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キモオタ「ティンカーベル殿!おとぎ話の世界に行きますぞwww」六冊目【前半】
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1:
裸の王様の世界 裸王の城
ザワザワ ワイワイ ガヤガヤ ザワザワ
赤鬼「随分と賑やかだな…本当にここは城なのか?警備も随分と手薄だし町民どころか旅人も大勢居るぞ?」
赤ずきん「そうね、他に城らしき建物は見あたらないから間違いなくここが裸王の城なのでしょうけれど…」キョロキョロ
赤鬼「オイラは少し自信がないぞ、実はそういう観光地なんじゃないのかここは」
赤ずきん「そこの兵士に聞いてみましょう。二人で考えていても仕方がないもの」
赤ずきん「…ねぇ、ひとつ訪ねたいのだけど…」
兵士「おや、なんだいお嬢ちゃん?僕に何か聞きたいのかい?」
赤ずきん「ここは本当に裸王の城で間違いはないのかしら?随分と賑やかだけれど」
兵士「ああ、君たちは旅人だね?よその国から来た旅人にはよく聞かれるよ。だけど正真正銘本物の城だよ。
裸王様は国民や旅人のために城を開放してるんだ、国内でも人気のスポットさ!城内には食堂や売店もあるよ。最近の人気おみやげは『裸王マッスルパイ』かな、サクサクしておいしいよ」
赤ずきん「…だそうよ。観光地というのもあながち間違ってなかったわね」
赤鬼「城が開放されるとは、裸王は懐が深いな…」
3:
過去スレ
シンデレラ編 裸の王様編
キモオタ「我輩がおとぎ話の世界に行くですとwww」ティンカーベル「そう」
泣いた赤鬼編
キモオタ「ティンカーベル殿!おとぎ話の世界に行きますぞwww」二冊目
マッチ売りの少女編
キモオタ「ティンカーベル殿!おとぎ話の世界に行きますぞwww」三冊目
桃太郎編
キモオタ「ティンカーベル殿!おとぎ話の世界に行きますぞwww」四冊目
ラプンツェルとアラビアンナイト編
キモオタ「ティンカーベル殿!おとぎ話の世界に行きますぞwww」五冊目
これまでのあらすじ
キモオタは現実世界に住む人間よ
ある日妖精のティンカーベルと出会い、おとぎ話の消滅を防ぐために様々なおとぎ話の世界を旅してるの
遂に黒幕の正体を突き止めたのだけど私達にはまだ力が足りない
黒幕に対抗する手段を得るために私…赤ずきんと赤鬼は【裸の王様】の世界へ来たの
詳しくは過去スレを読んで頂戴
5:
兵士「もしかして君たち、裸王様への謁見希望者かい?それならこの用紙に必要事項を記入してくれるかい?」パサッ
赤ずきん「…謁見希望には違いないけれど、そんな事が可能なの?私達は事前に連絡もしていないのよ?」
兵士「ああ、今日は少し込み合ってるから待ってもらうことになるけど、それでもいいなら大丈夫さ。さぁ書いて書いて」
赤鬼「なにから何まで掟破りな王国だな…」カキカキ
赤ずきん「そうね。けれどここにいる人達はみんな楽しそうに見えるわ、国民も旅人もね」
赤鬼「裸王は国民に好かれているからこういう試みを行っても問題が起きないんだろうな……と、これでいいか?」カキカキ
兵士「えっと、アカオニさんとアカズキンさん。謁見目的は対談と。問題ないよ、これで受け付けておくね。ただ今からだと大体一時間半は待ってもらうかなー?」
赤ずきん「あら、随分と待つのね?けれど急に会いに来たのは私達だもの、おとなしく待ちましょうか赤鬼」
赤鬼「そうだな、こればっかりは慌てても仕方がないからな」
兵士「謁見以外の見学なら署名だけで出来るからおすすめだよ。向こうにベンチもあるし好きにくつろぐといいよ、売店で飲み物も売っているしね。オススメは『裸王ミックスジュース』フルーティでおいしいよ」
7:
裸王の城 ベンチ
赤ずきん「はい、飲み物買ってきたわよ。『裸王ミックスジュース』でよかったかしら?」
赤鬼「ありがとう。頼んでおいてあれだが…いや、オイラはなんでも構わないが、それ思い切り観光客向けじゃないか。もっと普通の飲み物でも良かったんだぞ?」
赤ずきん「あら、あなたは私が好き好んでこんな飲み物買うと思うのかしら?普通のジュース売ってないのよ、あの売店」
赤鬼「そうか…なんかすまん」
赤ずきん「謝るほどのことではないわ。でも次買うことがあれば、あなたが行って頂戴」チュー
赤鬼「おう。しかし、なんというか、あれだな…実はオイラは裸王に会うのが少し気まずいんだよな」ゴクゴク
赤ずきん「あら、どうしてかしら?裸王はとてもフランクで優しいわよ?以前少しだけ会話したけれど、いい意味で国王らしくない人だったもの。あなたが鬼だなんて気にしないと思うけれど」
赤鬼「ああ、それは話には聞いてるし心配してないんだ。だが前にオイラが鬼神に体を乗っ取られた時、裸王が鬼神の相手をしてくれたらしいじゃないか。おかげで鬼神…オイラは大暴れしないで済んだんだ」
赤ずきん「そうだったわね、もしかしてそれを気にしているの?」
赤鬼「そりゃあな、オイラ自身は記憶がないから初対面だけど、向こうは俺に殴られてる訳だしな。どういう顔して会えばいいんだか…」
鬼神『赤鬼、ソレナラバ我ガ代ワッテヤロウ。我ハ裸ノ王二借リガアルノデナ…クックック』
赤鬼「…いいや、必要ない。話がややこしくなるだけだ、お前が出てくるとな」ボソッ
9:
赤ずきん「気にすること無いわよ。あの時あなたが暴れていた事情を裸王は知っているのだから」
赤鬼「むむ、まぁ向こうはそんなに気にしていないのかもしれないが…しかし本意ではないにしろ暴力振るっちまってるからなぁ」
赤ずきん「気持ちは分かるけれど、私達はドロシー達を倒すための力を得なければならない。私は魔法具を、あなたは鬼神をコントロールする力を得る…それが当面の目的でしょう。だから私は魔法具の材料である鉱石を譲ってもらうためにここに来た…」
赤ずきん「そしてあなたは旅を通じて鬼神をコントロールする力を得なければならない。過去の過ちを気にしていたって今は仕方がないわ」
赤鬼「…そうだな、裸王にはきっちり謝っておく。グダグダ考えるのはヤメにしよう」
赤ずきん「そうしましょう。あなたも私も、お互い思い出したくないことが多いけれど、今は前に進むことを優先に考えましょう。過去を見つめて足踏みしていてもドロシーには勝てない」
赤鬼「うむ。しかし、今更だが…お前は年齢のわりに本当にしっかりしてるよな…」
赤ずきん「しっかりしていないと舐められてしまうのよ、私みたいな年齢の女の子が旅をしているとね。今はあなたが居るからそうでもないけど、以前は一人の時もあったもの」
赤鬼「そういえば、そうだったな…」
赤ずきん「けれどそれは今話すようなことではないわね。裸王に会うまで時間はあるのだし、次に向かう世界について少し打ち合わせしておきましょうか」
赤鬼「おう、候補はいくつかあるが一つに絞らないとな。えっと、そうだな…赤ずきんはどのおとぎ話がいいと思うんだ?」
赤ずきん「そうね、私は…」
・・・
・・
・
10:
裸王の城 謁見室前
若い旅人「裸王様、本日はお忙しいところ謁見していただきありがとうございました。それでは失礼いたします」ペコリッ
パタンッ
若い旅人(話に聞いていたとおり風変わりな国王だった、しかし本当に裸だったな。いやいや、でもいい土産話にはなったぞ。おみやげまで貰っちゃったし) ホクホク
若い旅人(今度は両親を連れて旅行にこよう。飯もうまいし宝石もうちの国の相場より安価だし治安もいいみたいだし、本当にいい国だなぁ…)
兵士「はい、では次の方どうぞー」
ファサ
セクシー美女「…やれやれ、ようやくだな。私は少し待ちくたびれてしまったよ」スッ
兵士「お待たせしてすいませーん。ではこちらへどーぞ」
セクシー美女「あぁ、では案内をお願いしようか」フフッ
若い旅人「……」ポカーン
若い旅人(はっ!つい見とれてしまった…。この国の人かな?あんなに美しい女性なかなかいないぞ…スタイルもいいし)
若い旅人(それにどことなく気品と荘厳さを備えていて、もしかして王族なのかも…)
若い旅人「それにしても、なんだか思わず引き込まれてしまうような不思議な美しさの女性だな…」
11:
謁見の間
大臣「おお、お待ちしておりました。お初にお目にかかります、私はこの国の大臣、そしておとぎ話の世界の事情を知る者です。今後ともよろしくお願いします」スッ
セクシー美女「ああ、お互い長いつき合いにならなければいいのだがな…こちらこそ今後ともよろしく頼む、そして君の協力に感謝する」
大臣「本来ならばお待ち頂かずに謁見して頂きたかったのですが…」
セクシー美女「気にするな。アポイントメントを取っていなかったのだからな、急に押し掛けた私に責任があるというものだ」
大臣「いえいえ、貴方が今回の件について指揮をとってくださるなら安心です。我々も出来る限りの協力は致しますので…では国王がお待ちです、どうぞこちらへ」スッ
ドドドドド
裸王「ンンッ……マーッスルウェルカムッ!!ようこそ我が国へ!私は国王の……裸王であるっ!!」マッスルポーズ
セクシー美女「…初めまして、本日は謁見に応じていただき感謝しております裸王様。申し遅れました、私の名は……」
裸王「うむ!お主のことは大臣から聞いておる。お互い王族同士、形式ばった対応も必要かもしれんが堅苦しいのは無しにしようではないか女王よ!私も堅いのは苦手でな、そうしてくれると助かるぞ!」ムキムキッ
セクシー美女「…そういうことなら、やりやすいようにさせて貰おう。私も堅苦しいのは苦手なんだ。感謝するよ、裸王」フフッ
12:
セクシー美女「まず私の世界もこの【裸の王様】の世界も実はおとぎ話の世界であり、同じような世界が無数に存在する。その事を裸王は知っているだろうか?」
裸王「うむ。実は以前この国…いや、このおとぎ話の世界は消滅の危機にあったのだ。それを私の友達が阻止してくれた、その後に大臣から聞いたよ。その時は驚いたが今ではしっかりと理解できているぞ!」ムキムキッ
セクシー美女「そうか。では早本題に入らせて貰おう、近頃立て続けにおとぎ話の世界が消失している。私は現実世界のおとぎ話離れが原因とも思ったが、実際は意図的に消滅に荷担している奴が居る事を突き止めた」
裸王「うむ!おとぎ話の世界と言えどもその大半は事情を知らず平和に過ごして居るものだというのに、つくづく許せぬ!」ババーン
セクシー美女「私も同じ意見だ。だがこれほどの危機が迫っているというのにおとぎ話の中にはそのことを知らない者も多い、そこで私が様々な世界を回って警告しているのだ。悪意を持っておとぎ話を消している者がいることをな」
セクシー美女「知っているのと知らないとでは対応力に差がでる。もうこれ以上易々とおとぎ話を消させるのはこちらとしても避けたいからな」
裸王「うむ、おとぎ話を意図的に消している輩から物語を守るという女王の心意気は伝わった!だが私にそのことを話したという事は何か協力して欲しいのではないか?」
セクシー美女「察しがよくて助かる。有事の際の協力者は多い方がいい、裸王はおとぎ話の中でも屈指の身体能力を持っているだろう?その力を貸して欲しいというわけだ。常にと言う訳じゃないさ、この先本格的に敵と対峙することになった時に…という事になるな」
裸王「うむ!もとより我が友も同じ目的を持っておる、そういうことならば喜んで協力しようではないか!我が筋肉も新たな活躍の場を得て喜んでおるわ!」ムキムキッ
15:
セクシー美女「助かるよ、裸王が話の分かる王で。門前払いを食らったらどうしようかと思っていたのでね」フフッ
裸王「我が筋肉を評価しての頼みだからな!断るはずがなかろう!だが女王よ!私は一つ気になっていることがあるのだ!」ムキムキ
セクシー美女「へぇ、気になっていることとは?」
裸王「女王は随分と露出の多い洋服を着ているようだが」
セクシー美女「ああ、確かに少し露出が多いかもしれないな。だが理由があるんだ、これはだな……」
裸王「いいや!皆まで言うでない!わかっているぞ、この裸王と肉体美対決…つまり筋肉自慢勝負がしたいというのだな!?」マッスル
セクシー美女「いや、そのような思いは一切無いが」
裸王「ハッハッハ!筋肉とはそれすなわち世界共通語!自らの筋肉のすばらしさを周囲に見て貰いたいという気持ちに国籍や性別は関係ない!」ムキムキッ
セクシー美女「……」
裸王「筋肉に優劣など無い、だが敢えてそれを決めねばならぬ時もある!我が筋肉とお主の筋肉…どちらが美しいかはっきりさせようではないか!」ババーン
大臣「…残念ですが裸王様。そろそろお時間ですので」
裸王「なんと!ではこの勝負はお預けという事か…!」マッチョ
セクシー美女「フフッ、それではこれで私は失礼する。裸王、今後あなたの力を借りるときが来るだろう、その時はよろしく頼む」フフッ
裸王「うむ、協力するぞ!それまでにお互い筋肉に磨きをかけておこうではないか!」ハッハッハッ
・・・
17:
裸王の城 ベンチ
・・・
赤ずきん「さぁ…次に行くおとぎ話は決まったけれど、まだ一時間もあるわね。先に買い出しを済ませておいた方がいいかしら?」
赤鬼「うーん、だが一時間でばたばた支度して忘れ物でもしちまったら大変だぞ?」
赤ずきん「そうね、次のおとぎ話ではしばらく買い物が出来なくなる可能性がありそうだもの。ここでしっかりと準備しておかないとね」
赤鬼「そうだな。しかし容易く素材を譲って貰えればいいけどなぁー。必要な素材…ウロコだったか?しかし、ウロコなんてどれも同じに思えるが、わざわざそこのおとぎ話に行かなきゃならんってのは大変だな」
赤ずきん「透き通っていて強度と柔軟性を兼ねていることが大切だと魔法使いのメモには書いてあるわね。なんでもいいというわけではないのでしょう」
赤鬼「素材が限定されているからこそ価値のある魔法具になるってことか」
赤ずきん「そうでしょうね。だけど…それよりも私達は覚悟しておかなければいけないわよ」
赤鬼「覚悟?どうした改めてそんな事を言って」
赤ずきん「私達がこれから行くおとぎ話は【マッチ売りの少女】のような悲しい結末を迎えるのよ。ウロコだけ受け取ってさようならというわけにもいかないでしょう?そのおとぎ話がキチンと結末を迎えるまで残るとなれば、悲しい結末を目の当たりにすることになるわよ」
赤鬼「あぁ…マッチ売りのおとぎ話の時は辛かったもんなぁ…いや、本当に辛かったのはオイラ達よりキモオタ達か…」
18:
赤ずきん「キモオタ達だってあの悲しい結末と向かい合ったのだもの、私達だけ逃げるわけにはいかないわ。それに彼女のウロコでなければ魔法具の材料にはならないのなら、避けて通れるものではないわね」
赤鬼「しかしなぁ、鬼のオイラが言うのもなんだが本当に居るのか?魚のように水中を自在に泳ぎ、海底に文明を築く種族なんて…にわかには信じられないぞ」
赤ずきん「あら、存在するわよ。美しい人魚の悲恋の物語…それがこれから私達が向かうおとぎ話【人魚姫】だもの」
赤鬼「人魚の噂はオイラ達の世界でも聞いたけどな、だがどれもこれもふわふわしてるっつうか現実味がない内容だったからな。人魚の肉は万病に効くとか高値で売れるとかそういう類のな」
赤ずきん「どちらにしても、準備はきちんと整えなければね。人魚姫が海上に出てくるまで待たなければ会うことすら出来ないもの」
赤鬼「オイラ達が海底に泳いでいくわけにもいかねぇしなぁ」
ザワザワ ザワザワ
赤ずきん「…何かしらね、急に騒がしくなったけれど」
赤鬼「城の方だな、なにかあったのか…?」
20:
ザワザワ ザワザワ
セクシー美女「あぁ、それにしてもこの国は暑いな…薄着してきて正解だったよ」パタパタ
セクシー美女「どこかで冷たいものでも飲みたいところだな…」
ザワザワ
「おい、あれ見て見ろよ。すげー美人だぜ」
「なんだあの乳…!暴力的だ!」
「くぅー、あんなナイスバディ美女とお近づきになりたいぜ!」
赤鬼「どうやらすごい美人が居るって皆が騒いでただけみたいだな。どれどれ、確かにありゃあ騒ぎになるのもわかるな」
赤ずきん「……」グイッ
赤鬼「ちょっと待て!なんでマスケットに巻いてある布を取ったんだ!?」
赤ずきん「念のためよ。布を巻いたままだと撃てないでしょう?」
赤鬼「だからそれがおかしいんだよ!なんで撃とうとしたんだよ」
21:
赤ずきん「女の人を外見や胸で判断するのは女の敵…そういう男は狼だってママに教わったのよ」
赤鬼「う…まぁわかるけどな、あれくらいは許してやってくれ…美人をみるとざわついちまうのは男のサガって奴なんだよありゃあ…」
赤ずきん「大丈夫よ、さすがにこれくらいで撃ったりしないわよ。でもいざとなったら…あの女性が困っていたら助けてあげなければならないでしょう?」
赤鬼「お、おう。お前はあくまであの女のためなんだろうけど一緒にいるオイラの身にもなってくれ、びっくりするじゃないか」
赤ずきん「それは悪いことをしたわね。あの男達があの女性に危害を加えなかったら私は引き金を引かない。だから安心しなさい」
チャラ男「へい彼女ー!キミ可愛いねぇー!俺と一緒に遊ばない?」ヘラヘラ
ガチャッ
赤鬼「おい、赤ずきん落ち着け!」ガシッ
22:
セクシー美女「ああ、もしかしてキミは私に声をかけているのか?」
チャラ男「ハハハッ、お姉さん美女だから声かけちゃったよー!どう?一緒に冷たいものでも飲まない?」ヘラヘラ
セクシー美女「いや、結構だ。見ず知らずのキミと一緒にカフェに入る理由がないからな」フフッ
チャラ男「そんなこと言わずにさ!ほら、俺がおごってあげるからさ!一緒に行こうよ、すてきなカフェ知ってるんだ俺!お姉さんもカフェ行くんでしょ?」ヘラヘラ
セクシー美女「しつこいなキミは…」
チャラ男「ほらほら!俺が案内してあげるからさ!って俺も旅人だけどさ(笑) せっかくなんだからさ!二人で旅の思いで作ろうよ!ほら!自分で言うのもなんだけど俺ってなかなかイケメンだからさ、キミに釣り合うと思うんだよねー」ヘラヘラ
セクシー美女「へぇ、キミが私と釣り合う…ねぇ?」
チャラ男「そうそう!なかなかお似合いだと思うんだよね!って自分で言っちゃう(笑) 」ヘラヘラ
セクシー美女「そこまで言うならキミに付き合ってやろう。だが私とひとつ賭けをしてみないか?もしも私を捕まえることが出来たら…そうだな、一晩キミの奴隷になってやると言うのはどうだ?」フフッ
チャラ男「なっ!?おいおい、俺は大歓迎だけどさぁ、お姉さん意味分かって言ってんの?」ヘラヘラ
セクシー美女「ああ、もちろん。私を捕まえたら朝までベッドの上でキミの望むことをしてやると言っているんだ。ただし…」スッ
パキパキッ…パキパキパキパキッ……!
赤鬼「な、なんだありゃあ…!」
赤ずきん「男が一瞬で凍りづけに…!」
チャラ男「」カキーン
セクシー美女「キミの全身を覆う氷を全て溶かすことが出来たら…だがな?フフッ、もう私の声は聞こえていないか」フフッ
23:
「や、やべぇ!ナンパに行った奴が凍ったぞ!俺行かなくて良かったぜ」
「無茶しやがって!おい!病院に運んでやれ!」
「気をつけろそっとだ!そっと運んでやろう!」ガコッ
セクシー美女「フフッ、気をつけた方がいいぞ?落としたら氷ごとその男も木っ端微塵に砕けるかもしれないぞ?」フフッ
ウワアァァ!オイキヲツケロ!
赤ずきん「一瞬で人間を凍り付けにするなんて…」
赤鬼「…おや?もしかして…」ジッ
赤鬼「お、おい。なんでか知らないがあいつがこっちに来るぞ!?」
カツカツカツッ
セクシー美女「赤いずきんの女の子…キミはもしかしておとぎ話【赤ずきん】の主人公、赤ずきんちゃんなのか?」フフッ
赤ずきん「私を知っているのね…?」ジリッ
27:
セクシー美女「知っているもなにも、キミにはずっと前から会いたいと思っていたんだよ」サワッ
赤ずきん(この人の手…ものすごく冷たい……!)
セクシー美女「フフッ、やはりキミくらいの年齢の子供は可愛いな。私の宮殿で留守番をしているカイと同じくらいか。やはり女の子の肌のほうが柔らかいのだな」スリスリ
赤ずきん「くっ…!ほおずりするのはやめて頂戴!そんなに強い力じゃないのに振り払えない…!赤鬼…!」ジタバタ
赤鬼「お、おい!赤ずきんが嫌がってるんだ!放してくれ!」グイッ
セクシー美女「そうだな、キミが凍りづけになってしまうといけない。私はキミの可愛らしい姿を凍りづけにして永久に残すのも素敵だと思うが、さすがにキミが可愛そうだ」フフッ
赤ずきん「…その冷たい肌、瞬く間に凍り付けにする能力…宮殿にカイという子供がいるとも言っていたわね…あなた」
セクシー美女「ああ、キミは察しもいいんだね。褒めてあげよう。私は頭のいい子供も大好きなんだ」フフッ
赤ずきん「……子供扱いするのはやめて頂戴、雪の女王」キッ
雪の女王「フフッ、君達とはいつか会ってみたかったんだ。ここだと目立ってしまう、どこかカフェに入ろうじゃないか。私がご馳走してやろう。さぁ行こうか赤鬼、そして赤ずきんちゃん」フフッ
50:
カフェ
店員「いらっしゃいませ!三名様ですね?こちらのお席をご利用ください!」ニコニコ
雪の女王「赤鬼、悪いが窓際に座ってもらって構わないか?私は暑いのが苦手なんだ、こっちの日陰の席がいい」スッ
赤鬼「ああ、構わないぞ。じゃあ赤ずきんは…」
雪の女王「赤ずきんは私の隣に来るといい、キミとは是非じっくり話をしたいからな」フフッ
赤ずきん「いいえ…赤鬼の隣に座るわ」スッ
雪の女王「おやおや、嫌われてしまったかな?なんだったら私の膝に座ってもいいんだが?」フフッ
赤ずきん「あなたの膝なんかに座ったらおしりがしもやけになってしまうじゃない。お断りよ」プイッ
雪の女王「フフッ、それも可愛らしくていいじゃないか。まぁそう警戒しないでくれ。私は君達の味方だ、敵ではないんだ」クスクス
赤ずきん「それを判断するのはあなたじゃない、私達よ」
52:
赤鬼「まぁ話を聞こうじゃねぇか、疑うのはそれからでもいいだろう?それに襲うつもりならもうオイラ達は凍らさせてるはずだろ?雪の女王は大の大人を一瞬で凍り付かせるほどの能力を持ってるんだ」
赤ずきん「そうだけれど……」ジーッ
雪の女王「フフッ、まずは何か注文してしまおう。お姉さん、注文を頼むよ」
店員「はーい」ニコニコ
テッテッテー
店員「ご注文どうぞ!お伺いします」ニコニコ
雪の女王「私はアイスティーを。赤鬼はどうするんだ?」
赤鬼「西洋の飲み物はあまりわからないんだ、同じ物を貰おう」
雪の女王「ではそれを二つだ。この娘には一番甘いジュースを頼む。」
店員「裸王様公認のはちみつマッスルドリンクですね?」
雪の女王「ああ、それでいい」
赤ずきん「ねぇ…なんでもいいけれど、さっきから何度も私を子供扱いするのはいい加減にやめて頂戴」
53:
雪の女王「フフッ、キミはまだ子供だから子供扱いをしているんだ。それとも赤ずきんはもう子供じゃないというのか?」クスクス
赤ずきん「…ええ、少なくともあなたが思っているよりはね」
雪の女王「そうかい。それじゃあお姉さん、ジュースはキャンセルだ。代わりにアイスコーヒーを頼む」
店員「そのお嬢ちゃんにですか?シロップとミルクはどうしましょうか?」
雪の女王「必要ない、ブラックで貰おう。大人の赤ずきんならその方がいいだろう?」フフッ
赤ずきん「……ッ」
赤鬼「おい、コーヒーって苦い奴だろ?無理するな赤ずきん」ヒソヒソ
店員「お嬢ちゃん、どうする?苦いよ?本当にいい?」
赤ずきん「…ええ、アイスコーヒーで問題無いわ。それでお願い」キッ
雪の女王「フフッ…」クスクス
店員「はい、しばらくお待ちください!」ニコニコ
54:
店員「お待たせしましたー!ごゆっくりどうぞ!」ニコニコ
雪の女王「さて、飲みながらで構わないから聞いてくれ。まずは改めて自己紹介をしておこうか」
雪の女王「私はおとぎ話【雪の女王】の世界の住人、雪の女王だ。さっきも見ていたと思うが特技は氷結。氷結能力に特化している魔女と思ってもらって構わない。少々自画自賛になってしまうが、おとぎ話の世界でも屈指の魔力を有している」
赤鬼「ということは雪の女王はおとぎ話の主人公なのか?赤ずきんや桃太郎、シンデレラも主人公の名前がおとぎ話の題名になっているわけだしな」
赤ずきん「いいえ、雪の女王は主人公じゃない。むしろ主人公側からしたら彼女は敵役よ」
雪の女王「敵とは随分な言いようだがまぁそうなってしまうな、【雪の女王】の主人公はゲルダという女の子だ。物語の筋としては……ある日、性格をねじ曲げてしまう悪魔の鏡の破片が彼女の親友である少年カイに突き刺さってしまう。
以来、優しかったカイの性格は一変してしまい、カイは雪の日に何者かに連れ去られてしまう。そんな親友を救うためにゲルダが旅をする……と、このような内容だな」
赤鬼「誘拐された親友を助けに行く女の子のおとぎ話か……しかし、子供を誘拐するような悪人はどこにでも居るんだな。まったく、許せんな」
赤ずきん「……そうね、あなたの目の前にいる女がその犯人だもの」
赤鬼「ん……?」
雪の女王「フフッ、カイを連れ去ったのは私さ。ゲルダはカイを助けるために私の宮殿まで旅をすることになるんだ」クスクス
赤鬼「だったら雪の女王は悪人じゃねぇか…!いや、待てよ?さっきはオイラ達の味方だと言っていたが……?どういうことだ?」
赤ずきん「あら、忘れたの?おとぎ話における悪役が必ずしも悪人というわけではないというのは【一寸法師】の大鬼が証明してる。……雪の女王、あなたは何の目的があって自分のおとぎ話を離れているのかしら?」
55:
雪の女王「キミ達の目的と同じさ、おとぎ話を消滅させている黒幕……アリス達を止めるために私はここにいる」
赤鬼「ほう、黒幕がアリス達だってことももう知っているんだな」
雪の女王「ああ、おとぎ話の世界には大体一人はその世界がおとぎ話だと知っている人物がいる。だが、そういった連中の中にもまだ『何者かが意図的におとぎ話を消滅させている』事を知らない人物も多い……。
私はその事を警告して回っている。それと同時に有事の際に戦力となる協力者を捜すためにもね」
雪の女王「アリスのことはここに来る直前に寄った【桃太郎】の世界で桃太郎に聞いたよ。キミ達二人と【ピーターパン】のティンカーベル、現実世界のキモオタという男も同じ目的で動いているとね」
雪の女王「もうすでにいくつかのおとぎ話を消滅から救い出したと聞いたよ。だからキモオタとティンカーベル、赤鬼には引き続き消えそうなおとぎ話を救って欲しい。私も引き続き様々なおとぎ話を巡り、警戒と協力を呼びかける」
赤ずきん「目的はわかったけれど、何故あなたがそこまでするの?キモオタ達は消えてしまったティンクのおとぎ話を取り戻すことがきっかけ、私にも理由はある。あなたはどうなの?何故、おとぎ話の消滅を防ぐために率先して動いたのかしら?」
56:
雪の女王「前提として話すと私は子供が好きなんだ。無邪気で何をするかわからない、ワガママで好き放題するが…しかし子供というのはやはり可愛いものだ」
雪の女王「私のおとぎ話の主人公のゲルダがそうであるようにおとぎ話というのは子供が主人公であることが多いと思わないか?」
赤鬼「そう言われてみればそうかもな……」??
雪の女王「そうだろう?おとぎ話が消えると言うことは、罪のない子供達の命が無数に散るという事だ。それを防ぎたいと私は思っている、都合のいいことに私にはその思いを実行に移すだけの魔力があるからな」
赤ずきん「……随分真っ当な理由なのね」
雪の女王「キミは私をなんだと思っているのかな?」クスクス
雪の女王「さぁ、私が何故積極的に動くかは理解してくれたと思う。ではここからが本題なのだが……」
雪の女王「赤ずきん、キミにはここで旅を終えてもらいたい」
57:
赤ずきん「……ッ!?」
赤鬼「お、おいおい!ちょっと待ってくれ!」
雪の女王「ああ、もちろん赤鬼には引き続きおとぎ話の世界を旅して欲しい。私が得た協力者の中には鬼も何人かいる、彼らに話を聞いて戦いや旅の参考にするといい…それと」
赤ずきん「ちょっと待ちなさい!どういうことなのそれは!?」
雪の女王「そのままの意味だ、赤ずきん。キミはもう旅をやめるべきだ」
赤ずきん「……ッ!」
赤鬼「ちょ、ちょっと待ってくれ!赤ずきんに旅をやめてもらう!?どうしてそんな話になるんだ!」
雪の女王「当然だろう、赤ずきんはまだ子供なんだ。むしろ今までが異常だったのさ、おとぎ話の運命がかかったこの戦いは子供には危険すぎる。
それにその魔法のマスケットも自己流で未熟な腕の赤ずきんが使うよりもプロの猟師に使ってもらった方が効率的だろう?私の協力者に【かもとりごんべえ】の主人公がいる、少々軽率なところはあるが熟練の猟師である彼なら……」
赤ずきん「ふざけないで……!」バンッ
59:
雪の女王「……」
赤ずきん「このマスケットは猟師さんの形見なのよ?このずきんだっておばあちゃんが私のために残してくれたものよ、効率を求めるために誰かに渡したりするつもりはない!」ガターン
雪の女王「落ち着きなさい、赤ずきん。他の客の迷惑になる」
赤ずきん「そのふざけた提案を撤回しなさい、そうすれば私は落ち着くわよ」ワナワナ
雪の女王「キミは聡明な少女だと思っていたんだがな、よく考えてみたらどうだ?キミが戦う必要があるか?」
赤ずきん「どうしてもそのふざけた提案を下げるつもりはないのね?」
雪の女王「…言いたくはないが、私に言わせればふざけているのはキミの方だ、赤ずきん。もうすでにおとぎ話はいくつも消滅しているんだぞ?これはもう個人がどうこうできる問題じゃない、おとぎ話の世界全体の問題だ」
雪の女王「可哀想だが、子供であるキミの出る幕はない」
60:
赤ずきん「そうやってあなたは私を子供扱いして…!私だって戦える!今までだってそうやって来たんだから!」
雪の女王「理解できないなら何度だって言ってあげるさ、キミは子供なんだ赤ずきん。私はなにもキミを認めていないからだとか嫌いだから旅をやめろと言っているんじゃない。
今までとは違って協力者が居るんだ、戦ってくれる大人が居るんだからキミが危険なめにあう必要はないと言っているんだ」
赤ずきん「子供だから戦うのは危ない?だから大切なマスケットをあんたたちに渡して私は安全なところに隠れてろっていうの!?」
雪の女王「そうだ。しかし、キミは帰るおとぎ話を失っているんだったな、ならば私の宮殿で暮らすといい。もしも寒いのが苦手なら暖かいおとぎ話に済む場所を手配してあげよう」
赤ずきん「お断りよ。私はこの手でおとぎ話の消滅を防ぎ、必ずドロシーを倒すの」
雪の女王「何度も言わせないで欲しい、キミは旅をやめるべきだ」
赤ずきん「それはこちらのセリフよ、私を子供扱いしない事ね。旅を続行することに何ら問題ない」
雪の女王「…ひとつ教えてやろう、本当の大人は『子供扱いするな』なんて言わない、そんな事を口にするには背伸びしたい子供だけ」
雪の女王「それに大人は相手の言葉が頭にきてもキミのように声をあらげたりしないし、ましてや意地になって飲めもしないコーヒーを注文したりしない」
雪の女王「もうわかっているだろう?キミは本当は頭のいい子供だ。今まで一人で旅してきたキミは他人に舐められまいと必死になっていたんだろう?だから大人びた言葉も使うし冷静な風を装っている。
けれど実体は違うんだから隠しきることなんか出来ない、キミの挙動の端々に子供らしさが見え隠れしている」
雪の女王「それが戦いの場では命取りになる。もう一度言う、キミは旅をやめるべきだ」
61:
赤ずきん「…言葉を交わしてどうにもならないならもうやることは一つしかないわよ?」ガシャッ
赤鬼「待て、赤ずきん。雪の女王の言ってることは確かに正しい。あいつらもきっとさらに力を付けてるんだ、赤ずきんにとっては危険な旅になる」
赤ずきん「赤鬼……あなた……ッ!」キッ
赤鬼「だがなぁ、雪の女王。こいつは確かに子供だけどな、黒幕のアリスやドロシーを倒そうといろいろと考えて行動してんだ。マスケットの訓練だって毎日してるし、大切に手入れだってしてる。そりゃあ大人と比べれば力不足なところは多いだろうけどなぁ」
赤ずきん「……」
赤鬼「雪の女王の言ってることは正しい、赤ずきんの安全を考えれば当然だ。オイラ達の味方だって言う言葉に偽りはないんだろう、でもな…こいつを子供っていうくくりじゃなく、一人の人間としてみてやってくれねぇか?」
赤鬼「赤ずきんが無茶をするようならオイラが止める、手助けが必要ならオイラが助ける。それでももうどうにもダメだと判断されたら俺も一緒に旅はやめる。そういう約束で、こいつのことを認めてやってくれないか?」
雪の女王「……赤鬼、それがキミの足枷になったとしても赤ずきんの思いを尊重するとキミは言いたいんだな?」
赤鬼「ああ、大きなくくりで判断されて個人を見もしない…そういう世間の目にはオイラも嫌と言うほど晒されてきたからな、子供だからって覚悟や信念を認めて貰えないこいつの気持ちは分かる」
雪の女王「……やれやれ、赤ずきんは随分とやっかいな友人を持ったようだな」
赤ずきん「……私の友達をやっかいだなんて言わないで頂戴」
雪の女王「……わかったよ、赤鬼。そこまで言うなら今まで通り二人で旅を続けるといい」
62:
雪の女王「だがな、赤ずきん。私はキミを心配して言ったということを忘れないようにな。
敵は相手が子供だからって手加減する訳じゃない。もしもキミが赤鬼の手に負えないようだったり、敵の力があまりに強大だったら私はキミを力づくで止める」
赤ずきん「……ええ、わかったわ。約束しましょう」
赤鬼「オイラも出来る限りの事はするからな!」
雪の女王「それとここまで意地を通した以上…私は戦いにおいてキミを子供扱いしない。子供だから大目に見て貰えるとか甘い考えは持つんじゃない、わかっているな?」
赤ずきん「もちろんよ、甘えるつもりなんて端から無いもの」
雪の女王「フフッ、それは頼もしい限りだ。だが、キミを子供扱いしないとは言っても私はキミが大人だとも認めない。だからひとつ私と賭けをしようじゃないか」
赤ずきん「賭け…?」
雪の女王「旅が終わるまでで構わない、キミはもう子供じゃないと私に認めさせたらキミの勝ちだ。もしも最後までやはりキミは子供だなと私が思うなら私の勝ち。どうだい?」
赤ずきん「…あら?そんな賭けをしてもいいのかしら?私の勝ちが確定しているけれど」クスクス
雪の女王「それはどうだろうね、少なくとも現状では私の方が有利に見えるが?」フフッ
63:
赤ずきん「いいわよ、賭けましょう。私が負けたら私を凍りづけにしてあなたの宮殿のエントランスにでも飾ると良いわ」フフッ
雪の女王「ああ、それは楽しみだ。帰ったら早台座を作っておくよ」フフッ
赤ずきん「…そろそろ裸王との約束の時間ね。雪の女王、また会いましょう。大人として頼るつもりはないけれど、仲間としてならあなたは信用しても良さそうだから」
雪の女王「ああ、仲間としてなら手助けはしてやろう。赤鬼、赤ずきんをよろしく頼むよ、なにしろまだ彼女は子供だから」クスクス
赤鬼「おう!雪の女王も達者でな」
赤ずきん「あなたは最後まで私を子供扱いして…いいわ、それじゃあこうしましょう」ガシッ
赤鬼「お、おい!それコーヒーだろ?お前苦いの苦手じゃ…」
ゴクゴクゴクッ カタンッ
雪の女王「へぇ…」
赤ずきん「ごちそうさま、雪の女王。これで少しは私が子供じゃないって納得できたかしら?」
雪の女王「フフッ、ほんの少しだけ納得したことにしておいてやろう。だがまだまだ足らないぞ?私はキミが大人になるのを楽しみにしておくよ」クスクス
赤ずきん「ええ、大いに期待しておきなさい。それじゃあね、雪の女王」
・・・
65:
店員「ありがとうございましたー!」
・・・
赤鬼「しかし、一時はどうなることかと思ったな」
赤ずきん「……」
赤鬼「だがなんとか旅は続けられる。雪の女王っていう頼れる味方も増えたんだ、結果的にはいい方向に転がったって事だな」
赤鬼「だがあれだけ大見得切っちまったからな、お互い頑張らないといけないぞこれまで以上にな」
赤ずきん「……」
赤鬼「じゃあまずは裸王の所に謁見に行くかー」
赤ずきん「ねぇ…赤鬼、雪の女王には内緒で…あなたにお願いしたいのだけど」
赤鬼「…どうした?」
赤ずきん「水をどこかで買ってきてくれないかしら…」
赤鬼「ん?」
赤ずきん「口の中と喉の奥が苦くて…耐えられそうにないのよ…」ボソッ
赤鬼「ああ、なるほどな…あんな見栄張るからだぞ。待ってろ、買ってきてやるから」ハッハッハ
赤ずきん「…お願いね、赤鬼」ケホケホ
・・・
108:
裸王の城 謁見室前
赤鬼「ふぅ…何とか時間には間に合ったな。金棒の布は緩んでない、外套は謁見室の中で脱いだ方がいいか…と、これで失礼はないぞ」
赤ずきん「あら、やっぱり気にしているのね?」
赤鬼「うむ、ああは言ったもののオイラのおとぎ話で迷惑かけたことをきちんと謝っておかないといけないからな…赤ずきんは大丈夫か?コーヒーの苦みは取れたか?」
赤ずきん「…ええ、チョコレートでごまかしているところよ。ところでこのことは雪の女王にはもちろんキモオタ達にも内緒よ?」
赤鬼「それは構わんが、それこそ気にしなくていいんじゃないか?」
赤ずきん「いいえ、どうせキモオタの事ですもの…コポコポ言いながら煽ってくるわよ、例えば…『ちょwwwコーヒーが苦いとか赤ずきん殿は子供ですなwww』…とか言ってくるのよ?耐えられないわよ、そんなの」
赤鬼「ハッハッハッ!確かに言ってきそうではあるけどな!そこでティンクがキモオタを叱るんだろ?」ハハハ
赤ずきん「笑い事じゃないわよ。彼は善人だけどあの煽りはものすごく屈辱なんだから」
赤鬼「【桃太郎】の時は賑やかでよかったよな。あいつら今頃どうしてんだろうな、うまくやってるといいけどな」
赤ずきん「問題ないでしょう、問題があればおはなしウォッチで連絡をよこしているはずだもの」
赤鬼「ちげぇねぇな…お、どうやら順番来たみたいだぞ」
兵士「ではー次の方ー!アカオニさん、アカズキンさんーどうぞー」
109:
謁見室
赤ずきん「失礼します」コンコンガチャ
ド ド ド ド ド ド ド ド ド
鬼神『ヌ…ッ!コノ気迫…裸ノ王…!!赤鬼ヨ、早急ニ我ヲ出セ…!』
赤鬼「……さて、外套を脱がねば」ファサ
鬼神『ヌゥ…貴様、神ナル鬼デアル我ヲ無視スルトハ…何処マデモ愚カナ奴ヨ…!』
赤鬼「鬼神、少し黙っていてくれ…」ボソッ
赤ずきん「お久しぶり、裸王」ニコッ
裸王「うむ!遅かったではないか!よくぞ来た!受付に『アカズキン』という署名があると大臣から聞いてお前達が来るのを待っていたぞ!」ムキムキッ
赤ずきん「あなたは相変わらず上半身裸なのね」
裸王「おお、裸であるのは当然だ!筋肉こそ我がアイデンティティ!自慢の筋肉に布を被せては美しさを誇示できぬわ!なんなら今ここでポージングを披露しても構わんぞ」ガッハッハ
赤ずきん「いいえ、遠慮しておくわ。謁見時間にも限りがあるもの」
裸王「そうか?それは残念だ!ガーッハッハッハ!」ポージング
110:
裸王「そしてお主は確か…赤鬼だったかな?」マッチョ
赤鬼「裸の王、オイラは赤鬼と申す者。以前、私のおとぎ話【泣いた赤鬼】では失礼な振る舞いを…」スッ
裸王「ガッハッハ!固いぞ固いぞ!柔軟運動が足りていないのではないか!?」マッスル
赤鬼「いや、しかし…あの時のオイラは悪しき鬼に肉体を奪われていた…とはいえ王に狼藉を働いたことは事実…!」
裸王「ふむ、そのようなすばらしい筋肉を持っていながら随分と繊細なのだなお主は…気にするでない、そのおかげで私もお主のような猛者と拳を交えることができたのだからな!
西洋の国王が日ノ本の鬼と手合わせする機会など本来ならば一生かけても巡り会えぬものよ」ガッハッハ
裸王「そういう訳だ!もうその件は言いっこ無しということにしようではないか!」マッスル
赤鬼「お、王がそう言うのなら…」
裸王「うむ!拳を交えた以上我等はもう仲間!堅苦しいのは無しだ!」ガッハッハ
111:
赤ずきん「ねぇ裸王、本題に入っても良いかしら?」
裸王「うむ!どうやら赤鬼の謝罪のためでもただ遊びに来たというわけでも無さそうだ、私に何か頼みでもあるのかね?」マッスル
赤鬼「実は来るべき戦いに備えてキモオタにティンク、赤ずきんは【シンデレラ】の魔法使いに新たな魔法具を作って貰うことになったんだ」
赤ずきん「そう、そして裸王にはその為に必要な鉱石を支援して欲しいのよ」
裸王「ほう!なんという鉱石が必要なのだ?」ムキムキッ
赤ずきん「種類は聞いていないけれど、必要なのは強度の高い鉱石という事だったわ」
裸王「なるほど…よし、わかった!心当たりのある鉱石をいくつか手配しておこう!我が国の鉱石はどれも上質だぞ!きっとお主等の力になるだろう!」マッスルポーズ
赤鬼「随分と頼りになる王だな、これだけ国が栄えているのも納得だ」ヒソヒソ
赤ずきん「屈指の善王よ彼は、上半身裸であることを除けばね」ヒソヒソ
112:
裸王「しかし、ティンクと赤ずきんが魔法具を手にするのは理解できるが…解せんのはキモオタだ!おそらくは今もだらしない肉体のままなのだろう?」ムキムキ
赤ずきん「ええ、そのとおりよ」
裸王「まったく嘆かわしい!研鑽も積まず力を手に入れようとは!」マッスル
裸王「まずは己の筋肉に磨きをかけることが優先ではないのか!!」ババーン
赤鬼「ふむ、確かにキモオタはもう少し体を鍛えるべきだな。体が資本なのは鬼も人間も同じだ」
裸王「その通り!赤鬼は理解してくれるか!男たるものまずは筋肉!そうでなければ始まらぬからな!ガッハッハ!」ムキムキ
赤ずきん「……」
裸王「おっと話がそれてしまったな!では数日の間は我が国に滞在すると良い、鉱石の手配はなるべく急がせるが…流石に今すぐにというわけにも…」
赤ずきん「そうしたいけれど…実は私達はもう次に行くところを決めているの。必要なのは鉱石だけではないから。だからそちらが一段落ついたらもう一度ここに来るわね」
裸王「そうか…一緒に食事でもと思ったが残念だ!」ムキムキ
113:
赤鬼「それと鉱石の礼だがどれくらいの値を用意すればいい?それも聞いておかないとな」
裸王「むっ?何を言ってるのだ!金など不要!私はお主等と違い旅にでることが出来ぬからな、これくらいの援助はさせて貰うぞ!もちろん、この筋肉が必要とあらばいつでも呼んでくれて構わんがな!」マッスル
赤ずきん「あら、申し出はありがたいけれど…高価な物もあるでしょう?無料というわけにはいかないわよ。お礼くらいさせて頂戴」
裸王「むむっ…いや本当に礼など……」
裸王「……しかし、お主等の気が収まらぬのならひとつ協力して貰おう!大臣よ、礼のアレを赤ずきん達に見てもらおうではないか」マッスル
大臣「あれを…いいのか裸王?恥になるのでは…」
裸王「何故だ?もちろん構わぬぞ!赤ずきんならば年齢的にも的確な意見が出せるだろうからな!」マッスルポーズ
……数分後
大臣「裸王、礼のアレだ」スッ
裸王「うむ、ご苦労!では赤ずきんよ、鉱石の礼というわけではないがこれを見て意見を聞かせて欲しい」ガサゴソ
114:
赤ずきん「私に見て欲しいもの?なにかしら」
裸王「うむ、知っての通り我が国には多くの旅人や観光客が訪れる。その者達は遠路遙々足を延ばしてくれたのだから思う存分楽しんで貰いたい!」ムキムキッ
裸王「出国時に記入を頼んでいるアンケートの結果ではおおむね満足して貰えているようなのだが、どうやら子供向けのお土産が少ないという意見が多いのだ」
赤鬼「そうなのか?土産物の菓子ならいろんな場所で売っていたのを見たぞ」
赤ずきん「お菓子ではなくて形として残る物を…という事かしら」
赤鬼「そういうことか、見るだけで旅の思い出が蘇るようなものだな?」
赤ずきん「硝子細工や貝殻のアクセサリーとかかしらね?」
裸王「うむそうだな、今までも鍛錬に最適な『裸王ダンベル』や、私も愛用している食器『ロイヤルマッスル』シリーズや、鍛錬のお供に欠かせない『裸王スポーツタオル』と豊富なラインナップを揃えていたつもりだ!
だが、確かに子供向けの商品は無かったのだ。
そこで王国では私が監修の元、子供向けお土産としてこんな物を作ってみた!」
スッ
115:
赤ずきん「……何なのこれ」
赤鬼「裸王の姿が彫刻された鉱石…いや、人形か?」
裸王「ただの人形ではないぞ!その名も『おしゃべり裸王くん』!特定の筋肉部分を強く押すことで私の音声が流れる!わざわざ友好国から国家魔術師を呼び寄せて作り出した自慢の品だ!鉱石も特別な物を使っているぞ!」マッチョ
赤ずきん「それを私にどうしろと言うのよ…」
裸王「まぁ待て、まずは『おしゃべり裸王くん』の性能を見て貰おう!上腕二頭筋の部分を押してくれ!」
赤ずきん「じょうわんにとう…?そんな知ってて当然というように言われても困るのだけど。ここかしら?」グイッ
シーン
裸王「おいおい、そこは上腕三頭筋だろう!マッスルジョークかね?ガッハッハ!」ポージング
赤ずきん「……赤鬼」ポイッ
赤鬼「上腕二頭筋ってぇと…ここだろ?よっと」グイッグイッ
ワガナハラオウ!トモニキンニクヲキタエヨウゾ!
マッスルラリアーット!
赤鬼「……凄いな」
赤ずきん「…凄まじい魔法の無駄遣いじゃないの」
裸王「魔術師も目を丸くしておったわ!ガッハッハ!」ムキムキ
116:
裸王「しかしだな、実はこの『おしゃべり裸王くん』旅人や観光客にはまったく売れぬのだ!国民達は喜んでくれたのだがな。赤ずきんには君の年齢の目線でこれの改善案を出して欲しいのだ!どこか直した方がいいところはあるか?」マッチョ
赤ずきん「どこもなにも…鉱石の彫刻人形なんて子供は欲しがらないわよ」
裸王「ほう、なるほどな!メモしておこう!」マッスルメモ
赤ずきん「人形を作るならせめて布製になさいな、ぬいぐるみならまだ希望があるんじゃないかしら?そうね、こう…裸王をモデルにかわいいキャラクターを作ってみるとか、手段はあるでしょう」
裸王「ぬいぐるみ…!なんという斬新なアイディア!その線でいこうではないか!」ババーン
赤ずきん「…参考になったのなら良かったわ」
大臣「裸王、そろそろ時間だ。次の謁見希望者が待っている」
裸王「なんと、楽しい時間はあっという間だな!では赤ずきんと赤鬼よ、必要な鉱石はきちんと手配しておこう!旅に出るのなら我が王国の市場でいろいろと買い揃えていくと良いぞ!」マッチョ
赤鬼「そのつもりだったんだがな……」チラッ
赤ずきん「会うと気まずい相手が居るから向こうの世界へ行ってから町に寄ることにしたのよ。直接海へ行きたかったのだけど…下手に町をうろついて雪の女王に会いたくないもの、少なくとも今はね」
117:
裸王「そうかそうか!今日は実に貴重な意見をありがとう!気をつけて旅を続けるんだぞ!」ムキムキ
赤ずきん「ええ、もちろん。それと、この人形は返しておくわね」
裸王「それには及ばぬぞ!せっかくだからな、すばらしい意見をくれた赤ずきんにプレゼントだ!ガッハッハ!」マッチョ
赤ずきん「……正直、困るのだけど」ボソッ
赤鬼「…さ、さぁ行こうか赤ずきん!裸王、それじゃあオイラ達はこれで!」
裸王「うむ、また会える日を楽しみにしているぞ!」マッスルポーズ
赤ずきん「ええ、それじゃあね裸王。鉱石の手配引き受けてくれてありがとう。行くわよ、赤鬼」
赤鬼「おう!」
赤ずきん「…ずきんよずきん、私達を『人魚姫』の世界へ連れて行って頂戴」
ヒュン
118:
人魚姫の世界 町外れの丘
ヒュン
赤鬼「ここがおとぎ話【人魚姫】の世界か…ちょうど良いところに出たな、この丘からなら辺りの様子が一望できる」ドスッ
赤ずきん「そうね、立派な城と城下町…大規模な港があるところを見ると漁業や貿易で富を築いたのかしらね」スタッ
赤鬼「そうだな、船も多く停泊しているからな…だが、どうも引っかかるぞ…」
赤ずきん「あら?どうしたのかしら、何か気になることでもあるの?」
赤鬼「これだけ大規模な港だってのにどうも港の人の動きがまばらなんだよ。オイラが居た国でも漁港ってのはあったんだがもっと活気があったぞ?大きな船もあるってのに、不自然じゃねぇか?」
赤ずきん「私の住んでいた所には海は無かったからよくわからないけれど…確かにそう言われてみれば不自然かもしれないわね」
赤鬼「このおとぎ話は人魚が主人公なんだろう?もしも海に何か異変があるならまずいんじゃねぇか?」
赤ずきん「そうね、この【人魚姫】のおとぎ話において海は重要な舞台になってくる。あの人気の少ない港が物語の進行に関連がなければいいけれど…」
119:
赤ずきん「ここで考えていても始まらないわね、まずは食料や道具の調達をしたいから町へ行きましょう」
赤鬼「町へ行けば何かわかるか…市場なら人の出入りも多いから情報も手に入るな、よし行くか」
赤ずきん「ちょっと待って頂戴、ひとつ確認しておかないといけないことがあるのよ」
赤鬼「ああ、【人魚姫】の物語の内容だろ?オイラはわからないからお前に聞こうと思っていたんだよ」
赤ずきん「…それもだけれど、別の事なの」
赤鬼「別の?なにか確認することなんかあったか?」
赤ずきん「このおとぎ話は人魚の物語、場合によっては私達も海へ入ったり泳いだり潜ったりしないといけないのだけど…あなたは泳げるわよね?」
赤鬼「まぁそうだな、普通の鬼程度には泳げるぞ?一応普通の人間よりは早いし息も長く続く」
赤ずきん「そう、あなたが泳げるのなら問題ないわね」
120:
赤鬼「…赤ずきん、お前はもしかして泳げないのか?」
赤ずきん「…あら、どうしてそう思うのかしら?」
赤鬼「…いや、なんとなくなんだが」
赤ずきん「……」
赤鬼「……」
赤ずきん「……今まで泳ぐ必要がなかっただけよ」プイッ
赤鬼「ま、まぁ住んでた場所の近くに海や川が近くにないなら泳ぎが分からなくたって恥ずかしくないだろ、気にする事じゃねぇよ赤ずきん」ポンポン
赤ずきん「気にしてなんかいないわよ。頭をポンポンするのはやめなさい。ただ、この事でまたあなたの足を引っ張ることになってしまうのは避けたいの。だから私は海へは入らない。そのつもりでいてほしいの」
赤鬼(鬼ヶ島での一件を随分と気にしてるんだよなぁ、赤ずきんは。気にするなと言ってもこいつの性格じゃあ逆効果か…)
赤鬼「おう、わかった。ところで赤ずきん、さっきも言ったがオイラは【人魚姫】の内容を知らないんだ、教えてもらえるか?確か、悲しい結末なんだよな?」
赤ずきん「ええ、町へ向かいながら教えてあげるわね。【人魚姫】がどんなおとぎ話なのかをね」
121:
赤ずきん「まずは人魚についてだけど、あなたの国にも人魚の伝説はあったのよね?」
赤鬼「伝説というか噂だな、上半身は人間で下半身は魚…あとは嘘か誠かその肉を食うと不老不死になる。その程度の知識しかないぞ」
赤ずきん「不老不死の真偽はさておき、外見においては概ねその認識で構わないわね。他の特徴としては…水中ではどんな魚や海獣よりも高い敏捷性を持ち、女性の人魚は竪琴を奏でたかのような美しい声を持っているそうよ」
赤鬼「ほう、それでどんな内容なんだ?このおとぎ話は」
・・・
人魚姫
ある海の底には人魚の国がありました。
その人魚の国の王様には六人の美しい娘がいました。
特に末娘の人魚姫は姉妹の中でも一番の声を持っていました。
人魚姫が十五歳の誕生日の夜に海から顔を出すと、そこには立派な船が浮かんでいました。その船は陸にある国の船で、その国の王子様が乗っていました。
しかし、その船は難破してしまい多くの人々と一緒に王子様は海の中へと沈んでいきます
人魚姫は気を失った王子様をなんとか助け出して陸まで運びます。しかし人魚は陸に上がることが出来ず、そして人間に姿を見せてはいけないのです。
人の気配を感じた人魚姫は王子が息をしている事に安心すると海の底へと帰って行きました。
王子様は近くの町に住む娘に介抱されて元気を取り戻しました
しかし王子様に恋をしてしまった人魚姫は王子様にもう一度会いたいと願い、海底に住む魔女を訪ねました。
事情を聞いた魔女は人魚姫に人間になれる薬を差し出しました。
ただしそれは人魚姫の美しい声と引き替えであるうえに、王子様が人魚姫以外の女性と結婚してしまうと人魚姫は泡となって消えてしまうという薬でした
けれど人魚姫は自らの声を差しだし、薬を飲むことにしました。
人間の姿を手に入れた人魚姫は王子様と再会しました。
口のきけない人魚姫に対して優しい王子様はまるで家族のように接してくれました。
しかし、あの日王子様を介抱した娘が見つかると王子様は喜んで娘に結婚を申し出ます
人魚姫は本当のことを言いたくて仕方がありませんでした
けれど彼女はもう喋ることが出来ません
王子様の結婚が迫ったある日、人魚姫のお姉さんは彼女に一本の短剣を手渡します
それはお姉さんが自らの美しい髪の毛と引き替えに魔女から手に入れた短剣で、それで王子を刺し殺してその血を浴びれば人魚姫にかけられた魔法は解けるのです。
人魚姫は意を決して、短剣を握りしめて王子の元へと向かいますが彼にそれを振り下ろすことが出来ませんでした
結婚式の翌朝、人魚姫はその身を海へと投げだしました
泡となって消えた人魚姫はやがて空気の精となりそのまま天へと昇っていきました
おしまい
・・・
122:
赤ずきん「と、このような内容よ。赤鬼…」
赤鬼「うおおおぉぉぉぉ!!」ボロボロ
赤ずきん「ちょっと落ち着きなさいな、ただでさえ真っ赤なずきん被って長物持っている私と、布を巻いた武器を担いだ大柄で外套姿のあなたは凄く目立つのよ?その上騒いだりしたら……」チラッ
すれ違った旅人「……やべっ」フイッ
赤ずきん「ほら、ものすごく警戒されているじゃないの。これ以上悪目立ちするわけにはいかないわ」ヒソヒソ
赤鬼「でもなぁ…このおとぎ話悪い奴なんか居ねぇじゃねぇか!マッチ売りの親父や大悪鬼みたいな奴は居ねぇんだぞ?魔女はちょっと優しくしてやれよと思うけどな、でも王子も娘も人魚姫も悪くねぇじゃねぇか…!なんでこんな終わり方になるんだ!」
赤ずきん「まぁ、そうね。あなたの気持ちは分かるわよ。ちょっと種族が違って…少しだけ真実がねじ曲がって…人魚姫は恋破れて泡となって消える。切ないわよね…」
鬼神『フン、我ニハ理解デキヌナ。ソノ人魚ノ娘モオ前ト同様二人間ナドトイウ生物二ウツツヲ抜カスカラコウナッタノダ。ソノウエ命ヲ落トスナド愚ノ極ミヨ』クックック
赤鬼「うるさいぞ鬼神…!お前にはわからねぇのか!人魚姫の苦しみg」
赤ずきん「いいから落ち着きなさい!鬼神の声はあなたにしか聞こえないのよ?私は事情を知っているから良いけれど周囲から見れば完全な不審者なの、ここで警備兵にでも目を付けられたら動きにくくなるでしょう?」
ヒソヒソヒソヒソ
赤鬼「た、確かにそうだよな…すまん」
赤ずきん「分かってくれればいいのよ。でもこれで理解してくれたかしら?【人魚姫】の物語を」
123:
赤鬼「ああ、わかった。現実世界の人間にとってはおとぎ話でもオイラ達おとぎ話の住人にとっちゃあこれが現実だからな。どうにかしてやりたい気持ちがでてきちまうが…」
赤ずきん「分かっていると思うけれど…」
赤鬼「結末を変えることが出来ねぇのは分かってる。これは【マッチ売りの少女】の時と同じだもんな」
赤ずきん「ええ、このおとぎ話の結末は『人魚姫が泡になって消える』事。それを防いで人魚姫の恋を成就させればこの世界は消滅してしまう、この世界を守るのなら人魚姫が泡になってしまう。両方救うことは出来ない。…残念だけど割り切らなければいけない所よ」
赤鬼「……」
赤ずきん「…私だって口では言っているけれど、割り切れるとは思えないわよ」ボソッ
赤ずきん「でもね、私はやっぱりおとぎ話を消したくない。世界が消えてしまったら何も残らないでしょう。楽しい記憶もつらい思い出も頑張った事も、友達や家族や尊敬する人も大好きな場所も全てよ?」
赤鬼「そりゃあ、オイラもそうなっちまうと辛いな…」
赤ずきん「【シンデレラ】の魔法使いに教えて貰った【赤ずきん】の内容はこうだったわ。悪い狼にそそのかされた私がおばあちゃんを巻き込んで食べられたところを猟師さんに助けられる。初めて聞いたとき笑ってしまったわよ?
だって、貧しい暮らしをしたわけでも、国民が父親に殺されるところを見たわけでも、種族の違いに悩んだわけでも、寒空の下で孤独を感じたわけでも、数奇な出生を悩んだわけでもない」
赤鬼「おいおい、お前のおとぎ話だろ?そんな風に言うのは…」
赤ずきん「でもね」
124:
赤ずきん「馬鹿な子供がまんまと騙されておばあちゃんや猟師さんに迷惑かけるだけのこんな物語でもね、あの世界は私のおとぎ話なのよ。そしてもう私しかあの世界のことを知っている人間はいない」
赤鬼「……」
赤ずきん「前にも言ったけれど、今更私はあの世界に戻れないし取り戻そうなんて思わないけれど…幼い頃から自分が生活して見聞きしそして色々なことを感じた世界がなくなってしまう。そんなの寂しいでしょう?」
赤鬼「……」
赤ずきん「もしも、私がおとぎ話の事情を知っていて…例えば【赤ずきん】の結末が『猟師さんが助けに来ず、狼に食べられた赤ずきんは死んでしまう』という結末だったとしても、私は自分の世界が消えてしまうくらいならその運命を受け入れたいと思うもの」
赤鬼「なぁ…赤ずきん、お前の覚悟も決意も理解できるけどな。もうちょっと肩の力抜かないか?もうお前は一人で旅してるんじゃねぇんだぞ?」
赤ずきん「……」
赤鬼「…な?女王とも約束したろ?ちゃんと出来るところみせねぇと、もうちょっと余裕そうにしてやろう。な?」
赤ずきん「そうね。余裕で旅をした方が、雪の女王も私を認めざるを得ないでしょうしね。ありがとうね、赤鬼」フフッ
125:
町 入り口付近
ざわざわ
赤鬼「さて、到着したぞ。どうやらそこまで暗そうな雰囲気って事はねぇが…」
赤ずきん「とりたてて活気があるとも言えないわね、こんなに大きな町なのに」
赤鬼「そうだな、丘の上でのあれは気のせいだったか?」
赤ずきん「どうかしらね、まずは市場の方へ向かいましょうか」
ドタドタドタドタ
おっさん達「うおおおぉぉ!どいたどいたー!そこの赤い嬢ちゃんとマントのおっさん!邪魔だぞ!」ガラガラガラガラ
赤鬼「おっさん…」ガーン
赤ずきん「何かあったのかしら?他にも何人か慌てて町を出て行くけど…」
旅の若者「どうやら南にある海岸に死体があがったらしいよ?だからそれを回収というか確認というか引き取りにいくんだろうね。聞いた話だけどね」
赤ずきん「海岸に死体が打ち上げられた…?どういうことかしら」
赤鬼「すまねぇが詳しく聞かせて貰おうか」
旅の若者「うん、構わないよ。聞いた話で構わないならね」
182:
旅の若者「どうやら海岸を散歩していた老人が打ち上げられた死体を見つけたらしいんだけどねー、海岸で死体が見つかるってこの町でも珍しいことらしいよ」
赤ずきん「それはそうでしょう。日常的に死体が打ち上げられたらそれはもう異常じゃないの」
旅の若者「まぁそうだけど、この町の場合はちょっと事情が変わってくるんだよ。君達もこの町に来たって事は知っていると思うけれどさ…ほら、年間にあれだけの数の海難事故があるんだから死体が毎日見つかってもおかしくないだろ?この町の場合はさ」
赤鬼「ん?海難事故?そりゃあどう言うことだ?」
旅の若者「…あれ?君達も『最新型の貨物船』を見に来たんじゃないのかい?」
赤ずきん「貨物船……?話が見えないのだけど……」
旅の若者「なんだ、僕の早とちりみたいだね。ごめんごめん」ヘラヘラ
赤鬼「海難事故だの貨物船だの…この町にはなにか事情があるのか?」
旅の若者「早とちりのお詫びに教えてあげるよ。この町はね、古くから漁業や貿易で富を築いてきたんだ。だから大きな港があるし船だって何隻もある。かつては世界でも有数の貿易港だったんだけど…確か10年ほど前かな、この港から出発した漁船が行方不明になったんだ」
183:
旅の若者「当時は大騒ぎだったらしいよ。それまでにも海難事故はあったけれど稀だったし、その船が出航してからは天候も良くて海も穏やかで難破したってのが信じられなかったくらいだったらしいよ」
旅の若者「それからはもう立て続けさ。この港から出発した船は漁船だろうと貿易船だろうと関係なくほとんどの船はもう帰ってこなかった。
それだけじゃない、余所からこの港へ到着する予定の船だって事故にあってしまうことがほとんどで、もうこの港を利用しようなんて物好きは稀さ。いつしかこの港町は海に嫌われた町だって噂になってる」
赤ずきん「好天候でも海難事故が頻発する海域……海に嫌われた港町、ねぇ……」
赤鬼「この近くの海流の問題なのか?それとも化け物が船を襲っちまうとか…」
赤ずきん「頻発する海難事故が化け物の仕業だとすれば海底に住む人魚も無関係ではないわ、大丈夫かしらね…人魚姫」
184:
旅の若者「人魚…?あはは、お嬢ちゃん喋り方はずいぶんと大人びているのに人魚の伝説は信じているんだね」ヘラヘラ
赤ずきん「伝説…どういう事かしら?」
旅の若者「いやぁ、夢を壊しちゃうけど人魚なんて作り話だよ?伝説なんてそんなもんさ。オーガとかゴブリンとかエルフとか、見たことある?この世には人間以外に種族なんていないのさ、僕はそう言うの夢があって悪くないとは思うけどさ」ヘラヘラ
赤ずきん「…あら、どうかしらね?私たちが見ていないだけで、海の底にはいるかも知れないわよ?」
旅の若者「ははっ、そうかもしれないね。その方が夢があっていいね」
赤鬼「おいおい、話がそれてるぞ?度重なる海難事故でこの港町は海に嫌われていると噂された。それからどうなったんだ?」
185:
旅の若者「もうこの港から貨物船は出ていないし、漁業も近海で細々とやってるみたいだよ。まぁ以前みたいにそれだけじゃやっていけないから牧場や農場の方に力を入れて今やこの国はそれで食べていってる感じらしいよ」
赤鬼「そこそこ豊かに見えるが港が閑散としていたのはそう言うわけか…」
赤ずきん「この港町が原因不明の海難事故でかつての栄光を失った事は分かったけれど、さっき言っていた貨物船だったかしら?あれはどういう事なの?」
旅の若者「ああ、ここから遙か遠くの国に造船技術を誇っている国がある、そこの国王が最新型の貨物船の性能を知らしめるためにこの港に向けて船を出したんだ」
赤鬼「なるほどな、海難事故の頻発しているこの海域を乗り越えて無事に港につけば最新型の貨物船がいかに優れているかいい宣伝になるってわけか」
186:
旅の若者「その通り、その到着予定が順調にいけばもうそろそろだからね僕は本当にこの呪われた港町に無事たどり着けるか見に来たのさ、旅行がてらね」
赤ずきん「それにしてもそこの国王も酷いものね、この港町は実際の被害で苦しんでいるでしょうに…その事故を利用するなんてね」
旅の若者「まぁ深く考えないことさ。でもこの町の人たちはどうせ無理だろうと思ってるみたいだけど。まぁ楽しみにしていようよ、最新型の貨物船が呪われた海域を突っ切れるか、はたまた海の藻屑と消えるか…」
オーイ!ヤドノヨヤクトレタゾー!
旅の若者「わかった!今いく!…じゃあ仲間が呼んでるから僕はこれで、お互いによい旅を送れるように…ああ、そうだ!港に王国が所有している豪華な客船があるらしいから見物してくるといいよ!」
赤ずきん「ええ、色々と教えてくれて助かったわ」
赤鬼「おう、ありがとな!お前さんも気をつけて」
187:
赤鬼「色々と聞けたな、しかし原因不明の海難事故に貨物船に…ちょっとごちゃごちゃしてきたな。えっと……」
赤ずきん「…少し話をまとめてみましょうか」カキカキ
【人魚姫】の世界について
・この国は有数の貿易港だったが現在はその機能を失っている
・その理由は近隣の海域で原因不明の海難事故が相次いでいるから…らしい
・近々、最新型の貨物船が来る予定(性能を示すため)
・この世界には人間以外の種族が居ない、というのが一般的
赤ずきん「こんなところかしらね?しかし、これは参ったわね…どうやって人魚の国を探そうかしら」
赤鬼「そうだな、海難事故の原因が分からない以上あてもなく船を出すのは危険だ」
189:
赤ずきん「でもそうなると困るのよね、人魚の国はおそらく海底にある。少なくとも近海の海底だと思うのよね…けれど探すにしても船を出せないんじゃあね……」
赤鬼「お前に聞いたおとぎ話の内容だと、人魚は人間に姿を見せたらまずいんだったよな?だったらそうそう姿も現さないよなぁ」
赤ずきん「ええ、それにこの世界で人魚は架空の存在扱いのようだから町で聞き込みをしても人魚の情報は期待できそうにないわね」
赤鬼「うーむ、となると人魚姫に会えるチャンスは一回だけだな」
赤ずきん「そうね、人魚姫の誕生日…この国の王子が王国の船で沖へ出る夜。その日取りさえわかればなんとかなるでしょうけど…でもそれだと」
赤鬼「難破する船に乗り込むしかないんだよな…」ウーム
赤ずきん「危険だけど仕方がないわね、まずは王子が乗船する日取りをなんとか探りましょう。けれどそれはあくまで最終手段、それと同時進行で人魚の国も探す。これでいきましょうか」
190:
赤鬼「うむ、それが妥当だな…じゃあ行動指針もまとまったところで買い出し前に腹ごしらえと行くか!」
赤ずきん「私、あまりお腹空いていないの。チョコレートだけで良いわ。それよりも赤鬼、食事が済んだらまた訓練の相手をお願いしたいのだけど」
赤鬼「こらこら!成長期の娘が飯を食わずに菓子だけで済ませるなんて駄目だぞ!きちんと三食しっかり食べてだな…」
赤ずきん「今はきちんとした食事よりも戦いに備えて訓練を積んでおきたいのよ。私がのんびり食事をしている間にもドロシーは新たな力を手にしているかもしれない、そう思うと食欲なんて湧かないわ」
赤鬼「いーや、駄目だぞ。きちんと飯を食うのも訓練のうちだ!お前がしっかり飯を食わないようならオイラはお前の訓練に付き合わないぞ?」
赤ずきん「ちょっと、それは困るわ。あなたが相手をしてくれないと実戦的な訓練が出来ないんですもの」
赤鬼「だったらしっかり食うことだ。しっかり食って栄養をつけて思い切り訓練する、それでこそ力が付くってもんだぞ?」
赤ずきん「…その通りね、あなたの言うとおりきちんと食事もとることにするわ。ただ訓練の量は増やして欲しいの。そうね、早朝の訓練を一時間ほど延ばしましょう。それならいいでしょう?」
赤鬼「構わんが、その上日中は情報収集するんだろう?起きられるのか?お前、朝苦手だろう」
赤ずきん「子供じゃないのよ?平気よ。せっかく海沿いの町にいるんだもの、砂浜での訓練なら足場の悪い場所での戦闘も想定できるもの」
赤鬼「よし、わかった!お前がやる気だってなら付き合おう!」
赤ずきん「では明日から開始ね。食事もだけど宿も探さなければね…もたもたしたくないわ、急ぎましょう」タッタッタ
・・・
191:
数時間後 沖 海中
スィー
亀「……ふぅ、そろそろ泳ぎ疲れた。ここらで一休みしようかな」ザバザバ
亀「聞いた話だとこのあたりの海域に人魚がいるらしいけれど…」ザバザバ
亀「なんだか随分と遠くまで泳いできてしまった。人魚どころか魚もいない、せっかく人魚を一目見たくて泳いできたのに」ザバザバ
亀「一目で良いから見てみたい。いや、ここまで来たからには握手して貰いたいな。美しい姿に美しい歌声の種族、人魚!俺の故郷は田舎で人魚なんか居ないから、余計に憧れちゃうぜ」ザバザバ
スィー
亀「それにしても、この辺りは本当に魚がいないな。食べ物も住処も豊富にあるというのに…ん?あれは…?ものすごい勢いでこっちに泳いでくる…まさか、まさか!あれは憧れの…!」
スィー
髪の美しい人魚「こんにちは」ニコッ
亀「あ、あ、ああ、こんにちは…!」ドキドキ
亀(に、人魚だ!なんて美しい髪の毛なんだろう、まるで星の光でも纏っているみたいだ!白い肌に吸い込まれそうな瞳…ああ、もう何処を見て良いのかわからない!そんな美しさだよ!あ、ファンですって言わないと!) ジロジロ
193:
髪の美しい人魚「あら、そんなふうに見られてしまうと恥ずかしいわね。あなた、人魚を見るのは初めて?」フフッ
亀「あ、はい!俺の故郷はずっと遠くの田舎の方で…人魚さんを実際に見るのは初めてで…あ、でも以前別の人魚だと思いますけどちょっとだけ歌声聞いたことがあって、それから人魚のファンなんです俺!」
髪の美しい人魚「うふふ、ありがとう。あなたは人魚の歌声を気に入ってくれたのね?でもごめんなさいね、私たちはあまり目立つことが得意じゃないから…」
亀「あ、そうらしいですね!実はこの海域に来たのも人魚に会うためなんです!なんでも『ディーヴァ』と呼ばれる特別な人魚がいるらしくて…」
髪の美しい人魚「あっ、それ私たち姉妹のことですね」ニコニコ
亀「えっ?そうなんですか!?」
髪の美しい人魚「ええ、私の父は海底にある人魚の国の王なんですが…その六人の娘、つまり私たち姉妹は少し特別な歌声を持っているんです。この国ではその特別な歌声で仕事をしている人魚をディーヴァって呼んでいるんです。私はその長女なんですよ」ウフフ
亀「じゃあすごい歌手さんって事じゃないですか!そんな人魚に会えて俺はラッキーだなぁ!」
髪の美しい人魚「うふふ、でも私の妹たちもみんな歌が上手いんですよ。特に末妹の人魚姫なんかは私なんかよりずっと歌声が美しいですよ、少し最近反抗期ですけど…あ、こんなこと初対面でお話しするのは失礼でしたね」ウフフ
亀(物腰の柔らかい優しそうな人だな、妹さんの話を嬉しそうにしているし…きっと優しいお姉さんなんだろうな) ホッコリ
195:
髪の美しい人魚「ああ、いけない。ついお喋りに夢中になってしまって…」
亀「あ、もしかして俺に声をかけてくださったのって何か用事ですか?」
髪の美しい人魚「そうなの、ここにはもうじき人間の船がやってくる。この海中にいると危ないから逃げるようにと声をかけたんです」フフッ
亀「あ、もしかして危ないからってわざわざ声をかけてくれたんですか?」
髪の美しい人魚「ええ、同じ海に住む仲間ですもの怪我でもしたら大変。今回は大きな船だからちょっと危険なの、私と一緒にきてもらえます?」
亀「はい、そう仰るなら……で、何処に?」
髪の美しい人魚「すぐそこの岩場です、そこからなら人間の船がよく見えるので」
亀「船がよく見えるって、見物するわけでもないでしょうし…なにをするんですか?」
髪の美しい人魚「お仕事をしないといけないんです、つまり歌を歌うんですよ。ただ、それだけ」フフッ
亀「えっ!歌を?俺も聞きたいです!」
髪の美しい人魚「ええ、どうぞ。少し雑音が入るかも知れないけれど…それでもよければ」ニッコリ
197:
・・・
沖 最新型の貨物船
船員「いやー、もうじきあの港ですね船長!俺、ワクワクしてきましたよ!きっと褒美もたんまり出ますよ!」ヘラヘラ
船長「これこれ、油断しちゃあいかんぞ!海では常に一寸先は闇じゃぞ!港に到着するまでが航海、決して油断しないことだぞ!」
船員「んもー!心配しすぎですよ船長ー!ここまで来たらもう余裕でしょう」ヘラヘラ
船長「お前のそういう油断が命取りなんじゃ!いいか?船乗りというのはいつでも油断せず緊張感を…ん?あそこの岩場に見えるのは……」
髪の美しい人魚「……」ニコッ
船員「せ、船長!人魚ッスよ!俺初めて見たッスわ!」ワクワク
船長「ふむ、私もだ…人魚など伝説に過ぎぬと思っていたが…」
髪の美しい人魚「アーアアーアーアーアー♪アアーアーアアアー♪」
船員「あ、なんか歌い始めましたよ船長!どうします?捕らえて町へ…船長?」
髪の美しい人魚「アーアアーアーアーアー♪アアーアーアアアー♪」
船長「……zzz」ドサッ
船員「ちょ…!いきなりなんで寝てるんスか!船長が寝てちゃ誰が舵を取……zzz」ドサッ
バターン!
副船長「大変です船長!船のあちこちで船員が突然の睡魔に襲われてしま……zzz」ドサッ
ユラユラユラ グラグラー
198:
沖 海上の岩場
髪の美しい人魚「アーアアーアーアーアー♪アアーアーアアアー♪」
亀(すごい、すごく美しい歌声だ!なんというかこう、心にぐっと来る感じで…)
亀「…?あ、あっ!船が突然ふらついて…岩場にぶつかるっ!」
ゴシャアアァァァァ ザバンザバーン
亀「あんな大きな船が…あっという間に転覆した……!船に乗っている人間はなにをしてるんだ!」
髪の美しい人魚「眠っているんですよ」フフッ
亀「えっ?」
髪の美しい人魚「私の歌声は人間を眠りに誘う。あの船の人間共は全員が深い眠りについていますよ、それこそ自分たちが溺れていることさえ気がついていないでしょうね。自分が死んだことすら気がつかない、そんな深い深い眠りの中にいるんです」
髪の美しい人魚「これだけの喧噪の中でもしばらく目が覚めることはありませんよ」
199:
亀「じゃああなたがあの船を転覆させたんですか!?あなたは歌手なんですよね?なんのためにそんなこと…!」
髪の美しい人魚「そうですよ?私はディーヴァです、ただその仕事を勤め上げただけですよ。なんのためにって…あの人間共が私たち海に住む者達になにをしたかなんて今更話すことでもないじゃありませんか」
髪の美しい人魚「人間共は我が物顔で海を突き進み、多くの魚や海に住む仲間を捕らえては無惨にも殺してしまうのですよ?それだけじゃありません、奴らは海がまるで自分たちの所有物であるかのように汚し放題荒らし放題なんですよ?」
亀「そ、その気持ちは分かりますけどなにも殺さなくても…」
髪の美しい人魚「亀さんは甘いです。先に私たちの仲間に危害を加えたのはあの忌々しい人間共なんですから。目には目を、殺された仲間の弔いには奴らの命が必要です」
亀「で、でもこんなのって……」
髪の美しい人魚「必要なことなんですよ?こうやって見せしめに殺してやらないと卑しい人間共は何処までもつけあがります。そのためなら私はディーヴァとして何度だって歌いますよ、そうやって人間共に教えてやらなければいけないんです」
髪の美しい人魚「この海の支配者が誰なのかを」
201:
亀「……あなたは…ディーヴァとはいったいなんなんだ…」
髪の美しい人魚「私は人魚です。そしてディーヴァとは海の平和を守るために人間を退治する人魚…歌声で人間共を駆逐する歌姫です」ニコッ
亀「……嘘だ、俺が憧れてきた人魚が人間を殺すような奴だったなんて…」
髪の美しい人魚「その言い方では私が悪者みたいじゃないですか、これは海の平和のためには必要なことなんですよ?」ニッコリ
亀「……俺、帰ります」
亀(憧れていた人魚があんな事をする種族だったなんて、正直ショックを隠せない…そりゃあ俺の仲間も人間に捕らえられたり海を汚されたりして腹は立つけれどなにもあそこまでしなくても…)
ザブンッ
髪の美しい人魚「危ないですよ、まだあの貨物船は沈みきってません!不用意に海に潜ると…!」ザブンッ
グラグラ ゴシャアアァァ
亀「……っ!壊れた船の残骸が…!まずい、よけきれない!」バッ
髪の美しい人魚「危ない…!」スイー グイッ
ガラガラガラーグシャアアァァァ
髪の美しい人魚「……っ!」ゴシャアアァ
亀「はぁはぁ…なんてことだ…!俺を庇って人魚が怪我を…!大丈夫か!おい、返事してくれ!」
髪の美しい人魚「……う、うぅ…海の仲間を守るのがディーヴァの……」グッタリ
亀「くそっ!俺にはどうにも出来ない…ここじゃあ危ない、どこか安全なところに…!」
203:
日の落ちた海上
・・・
カモメ「やべぇ、暗くなっちまったぜ…早く巣に帰って…ん?」
亀「ぜぇぜぇ、早くこの人魚をどこか安全なところへ…!」ザバザバ
髪の美しい人魚「……」ゼェゼェ
ヒュー
カモメ「おい、お前どうかしたのか?怪我した人魚なんか背中に乗せて!何か手伝ってやろうか?」
亀「おお、助かる!俺は余所者だからこのあたりの事を知らないんだ!この怪我をした人魚を助けてやりたいが人魚の国の場所もわからない!」
カモメ「うーん、俺もちょっとわからねぇな…とりあえずここをまっすぐいったところに港がある!そこをぐいーっと右側に泳いでいくと小さな入り江があるんだ、そこには人間は来ないからそこへ行くと良い」
亀「わかった!お前は誰か助けを呼んでくれないか!?」
カモメ「助けか…人魚は人間に姿を見られるのを嫌うからな…人間を呼ぶわけにも…しかし、うーむ」
カモメ「いや、緊急事態だ。急いで町の方へ飛んでいこう、いや海岸の方がいいか」
カモメ「おい、助けは俺が呼んでくる!お前はその人魚を入り江運んで安静にしてやれ、だれかに助けてもらわねぇとその人魚やべぇぞ…!」
亀「わかった!頼んだぞ!」
226:
同じ頃 港町 宿屋
ガチャッ
宿屋のおっさん「はいー、いらっしゃ……」ビクッ
赤鬼「あー、すまない主人。昼に部屋を予約したアカオニだが…」
宿屋のおっさん「あっ…はいはい、そうでした!おかえりなさいませ!二人様でご予約のアカオニ様ですね。お部屋の支度、整っていますよ!二階の突き当たりのお部屋です。お食事はどうします?」
赤鬼「いや、軽く済ませてきた。すまないが明日の朝食も無しで頼む、野暮用があるんでな」
宿屋のおっさん「はーい、なんでしたら朝市で朝食というのも良いですよ!港町ですけど魚は食べられませんがね」ンナハハハ
赤ずきん「……赤鬼、私は少し夜風にあたってくるから。あなたは先に休んでいて頂戴」
宿屋のおっさん「あっ、22時には玄関閉めちゃうから遅くならないようにね。一応裏口は開けてあるから遅くなったらそっちから入ってね」
赤ずきん「ええ」スタスタ
赤鬼「おい、オイラも付き合うぞ。こんな時間に一人で出歩くのは感心しねぇぞ?」
赤ずきん「いいえ、一人がいいの。心配しないで、子供じゃあないんだから」スタスタ
赤鬼「……」
227:
港町 路地
赤ずきん「……」スタスタ
赤鬼(……) コソコソ
赤ずきん「……」キョロキョロ
赤鬼(つい後をつけてしまった。もしも見つかったら睨まれるだろうが…雪の女王とも約束したしなあいつが無茶しないように見てやらねぇと) コソコソ
赤ずきん「……」スタスタ
赤鬼(まったく、心配するなとは言うが赤ずきんの事だ…夜風にあたるなんてのは口実だろう。大方、俺に隠れて訓練でもするつもりに違いないぞ) コソコソ
赤鬼(焦るなと【シンデレラ】の魔法使いも言っていただろうに。アリスに敗北したのがよほど悔しかったか…だが明日も早朝から特訓するってのに、何事もやりすぎは逆効果だと言ってやらんとな) コソコソ
赤ずきん「……」スタスタ
赤鬼(ん?海岸か丘でも行くと思ったが、町からでる様子はないな…) コソコソ
赤鬼(何処に行くつもりなんだ…?もしや本当にただの散歩か?)
228:
港町 海辺の見える高台
赤ずきん「……」チラッ
赤鬼(高台か、こんなところになんの用事なんだあいつは) コソコソ
赤ずきん「……もう茶番はやめましょう。出てきなさいな、赤鬼」フゥ
赤鬼「ぬっ!?気が付いていたのか…!」
赤ずきん「なんでバレないと思ったのよあなた。まったく…こそこそ後をつけてくるなんていつからそんな趣味を持ったのかしら?」
赤鬼「…すまん。オイラはてっきりお前が秘密の訓練でもしようとしているのだとばっかり思っていてな。だとしたら止めなきゃならんと思って付いてきたんだ。いやいや、すまんことをしたな」ハハハ
赤ずきん「……」フイッ
赤鬼「ん?どうして目を逸らすんだ、赤ずきん」
赤ずきん「……」
赤鬼「もしかして、やっぱりお前は訓練するつもりだったんじゃないか!?」
赤ずきん「……結果的にはできなかったのだから大目に見て頂戴。勝手な行動をとったのは謝る、ごめんなさいね」
赤鬼「おいおい、焦るなと魔法使いも言っていただろう、焦ってやりすぎて怪我でもしたら元も子もないぞ」
赤ずきん「そうね…だけどドロシーのことを抜きにしても雪の女王との約束もあるもの。私は一刻も早く強くなって……」
赤ずきん「……いいえ、この話はやめましょうか。話せば話すほど私自身が焦りを感じてしまいそうだから」ギュッ
229:
赤鬼(アリスに敗北したことや仇がドロシーだと知ったこと、雪の女王との出会いで強くなりたいという気持ちが一気に膨れ上がったって所か。
しかし強さなんざ一朝一夕で手に入るもんじゃない…必要なのは日々の積み重ね、それはこいつもわかっているんだろうが…)
赤鬼「そうだ、赤ずきんに良いものをやろう。昼に市場あたりを聞き込みしてたときに見つけてな、お前にと思って買っておいた」スッ
赤ずきん「コルク栓の瓶詰め…中身はキャンディかしら?」
赤鬼「オイラの世界の飴といえば水飴だったが、お前達の世界では飴玉なんだろう?ハーブとかいう薬草を使っていて気持ちが落ち着くと店の娘が教えてくれたんだ」
赤鬼「まぁ、なんだ。あれこれごちゃごちゃ考えてると動けなくなっちまうからな、そんなときはいっそのこと全部置いといて落ち着いてみるのも手だぞ」ニッ
赤ずきん「そう、心がけてみるのも悪くないわね。…なんだか心配かけてしまったみたいね。ありがとう、赤鬼」
赤鬼「いいってことよ!さぁ今日はもう休もう、明日からまた気合い入れて人魚姫を探さないとな!」ガッハッハ
バサバサー
カモメ「くそっ、夜飛ぶのは苦手だぜ…なんて言ってらんねぇ!早く助けを呼んでやらねぇとあの人魚がやべぇ!」スイー
230:
カモメ「どこだ…どっかに信用できそうな人間いないか!?」スイー
カモメ「この町の人間じゃない方がいいか…あっ、あの人間…外套を羽織ってるしきっと旅人だぞ…!」
カモメ「なんかあの金髪の子供と仲良さげに話してるみたいだし、悪い奴じゃ無さそうだな…あの二人に賭けてみるか…」
スィー
カモメ「おーい!そこの二人、ちょっと俺の話を聞いてくれ!」バサバサッ
赤鬼「ん…?なんだ、オイラ達に何か用事か?」
赤ずきん「慌てているようだけど何かあったのかしら?確か…鳥は夜に飛ぶのが苦手だと聞いたけれど」
カモメ「緊急なんだ!怪我をした奴を助けたい!でも俺たちじゃあどうしようもできねぇ、お前達が心優しい旅人だと信じて頼む!そいつを助けてやってくれねぇか!」
赤鬼「お前の仲間が怪我してるのか!?よし!任せろ、何処にいるんだ!?」ガバッ
赤ずきん「落ち着きなさいな、赤鬼。怪我をしているのは鳥なの?魚なの?人間なの?人間なら私たちより医者を呼んだ方がいいと思うのだけど」
カモメ「むむむ……他言無用で頼めるか?この事は誰にも言わないで欲しいんだ」
231:
赤鬼「なんだ?何か事情があるのか?言ってみろ、誰にも言いやしねぇ」
カモメ「怪我しているのは…人魚なんだ。お前達人間にはなじみのない種族だと思う、俺の言うことが信用できないかも知れないが…本当なんだ!頼む、助けてやってくれ!」
赤ずきん「人魚が怪我をしているですって…?」
カモメ「ああ!意識はあるみたいだったが自力で泳げそうにねぇんだ、人魚の国の場所はわからねぇし他の人魚に頼めねぇんだ…頼む!」
赤鬼「大丈夫だ、任せろ!それでその人魚はどこにいる!?」
カモメ「ここから少し離れた場所にある入り江で安静にさせてる、そこに行くには船を出して貰わないといけないが…」
赤ずきん「…赤鬼、急いで船を借りましょう。夜釣りだと口実付ければ怪しまれないでしょうから」
カモメ「じゃ、じゃあ助けてくれるのか!?ありがてぇありがてぇ!」
赤鬼「もちろんだ!困ってる奴に人間も鬼もカモメも人魚も関係ねぇ!お前はオイラと港へ来てくれ、船を手配する!赤ずきんは…」
赤ずきん「私は彼に治療して貰うよう頼んでくる。相手が人魚なら人間の医者で対応できるかどうかはっきりしないものね…けれど生まれ持った治癒能力を備えている彼なら…」
赤ずきん「桃太郎なら、なんとかできるはずですもの。彼の世界へ行って…それからすぐに合流するわ。急ぎましょう、人魚が待つ入り江にね」
・・・
232:
海上 貸し船
ギーコギーコ
桃太郎「しかし、人魚が実在したとは…拙者も噂を耳にしたことはあるが実際に会うことなど今まで無かった。一体、どのような種族なのだろうな……」
赤ずきん「悪いわね、遅い時間に連れ出してしまって。理由も聞かずに協力してくれて助かるわ」
桃太郎「我等は共に戦った仲間……遠慮することなど無い。むしろ拙者の能力を必要とされているのならば……男として武士として助けなければなるまい」
赤鬼「桃太郎よ、今日は旅の共はいないのか?」
桃太郎「なにやら急ぎの用事との事だったのでな……故に彼等には留守を任せてある。拙者が居なくとも何ら問題はなかろう、なぜなら彼等もまた歴戦の武士なのだからな……」
カモメ「あ、見えたぞ!あの入り江だ!ちょうど月明かりが射してるから見えるだろ!?」
赤ずきん「……遠目だけれど、確かに下半身が魚のようね」
桃太郎「あれが人魚……なんと面妖な」
赤鬼「よしっ、船を着けるぞ。桃太郎!手伝ってくれ!」
桃太郎「うむ、承知仕った…!」ファサッ
233:
秘密の入り江
赤鬼「よし、じゃあお前達は先に人魚の方へ行ってくれ。船を固定できたらオイラも行く」
桃太郎「かたじけない。行くぞ、赤ずきんよ」スタッ
赤ずきん「ええ、急ぎましょう」スタッ
赤鬼「さて、人魚の様子を見ている間に船が流されでもしたら大事だからな。しっかりと固定して……」グッグッ
鬼神『……赤鬼、コノ場ニイルトイウ人魚……ドノヨウナ輩カ知ラヌガ用心シテオケ』
赤鬼「ん…?どういう事だ?」
鬼神『我ト同様ノ匂イガスルノデナ…先程カラ凄マジイ憎シミノ感情ヲ感ジルノダ』
赤鬼『憎しみの…感情…』
・・・
亀「わあああぁ!待ってたよ!助けを呼んでくれたんだな!」
カモメ「待たせたな!こいつらは人間だが、この事は他言しないと約束してくれた…安心してくれ。それで人魚は…」
髪の美しい人魚「……」ゼェゼェ
赤ずきん「苦しそう…酷い怪我……ねぇ、桃太郎大丈夫かしら?」
桃太郎「人魚を治癒したことはないが問題はないだろう……しかし、思ったより外傷が酷いな。亀よ、拙者が治療を引き受ける。今どのような状況なのか聞かせてもらおう……」
亀「少し前に難破していく船の瓦礫を受けてしまって、全身を強くぶつけたみたいなんだ…多分頭も強く打ってる。呼吸はしてるみたいだけど、目を覚まさないんだ…!」
桃太郎「承知した。人魚よ、拙者の声が聞こえるか?今から治癒を行う……では」パァー
髪の美しい人魚「……」ゼェゼェ
桃太郎「……」パァァァァー
234:
桃太郎「……」パァァァァー
亀「おお、傷が見る見る塞がって…元通りの綺麗な肌に!」
カモメ「凄いな、人間にはこんな能力を持っている奴もいるのか」
赤鬼「すまん待たせたな。それでどうだ?治療はうまくいっているか?」
髪の美しい人魚「……う、うぅっ……私は……」
赤ずきん「どうやら意識はとりもどしたみたい……一安心ね」
桃太郎「よし、このまま治癒を続けていくとしよう…」パァァァー
髪の美しい人魚「……ぅう、ここは……?」
カモメ「気が付いたみたいだな、ここは港町の近くの入り江だ」
髪の美しい人魚「あぁ、あの入り江ですか……私は確か……仕事中に瓦礫の下敷きになって……それで……」ボーッ
亀「人魚さん!よかった、意識が戻ったんですね!すいませんでした、俺を助けようとしてあなたが犠牲に…!」
髪の美しい人魚「あ、あぁ…そうでした、亀さんを助けようとして……そのまま動けなくなったんですね、私。亀さん、怪我はないですか?」
亀「はい、俺は平気です!本当に迷惑かけてしまって…あ、でもこの方達が怪我をしたあなたを治療してくれたんです!」
髪の美しい人魚「まぁ、それはお礼を…………」クルッ
桃太郎「意識がはっきりしたようで何より……治癒を続ける故、もうしばらくそのままにしていてもらおう」パァァァー
髪の美しい人魚「人間…っ!」ババッ
235:
桃太郎「どうしたのだ…?それよりまだ治癒は終わっていない、じっとしていることだ。動いてはきちんと治癒できn」
髪の美しい人魚「私に触れるな……この卑しい人間め!」ヒュッ
桃太郎「何を…っ!落ち着け、拙者はお主の傷を治すべくここに来た、敵ではない…!」パシッ
赤鬼「なっ…!?いきなり平手打ちだと…!?」
赤ずきん「受け止めなかったらそのまま叩かれていたわね、けれど突然攻撃してくるなんて……」
桃太郎「拙者とて日ノ本の武士。易々と隙など見せぬ……が、よもや怪我人に叩かれそうになるとは思わなかった」
髪の美しい人魚「何故、人間なんかに…!亀さん、あなたは何故人間なんかに助けを求めたのですか!?」
亀「そ、それは…カモメに彼等が信用できそうだと聞いたので……」
カモメ「……なんかやべぇ空気だな、じゃあ人魚も無事だし俺はこれで失礼する!」ソソクサー
亀「あっ!ずるい…!」
髪の美しい人魚「人間などに助けを乞うくらいなら海の藻屑と散った方が遙かに良かった…!」
髪の美しい人魚「人間の手で生きながらえるなどこのような屈辱、私はディーヴァとして耐えられない…!先程の件といい、あなたは私たち人魚より人間共を信用するんですね?それならば私たちにも考えはあります…!」プルプル
亀「あ、あ、そんなことないです!すいませんでした!うわあぁぁー!」ザバザバー
236:
髪の美しい人魚「待ちなさい…!話はまだ終わって……うっ!」ズキッ
桃太郎「ど、どういう事情か知らぬが落ち着いてくれ。まだ完全に傷が癒えた訳じゃn」
髪の美しい人魚「私に触れるなと…何度も言わせるな!」ヒュン
桃太郎「…くっ!一体なんだというのだ…!」バシッ
赤鬼「今度は尾ビレで叩きつけてくるとは…おい、桃太郎!一度離れろ、治療は続けられそうにないぞ!」
赤ずきん「そうね、どうやら彼女は私たち人間に良い感情を持っていないようですもの」
髪の美しい人魚「何を今更…!お前達が私たち人魚に何をしたのか忘れたのか!」
桃太郎「あいにく拙者は余所者故、お主達の確執など知らぬ……だが怪我をしているお主を治癒すると決めたのは拙者だ、完治するまでは治癒を諦めぬ」
赤鬼「お、おい、桃太郎…」
桃太郎「悪の権化をねじ伏せることが戦いならば、善良な民の病や傷を癒すこともまた拙者にとっては戦い。拙者の刀が魔を断つ刃ならば、邪を払い穢れを打ち払う治癒の力もまた拙者の刃なり」
桃太郎「この桃太郎、お主の怪我を完治させることに一切の妥協などせぬ」
237:
髪の長い人魚「私は人間などに助けてくれ等と言った覚えはない!むしろ勝手な事をされて酷い屈辱を受けた!大方、恩を売ろうとでもしたのだろうが無駄だ、私は騙されない」ギリッ
桃太郎「拙者は恩を売るつもりなど毛頭ない……」パアアァァァ
赤ずきん「あなた達とこの世界の人間に何があったのか知らないけれど、怪我に耐えてまで意地をはる必要があることなのかしら?」
桃太郎「くっ…!離せ…!いますぐにその得体の知れない能力を私に使うのはやめろ!」
赤鬼「なぁ、人魚よ。誤解しないでくれ、オイラ達は本当にお前さんを助けるためにここに来たんだ!」
髪の美しい人魚「やかましい人間め…!お前達の言葉を信用する人魚なんかいない!」キッ
赤ずきん「どうやら、随分と嫌われているみたいね。……彼女がとりあえず無事になったのならもういいでしょう。私たちは町へ戻りましょう、これ以上は無意味よ」
髪の美しい人魚「帰す訳ない…!人魚の姿を見た以上、生きては帰さない!お父様の為にも私は…!」ググッ
髪の美しい人魚「今宵、人魚の姿を見た人間は一人として居なかった、さぁ卑しい人間と言葉を交わすのもおしまい…!永久に覚めることのない眠りへ落ちていけ…!」スゥッ
桃太郎「何かするつもりだぞ…!赤鬼殿、赤ずきん!用心せよ!」
髪の美しい人魚「アーアアアーアアーアアアー♪」
238:
髪の美しい人魚「アーアアアーアアアーアーアアー♪」
赤鬼「歌…か?突然歌なんか歌ってどうしたというんだ…?」
赤ずきん「なんなの…この、歌声…ものすごい眠気が…襲ってくる……まさかあの人魚……zzz」トサッ
赤鬼「赤ずきん!どうした!?」
桃太郎「……赤鬼殿、これはおそらくあの人魚の妖術のようなもの…!」ググッ
赤鬼「妖術…魔法の類か…!」
桃太郎「おそらく……。だが、すまぬ…!拙者もこれ以上は耐えられぬ……無…念……zzz」ドサッ
長い髪の人魚(なんだ…この男、どうして私の歌声で眠らない…!) アーアアアーアアー♪
鬼神『ドウヤラ人魚ノ女ハ相当ナ憎シミヲ人間二向ケテイルヨウダナ…ドウスルンダ赤鬼?得意ノ講釈ヲ述ベ、説得スルノカ?我ニハ無意味二思エルガナ…クックックッ』
赤鬼「おい人魚…!お前が人間に恨みを持つ理由は知らないが、こんな事をしてなんになる!オイラたちを殺せばお前の無念は晴れるのか!?そうじゃねぇだろう!」
髪の美しい人魚「黙れ!貴様のような人間に何がわかる…!」
赤鬼「……こんな諍いに意味がないって事は今まで何度も見てきたから知っている!それにオイラは人間じゃない」ファサッ
髪の美しい人魚「赤い皮膚に…角…!人魚と人間以外にこんな種族が…!?」
赤鬼「鬼だ。この世界には存在していないのかもしれない。お前の妙な魔法の歌が通じないのも、オイラが人間じゃないからだろう」
髪の美しい人魚「……っ!」ギリッ
赤鬼「お前と同じく人間じゃないオイラならお前の話を聞いてやれる、もう種族間での争いはたくさんなんだ…!」
239:
髪の美しい人魚(鬼?私の歌声が利かない種族?そんな事は今までになかった…)
髪の美しい人魚(相手は人間の肩を持つ敵だ。けれど、まともに戦って勝てる相手じゃない、この体格差だ)
髪の美しい人魚(私はディーヴァであって兵士じゃない。けれど、こいつはここで殺しておかなければいけない。ディーヴァが太刀打ちできない相手なんか居てはいけない)
髪の美しい人魚(なら、ここは屈辱を噛みしめてでもやり過ごして…確実に…)
髪の美しい人魚「……鬼といいましたね?私も突然の出来事に動転して、少々やりすぎてしまいました」
赤鬼「わかってくれたか人魚よ…!だったらこの二人を元に戻してくれ、種族の違いで差別したりするような奴じゃないんだ」
髪の美しい人魚「ええ、では一度人魚の国へ戻り…あの二人を元に戻す薬をお持ちします」
赤鬼「おお、元に戻るんだな?そいつは助かる!」
髪の美しい人魚「では、少しの間ここで待っていてくれますか?あの二人は今深い眠りについていますからあなたは決してここから離れないように」
赤鬼「おう、二人が戻ったらお前の悩んでることも全部聞く!お前達の抱えている問題をみんなで解決しようじゃねぇか、な!」ニッ
髪の美しい人魚「この憎しみが容易く消えるものか…!」ボソッ
赤鬼「ん…?」
髪の美しい人魚「いえ、ではしばらく待っていてくださいね」ニコッ
ザブーン
240:
海底 珊瑚で出来た王宮
執事魚「なるほど…状況は把握いたしました。さぞかし悔しい思いをされたことと……」
髪の美しい人魚「私が人間に命を救われたことは私と貴方だけの秘密です。他言は無用、特にお父様の耳には決して入らないように」
執事魚「心得ております。貴方様を失う事は国に不利益しかもたらしませんので。それでは、この薬をその入り江にいる鬼という種族の男にわたせばいいのですね」
髪の美しい人魚「ええ、私が赴く必要はありませんから。眠っている二人の回復薬だと言ってください、そしてあの男には不老不死の薬といえば騙せるでしょう。ただ、必ずあの男が薬を飲むのを見届けてから立ち去るように」
執事魚「まさか毒薬だとはそやつも思わないでしょうな」ハハハ
髪の美しい人魚「声が大きいですよ。くれぐれも内密に事を進めなければいけないんです」
執事魚「はい、お任せください!では行って参ります!」ザバザバ
ドンッ
241:
人魚姫「あいたた…」
執事魚「うぐっ!いたたた…あっ、これは失礼しました姫様!突然飛び出してしまった私の不注意でして!」
人魚姫「ううん、へーきへーき。あたしも寝不足でぼーっとしてたからさー。なんか慌ててるけどどっかいくの?」
執事魚「いえいえ、ちょっとそこの入り江までです!それでは失礼して、ごきげんよう!」
人魚姫「ふーん…あー、それにしてもチョー眠い…マジで寝不足…」ファァア
髪の美しい人魚「人魚姫…またあなたはそんなだらしない姿をして…!」
人魚姫「げっ…姉ちゃん、もう帰ってたんだ……」ウゲー
髪の美しい人魚「なんですかその言葉遣いは…せめて『お姉様、お帰りになられていたのですね』でしょう。ちょっとこっちへ来なさい、人魚姫。お話があります」
人魚姫「いーよ…あたしは姉ちゃんに話なんか無いし」
髪の美しい人魚「いいから来なさい、それともお父様に叱っていただきますか?」
人魚姫「……わかった、姉ちゃんの話聞くよ」ハァー
人魚姫「……チョーだるい」ボソッ
242:
髪の美しい人魚「寝不足だと言っていたけれど、あなたは一体何をしていたの?歌のレッスンは進んでいるの?」
人魚姫「…別に姉ちゃんにはカンケー無いじゃん」
髪の美しい人魚「そうはいきません、私は長女として末妹のあなたを導く義務があるんですよ?言いなさい」
人魚姫「……姉ちゃんが仕事で居ないって聞いたから、ちょっと沖までアクセサリーの材料を探しに行ってただけ。綺麗な珊瑚がある穴場みつけちゃったんだよねー」ニヤニヤ
髪の美しい人魚「ヘラヘラするんじゃありません。まったく、あなたはまだアクセサリー制作なんか続けているのですか?あんなものなんの役にも立たないというのに」フゥ
人魚姫「『あんなもの』ってなんなの?いーじゃん、別に姉ちゃんに迷惑かけてないんだし。それにあたしが作った奴、結構評判いいんだかんね?」ムッ
髪の美しい人魚「あなたももうすぐ海上へあがる事が許される年齢でしょう?いつまでもそんなくだらない趣味にうつつを抜かしていてはいけません」
人魚姫「くだらないかどうかはあたしが決める事じゃん!姉ちゃんにそんな事言われる筋合いないんだけどー!」ムカムカ
髪の美しい人魚「あなたはディーヴァになるんだからそんな趣味はもうやめなさい。必要ないんだから」
人魚姫「またでた……それにもうただの趣味じゃないんだけど?あたしはアクセサリー作って生活していくって決めたの!そのための勉強もしたし技術だって磨いた、それが私の夢なんだから!」
243:
髪の美しい人魚「いつまでも子供のような夢を語らないで、人魚姫」
人魚姫「子供のようなって…あたしはマジなんだけど?」イライラ
髪の美しい人魚「あなたにはディーヴァの才能があるの。必ず私や他の姉妹なんか比べものにならない圧倒的なディーヴァになる、あなたの歌声が人間に与える影響は私たちのそれとは格が違うのだから」
人魚姫「……その話はやめてよ、聞きたくないんだけど」
髪の美しい人魚「あなたがディーヴァになることはもう決定事項です。反抗することは許しませんよ。お父様もあなたに期待しています。あなたがディーヴァとなる日を待ち望んでいるんですから」
人魚姫「お父様は『娘としてのあたし』に期待してなんかいない。あの人は『兵器としてのあたし』に期待してるだけ!あの人は私の歌声なんか興味ない、興味があるには私に歌声でどれだけの人間が殺せるかだけでしょ!?」
髪の美しい人魚「人魚姫!あなたお父様に失礼なことを…!」
人魚姫「あーもう!うるさい!あたしは絶対にディーヴァになんかならないから!」
人魚姫「姉ちゃんみたいにあの人の言いなりになんか絶対なんないから!人殺しのために歌を歌うなんて、もう二度とやんないから!」スィー
髪の美しい人魚「こら!待ちなさい!人魚姫…!」
264:
スィー
人魚姫「あーもう!姉ちゃんはあたしの顔見たらディーヴァになれなれってそればっかり!」イライラ
人魚姫「昔はもっと優しかったのに、近頃マジで口うるさいし」イライラ
人魚姫「ディーヴァの仕事だってそーだっての、姉ちゃんがあんな仕事しなくたっていいのに…!」ムカムカ
人魚姫「人魚を守るためってのはわかるけどさー…」
人魚姫「人魚を守るために人間を殺すのってなんか違うじゃん。頭悪いあたしにだっておかしーってわかるのに、なんであんな仕事があんだろ…意味わかんない」
人魚姫「……あー!もう気分変えなきゃやってらんない!」バンッ
人魚姫「あっ、そーいえば姉ちゃんの執事が確か入り江に行くって言ってたっけ。あたしも行ってみよっかなー、あそこキレーな貝殻取れるし気分転換に海上に出てみるのもいいかも」
人魚姫「それにあの執事なんか慌ててたから、姉ちゃんから命令されたナイショのおつかいかもしんないし」
人魚姫「もしかしたら姉ちゃんのヒミツとかがわかって…うまくいけば弱みとか握れるかも!そしたらもう説教されないんじゃん?」ニヤニヤ
人魚姫「うんうん!テンション上がってきた!そうと決まったら急いで追いかけなきゃね!よーっし!全力で泳いでくしかないっしょ!」
スイスィー
266:
秘密の入り江
赤鬼「おい、赤ずきん。聞こえるか?」ユサユサ
赤ずきん「……」スヤスヤ
赤鬼「…ダメか。声をかけても揺さぶっても起きないな…おとなしく薬を待つしかないか」
赤ずきん「……」スゥスゥ
桃太郎「……」グゥグゥ
赤鬼「聞いた人間を眠らせる歌……か。桃太郎の治癒能力にしろ雪の女王の評決能力にしろ余所の世界は未知のことだらけだな」
鬼神『フム、実ニ奇妙ナ能力ダ』
赤鬼「鬼神…」
鬼神『眠リトイウ無防備ナ状態へ誘ウトイウノハ、ナカナカニ侮レヌ。見ヨ、赤イ頭巾ノ娘モ…桃ヨリ生マレシ侍モ死ンダヨウニ眠ッテオルデハナイカ』クックック
赤鬼「死んだようにとか縁起でもないこと言わないでくれ、じきにあの人魚が二人にかかった魔法を解く薬を持って来てくれるんだ。二人はすぐに目覚めるさ」
267:
鬼神『……フンッ、甘イ甘イ。ダカラ貴様ハ青二才ナノダ』
赤鬼「どういうことだ?」
鬼神『アノ人魚ハ薬ナド渡スツモリハナイダロウ。モトヨリ…全員殺ス算段ダッタガ鬼ニ自分ノ歌ガ通用シナイトワカリ、次ノ手ヲ打ツ事二シタノダロウ』
鬼神『ドノヨウナ手ヲ使ウカワカラヌガ、気ヲ抜クナヨ赤鬼。アノ娘ハ貴様ヲ殺ス為二一度海ヘ消エタダケダ、殺ス手筈ヲ整エテ我等ノ前二再ビ現レルダロウ』
赤鬼「待て待て、なんでそう疑ってかかるんだ!人魚が言っていただろう?気が動転していただけなんだあいつは。我に返ってやり過ぎた事に気が付いた、だから薬を手配してくれるんだ」
鬼神『滑稽ダナ赤鬼。アノ娘ハ凄マジイ憎悪ヲ抱エテイタ、歌声ヲ上ゲル娘ノ瞳ハ確カナ殺意ヲ纏ッテイタゾ?』
鬼神『我ハ憎悪カラ生マレシ鬼神。憎悪、悪意、殺意……負ノ感情ヲ察知スルナド容易イ。アノ娘ノ抱エル憎シミハ青二才デアル貴様ノ説得デ緩ムヨウナモノデハナイ』
赤鬼「……」
268:
赤鬼「認めたくはないが、憎しみから生まれたお前が言うのなら、きっとそれは真実なんだろう……だが!考えを改めることはできるだろ!憎しみ殺し合って種族間でいがみ合うより共存するほうがいいに決まってる!」
鬼神『我ニハ人間ト人魚ノ確執ヤ共存ナドニ興味ハナイ。アノ二人ガ二度ト目覚メヌトシテモ知ッタコトデハナイ。ダガ貴様ノ肉体ハイズレ我ノモノトナル、コノヨウナ場デ易々ト命ヲ落トサレテハ迷惑ダ』
赤鬼「……ただ少しだけ外見や習慣が違うだけで何故こうもわかりあえないんだ…人間も人魚も鬼も争う必要なんか無いだろ!」
鬼神『無理ナ話ダ、種族ガ存在スル数ダケ諍イハ必ズ起キル……』
ザバザバー
鬼神『ヌッ、ドウヤラ何者カガ近ズイテイルヨウダナ……赤鬼、油断セヌヨウニスルノダ。相手ハドノヨウナ手ヲ打ッテクルカワカラヌノダカラナ』
赤鬼「……油断はしない、だが敵視もしないぞオイラは」
鬼神『好キニシロ……ダガ圧倒的破壊力ガ必要ナラバ我ヲ出ス事ダ。尤モ借リウケタ肉体ヲ返スツモリハ無イガナ』クックック
赤鬼「……」
ザバザバー
執事魚「すいません、あなたが鬼さんですか?」バシャバシャ
269:
赤鬼「ああ、そうだが……お前さんは何者だ?」ザバザバ
執事魚「あっ、申し遅れました!ワタクシ、人魚の国の執事を勤めております。先程、姫様があなたにお世話になったとお聞きしまして」ペコリ
赤鬼「姫…?あいつ姫なのか!?」
執事魚「? えぇ、はい、6人いらっしゃる姫様のうちの一人でございます。長女らしくしっかりしたお方で、姉妹の中で尤も美しい髪の毛を持っていると言われておりまして」
赤鬼(そうだった、人魚姫には姉がいるんだったな。そしておとぎ話【人魚姫】の主人公は末妹。桃太郎が治癒した人魚は人魚姫の姉だったという事か)
執事魚「本来ならば姫様が出向くはずでしたがまだ傷が完治しておりませんのでワタクシがお礼の品をお持ちしました…どうぞお納めください」スッ
赤鬼「いやいや、礼なんていいんだ。それよりも人魚の歌声で眠らされたあの二人を目覚めさせる薬を頼んだんだ、すまないがそれを先にくれないか?」
執事魚「え、ええ、それはそれとして…先に貴方様にこの薬を飲んでいただきたい。なんと不老不死の薬ですよ!すばらしい秘薬です!」
赤鬼「いや、すまんが不老不死には興味がないんだ」
執事魚「えぇっ!?不老不死ですよ!?」
赤鬼「すまん、お前の主人には気持ちだけ受け取っておくと伝えてくれるか」
執事魚(不老不死が目的で多くの人魚が捕らえられているというのに、こいつは興味ないというのか!?バカな!)
270:
執事魚「ですが、キチンとお礼を受け取ってもらったか確認するように厳しく言いつけられておりまして…」アセアセ
赤鬼「まいったな…オイラ達は礼が欲しくてあの人魚を世話したわけじゃないんだ。だから不老不死の薬はいらない。それよりも友達があの歌声で眠らされたままなんだ、目覚めさせる薬さえ貰えればそれでいいんだが」
執事魚「う、うぅ、参りましたね…いや、ここはもう飲んだことにしてください。じゃないと報告できませんので!」グイグイ
赤鬼「な、なんだ…お前さん強引だな……っ!」
ザバー
人魚姫「飲んじゃダメだよ、その薬」
赤鬼「なんだ…さっきの人魚より随分と若い人魚だが…お前さんの知り合いか?」
執事魚「に、人魚姫様…!?ど、どうしてここに…!?」ビクビク
人魚姫「気をつけなねお兄さん、そいつウソついてるからさ」
赤鬼「なにっ?嘘だと?」
人魚姫「そっ、この薬が不老不死の薬ってウソだよ。人魚の国にそんなの存在しないしさ、たとえあってとしてもチョーレアな薬じゃん。姉ちゃんの判断であげたり出来ないっしょ?」パシッ
執事魚「あっ、お返しください!人魚姫様!」
271:
人魚姫「なんだかそのお兄さんにやたらと飲ませたがってたけどさー、なんなのこれ?まっ、だいたい想像つくけどー…試しにあんたが飲んでみてよ、ほら」グイグイ
執事魚「えぇっ!?ワタクシがですか!?お、恩人へのお礼をワタクシが口にするなんてできませんよ!」
人魚姫「できるっしょ?お兄さんもともと要らないって言ってたし、あんたが飲んでも姉ちゃんにはバレないバレないー。それに不老不死だよ、やったじゃーん」ニヤニヤ
執事魚「わかりましたわかりました!本当にやめてください!まだ死にたくないんです!不老不死というのは嘘なんです!」ウワアァァァ
人魚姫「ほらやっぱりそーじゃん。で?どーせこれ毒薬っしょ?」
赤鬼「なっ、毒薬…!?そうか、だから先にオイラに飲ませようとしていたのか…!」
執事魚「うぅ……その通りです」
人魚姫「ねー、お兄さんどーする?こいつあんたに毒薬飲ませようとしたわけだけどさ」
鬼神『鬼ヲ騙ソウトシタ報イハ受ケテモラウ。無論、焼魚ニシテ喰ラウ他アルマイ』
赤鬼「いや…逃がしてやってくれ。そいつもあの人魚に言われてやっただけだろうからな、それにオイラは生きてる。なんの問題もない」
272:
人魚姫「そっか、ありがとね。だってさ、よかったね優しい人で。でも姉ちゃんにはごまかしておいた方がいーかんね?失敗したってバレたらあんたもまずいっしょ?」
執事魚「うぐ、わかりました…姫様にはうまく誤魔化しておきます…」
人魚姫「じゃーあたしもナイショにしとくね!そのかわりあたしがここに来たこともナイショだかんね?」シーッ
執事魚「わ、わかりました…くれぐれも内密に…!では失礼します」
ジャボーン
赤鬼「…うむ、助かった。危うく殺されてしまうところだった、礼を言おう」ペコッ
人魚姫「んーん…謝るのはこっちっしょ?ゴメン…なんか命狙われちゃって。もう大丈夫だと思うからさ、マジゴメンね?」
赤鬼「いや、お前さんが悪いわけではないだろう…まぁ、衝撃は受けたがな…」
人魚姫「姉ちゃんと知り合い…なわけないか、何があったか詳しく聞かせてちょーだいよ……えっと?」
赤鬼「赤鬼だ、旅の途中で近くの街まで来ている」
人魚姫「おっけー、赤鬼ね。あたしは人魚の国の人魚姫!6人姉妹の末妹だよー、好きなよーに呼んでね赤鬼」
赤鬼「うむ、わかった。実はだな……」カクカクシカジカ
274:
・・・
・・
・
人魚姫「あいつ…!信っじらんない!!」バーンッ
赤鬼「お、おい人魚姫落ち着け!」
人魚姫「なんで赤鬼は怒んないの!?大怪我した姉ちゃんを助けて手当してあげたのに友達を眠らされたあげくあんたのこと騙して殺そうとしたんだよ!?あいつ!」イライラ
赤鬼「怒っていないと言えば嘘になるが、しかしここで憤ってもしかたないだろう。それにどうやら人魚は人間との間に因縁があるようだし…詳しく知らないオイラが口を挟むわけにもいかんだろう」
人魚姫「…まぁうん、人間とはちょっとねー…でもあたしはそんなに気にしてないけど、姉ちゃんはディーヴァだから特に人間嫌いなんだよねー」
赤鬼「ディーヴァ?…ああ、ところで事情は話したとおりだ。あそこで眠っている友達を目覚めさせたいんだが、何か方法はないのか?どれくらい眠ったら目覚めるとかないのか?」
人魚姫「あー……その金髪の女の子とイケメンのお兄さんか、姉ちゃんの歌声聞かされちゃったって言ってたっけ。だったらもう二度と目は覚めない、どんなおっきな音でも無理。姉ちゃんなら解けるけどそれは期待できないしー」
276:
赤鬼「二度と覚めないって…どうしても方法はないのか!?」
人魚姫「うー…方法がないわけじゃないけどさ。あれはちょっとなぁー……」ウーン
赤鬼「どうすりゃいいんだ!?薬が必要なのか?なんでもするぞオイラは、だからこいつらを助けてやってくれ」
人魚姫「…なんでも?」
人魚姫「なんでもっつったよ今!じゃあ助けたらなんでもお願い聞いてくれんの?」ワクワク
赤鬼「う、うむ!出来ることならなんだって聞いてやる」
人魚姫「じゃああの金髪の女の子に…よしっ!」
赤鬼「……?」
人魚姫「じゃあやっちゃいますか!あーっ、うんうん…喉の調子はそこそこって感じ?」アーアー
赤鬼「何をするつもりだ?まさかお前も歌でなんとかできるのか!?」
人魚姫「まぁそゆこと、あたし達人魚の王族は女だけ歌声に特別な能力が宿るの。姉ちゃんが人間を眠らせたようにね…私はちょっと特別だけどね…よし、じゃあいくよ」
人魚姫「今、あたしの歌を聴いた人間はみんな…『眠りから覚める』!いっくよー…ラーラーララーラララー♪」
277:
人魚姫「ラーラーララーラーラララー♪」
桃太郎「グゥ…………はっ!拙者は……」ガバッ
赤鬼「桃太郎!目が覚めたみたいだな、よかった!」ウオォォ
桃太郎「そうか…拙者はあの人魚の歌を聴いて眠りに落ちてしまったのだったな…そうだ、赤ずきんはどうした?あいつも人魚の歌を聴いていただろう」
赤ずきん「スゥスゥ……スゥスゥ……んっ……んん……」ムニャムニャ
桃太郎「どうやらまだ半分眠っているようだが……無事のようだな、赤ずきん起きるんだ。赤鬼殿が拙者達を助けてくれたのだ、さぁ目覚めよ」ユサユサ
赤鬼「おい、桃太郎…赤ずきんを無理に起こそうとすると」
赤ずきん「……わたしはもう……おきてる……zzz」ヒュッ
桃太郎「……っ!」ペチン
赤鬼「寝ぼけてるから平手打ちされるぞ、気をつけろ」
桃太郎「……次は早めに教えてくれると助かるのだが」ジンジン
人魚姫「あははっ!イケメンが平手打ちくらってるとかチョーうける!」ケラケラ
278:
人魚姫「ねっ、ねっ!あんたもう目ぇ覚めたっしょ?だったらさ、早く起きて欲しいんだけどー」オーイ
赤ずきん「んっ……ねえ赤鬼、あの人魚…だれ?」グシグシ
赤鬼「ああ、オイラ達が助けた人魚の妹らしい。末妹だって言っていたからな【人魚姫】の主人公だろう。あいつがお前達を助けてくれた」ボソッ
赤ずきん「ああ、そうなのね……運が悪かったのか良かったのかわからないけれど……」グシグシ
赤ずきん「初めまして、私は赤ずきん。あなたが目覚めさせてくれたんですってね、助かったわ」
桃太郎「うむ、かたじけない。拙者は桃太郎。よろしく頼む」スッ
人魚姫「おっけーおっけー!赤ずきんと桃太郎ね、あたしは人魚姫。よろしくね」ニヘラー
赤鬼「オイラからも改めて礼を言おう。友人を助けてくれてありがとうな人魚姫」
人魚姫「いやーいいって、結局は恩知らずな姉ちゃんが眠らせちゃったのが原因だしね。あっ、でも赤鬼!約束は守って貰うから!」
赤鬼「お、おう…お手柔らかにな」
赤ずきん「約束…?赤鬼、あなた何を約束したの?まさか、私たちを救うために無茶な要求を飲んだんじゃ…!」バッ
人魚姫「大丈夫だいじょーぶ!赤鬼が何かする訳じゃないし、っていうか実際にやるのはあんただよ?赤ずきん」ニヤニヤ
279:
赤ずきん「……私に何をさせるつもり?」ジリッ
人魚姫「そんな身構えなくたっていいって?、ちょっと私の夢の手伝いをして欲しいだけだからさ。今日はもう時間も遅いし続きはまた明日にしよっ!あたしももー眠いし」
赤ずきん「待って頂戴、あなたには他にも頼みがあるのよ」
人魚姫「じゃあそれも明日聞くよ、時間はたっぷりあるからさ!じゃあ明日の昼前にはここに来ててよ、そーだ…赤鬼、明日ここに来る前に買ってきて欲しい物があんだよね」
赤鬼「ん?おう、何を買ってくるんだ?」
・・・
桃太郎「何というか、姫にしては随分と奔放な娘だな。拙者の国の姫君と比較するのも違うのかも知れぬが……」
赤ずきん「そうね、でもきっと悪い人魚ではないでしょう。それに助けてもらったわけだから出来る限りの事はしなければね、ところで桃太郎はどうするの?すぐに戻りたいなら送るけれど…」
桃太郎「そうだな…折角の機会だ、犬猿キジ達に珍しい土産の一つでも用意したい。拙者を元の世界へ送り届けるのは明日にしてもらえるか?」
赤ずきん「そう、それなら明日にしましょう。あなたの世界ではお目に掛かれない物がたくさんあるからきっと彼等も喜ぶでしょうね」
桃太郎「そうだな、たまにはきび団子以外の菓子も食わせてやりたいものだ」ハハッ
280:
翌日
秘密の入り江付近
ギーコギーコ
桃太郎「街で買い物をしていたら昼を過ぎてしまったな……もう赤ずきん達は入り江に着いているだろう、急がねば」ギーコギーコ
桃太郎「しかし、拙者の国とは街の様相から人々の風貌まで何から何まで違っていたな……よい経験となった」
桃太郎「同じものは空の青さと海の広さ…そして店先で売られている菓子がなんとも旨そうに見えてしまうことだ。つい買いすぎてしまったな…街の童達にも分けてやるとしよう」フフッ
桃太郎「さて、入り江が見えてきたぞ……」
桃太郎「……ん?」
桃太郎「……赤鬼殿と人魚姫、と赤ずきん……のはずだが」
桃太郎「何をしているのだあいつら……」
281:
秘密の入り江
人魚姫「いーねいーね!やっぱり実際に着けてみないとアクセサリーの善し悪しなんかわかんないんだよ、赤ずきんチョーかわいいよー」ヘラヘラ
赤ずきん「……そういうのいいから早くして頂戴」
人魚姫「ふんふん、じゃあねー今度はそっちのピンクのフリフリの洋服と…そうだなぁ、あれなら…これかな、このネックレス合わせてみてよ」スッ
赤ずきん「……また着替えるの?もうどの洋服だって同じじゃないかしら、あなたは自分の作ったアクセサリーが人間にも似合うのかどうか見たいでしょう?」
人魚姫「わかってないなぁ赤ずきんは、違うっしょ?アクセサリーってのはそれだけ身につけるわけじゃないじゃん、人間はさ」ハァー
人魚姫「人魚と違って人間は服を着るっしょ?だからアクセサリーも毎日同じってわけにいかないじゃん、今日の服にはぴったりだけど明日の服にはイマイチってなるじゃん?」
人魚姫「だからさ、いろんな服との組み合わせをチェックしておきたいわけよ、アクセサリーを作るプロを目指すあたしとしてはね?」
赤ずきん「……わかったわ、これに着替えればいいのね?」
人魚姫「そうそう、あっそのまえにちょっと笑顔でクルッと回ってくれるといいなぁ、そしたら赤ずきんが欲しがってるあたしの鱗もバッチリキレイに取れそうなんだけどー」ニヤニヤ
赤ずきん「……随分と足元を見るじゃないの。こんなのはもうこれっきりよ」クルッ
人魚姫「うん、やっぱりあのブレスレットは何にでも合うなぁ……ほら、赤鬼もちゃんと可愛いって言ってあげなきゃ寂しいっしょ?」
赤鬼「いや、もう、オイラに振るのはやめてくれ人魚姫。めちゃくちゃ睨まれてるんだよ」
赤ずきん「言わなくてもあなたならわかってくれるわよね?」キッ
赤鬼「ああ、雪の女王にもキモオタ達にも言わんから安心しろ、それに気にするほど恥ずかしいことか?」
赤ずきん「浮かれてると思われるのが嫌なのよ…」
桃太郎「……何をしているのだお前達は」ザッ
赤鬼「おお!いいところに来た桃太郎!こっちでオイラと茶の支度でもしようじゃねぇか!何とも耐え難い空気だったんだよ」
282:
桃太郎「赤鬼殿、差し入れの菓子だ。皆でつまんでくれ。それで…何をやっているのだあの二人は」スッ
赤鬼「ああ、すまんな頂こう。あの二人はあれだ、人魚姫が…なんつったかな、アクセサリーだったか?首飾りや腕輪を作る職人になるのが夢らしくてな、自作のそれを試しに赤ずきんにいろいろと着けてもらって具合を見ているらしい」
桃太郎「なるほど、どこの国でもおなごがそういった物に興味を持つのは同じと言うことか…にしても意外だな、赤ずきんはどこか冷めているところがあるからこのような事は嫌がりそうなものだが」
赤鬼「まぁなぁ、乗り気ではないだろうがあいつも律儀だからな。助けてもらった恩があるってのと、必要な『人魚姫の鱗』の事もあるしな……それになによりも」
・・・
人魚姫「じゃあ今度はこの髪飾り頼める?でね、なんというかこう無邪気な感じでくクルッと回ってくれっといい感じなんだけどなー」
赤ずきん「無茶言わないで頂戴…ほら、こう?」クルッ
人魚姫「やっぱり海中と陸だと色の映え方が全然違うなぁ、これは調整の必要あり…って感じ。人間の服って肩や胸元が隠れる服が多いからネックレスはもっとシンプルに……」ブツブツ
283:
・・・
赤鬼「人魚姫の奴、ヘラヘラしてふざけてそうに見えるけど相当真剣にやってるんだよ。赤ずきんもそれをわかってるから協力してやってるんだろうな」
桃太郎「人魚姫にとってはそれが戦いなのだろう、戦いとは悪に立ち向かい断ち切ることのみにあらず。己の夢を追い、その道程にある障害を自ら乗り越え夢へと近づく…これもまた戦いなり」
赤鬼「違いない、まぁオイラ達はそれに協力するだけだ……っと茶を沸かそうにも薪がないな」
桃太郎「ならば拙者が拾い集めてこよう、奥の藪に入ればすぐであろう。一時、拙者の刀を見ていて貰えるか?このような場所に盗人など現れぬだろうが一応な」ガチャッ
赤鬼「そりゃあ構わんが……いいのか?大切なものだろう?」
桃太郎「だからこそお主になら任せられるのだ、この船縁に立てかけておくから時折見てくれ。ではしばし待っていてくれ…赤鬼」スッ
赤鬼「…おう、任せたぞ桃太郎!」
285:
人魚姫「じゃあちょーっと疲れただろうし、ひとやすみしよっかー」
赤ずきん「ええ、そうね……赤鬼、水を一杯貰えるかしら」フゥ
赤鬼「なんだ、休憩か?すまんがまだ湯が沸いていないんだ、茶はもう少し待ってくれ…ほら、水だ」スッ
赤ずきん「ありがとう。悪いわねお茶の準備を任せっきりで」
赤鬼「今日はシンデレラに教わった紅茶っていう奴に挑戦するつもりだ、いつも緑茶だと飽きるだろう?人魚姫もこっちに来るといい、海底に住んでるなら茶も菓子も珍しいだろ?」
人魚姫「あーっと、すごく興味あるんだけどね?お茶っていうの海中にはないしさ、でも陸には上がれないんだ。ほら、あたしにはあんたたちみたいな足がないんだよね。人魚だししょーがないけどさー」
赤鬼「ああ、そりゃあ気がつかなかったな。すまん…」
赤ずきん「でも船縁に腰掛けるくらいはできるんじゃない?船の近くで準備すれば一緒にお茶できるでしょう?」
赤鬼「そうだな!船が燃えない程度に近づけば問題ないもんな、よし移動するか」
人魚姫「いいの?サンキューね、赤ずきん、赤鬼!じゃあ船縁に座って待ってますかー……っと」
ゴトッ
人魚姫「これって……桃太郎の持ってた奴だよね、確か刀とかいう……」
人魚姫「いーこと思いついちゃったんだけど…!」ニヤニヤ
ゴソゴソ
286:
・・・
ガサガサ
桃太郎「薪に使えそうな木を拾い集めてきた、これだけあればいいか?」ドサッ
赤鬼「ああ、十分だ!ありがとな桃太郎。じゃあちょっと待ってろよー」ガチャガチャ
赤ずきん「赤鬼から聞いたわよ、お菓子まで差し入れてくれたのね。どう?お供の彼等にいいお土産は見つかったのかしら?」
桃太郎「うむ、旨そうな焼き菓子があったのでな、それにした。いつもきび団子か柿だからな」
赤ずきん「キチンと多めに買っておいたかしら?彼等のことだからまた喧嘩するわよ?」クスクス
桃太郎「抜かりはない、この間も犬と猿がどっちが何個多くきび団子食べた食べてないで大喧嘩してな…」
赤ずきん「相変わらずなのね、賑やかでいいじゃない」クスクス
桃太郎「まぁそうだがな…しかし、賑やかといえば人魚姫はどうした?えらく静かだが?」
赤ずきん「あら?さっきはそこの船縁にいたけれど?」
人魚姫「おー、帰ってきてたんだ!オツカレー、差し入れくれた桃太郎にお礼代わりにいいものプレゼントしてあげるよ、はい」ヘラヘラ
ガチャッ
桃太郎「……ん?これは……!」
287:
キラキラキラ
桃太郎「これ……なに?」プルプル
赤ずきん「桃太郎の刀じゃないかしら?随分とキラキラしているけれど」
桃太郎「いや、それはわかるよ!なんでこんなにキラキラしてんの!?」
人魚姫「桃太郎の刀ってなんかデザイン地味じゃん?だからあたしがデコってあげたよー、ちょうど道具も持ってきてたし。かなりキレイっしょー?あたしデコるのもチョー得意なんだよねー」ヘラヘラ
赤ずきん「確かに、細かい貝殻や綺麗な石が規則的に配置されているわね。これは手先が相当器用じゃないとできないわよ?」
桃太郎「そういうのは聞いてないんだよ!なんで!?なんでそんなことしちゃったの!?」
人魚姫「いつも持っているってのは、持ち主のセンスがでるっしょ?だから桃太郎の刀もかわいくデコってセンスを示せるようにしたってわけ、なかなかっしょ?」ヘラヘラ
桃太郎「拙者の刀が……帝よりその名を賜りし『名刀・鬼屠り』が…!」
キラキラキラ
赤ずきん「随分と大仰な名前ね…」
桃太郎「どうすんだよこれえぇぇ!!拙者もう帝にあわせる顔がないわ!帝になんて言うのこれ!?人魚の友人にデコられましたって言えばいいのか!」
人魚姫「自慢しちゃえばいいじゃん?うまくデコれてるっしょ?って言えばいいよ、なんなら桃太郎が自分でデコったって言っても良いけど?」
桃太郎「なんの気遣いだよそれ!なこと言ったら打ち首になるだろ!もおおぉぉぉ!!勘弁してよマジでええぇぇ!!」
312:
桃太郎「うぅ……拙者の『鬼屠り』が……侍の魂がキラッキラに……」ウワアァァ
人魚姫「ねぇ赤ずきん、桃太郎あんまり嬉しそうじゃないけどなんで?フツーあんなキレイにデコって貰えたら嬉しくない?」ヒソヒソ
赤ずきん「周囲の目を気にするタイプなのよ、こういう細工は彼の国であまり見かけないから」
人魚姫「なるほどねー、桃太郎は派手なの苦手なタイプかー…オッケー!じゃあその腰の巾着と服もデコってあげるよ、今度はシックな感じにしてあげっから安心しなよ、ほら貸して!」
桃太郎「いや渡さないよ!?きび団子の袋や羽織まで煌びやかにされたらもう拙者何者なんだよ!全身キラキラさせて犬猿キジつれて…道化師か!勘弁してくれよもおおぉぉ!」ウワアァァ
赤ずきん「落ち着きなさいな。私はその刀良いと思うわよ?美しい貝殻と無垢な宝石で彩られた、唯一無二の刀…。悪鬼征伐の英雄に相応しいと思うけれど」
桃太郎「……唯一無二って言えばそうだけど、本当か?本当に良いと思う?」
赤ずきん「ええ、素敵だと思うわよ。帝への申し開きなんて何とでもなるでしょう?あなたはあの世界の英雄なのだからもっと堂々としなさいな」
桃太郎「そりゃそうだけど…うん、ちゃんと説明すればお咎めもない…よな?!うん、なんか落ち着いてきたわ…取り乱してすまん、人魚姫」
人魚姫「いいっていいってー、次からデコる前にちゃんと確認するからー。あっ、じゃあきび団子?の巾着貸してよ、バッチリデコってあげっからさ!」ワクワク
桃太郎「い、いや…拙者は刀だけでいいや…。それより赤ずきんも武器持ってるからそれに細工を施してやってくれ、どうやら赤ずきんはその細工を気に入っt」
赤ずきん「いいえ、私は必要ないわ」ゴソゴソ
桃太郎「えっ……なんでお前マスケット隠して……」
赤ずきん「そろそろお茶の準備が出来た頃合いでしょう。赤鬼を手伝ってくるわね。人魚姫、悪いけれどデコレーションは桃太郎の持ち物に施してあげて頂戴」スタスタ
桃太郎「ちょっ…」
人魚姫「りょーかいー、じゃあその間に桃太郎の巾着デコるよ、ほら早く出して欲しいんですけどー」ワクワク
桃太郎「おいいぃぃ!拙者を囮にするとかずるいぞ赤ずきんお前ええぇぇ!!」ウワアアァァ
313:
・・・
赤鬼「おーい桃太郎、人魚姫!茶が入ったぞ、休憩にしようじゃないか」
桃太郎「うむ、頂戴するとしよう…」キラキラ
赤鬼「刀の件は赤ずきんから聞いてはいたが…思ったよりあれだな……すまん、オイラがちゃんと見てなかったせいだ」ペコッ
桃太郎「いや、お主が気にすることはない…拙者の刀は鬼ヶ島より凱旋を果たせし『鬼屠り』…眩き煌めきを放つなど造作もない事…」キラキラ
赤鬼「お、おう…そういう納得の仕方なのか……」
桃太郎「という事にしておけば体裁も保てるというもの……否、ということにでもしなければ拙者の胃がもたぬのでな」キリキリキリ
赤ずきん「もうあの国では英雄だというのに相変わらずなんだから…」ズズー
人魚姫「そんなことよりこの飲み物マジでいけるね、もう一杯ある?」
桃太郎「そんなこと!?」ガーン
赤鬼「おう、おかわりはたくさんあるぞ!…ところで人魚姫、赤ずきんにいろんな洋服や装飾品を試して貰ったみたいだが何か得るものはあったか?」カチャカチャ
人魚姫「んっ、まーねー…やっぱりあたしの作るアクセは人魚用だなってのはすごく感じたかなー…そのまんま人間が使うってのはむずかしいっぽいかもねー」モグモグ
314:
赤鬼「ほう、やっぱり違うか?オイラ達鬼と人間の違いと比べれば人魚と人間の方が似ているように思えるが、肌の造りとかな」
人魚姫「それは立場が違うからそう見えるだけっしょー?あたしには人間と鬼の方が近く見えるけど?だってさ、あたし達は水中で暮らすけど人間も鬼も陸で暮らしてる訳じゃん?」
赤ずきん「確かにそこは重大な違いね、なにしろあなた達には足がないわけだもの」
人魚姫「そうそう、その代わり水中では人間よりマジで早く長く泳げるけどねー…まぁそれはいいとして、姿が違えばアクセの扱いも変わって来るじゃん?なんだっけ、さっき教えて貰った足に着けるアクセ」
赤ずきん「アンクレットかしら?」
人魚姫「それそれ!人魚の国にはないアクセだし、そういう人間の世界だけのアクセも勉強しなきゃなって思ったかなー。逆に人間には尾鰭につけるアクセなんかも必要ないわけだしいろいろと覚えること多いっしょ?」
桃太郎「話に聴いてはいたが…人魚姫は装飾品の研究に随分と熱心なのだな…」
人魚姫「そりゃねー、アクセで生計立てるのは私の夢だかんねー」
赤鬼「オイラは装飾品なんざ詳しくねぇんだが…人間の事を都合に入れなくてもお前さんの作る細工は繊細で綺麗だと思うぞ?それとも装飾品ってのは人魚の世界じゃあ人気ないのか?」
人魚姫「ちょーっと赤鬼?それは失礼っしょー?あたしのアクセは立場隠して売ってもらってるんだけどさ、ぶっちゃけチョー人気あんだからね?」イラッ
赤鬼「ぬぅ、すまん…そういうつもりじゃなかったんだが」
人魚姫「まぁいいけどさー、ぶっちゃけ完全に手作りだから数作れないからレアなんだ、だから欲しがってる娘達に行き渡らないのがちょっと悪いなーって思うんだよね」
桃太郎「しかし、人魚達に人気があるのならばなおさら人間を相手にする必要などないのではないか?」
315:
人魚姫「んー……まぁそうなんだけど、これはあたしのもう一つの夢って言うか……えっと、あたしがさ、桃太郎の刀デコるのに使った貝殻あるでしょ?」
赤ずきん「ええ、綺麗よねあれ。あんな綺麗な貝殻見たこと無いもの」
人魚姫「あの貝殻はね、ほとんど陸に打ち上げられることがないんだよねー。海流とか?そーいういろんな関係で海底の特定の場所でしか採れない陸では超レアな貝殻なわけ。海底では特別レアってわけじゃないけど」
桃太郎「どおりで……拙者の国で見る貝殻よりも煌びやかな訳だ…希少なものならばそれも納得出来るというもの……」
人魚姫「逆にさー、宝石とかは海底ではレアかなー?だって難破船の貨物から拝借したりしなきゃなんないっしょ?」クスクス
赤ずきん「海底と陸では環境が違いすぎるものね」
人魚姫「そーいうこと、私は陸でしか採れない宝石や植物を使ったアクセも作ってみたいと思ってるわけ!海で採れる素材だけじゃ限界があるっしょ?」
赤鬼「なるほどな、そこで人間向けの装飾品を作って自分の腕を認めてもらいたい…という所か?」
人魚姫「そゆこと!私がキレイでカワイイアクセ作れるって解ってもらえたら、アクセが欲しい人間が宝石手に入れるの協力してくれるじゃん?それに人間に海底の貝殻を捕ることは難しいけどあたしだったら簡単なわけっしょ?」
赤ずきん「…陸に上がれない人魚と海底で自由が利かない人間が手を結んで両者が利益を得る。なるほどね、意外といろんな事考えているのね人魚姫」
人魚姫「それ、ちょっとバカにしてんでしょ?」イラッ
赤ずきん「あら、そんなことないわよ?」クスクス
316:
人魚姫「とにかくさぁ、私は人間に出来ないことが出来る。その逆も同じ、だったら協力するしかないっしょ?住んでるところが違うとか種族が違うとか関係ないじゃん、その方がぜったい楽しいっしょ!」
赤鬼「おぉ……!」
人魚姫「赤鬼?どーかした?」
赤鬼「うおおおぉ!そうだぞ、そのとおりだ人魚姫!!」ガバッ
人魚姫「うわっ、なんなの赤鬼、急に立ち上がったらびっくりするっしょ!」
赤鬼「種族間の壁なんざ取っ払うべきなんだよな!別種族に恐怖心や疑念を抱く必要なんてこれっぽっちもねぇんだ。同じ生物として仲良く暮らせないわけがねぇんだから!」
人魚姫「へぇー、赤鬼もあたしと同じ考えってわけねー。うんうん、そう思うっしょ?もっとお互いにさぁ歩み寄って生きていけばいいと思うのね」
赤鬼「その通りだ。これを夢物語だと言う奴が多いが…そんな事はねぇ!現に鬼のオイラだって人間である赤ずきんとも友達だ、キモオタや妖精のティンクだって協力して旅をしてる!」
人魚姫「うんうん、人間と人魚が仲良くするなんて今更無理だって大人の人魚は言うけどさ、そんなことないっしょ!だって今、私は人間の赤ずきんと桃太郎、それに鬼の赤鬼と一緒にお菓子食べてダベってるんだからさ」
赤鬼「おうよ、オイラ達はもう友達だ!だから別種族でも歩み寄れる!そうだろう?」
人魚姫「そうそう、赤鬼わかってんじゃーん!じゃあこの勢いで港の方に出てみるのもいいんじゃね?」ケラケラ
赤ずきん(彼もまた人間と鬼の共存を望んでる。人間と人魚が手を結ぶことを望む人魚姫とは共感できるものがあるんでしょうね…)
赤ずきん(だからこそ赤鬼は人魚姫の気持ちがわかるのでしょうけど……実際はそんなに容易い事じゃない)
317:
桃太郎「だが……人魚姫よ、言葉にして良いことなのか解らぬが……」
赤ずきん「……」
桃太郎「この世界の人間と人魚の間には確執があるのではなかったか……?」
赤鬼「うむ……そうだったな」
人魚姫「あー…うん、まぁ、そうだけどさー」
桃太郎「拙者は…お主が夢に向かう様もまた戦う者の立派な姿だと思う。人々に恐れられている鬼にも赤鬼のような善人が多いことも知っている、他種族同士が歩み寄ることにも賛成だ」
桃太郎「だが……この世界の人間は人魚に憎悪を持たれるほど嫌われている、拙者が口にするのもおかしな話だが……若いお主が一人で事を成すのは危険ではないのか?」
人魚姫「……」
赤ずきん「私も桃太郎と同意見ね」
赤鬼「おい、赤ずきん…!」
赤ずきん「もちろん、私は赤鬼の考えは正しいと思っている。だから彼の目標のためなら協力は惜しまないつもりよ。私自身もそれを望んでいる。けれど……」
赤ずきん「それでも、あなた達の夢は…あなた達に望んでいる共存は容易い事じゃない。現にあなたのお姉さんは私たちを殺そうとした。人間だからと言う理由でね」
人魚姫「それは…!マジで悪かったと思ってるけど、あたしは…!」
318:
赤鬼「おい、そりゃあ事実だが何もそれを今言わなくても…」
赤ずきん「ごめんなさい、私は決して責めている訳じゃあないの。ただ、考えてみましょう…お姉さんは何故人間だからって私たちを殺そうとしたのかしら?」
人魚姫「姉ちゃんは……人間を憎んでる。人魚の中でもその気持ちはきっと、強い」
桃太郎「……あの人魚は海を荒らされたり自分の仲間の人魚が被害を受け、人間へ恨みを持っていたのだろう。だからこそ人間全体を憎んでいた…」
赤ずきん「赤鬼が村人から鬼だからと言う理由で恐れられ避けられていたようにあの人魚もまた私たちが人間だったから憎かった、だから殺そうとした…」
赤ずきん「悪鬼の被害を受けた村人も、人間から被害を受けたであろう人魚姫のお姉さんも、加害者側の種族へ恐怖や憎悪を向けている。正直に言うと、その気持ちはわかる……」
赤鬼(そうか……こいつの家族や街の住人は……)
赤ずきん「……私は大切な人をみんな狼に喰い殺されて失っている。例え目の前に、人間に対して友好的な狼が現れたとしても……」
赤ずきん「私はきっとその狼を信用できない。もしかしたらマスケットを向けてしまうかもしれない……いいえ、きっと向けてしまうでしょうね」
人魚姫「……じゃあ赤ずきんは、種族が違えば歩み寄ることはできないって言いたいわけ?」
赤ずきん「いいえ、そうじゃない。ただ、あなたのお姉さんが人間を殺したいほど憎んでいるのは、人間から被害を受けたからでしょう?」
人魚姫「心当たりっていうか……原因は知ってる」
赤ずきん「だったら、あなたもその被害に遭うかもしれない。危険な目に遭うかもしれない。そう思うと私はあなたの友達として…一人で軽々しく動くのを止めなければいけない。あなたのためにも」
人魚姫「あー、うん…赤ずきんが言いたいことは…わかる」
赤ずきん「あなた達人魚とこの国の人間に確執を話してくれないかしら?確執の原因が分かれば、人魚と人間の仲を取り持つ手助けが…あなたの望みを叶える手助けが出来るかもしれないから」
人魚姫「……そこまで言ってくれてんなら教えない理由なんてないっしょ、それにあんたたちは姉ちゃんの被害に遭ってるし無関係じゃないしね」
人魚姫「…話すよ、人間と人魚の間になんで確執があるのかをさ」
319:
人魚姫「……昨日の夜、赤ずきんと桃太郎が姉ちゃんに眠らされたじゃん?」
赤鬼「ああ、そうだ。それでお前の姉の執事がオイラの所に来たんだ」
人魚姫「そうそう、姉ちゃんが赤鬼を騙して殺そうとしたとき、あの執事はなんて言って毒薬を渡してきたか…覚えてるっしょ?」
赤鬼「確か、不老不死の薬だと偽ってオイラに毒を飲ませようとしたんだったな」
赤ずきん「そんなことがあったのね……あなたが命を狙われただなんて私は聞いていないけれど……」キッ
赤鬼「余計な心配かけたくねぇからだ、隠してて悪かった。で……不老不死の薬だとあいつは偽ったんだったな、それがどうした?」
人魚姫「そっ、不老不死の薬。私たち人魚は人間達がそれを欲しがってるって事を知ってるんだよ、だから姉ちゃんもそれなら騙せると思ったんじゃね?」
赤鬼「不老不死……人魚の肉を口にすると得られるという噂は耳にするが……」
桃太郎「うむ、確かに拙者の国でも人魚の伝説は存在する……そして、それには必ず『人魚の肉を食べると不老不死になる』と…そのような文言が出てくる」
人魚姫「そゆこと、人間は人魚の肉を食べると不老不死になれるって信じちゃってるってわけ。そんなの根拠のないバッカバカしいデマだってのにさ」
赤ずきん「という事は、あなた達の仲間は……」
人魚姫「想像の通りって感じ?人間に捕らえられて殺されちゃったってわけ……もちろん人魚を食べたって不老不死になんかならないってのにさ」
320:
赤ずきん「あなた達人魚は、得られもしない不老不死のために人間達に捕らえられて殺されている……ということかしら?」
人魚姫「まっ、そういうこと。今では襲われる人魚はかなり減ったけどもっと昔はマジで酷かったらしいんだよね、一年間に数十の人魚が人間に殺されたんだって」
桃太郎「ふむ……不老不死に憧れるが故に虚ろな希望にすがってしまうのだろう。情けのないことだ」
人魚姫「他にも見せ物にされたりさ、声のキレイな人魚は歌を歌うためだけの奴隷にされたりって事もあったって聞くんだよね、マジで酷い話っしょ?」
赤ずきん「……」
人魚姫「人魚はさ、海では人間よりも早く泳げるけど捕らえられて船の上にでも叩きつけられたらほとんど自由なんか効かないんだよね、殺されたのもほとんどが若い女の人魚だったって聞くしさ」
赤鬼「むむっ、女子供を狙うとは許せんな…!」
赤ずきん「あなた達鬼の種族も似たような被害にあっていたわね。以前、青鬼に聞いたわ」
赤鬼「ああ、鬼の場合は角だったな……角が万能薬になると言うデマが流行ったことが過去にあってな、あの時も狙われたのは女子供だった」
桃太郎「同じ人間として恥ずべき事だ…そして許せぬ、真に征伐が必要なのはそういった悪意を持つ人間であろう」
赤ずきん「同感ね……」
人魚姫「二人ともさ、あんま気にしないでよ。だってあんたたちは良い人間じゃん?被害を受けているのは人魚なのにそうやっ怒ってくれるんだからさ。悪いのは人間っていう種族じゃなくてさ、その中の一部っしょ」
桃太郎「その通りではあるのだが……我々人間が外道な振る舞いをしたことは事実。すまぬ……」
321:
人魚姫「でも、他の人魚が私と同じふうに考えてる訳じゃないんだよねー」
赤鬼「人魚を殺す人間がいる……だから人間という種族は全て悪だと決めつけている奴が多いという事だな」
人魚姫「そうそう、あたしの姉ちゃんみたいにね……それにそういう考えを持った人魚の方がずっと多いんだよねー、私みたいな人間にも良い人はいるって考えはチョー少数派」
桃太郎「しかし、一部の悪人の所行とはいえ人間が人魚にした仕打ちを考えれば確執が生まれるのもやむを得ぬ事なのやもしれぬな……」
人魚姫「……これが人魚が人間を憎んでいる理由、他にも海を汚されたとか海の仲間が酷い目にあったとか理由はあるけどさ、一番の理由はこれっしょ」
赤鬼「オイラ達鬼と人間の関係に似ている部分が多いな……これは容易く解決できる問題ではないかもしれん」
赤ずきん「……でも、なんだか……」ボソッ
赤鬼「……赤ずきん?」
赤ずきん「いいえ、なんでもないわ……ところであなたのお姉さんが昨日私と桃太郎を眠らせた歌声…あれはなんなの?」
人魚姫「ああ、あれは姉ちゃんの能力。姉ちゃんは眠りに誘う歌声を持つディーヴァだからさ」
赤鬼「昨日も言ってたがそのディーヴァってはいったい何なんだ?」
人魚姫「美しい歌声で海の平和と人魚の安全を守る正義の歌姫って感じ?でもそんなにはただの表向きの姿なんだよね」
赤ずきん「表向きって…どういうことなの?」
人魚姫「それは表面上の建前ってこと、確かに人魚も海の仲間も守ってる……でもディーヴァは歌姫なんかじゃない」
人魚姫「人間を殺すための兵器なんだよ」
322:
赤ずきん「人間を殺すための兵器……?」
人魚姫「人魚の国の王族は女にだけ特別な力が宿る…って赤鬼には話したっしょ?」
赤鬼「ああ、歌声に特別な力が宿るんだったな?」
人魚姫「そうそう、王族の女の人魚…今は国王の娘だけ、つまりあたしを入れて6人いる人魚の姉妹だけってこと」
人魚姫「あたしたち姉妹はそれぞれが特別な歌声を持ってんの。どれも他の姉妹とは違うけど、人間に影響を与える歌声って所は共通してんのね」
人魚姫「赤ずきん達を眠らせた一番上の姉ちゃんは歌声を聞いた『人間を眠らせる』。一度眠ると姉ちゃん以外には起こすことが出来ない…まぁあたしは別としてね?」
人魚姫「二番目の姉ちゃんも他の姉ちゃんもみんな特別な歌声を持ってるんだよね、魅了させたり幻を見せたり体を麻痺させたり視力を奪ったり…海の上でそんなことされたらどうなるか、考えなくてもわかるっしょ?」
赤ずきん「まぁ、想像するのは容易いわね……」
人魚姫「その特別な歌声を使って海を守る役目を人魚の国ではディーヴァって呼ぶんだよ、姉ちゃん達はディーヴァとしていろんな海域へ向かってんの。このあたりの海域は一番上の姉ちゃんの担当って事かな」
桃太郎「ちょ、ちょっと待ってくれ……海を守るとは言うがディーヴァってのは意図的に人間を殺しているというのか…!?」
人魚姫「そうだよ、だから兵器だっていったっしょ?姉ちゃん達は人間を殺すためにあちこちの海で歌ってる。こうやって話してる今もきっとどこかの海でどれかの姉ちゃんは船を沈めてる」
赤鬼「……っ!」
人魚姫「さっきも言ったじゃん?ディーヴァは人間を殺すための兵器。姉ちゃん達に人間殺しを命じたあたし達の父親……人魚の王は仲間の命を奪った人間を決して許さない」
323:
人魚姫「人間が人魚を殺すなら、その前に人間を殺す…海に平和を守るために。そーいう理由で姉ちゃん達はディーヴァを命じられて、それに従ってんの」
赤鬼「それじゃあオイラ達鬼の時と一緒じゃねぇか…復讐のために無関係な人間を襲えば、人間は人魚を憎むようになる!その繰り返しだ、そうなっちまったらもう簡単には止められないんだぞ!」
人魚姫「そんなこと……あたしにだってわかるんだけど?けどあの人たちはそれが解ってないんだよ。それか、解ってるけどもう後に引けなくなっちゃってるのかもしんないけど」
桃太郎「しかし、このままでは状況は悪化する一方……何かしらの手を打つ必要がある。早々に」
人魚姫「だけどさ、だったらどうすりゃいいの?末娘のあたしがあの人に意見して通ると思うの?無理に決まってんじゃん」
人魚姫「だってもう人魚は…ディーヴァは無差別に人間を殺してる。もう、人魚はただの被害者じゃないんだからさ」
赤ずきん「なるほどね……人魚は人間に仲間を殺された。その復讐のために国王は人間を殺すディーヴァという役割を設け、あなたのお姉さんがそれを担っている。ということね?」
人魚姫「……そゆこと、なんであんな事してんのかあたしには理解できない。復讐なんかしたって、殺された人魚は帰ってこないのにさ」
324:
赤ずきん「……けれど、あなたも王の娘ならディーヴァになるように命じられているんじゃないの?」
人魚姫「命じられているどころじゃないんだよね。人魚は15歳になると一人で海上に出ることが許されるからさ、たぶん15歳になったらすぐにでもディーヴァやらされると思うんだよね」
桃太郎「そのようなしきたりがあるのだな…いや待て、お主まだ15歳ではないのに海上に上がっているではないか……?」
人魚姫「あはは、それはほらバレなきゃいいわけだし誕生日明日だし問題ないっしょ!」
赤鬼「明日だと!?明日にはディーヴァにされるかもしれないのか!?」
赤ずきん「あなた、随分と余裕なのね……」
人魚姫「まぁ元々家を出るつもりでいたからね、これから一度王宮に荷物を取りに行ったらもう帰らないつもりってわけ。まぁさ、なんにしても」
人魚姫「あたしは絶対にいいなりになるのは嫌……でもあの人からしたらあたしの歌声の利用価値は他の姉ちゃんの比じゃないんだよ」
桃太郎「眠りから覚めさせる歌声……か?」
人魚姫「それは応用しただけじゃん、あたしの歌声は思うように『人間を操れる』歌声。あたしが目覚めろと命令したら目覚めるし、眠れと命令したら眠る」
人魚姫「あたしが死ねって命令して歌えば、人間はそれに逆らえない。あたしの歌を聴いちゃったらね」
325:
赤鬼「うむ、なんとも恐ろしい能力だな…」
人魚姫「でも安心していいって、歌声の効果があるのは人間だけだしあたしは人間を殺すためには絶対に歌わないからさ」
桃太郎「しかし、娘を危険な目に遭わせてまで復讐を遂げたいと思うものなのだろうか…?」
人魚姫「娘と思ってないんだって、あの人は。父親はあたしのことも姉ちゃん達みたいに兵器としてしか見てないんだよ、憎い人間を自在に操れる便利な兵器ってね」
人魚姫「でもあたしはディーヴァにはならない。絶対にね」
赤ずきん「……それで、なにか考えはあるの?家を出てもどうやって生活していくつもり?」
人魚姫「だからほら…とりあえず家を出たらさ、アクセで生計立てるんだって」
赤ずきん「そうは言っても陸に上がれないのだから海中で売るしか無いけれど…それだと居場所がすぐに知られてしまうわよ?」
人魚姫「あーっ、そっか。でもちょっとだったら蓄えもあるしいけるっしょ!」
桃太郎「しかし、その通貨は人魚の国の物なのだろう?商店に出入りしていてはいずれ見つかるのではないのか?娘が戻らなければ王も捜索するであろう?」
人魚姫「……」
人魚姫「あれっ……もしかして、あたしヤバいんじゃね……?」
赤ずきん「結局、具体案は無いわけね……」
人魚姫「とりあえず、浅瀬にはあまり人魚は寄らないから…しばらくはなんとかなるけどさ……どうにかしなきゃヤバいよマジで……」
326:
赤鬼「まぁ、今後どうするかは一緒に考えてやるとして…明日はお前の誕生日なんだろう?まずはその祝いをやらねぇとな!」
人魚姫「えっ…マジで!?あたしの誕生日祝ってくれんの?」ワクワク
赤鬼「おう!オイラとしては若い娘が家を出るってのは反対だが…事情が事情だ、明日はうまいものでも食って祝おう。それからのことはじっくり考えればいい、そうだろ赤ずきん!」
赤ずきん「ええ、もちろん……協力はするけれど……」
赤ずきん「……赤鬼、あなた忘れていないわよね?明日が人魚姫の誕生日だということがどういうことか」ボソボソ
赤鬼「ああ、明日…王子を助けた人魚姫は声を失う…その先どうなるかも忘れちゃいねぇ。大丈夫だ、でもいいだろう?誕生日に旨いもんを食うくらい悪いことじゃねぇ」ボソボソ
赤ずきん「…それならいいけれど。あまり楽しい思い出を作りすぎると私もあなたも人魚姫も……」ボソボソ
赤ずきん「……いいえ、何でもないわ」ボソボソ
赤ずきん「折角ですもの、私は甘いお菓子でも見繕ってくるわね」フフッ
桃太郎「うむ……是非共に祝いたいところだが拙者はそろそろ国に戻らねばならぬからな…すまぬが祝いは二人に存分にしてもらってくれ、人魚姫よ」
人魚姫「桃太郎これないのは残念だけどさ、今年は誕生日祝って貰えるなんて思ってなかったからチョーテンションあがるんですけど!」
赤鬼「がっはっは!じゃあ明日は楽しみだな!今日と同じ時間にまたくるから忘れないようにしてくれよ、人魚姫」
赤ずきん「それと家を出ていくならくれぐれも気をつけなさいね、怪我なんかしたら大変よ」
人魚姫「オッケーオッケー!チョー楽しみ…!じゃああたし遅くならないうちに荷物まとめなきゃだから帰るね、また明日ね赤ずきん!赤鬼!桃太郎もまたね!」ヘラヘラ
赤ずきん「ええ、また明日」
赤鬼「おう、じゃあな人魚姫!」
桃太郎「うむ、またいずれ会おうぞ…!」
・・・
327:
海底 珊瑚の王宮 王座の間
スゥ
髪の美しい人魚「失礼いたします、お父様」
人魚王「……随分と遅かったな、私の呼びつけには最優先で応じよ」
髪の美しい人魚「はい、承知しました。お待たせして申し訳ありません」
人魚王「明日はアレが齢15となる日、ディーヴァとしての指導は済ませてあるのだろうな?」
髪の美しい人魚「はい、済ませてあります。少々反抗的ではありますが……」
人魚王「反抗的……だと?」ギロッ
髪の美しい人魚「はい、改めさせるよう言いつけてはいるのですが……未だにアクセサリー制作などという趣味を捨てられないようで……」ヒュッ
ガゴッ
髪の美しい人魚「きゃっ……お、お父様何を……」ゲホゲホ
人魚王「アレの反抗的な態度を改めさせ、ディーヴァとして使えるようにするのが貴様の役目であろう」ギロリ
髪の美しい人魚「も、申し訳ありません…お父様…」
人魚王「指導者としても三流、兵器としても妹に劣るなど…貴様に存在意義があるのか疑わしい、そう思わないか?」
髪の美しい人魚「い、いえ…私はまだディーヴァとして戦えます、ですから…」
人魚王「私を失望させるな。明日は陸の王国の王子が参加する船上パーティが行われると情報が入っている。わかっているな?失敗は許さぬ」
髪の美しい人魚「はい、必ずやお父様の期待に応えてご覧に入れます……」
人魚王「当然だ。貴様は私の命令に従い、人魚の国を平和に導けばいい。ただそれだけだ、わかっているな?」
髪の美しい人魚「はい、ディーヴァは海の平和のために歌うもの…無様な失敗は致しません」
341:
海底 珊瑚の王宮
執事魚「姫様…!またそのような痛々しいアザを…!すぐに手当を致します!」
髪の美しい人魚「いいえ結構、喉は無事ですから。私はディーヴァです、歌うことが出来れば腕の傷など……それよりも明日の仕事の準備を……くっ!」ズキッ
執事魚「無理をなさらないでください!腕もまともに動かせていないじゃないですか!」
髪の美しい人魚「……これは不甲斐ない私への罰です。お父様の期待を裏切った罰……」
執事魚「国王様は何事も私情を挟まず国家のために邁進する立派なお方…とはいえ娘である姫様をここまで強くぶつ必要は無いでしょうに……」
髪の美しい人魚「この程度の痛み、国民の多くを失ったお父様の痛みと比べれば……人魚全体の苦しみと比べれば……些末なものです」
執事魚「とは言いましても痛いものは痛いですよ…」
ペタペタ
執事魚「…はい、治療は済みました。疼くようでしたら鎮痛剤をお飲みくださいね」スッ
髪の美しい人魚「……一つ聞かせて欲しいの、国王に従属するものとしてでなく……私の執事として」
執事魚「はい、なんでしょう…?」
髪の美しい人魚「……私は存在価値が無い人魚なのでしょうか?」ボソッ
342:
執事魚「姫様……お気を確かに。国王様は姫様の為を思うがこそ厳しく接しておられるのです。厳しいお言葉も姫様を思えばこそなのです」
髪の美しい人魚「それは……理解しています。ですが私は本当にディーヴァとして海の平和を守れているのでしょうか…?」
髪の美しい人魚「お父様のなさることは全て正しい。私も全力で国の為に尽力してきたつもりです…しかしふと、自信を失ってしまって…」
執事魚「お気持ちはわかります、でも大丈夫です!自信持ってください。姫様のおかげで我々海の仲間は平和に暮らせているんです」
執事魚「もしもお疑いでしたら外の景色をご覧ください、海底に広がるこの豊かな自然と、平和に暮らす人魚の民や我々魚類達の姿を!」
髪の美しい人魚「そうですね……私たちの住むこの世界はいつも美しい。大勢の人魚が笑顔で行き交い、この雄大な海に生きる全ての生き物達と争うことなく暮らしているのですね」
執事魚「そうですとも!こんな光景陸じゃ見れませんよ、愚かな人間は他の動物を食べるために殺しているっていうんですから、信じられませんよ」
髪の美しい人魚「あまりに野蛮……そのような蛮行がまかり通っているから海を荒らし、人魚を殺すのですね…!」
執事魚「ええ、まったく理解できません……」
髪の美しい人魚「どこまでも野蛮で残酷な種族…!私の友人達も、そして大勢の人魚もあの卑劣な人間共に殺された…!」
343:
執事魚「あの種族だけは絶対に許せませんよね…!この王国も十年ほど前までは人間に多くの人魚が殺され、海が荒らされていましたからね…しかし今では被害は見違えるほどに減少しました!」
執事魚「それは姫様の歌声のおかげです!貴方様がこの海域に立ち入る愚かな人間を駆逐してくださるおかげでどれだけの海の仲間が…そして人魚が救われているか!」
髪の美しい人魚「本当に……私の歌声は、大勢の人魚を救えているでしょうか?」
執事魚「もちろんです!」
髪の美しい人魚「ありがとう……情けない姿を見せてしまいましたね、もう大丈夫です」
執事魚「いいえ、情けないだなんて…姫様は海を守る正義の歌姫!どうか胸を張ってください!」
髪の美しい人魚「ええ、ありがとう」ニコッ
髪の美しい人魚「……それと、お行儀が悪いですよ?立ち聞きなんかせず出てきなさい人魚姫」
人魚姫「……」スッ
執事魚「に、人魚姫様!?いつからそこに…!?」
髪の美しい人魚「ほんの少し前、人間共がいかに野蛮か話していた頃からでしょう。そんな風にこそこそとしてやましいことでもあるの?」
人魚姫「やましいことなんか無いんですけど?……っていうかマジで意味わかんない」イライラ
344:
髪の美しい人魚「……何の事を言っているのかしら?」
人魚姫「姉ちゃんの事を言ってんの!その腕……またアイツに殴られたっしょ!?アイツ、マジ許せない…!」
髪の美しい人魚「人魚姫!お父様のことをアイツなどと…!訂正しなさい、失礼ですよ!」
人魚姫「アイツの言いなりになったりしてどうかしてんだよ姉ちゃんは!アイツはあたし達の事を道具だとしか思ってない!歌声で人間を殺す兵器!だから姉ちゃんの事だって平気で殴ったりできんだよ!」
髪の美しい人魚「お父様は誰よりも私達人魚のことを考えておいでです!それだというのにそんな失礼な物言いを…!お父様に申し訳ないと思わないの!?」
人魚姫「思わないね、だってあたしは間違ってないじゃん!あの人がおかしいんだよ!」
髪の美しい人魚「人魚姫……あなたはお父様を誤解してます。きっと、ディーヴァへの理解が浅いからそのような考えに至るのでしょうね」
人魚姫「誤解?違うじゃん!ディーヴァこそアイツの言いなりで動く兵器じゃん!」
髪の美しい人魚「いいえ、ディーヴァは正義の歌姫…海の平和と人魚の平穏を守る者。そして野蛮な人間を征伐する役割を担う誇り高い役目」
髪の美しい人魚「そしてもう人間に襲われる人魚が現れないよう、先手を打ち人間を駆逐する平和の要といえる役目」
髪の美しい人魚「その要が醜態を晒せば人間の思うがままにされてしまう……ディーヴァのミスが大きな嘆きと悲しみを生み出す。不手際があれば相応の罰則があって然るべきです」
345:
人魚姫「だからそもそもそれがおかしいって言ってんの!人間にだって良い人いるじゃん!だから他の方法をさ」
髪の美しい人魚「あなたはまだ若いからそんな夢物語を恥ずかしげもなく口にするけれど……一体、どれくらいの人魚がそれに賛同すると思う?」
髪の美しい人魚「殺された人魚には家族がいる、友達がいる、志を同じくする仲間がいる…残された人魚はその悲しみを背負って生きていくのです、憎しみと一緒にね。人間を許せる人魚なんて貴方を含めても片手の指で足りるわよ?」
人魚姫「だから…人魚を殺した人間は一部の悪い人間で…!」
髪の美しい人魚「それはあなたの希望でしょう。仮にそうだとしても…人間にとっては殺す人魚は誰でも構わなかった。ならば私達も自衛の為に人間を殺すとなったとき、その人間が善人だとか悪人だとか考慮する必要はないでしょう」
髪の美しい人魚「先に無差別な殺戮を始めたのは人間。そんな輩に同情するなんて、あなたの方こそどうかしているわよ?」
人魚姫「同情じゃない!私は人魚と人間が共存する方法が…」
髪の美しい人魚「そんな事を口にするのはやめてちょうだい。あなたの友人の何人かは人間にさらわれたのでしょう、そんな輩と共存?」
人魚姫「だって赤z……人間だって、他の種族だってそれを望んで…」
髪の美しい人魚「はぁ…あなたももう15歳でしょう?いつまでも夢のようなことを言っていてはダメなの、貴方は明日の誕生日で栄えあるディーヴァになるの、そんなことじゃあ困るのよ」
人魚姫「…もういい!!姉ちゃんはきっといつか後悔するんだから……!!」ザバザバ
執事魚「あ、人魚姫様…!すぐに追いかけましょう、あんな状態の人魚姫様を国王様に見つかってはまた姫様に責任が……!」
髪の美しい人魚「……困った妹。いいわ、今日だけは好きにさせてあげましょうこの海の支配者はお父様ですもの、どれだけ反抗しても決して逃げ切ることは出来ない。行くあてだってないんだもの、じきに戻ってくるでしょう」
髪の美しい人魚「それに先に手を出したのは人間共、私達の殺戮にはあいつらのそれとは違い正義がある。私達人魚の行動は間違っていない」
髪の美しい人魚「あの子はそれがわからない……誰よりもその正義を執行する歌声を持っているのに……それなのにお父様に反抗して……」
髪の美しい人魚「お父様のなさることに間違いはない、私達姉妹はお父様の言うとおりにしていればいい…どうしてそれがわからないのかしら……」
346:
翌日 人魚姫の誕生日
港町の菓子店
カランカラーン
赤ずきん「宿の主人が教えてくれたのはここね……」
赤鬼「おぉ、店中に甘い匂いが…どれもうまそうだ。やっぱりオイラの国の菓子とは全然違うなぁ、なんかこう華やかって感じだよな」
赤ずきん「あら、あなたの国の甘味も私は好きよ。ぜんざいだったかしら?あれは気に入ってるのよ」
赤鬼「おぉ、ぜんざいとは渋いな……」
店のおっさん「はいはい、いらっしゃーい、何をお探しで?」パタパタ
赤ずきん「友達の誕生日のお祝いにフルーツのタルトが欲しいの。オススメはあるかしら?」
店のおっさん「そうだなぁ、それならリンゴのタルトだな!今年は甘くていいリンゴが採れてるんだ、ちょっと地味だが味は保証するぞ」
赤鬼「ならそれを貰おう。あぁ、すまんが適当な大きさに切っておいて貰えるだろうか?あと支払いだが…いくらだ?」
店のおっさん「あいよ!えっと、じゃあリンゴのタルトひとつで……」カチャカチャ
赤ずきん「……」キョロキョロ
店のおばさん「あいよ、お嬢ちゃん。切っておいたからね、落とさないようにするんだよ」ニコッ
赤ずきん「ええ、ありがとう。…ところで少し聞きたいのだけど、構わないかしら?」
店のおばさん「ん?こんなおばちゃんでよけりゃあ何でも聞いとくれ」
赤ずきん「それなら聞かせて頂戴。あなた、人魚って知っているかしら?」
347:
赤鬼「……どうした、赤ずきん?そんな事聞いて」
赤ずきん「…おばさんの知っている人魚のことで良いから教えて欲しいの」
店のおばさん「人魚ってあれだろう?下半身が魚で海に住むっていう……昔話に出てくるやつかい?」
店のおっさん「そういやぁガキの頃、おふくろの話す昔話によく出てたっけなー懐かしいなぁ、お嬢ちゃん昔話が好きなのかい?」
赤ずきん「…そうじゃないの、実際の人魚の話よ」
店のおばさん「実際って……」
赤ずきん「…姿とか、噂とか……なんでもいいのよ」
グイッ
店のおばさん「……お客さん、本当は人魚なんか居ないって言って良いのかい?お嬢ちゃんの夢を壊さないかい?」ヒソヒソ
赤鬼「…ん?本当は居ない…?」
店のおばさん「だってそうだろう、あんなのはただの伝説で作り話だ。実際には人魚なんか居ないんだから…でもお嬢ちゃんが信じてるなら夢を壊しちゃあかわいそうだろう」ヒソヒソ
348:
赤ずきん「……どうなの?」
店のおっさん「あのなぁお嬢ちゃん、実はなぁ…あのおばさんは昔人魚だったんだ!」ババーン
赤ずきん「……」
店のおっさん「もう二十年以上は前かねぇ…俺達がまだ若かった頃、そりゃあもうアイツはこの街でも有名な美人でなぁ……波打ち際のマーメイドなんて言われてたんだぞー?」
赤ずきん「悪いけれど、そういうのが聞きたい訳じゃないのよ」
店のおっさん「それがもう今じゃアレよ、砂浜に打ち上げられたウミウシだよ。お嬢ちゃんはあんな風になるんじゃ…あいたたたたっ!」ギュー
店のおばさん「あんたはまた余計なこと言って!誰がトドだって!?」ギリギリギリ
店のおっさん「言ってねぇ!そこまで言ってねぇってのに!」
ギャーギャー
赤鬼「おい、こりゃあ一体…?」
赤ずきん「どうやら、最初に確認したとおり、この世界の人間にとって人魚はあくまで伝説……実在しない種族という認識のようね……」
349:
海上 船の上
ギーコギーコ
赤ずきん「赤鬼、思い出して頂戴。私達がこの街で最初に話した旅人は人魚なんかいないと言っていたでしょう?」
赤鬼「おう、言っていたな。だがそもそも『人魚姫』のおとぎ話じゃあ人魚は人間に姿を見せられないんだ。だったら人間が人魚の存在を知らなくて当然……と、気にもとめなかったが」ギーコギーコ
赤ずきん「ええ、だから私もそのときは気にとめていなかったのだけど…」
赤鬼「だが人魚姫の話だと『不老不死を求める人間の手によって人魚が殺されている』という事だった……それだとおかしいよな」
赤ずきん「そうね、人魚側は仲間を襲う人間に憎しみを持っているけれど……人間は人魚の存在を信じてすら居ない。明らかに矛盾するわね」
赤鬼「人魚姫が嘘をついているようには見えんし、あの夫婦も隠し事をしているようには見えなかったからなぁ。最初にあった旅人もだ」
赤ずきん「あの菓子屋の夫婦、二十年以上昔からここに住んで居るみたいに言っていたけれど、その頃はまだここが港町として栄えていた頃……」
赤鬼「そうだな、大きな港町で流通するには物品だけじゃねぇ、情報だって行き交う。もしも人魚の肉で不老不死になれるなんて情報があれば…ましてや何十人もさらわれるなんて規模で人魚の捕獲が行われていたなら……」
赤ずきん「必ず、噂になっているはず。けれど噂どころか、人魚の存在すら認知していない。それを踏まえて考えれば、いくつかに可能性が考えられるけれど…」
赤鬼「悪い奴が内密に人魚を捕獲していたとかか?」
350:
赤ずきん「そうね…人魚の存在を認知しているわずかな人間が存在していて、極秘で人魚を捕らえていた……というのは少し考えにくいわね」
赤鬼「それもそうだな……悪人が捕らえた人魚を売りさばけば必ず噂になる、例え貴族や王族相手に商売したとしてもさすがに全く情報を止めるなんて出来ねぇだろうしな」
赤ずきん「たとえば王族が極秘で捕獲していた……うーん、それだと一過性じゃなくて長い間人魚が捕らえられ続けている理由が説明できないわね。実際は不老不死にならないのだから、それが解ればもう人魚を捕まえる必要がないわけだものね」
赤鬼「どうにも難しいな……」
赤ずきん「あるいは……そもそも人間は人魚を捕らえていない。ただの誤解という可能性かしら?なんらかの事故を人間の仕業だと思いこんでいるとかね」
赤鬼「もしも、誤解だとしたら……悲惨だぞ」
赤ずきん「そうね……ただの誤解で憎しみ続けていたとしたらね。けれど、仮に誤解だとしてもこれも長い期間に渡って人魚が消えている理由が説明できないのよ…」
赤鬼「どちらにしても人魚姫にはまだ言わない方が良さそうだな」
赤ずきん「ええ、まだ黙っておきましょう。ただ、基本的に人間は人魚を認知していないというのは確実ね」
赤鬼「……なんつぅか、一筋縄じゃいかないもんが絡んでる気がするんだよな……」
赤ずきん「同感ね……厄介なことにならなければいいけれど」
ギーコギーコ
351:
秘密の入り江
ズズッ
赤鬼「よし、舟はこれでよし。あとは火を焚いて湯を沸かして……薪は昨日桃太郎が集めてくれた奴がまだ使えるな」
赤ずきん「私も手伝うわね。それにしても人魚姫はまだ来ていないのかしら」
赤鬼「オイラ達も少し遅れちまったから人のこと言えないがな」ガハハ
ザバー
人魚姫「っていうかもう居るし!赤鬼も赤ずきんもチョー遅いんですけど!」
赤鬼「うおっ、驚いたな。海中に隠れていたのか?」
人魚姫「隠れてたんじゃなくてさ、待ってる間に貝殻集めしてた感じ?待ちすぎてこんなにたくさん採れたんですけどー?」ドッサリ
赤ずきん「遅くなったのは悪かったわ、けれど大目に見て頂戴。約束通り、甘いお菓子を用意してきたんだもの」フフッ
赤鬼「茶の支度もじきに出来る、船縁で待ってるといい」
人魚姫「おー、人間の世界のお菓子かぁ…!赤ずきんが準備してくれたんだし、食べるっきゃないっしょ!」ワクワク
352:
赤ずきん「はい、リンゴのタルトよ。人魚姫、誕生日おめでとう」ニコッ
人魚姫「うんうん、あんがとね!で…リンゴ?なにそれ?タルトも初めて聞いたし」
赤ずきん「赤い果実ね、甘くて少しだけ酸っぱいの。それをバターや砂糖…小麦粉なんかを混ぜた物に乗せて焼いた物よ」
人魚姫「ふーん?よくわかんないけど美味しいことはわかったからいいや。っていうかチョーいけるねコレ」モグモグ
赤ずきん「……まぁ、気に入ったなら良かったわ。それと桃太郎からプレゼントを預かっているのよ」ゴソゴソ
人魚姫「プレゼント?桃太郎来れないって言ってたのに気が利くじゃーん!」ウキウキ
赤ずきん「はい、彼の住む日ノ本で使われているアクセサリーらしいわよ」スッ
人魚姫「へー、見たこと無いアクセじゃん。細長いけど、何の素材だろうこれ…木でも鉱石でもないっぽいけど……ねぇ、これなんて言う物なの?どうやって使うの?」ジッ
赤鬼「ガハハッ、人魚姫は装飾品のこととなると目つきが変わるなぁ…そいつはかんざしだ、オイラ達の国では人間の女が髪をまとめるのに使うんだ」
人魚姫「へぇー、かんざし…そういうアクセがあんだねー。なんか武器にもなりそうじゃん、刺さりそうだよねこれ」ヘラヘラ
赤鬼「おいおい、きっと上等な代物だぞ。大切にしてやってくれ」
人魚姫「そうなの?なんか気使わせちゃった?」
赤ずきん「そんなこと無いでしょう。『心ばかりの祝いの品だが、お主の夢が叶うことを願っている』って言っていたわよ、桃太郎」
赤鬼「贈り物にさり気ない激励の言葉を添えるとは、なかなかに男前だな桃太郎は」
赤ずきん「良い意味でも悪い意味でも周囲を気にしている彼だから、そういう気遣いは得意なのかもしれないわね」
人魚姫「ってか、男前ってどういう意味?」
赤鬼「若い奴は馴染みがない言葉なのか?まぁ、簡単に言うといい男って事だな」
人魚姫「なるほどね、じゃあイケメンのことじゃん!あっ、イケメンといえばさここに来る途中でマジでイケメンな人間見たよ」
353:
赤ずきん「それって……もしかして立派な船に乗っていたかしら?」
人魚姫「そうそう!船もチョー豪華なやつでさ、あれきっと陸の上の王子か何かだと思うんだよねー。でさ、ちょっと見てたんだけどもうあたしのタイプでさー、桃太郎よりずっとイケメンでさー!まぁ桃太郎もイケメンだけどタイプの違うイケメンっていうか……」
赤鬼「……赤ずきん、そりゃあおそらく」ボソッ
赤ずきん「王子ね。今のところ、元の物語の筋にそっていると
いう事だけれど……」ヒソヒソ
赤鬼「うむ、気になることが多いが……王子を助けなければこのおとぎ話はこの時点で消えてしまうからな、気をつけねぇとな」ヒソヒソ
人魚姫「…ちょっと!折角話してんのになにヒソヒソしてんの?あーっ、あたしの話信じてないっしょ?」イラッ
赤鬼「いやいや、そういう事じゃなくてだな…」
人魚姫「もう、マジでイケメンだったんだって!…じゃあこうしよっ!今からその船の所まで行こう、そしたら二人とも信じるっしょ?」
赤鬼「いや、オイラ達はお前の話を信じてないわけじゃないんだぞ?ただ……」
人魚姫「いいから行くよ!どーせ赤鬼はあれっしょ?イケメンに嫉妬してるんでしょ?」ヘラヘラ
赤鬼「ぬぅ、赤ずきん…オイラは失礼なことを言われたと思うんだが…」
赤ずきん「何を気にしているのよ…どちらにしても私達が行かなければ彼女も来ないでしょう、早く船を出しましょう」スタスタ
赤鬼「まぁ、それもそうだな…じゃあ案内してくれ人魚姫」
人魚姫「オッケー!時間的にそんなに沖に出てないと思うから、しっかり着いてきてよ?」ザバザバー
354:
海上 国の所有する船近く
ギーコギーコ
人魚姫「ほら、遠くに見えてきたっしょ?あの船、さっきは甲板のとこにイケメンが居たんだよね!」スゥー
赤ずきん「あなたさっきから何回イケメンって言うのよ……」
人魚姫「だって名前わかんないししかたないっしょ?じゃあ仮に王子って呼ぶ事にしよっかな」ヘラヘラ
赤鬼「仮も何もお前…というかあまり近くまではいけないぞ?この舟じゃあ近づきすぎると転覆しちまう」
人魚姫「えーっ?なんとかなるっしょ?」
赤ずきん「人魚のあなたと違って転覆でもしたら大事なのよ、ここから陸まで泳ぐなんて…私には、私達には無理よ」
355:
人魚姫「それじゃ仕方ないかー……でももうちょっとくらいならいいんじゃね?」
ユラユラー
赤鬼「いや……やめておこう。あの船様子がおかしい」
人魚姫「ん……マジだね、あんなフラフラしてたら岩場に衝突しちゃうじゃん…!もしかしたら船になにか異常があったんじゃ……」
赤ずきん「あれ、船の向こう見てみなさい…!どうやらこちらには気がついていないようだけど」
ユラユラー
髪の美しい人魚「……」ザブンッ
赤鬼「あの人魚…ってことはこの船が沈む原因はあいつか!」
人魚姫「姉ちゃん……!じゃあこの船マジでヤバいじゃん…!もう姉ちゃんが歌った後なんだこれ!」
ユラユラー
ゴシャアアァァァ
356:
ゴシャアァァァァ
赤鬼「岩場に衝突した!やべぇぞ!」
人魚姫「姉ちゃんの手口だ!船員みんな眠らせて岩場や他の船に衝突させる…!助けるっきゃないっしょ!」スィッ
赤鬼「助けるってお前…!オイラもそうしたいがきっとものすごい人数だぞ!?」
人魚姫「わかってる!とりあえず目を覚まさせなきゃマズイっしょ!あたしの歌を聴いた人間は『眠りから覚める』……!それっ!」ラーラララーララー
赤鬼「だが、流石にあの船の連中を救うのはこの小舟じゃあ無理だぞ!?」
赤ずきん「目が覚めたならなんとか瓦礫に捕まってでも耐えられる。私達は急いで港まで行きましょう!救助を呼べば助かるもの!」
赤鬼「ああ、急ぐぞ!しっかり捕まってろ赤ずきん!」ギコギコギコー
スゥー ゴボゴボゴボ
人魚姫「……っ!赤鬼!今、沈んでいく人影が見えた!引き上げなきゃ…!」
赤鬼「そっちは任せる!人魚姫!落ち着いたらあの入り江で落ち合おう!」ギコギコギコー
人魚姫「わかった!今助けるかんね…もうちょっと頑張ってよ?」
ザブンッ
357:
ザバァッ
人魚姫「ハァハァ…間に合った…!」
王子「ゲホゲホッ……うぅ……」
人魚姫「この人、さっきのイケメンだ…なんとか意識はあるっぽいけど……とにかく陸に連れて行かないとマジヤバいかも…!」
ザバザバー
王子「うぅ……皆の者……無事で……ゲホゲホッ」
人魚姫「意識が朦朧としてるっぽいのに、他の人の心配してるなんて……ただのイケメンじゃないんだ」
王子「……皆を……救ってくれ……ゲホゲホ」
人魚姫「うんうん、任せて!あたしがみんなを助けるっきゃないっしょ…!」
ザバザバー
ザバザバー
ザバザバー
358:
砂浜
人魚姫「ハァハァ……とりあえず、王子は意識もあるしここに寝かせておいて……と」スッ
人魚姫「あたしに足があれば…!でも、今そんなこと言っても仕方ないか」
王子「……うぅ、皆の者……ゲホゲホッ……」
人魚姫「安心して王子、赤ずきん達が助けを呼んでる!あたしも戻って、絶対あんたの仲間助けてあげるから」
王子「うぅ……ゲホゲホ」
ガサガサッ
人魚姫「誰か来た…!じゃあね、王子。あたしは船に戻るけど、きっと通りがかった人が助けてくれっからね!」
ザブンッ
王子「……ゲホゲホッ……ゲホゲホッ……」
ガサッ
359:
ガサッ
ドロシー「おー、ずぶぬれ王子はっけーん♪」ヘラヘラ
ライオン「うわぁー、本当に居たよ。怪我してない?大丈夫かな?」オロオロ
ドロシー「こいつが人魚姫の相手かー…確かにイケメンかもね!まぁ私の好みじゃないけどー、とりあえず助けてやんなきゃねー」ケラケラ
ライオン「あわわ、王子様だいじょうぶかな!?体冷えるとまずいよ、まずは着替えさせてあげてから暖かくしてそれからそれから……!ああぁ!どうしよ!?まずいまずい!」ワタワタ
かかし「落ち着ケ!お前が取り乱してどうするんダ!とりあえずこいつを早く運ぶゾ!」
ブリキ「……ならば俺が抱えよう」グイッ
ドロシー「よろしくー!ブリキはやっぱ頼りになるぅー!」ヘラヘラ
ライオン「ぼ、僕も手伝うよ!頼りになるところドロシーちゃんに見せなきゃ、僕は勇気があるライオンになりたいんだからこういうときに頑張るんだ…!」
ドロシー「うんうん!ライオンのそういうとこ私好きだよー!」スリスリ
ライオン「え、えへへー」ニヘラッ
ドロシー「でも楽しみだよねー、赤ずきんと赤鬼に会うのがさ!あいつら私達がここに来てるって知らない訳じゃん?夢にも思わないわけよ、このおとぎ話で会うことなんかさ」
ドロシー「だから【人魚姫】も絶対消滅させないって信じてるんだよね、きっと!そーんな油断してるあいつらがさぁ……」
ドロシー「私達が王子を助けたって知ったら、どんな顔すると思う?あははっ!すっごい楽しみだなぁー」ヘラヘラ
387:
数時間後……
港町
ザワザワ ザワザワ
「身元の確認をお願いします!みなさんどうか落ち着いて、落ち着いて我々の指示に従って行動を──」
「病院への搬送は大怪我をされている方が優先です!傷の浅い方はこちらで治療します!」
「手が空いてる奴いるか!こっちへ来てくれ!」
ザワザワ ザワザワ
赤鬼「どうやら海に投げ出された乗客の救出は落ち着いたみたいだな」
赤ずきん「……そうね。あとは怪我人の治療と身元確認、私達の出る幕はないわね」
赤鬼「ああ、どうやら役人が先導してくれてる。あとは任せてオイラ達は入り江に向かおう、人魚姫もそこに向かってるはずだ」ザッ
タッタッタッタッ
じい「お待ちくだされ、そこのお二方……!」
赤ずきん「…あら、私達に何か用事でもあるの?」
じい「事情は聞きましたぞ!船の沈没する場面に偶然居合わせ、いち早く救助を要請してくださったと…」
じい「あの船は王族や貴族…多くの高名な方々が乗船しておられました、もしも被害が更に大きくなっていたかと思うと恐ろしい…そこで国王様が是非あなた方にお礼がしたいと」
赤鬼「いや、オイラ達は助けを呼んだだけだ。礼を言われるようなことはしていない、それに用事もある。国王には申し訳ないが……」
388:
じい「はははっご謙遜を!ご都合が悪いようでしたらすぐでなくとも構わないとの事です、国王様より預かった書面をお渡ししますので。お時間のあるときに番兵にお見せください、すぐに城へとお通しします」スッ
赤鬼「むむっ、そこまで言うのなら…また明日伺わせて貰おうか」
じい「ではそのように国王陛下にお伝えしておきます」
赤ずきん「…ねぇ、王子もこの船に乗っていたのでしょう?救助はされたのかしら?」
じい「はい、おかげさまで…海岸で倒れているところを通りがかりの少女が助けてくださいまして、ただいま治療中です」
赤ずきん「そう、わかったわ」
赤ずきん「…人魚姫、王子を海岸まで無事に運べたようね」ヒソヒソ
赤鬼「うむ、それを通りがかりの娘が介抱する…話の筋は変わっちゃ居ないな」ヒソヒソ
赤ずきん「ええ……では、行きましょうか赤鬼。彼女が待ってるものね」
赤鬼「うむ……ではオイラ達はこれで、国王への挨拶は明日させて貰う。どうかよろしく言っておいてくれ」
じい「はい、かしこまりました。お待ちしております」
389:
秘密の入り江
ギーコギーコ ザザァ
赤ずきん「人魚姫、もう到着しているかしら?」キョロキョロ
赤鬼「海の中にも……潜っていないみたいだな。船より早く泳げるんだ、オイラ達より早く来ていると思ったが」
赤ずきん「すぐに来るでしょう、待ちましょう」ストンッ
赤鬼「おう、そうだな…」
赤ずきん「……」
赤鬼「……なぁ、赤ずきん。人魚姫のことなんだが……」ドスッ
赤ずきん「……人魚姫がどうしたの?」
赤鬼「やっぱりよぉ、なんとかならないもんか?このままだと人魚姫は泡になって消えちまうだろ?オイラ達で助けてやれねぇか?」
赤ずきん「……彼女を助ければこのおとぎ話が消えてしまう。それは最初に話したじゃない」
赤鬼「それは理解してるんだ、だが……あいつは一生懸命夢を追ってるだろう?人間との関係だって改善しようとしてる、他人事には思えないんだよ」
赤ずきん「……私達の都合でおとぎ話を勝手に消したりすれば、やっている事はアリスやドロシーと同じになってしまうわよ?」
赤鬼「そうかもしれねぇが……お前だって、人魚姫に消えて欲しくないだろう?」
390:
赤ずきん「……あなただから言うけれど」スタッ
赤ずきん「人魚姫に消えて欲しくない、それが私の本音よ」
赤ずきん「けれど…最初にも言ったけれどおとぎ話が消えるのだって嫌なの。私にはどちらか選ぶなんて……彼女と親しくなった今では、できない」
赤鬼「……」
赤ずきん「今のところ、気がかりなところはあるけれど本来の筋通りにお話が展開してる。異変が起きていないなら、私達はおとぎ話の筋に干渉しちゃいけないのよ」
赤ずきん「乱暴な言い方だけれど…このまま何もしなくてもおとぎ話は結末へと向かっていく、人魚姫は本来の結末の通り泡になる。私達はそれを見守るだけ」
赤ずきん「きっと、私達に許されているのはそれだけよ。結末がどうあれ人魚姫を見守る、それしかできない……しちゃいけないのよ」
赤鬼「…すまん、お前も辛いのに余計なことを口にしちまった」
赤ずきん「いいのよ、私もあなたと気持ちは同じよ。せめて、ずっと彼女に支えになりましょう、あの子が消えてしまう瞬間まで」
スゥー ザバザバー
人魚姫「…あっ、二人とも早いじゃん。ちょっと遅くなった、マジゴメンねー」ゼェゼェ
赤ずきん「なんだか、随分と疲れているようだけど…?」
人魚姫「王子を海岸まで運んだ後さ、船まで戻って…溺れた人を助けたりしてたんだよ、船が来るまでの間ね」
赤鬼「そいつは大変だったろう…だがおかげで大勢の人間が死なずに済んでいたぞ。あの規模の船が沈んだにしては被害はかなり抑えられていたらしいからな」
人魚姫「それなら良かったけどさー…一応、人間にはあんまり見られないように気を使ってたからチョー疲れたー」
赤ずきん「あの騒ぎの中で更に人魚が出たなんて騒ぎになれば大変だものね」
人魚姫「まぁね、まぁでもさー、王子や人間のみんなが助かってマジで良かったよー」ニヘラ
391:
赤鬼「しかし、お前の姉が人間を殺すために動いているのは聞いたが…実際に見ると壮絶だったな、あんなデカい船が沈んじまうんだから」
人魚姫「…あんなのがあちこちで行われてるんだけどさ、でもあたしが何を言っても『お父様ーお父様ー』って言ってて聞かないんだよ姉ちゃん。なんなのあのファザコン!」バンッ
赤ずきん「お父様…あなたの国の王ね、そこまで慕われているなら余程の善政を敷いているのでしょう?」
人魚姫「まぁ人魚の国だけ見ればね。平和だし豊かだし、みんな人間を恨んでるから人魚同士で争いなんて滅多にないしさ」
赤鬼「人間という共通の『敵』がいるから団結できてるわけか…」
人魚姫「でもさ、そのために姉ちゃんに厳しくあたったり人間を殺してるんじゃ意味ないと思うんだよね。やっぱり共存が一番だと思うんだけどなー、人間ってやっぱり悪い人ばっかりじゃないっしょ」
人魚姫「だってさ王子抱えてるときね、うわ言のようにずっとみんなのこと心配してたんだよね。そんな人が悪い奴な訳ないし」
赤ずきん「自分も意識が朦朧としているというのに立派ね」
人魚姫「マジでそれ!もうあたし惚れちゃった!」テレテレ
人魚姫「王子なら絶対解ってくれると思うんだよね。そりゃあびっくりするかもだけど人魚とも仲良くしてくれるっしょ!」
人魚姫「それに王子はチョーイケメンだし!」ヘラヘラ
赤ずきん「それは善悪と関係あるのかしら…?」
392:
赤鬼「まぁ男前と善人に関連があるかは置いといてだ、惚れちまうほど魅力ある奴に巡り会えたってのには喜ばねぇとな」ガハハ
人魚姫「そう思うっしょ?だからさ、あたしはもう一度王子に会って話がしたいんだ」
人魚姫「王子に会ってさ、私が助けた事を伝えれば絶対に友達になれるっしょ!人魚のあたしに人間の友達が増えれば、あたし達が仲良くできればすべての人魚と人間だって協力できる…!」
人魚姫「っていうか、あたしとしては友達ってより彼氏になってくれるのが一番良いんだけど」ヘラヘラ
赤ずきん「あら、真面目に種族間の事を考えていると思ったら結局そこなのね」クスクス
人魚姫「いいじゃん別にー!それにもちろん種族同士のことだってマジメに考えてっからね?でも好きになったもんはしょうがないじゃん!」
赤鬼「ガハハッ!いやいや、オイラは良いことだと思うぞ?結構じゃねぇか、それこそ惚れちまうのに種族やら関係ねぇんだからな」ガハハ
人魚姫「赤鬼はホントに良いこと言うじゃん!マジでそれだよねー」
クスクスクス……
赤ずきん「……っ!」ガチャッ
赤鬼「笑い声…!オイラ達の他に誰か居るぞ!?」グッ
ザバァ
???「ここ数日、このあたりで魔法具の気配がすると思っていたが……海面へ上がってきたのはどうやら正解だったみたいだねぇ」クスクス
赤鬼「魔法具だと…?お前、何者なんだ!?」ググッ
393:
???「やけに暑苦しい奴がいるじゃないか。落ち着きな、私はお前達と交渉がしたいだけさね」
赤ずきん「交渉…?魔法具と言っていたけれど、あなた……」ガシャッ
人魚姫「…あんた、もしかしてオヤジや姉ちゃんに命令されてあたしを連れ戻しに来たっての?」
???「いいや違う。私は何にも縛られない魔女、人魚の王相手でも私は従うつもりはないのさ。むしろお前に協力するために来たんだ、人魚姫」
海底の魔女「私は海底の魔女、お前の願いを叶える者さ」フフッ
人魚姫「海底の魔女…!姉ちゃんが昔教えてくれた、海底に住む膨大な魔力を持った人魚がいるって……あんたがその魔女ってわけ?」
海底の魔女「そうだ、本来ならお前が来るのを海底で待つつもりでいたが……どうやら面白い客人が居るようだったからねぇ、こちらから出向いたんだ」チラッ
赤ずきん「……私達を客人だなんて呼び方をするという事は、あなたも他の世界の魔女達と同様におとぎ話の事情を知る者なのね?」
人魚姫「おとぎ……?なにそれ?」
海底の魔女「ああ、そうさ。だからお前達の事も知っている。だからこそここに来たんだ、だが少し待っていてくれ、まずは本来の仕事を済ませてしまおう」フフッ
人魚姫「っていうか、何をごちゃごちゃ言ってるわけ?あたしの願いを叶えるってどういう意味なの?」
海底の魔女「願いを叶える、そして救ってやる。人魚姫、お前は人間の王子に恋をしたと言ったな?」
394:
人魚姫「そうだけど……あっ、もしかして王子に魔法をかけて私に事を好きにさせてやるとか言うつもり?言っとくけどそんなの嫌だからね!」
海底の魔女「そんな無粋なことはしないさ、だが人魚のお前がどうやって王子に近づく?考えはあるのか?」
人魚姫「そりゃ、赤ずきん達に王子を海につれてきて貰うとかいろいろあるじゃん?」
海底の魔女「そうか、それは無理だ。今海底がどうなっているか知っているか人魚姫?お前が人間を助けている間に何があったのか」
人魚姫「…はっ?どういうこと?」
海底の魔女「お前はあの船が沈むときに歌を歌っただろう?あれを聞いていた奴が…海の中から見ていた奴が居たんだ」
人魚姫「は?意味わかんないんですけど…?別にあたし的には見られたって問題ないけど?」
赤ずきん「そうかしら……人魚の王族の姉妹は歌で人間を操れるのでしょう?眠りの歌で船を沈めたあなたの姉の後、追うようにあなたも歌声をあげた……人間を救うために。それを見られたんでしょう?」
赤鬼「うむ……オイラ達からしたら人間を助けるのは当然だが、人間を恨んでいる人魚からしたら大問題だ。王族が憎き人間を救った…その事は当然、王の耳にも入るだろうな」
人魚姫「あっ……それヤバいかも……」
海底の魔女「そうだ、お前の父親は激怒している。もう兵士に命じてお前の捜索を開始しただろう、時間はあまりないぞ?あの王に捕まればどうなるか想像するは容易いだろう?」
人魚姫「……もう、二度と自由にはなれないだろーね」
海底の魔女「そうだな、この海にお前が自由でいられる場所はもはや存在しない。捕まれば拘束でもされてただ歌い続ける事になるだろうな」
395:
人魚姫「……絶対嫌、アイツの言いなりは…!」クッ
海底の魔女「つくづくお前は可哀想な奴だ、憧れた夢を持っていることも親に反抗することも、素敵な男に恋をすることも…年頃の娘なら当然のことだというのに」
人魚姫「はぁ!?あたしは可哀想なんかじゃ……!」バッ
海底の魔女「いいや、可哀想さ。優れすぎた歌声を持っているせいで、王族に生まれたせいで、恋の相手が人間だというせいでなにもかもが許されない…」
人魚姫「……」クッ
海底の魔女「だが、問題は無い。すべてを解決する方法が一つある」
人魚姫「……教えて」
人魚姫「あんたは私を助けてくれるんでしょ?あたしが人殺しにならなくて済む方法を、あんたは知ってんでしょ!?」
海底の魔女「簡単なことさ。歌声がお前を縛るなら手放せばいい、家系がお前にとって苦痛なら捨ててしまえばいい、人魚であることがお前を苦しめるなら人間になればいい」
人魚姫「人間に……なれるっての?」
海底の魔女「私の魔法ならばな。人間になれば陸へ行ける、人魚の追っ手も来ないんだ。捕まりたくはないだろう?それに王子に会いに行くことだってできる、王子に会いたいだろう?」
人魚姫「アイツの言いなりは嫌、絶対捕まりたくない。それに王子に会いたい、会って伝えたい…!あたしが助けたって事、王子を好きになっちゃったって事も…!」
海底の魔女「だったら人間になるしかない。お前も人間になりたいだろう?」
396:
人魚姫「アイツから逃げられるなら、王子に会えるならあたしは人間になりたい」
人魚姫「でも……あたしは人間と人魚が一緒に暮らせる世界にしたいんだ、もう争わないためにさ。それを考えるとちょっと迷っちゃうんだよね……」
海底の魔女「やれやれ、もういいだろうそんなこと。人間になればそんな事考える必要ないんだ、そもそも共存なんか考えるだけ無駄さね」
赤鬼「おい、無駄なんて言い方が……!」ガバッ
赤ずきん「……赤鬼、耐えましょう。この話は私達が口を出して良いものじゃないわ」
海底の魔女「何を悩む必要がある?共存なんて出来もしない夢を追って、自由を失うのか?」
人魚姫「……そうじゃないけどさ、でも……」
海底の魔女「ほう、そうかい…あくまで共存を目指すと言うか?それは結構な事だが……人間や鬼には人魚の追っ手を退くことなど出来ないぞ?海にいては結局は捕まる」
人魚姫「……」
海底の魔女「人魚であることに固執して自由と仲間を失い兵器となるか、人間になって自由と仲間を守るか。考える必要があるかも疑わしいが……決断するんだ、時間はあまりない」
人魚姫「……」
人魚姫「……わかった。あたしを人間にして、海底の魔女」
397:
海底の魔女「賢明な判断だ。人魚のままではお前は幸せになれないんだからねぇ」クスクス
人魚姫「……じゃあさ、早く人間にしてよ。あたしの決心が鈍くなっちゃう前にさ」
海底の魔女「そう慌てるな、この薬を飲めばお前の美しい尾びれは二本の白い足に変わり、お前はたちまち人間へとなれる。しかし、注意することがある」スッ
人魚姫「注意すること……?」
海底の魔女「そうだ、実はこの魔法は口で言うほど簡単な魔法じゃない。種族を捨てると言うことは何代もの間に培われた絆、親や家族から受けた愛情を捨てることになる。この魔法を完成させるには…それを補う新たな強い愛情と絆が必要なんだ」
海底の魔女「お前が理解しやすいように言うならば『王子と結婚する必要がある』ということだ、それが王子との強い絆を示す契りになる。それが出来なければ……王子がお前以外の女と結婚したり、お前と王子との結婚が絶望的になれば」
海底の魔女「お前は存在を維持できず、泡となって消える」
人魚姫「……泡!?なにそれ、結局消えるんじゃん!」
海底の魔女「なに、無事にお前と王子が結婚できればお前は人間のままでいられる。それとも諦めるか?愛される自信がないということか?」
人魚姫「……わかった、その魔法の薬貰う。あたしの想いは絶対に王子に伝わるからさ、結婚できれば問題ないんでしょ?」
海底の魔女「ああ、そうだ。では、こいつを渡す前に対価を受け取るとしよう……人魚姫が持っている価値ある物と薬を交換だ」
398:
人魚姫「価値ある物……宝石ならアクセに使ってるのがあるけど……あんまり価値のあるもんじゃないよ?あたし、お金もそんなにないし」
海底の魔女「そういう形のあるもんじゃない。お前は素晴らしい声を持っているだろう?それと交換だ」ニヤッ
赤鬼「なぁ、魔女よ。そいつはちょっと足下見すぎだぞ。もっと何か他のもんじゃ駄目なのか?」
赤ずきん「……赤鬼」グイッ
赤鬼「だがよぉ……あんまりじゃねぇか……」
海底の魔女「この魔法には私の血も必要だ、素人のお前達にはわからんだろうが高度な魔法なんだ。それに本来魔法というのは容易く使って良いもんじゃない、ましてや種族を捨てるならば尚更さ」
人魚姫「声と交換って……あたしはもう喋れないって事?」
海底の魔女「その通りだが、案ずるな。声が無くてもお前には美しい容姿がある、想いを伝える澄んだ瞳がある、声が無くとも何ら問題はない。むしろディーヴァの呪縛から逃れられるんだ」
人魚姫「……でもさ、この声は兵器になる。あんたが悪いことに使わないとも言えないじゃん」
海底の魔女「お前の声を譲り受けても私には人間を操ることなど出来んから安心しろ。ただ海底での退屈しのぎに歌でも聴こうと思っているだけさ、そうでもしないと薄暗い海底じゃ退屈なのだよ」
人魚姫「……わかった、アクセ作る技術とかだったら困るけど声だったら……いいよ、声が無くたって王子と結ばれてみせるから」
海底の魔女「うむ、では口を開きなさい。お前の声と魔法の薬…交換成立だ」
シュォォォォ
399:
シュオオオォォォ
海底の魔女「……よし、確かにお前の声は受け取ったぞ」スゥッ
人魚姫「……っ」パクパク
赤鬼「おお、本当に声を失っちまったんだな…何か言いたそうだがまったく聞こえんぞ…」
海底の魔女「では次は魔法の薬を飲む番だ。吐き気がするほど苦いが、一息ですべて飲み干すんだ」スッ
人魚姫「……」トントン
赤ずきん「何?私に何か伝えたいの?」
人魚姫「……」ゴソゴソ パキンッ
スッ
赤ずきん「これ、約束していたあなたの鱗ね…?」
人魚姫「……」ヘラヘラ
赤ずきん「これで新しい魔法具を作ってもらえる。ありがとう、人魚姫」ニコッ
人魚姫「……」ニコニコ
400:
海底の魔女「さぁ、もういいだろう?薬を飲み干すんだ人魚姫、きちんと効果が出ているか確かめなきゃなんないからねぇ」
人魚姫「……」コクコク
ゴクリゴクリ
人魚姫「……!?…………っ!」ジタバタ
海底の魔女「喉が焼けるような感覚があるかもしれんが、じきに治まる。少しの間我慢をするんだ」
赤鬼「おい!そういう事は先に言ってやれ!おい大丈夫か!?」
人魚姫「……っ!……っ!!」ジタバタ
シュオオォォォォ
赤ずきん「人魚姫の尾びれが二つに分かれて…!」
シュオォォォ
人魚姫「……!」スラッ
赤鬼「おぉ…魔法の力ってのは毎度ながらすごいな……どこから見ても人間にしか見えんぞ」
海底の魔女「ふむ、どうやら成功のようだね、きちんと二本の足が生えた。その変わりお前は水中で呼吸は出来ない、以前ほど深く潜ることも出来ない。だが……陸の上を自由に歩くことが出来る」
海底の魔女「お前はもう間違いなく人間になったんだ、人魚姫」
401:
赤鬼「しかし、なんだ……人魚姫、お前の下半身はもう尾びれじゃないわけでだな…なんつうか」
人魚姫「……?」
赤鬼「…いや、いい。風邪引くからお前はこの外套を羽織っていろ……」ファサッ
赤ずきん「そうね、どこかの国王じゃないのだから裸でいられては困るわね」
人魚姫「……」ヘラヘラ
海底の魔女「さぁ、これでお前との契約は果たせた。いいか?きちんと王子と結婚をする事だ、でなければお前は泡になるしかないんだ」
人魚姫「……」コクコク
海底の魔女「さぁ、次は赤ずきんだ…私はお前に興味がある。その歳で魔法具をいくつも持っているんだからねぇ」クスクス
赤ずきん「……人魚姫から声を受け取ったように、私の持つ魔法具を狙っているのかしら?」
海底の魔女「その通りさ、外の世界から客が来るなんて珍しいからねぇ、さぞ珍しいものを持っているんだろう…さぁ、お前の願いをお言い」
赤鬼「おい、赤ずきん…相手にすることねぇぞ?余分な魔法具なんてねぇんだから」ヒソヒソ
赤ずきん「そうね、でも一つだけ頼みたいわね。人魚姫と会話できないのは不便だわ、なんとかならないかしら?」
海底の魔女「そうさねぇ、声を返すとなるとお前の魔法具では割に合わない、かといってその可愛い瞳をふたつとも抉るのは嫌だろう?」クスクス
赤ずきん「当然でしょう、私と赤鬼にだけ彼女の声が届けばいいのよ」
海底の魔女「厳密には声ではないが……人魚姫が伝えようとしている思念を飛ばすことは可能さね」
赤ずきん「それで構わないわ、頼めるかしら」
海底の魔女「よかろう。ではお前の持つ魔法具を見せてもらおうかね……」
402:
海底の魔女「ほう、そのずきんには並々ならぬ魔力が注がれておるようじゃな、この魔力の破調は移動系統の魔法か。マスケットも同様…ふむ、これらを創り出した魔法使いは相当な術者だな」
海底の魔女「あとは、お前が小瓶に入れて隠し持っている魔法具があるねぇ?こいつは……」
赤ずきん「悪いけれど、どれも手放せないのよ。他で手が打てないかしら?」
海底の魔女「ほう、これほどの魔法具そうそう手放せんか、しかし他ねぇ……他には特に……んっ?」
海底の魔女「なんだ…?魔力の気配が他にもあるじゃないか…そのポケットの中身を見せてみるんじゃ、他の物より魔力は薄いが……」
赤ずきん「あぁ、もしかしてこれの事?」
スッ
海底の魔女「むぅ、なんだこれは…!?鉱石を掘った人形のようだが見たことのない種類の鉱石だ、こんなものはこの世界にはないぞ…!」
赤ずきん「そうなの?確かに特別なものと言っていたけれど」
赤鬼「おい、赤ずきんそれって……」
海底の魔女「妙な形状だが、使われている鉱石はかなり上等なものだ!いいや、それだけじゃない…この鉱石、魔力が定着しやすい素材だな、これがあれば魔法具を作る際の魔力定着を補助することが出来る…」
海底の魔女「赤ずきん、こいつをどこで手に入れた!?なんなんだ一体!?」
赤ずきん「それは私達が世話になっている王から貰ったもの……名前は確か……」
赤ずきん「おしゃべり裸王くんよ」
403:
マッスルラリアーット! ワガナハラオウ!
海底の魔女「なるほどな、部分的に圧迫することで声が再生される仕組みか……この様な上等な鉱石になんと馬鹿馬鹿しい魔法を……」
赤ずきん「これを対価にするわ、これでは足りないかしら?」
赤鬼「おい、良いのか赤ずきん?裸王に悪いぞ」
赤ずきん「けれど、ここで使わなかったとしても私は長者に譲るわよ?持っていても荷物になるもの、それに裸王は気にしないでしょう」
赤おに「そりゃあそうだが…」
海底の魔女「うむ、対価はこれで良かろう。しかし、かけられている魔法は解くから返すことは出来んぞ?」
赤ずきん「ええ、構わないわ。好きにしてちょうだい」
赤鬼「……裸王、すまん。オイラには止められねぇみたいだ」ボソッ
海底の魔女「よし、では交渉成立だ。お前達二人だけ、人魚姫が伝えたい思念を受け取れるようにしてやろう」
パアアァァァァァ
404:
・・・
赤ずきん「人魚姫、なんでもいいから私達に言葉をかけてちょうだい」
人魚姫『なんでもって……あぁ、とりあえず服って奴、着たいんだけど?人間になったら急に寒くなってさー』
赤鬼「うむ、街へ戻ったら探してきてやろう」
海底の魔女「その様子、どうやら聞こえているようだな」
赤ずきん「ええ、ありがとう。これが対価の『おしゃべり裸王くん』よ、受け取って頂戴」スッ
海底の魔女「確かに…では私は海底に戻るとしよう、また願いがあれば私を頼ると良い。もちろん対価はいただくがな?」フフフッ
ザブンッ
人魚姫『行っちゃったねー。まぁ声は無くなっちゃったけどさ、人間になれたしいっか。でもこうやって赤ずきんと赤鬼と話出来るってのはマジで嬉しい、あんがとね赤ずきん』ニヘラ
赤ずきん「いいのよ、私がやりたくてやったことだから」
赤鬼「よし、じゃあとりあえず街へ戻るか。宿も一人増えたくらいなら何とかなるだろう、それに人魚姫もいつまでも海岸に居ちゃまずいだろう?さぁ、船に乗ってくれ」
人魚姫『そーだね、陸の上行くのチョー楽しみだなぁー…』グイッ
ズキズキッ!!
人魚姫『……っ!!』ドシャッ
赤鬼「うおっ、大丈夫か!?歩き慣れてねぇからバランス崩したのか?」
赤ずきん「ほら、立てそう?手を貸すから、少しずつ慣れていきましょう」
人魚姫『なにこれ……人間は歩く度にこんな激痛に耐えてるわけ?足をナイフで刺されたみたいな痛みが走ったんだけど…』
405:
赤ずきん「いいえ、そんな事はないわよ?歩くと、足が痛むの?」
人魚姫『そう、ちょっと無いくらい痛いんだけど』
赤鬼「そいつはおかしいな、普通はそんな事無いぞ?」
人魚姫『マジで?じゃあ薬の副作用とか、そもそも慣れるまではこれなわけ?さすがにキツいんだけど…足抉れるかと思ったし』ズキズキ
赤鬼「あの魔女…大事なことばかり言わない奴だな。よし、移動するときはオイラが肩に乗せてやろう!」
人魚姫『マジで?サンキュー赤鬼!』ヘラヘラ
赤ずきん「ちょうど明日は城へ挨拶へ行く予定だものね、王子に会うこともできるでしょう」
人魚姫『うん、明日には王子に会えるんだね、マジでドキドキしてきた!』
赤鬼「じゃあ明日に備えて今日は宿に戻って休まないとな」
赤ずきん「ええ、明日が楽しみね。人魚姫」ニコッ
406:
城 客間
ドロシー「ふぅーっ!このベッドふっかふかぁー!あはははっ!」ビョーンビョーン
かかし「ドロシーお前はしゃぎすぎだゾ!旅先でテンション上がる子供カ!」
ライオン「む、無理無いよぉ。だって明日には赤鬼さんと赤ずきんちゃんが謁見に来るんでしょ?じいやさんが王子様に言ってたの聞いたもんね」
ドロシー「そーそー!楽しみだー!ふぅーっ!」ビョーンビョーン
かかし「お前もう降りロ!オレはもう明日に備えて横になりたいんダ!」
ドロシー「えーっ!?アリスに借りたトランプで遊ぼうよ!」
かかし「それ武器だろうガ!まったく、ブリキもなんとか言ってやレ!」
ブリキ「……程々にしておけドロシー。明日はなにをするつもりなんだ?」
ドロシー「んー?特にすごいことしないよ?ただ王子にさ、教えてあげるんだよ」
ライオン「お、教えるって、何を教えるのかな?」
ドロシー「真実を教えてあげるんだよん♪私が助けたにはただ砂浜にいた王子を介抱しただけだよって。どーせ明日はあいつらと一緒に人魚姫もくるっしょ?だからさぁ、謁見の場で教えてあげんだよ」
ドロシー「王子を海から救ってあげたのは人魚姫だよ。ってね!」ニヤニヤ
419:
翌日
城 王座の間
じい「おお、赤鬼様!赤ずきん様!お待たせしております、実は国王様の到着が遅れておりまして…今しばらくお待ちいただけますか?」
赤鬼「いや、構わんです。こちらこそ急に人数が増えてしまって申し訳なかった」ペコッ
じい「いえいえ!そちらの姫様もあなた方のお連れ様、我々の恩人であることには変わりませんよ」ホホッ
赤ずきん「それより、私のマスケット……謁見中は預けておくようにって言われてしまったのだけど、返してもらえないかしら」
じい「申し訳ありません。王座の間には緊急時を除き、武器の持ち込みはご遠慮願っておりまして…」
赤ずきん「そう……仕方ないわね。普段から持ち歩いているからかしら、なんだか無いと落ち着かないのよ……」
人魚姫『っていうか赤ずきん、それさぁもう依存症じゃん?ちょっとヤバくね?』ヘラヘラ
赤ずきん「裸王の所では持ち込み平気だったから、少し納得いかないわ…」ソワソワ
赤鬼「裸王のところが特殊なんだ、少しの間の辛抱だろう。ところで人魚姫、足は平気か?やはり痛むのか?」
人魚姫『んーまぁ、立ってるだけなら平気ー。でも歩くのはしんどいかも、切られるような刺されるような痛みって感じ?』
赤ずきん「事情を話して椅子を借りてきましょうか?」
人魚姫『いーって、じっとしてたらそこまでじゃないし。でも歩くときは肩貸してよねー?』ヘラヘラ
タッタッタッ ガチャッ
王子「失礼する!客人はおられるか?」キリッ
じい「はっ、はい、こちらの方々です…。しかし王子、もう動いてもよろしいのですか?」オロオロ
王子「医者には止められたが、折角我々の恩人が足を運んでくれたんだ。横になっているわけにはいかないさ」ニッ
王子「待たせてしまって申し訳ない。王の到着が大幅に遅れているため代わってこの私にあなた方への礼をさせていただきたい」
王子「申し遅れた、私はこの国の王子。この度は海難救助の協力感謝する!あなた方のおかげで多くの命が救われた」ペコッ
420:
王子「あれは我が国所有の船、被害が抑えられて本当に良かった。死人でも出れば我が国の沽券に関わるからな、本当に助かったよ」
赤鬼「いえ、役人の方々の迅な対応があったからです……申し遅れました、私は赤鬼と申す者。こちらが赤ずきんと…我々と旅をしている姫です」
赤ずきん「…赤ずきんです」ペコッ
王子「赤鬼と赤ずきんか、私と話すときは楽にしてくれて構わないよ。そして、そちらの美しい娘さんが……?」
人魚姫『あたしは人魚姫。よろしくー!っていうか王子、思ったより元気そうじゃん!大きな怪我無くて良かったねマジで』ニヘラー
───
王子視点
人魚姫「……」ニコニコ
───
王子「……?彼女は、私に何か伝えたいのかな?」
421:
人魚姫『あれ?……って、そっか。王子には声聞こえないんだっけ。じゃあ赤鬼、伝えてもらっちゃっていい?』
赤鬼「おう。ええっとだな…姫は声が出せない病を患っているんだ。元気そうで良かったですと言いたいみたいだな」
人魚姫 コクコク
王子「なんと、そのような病を……では苦労も多いだろう、困ったことがあれば私を頼るといい。君たちは私達の恩人だ、なんでも言ってくれ」ニッ
人魚姫『赤ずきん!聞いた?何でも言っていいってさ!あたしが「好きだから彼氏になって欲しい」って言ってるって伝えてくれない!?』バッ
赤ずきん「……そういうことは伝言だとしても口にするものじゃないのよ。それに何でもってそういう意味じゃないと思うわよ?どうしても伝えたいなら赤鬼に頼んで頂戴」
赤鬼「お前、オイラに振るんじゃあない……勘弁してくれ」
人魚姫『えー?二人とも固すぎるっしょ!じゃあさ、それはまたでいいからこれは伝えてよ「王子を助けたのはあたしだよ」って事』
422:
赤ずきん「……そうね」
赤鬼「うむ、それはだな……なんというか、あれだ」
赤ずきん「……」
人魚姫『えっ?なになに?どーしたわけ?なんか都合悪いわけ?』
赤鬼「なぁ、赤ずきん……わかってはいたがマズいぞ。本来のおとぎ話【人魚姫】だと声を失った人魚姫は王子に自分が助けたと伝えるすべがない。だから自分が王子を助けたという真実が伝えられず、失恋した」ヒソヒソ
赤鬼「だが、オイラ達が干渉したせいで伝える手段ができちまってる…さっきみたいにオイラ達を伝言役に使えばいいんだからな」ヒソヒソ
赤ずきん「それでも……どうにかやり過ごすしかないじゃない。人魚姫が王子を助けたって伝えて二人が結ばれたら、このおとぎ話は本来の結末を迎えなくなる」ヒソヒソ
赤ずきん「本来は結ばれることがない二人が結ばれたら『失恋した人魚姫は泡になって消える』という状況にならない、それだとこのおとぎ話が消滅してしまうもの……」ヒソヒソ
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