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勇者「僕は魔王を殺せない」【後半】


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2:
――――東方戦線
 ◆夕方
衛兵「女王様! 結界はこれ以上魔物を防げません!」
東の女王「騎士団、出撃の準備を。私の警護はよい、全兵でもって魔物を迎え撃て」
大臣「女王様にもしものことがあってはなりません! 撤回を!」
東の女王「黙れ。私の代わりなどいくらでもいる。何度でも首をすげかえればいい」
東の女王「大陸の要であるこの場所さえ守れれば、魔物の勝利にはならない」
東の女王「魔術隊は戦闘に出るな。破られた後、結界の復旧を急がせろ」
東の女王「……西と南の王に書状は送ったな?」
大臣「間違いなく」
東の女王「ならばよい。次は自分の番だと腹をくくり、魔物と戦う覚悟ができよう」
東の女王「大臣よ」
大臣「はっ」
東の女王「勇者は今、どこにいる?」
大臣「西の大陸にいると聞いております」
東の女王「なら間に合わないな。期待はやめておこう」
東の女王「――――結界が破れる前に、最後の仕事をしてくる」
大臣「それは……?」
東の女王「兵士たちへの激励だ」
413:
東の女王『聞け! 国を、いや民を守らんと立ち上がった兵士たちよ!』
東の女王『魔王が現れて一年! 人間に怯えていた魔物たちは、ついに人間の世界を脅かそうと牙を剥いてきた!』
東の女王『残念ながら、最初に狙われたのはこの城だ! なぜか!』
東の女王『……言うまでもない。それは、この国の兵士諸君らが、魔物にとってもっとも脅威であるからだ!』
東の女王『間もなく結界は破られる! 戦闘は熾烈を極めるだろう!』
東の女王『だが忘れるな! 女神の加護は我らにあり! 皆の持つ剣は、放つ魔法は、背に守る人々が最も頼る誇りである!』
東の女王『何としてでも魔物を打ち倒せ! 最後の一人になろうとも、だ!』
東の女王『そして! 最後の兵も倒れたのなら、私が最初に殺されよう。それで民が守られるなら本望だ!』
東の女王『だが、相手は野蛮な魔物! こちらの言葉に耳を貸すとも思えぬ! ならばここで、倒れるわけにはいかないのだ!』
東の女王『皆が掲げる誇りを蹂躙されるな! 魔物と違い、私たちには守るべきものがある! それを胸に、戦い抜け!』
ワアアアアアア!!
414:
 ◆
アヴェス「気の強い女王だ。三大国の中でなら、彼女の器が一番大きいというのも頷けますね」
アヴェス「でも、ぼくの好みじゃない」
アヴェス「いいでしょう、自慢の兵は皆殺しにしてあげます」
アヴェス「そしてその後、最初に殺されるのはあなただ」
415:
 ◆
パキッ
サラサラサラ,,,
騎士団長「結界が破られた! 全員、構え! 第一隊、行けえ!」
騎士団長「第二隊、魔法準備! 第一隊が後退した後、雷魔<ビリム>系統の魔法で応戦せよ!」
過食コウモリ「ィィィィィッ!」
蠅の王「――――」ブブブ
ビーストレイブン「ガァァアア!」
騎士団長「怯むな、進めぇ!」
騎士4「がはっ」グサッ
騎士7「ぎゃああ!」
騎士団長「くっ……第一隊、引け! 第二隊、ってええ!」
「高雷魔<エクス・ビリム>!」「雷魔<ビリム>」「雷魔<ビリム>!」「雷魔<ビリム>っ」「高雷魔<エクス・ビリム>!!」
アヴェス「あまり刃向かわないでください、極風魔<グラン・ヒューイ>」
騎士9「ま、魔法! 相殺されました!」
騎士団長「バカな!」
アヴェス「まとめているのは……あの男ですね」バサッ
アヴェス「ふっ……!」ビュンッ
騎士団長「なっ、こ」ザンッ
アヴェス「ふん。人間の首など、もろいものです」
騎士5「うわあああ!?」
416:
アヴェス「さて……マーリアに頼まれていたのは、結界魔法の組成でしたね」
騎士8「団長の仇だ! 何としてでも殺せーっ!」
アヴェス「あなたたちの相手をしている暇はありません」ビュオン
騎士8「うあっ!」
アヴェス「壊れた結界の破片ですが、魔力を強引に流し続ければ帰るまで保存できるでしょう」
騎士12「だ、ダメだ! 結界の魔法を研究させるな! ここで打ち落とせ!」
「高炎魔<エクス・フォーカ>!」「雷魔<ビリム>っ」「氷魔<シャーリ>!」「風魔<ヒューイ>!」
アヴェス「そのような遅い魔法、鳥であるぼくには当たりません」バサバサ
アヴェス「さて。今回は結界を壊すのに二日ほどかかりました。ですが次はどうでしょうね?」
アヴェス「ぼくが戻るまで、魔物の相手をしながら絶望するといい」
騎士8「くそ、くそっ! 団長を殺したやつを、みすみす逃がせるか!」
副団長「やめろ、深追いするな!」
騎士12「団長……団長ーっ」
副団長「うろたえるな馬鹿者が! 魔物に囲まれていることを忘れるな!」
副団長「団長の指示を思い出せ! 私はすぐ反対側の指揮に戻る! 団長の部下であったなら、その教えを死んでも貫き通せ!」
騎士12「くっ……」チャキ
騎士12「魔物一匹たりともここを通すか! 全て叩き斬ってやる!」
417:
 ◇
勇者「始まってる。結界、破られたみたいだ」
魔剣士「――――行くわ。魔物の好きになんてさせない」
司祭「魔女、大丈夫か?」
魔女「当たり前よ……? わたし、何のためにここまで来たと思っているの?」
勇者「皆、一人では行動しないで。僕は魔剣士と、司祭さんは魔女さんと二人で動いて」
勇者「守り終わったら、皆でご飯を食べよう」
司祭「ふっ。それはいいな、やる気が出る」
魔女「ええ。魔力を使い切るのも怖くないものね?」
魔剣士「そのためにも……勝つわ。絶対に」チャキ
418:
蠅の王A「…………」ブブブ
蠅の王B「…………」カシュカシュ
蠅の王C「…………」ギョロ
新米騎士「う、うああ! 来るな、来るなぁ!」ブンブン
蠅の王D「…………」ブンッ!
魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>」
新米騎士「うあ、はっ……? ハエが、全滅してる……?」
司祭「立て。お前は騎士だろう。何のためにここにいるんだ」
魔女「司祭くん。近寄ってくる魔物、全部やっつけていいのよね?」
司祭「魔力を使い切っても構わない。魔女は私が守る」
魔女「……ならいいのよ。わたしね、きっと、後を考える余裕はないもの」
ビーストレイブン「ガアア!」バサッ
魔女「落ちなさい。極氷魔<グラン・シャーリ>」
419:
魔法使い7「だ、ダメです! 前線を保てません!」
副団長「弱音を吐くな! 我らに退路はない! この身を盾としてでも魔物を進ませるな!」
過食コウモリ「ィィィィッ!」ガブッ
副団長「がっ!?」
魔法使い7「副団長!?」
副団長「人間を、なめるなあっ!」ズバッ
過食コウモリ「イギッ!?」
副団長「はあ、はあ」
魔法使い7「大丈夫ですか!?」
副団長「くそ、薄汚いコウモリめ……だいぶ、血をもっていかれたっ」
魔剣士「イヤになるくらいコウモリが多いわね」
副団長「だ、誰だ……騎士団の人間ではないな? 下がれ! 殺されるぞ!」
魔剣士「ハエ、カラス、ヒツジ……こんなお出迎え、望んでないわ」
勇者「共鳴」ブォン
魔剣士「ありがと」ブォン
勇者「背中は任せる」
魔剣士「頼りにしていいわ。魔物は一匹も近づけないから」
魔剣士「すっ……やあぁ!」
ビーストレイブン「ガッ!?」
イビルモスキート「!?」ブブ、、、
蠅の王「…… 」ズズ
420:
魔法使い7「な……強……」
勇者「高風魔<エクス・ヒューイ>」
勇者「逃がさない。はっ!」
過食コウモリ「ィッ!?」
クロヒツジ「メゲッ!?」
副団長「まさか……南の王家の紋章……」
魔法使い7「それって……勇者様、ですか?」
副団長「勝てる……勝てるぞ!」
副団長「全隊、陣形を立て直せ! 我が国に勇者の守護あり! 繰り返す! 我が国に勇者の守護あり!」
魔剣士「期待されてるわね、勇者様」
勇者「皆の力になれるなら、それでいいよ。そのためなら、実体のない偶像にだってなる」
魔剣士「……バカ。そんなことさせないわ」ズバッ
過食コウモリ「ィっ?」
魔剣士「あたしは勇者だけの剣なの。だから、勇者に向かってくるなら……どんな相手も許さないわ!!」
勇者「はは、僕だけの剣か……」
勇者「ならいつか、僕は魔剣士だけの勇者になるよ」
勇者「――――だから、魔剣士を傷つける魔物は、何があろうと許さない」チャキッ
421:
 ◇
魔女「っ、は…………極風<グラン・ヒ…………」ガクッ
司祭「よくやった、魔女」ダキッ
司祭「そこの騎士。魔女を命に代えても守れ。魔女は全てを賭して、倒れるまでお前を守り抜いた」
司祭「次は、お前が守る番だ」
新米騎士「で、でも! 魔物が!」
司祭「たかが八匹だ。魔女はどれだけの魔物を倒したと思ってる?」
司祭「これくらい、何ともない」
新米騎士「……っ!」
新米騎士「た、たとえ私が死んででも、この女性を守り抜きます!」
司祭「……いい顔だ」
司祭「だが惚れるなよ。彼女は私たちの仲間だ」
蠅の王「…………」ブブブ
ビーストレイブン「ガガッ、ガアァ」
クロヒツジ「フッ、フゥッ」
司祭「予知<コクーサ>。補力<ベーゴ>。補守<コローダ>。補早<オニーゴ>」
司祭「…………来い。一匹残らず打ち倒してやる」
422:
 ◇
魔剣士「っのおお! やあぁああっ!」
過食コウモリ「イグッ!?」
魔剣士「はあ、はあ……」
勇者「魔力……もうない、か……」
勇者「この……! はっ!」
ビーストレイブン「ガふっ」
勇者「く、そ……」ガクッ
魔剣士「ゆ、勇者……」
勇者「ごめん……そろそろ、限界」
魔剣士「ふふ……いいわ、休んでなさいよ……」
魔剣士「勇者には、近づかせない……ぜったい……」
副団長「全員戻れ! 結界が復旧する!」
魔剣士「…………はは。何よもう。遅い、ってば……」
副団長「勇者様! こちらへ!」
魔剣士「勇者、動ける……?」
勇者「ふーっ、ふーっ」
魔剣士「そりゃ、そうよね……無理よね。勇者、一番がんばったんだもの……」
魔剣士「いい、わ。魔物さえ倒せば、あの人たち、来てくれるでしょ……」
魔剣士「くっ……」フラ、、、
魔剣士(ダメ……意識、飛びそう……)
423:
副団長「第一隊、進め! 勇者様たちを守るんだ!」
騎士団「うおおおお!」
副団長「魔物の攻撃は防ぐだけでいい! 勇者様たちを結界の内側に運ぶのが最優先だ!」
蠅の王「…………!」シュバ
騎士12「くっ、あっちへ行け!」
騎士8「らあっ!」
イビルモスキート「っ」ブブ
騎士5「勇者様、こちらへ!」
勇者「…………」
魔剣士「ゆう、しゃ……」
副団長「勇者様たちの保護は終わった! 全員引け! 結界を張り直すぞ!」
魔剣士「司祭、魔女……無事よ、ね……?」
副団長「ご安心ください。勇者様含め、四名の方が救援に来られたんですよね?」
魔剣士「ええ……」
副団長「全員、結界の内側におられます」
魔術隊「いきます! 高度結界<カーサ・グレース>!!」
シャランッ!
勇者「…………」
勇者(良かった……間に合って……)
424:
 ◇翌朝
勇者「…………」
勇者「…………ここ、は?」
勇者(体中、とても痛い……寝返り打つだけできつい……)
魔剣士「zzz……」
勇者「魔剣士……司祭さんと魔女さんも」
勇者「――――そっか。守れたんだよね、僕たちは」
コンコン
勇者「っと。どうぞ」
ガチャ
大臣「失礼します」
大臣「勇者様、お体はもうよろしいでしょうか?」
勇者「はい。おかげさまで、しっかり休めました」
大臣「でしたら、早々ではありますが女王様との謁見をお願いします。何分、魔物の襲撃は喫緊の問題です。ぜひ勇者様のお力をお借りしたく」
勇者「わかりました。僕で力になれるなら」
425:
 ◇謁見の間
東の女王「あなたが勇者か。此度の助力には感謝している。今回、団長を含めて騎士三七名が亡くなる被害を受けたが、勇者がいなければより多くの死者が出ていただろう」
東の女王「兵を、民を守ってくれて、礼を言う」
勇者「顔をお上げください。僕は勇者としてできることをした。それだけです」
東の女王「ならば対等に話そう。聞けば勇者は、つい先日まで西の大陸にいたという」
東の女王「海路だけでも五日を越える日数がかかろう。どのような手品でここまで来た?」
勇者「魔王討伐のため、西の国の技研と協力し、空を飛ぶ機械を作成していました。東の国の危機を聞かされ、それに乗り駆けつけた次第です」
東の女王「空を飛ぶ機械……西め、また変なものを作り出したな。まあいい、そのけったいな機械はどうした?」
勇者「……道中、知性のある魔物に襲われ、破壊されました。僕たちは辛くも無事でしたから、そのままこちらに直行してきたのです」
東の女王「なるほど……西の王には私から伝えておく。必要なら搬送も行おう。その機械はどこにある?」
勇者「ここから六〇キロほど西に置いてきました。木製で、片方の羽がもがれたトンボのような姿をしています」
東の女王「そうか。…………待て、六〇キロだと? そこはちょうど山岳地帯の中心になるはずだ。人間がいないせいで魔物も繁殖している」
東の女王「お前たち、どうやってここまで来た?」
勇者「……自分たちの足で、です」
東の女王「バカな……伝書鳥がそちらに書状を届けたのは、一昨日の昼前なはずだ」
東の女王「それを知ってすぐ、空を飛んでここまで来たとして、山道を六〇キロも進む時間は……」
426:
勇者「…………」
東の女王「いや、すまない。驚く場合ではなかった。それほど身を粉にしてまで、この国の危機に駆けつけてくれたのだな」
東の女王「感謝する。これは言葉ばかりの礼ではない。魔物の襲撃が止んだ後、できる限りの謝礼をしよう」
勇者「多くはいりません」
勇者「今回、僕の独断で、仲間に無理をさせてしまいました。次に魔物の襲撃があるまで療養させて頂ければ、それで十分です」
東の女王「しかし、それでは」
勇者「ではもう一つだけ甘えさせてください。西の大陸まで伝書鳥を飛ばして欲しいのです」
東の女王「内容は?」
勇者「飛行機を壊してしまったことへの謝罪です」
東の女王「……魔物に襲われたのだろう。不可抗力だ」
勇者「だとしても、借り受けたものを無事に返せなかったことには変わりません」
東の女王「わかった。今の言葉を確実に伝えよう」
勇者「感謝します」
427:
東の女王「――――では、これから話すのはこの世界の今後だ」
東の女王「魔王が現れて一年余り。これまでも魔物による被害はいくつもあったが、今回のように規模の大きい襲撃はなかったはずだ」
東の女王「私は魔物の側に動きがあった、と見ている。勇者としての意見はあるか?」
勇者「魔物側に変化があったか、というのは情報が少ないため断定できません」
勇者「ですが、今回の襲撃で魔物を統率している魔物がいることは知っています」
東の女王「ほう?」
勇者「道中に僕たちを襲った魔物は、明確な意志を持って飛行機の破壊を行ってきました。人間のように知性のある魔物です」
東の女王「……人語を解し、他の魔物に指示して人間を襲わせる、か。北の大陸で似たような出来事があったのは聞いている」
東の女王「その魔物は、人間が変化した姿なのだろう?」
勇者「…………ええ」
東の女王「姿を変えたとはいえ、元は同じ人間。それを聞けば、兵の中には剣の鈍る者もいよう。そのことは口外無用にするつもりだ」
勇者「そうですね。知らないに越したことはないと思います」
東の女王「だが、知性ある魔物の存在は騎士団に知れ渡っている」
勇者「……僕たちが来た時、あの魔物の姿はありませんでした。それなのに、どうして?」
東の女王「騎士団の団長を殺し、この国の結界魔法について情報を奪っていったのは、その魔物だからだ」
勇者「…………」
東の女王「この国で最も腕の立つ騎士団長が、赤子の手をひねるように殺された。それを知った騎士団の動揺は大きい」
東の女王「加えて、結界魔法が暴かれようとしているのも、兵の不安を煽る情報だ」
東の女王「兵は魔法に深い信頼を寄せている。その基盤が崩れようとしているからだ」
428:
勇者「ならばやることは一つです。知性ある魔物、あれを倒すしかありません」
東の女王「だとしても、矢継ぎ早に同様の魔物が差し向けられればこちらが追いつめられるだろう」
勇者「知性ある魔物はその数自体が少ない、と考えています」
東の女王「どういうことだ?」
勇者「これまで旅をしてきましたが、人間が魔物に変化した事例は二つだけです。今回のことを入れて三つですね」
勇者「動物が変化した魔物と比べて、圧倒的に個体数が少ないのです」
勇者「ましてや、魔物を率いるほどの能力も兼ね備えなくてはいけない以上、条件を満たす魔物は少ないはずです」
東の女王「なるほど……しかし、どうして動物と違い人間は魔物に変化しにくい?」
東の女王「それがわからなければ、現状は安心できる、以上の保証にならないだろう」
勇者「――――僕は人間が魔物に変わる条件を知っています。女神様からお聞きしました」
東の女王「なに?」
勇者「ですが、お話することはできません」
東の女王「理由は?」
勇者「その条件を満たしかねないと見なされれば、魔物になる前にと殺される事態が考えられるからです」
東の女王「ふむ」
勇者「安心してください。その条件はとても厳しいものです。ですからその不安は胸の内に留めて頂けたら、と思います」
東の女王「それは民のためなのだな?」
勇者「はい」
429:
東の女王「よい。それならば私は口をつぐもう」
勇者「ありがとうございます」
東の女王「礼はいい。為政者として、合理的に判断したまでだ」
東の女王「民衆の不安は恐慌を生む。恐慌は社会を蝕み、崩壊させる。ならば、知らない方が健全でいられる」
東の女王「西や南のもそれは知らないだろう? なら、誰も何も知らない。私も勇者も知らない。それで話はおしまいだ」
東の女王「さて。勇者たちはまだ疲れが残っているだろう。次の襲撃があるまで、休んでいるといい」
勇者「ありがとうございます。……ところで、魔物の迎撃に際して、一つ進言してよろしいでしょうか?」
東の女王「なんだ?」
勇者「結界魔法を解析されたとして、その知識を元に破れるのは知性ある魔物だけでしょう」
勇者「他の魔物に破られないなら、次の襲撃では一度結界を解きましょう」
東の女王「……説明を続けよ」
勇者「僕たちと騎士団の方が外に出た状態で、再び結界を張ります。そうして他の魔物の攻撃は防ぎつつ、僕たちが鳥人の魔物を倒します」
勇者「騎士団の方たちには、他の魔物を引きつけてもらいたいのです。勝つ必要はありません。必要なのは防戦です」
勇者「知性ある魔物さえ倒せば、魔物の統率は乱れます。その時こそ、騎士団の方たちで魔物を掃討すればいい」
勇者「どうでしょうか」
東の女王「わかった。話は伝えておく。実際にどうなるかは、騎士団を筆頭に兵長の意見を聞いてからだ」
勇者「ありがとうございます」
430:
 ◇客室
勇者「ただいま」
魔剣士「おかえりなさい。……女王様、なんだって?」
勇者「魔物の襲撃があるまでは休んでいてくれってさ」
魔女「あら、ずいぶん短いのね? 他には何を話したのかしら?」
司祭「そう疑ってやるな。勇者の心労が浮かばれない」
勇者「はは、ありがと。でも今は、お腹一杯ご飯を食べて、そのままひたすら眠りたいかな……」
魔剣士「それもそうね。ご飯の準備、もうできてるらしいの。行きましょっ」ギュッ
勇者「ちょ、急に腕を組まないでよ。びっくりするから」
魔剣士「いいじゃない、それくらい。早く早くっ!」
司祭「なんだ? 何があった?」
魔女「ふふ、何かしらね?」
431:
 ◆???
アヴェス「ほら、持ってきましたよ。マーリア」
マーリア「ふん。遅かったじゃないか」
アヴェス「うるさいですね。ここから東の王城まで、どれだけ距離があると思ってるんです?」
マーリア「お前なら一日で往復できるだろ」
アヴェス「無茶を言わないでください。自慢の翼が痛んでしまいますよ」
マーリア「ふん……なるほど、組成はこんなものか」
アヴェス「で? それをもっと手軽に破るにはどうすれば?」
マーリア「結界は網目状になっている。面で押しても効果は薄いな」
マーリア「鋭く細い針のように風魔<ヒューイ>を調整しろ。それを突き刺し、爆発でもさせれば、結界は楽に崩壊するはずだ」
アヴェス「風魔法の形状と性質をいじれと? あなたもずいぶん無茶を言いますね」
マーリア「なんだ、できないのか?」
アヴェス「まさか。ぼくにできないことなんてありません」
432:
マーリア「なら、お前が仕留め損ねた勇者を殺してくるんだな」
アヴェス「……ちっ。あの高さから落ちて、生き残るとはね」
マーリア「世界が何も変わっていないんだ、勇者はまだ生きている」
マーリア「きちんと自分でトドメを刺さないからそうなるんだ」
アヴェス「うるさいですね。死ぬ時期が前後しただけで、勇者がぼくに殺されるのは同じです」
マーリア「なんなら手伝ってやろうか。お前の手には余るようだしな」
アヴェス「ふん、余計なお世話だ。勇者は空を飛ぶぼくたちの矜持を汚したんだ、生かしちゃおきません」
アヴェス「ところで、魔王様はまだ動かないんですか?」
マーリア「いつもと変わらんよ。玉座に座り、何もせず、ただ時間を無駄にしている」
アヴェス「魔王様が戦えば、人間なんて三日で滅ぶでしょう? どうして動かないんだか」
マーリア「さあな。それこそ、人間なんてどうでもいいのだろ」
マーリア「魔王の食べ物はまだたくさん残っている。開拓者どもの肉がなくなるまで、動く理由はないんだろうさ」
433:
 ◇翌日 早朝
騎士団員「失礼します!」
勇者「現れた?」
騎士団員「はい! 現在、魔物の大群が押し寄せている途中です!」
勇者「なら僕たちも行こうか。作戦は話した通りだから、僕たちは鳥の魔物だけを狙うよ」
魔剣士「わかってる。今度はきちんと戦えるんだもの、いいようにはされないわ」
魔女「ふふ。それに、勇者くんが頑張って作った飛行機を壊された恨みがあるものね?」
司祭「ああ、なるほど。健気なものだな」
魔剣士「そ、そうよ悪い!? 勇者の努力を一瞬で壊されたのよ! 怒るに決まってるじゃない!」
魔女「あら、魔剣士ちゃんってば素直な子になったのね?」
勇者「締まらないなあ。これから戦うんだから、もっと緊張感を持とうよ」
司祭「これくらいはいいだろう。肩に力が入るよりはマシだ」
騎士団員「あ、あの?」
勇者「僕らもすぐに行くよ。一緒に戦おう」
騎士団員「は、はい! 光栄であります! では失礼しました!」
バタン
勇者「期待されるなら、勇者としてしっかり応えなきゃね」
434:
 ◆城外
アヴェス「あれだけの魔物を送り込んだにも関わらず、攻撃をしのがれてしまった。納得がいきませんね」
アヴェス「ぼくが殺した男は、この国で最も強かったようですが……あの程度の実力で対抗できたとは思えない」
アヴェス「何かあると見た方がいいですね。けれどまあ、ぼくのやることは変わりませんか」
アヴェス「人間め。今回はお使いを頼まれていない。全員、ぼくの手で殺してあげます」
過食コウモリ「ィィ、ィ」バサッ
アヴェス「ぼくに何の用だ。さっさと行け。人間を殺し、殺されてこい」
過食コウモリ「ィィ!」
アヴェス「なんだって? そうか、それで前回は城を落とせなかったのか」
アヴェス「くそ、どこまでも僕の邪魔をする」
アヴェス「……ですがいいでしょう。勇者がここにいるなら、人間を襲う手間が省けたというものだ」
過食コウモリ「ィィ……」ブルブル
アヴェス「勇者め。世界を救おうとするお遊びを、ここで終わらせてあげましょう」
435:
 ◇城外
魔術隊「結界を復帰します! 高度結界<カーサ・グレース>!」
副団長「勇者様。件の魔物を見つけ次第、連絡します。ご武運を」
勇者「お願いします。そちらもお気をつけて」
司祭「いよいよだな」
魔女「ふふ。魔剣士ちゃんじゃないけど、勇者くんの宝物を壊されたんだもの、仕返しをしなきゃね?」
勇者(でも、どうしようか。あの魔物、具体的にどう倒すかはまだ方法が浮かばない)
勇者(アンフィビのように明確な弱点があるとは限らない)
勇者(最初の予定どおり、まずは翼を攻撃して機動力を削がないと。空を飛ばれているのは厄介だ)
魔剣士「勇者」
勇者「ん。何?」
魔剣士「考え事があるなら、皆に相談しなさいよ」
魔剣士「一人で抱え込んだりしないで。ね?」
魔剣士「あたしたちは、仲間なんだから」
436:
勇者「…………」
勇者「うん、そうだね。これは僕の欠点だから、直さなきゃ」
司祭「それで、何を考えていたんだ?」
勇者「あの鳥の魔物の倒し方だね。まず翼を優先的に狙うけど、たぶん空を飛び回るだろうから、僕と魔女さんの魔法で頑張らないとかな」
勇者「その間、司祭さんは補助、魔剣士は近寄ってくる魔物を倒しつつ鳥の魔物を警戒」
勇者「空を飛べなくなったら、あとは総力戦になる。騎士団の負担を軽くするためにも、できるだけ早く倒したい。そんなところかな」
魔女「わたしの責任が重大ね? 頑張らないとな?」
勇者「そうだね。だから今回、共鳴は魔女さんにお願いするよ」
魔剣士「今回は適任だもんね」
魔女「あら、嫉妬しないでくれるのね?」
魔剣士「しないわよ。あたしはもう子供じゃないの」
魔剣士(この前は無我夢中で言っちゃったけど……あたしは勇者だけの剣なんだもの)
司祭「話は終わりだ。もうすぐ魔物が来る。鳥の魔物が見つかるまでの間は、無理せず魔物を倒していいればいいんだな?」
勇者「それでよろしく。前に出過ぎないようにね」
437:
新米騎士「僕は、もう逃げない! あっちへ行け、魔物めっ」
ビーストレイブン「ガガッ?」
副団長「鳥人の魔物を早く探せ! 見つけたら戦わず、すぐに勇者様へ知らせるんだ!」
魔法使い7「副団長、いました! 奴です!」
副団長「あれは……勇者様たちのいる方向か?」
騎士12「このっ、らああ!」
副団長「全隊、聞け! 問題の魔物は発見した! 勇者様の方へ他の魔物が向かわないよう、死力を尽くして防ぎきれ!」
438:
アヴェス「あの高さから落ちて生きているとはね。あなたたちのしぶとさには反吐が出る」
魔剣士「この前はよくもやってくれたわね。あんただけは、絶対に許さない」
アヴェス「ほざけ! ぼくはアヴェス、鳥類の覇者だ!」
アヴェス「アンフィビのような出来損ないと違って、欠点など抱えちゃいない。勇者はここで失われるんだよ!」
勇者「今度は僕たちも戦える。勝てると思わないことだね」
アヴェス「うるさいんだよ人間が!」ヒュンッ!!
司祭「い……!」
アヴェス「地に降り注げ! 極風魔<グラン・ヒューイ>!」
魔女「極風魔<グラン・ヒューイ>」
ブワッ!
魔剣士「くっ」
勇者「高炎魔<エクス・フォーカ>!」
アヴェス「風魔<ヒューイ>!」
勇者(風を起こして炎を流した……)
439:
アヴェス「ぼくの早さについてこれると思わないことです!」ビュンッ
司祭「ぬんッ!」ガキッ
アヴェス「ちっ」
魔剣士「司祭、そのまま押さえて! やあっ!」
アヴェス「離せ!」ゲシッ
司祭「くっ」バッ
魔剣士「この、ちょこまか動かないで!」
魔女「逃げ回るなら、逃げる場所なんてなくしてあげましょうね?」
魔女(範囲を広げないと。連発すれば、何とかなるかしら)
魔女「極雷魔<グラン・ビリム>」
アヴェス「この程度!」
魔女「極氷魔<グラン・シャーリ>」
アヴェス「ふん!」
魔女「……極炎魔<グラン・フォーカ>!」
アヴェス「しつこいんだよ! 極風魔<グラン・ヒューイ>!」
勇者「高氷魔<エクス・シャーリ>!」
アヴェス「この……ああああ!」バサバサバサッ
勇者(あれだけ魔法を打って全部避けるなんて……機動力が違いすぎるな)
勇者「魔女さん、ちょっと作戦を練る。魔法は牽制程度に控えて」
魔女「なんとか頑張ってみようかしらね?」
440:
勇者「司祭さん。予知<コクーサ>で敵の動きを完全に予測できない?」
司祭「それはできるが、私が見るのはあくまで三秒後の未来だ。私たちが行動を変えれば、当然相手の行動も変わってくる」
魔剣士「あのい魔物には効果が薄い、ってことね」
魔女「高氷魔<エクス・シャーリ>」
 アヴェス「もう息切れか! これだから人間は脆弱なんだ!」
魔剣士「魔女。魔法を止めて」
魔女「何か考えがあるの?」
魔剣士「あいつが魔法で攻撃したら対抗して。そうじゃないなら――降りて攻撃してくるなら、そこを斬り伏せるわ」
勇者「……アヴェスはかなりの早さで飛び回るよ。できる?」
魔剣士「勇者、自分の言葉を忘れた?」
魔剣士「できる、できないじゃない。やるのよ」
アヴェス「攻撃を止めた。ついにぼくが倒せないと思い知りましたか? ならそのまま死になさい! 極風魔<グラン・ヒューイ>」
魔女「あなたの魔法、弱々しいの。これで十分ね、高風魔<エクス・ヒューイ>」
アヴェス(ちっ……ぼくの魔法を軽々と打ち消すなんて。なら!)
アヴェス「ふーっ」バサバサバサッ
アヴェス「しっ!!」ギュンッ
勇者「くっ」ブンッ
アヴェス「遅い遅い遅いっ!」ズバッ
司祭(何とか防げたが……二度目はない、か?)ガキッ
アヴェス「ははは! はーっはっはっは!」ビュンッ
441:
魔剣士「芸がないわ」フッ
アヴェス「な!?」
魔剣士「同じ度で動くなら目が慣れる。もうあなたは切れない相手じゃない」
魔剣士「…………二の剣。空縫い」ズバッ
アヴェス「がァ!?」ザクッ
魔剣士(腕を深く切っただけ……でも次は翼を切り落とす!)
魔剣士「はああ!」
アヴェス「くっ! 突き刺され羽よ!」
司祭「ま、まずい! 避けろ魔剣士!」
魔剣士「っ!?」
ダダダダダッ
魔剣士「っ……」ガクッ
勇者「魔剣士!」
魔剣士「平気よ! こんなの、羽が刺さっただけ」グラッ
魔剣士「だ……け……」バタッ
司祭「くっ……解毒<キヨム>!」ポォ
魔剣士「うぁ……あぁ!?」ガタガタッ
司祭(バカな、なんだこの毒は!? 解毒ができない!)
アヴェス「くっ……あんな女のために、羽を飛ばしてしまうとは」
442:
勇者「――」ジャッ
アヴェス「!?」
勇者「――」ズバッ
アヴェス「ぐっ」ザクッ
勇者「――!」ヒュッ、ブンッ
アヴェス「ち、ちィっ!」バサバサッ
勇者「――――」フッ、、、
勇者「司祭さん。魔剣士の具合は?」
司祭「まずい、解毒<キヨム>がちっとも効かない。このままでは……」
勇者「…………」
勇者「――――」
勇者「魔女さん、全力で炎魔<フォーカ>を放って」
魔女「普通に放つだけでいいの?」
勇者「一カ所だけ逃げ道を作って。あの魔物は今飛んでいるから、それ以外の部分はくまなく炎で覆って」
勇者「普通に魔法を打つだけじゃ逃げられる。追い込んで、そこを潰す」
魔女「……わかった。任せて?」
魔剣士「ぐっ……ひぅ、あぁ!?」ゴフッ
勇者(魔剣士――――!)
魔女「勇者くん、いいのね!?」
勇者「やって!」
443:
魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>!」
 アヴェス「あの女、まだ魔力を残してましたか……!」
魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>。極炎魔<グラン・フォーカ>!」
 アヴェス(バカな。いくつ打つ気だ!)
魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>。極炎魔<グラン・フォーカ>っ」
 アヴェス「くっ……!」
 アヴェス「――――! あそこだけ炎が薄い! あそこにっ」
勇者「落ちろ。高風魔<エクス・ヒューイ>」
 アヴェス「!?」
 アヴェス「ぐが、あああっ!?」ゴォォ
魔女(炎を風で吹き飛ばして……)
アヴェス「ぐフっ」グシャッ
勇者「右の翼は燃えたね。これでもう空は飛べない」
アヴェス「この、勇者め! くたばれっ」
勇者「念のため左の翼も切り落とそうか」ズバッ
アヴェス「があああッ!?」
勇者「あの羽の毒。どうすれば解毒できる」
アヴェス「教えるか、この人間め!」
勇者「……」ザシュ
アヴェス「が……はっ」
勇者「質問じゃない。喋れ、と言っているんだよ、僕は」
444:
アヴェス「くく……くっく」
アヴェス「ははは! 知るかよそんなこと! ぼくの羽は猛毒だ! 七日七晩苦しんで、その後は世界に絶望しながら死ぬだけだ!」
アヴェス「解毒!? そんなものはない! お前の仲間は死ぬ運命なんだよ!」
勇者「ならもう君に用はないよ」
勇者「死ね」
アヴェス「…………」ニヤリ
アヴェス(ぼくの体内で羽の毒を凝縮し……これをぶつければ、人間は一瞬で死ぬ!)
アヴェス「プッ!」ビチャッ
ブォン
勇者「…………」
アヴェス「ちっ……女神の加護……」
アヴェス「っ!」ゲシッ
勇者「……」バッ
アヴェス「くそ、くそ、人間め! ぼくの大切な翼をよくも!」ハァハァ
アヴェス「今は無様だろうが逃げてやる! 翼を治して、それから今度こそ殺してやる!」
勇者「誰が逃がすと言った?」ヒュッ
アヴェス「ひ、ひィ!?」
 魔女「勇者くん、離れて! 極氷魔<グラン・シャーリ>!!」
アヴェス「あガっ!?」ザスザスザスッ
アヴェス「あ……っぁ……」
勇者「――――」
445:
副団長「!? 魔物の様子が変わった? 勇者様、やりましたね!」
騎士12「逃げていく……魔物が逃げていくぞ!」
副団長「逃げる魔物は深追いするな! ただしこの周辺に残る魔物は一匹も生かしておけない! 複数で囲んで確実に殺すんだ!」
新米騎士「やった……やった! 僕は勝ちました! 見ていてくれましたか、司祭さん、魔女さん!」
ワアアア!!
446:
勇者「魔剣士、は?」
魔剣士「けふ……ぃ、ぁ……」ビクッビクッ
司祭「勇者、まずい! すぐにでも解毒しなければ」
勇者「共鳴」ブォン
司祭「そ、そうか、これなら!」ブォン
司祭「解毒<キヨム>っ!」ポォッ
魔剣士「ああ………あああァァ!?」ガタッ
司祭「これでも、ダメなのか?」
魔女「魔剣士ちゃん……!」
勇者「――――魔剣士を教会まで連れて行く。神性の高い人が使う解毒<キヨム>なら治せるかもしれない」
勇者「それでもダメならその人と共鳴をする。解毒できるまで、魔力がなくなるまで僕が解毒<キヨム>をする」
魔剣士「ぐっ……あぁ……っは……」
勇者(七日七晩苦しんで、それから死ぬ? そんなこと、絶対にさせない。魔剣士は、僕の……僕は魔剣士だけの……)
451:
――――星が墜ちた後
大司教「解毒<キヨム>」パァッ
魔剣士「くっ、あぁ……あああ!?」ビクンッ
大司教「これでもダメなんですか!?」
勇者「解毒<キヨム>。解毒<キヨム>。解毒<キヨム>」
魔剣士「ひぐっ……うあぁ……」
勇者「解毒<キヨム>。解毒<キヨム>。解毒<キヨム>」
魔女「ゆ、勇者くん。もうそれ以上は」
勇者「解毒<キヨム>。解毒<キヨム>!」
司祭「くっ……何か他の魔法はないのか! ここは魔法の大国だろう!?」
大司教「――――無理は言わないでください」
大司教「魔法を懸命に使っていますが……極回復<フィニ・イエル>でも効果が現れません。これでは……」
司祭「ならどうすればいい!?」
勇者「司祭さん。怒鳴っても仕方ないよ」
司祭「仕方ないだと!? よくそんな冷ややかなことが言えたものだな!」ガッ
魔女「司祭くん!」
司祭「お前と魔剣士は特別な関係だろう! なのにっ」
勇者「…………離して。こんな無駄なことをしている暇があったら、一度でも多く解毒<キヨム>をしたい」
司祭「っ――――」バッ
司祭「すまない。一番辛いのは勇者だったな。頭に血が上っていた」
452:
 ◇謁見の間
東の女王「大変な時に呼び出してすまないな」
勇者「いえ……」
東の女王「魔物の羽から採取できた毒を調べているが、複合性の猛毒ということしかわかっていない」
東の女王「解毒<キヨム>の効かない毒が多すぎるそうだ」
東の女王「今、国中の薬草をかき集めて、毒を消せる薬効のあるものを探している」
勇者「ご尽力、ありがとうございます」
東の女王「礼など言うな。国を救ってくれた恩人にできる、最大限のことをしているだけだ」
東の女王「だから勇者には、別の線から解毒の方法を探してもらいたい」
勇者「何かあるんですか?」
東の女王「勇者は解毒<キヨム>がどのような成り立ちで生まれたか知っているか?」
勇者「……魔力を帯びた水に解毒作用があった」
東の女王「そうだ。この近くにある涙の洞には泉があり、その水は魔力を帯びている」
東の女王「天然の魔石によって作られた洞窟だから、そんなことが起きたらしい」
勇者「その水さえあれば、ですね」
東の女王「もちろん、問題はある。洞窟には魔物が出る以前から凶暴な生き物が住んでいる」
東の女王「何百年も前の勇者を除いて、生きて帰った者はいない」
東の女王「洞窟は魔石に覆われているせいか、侵入者の魔力を大きく乱してしまう」
東の女王「この国の兵士は魔法を主体に戦うから、これではお手上げだ」
勇者「でも、勇者の僕なら……」
東の女王「確証の薄い方法になる。もともと、解毒<キヨム>はその水――女神の涙を元に編み出されたのだ」
東の女王「全く意味がない可能性も否定はできない」
勇者「いえ、行きます。可能性が少しでもあるなら、行かない理由がありません」
453:
 ◇教会
司祭「解毒<キヨム>の原型となった水、か」
勇者「僕はすぐに行く。魔法が使えない洞窟だけど、二人はどうする?」
司祭「私は行く。魔剣士ほどではないが、勇者の盾くらいにはなれるだろう」
勇者「魔女さんは? 正直、かなり相性の悪い洞窟になるから、魔剣士を看てもらおうかとも考えてるけど」
魔女「…………行く。わたしもじっとしてられないもの」
勇者「ありがとう」
魔女「お礼なんて言わないで? 水くさいじゃない」
司祭「そうだな。仲間を助けるためなんだ、感謝されるようなことじゃない」
勇者「――――うん、わかった」
司祭「なら準備をしてくるか。魔女、行くぞ」
魔女「もう、わたしは子供じゃないのよ? 言われなくたってついていくのにな?」
バタン
勇者「…………魔剣士」
魔剣士「っ、ぁ……」
勇者「行ってくる。すぐに戻るから」
魔剣士「ュ……ゥ――」
勇者「必ず助ける。待ってて」
454:
 ◆???
マーリア「アヴェスは死んだか。精神的に未熟な個体ではあったし、驚きはないが」
マーリア「ふん。勇者か。世界の人々から歓迎されるとは、どんな気持ちなのだろうな」
スタスタ
マーリア「魔王、入るぞ」
開拓者「 」
魔王「――――」
魔王「――――」グチャ、グチャ
マーリア「食事中だったか。悪いな、報告だけだからそのまま聞け」
マーリア「アンフィビに続きアヴェスも勇者に殺された。アンフィビの触手、アヴェスの翼は回収してある。多少の戦力にはしてみせよう」
マーリア「しかし、もはや野生の魔物に勇者は殺せない。ここに来るのも時間の問題だ」
マーリア「食事ばかり楽しむのもいいが、殺されたくないなら、魔王らしい仕事をしろ。俺は守ってなどやらん」
マーリア「…………くたばれ。俺はずっと、そう思っているんだからな」
マーリア「邪魔をした。悪食を続けるがいい」
ガチャッ
魔王「――――」
魔王「――――」チュグ、ムグムグ
クチャ、クチャ
パキッ
455:
 ◇涙の洞
魔女「うっ……」
司祭「どうかしたか?」
魔女「この中、魔力の量がすごい……気持ち悪くて、倒れちゃいそう……」
勇者「無理はしないで。洞窟には入らないで、ここで待っててよ」
魔女「ん……大丈夫。わたしも行くのよ?」
勇者「なら進むよ。司祭さん、魔女さんをよろしく」
司祭「それはいいが……先に行くなよ?」
勇者「約束はできない」ブォン
司祭「共鳴、か」ブォン
勇者「ついてきて」
司祭「くっ、やはり焦っているな。行くぞ魔女」
魔女「ごめんなさい……足手まとい、かしら?」
司祭「余計なことを考えるな。言霊が使えそうなら、それで魔物を威嚇していろ」
おおづめトカゲ「シャーッ」
勇者「邪魔だよ」ズババッ
おおきばイモリ「シッ」
勇者「僕の前に立つな」ザクッ
勇者「あまり深くないといいな。早く進んで、泉を見つけたらすぐ戻らなきゃ」
魔女「司祭くん……勇者くん、大丈夫なのよね?」
司祭「鬼気迫る強さ、だな。止められる魔物は少ないだろうが、心に余裕が全くない。あれでは早死にするだろう」
司祭「やはり一人にはさせられない。離されないように進むぞ」
魔女「うん……魔剣士ちゃんが助かった時、勇者くんに何かあったらいイヤだものね?」
456:
勇者「はっ!」ザンッ
おおのみヘビ「……」ビクビクッ
勇者「はあ、はあ」
司祭「急ぎすぎだ、勇者。体力を考えろ」
勇者「これくらい、大したことないよ」
司祭「魔剣士を早く助けたいのはわかっている。だが、無理はするな」
勇者「うん、わかってる」
魔女「今の勇者くんの言葉、どこを信じてあげればいいのかしらね?」
勇者「手厳しいね……大丈夫、本当にわかってるから」
司祭「だといいんだがな」
勇者(冷静さが欠けているのは自分でもわかる。自分で思うより早く体が動いてしまうのは、不安に駆られているからだ)
勇者(落ち着かないと……二人に心配をかけていたら、魔剣士に叱られる)
勇者「すぅーっ……はぁーっ……」
勇者「…………よし」
魔女「あら、いつもの勇者くんに近づいた?」
司祭「どうだろうな。子供っぽい表情に戻ったとは思うが」
勇者「司祭さんの言葉にはトゲがある」
司祭「心配をかけさせた駄賃だ、受け取っておけ」
魔女「わたしは魔剣士ちゃんに告げ口するだけなの、直接なんて言わないのよ?」
勇者「それは勘弁してよ」
457:
司祭「くくっ」
魔女「ふふっ」
?「ガアアアアァァァッッ!!」
勇者「っ!?」
司祭「なんだ、今のは……」
魔女「だめね、魔物の魔力だけなんて探れない……洞窟の奥、よね?」
勇者「僕が先頭に立つ。二人とも、ゆっくりついてきて」
勇者(女王様の言っていた凶暴な生き物、かな)
勇者(この洞窟は爬虫類の魔物が多い。今の咆哮も爬虫類のものだとしたら、何か当てはまる動物は……)
……

勇者「魔物はいないけど、代わりに小さい泉が見えてきたよ」
司祭「なら、それが女神の涙か」
魔女「何があるかわからないもの、早く水をくんで帰りましょ?」
勇者(気配はない。どこか違う場所に移動した?)ポチャン
勇者「魔女さん、水を預けるね」
魔女「任せて?」
勇者「それじゃ、すぐに戻」
?「グオオォォッ!!」
勇者「っ!」バッ
勇者(上、から!?)
458:
竜「フシューゥゥ」
勇者(何だこれ……真っ赤な体。頭に生えた大きな角。全身を覆うウロコ。指に生える鋭い爪。ワニのような口。長いヒゲのようなもの……)
勇者(何より、人間を遙かに越える大きさ。こんな爬虫類、聞いたことないよ)チャキッ
司祭「化け物、だな……」
魔女「ゆ、勇者くん」
勇者「二人とも、先に戻って」
司祭「バカなことを言うな!」
勇者「僕は真面目に言ってるんだよ。相手の出方がわからない。背中を向けた途端、僕らを殺そうと牙をむくかもしれないんだ」
勇者「だから、先に行って。逃げられるなら、僕もすぐに逃げる」
魔女「司祭、くん」
司祭「……逃げろ、あんな怪物と戦おうとするなよ、勇者」
勇者「わかってる。魔剣士に早く水を届けてあげて」
魔女「無理しちゃダメよ? 約束してっ?」
勇者「わかってるって。もう何度も念押しされてるんだから」
司祭「魔女、行くぞ」
魔女「……勇者くん、待ってて? すぐ戻るからね?」
タッタッタ、、、
勇者「僕から目を離そうとしない。逃がしてくれるつもりはないのかな」
竜「グルルル……」モゴ
勇者(口を開いて……?)
竜「ガアアアッ」ゴオォッ!
459:
勇者「っ!?」ボッ
勇者(炎!? くそっ、かすっただけなのに……!)ザブンッ
勇者「ゲホッ、ガハッ。ひどい、な。この泉がなかったら、焼け死んでるよ」
竜「グルルル……」
勇者「はは……逃がしてくれる気、ないかな」
勇者(背中を向けた途端、炎を吐かれちゃたまらないか。幸い、炎の範囲は狭い。顔の正面にさえ立たなければ避けられる)
勇者「魔法が使えればまだ戦い方に目処がつくけど……ないものねだりしてもいられない、か」
勇者「恨みはないけど、黙って行かせてくれないなら、容赦はしない」
勇者「――――やっ!」ガギッ
勇者(ウロコが堅すぎる。刃が全く立たない)バッ
勇者「……なら腹部っ!」ブス
竜「ッガアアッ!」ブワンッ
勇者「っ!?」ダンッ
勇者「げほっ、くっ……」
勇者「割に、合わないな……腕の一振りでこうなるんだ」ポタポタ
勇者(胴体部分に攻撃しても効果は薄い。攻撃は頭部、顔付近か……)
竜「――――ッ!」ブンッ
勇者「……はあっ!」ザシュッ
勇者(指の末端。爪の下に剣を突き刺せば、いくらこいつでも……!)グリッ
竜「グガッ、ブァァアア!」パキンッ
勇者「なっ……?」
勇者(剣……折られた。指の先に剣が残ったままだから血が出てるけど、もちろん致命傷じゃない……)
竜「グルル……ウウウゥゥッ……!」ゴゴゴ、、、
勇者「怒らせちゃった、かな。……はは、どうしよ」
460:
 ◇涙の洞 外
司祭「勇者は……ついてこない、か。あんな怪物を相手に自分から挑んだとは思えないが……」
魔女「たぶん、逃がしてくれないんでしょうね……助けに戻るのよね?」
司祭「私はそうするが、魔女はその薬を魔剣士に届けてくれ」
魔女「……司祭くんも、無理はしないのよ?」
司祭「当たり前だ。こんなところで死んでたまるか」
魔女「その言葉、忘れないで? わたしもすぐに戻ってくるの、それまで待ってて」
タッタッタ、、、
司祭「……とは言ったものな。魔法なしで自分が戦力になるとも思えない、か」
司祭「それこそ本当に、勇者を自分の体でかばうしかないな」
461:
 ◇涙の洞 最奥
勇者「今度こそ……!」
勇者(この化け物にとって洞窟は狭い。自由に動かせるのは短い腕くらいだ)
勇者(背中に乗って、振り落とされさえしなければ、あとは無防備な頭に取り付ける!)
竜「グルル……グアッ!」グネッ
勇者「っと! そう何度も落とされちゃたまらないよ!」
勇者(――――よし、登り切った!)ガシッ
竜「グアッ、ガアア!」グンッ
ドカッ
勇者「がっ……はっ」
勇者(自分の頭を天井に叩きつけるとか……会話こそできないけど、知性はあるみたいだ……でもこれくらいで離れてやるもんか)ギュッ
勇者「耳……折れた剣を持っていけばいい」ザクッ
竜「ギアアアッ!」ガンッ、ガンッ
勇者「ぐっ……げ、ほっ……」ボタボタ
勇者(ダメだ、この調子で頭と天井に挟まれてたら殺される……早く動けないようにしないと……)
462:
 司祭「勇者! 無事か!?」
勇者「司祭さん……!」
竜「グルルッ……」
竜「ヒューッ……」
勇者(熱……。……っ! まずい、また炎をっ)
勇者「司祭さん、泉に飛び込んで! 早くっ!」
司祭「……くっ!」ザブン
竜「ガアアアッ」ゴオォッ
勇者「な……?」
勇者(一瞬で泉が干上がった……)
勇者「っ! 司祭さん!」
司祭「ぐ……っ」ボロッ
勇者(意識がない……! 早く手当しないと、司祭さんが……!)
勇者「っの、くらえっ!」ズグッ
竜「ガッ、アアァァ!?」
勇者「ごめんね、もう片方の目も諦めて」
463:
 ◇教会
魔女「はあ、はあ……気持ち、悪い……わたし、こういう体を使うの向いてないのよ……」
大司教「魔女様、どうかしましたか?」
魔女「これ、魔剣士ちゃんに……お願いね?」
大司教「見つかったのですね! すぐに飲ませてみましょう」
ガチャ、バタン
魔女「……ふう」ヘタリ
魔女「司祭くん、勇者くん……早く戻らないと。あの二人でも、あんな大きな相手じゃ、危険だものね……」
ガチャッ
大司教「効きましたよ魔女様! 魔剣士様の毒がなくなりました!」
魔女「そう……良かった。ねえ大司教さん、わたしに回復魔法を使っていただける?」
大司教「すぐに。極回復<フィニ・イエル>」パァッ
魔女「これで楽になった、かしらね……ふふ、早く戻らないと」
大司教「まだ息が上がっていますが、どちらへ?」
魔女「洞窟よ? まだ勇者くんと司祭くんが残っているもの。大きなヘビを相手にね?」
大司教「大きな……まさか涙の洞のヌシと戦っているのですか!? 無謀ですよ!」
魔女「逃がしてくれなかったのよ、仕方ないじゃない?」
大司教「だとしても危険すぎます! ずっと昔、洞窟の探索に騎士団が向かいましたが、何度も全滅しているんですよ!」
大司教「勇者様の身に何かあったら――!」
ガラガラッ
魔女「……今の音は?」
大司教「まさか……やはり!? 魔剣士様がいません!」
464:
 ◇涙の洞 最奥
竜「ンガアァ!」グンッ、パキン
勇者「ぐっ……」グシャッ
勇者「あ……?」ザシュッ
勇者(折れた角が……肩に……)クラッ
勇者「うぐっ」グシャッ
勇者「まず……左手、動かない……血も止まらない、とか……散々だな」ドクドク,,,
竜「グァ、ガッ!」ブンッ
ブォン、パリン
勇者(女神の加護……竜の爪からかばってくれた? でも砕かれちゃったから、再生されるまでは守ってくれない、かな)
竜「…………グルル。ンガッ」ヌゥッ
勇者「――――はは、勘弁して。食べられちゃったら、さすがに死ぬよ」
勇者(左手だけじゃなく、足まで言うこと聞いてくれない。逃げられないか。何か、生き残る方法は……)
勇者「まいったな。思いつかない」
竜「ガガッ」ダラー
勇者「…………ごめん、オサナ」
465:
魔剣士「させ、ない」ダッ
魔剣士「この……っ、やあぁ――!!」ザン
竜「ンギッ!? ガアァァッ!?」
勇者「魔剣、士?」
魔剣士「……バカ。命を捨ててまで、あたしを助けようとしないで」
魔剣士「もう」クラッ
魔剣士「ほんと、バカなんだから」パタリ
勇者「魔剣士!?」
勇者(息は……ある。無理してここまで来たから? とりあえず、早く逃げないと)
竜「ギギィ……グァッ……」
勇者(魔剣士が斬ったのは……まぶたの上だね。今は見えなくても、傷が治れば何とかなる)
勇者(――――洞窟の奥に、小さな子供ぐらいの大きさの卵がある。あれを守るために、この生き物は攻撃してきたのかな)
司祭「ぐっ……高回復<ハイト・イエル>――――がはっ、はあ、はあ……勇者……?」
勇者「司祭さん、無事?」
司祭「なんとかな……」
勇者「なら悪いんだけど、僕と魔剣士を運んでくれないかな……もう動けないよ」
司祭「魔剣士? なぜここにいるんだ」
勇者「後で本人に聞いて。予想はつくけどね」
466:
 ◇教会
魔女「魔剣士ちゃん……よかった。いなくなった時、本当に心配したのよ?」
勇者「それ、魔剣士が起きてから言ってあげてよ」
魔女「イヤよ? こんな優しい言葉、かけてあげないんだから」
大司教「彼女を犯していた毒は消え去りました。ですが憔悴していますから、数日は安静にした方がいいですよ」
司祭「すまない、感謝する」
大司教「いえ……私は彼女を救うことはできませんでした。お礼を言われるようなことではありませんよ」
司祭「それだけではない。短気になって、あなたには失礼なことを言った。本当にすまなかった」
大司教「それでしたらお構いなく。あなたの仲間を思う気持ちは、きっと女神様も認めてくださるでしょう」
大司教「……あなたたちの旅路に、女神様の祝福がありますように。では、私はこれで失礼しますね」
魔女「司祭くん、わたしたちも休みましょ?」
司祭「そうだな。勇者はどうする? まだここにいるのか?」
勇者「魔剣士が目を覚ますまでは待ってるつもり」
司祭「あれだけ大怪我をしたんだ、無理はするなよ」
魔女「ふふ。それじゃ勇者くん、おやすみね?」
勇者「おやすみ、二人とも」
バタン
勇者(魔剣士。今はもう穏やかな顔で眠ってる)
勇者(よかった。失うんじゃないかって、ずっと怖かった。落ち着けって何度も言われたけど、落ち着けるわけないよ)
勇者「だって僕は、魔剣士のことが――――ー」
467:
 ◇翌日
勇者「へえ、解毒<キヨム>の強化をするんだ」
司祭「せっかく女神の涙を手に入れたからな。洞窟の泉は干上がってしまったし、できるうちに挑戦した方がいいだろう」
魔女「勇者くんは魔剣士ちゃんの看病で忙しいだろうし、その間わたしたちは退屈だものね?」
勇者「そこまでつきっきりで看病しないよ。男の僕にはできないこともあるし」
魔女「魔剣士ちゃんなら気にしないと思うなあ?」
魔剣士(するに決まってるでしょ!)
司祭「それにしても、魔剣士はまだ起きないのか。ずいぶんと寝ぼすけだな」
勇者「疲れてるんだよ。寝かせてあげて」
司祭「騒がしくなるから起こすつもりはない。では、また昼にでもな」
魔女「寝ているからってイタズラしないのよ? ふふ」
バタン
勇者「……で、魔剣士はいつまで寝たふりしてるのさ」
魔剣士「気づいてたの?」
勇者「付き合い長いしね。あと、寝てるかどうかは喉の動きを見ればわかるんだよ」
魔剣士「それ、今までどうして教えてくれなかったのよ」
勇者「魔剣士が寝たふりする時って、恥ずかしがってたり慌てふためいていたりする時だから、指摘するのも野暮かなって」
魔剣士「……思い出したら死にたくなってきたわ」
勇者「死なないでよ。そのために頑張ったんだから」
魔剣士「ん、その……ありがと」
勇者「いいよ。魔剣士が無事だったらそれで」
468:
 ◇数日後
魔剣士「んーっ! そろそろ体を動かさないとかしら」
勇者「大丈夫? 無理はしないでよ」
魔剣士「平気よ。まだ万全じゃないし、毒に苦しんでた時の夢を見てうなされたりはするけど、それくらいだもの」
勇者「それならもう何日か休んでもいいんじゃないかな」
魔剣士「のんびりするつもりはないの。これから西の大陸に戻らないといけないでしょ? じっとしているのは苦手だし、ちょうどいいじゃない」
勇者「ならいいんだ。何かあったら言って、魔剣士の体調に合わせるから」
魔剣士「そうね、その時はお願いするわ」
コンコン
魔女「勇者くーん? 扉を開けても問題はなーい?」
魔剣士「ないわよ! さっさと開けなさいよね!」
魔女「ふふ。魔剣士ちゃんが元気になって、お姉さんは嬉しいな?」
魔剣士「まだ本調子じゃないのよ……だから疲れさせないで」
勇者「僕たちらしい会話な気がするけどね。ところで、どうかしたの?」
魔女「極解毒<フィニ・キヨム>のことだけどね、やっぱりわたしと司祭くんだけじゃ上手くいかないみたいなのよ? また見てもらえる?」
勇者「あとはそんなに手を加えるところなかったと思うけど。どこが問題かな……」
魔剣士「確認してきたら?」
勇者「ん、そうだね。ちょっと行ってくるよ」
パタン
魔剣士「ふう。勇者が戻るまで、あたしは体を動かしてよっと」
469:
魔剣士「ずっと寝ていたから、鎧を着るのも久々なのよね。起きてすぐの時は、魔剣だけ持って出て行っちゃったし」
魔剣士(まずは悪夢の指輪……)ズシ、、、
魔剣士「…………え?」
魔剣士「体、重くなった……ううん、気のせいよね」
魔剣士(気のせい、気のせい……次は鎧を)バチッ
魔剣士「!?」
魔剣士「嘘……まさか」
魔剣士「魔剣は……大丈夫よね?」ギュッ
魔剣『真実…一……え……』ジジジ
魔剣士「っ」バッ
魔剣士「そんな――――待ってよ、なんで……」
魔剣士「なんで、あたしの神性が落ちてるの?」
474:
――――あなたの隣に立てるなら
勇者「それじゃ出発しようか。準備はいい?」
司祭「名残惜しくはあるな。滞在した日数は多くないが、密度の濃い時間を過ごしたし、もっと見て回りたかった気持ちは否定できない」
魔女「行く先々でもてはやされて、居心地悪そうにする勇者くんを見るのは楽しかったものね?」
司祭「私はそういう、ひねくれた気持ちで名残惜しいと言ったわけじゃないんだが」
勇者「またいつか来ればいいんだよ。平和な時にこそ、国のあるべき姿が見られるんだから」
勇者「……魔剣士、大丈夫?」
魔剣士「何がよ?」
勇者「元気なさそうだからね。まだ体が辛いなら、出発を遅らせるよ?」
魔剣士「いいの。ちょっと体調が悪いくらいで、立ち止まってられないわよ」
魔女「んー、でも無理は禁物よ? 魔剣士ちゃんがいないと、勇者くん、すぐ暴走するんだものね?」
勇者「変なこと言い触らさないでよ。誤解を招くから」
司祭「誤解、か。本当にそうだったらいいんだがな」
勇者「司祭さん。何か言った?」
魔剣士「はい、やめやめ。行くんなら早く行きましょうよ」
勇者「納得しかねる……ま、いいか。おいおい問いただせば」
魔女「ふふ、司祭くんってば余計なこと言っちゃうんだから?」
司祭「私に責任をなすりつけるな」
475:
魔剣士「…………」グッ
魔剣士(魔剣の声は聞こえてこない。理性もしっかりしてる。体は重いけど、体調が悪いだけ……大丈夫、大丈夫……)
勇者「ここから西北西に半日くらい歩けば町があるから、今日はそこで休もうか。あまり進まないけど、旅は久々だからね」
魔女「それもそうね? ちゃんと旅をしたの、もう何ヶ月前かしら?」
司祭「魔王を倒す旅に出て、あんなにも落ち着いた生活を送れるとは思っていなかったからな。得難い経験をしたものだ」
勇者「旅は何があるかわからないっていうしね」
司祭「ふっ、全くだ」
魔剣士「くす……」
魔剣士(ダメ、雑談に意識を向けられない……)
勇者「でもそっか、これからしばらくは魔剣士の手料理を食べられないんだね」
魔剣士「ん……」
司祭「それは残念だな。旅をしている間に魔剣士の腕が落ちないことを祈ろうか」
魔女「司祭くんっておバカさんね? 魔剣士ちゃんの料理には愛情がこもってるのよ、味が落ちるわけないでしょう?」
魔剣士「そうよ、余計な心配だわ」
魔女「……んー。最近の魔剣士ちゃん、開き直っちゃったのね。からかってもつまらないなあ?」
魔剣士「っ」
司祭「どれだけ性悪なんだ。いつか本当に嫌われるぞ」
魔女「それはイヤだなあ? ならほどほどに控えましょうね?」
勇者「お喋りもいいけど、魔物がいるよ。準備して」
魔女「あら? わたしとしたことが気づかなかったな?」
司祭「だらけすぎだろう……」
476:
魔剣士「――――行くわ」チャキッ
勇者「僕も行くよ。一匹だけだし、無理せず戦おうか」
人堀モグラ「!」キラーン
魔剣士「っ、やあ!」ブンッ
魔剣士(余計なことは考えない、敵を倒す、魔物を倒すっ)
人堀モグラ「!」チョイン
勇者「すばしっこいね。このっ」ヒュッ
人堀モグラ「!?」ザクッ
魔剣士「やっ、はっ、ああ!」
人堀モグラ「…………!」コテッ
魔剣士「倒し、た……?」
魔女「魔剣士ちゃん、ずいぶん力が入っているのね?」
司祭「息もあがっている。肩が強ばっているし、緊張のしすぎだろうな」
勇者「病み上がりなんだから、こんな時くらい僕を頼ってくれてもいいよ」
魔剣士(ダメ、ダメなの、優しくしないで。今優しくされたら、立っていられなくなる……)
魔剣『………………………』ジジ
魔剣士「っ!?」
勇者「あれ?」
魔女「どうかしたの?」
勇者「いや、何か変な感覚が……耳鳴りかな」
司祭「私もそんな気がした。この前いたコウモリのように、不快な音を出す魔物が近くにいるのかもな」
魔剣士「そうね……何がいるかわからないし、早く進んだ方がいいわ」
魔剣士「…………」
477:
 ◇町中
旅人「よう、また会ったじゃねえか」
勇者「奇遇だね、とでも言っておけばいいの?」
旅人「はっ、本音を口にすればいいじゃねえか。もう会いたくなかったとでも言っておけよ」
勇者「そんなこと思ってないよ。君の口の悪さには慣れないけど」
旅人「テメエにどう思われようとおれには関係ねえな」
勇者「はいはい。それにしても、君ってどういう目的で旅して回っているの? 僕と会う頻度が多すぎるよ」
旅人「んだと? それはあれか、おれがテメエをつけ回しているとでも言いてえのか?」
勇者「前ならそう思ったかもね……今はそうでもないけど」
勇者(西の大陸から東の大陸まで来たのは最近だし、僕を追ってきたとしても会うのが早すぎる)
勇者「うーん……もしかして君も魔王を倒そうとしているとか?」
旅人「あん? なんでおれがそんなことすんだよ。それは女神にしっぽ振っているテメエの役目だろ」
勇者「なら君って何のために旅をしているの?」
旅人「決まってんだろ、世界を見て回るためだ」
勇者「へえ、旅人らしい理由だね」
旅人「バカにしてんのかテメエ」
勇者「感心しただけなのに」
旅人「けっ。ま、そろそろ旅は終わらせたいんだけどな。いい加減、飽きた」
勇者「飽きたなら休めばいいのに」
旅人「冗談じゃねえよ。北の大陸にある未開の地、ようやくあそこに行く算段もついたんだ、休んでられるか」
勇者「……ちょっと待って。それ、どういう」
旅人「あん? おい勇者、あれ何だ?」
勇者「あれってどれ? 何もないよ。……はは、冗談でしょ。消えた?」
478:
 ◇宿
魔剣士「ふう……」
魔剣士(今日はどうにかやり過ごせた……でも明日は? 明後日は? こんな隠し事、いつまでしなきゃいけないの?)
魔剣士「明日からは、指輪くらい外しとこ……これくらいならばれないわよね」
ガチャッ
勇者「ただいま」
魔剣士「おかえり。何か面白い話は聞けたの?」
勇者「特にはなかったよ。司祭さんと魔女さんは?」
魔剣士「お城を出る時、魔術書をもらったじゃない? それの練習をするからって出かけたわよ」
勇者「ひどいな、抜け駆けされた。僕にも見せてって言ったのに」
魔剣士「戻ってから見せてもらえばいいじゃない。子供っぽいわよ?」
勇者「……んー」
魔剣士「何よ」
勇者「元気になったなって。ここまで来る途中は、口数は少ないし顔色もよくなかったから」
魔剣士「別に……久々だから疲れちゃっただけよ」
勇者「ならいいんだ。安心した」
勇者「――――あれ? 珍しいね」
魔剣士「何の話?」
479:
勇者「団長の奥さんからもらった悪夢の指輪。外してるとこ、初めて見たよ」
魔剣士「っ……!」
勇者「懐かしいな、旅に出たばかりの頃。魔剣士がいたのは本当に驚いたけど」
勇者「いまさら言うけど、どうして教えてくれなかったのさ。一緒に稽古できたかもしれないのに」
魔剣士「…………」
勇者「魔剣士?」
魔剣士「え? あ、ごめん、何?」
勇者「大した話はしてなかったよ。大丈夫?」
魔剣士「ん……そうね。ちょっとだけ」
勇者「夕方まで寝ててもいいよ? 食事の時には起こすから」
魔剣士「うん、ありがと。……ねえ」
勇者「ん?」
魔剣士「手、握ってほしい、の」
勇者「どうしたの、急に」
魔剣士「ダメ?」
勇者「いいよ」ギュッ
魔剣士(指輪は外せない……勇者はきっと気づいちゃう)
魔剣士(――――本当はわかってるのよ。言わなきゃダメだって。神性が落ちて魔剣を装備できなくなっても、置いて行かれたりはしないもの)
魔剣士(けど、それでもあたしは……勇者の頼れる剣でいたい)
480:
 ◇壁外
魔女「名前を知らない魔法もたくさんあるのね?」
司祭「確かにな。全てを古の勇者一人で考えたというのだから驚きだ」
魔女「あ、司祭くんの予知<コクーサ>も見つけちゃった?」
司祭「どうせなら役立ちそうな魔法を探してくれ」
魔女「要求が多いなあ? なら司祭くん、これなんかはどう?」
司祭「……蘇生魔法、復活<ソシエ>か。死者を蘇らせる? そんな大それたことが魔法で可能なのか?」
魔女「できるんでしょうね、きっと。でもやっぱり条件は厳しいみたいよ?」
司祭「回復<イエル>で回復可能な傷が死因の場合、か」
魔女「わたしにはわからないのだけど、回復<イエル>はどこまでの治療が可能なの?」
司祭「基本的には傷を塞ぐ魔法だと思っていい。高回復<ハイト・イエル>なら骨折や深い傷を治せる」
司祭「極回復<フィニ・イエル>になれば体に穴が空いても、よっぽど大きくなければ治せるらしい」
魔女「体に穴が空くとか、考えたくないなあ。でも、それなら治せない傷がないみたいね?」
司祭「私の話を聞いていたか? あくまでも傷を塞ぐ魔法なんだ」
司祭「失われた四肢が生えることはないし、首を両断されてしまえばくっつけることもできない」
魔女「うーん、治療できる傷の限度がよくわからないな?」
司祭「あまり大怪我はするなということだ。魔法は万能じゃない」
魔女「だとしても、助かる命なら助けたいでしょ? 覚えてみたらどう?」
司祭「覚えるのはやぶさかではないが、使えるようになるかどうか……」
魔女「ふふ、がんばってね? 応援してあげる」
司祭「そういう魔女は何か覚えないのか?」
魔女「この魔術書、攻撃魔法は載ってないんだもの? わたし向きじゃないのよね?」
司祭「ならちょうどいい、私の特訓に付き合ってくれ」
魔女「もう、しょうがないなあ?」
481:
 ◇数日後
魔剣士「っ……やあっ!」
アイスバタフライ「ピギィ!」パタリ
魔剣士「はあ……はあ……」
魔女「魔剣士ちゃん、大丈夫?」
司祭「それほど動いたわけではないが……体力の消耗が激しいようだな。高回復<ハイト・イエル>」ポォ
魔剣士(回復魔法……悪夢の指輪で減った体力は、どうにもならないのよね)
勇者「――――ダメだね。町に戻ろうか」
魔剣士「っ……まだ町を出たばかりじゃない!」
勇者「魔物と戦うのはもちろん、歩くのもしんどそうだとは思っていたけど、今日は特にひどい。旅に出ていい体調ではないよ」
魔剣士「あたしはまだ行けるわ!」
勇者「僕はそう判断しない。急ぐ事情がないなら、仲間に無理をさせて進む理由がないからね」
魔剣士「でもっ」
司祭「そう騒ぐな、心配している勇者の気持ちもわかってやれ」
魔剣士「でも……」
魔女「わたしも慣れない旅の疲れが溜まってるのよね? 司祭くん、荷物持ってくれる?」
司祭「変わりに私の荷物を持ってくれるならな」
魔女「もう、ケチだなあ?」
魔剣士「…………ごめん、なさい」
勇者「進めないことを謝るなら聞かないよ。無理したことを謝るなら聞いてあげる」
魔剣士「…………」
482:
 ◇宿
宿娘「あれ? 勇者様、忘れ物ですか?」
勇者「ちょっとやることがあって戻ってきました」
宿娘「くす、わかりました。同じ部屋でいいでしょうか?」
勇者「お願いします」
司祭「さて、荷物を置いてくるか」
魔女「魔剣士ちゃん、一緒に行くのよ?」
魔剣士「引っ張らないでよ……もう」
タッタッタ
勇者「……ところで、聞きたいことがあるんですが」
宿娘「なんですか?」
勇者「この町のお医者さんはどこにいますか。ちょっと看てもらいたいんですよ」
宿娘「お医者様ですか? でしたら、」
魔剣士「魔女、ちょっと離して。勇者と一緒に行くから」
魔女「……そう? なら二人で来なさいね?」
魔剣士「うん……」タッタッタ
司祭「疲労の特効薬は勇者、か」
魔女「いいじゃない、かわいらしくて」
483:
魔剣士(さっき、無視するような感じになっちゃったもの……謝らないと)
宿娘「あとでこちらにお呼びしましょうか?」
勇者「そうしてもらえたら助かるけど、いいですか?」
宿娘「ええ、任せてください」
魔剣士(何の話をしてるのかしら……)
魔剣『……』ジジ
魔剣士「っ!」
魔剣『真実を一つ教えよう』
魔剣『勇者は今、あの娘を必要としている』
魔剣『汝ではない』
魔剣士「そんな……」
魔剣『我を手に取れ。結末は我が用意する』
魔剣士「いや、いやよ……勇者は、あたしの……」チャキッ
魔剣士「――――!?」
魔剣士「うあ、ああ……ああああっ!」ガシャン
魔剣士(あたし……何をしようとしたの? 違う、違う、こんなのあたしじゃない!)
勇者「魔剣士!」
魔剣士「勇者……っ」
魔剣『どうした。我を手に取るのだ』ジジ
勇者「この声……魔剣?」
484:
 ◇部屋
司祭「いつからだ」
魔剣士「…………っ」
司祭「いつからだ、と聞いている」
魔女「司祭くん、脅すような言い方はやめて」
司祭「脅してはいない。だが本気で怒っている。神性が下がっていることを、どうして教えてくれなかったんだ。私たちは仲間だろう」
魔剣士「ごめんなさい……」ポロポロ
勇者「魔剣は置いたし、鎧と指輪も外した。今はもう大丈夫でしょ? 落ち着くまで待つから、ゆっくり話してよ」ポンポン
魔女(迂闊だったなあ。宿では体調がいいのに、町を出る時には顔色が悪くなってるの、こういう理由だったのね。気づけてもよかったのに)
魔剣士「魔物の毒を受けた後ね、体を動かそうと思って魔剣を手に取ったら、呪いを無効化できないことに気づいたの」
魔剣士「すぐ治るだろうって自分に言い聞かせてたんだけど、ちっとも良くならなかった……ごめんなさい」
司祭「なるほどな。だが言わなかったのはどうしてだ?」
魔女「そうね? 別に魔剣じゃなくたって、普通の剣でも魔剣士ちゃんは強いでしょ?」
魔剣士「駄目なのよそれじゃ!」
勇者「魔剣士?」
魔剣士「だってあたしは……勇者の……」
勇者(ちょっと魔剣士に頼りすぎだったかな)
勇者「よし。それじゃ買い物に行こうか」
魔女「買い物?」
司祭「どうしてそんな話になる」
勇者「おかしくはないでしょ? 魔剣士の新しい剣と鎧を買わないとね」
485:
魔剣士「勇者、怒らないの?」
勇者「怒ってるよ。だから慰めてあげない」
司祭「その怒り方はどうなんだ?」
勇者「うるさいな、僕の勝手でしょ」
魔女「やっぱり勇者くんって魔剣士ちゃんに甘いのよね?」
勇者「魔剣士が自立したら対応が変わるかもね」
魔剣士「あ、あたし、別に勇者がいなくたって大丈夫よ!」
勇者「ん、ちょっとは調子が出てきた?」
魔剣士「っ……バカ」
司祭「やれやれ、気勢がそがれたな」
魔女「司祭くんってわりと短気よね? 聖職者のわりに」
勇者「あー、それは確かに」
司祭「勇者まで言うのか!?」
魔剣士「……それこそほら、西の大陸に入ったばかりの頃だって荒れたじゃない」
魔女「ふふ、懐かしいなあ。わたし、司祭くんにたっぷり叱られちゃったもの」
司祭「くっ……もういい、知るか! あとは勇者に任せる!」
魔女「あら、どこに行くの?」
司祭「外で風に当たってくるだけだっ」
魔女「ならわたしも行こうかしらね? 司祭くん一人じゃかわいそうだもの」
司祭「いらん、ついてくるな」
魔女「いいからいいから」
ガチャ、バタン
486:
勇者「司祭さん、気を許した相手には子供っぽくなるんだな」
魔剣士「そうみたいね」
魔剣士「勇者」クイッ
勇者「服を引っ張る魔剣士も子供っぽいけど。何?」
魔剣士「ごめんね、ありがとう」
勇者「うん」
勇者「買い物はちょっと休んでから行こうか」ナデナデ
魔剣士「ん……でもあたし、勇者に甘えちゃっていいの?」
勇者「無理をするよりはずっといいよ」
魔剣士「何よそれ、あまりよくないってことじゃない……」
勇者「だって、魔女さんや司祭さんから甘やかすなって怒られるし」
魔剣士「ならやめればいいでしょっ」
勇者「いいんだよ。僕が甘やかしたいんだから」
魔剣士「…………もう。本当に、バカ」
487:
 ◇数日後
魔剣士「やっ!」ズバッ
マジカルラット「チュチュッ!?」
司祭「すばしっこい奴だ。ふんっ!」ゴスッ
マジカルラット「チュ?」コテッ
魔剣士「…………」
魔剣士(さっきの感じなら、倒せていてもおかしくなかったのに。あたし、魔剣の力を自分の力と勘違いしてたみたい)
勇者「そろそろ休憩しようか。湖畔にちょうど着いたところだし」
司祭「これで予定の半分だったか?」
勇者「そうだね。あと三時間も歩けば町に着くと思う」
魔女「魔剣士ちゃん、一緒に水浴びしましょ?」
魔剣士「イヤよ。勇者も司祭もいるのに」
魔女「勇者くんも司祭くんも、覗き見するほど気骨ある男性だったかしら?」
司祭「ひどい言われようだな。魔女の常識が足りないだけだと思うが」
勇者「実際その通りではあるけどね。別に見たりはしないから、行ってきてもいいよ」
488:
魔女「ほら、勇者くんのお許しが出たのよ? 行きましょ」
魔剣士「何よもう、強引なんだから。……ちょっと勇者! 本当に覗かないでよね!」
勇者「信用ないなあ。いいから行ってきなよ」
魔女「それじゃあまたね?」
司祭「やれやれ」
司祭「しかし、良かったな」
勇者「何が?」
司祭「魔剣士のことだ。元気になって良かったじゃないか」
勇者「空元気みたいだけどね。本調子ではないと思う」
司祭「神性が下がったままなんだ、それは仕方ないだろう?」
勇者「肉体的にじゃなくて、精神的にね。魔剣士、無理しちゃう性格だから」
司祭「……ふむ」
勇者「もっともらしく考え込んでどうしたの?」
司祭「いや、私に手の出せる問題じゃないと思ってな。勇者に任せる」
勇者「丸投げされちゃったな。でもいいよ、魔剣士のことは引き受ける」
489:
 ◇
魔剣士「んー」チャプチャプ
魔女「憂鬱そうね? 勇者くんが見に来ないのがご不満?」
魔剣士「そんなわけないでしょ。魔女も一緒なのに。来たらビンタしてやるわ」
魔女「あら、魔剣士ちゃんだけだったら別にいいの?」
魔剣士「……時と場所と雰囲気を選んでくれたら」
魔女「ふふ、最近の魔剣士ちゃんって素直なんだあ? 何があったのかしらね?」
魔剣士「別に大したことじゃないわよ。うっかり口を滑らせただけ」
魔女「ふーん? なんて?」
魔剣士「……ちょっと待って、恥ずかしい」
魔女「いいじゃない、言っちゃいなさいね?」
魔剣士「――――あたし、勇者だけの剣になるって」
魔女「くすっ、かわいらしいのね。そしたら勇者くんはなんて?」
490:
魔剣士「僕は魔剣士だけの勇者になるって言われたわ」
魔女「それ、もう告白じゃないのかしら?」
魔剣士「そんなんじゃないわよ! そんなんじゃ……」
魔女「勇者くんも魔剣士ちゃんも大人になったのね? なんだか嫉妬しちゃうなあ?」
魔剣士「あたしと勇者のことはほっといて。だいたいそういう魔女はどうなのよ」
魔女「わたし?」
魔剣士「最初はあたしと勇者を二人きりにしてくれてるんだと思ってたけど。最近、よく司祭と二人でいるじゃない」
魔女「んー?」
魔剣士「何よ、誤魔化すつもり?」
魔女「そういうんじゃないのよ? ただ、よくわからないなあって」
魔剣士「何がわからないのよ。自分のことでしょ?」
魔女「自分のことが一番わからないものなのよ? 心の形って複雑だもの」
魔剣士「やっぱり誤魔化すんじゃない」
魔女「違うのになあ? だって、わたしの気持ちも司祭くんの気持ちも、よくわからないんだもの」
491:
 ◇宿
魔剣士「あたし、ちょっと買い物してくるわ」
勇者「一緒に行こうか?」
魔剣士「勇者には見られたくないものを買うんだけど?」
勇者「ああ……じゃ、いってらっしゃい」
魔剣士「また後でね」テクテク
司祭「やれやれ。町に着くたび、何を買いに行っているんだかな」
魔女「司祭くん、そういうこと言うと女の子を敵に回すのよ?」
勇者「余計なことは言うものじゃないね」
勇者(……普段なら、そういう買い物だってことさえ匂わせないのに。魔剣士、嘘が下手すぎるよ)
492:
 ◇教会
魔剣士「…………」
魔剣士(母なる大地の女神様。どうかあたしに、もう一度祝福を)
魔剣士(これからも勇者の隣にいられるように。そのためなら、あたしは――)
神父「熱心ですね」
魔剣士「……ええ。どうしても祈らなきゃいけないことがあるの」
神父「女神様も、きっと聞き入れてくれることでしょう。ですが、今日はもう遅い。見たところ旅の方のようですが、宿は大丈夫ですか?」
魔剣士「ええ、仲間が一緒だもの。……待って、今は何時?」
神父「もう一九時になりますよ」
魔剣士「やっちゃった……早く帰らなきゃっ」バタバタッ
神父「お気をつけて」
バタン
神父「……彼女の旅路に、幸多からんことを」
493:
 ◇宿
司祭「遅い」
魔剣士「だ、だからそれは悪かったってば」
司祭「謝って済む問題じゃない。魔剣士がいない間、どれだけ勇者が心配したと思っているんだ」
勇者「僕に話を振らないでほしいんだけど」
魔女「そうよ、わたしも魔剣士ちゃんの心配したものね?」
魔剣士「ごめんなさい、今後は気をつけるから」
司祭「全く。……ご飯は食べたのか?」
魔剣士「まだ。皆は?」
勇者「僕らもまだだよ。魔剣士が戻ったら食べに行くつもりだったから」
司祭「これだけ町をうろついていたんだ、おいしいお店を紹介してくれるんだろうな?」
魔剣士「え……ちょっと待って、宿の人に聞いてくるから」
バタン
司祭「…………ふう」
魔女「司祭くん、お疲れさま」
司祭「本当に疲れた。怒ったふりなんてするものじゃない」
勇者「ごめんね司祭さん。こうでもしないと、確かに魔剣士は気にするだろうけど……」
司祭「別にいい、自分から願い出たことだ。仲間が迷っている時くらい、力になるのは構わない」
魔女「ふふ。でも魔剣士ちゃん、こんな遅くまで教会にいるとは思わなかったな?」
勇者「神父さんもそう思っただろうね。明日、町を出る前に改めてお礼にいかなきゃ」
司祭「……だが、神に祈りを捧げることで神性が回復するのか?」
魔女「そうね……」
勇者「それじゃ神性は回復しないよ。調べたけど、どれだけ熱心に祈っても神性の回復には繋がってなかった」
勇者「――――ごめん、付き合わせて。方法は何としても見つけるから、もう少しだけ手伝って」
494:
 ◇???
勇者「聞きたいことがあります」
495:
 ◇???
勇者「聞きたいことがあるんだ」
498:
 ◇数日後 市場
行商「さあさあここで買わなきゃ大損だよ!」
魔女「……」ワクワク
行商「取り出したるは魔力の水晶体! こいつはとんだ代物さ、ひとたび使えば魔力を大きく回復してくれる!」
行商「え、副作用はないかって? もちろんあるさ、使った後にゃあ体が熱っぽくなるんだとよ!」
行商「ま、あっしは魔力がないんで実際は知らないがね!」
魔女「……」クスッ
行商「一度使えば砕けちまうのが困りもの、だがその効果は折り紙付きだ!」
行商「そんな魔力の水晶体、今なら何と銀貨七枚! 在庫一〇個を全てお買い上げなら銀貨五〇枚だ!」
行商「さあさあ買った買った!」
魔女「いただこうかしら? 一〇個ちょうだいな」
行商「へい毎度! お姉さん、いい買い物したねえ!」
魔女(込められた魔力は本物みたいだし、効果は間違いなさそうだもの。ふふ、いい買い物しちゃったな)
……

司祭「何を考えているんだ! アホなのかお前は!?」
魔女「だ、だって」
勇者「まあまあ司祭さん、怒ってもしょうがないよ」
司祭「これが怒らずにいられるか! 路銀を預けておいたら、それを全部うさんくさい道具に変えられたんだぞ!」
魔女「こ、効果は確かなのよ? しっかり魔力を見極めたもの?」
司祭「だからって、今日の宿にも困るような買い物をする奴があるか!」
499:
魔剣士「はあ。ちょっと勇者、どうするの?」
勇者「んー。その行商さん、ここにいたんでしょ? もういないみたいだし、返金してもらうわけにもいかないね」
勇者「しょうがないから、地道にお金を稼ごうか」
魔女「勇者くん、ごめんなさいね?」
勇者「いいよ。魔女さんの金銭感覚を信じた僕が馬鹿だったんだ」
魔女「う……ひどい、勇者くん。司祭くんより辛辣なのね?」
司祭「全く、どういう風に育てられればあんな大枚を一瞬で使えるんだ」
魔女「あら知らなかった? わたしって浪費家なのよ?」
司祭「今くらい反省をしていろ!」
勇者「司祭さん、もう怒ってもしょうがないよ。今後、魔女さんには銅貨一枚だろうとお金を持たせないし、わかっただけ良しとしなきゃ」
司祭「それにしたってな。こんなことになるとは思いもしなかった」
魔剣士「とりあえず魔物退治でも引き受けるしかないわよね。手当たり次第」
勇者「旅を初めて結構経つのに、こんなところでお金に困るとは思わなかったな」
500:
 ◇壁外
魔剣士「あたしと勇者で洞窟の魔物調査、魔女と司祭が昆虫の魔物の駆除ね」
司祭「駆除の方が報酬が高いからな。働き者の魔女にはちょうどいいだろう」ジロリ
魔女「……ねえ勇者くん、司祭くんの変わりにわたしと組まない?」
勇者「じゃあ魔剣士、そろそろ行こうか。魔女さん、頑張ってね」
魔女「ひどいなあ。わたしに味方してくれる子はいないのかしら? 涙が出ちゃいそう」
司祭「ぐだぐだ言うな、さっさと行くぞ」
魔剣士「なんだか先が思いやられるわ」
501:
 ◇洞窟
怪人ひまわり「ヒマーッ!」
魔剣士「うるさい! どんな叫び声よ!」ズバッ
勇者「はっ!」ザクッ
怪人ひまわり「シオシオーッ」ヘニャリ
勇者「いたた……こんなへんちくりんな見た目のくせに、結構強かったね」
魔剣士「お腹、攻撃されたの? 待ってて、回復<イエル>」ポォ
勇者「つっ……ありがと」
魔剣士「嘘、治りきらなかった……回復<イエル>」ポォ
勇者「ん、もう大丈夫だよ。助かった」
魔剣士(そんなに深い怪我じゃなかったのに……神性が落ちてるから、回復魔法の効果まで下がってるの?)
勇者「……魔剣士」ナデナデ
魔剣士「な、なによ?」
勇者「いつも僕に言っていたでしょ。一人で抱え込まないでよ」
魔剣士「でも」
勇者「僕ってそんなに頼りないかな」
魔剣士「そんなんじゃないわよっ」
勇者「ならいいんだ。それだけ覚えていてくれたら、今は何も言わない」
魔剣士「……バカ。ありがとう」
勇者「それじゃ進もうか。この洞窟、どうも植物が魔物になっているみたいだし、慎重にね」
502:
魔剣士「ここに来るまで植物の魔物って見なかったけど、どうしてこの洞窟はこんなに多いのかしら」
勇者「植物の魔物化自体はどの大陸でも報告されているよ。ちょっと性質が変わるだけだし、人間を攻撃できるほど大きな変化はないだけでね」
勇者「王城の近くにあった洞窟もそうだけど、大陸のいろんなところに魔力が流れている分、魔物の変化にも違いがあるのかな」
魔剣士「ふうん、いろいろと面倒ね」
勇者「興味深くはあるけど、楽しむのは不謹慎なのが困りものかな」
四葉黒越「ジーッ」コッソリ
魔剣士「…………なんかこっちを見てる魔物がいるわ」
勇者「襲いかかってはこないのかな。それなら見逃していいと思うけどね」
勇者「えーっと、ここまでの道で出会った魔物は……」
魔剣士「近寄っても逃げないのね。変なの」ソーッ
四葉黒越「ビクビクッ」
魔剣士「えい、えい」ツンツン
四葉黒越「イヤァーッ!?」
勇者「うわっ、何この声!?」
魔剣士「さ、さっきの襲ってこない魔物いたじゃない? 触ったら、急に叫びだして……!」
勇者「え? なんでそんなことしたのっ!?」
魔剣士「イヌイヌみたいに無害な魔物だと思ったのよ!」
勇者「不用心すぎるよ!」
四葉黒越「モウイヤァー!」
ズシン、、、ズシン、、、
503:
勇者「何か、来る……」
魔剣士「なんなのよもうっ」
ブルーローズ「…………」
四葉黒越「クク、クロロッ」
魔剣士「な、なんかあたしのこと指さしてるわ」
勇者「というかあれ何……? 巨大なバラの魔物?」
ブルーローズ「ロォ……ロォ……ズゥ!」ブワッ
魔剣士「な、何か飛ばしてきた!」
勇者「花粉か何かだと思う、離れて!」
ブルーローズ「…………ズズ、ズ」
四葉黒越「バーバーッ」ノシ
ズシン、、、ズシン、、、
魔剣士「逃げてった、の?」
勇者「好戦的な魔物ではないみたいだね」
魔剣士「ごめん、こんなことになると思わなかったわ」
勇者「こっちこそ、さっきは取り乱しちゃってごめん。でも大丈夫だよ」
勇者「もともと魔物の調査が目的なんだし、手を出しちゃいけないことがわかったんだから」
魔剣士「ならいいんだけど……」
勇者「この花粉は持ち帰って調べようかな。どんな毒性があるんだろ。……花粉が舞ってる中を進むのは気が引けるし、今日は戻ろうか」
魔剣士「でも、まだ洞窟の半分も進んでないわよ?」
勇者「急ぐ仕事ではないしね。それにほら、きっと魔女さんが今日の宿代くらいは稼いでるだろうから」
504:
 ◇夜 宿
魔女「くすん、わたしもう疲れちゃったな?」
司祭「自業自得だ。泣き言をこぼすな」
魔剣士「そろそろ許してあげなさいよ。かわいそうじゃない」
魔女「うぅ、わたしの味方って魔剣士ちゃんだけなのね?」
勇者「僕、お金のことで魔女さんを責め立てたつもりはないけど」
司祭「なんだこの流れは。私が悪者だというのか」
魔女「だって司祭くん、わたしをいぢめて喜ぶような人なんだもの?」
司祭「誤解を招くようなことを言うな!」
勇者「ちょっと魔剣士、聞いた?」ヒソヒソ
魔剣士「堅物そうな顔して、そういう人だったのね」ヒソヒソ
司祭「ところ構わずイチャイチャしているお前たちにだけは言われたくない!」
魔剣士「へ、変なこと言わないでくれる!? あたしと勇者はそういうんじゃないわよ!」
魔女「まだ、ね?」
勇者「うん、そろそろやめとこうか。話がこじれるし」
司祭「勇者、この借りは必ず返す。覚えていろ」
魔女「ふふ、独身男の嫉妬ってみっともないのね?」
勇者「魔女さん、僕の話を聞いてた?」
魔剣士「…………」
魔剣士(今日は失敗しちゃった……ただでさえ弱くなってるのに、魔物の調査さえろくにできないなんて)
魔剣士(こんなんじゃ、勇者の隣になんていられない。勇者に頼られる剣になんてなれない)
魔剣士(頑張らなきゃ。もっと、もっと)
505:
 ◇数日後 壁外
勇者「司祭さんたち、今日は何をするの?」
司祭「配達を引き受けたところだ。急ぎらしくてな、明日中に二つ隣の村に届けてほしいそうだ」
魔女「今から出て、帰ってくるのは三日後かしらね? あーあ、司祭くんと二人きりなんて息が詰まっちゃうな?」
司祭「魔女が余計なことさえしなければ、私は小言をぶつけずに済むんだぞ?」
魔剣士「止めてくれる人がいないんだから、あまり喧嘩するんじゃないわよ」
魔女「ふふ、大丈夫よ? 本当に怒っているわけじゃないんだもの?」
司祭「うるさい。それより、そっちは何を引き受けたんだ?」
勇者「この付近で大きな魔物が目撃されたみたいなんだ。そいつの探索、危険なら討伐だね」
魔剣士「ものすごく首が長いらしいのよね。どんな魔物なのかしら」
魔女「勇者くんと魔剣士ちゃんならまず勝てるだろうけど、無理はしないのよ? お姉さん、心配しちゃうな?」
司祭「怪我には気をつけろ。帰ってきたら治しはするが、その後で説教しなければならなくなる」
魔剣士「司祭の説教、くどくど長いからイヤなのよね。怪我しないようにするわ」
勇者「そっちこそ、急ぎだからって無茶はしないようにね」
司祭「わかっている。しっかり魔女を見張っておこう」
魔女「わたしが何かやらかすみたいに言うの、やめてもらえるかしら?」
506:
勇者「こうして二人でいるとさ、旅に出たばかりの頃を思い出すよ」
魔剣士「そんなこと言い出すなんて、勇者も年を取ったものね」
勇者「ひどいこと言うね。ちょっと大人になっただけだよ」
魔剣士「ムキになって言い返すところがまだまだ子供なんじゃないかしら」
勇者「魔剣士にだけは言われたくないけど…………あれ?」
魔剣士「どうかしたの?」
勇者「あそこ、誰か魔物と戦ってる」
?「うらぁ!」ブオン
魔剣士「囲まれてるわね。ちょっと苦戦してるみたい。行く?」
勇者「そうだね、行こうか」
……

女傭兵「いやぁ、助かったよ! あたし一人じゃ倒せなかった!」
勇者「僕らがいなくても負けはしなかっただろうけど……相手が悪かったね」
魔剣士「ずいぶん大きい斧よね。それじゃ、小さくてすばしっこい相手と戦うのは大変じゃない?」
人掘りモグラ「 」
マジカルラット「 」
女傭兵「まあな。それよりあんた、めちゃくちゃ強いだろ。ここは女同士、腕比べでもしようぜ!」
魔剣士「しないわよ。そんなに暇じゃないの」
女傭兵「残念だな……ならそこのあんたでもいいや。ひょろひょろしいわりに、そこそこ戦えるみたいだしな」
勇者「僕も遠慮するよ。単純な腕力じゃ勝てそうにないし。それに、早く首の長い魔物を見つけなくちゃ」
507:
女傭兵「ん……? それって魔物討伐の依頼か?」
魔剣士「そうよ。よくわかったじゃない」
勇者「ああ。君も同じ依頼を受けてるの?」
女傭兵「まあな。腕試しにも、魔物と戦える依頼は積極的に受けてんのさ」
魔剣士「ずいぶん強さにこだわるのね」
女傭兵「そういう血筋なんでね。あたしゃ放浪する狩猟民族に生まれたんだ。強くなければ、命を奪って生きる資格はない。そう教わってるよ」
魔剣士「物騒な思想してるわ……」
勇者「そうでもないと思うよ。その強さって、単純に戦う能力だけを言ってるわけじゃないだろうから」
女傭兵「族長みたいなこと言うんだな。なあ、それってどういう意味なんだ? あたしにちょっと教えてくれよ」
勇者「聞かない方がいいと思う。僕なりの考えを教えることはできるけど、表面的なことしか理解できないと思うから」
女傭兵「わっかんないなあ。どういう意味だ?」
勇者「例えばだけど、人を殺すことについてどう思う?」
女傭兵「犯罪じゃねえか」
勇者「そう、いけないことだね。じゃあ、誰にも裁かれることがないなら人を殺してもいいのかな?」
女傭兵「そんなわけねえだろ?」
勇者「どうして?」
女傭兵「だってそりゃあ……」
勇者「そうだね。決まりがなくたって、みだりに人を殺しちゃいけない。それは理屈じゃないんだ」
勇者「それと同じことだと思うよ。強さに込められた意味はさ」
508:
女傭兵「…………よし決めた!」
魔剣士「何を?」
女傭兵「あたしゃしばらくあんたらについていくよ!」
魔剣士「はあ!?」
勇者「そりゃまた……急な申し出だね」
女傭兵「いや、これはそっちの意思を確認してるわけじゃない。ただの宣言だよ。ついていくけど、気にしないでくれ」
魔剣士「無茶苦茶を言わないでくれる?」
女傭兵「別にあんたらの邪魔はしないよ。魔物と戦う時以外、いないものとして扱ってくれていい」
魔剣士「それもやっぱり無茶なこと言ってると思うわ……」
勇者「今はこうしてお金を稼いじゃいるけど、僕らにも旅の目的があるしね」
女傭兵「あんたって勇者だろ? 魔王討伐だよな?」
勇者「そうだけど」
女傭兵「なんならあたしを誘ってくれてもいいぜ? 強さには自信がある」
魔剣士「え……でも、危険な旅よ?」
女傭兵「あたしは女の一人旅をしてきたんだぜ? いつだって危険と隣り合わせさ」
魔剣士「けど……」
勇者「強情だね。ならとりあえず、どこか区切りのつくところまで来たらいいよ。首の長い魔物の依頼とか、港に行くまでとかね」
女傭兵「さすが勇者さま! 懐が深いねぇ!」
勇者「もう諦めたけど、傭兵さんはもうちょっと人の持ち上げ方を覚えるといいよ」
509:
 ◇翌日
女傭兵「ははっ、ようやく見つかったな!」
魔剣士「声が大きいわよ。気づかれたらどうするの?」
勇者「耳はそこまでよくない、ってわかったから良しとしようか。あとは近づいてみて、すぐに襲いかかってくるかどうか、かな」
女傭兵「そんな面倒なことするのか? さっさと倒しちまえばいいじゃねえか」
勇者「魔物のほとんどは人を襲うけど、イヌイヌみたいな例外もある。何でもかんでも倒せばいいってものじゃないよ」
女傭兵「ふーん、そういうのも強さの一環なのかねえ。まあいいや、あんたに従うよ」
勇者「まず僕が近づいていく。攻撃してきたら、三人で応戦しようか」
魔剣士「勇者が行くの? あたしが行くわよ?」
勇者「不意の攻撃には女神の加護が自動で守ってくれるからね。どんな魔物かわからないし、攻撃翌力の高い二人は控えてもらいたいかな」
魔剣士「ん、わかった。気をつけてね?」
勇者「魔剣士が守ってくれるから大丈夫だよ」
女傭兵(ん……? これ、もしかしてあたしってお邪魔なのか?)
勇者「それじゃ、行ってみようか」
ものぐさキリン「……」ムシャムシャ
勇者(何か食べてる? というかこいつ、動けるのかな。四肢のほとんどが細く短くなってる)
勇者(退化なのか、環境に適応した証なのかわからないな)
ものぐさキリン「……」ジロッ
勇者(こっちを見た!)
ものぐさキリン「ペッ」ベチャ
勇者「……肉食に変わったみたいだね、ずいぶん行儀が悪いけど」
510:
ものぐさキリン「ヴォォ!」
勇者「っ、早!」タッ
女傭兵「っしゃあ、狩りだな! 行くぜっ!」
魔剣士「傭兵、前に出過ぎないでよ!」
勇者「あの二人、連携とか取れるのかな。心配だけど」
ものぐさキリン「ヴォッ!」
勇者「っと。器用に首を動かしてくるね。それに、見た目よりも伸びるみたいだ。首しか動かさないせいで、足はそんなに衰えちゃったのかな」
女傭兵「まずは一撃……ぉぅわっ!」
魔剣士「あなた死ぬ気!? 飛び出しすぎ!」
女傭兵「へへ、いいんだよこれで! 生きるか死ぬか、これこそ狩りの醍醐味だろ!?」
勇者「ひとまず首の動きを封じるから、二人とも下がってて! 氷魔<シャーリ>!」
ものぐさキリン「ンヴォ!」パリン
勇者「足りないか。なら、高氷魔<エクス・シャーリ>!」
ものぐさキリン「ンッ、ヴォッ!」パリンッ
勇者「……まいったな。首の筋力、相当あるみたいだ」
女傭兵「まどろっこしいこたあ抜きだ! 力で打ち勝ちゃいいんだよ!」
女傭兵「だらぁ!」ブォンッ
ものぐさキリン「ヴォ!」
女傭兵「っが!」ドンッ
勇者「傭兵さん!」
女傭兵「くっそ、心配すんな! かすり傷だ!」
511:
魔剣士(首の動きは早い。斜め後ろから攻撃した傭兵に対応できるくらい、視野も広い。なら――――)
魔剣士「勇者、もう一度氷魔<シャーリ>を使ってみて!」
勇者「わかった。任せるよ」
ものぐさキリン「ヴォ……!」
勇者「また氷を砕いてもらおうか。氷魔<シャーリ>!」
ものぐさキリン「ヴッ」パリン
魔剣士(首をよじった、今なら!)
魔剣士「やあっ!」ヒュン
ザクッ
魔剣士「っ……浅い!」
ものぐさキリン「ヴォア!」
女傭兵「あたしを忘れてもらっちゃ困るんだよ!」ブォンッ!
ザッ!
ものぐさキリン「 」
女傭兵「へっ、いっちょあがりだな!」
魔剣士「…………」
魔剣士(あたしは浅く切るだけだったのに、首を一撃で切り落とした?)
勇者「何とかなったけど、どうせ動かないなら遠くから魔法で戦いたいところだね」
女傭兵「いいじゃねえか、勝てたんだから」
勇者「次に同じ魔物と戦う時の参考に、だよ。この三人じゃ、一人が囮になって別の二人で攻撃するってことになる」
勇者「囮役が危険なのはちょっとね」
512:
勇者「そういえば話してなかったけど、依頼の報酬は僕らと君の半々でいいよね?」
女傭兵「あん? 三人で分けりゃいいじゃねえか」
勇者「その方がこっちはありがたいけど、一人の時より傭兵さんの取り分が大きく減っちゃうけどいいの?」
女傭兵「いいんだよ細けぇこたあ。ケツの穴の小せえ勇者だな」
勇者「ケ……まあ、傭兵さんがいいならいいよ」
女傭兵「にしてもあんた、踏み込む早さがすげえな」
魔剣士「……あたし?」
女傭兵「そうだよ。ああ、やっぱ戦いてえなあ。考え直してくれよ」
魔剣士「イヤよ……そんな暇ないもの」
魔剣士(この人はあたしと同じ立場よね。戦闘の切り込み役。これで負けちゃったら、あたしは……)
勇者「僕は戦うの認めてないんだから、あまりしつこくしないでね。報酬も受け取りたいし、早く帰ろうよ」
女傭兵「はいはい、わぁったよ。ったく、こんなんでどうして強くなれるかねえ。不思議なもんだ」
魔剣士「…………」ギュッ
勇者「?」
勇者(手を握りしめたりして、どうしたんだろ。何かあったかな)
513:
 ◇夜 宿
勇者「ああ、気持ち悪い……」
魔剣士「お酒を飲み過ぎなのよ。あまり飲んだことないのに」
勇者「傭兵さん、僕にお酒をくみすぎなんだよ……潰す気だったでしょ、あれ……」
魔剣士「ほら、お水。飲んで?」
勇者「ありがと……」
魔剣士「傭兵は浴びるように飲んだのに、帰る時はけろっとしてたわよね。勇者とは大違いだわ」
勇者「体の出来が違うんだよ……魔剣士は? 酔ってないの?」
魔剣士「あたしはそんなに飲まなかったわ。――――ううん、でも酔ってるみたい」
勇者「全然そうは見えないけど……え、ちょっと、何を」ストン
魔剣士「勇者……」
勇者「勘弁してよ魔剣士。頭が回ってるんだからさ、寄りかかられても支えられないよ」
魔剣士「…………バカ。寄りかかったんじゃない、押し倒したのよ」ギュッ
勇者「え……ちょっと、魔剣士?」
魔剣士(あの人はたぶん、ずっとついてくる。……あたしよりも強い、勇者の剣として)
勇者「魔剣士にお酒、飲ませなきゃ良かったな……ほら、立ち上がって。遊びはおしまい」
魔剣士「遊びじゃない」
魔剣士(それでもあたしは、勇者の一番でいたい。剣としてじゃなくてもいいから、だから……)
勇者「…………なら、なおさら止めなよ。僕らはまだ、そういうのじゃないでしょ」
魔剣士「それでもいい。勇者があたしを、必要としてくれるなら」
魔剣士「あたしは、どんな形でも……」
514:
勇者「――――。魔剣士。もう一度だけ確認するよ。酔って、ないんだね?」
魔剣士「酔ってる。酔ってるわよ。だから、ねえ、いいでしょ?」
勇者「――――そう」
パシン
魔剣士「……痛い」
勇者「どいて」
魔剣士「でも」
勇者「どいて」
勇者「どかないなら、嫌いになる」
魔剣士「っ……」
魔剣士(ぶたれた頬が痛い……ぜんぜん強くなかったのに、どうして、こんなに痛いのよ……)
勇者「外に出てくる。魔剣士は一晩頭を冷やしなよ」
魔剣士「ま、待って。待って勇者」
勇者「おやすみ」
バタン
魔剣士「あ……嘘、よね?」
魔剣士「ねえ、お願い。戻ってきて? もうしない、こんなことしないから。ねえ!」
勇者「…………魔剣士のこと、こんな風にぶったのは初めてだったかな」
勇者「どうして、こんなに右手が痛いのさ」
519:
 ◇翌日
魔剣士「…………」
魔剣士「…………」
ガチャッ
魔女「ふふ、ただいまー? ようやく司祭くんと二人っきりから解放されるのね?」
司祭「そうか、よっぽど苦痛だったようだな。今後の付き合い方を考えてやる」
魔女「もう、冗談の通じない男の人は嫌われるのよ? ねえ勇者くーん? ……あら、いないのかしら?」
司祭「魔剣士一人か? 珍しいこともあるものだ。魔剣士が窓の外ばかり眺めてるのも珍しいが……魔剣士、勇者は出かけてるのか?」
魔剣士「…………おかえり、二人とも」ボロボロ
魔女「魔剣士ちゃん、泣いて……?」
魔剣士「違うわ、泣いてなんかない……そんな弱い子、勇者と一緒にいられないでしょ? だから、泣いてないわ」
魔女「司祭くん、外に行ってて? 魔剣士ちゃんとはわたしが話すから」
司祭「任せる。私は勇者を見つけたらとっちめておこう。何を喧嘩したんだか知らないがな」
魔女「もう、話は聞いてあげるのよ? 司祭くんってばそそっかしいんだもの」
司祭「うるさい。こんな時までからかうな」
魔女「さーて? それじゃ魔剣士ちゃん、わたしとお話しましょうか?」
魔剣士「別に、話すことなんてないわ」
魔女「もう、ひねくれないの。そんなの勇者くんだけで十分だもの? だからお姉さんに話しなさいね?」
520:
 ◇町中
旅人「――――つうわけだ。どうだ、参考になったか?」
勇者「正直、驚いてる。女神様でさえわからなかったのに、答えを見つけてくるなんて」
旅人「あんな醜女(しこめ)と一緒にすんな。寒気がする」
勇者「……本音を言えばね、君がこうして僕のために調べてくれるとは思わなかった」
旅人「あん? じゃあなんでおれに頼んだんだよテメエ」
勇者「可能性が僅かでもあるなら、それにすがりたかったんだよ」
旅人「はっ、いい根性してやがるな。だが役に立ったならおれを崇め奉りやがれ」
勇者「…………それなんだけどさ。もうちょっと、せめてあと一日、早く調べてくれてたらね」
旅人「んだとっ! 人を無償でこき使っといてそういうこと言うのかテメエ! おれを越える悪魔じゃねえか!」
勇者「――ごめん、悪気はないんだ。ちょっと、自己嫌悪してるだけ」
旅人「けっ……これだから勇者って輩は嫌いなんだよ。今も昔も、な」
勇者「――――」
勇者「答えてくれなくてもいい。聞くよ。君はもしかして……」
旅人「うお! あんなところに素っ裸のねえちゃんが!」
勇者「そんな手にひっかからないよ」
旅人「バーカ、それでもテメエは見るんだよ」パチン
勇者「うわっ、目の前にいきなり……! ……消えた。旅人さんも消えた」
勇者「ちょっと待ってよ、意味がわからない。手を叩いただけで、僕に幻を見せた?」
521:
 ◇宿
魔女(事情はわかった。勇者くん、魔剣士ちゃんをとても大切にしていたもの、関係を軽く扱われたら怒るのも無理はないかな)
魔女(でも、魔剣士ちゃんの気持ちもわかるし……お姉さんには難しいなあ)
魔剣士「駄目よね、あたし。こんなんじゃ、勇者に嫌われて当然よ」
魔女「もう、弱気になっちゃってるのね? そう思うなら勇者くんに謝ってくるといいのよ? きっとすぐに許してもらえるもの」
魔剣士「無理よ。だってあたし、自分で自分が許せない」
魔女(重症ね。どうしたものかしら)
ゴンゴン ガチャッ
女傭兵「お邪魔するよっ。今日も依頼を受けてきたし、早行こうぜ!」
女傭兵「……なんだこの空気」
魔女「ごめんなさいね、取り込み中なの? あなたは?」
女傭兵「一昨日から一緒に魔物を倒してる間柄だよ。あんたはあれか、勇者の仲間だっていう魔女か?」
魔女「知ってるなら話が早いかしらね? 少し後にしてもらえる?」
女傭兵「ちぇ、残念だな。まあいいや、報酬独り占めと思えば悪くない」
魔剣士「待って」
女傭兵「ん?」
魔剣士「行くわ。今、あたしたちはお金に困ってるもの。稼げる機会を減らせない」
魔女「でも、大丈夫なの? 魔剣士ちゃん、目が真っ赤よ? きちんと寝たのかしら?」
魔剣士「行けるわ。……心配なら魔女も一緒に来て」
女傭兵「ま、あたしゃ何人でいってもかまわないぜ。報酬がいくらになろうが、大半は酒代に回しちまうからね」
魔女「なら……ご一緒させてもらおうかしら?」
522:
 ◇壁外
女傭兵「だらーっ!」ブンッ
いかさまゴート「グペッ」グシャ
魔女「武器の重量に任せて一撃で切り潰す、っていう戦い方なのね?」
女傭兵「まあな。あたしゃこの斧に命を懸けてる。親父から引き継いだ斧だから、これ以外の武器は考えられないね」
女傭兵「……にしても」
魔剣士「…………」
女傭兵「魔剣士さんよ、今日のあんたは何なんだ? その気の抜けた剣はあたしへの当てつけか? ええ?」
魔剣士「そんなんじゃ、ないわ」
女傭兵「ならしゃきっとしろよ。一緒に依頼をこなすと言ったのはあんただろ」
女洋平「今のあんたと一緒に魔物と戦っても、あたしゃちっとも興奮しないね」
魔女「あなたの言い分はもっともよね? でも今日だけは許してくれる?」
女傭兵「いいや、許さない。あたしの狩りに、こんな軟弱者が同行したなんてな!」
魔剣士「……ごめんなさい、あたしが悪かったわ。依頼の報酬はあなたが全てもらって。お金をもらえる働きはしなかったもの」
女傭兵「金の話じゃねえんだよ!」
魔剣士「…………」
女傭兵「魔女さん、ほらよ。依頼書だ。これにヤギの頭も持ってけば、あたしの代わりに金がもらえるだろうさ」
魔女「どういう考えで、わたしたちにお金を譲るのかしら?」
女傭兵「あんたらに貸しを押しつけるためだな」
女傭兵「魔剣士さんよ。あんたは言ったな、戦うつもりはないと。だが聞き入れてもらうぜ、そっちはあたしに金をもらったんだ」
魔剣士「……そこまでして、自分より弱いあたしと戦う理由は何?」
女傭兵「今のあんたじゃわからないよ。あんたらと一緒にいく気は失せた、どうせ港でおさらばだ」
女傭兵「だから、自分より強かったかもしれない女をぶっ倒したいだけさ」
魔剣士「――――わかった。お金はありがたくもらうわ。あなたが満足するまで、戦いに付き合ってあげる」
523:
 ◇町中
司祭「ようやく見つけた」
勇者「司祭さん、か」
司祭「ずいぶんひどい顔をしているな。恋煩いでも人は死ぬのか?」
勇者「はは、さんざんな言われようだね」
勇者「……魔剣士、どうしてた?」
司祭「泣いていた。だが、弱虫は勇者と一緒にいられないから、泣いていないと言い張っていた」
勇者「……そっか」
司祭「何があったかは聞かない。喧嘩することくらいあるだろう」
勇者「ん、そうかな」
司祭「だが町中を逃げ回るのには反対だ。さっさと宿に戻って、君がいなきゃ駄目なんだとでも言ってきたらどうだ?」
勇者「司祭さん、よくそんな青臭い言葉が言えるね」
司祭「ほっとけ」
勇者「でも、ちょっとは気が紛れたよ。ありがとう」
司祭「ならいい。勇者と魔剣士がぎくしゃくしていると、雰囲気が悪くてかなわない」
勇者「司祭さんと魔女さんが口喧嘩してても、雰囲気は悪くならないのにね。不思議だな」
司祭「私たちを引き合いに出すな」
勇者「……司祭さん」
司祭「なんだ?」
勇者「魔剣士の助け方、わかったんだ。わかったのに、僕は自分でそのやり方を駄目にしちゃったよ……」
524:
 ◇宿
魔剣士「血塗りの魔剣」ソーッ
女傭兵『戦いは港を出る前日だ』
魔剣士「っ」ピト
ジジジ
女傭兵『それまでに、ちっとはましになっておくんだな』
魔剣士「ダメみたい……魔剣の呪い、やっぱりまだ消せないのね」
魔剣士「あたし、何のためにここまで来たんだろ」
魔剣士「あたしが抜けて、傭兵さんが一緒に行った方が、勇者の力になれるわよね、きっと……」
魔剣士「だってあたしは、もう……」
コンコン
勇者「魔剣士、いる?」
魔剣士「……いるわ」
勇者「ごめん、怖じ気づいて帰るのが遅くなった」
魔剣士「いいわよ。悪いのはあたしだもの」
勇者「だからって、手を上げる理由にならないよ。ごめん」
魔剣士「……いいの。勇者の気持ち、痛いくらい伝わったから」
魔剣士「ねえ勇者、扉越しに聞いて」
勇者「うん」
魔剣士「あたしね、弱くなっちゃった」
525:
魔剣士「さっきまでね、魔女と傭兵の三人で魔物を倒しに行ってたの」
魔剣士「……ひどかったわ。ちっとも魔物を倒せなかった。攻撃を何度も外したの」
魔剣士「そのせいで傭兵を怒らせちゃうくらい。せっかく仲間になってくれそうな人だったのに」
勇者「僕はあの人を仲間にするつもりないよ」
魔剣士「どうして? あたしより強いのに」
勇者「もし、傭兵さんが魔剣士より強くても、仲間にはしない」
勇者「何日か一緒にいてわかった。あの人の強さは自分のためだけにある。他人はもちろん、仲間のために振るわれる強さじゃないよ」
魔剣士「言ってること、よくわからないわ」
勇者「魔剣士は最初からわかってることじゃないかな。言葉にしてこなかっただけでさ」
魔剣士(かばわれてる、のかしら。幼馴染だから? 弱いあたしにも、情はわくものね……)
勇者「魔剣士?」
魔剣士「何でもないわ。……いいの。あたしは平気よ」
勇者「……それなら、いいんだけどさ」
526:
 ◇夜
魔女「勇者くん、それは本気かしら?」
司祭「もしばれれば魔剣士の信頼を失うぞ」
勇者「それでもやる。魔剣士の心を助けるためなら、僕は嘘つきにだってなるよ」
勇者「僕が魔物に殺されそうなところを、魔剣士に助けさせる。僕には魔剣士が必要なことを思い出してもらう」
勇者「二人とも気は進まないと思う。だから協力はしなくていい。でも黙っていて」
勇者「自作自演だとしても、こんな形しか僕には思いつかない」
527:
 ◇数日後
司祭「やれやれ、どうにか路銀は確保できたか」
勇者「といっても余裕はないけどね。船だって、貨物を運ぶついでに乗せてもらって、その代わりにと値引きしてもらったんだし」
女傭兵「あと二日、か。そこであんたらとはお別れだよ。世話になったな」
魔女「港までついてきたけど、あなたも別の大陸に行くのかしら?」
女傭兵「南の大陸に行くつもりだよ。魔王がいるっつう噂の開拓地から離れると魔物が弱くなるらしいから、前は興味なかったんだけどな」
司祭「それがいまさら、どうして行く気になったんだ?」
女傭兵「勇者と魔剣士はそこで戦い方を教わったんだろ? 騎士団の強さでも見てこようかと思ってな」
勇者「行ったところで戦えないと思うけど」
女傭兵「挑まれた勝負からは逃げられないだろ? 騎士の誇りっつうもんがあるんだからさ」
魔剣士「……団長さんたちが不憫ね」
勇者「僕と魔剣士は恩があるし、できればやめてほしいかな」
女傭兵「勇者があたしと戦ってくれるなら考え直すぜ?」
勇者「あー、まだ僕と戦いたいのか……勘弁してほしいな」
魔剣士「させないわ」
司祭「む?」
魔剣士「あなたと勇者は戦わせない」
女傭兵「――――へえ? ま、あんたがそう言うなら好きにすればいいさ」
勇者「魔剣士、相手しなくていいよ。どうせ僕は断るんだしさ」
魔女(魔剣士ちゃん……)
528:
 ◇夕方
勇者「話って何?」
魔女「魔剣士ちゃんのことよ? わかってるでしょう?」
勇者「まあ、ね。そうじゃなければ良かったんだけど」
魔女「……魔剣士ちゃん、明日、傭兵ちゃんと戦うつもりよ?」
勇者「え? どういうこと?」
魔女「依頼の報酬を全てあげるから、代わりに戦えって言われていたのよ?」
勇者「魔剣士は、なんて?」
魔女「受けて立つみたいね?」
勇者「……二人とも、何を考えてるんだよ。魔剣士が本調子じゃないのに、戦ってどうするのさ」
魔女「ごめんなさいね、言うのが遅れちゃって。わたしもどうしたらいいか、ずっと考えていたのよ?」
勇者「謝らなくていいよ。僕だって、神性のことがなければ止めなかっただろうから」
勇者「――――魔女さん。今夜、魔剣士の相手をよろしくね」
魔女「勇者くんは?」
勇者「司祭さんと一緒に傭兵さんのところへ行ってくる」
魔女「……戦うのかしら?」
勇者「今の魔剣士と戦うことは認められない」
529:
 ◇夜
勇者「だから、代わりに僕が相手をするよ」
女傭兵「はん、戦ってくれるならどっちでもいいさ。今の勇者の方が手応えはありそうだけどな」
勇者「君の期待には添えないと思うけどね」
女傭兵「ずいぶんと謙遜するじゃねえか」
勇者「謙遜? 真逆だよ」
勇者「傭兵さんは、自分が勝てる程度の強者を求めてるんでしょ。――負ける戦いはお望みじゃない、僕はそう思っていたけど?」
女傭兵「……言ってくれるじゃねえか。負けた後、吠え面かくなよ!」
司祭「二人とも落ち着け。確認するが、勇者の得物は木剣、魔法は使わない」
司祭「傭兵の得物は刃の潰れた練習用の大斧。勝敗は私が決める。それに異存はないな?」
女傭兵「あたしはないね。そんなひょろっちい武器を負けた理由にしないなら、なんでもいいさ」
勇者「ごたくは並べなくていい。司祭さん、はじめてよ」
司祭「頼むから怪我はしてくれるな。――――はじめ!」
女傭兵「うらあ!!」ブォンッ
勇者「……」スッ
女傭兵「んだよっ、向かってこねえのか!?」ブンッ!
勇者「やっぱり受けるんじゃなかったな」スッ
女傭兵「いまさら泣き言かよ!」
勇者「泣き言? 傭兵さん、さっきから誤解が多いね」
勇者「こんなつまらない戦い、受けなきゃよかったと嘆いてるだけなのに」ガッ
女傭兵「ちっ……てめえ……」
女傭兵(斧を振り上げきった時を狙って、肘を打ってきやがった!)
530:
勇者「腕が痺れただろうに、武器を落とさなかっただけ凄いね」
勇者「……でもそれだけだよ。武器に振り回されるような人に、僕や魔剣士が負けるわけない」
女傭兵「うるせえ! 勝負はまだこれからだ!」ギュッ
勇者「僕の忠告を聞いてた? 片手持ちで、しかも柄の末端をつかむなんて、勝負を捨てるつもり?」
女傭兵「だっ、らあ!」ブンッ!
勇者「刃が潰れていても、これなら当たりどころによっては死ぬかな」スッ
勇者「当てられるつもりはないけどね」
女傭兵「ごちゃごちゃうるさいんだよ!」ブォンッ
勇者「…………二の剣、空縫い」
女傭兵「ぐっ」ガシャン
勇者「武器を落とした。僕の勝ちだね」
女傭兵「まだだ! 武器さえ拾えば……っ」ズキッ
勇者「腕、痺れたままでしょ。今回はそれなりに強く打ったからね」
女傭兵「くっ……そ!」
女傭兵「あたしはまだ弱いのかよ! 早く、早く強くならなきゃいけないってのに!」
勇者「傭兵さん。あなたは何のために強くなろうとしているの?」
女傭兵「……自分のために決まってるだろ。勇者だってそうじゃねえのかよ」
勇者「僕は違う」
女傭兵「なら世界のため、魔王を倒すためってか? おべんちゃらでも言ってやるよ、すばらしいこころざしですね!」
勇者「そういうのでもないよ。僕はただ、魔剣士を守れるくらいの力が欲しかったんだ」
女傭兵「強くなる理由を他人に求めんじゃねえよ。反吐が出る」
531:
勇者「傭兵さんの言うことは正しいのかもしれない。でも、僕だって自分の理由は間違ってないと思ってる」
女傭兵「けっ」
勇者「――――強くなければ、命を奪う資格はない。こんな言葉が伝わる部族なら、考えは僕寄りなんじゃないのかな」
女傭兵「どういうことだよ?」
勇者「言わないつもりだったけど、餞別として教える」
勇者「命を奪われる相手にも、色んな事情や気持ちがあるはずなんだ。子供が餌を待っている。狩りのやり方を見せなきゃいけない」
女傭兵「…………」
勇者「動物たちの抱える色んなことを踏みにじって、僕たちは動物を殺す。その肉を食べ、皮をはぎ、骨を砕いて肥料にする」
女傭兵「それがどうしたんだよ。そんなの、負ける方が悪いんだろ」
勇者「だとしても、僕たちは共生できなければ、いつかどちらも絶滅してしまう」
勇者「僕たちは強くなきゃいけない。家族を守るために、動物を狩る強さが必要だった」
勇者「動物を殺しすぎないために、無駄に傷つけることなく殺す技術が必要だった」
女傭兵「そんなの、建前だろ」
勇者「かもしれない。それでも、そんな強さは間違いだと断じれば、部族は集団じゃいられない。君の部族にだって、弱い人はいたはずだよ」
女傭兵「それは……でも……」
勇者「傭兵さんの考えが間違いだとは思わないよ」
勇者「けど、その生き方は他人と切磋琢磨することはできても、手を取り合うことはできない。どこまでも、一人で生きることになる」
勇者「それは部族としての生き方じゃない」
女傭兵「…………あたしは、族長の娘だったんだよ」
女傭兵「だから誰よりも強くなった。親父から斧も受け継いだ」
女傭兵「でも次の族長に選ばれたのは、あたしより弱い、皆から慕われる男だった」
勇者「傭兵さんは皆を見返してやろうと強さを求めてたの?」
女傭兵「そうだよ。あたしの考え方がダメなんて、思ってもみなかった」
女傭兵「親父はひどいよな。戦い方だけじゃなく、そういう心構えも教えてくれたっていいじゃないか……」
532:
 ◇翌日
魔剣士「ちょっと出かけてくるわ」
勇者「一緒に行こうか?」
魔剣士「ううん、いい。お昼過ぎには帰るもの、それまで待ってて」
勇者「わかった。いってらっしゃい」
ガチャ、バタン
司祭「……ふう。これでひとまずは安心か」
魔女「待ち合わせの場所には誰もいないものね? 待ちぼうけすることになる魔剣士ちゃんがかわいそうかな?」
勇者「そこはちょっと罪悪感あるよ。でも余計なこと言うと、僕が何かしたってばれるだろうし」
魔女「あの傭兵の子、もう魔剣士ちゃんと戦おうとしないのよね?」
司祭「そう約束してくれたからな。これから親元に戻って、族長にはなれずとも一からやり直すと言っていたが」
勇者「どちらにせよ、あとは魔剣士の神性を回復させるだけだね」
勇者「開拓地の向こうに何があるかはわからない。せめて万全の状態で挑まないと」
533:
 ◇翌日
魔剣士「ちょっと出かけてくるわ」
勇者「一緒に行こうか?」
魔剣士「ううん、いい。お昼過ぎには帰るもの、それまで待ってて」
勇者「わかった。いってらっしゃい」
ガチャ、バタン
司祭「……ふう。これでひとまずは安心か」
魔女「待ち合わせの場所には誰もいないものね? 待ちぼうけすることになる魔剣士ちゃんがかわいそうかな?」
勇者「そこはちょっと罪悪感あるよ。でも余計なこと言うと、僕が何かしたってばれるだろうし」
魔女「あの傭兵の子、もう魔剣士ちゃんと戦おうとしないのよね?」
司祭「そう約束してくれたからな。これから親元に戻って、族長にはなれずとも一からやり直すと言っていたが」
勇者「どちらにせよ、あとは魔剣士の神性を回復させるだけだね」
勇者「開拓地の向こうに何があるかはわからない。せめて万全の状態で挑まないと」
534:
 ◇町外れ
女傭兵「よう、遅かったじゃねえか」
魔剣士「時間ぴったりだもの、文句は言わないでくれる?」
魔剣士(これから戦うっていうのに、ぜんぜん意気込んでないみたい。今のあたし相手じゃ、しょうがないのかしらね……)
女傭兵「ふぁ?あ。さて、どうしたもんかな」
魔剣士「勇者に見つかる前に終わらせたいの。早く用意してくれる?」
女傭兵「悪いが、あんたと戦うって話はなしだ」
魔剣士「……どういうこと? あなたが持ちかけた話じゃない」
女傭兵「仕方ねえだろ。勇者のやつがやめろと言ってきたんだよ」
魔剣士「勇者が?」
女傭兵「昨夜の話だぜ、知らなかったか? ……ああ、きっちり魔剣士には隠してたってことか。だから会うなってわけね。そういう了見か」
魔剣士「一人で納得しないで。勇者に何を言われたのよ」
女傭兵「あんたの代わりに自分が相手になる、とさ。で、負けたあたしは、あんたに会わないよう言われてたわけさ」
魔剣士「……昨日の夜、司祭とお酒を飲むって話は嘘だったのね」
女傭兵「ずいぶん怒ってるじゃねえか。一応、勇者の奴はあんたのためにあたしと戦ったんだぜ?」
魔剣士「あたしはそんな優しさ欲しくない!」
女傭兵「…………」
魔剣士「……ごめんなさい。あなたに怒鳴ることじゃないわよね」
女傭兵「ま、あたしの行動が原因だからな。それくらいは我慢するさ」
535:
魔剣士「――勇者から会うなって言われたのよね? なら、あなたはどうしてここにいるの?」
女傭兵「気に入った奴に、別れの挨拶くらいしてってもいいだろうさ」
魔剣士「傭兵とそこまで親しくした覚えはないわ」
女傭兵「あたしゃ強い奴が好きなんだよ。過ごした時間なんて関係ねえな」
魔剣士「……そうね。そうだったわ。あたし、ずっと自分を見失っていたみたい」
女傭兵「あん?」
魔剣士「あなたが最初に戦いを申し込んだのは、あたしだった。断ったし、弱い部分も見せたのに、それでも申し込んできた」
女傭兵「ったりめえだろ。それは、」
魔剣士「あたしが強いから」
女傭兵「……へっ、なんだよ。わかってるじゃねえか」
魔剣士「でも忘れていたのよ。今の今まで。あたしは勇者を守る剣になると決めたのに」
女傭兵「勇者の野郎と同じこと言うんだな。あいつもあんたを守りたいんだとよ」
魔剣士「好きにしたらいいわ。でもあたしは守られる女になりたくない。背中を見ているつもりはないの」
魔剣士「あたしはいつだって勇者の隣にいる。魔物がいれば前に出て、勇者より早く剣を振るう」
魔剣士「あたしは誰よりも強くなる。勇者の剣でいるために」
女傭兵「へえ……いい目をするじゃねえか。ぞくぞくする」
魔剣士「あなたのおかげだわ。目が覚めた。いくらお礼を言っても足りないくらい」
ジリッ
魔剣士「だからこれはそのお礼よ。あたしと戦いたいのなら、全力で打ち負かしてあげる」
女傭兵「へっ……ちょっと元気が出たくらいで、あたしに勝てると思われたくねえな!」
536:
 ◇宿
魔女「あら? 魔剣士ちゃん、おかえりなさい?」
司祭「思ったより早かったな。用事とやらはもう……」
司祭(魔剣士、か? 昼前と雰囲気が違う)
魔剣士「勇者」
勇者「おかえり。……? どうしたのさ、怖い顔して」
魔剣士「傭兵に会ったわ。それだけ言えばいいかしら」
勇者「――――そっか。ごめん、余計なことをしたかな?」
魔剣士「それはもういいの。あたしの心が弱かったせいだから」
魔女「魔剣士、ちゃん?」
魔剣士「だとしても、勇者は忘れているようだから思い出させてあげる」
魔剣士「あたしは勇者よりも強いんだって」
勇者(強い眼差し。僕が何かをしなくても、自信を取り戻せたみたいだ)
勇者(……なら、僕だって黙ってるわけにはいかない)
勇者「へえ。元気になってくれたのは良いけど、そんなおかしなことを言われるとは思わなかった」
勇者「魔剣士が僕より強い? とんだ思い上がりだよ」
魔剣士「口では何とでも言えるじゃない」
勇者「お互いにね」
魔剣士「それでもあたしは言わせてもらうわ」
勇者「それでも僕は言わせてもらうよ」
魔剣士「あたしは勇者より強いんだって」
勇者「僕は魔剣士より強いんだって」
537:
 ◇壁外
 魔女「司祭くん、二人を止めて?」
 司祭「無茶を言うな……ここに来るまで、私たちの言葉に一つも耳を貸さないんだぞ?」
 魔女「二人の間に立ちはだかるとかあるでしょう?」
 司祭「私に死ねというのか? 結界<グレース>さえ突き破りそうな雰囲気なんだぞ」
勇者「外野がうるさいな。別についてこなくてよかったのに」
魔剣士「もう負けた言い訳を探してるの? なら戦わないであげましょうか?」
勇者「まさか。戦いたくないのはそっちでしょ」
魔剣士「笑えない冗談だわ。勇者を倒したい気持ちなら、魔王にだって負けない自信があるもの」
勇者「……そこまで言うなら手加減はしない」
魔剣士「だから勇者は甘いのよ。手加減してあたしに勝とうだなんて、ね」
勇者「……」ジリッ
魔剣士「……」ジリッ
魔剣士「…………はっ!」ブンッ
勇者(早い)カンッ
勇者「炎魔<フォーカ>! 雷魔<ビリム>!」
魔剣士「食らわないわよ!」ジャリッ
勇者「避けるか。なら――――」
魔剣士「やっ!」
勇者「風魔<ヒューイ>」
魔剣士「!?」バッ
魔剣士(木剣が弾かれた?)
538:
勇者「魔剣士相手に魔法を使っても避けられるからね」
勇者「なら、避けられないように使えばいい」
 魔女「自分の体に風魔<ヒューイ>を張り付けたみたいね? 金属の剣ならともかく、あれじゃ木剣は弾かれるかしら?」
 司祭「のんきに解説している場合か! 始まってしまったんだぞ!?」
 魔女「司祭くんはもっと落ち着きなさいね? ……二人の隙をついて氷魔<シャーリ>で足を固めるつもりよ? だから今は黙っていて?」
魔剣士「……あまり時間をかけると邪魔が入るみたいだわ」
勇者「好きにさせればいいよ。僕が勝つことに変わりはないんだから」
魔剣士「ちょっと攻撃を防いだくらいで、調子に乗らないで!」ダッ
魔剣士(いくら風をまとったところで、木剣での突きなら破れる……!)
勇者「氷魔<シャーリ>」
魔剣士「っ!」ガキッ
魔剣士(体を氷で覆った?)
勇者「魔剣士の考えくらいお見通しだよ!」ババッ
魔剣士「こ、の……!」カッ、カンッ
勇者「攻め込むのは得意でも、攻め込まれた経験はほとんどない。それが魔剣士の敗因だね」
魔剣士「勝手に決めつけないで!」
勇者「氷魔<シャーリ>。高炎魔<エクス・フォーカ>」
 司祭「霧が……?」
 魔女「氷魔法を炎で蒸発させたみたい……面白い使い方かしらね?」
魔剣士(背後!)ブンッ
勇者「…………三の剣、影払い」
魔剣士(右足を払われた……っ)グラッ
539:
勇者「…………逆手。影踏み」ブンッ!
魔剣士「そこまで、食らわないわよ!」ドンッ
勇者「くっ……」バッ
魔剣士「いたた――体当たりなんて、久々にやったわ」
勇者「こっちはあれで終わらせるつもりだったけど、ね」
魔剣士「あんな技の使い方じゃ、勝てるわけないわ。忘れたの? 勇者は踏み込みが甘いのよ」
魔剣士(……強がっても、追い込まれているのはあたし。払われた右足は感覚がないもの)
勇者「忘れてないよ。魔剣士の言葉は覚えてる。足りない距離は魔法で補えばいい」
勇者「氷魔<シャーリ>、雷魔<ビリム>」
魔剣士(光が、乱反射してる? まぶしくて、目が……!)
魔剣士「っ! そこっ」ブンッ
勇者「どうして目が見えない状態で僕の剣を防ぐかな!」カッ
魔剣士「言った、でしょ。あたしは勇者より強いからよ!」
魔剣士(右足……まだ感覚が戻らない)
勇者「なら、防げなくなるまで何度でも繰り返す」
勇者「氷魔<シャーリ>、高雷魔<エクス・ビリム>」
魔剣士「同じ手を何度も……!」
勇者「油断したね?」
魔剣士(雷……氷を避けてこっちに!)バッ
勇者「右足が動かないのはわかってる。これで終わりにする!」ブンッ
540:
魔剣士「――――右足が動かせない、なんて誰が言ったかしら?」ダンッ
魔剣士(地面を踏んだ感覚はない……けど!)
魔剣士「やあ!」カンッ
勇者「くっ……氷魔<シャーリ>!」
魔剣士「そこで守りに入るからダメなのよっ!」ブンッ!
勇者(読み違えた! 氷で守った肩じゃなく、僕の手首を……!)カラン
 司祭「勇者が剣を落とした!」
 魔女「よかった……これで終わりよね?」
魔剣士「――――まだよ!」
勇者「こっ、の!」グッ
魔剣士(……懐かしい。そう思っちゃダメかしら)
魔剣士(旅に出たばかりの頃、こんな風に戦った時に、勇者は自分から剣を捨てて私を倒しに来た)
魔剣士(あの時の焼き直しになったのは、偶然? それとも……)カラン
 魔女「魔剣士ちゃん、剣を捨てて……?」
魔剣士「…………無手。右目遮り」ゴッ
勇者「っ!?」ガクッ
勇者「げほっ、ごほっ! ……かはっ」ピチャ
 司祭「っ、馬鹿が! 吐血するまでやる奴があるか!」ダッ
 魔女「勇者くん!?」
勇者「来るな!」
勇者「……来ないで。まだ勝負は終わってない」
魔剣士「終わりよ。首に剣をあてがっているもの。あたしは、勇者の首を落とすだけの余裕があった」
541:
勇者「くっ……」ヨロ、、、
勇者「どうして、だよ」ギュッ
勇者「魔剣士が苦しんでいる時くらい、僕が守らなきゃと思った」
勇者「魔物と戦う時、僕はいつも魔剣士の背中を追いかけてる。だから今くらい、そう思ったんだ」
勇者「なのに魔剣士は、どうしてそれさえ許してくれないんだよ……!」
魔剣士「バカ。守ってもらえて、嬉しくない女がいると思うの?」
魔剣士「勇者があたしのために動いてるって知って、あたし、とても嬉しかった」
勇者「なら!」
魔剣士「でもっ!」
魔剣士「……それならこそこそせず、堂々とあたしの前に立って欲しかった」
魔剣士「あたしのために勇者が傷ついても、あたしはお礼さえ言えないのよ? そんなのってある?」
勇者「僕がはっきり魔剣士を守れば、魔剣士は守られてる自分を責めると思った。違うかな?」
魔剣士「違わない。勇者の背中を見ながら、自分は役立たずだって悔しがるわ」
勇者「……なら、僕が間違ってるわけじゃない気がする」
魔剣士「それでもダメなのよ。きっと」
魔剣士「勇者はあたしの前に立つべきだったの」
魔剣士「弱音をこぼすなら唇を塞いで、逃げようとするなら抱きすくめて、無理矢理わからせればいいんだわ」
魔剣士「勇者は、どんなあたしでも離さないんだって」
勇者「…………そっか。次があるなら覚えとくよ」
魔剣士「もうないわ。あたしはもう、自分の弱さと強さを疑わない」
魔剣士「…………ねえ勇者。怪我、大丈夫?」
勇者「駄目かも。右手首は折れてるし、さっきから呼吸するだけで内蔵が痛い。司祭さんに治してもらわなきゃ」
魔剣士「ううん、いい。あたしが治す」
542:
魔剣士(何でかしら。あたしの神性は落ちてるから、回復魔法の効果は弱くなっているのに……きっと治せる、そんな自信がある)
魔剣士「――――高回復<ハイト・イエル>」ポォ
勇者「…………」
魔剣士「どう?」
勇者「痛みがすっかり消えた。右手は普通に動かせるし、呼吸をしても苦しくない」
魔剣士「そう。良かった」
魔剣士「……本当に、良かった」グスッ
勇者「泣かないでよ。僕に勝ったんだから笑えばいいでしょ」
魔剣士「だって……だってっ」
勇者「――――魔剣士はもう、ほとんど神性を取り戻しているよ」
魔剣士「どういう、こと?」
勇者「色んな人に聞いてみたんだけど、神性ってどうも心の強さによって増減するみたいなんだ」
勇者「動揺したり不安になれば神性は下がる。でも心をしっかり強く持てば、神性は元通りになるよ」
魔剣士(あ……理非の鎧の時も、だから神性が上下して?)
勇者「だから焦らないで。魔剣士が元気じゃないと、僕まで落ち込んじゃうよ」
魔剣士「ユウ、者……ぐすっ、ぅぁぁ……!」ボロボロ
勇者「泣くなら胸を貸すよ。オサナの泣き顔、他の誰にも見せたくない」
548:
――――恋する魔剣
司祭「…………」ジーッ
魔女「…………」ソワソワ
勇者「…………」ゴクッ
魔剣士「……三人とも、あたしを凝視するの止めて。気が散る」
魔剣士(まったく、何が勇者は過保護だー、よ。魔女も司祭も変わらないじゃない)
魔剣『――――』
魔剣士「……大丈夫、よね」ピトッ
魔剣『――――』
魔女「喋らない、みたいね? ふふ、安心しちゃったな?」
司祭「しかし何だろうな、この気持ちは。初めて歩こうとする赤子を見ている時が近いか?」
勇者「すっごい失礼なこと言ってるね。魔剣士に剣でひっぱたかれて骨が折れちゃうよ?」
魔剣士「…………」
勇者「魔剣士、どうかした? ずっと黙ってるけど」
魔剣士「ふふ……ふっふっふ……やったわ! これでまた魔剣を使えるのね!」
魔剣士「待たせちゃってごめんね! これからはたくさん血を吸わせてあげるからね!!」ホオズリ
549:
勇者・司祭・魔女「…………」
魔剣士「……何よ三人とも。冗談に決まってるでしょ」
司祭「嘘だな。目が本気だった」
魔女「魔剣士ちゃん、ずっと前からアレな子だとは思ってたけど、本当に駄目みたいね?」
魔剣士「アレって何よ! というか勇者も同じようなこと思ってるの!?」
勇者「あー、ごめん。僕は何も見なかった。聞かなかったから」
魔剣士「目をそらすのやめて! あたしの目を見てしっかり言って!」
勇者「あー、うん。そうする」
勇者「――――あのね、魔剣士。僕は魔剣士のことが」
魔剣士「なにか違うこと言おうとしてるわよね!?」
司祭「平和だな」
魔女「そうね?」
司祭「あの二人を見ていると、この前の決闘に私たちはどうしてついていったのかを考えさせられる」
魔女「司祭くん、言わないで? わたしたちが帰ったことさえ気づかないこと、思い出したら悲しくなっちゃうな?」
勇者「……あのさ。そうやって何度も僕らを責め立てるの、やめてくれないかな?」
550:
――――閑話8
魔剣士「魔女と司祭の弱みを握るわ」
勇者「急に何を言い出すかな……」
魔剣士「勇者は気にならないの!? 来る日も来る日も同じことでからかわれて!」
勇者「そうは言っても、僕と魔剣士が戦った後、二人が帰ったのもわからなかったのは事実だし」
魔剣士「事実だからって何度も蒸し返されるのはイヤなの!」
勇者「それにしたって弱みを握らなくてもさ」
魔剣士「勇者が乗り気じゃないならあたしだけで探すわ。もう我慢の限界よ」
勇者(魔剣士を一人にしたら事態がこじれそうな気がする……)
勇者「そういうことならわかったよ、僕もついていくから」
551:
 ◇市場
魔女「司祭くん?」
司祭「駄目だ」
魔女「わたし、まだ何も言ってないのにな?」
司祭「余計な物を買おうとしているんだろう? 駄目だ」
魔女「余計かしらね? ほら、きれいなヤギの頭蓋骨なのよ?」
司祭「手に取るな。私に見せるな。そんな物は買わない」
魔女「うーん、司祭くんってケチだなあ?」
司祭「忘れているようだから言っておくが、私たちはまだ金欠なんだ。船代だけでも出費がかさんだし、無駄遣いする余裕はない」
魔女「でもね司祭くん? 一見無駄なものに囲まれた生活で、人間は豊かになっていくのよ?」
司祭「そんな理論は私の人生に存在しない。節制に努め、堅実に生き、質素な毎日を送る」
魔女「ふふ、司祭くんらしいのね?」
司祭「褒め言葉のつもりか?」
魔女「そのつもりよ? 尊敬する、って言ってるのにな?」
552:
勇者「やっぱりこそこそ付け回るのは気が進まないな」
魔剣士「何よ、あたしの神性が下がって困ってる時は、こそこそと動き回ってたじゃない」
勇者「あの時は必要だと思っていたからね」
魔剣士「二人の尾行はあたしにとって必要なの。わかって」
勇者「いや、だってさ。もし見つかったら、二人の楽しみに水を差すことになるし」
魔剣士「ばれなきゃ大丈夫でしょ?」
勇者「その自信はどこからくるのさ……」
司祭「やれやれ、騒がしいことだ」
魔女「何の話かしら?」
司祭「暇な二人組のことだ」
魔女「んー? その子たちはきっと、そういうお遊びも楽しめる年頃なのね? 見守ってあげましょ?」
司祭「だが、こちらが気遣って二人にしてやった意味がないだろう」
魔女「ふーん、ひどいのね? わたしと一緒にいても楽しくないなんて……」
司祭「何も書かれていない言葉の裏を読もうとするな。私もこれはこれで楽しんでいるんだ」
553:
――――空までの距離
室長「勇者さん! お待ちしていました」
勇者「こちらは変わりないようですね。安心しました」
室長「ええ。ですが東は大変だったのでしょう? お話は伺っています」
勇者「……すみませんでした。もう聞いてはいるでしょうけど、みなさんと作った飛行機を守れませんでした」
室長「いいえ。むしろ我々としては誇り高いくらいです」
勇者「それはどうして?」
室長「飛行中に魔物から襲われたにも関わらず、勇者さんたちに怪我をさせることなく、地面に不時着できたのです」
室長「自分たちの技術に自信が持てました」
勇者「――――そう、ですか。なら良かった」
室長「それにあれは試作機。我々が目指す量産のための礎にはなりましたし、壊れた試作機には別の生き方が与えられるようですよ?」
勇者「どういうことですか?」
室長「こちらの王と東の女王が話し合った結果、壊れた試作機は東の城下町で展示するそうです」
室長「勇者さんが命を賭してでも国を守ろうとした証にするとか」
勇者「……こう言うとよく思われないでしょうが、止めてほしいですね。今後、二度と東の大陸に行けなくなります」
室長「はは、いいじゃありませんか。ちやほやされるのも英雄の仕事です」
勇者「僕の柄じゃないんですよ。もてはやされるのって」
554:
室長「さて……勇者さんがここを離れてから、魔石の出力を上げるなどいくつかの改善は行っています。おそらく崖は越えられますよ」
勇者「本当ですか? 助かります」
室長「ただ試験飛行の回数が少ないんですよ。技研の人間はどうも操縦が下手ですし」
室長「かといって操縦できそうな人は、操作方法をいまいち覚えてくれませんで……」
勇者「あー……もうちょっと操縦系統を簡略化しないとですね。僕も操縦していて、不便なところはいくつかありましたし」
室長「そこはおいおい調整するとしましょう」
勇者「いつになるかわかりませんけどね」
室長「勇者さんが魔王を倒した後にでも、技研に来てもらえればいいんですよ」
室長「……救世の勇者を独占なんてしたら、王は方々から文句を言われるでしょうが」
勇者「魔王を倒した後のことは考えてませんでしたけど、やっぱり自由はなくなりそうですね」
室長「存在だけでも政治的な意味を持ってしまうでしょうしね」
室長「上手に立ち回る必要は出てきますか。不敬かもしれませんが、我らの王も勇者さんを狙っていますしね」
勇者「そうなんですか? いざとなったら、名前を偽ってのんびり暮らすことも考えたいですね……静かに暮らせれば、それでいいですし」
室長「では静かな暮らしのため、今できることを頑張りましょう。旅の疲れもあるでしょうから、試験飛行の準備だけ進めておきますよ」
勇者「お願いします。あ、改善箇所ってまとめてありますか? 飛ぶ前に目を通したいですね」
室長「勇者さんはなんというか……旅人にしておくのがもったいない人ですよ」
555:
 ◇仮住まい
魔剣士「しばらく放っておいたのに、ホコリの一つも落ちてないわね」
司祭「勇者の仮住まいだからと気を使われたのかもな。ありがたいことだ」
魔女「ふふ、善意だけならいいけれどね?」
司祭「どういう意味だ?」
魔女「囲い込むなら足場から、ということかしら?」
魔剣士「何よそれ。意味がわからないわ」
魔女「勇者くんが教えてくれると思うのよ? ねー?」
勇者「……まあそうだね。今のうちに言っておこうか」
魔剣士「何よ、何の話?」
勇者「まずね、ここはもう仮住まいじゃない。僕名義の家になってる」
 ◇勇者の家
魔剣士「――――はい?」
556:
勇者「本当に迂闊だった。正直、奴隷を売買してた貴族のこともあったし、西の王からは疎まれてると思ったから……」
司祭「私たちにわかるように説明してくれ。どういうことだ?」
勇者「勇者は手元に置いておくだけで色々と役に立つでしょ? 外交でも政治でも、ちょっとした手札に利用できる」
勇者「だから住まいとか居心地のいい働く場所を与えて、手元に置こうとしてるみたいなんだ」
魔女「ふふ、やっぱりね? 飛行機を作っている時から、待遇が良すぎると思ったもの」
勇者「教えてくれたら良かったのに……そしたらもっとうまく立ち回ってたよ」
魔女「つーん。だって勇者くんってば、飛行機を作るか魔剣士ちゃんといちゃいちゃしてばっかりなんだもの。魔女ちゃんは拗ねちゃったのよ?」
司祭「自分の名前をちゃん付けするな。鳥肌が立つ」
魔剣士「もう文句を言うのも疲れたわ」
勇者「まあ、そういうわけでさ。皆も気をつけた方がいいよ」
勇者「気がついたら騎士団長だの教会の大司教だの魔術顧問だのの役職を与えられかねない」
勇者「ちなみに僕は、新しく創設する技研の室長とかいう立場を与えられそうになって、今さっき断ってきた」
司祭「そこまで徹底しているなら、もはや笑えてくるな」
魔剣士「あたしはひたすら腹が立つわ。勇者のことをちっとも見てないじゃない」
魔女「魔剣士ちゃんって、本当に勇者くん思いよねえ?」
557:
勇者「魔女さん、おちゃらけるのは後でね」
勇者「そういうわけで、新しい飛行機の試験が終わり次第、すぐに出発したいんだ」
司祭「いつ頃になりそうだ?」
勇者「二週間くらいだと思う。それまでに食料とか必要なものを用意しておかなきゃ。……お金、足りるかな」
魔女「ふふ、西の王におねだりする?」
魔剣士「絶対にしないわよっ。勇者をどうするかわかったものじゃないわ!」
勇者「いや、うん……西の王も悪人ってわけじゃないけどね。利益とか効率至上主義なだけでさ」
司祭「浪費家な魔女あたりには良さそうだしな。金払いもそこまで悪くないだろう」
魔女「でもわたしってお嫁さんになるのが夢だから、真面目に働く気はないのよ?」
勇者「何その夢。初めて聞いたんだけど」
魔剣士「浪費家の妻とか誰が望むのよ」
司祭「だいたい魔女は料理がいまいちだろう」
魔女「ぐすん――――みんなひどいのね? 結婚してすぐ倦怠期になる呪いをかけちゃうんだからっ」
558:
 ◇出発
勇者「こうして飛び立つのは二度目ですね」
室長「今回も帰りを待ってますよ、『室長』?」
勇者「誰から聞いたんです、それ……」
室長「王が色んなところで言いふらしてますよ? 勇者さんは断ったことを伏せてるようですね」
勇者「僕が戻りたくない理由を増やさないで欲しいんですけどね。技研で聞きたいことはたくさんありますし」
室長「王にその苦情を伝えておきますよ。耳に入れてはくれないでしょうけど」
魔剣士「もう、いつまで話してるのよ。どうせ一度は戻ってくるんだもの、話はその時に取っておきなさいよね」
室長「おやおや、勇者さんは早くも尻に敷かれてますね」
勇者「今まさしく尻に敷かれてる室長には言われたくありませんね」
室長「…………」
勇者「…………」
室長「では、またいつか」グッ
勇者「ええ、いってきます」グッ
559:
 ◇飛行中
魔剣士「ここから崖まで一直線に行くの?」
勇者「疲れちゃうからそれは無理かな。一度、開拓地の手前にある町で下りて、一晩休んでから出発するつもり」
司祭「こうして座っているだけでも体が痛くなるしな。急ぐ理由がないのだし、万全を期してもいいだろう」
魔女「…………」Zzz
魔剣士「魔女ってばずっと寝てるのね。気持ち悪くならないのかしら」
司祭「呪いで寝ているからな。解呪するまでは起きないぞ」
勇者「え、そうなの? 何でそんなことしたのさ」
司祭「寝ていれば酔わないだろう? よっぽど船や飛行機が嫌いなんだな。出発するまでの間、既存の呪いを必死に調べていたんだ」
魔剣士「魔女の努力の仕方ってなんかおかしいと思うわ」
560:
 ◇開拓跡地
司祭「そろそろ崖が見えてくるか」
勇者「高度は……これなら大丈夫かな。いざとなればもうちょっと高く飛べるし」
魔剣士「いよいよね。崖の向こうってどうなってるのかしら」
勇者「そればっかりは見るまでわからないね。誰も見たことない景色だろうから、ちょっと期待しちゃうな」
魔女「んっ……」Zzz
司祭(隣でもぞもぞされると気が散るな)
司祭「あれは……ようやく見えてきたか」
勇者「高度は問題ないね。このまま飛び越えるよ」
魔剣士(この先に魔王がいるなら、あたしたちの旅はもうすぐ終わる)
魔剣士(旅の終わり、それがようやく見えてきたのよね)
魔剣士(これから何が起きるかはわからないのに、どうしてかしら、ちっとも怖くないわ)
魔剣士(あたしのやることは決まってる。勇者の剣として戦って、勇者と一緒に村に帰る)
魔剣士(生きて帰った勇者はいない、なんて言い伝えはひっくり返してやるわ)
勇者「あれは――――」
司祭「廃れた城のように見えるが……周囲を覆う黒いもやはなんだ?」
魔剣士「何でかしら、胸がざわつく」
勇者「城の周囲は森ばかりだね。これじゃ着陸できない」
魔剣士「あれ……ねえ勇者、城の手前。あそこ、何か建物っぽいのあるわよ?」
司祭「人が住んでいる、のか? この高さからではわからないな」
勇者「崖を越えてすぐの場所は開けているから、そこに着陸するよ。ちょっと距離があるけど、歩いて確認しに行こう」
561:
――――小国の波乱
司祭「驚いたな。本当に人が住んでいるとは」
魔剣士「でも疑いの視線ばかり向けられてるわよ? 話しかけようとしたら逃げられるし」
魔女「司祭くんの見た目って怖いものね? 勇者くんみたいな可愛らしさがないもの?」
勇者「何で僕をけなしてきたのかわからないんだけど」
魔女「ふふ、そんなつもりないのになあ?」
司祭「無駄話は後にしろ。数人がこちらに向かってきている」
魔剣士「歓迎にしては遅かったわね。あまり派手じゃなきゃいいんだけど」
魔女「んー? 魔力から敵意は感じないし、魔剣士ちゃんの期待するような歓迎はないと思うな?」
勇者「とりあえず僕が話を聞いてみるよ。三人は見守ってて」
562:
大臣「ここでは見ない顔ですね。あなたたちは何者でしょう」
勇者「南の大陸、と言ってわかるでしょうか。遠い場所から、崖を越えてこちらにやってきました」
大臣「南の大陸……存じませんね。崖を越えたというのも疑わしい。あれは人の力で越えられるものではありません」
勇者「崖を越えた方法は証明できますが、そこは重要じゃないでしょう?」
大臣「ふむ――失礼、私は大臣と言います。あなたは?」
勇者「勇者と呼ばれています。勇者に関してはご存知で?」
大臣「……噂でなら。では目的は、この村の北にできた城ですね?」
勇者「ええ。僕たちは魔王を倒しにここまで来たんです」
大臣「ならば、こちらへ。私たちの王をお呼びしましょう」
勇者「王、ですか?」
大臣「昔からの慣習です。ここは国で、取り仕切るのは王。どれだけ規模が小さくても、私たちはそう呼んでいます」
勇者「わかりました。謁見の許可を頂き、ありがとうございます」
563:
 ◇議場
魔剣士「話は順調、なのかしら」
勇者「たぶんね。考えていた最悪よりはずっといいかな」
魔女「ふーん? どんなことを考えていたの?」
勇者「言葉は通じない。顔を見るなり敵と認定されて攻撃してくる、かな」
司祭「えらく物騒だな。そんなこと早々と起きないだろう」
魔女「そうでもないのよ? 以前ね、顔を見るなり盗賊扱いされたもの?」
魔剣士「あー、あったわね。言葉が通じないというか、話が通じない感じで」
勇者「僕はそこで女の敵だなんだと罵倒されたよ。ひどい言いがかりだった」
司祭「…………身内の恥だ、忘れてくれ」
?「かかっ、面白い奴らだな」
?「さて待たせたか。なにぶん、大臣の奴がうるさくてな」
勇者「あなたがこの国の王、ですか?」
小王「ああ。つっても村って呼ぶのが相応しいような、小国の王様だがな」
魔剣士「やけに親しみやすい感じの王様ね?」ヒソヒソ
魔女「雰囲気は王様よりも盗賊の親分かしら?」ヒソヒソ
司祭「バカ、聞こえたらどうする。失礼だろう」ヒソヒソ
小王「ははは、聞こえてるぞ。王様らしく処刑宣言とかしてやろうか?」
勇者「それ、冗談が通じない相手には言わない方がいいですよ」
564:
小王「言う相手は弁えるさ。これから腹を割って話す相手なんだ、この程度の軽口を叩けなきゃ、話が進まんだろう?」
勇者「……そうですね。僕もいくつか質問があります」
小王「ならまず質問に答えよう。何が聞きたいんだ?」
勇者「僕たちと同じ言葉を話せるということは、はじめはどこかの大陸で生きていた人たちなんですよね?」
小王「その当たりは国の成り立ちが関係する。ざっくり説明するとだな」
小王「私たちの祖先は革命を起こそうとして失敗、洞窟を通って逃げてきたのがこの地だったんだ」
司祭「革命……? そんな出来事、聞いたことがないな」
小王「昔のことだし、前例があるとわかれば革命を画策する人間も現れる。記録には残さなかったのかもな」
小王「初めて勇者が生まれた頃の話だったか」
魔女「本当に大昔なのね?」
小王「そうだな。洞窟があった周囲は魔王が現れた時に沈み、洞窟は崩落」
小王「私たちは外に出ることさえできなくなり、歴史の闇に埋もれたってわけさ」
魔剣士「ここを国と呼んだり王を名乗るのは、革命に失敗したからってこと?」
小王「ほう、君は冴えてるね。良かったら私の妻にどうだ?」
魔剣士「近寄ったら斬るわ。触ろうものなら腕の一本は覚悟することね」
小王「ははは、気の強い女性だな。実にいい」
勇者「話を続けていいでしょうか?」
小王「ん? ああ、いいぞ。あとは何が知りたい?」
565:
勇者「魔王が現れていると、動物の半分弱が魔物に変わります」
勇者「魔王の居場所に近づくほど魔物は強くなるはずですが、どうやって国を守っているんですか?」
小王「…………そこは私からの要求と重なる話だ。他に質問がなければ話すが、どうする?」
勇者「他に急ぐ質問はありません。話して頂けますか?」
小王「そうか」
小王「――――どうしてこの国が守られているか。それは簡単だ、この国は魔物に襲われないんだ」
小王「魔王は人間を食べるらしい。この国は、魔王が腹を減らした時のために保存されているんだよ」
魔剣士「なんですって?」
小王「今はまだ国民に被害が出ていない。だが時間の問題だろう。いつになるかはわからないがな」
司祭「……対策は、どうしている?」
小王「有効なものは一つもない。私たちは森に隠れ住む魔物を倒す力さえないんだからな」
勇者「逃げようにも周囲は崖に囲まれている。崩落した洞窟は今も閉ざされたまま。他に打つ手はないということですね?」
小王「洞窟の復旧は行わなかった。なにせ元が革命に失敗した罪人が集まって作られた国だからな」
小王「閉ざされたなら都合がいいと考えていたこともある。今では仇となったが」
勇者「現状はわかりました。勇者への要求とはなんでしょうか?」
小王「魔王を倒すという話を、私たちはすぐに承諾できない」
566:
魔剣士「っ……どうしてよ!」
小王「君たちが倒せなかった場合、魔王が約束を反故にし、国を魔物に襲わせるかもしれないからだ」
魔剣士「だからって、何もしなかったら魔王はあなたたちを食べるのよ!?」
小王「わかっている。だから『すぐには』と言った」
勇者「危険が迫るまで、魔王を刺激しないでほしいということですね?」
小王「そうだ。私たちを保護すると言ったのは、魔王自身じゃなく部下のマーリアという魔物だが、その約束に嘘はないからな」
小王「事実、魔王が現れてから今日まで、この国は平和を保っている」
勇者「それは見せかけの平和です」
小王「わかっている。だが私たちは、国民が死ぬ可能性のある策を選ぶわけにはいかない。……そもそも選べる方針など一つしかないんだ」
司祭「私たちが要求を突っぱねたらどうするつもりだ?」
小王「どうもしないな」
司祭「……どういうことだ?」
小王「この国はとにかく人がいない。暮らしていくだけで精一杯だ。私は王を名乗っちゃいるが、普段は農作業に勤しんでいる庶民派なんだ」
小王「当然、兵士なんて大それた人間もいない。自警団はあるが、みんな生産職との掛け持ちさ」
小王「魔物と戦ってきた人間を止められはしないだろう」
567:
勇者「…………事情はわかりました」
小王「そうか」
勇者「ですが、要求に応えられるかは別問題です」
勇者「この国は無事でも、魔物に襲われあわや滅亡かと思われた国もありますから、静観はできません」
小王「いや、いいさ。要求とは言ったが、要求を通すだけの権威がないことは自分でもわかっている」
魔剣士(単純に魔王を倒して終わり、とはいかないものね。どうするのが正しいのかしら)
勇者「王様。一つお願いがあるのですが、聞いて頂けますか?」
小王「申してみろ」
勇者「この国に滞在する許可をください。今後どうするか、話し合う時間が必要です」
小王「それくらいならお安いご用さ。食事の保証はできないがね」
勇者「構いません。ありがとうございます」
574:
――――祈りは奇跡に届かない
司祭「さて、これからどうするか」
勇者「これまで使ってきた地図と引き替えに大臣さんからお金をもらえたし、この国を見て回るのもいいかもね」
魔剣士「でも王様の話じゃ、ここからでも見える城に魔王がいるんでしょ? あまりのんびりしているのも落ち着かないわよ」
魔女「そうはいっても、すぐ乗り込むって話にはならないものね? 勇者くんと王様の話し合いに期待しましょ?」
司祭「…………すまないが、私は別行動で構わないか?」
勇者「いいけど、どうかした?」
司祭「少し考え事がしたくてな。一人になりたいだけだ」
魔剣士「あら、魔女はつれていかないの?」
魔女「どうしてわたしの名前が出るのかしらね?」
司祭「余計な気を回すな。本当に一人になりたいんだ」
575:
……

司祭「さて」
司祭(蘇生魔法、復活<ソシエ>か。未だに使うことができていない)
司祭(魔王や、王の話に出ていたマーリアという魔物も気になる。何が起きるかわからない以上、復活<ソシエ>は有効な魔法だが……)
司祭「ソシエ」
司祭「……駄目か」
司祭(そこまで難しい構成、というわけでもないんだが)
司祭「極回復<フィニ・イエル>」ポォ
司祭「こちらは使えるというのにな」
司祭(わからない。難しさは同等のはずだが、どうして復活<ソシエ>だけが使えないんだ?)
576:
 ◆魔王城
マーリア「あともう少しで完成、といったところだが」
 ン ィビ「 」
 ェス「 」
マーリア「間に合わなかったか。七日もあればできあがるが、勇者たちが城に乗り込んでくる方が早い、か」
マーリア「しかたない、時間稼ぎくらいは押しつけるか」
……

マーリア「魔王、いるな?」
開拓者「 」
魔王「――――」グチュ、クチャ
マーリア「また食事中か。食欲旺盛なことだな」
マーリア「だがその食事は中断されるだろう。もうすぐ勇者が訪れる。戦わなければいけないからな」
マーリア「足止めは期待するな。俺は今、自分の仕事に忙しいんだ。自分の身は自分で守れ」
マーリア「それさえイヤなら、魔物を生み出して勇者の相手をさせるんだな」
577:
魔王「――――」クッチャ、、、
魔王「――――」
魔王「――――」ズズズ、、、
マーリア「む?」
マーリア(魔力を垂れ流して……何をしている?)
ギギッ
マーリア「これは……?」
虫A「…………」ズブ、グチャ
虫B「…………」ズチュ
虫C「…………」ピキッ
マーリア「ほう?」
マーリア「でたらめな魔性を付加したものだな。この虫ども、死ぬ寸前だったぞ?」
 三匹の虫は命を燃やし、全く別の生命へと生まれ変わる。
 セクタ、そう名付けられた三匹の甲虫は、魔王の城を飛び去っていく。
 そして虫たちは、空の上から遙か地面を見下ろす。
 眼下に納めた人里と、生い茂った深い森の上空で、ヴヴヴと羽を振るわせた。
578:
 ◇小国
勇者「復活<ソシエ>か。魔法の構成だけ見ると、既存の回復魔法とは系統が違うみたいだね」
魔女「わたしはそれよりも、構成のでたらめさが気になるかしら? 無駄だったり意味のない部分が多すぎるものね?」
司祭「やはり二人にも難しいか。せめてこの魔法は覚えたいところなんだがな」
勇者「うーん……ソシエ」
魔女「ふふ、わたしも試そうかしらね……ソシエ」
司祭「……ソシエ」
司祭「駄目だな、全く手応えがない」
魔女「勇者くん、神性の高い魔剣士ちゃんならどうだと思う?」
勇者「さっきも言ったけど、普通の回復魔法とは別物だから、神性には影響しないと思うんだよね」
勇者「でも試すだけ試そうか。ちょっと魔剣士を呼んでくるよ」
司祭「仮に魔剣士が使えたとして、私が使えなきゃ意味がないんだがな」
魔女「その時は他の魔法を覚えましょ? 司祭くんって攻撃に使える魔法はないんだし、回復にこだわらなくてもいいでしょう?」
司祭「仮にも聖職者だから、あまり攻撃に積極的なのはな……」
魔女「ならそうね、相手の自滅を誘う魔法なんてどうかしら?」
579:
 ◆森
 三匹の内二匹は、自らの命の短さを悟り、子を為すために繁殖を繰り返していた。
 周囲には卵が散乱し、今にも孵化しようと半透明の殻の中で命がうごめいている。
セクタC「…………」ブブブブ
 そしてあぶれた一匹は、与えられた力を持て余していた。
 その力の矛先は、やはり与えられた本能によって小国に向けられる。
 飛び立つ時、まぐわう同種が放つ異臭が、知性のないセクタの本能に暗い炎を宿していった。
580:
 ◇小国
カンカンカンカン!!
魔剣士「この音は……?」
勇者「外に出てくる。魔剣士、一緒に来て」
魔剣士「わかった」バッ
司祭「何だ? 何が起こっている?」
魔女「考えるのは後にしましょ? このままじゃ勇者くんたちに置いてかれちゃうものね?」
キャァ!
ウワァ!?
勇者「みんな、逃げ出してる?」
勇者(王様の話だと魔物はこの国を襲わないはず……ならこれは?)
魔剣士「っ? 勇者、あそこ!」
セクタC「…………」ブブ
勇者「でかい、ね」チャキ
魔剣士「堅そうな体。斬れればいいんだけど」チャッ
581:
セクタC「…………」ギョロ
勇者「魔剣士、合わせて! 高氷魔<エクス・シャーリ>!」
魔剣士「しっ……やっ!」ブンッ
セクタC「…………!?」ガキッ
魔剣士「堅っ……なら、お腹の方ならどう!?」ズバッ
セクタC「…………ッ!」ブブブ!
勇者「魔剣士、よけて!」
魔剣士「っと、わっ!?」ズジャッ
勇者「大丈夫?」
魔剣士「かすっただけ。また空中で体当たりされたら、次は避けられないわよ?」
司祭「なら空から引きずりおろすまでだ」
魔女「極風魔<グラン・ヒューイ>!」
セクタC「…………!?」ブブ、、、
582:
司祭「補力<ベーゴ>、補早<オニーゴ>!」
勇者「共鳴!」ブォン
魔剣士「すぅ……」ブォン
魔剣士「やあ!!」ブンッ!
セクタC「…… 」グシャ
司祭「すまない、遅くなった」
魔女「ふふ、おいしいところは頂いちゃったかしら?」
魔剣士「勝手に持ってけばいいわ。それより、襲ってきた魔物はこの一匹だけ?」
勇者「空を見渡す限りじゃいないけど、探してみようか。この国に入ってきているなら、倒さないと」
583:
男「頼む、目を開けてくれ!」
女「嘘、うそでしょ? ねえ!?」
少女「 」
司祭「……その子は?」
女「虫の魔物に襲われて、そのまま……っ、ああっ」
司祭「極回復<フィニ・イエル>」ポォ
司祭(息をしていない……回復<イエル>だけでは回復しないか? なら……)
司祭「ソシエ」
司祭「っ……ソシエ」
少女「 」
司祭「…………すまない」
女「いや、いやよぉ! お願い、目を覚まして!」
男「娘が、この子が何をしたって言うんだ!」
司祭「すまない」
魔女「司祭くん……」
584:
 ◇議場
小王「魔物を倒してくれたことには礼を言おう。心から感謝する」
勇者「いえ……ですが」
小王「言うな。少なくとも、国民の前で口を滑らせることは許さない」
小王「自分たちのせいで魔物が襲ってきた、そんなことを打ち明けてもお前たちの良心が満たされるだけだ」
勇者「……僕たちがこの国に到着してから半日ほどの出来事です。あまりにも対応が早い」
勇者「約束を反故にするにはいささか短絡的だとは思いますが」
小王「それだけお前たちが魔王にとって脅威ということだ」
小王「それに、立場に差がありすぎる約束など信用はできなかった。事態が動けば覆されて当然だ」
小王「こうなった以上、私は国を守る術を考えなきゃいけない。勇者たちの知恵は役立つだろう、悔やむなら尽力をしてくれ」
勇者「わかりました。僕たちにできることなら」
小王「……女の子が一人、亡くなったそうだな」
小王「この国は小さい、全員が顔見知りだ。私もその子と遊んだことがある。明るくて、おしゃまなことばかり言うが、いい子だった」
勇者「…………」
585:
小王「魔王が人間を食べるというなら、私が最初に食べられる予定だったんだ」
小王「その後は老いたものから順番に、子供は最後まで生かさなきゃいけないからな」
小王「なのに、最初の犠牲者が子供だ。私たちの踏みにじられた決意は、どこに矛先を向ければいい?」
小王「厳しい中を生活してきて、挙げ句にこんな仕打ちを受けるのか?」
勇者「……今がこの国にとって夜だとしても、いつか必ず日は上ります」
勇者「それは僕たちが魔王を倒すからではなく、この国の人たちが明日を生きようとするからです」
勇者「僕たちはこの国が夜明けを迎えられるよう、火の番をし、野犬を追い払うくらいしかできません」
勇者「その程度だとしても、この国に希望を灯す火種になれたなら、と思います」
小王「希望、か。久しく聞かなかった言葉だ」
小王「そうだな。いつか失う命だというなら、懸命に抗うのもいいだろう」
勇者「もう失わせません」
小王「ああ、それがいい。誰かの悲しむ顔を見るのはたくさんだ」
小王「私は一度、国民と改めて話し合おう。冷え切った夜の時間を過ごすのは終わりだ。朝日を見るために、戦う力を持つ人員を募ろう」
勇者「それなら、魔法に長けた者を集めて頂けますか?」
小王「ふむ、何かするのか?」
勇者「結界魔法、というものがあります。この国を覆うなら、一〇人ほどの人員が必要です」
小王「知らない魔法だな……わかった、魔法に覚えのあるものを見繕っておく」
勇者「ありがとうございます。その間に、僕たちはこの国の北側を探索してきます」
小王「何かあったか?」
勇者「虫の魔物は北から現れたそうです。あの一匹で終わりなのか、調べたいと思っています」
586:
 ◇森
魔剣士「話し合い、ね。どうなるかしら」
勇者「わからない。僕たちが来たことと魔物が襲ってきたことを結びつける人はいるだろうし、難航するとは思うけど」
魔女「王様の手腕に期待ね? ふふ、国から追い出されなければいいのだけど?」
司祭「…………」
魔女「司祭くん?」
司祭「なんだ?」
魔女「元気がないのね? ……女の子を助けられなかったこと、気に病んでいて?」
司祭「そうだな。わだかまりを捨てろというのは無理だ」
勇者「……僕たちは、同じ事が二度と起きないよう、魔物を倒すしかないよ」
魔剣士「ええ。あの国に魔物が入るのは許さないわ」
魔女「司祭くんのせいじゃないんだもの。あまり気負わないで?」
司祭「あれくらいの子供が孤児院には多かった。どうしても姿が重なってしまうのは止められない」
司祭「助けられなかったのは私の未熟だ。だからせめて、あの子のために戦おうと思っている。それくらいは許してくれ」
魔剣士「あら、いい顔するわね。魔女が惚れ直すんじゃない?」
司祭「何を言い出すんだ魔剣士は?」
魔剣士「そんなに変なこと言った? だって、」
587:
魔女「――――止まって」
魔女「この数は……駄目、いくつあるかわからない。魔力の雰囲気は、さっきの魔物と同じ……?」
司祭「どうした?」
魔女「……この先に、さっきの魔物がいるみたいね? でも数が尋常じゃないのよ? 一〇〇を越えてる、と思うの」
魔剣士「ちょっと――正気? そんな数が相手って……」
勇者「できれば信じたくないね。逃げることのできない戦いなのに」
司祭「普通に戦っていては勝ち目がないな。勇者や魔女の魔法で一気に数を減らすしかないだろう?」
魔女「ふふ、そうね。わたしの魔力が尽きちゃったら、あとはお願いするのよ?」
勇者「司祭さん、魔女さんから離れないようにして。魔女さんが倒れたら、間違いなく負ける」
司祭「わかった、なんとしても守ろう」
魔女「あら、ちょっと嬉しいかしらね?」
魔剣士「冗談を言う余裕があるならいいわ。でも本当に気をつけなさいよね?」
588:
 ◇森 繁殖地
セクタA「…………」ブブブ
セクタB「…………」ギョロッ
魔剣士「ちょっと、魔女……一〇〇とかそんな数じゃきかないわよ、これ」
勇者「共鳴」ブォン
魔女「ふふ、ありがとね勇者くん」ブォン
司祭「三人とも構えろ! 来るぞ!」
子セクタBOF「……」ブン
子セクタFF「……」ブブッ
子セクタDQ「……」ビュッ
勇者「高炎魔<エクス・フォーカ>!」
魔剣士「やっ、はっ!」
魔剣士(小さい虫はそこまで堅くない! けど、こんなの剣で相手してたら日が暮れるわよっ)
子セクタWA「……」ガブッ
魔剣士「ぅぁ!」
勇者「魔剣士!?」
魔剣士「大丈夫、ちょっと噛まれただけ!」
司祭「毒はなさそうだが、油断するな! 完全に囲まれている!」
魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>。極風魔<グラン・ヒューイ>」
魔女「……ちっとも減らないのね。それどころか、卵からどんどん孵化していくなんて」
589:
子セクタRO「……」ブブ
司祭「くっ!」ザクッ
魔女「司祭くんっ?」
司祭「私は気にするな! 大した怪我じゃない!」
魔女「この……司祭くんをよくも……極炎魔<グラン・フォーカ>!」
司祭「守りきれるか自信がない。結界<グレース>をかけておくが、過信はするな」ポォ
魔女「ふふ、ありがとね」シャラン
司祭「痛っ……」
魔女「司祭くん?」
司祭「まずいな、敵の数が多すぎる。予知<コクーサ>で頭が割れそうだ」
勇者「高炎魔<エクス・フォーカ>!」
魔剣士「司祭、無理しないでよ!?」ズバッ
司祭「わかっている、今回は予知を切るぞ! 警戒を忘れないでくれ!」
セクタA「…………」ブブブブ!
勇者「っ、この!」ブンッ
セクタA「…………」ヒュン、ザクッ
勇者「ち……っ!」
勇者「やっ!」ザンッ
セクタA「…………」ブブ、ブブブブ
魔剣士「勇者!」
590:
勇者「魔剣士、伏せて! 高雷魔<エクス・ビリム>!」
セクタB「…………」ヒョイ
魔剣士「このっ……高回復<ハイト・イエル>!」
勇者「ありがと、助かる」
魔剣士「勇者に余計な魔力を使わせられないわよ」
勇者「……怪我は大丈夫? あちこち虫に食われてる」
魔剣士「勇者も同じでしょ。正直、治してもきりがないわ」
勇者「魔剣士は僕の背中を守って。小さい虫なら僕の魔法でも倒していけるから」
魔剣士「わかった。何とかやってみる」
勇者「数が多すぎる、全部は倒せないよ。自分を守るついでに僕を守ってくれればいいから」
勇者「……近づくな! 高風魔<エクス・ヒューイ>!」
魔剣士「…………四の剣、死点繋ぎ」バババッ
子セクタPK「……」ブブ
子セクタTOF「……」ブブブ
子セクタLO「……」ブブッ
勇者(魔力はもう半分を切った……なのに、魔物は半分も倒せてない)
勇者「まずい、な……」
591:
司祭「勇者、魔剣士! 一度戻れ! 補助をかけ直す!」
魔剣士「魔力に余裕があるわけ!?」
司祭「回復する回数がかさむよりマシだ!」
勇者「わかった、そっちに……っ!?」
セクタB「…………」ビュンッ
魔剣士「こ、のぉ!」ブンッ
子セクタCM「……」ガブッ
子セクタTO「……」ガブッ
子セクタPP「……」ガブッ
子セクタRC「……」ガブッ
子セクタAS「……」ガブッ
魔剣士「っ、ああ!?」
勇者「魔剣士!?」
セクタA「…………!」ズブッ
勇者「あぐっ!?」
司祭「勇者、魔剣士!」
魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>ぁ!」
司祭「今なら……極回復<フィニ・イエル>!」
勇者「ぐっ……ごめん、助かった」
魔剣士「げほっ、ごほっ」
592:
司祭「……魔女、魔力はまだあるか?」
魔女「さっき、魔力の水晶体を使ったの。余裕よ?」
司祭「ならいい。ようやく半分、と言ったところか。いけるか?」
魔女「ふふ、ええ。司祭くんが守ってくれるならね?」
司祭「重要な役目だな。気合いが入る」
魔女(もう……強がっちゃって)
魔女「極風魔<グラン・ヒューイ>!」
子セクタHG「……」ブブ
魔女「きゃっ」シャラン
司祭「無事か!?」
魔女「みたい、ね? 結界<グレース>のおかげ」
魔女「……勇者くん! 魔剣士ちゃん! こっちに!」
魔女「すぅ――――」
魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>。極氷魔<グラン・シャーリ>。極風魔<グラン・ヒューイ>。極雷魔<グラン・ビリム>!」
勇者「はは、相変わらず容赦ない威力だね」
魔剣士「頼もしくていいじゃない」クス
セクタA「…………」ギョロ
セクタB「…………」ギョロ
魔女「っ……?」
魔女(わたしを見た? それとも司祭くん?)
593:
セクタA「ギギィ!」
子セクタ「「「「「 ! 」」」」」
勇者(動きが、変わった?)
司祭「ぬあ!?」
子セクタDT「……」ブブ
子セクタUI「……」ブブ
子セクタBJ「……」ブブ
司祭「くそっ、集まってくるな!」
魔剣士「司祭!」
魔女「司祭くんにまとわりつかないで! 極炎魔<グラン・フォーカ>!」
魔女「離れろって言ってるの! 極風魔<グラン・ヒューイ>!」
魔女(ダメ、司祭くんに群がる数が多すぎる、倒しきれない……っ)
セクタB「…………」カシュカシュ
セクタB「…………!」ブンッ!!
魔女「!? 来るなぁ! 極炎魔<グラン・フォーカ>!!」
セクタB「…………ッ!」ブワッ
魔女(炎を抜けてきた!? 間に合わな……っ)
魔女「司祭くん、ダメっ!」シャラン
パリン
ズブッ
魔女「…………ぅ、ぁ?」
594:
魔女「…………」ガクッ
魔女「…………」ドクドク、、、
魔剣士「魔、女?」
勇者「魔女さん!?」
司祭「っ! どうし、た……?」
魔女「 」
司祭「……魔女?」
魔剣士「う、ああぁ! よくも魔女を!」ブンッ
セクタB「……!?」ブブブ
勇者「く、っそ! 高炎魔<エクス・フォーカ>!」
セクタB「!?、!?」
セクタB「 」
セクタA「っ!」ブブブッ
勇者「あぐっ!?」ドン
魔剣士「勇者っ!」
魔女「 」
司祭「なあ、おい。嘘だろう?」
595:
司祭「何を倒れている。悪い冗談だ、今は戦闘中だぞ?」
子セクタIP「……」ガブッ
子セクタMN「……」ガブッ
司祭「勇者が言っていただろう? この戦いは魔女が重要なんだ。申し訳ないが休ませる暇はない」
子セクタAP「……」ガブッ
子セクタMN「……」グチャ、グチュ
子セクタOR「……」ガブッ
司祭「なあ、早く立ってくれ。私は今日、魔女を守るために戦っているんだ」
子セクタXO「……」ガブッ
子セクタJC「……」ガブッ
子セクタWW「……」ガブッ
ガブッ
ガブッ
ガジッ
司祭「魔女……」
勇者「司祭さん!」
司祭「っ!」
司祭「ちっ、私が取り乱してどうする!」
司祭「さっさと目を覚ませ! 極回復<フィニ・イエル>!」ポォ
魔女「 」
司祭「一度じゃ足りないか!? ならもう一度だ、極回復<フィニ・イエル>!」
魔女「 」
596:
魔剣士「司祭! せめて虫を払って! このままじゃあなたまで殺さ」
司祭「魔女は死んでなどいない!」
勇者「くそっ……魔剣士、司祭さんのとこまで行くよ! あのままじゃ死ぬ、回復しなきゃ!」
セクタA「…………!」ブンッ
勇者「っの……邪魔するなぁ!」ズバッ
司祭「くっ……違う、違う! 死んでなどいない!」
司祭「死なせなどするものか! 私は、私は……!」
司祭「――――ソシエ!」
魔女「 」
司祭「ソシエ!」
魔女「 」
司祭「ソシエっ!」
魔女「 」
司祭「何故だ! 何故使えない!? ふざけるな、今使えなければ何の意味もないだろう!?」
司祭「ソシエ!!」
597:
???
魔女『いいじゃない? 仲間になりたいと言ってくれてるんだもの。司祭くんだってそれなりの覚悟があるんだと思うな?』
魔女『毒? 司祭くん、わたしの体は見るに耐えないものだって言いたいのよね?』
魔女『……ふん、だ。ほんと、バカなんだから……』
魔女『ねえ司祭くん? わたしたちと一緒の部屋だと、何が困るのかなあ?』クスクス
魔女『告白を断ったの、後悔してあげてね』
魔女『もう、ひどいなあ? わたしって頼まれたらきちんと仕事をこなすのよ?』スタスタ
魔女『あらあら? ぐすん、司祭くん? みんなから怒られちゃうのよ?』
魔女『ふざけないで。司祭くんは自分が間違っていたと思うの? あの子を助けたいと思った気持ちまで否定するの?』
魔女『うーん? 前途多難、かしらね?』
魔女『――――ふふ。だったらいいなって、わたしは思ってるのよ?』
魔女『…………』コクッ
魔女『っ、は…………極風<グラン・ヒ…………』ガクッ
魔女『その言葉、忘れないで? わたしもすぐに戻ってくるの、それまで待ってて』
魔女『司祭くんってわりと短気よね? 聖職者のわりに』
魔女『あら知らなかった? わたしって浪費家なのよ?』
魔女『二人の間に立ちはだかるとかあるでしょう?』
魔女『ふーん、ひどいのね? わたしと一緒にいても楽しくないなんて……』
598:
魔女『司祭くんにまとわりつかないで!』
魔女『離れろって言ってるの!』
魔女『来るなぁ!』
魔女『司祭くん、ダメっ!』
???
司祭「何故だ、どうしてだ? どうして魔女の言葉ばかり思い出す!?」
司祭「くそ――――ソシエ! ソシエ! ソシエっ!!」
司祭(いつからか、胸の中に見慣れない感情が居座っていた)
司祭(それはたやすく膨らみ、熱を持ち、堅くなっては小さくなる)
司祭(感情に名前を付けることはしなかった。どう扱えばいいかわからなかったからだ)
司祭「頼む、届いてくれ! ソシエ!」
司祭(だが今、こんなことになってようやく、私は感情の一部を理解した)
司祭(これは魔女のために生まれた感情で、魔女によって振り回されるものだ)
司祭「私は、魔女を……!」
司祭(もはや名付けるまでもない)
司祭「ソシエ!」
司祭(本当は最初からどんな感情かを理解していたし、)
司祭「ソシエ――――!」
司祭(もはや無意味なものであることを知ってしまった)
司祭「違う! 無意味になどしてたまるものか!」
599:
祈りは奇跡に届かない。
女神は人に手を伸べないし、死と生は一対であることを知っている。
だから、女神による救済など存在しない。
それでも奇跡を願うなら。
奇跡を引き起こすのは、女神の気まぐれなどじゃなく。
いつだって人間の執念だった。
600:
司祭「…………ああ、なぜだろうな。もう何度失敗したかわからないが、今ならできる気がするんだ」
司祭「魔女。私は言いたいことがある。このまま死なせなどするものか」
司祭「――――復活<ソシエ>」パァァ!
魔女「 」
魔女「 …」
魔女「……っ」
魔女「けほっ……」
司祭「は、はは……やったぞ?」
魔剣士「っ、勇者! 魔女が!」
勇者「よかった……くっ、魔物が多すぎるんだよ! 目をこする暇もないな!」
魔女「司祭、くん……?」
司祭「お目覚めか、魔女」
魔女「ふふ、よかった……わたしだって、司祭くんを守れるんだからね?」
司祭「っの、バカが……私は魔女さえ守れれば、それでいいんだ」
魔女「もう……ひどい、な? せっかくがんばったのに、わたし」
司祭「魔女は魔法を頑張ればいい。私が魔女を守るんだ。何があろうとな」
601:
魔女「なら頑張ろうかしら? なんだかね、今はとても調子がいいのよ?」
司祭「頼むぞ。そろそろ私たちの体力も限界だ」
魔女「任せて? 大きい虫が一匹に、小さい虫が……数えるのはやめましょうか? どれだけいようと変わらないもの」
魔女(わたしの中に別の魔力があるみたい)
魔女(これは司祭くんの魔力? わたしの魔力に寄り添って、手を引いてくれる)
魔女(でもどうしてかしら。ちっともイヤじゃない)
魔女(ううん、それどころか……)
魔女「わたしの思いをあらわして? ――――極炎魔<グラン・フォーカ>」
子セクタ「「「「「 !? 」」」」」
セクタA「っ!?」
魔剣士「ちょ、あたしたちにまで来てる!?」
勇者「うわっ!? ……あれ、熱くない?」
魔女「ふふ? こんなに細かく制御できたの、初めてだな?」
司祭「全て、燃やしたのか?」
魔女「みたいね? 確認してみましょうか?」
司祭「いや、魔女は休んでいろ。生き返ったばかりなんだ」
602:
魔女「……おかしいとは思ったの。わたし、やっぱり死んでいたのね?」
司祭「あまり思い出すなよ。いい記憶じゃないはずだ」
魔女「ううん、大丈夫。わたしの中にはね、司祭くんの魔力が宿ったみたいだもの。ちょっとくらいの辛さ、なんともないのよ?」
司祭「そうか」
魔女「ところで司祭くん? 司祭くんの魔力って、なんだかとても熱を持ってるの」
魔女「わたしを焦がしちゃいそうなくらい。どんな思いで魔力を込めてくれたのかしら?」
司祭「…………」
司祭「さあな。いつまで休んでいるつもりだ、そう怒っていた覚えはあるが」
魔女「あらそう? なら、今はそういうことにしておこうかしらね?」
603:
 ◇小国
司祭「ソシエ、ソシエ、ソシエ、ソシエ、ソシエ……くっ、ようやくか。――――復活<ソシエ>」パァァ
少女「 …………んぅ、いたい、よぉ……?」
女「ああ、ああ……良かった、良かったっ!」
男「ありがとうございます! なんと、なんとお礼を言ったらいいか……っ!」
魔剣士「使えるようになったのはいいけど、変な魔法ね、復活<ソシエ>って」
勇者「こうして見てわかったけど、使う魔力が大きすぎるんだね」
勇者「何度も空打ちして魔力を流し込んでいかなきゃ、復活の奇跡には届かないみたいだ」
魔剣士「でも魔法に使うだけの魔力はあるんでしょ? 一度に溜められないのかしら」
勇者「そうだね……口の狭いビンとかを想像するといいかな。ビンを水で一杯にしようとしても、一度に入れられる水の量は増えないでしょ?」
魔剣士「でもそしたら、魔法を使う時だって同じよね?」
勇者「水が入ってるビンを割っちゃえば、水を一度に使えるっていう感じだよ」
魔剣士「口を大きくすることはできないわけ?」
勇者「うーん、たぶんね」
魔剣士「そう……ま、いいわ。そういうもの、ってことにしとく」
魔女「ふふ、もっと簡単に考えていいと思うのよ?」
勇者「どういうこと?」
魔女「諦めなかった人間だけが奇跡を掴める。祈ってばかりじゃ届かない。そういうことでしょう?」
610:
――――寧日の夜は
小王「大臣と一緒に魔物の死骸は見てきた。凄まじい数だったな、あれが町を襲ったと考えたら血が凍る思いだ。本当に、よくやってくれた」
勇者「僕たちなりのけじめでもありましたからね。……協力は、してもらえるでしょうか?」
小王「ああ、約束を取り付けた。魔法が得意なものを一〇人選出したから、結界の魔法……グレースだったか? 徹底的に教え込むといい」
勇者「ありがとうございます。魔法が完成しだい、僕たちは魔王の城に攻め込みますが、構いませんね?」
小王「歓迎するよ。私たちだってもともと、魔王に命を握られた状況を良しとはしていないからな」
小王「とはいっても、今回の君たちの活躍がなければ、やはり賛成はできなかったろう」
小王「特に亡くなった女の子を生き返らせてくれたのが大きかった」
勇者「……そうですね。仲間に恵まれました」
小王「そうだな。だが仲間をここまで導いたのは勇者たる君だろう? もっと誇ったらどうだ?」
勇者「苦手なんですよ。人の前で堂々とするのって」
小王「勇者がそれではいかんなあ。よし、どうせならこの国の王になってはどうだ?」
勇者「勘弁してもらえませんか?」
小王「かかっ」
611:
 ◇広場
司祭「これで全員か」
魔女「魔法の適性はみんな小粒、かしら? あとは司祭くんが悪鬼のように鍛え上げれば、きっと立派な魔法使いになるのよね?」
司祭「私の印象を変に与えるな。やりづらくなるだろう」
魔女「ふふ? 司祭くんが厳しく教え、わたしが心にトドメを刺すって配置でいきましょう?」
司祭「みんな、よくわかったな。魔女の発言には耳を貸さなくていい」
「「「「はいっ」」」」
魔女「ひどい。きずついちゃうな?」
司祭「まずは一人ずつグレースをどこまで再現できるか挑戦してもらう。気合いのある者から前に出てほしい」
青年「はいっ」
少女「はい」
司祭「……君は生き返ったばかりだろう。それでも参加するのか?」
少女「あたしにできることなら、がんばりたいっ」
司祭「そうか。ならやってみるといい」
少女「ねえねえ、成功できたらちゅってしてくれる?」
司祭「しないな」
少女「えー、パパとママはいつもちゅっちゅしてるのに」
クスクス
魔女「ふふ、いいじゃないキスしてあげたら」
司祭「するわけないだろう」
魔女「あ、もしかして魔術師ちゃんのこと思い出してるの? 唇を奪われちゃったものね?」
司祭「そういう理由じゃない! もういい、知るか!」
魔女「あら、怒られちゃったな……そんなに怒鳴らなくてもいいと思わない?」
612:
魔剣士「何でかしら、二人に任せるのはとっても不安だわ」
勇者「うーん、まあ何とかしてくれるでしょ。ここは任せるよ」
魔剣士「魔女はいまいち不真面目だし、魔女と二人でいる時の司祭って信用ならないのよねー。勇者と司祭で教えた方が良かったんじゃない?」
勇者「僕も最初はそうしようと思ったんだけど、空を飛ぶのも一人でやったんだから休めって言われたよ。働きづめだと思われてるみたいだ」
魔剣士「確かに勇者は休んだ方がいいわよ? ほっとくと倒れちゃいそうだもの」
勇者「ひどい誤解だな」
魔剣士「もう、いいじゃないたまには。せっかく二人きりなんだもの、この小さな国を見て回りましょうよ」
勇者「……ん、そうだね。独自の文化が育ってるみたいだから、楽しめそうかな」
魔剣士「そうそう、息抜きは大事よ?」
……

魔剣士「勇者はやくー! すっごいおいしそうな香りするわよ!」
勇者「僕を置いていかないでよ! まったくもう……」
老婆「楽しそうじゃの、兄さん」
勇者「僕ですか?」
老婆「そうじゃよ」
勇者「……ええ、そうですね。彼女と一緒にいる時は、自分が世界で一番幸せなんじゃないかって思えるんです」
老婆「ほっほ、いいのう若いって」
勇者「ここは何のお店ですか?」
老婆「装飾品じゃな。いくつか揃えとるよ」
613:
勇者「へえ……。……これ、綺麗な紫色ですね」
老婆「よいじゃろ? 太陽の光でちょっと色褪せるが、ここいらじゃ産出しやすいでの。こんな婆の店に置けるくらいじゃ」
勇者「――――買います」
老婆「ほっほ、毎度。お前さん、女心を捕まえるのがうまいのう」
勇者「はは……褒められた気がしません」
 魔剣士「勇者ー!!」
勇者「うわ、もうあんな遠くにいる。ちょっとは待ってくれてもいいのに。……それじゃおばあさん、またいつか」
老婆「くたばってなきゃ会えるかいの」
老婆「……素直な子じゃね。魔王を倒そうなんて、嘘のように思えるわい」
……

魔剣士「あー楽しんだわ!」
勇者「そっか、なら良かったよ」
魔剣士「……その、ごめんなさい。わがままばかり言ってたわ」
勇者「いいよ。僕も合間にお店を見てたから」
魔剣士「あたし、ダメだなあ。勇者といると、ついはしゃいじゃうの。もっとお淑やかにしたいって思うのに」
勇者「魔剣士らしいのが一番だよ」
魔剣士「そう? うーん、でもやっぱりもうちょっと落ち着きたいわ」
勇者「魔剣士がそうなりたいなら止めないけどね。……ところでさ、ちょっと目を閉じてよ」
魔剣士「目? 別にいいわ、よ……。……?」
614:
魔剣士(うそ……目を閉じろって、つまりそういうことよね? うわ、うわあ! こんなの予想してなかった!)
魔剣士(ああでも今ってそれっぽい雰囲気よね! 夕暮れだし! 二人きりだし! もっと意識しておけばよかった!)
魔剣士(落ち着いて、落ち着くのよ魔剣士! 大丈夫、想像でなら百戦錬磨! 勇者はいつだってあたしの虜だったじゃない!)
魔剣士「…………んっ」
勇者(唇を突き出してる。目を閉じてとは言ったけど、なんか誤解してるっぽいな)
魔剣士(ふふ、ふふふっ! もうすぐ魔王と戦うんだもの、心残りはなくしておきたいわよね!)
魔剣士(ああでも、その前に抱きしめてくれたら嬉しいなっ)
勇者(えーっと、髪にひっかけないようにと)
魔剣士(? 首がもぞもぞする……うなじの辺りを手で支えながらがいいのかしら? 逃がさないぞ、みたいな?)
勇者(留め金が小さいから付けにくいな。よっと……)
魔剣士(りょ、両手!? どんだけ激しくしたいのよ? 勇者って思ったより大胆……。でも、あたし逃げたりしないのにな)
勇者「よし、できた」
魔剣士(なにがよ?)
勇者「魔剣士、目を開けていいよ」
魔剣士「え? だってまだ何も……」
魔剣士「――――この首飾り、は?」
勇者「思ったとおりだ。似合うよ。橙色の髪と紫色の宝石が、お互いを引き立ててるかな」
魔剣士「これ、どうしたの?」
勇者「魔剣士にあげようと思って買ったんだよ。気に入らない?」
魔剣士「そんなわけない! すごく嬉しい!」
勇者「なら良かった。それじゃ帰ろうか」
魔剣士「……うん」
魔剣士(嬉しいけど、でもな。あたし、今日は勇者を振り回してばかりなのに、勇者はちゃんとあたしのこと思ってくれてる)
魔剣士(あたし、どうしたら勇者を笑わせられるかな?)
615:
 ◇夜 宿
勇者「うーん、なるほどね……」
司祭「どうだろうか」
勇者「結界<グレース>をいじるのが一番早いと思う。それでやってみる?」
司祭「具体的にはどうするんだ?」
勇者「弾く、っていうのを意識してみた方がいいかな。えーっと、構成をいじるなら……」
魔剣士「二人とも、膝を突き合わせて何を話してるのかしらね」
魔女「今はそれどころじゃないのよ? このままじゃ、わたしの作った料理は大失敗なんだものね?」
魔剣士「って、ちょっと! なんで煮えるのが早い野菜ばっかり鍋に入ってるのよ!」
魔女「溶けちゃった方がおいしくなるでしょう?」
魔剣士「どんだけぐつぐつ煮るのよ! ああもうしょうがないわねっ、一回鍋から上げちゃって!」
司祭「夕食は食べられるものが出るんだろうかな」
勇者「僕は何も聞いてないことにする」
616:
 ◇数日後 広場
司祭「よし、では全員で試してみるか。失敗を恐れる必要はない、何度でも挑戦できるんだからな。肩肘を張らずやってみるといい」
魔女「意訳すると、できなかったらわかってるなお前等? になるのよ?」
司祭「よし、はじめ!」
魔女「ひどいなあ……最近は誰も反応してくれないのね?」
司祭(相手をしないでいたら、意味のわからない言動に拍車がかかったからだと思うがな)
「「「「高度結界<カーサ・グレース>!」」」」
シャラランッ!
司祭「…………」
司祭「よくやった! 成功だ!」
ワーワーッ!
魔女「ふふ、お疲れさま」
司祭「確かに大変だったが、充実した時間を過ごせたな。……魔女は本格的に何もしなかったがな」
魔女「あたしって理論派じゃなくて感覚派だもの? 教えるのは苦手なのよ?」
司祭「頭脳派だという自己紹介はどこに行ったんだ?」
青年「魔法の練習しているより、二人が喋ってる時間の方が長かったな」
少女「思春期なんだよきっと!」
壮年「いやいや、あの司祭って奴は三〇過ぎだろ? 思春期はとうの昔じゃないか」
好々爺「いくつになっても若いとは羨ましいの」
司祭「……言っておくが、私はまだ二七だ」
魔女「司祭くん、あまり大きく年齢詐称しちゃダメよ?」
司祭「誤解を招くことを言うなっ!」
魔剣士「何やってんのかしらね、あの二人。魔法を教えるのさぼって」
勇者「生徒が熱心なおかげで勝手に覚えてくれたんだし、まあ良かったんじゃないかな?」
617:
 ◇夜 宿
魔女「司祭くーん?」ケラケラ
司祭「……酒臭いな。酔ってるのか?」
魔女「まだ酔ってないのよ? わたし、お酒には強いんだもの?」
司祭「ならいいがな。それにしたって、酒をビンごと持ち歩くな。まだ飲むつもりか?」
魔女「もう、察しが悪いのね? 一緒に飲みましょうってことよ?」
司祭「少しならな。あまり騒いでは勇者と魔剣士に迷惑をかける」
魔女「二人なら出かけたのよ?」
司祭「何? 魔王と戦うのは明日だろう。早めに寝て疲れを取るべきだと思うが」
魔女「心残りを抱えたまま戦うよりはいいでしょう? あの二人、旅をしている間にちっとも関係が進まないんだものね?」
司祭「まあな。それこそ若い証拠だろう?」
魔女「ふふ、司祭くんが年上っぽいこと言ってるな? 自分は恋愛経験ないのにね?」
司祭「…………」
魔女「どうかしたの? 黙っちゃって」
司祭「いや。そういう時分もあったかと思ってな」
魔女「ふーん? 変なの?」
618:
 ◇夜 森
勇者「こんなところまで連れてきてどうしたのさ」
魔剣士「魔女と司祭から逃げるためよ。特に魔女。見つかったら何年も何年もからかわれるに決まってるわ」
勇者「魔女さんの言葉は程良く聞き流したほうがいいよ」
魔剣士「それができたら苦労しないわよ」
勇者「魔剣士、そういうとこ不器用だよね」
魔剣士「何よ、文句あるの?」
勇者「そうじゃないよ。どんな時でも一生懸命なのって、なんかいいなって思うよ」
魔剣士「……そう? ならいいんだけど」
勇者「それで、用事は何? 魔女さんから逃げるためってことしか聞いてないんだけど」
魔剣士「その、ね? ほら、この前あたしに首飾りくれたじゃない?」
勇者「うん。やっぱりよく似合ってるよ」
魔剣士「も、もう! そういうことは言わなくていいのっ! ……でもありがと」
勇者(魔剣士の女心って難しいな)
619:
 ◇夜 宿
司祭「魔王を倒したら、か?」
魔女「そう。司祭くんは何かやりたいことはあるの?」
司祭「これと言ってないが……しかし、そうだな。女術士や男闘士から幸せを見つけてこいと追い出されたんだ。何か私なりの幸せを探すか」
魔女「ふふ、目的があるっていいことよ? わたしなんて、帰る場所さえないんだものね?」
司祭「少しは話を聞いているが、故郷と折り合いが悪いんだったか?」
魔女「そうね。魔女は呪いを司る女なんだもの?」
司祭「ふ、なら私も似たようなものだ。孤児院が故郷みたいなものだが、帰ったら追い出されてしまうだろう。寂しいことだがな」
魔女「――――そうね。わたしも寂しいな」
司祭「お互いに迷子のようだな」
魔女「…………はあ」
司祭「急に溜息をついてどうしたんだ?」
魔女「司祭くん、ちょっと立ってみてくれる」ガタッ
司祭「構わないが。なんだ?」ガタッ
魔女「……えい」
司祭「おっと」ボフン
620:
魔女「司祭くん、一つだけ教えてあげようかしら」
司祭「何をだ?」
魔女「女が寂しいって言ってるのよ? なら男の言うことは決まってるじゃない」
魔女「オレのものになれって、女を組み敷くものでしょ?」
司祭「――――」
魔女「…………」
司祭「なるほど。そういうもの、かっ」グルン
魔女「きゃっ」ボフン
司祭「魔女に組み敷かれる趣味はない」
魔女「でも司祭くんはわたしを組み敷くのね?」
魔女「……ふふ。わたし、どうなっちゃうのかしら?」
621:
 ◇夜 森
魔剣士「えっと、ここまで呼んだのは、つまりね?」
勇者「うん」
魔剣士「その……これ! あげる!」
勇者「小さい箱だね。ここで開けちゃっていい?」
魔剣士「むしろここじゃなきゃダメ! 宿で開けたりしたら張っ倒すんだから!」
勇者「興奮しない、どうどう」ガサガサ
勇者「…………これ、指輪?」
魔剣士「うん。あたしの悪夢の指輪と、同じような形のものを選んでもらったの」
勇者「僕のやつの方が色合いは優しいね。ありがと、大切にするよ」
魔剣士「ん……指輪、貸して。つけてあげる」
勇者「はい」
魔剣士「……そっちじゃない。左手」
勇者「利き手の方がいいんじゃないかな」
魔剣士「いいのっ!」
勇者「そう? なら、はい」
622:
魔剣士「――――っ」キュ
勇者「薬指?」
魔剣士「あたしも悪夢の指輪、左手の薬指に付け替えるわ」
勇者「魔剣士さ、結婚を申し込むんじゃないんだから、左手の薬指は空けときなよ」
魔剣士「…………あたしはっ。そのつもりだけどっ?」
勇者「魔剣、士?」
魔剣士「――――ユウ。あたしじゃ、やだ?」
勇者「いやじゃない。いやなわけ、ない」
勇者「でも、ああ、しまったな。こんな時まで踏み込みが甘いなんて、自分を殴りたくなる」
魔剣士「何が不満なのよ?」ムスッ
勇者「僕の方から言い出したかったんだよ。魔王を倒したら、って思ってたのに。先を越されちゃったな」
魔剣士「そうなの? ……どうしよ、やり直す?」
勇者「さすがに締まらないし……返事だけは保留にさせて。魔王を倒したら、僕から改めて申し込むから」
魔剣士「ほん、と?」
勇者「本当。僕にはオサナしかいないから」ギュ、、、
魔剣士「……うん。ならあたし、待ってる」ギュッ
623:
 ◇翌朝 広場
少女「司祭さん! あたし、がんばるよっ。上手にできたらチュウしてね?」
司祭「しないと言っているだろう?」
魔女「意気地なし」ボソ
司祭「…………」
 ◇議場
小王「やあやあ司祭くん! 準備は万全かい?」
司祭「大丈夫だ。この国の人間が結界を張るんだからな」
魔女「へたれ」ボソ
司祭「…………」
小王「ん? どうかしたかい?」
 ◇森
壮年「よっしゃ! いっちょかましてやるか!」
司祭「期待している。どうか頑張ってほしい」
魔女「あそこまでして何もしないなんて」ボソ
司祭「…………」
壮年「やあ、血がたぎるってもんだなあ! はっはっは」
624:
司祭「なあ魔女。後で話があるんだが」
魔女「あたしはないもの」ムス
司祭「最後の戦いなんだ。万が一の時に後悔したくない。そう拗ねないでくれ」
魔女「戦いはこれで最後ね。でもわたしたちの人生はこれからだもの」
司祭「だから、せめて話は聞いてくれ。私だって色々と考えたんだ」
魔女「聞いてあげない」
司祭「魔女……」
魔女「甘やかしてくれなきゃ、聞いてあげないんだから」
司祭「わかった。頑張らせてもらおう」
魔女「ふん、だ。司祭くんのバカッ」
魔剣士「何なんのかしらね、あの二人」
勇者「さあ?」
625:
 ◇
「「「「 高度結界<カーサ・グレース>! 」」」」シャラン
勇者「小国をすっぽりと覆えた、かな」
魔剣士「この堅さなら魔物も簡単には破れないでしょうね」コンコン
小王「勇者たちには色々とお世話になったな。ここで褒美の一つも出せれば王様としての威厳が保てるが……」
魔剣士「最初の方から王様の威厳はなかったわよ? 諦めたら?」
小王「はは、相変わらず手厳しい。やはり妻に欲しいな!」
勇者「魔剣士は渡しません」
小王「ふむ……?」
魔女「あらあら?」
小王「うむ、そう真剣にならないでほしい。ちょっとした冗談だ」
勇者「ならいいのですが」
司祭「ずいぶんと過剰に反応するんだな」
魔剣士(勇者のバカ……嬉しいけど)
小王「では、ここでしばしお別れだ。次に会うのは魔王を倒した後だろうな?」
勇者「そのつもりです。きちんと生きて帰ってきますよ」
小王「かかっ、当然だ。まだ君らとは酒も飲んでないからな!」
司祭「せいぜい上物を用意しておくことだ。こちらの女性陣は酒にうるさいからな」
魔剣士「それは魔女だけでしょ! あたしを巻き込まないでっ」
魔女「ふふ? 魔剣士ちゃん、一緒に酒豪を名乗りましょ?」
小王「――――愉快なことだな。これから魔王を倒すんだろう?」
勇者「ええ。こちらの女性陣は空気を読まない分、男性陣で緊張を保っています」
魔剣士「どういう意味よ!?」
勇者「では、そろそろ」
小王「帰りを待っているぞ、異国の友人たちよ」
629:
――――最後の力
 ◇魔王城
ガチャ、ギイィ
司祭「すえた臭いがするな……魔物の体臭というわけではなさそうだが」
魔女「気が滅入っちゃうな? 早く魔王を倒して、辛気くさい城を出ちゃいましょうね?」
魔剣士「賛成。――――そのためにも、まずはあなたを倒せばいいのかしら?」
マーリア「そうだな。何なら俺を素通りして、魔王を倒しに行っても構わないが」
勇者(これまでの中で一番人間に近い、かな。目立った特徴はないけど……)
マーリア「…………」
勇者(強い。間違いなく)
勇者「あなたがマーリア、でいいのかな。小国で名前だけは聞いているよ」
マーリア「ふん。俺もお前たちの名前は知っている。自己紹介は不要だな」
マーリア「さて」ギギッ
魔女(何もないところから剣を作った?)
マーリア「お前たちはどうだか知らんが、俺は勇者に恨みがある。他の三人は素通りしてもいいが、勇者だけは通せない」
魔剣士「勇者を置いては行かないわ。あなたが邪魔するなら、ここで斬り伏せるだけよ」
勇者「僕はあなたと会った覚えがないしね。言いがかりに付き合ってあげるほど優しくはない」
勇者「――――どきなよ。どかないなら、倒す」
マーリア「そうか。残念だ」
マーリア「…………アンフィビ、アヴェス」
630:
アンフィビ「――――」
アヴェス「――――」
司祭「……バカな。どちらも確実に死んだはずだ。人間に戻るところも確認している」
魔女「よくできた作り物みたいね?」
マーリア「その通り、作り物だ。だが本物と同程度の能力はあるし、知性がなくとも人間を殺すことはできる」
マーリア「行け。外の人間を殺してこい」
アンフィビ「――――」
アヴェス「――――」
カツン、カツン
魔剣士「っ! 待ちなさいよ!」
マーリア「さて、では始めようか。お前たちがのんびり俺と戦っている間に、あの二つは大勢の人間を殺すだろう。どうでもいいことにな」
勇者「……それを僕たちに教える理由は?」
マーリア「勇者以外の三人はあれらを追っても構わない。他の人間を見殺しにするか、勇者を見殺しにするか選ぶがいい」
魔剣士「ふざけるんじゃないわ――――時間の無駄よ、さっさとあなたを斬り捨てる!」チャキッ
勇者「魔剣士、待って」
勇者「全員で戦えば、あの魔物たちが外に行くのを防げない。追いかけるしかないよ」
司祭「……そうだな」
魔女「ええ、そうね」
司祭「魔女」
魔女「わかってるのよ?」
631:
勇者「僕は残る。自分で回復もできる魔剣士がアンフィビを、司祭さんと魔女さんでアヴェスを追いかけて。そうすれば」
司祭「では行くか」
魔女「ふふ、張り切っちゃおうかしら」
魔剣士「ちょっと! 勇者を一人にする気!?」
司祭「そんなわけがない。追いかけるのは私と魔女だけで十分だ」
魔女「わたしがアンフィビと戦えばいいのよね?」
司祭「それがいいだろうな。私はアヴェスの相手をしよう」
勇者「ちょっと待ってよ!」
マーリア「仲間割れをしていいのか? そら、奴らが外にでてしまうぞ」
勇者「くっ……」
司祭「安心しろ、無事に倒して戻ってくる」
魔女「どうしても心配なら、早く追いかけてきなさいね?」
タッタッタ、、、
魔剣士「勇者、あの二人……」
勇者「司祭さんは相手を攻撃する手段が乏しいし、魔女さんは自分の身を守る力がない。一人で戦わせるわけにはいかないのに……!」
魔剣士「――――いいわ、ならさっさと倒して助けに行きましょうか」チャキッ
マーリア「ふん、来るがいい。集団を組まなきゃ魔物に対抗できないことを思い知らせてやる」
勇者(共鳴)ブォン
勇者「その思い上がりを叩き潰す」ダッ
632:
司祭「魔女、持っていけ」
魔女「これは?」
司祭「高回復<ハイト・イエル>の効果がある魔石だ。数は多くないが足しにはなるだろう」
魔女「ふふ、ありがとうね?」
司祭「……死ぬなよ」
魔女「あら、魔女は死なないのよ? 司祭くんをもっとからかわなきゃいけないものね?」
司祭「せいぜいからかわれよう。……また後でな」
63

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スポーツ漫画に恋愛をもちこむと駄作になる

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