真姫「510円ぶん」back

真姫「510円ぶん」


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1:
目覚まし時計を止めてから、枕に顔をうずめた。
春休みとはいえ、そろそろ起きなきゃいけない。
私は、枕に突っ伏したまま、つぶやいた。
真姫 「にっこにっこにー!
 あなたの枕に、にこにこにー!
 笑顔届けるぅー?」
真姫 「矢澤にこにこ!
 ……あーもう、うっさいわね、もう目は覚めてんのよ」
真姫 「ほら真姫ちゃん、起きなさいよ、新しい朝よ!
 青空もぉー?」
真姫 「にこ!
 ……あーもう、やかましいわね、起きればいいんでしょ、起きれば!」
最近、この一人芝居をやらないと、ベッドから起きられない。
2:
後ろを振り返ってばかりではいられないのは、分かっている。
でも、何だかぼんやりして、何も手につかない。
後ろを振り返ると、最後のライブの日のみんなの笑顔が、目に浮かぶ。
それから、いつもピアノの脇で私を見ていたにこちゃんのアホ面も、頭から離れない。
3:
あのアホ面のにこちゃんも、卒業式の日には、神妙な顔で、こんなふうに言っていたっけ。
―――――――
にこ 「真姫ちゃん、元気でいてね」
真姫 「にこちゃんも、元気でいてね」
にこ 「ありがとう。
 それから、あんたには、これをあげる」
真姫 「これ、何?」
にこ 「まあ、お守りみたいなものよ。
 困ったときに、開けなさい」
真姫 「……ありがとう」
―――――――
あのお守りには、何が入っているのかな?
とはいえ、まだ開けるわけにはいかない。
今の私は、困ってるんじゃなくて、腑抜けているだけだからだ。
5:
けっきょく、ピアノも勉強もしないまま、午前中が過ぎた。
卒業という制度をつくった世間にも、時間というものをつくった神さまにも、不満はない。
ただ私は、私に、我慢がならないのだ。
情けなく部屋でぽつねんとしている西木野真姫という人間に、我慢がならないのだ。
6:
正午になって、ついに私は、部屋で私と一人ぼっちでいることに耐えられなくなった。
私は、鏡の中の自分にアカンベーをして、小銭と傘を掴んで、家を出た。
もうやだ、私、旅に出る。
7:
【数十分後、近所の空き地】
真姫 「悪いわね、急に呼びだしちゃって」
花陽 「ううん、そんなことないよ。
 何かあったの?」
真姫 「家出してきたの」
凛 「ええ?
 じゃあ、これからどうするの?」
真姫 「あてどない旅に出かけるわ」
8:
花陽 「そんな、危ないよお、真姫ちゃん!」
真姫 「安心して。お金ならあるから」
凛 「いくらぐらい?」
真姫 「かっきり500円よ」
花陽 「真姫ちゃん……」
凛 「真姫ちゃん……」
真姫 「だから、あなたたちに、しばしのお別れを言いにきたの。
 ふたたび相見える日を期して、バイバイよ。
 安心して。
 このアヴァンチュールを終えるころには、きっと私は……モゴゴ」
ふたりの親友は、私の口を押さえると、小泉家へと私を連行した。
9:
【小泉家、花陽の部屋】
真姫 「ちょっと花陽、凛、なんでそんな悲しそうな顔してるのよ。
 今日という私の旅立ちの日を祝福してくれないの?」
花陽 「真姫ちゃんがこんなに追いつめられていたなんて……」
凛 「もっと早く気づいてあげるべきだったにゃ……」
花陽 「家出の理由は何?
 学校や部活で何かあったの?
 それなら凛ちゃんと私が、相談にのるよ?」
凛 「それとも、お家で何かあったの?
 それでもかよちんと凛が、話をきくよ?」
10:
真姫 「大丈夫よ、花陽、凛。
 これは、私の個人的な問題なのよ」
花陽 「個人的な問題?」
凛 「凛、わかったよ!
 それって、いわゆる『じぶん探しの旅』という奴だにゃ!」
真姫 「いいえ、逆よ。
 私は、自分から逃げたくて、旅に出ることにしたのよ」
花陽 「でも、やっぱり女の子が一人旅なんて、危ないよお!」
凛 「それに、真姫ちゃんと会えなくなるのは、寂しいよ。
 『しばしのお別れ』って、どれくらいの長さなの?」
真姫 「心配してくれて、ありがとう。花陽、凛。
 でも、『しばし』の長さについては、さっき言ったとおりよ。
 500円ぶんよ」
11:
花陽 「でもそれじゃあ、あんまり遠くには行けないと思うよ?」
真姫 「それでいいの。
 休みの日の午後、500円ぶんだけでいい。
 私は、自分から逃げてみたいのよ」
すると、花陽と凛が、顔を見合わせて、にっこり笑った。
凛 「真姫ちゃんがそこまで言うなら、凛たちは止めないことにするよ。
 でも、そのかわり、かよちんと凛も、一緒に行っていい?」
花陽 「凛ちゃんと私も、500円ぶん、ね」
真姫 「……ふたりとも、ありがとう」
12:
こうして私たちは、500円ぶんの旅に出発することにした。
ちょうど春曇りの空から雨が降ってきたので、傘をさした。
別れを告げるつもりで来たけど、どうやら心の底では、一緒についてきてほしかったみたい。
ああ、出会って一年経っても、なかなか素直にはなれないな。
真姫 「春雨や 友を訪ぬる 想ひあり、か」
花陽 (ハルサメ? ダイエットかな?)
 「真姫ちゃん、ちゃんとお米も食べなきゃだめだよ」
凛 (重い? ひょっとしたら体重の悩みかな?)
 「大丈夫だよ、真姫ちゃんはスマートすぎるくらいだよ」
真姫 「ん?
 まあいいや、行きましょう」
13:
花陽の家を出て、見なれた町を歩きながら、私たちは話をした。
凛 「ねえねえ真姫ちゃん。
 どうして、500円ぶんの旅なの?」
真姫 「小さいころ、『10円ぶん』っていうイギリスの童話が大好きだったの。
 ティムくんという男の子が、拾った10円で、行けるとこまで行くお話よ」
凛 「イギリスの人も、10円を使うの?」
真姫 「ふふふ、違うわよ。訳者さんが、そう訳したのよ。
 いかにも子どもの冒険にふさわしい、すてきな訳よね」
14:
花陽 「ティムくんの冒険は、どんな結末を迎えるの?」
真姫 「チョコレートを手に入れて、無事にお家に帰るの。
 小さいころ、このお話を読んで、そんな冒険に憧れたわ。
 そしてついに、それを実行に移すことにしたというわけよ。
 とはいえ、さすがに10円では、チロルチョコも買えないでしょ」
花陽 「だから、500円ぶんにしたんだね」
真姫 「そのとおり。
 500円あれば、とりあえず何とかなる気がすると思わない?」
凛 「わかるにゃー!
 500円あれば、何でもできる気がするもんね!
 じゃあさっそく、あそこのラーメン屋さんで、腹ごしらえしよう!」
花陽 「あ、おむすび屋さんが、新商品出してるよ、真姫ちゃん!
 まずはあれ、買ってみない?」
真姫 「ちょ、計画的に使わなきゃだめよ!
 いきなり冒険が終わっちゃうじゃない!
 
食欲に衝き動かされる二人を引きずるのは大変だったけど、嬉しくもあった。
二人とも、こんな私のわがままに付き合ってくれて、ありがとう。
それから、私の家出の理由について、訊かないでいてくれて、ありがとう。
15:
凛 「真姫ちゃん、今日は真姫ちゃんの行きたいところに行こうね!」
花陽 「うん、そうそう!
 何して遊ぼっか?」
真姫 「ありがとね。
 それじゃ、とりあえず駅に行きましょ。
 自分から逃げるには、とりあえず物理的な距離をとることから始めないとね。
 Maki-chan escapes from Maki-chan to……」
凛 「とぅー?」
花陽 「どこに逃げるのかな?」
真姫 「……わかんない」
16:
ほんとうは、もう分かっているのだ。
まきちゃんは、まきちゃんからエスケープすることはできない。
エスケープしたふりをしたとしても、たどりつく先は、まきちゃんに決まっているのだ。
それでも、できるだけ遠くの町に行けば、短い間だけでも、ごまかせるかもしれない。
しかし駅の券売機の前に着いて、よくよく運賃表を見てみると……
花陽 「帰りの電車代も考えると、隣町までの切符が限界だね」
凛 「この230円のやつだね。
 どうする? 真姫ちゃん」
真姫 「あまり遠くには行けないけど、しかたないわね。
 あなたたちが良ければ、これを買いましょう」
17:
こうして私たちは往復の切符を買って、ポケットの中には40円が残った。
所持金の90パーセント以上を蕩尽してしまったが、まあどうにかなるだろう。
逃避行の始まりである。
18:
【そのころ、高坂家、穂乃果の部屋】
穂乃果「海未ちゃん、ことりちゃん、もう宿題やるの、疲れちゃったよ!
 遊びに行こうよ!」
海未 「そうですね。
 今日はここまでにして、息抜きしましょうか」
穂乃果「そうだ!
 花陽ちゃんと凛ちゃんと真姫ちゃんも誘おうよ!」
19:
ことり「電話してみようか。ええと、真姫ちゃん……
 あれ? 出ないよ?
 ……あ、留守電のメッセージだ!」
真姫(留守電音声)
 :逃走中です。
穂乃果「真姫ちゃん、何か用事があるの?」
ことり「……闘争中? 何かと闘ってるみたい。
 凛ちゃんはどうかな?」
凛 (留守電音声)
 :えすけーぷ? だにゃー!
海未 「凛は何と言ってますか?」
ことり「……エスケープ? 何かから逃げてるみたい。
 かよちゃんはどうかな?」
花陽 (留守電音声)
 :真姫ちゃんと凛ちゃんと、隣町に行ってきます。
20:
ことり「えーと、まとめると……
 三人は、何かと闘いながら、隣町まで逃げのびてるみたいだよ」
穂乃果「ええ? それって大変なことだよ!」
海未 「警察に連絡すべきでしょうか?」
ことり「その割には、楽しそうな声だったけどなあ……
 でも心配だから、ちょっと様子を見にいこうか」
穂乃果「そうだね、ちょうど出かけようと思ってたとこだし!」
21:
【そのころ、電車の中】
カタンカタンと電車に揺れていると、冬の日にみんなで海に行ったことを思いだす。
真姫 「ふふふ、あの日はみんな泣いちゃって、帰りは大変だったわね」
凛 「何だか、もうずいぶん前のことみたい」
花陽 「希ちゃんと絵里ちゃんとにこちゃん、元気かな?」
真姫 「元気にやってると思うわよ。
 だって、元気でいてねってお願いしたんだから」
22:
凛 「ふふふ。そうだね。
 凛、三人がくれたプレゼントを見るたびに、三人のこと思いだすんだよ。
 希ちゃんは写真立て、絵里ちゃんは花活け、それからにこちゃんは、お守り」
花陽 「にこちゃんのお守り、困ったときがきたら開けなさいって言われたよね。
 何が入ってるのかな?」
真姫 「にこちゃんのことだから、自分の缶バッジでも入れてるんじゃないのー?
 『このバッジをにこだと思ってほしいにこ』とかいう戯言と一緒に」
凛 「あはは、まさかそんな」
花陽 「ふふふ、ほんとは、何が入ってるんだろうね。
 困ったときがきたら、開けてみようね」
23:
そうこうしているうちに、あっというまに電車は、目的地についた。
すぐ近くだけど、私たちが歩いたことのない町だ。
真姫 「あいにくの雨だけど、しばらく散歩でもしましょうか」
凛 「よーし、40円で豪遊するにゃー!」
花陽 「さくらんぼ餅、買う?」
凛 「いやあ、ここは家出した不良少女らしく、
 ココアシガレットじゃないかな?」
花陽 「パイプチョコを吹かすのもいいかもね!」
真姫 「二人とも、シガレットとかパイプとか……何を言ってるの?
 喫煙は、ぜったいダメよ?」
凛 「ふふふ、お姫さま。
 本物の煙草じゃなくて、お菓子でできた宝物ですよ」
花陽 「ローマの休日にぴったりのスイーツでございますよ」
24:
真姫 「どこに売ってるの?」
凛 「ダガシヤというところです」
真姫 「ふーん。
 それが、リーズナブルな秘宝の眠る館というわけね」
凛 「わあ、そういうふうに言うと、冒険っぽいにゃ!
 ではさっそく、それを探そう!」
花陽 (たしか秘宝館って、エッチな意味の言葉なんだけど……
 二人には知らないままでいてほしいから黙っておこう)
25:
真姫 「あ、凛、あそこに『秘宝館』っていう看板が見えるわよ」
凛 「すごーい! ほんとにそんな名前の駄菓子屋さんがあるんだ!
 よーし、真姫ちゃん、入り口まで競争だにゃー!」
花陽 「ぴゃあああ! 何でこんな所にあるのぉ?
 凛ちゃん、真姫ちゃん、どうか、あの建物には近づかないで!」
そう言って花陽は、凛と私の腕にしがみついた。
凛 「かよちんがそこまで言うならやめとくけど……」
真姫 「どうして近づいちゃだめなの?」
花陽 「二人は、今までも、これからも、知らなくていいんだよ。
 ……あ、この近くに、公園があるみたいだよ。
 まずはそこに行ってみない?」
そんなわけで、私たちはその場を離れ、公園に向かった。
26:
【数分後、駅前】
穂乃果「着いたー!
 私、この町、あんまり来たことないんだよね!
 うわー、何か新鮮な感じ!」
海未 「しかし今は、闘争しつつ逃走している三人を探さないと……」
ことり「何か手がかりがあればいいんだけどね」
穂乃果「あ、あそこに変てこな建物があるよ!
 えーと……ヒホーカン?」
海未 「いかにも怪しげです。
 私が様子を見てきますから、二人はここで待っててください」
ことり(たしか秘宝館って、エッチな資料を収めた博物館なんだけど……
 まあいいか、これも海未ちゃんのためだよね)
穂乃果「大丈夫かな?
 ……わああ、どうしよう、海未ちゃんの悲鳴が聞こえてくるよ!」
27:
【そのころ、近くの公園】
凛 「わあ、こんなに大きい公園があるなんて、知らなかった!」
花陽 「せっかくだから、一周してみようか。
 真姫ちゃん、どっち回りにする?」
真姫 「右回りにしましょうか。
 ほら、あっちに果樹園があるわよ。
 何だか、お腹すいてきたからね。
 果物を眺めれば、ちょっとは食べた気になれるかもよ」
凛 「よーし、いっぱい眺めて、満腹になろう!」
28:
しかし、手の届かないところに生っている果物を見ても、空腹は収まらなかった。
真姫 「目で見るだけでお腹いっぱいになればいいのにね。
 なかなか、うまくはいかないものね」
花陽 「鰻屋さんが鰻を焼いている前で白ごはんを食べて、鰻重を食べた気になるという小咄があるよね。
 でもそれは、白ごはんを持っているからこそできる芸当なんだね」
凛 「いま凛たちが持ってるのは、40円だけだからね」
真姫 「ああ、あのイチゴ、おいしそう……」
花陽 「ああ、あのキウイ、おいしそう……」
凛 「ああ、あのミカン、おいしそう……
 ……あ、でも真姫ちゃんは、ミカンが苦手なんだよね。
 どうしてなの?」
真姫 「ぜんぜん食べられないわけじゃないけどね。
 手が黄色くなるから」
29:
花陽 「手が黄色くなるのは、嫌なの?」
真姫 「そうね。
 もっと正確にいうと、体に色がつくのが、嫌なのよ」
凛 「色をつけたくないの?」
真姫 「そうよ。
 体に色がつく食べ物を控えていれば、いつか、透明人間になれる気がしない?」
花陽 「あおくとーめいなわたしになりたいー」
真姫 「そうね。プランタンの三人のように、私も透明になりたいの。
 いや、もう青さすらない……無色透明になってみたいわ」
30:
凛 「透明人間になって、何をしたいの?
 あ、わかった! 女湯を覗きたいんだね?」
真姫 「そう、あの桜の園、あの桃源郷へと……
 そういうわけじゃないわよ! ふつうに入れるんだから!」
花陽 「じゃあ、何をしてみたいの?」
真姫 「何かをしたいわけじゃないわよ。
 でも、誰の目にも止まらないようにしたいの」
凛 「えー、でもそんなの、寂しいよ?」
真姫 「ずっと隠れていたいわけじゃないのよ。
 ふさわしい時がきたら、ちゃんとみんなの前に出るつもり」
花陽 「ふさわしい時って、どんな時?」
真姫 「高嶺のフラワーになれた時よ」
31:
【数分後、同じ公園の入口】
海未 「秘宝館はハレンチです……
 秘宝館はハレンチです……」
穂乃果「ねえ、ことりちゃん。
 あれから海未ちゃんの様子がおかしいんだけど」
ことり「ごめんね、海未ちゃん。
 でも、海未ちゃんのためを思ってのことだったんだよ。
 旅行先とかで、ご家族に『あの建物は何ですか』と訊いて恥をかかないようにと思って……」
穂乃果「あ、公園があるよ!
 ひとまずここを、一周してみない?」
ことり「うん、そうだね」
穂乃果「どっち回りにする?」
ことり「左回りにしようか。
 ほら、あの池のほとりに、きれいな水仙が咲いてるよ。
 美しい花を見れば、海未ちゃんも元に戻るかも」
32:
【そのころ、公園の反対側】
凛 「ねえ真姫ちゃん、『たかねのふらわー』って、どんな花なの?」
真姫 「美しい花のことよ。
 それだけじゃなくて、高いお山の上に咲いていて、誰の手も届かないところにあるの」
凛 「えー、そんなところに咲いてたら、寂しくないの?」
真姫 「寂しくないからこそ、高嶺のフラワーなのよ。
 高嶺のフラワーは、完璧に美しい自分のことが大好きなの。
 だから、たぶん寂しくないんじゃないかしら」
33:
凛 「でもそれは、お花でしょ。
 そんな高嶺のフラワーみたいな人、ほんとにいるのかな?」
真姫 「ほんとにいるかどうかは、分からないわね。
 でも、こんな神話があるわ。
 あるところに、ナルキッソスという、完璧に美しい少年がいたの。
 そんなナルキッソスくんは、ある日、誰も来ない高いお山の上に迷いこむの。
 そして、そこにある泉に映った自分に、恋をした」
凛 「それから、どうなったの?」
真姫 「泉に映る自分の姿を、飽かずに眺めて暮らしたの。
 だから、自分に恋した自惚れ屋さんのことを、ナルシストっていうのよ」
34:
花陽 「高嶺のフラワーは、ナルシスト。
 真姫ちゃんがなりたいのは、高嶺のフラワー。
 じゃあ真姫ちゃんは、ナルシストを目ざしてるの?」
真姫 「ふふふ、そう言うと、ちょっと語弊があるわね。
 高いお山の上に行きたいのは、ほんとのことだけどね」
花陽 「真姫ちゃんは、高いお山の上で、何をしたいの?
 おむすびを食べたいの?」
真姫 「『100人で食べたいな、富士山の上で、おむすびを』ってやつね。
 それも楽しそうだけどね。
 でもまずは、高いお山の上から、きれいな曲を聴かせてあげたい」
凛 「もう、聴かせてくれてるじゃない」
真姫 「今の私じゃ、まだ、ぜんぜん足りないの。
 それに、ほかにも、してあげたいことがあるの」
花陽 「何かな?」
真姫 「みんなの病気を、治してあげたい」
35:
凛 「みんなにきれいな曲を聴かせてあげて、
 それから、みんなの病気も治してあげる。
 それが真姫ちゃんにとって、高嶺のフラワーになるということなの?」
真姫 「そうよ。
 もしそんなふうに完璧に美しい花になれたら、
 私は、私のことを、好きになれるかもしれない」
36:
花陽 「ねえ、真姫ちゃん」
真姫 「何?」
花陽 「まだ、高嶺のフラワーになるには、足りないの?」
真姫 「ぜんぜん、ぜんぜん、足りないわ」
花陽 「……じゃあ今の真姫ちゃんは、自分のこと、好きじゃないの?」
真姫 「……さあね」
37:
【そのころ、公園の反対側】
海未 「ああ、美しい水仙ですね。
 おかげで、心が洗われました。
 取り乱してしまい、すみませんでした。もう大丈夫です」
穂乃果「よかったー。
 海未ちゃんが元に戻ったよ」
ことり「海未ちゃん、ごめんね、次からは気をつけるからね」
穂乃果「ねえねえ、水仙って、きれいな名前だよね!
 西洋では、どんな名前なのかな?」
海未 「ナルキッソスです」
穂乃果「なるきっそす?」
海未 「泉に映る自分に恋した、ギリシア神話の美少年の名前です」
38:
穂乃果「なるほど。
 それで、自分に恋したナルキッソスくんは、どうなったの?」
海未 「えーと……
 どうなるんでしたっけ、ことり?」
ことり「海未ちゃん、聞いてもビックリしない?」
海未 「もちろんです。何を聞いても、取り乱したりしませんよ。
 さあ、もったいぶらずに教えてください」
ことり「ええと、泉に映る自分に、キスを……」
海未 「接吻はハレンチです!」
穂乃果「わああ、海未ちゃん、落ち着いて!」
39:
【そのころ、公園の反対側】
凛 「ねえ真姫ちゃん。
 凛は、真姫ちゃんの作る曲が、大好きだよ。
 それに、真姫ちゃんが勉強を頑張ってることも、知ってるよ。
 それなのに、まだ足りないの?」
花陽 「そうだよ、真姫ちゃん。
 みんな真姫ちゃんのこと、すごいなって思ってるんだよ。
 それなのに、どうして真姫ちゃんは、自分のことが……」
真姫 「なーんちゃって!
 ごめんね、変な話をしちゃって。
 今の私の話、やっぱり無し。
 だって私は、ナルシストのマッキーだもんねー!」
凛 「真姫ちゃん、はぐらかさないで」
花陽 「そうだよ。
 私たちでよければ、話の続きを聞かせてほしいな」
40:
真姫 「ありがとう。
 たしかに、ここまで口にしちゃったなら、続きを話さないとね。
 私が自分のことを好きになれないのは、私が借金を抱えているからなのよ」
凛 「ええ?
 真姫ちゃん、シャッキンがあるの?
 凛のおこづかいでよければ、わずかでも助けに……」
花陽 「あわわ、どうしよう、真姫ちゃんが……」
真姫 「二人とも、落ち着いて。
 ほんとに借金してるわけじゃないのよ。
 これは、もののたとえよ」
凛 「あーよかった。
 じゃあ、ほんとにお金を借りてるわけじゃないんだね」
花陽 「じゃあ、何を借りてるの?」
真姫 「いろんなこと。
 素直になれない私が今まで迷惑をかけたり、助けてもらったりした、すべてのこと」
41:
凛 「その借りを返せば、問題は解決するの?」
真姫 「返せれば、の話よ。
 実際には返せないから、この問題は、解決不可能ということになるわ」
花陽 「どうして、返せないの?」
真姫 「返すべき相手は、もう卒業しちゃったからよ。
 あのアホのエリーと希とにこちゃんに、私はまだ、返してない借金がたくさんあるのよ。
 あいつら、私に渡せるだけのものを渡して、ろくに何も受け取らずに行っちゃったのよ」
42:
【そのころ、公園の反対側】
海未 「ふたたび取り乱してしまい、すみませんでした。
 今度こそ大丈夫です」
穂乃果「ねえ、さっき聞きそびれちゃったんだけど……
 自分にチューしようとしたナルキッソスくんは、どうなったの?」
ことり「そのまま泉に落ちてしまったの」
穂乃果「かわいそうな、ナルキッソスくん。
 ナルキッソスくんは、どうすればよかったのかな?
 自分をフるべきだったのかな」
ことり「自分をフったらだめだよ。
 自分にフられたら、自分は、行くところがなくなっちゃうからね」
43:
穂乃果「それもそうだね。
 じゃあ、どうすればよかったんだろう?」
ことり「自分のことと同じくらい、ほかのみんなのことも、好きになればよかったんじゃないかな」
穂乃果「ナルキッソスくんには、それができなかったの?」
海未 「そうです。
 だから、彼みたいな人のことを、ナルシストって言うんですよ。
 自分のことは好きだけど、ほかのみんなのことは好きになれない人」
穂乃果「なるほど。
 でも、逆もありうるよね。
 ほかのみんなのことは好きだけど、自分のことは好きになれない人」
海未 「そうですね。
 でも、そういう人のすることも、ナルシストと同じなんですよ。
 高いお山の上で、一人で暮らそうとするんです。
 だから一見すると、そういう人は、ナルシストと区別がつかないんです」
ことり「いわば、うそつきナルシストだね」
穂乃果「……私、知ってるよ。
 私の友達にも、ひとり、うそつきナルシストがいる」
ことり「……私も、心当たりがある」
海未 「……私にも、分かる気がします」
45:
【そのころ、公園の反対側】
凛 「もー、真姫ちゃんの、うそつきナルシスト!」
真姫 「何よそれ!
 私がいつ、うそをついたっていうの?」
凛 「ナルシストのふりをしてるくせに、
 自分のことじゃなくて、いつも、ほかのひとのことばっかり気にかけてるからだよ!」
真姫 「あら、買いかぶってもらっちゃ困るわ。
 私は、そんな聖人君子じゃないわよ。
 だって、今はまだ、大したことはしてあげられないから。
 だから、みかんを食べるのを控えて、透明人間になって隠れていようと思うのよ」
46:
花陽 「でも真姫ちゃん、体のためには、みかんも食べるべきだと思うな……
 それで、高嶺のフラワーになったら、姿を現すつもりなの?」
真姫 「そうよ。
 高嶺のフラワーであり、みんなを救うヒーローでもある、完璧な人間としてね」
凛 「何ていう名前のヒーロー?」
真姫 「仮に、怪傑マッキーとでもしておきましょうか」
花陽 「でも真姫ちゃん、私たちは、お花じゃなくて、人間なんだよ。
 だから、高いお山の上で咲くのは、無理があるんじゃないかな?」
47:
真姫 「……凛、花陽、あなたたちの言うとおりね。
 けっきょく私は、透明人間にも、高嶺のフラワーにもなれない、ただのうそつきナルシストなのよ。
 そんな自分のことを受け入れるべきなのは、分かっているの。
 でも、今日はちょっとだけ、自分から逃げてみたくなったのよ」
凛 「……」
花陽 「……」
真姫 「面倒な話に、長々と付き合わせてしまって、ごめんなさいね。
 これでこの話は、おしまいにしましょ。
 あ、あそこに広場があるわよ!
 ちょっとあそこで、一休みしましょうよ」
48:
そう言って私たちは、広場のベンチに腰を下ろした。
相変わらず小雨が止まないので、広場で遊んでいる人は誰もいない。
ただ、赤い傘をさした小さな女の子が一人、となりのベンチに座っている。
あの子も、お散歩の途中なのかな?
でも、それにしては、ちょっと様子がおかしい。
49:
凛 「ねえ、真姫ちゃん、かよちん。
 あの女の子、何かあったのかな?
 遊びに来たにしては、寂しそうな顔してるけど」
花陽 「ちょっと声をかけてみようか?」
真姫 「でも、急に声をかけたら、怖がられちゃうかも……」
凛 「よし、凛が行ってみるよ!」
凛が立ち上がって、隣のベンチに行った。
50:
凛 「ねえ、よかったら、私たちと一緒に遊ばない?」
女の子「はあ?
 なにそれ、いみわかんない」
凛 「ええとね、一緒に遊ぶっていうのは、
 お姉ちゃんたちとお友達になって、かけっこしたりすることだよ」
女の子「おことわりします」
凛 「まあまあ、そう言わずに。
 みんなで遊んだほうが、楽しいよ!
 ほら、凛、家からボールも持ってきたんだよ!」
女の子「そんなの、いまは、どうでもよくって……」
凛 「どういうこと?」
女の子「ことばどおりのいみよぉー」
51:
しばらく押し問答した末、凛がしょんぼりして帰ってきた。
凛 「昔の真姫ちゃんみたいなことを言われた……」
真姫 「何それ、意味わかんない!」
凛 「うん、そんな感じのこと」
花陽 「じゃあ、こんどは私が!」
そう言って花陽が立ち上がり、隣のベンチに行った。
52:
花陽 「ねえ、今日は雨ふりだね」
女の子「そうですね。それがなにか」
花陽 「あわわ、ごめんね」
女の子「なんであやまるのよ」
花陽 「うん、そうだね、ごめんね」
女の子「とししたのまえで、そんなにかしこまらなくていいのよ。
 あなた、こえはきれいなんだから、どうどうとしてればいいのよ」
53:
花陽 「えへへ、やっぱりまだ、私は人見知りのままだね。
 ええと、私の名前は、花陽っていうの。
 あなたのお名前は、何ていうのかな?」
女の子「しらないひととは、おしゃべりしちゃだめって、ママにいわれた」
花陽 「なるほど、言いつけを守って、偉いんだね。
 今日は、ママと一緒じゃないの?」
女の子「家出してきたの」
花陽 「どうして?
 ママとケンカしたのかな?」
女の子「ううん、そうじゃないよ。
 わたしは、わたしのことがきらいだから、家出することにしたの」
54:
女の子としばらく話したあとで、花陽が戻ってきた。
凛 「すごいね、さすが、かよちん!
 女の子、何て言ってた?」
花陽 「真姫ちゃんみたいなこと言ってたよ」
真姫 「どういうこと?」
花陽 「自分のことが好きになれなくて、家出してきたみたい。
 だからここは、真姫ちゃんの出番じゃないかな?」
真姫 「いや、私、小さい子と話すの苦手で……」
花陽 「でも、凛ちゃんと私だけでは、もうどうにもならないの。
 だれかたすけてぇー!」
凛 「あ、そこにいるのは……まさか、怪傑マッキー!?」
真姫 「小芝居打ってんじゃないわよ!
 いーわよ、海鮮巻きにでも怪傑マッキーにでも、なってやろーじゃない!」
私は、愛用のサングラスをかけて、立ち上がった。
55:
【そのころ、公園の反対側】
穂乃果「うそつきナルシストさんに、自分のことを好きになってもらうには、どうすればいいのかな?」
ことり「私たちには、そばについていてあげることくらいしか出来ないかもしれない。
 でも、大丈夫だよ。
 私たちだけじゃなくて、かよちゃんと凛ちゃんもついてるし、それに……」
海未 「それに?」
ことり「卒業した三人の残した言葉が、うそつきナルシストさんを守ってくれるよ」
56:
【そのころ、広場のベンチ】
花陽(口伴奏)
 「でけでけでん! でけでけでん!」
凛 (口伴奏)
 「でけでけでけでけでん!」
花陽 「強きをくじきー」
凛 「弱きをたすくー」
花陽 「正義の味方だ!」
凛 「怪傑マッキー!」
真姫 「とうっ!」
女の子(ふしんしゃだ)
57:
真姫 「まっきまっきまー!
 あなたのハートに、まきまきまー!
 笑顔とどけるぅー?」
女の子(どうしよう、ぜんぜん、いみがわからない。
 まず、まきまきまーが、わからない)
真姫 「んー? その名も?」
女の子「……」
花陽 (女の子に耳打ちする)
 「怪傑マッキー」
凛 (女の子に耳打ちする)
 「怪傑マッキー」
女の子「……かいけつマッキー?」
真姫 「スピリチュアルハラショー!」
58:
【そのころ、広場の近く】
穂乃果「私、うそつきナルシストさんには、もっともっと、はっちゃけてほしいんだ!」
海未 「そうですね。
 はっちゃけて、色んな人と、なかよくなってほしいですね。
 ……おや、あそこでポーズを決めているグラサンの女の子、真姫に似てませんか?」
ことり「そばには、かよちゃんと凛ちゃんっぽい姿も見えるね」
穂乃果「いやー、まさか。
 いくらなんでも、はっちゃけすぎじゃないかな?
 でも、もっと近くまで行って、確かめてみようか」
60:
【そのころ、広場のベンチ】
真姫 「かよちんから、わけを聞いたよ。
 お嬢ちゃん、家出してきたんだって?」
女の子「そうよ。
 いっとくけど、かいけつマッキーのいうことなんか、きかないからね。
 おうちにかえれっていわれても、かえらないからね」
真姫 「そんなことは言わないよ。
 だって、それを言う資格は、私にはないからね。
 何を隠そう、この怪傑マッキーも、家出してるとこなんだよ」
女の子「えー、なにそれ。
 かいけつマッキー、ヒーローのくせに、かっこわるい」
真姫 「そうよ。かっこわるいの。
 でも、あなたと一緒に遊ぶことはできるわ。
 家出中の子どうし、なかよくしましょうよ。
 凛ちゃんの持ってきてくれたボールもあるからね」
凛 「これで鞠つきをして、遊ぼうよ」
花陽 「すごいんだよ、怪傑マッキーのボールさばきは」
61:
真姫 「ふふふ、では、まずは私から行くわよ。
 さん、はい。
 あんたがた……どこさ……肥後……どこさ……」
凛 (歌は上手いけど)
花陽 (歌は上手いけど)
女の子(歌は上手いけど、鞠つきはすごく下手だ)
62:
小雨の中、傘役と鞠つき役を交代しながら、しばらく話をした。
真姫 「どうして、自分のことが好きになれないの?」
女の子「ピアノがうまくひけないし、おべんきょうもできないから」
真姫 「そんなことないわよ」
女の子「そんなことあるもん。
 わたし、ピアノのがくふの、オタマジャクシの違いがわからないの。
 ニョロニョロが生えたオタマジャクシと、生えてないオタマジャクシの違いが分からないの」
真姫 「うん、あれは、難しいわよね」
女の子「そしたら、ママが、ミカンを割って、おしえてくれたの。
 ミカンを4つに割ったり、8つに割ったりして。
 でも、わたしはアタマがわるいから、それもわからないの」
63:
真姫 「それで、家出してきたの?」
女の子「うん。
 もうミカン見たくないから。
 でも、ミカンがきらいなわけじゃないの。
 わたしがほんとにきらいなのは、ミカンじゃなくて、わたしなの」
真姫 「ふふふ、私も、同じ説明されて、分からなくて泣いたことがあるわ。
 でも大丈夫よ、いつかきっと、分かるようになるから」
女の子「ほんとに?
 それなら、いつか、できないことも、わからないことも、なくなるかな?」
真姫 「うーん、なかなか難しい質問ね」
女の子「怪傑マッキーにも、答えられない?」
64:
真姫 「怪傑マッキーに、ちょっと考える時間をちょうだい。
 そうだ、あなた、ミカンのジュースは好き?」
女の子「うん。きのうまでは、すきだったよ」
真姫 「大丈夫よ。今日飲んでも、きっとおいしいわよ。
 よーし、今日は怪傑マッキーが、みかんジュースを買ってあげる」
女の子「ほんと? やったあ!」
そう言って立ち上がったあと、私は気づいた。
ポケットの中には40円しか入っていない。
真姫 「ええと、その……」
あたふたする私の後ろから、話を聞いていた凛と花陽が両肩に手を載せた。
凛 「大丈夫だよ、真姫ちゃん。
 かよちんと凛も、40円ずつ持ってるからね」
花陽 「あわせて、120円。
 これでジュースが買えるね」
真姫 「凛、花陽、ありがとう!」
65:
そう言って私たち三人は、意気揚々と近くの自販機の前にたどりついた。
そこに来るまで、私たちは、最近の値上がりのことをすっかり忘れていた。
真姫 「やばい、10円足りない」
花陽 「どうしよう」
凛 「今さら買えなかったとは言いづらいよね……」
66:
途方にくれた私たちは、胸に手をあてて、ため息をついた。
そこで私たちは、胸ポケットのお守りのことを思いだした。
それから、このお守りをくれた日に、にこちゃんが何と言っていたかを。
―――――
にこ 「まあ、お守りみたいなものよ。
 困ったときに、開けなさい」
―――――
真姫 「今こそ、開けるときが来たのね」
花陽 「案外早く来たね」
凛 「中身は何だろう?」
お守りの中には、手紙が入っていた。
そこで私たち三人は、それぞれの手紙を黙読した。
68:
【にこちゃんの手紙】
手紙:
 この手紙を読んでいるということは、何か困ったことがあったのね。
 まー、大体見当はつくわよ。
 考えられる可能性は二つ。
真姫 (お、何かな)
手紙:
 第一は、私に会いたくて泣いてるという可能性。
真姫 (いや、泣いてないし、今ちょっと急いでるんだけど)
手紙:
 えへへ、そんなに寂しがらなくても大丈夫よ。
 にこの顔が見たくなったときのために、これをあげるから!
 じゃーん、缶バッジよ!
 このバッジを、にこだと思ってほしいにこ。
真姫 (期待を裏切らないわね、にこちゃん)
69:
手紙:
 これで問題は解決した?
真姫 (いや、ぜんぜん)
手紙:
 え、まだなの?
 しょーがないわねー。
 じゃあ、第二の可能性かしら。
 真姫ちゃん、どうせ無計画に外で買い食いしようとして、小銭が足りなくなったんじゃないの?
真姫 (ドンピシャよ。何で分かるのよ)
手紙:
 あんたのやらかしそうなことは、だいたい分かるわよ。
 それで、藁をもつかむ思いで、このお守り袋を開けてみたんでしょ?
 これに懲りたら、これからも、この袋の中に小銭を入れて持ち歩くのよ。
真姫 (ママみたいなこと言ってる)
手紙:
 とりあえず10円入れとくから。
真姫 (にこちゃん、マジで助かったわ)
10円を取り出したところで、二枚目の便箋が入っているのに気がついた。
70:
P. S.
 ねえ、真姫ちゃん。 
 あなた、あなた自身のこと、好きになってね。
 少しずつで、いいからね。
真姫 「……ありがとう」
71:
そう言って私は、手紙をまた折り畳んで、お守り袋の中に入れた。
それから、にこちゃんの10円を自販機に入れて、みかんジュースを買った。
そのあとすぐ、私たちはベンチに向けて歩き出した。
真姫 「花陽、凛、どうしたの?」
花陽 「だって、嬉しいことが書いてあったから……」
凛 「うん。凛のところにも、大切なことが書いてあった。
 二人のところには、何て書いてあったの?」
真姫 「ふふ、それは内緒にさせてもらおうかな。
 今は、早くこのジュースを渡しに行かないとね。二人の泣き虫さん」
凛 「あー、そんなこと言ってるけど、
 怪傑マッキーだけグラサンで目を隠してるの、ずるくない?」
真姫 「あら、何のことかしらね」
72:
そして私たちは、女の子にみかんジュースを渡した。
女の子「りんちゃん、かよちん、かいけつマッキー、ありがとう!」
真姫 「ふふふ、どういたしまして。
 それから、ここにはいないけど、宇宙ナンバーワンアイドルにもカンパしてもらったのよ」
女の子「わー、すごーい!
 何ていう名前なの?」
真姫 「にこにーよ」
女の子「にこにー、ありがとう!」
74:
ジュースを飲む女の子の前で、私はサングラスを外して、話をした。
私の言葉は女の子の言葉のようでもあり、女の子の言葉は、私の言葉のようでもあった。
そして、私の言葉は、にこちゃんの言葉でもあった。
「あなた、さっき、質問してくれたわね。
 『いつか、できないことも、わからないことも、なくなるかな?』って」
「うん」
「やっとその質問の答えが分かったわ。
 できないことも、わからないことも、いつかきっと、なくなるわよ。
 あなたが、何でもできて、何でもわかるようになるときが、きっとくるわよ」
「よかった!
 いつくるの?
 オタマジャクシが読めるようになれたとき?」
「そんなにすぐじゃないわよ。
 もっと、ずっと先のことよ」
75:
「じゃあそれまでは、わたしは、わたしのこと、好きになれないの?」
「そんなことはないわ。
 自分のことを大好きになれる日がくるまで、ずっと自分のことを嫌いのままでいる必要はないのよ。
 毎日、ちょっとずつ、自分のことを好きになればいいのよ」
「できないことや、わからないことが、たくさんあっても?」
「そういうことが、たくさんあっても、いいのよ」
「よかった」
76:
「だから、怪傑マッキーとのお約束よ。
 あなたも、あなた自身のこと、好きになってね」
「うん」
「少しずつで、いいからね」
「うん」
「みかんジュース、おいしい?」
「うん」
「ジュース飲みおわったら、お家に帰ろっか。
 きっとママが心配してるわよ」
「うん」
「どうして泣いてるの?」
「家出してからずっと、さびしかったの。
 なんだか、おうちにかえりたくなってきたの」
「そうね」
77:
【数分後、広場の近く】
ことり「穂乃果ちゃん、どう?
 あそこにいるの、やっぱり真姫ちゃんと凛ちゃんとかよちゃん?」
穂乃果「……うん、間違いないよ」
海未 「何をしてますか?」
穂乃果「小さい女の子と、ベンチでお話をしてる。
 ……あ、女の子のお母さんが迎えにきたみたい。
 女の子のお母さんがおじぎをして……クッキーをもらってる。
 女の子が手を振って、三人とお別れしてるよ」
ことり「うふふ、よかった」
穂乃果「さあ、お邪魔にならないように、私たちは行こうか」
海未 「そうですね」
78:
【さらに数分後、広場のベンチ】
花陽 「よかったね、女の子のお母さんが迎えに来てくれて」
凛 「クッキー、おいしかったね。
 それにしても、さすが怪傑マッキーだにゃー。
 真姫ちゃん、小さい子の前では、あんなに優しい声になるんだね」
真姫 「あら、いつもはそうじゃないとでも言いたげね。
 それに凛、私の鞠つきの超絶テクニックにも、圧倒されたんじゃない?」
凛 「あ、いや、それは別に」
真姫 「ちょっと、それどういう意味よ!」
凛 「言葉どおりの意味よー」
真姫 「ちょっと凛、それ私の真似でしょ、やめて!」
凛 「お断りしまーす」
真姫 「ちょっと待ちなさい、こら!」
79:
花陽 「ねえ、凛ちゃん、真姫ちゃん。
 日も傾いてきたし、私たちもそろそろ行こうか。
 ほら、向こうに、ゴールの池が見えるよ。
 池のそばに咲いてるのは、えーと……水仙かな?」
真姫 「ナルキッソスか」
凛 「水仙は、ナルキッソスくんなの?」
真姫 「そうよ。
 ナルキッソスくんがいなくなったあとの泉のほとりに咲いた、お花の名前」
80:
そんなわけで、ちょうど公園を一周して、私たちは池の近くに腰を下ろした。
真姫 「往復の切符で460円。
 ジュース代のカンパで40円。
 にこちゃんのボーナスで10円。
 計510円の冒険だけど、とっても楽しかったわ。
 女の子と仲良くなれたし、クッキーももらえたし」
花陽 「ふふふ、何か忘れてないかな、真姫ちゃん。
 凛ちゃんと私も、にこちゃんからボーナスをもらってるんだよ。
 一人10円、合計20円」
凛 「だから、その20円で、今日大活躍した怪傑マッキーに、お菓子をプレゼントしたいの」
真姫 「花陽、凛……」
81:
花陽 「駄菓子くらいしか買えないけど、リクエストに応えるよ。
 何のお菓子になさいますか?」
真姫 「チロルチョコがいいな」
凛 「何味になさいますか?」
私は、少し考えてから、言った。
真姫 「みかん味」
それを聞くと、花陽と凛が、嬉しそうに笑った。
花陽 「じゃあ真姫ちゃん、ちょっと近くのお店に買いに行ってくるね」
凛 「すぐ戻ってくるから、待っててね」
82:
二人が行ったあと、池に映る自分の顔を眺めた。
今日の昼、私は、鏡に映る私にアカンベーをして家出してきた。
私は、自分が負った借りをぜんぶ返す日まで、自分のことが好きになれない気がしていた。
でも、ほんとは、少しずつ自分のことを好きになるべきなのかもしれない。
じゃあ、今の私は、出かける前の私より、私のことを好きになれたのかな?
真姫 「ナルキッソスくんは、どう思う?」
小雨の中で、水仙の花がちらりと頷いた気がした。
83:
そこに、二人が帰ってきて、私にチロルチョコをくれた。
花陽 「お待たせ、真姫ちゃん」
凛 「はい、これだよ!」
真姫 「ありがとう。
 ねえ、凛、花陽。
 せっかくだから、これ、三人で分け合いっこしましょうよ」
花陽 「えへへ、そうしようか。
 でも、うまく割れるかな?」
凛 「よーし、凛に任せて!」
84:
そんなわけで、私たちは、チロルチョコを三つに分けた。
凛 「どうぞ!」
真姫 「いただきます」
花陽 「ねえ、真姫ちゃん。
 みかん味のチョコ、おいしい?」
真姫 「うん」
花陽 「自分のこと、好きになれそう?」
真姫 「うん。
 今日の冒険のおかげで、行く前より少しだけ好きになれた」
凛 「少しだけって、どれくらい?」
真姫 「510円ぶん」
85:
そう言って私は、池の水に、510円ぶんの微笑みを浮かべた。
ナルキッソスくんが泉に浮かべた微笑みには遠く及ばないけど、今の私には、これくらいが丁度いい。
86:
そのあと、しばらく三人で景色を眺めていたら、なんと反対側の道から穂乃果たちの姿が見えた。
凛 「あれ、穂乃果ちゃん、ことりちゃん、海未ちゃん!」
穂乃果「おーい、三人とも、元気してた?」
花陽 「うん。元気だよ。
 それにしても、すごい偶然だね。
 公園を別々の方向から一周してたんだね」
真姫 「こんなこともあるのね。
 あれ、でもおかしくない?
 逆方向から廻ってたのなら、どこかで一度すれちがったはずだけど……
 どうして気づかなかったんだろう」
88:
ことり「お互い、遊ぶのに夢中だったからかな」
海未 「春の日は、時間が経つのを忘れるものですからね」
真姫 「そうね。
 私、夢中で女の子と手鞠をついてたから、気づかなかったのね」
89:
そのあと、私たち六人は、電車に乗って戻った。
明日から練習が始まることを確認したあとで、私たちはそれぞれの家に帰った。
こうして、510円ぶんの私の家出は、幕をとじた。
91:
数日後、亜里沙ちゃんと雪穂ちゃんが、最後のライブの後の写真を焼き増しして送ってくれた。
希のくれた写真立てに、その写真を入れた。
エリーのくれた花活けには、水仙の花が活けてある。
集中して作曲したいときは、ピアノの脇に、にこちゃんの缶バッジを置くことにしている。
こうすると、ピアノの脇で嬉しそうに私を見ていたにこちゃんのアホ面が、目に浮かぶのだ。
92:
ピアノを弾きながら、ときどき考えることがある。
卒業した三人に返せなかったものは、たくさんある。
もうそれを、当人たちに返すことはできないかもしれない。
しかし、だからといって、私は私のことを嫌いになる必要はない。
だって私には、まだできることがあるから。
つまり……
93:
【新学期のある日、学校】
雪穂 「あ、やばい、今日体育あったんだっけ。
 体操着忘れちゃったよ」
亜里沙「困ったね。1クラスしかないから、1年生からは借りられないし……
 あ! 雪穂、耳をすませてごらん?」
雪穂 「どうしたの?」
亜里沙「みんなのヒーロー、怪傑マッキーのテーマソングが聞こえるよ。
 作詞作曲は凛さんと花陽さん、編曲は真姫さんなの。
 おお、見えてきたよ、怪傑マッキーとその親友たちの姿が!」
94:
花陽(口伴奏)
 「でけでけでん! でけでけでん!」
凛 (口伴奏)
 「でけでけでけでけでん!」
花陽 「強きをくじきー」
凛 「弱きをたすくー」
花陽 「正義の味方だ!」
凛 「怪傑マッキー!」
真姫 「とうっ!」
雪穂 「三人とも、はっちゃけすぎですよ!
 まるで不審者じゃないですか!
 学校でグラサンしてると、また海未さんに叱られますよ」
95:
真姫 「まっきまっきまー!
 あなたのハートに、まきまきまー!
 笑顔と体操着を届けるぅー?」
雪穂 「えーと、あの……」
真姫 「んー? その名も?」
花陽 (雪穂に耳打ちする)
 「怪傑マッキー」
凛 (雪穂に耳打ちする)
 「怪傑マッキー」
雪穂 「……怪傑マッキー?」
真姫 「スピリチュアルハラショー!」
亜里沙「スピリチュアルハラショー!」
96:
卒業した人に返せなかったものは、今何かをしてあげられる人に、代わりに返すことができる。
高嶺のフラワーたりえない私がしてあげられることは、ほんの少しかもしれない。
それでも、少しずつ、返していきたいのだ。
小銭で返済するヒーロー、怪傑マッキーとして。
真姫 「はい、雪穂ちゃん、体操着。
 よかったら、使ってね」
雪穂 「ありがとうございます」
97:
※ おわりです。
 読んでくれた方、ありがとうございました。
98:
おつまきちゃん
良かった
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