芳乃「むー…そなたは天照様でしてー?」紗枝「うちですか?」back

芳乃「むー…そなたは天照様でしてー?」紗枝「うちですか?」


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1:
紗枝「あまてらす……神様なんて恐れ多いわぁ。なんでそないなこと急に言いはったん?」
芳乃「そのような気配と気運が感じられたからでしてー」
紗枝「けったいなこといいますねぇ。天女の衣装見てそう思ってくれはったんかな? でも、うちの名前は小早川紗枝ですよって、あまてらすやのうて、紗枝って呼ばれた方がうれしいわぁ」
芳乃「ええー、言霊をいたずらに繰ることは控えた様がよろしいでしょうー」
紗枝「ふふっ、なんどすかそれは」
芳乃「……わたくしはーそなたの往く道が心安らかなものになるよう祈っておりますー。心曇る日があればどうぞお話に参られませー…」
紗枝「祈ってくれはるんですか? うふふ、なんやわからんけど嬉しいわぁ。和菓子どうどす? 」
芳乃「いただきますー」
瑛梨華「はいはいどーも! 追加の笹持ってきましたよー! プロデューサーちゃん!」バサバサーッ!
モバP「うわっまたか! まだ七夕じゃないだろっ!?」
あずき「甘いですっ。もう既に『七夕誕生日ダブルクラウン作戦』は始動してるんだよっ!」バサバサーッ!
紗枝「もうすぐ七夕かぁ、ええねぇ」
2:
事務所の一角に持ち運ばれる笹。
すでに立てられていた方の笹には、五色の短冊が何十枚と吊るされている。
あずき「ほら、みんなも短冊に願いを書いて書いて! あっ気合いを入れて書いてね!」
未央「ええっまた?」
卯月「私はまだ書いてないから書こうかな」
――
――――
蘭子「この現世に水鏡のごとき平穏と秩序がもたらされんことを(ずっと平和でありますように!)」カキカキ
飛鳥「ふっ、現状に概ね満足しているからね……少し難しいな。でも、たまに昔の日々が懐かしくなる……ではこう書いておこうか、『あまり期待してないが、平穏な日々をくれ』と」カキカキ
奈緒(ラノベの主人公かよ……)
卯月「トップアイドル目指してがんばれますように、とっ!」カキカキ
モバP(卯月、そこは『トップアイドルになれますように』でいいんじゃないか……)
4:
紗枝「吊るすの終わりましたら、みなさんもどうぞこの『天安川』食べておくれやす?」
アイドル達が笹に短冊を吊るしたタイミングで、紗枝が机に和菓子を運んでくる。
羊羹の様だ。
未央「へぇ?、あまのやすのがわって言うんだ……ってすごっ! これ本当に羊羹? 夜空を描いたオブジェじゃないの!?」
卯月「透き通ってて……鮮やかな藍色と白の欠片が、とってもきれい……」
紗枝「これは老舗の一品やさかい、味もほんとに上品な美味しさですよ」
モバP「えっ、わざわざ京都で買ってきたのか!?」
紗枝「ちゃいます。実はその老舗この近くにも支店を出してはったんどす?。ちなみに本家は大阪で、京都の店も支店でした。ひいきにしてた店やったんで、嬉しゅうてつい多めに買ってしまいましたわ」
5:
モバP「へぇ、そうなのか。しかし店が変わると味も変わるって聞くけど……」
紗枝「それは心配せんでええです。跡取りの息子はんが手掛けてらっしゃったから」
モバP「ふぅん」
卯月「この細工を見ただけでも、実力がわかるよね」
紗枝「実直でなんとも涼やかな方でなぁ。西の言葉つこうてはって、なんや落ち着きましたわぁ」
あずき(楽しそうに話すなぁ)
卯月「好きなんだねー」
紗枝「はっ!? そ、そんなんちゃいますよ!」
卯月「え、え? そのお店好きなんでしょ?」
紗枝「ああ、そういうこと……は、はい。うちそのお店が好きなんどす。あ! 周子はんとこの和菓子もちゃあんと好きですよ!?」
奈緒「なにあせってるんだ?」
芳乃「むぐむぐ……」
のあ「もぐもぐ……」
6:
芳乃「ごくん」
のあ「ごくん」
のあ「……あの子、よろしくないわね」
芳乃「でしてー」
文香(……? なにを話しているのでしょう?)
のあ「天女、織姫の装いを纏った彼女……なれば七夕が転換点かしら」
芳乃「恐らくはー」
のあ「偶像の定め。身をもって知るには、彼女の肌は柔過ぎる。淡い想いに天秤をはかり間違える蓋然性……夜闇での天占いね」
芳乃「どのような結果であろうとも、それが願いであるのならば妨げられることは叶いませんのでー」
のあ「七夕。星合――整合。せめて恙無く整うよう、短冊に願いを書き記すとしましょう。覚悟と願いの決着を」
芳乃「古来より人はわざわいを遠ざけんと願いましてー、それにより泣いた者には慰みが必要なのでしてー」
のあ「総和を受け止める器の罅。私達の命題ね」
文香(難解……。二人は通じあえてるのでしょうか?)
7:
モバP「そうだ、紗枝。七夕のイベントの打ち合わせ、この後やるからな」
紗枝「わかりましたぁ」
モバP「織姫の衣装でまた盛り上げてくれよ?」
紗枝「えへへ、織姫やったらまたうちの晴れ女パワーを使わなあきませんねぇ」
モバP「ああ、七夕だからな。しっかり晴れにしてくれよ!」
紗枝「ふふっ、スタッフさんたちに差し入れもまた持っていきます」
モバP「おう、楽しみにしてるぞ」
紗枝(えへへ、これでまた店行ってあの人に会えるわ)
芳乃「……」
8:
――
――――
紗枝(打ち合わせ遅なってしもた……)
紗枝(プロデューサーはん、送るって言ってくれはったけど断ってしもたし、なにやっとるんやうち……)
紗枝(もう店閉まっとる時間やし…………ああ、でもなぁ、『今日また会う』って心がもうそっち向いてしもうたし、どないしようもないわ……)
目指す和菓子屋が見えてくる。
店内はまだ明るい。
紗枝「あ、店まだ開いてるんかな……?」
紗枝「ごめんください、まだ営業してますか?」
店内に客はいない。カウンターの奥から店員が顔を出す。
店員「申し訳ございません。今店を閉める所でして……」
紗枝(ああ、間にあわへんかったか……)
落胆が心を支配する。
――自分でも気付かなかったが、ここまであの人に会いたかったのか。
9:
紗枝「そうですか……」
紗枝(また後日こよか……でもスケジュールつまってるんよなぁ……)
帰ろうと、踵を返したその時だった。
――「おや、お嬢さんやないですか」
紗枝「!」
紗枝(この声、あの人や!)
届いてきたその声に振りかえると、あの若店主が、涼しげな表情をこちらに向けていて。
――「入ってきてださい。お嬢さん、何に致しましょうか?」
そう迎え入れてくれた。
紗枝「は、はいはい!」
10:
……
…………
紗枝「ふふっ、結局長居してもたわ……」
紗枝「新作まで出してもろて、うち気に入られてしもたかな?♪」
紗枝「新作、カスタードをつこた洋菓子みたいで、なんや奇抜やったけど美味しかったわ……」
紗枝「……もう七夕が近いなぁ」
紗枝「イベントのお仕事終わったら、またお礼しに行こかな」
その時、鼻先にぽつりと水滴が落ちた。
紗枝「あれま、雨? 嫌やわぁ……急いで帰ろ」
紗枝(織姫はんと彦星はん、また会えますやろか)
七夕の前日に降る雨は、洗車雨というのだったか。
彦星が織姫に逢うための牛車を洗う雨。
あの人が自分を迎えに来てくれるのを想像し、口の端が緩む。
紗枝(――七夕の日、晴れるとええなぁ)
12:
――
――――
7月7日
しとしとと降り注ぐ雨が、事務所の窓を濡らしている。
――今年の七夕は雨が降ってしまった。
未央「あちゃ、雨かぁ?」
卯月「織姫様と彦星様、今年は会えないね……」
未央「でもあれでしょ? 二人はベガとアルタイルって星なんでしょ? 雲の上だから関係なくない?」
卯月「う?ん、確か天の川が氾濫しちゃうから会えなくなるってことらしいよ」
未央「ふぅん。昔の人は想像力豊かだねぇ」
芳乃「古来、人は七夕には雨が降るよう祈ったのでしてー」
卯月「あ、芳乃ちゃん」
のあ「現在の七夕というものは、変遷と融合の歴史を経たもの……思惑と『見立て』が差しこまれた混沌よ」
未央「え? あの、ちょっと意味が……」
文香「……あの、多分、七夕のなりたちについておっしゃっているのかと……」
13:
文香「七夕というのは、もともとは裁縫技術の向上を祈ったもので……それが、日本の文化と合わさったのです」
文香「笹の葉に短冊を吊るすのも、元は和歌を書き記し……その上達を願ったものだとか」
未央「歌の上達かぁ」
卯月「じゃあ、アイドルとは相性がいい行事なんですね!」
未央「なんか、興味出てきたかも。もっと教えてくださいよっ」
文香「は、はい……日本に入った七夕は、棚機女(たなばたつめ)の話と合わさりました……恐らく中国の織女と日本の棚機女を同一視したのでしょう……」
卯月「たなばたつめ?」
芳乃「それはー機織りのことでしてー」
未央「ああ、機織りね。『たなばた』って言葉そこからきてるんだ」
芳乃「棚機津女は神の妻とされておりましてー。彼女は水屋のそばの機屋で一夜こもって神の訪れを待って、その夫神に翌朝穢れを持ち去ってもらうのでしてー」
卯月「えーっと、夜中に神様が来て、けがれっていうのを持って帰ってもらうっていうのが……その、たなばたつめの伝承?」
芳乃「そうでしてー」
文香「―――― 一夜妻を暗喩していますね」
未央「へ? なんて言いました?」
卯月「一夜妻って?」
文香「あっ…………」
文香は急激にかあっと顔を赤くし、恥ずかしさに唇を噛みながら俯いた。
15:
のあ「糊塗すべき話でもないわ。男性と一夜だけの関係を結ぶ女性の事よ。古の慣習」
未央(うわ、さらりと言うなぁこの人)
卯月「あ、あはは……文香さん、他の話はありませんか?」
文香「あの……た、棚機の棚という字は『捕縛』、『磔刑』を意味しまして、棚機女は自由を奪われた女性という見方ができます……」
卯月「じ、自由を奪われた女性ですか……」
のあ「それもアイドルと照応する点」
文香「ご、ごめんなさい……こんな話ばかり」
未央(謝られちゃったよ)
芳乃「鵲橋の話はいかがでしょうー。七夕の日は鵲(かささぎ)が、織姫様と彦星様のかけ橋になるのでしてー」
未央「あ、それ聞いたことある」
卯月「かささぎですって文香さん! 文香さんも『鷺』沢で、なんか偶然ですね!」
文香「鵲は……サギ科ではなく、カラス科…………」
未央「文香さーん! そんなツッコミはしなくていいんだよー! しまむーは和ませようとして言ってるんだからさー!」
文香「なんと……またしても、ヘタを打ってました」
卯月「あはは……でも恋人同士の出会うため、天の川に鵲が橋をかけるってなんか神秘的ですよね!」
芳乃「左様でありましてー」
16:
文香(しかし鵲が橋をかけるというのは、中国の伝承から。日本の七夕にも適用されるのでしょうか。……万葉集において七夕を詠んだ『二星会合』の歌はたくさんありますが、そのどれにも鵲は登場していません)
文香(それに……七夕の和歌は、『逢えて嬉しい』という歌よりは、逢うまでの想いや逢えない時の悲しみを表現したものの方が、多い気がします)
万代に照るべき月も雲隠り苦しきものぞ逢はむと思へど
年にありて今か巻くらむぬばたまの夜霧隠れる遠妻の手を
天の川去年の渡り瀬荒れにけり君が来まさむ道の知らなく
――逢えない、悲しみ。
文香(どうしてなんでしょう。昔の人は悲恋が好きだったのでしょうか……)
文香(これは、話題にしない方がいいのでしょうね……)
文香「雨が降ることを求めていたんじゃないか、なんて」
芳乃「――雨が降って逢えない方が、みなのためになることもあるのでしてー」
文香「え……?」
17:
芳乃「…………この国においてはー、河で向かい合う殿方と女御はーわざわいを生むと見られたのでしてー」
文香「それは……神話の話、でしょうか……?」
芳乃「そうでしてー天照命様と須佐之男命様の誓約(うけい)でありますー……」
天の安河で行われた、アマテラスとスサノオの誓約。
その誓約で、神が八柱生まれた。
宗像三神と、五柱の男神。――八王子。
これによりスサノオはアマテラスに、自身の心が清いと証明した。
――が、そこで生まれた神までが清い存在だったわけではなかった。
特に宗像三神は『わだつみ』…………疫神と看做された。
18:
――
――――
モバP「雨が降ったのは残念だったが……イベントは盛況だったな! おつかれ、紗枝」
紗枝「ええ……天女の衣装、うち好きやわぁ」
モバP「ははっそうか。あずきと瑛梨華ももう事務所に戻ってくるとこだろうし、急いで帰るか……」
紗枝「その前に、うち寄りたいとこあるんやけれど、ええどすか? プロデューサーさん」
モバP「うん? どこだ?」
紗枝「……和菓子屋どす」
モバP「え、誕生日ケーキ買うんだったらケーキ屋だろ?」
紗枝「ちゃうんです。ほら、うち和菓子差し入れしたやないですか」
モバP「ああ、好評だったな」
紗枝「それで、忘れんうちにお礼ゆうとこ思いましてん」
モバP「でも疲れてるだろ? 今日じゃなくても」
紗枝「うふふ、今日言いたいんどすっ!」
モバP「なんだそれ? まぁわかったよ」
紗枝「じゃあ、ナビするんでよう聞いとってくださいね?」
紗枝(差し入れ、みんな美味しい美味しいゆうてるの見たら、自分のことみたいにうれしゅう感じたなぁ……♪)
紗枝(ふふっ、早よ会いたいわ?)
19:
……
…………
「ぼっちゃん、本当に店を出るんかい?」
「決めたことですから――私、やりたいことがあるんです」
「そうかい。旦那さんも支店を任せて心変わりを誘お思たんやろうけど、無駄やったようやね」
「ええ。でもここにいると安住してしまいそうで、それが怖いんで――――やりたいこと、あるんで」
「男の顔やね、ぼっちゃん。よっしゃ後のことは任せとき! その代わり、夢叶えるんやで!」
「はい。――いつか、私の砂糖菓子、召し上がりに来てください」
21:
店に入った。
あの人を探した。
しかし姿はどこにも見えなかった。
どこにおるんやろう。
店員さんに聞いてみた。
そしてその返答に――うちは固まってしもた。
紗枝「…………え。あの人、もうおらへんのどすか?」
22:
外で雨がざあざあ鳴って、でもそれはずっと遠くの音のよう。
――――催涙雨。
雨が降ると、織姫と彦星は逢えなくなる。
天の川が決壊してしまうから。
23:
――
――――
誕生パーティーから歓声が上がる。
バスタオルで髪を拭きながら、その様子をぼうっと、見る。
店を出た後、立ちすくんで……雨ざらし。
紗枝「あはは……プロデューサーはんに何してるって、叱られてもたなぁ……」
紗枝「ほんまになにを思うてしもたんやろ、うち……」
紗枝「うち……アイドルやのに」
あまりに淡い想いだった。
アイドルとして特定の男性を好ましく思うなんて……一体どうするつもりだったのだろう。
紗枝「ただ、話してると楽しくて、この人が美味しいお菓子を作ってると思うと嬉しゅうて……それが、なんか心あったかくしてくれた」
紗枝「ただそれだけやったんや……」
24:
ああ、こういう時、心ってこういう風になるんやね
寒々しくて、空っぽで――体の力を抜いていく。
紗枝「ショックちゃう、ショックちゃう。むしろ、こじらせる前に縁が切れてラッキーどす」
紗枝「はーっ、きっぱり頭の中洗い流して、明日からまた気張ってアイドルしよか」
紗枝「そや、短冊もまた書いとかんといかんわ、目指せ、トップアイドル――」
事務所の一角に立てられている笹に視線を遣る。五色の短冊。
窓の外は雨がまだまだ降っていて――
紗枝「……全然あまてらすちゃうね、うち。晴れさせること、できへんかった」
紗枝「そうや……」
紗枝「え……っと」キョロキョロ
芳乃「――わたくしを、お探しでー?」ヒョコ
紗枝「ひゃっ……!」
25:
紗枝「芳乃はん……」
芳乃「そなたはーどうやら、よき人を求めておられたようですねー」
紗枝「あ、いや。そんなんとちゃうんです!」
芳乃「はてー?」
紗枝「別に失恋したわけやおまへんし……あ、いや、ちゃう! とにかく、うちは別に……!」
芳乃「――今回は願いがそのように集った結果でしてー」
紗枝「え?」
芳乃「そなたが殿方と逢わぬよう、みな願ったのでしてー、それはみなの平穏のためでありましたー」
紗枝「みな、が願った、って……なんどすか、それは」
芳乃「願いは力を持ちましてー。此の度、そなたは人の想いを享けるアイドルとして、役目を完遂なされたのでしてー……」
紗枝「アイドル……として……?」
紗枝「……っ!」
紗枝「どういうことどすか……! みんながそう求めたから……こんな塩梅になってしもたと?」
芳乃「はい、そうでしてー。そなたもわかっていたでしょうがー」
26:
紗枝「わかっとりませんよ、そないなこと……!」
芳乃「忘れてしまいましてー? みなの、特に殿方の願いを」
紗枝「……願い?」
願い――短冊。
思い出したのは、今日の七夕のイベント。
当然笹と、願いを書いた短冊もあって。
イベントの参加者が吊るしていった、その短冊には、『紗枝ちゃんの人気がもっと出ますように』とか『紗枝ちゃんがずっと元気でいますように』とか――
――『紗枝ちゃんに悪い虫がつきませんように』とか
――『紗枝ちゃんが俺以外の他の男と交際しませんように』とか
……それに、うちの純潔を願うような言葉も、書かれてあった。
誰のものにもならないように。愛で続けられるように。
紗枝「あ、あ……!」
芳乃「アイドルというのはつまりーみなから崇拝されるような神様のようなものでしてー……」
あの願いを受け止めるのが、アイドル――
27:
紗枝「そ、そんな……」
涙がつうっと流れた。
なんやろうこれ、うちは、うちは……
芳乃「ですが、悲しい時はどうぞ泣きなさいませー……人の身で神であるのは、その心が悲鳴をあげてしまうでしょうー……」
芳乃はんがうちの手をぎゅっと握り。
そこで、急に感情が込み上げてきて――
紗枝「あ、ああああぁぁぁーっ!!!」
わけのわからない心の動きに溺れ、思いきり泣いてしまった。
口に涙が入り。しょっぱい味が舌を刺した。
あの天安川の優しい甘味をかき消すような、それは喪失の味だった。
29:
――
――――
芳乃「天照命様と須佐之男命様は、十拳の剣とみすまるの珠より八柱の神をお生みになられましたー」
芳乃「それは、八王子――わざわいをもたらす『童子』であり……疫神様でございましてー、かの神々は人々に恐れを振りまかれましたー」
芳乃「河を挟む男女が逢った時。疫病神が、生まれくるのですー」
芳乃「だからこの国に入ってきた織姫様と彦星様は、天照命様と須佐之男命様に見立てられましてー……」
文香「――『逢えなくて悲しい』、と歌に詠まれた……」
のあ「出会い、疫病が蔓延れば、人を震撼せしめるゆえに。そう、願われた」
たなばたつめ。
自由を奪われた女性。
泣き疲れた体に、3人の言葉がよく染みこんだ。
天照……織姫。
30:
かるたも百人一首も好きで、和歌にはまったことがある。
その時、七夕の歌として、『天照』が入っている歌が一つ紹介されていたのを見つけた。
確か――
紗枝「天照らす 神の御代より 安の川 中に隔てて 向ひ立ち……」
文香「あ、短歌ですか……?」
紗枝「はい。もっと全部通すともっと長かったような気がするんどすけど、あかんね。思い出されへん……」
芳乃「天照らす 神の御代より 安の川 中に隔てて 向ひ立ち
 袖振り交し 息の緒に 嘆かす子ら 渡守 舟も設けず 橋だにも 渡してあらば
 その上ゆも い行き渡らし 携はり うながけり居て 思ほしき 事も語らひ
 慰むる 心はあらむを 何しかも 秋にしあらねば 言問の 乏しき子ら うつせみの 世の人我れも ここ失も
 あやに竒しみ 行き変る 毎年ごとに 天の原 振り放け見つつ 言ひ継ぎにすれ ―――― でしてー」
紗枝「そ、それです! あ、あはは……芳乃はんは何者なんでっしゃろか……」
文香「織姫の、哀しい心を想ったですね……」
紗枝「……そっか、それも哀しい歌やったんどすね」
気付かなかった。
31:
アイドルでいつづける限り。
ずっとこの痛みと付き合わなくてはならないのだろうか。
それともその先に――すべてが報われるような瞬間が、あるのだろうか。
まだアイドルをやる気はある。
人の願いに応え続ける。
でも、それは一人では耐えられないような気がした。
ダメだ。
負けちゃダメだ。
それはわかっている。でも。
心が壊れないか、不安になってしまっている――
芳乃「わたくしはー、そなたが困っている時はーいつでもお傍におりますー」
紗枝「はい?」
32:
芳乃「正しいことを求めるうちにー哀しいことが生まれますー。ですが、わたくしは、そなたとも手を取り合ってゆきたいのでしてー」
紗枝「芳乃はん……」
芳乃「アイドルは神様のようなものでヒトの身には辛いことも多かろうと存じますがー、わたくしはその道の先達でしてー、つまりは、そなたの助けになれるのでしてー……」
紗枝「……」
芳乃「ですから……元気を出して下さいますようー」
寄り添いながら、うちの手を握りながら、芳乃はんはそう言った。
暖かい。
一人じゃ、ない――
紗枝「――!」ガバッ
芳乃「ぅむっ」
紗枝「ありがとう、ございます……なんか、元気になったとはちゃうんやけど……前向こうって気にはなりましたわ」ギュゥゥ
芳乃「それはよろしいことでございましてー……むむむ……」
のあ「あらためてようこそ。この世界へ」
――胸に刺が刺さった。
この痛みは自分が人の願いを受け止めるアイドルということを、これからずっと思い出させてくれるだろう。
でも、それはアイドルを続ける理由であって、辞める理由じゃなかった。
涙は、あとはお空に泣いてもらって
紗枝(うちは……また)
34:
――
――――
翌日
紗枝「プロデューサーはん! うち気張ってトップアイドル目指しますさかい、またよろしゅうたのんます!」
モバP「おっ、どうした紗枝。気合い入ってるな」
紗枝「うち……なんかつようなった思います」
モバP「色々仕事こなしてきたからなぁ。最近は貫録もでてきたぞ」
紗枝「ふふっ、うれしいわぁ……」
芳乃「あのー、よろしくてー?」
紗枝「あ、芳乃はん。来てくれはったんやね」
芳乃「困りごとがあれば、いつでも聞くと言ったでしょうー?」
紗枝「まぁ、困りごとっていうもんでもないんやけど、ね。いっしょに、お饅頭食べよ、おもて」
芳乃「……ではー、ごいっしょいたしますー」

芳乃「なんとも美味しゅうございましてー。これはまことに良い和菓子屋さんでありましてー」
紗枝「ふふ。そうでっしゃろ? ……あの和菓子屋にもね。笹飾られてたんどす」
35:
芳乃「風情がございますねー」
紗枝「和菓子屋やからね。その笹には、あの人の短冊もあったんどす」
芳乃「ほー……」
紗枝「あの人ね、『無病息災』って書いとりました」
芳乃「それは良き願いでしてー」
紗枝「うん、うちもほんまにそう思います……職人は体が資本やから。それで――そのこと思い出して、今朝思たんです。『ああ、うちはふらついてたな』って」
芳乃「左様でございますかー……」
紗枝「うん。なんや自分のこと恥ずかしなりましたわ」
芳乃「…………織姫と彦星が逢わないでほしいとなぜ願われたかというと、出逢うと病の蔓延などが現世に起こると考えられたゆえでございましてー」
紗枝「あ……」
牽牛。スサノオ――牛頭天王。八王子なる災いをもたらす疫神。
いやなものは、水に流してしまう必要がある。
芳乃「そのことも考えますとー病に罹らず『無病息災』であることはー、逢えなかったお二人にとっては希望になりえるのでしてー」
紗枝「希望?」
芳乃「ええー。出会っても不幸になる人がいらっしゃらないのならば――――気兼ねなく逢えるというものでしょうー?」
紗枝「――あははっ」
3

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