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ナレーター「若ハゲの朝は早い」


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1:
東京都狛江市。
閑静な住宅街の一画。
ここにワンルームのアパートがある。
若ハゲである>>1が住んでいる場所だ。
世界でも有数のプロ若ハゲ。
彼らの仕事は決して世間に知られるものではない。
若ハゲ業界の真実を求め我々は>>1の一日を追った。
6:
Q 朝、早いですね?
ハゲ「今日は一限から講義があるんですよ。
 髪型を整えようと思うとこの時間に起きないと間に合わないんですよ」
若ハゲであり、学生でもある>>1はまだ日が昇らないうちから行動を開始する。
ハゲ「こんなハゲ散らかした頭を人目にさらすわけには行きませんから」
笑って自分の頭を指さす>>1。
寝癖で荒野のように枯れ果てたM字頭は、とても大学生のものには見えない。
9:
Q 失礼ですが、後退が始まったのはいつ頃からでしょうか?
ハゲ「大学に入ったあたりからですね。
 当時は大学デビューしようと思ってブリーチかけたりパーマかけたりしまして」
Q それでそんな悲惨な頭に?
ハゲ「拍車をかけちゃいましたね」
我々と会話してる間も>>1は薄い髪をブラッシングして汚れを落としていく。
さすがはプロ。髪もなければ無駄もない。
15:
ハゲ「とりあえずお風呂入りますね」
朝だというのに>>1は浴槽にしっかりと湯を張っていた。
ハゲ「本当はシャワーで済ましたいですよ、朝は時間がありませんし。
 ていうか普通に入浴してるところも撮るんですね(笑)」
Q 何故ぬくもるのでしょうか?
ハゲ「簡単に言うと抜け毛予防です」
肩までぬくもる>>1の目はどこまでも真剣だ。
熱い湯に浸かることで頭皮の毛穴を開き、皮脂を落ちやすくする狙いがあるそうだ。
17:
ハゲ「それにシャワーを出し続けるより水道代も節約できますしね」
それは髪だけではなく、水道代まで計算されたプロとしての「技」だった。
浴槽から出た>>1がシャワーで髪を洗い始める。
みるみるうちに地肌が顔を出し目も当てられない光景が、広がる。
ハゲ「この段階で確実に皮脂や汚れを落としておきます」
Q ちなみに使ってるシャンプーは?
ハゲ「馬湯です。最近使い始めました」
18:
>>1が手のひらにシャンプーを出し丁寧に泡立てる。
その手つきは、さながらパティシエのよう。
ハゲ「そろそろ洗い始めますか」
Q 頭を洗う際、何か気をつけることは?
ハゲ「爪を立てないこと。頭皮を揉むように洗うこと。洗い忘れがないこと」
>>1の解説がひたすら浴室に響く。
これだけの知識を有しながらハゲなあたり、この業界の厳しさがうかがえる。
19:
風呂を出た>>1は部屋に戻っておもむろに扇風機をつける。
Q もう11月ですよね、寒くないんですか?
ハゲ「ドライヤーの前に扇風機である程度乾かすんですよ」
Q それにも意味が?
ハゲ「僕、これだけしか髪ないじゃないですか(笑)
ハゲ「だから乾かし方をちょっとでも間違えたらその時点で外に出られないんですよ」
風を利用して薄い髪のボリュームを出すというテクニック。
プロフェッショナルになる過程で>>1が身につけた技術だった。
20:
>>1は扇風機の風でボリュームを出しながら水分を取りつつ、ドライヤーと櫛を器用に使ってセットしていく。
その動作には無駄が無く、全てが洗練されていた。
ハゲ「どうです?ある程度は見れるようになったでしょ?」
>>1の悲惨なハゲ頭はパッと見ではハゲていないようにすら見えた。
プロとしての熟練の技。
それはまるで魔法だった。
もちろん、よく見れば違和感がないわけではないが。
22:
ハゲ「世の中には僕らハゲに対して、スキンヘッドにしろとか言う人もいるでしょ?」
ハゲ「少ない髪にしがみつくな、みっともない。いさぎよく剃れって」
ハゲ「でも僕は反対です。いさぎよくって言えば聞こえはいいけどようは諦めるってことだし」
ハゲ「僕の髪は若ハゲって逆境に必死にあらがってる」
ハゲ「彼らが諦めてないのに僕だけ諦めるなんて、そんなことはできません」
残った髪、それは>>1のプロとしての誇りでもあった。
24:
>>1が収納棚からワックスを取り出した。
Q ワックスやスプレーは頭皮に良くないって言いますよね?
ハゲ「でも良くないからって何もしなかったら、すぐにハゲ散らかしちゃいますので」
少ない髪でもセットすることで、遊び心を失わないようにしていると>>1は言う。
25:
ハゲ「よし、今日は天気も良いし。スプレーはしなくていいな」
Q 天気のチェックは毎日してるのですか?
ハゲ「当然。今までも雨や湿気には泣かされてきましたからね」
そこで我々スタッフはあることに気づく。
Q いつの間に天気を調べたのですか?
ハゲ「髪型のセットをしてるときにスマホで調べました」
全く気づかなかった。驚くスタッフに>>1が得意げな笑みを浮かべる。
自分の髪だけではなく、我々の度肝まで抜いてくるとは。
これがプロか。
27:
朝ご飯もまだだというのに家を飛び出した>>1。
我々はその背中を追った。
Q 朝ご飯は?
ハゲ「大学に着いてから食べますよ。さすがの僕でも朝食抜きはつらいんで」
Q 髪は抜いても朝食は抜かないと?
ハゲ「そんなところですかね」
一限に授業があるときはセットの時間を確保するため、朝食は毎回大学で摂るという。
これも効率を極めた結果である。
29:
人でごったがえす電車に乗り込むと>>1は隅っこを陣取った。
Q 移動時間はなにを?
ハゲ「基本的には目をつぶってるだけですね」
Q スマホをいじったりは?
ハゲ「目が疲れてると、本来髪に行くはずの栄養が目に行っちゃうんですよ」
ハゲ「少しでも髪を長生きさせたいなら、スマホはできるかぎり使わない方がいいですよ」
彼にとってはスマホを使うことさえ命取りになる。
ハゲの厳しさは、やはり並大抵のものではない。
31:
大学の教室に着いた>>1が取り出したのは、教科書ではなくスマホ。
ハゲ「僕みたいなハゲは歩いただけでも簡単に髪型が崩れますからね。髪型のチェックは欠かせません」
ハゲ「おそらく、僕と同じ頭をしてる人なら誰でも同じようなことをすると思います」
どんな場所にいても一瞬たりとも気を抜いてはいけない。
無論、>>1にとって一番抜いていけないのは髪だが。
32:
「すげー」
後ろの席からした声に>>1が振り返る。
ハゲ「あぁ、すみません。すげーがハゲに聞こえてしまって」
ある種の職業病だと>>1はため息をついた。
ハゲ「この業界にいる人間は多かれ少なかれ、この手の聞き間違いをしてしまうんです」
>>1が恥ずかしそうに後頭部をかいた。
我々スタッフは授業が始まるということで、一旦教室を出ることにした。
34:
授業が終了すると>>1が教室から出てきた。
しかし>>1の表情は険しい。
Q どうかしたのですか?
ハゲ「風が出てきましたね。まずいな」
Q 風が吹くとまずいのですか?
ハゲ「僕らにとってはね。特に強風は」
35:
ワックスで固めたはずの髪が風にもっていかれ、>>1が再びハゲ散らかし始めた。
ハゲ「ほらね。風のせいで僕の髪、台無しでしょ?」
Q 大丈夫なのですか?
ハゲ「僕はハゲですからね。こういう場合の対策もバッチリです」
>>1がバッグから嬉しそうにあるものを取り出す。
帽子だった。
36:
Q この帽子はいったい?
ハゲ「風対策です。
 帽子を被れば風も他人の視線も気にしなくて済みますからね」
Q なら最初から帽子を被っておけば良いのでは?
ハゲ「帽子は心強い武器でもありますが、同時にもろ刃の剣でもあります」
Q と、おっしゃいますと?
ハゲ「蒸れてしまって頭皮に悪いし一度被ったらハゲ散らかるんで外すことは絶対にできません」
使う物のメリットとデメリットを正確に把握しているあたり、やはりアマチュアとは全く違う。
40:
>>1は次の講義の教室に着くと後方の席に座る。
Q 授業は基本的に一人で受けるのでしょうか?
ハゲ「僕、大学に友達がいないんで(笑)」
Q それは何故?
ハゲ「やっぱり若ハゲですかね」
ハゲ「ほら、何て言うかハゲってだけで女の子受けが悪いじゃないですか。
 やっぱりキモイとか言われちゃうもん」
ハゲ「そういうのがイヤだし、仕事に集中したいってこともあって今は友達は作ってませんね」
交友関係にまでしっかり気を配らなければ生き残ることはできない。
寂しそうな横顔にプロとしての覚悟が見えた気がした。
41:
ハゲ「あ、そろそろ授業が始まりますね」
授業開始前ということで、我々スタッフが教室を出ようとしたときだった。
教授「授業中は帽子は取ってくださいね」
>>1が今日初めてうろたえた。
この教室で帽子をかぶっているのはただ一人。
ハゲ「さすがにこれはマズイですね。今帽子を外したら僕の頭は…!」
>>1は勢いよく立つと、そのまま振り返ることなく教室から出て行った。
42:
教室を抜け出した>>1に我々は尋ねた。
Q 帽子を脱ぐのはやはりまずいですか?
ハゲ「だってこんな状態ですよ?」
帽子を脱ぐ>>1に我々は言葉を失った。
汗でワカメのようになった髪。見え隠れする白い地肌。
ただのハゲがそこにいた。
44:
ハゲ「今どきもいるんですよね、授業中に帽子をかぶるなって人」
Q 教授に言われた瞬間に教室から出ましたね
ハゲ「逆らうこともできませんし、あの状況で帽子を脱がないのは不可能でしたから」
髪が抜ける早さだけでなく、状況判断もまた早いということか。
それはハゲである代償に得た物の一つなのかもしれない。
ハゲ「なんか気分悪いですし家に帰りましょうか」
47:
>>1が家に着く頃には既に17時になっていた。
>>1は帰宅途中で寄ったスーパーで買った食材で、さっそく料理を開始する。
Q 普段から自炊してるのですか?
ハゲ「毎日作ってますけど、自炊って言えるほど立派なものでもないですよ(笑)」
Q ちなみにこれは?
ハゲ「千切りにした人参をすし酢とニンニクに漬けたものです」
49:
少しでも髪に効果のある食べ物は、毎日摂取するようにしていると>>1は言う。
しかし人参を毎回料理に入れるのも面倒なので、こうして一度に大量に作れるタイプのものを作るのだ。
ハゲ「昔は好きなものを好きなように食べてましたけど、これじゃハゲるなって思って」
一年前、リーブ21のおためしで検査した結果、>>1は一回の洗髪で600本以上の髪が抜けることが判明した。
ハゲ「ここ一年は食べ物にも、できるだけ髪にイイものや野菜を取り入れるようになりましたね」
長くハゲをやってるだけあって>>1の料理に対する意識は、高い。
54:
食事を終えて食器を片付けると、今度は着替える>>1。
Q お出かけですか?
ハゲ「いえ、ジョギングです。適度な運動もまた髪には大切ですから」
>>1の行動の全てが髪のためになることだと、ようやく我々スタッフも分かってきた。
Q こんな生活を毎日。つらいですよね?
ハゲ「つらいです。言ってみれば自分の髪に縛られた生活ですからね」
Q 大変ですね。縛るほどの髪もないのに
56:
ハゲ「正直最初のうちは何度も挫折しましたよ。どんなに頑張っても髪が生えるわけじゃありませんし」
ハゲ「でも結局年を積み重ねていけば、たいていの人の髪は薄くなりますよね?」
ハゲ「僕はたまたま人よりそのスピードがちょっと早いだけ」
ハゲ「そういう考えを持つようになってからは、自分の行動を肯定できるようになりましたね」
ハゲ「今では自分のやっていることは、普通の人のスピードに合わせるためのものなんだって。
 そう思えるようになりました」
Q そうですか
60:
ジョギングを終えた>>1は今日一日の汗を流すために、本日二度目となる風呂に入る。
やはりお湯を張る。これもプロの流儀なのだろう。
ハゲ「やっぱりお風呂はいいな、うん」
シャワーでシャンプーを洗い流す>>1に、ふと我々は違和感を覚えた。
Q このシャワー、水ですよね?
ハゲ「あっ、気づいちゃいました(笑)?」
Q 水で髪を洗うのにも何か理由が?
ハゲ「当然。冷たい水を頭皮に浴びせることで、毛穴を引き締めるんです」
61:
毛穴が締まることで抜け毛の量を減らすことができる。
ここでもまた若ハゲ>>1の技が、光る。
ハゲ「ただし水ではシャンプーを流しきれません」
ハゲ「ですからお湯でしっかりと泡を落として、そのうえで水をかけるようにするんです」
さらにお湯と水を交互に頭皮に浴びせることで、血行を良くして発毛を促進する効果もあるという。
この知識量、やはり>>1は並大抵のハゲではないようだ。
63:
風呂から出た後の>>1は、朝とは打って変わってのんびりと頭皮マッサージをしていた。
Q 夜は頭皮マッサージするんですね?
ハゲ「ええ。五郎丸選手じゃないですけど、これが僕にとってのルーティンです」
Q 頭皮マッサージにも何かコツが?
ハゲ「そこらへんはネットで調べていただいた方が早いですよ」
ハゲ「ただマッサージするなら髪の薄い部分は避けたほうがいいですね」
ハゲ「薄い部分にやるとかえって皮膚に悪いですから。って、アデランスの知り合いが言ってました」
ひたすら真摯にマッサージをする若ハゲ>>1。
その心情は、頭にしっかりと毛がある我々にはとうてい想像できない。
67:
時刻は夜の10時。
一通りの作業を終えた>>1はノートパソコンを開く。
Q 今度は何を?
ハゲ「情報収取と交流、二つ同時にこなすんです。同士と一緒にね」
Q 同士とは?
ハゲ「ここの連中のことですよ」
>>1が指をさしたノートパソコン。
そこに映っていたのは2の「ハゲ・ズラ板」だった。
69:
>>1はこの板に毎日世話になっているらしい。
常駐しているスレを見つけたのか、>>1の指が鮮やかに動き出す。
ハゲ「ま?たコイツは暴れてんのか。
 だからミノタブとフィナで生えたとしても、その後も一生飲み続けんのかよ」
ハゲ「ナイナイの岡村も治療やめた途端またハゲ始めたろ。後先考えろよハゲ」
ハゲ「十円ハゲが必ずしも円形とは限らんだろうが」
ハゲ「円形だって複数合わさったら丸じゃなくなるだろハゲ」
70:
ハゲ「だからリンスインシャンプーはやめろって。アレは災害時に使うもんだろ、常識的に考えろハゲ」
自分のことを棚に上げて、スレ住人をハゲと罵る>>1。
一時間ほど経過しただろうか。
>>1は自分の同士へ罵詈雑言を浴びせて満足したのか、不毛なやりとりに飽きたのかパソコンを閉じた。
Q ずいぶん張り切ってましたね?
ハゲ「やっぱり僕らみたいな人間にとっては、髪の復活って永遠のテーマですから」
ハゲ「どうもあの板に行くと、我を見失ってしまいますね」
照れくさそうに頭を掻く>>1。
その拍子に髪が数本抜けたが、我々は見て見ぬふりをした。
72:
Q もう寝るのですか?
ハゲ「明日もまた授業が一限から入ってんですよ」
ハゲ「それに髪は寝ている時に成長するんです、特に22時から26時の間で」
Q もう23時を過ぎてますが?
ハゲ「まあこういう日もあります。でも気にしても仕方ありません」
ハゲ「小さなことを気にしてストレスをためるほうが髪によくありませんしね」
73:
現在、ハゲに悩む若者は昔と比較すると増加傾向にあるという。
また髪の量に関しても薄くなっている若者が増えているそうだ。
若ハゲに悩む人間は確実に増えている一方で、
発毛治療に関してはまだまだ研究は進んでおらず、根本的治療は確立されていない。
しかし、それでも闘い続ける人間がいる。
若ハゲ。
彼らは抜けていく己の髪とプライドを守るため、今日もまた不安を抱えて眠りにつく。
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