中世ヨーロッパの城の画像貼っていくback

中世ヨーロッパの城の画像貼っていく


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1:
画像はネットの端っこからかき集めたのが多いから変なブログのurlとか書いてるかも
適当な解説もつける フランスとかドイツ多め
3:
プラハ城
チェコ、プラハにある最も古く大きい城。史実と伝説が混在し建築された確かな年代は不明だが、10世紀には既に完成していたものと思われる。
広く緩やかなフランチャヌィの丘の上に建てられたこの城は、城下町マラー・ストラナに囲まれており、かつてはボヘミア国王や神聖ローマ皇帝の居城であった。
この城には、改築、再建に伴ってさまざまな建築様式が取り入れられ、ゴシック様式の聖ヴィート大聖堂、ロマネスク様式の聖イジー教会のバシリカと修道院、そして宮殿、庭園、尖塔などがある。
第二次世界大戦が始まり、ナチスによるチェコスロバキア占有に呑まれたこの城は、軍人ラインハルト・ハイドリヒの活動の本拠地となった。ラインハルトはボヘミア王の冠を頭上に載せ、彼自身も王様のように振舞った。
だが、ボヘミア王の冠にはそれを頭上に載せた簒奪者に死をもたらすという伝説があり、彼は権力を握って1年も経たぬうちにイギリス特殊作戦執行部によって暗殺された。その冠は今もこの城に保管されている。
4:
これは支援
5:
城じゃないけどアンダルシアのカサレスってとこがおしゃれだと思います!
6:
シュベリーン城
メクレンブルク・フォアポンメルン州の湖の島に聳え建つこの城が建築され始めたのは1500年頃で、1843?57年にメクレンブルク公フリードリヒ・フランツ2世によって現在の姿に改装された。
フランスのシャンボール城を手本とした華麗な装飾の塔をもつ城である。北ドイツ屈指の名城であり、北のノイシュヴァンシュタイン城とも呼ばれている。
シュヴェリーン城にはペーターという小人の精霊が住まうという伝説があり、中世騎士のような恰好をした彼は善良な者に幸福を約束し、泥棒や侵入者にはいたずらをして追い払う。
長い歴史の中で幾度もの城主の交替劇があったが、この善良な小人はいかなる時代も忠実に城の番をし、城主を守ってきたのだ。
8:
しえん
9:
ノイシュヴァンシュタイン城
シンデレラ城のモデルのとしても知られるバイエルン王ルートヴィヒ2世によって建築された城。
この城はルードヴィヒが19世紀に完全な趣味趣向で建てたものであり、本来ドイツの城館にあるべき聖堂や墓地が無く、またデザインも画家であるクリスチャン・ヤンクによるもので建築家や技術者ではなかった。
1869年に建設が開始され、1886年にはなんとか居住できる程度にはできあがったものの、ルードヴィヒ自身がこの城に住んでいたのは102日間だけである。
1886年6月13日の時点で城の工事は未完成部分を多く残したまま中止され、後に城と内部は一般公開された。
20:
>>9
ノイシュバンシュタインのどこが「中世の城」だよ
建てられたの明治時代になってからだぞ
22:
>>20
ルードヴィヒ2世を知ってほしかった
12:
ホーエンツォレルン城
ドイツ南部シュヴァーベン高原の裾野に立つ標高855mの山の頂に建てられた城。
19世紀後半にノイシュヴァンシュタイン城とほぼ同時期に建てられた三度目の城で、重厚な存在感は見る者を圧倒する。
この場所からおよそ千年にわたって栄えた名門ホーエンツォレルン家の歴史が始まった。
10:
久しい良スレ
11:
早々に中世以外の城が出てきてワロタ
13:
>>11
ルートヴィヒ2世を知ってほしかったんだ
14:
クソかっこいい
どうして日本にはこういうお城がないんだ
15:
リンダーホーフ城
バイエルン王ルートヴィヒ2世が建築した二つ目の城で、唯一完成した城でもある。
ノイシュヴァンシュタイン城よりも後の1874年に建築が開始されたものだったが、こちらが先に完成し、彼は長い期間をここで過ごした。
庭園には金色の女神像の噴水があり、城館内はロココ様式の豪華な装飾やフランスを代表する偉人達の像が置かれ、ルードヴィヒはこれらの人物が生きているかのように挨拶をしたり語りかけたりしていた。
更にはこうした彼の夢想の妨げにならないように、人が出入りすることなく食事の用意ができるテーブルがせり上がる装置も作られていた。
ヴァルトブルク城やヴェルサイユ宮殿を目にしたルードヴィヒは自分の中世への憧れを具現化するためにロマンティックな城を建築するという愚行に及び、これは彼を虜にしたヴェルサイユ宮殿内の大トリアノン宮殿を手本にしたルネサンス様式が取り入れられている。
17:
フニャド城
14世紀初頭ルーマニアのトランシルヴァニア地方フネドアラに建築されたゴシック様式の城。
かわいい名前とは裏腹にドラキュラ伯爵のモデルとされたワラキア公ヴラド3世(ヴラド・ツェペシュ)が7年間幽閉されていた城としても有名。
ヴラドは現在は、故国を侵略から守るために戦った英雄として再評価されている。
18:
ボイニツェ城
12世紀に建てられた、ゴシックとレネッサンス様式を併せ持つ中世スロバキアの城。
スロバキアにあって唯一フランス風のこの城は、ファンタジーや童話の映画のロケ地としても高い人気がある。
19:
しえん
21:
ブラン城
ルーマニア南部のトランシルヴァニア地方、ブラショヴ県南部の山中に建てられたゴシック調の城。
建造された年代は不明だが、1377年にハンガリーの国王ラヨシュ1世によって書かれた文書に、ブラショフのトランシルヴァニア・ザクセン人の職人たちの金で新しい石造りの要塞をブランに建てる権利を承諾するといった記述があるため、それ以降に建てられたものだと思われる。
ドラキュラ城のモデルであるためフニャド城とよく混同され、ドラキュラ公ヴラド・ツェペシュが住んでいたとされるが全くの別物であり、この城を居城としていたのは彼の祖父であるミルチャ老公である。
因みにこんな感じの城が登場するアクションRPG、DARK SOULS?が2016年3月24日に7,430円(税別)で発売予定である。
23:
ヘレンキームゼー城
1878年から1886年にかけてキーム湖に浮かぶ島に建設された、バイエルン王ルートヴィヒ2世の三つ目の城。
ルードヴィヒが建築した城の中では最も大きく、彼がロマン主義に陥ったきっかけとなったベルサイユ宮殿を模範にしている。しかし1886年に彼が亡くなって以降、本殿となるNeues Palaisにある70部屋のうち50部屋は未完成のままで現在も放置されている。
この城はいくつかの箇所でベルサイユ宮殿に勝っているところがあり、天井にいくつものルイ14世の壁画がある「鏡の回廊」はベルサイユ宮殿の回廊よりも8m長く、食堂には世界一大きなマイセン陶磁器のシャンデリアがある。
また、ベルサイユ宮殿とは違ってトイレが造られていた。
25:
ヨーロッパの城ってイメージより小さいよな
26:
ペレシュ城
近代ルーマニア国家の確立に大きく貢献し、国民に最も愛された王カロル1世の避暑の離宮として建てられた象牙色の美しい城。
ヨーロッパで最初にセントラル・ヒーティングと電気を備えた城だとされれいる。
実に40年の歳月をかけ1914年に完成したが、カロルがこの城で夏を過ごすことはなかった。
27:
ハーレフ城
ウェールズ北西部の都市ハーレフ(ハーレック)にある城。
13世紀にイングランド王エドワード1世がウェールズ遠征の拠点として建設し、1461年から1468年には、ウェールズの反乱拠点となった。
エドワード1世はトランプのキングのモデルとなった人物で、隣国との争いに明け暮れる生涯を送ったが、結婚生活は至って平和なものであった。
頑固な野心家で、武勇に優れ、計略と搾取が巧みだった彼は賢王と賛えられ、イングランド史上屈指の名君とされている。
誰もが想像する“キング”という人物像と“要塞”のイメージは、主にこの城からきているといえる。
28:
シュノンソー城
11世紀にシェール川を横断するように建てられた美しい城。それは後期ゴシックと初期ルネサンスの意匠を巧みに織り交ぜている。
資産や相続などで持ち主が度々交替し、第一次世界大戦では病棟として使われた。幾人もの貴族や金持ち達の人生を、この城は見てきたのだ。
現在はチョコレート業者のムニエ一族が城を購入、所有している。
29:
ファルケンシュタイン城
バイエルン王ルートヴィヒ2世が構想していた幻の4番目の城。
1883年にノイシュヴァンシュタイン城をデザインした画家のクリスチャン・ヤンクがデザイン(上画像)したが、ノイシュヴァンシュタイン城よりも高い小さな山頂に建てるには非現実的であったため、もう一つ(下画像)の案が採用された。
ノイシュヴァンシュタイン城付近にこの城へ至る道が建設され、本館の工事も僅かに着手されていたが、資金不足によりその計画は進められなかった。
プロイセンへの損害賠償を抱え危機感を募らせていたバイエルン政府は、王室公債などを乱発して借金を積み重ねていたルードヴィヒを名ばかりの精神鑑定にかけ、統治不能として廃位、ベルク城に軟禁する。
そしてその翌日、湖畔を散歩していた彼は水死体として発見された。
31:
ホーエンシュヴァンガウ城
ドイツ、バイエルン州フュッセン近郊、ホーエンシュヴァンガウにある19世紀に建築された城。
1832年、マクシミリアン2世が12世紀に建設された廃城シュヴァンシュタインを購入し、4年ほどの歳月を費やしてホーエンシュヴァンガウとして改築した。
城館内には至る所に中世騎士伝説を描いた壁画が描かれている。この城を含むシュヴァンガウという地名は直訳すると「白鳥の里」の意味であり、この地こそがリヒャルト・ワーグナーのオペラ「ローエングリン」で有名な白鳥伝説ゆかりの地である。
ルートヴィヒは幼少期をこの城で過ごし、父マクシミリアン2世に半ば監禁的ともいえる極端なエリート意識教育を受けた。彼をワーグナーの楽劇やロマン主義に誘い込んだのは、そうした教育志向にあったと思われる。
32:
拷問部屋とか無いの
34:
>>32
ハーレフ城には拷問部屋のようなものもあったそう
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