草十郎「有珠の手料理を食べてみたいな」有珠「……!」back

草十郎「有珠の手料理を食べてみたいな」有珠「……!」


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1:
 久遠寺邸某日・夕食後居間
 ――――――――
草十郎「有珠が当番の日は、いつも出前か出来合いのものばかりだし」
有珠「…………」
青子「何紅茶飲んでやり過ごそうとしてるのよ。事実でしょ。横目で見てもダメよ」
有珠「……今日はずいぶんと静希君の肩を持つのね、青子」
青子「それだけこっちにも不満があるってコト。ちょっとは草十郎を見習いなさい」
草十郎「いや、蒼崎も多少は俺のことを見習ってほしいんだけど」
2:
青子「な、何よ。当番はしっかり守ってるし、それにこの間庭掃除手伝ってあげたでしょ」
草十郎「落ち葉を寄せただけじゃないか。しかも、『焼却炉使うなら、ついでにこれも』とか言って、古雑誌を一抱えも部屋まで取りに来させたぞ」
青子「む――――」
有珠「…………」
青子「何してやったりみたいな顔してるのよ、そこ。矛先が変わったと思って安心してもらっちゃ困るわ」
青子「いい? 次の当番のときは、一から料理を作ってもらうからね。じゃないと――」
有珠「……どうすると言うの」
3:
青子「私の部屋にアンプを置くわ。それも、とびきり大きいのをね」
有珠「…………!!」
青子「この館、結構防音しっかりしてるのに、有珠がダメだって言うから私ずーっと我慢してたのよ。それに比べたら、軽く手料理を披露するくらいどうってことないと思うけど?」
有珠「…………」チラ
草十郎「まあ、蒼崎はともかくとして。俺のは単なる興味だよ。有珠がどういう料理を作るのかが、純粋に気になるんだ」
有珠「……そう。なら、献立を考えておくわ」
草十郎「そうか。ありがとう、楽しみにしてるよ」ニコッ
有珠「静希君みたいには作れないけど、それでもいいの?」
草十郎「俺だって普段大したものは作ってないんだ、不満なんか言わないよ」
有珠「……分かったわ」
青子「…………」
4:
 ――――――――
青子「有珠、お風呂上がったわよ、次どうぞ」
有珠「…………後で、入るから」
青子「そ。なら私、もう寝るから。おやすみ」
有珠「おやすみなさい」
青子「……で、実際どうなの」
有珠「何のこと?」
青子「料理。したことあるの? ホットケーキも焼いたことないんじゃない?」
有珠「私はフルーツの方が好きだから」
青子「そーいう話をしてんじゃないのよ。料理経験があるかないかを聞いてるの」
有珠「……なくはないわ。あるとも言えないけど」
青子「やっぱりねー。有珠がコンロの前でフライパン持ってる姿なんて想像も出来ないし。大丈夫なの?」
6:
有珠「プロイの製作に比べたら、ごっこ遊びみたいなものでしょう。軽く練習すれば、どうにでもなるわ」
青子「とか言って、古い料理本にかじりついてるじゃない。よく探してきたわねこんなの」
有珠「…………」
青子「分かった分かった、そんなに怒らないの。……まあやるだけやってみたら? 助けがほしかったらいつでも言って。力になるから」
青子「じゃ、おやすみ」
有珠「――――」
9:
翌日・中華飯店『まっどべあ』
 ――――――――――
木乃美「なあ静希。静希ってばよ」
草十郎「木乃美、よそ見してるとまた店長に殴られるぞ」
木乃美「さっき出前行ったから大丈夫。見ろよ、あそこ」
草十郎「……有珠?」
有珠「――――」キョロキョロ
木乃美「あの娘、こないだ校門の前で蒼崎といた娘だろ? へえ?、アリスちゃんって言うのか。いいねえ、お人形さんみたいで。男ゴコロをくすぐるぜ」
草十郎「……本人にはあんまり言わない方がいいぞ、そういうの」
木乃美「あん? 何だよ、そういうのって」
草十郎「ええと、何て言うんだろうな。お世辞? おべっか? ごますり? とにかく、お追従は禁物だぞ、有珠には」
木乃美「へ? 何でだよ」
10:
草十郎「よく分からないけど、有珠の持ち物を褒める分には喜ぶのに、自分を褒められるのはあまり好きじゃないみたいなんだ。どうしてなんだろうな」
木乃美「そりゃ決まってらあ、褒められ慣れてるからだろ。モノのセンスを褒めるより、本人の容姿を褒める方が楽だからな。何せ外れがないし」
草十郎「なるほど」
木乃美「……ところでやけにお前、あの娘のことについて詳しいな。知り合いか?」
草十郎「いや、知り合いというかなんていうかその」
店主「木乃美ィ! てめえまた静希を巻き込んでサボってやがるな!」
木乃美「げっ! 店長いつの間に! いて! フライパンはやめろよこら! いややめてくださいお願いします!」
有珠「…………」スッ
草十郎「店長。オーダーが」
店長「おう、さっさと行ってこい。待たすんじゃねーぞ」
木乃美「あ、こら静希! 貴様先輩を見捨てるつもりか!?」
店長「ちったあ先輩らしい振る舞いしてからそんな口利きやがれ! おら、食器回収三十軒! 俺もついてくから、サボるんじゃねえぞ!」
木乃美「ひいいいいいいい!」
11:
 フロア
 ――――――――
草十郎「ご注文お決まりですか?」
有珠「この……五目、いた、めん? というのは、何かしら」
草十郎「五目餡かけかた焼きそばといいまして、五目焼きそばに餡を掛けたメニューとなっております」
有珠「……この間、静希君が作ってくれたのは」
草十郎「え? ……ああ、あれはただのまかない焼きうどん。ここのメニューじゃないんだ……です」
有珠「……そう」
草十郎「……でも、今なら店長もいないし。こっそり作ってあげるよ。もちろん、お金はもらうけど」
有珠「……! なら、それで」
12:
 ――――――
草十郎「はい。具材がちょっと違うけど、多分こんな感じだったはず」
有珠「いただきます」
有珠「――――」ズルズル
草十郎「……ふふ」
有珠「何か、おかしいことでもあったの?」
草十郎「いや、有珠が箸を使ってるところは初めて見たから」
有珠「場違い過ぎるでしょう。そのくらいは弁えるわ」
草十郎「それもそうだ、ごめん」
有珠「別に、謝るほどのことじゃないわ」
草十郎「そうか、ならよかった」
有珠「――――」ズルズル
草十郎「じゃ、ゆっくりどうぞ」
有珠「…………」コクリ
有珠「――――」ズルズル
13:
 同日・某スーパー
 ――――――――
有珠「…………」ウップ
ロビン「大丈夫ッスか? シャバ憎の料理、無理して全部食べなくてもよかったッスよ? あれだけでマイ天使の3食分くらいあったじゃないッスか」
有珠「余計なお世話よロビン。それより乳製品コーナーがどこにあるのかを探してきて頂戴」
ロビン「失礼したッス! 行ってくるッス!」ブーン
有珠「(人参、じゃがいも、鶏肉、ブロッコリー……後は、この『こくまろ』とかいうのがあればいいのかしら)」
青子「ちょっと、それカレールーよ。何作る気なの有珠」
有珠「――――!」ビクッ
14:
青子「『何でこんなところに』って顔してるわね。たまたまよ。夜食にラーメンでも食べようと思って寄ってみただけ」
有珠「青子の力は必要ないわ。シチューなら、具材を炒めてルーを一緒に煮込むだけだから、私でも出来るはずよ」
青子「シチューとカレーの区別もあやふやなのに?」
有珠「……カレーシチューというものがあると聞いたけど」
青子「それがあると知った上で違うものを作るのと、たまたま似たようなものが出来上がるのとじゃ月とすっぽんでしょうが」
有珠「…………ホワイトソースというものは必要なのかしら」
青子「ルーがあるから大丈夫よ。大体、ソースから作ろうなんて3年早い」
有珠「鶏肉はこれでいいの? 適当にそれらしいものを持ってきたんだけど」
青子「どれどれ……って、これささみじゃない! ダメダメ、もも肉にしないと」
ロビン「ただいま戻ったッスー! って、あれ青子さん? どしたんスかこんなとこで。青子さんもシャバ憎に手料理作るんスか? かーっ! シャバ憎のくせにナマイキッス! あの男、いつの間にマイ天使だけでなく、青子さんの心まで掴んじまってるんスか――――ぐえ」ポテッ
有珠「大声で、滅多なことを言うものじゃないわ、ロビン」
青子「……違うわよ。ちょっと有珠にアドバイスしてるだけ。今日は有珠が一人で作るって決めてるんだから、私は手出ししないわよ」
15:
ロビン「そ、そうでしたか……失礼したッス……」
青子「ま、手先は器用だし、手際もいいし、それこそプロイ製作に比べたらなんてことないはずよ」
ロビン「いやー、でも魔法が使えても普通の魔術はからっきしな青子さんがいらっしゃることッスし、あんまり楽観視はしない方がいいッスよ?」
青子「誰がからっきしよ誰が。簡単な暗示くらいなら出来るようになったし、魔弾なら有珠に太鼓判もらってるのよ」
ロビン「それくらいで大きな顔してもらっちゃ困るッス。そんなことだから青子さんはいつまで経っても半人前なんスよ」
青子「こ、この駒鳥……!」ギリギリ
有珠「ロビン。今日の青子は私のアドバイザーなの。あまり不躾なことは言わないでくれる?」
青子「ふん、そーよ。あなたのご主人様の初料理が上手くいくかいかないかは、私に掛かってるといっても過言じゃないんだからね。いわば師匠なのよ私は」
有珠「……そこまで大きく出られても困るけど」
16:
青子「失敗したくないんでしょ? 有珠のそういう見栄っ張りなとこ、私結構好きよ」
有珠「……そう。私は、あまり好きではないわ」
青子「誰かの前で自分をよく見せたいと思うのは当たり前だし、そのために努力することはいいことだと思う。それって、見てる相手のことを考えてるからこそ出る発想だし」
有珠「……お昼は、静希君のお店で食べたの」
青子「草十郎のって……あの中華料理屋の!? へえ?、どういう風の吹き回し?」
有珠「前に、静希君がお昼に作ってくれた焼きうどんを、もう一度食べたかったから」
青子「なるほどねー。そんなに気に入ったの? ……ていうか、あれってまかないでしょ? メニューにはないはずよ」
有珠「店長さんがいないからって、こっそり。正直、そこまで好みな味というわけではなかったけど」
青子「なかったけど?」
17:
有珠「私が初めて静希君の料理を食べたとき、どんな気持ちだったのかを思い出したかったから」
青子「……どんな気持ちだったの?」
有珠「……それを、今晩の料理に籠めようと思ってるわ」
青子「そ。なら、きっと喜んでくれるわよ、アイツ」
有珠「……そうね。きっと彼なら喜んでくれる。そういう人だから」
有・青「「…………」」クスッ
ロビン「な、何なんスかこの空気! 甘い! 甘いッス! 羽毛がベタつくッスよこの甘さは――!」
18:
久遠寺邸・夕食前
 ――――――――
有珠「…………」
青子「…………遅いわね、草十郎。遅くとも10時には帰るって言ったのに」
有珠「バイトが長引いているんでしょう。仕方ないわ」
青子「じゃ、先に食べちゃう?」
有珠「……いえ、もう20分待ちましょう」
青子「それもう5回は聞いた。あーもう! 何やってんのよ草十郎の奴!」
有珠「……帰ってこなくても、いいかもしれない」
青子「は!? ちょっと、何言ってんのよ有珠。あんなに頑張ってたのに、ここにきて弱気になったの?」
有珠「献立を考えてるときも、調理してるときも、すごく楽しかった。だけど、今は怖い。私の料理を楽しみにしてる静希君に、がっかりされるのがすごく怖い」
有珠「本当に――――見栄っ張りね、私は」
青子「……あのね、有珠。アンタ勘違いしてるわよ」
19:
有珠「勘違い?」
青子「勘違い。有珠が今怖がってるのは、料理下手がバレて草十郎にがっかりされることでしょ? じゃあ、どうして私にバレるのはよかったの?」
有珠「……それは」
青子「まだはっきりしてないでしょうけど、それはとっても大切なものよ。今は大事に温めておきなさい。いずれ、自分で理解できるでしょうから」
青子「正直ちょっと驚いてる。あの有珠が他人のために料理を作って、しかも評価まで気にしてるなんてって。可愛いじゃない、女の子らしくて」
有珠「――――!」カアア
青子「アイツが有珠のシチューまずいなんて言ったら締めつけてやるから、安心しなさい。ないとは思うけど」
20:
久遠寺邸・廊下
 ――――――――
草十郎「…………」
草十郎「(入りづらくてもたもたしてたら、聞いてはいけない話を聞いてしまったような)」
草十郎「(自分から頼んでおいて、美味しくないなんて言うはずないのに。あんなに心配してるなんて)」
草十郎「(どうやら、有珠は俺のことを気に入ってくれているみたいだ)」
草十郎「(……嬉しいな。何故かは分からないけど、とても嬉しい)」
草十郎「(しかし、冷えるな。いつまでもこんなところにいたら風邪を……あ)」
 クシュン!
有珠「!」
21:
青子「草十郎! アンタ、居るならさっさと出てきなさいよ! こっちはお腹ペコペコなんだからね!」
有珠「い、いつから……」
草十郎「ついさっきだよ。遅刻した言い訳を考えてたんだ」
青子「言い訳はいいから、さっさと座る! ほら有珠、シチュー温め直すわよ。急ぐ急ぐ」
有珠「……ええ」
 数分後
有珠「……特にどうということもない、平凡なシチューだけど。召し上がれ」
草十郎「ああ、いただきます」
有珠「…………」
青子「…………」
草十郎「……二人とも。あんまり見つめられると食べにくいんだけど」
青子「いーから。さっさと食べなさい」
有珠「…………」ドキドキ
22:
草十郎「――――」ズズッ
草十郎「うん、中々いける。美味しいよ、有珠」
有珠「……よかった」
青子「あったりまえよ、私がアドバイザーとしてついてたんだから」
草十郎「そうか、どうりで野菜に芯が残ってると思った。蒼崎は具材の煮込みがいつも甘いからな。ちょっと水っぽいし」
青子「こら、バカッ!」
草十郎「……しまった」
有珠「…………」ワナワナ
草十郎「いや、違うんだ有珠。今のは蒼崎の料理に苦言を呈したのであって、有珠の料理に文句をつけたわけじゃなくて」
有珠「……アドバイスは受けたけど、手を動かしたのは全部私だから」
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