いろは「どうして女の子の制服着てるんですか」八幡「……何でだと思う?」back

いろは「どうして女の子の制服着てるんですか」八幡「……何でだと思う?」


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乙乙ー。これは期待
26: 以下、
女物の服ってデザインが面白かったりするから着てみたい気持ちも分かる
27: 以下、
わからないです(食い気味)
28: 以下、
理性の化け物も制服の前には勝てなかったよ……
29: 以下、
女装してみると思いの外楽しいよ…
化粧品揃え出したら末期
32: ◆bU0CD2Homw 2015/05/25(月) 22:23:31.57 ID:WNfEjORU0
 翌日。
 あれからひたすらツイッターやフェイスブックなどのSNSの類を巡回し、理性の化け物(笑)こと俺の画像が拡散希望されていないかを逐一調べて回ったが、どうやら一色は約束を守ったらしい。
『比企谷八幡』だけでなく、『ヒッキー』『ヒキタニ』『ヒキオ』など、様々な単語で検索を掛けてみたが、ただの一つも該当はなかった。いや、それはそれでなんか悲しいものがあるが。
 しかし、単に『こいつキモすぎwwwww』みたいな普遍的なタグをつけられていたらお手上げだ。そこはあいつの誠意に縋るしかない。
 女装写真の流出に怯える男子高校生なんて吉井明久くんだけだと思っていたが、まさかそれが自分に降りかかってくるとは、まさに人間万事塞翁が馬である。
 おっかなびっくり登校し、いつも通り空気のように無視されることに安心し、戸塚との安らぎの時間を楽しんでいるうちに授業は終了していた。
 さて、ここからが問題だ。
 部室に行けば、仕掛人その一・雪ノ下がいることは間違いない。
33: ◆bU0CD2Homw 2015/05/25(月) 22:24:18.56 ID:WNfEjORU0
 本来なら俺に対して引け目を感じるべきは雪ノ下なのだが、ものの見事に策略にドハマりしてしまったせいで、逆に俺が顔を合わせにくい。
 敢えて部活に行かないという選択をしたいところだが、雪ノ下の狡知に掛かれば、俺の行動などテンプレ厨パにあぐらを掻いた厨房の選出よりも容易く読まれてしまうだろう。
「あ、ヒッキー! 偶然だね、一緒に部活行かない?」
 とまあこんな具合に。 
 HRが終わるやいなや教室を飛び出したというのに、階段の踊り場でばったり由比ヶ浜とエンカウントしてしまった。
 この季節にしては温暖な一日だったが、きっちりセーターとジャージを装備した防寒体勢。何故かスカートは穿いていない。
 ていうか偶然も何も、お前6時間目終盤から既にいなかったじゃん。
 完全に俺を逃がすまいとして待ち構えてたやつじゃん。
34: ◆bU0CD2Homw 2015/05/25(月) 22:25:31.02 ID:WNfEjORU0
「……いや、これからお腹が痛くなるから」
「大変! じゃあ部室でゆきのんにお薬挿れてもらわないと!」
「何故そうなる!」
 とっさに出た自分の言い訳の意味不明さにも驚いたが、それに対する由比ヶ浜の返しはそのさらに上をいっていた。せめて飲ませろよ。
 戦慄する俺を見て、由比ヶ浜は心底おかしそうな笑い声を上げた。
「冗談だよヒッキー。ゆきのんがそんなことするわけないじゃん」
「そ、そうだよな。あーびっくりした。でもヒッキー“が”をやけに強調してたのがすごく気になっちゃうな……」
「まあまあ、とにかく行こうよヒッキー。ゆきのんもちゃんと用意して待ってるんだからさ」
「紅茶だよな? 雪ノ下は紅茶を用意して俺を待ってるんだよな?」
 俺の切実な問い掛けに、由比ヶ浜はただあっけらかんとした笑顔を見せるだけだった。
35: ◆bU0CD2Homw 2015/05/25(月) 22:26:24.92 ID:WNfEjORU0
「ようこそ比企谷くん。あなたを待っていたのよ、さあここに掛けなさい」
「……お前、本当に雪ノ下か」
「失礼ね。私は紛れもなく比企谷八幡の知っている雪ノ下雪乃よ」
 ノックもせずにドアを開けたのに怒らなかったとか、俺の来訪をパンさんクッションでお出迎えしてくれたとか、そんな些細なことが全て吹っ飛んだ。
 震える手を何度かグーパーして鎮め、恐る恐る雪ノ下の脚を指差した。
「お前、下に、ジャージを……」
「寒いときは温かい格好をしないと、皮下脂肪がついて太ってしまうから。これくらいは女子高生として当然の嗜みよ」
 
 例え相模が俺の彼女になったとしても、材木座が空気を読めるようになったとしても、平塚先生にフィアンセが見つかったとしても、それでも起こり得ないことが世の中にはあるはずだ。
 そんな、聖杯に願っても叶わないほどのありえない奇跡が今、俺の目の前に降り立っていた。
 雪ノ下が。
 校則を破って。
 スカートではなく、学校指定のジャージを穿いている。
37: ◆bU0CD2Homw 2015/05/25(月) 22:27:38.19 ID:WNfEjORU0
 ご丁寧にジャージの下には濃い目のタイツを着用し、手元は俗に萌え袖と呼ばれる余ったセーターの袖に隠れて見えない。
 つまり、俺に顔以外一切地肌を晒していないのだ。
 そしてそれは、由比ヶ浜も同様。
 確かに冬とは寒いもの。
 だが、例年でも一番の暖かさとお天気お姉さんが太鼓判を押していた今日この日、ここまで完全防備をする必要が一体どこにあるというのか。
「比企谷くん。いつまで私の脚をべろべろと見ているのかしら。正直に言って不快だわ」
 
「舐めるように見ているとでも言いたいんだろうがその形容はおかしい。大体、そんな強化外骨格みたいに服着込んでるんだから、見られたところでどうってことないだろ」
「そうかしら。比企谷くんと同じ空間に安心しているためには、これでもまだ足りないくらいだと思っているのだけれど」
「そうだよー! いっつもいっつもゆきのんとか、あたしとかを変な目で見てくるじゃん! このくらいしないと、ゆきのんもあたしも安心できないんだよ!」
「本当なら学校も休みたかったところだけれど、あなたに話があったからこうして来たの」
 あんな女としての尊厳を投げ捨てた悪戯を仕掛けてきておいて、今更何を純情ぶっているのだと小一時間説教してやりたいところだったが、渋々席に着く。おお、柔らかい。さすがパンさん。
38: ◆bU0CD2Homw 2015/05/25(月) 22:28:50.26 ID:WNfEjORU0
「で、話ってのは何だよ」
「昨日私たちがあなたに課した試験については、一色さんから説明を受けたと思うけれど」
「物は言いようだな、おい」
「その結果は甚だ私たちにとっては不満足なものだったと言えるわ」
「理由を聞かせろ」
 すると、今まで居丈高に俺を睥睨していた雪ノ下は、何故か頬を赤らめてぷいっとそっぽを向いてしまった。
「あなたは私たちの体にも制服そのものにも興味はなく……わ、私たちが着ていた制服でないと興奮できない異常者だということが分かったからよ」
「も、もう! ヒッキーって本当にヒッキーだよ! いろはちゃんから聞いたとき、あたしもゆきのんもすっごく困ったんだからねっ」
「なるほど……」
39: ◆bU0CD2Homw 2015/05/25(月) 22:34:22.37 ID:WNfEjORU0
 結局、一色は俺が女装趣味の変態でも、女体に飢えた変態でもなく、雪ノ下と由比ヶ浜のもの限定の制服フェチだと伝えたというわけか。
 制服なら何でもってわけじゃない。
 俺はお前たちのものだから好きなんだ、みたいな。
 ……ま、女装野郎よりかは幾分マシか。一色、グッジョブ。
「全く、見下げ果てた男ね。少しは見所があると思っていたのに……あ、あなたは私のスカートしか見ていなかっただなんて」
「そ、そうそう。ヒッキーは皆のことを気にかける振りして、実はあたしのワイシャツの胸元にしか興味がなかったんだもんね。がっかりだよ」
 やれやれだぜと言わんばかりにため息をつく雪ノ下と由比ヶ浜。
 なるほど、制服を着ていなかったのはそれが原因か。地肌を見せないためでなく、制服を着ていなくても違和感がないくらい着込んでおくことが目的だったと。 
「でも、比企谷くんが右に出るものがいないほどのスカート好きだったおかげで、あなたの腐った視線が由比ヶ浜さんに注がれることはなかったみたいだから、それだけは幸いだったと言えるわね」
「うんうん。ヒッキーが自分でも抵抗なく着られるワイシャツが好きだったおかげで危ない道に進まずに済んだんだから、喜ばないといけないよね。ゆきのんのだと、ちょっとサイズ的に入らなそうだもんね。いろいろと」
40: ◆bU0CD2Homw 2015/05/25(月) 22:35:52.23 ID:WNfEjORU0
「……そうね。でも比企谷くんはより倒錯的な快感を求める変態だから、ただワイシャツを着た程度では満足できないはずよ」
「そんなことないよ! ヒッキーはまだ帰ってこれるんだよ! 勝手に取り返しのつかない変態さんみたいな扱いしないでよ!」
「どっちでも……よくはないけど、とりあえず俺の変態度の高低を真面目に議論するのはやめろ。結局、結論は何なんだ」
「だから、比企谷くんをさらなる高みへと導くために……」
「違うよー! ヒッキーがちゃんと生身の女の子を好きになれるように、これからいろいろと……」
「おい、何で語尾を濁して赤くなるんだよ。いっそ言えよ最後まで」
「「つまり……」」
「先輩が行くところまで行ってから、お二人がそこに追いつけばいいんじゃないですかー?」
「「それだ(わ)っ!!」」
「違う! あと一色! いろいろ言いたいことは「ありませんよね?」はいありません。でもその荷物は何だ」
41: ◆bU0CD2Homw 2015/05/25(月) 22:37:08.39 ID:WNfEjORU0
「やだなー先輩。見れば分かるじゃないですか。ウィッグとメイクボックスと暗幕ですよ。会長特権で演劇部さんから借りてきました」
 工具箱みたいにデカいそれをドスンと机の上に置き、手早く暗幕――ただの黒い布――を窓にガムテで貼り付ける一色。
 ちょっと、何で部室を外界から隔絶してるの? 空間製作者なの?
 あれ、てっきり固有結界みたいな能力かと思ってたんだけど、超頑張って物理的に人払いしてるだけなんだよね。
 最後にドアの鍵を内側から厳重に掛け、一色はにっこりとこちらを向き直った。
「じゃあ先輩、始めましょっか」
 やべえ、アンチいーちゃんこと、ノイズくんがいーちゃんと対決したらどうなってたのかを考えてるうちに逃げ場がなくなってた。 
 とっさに立ち上がろうとした俺の額を、雪ノ下がそっと片手で押さえつけた。
「立つことができないでしょう、比企谷くん」
「く、くそ……友達に披露すると驚かれる人体の不思議その一を実践的に使う奴がいるとは思わなかった……!」
「披露する友達なんていないでしょう」
「まあそうだけど……」
42: ◆bU0CD2Homw 2015/05/25(月) 22:38:19.07 ID:WNfEjORU0
「先輩のためを思って言いますけど、ここで逃げたらもっと大変なことになっちゃいますよー?」
「大丈夫、あたしどんなに汚れちゃったヒッキーでも受け止めてあげるから」
「お前らがこれから汚すんだろ……」
「比企谷くんにこれ以上汚くなる余地などないから、その点は心配無用よ」
 好き勝手なことを言いながら、和気あいあいと道具を俺の周りに広げていく雪ノ下たち。
 新聞紙、安全剃刀、お湯入りの洗面器、タオル、ワセリン、眉ペン、毛抜き、パフ、白粉、ブラシ、ウィッグ……その他用途の想像がつかない諸々が、続々と積み上がっていく。
「では始めるわ、比企谷くん。くすぐったいかもしれないけど、極力動かないで、大丈夫だから」
 
 何で俺の脚にワセリンを塗るんだ雪ノ下。別に俺乾燥肌とかでもなんでもないんだけど。むしろうるおいボディなんだけど。
43: ◆bU0CD2Homw 2015/05/25(月) 22:39:48.10 ID:WNfEjORU0
「じゃ、あたしは顔かなー。大丈夫、そんなに眉細くしないから……うわ、ヒッキーまつ毛長っ! ちょっとキモいかも」
 え、眉? ははは、校則でいじっちゃダメだってあったからちゃんとナチュラルのまま……あいたー!? 数本一気に持ってかれたぞ今!
「うーん……これしかなかったとはいえ、やっぱ黒髪の方が似合いそうですよねー……先輩しょうゆ顔ですし……雪ノ下先輩、由比ヶ浜先輩、今度ショップ行ってみません? あ、でも大丈夫ですよ先輩。ちゃんと可愛くしてあげますから」
 お前ら、喋るごとに『大丈夫』って言うのやめろ。小学校の林間学校のレクで同じ班の地図係がしきりにそれ連呼してたの思い出して不穏な気分になるから。
 ……まあ、今更泣こうが喚こうが現実は何も変わらない。
 今日俺が、比企谷八幡が、ここで男として死ぬという事実は、何一つ変わることなどないのだから。
「……さよなら、八幡」
 俺は窓の外を見つめながら、ただじっと時が過ぎ去るのを待っていた。
52: ◆bU0CD2Homw 2015/05/27(水) 01:31:36.30 ID:IppCcYkp0
 無我の境地に至ること一時間。
 眉を抜かれ、何か塗られ、脛を剃られ、脱がされ着せられとあれやこれや弄り回されたが、俺はもう比企谷八幡であって比企谷八幡ではない。よって、どんな扱いを受けようと、最早一切動じることなどありえないのである。
 ……と思っていたのだが、
「これが、俺なのか……?」
「うわー先輩ヤバいですヤバい! マジありえないっていうか、自分でやっといてなんですけど信じられないですっ!」
 きゃいきゃいと一人で大はしゃぎしている一色を尻目に、俺は姿見に写った人影をまじまじと見つめる。
 そこには、黒地に白抜きのプリントが入ったロンTに、シンプルな七分丈のパンツを身につけ、ぽかんと口を開けた目付きの悪いヤンキー風のお姉さんが写っていた。
53: ◆bU0CD2Homw 2015/05/27(水) 01:32:33.07 ID:IppCcYkp0
 ……これ、テレビじゃないよね? 鏡だよね? うわ、何で箱の中に人がいるんだ!? なんて過去からタイムスリップしてきた江戸時代の人みたいなこと言わないよ俺?
 
「先輩ひげ薄いですしまつ毛長いですし、目元と唇ちょちょっといじっただけでこんなんなっちゃったんですよ?……あーもうなんかムカつくっていうか、わたしたちが普段どれだけ苦労してメイクしてると思ってるんですか」
「俺に言われてもな……」
 よくよく見れば、自転車通学の賜物なのか、ふくらはぎが妙にゴツかったり、手は誤魔化しきれなかったのかいかにも男もの(ネイル済み)だが、それ以外はぶっちゃけ小町でも分からないまであるレベルで女になりきっている。いや、それはないな。小町がお兄ちゃんのこと分からないわけないし。
 それはさておき、鏡を見ているだけで、比企谷八幡の根底にあるものが揺さぶられているような、ひどく不安定な気分になる。
 俺みたいに喋り、俺みたいに動き、俺と同じところを見ている、俺ではない誰か。
 一週間ばかし海外旅行に行ったくらいで人生観が変わったなどとのたまう輩には常々軽蔑の念を抱いていた俺が、たった一度の女装でアイデンティティが曖昧になっているのだから笑ってしまう。
 そうか、俺にはこういう生き方もありなのか、と思ってしまうほど。
 ……いや、本気じゃないけどね? あくまでもしもの話だよ、もしもの話。『if』の話とか超好きだから俺。例え詭弁みたいでも何だか救いがあるような気がするから。
54: ◆bU0CD2Homw 2015/05/27(水) 01:33:20.99 ID:IppCcYkp0
「先輩身長はそこそこありますけど、肩幅とか首とか二の腕とか、とにかく全体的にひょろいんで、レディースの服でもそのまま着れちゃうんですよ」
「……やっぱこれ女物なのか」
「シャツもパンツも結構お高いそうなので、あんまり伸ばしたりしないでくださいね」
「パンツなんかそうそう伸びねえし、第一これ着て飛んだり跳ねたりするわけじゃねーだろ。つーか、元からなんか伸びてるぞ、これ。ほら、胸元のあたりが妙にスカスカしてるし」
「…………ご、ごめん」
 ……あれ、何で由比ヶ浜が謝るの? 俺今一色と喋ってたんだけど。
 俺の怪訝な視線に気づいたのか、由比ヶ浜がもじもじしながら口を開いた。
「……それ、前優美子がうちに泊まりに来たときに忘れてったので、返そうとしたらあげるって言われたから、部屋着にしてたんだけど……」
「……お、おう」
 なるほど。
 胸のサイズが合わないから、着てるだけで勝手に伸びちゃったと。
 つまり、これは普段由比ヶ浜が着てる服……ヤバい、胸がめっちゃドキドキしてきた。
 言われてみれば、なんとなく由比ヶ浜っぽい匂いがしないでもないような――――
55: ◆bU0CD2Homw 2015/05/27(水) 01:34:28.42 ID:IppCcYkp0
「ちょ、ヒッキー! 匂いとか嗅ぐのやめてよ、恥ずかしいじゃん!」
「制服どころか、私服でさえ見境なしなんて、さすがは比企谷くんね」
 はっ、無意識のうちに袖の匂いを嗅いでいたようだ。
 しかし、わざわざ嗅ごうとしなくても、女子特有の甘い匂いが勝手に鼻腔に滑りこんでくるのだからどうしようもない。鼻で息をするなとでも言いたいのだろうか。
 とにかく、ちょっと目覚めかけたがいつまでもこんな格好をしているわけにはいかない。
 いや、むしろ目覚めないためにさっさと元の服装に戻りたい。パンツルックだったのがせめてもの救いだったといったところだ。
「何か不機嫌そうな顔ですけど、やっぱりスカートの方がよかったですか?? なら、こっちにデニムのミニがありますけど、穿きます?」
「余計なお世話だ。それに、この顔は生まれつきだよ」
56: ◆bU0CD2Homw 2015/05/27(水) 01:36:17.26 ID:IppCcYkp0
「ねえゆきのん、どうして男の人ってスカート穿きたがるのかな? パンツだって可愛いのたくさんあるのにね」
「そんなことを言っているうちはまだまだ駆け出しよ。彼らは女になりたいんじゃなく、ただスカートを穿きたいだけ。さらに言うなら、スカートを穿くことで自然と動作が女性的になること自体を楽しんでいるだけよ。パンツルックでは意識しないと女性らしく振る舞うことのできないから、その欲求を満たすことはできない。だから彼らは女装といえばスカートを穿くことしか頭にないの」
「へえ?、なんだかもったいない気がするね。レディースの服を、レディースだって分からないように普段のファッションに取り入れるのも楽しいと思うのに」
「初見でレディースと分かるような服を着るのなら、身だしなみの段階から女性的でないと違和感を覚えてしまう。けれど、かと言ってメンズなのかレディースなのか際どい服を着ても、それで欲求を解消できるとは思えないわ」
「いっそどこからどう見ても女性だって言えるくらい完璧に女装して外出した方がいい気がしますけど、そうなる前で踏みとどまっていた方が、少なくとも社会的には真っ当な人なんですよね?」
「男性であると見破られることがないのならその選択もありだとは思うけれど、衣装やメイク道具を充実させて、ある程度自分の嗜好と向き合えるような年齢になった頃には、既に外科的な処置を施しても女性であると思われるには厳しくなる程度には老いているはずよ」
「確かに、たまに駅とかでバレバレの女装してるおじさんとか見るけど、気持ち悪いとか以前にすっごいいたたまれない気分になるもんね……」
「世間の目が気になっても、こんなことは一般的には間違っていると分かっていても、それでも抑えることのできない衝動に駆られることが誰しも一度もあるはずよ。きっとそれが、人間が人間として生まれたが故に背負わされた業なのではないかしら」
「そっかー……難しい問題なんだね……」
「……何の話してんの、お前ら」
57: ◆bU0CD2Homw 2015/05/27(水) 01:37:07.21 ID:IppCcYkp0
 女装に理解ありすぎだろ、こいつら。経験者かよ。
 しかし、女装とはこれすなわち女を装うこと。つまり、自分で自分の物真似ができないのと同じように、女装をするには前提として性別が男でなければならない。
 この世界に真に男しかできないことがあるとするならば、それは力仕事でも大統領でもなく、女装なのである。
 と、男として生まれた意味について考えていると、雪ノ下がこほんと咳払いをして言った。
 
「さて、依頼も来そうにないし、今日のところはこのくらいで終わりにしましょう」
「う?ん……まあ時間も時間ですし、続きはまた明日ということにしましょうか」
「続くのかよ」
「ヒ、ヒッキー。その服あげるから、着て帰ってもいいよ?」
「まずいらん。自分で持って帰ってくれ」
「由比ヶ浜さんに感謝するのね比企谷くん。あなたの制服は何故か行方不明になってしまったけど、由比ヶ浜さんの服があるから全裸で帰らなくてもよくなったわ」
 
58: ◆bU0CD2Homw 2015/05/27(水) 01:37:50.18 ID:IppCcYkp0
「せめて肌シャツくらい着させろ」
「それよりトランクスだと思うんですけど……」
 小粋なトークを交わしながら帰り支度を始める俺たち。この短時間で、前髪を?き上げる仕草が身についてしまったのが怖い。つーかこのキューティクル抜群のウィッグ本当に演劇部のかよ。こんな高級品高校の部活なんぞに転がってないぞ、普通。……おい、取れねーぞこれ。何でくっつけてんだ。
 皆してメイク道具を片したり、暗幕を外したりと忙しくしていると、雪ノ下の思いつめたような声が聞こえた。
「……由比ヶ浜さん、一色さん。鍵を失くしてしまったみたいだから、2人とも先に帰っていてちょうだい」
「ええ!? 大変じゃん、すぐ探さないと!」
「心配には及ばないわ。私とハチ子……もとい、比企谷くんがいれば、すぐに見つかると思うから」
「誰がハチ子だ。勝手に源氏名をつけるな」 
「え、でも」
「由比ヶ浜さん」
 雪ノ下はつかつかと彼女の元へ歩み寄ると、ごにょごにょと内緒話をし始めた。
59: ◆bU0CD2Homw 2015/05/27(水) 01:38:41.09 ID:IppCcYkp0
「…………明日……時間……たっぷり……」
「でも……ヒッキー…………初めて…………」
「今度……皆で………そのまま………パルコに……」
「ちらちらこっちを見ながらこそこそ話をするのはやめろ。不安になるだろうが」
 俺の言葉はまるっとスルーされ、協議を重ねる雪ノ下と由比ヶ浜。
 やがて双方合意に至ったのか、満足げに微笑みながら2人は離れた。
「ではまた、明日の部活動のときに会いましょう」
「うん、それまでにあたしも準備しとくから。いろはちゃん、帰ろっか」
「はーい♪」
 仲睦まじく、並んで部室から出て行く由比ヶ浜と一色。
 何故かその背中が、俺にはひどく遠く感じられた。
60: ◆bU0CD2Homw 2015/05/27(水) 01:39:37.42 ID:IppCcYkp0
 
「…………」
「…………」
 楽しげな2人の会話が遠ざかるにつれ、部室には纏わりつくような静寂が満ちていく。
 しかしそれは決して気まずいものではない。
 沈黙が苦痛なのは、喋ることがないのに喋らなければいけない状況にあるときだけだ。
 彼女が、雪ノ下が話し出すのを待つだけのこの時間は、俺にとってはむしろ心地いい。
 ふう、と何か決心したように雪ノ下は一息つくと、
「……ユニフォーム交換というものを知っているかしら、比企谷くん」
 何の脈絡もなく、そんなことを言い出した。
61: ◆bU0CD2Homw 2015/05/27(水) 01:40:44.71 ID:IppCcYkp0
短めですが今日の投下はここまでです
読了いただきありがとうございました
63: 以下、

ユニフォーム交換…やと…
65: 以下、
ハチ子「ちょっと胸の所が窮屈なんだけど…」
69: ◆bU0CD2Homw 2015/05/29(金) 23:45:57.01 ID:lUJDixGP0
「まあ、知ってるけど」
「激戦を戦い抜いた者同士が、お互いの健闘を讃え合うために行われる、一種の儀式ね。あまりスポーツには興味はないけれど、とても美しい行為だと私は思うわ」
「……はあ」
 雪ノ下の言葉の真意が掴めず、生返事を返す俺。
 立ったまま淡々と言葉を紡ぐ雪ノ下の様子は至って平常で、そこに普段と違うものを見出すことはできない。
「時に比企谷くん。制服を英語に訳すと、何という単語になるのか分かるかしら」
「あー……大丈夫、この間調べたばっかだから。覚えてる、覚えてる、だから言わなくていい……えーと、コ、コス……」
「頭文字から既に間違っているわ。勉強が足りていないわね比企谷くん。答えはUniformよ」
「あー! そう、それだそれそれ。ちょうど今喉元まで出かかってたんだわ、うんうん」
「わざわざヒントまで出してあげたのにその体たらくでは、この先が思いやられるわね」
70: ◆bU0CD2Homw 2015/05/29(金) 23:46:44.24 ID:lUJDixGP0
「ぐ…………」
 ふ、不覚だ……玉縄が使いそうな長ったらしい横文字じゃなく、思いっきり一般的な単語がトぶとは……。
 なまじユニフォームが試合着という意味の日常語として定着してるせい……いや、これは日頃の勉強不足が招いたことだ。言い訳はするまい。
「で、そのユニフォーム交換が俺に何の関係があるんだよ」
「頭の回転が鈍いのね。今からそれをしようというから、こうして話題に挙げたのよ」
「……何で俺がお前と制服を交換しなくちゃいけないんだよ。それに、もう学校閉まるぞ」
「今日の見回りは平塚先生だから、そのへんはある程度融通が利くわ」
「もう一つの方に答えろ。つーか制服返せ。早く帰りたいんだよ、俺は」
「……私の制服を着てみたいとは思わないの?」
「一色さんの制服は着たくせに」
 どくん、と。
 心臓が倍に膨れ上がったかのような衝撃が俺の胸を衝いた。
「なっ……!? おま、どうして、それを……!」
71: ◆bU0CD2Homw 2015/05/29(金) 23:47:33.87 ID:lUJDixGP0
「普通、制服に興味があるからと言って、そうそうそれを自分で着てみようという発想に至る人間は多くないわ。なのに、一色さんは今日あなたを『行くところまで行かせる』と言って女装させようとしたの」
「おかしいと思わない? 昨日の一色さんの話では、あなたは私たち2人の制服にしか興味がないはずなのに、どうして一色さんの制服を使った実験で、あなたに女装願望があることが分かったのかしら」
「恐らく、比企谷くんは女装衝動に負けて一色さんの制服に手を出してしまったのではないかしら。そして、彼女はそんなあなたの姿を見て湧き上がった悪戯心を満たすため、それを私たちに秘密にする代わりに何らかの約束を交わした。大方、彼女の言うことに逆らうなとか、そんなところでしょうけど」
「……いくらあなたとはいえ、いきなり制服を着せるのはハードルが高いから、少しづつステップを踏むべきだとか、いろいろ言っていたけれど、全てあなたが女装をさせられて困っているところを見たいがための行動だったようね」
 流れるように推理を述べた雪ノ下は、少し自慢気な顔で問いを投げてきた。
「何か、間違っていたところはあったかしら」
「……ありません。全て事実です」
「なら、あなたがこれからするべきことは分かっているわね」
 そう言って手提げバッグをごそごそやって取り出したのは、きっちりと折り目正しく畳まれた、女子用の制服だった。
 どうやら、最初から制服は着ていなかったらしい。
「由比ヶ浜さんの服を脱ぐことを許可するわ。代わりに、私の制服に着替えなさい」
「……何が目的だ、雪ノ下」
「空腹のときに食事をとりたいと思う気持ちに、何か理由があるのかしら。原始的な欲求に動機を求めるのは無粋よ、比企谷くん。いつも何食わぬ顔で私と一緒にいるあなたが、私の匂いが染みついた、私の制服を着たときに、どんな反応を示すのか。それが知りたいの」
「なら、俺の制服をお前が着る必要はないだろ」
72: ◆bU0CD2Homw 2015/05/29(金) 23:48:13.13 ID:lUJDixGP0
「そんなことを、皆まで言わせないでもらえるかしら」
「……せめて、電気を消させてくれ」
「構わないわ」
 部室の入り口まで足を運び、照明を落とす。
 ぱちっと音がして、部室は一気に薄暗くなった。
 星が瞬き始めた夜空の底で、沈みかけの夕日が最後の輝きを放っている。
 あの分なら、きっと一分も経たないうちにその姿は地平線に消えるだろう。
(…………?)
 日没を経て、夜に至った。そして朝を迎えて、また日が落ちようとしている。
 なのに、まだ昨日一色と別れてから、一時間と経っていないような気さえする。
 そもそも、俺は今日何時に起きた? どうやって学校まで来た? 授業中何をしていた?
 虫が食ったように断片的であやふやな記憶。
 熱に浮かされたように、おかしなことばかり口走る彼女たち。
 ああ、これはきっと夢だ。朝が来れば帳消しになり、何の記録にも残らない虚ろな時間。 
 だが、それが一体何だというのか。
 覚めない夢などないし、明けない夜など来ない。
 それは現実においても変わらないことだ。楽しい日々も苦い過去も、全て等しく思い出として風化していくのだから。
「では始めましょう、比企谷くん」 
 日が完全に落ちると同時に、雪ノ下は髪飾りのリボンを取り払い、一度頭を大きく振った。
 まるで緞帳のように暗い、長い黒髪。
 それに隠された雪ノ下の表情は、俺からは窺い知ることはできない。 
 そして、総武高校に夜が訪れる。
 俺と雪ノ下の2人だけの、短い夜が。
73: ◆bU0CD2Homw 2015/05/29(金) 23:48:40.73 ID:lUJDixGP0
 眼下の街明かりと、ぽつりぽつりと瞬きだした星空だけが照明代わりだった。
 暗闇に沈む校舎に、無言で佇む俺と雪ノ下。
 自分の掌も朧げな闇の中では、三メートルほど距離を空けた彼女の表情など、推し量るよりほかに知る術はない。
 ほう、と。ため息をつくように雪ノ下が吐息を漏らすのが聞こえた。続いて、髪を手櫛で梳いている、さらさらという音。
 俺たち以外に動くものがない今の部室では、息遣いや衣擦れの音さえも、話し声のように鮮明に耳朶を打つ。
 何の気なしに身じろぎし、脚をもぞもぞと動かしてみる。
 すると、スカートの裾がわずかに揺れ、太もものあたりからこそばゆい感覚が這い上がってきた。
(……本当にスースーするな)
 脚を動かしただけで、内股同士が擦れ合うのがひどく落ち着かない。
 ぴったりと膝上から爪先に張り付いたニーハイソックスの窮屈さと、そのすべすべした手触りが妙に癖になる。
 実質的に露出しているのは、高さ5センチほどもない、いわゆる絶対領域と呼ばれる箇所のみだ。
 肌を晒しているいないの話をするのなら、はっきり言ってスラックスを穿くのと大差はない。
 だというのに、ただ座っているだけでひどくもどかしい気分になってくる。
 ユニフォーム交換。
74: ◆bU0CD2Homw 2015/05/29(金) 23:49:24.37 ID:lUJDixGP0
 ユニフォームとは、日本語で言うところの制服である。
 ならば、完全に和訳したユニフォーム交換とは、すなわち制服を取り替えっこすることなのだ、というのが、開会宣言を担った雪ノ下選手の言だった。
 
「お楽しみのところ邪魔して悪いけど、感想はどうかしら比企谷くん」
「……別に楽しんでねーよ。女物の服着る機会なんてなかったから、新鮮に感じてるだけだ」
「そう。わたしは今、十全に楽しんでいるところよ」
「…………お、おう」
 目が暗闇に順応しだし、少しづつ真っ暗だった部室の中が見えるようになってくる。
 その正面には、椅子に腰掛け、居丈高に脚を組んでいる雪ノ下の姿があった。
「スカートだと、人前ではあまり大っぴらにこんなことはできないから、なんだか気分が良いわ」
「……人前じゃなかったらやるのか?」
「ええ。家ではお風呂上がりにパジャマも着ずにストレッチをしたりするし、休日は伸びきったTシャツに安物のハーフパンツを穿いて、カーペットに寝そべったままお菓子を食べているわ。2連休で外出の予定もなかったら、徹夜でネットの動画を見漁ることも珍しくないわね」
 くすり、と小さく雪ノ下は笑った。
75: ◆bU0CD2Homw 2015/05/29(金) 23:49:54.16 ID:lUJDixGP0
「これが本当だとしたら、あなたはどうする?」
「別にどうもしねーよ。意外だなって思うだけだ」
「そう。仮にわたしが男の子だとして、自分の彼女がプライベートではそんな風に振舞っていると知ったら、どんな手を使ってでも止めさせるけど」
「……誰も見てないとこで何してようが、そんなの勝手だろ」
「そうね。比企谷くんが普段誰のことを考えながらどういう自慰をしているかなんて、そんなのは比企谷くんの勝手だものね」
「………………」
 ……部室が暗くて本当によかった。
 雪ノ下の口から『自慰』という言葉が出た瞬間、思わず馬鹿みたいに目を見開いてしまった。
 こうしていると、修学旅行の消灯後のあの時間を思い出す。
 昼間に面と向かってはできないような、やれどの子が好きだの、どんなとこが好きだのという他愛もない恋愛トーク。
 録音されていたら死亡不可避のこっ恥ずかしいことこの上ないやり取りだが、している分には楽しいものである。知らんけど。
 とにかく、お互いの顔が見たくても見えないという状況は、アレな方向に人を解放的にするのである。
76: ◆bU0CD2Homw 2015/05/29(金) 23:50:29.60 ID:lUJDixGP0
「……そういう感じの話、由比ヶ浜ともするのか?」
「そういう感じとはどういう感じかしら。比企谷くんも文系の端くれなら、もっと分かりやすく表現してもらえないかしら」
「だからその……恋話っつーかシモ系の話だよ。よくお泊まりとかしてるんだろ? そのときに、女子ってそういう話とかしないのか?」
「まあ、初恋の思い出くらいは共有し合っているわ」
「ってことはお前にも、昔好きな人がいたってことか」
 口にした途端、ずきんと胸の奥が刺されたように傷んだ。
 人間、真っ当に学校生活を営んでいれば、片思いの一つや二つは当然のようにするものだ。
 それが、後から思えばただの偽物だったとしても。
 この俺にさえそんな経験らしきものがあるのだから、控えめに言っても美少女の部類に入る雪ノ下ならば、そのくらいはあったところで何らおかしなところなどない。
 だが、許せなかった。
 雪ノ下が、俺の知らない男と睦まじくしているその光景を、想像するだけで心がざわつき、行き場のない苛立ちが湧いてくる。
 傲慢だ。身勝手だ。自意識の塊だ。
 どうして雪ノ下は自分にだけ気を許していると思ったのか。
77: ◆bU0CD2Homw 2015/05/29(金) 23:51:10.39 ID:lUJDixGP0
 雪ノ下が誰に対して何を思おうと、それこそ雪ノ下の勝手ではないのか。
 たった半年同じ部活だったというだけで、雪ノ下にとっての唯一の存在になれたとでも思ったのか。
 ぎり、と奥歯を強く噛み締める。
 折本のときと同じだ。
 勝手に思い込んで、勝手に舞い上がって、勝手に浮き足立って、勝手に先走って打ち砕かれた。
 
 どうやら俺は、あのころから何一つとして成長などしていなかったようだ。
「いえ、いないけれど」
「っていないのかよ!」
「ちなみに、由比ヶ浜さんにもいなかったわ」
「何の思い出を共有したんだよお前らは」
 その件を話していたときの2人の空気がありありと思い浮かぶ。
『ねえ、ゆきのんって昔好きだった人とかいないの?』『いえ、特には』『またまたー。本当はいたんでしょ?』『いいえ、いないわ。そういう由比ヶ浜さんは?』『ふぇっ!? あ、あたしにもいないよー!』『……なら、どうして私にこの話題を振ったのかしら』『えー、だって気になるじゃん』
 
 ……おかしいな、どっちも気の利いた返しをしていないのに、何故か雪ノ下と由比ヶ浜が喋っているとそれだけで楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
「さて、あなたの質問に答えてあげたのだから、今度はあなたが私の質問に答える番ね」
「そんな取り決めを交わした覚えはないんだが」
78: ◆bU0CD2Homw 2015/05/29(金) 23:51:49.24 ID:lUJDixGP0
「さっきはうやむやにされてしまったけれど、もう一度聞かせてもらうわ。私の制服を着た感想はどうかしら」
「どうって言われてもな……」
 この格好で街中を歩いたり、木登りでもしてみればまた趣も変わってくるのだろうが、あいにくただ制服を着ているだけで興奮できるほど、俺は変態ではなかったらしい。昨日? あれはうちのシマじゃノーカンだから。
 当初はスカートの独特な穿き心地にちょっとドキドキもしたのだが、しばらくするとその感覚にも慣れてしまったのである。変な話。
 それでも、聞かれたからには何かしら答えなければならないだろう。
 まず、全体的にサイズが小さい。
 身長も体重も肩幅も、何もかもが俺より小さい雪ノ下の服なんだから当然だが、あちこちがとにかく窮屈で仕方がない。
 一色いわく、スカートとはウェスト穿きするものなのだが、それは肋骨の形状の関係でくびれがある女子の場合であって、男にそんなものはない。
 したがって、へその少し上らへん。腹を全力で引っ込めることで、ウェストが最低値になる位置で、無理矢理衣服として纏っている状態だ。
 さらに、
「ワイシャツの胸のあたりがキツいな。全然余裕がなくて、腕を回しただけでボタンが千切れそうだ」
「………………」
「……あ、いや。俺の方がお前より多少なりとも胸筋があるからとか、」
「……つまり、特別鍛えてもいない比企谷くんの胸筋よりも私の胸は小さいと。そういうことを言いたいのかしら」
79: ◆bU0CD2Homw 2015/05/29(金) 23:52:20.83 ID:lUJDixGP0
 小さな子供は思ったことをすぐ素直に口に出してしまう。
 髪の毛が薄いおじさんを見て『この人ハゲてるー!』とか、ちょっと若作りしてる感が出てるお姉さんに『おばさん』とか、俺を見て『この人目つき悪くね?』とか。
 あれは悪意があって言っているのではなく、ただ『これを言ったら相手が傷つくだろう』とか、そういう配慮ができないからつい言ってしまうだけなのだ。
 子供は子供らしく、純粋に純真に振る舞うことが正しい姿だ。
 その正直さがまた、的確に人の心をえぐってくるわけなのだが。
 何が言いたいかと言うと、悪意なく発した言葉が、時に人を攻撃してしまうこともあるのだということである。
 とうとうとそう雪ノ下に言い聞かせると、
「……私の胸が小さいということ自体は否定しないのね」
「……いや、雪ノ下。お前は人類史上稀に見る巨乳だ。俺が保証する」
「むしろ、それが私をバカにしようとかそういう思惑は一切なしに普段からそう思っていたということを裏付けただけだから、言い訳どころか追い打ちを掛けただけのように思えるのだけれど」 
 
「本当にすいませんでした」
 極東の秘奥義DOGEZAを行使しようとしたところで、呆れたような雪ノ下のため息が聞こえた。
「まあ、胸の大きさだけで人間性を測るような人間はこちらから願い下げだし、別に気にしてはいないのだけれど」
「そうか。ならいいんだが」
 客観的、相対的に人間性を測る方法など果たして存在するのだろうかという疑問はさておき。
 終わった話題を蒸し返すのも何なので、とりあえず無難に返事をしておいた。
80: ◆bU0CD2Homw 2015/05/29(金) 23:53:05.49 ID:lUJDixGP0
 すると、雪ノ下が小さくおかしそうに笑ったのが聞こえた。
「……こういう特殊な状況になったら、普段と違う私になれるのかもしれないなんて思っていたのだけれど、あなた相手だと部活中と大差ないわね」
「いや、だいぶ違ったような気がしていたんだが」
 少なくとも、俺の知っている雪ノ下雪乃は、平然と自慰なんて言葉は口にしない。……いや、下半身事情とか普通に言うしなあ。案外俺の知らないとこで言いまくってんのかも。
 ……淫語全開で猥談する雪ノ下と由比ヶ浜か。エロいとかじゃなくて普通に引くわ。
 そもそも、この2人が猥談をしている図などさっぱり思い浮かばないが。
「じゃ、そろそろお開きにしましょうか。比企谷くんも十分に満喫できたみたいだし」
「していないし、これからする予定もない。女装なんて面白いもんじゃねーよ。俺には趣味が合わん。時間と金ばっか掛かるし、知り合いに見つかったら人生終了とか、コスパ悪すぎだろ」
「何を言っているのかしら。あなたは既に、私と由比ヶ浜さんと一色さんの3人に女装姿を見られているのよ。もう怖いものなど何もないでしょう」
「確かにお前ら以上にヤバい趣味がバレたくない相手っていうのはそういないがな」
 自分で言うか、そういうこと。
 とはいえ、俺と雪ノ下の異常な夜は終わりを告げた。
81: ◆bU0CD2Homw 2015/05/29(金) 23:53:34.77 ID:lUJDixGP0
 こんな奇妙なイベントが起こることは今後ないだろうし、もちろん自分から起こすつもりはない。
 同じ場所で、同じ人間と同じ経験を共有できるのは、人生でただの一度きりしかないのだ。
 そしてそれは、ただの一度きりだからこそ、鮮烈に思い出として記憶に刻まれる。
 だから、こんなことはこれっきりでいい。
 月の光が差し込む教室で、雪ノ下と二人きりで語らうなんてことが、一生に二度も三度もあっては罰が当たってしまいそうだ。
 朝になれば全てはなかったことになる。
 否、これはただの夢だ。最初から存在などしていない。
 ありもしないものの喪失を嘆くなんて馬鹿げている。
 封も切っていないゲームのセーブデータが消えたと大騒ぎするようなものだ。
 俺の前に立つ雪ノ下が霞んでいく。
 どこかから、マイスイートシスター小町の、俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
 夢はどうやら、ここまでのようだ。
「比企谷くん」
 夢の中の雪ノ下は、最後にこんなことを言っていた。
「また、部活で会いましょう」
82: ◆bU0CD2Homw 2015/05/29(金) 23:54:22.74 ID:lUJDixGP0
「うっす」
 いつも通りの短い挨拶とともに訪れた部室には、いつも通り静かに本を読む雪ノ下がいた。
 俺が来たことに気づいたのか、本に釘付けになっていた視線が、ちらりとこちらに向けられる。
「こんにちは比企谷くん。ちょうど紅茶を淹れたところだから、飲みたかったら勝手に飲んでいいわよ」
「ああ」
 あいにく今日は紅茶の気分ではなかったのだが、一応返事だけはしておく。
 椅子に腰を下ろし、読み止しの文庫本を鞄から取り出し、栞を挟んでおいたページから読み始めた。
 きっと、あと数分もすれば由比ヶ浜が騒々しく部室にやってきて、雪ノ下に絡みだすのだろう。
 何気なく、何事もなく、平易に進行する日常。
 昨晩のようなけったいな非現実などとは一線を画した、真っ当な俺の高校生活である。
 時折ページをめくる音がする以外は、至って静かな部室に。
 唐突に、少し上ずったような雪ノ下の声が響いた。
「比企谷くん。昨晩、おかしな夢を見たのだけれど、少し聞いてもらえないかしら」
83: ◆bU0CD2Homw 2015/05/29(金) 23:54:56.25 ID:lUJDixGP0
「うっす」
 いつも通りの短い挨拶とともに訪れた部室には、いつも通り静かに本を読む雪ノ下がいた。
 俺が来たことに気づいたのか、本に釘付けになっていた視線が、ちらりとこちらに向けられる。
「こんにちは比企谷くん。ちょうど紅茶を淹れたところだから、飲みたかったら勝手に飲んでいいわよ」
「ああ」
 あいにく今日は紅茶の気分ではなかったのだが、一応返事だけはしておく。
 椅子に腰を下ろし、読み止しの文庫本を鞄から取り出し、栞を挟んでおいたページから読み始めた。
 きっと、あと数分もすれば由比ヶ浜が騒々しく部室にやってきて、雪ノ下に絡みだすのだろう。
 何気なく、何事もなく、平易に進行する日常。
 昨晩のようなけったいな非現実などとは一線を画した、真っ当な俺の高校生活である。
 時折ページをめくる音がする以外は、至って静かな部室に。
 唐突に、少し上ずったような雪ノ下の声が響いた。
「比企谷くん。昨晩、おかしな夢を見たのだけれど、少し聞いてもらえないかしら」
 おわり
84: ◆bU0CD2Homw 2015/05/29(金) 23:56:00.61 ID:lUJDixGP0
これにて完結です
いろはすSSっぽいスレタイだったのに中身はゆきのんSSになってしまってすいませんでした
では読了いただきありがとうございました
85: 以下、
乙!
良かったの一言!
で、おかしな夢の話はいつになるかね?
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小学館 渡 航,ぽんかん8 2015-06-18
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