リヴァイ「俺が何者なのかを証明しよう――この大物を釣ることによって」back

リヴァイ「俺が何者なのかを証明しよう――この大物を釣ることによって」


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1:
注 ネタバレ 捏造 if展開
初めは成り行きだった。
地下街のゴロツキとして、その日その日を貧しさに耐えつつ生を繋ぐ日々。達成感も生きている実感もない、空虚な毎日。
ただ胸の奥に沈む言葉にならない暗鬱とした思いを、暴力という形で発散して。
そんな時だった。
「君がこの辺で有名なゴロツキくんか。なるほど……凶暴そうだ。まるで人の形をした獣だ」
清潔な服装に身を包んだ、一目で立派な立場にあるだろう男に声をかけられた。
羨ましいと思った。
綺麗で清潔。それは求めてやまなかったが、貧しい己の身では到底届きはしないから。
「どうだろうか。その有り余った力を有効活用させてみないかい?」
警戒と不快感を示す自分に、その男は笑みすら浮かべて言ってきた。
「巨人殺し……我々、調査兵団は死をも恐れぬ人員を求めている」
巨人。人類の天敵。
ああ……こいつは税金食らいと市民から目の敵にされているヤツらか。俺は唇を歪めていった。
「風呂と……綺麗な服は着れるのか」
「それは君次第だ。君が噂に違わぬ者なら……君の望みは叶うだろう」
「そうか……いいぞ。巨人でも何でも殺してやる」
「いい返事だ。心臓を捧げる覚悟はあるな」
「お前にか」
「いいや俺じゃない。人類の為にだ」
「ご大層だな……欲しけりゃ捧げてやる。好きに持っていけ」
そんな出会いと共に、俺はエルヴィンと名乗る男に仕えることになった。
後悔は無かった。
どうせ死んだように毎日を生きていた。俺には――何も無かったのだから。この命以外には。
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2:
それから一ヶ月。壁外遠征が決まった。
立体起動の方法はエルヴィンから教わっていた。初歩的な技術は習得していた。
体力や肉体面も問題はなかった。日々、生き残るという名目で鍛え上げていたから。
その実行日から三日前。
俺は初めて、エルヴィン以外の調査兵団の連中とご対面した。
「彼の名はリヴァイ。私が見つけてきた逸材だ。今回の遠征に参加して貰うことにした。皆も仲良くしてやってくれ」
調査兵団の宿舎に、壁外遠征に参加する人員達が集合する中でエルヴィンは言った。
俺は無言だった。
無言で……ザワザワと騒ぐヤツらを見る。どいつもこいつも当たり前だが俺に視線を集中させていた。
興味深そうだったり、値踏みするようだったり、中には不愉快そうな感情もあった。
後で聞いた話だったが、普通は訓練生から叩き上げられ、新兵としてこの場に紹介されるのが順当らしい。
その過程をすっ飛ばして、まるで特別扱いのように紹介されれば、確かに良い気分にはなるまい。俺は気にしながったが。
「何か彼に対して質問がある者はいるかね?」
エルヴィンも気にした風はなく、周囲の騒がしさとは対照的に冷静な口調で言った。
騒がしさはそれだけで静かになる。
エルヴィンはこいつらにかなり信用されているようだ。
「はっ!質問よろしいでしょうか!」
手を上げたのは……男か女か分からない容姿のヤツだった。
後に長い付き合いになる事になる……ハンジ・ゾエとはこの時知り合った。
「許可する。言ってみろ、ハンジ」
「彼は何者でしょうか。壁外遠征は大変危険です。毎回の犠牲者は五割を超しています。
 そんな中で何者かも分からない彼を、唐突に壁外調査に参加させる意味を教えてください。
 彼が巨人の餌になるだけでなく、我々にまで被害が及ぶ事を考えると、団長の指示とは言え首を縦に振りかねます」
周囲の奴らも同意するように頷いている。中には迷惑そうな視線を、あからさまに投げつけられた。
……これは新手の拷問か何かだろうか。間違いなく歓迎はされていなかったろう。
今まで他人と繋がった経験など皆無の俺でも、それぐらいは理解できた。
3:
「納得できる答えは返せないかもしれないが答えよう。
 彼は地下街でゴロツキとして生活していたのを、私が拾ってきた。凶悪で手がつけられない札つきの悪党だ」
散々な紹介方法だ。だが間違ってはいなかった。
エルヴィンは続けて口を開いた。
「そして私が見つけた逸材でもある。立体起動での行動を教えてみたが、彼は10日間で習得した。才能がある」
周囲がまたざわつき始める。
10日間? まさか嘘だろう? 何かの冗談か?
そんな途切れ途切れの断片が耳に入ってくる。そんなに凄いことなのだろうか。回りに比較対象が無かった為に判断に悩んだ。
「団長……それは事実ですか?」
ハンジが若干、困惑した表情で発言した。
「嘘を言っても仕方ないだろう?私も拾ってきた当時は、ここまでとは思いはしながったがな」
「正規の訓練でも一年以上はかかりますよ。それを10日間……どんな身体能力ですか」
「もちろん熟練の君達と比べれば、まだまだ未熟だ。だが最低限の動作はできる。
 ギリギリだが、壁外遠征に参加させても問題ないぐらいのレベルには達している」
「……掘り出し物ってのは分かりましたけどねぇ」
「問題があるか?」
「問題しかないでしょ?そこまでの才能なんだったら、失うのは勿体無い。
 次回の壁外遠征でも遅くはないと思います」
4:
「ふむ……だが死ぬ時は死ぬ。どれだけ訓練や時期を見計らおうが、壁外遠征をすれば同じだ」
「そりゃそうですけどね。そっちの無言の彼は意志はどうなんです?」
俺の事なのだろう。死ぬかもしれないよ?と問うてくる目線を、俺は真正面から受け止めた。
「こいつの判断だ。だったら……従うだけだ」
俺は無表情に言った。
エルヴィンの事を“こいつ”と言ったのに、また周囲が非難するようにザワつく。上下関係には人一倍敏感な場所なのだろう。
ただ目の前の女は気にした風もなく、平坦な顔で声を飛ばしてきた。
「ふぅん。死ぬのが怖くないんだ?」
「……死ぬのはイヤだ」
それは本音だ。死ぬのがイヤでなければ、俺は今の今まで生きていなかっただろう。
ただ、
「死んだように生きるのは……もっと御免だ」
「あんた……早死にするね」
「そうか」
「うん。あんたみたいなヤツは、今までも一杯いたから」
5:
「……どうしてそう思う」
 
「なんていうか……乾いてるよね。冷めてるんだよ心が」
乾いている。冷めている。
ああ、そうかもしれないな。命以外の全てを失って、何も持たぬまま地下街を彷徨うだけの形骸。
貧しさと凍える寒さ。
暴力と時に抱く女の快楽。
空虚感だけに囚われたこの心身は、乾いている。どこかに置いてきた熱は失ったままだ。
「まあリヴァイに関してはご覧の通りだ。不満はあるだろうが、今回の遠征には参加して貰う。これは命令だ」
仕切りなおすようにエルヴィンが若干、声を張り上げながら言う。
それだけで釈然としなかった空気が、仕方ないという風に変化した。
「団長がそういうなら、了解です」
「彼には比較的に安全な配置について貰うつもりだ。今回は現場の空気を感じ取ってもらうことが重要だからな」
他に質問はあるか。
エルヴィンがそう促すと、団員達は首を横に振る。それで紹介は終わったようだった。
「では各自、解散。三日後には壁外遠征だ。各自チェックを怠らぬように」
『了解!!』
それで集められた団員達は解散していく。
その場に残ったのは、俺とエルヴィン。そしてハンジ達を含めた数人のメンバーだった。
6:
「まずはお疲れさまだ、リヴァイ。漸く君を皆に紹介できて良かったよ」
「……歓迎されてるようには見えなかったがな」
「それについてはすまない。私も随分と悩んだものでね。そのお詫びも兼ねて、これから改めて君を紹介しようと思う」
改めて紹介?
疑問に思うと同時に、この場に残っていた数人のメンバーが近づいてくる。
その中には辛辣な言葉をぶつけてきたハンジもいた。
「やっほ?い。改めて自己紹介するよ。私はハンジってんだ」
「私はナナバだ」
「俺はゲルガーだ」
「リーネでいいよ」
「ヘニングだ」
何人もの連中が近づいて名乗っていく。その表情はどういうわけか友好的に見えた。
だが一人だけ異常なヤツがいる。
「……すんすん」
「おい……」
身震いする。髭を生やした男が、鼻を近づけて臭いを嗅いできているのだ。
……なんだコイツは。
「あー……」
「……うん」
ハンジやナナバ達はどこか諦めたような表情を浮かべていた。
「すんすん……」
「なにしてやがるんだ……コイツは」
無意識の内に拳に力が入った。ぶん殴ってしまっていいのだろうか。
剣呑な思考を察したのか、エルヴィンがすぐさまフォローするように言葉を挟んできた。
7:
「リヴァイ落ち着け。これは通過儀礼だ」
「……なんだそりゃあ」
苦々しく答えた俺に、エルヴィンは説明してきた。
「彼は分隊長のミケ・ザガリアス。そうやって初対面の人の匂いを嗅いでは……」
スンスンと俺の首元で鼻を鳴らす変人は、漸く満足したのか鼻をすっこめると、
「……フンッ」
見ていて苛立つ笑みを浮かべると、鼻で笑いやがった。
「……そうやって鼻で笑うクセがあるのだ」
「てめぇもされたのか……」
「……言っただろう、通過儀礼だと」
ああ。ここは変人の巣窟なんだと理解した。
大体、ただのゴロツキでしか無かった俺を拾うエルヴィンからして、変人なのだ。
上官が上官なら、部下も部下。人類の希望を背負うには、並大抵の精神ではいられないのかもしれない、と溜息をついた。
こいつらと比較されたら、確かに俺は。
乾いているし、冷めているに違いない。生死に関わるかは別として、それだけは納得できた。
「……はぁ」
「お疲れ気味だねぇ?」
「……疲れるな、ってのが無茶な話だろうが」
俺がまた溜息を吐くと、ハンジを含めた周囲の奴らが微苦笑した。
先の紹介に比べて随分と友好的な態度だ。どういうことだ、と問うようにエルヴィンに視線を飛ばす。
8:
「ここにいるメンバーには事前に話しを通しておいた。お前を拾った事も、三日後の壁外遠征に参加することもな」
「……だったらさっきの質疑応答は何だ」
ただの茶番じゃねぇか。
睨みつける俺に、ヤツは笑うだけだった。そのまま質問にすら応えず、
「その疑問も含めて、後の事はここにメンバーに説明して貰え。三日後の壁外遠征についても、ミケやハンジ達が説明してくれる。
 これからお前は正式な一員として、調査兵団として活躍してもらうからな。親交を深めたまえ」
「てめぇは」
「私は忙しい。これから上と掛け合って、三日後の遠征についての最終調整に入る。
 後、ここにいるメンバーについては大丈夫だが、他のメンバーや違う兵団に対応する場合は口調に気をつけろ。
 今はお前に対して、不信感や不快感を持っているだろうからな」
「……大体はお前のせいだろうが」
「はっはっは。では行ってくる。問題を起こさぬようにな」
誤魔化すように笑うと、ヤツは背を向けて部屋から退室していった。
取り残された俺は舌打ちをする。それにハンジ達はやはり笑っていた。
9:
「……勝手な野郎だ」
ヤツに拾われてから、幾度と無く思った事を呟く。
だが拾われてからの一ヶ月の間に分かった事がある。エルヴィンは自分勝手だが、先の先を見ているヤツなのだと。
自分勝手な野郎ではあるが、あいつが語る人類の未来には惹かれる物があった。
そう。
何も持っていない俺も、その世界では何かを持ちえるんじゃないかと。
それが何かは分からなかったし、それはこれからゆっくりと考えていけばいい。俺が生きていれば、だが。
俺が黙ったまま内心で物思いに耽っていると、ナナバが声を発した。
「団長も行ってしまったし、このまま立っているのも疲れるだろう。聞きたい事もあれば、聞きたい事もあるはずだ。
 隣の部屋に椅子とテーブルがあるから、そこに行かないかい?」
「そうすっかー。新人くんの話に興味あるしな」
「私は賛成。立ったままじゃ、ゆっくり会話もできないしね」
「落ち着けるならなんだっていいさ」
ナナバとゲルガーに、リーネとヘニングが隣の個室へと入っていく。
「リヴァイもね」
「説明することは多いしな」
ハンジとミケがその後に続く。
俺も倣って、隣の個室へと入った。そこは小さい会議室のような場所で、円卓のような大き目のテーブルがある。
先に入った奴らは適当に腰を落ち着けると、俺も開いている椅子に腰を落ち着けた。
10:
「んじゃあ、何から話そうか」
ハンジが指先を唇に当てながら口を開く。
別に何でも良かったが、気になると言えばさっきの茶番についてだろう。
「……さっきのアレはなんだ。エルヴィンはお前らに聞けって言ってたが」
「あー。紹介の事?」
「そうだ」
「参加させようかどうか直前ギリギリまで迷ってたみたいなんだよ団長も。それで踏ん切りがついたのが、昨日だったみたい」
「……性急な話だな。俺にとっては迷惑なだけだ」
他人からどう思われようが気にはしないが、不必要な恨みを買うのは避けたい。面倒事は嫌いだ。
「今回の機会を逃すと、次の壁外遠征は予定では三ヵ月後。それまで待つよりも、早いこと実戦の空気を味わって欲しかったんじゃないかな」
「……お前らは反対だったようだが」
「そりゃあね。自分達の命も懸かってるんだから」
「だったら――」
「団長の命令は絶対。私達がどれだけ反対でも、団長が決めたのならそう従う。それだけ」
そんなものか。
それだけヤツは信頼されていると言う事なのだろう。
「私が言ったことは本心だから」
「……ふんっ」
「でも団長が決めたんだから仕方ないしねー。それだけ団長は、リヴァイに期待しているって事よ」
11:
どこか面白くなさそうにハンジは言った。
「でもそれじゃ他の皆は納得しないから、私が不満に思うだろう皆の気持ちを代弁したってわけ。理解した?」
「……なるほどな」
手間がかかる催しだ。ヤツは俺にどんな期待を寄せているのだが。
「っていうか、リヴァイも凄いわよねー。普通だったらそんな平常心でいられないわよ?」
「あん?」
「普通の新兵くんは、初陣を聞かされたらビビって腰をガクガクさせちゃうの」
「……お前らの時はどうだったんだ」
「私は腰抜かしたなー。チビっちゃいはしなかったけど。ナナバはどうだったー?」
「私もだよ。怖すぎて立体起動すらままならなかった。……生き残ったのが奇跡的だったね。現に私の班は私しか生き残らなかった」
「俺の班はリーネと俺だけだな」
「俺の班は俺以外が巨人に食われたよ」
「この中に初陣で巨人を討伐したのはミケぐらいじゃない?」
「……それでも俺しか残らなかった」
生存率が5割以下というのは伊達ではないらしい。エルヴィンも言っていたが、そこから生存した兵だけが、一人前の兵士になるのだと言う。
だからこそエルヴィンは、事前にこいつらには説明していたのだろうと推測する。
ここにいる面子は、エルヴィンがもっとも信頼している面子なのだろう。
「……相当な地獄巡りになりそうだな」
「怖じ気ついた?」
「……どうだがな」
死ぬのがイヤなのは本音だ。
ただ巨人を見たこともない俺に、その脅威を想像しろというのが難しい。
なによりも……死んだように生きてきた俺にとって、死を恐れろというのが土台無理なのだ。
ただ。
そう、ただ。
こいつらは今まで出会ったヤツらとは、全然違う人種なんだな、と漠然と考えていた。
21:
どこかの会議室
リヴァイ「……」
エルヴィン「――リーネ、ヘニング、ナナバ、ゲルガー、ミケ。以上が我々、調査兵団から失った人員だ」
リヴァイ「……」ギリッ
リヴァイ「……重傷者や戦闘に今後参加できねぇような奴を合わせたら、どうなってやがる」
エルヴィン「……まともに機能しているのは4割程度だろう。他の兵団のそこそこ損害を受けたようだな」
リヴァイ「ほぼ……壊滅状態じゃねぇか」
エルヴィン「その通りだ。壁は破壊されていなかったのは幸いだが、人類は窮地に陥っているのに変わりはない」
22:
リヴァイ「……」
エルヴィン「……」
リヴァイ「あの小僧は……エレンに対しての追加情報はねぇのか」
エルヴィン「一切ない。超大型巨人と鎧の巨人に壁の外に連れ去られてから、依然として消息不明のままだな」
リヴァイ「……」
エルヴィン「あれから10日間……か」
リヴァイ「……ああ」
エルヴィン「例の獣の巨人も現在は未確認だ。おそらくは……その巨人が壁内へと巨人を連れ込んだのは間違いない」
リヴァイ「だろうな」
リヴァイ「しかしそのクソはどうやって巨人を壁内へと連れ込みやがった。壁は壊されてなかったんだろう」
23:
エルヴィン「……」
エルヴィン「……確証は無いが、仮説はある」
リヴァイ「なんだそりゃ。お前は何に気付いた」
エルヴィン「……」
リヴァイ「もったいぶらずに話せ。確証や証拠なんてどうでもいいんだ」
エルヴィン「……各地の集落や民の被害状況をまとめた報告書は確認したか」
リヴァイ「してねぇ」
エルヴィン「はぁ……だと思ったがな」
リヴァイ「俺の役割じゃねぇだろう。俺が知るべきは、俺はどこのクソを削ぎ落とせばいいかだ」
エルヴィン「ああ。では簡潔に説明するが、南区のラガゴ村は知っているか」
リヴァイ「村名だけはな」
24:
エルヴィン「その村は巨人によって襲われたらしいが、報告によれば村人の死体は無かったらしい」
リヴァイ「……それで」
エルヴィン「当初の段階では村人は全員逃げたのではないか、との判断になったらしいが」
エルヴィン「未だに調査を続行しているが、ラガゴ村の生存者は発見されていない」
リヴァイ「……」
エルヴィン「これがどういう事か分かるか」
リヴァイ「逃げる途中で食われたんじゃねぇのか」
エルヴィン「その可能性はある。だが……報告書では現地には馬小屋には、多くの馬が繋がれたままだったこと」
エルヴィン「そして誰もいないはずの空き家を、巨人共は徹底して破壊した痕跡が残っている」
リヴァイ「……それが壁の中に出てきた巨人と、どう繋がるんだ」
エルヴィン「慌てるな。お前の悪い癖だぞ」
リヴァイ「……ッチ」
25:
エルヴィン「ここまでなら多少の違和感はあれど、奇行種が暴れた等の誤差の範囲内で説明がつく」
  
エルヴィン「だが……とある空き家に一体の巨人がいた。手足が異様に細い、歩くことも出来ない程の……まるで産まれたばかりの奇形児のようだったよ」
リヴァイ「……お前は見たのか。その巨人を」
エルヴィン「ああ。今は回収されている。ハンジの怪我が癒えれば、すぐに実験体とされるだろう」
リヴァイ「クソメガネが喜びそうだな」
リヴァイ「それにしても……歩けねぇ巨人か」
エルヴィン「そうだ。なのにその巨人は空き家の民家にいた……」
リヴァイ「……」
エルヴィン「もう一つ情報がある。新兵のコニー・スプリンガーが――」
リヴァイ「もういい」
エルヴィン「……」
リヴァイ「もう十分だ。そんだけ聞けば、馬鹿でも何が言いてぇか理解する」
26:
エルヴィン「そうか……なぁリヴァイ」
リヴァイ「何だ」
エルヴィン「私を……気が狂ったと思うか?」
リヴァイ「……」
エルヴィン「……」
リヴァイ「俺が知るか」
エルヴィン「……お前は相変わらずだな」
リヴァイ「ふんっ。そもそもお前は元からして気が狂ってるだろうが」
エルヴィン「そういえばそうだったな。……らしくなかったな。どうやら私も少し疲れているようだ」
リヴァイ「……一つだけ言っておく」
エルヴィン「ふむ?」
27:
リヴァイ「エルヴィン……お前がどれだけおかしい事を言おうが、どれだけ信じがたい内容を言おうが」
エルヴィン「……」
リヴァイ「その結果、他の奴らがお前に不信感を抱こうとも、俺だけはお前の言葉を信じてやる」
エルヴィン「その結果が……お前の部下を大勢死なせた。きっとこれからも死なせるだろう」
リヴァイ「……」
エルヴィン「お前の命も例外ではない。きっと私は消費するな」
リヴァイ「……好きにしやがれ。俺はお前を信じるといった。ただ約束しろ」
エルヴィン「何だ」
リヴァイ「俺はどうでもいい。巨人を絶滅させるまで死ぬ気はねぇ」
リヴァイ「ただな、俺の部下達の犠牲を、決して無駄死ににさせるな。犬死にさせるな」
エルヴィン「……約束しよう。無駄にはせんと」
リヴァイ「守れよ」
エルヴィン「……もちろんだ」
28:
リヴァイ「……」
エルヴィン「……」
リヴァイ「俺が……俺が他のヤツらからなんて言われてるか知っているか?」
エルヴィン「人類最強の兵士」
リヴァイ「そうだ」
エルヴィン「誉れな称号だ。お前は兵達にとって希望の象徴だろう」
リヴァイ「……」
エルヴィン「それがどうかしたか」
リヴァイ「……何でもねぇ」
エルヴィン「何もないはずがないだろう」
リヴァイ「ッチ。うるせぇな、気の迷いだ」
エルヴィン「……迷い、か」
リヴァイ「…………」
29:
エルヴィン「やはり疲れているようだな」
リヴァイ「そりゃお前だけだろう。勝手に決めつけてんじゃねぇ」
エルヴィン「そういうことにしておこう。お互い……らしくないようだから、この件は忘れるという事で手打ちにしておこう」
リヴァイ「……はっ」
エルヴィン「だがこれだけは言わせてくれ。お前は私直属の頼りになる部下だ。もし悩みがあるようなら、暇さえあれば相談に乗るぞ」
リヴァイ「忘れたんじゃねぇのかよ」
エルヴィン「つい思い出してしまったんだ」
リヴァイ「うぜぇ……」
エルヴィン「はっはっは」
30:
エルヴィン「ところで、怪我の具合はどうなんだ」
リヴァイ「もう治った」
エルヴィン「相変わらずの回復力だな」
リヴァイ「他のヤツらが軟弱なだけだろう」
エルヴィン「お前と比べられたら、他の者が可哀想だな」
リヴァイ「……だから死んじまうのかよ」ボソッ
エルヴィン「何か言ったか?」
リヴァイ「別に。何でもねぇ」
エルヴィン「そうか。だが怪我は治ったのは助かるな」
リヴァイ「……ああ」
リヴァイ(もう少し早く治ってれば……死ぬ奴も減ったのかもしれねぇな)
31:
エルヴィン「もういつでも戦闘は可能か」
リヴァイ「問題ねぇ。だが当分は巡回しかすることはなさそうだがな」
エルヴィン「そうだな。我々は損害を受けすぎた。今はそれを復旧が最優先。遠征は当分先の話になりそうだ」
リヴァイ「その先がありゃあいいけどな」
エルヴィン「……」
リヴァイ「……」
リヴァイ「黙るなよ。その先を示すのがお前の立場だろうが」
エルヴィン「すまない」
リヴァイ「謝るな。お前が道標なら、俺は剣だろうが。下らねぇ事を吐く暇があんなら、俺が削ぐべき障害を教えやがれ」
エルヴィン「急いているな、リヴァイ」
リヴァイ「……ジッとしてるのは性に合わねぇだけだ」
32:
エルヴィン「巡回は必要だ。いつ獣の巨人が奇行種を引き連れて現れるか分からない」
リヴァイ「本来は駐屯兵団の役目だろうが」
エルヴィン「彼らも痛手を受けている。今は一人でも兵の力が必要だ」
リヴァイ「……」
エルヴィン「不満そうだな」
リヴァイ「後手を踏んでばかりじゃ、いずれ食い潰されちまうぞ」
エルヴィン「その通りだ。故に私達は自由の翼となりて、壁の外へと踏み出したのだから」
リヴァイ「……分かってるならいい。お前はこれからどうするつもりだ」
エルヴィン「実を言うと暇を持て余してる、とまでは言わないが。あまりやることはないな」
リヴァイ「ほぉ」
エルヴィン「皮肉そうな笑みだな。言いたい事があるなら言えよ」
33:
リヴァイ「良いご身分だと思っただけさ。下のヤツらが聞いたら涙でも流すんじゃねぇか。……人類はもうお仕舞いなんですかってよ」
エルヴィン「……上層部が騒がしくてな。いや正確には貴族と教団だな」
リヴァイ「壁の中にいる巨人共の秘密か」
エルヴィン「……黙秘を貫いている」
リヴァイ「ニック司祭も幽閉されたようだな」
エルヴィン「王や貴族達も姿を出さない。それどころか内輪で揉めている」
リヴァイ「手詰まりだってのは分かった。クソの役にも立たねぇ……良いご身分してやがる」
エルヴィン「だがいずれは吐いて貰う。人類の存亡が懸かっているからな」
リヴァイ「そもそも壁の謎が判明したところで、あの壁の巨人共が味方するわけでもなさそうだけどな」
エルヴィン「どちらにせよ、現状では戦力が不足している。貴族は貴族で私営の戦士がいる。下手をすれば兵団と彼らの戦士との戦いだ。
  強引な手段は取れそうもない。もう少しだけ……時間が必要だ」
エルヴィン「そういう理由もあって、私も忙しくはあるが暇でもある」
リヴァイ「そうか」
34:
エルヴィン「……」
リヴァイ「……」
エルヴィン「…………」
リヴァイ「…………」
エルヴィン「……なぁ、リヴァイ」
リヴァイ「なんだ」
エルヴィン「久々に釣りにでもいかないか?」
リヴァイ「――」
リヴァイ「……正気か?」
エルヴィン「私は昔から狂人らしいがな」
リヴァイ「揚げ足取ってんじゃねぇよ」
エルヴィン「別に悪い提案でもあるまい。どうせ暇なのだしな」
リヴァイ「俺は巡回で、お前もお前でやるべきことがあるだろう。忘れたか」
エルヴィン「忘れてはいないさ。ただ……昔は二人でよく行っただろう」
35:
リヴァイ「質問の回答になってねぇんだけどな」
エルヴィン「……稀には私も立場を忘れたくなる」
リヴァイ「……」
エルヴィン「お前だってそうじゃないか?」
リヴァイ「……任務はいいのか。部下に示しはつかねぇだろうが」
エルヴィン「丸くなったな。昔のリヴァイなら巡回などしなかったろうに」
リヴァイ「……必要で、大事だって言ったのはどこのどいつだ」
エルヴィン「良い釣り場がある。餌に飢えた魚も多い」
 
リヴァイ「オイ」
エルヴィン「静かで、他の誰からも邪魔は入らないだろう」
リヴァイ「オイ。勝手に話を進めんな」
エルヴィン「部下や上からの非難なら気にするな。私がなんとかする」
リヴァイ「そういう問題じゃねぇだろう……」
38:
エルヴィン「……嫌か?」
リヴァイ「嫌とは言ってねぇ。ただな、解せねぇ」
リヴァイ「この土壇場で……釣りなんてしてる暇があんのかよ。納得する理由を聞かせろ」
エルヴィン「……土壇場で、時間は有限だからだ」
リヴァイ「あん?」
エルヴィン「おそらく、これが最後だろう。私達が自由に使える時間は。だからこそ……迷いを断ち切る必要がある」
リヴァイ「……」
エルヴィン「……私も、そしてお前もだ。今のような状態では、全体の士気に関わる。違うか?」
リヴァイ「考えをマトメろってか」
エルヴィン「そうだ」
リヴァイ「……悠長だな」
39:
エルヴィン「もちろんそれだけではない……お目当てのスポットには大物が釣れる可能性がある」
リヴァイ「――――……、ほぉ」
エルヴィン「少しは興味が沸いたか?」
リヴァイ「むしろそっちがメインか」フンッ
エルヴィン「面白そうだろう?」ニヤリ
リヴァイ「……嫌いじゃねぇな」
エルヴィン「釣れれば過去最大級の大物だ。昔はよく私達で釣り上げた魚の数で勝負したものだが」
リヴァイ「……懐かしいな。初めはお前が教えてくれたが、すぐに俺の方が巧くなった」
エルヴィン「お前を誘って正解だと自負してるよ」
リヴァイ「――ふんっ」
40:
エルヴィン「ならば釣りをしにいくで決定でいいな?」
リヴァイ「それは命令か?」
エルヴィン「いいや。判断はお前に任せよう。徒労に終わるかもしれんし、最悪……全てが水の泡になるだろう。
  大きなリスクを伴うのはリヴァイも分かってるいるだろう?」
リヴァイ「この大変な時期に団長と兵士長が釣りだからな。お前はどうせ非公式的な極秘任務として誤魔化すんだろうが」
エルヴィン「……最後のチャンスだからな」
リヴァイ「……最近はご無沙汰だったが、腕は鈍ってねぇんだろうな?」
エルヴィン「それはお前もだろう」
リヴァイ「誰に物言ってやがる」
エルヴィン「頼もしいな。お前がいれば、かの大物も釣れそうだ」
リヴァイ「悲観主義のエルヴィンらしくねぇな」
エルヴィン「だからこそ……釣りをするのさ」
リヴァイ「……」
エルヴィン「さあ――どうする?」
41:
リヴァイ「いいだろう。やるか……釣り」
エルヴィン「うむ。では今日は準備をして明日から――」
リヴァイ「エルヴィンは来んな」
エルヴィン「えっ」
リヴァイ「お前が来ると面倒だ」
エルヴィン「……私から誘ったのだが」
リヴァイ「駄目だ。お前が来ると、俺が集中できねぇだろうが」
エルヴィン「横暴すぎないか。これでも私はお前の上司だぞ」
リヴァイ「その上司が本来釣りなんかしてる暇ねぇだろうが」
リヴァイ「それに他人がいると断ち切れねぇだろうが…………悩みって奴を」
エルヴィン「……」
リヴァイ「お前が俺に気を使ってるのは分かった。確かに今の俺は……らしくねぇんだろうよ」
リヴァイ「だから……俺が一人で釣りをする。お前はお前で果たすべき役目を果たせ」
42:
エルヴィン「……仕方ないな」
リヴァイ「そうだ」
エルヴィン「仕掛けはたくさん用意している。お目当てのスポットにもだ」
リヴァイ「至れり尽くせりだな」
エルヴィン「……明日の準備もこちらで手配しておく。お前はお前で準備を済ませておけ」
リヴァイ「分かった」
エルヴィン「……後はそうだな」
リヴァイ「他に何かあんのか」
エルヴィン「報告書とは別に日記をつけておけ」
リヴァイ「……はぁ?」
エルヴィン「悩みや疑問を記す事で、己の思いや考えがまとまるものだぞ」
リヴァイ「……」
43:
エルヴィン「それに私の推測が真実だった場合……我々はいつ己の自我を失ってしまうかも分からない」
リヴァイ「……」
エルヴィン「イルゼ・ラングナーが残した功績の通り、記録を残すのは有益だ。それに私は釣りに行けないのだ。
  何匹釣ったか、その日の変化等も知りたいしな」
リヴァイ「……それは命令か」
エルヴィン「命令だ」
リヴァイ「了解した」
エルヴィン「久々の釣りだ。楽しんでこい。……大物が釣れるのを期待していよう」
リヴァイ「ああ」
44:
――――
旧調査兵団本部
リヴァイ「……」ペラッ
リヴァイ「…………」ズズッ
リヴァイ「……随分とここも汚れてきたな」
リヴァイ「本来なら……今日の掃除係りは……」
リヴァイ「……」
リヴァイ「……チッ」
リヴァイ「情けねぇな……いつまで堕落してるつもりだ」
【兵長!私を推薦してくださってありがとうございます!】
【ありがとうございます兵長。兵長の下で戦えて光栄です】
【感謝します兵長。何なりとご命令ください!】
【俺は誰よりも兵長を尊敬しています!巨人共なんて俺と兵長でぶっ殺してやりましょう!】
リヴァイ「……」
リヴァイ「……お前らは報われていたのか」
リヴァイ「俺には分からない」
45:
――――
○月○日
エルヴィンの命令で報告書とは別に日記をつける。
俺はどうやら迷っているらしい。いや未練だろうか。
俺はあの小僧に言った。あいつらの前でも。結果は誰にも分からない。だか悔いを残らない方を自分で選べと。
なのに選んだはずの俺は悔いているのかもしれない。馬鹿げてやがる。
人ってのは呆気なく死にすぎる。俺についてくる奴ほど……特に。
明日から釣りだ。……大物を釣ろう。
46:
――――
とある釣り場
リヴァイ「……」
リヴァイ「…………結構釣れたな」
リヴァイ「十二匹か……どれも小物ばかりだが」
リヴァイ「…………エルヴィンの言う通りいい場所だ。静かで誰の邪魔も入らねぇ」
リヴァイ「ただ無心で釣ってりゃいいだけだ」
リヴァイ「……」
リヴァイ「……人類最強の兵士、か」
リヴァイ「本当にいいご身分なのは……俺か」
リヴァイ「人類で最強と呼ばれる俺が……何にも守れねぇんだからな」
リヴァイ「……」
リヴァイ「…………」
リヴァイ「……釣りに集中するか」
47:
――――
○月○日
釣りを始めて一日目。
いい場所だった。静かで誰の邪魔も入らず、煩わしい物事全てから解き放たれた開放感。
そこで考えるのは人の死について。部下や仲間達の死について。
どいつもこいつも俺を置いて死んでいく。巨人に食われて死んでいく。
ペトラ、エルド、オルオ、グンタ、ミケ、ナナバ、ゲルガー、リーネ、ヘニング。
どいつもこいつも精鋭だった。巨人を殺す技術に長けた奴らだった。
ここに記してたらキリがねぇから書かないが、他にも俺の部下から何人も死んだ。そいつらも強かった。
だが死んだ。呆気なく死にやがった。俺は後どれだけの部下や仲間の死を見送ればいい。巨人を絶滅させるという目的も果たせぬままに。
合計で25匹釣れた。どれも小物だ。大物が釣れる気配はない。
51:
――――
遠征当日。
比較的安全な場所に配置されるだろう、とハンジ達に説明を受けた俺は、当初の予定通りに壁外調査に出発したが。
「……クソッタレ」
腹の底から込み上げてくる嘔吐感を必死に堪えながら、一際大きな幹を持つ木の枝の上から、眼下を見下ろす。
そこには七メートル級の巨人が二体。こちらを物欲しそうな目で見ながら、聴覚を犯すような呻き声を発している。
「そんなに俺を食いてぇか」
舌打ちしながら、木の表面を掻き毟る巨人。
その浅ましさと醜さに、反吐が出そうになる。
「化け物が……てめぇらは汚ねぇんだよ」
双刀を構え、アンカーを打ち出す。
その瞬間。
全ての時間が停まったような感覚が全身を包み込んでくる。
いつもそうだ。
地下街で暴力を振るう時に、相手の拳や蹴り、全ての動作がゆっくりと流れるように映る。
感覚の増幅だろうか。相手はノロマな動きなのに対し、こちらは通常どおりの度で動ける。
それ故に地下街では無敵を誇っていた。
無闇な暴力は嫌いだったが、あそこは血と暴力と死で溢れていた。奪うか奪われるか。必然的に身に着けた技術。
それを行使して、緩やかな度の中、二体の巨人のうなじを削ぎ落とす。
「はっ!」
ガスを吹かし、最高度でうなじを削り取ると違う木の枝に着地する。
崩れ落ちる巨人が、盛大な音を立てて地面に崩れ落ちるのを確認した。
「……やったか」
双剣のプレートは刃毀れしていた。もう使えないだろう。躊躇い無く捨てて、予備の刃を付け替える。
あれだけあった刃はこれで最後だ。ガズも残り僅か。
「ついてねぇな……」
もはや自分以外は誰もいない周囲を見渡しながら、これから先どうするべきか途方にくれた。
52:
比較的安全な場所に配置されるだろう。
そんな言葉と共に始まった初陣は、物の見事に期待を裏切られた。
どこをどう間違ったのか。ただ運が悪かっただけなのか。
自分が配属された班が、周囲を警戒していたはずの捜索を掻い潜った巨人によって蹂躙された。
部隊は総崩れ。班長の指示に従って馬を走らせて逃げたが、一人二人とどんどん巨人の餌食になっていく。
奇行種という巨人らしい。
それも10メートル級を越えるのが三体も。馬に匹敵する度で走りながら、こちらに迫ってくるのだ。
我武者羅に逃げ続けたが、行き先行く先には待ち構えていたかのように違う巨人がいた。
その度に逃げる進路の変更を余儀なくされ、本陣からは遠ざかっていく。
最後には馬を捨てて、立体起動が有利に働く巨大樹の中に逃げ込み、そして交戦となった。
お粗末な作戦だ。
熟練兵の班長は、唾を飛ばしながら顔を真っ青にしていた。もやは班としての機能は失われていた。
追い縋る巨人を屠りながら、少しでも安全を確保しようとして、死角に隠れていた巨人に掴まれる班長。
それに動揺して、棒立ちになった仲間を違う巨人が掴みかかり捕獲される。
「助けてくれ……助けてぇ!」
「いやだ!いやだぁああああ!リヴァイ、助けてくれリヴァイ!!」
出発前には、
「団長のお気に入りか何だが知らねぇがドジだけは踏むなよ新兵」
っと先輩面して大きな顔をしていたのに、その新兵に向って情けなくも助けを求めてきた。
それに反射的に身体が動いて、助けようと動いていた。
今にして思えば、どうしてああも無謀な行動を取ったのか理解できない。ただ立体起動装置を操り、アンカーを射出して助けようとした。
それでも助けられなかった。
巨人をうなじを削り取った時には、班長は頭の半分を齧り取られていた。もう一人は巨人の握力により圧死寸前だった。
断末魔と、骨が折れる生々しい音が耳奥にこびり付いている。
そして俺は、初陣にも関わらず孤立無援のまま、巨大樹群の中に取り残されていた。
53:
「信号弾で状況は知らせたが……救援はこねぇだろうな」
本隊は遥か遠くだろう。この場所は今回の目的地から大きく外れているはずだ。救援の見込みは薄い。
そして馬はなく、仲間を助ける為に無茶をした結果、ガズも残り僅かで、刃はこれが最後。
絶望的な状況。
「……なんてザマだ」
打開策が思いつかない。このままでは巨人の餌になるだけだろう。
冷静にその事実を分析して舌打ちする。
それでも……恐怖は無かった。死への恐怖で、身体が震える事はない。
元々、死んだように生きていたのだ。ここで死のうが何かが変わるわけではない。
ただ……無性に苛立つ。
班の人員が巨人に食われた時の光景を思い出すと、憎々しい苛立ちが沸き上がってきた。
「どこに行こうが……この世界は下らねぇ」
壁の中だろうが、壁の外だろうが。
例外なく弱き者は捕食され、強き者が傲慢に笑う。
どこに居てもその構図は変わらない。
「……今更になって思い出しやがる」
地下街でゴロツキをやっていた内に、忘れていた激情。いや慣れてしまっていたのだろう。
世界の残酷な構図に。
忘れていたはずの、失っていたはずの熱が、怒りとして蘇る。
別に自分自身が善人だなんて、口が裂けても言うつもりはない。
生きる為とは言え、あくどい事を何度も繰り返してきたのだから。
しかし。
それでも。
その構図が気に食わないと思うのは、俺の傲慢だろうか。分からない。
「だがここで……死ぬわけにはいかなくなった」
そうハッキリと宣言し、目の前から出てくる12メートル級の巨人を睨みつける。
命以外に何も持っていないが、忘れそうになっていた何かを思い出しそうなのだ。
此処で食われるのは真っ平御免だ。
「そもそもてめぇら汚ねぇんだよ」
54:
――――
とある釣り場
リヴァイ「……汚ねぇな」
リヴァイ「釣りは嫌いじゃねぇが……こいつら汚ねぇんだよ。面白れぇ面だがな」
リヴァイ「ハンカチがいくつあっても足りないじゃねぇか」チッ
リヴァイ「……」
リヴァイ「…………」
リヴァイ「………………こねぇな。この辺は釣りつくしたか?」
リヴァイ「休憩するか……ポイントを変えるか」
【リヴァイ兵長殿!娘が世話になっています!ペトラの父です!!】
【ペトラァァああああああ!私の……私の娘がぁぁあああああ!!!!】
リヴァイ「……」
リヴァイ「……釣り足りねぇな。少しだけポイントを変えるか」
55:
――――
○月○日
二日目。
俺の方に特に変化はない。エルヴィンの方は進展があったのだろうか。いやあれば連絡があるだろう。
ふとした時に思い出す。これまで失ってきた者達の顔や、残された者達の慟哭を。
聴き慣れていたはずだが、最近になってイヤに耳にこびり付いてくる。
今まではソレを原動力に巨人を狩っていたが、今はソレが重たい圧迫感として覆い囲んできやがる。
いつから俺は、ここまで弱くなった。どうしてそうなった?
今日の成果は37匹。やはり小物だ。大物が釣れそうな気配はない。
56:
――――
「……初陣はどうだったリヴァイ」
エルヴィンは厳しい面構えながらも、どこか安心したような雰囲気を纏わせていた。
荷馬車へと乗せられながら、疲労で動かなくなった身体を横たわらせながら俺は応えた。
「最悪だ……」
「よく生き残ったものだ。奇跡的な生還だったな」
「救援がこなけりゃあ……俺も巨人の腸の中だ」
「間に合って良かったよ。ハンジやミケ達に感謝しておけ。あいつらが先行しなければ、間に合わなかっただろう」
「ふん……」
気付けば壁が近づいていた。
内地へと戻る本隊を見ていると、出陣時と比べて明らかに人数や荷馬車に馬の数が減っている。
それだけの損害……死者が出たと言う散々たる有様だった。
「……酷ぇもんだな」
「……彼らの犠牲は人類の大きな一歩へと繋がっている。無駄ではない」
「だといいがな」
57:
「……」
「……」
「……俺の班の野郎は、全員化け物共に食われた」
「お前が気に病む事は無い」
「……別に」
無言のまま本隊は、壁の門を潜っていく。
調査兵団の帰還に気付いた住民達が、こぞって集まってきていた。ザワザワと騒がしくて苛立つ。
そいつらの表情は人類の自由を求める顔ではなく、調査兵団の損害の酷さに落胆と侮蔑に染まっていた。
曰く。壁に守られているのに、わざわざ巨人の餌になりにいくアホウ共。
曰く。自分達から税を巻き上げて結果さえ出せない無能者の集団。
どれもこれも心無い罵倒の嵐だ。
心身共に消耗し尽した兵士達は、その住民の罵倒に顔を歪めているが黙々と前を歩いていた。
言い返す術が無いのだろう。
ヤツらが言っているのは、少なくとも真実の一端ではあるのだから。
「……下らねぇ」
呆れてしまう。
これじゃ死んだ野郎共も報われねぇな。心臓を捧げる。人類の為に。こいつらも人類の一部だ。
そんなヤツらに、心臓を捧げる気持ちとはどんな気持ちなんだろうか。
「そろそろ準備をしておけ。兵舎に着く」
厳しい面を、巌のように能面にしたエルヴィン。
こいつも同じ風な事を考えているのだろうか。俺には分からなかった。何の成果も得られなかった本隊は、兵舎へと乗り込んでいった。
58:
――――
○月○日
三日目。
俺の方は相変わらずだ。エルヴィンからも連絡はない。獣の巨人も、エレンの行方も消息不明のままだ。
俺が巡回などの任務をサボっているが問題は発生していないようだ。エルヴィンは上手くやっているようだ。
旧調査兵団本部を間借りしたままだが、俺一人で使っているからか汚れが目立って仕方ない。掃除が面倒だ。
広すぎんだよ……一人で使うにしては此処は。
だが宿舎に戻る気もしなかった。もう戻ってくるヤツもいねぇのにな。
今日の成果は27匹。ぜんぶ小物だ。大物は釣れていない。
59:
今日はここまで
聞きたいんだけど、時間軸は原作10巻以降でエレンを奪還できなかったという展開で書いてるけど伝わってる?
60:
乙!
伝わってるよー
61:
伝わってるぜ
62:
>>60-61
さんきゅー。安心したよ
じゃあ書いていきますか
63:
――――
「……よく生き残ったよ。褒めてあげる」
兵舎へと戻り、エルヴィンが労いを告げた後に解散となった。
その後に、ハンジが声をかけてきた。
その顔は明らかに疲れきっていた。出陣前とは別人のように。
「……俺はガキか」
「チビじゃんあんた」
「……うるせぇな」
「ははっ。やっぱり身長のことは気にしてるんだ」
舌打ちして睨みつける。初対面からやたらと突っかかってくるヤツだ。
だが……少しだけ安心している俺もいた。さっきまでの面よりは……こっちの方が断然マシだったからだ。
「……助かった」
「え?」
「だから……礼だ」
「……」
「なんだその不思議そうな面は」
「……君がお礼を言えるなんて思わなくてさ」
こいつ……。
俺の事をどう思っていやがるのだろうが。眉間に力が入ったのを自覚する。
64:
「だってさー。ぶっきら棒で仏頂面で無愛想。しかも極端な潔癖症だ。ここ三日間の印象でしかないけど、間違ってないだろ?」
「……」
「うん。でもどういたしまして。これで君も一人前の兵士だ。いや一人前なんてものじゃないか」
「あん?」
どういう意味だ、と視線で問う。
「初陣にして巨人討伐数……7体。異常だよ」
普通の人間なら一体殺しただけで快挙。生き残るだけでも必死な状況なんだから、とハンジは苦笑気味に綻んでいた。
「団長が見つけてきた逸材なだけはあるのかな。他の兵士達も出陣前と違って、君を見る目が違ってたのは実感なかった?」
「……」
「それに……救援に行って君を見つけたとき、私は驚いちゃったよ。まるで人間の皮を被った獣みたいだった」
顔は相変わらず無愛想なのに、目だけは爛々と輝かせて。纏う雰囲気は歴戦の兵士を圧倒しちゃう、冷徹な狂気だった。
そんな風にハンジは表現していた。
俺はただ無言でそれを聞く。
この時は知りはしなかったが、後にハンジと一緒に背を並べた時に、こいつは笑いながら巨人を屠っていたのだが。
誠に遺憾である。てめぇの方こそ獣か何かだろう、と。
ただそれは未来の話で、現在の俺は違うことを考えていた。そして漏らすつもりは無かったのに、自然とソレが言葉になっていた。
きっと……それは甘えだったのだろう。
「……俺の班のヤツらは全員死んだ」
「ああ……うん」
「助けてくれ、と巨人に食われながら喚いていた」
思い出す凄惨な光景。
人死にを見たことは初めてじゃないし、人を殺した事もある。
しかしあの光景は、これまでの経験と比較しても、どれとも当て嵌まらない凄惨さだったように思う。
65:
「……俺は助けようとした。だが助けられなかった」
どうして俺はこんな風な事を喋っているのだろうか。
自分で自分が理解できない。
仲間なんて思ってはいなかった。偶々、一緒の班に割り振りされただけの人員。それも嫌悪感を向けられていたようなヤツらだ。
そもそも……友や仲間などという絆をこれまで実感した事もない。
何も持っていない俺なのに。
「……何でもねぇ。忘れろ」
何が言いたいのか分からなくなった俺は、自分から話を吹っかけておいて強引に断ち切った。
らしくねぇ……背を向けてこの場を離れようとした時に、背中に衝撃と温もりがやってきた。
「何のつもりだ、てめぇ」
ハンジが背後から抱きついてきていた。意味が分からない。
「どういうつもりだ離れろ」
「……君って潔癖症だもんね」
「分かってんなら離せよ」
ただでさえ肌を合わせるのは苦手なのだ。それにいつも以上に自分達は汚い。気持ち悪い。
だがハンジが言ったのはそういう意味では無かったらしい。
66:
「仲間が死んで……君は悲しいんだろう」
「はぁ?」
「違うの?」
身長差もあって、囁くように言われた吐息が耳元にかかる。それに煩わしさと、どこか気まずい感情が膨れ上がる。
事情を知らない者が見れば、この光景は恋人同士の距離ではないのだろうか。
そう気付いて、余計に居た堪れなくなった。
「仲間なんかじゃねぇよ……俺に仲間はいねぇ」
仲間なんかいない。
他人との関係は、奪い裏切りあうがイコールで成立する場で育ってきた。
甘い話を持ちかける相手には、他者を利用しようとする暗い思想が入り混じり。親切心の裏側には、相手を蹴落とす算段がある。
地下街での生活とは、そんな負に彩られた生活だ。
ハンジにそう嘯いてやる。そんな甘ったるいものなど知らないし、味わった事もないと。
「それでも君は悲しいんだよ。潔癖症なんだよね、君。それって物理的なだけじゃなくて……精神的にもなんだと思うな。
 間違っている事が許せない性質なんだ。だから食われちゃった人達を見て、例え仲間じゃなかったとしても心が傷つくんだよ」
「……」
「助けてって言われて、救えなかったんでしょう。それに君は後悔……じゃないな。正確には歯痒さを感じてる」
67:
確かに歯痒さを感じてはいた。
こと暴力に関しては、地下街でも無敵を誇っていただけに。だが本当にそうなのだろうか?
潔癖症なのは事実だが……ハンジが言っている事が全て正しいとは思えない。
「俺は元ゴロツキだぞ。他人を見捨てた事も……殺した事だってある」
そうだ。もしハンジの言う通りなら、これは間違っている。正しくなんてねぇ。
「生きる為だったんでしょう。さっきリヴァイはそう言ったじゃない」
「生きる為にだったら、何やってもいいのかよ」
「少なくとも、生きることは間違いじゃないよ。生を授かって産まれたんだから、それを卑下するのは絶対に駄目。
 生きたくても……生きられない人もいるんだからさ」
そこで何かを思い出したのか、抱きついてくるハンジの身体が強張ったのを感じた。
勘違いでなければ……今回の遠征で死んだ連中の事を思い出したのだろう。
俺に取っては仲間でなくても、ハンジにとっては仲間だった筈だ。辛くないわけじゃない。
「だからリヴァイは間違ってないよ。君は間違ってなくて、どうしようもなく生真面目なだけなんだからさ」
「分かった風な口を聞くんだな」
俺はそう返すので精一杯だった。
胸の辺りから、温かいモノが滲み出してくるのを感じる。
68:
おそらく……俺は嬉しかったのだ。
これまでの人生で、このように誰かに認められたことなど皆無だったから。エルヴィンと初めて会った時も、微かに感じたような気もする。
俺は……誰かに必要されたり、認められたかったのだろうか?
「それに……リヴァイは一つ勘違いしてるよ」
「何がだ」
「君は仲間はいないって言ったけど、もう君には仲間がいるでしょう」
「お前らが俺を救援にきたのは、任務だったからだろう」
「違うよバーカー。そりゃ任務もあったけどさ」
抱きしめる力が強くなる。まるで手離さないとでもいうように。
「……リヴァイはもう私達の仲間だ。だから助けたんだよ」
「……」
「生きてて良かったよ。それだけで嬉しいもんさ……一人でも無事に生きれてる事が、私達は何よりも嬉しい」
「……仲間、か」
ああ。そうか。こいつは仲間だから助けにきたのか、と今更ながらに思う。
ハンジの身体は震えていた。
きっと……助けられず、そして無事に生きて戻れなかった仲間達の死を悲しんでいる。
そして俺が生きていて、一人でも無事なヤツがいて喜んでいる。
初めての感覚。
仲間、という絆をこいつは教えてくれた。
守り守られて、思い思われて、喜びも悲しみも分かち合える関係。
69:
「悪くねぇな……」
そう思った。
何も持っていない俺だったが、もしこいつらが俺を仲間だと思ってくれるのなら。
それは悪くねぇ、と本心から頷ける。
「……ハンジ。質問がある」
「なに」
「もう俺はてめぇらの仲間なんだよな」
「さっきそう言っただろう?」
「だったら……」
何も持っていなかった俺に、仲間という絆をくれると言うこいつら。
もし何かが返せるとするなら、
「だったら俺が巨人共をぶっ殺し続けたら、てめぇらは助かるのか」
そして。
「この住み難い世界も……ちっとは変わるのかよ」
弱者は踏みにじられ、それを見て強者が高笑いするような。
そんな残酷な構図を塗り替えられるのだろうか。
誰も彼もが些細な事で笑ってられて、巨人の恐怖に怯える事も、明日の食事や寝床の心配をせずにいられるような世界に。
「……君って案外、語るタイプだったんだね」
「チッ……俺は元から饒舌だ」
「そっか。……巨人がいなくなっても、そう上手いこと世界は回らないだろうけど。
 今よりはマシになるんじゃないかな。壁の外は広い……きっとそこには自由があるだろうからさ」
「……そうか」
俺は頷いた。
そしてこの時から俺は決意した。自由を象徴するエンブレムが印された外套を纏うことを。
何も持っていなかった俺は、もう何処にもいなかった。
70:
――――
とある釣り場
リヴァイ「……今のは少しやばかったな。釣り上げてもねぇのに、エサを取られそうになった」
リヴァイ「これで24匹か。まだまだ足りねぇな」
リヴァイ「……流石に釣りづらくなってきたか。場所でも変えるべきか」
ガランッスタッ
リヴァイ「……あん?」
リヴァイ「何しにきやがった……クソメガネ」
ハンジ「久々に会ったのに、相変わらず無愛想だねリヴァイは」
リヴァイ「俺の勝手だ。お前こそ相変わらず能天気そうだな」
ハンジ「ははっ……そう見える?」
リヴァイ「……どうでもいい。どうしてお前はここに来た。ここはエルヴィンしか知らねぇはずだ」
ハンジ「その本人から教えられたんだよねー」
71:
リヴァイ「ヤツから直接だと……?」
リヴァイ(なにを考えてやがるエルヴィンは。俺がそんな気分じゃねぇって事ぐれぇ分かってるだろうが)
ハンジ「そっ。私も、少し気晴らししようかなって」
リヴァイ「……邪魔だ」
ハンジ「知ってる」
リヴァイ「なら帰れ……傷もまだ癒えてねぇんだろう」
ハンジ「心配してくれるんだ?」
リヴァイ「……チッ」
ハンジ「だから舌打ちやめなって。印象悪いからさ。そう邪険にしなくても、すぐに帰るからさ」
リヴァイ「……」
ハンジ「睨まない睨まない。心配なのは分かるけどさ」
リヴァイ「勝手な解釈押し付けんじゃねぇ」
72:
ハンジ「……少しだけ。少ししたら戻るから……」
リヴァイ(…………)
リヴァイ「……好きにしろ」
ハンジ「ありがと」
リヴァイ「どうせ少し休憩を挟むつもりだった」
ハンジ「そっか。……何匹釣ったの?」
リヴァイ「24匹」
ハンジ「うっはー、大漁だね」
リヴァイ「どれもこれも小物だ。……ヤツが言ってた大物なんて気配もねぇ」
ハンジ「大丈夫だよ。……生きてれば、いずれ出会えるさ」
リヴァイ「……そうだな」
73:
ハンジ「……」
リヴァイ「……」
ハンジ「……ねぇ」
リヴァイ「……何だ」
ハンジ「……みんな、どんどん減っていくね……」
リヴァイ「……」
ハンジ「みんな覚悟してただろうし、私も覚悟はしてた。でも……寂しいかな」
リヴァイ「……」
ハンジ「数年前の自分に戻った気分だ。憎しみを頼りにして巨人と戦ってた過去に」
リヴァイ「……空白だな」
74:
ハンジ「空白……か。リヴァイにしちゃあ上手い例えだと思うよ」
リヴァイ「俺を舐めてんのかクソメガネ」
ハンジ「逆だよ逆。褒めてるつもりなんだけど」
リヴァイ「どうだがな」
ハンジ「……リヴァイはどうなの?」
リヴァイ「あ?」
ハンジ「空白。リヴァイはあるのかな、って」
リヴァイ「……」
リヴァイ「言わなくてもお前なら分かってるだろうが……クソメガネ」
ハンジ「長い付き合いだもんね?。みんなどんどんいなくなって……数年も続くなんて稀だし」
リヴァイ「……そういう世界だ」
ハンジ「うん。だからこそ大切にしたいって思うんだよ」
75:
リヴァイ「ハンジ」
ハンジ「なに?」
リヴァイ「俺が……俺が他の奴らからなんて言われてるか知っているか?」
ハンジ「人類最強の兵士」
リヴァイ「……そうだな。そうらしいな」
ハンジ「それがどうかした?」
リヴァイ「……」
ハンジ「黙ってたら何も伝わらないよー。あんたが悩んでるなんて私らは知ってるし、リヴァイが見かけより打たれ弱いのもさ。
 知ってる人もどんどん少なくなってるけど……少なくともリヴァイの目の前には一人いるよ」
リヴァイ「さっきまで泣き言を漏らしてた奴と同一人物とは思えねぇな」
ハンジ「……吐き出せばちょっとはスッキリするものさ」
リヴァイ「お前は……昔よく泣いていたな」
ハンジ「リヴァイもでしょ。っていっても数回だけで……今に至っては不機嫌そうな面がより凶悪になるだけだけど」
リヴァイ「……もう涙なんて残ってねぇよ。お前も……仲間が死んだ程度じゃ、涙は流せねぇだろう」
ハンジ「そうだね。……泣く資格なんて、私達にはもう残ってないし」
76:
リヴァイ「……」
ハンジ「……」
リヴァイ「…………」
ハンジ「……釣れないね」
リヴァイ「そうだな」
ハンジ「エルヴィンが用意した特別なエサなのに」
リヴァイ「……」
ハンジ「……」
リヴァイ「……どうして俺が人類最強なんて呼ばれてんだろうな」
ハンジ「不服?」
リヴァイ「……」
リヴァイ「俺はな――人類最強の兵士なんてなりたくなかった」
77:
――――
○月○日
4日目。
ハンジがきた。まだ怪我も癒えきってねぇのに無茶をしやがる。
早く帰したかったが、あの顔を見たら邪険にする気が失せた。涙は流れてなかったが、あれなら流した方がマシだ。
だからだろうか。お互いに醜態を晒しあった。傷の舐め合いだ。性に合わないが、恥ずかしいとかそういう感情はない。
過去に幾度もあった事だ……あいつが泣いた時は何度も慰めたし事もある。逆もしかりだ。今回も気を使ってくれたのだろう。
でなければ、アイツがあんな場所まで足を運ぶとは思わない。……こういう醜態を曝け出せる仲間も随分と減った。
もしあいつらが……ミケ達がいたら俺はもっと曝け出せたろうか。
人類最強の兵士なんかなりたくなかった、と。
俺には分からない……もうあいつらはいないのだから。
今日は合計で34匹。この中にはハンジが釣った3匹も含まれている。怪我が癒えきってねぇのに……あのクソメガネは。
84:
――――
俺の世界には何も無かった。色が無かった。熱が無かった。他人が無かった。
しあわせが無かった。望むものが無かった。行き先も帰る場所も無かった。
それが。
あの日からだろう。あの日が人生の大きな分岐路だった。
それから。
俺の世界には、俺の知っている物や知らない物がどんどん増えた。
色鮮やかになった。温かさを宿した。仲間や同僚、部下がいた。
しあわせがあった。望むべきものがあった。行き先も帰るべき場所も出来た。
巨人を殺して。巨人を削いで。巨人を屠って。
何体も、何体も、何体も。数え切れないほどの巨人の肉を削いでいった。
気付けば人類最強の兵士、なんて呼ばれるようになっていた。
人類の中で一番強いという称号。
誰も彼もが尊敬と畏怖を込めて俺をそう見るようになった。俺もいつしか人の上に立つべき者としてそう振舞うようになっていた。
だが。
だけど。
何も無かったはずの俺は。何も持とうとしなかったはずの俺は。
色鮮やかになればなるほど、それらを与えてくれたヤツらを失うようになっていた。
世界を抉り取られていた。
85:
肩を並べて戦う仲間がいた。
同じ釜の飯を食べた同僚がいた。
人類の自由と希望を信じて心臓を捧げる同志がいた。
人類最強の兵士に憧れて兵士に志願した新兵がいた。
俺が信頼し一緒の班になれと推薦した部下がいた。
俺に密かに淡い恋心を持つ女もいたらしい。
どいつもこいつも一癖も二癖もあって、だが同時に同じ方向を向いた信じれるヤツらだった。
だが失った。
巨人に食われて、巨人に殺されて。もはや戻ってくる事は無い。死は何もかもを終わらせる。
その度に俺は誓ってきたことがある。
必ず。必ず巨人を、この世界から絶滅させようと。血や肉の一片足りすら残さず、駆逐してやると。
時に死んだヤツの墓の前で。時に死が迎えながら苦しむヤツの前で。
仲間の後悔や想いを、少しでも汲み取ろうと必死になっていた。
涙はとうの昔に尽きていた。
あるのは後悔と未練。そして……激しい憎悪だけだ。
こればっかりはいつまで経っても慣れなかった。慣れようとも思わなかった。
ただ表には出さぬようにした。
人の上に立つ者が動揺すれば、それは全体への動揺に繋がると学んだからだ。
86:
何も知らない連中は、それを見て血も涙もない冷血な人間だと噂していた。
どうでも良かった。
元より他人の評価など知った事ではない。
死んだ者は生き返らない。失くしたモノは、もう戻ってはこない。
だったら少しでも、今を生きる者達の希望になるべきだと思ったから。
失ってしまったヤツらが、俺に色や熱を与えてくれたように。ちょっとでも何かを返せるならば苦では無かった。
そう思っていたのに、そうじゃなかったらしい。
最近になって俺は、俺自身に対して苛立ちを隠せないでいる。いや苛立ちはずっと昔からあった。
ただ隠す事が出来なくなった。
ミケ、ナナバ、ゲルガー、リーネ、ヘニング。
俺が始めて紹介された古参の面子。俺が唯一、弱い醜態を曝け出せるようなヤツら。
それが揃いも揃って巨人に食われて死んじまった。
ペトラ、オルオ、エルド、グンタ。
俺が信頼して推薦した部下達。こいつらは入団当時から俺を慕っていた稀有なヤツらだ。俺も気に入っていた。
だが……俺の判断ミスで死なせてしまった。
なあ。お前ら。何で死んじまったんだ。殺しても死なないような連中だと……ちょっとは期待してたのによ。
呆気なく死にすぎだろう……俺を置いてよ。
俺に与えるだけ与えておいて、直接返させないとはいい度胸だよな。
87:
……人類最強の兵士が聞いて呆れる。そして俺は人類最強なんかに成りたくなかった。
こんな程度の野郎が。
こんな与えられるだけ与えられて、決めた事も約束の誓いも果たせねぇ野郎が。
人類最強なんて呼ばれているんだ呆れるしかねぇだろう。誰もが失望するに違いない。
だから俺は人類最強の称号なんていらねぇ。欲しくなんか無かった。
平凡で十分だった。なんなら人類最弱でもいい。
もしそういう風な世界だったとしたら。
お前らは俺と同じように。
走り、飛べ、く、鋭く、強く、戦えていたはずで。
俺よりも強く強く……俺を置いて死ななかったはずだ。
分かっている。そんなのはただの仮定で、幼稚な空想でしかない事ぐらい。
これは甘えで、逃げで、弱さだって事ぐれぇ知っているのだ。現実は残酷で、容赦が無い。
俺は。俺は迷っている。どうしたら……お前らに何かを返せるだろうかと。
お前らが人類最強の兵士を――希望の光を見ていたように。俺はそう在りたいと思っているから。
88:
――――
とある釣り場
リヴァイ「……」
リヴァイ「…………」
リヴァイ「…………俺はどうするべきか」
リヴァイ「そんなものは分かっている」
リヴァイ「……ただ、それで……」
リヴァイ「本当に巨人を絶滅できるのか。俺には分からない」
リヴァイ「ただヤツは……エルヴィンは言っていた」
リヴァイ「釣りでもしていろ、と。大物を釣れ、と」
リヴァイ「ならば俺は従おう。俺にはこの結果はどうでるか分からないが」
リヴァイ「……釣れば分かることだ」
89:
――――
○月○日
5日目。
進展は何もない。気ままに釣りをして、暇をみれば考え事をしている。
一人の空間は楽だ。煩わしい事は何もなく、ただエサに誘き寄せられた魚を釣っているだけで、
どんどん自分という個性が希薄になるようにも、鋭くなっていくようにも感じる。
考える。人類最強の兵士の称号。これを与えられた俺は……本当に人類最強の兵士に相応しいのか、と。
どれだけ悩んでも、結論は首を横に振るわざる得ない。
もし俺がこの称号を本当に相応しいと自分で自分が納得でるとすれば……それは。
なんとなく答えが見つかりそうな気がしてきた。それも遅かれ早かれ分かるだろう。
考え事に夢中になって、稀にエサだけ食われそうになったのは精進が足りないと反省しようと思う。
94:
――――
とある釣り場
リヴァイ「……」
リヴァイ「…………」
リヴァイ「……何でてめぇがここにいる」
リヴァイ「邪魔でもしにきたのか……ミカサ」
ミカサ「……」
ミカサ「……邪魔をしにきたわけではありません」
リヴァイ「だったら言ってやる。邪魔だ、消えろ」
ミカサ「……」
リヴァイ「チッ……だんまりかよ。つくづくてめぇは俺が憎いらしいな」
ミカサ「……」
リヴァイ「そもそも……任務はどうした。こんな場所で油売ってる暇でもあると思ってんのか」
ミカサ「……あなたに言われたくはない。このクソチビ」
リヴァイ「あァン?まともな受け答えもできねぇのかよ最近のクソガキは」
95:
ミカサ「サボっているのを咎めているのであれば、あなたも同じ」
リヴァイ「ほぉ。理由を言ってみろ」
ミカサ「あなたは表向きには、怪我の養生で休んでいる事になっている。でも実際は、こんな場所で遊んでいるだけ」
リヴァイ「……クソメガネか」
ミカサ「そう。ハンジ分隊長からそう聞いた」
リヴァイ「……戻ったら躾けてやらねぇとだな。この場所を聞いたのも、クソメガネからか」
ミカサ「……」
リヴァイ「ふんっ。まあいい。おおよその事情は把握した。クソ面倒だってのもな」
リヴァイ「それで。どうしてここに来たんだ。俺は見ての通り忙しいんだ。
  今は魚も釣れる気配はねぇが、釣れそうになった時にてめぇがいると面倒なんだよ」
ミカサ「……」
リヴァイ「さっさと用件を済ませ。ミカサ……これ以上俺の気を煩わせるってんならお前から躾けるぞ」
ミカサ「……ごめんなさい」
96:
リヴァイ「……は?」
ミカサ「だから……ごめんなさい」
リヴァイ「謝るぐれぇなら、さっさと持ち場にでも戻れよ」
ミカサ「違う。そういう意味じゃない」
リヴァイ「意味が分からねぇ」
ミカサ「……お礼。謝罪。あの時……女型の巨人から救ってくれたのと、そのせいであなたは怪我をしてしまったから」
リヴァイ「……」
ミカサ「その顔はなに?」
リヴァイ「お前がお礼を言えるとは思わなくてな。俺に対してよ」
ミカサ「……くっ」
リヴァイ「別にどうでもいい。礼なんか求めちゃいねぇんだよ俺は」
リヴァイ「お前が罪悪感を感じるのは勝手だが、あれは俺が選んだ俺の判断だ。お前が気にすることじゃねぇ」
97:
ミカサ「それだけじゃない。……それだけじゃない」
リヴァイ「……あん?」
ミカサ「私は知らなかった。あなたの大切な部下が女型の巨人に殺されていたのを。なのに私は、あなたに酷いことを言ってしまった」
リヴァイ「……」
ミカサ「それに……エレンを守れなかった。あなたは守れと言ったのに、なのにエレンは巨人共に連れ去られてしまった」
リヴァイ「……」
ミカサ「私は……私の役目を果たせず、失態ばかりを続けている」
リヴァイ「……おい、ミカサ」
ミカサ「……はい」
リヴァイ「お前、今日はよく喋るな」
ミカサ「……………………クソチビ」
98:
そろそろチビ呼ばわり止めろよwwww
125:
レスいつもありがとう。励みになってる
明日の為に読み直したら>>97と>>99の間が抜けていた。即興でメモ帳にぐわーっと書いてる弊害だわ。失礼しました
リヴァイ「はんっ。そんな事をわざわざ言いたくて、お前はここに足を運んだのか?」
ミカサ「私は……兵士失格らしい。それで……ここに行けと命令された」
リヴァイ「誰に」
ミカサ「ハンジ分隊長」
リヴァイ「……はぁ」
リヴァイ(面倒事を押し付けやがったな、あのクソメガネ。ガキのお守りでもしろってかこの俺に。後で絶対にぶん殴ってやる)
ミカサ「ハンジ分隊長にこう言われた。今の君は役に立たないから、気晴らしでもしてこい、と。
 今日に限っては私の権限で巡回や通常任務については許してあげるとも。それで……」
リヴァイ「この場所を教えられて、のこのこと来たってか」
ミカサ「……」コクリ
リヴァイ「あいつは俺に何をさせてぇんだろうな」
ミカサ「……似ている、と言っていた」
リヴァイ「あ?」
ミカサ「……兵長が私と似ていると」
99:
リヴァイ「吐きそうだ。胸糞悪ぃ」
ミカサ「それは私の台詞。ハンジ分隊長の手前、指摘はしなかったが」
リヴァイ「俺もお前の上官なんだがな」
ミカサ「今のあなたはサボり。つまりプライペートと判断する。だから私は……間違ってない」
リヴァイ「どんな言い訳だ。てめぇは本気で兵士失格だなクソガキ」
ミカサ「…………」
リヴァイ「……黙んなよ」
リヴァイ(あー面倒臭ぇ。何で泣きそうな面しやがる。コイツから吹っかけてきた喧嘩だろうが。なのに何で俺が気を使わないといけねぇ)
リヴァイ「……続けろ。クソメガネが俺とミカサが似ているから、それでどうしろって言ってたんだ」
ミカサ「……会いに行って、相談でもしてきなさい、とハンジ分隊長は言っていた」
リヴァイ「……」
ミカサ「私はどうすればいいのか分からなかった……ただ、あなたに伝えたかった事があった。
 だから此処に行こうと……思ったのかもしれない」
リヴァイ「それがさっきの言葉か」
ミカサ「……そう、なのだろう」
100:
リヴァイ(……こりゃ重症だな。自分が何をしてるのか、全く理解してねぇ。
  こんなもん押し付けやがって、あのクソメガネが。とことんフザけてやがる。俺とコイツが似てるだと?)
リヴァイ(全然……似てねぇよ。俺はこんな風に泣き言を――)
『……君でも人前で涙を見せるんだね。しかも……イヤな女って思ってる私なんかの前で』
『初めての部下だったんだよね……リヴァイにとって』
『泣いたっていいじゃん。喚いたっていいじゃん。それがかっこ悪いって思うのはリヴァイらしいけど』
『……辛いもんは辛いんだからさ。エルヴィンもミケも……初めての部下を死なせた時は、泣いたらしいし』
『リヴァイは、自分が思ってるほど、冷たい人間じゃないんだからさ。他人からは勘違いされやすいけどね』
リヴァイ(――――イヤな事を思い出させやがる。ああ……クソッタレだな)
リヴァイ(本当に――この世界はクソッタレだ)
101:
リヴァイ「おい、ミカサ」
ミカサ「……」
リヴァイ「エレンにも言った事だがお前にも――――その前に用件が出来た。タイミングが良いのか悪いのか」
ミカサ「あの……」
リヴァイ「てめぇも見えてるな?だったら黙って、そこに突っ立てろ。魚が沸き始めやがった」
ミカサ「……」
リヴァイ「この辺は水面が綺麗だからな。魚が沸くとすぐに分かる。絶好の釣り場だ」
ミカサ「私は見てるだけですか?」
リヴァイ「すぐに終わる。俺の釣りの邪魔すんじゃねぇ。これを逃すとエサが無駄になっちまうからな。
  理解したな、だったら返事をしろ。命令だ」
ミカサ「……了解しました」
リヴァイ「素直で結構」
102:
――――――
――――
――
ミカサ「……大量ですね」
リヴァイ「たかが12匹だろう」
ミカサ「大物も混じっているようですが」
リヴァイ「全部、小物だ。てめぇとは年季が違うんだよ小娘。エルヴィンと昔やってたときは、もっとハイペースだったぞ」
ミカサ「団長も……その、釣りをされるのですか?」
リヴァイ「元々はヤツが誘ってきた。意外か」
ミカサ「……はい。あまりそういう風には見えませんでした」
リヴァイ「まあ……そうかもしれんな」
ミカサ「……」
リヴァイ「……」
ミカサ「……あの」
リヴァイ「……少し黙ってろ。今、考え事中だ。すぐ終わる」
ミカサ「……はい」
リヴァイ「……」
ミカサ「…………」
リヴァイ「…………よし」
103:
リヴァイ「さっきの続きだ。俺がエレンに言った言葉を教えてやる」
リヴァイ「お前とエレンでは立場が違うから、内容は異なるが結論は同じだ。ちゃんと聞いておけ」
ミカサ「……はい」
リヴァイ「お前が後悔するのは勝手だ。だがそれを他人にまで擦り付けようとすんな。
  俺の部下は……ペトラ達は己が信じれるモノを信じて生を全うした。それはあいつらの判断だ」
ミカサ「……」
リヴァイ「俺にしてもそうだ。俺が俺の信じた選択をした結果、負傷しただけでお前は関係ねぇ」
ミカサ「……」
リヴァイ「エレンにしてもそうだ。あいつは超大型巨人や鎧の巨人に連れ去られたようだが、あいつも後悔はしてねぇだろう。
  自分が信じた選択をして、悔いが残らない方を選んだはずだ」
ミカサ「でも……っ!私がエレンを守れていれば!」
リヴァイ「黙れ。ミカサ、お前の悪い癖だ。エレンが絡むと周りが見えなくなるのは」
ミカサ「……っ」ギリッ
リヴァイ「……ミカサ。お前はエレンを守れなかった。だがその時のお前は、その時の選択を間違っていないと判断したんだろう」
ミカサ「……もちろん、です」
104:
リヴァイ「そうだ。誰だってそうだ」
ミカサ「……?」
リヴァイ「俺には分からない。ずっとそうだ……自分の力を信じても、信頼に足る仲間の選択を信じても、
  結果は誰にも分からなかった。だから人は選ぶ。少なくとも俺はそうだ……そうしてきた、つもりだ」
ミカサ「悔いを残さないよう、に……」
リヴァイ「……ああ」
ミカサ「それでも……後悔が残ったらどうすればいい」
リヴァイ「決まってんだろうが。前に進むしかねぇんだよ。立ち止まってても、何も報われねぇだろう」
ミカサ「……」
リヴァイ「そもそもミカサよ。お前……どうして、まだ生きてるんだ?」
ミカサ「――、……どういう意味ですか」
リヴァイ「純粋な疑問だ。俺にはどうしてお前が未だに生きてるのか分からねぇんだよ。
  俺に弱気な姿を晒してまで、どうして生にしがみ付いてんだ。お前はそんなキャラじゃねぇだろうが」
ミカサ「兵長は私に死んで欲しい、と?」
リヴァイ「違ぇ。純粋な疑問だと言っただろうが。それとも……口にしねぇと分かんねぇか?」
105:
ミカサ「まさか……」
リヴァイ「何だ察したか。それとも気付かない振りでもしてたか。あぁ……気付いちまったら、誤魔化せなくなったら困るもんなぁ」
ミカサ「やめて……」
リヴァイ「どうせお前らの同期や身近な野郎は、お前を気遣って口にしてないんだろう。それにお前も甘えて縋ってるところか」
ミカサ「やめろ……と言っている」
リヴァイ「だったら――俺が言ってやろう。感謝しろよ、ミカサ。お前の上官は、酷く優しいぞ。
  欺瞞や偽善で飾る事のない事実無根な真実を教えてやるんだからな」
ミカサ「やめろやめろやめてやめてください、私が悪かったから――」
リヴァイ「エレンの野郎は死んだってのに、どうしてお前はまだ生きようとしてるんだ?」
ミカサ「っ、ぁ――エレンは死んでなんかいない!!」
ミカサ「死んでない。エレンはまだ死んだとは決まってなんかいない!!」
リヴァイ「希望的観測も大概だろ。通常、壁の外で一週間以上の行方不明は、兵団の規定では戦死者扱いだ」
ミカサ「うるさい!エレンは連れ去られただけだ、目の前で死んだわけじゃない!!」
リヴァイ「うるさいのはお前だクソガキ。感情で口を開くんじゃねぇよ、少しは頭使って喋りやがれ」
ミカサ「黙れ黙れ……!あなたが……エレンを死んだと言うのが悪い!!」
106:
リヴァイ「……」
ミカサ「エレンは絶対に死んでいない。今もきっと戦っている。ここに戻ってこようとしている」
リヴァイ「…………」
ミカサ「仲間のところに戻ってこようと……私のところに戻ってこようとしているんだ。それは誰にも否定させない」
リヴァイ「………………」
ミカサ「だから私は生きる。エレンが戻ってくるまで、絶対に死ねない。戻ってきた時に、エレンを抱きしめて安心させるのは私の役目」
リヴァイ「……………………」
ミカサ「それが私の生きる理由。文句は言わせない。だから謝って、エレンが死んだなんて発言を訂正して黙ってないで!!」
リヴァイ「……………………」
ミカサ「喋って!そして早く訂正して!!エレンは死んでないと、エレンは生きて私達の所に戻ってくると!!どうして黙っているの!?」
リヴァイ「………………」
ミカサ「クソチビ。喋れ。なんだその顔は。何か言いたいなら言葉にすればいい。それとも自分の非を認めるのがイヤだから?」
リヴァイ「…………」
ミカサ「喋れ喋ってよ……どうして黙る、の……私は答えたのに、あなたの質問に答えたのに……」
リヴァイ「……魚だ。俺は釣りに集中する」
ミカサ「エレンは生きて……生きて……う、ああっ……ぁぁあああああああああああ!!!!」
112:
――――――
――――
――
リヴァイ(……)
リヴァイ(……釣れなくなったか。七匹。クソガキの喚き声で魚も逃げたかと思ったが、そうでもねぇようだな。また巡回待ちか……)
リヴァイ「……で、少しは落ち着いたのか」
ミカサ「……」
リヴァイ「てめぇがピーピーうるさく泣くから、魚を釣るのに集中力が欠けそうだったぞ」
ミカサ「……」
リヴァイ「……」
リヴァイ「先に言っておく……これは最後通告だ。兵士失格の烙印を押された兵士は、どういう扱いを受けるか知っているか。
  戦いたくても、戦場へと足を踏み入れる資格を失う」
ミカサ「……」ビクッ
リヴァイ「どうしてハンジが、ここにお前を寄越したか考えろ」
リヴァイ「分隊長であるハンジは兵士失格という烙印を押した。そして兵士長の俺もそう判断したら、兵士の権利を剥奪だ」
リヴァイ「てめぇがどれだけの逸材で戦闘能力が高くても、そこに例外はないと思え」
リヴァイ「……守るべきモノを失ったお前には、その方が身の為かもしれねぇけどな」
ミカサ「……」
リヴァイ「もうすぐ夕暮れだ。陽が沈むと面倒だから、そろそろ戻る。言いてぇ事があるなら、今の内に吐け。
  時刻が来たら気絶させてでも強引に連れて帰るからな、ミカサ」
ミカサ「…………」
リヴァイ(……めんどくせぇガキだ。戻ったらクソメガネはぶん殴る)
ミカサ「……本当は」
リヴァイ「あ?」
113:
ミカサ「本当は……気付いていました。エレンが……死んだかもしれない、と」
リヴァイ「……」
ミカサ「いや、もう……死んでいてもおかしくない」
リヴァイ「……」
ミカサ「ただそれを認めてしまえば……私は、私の存在意義を失う」
リヴァイ「ああ、てめぇはそういう人種だよな」
ミカサ「……怖い。寒い。私はまた……また大事な家族を失ってしまった」
リヴァイ「そうかよ。お涙頂戴の哀愁譚に興味はない。ましてやガキの戯言なんざな。
  だからもう一度だけ聞く。どうしてお前は……まだ生きているんだ?」
ミカサ「…………エレンがいるから」
リヴァイ「またガキの戯言か」
ミカサ「違う。そうじゃない」
リヴァイ「だったら何だ」
114:
ミカサ「私の中にある……心の中に詰まったエレンが言う。戦え、戦え、戦えと」
ミカサ「勝てなきゃ死ぬ。勝てば生きる。そして――戦わなければ勝てない」
ミカサ「そして私の中だけじゃない。彼が、エレンが私に与えてくれたモノがある」
リヴァイ「……それは?」
ミカサ「アルミン……私の大切な幼馴染。ジャン、コニー、クリスタ、ユミル、私の仲間達」
ミカサ「調査兵団という巨人を狩り、人類に心臓を捧げた同胞。そして……複雑だけど、エレンが憧れ尊敬していたあなたも含まれている」
リヴァイ「……ふんっ」
ミカサ「エレンは言っていた。いつか巨人がこの世界からいなくなったら、外の世界に行こうと。私と、エレンと、アルミンの三人で」
ミカサ「炎の水……氷の大地……砂の雪原……そして広大な自由の空と、その青さに負けない透き通った青の海」
ミカサ「エレンがずっと見たかったもの。エレンがずっと欲していたもの。私もそれを見たいと思った」
リヴァイ「……」
ミカサ「だから……私は死ねない。死にたくない、そして戦わなければならない」
リヴァイ「エレンが傍にいなくてもか」
ミカサ「そう。エレンが傍にいないのは悲しい……寒い。でも私は……私は!!」
ミカサ「エレンが与えれくれたモノがある限り死ねない!!その中にはエレンの欠片がある。もう奪わせない。もう失わない!」
ミカサ「なにより死んでしまったら、もう……エレンのことを思い出すことさえできなくなる。
 全て失ったら、エレンがこの世界にいたという痕跡さえ消えてしまう!!」
ミカサ「ので私は……絶対に、絶対に死んでなんかなんかやらない!勝って、なんとしてでも生きる!!これが私の生きる理由――!!」
ミカサ「っ……はぁ……ぐすっ……」
115:
リヴァイ「……俺と同じ、か」ボソッ
ミカサ「……え?」
リヴァイ「気にするな。それよりミカサよ……面倒臭いからさっさと泣き止め」
ミカサ「……っ」
ミカサ「泣いてなんかいません。これは……目にゴミが入っただけです。あなたの前でなんか……泣きはしない」
リヴァイ「そうか。それは頼もしいな」
リヴァイ(まだ泣いてる癖に、可愛げのないクソガキだ。……嫌いじゃないがな)
リヴァイ「ミカサ。俺はガキの戯言は嫌いだ。お涙頂戴もな」
ミカサ「知ってます……さっきそう言われました」
リヴァイ「ああ。だがさっきの口上は良かった」
ミカサ「……へ?」
リヴァイ「驚くなよ。失礼なヤツだ。死にたくねぇんだろう。生きて……まだ残ってる与えられた存在を守るんだろう」
リヴァイ「仲間、同僚、てめぇが与えられて、居場所にする拠り所を」
ミカサ「……はい」
116:
リヴァイ「それでいい。上官として言ってやる。お前はもう兵士失格じゃない。立派な一兵士だ」
ミカサ「私……が?」
リヴァイ「励め。てめぇは104期の主席で、ただの兵士100人相当の逸材なんだろ。
  だったら貴重な戦力だ。今は人類滅亡の瀬戸際。腑抜けてないで、地に足つけて立ちやがれ」
ミカサ「…………はっ!」トンッ
リヴァイ「……なんだ、まともな敬礼を知ってたんだな」
ミカサ「……あなたは一言多いです」
リヴァイ「てめぇもな」
ミカサ「あの……リヴァイ兵長」
リヴァイ「何だ」
ミカサ「ありがとうございました……」
リヴァイ「ふんっ。さっきの言葉を忘れるなよ。感情を抑制しろ。そして……お前が守りたいモノを守り、そして背中を預けろ」
ミカサ「……もちろん、です」
ミカサ「次は間違えない……必ず」
リヴァイ「……その言葉を覚えた。失望させるな」
ミカサ「約束します」
117:
リヴァイ「……そろそろ戻るぞ。陽が沈んできた」
ミカサ「了解です。ただ……」
リヴァイ「ああ……」
リヴァイ「せっかく魚が集まってきてるが、今日は帰るのを優先する。無視だ無視」
ミカサ「あの……提案してもいいでしょうか」
リヴァイ「あん?」
ミカサ「私も……釣りをしたい気分なのですが。……兵長もそういう気分だから、釣りをしてたんですよね」
リヴァイ「……遊んでるような言い草だな」
ミカサ「違うのですか?」
リヴァイ「……違わないな。ああ、てめぇの言った通り、馬鹿げた遊びだ」
ミカサ「魚がきてます。どうするのですか、早く決断してください」
リヴァイ「……チッ。許可してやる。ただし俺の判断に従え。釣りは初めてだろうクソガキ」
ミカサ「はい……こういった遊びは初めてなので、あなたの判断に従います」
119:
リヴァイ「仕方ねぇから、特別に釣り方を教えてやる」
ミカサ「ありがとうございます」
リヴァイ「ああ、それとな」
ミカサ「?」
リヴァイ「俺もエレンが死んだとは思ってねぇよ――」スタスタスタ
ミカサ「え――あの、それは……?」
リヴァイ「早く俺の隣にきやがれ。肩を並べろ。素人にも分かりやすく教えてやるんだからな」
ミカサ「へ?」
ミカサ(今、チビが笑っていた?)
ミカサ(……分からない。ただ今は魚を釣ることにしよう。それが終わってからでも、エレンのことや兵長の事を聞いても遅くはない)
ミカサ(でも……此処に来て良かったと思う。少なくとも……私はまだ死ねない。もう迷いはない)
ミカサ(ありがとうございます……リヴァイ兵長)
リヴァイ「おい早くしろ!エサ食われる前に、俺がてめぇを食っちまうぞ!!」
ミカサ「了解!!」
120:
――――
○月○日
6日目。
今日はミカサがきた。ハンジがどうやら場所を教えたようだ。あのクソメガネ、一応極秘扱いになっているのを忘れたんじゃないだろうな。
しかもガキのお守りを押し付ける形だ。俺がそれを得意とするような人種に見えるのだろうか。フザけてやがる。
ただ一つだけ、癪な事だが合っている部分もあった。
俺とミカサは似ている、という部分だ。あんなクソガキと一緒にされるのは御免だが、認めざる得ないのだろう。
クソガキも俺も……何かを与えられて、それに従った行動原理がある。
だからかもしれないが、自分でもらしくねぇ事をしたという自覚がある。
あんな説教臭い事を、何食わぬ顔でガキ相手に語ってしまった。全くらしくねぇ。ハンジやエルヴィンが見たら腹を抱えて笑うだろう。
クソッタレ。なによりクソッタレなのは、俺自身だ。
自分の事を棚上げにして、説教をかます何様な自分。そして……自分の半分も生きてないようなガキに、残酷な言葉を投げつけねぇ
と行けないような、この世界そのものに。クソッタレだ。
今日は合計で41匹。この中にはミカサが釣った8匹も含まれている。
あのガキは筋が良い。逸材だと言うのも頷ける。時間があれば、俺の戦闘技術を叩き込みたいぐれぇには。本人も望んでいた。
魚を釣った後の帰り道、クソガキが妙な視線を向けてきていた。何かを訊きたそうに。うざかったから無視した。
130:
――――
団長室
エルヴィン「すまない。釣りの帰りに呼んでしまって。疲れているだろうに」
リヴァイ「別にいい。……それで呼んだ理由は」
リヴァイ「久々に酒の相手でも欲しくなったか?」
エルヴィン「ふふっ。それも悪くはないな。今日は兵舎に泊まるのだろうし、都合もいい。なによりハンジも呼んでいるしな。
  酒盛りをするのも悪くはない」
リヴァイ「なんだあのクソメガネも呼んだのかよ」
エルヴィン「昨日、派手に殴ったらしいな?そのせいで私が愚痴を聞かされたよ。リヴァイが旧調査兵団本部に戻った後は大変だったぞ?」
リヴァイ「あいつが悪い。俺が釣りをやってるのは極秘だろうが。それをペラペラと漏らしやがって」
エルヴィン「ミカサくんだったね。私も注意はしたが、ハンジは笑って謝ってきたよ。困ったものだ」
リヴァイ「大物が出てきてたら最悪だったぞ。あのクソガキがいたら釣れる獲物も釣れやしねぇ」
エルヴィン「だが……彼女は貴重な戦力でもある。それを無駄に損失してしまうのを、未然に防げたのは僥倖だよ。
  リヴァイ、その件については感謝している」
リヴァイ「……ああ」
131:
エルヴィン「彼女は今後も大丈夫だと思うか?お前の見立てでは」
リヴァイ「さぁな。この稼業はいつ精神がやられたっておかしくないのは、エルヴィンが一番知ってるだろう」
エルヴィン「そうだな。例え壁外調査で生き残ったとしても、兵士として使い物にならなくなるものは多い」
リヴァイ「だったら聞くなよ。あれは戦闘能力は高くても、俺らの半分も生きてねぇようなガキだ」
リヴァイ「変な期待は持つな。死ねと命令するときは死ねと命ずる。クソみたいに今まで通りでいいだろ」
エルヴィン「……ふむ」
リヴァイ「なんだその面は」
エルヴィン「いや……随分と彼女の事を気に入っているのだと思ってね。珍しいな、と」
リヴァイ「馬鹿言え。誰があんなクソガキを気に入るかよ」
リヴァイ「ただ……俺に対してクソな泣き言を吐き尽くしたせいか、一皮剥けたのは確かだ。見込みがないわけじゃないな」
エルヴィン「リヴァイはそう言うなら信じよう。今後も何かあれば気を遣ってやってくれ」」
リヴァイ「……過保護だな」
132:
エルヴィン「せめて部下思いと言えよ」
リヴァイ「……そんなことより俺を呼び出した理由はどうした。まさか本気で酒盛りをしたかったわけじゃねぇんだろう」
エルヴィン「ああ。それはハンジが来たら説明しよう。もうそろそろのはずだが――」
コンコン、ガチャ
ハンジ「おっ待たせ?。ちょっと研究に没頭してて遅れちゃったよ。あとリヴァイに殴られたせいで、身体が痛くてさ」
エルヴィン「いらっしゃい。待っていたよ」
リヴァイ「着て早々、恨み言とは舐めてやがるなクソメガネ。また殴られてぇか」
ハンジ「だってさぁ。あれは仕方なかったと思うんだよねー」
ハンジ「私じゃ荷が重すぎ。上辺だけの言葉じゃ、あの娘に届きそうになかったんだもん」
ハンジ「その点、リヴァイとミカサは共通点が多いからね。強者の由縁というかさ。
  実際、今日のあの娘はどこかスッキリしてたし、結果オーライでしょ?いつまでもムキにならないならない。ハゲるよ?」
リヴァイ「……反省の色が見えないが、大事な会話の前に躾てもいいよなエルヴィン?」
133:
エルヴィン「ここで暴れるつもりか?」
リヴァイ「問題あるか?」
エルヴィン「問題しかないだろう。却下だ却下。小さいのは背だけにしとけ」
リヴァイ「……背は関係ねぇだろうが」
ハンジ「やーい、リヴァイのバーカ。エルヴィンに怒られてやんのププッ」
リヴァイ「このクソメガネ……!」
ハンジ「そっちこそクソチビだろ!」
エルヴィン「二人とも落ち着け。久々に三人揃って嬉しいのは分かったから」
リヴァイ・ハンジ「「嬉しくねぇし」」
エルヴィン「はいはい……駄目な子供を二人持った気分だよ。他の部下には見せられないな」
リヴァイ「誰も見てねぇだろう」
ハンジ「そーそー」
エルヴィン「……肩書きばかり偉くなりやがって」
134:
リヴァイ「そういうてめぇも口調が剝がれてんぞ」
ハンジ「意外と粗暴だもんね、エルヴィンって」
エルヴィン「……うるさいな。俺だって疲れてるんだよ」
ハンジ「あっはっはは!とうとう“俺”とか言っちゃってるし!」
リヴァイ「他の野郎共には見せられねぇな」
エルヴィン「はぁ……誰も見てないだろう」
リヴァイ「だったら初めからそうしとけよ。……俺達三人の時ぐらいはな」
ハンジ「だねぇ。変に取り繕う必要なんかないんだからさ。堅苦しいの嫌いだし」
エルヴィン「やれやれ……いつからこうなったのやら。甘やかしすぎたかな」
ハンジ「エルヴィンだって甘やかされてるだから文句言わないの。特にリヴァイからなんて、めちゃくちゃレアだよ?」
リヴァイ「……ふんっ」
エルヴィン「そう考えるとアリかもな。これも団長としての役得か」
エルヴィン「なにはともあれ集まった事だし、そろそろ話を始めてもいいな?」
リヴァイ「ああ。さっさと始めろ」
ハンジ「あいよ。良い報告ならハンジさん嬉しいけどね??」
135:
エルヴィン「それなら安心していい。……あの糞ジジイ共が漸く重たい腰を動かしたぞ」
リヴァイ「――」
ハンジ「――」
エルヴィン「まあ表向きではなく、裏から俺に内通があったのだけどな」
リヴァイ「あの豚共が好みそうな遣り口だな」
ハンジ「貴族達も一枚岩じゃないって事か。それで壁の中にいる巨人についての謎が判明したの?」
エルヴィン「いいや。今はその二歩手前ぐらいか」
エルヴィン「お前ら二人には説明したが、貴族達は内輪揉めをしている。秘密をバラすか、バラさないかでだ」
リヴァイ「……悠長な話だ。欠伸が出ちまうな」
ハンジ「エルヴィンにコンタクトしてきたのは、秘密をバラす派って解釈でいいの?」
エルヴィン「ああ。あの糞ジジイ共め……壁の巨人だけじゃない。やはり外の世界について隠し事をしていやがる」
ハンジ「外の世界について書かれた書籍や資料は、全て禁書指定されてるもんね」
リヴァイ「それに背いたものは、王政の反逆者として処分だったか。随分と昔に、お前が語っていた推測が現実染みてきやがったな」
136:
エルヴィン「……この世界は都合が良い様に作り変えられている。巨人がどうやって発生したのか、壁はどうやって設立されたのか、
  我々人類はどうやってここまで逃げてきたのか。それらを示すだろう文献は、この百年余りで根絶している」
エルヴィン「しかしたかが百年程度でそれらが失われるのは有り得ない。知識とは受け継がれていくものだ。
  書物、口伝、どんな形であれ後世へと伝わっていく。それが人類に取って生死を別つ情報なら尚更に、だ」
エルヴィン「ならば、何故失われた。何故歴史上から消えてしまった。決まっている。情報封鎖をする連中がいるからだ。
  それは今も雲よりも高い位置で、地べたを這いずり苦しむ姿を嘲笑っている連中に決まっている」
エルヴィン「――王政。王と貴族。それに列なれる糞共だ」
エルヴィン「と、お前らには言ったな」
リヴァイ「……もういねぇがミケもだな」
ハンジ「……どうせなら貴族一人ひっ捕まえて、直接聞いてやりたいよねー。解剖したらポロポロ零すんじゃない秘密?」
エルヴィン「それが出来たら話は簡単だがな。それは最終手段にしておこう。だから笑いながら怒るなよハンジ。気持ちは俺も同じだ」
ハンジ「……うん。ごめん」
リヴァイ「……前置きが長い。要点だけ言え」
エルヴィン「ああ。すまない」
リヴァイ「どうせあの豚共は条件を提示してきたんだろう。壁の巨人や世界の秘密の変わりに」
137:
エルヴィン「リヴァイは相変わらず鋭いな」
ハンジ「まあ頭でっかちが好みそうな手法だしね。っでどんなロクでもない条件を提示されたの?人類仲良く巨人の餌になってこいとか?」
リヴァイ「おい、ハンジ」
ハンジ「……なによ、リヴァイ」
リヴァイ「エルヴィンに甘えてぇのは分かったが、話の腰を折るな」
ハンジ「だって……ムカつくんだもん」
エルヴィン「……」
リヴァイ「……」
ハンジ「もっと早くに情報を得られたら……私達の仲間は死なずにすんだ筈なんだよ?それを今更になって、自分の都合で教えてやるとかさ。
 本当にふざけてるんじゃん。怒りで頭が狂いそうだよ私は!!」
リヴァイ「はぁ……このクソメガネが」スタッ
リヴァイ「だからってエルヴィンに八つ当たりしてんじゃねぇよバカ」ガシッグリグリ
ハンジ「ちょ、ちょっいたい痛いっ!いきなり近づいたかと思えば、頭グリグリすんなー!」
リヴァイ「てめぇが悪い。ちょっとの間……静かにしとけ」ポンッ
ハンジ「……なんか、最近甘えてばっかりだね。その……ごめん二人とも。ちょっと冷静じゃなかった私」
138:
エルヴィン「……構わないさ。言っただろう?気持ちは同じだと」
リヴァイ「いいから続けろ、エルヴィン。泣くのも憤るのも後で出来ることだ」
ハンジ「うん。ほんとゴメン。気にしないで続けて」
エルヴィン「分かった。それでは続けよう。順を追って説明するぞ」
エルヴィン「俺に掛け合ってきた貴族達を仮に協力派と呼ぼう。協力派はこちらに対して情報を提供しても良いと言ってきた。
  しかし反対派の貴族達の圧力も強く、公に提供しては自分達が粛清されると恐れている」
エルヴィン「もちろんそうなったら協力派も抵抗するのだろうが、そうなったら最悪だ。
  人類は巨人に食われる前に、内部から滅びるだろう」
リヴァイ「その協力派の戦力はどうなんだ。反対派と比較して」
エルヴィン「ほぼ拮抗か、それより下回ってるか。本人達の言い分ではな」
リヴァイ「……争えばお互いに自滅か。笑えねぇな」
ハンジ「でもおかしくない?その協力派の人達は現状を憂いて、私達に歩み寄ってきたんだよね?」
エルヴィン「そうなるんだろうな」
ハンジ「だったら反対派はどうして未だに秘密に固執する?手を打たなければ、それこそ自分達が巨人の餌になっちゃうのに」
エルヴィン「当然の疑問だな。俺もそれは訊いたさ」
139:
ハンジ「なんとなく想像は出来るけど、なんて答えたの?」
エルヴィン「想像通りだと思うぞ。それほどまでに人類にとって重たい真実だと、顔を真っ青にしていた」
リヴァイ「あの司祭と同じだな」
ハンジ「……なるほど。なんとなく……見えてきたね。まだ憶測の段階を出ないけど」
エルヴィン「……彼らは言っていた。自分達は巨人の餌になるのは御免だと。だからお前達に協力をしたいとも思っている。
  だが下手をすれば人類同士の争いで破滅を辿る。だから……彼らを説得するための根拠を用意して欲しいと」
エルヴィン「それが条件だ。それを達成すれば、協力派はどんな手を使おうとも反対派を説得してみせると言ってきた」
リヴァイ「……その条件は」
エルヴィン「…………獣の巨人を討伐。そしてその中身を引きずりだすことだ」
リヴァイ「――」
ハンジ「――」
エルヴィン「どうだ、驚いたか?」
140:
ハンジ「……いやぁ?なんというか、ね?」
リヴァイ「……」
ハンジ「うん。正直、予想外だった」
エルヴィン「だろうな。俺もそうだったよ」
ハンジ「こりゃあ本格的に貴族達の隠し事が気になってきたね。このタイミングでの獣の巨人の中身を重要視するなんて、
 外の世界について何か知ってますよーっと暗に示してるようなもんじゃない」
エルヴィン「どれほどの秘密かは分からないが、興味深いのは確かだな」
ハンジ「報告にあった獣の巨人か……104期生の報告じゃ、他の巨人を指揮していたってあったね。それを討伐となると、
 中々に骨が折れそうだ。さっきから黙ってるリヴァイの感想は?」
リヴァイ「……面白ぇな」
ハンジ「おやおや……目ん玉ギラギラと輝かせちゃって。滾り過ぎじゃないかな、兵士長様は」
リヴァイ「そういうてめぇも……ガキがオモチャを強請るような面してんだろうが」
ハンジ「あはっ……あははは」
リヴァイ「くくっ……くくくく」
エルヴィン「楽しそうで何よりだ。確かに好都合だしな。最優先で倒さなければいけない相手だったんだ」
142:
リヴァイ「オイ…………生死は問わねぇんだよな?」
エルヴィン「ああ。殺してしまって構わない。中身さえ確認できればな」
ハンジ「えー!どうせなら生け捕りにしようよ!ぐっちゃぐちゃに解剖して研究対象にしたいしさ!」
エルヴィン「そうしたいのは山々だが、敵の力は未知数だ。下手に加減して、こちらに損害を出したくない」
エルヴィン「仮に捕獲できても、アニ・レオンハートのように水晶化されては研究にもならんだろう」
ハンジ「ぶー。まあこればっかりは仕方ないか。そもそも……私とは出会う機会もなさそうだしぃ。ねっ?」
リヴァイ「……ふんっ」
エルヴィン「なにはともあれやる事は変わらない。警戒を一段と強くして、獣の巨人を捕捉次第、撃破だ」
リヴァイ「おい、エルヴィン」
エルヴィン「何だ?」
リヴァイ「俺は……釣りを続けてていいんだな?」
エルヴィン「……俺は俺の仕事を果たしたぞ。鬱陶しい糞ジジイ共と話をつけてきたが?」
リヴァイ「……了解した」
143:
エルヴィン「……」
リヴァイ「……」
ハンジ「……」
エルヴィン「……話はこれで終わりだ」
リヴァイ「ああ」
ハンジ「うん」
エルヴィン「…………」
リヴァイ「…………」
ハンジ「…………」
エルヴィン「……そういえば日記はつけているか?」
リヴァイ「一応な」
ハンジ「同じく。報告書と別だから面倒だけど」
エルヴィン「ならばいい」
144:
ハンジ「ねぇ……久々に一緒に寝よっか?」
エルヴィン「俺はまだ報告の類が……」
リヴァイ「……後でにしろ」
エルヴィン「ふぅ……それもそうだな」
ハンジ「じゃあさ!寝る前にお酒でも飲んじゃおうぜー!確かエルヴィンの秘蔵があったでしょう?」
エルヴィン「おいおい。あれは俺一人で楽しもうと思ってたんだがな」
ハンジ「ケチくさいこと言わないのー。たしかアッチの棚の奥の方だよね隠してたのは」
エルヴィン「何でハンジが知っている……」
ハンジ「そんな細かいことどうでもいいからさ!飲もう飲もう!ほらっ聞いてたでしょリヴァイ?早く用意してくんなーい?」
リヴァイ「何で俺が動かないといけねぇんだ。お前が用意しろクソメガネ」
ハンジ「えー……じゃあエルヴィンお願い」
エルヴィン「団長である俺にお願いとかおかしいだろう。おいリヴァイ、用意しなさい。命令だ」
リヴァイ「……クソが」
ハンジ「エルヴィンの命令には素直なんだよねー、リヴァイも」
エルヴィン「あの子は根が素直だからね」
145:
リヴァイ「…………用意したぞ。これでいいんだろう」
エルヴィン「ああ、ありがとう」
ハンジ「ありがとうー」
リヴァイ「チッ」
エルヴィン「さて……何に乾杯しようか?」
ハンジ「そんなの決まってるでしょう」
リヴァイ「当然だ」
エルヴィン「だったな」
エルヴィン・リヴァイ・ハンジ「散っていた仲間と、まだ生きている自分達に――乾杯」チンッ
エルヴィン「……死ぬなよ」
リヴァイ「……約束は出来ねぇな」
ハンジ「……ただで死ぬつもりもないけどね」
146:
――――
○月○日
7日目。
釣りが終わった後にエルヴィンから呼び出しをされた。
エルヴィンは自分の役目を果たした。ならば次は俺の番だろう。……もう答えは出かけている。
後はただ……その日が来るのを待つだけだ。
その日がくれば、俺は与えられるだけでなく、返す事ができる人間なのだと証明できるだろう。そのお膳立ても、全てヤツが整えたのだから。
ハンジの提案で、久々に三人で寝ることになった。これが書き終わったら三人で寝ることになるだろう。寝ると言っても、性的な意味ではないが。
これも甘えだろう。俺は……俺達は弱い。だから少しでも人肌を求めるのだろう。あのクソガキはその温もりを失っている。
エレンは……どうなっているのだろうか。今は考えても仕方がない。
この報告書まがいの日記を書いている時に、ハンジとエルヴィンが見たそうでウザかった。
俺が大物を釣れなかったら見せてやる、と言っておいた。二人は能面のような顔で苦笑していた。
今日の釣りの成果は32匹。
150:
――――
真っ暗な闇。
虚無とでも言うべき空間の中で、己の意識だけが浮かび上がる。
戦え、戦え、戦え。
戦え、戦え、戦え。
幾千、幾万、幾億。飽きず絶えず熱を叫ぶ。
色を失おうが、温かさを失おうが、仲間や同僚、部下が失おうが。
しあわせを失おうが、望むべきものを失おうが、行き先も帰るべき場所も失っても。
戦え、戦え、戦え。
戦え、戦え、戦え。
幾千、幾万、幾億。飽きず絶えず熱を叫ぶ。
まだ失っていないものがあるはずだ。
色はまだ残っている、温かさはまだ残っている、仲間や同僚、部下はまだ残っている。
しあわせはまだ残っている、望むべきものはまだ残っている、行き先も帰るべき場所もまだ残っている。
だから。
だから戦おう。
151:
この世界は残酷かもしれない。この世界は無慈悲かもしれない。この世界は非道かもしれない。
しかし同時に。
この世界は美しくもある。こんなクソみたいな世界でも、大切な輝きを見つけさせてくれたのだ。
だから叫ぶのだろう。己の心は。
戦え、戦え、戦え、と。
もう失うのは嫌だ。失わせるのも嫌だ。失くしたものは取り戻せないが……受け継ぎ、果たす事が可能だ。
失っていった者達の後悔や想いを。
時に死んだヤツの墓の前で。時に死が迎えながら苦しむヤツの前で。
汲み取って、誓っていった数々の約束や決意。それを無駄にしない為にも、心は熱を叫び上げる。
戦え、戦え、戦え。
戦え、戦え、戦え。
勝てなければ死ぬ。勝てば生きる。そして、戦わなければ勝てない。
誓いも、約束も、死んでいったヤツらの無念も。
全ては無駄となる。
戦え、戦え、戦え。
戦え、戦え、戦え。
何も持っていなかった己を、ここまで支え持ち上げてくれたヤツらの為に。
幾千、幾万、幾億。飽きず絶えず熱を叫び、謳い上げよう。
152:
――――
とある釣り場
リヴァイ「……」
リヴァイ「…………釣れねぇ」
リヴァイ「途端に釣れなくなりやがった……これはどういうこった」
リヴァイ「……」
リヴァイ「…………」
リヴァイ「…………そろそろ、か」
リヴァイ「ああ……」
リヴァイ「漸く……会えそうな気がするな」
153:
――――
○月○日
8日目。
魚が途端に釣れなくなった。まるでこちらを意識しているかのように。
そのまま二時間ほど続けてみたが、いつもは何匹か固まってくる魚がパラパラと一匹づつ近づいてくるだけだった。
全部、釣ったが歯応えがない。
そのせいか妙に物思いに耽っていた。
エルヴィン。ハンジ。
二人と同じベッドで雑魚寝をしたからか、妙に身体が軽かった。馬鹿みてぇだが、俺は安心してる。人肌が恋しいとか、ガキ
かよって呆れてしまうが。この感情に嘘を付こうとは思えない。明日には死んでるかもしれない身だ。俺も、ヤツらも。だから
安心しているのだろう。それは二人も同じに違いない。
死を見過ぎてきた自分達は、絶対に死なないと豪語できるほど強くも馬鹿にもなれない。
おそらく近い内に死ぬだろう。俺もハンジもエルヴィンも。エレンやミカサ、調査兵団の団員の大半は。ただそうなる前に、俺達
は何か生きた証を残したいと思っていて、それを残せずに死ぬのを恐れるのかもしれない、と。
醒めた思考で、漠然とどうでもいいことを考えていた。下らない。
エルヴィンやハンジには、絶対にこの日記まがいのものは見せられない。生き恥だ。だから賭けに勝とう。
今日は19匹。これは勘だが、明日大物が釣れそうな気配がある。
154:
――――
○月○日
小物の流れが変わった。何かに怯えてやがるような、今までにないパターンだ。
エルヴィンの狙い通りか。だか賭けに負けるつもりはねぇ。……釣ったら釣ったで、ヤツの一人勝ちみたいなもんだが。
別に構わない。どうせいつもの如く見通していたのだろう。だったら後は俺が期待に応えてやればいい。
大物釣り開始だ。釣って、さっさと帰ろう。
155:
――――
視認できる限りでは、最後の小物――7メートル級を処理した。手順は楽な物だ。
大口を開けて迫ってくる阿呆面が反応出来ない度で、背後に回り込みウナジを削ぎ落とす。それだけだ。
殺した小物は合計で17体。
どいつもこいつも面白そうな面をしていたが、全部が奇行種だったのか、通常の個体よりも反応度や動体視力が高い。
なおかつ連携を組むかのように動いていた節もある。おそまつな連携ではあったが、油断をしていたら熟練者でも食われていただろう。
思考しつつ、釣り場――狩場の定位置となっていた場所に戻るために、手短な建物にアンカーを打ち込み立体起動で飛んだ。
風を切り裂いて、宙を滑空する。
40メートルほど移動して、一際高い建物にアンカーを打ち込み、その建物の天辺に立った。
建物の高さは18メートル前後。ここからなら町並みを一望できるし、
例え3メートル級が音もなく接近していようが、気さえ抜いていなければ、事前に発見可能である。
エルヴィンの言っていた通り、良い狩場だ。
人類最強の兵士、と謳われていても、所詮は人間だ。ただ巨人殺しの長けているだけに過ぎない。
そして人類は巨人に比較すると脆弱だ。巨人のふざけたような大降りの一撃が掠めるだけで、致命的な怪我を負うし、直撃なら即死だ。
なにより一対一の戦いなど存在せず、いつだって多勢に無勢に晒される。数は力だ。
だから人類は一体の巨人に対して複数人で連携して戦う。そうしないと勝てないからだ。
それは己自身も例外じゃない、と知っている。
どれだけ強かろうが、個人では物量には抗えない。三体や四体ならまだしも二十体も肩を並べて襲い掛かられたらアウトだ。
今まで幾度も……失ってきたのだから。
それを覆す状況を作ったのが、この絶好の狩り場だった。
自分が立つ場所は、周囲を一望できるし、周囲には立体起動を活かす為の建物が多い。
特に高い建物が多く建造された一帯で、追い込まれたと思えば建物内でやり過ごす事も可能だし、迷路みたいに入り組んだ路地裏も多い。
狭い道は巨人が複数で襲い掛かるのを防ぎ、建物に登ろうとすれば進行度が遅くなる。
そこをしたたかに各個撃破していけば、リスクを最小限に抑えられる寸法だ。
156:
危険だと判断すれば逃げるのも容易い。
自分一人だけの行動は、巨人に食われるリスクも相応に上がるが、その代わりに逃げるのも容易かった。
普段ならば仲間の安否を気にして逃げるよりも真正面から巨人の気を引く行動をしなければだが、己一人だけならば手短な場所に
アンカーを打ち込んで逃げてしまえば、すぐに安全圏へと脱出できる。そこから改めて各個撃破への道筋を辿ればいいのだ。
そしてこの一帯には地下通路もある。
至る所の建物内から、地下へと通じる場所に入り口が設置してあった。元から地下通路はあったが、それを広く深く改良していった。
五年前の惨劇。ウォール・マリアを突破されてから。
ずっとずっと、極秘に改良していったのだ。来るべき時に備えて。
……眼前を見据える。
地上から18メートルも高い場所なのに、視界の中にピタリと嵌りこむ生き物。
急く心を落ち着かせる。
「……待っていたぞ、てめぇを」
来るべき時に備えた場所で、来るべき獲物が視界を埋めていた。
「漸く、てめぇを釣れるんだからな。手間取らせやがって」
獣の巨人。
待ちに待った大物が、姿を現していた。
157:
――――
「はじめまして」
聞き取りづらい片言の言葉が、距離にして8メートル離れた前方から飛んできた。
「アナタはお強いですね。興味深い」
そいつは獣のような体毛で全身を覆っていた。更には俺が立っている建物は18メートル前後の高さだ。
なのに視線が真正面からぶつかり合う。こんな経験をしているのは、人類でも己が初めてだろう。声をかけられる経験も。
……あのクソメガネなら喜ぶんだろうな。
唇の端が持ち上がる。無意識の内に。
ああ、目の前にいるのは巨人だ。人類の敵。そして報告にあった獣の巨人であり、俺が追い求めていた大物。
漸く、漸く会えた。心がザワつく。
「少し前から観察してましたが、こんな場所で何をされてたんです?」
飛び出しそうになる身体と心を、必死に抑え付ける。落ち着け落ち着けまだ早い。
ただ闇雲に前へ飛び出すのは基本もなっちゃいない新兵の役割だ。間違っても俺の立場で行うべき事では無い。自制しろ。
「……ウウン?」
獣の巨人は唸り、僅かに首を傾げる動作をした。
「伝わってないのか。前もそうだったけど、同じ言語だよね。同じ装備を使ってるし」
その言葉にピクンと眉が上がった。前……?前とはいつの事だ。
「怯えてるようにはみえないけど……前のヤツも答えなかったし、無視されてるのかな」
こいつは前にも人類と対話を試みた事があるのだろう。
そして……部下からの報告と獣の巨人の言葉から推測するに、その人類の該当者は。
158:
「てめぇか……」
腹の底から煮詰まった感情を絞りだすように、俺は言葉を吐いていた。
「てめぇが……ミケを殺ったヤツか」
ミケ・ザガリアス。
エルヴィンのもっとも古き部下で、戦闘能力は俺に次いで高かった仲間だ。
所在不明のまま10日間が過ぎ、戦死者扱いとされていたが、疑問に思ったのはたかが巨人9体の足止めで死ぬような柔なヤツでは無かった。
しかし……この獣の巨人が関わったせいで、死んだのだろう。
「……納得した。手間が省けたぞ」
「……やっぱしゃべれるんじゃん。よかったけど、少しムカつくな」
「……そりゃあ良かった。俺も腸が煮えくり返りそうでな」
自制しろ。抑制しろ。
あのクソガキに説教をしたのはどこのどいつだ。敵なら後で取れる。今は少しでも……まだ生き残ってるヤツらの為に、情報を収集することだ。
目の前のクソもすぐに攻撃を仕掛けてくる気配はないのだから。
「オイ」
「……ワタシですか?」
「てめぇ以外に誰がいる。質問するから応えろ。俺もてめぇの質問に答えてやるからよ」
「それはいい。ワタシも聞きたい事があったのです」
利害の一致。
やはりこいつらは知性がある。何が目的なのか。人類が壁の外を望むのを禁忌扱いした王政は、これを忌避していたのかもしれない。
少しでも情報を持ち帰りたい。……エルヴィン達の為に。
159:
「お前らは……何が目的なんだ」
「フム?」
「ただ人類を食うだけが目的じゃねぇんだろう。俺達を破滅させるには、遣り口に手間を掛け過ぎだからな」
「……」
「どうなんだ?」
「…………」
問いかけるが、獣の巨人は黙した。緊張感が支配する空間。
一挙一足を逃さぬように凝視する。いつ攻撃が飛んでくるかも分からない。それと同時に周囲にも意識を飛ばす。他の巨人も注意だ。
「……ハァァ?」
黙していた獣の巨人は大きく溜息をついた。
呆れと期待外れ感を示すように、長い腕を動かすと人差し指でカリカリと耳たぶを掻き始める。
「無駄足だったかな……」
「何が無駄足だったんだ。分かるように話せ」
「ちょっとは期待してたのにな。アナタは強いから、裏切り者の末裔の……最重要ポジションにでもいるのかと思ったのに」
「何も知らないようで、ガッカリでもしたか」
鼻で笑ってやる。だがこちらは大きな収穫だ。“裏切り者の末裔”。
それが何を指しているのか謎だが、やはり人類と巨人には、なんらかの因果関係があるのだろう。
160:
「そうですね。……それでも、念のために聞いておこうかな、我々の探し物について」
探し物……?相変わらず情報が部分的にしか拾えない。しかし構わなかった。
今は些細な事一つすら逃がさず集めるところだ。
「アナタにおたずねしますが」
「……」
「――――を知っていますか?」
……あ?こいつは今、なんと発言した?
言葉の前半部分が聞き取れなかった。いや聞こえてはいたが、頭に馴染まないというべきか。
「だから――――ですが」
「…………」
同じだ。聴こえてはいる。音として聴覚では捉えてはいるのだ。
しかし理解できない。音の羅列が認識できない。まるで言語外の言葉だ。異国の歌を聴かされた気分だ。どうやった所で、
あのような異音を、己の口から発音できるとは思えなかった。
「やっぱり知らないか……」
目の前に二足歩行の獣は落胆している。見当違いだったと。
どうでもいい。勝手に落胆していろ。好きに失望しろ。そして……舐めていろ。
「その探し物はお前らにとって、そんなに重要な物なのか」
「知らないアナタには関係ないよね。やっぱり……壁のもっと奥までいかないとなのかな」
「それはいいな。てめぇは壁内の人間を巨人に変える事が出来るんだろう?だったら丁度いい。
 あの自分の腹を満たす事しかクソ豚共を巨人に変えてくれたら、俺も手間が省けるってもんだ」
いずれ削いでやりたいと、ずっと思っていたんだ。
161:
「……フゥン。そこまで気付いてたんだ」
「壁に穴が開いてねぇんだ。消去法で気付くに決まってんだろうが。しかしどうやって人間を巨人にしやがった。変なモンでも食わせたか?」
「そんなに興味があるなら、アナタで試してみましょうか」
僅かにだが獣の巨人が纏っていた雰囲気が変わり始めていた。
殺伐とした緊張感が、肌を撫でていく。どうやら話し合いは終わりに近づいてきたようだ。
「何だ。殺る気になったのか」
「アナタは生かしておく訳にもいかないしね。いらない情報を与えすぎた」
「勝手に話してきたのは、てめぇの方だろうが」
そのお陰でこちらは貴重な情報を得た。クソメガネが聞いたら飛び跳ねて喜びそうないい土産話だ。
エルヴィンの土産は……コイツの首で決定している。
「そういえば……まだお前の質問に答えてなかったな」
「……ン?」
「初めの質問だよ。俺がここで何をしてるか気になってたんだろ」
ザワつき疼く心を、少しつづ開放していく。もういいよな。もう十分だよな。
「ああ……そういえば。それで何をしてたんです?」
「決まってるだろう。釣りだ、釣り」
「釣り……?」
意味が分からない、とばかりに首を傾げる獣の巨人。俺はそれに獰猛な笑みを浮かべた。
162:
釣り人は己自身。竿は己自身。エサも己自身。
魚は巨人。そして大物は――獣の巨人。
次はどこに姿を現すか分からない獣の巨人を、特定の位置で迎え撃つにはどうしたらいいのか。
壁の中で迎え撃つのは論外だ。被害が大きすぎるし、条件は不明だが住民や兵団が自由自在に巨人化できるなら厄介すぎる。
壁の外が妥当だが、それも場所によっては最悪だ。獣の巨人が壁の外にいるか不明で、
尚且つ獣の巨人を相手取る為に大部隊を展開した所で、ただの巨人を引き寄せるだけで自滅するのがオチだ。
それに獣の巨人には知性があるだろうと踏んでいた。ならば大戦力を前にして、自ら姿を現すなどありえない。女型の巨人の際
みたいに、釣るエサでもなければ。
だからエルヴィンは考えた。
どうしたら、可能な限り有利的な状況で、獣の巨人を迎え撃てるのか、と。
そこで導き出された策が、人類最強の兵士と称えられていた、一騎当千の人間をエサにして釣り出す作戦だった。
いや当初は団長自らエサになろうと考えていたようだが。
無謀にも程がある策だ。他のヤツらが聞けば自殺志願者かと疑うだろう。だからこそヤツは調査兵団の団長で、俺は信頼するのだ。
『最善策に留まっているようでは、到底、敵を上回ることはできない』
『すべてを失う覚悟で挑まなくてはならない。必要なら大きなリスクを背負う』
『そうして戦われければ、人類は勝てない』
それを踏まえた策は。
無茶苦茶で、馬鹿みたいな策だ。きっとヤツ以外には考え付かない策だろう。
人の命を……俺の命をなんだと思ってやがるんだろうな。腹の底から笑いが込み上げてきやがる。これが笑わずにいられるか?
最高に決まってるだろうが。
それでいい。それがいい。
俺の命など考えるな。それで人類が勝利に進撃するなら安いもんだろう。なによりこれは最高の舞台だ。
立体起動を最大限に活かせる場所で、なにより……俺が俺自身に対して問いかけ、証明することが許された場なのだから。
163:
「釣りって……あの釣りだよな。サカナは……?」
「察しが悪いなクソ巨人。エサは俺で、魚はてめぇだよ」
「……ヘェ。面白いこというな」
緊迫感が周囲を覆う。目の前の鈍感も漸く理解したようだ。目の前の人間が、お前の命を刈り取ろうとしているのだと。
殺意と殺意が交差する。
「本気で言ってるのかな。その武器は面白い発想だけど、そんなのでワタシを殺せると」
「試せば分かるだろう」
そうだ。試せば分かる。
俺は目の前のクソ巨人を殺せるのか。俺は本当に人類最強の兵士に相応しいのか。俺が……与えられるだけじゃなく、何かを返せる人間なのか。
もう我慢の限界だ。我慢の日々は、今日で終わりにしたい。
だから、
「てめぇは俺に削がれろ」
懐に素早く手を入れて、信煙弾が込められた銃を取り出し発砲した。
弧を描く赤の色は、狙い通りに獣の巨人の目ん玉へと飛来していく。それを確認して両手のトリガーを引き絞り、アンカーを打ち出した。
「ウォォ……?!」
反射的に避ける獣の巨人。
そうだ。お前らは高度な知能があるからこそ、咄嗟の判断は人間と変わらない。
飛来物があれば反射的に避けるし、致命傷を追わないと分かっているのに、驚き思考が停まる。そこがてめぇらの弱点だ。
嗚呼。
嗚呼――始めよう。
俺が何者なのかを証明しよう――この大物を釣ることによって。
隙だらけの背後に回り込むと、断罪の刃をうなじに向けて叩きつけた。
173:
――――
時間が停止した感覚が、全身を包み込んでいる。
自分以外の全てが緩やかな度で流れていく中で、自分だけが通常通りの度で動いている。感覚の増幅。生きる術として身に着けた技術だ。
風も。
音も。
目の前の巨人でさえも。
全てが停止したように捉えれる感覚の中で、宙を疾り背後へと回り込んだ。
獣の巨人よりも高く高く。空を背負うようにして舞い上がり、勢いをつけて落下する。
狙うは必殺の一撃。巨人の弱点であるうなじ。
(イメージ通りだ)
幾多の巨人を屠り、肉を削いできた一撃は。
度も、斬撃の角度も、タイミングも、力の具合も、全てがイメージ通り重なり、一撃の必殺と化している。
隙だらけの獣の巨人は、こちらに反応する事は出来ず、弱点のうなじへと吸い込まれていった。
イメージが先の未来を伝えてくる。
双刀から確かな手ごたえとして肉を削ぎ落とすイメージを。それを現実と化す一撃は、見事にうなじへと斬り込み。
「くっ――」
イメージが垣間見せた未来とは異なる現実が、双刀から手ごたえとしてやってきた事により、呻きが漏れた。
初めに感じたのは、ゴムのような吸収力。
次に感じたのは、刃を押し返す羽毛のような弾力。
最後に感じたのは、跳ね返されるような重たい反発力だった。
「チィ――ッ!」
空中へと弾き返され崩れかけた体勢を、必死に整える。天地が回転する視界の中、獣の巨人はゆっくりと余裕に振り返った。
「いま、ナニかしましたか?」
舐めた言葉だ。事実、舐めきっているのだろう。
振り返った獣の巨人は、攻撃を放つわけでもなく、空中を錐揉み状態で回転する俺を見上げるだけだ。
174:
「ハッ――そう簡単にはいかねぇか」
吐き捨て、再度の攻撃の為にアンカーを打ち出す。発射した位置は獣の巨人から少し離れた7メートルの民家の壁。
高化された思考と体感の恩恵により、刹那の時の中で分析と行動を両立させる。
(……体毛だ)
幾多の巨人を削いできた一撃は、獣の巨人が纏う特有の体毛に防がれた。
人間が服を着飾るようなファッションでは無かったらしく、本物の獣が我が身を守る為の機能を備えていたらしい。
(予想はしていたが……ここまで厄介だとはな)
たった一撃で両手の刃は、刃毀れしている。通常の巨人ならばここまで磨耗しないのに、でたらめな強度だ。
なにより掠り傷ところか、蚊の一刺しにもならぬ威力しか与えられなかったのはショックだ。
だが此処で諦めるわけにはいかない。
元より戦力差が圧倒的な、大きなリスクを背負った無謀な勝負。この程度で心を挫かれていては、掴める勝利すら逃がしてしまう。
「蚊の一刺しにもならねぇなら、百刺でも二百刺しでも試すだけだろうが」
アンカーが民家に突き刺さり、急激な負荷が全身を襲う。それに逆らうことなく、ガスを噴出して度を追加した。
暢気に天を眺める獣の巨人へと、再び急襲する。身を回転させ、斬撃力へと加える。――削ぎ落としてやる!
「――――はっ!」
初撃よりもなお苛烈な一撃を繰り出し、うなじへと叩き込む。
双刀が柔らかくしなる体毛へと埋まっていく。斬撃の威力を殺されているのが分かる。このままでは、また同じだ。弾き飛ばされる。
反発力に負けまいと、全身を叩き付けるように双刀へと力を伝え、反発力に弾き飛ばされず、刃が通っていく。
すぐさま片方のトリガーを操作して、地上に落下するのを防ぐ。
手短な建物の屋根に着地すると、獣の巨人の声が頭上から降ってきた。
「こういうのって……なんだっけ。そうそう、散髪だったかな」
斬れたのは肉じゃなく、体毛だけだった。
刃に絡まるようにして、獣の毛がもじゃもじゃと絡み付いている。汚なさに舌打ちした。
「少しだけ短くなっちゃった。すぐ生えてくるだろうけど」
「……気持ち悪い」
だが確実な一歩だ。一度目は弾き返され、二度目は肉を削ぎ落とせぬまでも体毛を減らせた。
175:
「……てめぇのそのご自慢の体毛、全部毟り取ってやる」
「諦めが悪いね」
「うるせぇな。その汚ねぇ毛を散髪してやるんだ。ありがたいサービスだと思えよクソ巨人――!」
馬鹿の一つ覚えか、もしくは愚直なまでの進撃か。
また宙を疾走し、敵のうなじ目掛けて刃を振るう。
「刈り取る」
コツは掴んだ。弾かれる直前に刃に力を叩き込み、更に刃を滑らせるように角度を調整する。
うなじ部分の体毛がそれで少し削げた。
「まだだ」
一撃では意味がない。馬鹿の一つ覚えだろうが、愚直だろうが、繰り返せ。
空中で停滞する一瞬の間に、アンカーを打ち込み、更にうなじを狙う。
「もっと」
二撃目。体毛を削ぐ。
「――もっと」
三撃目。微々たる量の体毛を刈り取る。
「もっと、もっと――」
加する世界。重力を忘れたように宙を乱舞しながら双刀を振るう。
四撃、五撃、六撃!
「――もっと、もっとだ!!」
飛ぶ。跳ぶ。翔ぶ。
早く。く。疾く。
――パキンッ。
硬質な音をたてて、双刀が粉々に砕け散る。関係ない。宙で予備の刀を装着し、抜刀斬りの要領で叩き付ける。
九撃、一〇撃、十一撃!
176:
「凄いな……こんなオモシロ武器で、ここまで出来るんだ」
うなじの体毛を半分は削り取った所で、獣の巨人から不吉な気配が漏れた。
「でも飽きたよ。他にはないの?だったらもう観察は終わりかな……」
膨れ上がる不吉。向けられている方向は、宙を踊る俺に対して。
「大体は分かったし、もうイイかな。死んでいいよ」
瞬間、奇妙なほど長い右腕が振り上げられた。まるで鬱陶しいハエを追い払うかの動作のように、度を最優先したムチのような一撃。
「うるせぇ……てめぇが死ね」
遅いんだよ。このノロマが。
度を殺さぬように上半身を捻り下半身を持ち上げた。空中で前転するような姿勢に変化し、下半身があった位置を拳が穿っていった。
豪腕が発生した風圧は凄まじく、吹き飛ばさそうになる。
「――ふっ」
伸びきった腕に右の刀を突き立て、そのまま独楽のように腕の上を高で転がる。
女型の巨人の際は、このやり方で腕から肩にかけての筋肉を削ぎ落とせたが、やはり体毛に阻まれた。まったく傷を与えれず、刃を無駄に磨耗させてしまっている。
しかし柔らかく沈む体毛は、転がるには丁度いい。そのままうなじを狙えるチャンスだ。
177:
「おぅ……避けられた。凄いな」
微かに驚きを含む声が獣の巨人から漏れたのを、至近距離で聴く。目前には弱点のうなじ。
「――おォ!」
斬り付ける。これで十二撃目。
体毛の半分以上を刈り取った。残りは――半分以下。それさえ刈り取れれば、肉を削ぎ落とせる。まだこちらの刈り取る度が、クソ巨人の再生力を上回っている。
ワイヤーを小刻みに射出し、巨人の死角から死角へと回り込む。
地上に一度も足をつけず、宙を飛翔して更なぬ追撃を放とうとした時、
「じゃあ次はこれならどうかな」
獣の巨人が両腕を顔の目の前で構える。それは古の拳闘士のように堂に入っていて。
そして――両の腕がブレた。
「――――チィ!!」
強引に旋回する。
もはやうなじを削るとは言っていられなかった。最短で、最の動きで、直進していた軌道を曲げた。
その空間を。
直進していた軌道を穿つような右の大砲が通り過ぎていく。しかし、それで終わりではなかった。
「クソが――」
避けた先の空間を潰すように、射砲の左拳が迫ってきている。
感覚の増幅で、全ての流れが停滞しているとは言え、格闘術の基本とも言えるワンツーコンビネーションは早い。
あの女型よりも早いだろう。
守る必要性がない分、攻撃だけに気を回すことが可能だからか。冷静に分析しながらも身を捻り、ワイヤーを射出して左の拳を避ける。
「凄い凄い。でもまだ終わらないよ」
まるでクソッタレたガキが虫を甚振るような無邪気な台詞と共に、放たれた両拳を素早く戻すと、また基本の基本であるワンツーが放たれる。
い。いが……まだ避けるのは可能だ。
「――甘いんだよ」
「ウン。だから終わらないって」
瞬間、死の気配が迸った。
視界一杯に幾数の拳が乱舞する。獣の巨人が、とうとう基本のコンビネーションだけでなく、小刻みの連打を放ってきた。
弾幕のように張り巡らせられた死の網。その一発一発が、どれも致命傷を帯びた威力。
178:
「ああ――そうだろうなぁ!」
その程度の筈がねぇよな。分かっている、知っているんだよ。
てめぇが俺の力量を観察するように、俺もそれは同じだ。仮にも獣の巨人なんて大物なんだ。この程度、出来て当然に決まっている。
死の網が迫る。
上下左右。
太すぎる豪腕を持って、掻い潜る隙間が極端に狭い中を、恐れず引かず突き進んだ。
避ける。
――避ける、避ける、避ける。
避けつつも、必死に前進していく。逃げては勝てない、前へ進み攻撃を与えてこそ、勝利が掴めるのだ。
まるで乱気流の中を、舞うちっぽけな羽だ。生きた心地がしない。
限界まで体躯を捻り片側のアンカーを打ち出しては、すぐにもう片側のアンカーを射出して、己の身を縦横無尽に飛ばしていく。
アンカーを突き刺す先は、獣の巨人を取り囲む民家の屋根や壁だったり、時には目標物の無い虚空に向けて射出し反動で身を飛ばす。
巨人そのものは除外した。
刺さる保証もなければ、ワイヤーを掴まれたら逃げようがないからだ。
その連続。その繰り返し。
一瞬の油断やミスすら許されない工程を精密機械のように行いながら、獣の巨人の至る箇所に斬りかかる。
もはやうなじだけに集中は不可能だった。
一縷の望みを賭けて、この個体にはうなじ以外の弱点がないか、体毛に覆われているようで守りが薄い場所がないか。回避と攻撃を連動させていく。
179:
(負けられねぇんだよ、俺は――!)
うなじ、
肩、
腕、
胴体、
脇腹、
背中、
太もも、
腱。
在りとあらゆる箇所に刃を叩き付け、同時に迫る拳の乱舞を掻い潜る。
一秒事に神経を磨り減らす攻守一体の攻防は、呆気なく結末を迎えた。
――パキンッ。
何度目かの斬撃により双刀は砕け散り、宙にまばゆく舞っていく。
もはや予備刀は左右に一本ずつしか残されていない。全てを目の前のクソ巨人に費やしてしまった。
それを認識したと同時に、長い射程を誇る拳の間合いから逃れるようにアンカーを射出し、獣の巨人から大きく距離を取った。
手短な民家の屋根に着地した時、全身を激しい疲労感が圧し掛かってくる。
感覚の増幅は強制的に解除されていた。
「ぜぇ……はぁ……はぁ――」
息が苦しい。ほぼ無酸素状態に加え極限での機動は、膨大な体力を消耗させた。
しかし、
「……やってられねぇな」
15メートルは距離を取っただろうか。遠く離れた獣の巨人を視界に収め悪態をつく。
不意を打った初撃から、3分が経過したぐらいだろうか。
あれほど斬り付けたと言うのに……視認する限り、何のダメージも与えていないのが丸分かりだった。
刈り取ったうなじの体毛も、すでに再生を終えてしまっている。
10秒。たった10秒の間が開くだけで、体毛は元通り。全て水の泡だ。
僅かばかり、心が萎えるのを感じた。
180:
「忌々しい……」
「頑張った方だと思うけどね」
「そりゃ褒めてるつもりか」
「ウン。アナタは強い。ワタシの想像を上回っているね。そんな脆弱な身で、ここまで戦えるんだから。それが通用しなくてもね」
「……ふざけやがって」
まるで訓練兵に対して、その技術は見事だが実戦では役に立たないな、と悟す教官の態度だ。
そして後の展開は決まっている。
訓練兵が教官に背いた場合、どのような仕打ちが待っているのか等。
「アリガトウ。もう殺すけど、十分な収穫だったよ」
「……そうか」
認めよう。
認めるしかないだろう。どれだけ忌々しかろうが、現実から目を逸らしてはいられない。ここは死と隣り合わせの戦場だ。
だから……胸に渦巻く激情を飲み下し、現実を受け入れる。
――俺の力だけでは目の前の巨人を削げない。
体毛という絶対防御に覆われた体躯に、人類の武器である超硬質プレートは歯が立たず。
予備刀はもやは1セットのみ。ガスも残り半分を切っている。極限での機動により神経と体力も大きく消耗した。
感覚の増幅により命だけは存えているが、それだけだ。感覚の増幅すら、今の体力では持続させるのは難しい。
この状態から、自分一人の力ではどうやった所で獣の巨人を打倒するのは不可能だろう。
奇跡でも起きない限り。
そして奇跡なんて物は、この残酷な世界には存在していないのだから。
181:
(…………クソが)
もはや此処で出来る事は、何も無い。
だったら、どうするべきだ?
(決まっている……)
大勢は決した。試して、身をもって体験したのだから。
ならば、
(やるべき事は決まっているだろうが)
自制しろ。抑制しろ。
感情を。心臓を捧げた兵士なのだから、自己を優先せず、人類の未来を優先しろ。
「じゃあ、サヨウナラ」
獣の巨人が動いた。
巨体がブレたかと思えば、右の高の一打が迫ってきた。まずい――このままでは即死だ。
体力の消耗で感覚の増幅が切れている。
思考しているのも仇になった。
――クソッタレ。ちょっとは、ゆっくり休憩させやがれ。
轟音が鳴り響いた。
186:
――――
まさに間一髪。
空中へと逃れながら、さっきまで足場にしていた民家を確認した。
屋根から地面まで陥没するように破砕して、大轟音を響かせながら倒壊していった。
吹き飛んでくる瓦礫や飛来物を避ける。
ガスを吹かし、アンカーを打ち出す。
向う先は、獣の巨人の方向ではない。
あのクソ巨人から背を向けると、人類の拠点である壁へと向って立体機動で疾走する。
「まさか逃げる気ですかァ!?」
背から非難を含んだような物言いに、鼻を鳴らしてその場を離脱した。
そうだ。俺は逃げる。
あれほど勇ましい啖呵と覚悟を持って挑んだというのに、敵に背を向けているのだ。
嗤いたきゃ嗤え。
どれほどの侮蔑や嘲笑を受けようが構わない。下らない意地やプライドなんて野良犬でも食わせちまえ。
死ねない。
俺はこんなとこでくたばる訳にはいかねぇんだ。
「腰抜けめ……!」
地響きが追いかけてくる。そうだ、ヤツにとっても俺を逃がすのは不都合だ。いらない情報を与えすぎたんだしな。
その情報を届ける為ならば……生き恥だって何だって晒してやる。
建物から建物へ。屋根から屋根へ。
一目散に人類の生存圏へと跳ぶ。感覚の増幅はしていないせいか、いつもより景色が流れるのが早い。
「手間かけさすなよなぁ……もう!!」
叫びと共に、風を切り裂く音が背後から迫ってくる。
粟立つ肌。脳内に鳴り響く危険信号。
咄嗟の判断で軌道を変更した時――建物の壁だったろう物体が掠めるように通り抜けていった。
187:
「くっ……!?」
リーネとヘニングを殺ったのと同じ手法か。報告は受けていたが、体験してみると予想以上に厄介だ。
狙いが正確すぎるし、あの質量を投擲する筋力。生半可じゃない。
追加の風斬り音。背後から無数の殺意の奔流が迫ってくる。
(ただでさえガスの残量が少ないってのに……!)
感覚の増幅が切れているのも痛い。集中すれば短い時間なら至れるが、今は温存しなければならない。
背後から迫る投擲を避けつつ、尚、宙を疾走する。
ジグザグの軌道は、それだけガスの消費を意味する。ジワジワと背筋をイヤな汗が流れ出す。
ガスが無くなれば、確実に死んでしまうだろう。
だってのに、状況は更に最悪になった。どうやら勝利の女神は、巨人側の味方らしい。
(……15メートル級か。こんだけ派手に騒いでたら、そりゃあ近づいてもくるか)
前方には15メートル級。後方には獣の巨人。
至れり尽くせりのフルコースだ。悪態も出てこない。ただ……無意識に唇が愉悦を刻んでいた。
「いいぜ……やってやる」
最後の予備刀を右側だけ装着した。
トリガーを引き、ワイヤーを操作して、アンカーを射出する。全てはタイミングが命だ。
度を緩め、追いかけてくる獣の巨人との距離を狭くし、同時に前方から迫る15メートル級との距離も微調整する。
188:
前方と後方。
死を体言した巨体が迫ってくる。己が前に詰める分、15メートル級との接触が早かった。
知能が無い巨人は、阿呆みたいに右腕を大振りしてくる。獣の巨人と比較すれば、遅すぎるそれを避けて、更に距離を微調整する。
背後からは獣の巨人の気配。
「……ほら、エサだぞ。食いつけよ」
15メートル級の顔面の目の前に、ワザとゆっくり滞空してやる。
イメージとしては獣の眼前にエサを釣るに等しい。自殺行為も甚だしい行いだ。予想通り無知脳の巨人は大口を空けて、飛び跳ねてきた。
刹那、温存に温存を重ねていた感覚の増幅を解き放つ。
(一泡吹かせてやる)
ゆっくり、ゆっくりと時が流れた。
眼前には大口を開けて、顔面から飛び掛ってくる15メートル級。そのまま背後を振り向けば――獣の巨人がハエを叩き潰すように右手を振り下ろしてきていた。
タイミングは完璧。
全ては狙い通りだ。
アンカーを斜め右の民家に突き刺して、獣の巨人の一撃範囲から離脱し――顔面からダイビングするように跳んでいた15メートル級が獣の巨人と衝突した。
「……アァ?」
呆けた声が獣の巨人から漏れる。
ヤツも驚いただろう。なにせ……15メートル級の大口が右肩を貫き、ご自慢の体毛ごと、肉を貪っているのだから。
無傷を誇っていた獣の巨人から、初めて鮮血が迸る。
189:
「オ……オォォォアアァァァアア!?」
困惑と驚愕と怒り。
醜態な図体の癖して、反応はまるっきり人間だ。それに反吐が出そうになる、化け物が。
獣の巨人は噛み付いている15メートル級の首を両手で掴むと、怪力で握りつぶした。
グチャッ。
蒸気を発しながら真っ赤な汚物がばら撒かれる。怒り心頭だったのだろう、そのままうなじも裂く。15メートル級の最後。
それを立体軌道で上空から眺めていた俺は、
「――ご苦労」
呟き、獰猛な笑みを浮かべた。
勝利の女神がそっぽを向くというなら、強引に振り向かせるだけだ。
垂直に落下し、興奮醒めない隙だらけの獣の巨人の傷付いた剥き出しの右肩に、刃を突き刺した。
根元まで抉り込む刃。
体毛に覆われていない筋肉は、なんと柔らかいことか。
「で、誰が腰抜けだってクソ巨人」
至近距離でヤツの目と真正面からぶつかった。
信じられないとばかりに歪んだ瞳の輝きには、僅かな怯えと恐れが滲み出している。
それを俺は知っている。
地下街で生きていた頃、身長が小さいだけで弱者とたかを括り、舐めたチョッカイをかけてくるクソ野郎共と同じだ。
「お痛が過ぎたな――」
突き刺した刀を滑らせるようにして、肉に埋めたまま疾走した。
5メートル先の――うなじ目掛けて。
「――――躾の時間だ」
196:
――――
走った。
ブチブチと断裂する繊維の音と、両手で握り締め突き立てた刃からは肉を裂く感触が伝わってくる。
「うォォ――」
届く。届く。
内部はただの巨人の肉だ。
俺は――コイツを削ぐことが出来る!
「――おおお!!」
叫ぶ。
血は滾り、熱は燃え、感情を奮う。足を踏み下ろし、巨人の肉を踏み潰しながら、肉を斬り裂いていく。うなじまでもう少し。
だが、
「ウットォォしいんだよオマエェェええええええええええええ!!」
鼓膜が破けそうな憤怒の衝撃が身を打ち、天地が逆転した。
獣の巨人がジャンプし、宙で回転したのだ、と気付く。
「ぐっ……ッ」
遠心力で吹き飛ばされそうになる。もはや刺し貫いた刃にしがみ付いている有様だ。
無様だ。
後一歩の所で、好機を逃しそうに――いや、逃してしまった。
(……離脱するしかねぇ)
攻撃の機会は奪われた。このまましがみ付いていても意味がなく、獣の巨人が右肩から地面に着地したら圧殺される。
否、それが目的に違いない。
迅に離脱しなければならない。命がある内に。
197:
深くめり込んだ刃を脱着する。勿体無いと思うが、抜いている暇はない。
仮に抜けても耐久性は著しく劣化し、使い物にならないだろう。支えを失った身体は、無重力に攫われ吹き飛ばされる。
すぐにアンカーを射出し、残り少ないガスを吹かした。
離脱したと同時に、獣の巨人も着地していた。
予想通り右肩を地面にブツけるようにして。あのまま勝算の無い勝ちに縋っていたら、どうなっていたかは想像したくない。
手短な民家の屋根に着地し、周囲を警戒しつつ、獣の巨人に注視した。
倒れていた獣の巨人は、のそりと立ち上がる。
右肩からうなじにかけて斬り裂いた傷口から、高圧の蒸気が発生し、傷が再生されていく。
まずは肉から。そして防御の要である体毛が。
(……肉はおよそ10秒。体毛も一緒に再生されるせいか5秒。合計で15秒か……)
それだけで全ての傷は再生を終えていた。
やはりただの切り傷や一部分の破損程度では、大きく動きを阻害させるのは難しい。その軽症すらを与えるのが必死なのにだ。
厄介を通り越して、憎々しいとはこの事か。
「……ジャマなんだよ」
立ち上がった獣の巨人が、俯いたままブツブツと震える声を発する。それは瘴気となって一帯を覆い尽くす殺気だ。
「くんなよ……ジャマだって言ってるだろう!!」
口調をガラリと変えた獣の巨人は吼えた。その対象が己では無いと気付く。
周囲からゾロゾロと集まってきている通常の巨人共にだろう。
13メートル級が一体。10メートル級が二体。7メートル級が一体。遠目ながらも視認できる。3メートル級もきっと建物に見えないだけで近付いてきてるだろう。
その巨人共に向って、獣の巨人は吼える。
198:
「オマエらはジャマなんだよ、このクズがァァァああああああ!!」
近くにあった瓦礫を掴んだかと思うと、腕を一閃して瓦礫を投げる。
剛球となって飛んだ瓦礫は、空気を切り裂いて10メートル級の頭を粉砕した。
「オレがくんなって……言ってるのがワカラナイのかな?」
近付いてくる巨人共を睥睨する。
その威圧感に、近付いてきていた巨人共の足がピタリと地に縫い付けられる。その顔には貼り付けたような怯えが浮かんでいた。
「どっかいけ。コロすよ?」
後退りして、巨人共が離れていく。
来た道を引き戻して、どんどん距離を離していき、その姿は建物に阻まれて見えなくなった。
「……大した親玉っぷりだな。そんなに頭に血が上がったか」
「コロす」
「口調が剝がれてるぞ。少しは取り繕えよクソ巨人」
「コロすゥゥううううううう!!」
間合いを踏み込んできての、右の一閃を避ける。
すぐさま逃走した。
「逃げるなァァああああああああああ!!!」
「……うるせぇ野郎だ」
逃げるな、と言われて逃げないヤツがどこにいるのか。高度な知性があるらしいが、それを使う知能が低ければ無用の長物だ。
立体軌道で壁に向けて全力で駆けた。
199:
しかし、状況は依然として劣勢だ。
逃げながら、己と相手の戦力差と情報を分析する。
武器は、使い果たした。
ガスの残量は残り僅か。刃も残り一本。体力も消費しすぎている。
攻撃も通用せず、最大の機会はみすみす逃してしまった。
対し獣の巨人は無傷だ。
ご自慢の体毛は攻撃を阻み、その巨躯から繰り出す一撃はく鋭い。そして……この戦闘中に時間が切れて変身が解かれる事はないだろう。
これまでの知性有りと巨人との戦闘で、蓄積された情報から幾つか分かった事がある。
その一つ。
巨人化の際には、莫大な体力消耗が関わってくるという点だ。
エレンや女型の巨人は、傷を再生していたが、それも無尽蔵では無かった。傷を受けて再生する度に、ご自慢の身体能力が失われていた点だ。
104期生に混じっていたユミルもそうだし。超大型巨人も鎧の巨人も原理は同じに違いない。
それを踏まえた場合、巨人化を永続的に続けるのは不可能だと、推測できる。
更には超大型巨人が壁を破壊した際に、すぐに姿を消したのはコストパフォーマンスも関わってくるのではないか、とハンジは分析していた。
あの姿を維持するには、通常の巨人化よりも甚大な体力を消耗を要求されるとすれば、辻褄も合う。
更には皮膚の硬化や、傷の再生、常に皮膚を硬化をするのも原理が同じだとしたら。巨人化した敵には……時間稼ぎが有効という公式が成り立つのだが。
(……あまり見込みはなさそうだがな)
この獣の巨人には効果がなさそうだった。
推測が間違っていたのか、もしくはこれが獣の巨人の特性なのか。
きっと後者だろう。
他の巨人に命令が可能な指揮能力。ある程度の攻撃は弾き返す体毛。手足は長く身体能力が高いため、格闘戦も強い。
最小限にまで体力の消費を抑え、巨人化を維持するコストバフォーマンスを誇っているのだろう。
バランス型、と評価してもいい理想的な特性だ。……特に人類に対して、その脅威は計り知れない程に。
反面。デメリットとしては、傷を優先して回復させたり、皮膚を硬化させる事は出来ないように思う。
もし可能なら、さっき傷を超再生するか、皮膚を硬化していれば無用なダメージを追う必要性も無かった。大部分でこの分析は正確だろう。
200:
「逃げるなって言ってんだろォが!!」
「――チッ」
民家を踏み潰し、飛び掛ってきた獣の巨人を避ける。
軌道を変えて、左へと進路を変える。
「……ゆっくりと思考する暇もねぇな、クソッタレ!」
殺気を感じて、身体を捻り急降下した。その空間を投擲物が切り裂いていく。
「ニガサない……絶対にニガサないぞ!」
形振り構わず、拳を振り距離が開けば投擲物を放ってくる。
避け、逃げ、避け、また逃げる。
ずっとこの繰り返しだ。最短距離を一直線に進んでいたら、命が幾つあっても足りやしない。
度で負けているのだ。
通るルートに障害物となる民家や建物に助けられているが、それすらも微々たる影響しか与えられない。
ジリ貧の戦況。
なにより不味いのは――ガスの残量だ。
もう……残りは僅かしか残っていないだろう。それが分かっていても……逃げ惑うしか選択肢は無かった。
死へのカウントダウンが着実に迫ってくる。
「……ッ」
風を切り裂く投擲物。
「……くっ!」
建物ごと巻き込み倒壊させる右の大振り。
「クソが……!」
人間大の瓦礫を幾つも握り、それを散弾のように放ってくる左の一閃。
成す術が無い。
刹那の生を掴み取る為に、大局的には絶対なる死が約束された状況。
人類を守る壁は、未だ遠く。そこに辿り付く事はないだろうと、何よりも己自身が一番知っている。
201:
「くっ――くくくっ」
何故だか笑えてきた。滅多に声に出して笑わないし、笑えないと言うのに。
不思議と腹の奥底から込み上げてくる。
生命の危機に連続で晒され続けた事で、気でも狂ってしまったのだろうか。別に面白くもなんとも無く、この状況はある意味で当然の事だと言うのに。
弱いから殺される。
強いから殺せる。
弱肉強食。食物連鎖。
当然すぎて、なんの面白味も無い事実だ。だが……無性に笑えてきてしまうのだから、これはもう発作か何かの病気と割り切るしかない。
それも長くは続かなかった。
宙を疾走する身が唐突に揺さぶられたかと思うと、ガクンと急に落下していく。
「――――」
ガスがとうとう切れたのだ。
トリガーを握るも、プシュウプシュウと残量がゼロを示す音が鳴り響くだけで、空を翔ぶことは叶わない。
立体機動を失った人類は、羽を捥がれた鳥と同じだ。
落ちる。堕ちて行く。
落下の衝撃を殺す為に、受身を取った。全身を叩いていく衝撃をやり過ごし、すぐに身を起こして二本の足で走る。
幸いな事に、獣の巨人との距離は開いていた。
それも数秒後には詰められる距離でしかないのだろうが、関係ない。
生きているのなら、戦える。二本の足で、前へと進むだけだ。
生まれてこの方、地に足を付けてきた、この二本の足だけは知っている。己を裏切らず、ただ生き抜くために、前へと歩みを止めない事を。
立体機動を失ったことさえ、些細な問題だ。
「……まだ身体は動く」
ならば戦え。ならば足掻け。
ガスを失った役立たずの重みを外す。枷となる立体機動装置が重たい音を鳴らして地面に衝突した。片手には最後の刃だけを握り締めた。
軽装になった身を全力で飛ばし、周囲に視線をやる。
202:
自分がいる周囲は、大通りが十字路となって交差して、十字路の周囲には大小、様々な建物がひしめいて建っている。その一つの目星をつけた。
高く、広い建物。
五年前に放棄されたまま原型を保っている、兵舎も兼ね備えていた見張り塔だ。
高さは悠々と20メートルを越える。
……立体機動装置を失った今、お誂え向きの建物に違いないだろう。
入り口へと駆けて、建物内へと進入した。直後――戦場で慣れ親しんだ死の警戒音が脳内に鳴り響いた。
横に飛び、伏せる。
轟音。
衝撃が全身を襲い、建物全体が震撼し揺れた。
巨大な瓦礫が見張り塔内部に飛来してきたのを、咄嗟に避けたのだ。頭上を突き抜けていった瓦礫は、内装をズタズタに引き裂いてしまっている。
建物が崩れ落ちなかったのは運が良かった。
入り口を見れば、壁が崩れ人が通れる隙間がなくなっていた。その入り口としての機能を失った隙間から、
「――ミツケタ」
獣の巨人の体躯が覗かせていた。
ダッ、と建物の内部へと走る。入り口は封鎖されて通れず、仮に通れても踏み潰されるだけだ。
追い詰められた袋の鼠。
局地的な大地震でも襲い掛かったように、建物全体がグラついた。
軋みを上げる建物はゆっくりと倒壊の兆しを見せている。頭上からパラパラと土埃が舞い、壁や天井の一部分が罅割れてくる。
「……頭に血が上りすぎだろ、クソ巨人め」
建物に逃げ込んだ獲物を狙うのではなく、建物自体を潰して圧死させようとしていやがる。
あの巨躯だ。こんな建物を更地にするのは数分もかからない。……低脳は扱いやすいが、加減を知らないのが困る。
走る、走る、走る。
急げ、急げ、急げ。
――生きる為に、勝つ為に、抗う為に!
一際大きな大きな衝撃が建物を揺さぶり――天井が落ちてくる。
視界が真っ暗に染まった。頭部に何かが当たったのか、額にヌメりが流れてきた。絶対に諦めねぇ……その意思だけを残して、意識も闇に堕ちていった。
208:
――――
20メートル以上の高さを誇っていた見張り塔は、原型と留めないほど崩壊していた。
石壁は砕かれ、至る所に陥没したような大きな穴が開いている。
もう瓦礫の山といったほうが表現は正しいだろう。
その瓦礫の山を、更に重たい衝撃が叩き付ける。
ズドンッ、と重低音が鳴り響き、それは一度で終わらず何度も何度も鳴り響いた。
「オォォオオオオォォオオオオッ!」
雄叫びを上げる獣の巨人が、拳を振り下ろしていた。
倒壊したにも関わらず、興奮冷めやらぬまま、何度も何度も拳を瓦礫の山に叩き付ける。瓦礫の山はその度に壊れ、細かい砂粒へと変わっていく。
完全に倒壊しているにも関わらず、10分以上は飽きず拳を叩き付けていた。
よっぽどの屈辱だったのだろう。
ちっぽけで矮小な存在でしかなかった、取るに足らない格下の相手に、恐怖を覚えさせられたのが。
それを払拭するように、無かった事にするように、何度も拳を振り下ろす。
建物内に逃げ込んだ人間の生存は絶望的だった。
あの短時間で脱出は不可能で、更に建物の崩壊から運良く逃れていたとしても、その後に気が狂ったかのような拳の乱打により僅かな生存の可能性さえ、絶たれている。
奇跡でも起きなければ、生存は許さず。
そして安っぽい奇跡なんて代物は、この世界には許されていなかった。
209:
「フゥー、フゥーッ……」
獣の巨人が動きを止める。荒げた鼻息は激しく、まだ興奮しているのは一目瞭然だった。
力任せに何度も何度も拳を振るっていたせいか、手首から先が折れ曲がり血を流している。高温の蒸気を発しながら、それがゆっくりと再生していった。
「ムカつく……ムカつく……」
一歩後ろへと下がった獣の巨人は、怨嗟が篭った重たい声を呟きながら棒立ちになっていた。
屈辱だ。屈辱だ。
殺しても殺し足りない。どうして圧殺なんかしてしまったのだろう。自らの手で、手足をゆっくりと捥ぎ、絶望の淵へと叩き落したかったのに。
あまりの屈辱さに、自我が吹き飛んでしまったせいか本能に従って殺してしまった。
ちょっと、ほんのちょっとでも本気を出しただけで、すぐに死んでしまった。
「あー……ムカつくな」
それが余計に獣の巨人の屈辱感を煽っていた。
ちょっと本気を出せばすぐに死ぬような格下の癖して、有り得ない恐怖を感じてしまった事が。
もっと残酷に殺したかった。圧死など楽に死なせすぎた。物足りない。物足りない。
あの人間が最後に逃げ込んだ見張り塔は、己の巨体を越える建物の高さを誇っていた。
きっと逃げる事を諦めて、一矢報いようと悪足掻きでもしようと思っていたのだろう。あの高さならうなじも狙える。
ワザと隙を作って、そこを防ぎ、再度の絶望に堕とすのが良かったのではないか。
もはや後の祭りにも関わらず、頭に上った血は下がらず、脳内で残虐なショーを思考する。
それを誰も咎める者はいない。
一喝により通常の巨人は遠ざかり、敵だった人間は死を迎えている。
もし近くに何かがいれば、この屈辱を八つ当たりしていただろう。それ程までに、深く深く憤っていた。
210:
そう。
それ故に。
――獣の巨人は気付かない。
大通りが十字路となって交差したこの場は、周囲には大小多くの建物がひしめき合っているのを。
十字路の中心に立つ獣の巨人を、360度包囲するように、建造されている事に。
――獣の巨人は気付けない。
怒りに囚われすぎた結果、棒立ちで隙だらけの姿を晒している事実に。
傲慢さと慢心と自尊心。矜持やプライド。
有りとあらゆる感情を刺激され続けた結果、冷静な思考というモノが剝がされ欠如してしまっている事に。
――獣の巨人は知らない。
ウォール・マリアが突破された惨劇の五年前から、来るべき時に備えて備えられたのが、この場なのだという事を。
家畜という現状に唾を吐き、自由と希望を求め。
本当に訪れるかも不明な、僅かな可能性に賭けて、来る日も来る日もこの場は改良に改良を重ねられていったのだ。
――獣の巨人は知りえない。
敵対していた人物が、人類最強の兵士と呼ばれていた事を。
人類の希望を担い、数多の巨人を屠ってきた存在で在り。人類最強の兵士が、どうして人類最強で在り続けれたのか、を。
ただ純粋に強いからではない。
それも基準の一つでがあるが、あくまで一側面を示した物でしかなく。
人類最強と呼ばれた人物は、なによりも己の弱さを知り尽くし、人類が如何に非力で脆弱なのかを身に沁みて学んでいる。
だから。
だからこそ。
獣の巨人は、知ることになる。気付くことになる。
己が敵対していた相手が――人類が。如何に狡猾で、如何に冷徹で、如何に逞しいか、を。
それは。
その反撃の狼煙とでも言うべき一撃は――交差した十字路に棒立ちする獣の巨人の背後の建物から、大きな轟音を発して開始した。
211:
「……ウウン?」
背後から鼓膜に轟くような音が幾つも弾けたかと思った時には、巨躯に衝撃が走り、粘り気を含む液体が大量に全身を濡らしていた。
立体機動装置が登場する以前に、対巨人主力兵器であった壁上固定砲。
それが13メートルの高さの建物から幾つも火を噴いたのだ。発射されたのは、ぶどう弾のように発射と同時に拡散していくタイプ。
しかしぶどう弾その物では無かった。
人類が密かに開発してきた秘密兵器。女型の巨人捕獲作戦で使用された特定目標拘束兵器と同じ、特別な巨人の為に備え準備された一品だ。
その効果は、ぶどう弾のように拡散しながら目標に飛散し、接触すると同時に砲弾は弾け、内部に詰められていた液体を目標に付着させるのが狙いである。
ぶどう弾のように部位破壊能力もなければ、榴弾のように殺傷能力もない。巨人を相手取るには、威力不足は否めないだろう。
現に獣の巨人は、びくともしていなかった。
何のダメージも負わず、この特殊砲弾が飛んできた背後へと振り返ろうとしている。
「ダレもいない……?」
その建物には人の影は存在しなかった。ただ役目を終えた幾つもの壁上固定兵器が、煙を吹きながら野晒しになっている。
「なんだコレ。クサイ……」
全身を濡らす液体と、周辺にブチ撒けられた液体の異臭に、獣の巨人は顔を顰めた。
そして、この新兵器の真価がベールを脱ぐことになる。壁上固定兵器とは全く別の方向から、無音の風斬り音が獣の巨人に迫る。
それは矢。
矢尻を真っ赤に灯らせた一筋の矢が、閃光となって巨人の二の腕に直撃する。
それは絶対防御を誇る体毛に阻まれ、刺さる事は無かったが。間違いなく、役目を果たしたのだった。
矢尻に灯る灼熱の炎が、巨人に付着した液体に接触し――業火となって巨人を包み込んだ。
212:
「オ……オォォォアアァァァアア!?」
本日二回目の驚愕が、獣の巨人から迸った。
二の腕から広がった業火は、瞬く間に全身へと広がっていく。
肩、
腕、
胴体、
脇腹、
背中、
太もも、
頭部、

うなじ、へと。
在りとあらゆる箇所を、例外なく覆い燃え上がっていく。まるで人類の無念と怒りを象徴するように。
あれほど刃を防いだ自慢の体毛が、見るも無残に燃えていた。
それは地面に留まらず、地面や周囲に散った液体にも燃え移り、当たり一面が地獄の業火で焼かれる光景を作り出す。
これが人類の知恵と叡智が結晶した、新兵器の効果と最終決戦の舞台である。
しかし、これだけでは意味がない。
一見するだけなら地獄絵図だが、巨人とは高温を纏う生物である。熱による耐性は大きく、この程度で殺せはしない。
これは第一段階。肉を調理する前の下拵えでしかなかった。
元々は対獣の巨人の為に、用意された物ではない。
五年前の惨劇の片棒を担いだ、鎧の巨人に備えられた物である。あの硬い皮膚――榴弾の一撃すら防いで見せた鎧を無効化する為に。
鉄は硬いが、熱を与えれば柔らかくなるのは当然の理。
鍛冶に携わる者でなくても、誰もが知っているだろう。熱の温度変化は、万物共通だ。これならば、絶対無敵の盾にも刃が通るのではないか、と。
あくまで仮説でしかなく、本当に効果が発揮するのかは試して見なければ分からないが。
少なくとも。
獣の巨人には、絶大な効果を発揮したようである。そう……体毛は激しく燃え、絶対防御を失っているのだから。
213:
「――――――」
驚きに思考が停止した獣の巨人が、本能によって動き出そうとする。
生の本能。即ち――この場から逃げる、という選択だ。足を大きく上げて、踏み出そうとした時――地面の下から爆発音が響き、地響きが襲い掛かった。
驚く猶予すら許されず巨人の体躯が、消失した地面から腰部分まで呑み込まれる。
何処にも逃がさない、とばかりに。
肉を調理する下拵えの第二段階が発動したのだ。
落とし穴。獣の巨人が立っていた地面が崩れ去ったのだ。その深さは約8メートルにまで及んでいる。
五年前から極秘に極秘を重ね、貴族や憲兵団はもちろん、壁を神と説くウォール教から邪魔になる存在全てに黙って、調査兵団が築いた罠。
四方10メートルの広さと、深さ約8メートルの穴を地下に築き、
来るべき時に、支柱となるべき箇所を特大の発破で一斉に爆発させることによって、落とし穴を起動させたのだ。時限式の盛大なトラップ。
この準備に五年。五年だ。
税金食らいと罵られながらも、支給される満足とは程遠い資金の一部を注ぎ込み。
本当に効果が発揮するのか。そもそも都合よく鎧の巨人や大物を誘い込む事が可能かも不明な罠の製作に、どれだけ兵士を犠牲にしてきたか。
それでも諦めなかった。
それでも挫けなかった。
故に今がある。故に――獣の巨人は捕らわれ、大部分の能力を拘束することを果たした。
絶対防御の体毛は失った。落とし穴により機動力を押さえ込んだ。そして――第三段階が開始する。下拵えを終えた肉を削ぐ最後の工程が。
214:
落とし穴に嵌められた獣の巨人は、一重に表すと金縛りにあったように立ち竦んでいた。
まるで蛇に睨まれたカエルのように。
この状況があまりにも理解できないからこそ、陥った現象とでも言うべきだろうか。
人類で例えるなら、如何に能力があろうと、それを現場で活かす事が難しいかを知らしめる光景に似ている。
期待の新人として調査兵団に所属し、いざ巨人と相対した時に、本来の能力を発揮できるかと言われたら、それが難しいように。
人類のスペックと、立体軌道装置の性能。
この二つが掛け合わさった場合、本来ならば人類は1対1の戦いならば、通常の巨人ならば間違いなく凌駕できる。それが正規の訓練を受けた兵士なら尚更に。
しかし事実は異なるのが現状だ。
それが原因となるのが感情。
恐れ、怯え、怒り、悲しみ。負の感情が邪魔をし、本来の性能を果たす事が許されなくなる。
逆に、それらを生への糧として進撃する人種もいるが、全体で見たら極一部の人種だけだろう。生を授かり、知性を持ったイキモノは、いつだってソレを試される。
巨人と相対し、腰を抜かして巨人に食われる新兵。
緊急事態に自己忘却に陥り、状況判断すら出来ずに巨人に食われる熟練兵。
そして――驕りに驕っていた獣の巨人も、ソレは例外ではない。
「――――ナンダコレ」
パニックから状況判断能力を失い、下半身を呑み込まれた獣の巨人は逃げようとする様子が無い。
いくら下半身まで呑み込まれようと、この巨躯なら這い出すのは容易にも関わらず。それこそ力任せのゴリ押しでいいのに。しかしソレが出来ないでいた。
出来なくされていた。そういう風に仕掛けられていたのだから。
この状況を作るために……獣の巨人と相対した人間が。
全ては誘導。
獣の巨人を舞台に呼び込むのも。この場に誘い込むのも、獣の巨人の思考を奪うのも。全ては誘導した……大物釣りへの布石なのだから。
もし仮に。獣の巨人が舐めていなければ、たかが下等生物と見下していなければ、己の力を驕っていなければ。
この状況からでも逃れるのは可能だっただろう。
彼我の戦力差はそれだけ圧倒的なのだから。逆にその思考の隅を突かれた結果になったのだが。
215:
「……イミガワカラナイ」
しかし獣の巨人がそれを知ることはない。仮に知ったところで後の祭り。
この世界は残酷で、分かり易いぐらい親切な世界だからだ。
弱いから死ぬ。
強いから生きる。
たったそれだけ。親切で……単純明快な世界。その親切な構図は、獣の巨人にも適応される。
声が聴こえた。耳元で燃え盛る炎の音に紛れながらも、確かに声が獣の巨人は声を拾った。
それは怒りを体言した、身を覆う灼熱よりも熱さを感じさせる様な咆哮。その声を獣の巨人は知っている。殺したと思っていた、人間の声だ。
「――」
条件反射の類で首を動かした。真っ赤に染まる視界の中、向いた先には青空と、
「ァ――トリ?」
大きく羽ばたく白い翼。何者にも捕らわれない自由の翼が、風を切って羽ばたいている。
それが獣の巨人が拝んだ最後の光景だった。
真っ暗な闇に染まる視界。炎の赤も、空の青も、翼の白もない。黒の闇一色に埋まった。
下拵えを終えた肉の調理が開始する。
「よぉ――痛そうだな。すぐに楽にしてやるから、おとなしくしてろ」
それは刃を持った人間。ただ肉を削ぎ落とすことに長けた、ただの人間。
これから始まる光景は――この世界に巨人が発祥する以前――この世界に溢れていた神話や御伽噺の一幕と同じだった。
それらを綴った物語では決まって、人智を越える化物と、それらに苦しめられる人類の闘争を綴っていて。
そして、
化物を倒すのは――いつだってただの人間の所業なのだ。
そこに奇跡は無く、そこに魔法は無く、そこにご都合主義は存在しない。
ただの人間が、ただの人間の手によって積み重ね上げた。血と汗と――不屈の魂を懸けた生への叫びなのだから。
「じゃねぇと……てめぇの肉を綺麗に削げねぇからな」
216:
――――
真っ暗な闇。
虚無とでも言うべき空間の中で、己の意識だけが浮かび上がる。
戦え、戦え、戦え。
戦え、戦え、戦え。
幾千、幾万、幾億。飽きず絶えず熱を叫ぶ。
色を失おうが、温かさを失おうが、仲間や同僚、部下が失おうが。
しあわせを失おうが、望むべきものを失おうが、行き先も帰るべき場所も失っても。
戦え、戦え、戦え。
戦え、戦え、戦え。
幾千、幾万、幾億。飽きず絶えず熱を叫ぶ。
まだ失っていないものがあるはずだ。
色はまだ残っている、温かさはまだ残っている、仲間や同僚、部下はまだ残っている。
しあわせはまだ残っている、望むべきものはまだ残っている、行き先も帰るべき場所もまだ残っている。
だから。
だから戦おう。
217:
この世界は残酷かもしれない。この世界は無慈悲かもしれない。この世界は非道かもしれない。
しかし同時に。
この世界は美しくもある。こんなクソみたいな世界でも、大切な輝きを見つけさせてくれたのだ。
だから叫ぶのだろう。己の心は。
戦え、戦え、戦え、と。
もう失うのは嫌だ。失わせるのも嫌だ。失くしたものは取り戻せないが……受け継ぎ、果たす事が可能だ。
失っていった者達の後悔や想いを。
時に死んだヤツの墓の前で。時に死が迎えながら苦しむヤツの前で。
汲み取って、誓っていった数々の約束や決意。それを無駄にしない為にも、心は熱を叫び上げる。
戦え、戦え、戦え。
戦え、戦え、戦え。
勝てなければ死ぬ。勝てば生きる。そして、戦わなければ勝てない。
誓いも、約束も、死んでいったヤツらの無念も。
全ては無駄となる。
戦え、戦え、戦え。
戦え、戦え、戦え。
何も持っていなかった己を、ここまで支え持ち上げてくれたヤツらの為に。
幾千、幾万、幾億。飽きず絶えず熱を叫び、謳い上げよう。
だから。
だから――――――――――
218:
――――
――――――――戦え!!
「うォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
吼えた。
感情のままに、ただ我武者羅に吼えた。
肺の酸素を消費して、無駄に体力を消耗するのに。奇襲を仕掛けているのに、自らの位置を教える行為にもなるのに。
理性を凌駕する感情が、有りっ丈の想いを吐き出すように腹から叫びをブチ撒ける。
叫びブチ撒けた感情に従って、その身は風を切り裂いていく。
立体起動。
地下通路に逃げ込み、予備に準備しておいた立体軌道装置を装着して、宙を疾走する。
目標は獣の巨人。
まんまと策に嵌り、放心している図体が馬鹿でかいだけのクソ巨人目掛けて。
「――おォォおおおお!!」
声に反応したのか、こちらに首を振り向かせた獣の巨人。その目の前を通り過ぎる起動で――両の眼を斬り裂いた。
通り過ぎ、建物の屋根に回転しながら着地する。双刀から伝わってきた、確かな肉を削ぐ感触を実感しながら。
「ア、ァ……ガァァァアアアアア!!?!??」
「よぉ――痛そうだな。すぐに楽にしてやるからおとなしくしてろ。じゃねぇと……てめぇの肉を綺麗に削げないからな」
これでヤツの視界は通常なら1分間は闇の中。
仮に片目を優先して治したとしても30秒。更に悲観的に見積もって20秒としても……。
219:
「……十分だな」
20秒もあれば巨人を殺すのなど容易い。それも……無力化された巨人なら尚更に。
トリガーを引き絞り、アンカーを射出した。飛ぶ。狙うは今も尚、燃え盛るうなじだ。一撃で決める。綺麗に削ぎ落として、それでお仕舞いだ。
感覚の増幅は最大限に。もはや躊躇いはない。ゆったりと流れる空間の中で、一直線にうなじに向けて飛ぶ。
容易い工程だ。もはや敵の無力化には成功している。
だが、
「……諦めが悪りぃな、クソ巨人」
無力化されていたはずの獣の巨人が、行動を開始していた。
両目を覆っていた両手を、うなじ部分へと持っていたかと思えば、燃え盛る体毛ごと包み込むと――表面の肉ごと広範囲に渡って削り落とした。
皮を剝ぐ音と血液が首から溢れ出し、胸元を濡らしていく。
その目的は。
燃え盛る体毛と肉の表面を削り落とし、新しく再生した肉と体毛で、この危機を脱しようとする魂胆なのだろう。
それを示すように、左手はうなじを守るように押さえつけながらも、右手は敵を撃退するように何も無い空間を大きく薙いでいる。
視界が闇に埋もれた今、それは闇雲でしかないが、十分に脅威ではある。
大きく削り取られたうなじ部分の体毛は、再生を終えてももはや燃え移る事はないだろう。
そして再生しきる時間さえ稼げれば、もはや獣の巨人を脅かす可能性は限りなくゼロになるのだから。
それら全ての行動は、間違いなく理に叶っていた。
生き残る。
その一点だけに集中した行為は、兵法としても理に叶っている。
220:
「つまり――悪足掻きだろうが」
鼻を鳴らし、嘲笑った。嗚呼……もはやこの獣の巨人を恐れる必要性は、どこにも感じられない。
兵法?理に叶っている?
なんだそりゃ。逆に言えば――てめぇはもはや万策尽きて、在り来たりで当たり前な打開策しか手の打ちようがないということだ。
巨人の何が恐ろしいかと問われれば、それが未知だからだ。
人は未知を……知りえないモノに不安や怯えを覚える。しかし、この巨人の能力は、ここが限界。これ以上の不確定要素を気にする必要はないのだと、自ら知らしめたのだから。
そして獣の巨人が俺を観察していたように、俺も獣の巨人を観察していた。布石はとうの昔に打ち終えている。こいつの能力は全て丸裸も同然でしかない。
「再生が終える15秒の間に、てめぇを削げばいいだけだろうが」
吐き捨て、我武者羅に宙を薙いでいる右腕に目標を切り替える。
年貢の納め時だ、クソ巨人。
最大度で迫り、刃を振るった。
右腕の肉という肉を削ぎ落とし無効化する――残り10秒。
度を緩める事なく、アンカーを獣の巨人に直接刺した。
うなじを阻む邪魔な左腕も同様に肉を削ぎ落とす――残り7秒。
左右の腕が地面に落ちる。ズシンと、地響きを巻き起こすのを耳で聴きながら、最後の仕上げに取り掛かる為に飛んだ。
「グガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」
断末魔のような悲鳴が、獣の巨人から飛び出す。それは大気を揺るがす程の叫び。
まったく……、
「……うるせぇな」
未だ燃え燻る獣の頭部に降り立つ。――残り5秒。
「いい加減、おとなしくしやがれ」
左右の刃を着脱し、新しい刃に変える。――残り3秒。
「綺麗に削げねぇだろうが――」
跳ぶ。頭部を踏み砕く勢いを利用して。――残り2秒。
「――てめぇの肉をな!!」
両の手に握った双刀が、肉を削いでいく。
縦1メートル。横10センチ。
いつかのように、いつものように。ズブズブと肉に埋まっていく刃が、確実に巨人の肉を削ぎ落とした。断末魔が途切れる。それが……獣の巨人の最後だった。
230:
――――
賭けに勝った。一か八かと言うような危険な賭けに。
見張り塔も兼ねた兵舎に逃げ込んだ後は、ひたすら地下へと続く道を走ったが、まさか建物自体を崩壊させてくるのは予想外だった。
落ちてくる天井と、兵舎内部から地下へと続く通路へと駆け込んだのは、ほぼ同時だった。
そして……先に落ちてきた瓦礫に頭をやられていたのと、天井の崩壊により発生した衝撃に、意識が落ちてしまった。
意識が落ちていたのは3分ほどだったろうか。
意識が覚醒したキッカケは……戦え、戦え、戦え、と己を動かす原動力だった。
生かされた。
俺が生きているのは、何も持っていなかったはずの俺に、色んなモノを与えてくれたヤツらのお陰だ。
だから、
「長かったな……」
戦いの果てに、今に至り、現在(イマ)がある。
「手間取らせやがって」
横たわり蒸発しようとする獣の巨人。そのうなじ部分はパックリと大きな口を開けている。
そこから覗く黒い毛……?に覆われた中身を、今から引きずり出そうとしているとこだった。
このまま回収せずに放置していて、巨人の肉体と一緒に蒸発でもされては、この苦労も水の泡になってしまう。それは正直、勘弁して欲しかった。
「ご対面だな。どんな面白れぇ面してやがんだ」
握った刃を振るう。
一体化している邪魔な部分の肉を削ぎ、本体を分離させる為に。手足の先も一緒に削いでしまうだろうが、気にはしない。
重要なのは素性を判断できる顔や胴体が残っていればいいのだ。
ザクザクッ、と肉を削ぐ音が鳴り、
「……なんだこりゃあ」
眉が歪むのを自覚する。
発した声も呻きにも似た、唸り声だったに違いない。獣の巨人の中から出てきた本体は、それぐらい予想外の代物だった。
231:
「どう見ても……人間じゃねぇな」
黒い体躯に、黒い皮膚に、黒い体毛。
目や鼻も人間と似ているようで、その細部は絶対に人間とは異なる構造をしていた。
こんな生き物は知らないし、見たことも無い。
それこそ……獣の巨人をそのまま小さくしたような、獣そのものだった。
「…………」
鎧の巨人や超大型巨人。そしてエレンやユミルは人間が巨人化していた。
しかし獣の巨人は、例外らしい。
それが齎す意味は不明だ。少なくとも、ここで悠長に謎を解明している余裕はないだろう。そもそも、こういうのはハンジの仕事だ。
「……あちぃなクソが。しかも汚ねぇし……」
引きずりだそうと手に触れれば、高温で手が火傷しそうになる。
それを耐えて引きずりだすのに成功した時――背後から殺気を感じ取った。脳内に響く警報に従い、反射的にトリガーを引き絞る。
アンカーが打ち出され、汚れや火傷を気にせず獣の巨人の本体を抱きしめて、その場を離脱する。
瞬間。
抜け殻となった獣の巨人の身体が、巨大な物量に押しつぶされるようにひしゃげた。
背後から現れた10メートル級の巨人が、その巨体で押し潰したのだ。
間一髪。今日一日で、何度目の命の危機だったろうか。
だが……命の危機はこれからが本番らしい。手短な建物に着地した俺は、それを知ることになる。
232:
地響きが連鎖する。地面を踏み潰し、進撃する足音。それは幾つも、幾つも、重なり押し寄せてくる。巨人の大群だ。
「やられたな」
吐き捨てる。文字通り、朱が混じった唾を地面に飛ばして。
この光景は知っている。
女型の巨人を捕獲しようとした時と、まったく同一のものだ。やってくれる……。
「自らの身を犠牲にして……否、違ぇな。自分一人じゃ死にきれねぇから、俺を道連れにしようって腹か」
あの断末魔には、周囲の巨人を引き寄せる意味があったのだろう。
ヤツ自身が自ら遠ざけたってのに、勝手なモンだ。引き寄せられている巨人共も、エサを前にして待てを命じられていたのだ。それを解除された今や、きっと腹を空かせていることだろう。
現に周囲360度から、怒涛の勢いで地響きが迫ってきている。その総数は……10や20ではきくまい。
最悪にも程がある、冥土の置き土産と言ったところか。
「……」
抱えていた獣の巨人の本体を捨て、懐から紙とペンを取り出す。
“裏切り者の末裔”“ヤツらは何かを捜し求めている”“それは壁の奥にある可能性が高い”“人類と巨人は何かしらの因果関係がある”
手当たり次第に、知りえた情報を書き殴っていく。
字体が歪んでいるが仕方ない。スピードを優先して、可能な限りの情報を書き込むと、その紙を獣の巨人に押し込む。
これで俺が死んだとしても、最低限の情報はエルヴィン達に伝わることだろう。もっとも重要な獣の巨人の死体と一緒に。
通常の巨人は、死体には注目しない。
だったら、
「てめぇらの狙いは俺なんだろう?」
呟き、飛ぶ。
獣の巨人の死体から、遠ざかるように。
233:
「安心しろ。俺は逃げねぇよ。ここでてめぇらの肉を削いでやる」
獣の巨人から15メートルほど離れた位置で、仁王立ちする。
そう、逃げない。俺は逃げず、戦おう。
別に死に急ぐわけでも、無謀な特攻でもない。可能性は低いかもしれないが、この選択こそが一番勝算が高いと踏んでの行為だ。
逃げる選択肢は、初めから除外されていた。
理由は二つ。
一つ目は。
逃げたとしても、逃げ切れるとは限らない。それも逃げるのならば、獣の巨人の死体は放置しなければならなくなる。それは許されない。
目を離した隙に、その死体が何らかの要因で消えてしまう可能性がある。それは……受け入れられない。
二つ目は。
誰もが思いつく事だろうが、獣の巨人の死体を確保した状態で、逃げの一手を打つ選択。
だが一つ目と同じで、逃げ切れる保証は無く。
背後から馬並の度で迫ってくる巨人の大群と、全身に襲い掛かる打撲や疲労の痛みを我慢しながら、両手が塞がれた状態での立体機動など想像したくもない。
そしてこの場で己が死んでも、いずれエルヴィン達が罠の成果を調べた際に、獣の巨人の死体も発見出来るだろう。
しかしこの場以外で、己が獣の巨人の死体を確保したまま死ねば、その痕跡を辿るのは容易では無くなってしまう。
そう。なによりも。
なによりも優先するべきは、己の命よりも獣の巨人の死体だ。だから逃げる選択肢は初めから存在などしていないのだ。
「呆れるしかねぇよな。あんな死体一つが、自分の命よりも重いなんてよ」
だが、
「簡単に食われてやると思うな」
近付いてくる巨人共を前にして、不敵に呟く。
頭からは血を流し、全身を覆う鈍い痛みを抱えながらも、退きはしない。
痛いという事は生きているという事。生きているという事は戦えるという事。戦えるということは――勝つという事だ。
「――俺はまだ何も証明してねぇんだからな」
双刀を握り直し、宙へと飛んだ。
獣の巨人の抜け殻を押し潰していた10メートル級を仕留める。そして右側から接近してくる7メートル級に狙いを決めて。
「てめぇらが尽きるか、俺の身体が尽きるか。勝負だ、クソッタレ」
絶望的な戦力差の決戦が開始した。
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