花陽「論理的天国」 Part7【完】back

花陽「論理的天国」 Part7【完】


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ツバサさんに連れられ、たどり着いた先は古いアパートでした。
「えっと……ここは?
適当に選んだ場所、ではないですよね?」
なんだか、昔のドラマでお金のない男の人が一人暮らしをしていたアパートに似ている気がします。
寂れた、切なさを感じるような、ここだけが色あせた写真のような、そんな場所。
だから人気(ひとけ)のないところという点では、二人きりの内緒話をするにはピッタリかもしれないです。
「……ここはね、私のうちなの。うちはね、他のUTXの生徒と違って、別にお金持ちだったりするわけじゃなかったのよ。
逆に言うと、別に貧乏というわけでもない……まあ、世間一般的で平凡な暮らしをしてきたわ。
ある時、オトノキに進学しようとしていた私は、たまたまパンフレットをもらったUTXのオープンスクールに行ったのよ。
……びっくりしたわよ、こんなにすごい学校があるのか、って」
ツバサさんはひとつ、ため息を漏らすと、再び口を開きます。
「私、私ね? アイドルなんて柄じゃない、なんて最初は思ってたけど……わかったの。
今やらなきゃ絶対に後悔する、って。ここでしかできないこと、今しかできないこと、やらなきゃって。
ーー今思えば馬鹿よね、私ってば。
別にスクールアイドルなんてプロでもないんだから、やろうと思えばオトノキでだって出来たんだもの。あなた達みたいに。
それでも私は、ここで一番になろうって思った。
……結果が、これよ。
勘当だって。ありえないでしょ? ほんの15かそこらの一人娘と縁を切っちゃうの。笑えてくるわよ本当に……」
117:
ツバサさんは、静かに、声を殺して泣いていました。
花陽には、どうすることもできません。
ただ、花陽もなんだか悲しくなってきて、自然と涙が落ちて。
いつからか降り出した雨とともに、花陽の頬を濡らします。
「あっ、ごめんなさいね! 別にそんな重い話をしたつもりじゃあなかったの。なんでかな……花陽さんになら、話せると思ったんだ、私。
ーーこの話、英玲奈とあんじゅしか知らないんだからね?」
無理に微笑んだような顔で、ツバサさんがこちらを見る。花陽は……目を合わせることができなかった。
「じゃあ、ツバサさんは今、ここで一人暮らしを……?
そうだ、学費……授業料とかはどうしているんですか?
私立の学校だから、そういうの高いんじゃ……」
やっと絞り出した声で、自分でもひどいなぁ、と思うような質問を投げかけてしまいます。
「授業料については、心配ないわ。これでも私、才能あったみたいで。
……まあ、一応今はトップスクールアイドルグループのリーダーやってるんだし、ないわけじゃあないと思うけど。それは今だから言えることか。
とにかく、その才能があった私は、特待生制度によって学費は全免除になっているわ。家賃があるから、アルバイトはしてるけどね」
「そう、ですか……」
118:
UTXの特待生制度、確か来年度から制度が少し変わるんだっけ?
UTX主催の大会で優勝したら無試験編入で特待生になれるとかなんとか。
それが、今花陽たちが目指している舞台、「ラブライブ!」。
単なるスクールアイドルの祭典っていうわけではなくて、これはもう戦争なんです。
制度が変わる前の、ツバサさんが入学する当時の特待生制度は「オーディション」と呼ばれていました。
面接、筆記、実技。三つの試験の総評上位三名は無条件でA-RISEに加入できるーーまたは、学費の全免除を受けられる。そういう制度でした。
学費の免除を申請すれば、一般の生徒と変わらない位置からのスタートになる。成功は約束されない。自力で這い上がるしかないんです。
つまりツバサさんは、実力でA-RISEに加入し、さらにリーダーに上り詰めたということになります。
ご両親に勘当されて、それでもなお夢を追い続けたツバサさんは、それはもう大変な努力をしたんだと思うの。
それを思うと、やっぱり自然に涙が溢れます。
花陽は、勿論ツバサさんに同情しているわけじゃないんだ。
でも、たくさん頑張ったツバサさんに、うまく言えないけれど、何かをしてあげたいと、思ったの。
だから、こう言いました。
「ねぇ、ツバサさん。
ーー花陽と結婚しませんか?」
121:
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「えっ? けっ、こん?
ちょっと花陽さん、突然何をーー」
突然結婚しようと言われて驚くなという方が無理な話だとは思います。
けれど、花陽にしてあげられることで、真っ先に浮かんだのはこれだったから。
「花陽と結婚すれば、ここに住まなくったっていいんです。うちで暮らせばいいんですよ!
家賃のためにバイトもしなくていいし、何よりーー独りじゃない!」
「それ、は……そうかもしれないけど。でもそんないきなり、だって私たちまだ高校生よ?それに、お互いに知っていたとはいえ初対面だし、それに……」
ツバサさんの話を遮るように、花陽は自分の思いを、想いを伝えます。
「花陽は本気です、ツバサさん!
綺羅ツバサさん。
花陽は、アイドルとしてのあなたが大好きでした。輝いているあなたのことが、誰よりも。
だけど今は違うの。アイドルとしてのあなただけじゃない。辛いことがあっても、人としての輝こうとしている、あなたが大好きですっ!」
動揺からか、ツバサさんが目に涙を溜めながら言いました。
「私だって、私だってあなたのことが好きよ!
ファンなんて嘘っ! 一目見たときからずっと好き! 愛してるのっ!
今日初めて花陽さんと会って、恋心が本物だってわかった……でも、でも……!」
涙をぬぐいながら、ツバサさんが続けます。
「わた、私たち、女の子じゃない……!
女の子同士なんて、そんな、無理よ……!」
122:
「そんなの、関係ないです!
花陽はツバサさんと一緒に笑いたい。ツバサさんに辛いことがあったなら、少しでも元気にしてあげたい。
好きだから、ツバサさんが望むことならなんでもしてあげたい!
これからずっと、最期に笑ってお別れするまでっ!
ずっとずっと一緒にいたいんです!」
もう、花陽の心には迷いなんてありませんでした。
想いの順番とか、そんなのはないんだね。
確かに、凛ちゃんの事はこれからもずっとずっと好きなんだと思う。
でもね、花陽は、凛ちゃんと同じくらい大切な人を見つけたんだ。
この人を幸せにしたい、そう思える人なんだ。
だから、自分の頬を伝う涙を拭くことも忘れて、花陽はもう一度、繰り返しました。
「ねぇ、ツバサさん。
ーー花陽と結婚しませんか?」
「ーーええ、喜んで!」
そう言って笑ったツバサさんの顔は、誰よりも綺麗で、キラキラと光る一番星のように輝いていました。
この先、同性婚が認められるかはわからない。けれど、たとえ認められなくっても、構いません。そんなのは些末な問題なんだ。
どんなことがあっても、花陽は、ずっとこの人のそばで咲いていたい、そう思うから。
「誓いのキスを、しましょう」
それは、二人のうちどちらから言ったのか、わかりませんでした。
ツバサさんからだったかもしれないし、花陽からだったかもしれない。
二人ともが同時に言ったのかもしれないし、そもそも二人とも言っていないのかも。
それでも、どちらからともなく、花陽たちはお互いの唇に吸い寄せられるように。
それらを重ね合いました。
とても柔らかくて、あたたかで。いつまでもこうしていたいと思えるような、幸せな時間でした。
123:
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花陽たちの誓いのキスが終わり、携帯電話で時間を確認したツバサさんが言いました。
「さて、花陽さん。今日はもう暗いし、名残惜しいけどお家に帰ったほうがいいわ。
ーーまた落ち着いたら、いつでも会いに来てね」
ツバサさんが少し寂しそうに、花陽に手を振ってきます。
それに花陽は、手を振り返したりはしません。
「何を言ってるんですか、ツバサさん! ツバサさんは花陽のお嫁さんなんですから、今日から花陽のうちで暮らすんですよ?」
「今日から!? そんな、引っ越しとかたくさん手続きすることもあるし、なにより花陽さんとご家族にご迷惑をかけることになるわ!」
「そんなこと、気にしないでください!
だって花陽たち、家族になるんですから。ね、ツバサさん?
んー、でも確かに、いきなり引っ越しは無理だし……あ、じゃあとりあえず今晩は泊まっていってください! それから、落ち着いたらお引越ししましょう!」
「……そうね! 私たち、家族になるのよね……ご、ご両親に挨拶とかしなきゃ。緊張してきたわ……」
そういったやり取りの後、急に真剣な顔になったツバサさんに、思わず花陽はぷっと吹き出してしまいました。
「さ、早くお泊まりの準備してきちゃってください♪
花陽はお母さんに電話して事情を話しておきます!」
「ちょっと、今笑ったでしょっ! もう……支度してくるわね。連絡、お願いしますね、旦那さま?」
旦那さま……なんて素敵な響きなんでしょう!
綺麗なウィンクを置いていったツバサさんにドキドキしながら、花陽はお母さんに電話をかけました。
「ーーあっ、もしもし、お母さん?
あのね、今日から家族が増えるから!」
おしまい
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