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美城常務「アイドルが従ってくれない」
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1:
思った通りには、ならないものだな
高垣は…まぁ、共感はしないが、彼女なりの信念があった。
城ヶ崎は、私が推した方針に反しているにも関わらず、予想以上の成果をあげてくれた。
アイドルバンドの試みも、私が提供する楽曲では納得してくれないようだ。彼らなりの音楽性を、作りたいと…
私は、なにか間違っているのだろうか
アイドル部門。この大手プロダクション初の試みのために、十分に研究をしてきたつもりだ。海外での研修も終えた。
私の方針で、成果が見込めないはずは無いのに。
そういえば、私が美城に相応しくないと判断したアイドル達も、まだ社内に残っているようだ。
シンデレラプロジェクトの部署から声をかけられたらしい。
2:
そう、この部署だ。方針に納得しないアイドルは、なにかしらここに縁を持っていることが多い。
そして担当のプロデューサーは、なんと私に企画書を叩きつけてきた人物だ。
この社内改革の多忙な時期に、新規企画など通すつもりはなかったのだが…
『アイドルたちはそれぞれのやり方で、個性を伸ばし、成長しています!』
『彼女たちの笑顔が失われてしまうようなやり方は、私にはできません!』
これほど真っ直ぐに反対してきたのは彼一人だった。
どうやら彼のアイドル観は、私のそれとは違うようだ。
…個性、か
部長の手前、あんなことを言ってしまったが、少し見てみたい気持ちもあった。
彼がアイドルの、個性を、笑顔を、どのように魅せてくれるのか。
仮に私が美城への道を間違えているのなら、彼の企画に、答えが見えるのかもしれない。
3:
今西部長(以下部長)「例のアイドルバンドだが、あの企画もアイドルの賛同が得られなかったそうじゃないか」
常務「そうですね。それが何か?」
部長「いやね、彼女らが仕事を蹴った理由にもう少し興味を持つ気はないのかい?」
常務「理由がわかったところで共感はできないでしょう。木村夏樹とは話す機会がありましたが、彼女の考えを理解することはできません」
部長「…もっと大切にしてあげたらどうかね」
常務「十分に良い処遇を与えております。何も蹴られたからと言って、彼女たちの未来を踏みにじるつもりはありません」
常務「それに、方針に従ってくれたアイドルたちはあらゆる面で丁重に扱っているつもりです」
部長「処遇の話じゃないさ。個性だよ。彼女たちの」
常務「…また個性ですか。前も申しましたが、美城のイメージに合うそれであれば大いに歓迎するのです」
部長「そのイメージに合う個性というのが、簡単に決められると思うかね。君に従っているアイドルは、イメージに会わせるために自分の個性を曲げている子も多いんじゃないのかい」
常務「致し方ないことです。合わない個性は、少しずつ変えていくしかありません」
部長「個性を変える、か。君はもっと個性というものを知っておいた方がいい」
常務「そんな曖昧なものをどうやって?」
部長「そうだな。やはり多くの個性に触れてみることが一番だろう。手始めに君がいつも理解できないと言っている彼が担当するシンデレラプロジェクトの子たちから話を聞いてみるのはどうだ?」
常務「…だから効率が悪いと言っているのです」
4:
未央「かっこよかったねー3人とも!私たちの歌を使いこなしちゃって!」
加蓮「いえ、私たちなんてまだまだですよ」
卯月「そんなことないですよ!凛ちゃんとも息ぴったりで…」
凛「そうだね。結構歌いやすかったかな」
奈緒「あ、ありがとうございます」
未央「おおっとしぶりん!私たちを置いて新ユニットなんて、浮気は許さんぞ?」
凛「別にユニット掛け持ちするくらいは普通でしょ」
卯月「ええっ!凛ちゃん別のユニットに行っちゃうんですか…?」
凛「え?いや…もしかしたらって話なら」
凛「でも新しいユニットを作ったとしても、NGを疎かにするつもりはないよ」
卯月「あ…そうですよね。もしかしたらの話…」
未央「そんなに心配しなくたって、しぶりんは私たちを見捨てたりしないよ!」
卯月(でも…そう、もしかしたら…)
未央「しまむー?おーい」
凛「卯月?どうかしたの?」
卯月「え?あぁすみません!ええと…そろそろ私たちもレッスンでしたよね」
凛「そうだね。そろそろ行かなきゃ。加蓮、奈緒、またね」
『おつかれさまですっ!』
さーて、あの2人にまけないくらい頑張って歌っちゃうぞー!
もう、つぎはダンスレッスンでしょ?
卯月(…もしかしたら)
5:
レッスンが終わってから、いつもの広場で休憩してたら、茜ちゃんと、藍子ちゃんに会いました。
私はそれほど接点はないけれど、未央ちゃんはとっても気さくに話しかけていました。プライベートでも何度かご一緒しているそうです。
いいな、そういうの。私は仲が悪いわけじゃないけど、一緒に遊んだりするのは、やっぱりシンデレラプロジェクトのメンバーが多いですかね。
3人で談笑する未央ちゃんたちは、とっても元気で気が合っている感じでした。
未央ちゃんが新しくユニットを組むとしたら、この子達がピッタリです。
凛ちゃんも、加蓮ちゃんと奈緒ちゃんと、とってもいい感じ。あの後私と未央ちゃんも一緒に歌ったけど、一番合ってるのはやっぱり凛ちゃんでした。
この3人は、落ち着いた素敵なユニットになりそうだな。
そして、私は。
常務「どうした。レッスンで無理でもしたのか」
6:
卯月「ひぇ!?あ…常務さん。おつかれさまです」
突然、話しかけられました。目の前に来てるのに、気付かなかった。
常務「先ほどからずっとここにいるな。貧血でも起こしたのか?」
常務「アイドルは体が資本だ。どこか体調が優れないなら担当のプロデューサーに」
時計を見てびっくり。私は20分以上、考え事をしていたみたいです。常務さんに心配されちゃった。
会社ではいろんな噂があるけど、悪い人じゃないみたいです。
卯月「いえ!ちょっと考え事をしてただなんです!それじゃ、私は失礼します」
常務「…何か悩み事か?いや…不安を感じてるといった表情だな」
卯月「へ?」
常務「よければ私に話してくれないか。君の悩みの種を」
7:
私は何をしているのだろう。口出しは一切しないと明言したプロジェクトのアイドルから、彼女の悩みを聞き出そうとしている。
ただ、知りたかったのだ。この部署の、個性だの笑顔だのを信念に置くプロデューサーが担当するアイドルが、いったいどんな悩みを持つのか。
私は自身の方針に従わせているアイドルに、多少なりの無理を強いているのは承知だ。だからマネージャーを多く置いたりして、アイドルの精神的負担を減らすのには気を使っている。
だが彼は、アイドルに合わせて、個性を伸ばす。笑顔を失わないような育て方をする。そんなのびのびとした環境において、何を不安に思うのだろうか。
卯月「えっと…あの、常務さんに迷惑かけちゃうかもしれないですから、その…」
常務「なんだ、私の心配か。構わないよ。予定には少しばかり空きがある。でなければ話しかけたりなどしない」
卯月「そう、ですか」
少しだけ沈黙があって、彼女は口を開いてくれた。
卯月「私、個性がないんです」
8:
個性という単語は、幾度となく聞いた。だが、個性がない、などというのは初めて聞くものだ。
個性がないとはどういうことだろうか。個性とはなんだろうか。
卯月「自分で言うのは変ですかね、あはは…」
常務「…続けなさい」
卯月「常務さんの言ってたこと、プロデューサーに聞きました」
卯月「『個性を伸ばすのは結構、だがそれは美城のイメージに相応しくなければ』ですよね?」
卯月「それを聞いて自分の個性について考えてみたんですけど、見つからないんです」
常務「それで個性がないと悩んでいるのか」
卯月「それもそうですけど…たとえば、私とおんなじNGの凛ちゃんは常務さんの方針に合ってるんじゃないでしょうか?クールで力強い、かっこいいイメージです!」
卯月「未央ちゃんはパッションあふれる元気な子です!常務さんには、あんまり合わないですかね」
なんとも嬉しそうに、自慢げに話すものだ。だがその表情はすこし曇る。個性がないことは、そんなにも重大な問題なのだろうか。
卯月「でも私は、常務さんの方針に合っているかどうかも分からないんです」
卯月「これが自分の個性だと、胸を張って言えるものがなくて…」
常務「個性とは、なんだろうな」
9:
卯月「え?」
常務「知っていると思うが、私はアイドルたちに自らが持ち込んだ仕事を何度か蹴られている」
常務「高垣楓は…大舞台を蹴って、小さな箱でのライブ。君たちも参加していたはずだ」
卯月「はい。…素敵でした」
常務「番組のレギュラーから降板させた安部菜々や、高垣と同じく企画に賛同しなかった木村夏樹は、舞踏会に協力してくれるそうじゃないか」
常務「言い方が悪いが、私が不必要だと判断した色物アイドルたちも、そちらで囲っているのだろう?」
卯月「仲間が増えて、とっても楽しいですよ!」
常務「それは皮肉で言っているのか?」
卯月「あ!いえそんなつもりは!」
常務「冗談だ。なんにしろ彼らは、どうやら自分たちの『個性』を大切にするために、私の仕事を断ったらしい」
常務「だがそんな曖昧なものが、成果が約束された仕事を断る理由になるのだろうか」
常務「つまりは、『個性』の価値が理解できないのだ。君はどう思う?」
卯月「…やっぱり、大事にしたいと思います。私は個性を見つけていませんが、だからこそ、その価値は分かりますから」
10:
卯月「その肝心の個性がいったい何なのかは、わからないんですけどね」
常務「…個性を知るには、多くの個性に触れてみるのが良いそうだ」
卯月「そうなんですか?」
常務「上司からの言葉だ。そうだな、君の所属するシンデレラプロジェクトは既に多種多様の個性が集まってきている」
常務「社内で比較しても曲者だらけだ。良い経験になるだろう」
卯月「そうですね。もっと皆とたくさん、話してみたいと思います!」
常務「プロジェクト以外のアイドルにも話しかけてみてはどうだ。この会社は大きいがために、部署ごとの交流が少ないからな」
常務「きっと君にも合うユニットメンバーもいるだろう」
卯月「ふふっ。常務さん、顔がやさしくなりましたね」
常務「突然何を言っているのだ」
卯月「さっきまでずっと、怖い顔でしたよ。常務さんも悩んでたんですか?」
常務「…そうかもしれないな」
常務「だが君の表情からはまだ不安が読み取れる。後は…」
武内P「島村さん!?なぜ常務とご一緒に」
常務「信頼できる上司に任せるとしようか」
11:
卯月「プロデューサーさん!おつかれさまです」
武内P「おつかれさまです。しかしこれは一体…」
常務「安心しなさい。君の企画に口出しはしないと言っただろう。引き抜きなどもするつもりはない」
武内P「そうですか…いや、ではむしろ、なぜ―――」
常務「所属アイドルのメンタルケアも君の仕事だ。君はその手のことに不得手かもしれないが」
常務「パフォーマンスは精神状態でも大きく変わる。アイドルの様子には常に目を配っておきなさい」
武内P「では、島村さんは…」
卯月「えへへ…あとで相談、させてくださいね」
武内P「わかりました。空いてる時間をお知らせしておきます」
常務「舞踏会、頑張りなさい。君の見つけた答えを私に見せてくれ」
卯月「はい。ありがとうございます」
武内P「…答え?」
卯月「プロデューサーさんにもお話します。私のこと」
常務「よろしい。さて、思ったより長く時間を取ってしまったな。私はこれで失礼する」
武内P「…ありがとうございました」
卯月「ご迷惑をおかけしました」
常務「…舞踏会。失敗は許さんぞ」
武内P「…はい!」
12:
全てを理解できたわけではない。ただ、アイドルが個性を大切にする理由は分かるかもしれない。
私が、あって当然だと、むしろ余計なそれは必要ないとまで思っていた『個性』というものを見つけられず、顔を曇らせる者がいる。
個性とは何か。それはまだ理解出来ない。
だが私は、アイドル島村卯月に少しだけ興味を持つことができた。
個性を持たない彼女が導き出す答えを、じっくり吟味してみたいと思う。
部長(ふっふ…少しは良い表情になったじゃないか)
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