オーク「クッ…コロセ!」back

オーク「クッ…コロセ!」


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1:
両手を失い、そして今左足首を斬り飛ばされ、地面に転がったオークはそう悔しそうに鳴いた。
人語を話すとはめずらしいが、コイツならばおかしくはない。
赤い肌と、大柄な身体、そしてそこそこに洗練された技量。
奴らの中では名のある戦士なのだろう。鋭い太刀筋にはなかなかヒヤヒヤさせられた。
せめてもの手向けと声をかける。
「名は?」
フゴフゴと鼻を鳴らすような音がした。
そうして目を閉じた奴の首に剣をふるう。
オーク語を解さぬ私にそれが奴の名なのかどうかは知るよしもない。
2:
首を失った胴体が痙攣して果てる。
妙に潔い、そして強いオークだった。変異種だろうか?’
いや。やつらからみれば、女だてらに剣を振るっている私こそ変異種なのかもしれない。
残党を探して周囲に目をくばると、部下たちが集まってきた。
「さすがですね! 隊長!」
「あのバケモノをアッサリやっちまった!」
「屠殺屋は伊達じゃないですね」
皆、殺し合いのあとで高翌揚している。
返り血にまみれ、ところどころ怪我もみられるが、どうやら欠けたものはいないようだ。
「油断するな。他に残りは?」
「いません。隊長が殺ったのが最後です」
ひとり冷静な副長が答える。
「そうか。では後始末だ」
3:
オーク共の死体を積み上げ、焚き木を積んで火をかける。
面倒だが、死体をそのままにしておいては疫病が発生するのだ。
点火してしばらくすると火柱が立った。奴らは脂肪がたっぷりあるだけよく燃える。
延焼がないか確認してから、馬にまたがり帰途につく。
背後からは肉の焼ける美味そうな匂いがする。
醜悪ななりだが奴らも所詮は豚だ。肉は食える。
とはいっても好き好んで食べようとするやつはいないが。
振り返ると部下たちの疲れた顔が並んでいる。疲れてはいるが周囲への警戒は怠っていない。優秀な連中だ。
今回の野営地襲撃は成功だった。
街へもどったら盛大にねぎらってやることにしよう。
4:
オークは突然発生した。
野生の豚が変異を起こしただとか、魔術師の実験のせいだ、邪神が復活した、などと噂は立つものの実態はわかっていない。
奴らは突然森からあらわれて、辺境の村や街を襲い始めた。
最初は局所的だったが、奴らはすぐにその数を殖やした。
それに対して人類の反応は遅かった。
被害がでて、辺境にわずかな騎士隊を送ったものの、軍の大多数は国境で睨み合っていた。
一国が滅びかけてからようやく人間もそれぞれの争いをやめ、協調しオークに立ち向かい始めたのだ。
まったく、上の連中のバカさには呆れいる。
5:
やつらの脅威はまず、その体格だろう。
分厚い毛皮と脂肪は下手な刃をとおさず、成人男性より二回りはおおきいその身体から繰り出される打撃は容易に人の命を奪う。
主にその辺の木を引き抜いて棍棒にしているが、戦利品の剣を振り回しているオークもいる。
衣類はまとわず、穢らしい性器はむき出し。フゴフゴと鼻をならして、臭い息を吐く。
およそ文明というものを持たないが、それでも独自の社会構造は持っているという。
単純に強いやつに従う、と言った程度だが、数体の集まりで行動していることが多い。
今日片付けた野営地もそのような集まりだったようだ。
先ほど殺したオークのように、上位個体には明確な知能を持ち、人語を話す奴もいる。
こいつらは最初期にはみられなかった、ということは奴らは進化していることになる。
このまま知能が発達し、組織だった群れをなし、道具を使いこなせば……
考えるだにおそろしい。
6:
オークは雄しかいない。
ならばどうやって繁殖するのか?
知っての通り、忌々しいあの連中は他種族の胎を用いるのだ。
胎生ならばお構いなしに犯しにかかる。豚、馬、牛、羊、鹿、猿……そして、人間。
やつらの性液には雌を強制的に発情させる作用があるらしい。それを浴びたものは狂ってしまって、奴らの陰茎を求めて尻をふる。
救出が遅れた村で、狂った女共が精をねだって自らのそこを弄り回す光景を何度みたことか。
そして、奴らの精を受けたが最後、必ずオークを孕んでしまうのだ。そうして、奴らの住処でその仔を産むことになる。
おぞましい、の一言につきる。
7:
そして繁殖能力のないもの、老人、男は殺されて奴らの餌。
奴らは男ども手足をむしり取って手羽先のようにかじり、胴体を2つに折って、鼻をつっこみ内蔵をむさぼる。
そして血に酔って女を犯す。
奴らは好んで人の集落を襲う。雌と肉が容易に手に入るからだろう。
オークに滅ぼされた村は数知れない。
わたしの故郷もそうだ。
あれらは害悪、邪悪、人間の敵以外のなにものでもない。
少しでも早く、根絶やしにしなくてはならない。
一匹でも残してはいけないのだ。
8:
日もすっかり沈んだ頃にようやく今回の宿営地の街についた。
我々のような騎士隊は街に常駐している騎士団とはちがい、被害の多いところを回るため、ひと処に滞在するということがない。
この街もせいぜい5日もしないうちに去ることになるのだろう。それでも帰る場所があるというのはありがたい。
馬をつなぎ、衛兵と挨拶を交わし、街壁の外の小川で戦闘の汚れをおとす。
いち早く服を脱いだ部下が川に飛び込んで寒さに悲鳴をあげる。
まったく、お調子者はこれだから。
他の部下たちも革鎧を拭ったり、剣の手入れをしたりと、それぞれの習慣をこなしてから次々に小川に浸かる。
私も武装をといて裸身になり、冷たい水に足先を浸した。
最初は部下たちに止められたものだが、今となっては皆慣れたものだ。
まあ、当然のことだ。
このような筋肉と傷跡で覆われた身体に欲情するやつはいない。
女の身で剣をとるためには、多くの物を捨てなければならない……らしい。
9:
川からでて身体を拭うと、徐々に身体に熱が戻る。
今日の晩は私の払いに、という旨を副長に伝えさせると、部下たちから歓声が上がる。
皆が服を着終えるのをまって、門をくぐる。
もう人通りはすくなく、家々の明かりだけがぼんやりと浮かんでいる。
静かな街で唯一明々喧々としているのが酒場通り。
多くの店が軒をつらね、酔客が行きかい、一本入れば男の欲望を簡単に満たせるそんな場所。
店の中からは酔っぱらいの歌だの、皿の割れる音だの、はたまた喧嘩だのずいぶんと騒がしい。
その外れにある鷹の紋章を掲げた店が今晩の我々の腹をみたしてくれる店だ。
辺境の方では少ないが、こういう大きな街では身分ごとに用いる酒場がだいたい定まっている。
鷹の紋章は騎士の印であり、我々のような外様の騎士隊であっても例外でない。
が、こういう大きな街では得てして問題がおきる。
ここはそうでないといいのだが……
念のため、部下にひとつ命令を下してから、半ば祈るような気持ちで扉を開ける。
と、騒然としていた店の中が一気に静まり返る。
ああ、この街もだめだったか。
10:
ほどほどの広さの店の半分を占めているのは間違いなくこの街の騎士団の皆さんだろう。
すっかり静かな酒場を抜けて席に着こうとすると、酒で潰れた野卑な声をかけられる。
「おう、姉ちゃんよう、店ぇ間違えてるんじゃねえのか?」 
「そうだそうだ! てめえみたいなのはあっちがお似合いさあ!」
と、そいつが裏通り、娼館の方を指すと、静けさを叩き割るかのように酒場中で爆笑が始まる。
一度、始まってしまえば、この手の罵倒はとどまることをしらない。
彼らからしてみれば、女が騎士、それもひとつの騎士隊の長をやっているのはとんでもないことなのだろう。
騎士の誇りを傷つけられた…くらいのことを思っているのかもしれない。
実際、行く町々でとんでもない噂が立っている、とも聞いたことがある。
「ここはな、俺たちみてえな歴とした騎士様の酒場なんでぇ」
「淫売はな、あっちだあっち」
「噂で女が股ぐらで騎士の印を買ったって聞いたのは本当だったんだな」
「よう、お前ら! その穴ぼこはどんな具合だ? 今日も宜しくヤってきたんだろう?」
「何人と寝たら、隊長になれんだ?」
「こんくらいでどうだ?!」
革袋が床に投げられる。
11:
部下たちを見ると唇を噛んで顔を真赤にしている。
もう慣れているはずだが、いちおう手で抑えておく。
「お前らもこんなのが隊長で大変だなあ、おい?」
「俺たちは今日二頭征伐したぜ? 淫売閣下は何人と寝たんだ?」
「ひーふーみー…1ダースかぁ! こいつはいいや! 壊れっちまわねえのかあ?」
「俺たちもおこぼれにあづかりたいぜ…ひひっ」
こちらが黙っていれば、たいていは適当なところで収まるのだが、今日は一向に止む気配がない。
気の利いた酒場なら店主がなんとか宥めてくれるのだが、ここの店は奥に引っ込んでいるようだ。注文をとりに来る様子もない。
まずいな。
私はいいのだが、部下が限界を迎えそうだ。
あの副長が拳をかためている。
酒場での乱闘は……困る。
12:
私達が動かないので調子づいたか、酔客が数人席を立ってつめよってくる。
「……なにか?」
「てめえがここで飲むのが気に食わねえってんだよ。おう、何とか言えよ、姉ちゃんよう? ついてんのは下の口だけかい?」
わざわざ近寄って酒臭い息でこちらの顔を覗き込む。
「へーえ、別嬪じゃあねえか。俺と一晩どうだい? ひいひい言わせてやるぜ……ひひっ」
そういって、ペロリ、と私の頬をなめる。
「……貴様っ!」
うちの隊の誰かがキレた。
ああ、これはもうだめだ。
席をたって、向き直る。
「私がここにいてはいけないか?」
「ああ、てめえがいると気分が悪ぃ。酒がまずい」
「そうだ! 淫売が来るとこじゃねえんだ!」
「文句があんならおう、言ってみろや、おう!」
ますますいきり立って、我々のテーブルに詰め寄ってくる。
13:
「そうか、気分を害してすまなかった。では私は店を出よう」
「おっ…んだよ? 」
「わたしは宿舎でやることにする。店主、肉をつつんでくれ。あと、酒を二瓶」
大声で厨房に叫ぶと、か細い声で、へい…と返事が来た。
ああ、あと、そうだ。
「こいつらの分の飲み代は私につけておいてくれ、臨時宿舎とやらにくればわかる」
と、言って外にでて料理を待とうとすると、副長が席をたった。
「いえ、隊長われわれもお伴します。俺たちだってこんな連中と飲むのはまっぴらだ。おい、俺たちの分の酒もたのむ。樽でな」
「とびっきりいいのを頼むぜ。今日は祝いなんだ」
「肉の他に芋もくれ」
「おう、この皿借りて行くぞ。明日返すからな」
部下たちも一斉にたってキビキビと酒と料理をまとめだす。
やれやれ、うれしい連中だ。思わず頬がゆるむ。
野次や罵倒が飛んでくるが、もうまともに聞こえない。
14:
そういうわけで、瓶と樽と皿を担いだ連中を引き連れて宿舎にもどることになった。
「なぜ隊長、言いかえさないのですか?!」
「ああ、いつものことだが今日は特にひどい」
「今からでも戻ってぶちのめして……!!」
「そうですよ! あんな奴ら一捻りです!」
いつになく怒っている。ま、あれだけの戦果をあげてこの扱いでは、しかたないか。
事前になにがあっても手を出さないように命令をしていなければ、あの酒場は今頃半壊していただろう。
「よせよせ、奴らも気が立ってるだけだ。この街の連中を叩きのめしては我々も動きにくくなるしなあ
「それに私はなるべく人と争いたくはない。この手をふるうのはあの豚どもだけで十分だ
「過ぎたことは忘れて今日は楽しもうじゃないか。見ろ、あの店主はなかなかいい酒を寄越してくれたぞ」
などなど、適当なことをいって彼らをなだめる。
宿舎についたころには、数人がブツブツいうくらいで頭の血はひいたようだった。
やれやれ。
16:
「それじゃ、皆。今日も欠けることなくあの豚共を屠殺できたことを祝おう」
料理の皿を並べ、皆で樽を囲む。
形式的に私が音頭をとると、皆も木杯をかかげて口々にすきなことをいう
「豚の丸焼きに乾杯!」
「隊長に!」
「われらの豚殺しに乾杯!」
「そしてあのしみったれでくそったれの騎士団に!」
…………
………
全員がひと通り言い終えてから、一斉に杯を干す。
きつめの酒精が、疲れた身体にここちよい。
蓋をあけた樽から直接木杯ですくって、もう一杯。
ああ、いい酒だ。
17:
ひと通り、飯を食べ、酔いもまわると雑談がはじまる。
「今日はよく働いてくれた。幸いここのオーク共はそう多くないようだ」
「いくら居たって皆殺しですよ」
「ったりめえよ」
「とっとと殺してこの胸糞悪いとこを出ましょうや」
「なんだ、まだ怒っているのかお前? ほれ」
「なんです? この金は?」
「駄賃だ。女でも抱いてさっぱりしてこい」
「んなっ、隊長……」
「あははっ、それともお前は男が好みだったか? おおい、皆、尻に気をつけろ」
「おお、こわいこわい」
「てめえは明日から前やれよ」
「ちょっ、勘弁して下さいよ……」
「わははははっ」
「くくっ……」
18:
そんなこんなで夜が更けて、数人は潰れ、数人は後片付けに励み、残りは女を求めて街にくりだす。
私は片付けが終わるのを見届けてから自室にもどり、ベッドに横たわる。
すこしふらつくのは、飲みすぎたせいらしい。
普段ならいつでも戦えるように、ほどほどで抑えておくのだが……
ああ、今日は私も高ぶっていたらしい。きっとあの赤いののせいだ。
あいつはあの時のヤツに似ていた。
っ……
キンッと頭痛が走る。
ああ、いやだな。こんな日は必ずあの時の夢を見る。
しかし、どうにも眠くて仕方がない。いつものように剣を抱えて丸くなる。
すぅ、と意識がおちた。
…………
……
19:
……
赤い……赤い景色が一面にひろがっている。
ああ、やはりこの夢だ。
私は一人で立っている。炎と血でまみれた村のなかで震えているのだ。
大槌さえ振り回せるはずの腕は白く細く、まるっきり無力。
わたしはあの頃の小娘にもどっている。
逃げなきゃ、隠れなきゃ…
炎の中をうろつく影にビクつきながら、恐怖ですくむ足を必死で動かして、なんとか水瓶のなかに隠れる。
私の家だった、残骸のなかに。
アレは急にやってきて、まず隣のおじさんを殺した。粗雑な木の杭にお腹を貫かれておじさんは痙攣してた。
村の皆は立ち向かったけれども、みな振り払われ薙ぎ払われて、肉塊になった。
子どもたちで固まって夢中で逃げたけれど、ひとりひとり減っていって、とうとう私だけがのこってしまった。
炎でぬるまった水瓶の水に半分身体をつけて、じっとしていると、ぐるぐるしていた思考が働きを取り戻す。
目と耳が働くようになる。
働くようになって、しまった。
20:
炎の中の薄ぼんやりとしていたモノたちが、その姿をあらわす。
そこの地面に転がっているのは、お父さんの頭。
あの上半身のお腹の古傷は、向かいのお兄ちゃん。昔、崖から落ちた私をかばって出来た傷。でも、お腹以外はどこ?
ちらばった肉塊の真ん中で、大きくて怖いのが腰をふっている。
お母さんと、お姉ちゃんに乱暴をしている。
股から生えた、太いものを打ち付けて、鼻をならしている。
あれは、だめなこと、いけないことのはずなのに。
なのにどうしてお母さんとお姉ちゃんは喜んでるの?
炎が爆ぜる音にまじって聞こえるのは、雌の声。
あんな甘い声、だすの? もっと、もっと、ってなに? いいの? いくの?
お母さんと、お姉ちゃんだけじゃない。
気づけば村中からそんな声がきこえてきた。
もうなにもわからない、みんな獣の声。
21:
耐え切れなくなって、水瓶の中に完全に隠れても、耳を塞いでも聞こえてしまう。
ああ、これはもう夢なのだから、はやく終わって、わるい夢だ。夢だ。
目が覚めればみんな元通りで、お母さんにしがみついて、怖い夢を見たって思いきり泣けばいい。
耳を塞いで必死でそんなことを考える。
それがいけなかったのか、いや、そもそも逃げ場はもうなかったのだろう。
気づけば獣臭い熱気が側に、いや、上に近づいてきていた。
他とは違う、黒い身体をしたそいつが、不思議なものを見るようにわたしを水瓶からひょいとつまみ上げる。
そうして、重い水瓶をもう片手で持ち上げて鼻先をつっこみ、ぐびりぐびりと音をたてる。
ああ、こいつはのどが渇いていたのか。なんで水瓶に隠れてしまったのだろう。
暴れようにも首根っこを押さえられていて、もう意識が飛びそうだ。
いっそ失神してしまえれば楽なのに、恐怖の針はもう振り切れているようだった。
22:
わたしの倍はありそうな目やにだらけの目がわたしの身体を舐めまわす。
意識が飛ぶ寸前に、足首をもって宙吊りにされて、服がむしり取られた。
わたしをつかまえたのが、ふごっふごっと大きく鼻を鳴らす。
わたしが雌だって、わかったのだろう。
なんとなく、お母さんやお姉ちゃんと同じになるんだってのはわかった。
だから、せめて泣かないようにした。生臭い舌がお股をべろべろ舐め回した時も、太いのがそこに押し当てられた時も。
きっとあんなものが入ったら、わたしの身体は裂けるけど、そのときも声をあげないようにしようって。
わたしはすっかり諦めていた。なにを、というわけではない。強いて言えば、生きることを、だろうか。
人形のように心をなくして、人形になって、そしてそのまま死のうとしていた。
それが起きたのはグッと、太いのがねじ込まれようとしたとき。
ヒュッと風を切る音がして、わたしを抱えていたこわいのの目から、大きな目から、棒が生えていた。
一拍おいて、すさまじい絶叫とともにわたしは投げ出された。
23:
投げ出されて、かたい鉄にぶつかった。
ぶつかったのが、地面でもあのぶよぶよの肉でもないことがわたしはうれしかった。
そっちのほうがよほど痛くなかっただろうに。
ぶつかったまんま、わたしは引っかかったらしい。地面が遠かった。
「おいっ、大丈夫か?!」
その鉄は喋った。
ちがう、鉄じゃない。騎士様だ。目の覆いからのぞく青い目がきれいだった。
騎士様が、騎士様が助けに来てくれた。
わたしは人形から女の子にもどった。急に涙があふれてきて、いたくてこわくてつらくてきもちわるくて。
その涙がこぼれて、嗚咽がもれるまえにわたしの意識はストンと闇につつまれた。
「おい! …くそっ、とりあえずそのデカブツにトドメをさすぞ! 弓兵! 第二射、かまえええええ!」
…………
……
24:
目を開く。窓から差し込む光はまだ薄暗い。夜明けなのだろう。
頭がガンガンとなっていた。
二日酔いのようだ。なさけない。
シーツの裾で涙を拭って、身を起こす。
この夢をみると、私はいつも泣いている。
部下には、いや、他人にはとても見せられない。
こんなに鍛えても、いくら強くなっても夢の中の私はかわらずに無邪気で、無能で、無力だ
汲み置きのみずをたてつづけに飲むと、すこし頭が冴えた。
寝起きの水は甘露だ。
まだ朝ははやい。
目を閉じて、続きを思い返す。
25:
その後、わたしが目を覚ますと、騎士団のテントの中にいた。
ぶかぶかの服をきていて、とてもお腹が空いて、喉が乾いていたのを覚えている。
しばらくぼうっとしていると、鋭い目つきをした中年のおじさんが入ってきた。
鋭いけれど、とてもきれいな青い瞳で、この人がわたしをたすけてくれた騎士様なのだとわかった。
わたしが目を覚ましているのをみて、水と果実を持ってきてくれた。
それらを夢中で食べて、ようやく一息ついた。
そこで、わたしがガツガツむさぼっている間も、側でじっとしていたおじさんを見た。
おじさんはわたしの目を見てしばらく黙っていたが、やがて口を開いて、謝罪の言葉を発した。
「間に合わなくて、すまなかった」
わたしはなにも言わなかった。
なにも言えなかった。
おじさんはぽつりぽつりとあの後なにがあったか話してくれた。
わたしはもう10日も寝ていたらしい。
26:
村をおそったオークは全部殺したそうだ。
あとで聞いた話では、騎士団にもかなりの犠牲が出たらしい。
村は燃え尽きて、跡形も無いそうだ。
男の人と老人と子供はみんな殺されていて、生存者はいないとのこと。
そして、女の人。お母さん、お姉ちゃん、他のみんなはほとんど救出されたそうだ。
でも皆くるっていて、保護していたテントから逃げ出してしまって、どこにいったかわからないという。
今はこれが嘘だとわかっている。
一度オークに犯されて狂った女は、オークを求めて森へ行こうとした時に殺される。
回復の見込みはないからだ。
生かしてオークの元にやっては、奴らの母体になるだけ人間の脅威になるからだ。
私も、既に何人かをこの手にかけている。
母と姉の墓地は叙任されたときに団長に教えられたが、もうどこだったか忘れてしまった。
27:
青い目のおじさんはその騎士団の団長だった。
ひとりだけ生き残ったわたしは街の孤児院にいくはずだったけれど、団長にお願いして騎士団にいることにした。
団長は反対したけれど、朝から水を汲んで、団員の衣類を洗い、調理をして、馬の世話をして、騎士団の雑用をしているうちにあきらめてくれた。
二年過ぎ、三年過ぎるとそれらは全部、もうすっかりわたしの仕事になっていた。
団員の皆はもっとはやくから、わたしをかわいがってくれた。
ちび、ちびとよんで、たまにお菓子なんかもくれた。
そしてわたしは雑事の傍ら、剣も振りはじめた。
剣と言っても木の棒だったけれど、皆の訓練を見よう見まねでやっていた。
最初に団長に見つかった時はとても怒られたので、それからは隠れて練習するようにした。
振り棒も、どんどん長くして重い物にした。
身長と同じだけの棒を自在に振れるようになったとき、団長が訓練に加わるように言ってくれた。
秘密の練習はすっかりばれていたらしい。
嬉しくって抱きついたら、ムッスリした顔で引き剥がされ、説教をされた。
それからというもの、その時の団長の真似がわたしの十八番。宴会の時にやると皆に大受けだった。
28:
団長の騎士団は様々な場所のオーク討伐を命ぜられていた。
訓練に参加させてくれてもさすがに討伐にはついて行かせてくれない。
なので、わたしはこっそり皆のうしろをついていって、オークを殺すところを見ていた。
騎士団の皆がオークを斬り殺すところを目に焼き付けて、その太刀筋をなんども反復した。
とくに綺麗だったのが団長だ。
一際大きい剣をふるうと、オークの腕や首が面白いように飛ぶ。
大振りなオークの棍棒なんて一筋もかすらなかった。
なかなか上手くできなかったけれど、毎日毎日何度も何度も繰り返していたら、だんだんその動きもできるようになってきた。
私の剣はオークを殺すためだけに洗練されていった。
29:
初めてオークを殺したのは、14の時だった。
団員に怪我を負わせて逃げ出したオークの首を、その時も隠れて見ていた私がはねてやったのだ。
団長のお古の大剣はイメージ通りの軌跡を描いて、太い首に吸い込まれていった。
柄からつたわる刃が皮を抜け、肉を裂き、骨を断つ感触は心地よいものだった。
オークの血が吹き出して私を真っ赤に染めた。
皆、びっくりして私をみていた。
血まみれのわたしはとても楽しそうに笑っていたという。
なんのことはない。
私はとっくに壊れていたのだ。
36:
その戦いが終わった後、わたしはたっぷり絞られた。
あんなに怒られたのは初めてだったし、それからもなかったと思う。
なにせ団員のひとりひとりが入れ替わり立ち代りお説教をするのだ。
中にはわらってよくやったと肩を叩いてくれる人もいたけれど、目は笑っていなかった。
お説教は半日続いた。ずっと椅子に座らされていたのでおしりが痛くなってしまった。
夕食の給仕もさせてもらえない。とにかく叱られていた。
ようやく終わった、と思ったら副官さんに団長のテントに行くように言われた。
そういえば、団長にはまだ叱られてない。いつもなら真っ先に怒り出すのに。
お呼びですか? とテントにはいると団長はいつも通りに黙って、口を引き締めて立っていた。
待機命令を無視していたことを謝罪すると、平手が飛んできた。
訓練の時のように身体が吹っ飛ぶほどの威力ではない。それこそ娘をたしなめるかのような柔らかく厳しい平手だった。
顔をそむけて耐えると、もう一発とんできた。両の頬が熱くなる。
もう少し続くのかと、目を閉じ、胸を張って手を後ろに組んだけど、平手はそれでおわりだった。
訝しんで、目をあけると団長は静かに涙をながしていた。
37:
しばらく黙ってわたしを見ていたが、やがて、最初に会った時のように謝った。
すまなかった。才能を惜しんで剣を教えてしまった俺がわるい、と。
その上で、2つの道を示してくれた。
一つは、騎士となり、民のために剣を振るい、血に塗れる道。
もう一つは、団長の養子となって、王都で暮らす道。
王都には団長の奥さんとわたしの五つ下の息子がいて、わたしを受け入れるという話も済んでいるそうだ。
次に王都に寄った時に、伝えようとしていたらしい。
そうしたら私は母と弟に囲まれて、ドレスをきて、文字を習い、同世代の友達と交わり、やがて結婚して子供を産み、
幸せに暮らせるのだと。
わたしはその話を最後まできいて、一つだけ質問をした。
どちらの方がたくさんアレを殺せますか? と。
次の日に私は騎士見習いとなった。
38:
更に数年、私はその騎士団で戦った。
何人もの仲間が死に、その何倍ものオークを殺した。
もう、私が最初にあった時の団員は半分ほどしか残っていなかったが、新しい連中もなかなか気のいい奴らだった。
最初は女風情が、と見下すやつも一緒に戦ってみれば納得してくれた。生き死にの掛かる場所では腕だけが信用できる。
だいたいは辺境でオークを殺していたが、三度ほど王都によって団長の奥さんにもあった。
とても美人で優しい方だったので、思わずどうやって口説かれたんですか? と聞いたら団長に張り倒された。
質問の答えはその晩、こっそり教えてもらった。団長はあれでなかなかロマンチストのようだ。
団長の息子さんは寄宿舎つきの学校で学んでいるらしく、会えなかったのが残念だったが。
私達の騎士団はそれはそれは沢山のオークを殺したので、団長の勲章はどんどん増えていった。人々からは英雄と呼ばれ、称えられた。
その頃になると、オークの襲撃も減ってきていたし、人間の勝利は間近なものと思われていた。
王都には楽観的な雰囲気があふれていた。
39:
その日も、いつもの通りの出撃だった。
斥候の話ではオークが10体ばかり群れているだけ、とのこと。
報告したのは見慣れない奴だったが、先日兵を補充したばかりなのでまだ顔を覚えられてなかったのだろう、と流してしまった。
10体、小規模な野営地だ。だからといって油断はできないが、楽な戦いにはなるだろう。
皆、そう思って鼻歌交じりで行軍している奴もいた。なんたって給料日だったから、浮かれるのも無理は無い。
今日はあっさりと片付けて、このキャンプは引き上げる。街には酒と女が待っている。
しかし、私達を待っていたのは地獄だった。
10体? 冗談じゃない。その十倍は居ただろう。さらには色付きのも何体かいた。待ち伏せされていたのだ。
先頭からの報告が伝わった時にはすでに戦闘が始まっていた。
団長の決断は早かった。先頭を見捨てて、引き返し陣を立て直す。それがその時の最善だった。
馬のいななきと、仲間の悲鳴を背に後続は全力で後退。そして、横隊をとって奴らを待った。
武装を固めて、穂先をならべた我々の前に現れたのは、その鼻先を血で汚したオーク共。
悪いことに武器持ちもいる。絶望的な戦力差だった。
やつら、いつのまにこのような集団行動を……歯噛みしても仕方がない。
私にできることは、とにかく、できるだけ多く奴らを殺すこと。
今日が私の命日だ。
もう身体の一部と化した大剣を握りなおし、団長の命令を待つ。
40:
その時、小声で団長が話しかけてきた。
お前は街にこれを伝えに行け。応援を呼べ、と。
耳を疑った。そして拒否した。
できません。別のものを行かせてください。
お前が一番軽い。飛ばせば一刻で街まで着くだろう。なあに、そのくらいなら堪えてみせるさ。
嘘だ。一刻も耐えられるはずはなかった。
これは命令だ。
私の反論を押さえつけるように更に団長が言う。
命令、といわれると、私はもう逆らえない。
41:
ほら、急げ急げ。間に合うものも間に合わなくなるぞ?
茶化すように団長が言う。
古参の団員もこちらに気づいたのか、おい早くしろちび、などど、古い名前で私を呼ぶ。
死の間際だというのに、皆わらっている。
私もここで死にたい。一緒に死にたい。
しかし皆の目がそれを許さない。
すぐ、戻ります。
そう言って、馬に鞭をいれた。
走り去る私の耳にまた、すまない、という団長の声が聞こえた気がした。
42:
街へたどり着くと、既に情報を得たという大軍が出立していた。
私よりはやく誰があの情報を伝えたのか? しかもこんな大軍を集められるほど前に?
嫌な疑念にかられるが、それより早く戻らなければ。
戻って、皆に援軍の存在をつたえなければいけない。
馬頭を返して戦場に戻ると、既に戦いは終わっていた。
残っていたのは、夥しいオークの死骸と、仲間の遺品、そして一部があちこちに。
驚くべきことに、団長の、私達の騎士団はあの大群相手にほとんど相打ちに持ち込んだらしい。
やつらが食べのこして帰るなんて、よほどのことがない限りありえない。
残党はおそらく数体だろう。まったく、驚くべきことだ。すごい戦果だ。
43:
どことなく見覚えのある肉塊の中に、一番なじみの輪郭をみつけた。
オークのすき間から引っ張りだすと、ずいぶん軽い。頭だけだからか。
さして損壊はなかったが、私の好きだった青い目はえぐり出されていた。
団長はずいぶん小さくなってしまった。
もう限界を迎えているはずなのに私はまだ正気だった。
いや、とっくに壊れていたのだったか?
涙も出ないのが、なぜかおかしくてしかたなかった。
どうやらまた私はどこかイカレたらしい。
56:
ずいぶん遅れてやってきた援軍は遺品だけを回収して去っていった。
私はそこにしばらくとどまり、見かけたオークを全て斬り殺した。
せめてもの弔いのつもりだ。
一月もたつと、もう殺せるやつはいなくなった。
持ち去られた団長や仲間の剣をもったのは見つからなかったのが残念だ。
まだ、残党がどこかに生き延びているのかもしれない。
まあ、仇だの恨みだのは関係ない。
オークはすべて殺す。
それだけだ。
57:
ようやく人里に戻ったが、そこに私の居場所はなかった。
団長と私たちの騎士団は救国の英雄と讃えられ、壮大な葬儀が挙げられていた。
私は、団長の騎士団と一緒に死んだことになっていた。
騎士章を見せれば盗んだのかと没収され、登用試験を受けようにも門前払いを喰らった。
無理矢理に数人叩きのめして力を見せても良かったが、そうしたら騎士団でのわたしの場所はなくなる。
そしてあの大侵攻からこちら、オークの被害はめっきり少なくなっていた。
動けるものであれば徴兵されていた時代は去り、街には平和が戻った。
私はすっかり露頭に迷っていた。
59:
蓄えはすでに底をついていた。
物心ついてこの方、騎士団にいたのだ。
できることと言えばオークを殺すことだけ。
街で仕事を求めようにも雇ってくれるところは少なかった。
身体を売ろうかとも考えたが、街の中は組合がしきっていて、身一つの商売は難しい。
かといって、組合に一度入るとなかなか抜けることは難しいだろう。
この女の身体というのはやはり邪魔なだけだった。
何度も思ったことだが、あらためてそう思う。
自由に売ることもできないなんて、本当に無駄なものだ。
60:
それから数ヶ月、いや数年? 時間の感覚がない。
日雇いの仕事で糊口をすすいでいた私の耳にも噂が流れてきた。
辺境にまたオークが出はじめたらしい。
村を滅ぼすほどの侵攻ではなく、ひとりふたりと掠め取るように襲われる。
おかしい。これまでの奴らではなかった。
生息数が減ったせいだろうと言うやつもいたが、奴らがほどほどで我慢する、なんてことはありえない。
ありえないはずだった。
被害がすくないので、国も軍を送るほどではないと判断したらしい。
さらにもれ聞いたところでは上はいがみ合いで忙しいとかなんとか。
オークという脅威がなくなると、また人同士で争い出す。
団長がよくぼやいていたのを思い出す。
そんなことはどうでも良かった。
オークがでたのだ。
殺しに行かないといけない。
61:
次の日、私は部屋の片隅で埃をかぶっていた騎士鎧を路銀に替えて、街をでた。
できれば残しておきたかったが、もはや馬もない私にあの鎧は思い出としての価値しかなかった。
取引をおえて故郷へ帰る商人の馬車に乗り、ふたたび辺境へ。
目的地に近づくにつれて、陰湿な血の臭いを感じた。戦場の臭い。私の居場所だ。
商人に別れを告げた私は、さらに森の近くの村へむかった。
もう、12人の被害が出ているという。
夜陰や夕暮れに紛れて、人や家畜をさらうという。
盗賊の類ではないことはその影からして明らかだった。
62:
オーク殺しへの協力を要請した私に、村の人々は冷たかった。
4人目が消えたときに、若者衆が森へ踏み入って捜索をしたそうだ。
そして、全員帰ってこなかった。ついていった猟犬が指をくわえて帰ってきたよ、という。
それからしばらく、威嚇するかのようにオーク共の姿を見たそうだ。襲来の頻度も増えたという。
だから、奴らを下手に刺激しないでくれ。私たちはこのままなんとかやっていくから。
そう諦めたような表情を浮かべるばかりで、取り付くシマもない。
しかし何と言われても私はオークを殺しに来たのだ。
こうなればしかたがない。
村人の援助はあきらめて、一人森へと踏み入った。
63:
気配を殺して奥へと進んでいくと、3体ほど確認できた。
さらわれた、という人や家畜の気配はない。
食われたか、どこか別の場所に運ばれたか。
おそらくは前者だろうが、最近のこいつらの動きは伝え聞いただけでも妙だ。
どうも高度に組織だった行動をしているように思えてならない。
一日やつらの動きを観察して、それ以上いないことを確認する。
3体同時はさすがに無理だ。
一匹ずつバラけた時を狙って順に殺した。
久しぶりの感触に笑みが浮かぶ。腕はまったく鈍ってないようだ。
64:
森のなかで奴らを焼いては火事になる恐れがあった。
一人ではどうしようもないので、村へ戻りオークを殺したことを伝えた。
証拠にと、切り取ってきた鼻も見せたのだ。
即刻村を追い出された。
皆、激昂して話の通じる状態ではなかった。
報復が恐ろしいのなら私を追い出すのは誤りだと思うが、冷静な判断ができなかったのだろう。
まあ、いい。
オークはいなくなったようだから、私もここに用はなかった。
65:
その後、森に沿って集落や村を訪ねて行った。
被害のあるところには必ず3、4体のオークが居た。
下手に住人を刺激しないように私はこっそりと森へ抜け出し、奴らを殺しては次のところへと移った。
やがて路銀が尽きたが、問題はなかった。
辺境に組合はない。
武装を村の外に隠し、遊女の格好で戸をたたけば路銀は得られた。
傷だらけで筋肉質な身体ではあったが、まだ男を喜ばせることは出来たらしい。
稼いだ金で、腹一杯に飯を食べた。
十分な栄養を得た身体は自在に動いた。
まともな食事はすばらしい。
人体に活力を与えてくれる。
67:
淫売騎士なんて噂はこの頃の話がどこかから伝わったのだろう。
騎士に復帰してからはしたことはないが、噂に尾ひれが着くなんてありがちなことだ。
憤慨する部下もいるが、ある程度は事実なのだから仕方がない。
かといって、自分からひけらかそうとは思わないけれど。
私がそのような生活をしていたのは半年ほどだったろうか。
その間に、状況はどんどん悪くなった。
一つの集落につき3、4体だったオークの数は徐々にふえ、それにつれ被害も増加。
大侵攻以降、森へ向かって拡大していた人間の生活圏は徐々に削られていった。
68:
いつしか、辺境にはかつてのように武装をもった男たちがうろつくようになった。
とはいっても騎士ではない。
国への嘆願はなんども送られたそうだが、新興の村の10や20はものの数に入らないらしい。
まったく、上の連中というのは省みるという言葉を知らないのだろうか?
この時オークに対抗し始めたのはやはり市井の者達だった。
村の若者や、元兵士。中にはごろつきやならず者と呼ばれていた連中もいたらしい。
出自なんてどうでもいい。武器をとってオークに向かえば皆同じだ。
私が最初に訪れた村のような事例もあったろうが、一度殺すのに成功すれば自信が生まれるのだろう。
最初は自警団。そして、そのうちの生き残った者達が、オークからの防衛を生業にし始めたのだ。
しばらくすると、いくつかの村を拠点とした傭兵団が形成されていた。
69:
彼らに認められるのは簡単だった。
ちょっと片手にオークの首をぶら下げていけば、彼らは歓待してくれた。
とにかく、オークを殺せるというその一事だけが求められていたのだ。
彼らに混じることで、私は再びただ奴らを殺すことだけに集中できるようになった。
それに、頭数が増えただけでオークを殺すのはずっと楽になった。一人の時の三倍の早さで奴らを殲滅できる。
団長の騎士団にいた頃の早さには到底追いつかないが、それでも長足の進歩だ。
そうして私は傭兵団を渡りあるいた。
彼らの受け持ちの村々の周辺を一掃したら、次の集団へ。
幾度と無く引き止められたが、全て断ってしまった。
次にいつ襲ってくるかもわからない豚を待つよりかは、既に巣くった奴らを襲ったほうがたくさん殺せるからだ。
いつのまにか屠殺屋なんて恥ずかしい渾名がついていたのには弱ったものだ。
もう慣れたけれど。
70:
世の中には酔狂なことにこんな私について行きたいという奴もいた。
腕っ節に惚れただの、踏まれたいだのなんだか勝手なことをいっていたが、皆いい連中だ。
一緒に戦った奴や、噂を聞いてなんて理由も様々だが、私と行動を共にする人数はだんだんと増えていった。
私にまた、仲間ができたのだ。
増減をくりかえしながらその数が30を越える頃には、かなり名が売れていたらしい。
様々な集落から連絡を受け、連絡を受けては急行し、オークを殺した。
仲間のほとんどが我流で腕を磨いたために、正当な戦い方というものは知らなかったが、殺すのだけは早かった。
小規模な集落なら一日あれば片付くようになって、ますます効率はあがった。
しかし、それだけの勢いで殺していっても、奴らはいなくならなかった。
それどころか、人里への襲撃は頻度と規模を増していったのだ。
あちらを塞げばこちらがやられ、守るべき村もその数をへらしていった。
仲間の中にも故郷を失ったものが多く出た。
71:
辺境がほぼ壊滅した頃になって、ようやく国も重い腰をあげた。
それぞれの街には前のように騎士団が置かれ、周辺の集落の駐屯地には兵士隊が。
しかし、戦力はそれでも足りなかった。
兵士の徴用が行われ、故郷を失い街にあぶれていた者達に槍が持たせられた。
更には傭兵団も軍に吸収されることに。
私たちの集団にも偉そうな髭の生えた勅使がきた。
なんでも騎士の位をくれるという。
傭兵団の徴用にあたっては特別待遇だそうだ。
72:
連中の腹は見えている。
軍令は絶対。それを盾に我々を激戦区へ投入し、使い潰すつもりだろう。
状況が打開すればそれでよし、野良犬共が全滅しても子飼いの兵は傷がつかない。
仲間内には懸念の声もあったが、結局話を受けた。
やつらとの戦いは望むところだ。探す手間も省けるというのなら言う事はない。
編成は変えないこと、武装や戦い方に関しての指示は受けないなどの条件は付けさせてもらったが。
ひょっとしたら騎士への未練、なんて気持ちもあったのかもしれないが些細な事だ。
73:
そうして私は仲間と共に王都へ向かった。
叙任の儀式とやらがあるそうだ。あれは苦手だ。
面倒な上に王都にはオークもいないし良い思い出もないが、勅使がどうしてもというのだから仕方がない。
並足の愛馬の上、口の中で昔に習い覚えた宣誓の文句を復習する。
久々の王都は何も変わっていなかった。
時が止まったように皆同じ生活をして平和を享受している。
何度日が暮れても血をみることはなかったし、あの不愉快な唸り声もない。
まるで違う世界に来てしまったように落ち着かない。
無性に剣を振りたくなるが、斬るものは何処にもなかった。
74:
渡された騎士服に身を包み、案内されるがままに着いて行く。
宣誓と叙任は流れ作業のように済んだ。
きっと日が落ちる頃にはあの太鼓腹は誰に騎士章と剣を渡したかも覚えていないはず。
それだけ人が不足しているのだろう。
隊旗とわずかばかりの軍資金、新任の従士の紹介と馬の補充が済んだその日にはもう指令が下った。
最初の赴任地は北の国境。
案の定かなり被害の多い地域だった。
それに確か、どこかの大貴族の領地の隣接地でもあったか。
先日まで我々が守っていた辺境は、きっともう潰れている。が、そんなことはもはやなにも関係ない。
軍人は命令に従うのが仕事だ。
やはり私にはこの水が合うらしい。
75:
そうして1年が過ぎ、今に至る。
仲間が数人死んだり昇進したりはしたものの、他隊からの志願やらで、隊の人数はあまり変わらない。
新しい連中もすぐに馴染んだ。
新人を採用しない方針も良かった。足手まといは全員を死地へ引きずり込む。
たまに騎士隊らしからぬ我々の態度に腹をたてる奴もいたが、そういう奴らはすぐに他へ移るか死んでいった。
オークを斬るのに必要なのはなによりも憎しみだ。
他のものはどうでもいい。
戦果はなるべく現地の騎士団に押し付けるようにしているが、それでも勲章は随分増えてしまった。
肩書などない方がいいにきまっている。
余計なものをぶら下げていると、要らない政争に巻き込まれてしまう。団長のように。
そう。あの時、団長はわざと見殺されたのだ。
偽の報告に、援軍の遅れ。すべて軍の上層部の仕組んだことだったらしい。
きれぎれに伝わる噂が真実を浮き彫りにしていた。
それでも人間に復讐しようとは思わない。憎しみがわかない。
この剣を向ける先はどうしてもオーク共でなければいけない。
私はそういう風になってしまったのだ。
76:
戸を叩く音。
現実に引き戻される。
私はベッドに腰掛けていて、水さしは空になっていた。
朝飯の用意ができたと呼ぶ声がした。
思い出に浸っていたら、ずいぶん時間が経っていたらしい。
朝の鍛錬をサボったのも久しぶりだ。
幸い休養日なので、昼からは存分に追い込むことに決めた。
朝食の席はかなり空いていた。
どうせまだ遊郭で鼾をかいているのだろう。
なんとか席に座っているものも、ほとんどが頭を抱えて水ばかり飲んでいる。
こいつらの脳に反省の二文字はあるのだろうか?
ま、今日は私も言える身ではないか。
唯一元気そうに芋を食べていた副長を午後の鍛錬に誘うと、すごく嫌そうな顔をされた。
そうかそうか、いい覚悟だ。
心のなかで訓練メニューを二倍に増やす。
なあに、私も一緒にやるからさ。
88:
街の周辺のオークは予想よりも早く片付いた。
最近、奴らの数が減っているようだ。
全体の戦況も良くなっているそうだ。
私たちの騎士隊のように積極的に巣を潰しに行くことはないにしても、まず街を落とされることはなくなった。
兵力も充実しているようだしきれ、このまま行けばまた以前の領土を回復するのはそう遠くないはず。
そして今度こそ森を切り開き、奴らを根絶やしにしたいものだ。
宿舎で伝令を待ちながらうつうつとそんなことを考えていると、窓下に蹄の音が近づいてきた。
やれやれ、この街からようようおさらば出来るようだ。
どうも最初の一件以来、在地の騎士団との相性が悪く、頭がいたかった。
副長の怒鳴り声もたまにはいいが、こう毎日では耳が痛い。
階段を降りて伝令を略令で迎え、書状を受け取り、駄賃をやった。
連絡を受け持つものは手なづけておくに限る。
さてさて、次はどこへ行けばよいのか……
封書をなんとなく灯に透かすと、白さが目についた。
いつもの藁蝋紙ではない、ということは……
嫌な予感。
裏返して封印を見れば、見たくもない獅子と双盾、予感が確信に変わった。
王都からの手紙。
しかもきっと、召還状だ。
89:
せめてもの腹いせに封を乱暴に破り取って、中身を開く。
文字は得意じゃないが、ところどころ読める字を拾うと案の定だ。
用件を知るために副長に声をかけ、代読してもらう。
この熊みたいな鉄面皮が私よりも学があるというのも不思議だが、元は歴とした所にいたらしい。
そんな男がなんであの時辺境をさまよっていたのかはどうしても話そうとしないが。
さて、一度黙読した副長がおめでとうございますという。
よし、めでたい話じゃなかったら殴ることにしよう。
拳を固めて振りかぶる。
「また勲章をくれるそうです。これで5つ目ですね」
…………
……
なかなかいい音がした。
93:
かなりの討伐数を他の騎士団に押し付けているはずだったが、まだ擦り付けたりなかったようだ。
手紙を受け取ってしまった以上は仕方がない。
次の日には馬の背の上、一路王都へ。
騎士隊ごと御召がかかったため、隊員もみな従いてきている。
武装も隊列も皆バラバラで、規律があるようには到底見えない。
精々がちょっと身なりの良いゴロツキどもといった風情だ。
オークを殺すのに格好など気にする必要はないのに、なぜかこれも一部の人間にひどく嫌われている。
そもそも素性のしれない傭兵隊を引き入れたのは上だろうに。
ま、仕方がないか。奴らが恨む筋を間違えるのはいつものことだ。
94:
街を出て王都まで5日、着いた頃にはもう夜だった。
久々の隊舎に身を休める暇もなくバカどもは夜の街へと繰り出していく。
王都の女と酒はやはり最高、だそうだ。
最後に副長が連中がハメを外しすぎないように監視に出かけると、私は一人になった。
それでも王都は賑わしい。人間が大勢いる。頭にガンガンくる。耳の奥が痛くなる。
受勲式は明後日だが、明日にはどうせもっと疲れることがある。
今日はもう休みたかった。
長いこと自室の棚に放置していた火酒の瓶を振ると、まだ酔えるくらいは残っていそうだった。
栓を抜いてラッパにすると、灼けるような感覚と共に酔いが訪れた。
ベッドに横たわって、天井を見る。
耳を苛む音はもう聞こえない。
目を閉じると、穏やかな眠りがやってきた。
97:
目覚めは心地よいものだった。
陽の加減をみるに、いつもより少し早い。
これはいい。嫌な手紙が届く前に部屋からとっとと逃げてしまおう。
しかし敵もさる者。簡単に支度をして足早に入り口に向かうと、扉の下にはすでに招待状が挟んであった。
やれやれ、出遅れたか。
手紙を拾って封を切る。
先方は私が文字が苦手なのを知っているため、内容はいたって簡潔。
『伯爵邸。昼までに』
その後には優美な曲線を描く伯爵家の花押。
読んでしまった以上、行かないわけにはいかない。
ため息を1つ。
もう急ぐ必要もなくなった。
まずは食堂でゆっくりと朝食をとることにして扉を開く。
98:
伯爵邸の前に着いたのは太陽が中天を過ぎようとする頃。
別に遅刻するつもりはなかったが、朝の鍛錬に熱が入ってしまったのだ。
けして現実逃避ではない。
せめてもの抵抗にと、埃をかぶっていた全身鎧を着込んでいたせいもある。
慣れないせいで時間をくった上に、暑くて重くて仕方がない。
私の育った騎士団では皆着ていたが、正気の沙汰とは思えない。
金属音を立てて馬から降りると、門兵達が誰何する。
面頬をあげて手紙をみせると、心得たとばかりに鈴を振って合図をした。
嫌な予感がする。
99:
いつでも逃げ出せるように重心を後ろにおいて門が開くのを待つ。
しかし、次の瞬間にはどっと門から溢れでたメイドの群れに囲まれていた。
門の裏で待機していたらしい。
くそっ……油断した。
それにしても前に訪れた時より、明らかに動きが良くなっている。
あきらめて両手を上げ、案内されるままに屋敷に入ると、メイド長の一分の隙もない笑顔に迎えられた。
すこし、怖い。
103:
1刻の後、私はへろへろになって応接間のソファに身を埋めていた。
肉体的な疲労ではなく、精神的なものだ。
あれから私はあっという間に鎧と服をひん剥かれ、叩きこまれた風呂場で全身を擦り立てられ、その後には香油と化粧とおよそ着心地というものを無視したとしか思えない服が待っていた。
しかもその間はのべつ幕なしに身体や髪、肌のお手入れとやらについての説教付きだ。
これでまだお偉方と会うのに最低限の身だしなみというのだから恐れ入る。
お陰様でこの上なく清潔にはなったが、色々なものが削れたような気もする。
都の婦人方というものはこれを毎日やっているのだろう。
こんなことを毎日するくらいなら、毎朝オークを殺すほうがよっぽどマシだ。
106:
「今日も美しいな。剣を持たせるには惜しい」
少しでも回復しようとダラケていた所に、気障な声がした。
「……皮肉ですか?」
とても人に見せられない姿勢を正して、声の主に向き直る。
丸く温和な顔に似合わない鋭い目つき。年の頃は壮年を少し越えたあたり。腹はでている。
この伯爵家の当代当主であり、私の書類上の上官でもある。
話によるとキレ者らしく、裏でいろいろとしているそうだが、特に興味はない。
私の隊に関しては放任気味なので好きに動けるのはありがたいが、時々こうして呼び出しが来る。
「いや、皮肉ではない。本心よ。妻に迎えたいほどだ」
「悪趣味な冗談は好みません」
「いやはや、これは手厳しい」
そういって、ハハハと笑う。
どうにもうさんくさい。
107:
「ま、何はともあれ昼餉にしよう。腹の虫がなっていかぬ」
案内されるままに食堂へついていく。
無駄に広いテーブルには染みひとつない白いクロスがぴしりと掛けてある。
伯爵と差し向かいで座ると、給仕が次々にやってきて料理を置いては去っていく。
香り高いシチューに異国風の煮込み、新鮮なチーズに白いパン。肉汁のかかったロースト。
流石は貴族様、いいものを食べている。
グラスに葡萄酒が注がれると、伯爵がグラスを掲げて英雄に乾杯、とやる。
ウインク1つ。まったくもって似合っていない。
引きつる頬でおざなりに合わせて、葡萄酒を一気に喉に流し込む。早く酔ってしまおう。
なによりこんな上等な酒はなかなか飲めるものではない。飲める時にできるだけ多く飲んでおくべきだ。
替りを注ぎにきた給仕を引き止めて瓶ごともらう。
遠慮? 知った事か。
108:
伯爵は席についた時からずっと喋り続けている。
どこの貴族がどこと繋がっているだとか、誰が彼に惚れただとか腫れただとか。
一切興味がないので適当に相槌をうちながらすべて聞き流して、代わりに肉を詰め込む。
これは実に旨い。
給仕におかわりを頼むと優美な手つきで大皿から一きれ切り分けて皿に足してくれる。
指で摘んで口に放り込む。ちょうどぴったり一口分。
お上品だが実にまだるこしい。
せっかくの大きな塊なのだからもっと分厚くいって欲しいものだ。
伯爵の話は軍政部のあたりに移ってきたらしい。時々意見を求められているようなので適当に頷いておく。
私はそういう面倒くさいのは、いい。
そういうところは全て伯爵に任せるといってあるはずなのだが、会う度になにかとそういう話をする。
きっと性格が悪いから話し相手が居ないのだろう。かわいそうに。
せめて食事代がわりに聞いているふりだけは続けてやろう。
109:
うまい肉で腹が満ち、酒も十分のんでずいぶんいい気持ちになった。
伯爵の話も尽きてきたらしく、料理が下げられる。
瓶の底にのこった酒を干していると、そんなわけで、と伯爵がいう。
「もうそこで待っているから、ま、会うだけ会うてみてくれぬか」
さあおいでなすった。伯爵家の恒例行事だ。
話の流れはさっぱりわからないが、こうして呼ばれた時は必ず最後にコレが待っている。
コレ、というのは新人紹介だ。見るからに使えなさそうな若者を連れてきては私の隊で使え、という。
どうやら私の隊は王都の方ではある程度のステータスを持っているらしい。
まず勲章の多さが原因だろうが、隊の出身者がそれなりの出世をしているのも原因だろう。
戦時には辺境出身の者でも世渡りさえこなせれば昇進できる。
引きぬかれたのにたまたまそういうのが多かっただけなのだが、噂というものは恐ろしい。
いつ頃からか箔付けのために、と入隊を志願する者がひっきりなしにやってくるようになった。
使えるものならばよいのだが、揃いも揃って家紋をぶら下げた無能がやってくる。
せめてオークの首を1つや2つも手土産に持ってくれば話くらいは聞いてやるのだが……
そうした連中の相手も面倒になって入隊希望者は伯爵家を通すように、と広めた所、飛び込みの数は減ったものの今度はこの恒例行事がはじまった、と言うわけである。
110:
そうして馬鹿を相手にする無駄な時間は減ったものの、今度は伯爵の紹介する者が断れない。
私の隊の兵站はすべて伯爵家に任せているのだから当然のことだ。
紹介されたものは、たいてい何かの取引の末に来ているようだし、伯爵の顔を潰すのは後に差しつかえる。
最初の内は使えないなりになんとか叩きなおしてやろうとしたが、無駄な努力だった。
戦場で死なないように鍛えているのに厳しすぎると言うのだ。
ひどい時は鍛錬とも言えない軽いしごきで音をあげて王都に帰ったものもいた。
それで私の隊に居たことを自慢しているらしいのだからまったくもって理解に苦しむ。
111:
だから最近は、訓練について来られないものは適当な雑用をやらせて1月もした頃に5頭ほど戦果をなすりつけて帰すことにしている。
私たちの手間にもならないし向こうもお望みの肩書が手に入る。
いいことずくめだ。
「彼は騎士学校を首席で卒業していてね…」
今回も同じ対応で行けば間違いないだろう。
「歴代でも特に優秀な成績を残している、やはり血筋なのだろうな」
いつも通り、適当にあしらって帰せばいい。
「おお、待たせたな。ささ、こちらへ来たまえ」
扉の影から靴音が近づいてくる。
新人向けの顔を作って、立ち上がって足音の主を迎える。
112:
騎士学校を出たばかりと言ったか、やはり若い。
人を探すように、視線を彷徨わせている。
目が合った。
いや、まさか……
「彼女があの隊長だよ。紹介しよう…」
告げられた名にはずいぶん聞き覚えがあった。
「はじめまして。只今ご紹介にあずかりました。自分は…」
今度はゆるく笑みを浮かべた彼が口を開く。
ああ、声さえも生き写しだ。
「……と、申します。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
そういって、胸に手を当て騎士の礼をとる。
なによりこの青い目。間違いない。
彼は団長の息子だ。
113:
「……ん? どうかしたかね」
知らず知らず息を詰めていたらしい。
息を吐く。
「……いえ、なんでもありません」
今日はとりあえず顔見せだけだ。
まだ追いつかない頭で口だけがいつも通りの事務的な挨拶を交わし、歓迎の意を伝える。
「……では、失礼致します」
ひと通りのやりとりを終えて、彼は退出した。
去り際の歪んだ口元が気になった。
私と伯爵が残される。
114:
「……どうだったかね、彼は?」
「使ってみないことにはわかりませんね」
「ハハハ、相変わらず手厳しいな」
伯爵の目が楽しげに細められる。如何にもなにか企んでいそうな顔になる。
「ところで、彼の父親はもしや……」
「おや、言っていなかったかな。しかしそうだよ、もちろんそうさ。彼はあの大侵攻の英雄の息子だ」
やはり、間違っていなかった。
「ま、だからといって遠慮をすることはない。戦場で生き延びられるよう手ほどきをしてやってくれ」
「はっ」
「正式に君の隊に編入されるのは3日後になる。ま、今回もよろしく頼むぞ」
「最善をつくします」
「うむ、では私は執務に戻る。明日の受勲式で会おう」
115:
そうして私は伯爵邸を辞して隊舎に帰った。
副長や隊員に声をかけられるのも生返事、歓談を登り自室へ。
途中で買った火酒の瓶の口をあけて、ベッドに腰掛け大きく呷る。
明日の受勲式に酒の匂いをさせていく訳にはいかないのは分かっているが、気がついたら飲んでいた。
新人。団長の息子……
団長が生き返ったかのような物腰、背格好、そしてあの目。
たしか、私の5つ下だった。そう、あの時は寄宿舎にいて。
うれしそうに息子の自慢をする団長の顔。
からかう団員。
ああ。
奥方は壮健だろうか。
ベッドの中で私にこっそりはなす、あの声。
どこかに閉じ込められていた記憶が次々と蘇って、私をかき乱す。
本当に、すっかりなくなっていたはずだったのに……
もう一度酒を流し込んで、ベッドに身を投げ出す。
これは、しばらく収まりそうもない。
じっと目を閉じて、ただ耐えた。
117:
次の日は瞬く間にすぎた。
目覚めは意外にもすっきりとしたものでほっとする。
朝食を簡単に済ませて、伯爵邸で着替える。
メイド長から絶対に来るようにというお達しがあったのだ。
久しぶりの騎士服はやはりぞろりとして違和感があった。
昨日の再現かのように騎士服に辿り着くまでが大変だったのだが……
さいごに髪が編み上げられると、いい時間になった。
伯爵邸の前に待たせていた副長にからかわれながらも馬を並べ、城で受勲を受けた。
5度目ともなると慣れたものだ。頭を下げて話を聞き、胸に勲章を受ける。
この太鼓腹は5度目にして未だ慣れぬらしく、いやらしい顔をして勲章をつけるのにやたら手間取る。
従士役の副長の機嫌が悪くなるのが、見なくてもわかって思わず吹き出しそうになった。
その後の祝宴では伯爵に連れられてあいさつ回りをし、それが済んだ後は酒を持てるだけ持ってとっとと帰った。
隊舎には珍しく隊員が全員揃っており、私の受勲をニヤニヤと祝ってくれる。
もちろんお礼と余興を兼ねて全員張り倒してやった。
祝宴からかっぱらった酒と追加の酒が全部消えた頃にお開きとなり、三々五々と皆消えていく。
部屋にもどって火酒を注ぎ、二杯だけのんで寝る。
ベッドに寝転んで天井を見ても過去の記憶はやってこない。
よし。
明日にはここを発てるだろう。
剣を持つ手が疼いた。
123:
王都での用は済んだ。
用事がないのならばこんなところに長居する必要はない。
食堂で朝食をとる仲間たちに今日の内に出立する旨を伝える。
急な話だが、皆慣れたものだ。
適当な返事がここそこから返ってくる。私の王都嫌いはよく知られているらしい。
席を外しているものにも伝えるよう言い置いて、自室に戻った。
遠征の支度はすぐに終わった。私の荷物は少ない。
使い込んだ皮鎧に、愛用の大剣。予備の短刀が二本。
全てを身につけ、身体を動かし調子を確かめる。
よし、問題はなさそうだ。
着替えを少々、その他細々した物を行李に詰める。
最後に古びた剣を手に取り、鞘を払う。
私が初めて振るった剣だ。今となっては団長の形見でもある。
もうガタが来ていて戦闘に使うことは出来ないが、手入れは欠かしていない。
灯にかざすと刀身に刻まれた家紋が変わらぬ照りをかえす。
全てを捨ててきた私と過去をつなぐたった一つのものだ。
ざっと拭いをかけ、鞘に収め、荷に入れる。
準備は整った。
124:
城へ出向き、指令書を受け取る。
話を聞くにオーク共の動きは変わりないようだ。小康状態といったところか。
私たちは南へ向うことになった。
オークが初めて現れた地であり、やつらの本拠地に最も近いと考えられている場所だ。
あの大侵攻の戦場跡でもある。
やつらの発見報告も多い。
前線基地として相当の戦力がいるはずだが、また攻勢がはじまったらしい。
あれ以来大規模の行動はないが、ひょっとしたら、ということもある。
上の懸念もそれだろう。
遊撃と偵察が任務として下された。
やることはいつもと変わらない。
オークを見つけて、殺すだけだ。
125:
隊舎に戻り、副長に集合は南の宿舎だと伝える。
遠征の際は緊急時を除き城壁内での混乱を避けるため、各門に設置された宿舎に集合し、朝を待って出立することになっている。
短い返事。これで確実に全員に伝わるだろう。
うちの副長は優秀だ。
私が厩舎から馬を出していると、荒縄を二巻もって出かけていった。
これから娼館から返ってこないやつを確保しに行くらしい。
ご苦労なことだ。
城壁を出る前に伯爵邸へ寄った。
とにかく顔を見せておくのは重要だと教わったからだ。
門兵に馬を預け、武装のままで邸内に入る。
流石に大剣は外したが。
メイドたちも今日は近寄ってこない。
126:
応接間に通されたので、立位で伯爵を待つ。
急な訪問だが、そう長いことは待たされなかった。
あまり忙しくはなかったようだ。
伯爵は私の格好を見て一瞬ぎょっとした様子をみせたが、すぐにいつもの顔つきにもどる。
「おや、今日はまたずいぶんと勇ましいな。如何した」
失礼を謝し、本日発つ旨を伝える。
「そうか。もう数日ゆっくりしていけば良いものを、忙しないことだ」
さも意外なことを聞いたかのような口ぶりだ。
「君に会いたいというものは多く居てな。なにせ君は今をときめく華の騎士だ。今、君に招待状をしたためておったと
ころだったのだが……」
察するに、恐るべき催しが開かれようとしていたらしい。くわばわくわばら。
指令書を見せつつ、任地の状況を聞いたままに話す。
「むむ、それならば仕方がない。また次の機会ということにしよう」
なんとか納得してくれたようだ。
さて、話もおわったことだし、もうここに用はない、そろそろ出なければ。
127:
「そういえば君は、かの英雄の知り合いなのかね?」
別れの言葉を口にしようとした時に、思いかけぬことを聞かれて少々戸惑う。
かの英雄、というのはもちろん団長のことだろう。
しかし、何故そんな質問を?
「……知り合いなどと、恐れ多いことを。昔、私がほんの子供の頃に一度、村にいらしたことがありまして」
嘘は言っていない。
ただ、多くを語るのはまずい、とそんな気がした。
団長の騎士団は全滅したことになっている。所属していた私も含めて、だ。
団長が罠に掛けられ、その指示を下した人間がいたことを考えると、昔のことは隠しておいたほうがいい。
話は、何処から漏れるかわかったものではない。
「そうであったか。いや、何。あれの息子をみた時になにやら考えておったようだったからな」
ふむふむ、と頷いた伯爵がパチンと手を鳴らす。
待ち構えていたかのようにメイド長がなにやら包みをもって現れた。
伯爵がそれを手に取り、布を外すと中には手のひら大の鉄片が入っていた。
鉄片には鷹の紋章、つまりこれは騎士章だ。しかもずいぶん年季が入っている。
そして鷹の紋章の下にはもう一つの紋章が刻まれていた。
私の持つ剣と同じ、つまり、それは団長のものだった。
128:
別のものかとも思ったが、細かな傷に見覚えがある。
しかし、これはあの戦場で失われて……いや、後続隊に回収されたのだろうか?
説明を求めて、伯爵をみると、伯爵もまた懐かしむように騎士章を眺めていた。
「これはな。あの英雄のものだ」
「それを、何故?」
「生前、奴とは親交があってな。もしものことがあったら息子に渡すようにと、私が預かっていたのだ。
「一人前になった時に渡そうと思っていたのだが、その前に旅立ちの日が来てしまった。
「……君に預けよう」
は?
「彼が……英雄の息子が、名を継ぐに値する男になった時に、君から渡してくれ
「……頼んだぞ。では武運を祈る」
そう言い収め、伯爵は私の手に騎士章を押し付けて、笑んだ。
129:
なにやら託されてしまった。
しかたない。
団長の息子、新人はきっちり育ててやろう。
血を引いているのなら、才能はあるに違いない。たくさん殺せるはずだ。
預かった団長の騎士章は荷物の一番奥にしまいこんだ。
なくしてしまったりしたら大変だ。
しかし、伯爵と団長に繋がりがあったとは……これも何かの縁なのだろうか。
馬上で考えるともなく唸る。
目の前には城壁が広がり、門からは外の風が吹き込んでいる。
これで当分王都とはオサラバかと思うと実にせいせいした気分だった。
136:
狭く汚い宿舎で一夜を過ごし、朝日の中で点呼を取る。
早朝の冷たい空気が身体を引き締める。
副長の奮闘むなしく案の定数人欠けていたが、その内追いつくだろう。
私の隊の規律は無いも同然だが、戦に遅れるものはいない。
任務と訓示を副長が読み上げている横で、騎士隊の面々を見渡す。
薄汚れ、一見野盗の集団にもみえる集団の中に、一人真新しい騎士鎧を付けたものがいる。
この光景に馴染まないのか、動揺した青い目がしばらく落ち着きなく彷徨っていた。
戦果の割に私たちの隊の実態はあまり知られていないらしく、初めて見たものは皆大体こういう反応をする。
初々しいことだ。
副長の話のあとに、入隊式を行った。
とはいえ、そう面倒なことをするわけではない。
基本的には新人の剣帯に所属を示すリボンを付けてやるだけだ。
あとは団員への挨拶と、先導の騎士の指名くらいだろうか。
先導の騎士、とはようするに新人の世話役だ。あまり人気のある役目ではない。
副長が名前を読み上げると、集団の間を縫って新人が歩み寄ってくる。
137:
隊員の幾人かが、ほうと息をつく。
その者の実力はある程度、物腰に表れるものだ。
身のこなしや目の配り、気の持ちようを見ればどのくらい遣うかがわかる。
その点で新人は、かなり出来る、と評価されたのだ。
実際、この様子だと剣術の腕は隊の中でも上位に入るだろう。
しかもまだ若い。これまでにどれだけの修練を積んできたのだろうか。
更に実戦で経験を積み、身体が出来上がりきった時に敵うものは居ないかもしれない。
そんな空想まで湧いた。
隊員の中でも規律に厳しい者は、険しい目を向けた。
新人の態度が、隊章を受けるそれではなかったからだ。
顔は傲然と前を向き、騎士の礼も取らず、剣帯を捧げもしない。
紹介されてくるものにはありがちだ。
”噂”の女騎士に礼を尽くすなどまっぴらご免といったところだろう。
まったく、騎士学校ではなにを教えているのだろう。
ここでそれをとがめても仕方がない。
目につかないように苦笑して、身体を屈め剣帯にリボンを結んでやる。
上の方から、鼻でせせら笑うような音が聞こえた。
副長が苛ついてるのがわかった。
138:
腰を伸ばし、新人の目を見て入隊を言祝ぐ。
視線は合わない。あからさまに逸らされている。
振り向かせて団員に挨拶をさせると、野次が飛ぶ。
生意気そうなところが好印象を与えたらしい。
これはずいぶん可愛がられそうだ。
さて、あとは先導だ。誰にやらせようか。
たいていは副長にやってもらうのだが、ふむ。
決めた。
「先導の騎士は私が務める」
ざわ、と皆がどよめく。
新人も驚いたように振り向いて、今度は私と目を合わせた。
「なんだ、不満か?」
「……いえ、そのようなことは」
「そうか、では入隊にともない恒例の模擬戦を行う。お前は真剣で構わん。用意をしろ」
そう言って、新人に背を向けた。
139:
私の言葉を聞いた隊員たちがワッと騒ぎながら大きく輪を作るように広がり、観戦の姿勢をとる。
恒例というのは嘘だ。
傭兵団時代には力を示すためによく新入りと一騎打ちをしていたが、騎士になってからは滅多にしていない。
必要がなかったからだ。
ただ、こういう勘違いした若者に対しては教育の意味をこめて、立会をさせている。
上官が侮られては軍が成り立たない。
当たり前のことだ。
今回は団長の忘れ形見の腕前を確かめてみたくなった、というものある。
さて、どれくらい叩きのめしてやろうか、ね。
140:
愛用の大剣を見物の隊員に預け、代わりになるものを探す。
ああ、あれがちょうどいい。
近くに馬をつなぐ杭があったのを引っこ抜き、木剣の代わりとした。
長さは私の身の丈強、太さは両手の指が回る程度……少々太いな。
土を払いながら、短剣で握りやすいように端を削る。
「悪いが、準備が整うまで少々待て」
木屑を散らしながら新人に声を掛ける。
「え、あ……相手は隊長ですか?」
ちらり、と新人の視線が副長に行く。
たしかに見た目は明らかにあの熊みたいな大男の方が強そうだ。
私は只のお飾りで、実際に戦っているのは副長だ、とする噂もあるらしい。
人前に出る時はたいてい副長を従えているから、そう思われるのも仕方がないのだろうか。
ひどいのになると、私は副長の女で、身体で副長を籠絡して使っているというのもある。
ひどいの、というか王都ではそれが主流らしいが……
141:
「もちろん私が相手だ。お前、オークと戦ったことは?」
「……ありませんが」
「では私が奴らとの戦いを身をもって教えてやろう」
「あなたが、ですか?」
「なに、心配しなくてもお前の剣はかすりもしない」
「なっ…」
「新人に気を使ってもらえてうれしいよ」
「……」
むっとした顔で、黙る。
わかりやすく煽っているのだから、もっと怒ってもらっても良いのだけれど。
怒って、全力で打ちかかってきて欲しいものだ。
下手な言い訳など出来ないほどに。
私たちを囲む外野はざわざわと賭けを始めている。
新人が何度目で倒れるか、といったところだろう。
さて、このくらいでいいか。残った木屑を吹いて短剣をしまう。
握りよくなった杭を2、3度素振ってみる。
よし、重さも十分だ。さて、始めようか。
新人に目をやると、驚いたようにこちらをみている。
せいぜい手加減してやろう。
142:
普通、模擬戦はどちらかが降参か気絶するまで続けることになる。
今回は新人が私に一撃あてても終了とした。
その条件を告げられた新人は目に見えて憤慨した様子だった。
私が鎧をつけていないのも気に食わないらしい。
いいから来いと手招きしてやると、吹っ切ったように盾を構えて突っ込んできた。
私の一撃を受けてのカウンターを狙っているのだろう。
正規剣術の最も基本的な型であり、それゆえに無駄がない。
新人の剣の腕と相まって、隙が見えない。
やはり、相当に遣う。
どこから打ち込んでも、盾で受けられ次の瞬間には必殺の一撃が来るだろう。
だから私は杭を大きく振りかぶって、盾のど真ん中に打ちつけた。
143:
新人は型どおりに杭を受け……そのまま地面に叩きつけられた。
投げ出された剣を踏んで抑え、地についた頭に杭を振り下ろす。
寸止め。
「これで一回死んだな」
「え、あ……」
「心に隙がある。戦場で油断をするな」
まだ混乱したように目を白黒させている。
正規剣術の型は人殺しのために洗練されているがために、オークを殺すのには向いていない。
剣や槍などを相手にすることを前提にしているので、純粋な力には得てして脆いのだ。
いつもの大剣ではなく、規格外の杭を使ったのはそういうわけだ。
144:
これが剣での勝負ならこれほど一方的な勝負にはならなかっただろう。
オークを殺すために必要なのはただ剣のさと重さだけ。
小手先の技は命を縮める。
その辺りをまずはじっくり教えこむ必要がありそうだ。
「立て、もう一度だ」
降参を告げようとした新人を止め、再戦を促す。
降参など、させるものか。
こちらの意図を察したのか、顔を引き締めてすぐに立ち上がった。
外野から応援の声が飛んでくる。
新人がまた剣を構えて、今度はじりじりと距離を詰める。
さあて、どう出る?
145:
ついつい興が乗って、新人が倒れるまで小突き回してしまった。
やはり下地がある分、飲み込みが早い。
最後の方はなかなかいい動きをしていた。
鍛えれば、すぐに実戦でも使えそうだ。
もう陽はすっかり昇っていて、長丁場に賭けたものたちが喜んでいる。
ボロボロになるまで、随分頑張ったものだ。
私も少々疲れているが、問題はない。
まだ動けない新人を鞍にくくりつけて、南へ向けて出発した。
新人の馬の位置は、先導の私の後ろだ。
副長の号令が響く。
146:
南の街への旅は順調だった。
目が覚ました新人はすっかり素直になっていて、初対面の非礼を詫びてくれた。
気にすることはないのに律儀なことだ。
素直になってみると、新人の人当たりはよく、隊にもすぐに馴染んだ。
節々に匂う育ちの良さに目を付けられてしまったらしく、二日目には坊っちゃんなるアダ名を謹呈されていた。
最初は嫌そうな顔をしていたが、私が素敵な呼び名だと思うと言ったら笑顔で返事をするようになった。
冗談だったのになあ。
どうも懐かれてしまったらしい。
団長の面影が親しみを呼び、私がつい構ってしまったのもいけなかったか。
行軍中のみならず休憩中もたいてい側にいる気がする。
先導として指導にあたる時間も含めると、丸一日一緒にいることも珍しくない。
やれやれ、だ。
ま、鍛錬につきあってくれるのは助かるけれど。
147:
15日ほどの旅の間、オークとは数度遭遇した。
軍の防衛線も絶対ではない。
集団は叩けるものの、はぐれオークは取りこぼすこともある。
最初に取りこぼしを発見した時は、つい興奮して一騎駆けで叩ききってしまった。
ちょっと我慢できなかった。
戦闘時に突出しないように戒めている立場としては肩身が狭い。
全部王都が悪いのだ。
その後に遭遇したものは、だいたい新人の訓練材料にした。
初めは顔を青くしていたものの、隊員たちの的確な援護もあり、徐々に実戦に慣れていくようだった。
いつからか盾を外し、私の真似をして剣をふるうようにもなった。
元は私が団長から教わった剣だ。体格の似た新人に馴染むのは当然だろう。
辺境に進むほど奴らに会う確率はあがる。
街に着く頃には数体の群れとの戦闘もあったが、問題なく動けていたようだ。
目を見張るべき成長ぶりだった。
人を褒めない副長さえ「他所にやるのは惜しいですね」と、洩らすほどだ。
実に素晴らしい。
148:
そんなこんなで南の街についた。
商隊のたまり場から発展したこの街は交通の要所となる。
オークの巣にもっとも近い都市であるがゆえにけして落とされるわけにはいかない拠点だ。
そのため、駐屯の兵も多く、その数がまた活気を呼ぶ。
大侵攻の直後は衰退したようだが、今は往時をしのぐ盛況だ。
人の行き来は盛んであり、見回りの兵の士気も高い。
隊員たちも夜が待ちきれぬ様子だ。
駐屯の騎士団に着任の挨拶にいくと、好意的な歓迎をうけた。
私の隊とは以前共に戦ったことがあるという。
記憶にはなかったが笑顔で応対しておく。
余計な気を払わずに済みそうでホッとした。
149:
まずは旅の疲れを癒してくれとのことで、宿舎に通される。
今回の宿はなかなかよいところだ。
点呼もそこそこに解散の指示を出すと、即座に数人が夜の街へと消えていった。
なんでも、ここにも馴染みがいるらしい。
残りは宿に入り旅装をとき、旅の垢をはらう。
私も汚れをぬぐうため、部屋に盥を用意させた。
盥を待ちながら、服を脱ぐ。
川ごとの水浴びは欠かさなかったが、旅塵で汚れた下衣はやはり少々臭う。
部屋の戸を叩く音に返事をすると、新人が汲んだ水を両手に入ってきた。
ちらりと向けられた視線はすぐに下にそらされる。
ねぎらいの言葉をかけても、返事もそこそこに顔を赤くして出ていこうとする。
その背に下衣を投げつけ、洗濯を頼む。
やれやれ、旅の間に何度も共に水浴びをしているというのに、未だなれないらしい。
最初に共にはいった時など大声をだして、皆に笑われていた。
童貞を疑われるのも無理はない。
そもそも、こんな身体に価値はないとおもうのだが……
水に濡らした手ぬぐいで傷だらけの肌を擦る。
よく冷えた、汲みたての水が心地よい。
150:
新人はよほど女に慣れてないと見えて、よくからかいの種にされていた。
私の下帯の洗濯さえ、顔を赤くするのは見ていて実に滑稽だった。
あまりに反応がいいので、いたずら者が新人の手ぬぐいを私の下帯と替えていたこともあった。
なんとも気の毒なことだが、鍛錬の後、全身をぬぐってからそれと気づいた時の反応は未だに笑い草だ。
訓練の後、汗を流すために水浴びに誘ってもなかなかうんと言わない。
時間が惜しいので、服を剥ぎ、腕を掴んでむりやり川に連れ込んだら目を白黒させていた。
全く、剣の腕は立つのにうぶなやつだ。
その内に慣れるだろうと、気にせずにいたら、黙って入るようにはなったが前かがみだ。
どうやら勃起を隠そうとしていたようだ。
なかなかの物だったので褒めてやったら飛び出していった。
初々しくて大変よろしい。
その話を聞いた副長が笑いながら「まだ元気が余っているようですね」と訓練剣片手にテントを後にしたのは悪いことをしたが……
なにせ次の日はそんな反応も出来ぬほど疲労困憊の有り様だった。
まあ、今夜辺りに誰か面倒見の良い者が娼館に連れて行くのだろう。
筆おろしを済まして、まともな女の肌を知れば私に反応することなどなくなるだろう。
それを思うと、少々惜しい気もするがあまりおもちゃにするのも可哀想だ。
さて、私も副長あたりとどこかに飲みに繰り出すとしようか……
151:
次の日の朝食では垂れ幕までつくって、新人の脱童貞祝賀会が催されていた。
案内したものが夜の内に用意したらしい。
朝帰りの連中が、それを見て腹を抱えたのは言うまでもない。
新人は照れくさそうに黙っている。
……どことなく私を見る目が変だった。
見る目というか、目を合わせないようにしている気がする。
そのくせ視線を感じて振り向くと、顔をそむける。
妙な性癖でも芽生えてなければいいが……
また、その日から新人と距離を感じるようになった。
いつも通り訓練をこなすものの、私を観察するかのように、どこかよそよそしい。
少年が大人になるとはこういうことなのだろうか?
157:
街の周辺の状況はしばらくして急に悪化した。
オーク共の群れの目撃情報が増加したのだ。
しかも、色付きまでいるという。
街への侵攻はまだないが、農地や村落が端から削られるようになくなっている。
我々も騎士団と協力して、各村落の巡回を行うが、成果は芳しいものではなかった。
村落の付近にあるはずの奴らの拠点が見つからないのだ。
うろついていた数体は始末したが、目撃数や被害との辻褄が合わない。
オーク共は襲撃ごとに森へ撤退しているのかもしれない。
かと言って、森に軍を展開するほどの兵力はなかった。
王都への要請は送っているが、編成に時間がかかっているらしい
我々の隊だけで突入するという案も出たが、視界の効かない中で不意打ちを受ければ元も子もない。
考えたくないことだが、奴らの戦術、知性は明らかに向上している。
今日も戦果のないまま、街への帰還となった。
そんな日々が、もう3ヵ月も続いている。
158:
街へ戻ると副長が出迎えてくれた。
現在、出撃が連日に及ぶこともあり、隊を2つに分けて運用しているのだ。
蓄積する疲労は判断や身体を鈍らせる。
どうしても隔日の休養が必要だった。
街の雰囲気はどことなく暗い。
中には大侵攻を思い出したものもいるようだ。
あの時、この街に被害はなかったが、団長たちが食い止めなければ確実に滅んでいたと言われている。
再度の侵攻を恐れて街を離れたものが多く居たのだ。
現在の街にも似た感じの雰囲気が流れている、と酒場の主人が言っていた。
せめて目撃された分を片付けられれば良いのだが……
唇を噛む。
159:
部屋に戻ると、留守中に誰かが入った気配があった。
物盗り?
いや、騎士隊の宿舎に盗みにはいるものはいまい。
それに、なくなったものも……あった。
あまり見ないようにしていたものだけに、気づくのが遅れていた。
丁度よく、ノックの音と共に新人が洗濯済みの衣類を持って入ってくる。
優秀な洗濯係だ。
洗濯物の数で、私が無精をしてベッドの横に脱ぎ捨てていたものを把握していたらしい。
軽くお叱りをうけてしまった。
情けないものだ。
160:
それにしても、随分気が立っているようだ。
成果のない出撃が応えているのか、言葉の節に険がある。
一瞬の睨むような目つき。
入団当初を思い出すようで微笑ましい。
とはいえ、少年染みた面影は抜け、すっかり男の顔になっている。
娼館に馴染みができたらしく、毎夜通っているとの噂もあった。
それは関係ないか。
慰労してやろうと誘ったら、雑務があると断られた。
やれやれ。
私も疲れている。
161:
3日後、とうとう動きがあった。
駐在の騎士団が出していた斥候が拠点を発見したのだ。
損傷率は多かったようだが、それに足る情報だった。
やつらの拠点は案の定、森の中、浅部にあった。
急遽、会議が開かれた。
敵の数は30、内、色付きが4。
現在の戦力を考えると、此方の損害は必至だった。
しかし、援軍を待っている時間はなかった。
奴らが移動する前に決着を付けねばならない。
私の隊を切り込みとして明朝、攻撃を仕掛けることに決まった。
162:
久しぶりに全員での出撃、大規模の戦闘になる。
街壁の外に整列し、作戦を確認した。
簡単に言うと我々が囮となり、森の外へバラバラおびき出したところで騎士団が囲んで各個撃破。
機動性に富んだ我々の隊と集団戦闘に長けた騎士団での役割分担だ。
ここから森までは2刻ばかりの距離。
普段は聞かぬ進軍ラッパと共に馬の足を進めた。
斥候隊が一足先に煙をたてて駆けていく。
新人の馬は私のすぐ後ろ。
隊の皆の意気は上々。皆十分に殺したがっている。
この内の何人が欠けるのだろう?
漠と空を見上げる。
雲の一片もないのが妙に寂しかった。
163:
拠点に近づいたので、軍を止め、陣を張った。
斥候の報告によると、数は15に減っているらしい。
襲撃へ行ったか、森へ戻ったか。
待ち伏せも無いようで、戦力的不安は幾分か解消された。
15体なら以前にも片付けたことがある。
おびき寄せずとも私たちの隊だけでいける可能性がでてきた。
しかしいつ戻ってくるともしれない。
騎士団の一部が周辺の村の哨戒に当てられた。
私たちは状況を見ての判断ということにし、撤退の合図として各自に笛を用意した。
軽い休憩の後、私たちの隊は馬を陣に置き、森へと侵入した。
165:
森の中は静かだった。
足元で枝の折れる音が妙に響く。
報告通り木が密に生えており、馬での進軍は難しい。
身軽なものに先を確認させながら、サインを合図に先へ進む。
ほどなくして、開けた所にでる、とのこと。
まず、やつらの拠点だろう。
茂みからこっそりと覗く。
いた。
醜悪な巨体が中天の陽の光を浴びていた。
好き勝手に寝転んだり、得体のしれない肉をかじったり、フゴフゴと鼻をならしている。
数は報告通り15、その内色付きが2。
半数が棍棒で武装……色付きは大剣を所持している。
気づかれないように隊を広げ、全員に短弓を用意させる。
かすっただけで効果のある毒矢だ。
打ち込んだ瞬間にこっちへ向かってくるから放てて2射。
なるべく色付きを狙わせる。
よし。
では、いくぞ。
構え……撃て!
166:
吸い込まれるように矢の雨が降る。
奴らの集団に混乱が生じ、色付きが一際大きく吠える。
大きな感情のない瞳が我々を認識する。
チッ、統制がとれているようだ。
第二射。
上手いこと2体の目に矢が刺さった。
目を潰された奴は痛みに棍棒をやたらに振りまわす。
乱れた。
機を見て、茂みから飛び出す。
私を先頭に隊員が続く。
研ぎ澄ました刀身が鈍く光る。
167:
先頭のオークが私に掴みかかろうとするのをかわし、伸ばされた腕を叩き切る。
そのまま横をすり抜け次のオークへ。
激痛に天を仰いだ奴の心臓にはもう後続の剣先が刺さっている。これで一体。
次のやつは棍棒持ち。
私を待ち構えていたとばかりに振りかぶっていた。
水平に薙ぎ払われる棍棒は凄まじい音をたてて、宙を切った。
しゃがんでかわしたその姿勢からすくい上げるように斬り上げ、棍棒をもつ手を切り離す。
棍棒は振られた勢いのままに握った手ごと吹っ飛んだ。
斬り上げた剣をかえして、脚を半ばまで切断。トドメは任せる。
次だ。
更に一体を処理したところで、オーク共の後続が固まって向かって来た。
そろそろ下がったほうが良さそうだ。
168:
声を掛けると二、三人で組んで散開する。
やっかいな集団は分散させて一体ずつをその組で片付ける、いつもの戦法だ。
私の相方には新人がついた。
新人には悪いが私たちは色付きをやることにする。
もう一体の色付きは副長の組に任せることにした。
黄色と黒。
黒いのは、明らかにデカい。私がみた中でも間違いなく一番だ。
毛色も相まって異様な雰囲気を醸している。
短い鳴き声を繰り返し、オーク共に指示を出しているようだ。
なかなか集団がバラけない。
こいつがボスだ。こいつを殺ろう。
169:
礫をうって注意を引く。
罵声も浴びせる。
黒いの視線が私を捉えると、歯をむき出しにして鳴く。
癇に障る。
こいつ、笑いやがった。
「オモシロイ、ノッテヤル」
やはり人語を話すか。
黒い巨体が集団を抜けて私たちの方へと突進してきた。
やつを更に集団から引き離すために、広場の奥のほうまで駆ける。
奴の背後を見ると副長も黄色いのの釣りだしに成功していた。
集団が一気にばらけ、戦場は広場のそこかしこに広がった。
ひとまず、よし。
170:
黒いのが突進した勢いのままに大剣を振り下ろしてきた。
い。
避けきれずに剣の腹をカチ当てて何とかそらす。
重い。
身体を外れた奴の剣先がバターでも切るように地面に深い跡を残す。
コイツは、ヤバい。
引きぬく隙に一度大きく間合いをとる。
置き土産の軽い一撃は、全く通っていない。
毛皮も特別に強靭なようだ。
171:
追撃に備え、身構える。
「キサマ、シッテイルゾ」
が、予想していた攻撃の代わりに耳障りな声がする。
「シッタニオイダ、コノニオイニタクサンヤラレタ」
黒いのが鼻を蠢かせて、また口をニヤけさせる。
「……ご存知とは光栄だな、虫酸が走る」
「ヤハリメスカ、オカシナニンゲンダ」
今度はこちらから仕掛ける。
新人に目配せをしてから、突っ込む。
大上段から一気に切り下ろすと、奴の剣がそれを受ける。
派手な金属音が響くと同時に、私の陰から新人が飛び出して鋭い一撃を放った。
タイミングは完璧、がその一撃は皮に傷を付けるだけにとどまる。
くそっ、化け物か。
続けざまに剣を振る新人を黒いのの拳が襲い、吹き飛ばす。
幸い直前に後ろに飛んで衝撃は逃せたようだ。
私の剣は片手で抑えられてしまっている。
力を逸らして剣を外し、なんとか間合いをとるものの、困った。
打つ手がない。
172:
黒いのはやはり追撃せずに立っていた。
今度はふっ飛ばした新人にニヤケ顔を向けている。
打ちどころが悪かったか、意識が飛んでいるようだ。
「キサマモシッテイル。コレノヤツノニオイダ。アレハウマカッタナア」
そう言って、手に持った大剣を赤い舌で舐めた。
先の欠けて、ボロボロになった大剣はどこか見覚えがある。
それに、先ほどの言葉……
「貴様……! 団長のっ!!」
思考が真っ赤になって、身体が勝手に動いた。
先ほどと同じ大上段からの一撃。
しかし、より鋭く、い。
今度は剣で止めさせない。
相撃ちの形で振られる剣を紙一重で避け、最後まで剣を振り下ろす。
奴の驚く声。
確かな肉の感触。
よし、斬れた。
奴の左肩から血があふれている。落とすには至らなかったが傷は傷だ。
化け物じゃない。こいつもただの豚だ。
殺せる。
殺す。
173:
一度そう思い定めると、余計な力が抜ける。
頭の中は赤いままだが、こいつを殺すにはちょうどいい。
避けるのは身体が勝手にやってくれる。
ただ神経を目の前の豚を斬ることに集中させる。
傷を得て興奮した豚が、私を睨んでいる。
撃ち気が見えた。豚が動く。
大剣の起こりを捉えて、その軌跡に添うように剣を送る。
私の剣は狙い通りに鍔を掠め、指を落とした。
代わりに肩当てが犠牲になったが、どうということはない。
そのまま剣ごと体当たりをブチかまし大剣を弾くと、指を数本失った左手がこぼれる。
左腕を落とされると思ったか、慌てて引っ込めるが残念、欲しいのはそっちじゃない。
反撃のために伸ばしてしまったのが運の尽き。
私の剣は予定通りに大剣を持つ右腕の親指を落としていた。
174:
武器と片腕を失ってなお、奴は逃げようとしない。
鋭い牙をむき出しにして突進してくる。
捨て身の攻撃だ。
受けずに避けると、勢いのままに通り過ぎる。
と、鋭い音が響いた。
退却の合図の笛だ。
オーク共に増援がきたか。
周囲を見れば、何体かは屠れているがまだ残存が多い。
手傷を負ったものもいるようだ。
森の奥から来る新手には手札が足りない、か。
せいぜい騎士団の連中にも働いてもらおう。
退却を叫んで、黒いのに向き直る。
こいつはここで今殺す。
そう決めていた。
175:
再度の突進を見据えて、隙を探す。
見えた。
狙いを定めて構える。
みるみると黒いのが近づいてくる。
機会は左腕の一撃をかわした瞬間。
三、二……っ?!!
背中に衝撃が走る。
なんだ?! なにが……!
一瞬の混乱が命取りとなった。
振り向く間もなく黒いのの拳をもろに食らう。
全身が砕けるほどの打撃に身体が宙を舞い、落ちる。
痛みは不思議と感じないが、全く動かせない。
176:
「貴様の行いは伯爵の手のものから全て聞いた! 父の仇、今晴らさせてもらう! この死体あさりの裏切り者が!!!」
何かを新人が叫んでいる。
何をいっているかは、分からない。
何故、私にそんな、憎しみをこもった目を向ける?
何でもいいから早く逃げるといい。そしてオークを……
足首がつかまれ、世界が反転する。
黒いのが私を逆さまに吊り下げたらしい。
反撃をしようにも剣は落としてしまった。
大きな足が二度動き、私の両手は潰れてしまった。
やれやれ、もう拾えもしない、か。
最後に握った足首をポキリと折るともう用はないと言いたげに、放り出す。
地べたから最後に見た景色は、黒いのに剣を向ける新人の背中、いっそゆっくりと振るわれる左腕。
そして、新人だったものが私の上にぶち撒けられた。
暗転。
179:
幸せな夢を見ていた。
村の皆に囲まれて、楽しく暮らす夢だ。
お父さんとお母さんとお姉ちゃんも元気で厳しくて優しくていじわるで。
わたしはとても嬉しくなって、皆にだきつくと、よしよしと撫でてくれた。
わたしは村のお祭りで一番上手に踊れたし、友だちも笑っている。
そのうちわたしは大きくなって、大人の服を着て、結婚をした。
お父さんが泣いていてお母さんが笑いながら慰めていた。
お姉ちゃんの娘が大きくなったわたしのお腹をなでて、にっこりする。
わたしはとても幸せで、みんなも幸せだった。
だから目覚めは最悪だった。
180:
頭がひどく、痛む。
それ以外にも全身が悲鳴をあげていた。
身体の状態を確認すると、ひどいものだった。
左手はひしゃげていて、右腕は肘から下がなかった。
左脚も膝から下がない、右足の脛は途中からあられのない方向を向いているようだった。
また、全身の骨のいたるところに罅が入っている。
何故生きているのか不思議なほどだ。
最低限の手当はされているらしい。
さもなければ、出血で死んでいただろう。
181:
重いまぶたをあけると、見知らぬ場所だった。
薄暗く、天井がひくい。
どこの街だろうか、ひどい臭いだ。
獣臭となまぐさい体液の混ざった、これではまるで……
一気に意識が覚醒する。
岩肌にヒカリゴケがぼうと光っている。
その光の中に巨体がそこここにうごめく。
耳にはあの耳障りな鳴き声と、沢山の叫びとすすり泣き。
ここは、オークの巣だ。
182:
身体を起こそうとしたが、その努力は僅かな身じろぎにおわる。
すっかり身体が壊れている。
それに首には縄がついていた。
私の動きに気づいたのか、巨体の1つが私を覗きこんだ。
片腕がなく、代わりに棒のようなものが付いている。
これは、あの黒いのだ。
そうか、あの後、私は……
「ム、キサマ……」
首の縄が引かれ、上体を起こされる。
「ヨシ、イキテイルナ」
「くっ…殺せ!」
「ソウセクナ、キサマニハツカイミチガアル」
183:
使い途もなにもオークに捕まった女の末路は決まっている。
せめて人間である内に死のう。
舌をつきだし、顎に力をこめる。
しかし舌を噛み切る前に大きな手が私の顎をつかみ、締めつける。
「あ、あへ……?」
おかしい、口が閉じない。
私の行動は読まれていたようだ。
顎が外されてしまった。
184:
「シナレテハコマル
「キサマハタクサンコロシタ
「ソノブンタクサンウンデモラウゾ
「キサマナラツヨイケンゾクヲツクレルダロウ
「ナニ、スグニヨクナルサ」
その一方的な言葉は絶望的に私にしみこんできた。
……怖い
こわい、こわいこわいこわいこわいこわいこわい!!
あの時からなくしていた感情があふれだす。
あの時の無力な少女にわたしは戻っていた。
185:
わたしの身体はひっくり返されてうつぶせになった。
おしりをもちあげられて、顔が固いじめんに押し付けられる
熱い獣臭がのしかかったと思うと、ぬるぬるしたものがはいってきた。
それは今までにはいってきたどれよりも大きくて、わたしは今にも裂けそうで。
奥まで入ってきたそれは中で膨れてばくはつした。
お腹の中で熱いのがひろがると、もっと熱くなって熱くなって。
頭まですっかり熱くなってしまって、身体が焼けそうだった。
なんでこわかったんだっけ? こんなに気持ちいいのに。
もうどこも痛くないし、みんなフワフワしている。
大きいのが動いて中を沢山こすると、わたしは真っ白になってしまった。
でも大きいのはとまらなくて、声が沢山でた。
声をおさえるために口の側にだらんてしてた赤黒いのをなめたら、もっときもちよくなった。
そのうち、大きいのが膨らんで中でもういちどばくはつした。
こんどはビュウビュウってながーいこと出していたから、お腹のなかはいっぱいになってしまった。
最後になかからでてこないようにぴゅってして、大きいのはいなくなった。
頭のなかはまだジインとしびれていて、お腹はぽかぽかとあったかい。
わたし、しあわせ。
186:
それから黒いのはみなくなった。
かわりに一日にいっかい、別なのがきておしりのあなに射精していく。
ごはんなんだって。
おいしくないけど、きもちいい。
ほかにはすることがなくて退屈。
おなかなでたり、あーって声だしたりしてる。
なにもしないよりはたのしい。
そのうちだんだんお腹がおおきくなってきた。
すぐに生まれるんだって。
赤ちゃんが生まれるんだって。
187:
お腹がいたくて泣いていたら、なかからしわくちゃのが出てきた。
赤ちゃんだ。
目をとじたままでもおっぱいの場所はわかるみたい。
吸われるとやっぱり声が出ちゃう。
ぺったんこになったお腹にまた大きいのがきて、ビュウビュウピュッしていった。
わたしはまたホワホワに幸せになって、大きいのがまいにちあったらいいのになって。
お腹はまた大きくなって、ぺったんこになる。
わたしの赤ちゃんもおおきくなったみたいでご飯をくれたりもする。
青黒い毛並がおおきいのそっくり。
同じ部屋にいるひとたちがずいぶんふえた。
おおきな餌場にいったんだって。
赤ちゃんもかつやくしたみたい。
たくさんの血のにおいがした。
188:
どのくらいたったのかな?
わからないけど、わたしはすこしちいさくなっていた。
手と足をおやつがわりにたべられちゃったみたい。
みたいっていうのはあんまり覚えてないから。
うまれたときからこうだったのかもって。
あー、あーって声をだす。
なにもしないよりたのしい。
それにしても今日はうるさいな。
血のにおいもたくさんする。
きらいなのにな。
赤ちゃんたちの叫び声がひびいては消える。
きょうはうるさいなあ。
大きいの声がいちばんうるさかった。
そしたら静かになって、ほっとした。
189:
「……隊長、ですか?」
しばらくしたら熊みたいのがきた。血まみれでばっちい。
どこかあったことあったかな?
でもなんだかなつかしくて、いーってしてみた。
お腹が痛くなって、しわくちゃのがでてきた。
熊みたいのがふみつぶして、かわりにわたしを抱っこしてくれた。
抱っこして、ぎゅうってしてくれた。
なんだかとってもかなしくなって、涙がたくさんでた。
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