男「お前があのハエトリグモだって……?」 女「借りを返しに来たぞ」back

男「お前があのハエトリグモだって……?」 女「借りを返しに来たぞ」


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1:
男「110番しないと……!!」
女「やめろ……!! 嘘じゃない!!」
男「いや…… あなたが誰だか知らないけど、急に『私はハエトリグモだ』と言われましても」
女「よく分からないが、気付いたらお前のような姿、形に変わっていたのだ」
女「ということで―― クモ時代の借りを返しにやって来た」
男「なるほど…… 分からん」
ハエトリグモかわいい
4:
男(俺は今年大学生になった)
男(しかし現在進行形で、いわゆる『ボッチ』である)
男(そんな俺には友人的存在がいた)
男(春から住み始めたばかりのアパート。6畳、ロフト付きの部屋)
男(気付いたら奴が現れた―― そう、ハエトリグモだ)
6:
男(最初はビックリした…… しかし)
男(小さな体、ぴょこぴょこと跳ねる姿、大きな目、Gの幼虫や小バエなど不快害虫を食ってくれるという事実)
男(結果的にハエトリグモが好きになってしまった)
男(孤独な一人暮らしだが…… 小さな友人が住んでいると思えば寂しさは和らいだ)
男(彼…… いや、調べたところによると『彼女』と呼ぶのが適切だろう)
男(恐らくアダンソンハエトリかミスジハエトリのメスだということが分かったからだ)
7:
男(彼女と出会った春以降、相変わらず俺の生活は代わり映えしないものだったが)
男(部屋にいる時間はほんの少し楽しくなった)
男(自分から探しに行くわけではないが…… ふと気が付くと彼女が壁を歩いていたり)
男(PCのマウスポインターをエサと勘違いして追っかけていたり)
男(益々ハエトリグモが好きになったのだった)
男(しかし…… ある日を境にしてめっきり見なくなった)
8:
男(それは―― ある日、小さなキッチンの流し台)
男(そこに動きが鈍い彼女がいたのだ)
男(排水溝付近でのろのろとしていた…… 液体洗剤が混じった水に触れてしまったのかもしれない)
男(焦った俺はひとまず彼女をシンクから救い出した)
男(しばらくはじっとしたままだったが…… 動き出したので安心した)
男(しかし―― それを境に彼女を見ることはなくなったのだ)
11:
男(恐らく…… 弱って死んでしまったか、寿命が来たのか)
男(俺はまた一人になってしまったのだ)
男(メスだったようだし子供がいればなぁ…… とか考えたりもした)
男(ともかく―― どうでもいいが、このような出来事があったのだ)
男(そして今日、日曜日…… やることもなくダラダラと過ごしていた午前中のこと)
男(突然インターホンが鳴った)
男(用件もないのに来訪する人間―― 俺は宗教勧誘かセールスだと決め込んで居留守を決め込んだ)
男(しかし、何回も鳴るインターホン。近所迷惑になるので遂に出ることにした)
男(そしたら『私はクモだ』と名乗る女が乗り込んできたのだった)
12:
男(栗色の髪は肩より少し長い、いわゆる『ミディアム』と呼ばれる長さか)
男(そして洗練された無駄のないスタイル。スッと伸びた手足)
男(目はパッチリとしているが、少々鋭い)
男(そんな女が『入るぞ』と乗り込んで来て…… そして今に至るわけだ)
男「あの、本当にこういうの困るんですけど」
女「まだ私が信用できないのか!?」
男「いや…… 当たり前でしょう?」
女「ならば―― お前を信用させるしかあるまい」
13:
女「あれはいつのことだったか」
女「私はお前を『厄介な同居人』だと思っていた」
男「あのね…… 軽くショックだわ」
女「私の方が先に見つけた住処なのに、不法に占拠し始めたのだからな)
女「それに加え…… 私を見つけるとお前はちょっかいをかけてきて非常に不愉快だった」
女「指で追い回したり―― だが、いつの日だったかお前は私にちょっかいをかけようとして転んだ時があったな?」
男「な、何でそれを……!?」
女「はっきり覚えているぞ。私に夢中になってお前は足を踏み外したのだ」
男「そうだ、俺も覚えてる……」
女「あれは愉快だったぞ」
男「ク……」
14:
女「それに、そこのパソコンとやら――」
男「ああ…… これ?」
女「今、何故かお前たちのような人間の姿になって、人間の知識が私にはあるが」
女「時に、『食えないエサ』を私の前にチラつかせたな?」
女「非常にイラついたぞ」
男「あの、パソコンのディスプレイ…… マウスポインタのこと?」
女「そうだ」
男「どうしてそれを……」
女「他にもあるぞ」
16:
女「私はお前のことをよく観察してきた」
女「お前は夜遅くまで起きている」
女「私はどちらかというと昼行性だ…… お前が深夜まで照明を付けているので私の生活リズムも崩れたぞ」
女「それで、夜遅くまで何をしているかといえば―― そのパソコンとか、テレビとか」
女「お前はアニメが好きだな?」
男「な、なぜそれを知っている!?」
女「私は目がいい。お前はいわゆる萌え系の作品よりもリアルな作品の方が好きなようだ」
男(なんか公開処刑くらってる気分だ)
男(ん…… まてよ)
男(この女があのハエトリグモだというなら……)
女「それに…… その……」
女「非常に言いづらいことだが…… 夜になるとお前は自家発電をしていたな」
女「しかもほぼ毎日」
男(やっぱり―― 見られていた!?)
男「それ以上はやめて下さい!!」
17:
女「どうだ? これで信用できたか?」
男「いやぁ…… さすがにクモが人間になって俺の前に現れるなんて」
男「流石に受け入れられないですよ」
女「まだそう言うか…… ならばこれで最後だ」
女「お前は弱った私を助けてくれたな?」
男「そ、それは……!」
女「そこの流し台で弱った私を、お前は助けてくれた」
女「だが…… 弱った私はその数日後に命を失ったのだ」
男(ボッチな俺は、ハエトリグモのことなんて話す友人はいないし)
男(仮に友人がいても、わざわざそんなエピソード話さないだろう)
男(だったら…… 俺の部屋に隠しカメラが!?)
男(いや、こんな俺を監視して得する人間なんていない。考え過ぎだ)
男(だったらこの女は…… 本当にあのハエトリグモなのか!?)
女「死んだ…… どうやら私はその時命を失ったと分かった」
男「ど、どういうことですか……?」
18:
女「私の目の前に『神様』と名乗る者が現れたのだ」
男「め、めちゃくちゃ過ぎる……」
女「その神様とやらに知識を授けられ、人間の姿に変えられた」
男「な、なんで……」
女「知らん。余興だと彼は言っていた」
女「ともかく―― そういうわけで人間のメス、いや、女にされてしまったわけだ」
女「せっかく転生したのだから、二度目の生涯が終わる前にお前へ借りを返しておこうと思ってな」
女「厄介な同居人と言っても…… お前は私を助けてくれた」
女「結果的には命を失ったが…… あの時お前が気付いてくれなかったら、私はあそこで無様に野垂れ死んでいただろう」
女「そこは感謝している。ありがとう」
女「だから、その恩を返しに来たぞ!」
女「なんなりと申し付けてくれ!」
19:
男「申し付けろと言われても……」
男「別に困ったこともないですし」
男「そうだ――!!」
女「何だ、やっぱり何かあるんじゃないか」
男「お引取りください」
女「――は?」
男「ですから、お引取り下さい。それが願いです」
女「お前……! せっかく私が何でもしてやると言っているのに!」
男「何でもしてくれるんでしょう?」
女「んぐ…… しまった……!!」
男「確かにありがたいけど…… ぶっちゃけありえなさすぎて、まだこの現実を飲み込めていません」
男「だからお気持ちだけということで…… 今日はお引取り下さい!」
女「……」
20:
女「ヤダ!! ヤダもん!!」
男(しまいには駄々をこねた!?)
女「だいたい私の方が先に住み始めたんだぞ!」
女「主が自分の部屋に戻るのは当たり前だろう!!」
男「お金を払って契約してるのは俺だから!!」
女「ぐぬぬ……!!」
女「とにかく! ここは私の部屋だし、住まわせてもらうぞ!」
男「それは困りますよ……! ここは単身者用のアパートなんですから!」
男「通報でもされたら、規約違反で追い出される……!!」
女「だったら引っ越せ!」
男「無理がありますよさすがに!!」
女「それでは、私に飢えて死ねと言うのか……!?」
男「うっ…… それは……」
男(なんてことだ…… こんな美女にそんなこと言われたら)
男(だけど、無理なものは無理だし)
男(本当に、厄介なことになった)
21:
 [数日後]
女「――起きろ。一限目に遅刻するぞ」
男「……」
男(どうしてこうなった)
22:
男(結局『恩を返すまでここに居座る』と押し切られた)
男(通報でもされたら一発退去だ)
男(しかし彼女は『見つからなければどうということはない』と余裕の態度)
男(思考はまるで犯罪者のそれだ)
男(押し返せない俺も俺だが―― こうして居座らせてしまったわけである)
男「それじゃ…… 行ってきます」
女「朝食はどうするのだ」
男「まだ時間に余裕があるし、学食で済ませるから大丈夫です……」
女「そうか。それでは行ってこい」
男「はあ……」
男(本当に困った)
23:
 [放課後]
男(それにしても―― 本当にこれからどうしようか)
男(彼女は『人間としての名前もあるし大丈夫だ』とか言っているし)
男(最悪『食うに困った親類ということにすれば大丈夫だろう』とのこと)
男(ぶっちゃけ困ったことなんてないんだけどな……)
男(いや、この現状が既に『困ったこと』なんだけれども)
男(人間として居場所がない者を追い出して、死なれたりしたらもっと困るし)
男(どうしたものか……)
男(悲しいかな…… こんなこと無闇に相談できることではないし)
男(とりあえず今日の授業は終わったし帰ろう……)
25:
男「――ただいま」
男(とか言っても以前までは一人だったんだけど)
女「お、戻ったか」
男(どういうわけか俺のただいまに反応してくれる人間がいる)
男(元は人間じゃないけど……)
女「喜べ。埃だらけなお前の部屋を掃除しておいたぞ」
男「あ、ありがとうございます……」
男「というか…… もうこれで十分恩返しになってますけど……」
女「な……! いや、これでは足りん!」
女「一時的とは言え、命を救われたんだぞ! そのことと掃除や家事じゃ釣り合わないだろう!」
女「それに、汚くしているとあいつとかあいつが寄ってくる」
女「クモの頃なら喜ばしいことだろうが、人間となった今では不快なだけだ」
女「だからこれは私のためでもある」
女「ゆえにお前への恩返しということでもないのだ!」
男(こじつけだ)
26:
女「それでは私はちょっと出てくる」
男「どこに行くんですか?」
女「今日の夕飯の材料を買ってくるのだ」
男(先ほど言っていた通り…… 何故か彼女は家事全般を俺の代わりにしてくれている)
男(単身者用の部屋でできることなんて限られているが…… それでもありがたい)
男(しかも全て完璧に、だ…… 完璧超人かよ)
男「――なんだかいつも悪いし、俺も手伝いますよ」
女「む、それは大丈夫だ」
男「いや…… いつも作ってくれてるし」
男「手伝いますよ」
女「そうか…… それでは頼む」
27:
女「どうだ―― うまいだろう」
男「はい、美味しいです」
男(なんだかんだ馴染んできてるのがまた……)
男(だけど、ぶっちゃけ――)
男「あの…… ちょっと相談があるんですけど」
女「お……! やっと来たか!」
男(困ったことが発生して欲しいというのも困ったことなんだけどな)
男「あの……」
男「ちょっと女さんが来て、その…… 金銭的に困ったことが」
女「……」
男(ぶっちゃけ困ったことがこれだ)
男「女さんが来て、その…… 食費とか、日用品とか、服とか」
男「そういうものの費用がかさんで……」
28:
男「まあ、いつかはバイトしようと思ってたんで」
男「俺もできるだけなんとかしますけど」
男「何度も仕送りしてもらうようでは色々と怪しまれると思うので」
女「……」
女「分かった」
女「そうだな…… 私もお金を入れないとまずい」
女「私がなんとかしないとな…… 自分にかける費用くらい自分でなんとかしてみせるさ」
女「家事の方が追いつかなくなってしまうかもしれないが」
女「決めたぞ―― アルバイトとやらをしよう」
男「――えっ」
女「パソコン借りるぞ」
男「え……」
29:
女「バイトか…… どれがいいだろうか」
女「おっ、ここは給料がいいぞ」
男「あの…… それキャバクラ……」
女「なんだ? 何かまずいのか?」
男「いや…… さすがにそこまで負担させるのは俺の心情的にまずいです」
女「そうか……」
男「というか、女さんがバイトしなくてもいいですよ?」
女「駄目だ…… 人間という立場になった以上、人間として迷惑をかけるわけにはいかないだろう」
女「自分でやるべきことは自分でやるさ」
男「そうですけど……」
女「おっ…… これはいいな」
男(なんだかなあ……)
30:
女「お、来たか」
男(そして―― 彼女はバイトを始めた)
男(決めあぐねていた彼女だったが…… スーパーでしばしば遭遇するおばちゃんと仲良くなったらしく)
男(そのおばちゃんの伝手で、個人経営の喫茶店を紹介してもらったらしい)
男(人手を欲していたらしく、店員として即採用になったとのこと)
男(給料も昼の仕事、喫茶店にしてはなかなか良いみたいだ)
男(恐るべきコミュ力…… 俺とは正反対だ)
男(ともかく…… それで彼女の仕事ぶりが気になって、今日は放課後に店へお邪魔した次第である)
男「とりあえず、アイスコーヒー一つ」
女「かしこまりました」
31:
男(なんだか不思議というかなんというか……)
男(本当に彼女がハエトリグモだったのか)
男(クモの恩返し……)
男(最早クモってなんだよ…… 鶴でも雀でも狐でも猫でも犬でもなく)
男(虫……)
マスター「失礼します」
男「あ、はいっ……?」
マスター「あなたが女さんのお友達ですか?」
男「あ…… は、はい!」
マスター「私はここを経営している者ですが」
マスター「女さんが『友達が来る』と嬉しそうにおっしゃっていたので」
男「は、初めまして……! 女さんの友人の男と申します!」
マスター「ははっ、そんなにかしこまらなくてもいいよ」
マスター「こちらこそ、よくいらっしゃいました。ゆっくりしていって下さい」
男「は、はい……」
男(そうだ――)
男「あの…… 女さんはどうですか?」 
33:
マスター「どう…… とは?」
男「その…… うまくやれていますか?」
マスター「ああ…… いや、それはもう!」
マスター「彼女は恐ろしいくらい完璧だよ…… ははっ」
マスター「仕事もすぐに覚えてこなしてしまうし、今では調理関係もやってくれるし」
マスター「お客も増えたしね」
男「そうなんですか……?」
マスター「明らかに女さん目当ての人もいるようだし……」
マスター「ここはスナックしゃないんだから、とは言ってあるが……」
マスター「まあ、女さんのおかげで大いに助かっているよ」
女「失礼します。お待たせしました、アイスコーヒーです」
男「あ、ありがとうございます……」
34:
女「そういえば男くん…… 今日の夜はどうするんだ?」
男「あー、それは……」
男(――って、それは)
マスター「おや、おやおや……」
マスター「二人とも若いねぇ、いいことだ」
男(しまった……!!)
男(このクモは何を言って――)
男「いやー、違いますよ!」
男「ただ女さんの仕事が終わったら、どこかで夕飯を食べようって約束をしていて……!!」
女「ん……? 今日は外で済ませるのか?」
男「……」
マスター「おやおやぁ、やっぱりお二人はそういう――」
男「ち、違います!!」
35:
男(あの時は散々な目にあった)
男(なんとか誤解を解いてコーヒーを飲み干し、そそくさと帰宅)
男(女さんも仕事を終えて帰ってきた)
女「どうした?」
男「いや…… あの、あのような発言はさすがに」
女「まあ、冷めないうちに食え」
男「あ、はい…… いただきます」
女「いただけ」
男「……」
男「いや、あのですね」
女「何だ? 困りごとか……!?」
女「何でも聞くぞ!!」
男「いや、そうじゃなくて……」
男「あのような発言は誤解を招くので、できるだけ控えてもらいたいんですが」
女「なぜだ?」
男「いや…… 女さんは、その」
男「俺の恋人って勘違いされてもいいんですか……?」
37:
女「いや…… 別に」
男「――え」
女「男くんはそれで支障があるのか?」
男「いや……」
女「私には別にこれといった支障はないが」
男「お、俺にはあります!」
女「む…… 何だ?」
男「なれそめとか深いことを知り合いに聞かれて…… それでつい口を滑らせてクモだったことがバレたらどうするんですか!?」
男(まずそんな状況ないけどさ)
女「な…… 確かに!!」
女「クモだったとばれたら…… 私はここを追い出されるのかっ!?」
男(完璧だと思ってたけど、こんなところでアホだった……)
男「いや…… でも、もし一緒に住んでることとかが外に漏れたら」
男「人伝いに話が広まって、色々とまずい事態が起きかねないですし」
男(俺の方からは話が伝染しないのは唯一の救いだけど…… ボッチが有効になるときがこようとは)
男「だから、外ではなんでもかんでも喋るのは控えていただきたいと思いまして」
女「そうか―― まだ何も返せていないうちにここを追い出されたらたまらないしな」
女「そうしよう」
男(なんとか分かってもらえたか)
38:
女「そういえば―― 男くんが店を出た後に」
女「常連の客が来てな」
男「は、はい……」
女「ばーべきゅーとやらをやるそうだ」
女「マスターとは旧知の仲みたいで、ちょうど定休日だから彼も参加するらしい」
男「は、はあ……」
女「それで私も誘われた」
男「――え」
女「そしてマスターが『良かったら男くんも』とのことなので」
女「君も来てくれ。いや、来い」
男「いや…… いつやるか知らないけど、日曜以外は授業あるし」
女「そうだな」
女「だけど―― 夕方から夜にかけてやるようだ」
女「つまり、授業が終わった後に参加ができる」
女「そういうことだ」
39:
男(そして――)
女「ほら、肉ばかりではなく野菜も食え」
マスター「いやー、夫婦みたいだなぁ。はっはっ」
女「マスター、グラスが空いてますよ」
女「お酒、お注ぎします」
マスター「あー、悪いねぇ!」
男(どういうわけか…… 俺はBBQに参加してしまった)
マスター「男くんもどう!?」
男「いや、自分未成年ですから!!」
男(どうしてこうなった)
40:
常連「いやー、若い人がいるのはいいことだ」
常連「男くんもよろしくねぇ」
男「あ、いえ…… なんか自分がお邪魔してすみません」
常連「いやー、いいんだよ!」
常連「こんな老いぼれになっていつも暇だし」
常連「こうしてワイワイできるのは実にいいことだ」
常連「だから大歓迎だよ。こちらこそ参加してくれてありがとう!」
男「あ、ありがとうございます……」
女「む―― あれはゴキブリッ!!」
女「はああああああああ!!!!」ザシュッ ブチィッ!
41:
男(あっ――)
マスター「あ、女さん…… 屋内ならまだしも」
マスター「庭にいるゴキブリをわざわざ殺さなくても……」
男(何をやってんだこのクモ…… まずい!!)
女「何を言っているんですかマスター!」
女「庭に出没したということは、やがてエサや住処を求めて屋内へ侵入するでしょう!」
女「いや…… 既に侵入し増殖しているかもしれません!」
女「彼らの繁殖力をなめてはいけません……!」
女「対策を強くオススメします!!」
マスター「だ、だってさ――」
常連「なるほど…… 今度毒エサを買ってくるかな」
女「一つだけではなく、燻蒸タイプや設置型など二段構えをオススメします」
常連客「なるほど……」
男(押し切った……!?)
42:
常連「ところで―― 男くんは学生かい?」
男「は、はい…… 大学一年です」
常連「ほう、青春真っ盛りだね」
男(悲しいかな…… こうなる前は夢のキャンパスライフがくるものだとばかり……)
男(現実は残酷である)
常連「大学かぁ―― サークル活動とかやっていたりするのかい?」
男「あ、あの……」
男(やはりこうくるだろうな…… 悲しくなってきたぜ)
男「いやぁ…… 実はサークルには入っていないんですよね」
常連「それじゃあ、部活とか?」
男「いや、部活もやってないんですよ……」
常連「なるほど……」
男(自分で言ってて悲しくなってきた)
男(いかにも向こうも何か察した表情だし…… 地雷踏んだとか思わせてしまってごめんなさい)
43:
女「……」
常連「まあ、生き方は人それぞれだし、価値観も同様だ」
常連「それに一年生なんだし、まだまだこれからだよ」
常連「サークルや部活に必ず入らなければいけないということではないだろうし、なにより学生は学業がメインなんだから」
常連「今しかない学生という時間を有意義に過ごして欲しいなぁ」
常連「何だか年寄りのアドバイスみたいで申し訳ないが」
男「いえいえ…… それに年寄りだなんて……」
男「ありがとうございます……」
女「……」
44:
男(そうして―― はじめはビクビクしていたが)
男(みんなのおかげで楽しい時間を過ごした)
男(解散した今となっては名残惜しくも感じる)
女「そういえば男くん…… 酒ってうまいんだな」
男「もしやあなた、飲んだんですか」
女「冗談だ」
男「そうですか―― ふぅ、眠い」ドサッ
女「……」
女「男くん」
男「はい……?」
女「腹が減った」
男「え? あれだけ食べて?」
女「ああ」
男「はあ…… それじゃ何か作ります?」
女「いや、大丈夫だ」
男「え……?」
女「――君を食べるから」
45:
男「――は?」
女「ふんっ!!」ガバッ
男「うわ……! な、何するんですかっ!?」
女「ははは…… 君は私のエサとなるのだ」スッ
男「――ッ!!」
男(一瞬で組み伏された!)
男(マウントポジション…… 抵抗しようにもビクともしない!)
男(なんて力だ……)
男「な、何するんですかやめてください!!」
女「ふふっ、君はうまそうだ」ジュルリ
男(近い近い近い!!)ドキドキ
女「ふふふっ……」
男(それに―― 酒臭っ!!)
男「やっぱり飲んだんですね!?」
女「なんのことかなあ」
男「絶対酔ってるよこの人…… いや、クモ!」
女「今は人間だ」
女「だが…… 狩猟本能の名残というべきか」
男「え…… 本当に俺を文字通り食う気ってこと……?」
男(猟奇的過ぎるっ!!)
46:
女「いや…… 種の存続本能と言うべきか」
女「私の子孫を残さねばならない!」
女「今がそのときだ」
男「え……」
男(何言ってんだコイツ)
男「や、止めてください!!」
女「さあ、子作りするぞ!!」
男「い、嫌あああああああああああ!!!!」
47:
女「――んぷ」
男「……!?」
女「き―― き゛も゛ち゛わ゛る゛い゛」
男「え……!? ま、まずい……!!」
男「トイレに行きましょう!!」
女「あ゛あ゛…… トイレ!!」ダッ
女「おええええええええええええええええ」
男「……」
男(見てられない……)
女「おえっ……」
男「はい、水飲んでください」
女「ありがとう―― 私はもう寝るぞ」
女「明日は君が起こしてくれ…… 頼むぞ」
男「分かりましたよ…… さっさと休んでください」
男(危なかった)
男(とりあえず助かった―― のか?)
49:
男(はあ、昨夜は危なかった)
男(しかし…… 女さん、いい匂いだった)
男(――とか考えるな俺!)
講師「男くん、どうしたの?」
男「あ…… すみません」
男(くそ…… とりあえずあの人に酒は飲ませちゃダメだ)
男(まったく―― あの人が来てから何もかもおかしい)
男(あの人がハエトリグモだなんて…… 未だに信じきれていないけど)
男(しかしそれ以外に説明がつかないのも事実)
男(でも、何か楽しいと思ってる自分もいて)
男(事実、あの人が来てから楽しいことも増えたし)
50:
男(彼女を伝って寂しい人脈が改善された…… 些細だけど)
男(歳が離れていて友人という感じでもないけれど、常連さんと親しくなったし)
男(マスターとも同様に親しくなった)
男(今度どこかへ行こうと誘ってくださったし……)
男(女さんがいなかったらまずありえなかったことだ)
男(それに、どこか変なところで抜けている彼女には俺がついていてあげないと)
男(勘違いも甚だしいかもしれないが、そんな感情もある)
男(はあ…… 俺、どうすればいいんだろう)
52:
女「――帰ったぞ」
男「あぁ、お疲れ様です」
男(結局答えは見つからないまま、時間は無常にも過ぎていく)
男(あの夜から数日…… どこか気まずい雰囲気)
男(気まずい…… まあ、そう感じているのはどうやら俺だけのようだけど)
男(あの夜…… 女さんは何を思っていたのか)
男(俺と恋人―― 別に問題ないとか言ってたし)
男(いやいや……! 何考えているんだ俺は!)
男(あの夜、女さんは酔っ払っていただけだ……)
男(正常な判断ができなかった、それだけだ)
男(何より相手は謎だらけの人間だぞ!)
女「どうした? 難しい顔をしているぞ」
男「いや、何でもないです」
女「お、ご飯を炊いてくれたのか」
男「まあ、いつものことですし」
女「今すぐ夕飯の仕度をしよう」
男「いつも…… すみません」
54:
女「出来たぞ。さあ、いただけ」
男「はい…… いただきます」
女「……」
女「どうした? 今日はやけに難しい顔をしているじゃないか。これ、まずかったか?」
男「いや、美味しいです……!」
女「そうか。良かった」
男(しかし、よくよく考えてみると――)
男(今の女さんなら、別にここにいる必要ってないよな……)
男(時々抜けている点を除けば、後は全部完璧だ。恐ろしいほどに)
男(それに、バイトとはいえ収入源もある)
男(安い部屋を見つければなんとかやりくりできるかもしれないし)
男(そうじゃなくても…… 正社員の仕事だって、探せば何かしらあるかもしれない)
男(完璧人間の女さんなら、これからの人生をなんとか上手く渡っていけるだろう)
男(それに比べて…… 俺は)
55:
男(今でこそ親しい人はできたけど…… それは女さんのおかげだ)
男(自分でも『このままではいけない』と思っていたのに、そこに留まり続けている)
男(だから大学に友人はいないわけだし)
男(それに…… こんな感じで彼女に頼りきっている自分がいる)
男(家事や、それにバイトのことだって)
男(あの時自分でもなんとかすると言っておいて、彼女がバイトを始めたら安心しきって)
男(なんとかなるだろうと、現実から逃げて)
男(行動をしない理由を作って逃げたんだ…… いつだってそうだ、行動するのを恐れているんだ)
男(俺は…… 女さんの負担になっているのではないか)
男(もう…… 彼女が言う『恩返し』は十分なほどに達成されている)
男(これ以上はもう―― 女さんの負担になってしまう)
57:
男(女さんには、俺がいなくても大丈夫だろう)
男「あの―― ちょっといいですか?」
女「何だ、突然改まって」
女「もしかして、困ったことがあるのか!?」
男「いや、あの……」
女「む―― 上空に小バエ発見!!」ピョーン ブチィ!!
男(なんて跳躍力、早さだ―― さすが元ジャンピングスパイダー)
女「掃除はキッチリしているはずだが…… 生ゴミも密閉容器にいれている」
女「しかし…… どこかに取りこぼしがあるようだな」
女「奴らは皆○しだ。生かしておけん……」
女「それで―― 何だったっけ?」
男「いや…… 何でもないです」
女「そうか」
59:
女「そういえば、今日は嬉しいことがあったぞ」
男「嬉しいこと……?」
女「ああ。うちに新しい店員が入った」
男「へえ…… 新人ですか」
女「そうだな。なんでもマスターの孫娘らしいぞ」
女「高校生のようだが、バイトを探していたらしい」
女「それでマスターの誘いがあったとのことだ」
男「へえ……」
女「店の仕事もだいぶ慣れてきたし、しばらくは新人教育に徹することにする…… というか頼まれた」
男「あんまり厳しくしちゃダメですよ……?」
女「問題ない。私は害虫以外にはおおむね友好的だ」
男「は、はあ…… 頑張ってください」
女「ありがとう。頑張るぞ」
60:
女「後輩か…… いい響きだ」
男(もう歴戦の先輩って雰囲気だな)
女「あ、そうだ―― それと変わったことがあってな」
男「変わったこと……?」
女「ああ…… うちの店はマスターの友人とか、近所のお年寄りとか、そういった年齢層のお客が多いんだ」
女「しかし、最近若者も見受けられるようになった」
男「いや、お店としてはいいことじゃないですか」
女「もちろんだ…… しかし」
女「自意識過剰かもしれない…… しかし、何やら私に視線が集まっている気がしてな」
男「え……?」
女「私は前方のほか、真横、斜め後ろまで見ることができる」
男「――えっ」
女「クモ時代の名残なのか…… 今でも真後ろ以外はだいたい見えるのだ」
男「それ、どうやって見えているんですか? どこからどう見ても目は二つしかついてないじゃないですか」
女「Don't think,Feelだ」
女「心の眼ってやつだ。私にも分からないが、細かいことは気にするな」
男「え……」
61:
女「だから分かるんだ」
女「そういう若者はだいたい数人で来る。そして私がフロアを周っているときや、背中を見せたとき」
女「そういうときに好奇の目で彼らに見られている気がするのだ」
男「それは……」
女「それにだな…… その」
女「そこまでなら別になんとか我慢できるが……」
女「最近一人で来る若い男がいるんだ」
男「はあ……」
女「その男がよく話しかけてくるんだ」
女「いや、常連客とはよく会話するから慣れているが」
女「それはあくまでも仕事に支障をきたさない程度だ。向こうも分かってくれているからな」
女「しかし―― その男は隙あらば会話をしかけてくるのだ」
62:
女「はっきり言って迷惑だ」
女「しかし立場上、あまり強く言うことができない」
女「まるで拒絶しているのに求愛行動を続けるオスグモのようだったぞ」
男「生々しい……」
女「どうするべきか―― 葬ってやりたいのだが」
男「いや、それはいけません!!」
女「まあ、冗談だ冗談」
男(冗談に聞こえないんだって……)
女「んむ…… まあ、それを除けば充実している」
男「はあ…… でも、はっきり言っておいた方がいいんじゃないですか?」
女「向こうは客だぞ?」
男「そうですけど―― マスターに相談してみるのはどうですか?」
女「だが…… こちら側の立場としても、なかなか客に強く言えないのではないか?」
男「うーん…… 確かにそう言われればそうですけど」
男「もしこれ以上エスカレートしたら店側の不利益にも繋がるし、来店を拒否することは不可能ではないとも思いますけど」
女「そうだ」
男「どうしたんですか?」
女「男くん―― うちへ様子を見に来てくれないか?」
63:
男「えっ!?」
女「君には迷惑ばかりかけて本当に申し訳ない……」
男「いや、そんなことは……」
女「だが、この姿になってから…… 知識があるとはいえ、全知全能というわけではないのでな」
女「感情的なやり取りはまだ不慣れな点が多いのだ」
女「だから、もし私が暴走して迷惑をかけたらいけないし」
女「君がいれば心強いのだ」
男「でも、俺が行ったところでどうこうできるわけでは……」
女「いや、助けてくれとは言わない……」
女「あくまで、君にいて欲しいだけだ」
男(それって――)
女「もし私が暴走したら大変だからな」
女「私は恐らく、並大抵の人間なら簡単に葬ることができるだろう」
女「経験があるわけではないが…… 妄信や過信と言えるほどでもないと思う」
女「だから、君がいればもしものことがあっても踏みとどまれる気がするのだ」
男(いや、食われかけましたけど―― あの時は酔ってたからだけどさ)
女「借りばかり作ってしまい、申し訳ない」
男「いや……」
男(俺は女さんの負担になっている)
男(借りがあるのは俺の方だ…… だから)
男「まあ、それぐらいなら…… 大丈夫です」
女「本当か……! ありがとう……!」
男(あっ―― 笑った)
64:
女「その男は週に一、二回ほど来ている」
女「今週はまだ姿を見せていない」
女「だから明日か、それ以降に来るだろう」
男「時間帯はだいたいどれくらいですか?」
女「そうだな…… 平日だが、だいたい君が四限や五限を終えるくらいの時間帯な印象だ」
男「なるほど」
女「明日は確か、四限までだったな?」
男「はい」
女「すまないが…… お願いしてもいいだろうか」
男「分かりました、授業が終わり次第向かいます」
女「ありがとう……」
女「お詫びにはならないが…… 気持ちとして、このエビフライをやろう」
男「あ、ありがとうございます……」
女「からあげもやるぞ」
男「は、はあ……」
女「あとマッサージもしてやる」
男「それはいいです…… お酒飲んでませんよね?」
女「何を言う…… 私のマッサージはなかなかうまいとお年寄りの間で専らの噂だ」
男「いや、そうじゃなくて…… なんでもないです」
男(どうなることやら――)
65:
男(ふぅ…… 緊張するな)
男(あれから翌日、約束通りにお店へ来た)
男(トラブルが起こらないことを祈ろう……)
後輩「いらっしゃいませ!」
男(ん? もしかしてこの人がマスターのお孫さんかな?)
後輩「あ、もしかして男さんですか?」
男「ど、どうしてそれを……!?」
後輩「おじいちゃんがバーベキューの時に撮った写真を見せてくれて、その時男さんのことを話してくれたので」
後輩「確か女さんのお友達、なんですよね?」ニヤ
男「いや…… ただの友達だから!」
後輩「あれ? 私も『友達』としか言ってないですけど…… どうしたんですかぁ?」ニヤッ
男(こやつ―― できるっ!!)
男「あー、それじゃ……」
後輩「アイスコーヒーですよね! すぐにお持ちしますねぇ!」
男(こやつ―― できるっ!!)
66:
男(それにしても…… 確かに若い客もチラホラいるな)
男(以前訪れた時はほとんどが常連っぽい人とか、あとは中年とかお年寄りが多かったが)
男(女さんの言ったとおりだ)
男(女さんはどこだ……?)
男(む…… あれは……)
後輩「お待たせしましたぁ! アイスコーヒーです!」
男「あっ、ありがとう」
後輩「あれ? どうしたんですか?」
男「いや、何でもないよ…… うん」
後輩「あ…… なるほどぉ」ニヤッ
後輩「もしかしてあのお客さんのことですか?」
男(まさか来てすぐに遭遇してしまうとは……)
後輩「女さんから聞いたんですけど、最近よく来るようになった人らしいですね……」
男「そうなんだ……」
後輩「まさに今もですけど、ああやって隙あらば女さんに絡んでるらしいですよ?」
後輩「なんかいかにも軽そうな外見してますよね…… 私もあんまりああいう人って好きになれません」
後輩「男さん……?」
男「ああ、ごめんごめん」
男(ん……? あの男見たことあるぞ!?)
男(っていうか…… 普通に見てるぞ!!)
男(あいつ、もしかして――)
後輩「もしかして、男さん…… 妬いちゃってます?」
男「な…… そんなんじゃないしっ!」
男「し、新人は早く仕事に戻りなさい!!」
後輩「はぁーい!」
後輩「男の人は、行くときは行かないとダメですよ……?」ヒソッ
後輩「それではごゆっくりどうぞー」
67:
男(それは分かってるけど……)
男(分かってて、俺は行動に移せないんだよな)
男(今回は様子を見るだけだ―― それを理由にして正当化している自分が情けない)
男(でも…… やっぱりあの男)
男(あいつは、『チャラ男』だよな?)
男(大学で同じ学年、学部、学科の奴だ…… クラスは違うけど)
男(よくすれ違ったりもする)
男(今では学部でも有名な、いわゆる『リア充』グループの筆頭にいる奴だ)
男(まさかあいつが…… これは厄介だ)
男(現時点でも誰と付き合ったとか別れたとかそういうゴシップ話が後を絶たない)
男(ぼっちの俺でも知っているのだから実際はもっとエグいのかもしれない…… 火のないところに煙は立たないってやつだ)
男(あいつ…… やっぱり手馴れてるな)
男(フロアを周る女さんに注文したり、注文を装って絡んでるな)
男(女さん…… すげー困ってる)
男(でもあいつも金を落としてる客だからな…… あまり強く出ることもできないだろうし)
男(どうしてあいつが…… どうしよう)
69:
女「……」
男(あっ―― 一瞬俺を見た!?)
男(助けてくれってことか……?)
男(いや、でも…… いるだけでいいって)
男(ああ…… もう!)
男(あ、女さんなんとか振り切った…… 良かった)
男(それにしても、本当に厄介なことになった)
男(厄介―― 厄介か)
男(そもそも、どうして厄介なんだ?)
男(いや、女さんが困ってることだ)
男(彼女に何かあったら…… 何かあったら?)
男(別に犯罪に巻き込まれるってわけでもないだろう)
男(だったら何で、俺がこんなに悩む必要がある)
男(いやいや……! 女さんが困ってるんだ)
男(友達の頼みなんだ……)
男(友達…… 友達?)
男(そもそも―― 俺は彼女にとって、彼女は俺にとってどのような存在なんだ?)
男(友達? 同居人?)
男(厄介な同居人……)
71:
男(もしかすると…… もしかしなくても)
男(俺は干渉できるような立場じゃない……?)
男(そうだ、あくまでも噂は噂。俺が実際にこの目で見たわけではない)
男(それにあの男の恋路を邪魔する権利なんて俺にはないんだ)
男(だって、女さんともただの同居人…… なんだから)
男(でも、実際に困っていると相談されたわけだし。突き放すわけにもいかない)
男(あ゛ー! もうどうすればいいんだよ!)
男(元はハエトリグモの彼女に何を悩んでいるんだ俺はっ!! ハエトリグモだぞ!!)
女「男くん…… すまないな」
男「あっ―― ああ、いえ」
女「彼が例の男だ……」
女「それで――」
チャラ男「すみませーん!」
女「あ……」
後輩「私が注文とります」ヒソッ
女「ああ…… すまない」
マスター「女さん、調理頼んでもいいかい? そのうちに彼も帰るだろう」ヒソ
女「すみません……」
マスター「何もしてやれずにごめんねぇ……」
女「いえ……」
女「男くん、すまない…… また後で」
男「あ、はい――」
72:
女「今日はすまなかったな……」
男「いえ……」
男(結局、あの後チャラ男は帰った)
男(俺は何もできなかった……)
女「さすがにマスターも『従業員の支障になるようなことは――』と注意してくれたみたいだが」
女「あの男も客だからな…… 無闇に出てけとも言えない」
男「そうですね…… 今はそれこそネットに拡散されたりしたら怖いですし」
男「いわれのない情報でも流されて、注目されたら風評被害で終わりです」
男「客という立場を利用して、自分のいいような完璧を求める輩が多いですしね」
男「自分はそこまでの立場じゃないのに…… しかも昔と違ってそれが多くの人の目にとまりやすい」
男「本当に厄介ですよね……」
男「俺も何もできずにすみません……」
女「いや、いいんだ…… 君が来てくれて安心した」
女「それに、もしこれ以上酷くなるようだったら出入り禁止を言い渡すとマスターが私に言ってくれた」
女「迷惑をかけたな……」
男「いや…… あの、あの様子だとこれからも懲りずに店に来るんじゃないですか?」
女「そうだな…… 出入り禁止になるだろう」
男(でも…… それがかえって火に油を注ぐような結果になったら)
男(もしストーカーまがいにまで発展したら……)
男(いくら女さんでも―― 女さんはああ言っていたけど、実際に力も強かったけど)
男(チャラ男はいかにも血気盛んなオラオラタイプに見える)
男(ガタイもそれなりにいい……)
男(もしそんな事態になったら、さすがの女さんでも危ない)
73:
男「実は俺…… あの男を知ってます」
女「ほ、本当か!?」
男「はい、『チャラ男』って言って…… いかにもオラオラしてる人です」
女「ぱーりーぴーぽーというやつか!?」
男「はい―― いや、その言葉どこで知ったんですか」
女「知り合いなのか?」
男「いえ、学年や学部、学科は同じですがクラスは違いますし…… すれ違った程度です」
男「恐らく向こうは俺のことを認知していないでしょう…… 多分」
女「そうか…… しかし君と同じ学校だなんてな」
女「世間は狭いな……」
男「感心してる場合じゃないです……」
女「む、出入り禁止になれば―― いや、それだとまずいのか」
女「君が言ったように『あそこは最悪な店だ』なんて話を流されたら店じまいになる危険もあるようだしな」
女「常連客がいるといっても…… それより多い、国中の悪意や間違った正義感を持つ人間に粘着されたら終わりだ」
女「人間は流されやすいようだからな」
男「そうです…… だから下手にできないんですよね」
男「こちらが被害者だと主張しても、大衆を味方にできなければ終わりです」
男「数には勝てませんから」
女「人間の世界は難しいな…… ある部分では理性というものはない方が幸せなのかもしれない」
女「虫のように、本能の指令に忠実であった方が……」
74:
男「いや、本能に忠実の方がまずいんじゃ」
女「下手に思考だけ高次元に発達するのは厄介なのかもしれない…… という意味だ」
女「だから虫や野生動物のように本能が占める割合が多きい生物の方がある意味幸せなのかもしれない」
男「そうですね……」
男(元はクモの人間が言うとなんかスゲー重みを感じる)
男(とか感心してる場合じゃない俺も)
男(俺が干渉できる立場じゃないかもしれないが)
男(こうして女さんは困って、俺に相談するほどの状態なのだ)
男(人事ではないし…… 家族や恋人じゃなくても、同じ部屋に住む者同士だ)
男(それに考えすぎかもしれないが、もしストーカーまがいにまで発展したら)
男(これは…… 俺も何かしなくては!)
男「女さん―― 俺、ちょっと彼に接触してみます」
76:
女「な……! さすがにそこまでは……」
男「いや、もし彼が粘着質の人間だったら…… 大変です」
男「俺と女さんが同居してるのもバレるかもしれないし」
男「女さん自身も危ないです」
男「もし『出入り禁止』を言い渡したら―― そうなる可能性もゼロではないと思うんです」
女「店に迷惑はかけたくない…… ならば」
女「私があの男と個人的に決着をつけよう!!」
男「それもまずいですから!!」
女「なぜだ?」
男「そもそも決着って…… 命を奪うつもりですか!?」
女「いや、そうではないぞ…… 拳と拳で語り合うという意味だ。命までは奪わない」
男(圧倒的脳筋…… ポンコツ……!!)
男「いやいや……! それでもダメです!!」
女「何故だ!?」
男「もしその男か、もしくは第三者に通報されて警察沙汰にでもなったら…… それこそ全てが終わりです!」
男「アパートの不法滞在から女さんの身元から、何もかも洗いざらい明るみにされておしまいです!」
女「ならば…… どうすればいいのだ」
男「だから、なんとか俺が諦めてもらうように仕向けるしかありません」
78:
女「でも、どうやって……」
男「う…… そ、それは」
男「なんとか、なんとかします!!」
女「しかし…… 君が言うような最悪な事態になったら、君自身も狙われるだろう?」
男「そ、そうですけど……! 店や女さんが被害を受けるよりは……!」
女「ダメだ!!」
男「――えっ」
女「それでは…… それでは私が困るのだ」
女「君がいなくなってしまったら…… 私はどうすればいいのだ?」
男「そ、それは――」
女「孝行しようと思ったときに限って、相手はいない」
女「そのような言葉があるようだな」
男「……」
女「私はまだ君に恩を返していないだろう」
男「そんなことは……」
女「だから…… いなくなってしまっては、困るのだ」
男「は、はい……」
男「それでも、なんとか…… できることはやってみます」
女「本当にすまないな……」
79:
男(俺がいなくなったら困る…… か)
男(それは同居人としてってことだよな)
男(生活の負担が増えるだろうし)
男(あくまでも役に立つ同居人として、だ)
男(まあ、それは一旦置いておこう)
男(思い立ったらなんとやら。鉄は熱いうちに)
男(翌日、少ない勇気をなんとか振り絞り行動に移すことにした)
男(以前の俺だったらありえないことだ)
男(しかし…… 人の痛みに鈍感になるような人間にだけは…… なりたくないと思う)
男(よし―― まずは情報収集だ)
男(敵を知り、己を知らば…… 昔の人もそう言っている)
男(不幸中の幸いか、同じ学科の人間だ)
男(他の学部、学科の人間よりかは情報を知っている者は多いだろう)
男(ということで…… 聞き込みだ!)
男(昼休みが終わり、必修授業の前だ)
男(同じクラスの見知った面々が多いし、ここならまだハードルは高くない)
男(ぼっちと言っても、避けられているわけではない…… だろう!)
82:
男(友達まではいかないが、顔見知り…… そんな認識のはずだ!)
男(と信じつつ―― 行け!!)
男「あ、あのさ……」
男(隣の席になったAくん! 非常にすまない!)
A「ん? どした?」
男「あの…… Aくんはサークルとか入ってるんだっけ?」
A「んぁ? 急にどした?」
男「いや…… 俺、まだサークルに入ってなくてさ。どこかいいところないかなって思ってて」
A「もう入学から結構経ってるし、ぶっちゃけ馴染むのキツイと思うぞー?」
A「ちなみに俺はオールアクトってとこ入ってる。名前そのままでオールラウンドサークルだ」
男「なるほど…… だよねぇ…… 今からじゃキツいよね」
A「あ、でもあそこなら――」
男「あそこ?」
A「ああ、チャラ男グループが入ってるとこだよ」
男「そ、それって……」
A「なんだ知らねーのか? ホーネットってサークル」
83:
男「それはどんなサークル?」
A「俺たちのとこも大概だけど、変な名前だよな…… まぁ、オールラウンドっていってなんでもやってるとこだ」
A「一応、表では運動系サークルってなってるけど、噂ではいわゆる『飲みサー』らしいぜ?」
A「チャラ男を見れば分かるだろうが…… あんな感じの人間がつるんでるとこさ」
A「あそこなら…… 人数多くて、だけど出入りが結構激しいみたいだから」
A「自分がああいう系の雰囲気が好きなら、今からでもノリでいけるかもな」
男「なるほど、ありがとう…… あ、そういえばさ」
男「そのチャラ男くんなんだけど……」
A「おお」
男「なんか彼女をとっかえひっかえしてるって…… あの噂本当なのかな?」
A「ああ…… まあ、俺もあくまで噂しか聞いたことないけど」
A「俺の友達があいつと同じクラスらしいが、結構女遊び激しいらしいぜ?」
A「あいつ関係で女が辞めることが何回かあったようだしな」
男(やっぱり…… そういう人間なのか……)
84:
A「そんなことしてたら内部分裂起こったり先輩からのお叱りを受けそうだけどな……」
A「あいつはサークル内の偉い先輩から気に入られてるらしい。女の子を勧誘して入会させてる実績があるから」
A「だからまあ、あいつはお咎めなしってことさ」
A「勧めといてあれだけど…… いいところではなさそうだな。俺みたいな人間からすれば」
男「そうなんだ…… ありがとう」
 キーンコーン
A「ま、もし今からでもマジで入りたいなら、うちのサークルへ掛け合っておくか? うちでいいならな」
男「あ…… ありがとう、考えておくわ! ははっ」
講師「はーい、こんにちわー!!」
男(ふぅ……)
87:
男(今日の日程は終わった…… コミュニケーションってスゲー疲れるな)
男(まあ、有益な情報は得られたから良しとしよう)
男(やはりチャラ男は危ない人間の可能性が高い…… ということだ)
男(あくまで噂だが…… 同じクラスの人間が言うことなら、信憑性は高いだろう)
男(そんな人間がどういうわけか女さんを発見してしまった)
男(このままではベッコウバチよろしくクモは狩られてしまう)
男(どうにかして彼と接触し、なんとか止めさせてもらわないと)
男(しかし接触といっても…… どうする!?)
男(わざわざ相手のホームへ行くのは無謀すぎる)
男(強者に対して弱者が勝つためには…… 考えろ)
男(数か―― いや、ぼっちには無理だ)
男(ならば…… 相手の足元をすくうような奇襲しかない!!)
88:
男(奇襲…… そう、相手があの店へ行くことは分かっている)
男(100パーセントとは言い切れないけど、一度の忠告で諦めるような人間とも思えないし)
男(なら、相手が店に来る前…… もしくは、帰るときに仕掛けるしかない)
男(奇襲という奇襲でもないが…… 接触のチャンスはそこぐらいしかないだろう)
男(なら…… 放課後になった今、すぐにでも店へ向かわなければ!!)
男(急げ……!!)
90:
後輩「いらっしゃいませー!」
後輩「あ、男さん! いつもありがとうございまぁす!」
男「あの、あの客は来てるかな……?」
後輩「今日はまだお見えになってないみたいですよー?」
男(よし……!)
男「悪いけど…… 店の前に立っててもいいかな?」
後輩「もしかして…… 決闘するんですか!?」
男「そんな物騒なことはしない…… けど」
男「それに近いことはするかもしれない…… あ、話し合いね!」
後輩「男さん…… 男ですね!」
後輩「何かあったらすぐに来てくださいね……」
男「ありがとう…… それじゃ、行ってくる」
後輩「ご武運を祈ってます」
91:
男(クソ…… 今は何時何分だっ!?)
男(待機を始めてから30分は過ぎた…… まあ、さすがにすぐには来ないか)
男(なにより、向こうがサークルの日だったらとんだ無駄足だしな)
男(これは徒労だったか)
男(コーヒーでも飲んで帰るかな…… 今朝はあまり女さんと話せてなかったし)
男(って…… 何でそんなことを気にかけてるんだ俺は)
男(ともかく、さすがに注意されてからすぐには来ないか……)
男(焦り過ぎだったな。焦りは禁物だった――)
チャラ男「あー、今日はごめんねー! ちょっと用事あったんだわ!」
チャラ男「いやー、マジごめんって! 後で埋め合わせすっからさ!」
男(うるさいな。いくら外でももっと控えめな声で電話に……)
チャラ男「おごっから! マジ、マジ! じゃあねーうぃっすー!」
男(――って、来たああああああああ!?)
92:
男(ヤベェヤベェヤベェ!!)
男(生まれてこの方喧嘩とは縁のない人生を送ってきた)
男(そう、俺のモットーは『平和が一番』だ。ラブアンドピースだ)
男(そう言い聞かせつつ、いじられる自分を正当化したときもあったが――)
男(それは昔の話…… これ以上はよそう。関係ない)
男(だけど…… さすがにもう悠長なことを言っていられる状況ではない)
男(窮鼠だって猫を噛むんだ)
男(やってやる……!! 後には引けない)
チャラ男「あ、すんませーん。どいてもらっていいっすか?」
男(間近で見るとデカい……!! だがここでどくわけには……!!)
男「あ、あにょ……」
男(試合の前から負けているッ!?)
チャラ男「……?」
男「あにょ…… チャラ男さんですよね!?」
チャラ男「そーっすけど、すんません…… 誰っすか?」
男「お、お話があるんですっ!!」
93:
チャラ男「話? なら店の中でお願いしますというか…… 用件はなんっすか?」
男「用件…… あの」
チャラ男「長くなりそうなら、申し訳ないっすけど後でお願いしますというか」
男「その……」
男(行け、男なら……!!)
男「あの…… ここの店員の女さんのことです!!」
チャラ男「店員―― もしかして、ここの店の人っすか?」
男「そ、そうではないですけど…… 彼女の友人です!」
チャラ男「へぇー、それで…… 俺ってやっぱりまずいことしちゃったんすかねー?」
男(ん……?)
チャラ男「いやー、ほんとにそれは申し訳ないっていうか……」
男(あれ…… 意外といい人!?)
チャラ男「もう、しつこく絡まないんで―― 彼女の連絡先教えて欲しいんですけどぉ」
男(やっぱりダメな人だった)
男「それはプライベートなことなんで…… それに、彼女自身も迷惑していると言っています」
チャラ男「へぇー、それじゃ自分の力で頑張るから。応援して欲しいというかぁ、ははっ」
男(は、はああああああああ!?)
チャラ男「あ、もちろんお店には迷惑かけないんで! お願いします!」
男(この男…… 色々とずれている!?)
94:
男「いや、だから…… 彼女本人が迷惑しているとのことなので」
男「それは即ち店の迷惑にもなる…… ってことですよね?」
チャラ男「あー、なるほどぉ」
チャラ男「でも、ぶっちゃけ俺…… あの人にゾッコンなんすよ!!」
男(知るか!!)
チャラ男「どーしてもダメっすか?」
男「あ、はい…… 申し訳ないですが」
チャラ男「でも、俺も後には引けないっつーか」
チャラ男「ぶっちゃけ、あなたも友人ですよね?」
男「は、はい……」
チャラ男「ここの店の人じゃないってことだし」
チャラ男「店の人に言われたならまだしも、あまり強制できないっていうかー」
男(ぐ…… しまった)
男「でも、ここのマスターが以前あなたに注意をしたという話は聞いています」
チャラ男「なら、とりあえず店に入らせてよ」
男(クソ…… 話がまるで通じない!)
チャラ男「それで注意されたら、しょうがないから諦めますわー」
男(嘘つけ!)
チャラ男「だから入れてくださいというか…… 呼んできてくださいというか」
男「それは……」
男(どうする…… マスターに助力をお願いするか!?)
96:
男「それなら…… ちょっと近くの公園で話しませんか?」
チャラ男「え? それは必要ないっしょ?」
男(しまった―― 俺は何を!!)
チャラ男「とりあえず店に入れてよ」
男「あ……! 待ってくださいダメです!!」
チャラ男「だから何で……!! あんたに関係ないっしょ?」
男「関係あるんです……!!」
チャラ男「ちょっと、どいてくんね!?」
男「ダメッたらダメです……!!」
チャラ男「……!!」
チャラ男「分かったよ!」
男「……!?」
チャラ男「話し合いしますよ、すればいいんでしょ?」
男(や、やった……!!)
男「それでは、そこの公園で――」
97:
チャラ男「ふぅー……」
男(み、未成年だよなこいつ…… 平気でタバコ吸ってるし)
男「あの…… タバコは……」
チャラ男「それは今関係なくね?」
男「す、すみません……」
男(怖ぇえええええ)
チャラ男「てかさ、店に入るくらいはいいじゃん。何でダメなわけ?」
チャラ男「店員でもないあんたにそんな権限なくね?」
男(そして圧倒的正論―― だが負けるわけには!)
男「それは…… 正直言いますと、彼女から『あなたには来て欲しくない、怖い』と相談を受けたのです」
男「マスターにも相談しています」
男「このままだと、最悪通報されますよ?」
チャラ男「……」
チャラ男「だったらさ、尚更会わせてくんね?」
チャラ男「本人から直接言われないと諦めきれないじゃん?」
男「それは……」
チャラ男「だいたいあんたさ、友達とか言ってるけど」
チャラ男「あの人と付き合ってるの?」
男「それは―― いや、付き合ってはいません」
チャラ男「それじゃあ、好きなわけ?」
男(それは……)
男「いえ…… 彼女は友達です」
98:
チャラ男「だったら尚更じゃん」
男「それとこれとは関係ないと思います…… 友達から相談されてほうっておけるわけがないじゃないですか」
チャラ男「でも、彼氏だったらまだしも…… 友達のあんたに俺の恋愛を邪魔できる権利はないよね!?」
男「だから……!!」
男(くそ…… 本当に話が通じない!!)
男「あなたは本人から『会いたくない』と言われているんですよ……!?」
男「それに…… あなたについては、女性関係の良くない噂を聞きます」
男「尚更会わせるわけにはいきません……!」
チャラ男「ああー…… なるほどね」
男「……?」
チャラ男「どこかで見たことあると思ったら、同じ大学だっけ?」
男(まさか…… 覚えられていた!?)
チャラ男「あのね、一つ言っておくけど―― 俺たちにあんま立てつかない方がいいよ?」
100:
男(な、大学生でそのセリフッ!?)
チャラ男「それに俺、今回は本気(マジ)だから」
男(あなたのような人間の言うマジは信用できませぇぇん!!)
男「未成年の喫煙、それに飲酒も…… ば、ばれたら大学にいられなくなりますよ!?」
チャラ男「へぇー、脅すんだ」
男(ああああ怖いいいいいいい!!!!!!)
チャラ男「見たところ―― 君って友達いないよね?」
男(それだけはやめろください)
チャラ男「別にチクッてもいいよー?」
男「え…… それって……」
チャラ男「でも、それでうちが解散させられたら―― 後は分かるよね?」
男「き、脅迫するつもりですか!?」
チャラ男「別に俺は脅迫するつもりなんてないよ?」
チャラ男「でも、俺以外の大勢の人間の怨みを買っちゃうってことは事実だけど」
チャラ男「まあ、好きにしな。俺はあんたにどうこうするつもりはないけど」
チャラ男「でも、あんたが俺以外の誰かから何かされても責任は負えないからさ…… ごめんねー」
101:
チャラ男「君がチクったって、俺がメンバーに言ったら……」
チャラ男「まあ…… それじゃよろしくねー」
男「あ、待ってください!!」
チャラ男「あー、大丈夫。もう店に行く気分じゃないし今日は止めるわ」
チャラ男「でも…… あと一つあったわ」
男「……?」
チャラ男「もしかして、あんたってあの娘のことが好きっしょ?」
男「だから…… 友達です……!!」
チャラ男「必死になって悪党から守って、それでヒーローになってゴールインしたいって感じ?」
男「ち、違います……!」
チャラ男「あのね…… こういうのって、自分から行けない奴はダメなんだよね」
チャラ男「何もしなくても向こうから寄ってくるのなんて、今どきイケメンでもそーそーないわけよ」
チャラ男「受身に徹しているだけじゃ、ただの優しい人なんだよね」
チャラ男「自分に都合がいい潰しが利く人…… って意味ね」
チャラ男「ま、そういうわけだから」
チャラ男「あ―― あと、これ俺のメルアドと電話番号ね」
チャラ男「あの娘に渡しといてくんね?」
チャラ男「それじゃー、ちーっす」
104:
男(あの男が俺の本質を見抜いたのかどうかは分からない)
男(しかし…… その矢は俺のど真ん中を射抜いた)
男(何も言い返せなかった)
男(こちら側には一切の非はない)
男(そのはずなのに―― 俺は堂々と戦えなかった)
男(俺は…… 俺は何なんだ!?)
男(女さんにとって、俺という存在は!?)
男(もう…… 何も分からない)
男(こちら側には弱点はない、勝てると思っていた)
男(そのはずなのに…… けん制のリードパンチ、ジャブにやられた)
男(俺という城は簡単に攻略されてしまったのだ…… だった一本の矢に)
105:
男「もう…… 何なんだよ……」
男「俺は何も悪くないはずだ……!」
男(いつも通り始まる正当化)
男(逃げの口実だ。現実逃避だ)
男(そうして流されて…… 自分の道を見失っていくんだ)
男(いつものことさ)
男「平和が…… 一番」
男(ああ…… ほんとに馬鹿みたいだ)
男「少し、頭を冷やそう」
男(まだ女さんは帰ってこないみたいだし)
男(書置きしておけば…… 合鍵はいつも持ち歩いているはずだし)
男「少し…… 河川敷の遊歩道を歩いてこよう」
106:
女「――戻ったぞ」ガチャ
女「む、閉まっているな……」
女「寄り道でもしてるのか?」
女「けしからん。今日は奴が好物だと言っていたメニューにしたのに」
女「まあ、そのうち帰って来るだろう」
女「合鍵を―― よし」ギィイイイイ
女「む…… これは……」
女(テーブルに置かれた書置き)
女(少し散歩に行ってきます……?)
女(なんてことを―― 夜は奴らの行動時間だっ!)
女(恰好の餌食だぞ……!!)
女(ん……? もう一枚何かあるな)
女「なんだ『チャラ男』とは…… それにこの記号と番号は」
女「メールアドレス…… 電話番号ということか……」
女「チャラ男…… なるほどな」
女「後輩が言っていた―― 男君が奴と話をつけている、と」
女「そのお礼をしようと…… とびっきり美味しい夕飯を作ろうと思ってたのにな」
女「孝行したい時に限って――」
女「よく言ったものだ」
女「……」
女「馬鹿」
107:
男(ふう…… コンビニに寄り道してしまった)
男「すっかり遅くなってしまったな……」
男「た、ただいまー……」ギイイイ
男「暗い…… 当たり前か」
男「でも、どうやら帰って来ているみたいだな…… 良かった」
男「電気は一番暗いやつにして…… と」
男「――ッ」
女「……」スゥ スゥ
男(テーブルに突っ伏して寝てる……)
男(あんたの寝床はロフトだろ……)
男(それに…… これは)
男「……」
男(俺の好きな…… メニューを)
男(俺は――)
男(馬鹿野郎……!!)
109:
男(あれから何日か経った)
男(あの日を境に…… 俺と女さんの雰囲気は明らかにぎこちない)
男(それは俺の思い込みというわけでもなく、どうやら彼女もそうであるようだった)
男(決定的な改善策もなく…… 依然として嫌なムードだ)
男(いつも通り逃げ癖が発動している俺は…… こんな現状から逃避しようともがいていた)
男(最低な男だ)
男(大学の授業も受ける気にはなれないが…… それでは女さんに余計な心配をかけてしまう)
男(重い足を引きずって、今日もなんとか大学へやって来た)
男(三限、必修の時間だ)
男(ちなみに―― チャラ男はあの日以来店に姿を見せなくなったという)
男(女さんやマスター、後輩にもお礼を言われたり、褒められたりしたが)
男(別れ際の言い分…… あの言い分からするに、あれで終わるわけがない)
男(次の一手を模索しているということか?)
男(だとしたら…… そろそろ仕掛けてくる頃合いではないか?)
男(俺は…… 俺はどうするべきなんだ)
110:
A「おっす、男」
男「あ、Aくん―― お疲れ」
A「授業これからだけどな」
男「あ…… そうだったごめんごめん」
A「お前おもしれーな」
A「あ、そうだ―― サークルの件、考えてくれたか?」
男(やべ…… 忘れてた)
男「いや…… 実はまだ迷っててさ」
男「やっぱり今更入るのも難しいかなってさ」
男(逃げの口実……)
A「そっか。まあ、強制とかじゃないしな…… 自分の好きなことやるのが一番ってことよ」
A「それでも気になったら、うちなら歓迎するしいつでも言ってこいよ?」
男「あ、ありがとう!」
A「あ、それと―― お前、聞いたか?」
男「え……? 何の話?」
A「お前、聞いてなかったのか」
A「あのチャラ男が、また何かやらかすらしいぜ!?」
112:
男「えっ―― それって」
A「例の、チャラ男と同じクラスの友達が言ってたんだけど」
A「大々的に言いふらしてたみたいだぜ」
男「それって…… どういうこと?」
A「なんでも、『とある喫茶店の店員さんにガチ惚れしたから絶対落とすわ』とか」
男「……!」
A「なんか、最近その喫茶店は一部では有名らしいな」
男「有名……?」
A「ああ、その美人店員が働いてるって…… うちの学生でも通ってる奴いるらしいぜ?」
A「チャラ男も、その噂聞いてそこに行ってみたら―― 後は話の通りってわけだ」
A「しかしよくやるよなー…… しまいにはオッズみたいな賭け事まで始まったらしい」
男(な、なんて奴だ……!!)
A「チャラ男曰く、『勝率はある』とか自信満々に胸張ってたらしい」
男「勝率……」
A「ああ…… なんでも、向こうから連絡が来たってはしゃいでたらしいぞ!?」
男「な―― なんだって!?」
A「お、おい…… いきなりがっつき過ぎだろお前」
男「ご、ごめん……」
男(そんな―― 女さんから!?)
男(そんなはずは……!!)
114:
A「よくやるよな…… 高校生かっての」
男「……」
A「お、おい…… お前、顔青くね?」
A「大丈夫か?」
男「あ…… う、うん!」
男「ごめんごめん、そこまで行くとさすがにビビッたわー……」
A「だよなー」
男(なんてことだ――)
男(早く女さんのところへ行かなければ……!!)
男(しかし…… 授業が)
男(くそ、くそ、くそ……!!)
男(一限、二限、三限と来た…… 今日は四限までだ)
男(もうあとほんの数分で三限が始まる……)
男(一度くらい休んでも―― いや、それはいけない!)
男(俺はぼっちだ…… サボり=死と言ってもあまり間違いにはならないだろう)
男(けど…… 一度の授業と女さんを比べるというのか!?)
男(別に命の危険が差し迫っているわけではない…… けどっ!)
男(俺は――!!)
男「Aくん……」
A「どうした? 急に立ち上がって」
男「俺、今日は帰るわ!」
115:
A「お、おい……!! どういうことだ!?」
男「ちょっとどうしても外せない急用が――」
A「お、おい……!!」
男(今すぐ真意を問いただすんだ……!)
――
男「駅前についた……!!」
男「店へはもう少し……」
男「早く――」
チャラ男「あ、君ぃ…… また会ったね」
男「――えっ」
チャラ男「ちぃーす、男君」
116:
男「チャラ男…… くん」
チャラ男「だいぶ息が上がってるようだけど」
チャラ男「そっか―― 話、耳に入ってる感じ?」
男「君は…… 君は一体何がしたいんだ!!」
チャラ男「だから、言ったじゃん」
チャラ男「行動しないと、何一つ変わらないってさー」
チャラ男「これは俺のやり方なの。分かる?」
チャラ男「欲しいものな何がなんでも手に入れたいわけよ」
チャラ男「そして…… ライバルとかいると余計燃えちゃうんだよね」
チャラ男「ま、そういうわけだから」
チャラ男「ただの『友達』である君にはもう邪魔できないねー、残念」
チャラ男「今度の日曜日、デートに行くことになったから」
男「で、デートって……」
チャラ男「そういえばちゃんと連絡先の紙渡してくれたんだねー あざーっす!」
チャラ男「あの娘の方から電話かけてきてくれたんだわ」
男「そんな……」
チャラ男「マジだよマジ!」
チャラ男「それじゃ、じゃーね」
チャラ男「もう会うことはない―― のかな? ははっ」
男「……」
117:
男「一体どういうことだ……」
男(女さんから電話を…… どうして!?)
男(あの時テーブルに置きっぱなしにしてしまった紙……)
男(クソ……!!)
男「店に…… 店に行こう!!」
男(女さん……!!)
後輩「あ…… 男さん」
後輩「いらっしゃいま――」
男「女さんは!?」
後輩「それが……」
マスター「女さんは―― 数日間休ませて欲しい」
マスター「そう連絡が来たよ」
男「そんな……!!」
マスター「あのことが心にこたえたみたいだ…… こちらとしても女さんを無理やり働かせるわけにはいかない」
マスター「こちらは大丈夫だから、女さんにはゆっくり休んでもらうことにしたよ」
男「わ、分かりました―― ありがとうございます!」
男(なら…… 家にいるに違いない!!)
118:
男「ただいま――!!」ガチャ
男「って、あれ……?」
男「女さん…… いない!!」
男「そんな…… そんな!!」
男(テーブルの上にメモ用紙!?)
男「何だって……」
男「探さないで下さい……」
男「どういうことだよ!!」
男「それに―― 必ず全てを終わらせて、日曜日に戻ります」
男「どういうことだよ……!!」
男「俺は…… 俺は」
男「もうどうしたらいいんだよ……」
 そして、女さんはいなくなった。
119:
 俺はまた一人になってしまった。
 あのぴょこぴょこ跳ねる大きな目をした小さい奴はもういない。
 そして、栗色の髪の綺麗な女も…… もういない。
 俺は絶望の底まで逃避を続けた。
 孝行されていたのは俺の方だ……
 俺は、あなたが好きだ。
 俺はその想いからも逃げていたのだ。
 孝行したいときに、相手はいない。
 俺に…… 俺に孝行させてくれ。
 ハエトリグモ。
 女さん。
120:
男(そして…… 日曜日はやって来る)
男(女さんは、『全てを終わらせて戻ってくる』と言っていた)
男(もしかして…… 彼女は自分を犠牲にすることで)
男(それを俺の恩返しにするつもりなのか?)
男(腹が減った、喉が渇いた…… 力が出ない)
男(早朝に目が覚めてしまった……)
男(ほとんど寝ていない)
男「それでも―― 俺は」
男「行かなくちゃ……」
男(衰弱した体で、俺は部屋を出た)
男(目的地は…… あの公園だ)
121:
男(今なら…… 走れメロスとか)
男(ああいった話に共感できる気がする)
男(なんなら作者の気持ちを完璧に回答できる)
男(そんな馬鹿みたいな冗談を思いついたら、いつの間にか公園に着いていた)
男(もちろん、そこには誰の姿もない)
男(時々犬を連れて散歩する人が通るだけ)
男(俺は少し、ベンチに横になり寝ることにした)
男(このまま…… このまま深い眠りについて)
男(そのまま人生からも逃避できたら――)
122:
男(夢を見た)
男(こんなときに、あのハエトリグモが夢に出た)
男(俺の手の中をちろちろと歩き回っている)
男(時々、そのつぶらな瞳を俺の方へじーっと向ける)
男(ああ、やっぱりこいつはかわいいな)
男(そう思ったときだった)
男(トントン、と肩を叩かれる)
男(振り向くと―― そこには女さんがいた)
男(真剣な眼差しで、トントン、トントンと肩を叩く)
男(俺は気付いているのに、一向に止めようとはしない)
男(すると彼女は手から糸を出して、俺に巻きつける)
男(まるでとあるコミックヒーローのようであった)
男(そして女さんは、糸でぐるぐるになった俺を)
男(――食べた)
123:
男「――はっ」
女「やっと起きたな…… 馬鹿者」
男(これは夢か幻か)
男「いや…… 夢では……」
女「夢じゃない、起きろ」
男「女さん……」
男(公園で眠っていたら、どういうわけか女さんに起こされた)
男「女さん…… どうして!」
女「それはな―― 奴と決着をつけるためだ」
男「奴……?」
チャラ男「あちゃー、こんな話聞いてないんすけど」
男(視界の前方…… わざとらしく肩を落とすチャラ男がいた)
男「チャラ男…… くん!!」
チャラ男「それで、これはどういうことっすか?」
チャラ男「女さん」
女「そうだな…… ここで私の本音を直接君に言っておこうと思ってな」
チャラ男「ここで…… どちらの男がふさわしいか決めてくれるってことっすか?」
女「――そうだ」
125:
女「君なら来てくれると思っていた…… 男くん」
女「だが…… 辛い思いを、負担をかけてしまったな」
女「本当に君には…… 迷惑をかけてばかりだ」
女「結果がどうであれ…… 必ず恩は返すから」ヒソッ
男「女……さん?」
チャラ男「それじゃ、早いとこジャッジしてくれないっすか?」
チャラ男「デート楽しみたいんで」
女「分かった…… では、ジャッジを下そう」
女「私は――」
男「ま、待ってください……!!」
女「男くん……!?」
男「俺は、俺は……」
男「女さんが好きなんです!!」
126:
女「男、くん……」
チャラ男「へぇー、やっぱり?」
チャラ男「でも残念、もう遅いんだわ」
男「遅くてもなんでも構わない……」
男「俺は…… 自分の想いから逃げていた」
男「だから―― 自分から行けない奴はダメなんだろ?」
チャラ男「……」
男「欲しいものなら何をしてでも手に入れる……!!」
チャラ男「へぇ…… おもしれーじゃん」
男「あんたの言った通りだ」
男「これは俺のやり方だ」
男「俺は…… 何としてでも現状を守る」
男「誰に何を言われようが…… 自分の生活を守る」
男「守る為に戦う……!!」
男「俺は女さんが好きだ…… だから、チャラ男くんには負けない……!」
チャラ男「なるほどね」
チャラ男「それで十分か?」
チャラ男「答えを出すのは彼女だ」
チャラ男「分かりきってる勝負でアピールする必要もない」
チャラ男「君の気持ちを聞かせて欲しい…… 女さん」
128:
女「分かった…… 答えを出そう」
女「私も現実から逃げていた」
女「もし相手に嫌われていたら…… 負担ばかりかけていたら、と」
女「そして、このような『なあなあ』の日々が続いてくれたら、と」
女「しかし、このように終わりは来てしまう」
女「答えは出さなければならない……」
チャラ男「……」
女「私は――」
男「……」
女「私は……」
女「私は…… 君のことが好きだ」
女「……」
女「男くん」
129:
男「女、さん……」
女「本当に君には…… 私はこれからも君に恩を返さなくてはいけない」
男「そんな…… もう十分いただいています……」
男「だから…… 今度は俺が」
男「後から部屋に来て迷惑をかけたこと」
男「孤独に暮らす俺を迷惑と感じながらもそっと寄り添ってくれたこと」
男「そして…… こうなってからも」
男「俺のそばにいてくれたこと……」
男「例えあなたがどんな経歴を持った人間でも」
男「俺は…… あなたが好きです」
男「俺にも恩返しをさせてください……」
女「私も君と同じ気持ちだ……」
女「最初は迷惑に思っていた」
女「しかし、君との生活はとても楽しかった」
女「私も一人…… いや、一匹だったからだ」
女「しかしこうなった今でも…… 君が傍にいてくれる」
女「これかも渡しに恩返しをさせてくれ」
女「そして…… 私が人間でいるうちは、傍にいてくれ」
男「はい…… もちろんです……!」
130:
男「例えまたクモの姿に戻ったって……! ずっと一緒にいますから」
女「ありがとう、大好きだ」
男「女さん……」
チャラ男「あのさー」
チャラ男「いい雰囲気のとこ悪いんだけど」
チャラ男「人のこと呼んでおいて公開処刑って酷くね?」
女「黙れ。お前は敗北したのだ」
女「求愛に敗れたオスはどうなると思う……?」
女「野たれ死ぬか、別のメスを探して無様にさ迷うのだ」
女「敗者は君だったようだな」
女「立ち去れ」
チャラ男「わざわざ社会的に恥かかせるつもりでこうしたわけねー」
チャラ男「やってくれんじゃん」
女「立ち去れ―― と言っても、立ち去ってくれないのだろうな」
女「害虫が何匹かうろついているようだし」
132:
男「――なっ」
男「これは……」
チャラ男「お前ら…… 見つかってんじゃん。死ねよ」
仲間「たくチャラ男よぉ…… マジウケるわっ!! 振られてやがんの!!」
仲間「しっかり動画撮っておいたからぁ!」
仲間「それでさ…… 付き合ってあげたんだから」
仲間「この女…… いいよな?」
チャラ男「ちょっと…… 黙んないと殺すぞ? お前らは手出すんじゃねぇ」
仲間「振られた身分で何言ってんの!? マジウケるっ!」
133:
女「どういうことだ……」
仲間「絶対告白成功するから…… とか言って、録画までさせてこのザマだもんな!」
仲間「マジうけるわッ!」
女「……」
女「どうやら、お前も色々と思うところはあるみたいだな」
チャラ男「くそ……! お前ら帰るぞ……!」
仲間「何言ってんの!?」
仲間「だいたいさー、お前面白くないんだよね」
仲間「先輩にも気に入られてるしよー」
仲間「俺たちの方がよっぽどサークルに貢献してんだよね」
仲間「もうお前、サークルから消えてくんね?」
仲間「お前も、そこの奴もボコして…… この美人さんをいただいちゃおうぜ?」
135:
男「そんな……」
チャラ男「はっはっ……! やっぱりそう来たか無能ども!」
仲間「は? 自分そんな口きいていいわけ?」
チャラ男「本性を見せやがったな!」
チャラ男「俺はもうこんなクソみたいな人間どもに飽き飽きしてたところだ」
チャラ男「金魚の糞みてーにわらわらと」
チャラ男「そして人が弱みを見せたその時を見逃さないハイエナ根性」
チャラ男「いい機会だ」
チャラ男「せめてお前たちはまっとうな人間であること祈ってたが…… 残念ながらこれでクソだということが証明されたな」
男「これは…… どういうことなんですか……!?」
チャラ男「すまねぇ…… これは想定外だ」
チャラ男「これ以上説明してる時間もないようだ」
仲間「まあ、でも…… お前がボコされるのは変わらないけどな!!」
男(き、きたああああああああああ!?)
女「……」
136:
男(俺はもうボロボロだし……)
男(いくらチャラ男さんと女さんでも…… 四対二は……)
男(すげーオラオラ系のマッチョマンが迫ってくるよおおおおおお!!!!)
男(でも…… 俺だけ逃げるわけにはいかない……!)
男(たとえ刺し違えても…… 女さんだけは!!)
男「女さんっ!!」スッ
女「男くん……」
女「ふふ…… ありがとう」
女「益々惚れたぞ……」
女「だが―― 大丈夫だ、男くん」ナデナデ
男「……?」
女「私が家を空けていた理由を知っているか?」
男「――えっ!?」
女「それは……」
女「クモの感覚を取り戻すためだ!!」
男「そ、それは……!?」
女「その修行をしていたのだ!!」
男「――えっ」
女「かかってこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいいいいい!!!!!!」
138:
女「うらあああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
 その日…… 大地は揺れ、木々は震え上がり、風は泣き叫んだ。
 阿鼻叫喚の地獄絵図とはこのことだろう。
 一人をちぎっては投げ、また一人をちぎっては投げる。
 その女は地獄から蘇った蜘蛛女もかくやというほどで、鬼神、阿修羅の如く無双の限りを尽くした。
 天地は引っくり返り、新たな宇宙が誕生してしまうのか。
 そんな嘆きが生まれる。
 この日、人間は思い知った。
 クモの恐ろしさを。
139:
男(――というのは盛りすぎかもしれない)
男(しかし、まさにそんな状態であった)
男(もちろん、決して殺傷はしていない)
男(その証拠が『顔はヤバイし、ボディーにしてやるボディー』というどこぞのスケバンを彷彿とさせるようなセリフだった)
男(目では捉えきれないような刹那の刻に、どうやら蹴り、拳、蹴り、拳で勝負をつけたらしい)
男(四人は一撃で順に仕留められたというわけだ)
男(しかし、うずくまって唸っているから…… 命はあるらしい)
男(本当に良かった…… 四人が)
140:
男(そして……)
女「なるほど…… お前は『私に告白する』などと言いふらして注目を集め」
女「負け戦とは知りつつも、己の腐った人間関係を清算するために」
女「私たちを利用した―― そういうわけだな」
チャラ男「そうだ…… 悪かった」
男「そんな…… チャラ男くん」
チャラ男「言い訳にしか聞こえないだろうが…… 最初は、本当に」
チャラ男「あんたに惚れてた……」
女「……」
チャラ男「だが…… 俺は悟った」
チャラ男「あんたの目には俺が映っていないことにな」
チャラ男「どうせ負けるなら道連れに…… そういう嫉妬があったのかもしれねぇ」
チャラ男「腐った人間に囲まれているうちに、俺も腐っちまったのさ」
チャラ男「いや…… 最初から俺は」
チャラ男「腐ってたのかもしれねぇな」
男「チャラ男さん……」
チャラ男「お前も、すまなかった…… 俺が『勝つためならなんでもする』なんて言う権利はなかった」
チャラ男「そのままそっくり…… 自分に言い聞かせていたのかもしれねぇな」
チャラ男「腐っちまった俺に」
女「……」
男「チャラ男さ――」
女「やかましかああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」ドゴオオオオオオオオオオオオオオン
男「あっ、チャラ男さあああああああああああああああああああああん!?」
141:
男「女さん…… さすがにチャラ男さんも殴るのは……!!」
女「やかましい!」
男「ひっ」
女「この男に私たちは利用されたんだぞ!?」
女「もっとやってやらないと気が済まない!!」
男「もうやめてください……!!」
女「何故男くんはそこまで優しいというか…… やられたままでいられるんだ!!)
男「もう十分勝ちました! 勝てました! これでいいんですこれで!」
女「そうは言っても私が納得しないのだ!!!!」
男「これ以上やったら…… それこそ通報されておしまいですよ!!」
女「……」
男「……」
仲間「――」チーン
チャラ男「――」チーン
女「男くん……」
男「は、はい……?」
女「逃げるぞ――!!」
男「は、はあああああああああああああああっ!?」
143:
A「それにしても―― ほんとに奴はやらかしてくれたな」
男「え……? 何が?」
A「知らないのかよ」」
A「あのな、チャラ男が…… 前の日曜に例のねーちゃんとデートして公園に行ったんだってよ」
男「……」
A「そしたらよ…… あいつの取り巻きの一部が待ち伏せしてたらしくて」
A「ねーちゃんの奪い合いで仲間割れ」
A「ねーちゃんは逃げたらしく、あいつらは自滅」
A「それが通報されて、駐在さんが出動したらしく」
A「不祥事発生…… あいつらはまとめて停学処分。サークル自体はなんとか存続」
A「よく停学で済んだよなぁ…… まぁ、でも問題起こした奴らはサークル追放ということらしいし、妥当な判断かね」
男「そ、そんなことがあったんだ……」
A「でも情報が錯綜していて、ねーちゃんが男どもをぶっ飛ばしたとか…… もしくはもう一人男がいたとか」
A「そんな情報もあるらしいが…… 真相は不明だ」
男「は、ははっ……」
男(危なかった…… 助かった…… のか?)
144:
男(あの後…… 俺と女さんはあの場から逃げた……)
男(後に聞いた噂によれば、女さんにのされた彼らは奇跡的に軽症だったらしい)
男(軽症のダメージであそこまで行動不能にさせるとは一体……)
男(クモの感覚―― ということなのか)
男(とにかく、そうして何とか誰にも見つかることなく逃げ切れた)
男(本当はいけないことだとは思いつつも……)
男(しかし、チャラ男くんがあんな動機を抱えていたなんて)
男(なんとか解決? することができて良かった)
男(細かいことは後にして…… 今は平和を噛み締めたい)
146:
男「ところで―― なんで修行なんてしていたんですか?」
女「だから、クモの感覚を取り戻すためだと言っただろう」
男「でも…… 急に何で……」
女「奴に電話したのは事実だ」
女「そして奴を呼び出したのも」
女「全ては…… 決着をつけるためだった」
女「みんなに、そして男君にこれ以上迷惑はかけたくなかった」
女「だから…… 私がなんとかするしかないと思ったのだ」
男「それは…… 危険だって」
女「そのための修行だ」
男「……」
女「そのために修行に出た。万が一のためにな」
女「結果的にそれが功を奏したわけだがな」
男「でも……」
女「男君、君は気にするな」
女「もう終わったことだし、君は何も悪くない」
女「それに…… 本当に男前だったぞ」
女「あの言葉……」ギュッ
男「あ―― 女さん」ドキドキ
女「出来れば、もう一度聞いてみたいな」
男「そ、それは……」
男「恥ずかしいんで、後で!!」
女「……」
女「いくじなし」
147:
女「悪い子はクモのエサになってしまんだぞ?」ガバッ
男「う、うわぁ……! やめてくださいよ!」
女「嬉しいくせにっ」ギュウウウ
男「そんな……!」
女「そういえば修行によってまた糸も出せるようになったぞ」
男「それなんてス○イダーマン!?」
女「背中から四本の足を生やすことにも成功した。これで人とクモの強さを併せ持った最強の戦士に生まれ変わった」
男「修行どんだけっ!? あなたどこに向かってるんですかぁ!!」
男「俺の前でその姿見せないで下さいね!?」
女「冗談だよ冗談」
男「冗談に聞こえない!!」
148:
女「でも…… 酷いぞ男君」
女「またクモに戻ったとしても一緒にいるって言ってくれたじゃないか」
女「嫁のありのままの姿を愛してくれないなんて」
男「よ、嫁ぇ!?」
女「む? 嫌なのか君は」
男「いや…… これ以上ないほどの幸せです!」
男「死んでもいいくらいに……」
女「いや、死なれては困る」
女「まだ恩を返せていない」
男「それは…… もういいって」
女「いや、ダメだ」
女「君には私が一生をかけて恩を返すと決めたのだ」
女「それがクモの恩返しだ」
男「クモの恩返し…… か」
女「そうだ。クモだって意外と情熱的な生き物なのだぞ?」
149:
女「今は人間だけどな」
女「私たちのような種族のオスはな―― 体を使って愛を表現するんだ」
男「か、体を使って……?」
女「ちょっといやらしいことを考えたな?」
男「そ、そんなことは……」
女「求愛のダンスを踊るのさ」
男「ダンス……?」
女「そう、だから―― 君はどんなダンスを踊ってくれるんだ?」
女「ワルツか、フラメンコか…… それとも」
男「ダ、ダンスは踊れません……」
女「ふふっ、物の例えだ」
男「あっ―― でも」
女「どうした?」
男「今まで、俺たちって互いに気持ちをうまく表現できていませんでしたよね」
女「む、そうだな…… それでお互いにいらぬ不安を与えてしまったのも事実」
男「だから、これからはもっと」
男「頑張って素直になってみるのは、どうですか?」
男「こ、こういう風に――」ギュッ
151:
女「――ッ!」ドキッ
女「む、そうだな……」
男「今まで…… ふと気付けば、そっと寄り添って下さってありがとうございました」
女「私こそ、君がいてくれたから楽しい日々を送ることができている」
女「そして同じく、傍にいてくれてありがとう」
男「はい…… なので」
男「これからもよろしくお願いします」
女「こちらこそ…… よろしく頼む」
男「好きです」ギュッ
女「私も好きだ」
155:
女「素直になる…… そうだな」
女「私も頑張――」
女「小バエはっけえええええええええええええええええええん!!!!!」バッチイイイイイイイイイイイイイイイイイ
男「……」
男(電撃ラケットを使いこなす元ハエトリグモがこちらです)
女「くそ…… 私としたことが」
女「君と触れ合いすぎて私生活に支障をきたしていたようだ」
男「……」
女「奴らは皆○し。また徹底的に掃除するしかないだろう!」
男(ムードもへったくれもねぇ)
女「あ…… ご、ごめん」
女「嫌いになった…… か?」
女「つい本能が蘇ってしまうのだ……」
男(かわいい……)
男「かわいい」
156:
女「そんな…… 照れるだろう」
男「いや、そういうところが好きです」
男「物騒な言葉はできるだけ我慢して欲しいですけど」
女「む…… 頑張る」
女「そ、そういえば…… だな!」ズイッ
男「は、はい……!?」
女「うん、素直になれるように頑張るぞ私は」
男「は、はい……」
女「でも、どうしても今は恥ずかしさが勝ってしまうんだ」
男「まあ、俺もなんで…… ゆっくり気楽に頑張りましょう?」
女「ダメだ……! クモの寿命は短い!」
男「いや、今は人間でしょうよ」
男(強化人間というか…… 神のいたずらサイボーグ?)
女「だから恥ずかしいけど―― 子作りするぞ!!」ガバッ
男「だから…… うわっ、やめてください!!」
男「もう…… まさかまた飲んだんじゃ」
女「というのは冗談だ――」
女「今の私ができる精一杯だ」
女「受け取ってくれ」
男「……?」
女「んっ――」チュ
男「……ッ!!」
女「人間の愛情表現が…… これなんだろう?」
158:
男「女…… さん」ドキドキ
男「それじゃー俺からも――」
女「欲張りめっ」
 気付くと、傍には奴がいる。
 ぴょこぴょこと跳ねる小さい体、まん丸とした大きい目、フサフサな触肢。
 好奇心は旺盛で、動くものは追っかける…… 徘徊性の小さなハンター。
 今日もどこかで、誰かの部屋に。
 奴らはせっせと動いてる。
 
 もしそんな奴らを見つけたときは、そっと「ご苦労様」とでも言っておいて欲しい。
 嫌いだったなら、なるべく逃がしてあげて欲しい。人間のエゴなのは分かっているけれど。
 まあ、こういう面白い生き物がいるってことだ。
161:
女「んっ――」
男「ん……」
女「あ、男くん……」
男「どうしたんですか?」
女「私は見たぞ!!」
男「ま、またハエですか!?」
女「いやいや違う…… カーテンのあそこだ」
男「あそこ?」
女「下! 下!」
男(あれ…… なんか動いてる?)
男「これは……?」
女「おぉ…… 同志よ!!」
男「ハ、ハエトリグモだ……」
女「こやつは見たことないな…… 最近一人前になった後輩だろう」
男「後輩って……」
女「私と同じくメスのようだな」
男「体が茶褐色だから、アダンソンかミスジのメスかな?」
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