魔王「ならば、我が后となれ」 少女「私が…?」【前半】back

魔王「ならば、我が后となれ」 少女「私が…?」【前半】


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1:
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魔王城 謁見の間
朝から玉座に座らされ、やたらと幅の広い肘掛に頬杖をついて ただ時間を費やしている
3段低い場所でかしずいている者を眺め見ると、慌てたそぶりで視線を地に落とした
魔王(俺は今、どんな顔をしているのだろうか)
数人ずつ、次々と謁見希望者が前に並べられ それぞれ口早に好きなことを好きなように述べあげていく
「魔王様、わが国で今年16を迎えたばかりの器量のよい娘が・・・」
「竜王の眼とよばれる奇跡の能力をもった我が姪こそ・・・」
「隣王国より親書をもって参りました、貴族の娘たちを集めた舞踏会への是非とも御招待を…」
魔王「……」
2:
新王として、魔王の玉座に座するようになって2年
ほぼ毎日のように、謁見を求めるものはこのようなものばかり
成人の儀を終えたばかりの魔王に対し、政治的な交渉手段として捧げられる多くの娘たち
そのどれかを選べば、政治の流れも同時に選ばれる
臣下A「魔王様、そろそろどれか選んでみてはいかがです。よき伴侶、美しき娘を側に置いて子を作るのも この国の安泰のためには必要な……」
臣下B「いえいえ、なにもすぐに后を選べとはいいません。魔王様はまだ若いのですから。ですが国交易が捗らない事には、この国の行く末も……」
顔色を伺うように、どうにか俺の首を縦にふらせようとする臣下たちのやり取りも聞き飽きた
この世界にも、この国の行く末にも 興味などない
先の先王は賢く、強大な力を持ってこの国を支配してきた
その先王の急死により残された莫大な遺産はどう扱おうと手に余るものだった
鍛え上げ、練りこまれたその“力”ですらも 成人の儀…“継承の儀”によって引き継いでしまった
3:
そう
俺は最初から 全てを与えられて王になった
望めば、望むものが手にはいる
できないことなどない
従わないものがいるとしても、それを屈服させることすら容易だった
だから 興味などない
いまさらとりたてて 欲しいと手を伸ばす必要もなかった
全てを手に入れてしまったあとは 何を欲しがればいいのかすらわからない
だから決まって 返事はひとつ
魔王「要らぬ」
誰もが隠した溜息は、折り重なって 謁見室に重く沈んだ空気をつくりだした
4:
亜寒帯地方に絶対的な支配力を持つ 強大な独裁政治王国、『魔国』
その王位正当継承者…… 『魔王』
そいつは世界にも 権力にも 金にも女にも 何に対しても興味を持てなかった
「やはり、『無欲の魔王』には何を差し出しても無駄なのか…」
誰かの小さな呟きに顔を上げる
数人、慌てて顔を逸らしていた
きっとあの呟きに同意をした者が、悟られまいとしているのだろう
だが無意味だ。そう呼ばれてもなんの感慨すら浮かばないのだから
そう。俺は『無欲の魔王』と呼ばれるほどに
この世界の何もかも「関心の持てない面倒事にすぎない」と、思っていた
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
13:
::::::::::::::::::::::
謁見の間で、例の呟きが聞こえた後
重苦しい雰囲気が張り詰めていた
興味など何ひとつ持たなかったが きっと俺はひどい顔をしていたのだろう
その翌日である今朝 ひきつったような笑顔で臣下から助言があった
臣下B「魔王様。連日の謁見で少々お疲れでしょう…。 今日は謁見希望者も少ない見込みですので、どうぞ休息などお取りください」
「要らぬ」という言葉を掛けられるとでも思ったのか、臣下はそういうやいなや礼をして部屋を出ていった
休息。何をしていいものやらわからないまま、俺は身支度が終わると城を出て敷地内のとある森に足を伸ばした
そこを選んだのに、特別な理由などない
あるとすれば、自然に人気の少なそうな場所を選んでいたというだけ
14:
森を歩いていると、少女の姿をみつけた
魔王(この森に、人間… それも少女が?)
少女は手付かずで自然のままに咲き誇る花々を摘み集めているようだった
俺がいることにも気づかず、油断しきった背を向けてせわしなく花を探しては摘んでいる
魔王「……何者だ。誰の許可を得てこの森に立ち入っている」
少女「!」ビクッ
魔王「話せ」
少女「えっと…あの。花を、あつめていました」
魔王「集めて、どうする」
少女「その… 売るんです」
魔王「……」
15:
花売りか。身なりからして貧しい子供…
確かにこの森の中でならば多くの花を摘むことも出来るし、他の花売りと場所を競い合うこともないだろう
だが
魔王「この森は俺の森だ。花とはいえ、勝手に持ち出すのを見逃すことも出来ぬ」
少女「……あ… ごめん、なさい」
魔王「……」
少女「……」
少女は目を閉じて、手を両脇に垂らしたままぎゅっと握って棒立ちになった
魔王「どうした」
少女「……え。 あの… 叩かないの…?」
魔王「なんと?」
少女「あの、その。花を盗ったから…」
16:
少女は緊張した様子で、身体を強張らせていた
口調が時々崩れそうになるのを なるべく丁寧に言い換えようとしている様子も見て取れる
こういった様子は見慣れているのでよくわかる
つまりこの少女は 怯えながらも、俺の機嫌を損ねぬように気を張っているのだろう
誰も彼も、よくもまあそんなつまらぬことを気にするものだ
魔王「…持ち帰ったわけではないし、知らなかったのだろう。知っていて、なお持ち帰りたいならば それなりの事を覚悟する必要はあるかも知れぬが」
少女「……持ち帰りたい、です」
魔王「そうか。ならばその覚悟も頷ける」
少女「でも私は、まだ15で…」
魔王「……?」
少女「あと1年たたねば、身体も売れぬ年齢なのだと聞いています」
魔王「………」
17:
少女「叩くだけでは足りないなら あと1年まって欲しいです」
魔王「1年待つと、どうなる」
少女「身体で代価をお支払いできるようになります」
魔王「馬鹿な」
少女「え?」
魔王「支払う金がないのはわかる。だが幼いうちは叩かれて許しを乞い、育てば身体で支払うと? 親にそう言われているのか」
少女「私に親はいないの。えっと… 孤児、っていうんです」
魔王「そうであったか。では、誰にそのような生き方を習った」
少女「……町にいる、駐在軍の人に 教えてもらいました」
魔王「なんだと?」
少女「そうして日銭を稼ぐのです」
18:
魔王「……その金、たいした額にはならないだろう。何を買う」
少女「はい。駐在軍の方からパンをいただくかわりに、その日に稼いだ銭を渡すのです」
魔王「な。 ……お前は、配給品を買っているのか?」
少女「ハイキューヒン…? パンのこと…ですか?」
魔王「………」
首をかしげて魔王の言葉を待つ少女
魔王は国のことに興味はないとは言え 仮にも王の座にある
ともすれば周辺諸国の話も 嫌でも聞かされている
あいまいな記憶をたどり 町の情報を思いだす
人間の町は確かにすぐそばにひとつある
魔国の領地に一番近く、常に警戒の張られている… 貧しく物々しい町だったはずだ
おそらくこの少女、そこの町から来ているのだろう
19:
魔王(軍の配給品は、王国が農耕をろくに行えない辺境の地に無償で届けていたはず。物は届くが、目は届いていないということか)
自分自身、自国の内情になど目を向けていないのだからそれを責める気にはならない
荒れ果てた土地で、どうにか私腹を肥やしストレスを吐きたい軍の人間の心理も理解できる
だから魔王は、そんな“悲惨な状況を危惧する”ことはしなかった
ただ、目の前の少女にはどこか気をとられる気がした
魔王(生きたくとも、賢く生きる方法をしらない少女…か)
生きることの価値を見出せない魔王にとって
それは同類するものなのか、相反するものなのか
そんな疑問がうっすらと浮かび上がるころには
魔王は既に『自分の役割として自分の敷地内を守る意義』など、どうでもよくなっていた
もとより最初から興味があったわけではない
そうするべきだと言われて、していたことにすぎない… この少女と、同じように
20:
少女「あ、あの…?」
魔王「ああ、よい。花にも、お前を罰することにも、特に興味はないからな」
少女「え?」
魔王「見逃しておこう」
少女「あ」
俺はそういって、そのまま少女の横を素通りして歩き出した
背後に視線を感じたが、気にもとめずにそのまま立ち去る
その日は、ただなんとなく森を歩き続けてから城に帰った
1日かけて うすぼんやりと心に浮かんだままの自分の疑問を洗い出そうとしてみたが、結局なんの収穫もないまま夜になり、寝所へはいった
魔王(……ふむ。何にも興味はないと思っていたが、まだ自分自身の感情くらいは気になっているものなのかもな)
そんな結論が出たことで、魔王は久しぶりにほんの少しの満足感を得て眠りについた
夢は、見なかった
・・・・・・・
・・・・・
・・・
27:
::::::::::::::::::::::::::
翌日
朝、少し早く目が覚めた
昨夜味わったほんのすこしの満足感。その余韻が残っていたのだろうか
何気なく、朝食をとる前に軽く敷地内を歩いてみる気になった
魔王(とはいえ、やはり人のいる場所は億劫だ)
何気なく城の裏手へ回る
すると小さな石造りの倉庫前で、2人の警備兵が話しこんでいるのが見えた。早朝訓練の後片付けだろう
魔王(…見つかると大仰な挨拶の後、下手すると食堂まで警護されるな。戻るか)
クルリ、と踵を返したときだった
新人警備兵「魔王様って、やっぱ怖いっすね」
ガタガタと槍を束ねながら、警備兵の一人がそう話すのが聞こえた
だれにどう思われようと興味はない。そのまま2歩ほど足を進めてから、ふと立ち止まった
28:
魔王(……そうだ。自分自身には興味があるのかもしれないと、昨日気づいたばかりではないか)
興味があるのかもしれない
それならば、それを確かめてみるのは悪くない。うまくいけば昨夜のように満足感を得られるかもしれない
そのまま気づかれぬように耳を澄ませてみた
新人警備兵「謁見室で魔王様が焦点を合わせて人を見る所、初めて見たんすよ」
警備兵「俺だって、あの魔王様が誰かを探して睨むようなのは初めてだけどな」
新人警備兵「あの態度で、無言・無表情のまま ゆっくりと視線をあげて…うぅ、思い出しただけでブルっとするっす」
29:
警備兵「まぁ、何を考えてるかわからない御方だしな。それだけに威圧感があるよな」
新人警備兵「それっすよ! なんかあの魔王様は、視線をあげるのも 客を殺すのも 同じ態度でいきなりヤりそうな末恐ろしさがあるっす!」
警備兵「はは、んなことはいくら魔王様でも……………っ」
新人警備兵「………先輩、今 あっさり想像できちゃったでしょ」
警備兵「し、仕方ねぇだろ! 先王様と同じ能力を持っていて、しかも本当に何考えてるかわかんねぇんだ。怒ってても行動されるまでわかんねぇよ、絶対…」
新人警備兵「そうっすよねー。まあ、自分のところの王様なんで頼もしいっすけどね」アハハ
警備兵「まぁ、来客に対して親しみやすい『魔王様』なんてハクもつかねぇしな」ハハ
魔王(…………で?)
興味を持てるかもしれないと思ったが、勘違いだったようだ
結局、謁見室で過ごした後と同じように溜息をひとつ残し、そのまま立ち去る
30:
朝食を終え、謁見室の玉座につくと 周囲には普段以上に緊張した空気が漂っていた
あの警備兵と同じく、周囲は一昨日の空気をまだ引きずっているようだった
魔王(なかば無理やりに俺に1日の休息を取らせておいて、自分たちが気分転換できていないとは)
魔王(…仕方ないか。あの警備兵達が言っていた通りなのだとしたら、気づかぬ内に威圧的なことをしたようだしな)
これまでは謁見の間、魔王は大抵 頬杖をついて何もない空間をぼんやりと見つめていた
飽きると足を組み、意味もなく靴先を眺めたりする程度しか反応しない
横柄な態度であることは自覚していたが
自分がどう見られるかにすら興味が持てない魔王にとってはどうでもよかったのだ
普段は、謁見者が通され挨拶の口上を述べあげても その格好のまま無言で小さく頷く程度だったのだが…
魔王(何もしないがゆえ、些細なことをするだけで注目されてしまう、か。……困るほどのこともないが、愉快でもないな)
魔王(なにより、いちいち このように過剰反応されるようだと後々が面倒そうな…)
31:
自分は今、関心や興味を払っているのだろうか。それともその“振り”をしているのだろうか
その疑問が脳裏をよぎった時、昨日と同じ感覚を思い出した
魔王(つまり、俺自身が自分をどう思うのかには興味があるようだ)
せっかく立ち止まってまで聞いた話だ。少しは役立ててみるのもいいかもしれない
これから少し反応を返してみよう。それで余計な面倒事が減れば僥倖、変わらぬなら止めればいいだけの話…
そんな結論を出すためだけに、随分と時間を消費していたらしい
「……というのも、身内ながら聡明な娘でして。今日は是非とも魔王様のお知恵に触れさせていただきたいとつれてまいりました…。どうぞ娘にも、謁見のご許可を」
気がつけば既に、臣下は今日の1組目の謁見希望者を入室させていた
その男は挨拶の口上を終え、謁見理由を既に述べていたようだ。今は要望を出し、控えて魔王の反応を待っている
32:
臣下たちはいつも通り、僅かな魔王の反応を見逃すまいと 沈黙して両隣に立つのみ
魔王はさっそく自分の出した結論に従って見ることにした
といっても、突然に言葉など出てくる訳もなく…
魔王「ああ」
なるべく穏やかな表情で視線を投げかけ、そう一言呟くだけで終わった
だが謁見室にいる全員の心をざわめかせるには充分だったようだ
臣下B(魔王様が、返答なさるとは。これはもしや ついに興味を持たれたか…)
臣下A(初めての好反応! ええいこの者、期待に沿うだけの娘とやらを連れてこいよ…!!)
男「は…ははっ!! え、謁見の許可を頂き……畏れ多くも、魔王様のお目に触れることができ、娘も光栄と存じまする…!!」
男が立ち上がり、興奮してうわずった声で 従者に娘を連れてはいるよう指示をする
それと同時に他の謁見希望者などからざわめきが立ち上り、一瞬で室内は期待と動揺に包まれた
33:
臣下B「鎮まれ! 魔王様の御前なるぞ!」
声を荒げて鎮静を図る臣下Bこそ、興奮の色を隠せていない
「お待たせしました!」という誇らしげな男の一声
そのすぐ後に連れられてきた娘に誰もが注視したその瞬間、ようやく場の雰囲気が収まり、皆が一斉に息を飲んだ
魔王(なるほど、美しい)
魔王の前まで優雅に歩み寄り、ゆったりと辞儀をする令嬢
長くしなやかに、腰まで伸びた金糸のような頭髪がスルリと落ちる
次いで、控えめだが充分に練られたと思われる感謝の言葉を述べあげる
落ち着いた、清涼な川の流れをおもわせるような声
実際、ある者は水をかぶったかのように興奮を収めていたし、また別のある者はすっかり心溺れて魅了されていたようだった
34:
謁見室内の雰囲気に気をよくしたのか、娘を連れてきた男は上機嫌で語りだす
男「この娘、記憶力にとても優れておりまして…」
魔王(ほう)
男「一度読んだ話などを、ずっと覚えていられるのです。それも大量に」
魔王「それは見事だ。では何か話してみるがよい」
控えて頭を下げたままの令嬢に声をかけたつもりだったが
横にいた男に口を挟まれるほうが早かった
男「いえいえ、魔王さま」
魔王「?」
男「せっかくならば、この娘の記憶力をしっかりとご覧頂きたいと存じます」
魔王「……ほう。つまりどうしたいのだ」
男「どうぞ、夜 お眠りになる際などにお呼びいただければ。眠る前に子守唄のように話をさせていただきましょう。この娘、朝まででも続けていられまするゆえ…」
魔王「…………」
35:
しまりの悪い笑顔と、わざとらしく歯切れを悪くした言い回し
要するに、この聡明な才能を建前に 彼女を女として俺にあてがうつもりなのだろう
魔王「この娘、どこのものだ」
男「はい、私の4番目の娘でございます。身分ははっきりとしております。たとえ御寝所にいれたとしても不審な思いをなさることもございませぬ」
男「いかがでしょう、魔王様。是非一度、お試しください。もちろん気に入らなければそれまででよいのです」
キッパリとした、自信に満ちた口ぶりが気に入らなかった。実の娘を、政治工作に使うために女として取り扱うこの狸親父
その横で、凛とした美しさを保ちつつも どこか物憂げな視線で床の一点を見つめているだけの令嬢
魔王(娘も、哀れなものだな)
36:
いかに美しく、どれほど聡明であろうと 令嬢そのものに興味はもてなかった
だが、この父親の元では宝の持ち腐れ。その有り余る稀有な才能は埋もれるだけであろうと考えると、同情をしてやってもいい気もする
だからといって興味の持てない俺の元に来ても、捨て置いてしまうのは明白
哀れんでこの令嬢を迎え入れたところで、結局はお飾り。喜ぶのはこの狸だけだ
令嬢には悪いが、結果 どうなろうとこの娘は報われぬのだ 
それならば、やはり……
魔王「要らぬ」
令嬢はそれまでとはうってかわって、青ざめ強張った表情をした
そんな娘を、今にも舌打ちをしそうな表情で睨みつけ 瞬時に顔を取り繕う男
男「そ、そうですか。これは大変差し出がましいことを致しまして……」
令嬢「………」
37:
俺が反応したことで もしかしたら、という期待をさせてしまったらしい
その期待度が大きかった分 落胆も一層のようで、男は足をよろつかせながら退室していった
おそらくあの娘 帰ったら帰ったで『役に立たぬ、恥をかかせた』などとムチのひとつも打たれ不満をぶつけられるのであろう
そんな恐怖の見える、青ざめ方だった
魔王(俺の試みにつきあわせ、余計な負担を負わせてしまったか)
生まれた先を間違った、己を恨め
そしてその才能、埋もすことなく賢い生き道を探してほしい
せめてもの償いにと、立ち去る令嬢の後姿に そう心中で声をかけた
口に出してしまえば、また期待をさせてしまうだけ…欲しがるフリはできても、実際に欲しいとは思えないのだから
38:
多くのものが与えられる
だが、そのどれをも選ぶ事が出来ない
下手に選ぶ真似をすれば、こうして無為に傷つけてしまうから
やはり、今の俺にできることはただひとつ。ただ一言呟くのが最善なのだ
『要らぬ』、と
断り続けることでしか 今、俺がこの王国を守ることは出来ない
様々なものを手に入れるのは 様々なものを管理することになる
全てを持つ事など、こんな俺に出来る訳がない… 『大事に守る』など出来ない
全てを譲り受けてなお、俺は先王とは違うのだ
それとも
俺にはまだ、何か足りない大切なものがあるのだろうか
47:
:::::::::::::::::::::::::
魔王は今 一人で森の中を歩いている
その後の謁見室の空気はひどいものだった
申請書を出してから随分長い期間を待ったであろう希望者が その謁見を取りやめて帰りたがるなど混乱もあり
その日はまた休息を取らされることになる程だったのだ
魔王(誰が泣こうと騒ごうと構わぬが…… 騒々しいのが落ち着かないのは確かだ)
一度は部屋に戻ったが、次々とご機嫌伺いに現れる臣下や侍従に いちいち要らぬといっているのは気が滅入ってきそうだった
だからしかたなく、魔王はまた森を歩いていたのだ
48:
しばらく歩くうちに、森の中にある豊かな泉のほとりに行き着く
休息を取ろうと思った矢先、先日会った少女が対岸にいるのを見つけた
魔王(あの少女… また森の中に来ているのか)
何気なく足がそちらに向かう
向かいながら、何故 少女のほうに歩いているのか違和感を覚えた。確か、休息を取ろうとしていたはずなのに
魔王(とはいえ、ここは俺の敷地内。侵入者を確認し、追い払うのはもっともな行為だな)
当然過ぎる理由があったので、それ以上気にしなかった
湖畔に沿って歩くにつれ、はっきりと少女の姿を確認する事が出来た
少女は泉の傍で、水をくんでいた
魔王「……おい」
少女「!」ビクッ
49:
少女「え、あ…。 えっと、このあいだの…」
魔王「やはり先日、花摘みをしていた子供か」
少女「はい」
魔王「今日は、何をしている」
少女「えっと… その。水を汲ませてもらってます」
魔王「言ったであろう。この森は魔王の森。水とはいえ、勝手に持ち出すのを見逃すことも出来ぬ」
少女「……では」
魔王「なんだ。また叩かれるとか1年待てとか言うつもりか」
少女「そうじゃなくて… 持ち出さないので、今ここで 少しだけ貰うことは出来ませんか」
魔王「……ならぬ」
少女「どうしてですか?」
魔王「この森にあるものは、全て魔王のものだからだ」
50:
少女「……じゃあ」
頭を垂れて、無防備な姿をさらす少女
また瞳を閉じ、手を硬く握り締めている
魔王「なんのつもりだ。前にも言ったとおり、実行したわけではない以上 処罰に興味など…」
少女「でも、私はもうこの森にある空気を吸って生きているから」
魔王「何?」
少女「この森にあるものが全て、あなたのものなら 私はもうそれを勝手に使っています」
少女「なので、他に支払えるものもないので叩いてください。それで、空気をください」
魔王「……」
魔王「それは、とんちのつもりか」
少女「と… とんち??」
51:
魔王「……水は、もういいのか」
少女「水は…欲しいです。でも、空気を吸う方が大事だし。空気の分を叩かれたら、痛いので…」
少女「その上、水を貰う分まで叩かれてしまったら、痛くて帰れなくなるかもしれないので。諦めます」
魔王「諦める……? 空気の分を叩け、というのは 水を譲らせるための口上ではないのか?」
少女「え? えっと… ごめんなさい。言葉が難しくて…どういう意味ですか?」
魔王「おまえは、賢いのか愚かなのか……」
少女「あの… 本当にお金はないんです。なので、代わりに…
魔王「叩きはせぬ」
言葉を遮ってまで返答をしたのは、あまりにくだらない問答の繰り返しを嫌ったからなのか
それとも『許しを得るために叩かれて当然』という少女の行動を嫌ったからなのか
そんな疑問が浮かび 言葉を閉ざした魔王と、支払い方法に悩む少女の間で しばしの沈黙が生まれた
52:
少女「……わかりました。では、1年後に お支払いに来ます」
魔王「身体で、というつもりか」
少女「はい…。 それしか、私にはないので、それで許してもらうしか…」
今にも泣き出しそうなほどに困った様子で、懇願する視線で見上げてくる少女
どうやら本当に、空気を吸うだけでも支払いを済ませねばならぬと思っているらしかった
魔王「……ならば」
ペシ。
少女「ひゃ!?」
魔王「叩いてやった。そうしてやる義理はないが、これで空気を売り渡したことにしてやろう」
少女「…こんなに軽くでいいなんて。ありがとうございます」
魔王「感謝されるのはおかしい気がするな」
少女「いつもはもっと強く叩かれます。痛くないのは、嬉しいです」
53:
あまりに愚かで、騙されていることに気がつかない少女
皮肉を言ったつもりが、心から深々とした礼を返されては居心地の悪いものだと思い知った
なので、皮肉を言った事を誤魔化すように少女の勘違いに付き合って見ることにした
ちょっとした気まぐれだ
魔王「おまえは強く叩かれるのか。 どのくらいだ」
少女「え、えっと… どのくらい…。あ、それは 4度ほどです」
魔王「回数ではなく、力加減を聞いている」
困ったように、少女は手をあごに当てて思案する
きっと強さを表現する事が出来ないのだろう
少女「こう…… 『びしっ!』っと…」
少女は悩み、彼女を打ち付ける者の真似をして見せた
その手首の動きに見覚えがあった。……馬をけしかける時の、ソレだ
54:
魔王「おまえ、身体を見せてみろ」
少女「えっ! あ、あの、その!! まだ、身体でお支払いできる年ではないので、1年まってもらわないとっ…!!」アワワ
魔王「……そういった意図ではない」ハァ
少女「ふぇ!?」
強引に服をめくり上げる
案の定だった
青、赤、紫のおおきな腫れ物と 鞭によるミミズ腫れの線
その中には、そのミミズの中心が裂けて ひどく膿んでいる傷もあった
魔王「……これは。消毒もしていないのか」
少女「その。えっと… 綺麗な水はほとんどないし、町には水自体が少ないので、うまく洗い流せなくて…」
魔王「それでこの泉の水を使わせて欲しかった、と?」
少女「……」コクン
申し訳なさそうな表情のまま 黙ってうつむく少女
叱りつけられる子供の姿、そのままだった
55:
少女「で、でも もう諦めます! 本当にごめんなs
魔王「水を使うことを許そう」
少女「え?」
少女「……えっと、でも。お支払いできるものは…。 あ、でもそっか。さっきの痛くなかったし、それなら今度は水の分をちゃんと…」
慌てたように、でも嬉しそうに頭を働かせる少女
叩かれて許しを乞い、金の代わりに身体で支払うなどと聞いたときはとんでもない育ちの娘だとあきれたが…
律儀に支払いを済まそうとしたり、勝手に盗る真似はしないという点でしっかりとした躾をされているとも言える
この少女からは、打算や野心どころか 一切の悪気も感じられなかった
そういう人間に会うことは 魔王にとって非常に新鮮に感じた
魔王「…今、俺はお前の身体を強引に見た。その代価として、金ではなく水を与えよう」
少女「……!! ありがとうっ!!」ニコ
56:
少女は満面の笑顔でそう言うと、嬉しそうに水辺に駆け寄っていった
衣服をぬぎ、置いてあった粗末な木の器で水を汲み、小さく傷だらけの身体にかけた
傷口に染みるのか、ときどき 顔をしかめつつも 楽しげに水浴びをする少女
その姿を見ているうちに、今度はしっかりと自分の中に満足感があるのを感じた
その満足感を確かめる事に気をとられ、少女に何も言わぬまま立ち去る
立ち去る魔王を見つけた少女が声をかけたことにも、気づかなかった
魔王(……『与えよう』、か。与えられてばかりだったが、悪くないかもしれない)
魔王(こんな気分は心地いい。今度からは、望むものを与えてみるとしよう)
一人で歩く魔王は、自分自身では気づかない
他に誰もいない以上、誰もそれを魔王に教えることはできないが
魔王はその時
確かに、微笑を浮かべていた
57:
::::::::::::::::::::::::::

自室のバルコニーに設置されたテーブルセットで昼の満足感の余韻に浸っていると、コンコン、というノック音が響いた
視線だけそちらに向けたものの、立ち上がり招き入れる気にはならない。今はこのまま、この空気に浸っていたい
しばらくすると、ゆっくりと扉が開いた
訪れたのは、愛らしい顔をした年頃の女だった
魔王(明らかに様子伺いの侍女ではないな…)
どこかの王侯が、機嫌取りにと寄越したか。
いまだ窓辺で空を見ていた魔王は 椅子に座ったままぼんやりとそんなことを思うだけだ
58:
女はしとやかにバルコニーへと歩み寄りながら
その着衣をゆるりゆるりとはだけさせていく
月明かりに照らされた、白い肌
腕にも腹にも余計なひっかかりのない、なめらかな曲線だけで描いたような肌だった
女「どうぞ、触れてくださいまし。お情けを頂戴くださいまし」
魔王「ほう。欲しいというのか」
女「はい…」
女は艶やかな紅の塗られた唇を一舐めし、控えたように顎を引いた
そうして僅かに首を傾げたまま、甘えて乞う視線を投げかけてくる
魔王(丁度いい。与えてみたいと、思っていたところだ)
59:
手を伸ばすと、女はその手を受け取った
支えるようにして手を引かれ、室内に招き入れられる
女はもう片方の手でバルコニーの扉を閉めると そのまま自分の胸に俺の手を当て……
満足そうな微笑を浮かべた
触れた女の体は ほんのりとした甘い香と、しっとりとあたたかな感触があった
直前まで温かな花湯にでも浸かっていたのだろうか
触れているその腕を伝うようにして女は自身の腕を絡ませ、身を寄せる
密着してなおまだ足りぬというかのように、腕が伸ばされ吸い付くようにして首元に絡みつく
両腕で俺の頭を捕らえ、熱っぽい視線を注いで…
そのまま、ゆっくりと唇を寄せ…
女「――どうぞ、私を…… 貰ってくださいまし」
なんだ
欲しいんじゃなかったのか。それならば……
魔王「要らぬ」
掛ける言葉は、決まってひとつだ
60:
女はビクリと身を引いたあと 頬を紅潮させてわなないていた
そうして慌しく床におちていた絹をひろいあげると、泣きながら、部屋を飛び出していく
魔王「……別にお前など要らないが、欲しがるならば与えてもいいとは思えたのだがな」
女が怒った理由は明白だ
もちろんそれに気づかないわけではない… 
憎悪、嫉妬、憤怒、恥辱。そういった感情は幼いころより見慣れてきた
頂点に属し生活していれば いろいろなものがよく見える
魔王(頂点、か。一国の王とはいえ、思い上がりかも知れぬ)
バルコニーの窓から見上げれば、手が届かない高さに空がある
亜寒帯の国である魔国においても、その日は格別で 凍るように透き通った星空が広がっていた
魔王(今日は、寒かった。 ゆっくりと湯浴みをするのはいいかもしれない)
先ほどの、あたたかな湯にはいっていた為と思われる女のぬくもり
それ自体は 決して悪くはなかったと思う
61:
その美しい白い肌を思いだした直後、泉にいた傷だらけの少女を対比的に連想した
魔王(暖かい花湯につかる美しい肌の女。それに対し、森の泉で器に掬った水をかける傷だらけの少女……)
魔王(ああ、そうか)
あの少女が水をかぶり、顔をしかめていたのは
傷口に染みるだけではなく きっと、水の冷たさに凍えていたのだろう
水の冷たさに触れる事などない俺は そんなことには気づかなかった
恵まれ、与えられすぎたこの俺は
何もかもをすっかりわかった上で 興味も関心も持てないのだと思っていた
知っていることと一致すれば、それだけでわかった気になっていたんだ
それでは興味など沸くわけもない
関心など持てる訳もない
俺はただ 気づかない事に気づけないほどに 愚鈍だっただけなのだ
この日の夢見は、最悪だった
62:
:::::::::::::::::::::::::::
翌日、森にいってみると
少女はいなかった
:::::::::::::::::::::::::::
73:
数日の間、俺は足しげく森に通った
時間を置いたり半日中待ったりしてみたが、それでも少女は現れなかった
謁見が終わるとすぐに部屋を出て そのままどこかに居なくなる魔王を臣下たちは訝しんだ
だが、機嫌を損ねないことに必死で問いただされなかったのは幸いだった
実際、少女が現れないことに少々気が立っていたのだ
下手なことを問われれば、その者を『要らぬ』と斬っていたかもしれない
その理由の大半は、なぜこれほどまでに少女を探しているのかわからない苛立ちからくるものだろう
だが2週間ほど経ってから、ようやく森の中で少女が花を摘んでいるところを見つけた
少女はまた一段と痩せこけ、青白い顔をしながら 緩慢な動作で花を集めていた
74:
魔王「……配給のパンを買う銭のために 結局ここを選んだのか」
少女「……っ」
魔王「この森で花を摘んではならない。それを承知で、よくここに来たな」
少女「……ごめん、なさい…」
魔王「……」
少女が来るのを待っていたはずなのに、何故このような物言いになってしまったのか
責めたいわけではない。だが、俺の口から出る言葉は全て威圧的だ
『魔王として 相応しいように』
そう育てられた。 隙を与えてはならない、と…
魔王(……違う。与えようと、決めたではないか)
自分の本心を、ゆっくりと洗い出す
75:
魔王「……責めた訳では、ない」
少女「え……?」
魔王「追い払い、ここには立ち入りにくかっただろうに よく来てくれたと… そう、言いたかった」
少女「……怒らない…の?」
魔王「少なくとも今日は、歓迎しよう。待っていた」
少女「えっと…? あ、丁度いい叩き相手を探していたとか?」
魔王「その思考回路は、叩き直してやりたいものだな」
魔王「……しばらくの間、見なかった。何故 またここに来ようと思った」
少女「あ…しばらく熱がでて、動けなくて… パンも、買えなくて」
魔王「熱?」
少女「今日は少し体調もよかったから…急いでお金にするために、その…」
魔王「泉の冷たい水を浴びて、風邪をひいたんだな」
76:
あの時にすぐ気づいていれば
全身に水をかぶるような無茶を諌めることもできたのかもしれないと思う
少女「ち、ちがうよ! 大丈夫、そりゃ冷たかったし熱は上がっちゃったけど…でもそれは泉の水を浴びたせいじゃないよ!」
魔王「違う?」
少女「…熱は、前から続いてたの」
魔王「それなのに、水浴びを?」
少女「近くに住んでるおじいちゃんが言うには…体調が悪いのは、背中の傷が膿んでいるせいだろうって」
少女「綺麗に洗って、冷やして…そうやってしておかないと もっともっとひどくなるって教えてくれたよ」
魔王「なるほど」
少女「それに、熱があって 喉が渇いていたから… 冷たい水も飲みたくて、我慢できなかったし」
少女「本当に助かったの。もっかいお礼を言おうと思ったら、帰っちゃう所だったから…今日は、会えて嬉しい!」
少女「あの時は、本当にありがとうございました!!」ペコリッ
77:
隙を与えれば、つけこまれると思っていた
それでもいいと思った。つけこまれて、花を持ち帰るくらいなら構わぬと
だがこの少女は あたたかな謝辞で、与えた隙を満たして返してくる
比喩でしか表現できない心地よさがあった
魔王(少女との会話は気分がいい。ならば続けよう)
魔王「普段はどこの水をのんでいる」
少女「地面だよ」
魔王「………どういう意味だ?」
少女「地面に穴を掘っておくとね、雨が降って、そこに水がたまるんだよ!」
魔王「なんと」
貧しいということ
力がないということ
それだけで、そこまでの生活を強いられるのか
78:
少女「綺麗に洗ったおかげでね、膿みが引いたの。おじいちゃんが言うには、次は食べて精をつけて直す番なんだって」
少女「でも、後で払うって言ってもパンを貰うことはできなくて…。それで、つい…ごめんなさい……」
魔王「……」
『配給品のパンを、買わされる』…彼女は それを当然だと思い込まされている
親切な老人もそれを教えてはいないのだろう。教えれば その老人が鞭を打たれるのは明白だ
不条理を抱かされ、疑問は奪われている この少女
聡明な頭を持っていても 判断に至るだけの知識は持たぬこの少女
野に咲く雑草を譲ってくれと
そのために、身を差し出すからと
それを当然のように 『生きる知恵』として身につけた少女……
79:
魔王「……今日は、花を取りにきたのだったな」
少女「っ! その…ごめんなさい。でも、もしも譲ってくれるのなら…
魔王「また、叩かれるからと言うのだな」
少女「…それしか、払えるものがないから…」
少女は、申し訳なさそうに顔をうつむけた
魔王「……では、話し相手になってもらおう」
少女「はなし・・・あいて・・・?」
魔王「ああ。聞きたい事がある、答えてくれるのならば代わりに花を与えよう」
少女「聞きたいこと?」キョトン
80:
魔王「………初めて会った時から、引っかかっていた疑問がようやくわかったのでな」
少女「?」
魔王「そこまでして、何故 お前は生きようとする?」
少女はまっすぐに俺の目を見つめた。だが、顔色を伺っているわけではない
『そんなあたりまえのことを聞くわけがないから』と、続きを話すのを待っているだけのようだった
魔王「……俺が聞きたいのは、それだけだが?」
少女「え」
魔王「答えがあるならば、答えよ。何故、生きようとする」
少女「え? えっと、それは… 生きたいから、かなぁ?」
魔王「生きたいのか」
少女「そりゃ、死にたくないです。生きたいです!」
81:
魔王「何故だ。聞いた所、お前の現状にいいことなんて無いだろう。辛いことばかりだろう」
少女「……?」キョトン
魔王「違うのか」
少女「んっと… よくわかんないけど… 生きていれば、夢を見ることが出来るよ」
魔王「夢……? 夜に見る、あれか」
少女「ううん。起きてても夢を見るの。うーん… お金が無くても、辛くっても…楽しい事を考えていられるって事かなぁ。それは、生きているからだよ」
魔王「楽しい事……?」
少女「楽しい事とか、ないの?」
魔王「思いつかないな」
少女「あ、じゃあ 幸せなことは?」
魔王「ふむ。何を持って幸せと呼ぶかによるが…幸福の定義があるとすれば要件は満たすのではないだろうか」
少女「な、なにそれ??」
魔王「幸せとはなんだ」
82:
少女「あ、知ってる。テツガクっていうんでしょ?」
魔王「つまり、お前も知らないのではないか…」
少女「むぅ。幸せなことも、楽しいこともいっぱい知ってるよ!!」
魔王「いっぱい…? 幸福とは質量の増えるものではなく、個体数として増加する物だったのか」
少女「さ、さっきから 何をいってるかわかんないけど…私はいっぱい思いつくよ?」
魔王「……では、そのいくつかを教えてみろ」
少女「んーっとねぇ…」
少女は思案する
目を閉じ、考え込むその側から微笑みを浮かべ…
想像のなかの幸福を、指折り数え始める
少女「おなかいっぱいなこと。自分のお部屋があること… あ、あと可愛いぬいぐるみ!」
少女「ぴかぴかのカガミに、あったかいお風呂でしょ。ふかふかのお布団に、キレーなお洋服も…」
83:
それから、と 少女は自分の胸に手を当てて、愛おしむ様に言葉を並べ置いた
少女「やさしい、ぬくもり」
少女「あたたかな会話。愛しい想い」
少女「手を伸ばした先にある、人の気配…」
魔王「…………」
少女「えへへ…。溢れそうなほど、いっぱいあるよ! いくらでも、思いつくよ!」
魔王「そう、か」
照れくさそうに、でも誇らしげに笑う少女
魔王「そういうものを 楽しいとか幸せというのか。だが、それならばその殆どは俺も持っている。ぬいぐるみなどはないがな」
少女「あはは。あなたがぬいぐるみもってても、嬉しくなさそうだもんね!」
魔王「? ぬいぐるみは『楽しいもの』ではないのか」
少女「ヒトによって違うよ! 大事なのは、気持ちだもん!」
魔王「気持ち?」
84:
少女「うん! 今私が言ったのは、私の好きなものだよ。持ってないものだらけ。憧れてるものや、欲しいものだよ!」
魔王「は? ……ではお前は、鏡が欲しかったりするのか?」
少女「私が憧れてるのは、ピッカピカのカガミだよ!」
魔王「どう違うのだ」
少女「えっとね。…えへへ。ひび割れて、顔が8つに見えたりしないやつ」
魔王「……ああ」
貧しい境遇では、鏡も贅沢品なのだろう
ピカピカの、という部分に重点を置く理由に 合点がいった
魔王「では、ふかふかの布団、というのも?」
少女「うん。麻布じゃなくて、ちゃんと中に 綿が入っているやつっていいなぁって思うよ!」
魔王「……では、あたたかい風呂というのは?」
少女「入ったコト無いから。きっと気持ちいいんだろうなーって、憧れてるの!」
魔王「…………」
85:
かたや 君主
望んで手に入らぬ物などはない
面倒だからと、手に負えないからと すべてを『要らぬ』と断る『魔王』
かたや 貧民
与えられるべき物ですら奪われ、それを得るために また毟り取られる
憧れだから、幸せだからと 瑣末な物をも欲しがる『少女』
はじめから、理解などできるわけがなかったのだ
魔王「俺には、やはりわからぬものか」
少女「なんでわからないのか、わからないよぉ」
魔王「ではわかるまで、もうすこし話をしてくれないか」
少女「あ…。教えてあげたいけど… でも、お金を稼ぐのにお花を集めに行かなくちゃ…」
魔王「……そうか。そうだったな」
86:
少女「お花…本当に貰っていってもいい? お話が足りないなら、パンを買った後に戻ってきても…」
魔王「まだ本調子ではないのだろう」
少女「え? あ、そう…だけど。でも」
魔王「良い」
少女「……ごめんね。やっぱり、話し相手なんかじゃ…」
魔王「……」
少女「私のこと、叩いていいんだよ。それでだめなら、1年後に身体でだけど…払いにくるよ」
魔王「…………」
どうしても、最後にはこうして後味が悪くなる
俺に何かを与えようとなど、これ以上 持たせようなどとしなくていいのに
どうすれば この少女は
ただ素直に与えさせてくれるのだろう
87:
魔王(そうだ、ならばいっそのこと…)
魔力を練り、掌の上に靄の球体を生み出す
指を鳴らすと、靄はギュルリと凝縮し、その姿を変えた
少女「魔法!」
魔王「…魔術だ。これは胡蝶蘭の花だな。創り出した物だが本物と変わらない生花だ」
少女「綺麗…! すごいよ、こんなのみたことない!」
魔王「生花…というか、生物を創りだすのは俺の専売特許だ。見た事が無いのは当然で…
少女「ううん…魔法もすごいけど、こんなに白くて可愛いたくさんの花がついた枝、見たコト無い…! それに、すごくいい匂い!」
魔王「……」
88:
誰もが俺の術を見れば 褒め称え、感嘆する。時には畏怖の対象にされることもある
成しあげた物を評価するよりも、成し遂げる様ばかり評価されてきた
魔王(それらしいポーズさえ取れれば、結果などどうでもよかった)
だが、この少女はその結果に魅了されている
そこかしこに咲くありふれた花を出さなくて良かったと思った
魔王(そうだ、ならばこんな花はどうだろうか…)
次いで、亜寒帯の国ではまず見ることの無いヒマワリの花を数本創りだす
少女は目をまん丸に見開いて、その大きな花に顔をつき合わせていた
少女「な、なにこのおおきな黄色い花!? 綺麗だけどおっきすぎる! 面白いー!!」
魔王「ヒマワリという。このあたりでは非常に珍しい、あたたかい場所で咲く花だ」
少女「すごい、すごいすごい! こんなにスゴイ事ができるのに、どうして楽しくないの?!」
魔王「さあ… なぜだろうな」
少女「本当に、どっちもすごく綺麗…!」
89:
自分だけしか使えない術は、確かに『すごいもの』なのだろう
だが魔王にしてみれば、職務の一部にすぎない能力。日常の中にある、ありふれたつまらないものだった
目の前で喜ぶ少女を見て、魔王はそこで初めて
その術を使ったことに確かな達成感を覚えることができたのだ
魔王(やはり、純粋に“ただ与える”ということは気持ちのいいものなのだろうか)
魔王「その花を、持っていけ」
少女「え…」
魔王「どうした」
少女「こ、こんなに綺麗で立派な花…、とてもじゃないけど、支払いきれないよ」
魔王「ああ。これに価値をつけるとすれば、お前ではとても支払いきれないだろうな」
少女「う…」
90:
魔王「だが、これは森の花ではない。俺がお前に与えるために創った花だ」
少女「…じゃあ、貰っていいの…? 代価は…?」
魔王「………」
魔王「『要らぬ』」 
少女「!」ガバッ!
魔王「っ」
突然、少女は抱きついてきた
抱きついたまま、ぴょんぴょんとその場で跳ねている
魔王「おい」
少女「?????っ嬉しい!!! ありがとう!!!」ニコッ
魔王「――っ」
喜ばれる 感謝される
心臓が 一瞬、おおきく揺れたのを感じた
91:
要らぬ、といったはずなのに
いつものように、ただ断っただけのはずなのに
強張るでもなく
怒りと辱めに紅潮するでもなく
少女は 大きくひたすらな感謝をしてくれた
大きく手を振り続けながら、花を両手に抱えて森を去る少女を見送った
見送った後で、自分の胸に手を当てて考える
魔王(……これは どういう感情なのか…)
魔王(これが… 『楽しい』。 いや、『幸せ』? ……『嬉しい』? 嬉しいとはなんだ?)
魔王(???)
『要らぬ』と言ったのに、妙なものを貰った気がした
その日の夜は 自分の中にある初めての感情を整理しきれず、眠ることも出来なかった
92:
::::::::::::::::::::::::::
翌日、魔王はおとなしく城内に留まっていた
その後も何度か、少しを与えてはその後で『要らぬ』と言うのを繰り返してみた
だがその誰もが 魔王には結局他の何も差し出さぬまま
それぞれが出していた欲望をひっこめるだけ…… 魔王は興ざめしていた
要らぬ、と断る魔王に差し出されるのは
いつだって 相手が無理矢理にでも押し付けたいものばかりだったのだ
魔王(そうだ。どうでもいいものばかりなんだ…)
政治や 権力や 金や 名声
美酒も美女も いまさら欲しいだなどと思わない
そんなものは全て もう、持っている
持っているものばかり渡されても それは要らぬのも道理
魔王(なるほど。つまり、持っていないのか)
おまえらは持っていないのだ 俺の持っていないものを
だからきっと 俺はお前らから なにも欲しがろうと思えないのだろう
93:
その結論が出たとき、俺はどんな顔をしたのだろうか
それまで饒舌に 大振りな仕草で話をしていた謁見希望者が、動きを止めた
「魔王…様……」
嘲笑。おそらくそんな所だろう
俺は周囲の人間と、そして自分自身に対して 嘲笑を浮かべていた
確かに、持っていない
割れて顔が8つに映るような『不思議な鏡』も
“布団”の役割をおしつけられた『道化のような麻布』も
あたたかい湯船を『知らぬ自分』も
魔王の持っていないものを あの少女は持っている
彼女の住む世界で、彼女から見る景色を 魔王は知らない
魔王は 彼女を知らない
魔王(それならば まず俺が望むのは……)
94:
::::::::::::::::::::::::::
夜明けの薄闇にまぎれ、町の近くにまで足を伸ばした
花摘みをするのならば、朝露のある時間に近くの街道にいるはず
そう思い、危険を省みずに少女を探した
朝日がすっかり昇りきり、誰かに見つかる前に帰ろうと思ったその時
少女が困った様子で歩いてくるのを見つけた
その手には、割れたワインの瓶が握られている
魔王「少女」
少女「!」
人差し指を口元に寄せ、人気の少なそうな茂みに誘う
林にしては少し深い場所まで来ると、少女は小さく口を開いた
少女「び、びっくりしたぁ。こんなところで何をしているの?」
95:
魔王「お前こそ、それをどうするつもりなのだ」
少女「あ うん。これに一杯の、綺麗な水をどこかで汲めないかと思って…」
魔王「瓶の先端が割れているな。呑むつもりならば、危ない」
少女「あはは。これは呑むんじゃないよ。お花を活けるのに使おうと思ってるの」
魔王「花を?」
少女「えへへ… こないだ貰ったお花。すごく高く売れたよ。だから一本づつ、売らずにとってあるの」
魔王「そうであったか」
少女「でも、泥水じゃあんなに綺麗なお花が かわいそうだから…綺麗なお水を汲んであげたいなぁって」
魔王「……妙な話だな」
少女「みょう?」
96:
魔王「お前自身は…その泥水の方を飲むのだろう」
少女「うん。飲むよー」
魔王「それなのに、花には綺麗な水を汲むのか」
少女「うん」
魔王「なぜだ。むしろお前こそ、綺麗な水を飲むべきだろう」
少女「え? だ、だって…あのお花はすごく綺麗だから、泥水じゃ可哀相じゃない」
魔王「では、その泥水を飲むおまえも可哀相なのだな」
純粋で無垢なこの少女は、取り上げて硬くなったパンを売り渡され、泥水で喉を潤す
その少女を、可哀相と言わずしてなんと言うのか。それくらいはすぐに分かった
だから少女について知ったことを、確認するように反芻したのに…
少女「んー…。私は 可哀相じゃないよ?」
即座に、否定されてしまった
97:
魔王「……何故?」
少女「えへへ。だって私は、眼を閉じるだけで 尽きることなくたくさん幸せなことが思いつくから!」
魔王「………」
少女「帰ったら、この瓶に花を挿して飾るんだ。頭の傍に置いたら、きっといい匂いがすると思うの!」
魔王「……花の香りがして、どうなるというんだ」
少女「そうしたらきっと いい夢がみられるでしょ? やっぱり、楽しみ!」ニコッ
割れたワインの瓶を抱えて
言い換えれば、あまりにも不憫なその状況におかれても、なお……
この少女は
幸福を、失わずに生きている
98:
魔王「おい、お前」
少女「?」
魔王「『尽きることなく、幸せや楽しいことがある』、といったな」
少女「う、うん」
魔王「ならばその幸せとやら、俺に売ってくれないか」
少女「は、はぁ!?」
魔王は本気だった
少女「え、幸せを売るって……」
魔王「空気を買うために身体を売ろうとしたお前なのだ。おまえの幸せを 他の何かで買うことはできないのか」
少女「う、うんー?」クビカシゲー
99:
魔王「では、花ではどうだ。お前は花が好きなのだろう」
少女「花で? 幸せを、買う?」
言うやいなや、魔王は指を打ち鳴らす
パチン!という音と共に、大気中の魔素が花びらとなって周囲に降りそそいだ
少女「うわぁ…!!」 
魔王「これで、どうだろうか」
少女「??????っくぅぅっ!」
少女は大喜びで 降り注ぐ花を浴び、積もるそれを散らし、辺りを駆け回った
それだけでは興奮が冷めないらしく、はしゃいで、魔王の手を取って廻りはじめた
魔王「な、おい…」
少女「すごいすごい! まるで、春の妖精になった気分!! 見て、動くたびに花びらが舞うよ!」
魔王「あ、ああ」
しまいには歌などをうたい、魔王の腕をさんざんに振り回しながら踊り始めた
少女はひとしきり花びらの雨を堪能し、降り止むまで止まる事が無かった
100:
::::::::::::::::::::::::::::
少女「はふぅ…」
魔王「興奮しすぎたようだな」
疲れて、積もった花びらでつくりだしたベッドに座る少女
その横で、ぐったりと疲弊した魔王も身体を横にした
すると少女は身体をずらし、自らの膝を枕として提供してくれる
晴天、木立の間をまぶしい光が縫う 心地よい時間
しばらくの間、魔王と少女はそのままで休憩を取っていた
預けた頭の下にはぬくもりがあり
耳には幼く、優しい歌声が届く
そして目を開けると、疲れた魔王を気遣う穏かな笑顔があった
魔王(……これは)
101:
ぼんやりとしていると、鈴を転がしたような可愛いらしい声が聞こえた
少女「でも、これじゃあ 花も幸せも 私が貰ったコトにならないかなー?」
少女が、真剣なまなざしでつぶやくのが見える
少女「うーん…。やっぱり、私ばっかり貰ったことになる気がするー…」
少女「ねえ、私は代わりに 何をあげたらいいかなぁ。ね、聞いてる?」
少女「こんなにたくさんの幸せを貰っちゃったら、命でもあげないとだめかもしれない?…・・・って、ねぇ? あれ?」
やわらかな眠りに誘われながら、魔王は 幸せというものが何か・・・
楽しさ、可笑しさというのが何か わかったような気がした
102:
:::::::::::::::::::::::::
魔王(……む。眠っていたか…)
魔王がうたたねから眼を覚ました時
少女はなんと まだ悩んでいた
少女「うー…。ほんとに、何を返せばいいかなぁ…」
魔王「……」
少女「なにか、返したいんだけどな…。できること、あげられるもの なにがあるかなぁ…?」
魔王「……」
少女「叩いたり、身体でーとかは 嫌みたいだし…」
103:
少女「うぅ、他になにがあるかなぁ…充分に価値のあるもの…? そんなのあったら、とっくに売っちゃってるよお!」
魔王「……」
少女「何かないかなあ… なんか、なんでも… うーん、うーん…!?」
惜しみなく。ただ、幸せだったから それに見合うものを返したいと言う
ただそれだけで 惜しみなく捧げたいという 無邪気でまっすぐな願い
少女「何か、欲しいものないのかなぁ… 私の持ってるものであれば、なんでもあげるのにな…」
そう呟いてうつむいた時、魔王と目が合った
104:
少女「な゛っ。お、起きてたの?」
魔王「……今の言葉は、真実か」
少女「え? あ、うん! なんかあるなら…なんでも言って!」パァッ
魔王「ならば、俺の后となれ」
少女「」
少女を見て、おもわず口から飛び出したのはそんな言葉だった
口をあけたまま固まっている少女が、ようやく「私が…?」と呟いたのを見て可笑しいと思った
でも一番可笑しいのは
自分が何故そんなことをいったのか 自分ではわからないという事だった
114:
::::::::::::::::::::::::::::
その日のうちに、魔王は少女を城に連れて帰った
城中がざわめきたったが、魔王は素通りして自室へと少女を招き入れる
少女「……あ、あの。私」
魔王「ああ…注目を浴びて不快だったか」
少女「そ、そうじゃなくて。あの、ここって…」
魔王「俺の城だ」
少女「……本当に、ホンモノの魔王様なんだぁ」
魔王「疑っていたのか?」
115:
少女「エライヒトは、エライヒトだから。魔王とか、あんまり気にしてなかった」
魔王「お前にとって…軍属の駐在軍であろうと魔王であろうと、同じくへりくだる相手に過ぎないと?」
少女「むぅ。だって、エライヒトはいっぱいいるから…ヤクショクとか言われても、あんまりわかんないんだもん…」
魔王(……最下層、か。そんなものなのかもしれないな)
例えその“エライヒト”の頂点に立とうとも、この少女には意味がない
有象無象と同じ対応。有象無象の一人に過ぎないと言う訳だ
それを思うと、少し苛ただしい気分になる
少女「あ゛」
魔王「どうした」
少女「あの… ご、ごめんなさい!!」
自分の非礼に気がついたか、と 視線だけで話の先を促す
少女「お花の事とか…あんまり嬉しくて。エライヒトなのに、そんな風にぜんっぜん思えなくなっちゃって…魔王様とかすっかり忘れてお話をしてました!!」
魔王「」
116:
非礼どころか、もはや侮辱のレベル
ここに臣下が居なくて本当によかったと思った
だが『魔王』という立場に強い誇りがあるわけでもない
魔王自身は、魔王として扱われないなんて事はどうでもよかった
むしろ
魔王(こいつは、俺を『魔王』として見ていなかった…。ならば『何』と話をしていたつもりなんだ?)
話せば話すほど、疑問が募る
あちらこちらへと興味がわく
少女「今度からはちゃんと、魔王様って呼ぶからねー!」ニコー
魔王(心がけは立派だが、肝心なのは呼称より態度にあるのではないだろうか)
言葉にはしない
あれほど話をしたいと思っていたのに、言葉にする気になれない
諌めようとは思えなかった
諌めてしまえば、きっと従うだろう。魔王が服従できない相手などいないのだから
117:
少女「魔王様! ねぇねぇ、コレは何? すごいね! こんなにいっぱいの立派なもの、見たコト無い!」
少女「う、うわぁぁぁぁぁぁ!! すごいーーー! お布団がふかふか! 屋根がある!? 布団のお部屋なの? お部屋の中にお部屋なの!? なんで!?」
少女「! コレ、壁じゃなくて鏡だ!! ピッカピカで、しかもすっごいおっきい鏡だ!? か、顔だけじゃなくて 身体も全部写るよ!?」
魔王「……気に入ったか?」
少女「……こんなおっきい鏡がもしも割れちゃったら、私が8人になっちゃうと思うと…ちょっと怖い」ブルブル
魔王「」
服従するのは簡単だろう
だけれど、放っておいた方がこんなに可笑しい
手に入れたいと思ったはずなのに、手にしてしまうのは勿体無い
118:
欲しいのか、欲しくないのか わからなくなってしまった
もしかしたら 自分の物になどしなくていいのかもしれない
結局、そんなことはどうでもいいんだ
ただ
魔王「8人に増えるのならば、割ってみよう」
少女「えええ!? やだよ! 割っちゃだめぇ!!」
こうして居てくれることが『嬉しい』と知っただけで、満足だった
119:
:::::::::::::::::::::::::
厄介ごとを避けるために、臣下や従者たちへは何も説明をしなかった
后にしようと思った、などと言っては 今度はどんな混乱になるかわからない
ましてや、本当に『手に入れたい』のか 疑問すら持ってしまった身だ
少女を連れ帰りそばに置いたまま沈黙をする魔王を見て
城内には様々な憶測が飛び交った
「ペットのおつもりじゃないかしら」
いつの間にかそんな意見に憶測が集中し、そこで収まった
夕方には数人の侍女が魔王の部屋を訪ねて来て……
メイドA「魔王様のお部屋を汚されては困りますので、身体を洗いましょう」
メイドB「まぁ、ひどい傷。魔王様の側にこのような穢れがあるなんて」
メイドC「麻服? 魔王様の品位と沽券に関わります。いくつか違うものを用意しなければ」
少女「あ、あのっ あの!?」
魔王「……」
少女が困惑しているのに気がついたが
衣服を脱がされ始めたのを見て、魔王は何も言わずに部屋を出た
120:
魔王が時間を置いて部屋に戻った時、既にメイドたちは退室していた
一人部屋に残されていた少女は、真っ赤な顔をしてモジモジと立ち尽くしている
鏡と魔王を交互に見ては、うつむいて口ごもって、最後には座り込んで動かない
魔王(どうしたのだろうか)
少女が着ていたのは 夢にまで見て憧れた、美しい絹の一級品のワンピース
夢見心地でお姫様気分を味わいつつも、あまりの照れくささに披露するのもはばかられる代物
少女(な、なんで 何もいってくれないの???! どうしようっっ//)
少女が着ていたのは メイドの一存で即時に数着の用意ができるようなワンピース
落ち着いたならば、『后』として充分に相応しいものを贈るべき魔王にとっては一時的な着替えに過ぎない代物
魔王(ふむ。衣装か…気付かず放置していたが必要なものだな。早いうちにきちんと整えねばならぬ)ハァ
少女(うぅ。こんなに立派なお洋服、やっぱり似合わないのかなぁ)ハァ
121:
こうして始まった魔王城での生活だったが
なんだかんだとうまく物事が進んでくれた
翌日以降
恥ずかしそうに魔王の後ろに隠れてどこまでも付いて回る少女を見た者によって
『少女=魔王様のペット』という図式が 広く城内に認識されていったからだ
魔王の機嫌を損ねないよう、そのペットである少女は誰からも虐げられることはない
魔王の招待客として扱われていたら、過度の接待を受けて気後れすることになっただろう
后として紹介されていたならば… 妬みの的として、どこかの謁見希望者に暗殺されていたかもしれない
ペット、という周囲の待遇
それが今の少女にとっては、快適で居心地がよく素晴らしい生活だったのだ
それが丁度よかったと気がついたのは、もうしばらく後のことだが……
ともかく、こうして少女は
ゆっくりと魔王城に溶け込んでいくことができたのである
137:
::::::::::::::::::::::::::::::
謁見の間に少女も同席するようになってから数日
事情を知らない謁見希望者の間には 城内とはまた少し違った噂が流れ始めた
「あれは、どこかの国が秘密裏に魔王様に捧げた娘なのではないか」
少女自身は、いつも魔王の後ろに隠れている
見え隠れする場所で姿を現さない少女に対して、日に日に詮索の視線は強まっていった
好奇、羨望、嫉妬、侮蔑。そういった種で、あからさまに少女に向けられた物もあった
魔王(不愉快だ)
ある日、魔王は謁見を中断し 少女を離席させることに決めた
少女を視線から守るためにマントに隠し、無言のまま退室する
部屋に少女を残し、謁見の間に戻ると… 扉の向こうでは また混乱が起きていた
138:
「魔王様はどうなさったんだ。謁見はどうなる!?」
「あの娘に何かあったのでは? あの様子、寵愛しているようにも見えるではないか」
「俺がこの謁見の機をもらうのに、何ヶ月待ったと思ってる! あんな貧相な小娘…」
臣下B「皆、落ち着いて欲しい。ともかく魔王様のご様子を伺いに行かせる。申し訳ないがしばし待機いただきたい」
「大体、噂に聞いていたがあの小娘はなんなんだ」
「どこの国だ、おまえの所から出してきたのか!?」
「何!? うちならばもっと立派な美女を―― そういうお前の所なんじゃないのか!?」
「あんな金魚の糞のようなガキを、どうして我が国が――」
来訪者同士の、小汚い罵り合い
突然に魔王が居なくなり、緊張のタガが外れたせいもあるのだろう
互いの言い合いがエスカレートしていく内に、その言葉は全て少女をなじる物に代わっていく
139:
臣下A「貴様ら、いい加減にしろ! あの娘はどこの国かより捧げられたものではなく 魔王様のペットで――
魔王「后だ」
「「「!!!?!?」」」
扉を開けると同時、そう一言だけ宣言する
部屋中の者達を見渡すと 一様に皆、凍りついた
冷え切った空気の中を、まっすぐ玉座へ歩く
ドサリと乱暴に椅子に腰かけ、肘掛に頬杖をつく
謁見途中だった組の3人は 蒼白の表情で膝をつき、微動だにしない
魔王「お前たちか。貧相な小娘、金魚の糞…そのように言っていたな」
謁見希望者「「「!!!」」」
魔王「臣下。お前もあいつをペットだなどと言っていたが… 誰がそう言った?」
臣下A「そ、それは……」
140:
魔王は、魔王だ
誰もが彼の才能に畏怖し、視線に硬直し、その言葉に希望を見失う
それは決して 先入観や第六感的なあやふやなものに起因するわけではない
生まれながらに、彼は次代の魔王としての教育を受けてきた
代々その血に受け継がれてきたものは 威圧感あるその風貌だけではない
怒らせれば一人で国を破壊することも可能な魔力――武力
気に障れば、一声で経済貿易を停止させてしまえるほどの、権力
それだけではない
誰かに先手を打たれてしまえば…あっという間に有利に事業を成立されてしまう
人も、土地も、金も 全ては彼の手の内だ
魔物を生み、操るかのごとく統制に置くその支配力は、何よりも恐ろしい
王族も貴族も富豪も商人も、些細な魔王の言動にすら人生を左右されかねない
知れば知るほどに、震え上がる
夢物語ではなく…現実に、王としてそこに存在する“絵に描いたような恐怖”
それが、魔王という存在であった
141:
魔王「あれは、俺の后にと考えている娘だ。俺自身で連れてきた」
謁見希望者A「なっ」
魔王「それを、そのように貶めてくれるとは。俺の目が節穴だと言いたいのか」
謁見希望者B「とんでもございません! 自分はそのような発言をしておりませぬ!」
魔王「では残りの二人…」
謁見希望者A/C「「!!!」」
魔王「………だけでは、ないな。この場にいる全員が等しく似たような思いを持っているのだろう」
「……………」
凍りついた空気は、次第に黒々とした粘性を持って皆を捕らえていくようだった
ドロリと粘りつくその音が聞こえそうなほど、重く沈殿した雰囲気…
箱入りの娘などがいれば、それだけで失神しそうなほどの緊張感が部屋中に纏わりついている
142:
魔王「否定しないか。ならば、この場にいる全員―― 要らぬ」
阿鼻叫喚と共に、威圧に押し出されるかのように皆一斉に逃げ出した
ある者は、殺されると思った
ある者は、顔を覚えられては堪らないと思った
ある者は、真っ白な頭でよろめきながら――ただ、ここに居てはならないという危機感だけで逃げ出した
部屋には、頬杖をついたままの魔王と…
その役割から逃げることすら出来なかった忠義者の臣下2人だけが、残されていた
夕刻には、少女の耳にもその話は届いていた
143:
:::::::::::::::::::::::::::
その晩、魔王の自室――
そこだけは魔王城で唯一 可愛らしい笑い声が響き、穏かな空気が流れていた
魔王「……まったく、あれならば蜘蛛の子の方がマシだ。静かに散る」
少女「きっと本当に怖かったんだろうねー。見てみたかったなぁ」
魔王「見たい? お前は魔王が怖くないのか」
少女「? 魔王っていうのは…怖いものなんでしょ?」
魔王「では、やはり怖いのだな」
少女「ううん、今は怖くない。でも、本当は怖いもので、それが魔王様なら、見てみたかったなぁ」
魔王「……怖いもの見たさと言うことか。 怖いほうが良いか?」
少女「怖いの嫌い」
魔王「」
144:
少女「でも…… 怖いのも魔王様なんでしょ? やっぱり見たかったなー」
魔王(…・・・??)
少女は頭を悩ませる魔王を見て、また笑う
その後で「あれ…もしかしてわかんないのって、私の説明が下手なせい??」と 少女のほうが頭を悩ませはじめた
少女「魔王様は、つよいんだね。それに、やっぱりえらいんだ」
しばらく後で、少女はにっこりと笑い そんな言葉を説明に代えた
魔王はこれ以上の理解は難しそうだと、溜息をひとつ吐いて思考を中断する
魔王「まあよい。…しかし、后だと宣言してしまったからな。以降は城内での対応も変わるだろうな」
少女「そうなの?」
魔王「それから……様付けでも構わぬが、もう少し気安く呼ぶとよいだろう。むしろ后として、そう振舞うべきだ」
145:
少女「気安く? どういう風にしたらいいの?」
魔王「呼びたいように、過ごしたいように。王の伴侶として堂々と自由に振舞え」
少女「呼びたいように…?」
魔王「ああ」
少女「じゃぁ……っ!」
少女「 『おにいちゃん』って、呼んでもいい!?」
魔王「ブハッ!」 ゲホッ… ゴホッ、ゴホゴホ!!
少女「……ま、魔王様…? 大丈夫…?」ソー…
魔王「おい……『后』だと、言っただろう?」
少女「なんでもいいって言ったから… 呼びやすい、呼びたい呼び方。駄目だったの?」
146:
魔王「お前は… 俺を“兄”のように思っているのか」
少女「わかんない。魔王様は魔王様… でも」
少女「……なんとなく。友達とかより身近で、頼れる。エライヒトでも、緊張しない。そばにいると、落ち着く気がする。だから…おにいちゃんかなって」
魔王「……」
少女「だめ?」クビカシゲー
魔王「……ああ、まあ。…そうだな」
魔王「さすがにそのような趣味を疑われては困る」
少女「駄目ってこと? 『おにいちゃん』…だめ?」
魔王「……そう、呼びたいのか」
少女「うん」
147:
后―― 妻として迎える存在に、兄として慕われる
理屈と感情のどちらによるものかは分からぬが、モヤモヤとした気分になる
だが、それを望んでいるのならば、それを与えてみたい
そうするためにこそ、彼女を迎えたのだから
魔王は、深い溜息をついてから ひとつの提案をした
魔王「では、公私で使い分けるとよい」
少女「コウシ?」
魔王「ああ。人前に出る時と、俺と二人でいるとき。そこで呼び方や態度を変えるのだ」
少女「む、むずかしそうだね? ……魔王様も、コウシを使うの?」
魔王「言葉が妙だな。 公私とは公事と私事の二つを合わせた意だ。公私は“使い分ける”ものだ」
少女「えっと…じゃあ。魔王様も、公私を使い分けるの?」
魔王「俺は、公私共に魔王だからな。使い分ける必要などない」
148:
少女「ぁぅ。魔王様もしないなら、私もしなくていいよ?」
確かにそのままで構わないとも思う
少し考えてから…そのまま、言葉を続けた
魔王「だがおまえは、公の態度を学ぶことで魔王の后らしい素養を身につける事ができよう。多くの知識、常識と共に お前の為になるはずだ」
少女「后らしい素養?」
魔王「立ち居振る舞いや、言葉遣い。そういったものもあるな。上品さ…一流の姫らしさ。王族らしさ、とでも言おうか」
少女「……え… 私でも、なれるの…?」
魔王「后とした時点でその地位は王族だ。今はその身分に相応しい素養の話を…
少女「私が…お姫さまみたいに、なれるの!?」
目を輝かせて、興奮の色を隠せない少女
魔王は言葉を止め、そんな彼女の様子を見つめた
149:
少女は后というものが何か、よくわかっていなかったのだ
正確に言えばイメージしにくかった
童話などで見聞きする后は、“厳しく意地悪な母”の役割が多い
少女は、自分がそれになるということが理解できずにいた
だが、魔王が口にした『姫』という単語は、その立場のイメージが容易だったらしい
想像の中では、きっと童話などで語り聞いた 洗練された淑女の姿に自分を重ね合わせているのだろう
まさしく憧れた―― 永遠の、夢の姿だ
頬を紅潮させるほどに、うっとりと空想にふける少女
魔王は複雑な思いと同時に、可笑しさも感じた
魔王「ああ。望むのならば、必ずなれるだろう」
少女「えへへ…… じゃあ、がんばる! わぁいっ!!」
150:
無邪気にはしゃぐ少女をみて 魔王は心温まるのを感じる
少女に何かを与えると、幸せを返してくれるのだと、再認識した
魔王(共存関係にあるとでもいうのだろうか。そうか、后とはこういうものか)
知識や、知恵
多くのものを与えよう。望むように、望むものを…
そうして、幸せを売ってもらうのだ
少女は尽きることのない幸せを分ける代わりに 知識や知恵を得る事が出来る
生きるのも容易くなろう。お互いに両得な関係だ
魔王はそんな事を思いながら
目の前で飛び跳ねる少女をいつまでも眺めていた
151:
:::::::::::::::::::::::::::
それから、一月
少女は賢く、教えられた事はすぐに吸収していく
理解も早く、その様子は一月前とは見違えるほどのものになった。だが――
少女「魔王様。本日はまだご公務をお続けになりますか?」
魔王「いや、今日はもうやめだ」
少女「では、ご入浴の準備など確認して参ります、どうぞごゆるりと」
魔王「ああ」
少女「その間、お酒などをお持ちしますか?」
魔王「要らぬ。お前の分は、好きなものを侍女に頼んでおくとよいだろう」
少女「はい、魔王様」
知識、礼儀、マナー、言葉遣いは、問題なく習得できた
だが、侍女や謁見希望者の連れてくる娘達の振る舞いを模倣する少女は決して后らしくはなかった
152:
母である后が、后らしく振舞っていた決め手が何であったかなど覚えていない
興味を持たなかった。だから魔王もアドバイスも出来ぬまま、違和感だけを抱えていた
内心で少女を后に迎えることを快く思わない臣下達もまた
魔王の機嫌を取るために表面上だけは相応に扱ったが…… 本当に必要な忠言はしなかった
そして謁見に来る者や来客たちは――
「ほぅ… これは面白いな」
「あれはあの時の、小娘?」
「しっ。声が大きいぞ…聞かれたらばまた二の舞だ」
「しかし、変われば変わるものだな。コソコソと、金魚の…… っ。いけない、いけない」
「だが、あれではいくら出来がよくとも せいぜい一流の“侍女”だ」
「ははははは! たしかにな。后とは呼べまい。あのような娘、いずれ飽きて放り出されるさ」
「ではそれまでに、次こそは我が領地から 選ばれるべき上等の娘を…」
「いやいや、魔王様にもご興味があることはわかったのだ。こちらも負けてはいられない」
「ははは…!」
少女を値踏みしては嘲笑と侮蔑の的にし、その存在を無視して……
ただ、それぞれの欲望と思惑を魔王に与え続ける
153:
少女にとってかつて経験のない、勉強漬けの日々
言葉の選び方、食事を取る仕草、歩き方… 
生活のほぼ全てを、慎重に努力して 憧れた姫らしくあるように務めあげていた
だが、そんな彼女の周りにあるのは
表面的で心のこもらない臣下たちの態度
ふと見上げた先にある、嘲笑の視線
時折、耳に入ってしまう来客たちの侮蔑の言葉……
それらは、少女の心を 確実に蝕んでいった
魔王の部屋にこもりがちになり、魔王にくっついたまま
言葉少なに、すぐにうつむいてしまう。笑顔も、あまり見なくなった
そしてある晩、少女は魔王の胸に頭を預けて… ただ、泣き続けた
魔王はその涙を止める術を持たず、立ち尽くすしか出来なかった
初めて知った、無力感だった
154:
::::::::::::::::::::::::
魔王「…………」
少女「…………っく。ひっ………う…っ」
少女の涙が枯れるまで、魔王はただその胸を貸し続けた
何も与えることが出来ず、苦しい思いをした
泣き止んだ少女はゆっくりと涙をぬぐうと…ぽつりぽつりと言葉を漏らした
少女「……ね、おにいちゃん…」
魔王「なんだ?」
少女「……私、まだ頑張りが足りないのかな」
魔王「そんなことは…
少女「でも。いっぱい頑張ったけど……やっぱりお姫様なんかになれないよ。もう、これ以上どうしたらいいのかわかんないよ」
魔王「……」
少女「少し、疲れちゃった。やっぱり私には無理だったんじゃないかなぁ…」
魔王「…………」グッ
155:
この少女は 知識や知恵、物―― そういったものを充分に身につけてきた
もう そういった“持っているもの”では幸せを売ってもらえないのだろうか
それとも、彼女は俺にたくさんの幸せを与えすぎて… 無くしてしまったのだろうか
魔王はうつむいたままの少女をみながら、そんな考えにしか至れない
本当にわからなかったのだ
魔王は生まれながらに 今の少女のいる環境に置かれていた
人々から向けられる視線の違いなど知らなかったし、そういうものだと思っていた
少女が生まれた環境も、育った環境も知らない魔王にとって…
何が、彼女をそこまで参らせているのか 知る由もなかったのだ
魔王(他に何か、こいつが持っていないものはないだろうか。彼女に必要なもの…)
与える者、与えられる者
魔王にとってこの世界は そういったものに過ぎなかった
156:
魔王「……そうだ」
少女「おにーちゃん…?」
魔王「お前が“公”の態度を身につけるように、俺も“私”の態度を身につけるように努力をしてやろう」
少女「おにいちゃんが…? そうすると、どうなるの?」
魔王「俺がお前にとって、より気安い態度となるかもしれぬ」
魔王「それに……忘れていたが。お前が俺の后ならば、俺はお前の伴侶なのだ」
少女「ハンリョ?」
魔王「仲間のことだ。共に努力をする者、婚姻相手… そういった者を示す」
少女「おにいちゃんが…仲間? 一緒に、頑張ってくれるの?」
魔王「ああ」
157:
少女のもたないもの、それは“仲間”だ
だからそれを与えようと思った
そうしてできることならば、また幸せを譲って欲しい
元のように……今までのように。
魔王(“仲間”を引き換えに、幸せと換えてくれるだろうか)
魔王(魔王に値段をつけるとしたら 相当なものだろう。まあ売れるようなものでもないし、買うようなヤツもいないだろうが)
魔王(これで買えない幸せならば、もはや諦めるしかないのかもしれない)
そう思いながら少女の反応を待つ
口数も減り、表情もうつむいていてわからない少女の様子を見るうちに、魔王は『不安』を感じるようになった
魔王(…ああ、そうか。“魔王”なんていう仲間は、いらないという可能性もあるな)
魔王(持っていなくとも、“欲しくないもの”もあるだろう…。 魔王だなどと、言われてみれば 俺自身でも願い下げのシロモノではないか)
158:
だとしたら、魔王には安い価値しかないのだろうか
魔王の価値とはなんだろう
少女は俺にどれほどの価値をつけるのだろうか
俺は、不要ではないだろうか。 入り用だとしても高価だろうか安価だろうか……
疑問は、湧き出す側から不安へと変わっていく
魔王(……そんなことはどうでもいい。俺は俺、魔王なのだから…)
そう自分に言い聞かせて、馴染みの無い“不安感”を払拭する
それなのに 少女の答えを促すのがためらわれるのは、何故なのだろう
159:
いつの間にか、少女は魔王の顔をじっと見つめていた
随分長く、思案にふけってしまっていたらしい
焦点が合うと、少女はいつか見た真剣なまなざしと同じ目をしているのに気付く
少女「おにいちゃんが… 一緒に がんばってくれる……」
魔王「………まあ、そういうことだが… …それでは駄目だろうか……」
生まれ持った筈の“威圧感”はどこへ消えてしまったのだろう
自分でも、その自信なさげに漏れ出た声に驚くほどだった
少女「私と一緒に、同じように? おにいちゃんは、公私を使い分ける必要はないんでしょ?」
魔王「…ああ。“私”など使う機会もない。だが…そうだな、おまえの前でだけ違う態度を取るというのでは納得できないだろうか…?」
少女「わ、私だけ…? ど、どんな態度になるの?」
魔王「……済まない。具体的になど想像はまだできぬ」
少女「えええ……それじゃわからないよぉ…」
160:
ガックリと肩を落としかけた少女を見て、慌てて言葉をつむぎだす
魔王「が、お前が俺を兄のように慕うのならば。俺をお前を妹のように慕おうと思う」
少女「!!」パァァ
眼を大きく見開いて、期待の表情を浮かべる少女
それを見て、また少し ほころぶ様な温かさを手に入れた
どうやら、“仲間”でも幸せを譲ってもらえるらしい
やはりこの少女は、幸福を失ってなどいなかったのだ。魔王は人知れず安堵した
少女「ね、じゃあ…! お前、じゃなくて。少女って呼んでみて! おにいちゃんみたいに!」
魔王「それくらいならば。……『少女』」
喜ぶならばと、たっぷりと情感をこめて 少女の名を呼んだ
少女「怖い」
魔王「」
161:
含むべき情感を間違えたらしい
言われてみると、“威圧感”以外に言葉に乗せる物など知らなかった
溜息をつき、弁解を試みる
魔王「…これから努力する、と言ったのだ。そう簡単には身につくものではない」
少女「そっか… うん! そうだね! だから一緒に頑張るんだもんね!」
魔王「うむ」ポン
少女「ひゃ!?」
魔王「……」グッ…
少女「お、おにいちゃん? ……何してるの?」
魔王「…………」ナ、ナデ…
少女「おじいちゃんがよくやってる、乾布摩擦…?」
魔王「断じて違う」
162:
少女「……?」
魔王「……ハァ。人の子がするように、撫でようとしている」ナッデー
少女「撫でてくれてたの? …………ぎこちないね?」
魔王「力加減とさのバランスを思案していた」
少女「ぷっ」
魔王「何故笑う」
少女「あははは! 撫でるやりかたを知らないなんて、魔王は私よりも公私を覚えるのが大変そうだね!」
魔王「俺にできぬ事など無い」
少女「じゃぁ、ちゃんと撫でてー!」
魔王「…………」グニグニグニ
少女(く、首がもげる…っ)
163:
魔王「………どうだろうか…?」
少女「……えへへ。ありがとう、おにいちゃん」ニコ
優しく微笑んでくれる少女に、達成感を覚えた
その達成感が確かなものであるか確認したくて、口が勝手に動き出す
魔王「満足したか?」
少女「これから一緒に、がんばろうね!!」
魔王「」
少女「?」
遠まわしに物事を伝えられる事はよくあったが
そうして伝えられる事象の中で、一番ショックだったような気がした
魔王(余計なことを聞かなければよかった)ハァ
少女はそんな気も知らず、頭に載せられた俺の掌に 自ら頭を撫で付けた
うっかり潰してしまわぬように、そのままにしてやらせておくと
おもしろがって俺の腕の下をくぐったり、指を折り曲げたりしはじめる
少しためらったが、腕を曲げて軽く少女の首元に絡むようにしてやった
くすぐったそうに首を縮め、今度こそ少女は満足そうに笑った
164:
間違って首を絞めてしまわぬように気をつけていると
少女がその体重を預けてよりかかってくる
そうしたいのならば、と、されるがままに体重を受け止めた
暖かい。そして心地よい、重みだった
少女「えへへ……あったかい」ニコ
魔王「………ああ」
何かが、心を満たした
衝動的な何かも同時に生まれたが、それが何かはわからない
俺が今手に入れたこの思いはなんだろうか
何を差し出して、これを得ることが出来たのだろうか
魔王(できることならば この感情を いつまでも――)
この日、ようやく二人は足並みを揃える事が出来た
『これから共に頑張っていく』
少女の心にも、魔王の心にも そんな希望の光が灯った夜だった
165:
『魔王』――古来は災厄の根源
諸悪の起源として、忌み嫌われ打倒された存在
そんな彼が、希望を持つ事など 許されないのだろうか
何を間違ったというのだろう
何の罪があるというのだろう
幸福を願ってはならない者が 居るとでもいうのだろうか
186:
::::::::::::::::::::::::::::
それ以降、少女は魔王の横に物怖じせず立つようになった
辛いと感じた時でも、すぐ隣にいれば こっそりと魔王だけに接する事が出来る
そうすれば『私事』の魔王がこっそりと少女の名を呼んで、甘えさせてくれる
その安心感が、少女を余裕のある振る舞いに変えていたのだ
そして少女の落ち着いた振る舞いは、魔王の『后』であるという事を皆に印象付けた
目に見えたり耳に聞こえたりする嘲笑や侮蔑を押し黙らせる事が出来たのが
二人が重ねた努力のもたらした、一番の結果だろう
もちろん、皆の心の底にある物までは計り知れないが
::::::::::::::::::::::::::::::
187:
少女の振る舞いが変わり、数日――
謁見は相変わらず連日行われているが、次第にその様相は変わっていった
その日の謁見の最中
少女はすっかりお決まりになった姿勢で同席していた
玉座の横に立ち、魔王が頬杖をつく肘掛に軽く両手を沿え、心持ち身を寄せている
そして時折 魔王の様子をみては、微笑みながらそっと耳元で言葉をかけた
そんな少女に対して、同じように魔王も耳打ちで答えた
魔王は少女の言葉を聞きながら、謁見者に視線を飛ばすようになっていた
魔王の顔は、相変わらず無表情
だがそれでも、今までのような 何を考えているかわからない空虚さは消えていた
代わりに宿ったのは 『明確な意思を持った眼差し』
魔王の発言に人生を左右されかねない者達は
その“意思”がどこに向いているのか探ろうと 彼らの様子を必死に盗み見るようになっていた
188:
だが、彼らが何を話しているのか 他の者には決して聞こえない――
いままで侮蔑の言葉や視線をわざとらしく少女に浴びせていた者にとって、それは恐怖だった
(愉快そうに微笑を漏らす少女は、魔王に何を言っているのだろう)
(聞いた魔王が、今 自分をちらりと見やったのはどういう意図なのだろうか――)
横柄な、悠々とした態度で高い場所から見下してくる『意思のある視線』
心に疚しい所がある者にとって、その視線は 断罪の宣告と同じ恐怖をもたらした
少女「(ねぇ、おにいちゃん… すごい事に気がついちゃった)」ヒソ…
魔王「(なんだ?)」コソ
189:
少女「(あの、なんか一生懸命な顔でお話してるオジさん…)」
魔王「(……?)」チラ
謁見希望者「――っ!」ビクッ! ……ガクガク
少女「(……チャック、開いてて お花のパンツが見えてるの。ちょっと可愛いの)」ニコ
魔王(……顔面蒼白のあの中年が、お花のパンツ……だと……)
少女「(でもやっぱり、教えてあげた方がいいよね?)」
魔王「……」チラ
謁見希望者「ヒッ…!」
魔王「(……やめてやれ)」
少女「(そう?)」
魔王(……これほどの『哀れみ』の感情を、俺は一体何と引き換えたのだろうか…)
少女(あとで侍女さんか誰かに伝言して、教えてあげよーっと)
190:
またその一方
二人のその様子に見蕩れる者も居た
一人は旅の敬虔な宗教家で、一人はある王侯が供にした幼い姫
もう一人は田舎の貧しい町長だった
彼らは多少の差異こそあれど、魔王と少女を見て似たような事を思った
『地に堕ち救いを求める者の小さな囁きを、暖かな眼差しで聞き届ける天使』――その絵画のようだ、と 
少女はそれを知ってか知らずか、目が合った時に にこりと微笑んだだけ
そして、魔王は相変わらず「要らぬ」というだけ
魔王が新王に座して以来、謁見を終え退城する者は
暗い顔で溜息をつくか、顔を赤くして苛立つ者ばかりだった
初めてその三人だけが
満足気な表情でゆったりと帰路につく事が出来たのである
少女「(えへへ…今のちっちゃいお姫様、かわいかったね!)」
魔王(少女も、『ちっちゃいお姫様』ではないだろうか…?)
残念ながら、彼らを正しく見つめる事ができた者は皆無だったが
穏かで平和な日々が しばらくの間 ふたりを包んでいたのは確かだった
196:
::::::::::::::::::::::::::::
ある謁見のない休息の日――
少女「ねえねえおにいちゃん! 今日は、お外に行こうよ!」
魔王「……外…?」
少女「うん! 森に行こう!」
少女は朝起きると同時に、そんな提案で眠る魔王を起こした
少し上手くなった撫で方で興奮気味の少女を宥め、身を起こす魔王
魔王「森などへ、何をしにいくのだ?」
少女「森が落ち着くかなって。誰もいないし… えへへ。初めて会った場所だし!」
魔王「落ち着く人気のない場所ならば、自室でもいいだろう」
少女「あのね。お城にいると、やっぱり お兄ちゃんは『魔王ー』って感じがするでしょ?」
魔王「……ふむ。兄らしく振舞えていたのではと、少々自惚れていたようだ」
少女「? おにーちゃんっぽいよ?」
魔王「少女が否定したのではないか…」ハァ
197:
少女「え? あ、違うよぉ。私から見てって話じゃなくて… おにいちゃんから見てってコト!」
魔王「俺が俺を魔王だと感じるのは当然だ。魔王なのだから」
少女「でも、外にいれば 『魔王』だって魔王じゃなく居られるんじゃない??」
魔王(…………わからない。魔王が、魔王じゃなく居られる感覚…?)
わからないが、この少女は俺の持たないものをたくさん持っている
もしかしたら、少女の言ったその感覚は 俺の持たないものなのかもしれない
それならば――
魔王「行ってみよう」
少女「わぁいっ♪ 厨房の人に、お昼のお弁当つくってもらってくるー!!」
二人にとって初めての 『休日らしい休日』
長い1日が、はじまる
・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
198:
森の中を少女と歩いていく
まだ太陽の登りきらない時間、森の中にはまだ冷たい空気が残っている
少女「んー……」
魔王「? 少女、どうし――」
ギュ
魔王「……」
小さな手が魔王の指を掴む
『手を繋いでいる』とは言いがたい。『手に掴まっている』状態だ
少女「えへへ… こうすると、ちょびっとあったかい」
魔王「……ああ。そうだな」
手を握るという行為を知らなかったわけではない
ただ、その幼く小さな手を握ったならば、潰してしまいそうだと思っただけだ
だから魔王は、4本の指を握り締めるその小さな指に 自分の親指を沿わせるだけにした
それでも二人は充分に温まる気がしていた
199:
他愛もない会話を続けながら森の中を行くと
どこからか突然 『チィチィ、キィキィ』と、動物の鳴き声が聞こえてきた
少女「……? この声、なんだろう」
声のするほうに少女が歩いていく
すぐ近くの枝を掻き分けた先には少し開けた場所があり、一本の木があった
そしてその根元から動物の鳴き声が聞こえている
少女「こ、これ なに?」
魔王より先に木に近づき、正体を確認したはずの少女はそう呟いた
それを後ろから覗きこみ 魔王が答える
魔王「うむ。リスだな」
少女「リスはわかるけど… リスってネズミを食べるの?」
魔王「? リスはネズミの一種だ。まあ仲間を食することもあるかもしれぬが…何故そんなことを聞く」
少女「だ、だって リスがネズミを捕ってるところなんて、初めて見たから…」
魔王「………?」
少女「…うぅ、なんかなぁ…」ハァ
200:
魔王「…少女。もしやこの小さい方のヤツのことを、ネズミと言っているのか」
少女「うん、そうだけど…?」
魔王「これは、リスの赤子だ」
少女「えええ!?」
魔王「生まれて間もないのだろう」
そこにいたのは2匹のリスだった
その内の一匹は、まだ地肌がほとんど見えるほどに幼い
少女「ふさふさで可愛いリスさんも、赤ちゃんって毛がないんだぁ…」
魔王「ふむ。おそらく、何かの間違いで巣からおちたのだろう。この大きいほうは、母リスかもしれぬな」
少女「ええ!? 大変じゃない!」
魔王「何がだ?」
少女「そうだとしたら、このお母さんリスは きっとこの子を助けようとしてるんだよ!」
魔王「ああ、そうだろうな。だが――」
少女「早く助けてあげよう!」
201:
慌てるように決心を決めた少女に対し
魔王は冷静に言葉を返した
魔王「必要ない。それが自然の摂理だろう」
少女「セツリ…?」
魔王「ふむ。摂理とは…」
言葉の意味を説明しようとして、止める。意味などは後で辞書を引けばいい
少女が理解できずに居る事は、あくまで『助ける必要が無い理由』――
魔王(やらずともよい事があると知れば、生きる上で面倒事も減る。その為の知識を、ひとつ与える事が出来るな)
魔王は言葉を改めて、話を続けた
魔王「……この子リスがここで死ねば、それを食べて生き永らえる動物がいる。この子リスが死んだとしても、それは無駄にはならないという事だ」
そう説明した後、魔王はどこか誇らしさを感じていた
自分には、まだこの少女に与える物があるのだと。与える事が出来るのだと
だが
202:
少女「…それは、そうかも、しれないけど……」
母リス「チィチィ… チチチッ」
少女は子リスをそっと掌に乗せ、木の高い場所を見上げると
それきり黙り込んでしまっただけだった
魔王「……どうした?」
少女「あの穴が、おうちなのかな。……高い所にあるんだね」
魔王が少女の視線を追ってみると、樹上に小さな穴が開いている
子リスが落ちたとするならば、今 生きているのが不思議な高さだった
魔王「イタチや鳥のようなものに連れ出されたのだろうな。その後、取り落としたか何かして、ここに残されたと考えるべきだろう」
少女「……そっか」
魔王「こうして未だ食われずに生きているあたり、つい先程の事かもしれぬ」
少女「ついさっき…。それで、急にお母さんリスさんが鳴きだしたんだね」
魔王「ふむ、ありえるな。ヒトの気配に驚き、捕獲途中で逃げ出したか」
203:
少女はそんな話をしている間中、忙しなくあたりを見回していた
掌の上の子リスを気遣っては、小さく困り果てた溜息をつく
少女「うー。 木に、登るようなひっかかりもないし…どうしようかなぁ」
魔王「……何があったかは知らぬが、この子リスはどうやら相当に運がわるいな」
少女「急に、どうしたの?」
魔王「少女はそれが摂理であると説明したのに関わらず、この子リスを助けようとしているのだと気付いた」
少女「う、だって。 …っていうか、どういう意味??」
魔王「摂理に逆らってまで救う必要はない。それがこの子リスの運命だったのだ。むしろ逆らうことでその運すらも悪くしているのでは――と、言いたかった」
少女「え?」
魔王は樹上の穴を指差し、続けて言葉にあわせ 順に指差しながら数え上げていく
魔王「巣からおちるような何かがあった時点で、一回。実際におちて母リスですら助けられない時点で、二回」
魔王「さらに、人に拾われても助けられずに困っている現在……この時点で三回だ」
204:
少女「それ… 何の数?」
魔王「この子リス、三回も死の淵にたたされている」
少女「……………」
黙り込んでしまった少女をみて、魔王は呵責を感じた
『助ける必要は無い』と教えたいだけだったのに
助けようとする少女を責めていると、思われたかもしれない
魔王「……だが死の淵を味わうだなどと、2回でも充分だ。コイツは元々、よほど運が悪いのだろう。だから救おうとなどせずとも――」
弁解交じりに説明を続けようとすると、少女は魔王をじっと見つめた後でにっこりと笑った
そうして掌の小さな命を愛しげに見つめ、口を開く
少女「そんなこと、ないよ」
魔王「………俺が間違っていると?」
少女「うん。だって、3回も死に掛けたのに、今 まだ生きて…私の掌にのっている」
205:
少女「それに、このままやっぱり見捨てるなんてしないもん。おにいちゃんが止めても、ちゃんと助けてあげるつもりだよ」
魔王「……する必要が無いと知っていても、そうすると言うのか。何故だ」
少女「必要が無くても、この子がそうすれば生きていけるから…かな??」
屈託無く笑う少女
与えたつもりで誇らしく思っていたものの、それを否定された気分だった
魔王は知らず知らずの内に、子リスを疎ましく思ってしまった
魔王「ふん、これだけ運の悪い子リスだ。生き永らえたところで近いうちに…」
少女「でも、ちゃんと助けてあげられたなら…それって、3回も生き永らえたって事になるんじゃないかな」
魔王「生き永らえた……?」
少女「うん… うん、そう! だから、この子リスは運が悪いんじゃなくて。“生”に恵まれてるの!」
魔王「“生”に?」
少女「それってきっと、すっごーーく運のいい子リスちゃんだよ! 生に恵まれるなんて、すごく素敵なことだもん!」
206:
確かに、3度も死に掛けたのは確かだ
この少女が俺の言うことを聞き、このリスに手を出さずにいれば
このリスは3度目の死の淵を味わい、その次こそは死ぬ
だがこの少女が『する必要が無くても』『止められても』助けるのならば… 
確かに、この子リスは3度も生き永らえてみせた事になる
それまで強固に意志を貫いた事の無い魔王にとって
貫くことで真逆に変わってしまうものがあるという事実は衝撃的だった
魔王(……そうか。この子リスは少女によって 『“生”に恵まれるという素敵な事』を手に入れるのだな…)
魔王はこれまで、生というものに価値など無いと思っていた
それどころか、自分が生きる意味などない… 生きる必要が無いとすら思っていた
魔王(生きたいという意思を持ち、貫くつもりであれば… 俺の“生”の価値も真逆になるのであろうか)
魔王(生きることに、価値が生まれるのであろうか)
207:
少女「おにいちゃん? 難しい顔をして、どうしたの?」キョトン
生きることの価値など知らない。わからない
そこまでして得るべきものなのかどうかさえ疑わしい
少女「おにいちゃん?」
魔王「………」ジッ
少女「?? 私、顔になんかついてる…?」
そうだ、この少女は生きたいといっていた
それは生きる価値を知っているからこそなのではないだろうか
俺が彼女を気に留めた理由は まさにそれだったのだ。ならば――
魔王(俺が真に欲しいのは… 『生きる価値』なのではないだろうか)
208:
少女「うぅー。おにいちゃんも返事してくれないし… どうしよう、お城に連れ帰って飼うとか…は、あんま良くないのかなぁ」
少女「普段の生活とか、リスちゃんの他の家族とか 知らないもんね」
少女「お母さんリスさんと離れるのは寂しいだろうし…。だからってお母さんリスさんを連れてって もし他の兄弟が居たら大変!」
少女「やっぱり、自分のおうちに戻してあげる方法が一番だよねぇ」
魔王が自らの望みに結論を出した頃
少女はリスにそんな風に話しかけていた
どうやっても助けるつもりらしい。それも、最善の方法で
このリスは少女によって、その『運の価値』を逆転させた
少女は何かを与えると他のものに引き換えるだけではなく、そんな事も出来てしまう
彼女に変えられるというならば 俺も変えてもらおう
棄ててもよいと思える程度の生きる価値を
尽きるほど無く幸福が湧き出るという、そんな価値あるものへ――
209:
魔王はどうしたら変えてもらえるのかわからなかった
だから聞いてみることにした
魔王「おい、そこの子リス」
少女「え? えーと… お兄ちゃん、もしかしてこの仔に話しかけているの?」
魔王「名がわからぬので子リスとしか呼びようがないが、そうだ」
少女「………」
魔王「お前は今、生きるための手段が尽きようとしている」
魔王「俺が、生きるための手を貸してやろう。そのかわりに、教えて欲しい事がある」
少女「それは無理だよ、喋れないもん」
魔王「」
至極当然のことだったが、魔王は必死になりすぎてそれすら気付けなかった
210:
少女「あはは! よかったね、子リス」
魔王「何がよかったというのだ…」ハァ
少女「おにいちゃん、手をかしてくれるんでしょ? この子リスに」
魔王「それは、どうやってお前が少女をその気にさせたのかという教えと引き換えに――」
子リス「チ……」
少女「あ、鳴いた!」
魔王「……しまった」
少女「…おにーちゃん? どうしたの?」
魔王「……リスの言葉は、わからないのだと言ったであろう」
少女「うん、それは私だってわからないけど、それが――
魔王「こいつは条件通り、回答していた可能性がある… それを俺が理解できないだけなのだとしたら、条件を出してしまった以上 助けるべきであろうか」
少女「」
211:
魔王「どうした」
少女「え? あ、だって リスの言葉なんてわかるわけないよ! 真面目な顔でおにーちゃんが冗談言うのなんて、初めてだったからびっくりしちゃった」
魔王「冗談?」
少女「……え? 本気だったの?」
魔王「狼人であれば狼の言葉を理解する。狼たちにも意思がありそれぞれ独自の言語を持っているのを知っている」
魔王「俺自身、力の強い狼であれば多少の言語を汲み取ることも可能だ。まぁそれほどに力を持ったものは元々狼人の血を――
少女「狼さん… 喋るんだぁ」
少女はどうやら既に興味が逸れたようで、話が耳に入っていないようだった
魔王「……まあ、リスもそうであったとして不思議ではないと思ってな」
少女「ふぁぁ… すごいんだなぁ…『魔王』って…」
212:
少女は感心していたが リスはリスだ
魔王の創りだした狼人の血が混じった狼のような特別なリスではないし、リス人など創った覚えもない
だからリスはただ鳴いただけだ
もちろんリス同士であれば意図のある鳴き声だとしても、魔王に答えた訳ではない――考えればわかることだ
魔王は、目に見えないあやふやなものについて難しく考えすぎて
正常な判断力を失っていただけだった。普段ならば、やはり捨て置いただろう
魔王「どうしたものか…」
少女「……もしも答えてくれてたのかもしれないって思うなら、助けてあげればいいとおもうの」
魔王「しかし」
少女「あのね? おにいちゃん。んー……情けは人のためならず!、だよ!」
魔王「……?」
213:
少女「コトワザ、知らない?」
魔王「いや、その諺は聞いた事がある……うろ覚えだが」
少女「じゃあ、そういうことだよ!!」
魔王「なんと。俺は助けないほうがいいのか」
少女「えええ? どうしてそうなるの!?」
魔王「? 情けは人のためならず、なのだろう?」
少女「う、うん だから……
魔王「『情けをかけても、その人の為にならない。時には厳しくする事が必要だ』……という意味では…なかったろうか…?」
あまり自信がない
目にした事はあるが、有用な諺だとは思えなかった、という記憶があるのみだ
少女「え……そうなの? むぅ。せっかく、難しいコトバをめずらしく使えたと思ったのに 間違えちゃったかな」
214:
魔王「どう間違えたのだ?」
少女「情けをかけるのは、相手のためじゃなくって。いつか、めぐりめぐって、自分のためになるものだから かけてあげるといいよっていう意味だった気がして」
魔王「なんと。それでは俺の思っていたものと、意味が真逆ではないか」
少女「あはは! ほんとだね?」
魔王「だが結局それでは、どうするべきかわからないがな」
少女「むぅ… いい。間違ってても合っててもいい! 情けは人のためならず、だよ!!」
魔王「どちらの意味なのだ…」
少女「えへへ。かけてあげるといいよって方! だって、そのほうが素敵だもん!!」ニコ
魔王「素敵……」
少女「うん!! そのほうが、ずーーっと、素敵!! えへへ!」
魔王「素敵といわれても、何がどう素敵なのか分からない…」
少女「えー?」
215:
魔王「そういえば少女は、先ほども『“生”に恵まれるのは素敵な事』だと言っていたな」
少女「え? あ、うん。言ったね。それがどうしたの?」
魔王「目に見えない物ばかり、よくそれほどに価値を見出しては次々取り扱うものだと思った。いつかその技術も手に入れたいものだ」ウム
少女「ほぇ?」
『生に恵まれるのは素敵なこと』
改めて考えてみれば、そうなのかもしれない
生きることの価値を知っている者にとっては、
きっと生というのはとても重要なものなのだろうから
だから、そういう者にとっては『生に恵まれているのは素敵』なのだろう
今の俺に、それがわからないのも無理はない
魔王「よし、まずは その素敵とやらを確保しておこう」
少女「へ?」
魔王「するべき事が、今日だけで増えすぎて収拾がつかない。情けをかけることが良いか悪いかなど、もはやどうでもいい気分だ」
少女「え」
魔王「少女。協力して欲しい」
少女「へ? へ?」
216:
少女の身体を抱え上げ、持ち上げる
そのまま掌に少女の足裏を乗せ、さらに頭上へ――
少女「う、うわわわ!?!?」グラグラッ
魔王「すまない。俺自身でそのような小さな生き物を掴んでは、潰して殺しかねない」
少女「な、なに!? ひゃっ、ちょっ、た、高い!」ワタタッ!
魔王「俺の代わりにその子リスを巣穴にもどしてやってくれ。これならば巣穴に届くでだろう」
少女「あ………… うん!!」
少女が手を伸ばし、巣穴の中に子リスを入れる
それを確認してから、ゆっくりと少女を降ろした
217:
魔王「おかげで手っ取り早く片付いた。助かったと礼を言おう」
少女「ふふふ。助かったのは、リスのほうだよ?」
魔王「条件を果たしたかどうか確認する時間が惜しかっただけだ。確認手段がない以上、いっそ“情け”をかけてみてもいいかと思った」
少女「えへへ。そうだとしても、今のおにいちゃん 素敵だよ!!」
魔王「……なんと?」
少女「え? だから、素敵だねって」
魔王「何処だ」
少女「え?」
魔王「素敵だといったではないか。俺は素敵を手にしたのか? なんの実感もないが」
少女「? おにいちゃんは、素敵だよ?」
魔王「俺が『素敵』に変わったのか? どこらへんが素敵になっているのだ?」キョロキョロ
少女(どうしよう。『魔王モード』じゃないおにいちゃんは、すごく変かもしれない)
218:
魔王「俺が『素敵』に変わってとしても、俺の目には見えないのか…?」
少女「ぷ…… あは、あはは!! 『魔王』じゃないおにいちゃんって、おもしろいんだね!」
魔王「!? 俺は『素敵』になって、『魔王』ではなくなったのか!? なんてことだ!」
少女「あはははははははは! もうだめ、あははははは!! やめてえ! あははは!!」
魔王は至って真剣だったが
魔王の思考など知らぬ少女にとっては本当に愉快そうに笑い転げていた
『素敵』の正体について、結局 最後まで魔王はよくわからなかった
だが、どうやら少女は正しかったらしい
事情はともあれ、リスに情けをかけた魔王
紆余曲折あったが、結果 少女は今 とても楽しそうに笑い転げているのだ
少女が笑っていると幸せを手にする事が出来る
魔王(なるほど、情けをかけるのも悪くない…。 情けか、存外馬鹿にもできぬものだ……)フム
少女「あははは! 待って、今かっこいいポーズは禁止ぃ! それはズルいよぉ、あはははは!」
魔王「は?」
少女「だいじょうぶだよ! おにいちゃんは素敵になったわけじゃないけど、そのままで素敵なんだからぁ」アハハハ
魔王(……これ以上聞いていると、余計にわからなくなりそうだ…)ハァ
219:
涙をながすほどに笑い続ける少女
「笑い疲れたぁ!」と 満足気な吐息をついて魔王にポテリと寄りかかってきたのは、しばらく後のことだった
腰を降ろして休憩を取ることにしたが、その間も少女は思い出しては口元を緩めている
諌めるつもりで頭を撫でてやると、小さく笑いながら頭を擦りよせて甘えてきた
少女「なんだか、疲れちゃったのに すごく気持ちいいー…」
魔王「そうか。……よかったな」ナデ
少女「えへへ。ずっとこうしてたいなぁ…」スリ・・・
魔王「……」ナデナデ
少女「おにーちゃん…… えへへ。こんなに幸せなんて、本当に夢みたい」
そんな少女を見て、抑えられないほどこみあげてくる何かがあった
いつまでもこの感情をと願った、それだった
魔王(この感情を、また手に入れることができた……。いや、できたどころか…)
魔王(この感情は…… 本当に、尽きることなく湧き出してくるようだな…)
魔王はまだ、それが何であるかなど わからない
ただ、尽きることなく湧き出るままに この少女に与えられたらいいのにと思っただけだった
220:
しばらくして、だんだんと眠気すらも覚えてきた頃
リスの鳴き声が聞こえてきた。二人揃って、樹を見上げる
母リス「チチ…キィッ!」
少女「? あ、さっきのお母さんリスさん?」
子リスを巣穴に戻したと同時、あとを追いかけて巣穴にもどっていた母リスが、巣穴から顔をのぞかせている
母リスはふたりを確認するかのようにしたあと、巣穴から まんまるいドングリをひとつ抱えて出てきた
少女「あはは。おにいちゃんに、くれるって。可愛いね」
魔王「おまえはリスの言葉がわかるのか? ならば先ほど通訳を依頼するべきだったな」
少女「わかんないってば! んー…でも、言葉はわからなくても、わかるんだよ」
魔王(眼に見えないものだけでなく、耳では聞こえないものまでも取り扱うのか…。もしやこの少女、ただの貧しい花売りではなく大魔術師か何かの才能を……)
母リス「チチッ! キィッ!」
少女「ほら、お兄ちゃん。 リスさんが、受け取ってほしくて待ってるよ?」
221:
リスをみやると、確かに待っているようだった
どんぐり。どんぐり…… どんぐりなど貰ったところでどうするのか
確かにどんぐりの実など持っていない。だが――
魔王「そのようなもの、要らぬ」
少女「……おにいちゃん」
魔王「む。必要がないからと突っ張ねるべきではないか。ならば、必要があった際に収穫しよう。今は要らぬ」
少女「おにいちゃん、あのね」
少女は 寂しがるような目をしながら、声を潜めた
少女「……こういう時は、いらないって、言ったらだめなの」
222:
魔王「…何故だ?」
少女「おにいちゃんが要らないのは、このどんぐりだよね?」
魔王「ああ」
少女「でもね。このリスさんにとっては 大事なものなんだとおもうんだ」
魔王「食料だろうな。体格を考えれば、まあ相当量かもしれぬ。特に哺乳中だろうし…」
少女「そう。きっとこのリスさんにとって大事なもの。でも、一番大事なのは、きもちだよ」
魔王「きもち?」
少女「リスさんがおにいちゃんにあげたいのは、どんぐりじゃないの」
魔王「……どういう事だ。こいつは確かに 『どんぐり』を渡そうとしている」
少女「うん。大事な大事などんぐりを、いっぱいの ありがとうの気持ちをこめて、おにいちゃんにあげようとしてるんだよ」
魔王「…………気持ちを… どんぐりに 込めて…?」
223:
魔王は知らない。気持ちのこもった贈り物なんて、知らなかった
持ちきれないほど多くを与えられた。財宝も権力も何もかも…
だが、その中にはひとつだって 魔王への想いをこめた物などはなかった
魔王にとって、どんぐりはどんぐりで 金塊は金塊なのだ
そこにある実物以上には、他にはなんの価値もつかない“物”にすぎない
与えたり、与えられたりする物の中に
そんな想いがこめられている事があるだなど…思いつきもしなかった
少女「もしもおにいちゃんが、『そんなのいらない』って言ったらね。それは、どんぐりがいらないっていうだけじゃなくて…」
少女「そのリスさんの想いや… あの子リスの命までも、全部。『価値がないから、いらない』って言うのと 同じなんだよ」ニコ
魔王「……そうなのか」
少女「うん」
224:
価値があるものだとわかっていても
それを見る目のない誰かに“価値がない”と言われたら不快だ
魔王「……」チラ
少女「……?」
魔王(そうだ。評価されないとはいえ、自分が価値あると信じた者を侮辱されるのは不快だった)
魔王(そうするヤツは、『愚かで要らぬ者』だと思ったはずなのに… 気付かずに俺自身も同じ事をしていたのか…)
生きる価値が欲しいのに
自らで『要らぬ者』にはなるわけには、いかない
225:
魔王「…俺は、どうすればいい」
少女「もらってあげて? そのどんぐりはね、リスさんの気持ちなの」
魔王「ただ、貰えばいいのか?」
少女「気持ちは カタチにできないけど、カタチのある物の中には 気持ちが入ってることがあるんだよ。その気持ちを、貰ってあげて」
難しいことを言う
少女は時に理解できないことを言うが、今日はさらに難しい
リスのもっているどんぐりは、なんの変哲もないクヌギの木の実だ
だが、これに“気持ち”というものがはいっているらしい
俺にはそれが見えないしわからない。それなのに、それを貰えという
魔王「………」
目に見えない、物の『価値』
少女のように 俺も『生きる価値』を持ったときには、わかるようになるのだろうか
少女「おにいちゃん……」
魔王「……済まない。今の俺にはそのどんぐりの価値がわからない。それでも、受け取ってよいだろうか」
問いながらリスに手を差し出すと
ポトリ、と 掌にどんぐりを落とされた
226:
魔王「………これは、受け取って良いということだろうか」
少女「うん。きっと、そうだよ」ニコ
これをもっていれば 
いつかはその気持ちとやらを確認できるかもしれない
だがいつになれば確認できるようになるのかなど、わからない
いつまでも確認できない可能性もあるし
確認できたとしても時間がかかるものかもしれない
それでも、持っていようと思えたのは 何故だろう
魔王「…む? だがしかし、長く置いておいたら芽などが出てしまうかもしれない」
少女「え?」
魔王「どんぐりが木になってしまったら、その気持ちとやらは無くなってしまうのか? 芽の出ないよう、工夫して保管しないとならないだろうか」
少女に尋ねてみる
すると少女はまた、心底おかしそうに腹を抱えて笑い出した
227:
リスは、少女が笑い出したのを見て驚いたのか
チチッと一声鳴いて、巣穴にもどっていた
魔王「何故笑う?」
少女「あ、あははははは!!」
魔王「質問には答えてくれぬのか」
少女「あ、あはは!! ううん、木になったら きっと素敵だよ!」
魔王「ほう。また『素敵』、か。しかし本当にそうなのか?」
少女「うん! あはははは! このどんぐりが 大きな大きな木になればいいと思うよ!」
魔王「大きな木になると、このどんぐりが持つ気持ちとやらの価値も高くなるのか?」
少女「ううん! そうじゃないよ…… でも、想像してみて?」
魔王「想像……?」
少女「そう! このどんぐりがね、芽を出して…
228:
魔王は少女の言う通りにしてみることにした
目を閉じ、どんぐりから芽が出る様子を想像する
少女「大きな木になって、すごくすごく おーーーーっきい木になって…… たくさんたくさん実をつけるの!」
脳内で彩られる、秋の季節
赤や黄色に色を変えた木の葉。 実り、大量におちて転がるどんぐり
少女「魔王と私でどんぐり拾いとかするんだよ! そしたらそこに、リスさんがどんぐりを拾いに集まってくるの。 大きく育った子リスも一緒かもしれない!」
なんだろうか
なんとなく、なんとなく 少女の次の言葉が待ち遠しくなっていく
そうなったら どうだと言うのだろうか
だが なんだかそれは、うまく言えないが、とても……
心の中が、満ちていきそうな気がする
229:
少女「でね、そうしたら……!!
「少女!!」
少女「!」ビクッ
突然の、全てを打ち破るような怒声
目を開けてみると 一人の青年が立っていた
敷地内の侵入者に対し、少女を背後に寄せて警戒の姿勢をとる魔王
「やっと、見つけた」
魔王「……知り合いか。あれは何者だ」ヒソ
少女「……あの人は…」
少女「私の、お兄ちゃん……だよ」
魔王「……兄…?」
230:
青年「お前! こんなところで何をしているんだ!?」
少女「お兄ちゃん! あのね、私……!」
青年「いい加減にしろ!! はやく家に帰れ!!」
少女「ご、ごめんなさいっ!!」ビクッ
少女「あ……でも」チラ
魔王「……兄、なのか」
少女「…うん」
魔王「…………そうか」
親はいない孤児だと聞いていたが
言われてみれば『兄弟』がいてもおかしくはない
ましてや俺を兄に見立てて慕っていたのだ
実際に兄がいると考えなかった方がおかしいのかもしれない
231:
魔王「………」
どうすべきか、と思った時
少女がリスに話しかけていた様子を急に思い出した
**************
少女「どうしよう、お城に連れ帰って飼うとか…は、あんま良くないのかなぁ」
少女「普段の生活とか、リスちゃんの他の家族とか 知らないもんね」
少女「お母さんリスさんと離れるのは寂しいだろうし…。だからってお母さんリスさんを連れてって もし他の兄弟が居たら大変!」
少女「やっぱり、自分のおうちに戻してあげる方法が一番だよねぇ」
**************
少女の言葉は、後になって考えると いつも正しかったように思う
それに家族がいるというのならば
まだ15の子供にとっては家族の元に居るのが“いい”のだろうとも思える
どう、“いい”のかはわからないが…
あの子リスが、自分の巣穴が一番なように 
少女にとっても、自分の家が一番いいのだろう
232:
魔王「帰るといい。俺のことは気にせずともよい」
少女「……っ」ズキ
魔王「………帰るといい」
少女「おにいちゃん…… ごめんなさい…」
魔王「お前の兄は… 『おにいちゃん』は、あの男だ」
少女「……っ」
青年「おい!! 早くしろ!」
少女「っ!」ビクゥッ!
振り返りながら、赤い目をして少女はその兄へと駆け寄る
これでいいのだろう
きっといつかは、正しかったと思えるはずだ
233:
青年「……おい。少女、その服はどうしたんだ… まさか、俺が留守をしてる間に買ったんじゃ…!」
少女「ち、違うよ…お金なんか使ってないよ! それに、ちゃんとパンを買って余ったお金だって、いつもの場所に入れて…」
青年「じゃあ、その服はどうしたんだ」
少女「私にって、用意してくれたんだよ。……えへへ、お姫様みたいでしょ? 似合ってる? あのね、実は私……」
青年「……その服なら、高く売れそうだな」ボソ
少女「!」
青年「さあ帰るぞ。お前が働かないと、食う飯も無いんだ」
少女「……うん。そう、だよね」
少女は、先を歩く青年の後ろを歩いて町へと帰っていく
その途中、一度だけ振り返った
少女のその視線を受けとめた時、胸が苦しかった
まるで締め付けられるようだと思った
これも、何かの変わりに 少女から与えられたものなのだろうか
234:
まるで、穴が開いたようだ
その穴の中に、真っ黒い暗雲が詰め込まれたようだ
あの視線が
あの少女の表情が
………強く胸に押し付けられた鏝のように いつまでも焼きついて離れない
離す事も出来ない、焦げ付く痛み
魔王はそれをどうする術も持たないまま…… 
長い月日を、ただ過ごすしかなかった
少女がいなくなった事を 内心で喜ぶ者達に、囲まれながら。
247:
:::::::::::::::::::::::::::::::
少女とその兄の青年を、見送った後
魔王はしばらくの間、そこを動く事が出来なかった
一歩でも下がり、少女が去ったその先から目を離したら
それで終わってしまう気がした
空は 真赤に染め上がり
日は 沈み込んで隠れて消える
夜が 始まる
全てが闇に閉ざされた時に、ようやく魔王は瞳を閉じる事が出来た
目を開けていても、閉じていても 変わらずそこにあるのは 闇だと知っているから
そんな事で、ようやく目を閉じる事が出来た。閉じてもいい気がした
そのまま 日が昇るまで魔王はそこに立ち続けた
日の光を瞼に感じ、目を開ける
248:
魔王(……何も、変わらない……)
朝になってなお、少女の視線と表情がまだ胸に焼き付いていた
変わらず、痛みを伴ったままで
だから まだ、終わっていないと思えた
魔王(終わらない……)
終わらない
痛みは、この胸にある
終わらない
終わらないのならば、安心して戻ってもいい気がする
目を離しても
背を向けても
終わる事などないのならば――― もう、いいではないか
魔王は、後ろを向いて歩き出した
249:
魔王(…なんと……長い、1日なのだろう)
焦げ付き続ける胸の痛みが
少女と過ごした“今日”を、しっかりと記憶に残してくれていると実感した
魔王(今日は…いろいろな事があった)
“今日”という日で、時を止めてくれたような この胸の痛みさえあれば
鮮やかなまま、この記憶や感覚を残しておけるだろう
今までに受け取ってきた様々な感情も
二度と受け取る事が出来ないかもしれない『幸福の余韻』ですらも
――――いつまでも 失わずにいられるだろう
250:
魔王の長い1日は、こうして 続いていくことになった
終わらないものは、「少女と過ごした、最後の日」だろうか
終わらないものは、「少女を想う、魔王の心」だろうか
今となってはそんなことはどうでもいい―― 
そんな事には、関心が無い
251:
:::::::::::::::::::::::::::::::
「魔王様、おかえりなさいませ。朝食をお召し上がりになりますか――」
“終わらない日”に、時間だけが積み重なっていった
「ここ数日、后様をお連れではないのですね。飽きたのでしたら、ひとつ遊戯などに興じられるのも――」
要らないものばかり与えようとする者の為だけに、月日は過ぎていく
「魔王様、代わりの娘を見繕いました。よろしければこの中から――」
そんなものでは、この美しい記憶を穢させまいと 必死に痛みにしがみついた 
「この娘、少女様にそっくりでしょう。辺境村の村長より、是非とも魔王様の夜伽係にと――」
時にその痛みに誘われ、終わりに飲みこまれそうになっても
魔王「『要らぬ』」
これだけは、譲れなかった
252:
::::::::::::::::::::::::::
「……では…」
「…ああ、以前と変わらぬよ…」
その後、魔王は
誰になんと言われようと、関心などもたないと決めた
「…ようやく、アレをお捨てになったとおもったのだが…」
「…まあ、無いに越した事は無いさ。僅かな望みを邪魔されてもな…」
うっかり要らぬものを受け取って
この痛みと引き換えられてはたまらない
本気で、そんな心配をしていた
「…やはり、『無欲の魔王』は 無欲のままであったか……」
253:
何と言われようと、この痛みだけはもう無くさせはしない――
ただそれだけが、魔王をそれまで通りの『魔王』らしく振舞わせていた
もう これだけは手放したくない。損ないたくない
終わらない今日を 終わらせたくない――
抱えきれないほどの財宝も、武力も権力も、自由すらも持ち
望んで手に入らぬものなどない魔王が望んだのは ただそれだけだった
それなのに
無為な時間が増える代わりに、“今日の価値”が磨り減らされる気がする
あの幸せな時間が、つまらぬ時間にどんどんと薄められていく感覚
残酷なまでの、時の流れ
“今日”が終わらなかったとしても、時間は流れていくのだと思い知らされる
254:
このままではいつか 確かにあったはずの幸せな日は 薄れゆくのだろうか
“何も無かった日”へと変わって行ってしまうのではないか
薄れて、消えていくのすら 『怖い』と思った
手放さなくとも、持っていても 消えていってしまう
だから、魔王は
いつまでもいつまでも 鮮やかなままで残していけるように
いつだって焦げ付く痛みに触れ、その痛みを味わった
そんなことでしか
少女と過ごした“今日”の価値を失わずに済む方法が見つからない
その他には 『少女』を失わずに済む方法が、見つからなかったのだ
子が、家族の元に居るのが“いい”のだろうとも思えてしまったから
なにがどう、“いい”のかはわからないままだったから
魔王は、奪うことも、望むことすらも出来なくなってしまっていた
255:
:::::::::::::::::::::::::::::::::
ある朝…
魔王「…………くそ」
あまり眠れない日がここのところ続いていた
夜、夢見が“悪い”と 起きてから安心することができた
夜、夢見が“良い”と 起きてから不安になり 痛みに触れていなければ気が済まない
その日は、数日振りに 夢見が“良かった”
少女を探し求めて歩き、森で見つけ。話し相手にさせて、花を与えて喜ばせた
初めて『楽しい』『嬉しい』という感覚を知った、あの日の夢だった
魔王(……ひまわりの花、か)
寝起きに、ぼんやりとその余韻に浸りそうになる
256:
離別も痛みも、喜びすらも知らなかった自分を思い返す
もっと出来た事があったのではないかと悩むうちに憔悴してしまう
この寝起きの憂鬱さを思えば、悪夢の方がマシだった
あの時、ああして会っていなければ 知らないままでいれた想いがあるのに、と
疲れきって投げ出すように、そう思ってしまう自分に嫌悪する
今となっては何よりも大切なものなのに
まるで本心ではそれを望んでいないようで……
魔王「…………離別してしまえば… そんなものだと言うことなのか……」 
魔王は、もう疲れきっていた
寝起きだというのに動く気力も無く、ベッドの上で身を起こした状態のままでいた
しばらくすると
なかなか現れない魔王を呼びに来る者の声が 扉の向こうから聞こえた
そいつを供に廊下を歩き、謁見室の玉座に座る
257:
少女『やっぱり、自分のおうちに戻してあげる方法が一番だよねぇ』
魔王「……ああ。お前が言うならば、そうなのだろうな…」
覗き見るように触れた痛みの中
愛しげに語りかけてきた少女に返答する
臣下B「何か仰られましたか?」
横に控えていた臣下は、今日の謁見希望者のリストに目を通していた
魔王の呟きを聞き漏らし、声をかけてくる
魔王「………」
口に出てしまうなどと、やはり疲労しているのだろう
限界なのだろうか
臣下B「……失礼致しました。では、本日一組目の謁見者を通します…」
そいつの謁見があったのは
丁度、魔王が少女と過ごした月日よりも 長い月日が過ぎた頃だった
258:
:::::::::::::::::::::::::::::::
何組目の謁見希望者だったかは覚えていない
いつも通りの手順で、一人の貴族が商人を連れて口上を述べていた
少女『(ねぇ、おにいちゃん… すごい事に気がついちゃった)』
少女『(あの、なんか一生懸命な顔でお話してるオジさん…)』
痛みの中で話しかけてきた少女に誘われて ふと見てみる
いつかのあの哀れで蒼白の男ではない事などは承知だ
「ただいま隣国で人気のある見世物屋を連れて参りまして、是非とも魔王様にもご観覧いただければと……」
だから、それが耳に飛び込んできたのはおそらく偶然だったのだと思う
隣国といえば、少女の暮らす国… もっとも、少女が住んでいるのはその辺境だが
魔王(…少女の国では人気のある見世物か)
259:
気をとられてしまったのは、疲れていたからかもしれない
気を紛らわしたかっただけなのだろう
だが安易に見てしまえば、この商人を調子に乗らせてしまうかもしれない
見れば、代わりに何かを要求されるのだろう
そんな物の為に引き換えてしまうのはごめんである
ただ、今朝の憔悴を引きずる頭は ぼんやりとしか働かない
『もっと出来た事があったのではないか』――そんな考えを、思い出すのがやっとだった
魔王(……少女ならば、見たがったのだろうか…)
望むものを与えかったあの少女を想って なすことならば
感心を持つフリくらいしてやってもいいのではないだろうか
そう思いつくと… 言葉が、口からこぼれ出た
魔王「……それは、どのようなものか」
貴族「!」
少女と離れてから 初めてこの場で『要らぬ』以外を口にした
臣下も他の謁見希望者も、動揺を隠しきれずにざわめく気配は鬱陶しい
260:
商人は しめた、といわんばかりの卑しい笑いで手をこすり合わせながら言った
商人「へぇ! ワタクシんところでお見せしているのは 達磨でございやす!」
魔王「ダルマ。そんなものが面白いのか」
商人「いえいえ、珍しく年頃ですので 噂が噂を呼び人気となったのでございやして」
魔王「…年頃? ダルマがか」
商人「へえ。達磨がです」
意味がわからなかった
魔王はしばし考えてから、話しを続けるよう顎で促した
商人「それでは見世物小屋での案内文句でございやすが、お話させてもらいやす」
商人「これは、とてもとても悲しい話でございやした」
商人「この達磨、元はとても貧しい家の娘」
商人「どうやら仕事を休んだせいで、折檻を受け 足を壊したマヌケ者」
商人「そこらの地へ打ち棄てられていたのを、夜盗どもが拾ってきたのがコトの始まり」
261:
商人は、ユーモアたっぷりの抑揚をつけ、慣れた様子で朗らかに語りだした
途中、魔王の反応が気になったのか 口を止めて魔王をちらりとみやる
まるで挑発されたかのような様子は気に入らない
だが、商人のその口上… やめさせることが出来なかった
魔王「…………続けろ」
商人「へえ! …こほん」
商人「足を壊したこの娘、逃げるに逃げれず、夜盗どもから好き放題」
商人「愚かな娘は口煩くわめいてわめいて止まらない。たまらぬ夜盗、まずは口を焼きました」
商人「次に娘は抵抗し、夜盗を殴り怒らせた。怒った夜盗はその腕を叩いて壊してしまいます」
商人「逃げれず、喋れず、拒めない。夜盗は好き放題に楽しんだ。何夜も何夜も楽しんだ」
商人「そうしてついには孕んだ娘、役にも立たぬと また棄てられた――」
262:
魔王「………………それを、おまえが拾ったのか」
商人「いえいえ。ワタクシではございやせんよ」
商人「それを見つけて拾ったのは、一人の貧しい医者の卵――
魔王「その娘はその医者に助けられたのか」
商人「……へぇ。治療をされました」
口上途中に口を挟まれ、苦い顔をする商人
だが、とてもその歌うような口調で聞いている気にはなれなかった
魔王「そうか。……治療されたのか」
悟られないよう、小さく吐息を吐き出す
胸の中を這う、ぞわりとした虫の蠢きのような何かが少し収まった――
と、思った瞬間
263:
商人「ですがまだまだ医者の卵。まずは壊れて壊死した娘の手足を、4本全て切り落としました」
魔王「っ!」
商人「血が吹き出るのを押さえようと、慌てて鏝をあて 切り口を焼き潰しました」
魔王「―――く」
商人「口は元より塞がれて。叫ぶに叫べぬこの娘、そんな治療が終わるとまた棄てられて――」
商人「そうして出来上がったのが ワタクシのお見せする、達磨の娘でございます」
商人「今ではすっかり腹子も育ち、それは本当に達磨のような姿でございます――」
謳いあげると、満足げな表情で礼をする
そのまま、僅かに沈黙した時が流れる
他の謁見希望者も、その口上には驚いたものが居るようだ
その姿を想像し、嗚咽を漏らすものもいる始末
聞かずにいればよかったと、後悔の表情で顔を背けるものも居たが……
264:
魔王だけは商人をみつめたまま、一言だけ呟いた
魔王「………それは… 生きて、いるのか」
商人「へぇ。生きてますので、お見せしてやす。口の真ん中に穴を開け、じょうごで飯を与えてやす」
魔王「――――」
残虐な話など、これまでいくらでも聞いていた
魔国に限らずとも、戦地に赴けば5体満足な死体のほうが珍しい
そうだというのに 何故、これほどに俺は取り乱しているのだろう
どうして身体中が、冷たく凍りつくように感じるのだろう
言葉が、出てこない
商人「哀れな話も、ここまでいくと滑稽でしょう」
魔王「…滑稽……?」
商人「つまらぬことで逆らい、酷い目にあって。またつまらぬことで逆らい、また酷い目に合う」
商人「学習するということをしない、愚かな娘。本当に、滑稽でしょう」
悪びれも無く、本心からそう思っているのだろうか
ただその顔には、芝居小屋で客にしてみせるような 愛想笑いを浮かべている商人
265:
魔王だって、もちろん『魔王』だ
これまでにも、その役目として断罪や処罰をする事があった
何も考えなかったし、何も感じなかった。ただ、無感情に首を刎ねた
魔王(俺は、刎ねられる者の目に どう映っていたのだろうか)
気持ちが悪い、と感じた
急に この卑しい笑いを浮かべた商人に 自分が重なって見える気すらした
そう感じた瞬間
斬り殺してしまいたい欲求に駆られ、剣に手が伸びそうになる
実際に伸びなかったのは
冷え切って氷のような手の感覚に違和感があるのに気付いたからだ
違和感に僅かな気をとられたことで、ようやく理性を薄皮一枚でつないでいられた
それほどまでに衝動的で強い嫌悪感を覚えたのだ
この卑しい男には 自分の顔が写って見えているのに。斬り捨てたいと強く思った
『怒り』を露にして。おまえが嫌いなのだと、声高に叫びながら――
荒ぶるがままに、斬り捨ててしまいたい
魔王(そうすれば その最期の俺だけは、きっと少しは………)
商人「魔王様、どうなされました」
266:
声をかけられ、思考の海に落ちかけていたのに気付く
機嫌を伺う商人の様子は、僅かに不安の色を浮かべていた
……もしもニコニコと笑っていたら、次こそは本当に斬り殺していただろう
達磨の事を、気にしてやることも出来ないままに……
魔王は、言葉を搾り出して会話を続けた
嫌で嫌で仕方ないと思いながらも 聞かなければ居られなかった
魔王「………滑稽だから、見世物にしているのか」
商人「へぇ…。まあ、事実は小説よりも奇なりと申すものでしてね」
商人「元は悲劇の娘として出した達磨でございやす。ですが巷の反応は予想外でしてね」
魔王「……人気、と言っていたな。どういう反応なのだ」
商人「へぇ。『言うことを聞かずに仕事をさぼってばかりいると、達磨になってしまうよ』と――」
商人「今 隣国では、親がこぞって子供達にこの娘を見せに 集まってくるのです」
魔王「………」
商人「それもあって、ここまで運の悪い娘は最早… と、この娘を滑稽と思うようになりやした」
267:
運の悪い、娘
何度も不遇を繰り返し、それでも生き永らえたその娘は 
あの子リスにしたように 『“生”に恵まれている』と言い換えることが出来るのだろうか
生きているから、運がいいなどと―― 本当に言えるのだろうか
森の中での少女の様子や言葉が
今もまだ つい先ほどのことのように思い出せる
それはそうだ
鮮やかなままの記憶を、必死になって保つように努力してきたのだから
だがそれは、こんな時に
あの少女の笑顔を思い出す為だったのだろうか
魔王「………………」
268:
商人「本日は、その娘を連れて参りやしてね」
魔王「っ!」
商人「今、運んで参りますので。 どうぞ実物をご覧くださいやせ」
魔王「…………」
この 訛りを隠しきれない田舎商人は、
魔王の返事も聞かずに 無礼なことに勝手にそう決めてしまった
貴族や臣下が、それは魔王様の御返事を待ってからだと叱り、押しとどめた
だが、いつもならばすぐに『要らぬ』と言う魔王は 『答えない』
先ほどまでの応答もあって
皆が 無言の魔王を見て、『肯定している』と―― 勝手に決めてしまった
商人はキマリのわるそうな辞儀をして、室外へ娘を連れに行く
269:
魔王は、言葉が出ないだけであった
どう答えていいのか、わからなくなっていた
記憶の中で笑う少女が、様々な事を語りかけてくる
妙に胸が騒ぐ
どうか―― 違う娘であってくれ、と
その達磨には悪いが
どうか
どうか
あの少女でなければいいと
今にも黒く染まりそうな視界を
歪む視界を なんとか、とどめるのが精一杯で、言葉などは出てこなかった
284:
::::::::::::::::::::::::::::::
商人「おまたせしやした」
ドアが開くと、商人は手押しの車を引いて入ってきた
真紅の豪奢な布が引きずるように被せられ、そう大きくも無い荷物を覆っている
商人「これからお見せするのは、作り物ではございやせん。芸の為に用意した、『ヤラセ』などでもございやせん」
商人「小屋ではあまり言いやせんがね。実はこの娘、コチラの城よりほど近い場所の生まれなのですよ」
商人「お疑いになるようならば、行って確認なさってもかまいやせん。友人・知人を名乗る者も少しはいるようでございやす」
自慢の収穫を披露するかのごとく、もったいぶって余計な口を聞く商人
黙れといってやりたいのに、出される情報には余計に言葉をなくしていく
商人「魔王様はご存知ですかな。国境沿いの森を抜けた少し先にある、貧しく荒れた小さな町のことを――」
不安感を、絶望感を、促されていく
285:
言葉を失ったまま箱を見つめ続ける魔王を見て
商人は『充分な期待と関心を引きつけた』と、満足げな笑顔を見せた
商人「では、ご覧いただきやしょう―― 
商人「これがその、滑稽なほどに 哀れな達磨でございやす」
バサアッ!!
一息に布がめくられると、中には前面の板だけがはずされた箱があり
その箱の中には 商人から聞いたとおりの―― 
いや。聞いて想像した以上に、奇妙な『ダルマ』が納められていた
魔王「……………………」
286:
連れてこられたのは
元は美しかったであろう娘の “頭部と胴体”だった
栗色の長い髪は、ところどころが ざんぎりになっていたし
話に聞いたとおりの 酷い様相をしている
服は着せられていない
腹に朱墨で、“達磨”と達筆に書かれているだけだ
ともあれ、それは――
少女では、無かった
魔王は 布がめくられて達磨を見た瞬間、『良かった』と思い胸を撫で下ろしていた
残虐な行為などに特別な関心はなく
その醜く爛れた傷跡でさえも、『爛れた傷跡がある』以上の感想を持てない
手足の無い者を見ても、ただ『手足の無い者』としか思えない
だから魔王は、そんな“悲惨な見た目を注視する”ことはしなかった
287:
商人「いかがでしょう。こちらの娘のこの風体、あまりに哀れであまりに滑稽で――
少女でないのなら、躊躇無く いつも通りに答えるだけだ
関心を失い、視線を外す
魔王「 『い 
だが視線を流した時に 達磨が動いたように見えた
気をとられ、口を止める
魔王「………?」
正確には、達磨が動いたのではなかった
達磨の腹が、動いたのだ
腹が、時折 妙なカタチに歪み、薄い腹の肉を内側から押している
本当に、子を宿しているのだとわかった
魔王(なるほど、確かに生きているようだ)
死体ならば、手足が無くとも珍しくは無いが
生きてここまでの風体を晒しているとなれば、にわかには信じがたい
商人が見せる前に、『作り物ではない』と前置きしたのも頷ける
288:
魔王(……そうか。これでも、生きているのか)
これでも 生きているのか
これでも 見えているのか 
これでも 『聞こえている』のか……
魔王「―――――――っ」
聞こえている
聞いている
この達磨の娘は、この商人や……魔王の言葉を、聞いている
商人「……あの、魔王様。その… やはりこのような身分の娘を見せられては、ご気分を害されやしたか…?」
魔王「………」
気付いた瞬間に、『要らぬ』と言うのが躊躇われた
言っても良いのだろうか。そんな疑問が湧き出してしまった
289:
そんな魔王の気など知らぬ商人は
それまでの自信に満ちた態度を一変させた
魔王の態度が変わったことで、不興を買ったのではないかと不安に駆られ始めたのだ
魔王に嫌われては敵わない
運が良くとも、少なくとも。商人としての生は終わるだろう
そう思った商人は、ひたすらな弁解を始める
「そうですよね。『この程度の不遇』、この時代では珍しくも無い――」
「芸を仕込むわけでもなく、こんな『醜いだけの姿』をお見せして――」
「ワタクシの所では『こんなもの』しかお見せできないが――」
急に自分の持ってきた“見世物”を 口早に次々と貶めはじめる商人
290:
魔王(こいつは… いや、こいつらは……)
関係の無い他人をなじり、貶めることでしか
自らを立たせる術を持たないのであろうか
いつかの謁見室での様子を思い出しながら、そう思う
少女を后だと宣言して見せたあの日も
こうして『他人を貶めて自分の言い訳とする』やつらばかりだった
そして貶められた方は、人の知らぬ場所でただ泣くのだろう
誠実に生き、積み重ねた努力に 「無価値」の印を押し付けられて、泣くのだ
あの時の、少女のように
291:
あの頃の、言葉少なにうつむいて 笑顔の消えた少女の姿が
目の前にいる、無口無表情の達磨の娘と 重なって見えた気がした
いつだって鮮明なまま聞こえてくる、痛みの中の少女の声
『……私、まだ頑張りが足りないのかな』
『もう、これ以上どうしたらいいのかわかんないよ』
『少し、疲れちゃった』
あの時の少女の声が
この口も利けぬ達磨から、聞こえてくる気がした
魔王「…………口を、閉ざせ。そこの商人」
だから、それ以上は聞かせておけなくなった
商人「……へぇ。申し訳ありやせん… それで、魔王様。そのぅ……」
魔王「…………」
今、この娘に『要らぬ』と聞かせてはいけない気がした
292:
こんなもの、必要ないのに
こんなもの、俺は見たくもなかったのに
だが
少女の姿や 少女が教えてくれた感情が
この娘には『要らぬ』と言えぬようにしている
魔王(この判断も……少女から、与えられたものなのだろうか)
どんぐりと、リスの親子
真剣な表情で、魔王を諭す少女の寂しげな瞳
目の前の、光を宿さない瞳
花の盛りの年頃に あまりの悲運に見舞われた美しい娘
様々なものが脳裏をよぎった
293:
言ってしまえば
『要らぬ』と棄ててしまえば
この、哀れでうつろな娘の“生”には価値がないと――
そう伝えてしまうから
今、この娘に『要らぬ』と聞かせてはいけない
魔王「………………………………… 『貰おう』」
重臣たちがひどくざわめいた
どこか遠くで『やはり、“魔王”なのだな……』と 呟く声が聞こえた気がする
294:
:::::::::::::::::::::::::::
達磨の娘は、国内交易認可証書と書かれた紙切れ1枚と交換された
この娘の価値は 本当に紙切れ1枚分でよいのか問おうとして、やめた
「本当に……これだけの権利を頂いてしまってよろしいのでしょうか…!?」
商人と貴族は、声と身体を震わせてそれを受け取り
ひれ伏して、喜色を隠そうともせずに 大層な感謝をしていたからだ
きっとこいつらも 俺と同じで、目に見えないものを見ることは出来ないのだろう
お互いに目に見えないものでは、取引は出来ない
俺達にとって、『達磨』は
紙切れ一枚相当の価値だとしか… 他に見ようがない
295:
この紙を選んだ理由だって大層な理由は無い
この娘にどれだけの価値をつけるべきなのか、とても判断できそうになかった
娘の中にある“キモチ”の価値など、俺にはわかりようがない
だから臣下に相当以上で与えよと言っておいただけだった
そうして、達磨は 魔王の物になった
与えられる物を断り続けることでしか、国を守れる気がしなかった魔王
多くを与えられても、管理できないし守れない と 拒み続けてきた
そんな魔王が『与えられて受け取ったもの』は
どんぐりと、達磨だけ
魔王(それが… 俺の。 『魔王の価値』だということかもしれぬ…)
どんぐりを与えられた魔王
差し出された達磨を断らず、貰った魔王
そんな魔王の価値など、魔王自身には わかるはずもなかった
296:
::::::::::::::::::::::::::::::::::
魔王「……部屋に運び入れたのか」
自室にもどり、部屋の隅に“置かれた”達磨の娘と対面した
その瞳は 焦点を定めていない
焼かれたという口はもとより、顔全体の筋肉までも一切の機能を果たそうとしていない
虚ろなまま、生きているようだった
達磨娘「……………」
魔王「……………っ」
初めて自分で『貰おう』と声をかけ手に入れた物
最初は何も思わなかった
なんの興味も持たずに見るソレは、ただ“ソレ”だけであった
297:
それなのに
少女の声が、この娘から聞こえる気がするというそれだけで
少女の姿が、どこか重なって見えてしまったというそれだけで
―――酷く、痛々しい姿をしているように見えはじめた
達磨娘「………」
魔王「こんな…… こんな風に思うようになったのは何故だ…?」
思わず、目を背けたくなるほどだった
見ているだけで、心の中で何かが荒れ狂いそうになるようなものだった
大声で叫びだしたいほどの、虚無感を感じさせるものだった
魔王「何故……… 何故、こうなった…?!」
達磨の娘に聞かせる事は出来ない
自室だというのに 魔王は声を隠し、飲み込み、自らの言葉の全てを抑え込む
魔王「……っぐ」
必死さのあまり、その身体が強張り震えるほどに。
唇がわななき、握り締めた拳から 血がにじむほどに――必死に、抑えこんだ
298:
こんなことならば…
こんなことならば……!
そうだ、目に見えないものだけで よかったんだ!
わからないまま受け取ってしまえば それでよかったのに!
モノの中にはキモチがあると少女は言った!
ならばきっと、俺が突然に手に入れたこのキモチは、この娘の中にあったキモチなのだろう!!
俺は、それを貰ってしまったのだ!
だからきっと 俺自身もこんな気持ちになってしまったのだろう!
紙切れ一枚と引き換えに、買ってしまったんだ!
こんな……… こんなものを!!
299:
こんな… キモチという物がこんな物ならば…… 俺は……!
こんな風に、こんなもののために、これほどの思いをせねばならないのなら……!!
俺は、もう  “感情”など “価値”など “キモチ”など
――――――要らぬ!!
その日から 魔王は
少女から引き換えてもらっていたはずの“幸せ”を、手放す事に決めた
ためこんでいたはずの“喜び”も
鮮やかなままに残された“楽しさ”や“満足感”、“達成感”も……
魔王が持っている何もかも全て
残らず、引き渡してしまうことにした
暴風の荒れ狂う中に立たされるような、この息苦しさの処分費用として
313:
::::::::::::::::::::::::::
商人に木箱に詰められた後、目の前にあったのは紅い布だけ
ガタゴト、ガタゴトと揺れる木箱
私の下に敷かれている、贅沢に綿を使用した座布団を通しても振動が伝わってくる
木箱の中で倒れた私は、振動によって頭を小刻みに打ちつけられる
その後で静かになったと思ったら しばらくの間、そのままにされていた
商人「おい、よかったなぁ。どうやら魔王様はご興味をお持ちになったようだぞ」
布をめくりあげ、商人が私の身体をまっすぐに立てなおす
ブチブチとした痛みがある
商人「ちっ、木箱のササクレに髪が絡まって…… この急ぎの時になんてこった」
商人は私の髪を切る
商人「まぁいいか。この方が、よほど惨めったらしい雰囲気が出るっつーもんだ」
314:
小さな箒が見えた
切った髪と、抜けた髪を掃いている
達磨娘(また、『私の一部』が棄てられる……)
商人「さぁいくぞ。うまくいきゃぁ、俺は商人として成功の道が約束されたようなもんなんだ」
商人「拾ってやった恩を、返してくれよ? なぁ、『達磨』さんよ」
そうして、また視界は紅く閉ざされる
ガタゴト、ガタゴト。
商人「――……これは悲しい話でございやした…」
「――……そうか。治療されたのか――…」
厚い布越しに聞こえてくる、くぐもった声
315:
今度は誰に『見せしめ』るつもりだろう
いつだったかのように
私を見て、触り、嘗めまわすような人じゃなければいいな
私を転がして、汚らしくむしゃぶりつかれるのはやっぱり嫌だもの
「抗ってみるか、ほら」と、出来ない事を強要されて
愉快そうに嘲笑されて、その責めなのだと 一方的に求められるのは嫌だもの
私が泣いたところで、相手を喜ばせるばかりなのは もう覚えた
無反応で耐えるのが、一番。「つまらない」と、飽きてくれるから
それだけしか出来ない。だけどそれが、私に出来る唯一のこと
達磨娘(何も出来ないのと、変わらないけれど――)
話をしているのは、男の人の声
嫌だと思ったところで、何も変わらない
嫌だと思うような相手が話していたとしても
私にはそれに抗う手段は無いから――気にしちゃ、いけないの
316:
布がめくられる
紅い布をめくった先に、また紅い床
達磨娘(……変なの…。床に、毛が生えてる……)
毛が生えているなら、生き物なのかしら
そう、きっと大きな獣。 私を一口で呑み込んでしまうような。
私はきっと その背にのせられているの
ぼんやりと空想にふける
あまり現実味のある空想ではいけない
夢を見るように、現実の何もかもを遮断してくれるような空想でなければいけない
「――……『この程度の不遇』……――」
よくあることなら、傷ついてもいいのかな
私だけじゃないって思えばいいのかな
「――……『こんな、醜いだけの姿』――」
そうじゃない。聞いてはいけないの
ほら、空想を続けなくちゃ
大きな獣。きっと、豊かな毛に覆われた尻尾が生えているに違いないでしょう
317:
「――……『こんなもの』――…」
ああ
いっそ 耳も焼かれてしまえばよかった
殺してくれないのなら いっそもっと傷つけて。――楽に、なるまで
「『貰おう』」
達磨娘(貰う……? こんな私を何のために…?)
ああ。でも、そっか。 商人はそのためにここにきたんだ
私は売られて、今度はまた違う場所で『飼育』されるんだ
私… 私は また――
達磨娘(また、棄てられたんだ)
視界は、また紅く染められた
この、紅い豪奢な布につつまれる私は きっとこの布よりも安いんだろうな
318:
:::::::::::::::::::::::::::::
ガタゴト。ギィギィ。
軋むタイヤの音は、一角獣の鳴き声
きっと彼は愉快なサーカスの劇団員
いつものように幕が開けば、ざわめいた歓声が聞こえるはず
まぶしいほどのスポットライトに目をくらませて、瞳を閉じてしまうだけでいいの
『ほら、あれを見てごらん』
――ごめんなさい、目がくらんでいて見えないの
『あんなもの見た事が無いでしょう』
――そう。それはよかったわね
いつもの空想は、毎日繰り返しているせいか 幻聴のように聞こえてくる
こうして運ばれれば、きっとそこにはいつもの『見世物』がはじまっているはず
319:
「こちらに…… はい、それでよろしいです」
聞き慣れない女性の声。ショウを伝えるアナウンスではない
布が払われ、木箱から出される私
「あら……?」
私では抗う術もない『粗相の跡』を見たのだろう
生きていなければ、そんな恥をかくこともないのだけれど
恥をかくことにも慣れてしまった
恥ずかしがったところで、いちいち世話をやいてくれる人は居ないのだもの
こうするしか、ないのだもの
女性は何か指示を出している気配がする
私は、真新しいクッションを積み重ねた中に『置かれた』
320:
紅いクッション。黒いクッション。
金色の房が、獣の尻尾に見える
銀色のステッチが、アリの行列に見える
色とりどりの視界は、少し 嬉しい
達磨娘(そうね、あれはきっと 狐の尻尾)
達磨娘(ゆったり生きる狐が、忙しない蟻達に呼びかけているの)
達磨娘(『何をそんなに忙しく生きる? 穏かな空想にふけるのは幸せだよ』……そんな風に、呼びかけてやるの)
そう。まるで幻想の世界に生きる狐のように
ただ穏かな空想の中に埋もれて生きれば きっと幸せも見つかるでしょう
私はまた 新しい空想の世界におちていく――
321:
::::::::::::::::::::::::
気がつくと、人の気配がした
そういえば先ほど、何か 聞いた覚えのある声がした気がする
その後はずっと静かだったから、空想を邪魔されなかったのは助かった
でも今はすこしうるさい
『うるさい』のはいつものことだけれど
今日はいつもより声が『近い』――
達磨娘(狐の尻尾。アリの行列。ほら、空想を続けなくちゃ……)
「2度言わせるな」
苛立った声が聞こえ、空想に集中できない
誰かと話をしているようで、うるさくて狐と蟻の声が聞こえない
「申し訳ございません……!」
322:
「全て俺自らで確認する。どのような素性であっても構わない」
「ですが!」
「俺の決めたことに意見するつもりか」
「………ッ」
「全ての謁見をしばらくの間は拒否する」
「な……っ!」
空想を邪魔する声
それならば、無理やりにでも空想の世界に置き換えてしまえばいい
達磨娘(いばりん坊の狼さんが現れて、狐を追い立てたとしたらどうなるかしら)
達磨娘(偉い狼さんと、ぼんやりした狐… どうなるかしら、どうなるでしょう…?)
次から次に訪れる、新しい空想の要素にまごつく
話を考える内に、また『狼さん』の声が聞こえてきてしまう
「そうだな……有力な情報を持ってきたものの謁見は認めよう」
323:
「欲にかられ、多くの者が情報を持参するであろうからな」
「しかし、そんな事をなさっては……」
「もとより、すべて断るだけの謁見に意味など無かった」
「………。畏まりました」
「出て行け。それと、一人 充分な才を持つ侍女を選んでよこせ」
「……? 何をなさるのでしょうか」
「詮索は『要らぬ』。 それと、釘を持て……長く丈夫な太い杭も必要だ」
「……………承りました」
達磨娘(…………あ)
空想の途中に、現実味が混じってしまった
やっぱり、聞かなければよかったな
新しいお話なんて欲しがらずに、今までと同じ空想を続けていればよかったな
達磨娘(釘は…… 痛そう、だもん…)
324:
「………」
達磨娘「…………」
憂鬱な未来を予想しても、何が出来るわけではない 達磨の自分
だから焦点をあわさぬまま、“狐の尾”を見ている他には無かった
焦点を合わせてしまえば
知りたくもない事や 見たくも無い物が見えてしまう
今までの日々で感じていた『自らを見つめる視線』ですらも
その正体を知って 正しく見つめては、耐えられなかった
直視して良い現実など
達磨である彼女の世界にはひとつたりともありえない
「…………」
だから、今 感じている視線にも気付かないフリをするだけ
何もかもから焦点を外し、何も見てはいけない 何も聞いてはいけない
『知らぬフリを貫き通す』しか、身を守れないから
325:
達磨娘(いっそ…… 壊れてしまえば、きっと……)
達磨娘(でも……)
とっくのとうに壊れていてもおかしくない
むしろ 壊れてしまっていた方が、よほど人間として正しいのだろう
それでも彼女を支えているものがある
壊さずに保たせているものがある
その支えは、いつまで 彼女を支えていてくれるのだろうか
達磨娘「………………」
「…………」
抱き上げられる
運ばれる
柔らかなベッドの上に横たえられる
始めから、服など着せられていない
身を守る術など、なにひとつない
326:
大きな手が、私の腰に触れたのは感触でわかる
そのまま 太腿の半ばほどにも満たない、その短すぎる脚の終わりまで撫でた
達磨娘(……あ… ……また、なのかな……)
反射的に、空想に逃げ込む
こんなに柔らかな場所は、きっと雲の上に違いない
そう、ここはきっと空に浮かぶあの白い雲の上
それならきっと声もとどくはず
音にならないこの言葉でも、通じるはず
あのね。私、聞いてみたかった事があるんです………
ねぇ神様。聞こえていますか?
私のこと―― どれくらい、嫌いですか?
335:
::::::::::::::::::::::::::::
達磨娘「…………」
魔王「…………」
触れてみると、見た目以上に華奢な身体だった
妊婦であるというにも関わらず、肉はほぼついていない
腰骨のあたりの皮が腹に引っ張られ、妙なほどにくっきりと腰骨を浮き立たせている
だがこうして横たえれば腰が伸びる
つまり腰骨は機能しており、その脚の付け根まで神経も生きているようだ
指の腹で脚の先まで押し、筋肉の強張りなどからそれらを確認していく
魔王(触れられても、一切反応しないのか……)
達磨娘「…………」
様子を見ると、置かれている時と何も変わらぬ達磨がいた
腰が伸びているか、曲がっているかの違いしかない
あの、焦点をあわさぬままに薄く開かれた瞳も 変わらない
魔王「――――ッ」
336:
あの瞳だ
あの瞳がここまで俺を苛立たせるのだ
こんなにも心の中をかき乱して
堪えようのない思いを無理矢理に押し付けてくる――
魔王(……俺は、お前のその目が嫌いなのだ……!!)
僅かにでも少女の姿が重なって見えなければ、抉り取ってやったのに
幸福など、何ひとつなくてもいい
今は早くこの感情を処分してしまいたい
痛みだけで、もう充分なんだ
今までのように、何も考えずに生きているのはどれほど楽だったのか
その時、トントン、と ノックの音が響いた
達磨から視線を外し、ベッドから離れる
冷静さを取り戻すために呼吸を整え、入室を促した
337:
「失礼致します、魔王様――ご用命と聞き参りました」
まだ若く、美しい侍女が部屋にはいってきた
胸元を飾るリボンの色で侍女の位がわかる。彼女のそれは『紫』―― 侍女長だ
魔王「…………」
豊かなドレープのついたスカートの前で手を合わせ
ドアから一歩進んだ場所で辞儀をする
落ち着いた仕草と作法
余計な発言をせず、黙ってピタリと立ったまま控える侍女長は確かに有能そうに見えた
魔王「………」
侍女長「…………」
達磨の世話をさせる人物を用意するつもりで呼びつけた侍女長の姿に、沈黙してしまう
決して侍女長の才を疑ったわけではない
恐らく彼女であれば必要な事に応えるだろう
だが、言い表せぬ感情が再びつきあげてくる
338:
魔王(……これは。 この女に世話を任せてしまっては……)
達磨が、侍女長の引き立て役に見えてしまう
その哀れで惨めな姿が、美しい彼女に比較され 余計に際立って見えるばかりであろう
魔王「……………っ」
魔王は言葉を失う
達磨の世話を自分ができるとは思えない
『他の適役』も思いつかない以上、彼女に頼むべき事なのは明白だ
魔王(……だが そうなればこの苛立ちは、どう処理すればいい!?)
このままでは抑えるどころか、余計に感情を荒立たせるばかりになってしまう
彼女が世話をするのを見かけるたびに、こんな思いをしなければならないのか
339:
魔王は、決められずにいた
少女の影を重ねてしまった達磨の哀れな姿は
魔王の中に保っている少女の姿にまで 翳りを落としていた
生き別れではなく、死に別れという『次』の空洞を想像させながら……
魔王は、何よりもそれが怖かった
あれが再び我が身に襲い掛かる事を、恐れていたのだ
魔王(もう……充分だ…!)
口を閉ざしたまま拳を握る魔王
その姿を見た侍女長は、礼をした後に控えめに言葉を発する
侍女長「………僭越ながら、魔王様。ひとつ発言をお許しいただきたく思います」
魔王「なんだ…ッ!」
苛立った声がでてしまう。何をしても、何を考えても……
さきほどから、口から出てくるのはこのような質の言葉ばかり
有能な侍女長はもう一度礼をし、今度ははっきりした口調で進言する
340:
侍女長「先ほど、こちらにお連れしたお嬢様の世話係を用命かと存じます」
魔王「……っそんなことは、確認せずともわかること! それを命ぜずにいるのだとわからぬか!」
やつあたりといって間違いない
このような物言いをすれば、誰しもが謝罪の言葉と共に役目を辞退していくだろう
怒鳴ってしまった後で しまった、と思った
だが、侍女長の反応は意外なものであった
侍女長「私ではお嬢様に役不足とお思いでしたらば、私の手足をもいでお嬢様の横へ留めおきくださいませ」
魔王「……なんだと…?」
侍女長「同じ身となり、その身で感じる事、必要な事を 私の信頼できる者に伝え申しましょう」
侍女長「1日中お嬢様のお側に控えてご様子を見守り、万事上手く進むよう尽くしましょう」
侍女長「私に出来うる全ての事を、魔王様の為にさせて頂きたく存じます――」
腰を落とし、最敬礼の姿勢で静止する侍女長
自らの美しさゆえに魔王が躊躇したとは気付いていない
「おまえでは至らぬ」と思われることが、我慢ならなかったのだ
341:
自らの技術で至らないのであれば
他の者では至る事はないという、侍女としての誇りと自負
だから期待に足りぬのであれば、その身を削ってでも
充分に応えるだけの連携を取ってみせるという、責任感の強さ
そして何よりも『尽くせる事ならば惜しみなく』という、彼女の忠誠心
それが、彼女にそのような言葉を発せさせている
魔王(このような者が、居たのか)
侍女長はまた口を閉ざし、瞳を閉じて魔王の判断を待っている
彼女は自らを捧げているつもりではない
魔王に尽くす役を望み、許可を欲しているのだろう
彼女は、ひたすらなまでに 魔王に尽くしたいのだ
何が彼女をそこまでにさせたかなどに 魔王の関心は向かない
だが、彼女が『強い動機と、揺らぎない意思』を持つ事には憧憬すら覚える
魔王(それは、俺自身は持っていないものだな――… だが…)
342:
この城の中にある全ては、俺のものだったはず
それならば 彼女の持つ強さすらも、俺のものではないだろうか
確かに俺自身は、今まで何一つ自らで選ぶことも出来なかった
与えられて受けとることも、ロクに出来なかった
だが、俺は誰だ
貰うと決めたものを、自らで貶め、扱えなくなってどうするのだ
棄てると決めたものを、痛みを恐れて、抱えて迷ってどうするのだ
俺は 魔王だ
出来ぬことなどひとつもない
持たぬものなどあってはならない
恐れも不安も戸惑いも、既に少女から与えられているではないか
既に持っているならば―― そんなものは、『要らぬ』と棄ててしまえばよい
俺が欲するのは…… 
俺が、持ち得ぬものだけだ!
343:
目を開く
今までよりも視界が鮮明な気がした
血流も魔力も ただ巡るだけではなく、目的地があるかのように流れ出す
魔王「お前。侍女長であるな」
侍女長「はい。左様にございます」
魔王「ならばお前に命じよう」
侍女長「!」
魔王「お前が万事成すことの全て、我が手の成すことと思え」
魔王「お前の失態の全て、我が名を傷付けるものと思え」
魔王「お前のその忠誠すらも、既に我が物だと知るがよい――」
そうだ
俺はすべてを持っている
こいつの気高き自信すらも、俺の物―――
344:
魔王(こいつの中にあるキモチとやらは、俺にもよく見える)
魔王(そう。いうなれば、強欲。自信に繋がるほどの強欲さが見える)
魔王(ようやく気付いた。見えないものが見えないことで、つまらぬものにまで無駄に怯えていただけだ)
俺が間違えていたんだ
全てを持ち、管理し、守るだなどと……
そんなこと 俺に出来るわけがないではないか
俺は、魔王だ
望むがままに使う事こそが、本分だ
そう
尽きること無き贅は、強欲に求めて使うための贄にすぎない
俺が持たぬものがあるとすれば、ただひとつ――
魔王(全てを使い果たした、空箱だけだろう…?)ニヤ
345:
::::::::::::::::::::::::::::::
侍女長は、初めて魔王の微笑を見て ゾクリと背筋が震えるのを感じた
自負している己の『自信』すらも、この魔王には敵わないと思う
侍女長「ま、おう…… さま…」
『魔王様より、命を頂いた』
それは侍女長にとって、瞳が潤み 頬は赤らむほどの誉れだった
目の前にいる魔王は、侍女である自分を手足のように用立ててくれるという
彼女が今 心に抱いているのは
先ほどまであった 献身的過ぎる忠誠ではなかった
魔王の微笑に魅せられて後、そこにあったのは
自らの全てを『強さ』に抱かせる快感だけ――
346:
魔王「我が足ならば、駆けて見せよ」
侍女長は、尊敬する主に対し 礼の辞儀すら忘れて駆け出した
それは、彼女が人生で初めて味わう経験であった
『用意された上品な素振り』など、魔王は求めていない
魔王の為にする事ならば、いくらでも乱れて構わないのだと気付いたのだ
乱れるほどに必死になる事こそ、望まれている
侍女長(あの方は、私の欲に気付き、応えてくださった…!)
確信する
高揚と共に、頭が冴え渡っていくのがわかった
廊下を駆ける侍女長
驚きを隠せないでいる使用人達に 堂々と、指先ひとつを突き出して 指示をとばして行く
城内を駆け抜ける今の自分は
何一つとして、魔王の為にならない所がない
間違いなく 侍女長の全ては、魔王の為だけに活動する存在となっている
侍女長(魔王様を… 満足させて、あげたい……)クス
347:
――侍女長にとって、奉仕は天職であった
古の時代には淫魔と呼ばれていた者の血を引き継ぐ彼女
例え虐げられようと
全身で尽くし、満たして悦ばせる事こそが 彼女の最大の“生”の価値
そんなことは預かり知らぬ魔王
だが、無意識のうちに
まだ魔王は、強い『生の価値』に憧れ―― 欲していたのだ
348:
:::::::::::::::::::::::::::::::::
「それはなんだ」
「これは、天蓋でございます。テントのように中に空間をつくります」
「ほう」
「お嬢様は女性ですので、身支度の際のお部屋の代わりでございます」
「……なるほど」
「それでは次の支度をして参ります、魔王様」
「ああ」
随分長いこと、空想に耽っているうちに眠ってしまったらしい……
予感していた痛みが訪れることはなかった
相変わらず、柔らかなベッドの上に寝かされていると
ギシリときしむ音がした
次いで、身体が引き起こされた
積み重ねたクッションを背に『置きなおされる』
349:
ああ、嫌だな。まだ、これからだったのかな
ほら、空想をはじめよう
さっきの声は 確かあの狼さん――
そう思った矢先、ベッドの上だというのに目の前に靴先が見えた
どうやら目の前に座り、片膝を立ててこちらを見ているらしい
ああ、きっと狼さんね
不遜な態度で、ドカリと座って いきなり狐に話しかけるの
『空想狐は、今日も蟻とお話中なのか?』って。…そうしたら――…
パチン。
突然弾ける音がして、空想が止まる
視界、それも目のすぐ前に、突如 鮮やかな色が飛び込んできた
驚きのあまりに 思わず焦点がそれに寄せられる
達磨娘(…………?)
350:
「ほら。やはり俺に出来ぬことなどないのだ」
大きく鮮やかな黄色い花が目の前に落ち、それを眺めてしまった
見た事がない。だけれど、生命力に満ちた美しさがある
目を離せずに居るうちに、もう一度声が聞こえてきた
「お前の目に写る空虚さなど恐れはしない」
「それよりも恐ろしいものならば、既に知っている」
達磨娘(…………花をみるなんて、どれくらいぶりだろう…)
パチン!!
もう一度、弾ける音が聞こえた
次に視界に入ったのは 降り注ぐ艶やかな色彩
雪よりも軽く舞うそれは
この『柔らかな雲の上』ではどこから降ってくるのだろう
花びらが降り注ぐという奇跡を目の当たりにし、思わず視線をあげてしまった
そこには 奇跡の光景の中にあって、なお浮き出て見える『黒い、強さを放つ瞳』があった
達磨娘(………っ、いけない! 今、目が合ってしまっ……!)
351:
「ほら。俺には、お前を操ることすら容易ではないか」
黒い瞳が、どこか真意の見えない深さを持って 私を射抜く
自信に満ちた声と、挑発的な口調
空想の狼が、目の前に現れたと思った
「俺に操れぬものなら、既に持っている」
「操れぬものならば、不要なのだ」
現実味のない空想の世界が目の前にあった
空想のいらない現実の世界が目の前にあった
「俺に従え」
「俺に服従させられぬものは既に持っている」
「俺が求めるものは、俺の持たぬものだけだ」
352:
どこか自嘲するかのように嗤う瞳
ただその闇の深さは変わらない
達磨娘(従え…? 私が 何を持っていると言うの…?)
疑問があっても、魅入られてしまったかのように動けなかった
動けないのは、手足が無いからではない
きっと、『あったとしても動けない』のだろうと思った
この瞳の前では 手足があるかないかなんて関係ないのだ
あれほど私を苦しめた境遇すらをも、瑣末な問題にすりかえて嗤う 黒い瞳
「ありあまるものが、邪魔なのだ」
「望むがままに与える喜びすらも、既に知っている」
「ほら―――… 望んでみろ」
望めといわれても、私には伝える手段が無い
言葉も手も無く、どうしようもないのに
この人もまた、無理難題を押し付けて嗤うつもりなのだろうか
353:
「お待たせ致しまし・・・ あら…? 綺麗なお花ですね。歓迎のお支度でしょうか?」
「影を見て、影にも与えてみたくなっただけの事」
「影ならば、こちらの用意は丁度よかったようですね」
「ああ… 任せよう」
「はい」
どこからか女性が現れ、狼さんの横に立って話をはじめた
濃い灰色のスカートが見える
今度はきっと、蟻さんが現実に出てきてしまったんだ
蟻さんは、私を椅子の上に『置いた』
タイヤがついているらしく、運ばれて 布で作られた仕切りの中に『仕舞われる』
そして、湯に浸した布で身体を拭かれ… 髪を梳かれていく
354:
「そのような車、よく見つけたな」
「魔王様のお名前で書を出し、城下の椅子職人より取り上げました。車椅子と申します。相応に報酬もあたえてあります」
「そうか。まあいくらでも使えばよい、また与えられるものだ」
「お名前を使ったことは、叱りますか?」
「お前の手は俺の手だと思え。俺の手が俺の名を書いて何が不都合か」
「仰るとおりでございます」
蟻さんの手はせわしなく動き続けている
それを眺めながら座っているのは狼さん
「手馴れているな」
「……以前、妃様にも同様にさせていただきました」
「………………」
「…影でも、よいではありませぬか。今も、見えているのでございましょう?」
「…………関わらぬと決めた。それが『一番いい』のだから…」
「…左様でいらっしゃいましたか」
355:
蟻さんはそのまま、漆黒の艶やかなドレスを私に着せつけていく
口数の減ったまま、座った気配で動かない狼さん
「……さぁ、出来ました」
「ほう」
「このままご鑑賞なさいますか」
「いや…… そうだな。全面鏡の前へ」
「畏まりました」
音も立てずになめらかに動くタイヤ
まるで宙を浮いている気分になる
そうだ、きっとここはまだ 雲の上なんだ
宙をすべる私
ゆっくりと止まると、今度は目の前にドレスの裾が見えた
そのドレスの裾には、柔らかなパニエが縫いこまれているのだろう
ふんわりとしたカーブを描いたまま、広がっている
刺繍なのか、生地の模様なのか
漆黒よりも一段階薄い黒で レース調の花の模様があしらわれた豪奢なドレスだった
その美しさにつられ、ゆっくりと視線をずらすと
胸下当たりには 大きな布量の多いリボンが、しだれる様にあしらってある
さらに被せられたケープは
襟が動物の毛のようなものに覆われて……やわらかくて……暖かか、い……
356:
達磨娘(……これ、は? 鏡・・・ 私? なんでこんな、こんな豪奢なドレス・・・?)
これでは
あってもなくても 腕など見えないだろう
あってもなくても 脚など見えないではないか
私の人生を 全て変えたほどのものなのに
そんなものですら、狼さんには あってもなくても関係ないとでもいうの――…?
「いかがです、お嬢様」
「口も聞けぬのに、問うても意味があるまい」
「耳があるではありませぬか。話しかけて意味が無いなんて事ありましょうか?」
「ああ…。あ、いや。首もある。頷くくらい出来るであろうか」
「ふふ、そうでしたね。 ですがあまり早急に求めてはならないかと」
「そういうものか」
「ええ。特に、男性は」クス
「ふむ」
357:
「さぁ、お嬢様―― お疲れでしょう? 冷製のグラススープを用意させてありますよ」
「む。しかし……」
「じょうごの先が入るのです、ストローが入らないなんて事がありましょうか?」
「……もっともだ」
「ふふ」クスクス
直視したくない現実なんて、嫌だった
寒くて凍えそうな思いをしていた
誰かにこの身体を『見世物』にされるのなんて最低だった
『モノ』でいるのは、辛かった――
彼らには 私のこの口ですら、あってもなくても 関係ないというのだろう
私が何も言わずとも、望むままに与えるからと――― 
358:
こんなの 現実よりは、空想めいている
本当に空想の世界に迷い込んでしまったのだろうか
達磨娘(でも私は・・・ 本当に、空想の世界に生きるわけにはいかない)
鏡の中にいたのは、ツクリモノの“お姫様”
本当の私は
手を差し伸べられても―――――
それを受け取る、手が無いの
370:
::::::::::::::::::::::::::::::
それから数日の間、達磨は相変わらずだった
以前とかわらず、多くの時間を焦点の定まらない目のままぼんやりと宙を見て過ごしている
車椅子の足元に屈みこんで達磨の世話をする侍女長は
「時々、目が合いますよ。見つめていると、段々と焦点がずれていくのもまた愛らしいです」
などと言っていた
侍女長「魔王様、そういえばあのクギはどうなさいましたか?」
魔王「クギ?」
侍女長「…まさか、お手元に届いて無いのでしょうか。ご所望と聞き、杭と共に用意を指示したのですが…」
魔王「ああ……あ、いや。確かどこかに置かせたな」
371:
侍女長「不手際がなくて安心しました。しかしクギだなんて……どういったご趣旨でしょう。何か準備があれば致しますよ」
魔王「椅子を作ろうと思ったのだがな。先におまえが車椅子を用意したので忘れていた」
侍女長「まあ」
自分が、魔王のしようとしていた事に先に手をつけてしまった
侍女長は自分の配慮の至らなさ、行動の短慮さなどを恥じながら深く頭を下げた
侍女長「申し訳ありません。私が思いつく事ならば、魔王様も当然に思いつくこと……」
侍女長「御自身でお作りになられる筈の贈り物を、私が手軽なもので先に済ませてしまうなんて。謝罪のしようもございません……!」
顔色すらも青く染まるほど、自責にとらわれた表情
侍女長は自らの失態に、呆然としたまま 頭すら下げきれないでいたのだ
だが、魔王はそんな侍女長の表情は知らない
車椅子の上で空想に耽る達磨をみつめたまま、発言に訂正をいれた
372:
魔王「贈り物などではない。ただの苦肉の策だ」
侍女長「苦肉の…?」
魔王「こいつの目が、嫌だったのでな」
魔王「こいつの身体は見るからにバランスが悪いだろう」
侍女長「違いありません」
魔王「コイツをみて、俺は無理にでも顔を上げさせてやろうと思ったのだ」
魔王「だがそんなことをして後ろに転げられでもしたら、余計に惨めに見えるであろう」
侍女長「……有り得ますね。重心が変われば、足の短いお嬢様では身体を支えきれないかもしれません」
魔王「だから、上を向かせて座らせておける椅子でもあればと思った。それだけだ」
侍女長「………」
侍女長は、自分が達磨であったらどうしてほしいかを想像しながら世話をしていた
だから魔王のその発言を聞いた時には、驚きが強かった
373:
侍女長(……隠したり…飾ったり。食事の仕方を普通らしくしたり……)
侍女長(私は、“普通のお嬢様”のように見せようとしていただけ…。私であったら、そうしてほしいと思って…)
侍女長(私も… 不自由な身体を受け入れて、正しく見つめていられなかった……?)
見栄えを気にしてしまう
周囲からの目を、気にしてしまう
何も変わらないのだと思いたい
他の人よりも劣る自分を、同じように見せていたい
でも…… きっと、違うのだろう
本当に“その身”になれば、そんな虚栄心だけではどうにもならないものがある
想像できるのは表面上だけの事だった
相手の思いを汲むために、自分を投影しすぎていたから…想像に限界があったのだ
侍女長(いくら投影しようと、想像しようと。私はお嬢様にはなれない)
それならばいっそ、第三者として“見ている”だけのほうが
よほど当たり前に多くのことに気付く事もある
相手を思えば思うほどに、見えなくなるものがあるのだ
374:
侍女長(私は… 尽くすことだけに夢中になって…見えていなかった?)
尽くすという行為は、彼女にとって至上のものだ
探り当て、相手の喜ぶ場所を見つけ出すのは楽しみでもあり喜びでもある
それはまるで、相手の心を愛撫して虜にしていくような喜び
喜ばれることで、『喜ばせた』ことによって、彼女は自尊心を満たしていく
侍女長(……間違った行為はしていないはず。不快な思いもさせていないはず)
侍女長(手足が無いなんて。出来ることならば、思いたくも無いはずですもの)
侍女長(でも、魔王様は そんな触れて欲しくない“急所”に入り込んで…)
侍女長(彼女が本当に欲しいものを、必要なものを。自分がそう望むからと、与えようと言うの…?)
侍女長(それは…まるで…)
尽くす、とはまったく異なる質のものだ
だが、それ以上の悦びを与えるものだ
奉仕を天職とする彼女には、
現実を突き刺される痛みを伴う悦びなど“与えられない”
受け取る事は出来るのに、与えられない
その悦びを与えられるのは、“突き刺せる”者だけ
375:
侍女長「魔王様!」
魔王「?」
侍女長「ご協力くださいませ。私一人では難しゅうございます」
魔王「……椅子作りが、か?」
侍女長「いいえ…」
侍女長「魔王様は、お望みなのでしょう?」
侍女長「この、生をもたぬかのような瞳のお嬢様を…… 生きた瞳にかえてしまいたいのではないかと思いまして……」
魔王「生きた瞳……?」
侍女長「ええ。魔王様はお嬢様を―――
イかしたいのでしょう?
艶めかしい瞳が、魔王を挑発していた
「生かしたいのならば、生かせばいいのだ」―― と
376:
張り切る侍女長に押される様にして、魔王は椅子作りにアドバイスをした
何を言うわけでもない
思ったことを言うだけの単純な行動だった
身体の構造は触れて確かめた
思いつく動き、支えねばいけない身体の場所
そういったものを、魔王は侍女長に伝えていく
出来上がったのは、揺り椅子
座面にカーブがあり、傾いても尻がずれにくい
背もたれは長いが、羽のように後ろに反り返している
頭を上げても、つかえてしまうことがない
大きな重い腹が負担にならぬよう
初期位置で少し上向きに傾いている
そんな椅子だった
その後、自らの意思で揺れ動く視界を手に入れた達磨は
時折、椅子の上で揺れ動くようになった
焦点を合わせない事も多かったが
それでも、上を向いているようになったのだった
379:
::::::::::::::::::::::::::::::
侍女長「魔王様、今日の分は先ほどの2名だけのようです」
魔王「そうか」
侍女長「……やはり、難しいですね」
魔王「………」
魔王は自室で、ゆらゆらと揺れる椅子を見ながら沈黙した
探させているのは機械技師
肩口近くまで失くした腕、股のわずか下で消えた脚
それに代わる物を作れる、技師だった
侍女長「……精巧な腕の形であれば、作れるものがおります」
魔王「肩からぶら下げるだけの腕に、なんの意味がある」
侍女長「身体を持ち上げ、支えるための脚ならば作れます」
魔王「長脚の道化のように歩き、転んだなら立ち上がれないなど惨めなだけだ」
侍女長「……せめて、神経が生きてさえいれば治癒者と機械師が接合も出来ましたのに」
魔王「無い物を嘆くことにこそ、意味は無い」
380:
送れる限りの場所に、お触れを出した
身分を問わず、有能な機械技師を集めるつもりであった
義手、義足
もちろんその様な物は魔国にも存在する
病気や戦争により手足を失った者はそれを利用していたし
金さえ支払えば、機械仕掛けの 関節が曲げ伸ばし出来る物も手に入る
だが、達磨の場合はそれが利用できなかった
その腕は 肩近くより壊死し、切り落とされ、さらに焼かれている
接合しようにも、肩から真横に生えるような腕になってしまう
下向きに手を下ろそうとすれば、ぶら下げるだけの模型しか作れない
その脚も同様に短すぎた
充分に身体を支えるためには「腰から嵌める長脚の台」にしかならないだろう
無理に脚にはめ込んだところで、スティルトほどにも固定できない
魔王「……」
やはり、ここまでいけば無理なのであろうか
どのような技師を呼んでも 同じような返答しか帰ってこない
奇抜なアイデアといえば、魔王の魔力を用いて 他の生物の手足との“合成”を持ちかけたものが居た位で――
381:
侍女長「……魔王様。やはり、私の手足でしたらお使いになってもよいのですよ」
魔王「要らぬ」
侍女長「……」
侍女長の手足を繋げて動く達磨など、想像するにも耐え難い
あの優しき少女の面影が、嘆く様しか思い浮かばない
侍女長「……あ。そういえば、魔王様… 妙な書簡が届いておりました」
魔王「書簡だと? 俺にか」
侍女長「はい。以前に謁見された方より、お礼状のようです」
魔王「律義者だが、そのようなものに興味は――
侍女長「いえ。再度の謁見を希望されるそうです。次は、代理人に謁見をお許しいただきたい、と」
382:
魔王「ほう。ずいぶんと諦めが悪い。しかしそれがさほどに妙か」
侍女長「それが…言葉が、妙なのです」
魔王「言葉が?」
侍女長「はい。『彼を郵送するので、謁見の許可が下りるまで 城の外にでも置いてください』、と……」
魔王「…………は?」
侍女長「どうなさいますか? どうやら、書き方からして“郵送”済みのようです」
魔王「待て… 謁見するのは 代理人、ではないのか?」
侍女長「はぁ… そのように書いてはあります。何しろまだ荷物が届かないので分かりかねます」
魔王「荷物…」
侍女長「郵送されてくるのならば、ヒトであろうと荷物でございましょう?」
魔王「死体などでなければよいが」
侍女長「それは恐ろしげですね。魔王様は随分な恨みを買っていらっしゃいますこと」クスクス
383:
::::::::::::::::::::::::::::::::
それより四日後
棺桶程の大きさをした木箱が、魔王城に届いた
侍女長「……ひっ」
侍女A「じ、侍女長様…! こ、これはやはり…」
警備兵「おいおい… 届け先は砂漠の国にほど近い街だぞ…?」
侍女A「え? ……え?」
警備兵「そ、そこから7日以上も運ばれて来たのだとしたら…中身は…かなり…」
侍女長「……ッ!」
侍女A「こ、これは。本当に開封するかどうか、魔王様にお伺いをするわけにはいかないのですか……!?」
侍女長「で、ですが。 このような事で魔王様を煩わせるなど…」
警備兵「ま、待てよ。魔王様宛の荷物なんだろ…? 開封していいかどうかぐらい確認したって…」
侍女長「……き、危険物だったらどうするのです。やはりこちらで…」
侍女B「侍女長様。お嬢様用のスープができたと、厨房から連絡が…… ヒッ!? なんですか、それは!?」
384:
そうこうする内に、他の侍女が達磨の食事を運ぶことになった
それを不審に思った魔王が侍女長の元に赴くと…
魔王「……何をしているのだ」
侍女長「……………魔王様ぁ…」グス
木箱に杭を差込み、こじあけようとしたまま固まっていた侍女長がいた
魔王の顔を見た途端、泣き出しそうになっている
そして
魔王「ああ…それはもしや、件の“郵送物“か」
侍女長「は、はい…。申し訳ありません。その、封を開けるのに手間取りまして…」
魔王「………ふむ。この棺桶からは、かなり強い鉄錆の匂いがするな。やはり死体か」
侍女長・侍女「????????????ッ!?!?!」 
警備兵「あ、ああああ 開けるな! 絶対あけるなよ!?!?」
385:
魔王「………」
魔王「死体相手に、何を遠慮する?」
侍女長「え?」
ドガッ!!!
侍女長「」
魔王が木箱を足蹴にすると バキャッ、っという小気味良い音が響いた
木箱に大穴が開き、中身があらわになる
魔王「……これは」
銀色の、美しい全身甲冑だった
ヘルムのヴァイザーは上げられており、中身は空
胸上で手を組むようにして、細身の長剣を構えた姿で横たわっている
386:
警備兵「……甲冑……?」
侍女「西洋鎧…でしょうか。なんと美しい…」
侍女長「こ、こんなものに怯えていたとは……」
警備兵「はは。こりゃいいですね。死体と思いきや、ただの“抜け殻”だったなんて」
ポン、と警備兵の一人が鎧に触れると…
その手を、鎧が握り返した
警備兵「ヒッ!?」
鎧『あまり手荒にしてくれるな―― 我輩に、傷がつく』
鎧が動き出し、身を起こしていく
魔王は即時に身構え、対峙すると同時――
387:
侍女・侍女長「き……
鎧『……“き”?』
侍女・侍女長「「きゃああああああああああああああ!!!! おばけえええええええええええ!!!!」」
鎧『』
魔王「」
甲高い悲鳴が、城中に響いた
魔王城で魔王に仕える者が
腐乱死体を恐れ、血の香に怯え、『おばけ』だなどと――
これに呆れたのは魔王。鎧の方は驚いた様子だった
ともかく、対峙し 争う様子が無いのを確認すると
魔王は場を後にすることにした
背後では、叫び声を聞いて駆けつけた臣下Bに 侍女と侍女長が叱りを受けている
それよりもすぐ後ろには、なぜか鎧がついて歩いてくる
魔王の後ろを歩く“空の鎧”を見た者によって 城内は久しぶりにざわめきだっていき……
部屋につく頃には、すっかり魔王は気分を害していた
393:
:::::::::::::::::::::::::::::::::::
魔王の自室前……
魔王「おい」
鎧『うむ。何か御用かね』
魔王「こちらの台詞だ」
鎧『はっはっは。手紙は受け取っていないのかね? 我輩は謁見希望者である』
侍女D「魔王様、財政管理の書類をお届けに…」
侍女E「……っきゃ!? か、甲冑?」
鎧『御機嫌よう、お嬢様方!』スチャッ!
侍女D「ひっ!? 中身が…… 空!?」
侍女D・E「きゃあああああああああああああああああああ!!!」バタバタバタ…!
鎧『ははは。これはなんと初々しい。ああ、足元には気をつけなさい!!』カパパ
魔王「……」
394:
ヘルムのヴァイザーを上下させ、まるでそれが口であるかのように振舞う鎧
先ほどからずっと、侍女や兵に出逢うそばからこれを繰り返してきた
魔王を見かけ、通路の端に下がって頭を垂れて礼を取る家臣たち
普段ならば、その前を無言で通り過ぎるだけの魔王であったが
そのすぐ後ろで悲鳴があがるのは何度目だったか
まるで凱旋の勇者のように片手を挙げ、ありもしない愛想をふりまく鎧
時折、そのヘルムを胴体から外して 帽子でするような会釈までする始末
魔王(この世界に、いまだこのような稀有な物が残っていたとはな)
過去にはデュラハンという『首なし騎士』の魔物もいたというが
この時代には、もはやそのような姿の魔物など存在はしない
翼を持ったとされるハーピーも、時と共にその歌声のみを残して翼は退化した
夢の中にまで入り込んだといわれる淫魔ですらも、その神出鬼没さを失った
エルフは長寿種として、ドワーフは低身長という特徴を残し、唯のヒトと変わらない
かつては動いたとされるゴーレムも、いまやその伝説と共に石像として残るのみだ
獣の魔物の多くは、獣の生業を強く残して生きている
ワイバーンは怪鳥として、クラーケンは巨大イカとして。
マタンゴですら今は繁殖力が異常なだけの毒キノコだ
395:
人間も魔族もほぼ大きな違いは無い
まるで国民性や県民性の差でいわれるような特徴しか残されてはいない
確かにいまだ、魔族の中には 狼人のように“獣とヒトの両容姿”を持つものもいるが
おそらく百年のうちに、彼らもどちらかの姿に定まっていくのだろう
この世界は、千年もの昔に生まれ変わった
魔王と勇者の和平によって、新世界に生きると決めた者だけが残された世界
和平、平等
生物としての劣性・優性の排除、魔術行使の委棄――
魔王と勇者の2者によって、この世界から“幻想”は棄てられた
夢物語のような魔法など、一般にはほとんど存在しない
魔術は解明されて、その元素や論理は再構築され
皆平等に学ぶことが可能なものに落とされ―― 化学として、学問になった
そうするうちに複雑な魔術は廃れていった世界
そういった物を使う者がいれば、この世界での異端として排除された世界
今や 人も魔族も機械文明と化学によって生かされている
この世界の全てが、平等に平和に生きていく夢物語を描いていくために……
夢物語を現実にかなえるために
夢のような“幻想”は、棄てられた世界なのだ
396:
勇者ですら、今はヒトの世にまぎれて居ない
勇者は、元々“普通の人間”だったから…
今頃はその末裔達も“少し強い、少し優しい”などの特徴だけを残して生きているのだろう
この世界に残された幻想は、ただひとつ
それは、この世界を作り出すために魔術を委棄せず
他と交わらずに生きていく特徴を残した“魔王”という存在のみ――
の、はずであったのに
鎧『おや、素敵な長剣だね。我輩と一戦いかがかな、剣士殿』パカパカ
警備兵「ぎゃぁぁぁぁ!!」
鎧の友好的で紳士的な振る舞いとは裏腹に
歩く側から悲鳴が上がり、ヒトの気配が消えていく
自分は魔王であるのだから、その軌跡には草も残さぬというならばそれでよい
だがそれ以外が、そうするなどとは想像に難い
397:
唯一であったはずなのだ
そのような異端は、自分だけであったはずなのだ
それに苦しみ、悩んで、自害すらした魔王が過去に何人いたであろうか
強さや権力で孤高に立つ事で、異端である事実を“理由の一部”にすりかえて生きてきた
いまでは魔王とは現人神と変わらない扱いをうけている
全てを持ち、全てが与えられ、全てを望まれる奇跡の存在として存在している
それでいて、羨望されるわけではない
あくまで『魔王』―― 畏怖の対象であることだけは、拭いきれない
それなのに
それなのに、同じように異端である者がすぐ後ろにいて
孤独を恐れず、異端のままに陽気に振舞うだなどと――
“魔王”という存在を、全否定されている気にしかなれなかった
398:
魔王「不快だ」
鎧『……こちらの気候は、我輩の居たところよりも乾燥しておられる。我輩には快適ですな』
魔王「不快指数の話ではない」
鎧『ほう。他には何も無いのにご不快とは。魔王殿は短気であらせられる』
魔王「貴様。城内の騒乱が目的か」
鎧『目的は謁見希望に他なりませぬぞ』
魔王「……」
鎧『それにしても魔王殿。自室を前にして立ち話とは、変わった趣味をお持ちですな』
噛み合わない
思考も、会話も、存在も、何もかも
苛立ちが抑えられない
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