武内P「ハンバーグを食べにいきましょう」蘭子「ほぇっ」back

武内P「ハンバーグを食べにいきましょう」蘭子「ほぇっ」


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・武内Pと蘭子のお話です。
・時間軸的にはサマーフェスより前くらい。
・いわゆる地の文が多いです。
・ハンバーグおいしい。
・それでもよろしければ、ぜひどうぞ。
2: 以下、
 ハンドバッグから手鏡を取り出そうとした時、くぅと音が鳴った。
 あまりに自然な音だったので、はてな、と蘭子は辺りを見回すけれど、すぐに正体に気づく。
 自分のお腹が鳴っている。
 朝から歌番組の収録だったし、時間が押してロケ弁を食べる暇もなかった。
 くわえて、彼女は普段からケータリングにはあまり手を付けない。
 昼や夜が食べられなくなるからだ。
 食が細い分、お菓子ではなくしっかりとした食事で栄養を取らなければダメよ、と母親に言われていた。
 蘭子はそれを律儀に守っている。
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3: 以下、
 だから無理もない。
 お腹が空いて音が鳴るのは生理現象、眠くなったりするのと同じだ。
 別に不思議なことではないし、蘭子も一人だったら別に気にしないのだけれど――。
 みれば隣、運転席に座るプロデューサーが、キィを差し込んだところでフリーズしていた。
 蘭子の視線に気づくと、すっと目を逸らし、反対側、窓の外をみやる。
 もしかして、と蘭子は思う。
「ひ、瞳を持つ者よ、笑っているのか……!」
「いいえ、笑ってはいません」
 声のイントネーションがおかしい。
 先ほど仕事を終えて「いい笑顔です」と褒めてくれた時も微かに微笑んではいたが、
 今の方がどうみたって笑っている。
 普段の度合いから言えば爆笑に近いのではないか。
 あんまりじゃないか、と蘭子はぽかりと彼の肩を叩いた。
 顔を真っ赤にしてぽかぽかと叩いた。
4: 以下、
 再びくぅとお腹が鳴るまで、それは続く。
 蘭子は諦めたように叩くのをやめ、自分のハンドバッグをきゅっと抱えた。
 隠しおおせるものではない。完全無欠にお腹が減っていた。
「……失礼しました。その……あまりにも可愛らしい音だったので」
 ぜんぜんフォローになっていない、と蘭子は唇を尖らせた。
 足をぷらぷらとさせ、若干勢いあまってダッシュボードに膝を打ち付けてしまう。ま
 た笑われてないだろうか、とジト目でプロデューサーを見上げると、
 彼はいつものように困った様子で首に手を当てていた。
 それで少しだけ、溜飲が下がってしまう事を蘭子は知っている。
 悪い癖だな、と思う。
 プロデューサーのではなく、彼女自身の話だ。
5: 以下、
 誤解を恐れずに言うのなら、彼のその仕草や、困ったような表情が蘭子は好きだった。
 別に嗜虐心があるわけではない。
 彼が手帳を捲り、自分の言葉を理解しようと努めるとき、よくそういう顔をしているからだ。
 真剣に自分に向き合ってくれていると感じる。
 だからついその顔がみたくて、言葉のレパートリーを増やすのに躍起になったり、
 こうして子どもっぽい反抗をしたりしてしまう。
 そういう癖、よくないなと思うけれど、中々やめられないのだった。
 とはいえ、今回の件はプロデューサーに非があるだろう。
 淑女がお腹を鳴らしたのならもっと気の効いた返しがあるはずだ、と蘭子は思う。
「……馬車を走らせよ」
 プロデューサーは、はっと気づいたように、キィを回した。
 エンジンで車内が微かに揺れる。
 ラジオがついて、音楽が鳴り始めた。
 少なくともこれでお腹の音が響くこともない。
「……すいません、気が効かなくて」
 蘭子は答えない。
 ラジオでは何の偶然か、キャンディアイランドの歌が流れていた。
 事務所に戻ったら、かな子からお菓子を貰ってやけ食いしよう、と蘭子は腹に決める。
6: 以下、
 そのまま、しばらく時間が経った。
 まだ出ないのかな、と蘭子は再びプロデューサーを見上げる。
 彼は手帳を捲っていた。
 彼女の言葉が刻まれている、分厚い魔道書。
 ただ、いつも開いているページとは、ちょっと違う気がした。もっと後ろの方だ。
 プロデューサーは、ぱたん、と手帳を閉じた。ハンドルを握り、蘭子の方をみやる。
「……お詫びというわけではないですが。ハンバーグを食べにいきましょう。近くに美味しいお店があるんです」
 思わぬ提案に、ほぇっと口を開けてしまう。
 彼にしては珍しく、きっぱりとした物言いだった。
 駐車場から出発する車の中、蘭子は思う。
 プロデューサーと外でご飯を食べるのは、ひょっとすると初めてかもしれない、と。
7: 以下、
 蘭子は、おぉっ、と感嘆の溜め息を漏らした。
 プロデューサーに連れられてやってきたのは洋食屋で、蘭子が初めて足を踏み入れる類の店だった。
 昼の時間が過ぎているからか、さいわい席は空いていた。
 二人はウェイトレスに、奥の席へと通される。
 蘭子は歩きながら、きょろきょろと辺りを見回す。
 そこまで広くはない。
 内装はアンティーク風で、きっちりと雰囲気が統一されていた。
 机の表面はぴかぴかに磨かれていて、窓辺から差し込む柔らかい光がきらきらと反射している。
 木の椅子は、背もたれに素敵な細工が施されていた。
 メニュー表のデザインも凄く凝っているみたいだ。
 いいな、と思う。蘭子は綺麗だったり、凝っているものが好きだ。
 案内された席にちょこんと座る。
 今までぐるぐる見回していたものは全部席に着いてからゆっくりみられる事に蘭子は気づく。
 舞い上がっているのを自覚して、急に恥ずかしくなった。
 上京して、おのぼりさんになっていた時の事を思い出す。
8: 以下、
「後ほど注文を伺いにきますね。ごゆっくりどうぞ」
 ウェイトレスが軽く腰を折った一礼をして、去って行く。
 いつの間にか水も置かれていた。プラスティックの安物じゃなくて、ガラス製だ。
 うわぁ落としたらどうしよう、と蘭子は両手で抱えて、ちびりと水を飲んだ。
 少しレモンの香りを感じる。水まで違うのか、と驚いた。
「神崎さん、注文はどうされますか」
 プロデューサーがメニュー表を渡してくる。
 凝った表紙を捲ると、オムライス、ナポリタン、ハンバーグ、ステーキ、ビーフシチュー、コロッケ……どれも蘭子が好きな食べ物だ。
 美味しそうな写真が並んでいる。俄然、お腹が減ってきた。
 まだまだ子ども舌なのが恥ずかしいのだけれど、
 目の前の彼もハンバーグが好きと言っていたし。
 気兼ねなく楽しんでもいいよね、と蘭子は切り替えた。
「瞳を持つ者は、なにを?」
「手ごねハンバーグランチです。神崎さんも迷うのであれば、それがおすすめです」
 どれも美味しそうだけど、ハンバーグを食べに来たのだ。蘭子もそれにした。
 プロデューサーがさっと手を挙げると、ウェイトレスがすぐにやって来る。
「手ごねハンバーグランチを二つ。一つはライス大盛りで」
 ライス大盛り! そういうのもあるんだ、何だか大人っぽぉい、と蘭子は感心する。
 ちょっと真似してみようかなと思ったけれど、流石に食べきれないのはよくないだろう。
 自重出来るくらいには冷静になれていた。
9: 以下、
 蘭子は辺りを見回しながら、もう一度、ゆっくりと水を飲む。
 プロデューサーはうわつかず、手帳に何かを書き付けていた。
 そういえば先ほど、車の中でもそれを見ていた。
 あまり人の手帳をじろじろとみるのは気が引けるけれど、気になるのも事実だ。
「……そのグリモワールには何が記されているのだ?」
「下調べしたお店の情報だったり、味の印象などを書き込んでいます。まとめておくと、客先での雑談で役に立つこともありますし」
 さっきはその情報の中から、わざわざハンバーグを探してくれたのだろう。
 少し前、会社の屋上庭園でのやり取りを思い出す。
 あの時は楽しかった。
 彼には担当アイドルが沢山いるし、中々二人っきりで話せるようなタイミングは少ないのだけど。
 こうして顔をつきあわせて食事をするっていうのは、話をするにはもってこいだ。
「……普段、魔力を補充する際はこのような場所に?」
「えぇ。営業で外に出ることも多いので。昼は外食が多いですね」
「ほぅ……主に何を好んで食すのだ」
「色々です。このような洋食屋もそうですし。後はラーメン、そば、定食屋、カレー、エスニック系とか……」
10: 以下、
 蘭子にとっては新鮮な単語だ。
 唯一ラーメンといえば熊本にいる時、家族と豚骨ラーメンをよく食べたけれど。
 上京してからはそういう機会もない。
 それ以外はそもそも入ったこともない場所だ。
 特に、エスニック、というのはよくわからない。
 ただ、昼時に町を歩くと、ご飯を食べられる場所にサラリーマンが詰め込まれているのをよくみる。
 そこにプロデューサーもいるんだなぁ、と何となく感慨深かった。
 あの中にいたら、すぐみつけられそうな気がする。
 今度から少し気をつけてみようかな、なんて蘭子は思った。
 それからも蘭子は矢継ぎ早に質問を繰り返す。
 最近特においしかったものは何なのか。
 店構えで良し悪しが判断出来たりするのか。
 会社の近くにおいしいお店はあるのか。
 一人や、あるいは女の子だけで言っても浮いたりしない場所はあるか。
 その質問に、いつもより少しだけ饒舌な言葉が返ってくる。
 話の内容に興味があるのはもちろんだけど。
 普段はあまり自分の事について喋らない彼との差違が、何よりも新鮮で楽しかった。
 それは彼も同じで、同時にばつが悪くなったのか。はっとした様子で、首筋に手を当てる。
「……すいません、自分の話ばかり。あまり喋る機会もないので、つい、熱くなってしまいました」
 いつもと少し違うニュアンスが含まれているように思う。
 照れているのかもしれない。蘭子はにっこりと微笑む。
「瞳を持つ者の新たな一面がみれて、我は満足だ!」
 それはもう、心からの本心だった。
 思うに彼が食いしん坊というか、グルメだなんて、プロジェクトメンバーの誰も知らないんじゃないだろうか。
 別にそれを独占したいというわけではないけれど、今この瞬間くらいはいいよね、とも思う。
11: 以下、
 それからも会話は弾んだ。
 会社の近くにある、女性でも入りやすいお店を幾つか教えてもらった。
 普段、蘭子達が入るようなお店の話をした。
 カフェの開拓に参考にします、と言われて、少しだけ繋がりが増えたように思えて嬉しかった。
 そう、繋がりだ。
 同じものについて喋り、同じものについて考え、共有する。
 その繋がりが少しずつ増えていくことは、アイドルになる前の彼女にはあまり経験がなくて。
 だからこそ新鮮で、楽しい。
 そして今日は、その同じものを一緒に食べることも出来る。
 やがてウェイトレスが運んできた来たハンバーグは、
 よくファミレスにあるような鉄板のそれではなく。
 皿の上に行儀良く乗ったものだった。
 丸い目玉焼きが可愛らしい。
 そこに濃い色をしたデミグラスソースがたっぷりかかっている。
 とびっきり美味しいものだっていうのは、見た目と香りで確信出来た。
12: 以下、
 二人で目を合わせる。冷めないうちに頂きましょう、と彼の声。蘭子も頷いた。
 手を合わせて、いただきます、と二人の声が重なる。
 蘭子はナイフとフォークで一口分を切り出し、そっと口の中へ運んだ。
 ハンバーグからはたっぷりとした肉汁の味がするけれど、全然くどくない。
 デミグラスソースの深いこくとあわさっているからかもしれない。
 まぁ、細かいことを抜きにして、一言で言ってしまえば。
「おいしい、です」
 それはもう、びっくりするほどに。
 お家で食べるハンバーグもおいしいけれど、それとはまた違う意味合いの美味ししさがあった。
 見た目や名前は同じなのに、中身がもう、全然違っている。
 プロデューサーも彼女の表情でそれは見て取れたのか。
 口に合ってよかったです、と少しだけほっとしたような表情をみせた。
 それからは二人で黙々とハンバーグを食べた。
 プロデューサーが大口でライスを頬張る様子をみて、蘭子も少しだけ真似をしたりした。
13: 以下、
 やがてぺろりと食べ終え、皿の上は綺麗になる。蘭子のお腹は満たされて、もう音は鳴らない。
 さっきまではただただ恥ずかしく思ったお腹の音も、蘭子はまぁ悪くなかったかな、と思い始めている。
 こんなに美味しいものを一緒に食べる切欠になったのだ。
 むしろ定期的に鳴ってくれてもいい、なんて。
 そうしたらまた、こうしてランチを一緒に食べられるかもしれない。
「ご満足いただけましたか」
「うむっ! 我の魔力は充ち満ちている!」
 いや、あるいは、そんなお腹の音の頼らなくてもいいのかも、なんて蘭子は思う。
 ハンバーグは、おいしかった。
 二人でのお喋りは、楽しかった。
 蘭子の目がおかしくなかったら――おかしい可能性はかなりあるけれど――プロデューサーも、楽しそうにみえた。
 それならこういう機会がまたあってもいいじゃないか、と蘭子は思う。
「そのぉ……プ、プロ……」
 彼は手帳をぺらりと捲る。蘭子の言葉が記されたいつもの辺りを開いて。
「……また機会があれば、ランチにお誘いしてもいいですか?」
 首筋には手を当てずに、プロデューサーはそんな風に言った。
 蘭子の答えは決まっている。
 魔法使いのお誘いに乗らないシンデレラはいない。
 だから返すのは、満面の笑顔だった。
14: 以下、
 人の噂というのはげに恐ろしきもので。
 蘭子とプロデューサーがちょっとお高い店でランチを共にした、という情報は、
 夕方にはプロジェクトメンバー全員があずかり知る事となっていた。
 別に隠すつもりはなかったけれど。
 帰社時にあっさりちひろに喋っていたのは、はたして良かったのか悪かったのか。
 こういう時の想像力は、彼には乏しいのかもしれない。
「ふーん……あんた、蘭子とランチいったんだ。別にいいけど」
「しぶりんの言葉を訳すと、羨ましいから私も連れていけ、だよ、プロデューサー」
「なっ、ち、違うし! 適当な事いわないでよ未央!」
「ねーねー、きらりちゃん、ランチってなぁに?」
「お昼ご飯の事だにぃ。蘭子ちゃんとプロデューサー、美味しいハンバーグで、はぴはぴしたんだってぇ」
「ハンバーグ! みりあもラーンチ! みりあもラーンチ!」
「みくはハンバーグには少しだけうるさいよ? Pちゃんのセンス、少し気になるから連れていってにゃ」
「ハンバーグって少し子どもっぽいけど、聞けば随分ロックなお店だったらしいじゃん? そういうの、いいね」
「Биточки……ハンバーグ、ロシアにも、あります。おいしい、です」
「へぇ、そうなんだ。私達もプロデューサーさんに連れていってもらおっか」
 プロジェクトメンバーに囲まれランチをせがまれる彼は、ここ最近で最も困った様子だった。
 検討します、スケジュールの調整を。
 苦しい言い方が続いているし、掌は接着材でくっついたみたいに首筋から離れない。
 もう少しだけ独り占めしたかったな、というのと、
 楽しそうでなにより、そんな二つの思いがハンバーグの種みたいに混じっていた。
15: 以下、
 蘭子はそっとハンドバッグから手帳を取り出す。
 後ろの方、あまり使い道のなかったメモページ。
 そこに昨日の日付と、お店の名前、食べたもの、簡単な感想を書き付ける。
 言うまでもなく、プロデューサーの真似だった。
 蘭子は窓の方をみつめた。
 ぽってりとした太陽が、夕焼けの光を辺りに振りまいていた。
 ハンバーグの上に乗っていた目玉焼きみたいで、お腹が減ってくる。
 これじゃあ食いしん坊さんになっちゃうかな、なんて少しだけ心配をしたけれど、そ
 の分たくさんレッスンをすればいいやと思い直した。
 手帳はまだまだ余白ばかりだけれど。
 少しずつでも埋まっていくのなら、きっとその数だけ仲良くなれるはずだ。
 蘭子はそんなことを思い浮かべながら、手帳をぱたんと閉じた。
 今日は記念日だ。プロデューサーと初めて食べたハンバーグ記念日。
 そんな日が増えていけばいいな、と蘭子は思いながら、みんなの輪へとまざっていくのだった。
 おわり
16: 以下、
以上です!
読んで頂き、ありがとうございました?。
31: 以下、
ちょっとびっくりドンキー行ってくる
32: 以下、
ちょっとさわやか行ってくる
36: 以下、
ハンバーグになりたい
18: 以下、
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