勇者「僕は魔王を殺せない」back

勇者「僕は魔王を殺せない」


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1:
――――少年期の終わり
幼「ほらユウ! 早く来ないと置いてっちゃうんだから!」
勇「待ってよオサナ! ……はあ、もう。一人でどんどん進まないでほしいな」
?『……者よ』
勇「?」
?『勇者よ』
勇「何だろ。女の人の声? 誰かいるの?」
?『あなたには、私の力を託します』
幼「ユウってば! いつまでそんなところにいるの!」
?『来たるべき災いに、あなたが前へ進めるように』
勇「オサナ、何か変な声がしない?」
?『そして人類が、大きな一歩を踏み出すために』
幼「何それ。あたしには聞こえないけど」
?『それでは、またいつか。私の勇者』
勇「あ、聞こえなくなった」
幼「空耳だったんじゃないの」
勇「そうかなあ」
幼「それより早く行くわよ。ユウのおじさんが戻るまでに、ぜったい風の花を見つけるんだから!」
勇「父さんは開拓に行ってるんだし、そんなすぐ戻らないよ。のんびり探せばいいじゃないか」
幼「い、や、よ! ああもう、ユウのおじさんの小馬鹿にした顔が今でも忘れられないわ!」
勇「僕としては、オサナを焚きつけていった父さんが恨めしくて仕方ないよ」
一六歳の誕生日まであと半年を迎えたこの日。
神託の意味がわからなかった勇者は、最後の平穏を過ごしていた。
翌日。
突如として現れた魔王により、開拓地は壊滅的被害を受ける。
勇者の住む村までその情報が伝わったのは、ずっと先のことだった。
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勇者「僕は魔王を殺せない」
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2:
 ◇王城
南の王「なるほど。それが女神の加護か」
勇者(神託を受けた日から、少し意識するだけで作れるようになったこれが、女神の加護……)
勇者(……父さん。今はどこにいるんだよ。僕が勇者になったって時にさ)
南の王「伝承にはこうある。魔王現る時、勇者もまた選ばれる」
南の王「勇者は女神の似姿に守られ、必ずや魔王を滅ぼす、とな」
勇者「…………」
南の王「だが歴史上、勇者が無事に魔王を討伐して帰ったことはない」
南の王「それでもお前は、魔王の討伐に望む覚悟があるか」
勇者「はい」
勇者(開拓地にいた人は、ほとんど見つかっていない。死体さえないんだ)
勇者「僕は必ずや、魔王を討ち滅ぼす所存です」
勇者(なら、まだわからない。父さんはどこかで生きている。きっと)
南の王「…………よく言った、勇者よ。ならば私は、王として助力を惜しまない」
勇者「ありがとうございます」
3:
南の王「お前はまだ若い。旅の仕方や戦いの作法も知らないだろう」
南の王「全ては部下に任せてある。これからのことを聞くといい」
南の王「期待しているぞ、勇者よ」
勇者「はい」
部下「勇者様には、これから半年ほど城に留まっていただきます」
勇者「そんなにですか?」
部下「勇者様は希望なのです。みすみす失うわけにはいきません」
部下「騎士団の方から教わることは多いでしょう。急いては事を仕損じますよ」
勇者「……ええ、わかっています」
勇者「僕はまだ弱い。着実に力をつけないと」
4:
――――旅立ち
 ◇半年後
勇者「お世話になりました」
騎士1「はは、立派な男の顔になりやがったな」
騎士2「何を言うか、勇者様に失礼だろう」
勇者「いいですよ。騎士1さんや団長さんには勝てないままでしたからね」
騎士1「俺を超えるのはもうすぐだったと思うけどな」
騎士2「それに勇者様なら、魔法を使えば今でも騎士1くらい倒せますよ」
騎士1「あん? 何か言ったかこの地震膝やろう」
騎士2「大口叩きだと言っているんだ、靴下でも洗ってきたらどうだ?」
勇者「僕を見送る時くらい、喧嘩しないでくれませんか?」
団長「全くだな」ゴツン
騎士1・2「痛っ」
団長「勇者様の門出に泥を塗るな。騎士団の恥になる」
5:
勇者「……団長。これまでありがとうございました」
団長「そうかしこまらないでもらいたいな。勇者でなければ、ぜひ騎士団に欲しい逸材でしたよ」
騎士1「おいおいすげえな、鬼の団長が褒めてるぜ」
騎士2「明日は地面から槍が生えるかもしれないな」
団長「お前らは今日から鎧を抱いて寝ろ」
勇者(昔馴染みなだけあって、三人は相変わらず仲いいな)
勇者(……幼馴染、か)
団長「さて勇者様。お見送りといきたいところですが、ここでお別れとしましょう」
勇者「かまいません。騎士団にも仕事があるでしょうから」
団長「そうではなく。北の門で勇者様を待つお人がいます。会っていかれてはどうでしょう」
勇者「待ち人ですか? 誰だろ……城下町にそこまで親しい人はいないけど」
団長「行けばわかりますよ」
騎士1「で、団長さんよ、あの小僧を待ってるのは誰だ」
騎士2「アホウかお前は。そんなの女に決まってるだろう」
騎士1「ははん、最後のお見送りか。健気なもんだねえ」
団長「待っているのは確かに女だが、見送りではない」
騎士2「は? どういうことです?」
団長「健気な女がお淑やかとは限らない。そういう話だ」
6:
 ◇北の門
勇者(あの人かな。鎧つけた女の人……長い橙色のくせっ毛? まさか)
勇者「……オサナ?」
幼「久しぶり。元気そうね、勇者さま」
勇者「様なんてつけないでよ。僕はそんなに偉くない」
幼「優男なのは変わんなかったのね。騎士団で揉まれて雄々しくなるかと思った」
勇者「性格なんて簡単に変わらないよ。それよりどうしてここに?」
勇者「というか、その格好は何?」
幼「見てわからない?」
幼「あたしも一緒に行くわよ、魔王の討伐に」
勇者「言うと思った」
幼「ユウの目的はおじさんを探すことでしょ」
勇者「……否定はしないよ。でもそれだけじゃない」
幼「あたし、おじさんには言ってやりたいことが沢山あるもの。だから、行くわ」
勇者「連れていけないよ。ちょっと鎧つけただけで、戦えるわけもないのに」
幼「村で剣術を習ってた時は、あたしの方が強かったわよね?」
勇者「村を出てから半年間、騎士団でみっちりしごかれたんだよ。もうオサナにだって負けない」
幼「なら、強くなったユウに負けないくらい強ければいいわよね?」
幼「外に出ましょ。私の力を見せてあげるから」
7:
 ◇壁外
勇者(イヤな予感がする。オサナの思い通りになってしまう予感が)
勇者「力を見せるってどうするつもり? 僕と腕試しでもするの?」
幼「それでもいいけど、近頃は魔物も増えてきてるし、魔物を相手にするわ」
勇者「この辺りに出るのってトゲネコとかだよ。武器さえあれば誰でも倒せる」
幼「ここ最近、一角獣の群れが近くにいるそうよ。騎士団で聞かなかった?」
勇者「……本当に?」
幼「まずは一角獣を見つけましょ。あたしが力不足だっていうなら、その時は諦める」
幼「でもね、勇者はあたしを置いていくことなんてできないわ」
魔剣士「この半年、努力したのは勇者だけじゃないんだから」
勇者「魔剣士、ってことなら魔法を使えるのかな」
魔剣士「ええ、回復魔法ならちょっとだけ。どう? 旅のお供に最適でしょ」
勇者「回復魔法なら僕にも使えるよ。攻撃魔法も少しなら」
魔剣士「あらそう、残念。でも魔法で売り込むつもりはないの、別にいいわ」
勇者(本当に力で証明するつもりなんだ……参ったな)
8:
魔剣士「あ、トゲネコ」
トゲネコA・B「フシャーっ」
魔剣士「やっぱり可愛いけど、トゲがあるから触れないのよね」
勇者「もとは猫だけあって愛くるしいしね。魔王がいなきゃ、猫のままでいられたのに」
魔剣士「それじゃ、あたしは右のトゲネコを相手するわね」
勇者「わかった。じゃあ僕が先に行くよ。油断しないようにね、魔剣士」
勇者(まず負けはしないけど……慎重に一撃!)
トゲネコA「ニャフっ」
勇者(浅かった。追撃っ)
トゲネコA「にゃ〜……」バタリ
勇者「魔剣士は、っと」
魔剣士「はあーっ」
トゲネコB「ウニャっ!」バタリ
勇者(……一撃?)
9:
魔剣士「はい、こっちも終わり。腕ならしには物足りないところね」
勇者「あのさ。今の剣筋、すごく見覚えがあるんだけど」
魔剣士「それはそうでしょうね。騎士団長の奥さんに住み込みで教わったから」
勇者(詐欺だ)
魔剣士「あたし、才能あるみたいなのよね。団長さんから騎士団に入らないか誘われたもの」
勇者「僕だってそうだよ」
魔剣士「勇者も? 団長候補を二人も引き込もうとするなんて、したたかな人ね」
勇者「……僕はそこまで言われてない」
魔剣士「え?」
勇者「…………」
魔剣士「…………」
魔剣士「先に進みましょうか。次の町までは二日くらいかかるんだし、今日は野宿だもの」
勇者「このやり場のない気持ち、どうしてくれよう」
10:
 ◇翌日
勇者「いたね」
魔剣士「ええ」
勇者(一角獣……角に毒があったはず)
勇者「魔剣士、解毒<キヨム>は使える?」
魔剣士「まだ回復<イエル>しか使えないの。勇者は?」
勇者「僕も同じ。町は近いけど、毒をもらわないよう気をつけて」
魔剣士「あら、心配してくれるの? あたしが負けるほうがいいんじゃなかった?」
勇者「魔剣士が怪我していいなんて思うわけないでしょ」
魔剣士「……そういうところが甘いのよ、勇者は」
勇者「自覚してる。だから魔剣士を追い払えないんだし」
魔剣士「いいじゃない、損はさせないわ」
魔剣士「それじゃ、行きましょうか」
11:
一角獣A「リーッ!」
勇者「まずは角を折っ、て!」
一角獣A「リリっ!?」
勇者「それから首を落とす!」
魔剣士「やあっ!」
一角獣B「リぎゃっ」
勇者(魔剣士は一撃で倒してるけど)
勇者「毒をもらいたくはないし、無理せずやらないと」
魔剣士「勇者! そっち行った!」
勇者「わかった。氷魔<シャーリ>!」
一角獣M「リぐっ」
勇者「ふー……」
魔剣士「囲まれるとさすがに大変だったわね」
勇者「うん。一人だったら危なかったな」
12:
魔剣士「へえ?」ニヤニヤ
勇者「…………別に、大したことないよこれくらい」
魔剣士「そりゃあ? 勇者一人でも倒せたでしょうけど?」
魔剣士「でも、あたしがいるだけでずいぶん楽だったと思うのよねー?」
勇者(否定できないのが、ね)
魔剣士「これでも勇者は、まだあたしを置いていこうとする?」
勇者「今すぐにでも村に帰ってほしい」
魔剣士「…………そう」
勇者「――――本音を言えば、一緒にいたい」
魔剣士「ほんと?」
勇者「しょげるのはやめてよ。その顔が苦手なの、知ってるでしょ」
魔剣士「だって置いてかれたくないんだもの。あたし、待ってるだけの女になれないわ」
勇者「がんこもの」
魔剣士「わからずや」
勇者「これからもよろしく」
魔剣士「ええ。一緒にがんばりましょ?」
13:
――――青い覚悟の果実
 ◇町長宅
町長「ようこそおいでくださりました、勇者様」
勇者「僕はまだ何もなせていませんから、そこまで立てて頂かなくても……」
町長「いえいえそんな。人々のために立ち上がった勇者様を無下にはできませんよ」
町長「魔王が現れてから半年。野生の動物は魔物になり、被害は増える一方です」
勇者「…………」
町長「そんな中で魔王を討とうと志した勇者様を、歓迎せずにはいられません」
魔剣士(勇者ってこういう持ち上げてくる人が苦手よね。誰にでも腰が低いし)
町長「私たちにできるのは、勇者様に気持ちよく旅立って頂くことだけですからね」
勇者「ありがとうございます。でしたら……あー」
魔剣士(あ、適度におねだりして話を終わらせようとしてる)
勇者「この周辺の地図をいただけないでしょうか。小さいものでかまいません」
町長「よろしいのですか? 何なら四大陸の地図も用意しますが」
勇者「歩きながら、魔物の住処があったら地図に書き込みたいのです。ですから、小さいものを」
勇者「旅の先々で地図を手に入れた方が、細かい部分までわかりますからね」
町長「なるほど、そういうことでしたら。すぐに用意させます。少々お待ちを」
勇者「……はあ」
魔剣士「町長が席を立ったとたん、溜息をついてどうしたの?」
勇者「わかってるでしょ。意地悪を言わないでよ」
魔剣士「勇者って甘やかされるのが苦手よね。変なの」
勇者「小さい頃からずっと、誰かさんの面倒を見てたせいじゃないかな」
14:
 ◇宿
魔剣士「勇者ー? 休んでるのもいいけど、旅の支度も済ませなさいよねー」
勇者「わかってる。荷物は広げてないし、すぐ終わるから大丈夫だよ」
町長『魔王を討とうと志した勇者様を……』
勇者(使命を忘れたわけじゃない。でも僕は、まず第一に父さんの無事を確かめたい)
勇者「…………」ボフッ
勇者(手放しに褒められる勇者ではないよな)
魔剣士「…………えい」
勇者「うわっ! ちょっと、乗っからないでよ魔剣士!」
魔剣士「難しい顔して何を悩んでるのよ」
勇者「別に。なんでもないよ」
魔剣士「嘘。あたしを騙せると思う?」
勇者「騙されてくれないか期待してる」
魔剣士「いいじゃない、魔王のことがついでだって」
魔剣士「おじさんを見つけたいって勇者の気持ちを誰が否定できるの?」
15:
勇者「でも、皆が勇者に期待しているのは」
魔剣士「関係ないわよ。皆に望まれたからって勇者は喜んで死ねる?」
勇者「何さ、その極端な意見」
魔剣士「誰かを裏切ってるわけじゃないわ。ただ優先順位が違うだけ」
勇者「魔王を後回しにしたら怒られないかな」
魔剣士「怒られるかもしれないわね。だからこっそり探しましょうよ」
勇者「……魔剣士は、どうしてこんな子に育っちゃったのかな」
魔剣士「小さい頃からずっと、誰かさんに甘やかされたからじゃないかしら」
勇者「失敗だったね」
魔剣士「ええ」
勇者「ところで、いつまで僕に乗っかっているつもり?」
魔剣士「///」バッ
魔剣士「ち、違うんだから! これは、その……勇者が! 勇者がいじけてるからいけないの!」
勇者(優先順位、か。歴代の勇者もきっと、いろんな理由を抱えて旅立ったんだろうな)
勇者(八人目の僕も、これまでの勇者と変わらない、かな?)
16:
――――閑話1
 ◇街道
勇者「魔剣士っ……くそ、氷魔<シャーリ>!」
ゲコッタB・C「ギギっ?」
魔剣士「動きが止まった! たあっ!」
勇者「うーん」
魔剣士「魔物に勝ったばかりなのに、どうして難しい顔してるのよ」
勇者「ずっと言おうと思ってたんだけど、前に出過ぎてないかな」
魔剣士「え、あたし?」
勇者「この辺りの魔物なら問題はないけどさ。魔物が強くなった後が心配だよ」
魔剣士「あたしだって敵の強さには気をつけてるわよ。大丈夫だと確信したから前に出てるの」
勇者「だとしてもだよ。前に出れば、それだけ魔物を引きつけるんだからさ」
魔剣士「あたしの方が勇者より強いんだもの、そうするのが自然でしょ?」
勇者「待って、聞き捨てならない。そりゃあ攻撃力は魔剣士の方が上だけどさ」
勇者「まるで僕の方が弱いみたいに言わなかった?」
魔剣士「みたいに、じゃないわ。だってあたしの方が強いでしょ?」
勇者「魔剣士の目は節穴みたいだ。僕の方が弱いだって?」
魔剣士「前に出過ぎるって勇者は言うけど。勇者の踏み込みが甘いからそんな誤解するのよ」
勇者「一度話し合う必要があるみたいだね」
魔剣士「必要なのは話し合いじゃないわ。果たし合い、でしょ?」
勇者「受けて立つよ」
魔剣士「泣かせてあげる」
17:
 ◆見張り台
見張り1「ん? おい、あれ」
見張り2「なんだあいつら、あんなところで木の剣を向け合って」
見張り1「ばか、あいつらなんて呼ぶな。一人は勇者様だぞ」
見張り2「そんなわけ……勇者様だ。南王家の紋章ついたマントしてる」
見張り1「だろ。もう一人は、勇者様と一緒に旅してるっつう噂の剣士か?」
見張り2「模擬戦ってわけか。面白い見物になりそうだな」
見張り1「のんきなこと言ってる場合か!」
見張り1「さっさと人を集めろ。どちらが勝つかでいい賭け事になるぞ?」
18:
 ◇壁外
魔剣士「木剣での一騎打ちよ」
勇者「魔法は使っても?」
魔剣士「ご自由にどうぞ。負ける気がしないしね」
勇者「言ったね。あとでズルだとか言い出さないでよ」
魔剣士「そんな必要ないわ。勝つのはあたしだもの」
勇者 ジリッ
魔剣士 ジリッ
魔剣士「やあっ!」
19:
 ◆壁外 門前
見張り1「初手は剣士さんか」
 勇者「氷魔<シャーリ>!」
見張り2「あらら、勇者様の魔法は大外れだ」
 勇者「くそ、氷魔<シャーリ>!」
見張り2「また外れか? 勇者様もまだまだ力不足だな」
見張り1「違う、剣士さんの動きを見ればわかるだろ」
見張り2「んー? ああなるほど、左右に動かれないようにって氷の壁を作ったのか」
見張り1「だが膝の高さくらいしかないし、あれなら軽く超えられるだろ」
男8「俺は勇者様に賭けるぞ」
少女4「剣士さまが勝つと思うなー」
童女7「えー? ぜったい勇者さまだよー」
見張り1「動きを遮られてることに、気づきさえすれば、な」
20:
 ◇壁外
魔剣士(手堅い戦法。崩すのはちょっと骨が折れるかしら)
勇者(団長候補ってお世辞じゃないみたいだ。足を止めて受けるのは厳しいかな)
魔剣士「こ、のぉ! やっ! ……って、うわ!?」
勇者(氷に足を取られた! 今ならっ)
魔剣士「……なんちゃって」ピタ
勇者「なっ?」
勇者(上体は崩れたままで……! こ、のっ)
魔剣士「はあっ!」バシッ
勇者「くっ」カラン
魔剣士(木剣を落とした? ……違う、手応えが浅い! 自分から離した!)
勇者(これだけ踏み込めば剣は振れない! 手首をつかんで、足を払えば……!)
魔剣士「きゃっ」
勇者「僕の勝ち、かな。この距離で魔法を使われたら、魔剣士でも逃げられないよね」
21:
 ◆壁外 門前
主婦1「どうなったの? 勇者様の勝ち?」
爺さん5「なるほどの。剣の勝負だと思ってた剣士さんの負けじゃね」
少女2「あれ? もう終わったのに、あの二人動かないね」
童女3「おケガしたのかなあ?」
見張り2「見つめ合って……おいおい、これはもしかするんじゃないか!」
男3「だよなだよな! ここで行かなきゃ男じゃねえよ!」
見張り1「はいはい、勇者様の勝ちー。配当を払うぞー」
町長「いいや! 勝負はまだ終わってない!」
見張り1「何を言い出すんだ町長さん。勇者様の勝ちさ、見てただろ」
町長妻「あなたってば、自分が剣士様に賭けたからって」
町長「違わい! ここからは男女の勝負だ! ここで動けなければ、その時は勇者様の負けだろう!」
22:
 ◇壁外
勇者「…………」
魔剣士「…………」
勇者(気まずい……何か減らず口を叩くかと待ってたのに、どうして黙ってるんだよ。起きあがる機会を見失った……)
魔剣士「――――ユウ」
勇者「な、なに?」
魔剣士「その、ね? いいよ」
勇者(いやいや何がいいの? というかどうして目をつぶるのさ?)
勇者「オサナ、その、僕は」
勇者(ああもう、なんなんだよこれ! 僕にどうしろっていうんだ! というかいいよって、つまりそういうこと?)
魔剣士(うわあ、うわあ! あたしってば何を言ったのあたしのバカ! 目をつぶるとかあからさますぎる!)
勇者(でもその場の雰囲気に流されてってのはどうなんだろ。僕の気持ちは……違う、僕の気持ちは別としてっ)
魔剣士(うぅ、怖い。雰囲気って怖いよっ。だって、勇者の顔をあんなに近くで見たの、すっごく久しぶりなんだよ?)
勇者(こういうのって、もっとこう、段階を踏みながら経験するものだよ。知らないけどきっとそう。だから)
魔剣士(ドキッとするじゃん。きゅんってなるじゃん。だからつい……でもだからってさあ!)
23:
勇者(…………それにしても、さっきから町の方がうるさいな。なんなんだよもう!)
魔剣士(というか勇者、何もしてこない? こっそり目を開けて……何でそっぽ向いてるのよ、そっちに何かあるわけ?)
勇者・魔剣士「あ」
 ◆壁外 門前
見張り2「やばい、かな。こっちに気づかれた」
町長「だから言ってるだろ! これは男らしくなかった勇者様の負けだ!」
見張り1「しつこいな! あんたが賭けたのは端金だろ! 町長なんだからケチケチするな!」
見張り2「ま、こんだけ騒いでりゃ当たり前か」
しぶしぶ町に宿泊した勇者たちだが、翌日、日が昇る前にはこそこそ町を出たという。
24:
――――閑話2
勇者「そういえばさ」ザシュ
トゲネコA「ニャフッ!?」
魔剣士「なあに?」ズバッ
トゲネコB「ニャグッ!?」
勇者「その黒い指輪、いったいどうしたの?」
魔剣士「これ? 騎士団長の奥さんからもらったのよ。悪夢の指輪っていうの」
勇者「へえ。なんだか呪われてそうな名前だね」
魔剣士「呪われてるわよ? 力が強くなる代わりに、体力が回復しなくなるらしいの」
勇者「へ? 魔剣士はなんでそんなものを装備してるの?」
魔剣士「あー、言ってなかったかしら。あたしって神性が高いから、ちょっとした呪いなら無効にできるのよ」
勇者「……そんなことができるものなの? 初めて聞いたんだけど」
魔剣士「ときどきいるみたいよ、あたしみたいな人」
勇者「魔剣士はさらっと言ってるけど、それって凄いことだよね」
魔剣士「あたしは実感わかないけどね。それこそ、世界に一人しかいない勇者が目の前にいるんだし」
25:
勇者「僕は自分が凄いやつだとは思ってないよ」
魔剣士「あたしだって同じよ。だからありがたがられても困るの」
魔剣士「それに、ずっと昔にいた司教さんなんて、装備の呪いを消すことができたらしいわよ」
勇者「神性が高いおかげで?」
魔剣士「そう。それに比べたら、呪いを無効にするだけのあたしは大したことないじゃない?」
勇者「同意はしかねる。でも、神性が高いおかげで回復魔法を使えるんだし、助かってるよ」
魔剣士「勇者も回復<イエル>が使えるでしょ」
勇者「そうだけど、一人だと魔力がもたないかな」
魔剣士「回復<イエル>だと回数がかさむものね。高回復<ハイト・イエル>を覚えられるのはいつかしら」
勇者「僕は当分先そうだよ。魔剣士は?」
魔剣士「さっぱり。神性が高くても、やっぱり本職じゃないとすぐ使えるようにならないわよね」
勇者「本職、か。魔剣士は仲間を増やすことをどう思う?」
魔剣士「もう何人かいれば楽になるとは思うわよ? 生還率〇%の勇者様と一緒に冒険してくれる人がいるならね?」
勇者「…………そこだよね、やっぱり。僕は死ぬつもりないけど、歴史が色々と物語ってるし」
魔剣士「ま、悩んだって仕方ないわよ。仲間って巡り合わせだもの。その日が来るまでは、二人での旅を楽しみましょ?」
26:
――――血塗りの魔剣
 ◇飲食店
魔剣士「ねえ勇者、噂は聞いた?」
勇者「たぶん聞いてないよ。どんな?」
魔剣士「なんでもね、この町に住んでる貴族の家って、魔剣が家宝らしいのよ」
勇者「ふーん」
魔剣士「ちょっと、なんで興味なさげなのよ」
勇者「家宝なんでしょ? 僕たちとはご縁がなさそうだし」
魔剣士「そんなのわからないじゃない! 『美しきお嬢さん、この魔剣を装備して下さいな』って言われるかもでしょっ」
勇者「それ、貴族は魔剣士のことを呪おうとしてるよね。何をやらかしたの?」
魔剣士「もうっ、どうしてそんなことばかり言うかなあっ。想像するくらいはいいでしょ!」
勇者「ごめん、魔剣士が楽しそうだったから、つい」
店主「料理お待ち。……けど旅人さん、あまり魔剣の話をしねえでくれないか。客が逃げちまうよ」
魔剣士「あら、ずいぶんと信心深いのね。魔剣なんて言っても、呪われているだけの剣じゃない」
27:
店主「そうでもねえよ。魔剣は人の生き血を啜るらしくてな、歴代の当主は不審な死に方ばっかりだぜ」
勇者「偶然じゃないかなあ」
店主「どうだかな。ま、魔剣のしわざにしろ偶然にしろ、噂のせいでろくな奴を雇えないらしいぞ」
店主「チンピラみたいなのが屋敷に大勢いるんだ、貴族として示しがつかねえだろうさ」
魔剣士「…………ねえねえ勇者。だったらなおのこと、あたしに魔剣を譲ってくれてもいいと思わない?」
勇者「思わない。実害が出てるのに手放さないなら、よっぽど大切なものなんだろうし」
魔剣士「もう! 少しは話を合わせてくれてもいいでしょっ」
勇者「おじさん、この煮魚を一つ追加で」
店主「へい毎度」
魔剣士(今晩、寝てる時にベッドから落っことしてやるんだから)
28:
 ◇夜
勇者「そろそろ機嫌を直していただけると嬉しいのですが」
魔剣士「つーん」
勇者「悪かったよ。魔剣の話、まじめに取り合わなくて」
魔剣士「……あたしだって、魔剣を本当にもらえるとは思ってないわ。でも、一日中からかわれるのは許せないの」
勇者「ごめん。どうしてかな、魔剣士に意地悪しくたくなってさ」
魔剣士「反省、してるの?」
勇者「してます」
魔剣士「なら、もういい。ちょっとだけ許してあげるわ」
勇者「ちょっとだけ?」
魔剣士「何よ、不満?」
勇者「そんなことはないよ」
魔剣士「ふんだ、知らない」
勇者(二、三日は引きずるかもな。どうして僕、魔剣士のことからかっちゃったんだろ)
29:
コンコン
?「失礼、こちらは勇者様の部屋で間違いありませんかな?」
勇者「どなたでしょうか」
当主「この町に住む貴族の当主と言います。魔剣のことでお話がありまして」
魔剣士「あたしたちは勇者です! 今扉を開けますね!」
勇者「本人の前で身分詐称された」
ガチャリ
執事「…………」
当主「夜分遅くの来訪ですが、できれば気を悪くしないで頂きたい」
当主「勇者様の滞在を今しがた知り、取るものも取りあえず駆けつけた次第でしてな」
勇者「構いませんよ。それだけ急ぎの御用だったんでしょう?」
当主「いえいえ。勇者様は早朝に町を出発されることもあると耳に挟んだので、その前にお聞かせしたかっただけなのです」
勇者「…………」
魔剣士「…………」
当主「おや、どうかなさいましたかな」
魔剣士「大丈夫よ。それより、魔剣の話って何かしら?」
30:
当主「率直に言いますが、場合によっては魔剣を勇者様たちに託したいのです」
執事「!? 当主様、それは!」
当主「下がれ執事」
執事「ですがっ」
勇者「そちらの方は?」
当主「私の屋敷で執事をさせています。が、此度の話には関係がありません」
執事「…………」
魔剣士「……えっと、話を戻すけど。あたしたちに魔剣を譲る、それは条件付き、ということよね?」
当主「条件だなどとんでもない!」
当主「勘違いをさせてしまいましたな。単純に、魔剣は強力な呪いがかけられているため、ということです」
勇者「呪いを無効にできるだけの神性があるなら、ということですね」
当主「ええ。勇者様の旅を悪路へと変えるようなことがあっては、祖先に顔を向けることもできません」
魔剣士「でも、家宝なのよね?」
当主「だからこそ、この執事も先ほど止めに入ったのでしょう。が、屋敷に死蔵しては魔剣の真価が損なわれましょう」
勇者「そういうお話でしたら、謹んでお受けしますよ」
31:
当主「ありがとうございます、勇者様。でしたら、明日、旅に出る前に立ち寄って頂き――」
執事「当主様。魔剣を勇者様に渡すには、神性の高い者で運ばねばなりません。手配に時間がかかります」
当主「ふむ。魔剣を保管してある場所までご足労を願うわけにもいかないか」
執事「昼までに人員を用意します」
当主「それでよい。……勇者様、申し訳ありませんが、昼過ぎに屋敷に来て頂けますかな?」
勇者「構いませんよ。お手数をおかけします」
魔剣士「必ず行くわ」
当主「色よい返事をありがとうございます。では、また明日お会いしましょう」
執事「失礼いたしました」ガチャ、、、バタン
勇者「話が終わるやいなや帰っていったね。気遣われたかな」
魔剣士「ふふ。ふっふっふー」
勇者「……ご機嫌だね」
魔剣士「だって魔剣よ? あたし、魔剣士だけど武器は鉄の剣だったもの。これで名前負けしなくなるわ」
勇者「魔剣に恋い焦がれる少女ってどうなんだろうね」
魔剣士「素直ないい子だと思うけど?」
32:
 ◇早朝
勇者「おかしくないかな」
魔剣士「何が?」
勇者「昼過ぎに来てほしい、って言われたよね?」
魔剣士「でも最初は、旅立つ前にってお話だったじゃない」
勇者「神性が高い人を探すからって話も出たでしょ?」
魔剣士「でもね、あたし思ったのよ。魔剣のせいで使用人を集めるのにも苦労するのよね?」
魔剣士「なら、神性の高い人が見つかっても屋敷に来てくれるかは怪しいじゃない?」
勇者「本音は?」
魔剣士「お昼までなんて待てない」
勇者「血塗りの魔剣もここまで思われたら本望だろうね」
魔剣士「そういう名前なの?」
勇者「みたいだよ。呪いの詳細までは出回ってなかったんだけどね」
魔剣士「……なんだ。勇者も魔剣に興味津々だったんじゃない」
33:
勇者「僕は興味ないよ。神性は高くないから、きっと装備できないし」
魔剣士「じゃあどうして魔剣のことを調べたのよ?」
勇者「魔剣士が気にしてたからだよ」
魔剣士「そう、だったの?」
勇者「うん」
魔剣士「なんていうかその……ありがと」
勇者「照れないでよ。僕まで恥ずかしくなる」
パカラッパカラッ
勇者「……荷馬車か。こんなに早くから働いてるんだね」
魔剣士「みたいね。あたしたちの村じゃ、教会の朝の鐘が鳴るまで仕事はしないのに」
勇者「まだ大陸を越えてさえいないけどさ、世界は広いんだなって思うよ」
34:
勇者「見えてきた。やっぱり貴族だけあって、屋敷は大きいね」
魔剣士「どうしてお金のある人って、大きな家を建てちゃうのかしらね」
勇者「欲しいものがたくさんあって、全部をしまえる家が欲しかったんじゃないかな」
勇者(近くまで来ると、庭が荒れてるのって目立つんだな)
魔剣士「どうしよ、ちょっと緊張してきちゃった」
コンコン
執事「どなたでしょう?」
勇者「勇者です。魔剣のことでお伺いしました」
執事「…………勇者様、ですか? 少々お待ち下さい」
ガチャリ
執事「失礼しました。なにぶん、約束は昼過ぎのため、こんなに早くお出でになるとは思わなかったもので」
35:
魔剣士「ええ。そのことなんだけど、あたしは神性がとても高いのよ。だから魔剣を運ぶ人が必要なら、あたしが引き受けようかと思うの」
執事「ですが……そう、あなたは勇者様のお仲間であらせられる。そのような雑事を任せるわけにいきません」
魔剣士「気にしないで。あたしはただの村娘だもの。だからほら、敬語もきちんと使えないんだし」
勇者(僕も村にいた普通の少年なんだけどね)
執事「ですが……わかりづらいかと思いますが、当家にも様々なしがらみがあります。やはりお任せするわけには」
勇者「……魔剣士」
魔剣士「なに?」
勇者「やっぱり出直そう。魔剣士の気持ちはわかるけど、執事さんを困らせるわけにはいかないよ」
魔剣士「……そう、よね。わかったわ」
執事「申し訳ありません。では、今のところはお引き取り願えれば」
?「その必要はありませんよ」
36:
執事「――――奥方様」
奥方「あなたは仕事熱心ね。けど、勇者様を門前払いしたとあっては、それこそ当家の名折れになりましょう」
奥方「初めまして、勇者様。当主の妻で奥方と言います。勇者様の御威名は、わたくしたちも聞き及んでおりますよ」
勇者「いえ、そんな。僕はまだ何もなせていません。名前だけが一人歩きしている状態ですから」
奥方「あら、謙虚ですのね。魔王を倒さんと志すのだから、どれほどの偉丈夫かと思っておりましたけれど」
奥方「その慎ましさが大衆に慕われる秘訣でしょうか」
勇者(魔剣士……助けて)
魔剣士(勇者なんだからがんばりなさいよ。とは思うけど、かわいそうだものね)
魔剣士「ごめんなさい、こんな早くに来てしまって。ご迷惑じゃないかしら?」
奥方「ふふふ、まさか。魔王が現れてから半年余り、主人は勇者様に魔剣を託したいと常々から申しておりましたもの」
奥方「今もきっと、勇者様がいらっしゃるのを心待ちにしているはずですよ」
執事「奥方様、勇者様と歓談されてはいかがでしょう。私は当主様を呼んで参ります」
奥方「いいえ、あなたは下がってかまいませんよ。わたくしが勇者様たちを案内します」
執事「…………いえ、私も共に向かいます。ご入り用なこともあるかと思いますので」
奥方「そう? ならお願いしますね」
37:
 ◇屋敷内
魔剣士「やっぱり早すぎたかしら……召使いの人とか、誰も働いてないし」
勇者「教会の朝の鐘が鳴るまでは休んでるんじゃないかな」
奥方「いえ、本当でしたら掃除をしているはずですよ」
執事「申し訳ありません、奥方様」
奥方「あなたの責任ではありません。不誠実な者しか雇えない、当家に問題があるのですから」
魔剣士「あのー」
奥方「何でしょう、剣士様」
魔剣士「こんなことになってるのは、魔剣の風評が原因なのよね? それなのにどうして魔剣を手放さなかったの?」
奥方「ふふ。家宝だから、というお答えでは不満でしょうか?」
魔剣士「それだけ価値がある、ということかしら」
勇者「ちょっと魔剣士」
奥方「いいのですよ。その疑問はもっともです。ただ、そのお話は当主が語るのが適切でしょう。もう少し不思議がっていらして?」
魔剣士「ええ、そうするわ」
38:
奥方「では主人に声をかけてきますから、少しだけお待ちになっていて」
ガチャリ
 奥方「あなた、勇者様たちがお見えに……あなた?」
 奥方「変ね、どこにいったのかしら」
 奥方「――――ひっ、いやあああ!」
勇者・魔剣士「!?」
執事「勇者様はここでお待ちを。私が見てきます」
バタン
 執事「奥方様、どうなさいましたか」
 奥方「ち、血が! どういうこと!? もしかして、あの人の身に何か……っ」
 執事「お気を確かにしてください。私が確認します、奥方様はこちらへ」
ガチャリ
執事「申し訳ありません勇者様。魔剣の話は後日にして頂けますか」
勇者「当主さんに何かありましたか?」
執事「詳しいことは何も。わかっているのは、怪我をされたこと、連れ去られたことの二つだけです」
39:
魔剣士「そんな……」
奥方「うっ、うぅ」
執事「奥方様、今はお休みください。すぐに旦那様の行方を探します」
魔剣士(……むっ)
勇者「当主さんを最後に見たのはいつですか?」
執事「――――勇者様。今はお相手をしている時間がありません」
奥方「半時ほど前です……今日は朝から忙しいと言ってらしたから、わたくしはその後別室にいたのですが」
勇者「わかりました。ありがとうございます」
40:
 ◇町中
勇者「魔剣士、ちょっと気になることがあるんだけど」
魔剣士「あら奇遇ね。あたしもなの」
勇者「荷馬車のことだね?」
魔剣士「執事さんのことよね?」
勇者「……執事さんがどうかした?」
魔剣士「奥方さんを支えている時の目がいやらしかったの! あれは絶対に何か隠してるわ!」
勇者「……怪しいかはともかく、屋敷の監視は必要だし、いいかな」
魔剣士「荷馬車はどういうことなの?」
勇者「貴族の家の方から来たでしょ。もし連れ去られたばかりなら、荷馬車が怪しいと思って」
魔剣士「ならすぐに荷馬車を追いましょうよ!」
勇者「それは僕がやるよ。魔剣士には屋敷を見張っていて欲しいんだ」
魔剣士「どういうこと?」
勇者「もしかしたら、当主さんはまだ屋敷の中にいるかもしれない。執事さんを監視しながら、怪しい動きがないか見ていて欲しいんだ」
魔剣士「わかった、任せて!」
勇者「無茶はしないで。僕も気をつけるから」
魔剣士「大丈夫よ。絶対に執事さんの化けの皮をはいでやるわっ」
勇者「……僕もすぐに合流するから、できるだけ監視につとめてよ?」
41:
 ◇問屋場
勇者「すみません、お聞きしたいことが」
問屋「なんでしょう」
勇者「今朝早く、貴族の家から荷を受けた馬があると思いますが、積み荷をどこに運んだか教えてほしいんです」
問屋「……勇者様、そいつは困りますよ。客の依頼をおいそれと教えれば、わたしらの仕事はなくなってしまいます」
勇者(正攻法だとこうなるよね、やっぱり……嘘は気が進まないんだけど、しょうがないか)
勇者「ここだけの話にしてもらいたいのですが、積み荷の一つは魔剣です」
問屋「なんですって?」
勇者「その呪いが何であれ、名のある魔剣は金になります。使用人の一人が、欲にくらんで横流しを企んだのです」
問屋「なるほど、あそこの使用人なら……しかしなんてこった、魔剣を運んだ馬、なんて知れたら」
勇者「そうですね、悪質な噂が立ちかねません。また、貴族の側としても事が表立つのを望んでいません」
勇者「ですから、内密に教えていただきたいのです。部外者である僕は、仮に責任を押しつけられても、勇者の名を少し汚すだけですから」
問屋「しかしそれだと、勇者様にどんな得があるので?」
42:
勇者(こういう時はどうするんだったかな。商売人相手なら……そう)
勇者「魔剣を受け取るのは、どこぞの富豪ではなく勇者だ、ということです」
勇者(利を見せる。無償の善意は不信にしか繋がらない。……でしたよね、団長)
問屋「なるほど……魔剣というからには、武器としては素晴らしいのでしょう。魔王を倒す一助になる」
勇者「話が早く助かります。それで、どうでしょう? 教えては頂けませんか?」
問屋「……条件が一つ。こちらは運んだ事実をもみ消します。それでも良いなら」
勇者「わかりました。問屋場はこの件に関与していない、勇者の名に誓って証明します」
43:
 ◆屋敷
執事「奥方様、少しよろしいでしょうか」
奥方「あの人は見つかったの!?」
執事「いえ。……ですが、屋敷の外でおびただしい量の血の痕が見つかりました。もしかすると当主様は、もう」
奥方「そ、んな……」
執事「現在、手を尽くして当主様の行方を探しています。もうしばらくの辛抱です、必ず見つけだします」
奥方「――――そうね、必ず見つけだしなさい。恐らく単独の犯行ではないでしょう」
奥方「相手は殺しても構いません。ですが一人は残すのです。当家に仇をなした人物を見つけねばなりませんから」
執事「かしこまりました」
執事「……時に奥方様」
執事「事は血塗りの魔剣を勇者様に譲ろうとした矢先に起こりました。このような時ですが、魔剣の所在を確認したほうがよろしいかと」
44:
 ◇屋敷外
魔剣士「うーん、ここには手がかりが何もないわね。血のにおいさえ残ってないし」
魔剣士(やっぱり執事さんの行動を見張っているしかないかしら)
魔剣士(……あ、誰か出てきた。執事さんと、召使いの人?)
 執事「いいか、お前は奥方を見張っていろ。魔剣の話を出しておいた、のこのこと魔剣を確認しに行くかもしれない」
 召使い1「わかりやした」
 執事「ちっ、面倒なことだ。当主のやつを拷問して吐かせれば、それが一番楽だったんだがな」
 召使い1「あのおっさんはどうしてるんで?」
 執事「運ぶだけ運んだが、他の指示はしていないから放置されているだろう。ゴロツキどもは自分だけじゃ動けん」
 召使い1「はは、使えないことですねー」
 執事「……お前は自分の仕事に取りかかれ。奥方から目を離すなよ」
 召使い1「へい」
魔剣士(あの人、やっぱり!)
45:
 執事「…………来たか」
 召使い2「なんでしょう?」
 執事「召使い1が不穏な動きをしている。寝返るつもりかもしれん」
 召使い2「本当ですかい?」
 執事「ああ。もしもあいつが単独で何かを運び出そうとしたら、報告しろ」
 執事「魔剣ほどではないにしろ、この家にも金目のものはいくつかあるからな」
 召使い2「了解。じゃ、監視しときますよ」
魔剣士(あの人、誰のことも信じてないのね)
魔剣士(かわいそうな人)
46:
 ◇倉庫
勇者(問屋場の情報ではここのはず。まだ移動してなきゃいいんだけど)
ギャハハ…
勇者(間に合った、かな)
 ゴロツキ1「ぼろい商売だな。このおっさんを運んだだけで銀貨5枚だぜ」
 ゴロツキ2「で、あの執事とかいう野郎が来たら、このおっさんの処遇が決まる。殺すにせよなぶるにせよ、楽なもんだ」
 ゴロツキ1「……だが、気を許すな。あいつは信用ならねえ」
 ゴロツキ2「はっ、違いねえや。なに、あいつが執心してるという宝の場所を聞いたら、さくっと殺してやればいいさ」
 ゴロツキ1「相手もそのつもりだろ。俺たちに話を持ちかけるくらいだ」
 ゴロツキ2「手のひらの上で踊ってんのはどちらかね。けけっ」
 当主「…………っ」
勇者(無事で良かった。相手は二人、ならいけるかな)
勇者「まずはこけおどし……風魔<ヒューイ>」コソッ
 ゴロツキ1「いてえ!」
 ゴロツキ2「急に風がっ! くそ、そこにいやがるのか!?」
勇者(背中を見せた、ならっ)
勇者「はあっ!」
ゴロツキ2「うぐっ」ドテ
ゴロツキ1「てめ、ぇ……」バタ
勇者「ふぅ……剣なしでも何とかなるものだね」
当主「んーっ、んーっ!」
勇者「ご無事で何よりです。今助けますね」
47:
 ◆屋敷
奥方(あの人がいない……どうしてこんなことに)
奥方(いいえ、弱音を吐いてはダメ。今この家を取り仕切るのはわたくしなのだから)
奥方(賊を処罰し、災いの根っこを見つけて、それから……)
奥方「魔剣を勇者様に。あの人の心残りは、わたくしが引き継がなければいけませんよね」
奥方(血塗りの魔剣……あの人の書斎にある、本棚をずらせば……)
奥方(……無事だった。でも素直には喜べないわ。あの人が助かるなら、こんなものなくなれば良かったのに)
奥方「こんなもの……っ!?」バチッ
魔剣『真実を一つ教えよう』
奥方(何? 魔剣を握っただけなのに、おかしな声が……)
魔剣『当主の殺害を目論んだのは、執事だ』
奥方「――――え?」
魔剣『我を手に取れ。結末は我が用意する。――――さあ。背信者に血を流させるのだ』
奥方「…………そう。そうね。勇者様に魔剣を渡すわけにはいきません」
奥方「あの人の仇は、わたくしが…………」
48:
 ◇屋敷外
執事「私は屋敷に戻る。あまり席を外しては怪しまれるかもしれないからな」
魔剣士「あら、もう少しゆっくりしていったらどうかしら?」
執事「!?」
魔剣士「今度はあたしと密談しない? どうやって当主さんと奥方さんに頭を下げるか、とかね?」
執事「……ちっ、ネズミのような女だ。人間様の事情も気にせず、どこにでも現れる」
魔剣士「残念、あたしは動物に例えると猫らしいわよ。懐いていない相手には、トゲネコみたいになるでしょうけどね」
執事「ならば躾の一つもしてやろう」ピィーッ
執事「ここで働いている奴の大半は俺の手の者だ。喧嘩を売る場所がわるかったな」
召使い3〜15「…………」
執事「その小娘に計画を知られた。殺すぞ。この家の没落を企んだ、当主殺害の下手人としてな!」
魔剣士「結局は数に頼るのね。誰も信用していないくせに」チャキ
魔剣士「誰も殺しはしないわ。けどね、剣の腹で殴られるのよ。骨の一本は覚悟しなさいよね!!」
49:
召使い11「死ねえっ」
魔剣士「足運びがなってない」ゴンッ
召使い6「この!」
魔剣士「腰が高い」ドカッ
魔剣士「相手にならないわ。戦い方がまるでダメ。ねえ執事さん、こんな時間稼ぎをして何になるの?」
執事「ちっ……」
魔剣士「勇者はもうすぐ戻ってくるわ。あたし一人も倒せないのに、勇者まで相手取るつもりかしら?」
執事(くそ、召使い1は何をしてる!? 魔剣の一つもあれば、あんな女……!)
 召使い1「う、うわぁああ!」
執事「っ! くくっ、余裕ぶってるからだ、この女狐め」
執事「召使い1! 魔剣をこちらに持ってこい!」
召使い1「ひぃぃ! いやだ、いやだっ、死にたくない!」
執事「おい貴様! 何を騒いでっ……」
奥方「ねえ、どうして逃げてしまうの?」
50:
執事「っ……」ビク
奥方「わたくしはただ、執事がいる場所を教えて欲しいだけですのに」ザン
執事(石像が……真っ二つだと?)
奥方「あら? あらあら? ふふ、ふふふ、なあんだ、執事、あなたはそんなところにいたのですね」
執事「奥方様、報告します。当主様殺害を目論んだのは、そこにいる」
奥方「あなた、見ていて下さい。あなたを殺した不忠義者を、必ずや地獄に叩き落としてみせますから」
執事「くそっ、ふざけやがって。魔剣の呪いにやられているのか……!?」
魔剣士「奥方さん!」
執事「こんなところで殺されてたまるか……魔剣があろうと、戦ったこともないババアに負けるわけがない」
執事「殺してやる」
魔剣士「!? 奥方さん、逃げてっ!」
魔剣士(ダメ、あたしじゃ間に合わ……え?)
執事「か、はっ……」
奥方「ごめんなさいね魔剣さん。ちょっと切り方が浅かったみたい」
奥方「でも久しぶりの血はおいしいでしょう? ならもっと、わたくしに力を貸して?」
奥方「ここにいる全員、切り刻んであげますからね」クスリ
51:
召使い4「う、うわああ」
召使い9「逃げろ! なんだあれ、殺されるっ」
執事「ぐっ、ざけるな、俺を置いて……逃げるなっ!」
奥方「大丈夫よ、一人として逃がしはしません。追いかけて、追いつめて、全ての血を魔剣さんに捧げますもの」
奥方「――――そして、栄えある一人目はあなたよ、執事」
執事「ひっ、ひぃぃ」
魔剣士「させ、ない!」
ガキン
奥方「どうしてわたくしの邪魔をするのでしょう」
魔剣士「その男はろくでもない奴、よっ。でも奥方さんが殺しちゃダメなの。彼は社会の裁きを受けなきゃダメ、そうでしょ!?」
奥方「そうでしょうか。わたくしはどうでもいいと思っています」ブン
魔剣士「くっ」ギシ…
魔剣士(一撃が重い、剣が折れちゃいそう)
奥方「わたくしにとって何より大切なあの人を殺したんです。それをどうして、裁きを他人任せにできましょう」
52:
執事「ふ、ふざけるな! まだあの男は殺してない!」
魔剣士「当主さんは無事よ。勇者が助けに行ったものっ」
魔剣『戸惑いは弱さを生む。弱さは悪をのさばらせる。ならば、悪を絶つのは覚悟である』
魔剣士(この声は何……? 反響してるみたいにくぐもった声……)
奥方「ふふ……安心なさって魔剣さん。わたくしは迷いません。必ず、この男を……っ」
執事「ぅ、ぁ……」
魔剣士(ダメ、あたしたちの声が届いてない……このままじゃっ)
53:
 ◇屋敷外
勇者(あれは……どうなってるんだ?)
当主「妻が持ってるのは、魔剣だ……あれには触るなと言ってあったのに!」
勇者「暴れないでくださいっ。馬から落ちますよ」
当主「下ろしてください勇者様! 私はあいつを止めねばなりません!」
勇者「僕も同じ気持ちですよ! だから待って!」
魔剣士「ユウ、者……っ?」
当主「やめろっ。魔剣を離すんだ!」
奥方「あなた……? あなたなの?」
執事(い、今なら)ダッ
奥方「あ……逃げ……逃が、しませんっ!」
執事「うああああ!」
当主「くっ……」バッ
勇者(どうして飛び降りるかな! 度を緩めてなかったら死んでるよっ)
当主「駄目だ! 殺しちゃいけない!」
54:
魔剣士「はああっ!」
パキン
魔剣士(あたしの剣は折れた……魔剣は?)
勇者(奥方さんの手から離れたっ)
当主「よかった……」ダキ
奥方「あ、あなた……? わたくし、は」
当主「悪い夢を見ていただけだ。もう終わっている」
勇者「魔剣士、大丈夫だった?」
魔剣士「ちょっと危なかった、かしらね。……この半年、ずっと使ってた剣が折れちゃったのが悔しいけど」
勇者「折れた剣でもできることはあるんじゃないかな。逃げようとする執事さんを捕まえる、とかね」
執事「っ……くそ」
魔剣士「そうね、最後の役目には相応しいわ。あたしは折れた剣でもあなたに勝つ自信がある。それでもあなたは向かってくる?」
執事「…………好きにしろ。俺はもう抵抗しない」
55:
 ◇屋敷内
当主「危ないところでした。人を殺してしまえば、魔剣から手を離そうと、妻は魔剣の呪いに取り込まれていたでしょう」
勇者「どういう呪いだったんですか?」
当主「魔剣にとって都合のいい真実を与え、人を殺させることです」
当主「執事は私の殺害を目論んだが、まだ殺してはいなかった」
当主「ですが魔剣は、殺害の企みだけを妻に打ち明けた。その方が血を多く吸えると判断したのでしょう」
魔剣士「厄介な呪いね……」
当主「ええ。だからこそ、安易に手放すわけにもいかなかった。売り払われた先で、どんな被害が出るかもわかりません」
当主「本当にありがとうございました」
奥方「今回の御恩は一生忘れません。わたくしたちにできることがあれば、何なりと仰ってください」
勇者「僕たちは多くを望みませんよ。魔剣の使い手に相応しいかどうか、見届けてもらえればそれで十分です」
当主「それだけでよろしいのですか? 叶うなら、魔剣は最初から勇者様にお渡しするつもりでしたが」
勇者「恥を忍んで言うなら、魔剣に打ち勝つだけの神性がなかった時に、魔剣士の剣を都合してもらいたいですね」
奥方「それはもちろんですよ。わたくしを助けるために、剣を折られてしまったんですもの。きっと良い剣をお譲りします」
魔剣士「あたしは魔剣に負けるつもりないけどね」
当主「はは、剛毅なお方だ。……しかし、まず最初は勇者様に試してもらわなければなりません。この剣は、もともと勇者様のものなのです」
56:
勇者「どういうことでしょう?」
当主「血塗りの魔剣は、二代目の勇者が魔王と相打ちを遂げた後、お仲間により届けられたそうです」
魔剣士(勇者の剣……それを知って、あの執事は手に入れようとしたのかしら)
当主「詳しくはわかりませんが、親交があったのでしょう。もしも必要な時が来たら、次代の勇者に渡してほしいと託されたのです」
当主「だが、それからの勇者様は神性が低く、魔剣をお渡しすることができなかった」
魔剣士「女神様に選ばれた勇者でも、神性が高いとは限らないものね……」
奥方「ええ。女神に選ばれる資質は、きっと他の何かがあるのでしょうね」
当主「さて、では勇者様、お試し願えますかな?」
勇者(もし僕が魔剣を使えるようなら、魔剣士は拗ねちゃうかもね……)
当主「指先で、柄にそっと触れてみてください。それだけなら、魔剣の声を聞いても離れられるはずです」
勇者「わかりました」ピト
魔剣『真実を一つ教えよう』ジジ
魔剣士(さっき外で聞いたのと同じ声だわ)
魔剣『お前には魔王を倒す義務がある。なぜなら』
勇者「っ」バッ
57:
当主「駄目でしたか……」
勇者「ええ。すみません、ご期待に添えず」
奥方「では、次は剣士様がお試しになられますか?」
魔剣士「はい、やってみますっ」
魔剣士(うわぁ、どきどきする……神性には自信あるけど、本当に大丈夫かしら)ピトッ
魔剣士「…………」
勇者「…………」
勇者「何ともなさそうだね」
魔剣士「ふ、ふふ…………」
魔剣士「やったっ!」
勇者(ちょっと複雑な気分だけど、こんなに嬉しそうならいいか)
勇者「おめでとう、魔剣士」
58:
 ◇町中
魔剣士「ふふっ、魔剣に選ばれるなんて気分がいいわね♪」
ガヤガヤ
町人1「今、勇者様のお連れ、魔剣って言ったか?」
町人2「なら腰に帯びているのは魔剣なのか……」
勇者「市場でこれだけ注目を浴びたなら、後は大丈夫かな」
魔剣士「そうね。でも一応、もっと騒ぎながら町を出ましょうか」
魔剣士「貴族さんの偏見、なくなってほしいものね」
勇者「立派な魔剣をもらったんだし、これくらいの恩返しはしないとね」
65:
――――閑話3
魔剣士「やああっ!」ブォン
人喰鳩「クルック!?」
勇者「また一段と攻撃力が上がったね」
魔剣士「そうね――――こうして振ってみると、魔剣の凄さが良くわかるわよ。これで力を失った状態なんだから、末恐ろしいわね」
勇者「血を吸わせることで威力が増してくっていうのも怖い能力だけど」
魔剣士「名剣だから呪われたのか、呪われたから名剣になれたのか、どちらかしらね」
勇者「そんな魔剣の呪いを無効にできるくらいだから、魔剣士の神性って本当に高いんだね」
魔剣士「……実はね、最初は聖職者になるよう団長さんには言われたのよ」
魔剣士「神性の高さは回復魔法の効果に直結するし、より上を目指しやすいからって」
勇者「それなのにどうして剣士を選んだの?」
魔剣士「勇者はあたしが後ろから魔法を使う性格だと思う?」
勇者「……だよね。遊びに行く時だって、僕を置いてどんどん先に行っちゃうし」
魔剣士「あたしは待っているだけの女になれないの」
勇者「魔王を倒す旅についてきちゃうくらいだから、それはわかってるよ」
66:
勇者(それにしても、魔剣士が聖職者だったらどうなってたんだろ)
〜〜〜
魔剣士「ひどい怪我……高回復<ハイト・イエル>!」
魔剣士「もう大丈夫? そう、良かった……///」
…………
………
……
魔剣士「勇者、あたしをかばって……解毒<キヨム>!」
魔剣士「無茶、しないでよ……勇者が死んだら、あたし……っ」
〜〜〜
魔剣士「ちょっと勇者?」
勇者「っ!」
魔剣士「何をぼけっとしてるのよ。戦闘が終わった後こそ気を引き締めるものでしょ」
勇者「……そうだね」
魔剣士「まったくもう……あれ? 勇者、腕を怪我したの?」
勇者「え? 本当だ、気がつかなかった」
魔剣士「傷は浅いみたいだけど……念のため回復しましょうか。回復<イエル>」
勇者「…………」
魔剣士「はい、治ったわ。――――ちょっと、なんでじっとあたしを見るの?」
勇者「…………いや、別に」
魔剣士「そ、そう? 変な勇者っ」
勇者(聖職者についた魔剣士も見たかったけど……これはこれで悪くない、かな)
67:
――――閑話4
魔剣士「はあっ」ブン
タートルエッグ「…………」ゴンッ
魔剣士「っぅ……何よこいつ、すっごい堅い!」
勇者「魔剣士、下がって! 雷魔<ビリム>!」
タートルエッグ「!?」
魔剣士「頭を出したっ、今なら……!」ズバッ
勇者「魔剣士が斬れない敵って初めてだね」
魔剣士「敵がどんどん強くなっているものね。あたし、もう一撃じゃ敵を倒せなくなってるわ」
勇者「僕は旅の最初からずっとそうだけど」
魔剣士「前から言ってるけど、勇者は踏み込みが甘いのよ。安全を重視してるのはわかるけど」
勇者「意識はしてみるよ。あまり無茶はしたくないし、どこまでやれるかな」
魔剣士「んー、たぶんね、攻撃魔法を使えちゃうのも原因なのよ」
勇者「どういうこと?」
68:
魔剣士「剣で攻撃はできるけど、一歩引いて魔法を戦いの主体に切り替えることもできる、っていうのが勇者の間合いでしょ?」
勇者「……そう、だね。言われるまで自覚はなかったよ」
魔剣士「悪いことではないのよ。実際、あの亀か卵かよくわからない魔物、魔法じゃなきゃ倒せなかったもの」
魔剣士「でも、だからこそどっちつかずになっているとは思うわ」
勇者「うーん。どうすればいいだろうね」
魔剣士「そうねー。今のままだと器用貧乏ではあるけど」
勇者「…………そう、だよね」
魔剣士「あ、違う、違うわよ? そりゃあ一つに特化した人には敵わないでしょうけど、勇者はどんな魔物相手でも戦えるじゃない?」
魔剣士「上手に戦って、足りないところは仲間と力を合わせることができるのよ」
勇者「うん……」
魔剣士「なんというか……料理でいう隠し味なのよ、勇者はっ!」
勇者「…………隠し味か。勇者って名前のわりに地味な役割だね」
魔剣士「え!? ああ違うの、例えが悪かったわ!」
69:
魔剣士「ええっと……! 舞台とかの主役って、どうしても一つは欠点があったりするじゃない?」
魔剣士「でもだいたい、それを補佐する万能な相棒がいたりするわよね?」
魔剣士「勇者はつまり、そう、名脇役なのよっ!!」
勇者「そうだね……旅の主役は魔剣士に譲るよ……」
魔剣士「え!? あ、うぅ……こんなこと言いたいわけじゃないのにっ」
勇者「…………」ズーン
魔剣士「ゆ、ユウ? 落ち込まないで? あたしはあなたの良さをわかってるから」
勇者「オサナ。僕の良さって何?」
魔剣士(こ、これ以上の墓穴は掘れない……っ)
魔剣士「ユウ、あたしの手を握って」
勇者「うん」ギュ
魔剣士「ユウはこうやって、あたしの手を引いて世界に連れ出してくれた。あたしは今、毎日が楽しいのよ?」
魔剣士「まだ旅を始めたばかりだもの、うまくいかないことはたくさんあるわ。それでもあたしは、ユウと一緒に乗り越えたいと思う」
70:
魔剣士「勇者は魔王を倒せるから勇者なの? ……そんなわけないわ」
魔剣士「その背中を追いかけたい、多くの人にそう思わせられるから勇者なのよ」
魔剣士「自信を持って。あたしは誰よりも、勇者の力を信じてるから」
勇者「…………ありがと、オサナ」
魔剣士「ううん、いいの」
勇者(落ち込んだのはちょっとしたお遊びなんだけど、こんな熱心に励まされたんじゃ、立ち止まってはいられないかな)
勇者「僕からも一つ。勇者が前に向かって歩けるのは、隣にいてくれる人がいるからだよ」
魔剣士「……それってあたしのこと?」
勇者「どうだろうね。そうだったらいいなと、僕は思ってる」
71:
――――魔女からの手紙
魔剣士「ねえ勇者、あたし不思議に思ったことがあるの」
勇者「町の人の懐から見えてる紙のこと?」
魔剣士「そうそう。皆が同じものを持ってるみたいなのよ」
勇者「何だろうね。ちょっと聞いてみる?」
魔剣士「うん。気になってしょうがないもの」
町人「……」スタスタ
魔剣士「すみません、ちょっといい?」
町人「旅人さんか。なんだい?」
魔剣士「皆が持ってるみたいなんだけど、その紙ってなんなの?」
町人「これは……」
魔剣士「当たり障りなければ、見せてほしいのよ」
町人「だ、駄目だ駄目だ! 他人には見せられないっ」
魔剣士「いえ、無理にとは言わないわよ? 大事なものならいいの」
町人「こんなものが大事なわけあるか!」
72:
勇者「大事なものじゃないけど、皆が後生大事に持ち歩いてるってこと?」
町人「仕方ないだろ……そうしないと、魔女にどんな呪いをかけられるか」
勇者「魔女?」
町人「あんたらは知らないだろうが、この町には魔女が住んでるんだよ」
町人「まじない師をやってた母親は死んだが、一人娘は魔女として暮らしてるんだ」
魔剣士「その魔女と手紙に何の関係があるの?」
町人「これは魔女からの不幸の手紙なんだよっ。……持ち歩かないと不幸になるって言うから、皆しぶしぶ持ち歩いてるんだ」
魔剣士「へーえ。皆して魔女の力を信じてるのね」
町人「当たり前だ。まじない師をやってた母親は、人を呪って生計を立ててたんだぞ。娘の魔女だって人を呪えるに決まってる」
勇者「町の人全員に不幸の手紙を配るあたり、しょぼいのかだいそれてるのかが微妙なとこかな」
魔剣士「ちょっと会ってみたくなるわよね。話を聞いてみて、大した理由がないなら止めるよう説得してみる?」
勇者「そうだね。皆が困ってるのを見過ごすわけにはいかないし」
73:
町人「あー……いや、あんたらは何もしない方がいいぞ」
魔剣士「どうしてよ?」
町人「魔女は明日処刑されるんだよ。だから余計なことはしないでくれ」
町人「魔女さえいなくなれば、不幸の手紙も力をなくすだろ。そうすれば全部解決だ」
勇者「……穏やかじゃないね。やったことの罪と与えられる罰が釣り合ってない」
魔剣士「不幸の手紙を配ったくらいで命を奪うのは、ね」
町人「そうじゃねえよ。町の誰もそこまで非道じゃない」
町人「魔女が処刑されるのは、人を殺したからだ」
町人「自分と仲良くしてくれた唯一の女をだぞ。そんな魔女を、誰が許せるっていうんだ」
74:
 ◇夜
魔剣士「はあ……」
勇者「元気出してよ。……気の滅入る話ではあったけどさ」
魔剣士「わかってるわよ。でもすぐには割り切れないの。明日には元通りになるから、今日だけは許して」
勇者「許すとか許さないとか、そういう話じゃないよ。魔剣士の落ち込んだ顔は見たくないだけ」
魔剣士「……今日の笑顔は品切れなの。また明日にでも見に来てくれる?」
勇者「それはいいね。朝早くから店に並ぶよ」
勇者「…………明日、朝すぐに町を出ようか」
魔剣士「そう、ね」
勇者(魔女の処刑は明日の一〇時、か。人を殺したんじゃ、死罪は免れない。処刑は妥当なんだけど……)
勇者(人が死ぬって話を受け入れられるほど、僕らはまだ大人じゃない)
勇者「窓、ちょっと開けようか。空気を入れ換えれば気も紛れるよ」
魔剣士「お願い」
勇者「わかった」ガラガラ
75:
勇者「――――こんな時でも月は綺麗だね」
魔剣士「……あなたが見てるから、月は綺麗でいられるのよ」
勇者「はは、そうかもね」
勇者「…………あれ」
?「…………」タッタッタ
勇者「魔剣士ごめん、気の滅入ることを聞くよ」
魔剣士「何?」
勇者「魔女は東の大陸から来た移民の血筋で、南の大陸にはいない黒色の髪なんだよね」
魔剣士「そう聞いたわね。それがどうかしたの?」
勇者「今、窓の外を走っていった」
魔剣士「どういうこと?」
勇者「脱走、とか?」
勇者・魔剣士「…………」
勇者「追いかけてくる。魔剣士は休んでて」
魔剣士「あたしも行くわよ。変なこと言わないで」
勇者「今は何もしたくない気分じゃないの?」
魔剣士「できることをやらなきゃ、あたしはいつか後悔するわ」
魔剣士「だから行く。止めないで」
勇者「止めないよ。魔剣士と一緒なら心強いからね」
76:
 ◇路地裏
魔女「この区画に住んでいる誰なのかしらね?」
魔女「……今日は星の多い日だこと。明日はわたしが死ぬ日なのに、こんなにも輝いてる」
魔女「さっさと落ちてきなさいね? あの子が浮かべる場所もないじゃない」
魔女(はあ。イヤになるなあ。誰かが追いかけてきてる。わたしは何一つ上手にできないみたい)
魔女「早く出ていらっしゃいな? わたしに用事があるならね?」
勇者「……一応、こっそり後を追っていたつもりのに」
魔女「これでも忌まわしき魔女よ? 他人の魔力には敏感なの」
魔剣士「待って。あたしたち、できれば何もしたくないの。逃げるのを見過ごすことはできないけど、牢屋に戻ってくれるなら攻撃はしないから」
魔女(相手は二人、どちらも剣を持っている。魔力も感じられるし、距離を取れば安全ってこともなさそう)
魔女「素直に戻らなかったら、わたしはどうなっちゃうかしら?」クスクス
勇者「できるだけ怪我はさせたくないけど、剣を抜くことになる」
魔女「勇ましいことね? 溜息が出ちゃうくらい」
77:
魔女「……わたしはやらなきゃいけないことがあるの。大事なことよ? 明日は素直に殺されてあげるから、見なかったことにできなくて?」
魔剣士「そういうわけにはいかないわよ」
魔女「そうよねぇ? 困っちゃうな?」
魔女「――――だから仕方ないものね? 上手によけてみせて?」
勇者「!?」
魔女「氷魔<シャーリ>」
勇者(僕と魔剣士の足下をっ……というか、これが氷魔<シャーリ>だって!?)
魔剣士「ゆ、勇者ごめん! 足を固められた!」
魔剣士(勇者の時と同じ感覚で避けようとしたら……何よこれ、魔法の規模が違いすぎる!)
魔女「あとはそこの僕だけね? 逃げないと、今夜は野宿になっちゃうかしら?」
魔女「痺れなさい、雷魔<ビリム>」
勇者「っ! しゃ、氷魔<シャーリ>!」
魔女(氷で壁を作って……?)
勇者「くっ」
勇者(ちょっと感電したけど……直撃しなかったぶん、動ける!)
78:
魔女「あ〜あ、失敗しちゃったかな? 今夜は戻るから、もう剣を向けないでくれる?」
勇者「……そっちが優勢だったはずだけど。諦めるのが早くないかな」
魔女「もう魔法一回分の魔力しか残ってないの。我ながらうんざりしちゃう」
勇者「まだ魔法を二回しか使ってないのに?」
魔女「一つの魔法に魔力を込めすぎてしまうのよね? わたしは不器用なお姉さんなのよ?」
魔剣士「こ、のっ」バキバキ
魔女「……わたしの氷、そう簡単に砕けないはずなんだけどなあ? 雷は氷の壁で防がれちゃうし。今夜の相手は悪かったみたいね?」
勇者「本気で魔法を使われたら、危なかったのはこっちだよ」
勇者「直撃を避けようとしなければ、油断した僕たちを制圧できたんじゃないかな」
魔女「あら、慰めてくれるの? それとも口説いているのかしら?」
勇者「それは戦闘を続けたいってこと?」チャキ
魔女「ちょっとした軽口よ? ふふ、ウブなことね」
魔剣士「このっ、このっ」バキバキ
魔女「……わたしは逃げないから、恋人を助けてあげたら?」
勇者「魔剣士はそういうんじゃないよ」
79:
魔女「若いのね? でもわたしの人を見る目は確かよ、心を偽っても見透かしてしまうの」
勇者「僕も人を見る目はあるつもりだよ」
勇者「少なくとも、あなたが悪人に見えないくらいには」
魔女「…………ふふ、それはとんだ節穴ね? 心の闇が見えていないのよ?」
魔剣士「やっと出られた……足が冷えちゃったわよ、もう」
魔女「ごめんなさいね? あとで恋人に暖めてもらって?」
魔剣士「ゆ、勇者はそういう相手じゃないわよっ」
魔女「ふふ、あなたたちって面白い。こんな単純な子に負けちゃうなんて、魔女も大したことないのねえ?」
魔剣士「……魔女はどうして親友を殺したの?」
魔剣士「そんな人には思えないわ」
魔女「恋人と同じことを言うのね? 聞いてると熱くなってきちゃう」
魔剣士「あたしは真面目な話をしているのよ?」
魔女「そうねー……でも話して何か得があるかな?」
魔剣士「勇者が手を貸してくれるかもしれない、それは魅力的でしょ?」
魔女「勇者……? へえ、話には聞いていたけど、こんなにかわいらしい男の子なのね?」
80:
魔剣士(むむっ)
勇者「事情を話すつもりはあるの? 口をつぐむなら、僕らは宿に帰るよ」
魔女「話すのはいいのよ? でも聞いたなら、嫌がろうと協力してもらわなきゃ」
勇者「……それでいいよ。だから話してほしい」
魔女「話が早いのね? あなたの人の良さは、誰が食い荒らすのかしら?」
魔剣士「あなた、あたしたちを味方につけるつもりあるの?」
魔女「あら、ごめんなさいね? わたしってば人を傷つけながらしか話せないのよ?」
魔女「――――だからかしらね? 誤解を重ねて投獄されて、友達の仇さえ討てやしない」
魔剣士「どういうこと?」
魔女「あの子は人間に化けた魔物に殺されてしまったの。復讐しようにも、どこに魔物が潜んでいるかわからないのよね?」
魔女「だから小細工をして、魔物を見つけようとしていたの。でも途中で、家に隠していたあの子の死体を自警団に見つけられちゃって」
勇者「それで捕まり、あわや処刑か。どうして家に隠したの?」
魔女「……わたしの感傷かしら? 可愛い子だったのに、魔物は顔や体を容赦なく傷つけていたの。あんな姿、誰にも見せたくなくって」
勇者「そ、っか」
魔剣士「魔物を見つける小細工って、不幸の手紙のことよね?」
81:
魔女「大正解。あれには仕掛けがあってね? 魔性に反応すると燃えるように魔力を込めてあるの」
勇者「なるほどね。持ち歩かないと不幸になる手紙なのに、燃えてしまっては持ち歩けない」
魔女「だから手紙を偽造するでしょうけど、わたしの魔力までは真似できない。わたしの作った手紙を持たなければ魔物ってことね?」
魔女「あとはこの区画を探せば終わりだったのよ? あなたたちに邪魔されちゃって、失敗したのだけど、ね?」
魔剣士「う……ごめんなさい」
魔女「あらやだ、謝らないで? 今晩のうちに見つけられるかは賭けだったの。偶然がなきゃ見つけられないし」
魔剣士「……言外に謝れって言われた気がしたのだけど」
魔女「あらそうだった? 言葉の意味を深くとらえる人って大変ね?」
勇者「魔剣士をからかわないでほしいな。後でご機嫌を取るのは僕なんだから」
魔女「ふふ、いいじゃない。いちゃつく理由は多い方が良くてよ?」
勇者「そんな風にからかうなら、魔物を見つける作戦はいらないってことだよね?」
魔女「――――へえ? 面白いことを言うのね? これまでの話で効果的な作戦が思いつくほど、勇者くんはずる賢いんだ?」
勇者「わりとありきたりな作戦だよ。あまり期待すると肩すかしかもね」
魔剣士「どんな作戦なの?」
勇者「不幸の手紙を捨てたら本当に不幸になるのか、試してみたいと思わない?」
82:
 ◇朝
魔剣士「勇者は魔女の話を信じるのよね?」
勇者「魔剣士は疑ってる?」
魔剣士「いいえ。あたしの直感は魔女を信じろと言ってるもの」
勇者「なら僕は、魔剣士の直感を信じるよ」
魔剣士「ありがと」
勇者「ふっ、くぁぁ……徹夜ってするものじゃないな」
魔剣士「大丈夫? もう魔法は作り終わったのよね? 休むなら後で起こすわよ」
勇者「んー、大丈夫。僕は広場に魔法を敷くまでが役割だし」
魔剣士「ええ、その後は任せて。あたしがきっちり魔物を退治してあげるわ」
勇者「僕も補佐くらいするよ。魔剣士ばかり危険な目に会わせたくないしね」
魔剣士「もう、そこまで気遣ってくれなくてもいいのに」
勇者「そういうわけにもいかないよ。勇者は追いかけたいと思わせる人じゃなきゃいけないんでしょ?」
勇者「だから誰よりも前に立って歩かなきゃね」
83:
 ◇処刑場
魔女(あの二人、うまくやってくれてるかしら)
魔女(……おかしいのね、この魔女ってば。会ったばかりの人間を信用してる)
魔女「くすっ」
 中年男「ひっ、魔女が笑ったぞ」
魔女(わたしは笑うことさえ許されないのね。仮面でもつけて生きるのがお似合いかな)
魔女(……なーんて。贅沢は言わない。仮面をつけたまま、ここで死んでもいいの。どうせつまらない命だものね)
魔女(あの子の仇さえ討てれば、それでいい)
魔女(――――でもそうね。ここを生きのびることができたら、わたしは何をすればいいのかな)
処刑人「魔女を処刑台の前へ」
魔女(ふふ。そろそろ仕事を始めないとね)
処刑人「これより! 殺人の罪科により異端の魔女を処刑する!」
処刑人「その咎は雪ぐことができず、奪われた命は帰らない。よって極刑は正当な処罰であるっ」
魔女「…………ふふ。あははっ!」
処刑人「黙れ! 喋る権利は与えていない!」
84:
魔女「死体を見んと集まった無学無能な者共め! どこにも辿りつけないお前たちに、この魔女が特別な呪いを与えてやる!」
魔女「呪われた魔女からの手紙を胸で暖め続けるがいい! 不幸はすぐさま、愚者の元へと降りるだろう!」
勇者「それってつまり、持っていると不幸になるってことかー!」
魔剣士「きゃあ大変! 早く捨ててしまわないとー!」
勇者(魔剣士、演技がでたらめにヘタなんだね)
町人「ひ、ひぃ! こんなものっ」ポイ
町娘「汚らわしい! やっぱり持ち歩くんじゃなかったっ」ポイ
町人?「…………」ポイ
カキンッ
85:
 ◇昨晩
勇者「本物の手紙には魔女さんの魔力がこめられてるんだよね? なら、魔女さんの魔力にだけ反応しない魔法を作ればいいんだよ」
勇者「魔物が持っていれば、多少なりとも魔力を帯びる。魔物の偽造した手紙にだけ魔法は反応するはずだよ」
魔女「……呆れた。理屈ではそうよね。でもそんな魔法を誰が用意するの? わたしは手紙に仕込んだ罠魔法でさえ一週間はかけてるのよ?」
勇者「不幸の手紙の魔法さえ教えてくれれば、あとは僕が作るよ」
魔剣士「勇者ってそういう頭を使う仕事が得意だものね」
勇者「自慢はしづらいけどね。……というわけなので、雛形さえあれば朝までには終わらせてみせる。どうだろう、賭けてみてはくれないかな」
魔女「そうねえ? 完成しなかった場合は?」
勇者「牢獄まで迎えに行くよ。脱獄を手伝う」
魔剣士「あまり勇者は出ない方がいいと思うわよ? あたしが行くわ」
勇者「それでも僕が行くよ。力の及ばなかった自分が悪いんだしね」
魔女「……手伝いまではしなくていいのよ? 間に合わなかったと教えてくれれば、あとは自分で抜け出せるもの」
魔女「ほら、今日だってあっさりと脱走してみせたのよ?」
勇者「あの、一応頑張るので、間に合った時の話をしていいかな?」
魔女「うふふ、どうぞ?」
勇者「魔女さんには処刑の直前で、不幸の手紙を持っていたら大変だって騒いで欲しいんだ。それを僕と魔剣士で焚きつければ……」
魔剣士「なるほどね。人間に化けてる魔物も、手紙を捨てなきゃいけなくなるわ」
勇者「捨てた途端、逃げられないように足は凍らせちゃうけどね」
86:
 ◇処刑場
町人?「っ!?」カチコチ
勇者「魔剣士、左に七歩!」
魔剣士「はあぁ!」ブォン
町人?「くっ!」ガシッ
魔剣士「あたしの魔剣を易々と受け止めるのね。凄いじゃない、その熊のような右手?」
少年「う、うわあ! 魔物がいる!」
無職「ばか押すんじゃねえ! 俺に何かあったらどうする!?」
町人?「くそ……お前たち、魔女の手先か!」
勇者「言葉が悪いね。僕らは魔女さんの仲間だよ」
魔剣士「勇者と魔女の一行、なんてどうかしら?」ググッ
町人?「勇者……貴様のせいで……!」
魔物「ならば隠れるのはヤメだ! 今ここで人間を皆殺しにしてやる!」
魔剣士「させるわけ、ないでしょうが!」ブンッ
魔物「食らうかっ」バシッ
87:
勇者「魔剣士は下がって! 氷魔<シャーリ>!」
魔物「魔法っ……この程度!」グッ
魔物「くくっ、弱いなあ勇者! 大きなつららを作ることしかできないか!」
勇者「――――魔女さん。仇を討つのは任せるよ」
魔女「ありがとう勇者くん。お礼は後でたっぷりと、ね?」
魔物「なっ! お前は最初から……っ」
勇者「早く足下の氷を壊したら? もう間に合わないだろうけど」
魔女「わたしの魔力全てを注いであげる。……高雷魔<エクス・ビリム>!」
魔物(つららを目印に雷が……!)
魔物「ぎ、ああぁぁ!」
88:
魔剣士「魔女の魔法って凄い威力なのね……雷で焼け焦げて、ずっと煙が出てる」
勇者「……いや、おかしいよ。煙の量がどんどん増えてる。魔剣士、あまり近づかないで」
魔女「勇者くーん? どうかしたのー?」
モクモク……ブワッ
魔剣士「きゃっ」
勇者「うわ!」
魔剣士「何よ今の……すっごい風」
勇者「代わりに煙は収まったけど……。――――? ……魔剣士、ちょっとこっちを見ないで」
魔剣士「なんでよ?」
勇者(人間、だよね。これ)
勇者「……動物が魔物に変わるなら、人間が魔物になってもおかしくない、か」
魔剣士「どうしたのよ、ぶつぶつ言って。もうそっち見てもいい?」
勇者「見てもいいけど、覚悟はしておいて。今の魔物の正体は、できれば知らない方がいい」
89:
 ◇半月前 魔女の家
魔女「トモ……? どうしたの、何があったの!?」
友「はは、魔女ちゃんが焦ってるー……いつもの冗談は、どうしたの?」
魔女「こんな時に何を言ってるのよ! ひどい怪我……すぐ教会に連れて行くからっ」
友「お願い、待って。聞いて。わたしね、魔物に襲われちゃったんだよ……?」
魔女「魔物? あなた、こんな夜中に一人で町の外に出たの?」
友「違うよー……男の人にね、道を聞かれて……教えてたら、毛むくじゃらの腕で、ぐさーって」
魔女「人間に化けた魔物、ね。安心して、わたしがこらしめてくる」
友「魔女ちゃんに任せたら安心だねー。……ゲホッ」
魔女「トモ! 駄目よ、しっかりして!」
友「はは……もう無理、かなあ。眠くなってきちゃった」
魔女「駄目よ、ダメっ。わたしを一人にしないでよぉ!」
90:
魔女(せめて回復<イエル>だけでも使えたら……どうしてわたし、攻撃魔法しか使えないのっ!)
友「――――ねえ魔女ちゃん」
魔女「な、なあに、トモ?」
友「また今度、川に星の石、浮かべに行こうね?」
魔女「……ええ。必ず行きましょうよ。空にもっと星を浮かべたいものね?」
友「楽しみ、だなあ」
友「 」
魔女「トモ……」
91:
 ◇壁外 門前
魔女「あら二人とも、わたしに挨拶もせず行ってしまうの?」
魔女「寂しくて、涙をこぼした手紙を送りつけたくなっちゃいそう」
勇者「友達の供養に忙しいでしょ。別れの挨拶に行ったら、僕らを優先させなきゃいけなくなるし」
魔剣士「大切な友達なんでしょ? お邪魔することはできないわよ」
魔女「あなたたちって本当に甘ちゃんなのね?」
魔女「魔女はこの町で忌まれる存在よ? あの子の家に行ったら、あの子が死んじゃったことの責任を取らされちゃうもの」
魔剣士「どうしてよ。だって魔女は悪くないわ、全て魔物が原因なのに」
魔女「正しさが人の心に届くとは限らないのよ? 歪んでしまった心はね、同じように歪んでいるものしか入らないの」
勇者「だとしても、いつかは届くことを信じて前を向くしかないんじゃないかな」
魔女「わたしはそんなに気が長くないの。気持ちが届く前に、この町のことを大っ嫌いになっちゃうでしょうね?」
魔女「…………でもいいの。あの子に伝えなきゃいけないことは、もう伝えてきたから」
勇者「そっか。なら良かったよ」
魔剣士「それじゃあお別れの挨拶だけしちゃいましょうか」
92:
魔女「ふふ? あなたたちってとんだ自信家なのね?」
魔剣士「どういうことよ?」
魔女「ここにひとりぼっちの魔女がいるのよ? 仲間になろうと手を差し伸べて、ついてこいと引きずっていくのは簡単じゃなくて?」
勇者「僕がすごく悪逆非道な存在にされてる……」
魔剣士「冗談を真に受けてどうするのよ?」
勇者「……わかってるよ、それくらい」
勇者「それより魔女さんこそわかってる? 勇者は魔王を倒して無事に帰ったことがないんだよ?」
魔女「そうなのよね? わたしもまだ死にたくはないし、いざとなったら逃げちゃおうかしら?」
魔剣士「処刑されるとわかっていて牢屋に戻った人の言葉じゃないわね」
魔女「細かいことはおいおい話し合いましょ? それで勇者くん、どうかなあ?」
勇者「仲間になってくれたら心強いけど……いいの?」
魔女「そんなこと言っておいて、わたしが仲間だって言ったのは勇者くんなのよ? それとも撤回する?」
勇者「――――よろしく魔女さん。魔王討伐の旅へようこそ」
93:
魔女(川に流したあの子への手紙は、きちんと星の海まで届いてくれるかしら)
魔女(ふふ、届くと思うのよね。どうしてだろ。わたしって理想主義者じゃないのになあ)
魔女(……トモ。やっぱりわたし、あの町には居場所がないみたい)
魔女(だから、居場所を見つけるために町を出てみようと思うの)
魔女「わたしだけの星の海を探しに、ね」
魔剣士「ねえ勇者、魔女が急に可愛らしいこと言い出したわよ?」
勇者「そういう年頃なんじゃないかな?」
魔女「もう、勇者くんも魔剣士ちゃんもひどいなあ? 二人の初恋が実らないよう、呪いをかけちゃうんだからね?」
95:
すごく王道な感じでいいね
期待
100:
――――言葉責め(物理)
魔剣士「魔女って普段の戦闘はどうするの?」
魔女「あら、戦うか戦わないかを選んでいいのね?」
魔剣士「違うわよ、ちゃんと戦って。……そうじゃなくて、魔法はあまり使えないのよね?」
魔女「そうねえ。気にせず魔法を使うと、三回くらいしか詠唱できないのよ? われながら不便なことね?」
勇者「魔力を込めすぎなければ大丈夫じゃないかな」
魔女「それができたら苦労しないのよ? わたしってば魔力の制御がとーっても苦手なのよねえ」
魔剣士「魔法を使うのがとーっても苦手なのはわかってるのよ。じゃなくて、普段はどうやって戦うのか教えてほしいの」
勇者「うーん、杖で殴るとか?」
魔女「任せて? わたしね、トゲネコと互角の勝負ができる女なのよ?」
勇者「……殴るのはダメそうだね。反撃で負けちゃいそう」
魔女「ふふ、でも殴るなんて野蛮なことは好きじゃないな? わたしは自分に見合った戦い方をするのよ?」
魔剣士「どんなよ」
魔女「あそこにカミカミカマキリがいるでしょ? 試しにあの子たちを攻撃してあげる」
101:
魔剣士「構わないけど、けっこう強いわよカミカミカミャキリ」
魔剣士「っ///」
魔女「たぶん大丈夫、かわいらしいものカミカミカミャキリ」
勇者「あまり近づきたくはないけどね、カミカミカミャキリ」
魔剣士「ゆ、勇者まであたしのことバカにしてっ」
魔女「……その貧弱な手足など折れてしまえばいいのよ」ボッ
カミカミカマキリA「ィーッ」グサッ
魔女「……気持ち悪い顔。近寄りたくもない」ボッ
カミカミカマキリB「ャンッ」グサッ
魔女「……だいたい名前が言いにくいの、このカミカミカミャキリ」ボッ
カミカミカミャキリC「ェーン」グサッ
魔女「こんなものかしらねー。どうどう? 勇者くん、魔剣士ちゃん。わたしの言霊ってこういうことができるの」
勇者「傍目に見ていても、何がどう攻撃に繋がったのかがよくわからないよ」
魔剣士「そうね、どうして倒れたの? ……カミカミカマキリっ! は」
102:
魔剣士(ほら、ちゃんと言えたでしょ? 誉めてもいいわよ勇者?)
勇者(また噛むまでそっとしておこう)
勇者「魔法の一種ってことでいいのかな」
魔女「魔法ではないの。わたしの母がまじない師だってことは聞いた?」
魔剣士「…………ええ」グスン
魔女「母の血を引くわたしはね、罵倒や侮蔑を言霊にして、それを魔法みたいに使うことに成功したのよ? ふふっ、わたしってば凄いなあ」
勇者「本当に凄いんだけど、魔女さんの言い方じゃ凄さが薄れるよ」
魔女「あら、誉めてくれていいのに。わたしって誉められると成長する子なのよ?」
勇者(成長、って言いながら背中を反らせて大きな胸を主張させるのはわざとなのかな)
魔剣士(むむっ)
魔剣士「ゆ、勇者。あたしも誉められると伸びる子よ?」
勇者「張り合うのはいいけど、どっちのことも誉めないからね」
魔女「あら残念ね?」
103:
勇者「話を戻すけど、その言霊って威力は調整できるの?」
魔女「もちろん。例えば、そうね……」
人喰鳩「クルック?」
魔女「……あなたのような間抜けな顔した小動物が人間を餌にしようなど一〇〇年早いのよ、家畜の餌にもならないし、今すぐ地に落ちて灰になってしまえばいいのに」ボボッ
人喰鳩「!?」グサグサッ
魔女「どう? 言葉を長くして、思いを込めるだけで言霊の威力は増すの。だから余裕があったら強い言霊で攻撃しようかな」
魔剣士「言霊なら魔力はそんなに使わないの?」
魔女「ええ。具体的には試したことないけど、たぶん三桁ならいけるかなあ?」
勇者「そっか。なら頼りにしてるよ」
勇者「……あまり近くで聞きたくはないけど」
魔女「うーん、反応悪いのね。やっぱり魔剣士ちゃんのカミカミカミャキリに持ってかれちゃったかなあ?」
魔剣士「それはもう忘れなさいよっ」
104:
――――閑話5
魔女「魔っ剣っ士ちゃーん?」
魔剣士「何よ猫なで声出して。あたしに何か用事?」
魔女「わたしってずっと気になってたんだけどね? 魔剣士ちゃんって勇者くんと恋人みたいな関係なの?」
魔剣士「そ、そんなわけないじゃないっ」
魔女「へえ? ならお互いに片思い中なのね?」
魔剣士「そういうんでもないの!」
魔女「ふーん、否定するのね? なら今度は勇者くんに聞こうかしら?」
魔剣士「や、やめてっ」
魔女「あらどうして?」
魔剣士「そんな気ないって言われたら立ち直れないし……そうだよなんて言われちゃったら、勇者の顔を見れなくなっちゃう……」
魔剣士「ううん、それならまだいいわっ。もしかしたら、恥ずかしくて勇者と一緒に旅することさえできなくなるかも……」
魔女「魔剣士ちゃんってかわいいのね? ふふ、からかいたくなっちゃうな?」
魔剣士「あたしからかわれるのは苦手なの……絶対にやめてくれる?」
魔女「なら代わりに、勇者くんとのことを色々と教えてくれる?」
105:
 ◇町中
町人「ここいらの魔物は元々虫だったのが多いんだよ。よっぽど大きいやつでも出なきゃ、魔物で困ることはないんじゃねえかな」
勇者「そうですか。ありがとうございます」
町人「いいってことよ。勇者様に情報を渡すのも平民の義務さ。……にしても、あんたちっとも勇者らしくねえのな」
勇者「そうですか?」
町人「俺みてえな口の悪い町人にも腰が低いしな。もっと偉ぶって町中の女をかっさらったりしねえのかい?」
勇者「国外追放されかねないですね、それ」
町人「はははっ、んな謙虚なこと言っておいて、仲間はみんな美人な女を揃えてんだろ?」
勇者「…………はは、まさか」
町人「ん? どうしたい勇者様、顔色が優れねえぜ」
勇者(次は男の人を仲間に加えよう)
106:
 ◇宿
勇者(この町は平和みたいだし、明日はすぐ出発できるかな)
勇者(それまではしっかり休んでおかないと)
勇者「…………ん?」
 魔女「まずねー、魔剣士ちゃんは宿でくらい剣を手放さないとね?」
 魔剣士「ふむふむ」
 魔女「あとはそうね、もうちょっとだらけた服装にしましょ?」
 魔剣士「えー? それは幻滅されそうじゃない?」
 魔女「そうじゃないの、自分の前でだけ油断した姿を見せてくれるのが胸にぐっとくるのよ?」
 魔女「だからほら、そんなにかっちりした服は脱ぎましょ? せめて肩を出したり、ひらひらしてて女性的な服で誘惑するの」
 魔剣士「でもあたし、そういうの家にしかないわ」
 魔女「ダメよ魔剣士ちゃん? 女の子なんだから、いつだって勝負できるようにしとかなきゃ」
 魔剣士「そう……そうよね! 明日市場に買いに行くわ!」
107:
 魔女「なら今夜はわたしの服を貸しましょうか?」
 魔剣士「……わざと言ってるのよね? 魔女の服があたしの体に合うわけないじゃない」
 魔女「だぼっとするでしょうけど、普段との違いは男性を意識させると思うのよ?」
 魔剣士「…………借りるわ。ありがと」
 魔女「どういたしまして?」
勇者「聞かなかったことにしよう」
勇者(でも魔剣士が扇情的な格好をするのはイヤだな)
勇者(後でそこだけは口を出そう)
勇者「というか、魔女さんはわかってるなら露出の少ない服を着てほしいんだけど」
108:
――――不死の落日
魔剣士「死体が盗まれる?」
勇者「そうみたい。王族の墓荒らしなら金品が目当てだろうけど、小さな村の墓を荒らすなら何が目的だろうね」
魔剣士「そうねー……」
魔女「まじない師の娘としては骨が思い浮かぶかなあ?」
魔剣士「どうして骨?」
魔女「雰囲気作りの小道具としても使えるでしょ? それに、死体の中で一番長く保存できるのは骨だもの」
魔女「骨は魔術的にそれなりの価値があるのよ? だいたいは動物の骨を使うけどね?」
勇者「でもそれなら、古い死体を優先して狙うんじゃないかな。最近埋められた死体ほど盗まれるそうだよ」
109:
魔剣士「考えてるだけじゃわからないわね。勇者はどうしたいの?」
勇者「大切な人の死体を盗まれたんじゃ、遺族が浮かばれないよ。よっぽどの理由がなきゃ何とかしたいね」
魔女「ふふ、勇者くんってば正義漢だものね? ならわたしも協力しましょうか」
魔剣士「それじゃ決まりね。……でも死体を盗んだ人はどうやって探すの?」
魔女「墓荒らしは頻繁に行われるのかしら?」
勇者「月に一度あるかどうかだって。小さな村だし、最近は人が死んでないから、しばらくは鳴りを潜めてるってさ」
魔女「うーん、ずっとお墓で待っているわけにはいかないものね。一ヶ月も待っていたら魔王が拗ねちゃうし?」
勇者「そうだね。だから待たずにこっちから行こうと思う」
勇者「この村の西にある森は、手つかずで道さえ作っていないらしいよ」
勇者「魔物が群生しているみたいでね。誰かが潜んでいるならそこが怪しいみたい」
勇者「そこまで広い森じゃないようだから、二日あれば一通り探索できるそうだよ」
魔剣士「了解。それじゃ準備をしましょうか」
110:
 ◇森
岩石グモ「シャーッ」
魔剣士「でか……何このクモ」
魔女「気持ち悪い……もう帰っちゃダメかしら」
勇者「この大きさの魔物がうじゃうじゃいるようだと、探索はちょっと危険かな……」
魔剣士「ああもう、鳥肌が立つ! 早く倒しちゃいましょうよっ」
勇者「そうだね。魔女さんは戦えそう?」
魔女「それくらいはね? あまり見たくはないから、早く倒してくれると助かっちゃうな?」
勇者「頑張ってみるよ。それじゃあ行こうか!」
………
……

?「あれは……」
?「ああっ! やっと帰ってきてくれたんですね!」
111:
勇者「僕は今後、クモを見つけたらすぐに逃げようと思う」
魔剣士「そうね。もうこりごりだわ」
魔女「わたし帰ってもいい?」
勇者「すごく困る。あのクモ、むやみやたらに仲間を呼ぶみたいだし。魔剣士と二人じゃもっとてこずると思う」
魔剣士「そんなに強くないのが幸いよね……でも集団で襲ってこられると本気で気持ち悪いわ」
魔女「口から吐く糸も問題よ? 臭いしべたつくし服の色が落ちるし……死ねばいいのに」ボッ
勇者「ちょっと魔女さん、言霊できてる」
魔女「あらごめんなさいね?」
魔剣士「はあ……でも文句ばかり並べてられないわよね」
魔剣士「幸い、向こうから近づいてくれたみたいだし」
魔女「あらあら?」
魔剣士「出てきなさいよ。木陰に隠れてるのはわかってるんだから」
?「…………」
勇者(年の頃は僕らと同じくらいか。でも様子がおかしい……なんだ?)
112:
?「ゆ――――」
魔女「ゆ?」
?「――――勇者さまっ!」ダキッ
勇者「うわっ」
?「ぐすっ、ひっく。勇者さま、ずっとお待ちしてました……っ」
勇者(あれ? この子……)
勇者「ちょっと待って。僕は君のこと知らないよ」
勇者「……魔剣士! 本当だから! その疑いの目は止めてよ!」
魔剣士「何よユウってば。あんな簡単に抱きつかれちゃって。魔物だったらどうするわけ。だいたいあれくらい避けられるじゃない」
魔女「魔剣士ちゃん、ちょっと落ち着いて? 村に戻ってからこってりとお説教すればいいじゃない?」
勇者「僕の死期が早まってる……ねえ君、僕をよく見てごらんよ。君の知っている人じゃないはずだから」
?「何を言うんです? 勇者さまは勇者さま……」
?「…………」
?「あなた誰ですっ?」バッ
勇者「やっと離れてくれた……だから人違いだって言ったじゃないか」
113:
?「ご、ごめんなさい。勇者さまだと思って、つい」
魔剣士(……? 勇者で合ってるけど、何かおかしいわね)
勇者「いや、勘違いしちゃったのはいいんだ。……ところで君、その体はどうしたの?」
魔女「あら、何かあったの?」
勇者「体が腐ってる。手と首が黒や焦げ茶に変色してるし、重度の壊疽(えそ)だと思う」
勇者「服で隠れてる部分もひどいはずだよ。死んでいてもおかしくない」
?「はは……そうですね。でもボクは大丈夫なんです」
?「不死化の魔法を使っちゃったので」
魔女「不死化、ね? 伝承でしか聞かないような魔法、使えるとは驚いちゃうな?」
114:
魔剣士「……そんな魔法を使ったの?」
魔剣士「あなたのその服、教会に仕える修道女のものでしょ?」
修道女「はい。あ、でもでも、ただの修道女じゃありませんよ? ボクは勇者さまと一緒に旅して、魔王を倒したんですからっ」
勇者「!」
魔剣士「? それってどういう……」
魔女「魔剣士ちゃん、ちょっと」コソッ
魔剣士「何よ」コソッ
魔女「勇者くんはきづいたようだけど……あの子の言ってることはたぶん本当よ?」
魔剣士「だからどういうことなのよ」
魔女「……勇者くんの先代、七代目の勇者さんは、修道女さんと二人きりで旅をしていたそうよ?」
魔女「だから」
勇者「……君が有名な、勇者と一緒に旅をした修道女なんだね?」
修道女「有名だなんてやですよー。有名なのは勇者さまで、ボクはそんなに凄い人じゃないんですから」
勇者「なるほどね、よくわかった。ところで、もうちょっとお話を聞きたいんだけど、いいかな?」
修道女「いいですよー。勇者さまが戻るのを待つ間は暇ですからね」
115:
勇者「ありがとう。君の家って森の中にあるの?」
修道女「家、はないですよ。ちょっと開かれた場所があるので、ボクはそこで寝泊まりしているんです」
魔女「……死体がなくなった理由、これでわかっちゃったみたいね」
魔剣士「どういうことよ?」
魔女「不死化したら、人間の死体しか食べられなくなるのよ? 白骨化しちゃっていたら食べられないもの、手を出さないはずよね?」
修道女「ごめんなさい!」
修道女「死体を盗んでいる時や食べている時の記憶はいつもなくて、食事が終わってから気づくんですけど……」
修道女「近くの村からだろうとはわかってたんです。前まではこんなことなかったのに」
勇者「これまではどうしていたの?」
修道女「その……すぐお腹がすくわけじゃないので、森で迷って死んだ人がいたら食べていました」
修道女「半年に一人くらいしかいませんけどね」
魔剣士「あー、ちょっと待って。聞きたくない、想像しちゃう」
勇者「……ごめん、興味本位でひどいことを質問してた」
修道女「いえ、いいんですよ。人を殺してるんじゃないかって疑われてもおかしくありませんし」
修道女「死体を盗んじゃったこと、謝りたいとは思っていたんです。でもこんな体で村に行ったら、悪霊として殺されちゃいそうです……」
勇者「それなら君に悪気はなかったんだね?」
修道女「信じてもらえるなら、ですけど……」
魔剣士「骨はまだ残っているの? あたしたちが返してきてもいいけど」
修道女「ありますよ。残っていた順にまとめてあるんですけど、身元がわかるでしょうか……」
魔剣士「どうかしらね。そこは村に戻ってみないとわからないわ」
116:
魔女「…………ねえ修道女ちゃん?」
修道女「なんですか?」
魔女「勇者さまを待ってる、のよね?」
修道女「はい。勇者さま、魔王を倒した後にいなくなって……ここ、二人の思い出の場所なんです。帰ってくるの、ずっと待ってるんですけどね」
魔剣士「いつ、から?」
修道女「えーと……? 不死化したのが、魔王を倒してから一年ちょっとなんです。そろそろ何年になりましたかね」
魔剣士(七代目勇者が亡くなったのは、もう一〇〇年近く前なのに……)
魔剣士「あの……」
魔女「魔剣士ちゃん。やめときましょ」
魔剣士「でも……」
魔女「正しさが人を救うとは限らないのよ。それに……いくら不死化したって、体はもう限界のはずだもの」
魔女「絶望より、落胆の中で終わる方がいいとわたしは思う。魔剣士ちゃんはどう?」
魔剣士「……あたしも、そう思うわ」
117:
修道女「ごめんなさい。ボクのせいでご迷惑をかけて」
勇者「気にしないで。僕たちが勝手にやっていることだから」
勇者「それじゃ、また骨を取りに来るよ」
修道女「はい、お待ちして――」
魔女「風魔<ヒューイ>!」
修道女(岩石グモ! こんな近くに……っ)
魔剣士「はあっ!」
勇者「修道女さん、下がって!」
魔剣士「勇……ユウ、まずいかも。数が多すぎるわ」
勇者「弱音を言ってもしょうがないよ。とりあえず、修道女さんを背にかばうように戦おう」
魔女「…………あの、凄く言いにくいことがあるのよ?」
勇者「うん、予想はついてるけど聞くよ。何?」
魔女「わたし、あと一回くらいしか魔法使えない、かなあ?」
勇者「魔女さんは修道女さんの近くで言霊をよろしく。僕と魔剣士で何とかする」
118:
魔剣士「ここに来る途中も魔法使ったんだし、三回目は温存してるといいわ」
魔剣士「まあ? あたしとユウで全部倒しちゃうかもしれないけど、ねっ!」
修道女(岩石グモくらい、前なら自力で追い払えたのに)
修道女(どうしよう、ボクはどんどん弱くなってる。こんなんじゃ勇者さまが戻ってこないのも当たり前ですよね)
修道女「勇者さま……ボクに力を貸してください」
魔女「……自分の足につまずいて転べばいいのに」ボッ
岩石グモD「…………」チクッ
魔女「言霊だけじゃ足りないなあ、やっぱり。困った虫だこと」
魔剣士「こ、のぉ!」ブンッ
魔剣士(体は岩石って言うほど堅くないのが幸いね。体重を乗せれば両断もできる)
魔剣士(でもやっぱり数が多い! クモが仲間を呼ばなくなったら、魔女の魔法で一網打尽って感じがいいわよね)
魔剣士「ふん、いいじゃないやってあげるわ! あたしとユウで片っ端から切り捨てるんだから!」
勇者「勇ましくて頼りになるね」
勇者「僕も負けてられない、な!」シュッ
勇者(一息で断ち切るのは無理、かな。すぐに追撃をして倒していくしかないか)
119:
修道女(懐かしい……前に出る勇者さまを、後ろから援護して……ボクもこうやって勇者さまと戦ってたんですよね)
修道女(あれは何年前のことでしたっけ。わからないです。しばらく戦いから身を置いていましたし)
修道女(でも、ここ『数日』で魔物が急に増え始めて……)
修道女(? おかしいですよ。魔王は倒したのに、どうして魔物がいるんですか?)
修道女「魔物が出るのは魔王が現れたから? でも魔王は勇者さまが……ボクが見てる前で倒したのに」
修道女「あれ? その後ボクはどうしたっけ?」
魔女(記憶の混乱、かしら? 良くない状況よねえ)
魔女「そろそろ魔法を使おうと思うの! 前に出過ぎないでね?」
魔剣士「待って、まだ森の奥から現れてる! もっと引きつけないと!」
魔女「もう……っ。クモなんて嫌いっ」
勇者「風魔<ヒューイ>!」
勇者「僕の魔力もそろそろなくなる……魔剣士、これ以上クモの相手はできない!」
勇者「魔女さん、村の方向に魔法を使って! 強引に突破しよう!」
魔女「ええ、ならちょっと待っててくれる?」
魔剣士「最後尾にはあたしが立つわ」
勇者「いや、魔剣士は修道女さんと一緒にいて。魔法を使える僕の方が融通もきくだろうから」
魔女「氷魔<シャーリ>っ」
120:
魔剣士「修道女さん、こっち!」
修道女「……待ってください! 上っ!」
勇者「上……!?」
勇者(こいつ、木の上から飛んできて……)
勇者「くそっ、風魔<ヒュー」
魔剣士「勇者っ!」
ブォン
修道女「――――え?」
岩石グモU「シャッ?」
勇者(女神の加護……僕を守るために出てきた?)
勇者「っ、らあ!」ブン
岩石グモU「ッッ」ズバッ
修道女「…………」
魔剣士「逃げるわよ! 早くっ」
121:
 ◇森 出口
魔剣士「ここまで来れば大丈夫、よね」ハァ
魔女「数で襲われると厄介よねえ? 勇者たちに襲われる魔物の気分はこんな感じかしら?」
魔剣士「その冗談、面白くないわよ?」
修道女「…………」フルフル
勇者「大丈夫? 走ったのが体に障った?」
修道女「いえ、大丈夫です。――――勇者さん、助けてくれてありがとうございました」
魔剣士「勇者さん……っ?」
修道女「女神の加護はボクも見たことあります。今の勇者はあなたなんですね」
修道女「なら、あの人はもうこの世界のどこにもいないんですね」
勇者「ごめん。僕たちは騙すつもりじゃ……」
修道女「いいんですよ。ボクのために嘘をついたんですよね?」
魔女「……修道女ちゃんはこの後どうするの? もう勇者さまを待たないなら、一緒に村まで行く?」
修道女「村の人にはご迷惑をおかけしました。ボクはここに残ろうと思います」
122:
魔剣士「でも、ここには魔物が多くいるわ。せめて安全なところに移動しましょうよ」
修道女「いいんです。……もう、いいんです」
修道女「はあ、勇者さまが迎えに来てくれないはずですよね。死んじゃってるんですもん」
修道女「告白の返事、ずっと待ってたのになあ」
修道女「……それじゃあ勇者さんたち、ありがとうございました」
修道女「さようなら」
魔剣士(まだ岩石グモは集まっているはず、よね。止めたいけど……)
魔剣士(なんて声をかければいいのよ……っ)
123:
 ◇数時間後
勇者(岩石グモは人間のにおいに集まる習性があるらしい)
勇者(だから今回は、村人の遺骨を回収したらすぐに森を出るつもりだった。けど……)
魔剣士「勇者、これ……」
魔女「修道女ちゃんの着ていた服、ね」
勇者(服は無惨に破られてる。当たりに散らばった岩石グモの死体の山と無関係じゃないだろうし。……その優しさは痛ましいよ)
勇者「二人とも、ごめん。この後、もう一回ここに来ようと思う」
魔剣士「修道女ちゃんのお墓?」
勇者「うん。せめてそれくらいの弔いは許されるはずだよ」
魔剣士「ええ、そうね」
勇者「……僕はもともと、魔王を倒しても自分はちゃんと生き残るつもりだった」
勇者「歴代の勇者に、生きて帰った人がいないとしても」
魔剣士「うん」
勇者「でもきっと、そう思うだけじゃ足りないんだろうね。修道女さんの待ってた勇者さまだって、死ぬつもりはなかったはずだから」
124:
魔剣士「勇者は死なせないわよ」
魔剣士「あたしがいる限り、絶対にそんなことさせない」
勇者「うん。ありがとう」
勇者「魔剣士を修道女さんみたいに待たせるわけにはいかないしね」
魔剣士「言っておくけど、あたしは待たないわよ」
魔剣士「勝手にいなくなったりしたら、追いかけてぶんなぐってやるんだから」
魔剣士「…………だから、あたしとずっと一緒にいて」
勇者「約束する。ずっと一緒にいるよ」
魔女(わたしがいるの忘れていちゃつかれると、凄く困るなあ)
魔女(……本当は知っていたのよね? 求める勇者さまが戻らないことを)
魔女(魔王を倒して一年、体に限界が来る前に不死化したのは、そういうことでしょ?)
魔女(修道女ちゃん。あなたの願いは実らなかったけど)
魔女(あなたの思いは次の世代に伝わったと思うの)
魔女(だから、あなたの勇者さまと二人で安心して見ていて?)
魔女(勇者くんと魔剣士ちゃんなら、勇者の最後をきっと変えられる。根拠はちっともないけど、そう思うもの)
125:
魔女「…………あら?」
魔女(変ね。修道女ちゃんのしていた十字架の首飾り、服と一緒にあったはずだけど。いつの間にかなくなってる。見間違いだったかしら)
126:
――――超攻撃的パーティー
魔女「次の町も近いし、本気で相手してあげるっ。炎魔<フォーカ>!」
逆立ちぶーた「ぶひーっ!?」
魔剣士「こんがりを通り越して消し炭になってるわ」
勇者「恐ろしいね」
魔女「心外だなあ。魔物をざくざくと切り分けちゃう二人に言われるなんてね?」
魔剣士「あ、あたしはしょうがないじゃない? 血塗りの魔剣は血を求めているんだもの!」
勇者「僕は勇者だから魔物を倒すのは使命だよ」
魔女「二人ともひどいのね? わたしは皆の役に立とうと頑張ってるのに、そんな言い訳をするんだもの」
魔女「まるでわたしだけ戦いを楽しんでいるみたいじゃない?」
勇者「冗談はさておき、継戦能力は気がかりかな」
魔剣士「そうね。魔物の潜む洞窟なんかに入ったら、すぐに魔力が尽きちゃいそう」
127:
魔女「ここはやっぱり、聖職者についたかわいい女の子が必要かしらね?」
勇者「待ってよ。今どうして女の子に限定した?」
魔女「勇者くんはお年頃だし? そういうことに興味を持つだろうからってお姉さんの親心よ?」
魔剣士「ふーん……」
勇者「魔剣士って僕を信用してなさすぎるでしょ。悲しくなる」
魔女「ふふ、次はやっぱり従順な年下の子がいいなあ? 『勇者様、大丈夫ですか?』なんて駆け寄る子、勇者くんはお好き?」
勇者「魔女さんの裏声がどっから出してるんだって感じで驚いたよ」
魔女「批判がそういうとこだけなら、やっぱり仲間に加えるのは聖職者の子がいいのよね?」
勇者「欲を言えばそうだけど、自分たちの都合だけで仲間に引き入れようとは思わないよ」
魔剣士「一人で旅しようとしてた最初が嘘みたいね。勇者も成長したみたい」
勇者「まあ、現実は見たかな。僕一人にできることはとても少ないんだって」
魔女「それなら、勇者くんが頼りにできる仲間を探して、今日も次の町を目指しましょうね?」
勇者「……次は男の人がいいな。ダメかな?」
129:
俺もこういう王道な少年少女の冒険もの好き
キャラの掛け合いも微笑ましいし、完走まで楽しみにしてるよ
131:
――――孤児院の卒業
魔女「まずいかしら? 天気が崩れてきちゃった」
勇者「雨の日の野宿は……ちょっと勘弁だな」
魔剣士「ちょっと勇者、イヤなこと思い出させないで」
魔女「あら? 何かあったの?」
勇者「夜は冷えるのに、焚き火ができないから見張っている時間が寒いんだよ」
魔剣士「木の下にいても雨に濡れちゃうから、やる気がそがれるのよねー」
勇者「それでこりたから熱と光を放つ魔石は買ったけど、雨の中じゃ気休めにしかならないし」
魔女「ふーん? わたしも化粧崩れちゃうし、雨はイヤかなあ?」
勇者「あれ、魔女さん化粧してたっけ?」
魔女「知らなかった? ほら、近くで見てみて? 目元がわかりやすいと思うの」
魔剣士(むむっ)
魔剣士「勇者! あたしだって化粧してるんだから!」
勇者「魔剣士が化粧してるのは知ってるよ」
132:
魔女「……魔剣士ちゃんの方が薄化粧なのに、どうして魔剣士ちゃんだけわかるの?」
勇者「小さい頃から見ていたから、だろうね」
魔女「勇者くんがそう言い訳するなら、そういうことにしておこうかしら?」
魔剣士「も、もうっ。そんなことはいいでしょ! それより雨をしのげそうな場所を探しましょうよっ」
勇者「これって畑だよね」
魔女「この付近に住んでいる人がいるみたいね?」
魔剣士「あ、見えたわ。あれじゃない?」
魔女「修道院ね? お願いすれば泊めてくれるかしら」
勇者「まずは行ってみようか。女神様の導きに感謝しながらね」
133:
 ◇修道院(孤児院)
勇者「ごめんください」
魔女「んー、いないのかしら?」
魔剣士「人の気配はあるわよ。いるはずだけど」
女?「…………高氷魔<エクス・シャーリ>」
勇者「!?」
男?「うおおぉ!」
魔剣士「魔女、下がって!」
女?「…………補力<ベーゴ>、補守<コローダ>、補早<オニーゴ>」
男?「八拳打!」
勇者「っと、ほっ、はっ」イナシ
魔剣士「ちょ、ちょっと待って! どうして急に攻撃するのよ!」
女?「…………盗賊は敵。絶対に負けない」
魔女「何か勘違いされてるみたいね?」
134:
勇者「受け身とってよ? 投げ飛ばす、から!」ブンッ
男?「うお!?」
勇者「聞いてくれ! 僕たちはすぐここを出て行く。だから攻撃は止めてほしい」
男?「盗賊の言うことを誰が信じるか!」
魔女「勇者くんの言葉も届かないみたいね?」
勇者「仕方ないよ。二人ともごめん、やっぱり野宿みたいだ」
魔剣士「勇者が謝らないでよ。あなたは悪くないじゃない」
女?「…………まだ出て行かない。やっぱり、敵」
魔剣士「待って!? 出てく、出てくから!」
?「騒がしいな。何をしている、女術師、男闘士」
女術師「…………盗賊、追い払ってた」
男闘士「そうだぞ! そいつら、畑を見てからこの孤児院に狙いを定めたんだ!」
?「それでどうして盗賊だとわかる?」
女術師「…………だって、私の罠魔<トラトラ>にかかった」
男闘士「だからそいつらは盗賊だ! そうだろ司祭さん!」
135:
司祭「よくわかった。お前たち、頭を出せ」ゴツンゴツン
女術師「…………っ(泣)」
男闘士「いってえ!」
司祭「――――申し訳ありませんでした、勇者様。私はこの二人の保護者で、この孤児院の代表を務める司祭と言います」
司祭「罰は私が受けますから、二人は見逃してもらえませんか?」
勇者「いや、罰とかそういうのを下すつもりはないよ」
男闘士「そうだよ、司祭さんが頭を下げる必要ない! だいたい、そんな冴えない奴が勇者のわけないだろ!」
勇者「 」
術師「…………両脇に女を侍らせてる。不潔。女の敵」
勇者「 」
司祭「勇者様のつけているマントを見ろ。南の王家の紋章がついている」
男闘士「あんなの作り物に決まってる!」
司祭「まったく。……勇者様。申し訳ありませんが、二人に女神の加護を見せていただけませんか?」
司祭「身勝手なことばかり口にして、恐縮ですが」
136:
勇者「それくらいなら構わないよ。……だからその、あまり頭を下げないでくれないかな」
勇者「――――」ブォン
女術師「…………女神様の似姿」
男闘士「すっげえ! 本物の勇者様だ!」
女術師「…………勇者様、勇者様。いくつも町を救ったって聞いた」
男闘士「魔物をずばっと一撃なんだろ!? 俺もそんなカッコいい奴になりたいんだ!」
司祭「この大バカども」ゴツンゴツン
女術師「…………っ(涙)」
男闘士「いってえ! 何すんだよ司祭さん!」
司祭「お前たちは勇者様に何をした。それを考えて、まずすべき行動はなんだ?」
女術師・男闘士「…………ごめんなさい」
魔剣士「こうして見ると、二人ともまだまだ子供よね」
魔女「勇者くんや魔剣士ちゃんも、わたしからすればまだまだ子供よ?」
勇者「何はともあれ、わかってもらえて良かったよ」
勇者「……女の敵か。はあ」
137:
男闘士「おい、お前が変なこと言うから、勇者様が落ち込んでるぞ」
女術師「…………あう、あう」
女術師「…………ごめんなさい、勇者様。でも、勇者様みたいな英雄なら、妻が何人いてもいいと思う」
女術師「…………元気、出して?」
魔剣士「あたしは別に妻ってわけじゃ……だいたいまだ何も……いえ妻になってと言われたら悪い気はしないけど……」
魔女「魔剣士ちゃんってダメな子でかわいいのね。それにしても、ふふ? わたしにまで手を出すなんて、勇者くんは悪い子ねえ?」
勇者「僕、真剣に話に取り合わないとダメかな?」
司祭「やれやれ……勇者様、昼食はお済みですか? お詫びといっては粗末ですが、よろしければご馳走しますよ」
勇者「お言葉に甘えていいなら。……あと、できれば男闘士や女術師にするのと同じ自然な口調で話してもらえたら嬉しいんですけど」
司祭「…………失礼ではないでしょうか?」
魔剣士「気にしなくていいわよ。勇者ってば敬われるのが苦手なの」
魔女「ふふ、勇者くんって威厳がないものね?」
司祭「そういうことなら対等に話そう。敬う気持ちまでは捨てられないが」
勇者「ありがとう、わがままを聞いてくれて」
司祭「迷惑をかけたのはこちらだ、これくらいの配慮は惜しまない」
138:
 ◇食堂
魔女「ふーん? なら女術師ちゃんは、どんな魔法にも素質あるのね? 羨ましくなっちゃう」
魔剣士「将来を選べるっていいことよね。いっそ回復と攻撃、どっちの魔法も極めてみたら?」
女術師「…………でも、あの、私まだ簡単な魔法しか使えない」
魔女「高位の攻撃魔法を使っていたでしょう? ならもう一息ね?」
女術師「…………その一息が難しいって、魔術師のお姉ちゃんが言ってた」
魔剣士「あら、そのお姉ちゃんはどこにいるの?」
女術師「…………出稼ぎで北の大陸にいる。私の憧れ」
男闘士「勇者様って剣を使うんだよな!」
勇者「そうだよ」
男闘士「それなのに俺を素手であしらったんだ! すげえ! さすが勇者様だ!」
勇者「危なかったけどね。八拳打、だっけ? もうちょっと早かったらもらっていたよ」
男闘士「んー、でも女術師に補助魔法全部使ってもらってあれだからなあ。まだまだ勇者様には勝てないや」
139:
子供1「ゆーしゃさまー、あそぼ?」
子供2「おままごとやろう? あたしね、ゆうしゃさまのおよめさんやるー!」
子供1「えー? ゆーしゃさまはぼくとゆーしゃごっこするんだぞ!」
子供3「だめだよ、ゆうしゃさまはつかれてるんだから。ゆっくりしてもらおうよ」
司祭「…………」クス
魔女(あら。仏頂面の強面かと思ったら、笑うと優しい顔になるのね)
司祭「すまないな勇者。騒ぐなと言っておいたんだが」
勇者「構わないよ。みんなが喜んでくれるなら嬉しいし」
140:
勇者「……それと、一つ聞きたいことがあるんだけど」コソッ
司祭「なんだ?」
勇者「ここではちょっと。皆に聞かせていい内容かわからないから」
司祭「ふむ。なら倉庫として使っている懺悔室で頼む」
勇者「わかった。…………よーし皆、勇者はこれから司祭さんに旅の祝福を祈ってきてもらうよ」
勇者「魔剣士や魔女さんの遊び相手になってあげてね」
魔剣士「そうね、あたし寂しいなー、遊んでもらいたいなー」
魔女「あら、魔剣士ちゃんって寂しがり屋なのね?」
魔剣士「ちょっと、魔女?」
魔女「まあわかっていたけれどね?」
魔剣士「あなたとは後で、きちんと話し合う必要があるみたいね」
司祭「では勇者、こちらに」
141:
 ◇懺悔室
勇者「男闘士と女術師のことなんだけど」
司祭「二人が迷惑をかけた。いくら謝っても謝りきれないな」
勇者「それはいいよ。でも、あの二人があんなにピリピリしていたのって、盗賊が出るからなの?」
司祭「……孤児院の些事に勇者の手を煩わせるわけにもいかない。忘れてくれていい」
勇者「そういうわけにはいかないよ。食事の施しまで受けたんだから」
司祭「ちょっとした悩み事だ。話すのは構わないが、勇者が気をもまなくてもいい」
勇者「内容次第だと思ってる」
司祭「……今、孤児院は盗賊に、畑の野菜は魔物に狙われている」
勇者「穏やかじゃないね」
142:
司祭「幸い、魔物は人を狙っていないし、盗賊は私や男闘士、女術師であしらえるほど弱い。だが、二つ同時に対処できる人数がいない」
司祭「ここは孤児院で小さな子供が多いから、空けるわけにはいかない。そのせいで畑を荒らす魔物の対処が後手になっている。それだけだ」
勇者「なるほどね。畑か孤児院、どちらにも人数を割り振ろうとしたら、片方を守るのが一人になっちゃうか」
司祭「孤児院と畑は離れていないが、魔法で気づいてから向かっても、畑は少なからず荒らされてしまう。被害は最小限で済んでいるが」
勇者「盗賊の方は?」
司祭「そちらは単純に、孤児院をネグラとして欲しているようだ。街道からほどほどに距離が離れている、旅人を襲うのに都合がいいのだろう」
勇者「なるほどね」
司祭「すまないな、つまらない悩みを聞かせて」
勇者「そんなことはないよ。だから、魔剣士や魔女さんに話したら放っておかないと思うな」
143:
 ◇食堂
魔剣士「こらしめてやるわ」
魔女「悪い子にはおしおきしないとね?」
勇者「話が早くて何よりだよ」
司祭「協力してくれるのは助かるが……いいのか?」
魔剣士「のんびりした旅ではないけど、だからって人を見捨てながら進むのは違うと思うわよ」
魔女「勇者とは世界を救うものじゃなく、人を救うものだものね?」
勇者「流し目でこっち見ないでよ魔女さん。言ってる内容がこそばゆいし」
司祭「…………感謝する」
144:
子供2「? ゆうしゃさま、まだここにいるの?」
勇者「そうだね、もうちょっとだけ」
子供2「やたー。ならゆうしゃさま、おままごとしよ?」
子供4「わたしゆうしゃさまのおよめさんやるー!」
子供2「だめ! あたしがゆうしゃさまのおよめさんやるの!」
子供3「いっしょにおよめさんやったら? ゆうしゃさまだもん、それくらいのかいしょうはあるよ」
子供2「おー! あたまいい!」
子供4「やったね、ふたりでおよめさんだね!」
魔剣士「…………不潔」
魔女「…………女の敵」
勇者「魔剣士も魔女さんも、そういうのやめてよ……」
女術師「…………女癖悪い」
勇者「僕が何をしたんだよ」
司祭「勇者。失礼だが、その子たちはまだ小さい。婚姻はあと一〇年は待ってほしいんだが」
勇者「司祭さんまで言うのか! 本当に失礼だな!」
145:
司祭「冗談だ。……この子たちが楽しそうで、ついな」
勇者「…………孤児ってことは、両親はもう?」
司祭「ああ。魔王が現れる前から孤児院をやっているが、理由は様々だ」
司祭「親を失う理由は、天災や魔物ばかりではないからな」
勇者「これだけ笑えているんだ。辛いことがあっても、幸せには違いないよ」
司祭「そう言ってもらえるのはありがたい。私は間違っていなかったのだと思えるからな」
子供1「なんだよ、けっきょくおままごとかー! ゆーしゃさまとゆーしゃごっこしたかったのに!」
勇者「……はは、そう怒らないで。明日は勇者ごっこしよう。たくさん魔物を見てきたからね、魔物の真似は得意だよ?」
子供4「もー、あなたっ!」ダキッ
勇者「おっと」
子供2「あたしもーっ」ダキッ
勇者「よしきた」
子供4「きょうはいっしょにいちゃいちゃするんでしょー?」
子供2「あたし、ゆうしゃさまといっぱいちゅーするんだー」
勇者(本当にするんじゃないよね? 怖くて聞きたくないんだけど)
146:
女術師「…………」
勇者「っ」ビクッ
勇者「な、何かな?」
女術師「…………仲良くしてあげて?」
勇者(罵倒されるかと思った。根はいい子みたいだな)
魔剣士「勇者ってばもてもてね」
魔女「あら、嫉妬?」
魔剣士「そんなんじゃないわよ。嬉しいだけ」
魔女「ふーん、どうして?」
魔剣士「魔物を倒すために必要とされるんじゃなくて、笑顔になるために必要とされてるのよ。嬉しいに決まってるじゃない」
魔女「……いい女になりなさいね、魔剣士ちゃん?」
魔剣士「なるわよ、当たり前じゃない」
147:
女術師「…………勇者様の嫁になるために?」
魔剣士「っ」ケホッケホッ
魔剣士「な、何を言い出すのよ!」
魔女「まったく、面白い子なんだから。……女術師ちゃん、何かお話?」
女術師「…………うん。二人に協力してほしいの」
男闘士「司祭さん。勇者様に助けてもらうんだって?」
司祭「勇者たっての希望でな。私たちは孤児院を、勇者たちは畑を見張ってくれるらしい」
男闘士「俺、勇者様たちと一緒に畑を見てていいか? 稽古をつけてもらいたいんだ!」
司祭「……畑の近くで稽古していると、魔物が現れなくなりそうだな。後で相談しておく」
男闘士「やりぃ!」
148:
司祭「以前から思っていたが、男闘士はどうしてそんなに強さを求めている?」
男闘士「? そんなの決まってるだろ。司祭さんにも幸せになって欲しいからだよ」
司祭「私が?」
男闘士「司祭さんもいい年なんだしさ、そろそろ結婚とかしないとだろ」
司祭「一端の口をきくようになったな。だが人の心配をするのは三年早い」
男闘士「はいはい、一六になるまでは子供だーってね。でも、俺は早く大人になりたいんだよ」
司祭「……そうか」
司祭「いくつになっても思い知らされる。子供の成長とは早いものだな」
149:
 ◇夜 畑
魔剣士「雨上がりだし、魔物がいつ来てもいいように見張らなきゃね」
魔女「こんなにいい畑なんだものね? 魔物に散らかされちゃうのはもったいないかなあ」
勇者「ごめん、ちょっといい?」
魔剣士「なに?」
勇者「実はさ、これから男闘士を指導することになっちゃって」
魔女「あらそうなの?」
勇者「僕は孤児院にいるけど、何かあったらすぐに駆けつけるから、二人で見張っていてもらえるかな?」
魔剣士「考えることは一緒みたいね」
150:
勇者「何の話?」
魔剣士「女術師と男闘士のことよ。そういうことなら、あたしが男闘士を鍛えるわ」
魔剣士「あたしじゃ女術師の役に立てないし」
魔女「勇者くんは確かにこちら側よね。でもいいの? わたしと勇者くんを二人きりにして?」
魔剣士「そんなことで嫉妬しませんー! あたしは勇者のこと信じてるもの」
魔女「わたしを信じてないあたり、ひどい話よねえ?」
魔剣士「はいはい。それじゃ勇者、女術師のことは魔女から聞いてね」スタスタ
勇者「つまり、どういうこと?」
魔女「男闘士くんも女術師ちゃんも、強くなりたい思いは同じってことなのよ?」
151:
 ◇食堂
魔剣士「視線の動きがあからさま。てんでダメダメ」バシッ
男闘士「いたっ!」
魔剣士「どこを狙っているのか丸わかりよ。そんなんじゃ素人にしか通用しないわ」
男闘士「くそっ、もう一回!」
魔剣士「ええ、それくらいの負けん気はなくちゃね。あたしに勝てないようじゃ、勇者の相手なんて一億万年は早いわ!」
男闘士「一億万年って……魔剣士さん、子供みたい」
魔剣士「うるさいわね! さっさとかかってきなさいよ!」
152:
 ◇朝 食堂
魔女「そうすぐには出てきてくれないみたいね?」
勇者「焦っても仕方ないよ。地道に頑張ろう」
男闘士「あ、おはようございます勇者様」ボコボコ
勇者「うわあ!?」
魔女「あら、ぼろぼろにやられたことね? 魔剣士ちゃんって過激みたい」
魔剣士「失礼ね。ちょっと力を入れすぎただけよ」
勇者「だからって回復はしてあげなよ」
魔剣士「してたわよ。でも途中で魔力が尽きちゃったの」
153:
男闘士「うすっ! 回復してはボコられ、回復してはボコられを一晩中繰り返しました!」
勇者「そ、そう。とりあえず回復しよっか。回復<イエル>、回復<イエル>、回復<イエル>」
男闘士「いてて……」
魔女「ふあ〜ぁ。さて、お昼までは寝ましょ? 午後は女術師ちゃんに頼まれているものね?」
男闘士「俺も寝るっス! 体、バキバキなんで!」
魔剣士「しっかり休んでおきなさいね。今晩も徹底的に鍛えてあげるわ」
男闘士「う、うすっ! ががが頑張るっす!」
勇者(魔剣士、何やったんだろ。声震えちゃってるよ)
154:
 ◇午後 女術師の部屋
女術師「…………魔女さん。女たらしさん。今日はよろしくお願いします」
魔女「ふふ、こちらこそね?」
女たらし「よろしく」
勇者「…………」ペリッ オンナタラシ
勇者「話はざっと聞いてる。魔法を完成させたいんだってね」
女術師「…………うん。私、司祭さんに頼らなくてもいいように、この魔法を使いこなしたい」
魔女「わたしは攻撃魔法しか使えないけど、理論はわかってるの。勇者くんもそうでしょ?」
勇者「魔法の構成だけは勉強してるよ。……結界魔法って簡単な代物じゃないよね」
女術師「…………わかってる」コクリ
女術師「…………でもやらなきゃいけない。男闘士も頑張ってるから」
女術師「…………魔女さん。勇者様。お願いします」
155:
………
……

魔女「うーん? 孤児院を覆えるくらいの結界を一人で作るなら、もうちょっと改良しないとダメそうね?」
女術師「…………そう。戦闘に使うくらいのなら、今でもできる、けど」
女術師「…………結界<グレース>」シャラン
勇者「おお、凄いね」コンコン
魔女「将来は有望ね? 勇者くん、この子を仲間に勧誘したら?」
勇者「何を言ってるのさ」
女術師「…………何のお話?」
魔女「魔王を倒すための仲間になってほしいな、って思ったのよ?」
女術師「…………ごめんなさい。嬉しいけど、私は孤児院を守るの」
勇者「気にしないで。君の気持ちは立派なものなんだから」
勇者「孤児院を守るのも、世界を守るのも、きっと違いはほとんどないんだよ」
156:
女術師「…………口説かれてる。やっぱり勇者様のこと警戒する」
魔女「本当にね? 隅に置けない勇者くん?」
勇者「そういうんじゃないのに……」
女術師「…………ん、ごめんなさい。勇者様、優しいから嬉しくて」
勇者「大丈夫だよ、それくらいわかってる」
魔女「でも立派よね? 司祭くんと、男闘士くんと、三人でここを守りたいなんて」
女術師「…………ちょっと違う。私と男闘士は、司祭さんに頼らなくても守れるようになる」
女術師「…………司祭さんには、幸せになってもらいたいから」
 ◇女術師の部屋 外
司祭「やれやれ」
司祭(男闘士と同じことを言っているな)
司祭(私の幸せ、か)
司祭(身よりのない子供たちを育てあげるのは幸せだったが)
司祭(寂しそうに見えていたなら、私もまだまだ未熟なようだ)
157:
 ◇三日後夜 畑
勇者「魔女さん。ようやく現れたよ」
草食ウルフA〜G「グルル……」
魔女「結構な数だこと。お相手は大変かもね?」
勇者「基本的には僕が相手をして、魔女さんは言霊で威嚇、逃げようとしたら氷魔法で追撃、ってとこかな」
魔女「そうね? 畑に影響あったらまずいし、他の魔法は控えておこうかしら?」
勇者「判断は任せる。行くよ!」
………
……

勇者「いい加減、終われっ!」ズバッ
草食ウルフI「キャイン」ドサッ
勇者「はあ、はあ……仲間を呼ぶとか、ほんと、勘弁してほしいよ」
魔女「増えなければあと五体、ね。勇者くん、まだいけそう?」
勇者「いける。けど、そろそろしんどい。何とかまとめるから、魔女さんの魔法で一掃できないかな」
魔女「あら、勇者くんは誰に言ってるの? この魔女は、魔法の威力なら女術師ちゃんにも負けないのよ?」
158:
勇者「……だったね。なら見せてもらおうか、魔女さんの力をさ」
草食ウルフG、J〜M「ウゥゥ……ッ」
勇者(円を描くように、狼たちの周囲を動き回る)
勇者「はっ!」
草食ウルフK「ガゥッ」
勇者(攻撃をさせないためにも、止まるわけにはいかない)
勇者「よーく狙いを定めなよ。出てきたら切り裂いてやるからな!」
草食ウルフG「ワンッ」
勇者「出てくる、なっ!」ブンッ
草食ウルフG「ワフンッ」
草食ウルフM「ウ、ウゥッ」ジリジリ
勇者「逃げるな! 氷魔<シャーリ>!」
魔女「勇者くん!」
勇者「!」バッ
159:
魔女「凍えなさい、高氷魔<エクス・シャーリ>!」
草食ウルフL「キャ、キャウン」
魔女「一匹外しちゃった! 勇者くん!?」
勇者(孤児院の方に……行かせるか!)
チャキッ
魔剣士「行かせないわ。ここから先はあたしの持ち場なの」
草食ウルフL「ガウッ!」
魔剣士「…………一の剣、左目穿ち」
草食ウルフL「ガフ……」ドサッ
魔女(魔物とすれ違いざま、左側から一突き、ね。ちょっと先を越されたかしら)
160:
勇者「ごめん魔剣士、助かった」
魔剣士「別にいいわよ。最初は三人で戦うつもりだったんだし」
魔剣士「それで? あたしに手を出さないようお願いしたくらいだもの、ちょっとは手応えをつかめたの?」
勇者「完璧ではないけど、魔法と剣の切り替え方はマシになってきたと思う」
勇者「魔剣士はどうなの? 騎士団の剣技、さっき使ってみせてたけど」
魔剣士「もう少し練習が必要ね。待ちかまえなきゃ使えないんじゃ実践向きじゃないし」
魔女「もう、二人とも? わたしを一人にしていつまで喋っているの?」
魔剣士「いいじゃない、ちょっとくらい。魔女は魔力を抑える練習してたのよね? 上手くいった?」
魔女「ぜんぜんダメってとこね? 魔法三回で魔力を使い切っちゃうのは変わらないの」
勇者「前途多難だね、三人ともさ」
161:
 ◇司祭の部屋
司祭(強い。が、まだまだ穴がある)
司祭(攻撃役が回復まで兼任しているのだから、それも仕方ないが)
司祭「せめてもう一人は仲間が必要だろうな」
司祭「…………もう一人、か」
シャラン
司祭(? 急に目の前が……これは、結界魔法か)
司祭「何だ? 何が起きている?」
162:
 ◇孤児院 外
魔剣士「始まったようね。ここからでも結界<グレース>が見えるわ」
魔女「孤児院をすっぽり覆っている。急ごしらえだったのに、女術師ちゃんは使いこなしてるみたいね?」
勇者「感心しているのもいいけど、様子は見に行こうよ」
勇者「この様子じゃ、二人はもう戦っているんでしょ?」
163:
>>162修正
 ◇孤児院 外
魔剣士「始まったようね。ここからでも結界<グレース>が見えるわ」
魔女「孤児院をすっぽり覆っている。急ごしらえだったのに、女術師ちゃんは使いこなしてるみたいね?」
勇者「感心しているのもいいけど、様子は見に行こうよ」
勇者「間の悪い盗賊たちと、二人は戦ってるはずだしね」
164:
 ◆反対側
盗賊首領「ちっ。魔物の相手で手薄になったかと思ったが、とんだ誤算だったな」
盗賊A「結界。乗り込めない」
盗賊B「油断して戻ってきたとこをグサァ作戦、失敗さね」
女術師「…………」
男闘士「逃がすと思うなよ。背中を向けたら、俺の拳をたたき込んでやる」
盗賊B「で、どうします頭?」
首領「厄介なガキ二人だが、五人がかりでなら負けはしねえだろ。畑にいる奴らが来る前に終わらせるぞ」
盗賊C「へへっ、女の方はさらっていいっすよね?」
盗賊D「またかよ。この好き者め」
男闘士「てめえら……っ」
女術師「…………相手に乗せられないで。負けちゃったら困る」
男闘士「ふん、わかってるよ」
165:
男闘士「……わかってるけどなあ。許せねえことはあるんだよ!」バッ
女術師「…………直情バカ」
盗賊A「ふん。死ね」シュバッ
男闘士(投げナイフ! だが遅い!)
男闘士「一拳必殺!」
盗賊A「ぐふっ」
首領「んだと?」
女術師「…………鳩尾を殴って一撃。強くなった?」
男闘士「当たり前だろ。俺がどんだけ魔剣士さんに痛めつけられたと思ってんだよ」
女術師「…………ん。打たれ強くなった?」
男闘士「ちげえし! 魔剣士さんくらいの実力者じゃなきゃ、負けなくなったんだよ!」
首領「はっ、所詮ガキか。……だがてめえら、油断するな。全員で囲め」
盗賊C「へへへ! いいねえ君、その冷たい目。どんな風に歪んでくれるかなあ!」
女術師「…………」
盗賊D「おいおい、油断すんなよ。まだすばしっこいオスガキも残ってんだ」
166:
女術師「…………私を前座扱いとか、見る目がない」
盗賊D「あン?」
女術師「…………高炎魔<エクス・フォーカ>」
首領「!? てめえら逃げろ!」
盗賊C「ぎゃああああ!」
男闘士「おい、殺すなよ?」
女術師「…………そんなことしない。炎の温度は下げてある」
首領「――――」ジリッ
男闘士「おっと。おいおい首領さん、逃げるなよ? あんたらのせいで、こっちはさんざん迷惑を受けたんだ」
女術師「…………みんなを怯えさせた。許さない」
首領「ほざけ。弱い奴らは食われるだけなんだよ」
女術師「…………なら、私たちに勝てないあなたは、社会に食べられる側」
首領「黙れ! ぶっ殺してやる!」ダッ
167:
男闘士「女術師、下がってろ」
首領「死ねえ!」
男闘士「魔剣士さん直伝! 一の拳、左目抉り!」ドスッ
首領「がっ……」
女術師「…………へぇ」
男闘士「やりぃ!」
168:
 ◇物陰
魔剣士「てんでなってないわ」
勇者「まあまあ」
魔剣士「思いっきり相手の左脇腹を見てるじゃない。あいつはあたしから何を教わったの? 鍛え直してやるわ!」
勇者「魔剣士、止まる」ガシッ
魔剣士「離しなさいよ勇者!」
魔女「落ち着いて魔剣士ちゃん? ここはせめて、司祭くんに任せましょ?」
169:
司祭「騒がしいと思えば。私に内緒で何をしている?」
男闘士「お、司祭さん! 見てたか、俺たちの活躍」
女術師「…………司祭さんに頼らなくても、盗賊を倒せた」
司祭「そうだな。お前たちは強くなった」
女術師「…………ん」
男闘士「だろだろ!? これなら司祭さんがずっと孤児院にいなくても、皆を守れるよな!」
女術師「…………司祭さんが、自分の人生をなげうたなくて済む」
司祭「男闘士。いつか言っていたな。私に幸せになってもらいたいと」
男闘士「うん」
司祭「私の幸せとは、なんだろうな」
女術師「…………?」
司祭「神に仕え、祈りを捧げ、一六になってからは孤児院に時間を費やした」
司祭「もう一〇年になるか。だが苦しいと思うことはあっても、やめようと思ったことは一度もない」
司祭「そんな風に生きてきた私だから、他の幸せなんてわからないな」
170:
女術師「…………私、司祭さんのことをお父さんみたいに思ってる」
男闘士「俺は父親っていうより兄貴って感じだけどな」
女術師「…………でも、悲しいけど、私たちは本当の家族になれない」
女術師「…………人の温かさを教えてくれた司祭さんが、ずっと一人でいるのはよくない」
司祭「男闘士にも言われたな。さっさと結婚しろと」
司祭「思えば私は、一人の女性を真摯に愛したことがない、未熟者だったか」
司祭「あまりにも出遅れてしまったが、間に合うだろうか」
男闘士「大丈夫だろ、司祭さんなら」
女術師「…………うん。老け顔だけど、まだ若い」
司祭「そうだな。お前たちが言うなら、きっとそうなんだろう」
司祭「――――全く。弟と娘に言われたなら、私も立ち止まるわけにいかないか」
171:
 ◇朝
魔剣士「盗賊のことは任せておいて。次の町で自警団に引き渡すわ」
女術師「…………ん。お願いします」
男闘士「次に会うまでに、絶対に師匠を越えてやるからな!」
魔剣士「――――へえ? 威勢がいいことを言うようになったわね、男闘士? 何なら今すぐ受けて立つわよ?」
勇者「大人げないよ魔剣士。悲しいのをごまかしたいからって戦いをふっかけないの」
魔剣士「別にそんなんじゃないわよ……たぶん」
魔女「ふふ? 魔剣士ちゃんは相変わらずね?」
魔女「……ところで、司祭くんは見送りに来ないのかしらね?」
男闘士「司祭さんって涙もろいからなー。それでも挨拶には出てくると思うけど」
女術師「…………司祭さん、今朝からずっと荷造りしてる」
勇者「昨日の話は聞いてたけど、そのことで?」
女術師「…………たぶん。司祭さん、不器用だから」
172:
魔剣士「そういうことなら準備が終わるのを待つ? もし行く方向がおなじなら、一緒に行った方がいいわよね?」
勇者「そうだね。ちょっとのんびりしてようか」
……

司祭「準備に手間取ったが、勇者たちはまだいるだろうか……む?」
子供4「ゆうしゃさま、わたしをおいていっちゃうの?」ウルウル
子供2「あたしがそばにいれば、ほかにはなにもいらないっていったのに」グスッ
子供1「あー! ゆーしゃさまがなかせたー!」
子供3「ゆうしゃさまもひとのこだったね」
勇者「はは……また遊びに来るよ。世界が平和になったらね。だから離してほしいなー」
子供2「いや! ゆうしゃさまのいないせいかつなんてたえられない!」
子供4「ゆうしゃさま、どうかわたしをおいてかないで?」
魔剣士「へえ。ゆうしゃってばモテモテねー?」
魔女「やさぐれちゃってる魔剣士ちゃんもかわいいのね? ……子供に嫉妬するのはどうかとも思うけど?」
女術師「…………やっぱり不潔」
173:
司祭「最後まで変わらないな、お前たちは」
男闘士「お、司祭さん。引っ越しの準備はできたのか?」
司祭「引っ越しではなく旅立ちの間違いだ」
男闘士「ん? 孤児院を出て町で暮らすんだろ?」
司祭「それはしばらく先の話だ」
司祭「――――勇者。折り入って頼みがある」
勇者「お世話になったんだし、できることなら聞くよ。何?」
司祭「私を旅に同行させてくれないか?」
男闘士「は!? なんでそうなるんだよ!」
女術師「…………勇者様たちは魔王討伐の旅。危険すぎる」
魔剣士「確かに急な話よね。これまでそんな話は出てなかったもの」
魔女「ふーん? 司祭くん、何か理由があるのよね?」
司祭「幸せになって欲しいと男闘士や女術師から言われはしたが、ここが魔物に襲われる可能性は見過ごせない」
司祭「魔物がいなくなれば安全とまでは言えないが、危険なことは目減りするだろう」
174:
勇者「だから一緒に魔王を倒そうって思ったの?」
司祭「今は勇者や魔剣士が回復も担っているのだろう? 私が仲間になれば負担も減ると思うが」
魔剣士「どうする? 勇者」
魔女「いいじゃない? 仲間になりたいと言ってくれてるんだもの」
魔女「司祭くんだってそれなりの覚悟があるんだと思うな?」
司祭「無論、覚悟はしている。安全な旅ではないだろう。だがそれでも、やると決めたんだ」
勇者「……そういうことなら、お願いするよ」
男闘士「なんか考えてたのとは違っちゃったな」
女術師「…………心配。でも、司祭さんが決めたなら、私は帰ってくるのを待つ」
司祭「すまないな。だが二人になら、孤児院を任せられる。頼まれてくれるか?」
男闘士「当たり前だろ。俺たちはもう子供じゃないんだ」
女術師「…………ん」コクリ
司祭「ああ。お前たちはもう子供じゃない」
178:
――――閑話6
魔剣士「司祭の武器ってすっごく重そうよね」
司祭「それほどではないと思うが。持ってみるといい」
魔剣士「ええ。……いやいや重いわよ! なにこれ!」
勇者「鉄製の丸棒だしね。そりゃあ重いでしょ。僕の二の腕くらい太いし」
司祭「私には使いやすい大きさと重さだが」
魔女「司祭くんは体が大きいものね? わたしたちと頭二つ分は違うもの」
勇者「服がなければ聖職者だとは思えないくらいだね」
司祭「ひどい言われようだな。これでも二〇年以上神に仕えてきた古株なんだが」
魔剣士「まあいいじゃない。それだけ頑丈な体してれば、魔物との戦いもこなせそうだしね」
勇者「そういえば、司祭さんってどういう風に戦う? 回復に徹するのか、前にも出るのか」
司祭「前には出るつもりだが、あくまで勇者たちの回復と補助が役割だと思っている」
魔女「実際に戦ってみた方が早いんじゃないかしら? ちょうど魔物がいるようだし?」
甲殻鈍馬A・B「ング……」
勇者「固そうだね。剣の刃が痛まないといいけど」
魔剣士「鉄の剣だと不安よね。魔法を使っていけばいいんじゃない?」
司祭「さて、私の力は勇者たちのお眼鏡にかなうかどうか」
魔女「ふふ、頼りにしていいのよね、司祭くん?」
179:
甲殻鈍馬A「ングッ!」ダッ
魔剣士「足はくないみたいね。でも動き回られるのは迷惑よ!」ブンッ
甲殻鈍馬A「?」ガキン
魔剣士「固っ! 何よもう、最近こういう魔物ばかりじゃない!」
勇者「魔剣士、下がって! 炎魔<フォーカ>!」
甲殻鈍馬A「ッ!?」
司祭「固いのは外側だけだろう。殴打には弱そうだが、どうだ」ブオンッ
甲殻鈍馬A「ングンッ!?」ベコッ
魔女「あらあら、攻撃的だこと。……こそこそ動かないで、このノロマ」ボッ
甲殻鈍馬B「ンググッ」グサッ
魔剣士(正面からぶつかるのは得策じゃない。よっぽど体重を乗せないとあの甲皮に刃が通らない。背後からなら……)
魔剣士「後ろ足なら守りが薄いみたいね。今度こそ斬ってみせるんだから!」
甲殻鈍馬B「ングァ!」グンッ
魔剣士「痛っ!?」
魔剣士(まず……左手、折れてる? 後ろ足で蹴られるとは思わなかった……)
甲殻鈍馬B「フシューッ」
勇者「こ、っの! 魔剣士から離れろ! 氷魔<シャーリ>!」
司祭「大丈夫か? 高回復<ハイト・イエル>」
魔剣士「いったぁ……」
司祭「骨折は治したが、私の神性では痛みまで消せない。しばらく堪えてくれ」
180:
魔女「……魔剣士ちゃんに手を出すなんて。二度と歩けないようにしてあげる」ボッ
甲殻鈍馬B「ングァ」グサッ
勇者「これで終わらせる……雷魔<ビリム>!」
甲殻鈍馬A・B「ングッ!?」
勇者「魔剣士、大丈夫?」
魔剣士「ええ、司祭に回復してもらったから。もうちょっとしたら剣も持てると思う」
魔女「今回は魔剣士ちゃんの勇み足だったかしらね? 苦手な魔物の時くらい、わたしを頼ってくれていいと思うな?」
魔剣士「そうね、焦っちゃってたと思う。気をつけるわ」
勇者「でも司祭さんのおかげで助かったよ。回復<イエル>じゃ骨折は治せないから」
司祭「私の力が認められたなら幸いだ。……せめてもう少し神性が高ければ、とは思うがな」
魔女「自分の未熟を嘆いてばかりじゃ先に進めないでしょ? 自分にできないことを知って、少しずつ前に進むべきじゃなくて?」
司祭「ふっ、そうだな」
司祭「…………ところで、気になったんだが。魔女はどうして敵を罵倒しながら戦うんだ?」
魔女「あれがわたしの戦い方なのよ? 魔物への悪口を、魔法に変えてぶつけるの。母がまじない師だったから、呪いはお手のものなのよ?」
魔女「だからわたしがぶつぶつ言っていても、気にしないでほしいなあ?」
司祭「それは構わないが……色々な戦い方があるものだ。世界とは広いんだな」
181:
――――関係模索
 ◇夕方 宿
司祭「さて……三人は宿で休んでいてくれ。私は買い出しに出かけてくる」
勇者「それなら僕も行くよ。人数が増えた分、荷物も多くなるだろうし」
司祭「安心しろ、多少の荷物でまいるような体はしていない。ではな」
勇者「あ、ちょっと司祭さん」
バタン
勇者「ああもう、ちょっと行ってくるよ」
魔剣士「あたしも行きましょうか?」
勇者「魔剣士は休んでていいよ。左手のこともあるしね」
魔剣士「……そう? じゃあ、いってらっしゃい」
勇者「いってきます」
バタン
魔剣士「うーん、司祭って真面目すぎるのかしらね。雑用は全部一人でこなそうとするし」
魔女「そうねえ……」
魔剣士「それにほら、野宿の時とか。火の番はあたしや魔女がやらなくていいようにって立ち回ろうとしてるじゃない?」 
魔剣士「いつも気づかない振りして火の番しちゃうけど」
魔女「そうよねえ……」
魔剣士「……魔女。話を聞いてる?」
魔女「ええ。お母さんの料理が恋しいのよね?」
魔剣士「そんな話はしてないわよ!」
182:
 ◇夜
勇者「〜〜♪」
魔剣士「お金の計算をしてる勇者って幸せそうよね……なんか、かわいそう」
勇者「ちょっと待って、なんで僕は憐れまれたの?」
司祭「いつ見ても面白い子たちだな」
魔女「あら、司祭くんってば保護者気分? 仲間相手にそういうのは感心しないなあ?」
司祭「実際、一回り年上なんだ。そう思っても仕方ないだろう」
魔女「そうかしら? 仲間は対等であるべきじゃなくて?」
司祭「別に私の方が偉いというわけじゃない。目線が違ってしまうのは年齢的なものだからな」
魔女「だとしても、わたしや勇者くんたちは守られるだけの相手じゃないのよ?」
司祭「わかっている。そこまで口うるさくしているつもりはないが?」
魔女「自覚がなかったのね? うるさくはないけど、気遣われすぎて面白くないと思っているのにな?」
勇者「なんで急に険悪になってるの?」コソッ
魔剣士「うーん、ちょっと心配よね」コソッ
司祭「そうか。すまない、そういうつもりではなかった。気をつけよう」
魔女「そうしてくれると助かるな?」
司祭「……だが一つ言わせてもらうが、魔女のその服装はどうなんだ?」
魔女「……何か文句があって?」
司祭「うら若き女性がそこまで肌を露出するのは好ましくないだろう。魔物に攻撃されることも考えれば、旅に適さない服だと思うが?」
魔女「どうして今になってそんなことを言ってくるのかしら?」
司祭「孤児院に来たばかりの頃は、余計な口出しだと思っていたからな。今は仲間で、対等だろう? だから口を出すことにした」
183:
魔女「肌を出しているのには理由があるの! その方が魔物の魔力を感じやすいもの。索敵に有効なの。だから着替えるつもりはないのよ?」
司祭「そう言われてもな。いつ脱げるかと気が気じゃない服は、勇者の目にも毒だと思うが」
魔女「毒? 司祭くん、わたしの体は見るに耐えないものだって言いたいのよね?」
魔剣士「…………」ジーッ
勇者「よこしまな気持ちで魔女さんを見てないよ。だからその目は止めてくれないかな」
司祭「この場合の毒は、劣情をあおるものという意味だろう」
魔女「それは仕方ないでしょ? 勇者くんは若いんだもの?」
司祭「私もまだ若いつもりだが」
魔女「どうかしら? 司祭くんって老成しすぎだものね」
勇者「そろそろ二人を止めない? このままじゃ、いつどっちが怒りだすかわからないよ」
魔剣士「どうかしらね……放っておいても良さそうな気がするのよ。乙女の直感としては」
勇者「うーん。魔剣士の直感ってムラがあるから、あまり当てにするのもね」
魔剣士「……ちょっと。それどういう意味?」
勇者「そう怒らなくてもいいと思うけど。もともと直感なんだし、根拠があってのことじゃないでしょ?」
魔剣士「そうだけど! あたしの言葉を信じてくれてもいいじゃない!」
魔女「二人はどうして喧嘩してるのかしらね?」
司祭「さあな。いつものことだ、どうせ数分で仲直りするだろう」
184:
――――悪魔との遭遇
 ◇資料館
『女神に刃向かったことで世界の果てに幽閉された悪魔は、たぶらかす人間を探しながら私たちを眺めているのです』
魔剣士「こういう伝承もあるのね」
魔女「狡知に長け、人を惑わし、世の道理から踏み外させる。悪魔の習性は一般的だけれど、女神様が直接関わるのは珍しいかしらね?」
魔剣士「へえ、そうなの?」
魔女「悪魔と女神様が同じ話に出るときはね、人間が間に挟まっているのよ? 悪魔に騙された人間を女神様が救済する、みたいにね?」
魔剣士「それならあたしも聞き覚えあるわ。恋人を失った男の話とか」
魔女「南の大陸だとその話が一番有名だものね?」
魔剣士「勇者ならもっといろんな話を知ってると思うけど」チラッ
 町長「いかがです勇者様。これだけ多くの逸話と資料を展示している場所は、城下町にもないでしょう!」
 勇者「はは、そうですね。僕も驚いているところです」
 町長「おお、勇者様からお褒めの言葉をいただけるとは! これは私の胸に留めず、広く紹介しなくてはなりませんな!」
 勇者「はは……は」
魔剣士「もう。勇者ってば弱腰なんだから」
魔女「町長さんも商魂たくましいのね? 勇者くんにこの資料館の話を広めてもらいたいんでしょう?」
魔剣士「みたいね。気持ちはわかるけど、あまりいい気はしないわ」
魔女「勇者くんを利用されてるみたいだから?」
魔剣士「……そういうんじゃないけど、それでもいいわ」
185:
 ◇市場
少年「やーい! 悔しかったらここまでおいでーだ!」
少女「言ったなあ! ぜったい泣かせてやるんだから!」
司祭(仲のよいことだ)
司祭(孤児院はどうだろうな。男闘士と女術士がいれば危険はないだろうが、みんな元気にしてるだろうか)
司祭「……いかんな。こんなことばかり考えるから、魔女に保護者だなんだとからかわれる」
 商人「はあ、困った困った」
司祭「む……?」
 商人「どうしたものだろう。誰か心優しい人はいないものだろうか」
司祭(ずいぶんとわざとらしい御仁だな)
司祭「失礼。何かあったのか? 私でよければ力になるが」
商人「本当ですか! いやあ助かりますな! ほとほと困り果てていて、どうしたものかと思っていたのです!」
司祭「……して、何が?」
商人「実は、川沿いを南下している途中で馬車が脱輪しましてな。人手を探していたのですが」
商人「何しろこの町はケチで有名でして、お礼をふっかけられてしまうのです」
司祭「……つまりあなたは、無償で助けてくれる人を探していたと?」
商人「はは、いえいえそんな、無料でとは言いません。少しばかりのお礼は包みますとも!」
司祭(あまり期待はしないでおくか。町長に呼び出された勇者も、そろそろ解放されているだろうからな)
司祭「私が仲間と一緒に見てみよう」
商人「おお助かります! いやはや、これは今朝の女神様へのお祈りが効きましたな!」
186:
 ◇川沿い
魔剣士「似てる」
魔女「そっくりよね?」
勇者「…………」ゲンナリ
司祭「どうしたんだ? 三人とも、渋い顔をして」
魔女「ふふ、どうしてかしらね?」
魔剣士「あのー、町長さんとはお知り合い?」
商人「ふん、あんなやつなど! あのバカ兄は商売を捨てたクズですな!」
勇者「やっぱり兄弟なんだ。ヒゲしか違いが見当たらないし」
魔女「商売の熱心さは家柄だったのね?」
商人「町長の話などいいではありませんか! ほら、見えてきましたよ! あれがわたしの馬車です!」
 御者「ひえ〜!?」
司祭「悲鳴、か?」
魔剣士「ずいぶん力のない声だったわね」
商人「くっ、あの新入りめ! 馬車をろくに走らせることもできないばかりか、見張りさえダメなのか!」
勇者「まあまあ。……みんな、とりあえず行ってみようか」
魔女「なんだかイヤな予感がするなあ?」
187:
商人「おい御者! 何をしている!」
御者「商人さぁん! こいつらが馬車に入ってくるんですよぉ」
イヌイヌA・B・C「ワンッ」
魔女「あらかわいい」
商人「魔物じゃないか! すぐ追い払え!」
魔剣士「イヌイヌって全く危険のない魔物だったわよね?」
勇者「そうだね。凶暴性のない唯一の魔物だったかな」
御者「そうは言っても魔物じゃないですかぁ〜! 怖くて触れませんよぉ!」
司祭「やれやれ、女々しいことだな」
商人「御者、お前は次の町でクビだ!」
御者「えぇ〜?」
勇者「まあまあ。とりあえず馬車を道に上げちゃおうか」
魔剣士「勇者、疲れたから投げやりになってるわね」
魔女「そうね? 魔剣士ちゃんが癒してあげたら?」
魔剣士「聞こえなーい、聞こえなーい」
勇者「司祭さん、そっちを持って」
司祭「そちらは川辺だから足場が悪いだろう。代わるか?」
勇者「大丈夫。任せてよ」
司祭「ならいいが。いくぞ?」
勇者「せー、のっ!」
グググッ
188:
商人「おお! 馬車が浮きましたな!」
魔女「これくらい離れてやればちょうどいいかしら? 氷魔<シャーリ>」
商人「なんと! 溝が氷で埋まりましたな!」
魔剣士「……あたしだけやることなかったわね」
商人「いやあ、迅な対応でしたな! 流石は勇者様!」
御者「こ、こらー、お前たちー! 暴れるなって!」
商人「……まったく、あの御者と来たら!」
イヌイヌB「わんっ」
イヌイヌC「やんっ」
御者「商人さんの荷物を持っていくな〜!」タッタッ
御者「あぁ!?」コケッ
勇者「危ない!」
グイッ
ザブン
御者「ほえ……あれ?」
魔女「勇者くん!?」
魔剣士「ユウ!」ダッ
189:
勇者(失敗した、川に落ちちゃったか……御者さんは大丈夫だったかな)
勇者(流れはそこそこ早いし、流される前に上がらなきゃ)
?「いいや、そのまま溺れとけ」
勇者「?」
?「ほーら、ドブン」
勇者(なっ!? 足を引っ張られて……息、が……っ)
190:
 ◇世界の果て
勇者「ゴホッ、ケホッ」
?「よお、元気そうだな」
勇者「――――君、誰?」
悪魔「あん? オレの話は聞いただろ? 女神のせいでここに幽閉された悪魔だよ」
勇者「……それはあくまで伝承でしょ。実話じゃない」
悪魔「んだよ、頭のかてえ奴だな。じゃあ何か? 角や尻尾が生えてて肌の青いオレは悪魔以外のなんなんだよ?」
勇者「魔物化した人間とか」
悪魔「あー、いちいちうるせえな。オレぁ命の恩人だぞ? いちいち口答えすんじゃねえよ」
勇者「命の恩人、ね。僕の足をつかんで溺れさせたの、君だと思ったけど」
悪魔「ちっ、覚えてやがったか」
勇者「記憶力はいいからね。……でも君の行動はちぐはぐだよ。僕を溺れさせといて、どうして助けたの?」
悪魔「てめえに干渉するためだ。女神に監視されてるてめえと会うには、死ぬ寸前にかっさらうくらいしか方法がねえからな」
勇者「……監視って言い方はどうかと思うよ。女神様から勇者に選ばれた以上、見られていてもおかしくはないけどさ」
悪魔「はっ、あんなアバズレに見初められて喜ぶとは、とんだ甘ちゃんだな。乳離れできてねえのかてめえ?」
勇者「女神様の悪口を言うもんじゃないよ」
悪魔「てめえは何も知らねえからそんなことが言えんだよ。女神の奴はなあ、」
悪魔「――――――――――――――――――――――――――?」
勇者(なんだろう。声が出てない?)
悪魔「おい。聞こえなかったのか?」
勇者「君の声が出ていなかったんだよ」
悪魔「…………ちっ。女神の加護があるうちは無理か」
勇者「君、何がしたいのさ」
191:
悪魔「おいてめえ、今すぐ女神の加護をぶっ壊せ」
勇者「そんなことするわけないでしょ」
悪魔「オレはてめえのためを思って言ってるんだよ!」
勇者「なら事情を説明しなよ」
悪魔「事情を説明するには女神の加護を壊さなきゃ無理なんだよ!」
勇者「はあ。君の境遇は聞いてるけどさ、だからって女神様を憎んでも状況は変わらないでしょ」
悪魔「ちっ。この女神信奉者が」
勇者「人類を救おうとしている女神様に、その言い方はどうなのさ」
悪魔「あの売女が救おうとするのは人類だけだろうが」
勇者「……魔物も救わなきゃダメってこと?」
悪魔「そうじゃなくてなあ――くそ、これ以上は気づかれるか」
勇者「気づかれるって、女神様に?」
悪魔「オレは無理矢理てめえを連れてきたからな。今の世界に勇者が不在だとまずいんだよ」
勇者「よくわからないけど、元の場所に戻してくれるならありがたいね」
悪魔「はっ、言ってろ恩知らずが」
悪魔「――――勇者」
勇者「何?」
悪魔「次はてめえを本当に助けてやる。だから、てめえはオレを助けろよ?」
勇者「話はよく飲み込めないけど。その時は助けるよ。きっとね」
悪魔「はん、約束だ」
悪魔「てめえが死ぬのを待ってるよ、バカな勇者め」
192:
 ◇川辺
勇者「ん……」
商人「おお、生き返りましたな!」
司祭「勇者を勝手に殺すな」
魔剣士「よかった……よかったっ」ギュッ
勇者「オサ、ナ?」
魔女「もう、心配かけるんだから。あとでオシオキね?」
勇者「魔女さん……何が起きたんだっけ?」
魔女「まだぼーっとしてるみたいね? 覚えてないかしら? 御者くんを助けようとして、勇者くんは川に落ちちゃったのよ?」
司祭「勇者を助けるために魔剣士も川に飛び込んだ。お前は魔剣士に助けられたんだ」
御者「す、すみません、勇者さん……」
勇者「……いや、無事だったならそれでいいよ。本当なら溺れなかったはずだし」
司祭「妙な言い方だな。どういうことだ?」
勇者「ちょっと……いろいろあったんだ。目を覚ますまでの間に」
司祭「ふむ?」
勇者「オサナ、もう大丈夫だから。泣かないでよ」ナデナデ
魔剣士「もう……ユウのバカ」
勇者(白昼夢みたいなものかな。死ぬ間際に記憶がよみがえるのとは違うだろうけど。……なんて。夢じゃないことくらい、よくわかってる)
勇者「悪魔、か」
193:
勇者(それにしては、不釣り合いな首飾りをしてたけど)
194:
――――目指す場所
魔剣士「ただいまー」
魔女「勇者くん、頼まれていた地図はこれでいいのよね?」
勇者「二人ともありがとう。司祭さん、こっちに来てくれる? これからの旅路を確認したいんだ」
司祭「ああ、今行く」
勇者「それじゃ、地図を広げてっと」バサッ
魔剣士「あたしたちの暮らしてた村はどこかしらねー。あ、ここらへん?」
勇者「もっと下だよ。ここだね」
魔剣士「ずいぶん端っこにあるのね。じゃあ今の場所は?」
魔女「それはここでしょう?」トントン
魔剣士「へーえ、ずいぶん歩いてきたのね。こうして見るとなんだか感動しちゃう」
勇者「道のりとしてはまだ半分ってとこだよ」
司祭「待たせた」
魔女「大丈夫よ? まだこれまでの道を振り返っていたところだもの」
勇者「南の大陸を縦断してきたからね。色々と思い出もあるし」
魔女「わたしはここから仲間になったのよね」
司祭「私はこの街道から外れたところか。まだまだ新入りということだな」
魔女「一番の年長者なのにね?」
魔剣士「はいはい、魔女はそうやってからかわないの」
195:
勇者「話を進めるよ。……明日一日かけて北上して、港町につく。そこからは船旅になるね」
魔剣士「北の大陸まで、ね」
勇者「そう。魔王が今どこにいるかはわからないけど、最初に現れたらしい開拓地には行っておきたいから」
魔女「魔王がいるのは開拓地の奥だと噂されているものね?」
魔剣士「それとは別に勇者は、お父さんを探さないといけないのよ」
司祭「初耳だな。どういうことだ?」
勇者「僕の父さんは開拓に参加していたんだ。……魔王が現れて以来、消息はわかってない」
魔女「そう。……無事だといいのだけど、ね?」
勇者「僕だって子供じゃないからわかってる。魔王が現れてからもう一〇ヶ月、たぶん父さんは生きてないと思う」
勇者「でも、せめて遺骨くらいは母さんに届けたいなって」
魔剣士「勇者……手、震えてる」ギュッ
勇者「ん、ありがと。はは、自分で言うほどは割り切れてないのかな」
司祭「――――では、当面の目的地は北の大陸の開拓地だな」
魔女「海の上かあ。わたしは東の大陸の血筋らしいけど、南の大陸からは出たことないのよね?」
司祭「私もだな。勇者と魔剣士もそうだろう?」
魔剣士「ええ。それどころか、こうして旅をしてなきゃ村から出なかったかもしれないわ」
勇者「僕は……どうだろうな。いつか村は出たんじゃないかと思う」
魔女「あらどうして? 村には魔剣士ちゃんがいるのに、満足できなかった?」
魔剣士「ちょっと魔女!」
司祭「やれやれ。だが、どうして村を出ていたと思うんだ?」
196:
勇者「知りたいことがたくさんあったから、かな。西の大陸は技研を中心とした文明の機械化が進んでいる」
勇者「東の大陸なら結界魔法を筆頭に面白い魔法の始まりの地だし、北の大陸は上半分が謎に包まれてる」
勇者「自分が暮らしてる南の大陸でさえ、知らないことの方が多かった」
勇者「僕はたぶん、世界が広いことを実感したかった。だから勇者になる前から旅をしようとは思ってたんだ」
魔女「なるほどね? でもそれなら、勇者くんは未来の子供に夢を与える立場になるかしらね?」
司祭「……ああ、なるほどな。勇者は文明の発達と共にあった、か」
魔剣士「なによ二人だけ納得して。どういうこと?」
魔女「例えばね、世界で最初の船は、魔王討伐に向かう勇者さんが中心となって開発されたそうよ?」
司祭「魔物から人々を守るためにと作られた結界魔法に、魔力を帯びた水を参考に作った解毒魔法も同様だな」
勇者「ここ南の大陸で言うなら灌漑(かんがい)技術が顕著だね。……良くも悪くも、魔王の脅威にさらされた時に技術革新が起きているから」
魔剣士「ふーん。勇者と魔王の戦いってそういう側面もあったのね」
勇者「犠牲になった人のことを思えば、小さな利益だろうけど」
魔女「争いの後で生活が豊かになるというのも皮肉よね?」
司祭「…………さて。このままいけば数日中に海の上か。そうなる前に、孤児院へ手紙を送っておこうか」
魔女「あら、面白そうね? わたしも女術士ちゃんに送ろうかしら」
魔剣士「あたしは両親に送らないと。勇者は?」
勇者「僕は母さんと、魔剣士の家にも送るよ。心配かけてるだろうし」
魔剣士「んー、あたしの心配をしてくれるほど繊細な人たちだったかしらね」
勇者「答えづらいことを言うね……」
勇者(――――いよいよ開拓地が近づいてきた。覚悟はしてるけど、割り切れない気持ちもある)
勇者(父さん。僕は父さんの死を受け止められるくらいには、大人になれたかな?)
203:
――――大陸の外へ
 ◇海上
魔剣士「んーっ、潮風って気持ちいいわね!」
勇者「海、気に入った?」
魔剣士「ええ。船旅も悪くないなって思うわ」
魔剣士「……ま、魔女はダメみたいだけど。今も司祭に看病されてるもの」
勇者「乗ってすぐ気持ち悪そうにしてたからね。まだ出発したばかりだから、魔女さんはしばらく辛いだろうけど」
魔剣士「どれくらいで北の大陸に着くの?」
勇者「三日三晩はかかるかな。三日後の午前中には向こうの港に着くと思うよ」
魔剣士「へえ、結構かかるのね」
勇者「船が進む早さは徒歩とそんなに変わらないからね」
魔剣士「船の大きさを考えたら、早いのか遅いのか微妙なところかしら」
勇者「早くすることは今でもできるらしいよ。揺れがひどくなるだけでさ」
魔剣士「魔女には優しくない乗り物になっちゃうわね」クス
勇者「もう船には乗らないと言い出しかねないかな」
魔剣士「それくらいなら、もう言い出していると思うわよ?」
204:
魔女「わたし、もう船には乗らない……」
司祭「酷なことを言わせてもらうが、帰りはどうするつもりだ?」
魔女「南の大陸なんて、もういいのよ……わたし、帰る場所がないもの」
魔女「北の大陸で骨を埋める……」
司祭「やれやれ。いつものようにからかうこともできないか」
魔女「ふん、だ……大人しい女のほうが男は好きなんでしょ……」
司祭「魔女の意見を否定する気はないが、大人しいのと弱っているのは違うだろう」
司祭「今の魔女の方が好みだという馬鹿な男がいたら、殴りつけるところだ」
魔女「……ふんだ。かっこつけちゃって……」
司祭「魔女相手にかっこつけてどうする」
魔女「……わたしは、大丈夫だから。海を見てきたら?」
司祭「何だ急に。しおらしいことを言い出して」
魔女「うるさいのよ……看病させて、悪いなとは思ってるの」
司祭「勇者か魔剣士と交代した時にでもな。あの二人もしばらくしたら戻るだろう」
魔女「バカねー……久しぶりの二人きりなのよ、時間を忘れるに決まっているもの」
司祭「それならそれで構わないが。あの二人は一六になったばかりなんだ、大人になりきれる年齢じゃない」
司祭「勇者と魔剣士が楽しんでいる時くらい、私が魔女の相手をすればいいだろう」
魔女「……ふん、だ」
魔女「ほんと、バカなんだから……」
205:
 ◇二日後
旅人「おい」
勇者「……」
旅人「おい!」
勇者「……もしかして、僕に声をかけてる?」
旅人「当たり前だろ、他に誰がいるんだよ」
勇者「ごめん、人の名前は忘れないほうだけど、君が誰だかわからないな」
旅人「おれは旅人ってんだよ。覚えたか?」
勇者「僕は勇者っていうんだ、よろしく」
旅人「誰がテメエの名前を聞いたよ? 自惚れんなバーカ」
勇者「……それで、何か用事?」
旅人「あん? 用事がなきゃ、おれはテメエに話しかけちゃいけねえのかよ?」
勇者(めんどくさい人に話しかけられちゃったな)
勇者「そうではないけどね。僕に話しかけてくるのって、何かしら聞きたいことなり頼みたいことなりある人が多いから」
旅人「はん! 女神みてえな頭の固い女に従えられてる奴に頼むことなんざねえよ」
勇者「……女神様の悪口は感心しないな」
旅人「けっ、テメエは誰とでもお友達になるような聖人君子じゃなきゃ認めねえのか? とんだ偽善者だな!」
勇者「悪口を公言するのと、好きになれない人がいるのは一緒くたにしちゃいけないよ。……ねえ、君は僕に喧嘩を売りにきたの?」
旅人「テメエなんざ喧嘩を売る価値もねえな! どんな腑抜けが勇者なのか見に来ただけだよ! じゃあな!」
勇者(行っちゃったか。なんだったんだろ)
206:
船員1「旅人? そんな人はこの船に乗ってないはずですよ?」
207:
 ◇入港
勇者「魔女さん、大丈夫?」
魔女「大丈夫じゃないのよ……でもちょっとはよくなったかしら」
司祭「停泊するまでは立ち上がることも覚束なかったがな」
魔女「司祭くんうるさい……」
魔剣士「はいはい。新天地に着いた早々、喧嘩しないの」
勇者「魔剣士が喧嘩を仲裁するのって違和感あるな」
魔剣士「あたしだって成長したもの。今なら勇者に一騎打ちで遅れを取らないわよ?」
勇者「うんそうだね、凄いね」
魔剣士「……見てなさいよ。いつか負かしてやるんだから」
司祭「成長はどこにいったんだかな」
魔女「はあ、気持ち悪い……」
 ウオビトA「…………」
 アンフィビ「なるほど、あれが勇者。いかほどのものでしょうか」
 アンフィビ「行きなさい。船は破壊して構いませんよ」
 ウオビトA「…………」コクリ
208:
ドンッ
魔女「また揺れ……うっ」アオザメ
魔剣士「止まっていてもこんなに揺れるのね」
勇者「違う、さっきは完全に右に傾いた。停泊中にあんな揺れ方することはほとんどない」
魔剣士「……え、どういうこと?」
勇者「ちょっと周りを見てくる」
魔剣士「勇者、待ってよ! あたしも行くから!」
司祭「魔女。立てそうか?」
魔女「無茶を言わないでほしいのよ……」
司祭「なら仕方ない、船の周囲を氷魔<シャーリ>で固めてしまうといい。接岸しているから、揺れも多少はなくなるはずだ」
魔女「……何が起こっているのかしら?」
司祭「わからないが、何か起きてからでは遅いだろう」
209:
 ◇船上
 ウオビトB・C・D「……っ!」ドゴン
魔剣士「勇者、あれ!」
勇者「任せて、風魔<ヒューイ>!」
 ウオビトB「!」ザブン
魔剣士「海に潜って逃げた、のよね?」
勇者「わからない。とにかく船から下りよう」
 船員「うわあ!」
勇者「魔剣士!」
魔剣士「わかってる!
210:
魔女「高氷魔<エクス・シャーリ>!」
司祭「ふんっ!」ブオン
ウオビトF「ケフッ」ベチャッ
司祭「船の中に隠れているといい。私たちが魔物を倒す」
船員1「あ、ありがとうございます!」
魔女「司祭くん、大丈夫?」
司祭「まずいな。船にどんどん上がってきている。数も多い」
魔剣士「二人とも、無事!?」
魔女「こっちはなんとかね? でも、油断できない状況かしら?」
勇者(船を乗降できないよう、舷梯に魔物が集まってる。動きが合理的すぎる)
魔女「勇者くん、どうする? 船を下りるなら、集まっている魔物を一掃しましょうか?」
勇者「船の中にはまだ人が残ってる、離れられないよ。船の周り、魔女さんが魔法で固めたんでしょ?」
勇者「足場がしっかりしてるなら、ここで魔物を叩くしかない」
魔剣士「ああもう、考えるのは勇者に任せる! こっちに寄ってくる魔物、倒してくるから!」
司祭「援護してくる、後は頼む」
勇者「……魔女さん、魔力はできるだけ温存して」
魔女「理由があるみたいね? 気をつけようかしら?」
勇者(魔物に誰かが指示を出している。厄介かもしれない)
勇者「僕も前に出る。魔女さんは司祭さんの近くにいて」
ウオビトA「……」ベチャ、ベチャ
勇者「僕はあまり注目されたくないんだ。こんなお出迎え、ごめんだよ!」
211:
アンフィビ「ふむふむ。ウオビトでは刃が立ちませんか」
アンフィビ「とはいえ攻撃は届く、でしたらウオビトを三〇体も差し向ければ息も上がるでしょう」
アンフィビ「どうせ結末は変わらないのです。なら勇者はここで死んでも問題ないでしょう?」
……

魔剣士「こ、のっ」ギシッ
勇者「はっ!」ズバッ
司祭「ふぅ……今ので、終わりか?」
魔剣士「はあ、はあ」
勇者「魔剣士、背中に怪我してる?」
魔剣士「大丈夫よ……ちょっと、体当たりされただけ」
司祭「すまない、回復が遅れてしまった。回復<イエル>」
勇者「魔女さん、魔力は残ってる?」
魔女「あと一回分、ってところかしら? ごめんなさいね、途中で使ってしまったの」
勇者「しょうがないよ、途中からみんな手が回らなくなってた。出し惜しみしたら、全滅してもおかしくない」
司祭「話は後だ、船に残っている人を陸に下ろさなければいけないだろう。また魔物に襲撃されたら厄介だ」
魔剣士「そう、ね……今すぐ……っ」バッ
ベチャッ
アンフィビ「おや、よけますか? 動きを止めていただけたら簡単だったのですが」
勇者「……やっぱり隠れてたんだね。出てこなければよかったのに」
アンフィビ「そうもいきません。勇者を殺すせっかくの機会ですから」
アンフィビ「私はアンフィビ、魔王様直属の部下をしています。勇者が死ぬまでの短い間ですが、よしなに」
212:
司祭「勇者。まだいけるか?」
勇者「僕は何とか。司祭さんこそ、まだ回復できそう?」
司祭「長期戦は無理だ。魔女に魔法を温存させていたんだろう? すぐに終わらせるしかない」
勇者「それができるなら、ね」
勇者(ぬめぬめとした表皮……カエルみたいな両生類に近い生態かな。さっき魔剣士にぶつけようとした液体が気になるけど)
アンフィビ「では参りますよ。そー、れっ」
勇者「!?」ガキッ
アンフィビ「おや、よく反応しました。顔を引き裂けると思ったのですが」
魔剣士「勇者から離れなさいよ!」ブンッ
アンフィビ「おっと、なかなかの切れ味ですね。よく鍛えられた剣をお持ちのようだ」
魔剣士(嘘……ほとんど刃が通らなかった)
アンフィビ「しかし弱々しい……かーーっ、ぺっ!」
魔剣士「っ!」ベターッ
アンフィビ「これで動けませんね、さあ死になさい!」
魔剣士「こ、のっ!」ガキンッ
アンフィビ「おや、私の粘液を浴びながら、剣を盾にして攻撃を受けましたか。勇者のお供をするだけありますね」
アンフィビ「しかし、今度こそ動けません」ニヤー
魔剣士「くっ」ベターッ
魔剣士(か、体が床からはがれない……っ)
213:
司祭「はあ!」ブオン
アンフィビ「ふむ」ピタ
司祭「くっ……」ブルブル
アンフィビ「聖職者にしては戦い慣れていますね。鉄の棍で背中を強打、それならばさしもの私も動きを止めるでしょう」
勇者「風魔<ヒューイ>!」
アンフィビ「おっと」シュパッ
アンフィビ「これは困りました。手で受け止めたら、自慢の水掻きが切れてしまいましたね」
勇者「ずいぶんとお喋りだね……やかましいったらないよ」
アンフィビ「おや、これは失礼。なにぶん退屈な戦闘でして。どう勇者を殺してみせるかと、余計なことを考えてしまうのですよ」
魔女「……そのぬめぬめとした体で歩き回らないでほしい、船が汚れちゃう、そんなこともわからない低脳なのかしら」ボボッ
アンフィビ「ほう?」チクッ
アンフィビ「今のはおもしろいですね。あなたの中には人間への悪意が詰まっているようだ。外に出し、魔力で固め、ぶつけることで攻撃する」
アンフィビ「魔物に近い戦い方と言えますね」
司祭「ふざけるな、魔女は人間だ」ブォン
アンフィビ「対してあなたは、おもしろくも何ともない」グンッ
司祭「がっ」
アンフィビ「腹部への膝蹴りで戦闘不能、ですか? 筋骨隆々とした体は見せかけのようですね」
司祭「…………まだ、だ」
アンフィビ「おやしぶとい」
214:
アンフィビ「ふふ、さてさて」ペタペタペタ
勇者(……? どうして今、わざわざ僕たちから距離を取った?)
アンフィビ「ではそろそろ、勇者を殺させていただきましょうか」
アンフィビ「――――極氷魔<グラン・シャーリ>」
魔女「っ! 高炎魔<エクス・フォーカ>!」
アンフィビ「ふむ、あなたの魔法は通常のそれよりも、ずっとずっと威力が大きいようだ」
魔女「……あら、お褒めいただけるのね?」
アンフィビ「ええ、素晴らしいですからね。……が、私には届かない」
魔剣士(くっついた服は破いた、鎧と靴を脱いだ。あと床に張り付いているのは……)
アンフィビ「さて、魔法は相打ちに終わりましたか。ではもう一度、試しましょう」
魔女(ふふ、笑えない冗談ね……わたしは魔力が残ってないのに)
魔女「次は何の魔法かしら? 炎魔<フォーカ>? 雷魔<ビリム>?」
アンフィビ「そうですねえ……いっそ全部、ではいかがでしょう?」ニヤァ
魔女「!?」
アンフィビ「いきますよ? 極<グラン・」
魔剣士「やあぁ!」ブンッ!!
アンフィビ「!?」ザクッ
魔剣士「はぁ、はぁ」
アンフィビ「……あなたは戦線から離脱したものと思っていましたが。油断しましたね、これでは左手が動かない」
司祭(魔剣士、手の皮膚を力ずくではがしたか。無茶をする)
215:
司祭「高回復<ハイト・イエル>!」
魔剣士「ごめん、ありがと……」
アンフィビ「しかしその回復は無駄ですよ。私に傷をつけたあなたに敬意を表し、勇者より先に殺してあげましょう」ペタペタペタ
勇者(また……どうして追撃しない? 何を嫌がって動いて……)
勇者「…………魔女さん。残りの魔力は?」
魔女「無茶、言わないでくれる? もう空っぽよ?」
勇者「僕の魔力全部を渡す。魔女さんには魔法を使ってほしい」
魔女「わたしの魔法であの魔物を倒せるかしら?」
勇者「アンフィビに魔法を使われたら難しいと思う。だから――――」
魔女「――――賭け、ね? 勇者くんの読みが間違っていれば、わたしたちが負けちゃうけど?」
勇者「その時は、僕が命がけでアンフィビを倒す。最悪、あいつは僕さえ殺せばいなくなるはずだから……」
魔女「捨て身の覚悟は嫌いよ? だから、自分の知恵を信じなさいね?」
勇者「わかった」ダッ
魔女「…………勇者くんからもらった魔力、ちょっと足りないのよね。がんばって練り上げて、魔法の威力を高めましょうか」
魔剣士「強がるのはいいけど、片腕となったあなたなら、あたしは互角に戦えるんじゃないかしら?」
アンフィビ「さて? どうでしょうね?」
勇者「一対一にこだわる必要はないよ。僕と魔剣士、二対一だ」
魔剣士「勇者……」
アンフィビ「おや、二人がかりなら私を倒せると?」
216:
司祭「補早<オニーゴ>、補守<コローダ>」
勇者「司祭さん」
司祭「私の魔力はこれで尽きた、怪我はしばらく我慢してほしい」
勇者「――わかった」
魔剣士「はっ!」
アンフィビ「不意打ちでなければ、私を斬ることはできません」
アンフィビ「他の二人も同様です!」ダンッ
勇者「がっ」
司祭「かふっ」
アンフィビ「まずは死になさい、勇者!」ヒュッ!
勇者「くっ、そ」
ブォン
アンフィビ「おや? 勇者をかばった、それが女神の加護ですか」
アンフィビ「さすが、お気に入りなだけありますね?」
魔女「勇者くん!」
勇者「魔女さん、構わない! 吹き飛ばせ!」
アンフィビ「あなたが魔法を準備しているのはわかっていました。また相殺してあげましょう」
魔女「高風魔<エクス・ヒューイ>!」
アンフィビ「? どこに向かって魔法を」
勇者「決まってるでしょ。空に浮かぶ雲にだよ」
217:
アンフィビ「…………忌々しい勇者ですね。いつ気づいたのやら」
勇者「あれだけ日の光を避けて歩き回ったんだ、僕だって気づく」
勇者「もう太陽を隠す雲はない。これで形勢は逆転できたかな?」
アンフィビ「私は逃げる、と言ったら?」
魔剣士「逃がすと思うの?」
アンフィビ「おお怖い。ですがいいのですか? 私を殺す間に、港に上がったウオビトが人々を殺しますよ?」
勇者「!?」
アンフィビ「そして私は、勇者たちに倒されるつもりがありません。まだ五分と五分、よい勝負ができると思いますよ?」
アンフィビ「どうしましょう? 続けますか? 次回に持ち越しますか?」
勇者「……魔剣士、船から降りて」
魔剣士「でも」
勇者「僕もすぐに行く」
魔剣士「…………ええ、わかった」
アンフィビ「賢明ですね。女神に気に入られるだけはある」
勇者「次は確実に倒すよ」
アンフィビ「今度は間違いなく殺しましょう」
アンフィビ(さて、太陽に体を相当焼かれましたか。こうまで日光に弱い私の体には、嫌気が差しますね)
アンフィビ「さようなら、勇者。束の間の命を楽しみなさい」ペタ、ペタ、ペタ
218:
司祭「逃がしていいのか?」
勇者「次があるなら、今は悔しさを噛みしめる。あっちにこそ、死にものぐるいで倒しにこなかったことを後悔させるよ」
勇者「次は負けない。絶対に」
………
……

船長「怪我をした人は少なく、また怪我の程度も軽いようです」
勇者「そうですか。よかった」
船長「…………そうですな」
船長「しかし、船はもうダメでしょう。魔物の攻撃、魔法の余波、とてもではないが命を預けられません」
勇者「――――すみません。僕らの力が及ばず」
船長「あなた方は皆の命を守った。……命だけは守ることができた。それだけの話でしょう」
勇者「…………」
船員2「あんなんで、本当に魔王を倒せるのかよ……」
魔剣士「っ!」
乗客1「あの魔物が気まぐれを起こさなかったら……」
乗客2「もしかして、今度こそ世界は魔王に支配されちまうんじゃ……」
魔女(ま、人間なんてこんなものよね)
司祭「…………」
魔剣士「な、なんでよ……命をかけたのは勇者なのに、どうしてそんなこと言われなきゃ……!」
勇者「魔剣士、いいんだ」
魔剣士「でもっ」
勇者「僕が行く先々で厚遇されるのは、魔王を倒す力があると思われてるからだよ。その当てが外れたら、失望されてもしょうがない」
魔剣士「…………っ」グッ
魔剣士(あたしの力が足りなかったから……だから勇者が悪く言われちゃってるんだ)
219:
――――新たな一歩
 ◇宿
魔女「僕らは強くならなきゃいけない、ね?」
勇者「うん。こんなこと、わざわざ僕が言わなくても皆は努力してたけどね……それでも、これからは本腰を入れなきゃいけないと思う」
魔剣士「ええ。あたし、もっと強くならなきゃ」
勇者「魔剣士の場合、単純な強さより戦闘での負担をなんとかしなきゃだね」
勇者「攻撃の要として一番前に出てるけど、その分だけ魔物に攻撃されちゃうから」
魔女「わたしはやっぱり、魔力の消費かしらね? 困ってはいたけど、ずっと解決はできないでいたもの?」
司祭「私は神性の低さが気になるが……こればかりは生まれ持ったものだ、変えられない。他の何かで補うしかないだろう」
魔剣士「具体的な問題がないのって、勇者くらいよね。魔法と剣の両立、最近はよくできてるでしょ?」
勇者「……いや、僕は致命的な問題があるよ」
魔剣士「そんなのあったっけ?」
勇者「魔物をしっかり倒すには、攻撃力が足りていない」
魔女「そう? もともと勇者くん、敵の弱点を見つけながら戦う方よね? あまり力不足って感じはなかったような?」
勇者「だからこそ、かもね。自分の未熟さをごまかせていたから」
司祭「……それぞれの問題を、あの魔物が再び現れるまでに解決しなければ、か。間に合うか怪しいところだな」
勇者「アンフィビと再戦する時期はこっちで調整できるよ。太陽をあれだけ嫌うようじゃ、川辺とかでないと活動できないと思う」
魔剣士「なら、いざ倒そうと思ったら相手の得意な場所に出向かなきゃなのね」
魔女「あとは雨の日に気をつけるくらいかしらね? またわたしの魔法で雨雲を吹きとばしちゃおうかしら?」
司祭「魔物も馬鹿ではない。同じ戦法を取られかねないなら、やはり陸地では襲ってこないだろう」
勇者「僕もそう思うよ。だからしばらくは、自分たちのことに集中して大丈夫じゃないかな」
220:
魔剣士「……あの、勇者? ちょっと相談があるんだけど」
勇者「何?」
魔剣士「南の大陸を出る前に聞いたんだけどね、この近くに呪われた鎧が封じられた塔があるらしいの。そこに行きたいなあって」
魔女「あら、魔剣士ちゃんらしいお願いね?」
魔剣士「ダメ?」
勇者「いいよ。明日にでも塔の場所を聞いてみようか」
司祭「……呪われた鎧に思いを馳せるあたり、最近の若い女性にはついていけないな」
魔女「魔剣士ちゃんを女性の代表格とされちゃうのは困るなあ? わたしみたいに女性らしい人もいるのよ?」
勇者「魔女さんの女性らしさはもっと隠した方がいいと思うよ」
魔女「あら、勇者くんってばどこを見て言っているのかしら?」
魔剣士「というか勇者は、あたしの女性らしさが否定されたことに何か言ってほしいわ。傷つくじゃない」
勇者(……僕たちはまだ、強くなろうと一歩を踏み出したばかりだけど)
勇者(どうしてだろう。この四人でなら大丈夫だって、根拠もないのに信じられる)
勇者(仲間って、いいものだな)
223:
――――理非の塔
魔女「ふふ、困りものよね?」
魔剣士「笑い事じゃないわよ!」
司祭「怒鳴っても仕方ないだろう。勇者も必死に考えているんだ、静かにした方がいい」
勇者(魔剣士が苛立つのもしょうがないかな。……まさか入り口が見つからないなんて)
勇者「見つかったのは怪しい謎かけだけ、か」
 上りたければ下るがいい
司祭「魔剣士も一緒に考えたらどうだ?」
魔剣士「あたし、頭を使うのは苦手なのよ……こういうのは全部勇者がやってくれたんだもの」
魔女「勇者くんは魔剣士ちゃんをいつも甘やかしているのね? お優しいこと?」
司祭「そうからかうな。魔女も頭脳労働者だろう? 何か思いつかないか?」
魔女「あら、この魔女を誰だとお思い? もちろん考えがあるのよ?」
魔剣士「なら先に言いなさいよ!」
魔女「ふふ、怖い怖い。この場合はね、上るための道は地面を掘って見つけろってことじゃないかしらね?」
司祭「なるほどな」
224:
魔剣士「そういうことね! で、どこを掘ればいいの?」
魔女「さあ?」
司祭「勇者の考えがまとまるまで待つか」
魔剣士「そうね」
魔女「冷たいのね? 真面目に考えたのになあ?」
勇者(掘る、ではないと思うな。下ると明言する以上、どこかに道があるはずだけど)
勇者「三人とも、周囲に何かないか探してくれないかな? 塔から離れる必要はないから」
魔剣士「はいはーい」
司祭「わかった」
魔女「ねえ勇者くん? 地面を掘るってどう思う?」
勇者「この塔を作った人は知恵比べがしたいみたいだよ。体力に頼る方法ではないと思うな」
魔女「は〜い。それじゃあわたしも、真剣に探すとしましょうね?」
225:
……

魔剣士「何か、と言われてもそれらしいものはないわね」
魔剣士(枯れ井戸なんて珍しくもなんともないし)
……

魔女「うーん、めぼしいものはなかったかな?」
司祭「こちらも同様だ」
勇者「僕の方もダメだった。魔剣士は?」
魔剣士「あたしの方もなかったわ」
司祭「勇者はどんなものがあると期待したんだ?」
勇者「上りたければ下るがいい、を素直に受け取ってみようかなって。どこかで地下に行く道があるかと思ったんだけど」
司祭「思ったより単純に考えるんだな」
226:
勇者「でも何もないんじゃね。僕の読み違いみたいだ」
魔女「うまくいかないものね? はあ、ダメだとわかったらのど乾いちゃったなあ」
魔剣士「へえそうなの? 水が飲みたいならそこの枯れ井戸に行ってきたら?」
勇者・魔女・司祭「…………」
魔剣士「な、なによ? ちょっとからかったくらいでそんなに怒らなくても……」
勇者「いや、いいんだ。とりあえずその枯れ井戸に行ってみようか」
……

勇者「深さは……大したことなさそうだね。井戸の形をした入り口なのかな」
魔剣士「へえ! 勇者、よく気づいたわね!」
勇者「はは。うん、たまたまだよ」
魔女「…………」ウズウズ
司祭「魔女、余計なことは言うな」
魔剣士「? まあいいわ、それじゃ早く降りましょうよ」
227:
勇者「待って、一応確認しとかないと。炎魔<フォーカ>」シュボッ
魔剣士「木の枝に火をつけてどうするの?」
勇者「井戸に落とすよ。実は空気がありませんでした、ってなると井戸の底で全滅しちゃうし」
司祭「細かいことに気が回るものだな」
魔剣士「でしょ?」
魔女「どうして魔剣士ちゃんが自慢げなのかしらね?」
勇者「……大丈夫、みたいだね。それじゃ降りようか」
228:
 ◇塔の中
魔剣士「また謎かけがあるのね……」
 軍隊アリは空を見ない
魔女「この塔、魔剣士ちゃんとの相性が最悪みたいね?」
………
……

………
……

229:
司祭「さて、そろそろ五分になるが。扉は開くか?」
ギィ
勇者「よかった、これで進めるね」
魔女「それはいいのだけど、魔剣士ちゃんがへばってるのよね?」
魔剣士「もうイヤ……全部でいくつ謎かけがあるのよ……」
勇者「今ので最後みたいだから、元気を出しなよ」
魔女「あらそうなの?」
司祭「『その理性は本物なり』か。ならこの先に噂の鎧があるのだろう」
魔剣士「ホント!?」
魔女「これまで一問も解けなかった魔剣士ちゃんだけど、鎧を手に入れても大丈夫かしらね?」
魔剣士「う……」
230:
勇者「どちらにしろ呪われた装備らしいから、魔剣士に装備してもらわなきゃ困るよ」
司祭「疑っていても話が進まないだろう。塔の試練をほとんど乗り越えた勇者か、神性の高い魔剣士かは、試してみた方が早い」
魔女「それもそうよね? ふふ、楽しみだなあ?」
魔剣士「だ、大丈夫よ! 鎧の呪いなんかに負けはしないわ!」
勇者「その意気その意気。頑張ってね」
司祭「……勇者は欲しいと思わないのか? 武器も防具も、目立った特長のない既製品だろう?」
勇者「羨ましくはあるけどね。旅の途中で、勇者にしか装備できないって触れ込みの剣でもあれば嬉しいかな」
司祭「ふ、そうか。見つかるといいな」
魔女「二人とも、話しているのはいいけど、もう鎧が見えてきてるのよ?」
魔剣士「あれ、よね」
司祭「ほう。呪われた装備のわりに、綺麗な鎧だな」
魔女「ホントよね? 魔剣士ちゃんの魔剣と比べちゃうと、拍子抜けかな?」
魔剣士「魔剣は鞘で隠れるからいいけど、鎧があまり毒々しい感じだと、着けるのイヤになるじゃない……」
勇者「理非の鎧、って名前らしいね。塔の名前をそのままつけたみたいだ」
231:
魔女「でもこれ、本当に呪われているのかしらね? ふふ、ちょっと触ってみたりして?」ピト
魔女「――――最近の勇者くん、わたしを見ても反応が薄いなあ。もっと過激な服装とかどうかしらね」
魔剣士「魔女! 急に何を言い出すわけっ!」
魔女「はっ!?」バッ
司祭「どれだけ低俗なことを考えているんだ、魔女」
魔女「違う、違うのよ? 勇者くんがわたしの格好に慣れたなとは思うけど、誘惑しようとか思わないもの?」
勇者「……そっか。やっぱり呪われてるんだね。効果はなんだろ。錯乱とか、理性の低下とか、そういう感じかな」
魔剣士「つまり本性が出るってことね?」ジロリ
魔女「魔剣士ちゃん、わたしをにらまないで? 勇者くんを取ったりしないから、ね?」
魔剣士「べ、別にそんな理由で怒ってるんじゃないわよ!」
魔女「……司祭くん?」
司祭「なんだ?」
232:
魔女「次は司祭くんの番ね?」
司祭「……さて、何の話だ?」
魔女「とぼけちゃイヤよ? 次、鎧に触るのは司祭くんね?」
司祭「冗談だろう?」
魔女「あらできないの? 聖職者でも、心の中ではいけないことを考えてるのかしら?」
魔女「ふふ、それが暴かれるのはイヤでしょうし、しょうがないかな?」
司祭「む……」
司祭「いいだろう、次は私が触る」
勇者「そんな張り合わなくても」
魔剣士「そうよ。油断して触った魔女が悪いんじゃない」
魔女「でもわたしだけ被害を受けるのって、不公平だと思うなあ?」
勇者「小さな子供みたいなこと言うね」
司祭「放っておけ。私の理性を証明してみせるだけだ」ピト
司祭「――――男女同室で宿に泊まるのは勘弁してほしいな。色々と、困る」
233:
魔女「へえ?」
司祭「!?」バッ
魔女「ねえ司祭くん? わたしたちと一緒の部屋だと、何が困るのかなあ?」クスクス
司祭「……さあな、鎧の呪いで錯乱していたのだろう。わからない」
魔女「わたしは鎧に触れてるのよ? そんな嘘で言い逃れできると思って?」
勇者「だからやめるように言ったのに」
魔剣士「二人とも、年長者にしては変なとこで子供よね」
勇者「……司祭さん。旅の資金はそこまで厳しくないし、男女で部屋分けしようか?」
司祭「いらん気を使うな!」
魔女「あら珍しい。司祭くんが怒鳴るなんてね?」
司祭「っ……勇者、次はお前の番だろう」
勇者「僕まで巻き込まないでほしいな」
魔剣士「あ、でも試してみるのはいいんじゃない? 魔女や司祭と違って、勇者ならちょっと理性が下がっても問題ないと思うわよ」
魔女・司祭「…………」ズーン
234:
勇者「……まあ、魔剣士が言うなら」
勇者(そんな風に言われたら断れないしね)
勇者(自分を信じるしかないか……)ピト
魔女・司祭「…………」ソワソワ
勇者「――――この鎧は魔剣士に渡さない」
魔剣士「へ?」
魔女「あら、勇者くんでもダメみたいね?」
司祭「はは、仕方ないだろう魔女。悪く言うものじゃない」
勇者「――――強い装備を手に入れたら、魔剣士はもっと前に出る。そしたら、怪我をする。死んじゃうかもしれないんだ!」
勇者「――――だから魔剣士には渡さない!」
魔女「……笑った自分が恥ずかしいな?」
司祭「言うな、私も悲しくなる」
魔剣士「勇者……」
235:
勇者「――――こうして旅をするのだって、本当はイヤなんだ。危険な目に遭わせたくない」
勇者「――――僕のせいで怪我をしたらって、考えたらいつも怖くなる。だから……」
魔剣士「勇者」
勇者「――――っ」
魔剣士「鎧から手を離して」
勇者「――――い、嫌だ!」
魔剣士「その鎧はあたしが装備する。少しでも怪我をしなくて済むように」
勇者「――――だって、それじゃあ」
魔剣士「ならあたしに勇者を一人にしろって言うの? いつ傷ついて倒れるかもわからないのに、大人しく待てと言うの?」
魔剣士「……イヤよ、絶対にイヤ」
魔剣士「あたしだって勇者が傷つくのは怖い。ユウが勇者に選ばれなきゃよかったって思ってる」
魔剣士「でも、選ばれちゃったんだもの。だからあたしは、自分が後悔しない道を選ぶわ」
勇者「――――魔剣士……」
魔剣士「あたしは勇者の隣にいる。置いていったりなんて許さない。だから、鎧から手を離して」
236:
勇者「っ」バッ
勇者「…………ずいぶん恥ずかしいことを言うね、魔剣士ってば」
魔剣士「ちょっと、思い出させないでくれる? 変なこと言い出す勇者が悪いんじゃない」
勇者「はは、そうだね。……ところで、司祭さんと魔女さんは座り込んで何してるの?」
司祭「気にするな、汚れている自分を自覚しただけだ」
魔女「どうしてこんな大人になっちゃったのかしらね?」
勇者「……ま、いいか。それじゃ魔剣士、最後に終わらせちゃって」
魔剣士「んー……これまでの惨事を見てると、ちょっと怖じ気づいちゃうわよね」
勇者「魔剣士なら大丈夫だよ。僕は信じてるから」
魔剣士「――そう? なら試してみるわ」ピト
237:
魔剣士(うわ……頭がぐわんぐわんする)
魔剣士(なんだろ、ぼーっとして……ああ……難しいことを考えるの、面倒よね……このまま思考を投げ出しちゃえば……)
勇者『僕は信じてるから』
魔剣士(っ!? って何考えてるのよあたしは! 勇者の期待を裏切れるわけないじゃない!)
魔剣士(刃向かうんじゃないわよ鎧のくせに! だまってあたしに従いなさい!)
――――バチッ
魔剣士「ん……?」
勇者「魔剣士、どう? 大丈夫?」
魔剣士「ええ、いけそう。……ふふ、呪いに勝ったわ!」
魔女「最初の予定通り、ね?」
司祭「丸く収まったなら何よりだな。……なかったことにしたくはあるが」
魔剣士「そういえば司祭。あたしたちと一緒の部屋だと、何が困るのよ?」
司祭「気にするな。忘れろ。いいな?」
魔剣士「何よ凄んじゃって。ねえ勇者、あたしたちと一緒の部屋だと何か困るの?」
勇者「…………」
勇者「さあね。僕にはわからないかな」
238:
――――理非を問う
 ◇夜 宿
魔女「むにゃ……」zzz
司祭「――――」zzz
勇者「……」ムクリ
カチャ、カチャ
魔剣士(zz……ん、ん〜?)
カチャ、チャキ
勇者「……」
ガチャ、パタン
魔剣士「ユウ、者?」
魔剣士(なん、だろ……きちんと装備して、出てった?)
魔剣士「何かあるのかしら……追いかけないと」
魔剣士(っと。一応あたしも装備してこう)
カチャカチャ
239:
 ◇町外れ
勇者「…………二の剣、空縫い」シャッ
勇者「…………三の剣、影払い」チャキ
勇者「…………四の剣、死点繋ぎ」チャッ、、、
勇者「やっぱり流れがぎこちないか。実戦で使えないどころか、相手がいない時でさえこれじゃ、先が思いやられるな」
勇者「……魔剣士は満足してないみたいだけど、左目穿ちはほぼ完璧だった。せめてあれくらいには使えなきゃ」
勇者「もう一度、」
魔剣士「右手に力を入れすぎ。そんなんじゃいつまで立っても修得できないわよ」
勇者「魔剣士……? どうしてここにいるのさ」
魔剣士「それはあたしの言葉よ。鎧までつけて出て行くから何かと思ったら、こんな時間に剣の特訓?」
勇者「ちょっと、眠れなくてね」
魔剣士「子供みたいなこと言うんじゃないわよ。明日があるんだから、疲れをとるために力ずくで寝なさいよね」
勇者「でもさ」
240:
魔剣士「はあ、いいわ。ちょっと相手をしてあげる。あたしが勝ったら、大人しく休みなさいね」
勇者「……素手?」
魔剣士「木剣の用意がないの。勇者は剣を振ってもいいけど?」
勇者「いいよ、僕も素手で相手する」
ジリッ
勇者「……ふっ!」ガッ
魔剣士「悪いけど時間をかけるつもりはないの」フッ、、、
魔剣士「無手、影払い」バッ
勇者「っと、わ!?」
魔剣士「受け身は取れた?」
勇者「ってて……全力で足を払いに来たね」
魔剣士「足首を裏から払う。技を知っててやられるんなら、一人で特訓する意味はないわよ?」
勇者「『まず防げ。それから技を教えてやる』、か」
魔剣士「騎士団の教えね。そのせいで、あたしや勇者は技を自力で身につけなきゃいけないんだけど」
勇者「半年じゃ教われなかったみたいだしね、お互いに」
241:
魔剣士「全くだわ。……ふう」ストン
勇者「どうしたの、隣に座って」
魔剣士「もう特訓は終わりでしょ? あたしも一休みするの」
勇者「こんな野原で?」
魔剣士「いいじゃない。今夜はこんなに星が綺麗なんだもの」
勇者「……そうだね。寝転がってると、一面の星が眩しいくらいかな」
魔剣士「あらいいわね。首が痛くなるし、あたしも寝転がろっと」ゴロン
勇者「…………」
魔剣士「…………」
魔剣士「懐かしいわね」
勇者「村にいた頃?」
魔剣士「夜に抜け出しては、一緒に近くの遊び場で過ごしたじゃない」
勇者「家に帰ると、だいたいバレてて母さんたちに怒られるんだけどね」
魔剣士「あの頃とは、時間も距離も離れちゃったわよね……」
勇者「……うん」
242:
魔剣士「でも勇者は、昔とちっとも変わってない」
勇者「そうかな?」
魔剣士「覚えてる? あたしがカゼひいた時、勇者ってば一人で遠出して雪の花を摘んできたわよね」
勇者「そんなこともあったな。あの時はこっぴどく怒られたっけ」
魔剣士「思い詰めた勇者は、いつも無茶するの。あの時だって、村に帰ったのは朝方で、ご飯も食べずに歩き通しだったそうじゃない」
魔剣士「……今も勇者は無茶するの。一人で思い詰めて、魔物に勝てなかったのは自分のせいだって決めつけてる」
勇者「そんなつもり、ないんだけどね」
魔剣士「じゃあどうして一人でこそこそ特訓してるの? 心配されるってわかってるからじゃない」
勇者「……ごめん」
魔剣士「謝るくらいならしないで。もし魔物に襲われたらどうするのよ」
勇者「特訓にはちょうどいい、かな」
魔剣士「バカ」
………
……

243:
勇者「そろそろ戻ろうか」
魔剣士「そうね。明日も早いんだし……あれ」
勇者「どうかした?」
魔剣士「左手。見せて」
勇者「ああ、ちょっと擦りむいたんだよ。大したことないから」
魔剣士「あたしが転ばせた時よね? 見せて、手当てしなきゃ」
勇者「大丈夫だよ、これくらい放っておいてもいいって」
魔剣士「あたしが治すの! いいから手を……っ」グッ
魔剣士(ひ、左手を取ろうとしたら、勇者に抱きつく、みたいになって……)
勇者「あの、魔剣士。素直に治してもらうから、その、さ」
魔剣士「…………」
――――バチッ
244:
魔剣士「――――ユウぅ……」
勇者「え、急に甘い声出してなに……ちょっと待って! なんで抱きしめてくるのさ!」
魔剣士「――――あたし、もう我慢できないよぉ」
勇者「だからって僕の鎧を脱がさないでよ! ほんとやめて!」
魔剣士「――――だって邪魔なんだもん、これ……」カチャカチャ
魔剣士「――――あは、取れたぁ……///」ギュッ
魔剣士「――――んん〜……ユウの心臓、すっごいばくばくいってるよ? そんなにどきどきしてるんだ?」
勇者「慌ててるからだよ! 抱きつくな! 耳当てるな! においもかぐなっ!」
勇者(なんなんだよ急に! こんな理性を失くしたみたいな行動して!)
勇者「…………理性? 理非の鎧?」
勇者(まさか、呪いに負けちゃった?)
魔剣士「――――ユウ、どきどきしてるんだよね? 興奮してるんだよね? ……じゃあ、あたし素直になってもいいよね?」ヌガシ
勇者「服に手をかけないでよ! シャレにならないって!」
245:
魔剣士「――――あたし、本気よ?」
勇者「余計に悪い!」
魔剣士「――――ユウ、あたしね、ずっと前から……」ヌガシ、、、
勇者(ひぃ、下半身に手を伸ばしてきた! 本気で止めないと!)
勇者「オサナ、落ち着いてよっ」
魔剣士「――――あたし、落ち着いてるわ」
勇者「なら話を聞いて。僕は成り行きに身を委ねたくないんだ」
魔剣士「――――細かいことなんて、気にしなくていいじゃない」
勇者「そうかな。細かいことの積み重ねで僕とオサナの今があるのに、それを捨ててもいいと思う?」
魔剣士「――――でも……あたしは……」
勇者(手の力が緩んだ!)
勇者「オサナ」ダキッ
246:
魔剣士「――――っ! ユ、ウ……///」
勇者「オサナは今、鎧の呪いに負けちゃってるよね? それでいいの? 僕との関係に、余計なものが入っても納得できる?」
魔剣士「――――それ、は……」
勇者「僕はオサナを信じてる。鎧の呪いに負けっぱなしじゃないってね。だから……」チュッ
魔剣士「――――っ!?」
勇者「……おでこ、だけど。今はこれだけじゃ、ダメかな?」
魔剣士(あたし、何してるんだろ……ユウを半裸にして、押し倒して……あたしはこんなことがしたかったの?)
魔剣士(違う、そうじゃないわ。望んでいないとまでは言わないけど、あたしの中にはもっと綺麗な想いがある)
魔剣士「こ、っの……!」
魔剣士(ユウがあたしを信じるなら! こんな鎧なんかに負けられるはずないじゃない!)
魔剣士(塔では勝てた! なら今だって勝てるに決まってるわ!)
魔剣士「〜〜〜〜っ!!」
――――バチッ
247:
魔剣士「…………」
勇者「元に、戻った?」
魔剣士「……勇者。ごめ……ん」
魔剣士「…………くぅ」zzz
勇者「寝ちゃった? 急すぎて、狐につままれてる気分だけど……」
勇者「とりあえず、宿に戻ろっか。おやすみ、魔剣士」
248:
 ◇朝 宿
魔剣士「ああぁぁ! ああ――――!!」
魔剣士「バカバカ、あたしのバカァ!!」
魔女「魔剣士ちゃん、朝から何を騒いでいるのかしらね?」
司祭「わからん。だがまあ、勇者に関わる何かだろうな」
勇者「はは……まあ、ちょっとね」
魔剣士「…………」ピタリ
魔剣士「死にたい……誰か殺して……」
魔女「静かになったと思ったらこれねえ? ずいぶん思い詰めてるようだけど?」
勇者「そっとしておいてあげてよ」
司祭「魔剣士は何をしたんだ?」
勇者「ちょっとした若気の至り、かな」
魔剣士(うぅ……しばらく、勇者の顔をまともに見れないじゃない、こんなの)
魔剣士(あんな、あんなことするなんて……)
魔剣士「…………」
魔剣士(でも、ちょっとだけ感謝はしてあげる)
魔剣士(呪いのせいでひどい目にあったけど、勇者、おでこにキスしてくれたもの)
魔剣士「…………えへへ」オデコナデナデ
200:
乙乙!
>魔女「争いの後で生活が豊かになるというのも皮肉よね?」
うんまあ、現実でもこんなもんだからね。
青銅器や鉄器は武器のためだし、街道の整備は進軍のためだし。
コンピュータしかり、ジェット機しかり、無限軌道しかり、コンビニしかり、サランラップしかり……。
悲しいけど、これが現実なのよね。
202:
もっと言うと抗がん剤だって元々毒ガスだしね
249:
今日はここまで。
読んでいただきありがとうございます
>>200-202
私はホチキスやGPSがそうだと世界史の時間に学びましたね
250:
乙乙!
>>249
GPSは最近だね。
というか、今現在も軍事用と民生用では精度に差が出るようにしてあるし。
ちなみに、ホチキス(ステープラ)の方は俗説で、実際は関係ないらしい。
ホッチキス Mle1914重機関銃を発明したベンジャミン・バークリー・ホッチキス(B.B.Hotchkiss)の発明品と言われてるけど、ステープラ(ホチキス)の原型は16世紀の発明だし。
医療用ステープラと同じ使い方を戦場でしてたから、勘違いされたという説が有力だね。
251:
>>250
魔剣士「〜〜も魔物と争う途中で生まれたそうよ。どう、あたしだって物知りでしょ?」
勇者「えっと……あのさ、魔剣士、すごく言いにくいんだけど」
魔剣士「なによ?」
勇者「それって俗説で、実際は関係ないらしいよ」
魔剣士「うそ!?」
勇者「僕も調べたことあるんだけど、時期が似通っているだけみたいなんだ」
魔剣士「そう、なの……」
魔剣士「ちぇっ、せっかく勇者に喜んでもらえると思ったのに」
勇者「僕に教えるために探してきてくれたんでしょ? それだけでも嬉しいよ」
魔剣士「――ふーん、だ。あたしはそれくらいじゃ満足しないんだから」
魔剣士「いつか勇者をぎゃふんと感心させてあげるわ」
勇者「ん、ありがと。期待して待ってる」
以下、再開します。
252:
――――まじない言葉
魔女「高風魔<エクス・ヒューイ>」ブワッ!!
魔女「高雷魔<エクス・ビリム>」バチバチッ!!
魔女「高<エクス――魔力が足りないかしらね? 炎魔<フォーカ>」ゴォ!
魔女「これで空っぽ……やっぱりうまくいかないなあ?」
………
……

魔女「というわけなのよ? 何かいい案はなくて?」
司祭「ふむ……」
魔剣士「勇者なら助言できるんじゃないの? 木の枝にとっても小さくした炎魔<フォーカ>で火をつけたりしてたじゃない」
勇者「そうなんだけど、あれって意識だけの問題で、特別なコツがいるわけじゃないからね」
魔剣士「そう……」
253:
勇者「それにむしろ、威力を下げるより上げる方が難しいんだよ」
司祭「そうなのか。初耳だな」
勇者「魔法の構成はほとんど決まっているからね。そこにどれだけ魔力を流し込むかで魔法の規模は変えられるんだけど」
勇者「魔力を増やしすぎれば、魔法の構成を破壊しちゃって暴発するかな。僕の魔力はそんなに多くないけど、やろうと思えばできるだろうし」
魔剣士「でも魔女の魔法って威力がすごいじゃない。よく魔法の構成が壊れないわよね」
魔女「ふふ、自分では意識してないかなあ? でもわたしって、魔法を弱めることはできなくても強めることはいくらでもできるのよね?」
司祭「不器用なのか天才なのか、意見の分かれるところだな」
魔女「あら、ひどい言い草? 司祭くんって優しくないのね?」
魔剣士「話がそれるようなこと言わないの。……それにしても、勇者が何も思いつかないようじゃ、いったん保留かしらね」
司祭「いや、私は一つ思いついたことがある」
勇者「へえ、どんな?」
司祭「魔女の母親はまじない師だったのだろう? 魔女は自分を呪うこともできるんじゃないかと思ってな」
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