摩耶「あたしの妹離れ」back

摩耶「あたしの妹離れ」


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1:
艦これSS、摩耶メインの話となります
過去作
鳥海「司令官さんが木曾さんを冷遇している?」
大鯨「いつか龍になるまで」
注意点
・台本形式ではありません。地の文メイン
・独自設定・解釈が多め
・一作目の続きに当たりますが、秘書艦が鳥海とだけ分かってれば大丈夫なように書いていきたいです
2:
妹が変わった。
最近は特にそう感じる。
たぶんきっかけはあいつだ。提督。
それまであたしが知らない一面を見せるようになったのは、ちょうど妹が秘書艦を務めるようになってからだ。
「それでね、摩耶。司令官さんがこう言うの」
ああ、まただよ。あたしは妹が、鳥海が話すのを上の空で聞いていた。
鳥海はすごく楽しそうに提督の話をする。
なんだか面白くねえ。
鳥海が秘書艦になってからは一緒にいる時間が減って、たまに食堂で顔を合わせてもこうだ。あいつの話ばかり。
前はあたしが話を振るまで黙ったままでいるのも珍しくなかったのに。
せっかく昼飯も終わったってのに、無性にやけ食いでもしたくなってくる。
だらだら過ごす食堂での時間をこの話だけで過ごすのはなんか癪だ。
……いや、鳥海が自分からあれこれ話すようになったのはいいことなんだと思うけどさ。
それでも提督の話が多いのはどうなんだ。
あたしたちの間に気づけばあいつが入ってて、鳥海はあたしよりも向こうを意識してる気がする。
それが面白くない。
……いやいや、なんだこれ。ひがみか? ひがみってやつなのか?
あたしらしくもない。
3:
「大丈夫なの、摩耶?」
「――ああ、別になんともない」
だめだ、話を変えないと。あまり提督の話は聞きたくない。興味がないとはさすがに言いづらいにしても。
「それより、あの噂って本当なのか? 改二の艤装が回ってくるって」
本音を隠すために振った話題だけど、本当に気になる噂でもあった。
鳥海は考え込むように口元に手を当てる。
「噂って……まあ漏れて当然か。本当だよ、艦政本部から届く予定になってるの」
「へえ、やっぱ秘書艦ともなると、そういう話もちゃんと入ってくるんだな」
……バカか、あたしは。
せっかく提督絡みの話から変えようとしてるのに、自分からニアミスしに行くとか。
「どうかしら。司令官さんだって全部を話してくれるわけじゃないから」
そういえばあたしたち高雄型の姉妹の中でも、鳥海だけが何故か提督を司令官と呼ぶ。
よく分からない話だ……まあ特型の吹雪たちの中でも磯波だけ他が司令官と呼ぶ中で提督と呼んでたから、何かしらのこだわりがあるに違いない。あたしには分からないこだわりが。
とにかく軌道修正だ。
「改二って誰がなるんだ?」
「逆に噂だとどうなってるの?」
「あたしが知る限りじゃ川内んとこの三姉妹と夕立、それと球磨んとこの北上、大井、木曾」
「そうなんだ」
面白そうに鳥海は笑う。やっぱ答えを知ってるんだな。
4:
「で、どうなんだよ」
「摩耶は入ってなかったよ?」
「なんだ、そっか……あたしのことはいいんだよ」
さてははぐらかそうとしてるな?
「隠すようなことか? どうせ、すぐに分かるんだろ」
「それはそうね……うん、噂になってる人たちにはみんな届くよ。それで実際に適合するか確かめて不具合がなければ、晴れて換装完了というわけ」
そう言う鳥海の口元は笑いをこらえてる時と同じだ。
「なんだよ、他にも誰かに届くのか?」
「うん。だけど漏れてないのは、その人たちが話してないからでしょ。だったら私の口からは言えないよ」
「さっき隠さないって言ったくせに」
「言った? 噂になってる人たちは別に隠す気がないみたいだから、私も構わないと思っただけだし」
ちらりと鳥海は壁に掛かった時計を見上げる。
「そろそろ戻らないと。摩耶は午後どうするの?」
「せっかくの休暇だし適当にのんびりやるさ」
「そう。じゃあ、また後でね」
空になった器を載せたトレイを手に鳥海は立ち上がる。
一度は背を向けてから鳥海が振り返ってきた。
5:
なんだと思っていると、嬉しさを隠せない顔で言われた。
「やっぱり教えちゃう、私もなの」
「何が?」
「決まってるじゃない、改二だよ。私にも届くの」
「なんだよ、もっと早く言ってくれればよかったのに! やったじゃん!」
「ありがとう」
素直にすごいと思って単純に嬉しかった。次の一言を聞くまでは。
「これでもっと司令官さんの力になれるよ」
「――そっか。まあ鳥海なら当然だよな。あたしの妹だからな」
「何よ、それ。でも本当にありがとうね、摩耶」
「いいから行けって。遅れちゃまずいんだろ」
はにかんで離れていく鳥海を見送る。それしかできない悔しさを感じながら。
妹は変わった。そして、また変わる。
内面だけでなく、きっと外側も。
鳥海はどんどん強くなっている。
同じぐらいだと思っていた練度はいつの間にか開いていた。
向こうは秘書艦も兼ねてるから出撃の機会はあたしより少ないのに、今や鎮守府でも指折りの戦力と言われるようになっていた。
変わる鳥海を前にすると、どうしたって意識してしまう。
あたしはどうなんだと。
あたしはあたしだ。けれど鳥海に手を伸ばせなくなるのは……遠くなってしまうのはもう嫌だ。
「……自主トレでもするか」
のんびり休むという選択肢はあたしの中から消えていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
6:
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ただいまぁ……」
なんて疲れた声出してるんだ、あたし。
部屋に戻ってきた頃には消灯間近の時間になっていた。
「あら、お帰り。その様子じゃ夜遊びに行ってたわけじゃなさそうね」
同室の愛宕姉さんは出迎えるなり、そんな気の抜けたことを言う。
いつもと同じ様子に、あたしは少しだけ安心していた。
「あったり前だろ、あたしをなんだと思ってるんだよ。自主トレやってたら神通とばったり会って、後はもう夜戦メニューまで含めたしごきだよ」
立ってるのもだるくてベッドに倒れ込んでしまえば、寝られる場所の有り難みを実感できるというもの。
神通の訓練マニアっぷりには困ったもんだ。
まあ、また自主トレに付き合ってもらう約束を取り付けてるあたしも大概だとは思うけどさ。
「摩耶がみっちり訓練なんて珍しい。何かあったの?」
「うん、ちょっとな」
少しだけ話すのを迷ったけど、姉さんには聞いてほしくなった。
「改二が噂になってるだろ。あれ、鳥海にも回ってくるんだって」
「そうなの?」
「本人の口からだから間違いないよ。それで柄にもなく考えたんだ。どこで差がついちゃったのかって」
7:
「なるほどねー。摩耶は鳥海にべったりだもんね」
「んなことないよ。あたしは姉さんたちにだって……」
「でも鳥海は特別、でしょ?」
「……そうだよ。双子だし」
今のは少しだけ嘘も入ってる。それだけが理由じゃない。
あたしは憶えている。
重巡『摩耶』の生涯を。
自分のことなのに他人の目を通したように思い返す記憶は、今のあたしが艦娘だから?
今と昔の姿がダブるのも艦から人の形に変わったずれが生んだ結果?
そんな小難しいこと、あたしに分かるわけがない。分かるのは……あたしたちは比島沖で全滅した。
いや、正確には高雄姉さんだけは生き残ったけど、脱落した時点で死刑宣告を受けたと思った。いくら護衛がついてたって手負いの巡洋艦が無事に離脱できるような情勢じゃなかったから。
だから姉さんの運はよかった。この話をしてくれた姉さんが絶対にそう考えないとしても、あたしはそう思う。
あたしは……姉さんたちを失って二人だけの姉妹になってしまったんだと思った。
なんとかしたかった。だけど、あたしもすぐ何もできないまま沈められた。鳥海だけを残して。
思い出そうとする記憶はいつも鳥海の顔で終わる。
泣きたいのに泣けない顔で唇が動く。どうして――と。
……そんな顔で見ないでくれ。
記憶の中の泣けない鳥海の代わりにあたしが泣いて起きた夜は何度もあった。そんなことで鳥海も、あたしも救われないのに。
幸か不幸か、鳥海は軍艦としての記憶をほとんど持っていない。
だから、あたしはきっともう離しちゃいけないんだ。二度目はないんだから。
あの時は伸ばせなかったこの腕を、今度こそ――あたしは――。
8:
「摩耶」
愛宕姉さんに抱きしめられていた。
圧倒的存在感のおっぱいが顔に押しつけられる。
「ちょっ! 何すんだよ!」
「思い詰めないの」
「あたしは別にっ」
「嘘おっしゃい。寂しいくせに」
的確な一言に引きはがすつもりだった手が止まってしまう。
「そんな子は撫で回しちゃう」
姉さんのハグが強くなる、というか悪化する。姉妹だからってやり過ぎだ。
「よせよ! そういうの恥ずかしいんだから!」
「お姉さんは気にしないよ?」
「あたしが気にするんだ!」
姉さんはたまに頭が軽すぎる。頭の中がぱんぱかぱーんになってるんだ。
「こんなとこ誰かに見られたらどうするんだよ?」
「見せつけちゃうとか?」
「……とりあえず姉はノーカンでいいわよね?」
第三者の声……高雄姉さんの声だった。
なんでここに、と思うよりも先に恥ずかしさが体を突き動かしていた。
「ああもう! あたしは寝るんだ! 二人とも出てけー!」
「ちょっと摩耶、少しは落ちつ――」
姉さんが全部言い終わる前に二人を部屋から追い出していた。
そのままの勢いでベッドに戻って不貞寝みたいな形で寝に入る。
寝て起きたら……明日になってるだろうから、また神通に付き合ってもらって訓練だ。
あたしはあたしにできることをしないと……それって訓練でいいんだよな?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
9:
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「追い出されちゃった。私の部屋でもあるのに」
「からかいすぎなのよ、愛宕。私は完全にとばっちりじゃない……」
「えー、そんなことないよ」
屈託のない笑みの愛宕に高雄は小さく嘆息する。
愛宕はそのままの調子で続ける。
「ねえ、少し外で話さない? 摩耶が寝た後に帰ってくればいいんだし」
外で、ということは他言無用の類の話をしたいということだ。
「摩耶のこと?」
「それに鳥海もね」
二人は建物の外まで歩いて行く。
途中、入り口に最も近い部屋で「夜戦行きたいー!」という川内の騒ぎ声が漏れてくる。
夜間にあまりにうるさいと苦情が続いたので、川内型は部屋を移されていた。比較的影響が少ないであろう入り口に最も近い部屋に。
「相変わらずね」
「相変わらずだよね」
効果についてはなんとも言えないところだった。
しばらく続いていた川内の騒ぎ声が不意に止まる。
「せっかんはいやぁ?!」
川内の声が懇願に変わっていた。
「……相変わらず?」
「ごめんなさい、私は何も聞かなかったから」
二人は足早に屋外へ出る。淑女は危うきに立ち寄らないものだった。
10:
さらに数分歩いたところで愛宕が摩耶と鳥海の改二の話を始める。高雄も鳥海の改二の話は初耳だった。
一通りの話を聞き終えてから高雄は確認するように聞く。
「――つまり摩耶が悩んでいると」
「そうなの。あの子、妹離れができてないから」
「正直に言うと私は摩耶の気持ちがよく分かるわ。だから、摩耶のその思いが悪いなんて言えない」
「高雄はそうやって自覚があるからいいのよ」
「どんな理屈かしら?」
「ちゃんと一歩を引けるでしょ。でも摩耶にはまだそれができないの。鳥海が自分で考えて歩いてるのに、今のままだと摩耶がその邪魔をしちゃうんじゃないかな。それってお互いのためにならないと思うの」
「つまり……問題は摩耶自身にあるのね?」
「たぶんね。それで相談はこのこと。どうしたらいいのかな」
問われて高雄は考えるが、名案が思い浮んでくるものでもない。
「言って分かれば苦労はしない……けど」
「こういうのって言われて分かるようなことでもないよね」
「摩耶は突き詰めると何が悩みの種になるのかしら? それが分からないことには」
「うーん、それは確かにそうね」
11:
二人が考えていると愛宕が手を打つ。
「前に話してくれたよね。提督が秘書艦を変えようとしてたって」
「ええ、その頃に色々あったから鳥海が専任で務めるようになったんじゃない」
鳥海が秘書艦に抜擢されたのは偶然の結果だった。
それが提督と木曾との間に起きたとある事件――公称では事故を経て、鳥海の秘書艦という立場は揺るぎないものに変わっていた。
「そこじゃないかな、摩耶の悩みって。提督への不信感から来てるんじゃない?」
「どういうこと?」
「鳥海を馬の骨に取られた、みたいな」
「どこのお父さんよ……ちょっと飛躍しすぎじゃない?」
「そうかしら? 私は結構イイ線突いてると思うけど」
「そこまで言うからには根拠があるんでしょうね?」
「ないよ。でも摩耶を見てたら分かるから」
渋い顔をする高雄の心中を察したのか、愛宕は大げさな身ぶりと一緒に言う。
「私を信用しなさーい」
「してるわよ。だから根拠がほしかったのに……鳥海には黙っておいたほうがいいわよね?」
「上手く伝えられる? 私はできる自信ないよ」
「私もよ。ええと、とにかく提督には私から打診してみるとして、摩耶の説得はしてよね」
「ふふっ、任せて」
こうして二人の会話は方針を得たことで終わった。
屋内で二人は別れ、部屋に帰る道すがら高雄は深呼吸する。そして思い出した。
「あ……忘れてた……」
愛宕にちょっとした頼み事があったのに、それを伝えていなかったのを。
それでも今となっては些末なことになっていた。
鳥海の秘書艦、改二艤装、妹離れ。いくつものことが高雄の頭を過ぎるのに、それはどうにも捉えどころがなかった。
摩耶の気持ちが分かると言った彼女の気持ちに偽りはない。
高雄は自身も妹たちとの向き合い方を変えることになりそうな、そんな予感を抱いていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
12:
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
高雄が提督と話す機会はすぐに訪れた。
翌日、廊下を一人で歩いていた提督と偶然にも出くわした。
挨拶を交わしてすぐに、好機と見た高雄はすかさず切り出していた。
「提督、鳥海のことでお話が。よろしいですか?」
「何かあったのか?」
「大したことではありませんが、艦隊に一度戻してもいいのではないかと」
「もうそんな時期か?」
秘書艦の仕事は片手間でもこなせるほど少なくない。秘書艦に就いていれば、どうしても出撃は制限されてしまう。
ただし、それだと秘書艦が実戦での勘や経験が鈍ってしまうので、定期的に秘書艦から外れて出撃任務に当たるようになる。
鳥海が前回出撃してから、まだ一週間と経っていないと提督は記憶していた。
「早いとは思いますが、鳥海がもう少し準備をしておきたかったと。なんのことかは分かりませんが」
これは真っ赤な嘘だ。
ただ提督は納得した。改二のことが頭にあるために。
「それもそうか。鳥海も言えばいいのに遠慮なんかして」
高雄の予想通りの反応だった。
微苦笑の提督に高雄は内心では申し訳なく思って謝罪していた。と同時に鳥海に軽い嫉妬も憶えていた。
それまでの秘書艦たちがどうしても踏み込めなかった提督の柔らかい部分に鳥海は入り込んでいた。
それ自体は偶然から始まったにしても、そうやって埋まってしまった部分は……よほどのことがなければ、もう代わりが効かなくなる。
13:
「抜けてる間の代わりは高雄がやってくれるのか?」
「それですが以前の話を憶えていますか?」
高雄が説明したのは二ヶ月前の話になる。
「ああ……忘れようにも、木曾や鳥海と結びついて忘れられない」
当時は高雄が秘書艦を務めていて、提督は事務仕事が苦手な艦娘に秘書艦をやらせたいと計画していた。
その時に紆余曲折を経て本来の条件から逸れて秘書艦に抜擢されたのが鳥海だったが、高雄が本来推していたのは彼女ではない。
「でしたら改めて――摩耶はいかがでしょう?」
「くくく……それは俺に摩耶の面倒を見ろということだな?」
提督はいきなり核心を突いてくる。建前のやり取りは意味がないとも言えた。
だから高雄は素直に全て話すことにした。協力を取り付けるために。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
14:
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「なんであたしが秘書艦なんだよ!」
「そういう指示なんだから仕方ないじゃない」
自主トレを終えて部屋に戻ってくると、部屋には愛宕姉さんだけでなく鳥海と高雄姉さんも待ち構えていた。
そしたらいきなり明日からあたしが秘書艦に任じられたなんて妙な話が進んでたし、それを伝える鳥海は面白くなさそうだしで、こっちも面白くない。
しかも理由が分からないと来た。なんなんだか。
神通も明日で三日目になる自主トレは趣向を変えるとか変に張り切ってたし、もしかしてこれから厄日なのか?
「ったく、やってらんねえな」
「それは私も同感だけど……」
「二人とも、そんなことは言うものじゃありません」
高雄姉さんがあたしらに釘を刺すように言ってくる。久々に四人揃ってると思えばこんな話だとか。
「そうよ。せっかくなら楽しまないと」
愛宕姉さんは……まあいつも通りだ。
「他人事だと思って……なあ、実際楽しいのか?」
「……必要だからやるの。楽しいかどうかは二の次」
鳥海の答えは模範的に聞こえるのに、どことなく本心っぽくない気がした。
一瞬言い淀んだせいかもしれないけど、そうじゃない。何かに気づきそうになった顔のせいだ。
15:
これ以上は考えさせたくなくて、あたしはわざと適当に答えた。
「うわー楽しそー」
すると鳥海は優等生らしい反応をしてくれた。
「本当に真面目にやってよね。摩耶はただでさえ計算とか苦手なんだから。言葉遣いはそのままでもいいから」
「分かってるって。それに明日は鳥海も一緒なんだし余裕だろ」
「私がいなかったらどうするの」
本当に呆れたように鳥海は頭を振った。
……鳥海のこの発言は現実になってしまう。
翌日、乗り気じゃないままだったけど鳥海と二人で提督のとこで顔合わせをしていると遊弋中の深海棲艦の一群が発見された。
戦艦やヲ級を含まない小規模から中規模の艦隊が近海で見つかることがこの一月で増えている。
なんにしても見過ごしていい相手じゃないのは確かで、早期殲滅を目標として編成された艦隊の中に鳥海も組み込まれてしまう。
「旗艦は鳥海、二番艦を木曾にして待機の駆逐隊は六駆と七駆か。くくく……いつかを思い出す顔触れだな」
「島風はいませんけどね」
「なら島風も……巻雲と一緒に入れるか。それと実戦慣れさせたいから瑞鳳も入れておこう。任せられるな?」
「はい、任せてください!」
張り切っちゃってまあ……けど報告を聞く限りじゃそんなに苦戦しそうな相手でもないか。
「摩耶、後はお願いね」
「分かった分かった。旗艦が遅れたら示しがつかないからとっとと行けよ」
16:
鳥海を送り出すと提督と二人だけになる。
なんとなく感じる居心地の悪さを隠したくて、思ったことを声に出す。
「島風ねえ。鳥海があたし以外を呼び捨てにするなんて珍しい」
「あの二人も色々あったからな」
あの二人も。も。
普段なら絶対に気にしないような部分が気になる。
「ちゃんと引き継ぎもできてないけど、よろしく頼むよ。摩耶」
「……ああ、任せときな」
あたしは心境とは真逆のことを言っていた。
「ああ、それと神通が午後は訓練させたいって言ってきてるから、午後からはそっちに行ってくれ」
「え」
「くくく……気に入られてよかったじゃないか」
午前は秘書艦業務、午後は神通のしごき。
厄日だと思っていた予感はこの時になって一気に現実味を伴った。
辛い一週間になるのだと。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
17:
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あたしの提督に対する心証は別にして、提督は丁寧に秘書艦の仕事を説明してくれた。
提督が部屋の奥にある執務机に陣取る一方で、秘書艦はその横の壁際で別の机に座って業務に移る。あたしの位置からは提督の横顔が見える。
大半は日々の書類を片付けることになるらしくて、すぐに書類の山と向き合うことになった。
出撃や演習で使用した弾薬や燃料の消費量、逆に輸送されてきた各資材がどのくらいとか、そういうものを全部計算して収支をはっきりさせていく。
なんつーか退屈な仕事だ。
こんな書類仕事を毎日のようにさせられる提督には少しだけ同情するし、これに文句も言わないどころか嬉しそうにこなしているらしい鳥海はちょっと変だ。
「摩耶」
「あん?」
「ペースを落としていいから計算間違いはやめてくれ。さっきから弾薬の数がおかしい」
「マジかよ……悪りぃ、気をつける」
「頼んだ」
それだけ言うと提督は黙々と書類を片付けていく。
別に望んで秘書艦をやってるわけじゃなくても、足を引っ張るってのはあまり笑えない話だ。
うし、ちょっとばかし気合い入れますか。
積まれた書類が三分の一ぐらい減ったところで、さすがに疲れてきた。
頭がどこかぼんやりしてきたところに提督の声が聞こえてくる。
18:
「こんなものか、一回休憩しよう」
「ああ……なんだ、一時間も経ってたのか」
「集中してやってくれたからな。助かった」
「おう、摩耶様にかかれば朝飯前だぜ」
「くくく……そりゃ頼もしい。ところで何か飲むか?」
「何があんだよ?」
「水、麦茶、コーヒー、ラムネ、あと酒なら」
「酒って……公務中だろ」
「酔い潰れなきゃ大丈夫だ。ビールに日本酒、焼酎、ワインとウイスキー。ウォッカとテキーラはない」
本気で言ってるのか?
というより、あたしを試してるのか?
「飲むなら日本酒……って言いたいけどラムネで」
提督は隣にある私室にいくとラムネの瓶を二本持ってくる。手渡された瓶はよく冷えていた。
「……あんがと」
当たり前のように受け取ったけど、こういうのって逆じゃないのか。秘書艦たるあたしが用意しないといけないような。
提督は別に気にしてないようで、開けたラムネの口を手で押さえている。
でも本当は何を考えてるのか分からない。ひょっとしたら腹の中じゃ悪態をついてるってことも。
「……変な物は入ってないぞ」
「そんなこと考えてねーし!」
いつまで経っても蓋を開けようともしないから警戒してるとでも思ったのかも。
19:
提督は……よく分からないやつだ。
あたしら艦娘に気を遣ってるのはなんとなく分かる。敬遠ではないし、かといってへりくだるって感じでもない。
命令もあくまで指示みたいな形で緩いというか従わせようって感じではない。
あたしの持ち合わせてる言葉じゃ上手くは説明できない。
悪人でないのは確かだ。むしろ善人なんだろう。でなければ鳥海だって近づきたがらないはずだ。
ただ、あたしとはあまり性格が合う気はしない。毛嫌いってほどじゃないけど一緒に長くいると窮屈になりそうな。
相性なんて、そんなもんなのかね。
ただ、こういう緩い時間はそんなに嫌いじゃない。
「あー、そうだ。提督に一度聞いておきたかったんだけどさ。鳥海に改二の艤装が届くって本当か?」
「鳥海から聞いたのか?」
「そうそう」
待てよ。まだ噂でしかない話なんだから、公にしちゃまずいんじゃないか。
「待った、聞いたんじゃなくて聞き出したんだ。あたしが勝手に」
「くくく……別に責めたりなんかしないぞ?」
胸の内を見透かしたようなことを言う。
こういうとこが苦手だ。なんとなく踊らされてるみたいで。
20:
「届くのは予定通りなら二週間後。そこから実際に装備してもらって本当に問題がないかテストする必要もあるから、早くとも一ヶ月は見ないと実戦じゃ使えないな」
「改二って今の艤装の発展型みたいなもんじゃないのか? うちらの主砲の二号三号とか後期型みたいな」
「そうだな。元となる軍艦の特に際だった時期を再現した艤装になるんだが……」
これ以上話すのを躊躇ってるようだ。ちょっと嫌な感じだな。
「まさか欠陥品とか曰く付きのもんじゃないだろうな」
「欠陥品じゃないが……曰くはあると言えるな」
提督はあおるようにラムネの瓶に口を付けるが中身は空になっていた。
「摩耶は自分に対応した妖精が艦政本部の工廠にいるのは知ってるな?」
「そりゃ向こうで生まれたわけだしな」
提督が言ってるのは、あたしより先に摩耶の船体から生まれた妖精のことだ。
デフォルメされたあたしたちみたいな見た目で、特にあたしの妖精はあたしに似てるとみんなに言われた。鳥海とか妙高の姉さんもかなり似てるってのに。
「その妖精たちが艦娘の艤装や兵装の試験を受け持つんだ。適正があるかどうかは最低でも分かるからな」
「え、そうなの? 全然知らなかったよ」
「まあ、それはいいよ。改二の艤装も妖精たちが試したんだが……」
言い淀む提督に悪い予感が過ぎった。
「……もしかして死んだとか」
「そんな代物だったら即刻解体だ。妖精たちが急に元気をなくしたり落ち込んだりしたらしい」
「なんだ、それ?」
「さあね。一過性という話だったが、どんな影響を及ぼしたんだか。改二艤装が原因と艦政本部は見てるようだし、話を聞いた限りじゃ俺もそう思ってる」
提督の表情は辛そうに見える。決して軽い話ではないから、か?
21:
「そういう背景があったから届く予定の者には事前に説明してたんだ。噂になってるなら、たぶんその辺から漏れたんだろうな」
「それでみんなはどうするって?」
「全員試してはみると。何もなければいいんだが」
「鳥海のやつ、そんなことは言ってなかったのに」
改二の話をしてた時、鳥海は確かに嬉しそうだった。不安じゃないってことなのか?
「……すまないな」
「なんで謝るんだよ?」
「鳥海に改二の艤装が届くのは完全に俺のわがままだからだ。無理を言って計画を前倒しにしてもらってるんだ」
「……詳しく話してくれよ」
提督が言うには改二艤装の開発は計画に沿った優先順位に基づいて開発されている。
そこを提督が艦政本部に掛け合って、早期開発を要求して実現させたらしい。
「最近は戦果を立て続けに挙げてたから、それなりの要求もごり押しできたんだよ。もっと戦果を挙げたきゃ、有力な艦娘に良い装備をよこせと」
「その結果が鳥海の改二艤装ってわけか」
「そうなるな」
「だとしても提督が謝ることじゃないだろ。鳥海が話を聞いて、それでもやるって言ったんだ。それにあんたが謝れば危険が減るのかよ」
22:
提督は何も言わなかった。黙って欲しいわけじゃないけど、何をどう言ってもらいたいのかも分からない。
舌打ちしたい気分だった。
提督は全てを話してくれてるわけじゃなさそうだけど、話してくれた範囲に嘘はなさそうだ。
隠し事というよりは当事者の鳥海になら話せるけど、あたしに話す必要のないことなら話さないようにしてるだけのような気がする。
詰め寄れば話すかもしれない。でも、そうまでして話させても何も変わらなさそうだ。
だって鳥海は自分で改二艤装を使うと決めた以上、あたしがとやかく言っても聞かないはずだ。
以前の鳥海ならそれでも言う通りにしてくれたかもしれないけど、今の鳥海はそうはならないはずだ。
妹は変わったんだから。
鳥海を変えたのは提督なのか?
あたしにできそうにないことを、こいつが?
あたしにとっての一番が鳥海でも、鳥海にとっての一番はそうじゃないってことなのか?
……いやだ。なんか卑屈だぞ、あたし。
23:
「……もう一本飲むか?」
やっと口を開いた提督の顔には気遣わしげな表情が浮かんでいる。
あんたのせいだ、っていうのは筋違いなのに心のどこかでそう考えてしまう。
「……いらねえ。でも酒だったら飲みたい」
「だめだ」
ほとんど即答で断られた。
分かってた。けど理由が想像と違った。
「酒が入ると嫌なことをかえって忘れられなくなるそうだ。やけ酒なんて言うが、あれは逆に自分を苦しめてるだけなんだとさ」
「……経験有りか?」
「かもな。祝い酒ならよかったけど、今の摩耶に酒は飲ませられないな」
提督は笑ってみせる。不覚にも気取りのない、いい顔だと思った。
……認める。提督はあたしたちをよく見てるし、把握しようとしてる。
上司として見るなら、きっと信用しても大丈夫なんだろう。
「くくく……まあ、これから神通との訓練があるのに、飲ませたとあったら俺もあいつに何されるか分からないしな」
……ちょっといい気分になったらこれだよ。
あたしの提督に対する評価は上がったり下がったりと不安定だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
27:
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
午後の自主トレであたしを出迎えたのは神通と奇妙な機械だった。
全長四メートルはある長方形のそいつは鋼材そのままといった見た目と色で、二股に分かれたアームが両手のように二つ、さらに天板部分には鎌みたいな刃物がついてる。
見るからに危ないやつだ、これ。
「今日はこれで特別な訓練をしてもらいます……つまり特訓ですね」
「あー……なんだこれ?」
「……ドラス君でしたら明石さんと夕張さんが一晩でやってくれました」
「違う、そういうことじゃねえ」
「……どういうことでしょう?」
ダメだ、埒があかねえ。
「もういい。どうすんだ、これ?」
「ええとですね……」
神通がドラス君とやらの後ろにあるレバーを引くと、鎌と左右のアームが上下に動き出す。
見た感じバラバラに動いてるけど、三つのどれか一つは常に正面に降りてくるようだ。
「これを敢えて正面だけから攻めて、刃をかいくぐりながら倒すんです」
「そうか……」
「念のため提督にはバケツの使用許可はもらってますけど、刃先に当たっても少し切れるだけですから大丈夫ですよ」
「何がどう大丈夫なのか全然分かんねえんだけど……」
28:
でもまあ、よく見ると大してくない。初見のインパクトがあるってだけで、タイミングを合わせれば簡単に攻略できそうだ。
「あ……これはデモンストレーションなので、このさでお願いします」
「おま……すぎるだろ!」
神通がレバーを操作すると三つの刃物の動きがくなる。
そのスピードとテンポは包丁が小気味よくまな板の上の食材を刻むとこを連想させた。この場合の食材はあたしだけど。
動きを見てると、逆に進んじゃいけないタイミングで飛び込んでしまいそうな気がする。
「やっぱええよ……」
「……そうですか?」
「そうですかって、んなのは自分がやらないから言えるんだよ!」
「実践してみせればよろしいのでしょうか?」
思わず絶句したあたしの前に神通が立つ。
本気かよ。
声に出すよりく神通が飛び出していた。
両の腕をかいくぐった神通が肩と背を同時に押し当てるように体当たりをする。
ドラス君が激しく揺れる中、頭上からは鎌が落ちてくる。
右脚を引く動きでそれを避けた神通は鎌が上がるのに合わせて左右の掌打を打ち据えていく。
もう一度鎌を避けてから、わざわざ両腕をかいくぐってあたしの前まで神通は戻ってきた。
29:
「今のは一例です。別に私は0.1秒の隙じゃない隙を狙えなんて言ってるわけじゃないんですよ? それに機械である以上、動きに揺らぎがありません。読みさえ当ててしまえばかえって避けるのはたやすいですよ」
「そういうもんか……」
「懐は隙間にしているのでそこに飛び込んでもいいですし、先に頭の鎌をどうにかしてからでもいいです。攻略の道筋はいくつもありますから……あと、私は自分にできない訓練は人にさせませんよ?」
それは逆に言えば、自分にできるならどんな訓練でもさせるってことだろ?
やってみせ、言ってみせ、聞かせてみせ――神通のやってることはそれなんだろうけど、こいつの場合はちょっと怖い。
そう感じてしまうのは、どこかで加減が抜けてるように思えるからなんだろう。
まあ見本まで見せられたら、やらないわけにはいかない。
「……分かったよ」
「ちなみにお勧めは左右を避けてから鎌を白羽取りです」
「絶対に難しいだろ、それ」
「はい……でも見栄えはいいんですよ?」
「見栄えがよくてもなぁ……それともう一つ聞くぜ。これって意味があるのか?」
「そうですね……摩耶さんが想定してる相手は鳥海さんでよろしいですね?」
「……ああ」
別に話したわけじゃないけど、見れば分かるってやつなんだろうか。
30:
「私の見立てでは……摩耶さんと鳥海さんでは、摩耶さんが命中に繋がる有効弾を二度出すまでに鳥海さんは三度目の有効弾を出している……そのぐらいの差があると思います」
「三度目なら、あたしとあの機械の手数の差がそのままの差、ってことか?」
「はい……そこまで単純な話でもないと思いますが、何かの糸口にはなるのではないかと。こちらはよりよく避け、その上で正確に当てられるようにするしかないと思いますし」
神通はさらに続ける。
「それと近くの攻撃を避けられるなら、遠くからの攻撃はもっと簡単に避けられるとは思いませんか?」
「分かったよ。無茶にしか見えないけど無茶なりの理由があるし、神通も考えなしにやらせようってわけじゃないのは」
要はこのドラス君も攻略できずに鳥海に追いすがろうなんてのは無理ってことか。
そう考えれば、この奇妙な訓練にも意義を見出せる。
「……何かきっかけでもあったんでしょうか?」
「うん?」
「駆逐艦の子がふとした弾みで大化けすることってあるんですけど、鳥海さんも同じように……やはり誰かのため、なんでしょうか?」
「さあね……けど、誰かのためにってのはみんなそうだろ。あいつだけが特別なわけじゃない」
そう、特別なことなんかじゃない。つまり、あたしにもなんとかできるってことだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
31:
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
秘書艦に任命されてしまった一週間は忙しいなりにどんどん消化されていく。
自主トレはすでに特訓に名を変えていて、連日の特訓にあたしは疲れ切ってた。
神通の課す特訓はやっぱりネジがどこか外れてるせいで、あたしの体力を確実に削っている。
並行して慣れない秘書艦の務めがあるのも負担になってるんだと思う。
どうやら気づかないうちに参っていたらしいあたしは朝食を食べながら居眠りをしてしまった。
「起きて、摩耶」
あたしを揺り動かしたらしい鳥海は冷ややかな視線を投げかけていた。
その視線にあたしは恥ずかしさと腹立たしさを感じて、すごく居心地が悪かった。
無言で鳥海は正面の席に座る。
なんでもいいから――文句でも注意でも言ってくれたほうがよかった。さっきみたいな目で見られるぐらいなら。
「秘書艦は大変?」
こっちをちゃんと見て話しかけてくる。直前の冷たい目じゃなかった。
「そりゃそうだ、手探りでやってるんだし。けど摩耶様のやることに抜かりなんてねえよ」
「どうかしら」
鳥海はそう断言してきた。
一文字に結ばれた口は固そうで、それでいてもっと何か言いたそうにこっちを見てる。
32:
どういう意味だよ。今のままで満足するなってことか?
「言いたいことあんなら、はっきり言えよ」
「摩耶が十分やれてると思うなら言うことなんてないよ」
なんだよ、それ。
言いたいことあるって顔して、ちょっと匂わせただけでやっぱ何も言わないとか。
分からないあたしがいけないみたいな顔してさ。
「……違うよね、そうじゃなくって」
鳥海が難しい顔をする。何か考え込んでる時の表情だったので、あたしは待った。
「私は……初めからちゃんと秘書艦の仕事ができたわけじゃないの。失敗もしてたし手際もよくなかったし」
考えがまとまったのか鳥海が切り出してきた。
「だから秘書艦になってすぐは何度も仕事の見直しをしてたし訓練も控えめにしてたの。そうしないと身につかないと思ったから」
「やっぱ、そうだよな」
「だからね、執務時間に重なるタイミングで訓練を入れるなんて、おかしいと思わない?」
やっと鳥海が怒ってる理由が分かった。
謝る、と考える前に言い訳が先に出てきていた。
33:
「でも、あれは提督も認めてくれてるし……」
「初日、二日目とかならいいよ。約束もあったかもしれないし」
「だろ?」
「でも、それをずっと続けるのはどうなの? 今日で五日目だよね」
言い返せなかった。そもそも鳥海が言ってることが正しいのは分かってる。
「司令官さんが二人分の仕事をしてるのはおかしくない?」
「けど提督は何も言わなかったし……」
「言わないよ、司令官さんは。すぐに我慢しちゃうし、そうじゃなくても私たちを優先しがちだから」
……ああ、まただ。あたしと話してるのに、あいつのことを考えてる。そういう顔をしてる。
大体、あたしが追いつきたいのも鳥海が一人で遠くに行ってしまいそうだからだ。
そのまま手を掴めなくなってしまいそうで……それなのに。
「司令官さんはなまじ色々できちゃうから、すぐに背負い込んじゃって」
「やめろよ!」
あたしを飛び越えて、あいつを見て、あいつに話しかけるのは!
「なに……?」
怒鳴られて鳥海は困惑していた。そこで余計なことを言ったんだと、あたしはやっと気づいた。
それでも、どうしてだろう。あたしの中に苛立ちがあるのは。
34:
「……なんでもねえよ」
「何よそれ。はっきり言ってよ、摩耶らしくない」
あたしらしくない?
それを鳥海が言うのか?
変わっちまって、あたしの知ってる鳥海らしくないお前が?
黙っていようなんて……土台、あたしには無理なんだ。
「あたしが特訓してるのだって、元はといえば鳥海が!」
「え……待ってよ。私のせいだって言うの!?」
「そうだろ! 一人で突っ走って!」
「いつそんなことしたの! いつも一人で変なことばかりしてきたのは摩耶じゃない!」
「それとこれは別だ、今の話をしてるんだよ!」
「だったら言ってよ! 私がどう先走ってるのか!」
――気づいたら、あたしは鳥海と睨み合ってた。
こんなはずじゃなかったのに。
心のどこかでそう思っても、一度こうして意地を張ってしまえば引き所が分からなくなってしまう。
そんなあたしたちに割って入ったのは神通だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
36:
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
事のあらましってやつを提督に話した。どう考えても黙ったままというわけにはいかない。
「それで明日、鳥海と模擬戦をすることになったと?」
「……そうだよ、悪いかよ」
「まあ、少し呆れてはいる」
そう言う提督は椅子の背もたれに体を預けきっている。
午前中の仕事を一段落させて、今は休憩に入っているところだった。
今ではすっかり馴染みになったラムネの瓶があたしたちの机に置かれている。
「臨時とはいえ秘書艦なんだから、勝手に予定を入れるなと」
「それは本当に悪いと思ってる……」
さすがにあたしだって反省ぐらいする。
けれど提督はいつもの調子と変わらない。
「くくく……まあ今のは建前ってやつだ。それより二人がケンカしてる理由のほうが気になる」
「……それは言えねえ。これはあたしと鳥海の問題なんだ」
というか理由なんて意地を張ったからとしか説明できない。
その意地の根っこには提督も間接的に絡んでる気がするけど、やっぱりそれも伝えられる気がしない。
なんて言うのかな、藪蛇ってやつになりそうな気がするし。
それにあたしと鳥海の問題なら、提督を立ち入れさせたくない。
そうすれば鳥海はあたしだけを見るはずだから。
37:
「もしかして取り止めにするつもりなのか?」
「まさか。理由がなんであれ、その場の勢いで決まったとしても二人には必要なことなんだろう? だったら俺は止めない。逆に見届けなきゃな」
「なんだよ、それ。変なの」
「当人たちにしか分からない、納得できないことなんていくらでもあるからな。そういう場があるなら……全部ぶつけたり吐き出したりした方がいいと、俺はそう思う」
「……そうかい」
「神妙だな、不安なのか?」
そんなわけない、と言いたかったのに言えなかった。その通りだと分かっていたから。
「……そうだよ、あたしは今、怖いんだ」
告白すると提督が椅子に座り直す。
「……情けねえこと言うぞ。こういうの、姉妹で本当にケンカするのって初めてなんだ」
「意外だな。珍しくないと思ってた」
「そう見えそうだよな。今までも怒られることはあったけど、自分に原因があるって分かってた。だからあたしなりに謝れたし反省だってできた。でも今回のは……なんか違うんだ」
「どう違うんだ?」
先を促す提督に、あたしの口は滑らかだった。
「あたしは鳥海が怒るようなことをしでかしたんだろうけど……それでも、あたしはあたしなりに間違ったことはしてなかったつもりだよ。全部否定されたくはないんだ」
そう、そうなんだ。あたしは鳥海に追いついて手を伸ばそうとしてた。それが間違いなんて思わないし言わせる気もない。
38:
「意地なんだろうな。きっと安い意地なんだろうけどさ」
軽く笑ってみせたけど提督は笑わなかった。真顔で聞き返してくる。
「安っぽい意地でケンカしたのか?」
「……そうじゃないけど」
そこで提督は子供っぽく笑った。
「ほら見ろ、安いなんて思ってないくせに」
「う……」
「意地を張ったなら、その意地を安いなんて言うもんじゃない」
「でも……」
「どっちも正しくて、どこかが間違ってるんだろ? だったら全部ぶつけてみるだけじゃないのか」
「だとしても、やっぱり怖いぜ。なんでこうなったか、きっと鳥海にもよく分かってないと思う。それだけにどう転んだって今回の一件は愛想を尽かされるんじゃないかな……」
……鳥海は別になんも悪くなかったんだから。
そう、大元はあたしだ。鳥海の変化を受け入れることができないあたし。
「それはないな。保証したっていい」
「……なんで、そう断言できるんだよ」
「模擬戦が終わったら話してもいいぞ」
「なんだよ、それ。まあいいや、だったら聞かせろよな」
「まずは模擬戦を終わらせないことにはな」
「見てろよな。それと提督、今日は午後もこっちを手伝う……いや、手伝わせてくれ」
「別に手は足りてるが……」
「そう硬いこと言うなって。それに鳥海が秘書艦だったら、やっぱりそうしてただろうしな。それなら、あたしも同じようにしないと不公平だろ」
「……まあ、そこまで言うなら」
「なんだよ、もっと喜んでくれてもいいんだぞ」
「……そうだな」
「いつもみたいに笑ってもいいのに」
明日の模擬戦を気にしてくれてるのか、どこか提督に大人しいものを感じながらも午後も本来の定時まで秘書艦を務めた。
そして翌日。
あたしは模擬戦で鳥海と向き合った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
39:
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
模擬戦は鎮守府近海の一角で行われ、そこに面する形で観客席が設置されている。
元々の用途は軍楽隊のためのステージだったが、現在は日々の演習を見学に来る艦娘ぐらいしか利用していなかった。
が、この日ばかりはにわかに盛況の体を見せている。
鳥海と摩耶の模擬戦の話は鎮守府中に知れ渡っていたようで、哨戒や遠征などの人員を除いたほぼ全員が見学に来ていた。
というか、ちょっとしたイベント感覚なのかもしれない。
周辺を含めて、この鎮守府には娯楽が足りてない。退屈しのぎにはもってこいなのだろう。
娯楽は今後の課題かもしれない……改善できるかは難しいところだが。
こういう考えが思い浮んでくる辺りが余裕の出てきた証明なんだろうか。
……海上にいるのは三人。鳥海と摩耶、それに審判を買って出た神通だ。
「ここにいたんですね、提督」
そう言って近づいてきたのは愛宕と高雄だった。
二人の表情は端的に言えば、それぞれ笑顔と困惑か。
摩耶の独り立ちを手助けしてほしいと言ってきた二人もこんな展開は想像してなかったと思うが……いや、どうかな。
血は水よりも濃い。水には往々にして分からないものだ、血のことは。
40:
「提督はどちらが勝つと思います?」
愛宕はいきなりそんなことを聞いてくる。
「俺は立場上、そういうことは言わないほうがいいだろ」
「考えすぎじゃないですか? コインの表か裏かぐらいの話ですよ」
「まあ引き分けはないんじゃないかな。意外ともつれるかもしれないが……二人こそどう思ってるんだ?」
「私はノーコメントで」
高雄は即座にそう言ってきたので愛宕を見る。
特に考えた素振りもなく答えてくれる。
「私は同室のよしみで摩耶かなぁ」
「くくく……これが賭けなら俺は逆にしないと成立しないな」
……賭けになろうとならなかろうと答えというのは出ている。
やはり、どちらが勝つと思ってるかは言わない方がよさそうだ。
判断じゃなくて希望になってしまっている。
ただ今回は勝ち負けどうこうより、互いに納得できるかどうかが重要なのだろう。
模擬戦には大別して二つの戦い方がある。
一つは互いに同条件下での戦闘。
もう一つはどちらかに有利な条件、もしくは不利な状況を設定しての戦闘。航空機なら一方が高高度を取って頭を抑えるといった具合に。
通常はこれらを組み合わせての三戦か五戦を行うが、今回は同条件下での一戦のみ。
なるほど、今の二人にはそれが一番だろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
44:
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鎮守府近海は波も穏やかで海風が心地よかった。
上空には模擬戦の判定を助けるための水偵が飛んでいる。
今回の模擬戦ではあたしも鳥海も水偵からの情報は得られないことになっていた。
模擬戦前の挨拶、ということであたしたちは声が直接届く距離まで近づいていた。
「なあ、鳥海」
「何?」
昨日、あんなことになったから少し気まずい。
怒ってる風でもないのに目を合わせてこない鳥海もたぶん同じように感じてる……のだと思いたい。
「色々あるけどさ」
言いたいことも聞かなきゃならないことも……ええい、難しく考えんな!
「あたしを簡単に倒せるなんて思うなよ!」
「そんなの……」
鳥海は観客席の方を一度見上げてから、あたしと視線を合わせた。
どこを、というか誰を見たのかは分かる。
少し前なら腹を立てただろうに今はそうならなかった。不思議なもんだ……あたしも影響されてるのか?
「私は……司令官さんの前じゃ絶対に負けたくない。たとえ相手が摩耶でも」
妹は本気で言ってる。だったら姉のあたしにできるのは。
「言ったろ、簡単に倒せるなんて思うなって!」
「……ありがとう」
鳥海の感謝の言葉。その意味があたしには分からなかった。
45:
『あの……そろそろ始めます。それとしばらく敬称略になりますので、よろしくお願いします』
頃合を見計らったように神通からの通信が入る。
こうなったら、とことんまでやるしかない。
少なくとも、あたしには一つの区切りとして必要なことに思えた。だから全力を尽くす。
あたしと鳥海が所定の位置に着くと、神通が主砲を空に向ける。
空砲の煙が模擬戦開始の合図になり――轟音が鳴った。
互いに機関を唸らせ、砲撃を交えながら突撃していく。
ただ直進するのではなく、狙いを絞らせないために不規則に左右に切り返しも混ぜる。
初めは散発的に思えた砲撃も距離が近づくにつれて激しくなっていく。
水柱が近い。そろそろ命中弾をもらってもおかしくない。
演習などの模擬戦で使用するのは実弾ではなくペイント弾になる。
これを先に当てて塗りたくれば大破判定を取って勝利となる。
もっとも、これだけだと装甲の厚みや薄さが反映されないので、艤装には特製のワックスが塗られている。
ペイントを弾く性質を持っているので、これを塗り重ねることで艤装の厚みを擬似的に再現できる。
体には塗れないから……そっちは諦めろってことだ。
何発か当たるのを覚悟していたけど、どちらも命中弾がないまますれ違う。
水上を旋回しながら体を捻って横向きに砲撃を続ける。
こうなると互いに円を描くような形で相手の背中を取ろうとする。
どんな相手でも背面は弱点になる――これは深海棲艦も例外じゃない。
普段はこういう一対一という状況が起きにくいだけで、発生すれば高艦の戦い方としては自然とこうなる。
自分が有利に、相手には不利になるように尻を追い回す。
戦闘機と同じドッグファイト――この場合は巴戦か。
もっとも艦娘の砲撃は角度に自由が利く分、完全に背面を取ることは少ない。そうなる前に優位を取り始めた段階で決着が着くからだ。
46:
最初に命中弾をもらうのはあたし。そう考えてたけど実際は逆だった。
同じように後ろを取ろうとしていた鳥海の周りに生じた水柱が収まると、艤装に黄色いシミが生じていた。
『鳥海、艤装が中破。機関出力を六割に落としてください』
神通の判定に、はっきり分かるほど鳥海のスピードが落ちる。
これはいける。
今の命中は幸運もあるけど、足が鈍ればそれだけ当てやすくもなる。
主砲を交互砲撃から斉射に切り替える。度も優勢な分、あたしがより有利な位置を取れる。
「このまま押し切ってやる!」
――油断してたわけじゃない。そう、後から考えてもこれは油断だったとは思えない。
けれど、あたしの目論見は次の砲撃で打ち砕かれていた。
あたしの斉射が水柱を林立させただけに終わった中、鳥海の放った主砲弾が間近に落ち左手にぶつけられたような振動を感じる。
いくらペイント弾でも完全に衝撃がなくなってるわけじゃない。
『摩耶、小破。左腕の主砲は発射不能』
鳥海はさらに右手の主砲を海面に突き立てると、そこを軸にして強引に軌道を変えてくる。
杭を立てて回転するような動きが終わると、ちょうどあたしと正対する形になった。
火力が落ちた以上、正面からの撃ち合いはあたしの有利とはならない。
あたしも横へ回り込もうと進路を変えつつ撃ち合う。次の着弾でさらに被害が増えて艤装全体にまばらながらペイントが着く。
『摩耶、小破。戦闘能力に変更なし』
次に同じような当たり方をしたら中破――当たり所によっては大破まで持っていかれかねない。
これが手数の差かよ。
鳥海にも少しはペイントが増えてるけど、浅い傷が増えただけって感じだ。
47:
続く砲撃に合わせて思い切って回避行動を取る。
進路を大きく変えて一度立て直す。被害状況で言えば、あたしがまだ優勢なのは変わらないんだ。
避ける位置に動いた、はずだった。
そうじゃないのは結果が示す。
艤装への被害が一気に拡大した。外れた位置に二つ水柱が立ってたけど、残りが全部集中する。
動きを完全に読まれている。これじゃ狙い撃ちだ。
外れた位置に落ちたのも、そっちにあたしが行くかもしれないと予測して保険で分散させてただけに違いない。
「なんだよ、あたしってば」
自然と笑いがこぼれた。
動きを読むってことは、あたしを分かってくれてるってことじゃねえか。
だって言うのに、あたしは鳥海に翻弄されたままとかさ。
「分かってなかったのはあたしか……」
苦い気持ちは砲撃音によって吹き飛ばされていく。
動きを読まれてるんなら、あいつが想定してない行動を取るしかない。
短い時間に考えて一つだけ思い浮かんだ。
普段なら絶対にやらない。それだけに一時しのぎでも効果はあるはずだった。
「これならどうだ!」
度を減させる。ほとんど急停止と変わらない勢いで。
こればかりは鳥海も予想してなかったようで、砲撃は前方の海面を叩くだけで後続も途絶える。
鳥海が照準の補正をしてる間にこっちが先に撃つ。
初めから減するつもりだったから、こっちには狙いがついている。
鳥海が撃ち返すまでの間に三度の斉射を放てた。
48:
一か八かだ。ここで決めないと勝ち目がなくなる。
優位に立っていたはずなのに劣勢に追い込まれていたのはあたしのほうだった。
練度の差――地力の差が出ている。それでも覆せないほどの差じゃない、はず。
神通が最初の砲撃で鳥海の後部主砲二基と魚雷を使用不能にしたと告げてくる。
だけど二斉射目も三斉射目も完全に外れていた。
沈みかけの深海棲艦が尋常じゃない回避を見せ続けて逃げ切った時のような理不尽さを思い出す。
そこに鳥海の砲撃が左右、そして後方に落ちる。直進しなかったら当たりそうな位置に。
仕留め損ねてるけど今度こそ――。
「げっ!」
あたしの目に飛び込んできたのは白い雷跡だった。
このタイミングで届くってことは減してからすぐに発射したとしか思えない。
訓練用の魚雷は酸素を使わないから航跡がはっきりと見える――が、そんなのは問題じゃねえ。
魚雷の進路が直撃コースに乗ってるのが問題なんだ。
「……やってくれたぜ」
さっきの砲撃も含めて、どこに回避しても命中が期待できる。鳥海の攻撃はそういう攻撃だった。
大幅に減したのが今度は仇になった。
魚雷を避けようにも一度落とした度が乗るまでタイムラグがある。
戦艦や空母ほどでないにしても重巡だって重量級になるんだ。
さっきの砲撃で大破判定を取れなかった段階で勝負は終わっていた。
訓練用の魚雷は炸裂しない。黒い影が足下をすり抜けていくのを見送った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
49:
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
神通の下した判定は雷撃命中によってあたしが大破で、鳥海が中破。
結果だけ見れば善戦……かもしれないけど完全にあたしの負けだった。
あたしの命中弾は偶然に近いものばかりで、本当に意図して当てられたのは減後の一回だけだった。それも二度目からは完全に外れてる。
対する鳥海は中破判定を早々に受けたにも関わらず、あたしを着実に追い込んでいた。
だから結果に不満なんてない。
……ないと思ってるはずなのに、なんなんだ。このやり切れなさは。
悔しさとはちょっと違う不完全燃焼感。
まだ動けるのに終わってしまったせいなのか。
それは鳥海も同じだったらしい。
目が合ってそう感じて、後はどうしてそうなったのかはあたしには分からない。
ただ二人とも自然と両腕の主砲を外していた。
海面に落ちた主砲は艤装の影響下にあるから、しばらくは浮力を保ったままだ。
そして、これが沈む前にあたしたちの決着は着くはずだった。
さすがの神通もあたしたちの様子には驚いてるのが横目に見えた。
「鳥海、もう少しだけ付き合ってくれないか」
「もちろんいいよ、摩耶がそう望むなら――ううん、そうじゃない。私も続けたい、続けないとって思った」
ったく、この妹は変なとこがあたしに似てる。
あたしたちは――負けず嫌いだ。
手袋も外す。鳥海なんかわざわざ口で手袋を外すけど、様になってる。
そういや欧州だかの貴族は決闘前に左の手袋を投げつける流儀があるとかなんとか。
あたしたちには関係のない話だけど。
決闘はもうとっくに始まってるんだから。
間を置かず、あたしたちは本気で殴り合いを始めた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
50:
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それが始まった瞬間、観客席が一瞬にして静まり返った。
当然だ。模擬戦後に殴り合いを始めるなんて前代未聞だった。
艦娘たちの中にも血の気の多い者はいるし演習後は気が昂ぶりもする。
それでも殴り合いにまで至るようなことはなかった。今日この時までは。
「あの子たち……提督!」
あの愛宕でさえ本当に慌てている。
ペイント弾ならまず負傷はないが、殴り合いとなれば逆に加減ができない。
そして二人の様子じゃ無傷で済みそうになかった。
止めた方がいい。頭では分かっても。
「止めるな。全部ぶつけさせてやるんだ」
口から出てきたのは真逆の言葉だった。
端から見たら、二人は結果に納得が行かなくて殴り合ってるようにも見えるのだろうか?
確かに納得はまだしてないのだろうけど、それは結果に対してではないはず。
だから止めてはいけないと思えてしまう。
愛宕がなおも何か言おうとして、それを遮るように言っていた。
「妹離れには必要だ」
あの二人も止められるのは望んでないと思えたから。
51:
……胸騒ぎがするが信用してやるしかない。
この場合に怖いのは、どちらかが相手を必要以上に打ちのめすことじゃない。
自分が折れていいところを分かっていなさそうなところだ。
「まったく、どこの男の子だよ……」
今のは差別だとか言われるのか?
そんなことを考えるぐらいだから、不安は当然でもなんとかなると思ってるに違いない。
これだってあの二人には必要なことなんだと……そう思うしかなかった。
それにしても艤装なしとはいえ木曾に殴られた経験のある身としては、ぞっとする光景ではある。
ここにこうしているのも、あの時は無意識に加減してくれていたんだろう。
主砲を零距離で撃ち合うのと何が違うのか分からない殴り合いをしてる鳥海と摩耶を見てると、改めてそう思わざるを得ない。
もしや俺が思う以上に艦娘と近接武器の相性っていいのか?
夕張と明石に真面目に相談してみるのもいいのかもしれない。自分の中の覚めた部分がそんなことを考えていた。
が、とにかく今はそんなのは後回しでいい。
「高雄と愛宕は艤装を着けて、終わったら二人をドックに運んでくれ。それまでは見守ってやってくれ」
この姉二人には酷なことを言ってるに違いなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
52:
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
腹に響くような鈍い音が海上に何度も続く。
足元の海面は激突の度に波打ち波紋を広げている。
数分に渡る殴り合いをしてたけど決着はつかない。
殴られた場所が鈍い痛みになって、疲れが重たく体にのしかかってきてる。
それでもまだあたしも鳥海も引かないまま、がっつり四つに組んで額と額も何度かぶつけて押しつけ合う。
「十三万馬力なめんな!」
「こっちだって同じでしょ!」
「ぐぬぬ……!」
お互いに艤装の損傷判定は無視して、缶はさっきから全力で稼働している。
けど、あたしの体力が限界に近い。攻めあぐねてるように感じる鳥海もそれは同じはず。
「眼鏡……外せよ」
「嫌よ……お気に入りなのに!」
「壊したくないんだけどな!」
「……ありがとう」
いきなり鳥海の腕から力が抜ける。
すぐに前のめりになりそうになった体を引きつつ艤装が後進しようとするも鳥海は指を離さない。
手首を返して拘束を振り解いたところに鳥海の肘が顎を横から振り抜いていく。
ぎりぎりを掠めただけで、なんとか当たらずにすんだ。
一度距離を取って額に浮かんだ汗を拭う。
危ねえ……それに体力的にもしんどい。
けど鳥海も今のを外したのは予想外だったのか表情が曇ったのを見逃さなかった。
向こうも余裕がなくなってきてるってことなのか?
頭への攻撃は、勝負をつけるんなら多分それが一番手っ取り早い。
判断として正しいってわけだ。
53:
肩の力を抜いて少しだけ息を整える。
錬度に差があるといっても、素の状態でならそこまで差があるとは思えねえ。
それか今になって神通の特訓が生きてきたのか……あたしが辛いなら向こうも辛いはず。
……さっきの表情も含めて、あたしにそう思い込ませようとしてるんじゃなきゃいいけど。
今の鳥海はそれくらいやりかねないから恐ろしい。
けど鳥海に余力があってもなくても、あたしが苦しいのは変わらない
そんな相手に小細工を仕掛けるか?
あたしが仕掛けるならとにかく……ああでも鳥海も辛いなら、そういう予防策ぐらい講じたって……。
「……やめだ、やめ」
難しく考えたって推測にしかならねえ。
それに……あたしと鳥海の間にそういうのは要らない。
ああ、そうさ。あたしは嫌だね。そんな余計なもんを持ち込まれるのは。
「行くか」
全力でぶつかって吐き出す――か。あいつの言った通りかよ。
けど、それでいい。
あたしの望みってやつでもあるんだ。
ぶつけてやる。そうしなきゃ何も始まらない。
今、本当に鳥海のためを思うなら――あたしはあいつにとっての障害にならなくちゃ。
とっくに越えてるか?
違うね、そういう問題じゃないんだ。
54:
息を吐いて体に力を入れる。これで最後だ。
あたしを見る鳥海は笑ってた。前と変わらない笑顔で。
なんだよ意味分かんねー……けど、嫌な感じはしなかった。
もしかすると実は初めからずっとそうだったのかもしれない。あたしが気づかなかっただけで。
艤装が軽い唸り音を立てて、ゆっくり鳥海に近づいていく。向こうも微で接近してくる。
波に揺られて上下する体が自然とリズムを刻む。
等間隔のリズムが崩れた時、体が滑るように前へ出ていた。
引き絞った腕を前へと繰り出す。
矢のような拳は迎え撃ってきた鳥海の腕と交錯して―ー
――空が青かった。
初めは自分の見ているものがよく分からなくて、次に来たのは熱くて鈍い胸の痛みだった。
咳き込むと口の中に塩っ辛い水が入ってくる。
間違えてそれを飲み込んでむせてから、海面に仰向けになってる自分に気づいた。
やられた……いや、確かにあたしも当てた感覚はある。
腕が海面に触れて掌までは沈むけど、そこから先はゴムに触れたような感触を返してくる。
艤装は生きてる。けど体が痛いし……それ以上に重たくて力が入らない。
55:
それでもなんとか上半身を起こすと、鳥海もあたしと同じように倒れてるのが見えた。
気の緩みかけた瞬間。
「う、あ――あ!」
鳥海がいきなり仰向けに体を入れ替えると海面を叩くようにして跳ね起きた。
嘘だろ……まだ立つのか……。
俯き気味で表情は見えないし胸を押さえて咳き込んでいて、今にも倒れてしまいそうなほど膝も震えている。
もう限界なのに、それでも鳥海は確かに立っていた。荒い呼吸と覚束ない足取りでも、崩れそうな体を必死に保って。
支えてるのは意地だ。あいつの前では負けたくないと言った、そのためだけに。
「なら、あたしは……」
もう限界なんだし、このまま寝てていい。
あたしはやるだけやったし鳥海は意地を通した。
そうさ、これで全部が丸く収まる。
収まるのに……どうして、あたしまで起き上がっちゃったんだろうな……。
「寝てて……よかったのに」
「自分でもそう思ってたところだよ……」
笑ったつもりだったけど、そういう顔ができた自信はない。
あれだけ限界だと思ってたのに、立ててしまうと少しだけ動けそうな気がしてきた。
どう転ぼうと全力を尽くさなくちゃいけないし、ほんのちょっぴり全力に足りてなかった。
体というより艤装が動く。
普段なら遅いと感じる度でさえ、今は振り回されてしまいそう。
動いたのはいいけど体はやっぱり正直だったらしい。
殴りかかるというより腕を伸ばしただけで鳥海の体に飛び込む。というより倒れこんだ。
鳥海も受け止めてくれる。
「……ごめんね」
何を謝るんだよ。謝るとしたらあたしのほうなのに。
……けど、あたしはそこまでは言えなかった。
受け止めてくれた鳥海の温もりに、あたしってやつはすっかり安心してしまったようで。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
56:
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次に目を覚ました時、あたしはドックに浮かんでいた。
さながら風呂のような様相をしているドックをみんなは風呂と呼ぶし、あたしもそう呼ぶ。
風呂は四つあって程よい温かさの修復剤で満たされている。
バケツのような即効性はないけど、体の怪我を治してくれる効果は変わらない。
隣を見ると――。
「おはよう。もうお昼を過ぎたみたいだけどね」
疲れ切った顔の鳥海が隣の風呂に入っている。さすがに眼鏡は外していた。
「お前、体は……っ!」
聞こうとして胸の鈍い痛みで息が詰まった。
意識してしまうと打撃を受けたとこがしみる。
「無理しないで。私も動くと痛いんだから」
「はは……お互い手酷くやったもんだよな」
「ほんと、そうだよね。でも摩耶相手だったから、ここまでできたんだよ?」
「そりゃあ……喜んでいいのか?」
「……どうかな。それと姉さんたちが運んでくれたの」
「そっか。お礼言っとかないとな。それとも謝ったほうがいいのか?」
「……よく分からないよ」
57:
いつになく弱気に感じる鳥海は湯船に顔ごと浸かる。
それでもいつまでも潜っていられない。息が続かないからな。
顔を上げた鳥海にすぐ話しかける。そうしないと、またすぐに同じことをしそうだった。
「もっと胸を張れよ。ちゃんとあたしに勝ったっていうのに」
「……ごめん」
「なんでそこで謝るんだよ。模擬戦の最後もそうだけどさ」
鳥海は無言だった。
でも横顔を見てると、なんつーか葛藤? そんなのがありそうだった。
あたしと目を合わせたくなくなるようなもんなのか、それ?
せっつきたい気持ちを我慢して、とにかく話してくれるまで待つ。今なら時間だけはたくさん有りそうだし。
「摩耶に八つ当たりしてた」
しばらくするとそう言われた。
「八つ当たり?」
「一昨日の夜、司令官さんに怒られてたの」
一昨日っていうと鳥海とケンカした前の日か。
「なんで鳥海が怒られなきゃなんねえんだよ?」
「気づいてた? 司令官さん、摩耶が秘書艦になってから毎日遅くまで残業してたんだよ」
「え!? あいつ、そんなことは一度も……ああ、言わないんだっけ」
「うん、言ってくれないの。初めの内はそれでも手は出さないようにしてたの。摩耶も初めてのことをいきなり任されちゃったんだし」
「それなのに、あたしが神通と自主トレしてたから……だから怒ってたのか」
話が読めてきた。だけど鳥海は違うとばかりに首を横に振る。
58:
「言ったでしょ、八つ当たりだって。あの日は手伝いに行って……」
そこで鳥海は口を閉じてしまう。
ずっと鳥海に近づこうとしてたのに、あたしでもこれはなんか迂闊に踏み込んじゃいけない気がしてきた。
けど、なんだかもやもやする。
鳥海の話の中心にいるのは鳥海と提督だ。二人の関係がまだあたしの中でどこか落ち着いてない。
「あいつ、提督をどう思ってるんだ? 疎いあたしでもなんつーか……好きそうに見える」
「司令官さんのことは好きだよ」
「あー……その好きを言ってるんじゃなくてな、男と女の好きだ」
自分ですごく恥ずかしいことを聞いてるし言った気がする。
「それは……人間と艦娘だよ? きっと私たちが考えてるよりずっと難しいから」
「答えになってないぞ、それ」
「そうかな?」
「鳥海がどう思ってるかの答えになってないじゃん」
「……摩耶のくせに」
でも、ここまで言われたら聞くまでもないってやつだよな。
はぐらかすってことは図星ってわけだろ?
59:
「司令官さんの力になりたい」
聞こうとしてた答えとはちょっと違うけど、まあこれはこれでいいや。
「ちょっと頼りなさそうだしなあ」
今はもうそんな感じはなくなってきてるけど。秘書艦やってれば少しぐらいは見る目も変わる。
「そんなことないよ。司令官さんは頼っていい人だよ。でも頼りすぎてもいけない人。前に司令官さんが大ケガしたことあるでしょ?」
「木曾の事件か?」
「そうそう。事件じゃなくて事故だけど。あの時、司令官さんを運んだり看病してたんだけど」
覚えてる。ちょうど鳥海が秘書官になって少し経ったころの話だったかな。
思い返してみると鳥海のあいつへのこだわりはこの頃に始まってた気がする。
「その時に思ったの。この人は私たちをよく見てよく知ってる。良いことも悪いことも全部抱えるだけ抱えて最後には独りだけで消えちゃいそうだって」
鳥海は小さく笑った。それは自分自身を笑ってるようにも見えた。
「変だよね、ただの想像なのに。でも、それがすごく悲しくて、嫌だったの」
……妹は何かを感じ取ったのかもしれない。
たぶん鳥海本人にしか分からない――けれど大切なことを。
「だから私はあの人の手をつかみたいの。いつか独りで遠くに行ってしまわないように」
あたしと鳥海はやっぱり変なとこが似てる。
つかみたい相手が違うだけで、そうしたい相手がいるんだから。
あたしも湯船に思いっきり浸かりたくなったから顔ごと沈む。
鳥海があいつの手をつかむなら、あたしは鳥海をつかもう。
いつか二人が消えてしまわないように。そんなふざけたことが起きないように。
あたしもいつまでも記憶の陰に怯えてられないってことか。
60:
「さっき八つ当たりって言ったよな……それなら、あたしも謝っときたい。あたしはずっと鳥海に甘えてたんだよ」
不思議そうな顔の鳥海に胸の内を話す。
これが殴り合いの成果なら残念な気もするけど、ようやく分かった気がする。
あたしは鳥海に手を伸ばしたかったんじゃない。鳥海に手を伸ばしてもらいたかったんだ。
妹を引っ張るつもりが実際のところは甘えていた。
――鳥海が一緒にやってくれるなら大丈夫。あたし一人で決めたわけでも動くわけでもないから大丈夫。
あたしよりも鳥海のほうがしっかりしてたから、それで間違わないと思ってた。
「……そんなことないのに」
「あたしはそう思ってたんだよ。もし八つ当たりしたって気にしてるようなら忘れちまえよ。お互い様だろ?」
そう言っても鳥海はしばらく気にし続けてしまいそうだ。仕方ない、そういう性分なんだから。
でも鳥海は変わった。案外、本当に気にしないかもしれない。
そして今のあたしも変わろうとしてる……うん、まだ変わってないな。そうなろうとしてる途中なだけで。
「あたしらは少しだけ変わって、たぶんそれで少しよくなった。どうせ完璧じゃないしいいだろ、こうやって良くしていくと思えばさ」
「……そうだね。でも素手でどうこうするのは痛いからもうやめようね?」
「だな。摩耶様でもあれは心が折れそうになるし」
あたしたちは笑いあった。
「そうだ。せっかく一緒に風呂入ってんだし、あたしが髪洗ってやるよ」
「いいよ、別に」
「いいからいいから。ちゃんと優しくするぜ?」
「じゃあ私も摩耶の髪を洗う。それならいいよ」
「決まりだな。あたしを大雑把なだけだと思うなよ」
あたしたちの距離はまだまだ変わっていく。
近くなるのか遠くなるのかは分からないけど、いざという時に手をつかめる距離でありたい。
大丈夫さ、きっとうまくやっていける。
あたしたちは姉妹なんだから。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
61:
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
模擬戦の翌日、あたしは最後になるだろう秘書艦業務に就いていた。
最初から一週間だけという話だったし、今後はよほどのっぴきならない事情でもない限りは引き受けないつもりだった。
慣れないもんは慣れないんだ。
……鳥海にも悪いしな。
いつものように初めの一時間は書類仕事に勤しむと、やっぱり提督はいつものように飲み物を持ってくる。
違うのは今日はラムネじゃなくて日本酒を持ってきたことだ。
「おいおい、真昼間から酒かよ」
「くくく……祝い酒ならいいって言ったからな」
「言ってたけど何を祝うんだよ。模擬戦は鳥海に勝てなかったし」
「じゃあ鳥海の戦勝祝いとか」
「嫌味かそれ。けどまぁ確かにそれも悪くねえかもな」
提督はコップに酒を並々と注いでいく。
入れ物にこだわらない大味なとこは男だな、なんてどこかで思う。
杯を交わして――ただのコップだけど口をつける。
甘みを含んだ重たい液体が体の中に落ちていく。
酒に弱い気はないけど、ちょっと気分も良くなってくる。
62:
「そうだ、提督。約束通りに教えてくれよ」
「約束って……何かあったか?」
「おいおい忘れんなよ。模擬戦が終わったら、あたしが鳥海に愛想を尽かされないって言い切った理由を教えてくれるって話だったろ」
「ああ、あれね。鳥海が摩耶の話をする顔を見れば分かる」
「それで?」
「それだけだ」
「なんだよ、それ! あんな言われ方したら特別な理由があると思うじゃん」
「くくく……だが十分な理由だろ。足りないのか?」
「いや、そうだけどさ……ったく、しょうがねえ。まあ間違ってもなかったんだろうし」
今になって乗せられただけのような気がしてきたけど、終わってみれば悪くなかったかもしれないなんて思えてしまう。
あたしたちの関係を見直すいい機会になったのは確かなんだし……二人の関係か。
「なあ提督。あんたにとって鳥海ってなんだ?」
もう酔ってんのか、あたしは?
氷の上に飛び乗るような真似をしてる気がした……けど、今はそれが別におかしいとも感じてない自分もいた。
提督は自分のコップに酒を注ぎ直していた。
63:
「今は一番頼りにしてる秘書艦だな」
「ふーん、そっか。でも、それは秘書艦としてなんだろ? あたしが聞きたいのはさ、もっと個人的にどう思ってるのかだよ」
提督は水でも飲むように酒を流し込んでいた。結構飲むんだな。
「俺は摩耶が羨ましくなることがある。特に最近は」
「なんであたしがここで出てくるんだよ」
「鳥海は摩耶になら砕けた口調で話すからな。それだけ気を許してるってことじゃないか」
「むしろ、あたしに敬語を使った試しがないことのほうが問題だろ。姉さんたちにはたまに敬語で話すのに、あたしには一切なしだぜ?」
そう、あたしには使わない。気を許してるっていうか、扱いがぞんざいなだけかもしれないじゃん。そんな扱いとは思わないけどさ。
そして鳥海が敬語を使い続ける理由はすんなり想像がついた。
「あたしは鳥海じゃないけどさ、あいつはたぶんこう考えてる。親しき仲にも礼儀あり、ってね。それより回りくどいのは苦手なんだ。提督がそう思うのは鳥海ともっと仲良くしたいってことだろ?」
「……もう一歩踏み込んでみたいとは思う」
「やってみりゃいいじゃねえか。あいつは――きっと嫌がらない」
「お腹触ってみたい、と言ってもか?」
「は?」
「摩耶には分からないかもしれないが、あんな健康的な肌を始終見せつけられるのは一種の拷問だぞ」
「知らねーし。ってかあたしも鳥海と同じ服装なんだから、あたしにもそう思ってるのか?」
「……鳥海ほどにじゃないが」
提督は無言で目を逸らした。
「……この変態が。もう勝手にしやがれ」
実際、そんなことを言われたら鳥海はどうするんだろう。あたしにはちょっと想像がつかない。
……けど受け入れそうな気がする。そこまで来ると、後は色々と早そうだ。
鳥海がそうと決めたのなら、あたしにはもう止められない。だったら本当にそうなるかもしれない前に。
「提督、もし鳥海をこれからも秘書艦にしようって言うなら一つだけ約束してほしい。というより……頼みだ」
余計かもしれないことをあたしは言う。
64:
「最期の時まで鳥海の手を離すな。あたしたちにはできなかったことだ」
余計だと思ったのは推定から確信に変わっていた。
そう分かっていても提督にだけは言わずにいられない。
こいつが本当に鳥海を任せるに足る男なのかは結局分からない。けど、それができるかできないかは大事だ。
「約束できない」
……なのに、こいつはこんなことを言いやがる。
文句を言おうとした俺を封じたのは、こっちを見据える提督が一歩も引く気のない男の目をしてると感じたからだ。
「守れない約束はしない――摩耶だって分かるだろ」
睨み合いというよりは軽く、見つめ合うと呼ぶには穏やかじゃない相対はあたしの方が先に折れた。
「だから、あんたは合わないんだ。嘘でもこんな時は約束するほうがいいとは思わないのかよ?」
「言ったばかりだろ、できるだけ嘘はつきたくない。大切なやつに嘘をついたり隠し事をするのは辛いんだぞ」
舌打ちしたくなった。
だってそうじゃないか。きっと提督はあたしの言った通りにしようとする。
約束できないと言いながら、そのために力を尽くしてきそうで。
「やっぱ提督とは合わねえな。嘘でもこんな時は約束できるやつの方が、あたしはまだ好きになれる」
本音を別の本音で隠す。あたしはこうやって核心から遠ざかってしまうんだ。
「くくく……それは悪かったな」
嘘か本当かも分からないことを言う提督はあまりあたしの言ったことを気にしてなさそうだった。
色々あったけど、あたしから見た提督は不器用なバカという評価に落ち着いた。
そして心の整理もついたのか、ちょっとした納得もあった。
鳥海と提督の関係は二人が積み重ねていく関係だ。
あたしが横からとやかく言える時期はもうとっくに終わっていたんだと。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
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