盗賊と終わりの勇者back

盗賊と終わりの勇者


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1:
勇者とくれば
思い浮かべるのは魔王だろ?
数え切れない怪物を従えて
人の世を支配しようと目論む恐ろしき魔の王。
それに立ち向かうのは勇者、神に選ばれた人の子だ。
そこらの酒場でゴツい戦士と年寄り魔法使いを仲間にしたら、長い旅の始まりさ。
勇者は仲間と共に数々の困難を乗り越えて、絆を深めてゆく。
2:
まあ、話しによっちゃあ勇者が女だったり
戦士が女だったり…
無骨な騎士が鎧を脱げば、実は見目麗しい女性だったり。
魔法使いが素性を隠していたお姫様だったりもする。
勿論、全員可愛らしくて美しい。
でなけりゃ誰も見ねーからな。
勇者以外はみな女ってのも、今じゃ珍しくない。
3:
ああ、そうそう
何と魔王が美女だったりもするんだぜ?
果ては勇者と恋するときたもんだ!
まったく、今時のは分からんね。
他には主人公が別の奴で
勇者が敵になったり、憎まれ役になるやつもあったっけな。
中には、実は勇者が魔王だった!なんてのもあるくらいだ。
ま、出尽くした今なら何でもありさ。
4:
あぁ悪いな、話しが逸れた……
勇者は苦難の果てに魔王の城に辿り着き、死闘の末に魔王を打ち倒す。
人の身でありながら強大な魔を討ち、世界に安寧と平和が訪れる。
中には悲劇的な結末を迎えるやつもあるみてえだがな。
まあ、大体こんな感じか?
ただ、今回の勇者の物語はちょっとだけ違う。
いや、俺が知らねえだけで、こんな話しは既にあるのかもしれねえ。
何百年と繰り返されてる演目だけに、こんな物語があってもおかしくねえからな。
5:
それはともかく
この劇場都市で、終わることのなかった勇者の物語は、遂に終わりを迎える。
勇者が勇者を終わらせる為、劇場都市に反発し、長い長い物語に終止符を打つ。
台本なんざ無視!勇者が脚本家に牙をむく!
劇の為に死んでいった役者の命を背負い、真の勇者が立ち上がるのさ!
勇者は脚本家を打ち倒し
人々は台本から解放され、初めての自由を得る。
斯くして、劇場都市は幕を閉じる……
とまあ、今回の劇はそんな『シナリオ』さ。
6:
>>>>
盗賊「ふーん、じゃあ此処はずっと演劇を続けてきた都市なわけか…」
盗賊「で、酒場のマスター、あんたもこのデカイ舞台の役者なのかい?」
マスター「いやいや、俺はただの酒場のマスターだよ。正真正銘の一般人さ」
盗賊「……今のもセリフってことはねえよな?」
盗賊「この劇場都市丸ごと使って劇をする、なんて聞いた後じゃあ信用出来ねえぜ?」
マスター「ま、そりゃそうか…あっ、ところであんた」
盗賊「ん?」
マスター「何しに来たんだ?劇を見に来ただけってわけじゃあなさそうだ」
7:
盗賊「見に来たって言えば見に来たんだけどさ……」
盗賊「まあ、他にも色々と目的があってね」
マスター「……何が狙いか分からんが、気を付けた方がいい」
マスター「この劇場都市でシナリオを乱す奴は、舞台から下ろされる」
盗賊「……なるほどね、憶えとくよ」
マスター「それともう一つ」
盗賊「?」
マスター「劇は、もう始まってる」
8:
バンッ!
盗賊「?!」
「悪名高き盗賊がいるのはこの酒場か!」
マスター「ほーら、おいでなさった」
盗賊「……ハァ、やっぱりあんたも役者かよ。いい演技だったぜ?」
マスター「そりゃどうも」ニコリ
盗賊「(つーか、劇は始まってるってことは、今は入ってきたのが勇者役の役者か?)」
盗賊「(おっ、照明が切り替わって夜になった。流石は劇場都市……)」
9:
勇者「……!!」
盗賊「(こんな間近で主役の演技を見れるなんて、今日はツイてるな……?)」
勇者「………」ツカツカ
盗賊「?」
勇者「おい」
盗賊「えっ、オレ!?」
勇者「貴様が盗賊だな?」
盗賊「いやいやいや!!」
盗賊「確かにオレは盗賊だけど、あんたの捜してる盗賊じゃないぜ?」
10:
勇者「嘘を吐くな!!」
盗賊「はぁ?」
勇者「金の為なら命をも奪う極悪人……私が成敗してやる!」チャキ
盗賊「ちょっ、ちょっと待てよ!あんたは勘違いして
勇者「問答無用!!」
ガキンッ…
ーーお見事!いやぁ、素晴らしいですなぁ
ーーこれぞ迫真の演技、来た甲斐がありましたよ
11:
ーーパチパチパチ…
盗賊「ったく危ねえなぁ、少しは聞く耳持てよ…つーか何で拍手?」
勇者「……ちょっと」ボソッ
盗賊「ん?」
勇者「ん?じゃないわよ、次のセリフはあなたでしょ?」ボソッ
盗賊「いやいや、だからオレは盗賊役じゃなく…」
『シナリオを乱す奴は舞台から下ろされる』
盗賊「……次はどうすりゃいいんだ?」ボソッ
勇者「あなた、舞台に上がると頭が真っ白になるタイプね?」
12:
ーーおぉ、緊迫したシーンですよ
ーー睨み合い一つでも迫力ありますねえ
盗賊「いいから、早く教えろって」
勇者「(はぁ、こんな駄目役者が私の相棒だなんて……)」
盗賊「は・や・く・し・ろ」
勇者「ちょっと抵抗してから私にやられるの」
勇者「それから悔い改めて、人々の為に尽くすことを誓う、分かった?」ボソッ
盗賊「……やられ役にして下僕か…散々だな」
13:
勇者「分かった?それじゃあ、行くわよ?」グッ
盗賊「(まっ、なるようになるか)」
勇者「せいっ!!」
盗賊「(競り合いからの蹴り、これで吹っ飛べばいいのか?)」
ドガッ…ズダンッ…
盗賊「……っ」
勇者「貴様は、その短剣で幾つの命を奪ってきた……」ブンッ
盗賊「!!」
盗賊「(役者なのに動きは本物、何か妙な感じだ。動きが良すぎる)」
14:
カキィン…カランッ…
勇者「(セ・リ・フ)」
盗賊「!!(あーもう、こうなりゃヤケだ。どうにかしてくれんだろ)」
盗賊「……確かにオレは許されない罪を犯した。しかし、全ては母の為だ」
勇者「(アドリブ!?こいつ…いいわ乗ってあげる)」
勇者「母の為に人を殺したと言うのか!!それが母の為になると!?」
盗賊「……重い病を患ってな、不治の病という奴さ……」
盗賊「女手一つ、苦労なんて一切見せずに育ててくれた。強く優しい母、だった…」
15:
勇者「……だった?」
盗賊「悪事に手を染めた報いさ、母は……死んだよ…」
ーーむぅ、彼も中々良い味を出してますな
ーーどうなるんでしょう
ーーしっ…静かに…
勇者「………」
盗賊「少しでも楽にしてやりたい、だから金になることなら何でもやった!!」
盗賊「それが例え人殺しの依頼であっても!!オレは母を救いたかった!!」
16:
ーー母への愛、か…
ーー恋人や娘ではないのか、少々以外だったな
ーーええ、あの若さで母への想いを表現出来るのは素晴らしいですよ
盗賊「(好評でなにより。つーか、母ちゃんかぁ……)」
勇者「(へえ、中々やるじゃない)」
盗賊「殺せ、オレにはもう何もない。母の下へ送ってくれ…」
勇者「……罪に塗れたその魂、母の下へ行けると思うのか?」
17:
盗賊「……ならどうすればいい、教えてくれ(本当に分かんねえ)」
勇者「この劇場都市に、劇と称して数々の命を奪い続ける存在がいる」
盗賊「?」
勇者「悲劇を生むには仮初めではなく、本当の死でなければ意味がない」
勇者「命の終わりは、一際輝くなどと言ってな……」
盗賊「………(これ、演技だよな?)」
勇者「私は劇場都市を終わらせる。劇の度に起きる真実の悲劇を終わらせる為に…」
勇者「……母の下へ逝くのは、降り掛かる悲劇から人々を救ってからにしろ」
18:
盗賊「どういう意味だ」
勇者「今のままでは確実に地獄行きだ、母に会いたければ共に来い」
勇者「貴様の犯した罪は消えないが、悔い改めることは出来る」
勇者「これからは奪うのではなく、救う為に生きろ」
盗賊「!!」
盗賊「……分かった。オレの命は人々を救う為にあると誓おう」
ーーおお、これは素晴らしい
ーーまったくです、これを間近で見られたのは幸運ですよ
ーー二人とも良い役者だ、暗がりながら表情が輝いて見える
ーー互いに決意した瞬間、というわけか
19:
盗賊「(はぁ、やっと一段落か……)」
盗賊「(さっさと退場してえけどそうもいかねえしなぁ)」
勇者「……」ツカツカ
盗賊「?」
勇者「ここは二人とも無言で酒場を出るのよ、まだあがってるの?さ、立って」ボソッ
盗賊「あっ、ああ、わりぃな」スッ
勇者「(さっきのアドリブは大したものだけど、先が思いやられるわね)」ガシッ
ザッザッ…ギィィ…バタン
ーーパチパチパチ
20:
>>>>
脚本家「……役者変更にアドリブか、好き勝手やってくれる」
脚本家「その分シナリオに沿っているとは言えるが、少々やり過ぎだな」
脚本家「このシナリオでなければ消えてもらう所だが、彼の観客受けは実に良い」
脚本家「しばらく好きに泳がせておいた方が此方も面白いというものだ……」
ペラッ…
脚本家「次は魔法使いとの出会いだが……ん?」
ヒラリ…ヒラリ…
脚本家「これは…ふっ、はははっ!」
脚本家「これはいい、ますます面白くなりそうじゃないか!」
ーーー終わりなき 勇者の物語り
ーーー神の脚本 その結末
ーーー舞台の上より 頂戴致します
24:
>>>>
勇者「……」ツカツカ
酒場を出てから一言もなしだ、今んとこセリフは必要ねえってことか。
この後に何があるのか訊こうとしても、そこら中に観客の目があるからなぁ…
しかし流石は勇者サマ、歩く姿も堂々たるもんだ。
視線が自分に集中してるってのに、気にする素振りなんざ微塵も見せねえ。
あれが本物の役者ってやつか。
いや、まあ、そのくらいじゃねえと劇場都市の主役に選ばれねえか。
25:
勇者「観客の目が邪魔だ。盗賊、裏道に入るぞ」
盗賊「ん?ああ、分かった(これもセリフか?)」
劇場都市のど真ん中、劇場大通り
そこからわき道へ抜け、どんどん人気のない道を進んでいく。
いつの間にやら、天井は星のきらめく夜空に変わってる。
ここじゃ朝も夜も取り替え放題、正に劇の為の都市ってわけだ。
ん?本当に人気がなくなってきたな……
後を付けてた観客の姿もねえ。
何だか解放された気分だ、妙に力が入っていたのか肩が凝る。
しかしなぁ、まさかこんな形で舞台に立つとは思わなかったぜ。
26:
勇者「……」ピタッ
盗賊「?」
勇者「ふーっ、やっと撒いたわね。座りましょ?」
盗賊「えーっと、これは休憩?」
勇者「まあ、そんなところね……」
盗賊「あー、すっげえ疲れた」ストン
勇者「ねえ、一ついい?」
盗賊「どーぞ」
勇者「あなた、役者じゃないでしょ?」
盗賊「うん」
勇者「……随分あっさり認めるのね」
27:
盗賊「演技は下手なんだ、幾ら取り繕ってもバレるに決まってる」
盗賊「それに、一流の役者に嘘は通じないだろ?」ニコッ
勇者「当たり前でしょ?」
勇者「あなた、顔はいいんだけど他はまるで駄目よ」
盗賊「は、はぁ…すいません」
勇者「酒場のアドリブは良かったけど、外に出た途端に気を抜いたでしょ?」
勇者「立ち姿もなってないし、歩き方もなってない」
勇者「素人ね、素人」
28:
盗賊「オレなりには頑張ったんだけどな……」
勇者「はぁ…あなた、夜場面の照明に助けられたようなものよ?」
勇者「歩いてる時も、やたら観客の視線気にして落ち着かない顔してるし」
盗賊「それは本業が盗賊だからさ、クセみたいなもんだよ」
勇者「盗賊?本物の?」
盗賊「酒場でそう言ったろ?オレは盗賊だってさ」
勇者「……だから間違えたのね」
29:
盗賊「ん?」
勇者「私、てっきり役に入りきってると勘違いしたのよ」
勇者「あなたが本物の盗賊だなんて知らずに、この人が『盗賊役』だってね」
勇者「本物がいたら勝てるわけないわ……盗賊役には申し訳ないことしたわね」
盗賊「まあまあ、過ぎたこと考えても仕方ねえよ」
勇者「……はぁ、このミスがどれだけのことか分かってる?」
盗賊「分かるさ、でもオレには力強い味方がいる」
勇者「味方?盗賊仲間ってことかしら?」
30:
盗賊「違う違う、味方ってのはキミだよ」
勇者「私?」
盗賊「ああ、オレには主役の勇者サマがついてる」
盗賊「例えオレがド下手な演技をしようが、どんなヘマをしようが……」
盗賊「一流の役者が何とかしてくれる、だろ?」ニコッ
勇者「……あぁ…何だか頭が痛くなってきたわ」
盗賊「ははっ、オレは大船…いや、豪華客船に乗ってる気分だよ」
勇者「……私は泥船漕いでる気分よ」
31:
盗賊「あのさ」
勇者「何?お金ならあげないわよ」
盗賊「そのつもりならもうとっくに盗んでる。そうじゃない」
勇者「………」
盗賊「この劇の結末は勇者役の勝利、脚本家役の敗北なんだろ?」
勇者「……ええそうよ、あくまで劇中での出来事だもの」
盗賊「オレはそれを本当にしたいんだけど、どうかな?」
勇者「!!」
盗賊「キミが酒場で叫んだセリフは演技じゃない。あれは本心だ」
32:
勇者「何を根拠にそんなことを……」
盗賊「さっき言ってたろ?本物には勝てないってさ」
盗賊「あの時の表情は本物だと思った。どうかな?」
勇者「………」
盗賊「答えたくないなら別にいい、オレがそうしたいだけだから」
勇者「あなた、一体何が目的なの……」
盗賊「うーん、何だろうね?」ニコッ
勇者「真面目に答えて」
盗賊「物語に囚われ続ける終わりなき勇者……の、終わり」
勇者「……えっ?」
盗賊「いや、目の前の麗しき君の自由かな」
34:
勇者「………」
盗賊「どうした?」
勇者「別に何でもないわ」
勇者「よくもまあ、そんなセリフを言えるものだと思っただけ」
勇者「まあ、今の演技はいい線いってるんじゃない?」
盗賊「演技?今のは本気だぜ?」
勇者「………」フイッ
盗賊「大体、女に戦わせるってのが気に入らねえんだよなぁ」ウン
盗賊「マスターの言う通りだぜ、最近の脚本家の考えることは分かんねえ」
35:
盗賊「あ、ところで、これからどうするんだ?」
勇者「……(こんな素直な、正直な人が劇場都市いるなんて皮肉ね)」
勇者「(この人は演技が下手なんじゃない。演技が出来ない人……)」
盗賊「?」
勇者「(ねえ、この人になら、話してもいいの?)」
盗賊「大丈夫か?」
勇者「え、ええ、大丈夫よ。なにかしら?」
盗賊「だから、これからどうするんだ?」
勇者「劇場大通りへ戻って、魔法使いに会うの」
36:
盗賊「いいのか?」
勇者「えっ?」
盗賊「オレも一緒に行っていいのか?本物の盗賊だぜ?」
盗賊「オレは目的を言ったけど、まだキミの気持ちは聞いてない」
勇者「……ごめんなさい。少し、考えさせて」
盗賊「そんな顔すんな、話したいときに話せばいいさ。いきなり話せって方が無理だ」
盗賊「ほら、誰にだって秘密はあるもんだろ?」
勇者「……あなたには、あなたには秘密はないの?」
盗賊「それは秘密」
勇者「(彼の、この笑顔は何だろう……)」
勇者「(自分が勇者であることを、役者であることを忘れてしまいそうになる)」
37:
盗賊「うっし、休憩は終わりだな。行こうぜ」
勇者「待って、照明が夜から昼、朝へ変わる前に言っておくわ」
勇者「明るくなれば誤魔化せなくなる。良くも悪くもあなたは目を引くから」
盗賊「げっ…どうすりゃいい?」
勇者「何もしなくていい」
盗賊「は?」
勇者「あなたは自然体でいいの、下手に演じようとしない方がいいわ」
盗賊「え、何で?」
勇者「それはあなたが……」
盗賊「なんだ?」
勇者「何でもないわ……盗賊、行くぞ」
盗賊「はいはい分かりましたよ、勇者サマ」
40:
※※※※
今の職業に不満があるそこの貴方!
ぜひぜひ、劇場都市へお越し下さい!
子供の頃の夢、劇場都市なら叶えられます!
芸術家、詩人、歌手…
バーのマスターから魔法使いまで……
どんな職種も思うがまま!
さあ、劇場都市にお越し下さい!!!
なりたい貴方に、貴方が望む貴方に、必ずなれます!
さあ、迷っている貴方、劇場都市へ行こう!
注・演劇とはいえ、起こる出来事は『全て』本物です。
あなたの喜劇、あなたの悲劇は本物なのです。
職種演技指導はこちらで行いますのでご安心下さい。
年齢性別は一切問いません。
職種は何度でも変更可能(その際は別途料金が発生します)
ーー夢見る貴方の劇場都市より抜粋
41:
>>>>
勇者「警戒を怠るな、脚本家は何処かで必ず見ているはずだ」
盗賊「ああ……(雰囲気も表情もさっきとはまるで違う)」
盗賊「(軽々しく話そうものなら何されるか分かんねえな)」
ーーおお、出てきたぞ!
ーーあれが勇者か…何とも美しく凛々しい
ーーわぁ、私もあんな格好いい女性になりたいなぁ
ーーきゃー、盗賊さーん!こっち見てー!
ーー顔でしか判断出来んのか、これだから女の観客は……
42:
ーーおや、盗賊の彼、観客である我々にも警戒しているようですね
ーーええ、あの目が素敵ね、彼の演技は新鮮だわ
盗賊「(なるほどね、自然体でいいってのはこういうことか)」
勇者「盗賊、あれを見ろ」
盗賊「?」
勇者「この延々と続く劇場大通りの先、塔があるのが分かるか?」
盗賊「……ああ、ぼんやり見えるな」
43:
勇者「あれは神の塔と呼ばれている」
盗賊「神の塔、ね……」
勇者「この劇場都市では、脚本家が神と言っても過言ではない」
勇者「紡がれる物語の創造主にして、この都市の破壊者だ」
盗賊「……破壊者」
勇者「そうだ、劇の為なら命を奪い、都市すら破壊する」
勇者「それが私の、勇者の打ち倒すべき敵……」
44:
盗賊「……それは本気なのか」
勇者「……ああ、私は奴を討つ」
勇者「奴がいる限り、勇者の物語は終わらない」
勇者「今まで劇中で失われた数多の命、奴の演出する悲劇……」
勇者「それら全てを、私が終わらせる!」
ーーうーむ、長年見てきたが、今までの勇者役とは格が違う
ーーこれは歴史に残るシーンかもしれん
ーーいやはや、声が出ませんでしたよ
ーー異色作って言うから悩んでたんだが、見に来て正解だったな
45:
盗賊「(今のセリフが答えってことでいいのか?それとも……ん?)」
盗賊「なあ、あいつは誰だ?こっちに来るぜ?」ボソッ
勇者「きっと魔法使いよ、痺れを切らして来ちゃったみたいね」ボソッ
魔法使い「やあ、遅いから迎えに来たよ。おや、彼は?」
勇者「彼は盗賊、きっと頼りになるだろう」
魔法使い「へえ、盗賊……盗賊だって!?」
魔法使い「金の為なら命を奪う人殺し!大悪党じゃないか!」
盗賊「(ひでえ言われようだな……まっ、ここは勇者サマに任せるか)」
46:
勇者「彼はこの都市の人々を救うと誓った。問題はない」
魔法使い「そんな安い誓いがあるものか!信用出来るはずがない!」
魔法使い「勇者、考え直すんだ、いつ背中を刺されるか分かったもんじゃない」
ーーなにアイツ、盗賊様に向かって…
ーーまあ、当然の流れだな
ーー盗賊か、オレはあんまり好きじゃないな
ーー男の嫉妬は醜いわよ
ーーけっ、顔がいいだけじゃねえか
47:
勇者「ならどうする?」
魔法使い「簡単なことだよ」ガチャ
盗賊「勇者、下がれ!!」グイッ
勇者「!?」
ゴウッ…ボォォォッ…
盗賊「……てめえ、何しやがる」
魔法使い「あらら、避けられちゃったか」
魔法使い「今の魔法で二人とも燃やすつもりだったんだけど……」
48:
盗賊「何が魔法だ、火炎放射器じゃねえか」
魔法使い「この劇場都市で、そんな夢のないこと言わないでくれるかな」
勇者「魔法使い、まさか貴様!!」
魔法使い「脚本家がもっと盛り上げたいらしくてね、シナリオ変更だよ」
魔法使い「私としても、こんな見せ場を貰えたのはラッキーだ」
盗賊「……なあ、これもシナリオの内か?」ボソッ
勇者「いえ、こんなの知らないわ」ボソッ
魔法使い「さて、観客も沢山いることだ。始めよう」ガチャ
魔法使い「裏切り者は悲劇は起こす。例え、やられ役だとしても……」
勇者「……………」
49:
勇者「魔法使い、止めろ。今なら間に合う」
魔法使い「これは私の見せ場だ、邪魔しないでくれないか?」
盗賊「っ、何見てんだ!さっさと逃げろ!」
ーーこれも演出でしょ?
ーー少し離れれば大丈夫だろ
ーーおぉ、熱気がここまで伝わってくる
ーー凄い迫力だな、持つのも大変そうだ…
魔法使い「…哀れな観客だ……燃えろ」
勇者「よせっ、止めるんだ!!」
50:
ーーお、おい、こっちに向けてるぞ?
ーーまさか本当に…
トントン…
魔法使い「!!」クルッ
盗賊「役者が観客を殺すなんてちっとも笑えねえな」
魔法使い「(こいつ、いつの間に……)」
盗賊「それにオレは、悲劇を止めると誓ったんでね」ニコッ
勇者「……盗賊…」
魔法使い「っ、燃えろ!!」
ゴウッッ…ボォォォッ…
51:
勇者「盗賊っ!!」
魔法使い「はははっ、燃えろ燃えろ!骨まで燃えろ!」
勇者「……魔法使い、貴様っ!」ダッ
魔法使い「おっと、それ以上近付くな」ガチャ
ゴウッ…
勇者「くっ…」
魔法使い「剣で魔法に勝てるとも思っているのか?愚かな奴だな……」
盗賊「そんな魔法じゃ、オレはちっとも燃えないけどな」
勇者「!!」
ーーきゃー、盗賊さまー!
ーーふぅ、本当に燃えちゃったのかと思ったよ
ーー彼はスタントも出来るのか、凄いな……
52:
魔法使い「ど、どこだ…」
盗賊「ここだよ、放火魔法使い」
ーーおいっ、あそこだ、パン屋の屋根の上!
ーーあの一瞬でどうやって……
ーー私決めた、彼のファンになる
ーーあんな役者は見たことがないな…
魔法使い「私は放火魔じゃない、魔法使いだ!」
盗賊「ははっ、そんな炎じゃパンも焼けねえよ。ほら、これ使いな」ポイッ
魔法使い「……箒?」
盗賊「ほら来いよ、魔法使いなら箒で空飛べんだろ?」
53:
魔法使い「馬鹿にするな!!」ベキッ
盗賊「どうした、顔が真っ赤だぜ?顔から火を噴くつもりか?」
魔法使い「っ!!」
ーーはははっ、これはいい
ーーあっという間に盗賊のペースだな
ーーさっきまでの雰囲気が嘘みたい……
魔法使い「なら、最大火力で燃やしてや
勇者「いつまで下らない会話を続けるつもりだ?」
54:
魔法使い「!?」
勇者「まさか主役を忘れたわけではないだろうな?」
ザンッ!
魔法使い「がはっ…」ガクン
勇者「舞台から下りろ、然もなくば……殺す」
魔法使い「舞台を下りるくらいなら、死を…選ぶ……」カチッ
勇者「っ、自爆!?」
ズダンッ!
盗賊「あんまりシナリオ乱すと、舞台からおろされるぜ?」ガシッ
55:
魔法使い「!?」
盗賊「すぐ戻る」バシュッ
ガギッ……
勇者「ちょっと待って、何を
盗賊「大丈夫さ、悲劇は起こらない」
勇者「えっ…」
ギュララララ…
魔法使い「……どうするつもりだ」
盗賊「劇の度に生まれる悲劇はもう沢山なんだとさ」
魔法使い「……私は役者だ、舞台の上で死ねるなら本望だ。離してくれ」
56:
盗賊「嫌だね」
魔法使い「このままではお前も死ぬぞ」
盗賊「あんたは生きたくないのか?」
盗賊「こんな劇が最後の舞台でいいのか?それがあんたの本望だってのか?」
魔法使い「………」
盗賊「舞台なんて世界中にあるんだ、あんたは自分で舞台を狭くしてるだけさ」
盗賊「今の魔法使いより素敵な魔法使いに、あんたならきっとなれるよ」
魔法使い「!!」
盗賊「さあどうする?」
盗賊「背中の燃料と腕の噴射機、あんたが外せば生きられるぜ?」
58:
ドガンッ!
ーーな、何だ?爆発!?
ーーあいつ、本当に自爆するつもりだったのか?
ーーまさか、これも演出でしょ
ーーいや、こんな危険な演出、あるはずがない
ーーじ、じゃあさっきのは全部本当だったってこと?
ーーいや、でも無事だったわけだし大丈夫だろ
ーーあの盗賊は、我々を救う為に死んだというのか?
ーー『…………………』
ズダンッ!
盗賊「皆様方、花火はお気に召しましたか?」ニコッ
ーー『キャーッ!!』
ーー『ワアアアア!いいぞー!!』
勇者「まったく、シナリオなんてとっくにめちゃくちゃじゃない……」
62:
>>>>
脚本家「魔法使い……彼を相手によくやった方だが、やり過ぎだ」
脚本家「……一度崩れた物語は修復出来ない、この先は全てがアドリブになってしまう」
脚本家「少しでも修正しなければならないな。多少、強引であっても……」
脚本家「……しかし、彼があそこまで影響を及ぼすとは……」
脚本家「今や盗賊役ではなく、彼自身が観客に受け入れ始めている」
脚本家「……面白い存在だが、少々目障りなのも事実……」
脚本家「まるで彼を中心に世界が……」
脚本家「いや、いるわけがない!彼女以外にそんな存在はいない!」
脚本家「……これまで創作した何よりも、彼女は輝かしく自由だった」
脚本家「彼女の物語は、決して終わらせない……」
63:
>>>>
ーーパチパチパチ!!!
盗賊「ふーっ、何とかなったな!!」
勇者「そうね、もう誰が主役か分かったもんじゃないわ」
盗賊「怒ってる?」
勇者「怒ってなんかないわ、ただ悔しいだけよ」
盗賊「悔しい?何で?」
勇者「この都市に響き渡る拍手を一身に受けるあなたが羨ましいの!」
盗賊「ははっ、今なら大声で話してもバレねえし、良かったろ?」
64:
勇者「まあ、そうね……」
勇者「私、舞台でこんな風に話したのは初めて……」
勇者「もしかしたら、観客がこんなに喜んでるのも初めてかもしれない」
盗賊「そりゃあ流石に言い過ぎだろ」
勇者「本当よ?きっと、これが見たかったのよ……」
盗賊「?」
勇者「演劇ではなく、人間が生み出す本物の感動や驚きを……」
65:
盗賊「演劇に飽きてるってことか?」
勇者「皆は気付いてないでしょうけどね……」
ーーパチパチパチ!!!
ーー『ワアアアアッ!!』
勇者「この拍手と熱狂を見れば一目瞭然よ」
盗賊「へえ、オレには楽しんでるようにしか見えないけどな」
勇者「はぁ…今更だけど言っておくわ」
盗賊「なに?」
勇者「素人のくせに目立ち過ぎ、あなたの所為でシナリオはめちゃくちゃ」
盗賊「うーん、もういいんじゃねえかな?」
66:
勇者「えっ?」
盗賊「だって勇者の、いや、キミの物語はそういうシナリオだろ?」
勇者「だからってここまで……まあいいわ…」
勇者「それより魔法使いはどうしたの?彼は無事なのよね?」
盗賊「勿論、今頃劇場都市を出て新しい舞台を捜してるはずさ」
勇者「……そう、じゃあ私達も行きましょ?今なら姿を隠せる」
勇者「あなたに話したいこともあるから……」
盗賊「……そっか、じゃあ行こうぜ」
67:
ーー飲め飲め!
ーー踊れ踊れ!
盗賊「ははっ、まるで祭りだな」
勇者「私達なんて要らないみたいね、あれだけ騒いでるんだもの」
盗賊「何言ってんだ、主役だろ?」
勇者「ふふっ、そうね。そうだったわね……」
勇者「ねえ……」
盗賊「ん?」
勇者「……花火、綺麗だった」
盗賊「また見せてやるよ、もっと綺麗なやつ」
勇者「……楽しみにしてる」
70:
>>>>
街灯もない裏道の裏道
劇場大通りの熱気と歓声も、此処にはほんの少ししか届いてこない。
劇場都市の映し出す星空だけが、この舞台唯一の照明。
星明かりは勇者の髪を照らし、盗賊の存在を浮き彫りにした。
揺れる金色の髪はきらきらと輝いて、作られた星空は悔しそうにしている。
やがて星空は涙した。
この悔し涙は
観客の熱気を冷ます為に流されたのかもしれない。
71:
冷えた雨粒に濡れながら、二人は歩く。
勇者も盗賊も、あれから無言のままだ。
雨音は激しさを増し、劇場都市を包み込む。
遂には熱気も歓声も、裏道に響く靴音さえも掻き消された。
星空は姿を消して、暗闇が現れる。
変幻自在の劇場都市が作り出す、偽りの暗闇。
ふと勇者は立ち止まり、古ぼけた家を指さした。
どうやら此処が目的地だったらしい。
72:
当然明かりはなく、家の中は真っ暗闇。
盗賊の眼が暗闇に慣れた時には、既に勇者が暖炉に火を灯していた。
古くからこの場所を知っているのだろう。
何処に何があるのか分からなければ出来ない所作だった。
外観こそ古いものの、中は比較的新しく、埃もない。
勇者は盗賊を気にする素振りも見せず服を脱ぎ、着替え始めた。
盗賊も大して驚くこともなく、渡されたタオルで髪を乾かす。
二人は暖炉の前に座り、しばしの無言ののち、勇者は語り始めた。
73:
>>>>
パチッ…パチパチッ…
勇者「今は裏道だけど、この辺りにも人が住んでたの……」
勇者「けど、劇の為に燃やされた。随分昔のことだけど今でも憶えてる」
勇者「あの時の勇者は助けに来なかったわ。ただ、焼けた家を見つめてた」
勇者「悲しそうに、済まない、なんて呟きながらね……」
勇者「勿論演劇よ?私達は知らなかった。知らされてもなかった」
勇者「当然よね?知らされてたら逃げるもの……」
勇者「勇者の悲しみを演出する為だけに、私は家を、家族を失った」
74:
勇者「きっと私の他にも沢山いるわ。でもね?」
勇者「誰も劇場都市から出ようとしない、夢から醒めようとしないの」
勇者「皆、夢を見てるのよ……起きている事は全て現実なのに……」
勇者「自由を望んでいる人なんて、実は少ないのかもしれないわね……」
勇者「そもそも疑問に思ってる人がいるかどうかも分からない」
勇者「寝心地の良い、夢見る都で、私だけがおかしいのかも……」
75:
勇者「……ごめんなさい、回りくどいわね」
勇者「何をどう言おうと、私のしようとしてることは復讐」
勇者「その為に生きてきた、だから演技も剣術も頑張れた……」
勇者「それを分かった上で、脚本家は私を選んだのよ……」
勇者「私が演じた方がリアリティがあるから、ね?」
盗賊「こんな時まで無理して笑うなよ」
76:
勇者「えっ?」
盗賊「泣きたきゃ泣いてもいいんだ」
盗賊「此処にはオレしかいないし、泣き声は雨が消してくれる」
盗賊「でもさ、復讐の為だけに生きてきたなんて寂しいこと言うなよ」
盗賊「勇者の終わりが、キミの始まりなんだから」
勇者「!!」
勇者「ふふっ、あなたって…本…当に…グスッ…」
ギュッ…
勇者「あっ…」
盗賊「泣き顔は、誰にも見られたくないだろ?」
勇者「……バカ」
パチッ…パチパチッ…
盗賊「雨が止んだら塔に行こう。何か仕掛けてくる前に」
勇者「……そうね…きっと、私達を捜してる……」
79:
>>>>
この雨音も、彼女と聴いた音色の一つだ。
雨宿りしたのは何処だったろうか……
確か、空き家に入って暖をとったのではなかったか。
暖炉の前で寄り添い、語る内に、瞬く間に夜が明けた……
そう、ちょうど、今の彼等と同じように……
記憶とは何と残酷な存在だろうか。
瞼を閉じれば彼女の笑顔が浮かび、笑い声さえ聞こえてくる。
80:
誰よりも自由で
世界に愛されているような女性だった。
しかし彼女は世界から消え、以来、私は動けなくなった。
何度恨み言を吐いただろう、涙など一晩で涸れ果ていた。
あの日以降、私の時は動いていない。
今でも疑問なのは、自ら命を断たなかったことだ。
私は彼女を捜した。
彼女なら、ひょっこり現れてもおかしくないと思えたからだ。
願いなどではなく、本当にそう信じていたのだろう。
81:
どれだけの間、捜していただろうか……
ある日、私は一つの結論に行き着いた。
進めぬのなら、戻れぬのなら、繰り返せば良いのだ。
輝かしいあの日を、彼女との日々を、繰り返せば良い。
その為に舞台を作り上げ、脚本を描き続けた。
ありし日の彼女を、レコードのように、繰り返し再生する為に……
いつの日か、劇場都市などと呼ばれるようになった。
忘れることも出来ず、前へ進むことも出来ない。
そんな、彼女を夢を見て眠る日々が、形を成した瞬間だ。
82:
それ以降も私は脚本を書き続けた。
彼女を主人公に、数多くの作品を作り出した。
役者が男であっても似通った部分が一つでもあれば採用し、主人公にした。
それが勇者、名は一つでありながら無限の物語を生きる存在。
虚像でも、その内側に彼女の姿を垣間見られるのならばそれでいい。
それで十分だと、そう思っていたのに、彼女は蘇った。
あの頃のままの姿で、劇場都市に蘇った。
彼女でないのは分かっているが、紛れもなく彼女だ。
長らく止まっていた時は動き出し、私はペンを走らせた。
83:
こうして完成したのが、終わりの勇者だ。
以前から構想はあったが、最後にしようと決めていた物語。
私は劇の為に悲劇を生み出し、命さえも感動の材料にした悪党。
私の作り出した勇者が、私を裁く。
彼女は勇者から解放され、私は彼女に解放される。
これが私の結末、終わりが訪れる。
私はやっと、彼女の下へと逝けるのだ。
他ならぬ、彼女の手によって……
脚本家にも、この結末だけは絶対に渡さん。
物語には、必ず終わりがあるのだ。
87:
>>>>
勇者の衣装と盗賊の服が乾いた頃
あれだけ激しく降っていた勇者の涙も、作られた星の涙も止んでいた。
劇場都市の熱気はすっかり冷めて、本物の静けさが訪れる。
しかしこの都市でただ一人
勇者の熱だけは冷めることがなかった。
暖炉の前で二人は寄り添い、寝転んだまま。
盗賊は勇者を優しく抱き締めながら、眠ってしまったようだ。
その腕の中で勇者は顔を赤らめて、時折上目で盗賊を見つめている。
88:
まるで子供のように無邪気で
吹き抜ける風のように、自由で掴み所のない彼。
演技の何たるかも知らないのに、観客の心を一瞬で鷲掴みにした素人。
じっと見つめる内に彼女の方が耐えきれなくなったのか、再び彼の胸に顔を埋める。
胸の内は穏やかなのに、心音は高鳴るばかりで落ち着きがない。
けれど彼女には、それが嬉しかった。
それが何なのか分かったことに身体が驚いただけで、心は喜んでそれを受け入れた。
勇者である内は決して芽生えることはないと、そう考えていたのに。
89:
予想予測は彼に通用しないのだろう。
だからこそ、それは一夜にして芽吹き、大輪を咲かせた。
しかし喜びと同様に寂しさもあった。
彼の寝顔も、私を抱き締めて離さない腕も、いつかは離れてしまうだろう。
この劇が終えた時、彼はきっと、遠い遠い場所へと飛び立ってしまう。
自由な翼で何処までも何処までも、気の向くままに羽ばたいていくのだろう。
そう考えると、胸が酷く痛み出した。
彼と共にいられるのは今この時だけだと、彼女は理解しているからだ。
90:
すると突然
彼女の身体が、心の命ずるままに動き出した。
今までに経験したことのない、彼女の人生初めてのシーン。
それはぎこちなくて初々しくて、愛らしさに溢れていた。
彼女は彼の寝顔に優しく微笑んで、頬と唇に、そっとくちづけた。
すると彼の瞼がぴくりと動いた。
どうやら彼女のくちづけで彼は目覚めたようだ。
彼女は悟られぬよう素早く動き、顔を伏せた。
幸い気付かれてはいないようで、彼女は胸を撫で下ろし、平静を装う。
いつの間にか夜は退場していて
窓から差し込む眩い朝日が、二人を照らしていた。
91:
>>>>
盗賊「……寝てた?」
勇者「ええ、気持ち良さそうに寝てたわ」
盗賊「んーっ、いい朝だ。雨、止んだみたいだな」
勇者「……バカ言ってないで起きなさい」
勇者「面倒なことになる前に、塔へ行くんでしょ?」
盗賊「あ、そうだったな。んっ…」ノビー
盗賊「うっしゃ、で?また大通りへ戻ってから塔へ行くのか?」
92:
勇者「ええ、敢えてシナリオ通りにね」
盗賊「なるほどね、でも大丈夫なのか?」
勇者「何が起きるか分からないのは何処を通っても同じ」
勇者「迂回して行くことも考えてみたけど、大通りの方が安全だと思うわ」
盗賊「観客がいるからか?」
勇者「ええ、絶対安全、なんてことは言えないけど……」
盗賊「……観客にまで危険が及ぶ可能性があるな」
勇者「……そうなってもおかしくないわ、シナリオ変更なんて初めてだもの」
93:
盗賊「まっ、なるようになるさ」
盗賊「何が出て来ても皆を守って勇者は進む、そうだろ?」
勇者「ふふっ、そうね」
盗賊「………」
勇者「な、なによ、じっと見て…」
盗賊「いや?そっち方がいいと思ってさ」
勇者「?」
盗賊「昨日の寂しい笑顔より、今の方がずっといい」
盗賊「演技も凄えけどさ、普通に笑った方がいいんじゃねえか?」
勇者「……もう目は覚めたでしょ、行くわよ」
94:
盗賊「着替えねえの?」
勇者「今から着替えるわ」
盗賊「じゃあ着替えろよ」
勇者「……私は、今から、着替えるの」
盗賊「それは分かってるから早くし
勇者「っ、外で待っててってこと!分かった!?」ブンッ
盗賊「わ、分かった、分かったから!物投げんな!」
ガチャ…バタンッ…
勇者「はぁ…鈍いのか鋭いのか、わざとなのか素なのか分からないわね……」
勇者「本当に、不思議な人……」
97:
>>>>
ーー…ナ…
ーー…サ…ナ…聞…えるか?
勇者「……誰?」
勇者「(声はあのスピーカーから?あれは壊れてたはず…)」
ーースサナ、其処は危険だ
勇者「スサナ?」
ーー……勇者、今から言うことを聞いてくれ
勇者「(敵意はない。けど、味方かどうかも分からないわね)」
98:
ーー脚本家は君を殺そうとしている
ーー奴に物語を終わらせるつもりなどないのだ
ーー現に、私の描いた結末を覆そうとしている
ーー今の私なら、君を救える
勇者「……話が見えな
ズドンッ!
勇者「!?」
99:
ーーキメラ……劇の為に造られた怪物…
ーーどうやら奴も本気のようだ
ーー私も急がなければならないな
勇者「盗賊!!」ダッ
ーー悪いが、行かせるわけにはいかない
ーー君には勇者として、やるべきことがある
ーー舞台裏へ、来てもらう
勇者「えっ?きゃっ…!」
100:
>>>>
勇者「……此処は…」
ーー気が付いたか
ーー手荒な真似をして済まなかった
ーーああするしか方法はなかった
勇者「落とし穴なんていつの…間に…?」
勇者「!?(あれは、人間の…脳?)」
ーーあぁ驚かせて済まないな、私は見ての通りだ
101:
ーー膨大な機械に繋がれて生きている
ーーいや生きていると言えるのかは疑問だが
勇者「……あなたは、なんなの?」
ーー私は遙か昔に劇場都市を作り出した者にして
ーー劇場都市そのものであり……
ーー全ての勇者の創造主、脚本家だ
勇者「脚…本家?」
勇者「脚本家は何代も続いている一族、この都市の主でしょ?」
102:
ーー合っているが、違う
ーー何代も続くこの都市の主、それは私が与えた役だ
勇者「…なら、あなたはいつから……」
ーーこの姿になってからは数えていない
ーー少なくとも数百年は生きているだろう
ーー言っただろう?私が劇場都市を作ったと
勇者「……何が起きているか分からないわ」
勇者「状況が理解出来ない、これは現実?」
103:
勇者「それとも、これもシナリオの内なの?」
ーー君は何も理解する必要はない
ーーシナリオに沿って、私を殺せばいい
ーー君の復讐も遂げられる
勇者「!!」
ーー何も考える必要はない
ーー悩む必要も、これ以上の会話も必要ない
ーー私を壊せば、全てが終わる
脚本家「それは止めてくれ、終わってしまっては私が困る」
104:
ーー!!
ーー貴様……どうやってこの場所を…
勇者「(これは何なの?一体何が起きてるの?これは劇?それとも現実?)」
脚本家「とうの昔に知っていたよ。だから気付かれずに入ってこれた」
脚本家「まさかこんな薄暗いモニタールームに住んでいたとは……」
脚本家「なるほど、此処から劇場都市の全てを見ていたわけか」
105:
ーーっ、どうするつもりだ
脚本家「君には今まで通り、此処で生き続けてもらう」
脚本家「そして私の為に、永遠に脚本を書き続けて欲しい」
ーーふざけるな!私の物語はこれで終わりだ!
ーー誰が貴様の為に……
ーー貴様の為になどスサナを書いてたまるか!
106:
脚本家「機械になってまで数百年も生き続け……」
脚本家「数百年もの間一人の女を愛し、描き続けた狂人が何を言う」
脚本家「そこの娘が、そんなに似ているのか?始まりの脚本の彼女に…」
ーー!!
脚本家「私にとっては邪魔な存在だ、君には再び脚本に専念してもらう」チャキ
脚本家「君は夢を描き続ける存在、現実など必要ないだろう?」
勇者「!!」
ーー止せ!彼女に手を出すな!!
107:
脚本家「ははっ、身体を捨てたのは最大の失敗だったな」
脚本家「愛する女を身を挺して守ることすら出来ないのだから!!」
バンッ!
勇者「ぐっ…うっ…」
ーースサナ!しっかりしろ!
ーースサ…ナ…?スサナァァァ!!
ーー…る…さん…
脚本家「ん?何かな?」
ーー許さん!貴様だけは決して許さん!!
脚本家「吼えるな、脳から妄想を垂れ流すしか能がない化け物め」
108:
勇者「…うっ…はぁ…はぁ…?」
勇者「(今、モニターに何か映っ……!?)」
ーー!!?
『神の塔にて、お待ちします』
勇者「はぁっ、はぁっ…」
脚本家「……ん?まだ生きていたのか」
勇者「ふっ…はははっ!!」
脚本家「……何が可笑しい」
勇者「貴様のような小物が、私の復讐すべき相手だったとはな!!」
109:
勇者「これが笑わずにいられるか!?」
勇者「しかも数百年続いたこの劇場都市は、ただの張りぼて……」
勇者「この私が、勇者が幕を引くまでもない!!」
脚本家「……言いたいことはそれだけか?」
ガコンッ!ゴゴゴ…
脚本家「なっ、何だ!?」
ーーこの場所も、いよいよ隠す必要はなくなった
ーーこの場所も、いよいよ舞台になる時が来た
脚本家「貴様、何を…」
ーー地の底より、神の塔へと昇る時が来た!
110:
轟音が鳴り響き、地を震わせる。
主役を乗せた新たな舞台は、凄まじい度で天へ昇ろうとしていた。
神の塔の最上を目指し、彼は止まることなく昇り続ける。
永遠の脚本家は、終わりを目指して登り続ける。
愛した女性と瓜二つ
最後の勇者を背に乗せて、彼は遂に飛んだのだ。
暗がりから飛び出して、日の当たる場所へと羽ばたいたのだ。
傷を負い血を流す勇者を救う為
ありし日の彼女を救うべく、彼は決断した。
111:
強い意思を持って決断した。
自分も舞台へ立つことを!前へ進むことを!
突如、朝日は夕陽へと切り替わる。
それは彼が決めた景色、彼の想う景色。
遠い遠いあの日、彼女と共に見た夕陽。
全てが作り物、偽物
勇者が叫んだ通り、全ては張りぼて……
しかし、今やそれは本物になりつつあった。
勇者が、彼女が今、最も求めている存在。
彼女と彼の再会シーンは、紛れもない本物なのだから。
114:
ゴオオオオッ!
脚本家「ぐっ…」
勇者「うっ、重…い…」
ガゴンッ…
勇者「……止まっ…た?」
シュゥゥ…ガチャッ
盗賊「…ったく、いきなり消えるから焦ったぜ」
勇者「盗賊!!痛っ…」
ガシッ…
盗賊「無理すんな、撃たれてんだろ?これで縛っとけ」
勇者「…ええ、ありがとう……」
115:
盗賊「迫真の演技だったな……」
盗賊「映像はないけど、声は確かに聞こえたぜ?劇場都市中にな」チラッ
ーー……………
盗賊「それに、助けたのはオレじゃない。助けたのは彼だよ」
勇者「……でも、何で場所が?」
盗賊「最初から知ってたんだ」
盗賊「彼が劇場都市の地下、その何処かにいるってことだけはね……」
盗賊「やはり彼は……いや、偉大なる脚本家・パストルは生きていた」
116:
脚本家「………っ」チャキ
ーースサナ!!
勇者「?」
脚本家「死ね、終わりの勇者」ニヤ
盗賊「!!」ガバッ
バンッ!
勇者「……えっ…」
盗賊「っ…大丈夫…かっ…」ガクン
勇者「…盗…賊?そんなっ…うああぁぁぁっ!!!」ダッ
117:
ーー止せっ、無茶だ!!
脚本家「馬鹿が…」チャキ
勇者「お前は、お前だけは!!!」
ーーダメだ、あれでは届かない、無理だ……
ーー私は、また繰り返すのか
ーーあの悲しみを繰り返すのか
ーー私は、また動けないまま……
ーー!!
ーー盗賊、私を引け!!!早くするんだ!!
盗賊「………っ!!」バシュ
118:
ガギィッ…ググッ…
脚本家「なん…ッ!!?」
ドズンッ…グシャッ…
ーースサナ、良かった……
ーー私はまた君を失うところだった
勇者「私はスサナじゃ…
ーースサナ、大丈夫かい?怪我はないかい?
ーースサナ、大丈夫かい?怪我はないかい?
勇者「!!」
勇者「……ええ、私は平気よ。ありがとう、パストル」ニコッ
ーーそうか、良かった…本…当に、良か…た……
ーーあぁ…こ…れで、やっと君…の傍に…逝…ける…
121:
>>>>
勇者「…………」
盗賊「んっ…」
勇者「!!」
盗賊「いってえ…あ、おはよう」
勇者「ふふっ、おはよう。大丈夫?」
盗賊「……ああ」ムクッ
勇者「まだ寝てて良かったのに」
盗賊「そうしたいけど、脚が痺れるだろ?」
勇者「そうね、凄く痺れてるわ……」
122:
盗賊「?」
勇者「……ねえ」
盗賊「ん?」
勇者「私、あれで良かったのかしら?」
盗賊「ああ、あれで良かったのさ」
勇者「……そう」
盗賊「……………」
勇者「夕陽、とても綺麗ね」
盗賊「そうだな……」
123:
ーーあっ、二人共いたぞ!
ーー素敵なシーンね……
ーー勇者さーん、インタビューさせて下さい!
勇者「これは劇だったのかしら?」
盗賊「いーや、全部本物さ。あの夕陽も全部」
勇者「そうね……」
盗賊「……記者が待ってるぜ?行って来いよ」
勇者「ええ、そうするわ。ちょっと待ってて?」
盗賊「ああ、待ってる」
勇者「……まったく、本当に演技は駄目ね……」ボソッ
124:
記者の質問と観客の賞賛を浴びながら
ふと座っていた場所に振り向くと、彼の姿は忽然と消えていた。
分かっていたのに、覚悟していたのに、涙が溢れ出す。
彼がいた場所に何かが置かれているのが見える。
視界は涙でぐちゃぐちゃなのに、妙にはっきりと見えた。
私は記者も観客も置き去りにして走り出した。
置いてあったのは手紙
手紙というより、手帳の切れ端ようなものかしら。
書いてあったのは一言だけ……
ーー星のきらめく夜に、また会いましょう
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