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モバP「事務所に媚薬が蔓延してるだって?」


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1:
●注意
※主な登場キャラ
佐久間まゆ、水奏、緒方智絵里、渋谷凛
※R-18 一部性描写あり。地の文。
※ダメ。ゼッタイ。
2:

――媚薬? うん、そーだね。作っちゃった。志希ちゃん印の。
――ユービックみたいにお手軽なスプレータイプ、しかも即効性。
――難しいコトはナニもないよ。取り扱い上の注意を守って、シュッシュとするだけ♪
――ま、お手軽だから効果は大したことないよ。一時、ムラムラっとさせる程度。
――だから、『お仕事』で使ってても大丈夫。あたしが保証するって。
――それに、ホラ。
――媚薬なんかよりも、よっぽど強く根深くヒトのココロを縛っちゃうモノが、あるじゃない?
●【佐久間まゆの場合・その一】
プロデューサーさん。
申し訳ありませんが、まゆはシンデレラになれない運命のようです。
シンデレラは、魔法使いに拾われて、舞踏会で王子様に見初めてもらいました。
けれど、ほかの女の子と違って、まゆはプロデューサーさんに見つけてもらえませんでした。
だから、この事務所へもまゆ自身の足でやって来たんです。
ここでお仕事を一生懸命やっていれば、プロデューサーさんが褒めてくれます。
それはとてもとても、舞い上がってしまうほど嬉しいです。
でも、やっぱりプロデューサーさんは、まゆをただ一人のシンデレラにはしてくれません。
いつまでたっても、担当アイドルの一人のまま……。
このクスリを見つけた時、まゆは運命を感じました。
思い返せば、まゆとプロデューサーさんの運命は、
常にまゆの方から行動することで、先へと進展していったんです。
受動的なシンデレラとは正反対ですが、そこは気にしません。
これは、まゆとあなたで歩む運命の一歩なんです。
3:

まゆの手に握られて、香水瓶のなかで揺れている時の媚薬は、
まゆのりボンと同じくらい鮮やかな緋色です。
なのに、ひとたびシュッシュと吹き付けた媚薬の飛沫は、
まゆとプロデューサーさんの間で一瞬にして空気へ溶けてしまいます。
その様子が、まゆの心の伝えきれない気持ちと重なって、
それを見たくないので、まゆは目を閉じてプロデューサーさんへキスしました。
キスのあと、プロデューサーの顔に頬ずりして――うふふ、まゆと同じくらい体温が熱くなってます。
プロデューサーさんの吐息も、肌の汗ばむ具合も感じます。
それだけの距離が、今まで遠かった。
プロデューサーさんは、まゆを制止する言葉を呟きます。
きっと、まゆの体を心配してくださっているのでしょう。
だって、プロデューサーさんのモノがこんなに大きくなっているのですもの。
知識だけで、実際に目にするのは初めてですから、さすがにまゆも少し動揺しています。
本当に、まゆのナカに入るのでしょうか。プロデューサーさんの危惧も当然です。
でも、今はその恐れさえ、まゆの期待感を煽ります。
運命の一歩はリスクや苦難を伴うものです。
プロデューサーさんのために前の事務所や読モを辞めたときだって、
まゆにとっては一大決心でした。周りを説得するのも苦労しました。
それを乗り越えた結果、まゆはプロデューサーさんに大きく近づくことができました。
だから、この行為を成し遂げたあと、まゆとプロデューサーさんの運命がどうなるか……
それを想像しただけで、まゆは笑みが抑えきれません。
プロデューサーさんのモノに、まゆの初めてを捧げた瞬間、まゆの視界は勝手に涙で滲みました。
痛み――圧迫感――ナカが、押し上げられて、心臓までぐらつかされます。
それが、まゆの心までも満たしていきます。
夢の様な気分ですけれど、この痛みと熱さは絶対に夢じゃありません。
プロデューサーさんにそれを伝えたくて、まゆは口を開きますが、
舌からこぼれ落ちるのは譫言ばかり――もどかしいです。
膝立ちも辛くなって、まゆは前へ――プロデューサーさんの胸に倒れ込みます。
死んでしまいそうなほど痛くて、死んでもいいぐらい幸せです。
プロデューサーさんの、微かに上下する胸板にすべてを預けて、
モノに貫かれる痛みで脂汗が出てきてしまった頃、
不意にまゆの体の一番奥が、きゅうっと切なくなって――勝手によじれて、まゆは声を漏らしてしまいます。
噴出し過ぎた媚薬が、まゆの体にも回ってきたのでしょうか。
プロデューサーさんから伝わる痛みと喜びが融け合って、まゆはそのなかに沈んでいきます。
プロデューサーさんとつながりたいまゆの気持ちを、
ようやくまゆの体が受け入れてくれた――そんな気がして、
まゆは今一度プロデューサーさんの身体に抱きつきました。
4:
●【水奏の場合】
プロデューサーは……貴方は、私のことを『大人びた子』だと言ってくれる。
それが私の魅力だと褒めてくれる。貴方の言葉は、確かに本心からだった。
無邪気だったころの私は、貴方の賛辞で照れ臭さに包まれた満足感を得ていた。
でも、その『大人びた子』の前に、『17歳の割には』という前提が隠れている。
それをはっきりと自覚した瞬間から、私にとっての貴方は一変してしまった。
貴方の口から聞きたかった言葉のすべてが、棘となって私を苛むようになった。
こんなに苦しいのに、辛いのに、それでも私は貴方が――

私は17歳。
年下の子たちからは、お姉さんだと憧れられる。
年上の女性からは、若いわねぇと羨ましがられる。
けれど、もう私は子供じゃないから、貴方の腕へ無邪気に絡みつくこともできない。
そして、まだ私は本当の大人じゃないから、貴方の隣には立たせてもらえない。
だから私は、子供よりもあざとく、大人よりも無鉄砲に貴方へ迫るしかないんだ。
鮮紅色の媚薬は、どんなルージュよりも蠱惑的だった。
唇に乗せてみると、子供用風邪薬のシロップみたいな毒々しい甘さに口内が侵される。
見た目はいやらしいのに、中身は幼稚。
まるで私自身だ。
私が貴方へわがままな媚薬を流し込んであげた夜、
貴方は人が変わったかのように乱暴になって、有無を言わさず私を組み伏せた。
痛みは――確かに痛かったはずなのだけど、そこまで印象に残っていない。
貴方と私が、プロデューサーとアイドルというペルソナを引っ剥がして、
ただの男と女になってしまったことのほうが、私にとって大事だった。
初夜、貴方と別れたあと、私は夜空に月を探した。
月は、貴方が私にくれた曲の舞台で――私にとっては、プロデューサーとしての貴方の象徴だった。
あの頃の私は、貴方に会えなくて寂しい夜に、よく月を眺めていた。
その夜の月は、満月より右側が欠けた十六夜月だった。
貴方に――『大人びた子』と褒めてくれた昨日までの貴方に――責められた気がして、私はカーテンを閉じた。
5:

今夜もどこかのホテルで、私と貴方は身体を重ねる。
一度一線を超えてしまえば、あとは驚くほど呆気なかった。
貴方は初夜と違って、宝物を磨くように、私を隅々まで優しく愛撫してくれる。
それが私はじれったい。もどかしい。私が望んでいるのはそれじゃない。
そんなアイドルみたいに丁寧に扱わないで。
私が望んでいるのは貴方が剥き出しにする欲望なのだから。
それでもたっぷり撫でられて、火照らされて、私の身体が盛り上がる。
貴方の欲望をスムーズに受け入れられるようになる。
貴方とつながるのを待ちわびている。きっと貴方もそうでしょう?
貴方とつながるとき、私は自分が上になって貴方に覆いかぶさる姿勢が好きだ。
これなら、身体の中でつながりながら、同時にキスができる。
セックスまでしたといっても、やっぱり私にとってキスは特別なまま。
でも、貴方はこの姿勢をそんなに好かないのね。動きが物足りないのかな。
私を膝に乗せながら、二人してベッドに倒れ込む。
私はそのまま腰を抱えられて、貴方に奥をこつこつと責められる。
身体の中から、耐え切れないほどいっぱいの思いが溢れでて、私は皮膚の上も下もぐらぐらと沸き立つ。
貴方が動く。熱が伝わる。体の中が突かれて跳ねる。息遣いが鼓膜をくすぐる。
貴方の顔が私を見下ろしてる――ああ、唇が、血が垂れそうなほど激しく貪るキスが、欲しい。
私の体が、もう貴方の存在以外、何も感じられない。
やがて、貴方がびくんと体を震わせると、
ちゃんと貴方を最後まで受け止められたんだ、と安堵する。
こうしている間は、貴方はプロデューサーではなく、私もアイドルじゃないんだ。
私達は、子供が新しい遊びに夢中になったように、暇と場所さえあれば体を重ねた。
きっかけはクスリだったけど、そんなのなくったって私達はつながっていられる、なんて。
そうへ言い聞かせるように、私は体を開いて貴方を迎え、貴方は私の中で果てるまで動いた。
いつしか私は、夜空に月を探さなくなった。
関係が惰性になってきたある夜、私が目覚めると、貴方は窓から夜空を見上げていた。
摩天楼が突き刺さる東京の空は、星が見えないのに、貴方は黙って目線を彷徨わせていた。
私が何を見ているか聞くと、貴方は小さな声でこう返してきた。
――月が見えないな。新月か。
その言葉が聞こえて、もう私はアイドルに戻れないんだと悟った。
6:
●【緒方智絵里の場合】
――こっちの『お仕事』なら、おどおどしてるとか、気にしなくていい。そういう需要もあるから。
プロデューサーさんからそう言われた瞬間、この業界に詳しくない私でも、
その『お仕事』が何か察しがつきました。
――見返りは大きい。が、今なら、断ることもできる。
――何せ、割に合ってるかどうかは……智絵里、キミが判断することだ。
わたしは、損得勘定を計れるほどの打算がありません。
そんな動機でアイドルをやっていないのです。
声も小さくて、お話もうまくできないわたしが、何かの間違いでアイドルにスカウトされて、
養成所でも落ちこぼれていたわたしを、今のプロデューサーさんが見つけてくれた。
レッスンは比べ物にならないくらい厳しくなりました。
でも、『智絵里はできる子だから』とプロデューサーさんが言ってくれると、
こんな自分でも誰かに期待されてるんだ……と思えて、むしろ嬉しくなりました。
そのことがわたしの支えなんです。
プロデューサーさんが期待してくれてる……見捨てないでいてくれている……。
わたしがアイドルをする理由は、それだけなんです。
ゼロかイチだけなんです。計算なんてありません。
そのプロデューサーさんが、わたしができるお仕事として持ってきたのなら、
わたしはそれを信じて受けるだけです。
――そうか……智絵里は初めてだから、これを持って行くといい。
そう言って、プロデューサーは小さな香水瓶に入った、赤い液体を手渡してくれました。
それは、昔家族で夏祭りに行った頃に見た、かき氷のイチゴ味シロップを連想させました。
――お守り代わりに……一ノ瀬センセイ謹製のシロモノだ。いざとなったら、迷わず使え。
四つ葉のクローバーと、どっちが頼りになるでしょうか……と思いながら、
わたしはプロデューサーさんから香水瓶を受け取りました。
7:

わたしがはじめての『お仕事』の相手をする人は、
わたしのお父さんと同じくらいの歳のおじさんでした。
テレビ局で人事権を持っている人だそうです――その権限がどの程度かは、分かりません。
髪型は坊主にして、サングラスをかけて強面そうな雰囲気を出していましたが、
サングラスを取ると目尻がタレていて、あまり迫力がありませんでした。
「あの美城の子の水揚げをお任せされるとは……僕としても光栄ですなぁ」
言葉の意味は理解できませんでしたが、わたしは気にしませんでした。そんな余裕はありません。
わたしはプロデューサーさんのことを考えることで、何とかこの場に踏みとどまっていました。
部屋に入って、おじさんが先に、わたしは後からシャワーを浴びます。
わたしが髪を乾かしながら部屋に戻ると、バスローブ姿のおじさんが座っていました。
腕や肩は筋肉で盛り上がっていましたが、お腹は丸く出ていました。
若い頃はスポーツマンだったのが、不摂生で緩んでしまったのでしょうか。
おじさんの手がわたしの肌に近づこうとすると、わたしの背筋に悪寒が走って、
思考よりも感情よりも早く、わたしは両肩をこわばらせました。
瞬き何回か分遅れて、これが『お仕事』ということを思い出し……
何か不興を買っていないか、とわたしが恐る恐る視線を向けると、
おじさんはだらしない笑みをわたしをジロジロと見つめていました。
これが『そういう需要』というものでしょうか。
わたしのファーストキスは、名前も教えられていないおじさんに奪われました。
泣き声は必死でこらえても、涙はどうにも止まりませんでした。
おじさんは私の涙を嬉々として舐め取りました。わたしの喪失感まで貪ろうというのでしょうか。
それからわたしは、バスタオルを巻きつけたまま体をまさぐられました。
おじさんからは『まだ何もしないでいい』を言われました。
脱力した、痛くも痒くもないのにおぞましいおじさんの手つきに、
わたしはただ体を縮こまらせるばかりでした。
可愛さも、綺麗さも、セクシーさも無い、アイドルとしてまるで駄目なわたしの醜態を、
おじさんは飽かずに眺めていました。
8:

「そういえば、智絵里ちゃんは、アレ持ってきてないの? 美城の子はいつも持ってるでしょ」
不意におじさんから質問を投げつけられましたが、
わたしは『アレ』と言われても心当たりが浮かびません。
「あの人のことだから、持たせないなんて迂闊なことは……あ、あった。これこれ」
それは……おじさんがわたしのカバンを勝手に漁って、
そこから指でつまみ出したものは――
「いつ見ても、コレは効きそう、って色してるなぁ」
――プロデューサーさんがわたしに持たせてくれた、お守り代わりの香水でした。
わたしが初めて大声を上げてしまったからか、おじさんは目を丸くしました。
「ああ――そうだね。ダメなんだよね。
 コレがないと、身がもたないんでしょ? アイドルってやつはハードだなぁ」
返してっ、それは、あなたが持っていていいものじゃない、
わたしがプロデューサーさんからもらった、大事な――
「コラ、智絵里ちゃん、聞き分けの悪い子だ……痛いのはイヤだろう?」
わたしは、バスタオルが解けるのも構わず、指で摘まれた香水瓶へ手を伸ばしました。
けれど、どれだけもがいても、おじさんの体格と力からそれを取り返すことはできません。
「あ――もしかして『水揚げ』って……まさか、枕が初めてってことじゃなくて……」
突然、イチゴ色の霧がわたしの顔を襲って、わたしは顔を手で覆いました。
それと同時に、今までこわばっていた体が、ほんのわずかですが、がくんと緩む感覚がしました。
「……難儀なもんだねぇ。そっちまで初めてって。
 面倒見てやってください、ってことなんだろうけど」
わたしの足がぐいと開かれて、シュッというかすかな音がしました。
同時に、わたしの大事なところが、冷たさ、熱さ、痺れ、疼き――色々な感覚に塗りつぶされて、
わたしはたまらず悲鳴を上げました。ダメ、これは、何かおかしい、これ以上されたら、わたし――
「智絵里ちゃんの今後もあるし、痛いだけで終わらせないようにしないと、ねぇ」
それからわたしは、何度も何度もあそこに香水を吹きつけられました。
足が、お腹が痺れて、疼いて、切なくなって、わたしが立っていられなくなった頃合いで、
おじさんがわたしから初めてを奪っていきました。
たぶん、男の人のあれだったと思いますが……それすら、定かな記憶はありません。
わたしは、体の奥をぐん、ぐんと揺さぶられる度にわたしを塗り潰す、
息苦しいまでの熱に、手足も背ものたうち回らせていました。
その熱と、おじさんに中を力づくでこじ開けられた痛みが、
わたしの意識の上で叩き合い、絡み合い、喧嘩して、わたしを引き裂いていきました。
9:

初めての『お仕事』の記憶は、そこで途切れています。
目が覚めたとき、おじさんはいなくなっていて、
代わりにプロデューサーさんが迎えに来てくれました。
自分のカバンをひっくり返しましてみると、
わたしの私物のなかに、空になった香水瓶が一つありました。
わたしは、もう二度とあの香水に触れないと心に決め――それを二週間後の『お仕事』で覆させられました。
あの香水で誤魔化さなければ『お仕事』で体を触られる苦痛や嫌悪に、わたしは耐えられなかったのです。
痛みさえなければ、あのイチゴ色を合図にして、心ここにあらずを決め込む。
それでなんとか当座をしのぐことができました。
体を明け渡しても、心までは――それが、わたしのちっぽけな意地でした。
けれど、その意地も間もなくどこかへ消えてしまうと思います。
この間、家でお風呂掃除をしているとき、
お風呂用洗剤を浴槽に吹きつけた瞬間、わたしの体の奥がずくん、と疼きました。
わたしの体は、もう音だけでダメになるほど、条件反射を刷り込まれていました。
ここまでおかしくなってしまったわたしを、プロデューサーさんは見捨てないでくれるのでしょうか。
蕩ける体と、惨めな心の間で、わたしは浴室にへたり込みました。
10:
●【渋谷凛の場合】
美城プロダクションのアイドル部門で、成長株を少人数選抜して、
重点的な売り込むユニットをつくるプロジェクトが立ち上がった。
その話に続けて――『成長株』とやらに、いつの間にか私が推薦されて、
しかも通ったということを聞かされた。
プロデューサーって、実はデキる人だったんだなぁ、なんて私は他人事のように思った。
出会って間もない頃、私はプロデューサーの手腕を疑っていた。
だって――こんなに愛想の無い私を、アイドルにスカウトするなんて。笑っちゃうよね。
でも、プロデューサーは本気だった。
プロデューサーは私を熱心に売り込んでくれた。
私の希望を聞きつつも、幅広く仕事を取ってきてくれた。
レッスンも甘くはなく、それでいて無理が出ないサジ加減で組んでくれて、
つい最近まで素人だった私が、いつの間にかステージを切り回せるようになっていた。
私が伸び悩んだ時、親身に相談へ乗ってくれた。
私が不安になった時、それを少しでも軽くするため、何くれとなく動いてくれた。
私が間違った時、遠慮呵責無しに叱ってくれた。
プロデューサーにスカウトされて、私は変わっていった。
いつしか、私もプロデューサーにアテられて、
本気でアイドルになろう――トップを目指そう、と思い始めていた。
私とプロデューサーにとって、
今回のプロジェクトはその大きな一歩となる――その日、私はそう確信していた。
だから、その次の日、プロダクションの地下駐車場に止めた車のなかで、
プロデューサーに抱きすくめられると、私はどう反応したらわからなくて、
馬鹿みたいにぼんやりしていた。
11:

私より頭半分ぐらい背の高いプロデューサーは、私の頭上で喘ぎ喘ぎ、声を絞りだす。
『凛のことが、好きだ……ほかの誰にも渡したくないぐらい』――何さ、ソレ。
キス、されちゃった。さっきまで飲んでた、甘ったるいミルクティーの味がする。
ホント何なの、この体勢。
私にとってプロデューサーは、私が進むべき道を示してくれる……シンデレラの魔法使い。
アイドル活動について、肩肘張らず意見をぶつけ合い、また信頼できる仲間。
だから王子様というわけじゃない――まぁ、私のなかで王子様が座る席は、空いてるけど。
もしかして、今までプロデューサーが私のことを気にかけてくれたのは、
私に舞踏会への魔法をかけていたんじゃなくて、子供を誘い込むお菓子の家だったの?
それじゃシンデレラじゃなくてヘンゼルとグレーテルだよ。
ぼんやりとしたまま、助手席に転がっている私の体を、
運転席からプロデューサーが左手を伸ばして開かせる。
車の小さな照明と、地下駐車場の誘導灯の光で、私は下着を露わにされる。
濡れてた。何でだろう。
知識としては知ってたけど、今まで濡らしたことなんかなかったのに。
プロデューサーの指で下着をなでられると、私の体の重心から、
ぴりぴりとした感覚が波紋のように広がる。
足が痺れた時のあれをもっとマイルドにして、深く染み入るような感じ。
プロデューサーが、窮屈な車の中で、クラクションに触れないよう気をつけながら私に近づく。
助手席がリクライニングされて、私は傾いだ背もたれに寝かされる。
プロデューサーが私に覆いかぶさる。
『凛がシンデレラになる前に、凛を俺のものにしたい』――何、それ。
プロデューサーは、もう黙ってしまった。ただ引き攣った笑みを浮かべて、私を組み敷いた。
ロクに動けない助手席を、プロデューサーの細かく途切れがちな上下運動がグラグラ揺らす。
それに合わせて、私の体の感覚も、痛みとか痺れとか、色々なものがごちゃ混ぜにされて散らばっていく。
やっぱりこんなの、絶対普通じゃない。私の体、おかしくなってる。
私の体が、プロデューサーに磔にされてる。
となれば、アレは……さしづめ、メシアに打ち込まれたクギってことかな。
ああ、こんなこと考えてたら、クラリスさんに悪いや。
何か、ヘンな気分がする。
プロデューサーがギシギシとかけてくる重さや、痛みや、熱さは、私の体からきっちり感じられるのに、
目だけが幽体離脱して、私とプロデューサーの体を見下ろしてる。
まるで、私じゃない別人が犯されてるみたい。
ああ、そうだよね。
私のプロデューサーが、私にこんなことするはずないよね。
だって、プロデューサーは、私に……シンデレラになれって、言ってくれたもの。
お互い、それを裏切ったことなんか一度もなかったもの。
やがて、プロデューサーが体を硬直させたかと思うと、大きな息を吐きながら私に寄りかかるのが見えた。
もう、腰を動かしたりしないのかな。終わったのかな。
自分の処女が、信頼していた仕事仲間に奪われたのに、傍から見てると、
これはなんだか失笑が湧いて来るシチュエーションで、私は笑いをこらえ切れなかった。
私の顔は、目尻とくちびるだけが緩んだ中途半端な笑みをしていた。
12:

あの日から、よく私の意識が体から剥離するようになった。
あくまでも、そういう錯覚なんだろうけど、私の意識が体から弾き出されて、
体は勝手に動いていて、私がその様子をそばに漂って見ている、といった感じ。
私はオカルトに全然詳しくない。
幽体離脱なのかなと思って、半ば冗談で小梅に相談してみたら、
小梅は黙って首を横に振るだけだった。
ある夜、私がレッスン場で消灯間際まで粘って、一人でダンスの練習をしていると、
プロデューサーが入ってきて、私の体の肩を抱いた。せっかちだな、プロデューサーったら。
年頃の女子の扱いが分かってない。汗ぐらいなんとかさせてあげてよ。
プロデューサーは、私のこと、好きだって言ってくれる。
でも、その私は――渋谷凛は、きっといまプロデューサーに体をまさぐられてる方だ。
だってプロデューサーの目には、あっちの渋谷凛しか見えてないはずだもの。
となると、シンデレラガールになるのも、あっちの渋谷凛なのかな。
……ええ、ホントになれる? あれが? まだまだ冗談にしか聞こえない。
だって、凛は相変わらず愛嬌は無いし、歌だってダンスだってまだまだだし。
これで凛をシンデレラガールにさせてあげたら、プロデューサーは本当の魔法使いだね。
あれ、じゃあ。
プロデューサーに犯されてる凛を見下ろしてる私は、いったい誰なんだろ。
13:
●【佐久間まゆの場合・その二】
まゆが目を覚ますと、見覚えのない坊主頭のおじさんの顔がこちらを見ていました。
「まゆちゃんと、ここで会うのは初めてだね」
初めてと言われても、まゆはこの人の記憶がありません。
「ええっ……まゆちゃんとこのPさんとは、懇意にしてもらってるんだけど」
そう言ったおじさんが、手を伸ばしてまゆの肌に触れて――
「さっ、触らないでくださいっ! そんなところ……! い、いや、なに、これはっ」
――そこで、まゆは初めて、自分が衣服をリボンの一筋さえ身につけていないこと、
 手足を拘束されて自由に動かせないことに気づきました。

「た、助けて! 誰か助けてくださいっ!」
「え、ちょ、なにこの反応……拘束具とか見た時から、やけに物々しいと思ってたけど……
 もしかして、お宅らのPさんと話、通ってないなんてことは……ちょ、ちょっと聞いてる?」
あらん限りの声で、まゆは助けを求め叫びました。
こんな危機はまゆの想定に入っておりません。
危機さえ期待できてしまうのはプロデューサーさん関係だけです。
まゆが死に物狂いで騒いでいると、
誰かの手――目前でオロオロしてるおじさんとは違う、ほかの――が、まゆの喉を掴んで、
力づくで声を止められました。
「まゆちゃん。明日は……ラジオ、だっけ? とにかく、お喋りの仕事があるんだから、
 声を嗄らしたらダメじゃない。そんなに勢い良くシャウトしてたら、炎症ひどくなって、
 あたしのクスリでもすぐには治せなくなっちゃう」
まゆの頭のすぐ後ろから、女の人の声が聞こえてきます。
「ま、個人的には、まゆちゃんのハスキーボイス、一度聞いてみたい気もするかな……♪」
その声の主の顔と、名前は、こんな非常事態でもすぐに思い出せました。
喉を押さえつける力が緩んだのを期に、まゆはその人の名前を声帯から絞り出します。
「志希、さん……?」
「びーんご! まゆちゃん、見た目より冷静だったんだね。えらいえらい!」
喉を押さえつけていた手が、まゆの頭を無遠慮に撫で回しました。
もう顔を見なくても分かります。
今まゆの背後にいるのは、まゆの同僚アイドル・一ノ瀬志希さんでした。
14:

「し、志希さん……助けてください、とりあえず、これを解いてください……っ」
同じプロデューサーさん担当のアイドルがこの場にいる、
ということが分かって、まゆの危機感はだいぶ収まりました。
そうです、これは何かの間違いだったんです。
「まゆちゃん。それはね、できない相談だなぁ」
「……はぁ?」
「だってね、まゆちゃんに一服盛って、服を脱がせて、その拘束具つけて、
 この部屋まで運ばせたのは、あたしなんだもん。もうちょっと我慢してよ」
志希さんは、まゆの前に回りこんできました。
着崩したブレザーの上に白衣を羽織った、まゆも見慣れた格好でした。
「……冗談、ですよね?」
「冗談違うよ。あたし、面白くない冗談はキライだし」
志希さんが、まゆと額をくっつけ合いそうなほど顔を近づけると、
もうすっかり嗅ぎ慣れた緋色の香水の匂いを、かすかに感じ取れました。
「あたしとキミのプロデューサーにね、キミのコト『もうちょっとどうにかならないか……』
 って頼まれちゃって、で、あたしが『どうにかする』役目を押し付けられたんだけど……」
志希さんは、手持ち無沙汰そうにこちらを見ているおじさんを指さしました。
「そこのおじさん、お得意様でね。まゆちゃんと少?しお付き合いしたいって言ってたのを聞いたから、
 『どうにかする』ついでで、まゆちゃんに小さな『お仕事』もしてもらおー♪ ってわけ。分かる?」
「ちょ、ちょっと待ってください志希さん……
 まゆのプロデューサーさんは、この状況をご存知なのですかっ」
「うん、そうだよ。そこのおじさんも言ってたでしょ?」
志希さんは、まゆの額を撫でながら、子供に言い聞かせるような声音で喋りかけてきます。
「智絵里ちゃんほど熱心にやれー、とは言わないけど、キミもあのプロデューサーの担当なら、
 こーゆー『お仕事』をいい加減に覚えたらどーよ、とゆー志希ちゃんからの提案でありますっ」
「ま、まさか、『お仕事』って……」
志希さんは、営業スマイルよりも可愛い満面の笑みで、まゆに答えました。
「まゆちゃんが、そこのおじさんと、よろしくやっちゃうってゆー『お仕事』だよ♪
 これもプロデューサーのためだから……まさか、異存は無いよね、まーゆーちゃんっ」
15:

「い、いや……そんなの、うそ、です……っ」
うそ、うそ、嘘に決まってます……。
まゆに触れていいのは、プロデューサーさんだけなんです。
ほかの誰にも体を許したりしません。そんなことを強いられるぐらいなら、まゆは――
「いい機会だから、あたしが……開発者として、この香水の本来の使い道をまゆちゃんに教えておくよ」
志希さんは、香水瓶に入った緋色の媚薬を指で摘んで、まゆに見せてきました。
「この香水はね、こーゆー『お仕事』の辛さを、少しでも和らげるために作ったものなんだよ。
 それを、キミとか、あと他の人も……ヘンなイタズラに使ってくれちゃって、もータイヘンっ」
「ま、まゆの体を、それでどうにかしようってことですか……?」
口から出た言葉は、まゆの純粋な疑問でした。
志希さんが『お仕事』するアイドルのため作った――というクスリなら、それなりの安全性があるはずです。
そして、このクスリの効果が本当に一時的だということは、常習者のまゆも肌で覚えています。
「志希ちゃん印の媚薬。ユービックみたいにお手軽なスプレータイプ、しかも即効性。
 難しいコトはナニもないよ。取り扱い上の注意を守って、シュッシュとするだけ♪」
志希さんは、まるで通販番組のような抑揚でしゃべっていました。
「お手軽だから、効果は大したことないよ。一時、ムラムラっとさせる程度。
 媚薬自体は、そんなものなんだけど……
 その一時に、何かやらかした体験や記憶があれば――例えば、既成事実作っちゃうとか。
 そーゆーコトすると、それは媚薬とは比べ物にならないほど、強く根深くヒトのココロを縛っちゃう」
志希さんは、その続きを――『思い当たる節、あるよね?』と目だけで念押ししてきました。
「まゆちゃんも、この『お仕事』にはすぐ納得してくれるよねー。
 だって、これからおじさんがキミにするコトは、
 キミがあたしたちのプロデューサーにしたコトとおんなじだもん」
志希さんは、まゆの頭を一無でしてから、うーんと伸びをしつつ立ち上がりました。
「人間、自分が過去にやったコトは、否定できないもんだよ。
 他人からぐうの音も出ないほど論破されてすら、素直に非を認めることって難しいのに、
 まして自分だけの意思じゃねぇ……特に、キミには無理だと思う」
「あの……僕は……」
「あ、おじさん。もーだいじょーぶ、時間取らせてごめんね。あとは、ごゆっくり。
 まゆちゃーん、あとでプロデューサーには、労いでナニか用意するよう言っておくから、
 初めての『お仕事』、ちゃんと頑張るんだよー!」
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