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勇者「コミュ障すぎて満足に村人と話すことすらできない」
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勇者「あの、そのぉ……」
村人「ん? もしかして俺に話しかけてんのか?」
勇者「ぁ、そうです。はい」
村人「見かけねえ顔だな。なんか俺に用でもあんの?」
勇者「……あるんです」
村人「はい?」
勇者「あの、だから……あるんですよ」
村人「なにが?」
勇者「えっと……聞きたい、こと、ですかね? あはは……」
元スレ
勇者「コミュ障すぎて満足に村人と話すことすらできない」
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3:
村人「聞きたいことって? 具体的に言ってくれよ」
勇者「あっ! そ、その、わ、忘れちゃいました」
村人「は?」
勇者「……な、なに、聞こうとしたか」
村人「兄ちゃん。俺も暇じゃないんだわ、こう見えてもな」
勇者「……そう、ですよねえ」
村人「おう」
勇者「あ、あはは」
村人「笑ってんじゃねえよ」
勇者「……はい」
村人「次からは人に質問するときは、頭ん中でまとめてからにしな」
勇者(行っちゃった……)
6:
勇者「……クソが」
勇者(誰に向かって口聞いてると思ってんだ!)
勇者(なんなんだよ、あの中年小太りオヤジがっ!)
勇者(ムダに鼻油でテカテカのくせにっ!)
勇者(こっちがなけなしの勇気振り絞ってんのによおっ!)
勇者(もうすこし優しくしてくれてもいいだろうがっ!)
勇者(ていうか見知らぬ人間が困ってたら、助けようと思うだろ!)
勇者(それが人情ってもんだろうが!)
女の子「お兄さんジャマ。そこどいて」
勇者「ぁ、はい」
8:
勇者(しかし、なぜ俺はこうも人との交流が下手なんだろうか)
勇者(理由がまったくわからない)
勇者(気づいたら、こうなっていた)
勇者(幼少のころから、勇者としてまじめに修行してきただけなのになあ)
勇者(たとえば、定食屋に行けば――)
店員『おかわり自由だからね! いっぱい食べてね!」
勇者『……』
勇者(おかわりって言えない……)
11:
勇者(かわいいお姉さんとお酒飲める店行っても――)
お姉さん『お兄さんって、普段はなにしてる人なの?』
勇者『ぁ、そ、その……』
お姉さん『やだー緊張してるの? かわいーいー』
勇者『ち、ちがっ……そのぅ……』
お姉さん『で、お兄さんの職業は?』
勇者『ゅ…………ひっ……はあはあ……!』
お姉さん『ちょっとお兄さん!? しっかりして!』
勇者(緊張のあまり、過呼吸でぶっ倒れて教会に送られる始末)
13:
勇者(道具屋で装備品を買おうとしたときも――)
勇者『ちょっと裾が長いな……』
勇者『サイズを調整したほうがいいかも』
勇者『でも……』
店員『お客さん、これなんてどうです?』
客『いいね。おたくの店、なかなかの物を揃えてんね』
店員『でしょう? これなんかもどうです?』
客『おおっ!』
勇者『……』
勇者(結局サイズ直しもせずに出てきてしまうし)
14:
勇者「旅ってつらいなあ」
魔法使い「なにブツブツ言ってんの?」
勇者「うわあぁ!?」
魔法使い「そんなに驚かなくてもいいじゃない」
勇者「きゅ、急に! は、話しかけないでくださいよ……」
魔法使い「はいはい。これからは気をつけるね」
勇者(コイツは魔法使い。国の推薦を受けるほどに優秀な術者)
勇者(魔王をたおす旅の俺のお供のひとり)
勇者(つい最近知り合った。もちろんいまだに打ち解けていない)
16:
「はい」か「いいえ」だけ話せればいいって言ったじゃないですかー
17:
魔法使い「そんなことより。きちんと情報収集してるの?」
勇者「……いちおう」
魔法使い「いちおうってなによ?」
勇者「ま、魔法使いさんも知ってますよね?」
勇者「ボクが、極度の人見知りだってこと」
魔法使い「もちろん知ってるよ」
勇者「じゃあ……」
魔法使い「でも勇者が言ったんだよ?」
魔法使い「手分けして情報収集しようって」
勇者(それはお前らとずっと一緒にいて、気が休まらないから言ったんだよ!)
19:
勇者(この旅というのは、たえず他人と行動せにゃならん)
勇者(おかげでたえず神経張ってなきゃ行けなくて疲れる)
勇者(ひとりの時間がないと、とてもやっていけない)
勇者(ていうかなんで俺って、ひとりで旅してないんだろ)
勇者(いや、そりゃあひとりで冒険なんて無理だけどさ)
勇者(……そもそもこれも魔王がすべて悪い)
勇者(そう。魔王が姫様をさらった。それがすべてのはじまりだった)
21:
勇者(巧妙に姫のいる城に侵入した魔王と俺は対峙した)
勇者(実力は魔王のほうが上だった)
勇者(でも、こっちには仲間がたくさんいたから戦いを有利に進められた)
勇者(まあ最後にはスキをつかれ、逃げられたんだけど)
勇者(しかも姫様までさらわれた)
勇者(魔王との戦いでかなりの傷を負った俺)
勇者(だけど、まだこの時点ではマシだった)
勇者(問題は姫様がさらわれたあと)
勇者(よりによって俺が責任を追求された)
23:
姫がさらわれたあとの会議
えらい人A『ぶっちゃけ誰が悪いのよ?』
えらい人B『警備兵の采配は君がしてたんでしょ?』
えらい人C『え? 私が悪いの?』
えらい人D『じゃあほかに誰に非があるんだよ?』
えらい人E『まず姫の避難が遅かったのが問題じゃね?』
えらい人F『ていうか、勇者が魔王を追っ払ってばよかったんじゃね?』
勇者『……え?』
えらい人G『あーうん。そんな気がするわ』
勇者『ふぇ?』
24:
えらい人H『あのさあ。勝てないんなら逃げろよ』
勇者『あ、いや、でも……』
えらい人I『なに? 反論があるならはっきり言いなさいよ』
勇者『あー、そのぉ……』
えらい人J『うん、悪いのは君だよ。責任はきちんととろうね』
勇者『そ、そんな……』
勇者(だいたいこんな感じの流れで、気づいたら全部俺のせいになってた)
勇者(こうして、ほか3人の仲間と旅に出ることになってしまった)
勇者(権力の前に、俺の人生をかけて鍛えた剣術は全く役に立たなかった)
25:
反論出来ないよなぁ…
26:
勇者「『はい』か『いいえ』だけで会話が成立すればいいのに」
魔法使い「そんなの無理に決まってるでしょ」
勇者「はい」
魔法使い「とりあえず、みんなと合流する?」
勇者「いいえ」
魔法使い「きちんと会話しなさい」
勇者「……すみません」
勇者(この寸胴ボディ女が! えらそうな口を!)
勇者(王様直々の指名だからって調子にのんなよっ!)
28:
まんまこの勇者がお前らで泣ける
29:
>>28心の中の声だけは勇ましいあたりとかなwww
30:
魔法使い「よし。じゃあ戦士と僧侶と合流しよっか」
勇者「……」
勇者(せめてもうすこしだけ、ひとりの時間がほしい)
勇者(だいたい戦士と僧侶はもっと苦手だし)
勇者「すみません、道具屋に行ってきます」
魔法使い「なんでよ!? ていうか待ちなさいよ!」
勇者「待ちませーん」
勇者(ひとりこそが俺にとっては幸せなのだ!)
勇者「フハハハハハハ」
32:
そして十分後
道具屋「いやあ、この道具とかどうですか?」
勇者「ぁ、いや……」
道具屋「遠慮しないでくださいよ。
なんなら、この店限定のとっておきをお出ししますよ?」
勇者「その……べつに、あの……」
勇者(最悪だ。道具屋につかまった)
道具屋「まあとにかく、一個ぐらいなにか買っていってくださいよ!」
勇者(仕方ない。てきとうに道具を買ってさっさとずらかろう)
33:
勇者(薬草でも買ってくか?)
勇者(しかし金銭的に、そんな余裕はないもんな)
勇者(余ったお金はこっそり貯金しておきたいしなあ)
勇者(俺の将来の夢のためにも)
道具屋「お客さん」
勇者「はい?」
道具屋「今アンタ、うちの商品盗んだろ?」
勇者「え?」
道具屋「はっきり見てたよ、悪いけどね」
勇者「な、ななな……な、なにを……!?」
35:
道具屋「好青年かと思ったら、まさかだったなあ」
勇者(盗んでねえよバーカ! どこに目ぇつけてんだ!?)
勇者(だいたい盗みたいとも思わんわ、こんなホコリ臭い店の商品なんて)
道具屋「あ? なんだその目は?」
勇者「あ、あなたの……か、勘違いかと……」
道具屋「勘違い? 俺の?」
勇者「はい」
道具屋「盗人猛々しいとはこのことか! はっきりと盗んだろうが!」
道具屋「ほら、これを見てみろ!」
勇者「!」
勇者(俺のポケットに、小型ナイフが!?)
36:
勇者「な、なにかの、まちがいです……たぶん」
道具屋「まちがい犯したヤツがなに言ってやがんだ!」
勇者「そ、そんなあ!」
道具屋「とりあえずこっちに来い!」
勇者(そして俺は見知らぬ道具屋に無実の罪で捕まった)
勇者(しかもなぜか地下牢に突っこまれちゃうっていうね)
38:
道具屋「ここで大人しくしてろ!」
勇者「はい」
勇者(冗談じゃねえ! なんで勇者である俺が捕まってんだよ!?)
勇者(あのオッサンをボコボコにして逃げるべきだったか?)
勇者(ていうか。どうして俺のポッケにナイフなんて入ってたんだ?)
勇者(あのクソ道具屋め、ハメやがったか?)
勇者「……」
勇者(いや、でもここって落ち着くなあ)
勇者(人々の喧騒から離れた、静寂に満ちたひんやりとした空間)
勇者(このままここで貝になりたい)
40:
しっかりしろ勇者
41:
一方、魔王城では
姫「どうして私を誘拐したの?」
魔王「……」
姫「……」
魔王「……」
姫「質問を変えるわ。どうして私を殺さないの?」
魔王「……」
姫「ていうか」
姫「遠くない!? 遠すぎてあなたが全然見えないんだけど!」
姫「なんで私とあなたの距離、こんなにあるの!?」
42:
側近「魔王さまは大変シャイな方で、誰かと目をあわせるのが苦手なのだ」
側近「たとえそれが、貴様のような有象無象でもな」
魔王「うむ」
姫「なによそれ。うちの勇者と同じだなんて」
側近「あんなものと魔王さまを一緒にするな!」
姫(そういえば、勇者と魔王って……)
44:
勇者『!』
魔王『!!』
勇者『!?』
魔王『……!』
姫(お互いに一言も口をきかなかったけど、そういうことだったのね)
側近「そういうことだ! 理解したのならもう質問するな!」
魔王「うむ」
姫(どうでもいいけどあの側近、声ガラガラね)
55: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/05(金)15:08:24 ID:vKhxeytlD
姫(誘拐されてからもう二週間以上がたつ)
姫(さらわれた当初は、ショックと恐怖でパニックになってたけど)
姫(城で生活していたときと大差ない待遇と)
姫(時間の経過のせいで、この状況にも慣れてしまった)
姫(でもこのままじゃダメ)
姫(なんとかこの状況を打開しないと!)
56:
姫「あなたたちは、なにが目的でこんなことをするの?」
姫「城を襲撃して私を誘拐したと思ったら、一転して今度は要塞に閉じこもる」
姫「狙いはなに?」
側近「口を慎めと言ってるのがわからんのか!?」
側近「魔王様は極度の人見知りなのだぞ!」
魔王「うむ」
姫「魔王が人見知りしてどうするのよ」
57:
側近「人間ごときがそもそも、魔王様と対面することが……」
魔王「おい」
側近「はい?」
魔王「二度とさように失敬なことを申すな」
側近「も、申しわけございません」
魔王「卿は退室しろ。あとは余ひとりで十分だ」
側近「し、しかし」
魔王「余はひとりでいいと申したはずだが。なにか不服なことでも?」
側近「……いいえ。かしこまりました」
姫(自分の部下とは普通に話せるのね)
58:
姫(側近がいなくなって、私と魔王だけになった)
姫「……」
魔王「……」
姫「……」
魔王「……」
姫(かれこれ沈黙が五分以上続いてるのだけど)
姫(遠すぎて魔王の表情はうかがえない)
姫(交流が苦手な人ってこういうとき、なにを考えてるのかしら)
59:
◆
勇者(よく会話はキャッチボールにたとえられるけど)
勇者(個人的にはジェンガのほうがしっくり来る)
勇者(普通の人間は、ジェンガのように会話の土台があるわけだ)
勇者(会話の土台、つまり言葉だな)
勇者(その土台から言葉を引っぱってきて、どんどん重ねてくわけだ)
勇者(それで会話が成立する)
勇者(でも俺のような人間は、他人と対面した瞬間にその土台を失うわけだ)
勇者(もし奇跡的に会話が続いても、とちゅうで土台がなくなって崩壊する)
勇者(失言でタワーを崩すパターンもあるな)
勇者(そう考えるとやっぱりすばらしいな、ひとりって)
61:
勇者(ひとりでいりゃ、傷つくことも気疲れもしない)
魔法使い「すごい気の抜けた顔してるね」
勇者(あと牢屋の壁ってひんやりしててキモチイイ)
魔法使い「おーい」
勇者(あれ? なんで魔法使いがいるんだ?)
魔法使い「急に渋い顔になったわね」
勇者(当たり前だろうが。人がうとうとして気分よくなってるときに)
勇者(ストレスの原因が来て、気分が悪くならないわけがない)
魔法使い「ていうかしゃべりなさいよっ!」
勇者「ぬわぁっ!?」
62:
勇者「な、なななぜ魔法使いが……!?」
魔法使い「追いかけてきたに決まってるでしょ」
魔法使い「なのに。道具屋に入ったら勇者がいないんだもん」
勇者「はあ」
魔法使い「それで道具屋のおじさんを問いつめたわけ」
勇者(まさか、俺が盗みをしたと吹きこまれてないよな)
魔法使い「安心して。勇者がハメられたことはわかってる」
勇者「?」
魔法使い「ですよね、おじさん?」
道具屋「……」
63:
勇者(なんでオッサンは俺に無実の罪を着せようとしたんだ?)
道具屋「こうするしかほかに方法がなかったんだ……!」
勇者(それでわかるわけねえだろ! 事情を説明しろ! 事情を!)
勇者(ていうかまず謝れ! 地面にひたいをこすりつけて! 全力で!)
魔法使い「なにか事情があるんですよね?」
道具屋「……されたんだ」
魔法使い「え?」
道具屋「誘拐されたんだ……俺の娘が」
魔法使い「誘拐?」
道具屋「……ああ」
67:
勇者(オッサンの話をまとめるとこんな感じ)
勇者(数日前のこと)
勇者(オッサンは道具の調達のために隣の街に行ってたらしい)
勇者(その帰りにばったり魔物と遭遇した)
勇者(で、そいつは言った)
勇者(『おまえの娘はあずかった。返してほしければこちらの要求をきけ』と)
勇者(家に戻って確認したところ、娘さんは実際に誘拐されていた)
勇者(そしてオッサンは、魔物に従わざるをえない状況になった)
68:
魔法使い「その魔物の要求が、勇者をとらえることだったんですね」
道具屋「ああ。それでこれが人相書きだ」
勇者「……」
勇者(これ描いたヤツやるな。俺だって一発でわかる)
魔法使い「どう思う?」
勇者「えっとまあ……そういうことですかね。あはは」
魔法使い「もうっ。それじゃわかんないよ」
勇者(うるせえ。聞くまでもないだろうが)
勇者(そいつの狙いは明らかに俺だ)
69:
道具屋「たのむ! 俺の娘をすくってくれっ!」
道具屋「牢屋にぶちこむなんて仕打ちしておいて、都合よすぎるかもしれんが……」
勇者「ぁ、はい……わかりました」
道具屋「ほ、本当か!? 娘を助けてくれるのか!?」
勇者「はい」
道具屋「ありがとう! この礼は必ず!」
少年「なにやってんだよ、父ちゃん……」
道具屋「なんでおまえが村にいるんだ!?」
勇者(ガキんちょ……このオッサンの息子か)
70:
道具屋「今は村には帰ってくるなって、あれほど言っただろうが!」
少年「そんなことどうでもいいだろ」
少年「あいつを赤の他人に助けてもらおうとするなんて……見損なったよ」
魔法使い「お、落ち着いてください!
今は言い争いしてる場合じゃないです!」
道具屋「……」
少年「……」
魔法使い「とにかく今は娘さんを助ける。それだけを考えましょ? ね?」
少年「……っ! くそっ!」
道具屋「おい!? どこへ行くんだ!?」
72:
勇者(店を飛び出したガキんちょを追って、オッサンまでいなくなってしまった)
魔法使い「娘さんを助ける話、えらくあっさりと引き受けたね」
勇者「はい」
魔法使い「さすが勇者。見直したよ!」
勇者「はい」
魔法使い「……ねえ。てきとうに聞き流してない、私の話」
勇者「いいえ」
73:
魔法使い「勇者って『はい』と『いいえ』だけは妙に流暢だね」
魔法使い「普通にしゃべると絶対にどもるのに」
勇者(それ実は俺も思ってた)
魔法使い「……私ね、冒険譚を読むのが好きなの。『冒険の書』とかね」
勇者(なんだ急に?)
魔法使い「そういうのでときどきあるんだけど」
魔法使い「ひねくれ者の勇者が、依頼を最初に突っぱねるって展開がよくあるんだよね」
勇者(あー、ちょうど今の俺みたいな状況で起こるヤツね)
魔法使い「まあ結局最後は、文句を言いながらも引き受けるんだけどね」
74:
魔法使い「てっきり勇者もそういうタイプかと思ってた」
勇者「……あはは」
勇者(時間と金をムダにするのはキライだ。それが茶番でなら、なおさら)
勇者(どうせやるならさっさとやる)
勇者(それが俺のモットー)
魔法使い「とりあえず二人が戻ってくるまで待つしかないね」
勇者「はい」
魔法使い「『はい』以外も言ってよね、たまには」
勇者「いいえ」
魔法使い「……はあ」
76:
主人公がどんどん無口に
77:
数時間後
魔法使い「じゃあ最後に。もう一度確認します」
魔法使い「例の魔物の指示通り、勇者に指定された洞窟に行ってもらう」
魔法使い「行くのは勇者ひとりだけ」
魔法使い「……ここまであってますか?」
道具屋「ああ。そして娘はその洞窟にいるはずなんだ」
道具屋「魔物が真実を語っていれば、だが」
魔法使い「大丈夫ですよっ。娘さんは絶対に助け出します!」
魔法使い「それに勇者は口のかわりに腕がたつので。ねっ?」
勇者(とりあえずうなずいておこう)
78:
勇者「えっとじゃあ、そろそろ行きます……」
魔法使い「『ほかの二人』はすでに行動してるはずだから」
勇者「あ、はい。
その、お互いに……が、がんばりましょう」
魔法使い「うん!」
道具屋「どうか娘をたのむ!」
勇者(正直これからの戦いより、今してる会話のほうがつらい気がする)
80:
勇者(そんなわけで現在向かっているわけである、洞窟に)
勇者(しっかし、ずいぶんずさんな計画だよなあ)
勇者(もっと有利になる展開、いくらでも作れそうなのに)
勇者「ところで。さっきからついてきてんの、バレバレだから」
少年「……」
勇者「家にいろって、父ちゃんに言われてただろ」
少年「だって……」
勇者(『あれ? 勇者さんメチャクチャ饒舌じゃないですか』とか思った人いる?)
勇者(実はガキんちょ相手だと、なぜか普通に話せるんだよなあ)
勇者(まあどんな物事にも例外はつきものってことよ)
82:
年下にだけ強気キャラかよww
83:
少年「お前なんかに妹のことをまかせてたまるか……!」
少年「アイツを助けるのは、お、オレだ! オレが妹を……!」
勇者「悪いこと言わないから帰りなよ。父ちゃんにも言われてたでしょ?」
少年「うるさいうるさいうるさいっ!」
少年「赤の他人のお前なんて信用できるわけないよ!」
少年「まして大人なんて!」
勇者(子ども相手なら普通に話せるけど、それだけなんだよなあ)
勇者(上手いこと話して丸めこむとかできねえ)
85:
少年「大人はいつも平気でウソを言うっ!」
少年「母ちゃんはオレとの約束を守らずに……先に……!」
勇者「……」
少年「父ちゃんだってそうだ!」
少年「いつもはオレにデッカイ口叩いてるくせに!」
少年「魔物の言うことすぐ聞いちゃうし!」
少年「アイツを助けるのを他人に頼むし!」
少年「なにが『夢をもて』だ! クソくらえだそんなもんっ!」
勇者「……ヤダなあ」
少年「は?」
86:
勇者「夢なんてクソくらえ、って悲しいなあ」
少年「大人のせいだ。大人がこんなことを言わせるんだ」
勇者「まっ、ガキのころの夢はたいていウソで終わっちゃうもんな」
少年「そうだよ。夢なんて見るだけムダだ」
勇者「じゃあお前は夢を叶えようとか、思わないわけだ」
少年「……夢を叶えるって、なんだよ」
勇者「ウソを本当に変えること」
少年「!」
88:
急にどしたおい勇者
89:
勇者△
90:
子供とモンスターには強い
91:
勇者「ついでに。夢っていうのは、もっと生きてから見るもんだと思う」
少年「……どうして?」
勇者「あーもうっ。口下手の俺にあんましゃべらせんな」
勇者「お前の妹は必ず助ける。だから待ってろ」
少年「信じて、いいの?」
勇者「俺はできない約束はしない」
勇者(ガキんちょの顔つきがすこし変わった気がした)
勇者(すこししゃべるのがつらくなった気がする)
勇者(俺は会話を切り上げてその場をあとにした)
92:
◆
勇者(指定された洞窟はここだな。予想外に小さい)
勇者(入口なんて屈まないと入れねえな)
勇者(あ、でも意外と中は広い)
?「待ちくたびれたぞ、勇者」
勇者「!」
勇者(道具屋のオッサンが言ってことは、本当だったみたいだな)
道具屋『魔物の正体はわからなかったんだ』
道具屋『あまりに濃い霧で全身が覆われてたんだよ』
道具屋『デカいってことぐらいか、わかったのは』
93:
勇者「……」
?「なんだよ、えらく大人しいな」
?「いろいろ聞きたいことあるんじゃねえの、お前?」
?「人質は、とか。俺様の正体は、とか」
?「あっ、お前ビビリなんだろ? まともに口がきけないんだってな」
勇者「……」
?「情けねえなあ。ヤローがそんなんでどうすんだよ」
勇者「……」
?「ていうか今も症状出ちゃってる? ニャハハハ傑作だな!」
勇者「手より先に悪口が動く。キライだね、お前みたいなヤツは」
94:
いちいち言い回しがカッコいい
95:
?「その口、二度と叩けないようにしてやる」
勇者「!」
勇者(洞窟の入口がなにかで閉ざされた?)
勇者(まさに真っ暗闇。ほとんど視界ゼロの状態か)
?「さらにくわえてこの霧。もはや俺様の姿はとらえられまい」
勇者(こう狭いと迂闊に魔力を使った攻撃は使えない)
勇者(しかも娘さんがこの中にいるとしたら、なおさら)
96:
風の裂ける音に遅れて、すねに鋭い痛みが走った。
反射的に拳を振るってみたが、とらえたのは暗闇と濃霧だけ。
勇者「……っ!」
?「まずは一発。さて、次はどこを狙おうかねえ」
勇者(いちおう、この魔物には作戦らしきものはあったわけだ)
?「この目は闇の中でこそ光る」
?「お前に見えないものも俺様には見える」
?「つまり、ここでは俺様が圧倒的に優位」
勇者(さて、どうやってたおそうかな)
敵の術中に絡めとられた中。
敵をたおさなければいけない、ということだ。
97:
◆
?(さすがは勇者と言ったところか)
?(暗闇の中、確実に俺様の攻撃を捌いてきやがる)
?(それどころかすでに反撃のタイミングをうかがってやがる)
?(だがそれも、もちろん想定済み)
?(次の手は、きちんと打ってある)
勇者「なっ!?」
?(これならどうだ? 俺様の口から発射される、超光の水の弾丸)
?(……チッ、間一髪。今のはかわしたようだな)
?(しかしこの暗闇、そしてこの狭い空間という条件下で)
?(いつまで俺様の攻撃を避け続けることができるかな?)
98:
?(……すでに二分以上が経過しているが、まだ水弾をかわすか)
勇者「はぁはぁ……」
?(しかしすでに動きが鈍ってきている。油断はできないが)
?(コイツ、闇雲にこの暗闇の中で剣をふりまわしてきやがる)
?(そのせいで絶えず動くことを強いられる)
?(だが、そろそろ終わりだ。次の水弾で確実にとらえ――え?)
勇者がこちらに向かって突進してくる。
まっすぐ、闇の霧を突き抜けるように。
99:
とっさにそれを避けようとしたが、しかし、それより先に勇者が大きく口を開く。
勇者「――あああああああああぁぁぁっ!」
?「!?」
予想だにしない想定外の怒号が、鼓膜を、からだを突き抜ける。
思わず全身が硬直する。
?(しまっ……!)
勇者「つかまえたぜ、ようやく」
気づいたときには、勇者の手にその小さなからだは捕まえられていた。
100:
◆
勇者「ったく、洞窟の入口を岩でふさぐなよ。出るのが大変だろ」
猫「……」
勇者「『まさか俺様が負けるなんて』」
勇者「そんな顔してるな、猫さんよ?」
猫「……」
勇者「いやあ、どんな魔物が闇ん中に潜んでるのかと思えば」
勇者「こんな愛らしい子猫ちゃんだったとはなあ」
猫「……なんでだ?」
勇者「ん?」
猫「あの暗闇の中、どうやって俺様の位置がわかった!?」
101:
猫「俺様の作戦は完璧だった」
猫「魔術で生み出した霧に身を隠し、水弾で敵を確実にダメージを与えてく」
猫「狭い空間なら、逃げるにも限界がある」
猫「それなのに……!」
勇者「それだよ」
猫「にゃ?」
勇者「せっかく暗闇に隠れてんのにさ、水で攻撃なんかしたら」
勇者「すぐに水たまりができて、足音しちゃうじゃん」
猫「……ぁ」
102:
猫「たしかに! 水がすべてのメリットを台無しにしてるっ!」
勇者「そうじゃなくても。お前はうるさかったからな」
勇者「姿隠して口隠さず。声のおかげで場所がとらえやすかったよ」
猫「だ、だけど! 俺様の姿が見えなかったはず!」
猫「にゃのに! なぜそうも躊躇なく突っこめた!?」
勇者「お前の笑い声だよ」
勇者「『ニャハハハ傑作だな!』って。あれで猫かなって思った」
猫「そんなとこでも……」
勇者「それと、お前の攻撃にもヒントはあった」
103:
勇者「一発目の攻撃はすねだった。人体の中でも極めて低い位置だ」
勇者「そして猫なら攻撃するにはちょうどいい位置」
猫「それでほとんど確信したというのかにゃ?」
勇者「ダメ押しは、お前の『この目は闇の中でこそ光る』ってセリフ」
勇者「まさに猫の目の特徴。あれで完全に確信した」
猫「だから最後の最後で……」
勇者「そう。耳のいい猫の魔物、大きな音は苦手だろ?」
勇者「まあ霧で姿を隠してたって話を聞いた時点で、だいたい予想はついてたよ」
猫「ううぅ〜」
105:
勇者「口は災いのもと」
勇者「それを身を持って証明したな、子猫ちゃん」
猫「……ちょっと待て。お前、しゃべるのは極めて不得手だと聞いてたが?」
勇者「なにごとも例外はつきもの」
勇者「俺はガキんちょと魔物相手には緊張しないんだよ」
猫「ううぅ……」
勇者「ついでにもうひとつ」
猫「?」
勇者「人が気にしていることを、平気でバカにするヤツにはバチが当たる」
勇者「今度からは気をつけな」
109:
コミュ障のくせに勇者カッコよすぎだわ
119: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/07(日)20:18:15 ID:dhUDJCJZD
◆
勇者(人質の娘は洞窟の最奥の隠し部屋にいた)
勇者(ちなみに。その子が誘拐された経緯は、というと)
娘『しゃべる猫さんがね、あたしにおいでって言うからついてったの』
娘『そしたらね。あたし、森の中にいたの』
娘『そこにはいっぱい猫さんがいて、ずっと遊んでたんだ』
娘『ホントは帰らなきゃって思ってたよ?』
娘『でも猫さんたちが、もっと遊ぼうって言うからずっと遊んでたの』
娘『あ! ご飯はね、猫さんたちからもらってたんだあ』
勇者(とりあえず無事だったので俺はなにも言わなかった)
120: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/07(日)20:18:57 ID:dhUDJCJZD
勇者(で、娘さんをオッサンのとこに届けた)
勇者(このあとの流れは、だいたい想像がつくだろうから割愛)
勇者(ちなみに。ガキンチョとはそのあとにすこし話した)
少年『……ありがとな。妹を取り返してくれて』
少年『世界には、お前……勇者のお兄さんみたいなカッコイイ大人もいるんだな』
少年『その……オレもがんばってみるよ』
少年『まだオレには夢なんてないけど。いつか見つけるんだ、きっと』
少年『ところでさ。お兄さんの夢ってなんなの?』
勇者(まあこんな感じで、道具屋のおっさんたちとはわかれた)
121:
◆
戦士「さて、キミには聞きたいことがあるんだよね」
勇者(コイツは戦士。ロン毛でキザ。俺の古くからの知り合い)
勇者(戦士のくせに、ダボダボのローブを着用してる)
僧侶「素直にさっさと吐いたほうがいいですよ。知ってること、全部」
勇者(美人でクールで、俺が一番苦手なタイプの僧侶)
勇者(この女とふたりっきりになったら、たぶん俺は死ぬ)
猫「うううぅ……」
勇者(そして現在。宿屋で魔物猫を尋問している)
122:
魔法使い「おねがい。知ってることを全部話して。ねっ?」
猫「誰がお前ら人間なんかに!」
猫「そんなことしたら、魔王城に帰ることもできにゃくなるわ!」
戦士「ふーん。キミ、魔王城がどこにあるか知ってるんだね」
猫「ぎくっ」
戦士「これから話すことが、キミの運命を大きく左右する」
戦士「できれば素直に話してほしいなあ」
猫「お、俺様がそんなおどしで、し、しっぽをふるとでも?」
僧侶「ふらないなら切り落としましょうか、あなたの膨らんでるしっぽ」
猫「わ、わかった! しゃべるからそのナイフをしまえにゃん!」
123:
戦士「話がわかる猫でほっとしたよ」
猫「……魔王さま、こんな情けない俺様をゆるしてほしいにゃん」
戦士「時間もないので手短に。ずばり、魔王城の場所はどこだい?」
猫「知らん」
僧侶「へえ」
猫「ほ、ホントだ!
……だからナイフはしまってほしいにゃん」
勇者(しっぽも耳も縮こまっちゃってるな。かわいそうに)
124:
猫「途中までなら道案内はできる……と思う」
猫「だけど、俺様では絶対に魔王城には戻れない」
戦士「そういえば、魔王城には複雑難解な結界が備わってるらしいね」
猫「うむ。結界のせいで一度出たら、戻ることは極めて困難にゃん」
魔法使い「空間系の魔術。厄介だね」
戦士「とりあえず、魔王城に一番近い街を教えてくれる?」
猫「それは無理な相談だ」
戦士「なんで?」
猫「人間の街の名前なんて、いちいち把握してない」
僧侶「へえ」
猫「ウソついてにゃいぞ、俺様は!
……たのむからナイフをしまってほしいにゃん」
125:
戦士「そうなると、ボクらはキミを随伴させなきゃいけないのか」
猫「ほかに方法がなければ」
魔法使い「本当!?」
猫「きゅ、急に大声を出すな……ビックリしちゃうにゃん」
戦士「嬉しそうだね、魔法使い」
魔法使い「うんっ! 私、猫大好きだから一緒に冒険したいなって思ってたんだ」
戦士「勇者。キミはどう思う?」
勇者「あっ、うん。まあ……い、いいんじゃないかな?」
126:
勇者(国の連中が探しまくってなお、見つかっていない魔王城)
勇者(魔王の手先が場所を教えてくれる。これはすごいチャンスだ)
魔法使い「じゃあ決定っ! よろしくねっ!」
猫「にゃわわっ! 頬をすりすりするのはヤメろおっ!」
戦士「時間もおしてる。あとのことは道中で聞くよ」
猫「おいっ勇者たすけろっ! にゃわわわわ」
勇者「……」
勇者(殺そうとしたヤツに助けを求めるなっつーの)
129:
◆
姫(昨日。私と魔王は会話をした、そう、たしかにした)
魔王『そなたは我々魔物をどう思う?』
姫(魔王が口を開くまでには、十分以上の時間がかかった)
姫『……』
魔王『質問が悪かったか。では……そなたは余が恐ろしいか?』
姫『ええ。恐ろしいと心の底から、そう思います』
魔王『余も同じだ』
姫『え?』
魔王『余も、そなたら人間が恐ろしくて仕方がない』
姫(聞きまちがいかと思った。でも、魔王はたしかにそう言った)
130:
魔王『否、膂力や生命力の話をしているのではない』
魔王『人間が抱える、思想や発想』
魔王『それらに畏怖の念を抱かずにはおれんのだ、余は』
魔王『他の生物を殺し食らうだけなら、まだ理解できる』
魔王『同族を労働力として使役するのも』
魔王『だが豚や牛をくらうために、捕獲し、管理し、
あまつさえ人為的に弄り、改変する』
魔王『こんなことをする生命は、世界広しといえど人間しかいない』
姫『……魔王。あなたはなにが言いたいの?』
131:
魔王『つまり……』
魔王『いや、そなたの質問に答えるのは、余が全てを話してからだ』
魔王『姫よ、そなたは知っているか?』
魔王『魔族がこの世界の半分近くを、掌握した時代があることを』
姫『比較的最近の話でしょ? 人類にとっての暗黒時代』
姫『でも暗闇に覆われた時代は、長くは続かなかったはずよ』
魔王『そうだ。二十年も立たずに魔族の世界は崩壊した』
魔物『人間の真似事はしたが、魔族世界を保つことができなかった』
132:
魔王『余はその原因をこう考える』
魔王『魔族が人間から、なにも学ぼうとしなかったから』
姫『……』
魔王『人間は支配下に置いた存在を単なる労働力に終わらせない』
魔王『それがもつ全てを徹底して貪り食らい、自分の血へと、肉へと変える』
魔王『魔族はそれをしなかった』
魔王『だから、あっという間にそのツケが回った』
姫『魔物と人間のちがい……学ぶこと……』
魔王『そうだ。人間と魔族のちがいはそこにある』
133:
姫『あなたは……あなたたちの目的はなんなの?』
魔王『つまり、だ』
姫『……』
魔王『えーっと……』
姫『……』
魔王『……』
姫『……』
姫(結局ここで会話は終わってしまった)
134:
姫(てっきりそこそこ会話できるのかと思ったけど)
姫(どうやら、そうでもないみたい)
姫(でも、いまだに自分の耳で聞いたことを信じられない)
姫(魔王が人間を恐ろしいと思う。そんなことって……)
サキュバス「お姫様。食事をお持ちしました」
姫(彼女は魔王の側近で、私の身の回りの世話する魔物)
姫(魔物、と言っても外見はほとんど人間と変わらない)
135:
姫「……ありがとう。今日の食事もおいしそうね」
サキュ「でしょう? あたしが食べたいぐらい」
姫(このサキュバスは、やたら馴れ馴れしく私に話しかけてくる)
姫「ねえ。あなたたちの目的はいったい……」
サキュ「そんなことより! あたしは姫様の私生活が知りたいなあ」
サキュ「やっぱり王族って贅沢してるんでしょ?」
姫「話をそらさないで」
サキュ「そんな怖い顔しないでよ」
サキュ「つーか、あたしがその質問に答えると思う?」
姫「……」
137:
サキュ「お姫様、ご自分の立場をよーく考えたほうがいいですよ?」
サキュ「利用価値があるから、今は大事に大事にされてるけど」
サキュ「箱入り娘は、おとなしく箱に収まっててほしいなあ」
姫「……」
サキュ「あとそんなコワイ顔しないで。かわいいんだから、笑ってよ」
姫「誘拐されて、笑っていられるわけないじゃない」
サキュ「ふーん。じゃあ、こういうことしちゃおっかな」
姫「ひゃっ!?」
138:
姫「ど、どこさわってるの!?」
サキュ「ヤバっ! 肌すべすべ! チョーきもちいいっ」
姫「や、やめ……」
側近「……お前ら。なにやってんだ?」
サキュ「……ちょっとぉ。レディーの部屋に入るときはノックを二回。
これ常識でしょ?」
側近「んなことはどうでもいいんだよ」
姫(魔王といたときはあんなに硬い口調だったのに)
姫(ずいぶんと乱暴な口調でしゃべるのね)
139:
サキュ「なんかあたしに用?」
側近「魔王さまが呼んでる。それから、ヤツが捕まったそうだ」
サキュ「捕まったって、誰が? つーか誰に?」
側近「魔王さまがかわいがってた猫、それが勇者たちに捕まった」
サキュ「ああ、あのガキ猫ね。へえ、殺されなかったんだ」
側近「けっ。オレの予想は外れたようだ」
サキュ「じゃあ賭けはあたしの勝ちってことね。
今度、なんかご馳走してよね」
側近「ふんっ。勇者連中もとんだあまちゃんだな」
サキュ「だから言ったでしょ?」
サキュ「『カワイイは武器になる』って」
140:
サキュ「容姿は生きてるかぎり、絶対につきまとうもの。ねえ、姫様?」
姫(なぜか私を見てサキュバスはニヤニヤしてくる)
側近「はっ、くだらねえ。見てくれなんざ、どうでもいいぜ」
側近「この世に必要なのはパワーだ。パワーこそが力だ」
サキュ「だーれもそんな話してないっつーの、この脳筋」
?「おや、ここにいたのですか」
姫(また部屋に入ってきた)
姫(姿はローブにほとんど隠れてるけど、当然魔物よね)
142:
?「魔王さまが呼んでいます。こんなところで、油を売ってる場合じゃないでしょ」
サキュ「それはそうなんだけど、コイツがさあ」
側近「あ? その目はなんだ?」
サキュ「べっつにー」
?「話はあとにしてください。
魔王さまを待たせるわけにはいきません」
サキュ「はいはい」
姫(魔物たちの会話……このヒトたちも普通に話したりするのね)
143:
◆
勇者(あの村を出て二日。俺たちはなんとか次の街へたどり着いた)
勇者(現在、その街の教会で俺の反省会が開かれている)
戦士「あのね勇者、キミがシャイなのは知ってるよ?」
戦士「でも戦闘中ぐらいはひっこめようよ、そのシャイな部分を」
勇者「そ、そんなこと言われても……」
勇者(数時間前のこと。俺たちパーティーは魔物と交戦した)
勇者(そして――)
144:
僧侶『煙幕で視界が……』
魔法使い『ここは各々で戦ったほうがよさげだね』
戦士『まあこの程度の魔物だったら、コンビネーションの必要もないよ!』
勇者(たしかに魔物は決して強くはなかった)
勇者(しかし運が悪いことに、俺は敵の爪に引っかかれた)
勇者『……っ!』
勇者『(たいした傷じゃないけど、この感覚……たぶん毒だな)』
勇者『(毒が回ったら厄介だ。ここは僧侶に治癒してもらうのがベスト)』
勇者『(ベストだけど……こういうとき、なんて頼めばいいのかわかんねえ!!)』
145:
コミュ障はバトルも苦労するな
146:
そうなるよな…
147:
勇者『(僧侶! 回復魔法じゃんじゃん浴びせちゃってくれ!)』
勇者『(……いや、なんかちがうな)』
勇者『(僧侶! さっさと俺を回復しろ!)』
勇者『(……なんかえらそうだよなあ)』
勇者『(僧侶さん、あのー、回復をしてもらってもいいですかあ?)』
勇者『(いやいや、余所余所しくないかこれ!?)』
勇者『(ダメだ! なんておねがいしたらいいのか、全然わかんねえっ!)』
魔法使い『勇者っ! 前見てっ!!』
勇者『へ…………ぐわはあぁっ!?』
勇者(そして、次に目がさめたときには街にいた)
151:
乙
この勇者は一人旅のが向いてそう
152:
前回のかっこよかった勇者はどこへ
159: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/09(火)20:06:47 ID:BJUT5YObJ
魔法使い「戦闘のときにまで人見知りが影響するなんてね」
戦士「まったく、大変だったよ。気絶したキミを運ぶのはね」
勇者「す、すみません……」
戦士「これじゃあ魔王と戦うなんて無理だ。なんとかしないと」
魔法使い「でも人の性格って一朝一夕じゃ変えられないよ」
勇者「あ、あはは」
僧侶「勇者様は、なぜそんなにシャイなのですか?」
勇者「さあ……?」
勇者(どんな質問だよ、それ)
160:
魔法使い「このままだとガールフレンドもできないよ!」
勇者(まずお友達がいない)
戦士「もうすこし。ボクらに心を開いてくれると助かるんだけどねえ」
魔法使い「心を開く……そうだ。私にいい考えがあるよ!」
戦士「聞こうか。せっかくだし」
魔法使い「あだ名つけてあげればいいんだよ」
魔法使い「あだ名で呼ぶと、なんだか仲いい感じがするし」
勇者「あだ名、ですか」
162:
戦士「へえ。それはなかなかいいアイディアだ」
勇者(コイツ、絶対に思ってないだろ)
戦士「ボクはパスだけどね」
魔法使い「なんで?」
戦士「せっかくのあだ名なんだよ」
戦士「だったら女性につけてもらったほうが嬉しいでしょ」
魔法使い「そういうものなの?」
戦士「男っていうのは、女性の施しをなにより喜ぶ生き物なんだよ」
魔法使い「ふーん」
163:
魔法使い「あだ名かあ。言いだしっぺだけど、イマイチ浮かばないなあ」
僧侶「私、浮かびました」
勇者「!?」
勇者(お前かよ!?)
戦士「へえ。どんなあだ名なんだい?」
僧侶「勇者様、発表してもよろしいですか?」
勇者「ど、どうぞ」
164:
僧侶「では僭越ながら発表させていただきます」
僧侶「チキン」
勇者「……」
魔法使い「……」
戦士「僧侶ちゃん。そのあだ名の由来は?」
僧侶「勇者様は臆病ですから。……いい意味で」
勇者(会話のときはたしかに臆病だけど)
勇者(ていうか、いい意味で臆病ってなんだ。慎重ってことか?)
165:
魔法使い「えっと……あだ名については、またべつの機会に考えよっか」
僧侶「わかりました」
勇者(僧侶の表情が心なしか、ガッカリしてるように見えた)
魔法使い「でもこれじゃあ、なにも解決してないんだよね」
戦士「じゃあこういうのはどうだい?」
魔法使い「んー?」
戦士「コスチュームチェンジ。身につけるものが変われば、気持ちも変わるでしょ」
魔法使い「あっ、それグッドアイディア」
戦士「勇者のシャイが消え失せるような、ステキな衣装を見つけたいね」
勇者「……」
勇者(イヤな予感しかしない)
166:
◆
魔法使い「うぅ〜、やっぱり晴れの日は気持ちがいいね」
戦士「昨日は土砂降りに勇者運びに、ホントついてなかったからね」
戦士「おかげで、さっき占いなんか受けちゃったよ」
勇者「……すんません」
戦士「気にしなくていいよ。占い師のお姉さん、美人だったしね」
猫「なあ、俺様気になってることがあるんだが」
勇者(どうでもいいがこの猫、ずっと魔法使いのリュックの上にのってる)
魔法使い「なになに? なんでも聞いて」
猫「お前らはなぜ、いちいち教会に立ち寄るんだ?」
167:
魔法使い「あれは教会に報告してるの、いろんなことをね」
戦士「魔法使い」
魔法使い「……わかってるよ。話していいこと、話しちゃダメなことぐらい」
戦士「まあ日にちのことぐらいなら、話してもいいんじゃない?」
猫「日にち?」
魔法使い「私たちは、次の街に行く日を教会に伝えておくの」
猫「なんでそんなことを?」
戦士「旅のとちゅうで魔物に襲われたり、
なんらかのトラブルに巻きこまれたときのためだよ」
猫「なるほど。指定した期日に報告がなかったら、捜索願が出たりするわけだ」
魔法使い「そうだよそのとおりだよー、さすが理解がはやいねっ」
猫「だからほっぺスリスリをやめろにゃん!」
168:
魔法使い「おっ。ついたね」
僧侶「なかなか大きな店ですね」
戦士「山のふもとにある街だけあって、登山グッズや虫対策グッズが豊富なんだって」
勇者(そして店に入って五分後)
勇者(俺は魔法使いに無理やり服を脱がされ、そして……)
魔法使い「前から思ってたんだよね。勇者はもっと派手にいくべきだって」
勇者「……」
戦士「そう思った結果がこのナリってわけね」
僧侶「以前と比較すると、ずいぶんと様変わりしましたね」
魔法使い「でしょでしょ!? やっぱりファッションは冒険しなきゃね」
勇者(なんなんだ、この格好は)
170:
魔法使い「ほらほら、鏡の前に立ってみて」
勇者「うわ」
勇者(鏡の自分を見て『うわ』って言っちゃった)
勇者(ていうか原色キツいし。なんかサイズがあってないし)
魔法使い「今回のコーディネートのポイントは、ズバリこのナイフ」
戦士「腰についてるチェーンつきのナイフのこと?」
魔法使い「そうそう。こういう小物がオシャレを引き立てるの」
戦士「小物って言うには、ちょっとデカイけどね」
勇者「センスわる」
魔法使い「え?」
勇者「ん?」
勇者(ヤベ。思わず本音がポロリしてしまった)
171:
魔法使い「勇者。いまボソッとなにか言ったよね?」
勇者「そ、空耳でしょう……きっと」
魔法使い「ウソだ。絶対なにか言ったでしょ?」
勇者「……ど、独創的なファッションだなと思って」
猫「コイツは今、『センスわる』とハッキリ口にしたぞ」
勇者(ね、猫!?)
魔法使い「……」
勇者「ま、魔法使いさん?」
魔法使い「そうだよね。うん、知ってたよ」
魔法使い「やっぱり私って、この手のセンスが致命的に欠けてるんだよね」
勇者(うわ、めっちゃ落ちこんでる)
172:
魔法使い「お母さんや友達にも『アンタやばい』って言われるし」
魔法使い「マントの下を見せたら、また同じこと言われそう……」
勇者(マントの下はどんな惨状になってんだ)
戦士「ボクはとてもいいと思うけどね、魔法使いのチョイス」
魔法使い「ほ、ほんとう?」
戦士「うん。せっかくだしこの格好で外を歩いてみようよ」
勇者「え?」
戦士「安心してよ。この服はボクのポケットマネーで買ってあげる」
勇者「え? いやいや、その……」
戦士「遠慮するなよ。ボクと勇者の仲でしょ?」
勇者(こ、このキザ野郎……)
174:
戦士「あとは必需品をそろえないとね」
僧侶「ここから先の街に行くには、この山を超えなければいけません」
僧侶「危険な虫がいますから、虫対策はしたほうがいいでしょう」
魔法使い「じゃあ虫除けスプレーは購入決定かな」
戦士「勇者はなにか買っておきたいものはない?」
勇者「……特には」
魔法使い「私は杖を補充しておこうかな。十本ぐらい」
勇者(道具屋に入るたびに杖買いすぎだろ)
175:
戦士「これ、面白いね。『虫除け』ならぬ『虫寄せ』シールか」
戦士「なにかの縁だ。一個買っておこう」
勇者(戦士は戦士で、どうでもいいものをよく買うし)
僧侶「かぶれにくい肌に優しいアルコール脱脂綿……」
勇者(僧侶は基本的に無駄遣いはしない。薬コーナーを見て終わることが多い)
店員「お兄さん、なにかお探し?」
勇者「え? あ、いや、べつに」
店員「またまたあ。お兄さんの目、エモノを狙うハンターのそれだったよ」
勇者(なぜか俺は、毎回店員に話しかけられる。そしてあたふたする)
176:
◆
戦士「さて。買い物も終わったし、宿を探すとしようか」
「ねえママ。あの人なんかすごい格好してるよー」
「ダメよ、見られちゃいけません!」
勇者「……」
戦士「さっきから道行く人の視線が、勇者に集まってるね」
勇者(そりゃあ俺一人だけカーニバル状態だからな)
猫「しかし人間の街は、なぜにこうも物が多いのかにゃん」
魔法使い「こら、外ではしゃべっちゃダメって言ってるでしょ?」
猫「そう言われるとかえってしゃべりたくなるな。
ん? アレはなにをやってるんだ?」
戦士「……占いかな。水晶もあるし」
177:
占い師「よかったらどうです?」
戦士「なんなら三人とも占ってもらえば?」
勇者(占いなんかで金をムダにしたくないな)
魔法使い「私、占ってほしい! 勇者も占ってもらおう」
勇者「あ、じゃあ……」
占い師「いらっしゃい。おや、お客様はこの街の方じゃありませんね?」
魔法使い「はい、私たちはわけあって旅をしてるんです」
占い師「では、あなた方の今後の旅について占いましょうか?」
魔法使い「あ、それよりも。ちがうことを占ってほしいんです」
占い師「ほう、それはいったい?」
魔法使い「私の服のセンスについて。……できますか?」
勇者「……」
勇者(センスを占うってなんだ?)
勇者(相当気にしてるんだな……って、俺のせいか)
178:
僧侶「……私も占っていただきたいのですが」
戦士「僧侶ちゃんもこういうの好きなんだね」
僧侶「好き、とはすこしちがいますが」
勇者(なんかすげえ意外だ)
勇者(意外と言えば、この占い師は声から察するに男なんだよなあ)
占い師「構いませんよ、もらうものさえもらえば」
占い師「それで? あなたはなにを占ってほしいのですか?」
僧侶「あだ名のセンスです」
勇者(って、お前もかいっ!)
180:
占い師「服のセンスに、あだ名のセンス……いいでしょう、占ってみましょう」
占い師「ちなみにあなたは?」
勇者「あ、ボクですか? えっと、もうちょっと考えます」
占い師「かしこまりました。ではお二方は水晶を見つめてください」
占い師「よかったら勇者さまも」
勇者「あ、はい」
魔法使い「……」
僧侶「……」
勇者「……」
182:
勇者「…………」
僧侶「…………」
魔法使い「…………」
戦士「――三人とも! 目をさませっ!」
勇者「……はっ!?」
勇者(え? え? なに? 今、俺はいったい……?)
戦士「勇者! キミの剣が盗まれた!」
戦士「あと魔法使いのやたら膨らんだリュックも!」
勇者「!?」
魔法使い「え……」
勇者(マジじゃねえか!? ていうか剣を盗まれるって……はああぁ!?)
184:
魔法使い「えっと……誰が盗んだの? 私のリュック」
戦士「あそこだ!」
勇者(野郎が四人……っていうか、すでに距離はなされてるし!)
魔法使い「ああっ!? 猫ちゃんもいっしょに誘拐されてるっ!」
戦士「とにかく追うよ!」
僧侶「了解です」
戦士「ったく、盗まれるほうも悪いけどさ――」
勇者(さすが戦士。脚力ハンパないな、すでに追いついてる)
戦士「――やっぱり盗むヤツが一番タチ悪いよね!」
勇者(回りこんだ! これで少なくとも一人は捕まえられる!)
185:
盗人「ふんっ!」
戦士「チッ……!」
勇者(って、なんて身のこなしだ!)
魔法使い「戦士があっさり抜かれるなんて……」
僧侶「ただ者じゃないですね」
戦士「……あの連中の動き、勇者も見ただろ?」
勇者「うん」
勇者(てっきりただの盗人かと思ったけど、アレはちがう)
勇者(あの身のこなし。俺たちから簡単に盗みを成功させた手腕)
戦士「アイツら……考えなしに追うと、やられる可能性があるね」
186:
魔法使い「どうするの!? このままだと街を出ちゃうよ」
戦士「最悪、魔法使いのリュックはあきらめるかなあ」
魔法使い「ええ!? あの中には色々買いだめしたアイテムがあるんだよ!」
魔法使い「猫ちゃんもリュックに乗ったままだし!」
戦士「いやあ、心中お察しするよ。でもね、勇者の盗まれたものがモノだからね」
勇者「……」
僧侶「あっちは確実に取り返さないと、取り返しがつかなくなります」
勇者(そりゃそうだ。なにせ盗まれた剣はこの世にひとつしかない――)
勇者(対魔王用の剣――『勇者の剣』なんだから)
188:
勇者以外のメンツも地味に濃いなww
193: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/11(木)00:24:37 ID:9E0xhvLHJ
魔法使い「あっ! 二手にわかれた」
戦士「しかしなんてスピードだ。引き離されてく一方だ」
僧侶「このまま素直に追っても、取り返すのは困難かと」
戦士「……僧侶ちゃん、ひとつ頼まれてくれる?」
僧侶「教会に伝えて市警に協力をあおぐのですね」
戦士「せーかい。連中の追跡はボクらでやる」
僧侶「了解。それでは」
戦士「さてそれから。魔法使いのリュックのことだけど」
魔法使い「あの中には役立つものがてんこ盛りなんだよ、ホントだよ!」
戦士「だってさ、勇者」
勇者(ガラクタばっかだろ、どうせ)
194:
戦士「ボクから提案。こっちも二手にわかれない?」
魔法使い「それ! そうしようよ!」
戦士「もちろん。剣の奪還が最重事項だから、追うなら2:1になるけど」
勇者「えっと、どっちが一人ですか?」
戦士「キミの希望を言い当ててあげようか?」
勇者(とういうわけで、俺たちも二手にわかれることになった)
195:
◆
姫「……」
魔王「……」
姫(また私は呼び出された。そしてやっぱり話すまでが長い)
姫(あと相変わらず距離が遠すぎる。声はなぜか普通に届くけど)
魔王「……今日、そなたを呼び出したのはほかでもない」
魔王「ほかでもないのだが……そのだな……」
姫(ほかでもないって言ったあとに、沈黙って)
姫「あなたたち魔物の目的でも話してくれるの?」
魔王「……ふむ」
姫「以前聞いたときは、結局はぐらかされて終わった」
196:
魔王「どうする?」
姫「え?」
魔王「余の目的を知って、それでそなたはどうする?」
姫「それを言われると……」
姫(たとえ魔王の目的を知ったとしても、私ではなにもできない)
魔王「それとそなたは勘違いをしているようだから忠告しておく」
魔王「魔族とて一枚岩には程遠い、そなたら人間と同じだ」
姫「……だから、なんだっていうの?」
魔王「……」
姫「……」
198:
魔王「あー、ひょっとするとそなたは気づいてるかもしれん」
魔王「余は人見知りするだけでなく、話すことそのものが苦手だ」
姫(気づいてた、とっくに)
魔王「余の伝えたい事と、そなたの認識に齟齬が生まれるかもしれん」
魔王「それでもよければ話してやろう」
姫「……それでいい、話して」
魔王「うむ。余は人間を滅亡させたいわけではない」
魔王「魔族の支配下に置くつもりだ」
姫「人間は奴隷ってことね」
魔王「……ちがうな、そうじゃない。家畜のほうが適切か」
姫「家畜!?」
199:
魔王「誤解するな。食ったりするわけではない」
魔王「いくつか制限は設けるが、それさえ厳守すれば人間も自由に生きられる」
魔王「職業もやりたいことも、きちんと選択できる」
魔王「もちろん過程をもつことも」
魔王「余が築こうとしてるのは、そういう世界だ」
姫「……」
魔王「魔族の支配のもと、穏やかに生活させてやろうって言ってるんだ」
魔王「むろん、不当に人間を傷つける魔族にはそれ相応の罰を与える」
姫「……」
魔王「そなたはどう思う? 余が目指す世界を」
200:
姫「……」
魔王「言葉が見つからない。そんな面持ちだな」
姫「ええ。でも納得できない、できるわけない」
魔王「なぜだ? 人間だって同じことをしているのに?」
姫「同じこと? なにを言ってるの?」
魔王「人間は牛や豚を、自分たちが食らうために管理する」
魔王「生命の営みを限られた枠の中でさせる――食事と適した環境を与えるかわりに」
魔王「余がこれからしようとすることと、そなたらがしてきたこと」
魔王「これのどこにちがいがある?」
姫「そ、それは……」
201:
魔王「魔族の世界にも争いや差別はあまねく存在する」
魔王「そして様々感情や思考、意志がはびこっている」
魔王「この世界をまとめ、秩序をつくり平和を築く――それが余の使命」
姫「じゃあ、どうして? どうして勇者を殺そうとしたの?」
姫「どうして私をここに連れてきたの?」
魔王「余が目指す世界において。余は抑止力として存在しなければならない」
魔王「その余をもっとも脅かす存在は誰か? 決まってる、勇者だ」
姫「つまりあなたは自分、ひいてはあなたの世界を脅かす勇者を……」
魔王「そうだ。危険分子は先につぶしておく必要がある」
202:
魔王「そして、なぜそなたを連れてきたのか」
魔王「ひとつはそなたのもつ、そなただけしか使えない魔術」
姫「待って、どうしてあなたが私の術のことを?」
魔王「それについて、答えるつもりはない」
魔王「そしてもうひとつの質問の答えは、簡単だ」
魔王「そなたには手伝ってほしいのだ」
姫「え?」
魔王「つまり、だ」
姫「……」
魔王「……」
姫「また肝心なところで……どうして黙ってしまうの?」
魔王「うむ、すまぬ」
姫(魔王は私になにを言おうとしているの?)
203:
◆
勇者(こうして二手にわかれた俺たちだったが、あっさりと敵を見失った)
勇者(森の中とはいえ、こうも簡単にまかれるなんてな)
勇者「……ほんと、『これ』がなかったら見つけられなかったよ」
盗人「……なぜここが?」
勇者「……」
勇者(カッコよく質問に答えたいけど、人見知りが発動して答えられない……)
勇者(まあとにかく……返してもらうぞ)
勇者(魔法使いのリュックを!)
218: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/13(土)22:37:49 ID:wlbQqPHKK
盗人「どうやってこちらの居場所を把握した?」
勇者(答えると思うのか)
盗人「そもそも、なぜお前がこっちを追ってきた?」
勇者(だから答えるつもりはない、そう言ってるだろ)
盗人「だんまりか。まあいい」
会話はあきらめたらしい。
敵は腰に吊り下げていたダガーを逆手に構える。
ただの盗人だったら、こんな持ちかたはしない。
盗人「やられちまえ」
敵の繰り出したナイフをとっさにかわして、勇者は蹴りをくりだす。
だが勇者の予想通り、盗人はぎりぎりでこれをかわして反撃してくる。
勇者(やっぱり。ただのコソ泥じゃないな、コイツ)
220:
勇者(普通にやりあったら面倒だ。だったら)
勇者「――今だ!」
視線を、ダガーを振りあげた目の前の盗人から、さらに奥へ向けて叫ぶ。
盗人「誰がそんな手に!」
「またせたにゃあ」
盗人「なっ!?」
驚きのせいだろう、敵の動きが一瞬だけとまった。それで十分だった。
拳を容赦なく敵の頬にぶつける。
はっきりとした手応え。盗人が大きく吹っ飛ぶ。
勇者「猫だまし、成功」
猫「お前は猫だましの意味をきちんと調べろ」
222:
盗人「な、なんで猫がしゃべってやがる?」
猫「猫だって小言のひとつや二つ、言いたくなるときがある」
猫「とくにこんなふうに、見ず知らずの人間に誘拐されたときなんかは」
盗人「ぐっ……」
猫「ふん。パンチ一発で気絶したか」
勇者「お前は俺より、しゃべりのセンスがあるみたいだな」
猫「お前がなさすぎるだけだにゃん」
勇者「ついでに悪口のセンスもな」
226:
猫「そういえば、ひとつ気になることがある」
勇者「質問はあとだ」
猫「にゃ?」
「気づいてたか」
勇者の真上から声と影がどうじにふってくる、とっさに横転してその場をはなれる。
頭上からあらわれたのは、もうひとりの盗人だった。
勇者(そりゃあな。四人が二手にわかれたのは見てたからな)
盗人「ふん。どうやらアンタ、敵とは口をきかないタイプのようだな」
勇者(次の敵は剣、しかも二刀流かよ。エモノがないときに、これとはね)
盗人「来ないならこちらから!」
227:
勇者(二刀流……手数で攻めるスタイルか)
勇者(武器がない今、これを処理すのはキツイ……いや、まてよ)
盗人「見えた――スキ有り!」
どうやら敵はこちらの硬直を見逃さなかったようだ。
振りあげられた刃が勇者目がけて振りおろされる。
勇者「ところがどっこい」
甲高い金属音が木々の葉むらに吸いこまれたときには、二振りの剣は空中を舞っていた。
盗人「ば、馬鹿な……!?」
勇者「そしてこれが俺の必殺技だ、くらえ」
猫「……」
いつのまにか勇者にかかえられた猫が、口から巨大な水弾をはなつ。
超光ではなたれた水弾が敵の顔面を直撃する。
228:
盗人「かはっ……!」
勇者「人のモノを盗むとこうなる。肝に銘じな」
猫「おまえ、堂々とセコイな」
勇者「こんなところでくたばりたくないからな」
猫「わざわざ手伝ってやったんだ、あとで礼のかわりにブツをよこせにゃん」
勇者「はいはい」
猫「しかし、よかったにゃあ」
勇者「なにが?」
猫「あの魔法使いのおかげで、命拾いしたじゃないか」
勇者「……まあな」
230:
勇者「この腰にぶら下げてたナイフが、まさか役に立つとはな」
猫「アイツはこういった状況を想定して、その服を着せてたのかにゃ?」
勇者「それは絶対にない」
猫「でも結果的にアイツのおかげで助かったんだろ?」
猫「だったら礼を言うのが筋ってもんだと思うにゃあ」
勇者「……」
勇者(なんと憎たらしい顔っ! 俺がしゃべれないことをわかって言ってやがんな)
猫「俺様、なにかおかしいことを言ってるかにゃん?」
勇者「おまえに言われるまでもないっつーの」
猫「で、さっき聞こうとしたことだが」
猫「どうやってコイツらの居場所を突きとめたのにゃん?」
勇者「べつに、この盗人どもを追いかけてきたわけじゃない」
233:
勇者「ほら、お前についてる首輪だよ」
猫「……ああ、魔法使いが俺様につけたヤツか」
猫「まったく。俺様には魔王さまからいただいた立派な首輪があるというのに」
勇者「二つも首輪ついてる猫もそういないよな」
猫「それで? 首輪がなんなんだにゃん?」
勇者「その首輪でお前の居場所が特定できたんだよ、これを使ってな」
猫「杖?」
勇者「仕組みは俺にはわからない」
勇者「でも、この杖はお前に近づけば近づくほど光るんだよ」
猫「この首輪は、俺様が逃げ出さないようにするためのものだったのかにゃん」
234:
勇者「さてと。コイツらの目的、その他もろもろ聞くとするか」
猫「満足に人と話せないお前が? どうやって?」
勇者「……俺のかわりに尋問してくれ。あとでなんか買ってやるから」
猫「お前、やっぱりダサいのにゃん」
勇者「うるさい。とりあえず起こしてくれよ」
猫「おい、盗人どもよ。さっさと起きろ」
勇者(そういえば戦士たちも気になるな……ん? 煙?)
勇者「――まずいっ」
猫「にゃ!? な、なんで急にひっぱるのにゃん!?」
勇者「トラップだ!」
勇者(しかも毒煙! どんなカラクリかは知らないけど事前に仕込んでたな、この盗人)
236:
猫「ふぅ、なんとか煙を吸いこまずにすんだか?」
勇者「最近はつくづく毒に縁があるみたいだな」
猫「だがアレだと、毒煙の罠をしかけたアイツまで……」
勇者「それだけじゃない。コイツらの行動、ひっかかることが多すぎる」
勇者(そもそもアイツら、なんで逃げようとしなかった……あれ?)
猫「どうした?」
勇者「やばい。どうも吸っちゃったみたいだ、煙」
猫「あらまあ」
勇者「なんだその淡々としたリアクションは。ご主人様のピンチだぞ」
猫「俺様のご主人様はお前じゃない」
勇者「ていうか、そんなことはどうでもいい」
勇者(ヤバイ、これけっこう本気でヤバイ……)
僧侶「どうなさいましたか、勇者様?」
勇者「そ、僧侶?」
237:
勇者「あ、あのですね……そ、その……」
勇者(けっこうな生命のピンチに人見知りが! 人見知りがっ!)
僧侶「傷口は見当たらないですね」
勇者(ちっがう! 傷じゃないんだよ! 毒なんだよお!)
僧侶「ひょっとして食あたりでもしましたか?」
勇者(するかボケぇ! て、ていうか痺れてきた、か、からだががががが……)
猫「……勇者は毒煙を吸いこんだんだにゃん」
僧侶「そうなのですか、勇者様?」
勇者(めっちゃ首を縦にふる俺)
僧侶「そうでしたか。それで口がきけなかったのですね」
猫「あまりに情けなくて見てられないにゃん……」
239:
勇者(そして一分後、俺はあっさりと僧侶の治癒術で回復した)
勇者(僧侶の術が効くスピードは尋常じゃない、もう完治してる)
勇者(しいて言うなら、術をかけてもらうたびにチクッとするのが気になるけど)
僧侶「どうですか? 顔色はまだ優れないようですけど」
勇者「おかげで、なんとか……」
猫「人見知りのせいで死にかけるとは、愚かなヤツにゃん」
勇者(なにも言い返せない)
僧侶「勇者様は必要以上に無口ですからね。いい意味で」
勇者(この場合の『いい意味で』は、どういう意味なんだろ)
僧侶「勇者様が木に目印をつけてくださって助かりました」
僧侶「それがなかったら、ここにたどり着くこともなく、勇者様も……」
勇者「あ、あはは。そうですね」
240:
僧侶「ところで。前から気になってたことを聞いてもいいですか?」
勇者「……なんでしょう?」
僧侶「勇者様はひょっとして苦手なんじゃないですか、私のこと」
勇者「……」
◆
戦士「敵は逃げない。ボクの予想は当たったでしょ?」
盗人「……」
魔法使い「本当に当たったね。でもどうしてわかったの、この人たちの場所?」
戦士「あとで教えてあげる。とりあえずは今は取り返すよ」
戦士「『勇者の剣』をね」
248: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/15(月)21:09:16 ID:qNDJULlTA
盗人「居場所を把握していがら、あえて正面から来るとはな」
戦士「ボクは無駄な争いがきらいでね」
戦士「たいていの物事はなるだけ穏便にすませたいと思ってる」
戦士「それに。いくら剣を盗んだ連中とはいえ、ボコボコにするのは気がひけるしね」
盗人「ずいぶんと自信過剰な兄ちゃんだな、ああっ!?」
魔法使い「もー、怒らせてどうするの?」
戦士「怒る人間はなに言われても怒るよ」
戦士「相手はひとりだし、さっさと剣を取り返すよ」
魔法使い「この人たちを捕まえてから、でしょ!」
戦士と魔法使いがそれぞれ武器をかまえる。戦士は剣、魔法使いは小さな杖を。
まばゆい光が飛び散る、ふたりの武器からだ。
戦士「動かないでよ、術が外れるから!」
地鳴りに似た低い音。
次の瞬間には、盗人の足もとから巨大な突起が生えていた――戦士の魔術だ。
249:
敵は突起を飛び退いてかわした。
盗人が着地した場所には、すでに魔法使いが火炎球をはなっている。
魔法使い「ビンゴ!」
戦士「いや、まだだ」
なんの前触れもなくあらわれた水の渦、それが炎の球をあっさりと飲みこんでしまう。
魔法使い「相手はひとりじゃないってことね」
戦士「陰険な連中だね。人のモノを盗むわ、戦うときはコソコソ隠れるわ」
盗人「卑怯で陰険なことは堂々とやる、それが俺たちだ」
戦士「ふーん、なるほどね」
再び地面から突き出した突起が盗人を襲う。
だが敵は予想よりも素早いらしい、これもギリギリでよけられる。
盗人「不意打ちかよ」
戦士「そっちがその気ならこっちもその気ってね。卑怯には卑怯でしょ」
250:
盗人「アンタ、戦士のくせに魔術の扱いに長けてるようだな」
戦士「いやいや。こちらのお嬢さんには負けるよ」
盗人「このガキンチョが?」
魔法使い「……ガキンチョ?」
盗人「ガキンチョだろ? オレらみたいなのに囲まれて、お気の毒だな」
戦士「だってさ。パーティ内で一番年上なのにね、魔法使い」
魔法使い「……」
戦士「まあ毎度年齢を誤解されるのは、それだけ若々しく見えるってことでしょ?」
戦士「よかったじゃん」
魔法使い「そういう問題じゃない。私はこれでも――」
魔法使いが自身をくるんでいたマントを大きく広げる。
盗人「な、なんだその……」
戦士「相変わらずマントの下はすごい服……じゃなかった。すごい数の杖だね」
マントの裏にはびっしりと大量の杖がはりつけられていた。
251:
魔法使い「会う人会う人、みんな同じこと言ってくるんだもん」
魔法使い「私はみんなが思ってるよりずっとオトナなのっ!」
マントの下にひそませていた杖を次々と、鬱蒼と生い茂る木々にむかって投擲する。
盗人「なにをする気かしらんが。やらせはしない」
魔法使い「手遅れだよ、とっくにね」
山を覆う木々のあいだをぬって悲鳴がきこえた。しかも複数。
盗人「なにが――」
魔法使い「だから遅いんだってば」
敵の足もとに杖が突き刺さる。次の瞬間。
その杖が小さく爆ぜた。
盗人「これがどうしたって言うんだよ」
戦士「自分の足もとをよーく見てみることだね、目をこらして」
252:
盗人「は? なに言ってやがんだ?」
盗人が鼻でわらう。だが、すぐに盗人の口もとの嘲りは消え失せた。
盗人「……こ、これは、ど、どうなってやがんだ!?」
杖が爆ぜたことで生じた煙が、盗人の足首にからみつくように漂っている。
盗人「どうなってんだ!? 足がビクともしねえ!」
魔法使い「私の術だよ。これ、普段はあまり使わないんだけどね」
盗人「くっそ……!」
戦士「人間、気づくと失言してるなんてことは珍しくない。
言葉を舌に乗せるときは、きちんと吟味することだね」
魔法使い「あと、人のものを盗むのは普通に最低最悪な行為だから」
253:
◆
魔法使い「全員拘束したし、剣も取り返したし。これでオールオッケイ」
戦士「ボクら、思いのほか歓迎されたてみたいだね」
魔法使い「五人も待ち伏せしてくれてたもんね」
戦士「それにしても。キミの術は相変わらず便利だね。ぜひボクにも種を教えてほしいね」
魔法使い「ダーメ、教えてあげない」
戦士「相変わらず魔術に関しては秘密主義だなあ」
戦士「ボクの予想を言おう。さっきの術は空間を操作する類の魔術……ちがう?」
魔法使い「さあ? どうかなあ」
戦士「いちおうそう思う根拠もあるんだけど。キミはどう思う?」
魔法使い「誰に話しかけてるの?」
戦士「彼にだよ。ほら、あそこ」
魔法使い「え……」
?「……バレてましたか」
254:
?「いつから気づいてたんですか、私があなた方を見張っていたこと」
戦士「さあ? どうかなあ」
魔法使い「ちょっと私のマネしたでしょ」
魔法使い「……ていうかこの人って、さっきの占い師の人だよね?」
戦士「そのとおり。おそらくこの泥棒くんたちとグルだったんでしょ」
占い師「グル……そうですね、一番近い表現はそれですかね」
戦士「まんまとキミの手に引っかかったよ」
戦士「おそらく占いに使う水晶、あれになんらかの魔術が施されてたんだ」
戦士「気づいたら魅入られてるような、あるいは見た人間の意識を奪うような術をね」
魔法使い「で、私たちは見事にしてやられたってわけね」
255:
戦士「普通にボロ出してたのにね、キミ」
占い師「はて? 心当たりはありませんが」
戦士「ふーん。あのときの会話は、たしかこんな感じだったはずだけど」
占い師『かしこまりました。ではお二方は水晶を見つめてください』
占い師『よかったら勇者さまも』
勇者『あ、はい』
魔法使い「そうだよ! この人、名乗ってないのに勇者のこと、勇者って呼んでた!」
占い師「これはこれは。私もまだまだツメが甘いようですね」
戦士「まあすんだこと、これはどうでもいいんだよ」
戦士「ボクが解せないのは、どうしてそのまま剣を盗んで逃げなかったのかってことだ」
256:
戦士「ボクらとたわむれるために、わざわざこんなパーティを開いてくれたのかい?」
占い師「さあ? どうかなあ」
魔法使い「……もしかしてそれ、私のマネ?」
戦士「ボクはね、こういう歓迎のされかたは好きじゃないんだよ」
占い師「次は気に入ってもらえるよう努力します」
戦士「次はない」
占い師「そう言わずに。次回もお楽しみください――」
魔法使い「……っ!? スモーク弾!?」
戦士「まったく、めんどうだなあ」
魔法使い「追わなくていいの!?」
戦士「おそらく、逃げる手段はあらかじめ用意してるでしょ」
戦士「ハナから剣を盗むつもりはなかったんだよ、たぶんだけど」
257:
魔法使い「気がかかりなことがいっきに増えたね」
戦士「今後のことについては、またみんなで話しあおう」
魔法使い「ところで。泥棒さんの場所がわかった方法、まだ聞いてないよ」
戦士「これを使ったんだよ」
魔法使い「……シール?」
戦士「ボク、道具屋で購入したでしょ? この虫寄せシール」
戦士「最初にこの泥棒くんたちを捕まえようとしたとき、とっさに貼ってみたんだよね」
魔法使い「すれちがいざまに、よくそんなことができたね」
戦士「ボクを誰だと思ってるんだい?」
魔法使い「でも、どうしてそれでこの人たちの居場所がわかるの?」
258:
戦士「このあたりは虫がウジャウジャいるからね」
戦士「当然彼らも携帯してたでしょ、虫除けスプレーは」
魔法使い「まって、すこし考えるから。答えは言わないで」
魔法使い「……つまりそのシールのせいで、虫が泥棒さんたちにまとわりつく」
魔法使い「それで虫除けスプレーを、この人たちは使った」
戦士「言っとくけど、そんな考えるような方法じゃないよ」
魔法使い「……わかった! 昨日雨が降ってたこと、これが関係してるんでしょ?」
戦士「どうやら答えがわかったみたいだね」
魔法使い「たぶんそのシールって相当効き目が強いものなんだよね」
魔法使い「だから何回もスプレーを自分に吹きかけた」
魔法使い「そしてスプレーが、昨日の雨でできた水たまりに残った」
戦士「そういうこと。剣を持ち逃げするなら、虫なんて無視するべきだからね」
魔法使い「スプレーのあとから、居場所と待ち伏せしてるってことがわかったんだね」
261:
魔法使い「でも運がよかったよね、虫寄せシールをたまたま買ってて」
戦士「たまたまじゃないんだ、これが」
魔法使い「どういうこと?」
戦士「言わなかった? ボクも占ってもらったこと」
戦士「その人に言われたんだ。虫関連の商品がラッキーアイテムって」
魔法使い「すごい、私も占ってもらいたいな。どこにいたの、その占い師さん」
戦士「道具屋のそば。美人さんだったし、とても親切だったよ」
戦士「わざわざラッキーアイテムの詳しい説明までしてくれたんだ」
魔法使い「美人は関係ないと思うけど。……ん? あれ?」
魔法使い「虫グッズの説明を親切にしてくれたんだよね、道具屋のそばで」
戦士「そうだけど? それがどうか……あっ」
魔法使い「……うん。その占いが当ったのは、本当に偶然だね」
戦士「……まんまと引っかかったわけね、アコギな商売に」
魔法使い「まあ、雨降って地固まるってことで。結果オーライ!」
262:
◆
勇者(盗まれたモンを取り返した俺たちは、街に戻って合流した)
勇者(そのあとは教会に報告したり、コソ泥どもを市警につきだしたり……)
勇者(とにかく予想外に時間と体力を奪われることになった)
魔法使い「さすがに疲れちゃったね」
猫「俺様もまきこまれて疲れたにゃん」
戦士「今後はもっと警戒心ってヤツをもたないとね、今日みたいなのはもうコリゴリだよ」
勇者(めずらしく俺も戦士に同意)
僧侶「とりあえず今日の宿を見つけましょう」
勇者(これまた同意。ていうか早く着替えたい)
勇者(危うく俺まで市警に捕まるとこだったからな、このファッションのせいで)
263:
魔法使い「勇者、私のせいでさっきはごめんね」
勇者(もしかしてこのファッションのことを謝ってるのか?)
魔法使い「私のチョイスのせいで、勇者が泥棒に間違われるとは思わなかった……」
勇者「あ、いえ。その……」
猫「魔法使い、コイツはお前に言いたいことがあるらしいぞ」
勇者(なに!?)
魔法使い「言いたいこと?」
勇者(さっきの会話……猫の野郎、完全に覚えてたのか!)
勇者(猫のヤツめ。俺が礼のひとつも言えないと思ってるんだな、憎たらしい顔してんな)
勇者「……あの……魔法使い、さんのおかげで…………」
魔法使い「?」
勇者(落ち着け、俺! なに緊張してんだ!? ただお礼を言うだけじゃないか!?)
264:
魔法使い「……やっぱり私には服のセンスがないって言いたいの?」
勇者「い、いや。そういうことじゃなくて」
勇者(センスがないことは聞くな! 自覚しろ!)
勇者(ていうか俺が言いたいことはファッションセンスのことじゃない)
勇者「あの、これです……」
魔法使い「ナイフ?」
勇者「このナイフ……魔法使いさんが選んでくれたおかげで、助かりました……さっき」
勇者「その……あ、ありがとうございました」
魔法使い「あ、そのことね。うん……そっか」
265:
勇者「と、とにかく……助かったんです、マジで」
魔法使い「なんか新鮮」
勇者「?」
魔法使い「勇者にお礼言われたのって、はじめてな気がするもん」
勇者「あ、あはは……と、とにかく魔法使いさんの服選びのおかげで、助かりました」
魔法使い「……ってことは、これからも私が選んだほうがいい!?」
勇者「いいえ、服選びは自分でします」
魔法使い「……そうだよね。センスのない私にチョイスなんてしてもらいたくないよね……」
勇者「あ、いや、今のはその……」
猫「礼は言えても、お世辞は言えんみたいだにゃん」
戦士「勇者くんにしては上出来だよ、本当に」
268:
伏線が意味なさげな会話の中にバッチリ組み込まれてて感心したわ
話の流れも綺麗で締めもしっかりしてて今後にも期待できるな
273: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/16(火)23:01:40 ID:ddzvohbXI
◆
勇者「ああっ! もう無理もう無理マジで無理っ!」
戦士「逃げちゃダメだ!」
勇者「そんなこと言われてもっ!」
戦士「人間、たいていのことには慣れで対応できる! ほら、しっかり」
勇者「ていうか羽交い締めをやめてっ! お、俺死んじゃううぅ!」
僧侶「……」
274: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/16(火)23:05:56 ID:ddzvohbXI
猫「さっきからコイツら、なにをしてるのにゃん?」
魔法使い「勇者がシャイすぎて、僧侶ちゃんに回復を頼めなかったことがあったでしょ?」
猫「あったな」
魔法使い「今後も同じことがあったら困るでしょ?」
魔法使い「で、見てのとおり。勇者のシャイをなおそうとしてるわけ」
猫「なおす?」
魔法使い「うん、なおそうとしてるでしょ?」
猫「戦士が勇者を羽交い締めにして、僧侶に近づけようとしてるのが?」
275: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/16(火)23:14:07 ID:ddzvohbXI
勇者「あぅ……」
戦士「あ、気絶してしまった」
僧侶「……」
魔法使い「うーん、この方法ならいけると思ったけど強引すぎたかな」
戦士「今までの人生で染みついた習性みたいなものだからね」
戦士「やっぱりそう簡単には克服はできないよ、人見知りならなおさらだ」
僧侶「勇者様、どうしますか?」
戦士「とりあえずベッドで寝かせておいてあげよう」
猫「……」
猫(コイツらは魔王様の敵……なのに、どうもそういう風に感じられん)
276: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/16(火)23:15:45 ID:ddzvohbXI
戦士「やっぱり勇者くんには、もっと適した治療法があるのかなあ」
猫(コイツはロン毛でいかにも軽薄そうだし)
猫(今のところ戦闘の様子を見てるかぎり、戦士というよりは魔法使いのスタイルに近い)
猫(でもこのパーティを仕切ってるのはコイツだし。勇者よりは絶対に頼りになる)
魔法使い「もっと適した治療って?」
猫(俺様に『居場所特定』、『魔術を使うと反応』の首輪をつけた魔法使い)
猫(見た目とは裏腹に相当な魔術の使い手だ)
猫(そのわりに一番年上っていうのを感じさせないのは、性格のせいかにゃあ)
僧侶「……完全に気絶してる」
猫(ある意味一番謎が多い女、僧侶)
猫(性格は沈着冷静そのもの。この女の治癒術の回復スピードはあなどれない)
猫(なにより俺様を見る目が……ちょっとコワイにゃん)
277: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/16(火)23:16:55 ID:ddzvohbXI
勇者「うぅ……彼女は最高よ……」
猫(そしてベッドの上でくたばってる勇者)
猫(やっぱり一番謎なのはコイツにゃん)
猫(実力はある。しかし替えがきかないというほどではない)
猫(なによりコイツにはあの感覚がない。まだ見えない底、という未知の感覚)
猫(戦士や魔法使いはこれまでの旅で、おそらく本気を出してない)
猫(わずかな期間しか一緒にいない俺様でも、それが手に取るようにわかる)
猫(だがコイツには……)
猫(とても魔王さまを追いつめるほどの実力があるとは思えない)
278: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/16(火)23:22:02 ID:ddzvohbXI
戦士「まあ今日はいろいろあったし。食事の時間まで自由行動といこう」
魔法使い「どこ行くの?」
戦士「情報収集もかねて、ボクはすこしこの街の観光と洒落こむよ」
僧侶「では私はいったん、自分の部屋に戻ります」
魔法使い「じゃあ私は……どうしようかな?」
猫「俺様に聞いてるのかにゃん?」
魔法使い「ほかにいないでしょ」
猫「俺様も今日は疲労困憊にゃん。すこし寝させてほしい」
魔法使い「えー、ちょっとだけお話しようよー」
猫「……」
279: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/16(火)23:33:00 ID:ddzvohbXI
猫「前から思ってたことがあるにゃん」
魔法使い「なあに?」
猫「お前といい勇者といい、俺様のことを敵と認識してるのか?」
猫「俺様はこんなナリでも立派な魔物にゃん」
魔法使い「もちろん。普通の猫はおしゃべりしないし」
魔法使い「だからその首輪をつけたんだしね」
猫「……」
魔法使い「いちおう今だって、あなたが勇者に悪いことしないか見張ってるんだよ?」
猫「そうなのか?」
魔法使い「うん……あっ。私、ちょっとトイレ行きたくなったから」
魔法使い「勇者のこと見ててね」
猫「え、あ、はい」
281: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/16(火)23:59:59 ID:ddzvohbXI
勇者「……ん、俺ってばいつの間に……」
猫「ふん、起きたか」
勇者「あれ、みんなは?」
猫「食事の時間まで、各自自由行動だそうだにゃん」
勇者「ふーん。おおかた戦士のヤツはまた街に繰り出したのか」
勇者「ホントあいつは、街をうろちょろするのが好きだよなあ」
猫「本人は情報収集と言っていたが」
勇者「俺も軽くトレーニングでもして、時間つぶそうかな」
猫「どうでもいいが、お前らってあんまり仲はよくないのか?」
勇者「そりゃあな。俺たちのパーティは急遽できた寄せ集めみたいなもんだ」
282: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/17(水)00:02:43 ID:1FkdYRte2
勇者「戦士と俺はもともと知り合いだった」
勇者「あっ、あと魔法使いと戦士も旧知の仲なんだっけ」
猫「その寄せ集めが魔王さまをたおそうなんて、無理な話にゃん」
勇者「べつに魔王退治を命じられてるのは俺たちだけじゃない」
勇者「魔王城探索のためだけに編成された部隊だってあるぐらいだ」
猫「それぐらいなら俺様だって知ってるのにゃん」
猫「だが世間では、魔王さまを討つのは勇者だと言われてるらしいじゃにゃいか」
勇者「それはおとぎ話や作り話の世界だ」
勇者「現実では国の連中が血眼になって魔王を探してる」
猫「では万が一、いや、億が一。
魔王さまを討つものがあらわれるとしても、それはお前ではないわけだ」
勇者「時と場合しだいとしか言えないな、現状では」
283: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/17(水)00:11:35 ID:1FkdYRte2
猫「ふん……」
勇者「なんだよ、その目は」
猫「どうにもお前からは覇気を感じられんのにゃん」
猫「お前は本気で魔王さまを討ち取ろうと思ってるのか?」
勇者「……おとぎ話の中の勇者は、魔王をたおすためだけに生きてる」
猫「いきなりなにを言い出すにゃん?」
勇者「俺はおとぎ話の中の勇者じゃないって言ってんの」
勇者「俺の人生は魔王をたおすためにあるんじゃない」
勇者「だいたい俺と魔王のあいだに、いったいどんな因縁があるっていうんだ?」
猫「それを俺様に聞かれても」
285:
勇者「まっ、たぶん闘うことになるんだろうけどな。魔王とは」
猫「……」
勇者「そんな気はする」
猫「ところで勇者」
勇者「なんだよ」
猫「さっきからドアの外で、聞き耳をたててるものがいるぞ」
勇者「聞き耳? 誰が?」
猫「俺様じゃなくて、扉のむこうにいるヤツに聞けにゃん」
僧侶「その必要はありませんよ」
勇者「そ、そそそそ僧侶さん!?」
猫(コイツは人が相手だと、とたんにカッコ悪くなるのにゃん)
286:
僧侶「申し訳ありません。盗み聞きするつもりはなかったんです」
僧侶「勇者様の様子を窺いにきたら、扉の向こうでとても流暢に話す声が聞こえたので」
僧侶「思わず扉の前で立ちどまってしまいました」
勇者「あ、あはは、そうでしたか」
僧侶「もしかしてひとり言かと思いましたけど、ちがうみたいですね」
勇者「ええ、まあ……」
僧侶「……」
勇者「……」
猫(気まずい、この空間息苦しいぐらいに気まずいっ)
猫(旅を一緒にしてきた人間同士で、よくこんな空間が作れるものだにゃん)
287:
僧侶「その猫の魔物が相手だと、そんなふうにお話できるんですか?」
勇者「……はい、まあ」
僧侶「……ごめんなさい。今の言い方は失礼でしたね」
僧侶「私も実はそれほどおしゃべりは得意なほうではないんです」
勇者「……そうですか」
僧侶「でもそのせいで、後の旅に支障が出るのは困りますよね?」
勇者「そう、ですね……」
僧侶「特に戦闘中にコミュニケーションが取れないって、一番の問題だと思うんです」
僧侶「そこで私なりに考えたアイディアがあるんです。聞いてもらってもいいですか?」
勇者「あ、はい」
288:
僧侶「ハンドサインなんですけど。どうでしょうか?」
僧侶「これならいちいち話さなくてもいいし、一瞬で意思疎通ができると思うんです」
勇者「ハンドサイン、ですか」
僧侶「もちろん状況によっては使えない場合もあります」
僧侶「でも、なにもしないよりはいいかと」
勇者「……いいと、思います」
猫(それから二人は、というか僧侶が主導で話し合いをはじめた)
僧侶「とりあえずはこれで、必要最低限の意思疎通はできるはず」
勇者「僕がミスしなければ、ですよね。あはは」
僧侶「勇者様は時折期待を裏切りますからね……いい意味で」
猫(ふと思ったが僧侶の『いい意味で』は、冗談の類なのかもしれないのにゃん)
猫(非常にわかりづらいが)
289:
僧侶「そろそろ食事の時間ですし、一旦ここまでにしましょうか」
勇者「そうですね……あの……」
僧侶「なんですか?」
勇者「わざわざ……ありがとうございました」
僧侶「…………べつに。こちらこそ、勇者様には申し訳ないことをしました」
勇者「申し訳ないこと?」
僧侶「苦手な私と同じ空間で、しかも二人きり。こたえたんじゃないですか?」
勇者「え、いや、本当に……ありがたいと思ったんです……」
猫(僧侶は勇者をふりかえると、小指を立てて自分のアゴに二回あてた)
猫(そしてなにも言わずに出ていってしまった)
290:
勇者「今のハンドサイン、なんて意味だったんだろ」
猫「『死ねこのクソ野郎』みたいな意味じゃにゃいか?」
勇者「それは絶対にないと思う。それに……」
猫「それに?」
勇者「いや、なんていうか俺が思ってたよりイイヤツなのかもな、僧侶って」
猫「……メスにすこし優しくされただけで、すぐオスはなびく」
猫「人間も猫も、オスがアホなのは変わらんようだにゃん」
勇者「お前だって……ん? そういえばお前ってオスなの?」
猫「なんだ、薮から棒に」
291:
勇者「まさかお前」
猫「な、なんだにゃん?」
勇者「ちょっと見せてくれよ」
猫「は?」
勇者「いいから。なんか無性にお前の性別が気になってきた」
猫「や、やめろにゃん! 触ってくるな!」
僧侶「勇者さま。食事の準備が……」
勇者「こら暴れるな! おとなしくしろっ。そして股間を見せろっ!」
猫「んにゃあああっ!?」
僧侶「……」
猫(このあとどうなったのか、それはご想像におまかせする)
302: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/19(金)22:48:59 ID:WJsHTlD4N
◆
戦士「いい腕をしてるね、ここのシェフは」
魔法使い「……相変わらずすごい量食べるよね、戦士」
戦士「野宿のときは腹六分目までしか食べられないんだ」
戦士「街にいるときぐらい、きっちり栄養はとっておかないと」
魔法使い「だとしても食べすぎ。重ねた皿が揺れてるし」
僧侶「でも、おいしいです。とっても」
魔法使い「そうだね。さすが勇者、宿のチョイスが上手だね」
勇者「どうも」
勇者(毎回泊まる宿に関しては、俺が選ぶことになっている)
勇者(宿にはちょっとしたこだわりがあるのだ)
303:
戦士「さて、眠くなっちゃう前に今後の方針について話しておこ」
魔法使い「山を越えてくのは、もう決定なんだよね?」
戦士「うん、問題はそのあと。どの街に行くかだ」
魔法使い「山越え大変だろうなあ」
魔法使い「また足がパンパンになりそう……」
僧侶「山を降りたあとだと港町か」
僧侶「街道を北へまっすぐ行ったところにある『夜の街』ですね」
魔法使い「もう一個街なかった?」
戦士「そっちはすでに向かってる集団がいる。さっき教会で聞いてきた」
勇者(魔王討伐のために編成された隊は公にはされてない)
勇者(でも、実は意外と存在する)
304:
勇者(そしてそれらには、教会への報告義務がもうけられてる)
勇者(ただし、味方どうしでの情報のやりとりは基本的にしない)
戦士「騎士団なのか斥候隊なのかは、当然わからないけどね」
魔法使い「仕方ないとは言え、味方の状況がわからないって少し不便だよね」
僧侶「そのかわり敵に捕まったとしても、情報の漏洩は最小限ですみます」
魔法使い「それはまあ、そのとおりなんだけど」
戦士「猫がウソをついてないなら、『夜の街』に行くべきかな」
僧侶「あの街は過去の争いの名残で、売春や人身売買などが横行してるそうですね」
魔法使い「国も対応できてないのが現状だもんね」
勇者(アナーキーを象徴するような街ってわけか)
306:
戦士「人間の管理がほとんど届いてない場所だし、行く価値は絶対にある」
魔法使い「……戦士、顔がなんかゆるんでない?」
戦士「よくわかったね」
魔法使い「私たちは魔王をたおすために『夜の街』へ行くんだよね?」
戦士「なにを今さら」
戦士「ただまあ、オトコとしては少し興味がわいてしまうよね」
戦士「ねえ、勇者?」
勇者「へ?」
307:
僧侶「そうなのですか?」
勇者「え? い、いや、急に話をふられても」
僧侶「さきほども、猫にいかがわしいことをしてましたけど?」
魔法使い「勇者、なにしたの?」
勇者(なんか猫にしたか、俺?)
僧侶「勇者様は少し特殊なのですね。いい意味で」
勇者「……」
勇者(こういうとき、戦士みたいにサラッと言葉が出る口がうらやましい)
319: はい◆N80NZAMxZY 2014/09/25(木)00:06:00 ID:XloV88vtE
◆
勇者(現在山で昼食もかねた休憩のさいちゅう)
勇者(山登り。俺もいくつもの山を越えているが正直きらいじゃない)
勇者「……」
戦士「……」
魔法使い「……」
僧侶「……」
勇者(そう。キツイ山を登っていれば自然と口数が減る)
勇者(会話をしなくていい)
勇者(魔法使いなんて、かれこれ三十分以上口をきいてない)
勇者(僧侶はもとから口数がすくないヤツだが、やっぱりつらそうだ)
勇者(戦士はなぜか機嫌がいいみたいだ。鼻歌なんか歌っている)
320:
戦士「大丈夫かい。なんだかみんな元気がないみたいだけど」
魔法使い「……なんで戦士はそんな元気なの?」
戦士「ボクは山が好きだからね」
魔法使い「でも山より海のほうが好きなんでしょ?」
戦士「たしかに露出した肌を拝むのに、海は適してるけどね」
戦士「海。苦手なんだよね」
魔法使い「苦手?」
戦士「うん。ボク、あまり泳ぎが得意じゃないんだよね」
勇者(なんか意外だ)
322:
勇者(……そうだ。今のうちにすましておこう)
僧侶「勇者さま。どちらへ?」
勇者「……」
僧侶「……なるほど」
勇者(ハンドサイン、便利だな)
勇者(これなら俺でも、ある程度は普通に意思疎通できるぞ)
323:
◆
猫「パーティからはなれてなにをするかと思えば、小便か」
勇者「ついてきたのか」
猫「俺様はいつでもお前の首をねらっている」
勇者「無理だよ。優位に立ったぐらいで浮き足たつようなヤツにはな」
猫「隠していたが、実は俺様には奥の手があるんだにゃん」
勇者「お前には足しかついてないぞ」
猫「そういう意味じゃない」
勇者「しかし、ハンドサインって便利だな」
猫「そういえば、僧侶に送ったサインはなんだったんだ?」
勇者「『トイレ』」
猫「……にゃるほど」
324:
それくらい口で言えよww
333: はい◆vpZmHuIQzk 2014/10/01(水)22:21:34 ID:XvuESumeU
◆
サキュ「で、結局あたしの水晶は役に立たなかったってわけ?」
?「そうでもありません。数秒間、勇者たちの意識を奪うことに成功してました」
サキュ「数秒間だけ? あたしの魔力をたっぷりと吸わせた水晶なのに?」
サキュ「普通の人間なら、人形みたいになっていてもおかしくないのに」
?「相手は勇者たちです」
サキュ「まっ、一筋縄じゃいかないってことね」
側近「んなことより、魔王様の傷はまだ治らねえのかよ?」
?「様々な癒し手に試させましたが、やはり天敵とも言える勇者につけられた傷」
?「そう簡単には治らないようです」
側近「こうなったら俺たちの出番なんじゃねえの?」
姫(なぜ私の部屋で会議じみたものを……)
334: はい◆vpZmHuIQzk 2014/10/01(水)22:23:45 ID:XvuESumeU
側近「魔王様が動けない今、俺たちが勇者を始末する……どうよ?」
サキュ「アンタはてきとうに理由つけて勇者と戦いたいだけでしょ?」
側近「どっちにしてもヤることは決まってんだ。だったら早い方がいいだろ」
サキュ「あのねえ。あたしは魔術研究機関に探り入れるので忙しいの」
サキュ「それ以外にもやることは山積みだしー」
側近「じゃあ俺一人でヤる。それなら文句はないだろ?」
?「しかし、相手は仮にも勇者。一人で相対するのは危険かと」
?「あなたの雑務、私が引き受けましょう」
サキュ「……本気で言ってんの?」
?「ええ」
335:
サキュ「んー、まあ戦うのはいいんだけど」
側近「……お前、またセコイ手を考えてんのか?」
サキュ「だって、真っ正面から戦う必要はないじゃない」
側近「ガチンコ勝負がしてえんだよ、俺は」
サキュ「セコイ手に籠絡されるような連中だったら、勝負するまでもなくない?」
側近「……言われてみりゃそうだな。雑魚には興味ねえ」
サキュ「じゃ、そういうことで決定ね。でも」
?「どうかしましたか?」
サキュ「アンタはアンタで例の装置の開発、やらなくていいわけ?」
?「なんとかなりますよ、おそらくですが」
336:
側近「いやあ、ひさびさにイイ血が流せそうで楽しみだぜ」
サキュ「うわあ。物騒だこと」
側近「物騒? 流した血は勲章だろ?」
サキュ「……それを言うなら汗でしょ、アホ」
側近「いちいち細けえヤツだな。そんなんじゃ小じわが増えてく一方だぞ」
サキュ「はあ!? 増えてないし! そんな年齢でもないし!」
?「二人とも、落ち着いてください。姫様が困惑してらっしゃいます」
側近「あ? なんでこの嬢ちゃんがここにいんだよ?」
姫「……」
?「ここはいちおう彼女にあてがわれた部屋ですから」
337:
姫「敵の目の前で、よくペラペラとおしゃべりできますね」
側近「敵? 誰のこと言ってんだ?」
姫「……私に決まっているでしょう?」
側近「……ひひひっ」
姫「な、なにがおかしいのですか?」
側近「ひひっ……ふははははっ!」
側近「おいおいテメエは笑いの天才か!? 俺を笑い死にさせようってか!?」
姫「なっ……」
側近「片腹、いや、両腹が痛えぞ。血がにじむ痛みも、外の世界もなんにも知らねえ小娘が」
側近「俺たちの敵だって? 最高のジョークだな」
姫「わ、私は……」
側近「大声で笑ったら腹がすいた。メシを食ってくる」
338:
?「私もこれで失礼します」
姫「……」
サキュ「あなたのジョーク、受けてよかったねー」
姫「私は冗談なんて……」
サキュ「でしょうね。悔しそうな顔してるし」
姫「あなたたちは勇者に勝てるって、本気で思ってるの?」
サキュ「勝てる勝てないって、この場合関係あるわけ?」
サキュ「あたしらの生きていける世界はどんどんなくなってく、人間のせいでね」
姫「……」
サキュ「だったら生き残るために抗うしかないじゃない?」
339:
サキュ「まっ、人間からしたら魔物は悪魔みたいなものだし。理解できない感覚よねー」
サキュ「あたしも昔はあなたと同じで、魔物はコワイ存在だって思ってたもん」
姫「……え?」
サキュ「でも。そういう価値観なんていいかげんなもんよ」
サキュ「姫様ってさあ、あたしはすんごくカワイイと思うのね」
姫「な、なにを急に言いだすのよ? あ、あとなんでくっつくの?」
サキュ「姫様のすべすべの肌を堪能しようと思って」
姫「意味がわからないわ」
サキュ「ねえ、美人の基準ってなんだと思う?」
姫「唐突すぎます。なにが言いたいの?」
サキュ「いいからさあ、考えてみてよ」
347: hai 2014/10/03(金)23:35:54 ID:4tafPKq5W
姫「そういう基準って、結局人それぞれでしょう?」
サキュ「まあね。世の中にはいろんな好みがあるからねえ」
サキュ「ちっちゃい足がステキとか、ウエストが細いのが最高とか」
サキュ「体重が200キロ越えないと愛せないとか」
姫「そ、そんな人がいるの?」
サキュ「あたしのことだけど」
姫「え」
サキュ「アレはいいよお。200キロを超えた抱き心地のよさとか、もうね」
サキュ「抱きしめた瞬間、肉汁が毛穴から出そうになるスリルとか」
姫「う、ウソでしょう?」
サキュ「うん、ウソ」
姫「……」
348: はい◆N80NZAMxZY 2014/10/03(金)23:36:48 ID:4tafPKq5W
サキュ「でもさあ、美人にも一般的な基準はあるじゃない?」
サキュ「ムダに肥えてる人は、美人って言われないでしょ?」
姫「世の中にはふくよかな人を美人と扱う国もあるわ」
サキュ「そのとおり。ねえ、不思議じゃない?」
サキュ「同じ人間でも、国がちがうってだけで美人が変わるのよ」
姫「文化や風習は国ごとにちがうんだから、当然のことです」
サキュ「じゃあさ、どうやって美人の基準はできるの?」
姫「それは……」
サキュ「答えは簡単。国の統一者が一言、こう言ったから」
サキュ「『オレは腰が細い女が好きだ』ってね」
350:
姫「……どういうこと?」
サキュ「王様がそう言ったら、当然女たちは取り入ろうとするでしょ?」
サキュ「で、そういうおエライさんの好みは時代の流れといっしょに廃れてく」
サキュ「でもその名残が、風習や文化として人々に根づいてく」
姫「そんなことで……?」
サキュ「突き詰めれば文化や風習、人の価値観なんてみんなそうよ」
サキュ「勝手に植えつけられたものを、人は自分の意志と勘違いしてるだけ」
サキュ「あなたが魔物を敵と認識してるのも、あるいはね」
姫「……なにが言いたいの?」
サキュ「あなたの意思、それってホントにあなたの意思?」
姫「……!」
352:
サキュ「んじゃ、あたしもそろそろ行くわー」
姫「待って」
サキュ「なあに?」
姫「あなたは……これから勇者たちと戦うの?」
サキュ「ええ――あたしの意思でね」
姫「……」
姫(『あなたの意思、それってホントにあなたの意思?』)
姫(私は……私は……)
355:
◆
魔法使い「はぁはぁ……あのさ、ひとつ言ってもいい?」
戦士「なんだい?」
魔法使い「さっきから逃げすぎじゃない!?」
僧侶「体力や魔力の温存のためですし。しょうがないかと」
魔法使い「でも魔物から逃げるために、結局走るんだよ?」
戦士「走らなきゃ逃げれないからね」
魔法使い「山道で走るぐらいなら、やっつけたほうが絶対にラクだよ!」
戦士「ずっと走ってたわけじゃないでしょ?」
戦士「それに、魔物と交戦したら魔力の消費はさけられない」
僧侶「人体の回復において、魔力はもっとも優先順位が低いものですからね」
戦士「魔力なしでも人間は生きていけるからね」
勇者(まあそのおかげで、予定よりもすこし早く到着したけどな)
勇者(『夜の街』に)
357:
魔法使い「その魔力回復について、私から提案!」
僧侶「なんですか、そのビンは?」
戦士「なんかブクブク泡立ってるんだけど」
魔法使い「それは強炭酸。あやしいものじゃないよ」
勇者(飲み物の色じゃないぞ、これ)
魔法使い「魔力の回復を促す、私が独自に開発した薬!」
魔法使い「これを飲めば、魔力は一日で全回復まちがいなし!」
戦士「ボクは遠慮しておくよ。あとがコワイからね」
魔法使い「どうせそう言うと思った。じゃあ勇者は?」
勇者「げっ! ボク、ですか?」
魔法使い「『げっ!』ってなによ。信用ないなあ」
358:
勇者(なんで俺にふるんだよ!)
魔法使い「効き目があることは、たぶんまちがいないから大丈夫!」
勇者「そういうの作るなら、からだを成長させる薬品でも作ればいいのに」
魔法使い「今、なんて……?」
勇者(あ、こころの声が出てしまった)
戦士「勇者は口数少ないくせに、一言多いんだよねえ」
猫「ムダにタチが悪いヤツだにゃん」
勇者「い、いや! 今のは誤解です! ほ、本当は……!」
魔法使い「本当は?」
勇者「えっと……」
勇者(適切な言い訳が出てこねえ!)
359:
魔法使い「飲んで」
勇者「え?」
魔法使い「申し訳ないって思うなら、このクスリ、飲んでよ」
勇者(ええー、それはちょっとちがうんじゃあ……)
魔法使い「露骨に不満そうな顔しない!」
僧侶「勇者様は言葉に出さないのに、顔にはすぐ出ますよね」
戦士「一番損する性格だよ」
勇者(結局俺は魔法使いの得たいの知れないクスリを飲んだ)
勇者(自分に味覚があること。そのことを後悔したくなるような味だった)
361:
魔法使い「あんまり人がいないね」
戦士「国の管理が行き届いてない関係で、魔物に荒らされたりしてるからかな」
僧侶「それでも夜になると、この街は表情を変えるって言われてます」
勇者(今は半分以上閉まってる店たちも、夜には……)
僧侶「勇者様、ほっぺがゆるんでますよ」
勇者「そ、そんなこと……な、ないですよ?」
戦士「ボクら男にとっては、興味深い街だ。仕方ないね」
僧侶「ふーん」
魔法使い「いやらしい」
勇者(なんで俺だけ!?)
363:
魔法使い「とりあえず、宿を探さないとね」
僧侶「お世辞にも治安がいいとは言えない街です。慎重に選びましょう」
戦士「勇者、ちょっと」
勇者「なんですか?」
戦士「今夜は女子とは別行動をとろう」
勇者「……どうして?」
戦士「言わせないでよ。ここは『夜の街』、そしてボクらは野郎だ」
戦士「旅に潤いと刺激は必要でしょ? この街にはそれがある」
勇者「でも、俺、見知らぬ女性と話すのはちょっと……」
戦士「問題ない、ボクにまかせな」
勇者「うっす」
勇者(なぜか戦士が異様に頼もしく見えたのであった)
372: はい◆N80NZAMxZY 2014/10/07(火)22:25:54 ID:TGWTVdBTx
◆
勇者(やるべきことを済ましたころ、街は夜の顔を見せ始めていた)
勇者(で、さっそく『夜の街』へ繰り出した)
戦士「どうしたんだい勇者? 顔がこわばってるよ」
勇者「あのふたりが気になって」
勇者(僧侶と魔法使いの目、なんかコワかったなあ)
戦士「あのふたりでは、色に目がくらんだボクは止められないよ」
勇者「さいですか」
戦士「それに、見てごらんよ」
戦士「昼間はあんなに閑散としていた街も、なんてにぎやか!」
勇者(人が多いとことか、騒がしいとこって好きじゃないんだよな)
373:
「お兄さんたち、目がもうアレになってるよ!」
「どうです? お客さんの好み、うちなら絶対いるよ」
「とりあえず寄ってけよ! 損は絶対にしないって!」
戦士「いかつい人多いね。このマスラオたちは、癒しを求めて港町から来たのかな?」
勇者「……帝都みたいだ」
戦士「帝都と言えば、姫様のことが気になるね」
勇者「……」
戦士「すごいね。一瞬で顔が青くなった」
勇者(姫様がさらわれて、お偉方にボコボコにされたのを思い出した……)
374:
戦士「キミは姫様と懇意の仲だって聞いたけど、実際どうなの?」
勇者「いや、まったく」
勇者(謁見こそ何度もしてるけど、まともにしゃべれたことがない)
勇者(……姫様、本当に大丈夫かな)
戦士「ボクも一度でいいから、実際にこの目で見てみたいね」
戦士「とんでもない美人なんだろ?」
勇者「まあ……」
勇者(美人だからよけいに話しづらいんだよなあ)
375:
姫『――ということが、あったんですよ』
勇者『……』
姫『勇者、私の話聞いてくれていますか?』
勇者『お、おっふ……』
勇者(こんなやりとりを何度したことか)
戦士「姫様についてはまた今度聞こうかな」
戦士「すでにボクらは、ステキな女性に目をつけられてるからね」
勇者「は?」
女「お兄さんたち、ぜひウチに来てきてくださいよー」
戦士「この街に来たのは初めてでさ、観光中なんだよね」
女「だいじょーぶ。常連さんじゃなくても、たっぷりサービスしますよん」
勇者(会話が噛みあってないぞ)
376:
戦士「この街についても詳しく聞きたいな」
女「個室もありますし指名もできますよー。あっ、ママは無理だけど」
戦士「だってさ」
勇者「ま、まだ心の準備が!」
女「どうしちゃったの、お兄さん?」
戦士「彼、極度の人見知りなんだ」
女「じゃあ、あたしを指名してくれたらオッケーだよ!」
勇者(なにがオッケーなんだ!?)
女「かわいいなあもうっ! 顔まっかっかだし!」
勇者(『まっかっか』ってなに!?)
女「じゃ、お店まで案内するからついてきてー」
377:
勇者「せ、戦士……」
戦士「今さら帰ろうとか言わないでよ」
戦士「キミは勇者だ。色の一人や二人、こさえていたほうがハクがつくさ」
勇者「いや、でも俺は……」
戦士「これは情報収集のためでもあるんだ」
勇者(適当なことを。絶対についでだろ)
女「お兄さんたち、なあにをコソコソ話してんの?」
戦士「彼、こういう店は初体験でね。気後れしてるんだよ」
女「めずらしいねえ。でもだいじょーぶ、あたしにまかせて」
勇者(女が俺の腕に自分のそれをからめた。逃げられねえ)
勇者(ていうか胸が! 胸がっ!)
378:
勇者(店に入って俺と戦士はわかれた。個室に女と入る俺)
勇者(ていうか、ここってどういう店?)
女「緊張してるでしょ、お兄さん」
勇者「ま、まあ……」
女「こんなにウブな人、この街じゃめずらしいよ」
勇者「あ、いや、はい」
勇者(なぜ話すだけなのに、こんなに密着してるんだ!?)
女「お兄さん、お酒はー?」
勇者「お酒……?」
女「うん。あんまり飲めないっていうなら、水割りでもいいよん」
勇者「えっと……じゃあ、それで……」
379:
女「ねえ、お兄さんはなにしてる人なのー?」
勇者「そ、それは……」
女「あ、もしかして言えない感じ? だったらいいよ、無理に答えなくて」
勇者「……すんません」
勇者(ダメだ。なにを話せばいいのか、見当もつかない!)
勇者(『なんでこんなお店で働いてるんですか?』とか?)
勇者(……もし返ってきた答えが重かったら困る、これは却下)
勇者(『キミかわうぃーねえ!』……絶対ちがうな、これ)
勇者(こんちくしょうめ! なぜ俺の舌と頭はこんなにも回らないんだ!?)
女「はい、あたしの特別カクテル。めしあがれー」
勇者(とりあえずアルコールの効果に期待しよう)
380:
勇者「……」
女「どう? お酒つくるの下手っぴなんだよね、あたし」
勇者(緊張のせいか、全然味がわからない)
勇者(ていうか、なぜかキモチわるくなってきた……)
女「顔色がすごいことになってるけど。そんなにまずかった?」
勇者「いや……ちょっとお手洗い……借りて、い、いいですか……?」
女「お手洗いなら個室を出て、右手にずっと進めばありますよー」
勇者「すんません……」
女「……毒が回るまで30秒ぐらいかなあ?」
女「最後の30秒。せいぜい堪能してね、勇者」
382:
◆
「テメエ! 今明らかにイカサマしただろ!?」
「あぁっ!? おまえの目は節穴か!? いやケツの穴か!?」
「はあっ!? うちの犬にカマ掘らせんぞ!」
「うわっ、お前もあの店体験しちまったのかよ」
「これで俺とお前は穴兄弟ってわけだ」
「これ以上穴兄弟が増えるのは勘弁だぜ」
「そのうち穴イトコまで登場するかもな」
猫「ったく、騒がしい連中が多い店だにゃん」
僧侶「料理の質そのものはいいんですけどね、この店」
魔法使い「……」
383:
魔法使い「絶対いかがわしい店に行ったよね、あの二人」
僧侶「戦士様の様子を見るかぎり、そうなのでしょうね」
魔法使い「もうっ、魔王退治の旅の最中だっていうのに」
猫「あの二人は情報収集に行ったんじゃないのかにゃん?」
魔法使い「それは建前。あの二人は今ごろお楽しみだよ」
僧侶「それにしても。この街だと情報収集が難しいかもしれませんね、私たちでは」
魔法使い「うかつに話しかけると、水商売の人と勘違いされちゃうもんね」
猫「オッサンに連れてかれそうになってたな、魔法使い」
魔法使い「……ほんと、ビックリしちゃった」
387:
僧侶「この街では『そういうこと』がめずらしくないのでしょう」
僧侶「ほかにも、この街には見世物小屋もあるようです」
魔法使い「なんでもありの街なんだね。はぁ……」
猫「ため息をつくと幸せが逃げるぞ」
魔法使い「苦手なんだ、こういう雰囲気」
僧侶「少々騒々しいかもしれませんね」
魔法使い「うるさいのは問題ないの。ただ……」
猫「ただ?」
魔法使い「無秩序でやりたい放題荒れ放題みたいな感じが、ちょっとね」
388:
魔法使い「自分で言うのもなんだけど。私、大事に育てられたから」
魔法使い「なんだか信じられなくて」
魔法使い「こんな街に自分が来ることも。こういう街があることも」
僧侶「初めて見世物小屋を拝見したときは、私も似たようなことを考えました」
魔法使い「行ったことあるの?」
僧侶「ええ。実際にそこでなにが行われているか、この目で確かめたかったんです」
魔法使い「見世物小屋って……その、すごいんだよね?」
僧侶「見世物の種類は様々ですが。代表的なのは奇形児などでしょうか」
魔法使い「ひどい話だよね」
僧侶「……そうでしょうか?」
魔法使い「え?」
389:
僧侶「モラルの面から見れば、ひどいことかもしれません」
僧侶「ですが見世物小屋は必要な場所だと思います、私個人は」
魔法使い「必要? どうして?」
僧侶「たとえば、奇形児と呼ばれる人たち」
僧侶「肉体の関係で、彼らには金銭を稼ぐ手段がほぼ存在しません」
僧侶「そんな彼らから見世物小屋を奪ったら?」
魔法使い「それは……お金を稼ぐ手段がなくなっちゃうけど」
魔法使い「でも、女の人が自分のからだを売るのは……」
390:
僧侶「それさえも、生きる手段です」
僧侶「私たちが自分たちの魔術を活かして、日々を生きているように」
僧侶「彼女たちは、自分のからだを武器に生きているのです」
魔法使い「……自分のからだを武器に、か」
僧侶「……」
魔法使い「……僧侶ちゃんってさ」
僧侶「はい」
魔法使い「考えた大人だよね。私なんかよりも、ずっと」
僧侶「ほめ言葉として受けとっておきます」
391:
魔法使い「じゃあ風俗法が制定されたら、困る人も出てくるってことか」
僧侶「ええ、確実に」
魔法使い「……物事はいろいろな角度から見なきゃ、ダメ。
わかっていて当然なのにね、こんなこと」
僧侶「難しいですよね、世の中って」
魔法使い「うん、とっても」
魔法使い「そういえば、はじめてだよね。二人だけで話すのって」
僧侶「言われてみれば」
魔法使い「よかったかも、あの二人がいなくて」
僧侶「あの二人って、勇者様と戦士様ですか?」
魔法使い「うん。おかげで、こうやって僧侶ちゃんとお話できてるんだもん」
僧侶「……」
406: はい◆N80NZAMxZY 2014/10/13(月)22:22:44 ID:7q4roGko6
僧侶「……私と話をしていて楽しいですか?」
魔法使い「どうしたの急に?」
僧侶「正直、私も勇者様ほどではありませんが会話が苦手なので」
魔法使い「僧侶ちゃんもそういうの、気にするんだね」
僧侶「……」
魔法使い「あっ、ごめん。ちょっと失礼だったよね」
僧侶「似たようなことを、ときどき誰かに言われたりします」
猫(言われるだろうにゃあ。俺様からしても意外だにゃん)
407:
魔法使い「人間、なにで人を傷つけるかなんてわかんないもんね」
魔法使い「勇者がおしゃべり苦手なのも、そういう理由が関係してるのかも」
僧侶「さらっと余計なことを言いますけどね」
魔法使い「たしかにね。でも、あんまり気にしないほうがいいと思うなあ」
魔法使い「ほら、戦士を思い浮かべてよ」
僧侶「戦士様、ですか?」
魔法使い「あいつはいつも飄々としてるじゃない?」
魔法使い「今日だって急にいなくなったと思ったら、汗だくで帰ってきたりしてるし」
僧侶「あの人はいったいなにをしてるのでしょう?」
魔法使い「ねっ、謎だよね」
408:
魔法使い「まあでも、戦士のマイペースさは見習うべきなんじゃないかな?」
僧侶「そうかもしれませんね」
魔法使い「それに、私はよかったと思う。僧侶ちゃんと話せて」
魔法使い「自分が見落としてることに、気づかせてくれたし」
僧侶「えっと……ありがとうございます」
魔法使い「いえいえ、どういたしまして」
魔法使い(僧侶ちゃんのこの顔、ちょっと照れてるのかな?)
魔法使い「さっ、せっかくだしお酒でも飲もうよ」
僧侶「アルコール……」
魔法使い「もしかしてお酒、苦手?」
?
409:
僧侶「苦手というより、ほとんど飲んだことないです」
魔法使い「へえ、なんか意外かも」
僧侶「意外ですか?」
魔法使い「うん。なんとなくお酒に強そうなイメージだったから」
僧侶「いちおう私も神に仕える身で、お酒は控えてるんです」
魔法使い「そっか、戒律があるもんね」
僧侶「とは言っても、守ってる人はそんなにいないんですけどね」
魔法使い「じゃあ飲もう。だいじょうぶ、神様のかわりに私が許す」
僧侶「じゃあ、すこしだけ」
魔法使い(酔ったらどうなるのかな? ていうか酔うのかな?)
410:
魔法使い(20分後。とりあえずカクテルからスタートしたんだけど)
魔法使い「大丈夫? 顔がすこし赤くなってきてるよ?」
僧侶「言われてみると、すこし顔があついですね。でも大丈夫ですよ」
魔法使い「……どこまで話したっけ?」
僧侶「お父様とケンカしたところまで、だったと思います」
魔法使い「そうそう、そうだったね」
魔法使い「本当はそのまま学校に残って、そのまま研究職に就く予定だったんだ」
魔法使い「だけど、なんだかそれじゃダメな気がしてさ」
魔法使い「お父さんの反対を押し切ってギルドに入っちゃったんだよね」
411:
魔法使い「お父さんは研究員で、普段はほとんど家に帰ってこないんだ」
魔法使い「だから思わず言っちゃったの。『父親ヅラしないで』って」
僧侶「へえ」
魔法使い「……ごめん。この話、退屈じゃない?」
僧侶「いえいえ。私から聞いたことですし」
魔法使い「ならいいんだけど」
魔法使い「それにしても。ヒドイこと言っちゃったよね、お父さんに」
僧侶「気にするでしょうね」
魔法使い「気にするかな? 箱入り娘の私の言葉だよ」
僧侶「実の娘の言葉です。どっちにしてもバレてたわけですし」
魔法使い「父親ヅラしてるっていうのは、私の言いがかりだけどね」
412:
僧侶「しかし、普段会っていない魔法使い様でさえ指摘したことです」
僧侶「おそらくお母様も気づかれているでしょうね」
魔法使い「お母さんはお父さん大好きなんだよね。だから、気にしなさそう」
僧侶「どうでしょう。私がまだ見習いだったとき、教会で相談を受けたことがあります」
魔法使い「へえ、教会ってそんな相談も受けるんだ」
僧侶「雑談の延長といった感じでしたけど、本人はとても深刻そうでした」
魔法使い「悩むぐらいだったら、普通に接してあげればいいのに」
僧侶「いちおう人の目を気にしすぎない方がいい、とアドバイスしておきました」
魔法使い「人の目? ……なんかさっきから会話が微妙に噛みあってないような」
僧侶「お父様がかつらをしてるって話でしょう?」
魔法使い「ちがう! 『父親、ヅラしてる』じゃなくて! 『父親ヅラしてる』だから!」
413:
僧侶「へえー、そうですか」
魔法使い「なんか会話に違和感あるなと思ったら……相当酔ってるね」
客A「おっ、お姉ちゃん。いい感じにできあがってるね」
客B「せっかくだし俺たちと飲まない? もっとイイ店紹介するからさ」
僧侶「はあ、誰ですかあ?」
魔法使い(うわっ。僧侶ちゃんがこんな状態のときにナンパなんて)
魔法使い「けっこうです。私たち、女だけで粛々と飲んでるので」
客A「お前は誘ってねえよ。つーか、なんでガキがこんな店にいんだよ?」
魔法使い「……あのね。またこのパターンって感じなんだけど私は……」
客B「わかったわかった。じゃあ、おめえも連れてってやるよ」
魔法使い「そうじゃなくて! ていうか勝手に彼女を連れてこうとしないで!」
414:
「婦女子に狼藉を働くとはな。男の風上にも置けんクズめ」
客A「あ? 誰だよアンタ?」
魔法使い(騎士……しかも女の人)
女騎士「私か? 私は騎士だが。貴様が覚えるのは私なんかのことではない」
客B「なんだか知らねえが、水差すようなマネを――え?」
魔法使い(一瞬だった。その騎士さんは客の腕をつかむと、テーブルに突っ伏させた)
客B「痛えよっ! なにすんだよ!?」
女騎士「貴様のようなヤツには、これが一番効くだろう」
女騎士「……大丈夫か? 怪我は?」
魔法使い「あ、大丈夫です。その……わざわざすみません」
415:
女騎士「気にしなくていい」
女騎士「困っている人がいたら助ける、それが騎士として当然の務めだ」
魔法使い(絵に書いたような騎士さんだ)
女騎士「礼のかわりと言ってはなんだが、ひとつ聞きたいことがある」
魔法使い「私で答えられることだったらなんでも」
女騎士「実は――」
魔法使い「!」
魔法使い(その騎士さんが続きを言おうとしたとき)
魔法使い(遠くから雷鳴にも似た爆音が、はっきりと聞こえた)
417:
女騎士「なにかあったようだ。私は様子を見てくる」
女騎士「もしなにかあったとしたら、この街は混乱に陥る。安全な場所へ避難してくれ」
魔法使い「一人じゃ危険かも。私も……」
女騎士「その連れはどうする気だ?」
僧侶「んー?」
魔法使い「あっ……」
女騎士「心配しなくていい。私なら問題ない」
魔法使い(それだけ言うと、騎士さんはすぐに店を飛び出していった)
418:
◆
女(まさかここまで容易に事が運ぶなんてね)
女(まっ、あたしはサキュバスだし。この店に誘導することなんて朝飯前)
女=サキュ(拝んでおこうかしら? トイレで野垂れ死んでる勇者の顔を)
戦士『勇者! おい勇者! しっかりしろ!』
サキュ(あの声、勇者と一緒にいた男ね)
サキュ(ついてる。ついでにこの男も始末して――)
キイイィッ……
サキュ「……あら」
戦士「やあ」
サキュ「お兄さん、こまりますぅ。そんな物騒なもの、しまってください」
419:
戦士「ボクの剣よりキミのツメのほうが、おっかなそうだけどね」
サキュ「これはネイルチップ。オシャレですよ」
戦士「だったらおかしいな。そのオシャレ爪、なんでこっちに向けるの?」
サキュ「お兄さんがあたしの喉元に剣を突きつけてくるんだもん」
戦士「……ったく、してやられたよ」
戦士「魔物がこんな店で働いてるなんてね」
サキュ「意外なのはこっちも同じ」
サキュ「ずいぶん冷静よね。勇者はとっくに息してないのに」
戦士「なに、彼は勇者だ。一度くたばったぐらいじゃ、死にはしないよ」
サキュ(ハッタリ? どっちにしても勇者は回収するべきね)
420:
サキュ(隙も油断もない。それでいて、どこかリラックスしている)
サキュ(こういう状況に慣れてるってことね。でも)
戦士「っ!」
サキュ(あたしの能力であなたのからだは、一瞬だけど確実に硬直する)
戦士「しまっ……!」
サキュ「じゃあね、勇者はいただいていくわ」
432: はい◆N80NZAMxZY 2014/10/17(金)23:47:15 ID:h0og4G7W3
◆
魔法使い(僧侶ちゃんの酔いを強引に魔術で解いて、爆発音がしたとこへ向かった)
僧侶「よかったのですか、猫を行かせて」
魔法使い「あの子しか勇者と戦士は探せないでしょ?」
僧侶「逃げるかもしれませんし何をしでかすか、わかりませんよ?」
魔法使い「あの子の首輪は、いざとなったら爆発させることができる」
魔法使い「猫ちゃんも、そのことは知ってる」
僧侶「……そうですか」
魔法使い(思いっきりウソ。あの子の首輪にそんな機能はついてない)
433:
戦士「おーい! 魔法使い、僧侶ちゃん!」
魔法使い「戦士! よかった、すぐに合流できたんだね」
猫「俺様の鼻が優秀だからにゃん。すぐに居場所はわかった」
魔法使い「お楽しみだったとこ、ジャマして悪かったね」
戦士「どうしたの、魔法使い? 顔が怖いよ?」
魔法使い「べつに。カワイイお姉さんとイチャイチャしてたんでしょ?」
戦士「それどころじゃなくなった」
魔法使い「どういうこと? あと勇者は?」
戦士「敵にさらわれた」
僧侶「……え?」
434:
僧侶「さらわれたって……」
戦士「勇者の死ぬほどマヌケな話はあとで話すよ。それよりも今は」
「グルルルゥ……」
猫「この魔物たち、どこからこんなに湧いてきたにゃん」
魔法使い「しかも見たことない魔物ばかり」
僧侶「さっきの爆発音、この魔物たちの仕業でしょうか」
戦士「さあね。とりあえず、コイツらが街で暴れることだけは避けないと」
魔法使い「全開バリバリでいくよっ! 爆発されたくなかったら、猫ちゃんも協力してね」
猫「しゃあない、今だけだぞ」
435:
◆
側近(雑魚を送ってみたが、なるほど)
戦士「ちょろいっ!」
側近(あの野郎は適度に魔術を使いって牽制しつつ、剣で仕留めるスタイルか)
魔法使い「戦士どいてっ!」
戦士「のわぁっ!?」
側近(あの女は魔術一辺倒の後衛タイプ。接近戦には弱いのは明白)
魔法使い「あの魔物、すばしっこい!」
戦士「ていうか狙うなら、ボクがいないとこにしてよ」
436:
僧侶「あの魔物は私がとめます」
魔法使い「あっ、ナイス僧侶ちゃん! とまった!」
側近(ほう。あのシスター、おもしれえな。どんな術を使った?)
側近(あの雑魚、名前は忘れちまったが。動きだけはムダに俊敏なのにな)
魔法使い「この調子でいけば、被害も出さずにすみそうだね。って、魔物が……」
戦士「連中、逃げる気だね。追うよ」
側近(コイツら。そこらの有象無象じゃ敵わないな)
側近(だが、それだけのこと。つーか勇者が見当たらねえ)
側近(サキュにやられたか? まあいい)
側近「すこしは楽しめそうじゃねえか!」
戦士「!」
437:
猫「お前は……」
側近「よお、猫。ひさしぶりだなあ」
僧侶「あのリザードマン、あなたの知り合いなのですか?」
猫「ヤツは魔王さまの側近にゃん」
僧侶「側近……!」
魔法使い「それよりも、早く魔物を追わないと」
戦士「いや、コイツの始末が先だ」
側近「そうだ。雑魚にかまってる場合じゃねえよ、お前ら」
戦士「おりてきたら、とりあえず。
人ん家の屋根から、見下ろしてないでさ」
側近「言われなくても。だから、すこしは楽しませろよ」
438:
◆
戦士(リザードマンは決してめずらしい魔物じゃない。だけど、コイツ)
戦士(からだが一回り以上大きい。それに肌に刺さるような魔力)
戦士「魔法使い、今はほかのことは考ないほうがいい」
魔法使い「だけど」
戦士「街のことなら大丈夫。いちおう手は打ってある」
側近=リザードマン「隙を見せるなよ。見せるなら気迫にしろ、そして俺を楽しませろ」
月明かりを背に屋根で佇んでいたリザードマンが跳躍する。
地面に着地すると同時に、こちらへと飛びかかってくる。
戦士(はやい。この距離を一瞬で――)
439:
顔面に迫ってくる拳を、身をそらしてなんとかやりすごす。
しかし、避けた先から次の拳が打ち出される。
戦士(反撃する隙がない)
魔法使い「戦士!」
横っ飛びで拳をかわした戦士の背後から、いくつもの氷針が敵目がけて飛んでいく。
直撃こそしなかったが、はじめてこちらに反撃のチャンスができた。
戦士「ナイス魔法使い!」
剣先から放たれた炎の塊が夜闇を押しのけ、リザードマンを飲みこむ。だが。
魔法使い「ウソ……」
轟々と燃えあがる炎が口を開き、瞬く間に霧散した。
リザード「ぬるい、ぬるすぎる! こんなんじゃあ熱くなれねえ!」
戦士(あの魔物の鱗、そして魔力。どうやら魔術に対して、相当の耐性があるね)
440:
僧侶「強い……!」
猫「ヤツは魔王さまに仕えるものの中でも、随一の戦闘力を誇る」
猫「普通にやりあって勝つのは難しいだろうにゃん」
戦士「まったく。そういうことは先に言ってよ」
猫「お前らの味方じゃないなんでな、俺様は」
戦士「ああ、そうかい。ピンチな状況なんだけどね、猫の手を借りたいぐらいには」
リザード「オレの前で軽口叩くなんてな、余裕じゃねえか」
戦士「まさか。余裕なんてカケラもないよ」
戦士(僧侶ちゃんと魔法使いのバックアップしてもらいながら……え?)
リザードマンが、文字通り視界から消えていた。
441:
リザード「リーチ! 一発! ドラドラ!」
気づいたときには、からだが宙を舞っていた。
激痛が全身を締めあげ、受身すらとれず、背中から落ちる。
戦士はようやく理解した。自分が敵の拳を受けたのだと。
魔法使い「このっ!」
リザード「氷の針じゃ効かねえんだよ! その程度じゃあなっ!」
魔法使いが作ってくれた隙をついて、飛び起き、すばやく敵と距離をとる。
リザード「はっきり言ってやる。お前、弱いな」
戦士「……」
敵は追撃してこない、完全になめられている。
僧侶「戦士様の回復、もう終わります」
戦士「助かったよ。痛すぎて困っていたとこだ」
442:
魔法使い「こうなったら……!」
リザード「へえ。マントの内側は騒がしいな。すげえ数の杖だ」
魔法使い「見せてあげる――私の術」
魔法使いがマントの裏に隠していた杖を、次々と地面へと投擲する。
地面へと突きたった杖が、瞬時に爆ぜ、生じた煙が敵の足首にからみつく。
リザード「これは……」
敵の注意が足元へとそれた。地面を蹴って、敵の真ん前へと降り立つ。
剣を振りおろす、ねらいは敵の腕だ。
戦士「!」
戦士の剣は、硬い鱗に覆われた腕を切るには至らなかった。
リザード「おしい。だが」
それどころか、徐々に剣が押し戻されていく。
443:
不意に敵の顔に、戸惑いにも似た感情がちらつく。
戦士(押し返す力が弱くなった。僧侶ちゃんの術か)
そのまま重心を右足に置き、強引に腕を切り裂こうとしたときだった。
「意外と手こずってる感じ?」
突然上から降ってきた声に、意識を奪われたのがまずかった。
敵の腕に剣ごと振り払われ、戦士は大きく吹っ飛ぶ。
サキュ「なんかピンチそうに見えたからさあ、来ちゃった」
リザード「どこがピンチだ」
サキュ「それに。仲間のピンチに駆けつけて加勢するのって王道でしょ?」
戦士「……この状況で敵の増援。しかも、彼女か」
魔法使い「ちょ、ちょっと待って。あのサキュバスが担いでるのって」
勇者「」
僧侶「勇者様、ですね」
444:
リザード「勇者、伸びちまってんのかよ」
サキュ「伸びてるっていうか、くたばってる」
リザード「はあ!? ……んだよ、その程度だったってことか」
魔法使い「ていうか本当にさらわれてたの!?」
戦士「だからそう言ったじゃん。しかしうちの勇者はさすがだよ」
戦士「遅れて登場するまでは定番だけど、敵に担がれて登場するなんてね」
猫「相変わらずダサいにゃん」
リザード「さて、頼んでもねえ味方も来たし。遊びは終わりだ」
サキュ「失礼しちゃう。来たからには、好きにヤラせてもらうけど」
サキュ「アンタはまず、その拘束をされた足をどうにかしてよね」
リザード「こんなもん、こうすりゃいい」
魔法使い「あっ……」
リザードマンが足もとに向かって拳をぶつける。
地面が砕け石欠が飛び散り、同時に地面を這っていた煙も闇にまぎれる。
445:
リザード「空間系の術かなにか知らねえが。こんなもん、パワーで解決すりゃいい」
魔法使い「そんな……」
戦士(魔法使いの術も容易く突破してくる。どうする……)
戦士を奇妙な感覚が襲った。足もとがなぜかふらつく。
それだけではない。視界がにじみ、平衡感覚が失われていく。
リザード「隙だらけだ」
戦士「っ!」
一瞬で距離を詰めたリザードマンの蹴りを受け止められたのは、単なる偶然だった。
もつれそうになる足に力を入れ、剣を振り上げ後退する。
戦士(そうだ、あのサキュバスだ。彼女には催眠能力がある)
サキュバスには、その目に映った人間を誘惑し操る能力があると言われている。
447:
とかげTUEEEEEEEE
448:
魔法使い「な、なにこれ……?」
戦士(しかも、術にかかったのは全員か。これはいよいよ……)
僧侶「――」
唐突に視界が鮮明になり、失われていた平衡感覚が戻ってくる。
魔法使い「あ、戻った」
僧侶「来ます、構えて!」
戦士「わかってる!」
すでに剣を構えていた戦士にリザードマンが拳を叩きつける、かと思われた。
だがその拳はフェイク、広げた手のひらを支えにして跳躍する。
リザードマンは戦士の頭上を、いとも簡単に飛び越えた。
戦士(フェイク!? ねらいは癒しの術が使える僧侶ちゃんか!)
リザード「もらったあ!」
僧侶「……!」
449:
僧侶ちゃん逃げてぇぇぇ!!!
450:
「ぐええっ!?」
情けない悲鳴。吹っ飛んだ影が地面を転がる。
僧侶「え?」
リザード「……」
地面に転がったのは僧侶ではない。
僧侶をかばった影が、ゆっくりと立ちあがる。
勇者「い、痛え……」
サキュ「な、なんで? なんで死んでるはずの勇者が!?」
勇者「……」
猫「さすが勇者。登場の仕方から仲間のかばい方まで、すべてがダサいにゃん」
勇者「うるさい」
452:
勇者生きてた━(゚∀゚)━!
453:
勇者来たーーーー
454:
僧侶「ゆ、勇者様、お怪我は……?」
勇者「えっと……なんか今ので、いろいろとヤバイです」
僧侶「というか私を庇うことができたなら、叫んで知らせることもできたのでは?」
勇者「……人見知りなんで」
僧侶「バカ」
勇者「……」
僧侶「ありがとうございます」
勇者「あ、はい」
455:
サキュ「どうして勇者が」
リザード「いいじゃねえか。好都合だ、最高だ。勇者と戦えるんだ」
サキュ「このタコ」
リザード「タコじゃねえ。トカゲだ」
戦士「さて、予定とはちょっとちがうけど」
戦士「勇者パーティーの反撃をはじめるよ、準備はオッケー?」
僧侶「いつでも」
魔法使い「どこでも!」
勇者「あ、はい」
459:
この勇者のダサカッコよさは異常
あと僧侶可愛いぃ!
469: はい◆N80NZAMxZY 2014/10/21(火)23:08:19 ID:hT8xA2pj6
戦士(四人そろった今、やることはひとつ。二手にわかれて応戦する)
戦士「魔法使い。例の杖、2、3本貸して」
魔法使い「いいけど、どうするの?」
戦士「もちろん使うんだよ。術の発動だけなら、魔力を流しこむだけでしょ?」
魔法使い「言うほど簡単じゃないからね」
戦士「だから2、3本貸してくれ、なんだよ」
リザード「勇者ああぁっ! オレと戦えぇっ!」
魔法使い「うわっ。来たよ!」
470:
戦士「勇者、アイツとやるのはボクだ。キミと魔法使いでサキュバスをたのむ」
勇者「……」
戦士「なにか言いたいそうだね。でも、ゆずらないよ」
勇者「……わかった」
戦士「悪いけど、キミの相手はボクだ」
リザード「テメエに興味はねえっ! すっこんでろ!」
戦士「決めたよ。絶対に一発なぐる、絶対にだ」
471:
◆
魔法使い(リザードマンとサキュバス。ふたり同時に来られたら厄介、なら)
魔術で巨大な氷壁を生成し、こちらとあちらの戦力を断活する。
魔法使い「戦士! 僧侶ちゃん! そっちはまかせるよ!」
戦士「言われなくても!」
魔法使い(気休めにしかならないけど、これで彼女だけに集中できる)
サキュ「なんであなたが生きてるのって感じ。どんな魔法を使ったの?」
勇者「……」
サキュ「話には聞いてたけど、本当にしゃべれないのね」
勇者はサキュバスの攻撃を、なんとか捌いてはいた。
しかし、明らかに普段とは動きがちがう。
動作の一つ一つが鈍く、足もともおぼつかない。
472:
魔法使い(勇者も私も、また相手の術にかかってる)
足の先から地面に沈みこむような錯覚に、思わず膝をおりそうになる。
魔法使い(って、このままじゃダメ! 勇者を援護しないと!)
勇者がたたらを踏んだ瞬間を、サキュバスは見逃さなかった。
サキュ「隙だらけよ!」
魔法使い「勇者!」
サキュバスをねらって発動した水柱は、あろうことか勇者に直撃した。
勇者「ぬわあっ!? な、なにするんですか!?」
魔法使い「ご、ごめん! ワザとじゃないよ!」
だが結果として、敵の爪から勇者をまもることには成功した。
魔法使い(視界がゆがんでる。へたに術を使うと、むしろ勇者が危ない)
473:
魔法使い(サキュバスの術から身をまもる手段じたいは、なくはない)
猫「なぜ俺様を見る?」
魔法使い「猫ちゃん。今から私が作戦を伝えるから手伝って」
猫「俺様がお前らに協力するとでも?」
魔法使い「しないならその首を飛ばす」
猫「……」
魔法使い「ごめんね。今はなりふりかまってられないの」
猫「ふん。どっちにしても命を握られてる身。作戦を言えにゃん」
魔法使い「ありがと。それじゃあ作戦を伝えるよ」
魔法使い(首輪に爆発機能があるってウソが、こんなとこで役に立っちゃった)
474:
猫「……にゃるほど。たしかにそれは、俺様の力が必要だな」
魔法使い「でしょ? だからおねがい」
猫「……しゃあない。やってやる」
魔法使い「本当にありがとう――勇者、ソイツからはなれて! 猫ちゃん!」
勇者がサキュバスと距離をとったのを確認して、猫が口から水弾をはなつ。
サキュ「なんでアンタがあたしに!?」
猫「生殺与奪の権利を握られてるんでな。安心しろ、許せとは言わんにゃん」
サキュ「そう。じゃあ悪いけどっ!」
水弾が全く見当違いの方向へと飛んでいく。猫が敵の術にかかったのは明らかだった。
猫「くそ、これが淫魔の術かにゃん」
475:
迫撃してくるサキュバスに向けて猫が水弾を放つ。だが、やはり当たらない。
サキュ「勇者よりも先に、あなたたちから始末してあげる」
魔法使い(待ってた――この瞬間を)
ふらつく足に鞭打って敵の眼前へと躍り出る。
術が当たらないなら、どうやっても外れない距離まで接近すればいい。
魔法使いが、手から滑り落とした杖が地面に触れて爆ぜる。
魔法使い(これでサキュバスを拘束できれば……え?)
最初、自分の目に飛びこんできたものが理解できなかった。
それがサキュバスの翼だと気づいたときには、魔法使いは猫共々吹っ飛ばされていた。
476:
猫「翼で杖ごと吹っ飛ばされたかにゃん……」
サキュ「あーあ。今着てるドレス、けっこう気に入ってたのに。
翼のせいで破けちゃった――とっ!」
勇者「ちっ……」
背後から振り下ろした勇者の剣は、敵にかわされ空振りに終わった。
サキュ「ざーんねん。あたしが気づいてないとでも?」
すぐに勇者は後退してサキュバスからはなれたが、その動きはあまりにも頼りない。
サキュ「女を後ろからヤろうなんて。勇者のくせに陰湿ぅ」
魔法使い(やっぱり今のままじゃダメ。サキュバスの術をどうにかしないと)
サキュ「ちょっとガッカリ。勇者もその仲間も残念すぎ」
疾風のごとく飛びかかったサキュバスの行く手を、突然現れた氷の突起が阻む。
猫が放った大量の水のおかげで、氷を作ること自体はたやすかった。
魔法使い(このまま畳みかけるっ!)
477:
サキュ「ああんもう! 鬱陶しい氷ね!」
魔法使い「残念かどうか決めるには、まだ早すぎるよ」
サキュ「そんなフラフラ状態で、なに言ってんだか」
大量に生成した氷は、ひとつとしてサキュバスに当たらなかった。それでいい。
魔法使い(ここからが勝負。全魔力をふりしぼって、いっきに解き放つ)
『夜の街』が赤く染まり、冷たく澄んだ空気が波のように揺れる。
魔法使いが生成したの大量の火球だった。
魔法使い「――いっけええぇ!」
空に浮かん無数の炎が、火の雨となって降り注いだ。
478:
◆
サキュ(まさかここまでの使い手だったとはね)
サキュ(あの女の子のねらいはハナからこれだった)
サキュ(最初、猫に水をムダに打たせたのは氷をすばやく作るための布石)
サキュ(そしてその氷は、あたしを攻撃するための凶器になった)
サキュ(さらに外れた氷は、あたしの動きを阻害するための障害物に変わって)
サキュ(最後は炎の攻撃でフィニッシュ)
サキュ(……並の魔物ならやられてたかもね。でも、あたしはちがう)
跳躍と共に翼を羽ばたかせる。
降り注ぐ火の雨の間隙をぬって、紙一重ですべてを躱す。
サキュ「ちょっとだけドキっとしたけど、あたしには……」
言葉は途切れてしまう。ようやく気づいた、敵の真のねらいに。
気づけば視界は真っ白に埋め尽くされていた。
479:
サキュ(あたしの術の対象は、視界に入ってるヤツ限定)
サキュ(濃霧……氷と火を使っためくらまし。こんな方法であたしの術から逃れるなんて)
サキュ(だけど姿が見えないのはお互い様。しかも霧なら翼で消し飛ばせる)
からだを弓なりにそらして翼を大きく羽ばたかせる。
魔力を帯びた翼によってたちまち霧が晴れるはずだった。
だが視界を閉ざす霧は、こびりついたように漂ったまま。微動だにしない。
猫「にゃん」
愛らしい鳴き声に、なにかが爆ぜる音が重なった。
サキュ「え?」
サキュバスのからだに、蛇のように巻きついたのは白い煙だった。
魔法使い「ゲッチャ。やっとつかまえた」
480:
◆
魔法使い「さて。目隠しもしたし、これで術にハマることもないね」
サキュ「……ヤられた。ここまでが作戦だったわけね」
魔法使い「そういうこと」
サキュ「気にしてはいたんだよねー」
サキュ「猫は霧が使える。自分だけなら、あたしの術から身を守れるのにって」
猫「だが物理的な攻撃はふせげない。中途半端な霧では、身を隠すこともできん」
魔法使い「だから霧を発生させて、猫ちゃんのほうの霧をカモフラージュしたってわけ」
サキュ「それで霧にまぎれて、その煙の魔術であたしを捕獲したってわけね」
魔法使い「そっ。視界ゼロでも、猫ちゃんなら鼻であなたの居場所はわかるしね」
481:
サキュ「やってくれたわね、猫」
猫「悪いな。俺様、腹をくくったにゃん」
サキュ「そういうことね。……魔王さまはきっと悲しむでしょうね」
猫「もとより城に帰るつもりはない」
サキュ「あっそ。で、あたしをどうする気?
煮るの? 焼くの?」
魔法使い「そんなことはしない」
サキュ「じゃあエッチなこと? あたし、女の子との実践はまだなんだよねー」
魔法使い「全然ちがう!」
サキュ「ちがうの? あたしは淫魔だし、そういうことしか考えられないんだけど」
魔法使い「今はそういうのからはなれて」
魔法使い「あなたは魔王の部下なんでしょ? 魔王について教えて」
482:
サキュ「……ああ、わかっちゃった」
魔法使い「?」
サキュ「はじめて見たときから気になってたの。誰かに似てるなって」
サキュ「あなた、あのお姫様にそっくり。特に目が」
魔法使い「なんのこと? ううん、それより姫様は今どうなってるの!?」
サキュ「彼女について教えてもいいんだけどさ。ひとつ、質問に答えてくれない?」
魔法使い「……理解してるの、今の自分の状況?」
サキュ「理解したうえで聞いてるの」
サキュ「どうしてあなたは――」
488: はい◆N80NZAMxZY 2014/10/22(水)03:31:53 ID:UiKliBhGo
◆
リザード「どうしたどうした!? 口ほどにもねえなあ、ああっ!?」
戦士(コイツの言うとおり。攻撃を避けるのがやっとって状況)
とっさに魔術で生成した突起でリザードマンの足もとをねらう。
一瞬だけ敵の体勢が崩れ、その隙に戦士は急いで飛び退く。
リザード「さっきからちょこまかと! うざってえんだよ!」
戦士(コイツにくらったダメージが足にきてる。長くはもたない)
顔に飛んできた拳を、安易に身を低くしてよけたのがまずかった。
躱したところへ蹴りがくる。
戦士は避けることもできず、地面へと投げ出される。
僧侶「戦士様、大丈夫ですか?」
戦士「……正直言って、今のはかなり効いた」
489: はい◆N80NZAMxZY 2014/10/22(水)03:33:05 ID:UiKliBhGo
リザード「いいかげん、おまえの相手も飽きたんだがなあ」
僧侶「飽きたなら帰っていいですよ」
リザード「はっ、つまんねえこと言ってんじゃねえよ」
僧侶「戦士様、やっぱり私にはその手のセンスがないのでしょうか?」
戦士「ごめん。今は軽口を叩く気にもなれない」
僧侶「そうですか。
……一瞬なら、できます」
戦士「なにが?」
僧侶「あのリザードマンの動きを止めることです」
戦士(一瞬。できたとして、はたして一瞬でどうにかなるのか?)
490:
リザード「あーあ、ホントにつまんねえな」
戦士「……」
リザード「雑魚との戦いは虚しい。無駄に磨り減っていく時間をひしひしと感じるだけだ」
リザード「今なら見逃してやる。雑魚のお前じゃ、どうせオレには勝てない」
戦士「……雑魚か」
僧侶「戦士様?」
戦士「僧侶ちゃん。ボクは腹を括ったよ、キミの力をかしてくれ」
戦士「吠え面をかかせてやるよ、死ぬ気でね」
僧侶「わかりました。ぎゃふんと言わせてやりましょう」
491:
◆
戦士「……勝負だ」
戦士の目は鋭く、リザードマンへの戦意を輝かせていた。
力の差をまざまざと見せつけらながらなお、本気で屈服させようとしている。
リザード「学習しねえヤツだな。ムダだって言ってんだろ」
戦士はリザードマンへと駆け出した。
同時にこちらへと向かって己の剣を投擲する。
リザード「!」
さすがに予想外だった、リザードマンの目がわずかに見開かれる。
しかし距離が遠すぎる、避けるのはあまりに容易だった。
リザード「おいおい、武器を捨ててどうする? ヤケになったか?」
戦士「まだだ!」
剣に続いて投じたのは魔法使いから拝借した杖だった。
魔力を流しこめば、破裂して術が発動する。
492:
リザード(あの杖に拘束されるのは面倒だ。発動前につぶす)
術が発動するより先に、杖を掴んで粉砕してしまえばいい。
しかし予想外はまだ続いた。杖はリザードマンの遥か前で爆ぜたのだ。
虚しく漂う煙では、こちらの行く手を阻むことすらかなわない。
リザード「どこまでオレを失望させる気だ、雑魚――」
手足にまとわりつく不快感が、リザードマンの言葉をさえぎった。
リザード(なんだ?)
疑問につられるように、自分のからだに目を落とす。
糸だ。リザードマンの肉体には極細の糸が絡みついていた。
異変はそれだけでは終わらなかった。
リザード(か、からだが動かせねえ!)
それどころか。全身の細胞が死滅していくかのように、指の先から力が抜けていく。
493:
リザード(これはあの僧侶の術か? それよりこの匂いは……)
リザードマンの鼻は、わずかな異臭を敏感にかぎとった。
すでに消え失せた煙の向こうで、戦士が炎の魔術を発動していた。
炎の奔流が一直線に伸びてリザードマンへと襲いかかる。
リザードマン(つまり、あの杖の爆発はミスじゃなかったってことだ)
リザードマン(煙による目くらましこそが本来の目的)
リザードマン(そして糸での拘束。さらに炎術で作った炎は糸を伝うようにさせる)
リザードマン(その炎でオレを仕留める腹積もりだったわけか――だとしたら、あまい!)
全身の魔力を沸騰させ、肉体を拘束していた糸を無理やりぶち切る。
自由になった腕で迫り来る炎を薙ぎ払い、反撃に出ようとしたときだった。
戦士「もらった!」
炎の濁流の先から現れた戦士が拳をはなつ、リザードマンの顔面目がけて。
494:
リザードマン「くらうかよ!」
戦士の拳よりも、リザードマンの振り抜いたそれのほうがわずかにい。
拳は完全に戦士の顔をとらえていた。
リザードマン「なっ……!?」
だが敵は仰け反りこそしたが、その場で踏みとどまっていた。
さっきまで拳ひとつで、いとも容易く地面に転がった敵が。
戦士「やっとだ。やっと殴れる」
執念の一撃だった。
全体重を乗せた拳がリザードマンの顔へ、容赦なく叩きつけられた。
完全に虚をつかれた。痛みを感じる間もなく吹っ飛ばされる。
戦士「――ボクをなめるなよ、魔物」
495:
◆
リザード「クソが、どうなってやがる?」
戦士「簡単な話さ。杖を使ったんだよ」
リザード「杖、だと?」
戦士「あの杖をキミに殴りかかる直前で使った。自分の背中のうしろでね」
戦士「おかげで殴られたとき、煙がボクを受け止めてくれた。それだけのこと」
リザード「はっ、くだらねえ。結局は小細工だ」
戦士「なんとでもいいなよ。今度は二発、ぶちこんでやる」
戦士(……ヤバイ。頭がくらくらする、からだ全体が痛い)
リザード「つぶしてやる……と言いたいところだが。お前はあとだ」
戦士「待て、どこへ……!?」
僧侶「戦士様、下手に動かないでくださいまし。敵のパンチをもろにくらったのですから」
496:
戦士「アレぐらい、なんともないよ。あと百発はもらえるね」
僧侶「強がりはいいです」
戦士「強がりじゃないさ。ボクは負けないんだよ、あいつ以外にはね」
僧侶「あいつ?」
戦士「そう、あいつにリベンジを果たすまではね……」
戦士(あっ、これヤバイ。意識が――)
497:
◆
魔法使い「どうしてそんなことを聞くの?」
サキュ「純粋に興味があるからよ。さあ、答えてよ」
魔法使い「それは……」
リザード「そこまでだ」
サキュ「なんでアンタがこっちに来てんのよ!?」
リザード「なんかピンチそうな気がしたからな。来てやったんだよ」
サキュ「どこがピンチよ」
リザード「ピンチどころか、完全敗北じゃねえかよ」
魔法使い「あなたがここにいるってことは……戦士は……?」
リザード「……知るか」
498:
リザード「さて、ようやく勇者と一戦交えることができるな」
サキュ「ダメ、もう時間切れ」
リザード「あ?」
サキュ「仕方ないでしょ。時間になったら、あっちに行くって取り決めだったし」
リザード「……くそっ。今日はとことんついてねえ」
サキュ「とりあえず、このまんまの状態でいいから退散しましょ」
サキュ「それから。私の質問へのあなたの答え、聞くのはまた今度ね」
魔法使い「……」
リザード「じゃあな、猫」
猫「……じゃあな」
499:
魔法使い(追いかける気力は、さすがになかった)
魔法使い(むしろ敵がいなくなった安堵感で、座りこんでしまいそうだった)
魔法使い「……そういえば勇者は?」
猫「あそこでたおれてるじゃないか」
勇者「」
魔法使い「え? ちょっと、なんで!?」
猫「俺様に聞かれても。それよりもいいのか?」
魔法使い「なにが?」
猫「街を襲っている魔物、退治しに行かなくていいのかにゃん?」
魔法使い(そうだった。あいつらに気を取られて、すっかり忘れてた)
500:
魔法使い「で、でもどうしよう……? 勇者はこの状態だし……」
魔法使い「あと戦士と僧侶ちゃんは……えっと……」
女騎士「大丈夫か?」
魔法使い「あなたは、さっきの店で会った……」
女騎士「本当はもっと早く来るはずだったんだがな」
魔法使い「え?」
女騎士「安心しろ。街に侵入した魔物は、私の仲間が始末した」
魔法使い「はあ」
女騎士「それと、どうやら思わぬ再開もあったようだ」
女騎士「もっとも。再開というには、いささかおかしな状況ではあるが」
勇者「」
501:
◆
戦士「つまり、勇者が生きてたのはあのクスリのおかげなんだよ」
魔法使い「私のクスリは未完成だったから、たまたまサキュバスが盛った毒に効いた」
魔法使い「……そういうこと?」
戦士「あるいはアルコールのせいで、クスリの効果が変わったって可能性もあるね」
僧侶「どっちにしても、勇者様が無事でよかったです」
勇者「……どうも」
勇者(俺と戦士はあの戦いのあと、ぶっ倒れて教会病院に運びこまれた)
勇者(戦士は敵の攻撃による骨折、およびその他諸々の怪我のせいで)
勇者(俺は……原因不明の気絶のせいで)
502:
魔法使い「それにしても、あの女騎士さんと勇者と戦士が知り合いだったなんてね」
戦士「訓練キャンプで、ボクと彼女と勇者は同じ班だったんだ」
戦士「彼女と彼女の率いる隊のおかげで、街の被害は最小限ですんだってわけ」
勇者(気絶したフリをして、サキュバスに担がれていたときはつらかったなあ)
勇者(女騎士のヤツ、ずっと追いかけてくるんだもんな)
勇者(途中でサキュバスが魔物を使って、上手に女騎士をまいたんだけど)
魔法使い「でも、こうも行く先々で魔王の手先と戦うってつらいよね」
勇者(たしかに。猫もそうだし、前回の占い師といい……)
勇者(……ちょっと待った。行く先々で魔王の手下と戦う、だって?)
僧侶「勇者様、どうなさいました? なんだか急に顔色が悪くなりましたけど」
勇者「いえ、すこしお腹が痛くなって。ちょっとトイレに行ってきます」
503:
勇者(トイレをすませたあと、俺は病室に戻らずに考えていた)
勇者(俺たちの行動は、基本的に公にされていない)
勇者(なのに、行く先々で敵と会う?)
勇者(俺たちの中に、敵に情報を垂れ流してるヤツがいるっていうのか?)
勇者(猫か? 一見、一番可能性は高いけど)
勇者(あいつの動向はすでにチェックしている)
勇者(じゃあもし、猫がこちらの情報を流してないんだとしたら――)
勇者(戦士。基本的に俺たちのパーティはあいつが仕切っている)
勇者(あいつは一人行動が少なくない。もしかしたら……)
504:
勇者(ほかの二人は? 魔法使いは? 僧侶は?)
「気づきましたか、勇者様」
勇者「!」
勇者(背中に突きつけられた硬い感触。そして首筋にかかる冷たく澄んだ声)
勇者(声の主は、考えるまでもなかった)
506:
まさか!!?
507:
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