教師「お前は一体どうしたいんだ!」 少女「私は……」back

教師「お前は一体どうしたいんだ!」 少女「私は……」


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少女「先生? その、着替え、終わりました」
教師「ああ……」
教師は顔をしかめたが、あまり少女を待たせるわけにもいかない。ため息を軽く頭を振って追い出して、少女に部屋に入るように言った。
はい、と応える声に顔を上げる。
部屋に入って来た少女は、もとの制服姿ではなく、教師の用意した着替えに身を通している。服が濡れたままでは風邪を引いてしまうと、教師としては配慮したつもりだったが、
教師(……しまった)
と思った。
少女に用意したのは地味な色合いの部屋着である。無地の味気ないシャツとスウェット。
そのラフな格好に、こうも目が泳いでしまうのはどういう心のなせる動きなのだろうか?
いかに装えども、天性の造形美は隠せないということか。あるいは、はき溜めの鶴を見ているようで見るに耐えないのかもしれない。
理由ならいくらでも考えつくから、きっとその中のどれかが答えなのだろう。そんなことを漠然と考える。
当の鶴は部屋の様子を窺っていた。はっと教師の表情が強張る。それに気が付いた少女は、すぐに教師に向き直って、ふっと眉をゆるめる。
少女の微笑みに滲む気遣いが教師には辛かった。
218: 以下、
――はき溜めに鶴とは決してものの例えではない。実際ここは、少女にとっては言うまでもなく、教師にとってさえはき溜めだった。
たとえば棚の本は天地表裏なく押し込められているし、床を踏めばざらつきがある。取り除く時間のなかった塵埃は部屋の隅に固まって視界を汚す。
そもそもが、床やテーブルに散乱するものを一纏めにゴミ袋に放り込んだだけなのだ。
たかだか8畳にも満たない部屋には荒廃の残滓がこびり付いていた。
こんな所に他人を通すなど、普段の教師ならありえないことだ。まして相手がこの少女であればなおの事、自分の怠惰が招いた失態が呪わしい。
教師の恥部を曝すことも耐え難かったが、それよりも、少女にこの部屋に立ち入らせたことへの後悔のほうが重大だった。麗しき天女を汚穢な空間に招いてしまった。教師のせいで、床の埃がその足を穢すかもしれないと思うと、ほとんど気が狂いそうだった。
しかし少女は、部屋の有り様にまるで頓着せずに教師の元に歩み寄って、不思議そうに首を傾げる。
少女「どうかしましたか? あ、それとも……」
少女はほんの少し目を落として、上目遣いに教師を見る。
少女「私の格好は、なにか変でしょうか……」
不安げに胸元で手を握る少女。そこに思わず目が吸い寄せられて、慌てて目を逸らす。
成人男性である教師と少女ではさすがに体格差がある。だから少女の着ている服は、相応に大きめのはずだ。
そのために襟ぐりも深くなって、首から胸元にかけては、むしろ大きく露出してしまっていた。ずり下がる袖から覗く白い腕、服の陰影はその中のシルエットを幻視させる。
そう、きっと罪悪感なのだと思う。本来ならば少女がここに、教師の部屋に存在することはあってはならないのだ。それを拒むことができなかった後ろめたさや、気後れで、この感情は説明がつく。
――そのはずだ、と結論づけて、教師は少女に座布団を勧めた。
228: 以下、
教師の部屋は雑然としている。とはいえ、これは掃除が間に合わなかったからで、物自体はそれほど多くない。家具といえば衣装箪笥と寝具、本棚にテーブルと、キッチン横の冷蔵庫だけだ。
教師が勧めたのは、二つ並べて敷いた座布団のうち、部屋の手前側の方だった。
本当はテーブルを間に挟んで相対したかったのだが、このテーブルは部屋の狭さに比べて不相応に大きい。テーブルを端に寄せてスペースを空けないと、とてもひと二人が満足に座れる場所を確保できなかったのだ。
教師(少女と直接向かい合うことになる、か)
そう思いながら教師は座布団に座る。
よからぬ勘違いを招きはしないか、という危惧がちらりとよぎった。
しかし少女は素直に頷き、折り目正しく膝を揃えて座った。膝を折った拍子に、少女の黒髪が揺れる。一房、耳に掛かった髪を、少女は人差し指で後ろに払う。――背筋をピンと伸ばした跪座の凛とした風情。
少女の形の良い耳から顎に抜けるラインを惚れ惚れと目で描いた。ふ、と視線が下ると、だぶつくシャツの襟から胸の谷間がわずかに覗いて、心臓が跳ねた。
229: 以下、
早鐘を打つ心臓の鼓動が疼痛のように脳を打つ。巡る血液に硬くなった教師の身体は、いつになく熱を増している。
呼吸が浅くなっていくのを、あえてゆっくりと行う。
目の前の少女は敏い。教師の不調などはすぐに見抜いてしまうだろう。
教師は冷静さを取り戻そうと焦ったが、昂る身体はなかなか言うことを聞かず。
口火を切ったのは少女のほうだった。
まずは、と言って、少女は身を前に倒す。胸元で突っ張ったシャツが、そのすぐ下ではひらひらと風に靡くのがわかった。
少女「もう一度ちゃんと謝らなければいけませんね。こんな風に突然、先生のお宅に押しかけるなんて、大変な失礼を……。でも、どうしても居ても立ってもいられなくて」
教師「いや、構わない」
少女の声が心底申し訳なげなのが胸に痛くて、やや遮るように言った。言った後に、自分の発言がいかにも不遜に聞こえると思い当たって、急いで言い添える。
教師「本当に気にしなくていい。というか、謝るのはむしろこちらだ」
一瞬、言い淀みそうになるのを勢いで押し切る。未だに残る、体面を保ちたいという未練ごと、教師は吐き出した。
教師「どうも昔から人を招くということに縁がなくてな。白状すると、うちに客が来ることなんてこれが初めてなんだ。それでこんな無様なことになった。本当にすまない」
今度は教師が頭を下げる。と、少女が息を呑む気配がした。
なにか妙なことを言ったろうかと顔を上げる。目に入ったのは少女の驚き顔、しかしそこに喜色が混じっているのが不可解だった。
教師の当惑に少女はすぐに気が付いて、面を伏せる。
――赤く染まった耳、上気した頬。きゅっと拳を握って突き出した肩。羞恥に表情を隠そうとして身体を縮め、かえっていっそう顕になる肉感が、おそろしいほど熱を煽った。
胃の腑の底が燃え燃えて、眩暈がしそうだ。
230: 以下、
少女「どうして……」
教師「え?」
自分のことで手一杯だった教師は、少女の声を危うく聞き逃すところだった。少女は小さく咳払いをして、もう一度、どうしてと言う。
少女「どうして先生が休職しなければならないのですか。いえ、これではほとんど追放です。けれど、先生には何の責任もないでしょう。なのに、どうして」
教師「ああ、それか……いや、あながち間違ってはいない。学級崩壊は私のクラスから始まった。それは、言葉を換えれば、私が引き起こしたということだ。ならば当然、私も責任を免れない」
少女「ですが、それでは休職が先生だけ、というのが解せません。それに、あのクラスの崩壊が全校に拡がった理由にもなりません。どこに先生個人の落ち度があるのですか?」
教師「それは――」
痛いところをつかれて、教師は喘ぐように息を吸う。
教師「だが、私が教室運営に失敗したのは確かだ。そして、その責任者は担任だった私にほかならない。だから、端緒を開いたものを真っ先に糾弾する、という心理が働いたと見ることはできないか?」
少女「あの人たちは責任を取りませんよ。自分たちは関係ないという顔で、先生にすべて押し付けるだけです。そうして自分だけは安全な場所にいようとする。――いいえ、先生だって、そんなことはよくご存知のはず」
言って、触れれば斬れそうな剣呑さで少女は微笑んだ。
少女「それなのに先生は、ご自分を欺き、陥れた人たちを、まるで庇うような言い方をするのですね」
教師「そんなことは――」
ない、とは言えなかった。あまりにも少女の言葉が正鵠を射ていたから。
231: 以下、
教師の背筋を悪寒が這い上る。身体に寒気がしているのは、頭の中に熱を吸い上げているからだ。熱にぐらぐらと焦点を失って、思考は半ばショートしているのに、それでも少女の声は清冽に透っていった。
少女「ようやく、私にも見えてきました。そして、私が先生に差し上げられる、唯一のことも」
歌うように少女は言って、笑った。
うっとりと夢を見ているように。万願成就の歓喜に打ち震えるように。
瞳の奥にぞろりと陰が蠢くのを、教師はたしかに見た。
少女「真実を、先生に差し上げます」
243: 以下、
そうですね、と少女は考えこむ仕草を見せた。顎を押さえる、細くしなやかな指には、この近さでも節くれひとつ見当たらない。
薄暗い部屋に、少女だけがぽうっと仄白く光っているようだった。
そうして居住まいを正した少女は、落ち着いた声で質問を飛ばす。教師はそれに、ふわふわと芯の抜けた頭で答えていく。
少女「まずはあのクラスからにしましょう。先生はあのクラスを、どうご覧になっていましたか」
教師「あまりいい状態ではない、と思っていた」
少女「『いい状態ではない』、ですか」
教師「うん。そもそもあの学校は、教員と生徒の間が緊張している。どこにでも素行の悪い生徒は一定数存在するものだが、そうではない普通の生徒が、教員への反抗的な姿勢を剥き出しにする。そしてこの背景には、あそこ特有の校風が深く関わっている」
少女「『わが校は生徒の自主性を最大限尊重する』……」
教師「そうだ。私も嫌になるほど聞かされた。『自主性』、なるほど美しい言葉だな。しかし彼らは本当によく考えてそう言っていたのだろうか」
教師「彼らは『自主』という言葉を軽々しく使いすぎる。私からすれば、彼らにとっての自主とは、彼らが楽をするための方便のように見えた。生徒に好き勝手やらせて、自分たちでは一切責任を取らない――そのように」
教師「自主とは、野放図な無軌道を許可するということではない。だがこれは、生徒の行動を逐一監視せよ、というのでもない。生徒の意思は尊重されるべきだが、自由意志を認めるには彼らはあまりに幼い。ときには道を踏み外すこともあろう」
教師「つまるところ教員の責務とは、生徒が道を誤らぬように最善を尽くすことにある。生徒の主体性を評価する部分と、彼らの行動を監督し、指導を与えていく部分との整合を取らなければならない」
教師「『生徒の自主』とは、その矛盾する二つの間を、どちらかに偏らないよう、慎重に見極めながら進んでいくことだ。教員に要求される覚悟は並大抵のものではないし、生徒に自分たちの行動の責任を自覚させるのだから、生徒への負担も大きくなる。教育目標としては、たしかに申し分ないな」
教師「――彼らは理解していなかったようだが。さらに悪いことに、彼らはおとなしい生徒の前では強気なんだ。『自主性を育てる』と言った口で、本当に問題のある生徒は放置するのに、そうではない生徒に口喧しい。これでは、生徒もたまったものではないだろう」
教師「あの学校は最悪だな。あれより悪くなりようがない」
244: 以下、
少女「……」
教師「どうした? 私はなにか、間違ったことを言っただろうか」
少女「いえ、そういうわけでは……。ただ、先ほど先生はあのクラスを、『いい状態ではなかった』と仰いました。それが少し気になって」
教師「ああ、それだがな。もちろん条件はあのクラスも同じだが、余所に比べれば多少はマシだったろう? 少なくとも教員と生徒の間も改善されていたと、私は感じている」
少女「それは……どういった点が、ですか?」
教師「そうだな……例えば、授業態度だとか、教員に対するものの言い方だとか、かな。最初こそ酷いものだったが、そのうちに問題行動も見られなくなくなったし。むしろ生徒同士でピリピリしていたから、そちらの方が問題だったな」
少女「――質問を変えます。学級崩壊の直接の原因となった生徒について、先生はどのように考えていらっしゃいますか?」
教師「どう、と訊かれても困るな。特に言うべきことはないはずだが」
少女「本当にそうですか? なにか、あの生徒特有の事情がありませんか」
教師「たしかに、最初の頃こそ問題行動が目についたが、最近ではそんなこともなくなったからな。本人も心を入れ替えてよく頑張っていたから、彼については解決済みだと、そう考えている」
少女「問題行動が改善された理由について、詳しく伺ってもいいですか?」
教師「単純に、本人の意志確認とカウンセリング、保護者を交えた面談を行っただけだ。学校というやり方に馴染めないなら、別の方法を模索するべきだ。それで、本人が学校に残りたいと言って、態度も良好だったから、そうした」
少女「その生徒が学校に残ることを希望したのはなぜですか?」
教師「さあ。本人が何も言わなかったから、私は知らない。理由はどうあれ、本人がそう望んで、周囲に迷惑を掛けていないのなら、それを止める権限は私たちにはない」
245: 以下、
少女「他の教員はどうでしたか? 先生の障害にはならなかったのでしょうか」
教師「なったな。というか、あの連中は私のやる事なす事すべてに文句をつけたよ。その生徒のこともそうだし、授業運営上の要請などもな。たいていは意味のない言いがかりレベルだったから、反論するのも簡単だったが」
少女「そういえば、体育の授業の方式が変わったことがありました。自由に二人組を作るのが、生徒に番号を振って、授業ごとに違う相手と組むように。あれも先生が?」
教師「まあ、そういうことだ。だが、私の具申した意見がすんなりと通ることはなかったな。私も嫌われたものだ」
少女「……失礼を承知で伺います。どうして先生は他の教員から敵視されてしまったのだとお考えですか?」
教師「……さて。私も知らないな」
少女「これは重要な事なのです。お答え下さい」
教師「……ひとつ、あるにはあるが、私の口からは言えない。それ以外の理由は、本当にわからないんだ。私自身、その答えを探しているのだが、どうしてもわからない」
少女「……そうですか」
ありがとうございます、と少女は言って、ほんの数秒、目を閉じた。眉を寄せた表情からは少女の苦悩がありありと見て取れた。教師は食い入るように少女を見つめた。
しかし少女は決然と目を見開いて、教師にひたと視線を向ける。
少女「先生はひとつ、思い違いをされています」
教師「……やはり、私はなにか間違っていたのか」
少女「いいえ。おそらく、先生の仰ったことはすべて正しいのです」
少女の喉がこくりと動いた。ひとつ呼吸をついて、少女は言った。
246: 以下、
少女「私ではないのですよ、先生。私はたしかに大きな要素ではありましたが、あのクラスがああも壊れてしまったのは、私だけの責任ではありません。また、先生が他の教員から疎まれたのも、私だけが理由ではない。先生が感じていらっしゃるのは、そういうことでしょう?」
247: 以下、
教師「な――」
少女「あのクラスも、決して良くなっていたわけではないのです。むしろ、より悪化していた。あのクラスの人間は、先生のおっしゃる他の教員などよりも、ずっと先生を憎んでいましたよ。そして、畏れてもいました」
少女は言う。
少女「先生はいかなる問題行動も見逃しはしませんでしたでしょう? 例の生徒のことですが、私はよく覚えています。私たちが入学してきて、ひと月もしない頃でした。先生の授業中、何度注意しても私語を止めない彼らに、先生はこうおっしゃいました」
――授業を受けたくないのなら、別に受けなくてもいい。君たちが負っているのは義務ではなくて権利だから、君たちに何かを強制することは誰にも許されない。それは私も、他の教員も、君たちの保護者も同様だ。君たちの意志な何よりも尊重されなければならない。
少女「だから、授業が受けられないなら、君たちには別のやり方がある。一定のハンデは生じるが、無理をして学校という枠内にこだわることはないだろう。これは君たちの今後に関わる重大な問題だから、保護者の方と相談しあって進めよう、と。先生は本当にそのとおりになさいました」
少女「けれど、彼は本当は、学校が嫌だとか、授業を受けたくないと思っていたのではないのです。ただ、教員の言うことを聞かない事で自分は自尊心を満たして、他の生徒に対しても大きな顔をしたかっただけなのです。この学校ではよくあることのようですね。ここの教員は総じて、強い指導をしないものですから」
少女は笑う。
少女「でも、先生は違いました。先生はきっと、本気であの生徒のことを思って、彼によいように計らおうとしていたのでしょうけど、彼は違ったように捉えたはずです」
学校から追い出される――、と。
248: 以下、
少女「彼らは、自分で自分のことを決めたくはなかったのです。学校から離れたいわけではなかった。学校という箱に押し込められるのは窮屈だけれど、それはそれで仕方がない。でも、腹が立つから、教員の言うことは聞きたくない。それで教員よりも優位に立てるなら、なお良いでしょう」
少女「だから畏れたのです。先生は当たり前のような顔で、彼から学校を取り上げようとなさいました。望まないのならば与えない、その当然の論理を、先生は実行しました。このままでは学校から排除される。だとすれば、彼らはどこに行けばいいのでしょう?」
教師「それは、フリースクールだとか、保健室登校と言う手立てもある。教育課程もクリアする方法はあるし、日本では認められていないが、家庭教育で補うということも出来る。これには裁判などで権利を争う必要もあるが――」
少女「ですから、そういうことではないのです。彼らにとっては、学校という社会は当然のようにそこにあるものなのです。彼らがどんなに放埒に振る舞っても、学校は彼らを拒絶しない。だから、それを失いかねなくなって、彼らはどんなにか不安に駆られたでしょうね?」
口ではそう言いながら、少女はくすくすと笑っていた。
少女「彼らは先生に対して従順になるしかなかったのです。そうしなければ、学校から放逐されてしまうから。――そして」
私の存在が、ドミノ倒しの最後の一枚でした、と少女は言った。
少女「先生があの人達に憎まれたのは、私が近づいたからではないのです。それは理由の一部ではありましたが、それ以上に大きな要因は、ほかでもなく先生ご自身に存在します。……本当に、気付いていらっしゃらないのですね」
陰のある笑みを見せた少女は、そっと教師を見やる。
少女「先生は、なぜ私を助けてくださっていたのですか?」
そこに浮かぶ表情の名前を、教師は知らない。
249: 以下、
教師「そうしなければならなかったからだ。お前の置かれた状況は、その性質がほかの誰とも違っていた。おそらくは悪い方だった。だから私は、私の出来る限りで、お前の障害を取り除かなければならない。それが私の、教員としての責務だ」
それだけは本当だった。そこに少女への執着がどれだけ混じっていようとも、教師はそのために行動したのだと。それだけは、誰にも恥じずに胸を張れる。
だから、少女が切なげに目を伏せたのが、妙に気掛かりだった。
少女「だから、だとしたら?」
教師「え?」
少女「先生は正しいのです。先生のおっしゃることも、なさることも、すべてが正道。――だからこそ、疎まれ、憎まれたのだとしたら」
教師「何を……言って」
少女「先生は畏怖の対象だったのです。クラスの生徒だけでなく、あの学校の人間全員にとって。先生に敵対するということは、自分たちの不義を認めるということです。どちらかしかないのです。先生を全面的に支持するか、あるいは全員で先生を亡き者にするか。先生に敵対する限り、正当性の是非は明らかなのですから」
少女「本来ならば先生に味方する人たちもいたのでしょうが、あの学校は特殊でした。これは私のせいでもあります。あの学校で私が信頼できるのは、先生ただ一人でしたから。私が先生を頼るようになるのを、彼らはどのように見ていたのでしょうね」
教師の心がさざめいた。揺れた水面に映るのは前任の幻、その瞳の涙が語る叫びが、今なら分かった。
教師「……嫉妬か」
250: 以下、
少女「はい。私はどうやら近寄りがたいようで、素直に私に近づいてくる人はいませんでした。私をどうこうしようというなら、それは不正な手段によるしかなかった。それでは先生と衝突してしまうでしょう?」
たとえば、と少女は人差し指を立てる。
少女「私の私物が盗難されたことがありました。あれも一年次のことでしたね。あのときは先生に相談して、私物の管理を徹底するように取り計らってくださいました。個人ロッカーの錠を厳重にして、生徒個人で管理できるようにして。けれども、当時の担任とは揉めていらっしゃいましたね?」
少女「私も小耳に挟んだだけですが、あの人は担任に鍵の管理を一任するよう言ったそうですね。先生が突っぱねてくださって、事なきを得たようですが」
少女はため息を吐いて、目を眇めるように教師を見る。
少女「――先生は眩しいほどに清廉でした。先生の行動は、どこと照らしあわせても間違いはなかった。だからこそ、そのように在れない者にとっては怖ろしいのです。先生の存在を許容していては、自分たちの正当性が脅かされる。自分の罪を見せつけられる苦しみは、私には想像を絶します」
少女「だから先生はあの学校で孤立してしまった。それだけでは飽きたらず、先生を排除しなければならなかったのは、そうしなければ彼らは彼らでいられなかったから。これが、あの学校の真実です」
教師「お前は」
教師の身体も顔も強張っている。なのに、握りしめた拳が震えて、止まらない。
どろどろと身体の底が燃えている。
251: 以下、
教師「お前は何もかもわかっていたのか。あの連中の下卑た望みも、罪を悖らない本性も。私が愚かにも右往左往するのを、お前は眺めていたのか。お前は――」
少女「それは違います。……嬉しかったのです」
そう言って頬を染める少女を、教師はぽかんと見つめた。
何を言っているのだ、この女は?
少女「私にとっては、親も家庭も学校も、何もかもどうでもいいものでした。どれもこれもつまらなくて、退屈で、貧しく、下らない。ずっとそう思っていました」
教師は唐突に、入学式の少女のことを思い出した。
あのとき、やはり少女の瞳は誰も、何も見ていなかったのだ。
少女「先生だけが、特別でした」
教師「特別……?」
特別といったか、この女は。
教師を。私を。
特別と。
252: 以下、
少女「この世界で、先生だけが光り輝いて見えました。誰とも狎れず、媚びず、ただ決然として正しい。そんな人は先生が初めてです」
教師「……違う」
少女「先生は、先生だけが、この世界で唯一価値のある人です」
教師「違う。私は違う」
それだけは違う。違わなければならない。
少女「けれど……」
教師「私は特別なんかじゃない。それだけは違う。私が特別であるはずかない。絶対に、そんなことはあってはならないんだ!」
少女「どうしてそんなに否定なさるのです? 先生はこの世界で、唯一の『本物』なのに」
『本物』とお前が言うのか。
――お前が!
253: 以下、
少女「え……」
凶悪な衝動に突き動かされるままに、教師は少女を押し倒していた。
この世界は正しい。正しくあらなければならない。間違いは正される。不正は暴かれる。私の世界は瑕疵なく、常に整合するよう動いている。
荒い呼吸が喉を灼いた。
教師(殺してやる)
この女は違う。この女は正理に満ちた世界を乱す異分子だ。波紋の中心、崩壊はいつだってこの女だった。
震える手を、ゆっくりと少女の首にあてがう。少女は何も言わず、じっと教師を見上げている。
透明な眼差しが教師を映す。
殺さなければならない。この女を殺さなければ、私は唯一残されたよすがを失ってしまう。
手が震えて力が入らない。呼吸がどんどん激しくなって、早くしなければと思えば思うほど、震えが強くなる。
歯を食いしばり、満身の力を込めて少女の細い喉を握りつぶそうとしたとき、少女がかすかに微笑ったように見えた。
少女が目を閉じるのを呆然と見つめた。
私の中のなにかが弾けた。
私は柔い首筋に齧りつき、自分を刻みつけるように、少女を犯した。
268: 以下、
自分は周囲とは違うと悟ったのはいつからだっただろう。これといった記憶はないけれど、幼い頃から漠然とした齟齬を抱えていたのを覚えている。
人間の赤ん坊が、誰に教わったわけでもないのに立ち上がり、言葉を覚えるように、知能が発達するより先に、私はそれを本能的に理解していたのかもしれない。
だから幼い私にとって、自分に友人と呼べるものが一人もいなかったことは、別に不思議でも何でもなかった。私はごくごく当然のものとして、私と他人との関係が、他人がそれぞれと結んでいる関係のどれでもないことを受け入れていた。
私は常に視線の的だった。声を掛けられることもなく、手を差し伸べられることもなく、ただ視線だけが身体に纏わりついた。髪も目も耳も鼻も、手も腕も腹も背も足も、体中を見えない手でまさぐられているような感覚。それがひたすらおぞましかった。
そのうちに居住まいを正すことを学んだ。だらしない格好をしていると、いつ誰が私に侵犯してくるともしれない。なにより、毅然と姿勢を正すと、周囲の目を跳ね返せる気がしたのだ。
私にとって、この世界は私を脅かすものでしかなかった。いつ牙を向いてくるかわからないここで、私は生きていかなくてはならない。唯一の肉親である母でさえ、私に媚を売るのだから。
――転機は、中学生になったときに訪れた。
275: 以下、
学校から帰った私は、すぐに制服を着替える。手に取ったのは、できるだけ身体のラインが目立たない服だ。
私のクローゼットにはそうした、露出を最低限に抑えた服しかない。
私にとってファッションとは自衛のためでしかなかった。肌を覆ってこの世界から私を遠ざけ、隠すための。
誰かに見せることなんて考えもしなかった。
少女(……今までは)
くすりと笑みが零れた。胸の中がくすぐったくて、帽子を取った手が踊った。鏡に身体を映して、いろいろな角度から眺めてみる。姿見がないことが不便だった。
こんなことに不便を感じるなんて今までになかったことだ。
外はまだ雨だ。傘立てからお気に入りの傘を選り出して、私は先生の家に向かう。
276: 以下、
私の住んでいるところは町の外れだった。学校からも少し遠かったが、先生の家はさらに遠い。近辺に駅もなく、自転車での通勤も禁止されているから、毎日四十分ほど歩いて通勤していると笑っていたのを覚えている。
先生の家にお邪魔する前に、スーパーマーケットに寄った。今日は何を作ってあげようかか、先生の好物を思案しながら食材を見繕う。
私の母親は食事の支度をしない人だったから、私は自分の食事は自分で調達しなければならなかった。幸いお金だけは置いて行ってくれるので空腹に悩まされることはなかったから、小学生のうちから私は料理を覚えるようになった。
教えてくれる人はいなかったから、独学で学ぶしかなかったけれど。
それでも先生は、私の料理を美味しいと言ってくれる。だから今では、あの母親に感謝してさえいるのだ。あの母親に。
それもこれも全部、先生のおかげだと思うと、笑みが止まらなくなる。
今日はシチューにしよう。人参やじゃがいもは買ってあるしちょうどいい。私はいつも、ソースは自家製なのだ。先生は何と言って褒めてくれるだろう。この前は躱されたけれど、もしかすると、今度こそ頭をなでてくれるかもしれない。
少女(そして……)
その後のことを想像すると、頬が赤くなるのを感じた。
277: 以下、
先生の家が私の住所と近いことを知ったのはほんとうに偶然だった。
中学校に入学してすぐ、先生がここで買い物をしているのを見かけたのだ。
当時の私は先生のことを何も知らなかったから、厄介なことになったな、と思った。
人は私を見ると、何かと接点を持ちたがる。話しかけることもできないくせに、変に付きまとってくるのだった。わざと視界の中に入ってきたり、ちらちらとこちらを窺ったり。
そういうとき、彼らはきまって薄ら笑いを浮かべている。
彼らが私に何を期待しているのかは手に取るようにわかった。それが私には奇妙で奇怪で、――気持ち悪い。
この人もそうなるのだろうと、ため息を吐いたものだ。
少女(それが、まさかあんな顔をなさるなんて……)
買い物を済ませてスーパーマーケットを出る。買い物袋を片手に持った傘がくるくると回った。
あの時先生は、決まり悪そうな顔をしたのだ。一瞬驚いた表情をして、私の抱えていた買い物かごと自分のものを見比べて。
先生の買い物かごはカップ麺とインスタント食品ばかりだったから。
それがあまりにも予想外で、平々凡々とした反応だったから、私は面食らってしまった。
先生は「夕飯の買い物か。えらいな」と口早に言って、気をつけて帰るように言い残してそそくさと帰ってしまった。
小さくなる先生の後ろ姿に、私は呆れてしまった。学校では威厳すら漂わせているのに、情けないやらなにやらで台無しだ。
きっとその時から、私の胸には小さな明かりが灯っている。
私はアパートの一室の前で立ち止まる。チャイムを二度鳴らし、ポケットから取り出した合鍵で玄関のドアを開ける。
お邪魔します、と呼びかけると、応える声があった。
「……いらっしゃい、というのは少し違うかな」
でも他に言いようがないしなあ、と先生は苦笑いするように、顔をしかめて微笑った。
287: 以下、
金属と陶器の擦れる音が聞こえて、私は心持ち身を堅くする。無数の島を浮かべた白い海に差し込まれた銀色、その先端は溜りになっていて、島ごと海の一部を掬った。
それが焦らすように緩やかに口に吸い込まれていくのを、固唾を呑んで見守る。
口元が動くのと同時に、頷きもひとつ。
「――おいしい」
先生の言葉に、私はほっと息をつく。食器とスプーンの奏でる、ややもすれば耳障りであるはずの音が心地いい。身体に張り詰めていた緊張がゆっくりと解けていくのを感じた。
先生に料理を作るのも、これでもう片手の指では足りないくらいになる。そ
の度にこうして緊張しているのではこちらの身が保たないから、早く先生好みの味付けを覚えないといけない。
いただきます、と手を合わせて、自分でもひとさじ掬って、味を確かめる。我ながら今日は会心の出来だった。
(もしかしたら、私と先生の味覚は近しいのかも……)
と考えるのは夢を見すぎているだろうか。それとも、もっと自惚れてしまってよいのか……。
「シチューなんて、とんと食べていなかったが、こんなにおいしい物だったかな。なにか秘密が――、うん? どうした?」
いいえ、なんでも、と首を振る。頬が緩むのに任せて、私はホワイトソースを手作りしたことを告げる。
先生は少し驚いたようだった。
「ふうん? ……ああ、そういえば調理実習のマニュアルで見た覚えがあるな。すると、今日買ってきていたのは小麦粉か。道理で重いわけだ。うちにはそんな洒落たものはないから、わざわざすまないな」
学校ではいつもきびきびして寡黙な印象があったが、意外なことに、先生はプライベートでは口数の多い人だった。
288: 以下、

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