魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」【後編】back

魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」【後編】


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1:
前スレ
http://blog.livedoor.jp/minnanohimatubushi/archives/1750196.html
登場人物
勇者:文字通り。魔王城でスレタイな事態になって、七日間のお試し体験中。現在六日目。
堕女神:淫魔の国の王の身の回りの世話をしている。態度が硬いが、実はキス魔。料理も得意な元・”愛”の女神。
サキュバスA:おちょくるような態度を取るお姉さんタイプのサキュバス。実はMの20942歳。
サキュバスB:精神年齢低めのサキュバス。王にガチ惚れしてて色々悩む。3418歳。
隣女王:隣国の淫魔を統べる女王。幼い姿のまま成長しない特性を持つ、褐色銀髪ついでに貧乳の15歳。真面目だが本性は……
魔王:勇者の動向を全て見ている。正直、さっさと快楽に溺れて堕ちてくれないかと思ってる。
オーク:レイプ要員。空気も読める。
ローパー:触手要員。ちょっとだけ芸もできる。
元スレ
SS報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)
魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1323147951/l50
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39:
勇者「一ヶ月って言えば良かったな」
冗談めかして、鼻で笑いながら漏らす。
無論、本気ではない。
ただ、あまりに短くて。
せっかく、あの堕ちた女神も柔らかい態度を見せるようになったのに。
サキュバス達とも、気のおけない付き合いができるようになったのに。
この世界を取り巻く環境と、力関係が理解できてきたのに。
それが、あまりに惜しい。
勇者「はぁ……」
大きな溜め息が、誰もいない浴場に響く。
一人ではあまりにも広い。
勇者「上がろう、どうにも今日は落ちるな。……少し、寝よう」
水面を波立たせて、立ち上がる。
その時、踏み締めた床の感覚が消えた。
鼻の奥から頭痛が昇って来て、それが頭頂に達するのを感じた途端、視界が歪んだ。
次に感じたのは、したたかに左肩を強打する痛みと、床の冷たさ。
最後に――少しずつ、暗転していく世界。
42:
誰かの、声が聞こえた。
無意識下の幻聴なのか、それとも、本当に誰かが語りかけてくるのか。
無造作に広がる茫漠とした韻律が、”こより”を作るかのように徐々にはっきりとしてくる。
???「――起きてください」
勇者「誰、だ」
???「私を、お忘れですか?……『勇者』よ」
勇者「…お前は」
???「貴方に力を授け――いえ、目覚めさせた存在」
勇者「……『女神』だな。堕ちていない方の」
???「………」
勇者「これは、夢か?……今度は、一体何を押し付けてくるんだ?」
45:
女神「……ごめんなさい」
勇者「…謝る前に、何に対してなのか言ってくれよ」
女神「貴方を……『勇者』にしてしまった事に」
勇者「それの何が負い目だ?」
女神「魔王の災いを止める為に、私は正しい事をしたと思っています。……『勇者』を覚醒させるしかなかったのですから」
勇者「……謝りたいのはそれじゃない、か」
女神「『勇者』でなければいけなかったのです。古来より、『魔王』は『勇者』に打ち倒される。その因縁は、私とて抗えません」
勇者「……………」
女神「絶対の真理なのです。『魔王から逃げる事ができない』のと同じように」
勇者「……ふん」
女神「……?」
勇者「今言ったそれは、違うんだ。俺は、旅の中でそれを知った」
女神「え?」
46:
勇者「魔王が怖くて逃げようとして、それでも逃げられずに殺されてしまう人も、確かにいるさ」
女神「……」
勇者「…でも、そうじゃなかった人達もいっぱいいた。無名の兵士だったり、叩き上げの十人隊長だったり、あるいは『父親』だったり」
女神「と、言いますと……?」
勇者「目の前に、世界を恐怖に陥れる『魔王』。一度逃してしまえば、次に姿を見られるのはいつなのか。
 そもそも、命があるうちに対峙する事ができるのか分からない。そして、今自分は生きて目の前にいる」
女神「…………」
勇者「…逃げる事など考えられなくなる人がいる。ここで倒せば、それで世界は救われる。
 ――だから、考えるんだ。『魔王から、逃げるわけにはいかない』って」
女神「それは……無謀に過ぎます」
勇者「分からないよ。貴女には。……ともかく、『魔王から逃げられない』は、魔王の言葉じゃない。俺達の、人間の言葉なんだ」
47:
魔王からは逃げられない、そういう考え方もできるのか…
人生からは逃げられない!
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B002IPH1V6/
48:
女神「……つまり?」
勇者「血を引く勇者の末裔ではなくても、『魔王』と戦う事はできるんだ。岩に刺さった剣を抜けなくても、雷電の剣撃を扱えなくても」
女神「……ですが……」
勇者「上手く言えないが。……『勇者』は、任命されるものじゃない。自分で『勇者』になるんだ」
女神「………」
勇者「ある若い新兵が、魔王に一太刀を浴びせ、血を流させるのを見た事がある。……彼は死んでしまったけれど、
 その時は紛れも無く……『勇者』だったよ」
女神「そんな……非現実的な」
勇者「心配しなくていい。それでも俺は、魔王を倒す。……だから、もう。『勇者』を任ずる必要は、無いんだ」
女神「…初めて、です。そのような言葉を頂いたのは」
勇者「そうか。ともかく、世界は……貴女達が思うより、『大丈夫』なんだって事を俺は言いたいんだ」
女神「……ごめんなさい。あなたの人生を、奪ってしまって」
49:
勇者「全く怨んでいない、と言えば嘘になるな。……この世界の俺は、『女神』を憎んでいるらしいから」
女神「…憎んでください。怨んでください。……何ならば、魔王を倒してから、私を殺して下さっても構いません」
勇者「そんなつもりは、今は無いよ」
女神「え……?」
勇者「俺は、力を貰ったおかげで護る事が出来た。仲間の命もそうだし、助けてくれた人達も」
女神「…………」
勇者「貴女がいたから、俺はみんなを守れた。………ありがとう。今は、そう言いたい」
女神「…私に、礼を?」
勇者「…ああ。貴女のおかげだ。貴女のおかげで、俺は守る力を得られた。感謝しているよ」
女神「…………」
勇者「さて、他に話はあるのかな?」
女神「……いえ。そろそろ、目覚めの時です。………『勇者』よ、あなたは……紛れも無く、『勇者』です」
51:
女神の言葉が終わり、再び世界が明るくなる。
少しずつ開けていく視界に、最初に映ったのは、堕ちた女神の顔。
血と闇に染まった瞳が、勇者の顔を見つめていた。
何故か、それは勇者の心に、底知れぬ安堵をもたらした。
堕女神「気がつかれましたか?」
勇者「……俺、は……?」
堕女神「浴場で倒れているのを、使用人が見つけました。……僭越ではありますが、寝室に運ばせていただきました」
勇者「そうか」
堕女神「遠征の疲れが祟ったのでしょう。……少し、お休みを。夕食は、食べやすいものをこちらにお持ちしました」
勇者「…助かるよ。本当に。ところで、今は何刻だ?」
堕女神「日はとうに沈みました。……今、お食べになりますか?」
52:
勇者「ああ、頼む」
堕女神「はい、承知いたしました」
台車の上の、皿にかぶせられたクロッシュが外される。
消化に良いように、ゆるく仕上げられたリゾットが載っている。
上に振られたハーブの香りが鼻腔をくすぐり、疲れた体にも食欲を沸き起こさせる。
堕女神「腕は、動きますか?」
勇者「…………」
問いに、勇者は沈黙で答える。
わざとではなく、腕も、今はいう事を聞いてくれそうにない。
堕女神「…………口を開けてください、陛下」
スプーンを持ち、リゾットを一すくいして、まず堕女神の口元に運ばれる。
唇が窄み、スプーンの上のリゾットに息を吹きかけ、冷ます。
その後、勇者の口元へと持っていかれる。
勇者「……うん。美味しいよ」
堕女神「…………///」
54:
勇者「俺は、どれぐらい眠っていたんだ?」
堕女神「五時間ほどです」
勇者「…何か、寝言は言ってなかったか?」
堕女神「いえ。静かに寝息を立てていらっしゃいました」
勇者「……そっか」
堕女神「……これを食したら、もう一眠りして下さいませ。休息が必要です」
勇者「そうさせて貰うよ。…ありがとう、堕女神」
堕女神「いえ、これが私の務めですから」
勇者「硬いんだな」
堕女神「…………」
勇者「黙るなよ。……もう一口、くれ」
堕女神「はい」
ふー、と息をかけ、リゾットが口に運ばれる。
良い温度に冷まされた米が口へと入れられ、良く煮込まれたスープの香りと、ハーブの香りが広がる。
やわらかく煮られた米の感触が優しく、滋養が体の細胞一つ一つにまで染み込むようだ。
――そうして、全てを平らげた勇者は、しばしの眠りに就いた。
87:
夜が深まった頃、寝室を訪れる者がいた。
扉が叩かれるより早く、勇者はそれに気付いて目を覚ます。
勇者「誰だ?」
???「さぁて、誰でしょうか?」
勇者「……呼んだのは俺だったな。入れ」
???「失礼します」
勇者「…待ってたよ。………と言うのも白々しいかな」
サキュバスA「ええ、全くですわ」
サキュバスB「陛下、体は大丈夫ですか?」
勇者「ああ。多分疲れが溜まってるだけだと思う」
サキュバスA「それとも、精気を吸われましたか?隣国の淫魔に」
サキュバスB「えええ!?」
勇者「……かもな。性器は吸われなかったけれど」
サキュバスA「あら、中々の切り替えしですわね」
勇者「お前に合わせたんだよ」
89:
サキュバスA「それで、どうなさいます?」
勇者「……どう、って?」
サキュバスA「ふふふ、分かっていらっしゃるのでは?」
勇者「状況からしてそうなるよな、確実に。……ところで、B」
サキュバスB「はい?」
勇者「やけに静かだな」
サキュバスA「そうねぇ。何だか様子がおかしいわ、最近ずっと」
サキュバスB「そんな事……無い、です」
勇者「…お前こそ、熱でもあるのか?」
サキュバスA「……それとも、気が乗らないのかしら?」
サキュバスB「い、いえっ!」
勇者「別に怒らないぞ。……体調が悪いなら、正直に言ってくれ」
90:
サキュバスB「……怖いんです」
勇者「何が?」
サキュバスB「わかんないですよ。……嫌じゃないし、嬉しいんです。……でも、怖いんです」
サキュバスA「……はー、そういう事なのね」
勇者「?」
サキュバスA「もう、野暮な方ですわ。……さて、夜は短いのですから愉しみましょう?」
勇者「ああ。……こっちに来いよ、B」
サキュバスB「はい……陛下」
サキュバスA「久々ですわね、三人でというのは。最近はずっと二人きりで夜を明かしてましたものね」
勇者「寂しかったのか?」
サキュバスA「蜘蛛の巣が張ってしまいますわ」
勇者「大げさな」
91:
サキュバスBを抱き締めながら、ベッドに背から倒れ込む。
軽い衝撃に彼女の喉が震え、悲鳴ともつかない声が漏れ出た。
サキュバスA「……ふふふ、久しぶりですね。……まず、は」
次いで、もう一人の淫魔がベッドを軋ませながら這い寄ってきた。
そのまま真っ直ぐ、勇者の股間へ手を伸ばす。
下着とズボンの生地越しに、指先を感じた。
猫の喉元を撫でるような、紅を引く時のような、優しい圧で。
勇者「…っ」
サキュバスA「あらぁ、もうこんなにさせてますの?……私に対して?それとも、その子?」
サキュバスB「…私、ですよね?」
耳元から、Bの子供が内緒話を囁くような声。
下方からは、Aの挑発するような妖艶な声。
勇者「……両方、じゃダメかな」
92:
サキュバスB「……ダメです」
首筋に、暖かく吸い付かれるようなくすぐったさを感じた。
ちゅ、ちゅ、という音が断続的に聞こえ、息をつく声も同じく。
その間に、サキュバスAがズボンを下ろしにかかる。
ベルトを外し、少しずつ、勇者の腰が浮いた瞬間を狙って、確実に。
隣国の女王と、まるで立場が逆だ。
思い至った勇者が、少しばかりの羞恥心を覚える。
あの女王も、こんな気分だったのかと。
思いを馳せている間にも首から鎖骨への愛撫が続き、こそばゆさに意識が何度も、何度も引き戻される。
勇者「……っや、めろ……!」
サキュバスA「そんなに熱っぽく仰っても、説得力がありませんことよ。……ほら、もう既に」
流石は淫魔、というべきだろうか。
ズボンはとうに脱がされ、彼の身を包むものはもう、下着のみとなっていた。
94:
サキュバスA「ふふ……凄いですわ。こんなに……盛り上がって……」
再び、彼女の指先が這わされる。
隆起した部分からゆっくりと下へなぞり、やおら指先を引く。
そして――下着越しに、陰嚢を撫でた。
張り詰め、硬直して敏感になっていた陰部への、奇襲とも言える刺激。
それだけで、まるで達してしまったかのように背を反らせる。
サキュバスB「Aちゃん、ずるいよ。……私も」
首筋から彼女の口が離され、蛞蝓の這ったような、唾液の後が首筋から鎖骨へ残される。
ところどころに吸われた痕も、赤く残っていた。
口を離した彼女はベッドの上でもぞもぞと動き、勇者の胸の上に、またがるような姿で尻を向け、下半身の高まりへ向かい合う。
サキュバスA「あら?……陛下の上に、なんてはしたないんじゃないかしら?」
サキュバスB「だって、私も……見たいんだもん」
勇者「…お前、ら……!」
サキュバスA「ふふ。陛下、この子のお尻をじっと見ながら怒られましても」
サキュバスB「…ねぇ、早く脱がせちゃお。苦しそうだよ」
97:
サキュバスA「いつの間にか、随分と楽しそうね。……ええ、その方がらしくていいわ。それじゃ」
視界を小ぶりな尻で遮られながら、下着を脱がされる。
小さな薄茶の窄まりと、毛の薄い秘所を目の前に突きつけられると、抵抗する気も失せてしまった。
息がかかるほど間近で彼女の秘所を観察し、同時に自らのそれも観察されている。
サキュバスB「わぁ……。こんなに大きくなるんですね」
サキュバスA「ええ、…お口に入りきるかしら?」
反り返ったペニスの、今にも破裂しそうなほどに膨れ上がった亀頭に息が吹きかけられる。
うっすらと冷たい息が刺激となり、勇者の喉の奥が震えた。
その反応を見逃さなかったか、妖艶な淫魔は、露わになった陰嚢へ、優しく掴むように手を伸ばした。
勇者「うぅっ……!」
触れた瞬間、足がぴんと伸びる。
亀頭と陰嚢、先端と根元に同時に加えられた刺激に、耐えられずに生娘のような喘いでしまう。
反射的に在り処を求めた手は、右は目の前に突き出されたままの臀部へと真っ直ぐに伸びて尻肉を掴み、
左は、彼女の細い腰側から回りこみ、同じく尻肉を掴んだ。
サキュバスB「うひゃっ……」
驚いたような、しかし甘さも入り混じる声が下方から聞こえる。
サキュバスAのくすくすという笑いと、声を出してしまった彼女をからかうような声も。
99:
勇者「……く、そ……!」
されるがまま、という屈辱を誤魔化す為か、彼は指先を目標へと動かす。
思い起こされるのは、彼女と夜を共にした、翌朝の出来事。
悪戯心で放った行為は、彼にとっては意外な結果をもたらしたのだ。
ずぷり、と音を立て、左手の人差し指が彼女の、”後ろの穴”へと吸い込まれた。
中は熱く、指が折れそうなほどにきつく締め付ける。
サキュバスA「?……息が荒いわね」
彼女からは死角となっているため、サキュバスBの陰部になされている行為は見えない。
確認できるのは、尻を捕まえられた彼女が、息を乱して勇者への奉仕を休めている事だけ。
更に深く、ゆっくりとねじり回すようにして、第二関節までを沈めていく。
サキュバスB「あっ……あ……」
サキュバスA「…本当に、どうしたの?」
目の前の同族に心配されながら、必死で彼女は堪えようとする。
『尻穴を弄られて感じている』などと言える訳がない。
異物感と、尻に感じる異常な熱さが彼女の心を侵していく。
口はだらしなく開かれ、一筋の涎が垂れ落ちた。
100:
一度指を引き抜こうと試みる。
しかし、あまりにきつく食い締められるため思うようにはいかない。
サキュバスB「あうっ……ん……!」
サキュバスA「陛下、一体何をなさっているんです?」
好奇心に駆られたか、一度体を起こして回り込もうとする。
されるがままの小さな淫魔は、それに気付いて、絶え絶えな声を捻り出す。
サキュバスB「…だ、め……Aちゃ……見、ない……で……」
当然というか、それを意に介する彼女ではない。
巴型に絡み合う二人の横から回り込み、勇者が彼女の陰部に何をしているのか、じっと見つめた。
サキュバスA「あらあら。……貴女、こんな事になってたのね?」
恥ずかしさに、胸から顔までが赤く染まってしまう。
溜められていた涙が、勇者の下腹部へ零れる。
勇者「…っ……力、抜けって……!」
サキュバスA「ほら、陛下がこう仰ってるんだから。……ね?」
102:
サキュバスB「ひっぃ……!」
勇者のものとは違う、たおやかな指先を秘所に感じる。
秘裂に指先が添わされ、不意打ちの感覚に締め付けが緩み、勇者は、その隙を逃すまいと素早く指を引き抜く。
サキュバスB「うあぁぁっ!」
熱の塊が、アヌスから一気に引き出される。
不浄にも似た悦びが、全身の神経を引き締め、ぞわぞわと背筋を経由してうなじを冷たく、そして甘く痺れさせる。
指先を失った穴が二、三度ヒクつき、快楽の余韻を吐き出しているかのようだ。
サキュバスA「嫌ねぇ。…なんて声を出すのかしら。貴女が楽しんでどうするの?」
勇者「……いや、俺も楽しいよ。お前もだろ?」
サキュバスA「うふふ……陛下には、かないませんね。……さて、どうしましょうか。勿体無いですわね、このままだと」
勇者「ああ、全く。……何か思いつくか?」
サキュバスA「ええ。……陛下は、そのままの姿勢で弄びください」
122:
言われたとおり、再び、彼女の尻へと指先を走らせる。
艶めかしく収縮を繰り返す小さな窄まりへ、まず息を吹きかけた。
ぴくん、と反応して尻を咄嗟に引いたが、すぐに太ももに絡めていた左手に力を入れ、引き戻す。
勇者「…濡れてる」
アヌスから僅かに下、本来性交に用いるべき部分からは、とろとろと蜜が溢れていた。
指摘しても、彼女からの目立った反応は無い。
羞恥心を押さえ込みながら、唸るような声を上げ続けるだけ。
次に、勇者は彼女の秘所から蜜を掬い採り、指先にまとわせる。
糸を引く粘性の液が人差し指、そして中指にぬめりを加えた。
勇者「いいか?……力を抜くんだ」
いよいよと告げれば、気持ち程度、尻穴が脱力し、無駄な力が抜かれた。
そこへ、愛液をふんだんにまとった中指がまず入り込む。
潤滑剤のおかげか、それともこなれたためか、抵抗はほとんどなく半ばまで呑み込まれる。
内部には柔らかく熱い肉が満ちて、指先を動かせば、熱い感覚に包まれた。
サキュバスB「んっ……は、ぅ……」
勇者「ひょっとして、苦しいのか?」
サキュバスA「いえ、物凄く良いお顔をしてますわ。顔も赤くて、眼がうるうるして、涎まで……ああ、素敵よ」
123:
勇者「……悦に入ってるなぁ、おい」
サキュバスA「倒錯者の演技も中々にクセになりますもの」
勇者「多分聞こえてないな、こいつには」
ぐにぐにと腸内を指先でまさぐられ、べったりと勇者の上に身を投げ出してしまっている。
勇者の下腹部にだらだらと涎が垂れ、怯え竦ませるような、甘美な刺激に悶えるような、小さな声を上げる。
サキュバスA「もう、ダメじゃないの。……ほら、しっかりしなさい」
サキュバスB「…む……りぃ……無…理だよぉ……」
サキュバスA「貴女も、陛下にご奉仕しないと。……ほら、ちゃんと握って」
強引に手を取り、目の前に屹立した男根を握らせる。
その熱さに、一瞬だけ意識がはっきりと取り戻された。
時折さらに硬さを増すように全体が揺れ動く。
124:
サキュバスB「はぁ……、あ……う……」
力なく男根を握り、ゆっくりと扱き始める。
何とか応えようと思ってはいるようだが、あまりにも遅く、気が入っていない。
中ほどを握り、ただ上下させているだけ、と言っても過言ではない。
勇者「……おい、降参か?」
腸内を思うがままに蹂躙していた中指を引き抜き、爪の根元が見えた頃、再び突き入れる。
異物が出て行く感覚、そして再び侵入してくる感覚。
赤く充血した腸壁が伝えてくる、焼け付いてしまいそうな圧倒的な快感。
未だ、それには慣れる事ができない。
背徳感、熱っぽい高揚感、それを見られ、楽しまれている羞恥心と湧き起こった被虐願望。
脳が熱い。
色々な感情が脳内を暴れ回り、熱を帯びていく。
考える事などできない。
そして、『全てを捨てて、みっともなく愉しんでしまえ』という悪魔の囁きが木霊する。
求めてしまえば楽になれる。
だけど、それだけは。
悪魔の提示した選択肢と理性との間で揺れていると、外部から与えられる刺激の量が増大した。
125:
勇者「…何だ、お前も加わるのか?」
サキュバスA「だって、可愛いんですもの」
勇者「まぁ、いいかな」
秘所に細い指が沈む感覚で、サキュバスBは何が起こったのか理解する。
横から、サキュバスAが片手で前の穴へ愛撫を加えているのだ。
洪水のように溢れ出す愛液と、何度も開いて閉じてを繰り返す、いやらしい部分へ。
8の字に繋がった括約筋が、連動して収縮と弛緩のループを続ける。
勇者「……そろそろ、もう一本増やすか」
サキュバスA「ええ、よろしいかと。……たっぷり可愛がってあげましょう」
指一本では既に余裕と見たか、中指に続き、人差し指をもアナルに沈めていく。
たっぷりと愛液をまとった指を、押し返す余裕は無い。
侵入の際は抵抗があり、苦しさとほんの少しの痛みを届けたが、すぐに人差し指まで、くわえ込まれてしまった。
その後は、更に腸内を動き回らせ、バリエーションに富む動きで彼女の情念を昂ぶらせていく。
126:
指の間を広げ、肛門をほぐすように押し広げる。
二つの指先で、腸内の熱い肉襞を傷つけぬように擦り込む。
あるいは指を曲げ、膣の方向へと腸壁越しに刺激する。
示し合わせたように、膣内を同じように蹂躙していたサキュバスAと、
膣壁と腸壁をそれぞれ隔てて指先を付き合わせる。
もう、限界だ。
我慢などできるはずもない。
サキュバスB「……せ…て……」
サキュバスA「何か言った?……聞こえないわ」
サキュバスB「イか……せ…て……くら……はい」
勇者「…聞こえないよな?」
サキュバスA「はい。声が小さくて聞こえませんわ」
サキュバスB「お願い…イき…たいんです……!」
勇者「どうやって?」
サキュバスA「ええ、きちんと説明してごらんなさいな」
127:
明らかな焦らしに、流石に口篭る。
分かっている。
この二人は、意地悪く楽しんでいるんだ。
分かってはいても、もはや火のついた本能に逆らう事はできない。
サキュバスB「…お尻、と……おま○こ…を……めちゃくちゃに……掻き回して……イカせ、て…ください……」
サキュバスA「はい、良く言えました。……でも、ダメなのよ。ごめんなさいね?」
サキュバスB「え……?」
サキュバスA「……もっと大きなものが、目の前にあるじゃないの」
勇者「やっぱりそうなるのか」
予想通り、と言わんばかりの勇者が彼女の尻から指を引き抜き、サキュバスAも同じく、指をぬるりと抜く。
直後、まるで蛸のような身のこなしで彼女を後ろから抱え込み、太ももを掴み、足を大きく開かせた姿で勇者の上からどかせる。
子供に排尿を促すようなポーズをさせたまま、後ろからがっちりと押さえつけた。
勇者「………いい、のか?」
サキュバスA「ええ。……お好きな方へどうぞ」
129:
勇者「正直、まだ怖いしな。……今日は、こっちにしておこうか」
サキュバスA「あら、お優しいのですね」
怒張しきった男根を軽く押さえながら、サキュバスBの「前」の穴へと誘導する。
いくら淫魔であるとはいっても、指一本でもきつい位の穴に挿入するのはどこか気が引けるようだ。
優しさというより、臆病と言っても語弊は無いかもしれない。
鼓動が収まらない。
屈辱的な姿勢を取らされておきながら、抵抗する気も起きず、そもそも体に力が入らない。
入れて欲しい。
はやく、あの逸り切った騾馬のような、凶暴なものを――。
最後まで述べる間もなく、秘所へとそれが進入する。
恥骨の軋む音さえ聞こえてきそうなほどに、彼女の小さな体に、不釣合いな逸物が。
肉をかき分ける音、ずぶずぶに濡れた膣内が立てる卑猥な水音。
彼女には、どこか現実味を感じられない。
魂が抜けて上空から見ているような、酷く信じがたい淫靡な空気と、それに中てられた快感。
サキュバスA「ふふふ……ほら、繋がってるのが丸見えよ。恥ずかしいわね。おま○こ、あんなに充血しちゃってるわ」
130:
耳元で状況を説明され、あまりの恥ずかしさに俯き、黙り込む。
垂れた前髪で、サキュバスAはもちろん、正面から彼女に欲望を叩きつけている勇者でさえも表情が見えない。
サキュバスA「……せっかくだし、私もいじめちゃおうかしら」
脚を強引に開かせていた腕を閃かせ、両方の乳房を後ろから鷲掴みにする。
ぎゅうっと強めに掴んだ為に、サキュバスBの顔が歪み、痛みを露わにした。
サキュバスB「痛っ……痛い、よ……」
サキュバスA「あら?……痛くされるの、好きじゃないの?」
サキュバスB「それっ……は……Aちゃん……じゃ……」
サキュバスA「聞こえないわね」
わざとらしく話を切り、乳房の先端、痛々しいほどに硬く張った乳首を同時に抓り上げる。
乳首が千切れてしまいそうなほどに潰れて形を変え、それでも相反しない痛みと快感に、声すら出せずに酔い痴れる。
勇者「くぅっ……!急に……締め……」
サキュバスA「あら、ごめんなさい。……ですが、陛下。我慢は体に毒ですわよ」
131:
子供じみたやり取りの間にも、手の中で、乳房が形を変える。
下から持ち上げるように揉んだり、乳首を強く摘まんだり、押し潰すように力を加えたり。
その度に切なげな声が聞こえ、犯されている膣内の締まりが強まる。
サキュバスB「……お願……い…も…う……」
サキュバスA「うーん、遊びすぎちゃったかしら?……いい感じに溶けちゃってるわねぇ」
サキュバスB「イき…たいぃ……イきたい…の…」
勇者「ああ。…俺も限界だ」
ストロークが強まり、濡れた肌のぶつかり合う、間の抜けた音が響く。
乳房への、サキュバスの手管による愛撫。
太ましく膨張した怒張による、容赦ないピストン。
乗算のように強まり、その快楽は留まる所を知らない。
サキュバスB「っ…だめ……!もう……イ…く……!」
びりびりと全身に広がる、快楽の波紋。
呑み込まれながら、彼女の体は何度も何度も跳ね狂う。
ぎくぎくと痙攣する膣の締めに、勇者も遂には耐えられなくなった。
勇者「うっ……俺、も……!」
133:
奥深くまで叩きつけて、直後、身を折りながら彼女の中に吐き出す。
腰が砕けるような快感と、痙攣した膣肉が蠕動するかのように震え、男根全体をマッサージするかのように吸い取る。
何度めかの発射だが、やはりこの国は、「淫魔」の国だ。
いや、世界自体が「淫魔の世界」と言ってもいい。
未通であったはずの隣女王も、二人のサキュバスも、堕ちた女神も、例外なく、それでいて違う種類の「名器」である。
淫魔の具合を100とするなら、人間は全て0だとも言えてしまいそうだ。
射精が終わらない。
陰嚢が虚脱してしまいそうなほど、干からびてしまいそうなほどに吸い込まれていく。
サキュバスB「きっ……ぃ……っ」
達した直後で敏感になっていた膣穴に、情け容赦なく大量の精液を叩きつけられ、一層強く全身が跳ね上がる。
食い縛られた歯の隙間から、涎が溢れてくる。
びくん、びくんと豊かな乳房を揺らしながら、背を反らして――『イキ狂う』。
そして、少しずつ……静かに、なっていった。
サキュバスA「……B?大丈夫かしら?」
返事は、返ってこない。
半開きのまま蕩けた目から、涙が溢れている。
サキュバスA「…虐めすぎですわね。失神してしまったようですわ。全く、陛下ったら」
勇者「っふぅ……ふぅ……。俺…のせいか?」
134:
サキュバスA「ふふふ……。さて。私にはお情けをいただけないのですか?」
勇者「お、い……もう一戦、か?」
サキュバスA「…陛下なら、きっと大丈夫ですわ。……とりあえず、お清めいたしますね」
言うが早いか、サキュバスBの秘所から引き抜かれ、凶暴さが形を潜めた逸物へ口を寄せる。
ベッドに脚を投げ出すようにして座っている勇者に、四つん這いになるようにして。
半ばまで、一気に咥えられる。
そして、こびりついた精液を丹念に舐め取っていく。
手は使わず、口だけで。
彼女の髪が太ももにさわさわと当たり、妙にくすぐったい。
時間にして、30秒ほどか。
根元に帯びた愛液、先端から僅かに染み出た精液の残滓までを清め終わり、一度口内に溜める。
最後に、口の中でそれらをまとめ、味わってから――飲み下す。
目を閉じ、喉を艶めかしく鳴らして、引っかかりを気にするように何度も、喉の奥に追いやる。
サキュバスA「…ふふ、ご馳走様でした」
目尻に涙を浮かべながら、微笑を勇者に向ける。
収まったとはいえ、根元まで咥え込んだのだから、反射で涙腺が緩むのも無理はない。
彼女の、そんな顔を見て。
何故か――興奮ではなく、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
260:
サキュバスA「陛下、どうしました?」
勇者「………話したい、事があったんだ」
サキュバスA「彼女が醒めていませんが」
横目に失神したままのサキュバスBを見る。
よほど深く達したのか、未だ反応はない。
もしかすると、眠ってしまったのか。
勇者「頼む、聞いてほしい」
サキュバスA「……何でしょうか」
勇者「言っても……まるで、信じがたいだろうな」
サキュバスA「構いませんわ。仰ってください」
勇者「……俺、は……」
サキュバスA「はい」
勇者「………」
サキュバスA「……『王』ではない?」
勇者「!?」
261:
サキュバスA「あの朝から、態度があまりに違いますもの。薄々と気付いていましたわ」
勇者「……そうか」
サキュバスA「あの夜伽、女王への態度、その他全て。違いすぎます、平素とは」
勇者「どこで、確信した?」
サキュバスA「……たった今ですわ」
勇者「何だと?」
サキュバスA「状況証拠の推論を口にしただけですのに、否定しませんでした。……詳しくお聞きしても?」
勇者「…敵わないな。……俺は……魔王と……」
彼は全てを語った。
魔王城へと辿り着き、最後の戦いの前に魔王が条件を提示した事。
提示された条件に、卑しい欲望を滾らせて迷った事。
見透かされたように、七日間の体験を提案された事。
そして――乗った事。
後は彼女も知っての通り、と。
263:
勇者「……信じられるか?」
説明を終え、一区切りついたところで問いかける。
荒唐無稽な説明に、さしもの彼女も戸惑っているようだ。
間の重さを誤魔化すように、勇者はベッドサイドのランプを点ける。
サキュバスA「…信じますわ。今更、疑う事などいたしません」
勇者「…そうか、信じてくれるのか」
サキュバスA「堕女神さんには?」
勇者「………まだ、言ってない。今日の昼餉からすると、気付いているのかもしれないけど」
サキュバスA「恐らく、彼女は気付いていますよ。『あなた』の変化に一番影響を受けたのは彼女ですから」
胸が、痛んだ。
彼女は今、『陛下』と呼ばなかった。
そう仕向け、話したのは確かに自分なのに、それだけで、言い知れない虚無感が心臓に燻る。
265:
勇者「……彼女が作ってくれた料理。すごく、美味かったんだ」
サキュバスA「?」
勇者「…残さず食ったよ。そして、賞賛した。……それを、『違和感』だと彼女は言った」
サキュバスA「…………」
勇者「…彼女と夜を明かし、口付けを交わした。夜が明けるまで、二人きりで肌を重ねた。……それもか?」
サキュバスA「…それは……」
勇者「……全部、違和感だったってのかよ」
サキュバスA「……………」
沈黙が、勇者にとっては『親切な返答』だった。
時として、沈黙は100の言葉に勝る説得力を得る。
それは、残酷なほどに。
揺れる火が、室内をぼうっと照らし出す。
未だ眠るサキュバスB。
ベッドの上で、脚を投げ出して天蓋を見上げる勇者。
そして、俯き、何も言えないサキュバスA。
266:
勇者「……参るな、これは」
長く息をつき、誰に言うでもなく呟く。
消化された虚無感が、脱力感へと化け始めた。
彼女へ施した全てが、違和感だったと知らされて、倦怠感さえ指先から侵蝕する勢いに。
サキュバスA「…差し出がましいですが、一つだけ」
勇者「…何だ?」
サキュバスA「……『あなた』には比べる事はできないでしょうが、彼女も、『あなた』が来てから変わりました」
勇者「え?」
サキュバスA「彼女が、『あなた』の為に健気な言葉とともに厨房に立つのを。……あれは、『あなた』の為なんですよ?」
勇者「………」
サキュバスA「…彼女は、笑っていました。私がからかうような言葉を投げかけると、頬を染めて言葉に窮していました」
勇者「…想像がつくよ」
サキュバスA「……そうでしょう。以前なら、この私にも想像できませんでしたわ」
268:
サキュバスA「隣国の女王。……彼女も、あなたのおかげで国難を乗り越えられましたね」
勇者「単なる偽善さ。『勇者』に疲れて、それでも『勇者』を止められない男の」
サキュバスA「『勇者』が重いのですか?」
勇者「……重すぎて、引きずるしかないんだよ。手を離す事もできやしない」
サキュバスA「………」
勇者「ともかく。……そういう訳で、明日が終われば、お別れだ」
サキュバスA「寂しくなりますわね」
勇者「…心が篭ってないな」
サキュバスA「泣きながら引き留めるのは、私の役目ではありませんし、柄でもありません」
勇者「違いないな」
サキュバスA「……明日は、堕女神さんとお過ごしなさいな」
269:
勇者「……言われなくても、そのつもりさ」
サキュバスA「………残念、ですわ」
勇者「今度は何だ?」
サキュバスA「あなたがこの国にいる最後の日、夜を共に出来ない事が」
勇者「……済まない」
サキュバスA「この子も。……もし聞いていたら、今頃、泣いて大変でしたでしょうね」
静かに寝息を立てる彼女の頬を優しく撫で、乱れて顔に垂れた髪をどけ、整える。
その寝顔は、安らかそうで。
この先にある離別を知らず、ただ穏やかに眠っていた。
サキュバスA「……この子には、言わない事にしましょう」
勇者「………それでいい、のか?」
サキュバスA「良くはありません。……ただ、『いつも通り』になるだけです」
271:
勇者「………」
サキュバスA「…分かってはいます。告げて別れた方が、誠実だという事を」
勇者「それなら、何故だ」
サキュバスA「…………残酷すぎるのです。『陛下』が別人で。彼女は『それ』に恋していた、なんて」
勇者「……すまない………」
サキュバスA「責めてはおりませんわ。……真実を告げるのは『正しい』けれども、優しくはありません」
勇者「…………」
サキュバスA「……このまま、眠りましょう。”明日”を、少しでも長くするために」
勇者「……ああ」
273:
促されるまま、ランプを消して二人のサキュバスを両脇に侍らせた姿で横になる。
このまま目を閉じれば、すぐにでも眠れてしまいそうだ。
そして、朝を迎えて最後の一日が始まる。
二人のサキュバスの寝顔も、温もりも、もう二度と味わうことは無い。
魅了するかのように見つめてくるアメジストのような瞳も。
あどけなく輝かせて見つめてくる金色の瞳も。
二度と、『勇者』を見つめる事は無い。
最後に、何か言おうと、サキュバスAの方に顔だけを向ける。
しかし、声が紡がれる事は無かった。
彼女は、もう眠ってしまっていた。
規則正しく立てる寝息が、耳に心地良い。
疲れていたのか。
それとも、眠る事でしか振り払えない念があったのだろうか。
もう、それを聞くことすらできない。
聞いても、どうする事も自分にはできない。
だから。
――せめても、と。
勇者は、両側の淫魔を抱き寄せ、自らもまた、眠りの世界へと落ちていった。
329:
最後の日
目が覚める。
両側に寝ていたはずの淫魔は、いなかった。
僅かに残る温もりは、彼が起きるよりも少し前に寝床を発った事を示していた。
七度目の朝。
いつもと変わらず、鳥が歌う。
暖かい日差しが窓から注ぎ、細胞へと活力を与えるようだ。
どんな運命の朝も、いつもと同じだった。
変わらず日が昇り、変わらず寝床で目覚め、変わらず腹が減った。
普段というか、これまでなら彼女らが先に寝床を出る事は無かった。
それが、何故か無性に悲しい。
恐らくは、サキュバスAが気を利かせたのだろう。
Bを何と言いくるめたのかは分からない。
二つ、規則正しくノックの音が聞こえる。
音で分かる。
『彼女』だ。
330:
堕女神「陛下、お目覚めですか?」
いつもと変わらない、彼女の声。
身にまとう雰囲気とは裏腹な、妙に暖かみのある声。
それも今日が、最後だ。
勇者「ああ、入れ」
堕女神「失礼します」
きぃ、と扉を開けて入ってくる。
黒く艶やかな髪は、相変わらず美しい。
黒鳥のようなドレスを隙無く着こなし、その所作も完全に身についている。
堕女神「朝食の準備が出来ております。……陛下?」
勇者「え?」
彼女が見つめてくるので、気付く事ができた。
自分の目から、涙が一筋零れていた。
熱くは無い。
すぅ、と流れるように一筋だけ。
331:
堕女神「……まだ、お体の具合が悪いのですか?」
昨夜、浴場で倒れた事を思い出す。
彼女が、身を案じて食事を運んできてくれた事も。
そして、サキュバスAの言葉が思い出される。
勇者「…大丈夫だ」
涙を拭い、服を着る。
上質な白い絹のシャツを羽織り、ズボンを穿き、ブーツに足を突っ込む。
最後に剣を腰に帯びて、立ち上がる。
堕女神「本日は、特に予定は入っておりません。たっぷりと、休養なさって下さい」
勇者「ああ。……それより、早く朝食にしよう」
最後の日。
最後の朝。
それでも、腹は減る。
どんなに哀しくても、辛くても、腹は減るのだ。
それもまた、勇者が旅の中で得た経験値の一つ。
332:
長い廊下を歩いていると、様々な使用人とすれ違う。
初日と同じく、様々な姿の淫魔が働いていた。
中には、隣国の淫魔と思しき種族もいる。
翼のサイズや、肌の色、そして幼すぎる外見で判別できた。
途中、中庭が見えた。
良く整えられた庭園に、勇者の姿をした銅像が建っている。
その正体に確信を得た今では、既に違和感は無い。
勇者「なぁ」
堕女神「はい」
勇者「……この国は、美しいな」
堕女神「…はい」
心から漏れ出すような言葉に、彼女は驚きもせず、同調でもなく、同意した。
傍から見ればその表情は変わらないが、勇者には、柔和な微笑を浮かべているように見えた。
時間を噛み締めながら歩いていくと、大食堂に辿り着く。
金糸を織り込んだ赤の絨毯が敷かれた豪華な内装が目を引く、大きく天井が高い部屋だ。
既にふわりと朝食の香りが立ち込め、鼻腔をくすぐり、胃袋を期待で既に満たされるかのようだ。
333:
前日の件を考慮してか、消化に優しく、それでいて確かな風味と滋養のあるメニューだった。
最初に出されたスープは、口に運ぶと上品な香りと風味が広がる。
どれだけ煮込んだものか。
恐らく、勇者が倒れてからずっとか。
夜を徹して灰汁を掬い、具材の栄養が無駄なく溶け込み、それでいて、くどくはなく、優しく染み込み、胃を労わるような。
そんな難題を、彼女は一晩中、追求していたのかもしれない。
その後も、勇者の身を第一に考えたメニューが続く。
既に体力は回復していたのだが、一口ごとに体力が更に増すような。
とにかく彼の体力を回復させようと、考え抜かれた皿ばかり。
勇者は、舌鼓を打ちながら、ずっと脳裏から離れない『事実』をも同時に噛み締めていた。
二度と、この国の朝を味わう事はできない。
彼女が起こしてくれる事は無い。
素晴らしい朝食も、穏やかで静謐な空気も、全てだ。
勇者「……美味いよ。いつも通りね」
堕女神「勿体無きお言葉です」
褒められ慣れたか、慌てる事も、赤面する事も無い。
だがそれでも、彼女の口元には綻びが見える。
334:
勇者「…ご馳走様。俺は、少し中庭で過ごすよ」
堕女神「はい。……後ほど、お茶をお持ちします」
勇者「頼む」
食卓から離れ、伸びをしてから、中庭へと足を進める。
今日は、良い天気だ。
真っ赤に照り付けている訳でもなく、適度に雲がかかった、素晴らしい表情の空だ。
こんな日は、風を感じ、空気や緑の匂いに包まれて過ごしたくなる。
何より――命の危険が、ない。
午睡するのもいいかもしれない。
この世界にいる時間は減ってしまうが、きっと気持ちよく眠れるだろう。
等と考えを巡らせていると、すぐに中庭に到着した。
以前と同じテラスを目指し、白いテーブルにつく。
風が気持ちよく、暖かい。
ふわりと舞った花びらが、勇者の視界を横切り、整えられた庭園を飾る。
勇者「……美しい、な」
356:
高く青い空の下、勇者は思う。
これが、自分の人生で最後に許された『平穏』の時なのだと。
血生臭く危険と波乱に満ちた、旅のような人生の中での一時の休息なのだと。
夜に向けて、日が落ちていく。
この青空を見ていられるのも、残り数時間。
何をするでもなく、ただ、空を含めて風景を見やる。
30分もそうしていたら、誰かが茶器を銀製の盆に載せてやって来た。
堕女神「…失礼いたします。お茶をお持ちしました」
彼女はそう言って、眼にも正しい動作で紅茶を淹れる。
湯気が立ち上り、ふわっと芳しい香りが、まるで霧が広がるように勇者の鼻へと届く。
勇者「………」
椅子に背をもたれさせながら、彼女の手元をずっと見ていた。
美しいのもそうだが、彼女の手は、とても優しいのだ。
母親の手のように暖かく、柔らかく、そして、どう表現もしようがない程に、優しい。
堕女神「…いかがなさいました?」
勇者「……綺麗だな、って」
堕女神「?」
357:
勇者「いや、何でもないよ」
ごまかしきれてはいないが、それでも、彼が何でもないと言うから追求はしない。
彼女は、全くもってよくできた侍従だった。
勇者「…ちょっと、待ってくれ」
茶を淹れ、菓子の載った盆を置いて去ろうとする彼女を、勇者が引きとめた。
何か不手際があったか、と軽い緊張が走り、次いで、立ち上がった勇者へ眼を向ける。
堕女神「何でしょうか?」
勇者「昨日、俺に訊いたな。今、答えるよ」
堕女神「昨日?」
勇者「『夜』と言ったが。……何故かな。今、言っておかなくちゃいけない気がする」
思い出したか、彼女が怪訝な顔をする。
そして、少し経ち――気付く。
彼があまりにも哀しげな、”笑顔”を浮かべている事に。
勇者「俺―――『勇者』なんだ」
風が、ざぁっと吹き抜けた。
木々を揺らし、葉がざわざわと擦れる音が聞こえる。
358:
堕女神「……言っている意味が、分かりかねます」
当然の反応だ。
今まで夜に彼女を甚振りながら、まるで吼えるかのように話していた事。
それを、今更正面から聞かされる意味が、分からない。
勇者「『魔王』の力で、七日間だけこの世界に留まる事ができる。……そして、今日が七日目だ」
堕女神「……え…?」
魔王、というのが何を指すのかは即座には分からない。
だが、後半部分は分かった。
彼の言葉を正しく解釈すると、そうなる。
堕女神「……嘘、ですよね?また私をからかっているのでしょう?」
正面から、勇者の顔を見据える。
彼女が口元をへらへらと綻ばせているのは、言葉通りに受け止めたくない気持ちの顕れか。
対して、勇者は口を引き結び、押し黙る。
その目は険しく、嘘をついていない。
勇者「…俺は今日の夜、この世界を去る。……二度とここへは戻れない」
堕女神「…冗談はやめてください。面白くありませんよ」
359:
冗談であればいいのに。
彼は、そう思った。
どうか冗談であってくれ。
彼女は、そう願った。
勇者「……今日が最後なんだ。……後は、前と同じ『王』の精神が戻る」
堕女神「……嘘」
勇者「………」
堕女神「『嘘だ』と言ってください!」
取り乱し、叫ぶ。
声の大きさに、近くにいた使用人の一人が思わず振り返る。
勇者「俺も、そう言いたいさ」
苦々しげではない。
変わらぬ決意を湛えた、『男』の顔。
認めたくない。
その一念が彼女の心を染める。
心臓がぎりぎりと締め付けられ、呼吸するごとに取り込まれる空気が、苦い。
いつまで待っても、彼は表情を崩して笑ってくれない。
口の中に苦味が満ちて、それが鼻と口の奥をつんとさせ、更に上へと昇ってくる。
360:
いつまで経っても表情が変わらない彼の姿が、歪んだ。
にわかに鼻が詰まり、思う通りに空気を取り込んでくれない。
瞼が熱く、段々と、眼前の彼の姿が更に歪む。
勇者「………ごめん、な」
耐え切れずに放った言葉を引き金に、涙が溢れ出した。
頬を滝のように伝う涙が、石畳に染みを作る。
しゃくり上げると、つられて洟が垂れ、呼吸を著しく阻害された。
声を激しく上げる事は無い。
それでも、普段の彼女を知る者には想像すらできない、取り乱した泣き顔。
何万年もの年月を生きた彼女を、ここまで動揺させる言葉があるのか。
かつて彼女を崇めていた民も、思わなかっただろう。
堕女神「……うっ…っく……うぅ……」
声を出さないように、洟をすすりながら泣く彼女に、勇者が近づく。
勇者「……ごめん」
彼女の頭を優しく引き寄せ、胸へと抱く。
暖かさと、勇者の匂いに包まれ、彼女が顔を埋めて泣き濡れる。
じわりと染み込む彼女の涙を皮膚で感じた。
こんなにも、熱いのか。
自分との別れを、こんなにも哀しむものなのか。
362:
勇者「……もっと、早く言えば良かったのかな」
縋り付いて泣く彼女の頭を撫で、左手で大きく開いた背中を抱き締め、擦りながら漏らす。
こんなにも取り乱す彼女を見るのは初めてだ。
恐らく、本来の『王』もそうだろう。
勇者「…作ってくれた料理は、本当に美味しかった。……この七日、楽しかったよ」
言葉が耳に届いているのか、分からない。
反応は返ってこず、シャツの生地をきゅっと掴まれるだけ。
再び、風が吹き抜ける。
その風は――何故か、冷たかった。
隙間風のように心に吹き込み、身を竦ませるように冷たかった。
勇者「こんなに、別れを惜しまれるのは初めてだな」
彼女の髪を撫でる。
絹糸をまとめたかのように、上等な油に手を浸したように、さらりと指の間を通り抜ける。
髪から漂う香りは、旅の途中で訪れた、季節を無視して様々な花の咲く天上の谷を思い出させた。
363:
どれだけの間、そうしていたのか。
使用人達に幾度も視線を浴び、珍しいものを見るかのようだった。
勇者「落ち着いたか?」
しゃくり上げるような痙攣が治まり、呼吸も整いかけている。
既にシャツは涙と洟でじっとりと濡れている。
堕女神「……は、い。………お見苦しいところを……お見せ、しました」
勇者の胸元から離れ、赤く腫れぼったい瞼と鼻を見られないようにして、彼女が言う。
恥じ入るように隠して、何処から取り出したハンカチで鼻の下を拭う。
堕女神「昼を回ってしまいましたね。今すぐに、昼食の用意を致します」
勇者「ああ、いや。……昼を過ぎているし、軽いものでいい。……運んできてくれ、ここに」
堕女神「はい、畏まりました。…お茶を、淹れなおします」
勇者「いや、いい。お前が淹れてくれたんだからな」
再び席につき、とっくに冷めてしまった紅茶を啜る。
逡巡の後、彼女は遅い昼の準備を整えるため、足早に去って行った。
364:
その後、彼女が運んできた細めのパスタを平らげ、再び午睡するかのように目を閉じ、風を感じる。
暮れなずむ空が青から橙へと色を変え始め、入り混じった薄紫の空が頭上に広がっていく。
日が落ちる前にと勇者は席を立ち、城内へと入る。
もう、空を見る事はできない。
後は、ただ夜へと変わっていくだけ。
勇者は一人ごちる。
これは―――まるで、『死刑囚』の心境だ、と。
二度と、空を見る事はできない。
二度と、舌を楽しませる料理を味わう事はできない。
二度と、人肌のぬくもりを感じる事はできない。
最後の日は、あまりにも切なく、救いなく終わりそうだ。
途中、サキュバスAを見かけた。
日が落ちて庭の手入れを終えたのか、大きな鋏を手にしていた。
彼女も勇者の存在に気がついたが、一礼を送り、すぐにその場を去ってしまった。
自室に戻る気にはなれず、当て所なく城内を彷徨う。
飾られた絵画を眺めながら廊下を歩き、思いついて謁見の間を覗き、まるで――最後に、目に焼き付けようとしているかのようだ。
385:
そうして彼が向かったのは、玉座の間だった。
重厚なカーペットが敷かれ、壇上に金色の玉座が置かれた『王』の座する処。
一歩一歩、踏み締めながら向かう。
柔らかい感触がブーツの硬い底から伝わり、静かに音を立てながら歩いていく。
『彼女』の涙で濡れたシャツが、冷えて張り付く。
拭おうとも、着替えようとも思わなかった。
これは、『勇者』の身を心から案じてくれた、一柱の堕ちた女神が流してくれたもの。
『仲間』としてではなく、一人の『男』に対して別れを惜しんでくれた証。
ずっと塞がらない穴があった。
いつになっても隙間風が吹き込み、虚しく霜を降ろす心の一角。
そこに、何かがはまったような気がした。
傷が塞がった心は、もう寒くない。
玉座の壇前に立ち、しばし、目を閉じる。
今この瞬間は自らの座なのだが、それでも経験から染み付いた、心が引き締まる感覚。
しゅるり、と剣を抜く。
幾度と無く繰り返された抜剣の仕草は、今に至っても錆び付いていない。
刀身は未だ輝いていた。
白銀の刀身に、暁のように赤い光が不規則に射し込める。
それは、今この瞬間にも、勇者が『勇者』であり続けていることの証明でもあった。
386:
切っ先を、眼前の玉座へゆっくりと向ける。
まるで、敵にそうするかのように。
眼光は鋭く前を向き、切っ先を通して玉座に殺気を放っているかに見えた。
勇者「……『お前』は生まれない。絶対にな」
そうして、数分後。
ゆっくりと剣を下ろして、鞘へと納める。
しばらく、玉座を見つめた後に踵を返し、背後の扉へと向かう。
城内を回るうちに、日は既に沈んでしまったようだ。
遅い昼食も歩き回るうちに消化され、胃が窄まるような感覚を覚えた。
玉座の間の扉を開け、再び廊下に出る。
日が落ち、冷えて引き締まった空気が身に沁みる。
空気は冷たい。
だが、『寒く』はない。
自らを動かす機関の収まった左胸へ手を当て、ゆっくり、城内の散策を再開した。
387:
厨房で、彼女は一人晩餐の準備を進めていた。
黙々、というよりは我武者羅に。
幽鬼のように、感情が薄い表情で。
感情を少しでも出せば、崩れて涙に化けてしまいそうだから。
メインの肉を切ろうと、ナイフに手を伸ばす。
良質なヒレ肉の塊に刃を当てると、まるで布を裁つような音と手応えで容易く両断された。
感情を動かすまいと務めるが、あまりにも、真実は重い。
覚悟はしていた。
何かの変化が王に起こっていた、と。
その変化も、いつかは消えると。
それが、まさか――今日、なんて。
サキュバスA「……お邪魔だったかしら?」
入り口から声が聞こえた。
目を向けるまでも無く、その正体は分かった。
邪険にするつもりは無いにせよ、見られたくはない。
何とか、孤独を保とうと唇を動かす。
堕女神「…いえ。ですが……一人に、していただけないでしょうか」
388:
サキュバスA「…刃物を手にして思いつめた顔の女を、一人になんてできませんわ」
頬を緩め、茶化しながら厨房へと入る。
邪魔になりそうな翼を一時的に隠し、調理台の隙間を縫って堕女神に近づく。
サキュバスA「その様子では、陛下の告白を聞いたようですわね」
図星を突かれ、身を震わせる。
刻んだハーブを肉に振り掛けていて、思わず手元が狂いそうになった。
堕女神「貴女も、聞いたのですか?」
サキュバスA「ええ。昨日の晩に」
堕女神「何故、私には今日になっていきなり…?」
サキュバスA「……心配しなくても。陛下は、貴女の事をきちんと想っていますわ」
堕女神「なら、どうして……」
サキュバスA「それは、陛下……いえ、『あの人』に直接聞いた方がよろしいかと」
389:
堕女神「……」
サキュバスA「……最後の夜は、貴女とともに過ごしたいと、あの方は願いましたわね」
手を止め、堕女神は彼女の方へ目を向けた。
メインの肉料理の仕込みは終わり、後は焼き上げるのみとなっていた。
堕女神「そう……なります」
サキュバスA「あの方に取ってではなく、貴女にとっても、あの方と過ごせる最後の夜。……思い残さぬように」
堕女神「……はい」
サキュバスA「嗚呼、それにしても妬けてしまいますわ。……私達でも、女王でもなく、貴女を選ぶなんて」
大げさに謡うように節回しながら、くるりと背を向ける。
そのまま、厨房から出ようと歩を進めていく。
堕女神「………泣いて、いるのですか?」
サキュバスA「…まさか。貴女とも、あの子とも違いますもの」
堕女神「…そう、ですか」
サキュバスA「さて。晩餐の準備が整ったと知らせて参ります。……どうか、悔いを残さぬよう」
堕女神「はい。……よろしくお願いいたします」
390:
城内を一回りした勇者は、いつの間にか、食堂近くの廊下へと戻ってきていた。
ここにいれば誰かが見つけてくれるだろう、と思ったのもある。
もう一つは――俗がすぎるが、併設された厨房からの、夕餉の香りに引き寄せられた。
何気なく、飾られた銅像を見ていた。
人間の女が、男の上に跨る姿勢で行為に耽っている像だ。
上の女は喜悦に顔をゆがめているのに対し、男は、或いは必死に止めようとしているかのようだ。
サキュバスA「……それは、原初の淫魔。『リリス』の像ですわ」
真後ろから声をかけられる。
距離が近いが、最終日ともなれば慣れたものだ。
勇者「リリス?」
サキュバスA「我々の祖です。彼女は快楽を求めるあまり、人類最初の男に拒絶され、楽園を出でて自らの国を作りました」
勇者「……で?」
サキュバスA「彼女の子供達は魔界へと追放され、人間の精を吸い取る魔族として恐れられるようになりました」
勇者「…それが、お前達か」
サキュバスA「はい。……あ、陛下。晩餐の準備が整っておりますので、食堂へどうぞ」
勇者「分かった。……もう少し早く言ったらどうだ」
391:
大食堂へと続く目の前の扉を開けようとした。
手を扉へ伸ばした瞬間、止まる。
勇者「……なぁ」
サキュバスA「はい?」
呼び止められ、その場で返事をして彼に体を向ける。
いつもと同じく、挑むような眼差しに、飄々とした物腰。
それでも――彼には、伝わるものがあった。
勇者「……ありがとう」
体を捻り、じっと、彼女の顔を見つめる。
目が僅かに赤く、纏う空気も僅かに沈んでいる。
堕女神は分かりやすく取り乱した。
サキュバスBも同じくそうするだろう。
だが、彼女は?
勇者「…忘れない。お前のおかげで、俺は最期まで『勇者』でいられそうだ」
それだけ言って、彼は大食堂へと入っていく。
彼が最後の晩餐へと消えた後、彼女は――悲しげに唇を震わせて、それでも微笑みながら、部屋へと帰った。
392:
彼が、一人ではあまりにも大きな卓につくと、すぐに前菜が運ばれた。
茸を用いた固形の蒸し物に、野菜を添えられた皿だ。
一口運ぶと、口の中に芳醇な香りが広がり、それによって食欲が更に増進された。
物足りない量のそれを片付けると、次はスープ。
朝に出たものとは味付けが違っている。
よく煮込まれた玉葱と鶏骨のブイヨンが香り、メインに向けて更に食欲が増す。
メインの肉料理。
両面を良く焼かれているが、中はレア気味に、切ってみればグラデーションが目に楽しい。
口に運べば、肉汁と酸味を持つハーブの香りが広がり、そして非常に柔らかい。
飲み込むのが勿体無いと思えるほどに、勇者は何度も長引かせるようにそれを味わった。
余計な脂の雑味は無く、ただ、肉の持つ旨味と最大限まで引き出している、単純だが嗜好の調理。
そして、最後。
少なくとも人界では希少な、チョコレートを用いた焼き菓子が運ばれる。
フォークで割ってみれば、まるでパイ生地のように表面がさくりと割れた。
内部には瑞々しい野苺に似た果物が仕込まれ、ほろ苦いチョコレートと絶妙に絡み合う。
最後にして至高の晩餐を終えた後、茶が淹れられた。
堕女神自ら、勇者の傍らで。
394:
勇者「…ありがとう。忘れられない味だったよ」
ティーカップを傾け、礼を述べる。
熱気を伴った香りが口内に満ちて、残った風味をリセットする。
堕女神「…恐れ入ります。……陛下」
勇者「何だ?」
堕女神「……今日は、少し早めにお部屋に伺ってよろしいでしょうか?」
勇者「…構わないが、それはまたどうして」
堕女神「あなたは、今日を最後にこの世界から去るのでしょう。……少しでも、共にいたいのです」
勇者「……ああ、分かったよ。待ってる」
野暮な事を訊いてしまった、と。
若干の反省とともに、茶を啜る。
最後の一口を飲み終え、席を立つ。
まっすぐに自室へと戻り、最後の夜を過ごすために。
それ以降、彼女が部屋に訪れるまで、口を開く事は無かった。
395:
心地よい満腹感を得て、自室のベッドへ大の字に寝る。
剣はエンドテーブルへ立てかけ、ズボンのベルトも緩め、楽な姿に。
勇者「…魔王。待っていろ。……俺は、お前に屈する事は無い」
天に手を伸ばし、ぎゅっと拳を握って呟く。
見てはいるだろうが、『魔王』からの返答は無い。
だが、聞こえていればいい。
震えていればいい。
勇者は、既に――対決に向け、心を締め直していた。
暫くして、眠気が欠片ほど舞い降りた頃。
毎朝聞かされる、規則正しいノックの音が転がった。
いつものように、入室を促す。
――彼女が、入ってきた。
普段のドレスの上に、黒地に金糸で刺繍されたショールを羽織っている。
勇者「……早い、な」
堕女神「申し訳ありません」
勇者「…いいんだ。……こちらへ」
434:
彼女が、近づく。
上体を起こしながらベッドの上で待つ勇者へ。
縁に腰掛け、靴を脱ぐ。
踵が高くサンダルにも似て露出度の高い、勇者の世界では見かけないタイプの靴だ。
片足、もう片足と順番に脱ぎ去ると、待たせた者の方へ体を向けなおす。
四つん這いに、近づいていく。
二人分の体重をかけられたベッドが軋み、ぎしぎしと音を立てる。
ランプの灯に照らされた彼女の影が、室内を彩った。
そのまま、止まらず――彼の胸元へ、体を預ける。
しな垂れかかった彼女の体を受け止めると、ゆっくりと体を倒し、横になった。
勇者「…もう、泣かないのか?」
返答は無い。
彼女はただ静かに、彼の胸に顔を押し付け、匂いと、温もりを感じていた。
ひたすら、記憶に残そうとするかのように。
細く、長い息遣いが妙なくすぐったさを伝える。
堕女神「………忘れられない夜を、下さいませ」
顔を胸に押し付け、きゅっとシャツの裾を握ったままで呟く。
まるで薄いガラスのように、儚く、透き通った声で。
顔は、見えない。
見えないから、逆に――彼女の心が、伝わった。
435:
答えの代わりに、彼女の体を優しく抱き寄せる。
彼女の顔が、勇者の首下へと上ってくる。
俯き気味の顔を自由な左手で持ち上げさせ、横になったまま、見つめ合う。
この世界に来て、恐らく最も長い時間付き合わせた顔。
緋と闇の眼が、彼を真っ直ぐに、そして何かを求めるように見つめ返す。
――ああ、お前は。
――これが、好きだったな。
左手で彼女の顎を軽く持ち上げ、ゆっくり、吸い寄せられるように唇を近づける。
彼女は眼を閉じ、その瞬間を待ち侘びる。
一秒、二秒。
『彼』の唇が触れるまでの間を、彼女は永遠にも感じた。
焦らされている?
それとも―――
思考がとりとめなく動いた時、口先に温度を感じる。
瞬間、全ての雑念は消え、口元に全神経が集まったような、不思議な熱が篭る。
唇が、ゆっくり合わさる。
まるで、離れた二枚貝が再び組み合わさるかのように、ぴったりと。
それは唇のみを表すのではなく、心も。
こうある事が自然かのように、唇を通して二人の、――否、一人の男と、一柱の堕ちた女神の心が繋がった。
436:
彼は、決意していた。
背負って歩んできた勇者としての旅を、嘘にしてしまわないために。
旅の仲間たちとの時間を、無駄なものとしないために。
それでも、彼は……哀しんでいた。
心を繋いだ堕女神との別れを。
二人のサキュバスとの、姦しい夜を失う事を。
幼くも凛々しい、隣女王の姿を見られない事を。
彼女は、抑え込んでいた。
『勇者』がいなくなってしまう、無限に続く洞のような哀しみを。
自分の作った料理を笑いながら食し、褒めてくれた勇者。
堕ちた後にも燻っていた、『愛』の残滓を認めてくれた事。
それでも、彼女は……望んでいた。
彼が、元の世界を救う事を。
勇者としての務めを全うし、世界の闇を討ち払う事を。
互いの心が、唇という粘膜を通して流入する。
魔法より、言葉より、その行為が互いの全てを語り尽くす、夜噺のように全てを語った。
ランプの灯が揺れる部屋に、粘膜が擦れ合う淫靡な音が響き渡る。
水音が絶え間なく続き、乱れていく息遣いが重なっていく。
437:
唇が離れる。
もはやどちらのものかとも知れない唾液が、繋ぎとめようとするように糸を引いた。
どちらとも、呼吸が荒い。
酸素を取り入れる事すら忘れ、互いの唇を、心を求め合っていたのだから。
勇者「……しよう、か」
その言葉を合図に、体を起こし、身を包む衣類を取り去っていく。
背中合わせに、勇者はシャツを脱ぎ、ブーツを放り捨て、ズボンを荒っぽく脱ぎ捨てる。
堕女神はショールを折り畳んでエンドテーブルに置き、ドレスをゆっくりと脱ぐ。
互いが、背中越しに衣擦れを聞き、ひりひりと増していく熱い空気を感じる。
最後という哀しさを、無理やりに焼き切ろうとするかのように。
勇者が全てを脱ぎ去って向き直ると、彼女は下着を足首から抜き、一拍遅れて振り向いた。
堕女神「…どうか、私を満たして下さい。あなたが去った後も、忘れぬように」
言葉が、勇者の耳に届く。
数秒の後、勇者は彼女を、真っ白いキャンバスの上に優しく押し倒す。
立てられた腕の間で、彼女は見つめてくる。
在りし日の神性を取り戻したかのような、優しく輝く微笑みを湛えて。
438:
首筋へ、口を寄せる。
透き通るような、白磁のようなしみ一つ無い肌。
特に薄い首の皮からは、彼女の脈動、体温、そして肌理の細かさが伝わる。
首筋へ口付けする。
身をくねらせた拍子に、小さく、声帯から声が震え出た。
吸い付くような、じわりとかいた汗を舐め取るかのような、優しく深い、キス。
ちゅ、と吸えばその度に体が揺れ、悩ましく声を上げた。
豊かな乳房に、右手を伸ばす。
左の乳房に手を伸ばせば、偶然に、乳房近くに指先が触れた。
堕女神「あぅっ……」
高まった乳房の頂点近くを指先で擦られ、甘く声が漏れた。
背筋が僅かに逸れ、ぶるん、と二つの果実が揺れる。
勇者は、黙って、彼女の乳房を下から押し上げるように揉む。
乳房の下側、アンダーと触れ合う部分にはたっぷりと汗をかいており、手に張り付くような、べたべたとした感覚が伝わった。
それでも、不快感は無かった。
むしろ、彼女の肌の質感を味わうための呼び水にすら感じる。
指先が沈み込む。
有り体だが、そう表現するしかない。
指が埋まり、見失うほどの質量と柔らかさ。
そして――大きさに見合わぬ、感度の強さ。
439:
指先を動かせば、応じて彼女の体が魚のように跳ねた。
むにむにと沈み込んだ指先が乳房をこね回し、乳腺を揉み解されるような快感を届けるのだ。
声帯はもはや、彼女の意思を離れている。
体の各所から届けられる快楽の信号を受け取り、声を上げるだけの淫猥な機械へと化した。
首筋を吸われ、舌を這わされ、鎖骨下まで降りていく彼の感触。
そのまま、右の乳房を経由し――向かう先は。
堕女神「ひっ…う、あぁぁぁぁん!!」
遠慮会釈無く――頂点を吸われ、声帯が大きく震えた。
背が大きく逸らされ、勇者を跳ね返すように暴れる。
その瞬間、彼の左手が彼女の腰に回され、逃すまいときつく抱き締める。
更に二つの乳房への愛撫を進めると、少しずつ、彼女は大人しくなっていった。
だらしなく開けられた口元からは涎の筋が流れ、シーツに染みを作る。
乳房を弄べば、体をくねらせる。
乳首を弄べば、大きく口を開け、息遣いが激しくなった。
二つの刺激から逃れようにも、腰を強く抱かれている為、身動きを取る事はできない。
最早、されるがままに乳房をなぶられ、よがり狂う事しか許されていない。
440:
右手を離し、彼女の左乳房を快楽の螺旋から解き放つ。
しかし、それは解放ではなかった。
向かう先は、彼女の秘所。
気付いていながらも、快感に溶けた心と、力の入らない四肢は、言う事を聞いてくれない。
尻穴の近くから割れ目をなぞり上げる、精悍な指先。
充血した陰核を擦られ、体を弛緩させたままで、びくびくと痙攣するように反応する事しかできない。
既に濡れそぼって、『彼』を迎える準備はできていた。
だが、彼はそうしない。
指先を躍らせ、彼女を更なる高みへと導こうとする。
入り口を指先で幾度かなぞり――人差し指と中指を、内側へと差し込む。
尿道側に軽く指を曲げて、内側を強く擦る。
裏側から刺激を受けた尿道が膀胱に刺激を送る。
気を抜けば、緩ませてしまいそうなまでの感覚。
耐えている間にも乳首を甘噛みされ、舌先で転がされ、意識を繋ぎ留める索が次々と千切れていく。
下から聞こえる、下品とすら表現できそうな激しい水音。
それを、彼女は自らの腺液の立てる音と認識しているだろうか。
指が内壁をこすり、指先が特に敏感な部分を探り当てて、内側から耐え難い快感をもたらす。
括約筋が二つの門を食い縛り、勇者の指先を締め付ける。
もしも男根を挿入していたのなら、瞬く間に果ててしまいそうだ。
それでも、勇者は手による愛撫と、唇を用いた愛撫を止めない。
それは、彼女へ最後まで、愛を施そうとするかのように。
500:
指先を彼女の中で蠢かせていると、ある時気付く。
尿道側に人差し指の第二関節を曲げた辺りに、彼女が、より身を強張らせる部位がある。
偶然にその部位を指先で掻いた時、反応の違いは明白だった。
二度、三度。
おおよその当たりをつけて、その部位を絞り込むように、大雑把な円を描くように摩擦する。
彼女の声、呼吸、内部の締め付け、体の緊張を加味して少しずつ範囲を狭めていく。
堕女神「はぁっ……っく…ふぅ……っ!」
勇者「……ここ、か」
反応が濃く、長くなっていく。
爪先までがピンと伸ばされ、淫らに喘ぎながら体を硬直させて耐える。
『その場所』を指先が触れる度に、ぴりぴりと電流が走り、砂糖のように甘く脳髄に浸透していく。
触れる端から通過点を甘く作り変えるような、煮詰まった砂糖の塊が背筋を駆け抜ける。
送り込まれるペースも段々とまり、快感の配達がやがて途切れ途切れの点ではなく、一本の線となった。
指先が、その部位を執拗に掻く。
切なく高まった快感の基点は、もはや彼女の正気をかき乱してならない。
緊張して伸ばされていた脚は緩み、媚びを売る犬のように、はしたなく段々と開かれる。
くちくちと音を立てて勇者の指先を飲み込み、稚児のようにしゃぶり上げる秘所を見せ付けるように。
堕女神「ぃ…い…いかせ……て……」
意味の無い嬌声を紡ぐのみだった唇と声帯が、久方ぶりに彼女の意思を伝えた。
弱々しく、それでいてはっきりとした望みを。
501:
勇者は、何も答えない。
ほんの一瞬だけ指先を止め――更に激しく、内部を擦りあげる。
溶けてしまいそうなほど熱く高まった内側をめちゃくちゃに弄ばれ、
反り返った背筋が勇者を跳ね除ける如く暴れる。
腰を抱いたままの左手に更に力を込め、深く肌を密着させた。
吸われ、舐られ、歯を立てられて硬くなった乳首は、痛々しいほどに膨れ上がっている。
秘所の内側、快感の峰を掻く。
それと同時に、乳首に歯を立て、軽く引っ張る。
増幅された性感は留まる所を知らず、熱く、冷たく、そして甘く心臓と脳の奥底へと快楽の刃を突き立て、捻る。
堕女神「くあ……ぁ……!ひ、ぃあぁぁぁぁぁ!」
――意識が、白のインクを飛び散らせたように散っていく。
火中に栗を投じたように爆ぜて、あらぬ方向へと意識が飛んでいってしまう。
続け様に繰り返される快感の爆発で、既に正気は飛び、現状を把握する事はできない。
自分が今何を口走っているのか。
あのいやらしく長く喘ぐ声は、誰のものなのか。
霊体が抜け、俯瞰で見下ろしているように現実感が消える。
びくびく、と何度も痙攣し、その度に指先をきつく締め付ける。
閉じる事すら忘れた口の端から、幾筋もの唾液が流れ出て、ぐっしょりとシーツを濡らす。
目から溢れた涙は、眼前の男の姿をも滲ませ、明瞭とさせない。
痺れが全身に広がり、体をろくに動かす事すらできない。
意思に反して不規則に痙攣を繰り返すだけで、自由を取り戻せない。
くたりと脱力した彼女は、身を震わせ、全身に満ちた快楽の余韻を味わう。
心地よい脱力感、解放感。
ぽかぽかと全身を快感のベールで包み込まれ、敏感になった全身の触点から伝わるシーツの感触、
勇者の肌の暖かさ、流れ落ちる涙のくすぐったさ、全ての外的刺激を快感へと変換する。
502:
甘ったるく広がる余韻に打ち震えていると、間髪を入れず、勇者が圧し掛かってきた。
膝の裏に腕を入れ、大きく脚を開かせる。
先ほどまで指先を咥え込んで離さなかった秘所は、溢れ出した蜜によって、余分なほどに潤っていた。
勇者「…いいな?」
堕女神「待っ…て……!」
抵抗はできなかった。
今も、勇者がただ触れているだけの部分にさえ、じんじんと熱を感じる有様で。
達したばかりの、それも余韻が抜けきっていない今、迎え入れてしまったら――どうなるのか。
期待と、そして恐怖が心を塗りつぶす。
入れて欲しい。
でも――入れられたら、一体自分はどうなってしまうのだろう。
ぐるぐると脳内を回り続け、その間にも、血管を浮かせて反り返った男根が近づいてくる。
絶え絶えに吐息を繰り返していても、男根の先端から、まるで目を離せない。
巨大な獣と遭遇した時のように、目を反らす事ができない。
先端が押し付けられる。
昂ぶって冷めやらない花弁から、より鋭い快楽の信号が送られる。
506:
本当に、未だ挿入されてはいない。
それでも、先端を入り口で感じただけで、茨のように尖った快感を覚えてしまう。
挿入した時のそれを10としたのなら、既に7ほどの快感が。
勇者「一気に行くぞ?」
堕女神「そっ……ま、待って……お願……ん、ぐっ……う、うぅぅぅ!!」
順繰りにではなく、一気に――根元まで飲み込ませる。
ぐぶっ、という鈍く湿った音。
次いで、互いの腰が密着する快音が高らかに響く。
堕女神「…は、ぁ……はぁ……!イ……ヤ……!また……!」
突き込まれた衝撃で身体が揺れ、内部に熱した鉄の塊を突っ込まれ、
感覚神経を削ぎ落としていくような悲痛なまでの快感が生まれた。
その瞬間だけで、脳を焼かれ、心臓を冷えた手で握り潰されるように達してしまいそうになる。
抑え込んでしまうのは、何故だろう。
例え二度までも達してしまったとしても、目の前の相手は優しく受け入れ、微笑みをくれるはず。
抑え込む理由は無い。
なのに、何故か。
508:
答えは分かっている。
一つに、今まではそれが許されなかったから。
先に達してしまえば、打擲を受け、詰られた。
首を締め上げられながら犯される事もあった。
彼女は、その痛みを忘れる事ができず、心にいつしか殻を形作った。
ほかにも幾つか理由は思いつきそうだが、
その中には、考えたくないものもあった。
淫魔の国に暮らす事をも否定してしまいそうな、唾棄すべき理由も。
勇者「耐えなくていい。……構わずにな」
そう言われるも、それでもつい、オーガズムへの欲望を抑え込む。
歯を食い縛り、目を硬く閉じ、内側から暴れ回るそれを、封じ込めようと。
あまりにも頑なに、快感を拒絶するかのように不要な忍耐を続ける。
勇者は、それを見て取ったのか。
微笑みとともに、繋がったままでのキスを試みる。
目を瞑っていた彼女は、唇に被さる感触で初めてそれを認識し、目を開けた。
堕女神「んぶっ……う、んっ……ぷぁ……」
驚いたように目を剥き、抗議するようにくぐもった声を上げる。
それでも、本心からの拒絶は無い。
唇から、秘所から、挟み込まれた下腹部に熱を感じた。
黒く燃え盛る淫獄の炎が、灯ったように錯覚する。
509:
唇を重ねたまま、腰が動き始める。
ぴったりと張り付いた膣肉が、そのまま引き出されてしまいそうなほどに締め付ける。
捻りを加えながら、入り口近くまで肉棒を引き出し、再びゆっくりと、奥まで入り込ませる。
突き込む度、引き抜く度、何度も彼女の体が震え、膣内も一個の独立した生物のように蠢いた。
上と下、両方からの淫靡な水音が重なる。
硬く閉じていた歯は解かされるように薄開き、その間を逃さずに勇者の舌が滑り込む。
ぬるりと侵入してきたそれは、彼女の歯の裏、口蓋、歯茎を順に舐り上げる。
つるつるとした、歯の感触。
触れる度に舌先を熱くさせる、唾液をまとった口内の粘膜。
蹂躙を愉しむ暴君のように、舌が口内を暴れ回る。
途中で彼女の舌も合わさり、口内で、舌と舌が触れ合って踊る。
互いの口内を何度も逆転させて味わい合い、
どちらともなく舌先に唾液を乗せて贈り合い、
それ自体がもはや、完成した性行為にすら感じられた。
いつしか、彼女は両腕を勇者の首に回し、脚は勇者の腰に絡み付いていた。
爪先をすぼめて脚を組み合わせ、がっちりと。
ピストンを繰り返す度、塞がれた口内から吐息が漏れ、そのまま勇者の口へ届き、肺を満たす。
甘い快楽が溶け込んだような吐息が、ダイレクトに肺へ吸い込まれる。
510:
勇者「……っ…姿勢、変える、ぞ…」
堕女神「えっ……?…きゃ……」
息継ぎの間に、告げる。
少し浮いた腰に両手を入れ、そのまま引っこ抜くように抱き起こす。
脚を絡ませたまま、両手を肩に回したまま、体を起こされて距離だけが縮まる。
向かい合ったまま、抱き合うように繋がる形となった。
距離が近くなり、互いの息遣いは勿論、潰れるように勇者の胸元へ押し付けられた乳房から、鼓動まで伝わる。
しばし、運動を止めて見つめ合う。
互いの体温を最大限に感じる、その姿勢で。
彼は、膣内に侵入したままの男根から、彼女の粘膜の熱さを感じる。
彼女は、未だ体内に突き立てられたモノを通して、硬さと、熱を感じる。
沈黙の後――再び、下から突き上げるように動き始める。
指の後が残りそうなほどに、互いを深く抱き締め合って。
乳房が潰れる圧迫感も、感じる体温と快感、充実感、そして幸福感に重ね塗られて消えた。
前後ではなく上下へと変化した運動の最中、涙がぽろぽろと零れる。
幸福感が箍を外し、涙へと化けてしまった。
文字通り溢れんばかりの幸せの一時。
―――本当に、これで最後なのだ。
511:
心の深い部分から、じわじわと雪が解けるように哀しみが消えていく。
快楽に身を任せてはいない。
ただ、最後だから――哀しみの涙で終わらせたくは無いから。
勇者「…もう…っだ、出す……ぞ……」
堕女神「は……い……!」
一気に、運動がくなる。
壊れそうなほどにがくがくと彼女の身体が揺れ、おもちゃ箱を引っくり返したようなデタラメな快楽が体を跳ね回る。
彼女は、その快楽に負けじと、腰を上下させて勇者のモノを扱き上げる。
最後まで、名残を惜しむように。
全てを吸出し、一滴たりとも零さぬように。
膣内に飲み込んでいたモノが、脈動する。
一回、二回。三回目の脈動で、腹腔内に熱いものが注がれるのを感じた。
堕女神「…ん、ふぁ……熱い、です……!」
叩きつけられるごとに、子宮が重力に逆らって持ち上げられるようだ。
強烈な欲望の噴水が、膣内を熱く原初の海のように満たす。
子宮内を満たされ、一拍遅れて彼女が達する。
512:
内側から侵蝕される熱に浮かされ、手足に一層力が篭る。
思わず反れていきそうになる背筋を無理に押さえ込み、
強く勇者に抱きつき、紅潮した顔をごまかすように、首筋に顔を埋める。
弛んでしまいそうになる四肢に力を入れ、とにかく、離すまいと勇者にしがみ付く。
精を吐き出した肉棒が、鎮まって秘所から抜け落ちる事さえ拒むように。
押し寄せる快楽を封じ込めながら、荒く息をつき続ける。
不規則に痙攣する細い体は、快感に耐え、それでも縋り付くように勇者に抱きついたまま。
何度目かの快感の波が寄せてきた時――視界が、暗くなった。
勇者「……抑え込むな、と言ったのに」
呆れたような口調ではあるが、その顔は優しい。
彼女の体をベッドに横たえ、その体を抱きかかえたまま横になり、顔を眺める。
ふと、窓の外へ視線を送る。
もう、そろそろか。
鐘が鳴って『魔法』が解け、元の世界へと戻る時間は。
514:
数分後、堕女神の目が覚める。
その時、彼女は気を失ってしまっていた事に気付き、慌てたように見えた。
堕女神「あ、あの……陛下。…先に眠ってしまい、申し訳ありません」
勇者「……硬くなるなよ。まだ『俺』だからさ」
返答され、彼女は安心しながら、体を起こす。
節々に倦怠感と余韻が残って、フラフラと安定しない。
それでも上半身を起こし、勇者の方へ顔を向けた。
勇者「でも、そろそろだな。……日付が変わって、『俺』はいなくなる」
彼も体を起こし、彼女の隣へ座る。
勇者「…世界を、救わなきゃいけないんだ」
暗い部屋で、彼がどんな顔をしたのかは彼女に分からない。
声から伝わるのは、相変わらずの堅い決意。
泣いても、縋り付いても、揺らがないだろう。
515:
堕女神「…楽しんで、いただけたのでしょうか?」
勇者「ん」
堕女神「淫魔の国への滞在は、いかがでしたか」
勇者「楽しかったよ。……嘘じゃない。こんなに、魅力ある日々を送れたのは初めてだ。……だから」
―――もう、思い残す事は無い
堕女神「?」
勇者「いや、何でも。………こんなに、辛い別れは初めてだ」
堕女神「……私もです」
勇者「……すまない。お前には、かえって辛い思いをさせてしまうのかもしれない」
堕女神「いえ、私なら大丈夫です。……『今夜』が残る限り」
518:
勇者「……本当に気が合うな」
堕女神「あなたも、ですか?」
勇者「俺も、七日間と『今夜』があれば。……最後まで、大丈夫な気がする」
堕女神「…最後、というのは今ではないのでしょうね」
勇者「ああ。……ん?」
視界に何かが割り込む。
映ったのは、ここではないどこか。
禍々しく広い大広間、そして―――
勇者「………済まない。もう、時間らしい」
別れを告げよう、そう唇に意思を伝えた時。
一瞬早く、暖かく唇が塞がれる。
何度も脈動するかのようにフラッシュバックする視界の中に、目を閉じた彼女の顔が見えた。
堕女神「……御武運を、お祈りします。『勇者』様」
意識が、猛烈な勢いでどこかへと引っ張られていく。
最後に伝わった彼女の声と温もりは―――いつまでも、胸にこだましていた。
暖かな風が、心の中を埋めていった。
もう、『寒く』はない。
534:
普段どんなもん読めばこんなエロい文章書けるようになるんだろう
才能か
535:
官能小説の言葉の辞典みたいな本持ってるのかな
俺の兄は持ってたみたいだけど
552:
加しながら引き戻される意識は、一気に減して、『魔王』の城へと戻った。
受肉したようにすっぽりと元の体に収まり、瞬間、耐え難い吐き気に襲われる。
術法で意識を揺さぶられた事にもだが、
淫魔の国で七日間を過ごした勇者に対し、禍々しく重い、圧し掛かるような殺気に満ちた魔王の城の空気は毒に感じる。
勇者「うっ……ぶ……はぁ…」
塩気の多い唾液が口を満たし、嘔吐の前兆をもたらす。
それでも、必死で押さえ込み、身を折りながら必死に耐えた。
魔王「ククっ…『おかえり』勇者よ。随分と満喫したようだな?」
眼前には、玉座に座ったままの魔王。
この世界では、どれだけの時間が経っていたのだろう。
途上に現れた魔王の腹心を引き付けるため、戦士、魔法使い、僧侶の三人は残り、勇者だけがこの決戦の場に立った。
三人は、倒してから必ず追いつくと約束していた。
その約束は、疑わない。
そして、三人は未だ現れていない。
七日間経っている、等という事は有り得ない。
筋力も萎えていない。
恐らく、そう大した時間は経っていないのだろう。
魔王「心配するな。貴様が行って戻ってくるまで、五分とかかってはいない」
勇者「…魔王っ……!」
魔王「さて、……淫魔の王の正体は、分かったか?」
勇者「……ああ」
魔王「流石は、勇者。我が最大の宿敵にして、『魔王』の対なる存在だ。聞こうではないか」
553:
勇者「……あの王の正体は、『俺』だろう?」
襲い来る吐き気を落ち着かせ、重く、迫力を注いだ口調で問いかける。
体を起こし、真っ直ぐに魔王を見つめて。
魔王「…疑問に疑問を返すのか?……まぁ、正解には近いな。そうでなければ説明はつくまい」
肘掛けに頬杖をつき、手応えの無い相槌を打つ。
裏腹に真紅の眼は爛々と輝き、次の言葉を待っていた。
勇者「あの肖像画と銅像。三ヶ月も前に作られていた」
魔王「それだけでは根拠として弱かろう」
勇者「俺の『剣』があった。輝きを失った状態でな。……この剣を扱えるのは、紛れも無く俺だけだ。
 そして、オークと戦った時に輝きを取り戻した。つまりあの剣は、間違いなく『本物』て、それが『魔界』にあった」
魔王「…我とした事が、ヒントを与えてしまったようだな」
くっくっと笑い、愉快そうに推測に聞き入る。
オークをけしかけてしまった事が、彼に結果として情報をもたらした。
それを失態とは認識していないように見える。
勇者「あの世界の『俺』は、勇者である事を放棄し、暴君と化した。……だから、剣は鈍らとなった。違うか?」
魔王「いや。……及第点だよ、勇者」
勇者「……結論を、言おうか」
その言葉の後、一拍置いて生唾を飲み、腹を決めて言葉を舌に乗せる。
勇者「………『王』は、貴様の言葉に乗った『俺』の姿」
554:
その言葉を聞き、ニィっと笑い、次の瞬間――狂ったように、笑い出した。
馬鹿馬鹿しいほどに高い天井と、石造りの広間に反響して響き渡る『魔王』の哄笑。
勇者でなければ、耳に残って神経症を患っても不思議ではない。
魔王の笑い声を受けながら、勇者の視線は揺らがず、ただ一点を見据えていた。
すなわち、歪ませて笑う魔王の顔を。
魔王「…失敬。いや、流石は勇者。推理もだが、何より……事態を受け止めた上で、そう言える点が実に良い」
勇者「貴様に褒められて嬉しいものか」
魔王「答えも明かされた事だ。出題者は補足の説明をするものだろう?」
勇者「……言ってみろ」
勇者が、促す。
殺気を滲ませ、全身に隙無く、研ぎ澄ました気迫を纏って。
魔王「……正解、だ。貴様が首を縦に振れば、ああなるのだ。贅に溺れ、快楽に溺れ、権勢に溺れる。
 美しい淫魔を片時も空かせず抱き、積もり積もった怨恨を堕ちた女神にぶつけ、何度も殺しかける」
勇者「…………」
魔王「その最中で勇者としての正義は消え、奢侈と色欲のみが支配する『怪物』となるのだ。
 魔王を倒せず甘言を受けた背徳から、『自分は勇者だ』と口にしながら女達を嬲る」
勇者は、黙ってそれを聞いていた。
七日間で堕女神とサキュバスAから聞いた話と、見事なまでに一致する。
そして、それが真実と成り得る事も――受け止める、しかない。
否定の言葉が、欠片も出てこない。
556:
淫魔達と、絶技と淫具を用いた快楽の渦へと飛び込みたかった。
それは――疑えない。
だから自分は迷い、結果として淫魔の国で七日を過ごした。
自分の人生を塗り替えた女神を、怨んでいた。
今になれば、その醜さを受け止められる。
事実として、勇者に選ばれ、血生臭い日々を送らされる事に心のどこかで抵抗を感じていた。
怨みとまで昇華するのかは、分からなかった。
分からなかった、というだけで、十分に可能性として考えられる。
魔王「……だが、軽蔑しようとは思わないぞ、勇者よ。……本来、ヒトとはそういうものなのだからな」
勇者「言っていろ」
魔王「…人間の『王』は、貴様に誇りと強さと正義を求め、”魔王へ挑め”と命じたのだろう?」
勇者「……それが?」
魔王「しかし、我は違う。我は、醜さと弱さと悪を受け入れ、癒してやる事ができる。
 
言葉の調子が一転し、優しげに語り掛けてくる。
高圧的な魔族としてではなく、餌をばら撒いて「拾え」と命じる調子でもなく、ただ、危険な安堵感をもたらす。
魔王「……我は、貴様を”救って”やりたいのだよ」
甘い。
人心を掻き乱す魔王の言葉が、ほのかに甘く、魅了の韻律を伴って吐かれる。
命じられればその身を差し出してしまいそうなほど、その言葉には魅力を感じた。
557:
魔王「知っているのだ。……我を倒して祖国へ戻れば、英雄として妃を娶る事になるのだろう?」
事実。
一度力を付けて故郷に戻った時、もてなされた酒宴ではそういう話を持ちかけられた。
魔王「…そして、”魔王を倒して終わり”の戦いではなく、絶え間なく続く人間の戦争へと身を投じる。
 ………おお、おお。何と哀れな事か!いたいけな子供の時分に勇者へと任じられたばかりに!」
大袈裟に、歌い上げるように言葉を続ける。
反論は無い。
――魔王の言葉は、間違えてはいないから。
――危険なほどに、道理に満ちていた。
魔王「貴様はもう――十分に、世界へ貢献した。人々を脅かす山賊を打ち倒し、海原の魔物を屠り、凶行に及ぶ騎士団を止めた。
 勇者よ……人間の王達は、お前に何をくれた?」
魔王「彼奴らは、貴様に『戦い』と『危険』を命じた。だが、我は貴様にそんな事はしない。
 …もう、十分に戦った。その褒美として、貴様にはこれくらいあって然るべきではないか?」
玉座から立ち上がり、一段、一段と壇を降りてくる。
魔王「……今一度、言おうではないか」
勇者の眼前、2mほどの距離で大仰に腕を開き、陶酔するかのように口を開いた。
魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」
558:
最初の言葉を、魔王は再び唱えた。
威圧するような口調ではない。
只管に優しく、聖人が手を差しのべるかのように、抗いがたい空気を纏って。
魔王「さぁ、勇者よ。貴様は、もう戦わなくていいのだ。……次代の勇者に望みを託し、淫魔達と永劫の快楽を愉しむが良いぞ」
微笑みすら浮かべ、握手を求めるように手を差し出す。
勇者は、何も言わない。
俯き、あるいは迷うように――頭を垂れる。
魔王「……嘘は吐かぬぞ。ヒトの愚かな王達とは違うのだからな。……貴様は、”救われる”べきなのだ」
更に、優しすぎて悪意すら感じる言葉が、降りかかる。
魔力を込めているのではないかとも疑えるほどに、魅惑的な言葉。
王達から労われた事は、ほぼ無い。
急き立てるように『魔王を倒せ』と命じるのみで、彼の心を慮る事は一度も無かった。
魔王「さぁ。……再び、あの堕ちた女神と、淫魔達と、出会おうではないか。貴様には、幸福を手にする権利と機会があるのだ」
『勇者』の心が折れかけていると信じて、言葉を紡ぐ。
勝利を確信した笑いが顔に浮かび、もはや隠すつもりはないようだ。
――――刹那、勇者の手が剣へかかる。
瞬きすら挟めぬほどのさで抜き放たれた白刃は、真っ直ぐに魔王の喉へと突きつけられた。
560:
微笑みを浮かべたまま、こちらを見据える勇者の顔を見つめた。
獲物へ狙いを定めた鷹のような。
旅の最中、理義の怒りに燃えて戦いを決意した時と、同じ目だ。
魔王「……捨てるのだな?」
声から、一種の神々しさが消え失せた。
それは、勇者も良く知り、世界中の人々が恐れてやまない『魔王』の声。
勇者「………会いたい」
魔王「ほう?」
勇者「出来る事なら、もう一度彼女らに会いたい。……抱き締めたい。感じたい。あの世界に骨を埋めたい」
魔王「ならば、何故だ?この切っ先の意味は?」
勇者「……お前は、俺を”救って”くれると言ったな」
ぴったりと空中に固定されたかのように、剣先はぶれない。
ただ、正確に魔王の喉を捉え続ける。
勇者「俺も救いたいんだ、世界を。……例え、俺が救われる結末を迎えずともだ」
魔王「理解に苦しむな」
勇者「……さて、始めようか。『勇者』と『魔王』の、最後の戦いを」
561:
弾かれたように両者が距離を取る。
魔王は壇上へ飛び、右手指先に五つの火炎球を形成して勇者へ放つ。
火炎球が四つ、勇者の前後左右へ着弾して退路を断ち。
残りの一つが、そのまま勇者へと向かった。
勇者「………っ!」
剣を左腰から後方へ引き、斬り上げる構えを取り、その瞬間を待つ。
チャンスは、一度のみ。
着弾。
勇者の姿が火炎に包まれ、魔王の視界から消える。
先に放たれた四つの爆炎と重なって、勇者は炎の中へ消える。
燃え盛る魔力の炎は陽炎を発し、玉座の先、大扉を歪ませる。
その熱波は、岩石をも溶かしてしまいそうだ。
しかし魔王は、油断の色を浮かべない。
これが小手調べであり、到底、勇者を倒し得ない事も分かっているから。
業火の中から、魔王が放ったのと同じ威力の火球が返ってくる。
真っ直ぐに、魔王のいる壇上へ。
炸裂音が石造りの広間へ響き渡る。
それは、命中して爆ぜた音ではない。
魔王は、片手でそのカウンターの火球を受け止めていた。
着弾の瞬間に何かが輝き、火炎を吸収したようにも見える。
魔力の壁を自身にまとっている。
高位の魔族は押し並べてそうであり、その長たる魔王が、魔力の攻撃を素通りさせて受ける筈が無いのだ。
魔王「受け流す、とはな。それも正確に、我へと向けて」
562:
勇者「さて。――次は、こちらの番だ!」
勇者を取り巻いていた火炎が、一瞬で消える。
強風に煽られたように、刺すほど冷たい空気が勇者を中心に広がり、魔力の炎を打ち消した。
波動は魔王へも届き、その冷たさに身じろぎを示す。
魔王「これは……」
感じたのは、自らを守る防御壁が凍らされ、砕かれた魔力の揺れ。
生み出された波動は炎を打ち消し、魔王を守る魔力の障壁すらも打ち消してしまった。
勇者「………喰らえ」
開いた左手を突き出し、魔力を集中させる。
荒々しく高まった魔力が魔王の周囲へ集まり、パリパリと音を立て、火花が散る。
広間を支配した低温の波動によって乾燥した空気が擦れ合い、更に雷の種を増幅させる。
―――轟音。
広間が……否、魔王の城全体をも揺るがすほどの魔力の炸裂。
幾つも束なった雷が、魔王の肉体を重ね塗った。
半球状に魔王を包んだ帯電した空気が、内部の魔王へと強烈な雷撃を放ち、その威力は見た目通りだ。
雷撃の振動が高らかに響き、勇者の耳をすら一瞬痺れさせる。
勇者にのみ扱える雷光の呪文の中で、最も……”初等”の呪文。
彼が、最初期に覚えた呪文の一つだ。
それでも、この威力。
練磨を重ねるうちに、一条だけであった雷の本数は増え、今では――30の雷撃を同時に浴びせる事すら可能となった。
563:
炸裂した地点及び、そこと勇者の左手の間に、帯電した空気が充満する。
落雷で砕けた石畳と玉座が、砂埃を上げて視界を塞ぐ。
魔王の肉体が焦げた匂いは漂わない。
炸裂前に何らかの防御術を発動させていたとしても、魔力の残響を感じない。
―――直撃の筈。
命中の手応えはあるが、倒せた気は全くしない。
何故なら、広間を埋め尽くす魔王の殺気が、微塵も弱まっていないから。
逆に、強まっているとも感じる。
埃が晴れ、視界がクリアになる。
そこには――魔王が、いなかった。
真後ろに、薙ぎ払われるような殺気が迫る。
本能に従って身を沈めれば、直前まで首があった場所を氷の刃が通り過ぎる。
隠すことも無い、濃い気配が背後へ移動していた。
氷の刃が空間を進み、玉座にぶつかって砕け散るのを確認して、すぐに後ろへ向き直り、剣を構えた。
魔王「やってくれるな、勇者よ」
肉体に、目立つ傷は負っていない。
体を包む暗黒のローブはところどころが炭化してぼろぼろと崩れ落ちる様相だが、魔王は未だ健在だった。
勇者「無傷か。………いやになるな、全く」
ふぅ、と溜め息をついた直後。
魔王の背後、大扉が開き―――闖入してくる者達がいた。
564:
旅の最中で出会った、三人の仲間。
戦士は鎧に無数の傷を負い、僧侶も、魔法使いも、同様に消耗しているようだ。
回復の魔法は使ったようだが、それでも万全ではない。
勇者「……挟み撃ちだな、魔王」
魔王「惰弱。……せめて仲間が貴様の枷にならぬよう祈るのだな」
魔王の肩越しに、戦士とアイコンタクトを取る。
”同時に仕掛けるぞ”と。
全く同時に、勇者と戦士が動く。
勇者は上段、魔王の首を狙って。
戦士は下段、姿勢を低め、足を狙って横薙ぎに。
互いの太刀筋が避けあうように、魔王の体を裂く――筈だった。
しかし、二つの刃は虚しく空を斬る。
勇者「何……?」
戦士「逃がしたっ……」
二人が空中で交錯した、その瞬間。
魔王は、再び玉座の前に立っていた。
着地し、体勢を直したと同時に、尋常ではない魔力が魔王へと集まる。
特に口元へ集中し、唱えられた魔術の言葉が、力を高まらせていく。
565:
魔法攻撃で詠唱を遅らせようにも、もう遅い。
物理攻撃でかかろうにも、距離が離れすぎだ。
万事休す。
そう思った、次の瞬間。
魔王を中心に、空気が揺れた。
爆発が巻き起こり、吹き飛んだ床の欠片が、容赦なく襲ってくる。
攻撃が発動した?
――否。それなら、今頃自分たちは消し飛んでいた。
ならば、と思い、飛礫から身を守りながら、勇者は魔法使いを見る。
彼女は、魔力の盾で身を守りながら得意げに微笑んでいた。
勇者「……助かったよ」
魔法使い「魔王はきっと、あそこに転移すると思ったからね。いい読みだったでしょ?」
勇者「流石」
短く言葉を交わし、それでも緊張を保ったままで、魔王の動向を窺う。
もうもうと立ち上る煙の中に、シルエットを見つけた。
逃げてはいない。
先ほど勇者の放った波動で、魔力の障壁は未だ消えたままの筈。
――即ち、これも直撃の筈。
――だが、もしもこれでも無傷、だったら?
567:
しかし、その懸念は杞憂に終わった。
煙が晴れた時、魔王は全身いたる所に火傷を負い、膝をついていた。
ローブは襤褸切れのように無残に焦がされ、痛々しく残るだけ。
勇者「……どういう事だ」
僧侶「…恐らく、発動直前に魔法を受けた事で、魔力が暴発した……のでしょう」
勇者「狙ったか?」
魔法使い「…と、当然よ」
戦士「いい加減にしろ。……奴は、『魔王』なんだぞ。集中しないか」
勇者と戦士が前衛に進み出て、後列に僧侶と魔法使い。
年季の入った、戦闘の陣形。
そのまま、武器を構え、魔王と対峙する。
魔王「……予想外だな。まさか、自らの魔力を浴びる羽目になるとは。……やるな、ヒトの魔術師よ」
膝をついたまま、荘厳に呟く。
魔王「…芸が無いが、……ヒトの似姿では貴様ら四人を相手取るには役者不足か」
魔法使い「『変身』でもするってワケ?安直よね」
魔王「いや。……『変身を解く』のだよ」
572:
白煙を立たせたまま、その場で魔王が姿を変える。
骨格が変形していく、不快な音が連続する。
肉が裂け破れ、ぐちゃぐちゃと音を立てて、変形した骨格を軸に新たな肉体を形成する。
漏れ出た体液が床へ落ち、黒い煙へと変じ、瘴気を撒き散らす。
僧侶「…うっ……!」
その香りを嗅いだ僧侶は、思わず口に手を当てていた。
魔王が変形していくその姿より、その瘴気が、彼女には厳しいようだ。
悪臭と、凝縮された邪なる魔力の塊。
神職にある彼女にも、考えられない程に禍々しい。
爬虫類のような下半身に、丸太のように太く長い、無数の棘を生やした尾。
四本の鋭い爪を持つ、三対のひょろりと細く伸びた腕。
不揃いな、骨の欠片のような牙を無数に生やした、竜のような、二つの鋭く凶悪に捩れた角を持つ頭。
五つの、完全に血の色に塗られた眼球。
その体長は、少なく見ても、7mはある。
それは……あまりに、絶望的な光景だった。
見た目の暴威に加えて、『魔王』の意思が完全に残り、魔力を行使する事すら可能。
久しく忘れていた、絶望が。
姿を現した。
573:
まず、最初に――『魔法使い』が脱落した。
開幕直後、魔王が閃光の魔法を発し、陣形を薙ぎ払ったのだ。
口内から放たれた高熱の魔力が床を薙ぎ、容易く溶かしてしまった。
各々が飛ぶように回避すると、三手に分断された。
戦士。魔法使い。そして、僧侶と勇者に。
正面に位置した勇者が剣を構えなおし、僧侶は、その間に詠唱を始める。
彼女が使える数少ない攻撃の魔法、その中でも最も威力の高いものを選んで。
魔王の左手側の戦士が、盾で身を防ぎながらゆっくりと距離を取る。
右手側には、孤立してしまった魔法使い。
勇者は、彼女を助けに行こうとする。
だが、間に合わなかった。
振り回された腕が、彼女を捉えた。
その異様な細さに似合わない腕力で、彼女の体を無造作に掴み――まるで、人形のように広間の柱へ向けて投げ飛ばした。
大理石の柱に強かに身を打ちつけられ、柱が部分的に抉れるほどの衝撃が彼女を襲う。
勇者は、見た。
見ている事しか、できなかった。
ぐるりと白目を剥き、血の泡を噴きながら、力無くその場へ崩れる彼女の姿を。
619:
必死で前に出ようとする体を、引き留める。
魔法使いは、恐らく致命傷。現状の戦線復帰は不可能。
だがこちらには、僧侶がいる。
即死で無い限りは、彼女が治せる。
それでも、冷静さを取り戻すのは至難。
勇者「……戦士!」
戦士「分かっている!」
勇者が号令を飛ばすより早く、地を蹴って戦士が走る。
兜のフェイスガードを下ろし、盾を前面に構え、大きく引いた剣を横薙ぎにする姿勢に。
五つの眼球が、ぎょろりとこちらを向く。
射竦めるような『魔王』の邪眼を向けられ、恐れを知らぬ『戦士』でさえ、悪寒に襲われた。
―――殺される。
その一念が、戦士の心を支配した。
方向転換を許さない勢いで駆け出してしまった今、迎撃を避ける事は不可能。
だからこそ、今更……逃げる手立ては無い。
恐怖を覚悟で塗り潰し、その瞬間を待つ。
―――戦士は、仲間の為に死ぬのが役目だ。
酒場で仲間に聞いた言葉を木霊させながら、更に深く、加していく。
620:
無拍子で生成され、放たれた氷塊が連続で飛来する。
盾で頭と胴を守りながら、兜の装飾を毟り取られながら、脚甲を変形させながら。
業物の盾でさえ、魔王の呪文の前では紙のようだ。
左手に衝撃を感じ、その度に、骨が軋むのを感じた。
盾を下げてしまった拍子に、左側頭を拳大の氷塊が直撃する。
角飾りがへし折れ、視界が一瞬暗転し、足元がぐら付いた。
まだ、倒れる訳にいかない。
視界が、再び鮮明さを取り戻す。
くずおれようとした脚に再び力を注ぎ、踏み出す。
左腕に、もはや感覚は無い。
盾は変形し、外縁部は欠け、もはや防御力は期待できそうになかった。
だが、それは歩みを止める理由にならない。
未だ、自分は剣を握っているからだ。
勇者が声を張り上げているのが聞こえた。
あの男の事だ。きっと、『無茶をするな』だとか『一度退け』だのと言っているのだろう。
それでも、前を見据え、魔王の眼を睨み返す。
変形したフェイスガードの隙間から、魔王が二本の左手を振りかぶるのが見えた。
避けられない。
握りつぶされるのか、それとも吹き飛ばされるのか。あるいは、甲冑ごと引きちぎられるのか。
未来は、そんなところだろう。
瞬間、一陣の風が吹く。
621:
僧侶の詠唱が終わり、魔力が解き放たれた。
真空の刃を無数に生み出す呪文。
彼女が唱えられる中で、最も高威力なものだ。
見えない刃が魔王の体躯を撫で、いくつもの切創を生み出す。
多くが漆黒の体液が僅かに滲む程度で、ぱっくりと開く傷が二つか三つ。
ダメージは、与えられている。
だが、それ以上に魔王の生命力が、高すぎるのだ。
真空の刃に付随した強風が、ほんの一瞬のみ、魔王の体を押しとどめて動きを止めた。
その一瞬は、『戦士』にとっては『永遠』と同義だった。
本来なら、疾風の如き剣技で気を引き、勇者に魔法使いを救出させる時間を稼ぐはずだった。
ダメージを期待してではなく、単なる繋ぎとして。
だが今なら、当てられる。
魔神の如き威力を生み出す、渾身の斬撃。
避けられれば死ぬしかない、命ごと浴びせる文字通り”必殺”の技を。
裂帛の気迫が、戦士を覆う。。
剣が重くなり、同時に体が軽く感じる。
超圧縮された闘気が全身へ漲り、全身の血液が沸騰しそうなほどに熱く滾る。
全身に鈍色に輝く地獄の鎧を纏い、手にした剣が重力の塊へ化けたように思えた。
剣先が届く寸前、魔王の胸中にある言葉が去来した。
―――『魔神』と。
622:
会心の斬撃が、魔王の左腕に食い込む。
二本の左腕が、まるで呆気なく根元から両断され、宙を舞った。
主を失った腕は空中で黒煙と化して蒸発する。
戦士はその勢いのまま、僧侶の眼前に滑り込む。
満身創痍の有様で、盾も兜も、使い物にはならない。
僧侶はすぐに、回復の呪文を唱える。
勇者は、間隙を逃がさず倒れた魔法使いの下へ駆ける。
さしもの魔王も腕を失えば、その痛みは抑えられないようだ。
絶叫が広間に響き渡る、その間に――無茶苦茶に振り回される右腕の間を縫い、辿り着いた。
勇者「おい、魔法使い!…しっかりしろ!」
反応は、返ってこない。
死んではいないが、すぐには意識は戻りそうに無い。
勇者「……くそっ!」
意を決し、左肩に彼女を担いで、僧侶のもとへ走る。
動かしてよい状態かは分からないが、治せるのは僧侶だけだ。
勇者の肉体には、彼女の体は軽く感じる。
こんなにも細くか弱い体に、魔王の豪腕が襲い掛かったのだ。
死んでいないのが奇跡としか思えなかった。
623:
回復を受けている戦士の傍らに彼女を寝かせ、魔王へと視線を向けた。
左腕をまとめて失った痛みは、未だ響いているようだ。
戦士が命を賭して稼いでくれた時間を、無駄にはできない。
勇者「頼んだぞ、僧侶。…今度は、俺が時間を稼ぐ」
僧侶「そんな!無茶です!あの魔王を相手に、お一人でなんて!」
勇者「魔王が回復を待ってくれる訳が無い。……危険だというなら、急いでくれ。いつまでもつか分からん」
僧侶「……はい、どうか……死なないでください」
背に僧侶の懇願を浴びながら、剣を抜いて魔王へ向かう。
ゆっくりと歩み寄る足取りは徐々に加していき、攻撃が手薄になると思われる左手側から斬りつける。
狙いは、脇腹。
魔力で強化された刀身が、紫色の体表へ吸い込まれていく。
勇者「っうあぁぁ!」
硬い。
勇者の剣に、強化呪文を乗せても、なお魔王の身体は硬い。
今身を持って知っただけに、先ほどの戦士の攻撃が、いかに強力だったかを思い知る。
勇者は皮膚を浅く薙いだだけ。
それなのに、戦士は――こんな魔王の腕を、二本もまとめて切り落としたのだ。
勇者「……クソっ……それなら!!」
柄をぎゅっと握り直し、呼吸を整える。
途中に襲ってきた魔王の右腕の一つを掻い潜り、再び距離を取る。
624:
旅の途中、鋼鉄のような皮膚を持つ魔物に出会った。
その硬さは、今目の前の魔王と同じ、いやそれ以上。
戦士と勇者は、それを倒す為にある技を思いついた。
呼吸を整え、一撃に全てを込め、鋼鉄をも切り裂く剣技。
幾度も失敗し、幾度も逃げられ、ようやく身につける事ができた秘剣。
それならば、魔王の皮膚すらも切り裂けるかも知れない。
試す価値は、十分にある。
呼吸を深く、長く取る。
極限まで集中しなければ、鋼鉄の魔物を斬る事はできないからだ。
静寂が心を満たす。
魔王の殺気の流れが、手に取るように分かった。
今しがた味わった皮膚の感覚が手に残り、切り裂く様子を克明に思い描く。
僧侶は今、戦士の治療を終え、魔法使いに回復を施している。
今少し稼げば、体勢は整えられる。
勇者「………!」
正眼に構え、こちらに視線を向けた魔王を正面に捉える。
痛みから回復した魔王は、口元に魔力を溜めていた。
勇者は、一気に距離を詰める。
まるで地が歪み、縮まったかのように瞬時に懐へ潜り込む。
この歩法もまた、鋼鉄の魔物を、離脱されるより素早く斬るための鍛錬の賜物だ。
――再び斬り上げられた剣は、更に深く、初撃で刻んだ傷をなぞり、血飛沫を上げた。
625:
魔王の嘶きが聞こえた。
左腕に加え、脇腹の深手。
いける。
心の中でそう呟き、左手側に離脱して、反転して身を縮める。
今なら、更にもう一太刀加えられる。
小人めいた計算の下、勇者はその場から真上に飛ぶ。
自由落下の勢いのまま、直上から兜割りに斬りつける算段。
狙いは、頭。
その時、痛みに狂乱していたはずの魔王が、突如真上の、勇者を見た。
勇者「なっ……!?」
魔王「……『魔王』ヲ侮ルナ」
がちゃがちゃと牙を打ち鳴らしながら、魔王はぐるりと半回転する。
空中で無防備となった勇者の左側から、巨木のような尻尾が襲って来た。
僧侶は戦士の回復を終えて、魔法使いへと回復呪文を唱えていた。
―――酷い。
肋骨が四本。内臓をひどく傷めて、脊椎にもダメージがある。
頭を含めた全身を強く打っているため、戦闘中に意識が戻るかどうかも怪しい。
最上級の回復呪文を唱えて、細胞を活性化させて傷を塞ぐ。
僧侶の魔力が彼女の細胞へ溶け込み、エネルギーと化して超高で新陳代謝を促進していく。
代償として、僧侶は魔力ががくんと削られていく、激しい疲労感と倦怠感を覚える。
使いつけない攻撃呪文に加え、回復呪文の連唱。
魔力が、底をついてしまいそうだ。
626:
集中していた僧侶の耳に、不吉な音が飛び込んできた。
何かがひしゃげ、直後、壁に激突する大音響。
ぞくり、と死神の鎌で背を撫でられるような悪寒。
発作的に顔を上げる。
勇者が、いなかった。
魔王がこちらを向いて、歯を剥いていた。
―――勇者は、空中でまともに尾の一撃を受けた。
寸前で防御はしたが、大質量に遠心力の加護を受けた一撃は重すぎる。
どこかの骨がみしみしと軋み、加重に耐え切れず、ゴキっ、とへし折れる音を勇者は聴いた。
その勢いのまま飛ばされ、玉座側の壁へと吹き飛ばされ、叩き付けられた。
最悪な事に、現状を整理すると……僧侶が、二人へ回復を施し、魔力が尽きかけている。
魔王はそちらへ意識を向けている。
勇者は直撃を受けて吹っ飛び、僧侶と魔王を挟んで遥か向こう側に。
地響きとともに、魔王が近寄ってくる。
消耗した体で、何とか立ち上がり、杖を構え、横たわる二人の前に、庇うように立ち塞がる。
魔力の消耗で弱った体。
加え、目の前には人界最凶の存在が、絶望的な威容を以て迫っている。
脚が、止め処なく震える。
根源的、そして不可避の恐怖がすぐ身近に迫り、涙が滲む。
怖い。
死にたくない。
――でも、ここを……どくわけには、いかない。
627:
勇者は、魔王の向こう側の壁に叩き付けられた。
戦闘能力のある二人は、戦士はともかく魔法使いは未だ昏倒している。
――逃げる?
いや、ダメだ。
皆を見捨て、逃げる訳にはいかない。
仲間達を置いて、一人だけ逃げるなど論外だ。
十分に、それは理解している。
なのに、何故か……頭から、食いついたようにその言葉は離れてくれない。
魔王「……ソレモイイ。ダガ、知ッテイルノダロウ。……『魔王カラハ、逃ゲラレナイ』」
逃げようと背を向ければ、その瞬間、背から引き裂かれる。
炎の呪文で、骨まで灰にされる。恐ろしい歯で、生きながらに食い殺される。
それとも――魔物の群れに放り込まれ、神職として最も恥ずべき、恐ろしい結末を迎えるのか。
魔王「…シカシ。我ノ恐ロシサヲ知ラシメル、証人ガ必要ダ」
僧侶「え……?」
魔王「逃ゲルガイイ。見逃シテヤロウトイウノダ。……アワレナ仲間達ハ、置イテ行ッテモラウガナ」
630:
逃がして、くれると。
魔王は、そう言っている。
僧侶「…………」
―――神よ、お許しください。
胸中にその言葉を唱えながら、後ずさる。
その所作に、魔王は……顔を歪め、嗤った。
しかし、嗤い顔が続いたのは、ほんの一瞬。
風が吹きぬけ、体表に傷とも呼べぬ傷が刻まれた。
浅く、皮を切り裂くだけのひ弱な呪文で。
―――神よ、お許しください。
―――私は、迷ってしまいました。
それが、密かな懺悔の続き。
僧侶「……魔王…から、は…逃……げ…ない」
今の呪文で、魔力は全て使い果たした。
これで、本当に”空”だ。
魔王「…勇者トイイ、貴様ラハ……救イガタイ。セメテ、終ワラセテヤル」
魔力が揺れ、魔王の喉の奥へと集まっていく。
逃げる事は、もう敵わない。
632:
一体どうなるんだ…?ゴクリ
633:
勝手に足が動き、進み出た。
大砲の筒先のように感じる、魔王の眼前に。
せめてもの気休めに、戦士と魔法使いを庇うかのように手を広げ、盾となろうとして。
僧侶「ごめんなさい。……私達、世界を……救えませんでした」
涙が頬を伝う。
今わの際、彼女の心へ降って沸いたのは、謝罪の念。
あんなに、旅をしたのに。
魔王の城まで、勇者とともにやってきたのに。
魔王を、倒せなかった。
倒せずに、ここで死んでしまう。
思い出されたのは、神父の微笑み。
教会にやってくる子供達の、魔王への恐怖からの不安に駆られ、それでも笑おうとしていた痛々しい姿。
あの子達を救い、未来への道を開いてあげたかったのに。
全てが、無駄だったのだろうか。
そして――暗黒の炎が、吐息と化して放たれる。
黒炎が視界を埋め尽くす中、僧侶は、黙って目を閉じ、運命を受け入れた。
634:
―――おかしい。
―――いつまで経っても、身を焼かれない。
眼を、ゆっくりと開ける。
赤く輝く魔力の殻が、放たれた吐息を散らしていた。
ちりちりと僅かな熱は感じるものの、殺傷性はほぼ完璧に殻に奪われていた。
僧侶「これ、は……?」
魔法使い「…ゲフッ……あんた、ね……怪我人、働かすんじゃ……ないわよ」
彼女は、いつの間にか立ち上がっていた。
前かがみの姿勢で脇腹を押さえながらという有様ではあるが、彼女は、回復していた。
口元から血を垂らしながら防御結界を維持する彼女は、怨めしげに僧侶を睨みつける。
戦士「…しかし、マズい。……俺も、立つのがやっとだ」
次いで、戦士もよろよろと立ち上がる。
壊れた盾は捨て、視界を塞ぐだけの兜も脱ぎ捨てる。
顔を横断する刀傷が特徴的な、精悍な顔が現れる。
言葉とは裏腹に……彼は、悲観的な表情をしてはいなかった。
魔王「……小癪ナ」
黒炎の吐息を吐き終え、魔王が更に近寄る。
魔力の殻は、物理攻撃に弱い。
あの豪腕で殴りつけられれば、たちまち崩れてしまう。
635:
魔王の姿が、強烈な閃光に打たれて浮かび上がった。
ほぼ同時に、聞き覚えのある轟音が響き渡る。
耳をつんざき、腹まで痺れさせるような、強烈な衝撃波。
更に、閃光と轟音は続き、魔力の殻の向こうで、何度も魔王が身をよじる。
肉の焼ける匂いが漂い、それは――魔王の体を、雷撃が灼いている証。
魔法使い「まさか………」
僧侶「……雷撃の、最強呪文です。本来、集団に向けて放つものを……魔王に集中させているようです」
戦士「生きて、やがるのか」
その間にも、絶え間なく雷撃が魔王の体を打つ。
一発ごとに魔王が悶え、唾液を散らしながら絶叫する。
数にして凡そ20の、極大の雷撃が収まったとき、魔王は全身に焼け焦げを作り、
煙を上げ、残った腕で体を支えている有様だった。
魔王「キサマ……!!」
勇者「寂しいだろ。……俺を無視するなよ、『魔王』」
幾らか頼りない足取りで、『勇者』が魔王の後ろから近づいていく。
左腕はあらぬ方向にねじれ、ぶらぶらと力なく垂れ下がっていた。
頭からは夥しい血が流れ、左目はずっと瞑られたまま。
歩き方から見て、恐らく足の骨も折れたか、ヒビが入っているはずだ。
肺をやられたか、咳き込む拍子に、血反吐が出る。
勇者「……もう、限界だ。『お前を倒す程度』の力しか、残ってない」
636:
魔王「ヤッテミルガイイ!」
吼えて、魔王は身を翻し、勇者へと駆けていく。
巨体に見合わぬ俊敏さで、踏み出すたびに床を砕き、大きすぎる足跡を残した。
先の雷撃で吹き飛んだ魔力の障壁を再構成し、全身を覆いながら。
この巨体、度で突進を受ければ、今の勇者は間違いなく即死。
だが、勇者はその場から微動だにしない。
剣を頭上に大きく振り上げ、身をかがめて力を溜める。
刀身の光が、増幅していく。
強く輝いていく光は、脈打つように”大きく”刀身を覆っていく。
錯覚ではない。
実際に光が刀身を覆って、直視できぬほど眩しい、光の刃を構成していく。
光の粒が集まり、刀身と、勇者の周りで踊る。
蛍が舞うが如く集まり、徐々に刃を膨れ上がらせ、最終的に……勇者の身の丈を越す、光の剣となった。
勇者「――――っ!!」
雄々しく叫び、飛び上がり、頭上から光の剣を、魔王へと振り下ろす。
叫ばれたのは、この『剣技』の名前。
勇者にだけ扱える、雷光の剣技。
最高の剣技、そして最高の勇気を持つ者のみが扱えると伝えられる、伝説の剣。
―――そして決戦の場は、眩い光に包まれた。
640:
光が止み、三人が視界を取り戻した時。
眼に飛び込んできたのは、予想通りの、そして、精神を昂揚させる光景。
彼らが、世界中の人々が、夢見てやまなかった事。
過酷な旅を続けてきた、最大の理由。
気付けば、眼から涙が溢れていた。
潤んだ瞳が、揺らしながらその光景を映し続ける。
魔王の巨躯は、袈裟懸けに真っ二つにされ、暗黒の体液をだくだくと流していた。
勇者はその屍の上に、堂々と立っていた。
―――『勇者』が、『魔王』を倒したのだ。
神話のような光景が、目の前に広がっている。
誰もが子供の頃に聞いた、勇者のおとぎ話が目の前にあった。
誰もが子供の頃に憧れた、勇者の輝かしい勝利が目の前にあった。
そして、あれは……おとぎ話などでは、なかったのだ。
―――三人の仲間達は勇者へと駆け寄っていく。
勝者を、称えるために。
641:
戦士が勇者の体を支え、前から抱きとめる。
だらりと弛緩した体が、重く圧し掛かった。
あまりに酷い怪我だが、驚くべき事に意識がある。
すぐに彼を魔王の屍から下ろし、僧侶が進み出た。
勇者「……あんまり、見えないんだ。……やった、のか?」
戦士「ああ。……倒したぞ!『魔王』を倒した!」
勇者「…そっか。………良かった」
僧侶「…待っててください。今、回復しますから」
勇者「いや、それはいい。……それより……」
魔法使い「…何よ?」
―――ぐらり。
地面が揺れ、足元を危うくさせた。
魔法使いは揺れた拍子に尻餅をつき、悪態を吐く。
勇者「……やっぱりな。……『魔王城』は、『魔王』の魔力でもってたわけか」
戦士「早く出るぞ。…これ以上、留まる意味は無い」
642:
城全体が細かく揺れ始め、天井から土埃と小石が降ってくる。
立つことも徐々に難しくなり、四人はバランスを取りながら、その場に固まる。
何故か――勇者が、ビクとも動かないのだ。
魔法使い「ちょっと!出るわよ!魔王倒したのに生き埋めなんて、冗談じゃないわよ!!」
僧侶「早くしないと、通路も塞がれてしまいます!」
勇者「……それなんだが。……クソ、言いにくいな」
戦士「何だ?さっきから、お前は何を言いたいんだ?」
逃げようとしない勇者に苛立ちを募らせ、戦士が問い詰める。
魔王城が崩壊し始めたという事は、間違いなく魔王を倒したという事なのに。
勇者「……お前達だけで、逃げろ。…俺には、構うな」
僧侶「なっ……」
魔法使い「ちょ、何言ってんの!?ふざけるんじゃないわよ、こんな時に!」
戦士「そうだ!さっさと……」
仲間達が、口々に彼を攻め立てる。
対し、彼は一言だけ言葉を発した。
揺れは、一旦収まっていた。
それだけに、はっきりと聞き取れた。
勇者「……『めいれいさせろ』」
719:
冷たく放たれる、『勇者』の号令。
身についた習慣が、脳に一時の冷静をもたらす。
戦士「…何故だ!何故、そんな事を言う!?」
勇者「分かってくれ。お願いだ、俺を置いてみんなは故郷へ帰るんだ」
僧侶「嫌。絶対に嫌です!!」
勇者「……そんな声出るんだな、僧侶」
魔法使い「説明しなさい!……あんたを残して行くなんてイヤよ!」
勇者「…ごめんな」
口々に、勇者の真意を問い、そして連れ出そうと言葉を連ねる。
戦士の激しい詰問にも。
僧侶の涙ながらの拒否にも。
魔法使いの口から出た、普段の苛烈さとは見合わない本音にも。
勇者は、寂しく笑いかけるだけ。
体を支えてくれていた戦士を軽く押しのけ、その場に危うげなバランスで立ち尽くす。
再び、魔王城が大きく揺れる。
大地震の前兆のように、何度も揺れと静止を繰り返す。
いずれ、城を崩壊させる大きな揺れが襲って来る。
こんな所で、押し問答をしている訳にはいかないのに。
720:
勇者「……『魔王』はもういない」
魔法使い「そうよ、あんたが倒したんじゃない!だから、早く……」
勇者「…じゃあ、もう。『勇者』もいらないだろ?」
―――軽快な音が響く。
魔法使いの右手が、勇者の左頬を打った。
感情に任せて妙な打ち方をしたためか、手首を左手で抑えながら彼女は勇者を睨みつける。
魔法使い「痛っ……。あんた……冗談でも、言っていい事とそうじゃない事が…あるでしょ」
勇者「……怪我人ひっぱたくなんて、最後までお前らしいな」
魔法使い「『最後』なんて言うなっ!!」
悲鳴に似た叫びが、揺れの収まった広間に響き渡る。
声帯が裂けそうなほどの、悲痛すぎる声。
感情を隠さない彼女にしても、これほどまで取り乱すのを勇者は見た事が無かった。
しん、と静まり返った空気の中。
数拍遅れて、嗚咽が聞こえてきた。
魔法使い「…ねぇ……お願い、だから……一緒に……逃げようよぉ…」
勇者「………それだけは、ダメなんだ」
涙を見せた彼女にも、勇者は譲らない。
意固地になっているという訳でもなく、ただ、淡々と……何かを受け入れているかのように。
722:
勇者「……『勇者』は、『魔王』がいないと存在できないんだ」
ぽつりぽつりと、語り始める。
仲間達は、それに聞き入る。
勇者「女神から貰った『勇者』の力は、『魔王』を倒すためのものだ。……俺は、それを戦争に使いたくない」
戦士「……だったら…どこかで余生を過ごそう。平穏に、残りの人生を送ろう」
勇者「それも、いいな。……でも、無理だ。無理なんだと分かったよ」
僧侶「どうして、ですか」
勇者「俺は、この世界に名と顔が売れすぎてしまった。今どき、『勇者』の風体を知らないほうがおかしいぐらいだ」
戦士「…………」
勇者「どこかで晴耕雨読の暮らしをしていても、いつか探し当てられる。目覚めれば、軍隊に囲まれている」
魔法使い「…なんで……何で、そうなるのよぉ……」
勇者「………俺は、この…救った世界の人々に、剣を向けたくない。『勇者』が最後に倒したのは、『魔王』であって欲しいんだ。
 みんなとの、『世界を救うため』の旅を、嘘にしてしまいたくない」
僧侶「酷いですよ。……貴方は……酷い人です」
魔法使いに続き、僧侶も肩が震え始める。
梃子でも動きそうにない勇者の姿に、あまりの決意の固さを感じてしまって。
それは――『勇者とはこの場で別れ』という意味にしか感じられなくて。
723:
勇者「俺も……帰りたいよ。故郷の父さんと母さんに会いたい。妹の成長も見届けたい。
 でもさ。……そうすると、もう逃れられない。再開された隣国との戦争に、参じなければならないんだ」
たとえ王都に近寄らなくとも、故郷に帰ってしまえば噂が立つ。
そして、その噂を聞きつけ……後は、お決まりだ。
帰る事は、許されない。
帰ったら、不可避の戦争が待っている。
戦士「戦争が再開されるなんて限らないだろう!!……何故、そこまで悲観する!」
勇者「隣国を訪れた時、俺と僧侶は『あっちの国』の人間というだけで蔑まれた。……『勇者』がだぞ?
 魔王が現れても小競り合いは起こしていたし、既に情報戦も展開されてる」
戦士「クッ……あいつら……!」
勇者「…頼むから。もう、行ってくれ。……『僧侶』は人を癒し、正しい道へ導く役目がある。
 『戦士』、は仲間を守り、正しき事のために剣を振るう事ができる」
ゆっくり、勇者が後ろへ下がる。
繰り返された揺れが段々大きくなり、その間隔も狭まってきた。
―――そろそろ、本命が来る。
勇者「……なぁ、『魔法使い』。お前の呪文は、人々をまだ救える。弱い人達を、守ってやってくれ」
魔法使い「わかった……わかったから……お願い……」
勇者「………俺は、一緒に行けない。『勇者』の役目は、これで終わりなんだ。……みんな」
言葉を続ける前に、人間大の瓦礫が勇者と仲間達の間へ、幕を下ろすように降り注ぐ。
勇者「『いのちをだいじに』」
最後の、『作戦』が聞こえた。
724:
戦士「………行こう」
屈強な戦士が、必要以上に険しい表情で二人を促す。
まるで、何かを必死で押さえ込もうとしているように険しい。
僧侶は涙ながらに、戦士に促される通りに動く。
魔法使いは最後まで渋っていたが、戦士の表情を見て、素直に従った。
―――離れたくないのは、自分だけなのではないと気付いたから。
三人は、瓦礫の向こうにいるであろう勇者に、背を向けた。
背を向け、足を動かす。
それだけの事が、戦いよりも厳しく、辛い。
戦士の顔は、いつにもまして強面に、硬く保たれている。
戦友を置いて逃げ出す、その情けなさに耐え難いから。
勇者のあそこまでの決意を、揺るがす事は出来ないと痛感したから。
『世界を救った男』に、人殺しなどさせたくないから。
その為には、置いて行く事しか許されないと気付いてしまった。
涙腺を鍛える事などできないから、険しく塗り潰す事でしか、その哀しみには耐えられない。
本格的に揺れ始めた魔王の城。
三人の旅の仲間達は――歪みかけた大扉を開き、決戦の間から出た。
振り返らずに、勇者の、最後の言葉を果たすために
725:
程なく、降り注ぐ瓦礫で魔王の間は埋まっていった。
砕けた左腕にもはや痛覚は感じない。
息を深く吸うと、折れた肋骨の先端が肺を引っかき、痛みとともに吐血を催す。
左目は、開くことすらできない。
残された右の目も、上手く焦点を結んでくれない。
仲間が出て行った事を悟った勇者は、その場に片膝をついた。
右手に握っていた剣は、半ばから折れてしまっている。
最後の役目を果たした剣からは段々と輝きが失せていき、
戦場のどこにでも転がる、『折れた剣』へと変わってしまった。
勇者「………これで、いいんだ」
折れた剣を鞘に戻し、一人ごちる。
言葉にしてしまわないと、最後の最後で生への欲求がもたげてしまう。
認めたくはない。
だが、隠せない。
―――死にたく、ない。
―――あんまりだ。
―――俺は世界を救ったのに、世界は俺を救ってくれないのか?
―――こんなバカな話を、世界は受け入れるのか。
声無き慟哭が、崩壊していく魔王城に響き渡った。
仲間がいなくなった孤独な戦場跡で、勇者は『人間』としての、当たり前の感情を取り戻した。
醜く、弱く、打算さえ備えていた、『人間』の心が露わになる。
彼は、ようやく。
『勇者』と言う名の呪いから、解放されたのだ。
726:
絶望が、心を侵蝕する。
死にたくない。
出来る事ならば、今すぐにでもここから出て行きたい。
何をしてでも生き延びて、人並みかそれ以上の幸せを掴みたい。
だが、殺したくない。
救われた後でも結局救えない、戦火を再び灯らせる世界の中、無力感を噛み締めたくない。
命と引き換えの覚悟で救った世界で、救った人々に刃を向ける事などできない。
矛盾している。
そんな事は、分かっていた。
その矛盾もまた、『人間』の証明。
打ちひしがれ、くずおれて最期の刻を待つ勇者が。
俄かにうなじが毛羽立つ、覚えのある気配を感じた。
魔王「だから、我は言ったのだ」
地獄の底から響くような、本来の姿の魔王ではなく、人化の法でその身を変じさせた魔王の声。
勇者は、弾かれたように頭だけをその方角へ向けた。
勇者「貴様、まだ生きていたのか!?」
その身を両断された魔王は、頭と右腕のみを切り裂かれた胴体で繋ぐ有様で、再び人へと化けていた。
魔王「……いや、我はもうすぐ滅ぶ。魔王城の崩壊がその証だ」
勇者「…なら、何故だ。最後まで俺をなぶりたいのか?……それとも、死ぬまでの暇潰しに付き合えと?」
魔王「どちらも魅力的ではないか。だが、残念ながら違う」
727:
勇者「………もったいぶるな」
魔王「…貴様、自分が救われないと思っているな?」
勇者「何だと?」
魔王「……我は滅び、世界は一応救われた。……そして、世界を救った自分に、救いが来ないと思っている」
図星を突かれるが、募ったのは苛立ち。
間違いなく、魔王は自分の事を理解している。
それだけに――腹が立つ。
頭に血が上りそうになるが、努めて平静に振舞う。
勇者「……だから何だって言うんだ。言い当てて満足したなら大人しく死んでいろ、『魔王』」
身も蓋もなく言い放って身を起こし、落ちてきた天井の破片に寄りかかる。
その顔に、もはや生気は無い。
心の中で弱音を吐き尽くし、重く圧し掛かる死の事実を受け止めようとしているかのように。
魔王「…………つれなくするな。もはや、『魔王』も『勇者』も無いのだからな」
勇者「言いたい事があるんなら、言え。……最後ぐらい、付き合ってやるさ」
魔王「何、そう難しい話でもない。長くもな。……我の命と同じく」
勇者「…で、何だ?」
魔王「……我ながらくどいが、これが最後だ」
―――世界の半分はもうやれないが、淫魔の国をくれてやろう。
728:
魔王が何を言っているのか、分からなかった。
この状況で、何故―――?
勇者「……何を、言っているんだ?」
魔王「言葉通りだ。……ただし貴様がいた、七日目の時点ではない。その三年前へ、戻る。
 王位に就き、国を手に入れる所からだ」
―――『3年ほど前、あなたは王座に就かれました』
あの国で、堕女神がそう言っていた。
その時点に、戻る。
という事は。
勇者「……彼女らに、俺との記憶は無いという事か?」
魔王「愚問だな。……だが、それが悲しいか?」
勇者「………」
魔王「貴様との愛の無い、ただ性を処理させられるだけの記憶。堕ちた女神が自らに受けた苦痛の記憶。それを無くしているのが?」
勇者は、何も言えなかった。
彼女らとの七日間の記憶が、なくなってしまうのが哀しくはある。
だが、魔王の言うとおり。
―――堕女神に辛く当たり、心を抑え込ませてしまった過去。
―――ただただ欲望のままに生き、あの世界の『魔王』に成り果ててしまった過去。
それを、持ち越す事は。
魔王「……体験の『記憶』は、本編には持ち込めない。それだけの話だ」
729:
勇者「……何故だ」
魔王「質問になっていないな」
勇者「何故!俺にそんな話を持ちかける!?……お前は、もうすぐ死ぬんだぞ!?」
叫んだ拍子に、肺に血が溜まり、息苦しさを感じて咳き込む。
その様子を、魔王は黙って見ていた。
嘲笑うでもなく、かといって優しげでもなく、ただ、見ていた。
魔王「……我は『世界』の敵。世界の選択に逆らい、ただ自らの望む答えだけを求める者。……ゆえに、『魔王』」
揺れが一時的に収まった。
魔王が崩落を、自分の意思で遅らせているのかもしれない。
でなければ、本格的に始まった揺れが収まるわけがない。
魔王「……世界は、『世界を救った者』の存在を許さないのだろう。『勇者』のままにしておく事を、許さないのだろう?」
語りかける言葉に、もはや魔王の威圧感は無い。
致命傷を負い死を待つだけの、哀れな魔族。
放っておけば死ぬ、弱々しい存在。
魔王「………これが……我の、最後の、『世界』へ報いる一矢。征服はならずとも、我は、『世界』の選択に阿る事はしない」
730:
勇者「…………魔王」
魔王「開くぞ?」
勇者の眼前に、異界への扉が現れる。
紫の光で縁取られた、簡素な、文字通りの『扉』が。
魔王「貴様は、どうする?……世界を救った。『勇者』である必要はもうない。……自分に従え。
 最後まで、『魔王』に抗うというのならそれもいい。『魔王』冥利に尽きるというものだ」
勇者「…もう一度、会えるのか」
足腰に無理に力を入れ、立ち上がる。
膝は震えて、足裏の感覚はおぼろげで、立つ事でやっと。
魔王「……行くがいい。彼女らと、堕ちた女神と、淫魔達と、隣国の女王と。再び――『出会い』直せ。
 ……だが、しばし待つが良い」
勇者が立ち上がったのを見て、諭すような言葉を紡ぐ。
そして、引き止め―――
勇者「何……を……?」
全身を光が包み、負傷箇所に繭を形作るように光が舞い踊る。
ねじれていた左腕は元通りに。
潰れていた左目、頭部の裂傷、更には、痛めつけられた内臓までが癒えていく。
ぼろぼろになっていた肺も修復され、呼吸が、たちどころに楽になる。
魔王「舐めるな。……我は『魔王』なるぞ。死に際であろうと、ヒトを回復させる程度の魔力はある」
勇者「…………」
733:
扉へ、手を添える。
少し力をこめれば、簡単に開いてしまいそうだ。
勇者「『魔王』」
魔王「色気を出すな。……次の生では、必ずや『世界』を滅ぼしてやる」
勇者「上等だ。またお前を止めてやるさ」
魔王「……次は、負けん」
そのやり取りだけで、別れの言葉は十分だった。
『勇者』と『魔王』。
対極にして、最も近しい存在。
鏡に向かい合うような、正反対にして、自らの存在を確かめ合う事ができる存在。
『勇者』は扉を開け―――光に包まれ、『向こう側』へと消えていった。
『魔王』は勇者が消えていくのを見届け――大きな呼吸をひとつついて、命の灯を消し、末端から光と化して消えていった。
―――こうして、この世界から、『勇者』と『魔王』は消えた。
734:
ちょっと待て、魔王かっこよすぎるだろ
736:
結局、魔王を憎めなかったなぁ
737:
扉をくぐると、その先は『淫魔の王』の、城だった。
細部は違っているが、恐らく、ここは玉座の間。
眼前、遠くには玉座。
そこまでの赤い絨毯の道を残して様々な姿の淫魔達が熱い視線を向けており、若干気圧される。
勇者「……これは…」
戸惑っていると、背後から、良く知る声が聞こえた。
???「お進みください。今日この時をもって、貴方は…『王』となるのです」
勇者「堕女神?」
堕女神「……はい?何でしょうか」
勇者「…いや。後でいい。……進めば、いいんだな」
振り返り、声の主を確認した。
そして、胸の奥から暖かくなるような喜びを感じて、玉座へと進む。
―――また、会えた。
―――彼女と、彼女達との時間を再び歩みなおす事ができる。
足取りは軽く、そして深い。
淫魔達の視線が惜しみなく注がれる中、玉座の前へ辿り着き、壇上から大きく振り返る。
738:
集まった者達の中に、二人の、良く知る淫魔の姿があった。
一人は、どこか妖しい、悩ましい魅力を備えたサキュバス。
一人は、幼い印象を持つ、利発そうな少女の姿のサキュバス。
両者は、視線を向けられる事に困惑しているようだった。
まるで――懐かしい者を見るような目だったから。
玉座に深く、ゆっくりと腰賭ける。
堕女神がその隣から、控えめな、洗練された動作で彼の頭に冠を下ろした。
瞬間、民衆の沸き立つ声が聞こえる。
玉座の間だけではない。
同時に城の外からも響き渡るような、『王』を歓迎する声が。
この日、淫魔の国は新たな王を迎えた。
『世界』を救った勇者は、魔王によって『世界』から救われた。
その後の彼の治世は、淫魔達のみが知るところ。
―――ある一説では、堕ちた女神と交わり、半神の子を設けたとも。
―――ある一説では、国難にあえぐ隣国へ、暖かく手を差しのべたとも。
―――ある一説では、国の淫魔達へ惜しみなく愛情を分け与え、そして愛される王となったとも。
そして、ある『勇者』の物語は、ここで終わりとなる。
魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」
 完
739:
これにて終了です
一ヶ月以上のご愛読、ありがとうございました。
744:
乙! GJ!
ちゃんと勇者が淫魔ハーレム√に入れてなによりです
荒らしにも負けずに本当に乙でした
748:
大層乙である
749:
>>1さん
面白かったです!
本当に乙でした!
751:
魔王と勇者の別れのシーンが頭に焼き付いた
超乙
755:
1乙〜!
後日談があれば見たいよ
756:
とりあえず、完結できて良かったです
気まぐれに乗っ取って、まさか一ヶ月以上も書く事になるとは思わなかったなぁ……。
感想、改善すべき点、質問などございましたら頂きたいです
758:
堕女神は勇者と関わりのある女神だったんだよね?
お試し世界から3年前の時点に戻って魔王を倒した訳だけど
女神は3年前の時点で既に堕ちてたの?
762:
>>758
いえ、別の女神です
767:
>>762
お試し世界の堕女神と正史の堕女神は同じ堕女神でも違う堕女神ってことなのか……
769:
>>767
ああ、いえ
勇者に力与えた女神は堕ちてなくて、
堕女神は更に何万年も前に堕ちているからどっちの世界でも同一人物です
分かりづらくて申し訳ない
759:
>>1さん、お疲れさまでした。
やはり貴方のSSは文章構成といい、情景表現といい、見習うべき点の多い良SSでした。
また、別の機会に貴方と出会える事を祈って。一カ月間お疲れさまでした。
766:
文句無しのSSだったわ
770:
乙!
>>1の表現力・文章力には感心させられっぱなしだったww
荒しも多かったけど完結おめでとう!
794:

あなたは天才だ
795:
乙でした
魔法使いたちが可愛そうな気がするけど仕方ないのかね
821:
勇者も魔王もかっこいいけど
戦士とパーティーのラストが一番英雄譚らしくて好きだ
惜しみない乙を!
862:

マジで楽しかった。
886:
仮に後日談やるにしても、量が多くなりそうだから、その時は新スレでやると思います
旅の記憶とか、淫魔の国の色んな事件とか、まぁ色々諸々
毎日更新を目指して駆け足すぎたので、やるとしたらじっくり書き溜めてからで
重ね重ね、ご愛読いただきありがとうございました
890:
>>886
頼むぜ!
887:
重ね重ね乙!楽しみにしてまってるよ
94

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