魔王「ならば、我が后となれ」 少女「私が…?」【後半】back

魔王「ならば、我が后となれ」 少女「私が…?」【後半】


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自室に入ると、達磨の椅子がゆれていた
ゆらりとゆらりと、規則的に揺れる椅子
耳に聞こえない音楽があるとすれば、あれはそのためのメトロノーム
魔王はそれを眺めているうちに、僅かに平静さを取り戻せる気がした
あの椅子にだけは穏かな時間が流れている
鎧は部屋を眺めた後、魔王の視線の先をおってそのまま共に達磨を見つめていた
それからしばらくして、こぼすように小さく呟いた
鎧『あの娘御…… 手足を失っておられるのか』
魔王「……」
鎧『病であるならば、気の毒であるな』
魔王「違う」
鎧『では、戦火にでも――』
魔王「違う」
鎧『………?』
403:
魔王「お前には関係無い。あれを気にするならば出て行け」
鎧『………確認しよう。あの娘御が、女神殿であらせられるか』
魔王「何のことだ」
鎧『こちらに、女神様が居られると伺い、馳せ参じた』
魔王「ここにいるのは魔王だ。そのようなものは見た事もない。誰がそういった」
鎧『我が故郷を訪れた、一人の旅の神父殿』
魔王「旅の神父……?」
鎧『お会いになったと聞いている。違うと申すか』
魔王「………」
謁見に来た者だろうか
どのような身分の者が、何を目的に来て、何を語っていったかなど ほとんど覚えていない
魔王「少し、待て」
鎧『うむ』
404:
魔王が机にしつらえられたベルを押すと
間をおかずに一人の侍女が部屋の戸をあけた
魔王「侍女長を。謁見者の過去のリストを持ってこさせろ」
侍女は扉を開けると同時に魔王にそう言われてしまい、
挨拶をすべきか辞去の礼をとるべきか、うろたえたままに半端な辞儀で去っていった
鎧『せっかくの可愛らしきお嬢さんを。魔王殿はその声を聞かせていただきたいとは思わないのかね』
魔王「興味ない。それにお前がいる限り、どうせ聞こえるのは叫び声だろう」
鎧『ははは。そうとは限らぬではないか。黄色い歓声もまた喜ばしいであろうぞ』
魔王「……」
405:
のんべんくらりとした会話など、うんざりだ
魔王は会話を放棄して また、椅子を眺めはじめた
鎧も立ったまま、それに倣う
少しの間動きを止めていた椅子が、また動き始める
ゆらりゆらりと 相変わらずの規則性をもって前後する椅子
達磨はぴったりと瞳を閉じている
ヒュゥヒュゥと僅かに漏れ出る呼吸さえも、笛の音のようだった
侍女長「お待たせ致しました、魔王様――」
ノックの音に気付かなかったのか、
振り返ると既に侍女長が扉の前で辞儀を取っていた
鎧『我輩とした事が。すっかりあちらの娘御に見蕩れてしまっていたようですな』
魔王「……」
鎧も同様であったらしく
甲冑の籠手でヘルムを数度はたいてみせる
自らをたしなめるような仕草は
中身が空洞であることを疑いたくなるほどに人間臭い
406:
侍女長「…………ッ」
鎧『おや? 貴殿は先ほどの、オバケーと叫んでいた麗人ですな』
侍女長「ひっ。近寄らないでください!」
鎧『………どうか、そのように怯えないで頂きたい』
侍女長「お、おおお、怯えてなどいません」
鎧『いいや、やはり怯えておられるはずです』
侍女長「ま、魔王様のお側でお仕えする私が、あなたのような道具になど――…!」
侍女が言い切るより先に 鎧がその足を一歩踏み出す
すると、侍女長はほとんど反射的に半歩 足を引いてしまった
その様子を見て、鎧は苦笑するのを隠すように
片手を軽く握り口元を隠した
そのまま侍女長の前まで行くと、その場に片膝をつき、侍女長の手を取り……
鎧『どうかその様に怯えないでいただきたい… 我輩と恋におちる事に、恐れなど不要である』キリッ
そう、言ってのけた
407:
侍女長「………あ、魔王様。ご所望の書類をお持ちしました」
魔王「確認しろ。旅の神父の謁見があったかどうか、それとその内容だ」
侍女長「かしこまりました」
部屋の脇に設けられている長テーブルの上に書類を広げ
次から次へと目を通していく侍女長
どうやら鎧の事は視野に入れない事にしたようだ
恐怖に勝る感情を手にしたのだろうか
鎧『うむ。淡白なおなごと言うのは、貞節ある良きご婦人となられる証拠』
魔王「黙れ」
鎧『……魔王城とは、かくも冷たき場所であったか』
鎧は、達磨の前に行き
ゆっくりと揺れるその椅子を眺めはじめた
408:
侍女長「魔王様、ありました。こちらです」
魔王「時期と内容を」
侍女長「卯月の謁見者です。北大陸の全土を宣教の為に旅をする神父ですね」
魔王「卯月……」
侍女長「……あら? 確か、こちらは…」
魔王「……なんだ」
侍女長「いえ… こちらの案件、丁度、私も同席していた謁見でございます」
魔王「何? おまえが?」
侍女長「はい。……誠に勝手ながら 臣下様のご命令で、后様の随伴の任を授かり。部屋の隅に控えておりました」
魔王「……………」
随伴の任
側に控えるのではなく、部屋の隅に控えておいて 何が随伴か
409:
そういえば少女はこの城で、その存在を望まれていなかった
恐らくこのように、あちらこちらで少女を監視する者がいたのであろう
やはり、少女にとって魔王城での生活は不自由そのものだったのだ
周囲の様子など気にとめることも無い魔王の横で
どれだけの思いをしていたのだろうか
予想外のことで、改めて再確認させられた気がする
貧しくとも、幸せを抱えて生きていたあの少女は
自らの巣穴にもどっていくことが一番良かったのであろう……と
侍女長「……魔王様」
そっと気遣うような声をかけられ、魔王は思考をとめた
今更 再確認したところで何の意味も無い
410:
侍女長「その……余計なことを申しました。資料を読み上げさせていただきます」
魔王「よい。お前が見たものを、見たままに 覚えている限り話せ」
侍女長「………はい」
僅かな躊躇は、魔王への気遣いであろうか
だが、結局は自分の責務を果たすべきと思ったのであろう
深めの呼吸の後に目をつぶり、当時の様子を思い出していく
侍女長「……そうです。この神父、ほとんど話す事も無く追い出されていた者でございます」
魔王「…は?」
侍女長「元々、臣下様は謁見理由からして気に入らなかったようですが…」
魔王「何があった」
侍女長「女神信仰の神父でした。魔王様に女神の素晴らしさを説きに参ったとか」
侍女長「その身の上を話している途中で、妃様より微笑を賜っております」
魔王「少女が…?」
侍女長「はい。恐らくは、旅の神父を労ったつもりでしょう。それは優しくお微笑みになられたと記憶しています」
411:
魔王「……それで?」
侍女長「神父は直後、魔王様の目の前で神印を切り。手を組み祈り始めたので追い出されました」
魔王「…………」
侍女長「確か臣下様が、処罰をなさいますかと聞いておられましたが…覚えておいででは無いですか」
魔王「……どうせ、俺は『要らぬ』といったのであろう」
侍女長「はい」
魔王「…………」
気付かぬだけで、ほかにもこのようなマヌケな謁見があったかもしれない
今後はもう少し内容を改めるくらいはするべきであろうか、と思わないでもない
412:
魔王「もうよい……。おい、そこの鎧」
達磨の前で
椅子と同じように揺れていた鎧に声をかけた
鎧は達磨をぼんやりと眺めながら、二度目の質問を口にした
鎧『魔王殿… やはりこちらの娘御はご病気で?』
魔王「違うといっている。気にするならば出て行けとも行ったはずだ」
鎧『ふむ… 左様なら、この話題には触れずにおきましょうぞ』
魔王「それより神父だが、確かに謁見したようだ」
鎧『それはよかった。まさか“魔王城”を違えたのかと思っていたところ』
魔王「女神信仰に熱心な神父のようだな。謁見の最中、幻でも見ていたか」
鎧『いいや、確かに仰った。
『魔王殿のお側には女神様がついていらっしゃり… それは暖かい瞳で、囁きながら魔王殿を導いていらっしゃる』―――とな』
魔王「―――っ」
413:
侍女長「それは…… まさか、后様のことでは…」
鎧『后ですと?』
魔王「………っち」
鎧『それは素晴らしい! 魔王殿は女神様を后に持たれているのか。やはり是非とも謁見を――』
魔王「居ない」
鎧『………………今、なんと仰られた?』
魔王「居ない、といった。あれはもう“居ない”のだ」
鎧『女神様に見放されるとは、一体魔王殿は何をしたのか』
魔王「――――黙れ」
鎧『………』
414:
鎧『では、女神殿の居場所を教えていただきたい』
魔王「あれは女神などではない!!!」
侍女長「魔王様」
侍女長に、興奮を窘められる
ここのところ、少女の影―― 達磨に様々な物を与えることで
ようやく多くの感情を払い棄てられた気がしていたのに
予期せぬタイミングで持ち上がった少女の話題は
魔王の胸の痛みをまた蘇らせてしまった
それと同時に、感情が荒れ狂うようなあの感覚も誘引されたようだ
魔王「――???ッ」
ドカリと、八つ当たり気味に 椅子に腰を下ろした
自分がいつの間に立ち上がっていたのかすら定かでない
心を落ち着かせたいのに手段が無い
あの穏かに感じた椅子の揺らめきすらも
今 視界に入れてしまえば、苛立ちのままに蹴り倒してしまいそうだった
415:
鎧『…………何かやんごとなき理由でもあられるのか?』
侍女長「鎧様も、それ以上の詮索はお控えください。無礼者と薙ぎ払わせていただきますよ」
鎧『ふむ…』
考え込むような素振りで、鎧は沈黙した
侍女長も控えめの辞儀をとった姿勢で、その口を閉ざす
苛ただしげに宙を睨む魔王も、無言だ
かなりの長い時間をそうしてそれぞれが黙ったままに過ごした
音を刻まないメトロノームだけが揺れ動き
時折、ヒュゥヒュゥと風を鳴らしていたが――
ようやく、苦しげなほどに落としたトーンで 魔王が口を開いた
魔王「あいつに謁見しに来たといったな……。 何の用だ」
鎧『……ふむ』
鎧『今は居られずとも、戻られることもあるかもしれない。話しておくとしよう』
416:
鎧の話をまとめると、こうだ
元々は数千年の昔、まだこの世界には幻想があふれていた頃
その時代に生み出されたのが この『鎧』だという
役に立つために産まれた、リビングアーミー
元々の彼は、使用者を補佐する事が目的であった
生き物のように言語を理解して、防御や攻撃を行う
だが、あくまで思考力は“思考力”にすぎない
善悪を持たないままに、考えて動くだけの生きた鎧
一人では、いざというときには必要な役目を果たせない
正しいことがわからない、するべきことがわからない
役に立ちたいとは思うのに
命令がないと正しく動くことは出来ない―― そんな鎧だったそうだ
鎧『我輩は武具だ。我輩は武器だ』
鎧『我輩は一人では斬り付けるだけしかできなかった。それでは殺人鬼と同様だ』
鎧『善悪の正体が分からぬからこそ、“善”というものに憧れを持った』
鎧『善でありたいと願い、願うがゆえに 我輩は動けない鎧であったのだ』
417:
魔王「どうやってそれを身につけた」
鎧『一人の男に出会った。その男に、我輩は身を預けることにした』
魔王「は…。その者が悪である可能性を疑わぬとは。やはり所詮は武具の思考か」
鎧『……かの者を疑うのであれば、我輩は他の何をも信じられる気がしなかったのだ』
魔王「何?」
鎧『古の時代に、勇者と呼ばれた彼の男。それが“善”でないとするのならば―― 他に何を信じようか』
魔王「な…… 勇者だと…?!」
鎧『我輩が 唯一、自分の思考で決めた事。それがその男に従い、躾けられる事だった』
魔王「……しつけ、とは」
鎧『彼の信じる教えを学び、忠実に守ることだ』
魔王「……なるほど。思考の模倣か」
鎧『如何にも』
418:
鎧『だが、我輩を躾けた彼はもう居ない――』
鎧『我輩が、この身と思考を安心して委ねていられた彼は、もういないのである』
魔王「勇者、か。和平の実現後も、数代を勇者の名で重ねたと聞いている」
鎧『うむ。我輩は、その最後の“勇者”の遺品だ』
魔王「………勇者は、人に埋もれたのではなく… 死していたのだな」
鎧『彼もその父も、正しき治世を目指して世界を巡っていたと聞いている』
魔王「正しき治世…。なるほど、和平の後の混乱期。その尻拭いに奔走していたわけだな」
侍女長「多様な魔物の生態系の変化があり、随分乱れた時期であったと 歴史で習いました」
鎧『勇者は、過剰な異端排除という殺戮劇の責を負い……』
鎧『一部の魔族に恨まれ、町人の暴動の中で死んでいった』
419:
侍女長「そんな、事が……?」
魔王「勇者の名を冠する者が、歴史にも残らぬ死を迎えていたとはな…」
侍女長「鎧様……」
鎧『……我輩は、リビングアーミー。 勇者を補佐する唯一の相棒。“生きる鎧“であった』
鎧『だが、彼が死んだ今となっては もうその生き様を残すだけの死体も同然だ』
鎧『……ただの鎧でが無い。だが生きる鎧ですら無くなった。すまないが、我輩の事はこう呼んでいただきたい』
鎧『“亡霊鎧”、と――……』
420:
魔王「……身の上はわかった。それで、亡霊鎧よ。おまえはあれに何の用があったというのだ」
亡霊鎧『……かの神父は、女神信仰の使徒である』
亡霊鎧『勇者が付き従った女神の使徒、つまり勇者と同属の者だ。その忠言ならばとここを訪れたのだ』
亡霊鎧『女神による新たな導きと、我が約束を守るために』
魔王「約束……?」
亡霊鎧『彼の者が我に望んだのだ。例えこの命尽きようと、共に理想を守ろうと』
亡霊鎧『彼の者が我に遺したのだ。この身が地に伏し落ちようとも、この願いだけは天に届けよと』
亡霊鎧『今やそれだけが我が思考であり―― 今も、完全な死を迎えぬ理由である』
魔王「……」
421:
魔王「つまり… 正しき治世。その為の方法を、女神に乞いに来たという事か」
亡霊鎧『それもある。が――
魔王「………?」
亡霊鎧『いや……その前に。我輩は武器である。この身、まずは知っていただきたい』
魔王「ほう…?」
シャラリ、と金属の擦れる音が響く
亡霊鎧の抜いた細身の長剣は、鏡にも劣らぬほどに磨き上げられていた
亡霊鎧は 剣を眼前に垂直に掲げ、その刀身に片手を添える
軸足を曲げ、利き足をずりさげると
そのままゆっくりと剣を水平に押し下げるようにし… 降ろした腰の高さで、構えた
亡霊鎧『受けよ。鳴らせ。我が魂―― とくと味わっていただきたい』
魔王「…………」
422:
手首を捻り、刃を立てる
その剣、その構え、その形状……抉るような一突きを放つに違いない
恐らく、致命傷を与えるだけの一撃であろう
一点で刺しにくる攻撃を、防いで見せよというのだ
まるで生身が呼吸するかのように、
上半身がゆっくりと僅かに膨らむように揺れ…… 静止した、その瞬間
亡霊鎧『覇ッッ!!!』
剣の輝きが取り残されるほどの度で、それは繰り出された
ビシッッ!!
魔王「…………」
亡霊鎧『…………』
亡霊鎧の繰り出した剣先が、僅かに魔王の服を裂いた
心臓の、真上だった
423:
亡霊鎧『我輩は充分な殺気を放ったはずだ。……何故、受けぬ』
魔王「………」
亡霊鎧『何故…… 我輩が刺さぬと、分かった?』
魔王「………」
亡霊鎧『――答えろ!!!』
亡霊鎧は激昂し
挑戦状のように その剣先を魔王の眼前に突きつけた
魔王「……まず、興味が無い」
亡霊鎧『何……?』
424:
魔王『それと。もしも俺を斬りにきたのであれば、その剣戟、受けてもよいとおもったかもしれぬ。だが――』
亡霊鎧「……?」
魔王「お前は、『まずは、見てもらおう』といった。目的は勝負ではないはずだ」
亡霊鎧『……相違ない』
魔王「ならば、やはり俺が剣を抜くことは出来ぬ」
亡霊鎧『何故だ!?』
魔王「俺が剣を抜けば、お前はそのままただ消えるだけだからだ」
亡霊鎧『な… なんという自信過剰な。己の力を過信していると――』
魔王「過信? 冗談ではない」
魔王「俺が戦うのであれば、防御など不要。討たれるか、討つかのどちらかだ」
亡霊鎧『―――っ』
425:
魔王「さて。では、聞こうか」
亡霊鎧『何を―――
魔王「今は、手に余るものを抱えていてな。少しでも吐き出したい気分なのだ……」
亡霊鎧『……手に余るもの?』
魔王「治世のアドバイスは出来ぬが、お前にもうひとつの目的があるのならば、確認して、与えてやろう」
亡霊鎧「な……! まさか、そのために我輩を斬らなかったというのか!?」
魔王「ああ」
亡霊鎧『例えこの身を屍にやつそうとも、侮辱は許さぬぞ! 施しは受けぬ!!』
亡霊鎧『ただ乞食の様に与えられるなど――』
魔王「………ふむ。お前はいろいろと、勘違いをしているようだな」
亡霊鎧『っ』
426:
魔王「確かに、お前の剣戟を受けてやっても良いとはいった」
魔王「だが、お前の命など 俺は『要らぬ』。興味が無いとはそういう意味だ」
亡霊鎧『わ……我輩を、殺す価値すらないと言うか!?』
魔王「死にたいのならば、相応しき死に場所を与えてやろう。そこへ行け」
亡霊鎧『………だ、だが。我輩の剣を受けてもよいというのはどういう意味だ。防御も無く受ければ、死に至ることもわからぬのか!?』
魔王「無駄な問いだな」
亡霊鎧『無駄などではない!! それとも、自らの死の方が、我輩を討つよりも価値があると思っているのか!?』
魔王「……逆だな」
亡霊鎧『逆……?』
魔王「この生にこそ、価値は無い。価値無き物を無くすことなど、どうでもいいことだ」
亡霊鎧『……なんと…』
427:
亡霊鎧『……このような、哀れな生き物がいるとは』
魔王「哀れみなど要らぬ。その様なものしか手に入らぬのであれば 質問は終わりだ」
亡霊鎧『貴殿は…一体……?』
魔王「俺は、魔王だ。それ以下にもそれ以上にも、価値を見つけられぬ」
亡霊鎧『………魔王…。勇者と共に和平を導きし救世主ではなかったのか…?』
亡霊鎧『魔王とは、かくも寂しさを纏う生き物であったのか…?』
亡霊鎧『勇者と共に… 理想郷で、平和に生きる事を約束されたのではなかったのか…?』
魔王「つまらぬ。興味も無い。俺は俺で―― ただ、魔王であるだけだ」
亡霊鎧『だが、それでは勇者は……!!』
魔王「 『黙 れ』 」
亡霊鎧『―――ッ!!』
魔王「……はじめよう。これは施しではない。交換取引だ――」
魔王「さぁ、望むがいい――― 俺の持たぬものを、持つ者よ」
428:
ありあまる物を使って
必要なものを手にしよう
ありあまる物を使って
要らぬものを棄ててしまおう
そう
望むものだけを、望むままに手にしていればいいのだから――
亡霊鎧を見つめる黒い瞳
その奥には
飢えた獣にも似た獰猛さが宿っていた
言葉を発せれば
その言葉ですらも獰猛な獣に喰らいつかれそうだった
それほどまでに荒れて血走るような想いが
魔王の瞳の中に宿っているように見えたのだった
434:
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亡霊鎧『待て…… 待ってくれ。考える時間を与えて欲しい』
魔王「………」
亡霊鎧は、そのまま黙り込んでしまったし
侍女長は資料を片付け始めた
魔王もまた ゆっくりと瞳を閉じて冷静さを取り戻そうとしていた
ガタ……ガタン!!! ガタンッ! ガタ、ガタンッ!
だからその物音は、静かな部屋で異様なほどによく響いた
侍女長「………お嬢様!?」
魔王「!」
435:
振り返り見ると、達磨がその短かな脚で椅子の上を跳ねている
まるで立ち上がろうとするかのように腰を浮かしては、力尽きて座面におちる
達磨娘「ヒューー!! ヒューーーーーッ!!!」ググ…! 
侍女長「お嬢様! どうなさいました、大丈夫ですか!?」
侍女長は達磨娘へと駆け寄り、その身を支えた
揺り椅子がしっかりと安定した作りになっていなかったら
達磨は今頃 とっくに椅子から転げ落ちていただろう
亡霊鎧『あ… い、いかがなされたのだ。あちらの娘御は…』
魔王「侍女長、何か分かるか」
侍女長「これは……。 衣服が… ぬれています」
魔王「粗相か…? しばらく手を離していたからな」
亡霊鎧『おっと、これは失礼。…手足が無いとは不便なことですな。娘御には厳しいであろうに……』
魔王「しかし、世話が足りず抗議をするだけの意思を持っていたとは。それは良――
侍女長「―――これはッ! 違います!」
魔王・亡霊鎧「『??』」
436:
侍女長「魔王様! 申し訳ありませんが、ベルを鳴らしてくださいませ! 至急に医術者を呼びます!!」
亡霊鎧『ベルとはこちらであろう。我輩が呼ぶ』
亡霊鎧はそういいながら机に駆けてベルを押し
そのまま止まることなく魔王の私室のドアを開け放った
廊下に向かって大声で人を呼ぶ亡霊鎧
あたりに人気が無いのを知るや否や、部屋を駆け出していってしまった
魔王「…何があった?」
侍女長「破水です。――恐らく、陣痛の痛みがあると思われます」
魔王「何……?」
侍女長「今、敷物を用意致します。 お嬢様を横にしてさしあげなくては…!」
魔王「俺のベッドで構わぬ」
437:
達磨娘を支えていた侍女長を退かすと
魔王はその役を代わり、そのまま椅子から持ち上げて横抱きにした
達磨娘は腰に力を入れて足を突っ張り
口に開いた穴からは苦しげな呼気を漏らしている
侍女長「ですがひどく汚れて――…!
魔王「構わぬ。使えなくなるようならば全て新調すればよいだけの話」
侍女長「―――ありがとうございます!」
達磨の顔をよく見れば、瞳を閉じているだけではなく、眉を僅かにしかめていた
一目瞭然に…… 堪える表情をしていた
魔王(……ちっ。椅子の動きばかりに目をやっていた)
ベッドに横たわらせても、いまだその腰を突っ張ったり曲げたりを繰り返している達磨娘
まるで、芋虫がしゃくとるかのようにも見え…… 魔王は目を逸らした
438:
侍女長「申し訳ありません…! 様子の変化に気付くのが遅れました!」
魔王「……そういえば、さきほどから一定のリズムで椅子を揺らすのを繰り返していた」
侍女長「!! 陣痛には波がございます…! 魔王様、揺れの間隔を覚えていらっしゃいますか!?」
魔王「間隔……? 体感程度ならば」
侍女長「どれほどでしたか!?」
魔王「つい先ほどまでは、3?4分おきに 2分程度のゆれを繰り返していた」
侍女長「………!!」
魔王「その前はしばらく見ていなかったが、俺が部屋に戻った頃から一定間隔で揺れていたように思う」
侍女長「そんなに、前から……」
魔王「……異常なことなのか?」
侍女長「――っ 完全に産気づいています! 魔王様、失礼致します!」
439:
侍女長はベッドの上の達磨の衣服を剥ぎ取っていく
ドレスの足元は惜しげもなく斬り破られた
それから慌しげに給湯用の小さな水場でその手を洗うと、
達磨の下半身を晒し―― おもむろに、その指を達磨の膣に差し入れた
魔王「何を……」
侍女長「私は、淫魔の血を引く魔族でございますゆえ!」
魔王「……?」
侍女長「医療技術は持ち合わせなくとも、こちらは御家芸のようなもの! どうかご安心ください…!」
魔王「………なるほど」
侍女長「……っ 子宮口を確認いたしました」
魔王「……?」
侍女長「指先では…はっきりとわかりかねますが…っ 開口、およそ11cm!」
侍女長「つまり………… いつ、子が降りてきてもおかしくありません!!」
魔王「なっ」
440:
侍女長「ああ、医術者はまだなのでしょうか! 私ではお産の補助とケアまでは…!!」
亡霊鎧『お待たせ申した! 医術者とやらを連れて来ましたぞ!!』
開け放たれたままの扉から、亡霊鎧が飛び込んできた
その肩に白衣を纏った医術者をかついでいる
侍女長「亡霊鎧様…! ありがとうございます!!」
達磨娘「???????ヒュゥっ!!! ????ヒュゥゥゥッ!!!!!!!」
侍女長「お嬢様!!」
医術者「これは…! 陣痛ですね!?」
侍女長「先ほど、私が子宮口を確認いたしましたところ………――
遅れて、数名の侍女たちが それぞれに様々な物を抱えて部屋にはいってきた
律儀に魔王への辞儀をとる侍女達に、辞儀は要らぬと伝えて部屋に通す
あっという間に部屋は慌しく動く者達に占拠された
魔王はベッドの上で身悶える達磨を見て、やはり目を逸らすしかできない
441:
亡霊鎧『このような場に、我らのような者は不似合い。外へでていましょうぞ』
魔王「……ああ」
部屋の戸は開け放したまま、廊下に出た
どこへ行くともなく、そのまま歩みだそうとして 亡霊鎧に止められる
亡霊鎧『どこまで行かれる。お産は、女性の戦場とも聞きますぞ?』
魔王「……出ていようと言ったのはお前ではないか」
亡霊鎧『相違ない。だが放っておくとも申してはおらぬ』
亡霊鎧『我らが戦地に赴くときに、女性達がそうしてくれるように……』
亡霊鎧『我らもまた、祈りを捧げ、じっと控えて待つのが良いかと』
魔王「………」
部屋の出入り口からさほど離れない場所に
採光とデザイン性のため、出窓のように外へとつきだした窪地があった
亡霊鎧の意見でそこに連れられていき
飾り台と花瓶の置かれた窪地の両脇に立って待つことになった
442:
亡霊鎧は、部屋から侍女が駆け出してくるのを見ると
その者を抱えて 行き先へと駆けて届ける、というのを繰り返す
侍女を腕に抱いて駆けるその姿は
戦地で逃げ遅れた者を助けに奔走する『勇者』の姿を彷彿とさせた
魔王はそれを見ながらも、自らはどうすることもなく
窓から外を眺め、自室から聞こえてくる声をずっと聞いているのみ
空気をつんざくような、笛のような声が時折、響く
達磨娘が、その開かない口で叫んでいるのであろう
魔王(……………っ)
揺らめく椅子は、陣痛を耐えていたのか
あれは、彼女なりの必死の呼び声だったというのか
見ていたし、知ってもいたのに“気付けなかった”
まるで音楽のようだとすら思って、癒されもしていた
苛立ち紛れに蹴り飛ばしそうにもなったし
そうしてしまうのを恐れて目すら逸らした
443:
声も脚も腕も無い彼女は
助けを求めることもできず、空想にひたって痛みを逃がしていたというのに
肝心なときには何も見ないふり―――
『望むものを望むとおりに与える』
それは、どれほどに難しいものなのだろう
魔王(……何故、俺にはできないのだろうか)
少女からもらった優しさや幸福感を、あの達磨に渡してやるつもりだった
あの達磨のもつ暗鬱とした気配を、それで消し去ってしまいたかった
少女が魔王にしてくれたような、優しい行いを真似したはずだ
少女が喜んでくれた事と、同じ行いをしてみせたはずだ
それなのに、優しさも喜びも うまく与えられなかった気がしてくる
何故、少女があんなにも簡単に俺に渡して見せるものを
俺は与えてやる事が出来ないのだろう
444:
消してしまいたいのに
あんなにも惨めで哀れで救いようの無いもの―― 消してしまいたいのに
だって、そうだろう
まるで、少女にもそんな未来があると言わんばかりではないか
あの達磨の暗鬱さは、そんな不吉さを匂わせるではないか
なら、消してしまいたいだろう
あの達磨に、幸福や喜びや満足感を与えて満たしてやることができれば…
少女にだって、何があっても幸せでいられる未来があると 信じられそうではないか
魔王(……そう、信じていたいじゃないか…………)
亡霊鎧『……―――魔王殿!!!』
魔王「!」
445:
呼びかけられて我に返る
いつの間にか、亡霊鎧も戻ってきていたらしい
自室からは、さきほどよりもずっと慌しい声が聞こえている
亡霊鎧『魔王殿、今のは――!!』
魔王「……何があった?」
亡霊鎧『聞いて… おられなかったのか…?』
魔王「何をだ…?」
亡霊鎧『……………………先ほどの… 娘御の、ひときわ大きな悲鳴を…』
魔王「………………っ」
叫べないはずの達磨が、叫んだという
その声は、一体どのようなものだったのだろうか
446:
:::::::::::::::::::::::::::::::::
結論から言うと、死産だった
産中の『胎盤剥離』、それが死亡の原因だったという
助産をしていた侍女の一人によって、そう伝えられた
助産女「お腹の中では、子は胎盤を通じて 空気も栄養も…全てを母体からもらっています」
助産女「本来であれば、産後に胎盤ははがれ落ち、子宮外に排出するものです」
助産女「それを後産というのですが… 今回はまだ子のいるうちに胎盤がはがれてしまいました」
魔王「何故、そんな事がおきるのだ。侍女長が指を刺し入れたせいか?」
助産女「いいえ… それは私でもする産前の処置でございます。万全な衛生管理の元ではありませんが、適切でした」
魔王「では、俺が陣痛の最中に移動させたせいか」
助産女「いいえ…そのように自らをお責めにならないでください」
魔王「責めているわけではない。原因を知ろうとしているだけだ。一体、何故そうなった」
助産女「……はっきりとした原因はわかりません。外的要因があるのかどうかさえ…」
魔王「……」
447:
魔王「理由も分からぬまま… 生まれることもせず、赤子は死ぬものなのか…?」
助産女「……稀ではありますが… 起こりえない事ではございません」
魔王「腹の中では、生きていたのだろう。生まれようとして死ぬと?」
助産女「魔王様……」
魔王「それまで赤子を生かしていたのもその胎盤なのだろう? その胎盤が、何故直前になって子を殺してしまう?」
助産女「……それは」
魔王「満たそうとしているのに。……何が、あの娘を傷つけるのだ」
助産女「………申し訳ありません。私では… お答え、しかねます……」
魔王「………」
魔王の部屋の中では、未だに治療が行われている
助産女はその手伝いがあるといい、逃げるように部屋に戻っていった
448:
しばらくして、別の医術者達が駆けつけてきた
侍女達は 心得のある者を数人残して部屋を出てくる
その入れ替わりの中、侍女長も部屋を出てきた
魔王の姿をみかけて、ゆっくりと近づいてくる
侍女長「……魔王様…」
魔王「死産だそうだな」
侍女長「……はい。お嬢様は非常に頑張ってくださいました」
魔王「………俺には… よくわからない。俺が何か、してしまったのかと思っていた」
侍女長は静かに顔を横に振る
沈痛。まさにその表現がぴったりな面持ちをしていた
侍女長「………私が思うに…」
魔王「………?」
侍女長「無事に産気づくまで、流産しなかったことこそ奇跡的です」
魔王「何が言いたい」
449:
侍女長「……お嬢様の境遇。体力としても環境としても……よく、ここまで育ったと」
魔王「生まれてこなかったがな」
侍女長「………いいえ。胎内でも、宿ったならばその時点で生命は生まれているのです」
魔王「詭弁か、慰めか。そのような物にどのような意味が――」
侍女長「とても愛らしい、男の子でした」
魔王「っ」
侍女長「……胎盤剥離なんて、窒息死のようなものです」
魔王「……」
侍女長「それでも、とても愛らしいお顔をした男の子が出てきました」
侍女長「………女性の身体なんて、わからないことだらけ。人が人の中で育つだなんて、謎としかいいようがありません」
魔王「………」
450:
侍女長「子を宿すと… まるでその子が自分で用意するかのように、母体に様々な変化が起こるのをご存知ですか?」
魔王「母体が、子を産むために変化するのであろう?」
侍女長「母親が自分で整えるならば、もっと便利に変化させるんじゃないでしょうか……」
魔王「?」
侍女長「味覚や嗅覚まで変わるといいますよ。まるで、腹子がそちらの方が好みだとでも言うように」フフ
魔王「ふむ。それは確かに、母体にとっては必要性がわからぬ変化だ」
侍女長「……お嬢様のお腹は、よく動いてらっしゃいました。余程、やんちゃな男の子だったのでしょうね」
侍女長「あんな境遇にあった母体のことなんてつゆ知らず、元気に育っていたのでしょう…」
魔王「元気に? 何故分かるのだ」
侍女長「ふふ。赤ちゃんは、3570gもありましたよ? お母さんの体を考えると、あまりに大きすぎです」
451:
魔王「……そんな塊を、10ヶ月も腹に入れていたのか」
侍女長「ええ。落としもせず、弱りもせず……」
侍女長「きっと、余程 お嬢様のお腹は居心地がよかったのでしょうね」クス
魔王「………そうか」
侍女長「………きっと、本当に居心地が良かったんです」
魔王「……?」
侍女長「お腹の外になんか出たくないって思っちゃうくらい、気持ちよかったんじゃないでしょうか」
魔王「何を……」
452:
侍女長「お腹の中で、元気いっぱいで、もう満足で」
侍女長「だからきっと、もう一回 お腹の中を味わうために“生”をやり直しにいったんですよ」
侍女長「母体の負担も考えずに、あんなに大きくなるほどヤンチャな子ですもの」
侍女長「きっと、自分でスイッチを切ってしまったんです」
侍女長「『満足だったから、もういいよ。またね!』って…。終わらせてしまったのではないでしょうか……」
魔王「………」
侍女長「そう思ったら…… 駄目でしょうか?」ニコ…
侍女長「そう、信じて見送ってあげたら…… 駄目なのでしょうか? 魔王様――……!」
侍女長は、静かに大粒の涙をこぼした
真実なんて分からないのなら、信じていたいのだと
信じてあげたいのだと―― 侍女長は、泣き続けた
魔王はその問いに、答えることはできなかったが
その代わりに、誰しもが『信じたい』ことがあるのだということを知った…
453:
部屋ではまだ、処置が続いている
剥がれた胎盤の影響で、母体にも大きな危険があるらしかった
魔王城の医術者の質は、大陸でも一級品だ
母体については、危険だが必ず生かしてみせると医術者が息巻いている
そして、部屋では同時にもうひとつの治療も進んでいた
出産の痛みによるものか……
それとも死産によるショックによるものだったのか、魔王は知り得ない
だが 達磨の口は、叫びのあまりにひどく裂けてしまっていたのだ
部屋ではその治療と再形成の為の処置も、同時に行われていた
454:
::::::::::::::::::::::::::::::::::
それから、約1ヶ月
魔王の部屋の隅にしつらえられた
柵つきの小さなベッドにヒトが集まっている
魔王、侍女長、亡霊鎧
そして医術者と、手伝いの侍女だ
医術者「包帯とガーゼを外しますね」
侍女「消毒と清掃を致します」
医術者「…………これで、ひとまず様子をみてみましょう」
侍女長「もう、口を動かしても?」
医術者「ええ。リハビリと思ってゆっくりと開口練習から始めるのが最適です」
医術者「これまで通り経口食は避け――……
医術者は侍女長に今後の注意事項などを伝えていく
魔王がその内容に関心を持たないのを察すると
『詳しくは、後ほど』と侍女長に言い置いて、礼をして退室していった
455:
クッションを背もたれとし、立てかけられるような姿勢の達磨娘
ここのところ、その眼はずっと一点を見つめている
今はすっかり収まった、腹のあった場所だ
魔王「………」
侍女長「お嬢様……鏡を、ご覧になりますか?」
達磨娘「………」
侍女長「もう、その口は開くのですよ…?」
達磨は ピタリ、と呼気すら止めた
そうしてゆっくりと目を閉じ、一度だけ 顔を横に振る
魔王「声が出るか。喋れるか。それだけでいい、確認させろ」
達磨娘「…………」
達磨娘「……あ、ぁ」
456:
侍女長「! お嬢様……! 良かった…!」
亡霊鎧『はっはっは。やはり美しき女性の声を聞かせてもらうというのは、喜ばしいものですな!』
侍女長「あなたは黙っていてください!」
亡霊鎧『よいではないか。話をしていれば、会話にもはいりやすかろう? はっはっは!』
侍女長「あなたの声で、お嬢様の声を聞き漏らしたらどうするのです!」
亡霊鎧と侍女長の掛け合いは騒々しいほどだった
達磨が一声発しただけで、この騒ぎ
魔王は、自分が謁見室で
同じように「ああ」と呟いた時にも、ざあめきが起こったことを思い出していた
魔王(何もしない者が動き出すというのは、本当に注目を集めるものだ)
魔王(当人にしてみれば愉快なものではないのは知っている)
魔王(だが……、確かに それ以上の反応を期待したくなるのも わからなくない)
もう少し、他の言葉が聞いてみたい
喋れるようになったのであれば、いろいろと聞いてみたいこともあった
そんな事を、つい思ってしまう
457:
魔王「おい」
達磨娘「…………」
返事が無い
今までと変わらず、うつろな物思いに耽ったような表情は変わらない
魔王「……お前は、喋れるようになっても… まだ、空想の中にいるのか?」
達磨娘「…………」
達磨の顔が、ピクと動く
ゆっくりと目を開き、顔を上げて… 魔王を、見た
魔王「………ふむ。何かいいたげだな」
458:
達磨は、しばらくぼんやりとした焦点のままで 魔王を見ていた
次第にゆっくりとその焦点が定まっていき……
目が合ったその時に、口を開いた
達磨娘「お…
魔王・侍女長・亡霊鎧「「『………お?』」」
達磨娘「……おお、か み… さん…?」
魔王「……………は?」
開口一番に、魔王を『狼』と呼んだ
それには皆、頭に疑問符を並べるしかできなかった
459:
ともあれ、意識があり会話が出来るとわかったのだ
包帯を外したばかりで会話をさせるのもよくないだろうという配慮の元
その日のうちは言葉を求めるのはやめておくことにした
魔王と亡霊鎧は席をはずし、部屋には侍女長と達磨だけを残した
侍女長は、達磨に身体のことや子供のことなどをゆっくりと話すそうだ
達磨がどれだけ自らの状況を把握しているか分からないから、と
夜になると侍女長は、魔王に嬉しそうに報告をしてきた
達磨はひととおりの話を聞き終えると、小さく頷いたそうだ
そして一言、はっきりとはしなかったが…
恐らく『ありがとう』と、口にして…… そのまま眠ったらしかった
何に感謝をしたのかは、わからない
魔王が部屋に戻った時には、達磨は 黙って宙をみつめていただけだ
魔王(感謝をする者が、ああも悔しげな瞳をするだろうか)
達磨に聞きたいことが、ひとつ増えた
468:
::::::::::::::::::::::::::::::::::
翌日 
朝食を終えると、誰とは無しに達磨のそばへとヒトが集まっていた
魔王(……すっかり亡霊鎧まで居座ってしまったか)
椅子に腰掛け 脚を組み、達磨のほうを眺める
小さなベッドの両脇に立つ侍女長と亡霊鎧は、先ほどから何やら言い合っている
侍女長「??っですから、貴方のような方はお嬢様に近づかないでください!」
亡霊鎧『よいではないか、我輩は魔王の后殿への用向きで参ったのだぞ』
侍女長「それがどうしてお嬢様に近づくことになるのです!?」
亡霊鎧『いや、まったく魔王殿もスミにおけませんな。関心致しかねますぞ』
突然に名を出され、魔王は亡霊鎧の声に耳を傾けた
469:
亡霊鎧『女神様を妻にし、さらに妾をとるなど…』
侍女長「め…妾!?」
魔王「妾だと? 何のことだ」
亡霊鎧『おや、違ったのですかな? ではご息女であらせられるか』
亡霊鎧はベッドの上に座らされている達磨のほうを見て答える
魔王は達磨娘のことを話しているのだと気づき、小さく溜息を吐いた
魔王「ソレのことならば、そのどちらでもない」
亡霊鎧『ほう?』
侍女長「ま、魔王様は独り身であらせられます! 少女様とは正式な婚儀を前に離… あ」
魔王「……」
侍女長「……正式な婚儀を執り行っておりませぬゆえ…その…」
魔王「……構わぬ。事実だ」
470:
魔王城では、確かに事実上の后として少女を取り扱った
だが、魔王と言う立場である以上 正式に“后”を迎え入れるには時間がかかる
そして、それに至る前に――
魔王(…………ちっ)
胸が、痛む
気まずい空気が流れようとした瞬間、亡霊鎧の声がそれを遮った
亡霊鎧『いや、しかし。魔王殿は女神様を后としてお迎えしたのでは…?』 
魔王「……女神ではない。ただ、后として連れ帰った娘がいる。しばらく側に置いておいた。正式に婚儀を結ぶより先に返した。何か文句があるのか」
亡霊鎧『……なんと。 ではこちらの娘御を正室に?』
魔王「は?」
侍女長「…………」
侍女長も、亡霊鎧と一緒になって魔王の返答を待っている
恐らく、魔王がどのようなつもりで達磨を引き取ったのか考えあぐねていたのだろう
当初から『お嬢様』と呼び、達磨に最上級の世話を用意したことも
今思えばその可能性を考えていたからこそ… と、納得できる
達磨を、后候補であった少女のように大切にしていた魔王を思えば
次の后候補と考えても… 理由に謎こそ残るが、おかしくはない
471:
魔王「………そのようなつもりはない。コレはコレであるだけだ」
侍女長「……左様でございましたか」
魔王「……」
亡霊鎧『……? いや、しばし待たれよ。魔王殿』
亡霊鎧は、いちいち格好をつけたように考えるポーズを決め込む
表情も容姿もないからこそまだ見られるが
中身があり器量が悪ければ目も当てられないだろう……… 
そんな事を思いついた時だった
亡霊鎧『………では、こちらの娘御の、ご主人はどちらの方なのだ?』
侍女長「っ」
魔王「……」
472:
亡霊鎧『……ご不在なのか? それともまさか既にお亡くなりになられているのか?』
侍女長「……詮索はおやめくださいと申したはずです」
亡霊鎧『だが、子の墓標には刻むべき名もあろう? 名を決めるにしろ聞き出すにしろ、父親が――…』
侍女長「それは…っ!」
魔王「………腹子は、どこのものとも知れぬ夜盗の子らしい」
亡霊鎧『…………なんと?』
侍女長「魔王様……。 お嬢様がこちらにいらっしゃいます。そのように仰っては…」
魔王「事実確認もしていない。嫌ならば、嫌だと言う口も既にあろう」
侍女長「ですが」
亡霊鎧『……こちらの娘御。病気や戦争による手足の欠損ではないと申されたな。お伺いしてもよろしいか』
亡霊鎧は達磨娘を見つめながら そう尋ねた
その姿は、憂うべき事態を前にし、事情を聞きだそうとする勇者の姿を想起させた
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・
473:
亡霊鎧『なんと惨い……このような若き娘にそのような事が?』
魔王「そう、聞いている」
侍女長「……」
侍女長は、達磨娘を気遣うように 先ほどからその背を撫ぜている
ベッドの脇に座して表情を伺う侍女長の姿はどこまでも優しげだ
亡霊鎧『………墓標に刻む名の心配どころか、腹子の墓など元より不要だったか』
侍女長「! どういう意味です!!」
亡霊鎧『失礼。だが、その……』
言葉に悩むように、歯切れが悪くなる亡霊鎧
意図がわからない以上、聞き出すより他は無い
魔王「構わぬ。言え」
474:
亡霊鎧『……望まぬ姦通ゆえの子であったのならば… 娘御にとっては 腹子もまた、忌々しき子であったのではないか、と』
魔王「………なるほど。考えてはいなかったが、それも一理あるな」
侍女長「そんな!? 腹子には何の罪もありませんでしょう!? お嬢様の子であることに代わりありません!」
亡霊鎧『だが、望む血を引くわけではあるまい。むしろその存在は恥辱の証明に……』
侍女長「違います!! 違います、違います!!」
魔王「……侍女長?」
侍女長「!」ハッ
亡霊鎧『…………興奮させてしまったようですな。そう、おかしな考えだったであろうか』
侍女長「父親が…… 母の亭主でなければなりませんか?」
魔王「俺にはわからぬ」
亡霊鎧『……褒められたことでは無いが…。それでも心当たりがあれば、そこには情もあったと推測できる』
亡霊鎧『しかしながらこの娘御の場合は…… 事情が違うであろう?』
侍女長「………っ ですが!」
475:
魔王「侍女長。何か、言いたい事があるならば言うがいい」
侍女長「……私は…」
侍女長「私は… 淫魔の血を引いておりますゆえ…」
亡霊鎧『…………淫魔…? っ!』
亡霊鎧『……いや。これは、知らぬこととはいえ、申し訳ない』
魔王「どういうことだ?」
亡霊鎧『もう結構。あまりに浅慮な物言いを改めて謝罪しよう』
魔王「説明しろ」
亡霊鎧『魔王殿!』
侍女長「……魔王様」
魔王「なんだ」
侍女長「淫魔の血を引く一族の女は、大半が娼婦として生計を立てているのはご存知でしょうか」
魔王「確かに、それは聞いた事があるな。だがお前は違うはずだ」
侍女長「はい。こちらの魔王城でお勤めさせていただくわけですから、私や母も、決して昌館あがりの身分ではございません」
魔王「ならば……」
476:
侍女長「ですが、私自身は 母が意に沿わぬ姦通の上に授かった子でございます」
魔王「……」
魔王「……ふ」
魔王「立て続けに強姦被害の関係者とは。魔王である俺に、国内の治安の悪さでも訴えるつもりか?」
亡霊鎧『………魔王殿はご存知であられぬご様子』
魔王「何?」
亡霊鎧『我輩が説明致そう。淫魔族の歴史を』
侍女長「………」
477:
淫魔。
古の時代には、性を求めさまよう色情魔として恐れられた
枯渇するほどに人間の性を吸い尽くし、その魂までをも吸い上げる
淫夢にまぎれて現れ、その快楽に溺れさせたままに死に至らせる…恐ろしい魔族であった
だが、勇者と魔王の和平が締結し
魔術の委棄と衰退の中でそれらの力は消えうせてしまった
残されたのは “色情魔”“快楽の化身”――そのようなイメージだけ
力を失った彼女たちを待ち受けていたのは
人間に性道具のごとく扱われる、あまりにも惨めな末路であった
元々、力をもった魔族であった彼女らはプライドが高い
自らの尊厳を保つために、高級昌館を作りそこに“招き入れて”性を与える――
そう流れていくのは、当然の事のようだった
大多数の淫魔族の女性はそのどこかに収まった
自らの保身のため、またその誇りのため、彼女たちは上級娼婦として生きる道を選んだのだ
はした金ではとても買えない、淫靡な美しき娘達
さらにはその性技。客の中にはそれに魅せられて財産を全てつぎ込んだものも多いという
魔力を失ってなお、彼女たちは“淫魔”であり続けた
478:
その一方、昌館に属さなかった者もいた
既に想う相手がいる者、幼い子を抱えた者、既に年を重ねたもの……そういった女性達だ
彼女たちは、有名になりすぎた高級昌館の影で、一層の恐怖に晒されていた
『買えば身を滅ぼすほどの高級娼婦が、落ちている』
人間たちは彼女らを見つければ、さも幸運といわんばかりに――……
情欲のままに、穢したのだ
侍女長「……学を身につけ、礼儀を習い、“奉仕者”としてお屋敷勤めをする。そうすることで、私たちは自らの保身をしています」
侍女長「私の母もまた、大商人様の元で屋敷勤めをしておりましたが……」
侍女長「商談の帰り、港の混雑で商人様とはぐれてしまい…そのまま、と」
魔王「………なるほど」
479:
侍女長「……お嬢様に、私自身もどこか母の面影を重ねていたのでしょう」
侍女長「子の誕生と知り…… 母の苦労や自らの境遇を重ね、過ぎた感情移入をしてしまったようでございます…」
侍女長「……勝手な振る舞いを致しました…。お詫び申し上げます……」
魔王「……“子”…か」
魔王「その価値は、誰が定めるものであろうか」
侍女長「……ヒトが…ヒトの価値をつけるのは難しゅうございます…」
亡霊鎧『……こちらの娘御は、どのように想っておられたのであろうな…』
亡霊鎧『賊を。子を。自らの運命を。その、価値を。……――どう、感じておられるのだろうか』
祈るように
願うように
亡霊鎧が、そう問いかけた時
達磨は一筋の涙を流した
達磨娘「…………ぁ……」ポロ… ツー・・・
480:
侍女長「お嬢様……?」
亡霊鎧『……やはり、しっかりと聞いておられたのか』
魔王「聞いていたならば、話は早い」
魔王「――…お前は、何を… どう、望む?」
達磨娘「………………」ポロ、ポロ…
亡霊鎧『……酷な事をお聞きなさる』
魔王「……」
侍女長「魔王様……あまり早急に求めてはならないかと…」
魔王「ふむ……」
魔王「………まあいい。以前にも同じ忠告をされた覚えがある」
侍女長「ふふ。確かに申し上げた記憶がございます」
481:
魔王「ここにいれば問い詰めてしまいそうだ。今日も俺は席を外していよう。……侍女長は、今日一日 こいつの側に」
侍女長「かしこまりました」
魔王「亡霊鎧」
亡霊鎧『ふむ。我輩を供にお連れくださるつもりかな、魔王殿?』
魔王「ああ。よくはわからぬが、以前に忠告された際 『男性は特に、早急に求めてはならぬもの』と言われた」
亡霊鎧『』
魔王「亡霊鎧に性別があるかは分からぬが、男性であるならば控えるがいいのだろう」
亡霊鎧『………いや、自我は男であると認識しているが…』
魔王「ならば来い」
踵を返し、ドアへと向かう
一瞬の間を置いて、亡霊鎧が追いかけてきた
482:
部屋を出ると、亡霊鎧は神妙な面持ちで横に並んで歩く
しばらくしてから、意を決したように 低く問いかけてきた
亡霊鎧『……以前の忠告と言っていたが… 魔王殿はその際に、何を早急にお求めになったのだ……?』
魔王「ふむ……。 確か『頷くくらいできるだろう』……という様なことを、言った気がするな」
亡霊鎧『なんと。羨ま…ではない! 魔王殿、強引などあってはならぬ! そのように高圧的な求め方など、騎士道に反しますぞ!!』
魔王「?」
魔王はその後、およそ3時間もの間
庭先の椅子に腰かけ、横に立つ亡霊鎧に説かれ続けた
騎士道、勇者道、王道、紳士道……
どれもこれもが魔王の学んだ帝王学とは違う箇所があり、興味深いものがある
また亡霊鎧は語りだすのがとても上手く、魔王はその説法に、珍しくも真剣に聞き入った
483:
亡霊鎧『コホン。で、ありまするから、魔王殿。力技にも手順とルールがあると理解していただけたかな』
魔王「うむ」
亡霊鎧『力強く男性的な魅力を生かすにしろ、強引にYESを求めては女性の心は開きませぬぞ』
魔王「…?」
亡霊鎧『それにしても羨ましい…。女神様に娘御、それに侍女長殿。多種多様、まさによりどりみどりですな、はっはっは』
魔王「は?」
亡霊鎧『おっと。心を開くというより、これではまさに“女体を開く”と――…
魔王「………………」
亡霊鎧が危惧するものが『情事の手順』であると気付いた時
魔王は渾身の力で持って 亡霊鎧のヘルムを掴み、遠く彼方へと投げ捨てた
484:
:::::::::::::::::::::::::::::::::::
侍女長「……言葉は、もう出ますか?」
達磨娘「言葉…。……………私の、声…?」
侍女長「ふふ。自分の声も、お忘れになられてしまいましたか?」
達磨娘「…………私の……声…」
達磨娘と侍女長は、魔王の部屋で
魔王と亡霊鎧の様子を眺めながら、ゆっくりと言葉を交わしていく
達磨が、僅かにでも言葉を漏らすようになったのは
侍女長の身の上話を聞いていたからか
侍女長「魔王様がいてくださいます。もう、安心なさってよろしいのですよ…?」
達磨「………」
それでも、どこか自分の世界に閉じこもりがちな達磨
侍女長は穏かに、何度も、優しく同じような問答を繰り返し続けた
そして、数時間もかけて、ゆっくりと心に触れていく
達磨はゆるやかに警戒を解きながら……段々と、視界に納めるものを増やしていた
485:
侍女長「お嬢様。……私たちは、決してお嬢様を悪いように考えてはおりませんよ」
達磨娘「……」
侍女長「魔王様だって……確かに恐ろしげな風貌をお持ちではいらっしゃいま……す…、が」
達磨娘「………あ」
魔王の話になったことで、二人の視線は窓の外の魔王に向けられていた
それまで椅子に座り、亡霊鎧と向かい合ったまま微動だにしなかった魔王の姿
何時間もそうしていただけの魔王が、突然に立ち上がり、放ったまさかの剛球
侍女長「……………」
達磨娘「……………」
魔王達のその様子を部屋の窓から見ていた二人は
唐突すぎる魔王の行動に目を丸くし……
侍女長「………っ、ふ」クス
達磨娘「ぁ、れは…」キョトン
486:
侍女長「ぁ。や。な、何故急に…フフ、魔王様ったら、怖い方だとお話してる時に、そんな…フフ、ァハ」クスクスクス
達磨娘「………おおかみ、さん…?」
侍女長「あれは魔王様ですわ、お嬢様……フフ。あら…止まらなく…」クスクス
あまりの可笑しさに、笑い出した侍女長
それをキョトンとした表情で見つめる達磨
窓の外の景色と、部屋の中の景色。それに、自分の身体
いろいろな物を交互に見回してみる
空を飛ぶ銀色の兜
慌てふためく首なし甲冑に、頭を抱えて憂鬱そうな“怖い狼”
狼の恐ろしさを語るに語れず、笑いの止まらない“蟻さん”
驚くほどに身軽になってしまった自分の身体は
まるでイカリを無くした船のように、そのまま浮いて流れて行きそうだと感じた
何もかもが、知っている物と違った
誰かがいつの間にか、達磨の“現実”を摩り替えてしまったようだった
487:
達磨娘(…………どうして…?)
見つめたくなかったはずの現実が
気がつけば、空想よりもずっと可笑しいものばかりになっている
…ギィ
物音を聞き取った達磨は
視線を笑い続ける侍女長からドアへと移す
伏せたままの瞳で、億劫そうに入ってくる魔王が見えた
魔王「予定外だが、戻っ…………」
侍女長「クスクス」プルプル
魔王「……? 侍女長、どうした」
侍女長「っ、は! こ、これは魔王様! 失礼致しました!」
達磨娘(……え? 外にいたのに、もうお部屋に…?)
達磨娘(……ああ、そうね。きっと走ってきたんだわ。狼ですもの)
488:
魔王「……なにやら娘の方も様子が違うな。何があった」
侍女長「な、何と申されますと……」
達磨娘(……遠くまで球を投げて… 走って戻って…。なら、それは…)
達磨娘「……ホームラン……?」
侍女長「プッ」
魔王「は?」
達磨娘(…………これは、私の空想? それとも現実?)
達磨娘(ううん… こんなの空想にきまってる。きっと、私はついに壊れてしまったのね)
達磨娘「……きっと、あの銀色の兜は 星の光」
侍女長「ぼ、亡霊鎧様が星になって……ふ、ふふ。お、お止めくださいお嬢様……。クスクス」プルプル
489:
空想に、違いないのに
頭の中じゃなくて、耳から 諌める蟻さんの声が聞こえる
達磨娘(……空想じゃ…無い…?)
達磨娘「………え? ……ならまさか、本当にアレは投げられてた……?」
侍女長「?????っ!」プルプル
魔王「……………は?」
空想を心に馳せながらも、現実を忘れなかった達磨娘
穏かに達磨の警戒を溶かし続けた侍女長
はた迷惑な勘違いで説法をした亡霊鎧と、
それに対する魔王の過剰な制裁
何もかもバラバラなものが
パズルのピースのようにぴったりと重なり合う
達磨娘は、こうしてようやく
“現実”という絵を、見る事が出来るようになった 
1時間ほど遅れて戻ってきた亡霊鎧が
しばらくの間、不満を口にしながら自らの頭部を磨き続けた事に
魔王が興味を持たなかったのは言うまでも無い
500:
:::::::::::::::::::::::::::::::::::
部屋にヒトが揃ってから、ポツリポツリと達磨は話しはじめた
口を開くのに違和感があるのだろうか、達磨娘の言葉はとても遅い
侍女長(……まるで、言いよどむほどの想いを込めながら 一つ一つの言葉を発しているよう…)
魔王、侍女長、亡霊鎧とそれぞれの紹介が終わると
達磨は自らを『町娘』と名乗った
侍女長「ふふ。ようやく、お名前をお聞きする事が出来ましたね」
亡霊鎧『今後、我輩は名で呼ばせていただこう。よろしいかな、町娘殿』
町娘(達磨娘)「……達磨…で…いいです」
侍女長「お嬢様……。どうかそのように仰らないでくださいませ」
町娘「……」
501:
亡霊鎧『魔王殿も、名で呼んでやってはいかがか』
魔王「俺は元々、こいつの名など呼んでいないからな。問題無い」
亡霊鎧『むしろ、いろいろと問題ですな』
町娘「私は… 別に…」
侍女長「……お嬢様は、『町娘』だと名乗ったではないですか」
侍女長「『達磨です』と名乗らなかったのですから、やはり『町娘』様なのですよ」ニコ
町娘「………」
侍女長「やはり、これからは私もお名前で呼ばせていただきますね。その方が、しっかりと御自身を意識することができましょう」
魔王「……ふむ」
穏かな空気が流れていた
誰もがやわらかい言葉で、それぞれに達磨娘――町娘を思いやる
魔王はその空間を、まるで少女といる時のように柔らかく暖かいと感じた
それでも、もしここに少女がいれば 穏かなだけでなく明るい空気も流れただろうと思う
魔王(………俺は何を…。居もしない者に、何を望んでいるのだ)
502:
少女にとってこの魔王城は窮屈で肩身の狭い場所
そんな場所で穏かで明るく振舞っていてくれたら、などと……
ありえない空想に、さらに希望的観測をかけるようなもの。馬鹿げている
魔王(……ましてや… 少女はいまだ、地の水を啜って飲んでいるかもしれぬというのに)
物資援助も、金銭援助も 行うだけならば容易だ
少女の様子を定期的に伺わせることだって簡単すぎる
だが、少女のいる場所は他国の領土……
そして少女自身は、貧困に喘ぐ町の一貧民だ
中途半端に手を出せば、見えない場所ではどのような視線で見られるだろうか
魔王の寵愛を受けた娘である事が他の者に知られれば
他者に言いようにされて、あの少女自身が“献上”されてくるのだろう
どのような者に、どのように盾に取られるか想像もつかない
魔王(………王位と引き換えにと言われれば、さすがに断れるだろうか)
そんな妄想にすら、自信を持って答えられない
503:
あるいは、強奪するという手もあろう
全ての取引に応じず、ただ求めたところで誰に諌められようか
魔王(だが、そこまで強引に引き取ってしまえば… 二度と、少女は自分の巣穴へと戻れなくなる)
思考が堂々巡りを繰り返す
何度考えても、手が出せそうにない―― それは、不幸の引き金に違いないから
悔しさに、いつの間にか唇を噛み締めていたらしい
口の中に血の味がにじんだ
魔王(……もし、僅かにでも手を伸ばせば… もう引き戻す事も出来ないのだろうな)
あの日、実の兄を追って魔王の元を離れた少女
その後姿を、いつまでも見送ったまま動くこともできなかった魔王
あの時の痛みは、未だに胸に焼き付いて離れない――
その恐怖が目の前に迫れば、少女の事を考える余裕など持てず
自らの心の安寧を優先してしまうのだろう
何よりも、あの痛みをもう一度味わう事が怖かった
見えもしない痛みに、一方的に締め付けられ、抵抗する術もないのだから
504:
やはり、関われない。
関われない以上、関わらないと決めておくのが一番だ
自分の導き出す1番と、少女にとっての1番が符合するのなら、他を選ぶ必要はない
魔王(………何故、手に入れられないのだろう)
魔王(何故……―――)
何故、少女は戻ってこないのだろう
いつだって、考えたくないと思って逸らしている結論がある
選ばれなかった理由
選んでもらえない自分の価値
あの最下層に住み続ける少女にとって
『魔王』という地位ですら、少女より地位の高いそのほか大勢の人間と変わらない
『魔王』は有象無象のうちのひとつでしかなく
特別なものにはなれないのだ
求めてすらもらえないのだとしたら
やはり魔王には価値など無いのであろうか
505:
魔王(………求めるのであれば…… いくらでも、与えていたいのに)
町娘「…………」
町娘「求めても……いいですか…?」
魔王「っ」
心の声を聞かれた気がして、魔王は意識を戻した
もちろんそんな訳は無い。わかっていても心臓が鳴った
506:
魔王「……何を…… 求める…?」
町娘「………」
町娘「子の、墓を… 作らせて、ください」
魔王「…………………ああ」
この気持ちは 安堵か落胆か
もう、そんなことすらもわからない
どちらなら、正解なのだろう
少女であれば、こんな質問にもあっさりと答えてくれるのだろうか
507:
:::::::::::::::::::::::::::::::::
場所を検討した結果、
森の中の、開けた一角に墓を作ることにした
いつだったか、少女と花びらのベッドを作った場所だ
あの時に魔王が味わった穏かな眠りを思うと、墓を作る場所に相応しいと感じる
あのまま永く眠っていれば幸せだったのではないかと思うほどなのだから――
亡霊鎧が、スコップを使い穴を掘る
車椅子の上に座る町娘の脚の間には、小さすぎる骨壷が置かれている
最期の時ですら、手に抱くことも出来ない“我が子”
脚というよりも、股に挟むようにして骨壷を抱く町娘は何を思うのか
侍女長「……亡霊鎧様。もう、それほどもあれば充分かと」
亡霊鎧『………もう少しだけ、掘らせてくださらぬか』
侍女長「ふふ。そこに入るのは大男ではありませんのよ?」
亡霊鎧『……存じている。小さな小さな、骨であろう』
侍女長「それなら…」
508:
亡霊鎧『万が一にも…… 野犬などに掘り返されたら、ひとかけらも残らぬような小さな骨であろう』
侍女長「…………」
亡霊鎧『………』
ザク、ザクと。
丁寧に、深く掘られていく穴
それを見ながら、町娘はまた一筋の涙を流した
魔王「……何故、泣く?」
町娘「……え…?」
魔王「……侍女長の話しを聞いて居なかった訳ではない」
魔王「だが、淫魔は元々 父親の身など分からぬものも多い種族だ。特殊といえよう」
魔王「だが、人間であるお前でも…… 侍女長と同じように、思うのか?」
町娘「……私は…」
509:
町娘「私は、もし、こんな境遇じゃなかったら… この子を憎んでいたかも…しれません…」
魔王「ならば… 何故、そのような子の墓を望んだ」
町娘「…………。 この子が… 私を、生かしてくれたから…」
魔王「お前を生かしていたのは、商人であろう?」
町娘「……」フルフル
魔王「………?」
町娘「ずっと…… 空想ばかりしてたんです」
町娘「現実は受け入れられなくて…。あの子が居なかったら、私は壊れてたと思います…」
魔王「……肉体の死ではなく、精神の死。生かされていたとは、その精神の部分の話か」
町娘「……」
町娘「……どうしても… 一目でも、もう一度会いたいヒトがいるんです」
町娘「だから、壊れるわけにはいかなくて… あの人だけは、忘れるわけにはいかなくて…」
510:
魔王「……よく、わからない」
魔王「そうであるならば、誰の子とも知れぬ腹子など、現実逃避を加させるだけでは?」
町娘「おなかの子は、その想い人の子だから…」
侍女長「……え…?」
魔王「馬鹿な。どういうことだ」
町娘「……馬鹿、ですよね。わかってます」
魔王「……」
町娘「わかってます… そんなことないって。本当はあの、卑しい顔をした男の子供なんです」
侍女長「町娘様……?」
魔王「…………一体… 何が言いたい?」
511:
町娘「気が狂いそうな、日々でした…」
町娘「だから…… 空想の中で、想い人に抱かれていました…」
魔王「想い人に……? だが、空想なのだろう?」
侍女長「もしや…… 想像妊娠だと、思っていらっしゃったのですか?」
町娘「……」フルフル
町娘「……2回目、なんです」
侍女長「……? 何がですか…?」
町娘「妊娠…です。最初に孕んだ夜盗の子は 流産、してます」
侍女長「え……」
魔王「待て… では、お前が今抱えているその骨は一体?」
町娘「達磨として、『その方が見栄えがいいから』って…」
町娘「商人に、私のような容姿の者を嗜好する男の元へ……送られて」
侍女長「まさか…… 無理に、また孕まそうと…?」
町娘「………」コクン
512:
侍女長「……っ なんて…… そんな、そんな…」
魔王「……」
ザク。ザク。
亡霊鎧が、穴を掘る音だけが響く
音が大きくなった気がするのは、スコップを操る力加減がかわったせいだろうか
町娘「幾晩も続く行為の中、私はずっと空想しつづけました…」
町娘「だから… このお腹の子は、空想の中で逢瀬を重ねたあの人の子供かもしれないと思うようになって…」
魔王「それこそ、ありえないだろう。何故そうなる」
町娘「だって… だって!」
513:
町娘「神様はいじわるで、私を嫌っていて、酷いことばかりするから――」
町娘「私があの子を殺したり… 何もかもを諦めて壊れてしまったら…」
町娘「『ソレは本当にあの人の子だったんだよ』
『君の願いを叶えてあげたんだよ――』って…… 言われそう、で……」
町娘「……今でも… ソレくらいのこと、神様にされちゃうんじゃないかって気がしてて……っ」
町娘「本当は この骨は、やっぱりあの人の子だったんじゃないかなって…。今も、思えてしまうくらいで……っ」
侍女長「町娘様……」
亡霊鎧『……人間不信。救いを求めるべき神ですらも信じられぬ程だったと言うのか……?』
魔王「……神など、いやしない」
魔王「だが神は居ると思うが故に、そのような妄想に捕らわれるとは…。信仰の深さも、命取りとなるな」
亡霊鎧『………クッ』
514:
町娘「本当は… とっくに、おかしかっただけなんですよね……」
町娘「わかってました。そんな事、ありえない……でも…」
町娘「あの人の子じゃないかって疑うことで、生きてこれたんです…」
町娘「あの人との子が共に居るかもしれないから、がんばれたんです…」
町娘「あの人に会いたいという願いをかなえるためには… それにしがみつくしか、なかったんです……」
侍女長「……町娘様…」
魔王「……断言しよう。その子は、そのような空想の産物ではない。……お前を傷つけた者の子だ」
魔王「………それでも、墓を作るか?」
町娘「……はい…」
亡霊鎧『……町娘殿。無理はしなくてよいのですぞ・・・?』
町娘「……」フルフル
515:
町娘「この子は、心だけじゃなくて…。本当に私を生かしてくれてもいたから…」
侍女長「本当に…とは?」
町娘「赤子を落とさせない為に… 最低限の配慮を、商人達にさせてくれました…」
侍女長「……それは、商人が私欲のために…」
町娘「それでも… 生きたかった私を、生かしてくれたのがこの子だということは、同じです…」
町娘「私はこの子を殺してしまったけれど
 この子は私を生かし続けてくれてたんです」
魔王「…………そこまでして… 会いたい者が居るのか…?」
町娘「……」コクン
町娘「この子だけが… 『いつか、あの人にまた会いたい』という願いを…」
町娘「…私の願いを、守ってくれてました……」
魔王「…………………………」
516:
人を想う。
それは自分と相手を繋いで、体温すらも分け合うような心地にさせる行為だ
そして繋いでいくほどに 自らにも絡み付き、自由を奪っていく
“生”がただの責め苦に変わっても、絡みついて 死をも許さなくなる
“想い”は、ヒトから自由を奪っていくものなのだ
きっと、誰のことも想わなければ
誰よりも自由に、楽に、生きていけるのであろう
魔王(……既に、出会わなければよかったと思うことも出来ない)
一度繋いでしまえば
もう 求めずには居られない、厄介なものなのだ
禁断症状のように、繋ぐ場所を求めてどこまでも伸びていく
相手に届かず、自らに絡みつくばかりだとしても……。
517:
その後
町娘に代わって、侍女長が骨壷を墓穴に納めた
侍女長も亡霊鎧も、手を合わせて黙祷を捧げる
町娘は、静かにその墓をみつめていた
決して、合わせる手が無いからではないのだろう
悔しげな瞳で、それでもどこか困ったような…複雑な表情
ただ墓だけをしっかりと見つめているその様子
魔王(……ああ。なるほど)
神がいて、祈りを聞き届けてくれるなら…
そもそもこの子は居なかったのだ
それでも神が居るとすれば、きっとどこかで嘲笑っているのだろう
そんな神に、子の冥福を祈ることは出来ない
町娘は
子の為に出来る事を探して堂々巡りを繰り返しているのだ
魔王は自らが味わった口内に滲む血の味を思い出し、そう確信した
墓を去るとき、町娘は小さく『ありがとう』と言った
結局、出来る事はやはりそれだけだったのだろう
……それだけの事ですら、魔王にとっては妬ましいほどに思えた
521:
数日後…
城外の警備兵を残し、魔王城では皆が寝静まった時刻
魔王も自室で眠りに落ちていた
サ…
魔王(…………)
絨毯の上を擦るような僅かな音に、魔王は目を覚ます
部屋の隅のベッドで眠る町娘以外に、人の気配は無い
ス……
魔王(……だが、居るな。ここまで気配を消すとは。何者)
眠ったフリをしたまま、様子を伺う
僅かな物音が、近づいてくるように思う
522:
魔王(……狙いは、俺か)
町娘「………どなたですか」
魔王(!)
起きていたのか、あるいは気配に気付いたのか
町娘は身動きのひとつも取れぬ身でありながら、不用意に声を上げた
町娘「え……?」
魔王(……ちっ。面倒な。気付かぬ振りをして奇襲させてしまう方が、返り討ちにもしやすいというのに…)
町娘「…………」
魔王(………?)
シュル… カタン
魔王(………なんだ?)
523:
気付かれぬ程度に目を開ける
重たいカーテンが引かれた室内は完全な暗闇に閉ざされていた
少し目が慣れてきた頃……動く気配を、ようやく捉えた
だが、それは
魔王(馬鹿な)
暗闇にまぎれるシルエット
小さなベッドの脇に立つその影は、町娘の気配がした
魔王「何者!!」
町娘「魔……
魔術攻撃の用意として突き出した腕の向こうから
確かに町娘の声がした
だがその影は、猫のような俊敏な動作で身を低く沈め
掌の射程から逃れる
魔王「何!?」
524:
シュバッ…!
低い姿勢のまま、一閃に駆け抜けたそのシルエット
そいつは確かに町娘の気配を放ちながら…部屋のドアから出て行った
魔王「な……!」
開いたまま突き出した掌は、まるで追いすがる者のようだ
その手を握り、気を練る
次に開いた手の上には、小さな火の玉があった
それを光源にあたりを見るが、やはり既にもぬけの殻
ベッドの上に横たわるだけであった町娘の姿はみあたらない
魔王「………どういう……ことだ」
525:
::::::::::::::::::::::::::::::::
魔王城を物音を立てぬように駆け出した
慣れぬ重さはひどく精神を消耗する
警備兵の姿を見つけ立ち止まるだけでも細心の注意を払う
万が一にも、“ずり落とす”様な事があっては大惨事だ
亡霊鎧『………決して悪いようには致しませぬ。もうしばし、ご辛抱を』
町娘「………」
自らの身体… 鎧の中に容れ込んだ町娘の身体はバランスが悪い
手足は空洞なのに、胴体だけは生身の重さなのだ
胴体の重さに引きずられて、脚部と胴部の金具が外れそうになる
空気抵抗を減らそうにも、前傾姿勢をとればそのまま前のめりに倒れてしまうだろう
重心を低くし、まるでコサックダンスを踊るかのように進むしかない
亡霊鎧『……女性との踊りであれば、もう少し優雅に行いたいものですな』
町娘「?」
526:
警備兵が通り過ぎるのを確認し、再度駆け出す
城外の庭を一息で駆け抜け、森のある方向へと突き進む
亡霊鎧がようやくその足を止めたのは、泉の側にまで辿り着いた時だった
亡霊鎧『夜分、突然に失礼をした。驚かせてしまいましたかな?』
町娘「………」フルフル
亡霊鎧『ありがたい。 いや……むしろ我輩の方が驚きますな』
亡霊鎧『女性達の多くは、我輩の姿を見ただけでも叫び声を上げて逃げていきますぞ』
苦笑しながら、亡霊鎧は自らの金具を外していく
最初に地に置かれたヘルムだけが喋り続け、その腕は脚部の金具を外していく
胴部から町娘を出すと、また脚部を取り付ける
手馴れた様子で、まるで『指を曲げる・脚を曲げる』のと同じ調子で金具を動かす
“金具そのもの”が 自らの力で動き、外れていく
527:
町娘「……その身体は、繋がっていなくても動くんですね」
亡霊鎧『はっはっは。独立して動く手足は、気色悪いかね?』
町娘「いつかみた…… 活動写真のようだと思います」
亡霊鎧『活動写真?』
町娘「ええと… 連続した写真をつづけて映し出すもので……」
亡霊鎧『ああ、いや。活動写真はわかりますぞ。そうではなく、我輩のような者が題材にされていたのですかな?』
町娘「いえ、手だけでした」
亡霊鎧『なんと奇妙な』
町娘「主人公が、手首なんです。小さいので、階段を登るのも一苦労…という、コメディでした」
亡霊鎧『それは、愉快でしょうな。我輩ならば、それを体感することもできてしまいますがな』
亡霊鎧はその腕の先を動かして、愉快そうに笑った
それを見ながら、町娘は話を続けた
528:
町娘「とても面白かったです。……彼と、一緒に見ました。たくさん笑いました」
亡霊鎧『……思い出のあるものであられたか。失礼、決してからかったつもりでは…』
町娘「いいんです。……今は、少し羨ましいなと感じていました」
亡霊鎧『羨ましい?』
町娘「もしも私が “胴と頭”だけじゃなくて… “手だけ”とか、“足だけ”だったら…と」
亡霊鎧『町娘殿…』
町娘「そうだったら、時間はかかるかもしれないけど……好きな場所に向かえますから」
亡霊鎧『………』
胴部だけの町娘
這いずるための手足もなく、身をくねらせたところで思う方向へは進めない
亡霊鎧はよいフォローも思いつかず、言葉を詰まらせるしか出来なかった
529:
町娘「……ごめんなさい。困らせました」
亡霊鎧『いや……我輩も、慰めのひとつも出せない無骨者で申し訳ない』
町娘「いいんです。上手に慰められたら、余計に惨めなだけなので」
無表情のまま、抑揚の少ない言葉が口からこぼれ出ていく
先日の墓作りをする時の話からすると、随分と言葉数は増えている
だが、それは諦めや不満ですらも受け入れるかのような物言いだ
『愛しい人の子』という、身を守る為の仮想現実が無くなった今
より冷酷な現実を、“受け入れるしかない事態”として感情を弱めて対処しているのだろう
亡霊鎧《人間とは…… 時に、まるで機械よりも機械らしいものにみえますな…》
亡霊鎧が最初に町娘を見たのは
ゆるい陣痛に襲われながら、空想に逃げ込んで痛みを逃している時だった
視界すら定めずに椅子の上で揺れている様子には、
亡霊や精霊のような、現実味の無い透明感…… そんな、儚さのようなものを強く感じた
だが、今目の前ではっきりと喋る町娘からはそんな様子はうかがい知れない
530:
亡霊鎧『町娘殿は、最初にお会いしたときの印象よりも……なんというか、その』
町娘「可愛げがない、ですか?」
亡霊鎧『い、いや! そうとは申しませぬ! ……ですがこう、強さと言うか…』
町娘「強さ……?」
亡霊鎧『試練から逃げず、受け入れて睨みつけるような……男気じみた部分がありますな』
町娘「男気……。私は女らしくないですか?」
亡霊鎧『我輩はあまり、女性らしい女性の発想にはついていけないので、その方がありがたくもありまする。はっはっは』
町娘「女らしくないんですね。仕方無いですが、ショックです」
亡霊鎧『 』
531:
町娘「冗談です。昔は、男勝りだとよく言われたので自覚してます」
亡霊鎧『……町娘殿の冗句は、あまり笑えませぬな……』
町娘「黙っていても、この身ひとつで笑い物なので。それくらいでいいのかも」クス
亡霊鎧『わ……笑ったところを初めて見たものの、内容が自嘲的すぎて反応に困りますぞ!!』
町娘「こういう時は、“笑顔の方が似合いますよ”くらい言ってほしいです」
亡霊鎧『……それも冗句ですかな?』
町娘「今のは本音です」
亡霊鎧『も、申し訳ない』
やっぱり冗談ですよ、と 小さく付け足した町娘
亡霊鎧は安堵の溜息をつき、そんな自分を笑いたくなる
亡霊鎧にとって自らのペースが狂うのは珍しいからだ
532:
勇者と共に、世界に笑顔と安心感を届けるために長く旅をしていた亡霊鎧
勇者亡き後も、その生き方は変わらなかった
―― “変えられなかった”、ともいえる
悲しい空気の流れる場所でも、辛さに気分が沈む時でも
怒りに荒ぶる者の前でも……
亡霊鎧は、勇者がしたように
いつだって 明るい話題と朗らかな様子で“安心感”を届けるよう努めた
勇者のような穏かな微笑みも無く
勇者のような慈愛と労わりの瞳も無い
“勇者”という希望を象徴する肩書きも、もちろん持っていない
亡霊鎧は、同じようにやってみせても
勇者と同じような結果にすることはできなかった
馬鹿にされ、怯えられ
『場違いで空気の読めない無機物』と罵られ、蔑まれる事が多かったのだ
それでも、それが勇者に学んだことだった
ただひとつ、善と信じたやり方だった
間違っている気はしていたが
信じられる他のやりかたなんて、もう有り得ないのだから――
533:
町娘の反応は、本当に亡霊鎧にとって珍しく 調子が狂う
彼女は、間違いなくどん底の境遇だ
調子外れの亡霊鎧の慰めに、怒声をあげて罵ってくるのならわかる
どん底にいて、荒ぶっていてもおかしくない
沈んだまま拒絶するばかりでもおかしくないのに。
だが実際はどうだ
最下層にいる自分を、さらに低い場所から“掬いあげて”、“見せ付けて”、
『これが私ですが、何か』とでも言いたげだ
自虐といえば、ただの自虐。だが悲壮感は漂わない
そういう感情は、やはり自己防衛のために空想の中に置いてきてしまったのだろうか
だとすれば――
534:
亡霊鎧『……町娘殿は…… 感情が希薄であるように見受けられる』
町娘「え……」
亡霊鎧『夜分に無理に連れ出した我輩に対し、本当は怒っておられるのではないかと』
町娘「………あ」
亡霊鎧『もしもそうなら弁解させてくだされ。我輩はただ…
町娘「いえ。……そうではなくて、そうかもしれないなって」
亡霊鎧『………は。 どちらであらせられる』
町娘「怒ってないです。でも、言われてみると……希薄というか。気持ちを押し殺すのが、癖になってたのかもしれない」
亡霊鎧『…それは、心を守るために必要な……』
町娘「押し殺しすぎて……楽しいとか、嬉しいとかまで、殺してました。これでは無差別大量殺害犯ですね」
亡霊鎧『 』
535:
町娘「……ごめんなさい、不謹慎な発言でした」
亡霊鎧『は、はっはっは。随分と不穏なことを容易に仰る。そういう物が怖くないのですかな』
町娘「私自身が生きるブラックジョークみたいな境遇なので、そういう感覚すらずれているのかも……」
亡霊鎧《いくらなんでもブラック過ぎますぞ!!??》
どこか、現実味の無い町娘
それでも不思議なことに、誰よりも現実を見つめているようにも感じた
町娘は、突然に思いついたように空を見上げてそのまま後ろに倒れた
慌てて助け起こそうとしたが、「これで丁度いいです」と断られる
町娘「星空を、草むらに寝転がって見上げるなんて。いつぶりだろう……」
亡霊鎧『………それも、例の想い人と共に?』
町娘「いえ。多分 夜盗に押し倒された時か、草原に打ち捨てられたときに見てる筈です」
亡霊鎧《本当に勘弁してくだされ……!》
536:
穏かな癒しの時間を届けたかったのに、すればするほどに盛大に裏目にでていく
人前で弱気を見せるなどは良くないが、さすがにがっくりとうなだれてしまう
だがそんな駄目な姿を見た町娘は、今度は小さく微笑んで見せた
亡霊鎧『…………笑顔のほうが、似合いますぞ』
町娘「私の提案した模範解答をなぞるなら、せめて私が忘れた頃にしてください」
亡霊鎧『ぐっ』
町娘「ふふ。……そんな笑わせ方は、ちょっとズルいです。笑っちゃいました、私の負けです」
亡霊鎧『まったく勝った気がしませんぞ!? むしろ勝てる気もしませんな!』
町娘「ふふ、本当におかしい」
亡霊鎧『 』
そういいながらも、どこか希薄な空気を漂わせている町娘
瞳だけが、力強くまっすぐに星空を見つめていた
亡霊鎧『……………』
537:
亡霊鎧《この世界は、平面に見えて 実は球体なのだと聞いた事がある》
亡霊鎧《もしもまっすぐに歩き続ければ、一周回ってもとの場所に行き着くのだと》
それを教えてくれたのは、どこかの宣教師であったか
天体学者か、数学者だったかもしれない
あの砂漠に近い町の外れには、水を求めて多くの者がやってきた
広い見聞を持つ知識人の話なども多く聞いた
いつか、勇者のように 自分が信じられる者が現れるかもしれないと祈りながら
永遠のようにも感じた長い時間をそうして待ち続けていたのだ
亡霊鎧《……現実から逃避しつづけていても、いつかは一週巡り、その先の現実に行き着くのであろうか》
限界まで逃避した先で行きつく現実は
”元々居た現実“と 同じ世界だろうか
亡霊鎧《逃げてはならぬ、見つめねばならぬと誰しもが口にした》
亡霊鎧《勇者も、いつも前だけを見据えていたのに》
――後ろしか見ていないような発言のこの娘御が
誰よりもはっきりと、“遠い明日”を見つめているように感じるのは何故だろう
538:
町娘「……自分の体があったときでも、あんなに早く走ったことなんてありませんでした」
星空を見上げながら、町娘が呟いた
冬空に吐き出す息にも似た、暖かな声音
町娘「兜や、鎧の間からびゅんびゅん風が入ってきて…爽快でした」
町娘「視界に移る手足は、自分の胴に繋がっているようで。振れる腕が見えるのが嬉しくて」
町娘「もし、怒っているように見えたなら……ちょっと残念に思ってしまったからかもしれないです」
亡霊鎧『残念とは…』
町娘「こうして、地に戻った自分は やはり走れないので」
町娘「でも、やっぱり嬉しかったです。すこし、今は夢心地です」
亡霊鎧『……』
町娘「そういえば… どうして、私を連れ出したんですか?」
亡霊鎧『え…… あ』
539:
町娘を自分の身体に収めて “想い人”とやらの元へ行こうと思った
宵闇に紛れていれば、鎧の手足でも本物の手足と見まがうだろう
自分の肢体に引け目を感じることも無く、想い人に声をかけられるだろう
そうして、その“無い四肢”を見られることなく、綺麗な思い出が作れる
よい慰めになるだろうと――… そう思って連れ出したのだ
亡霊鎧『……いや。今は、何をやっても裏目に出そうな気がするのでやめておきまする』
町娘「?」
亡霊鎧『何をやっても裏目に出るなら、いっそ裏を掻きたいと思いますぞ』
町娘「? なんでしょう」
亡霊鎧『騎士の恥を、盛大に披露してみようかと』
町娘「え?」
540:
亡霊鎧『守るべき女子供に、弱音を吐き、ベソをかき、悩み惑い、慰められてみようかと』
町娘「…………ふふ。なんです、それ」クスクス
町娘「私と同じくらい、生きるブラックジョークです。亡霊鎧さんは騎士甲冑そのものなのに、それでいいんですか?」
亡霊鎧『町娘殿を見ていて、全力で逆走してみたくなったのですぞ?』
町娘「ふふ。あんなに脚がいのに、まだそれ以上に全力を出したら止まらなくなりそう」クスクス
亡霊鎧『…そこは… 止めてくだされ………』
それから亡霊鎧は
自分の生い立ちなどを話し始めた
541:
信じるべき“善”が欲しかったこと
善と信じた勇者に倣い、今の自分の人格があること
勇者と共に過ごした日々、共に見続けた世界の歴史と悲惨な惨状
勇者を失い、一人で進む道は上手くいかなかったこと
今の自分を形成する“善”の教えに疑問を持っていること
女神の導きがほしくて魔王城を訪れたこと
そして、新たな“信じるべき善”を探していること――
流れるはずも無い涙が、声を詰まらせる気がした
話せば話すほど、喉から手が出るほどに 求めが叫びに変わる気がした
黙ったまま、星空を見上げていた町娘は
消え入るように語り終えた亡霊鎧をゆっくりと見つめ……
一言だけ、つぶやいた
町娘「誰かに倣って、そんな生き方をしようなんて。甘いんじゃないですか」
542:
根底からこれまでの生き方を否定された亡霊鎧は、
力を失ったかのようにガラガラと崩れ落ちた
全ての止め具が外れて、パーツが落ちる
落ちるそばから別のパーツにぶつかり、撥ねて、あたりに転がり散らばった
町娘「………」
カラカラカラン、と
丸みを帯びたどこかのパーツが独楽のようにまわり、倒れた
その後には、静寂だけが残った
町娘「……………」
顎を地面に押し付けて、大きく頷くような動作で、這いずる
一番近くにあった亡霊鎧の指を咥えて、手の側に吐き出す
また這いずり、残りの指を集める
指の次は、腕。その次は反対の手。そして腕
脚も同様にして両足を一箇所に集めた
胴体部分は、自分の胴体で押し付けるようにしてずり寄せた
ヘルムは、頭突きで転がすようにした
543:
町娘「………」
そのすぐ横に、自らも転がる町娘
顎は擦り切れてその傷口に土が埋まっていたし
胴体も細かな擦り傷だらけで、服もところどころ破けている
町娘「………」
冷たい、金属の感触
身を寄せるそばから、芯まで冷え切るほどだった
町娘「ごめんなさい」
あの言葉は、そう思ったからと言って口に出すべきじゃなかったのだろう
544:
自分に出来る事は、ここまでだ
組み上げる事もできないし、綺麗に並べることも出来ない
彼の信じた勇者のように、希望に満ちた言葉など思いつかない
それでも、ここまでできるとは思ってなかった
思うように這うことすらできないと思っていた
本当に全力で集めて、ようやくここまでなのだ
あとは
体温を持たぬ彼の冷たい身体に、温度を分け与えるくらいしか思いつかない
町娘「……何の償いにもならないだろうけれど……」
力の限りに這いずり、汗をかくほどに火照った身体だ
これほどに暖かければ、きっと彼にも少しは暖かさがとどく
いつの間にか、私の言葉は冷え切っていたのかもしれない
それでも、今のこの心を伝えてあげたかった
それしか、詫びる方法が思いつかなかった
彼の求めた答えに、それしか応える方法が思いつかなかった
泉から撫で付けるように吹き付ける冷気は、水と土と森の匂いがする
その香に誘われるまま、町娘は深く眠りに落ちていく
545:
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
「! これは……一体、何を……っ! 侍女長! こちらだ、居たぞ!!」
「………!! 町娘様!! 亡霊鎧様!!!」
目が、開かないのかもしれない。真っ暗だ
耳ですら、ひどく遠く聞こえる。距離感すらつかめない
ああ、そうか
こんな場所で寝てしまったら、人間の私は死んでしまうんだった
町娘(………強がりすぎて… あたりまえの弱さも、忘れてたのかな……)
546:
普通の人間以上に、
暖かな光のような生を送ろうとした亡霊鎧
その彼が、普通の鎧のように あっさり崩れて壊れてしまったみたいに
機械仕掛けのように、
無機質であることで生き永らえた人間の私も
結局は、人間らしいあたりまえの理由なんかで あっさり死んでしまうのか
――――やっぱり、神様はいるんだとおもう
何もかもを嘲笑って、努力を全部無駄にさせて、一番に最悪な方法を演出して
私に“最高のバッドエンド”を演じさせようとしてるんだと思う
私が、一番辛い方法を考えて
私が、一番に悪くなる方法を考えてるんだとおもう
町娘(巻き込んじゃって…… 本当に、ごめんなさい)
559:
::::::::::::::::::::::::::::::
目が覚めたとき、私は真っ白い場所にいた
白いシーツ
白い天井
白い壁
白い椅子
白い扉
ここが天国なんだろうと思った
町娘(私……死んじゃったんだ……)
それなら、もしかしたら。
ちょっとした思い付きを、実行してみた
スッ… シュル。
布団の中で、衣擦れの音がする
町娘(ああ、やっぱり。脚があるんだ)
560:
すこしうつむくようにして、見てみると
そこにあったのは まがった膝の形に盛り上がる、真っ白な薄い掛け布団
膝が布を押した感覚は無い
『死ぬって、こういう感覚なんだ』――そう思った
町娘(……ようやく、彼の元に向かえる脚が手に入ったのに)
町娘(死んじゃって、こんな真っ白い場所に来てから ようやくだなんて……)
――やっぱり。神様って、残酷なんだな
涙がこぼれた
涙の熱さだけは、生きている時と同じだった
目を閉じても、堪えきれないほどの涙が 次から次へと溢れて零れていく
死んでからも、悲しい涙の感覚だけは 生きている時と同じだなんてひどすぎる
腕を曲げて、涙をぬぐう
死体そのものの、冷たく堅い指先が頬に触れる
曲げた人差し指の、第2関節で軽く目を擦ると
強い痛みが目に走った
町娘「え………?」
561:
驚き、目を開けた
そこにあったのは、青白く細い死体の指…… では、なかった
町娘「嘘… これは…?」
驚き、布団から腕を引き抜いた
布に触れる感触は無い。それでも思うように腕が取り出される
町娘「…………銀色の…… 籠手…?」
指先の一つ一つまで、見知っている
死の直前、そのひとつひとつを数え、確認し、集めたそれだった
町娘「――――!」
身を起こす
布団を払おうとすれば、腕は思ったとおりに布団を振り払った
布団の下に隠れていたのは、腕と同じ『銀色の二足』
その銀色の脚と、本来の生身の脚のつなぎ目に、壊れた金具が見える
その金具は、本来は上部に重なる別の金属にくいこみ、固定するはずのもの
だが捻じ曲がり潰れたソレは、まるで小さな幼子の手のように肌に沿えられているだけ
町娘「う……そ……? なんで……?」
562:
その掌を見ようと思えば、自分のものであるかのように眼前で動く
曲げるのも、開くのも、思うように――
反応は、一瞬のタイムラグがあるようにも感じた
そしてそれが、亡霊鎧が町娘の意思を感じて動くまでの時間差だとすぐに気付く
町娘「亡霊鎧さんは……っ!?」
立ち上がろうと思えば、すぐに立ち上がるその脚
布団から跳ね起きるのは容易
それでも急に動いた視界に 自分の頭のほうが耐えられなかった
クラリと視界が回る
恐らく、これが本当の自分の身体であったら転倒していただろう
だが、その銀色の脚は倒れる事は無かった
その銀色の腕が、優しく町娘の身体を抱きしめる
……抱きしめられたと、感じた
563:
傍から見れば、自分の腕を交差し
自分の身体を抱いただけにも見えるだろう
そしてその姿は 奇しくも
胎内に宿る小さな魂を守ろうと腹を抱くような……そんな姿にも見えるのだろう
町娘「あ………」
ゆっくりと視界の揺らぎが回復していく
それと同時に、身体を抱く腕の力も緩んでいく
町娘「…………っ!」
改めて駆け出した
真っ白い扉の、その向こうへ
銀色に輝く、その脚で
564:
:::::::::::::::::::::::::::::
魔王「………」
私室の閉じられたドアの向こう
廊下から僅かな物音を聞き取った
走り寄る足音は、ドアの前で止まる
魔王「……………」
入室を促すことはしない
ただ、黙ってその気配を様子見るだけ
しばらくの間があってから、扉は控えめにノックされた
侍女長「はい。どのようなご用件でしょうか」
侍女長は、“わかりきっている”相手の名を尋ねることを忘れたまま
とぼけたようにドアの向こうに声をかけた
565:
町娘「あ…の。 町娘です…… その… 入っても、いいでしょうか……」
侍女長「はい。もちろんですよ、町娘様」
侍女長はそう答えながら、扉をあけて微笑んで町娘を迎え入れた
ここまで走ってきたのだろう
だが、もちろんその息が乱れることはないはずだ
その駆ける四肢は、彼女のものではなく
彼女自身はほとんどの動作を行っていないのだから
それでも、彼女の心臓は充分すぎるほどの度で動くのだろう
片手で胸元を押さえ、薄く開かれた口から 熱く深い呼気を何度も吐き出している
町娘「あ……あの!! 私、この腕と脚が…!! 亡霊鎧さんは!」
まりすぎて、意図を成さない言葉になっている
その様子を見た侍女長が、穏かに微笑んで 部屋の奥へと町娘を誘導した
侍女長「亡霊鎧様でしたら、こちらにいらっしゃいます。……今は、兜ですが」
町娘「え……」
566:
町娘が、少し前まで眠っていたはずのベッドの位置
そこには既に小さなベッドはなく、代わりに 高さのある飾り台が置かれている
飾り台の上には、かなり厚手のクッション
そしてその上に…… 亡霊鎧のヘルムが、厳かに置かれていた
町娘「………亡霊…鎧、さん……?」
町娘はその兜に近づき、そっと手を伸ばす
金属の指先と 金属の頭部は、触れあうと キン…、と音を立てた
音叉にも似たその響きを聞き届けたまま、動かない町娘
魔王「…………僅か、3日ほどだ」
町娘「え……?」
侍女長「町娘様を、森の中で発見してからの期日でございます」ニコ
侍女長「きっと… ひどく、お疲れだったのでしょうね? あまり大きな外傷もないのに、眠り続けていらっしゃいました」
魔王「見つけたときは、さすがに死んでいると思ったがな。まさか、ただの擦り傷程度だとは…」ハァ
町娘「……?」
567:
侍女長「野犬の群れに襲われていたのですよ。魔王様の気配を察して、散っていきましたが… 覚えておられませんか?」
町娘「野犬……? 私、全然……」
魔王「亡霊鎧の甲冑を、纏っていたから無事で済んだのだろう」
侍女長「ふふ。磨いたので目立たないかもしれませんが…… ほら、ここに証拠が」
侍女長は、町娘につなげられた銀色の腕をそっと取り、肘の近くをそっと撫でる
確かにそこに、僅かな凹凸が数個、大きめの凹凸が4つ見受けられた
町娘「これは… 歯型…?」
侍女長「右の足首。それに 左の太腿にも、同様の物がありますよ」
町娘「なん… なんで…」
魔王「手足の無い柔らかな肉塊があったら、格好の餌食だからな」
魔王「亡霊鎧は自らの手足をお前に繋げ、お前の四肢であるかのようにカモフラージュしたのだ」
568:
侍女長「獣はまず手足に噛み付いて相手を弱らせ、その後で背にのり、首を噛み切ります」
侍女長「恐らく、その手足はそのために 噛み付いて振り回した際の傷かと」
魔王「胴体部分は、もともとが壊れていたようだがな」
町娘「……っ それは… やっぱり、じゃぁ、私が…… でも、一体どういう…」
侍女長「甲冑の背面パーツだけが、町娘様の上に乗せられた状態でした」
侍女長「………ひどい、爪傷が全面についていて。現在は修理工の元へ出しています」
町娘「私… そんなことになっていたなんて、全然気付かなくて…!」
魔王「小さいからな」
町娘「え?」
魔王「あの甲冑は男性…… それもある程度、屈強な体躯をした戦士などの着用を想定して作られている」
魔王「おまえのその身体では、甲冑の後ろ半身であろうともすっぽりと収まるほどの大きさがある」
魔王「…まるでドームのようにお前に覆いかぶさって、その両端は浮くことも無く、地に支えられていた」
侍女長「兜もですよ?」
町娘「っ」
569:
侍女長「恐らく首には噛み付かれたのでしょうが… 地に伏せ倒れた首と、ヘルムの間には距離があり、牙は届かなかったようです」
魔王「激しい音はしただろうが、ヘルムを被っていた為に音が聞き取りづらかったのだろうな」
町娘の目は見開かれ、瞳孔が細かく揺れている
混乱したまま動けない――そんな様子が一目でわかる
侍女長は町娘の手を取り、にっこりと笑った
もう今は安心なのだと証明するように 少しおどけた声をかける
侍女長「本当に危機一髪でしたよ? 丁度、野犬が兜を引き抜いていた所で、顔が半分みえていたのですから」
魔王「あと1分と立たぬ間に、晒された首元に噛み付かれていたかもしれないな」
町娘「………なん… で…? だって。亡霊鎧さんは…… 壊れて、崩れて……なのに、一体誰がそんな……!?」
570:
魔王「ああ、それならば…」
侍女長「ふふふ。いけませんよ、魔王様」
町娘「え……」
可笑しそうに微笑んで、魔王を諌める侍女長
魔王はくだらなそうに小さく鼻で息をつくと
飲みかけのカップを手に取り、静かに茶を飲み始めた
町娘「あ… あの……っ!?」
侍女長「いつまで、そうしてふてくされているのです? ……『亡霊兜』様」
侍女長は、飾り台の上のヘルムに声をかけた
しばらくの間を置いたあとで、ゆっくりとそのバイザーが持ち上がる
亡霊兜『どうか今しばらくほうっておいてくだされ…! 我輩、町娘殿に向ける顔がありませぬ!!』
町娘「!!!!」
571:
侍女長「何言ってるんです。今は顔しかないじゃないですか。というか、顔ですらないじゃないですか」
亡霊兜『ふざけているわけではありませぬぞ!?』
侍女長「町娘様の、この心配そうで不安げなお顔を…見て見ぬ振りするのが騎士道なのですか?」
亡霊兜『う…… うぐぐ』
ヘルム部分だけであったが、以前と変わらずにカパカパと動くバイザー
それを“元気そう”と呼んでいいのかは不明だが、ともかく以前と変わらないように見えた
町娘「亡霊…鎧さん…… 無事、だったのですね………?」
亡霊兜『町娘殿……』
ヘルムに向かい、一歩脚を踏み出す
その脚がそれ以上進まず、手も伸ばせなかったのは、恐らく“亡霊鎧”自身の意思だろう
向かい合ったまま、ただそのバイザーの奥を見つめる町娘であったが……
ガシャン!!
そのバイザーは、突然 音を立てて 勢いよく閉じられた
亡霊兜『本当に申し訳ないっっっ!!!』
町娘「え」
572:
大声での謝罪に、椅子に座った魔王が不快そうにカップを手荒くテーブルに置いた
その音に覇気を奪われたのか、続けられた亡霊鎧の声はどんどんと尻すぼみに消えていく
亡霊兜『その… 確かに我輩は、“騎士の恥を披露してみよう”などと申したわけではあるが…』
亡霊兜『弱音を口にし、男泣きをするくらいであれば…という程度で、その…』
町娘「亡霊鎧さん…?」
侍女長「……はっきり言ったらどうです」
侍女長「………『儚く初心な娘子のように、驚きのあまり失神したりして申し訳ありません』、と」
亡霊兜『 』
カパカパと動いていたバイザーが動きを止めた
573:
町娘「し、失神?」
亡霊兜『はっ。ここここ、これはその!』
町娘「壊れて……しまったのでは…?」
亡霊兜『わ、我輩は リビングアーミーでありますぞ! たとえひとつひとつの部品に分解されたとしても、死すことはありませぬ!!』
町娘「だ、だって。全然、動かなくて……!」
亡霊兜『ぐぐ… 野犬に殺気を向けられるまで、すっかり気を失っておりましたゆえ…』
町娘「すごく冷たくなっていたし!」
亡霊兜『金属ですゆえ、そればっかりはご容赦いただきたい!! 砂漠に行けば目玉焼きも焼けまする!!』
侍女長「あら、では胴体部分はフライパンに再加工させていただいてもよろしいですか?」
亡霊兜『よろしくないですぞ!?』
574:
興奮した様子で、先ほどまでとはうって変わり
言葉が止まらない亡霊兜
その様子には見向きもしないまま、魔王はいらただしげに呟く
魔王「……うるさい」
侍女長「っ! これは、申し訳ありません魔王様…」ペコリ
魔王「……」ガタ
立ち上がり
亡霊兜と町娘の側に歩み寄る
魔王「伝えるべき言葉はそれなのか、亡霊兜」
亡霊兜『っ!』
魔王「尋ねるべき用件はそれでいいのか、町娘」
町娘「―――っ!」
魔王「……」
575:
魔王の冷淡な言葉と視線
威圧するようなその黒い瞳が、二人の心に喝を入れる
それぞれに気合を入れなおし、生唾は飲み込み、声を張り上げた
町娘「亡霊鎧さん!! 私の、この脚と腕は…!」
亡霊兜『………町娘殿に… お願いが、ござりまする…!!』
同時に口に出したせいで
お互いに聞き取れず、「え?」と声が重なる
侍女長「あら、息がぴったり。夜中に逃避行するだけの事はありますね」クス
魔王(………余計に聞き苦しいだけではないか…)ハァ
魔王は無言のまま、また椅子へと戻っていった
576:
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
亡霊兜『我輩が生み出された時、既に日常生活を送れる程度の思考力を持っておりました』
自分で“考える”“学ぶ”
それはあくまで、新しい物事を習得するための手段
戦闘などは最初からできた
最初から、我が身体を動かすと同様に剣を扱った
だから考えたり学んだりするのは、例えば調理の仕方や買い物の方法などだった
だが味わうことはない鎧の身。
“もっと美味しくする方法”なんて考えることも無かった
装備や食料などを買う必要もないから
“もっと安く求める方法”も考えたりしなかった
“倣う”だけで、充分に用が足りていた
577:
亡霊兜『生みの親である鋳物師と共に町に出て、鋳物師の行いを倣っていった』
亡霊兜『壊したら、悪い。助けたら、善い。最初は逐一、鋳物師が教えてくれていた』
亡霊兜『当然のように、善悪も倣って覚えるものとなっていた――』
誰かに倣い、善悪を覚えるものだと思っていた
思考力はあっても、善悪の価値観など知らなかったから
だが、善悪は人によって姿を代える。その線引きは変わってしまう
だから“倣うべき正しい善”を求めた
亡霊兜『我輩は、模倣する生き方を当然と思っていたのです』
――誰かに倣って、そんな生き方をしようなんて。甘いんじゃないですか――
言われてみて、千年もたってようやく気付いたのだ
『倣わない生き方』があることに
578:
善悪とは
『自分で覚えていく事』だから、人によって異なるものだった
『自分で考える』からこそ、間違ってしまうものだった
これまでの旅の中で何度も見てきた、
『正しいと信じたことで、取り返しのつかない後悔に苛まれる者』の姿を思い出す
何故そんなことをしたのか、と尋ねたこともある
愚かなことを…、と叱咤したとで慰めたこともある
そんな偉そうなことを言っていた自分は
『間違いたくないから、一番正しい善をさがして真似しよう』としていた
亡霊兜『……出来ないと、思い込んでいたのです』
亡霊兜『自分は、ただの武器。ただの防具。生きているだけの、ただの甲冑なのだと――』
亡霊兜『そんな曇り眼のまま、騎士甲冑として、騎士の生き方を望み申した…』
“誰かに倣おう”と決めたのも
“善を求める生き方をしよう”と決めたのも
思考力しか持たないはずの自分の意思で考えであったはずなのに。
出来ないと思い込んでいた
そんな自分の愚かさには、ずっと気付けないままだった
579:
亡霊兜『我輩の過去は、聞く人が聞けば 勇者のそれと同列に扱われまする』
亡霊兜『子供達にその価値観や苦労を諭し聞かせた事もあったかと』
亡霊兜『………驕っていましたな。虎の威を借りて、借りているのにも気付かぬ狐とは…どれほどに阿呆者なのか』
町娘「……今まで… 指摘されたことは、なかったのですか?」
亡霊兜『いえ、しょっちゅう指摘されましたぞ。“倣って、そいつが間違っていたらどうするのだ”と』
魔王「ふむ。確かに俺も、そう尋ねたな」
亡霊兜『我輩はそう言われても、“間違わぬ者を倣えばよいではないか”と…頑なになるだけだったのです』
亡霊兜『なによりも、倣うのは当然のことと思っていたし…… いや、そうじゃないですな』
亡霊兜『どこかで蔑んでもいたのでしょう。“間違う者”の言葉などに、真剣に言葉を傾けなかったのです』
魔王「………ほう?」
侍女長「亡霊兜様。魔王様を蔑み、“間違う者”呼ばわりをするようでしたら、不敬で投獄いたしますよ?」
亡霊兜『け、決してそういうつもりではござらん!!!』パカパカ!
580:
魔王「……ではどういうつもりだと」
亡霊兜『……』
亡霊兜『…勇者以外、信じていいのか分からなかったのです』
魔王「……」
落ち込んだように、バイザーをゆっくりと落として沈黙する兜
町娘は魔王の顔を伺いみるが、魔王には慰めようという気がないようで
つまらなそうに茶をすするのみだった
侍女長「……それは、おかしくありませんか?」
侍女長「ではなぜ、町娘様の言葉を受け入れたのです? 彼女を勇者だとでもいうおつもりですか?」
町娘「えっ」
侍女長「何故、町娘様に言われたときは、それほどまでにショックをうけたのです」
亡霊兜『………いや、それはその』
侍女長「………」イラ
魔王「………」イラ
581:
町娘「あ、あの…?」
亡霊兜『……誤解をして欲しくはありませぬが…』
亡霊兜『町娘殿は…我輩から見ると、その思考は間違ってばかりのようにも感じまする』
町娘「……」
亡霊兜『それでも、“自らの生きる道”からだけは、決して違える事はない強さをお持ちだ』
亡霊兜『正しくは無い。だけれども、望みや誓いの為にであれば殉死していく騎士のように…気高い魂を感じまする』
町娘「……そんな立派なもの、私はもってません」
亡霊兜『いつだったか見た、勇者の姿を思い出したのです』
侍女長「? それはどんな姿だったのです」
亡霊兜『とある町で、人間と魔物の紛争がありましてな… 町が焼き払われた時のこと…』
582:
亡霊兜『火を放った者も、火を放たれた者も、皆が逃げ出す程の大火災となった』
亡霊兜『勇者は… 皆が逃げ出す中を 一人で全力で町に分け入って走っていきました』
魔王「……残された町民を助けにいったのか」
亡霊兜『もともと、紛争など起こっていた町。弱き者などとっくに逃げ出しておりましたぞ』
侍女長「では、何故?」
亡霊兜『ただ、消火のためだけに。それだけの為に、勇者は走って行ったのです』
町娘「消火……ですか? 燃え広がっては危険な地だったのでしょうか」
亡霊兜『勇者はそんな事に頭の回るような人ではありませんでしたな』
亡霊兜『……“紛争の前は、穏かな町だった。紛争のせいで、そのまま焼けた廃村にしてしまうのは怖かった”…… そう聞きました…』
亡霊兜『……誰もいない、争いの後が残り、燃え尽きた村。それはきっと、“救えなかった世界”の一角に見えるだろうから…そんなものを残したくは無いのだ、と』
魔王「……勇者とは、臆病なのだな。勇ましき者とは、名ばかりでは無いか」
侍女長「魔王様…」
583:
町娘「私は………少し… 分かる気は、します…」
町娘「自信など、無いから。絶対に救えると自分には確信できないから。そういうものは不吉で… 見るのは怖い、です」
魔王「……」
亡霊兜『………我輩には… 分かりかねました』
亡霊兜『これから世界を正しく導こうとする時に、無駄に命を落とす危険のあることをしてどうするのかと』
亡霊兜『それでは、本末転倒では無いかと… 責め申した』
町娘「……」
魔王「亡霊兜の意見は、俺には最もにも聞こえるが…… 言い知れぬ恐怖というのは、他者には理解できないものなのだろう」
魔王「……誰かに、その恐怖を理解できるとも… して欲しいとも、思わぬが」
侍女長「………」
584:
亡霊兜『町娘殿は、勇者とは違う。いや、真逆とも言えまする。ですがその芯に通っている物は同じようにも感じた…』
亡霊兜『…………町娘殿。改めて… 我が願いを聞き入れてくださいませぬか』
町娘「え…? 願い、ですか…? なんでしょう」
亡霊兜『願いまする。我が手足を杖とし、存分にその生き方を見せてほしいのです』
町娘「! で、でもそれは」
亡霊兜『決して模倣しようとは致しませぬ。できるとも思いませぬ』
亡霊兜『だけれど、知りたい。考えて見たい』
亡霊兜『自分とは真逆のものを知る事で……我輩は、自分を知る事が出来る気がするのです』
 
町娘「……亡霊…鎧さん…」
亡霊兜『我輩の手足。どうか、使ってくだされ。教えてくだされ…その脚の駆ける意味を。その脚の向かう先を』
585:
町娘「…だめですよ… そんな事をしたら、貴方は動けなく……
亡霊兜『我輩は不老不死の身。町娘殿がその生を果たし終わるまでじっくりと考えて…そこから動きまする』
町娘「っ」
亡霊兜『これまでは 何があろうと、立ち止まらずに進むべきだと信じていた…』
亡霊兜『しかしながら、自分で考えて……立ち止まり、ゆっくりと考えて見たいと思ったのです』
亡霊兜『どうか。いましばらく、貴方の側へ置いてくだされ』
町娘「…………」
町娘「ありがたく……使わせて、いただきます…っ! 亡霊鎧さん…!!」ポロポロ…
魔王「……機械技師探しは、もう要らぬな」
侍女長「……ええ」クス
586:
::::::::::::::::::::::::::::::
コポコポと、侍女長の淹れる茶の音が鳴る
その後、魔王の私室で落ち着きを取り戻した4人はゆったりとした時間を過ごしていた
町娘はその銀色の両腕に、亡霊兜を抱いて椅子に座っている
魔王は斜め前に腰かける町娘の様子を眺め見ていた
亡霊兜『町娘殿。その、いくら兜だけとは言え、オナゴの膝に抱かれるのは…』
町娘「駄目ですか?」
亡霊兜『いや、なかなか心地よい物でござるな』
町娘「ふふ。なんだか妙な喋り方になってますよ」
亡霊兜『ど、どうにも落ち着きませぬ……』
亡霊鎧がそう言うそばから、
町娘の脚が突然にもがくようにばたついた
町娘「きゃっ!?」バタバタ
亡霊兜『も、申し訳ない! 思わず逃げ出そうとして…!』
587:
町娘「あ、あはは…。逃げるのでしたら、手をうごかさないと逃げられませんよ?」
亡霊兜『我輩の感覚としては…その、膝の上に座って抱かれているような気がするのです…』
町娘「ああ… 私の脚となって座っているから、ですか?」
亡霊兜『全身で着込まれて、相手の意思に合わせることはあったものの、頭と脚をばらばらに存在させたことはなかったので…』
亡霊『いや、今後は気をつけまする。驚かせて申し訳ない』
町娘「いいですよ。共にいるだけで、“私の脚”という道具になったわけではないでしょう?」
亡霊兜『町娘殿……!』ジーン
町娘「ふふ。見慣れると、このヘルムも可愛らしいものですね」ナデナデ
亡霊兜『拙者、自分で自分の頭を撫でている気がして複雑でござる』
侍女長「……亡霊兜様。その変なしゃべり、やめてくださいませ」
亡霊兜『 』パカパカ
町娘(もしかして、あれは照れ隠し……?)
588:
穏かな時間が過ぎていく
暖かく、ぬるま湯のように気の抜けた時間
魔王はその空気を感じながら、一人 少女のことを思い返していた
恐らく、このあと 町娘と亡霊兜は“想い人”の元へと向かうのだろう
それを止めるつもりは無い
想い人の元へ駆けていく事ができるようになった町娘の姿は
見ていても辛いだけだ
魔王は、いまだに少女の元へ行くこともできない自分が
ここに一人、取り残されていく気がするから
自分ならば、行けるものなら行きたいと思うのだから……
そんな町娘を、止めることは出来ないだろう
胸が痛む
町娘の中に、少女の影を見て 自分を慰めていた魔王
それを失ってしまった後は、どうやってこの痛みに立ち向かえばいいのだろうか
魔王「……何故… 『想い』なんてものがあるのか」
町娘「……え…?」
独り言だった
思いつめてしまって、胸中に留めて置けなかっただけの、独り言
589:
魔王「何故、そこまでして想わねばならぬのか。ずっとわからないままだ…」
侍女長「………」
町娘「……魔王様にも… 想い人が?」
魔王「……」
魔王は、答えない
これは独り言なのだ…… 堪えきれない、胸中の叫びが漏れ出ているだけ
魔王「そんなものがあるから、痛いのだ」
魔王「そんなものがあるから、辛いのに」
魔王「それなのに…手放せない。もう、居ないというのに……何故、まだ『想い』があるのだろうか」
町娘「……」
590:
誰もが、魔王のその叫びに耳を傾けていた
しかし魔王はこの場にいる誰にも呼びかけていない
その声が、その思いが呼びかけるのは
いつだってたった一人の少女に向けられているのだ
それでも……
町娘「……求めたいから…ではないでしょうか」
魔王「俺はもう、あいつを求めたくなど……!」
町娘のその答えには、反応せずにはいられなかった
耳にはいってきてしまった言葉に、抗わずにいられなかった
町娘「『生きるための意味』を、求めたいからでは ないですか…?」
魔王「……何?」
町娘「生きるというのは、難しいです…… 何か意味や目的がなければ、とても生きてはいけない」
町娘「それなのに、死ぬことはあまりに簡単すぎる……」
591:
町娘も、まるで独り言のように話し出していた
今度は魔王がその言葉に耳を傾ける
まるで、そこに何かの救いがあればいいと願うように
少女の姿を重ねていた者ならば、あの少女のように
僅かにでも魔王の願う答えを持っているかもしれない―― そんな、藁にすがるような行為だ
魔王「簡単……?」
町娘「もしも『想い』がなければ、きっと簡単に死ねますよ」
町娘「何もしないだけでいいのです。それで死ねるんです」
町娘「生きるためには、何かしなければいけないんです。生きられないんです」
いつだったか少女が口に出した答えを思い出した
それをそのまま反芻し、問うてみる
魔王「……『生きたいから、生きる』…のでは… ないのか?」
町娘「……どう、でしょう。少なくとも… 私は、違います」
町娘「多分… ただ、『生きたいだけ』なんて人は 居ないんじゃないでしょうか…?」
592:
少女は“生きたいから生きる”と言っていたのに… 
この娘はその答えを間違っているとでも言うようだ
では、この娘はなんのために生きるというのだろう
あの少女はそうやって生きていたから
だから、そういうものなのだと思っていたのに…
……まるで亡霊兜のようだ。
憧れたものを望むあまり、自分も気付けば模倣して得ようとしていたのでは無いだろうか
“幸福を失わない”少女の生き方――
俺はそれが羨ましくて… 憧れて、欲しいと思った
そんなものをたくさん持っている少女に魅せられて
それを得るための手段を間違えていたのではないだろうか
愚かだといった側から、自分も同じことをしていると気付かされる
それが万人の答えではないと知った今、
亡霊兜のように…自分の生きる道を見直す事が出来るだろうか
593:
魔王「では… お前は、その想い人に会うために生きているのか?」
町娘「それは『死ななかった理由』… だと、思います…」
魔王「『生きる理由』、『死なない理由』… それは違うものなのか」
町娘「………生きる理由は…きっともっと…自分本位なんだと思います」
魔王「自分本位……?」
町娘「……」コクン
町娘「生まれたからには……最後まで試したいじゃないですか」
町娘「与えられた生の中で、どれだけの喜びや幸福を味わえるか試してみたり」
町娘「得られるものに喜びを見出し、価値を見出して、誰かに評価されてみたり」
町娘「自らを奮い立たせて、限界を超えて強くなってみたり」
魔王「………」
町娘「死ぬなんて、どうせ簡単だから。ゲームオーバーにするのは簡単なんです」
町娘「難しいとわかっていても、どうせならエンディングを見てみたいじゃないですか」
町娘「殺されるっていう強制エンディングでもいいから、始まった以上は 最後まで見てみたい」
町娘「私は、あの人とのエンディングがバッドエンドでも… 最後までやりきりたいんです」ニコ
魔王「……」
594:
魔王「………意外だった。おまえは、貪欲で挑戦的なのだな」
町娘「人間は、貪欲なものだと思います」
町娘「あの人と『出会って、ただ結ばれる」のがここまで困難なシナリオになるだなんて思わなかったですけど」クス
魔王「……そうか」
今までは無感動のまま あたりまえに、ただ生きてきたのに
長い月日を“ただ過ごすこと”が これほどに辛く苦しいものに変わっているのは確かだ
生きるというのは難しいのだと、納得できる
今まで簡単に生きてこられたのは、
自分の内側に、強い感情が宿っている事に気付かなかったからだ
魔王「……そうか。生きるというのは、そういうものか」
町娘「魔王様…?」
魔王「生きるというのが辛いだなどと。以前はそれすら思わなかった」
魔王「辛くなってから…… 幸福を、より求めるようになっていた……」
595:
町娘「……気付かないものですよ。失くさないと、わからないものがあるんです」
町娘はそう言うと、自らに繋がった銀色の脚を撫でた
愛しそうに、やさしく撫でる
その後で、銀色のヘルムに向かって穏かに笑いかけた
町娘「憧れて、欲しくなって、手に入れる」
町娘「でも 手にしている間は、手に入れていることで満足してしまって、気付けないんです」
町娘「手放して…失って。その後で惜しくなって、求める時になって気付くんです」
町娘「そのものの、本当の価値に」
魔王「…失ってから…」
町娘「……失わないと… 本当に必要だってことにも、気付けないんです。生きるのって難しいですよね」
596:
兜を撫ぜながら、どこか切なさと後悔の混じった瞳で呟く町娘
亡霊兜は一度だけ、ゆっくりとバイザーを開閉した
侍女長は、そんな3人を穏かな微笑で見つめている
その口元は、まるでこれから先の明るい未来が見えているかのように愛しげだ
魔王「……欲するのが… いつでも、持っていないものだとは気付いていたのにな」
そうだ
気付いていたではないか
何もせずに、苦痛に身を落として生きているなど間違っている
俺も挑んでみたい。今度こそ、正しく… “本当に欲しいもの”を手に入れる為に
魔王「手に入れない限り、この痛みは消えないのだろうか… この、思いも」
町娘「痛みは… いつだって、一番欲しいものへ繋がっていますよ」
亡霊兜『悩みが、進むべき道を照らし出し… 間違いを改めてくれますぞ?』
597:
魔王は少女を思い出す
あの少女の笑顔は まだ残っているだろうか
まだ、間に合うであろうか
――違う
間に合わない事など、あるだろうか
魔王「手に入れよう。俺に手に入らないものなど―― 何も無い」
決意。
その瞳には、吸い込まれるような闇ではなく。望むものを掴み取る強さが宿っていた
魔王は立ち上がって踵を返す
ドアに向かい… 望みに向かい、足を進めた
後ろから小走りに歩み寄ってきた侍女長は、そんな魔王の手を取る
そして、穏かな口調と、穏かな微笑を浮かべたまま 一言だけ宣言した
侍女長「行かせませんよ、魔王様」ニッコリ
598:
町娘「え…」
亡霊兜『侍女長…殿…?』
魔王「……何を」
侍女長「あなたは、“魔王”なのですから。いつもいつも身軽に動けるなどと、思わないでくださいませね…?」
侍女長の微笑が、いたずらめいたものに変わる
焦らして弄び、それすらも快楽へと代えてしまう淫魔の微笑―― そんなものを髣髴とさせる
だが、それは一瞬だった
すぐに真面目な顔つきで、深々とした礼と共に 本来の“侍女長”の仕事をこなしはじめた
599:
侍女長「外出なされるのでしたら、不在の間の統治に関しての指示をお願いいたします」
侍女長「それから他国へ入られるのでしたら、出国・入国手続きに関しても書類の申請を」
侍女長「あと…町娘様の今後の処遇に関してはどうなさいますか?」
侍女長「亡霊兜様の取り扱いについては……」ペラペラ
魔王「 」
侍女長「悩みに結論がでてスッキリなされたのでしたら、やはり魔王様ご自身で一度整理していただかないと…」
町娘「あ、あの…? 今まではどうなさってたんですか?」
侍女長「魔王様に『手足も口も、魔王様のものと思え』と…ほぼ全権を頂いていたので、私が代わりに指示を出しておりました」
魔王(そんな事までしていたのか)
侍女長「ですが、一度これまでの統括指示に関しても一度確認をしていただきたく」
魔王「な」
侍女長「成すべきことは全て整え、準備万端となるよう手配させていただきますゆえ」ペコリ
600:
魔王というのは一国の主である
改まって動こうなどと思った事があまりないので気付かなかったが
動くとなれば、相応の準備や手続きが必要とされるらしい
侍女長はこれまで、それらの全てを代行しくれていた
……少しでも、魔王の心労や煩わしさをなくすために
侍女長「ふふ。お役に立てていましたでしょうか?」
魔王「ああ。これからも……
侍女長「そろそろご自分の“役割”も果たしてくださいませね? “魔王”様」ニッコリ
魔王「 」
町娘(……侍女長さんって… なんだかすごい…)ドキドキ
亡霊兜《町娘殿とは違った“己の生き方”を貫いておられるように見えまする…!!》ガクブル
601:
侍女長「私はいつだって、魔王様にとっての最善を考えています」ニコニコ
魔王「……俺の?」
侍女長「あなたは、指導者なのですから。いかなる事でも確実に自由に行う為、抜け目を見せてはなりません」
侍女長「后様を連れてきた後に、決して誰にも文句など言わせぬように。……抜け目なく整えてから、行きましょう?」
魔王「……」
魔王「ああ。わかった」
町娘「……」クス
亡霊兜『流石ですな』
見えない場所で、努力をしていてくれた人がいた
見えていた以上に、支えてくれた人がいた
それもまた、渦中には気づけないもの。
知ってから、“ありがたみ”に気づくものだった
602:
魔王「……侍女長。感謝しよう」
侍女長「…………っ!」ペコリッ
深々と、言葉も発せないままに辞儀をする侍女長
その顔はとても嬉しそうで、幸福に満ちたものだった
魔王「……しかし、身軽さというものも、無くしてみてその価値に気付くものか」
町娘「侍女長さんって有能なんですね。魔王様って、本当はこんなにたくさんの書類を用意しないと動けないんですか…」
侍女長「本当でしたら、人手や支度などの準備もありますからもっと多いのですよ?」
亡霊兜『……脚があっても、動けるとは限らぬのですなぁ』
魔王「………」
町娘「お手伝いいたしますね、魔王様」
亡霊兜『うむ。我輩の腕を、どんどん使ってくだされ。町娘殿、魔王殿』
侍女長「うふふ」ニコニコ
603:
その後、“運悪く”書類の申請手続きやミスが続き
半月近く待たされることになった
「ま。もう少しくらい独占させてあげたって、罰はあたらねーんじゃね?」
「見つかったらどんなお咎めを喰らうんでしょう…っ?」
「お、おいおい……。怖いこというなよ…」
侍女長の事を想う“誰か”の計らいがあったことなど
本人達以外には誰にも知る由は無い
侍女長は、そんな“作られた幸運”を大切にして半月を過ごした
『一番に近くにいられる、残り僅かな時間』を、ゆっくり味わうことができただろう
「へへ。あの人、いつも自分のことは二の次だからな。こうでもしなきゃ受け入れないっしょ」
「絶対内緒ですよ! バレたら、侍女長様は泣きながら魔王様に詫びとかいれちゃいますからね!」
「わかってるって! んなことさせねーよ!」
604:
見えない場所にいる。
気付かない場所で願っている。
誰かが誰かを、どこかで確かに、想っている
決してバレないように。傷つけないように。
隠れてでもいないと、大切にしてあげられない人がいる
この世界は、そんな 『わかりにくい、不器用な世界』だ
そして……
605:
魔王「……さて」
侍女長「いってらっしゃいませ。魔王様」
亡霊兜『我輩はこのまま魔王城でお待ち申す』
町娘「あの…、魔王様。本当に私も連れて行ってもらえるのですか…?」
魔王「……行きたくないのならば好きにしろ」
町娘「っ ……お連れください。お願いします…!」
魔王「……」
魔王「……行こう。手を伸ばせば、すぐそばにある」
617:
:::::::::::::::::::::::::
町娘を連れて隣国へ向かう
国境までは、侍女長の進言で馬車が用意された
森の中ではなく、魔王城からまっすぐに伸びる石畳の道
隣国への正規ルートだ
石畳の上を、その高級な馬車は静かに進んでいく
ガタゴトと揺れたりはしない
僅かな振動だけが、車内に馬車が進んでいることを知らせている
魔王「……町の中では 別行動をする。よいな」
町娘「え……」
町娘「ですが、それじゃあ魔王様がお一人に…」
魔王「供は要らぬ。入国は伝えてあるが、まさか国境の淵にある町だなどとも思っていないだろう」
町娘「……?」
618:
魔王「俺が来たことを知られては、駐在軍が騒ぎ出すはず」
魔王「あそこの駐在軍など、見つかり問われでもしては殺しかねない」
町娘「……うちの町の軍は… 荒れてますからね」
魔王「……」
町娘「横暴で… 肝心な事は見てみぬフリ。見つかったら、守られるどころか 何をされるかわからないヒト達」
魔王「ふむ。恐ろしいか」
町娘「怖くはありません。ですが… 生きて戻ったのが見つかったら、“面倒の後始末”くらいはされそうですね」
魔王「…これを、貸しておこう」
町娘「? これ… だ、駄目ですよ! 魔王様の剣ではないですか! それに私は剣なんて……っ」
魔王「使えるだろう。おまえではなく、亡霊鎧の手脚が」
町娘「あ……。 で、ですが」
魔王「おまえも、俺のものなのだ。……つまらない理由で死んでやるな」
町娘「……魔王…様」
魔王「お前の“本当の価値”になど興味は無い。わざわざ失って、知る必要はない」
町娘「……ふふ」
619:
魔王「目立たぬように行動する。お前も好きしろ」
町娘「…そう、ですね。私も、なるべく目立たぬように動きます」
町娘「例え時間でも。もう… 私の一部を勝手に棄てられるのは、こりごりですから」
魔王「ああ」
町娘「ありがとうございます、魔王様」ペコリ
手綱を握る従者が、馬達に声をかける
正面から、乗り込んでいく
町娘は、一目 想い人に会う為に
魔王は、自らの望みを―― 少女を、手に入れる為に
620:
なだらかにカーブした下り坂を降りきった時、馬が止まった
馬のいななく声と、ドウドウという従者の声
馬車の扉が開かれる
従者「魔王様。ここより先の街道が、既に隣国の境界線になります」
魔王「……」
従者「ここでお待ちしておりますので」
魔王「必要ない」
従者「……かしこまりました」ペコリ
町娘「……」ペコリ
馬車の去るのを見送ってから、歩き出した
魔王に、2歩ほど遅れて町娘がついていく
街道に沿った小さな町
その正面にあっても、人は閑散とした様子だった
621:
町娘「この正面の通りには商店などがあります。民家はそれぞれの裏に列になっています」
魔王「ふむ」
町娘「町の奥に、枯れ井戸がひとつ。その斜め横にある大きな建物が駐在軍の宿舎です」
魔王「井戸を目印に、近づかないようにするとしよう」
町娘「はい。では私は 目立たぬよう、少し遅れて行きます」
町娘「……どうか、お気をつけてくださいね、魔王様」
魔王「心配など、要らぬ」
町娘と別れて町を歩く
まばらに姿を見せる住人たちは、どこか暗い顔だ
伏せられた瞳は、魔王とすれ違っても 姿を捉えていないように見える
まだ、午前も早い時間だというのに 慌しく働くものの姿すら見当たらない
魔王(……ここまで…この町は荒廃していたのか)
622:
1年はとっくに越えた
だが、3年はたっていないだろう
以前にこの町のそばまで来たときは、まだもう少し活気があったようにも思う
“CLOSE”に掛け直されてから
時間の経っていそうな酒場の看板をみかけた
商店があると聞いてはいたが
僅かな食料品を扱う店の他はどこも戸が閉まっている
これでは、私服を肥やしたところで駐在軍には娯楽などないだろう
すっかり寂れている町を眺めながら、魔王は歩いていく
魔王(……そうか。他国・他町からの旅人が減った影響か…)
町娘を商人から買った後で、魔王はほぼ全ての謁見を断った
この町は魔国に一番近く、農業も行えない貧しい町だったが
魔国に近いからこそ、魔国に赴く旅人が金貨を落としていたのだ
魔王(……慢心していたな。警備兵も、町民も)
誰かのせいにして何もせず、当然のように与えられる“配給品”を味わっていた
誰かのおかげで助かっていた事象は気にも留めず、自分を棚に上げていた
魔王(愚かな。努めるべきことを努めて、町や町人を守っていれば そのような思いもせずに済んだであろうに)
623:
この町の住人だった、町娘
ゆるみきった体制で住人を守ろうとしなかった駐在軍
めぐりめぐって、そんなたった一人の小娘をきっかけに
町をここまで弱らせ、自らの首を絞めることになったのだ
魔王(……いや。駐在軍のせいだけとも言えぬな)
少女が何度か言っていた、“近くに住んでいるおじいちゃん”
傷の手当を教わったものの、パンは『買う』必要が無いことは教えなかったあの老人
あの者も、親切心こそは持ちえていたようだが……
自らのリスクを負ってまで、少女を助けることはしなかった
他者に対して、多くの関わりは避ける
恐らく、無関心を装う者も多いのだろう
誰かが、町娘を助けることは本当にできなかったのだろうか
あの町娘は、本当に“抗いようも無い方法”で達磨にされたのだろうか
魔王(……『情けは人のためならず』、だな。この町は、そんな“情け”の足りない住人達によって荒廃したのだ)
少女の言葉を思い出し、改めてその姿を探すことにする
貧しい少女だったのだから、きっと小さな家に住んでいるだろう
624:
通りを横断し、裏道のような細い通りへ
小さな民家が雑然と並ぶ場所が見えた
その付近に向かおうとすると、足早に動く影が遮った
町娘だ
彼女には亡霊鎧の手足があるし、剣も持たせてある
一人で街に入ることに不安もあるだろうが、放っておいていいだろう
魔王(……ふむ。目的の想い人は、不在だったのだろうか)
知ったことではない。町娘の去る気配を待ってから、歩みを進めた
見慣れない町。人影の無い通り。
人気の少なさを見るに… 多くの住人は移住してしまったのかもしれない
魔王(……なるほど。想い人がいつまでもこの町にいるとは限らない、か)
もしも… もしも、あの少女が既に町を出ていたら
あるいは、既にどこかに身売りでもされていたら――
不吉な考えに、脚が止まる
625:
溜息をつく
ふと流し見た中央の通りに、人影を見つけた
魔王(! あれは……!)
空の花かごを抱えて歩く少女の姿だった
月日は彼女を成長させていた
だが充分な栄養を取らないその身体は、相変わらず細く小さい
衣服は白なのか茶色なのかわからない、麻布で
長く伸びた足は、痛々しいほどの細さを浮き立たせ
痩せこけた腕に抱えられた花かごが、いまだ貧しさの渦中にいると教えてくれる
魔王が最後に見た少女は、美しいドレスをきて
『おひめさまみたい?』と笑っていたのに
今の少女は、まるで出会う前の少女に戻ってしまったかのようで
魔王と共に過ごした月日など なかったことにされているようで――
ただ、姿を見つけただけなのに
たったそれだけで、ひどく胸が痛んだ
魔王(ずっと… ずっと、地の水を飲むような生活を…続けていたのか…)
626:
遠目にもわかる、腕にある青い痣
腫れて赤くなった足を、僅かに引きずって歩いている
魔王(………っ もっと… 早く、こうしていたら)
後悔が心を苛立たせる
それでも少女を見つけた
今は一刻も早く
痛みの中でも 影でもない、そこにいる、確かな物へ…… 
この声を、届けなければ
魔王「少女!」
少女「!」ビクッ
少女は、ビクリと身をちぢめて驚いた
その様子は、出会ったときと何も変わらない。
彼女が本当に少女なのだと、魔王に実感させてくれる
魔王(言葉を受け取ったわけでもないのに。少女が少女であるだけで、こんなに安心するなどと…)
これは、懐かしさなのだろうか
それとも、久しぶりに得た 安心感のせいだろうか
張り裂けてしまうほどに、何かが心の中にあふれ出してくる
627:
少女「…あ…」
魔王「少女」
少女「おにいちゃ…っ。 ま、魔王… 様」
魔王「………」
別れ際に言った『お前の兄は、あの男だ』という言葉を覚えていたのだろうか
あるいは、町へ戻って 関係性の薄くなった自分の立場を考慮してだろうか
ともあれ、少女は魔王を様付けで呼んだ
普通であれば、それは他人行儀に聞こえるかもしれない
それにショックをうけることもあるかもしれない
それでも。あの少女が、『魔王』を呼んでくれた事に代わりはない
少女「あ、の…… おに、 えっと 魔王… 様…なの? …本当に…?」
だから、そんなことにいきなり戸惑う少女を見て
魔王は思わず微笑みすら漏れそうになった
628:
魔王「お前の好きに、呼ぶがいい」
最初も様付けで呼ばれていたのだからそれでもいいと思った
兄と呼ばれるようになったのも、后なのだから気安く呼べと言ったからだ
だが
少女「……もう… そういうわけには、いかない、です。魔王様」ニコ
魔王「……」
今のその呼び方には、距離感を感じた
最初に出会ったときには、少女は魔王を『魔王』と正しく認識していなかった
『魔王様』という呼び方は 意味の無い、ただの呼称であった
その実体はとても馴れ馴れしいものであったから、気にならなかっただけだ
今は…『魔王』として認識し、その格差だけの距離をとろうとしている
距離をとり、お互いの立場を認識させるための呼称。
様付けで呼ぶことで、距離をとり、離れようとしているように感じられる
魔王「………らしくないことを、するな」
少女「え?」
629:
自分より地位の高い者は全て一緒だった
だから、最高峰に立つ自分にも 少女は僅かな差しかない者と同じように、親しく接してくれていたのだ
魔王(……最高位であるプライド、か。そんなつまらないものが俺にもあったのだな)
魔王(他の者と同様に扱われることに腹を立て。同様に扱われることで得ていた利点には気付かなかった)
自分の事は、気付かない
他人のことであれば、容易く気付けるのに
魔王(……魔王“様”、か)
本当は、もっと近しい名で呼んで欲しかった事を思い出す
魔王「俺のことは… 『魔王』、と呼べ。遠慮も要らぬ」
少女「え? え… 呼び捨てでいいの…? 私、怒られちゃわないかな…」
魔王「俺が、そう呼ばせるのだ。誰が逆らえようか」
少女「……えへへ。ほんとに、『魔王』だ。やっぱり… 相変わらず、強いんだね!」
魔王「……」
630:
少女「魔王… 魔王! えへへ… この呼び方だったら、みんなの前でも呼び方をかえなくていいね」
魔王「…ああ」
懐かしかった。
公私をつかいわけていた少女の姿を思い出すと、ひどく懐かしい
いつだって胸の中にいるとおもっていたのに
いつのまにか、徐々に離れていたのだろうか
少女にもう一度声をかけ、並んで歩き出す
通りを離れ、街道にほど近い場所へと移動する
魔王「……兄とは、うまくやっているか」
少女「あ…。魔王…… その。 ……ごめんなさい」
魔王「何故、謝る?」
少女「魔王にもらったドレス……。おにいちゃんに、売られちゃって…」
魔王「そうか」
少女「ごめんね…?」
少女「ごめんなさい、魔王……っ」
631:
少女は、涙を流してその場に立ち竦んだ
そのまま小さな嗚咽をあげて、泣き始める
魔王「……良かった」
少女「……え?」
少女「えっと…。 なに、が…?」ヒック…
魔王「あれから…… 一年以上、経っているからな」
魔王「今度こそ 謝罪に身体で払うだなどと言われなくて。本当によかった」
少女「あ……」
魔王「そんな方法を、当たり前にして生きているのではないかと……思っていた」
少女「してないよ。そんなこと、一回だってしてないよ!!」
魔王「ならば、安心だ」
ポン、と頭に手を乗っけてやると
少女は頭の上に伸ばされた腕と、その先にある魔王の顔を見て また泣き始めた
この少女は、出会ってすぐに『安心感』を与えてくれた
今はもう、穏かな気持ちも届けてくれている
少女こそが間違いなく、求めていた“生きる意味”なのだと、実感できる
この想いが欲しくて、俺は生きていく
632:
少女「ヒック… うぅ、うぇ… 魔王っ 魔王……っ!」
手を伸ばし、欲しかったものを抱いた
胸に顔を押し当てて泣く少女は ただ暖かくて…
魔王(できることならば この感情を いつまでも――)
いつだったか、魔王城で少女を抱きしめた時に感じた想いが蘇る
『いつまでも』と願ったあの気持ちすらも、もう届けてくれた
心の中に、希望の光が宿っていくのが分かった
魔王「……もう、泣くな」ナデ…
少女「だって… 魔王に、もらったのに…! すごく、嬉しかったんだよ!!」
魔王「……兄なのだろう。泣くほどならば、金にかえなくとも残しておいてはもらえなかったのか」
少女「それはっ……。 それは…… できないんだと、思う…」
少女は肩を落として申し訳なさそうに俯いた
その様子を見ると、本当に金に換えずにおいてもらえなかったのだとわかる
633:
魔王「お前の兄は守銭奴なのだな」
少女「! 違うよ!!!」フルフル!
魔王の腕を逃れた少女に、戸惑う
“物”を“金”にしてまで “金”を欲したことはない
大切に思う物ですら“金”に変えてしまう者を『守銭奴』と呼ぶ以外には思いつかなかった
魔王「少女……?」
少女「お兄ちゃんは 本当はあったかい人だよ! かわっちゃったけど、今でも本当はあったかい人なんだよ!!」
魔王「………? お前の兄は『酷い』のではないのか?」
少女「違うよ…… 本当は、魔王みたいに、あったかくて優しいんだよ」
少女は、悔しそうに小さな拳を握る
大切に思う兄を、悪いように言われて腹を立てたのだろうか
手を伸ばして、抱きしめておきたかったのに。
その腕を逃れて兄をかばう少女の姿を見るのは、苦しい
634:
少女「魔王は、おにいちゃんみたいだった。前の優しかった頃のおにいちゃんみたいで…」
少女「一緒に居て、すごく安心したんだもん…」
少女は、自分に兄の姿を投影していた
兄がいたとわかった時点でそれには気付いていたし、その時はショックも受けた
少女「お兄ちゃんが、二人になってくれたみたいだなぁって、本当に嬉しかったんだもん…っ!」
それでも、同じ者の影を見ているのではなく
『好きな者が増えた』と感じていてくれた少女
少女の言葉はいつだって、優しく暖かく、魔王を癒していくばかりだ
胸に湧き出た苦しみが消えた途端、暖かな気持ちを また心地よく受け取らせてくれる
今度こそ、言葉に気をつけて喋ろう
少女が大切に思う者を、貶めてしまわぬように
そうだ、そんなことですら、少女が教えてくれたことだ
少女が他者に貶められて、魔王に気付かせてくれたことだ
少女は、たくさんのやさしい思いをふりまいている
きっと、だからこうしてこの少女には…あたたかな言葉で返したいと思うのだろう
635:
魔王「今の兄は、その“暖かかった頃”とは違うのか?」
少女「………」
少女は、苦しげに言葉をつむぎだす
今の兄は、ひどい折檻をくりかえすこと
今の兄は、厳しく自分にあたること
今の兄は、とても恐ろしいこと
魔王と出会う前よりも……
もっと、生き苦しい環境に置かれているようだった
それでも、責められず、板ばさみの中で耐えているのだと
それでも、兄のそばを離れようとは思えないのだと 聞かされる 
その時
「少女!!!」
少女「!」ビクッ
魔王「……」
636:
声のした方向を見る
そこに立っていたのは、忘れようも無いあの青年の姿
……少女の、兄の姿だった
少女「あ…。 おにい、ちゃん……」
青年はズカズカと少女に歩み寄った
少女の腕を強引にひき、小さくあがる悲鳴には耳もかさない
青年「こんなところでサボっているのなら働け!! おまえが金を稼がなければ……っ!!
魔王「おい」
青年の手を少女から引きはがし、少女を背後に寄せた
もう、簡単に この少女の背を押したりなどしない
青年に対峙する
そうだ。ただ、受け取りにきたのではない
この青年から――― 
奪いに、来たのだ
637:
青年「…………? 誰だ?」
魔王「顔を忘れたか。 一度会った事がある」
青年「ああ…… 前に森であった… ソイツの“誘拐犯”か」ニヤ
魔王「そうだ」
青年「ははは、なんだ? 成長したこいつの身体でも狙ってきたのか?」クク
野卑た笑い、屈辱的な言葉…… 浅ましく、薄汚い言葉
どれもこれも見慣れたものだ
そんなものに臆すことは無い。目を閉じ、言葉を練る
少女の前で、この青年を貶めてはならない
この者がどんな人間であろうとも、この少女にとっては大切な兄なのだ
ゆっくりと目をひらき、青年を正面に捉えて言った
魔王「……聞きたい事がある」
青年「は?」
魔王「おまえは、何と引き換えに、何を得たのだ」
638:
青年「何……? 何の話だ」
魔王「俺は俺の持っている富や知識と引き換えに、この少女に幸福を貰った。感情を教わった」
魔王「痛みと引き換えに悩み、苦しみと引き換えた果てに、生の在り方を知った」
青年「……はぁ?」
魔王「善しとするもので善しとするものと引き換えるだけではなく」
魔王「悪しとするものを善しとするものに換えられるならば」
魔王「善しとするものを、悪しとするものに引き換えることもあろう……」
青年「……どういう意味だ? 俺が馬鹿だから、それに喧嘩うっているのか?」
魔王「問うているだけだ」フム
少女「ま、魔王……」
魔王「どうした」
少女「わ、わたしもわかんない…!!」
魔王「………」
639:
緊張感、というものを削がれる
だが、そのおかげで
少女は俺を、優しく暖かなものに変えてくれるのだ
少女の頭に手をあて、改めて言葉を考える
じれったそうに青年が口を開くのを制止して、やり直す
魔王「…つまり、だな。青年。お前は、依然と違うお前になったのだろう?」
青年「な……」
魔王「何と引き換えに、今のお前を手に入れたのだ」
魔王「どのようなものを得たくて、そのようなお前になったのだ?」
青年「……っ!」
魔王「教えて欲しい、今後の参考にしよう」
少女「ま、魔王。待って、それは……!!」
青年「????????っ」
青年「おまえに…… おまえなんかに、何がわかるんだッッ!!!!」ザッ
少女「おにいちゃ……!」
640:
青年は、魔王に背を向けて走り去ってしまった
後に残された魔王には、その理由など知る由も無い
その理由を聞こうと思ったのに逃げられては、何が分かると問われても何も分からない
少女「お兄ちゃん……」
魔王「……あいつは何を怒っている? 答えたくなければそう言えばいい。それで構わぬのに」
少女「魔王」
魔王「ふむ……。何か、答えられない様なものだったのだろうか」
少女「………魔王。あのね」
魔王「?」
少女「……おにいちゃんはね…… 恋人を、なくしたの」
魔王「恋人を?」
少女「うん……。すごく大切な人を、失ったの」
少女「魔王が言うみたいに言うなら…」
少女「『その悲しみを手放すために、悲しみに負けたりしない自分を手に入れた』――」
少女「多分、そういうことなんだと思うよ…?」ニコ
641:
魔王「…なるほど。では 手放すために、あのような心を代わりに持つことにしたのか」
まるで少し前の自分と同じだ
痛みのあまり、苛立ち荒ぶる心を抑えられなかった
魔王はそれを抑える為に、荒ぶるがままに費やすことをしたが……
あの青年は、他者への攻撃に換えることで、感情の暴走を抑えているのだろう
魔王「手に入れる事も、手放す事も難しい。求め続けるのも…… 容易ではない」
少女「……そうだね」ニコ
少女「おにいちゃんは、きっとすごく悲しんだから」
少女「とっても優しい人で、とっても暖かいひとだったから―― だからきっと、余計に辛くて痛かったの」
少女「だからあんなに…… あんなふうにしていないと、耐えられないようになっちゃったんだと思うの」
魔王「………ああ」
少女「一生懸命に頑張ってるからだって、知ってるから…… 戦ってるからなんだって知ってるから」
少女「だから、私はおにいちゃんを責められないんだよ」エヘヘ…
魔王「……そうか」
642:
自分が慰められているようだった
少し前、少女の知らぬ場所で 一人もがいていた自分が、救われるような気がした
それでも、この少女がかばっているのはあの青年で
――今の魔王にとって、対立すべき相手だというのは、堪える
少女「私は、今でもおにいちゃんのことが大好きなんだよ」
少女「……だから、どんな目にあっても、おにいちゃんを裏切れないの」
少女「頑張ってるから。だから私も、一生懸命 支えてあげるの」ニコ
魔王「………」
虐げられても、自分が苦しい思いをしても
もっと楽な道があることを、知っていても―― 
これからは違えずにその道を進むのだという、少女の決意を感じた
“生きる道”。
魔王も、町娘も、亡霊鎧も、侍女長も 皆、それに向かって歩きだした
この少女も、そうなのだろう
魔王(……その道は… 譲れないのだろう。なら、どうしたらいいのだろうか)
643:
誰かを目指して進む道
だがその目的の誰かは、さらに他の場所へ向かっていってしまう
後を追う者は、自分の生きる道を 諦めなくてはならないだろうか
それとも、いつまでも追いつかないまま… 進んでいかなくてはならないのだろうか
少女「ごめんね、魔王」
辛そうにしている少女
涙を堪えて笑うその顔が、ひどく痛々しいと思う
苦しい
喉まで埋め尽くすような、胸の苦しみが言葉を詰まらせる
ゆっくりと魔王に背を向け、少女は歩き出した
自らの、生きる道を進むと決めて…… 歩き出してしまった
後姿だけでも、少女が目をぬぐうのが分かる
涙を堪え、彼女は自らの選んだ 進むべき道を歩こうというのだ
644:
目を背けてしまいたい
俺は選ばれなかった
諦めなければならない役割を、少女に与えられてしまった
なら、もう諦めたと…
棄ててしまうべきなのだろう
視界が、闇に閉ざされる
俺はまた、このままここで全てが黒く塗りつぶされるまで立ち尽くして――……
『手放して…失って。その後で惜しくなって、求める時になって気付くんです』
『そのものの、本当の価値に』
心の中に、声が聞こえる
少女の代わりに慰め者にされていた、哀れな娘の声
魔王「………失って… 惜しくなって… 求めて… 気付く…」
もう、一度失っている
その価値は、既に知っている
失くしてしまえば、必ず惜しくなって、また求めてしまう
645:
諦めては、繰り返すだけだ
何度も、何度でも。繰り返してしまうだけ
魔王(………『挑む』と決めて、ここへ来た)
それがたとえどのような未来を描こうとも。
許されがたい禍根を残し、結果 疎まれるほどになったとしても。
魔王(俺も最後まで挑み、このシナリオの終わりを見てやる――……!!)
目を開く
まだ、少女の姿は見える
まだ、届く場所にいるのだから―― 終われない!
魔王「少女!!!」
少女「っ!」ビクッ
646:
魔王「あの男を支えるのが少女の役目だと? ならば、その役目から 俺が貰っていく!」
少女「え…?」
魔王「青年を救ってやろう! あいつの望みを、教えるがよい!!」
少女「……………ま、おう…」
立ち止まったままの少女の下へ、走り寄る
少女の腕を捕まえておきたいと思う
だが、今この手を握っては壊してしまいそうな気がする
何かが違う。その手を握りたいわけじゃない
そうだ。捕まえたいんじゃない
この少女に、俺の腕をつかんで欲しいんだ
頼って欲しい
必要として欲しい
求めて欲しい
そうして、求められて。 それに、応えたいんだ??……!!
647:
魔王「教えるんだ! 少女!!」
少女「魔王……」
欲しいものを乞うなどと、したことはない
“おねだり”の仕方など、かんがえたこともない
不器用に求めるしかない
助けを求めて欲しいと、ただ必死になるしか できないから―――
魔王「頼む……っ!」
少女「…………魔王…」
“思いを込めて” 言葉を、伝えた
少女「……えへへ。ありがと、魔王」ニコ
魔王「少女…!」
通じたと思った
願いを聞いてもらえたと思った
少女「でも。無理だよ」
聞いてもらっただけでは
叶えてくれるとは限らないのに
648:
魔王「俺にできない事など……!!」
少女「ううん。魔王でも… 難しいと思うの…」
少女「この1年以上… ずっと探し続けてるのに、見つからないの」
魔王「その恋人とは…… 行方不明者なのか!」
少女「………前は… 居場所だけは、わかったんだけど。今はもう、居ないの」
魔王「……っ 死んでいたとしても探してやろう。だから!」
少女「魔王。 ……言わせないで?」
魔王「何を……」
少女「あのおねえちゃんが見つからないなんて…。 きっと、もう無理なの」
少女「……『知らないままでいた方がイイ』事に、なってるんじゃないかな…」ポツリ
魔王「………?」
少女「きっとね。神様が、『知らない方がいいよ』って…… 気遣って、隠してくれてるんだよ」ニコ
魔王「な……」
649:
少女「だから魔王に探してもらうなんて、そんなことをしちゃいけないの」
魔王「何故だ!? できる努力をして何が悪い!? それで見つかるならば――
少女「…違うよ。それは、私やおにいちゃんに出来る努力なんかじゃないよ」
魔王「何が違う!?」
少女「だって… 『魔王』って……」
少女「『魔王』って。現人神っていわれるくらい… すごいんでしょ?」
魔王「……何、を…」
少女「神様が… せっかく隠してくれたのに。それに対抗できるような、“神様みたいな人”に、お願いなんかしちゃいけないんだよ」
少女「神様だって、きっと困っちゃう」
少女「きっと、これは神様の気遣いで、好意なんだって思ってるから。だから、大丈夫」
少女「えへへ。自分達にできる努力をするよ。それで見つかれば、幸せだよ」
少女「見つからなくても… 神様が、そうしてくれてるんだって思えるよ」
少女「だから。大丈夫だよ、魔王」
魔王「―――つ!!」
650:
とりつくしまがない
この少女は、進む道がバッドエンドであることすらも 既に受け入れてしまっている
たくさんのものを諦めすぎてしまった少女
望んでも叶わないならと、美化することに慣れすぎてしまった少女
手に入らないことを、当然のように受け入れてしまっている少女――
尽きることの無い幸せの数は
叶うことの無い望みの数だったのだ
魔王「――――…っ 俺は… 俺は」
少女「魔王?」
魔王「俺は……っ 神なんて、そんな手の届かないような“夢”の象徴じゃない!!」
少女「え?」
魔王「見ろ! つかめ!」グイッ
少女「っ!」
自分の腕に、少女の手を触れさせる
自分はここにいて、手の届く存在なのだと無理矢理に教える
651:
魔王「おまえの手の届く場所に、おまえが俺に触れられる関係のまま、俺はここにいるではないか!」
少女「ま、おう」
魔王「神の気遣いだと? ならば何故、こんな俺がお前と出逢った!?」
少女「え…」
魔王「隠しておいたほうが幸せなのに、それを見つける為の手段をちらつかせるのが お前の思う優しい神なのか!?」
少女「それはっ」
魔王「そんな神はいやしない!! 本当にいるなら、俺はお前と出逢ったりしない!!」
少女「魔王……」
魔王「答えろ!! 挑め! 結果が悪くとも、最後まで見届ける覚悟を持て!!」
魔王「それで傷つくのならば、癒しを与えよう! 俺が、必ず与えるから!!」
少女「魔王… だって」
652:
魔王「叶わぬ望みではない! 神などいやしない! おまえの思う神など、現実から目を逸らすための言い訳だ!!」
魔王「信仰をやめられないのならば、そのままでは叶わぬ望みを叶えるため、俺と出会ったと思え!!」
少女「だって……っ」
魔王「信じるならば、きちんと信じろ! 信じないのならば、現実を見ろ!!」
魔王「俺はここにいる! お前の手の届く場所に、俺はいる!」
魔王「叶えさせろ! お前の望みを―― アイツの望みを!」
魔王「答えろ! その恋人とは 何処の、何と言う者だ!!」
少女「……………」
悲しげな瞳が、寂しそうな微笑が
魔王の心を苦しめにかかってくる
それでも、怯んではならない
ここで、諦めてはならないのだ
もう強引でもいい。無理矢理でもいい。
俺は魔王だ。強欲に求めて何が悪い――!
653:
少女「……ねぇ、魔王…?」ポツリ
もう、手放してはならない
掴んだものを、逃す気は無い
この、涙にうるみながらも諦めに満ちた
切ない少女の視線ですら… 逃しは、しない
魔王「……なんだ!」
少女「…………」
魔王「……………っ」
焦れる
それでも、諦めない
決して、やめてはならない
そうすれば、きっと――
少女「…魔王……… 『達磨』って 知ってる……?」
答えは見つかるから。
魔王は少女を抱えて、人目もはばからず 町へと駆け戻った
666:
::::::::::::::::::::::::::
少女「ただいま……」
家の戸を少女があける
青年は家に帰宅していた
安酒なのだろう
ひどく濁った酒を片手に飲みながらも、片手で頭を抑えているのが見える
少女「おにいちゃん…… 大丈夫?」
少女は兄に駆け寄り、その背を抱く
どれほどの勢いで飲んだのだろうか、顔がやや赤らみ始めている
青年「あ? ……あぁ。少女か… ちっ…。水は汲んで来たか」
少女「あ… うん、こっちの瓶に…。 そ、それより! あのね、魔王が……!」
青年「マオウ?」
魔王「俺だ」
667:
少女の後に続き、入室する
地面の上に、直接壁を立てたような家だった
ちいさなゴザが敷かれ、その上に青年は座っている
物珍しさに、その小さな部屋を眺める
麻布が部屋の端に置かれている
きっと、あれが布団。布団の役割を押し付けられた、道化師
その横にそっと置かれているのは、片目ほどしか写らないような小さすぎる手鏡
きっと、あれはひび割れていて、8つ目の少女を映し出す
少女の住んでいた世界は、魔王が思っていたよりもさらに狭かった
それなのに、何故か楽しげに感じる
寂しく、貧しい、夢も望みも抱けない生活
その中で見付ける ささやかな幸福の価値は、どれだけのものなのだろうか
そんな思いを抱いたところに、声がかかった
青年「……はっ。ただの誘拐犯が、魔王? 次はどういう作戦なんだよ?」
魔王「作戦?」
668:
青年「エライ名前だしゃー、従うとでも思ってんのか? ふざけてんなよクソ!」
魔王「ふむ。実際、皆が俺に従うがな。お前は違うのか」
青年「バーカ。城が近くにあったって、そんなやつがこんな街なんかに降りてくるわけ……
魔王「ああ…」
魔王「なるほど、疑っていたのか。俺は魔王だ」
魔王「それ以上に疑うのならば、魔国へ来い。背信行為と不敬罪でひったててやろう」
青年「……は? フケイ…? なんだって?」
魔王「……あまり俺の言葉を馬鹿にするならば、相応の罪に問うが」
青年「は…? なんなんだよ、本当に… さっきから、お前は誰なんだよ?」
魔王「先ほどから、繰り返しているのだがな…」ハァ
「魔国第一継承者、第39代魔国王。それがこの方の名。――『魔王様』ですよ」
戸の外から、声が掛けられた
669:
魔王「……ああ。俺の言葉ではなく、こいつの言葉なら信じられるだろうか」
青年「はぁ?」
魔王「入ってこい」
家の手前で、立ち尽くしている者へ声をかける
僅かな間のあとで 静かに、戸をくぐりはいってきた
控えるというよりは、戸惑っているような態度だった
町娘「……そちらにいらっしゃるのは、魔国の魔王様です」
青年「っだから! んなこ…と… 言われ、ても……――― ぁ… え…?」
青年「ぁ… う、そだろ… え…?」
魔王「ふむ。ようやく信じたか。それならば不敬については不問でいいだろう」
魔王「こいつもまた俺の物。こいつの口は、俺の口。ならば俺の言葉を信じた事になろうからな」
少女「え? え? おねーちゃんが… 魔王の??」
670:
町娘はゆっくりと、一歩づつ青年に近づく
怯えるような仕草の理由は、自らのこれまでの境遇を思い
拒絶される可能性があると考えてのものだろう
町娘「青年さん、私です…… 町娘、です」
青年「な…… 町娘……?」
町娘「はい…… 私、ですっ…!」ポロポロ…!
青年「な…… なん、で? え… だって… お前は、だって…」
町娘「……魔王様に、救っていただきました……っ」
町娘「この腕は、とある騎士甲冑の鎧の腕…。この脚もです」
町娘「お借りしている義手に、義足です。お腹に子も居ましたが、死産でした…」
町娘「こんな私だけど… 私なんです、青年さん…っ!」
町娘は、両手で顔を抑えて泣き出した
こらえきれずにその場にへたりこむ
671:
青年「え…… 義手? 義足? だ、だって。籠手しか見えないとはいえ、どう見ても普通の手のように……」
青年「そ、そうだ! それに、口だって!」
町娘「……“達磨”だったことのこと… やはり知ってたんですね。青年さん」
青年「―――っ」
町娘「見ました…か? 見世物小屋で、惨めに飾られていた私を」
青年「それ、は…… そんなもん… 見るわけ…」
町娘「……ふふ。そうですよね。とても見られたものじゃ、なかったです」
青年「町娘……」
町娘「見られてなくて… よかった」
魔王「……今も、手足は無いままだ。その甲冑を外せばまるで芋虫のそれ」
青年「っ てめぇ!」
魔王「だが、子の出産に関しては全力を尽くして母体を生かした」
青年「!」
672:
魔王「口も、間違いなく世界最高峰のその頂点に立つ医師の手によって再形成させた」
青年「あん…たが…?」
魔王「甲冑の手足の他は、ずいぶんと見られるものになったとおもうがな」
町娘「……はい」
町娘「服も、与えてもらいました 髪も梳いてもらいました。 魔王城の皆様に、心の中の傷までも癒していただきました」
町娘「この腕も脚も、借り物です。ですが 私の信じるように、思う通りに動いてくれます」
町娘「魔王様達は 何も出来なかった私を、充分すぎるほどに生きていけるようにしてくださいました」
少女「ま、魔王って…… ほんっとにすごいんだね…!? 」ヒソヒソ
魔王「当たり前だ。目に見えるものであれば、俺に手に入れられぬものはない」
少女「すごい! 魔王が、本当に『魔王』に見えるよ! 神様っていわれちゃうのもわかるよ!」
魔王(……わかっているとは、とても思えない態度なのだが…)
これが少女の発言でなければ
3回くらい処刑されても文句は言えないだろうと思う
673:
青年「は……はは」
町娘「青年さん……?」
青年「あー… なんだ? 夜盗につかまえられて、商人に見世物にされて、その次は魔王の嫁さんか?」
青年「参ったね… はは」
青年「……どんだけ追いかけようと…、どこまでも、手に入れられないようになってんのかよ……。クソか、畜生」
魔王「嫁?」
町娘「え? あ、あの! 違います! 私は魔王様の后様ではありませんよ!?」
青年「……え?」
青年「…なんだと? 后じゃない?」
魔王「ああ。それは事実だ」
青年「ちょ… じゃぁ。なんでそこまでして、町娘を助けたんだ!?」
魔王「ふむ」
魔王「……おまえと、同じ理由なのだろうな」
674:
青年「俺と……?」
青年「どういう意味だ? お前の言葉は、ほんとに、わけがわかんねぇ」
魔王「要らぬ物を手放すための代価を、この娘に払おうとしていた。それだけだ」
青年「あー…… つまり、こいつを助けてあげる代わりに、なんかしてもらったってコトか…?」
魔王「む? “助ける”つもりでははなかったので、そうなると動機としては些か――」
少女「魔王! 細かい話は難しくてわかんないから、もういいよ!」ビシッ
魔王「 」
少女「それで…」
少女「魔王は、おねえちゃんに何してもらったの?」
魔王「……何も。胸にうずまくもやを手放し、打ち払うために。打ち消すために、あるもの全て支払ってコイツを変えようとしただけだ」
青年・少女「「……胸のもや? 何それ?」」
魔王「……それはいい。実際は、特段こいつになにかをしてやったつもりも、してもらったつもりもない」
675:
魔王「いや…… 強いて言うのなら、問いに答えてもらい、僅かな癒しをもらっていた」
青年・少女「「癒し?? 手当てをされたのは魔王ってこと??」」
魔王「…………」ハァ
魔王「この娘の境遇が、少女のものでなくてよかったと思うたびに、ひしめくのだ」
魔王「この娘の境遇が、少女であったかもしれぬと思うたびに痛むのだ」
魔王「だから、財を支払い、そのような連想させる“姿”を変えようと努めた。そうしてそのモヤを手放していた」
魔王「こいつがすこしづつ姿を取り戻し、生気を取り戻していく様子を少女に重ねて、癒されていた」
魔王「それだけだ」
少女「私が達磨になるの?」
青年「あ、わかった。町娘と少女を見間違えて、療養させたんだろ? 馬鹿だな」
魔王(ええい、馬鹿はお前だ!!)
676:
町娘「……魔王様には感謝してます。こうして、この街にも連れ出していただきました」
魔王「同じ場所に用があっただけだ」
町娘「はい。ありがとうございます」
青年「えっと。その、つまりどういうこと……だ?」
町娘「今は… 魔王様に従えさせていただき、身の回りのお世話などをすることに決まりました」
青年「さ、さっき。魔王が『コイツは俺のもの』とかいってなかったか?」
魔王「俺の物だ。こいつは通行証書と引き換えに買ったものだ」
青年「『コイツの口は俺の口』ってのは……その、つまり…夜の奉仕をさせている的な何かっていう
町娘「!? し、していません!! もちろん僅かな口付けなどもありません!!」
魔王「今後 面倒な謁見などで、俺の代理として謁見者に口頭返事をさせることにした」
魔王「こいつの発言は俺の発言と同義だという意味だが……、何か問題があるのか?」
少女・青年((小難しいコト言うくせに、肝心の言葉は足りないんだ…))
677:
青年「……はっ!?」
青年「だ、だけどこんな特殊な身体で、他よりデメリットがあるコイツをいつまでも侍女にしておく気もないんだろ?! やっぱりいつかは……!」
魔王「他の侍女と同待遇でしか扱っていない。使えなければ解雇もしよう。が、優秀な侍女になるだろうな」
町娘「あ、ありがとうございます」
青年「ま… 町娘はどうなんだ。ホラ、侍女だなんて… それだけじゃ今後はやってけねぇんじゃねぇのか?」
町娘「……? もったいないほどのお手当てを貰える事になってますよ…?」
魔王「額面に不服があれば、俺ではなく財政担当に言え。目を通すのも面倒な書類ばかり出してくる」
青年「で、でも でも!」
町娘「…? 衣食住の保障はもちろん、身体の検査なども全ての侍女様方に義務付けられており 何の不便もないほどですけど…」
少女(魔王城って意外にカッチリしてるところあるんだぁ…。 なんだかんだ“魔王城”のイメージと違うなぁとは思ってたけど)
678:
魔王「……お前は、こいつが正当な待遇で扱われているのが気に入らないのか?」
町娘「え?」
青年「ち、ちげーよ!!」
魔王「ではなんだ。お前の質問は的を射ていない」
青年「……」
魔王「………?」
青年「…その。本当にコイツが あんたに必要なのか…って…」
魔王「ふむ?」
青年「後味が悪いって話で、回復させてやったのならまだわかる」
青年「支払った分、こきつかってやるっていうなら、それもわかる」
青年「……でも、そんな風に… こいつの信頼を得るほど… なんでそんな……」
魔王「……ああ。おまえ、俺が手放すつもりが無いのではないかと疑っているのか」
青年「ぅ」
679:
魔王「ついでに、何か下心を持っているのでは無いかとも危惧しているか」
青年「うぅ」
魔王「さらに、こいつに充分な待遇をあたえる俺に対して羨望でも抱いたな」
青年「ぐっ」
魔王「ふん、くだらぬ。どれもこれも見当違いの言い分だ」
町娘「……ふふ。下心は無いと、あまりはっきり言われてしまうのも少し切ないですね」
魔王「そうか」
町娘「でも、そういうお方だと思ってました」
魔王「そうだろうな。お前もそういうヤツだと思っている」
町娘「ふふ」
680:
少女「……なんか仲良しっぽい?? そいえば、おねーちゃんは、魔王のお世話係なんだっけ?」
町娘「お世話係…… なんでしょうか?」
魔王「正確に言えば、側仕いだ」
少女「蕎麦…使い?」
青年「なんだか美味そうな仕事だな」
町娘「オイシイといえば、オイシイ仕事です」ニコ
魔王「……」ハァ
魔王「……こちらの国中で、見世物にされた身だ。町に戻るのは難しいだろう」
青年「!」
魔王「年頃の娘が、裸体を晒していたのだ」
魔王「国中の見世物にされて、こんどは鎧の手足をつけて町に戻れば、また見世物の生活になるのは予想できる」
青年「あ…… そん、な」
681:
町娘「……魔王様は… 后様の姿を重ねた私に、そのような生活はしてほしくないとおっしゃってくださいました」
魔王「それこそ、後味が悪い。まるで“救いそびれた少女を見る”ようで不吉だ」
町娘「ふふ。亡霊鎧さんに聞いた、勇者様のお気持ちに共感してるじゃないですか」
魔王「む? ……なるほど。確かにな。愚かだとおもったが、勇者もそんな思いであったか」
少女・青年「「……何の話…?」」
町娘「ふふ。優しい人の、話です」
魔王「ともかく、そうであるならば 今後も魔王城にいるよう言った。報酬を支払うから、見世物になどなってやるな と」
魔王「これからは最善の生き方をし、僅かでも俺の不安を埋めておけ、と」
青年「…………それは…」
青年「埋めるって、もしかして 身体で?」コワゴワ
町娘「違うと何度言えばいいんですか? 青年さん」ニッコリ
魔王(この兄弟は、どうしてすぐに身体で支払うことを思いつくのだろうか…)ハァ
682:
町娘「側仕えとしてお世話をさせていただくという内容で、お受けしました」
魔王「剣技も仕えるし、警護の任にも当たれる。面倒を任せるに丁度いい」
青年「ちょ、ちょっと待ってくれ。整理する時間をくれないか!?」
魔王「……いいだろう」
青年は少女の手荷物の中から 濁った液体の入った瓶を取り出して
そのままに口をつけて飲み干した
おそらく、あの濁った水は飲料水なのだろう
酒を抜くつもりなのか
青年「帰ってきたのに… 帰ってこれない…?」
なにやらブツブツとしゃべりはじめた
683:
その様子を見て、少女も少し緊張が抜けたようだ
適当な場所に座り込み、深く大きな息をつく
町娘も少女の側に座った
二人は顔を見合わせて、くだけた笑顔で微笑みあった
少女「えへへ… じ、実は 私もまだ信じられないよ。何がどうなってるの?」
町娘「どうって言われても… 私だって、まさか后様というのが少女ちゃんだとは思わなかったですし」
少女「私も、おねえちゃんが魔王に仕えてるとはおもわなかったよぉ…」
町娘「わかってたら、あんなに大混乱にならずにすみましたものね」フフ
少女「えへへ… ほんっとにびっくりしたんだよー!!」
町娘「私もですよ、少女ちゃん」
魔王(街中で 再会の抱擁をするならばまだしも、騒乱を起こすとは。俺だって驚いた)ハァ
684:
********************************
少し前… 町の中
魔王は少女を腕に抱えて、“兄の思い人である達磨”を探していた
裏通りの寂れた一角でその姿を見付ける
魔王「町娘! 探したぞ!」
町娘「魔王様?」
町娘「? その腕に抱いているのは…?」
魔王「ああ。こいつが――……
タタタタ… シュルッ、チャキン!
町娘「え?」
魔王「……」
驚いた口調と表情の町娘
だがその手足は、抜いた剣を美しい姿勢で構えた
685:
魔王「……何故、俺に剣を向ける?」
町娘「も、申し訳ありません! 亡霊鎧様の腕と脚が勝手に!」
魔王「あいつの意思か。 一体、何を……」
町娘「っ きゃっ!?」 グイッ
町娘の、剣を持っていないほうの手が前に突き出される
魔王は思わず身構えて防御姿勢をとったが……
籠手『何を、ではありませぬ!! 魔王殿!』
その手は、突然に喋りだした
町娘「こ、籠手が!? 手がパクパクして喋る!?」
魔王「なんと面妖な。生きる鎧とは、口ではなくとも口の代わりとなって活動するものか」
籠手『パーツの一部が欠けても生きていられるのが我輩である! 腹は無くとも腹が立ち、口がなくとも声が出ますぞ!』
町娘(ごめんなさい、ちょっときもちわるいです!)アワワ
本人はいたって真面目なのだろうが、あまりに奇妙、あまりに間抜け
一刻も早く少女の兄の下へ町娘を連れて行きたいというのに、鬱陶しい事この上ない
さらに、その間抜けな籠手はとんでもないことを口走った
686:
籠手『后様という者がありながら女児誘拐とは関心致しませぬぞ! 魔王殿!』
魔王「は? 女児誘拐……?」
問い直そうとしたが、腕の中の少女が暴れもがいたのに気をとられる
どうしたのかと 一度地に降ろしてみると
今度は自分からしっかと魔王に抱きついてきた
少女「あ、あわわ… お、おねえちゃんがおばけに取り憑かれて帰ってきたよぅ…!」
魔王「おねぇちゃん…? ああ、そうか。兄の恋人ならば、知り合いであったな」
町娘「え… って。 も、もしかして… 少女ちゃん?!」
少女「ひゃ、ひゃあああ! やっぱりおねぇちゃんのおばけ!?」
魔王「いや。おばけなどではなく、こいつは正真正銘……
町娘「どうして少女ちゃんが魔王様の腕の中にいるんですかっ!? 」
魔王「あ、ああ。それはだな……
籠手『なんと! 町娘殿のご友人であったか! ならば今すぐにそちらの少女をお助けしましょうぞ!!」
魔王「なっ」
チャキッ!ザシュッ!
町娘「きゃああ! 剣が! 魔王様、すみません!」
687:
魔王「くっ。片手剣とはいえ、面倒な! こいつに剣など握らせるべきではなかった!」
町娘「っ! ごめんなさい、魔王様! 連撃がはいりそうです!!」スチャッ
魔王「 」
少女「えええ!? なんで!? なんで魔王を斬るの、おねえちゃん!? そんなに武道派だったっけ!?」
町娘「ちちち、違います! 違いますよ少女ちゃん!!」
魔王「少女、落ち着け。これは――……
籠手『魔王殿!!! 御覚悟を!』
魔王「ええいうるさい!!」
町娘「剣がっ! 剣が勝手に!」
少女「だめ!! 駄目だよおねえちゃん!? 自暴自棄になっちゃだめぇぇぇ!!」バタバタ
魔王「????????っ おまえら、全員 落ち着け―――…!!!」
*****************************
688:
少女「あはは… 駐在軍の人が宿舎から出てきて、みんなで慌てて逃げたけど…」
町娘「ええ… あの人たちも、たまには仕事をするんですね。助かりました」
魔王(……ただの野次馬だろう…。ましてや、見事に捕まえ損ねていては褒められぬ…)
青年「コントか」
魔王「む。聞いていたのか」
青年「あー… なんかこっちのドタバタ聞いてたら、落ち着いた」
魔王「うむ。俺もあの騒ぎの後、冷静さを取り戻してこちらに出向けた」
青年「……なんか… 変な共感された気がする」
青年「んで、なんなんだ? 町娘のその籠手は…」
魔王「気にするべきは、本当にそこなのか。青年」
町娘「……ふふ。相変わらず、少し抜けているところが見えて安心しました」
青年「それ、俺のことバカって言ってる?」
町娘「少し?」
青年「 」
689:
少女「えっと… そ、それでおねえちゃんは 魔王城につとめることになったんでしょ? 断ったりはしなかったの?」
町娘「もちろんお断りしましたよ」
青年「だよな!!」
町娘「国が違いますから、青年さんの元へ会いに来ては、スパイ容疑をかけられかねないと侍女長様に忠告もされましたし」
魔王「ふん。こちらは諜報などあってないような町。こちらは諜報されても恐れを知らぬ大国だ」
町娘「え、ええ。あまりに強気で…… その、若干押されて承諾に至りました」
少女「強気? なんていわれて説得されたの?」
町娘「あ…えっと。 『この役目だけは、他では至らぬ。お前が必要なのだ』と仰っていただいて…」
少女「!?」
青年「思いっきり口説いてるじゃねぇか!!」
町娘「ま、魔王様は私など見てはいらっしゃいませんよ!」
町娘「この先行くアテのない私をフォローしての言葉だと思ってたのですけど… 違うのですか?」
魔王(少女を万が一にも連れ帰れなかったら困るから、僅かな癒しでも欲したとか言えないな)
690:
魔王「……そのような気遣いはしていない、とだけ断言しておこう」ハァ
町娘「は、はい。優しさを与えられたと思っていた分、少し切ないですが。わかりました」
魔王「俺にも誤解があり、それでおまえにも誤解を与えたようだ。許せ」
町娘「許すもなにも怒ってません…。ですがその、本気でまったく見ていただけてないと実感はしました」
魔王「すまないが、癒せないというのであれば興味が無い」
少女「ちょ、魔王っ!? そんな言い方したらおねえちゃんが…」
町娘「ふふ、いいです。そんな魔王様だから……私も苦しみ少なく、お側に付き従っていられると思えます」
青年「……町娘… 魔王のことが好きなのか…?」 
町娘「本当にばかですか?」
青年「ぐっ」
町娘「異性として気にされていなければ… 私も、安心して青年さんのことだけを思っていられるって事ですよ」
魔王「ああ。俺は少女以外はどうでもいい。関心など持っていない」
少女「ま、魔王ってそんな直球なヒトだったっけ…?//」ぁぅ
691:
青年「で、でも。……こいつん所へ行くんだろう?」
町娘「それ、は。……先ほど言ったとおり、この町に残るのは……きっと町にも迷惑をかけますし」
青年「そっか……。 じゃぁ… 俺には… 別れを告げに来たのか?」
町娘「…………」
町娘「……最後に… 一目だけでも、と思ってました」
町娘「こうして言葉も交わせて… かわらぬ態度で接してくれて…」
町娘「本当に、嬉しいんです。青年さん、ありがとうございます」
青年「っ」
町娘「……ふふ。本当の私には四肢も無く、穢れた身… 青年さんには、相応しくないです」
町娘「この町にいたら… きっと。見世物としての私を求めて面倒も起こるでしょう」
町娘「少しでも私を必要としてくれるなら、魔王城で静かに暮らすのがいいと思っています」
町娘「でも……」
町娘「たまには、会いに来てもいいですか? 青年さん……」ニコ
692:
青年「なん… で。 俺のところには… 帰ってこないのか…?」
町娘「……大好きです。ごめんなさい、こんなことになっちゃって…」
町娘「それだけ、ずっと ずっと言いたかった…。ようやく、言えました」フフ
青年「………っ!!!」ガバッ!
青年は、姿勢を改めて
地に頭を擦りつけた
少女「……え、えっと。 お、おにいちゃん?」
町娘「青年さん……?」
魔王「……土下座? なんのつもりだ」
青年「町娘のことを后にするつもりがないなら、どうか俺に譲って欲しい! 諦めてくれ!」
魔王「ほう?」
町娘「!? 青年さん!?」
693:
青年「頼む、この通りだ!」
青年「おまえ……あんた、いや ええと。魔王さんがコイツにかけただけの弁済などはできないかもしれないけど…」
青年「だけど何か 他のものと引き換えてもいい! そうだ、俺自身と引き換えてもいい!! だからどうかその娘を譲ってくれ!!」
魔王「……話を聞いていなかったのか。この町に戻れば、こいつは――
青年「俺が… 俺が、何と引き換えようとおもっても…」
青年「どんな手をつかってでも、俺の横に置いておきたかった! そんな娘なんだ!!!!」
町娘「青年さん…………」
青年「この国にいられないというなら、俺がこいつをつれて国を出る!」
少女「お兄ちゃん!?」
青年「なんの保証も無い! 生活だって今よりキツくなるかもしんねぇ!!」
青年「でも、そうでもしなきゃ、もうこいつは俺の元には来ない…!」
青年「あんたんところに居場所があったら、俺はそれすらできねぇんだ!!!」
青年「最後のチャンスなんだ!! 頼む……っ! 頼む!!」
少女「……おにいちゃん…」
694:
魔王「……おまえは、この娘がそんなにもほしかったのか」
青年「ああ! そうだ!!」
青年「何度も何度も商人の元に通ったが、会わせてすらもらえなかった!」
青年「見に行かなかったんじゃねぇ! 見にいくこともできなかったんだ!!」
町娘「!」
青年「見世物小屋にしのんだこともあったが、盗賊扱いされ牢にも何度も入れられた!」
町娘「!! そんな… 私、そんなこと知らな……!」
青年「ほんの一言でも、伝えて欲しいと何度も頼んださ! だが、声を届けることすらも出来なかった!!」
青年「取り戻すどころか…… ただ、ただ言葉を届けることさえ……!!」
町娘「でも… どうして? 知っていたでしょう…? 私は本当にひどい姿で…!」
青年「悔しかったよ!!」
町娘「っ」
青年「怒りだって収まりようがなかった!!」
魔王「……」
695:
青年「でも、でも……!!」
青年「町娘が悲しんでいる姿や、苦しんでいる姿を、誰かの笑いものにするのは許せなくて…!!」
青年「生きているならば…… どうにか、助けてあげたかった…っ! 俺が、どうにか、癒してあげたかった…!」
青年「…そりゃ…もう、駄目かもしれないとすら思ってしまったことも、あるし……負けそうになったりもしたけどさ…っ」
町娘「青年、さん…」ポロ…
青年「でも、もし 町娘が耐えらんなくなって、俺の声も届けらんなくなって、救ってあげれなかったとして…」
青年「でも それでもせめて、その死体だけでも売ってくれって 頼むつもりでいたんだ…」
青年「手厚く供養するだけでも、何か少しは救いになるかもんないって…」
少女「お兄ちゃん… そんなつもりで…ずっと、たくさんのお金を溜めてたの…?」
青年「そんなことまで、考えるくらい…… 俺は、町娘のことを…ずっと……!」
町娘「せいね…… っく、ひっく」
魔王「……」
少女「おにいちゃん…」
696:
青年「でも、今!! こうして、目の前にいるんなら! 俺の声が届くんなら!!」
町娘「ひっく…… ひっく」
青年「愛してる! 俺のそばに帰ってきて欲しい!!」
町娘「……そんな ……だって、私 本当に すごく酷い身体で……っ」
青年「関係ねぇ! 俺は町娘のことを、愛してるんだ! それだけは信じてくれ! 頼む!」
町娘「私、私、こんな… こんな…」ひっく、ひっく・・
青年「死体になってても、絶対に俺の元に戻すって決めてたんだ! 生きて戻ったなら、どんだけ側においておきたいか! わかるか!?」
町娘「だって……そんなの、信じられな…」…ひっく……
青年「町娘!」
少女「……魔王」ヒソヒソ
魔王「? どうした、少女」
少女「すこし… 二人だけにしてあげない?」
魔王「……おまえが、そう望むのなら」
少女「えへへ。ありがと、魔王」
697:
::::::::::::::::::::::::::::::
静かに家を出た
部屋の中では、小さな声で二人が会話を続けているのが聞こえてしまう
薄い壁をいいことに、聞き耳を立ててしまうのは憚られる
家の裏手にまわると
薪とも枯れ枝ともいえないハンパな太さの枝が積み重ねられている場所があった
その前で、少女は座り込んだ
指先で、その木を弄りながら… ポツリポツリと話し出す
少女「おにいちゃんは、いっつも牢屋に入れられてたんだ…」
少女「あのね。魔王にあったあの時も、おにいちゃんは牢屋の中にいたんだよ」
魔王「ほう」
少女「いつもなかなか帰って来れなくて 帰ってきても、仕事ばっかりで。何日も何日も留守にして…」
少女「お金をもってかえってきても、全部ためて…」
少女「お金がたまると、それを持って見世物小屋へいったり、医術者をさがしたりしてたんだよ」
少女「捕まえられると 牢屋に入る時に、お金は憲兵に取られちゃうけど…。 それでお金がなくなると、また…」
698:
魔王「……それでおまえはあの時、俺についてくる時 兄がいるにも関わらず躊躇しなかったのか」
少女「うん…。えへへ…魔王にお礼、したかったし!」
少女「それに、そんなに長いこと居ることになるって思ってなかったし!」
魔王「……后にすると行って、連れ帰ったのだが」
少女「えへへ! 本気で后にするつもりだなんて、魔王城にいくまでおもってなかったもん!!」
魔王「 」
嫁にするつもりでいたのは、自分だけだったという事実
なぁなぁで、后というものを受け入れてしまうところだった少女
魔王(……姫にあこがれたり… 俺を兄と呼んだり…。后になったつもりがなかったからだったのか……)
人知れず、どん底にまで落ち込む
699:
少女「ねえ魔王。魔王と離れてから… いつもおもってたこと、いってもいい?」
魔王「なんだ」
少女「あのね…。魔王が… 前に、私に『幸せを売ってくれ』っていったの。覚えてる?」
魔王「ああ。……今でも そう願っている」
少女「えへへ…。 売ったりは、できないけど。でも、あげたいな。私も、いっぱい魔王に幸せもらったから」
魔王「?」
少女「魔王と… 別れてから。魔王がいなくって、おにいちゃんも厳しくって… 魔王だけが……私のこと、ずっと助けてくれてたんだよ」
魔王「……連絡の一本も、しなかったが」
少女「えへへ… 顔。思い出してたの」
魔王「顔? 俺のか」
少女「うん。前に私が 無理をして泣いてた時に… すごく悲しい顔してた時の、魔王」
魔王「……悲しい顔…?」
魔王も、このしばらくの間 少女のそういう顔を思うことはあった
だがそれらの顔が脳裏に浮かぶたび、心が苦しくなった事を思い出す
離れている間、この少女の胸中では 俺が少女を責めていたのだろうか――
700:
少女「辛そうだった。魔王はそんな顔しなくていいのにって、思ったよ」
少女「……してほしくないなって、思った」
少女「魔王は、私が辛いと 慌てたり悲しんだりする。 ……そんな顔してほしくないのに」
魔王「……すまない。自覚がなかった」
少女「えへへ」
魔王「少女?」
少女「でもそれって 私のこと…… すっごくすっごく、大切にしてくれてたからなんだって気付いたんだぁ」
魔王「少女……」
少女「辛くなった時に思い出す魔王の顔は、いつもそんな顔で」
少女「辛いの無理してるから、魔王までそんな顔になるんだって、気付いて…」
少女「それで、自分は大切にしなくちゃダメなんだって知ったんだよ! 叩かれたりしちゃだめなんだって!」
少女「だから、魔王と離れてるとき 辛くて休みたい時は 『魔王が悲しむから休む!』って、休むイイワケにして休んだりしてたよー! あはは!」
魔王「……あたりまえだ。辛いならば休むべきだ」
少女「あたりまえかもしれないけど… そんなあたりまえ、知らなかったから」ニコ
701:
少女「……ありがと。魔王 いっぱい、幸せをくれて。助けてくれて」
魔王「……何をしたわけではない。礼を言われる筋は……
少女「誰かを大切にしたい、幸せにしてあげたいっていう優しい思いは、それだけで、自分も相手も幸せにしてくれる。助けてくれるんだよ」ニッコリ
魔王「………思い…か」
少女「えへへ。魔王と離れてから そう気付いて。すごく…楽になったよ」
少女「いつだってどんなときだって、がんばんなきゃいけないって思ってた」
少女「それがあたりまえで、それがいいことだと思ってたんだよ」
少女「たくさん楽しいこと考えて…幸せなことばっかりかんがえて。辛いこと忘れてがんばろうって思ってたよ」
少女「……それがあたりまえだと思ってんだよ? 魔王と会うまでは。魔王と別れてみるまでは」
魔王「……失くしてみて気付くものは、いろいろあるのだな」
少女「?」
魔王「いや、気にするな」
702:
少女は陽気に立ち上がり、細めの枝を手にしてくるくると回りだす
無邪気で明るい様子は変わらない
少女「えへへ。『あんなにがんばんなくてよかったのかー!」って 今はちょびっと後悔―!」
ずっと… ずっと求めていた
少女といる間の、この穏かな陽だまりのような時間
風が吹いても、どこか暖かなぬくもりがある
冷たく感じるその次の瞬間には、突然に日差しを浴びるような
そんな優しい思いと、言葉の問答が 心地いいのだ
魔王「……お前が無理をして頑張っていたおかげで…  俺は救われた」
少女「へ?」
魔王「ただの現実逃避だったなんて思わなかった」
魔王「ただ、たくさん幸せなことや楽しいことを考えつくお前をみて、羨ましさを覚えた」
魔王「だからこそ、俺もそういった喜びを欲した。そして求めて…… 生きる意味を手に入れた」
少女「魔王?」
703:
魔王「……俺の人生を、救ったのだ。並大抵の苦労でできることじゃない」
魔王「お前が今まで辛かったのは、俺の為だったと思っていい」
少女「えへへ…… なーに? それー… 」
魔王「頑張った事を後悔するな。自分の為にはならずとも、どこかの誰かの為になることもある、ということだ」
少女「…っ」
魔王「思い改めたからといって… これまでの事が無駄になるわけではない」
少女「????????っ 魔王っ!」
少女が、抱きついてくる
体重を、身を預けて 魔王に寄りかかる
魔王「……久しぶりの重みを感じる。暖かい」
少女「うっ、うん…… 久しぶり、だよ…っ!」
少女「一緒にいた時間なんて、ほんとに少しだったのに」
少女「別れてからの時間は…長くて…… ずっと…… もっと一人になっちゃった気がして、寂しくて、つらくって……っ」
魔王「……そうか。長かった、か」
少女「魔王は… 長く、なかった? あっというまだった…?」
705:
魔王「……俺は あの日から『終わらない一日』をすごしている気分だった」
少女「終わらない… 一日?」
魔王「いろいろなことがあって…… 忙しなく過ごす日も多かった」
魔王「いつだって、考えてばかりで。気がつくと時間ばかりすぎていく。それでも、終わらない1日の中にいるような… そんな気がしていた」
少女「魔王……?」
魔王「そんなに……長く感じているなんて。寂しがっているだなんて、思わなかった」
少女「すごく… すっごく 寂しかったよぉ……っ!!」
変わらない日々の中で ”変われない時間を”すごしていた少女
毎日毎日、楽しい事も無い日々
変わり映えのしない日々を、ただ憂鬱な出来事ばかりが続く日々は、どれほどの長さに感じるのだろう
変わってしまった時間を、“次々に変えさせられる時間”をすごしていた魔王
次から次に、周りの出来事が変わっていく
ただ、静かに想いつづけていたかったのに、それもできないもどかしい時間は、どのような時間だろう
そこには、どれだけの感覚の差があるのだろうか
706:
抱きとめたまま、その暖かさを味わっていた
失われていた時間を、こうしていれば取り戻せるような気がした
その時、ふと声が響いてきた
<……おーい… 少女…! 
少女「……あ…。 お兄ちゃんがよんでる…」
魔王「話がおちついたのだろう。戻るとしよう」
少女「えへへ…」
少女「ほんとに、一緒にいれば…… あっという間に時間が過ぎちゃうんだね」
魔王「ふむ。……一緒にいる間は、俺には永遠のようにも感じるが」
少女「えへへ。へんなの」
魔王「ああ。……へんだな」
こんな気持ちになるのは
変だとしか、他にいいようがない
離れるのを惜しむように、一度強く魔王を抱きしめてから
少女は そっと離れていった
少女「行こう、魔王!」
魔王「ああ」
必ず、連れ帰る。これからは――
魔王「共に行こう」
707:
::::::::::::::::::::::::::::
部屋に戻る
今度こそ、4人とも冷静に話が出来るだろう
どこか落ち着きの無い青年と
ちいさな満足感を愛おしみ、お互いに気恥ずかしそうに笑い合う少女と町娘
魔王(俺は… どんな顔をしているのだろうか)
青年「えっと…。その。話は、整理がついた」
魔王「………」
青年「町娘は、その。あんたたちへの恩義ってやつを感じてるみたいだし。それに…ここにいたら、俺に迷惑がかかるからって、言うこと聞きやしねぇ」
町娘「頑固みたいにいわないでください。最善を考えてみた結果です」
青年「……と、まあこんな調子だ」
魔王「ふむ」
青年「だから、やっぱり改めてお願いしたい」
青年「こいつを・・・ 俺に、譲ってくれ。こいつの帰る場所を、俺から取らないでくれ」
708:
青年「……それしか、こいつに『俺の側にいるしかない』って思わせるやりかたが思いつかない」
魔王「…………居場所、か。 確かにそれは まるで所有者を表すようにも感じる」
青年「隣国の、それも魔王んとこにいる、なんて。下心が無くたって、気が気じゃねぇ」
魔王「ふ。俺も 少女をこの家に置いておくのは気が気じゃなかったな」
青年「……っち」
魔王「おい、青年」
青年「え、あ あ…。 な、なんだ」
魔王「引き換えないか」
青年「………今度は、何を…」
魔王「お前の妹と。俺の側仕えを、引き換えないかと言っている」
青年「!!」
少女「魔王?」
町娘「え…」
709:
魔王「俺は、お前が喉から手のでる程に欲しいものを持っている。そしてお前もまた――
青年「…あんた、本気で言っているのか…?」
魔王「……ああ」
魔王「お前の願いが叶わぬ限り、少女は手に入らないそうだしな」
魔王「少女が手に入らない限り… 俺は、少女と同じ影を持つ町娘を手放せないだろう」
魔王「引き換えでもしない限り、どちらも叶わない」
青年「な、なんだよ それ…。 そんな、まだこいつをモノみたいに…」
魔王「意外だな。お前の口からそのような言葉が出るとは。少女をモノのように扱っていたようだが」
青年「っ」
魔王「だが構わぬ。俺は魔王だ。人身売買だろうが人身御供だろうが気にしない」
魔王「どんな手をつかってでも。 少女が、欲しくてたまらないんだ」
青年「魔王… おまえ…」
710:
少女「……えっと。ちょ、ちょっといい?」
町娘「……あの。よければ、私も一言」
魔王「なんだ。今はお前の兄と交渉中だ、大事な商談でもあるのでしばらく向こうで――」
町娘「魔王様、それはおかしいです。少女ちゃんは当事者なんですよ? 私も、ですが」
魔王「む。 わかってはいる、だがお互いに所有者なのだから、交換を――」
少女「私は、おにいちゃんのものじゃないよ!」
町娘「私は魔王様のものなので、文句を言えませんね」
青年「あああっ 町娘の発言がキツい!」
魔王「……なんだというのだ…」
711:
少女「魔王! こういうのはね おにいちゃんじゃなくて、まず私に言ってほしいよ!」
魔王「何故だ。こいつが妹と引き換えに、恋人を買い戻せばいいだけではないか」
少女「ようやく正気を取り戻した この非道を極めかけてたおにいちゃんが、その恋人を前にして私の顔色を伺ってるのって いたたまれないよ!」
青年「い、いや!? 俺はそんなことはないぞ!?」
少女「おにいちゃん!! 顔に
『魔王のことが好きならいっちまえ、いけ! いけ少女!! いやでも少女が嫌がってたらどうしよう、どうしよう、あああ』 
……って書いてあるよ!!」
青年「嘘だろ!? そんなにはっきり書いてある!?」
町娘「……青年さん…」ハァ
魔王「? 青年の望みを叶えたかったのではないのか、少女」
少女「えっ、そ、その それはっ」アワワ
712:
魔王「お前が俺の元に来て、町娘と交換する。それでこの青年の願いは叶うだろう」
少女「そ、それは そうだけど。でもなんか、そんなことしなくてもいいような…」
魔王「つまり…。 青年が懸念するように……俺の元に来るのが、嫌なのだな…」ドヨン
少女「う、うえぇ!? なんでそうなるの!?」
魔王「気付いてはいた。魔王城はおまえにとっては快適な居住地といえなかっただろうと…」
少女「そ、そんなことないよ! 最初はつらいこともあったけど、最後のほうはすっごく幸せだったよ!!」
魔王「では、この交換条件を成立させよう」キリッ
少女「だからああああっ!! なんかこう、普通にやるのじゃだめなの!?」
魔王「普通?」
町娘「……魔王様。ここに至っては交換などしなくても、ひとつ確かめてみれば もっと簡単にいきますよ」
魔王「確かめる? 何をだ」
町娘「ふふ。もちろん、少女ちゃんの気持ち、です」
少女「ぅ//」
町娘「少女ちゃんが… 魔王様のことを好きかどうか、確かめればいいだけです」クス
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DQNネーム「皇帝」←これ読める奴いるのかよwww

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