であり、勇者と魔王は神樹による世界崩壊を阻止するための人柱だった。
この告白は言うまでもなく世界中に大きな衝撃を与えた。
本来ならこんな荒唐無稽な話を皆が鵜呑みにする筈はないが黒の神樹の崩壊に伴う大爆発と各地の地震はそれを信じさせるに十分な説得力を持っていた。
国際会議を受けて各国の王と側近達は今まで真実を国民に語らなかったこと、神樹の寿命を延ばすために戦争をしてきたことの責任を取り、皆が王や側近の座を降りることとなった。
その程度では甘いという世論の声もあったが、一方で黒の神樹の崩壊による爆発の凄まじさを目の当たりにした人々は、王達はこれを食い止めるためにに悩みながらも戦争をしていたのではないかという声も上がり王や側近達にはそれ以上の罰は下されていない。
また世界を救った英雄として100代目魔王は魔族からだけでなく人間からも絶大な人気を得た。
十ヶ国全てが加盟した全人類和平条約の調印式では彼女が議長を務め話題を呼んだ。
世界中の人々が互いに手を取り合うこの新しい世界は100代目魔王を中心に新しい道を一歩、また一歩と歩み始めている。
841:
――――緑の国・小高い山の上
店主「やれやれ……歳よりには山登りは堪えるわい」
雑草と木々の生い茂る道無き道を歩きながら店主はぼやいた。
剣士「なぁに、丁度良い運動になるだろ」ガハハ
剣士はその隣で豪快に笑う。
彼にとってはこの程度の山道などなんてことない。
店主「運動にはちぃとばかりキツすぎるわぃ」ハァ
剣士「ん、着いたぜ……ってあれ?」
森を抜け開けた山頂に着くと既に一人の女性がそこにいた。
艶やかな黒髪の女性は山頂からの景色に目を細めている。
剣士達に気付き声をかける。
黒の王妃「あら、こんにちは。お久しぶりですね」
剣士「なんでぇ、もう来てたんですか」
黒の王妃「えぇ、少しだけ早く着いてしまったみたいですね」
黒の王妃「あら、お花とお水なら私も持って来ましたのに」
彼女は手にしていた手提げ袋を軽く持ち上げた。
袋からは綺麗な花が顔を覗かせている。
店主「おぉ、こりゃすみませんな」
黒の王妃「いえいえ、これぐらいしかできませんから」
842:
そう言って袋から水筒を取り出すと山頂に立つ十字架にその水をかけた。
十字架はやや古びていてこの場所に立ってから何年か経っているのが分かった。
店主も彼女に続いて十字架に持ってきていた水を浴びせる。
それが終わると二人は十字架の前にそっと花を供えた。
王妃の持ってきた白い花と店主の持ってきた黄色の花が太陽の光に映えている。
店主はちらと剣士を見た。
彼もまた水筒を手にしているが何もせずじっと十字架を見つめている。
剣士「…………」
店主「なんじゃ、どうかしたのか?」
剣士「…………ここにはアイツは眠ってねぇってのにこんなもんに意味があんのかなぁって思ってよ」
店主「なんじゃ今更じゃな」
剣士「ふと思ったんだよ」
店主「ふむ……言い方は変かもしれんがこの墓はワシらの単なる自己満足じゃろう」
剣士「だろ?」
843:
黒の王妃「でも……私はこの人と大勇者さんとが2人で良く会っていたこの場所にお墓を作ってあげたかったのです」
黒の王妃「亡骸はここになくともあの人の本当のお墓はここだと私は思っていますよ」
剣士「…………そういうもんかな」
剣士は水筒の水をバシャバシャと十字架にかけた。
飛沫が飛び散り雫がしたたる。
王妃はそれを見ながら少し言いにくそうに切り出した。
黒の王妃「その…………」
剣士「?」
黒の王妃「……良ければ大勇者さんのお墓もここに立ててはいかがでしょうか? その方が2人も……」
そこで剣士と店主は声を揃えて言った。
844:
剣士「大勇者の墓はいらないですよ」
店主「大勇者の墓はいらんですわぃ」
剣士・店主「ん?」
剣士・店主「…………」ククッ
二人は顔を見合わせて笑い出した。
そして王妃へと言う。
剣士「いいですか、王妃様。大勇者の奴は殺しても死ぬ奴じゃないんです」
剣士「多分死んじまってもアイツは自分が死んだことを認めたりしないからな」
店主「そうそう、勝手に墓なんぞ立てたら怒られてしまうわぃ」フフッ
黒の王妃「は、はぁ……」
王妃は二人が何が言いたいのかよく分からない。
大勇者は黒の神樹の爆発を抑えるためにその命を捧げた。
彼らもその事を知っている筈なのに彼らは大勇者の死を悲しんではいないようだ。
むしろ今も生きているかのように話している。
845:
剣士「ま、アイツが枕元にでも出てきて墓を作ってくれって頼んできたらその時考えますよ」
店主「その時は酒場のツケを払ってもらおうかのぅ」フォッフォッ
黒の王妃「……私にはよく分かりませんでしたが……良いものですね、仲間というものは」
剣士「ただの腐れ縁ですよ、腐れ縁」ハハッ
剣士はそう言ったがまんざらでもなさそうだ。
店主は持ってきた酒瓶を十字架に見せるように左右に振ってみせた。
店主「……ほれ、お前さんと大勇者が好きだった酒じゃ、持ってきてやったぞぃ」
栓を開けると墓前に供えた。
店主「もし大勇者と飲むことがあってもあんまり飲みすぎるんじゃないぞぃ」フォッフォッ
緑の国の美しい自然を一望できる小高い山の上。
三人は今は亡き二人の偉大な男のことを思いながら風に吹かれて景色を眺めていた。
846:
――――白の国・僧侶の家・僧侶の部屋
机に向かう魔法使いは器用に唇と鼻の間に鉛筆を挟んで唸っている。
だがそうしていたのは二、三秒ほどで、すぐに隣で編み物をしている僧侶に鉛筆片手に尋ねた。
魔法使い「ねーねー僧侶、これどうやるの?」
僧侶「えっと……これは33ページの例題2と38ページの例題4の応用だよ、必要な値が全部出ないうちから無理に公式に当てはめて解こうとすると式が足りなくて解けないから気をつけてね」
魔法使い「う……めんどくさいなぁ……」
僧侶「先生目指してるならこのぐらいの問題できなくてどうするの」
魔法使い「は〜い」
魔法使いはぐったりした返事をすると問題を解き始めた。
なんだかんだと言いながら教えられたことはそつなくこなしてみせる。
彼女は勉強ができないのではなく勉強をしないのだけなのだと僧侶は学生時代から知っている。
僧侶「でも驚いちゃったよ、急に学校の先生になりたいだなんて言うんだもん。何かあったの?」
魔法使い「うぅん、なんとなく学校の先生もいいかなって思って」
僧侶「学校の先生"も"……?」
魔法使いの言葉が引っかかり僧侶は聞き返した。
魔法使い「うん、他には彫刻家と歌手のマネージャーと新聞記者と……そうそう、お城の大魔導師っていうのもいいね」
僧侶「ひょっとしてそれ全部やるつもり……?」
魔法使い「もちろんだよ!ま、飽きたらすぐやめるけどね」
僧侶「それは大変だね」ウフフ
847:
僧侶は魔法使いの馬鹿らしいとも言える人生計画に苦笑する。
しかし魔法使いは至って真面目なようだ。
魔法使い「何言ってるのさ、僧侶。人生は短いんだよ」
魔法使い「人間が一生でやれることは『自分のやりたいこと』と『自分のできること』のどっちかしかないの」
魔法使い「だからあたしは自分のしたいことをやって生きるの、その方が楽しそうじゃん?」ニャハ
僧侶「……ふふっ、魔法使いちゃんらしいね」
魔法使い「えへへ、ありがと」
僧侶「褒めて……るのかな?」
魔法使いの話を聞いて僧侶は自分自身のことについて考えてみようと思った。
戦いが終わってから三ヶ月、色々な取材や公演で大忙しだったのでこうしてゆっくりした時間がとれるようになったのはつい最近だ。
これからどうするか、どうしたいかなんて考えてもいなかった。
そう思うと魔法使いの方がよほど先を見つめて今を生きていると思えてきた。
848:
魔法使い「僧侶は何かしたいことあるの?」
僧侶「私は……まだ何も決まってないや」
魔法使い「ふ〜ん、じゃあさ、歌手とかやったら?」
僧侶「…………それ魔法使いちゃんがマネージャーやりたいだけでしょ」
魔法使い「バレちゃったか」ニャハハ
僧侶「無理だよ、無理無理。私が歌手だなんて」
魔法使い「え〜、僧侶歌うまいしきっとできるよ、何より可愛いからファンが山ほどできるよ?」
僧侶「もぅ、からかわないでよ」
魔法使い「大勢の人達を感動させて笑顔にさせる仕事。やりがいあると思うけどなぁ〜……」
僧侶「笑顔……か」
僧侶はそう言われて魔王のことを思い浮かべた。
魔法使いも同様に彼女のことを考えていた。
黒の神樹の暴走に勇者が巻き込まれてから魔王は一度たりとも笑ってはいない。
国事など大衆の前に立つ時は笑顔を見せてはいるが彼女の本当の笑顔を知っている僧侶達はその笑顔が作り笑いだと分かっていた。
心の底から彼女が笑顔になったところをこの三ヶ月見ていない。
彼女の心はあの日から凍ってしまったままだ。
849:
僧侶「魔王ちゃんをどうにか笑顔にしてあげたいね……」
魔法使い「うん……」
魔法使い「魔王と約束してた色んなところ行ったけどなんか笑顔がぎこちなかったもんね」
僧侶「あの日以来、魔王ちゃん私達にも『魔王様口調』のままだしね……」
僧侶の言う通り魔王は僧侶達に対しても魔王様口調で話すようになっていた。
どうしてそうなってしまったのか、その理由が痛いほど分かる僧侶達は言葉遣いを改めるように彼女に言ってはいない。
僧侶「……でも魔王ちゃんは強いよね、いつまでも泣いてたりしないで新しい世界を引っ張っていってるんだもの」
魔法使い「あたしには……魔族の王様として振る舞ってないと心が崩れちゃうからそうしてるように見えるなぁ……」
僧侶「…………」
魔法使い「そういう僧侶はもう大丈夫なの?」
僧侶「……うん、もういっぱい泣いたからね、涙も枯れちゃったかな」フフッ
僧侶は魔法使いに笑ってみせた。
僧侶自身気づいてはいないだろうがその笑顔は以前の彼女のものとは別物である。
850:
僧侶「…………心の傷はどんな回復魔法でも癒せないもの……時間が治してくれるのを待つしかないかな……」
魔法使い「……そうだね」
魔王のことを考えながら僧侶はそうこぼした。
魔法使い「……新しいことを始めるってのもいい刺激になるかもよ?」
魔法使いが思いついたように言う。
僧侶「例えば?」
魔法使い「僧侶だったら歌……」
僧侶「ここ、間違えてるよ」
魔法使いのノートをすかさず指差す僧侶。
魔法使い「う……」
僧侶「先生への道は長く険しいね」フフッ
鉛筆で頭を掻きながら間違いを探す魔法使い。
穏やかな日の光が窓際にある新品のサボテンの鉢を照らしていた。
851:
――――白の国・王都・勇者の家
武闘家「……おや?」
勇者の家を訪れた武闘家は思わず呟いた。
勇者の家は荷物はそのままなれど今は空き家だ。
にもかかわらず人の気配がする。
武闘家「…………」
キイィ……
泥棒かもしれないので身構えながら扉を開けた。
「誰じゃ?」
家の中からは老人の声がした。
聞き覚えのあるその声に武闘家は警戒を解く。
武闘家「あれ?王様……?」
白の前王「おぉ、武闘家か。久しぶりじゃのぅ」
居間で椅子に腰かけていたのは白の国の王……いや、前王だ。
年老いてはいながらも威厳のあるその顔に長い髭をたくわえている。
武闘家を見ると孫に会った老人のように人懐っこく笑ってみせた。
852:
武闘家「えぇ、お久しぶりです。あの……王様はどうしてここにいらっしゃるのですか?」
白の前王「わしはもう王ではない、ただの老人じゃ、そう畏まることはないぞ」フフッ
武闘家「……そうは言ってもこの国の政治を裏で上手く支えているのは前王様でしょう? 失礼ですがご子息はまだ王としての務めに不慣れで至らぬところがあると思いますから」
白の王が王の座を降りてからは彼の長男である王子がが新たな王となった。
しかしいきなり大国の王に即位した彼はまだまだ政治を上手くこなせているとは言い難い。
実際は影で白の前王が引き続き政治をしているようなものだった。
白の前王「ホッホ、こりゃ手厳しいのぅ。まぁ否定できんのが少しばかり痛いとこじゃな」
白の前王「なに、わしはちょいと助言をしているに過ぎんよ」
武闘家「そういうことにしておきます」フフッ
白の前王「……と、質問に答えていなかったのぅ。何故わしがここにいるか、じゃな」
武闘家「はい」
白の前王は長い髭をそっと撫でると武闘家に微笑んだ。
白の前王「おそらくお主と同じ理由じゃよ」ニコ
武闘家「……そうですか」クスクス
武闘家にとっては十分な答えだった。
むしろそれ以上の答えはないくらいだ。
笑い終えると武闘家は老人に小さく会釈した。
武闘家「……では僕は勇者の部屋に行ってみますね」
白の前王「うむ。暇だったら紅茶を煎れてくれても構わんよ」
間延びした声でそう言う老人に笑顔を返し武闘家は二階にある勇者の部屋へと向かっていった。
853:
鍵がかかっていたら帰ろうと思っていたが幸いなことに鍵はかかっていなかった。
ドアを開くとおよそ半年ぶりに入る勇者の部屋がそこにはあった。
武闘家の知る勇者の部屋の状態の中では比較的片付ている。
白の国から旅立ってから半年間もの間、誰にも使われなかったため埃がうっすら積もっている。
武闘家は勇者のベッドへとゆっくりと腰を下ろした。
彼が何故ここに来たかと言うと、その理由は『なんとなく』だ。
言葉にし難いなんらかの思いがはたらいてここに足を運びたくなったのだ。
だから先ほど白の前王が「お主と同じ理由」と言った時も「なんとなくなら仕方ない」と妙に納得してしまった。
武闘家「…………」
部屋全体をぐるりと見渡す。
何度も遊びに来たこの部屋は言わば武闘家にとって第二の自分の部屋だ。
854:
武闘家「…………ん?」
机の上に無造作に置かれた本に目が止まる。
勇者の部屋には似つかわしくない分厚い本だ。
立ち上がるとその本を手にとった。
武闘家「これ父が書いた魔法研究の論文じゃないですか……僕でもよくわからないところがあるのになんでこんな難しい本を勇者が?」
武闘家はしばらくその本を手に考えこんでいたが突然吹き出した。
武闘家「ふふっ、大方魔王さんあたりに『漫画しか読まない』って言われて見返してやろうと思って買ったんですかね」フフフッ
探偵顔負けの名推理だ。
もしこの場に勇者がいたら目を丸くして驚いただろう。
そっと論文を机の上に戻した。
なんの気なしに見た本棚の最上段、一番角に見覚えのある本が数冊ある。
武闘家「よっと」
軽く背伸びしてその本を一冊手にとる。
武闘家「やっぱり勇者に貸しっぱなしでしたか」ハァ
その本こそ勇者と武闘家が友人となるきっかけとなった漫画だ。
持ち主である武闘家の手に触れることなく八年もの歳月を勇者の家で過ごしていた。
855:
武闘家「続きが気になるからとか言って終わりの頃の巻全部借りて行くんだものなぁ……僕が家で読み始めると必ず途中で止まってしまって……」ヤレヤレ
武闘家「…………」パラパラ
保存状態のあまり良くはないその漫画を久しぶりにめくってみた。
武闘家「あ〜……懐かしいなぁ……やっぱり良いものは何度見ても良いですね」
武闘家「この脇役の魔法使いが大魔王に啖呵切るところなんて今読んでも胸が熱くなりますよ」フフッ
しばらく思い出の漫画を読みふけっていた武闘家だが最後の巻を読み終えたところで静かに息を吐いた。
武闘家「さて……じゃあこの漫画は僕のですから返してもらいますね」
数冊の漫画を手にして、部屋を出ようとドアノブに手をかける。
武闘家「………………」
何を思ったのか武闘家は引き返すと漫画を本棚のもとあった位置に綺麗に戻した。
代わりに机の上の分厚い論文を手にする。
武闘家「……やっぱりまだ貸しておいてあげます」
武闘家「8年分の利息としてこの本は貰っていきますね。どうせ勇者が持ってても枕の代わりにもならないでしょうから」フフッ
武闘家「……漫画は今度会った時に自分で返して下さいね。……じゃ、また来ます」ニコッ
誰もいない部屋に静かに微笑んで武闘家は勇者の部屋を後にした。
勇者の机には本によってできた埃のあとがくっきりと四角く残っていた。
856:
================
「……遅くなってごめん」
背後から懐かしい声が聞こえた。
はやる気持ちを抑えてゆっくりと振り向く。
涙を浮かべながら私に優しく微笑む彼を見て私も涙を流した。
彼は突然泣き出した私を昔のようにからかう。
「おいおい、泣くことないだろ? 相変わらず泣き虫だな」
「……馬鹿、どれだけ待ったと思ってるの?」
「う……だからごめんって……」
焦る彼を私は優しく抱きしめた。
「いいよ、こうしてちゃんと会いにきてくれたんだもの、許してあげる」
「……ありがとう」
「でも許すのには条件があるわ」
「……?」
不思議そうな顔で私を見つめる彼の耳元に囁いた。
「……ずっと、ずっと一緒にいてね」
彼は何も言わなかった。
その代わり私を強く抱き返してくれた。
この上ない返事だった。
広場を行き交う人々の視線など気にもせず、私達は神樹の前でいつまでも抱き合っていた。
――――――――完
857:
――――緑の国・名も無き湖のほとり
魔王「ふむ………………」フゥ…
魔王は読み終えた本を閉じて揺れる水面を眺めた。
今しがた彼女が読み終えた本は白の国で流行りの恋愛小説だ。
以前上巻を読んでいた魔王は続きがずっと気になっていた。
先日ついに心待ちにしていた下巻が発売されたのでこうして読んでいたところだった。
魔王「……良い話だ。どこが素晴らしいかと言うと待ち合わせの相手がちゃんと現れるところだな」
一人で感想を呟く。
カアアァァッ
その時、背後に魔法陣が展開された。
視界の端から見えた光は青白い……どうやら転移魔法陣のようだ。
スタッ
着地の気配を感じ取ると魔王は厳しい口調で言った。
魔王「遅い、遅刻だ!!」
859:
魔王に突然そう言われて転移魔法でその場にやってきた側近は狼狽える。
側近「も、申し訳ありません。遅かったでしょうか? 時間通りに来たつもりだったのですが……」
魔王「何、気にするな。言ってみたかっただけだ」
側近「は、はぁ……」
側近の困惑を察した魔王は自分から話題を振ってやった。
魔王「何か報告はあるか?」
側近「ハッ、今後のスケジュールに変更はありませんが伝えておきたいお話が2つほど」
あの戦いの後、彼女は再び100代目魔王の側近の役目を任されていた。
前よりも多忙となった魔王には今や側近が三人ほどついているが彼女はその中でも別格、公私共に魔王を支えている。
側近「逃亡中だった元魔将軍の部下の研究者が星氷の勇者と仲間達によって捕らえられました」
魔王「そうか」
側近「彼は自分はただ研究をしていただけで何も悪くないなどと言っておりますが……」
魔王「まぁそれは事実だろう。私も昔彼に会ったことがあるがあれは根っからの研究者だ、野心や野望なんて持ち合わせてはおらん」
側近「では処分の方は……」
魔王「任せる。ただあまり厳しくせんでもよかろう」
側近「ハッ、かしこまりました」
魔王「して、もう1つの方は?」
側近「それは…………」
側近はつらそうに眼を伏せた。
よほど言いづらいことなのだろう。
魔王「構わん、申せ」
側近「…………つい先ほど99代目勇者と100代目勇者の捜索が打ち切られました…………」
861:
魔王「…………そうか」
魔王は報告を聞いて静かにただそう言った。
側近「爆心地である黒の神樹跡を中心に考えられ得るありとあらゆる場所をくまなく捜索させたのですが手がかりすら掴めず…………」
魔王「…………」
側近「第二陣を結成し引き続き捜索に当たらせようと思いますが……」
魔王「いや、もう良い」
側近「魔王様……」
魔王「3ヶ月もの間大量の人員を投入し草の根を分けて探させたのだ。それで見つからないということは……そういうことだろう」
側近「…………」
魔王「……事実は小説よりも事実、だな」ボソッ
側近「はい?」
魔王「いや、なんでもない」
魔王の言葉がよく聞き取れず気になった側近だったが魔王がそう言うのでそれ以上は聞かなかった。
862:
魔王「…………なぁ、側近」
側近「はい」
魔王は遠くの山をぼんやりと眺めながら側近に話しかける。
魔王「勇者という男はな、待ち合わせにはことごとく遅刻してくる男なのだ」
側近「……そう聞いています」
魔王「私が遅刻を咎めると決まってこう言うのだ」
魔王「『待ち合わせに来ないよりは遅刻してでも来た方が良いだろ』とな」フフッ
魔王「私は勇者がそんな屁理屈を言う度に少なからず苛立ちを覚えたものだが……今は本当に勇者の言う通りだと思うよ」
側近「…………」
魔王「だからと言って遅刻は許されんがな」フッ
小さく笑った魔王の笑みは儚げで消えてしまいそうであった。
それだけ言うと「よっ」と言って魔王は勢い良くベンチから立ち上がった。
魔王「さぁ、戻るぞ、側近」
魔王「私達は今に生きる人間としてできることを全力でやらなければならん」
魔王「それがこの世界の犠牲となった数え切れない人々のために私達ができる唯一のことなのだからな」
側近「……そうですね」
魔法の使えない魔王に代わり側近が転移魔法を展開する。
864:
青白い光に包まれながら側近は魔王に尋ねた。
側近「魔王様、1つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
魔王「なんだ?」
側近「今でも……勇者さんのことを想っていらっしゃいますか?」
魔王「……フフッ」
魔王は側近が真顔で色恋沙汰の質問をしてきたのがおかしくて笑ってしまった。
側近の瞳を見て魔王は静かに微笑む。
魔王「待ち合わせに毎度遅れて来るような男にはとうの昔に愛想をつかしているよ」フッ
長く美しい黒髪を左手の人差し指にくるくると絡めながら魔王はそう答えた。

――
――――
―――――――― E N D
865:
魔王……
866:

勇者が生きてたらなぁ…
876:

エピローグが楽しみだなぁ
887:
すごい楽しかったです!
エピローグも楽しみにしてます!
900:
【Extra Episode】
この世界には物語が溢れている。
世界を救った少年の物語。
新たな世界を導く少女の物語。
親友との死闘の果てに死した男の物語。
路地裏でひっそりと酒場を営む老人の物語。
はてや客のいない宿屋で欠伸をかみ殺すおやじの物語。
一人の人間がいれば必ずそこに物語が生まれる。
世界には人の数だけ物語が存在するのだ。
勿論、誰にも知られることのない物語も存在する。
これは黒の神樹が崩壊するほんの少しだけ前の出来事。
ある一人の男の最期の一時を綴った物語である。
90

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【39枚】思わず吹いた画像wwwwwww

私は心臓が悪く安静が必要なのだけど家族が無神経。走って置いてきぼりにされたり、階段を上がらされる

その他諸々沢山の幼児語を喋るので引いてしまった

【愕然】サボり癖が抜けないまま社会人になった結果wwwwwwwww

社会人の人、大学生にどういう会社が良い会社?って聞かれたらどうこたえる?

アメリカ「進化論はありえない!生物は神が創った!」

マクドナルド、モスバーガー、ロッテリアのどこが1番好き?

スクラップ金属から生み出された動物たちが素晴らしい

【朗報】メダロット、百合ゲーになる

店員「トン、トン、トンのタイミングで押してくださいね〜はい!トン!トン!トン!…」

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