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勇者「コミュ障すぎて満足に村人と話すことすらできない」


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1:
勇者「あの、そのぉ……」
村人「ん? もしかして俺に話しかけてんのか?」
勇者「ぁ、そうです。はい」
村人「見かけねえ顔だな。なんか俺に用でもあんの?」
勇者「……あるんです」
村人「はい?」
勇者「あの、だから……あるんですよ」
村人「なにが?」
勇者「えっと……聞きたい、こと、ですかね? あはは……」
3:
村人「聞きたいことって? 具体的に言ってくれよ」
勇者「あっ! そ、その、わ、忘れちゃいました」
村人「は?」
勇者「……な、なに、聞こうとしたか」
村人「兄ちゃん。俺も暇じゃないんだわ、こう見えてもな」
勇者「……そう、ですよねえ」
村人「おう」
勇者「あ、あはは」
村人「笑ってんじゃねえよ」
勇者「……はい」
村人「次からは人に質問するときは、頭ん中でまとめてからにしな」
勇者(行っちゃった……)
6:
勇者「……クソが」
勇者(誰に向かって口聞いてると思ってんだ!)
勇者(なんなんだよ、あの中年小太りオヤジがっ!)
勇者(ムダに鼻油でテカテカのくせにっ!)
勇者(こっちがなけなしの勇気振り絞ってんのによおっ!)
勇者(もうすこし優しくしてくれてもいいだろうがっ!)
勇者(ていうか見知らぬ人間が困ってたら、助けようと思うだろ!)
勇者(それが人情ってもんだろうが!)
女の子「お兄さんジャマ。そこどいて」
勇者「ぁ、はい」
8:
勇者(しかし、なぜ俺はこうも人との交流が下手なんだろうか)
勇者(理由がまったくわからない)
勇者(気づいたら、こうなっていた)
勇者(幼少のころから、勇者としてまじめに修行してきただけなのになあ)
勇者(たとえば、定食屋に行けば――)
店員『おかわり自由だからね! いっぱい食べてね!」
勇者『……』
勇者(おかわりって言えない……)
11:
勇者(かわいいお姉さんとお酒飲める店行っても――)
お姉さん『お兄さんって、普段はなにしてる人なの?』
勇者『ぁ、そ、その……』
お姉さん『やだー緊張してるの? かわいーいー』
勇者『ち、ちがっ……そのぅ……』
お姉さん『で、お兄さんの職業は?』
勇者『ゅ…………ひっ……はあはあ……!』
お姉さん『ちょっとお兄さん!? しっかりして!』
勇者(緊張のあまり、過呼吸でぶっ倒れて教会に送られる始末)
13:
勇者(道具屋で装備品を買おうとしたときも――)
勇者『ちょっと裾が長いな……』
勇者『サイズを調整したほうがいいかも』
勇者『でも……』
店員『お客さん、これなんてどうです?』
客『いいね。おたくの店、なかなかの物を揃えてんね』
店員『でしょう? これなんかもどうです?』
客『おおっ!』
勇者『……』
勇者(結局サイズ直しもせずに出てきてしまうし)
14:
勇者「旅ってつらいなあ」
魔法使い「なにブツブツ言ってんの?」
勇者「うわあぁ!?」
魔法使い「そんなに驚かなくてもいいじゃない」
勇者「きゅ、急に! は、話しかけないでくださいよ……」
魔法使い「はいはい。これからは気をつけるね」
勇者(コイツは魔法使い。国の推薦を受けるほどに優秀な術者)
勇者(魔王をたおす旅の俺のお供のひとり)
勇者(つい最近知り合った。もちろんいまだに打ち解けていない)
17:
魔法使い「そんなことより。きちんと情報収集してるの?」
勇者「……いちおう」
魔法使い「いちおうってなによ?」
勇者「ま、魔法使いさんも知ってますよね?」
勇者「ボクが、極度の人見知りだってこと」
魔法使い「もちろん知ってるよ」
勇者「じゃあ……」
魔法使い「でも勇者が言ったんだよ?」
魔法使い「手分けして情報収集しようって」
勇者(それはお前らとずっと一緒にいて、気が休まらないから言ったんだよ!)
19:
勇者(この旅というのは、たえず他人と行動せにゃならん)
勇者(おかげでたえず神経張ってなきゃ行けなくて疲れる)
勇者(ひとりの時間がないと、とてもやっていけない)
勇者(ていうかなんで俺って、ひとりで旅してないんだろ)
勇者(いや、そりゃあひとりで冒険なんて無理だけどさ)
勇者(……そもそもこれも魔王がすべて悪い)
勇者(そう。魔王が姫様をさらった。それがすべてのはじまりだった)
21:
勇者(巧妙に姫のいる城に侵入した魔王と俺は対峙した)
勇者(実力は魔王のほうが上だった)
勇者(でも、こっちには仲間がたくさんいたから戦いを有利に進められた)
勇者(まあ最後にはスキをつかれ、逃げられたんだけど)
勇者(しかも姫様までさらわれた)
勇者(魔王との戦いでかなりの傷を負った俺)
勇者(だけど、まだこの時点ではマシだった)
勇者(問題は姫様がさらわれたあと)
勇者(よりによって俺が責任を追求された)
23:
姫がさらわれたあとの会議
えらい人A『ぶっちゃけ誰が悪いのよ?』
えらい人B『警備兵の采配は君がしてたんでしょ?』
えらい人C『え? 私が悪いの?』
えらい人D『じゃあほかに誰に非があるんだよ?』
えらい人E『まず姫の避難が遅かったのが問題じゃね?』
えらい人F『ていうか、勇者が魔王を追っ払ってばよかったんじゃね?』
勇者『……え?』
えらい人G『あーうん。そんな気がするわ』
勇者『ふぇ?』
24:
えらい人H『あのさあ。勝てないんなら逃げろよ』
勇者『あ、いや、でも……』
えらい人I『なに? 反論があるならはっきり言いなさいよ』
勇者『あー、そのぉ……』
えらい人J『うん、悪いのは君だよ。責任はきちんととろうね』
勇者『そ、そんな……』
勇者(だいたいこんな感じの流れで、気づいたら全部俺のせいになってた)
勇者(こうして、ほか3人の仲間と旅に出ることになってしまった)
勇者(権力の前に、俺の人生をかけて鍛えた剣術は全く役に立たなかった)
26:
勇者「『はい』か『いいえ』だけで会話が成立すればいいのに」
魔法使い「そんなの無理に決まってるでしょ」
勇者「はい」
魔法使い「とりあえず、みんなと合流する?」
勇者「いいえ」
魔法使い「きちんと会話しなさい」
勇者「……すみません」
勇者(この寸胴ボディ女が! えらそうな口を!)
勇者(王様直々の指名だからって調子にのんなよっ!)
30:
魔法使い「よし。じゃあ戦士と僧侶と合流しよっか」
勇者「……」
勇者(せめてもうすこしだけ、ひとりの時間がほしい)
勇者(だいたい戦士と僧侶はもっと苦手だし)
勇者「すみません、道具屋に行ってきます」
魔法使い「なんでよ!? ていうか待ちなさいよ!」
勇者「待ちませーん」
勇者(ひとりこそが俺にとっては幸せなのだ!)
勇者「フハハハハハハ」
32:
そして十分後
道具屋「いやあ、この道具とかどうですか?」
勇者「ぁ、いや……」
道具屋「遠慮しないでくださいよ。
 なんなら、この店限定のとっておきをお出ししますよ?」
勇者「その……べつに、あの……」
勇者(最悪だ。道具屋につかまった)
道具屋「まあとにかく、一個ぐらいなにか買っていってくださいよ!」
勇者(仕方ない。てきとうに道具を買ってさっさとずらかろう)
33:
勇者(薬草でも買ってくか?)
勇者(しかし金銭的に、そんな余裕はないもんな)
勇者(余ったお金はこっそり貯金しておきたいしなあ)
勇者(俺の将来の夢のためにも)
道具屋「お客さん」
勇者「はい?」
道具屋「今アンタ、うちの商品盗んだろ?」
勇者「え?」
道具屋「はっきり見てたよ、悪いけどね」
勇者「な、ななな……な、なにを……!?」
35:
道具屋「好青年かと思ったら、まさかだったなあ」
勇者(盗んでねえよバーカ! どこに目ぇつけてんだ!?)
勇者(だいたい盗みたいとも思わんわ、こんなホコリ臭い店の商品なんて)
道具屋「あ? なんだその目は?」
勇者「あ、あなたの……か、勘違いかと……」
道具屋「勘違い? 俺の?」
勇者「はい」
道具屋「盗人猛々しいとはこのことか! はっきりと盗んだろうが!」
道具屋「ほら、これを見てみろ!」
勇者「!」
勇者(俺のポケットに、小型ナイフが!?)
36:
勇者「な、なにかの、まちがいです……たぶん」
道具屋「まちがい犯したヤツがなに言ってやがんだ!」
勇者「そ、そんなあ!」
道具屋「とりあえずこっちに来い!」
勇者(そして俺は見知らぬ道具屋に無実の罪で捕まった)
勇者(しかもなぜか地下牢に突っこまれちゃうっていうね)
38:
道具屋「ここで大人しくしてろ!」
勇者「はい」
勇者(冗談じゃねえ! なんで勇者である俺が捕まってんだよ!?)
勇者(あのオッサンをボコボコにして逃げるべきだったか?)
勇者(ていうか。どうして俺のポッケにナイフなんて入ってたんだ?)
勇者(あのクソ道具屋め、ハメやがったか?)
勇者「……」
勇者(いや、でもここって落ち着くなあ)
勇者(人々の喧騒から離れた、静寂に満ちたひんやりとした空間)
勇者(このままここで貝になりたい)
41:
一方、魔王城では
姫「どうして私を誘拐したの?」
魔王「……」
姫「……」
魔王「……」
姫「質問を変えるわ。どうして私を殺さないの?」
魔王「……」
姫「ていうか」
姫「遠くない!? 遠すぎてあなたが全然見えないんだけど!」
姫「なんで私とあなたの距離、こんなにあるの!?」
42:
側近「魔王さまは大変シャイな方で、誰かと目をあわせるのが苦手なのだ」
側近「たとえそれが、貴様のような有象無象でもな」
魔王「うむ」
姫「なによそれ。うちの勇者と同じだなんて」
側近「あんなものと魔王さまを一緒にするな!」
姫(そういえば、勇者と魔王って……)
44:
勇者『!』
魔王『!!』
勇者『!?』
魔王『……!』
姫(お互いに一言も口をきかなかったけど、そういうことだったのね)
側近「そういうことだ! 理解したのならもう質問するな!」
魔王「うむ」
姫(どうでもいいけどあの側近、声ガラガラね)
55:
姫(誘拐されてからもう二週間以上がたつ)
姫(さらわれた当初は、ショックと恐怖でパニックになってたけど)
姫(城で生活していたときと大差ない待遇と)
姫(時間の経過のせいで、この状況にも慣れてしまった)
姫(でもこのままじゃダメ)
姫(なんとかこの状況を打開しないと!)
56:
姫「あなたたちは、なにが目的でこんなことをするの?」
姫「城を襲撃して私を誘拐したと思ったら、一転して今度は要塞に閉じこもる」
姫「狙いはなに?」
側近「口を慎めと言ってるのがわからんのか!?」
側近「魔王様は極度の人見知りなのだぞ!」
魔王「うむ」
姫「魔王が人見知りしてどうするのよ」
57:
側近「人間ごときがそもそも、魔王様と対面することが……」
魔王「おい」
側近「はい?」
魔王「二度とさように失敬なことを申すな」
側近「も、申しわけございません」
魔王「卿は退室しろ。あとは余ひとりで十分だ」
側近「し、しかし」
魔王「余はひとりでいいと申したはずだが。なにか不服なことでも?」
側近「……いいえ。かしこまりました」
姫(自分の部下とは普通に話せるのね)
58:
姫(側近がいなくなって、私と魔王だけになった)
姫「……」
魔王「……」
姫「……」
魔王「……」
姫(かれこれ沈黙が五分以上続いてるのだけど)
姫(遠すぎて魔王の表情はうかがえない)
姫(交流が苦手な人ってこういうとき、なにを考えてるのかしら)
59:

勇者(よく会話はキャッチボールにたとえられるけど)
勇者(個人的にはジェンガのほうがしっくり来る)
勇者(普通の人間は、ジェンガのように会話の土台があるわけだ)
勇者(会話の土台、つまり言葉だな)
勇者(その土台から言葉を引っぱってきて、どんどん重ねてくわけだ)
勇者(それで会話が成立する)
勇者(でも俺のような人間は、他人と対面した瞬間にその土台を失うわけだ)
勇者(もし奇跡的に会話が続いても、とちゅうで土台がなくなって崩壊する)
勇者(失言でタワーを崩すパターンもあるな)
勇者(そう考えるとやっぱりすばらしいな、ひとりって)
61:
勇者(ひとりでいりゃ、傷つくことも気疲れもしない)
魔法使い「すごい気の抜けた顔してるね」
勇者(あと牢屋の壁ってひんやりしててキモチイイ)
魔法使い「おーい」
勇者(あれ? なんで魔法使いがいるんだ?)
魔法使い「急に渋い顔になったわね」
勇者(当たり前だろうが。人がうとうとして気分よくなってるときに)
勇者(ストレスの原因が来て、気分が悪くならないわけがない)
魔法使い「ていうかしゃべりなさいよっ!」
勇者「ぬわぁっ!?」
62:
勇者「な、なななぜ魔法使いが……!?」
魔法使い「追いかけてきたに決まってるでしょ」
魔法使い「なのに。道具屋に入ったら勇者がいないんだもん」
勇者「はあ」
魔法使い「それで道具屋のおじさんを問いつめたわけ」
勇者(まさか、俺が盗みをしたと吹きこまれてないよな)
魔法使い「安心して。勇者がハメられたことはわかってる」
勇者「?」
魔法使い「ですよね、おじさん?」
道具屋「……」
63:
勇者(なんでオッサンは俺に無実の罪を着せようとしたんだ?)
道具屋「こうするしかほかに方法がなかったんだ……!」
勇者(それでわかるわけねえだろ! 事情を説明しろ! 事情を!)
勇者(ていうかまず謝れ! 地面にひたいをこすりつけて! 全力で!)
魔法使い「なにか事情があるんですよね?」
道具屋「……されたんだ」
魔法使い「え?」
道具屋「誘拐されたんだ……俺の娘が」
魔法使い「誘拐?」
道具屋「……ああ」
67:
勇者(オッサンの話をまとめるとこんな感じ)
勇者(数日前のこと)
勇者(オッサンは道具の調達のために隣の街に行ってたらしい)
勇者(その帰りにばったり魔物と遭遇した)
勇者(で、そいつは言った)
勇者(『おまえの娘はあずかった。返してほしければこちらの要求をきけ』と)
勇者(家に戻って確認したところ、娘さんは実際に誘拐されていた)
勇者(そしてオッサンは、魔物に従わざるをえない状況になった)
68:
魔法使い「その魔物の要求が、勇者をとらえることだったんですね」
道具屋「ああ。それでこれが人相書きだ」
勇者「……」
勇者(これ描いたヤツやるな。俺だって一発でわかる)
魔法使い「どう思う?」
勇者「えっとまあ……そういうことですかね。あはは」
魔法使い「もうっ。それじゃわかんないよ」
勇者(うるせえ。聞くまでもないだろうが)
勇者(そいつの狙いは明らかに俺だ)
69:
道具屋「たのむ! 俺の娘をすくってくれっ!」
道具屋「牢屋にぶちこむなんて仕打ちしておいて、都合よすぎるかもしれんが……」
勇者「ぁ、はい……わかりました」
道具屋「ほ、本当か!? 娘を助けてくれるのか!?」
勇者「はい」
道具屋「ありがとう! この礼は必ず!」
少年「なにやってんだよ、父ちゃん……」
道具屋「なんでおまえが村にいるんだ!?」
勇者(ガキんちょ……このオッサンの息子か)
70:
道具屋「今は村には帰ってくるなって、あれほど言っただろうが!」
少年「そんなことどうでもいいだろ」
少年「あいつを赤の他人に助けてもらおうとするなんて……見損なったよ」
魔法使い「お、落ち着いてください! 
  今は言い争いしてる場合じゃないです!」
道具屋「……」
少年「……」
魔法使い「とにかく今は娘さんを助ける。それだけを考えましょ? ね?」
少年「……っ! くそっ!」
道具屋「おい!? どこへ行くんだ!?」
72:
勇者(店を飛び出したガキんちょを追って、オッサンまでいなくなってしまった)
魔法使い「娘さんを助ける話、えらくあっさりと引き受けたね」
勇者「はい」
魔法使い「さすが勇者。見直したよ!」
勇者「はい」
魔法使い「……ねえ。てきとうに聞き流してない、私の話」
勇者「いいえ」
73:
魔法使い「勇者って『はい』と『いいえ』だけは妙に流暢だね」
魔法使い「普通にしゃべると絶対にどもるのに」
勇者(それ実は俺も思ってた)
魔法使い「……私ね、冒険譚を読むのが好きなの。『冒険の書』とかね」
勇者(なんだ急に?)
魔法使い「そういうのでときどきあるんだけど」
魔法使い「ひねくれ者の勇者が、依頼を最初に突っぱねるって展開がよくあるんだよね」
勇者(あー、ちょうど今の俺みたいな状況で起こるヤツね)
魔法使い「まあ結局最後は、文句を言いながらも引き受けるんだけどね」
74:
魔法使い「てっきり勇者もそういうタイプかと思ってた」
勇者「……あはは」
勇者(時間と金をムダにするのはキライだ。それが茶番でなら、なおさら)
勇者(どうせやるならさっさとやる)
勇者(それが俺のモットー)
魔法使い「とりあえず二人が戻ってくるまで待つしかないね」
勇者「はい」
魔法使い「『はい』以外も言ってよね、たまには」
勇者「いいえ」
魔法使い「……はあ」
77:
数時間後
魔法使い「じゃあ最後に。もう一度確認します」
魔法使い「例の魔物の指示通り、勇者に指定された洞窟に行ってもらう」
魔法使い「行くのは勇者ひとりだけ」
魔法使い「……ここまであってますか?」
道具屋「ああ。そして娘はその洞窟にいるはずなんだ」
道具屋「魔物が真実を語っていれば、だが」
魔法使い「大丈夫ですよっ。娘さんは絶対に助け出します!」
魔法使い「それに勇者は口のかわりに腕がたつので。ねっ?」
勇者(とりあえずうなずいておこう)
78:
勇者「えっとじゃあ、そろそろ行きます……」
魔法使い「『ほかの二人』はすでに行動してるはずだから」
勇者「あ、はい。
 その、お互いに……が、がんばりましょう」
魔法使い「うん!」
道具屋「どうか娘をたのむ!」
勇者(正直これからの戦いより、今してる会話のほうがつらい気がする)
80:
勇者(そんなわけで現在向かっているわけである、洞窟に)
勇者(しっかし、ずいぶんずさんな計画だよなあ)
勇者(もっと有利になる展開、いくらでも作れそうなのに)
勇者「ところで。さっきからついてきてんの、バレバレだから」
少年「……」
勇者「家にいろって、父ちゃんに言われてただろ」
少年「だって……」
勇者(『あれ? 勇者さんメチャクチャ饒舌じゃないですか』とか思った人いる?)
勇者(実はガキんちょ相手だと、なぜか普通に話せるんだよなあ)
勇者(まあどんな物事にも例外はつきものってことよ)
83:
少年「お前なんかに妹のことをまかせてたまるか……!」
少年「アイツを助けるのは、お、オレだ! オレが妹を……!」
勇者「悪いこと言わないから帰りなよ。父ちゃんにも言われてたでしょ?」
少年「うるさいうるさいうるさいっ!」
少年「赤の他人のお前なんて信用できるわけないよ!」
少年「まして大人なんて!」
勇者(子ども相手なら普通に話せるけど、それだけなんだよなあ)
勇者(上手いこと話して丸めこむとかできねえ)
85:
少年「大人はいつも平気でウソを言うっ!」
少年「母ちゃんはオレとの約束を守らずに……先に……!」
勇者「……」
少年「父ちゃんだってそうだ!」
少年「いつもはオレにデッカイ口叩いてるくせに!」
少年「魔物の言うことすぐ聞いちゃうし!」
少年「アイツを助けるのを他人に頼むし!」
少年「なにが『夢をもて』だ! クソくらえだそんなもんっ!」
勇者「……ヤダなあ」
少年「は?」
86:
勇者「夢なんてクソくらえ、って悲しいなあ」
少年「大人のせいだ。大人がこんなことを言わせるんだ」
勇者「まっ、ガキのころの夢はたいていウソで終わっちゃうもんな」
少年「そうだよ。夢なんて見るだけムダだ」
勇者「じゃあお前は夢を叶えようとか、思わないわけだ」
少年「……夢を叶えるって、なんだよ」
勇者「ウソを本当に変えること」
少年「!」
91:
勇者「ついでに。夢っていうのは、もっと生きてから見るもんだと思う」
少年「……どうして?」
勇者「あーもうっ。口下手の俺にあんましゃべらせんな」
勇者「お前の妹は必ず助ける。だから待ってろ」
少年「信じて、いいの?」
勇者「俺はできない約束はしない」
勇者(ガキんちょの顔つきがすこし変わった気がした)
勇者(すこししゃべるのがつらくなった気がする)
勇者(俺は会話を切り上げてその場をあとにした)
92:

勇者(指定された洞窟はここだな。予想外に小さい)
勇者(入口なんて屈まないと入れねえな)
勇者(あ、でも意外と中は広い)
?「待ちくたびれたぞ、勇者」
勇者「!」
勇者(道具屋のオッサンが言ってことは、本当だったみたいだな)
道具屋『魔物の正体はわからなかったんだ』
道具屋『あまりに濃い霧で全身が覆われてたんだよ』
道具屋『デカいってことぐらいか、わかったのは』
93:
勇者「……」
?「なんだよ、えらく大人しいな」
?「いろいろ聞きたいことあるんじゃねえの、お前?」
?「人質は、とか。俺様の正体は、とか」
?「あっ、お前ビビリなんだろ? まともに口がきけないんだってな」
勇者「……」
?「情けねえなあ。ヤローがそんなんでどうすんだよ」
勇者「……」
?「ていうか今も症状出ちゃってる? ニャハハハ傑作だな!」
勇者「手より先に悪口が動く。キライだね、お前みたいなヤツは」
95:
?「その口、二度と叩けないようにしてやる」
勇者「!」
勇者(洞窟の入口がなにかで閉ざされた?)
勇者(まさに真っ暗闇。ほとんど視界ゼロの状態か)
?「さらにくわえてこの霧。もはや俺様の姿はとらえられまい」
勇者(こう狭いと迂闊に魔力を使った攻撃は使えない)
勇者(しかも娘さんがこの中にいるとしたら、なおさら)
96:
 風の裂ける音に遅れて、すねに鋭い痛みが走った。
 反射的に拳を振るってみたが、とらえたのは暗闇と濃霧だけ。
勇者「……っ!」
?「まずは一発。さて、次はどこを狙おうかねえ」
勇者(いちおう、この魔物には作戦らしきものはあったわけだ)
?「この目は闇の中でこそ光る」
?「お前に見えないものも俺様には見える」
?「つまり、ここでは俺様が圧倒的に優位」
勇者(さて、どうやってたおそうかな)
 敵の術中に絡めとられた中。
 敵をたおさなければいけない、ということだ。
97:

?(さすがは勇者と言ったところか)
?(暗闇の中、確実に俺様の攻撃を捌いてきやがる)
?(それどころかすでに反撃のタイミングをうかがってやがる)
?(だがそれも、もちろん想定済み)
?(次の手は、きちんと打ってある)
勇者「なっ!?」
?(これならどうだ? 俺様の口から発射される、超光の水の弾丸)
?(……チッ、間一髪。今のはかわしたようだな)
?(しかしこの暗闇、そしてこの狭い空間という条件下で)
?(いつまで俺様の攻撃を避け続けることができるかな?)
98:
?(……すでに二分以上が経過しているが、まだ水弾をかわすか)
勇者「はぁはぁ……」
?(しかしすでに動きが鈍ってきている。油断はできないが)
?(コイツ、闇雲にこの暗闇の中で剣をふりまわしてきやがる)
?(そのせいで絶えず動くことを強いられる)
?(だが、そろそろ終わりだ。次の水弾で確実にとらえ――え?)
 勇者がこちらに向かって突進してくる。
 まっすぐ、闇の霧を突き抜けるように。
99:
 とっさにそれを避けようとしたが、しかし、それより先に勇者が大きく口を開く。
勇者「――あああああああああぁぁぁっ!」
?「!?」
 予想だにしない想定外の怒号が、鼓膜を、からだを突き抜ける。
 思わず全身が硬直する。
?(しまっ……!)
勇者「つかまえたぜ、ようやく」
 気づいたときには、勇者の手にその小さなからだは捕まえられていた。
100:

勇者「ったく、洞窟の入口を岩でふさぐなよ。出るのが大変だろ」
猫「……」
勇者「『まさか俺様が負けるなんて』」
勇者「そんな顔してるな、猫さんよ?」
猫「……」
勇者「いやあ、どんな魔物が闇ん中に潜んでるのかと思えば」
勇者「こんな愛らしい子猫ちゃんだったとはなあ」
猫「……なんでだ?」
勇者「ん?」
猫「あの暗闇の中、どうやって俺様の位置がわかった!?」
101:
猫「俺様の作戦は完璧だった」
猫「魔術で生み出した霧に身を隠し、水弾で敵を確実にダメージを与えてく」
猫「狭い空間なら、逃げるにも限界がある」
猫「それなのに……!」
勇者「それだよ」
猫「にゃ?」
勇者「せっかく暗闇に隠れてんのにさ、水で攻撃なんかしたら」
勇者「すぐに水たまりができて、足音しちゃうじゃん」
猫「……ぁ」
102:
猫「たしかに! 水がすべてのメリットを台無しにしてるっ!」
勇者「そうじゃなくても。お前はうるさかったからな」
勇者「姿隠して口隠さず。声のおかげで場所がとらえやすかったよ」
猫「だ、だけど! 俺様の姿が見えなかったはず!」
猫「にゃのに! なぜそうも躊躇なく突っこめた!?」
勇者「お前の笑い声だよ」
勇者「『ニャハハハ傑作だな!』って。あれで猫かなって思った」
猫「そんなとこでも……」
勇者「それと、お前の攻撃にもヒントはあった」
103:
勇者「一発目の攻撃はすねだった。人体の中でも極めて低い位置だ」
勇者「そして猫なら攻撃するにはちょうどいい位置」
猫「それでほとんど確信したというのかにゃ?」
勇者「ダメ押しは、お前の『この目は闇の中でこそ光る』ってセリフ」
勇者「まさに猫の目の特徴。あれで完全に確信した」
猫「だから最後の最後で……」
勇者「そう。耳のいい猫の魔物、大きな音は苦手だろ?」
勇者「まあ霧で姿を隠してたって話を聞いた時点で、だいたい予想はついてたよ」
猫「ううぅ?」
105:
勇者「口は災いのもと」
勇者「それを身を持って証明したな、子猫ちゃん」
猫「……ちょっと待て。お前、しゃべるのは極めて不得手だと聞いてたが?」
勇者「なにごとも例外はつきもの」
勇者「俺はガキんちょと魔物相手には緊張しないんだよ」
猫「ううぅ……」
勇者「ついでにもうひとつ」
猫「?」
勇者「人が気にしていることを、平気でバカにするヤツにはバチが当たる」
勇者「今度からは気をつけな」
119:

勇者(人質の娘は洞窟の最奥の隠し部屋にいた)
勇者(ちなみに。その子が誘拐された経緯は、というと)
娘『しゃべる猫さんがね、あたしにおいでって言うからついてったの』
娘『そしたらね。あたし、森の中にいたの』
娘『そこにはいっぱい猫さんがいて、ずっと遊んでたんだ』
娘『ホントは帰らなきゃって思ってたよ?』
娘『でも猫さんたちが、もっと遊ぼうって言うからずっと遊んでたの』
娘『あ! ご飯はね、猫さんたちからもらってたんだあ』
勇者(とりあえず無事だったので俺はなにも言わなかった)
120:
勇者(で、娘さんをオッサンのとこに届けた)
勇者(このあとの流れは、だいたい想像がつくだろうから割愛)
勇者(ちなみに。ガキンチョとはそのあとにすこし話した)
少年『……ありがとな。妹を取り返してくれて』
少年『世界には、お前……勇者のお兄さんみたいなカッコイイ大人もいるんだな』
少年『その……オレもがんばってみるよ』
少年『まだオレには夢なんてないけど。いつか見つけるんだ、きっと』
少年『ところでさ。お兄さんの夢ってなんなの?』
勇者(まあこんな感じで、道具屋のおっさんたちとはわかれた)
121:

戦士「さて、キミには聞きたいことがあるんだよね」
勇者(コイツは戦士。ロン毛でキザ。俺の古くからの知り合い)
勇者(戦士のくせに、ダボダボのローブを着用してる)
僧侶「素直にさっさと吐いたほうがいいですよ。知ってること、全部」
勇者(美人でクールで、俺が一番苦手なタイプの僧侶)
勇者(この女とふたりっきりになったら、たぶん俺は死ぬ)
猫「うううぅ……」
勇者(そして現在。宿屋で魔物猫を尋問している)
122:
魔法使い「おねがい。知ってることを全部話して。ねっ?」
猫「誰がお前ら人間なんかに!」
猫「そんなことしたら、魔王城に帰ることもできにゃくなるわ!」
戦士「ふーん。キミ、魔王城がどこにあるか知ってるんだね」
猫「ぎくっ」
戦士「これから話すことが、キミの運命を大きく左右する」
戦士「できれば素直に話してほしいなあ」
猫「お、俺様がそんなおどしで、し、しっぽをふるとでも?」
僧侶「ふらないなら切り落としましょうか、あなたの膨らんでるしっぽ」
猫「わ、わかった! しゃべるからそのナイフをしまえにゃん!」
123:
戦士「話がわかる猫でほっとしたよ」
猫「……魔王さま、こんな情けない俺様をゆるしてほしいにゃん」
戦士「時間もないので手短に。ずばり、魔王城の場所はどこだい?」
猫「知らん」
僧侶「へえ」
猫「ほ、ホントだ! 
 ……だからナイフはしまってほしいにゃん」
勇者(しっぽも耳も縮こまっちゃってるな。かわいそうに)
124:
猫「途中までなら道案内はできる……と思う」
猫「だけど、俺様では絶対に魔王城には戻れない」
戦士「そういえば、魔王城には複雑難解な結界が備わってるらしいね」
猫「うむ。結界のせいで一度出たら、戻ることは極めて困難にゃん」
魔法使い「空間系の魔術。厄介だね」
戦士「とりあえず、魔王城に一番近い街を教えてくれる?」
猫「それは無理な相談だ」
戦士「なんで?」
猫「人間の街の名前なんて、いちいち把握してない」
僧侶「へえ」
猫「ウソついてにゃいぞ、俺様は!
 ……たのむからナイフをしまってほしいにゃん」
125:
戦士「そうなると、ボクらはキミを随伴させなきゃいけないのか」
猫「ほかに方法がなければ」
魔法使い「本当!?」
猫「きゅ、急に大声を出すな……ビックリしちゃうにゃん」
戦士「嬉しそうだね、魔法使い」
魔法使い「うんっ! 私、猫大好きだから一緒に冒険したいなって思ってたんだ」
戦士「勇者。キミはどう思う?」
勇者「あっ、うん。まあ……い、いいんじゃないかな?」
126:
勇者(国の連中が探しまくってなお、見つかっていない魔王城)
勇者(魔王の手先が場所を教えてくれる。これはすごいチャンスだ)
魔法使い「じゃあ決定っ! よろしくねっ!」
猫「にゃわわっ! 頬をすりすりするのはヤメろおっ!」
戦士「時間もおしてる。あとのことは道中で聞くよ」
猫「おいっ勇者たすけろっ! にゃわわわわ」
勇者「……」
勇者(殺そうとしたヤツに助けを求めるなっつーの)
129:

姫(昨日。私と魔王は会話をした、そう、たしかにした)
魔王『そなたは我々魔物をどう思う?』
姫(魔王が口を開くまでには、十分以上の時間がかかった)
姫『……』
魔王『質問が悪かったか。では……そなたは余が恐ろしいか?』
姫『ええ。恐ろしいと心の底から、そう思います』
魔王『余も同じだ』
姫『え?』
魔王『余も、そなたら人間が恐ろしくて仕方がない』
姫(聞きまちがいかと思った。でも、魔王はたしかにそう言った)
130:
魔王『否、膂力や生命力の話をしているのではない』
魔王『人間が抱える、思想や発想』
魔王『それらに畏怖の念を抱かずにはおれんのだ、余は』
魔王『他の生物を殺し食らうだけなら、まだ理解できる』
魔王『同族を労働力として使役するのも』 
魔王『だが豚や牛をくらうために、捕獲し、管理し、
 あまつさえ人為的に弄り、改変する』
魔王『こんなことをする生命は、世界広しといえど人間しかいない』
姫『……魔王。あなたはなにが言いたいの?』
131:
魔王『つまり……』
魔王『いや、そなたの質問に答えるのは、余が全てを話してからだ』
魔王『姫よ、そなたは知っているか?』
魔王『魔族がこの世界の半分近くを、掌握した時代があることを』
姫『比較的最近の話でしょ? 人類にとっての暗黒時代』
姫『でも暗闇に覆われた時代は、長くは続かなかったはずよ』
魔王『そうだ。二十年も立たずに魔族の世界は崩壊した』
魔物『人間の真似事はしたが、魔族世界を保つことができなかった』
132:
魔王『余はその原因をこう考える』
魔王『魔族が人間から、なにも学ぼうとしなかったから』
姫『……』
魔王『人間は支配下に置いた存在を単なる労働力に終わらせない』
魔王『それがもつ全てを徹底して貪り食らい、自分の血へと、肉へと変える』
魔王『魔族はそれをしなかった』
魔王『だから、あっという間にそのツケが回った』
姫『魔物と人間のちがい……学ぶこと……』
魔王『そうだ。人間と魔族のちがいはそこにある』
133:
姫『あなたは……あなたたちの目的はなんなの?』
魔王『つまり、だ』
姫『……』
魔王『えーっと……』 
姫『……』
魔王『……』
姫『……』
姫(結局ここで会話は終わってしまった)
134:
姫(てっきりそこそこ会話できるのかと思ったけど)
姫(どうやら、そうでもないみたい)
姫(でも、いまだに自分の耳で聞いたことを信じられない)
姫(魔王が人間を恐ろしいと思う。そんなことって……)
サキュバス「お姫様。食事をお持ちしました」
姫(彼女は魔王の側近で、私の身の回りの世話する魔物)
姫(魔物、と言っても外見はほとんど人間と変わらない)
135:
姫「……ありがとう。今日の食事もおいしそうね」
サキュ「でしょう? あたしが食べたいぐらい」
姫(このサキュバスは、やたら馴れ馴れしく私に話しかけてくる)
姫「ねえ。あなたたちの目的はいったい……」
サキュ「そんなことより! あたしは姫様の私生活が知りたいなあ」
サキュ「やっぱり王族って贅沢してるんでしょ?」
姫「話をそらさないで」
サキュ「そんな怖い顔しないでよ」
サキュ「つーか、あたしがその質問に答えると思う?」
姫「……」
137:
サキュ「お姫様、ご自分の立場をよーく考えたほうがいいですよ?」
サキュ「利用価値があるから、今は大事に大事にされてるけど」
サキュ「箱入り娘は、おとなしく箱に収まっててほしいなあ」
姫「……」
サキュ「あとそんなコワイ顔しないで。かわいいんだから、笑ってよ」
姫「誘拐されて、笑っていられるわけないじゃない」
サキュ「ふーん。じゃあ、こういうことしちゃおっかな」
姫「ひゃっ!?」
138:
姫「ど、どこさわってるの!?」
サキュ「ヤバっ! 肌すべすべ! チョーきもちいいっ」
姫「や、やめ……」
側近「……お前ら。なにやってんだ?」
サキュ「……ちょっとぉ。レディーの部屋に入るときはノックを二回。
 これ常識でしょ?」
側近「んなことはどうでもいいんだよ」
姫(魔王といたときはあんなに硬い口調だったのに)
姫(ずいぶんと乱暴な口調でしゃべるのね)
139:
サキュ「なんかあたしに用?」
側近「魔王さまが呼んでる。それから、ヤツが捕まったそうだ」
サキュ「捕まったって、誰が? つーか誰に?」
側近「魔王さまがかわいがってた猫、それが勇者たちに捕まった」
サキュ「ああ、あのガキ猫ね。へえ、殺されなかったんだ」
側近「けっ。オレの予想は外れたようだ」
サキュ「じゃあ賭けはあたしの勝ちってことね。
 今度、なんかご馳走してよね」
側近「ふんっ。勇者連中もとんだあまちゃんだな」
サキュ「だから言ったでしょ?」
サキュ「『カワイイは武器になる』って」
140:
サキュ「容姿は生きてるかぎり、絶対につきまとうもの。ねえ、姫様?」
姫(なぜか私を見てサキュバスはニヤニヤしてくる)
側近「はっ、くだらねえ。見てくれなんざ、どうでもいいぜ」
側近「この世に必要なのはパワーだ。パワーこそが力だ」
サキュ「だーれもそんな話してないっつーの、この脳筋」
?「おや、ここにいたのですか」
姫(また部屋に入ってきた)
姫(姿はローブにほとんど隠れてるけど、当然魔物よね)
142:
?「魔王さまが呼んでいます。こんなところで、油を売ってる場合じゃないでしょ」
サキュ「それはそうなんだけど、コイツがさあ」
側近「あ? その目はなんだ?」
サキュ「べっつにー」
?「話はあとにしてください。
 魔王さまを待たせるわけにはいきません」
サキュ「はいはい」
姫(魔物たちの会話……このヒトたちも普通に話したりするのね)
143:

勇者(あの村を出て二日。俺たちはなんとか次の街へたどり着いた)
勇者(現在、その街の教会で俺の反省会が開かれている)
戦士「あのね勇者、キミがシャイなのは知ってるよ?」
戦士「でも戦闘中ぐらいはひっこめようよ、そのシャイな部分を」
勇者「そ、そんなこと言われても……」
勇者(数時間前のこと。俺たちパーティーは魔物と交戦した)
勇者(そして――)
144:
僧侶『煙幕で視界が……』
魔法使い『ここは各々で戦ったほうがよさげだね』
戦士『まあこの程度の魔物だったら、コンビネーションの必要もないよ!』
勇者(たしかに魔物は決して強くはなかった)
勇者(しかし運が悪いことに、俺は敵の爪に引っかかれた)
勇者『……っ!』
勇者『(たいした傷じゃないけど、この感覚……たぶん毒だな)』
勇者『(毒が回ったら厄介だ。ここは僧侶に治癒してもらうのがベスト)』
勇者『(ベストだけど……こういうとき、なんて頼めばいいのかわかんねえ!!)』
147:
勇者『(僧侶! 回復魔法じゃんじゃん浴びせちゃってくれ!)』
勇者『(……いや、なんかちがうな)』
勇者『(僧侶! さっさと俺を回復しろ!)』
勇者『(……なんかえらそうだよなあ)』
勇者『(僧侶さん、あのー、回復をしてもらってもいいですかあ?)』
勇者『(いやいや、余所余所しくないかこれ!?)』
勇者『(ダメだ! なんておねがいしたらいいのか、全然わかんねえっ!)』
魔法使い『勇者っ! 前見てっ!!』
勇者『へ…………ぐわはあぁっ!?』
勇者(そして、次に目がさめたときには街にいた)
159:
魔法使い「戦闘のときにまで人見知りが影響するなんてね」
戦士「まったく、大変だったよ。気絶したキミを運ぶのはね」
勇者「す、すみません……」
戦士「これじゃあ魔王と戦うなんて無理だ。なんとかしないと」
魔法使い「でも人の性格って一朝一夕じゃ変えられないよ」
勇者「あ、あはは」
僧侶「勇者様は、なぜそんなにシャイなのですか?」
勇者「さあ……?」
勇者(どんな質問だよ、それ)
160:
魔法使い「このままだとガールフレンドもできないよ!」
勇者(まずお友達がいない)
戦士「もうすこし。ボクらに心を開いてくれると助かるんだけどねえ」
魔法使い「心を開く……そうだ。私にいい考えがあるよ!」
戦士「聞こうか。せっかくだし」
魔法使い「あだ名つけてあげればいいんだよ」
魔法使い「あだ名で呼ぶと、なんだか仲いい感じがするし」
勇者「あだ名、ですか」
162:
戦士「へえ。それはなかなかいいアイディアだ」
勇者(コイツ、絶対に思ってないだろ)
戦士「ボクはパスだけどね」
魔法使い「なんで?」
戦士「せっかくのあだ名なんだよ」
戦士「だったら女性につけてもらったほうが嬉しいでしょ」
魔法使い「そういうものなの?」
戦士「男っていうのは、女性の施しをなにより喜ぶ生き物なんだよ」
魔法使い「ふーん」
163:
魔法使い「あだ名かあ。言いだしっぺだけど、イマイチ浮かばないなあ」
僧侶「私、浮かびました」
勇者「!?」
勇者(お前かよ!?)
戦士「へえ。どんなあだ名なんだい?」
僧侶「勇者様、発表してもよろしいですか?」
勇者「ど、どうぞ」
164:
僧侶「では僭越ながら発表させていただきます」
僧侶「チキン」
勇者「……」
魔法使い「……」
戦士「僧侶ちゃん。そのあだ名の由来は?」
僧侶「勇者様は臆病ですから。……いい意味で」
勇者(会話のときはたしかに臆病だけど)
勇者(ていうか、いい意味で臆病ってなんだ。慎重ってことか?)
165:
魔法使い「えっと……あだ名については、またべつの機会に考えよっか」
僧侶「わかりました」
勇者(僧侶の表情が心なしか、ガッカリしてるように見えた)
魔法使い「でもこれじゃあ、なにも解決してないんだよね」
戦士「じゃあこういうのはどうだい?」
魔法使い「んー?」
戦士「コスチュームチェンジ。身につけるものが変われば、気持ちも変わるでしょ」
魔法使い「あっ、それグッドアイディア」
戦士「勇者のシャイが消え失せるような、ステキな衣装を見つけたいね」
勇者「……」
勇者(イヤな予感しかしない)
166:

魔法使い「うぅ?、やっぱり晴れの日は気持ちがいいね」
戦士「昨日は土砂降りに勇者運びに、ホントついてなかったからね」
戦士「おかげで、さっき占いなんか受けちゃったよ」
勇者「……すんません」
戦士「気にしなくていいよ。占い師のお姉さん、美人だったしね」
猫「なあ、俺様気になってることがあるんだが」
勇者(どうでもいいがこの猫、ずっと魔法使いのリュックの上にのってる)
魔法使い「なになに? なんでも聞いて」
猫「お前らはなぜ、いちいち教会に立ち寄るんだ?」
167:
魔法使い「あれは教会に報告してるの、いろんなことをね」
戦士「魔法使い」
魔法使い「……わかってるよ。話していいこと、話しちゃダメなことぐらい」
戦士「まあ日にちのことぐらいなら、話してもいいんじゃない?」
猫「日にち?」
魔法使い「私たちは、次の街に行く日を教会に伝えておくの」
猫「なんでそんなことを?」
戦士「旅のとちゅうで魔物に襲われたり、
 なんらかのトラブルに巻きこまれたときのためだよ」
猫「なるほど。指定した期日に報告がなかったら、捜索願が出たりするわけだ」
魔法使い「そうだよそのとおりだよー、さすが理解がはやいねっ」
猫「だからほっぺスリスリをやめろにゃん!」
168:
魔法使い「おっ。ついたね」
僧侶「なかなか大きな店ですね」
戦士「山のふもとにある街だけあって、登山グッズや虫対策グッズが豊富なんだって」
勇者(そして店に入って五分後)
勇者(俺は魔法使いに無理やり服を脱がされ、そして……)
魔法使い「前から思ってたんだよね。勇者はもっと派手にいくべきだって」
勇者「……」
戦士「そう思った結果がこのナリってわけね」
僧侶「以前と比較すると、ずいぶんと様変わりしましたね」
魔法使い「でしょでしょ!? やっぱりファッションは冒険しなきゃね」
勇者(なんなんだ、この格好は)
170:
魔法使い「ほらほら、鏡の前に立ってみて」
勇者「うわ」
勇者(鏡の自分を見て『うわ』って言っちゃった)
勇者(ていうか原色キツいし。なんかサイズがあってないし)
魔法使い「今回のコーディネートのポイントは、ズバリこのナイフ」
戦士「腰についてるチェーンつきのナイフのこと?」
魔法使い「そうそう。こういう小物がオシャレを引き立てるの」
戦士「小物って言うには、ちょっとデカイけどね」
勇者「センスわる」
魔法使い「え?」
勇者「ん?」
勇者(ヤベ。思わず本音がポロリしてしまった)
171:
魔法使い「勇者。いまボソッとなにか言ったよね?」
勇者「そ、空耳でしょう……きっと」
魔法使い「ウソだ。絶対なにか言ったでしょ?」
勇者「……ど、独創的なファッションだなと思って」
猫「コイツは今、『センスわる』とハッキリ口にしたぞ」
勇者(ね、猫!?)
魔法使い「……」
勇者「ま、魔法使いさん?」 
魔法使い「そうだよね。うん、知ってたよ」
魔法使い「やっぱり私って、この手のセンスが致命的に欠けてるんだよね」
勇者(うわ、めっちゃ落ちこんでる)
172:
魔法使い「お母さんや友達にも『アンタやばい』って言われるし」
魔法使い「マントの下を見せたら、また同じこと言われそう……」
勇者(マントの下はどんな惨状になってんだ)
戦士「ボクはとてもいいと思うけどね、魔法使いのチョイス」
魔法使い「ほ、ほんとう?」
戦士「うん。せっかくだしこの格好で外を歩いてみようよ」
勇者「え?」
戦士「安心してよ。この服はボクのポケットマネーで買ってあげる」
勇者「え? いやいや、その……」
戦士「遠慮するなよ。ボクと勇者の仲でしょ?」
勇者(こ、このキザ野郎……)
174:
戦士「あとは必需品をそろえないとね」
僧侶「ここから先の街に行くには、この山を超えなければいけません」
僧侶「危険な虫がいますから、虫対策はしたほうがいいでしょう」
魔法使い「じゃあ虫除けスプレーは購入決定かな」
戦士「勇者はなにか買っておきたいものはない?」
勇者「……特には」
魔法使い「私は杖を補充しておこうかな。十本ぐらい」
勇者(道具屋に入るたびに杖買いすぎだろ)
175:
戦士「これ、面白いね。『虫除け』ならぬ『虫寄せ』シールか」
戦士「なにかの縁だ。一個買っておこう」
勇者(戦士は戦士で、どうでもいいものをよく買うし)
僧侶「かぶれにくい肌に優しいアルコール脱脂綿……」
勇者(僧侶は基本的に無駄遣いはしない。薬コーナーを見て終わることが多い)
店員「お兄さん、なにかお探し?」
勇者「え? あ、いや、べつに」
店員「またまたあ。お兄さんの目、エモノを狙うハンターのそれだったよ」
勇者(なぜか俺は、毎回店員に話しかけられる。そしてあたふたする)
176:

戦士「さて。買い物も終わったし、宿を探すとしようか」
 「ねえママ。あの人なんかすごい格好してるよー」
 「ダメよ、見られちゃいけません!」
勇者「……」
戦士「さっきから道行く人の視線が、勇者に集まってるね」
勇者(そりゃあ俺一人だけカーニバル状態だからな)
猫「しかし人間の街は、なぜにこうも物が多いのかにゃん」
魔法使い「こら、外ではしゃべっちゃダメって言ってるでしょ?」
猫「そう言われるとかえってしゃべりたくなるな。
 ん? アレはなにをやってるんだ?」
戦士「……占いかな。水晶もあるし」
177:
占い師「よかったらどうです?」
戦士「なんなら三人とも占ってもらえば?」
勇者(占いなんかで金をムダにしたくないな)
魔法使い「私、占ってほしい! 勇者も占ってもらおう」
勇者「あ、じゃあ……」
占い師「いらっしゃい。おや、お客様はこの街の方じゃありませんね?」
魔法使い「はい、私たちはわけあって旅をしてるんです」
占い師「では、あなた方の今後の旅について占いましょうか?」
魔法使い「あ、それよりも。ちがうことを占ってほしいんです」
占い師「ほう、それはいったい?」
魔法使い「私の服のセンスについて。……できますか?」
勇者「……」
勇者(センスを占うってなんだ?)
勇者(相当気にしてるんだな……って、俺のせいか)
178:
僧侶「……私も占っていただきたいのですが」
戦士「僧侶ちゃんもこういうの好きなんだね」
僧侶「好き、とはすこしちがいますが」
勇者(なんかすげえ意外だ)
勇者(意外と言えば、この占い師は声から察するに男なんだよなあ)
占い師「構いませんよ、もらうものさえもらえば」
占い師「それで? あなたはなにを占ってほしいのですか?」
僧侶「あだ名のセンスです」
勇者(って、お前もかいっ!)
180:
占い師「服のセンスに、あだ名のセンス……いいでしょう、占ってみましょう」
占い師「ちなみにあなたは?」
勇者「あ、ボクですか? えっと、もうちょっと考えます」
占い師「かしこまりました。ではお二方は水晶を見つめてください」
占い師「よかったら勇者さまも」
勇者「あ、はい」
魔法使い「……」
僧侶「……」
勇者「……」
182:
勇者「…………」
僧侶「…………」
魔法使い「…………」
戦士「――三人とも! 目をさませっ!」
勇者「……はっ!?」
勇者(え? え? なに? 今、俺はいったい……?)
戦士「勇者! キミの剣が盗まれた!」
戦士「あと魔法使いのやたら膨らんだリュックも!」
勇者「!?」
魔法使い「え……」
勇者(マジじゃねえか!? ていうか剣を盗まれるって……はああぁ!?)
184:
魔法使い「えっと……誰が盗んだの? 私のリュック」
戦士「あそこだ!」
勇者(野郎が四人……っていうか、すでに距離はなされてるし!)
魔法使い「ああっ!? 猫ちゃんもいっしょに誘拐されてるっ!」
戦士「とにかく追うよ!」
僧侶「了解です」
戦士「ったく、盗まれるほうも悪いけどさ――」
勇者(さすが戦士。脚力ハンパないな、すでに追いついてる)
戦士「――やっぱり盗むヤツが一番タチ悪いよね!」
勇者(回りこんだ! これで少なくとも一人は捕まえられる!)
185:
盗人「ふんっ!」
戦士「チッ……!」
勇者(って、なんて身のこなしだ!)
魔法使い「戦士があっさり抜かれるなんて……」
僧侶「ただ者じゃないですね」
戦士「……あの連中の動き、勇者も見ただろ?」
勇者「うん」
勇者(てっきりただの盗人かと思ったけど、アレはちがう)
勇者(あの身のこなし。俺たちから簡単に盗みを成功させた手腕)
戦士「アイツら……考えなしに追うと、やられる可能性があるね」
186:
魔法使い「どうするの!? このままだと街を出ちゃうよ」
戦士「最悪、魔法使いのリュックはあきらめるかなあ」
魔法使い「ええ!? あの中には色々買いだめしたアイテムがあるんだよ!」
魔法使い「猫ちゃんもリュックに乗ったままだし!」
戦士「いやあ、心中お察しするよ。でもね、勇者の盗まれたものがモノだからね」
勇者「……」
僧侶「あっちは確実に取り返さないと、取り返しがつかなくなります」
勇者(そりゃそうだ。なにせ盗まれた剣はこの世にひとつしかない――)
勇者(対魔王用の剣――『勇者の剣』なんだから)
193:
魔法使い「あっ! 二手にわかれた」
戦士「しかしなんてスピードだ。引き離されてく一方だ」
僧侶「このまま素直に追っても、取り返すのは困難かと」
戦士「……僧侶ちゃん、ひとつ頼まれてくれる?」
僧侶「教会に伝えて市警に協力をあおぐのですね」
戦士「せーかい。連中の追跡はボクらでやる」
僧侶「了解。それでは」
戦士「さてそれから。魔法使いのリュックのことだけど」
魔法使い「あの中には役立つものがてんこ盛りなんだよ、ホントだよ!」
戦士「だってさ、勇者」
勇者(ガラクタばっかだろ、どうせ)
194:
戦士「ボクから提案。こっちも二手にわかれない?」
魔法使い「それ! そうしようよ!」
戦士「もちろん。剣の奪還が最重事項だから、追うなら2:
勇者「えっと、どっちが一人ですか?」
戦士「キミの希望を言い当ててあげようか?」
勇者(とういうわけで、俺たちも二手にわかれることになった)
195:

姫「……」
魔王「……」
姫(また私は呼び出された。そしてやっぱり話すまでが長い)
姫(あと相変わらず距離が遠すぎる。声はなぜか普通に届くけど)
魔王「……今日、そなたを呼び出したのはほかでもない」
魔王「ほかでもないのだが……そのだな……」
姫(ほかでもないって言ったあとに、沈黙って)
姫「あなたたち魔物の目的でも話してくれるの?」
魔王「……ふむ」
姫「以前聞いたときは、結局はぐらかされて終わった」
196:
魔王「どうする?」
姫「え?」
魔王「余の目的を知って、それでそなたはどうする?」
姫「それを言われると……」
姫(たとえ魔王の目的を知ったとしても、私ではなにもできない)
魔王「それとそなたは勘違いをしているようだから忠告しておく」
魔王「魔族とて一枚岩には程遠い、そなたら人間と同じだ」
姫「……だから、なんだっていうの?」
魔王「……」
姫「……」
198:
魔王「あー、ひょっとするとそなたは気づいてるかもしれん」
魔王「余は人見知りするだけでなく、話すことそのものが苦手だ」
姫(気づいてた、とっくに)
魔王「余の伝えたい事と、そなたの認識に齟齬が生まれるかもしれん」
魔王「それでもよければ話してやろう」
姫「……それでいい、話して」
魔王「うむ。余は人間を滅亡させたいわけではない」
魔王「魔族の支配下に置くつもりだ」
姫「人間は奴隷ってことね」
魔王「……ちがうな、そうじゃない。家畜のほうが適切か」
姫「家畜!?」
199:
魔王「誤解するな。食ったりするわけではない」
魔王「いくつか制限は設けるが、それさえ厳守すれば人間も自由に生きられる」
魔王「職業もやりたいことも、きちんと選択できる」
魔王「もちろん過程をもつことも」
魔王「余が築こうとしてるのは、そういう世界だ」
姫「……」
魔王「魔族の支配のもと、穏やかに生活させてやろうって言ってるんだ」
魔王「むろん、不当に人間を傷つける魔族にはそれ相応の罰を与える」
姫「……」
魔王「そなたはどう思う? 余が目指す世界を」
200:
姫「……」
魔王「言葉が見つからない。そんな面持ちだな」
姫「ええ。でも納得できない、できるわけない」
魔王「なぜだ? 人間だって同じことをしているのに?」
姫「同じこと? なにを言ってるの?」
魔王「人間は牛や豚を、自分たちが食らうために管理する」
魔王「生命の営みを限られた枠の中でさせる――食事と適した環境を与えるかわりに」
魔王「余がこれからしようとすることと、そなたらがしてきたこと」
魔王「これのどこにちがいがある?」
姫「そ、それは……」
201:
魔王「魔族の世界にも争いや差別はあまねく存在する」
魔王「そして様々感情や思考、意志がはびこっている」
魔王「この世界をまとめ、秩序をつくり平和を築く――それが余の使命」
姫「じゃあ、どうして? どうして勇者を殺そうとしたの?」
姫「どうして私をここに連れてきたの?」
魔王「余が目指す世界において。余は抑止力として存在しなければならない」
魔王「その余をもっとも脅かす存在は誰か? 決まってる、勇者だ」
姫「つまりあなたは自分、ひいてはあなたの世界を脅かす勇者を……」
魔王「そうだ。危険分子は先につぶしておく必要がある」
202:
魔王「そして、なぜそなたを連れてきたのか」
魔王「ひとつはそなたのもつ、そなただけしか使えない魔術」
姫「待って、どうしてあなたが私の術のことを?」
魔王「それについて、答えるつもりはない」
魔王「そしてもうひとつの質問の答えは、簡単だ」
魔王「そなたには手伝ってほしいのだ」
姫「え?」
魔王「つまり、だ」
姫「……」
魔王「……」
姫「また肝心なところで……どうして黙ってしまうの?」
魔王「うむ、すまぬ」
姫(魔王は私になにを言おうとしているの?)
203:

勇者(こうして二手にわかれた俺たちだったが、あっさりと敵を見失った)
勇者(森の中とはいえ、こうも簡単にまかれるなんてな)
勇者「……ほんと、『これ』がなかったら見つけられなかったよ」
盗人「……なぜここが?」
勇者「……」
勇者(カッコよく質問に答えたいけど、人見知りが発動して答えられない……)
勇者(まあとにかく……返してもらうぞ)
勇者(魔法使いのリュックを!)
218:
盗人「どうやってこちらの居場所を把握した?」
勇者(答えると思うのか)
盗人「そもそも、なぜお前がこっちを追ってきた?」
勇者(だから答えるつもりはない、そう言ってるだろ)
盗人「だんまりか。まあいい」
 会話はあきらめたらしい。
 敵は腰に吊り下げていたダガーを逆手に構える。
 ただの盗人だったら、こんな持ちかたはしない。
盗人「やられちまえ」
 敵の繰り出したナイフをとっさにかわして、勇者は蹴りをくりだす。
 だが勇者の予想通り、盗人はぎりぎりでこれをかわして反撃してくる。
勇者(やっぱり。ただのコソ泥じゃないな、コイツ)
220:
勇者(普通にやりあったら面倒だ。だったら)
勇者「――今だ!」
 視線を、ダガーを振りあげた目の前の盗人から、さらに奥へ向けて叫ぶ。
盗人「誰がそんな手に!」
 「またせたにゃあ」
盗人「なっ!?」
 驚きのせいだろう、敵の動きが一瞬だけとまった。それで十分だった。
 拳を容赦なく敵の頬にぶつける。
 はっきりとした手応え。盗人が大きく吹っ飛ぶ。
勇者「猫だまし、成功」
猫「お前は猫だましの意味をきちんと調べろ」
222:
盗人「な、なんで猫がしゃべってやがる?」
猫「猫だって小言のひとつや二つ、言いたくなるときがある」
猫「とくにこんなふうに、見ず知らずの人間に誘拐されたときなんかは」
盗人「ぐっ……」
猫「ふん。パンチ一発で気絶したか」
勇者「お前は俺より、しゃべりのセンスがあるみたいだな」
猫「お前がなさすぎるだけだにゃん」
勇者「ついでに悪口のセンスもな」
226:
猫「そういえば、ひとつ気になることがある」
勇者「質問はあとだ」
猫「にゃ?」
 「気づいてたか」
 勇者の真上から声と影がどうじにふってくる、とっさに横転してその場をはなれる。
 頭上からあらわれたのは、もうひとりの盗人だった。
勇者(そりゃあな。四人が二手にわかれたのは見てたからな)
盗人「ふん。どうやらアンタ、敵とは口をきかないタイプのようだな」
勇者(次の敵は剣、しかも二刀流かよ。エモノがないときに、これとはね)
盗人「来ないならこちらから!」
227:
勇者(二刀流……手数で攻めるスタイルか)
勇者(武器がない今、これを処理すのはキツイ……いや、まてよ)
盗人「見えた――スキ有り!」
 どうやら敵はこちらの硬直を見逃さなかったようだ。 
 振りあげられた刃が勇者目がけて振りおろされる。
勇者「ところがどっこい」
 甲高い金属音が木々の葉むらに吸いこまれたときには、二振りの剣は空中を舞っていた。
盗人「ば、馬鹿な……!?」
勇者「そしてこれが俺の必殺技だ、くらえ」
猫「……」
 いつのまにか勇者にかかえられた猫が、口から巨大な水弾をはなつ。
 超光ではなたれた水弾が敵の顔面を直撃する。
228:
盗人「かはっ……!」
勇者「人のモノを盗むとこうなる。肝に銘じな」
猫「おまえ、堂々とセコイな」
勇者「こんなところでくたばりたくないからな」
猫「わざわざ手伝ってやったんだ、あとで礼のかわりにブツをよこせにゃん」
勇者「はいはい」
猫「しかし、よかったにゃあ」
勇者「なにが?」
猫「あの魔法使いのおかげで、命拾いしたじゃないか」
勇者「……まあな」
230:
勇者「この腰にぶら下げてたナイフが、まさか役に立つとはな」
猫「アイツはこういった状況を想定して、その服を着せてたのかにゃ?」
勇者「それは絶対にない」
猫「でも結果的にアイツのおかげで助かったんだろ?」
猫「だったら礼を言うのが筋ってもんだと思うにゃあ」
勇者「……」
勇者(なんと憎たらしい顔っ! 俺がしゃべれないことをわかって言ってやがんな)
猫「俺様、なにかおかしいことを言ってるかにゃん?」
勇者「おまえに言われるまでもないっつーの」
猫「で、さっき聞こうとしたことだが」
猫「どうやってコイツらの居場所を突きとめたのにゃん?」
勇者「べつに、この盗人どもを追いかけてきたわけじゃない」
233:
勇者「ほら、お前についてる首輪だよ」
猫「……ああ、魔法使いが俺様につけたヤツか」
猫「まったく。俺様には魔王さまからいただいた立派な首輪があるというのに」
勇者「二つも首輪ついてる猫もそういないよな」
猫「それで? 首輪がなんなんだにゃん?」
勇者「その首輪でお前の居場所が特定できたんだよ、これを使ってな」
猫「杖?」
勇者「仕組みは俺にはわからない」
勇者「でも、この杖はお前に近づけば近づくほど光るんだよ」
猫「この首輪は、俺様が逃げ出さないようにするためのものだったのかにゃん」
234:
勇者「さてと。コイツらの目的、その他もろもろ聞くとするか」
猫「満足に人と話せないお前が? どうやって?」
勇者「……俺のかわりに尋問してくれ。あとでなんか買ってやるから」
猫「お前、やっぱりダサいのにゃん」
勇者「うるさい。とりあえず起こしてくれよ」
猫「おい、盗人どもよ。さっさと起きろ」
勇者(そういえば戦士たちも気になるな……ん? 煙?)
勇者「――まずいっ」
猫「にゃ!? な、なんで急にひっぱるのにゃん!?」
勇者「トラップだ!」
勇者(しかも毒煙! どんなカラクリかは知らないけど事前に仕込んでたな、この盗人) 
236:
猫「ふぅ、なんとか煙を吸いこまずにすんだか?」
勇者「最近はつくづく毒に縁があるみたいだな」
猫「だがアレだと、毒煙の罠をしかけたアイツまで……」
勇者「それだけじゃない。コイツらの行動、ひっかかることが多すぎる」
勇者(そもそもアイツら、なんで逃げようとしなかった……あれ?)
猫「どうした?」
勇者「やばい。どうも吸っちゃったみたいだ、煙」
猫「あらまあ」
勇者「なんだその淡々としたリアクションは。ご主人様のピンチだぞ」
猫「俺様のご主人様はお前じゃない」
勇者「ていうか、そんなことはどうでもいい」
勇者(ヤバイ、これけっこう本気でヤバイ……)
僧侶「どうなさいましたか、勇者様?」
勇者「そ、僧侶?」
237:
勇者「あ、あのですね……そ、その……」
勇者(けっこうな生命のピンチに人見知りが! 人見知りがっ!)
僧侶「傷口は見当たらないですね」
勇者(ちっがう! 傷じゃないんだよ! 毒なんだよお!)
僧侶「ひょっとして食あたりでもしましたか?」
勇者(するかボケぇ! て、ていうか痺れてきた、か、からだががががが……)
猫「……勇者は毒煙を吸いこんだんだにゃん」
僧侶「そうなのですか、勇者様?」
勇者(めっちゃ首を縦にふる俺)
僧侶「そうでしたか。それで口がきけなかったのですね」
猫「あまりに情けなくて見てられないにゃん……」
239:
勇者(そして一分後、俺はあっさりと僧侶の治癒術で回復した)
勇者(僧侶の術が効くスピードは尋常じゃない、もう完治してる)
勇者(しいて言うなら、術をかけてもらうたびにチクッとするのが気になるけど)
僧侶「どうですか? 顔色はまだ優れないようですけど」
勇者「おかげで、なんとか……」
猫「人見知りのせいで死にかけるとは、愚かなヤツにゃん」
勇者(なにも言い返せない)
僧侶「勇者様は必要以上に無口ですからね。いい意味で」
勇者(この場合の『いい意味で』は、どういう意味なんだろ)
僧侶「勇者様が木に目印をつけてくださって助かりました」
僧侶「それがなかったら、ここにたどり着くこともなく、勇者様も……」
勇者「あ、あはは。そうですね」
240:
僧侶「ところで。前から気になってたことを聞いてもいいですか?」
勇者「……なんでしょう?」
僧侶「勇者様はひょっとして苦手なんじゃないですか、私のこと」
勇者「……」

戦士「敵は逃げない。ボクの予想は当たったでしょ?」
盗人「……」
魔法使い「本当に当たったね。でもどうしてわかったの、この人たちの場所?」
戦士「あとで教えてあげる。とりあえずは今は取り返すよ」
戦士「『勇者の剣』をね」
248:
盗人「居場所を把握していがら、あえて正面から来るとはな」
戦士「ボクは無駄な争いがきらいでね」
戦士「たいていの物事はなるだけ穏便にすませたいと思ってる」
戦士「それに。いくら剣を盗んだ連中とはいえ、ボコボコにするのは気がひけるしね」
盗人「ずいぶんと自信過剰な兄ちゃんだな、ああっ!?」
魔法使い「もー、怒らせてどうするの?」
戦士「怒る人間はなに言われても怒るよ」
戦士「相手はひとりだし、さっさと剣を取り返すよ」
魔法使い「この人たちを捕まえてから、でしょ!」
 戦士と魔法使いがそれぞれ武器をかまえる。戦士は剣、魔法使いは小さな杖を。
 まばゆい光が飛び散る、ふたりの武器からだ。
戦士「動かないでよ、術が外れるから!」
 地鳴りに似た低い音。
 次の瞬間には、盗人の足もとから巨大な突起が生えていた――戦士の魔術だ。
249:
 敵は突起を飛び退いてかわした。
 盗人が着地した場所には、すでに魔法使いが火炎球をはなっている。
魔法使い「ビンゴ!」
戦士「いや、まだだ」
 なんの前触れもなくあらわれた水の渦、それが炎の球をあっさりと飲みこんでしまう。
魔法使い「相手はひとりじゃないってことね」
戦士「陰険な連中だね。人のモノを盗むわ、戦うときはコソコソ隠れるわ」
盗人「卑怯で陰険なことは堂々とやる、それが俺たちだ」
戦士「ふーん、なるほどね」
 再び地面から突き出した突起が盗人を襲う。
 だが敵は予想よりも素早いらしい、これもギリギリでよけられる。
盗人「不意打ちかよ」
戦士「そっちがその気ならこっちもその気ってね。卑怯には卑怯でしょ」
250:
盗人「アンタ、戦士のくせに魔術の扱いに長けてるようだな」
戦士「いやいや。こちらのお嬢さんには負けるよ」
盗人「このガキンチョが?」
魔法使い「……ガキンチョ?」
盗人「ガキンチョだろ? オレらみたいなのに囲まれて、お気の毒だな」
戦士「だってさ。パーティ内で一番年上なのにね、魔法使い」
魔法使い「……」
戦士「まあ毎度年齢を誤解されるのは、それだけ若々しく見えるってことでしょ?」
戦士「よかったじゃん」
魔法使い「そういう問題じゃない。私はこれでも――」
 魔法使いが自身をくるんでいたマントを大きく広げる。
盗人「な、なんだその……」
戦士「相変わらずマントの下はすごい服……じゃなかった。すごい数の杖だね」
 マントの裏にはびっしりと大量の杖がはりつけられていた。
251:
魔法使い「会う人会う人、みんな同じこと言ってくるんだもん」
魔法使い「私はみんなが思ってるよりずっとオトナなのっ!」
 マントの下にひそませていた杖を次々と、鬱蒼と生い茂る木々にむかって投擲する。
盗人「なにをする気かしらんが。やらせはしない」
魔法使い「手遅れだよ、とっくにね」
 山を覆う木々のあいだをぬって悲鳴がきこえた。しかも複数。
盗人「なにが――」
魔法使い「だから遅いんだってば」
 
 敵の足もとに杖が突き刺さる。次の瞬間。
 
 その杖が小さく爆ぜた。
 
盗人「これがどうしたって言うんだよ」
戦士「自分の足もとをよーく見てみることだね、目をこらして」
252:
盗人「は? なに言ってやがんだ?」
 盗人が鼻でわらう。だが、すぐに盗人の口もとの嘲りは消え失せた。
盗人「……こ、これは、ど、どうなってやがんだ!?」
 杖が爆ぜたことで生じた煙が、盗人の足首にからみつくように漂っている。
盗人「どうなってんだ!? 足がビクともしねえ!」
魔法使い「私の術だよ。これ、普段はあまり使わないんだけどね」
盗人「くっそ……!」
戦士「人間、気づくと失言してるなんてことは珍しくない。
 言葉を舌に乗せるときは、きちんと吟味することだね」
魔法使い「あと、人のものを盗むのは普通に最低最悪な行為だから」
253:

魔法使い「全員拘束したし、剣も取り返したし。これでオールオッケイ」
戦士「ボクら、思いのほか歓迎されたてみたいだね」
魔法使い「五人も待ち伏せしてくれてたもんね」
戦士「それにしても。キミの術は相変わらず便利だね。ぜひボクにも種を教えてほしいね」
魔法使い「ダーメ、教えてあげない」
戦士「相変わらず魔術に関しては秘密主義だなあ」
戦士「ボクの予想を言おう。さっきの術は空間を操作する類の魔術……ちがう?」
魔法使い「さあ? どうかなあ」
戦士「いちおうそう思う根拠もあるんだけど。キミはどう思う?」
魔法使い「誰に話しかけてるの?」
戦士「彼にだよ。ほら、あそこ」
魔法使い「え……」
?「……バレてましたか」
254:
?「いつから気づいてたんですか、私があなた方を見張っていたこと」
戦士「さあ? どうかなあ」
魔法使い「ちょっと私のマネしたでしょ」
魔法使い「……ていうかこの人って、さっきの占い師の人だよね?」
戦士「そのとおり。おそらくこの泥棒くんたちとグルだったんでしょ」
占い師「グル……そうですね、一番近い表現はそれですかね」
戦士「まんまとキミの手に引っかかったよ」
戦士「おそらく占いに使う水晶、あれになんらかの魔術が施されてたんだ」
戦士「気づいたら魅入られてるような、あるいは見た人間の意識を奪うような術をね」
魔法使い「で、私たちは見事にしてやられたってわけね」
255:
戦士「普通にボロ出してたのにね、キミ」
占い師「はて? 心当たりはありませんが」
戦士「ふーん。あのときの会話は、たしかこんな感じだったはずだけど」
占い師『かしこまりました。ではお二方は水晶を見つめてください』
占い師『よかったら勇者さまも』
勇者『あ、はい』
魔法使い「そうだよ! この人、名乗ってないのに勇者のこと、勇者って呼んでた!」
占い師「これはこれは。私もまだまだツメが甘いようですね」
戦士「まあすんだこと、これはどうでもいいんだよ」
戦士「ボクが解せないのは、どうしてそのまま剣を盗んで逃げなかったのかってことだ」
256:
戦士「ボクらとたわむれるために、わざわざこんなパーティを開いてくれたのかい?」
占い師「さあ? どうかなあ」
魔法使い「……もしかしてそれ、私のマネ?」
戦士「ボクはね、こういう歓迎のされかたは好きじゃないんだよ」
占い師「次は気に入ってもらえるよう努力します」
戦士「次はない」
占い師「そう言わずに。次回もお楽しみください――」
魔法使い「……っ!? スモーク弾!?」
戦士「まったく、めんどうだなあ」
魔法使い「追わなくていいの!?」
戦士「おそらく、逃げる手段はあらかじめ用意してるでしょ」
戦士「ハナから剣を盗むつもりはなかったんだよ、たぶんだけど」
257:
魔法使い「気がかかりなことがいっきに増えたね」
戦士「今後のことについては、またみんなで話しあおう」
魔法使い「ところで。泥棒さんの場所がわかった方法、まだ聞いてないよ」
戦士「これを使ったんだよ」
魔法使い「……シール?」
戦士「ボク、道具屋で購入したでしょ? この虫寄せシール」
戦士「最初にこの泥棒くんたちを捕まえようとしたとき、とっさに貼ってみたんだよね」
魔法使い「すれちがいざまに、よくそんなことができたね」
戦士「ボクを誰だと思ってるんだい?」
魔法使い「でも、どうしてそれでこの人たちの居場所がわかるの?」
258:
戦士「このあたりは虫がウジャウジャいるからね」
戦士「当然彼らも携帯してたでしょ、虫除けスプレーは」
魔法使い「まって、すこし考えるから。答えは言わないで」
魔法使い「……つまりそのシールのせいで、虫が泥棒さんたちにまとわりつく」
魔法使い「それで虫除けスプレーを、この人たちは使った」
戦士「言っとくけど、そんな考えるような方法じゃないよ」
魔法使い「……わかった! 昨日雨が降ってたこと、これが関係してるんでしょ?」
戦士「どうやら答えがわかったみたいだね」
魔法使い「たぶんそのシールって相当効き目が強いものなんだよね」
魔法使い「だから何回もスプレーを自分に吹きかけた」
魔法使い「そしてスプレーが、昨日の雨でできた水たまりに残った」
戦士「そういうこと。剣を持ち逃げするなら、虫なんて無視するべきだからね」
魔法使い「スプレーのあとから、居場所と待ち伏せしてるってことがわかったんだね」
261:
魔法使い「でも運がよかったよね、虫寄せシールをたまたま買ってて」
戦士「たまたまじゃないんだ、これが」
魔法使い「どういうこと?」
戦士「言わなかった? ボクも占ってもらったこと」
戦士「その人に言われたんだ。虫関連の商品がラッキーアイテムって」
魔法使い「すごい、私も占ってもらいたいな。どこにいたの、その占い師さん」
戦士「道具屋のそば。美人さんだったし、とても親切だったよ」
戦士「わざわざラッキーアイテムの詳しい説明までしてくれたんだ」
魔法使い「美人は関係ないと思うけど。……ん? あれ?」
魔法使い「虫グッズの説明を親切にしてくれたんだよね、道具屋のそばで」
戦士「そうだけど? それがどうか……あっ」
魔法使い「……うん。その占いが当ったのは、本当に偶然だね」
戦士「……まんまと引っかかったわけね、アコギな商売に」
魔法使い「まあ、雨降って地固まるってことで。結果オーライ!」
262:

勇者(盗まれたモンを取り返した俺たちは、街に戻って合流した)
勇者(そのあとは教会に報告したり、コソ泥どもを市警につきだしたり……)
勇者(とにかく予想外に時間と体力を奪われることになった)
魔法使い「さすがに疲れちゃったね」
猫「俺様もまきこまれて疲れたにゃん」
戦士「今後はもっと警戒心ってヤツをもたないとね、今日みたいなのはもうコリゴリだよ」
勇者(めずらしく俺も戦士に同意)
僧侶「とりあえず今日の宿を見つけましょう」
勇者(これまた同意。ていうか早く着替えたい)
勇者(危うく俺まで市警に捕まるとこだったからな、このファッションのせいで)
263:
魔法使い「勇者、私のせいでさっきはごめんね」
勇者(もしかしてこのファッションのことを謝ってるのか?)
魔法使い「私のチョイスのせいで、勇者が泥棒に間違われるとは思わなかった……」
勇者「あ、いえ。その……」
猫「魔法使い、コイツはお前に言いたいことがあるらしいぞ」
勇者(なに!?)
魔法使い「言いたいこと?」
勇者(さっきの会話……猫の野郎、完全に覚えてたのか!)
勇者(猫のヤツめ。俺が礼のひとつも言えないと思ってるんだな、憎たらしい顔してんな)
勇者「……あの……魔法使い、さんのおかげで…………」
魔法使い「?」
勇者(落ち着け、俺! なに緊張してんだ!? ただお礼を言うだけじゃないか!?)
264:
魔法使い「……やっぱり私には服のセンスがないって言いたいの?」
勇者「い、いや。そういうことじゃなくて」
勇者(センスがないことは聞くな! 自覚しろ!)
勇者(ていうか俺が言いたいことはファッションセンスのことじゃない)
勇者「あの、これです……」
魔法使い「ナイフ?」
勇者「このナイフ……魔法使いさんが選んでくれたおかげで、助かりました……さっき」
勇者「その……あ、ありがとうございました」
魔法使い「あ、そのことね。うん……そっか」
265:
勇者「と、とにかく……助かったんです、マジで」
魔法使い「なんか新鮮」
勇者「?」
魔法使い「勇者にお礼言われたのって、はじめてな気がするもん」
勇者「あ、あはは……と、とにかく魔法使いさんの服選びのおかげで、助かりました」
魔法使い「……ってことは、これからも私が選んだほうがいい!?」
勇者「いいえ、服選びは自分でします」
魔法使い「……そうだよね。センスのない私にチョイスなんてしてもらいたくないよね……」
勇者「あ、いや、今のはその……」
猫「礼は言えても、お世辞は言えんみたいだにゃん」
戦士「勇者くんにしては上出来だよ、本当に」
273:

勇者「ああっ! もう無理もう無理マジで無理っ!」
戦士「逃げちゃダメだ!」
勇者「そんなこと言われてもっ!」
戦士「人間、たいていのことには慣れで対応できる! ほら、しっかり」
勇者「ていうか羽交い締めをやめてっ! お、俺死んじゃううぅ!」 
僧侶「……」
274:
猫「さっきからコイツら、なにをしてるのにゃん?」
魔法使い「勇者がシャイすぎて、僧侶ちゃんに回復を頼めなかったことがあったでしょ?」
猫「あったな」
魔法使い「今後も同じことがあったら困るでしょ?」
魔法使い「で、見てのとおり。勇者のシャイをなおそうとしてるわけ」
猫「なおす?」
魔法使い「うん、なおそうとしてるでしょ?」
猫「戦士が勇者を羽交い締めにして、僧侶に近づけようとしてるのが?」
275:
勇者「あぅ……」
戦士「あ、気絶してしまった」
僧侶「……」
魔法使い「うーん、この方法ならいけると思ったけど強引すぎたかな」
戦士「今までの人生で染みついた習性みたいなものだからね」
戦士「やっぱりそう簡単には克服はできないよ、人見知りならなおさらだ」
僧侶「勇者様、どうしますか?」
戦士「とりあえずベッドで寝かせておいてあげよう」
猫「……」
猫(コイツらは魔王様の敵……なのに、どうもそういう風に感じられん)
276:
戦士「やっぱり勇者くんには、もっと適した治療法があるのかなあ」
猫(コイツはロン毛でいかにも軽薄そうだし)
猫(今のところ戦闘の様子を見てるかぎり、戦士というよりは魔法使いのスタイルに近い)
猫(でもこのパーティを仕切ってるのはコイツだし。勇者よりは絶対に頼りになる)
魔法使い「もっと適した治療って?」
猫(俺様に『居場所特定』、『魔術を使うと反応』の首輪をつけた魔法使い)
猫(見た目とは裏腹に相当な魔術の使い手だ)
猫(そのわりに一番年上っていうのを感じさせないのは、性格のせいかにゃあ)
僧侶「……完全に気絶してる」
猫(ある意味一番謎が多い女、僧侶)
猫(性格は沈着冷静そのもの。この女の治癒術の回復スピードはあなどれない)
猫(なにより俺様を見る目が……ちょっとコワイにゃん)
277:
勇者「うぅ……彼女は最高よ……」
猫(そしてベッドの上でくたばってる勇者)
猫(やっぱり一番謎なのはコイツにゃん)
猫(実力はある。しかし替えがきかないというほどではない)
猫(なによりコイツにはあの感覚がない。まだ見えない底、という未知の感覚)
猫(戦士や魔法使いはこれまでの旅で、おそらく本気を出してない)
猫(わずかな期間しか一緒にいない俺様でも、それが手に取るようにわかる)
猫(だがコイツには……)
猫(とても魔王さまを追いつめるほどの実力があるとは思えない)
278:
戦士「まあ今日はいろいろあったし。食事の時間まで自由行動といこう」
魔法使い「どこ行くの?」
戦士「情報収集もかねて、ボクはすこしこの街の観光と洒落こむよ」
僧侶「では私はいったん、自分の部屋に戻ります」
魔法使い「じゃあ私は……どうしようかな?」
猫「俺様に聞いてるのかにゃん?」
魔法使い「ほかにいないでしょ」
猫「俺様も今日は疲労困憊にゃん。すこし寝させてほしい」
魔法使い「えー、ちょっとだけお話しようよー」
猫「……」
279:
猫「前から思ってたことがあるにゃん」
魔法使い「なあに?」
猫「お前といい勇者といい、俺様のことを敵と認識してるのか?」
猫「俺様はこんなナリでも立派な魔物にゃん」
魔法使い「もちろん。普通の猫はおしゃべりしないし」
魔法使い「だからその首輪をつけたんだしね」
猫「……」
魔法使い「いちおう今だって、あなたが勇者に悪いことしないか見張ってるんだよ?」
猫「そうなのか?」
魔法使い「うん……あっ。私、ちょっとトイレ行きたくなったから」
魔法使い「勇者のこと見ててね」
猫「え、あ、はい」
281:
勇者「……ん、俺ってばいつの間に……」
猫「ふん、起きたか」
勇者「あれ、みんなは?」
猫「食事の時間まで、各自自由行動だそうだにゃん」
勇者「ふーん。おおかた戦士のヤツはまた街に繰り出したのか」
勇者「ホントあいつは、街をうろちょろするのが好きだよなあ」
猫「本人は情報収集と言っていたが」
勇者「俺も軽くトレーニングでもして、時間つぶそうかな」
猫「どうでもいいが、お前らってあんまり仲はよくないのか?」
勇者「そりゃあな。俺たちのパーティは急遽できた寄せ集めみたいなもんだ」
282:
勇者「戦士と俺はもともと知り合いだった」
勇者「あっ、あと魔法使いと戦士も旧知の仲なんだっけ」
猫「その寄せ集めが魔王さまをたおそうなんて、無理な話にゃん」
勇者「べつに魔王退治を命じられてるのは俺たちだけじゃない」
勇者「魔王城探索のためだけに編成された部隊だってあるぐらいだ」
猫「それぐらいなら俺様だって知ってるのにゃん」
猫「だが世間では、魔王さまを討つのは勇者だと言われてるらしいじゃにゃいか」
勇者「それはおとぎ話や作り話の世界だ」
勇者「現実では国の連中が血眼になって魔王を探してる」
猫「では万が一、いや、億が一。
 魔王さまを討つものがあらわれるとしても、それはお前ではないわけだ」
勇者「時と場合しだいとしか言えないな、現状では」
283:
猫「ふん……」
勇者「なんだよ、その目は」
猫「どうにもお前からは覇気を感じられんのにゃん」
猫「お前は本気で魔王さまを討ち取ろうと思ってるのか?」
勇者「……おとぎ話の中の勇者は、魔王をたおすためだけに生きてる」
猫「いきなりなにを言い出すにゃん?」
勇者「俺はおとぎ話の中の勇者じゃないって言ってんの」
勇者「俺の人生は魔王をたおすためにあるんじゃない」
勇者「だいたい俺と魔王のあいだに、いったいどんな因縁があるっていうんだ?」
猫「それを俺様に聞かれても」
285:
勇者「まっ、たぶん闘うことになるんだろうけどな。魔王とは」
猫「……」
勇者「そんな気はする」
猫「ところで勇者」
勇者「なんだよ」
猫「さっきからドアの外で、聞き耳をたててるものがいるぞ」
勇者「聞き耳? 誰が?」
猫「俺様じゃなくて、扉のむこうにいるヤツに聞けにゃん」
僧侶「その必要はありませんよ」
勇者「そ、そそそそ僧侶さん!?」
猫(コイツは人が相手だと、とたんにカッコ悪くなるのにゃん)
286:
僧侶「申し訳ありません。盗み聞きするつもりはなかったんです」
僧侶「勇者様の様子を窺いにきたら、扉の向こうでとても流暢に話す声が聞こえたので」
僧侶「思わず扉の前で立ちどまってしまいました」
勇者「あ、あはは、そうでしたか」
僧侶「もしかしてひとり言かと思いましたけど、ちがうみたいですね」
勇者「ええ、まあ……」
僧侶「……」
勇者「……」
猫(気まずい、この空間息苦しいぐらいに気まずいっ)
猫(旅を一緒にしてきた人間同士で、よくこんな空間が作れるものだにゃん)
287:
僧侶「その猫の魔物が相手だと、そんなふうにお話できるんですか?」
勇者「……はい、まあ」
僧侶「……ごめんなさい。今の言い方は失礼でしたね」
僧侶「私も実はそれほどおしゃべりは得意なほうではないんです」
勇者「……そうですか」
僧侶「でもそのせいで、後の旅に支障が出るのは困りますよね?」
勇者「そう、ですね……」
僧侶「特に戦闘中にコミュニケーションが取れないって、一番の問題だと思うんです」
僧侶「そこで私なりに考えたアイディアがあるんです。聞いてもらってもいいですか?」
勇者「あ、はい」
288:
僧侶「ハンドサインなんですけど。どうでしょうか?」
僧侶「これならいちいち話さなくてもいいし、一瞬で意思疎通ができると思うんです」
勇者「ハンドサイン、ですか」
僧侶「もちろん状況によっては使えない場合もあります」
僧侶「でも、なにもしないよりはいいかと」
勇者「……いいと、思います」
猫(それから二人は、というか僧侶が主導で話し合いをはじめた)
僧侶「とりあえずはこれで、必要最低限の意思疎通はできるはず」
勇者「僕がミスしなければ、ですよね。あはは」
僧侶「勇者様は時折期待を裏切りますからね……いい意味で」
猫(ふと思ったが僧侶の『いい意味で』は、冗談の類なのかもしれないのにゃん)
猫(非常にわかりづらいが)
289:
僧侶「そろそろ食事の時間ですし、一旦ここまでにしましょうか」
勇者「そうですね……あの……」
僧侶「なんですか?」
勇者「わざわざ……ありがとうございました」
僧侶「…………べつに。こちらこそ、勇者様には申し訳ないことをしました」
勇者「申し訳ないこと?」
僧侶「苦手な私と同じ空間で、しかも二人きり。こたえたんじゃないですか?」
勇者「え、いや、本当に……ありがたいと思ったんです……」
猫(僧侶は勇者をふりかえると、小指を立てて自分のアゴに二回あてた)
猫(そしてなにも言わずに出ていってしまった)
290:
勇者「今のハンドサイン、なんて意味だったんだろ」
猫「『死ねこのクソ野郎』みたいな意味じゃにゃいか?」
勇者「それは絶対にないと思う。それに……」
猫「それに?」
勇者「いや、なんていうか俺が思ってたよりイイヤツなのかもな、僧侶って」
猫「……メスにすこし優しくされただけで、すぐオスはなびく」
猫「人間も猫も、オスがアホなのは変わらんようだにゃん」
勇者「お前だって……ん? そういえばお前ってオスなの?」
猫「なんだ、薮から棒に」
291:
勇者「まさかお前」
猫「な、なんだにゃん?」
勇者「ちょっと見せてくれよ」
猫「は?」
勇者「いいから。なんか無性にお前の性別が気になってきた」
猫「や、やめろにゃん! 触ってくるな!」
僧侶「勇者さま。食事の準備が……」
勇者「こら暴れるな! おとなしくしろっ。そして股間を見せろっ!」
猫「んにゃあああっ!?」
僧侶「……」
猫(このあとどうなったのか、それはご想像におまかせする)
302:

戦士「いい腕をしてるね、ここのシェフは」
魔法使い「……相変わらずすごい量食べるよね、戦士」
戦士「野宿のときは腹六分目までしか食べられないんだ」
戦士「街にいるときぐらい、きっちり栄養はとっておかないと」
魔法使い「だとしても食べすぎ。重ねた皿が揺れてるし」
僧侶「でも、おいしいです。とっても」
魔法使い「そうだね。さすが勇者、宿のチョイスが上手だね」
勇者「どうも」
勇者(毎回泊まる宿に関しては、俺が選ぶことになっている)
勇者(宿にはちょっとしたこだわりがあるのだ)
303:
戦士「さて、眠くなっちゃう前に今後の方針について話しておこ」
魔法使い「山を越えてくのは、もう決定なんだよね?」
戦士「うん、問題はそのあと。どの街に行くかだ」
魔法使い「山越え大変だろうなあ」
魔法使い「また足がパンパンになりそう……」
僧侶「山を降りたあとだと港町か」
僧侶「街道を北へまっすぐ行ったところにある『夜の街』ですね」
魔法使い「もう一個街なかった?」
戦士「そっちはすでに向かってる集団がいる。さっき教会で聞いてきた」
勇者(魔王討伐のために編成された隊は公にはされてない)
勇者(でも、実は意外と存在する)
304:
勇者(そしてそれらには、教会への報告義務がもうけられてる)
勇者(ただし、味方どうしでの情報のやりとりは基本的にしない)
戦士「騎士団なのか斥候隊なのかは、当然わからないけどね」
魔法使い「仕方ないとは言え、味方の状況がわからないって少し不便だよね」
僧侶「そのかわり敵に捕まったとしても、情報の漏洩は最小限ですみます」
魔法使い「それはまあ、そのとおりなんだけど」
戦士「猫がウソをついてないなら、『夜の街』に行くべきかな」
僧侶「あの街は過去の争いの名残で、売春や人身売買などが横行してるそうですね」
魔法使い「国も対応できてないのが現状だもんね」
勇者(アナーキーを象徴するような街ってわけか)
306:
戦士「人間の管理がほとんど届いてない場所だし、行く価値は絶対にある」
魔法使い「……戦士、顔がなんかゆるんでない?」
戦士「よくわかったね」
魔法使い「私たちは魔王をたおすために『夜の街』へ行くんだよね?」
戦士「なにを今さら」
戦士「ただまあ、オトコとしては少し興味がわいてしまうよね」
戦士「ねえ、勇者?」
勇者「へ?」
307:
僧侶「そうなのですか?」
勇者「え? い、いや、急に話をふられても」
僧侶「さきほども、猫にいかがわしいことをしてましたけど?」
魔法使い「勇者、なにしたの?」
勇者(なんか猫にしたか、俺?)
僧侶「勇者様は少し特殊なのですね。いい意味で」
勇者「……」
勇者(こういうとき、戦士みたいにサラッと言葉が出る口がうらやましい)
319:

勇者(現在山で昼食もかねた休憩のさいちゅう)
勇者(山登り。俺もいくつもの山を越えているが正直きらいじゃない)
勇者「……」
戦士「……」
魔法使い「……」
僧侶「……」
勇者(そう。キツイ山を登っていれば自然と口数が減る)
勇者(会話をしなくていい)
勇者(魔法使いなんて、かれこれ三十分以上口をきいてない)
勇者(僧侶はもとから口数がすくないヤツだが、やっぱりつらそうだ)
勇者(戦士はなぜか機嫌がいいみたいだ。鼻歌なんか歌っている)
320:
戦士「大丈夫かい。なんだかみんな元気がないみたいだけど」
魔法使い「……なんで戦士はそんな元気なの?」
戦士「ボクは山が好きだからね」
魔法使い「でも山より海のほうが好きなんでしょ?」
戦士「たしかに露出した肌を拝むのに、海は適してるけどね」
戦士「海。苦手なんだよね」
魔法使い「苦手?」
戦士「うん。ボク、あまり泳ぎが得意じゃないんだよね」
勇者(なんか意外だ)
322:
勇者(……そうだ。今のうちにすましておこう)
僧侶「勇者さま。どちらへ?」
勇者「……」
僧侶「……なるほど」
勇者(ハンドサイン、便利だな)
勇者(これなら俺でも、ある程度は普通に意思疎通できるぞ)
323:

猫「パーティからはなれてなにをするかと思えば、小便か」
勇者「ついてきたのか」
猫「俺様はいつでもお前の首をねらっている」
勇者「無理だよ。優位に立ったぐらいで浮き足たつようなヤツにはな」
猫「隠していたが、実は俺様には奥の手があるんだにゃん」
勇者「お前には足しかついてないぞ」
猫「そういう意味じゃない」
勇者「しかし、ハンドサインって便利だな」
猫「そういえば、僧侶に送ったサインはなんだったんだ?」
勇者「『トイレ』」
猫「……にゃるほど」
333:

サキュ「で、結局あたしの水晶は役に立たなかったってわけ?」
?「そうでもありません。数秒間、勇者たちの意識を奪うことに成功してました」
サキュ「数秒間だけ? あたしの魔力をたっぷりと吸わせた水晶なのに?」
サキュ「普通の人間なら、人形みたいになっていてもおかしくないのに」
?「相手は勇者たちです」
サキュ「まっ、一筋縄じゃいかないってことね」
側近「んなことより、魔王様の傷はまだ治らねえのかよ?」
?「様々な癒し手に試させましたが、やはり天敵とも言える勇者につけられた傷」
?「そう簡単には治らないようです」
側近「こうなったら俺たちの出番なんじゃねえの?」
姫(なぜ私の部屋で会議じみたものを……)
334:
側近「魔王様が動けない今、俺たちが勇者を始末する……どうよ?」
サキュ「アンタはてきとうに理由つけて勇者と戦いたいだけでしょ?」
側近「どっちにしてもヤることは決まってんだ。だったら早い方がいいだろ」
サキュ「あのねえ。あたしは魔術研究機関に探り入れるので忙しいの」
サキュ「それ以外にもやることは山積みだしー」
側近「じゃあ俺一人でヤる。それなら文句はないだろ?」
?「しかし、相手は仮にも勇者。一人で相対するのは危険かと」
?「あなたの雑務、私が引き受けましょう」
サキュ「……本気で言ってんの?」
?「ええ」
335:
サキュ「んー、まあ戦うのはいいんだけど」
側近「……お前、またセコイ手を考えてんのか?」
サキュ「だって、真っ正面から戦う必要はないじゃない」
側近「ガチンコ勝負がしてえんだよ、俺は」
サキュ「セコイ手に籠絡されるような連中だったら、勝負するまでもなくない?」
側近「……言われてみりゃそうだな。雑魚には興味ねえ」
サキュ「じゃ、そういうことで決定ね。でも」
?「どうかしましたか?」
サキュ「アンタはアンタで例の装置の開発、やらなくていいわけ?」
?「なんとかなりますよ、おそらくですが」
336:
側近「いやあ、ひさびさにイイ血が流せそうで楽しみだぜ」
サキュ「うわあ。物騒だこと」
側近「物騒? 流した血は勲章だろ?」
サキュ「……それを言うなら汗でしょ、アホ」
側近「いちいち細けえヤツだな。そんなんじゃ小じわが増えてく一方だぞ」
サキュ「はあ!? 増えてないし! そんな年齢でもないし!」
?「二人とも、落ち着いてください。姫様が困惑してらっしゃいます」
側近「あ? なんでこの嬢ちゃんがここにいんだよ?」
姫「……」
?「ここはいちおう彼女にあてがわれた部屋ですから」
337:
姫「敵の目の前で、よくペラペラとおしゃべりできますね」
側近「敵? 誰のこと言ってんだ?」
姫「……私に決まっているでしょう?」
側近「……ひひひっ」
姫「な、なにがおかしいのですか?」
側近「ひひっ……ふははははっ!」
側近「おいおいテメエは笑いの天才か!? 俺を笑い死にさせようってか!?」
姫「なっ……」
側近「片腹、いや、両腹が痛えぞ。血がにじむ痛みも、外の世界もなんにも知らねえ小娘が」
側近「俺たちの敵だって? 最高のジョークだな」
姫「わ、私は……」
側近「大声で笑ったら腹がすいた。メシを食ってくる」
338:
?「私もこれで失礼します」
姫「……」
サキュ「あなたのジョーク、受けてよかったねー」
姫「私は冗談なんて……」
サキュ「でしょうね。悔しそうな顔してるし」
姫「あなたたちは勇者に勝てるって、本気で思ってるの?」
サキュ「勝てる勝てないって、この場合関係あるわけ?」
サキュ「あたしらの生きていける世界はどんどんなくなってく、人間のせいでね」
姫「……」
サキュ「だったら生き残るために抗うしかないじゃない?」
339:
サキュ「まっ、人間からしたら魔物は悪魔みたいなものだし。理解できない感覚よねー」
サキュ「あたしも昔はあなたと同じで、魔物はコワイ存在だって思ってたもん」
姫「……え?」
サキュ「でも。そういう価値観なんていいかげんなもんよ」
サキュ「姫様ってさあ、あたしはすんごくカワイイと思うのね」
姫「な、なにを急に言いだすのよ? あ、あとなんでくっつくの?」
サキュ「姫様のすべすべの肌を堪能しようと思って」
姫「意味がわからないわ」
サキュ「ねえ、美人の基準ってなんだと思う?」
姫「唐突すぎます。なにが言いたいの?」
サキュ「いいからさあ、考えてみてよ」
347:
姫「そういう基準って、結局人それぞれでしょう?」
サキュ「まあね。世の中にはいろんな好みがあるからねえ」
サキュ「ちっちゃい足がステキとか、ウエストが細いのが最高とか」
サキュ「体重が200キロ越えないと愛せないとか」
姫「そ、そんな人がいるの?」
サキュ「あたしのことだけど」
姫「え」
サキュ「アレはいいよお。200キロを超えた抱き心地のよさとか、もうね」
サキュ「抱きしめた瞬間、肉汁が毛穴から出そうになるスリルとか」
姫「う、ウソでしょう?」
サキュ「うん、ウソ」
姫「……」
348:
サキュ「でもさあ、美人にも一般的な基準はあるじゃない?」
サキュ「ムダに肥えてる人は、美人って言われないでしょ?」
姫「世の中にはふくよかな人を美人と扱う国もあるわ」
サキュ「そのとおり。ねえ、不思議じゃない?」
サキュ「同じ人間でも、国がちがうってだけで美人が変わるのよ」
姫「文化や風習は国ごとにちがうんだから、当然のことです」
サキュ「じゃあさ、どうやって美人の基準はできるの?」
姫「それは……」
サキュ「答えは簡単。国の統一者が一言、こう言ったから」
サキュ「『オレは腰が細い女が好きだ』ってね」
350:
姫「……どういうこと?」
サキュ「王様がそう言ったら、当然女たちは取り入ろうとするでしょ?」
サキュ「で、そういうおエライさんの好みは時代の流れといっしょに廃れてく」
サキュ「でもその名残が、風習や文化として人々に根づいてく」
姫「そんなことで……?」
サキュ「突き詰めれば文化や風習、人の価値観なんてみんなそうよ」
サキュ「勝手に植えつけられたものを、人は自分の意志と勘違いしてるだけ」
サキュ「あなたが魔物を敵と認識してるのも、あるいはね」
姫「……なにが言いたいの?」
サキュ「あなたの意思、それってホントにあなたの意思?」
姫「……!」
352:
サキュ「んじゃ、あたしもそろそろ行くわー」
姫「待って」
サキュ「なあに?」
姫「あなたは……これから勇者たちと戦うの?」
サキュ「ええ――あたしの意思でね」
姫「……」
姫(『あなたの意思、それってホントにあなたの意思?』)
姫(私は……私は……)
355:

魔法使い「はぁはぁ……あのさ、ひとつ言ってもいい?」
戦士「なんだい?」
魔法使い「さっきから逃げすぎじゃない!?」
僧侶「体力や魔力の温存のためですし。しょうがないかと」
魔法使い「でも魔物から逃げるために、結局走るんだよ?」
戦士「走らなきゃ逃げれないからね」
魔法使い「山道で走るぐらいなら、やっつけたほうが絶対にラクだよ!」
戦士「ずっと走ってたわけじゃないでしょ?」
戦士「それに、魔物と交戦したら魔力の消費はさけられない」
僧侶「人体の回復において、魔力はもっとも優先順位が低いものですからね」
戦士「魔力なしでも人間は生きていけるからね」
勇者(まあそのおかげで、予定よりもすこし早く到着したけどな)
勇者(『夜の街』に)
357:
魔法使い「その魔力回復について、私から提案!」
僧侶「なんですか、そのビンは?」
戦士「なんかブクブク泡立ってるんだけど」
魔法使い「それは強炭酸。あやしいものじゃないよ」
勇者(飲み物の色じゃないぞ、これ)
魔法使い「魔力の回復を促す、私が独自に開発した薬!」
魔法使い「これを飲めば、魔力は一日で全回復まちがいなし!」
戦士「ボクは遠慮しておくよ。あとがコワイからね」
魔法使い「どうせそう言うと思った。じゃあ勇者は?」
勇者「げっ! ボク、ですか?」
魔法使い「『げっ!』ってなによ。信用ないなあ」
358:
勇者(なんで俺にふるんだよ!)
魔法使い「効き目があることは、たぶんまちがいないから大丈夫!」
勇者「そういうの作るなら、からだを成長させる薬品でも作ればいいのに」
魔法使い「今、なんて……?」
勇者(あ、こころの声が出てしまった)
戦士「勇者は口数少ないくせに、一言多いんだよねえ」
猫「ムダにタチが悪いヤツだにゃん」
勇者「い、いや! 今のは誤解です! ほ、本当は……!」
魔法使い「本当は?」
勇者「えっと……」
勇者(適切な言い訳が出てこねえ!)
359:
魔法使い「飲んで」
勇者「え?」
魔法使い「申し訳ないって思うなら、このクスリ、飲んでよ」
勇者(ええー、それはちょっとちがうんじゃあ……)
魔法使い「露骨に不満そうな顔しない!」
僧侶「勇者様は言葉に出さないのに、顔にはすぐ出ますよね」
戦士「一番損する性格だよ」
勇者(結局俺は魔法使いの得たいの知れないクスリを飲んだ)
勇者(自分に味覚があること。そのことを後悔したくなるような味だった)
361:
魔法使い「あんまり人がいないね」
戦士「国の管理が行き届いてない関係で、魔物に荒らされたりしてるからかな」
僧侶「それでも夜になると、この街は表情を変えるって言われてます」
勇者(今は半分以上閉まってる店たちも、夜には……)
僧侶「勇者様、ほっぺがゆるんでますよ」
勇者「そ、そんなこと……な、ないですよ?」
戦士「ボクら男にとっては、興味深い街だ。仕方ないね」
僧侶「ふーん」
魔法使い「いやらしい」
勇者(なんで俺だけ!?)
363:
魔法使い「とりあえず、宿を探さないとね」
僧侶「お世辞にも治安がいいとは言えない街です。慎重に選びましょう」
戦士「勇者、ちょっと」
勇者「なんですか?」
戦士「今夜は女子とは別行動をとろう」
勇者「……どうして?」
戦士「言わせないでよ。ここは『夜の街』、そしてボクらは野郎だ」
戦士「旅に潤いと刺激は必要でしょ? この街にはそれがある」
勇者「でも、俺、見知らぬ女性と話すのはちょっと……」
戦士「問題ない、ボクにまかせな」
勇者「うっす」
勇者(なぜか戦士が異様に頼もしく見えたのであった)
372:

勇者(やるべきことを済ましたころ、街は夜の顔を見せ始めていた)
勇者(で、さっそく『夜の街』へ繰り出した)
戦士「どうしたんだい勇者? 顔がこわばってるよ」
勇者「あのふたりが気になって」
勇者(僧侶と魔法使いの目、なんかコワかったなあ)
戦士「あのふたりでは、色に目がくらんだボクは止められないよ」
勇者「さいですか」
戦士「それに、見てごらんよ」
戦士「昼間はあんなに閑散としていた街も、なんてにぎやか!」
勇者(人が多いとことか、騒がしいとこって好きじゃないんだよな)
373:
「お兄さんたち、目がもうアレになってるよ!」
「どうです? お客さんの好み、うちなら絶対いるよ」
「とりあえず寄ってけよ! 損は絶対にしないって!」
戦士「いかつい人多いね。このマスラオたちは、癒しを求めて港町から来たのかな?」
勇者「……帝都みたいだ」
戦士「帝都と言えば、姫様のことが気になるね」
勇者「……」
戦士「すごいね。一瞬で顔が青くなった」
勇者(姫様がさらわれて、お偉方にボコボコにされたのを思い出した……)
374:
戦士「キミは姫様と懇意の仲だって聞いたけど、実際どうなの?」
勇者「いや、まったく」
勇者(謁見こそ何度もしてるけど、まともにしゃべれたことがない)
勇者(……姫様、本当に大丈夫かな)
戦士「ボクも一度でいいから、実際にこの目で見てみたいね」
戦士「とんでもない美人なんだろ?」
勇者「まあ……」
勇者(美人だからよけいに話しづらいんだよなあ)
375:
姫『――ということが、あったんですよ』
勇者『……』
姫『勇者、私の話聞いてくれていますか?』
勇者『お、おっふ……』
勇者(こんなやりとりを何度したことか)
戦士「姫様についてはまた今度聞こうかな」
戦士「すでにボクらは、ステキな女性に目をつけられてるからね」
勇者「は?」
女「お兄さんたち、ぜひウチに来てきてくださいよー」
戦士「この街に来たのは初めてでさ、観光中なんだよね」
女「だいじょーぶ。常連さんじゃなくても、たっぷりサービスしますよん」
勇者(会話が噛みあってないぞ)
376:
戦士「この街についても詳しく聞きたいな」
女「個室もありますし指名もできますよー。あっ、ママは無理だけど」
戦士「だってさ」
勇者「ま、まだ心の準備が!」
女「どうしちゃったの、お兄さん?」
戦士「彼、極度の人見知りなんだ」
女「じゃあ、あたしを指名してくれたらオッケーだよ!」
勇者(なにがオッケーなんだ!?)
女「かわいいなあもうっ! 顔まっかっかだし!」
勇者(『まっかっか』ってなに!?)
女「じゃ、お店まで案内するからついてきてー」
377:
勇者「せ、戦士……」
戦士「今さら帰ろうとか言わないでよ」
戦士「キミは勇者だ。色の一人や二人、こさえていたほうがハクがつくさ」
勇者「いや、でも俺は……」
戦士「これは情報収集のためでもあるんだ」
勇者(適当なことを。絶対についでだろ)
女「お兄さんたち、なあにをコソコソ話してんの?」
戦士「彼、こういう店は初体験でね。気後れしてるんだよ」
女「めずらしいねえ。でもだいじょーぶ、あたしにまかせて」
勇者(女が俺の腕に自分のそれをからめた。逃げられねえ)
勇者(ていうか胸が! 胸がっ!)
378:
勇者(店に入って俺と戦士はわかれた。個室に女と入る俺)
勇者(ていうか、ここってどういう店?)
女「緊張してるでしょ、お兄さん」
勇者「ま、まあ……」
女「こんなにウブな人、この街じゃめずらしいよ」
勇者「あ、いや、はい」
勇者(なぜ話すだけなのに、こんなに密着してるんだ!?)
女「お兄さん、お酒はー?」
勇者「お酒……?」
女「うん。あんまり飲めないっていうなら、水割りでもいいよん」
勇者「えっと……じゃあ、それで……」
379:
女「ねえ、お兄さんはなにしてる人なのー?」
勇者「そ、それは……」
女「あ、もしかして言えない感じ? だったらいいよ、無理に答えなくて」
勇者「……すんません」
勇者(ダメだ。なにを話せばいいのか、見当もつかない!)
勇者(『なんでこんなお店で働いてるんですか?』とか?)
勇者(……もし返ってきた答えが重かったら困る、これは却下)
勇者(『キミかわうぃーねえ!』……絶対ちがうな、これ)
勇者(こんちくしょうめ! なぜ俺の舌と頭はこんなにも回らないんだ!?)
女「はい、あたしの特別カクテル。めしあがれー」
勇者(とりあえずアルコールの効果に期待しよう)
380:
勇者「……」
女「どう? お酒つくるの下手っぴなんだよね、あたし」
勇者(緊張のせいか、全然味がわからない)
勇者(ていうか、なぜかキモチわるくなってきた……)
女「顔色がすごいことになってるけど。そんなにまずかった?」
勇者「いや……ちょっとお手洗い……借りて、い、いいですか……?」
女「お手洗いなら個室を出て、右手にずっと進めばありますよー」
勇者「すんません……」
女「……毒が回るまで30秒ぐらいかなあ?」
女「最後の30秒。せいぜい堪能してね、勇者」
382:

「テメエ! 今明らかにイカサマしただろ!?」
「あぁっ!? おまえの目は節穴か!? いやケツの穴か!?」
「はあっ!? うちの犬にカマ掘らせんぞ!」
「うわっ、お前もあの店体験しちまったのかよ」
「これで俺とお前は穴兄弟ってわけだ」
「これ以上穴兄弟が増えるのは勘弁だぜ」
「そのうち穴イトコまで登場するかもな」
猫「ったく、騒がしい連中が多い店だにゃん」
僧侶「料理の質そのものはいいんですけどね、この店」
魔法使い「……」
383:
魔法使い「絶対いかがわしい店に行ったよね、あの二人」
僧侶「戦士様の様子を見るかぎり、そうなのでしょうね」
魔法使い「もうっ、魔王退治の旅の最中だっていうのに」
猫「あの二人は情報収集に行ったんじゃないのかにゃん?」
魔法使い「それは建前。あの二人は今ごろお楽しみだよ」
僧侶「それにしても。この街だと情報収集が難しいかもしれませんね、私たちでは」
魔法使い「うかつに話しかけると、水商売の人と勘違いされちゃうもんね」
猫「オッサンに連れてかれそうになってたな、魔法使い」
魔法使い「……ほんと、ビックリしちゃった」
387:
僧侶「この街では『そういうこと』がめずらしくないのでしょう」
僧侶「ほかにも、この街には見世物小屋もあるようです」
魔法使い「なんでもありの街なんだね。はぁ……」
猫「ため息をつくと幸せが逃げるぞ」
魔法使い「苦手なんだ、こういう雰囲気」
僧侶「少々騒々しいかもしれませんね」
魔法使い「うるさいのは問題ないの。ただ……」
猫「ただ?」
魔法使い「無秩序でやりたい放題荒れ放題みたいな感じが、ちょっとね」
388:
魔法使い「自分で言うのもなんだけど。私、大事に育てられたから」
魔法使い「なんだか信じられなくて」
魔法使い「こんな街に自分が来ることも。こういう街があることも」
僧侶「初めて見世物小屋を拝見したときは、私も似たようなことを考えました」
魔法使い「行ったことあるの?」
僧侶「ええ。実際にそこでなにが行われているか、この目で確かめたかったんです」
魔法使い「見世物小屋って……その、すごいんだよね?」
僧侶「見世物の種類は様々ですが。代表的なのは奇形児などでしょうか」
魔法使い「ひどい話だよね」
僧侶「……そうでしょうか?」
魔法使い「え?」
389:
僧侶「モラルの面から見れば、ひどいことかもしれません」
僧侶「ですが見世物小屋は必要な場所だと思います、私個人は」
魔法使い「必要? どうして?」
僧侶「たとえば、奇形児と呼ばれる人たち」
僧侶「肉体の関係で、彼らには金銭を稼ぐ手段がほぼ存在しません」
僧侶「そんな彼らから見世物小屋を奪ったら?」
魔法使い「それは……お金を稼ぐ手段がなくなっちゃうけど」
魔法使い「でも、女の人が自分のからだを売るのは……」
390:
僧侶「それさえも、生きる手段です」
僧侶「私たちが自分たちの魔術を活かして、日々を生きているように」
僧侶「彼女たちは、自分のからだを武器に生きているのです」
魔法使い「……自分のからだを武器に、か」
僧侶「……」
魔法使い「……僧侶ちゃんってさ」
僧侶「はい」
魔法使い「考えた大人だよね。私なんかよりも、ずっと」
僧侶「ほめ言葉として受けとっておきます」
391:
魔法使い「じゃあ風俗法が制定されたら、困る人も出てくるってことか」
僧侶「ええ、確実に」
魔法使い「……物事はいろいろな角度から見なきゃ、ダメ。
  わかっていて当然なのにね、こんなこと」
僧侶「難しいですよね、世の中って」
魔法使い「うん、とっても」
魔法使い「そういえば、はじめてだよね。二人だけで話すのって」
僧侶「言われてみれば」
魔法使い「よかったかも、あの二人がいなくて」
僧侶「あの二人って、勇者様と戦士様ですか?」
魔法使い「うん。おかげで、こうやって僧侶ちゃんとお話できてるんだもん」
僧侶「……」
406:
僧侶「……私と話をしていて楽しいですか?」
魔法使い「どうしたの急に?」
僧侶「正直、私も勇者様ほどではありませんが会話が苦手なので」
魔法使い「僧侶ちゃんもそういうの、気にするんだね」
僧侶「……」
魔法使い「あっ、ごめん。ちょっと失礼だったよね」
僧侶「似たようなことを、ときどき誰かに言われたりします」
猫(言われるだろうにゃあ。俺様からしても意外だにゃん)
407:
魔法使い「人間、なにで人を傷つけるかなんてわかんないもんね」
魔法使い「勇者がおしゃべり苦手なのも、そういう理由が関係してるのかも」
僧侶「さらっと余計なことを言いますけどね」
魔法使い「たしかにね。でも、あんまり気にしないほうがいいと思うなあ」
魔法使い「ほら、戦士を思い浮かべてよ」
僧侶「戦士様、ですか?」
魔法使い「あいつはいつも飄々としてるじゃない?」
魔法使い「今日だって急にいなくなったと思ったら、汗だくで帰ってきたりしてるし」
僧侶「あの人はいったいなにをしてるのでしょう?」
魔法使い「ねっ、謎だよね」
408:
魔法使い「まあでも、戦士のマイペースさは見習うべきなんじゃないかな?」
僧侶「そうかもしれませんね」
魔法使い「それに、私はよかったと思う。僧侶ちゃんと話せて」
魔法使い「自分が見落としてることに、気づかせてくれたし」
僧侶「えっと……ありがとうございます」
魔法使い「いえいえ、どういたしまして」
魔法使い(僧侶ちゃんのこの顔、ちょっと照れてるのかな?)
魔法使い「さっ、せっかくだしお酒でも飲もうよ」
僧侶「アルコール……」
魔法使い「もしかしてお酒、苦手?」
?
409:
僧侶「苦手というより、ほとんど飲んだことないです」
魔法使い「へえ、なんか意外かも」
僧侶「意外ですか?」
魔法使い「うん。なんとなくお酒に強そうなイメージだったから」
僧侶「いちおう私も神に仕える身で、お酒は控えてるんです」
魔法使い「そっか、戒律があるもんね」
僧侶「とは言っても、守ってる人はそんなにいないんですけどね」
魔法使い「じゃあ飲もう。だいじょうぶ、神様のかわりに私が許す」
僧侶「じゃあ、すこしだけ」
魔法使い(酔ったらどうなるのかな? ていうか酔うのかな?)
410:
魔法使い(20分後。とりあえずカクテルからスタートしたんだけど)
魔法使い「大丈夫? 顔がすこし赤くなってきてるよ?」
僧侶「言われてみると、すこし顔があついですね。でも大丈夫ですよ」
魔法使い「……どこまで話したっけ?」
僧侶「お父様とケンカしたところまで、だったと思います」
魔法使い「そうそう、そうだったね」
魔法使い「本当はそのまま学校に残って、そのまま研究職に就く予定だったんだ」
魔法使い「だけど、なんだかそれじゃダメな気がしてさ」
魔法使い「お父さんの反対を押し切ってギルドに入っちゃったんだよね」
411:
魔法使い「お父さんは研究員で、普段はほとんど家に帰ってこないんだ」
魔法使い「だから思わず言っちゃったの。『父親ヅラしないで』って」
僧侶「へえ」
魔法使い「……ごめん。この話、退屈じゃない?」
僧侶「いえいえ。私から聞いたことですし」
魔法使い「ならいいんだけど」
魔法使い「それにしても。ヒドイこと言っちゃったよね、お父さんに」
僧侶「気にするでしょうね」
魔法使い「気にするかな? 箱入り娘の私の言葉だよ」
僧侶「実の娘の言葉です。どっちにしてもバレてたわけですし」
魔法使い「父親ヅラしてるっていうのは、私の言いがかりだけどね」
412:
僧侶「しかし、普段会っていない魔法使い様でさえ指摘したことです」
僧侶「おそらくお母様も気づかれているでしょうね」
魔法使い「お母さんはお父さん大好きなんだよね。だから、気にしなさそう」
僧侶「どうでしょう。私がまだ見習いだったとき、教会で相談を受けたことがあります」
魔法使い「へえ、教会ってそんな相談も受けるんだ」
僧侶「雑談の延長といった感じでしたけど、本人はとても深刻そうでした」
魔法使い「悩むぐらいだったら、普通に接してあげればいいのに」
僧侶「いちおう人の目を気にしすぎない方がいい、とアドバイスしておきました」
魔法使い「人の目? ……なんかさっきから会話が微妙に噛みあってないような」
僧侶「お父様がかつらをしてるって話でしょう?」
魔法使い「ちがう! 『父親、ヅラしてる』じゃなくて! 『父親ヅラしてる』だから!」
413:
僧侶「へえー、そうですか」
魔法使い「なんか会話に違和感あるなと思ったら……相当酔ってるね」
客A「おっ、お姉ちゃん。いい感じにできあがってるね」
客B「せっかくだし俺たちと飲まない? もっとイイ店紹介するからさ」
僧侶「はあ、誰ですかあ?」
魔法使い(うわっ。僧侶ちゃんがこんな状態のときにナンパなんて)
魔法使い「けっこうです。私たち、女だけで粛々と飲んでるので」
客A「お前は誘ってねえよ。つーか、なんでガキがこんな店にいんだよ?」
魔法使い「……あのね。またこのパターンって感じなんだけど私は……」
客B「わかったわかった。じゃあ、おめえも連れてってやるよ」
魔法使い「そうじゃなくて! ていうか勝手に彼女を連れてこうとしないで!」
414:
 「婦女子に狼藉を働くとはな。男の風上にも置けんクズめ」
客A「あ? 誰だよアンタ?」
魔法使い(騎士……しかも女の人)
女騎士「私か? 私は騎士だが。貴様が覚えるのは私なんかのことではない」
客B「なんだか知らねえが、水差すようなマネを――え?」
魔法使い(一瞬だった。その騎士さんは客の腕をつかむと、テーブルに突っ伏させた)
客B「痛えよっ! なにすんだよ!?」
女騎士「貴様のようなヤツには、これが一番効くだろう」
女騎士「……大丈夫か? 怪我は?」
魔法使い「あ、大丈夫です。その……わざわざすみません」
415:
女騎士「気にしなくていい」
女騎士「困っている人がいたら助ける、それが騎士として当然の務めだ」
魔法使い(絵に書いたような騎士さんだ)
女騎士「礼のかわりと言ってはなんだが、ひとつ聞きたいことがある」
魔法使い「私で答えられることだったらなんでも」
女騎士「実は――」
魔法使い「!」
魔法使い(その騎士さんが続きを言おうとしたとき)
魔法使い(遠くから雷鳴にも似た爆音が、はっきりと聞こえた)
417:
女騎士「なにかあったようだ。私は様子を見てくる」
女騎士「もしなにかあったとしたら、この街は混乱に陥る。安全な場所へ避難してくれ」
魔法使い「一人じゃ危険かも。私も……」
女騎士「その連れはどうする気だ?」
僧侶「んー?」
魔法使い「あっ……」
女騎士「心配しなくていい。私なら問題ない」
魔法使い(それだけ言うと、騎士さんはすぐに店を飛び出していった)
418:

女(まさかここまで容易に事が運ぶなんてね)
女(まっ、あたしはサキュバスだし。この店に誘導することなんて朝飯前)
女=サキュ(拝んでおこうかしら? トイレで野垂れ死んでる勇者の顔を)
戦士『勇者! おい勇者! しっかりしろ!』
サキュ(あの声、勇者と一緒にいた男ね)
サキュ(ついてる。ついでにこの男も始末して――)
キイイィッ……
サキュ「……あら」
戦士「やあ」
サキュ「お兄さん、こまりますぅ。そんな物騒なもの、しまってください」
419:
戦士「ボクの剣よりキミのツメのほうが、おっかなそうだけどね」
サキュ「これはネイルチップ。オシャレですよ」
戦士「だったらおかしいな。そのオシャレ爪、なんでこっちに向けるの?」
サキュ「お兄さんがあたしの喉元に剣を突きつけてくるんだもん」
戦士「……ったく、してやられたよ」
戦士「魔物がこんな店で働いてるなんてね」
サキュ「意外なのはこっちも同じ」
サキュ「ずいぶん冷静よね。勇者はとっくに息してないのに」
戦士「なに、彼は勇者だ。一度くたばったぐらいじゃ、死にはしないよ」
サキュ(ハッタリ? どっちにしても勇者は回収するべきね)
420:
サキュ(隙も油断もない。それでいて、どこかリラックスしている)
サキュ(こういう状況に慣れてるってことね。でも)
戦士「っ!」
サキュ(あたしの能力であなたのからだは、一瞬だけど確実に硬直する)
戦士「しまっ……!」
サキュ「じゃあね、勇者はいただいていくわ」
432:

魔法使い(僧侶ちゃんの酔いを強引に魔術で解いて、爆発音がしたとこへ向かった)
僧侶「よかったのですか、猫を行かせて」
魔法使い「あの子しか勇者と戦士は探せないでしょ?」
僧侶「逃げるかもしれませんし何をしでかすか、わかりませんよ?」
魔法使い「あの子の首輪は、いざとなったら爆発させることができる」
魔法使い「猫ちゃんも、そのことは知ってる」
僧侶「……そうですか」
魔法使い(思いっきりウソ。あの子の首輪にそんな機能はついてない)
433:
戦士「おーい! 魔法使い、僧侶ちゃん!」
魔法使い「戦士! よかった、すぐに合流できたんだね」
猫「俺様の鼻が優秀だからにゃん。すぐに居場所はわかった」
魔法使い「お楽しみだったとこ、ジャマして悪かったね」
戦士「どうしたの、魔法使い? 顔が怖いよ?」
魔法使い「べつに。カワイイお姉さんとイチャイチャしてたんでしょ?」
戦士「それどころじゃなくなった」
魔法使い「どういうこと? あと勇者は?」
戦士「敵にさらわれた」
僧侶「……え?」
434:
僧侶「さらわれたって……」
戦士「勇者の死ぬほどマヌケな話はあとで話すよ。それよりも今は」
 「グルルルゥ……」 
猫「この魔物たち、どこからこんなに湧いてきたにゃん」
魔法使い「しかも見たことない魔物ばかり」
僧侶「さっきの爆発音、この魔物たちの仕業でしょうか」
戦士「さあね。とりあえず、コイツらが街で暴れることだけは避けないと」
魔法使い「全開バリバリでいくよっ! 爆発されたくなかったら、猫ちゃんも協力してね」
猫「しゃあない、今だけだぞ」
435:

側近(雑魚を送ってみたが、なるほど)
戦士「ちょろいっ!」
側近(あの野郎は適度に魔術を使いって牽制しつつ、剣で仕留めるスタイルか)
魔法使い「戦士どいてっ!」
戦士「のわぁっ!?」
側近(あの女は魔術一辺倒の後衛タイプ。接近戦には弱いのは明白)
魔法使い「あの魔物、すばしっこい!」
戦士「ていうか狙うなら、ボクがいないとこにしてよ」
436:
僧侶「あの魔物は私がとめます」
魔法使い「あっ、ナイス僧侶ちゃん! とまった!」
側近(ほう。あのシスター、おもしれえな。どんな術を使った?)
側近(あの雑魚、名前は忘れちまったが。動きだけはムダに俊敏なのにな)
魔法使い「この調子でいけば、被害も出さずにすみそうだね。って、魔物が……」
戦士「連中、逃げる気だね。追うよ」
側近(コイツら。そこらの有象無象じゃ敵わないな)
側近(だが、それだけのこと。つーか勇者が見当たらねえ)
側近(サキュにやられたか? まあいい)
側近「すこしは楽しめそうじゃねえか!」
戦士「!」
437:
猫「お前は……」
側近「よお、猫。ひさしぶりだなあ」
僧侶「あのリザードマン、あなたの知り合いなのですか?」
猫「ヤツは魔王さまの側近にゃん」
僧侶「側近……!」
魔法使い「それよりも、早く魔物を追わないと」
戦士「いや、コイツの始末が先だ」
側近「そうだ。雑魚にかまってる場合じゃねえよ、お前ら」
戦士「おりてきたら、とりあえず。
 人ん家の屋根から、見下ろしてないでさ」
側近「言われなくても。だから、すこしは楽しませろよ」
438:

戦士(リザードマンは決してめずらしい魔物じゃない。だけど、コイツ)
戦士(からだが一回り以上大きい。それに肌に刺さるような魔力)
戦士「魔法使い、今はほかのことは考ないほうがいい」
魔法使い「だけど」
戦士「街のことなら大丈夫。いちおう手は打ってある」
側近=リザードマン「隙を見せるなよ。見せるなら気迫にしろ、そして俺を楽しませろ」
 月明かりを背に屋根で佇んでいたリザードマンが跳躍する。
 地面に着地すると同時に、こちらへと飛びかかってくる。
戦士(はやい。この距離を一瞬で――)
439:
 顔面に迫ってくる拳を、身をそらしてなんとかやりすごす。
 しかし、避けた先から次の拳が打ち出される。
戦士(反撃する隙がない)
魔法使い「戦士!」
 横っ飛びで拳をかわした戦士の背後から、いくつもの氷針が敵目がけて飛んでいく。
 直撃こそしなかったが、はじめてこちらに反撃のチャンスができた。
戦士「ナイス魔法使い!」
 剣先から放たれた炎の塊が夜闇を押しのけ、リザードマンを飲みこむ。だが。
魔法使い「ウソ……」
 轟々と燃えあがる炎が口を開き、瞬く間に霧散した。
リザード「ぬるい、ぬるすぎる! こんなんじゃあ熱くなれねえ!」
戦士(あの魔物の鱗、そして魔力。どうやら魔術に対して、相当の耐性があるね)
440:
僧侶「強い……!」
猫「ヤツは魔王さまに仕えるものの中でも、随一の戦闘力を誇る」
猫「普通にやりあって勝つのは難しいだろうにゃん」
戦士「まったく。そういうことは先に言ってよ」
猫「お前らの味方じゃないなんでな、俺様は」
戦士「ああ、そうかい。ピンチな状況なんだけどね、猫の手を借りたいぐらいには」
リザード「オレの前で軽口叩くなんてな、余裕じゃねえか」
戦士「まさか。余裕なんてカケラもないよ」
戦士(僧侶ちゃんと魔法使いのバックアップしてもらいながら……え?)
 リザードマンが、文字通り視界から消えていた。
441:
リザード「リーチ! 一発! ドラドラ!」
 
 気づいたときには、からだが宙を舞っていた。
 激痛が全身を締めあげ、受身すらとれず、背中から落ちる。
 戦士はようやく理解した。自分が敵の拳を受けたのだと。
魔法使い「このっ!」
リザード「氷の針じゃ効かねえんだよ! その程度じゃあなっ!」
 魔法使いが作ってくれた隙をついて、飛び起き、すばやく敵と距離をとる。
リザード「はっきり言ってやる。お前、弱いな」
戦士「……」
 敵は追撃してこない、完全になめられている。
僧侶「戦士様の回復、もう終わります」
戦士「助かったよ。痛すぎて困っていたとこだ」
442:
魔法使い「こうなったら……!」
リザード「へえ。マントの内側は騒がしいな。すげえ数の杖だ」
魔法使い「見せてあげる――私の術」
 魔法使いがマントの裏に隠していた杖を、次々と地面へと投擲する。
 地面へと突きたった杖が、瞬時に爆ぜ、生じた煙が敵の足首にからみつく。
リザード「これは……」
 敵の注意が足元へとそれた。地面を蹴って、敵の真ん前へと降り立つ。
 剣を振りおろす、ねらいは敵の腕だ。
戦士「!」
 戦士の剣は、硬い鱗に覆われた腕を切るには至らなかった。
リザード「おしい。だが」
 それどころか、徐々に剣が押し戻されていく。
443:
 不意に敵の顔に、戸惑いにも似た感情がちらつく。
戦士(押し返す力が弱くなった。僧侶ちゃんの術か)
 そのまま重心を右足に置き、強引に腕を切り裂こうとしたときだった。
 「意外と手こずってる感じ?」
 突然上から降ってきた声に、意識を奪われたのがまずかった。
 敵の腕に剣ごと振り払われ、戦士は大きく吹っ飛ぶ。
サキュ「なんかピンチそうに見えたからさあ、来ちゃった」
リザード「どこがピンチだ」
サキュ「それに。仲間のピンチに駆けつけて加勢するのって王道でしょ?」
戦士「……この状況で敵の増援。しかも、彼女か」
魔法使い「ちょ、ちょっと待って。あのサキュバスが担いでるのって」
勇者「」
僧侶「勇者様、ですね」
444:
リザード「勇者、伸びちまってんのかよ」
サキュ「伸びてるっていうか、くたばってる」
リザード「はあ!? ……んだよ、その程度だったってことか」
魔法使い「ていうか本当にさらわれてたの!?」
戦士「だからそう言ったじゃん。しかしうちの勇者はさすがだよ」
戦士「遅れて登場するまでは定番だけど、敵に担がれて登場するなんてね」
猫「相変わらずダサいにゃん」
リザード「さて、頼んでもねえ味方も来たし。遊びは終わりだ」
サキュ「失礼しちゃう。来たからには、好きにヤラせてもらうけど」
 
サキュ「アンタはまず、その拘束をされた足をどうにかしてよね」
リザード「こんなもん、こうすりゃいい」
魔法使い「あっ……」
 リザードマンが足もとに向かって拳をぶつける。
 地面が砕け石欠が飛び散り、同時に地面を這っていた煙も闇にまぎれる。
445:
リザード「空間系の術かなにか知らねえが。こんなもん、パワーで解決すりゃいい」
魔法使い「そんな……」
戦士(魔法使いの術も容易く突破してくる。どうする……)
 戦士を奇妙な感覚が襲った。足もとがなぜかふらつく。
 それだけではない。視界がにじみ、平衡感覚が失われていく。
リザード「隙だらけだ」
戦士「っ!」
 一瞬で距離を詰めたリザードマンの蹴りを受け止められたのは、単なる偶然だった。
 もつれそうになる足に力を入れ、剣を振り上げ後退する。
戦士(そうだ、あのサキュバスだ。彼女には催眠能力がある)
 サキュバスには、その目に映った人間を誘惑し操る能力があると言われている。
 
448:
魔法使い「な、なにこれ……?」
戦士(しかも、術にかかったのは全員か。これはいよいよ……)
僧侶「――」
 唐突に視界が鮮明になり、失われていた平衡感覚が戻ってくる。
魔法使い「あ、戻った」
僧侶「来ます、構えて!」
戦士「わかってる!」
 
 すでに剣を構えていた戦士にリザードマンが拳を叩きつける、かと思われた。
 だがその拳はフェイク、広げた手のひらを支えにして跳躍する。
 リザードマンは戦士の頭上を、いとも簡単に飛び越えた。
戦士(フェイク!? ねらいは癒しの術が使える僧侶ちゃんか!)
リザード「もらったあ!」
僧侶「……!」
450:
 「ぐええっ!?」
 情けない悲鳴。吹っ飛んだ影が地面を転がる。
僧侶「え?」
リザード「……」
 地面に転がったのは僧侶ではない。
 僧侶をかばった影が、ゆっくりと立ちあがる。
勇者「い、痛え……」
サキュ「な、なんで? なんで死んでるはずの勇者が!?」
勇者「……」
猫「さすが勇者。登場の仕方から仲間のかばい方まで、すべてがダサいにゃん」
勇者「うるさい」
454:
僧侶「ゆ、勇者様、お怪我は……?」
勇者「えっと……なんか今ので、いろいろとヤバイです」
僧侶「というか私を庇うことができたなら、叫んで知らせることもできたのでは?」
勇者「……人見知りなんで」
僧侶「バカ」
勇者「……」
僧侶「ありがとうございます」
勇者「あ、はい」
455:
サキュ「どうして勇者が」
リザード「いいじゃねえか。好都合だ、最高だ。勇者と戦えるんだ」
サキュ「このタコ」
リザード「タコじゃねえ。トカゲだ」
戦士「さて、予定とはちょっとちがうけど」
戦士「勇者パーティーの反撃をはじめるよ、準備はオッケー?」
僧侶「いつでも」
魔法使い「どこでも!」
勇者「あ、はい」
469:
戦士(四人そろった今、やることはひとつ。二手にわかれて応戦する)
戦士「魔法使い。例の杖、2、3本貸して」
魔法使い「いいけど、どうするの?」
戦士「もちろん使うんだよ。術の発動だけなら、魔力を流しこむだけでしょ?」
魔法使い「言うほど簡単じゃないからね」
戦士「だから2、3本貸してくれ、なんだよ」
リザード「勇者ああぁっ! オレと戦えぇっ!」
魔法使い「うわっ。来たよ!」
470:
戦士「勇者、アイツとやるのはボクだ。キミと魔法使いでサキュバスをたのむ」
勇者「……」
戦士「なにか言いたいそうだね。でも、ゆずらないよ」
勇者「……わかった」
戦士「悪いけど、キミの相手はボクだ」
リザード「テメエに興味はねえっ! すっこんでろ!」
戦士「決めたよ。絶対に一発なぐる、絶対にだ」
471:

魔法使い(リザードマンとサキュバス。ふたり同時に来られたら厄介、なら)
 魔術で巨大な氷壁を生成し、こちらとあちらの戦力を断活する。
魔法使い「戦士! 僧侶ちゃん! そっちはまかせるよ!」
戦士「言われなくても!」
魔法使い(気休めにしかならないけど、これで彼女だけに集中できる)
サキュ「なんであなたが生きてるのって感じ。どんな魔法を使ったの?」
勇者「……」
サキュ「話には聞いてたけど、本当にしゃべれないのね」
 勇者はサキュバスの攻撃を、なんとか捌いてはいた。
 しかし、明らかに普段とは動きがちがう。
 動作の一つ一つが鈍く、足もともおぼつかない。
472:
魔法使い(勇者も私も、また相手の術にかかってる)
 
 足の先から地面に沈みこむような錯覚に、思わず膝をおりそうになる。
魔法使い(って、このままじゃダメ! 勇者を援護しないと!)
 勇者がたたらを踏んだ瞬間を、サキュバスは見逃さなかった。
サキュ「隙だらけよ!」
魔法使い「勇者!」
 サキュバスをねらって発動した水柱は、あろうことか勇者に直撃した。
勇者「ぬわあっ!? な、なにするんですか!?」
魔法使い「ご、ごめん! ワザとじゃないよ!」
 だが結果として、敵の爪から勇者をまもることには成功した。
魔法使い(視界がゆがんでる。へたに術を使うと、むしろ勇者が危ない)
473:
魔法使い(サキュバスの術から身をまもる手段じたいは、なくはない)
猫「なぜ俺様を見る?」
魔法使い「猫ちゃん。今から私が作戦を伝えるから手伝って」
猫「俺様がお前らに協力するとでも?」
魔法使い「しないならその首を飛ばす」
猫「……」
魔法使い「ごめんね。今はなりふりかまってられないの」
猫「ふん。どっちにしても命を握られてる身。作戦を言えにゃん」
魔法使い「ありがと。それじゃあ作戦を伝えるよ」
魔法使い(首輪に爆発機能があるってウソが、こんなとこで役に立っちゃった)
474:
猫「……にゃるほど。たしかにそれは、俺様の力が必要だな」
魔法使い「でしょ? だからおねがい」
猫「……しゃあない。やってやる」
魔法使い「本当にありがとう――勇者、ソイツからはなれて! 猫ちゃん!」
 勇者がサキュバスと距離をとったのを確認して、猫が口から水弾をはなつ。
サキュ「なんでアンタがあたしに!?」
猫「生殺与奪の権利を握られてるんでな。安心しろ、許せとは言わんにゃん」
サキュ「そう。じゃあ悪いけどっ!」
 水弾が全く見当違いの方向へと飛んでいく。猫が敵の術にかかったのは明らかだった。
猫「くそ、これが淫魔の術かにゃん」
475:
 迫撃してくるサキュバスに向けて猫が水弾を放つ。だが、やはり当たらない。
サキュ「勇者よりも先に、あなたたちから始末してあげる」
魔法使い(待ってた――この瞬間を)
 ふらつく足に鞭打って敵の眼前へと躍り出る。
 術が当たらないなら、どうやっても外れない距離まで接近すればいい。
 魔法使いが、手から滑り落とした杖が地面に触れて爆ぜる。
魔法使い(これでサキュバスを拘束できれば……え?)
 最初、自分の目に飛びこんできたものが理解できなかった。
 それがサキュバスの翼だと気づいたときには、魔法使いは猫共々吹っ飛ばされていた。
476:
猫「翼で杖ごと吹っ飛ばされたかにゃん……」
サキュ「あーあ。今着てるドレス、けっこう気に入ってたのに。
 翼のせいで破けちゃった――とっ!」
勇者「ちっ……」
 背後から振り下ろした勇者の剣は、敵にかわされ空振りに終わった。
サキュ「ざーんねん。あたしが気づいてないとでも?」
 すぐに勇者は後退してサキュバスからはなれたが、その動きはあまりにも頼りない。
サキュ「女を後ろからヤろうなんて。勇者のくせに陰湿ぅ」
魔法使い(やっぱり今のままじゃダメ。サキュバスの術をどうにかしないと)
サキュ「ちょっとガッカリ。勇者もその仲間も残念すぎ」
 疾風のごとく飛びかかったサキュバスの行く手を、突然現れた氷の突起が阻む。
 猫が放った大量の水のおかげで、氷を作ること自体はたやすかった。
魔法使い(このまま畳みかけるっ!)
477:
サキュ「ああんもう! 鬱陶しい氷ね!」
魔法使い「残念かどうか決めるには、まだ早すぎるよ」
サキュ「そんなフラフラ状態で、なに言ってんだか」
 大量に生成した氷は、ひとつとしてサキュバスに当たらなかった。それでいい。
魔法使い(ここからが勝負。全魔力をふりしぼって、いっきに解き放つ)
 『夜の街』が赤く染まり、冷たく澄んだ空気が波のように揺れる。
 魔法使いが生成したの大量の火球だった。
魔法使い「――いっけええぇ!」
 空に浮かん無数の炎が、火の雨となって降り注いだ。
478:

サキュ(まさかここまでの使い手だったとはね) 
サキュ(あの女の子のねらいはハナからこれだった)
サキュ(最初、猫に水をムダに打たせたのは氷をすばやく作るための布石)
サキュ(そしてその氷は、あたしを攻撃するための凶器になった)
サキュ(さらに外れた氷は、あたしの動きを阻害するための障害物に変わって)
サキュ(最後は炎の攻撃でフィニッシュ)
サキュ(……並の魔物ならやられてたかもね。でも、あたしはちがう)
 跳躍と共に翼を羽ばたかせる。
 降り注ぐ火の雨の間隙をぬって、紙一重ですべてを躱す。
サキュ「ちょっとだけドキっとしたけど、あたしには……」
 言葉は途切れてしまう。ようやく気づいた、敵の真のねらいに。
 気づけば視界は真っ白に埋め尽くされていた。
479:
サキュ(あたしの術の対象は、視界に入ってるヤツ限定)
サキュ(濃霧……氷と火を使っためくらまし。こんな方法であたしの術から逃れるなんて)
サキュ(だけど姿が見えないのはお互い様。しかも霧なら翼で消し飛ばせる)
 からだを弓なりにそらして翼を大きく羽ばたかせる。
 魔力を帯びた翼によってたちまち霧が晴れるはずだった。
 だが視界を閉ざす霧は、こびりついたように漂ったまま。微動だにしない。
猫「にゃん」
 愛らしい鳴き声に、なにかが爆ぜる音が重なった。
サキュ「え?」
 サキュバスのからだに、蛇のように巻きついたのは白い煙だった。
魔法使い「ゲッチャ。やっとつかまえた」
480:

魔法使い「さて。目隠しもしたし、これで術にハマることもないね」
サキュ「……ヤられた。ここまでが作戦だったわけね」
魔法使い「そういうこと」
サキュ「気にしてはいたんだよねー」
サキュ「猫は霧が使える。自分だけなら、あたしの術から身を守れるのにって」
猫「だが物理的な攻撃はふせげない。中途半端な霧では、身を隠すこともできん」
魔法使い「だから霧を発生させて、猫ちゃんのほうの霧をカモフラージュしたってわけ」
サキュ「それで霧にまぎれて、その煙の魔術であたしを捕獲したってわけね」
魔法使い「そっ。視界ゼロでも、猫ちゃんなら鼻であなたの居場所はわかるしね」
481:
サキュ「やってくれたわね、猫」
猫「悪いな。俺様、腹をくくったにゃん」
サキュ「そういうことね。……魔王さまはきっと悲しむでしょうね」
猫「もとより城に帰るつもりはない」
サキュ「あっそ。で、あたしをどうする気? 
 煮るの? 焼くの?」
魔法使い「そんなことはしない」
サキュ「じゃあエッチなこと? あたし、女の子との実践はまだなんだよねー」
魔法使い「全然ちがう!」
サキュ「ちがうの? あたしは淫魔だし、そういうことしか考えられないんだけど」
魔法使い「今はそういうのからはなれて」
魔法使い「あなたは魔王の部下なんでしょ? 魔王について教えて」
482:
サキュ「……ああ、わかっちゃった」
魔法使い「?」
サキュ「はじめて見たときから気になってたの。誰かに似てるなって」
サキュ「あなた、あのお姫様にそっくり。特に目が」
魔法使い「なんのこと? ううん、それより姫様は今どうなってるの!?」
サキュ「彼女について教えてもいいんだけどさ。ひとつ、質問に答えてくれない?」
魔法使い「……理解してるの、今の自分の状況?」
サキュ「理解したうえで聞いてるの」
サキュ「どうしてあなたは――」
488:

リザード「どうしたどうした!? 口ほどにもねえなあ、ああっ!?」
戦士(コイツの言うとおり。攻撃を避けるのがやっとって状況)
 とっさに魔術で生成した突起でリザードマンの足もとをねらう。
 一瞬だけ敵の体勢が崩れ、その隙に戦士は急いで飛び退く。
リザード「さっきからちょこまかと! うざってえんだよ!」
戦士(コイツにくらったダメージが足にきてる。長くはもたない)
 顔に飛んできた拳を、安易に身を低くしてよけたのがまずかった。
 躱したところへ蹴りがくる。
 戦士は避けることもできず、地面へと投げ出される。
僧侶「戦士様、大丈夫ですか?」
戦士「……正直言って、今のはかなり効いた」
489:
リザード「いいかげん、おまえの相手も飽きたんだがなあ」
僧侶「飽きたなら帰っていいですよ」
リザード「はっ、つまんねえこと言ってんじゃねえよ」
僧侶「戦士様、やっぱり私にはその手のセンスがないのでしょうか?」
戦士「ごめん。今は軽口を叩く気にもなれない」
僧侶「そうですか。
 ……一瞬なら、できます」
戦士「なにが?」
僧侶「あのリザードマンの動きを止めることです」
戦士(一瞬。できたとして、はたして一瞬でどうにかなるのか?)
490:
リザード「あーあ、ホントにつまんねえな」
戦士「……」
リザード「雑魚との戦いは虚しい。無駄に磨り減っていく時間をひしひしと感じるだけだ」
リザード「今なら見逃してやる。雑魚のお前じゃ、どうせオレには勝てない」
戦士「……雑魚か」
僧侶「戦士様?」
戦士「僧侶ちゃん。ボクは腹を括ったよ、キミの力をかしてくれ」
戦士「吠え面をかかせてやるよ、死ぬ気でね」
僧侶「わかりました。ぎゃふんと言わせてやりましょう」
491:

戦士「……勝負だ」
 戦士の目は鋭く、リザードマンへの戦意を輝かせていた。
 力の差をまざまざと見せつけらながらなお、本気で屈服させようとしている。
リザード「学習しねえヤツだな。ムダだって言ってんだろ」
 
 戦士はリザードマンへと駆け出した。 
 同時にこちらへと向かって己の剣を投擲する。
リザード「!」
 さすがに予想外だった、リザードマンの目がわずかに見開かれる。
 しかし距離が遠すぎる、避けるのはあまりに容易だった。
リザード「おいおい、武器を捨ててどうする? ヤケになったか?」
戦士「まだだ!」
 剣に続いて投じたのは魔法使いから拝借した杖だった。
 魔力を流しこめば、破裂して術が発動する。
492:
リザード(あの杖に拘束されるのは面倒だ。発動前につぶす)
 術が発動するより先に、杖を掴んで粉砕してしまえばいい。
 しかし予想外はまだ続いた。杖はリザードマンの遥か前で爆ぜたのだ。
 虚しく漂う煙では、こちらの行く手を阻むことすらかなわない。
リザード「どこまでオレを失望させる気だ、雑魚――」
 手足にまとわりつく不快感が、リザードマンの言葉をさえぎった。
リザード(なんだ?)
 疑問につられるように、自分のからだに目を落とす。
 糸だ。リザードマンの肉体には極細の糸が絡みついていた。
 異変はそれだけでは終わらなかった。
リザード(か、からだが動かせねえ!)
 それどころか。全身の細胞が死滅していくかのように、指の先から力が抜けていく。
493:
リザード(これはあの僧侶の術か? それよりこの匂いは……)
 
 リザードマンの鼻は、わずかな異臭を敏感にかぎとった。
 すでに消え失せた煙の向こうで、戦士が炎の魔術を発動していた。
 炎の奔流が一直線に伸びてリザードマンへと襲いかかる。
リザードマン(つまり、あの杖の爆発はミスじゃなかったってことだ)
リザードマン(煙による目くらましこそが本来の目的)
リザードマン(そして糸での拘束。さらに炎術で作った炎は糸を伝うようにさせる)
リザードマン(その炎でオレを仕留める腹積もりだったわけか――だとしたら、あまい!)
 全身の魔力を沸騰させ、肉体を拘束していた糸を無理やりぶち切る。
 自由になった腕で迫り来る炎を薙ぎ払い、反撃に出ようとしたときだった。
戦士「もらった!」
 炎の濁流の先から現れた戦士が拳をはなつ、リザードマンの顔面目がけて。
494:
リザードマン「くらうかよ!」
 戦士の拳よりも、リザードマンの振り抜いたそれのほうがわずかにい。 
 拳は完全に戦士の顔をとらえていた。
リザードマン「なっ……!?」
 
 だが敵は仰け反りこそしたが、その場で踏みとどまっていた。
 さっきまで拳ひとつで、いとも容易く地面に転がった敵が。
戦士「やっとだ。やっと殴れる」
 執念の一撃だった。
 全体重を乗せた拳がリザードマンの顔へ、容赦なく叩きつけられた。
 完全に虚をつかれた。痛みを感じる間もなく吹っ飛ばされる。
戦士「――ボクをなめるなよ、魔物」
495:

リザード「クソが、どうなってやがる?」
戦士「簡単な話さ。杖を使ったんだよ」
リザード「杖、だと?」
戦士「あの杖をキミに殴りかかる直前で使った。自分の背中のうしろでね」
戦士「おかげで殴られたとき、煙がボクを受け止めてくれた。それだけのこと」
リザード「はっ、くだらねえ。結局は小細工だ」
戦士「なんとでもいいなよ。今度は二発、ぶちこんでやる」
戦士(……ヤバイ。頭がくらくらする、からだ全体が痛い)
リザード「つぶしてやる……と言いたいところだが。お前はあとだ」
戦士「待て、どこへ……!?」
僧侶「戦士様、下手に動かないでくださいまし。敵のパンチをもろにくらったのですから」
496:
戦士「アレぐらい、なんともないよ。あと百発はもらえるね」
僧侶「強がりはいいです」
戦士「強がりじゃないさ。ボクは負けないんだよ、あいつ以外にはね」
僧侶「あいつ?」
戦士「そう、あいつにリベンジを果たすまではね……」
戦士(あっ、これヤバイ。意識が――)
497:

魔法使い「どうしてそんなことを聞くの?」
サキュ「純粋に興味があるからよ。さあ、答えてよ」
魔法使い「それは……」
リザード「そこまでだ」
サキュ「なんでアンタがこっちに来てんのよ!?」
リザード「なんかピンチそうな気がしたからな。来てやったんだよ」
サキュ「どこがピンチよ」
リザード「ピンチどころか、完全敗北じゃねえかよ」
魔法使い「あなたがここにいるってことは……戦士は……?」
リザード「……知るか」
498:
リザード「さて、ようやく勇者と一戦交えることができるな」
サキュ「ダメ、もう時間切れ」
リザード「あ?」
サキュ「仕方ないでしょ。時間になったら、あっちに行くって取り決めだったし」
リザード「……くそっ。今日はとことんついてねえ」
サキュ「とりあえず、このまんまの状態でいいから退散しましょ」
サキュ「それから。私の質問へのあなたの答え、聞くのはまた今度ね」
魔法使い「……」
リザード「じゃあな、猫」
猫「……じゃあな」
499:
魔法使い(追いかける気力は、さすがになかった)
魔法使い(むしろ敵がいなくなった安堵感で、座りこんでしまいそうだった)
魔法使い「……そういえば勇者は?」
猫「あそこでたおれてるじゃないか」
勇者「」
魔法使い「え? ちょっと、なんで!?」
猫「俺様に聞かれても。それよりもいいのか?」
魔法使い「なにが?」
猫「街を襲っている魔物、退治しに行かなくていいのかにゃん?」
魔法使い(そうだった。あいつらに気を取られて、すっかり忘れてた)
500:
魔法使い「で、でもどうしよう……? 勇者はこの状態だし……」
魔法使い「あと戦士と僧侶ちゃんは……えっと……」
女騎士「大丈夫か?」
魔法使い「あなたは、さっきの店で会った……」
女騎士「本当はもっと早く来るはずだったんだがな」
魔法使い「え?」
女騎士「安心しろ。街に侵入した魔物は、私の仲間が始末した」
魔法使い「はあ」
女騎士「それと、どうやら思わぬ再開もあったようだ」
女騎士「もっとも。再開というには、いささかおかしな状況ではあるが」
勇者「」
501:

戦士「つまり、勇者が生きてたのはあのクスリのおかげなんだよ」
魔法使い「私のクスリは未完成だったから、たまたまサキュバスが盛った毒に効いた」
魔法使い「……そういうこと?」
戦士「あるいはアルコールのせいで、クスリの効果が変わったって可能性もあるね」
僧侶「どっちにしても、勇者様が無事でよかったです」
勇者「……どうも」
勇者(俺と戦士はあの戦いのあと、ぶっ倒れて教会病院に運びこまれた)
勇者(戦士は敵の攻撃による骨折、およびその他諸々の怪我のせいで)
勇者(俺は……原因不明の気絶のせいで)
502:
魔法使い「それにしても、あの女騎士さんと勇者と戦士が知り合いだったなんてね」
戦士「訓練キャンプで、ボクと彼女と勇者は同じ班だったんだ」
戦士「彼女と彼女の率いる隊のおかげで、街の被害は最小限ですんだってわけ」
勇者(気絶したフリをして、サキュバスに担がれていたときはつらかったなあ)
勇者(女騎士のヤツ、ずっと追いかけてくるんだもんな)
勇者(途中でサキュバスが魔物を使って、上手に女騎士をまいたんだけど)
魔法使い「でも、こうも行く先々で魔王の手先と戦うってつらいよね」
勇者(たしかに。猫もそうだし、前回の占い師といい……)
勇者(……ちょっと待った。行く先々で魔王の手下と戦う、だって?)
僧侶「勇者様、どうなさいました? なんだか急に顔色が悪くなりましたけど」
勇者「いえ、すこしお腹が痛くなって。ちょっとトイレに行ってきます」
503:
勇者(トイレをすませたあと、俺は病室に戻らずに考えていた)
勇者(俺たちの行動は、基本的に公にされていない)
勇者(なのに、行く先々で敵と会う?)
勇者(俺たちの中に、敵に情報を垂れ流してるヤツがいるっていうのか?)
勇者(猫か? 一見、一番可能性は高いけど)
勇者(あいつの動向はすでにチェックしている)
勇者(じゃあもし、猫がこちらの情報を流してないんだとしたら――)
勇者(戦士。基本的に俺たちのパーティはあいつが仕切っている)
勇者(あいつは一人行動が少なくない。もしかしたら……)
504:
勇者(ほかの二人は? 魔法使いは? 僧侶は?)
 「気づきましたか、勇者様」
勇者「!」
勇者(背中に突きつけられた硬い感触。そして首筋にかかる冷たく澄んだ声)
勇者(声の主は、考えるまでもなかった)
529:
勇者(頭がこんがらってる。落ち着け俺)
僧侶「そちらは出口ですよ。お医者様には安静にと言われたでしょう?」
勇者「そ、僧侶さん?」
僧侶「勇者様がなかなか病室に戻ってこられないので。探しにきたんです」
僧侶「どこへ行かれるのですか?」
勇者「ご、ごめんなさい」
僧侶「質問に答えてほしいのですが」
勇者「ごめんなさいっ!」
僧侶「……相変わらずですね、はぁ」
勇者(僧侶は気づいたのか?)
勇者(パーティにスパイがいるかもしれないって、俺が考えたことに)
勇者(そしてこの状況。信じたくないけど、これは……)
530:
僧侶「勇者様が病院を抜け出して、なにをしようとしたのか。当ててみましょうか?」
僧侶「教会に報告しようとした。報告の内容はスパイがいる可能性について」
勇者(俺の考えが見透かされてる!?)
僧侶「私が勇者様を引き止めたのは、教会への報告をとめるためです」
勇者(引きとめるって、もうこれ完全に僧侶が敵だ!)
僧侶「どうせ勇者様は、私が魔物の手の者だと思ってらっしゃるんでしょう?」
勇者「はい」
僧侶「……もしパーティの中にスパイがいたのなら、先日の魔物との戦いはなんだったんでしょうね」
勇者(言われてみれば)
531:
僧侶「もうひとつ。私たちの動向はある機関に、全部筒抜けになってます」
勇者「え?」
僧侶「今まさに勇者様が足を運ぼうとした場所のことです」
勇者(なに言ってんだ? 俺が行こうとしたのは教会……)
勇者「……そうか、そういうことか」
僧侶「そうです。私たちは逐一行き先を教会に報告している」
僧侶「教会の情報を得ることができれば、先回りも容易でしょう」
勇者(僧侶が俺をとめたのはそういうことか。でも)
僧侶「納得がいかないって顔してますね」
勇者「そ、そんなことは……」
僧侶「嘘をおっしゃらないで下さいまし。不服が顔に出ています」
532:
僧侶「勇者様が疑いたくなる気持ちも、わからなくはありません」
僧侶「私から提案です。ご自身で確認をしてみては?」
勇者「確認?」
僧侶「勇者様が探りを入れて確かめるってことです」
僧侶「私たちが敵か、味方かを」
勇者「探りを入れるなんて」
僧侶「今の状態、勇者様にとってはストレスにしかならないでしょう」
勇者(僧侶の言うことは、ハズれてはいないけど)
僧侶「疑うことで私たちへの信頼を取り戻せるなら、むしろそうしてください」
勇者(ようやく振り返った俺に、僧侶はペンを突きつけた)
勇者(俺の背中に突きつけていたのは、どうやらこれだったらしい)
533:

魔法使い「遅かったね。どこかに行ってたの?」
勇者「……」
戦士「なに? ボクの顔になにかついてる?」
勇者(会話から、このふたりが味方であるって確信を得る。……そう、会話で)
戦士「もしかしてボクが食べてるバナナが欲しいの? あげないよ」
魔法使い「ケチ、一本ぐらい分けてあげればいいじゃん」
戦士「しっかり栄養補給しなきゃならないんだよ、ケガを治すためにもね」
僧侶「勇者様。お話しないですか?」
勇者(考えるまでもなかった)
勇者(普通の会話もままならない俺に、探りを入れるなんて無理だ!)
534:
勇者「……とんでもないことに気づいたんです」
魔法使い「なになに?」
勇者「いるかもしれないんです。ボクたちの中に、敵が」
勇者「えっと、あの、その考えに至った根拠もあるんですけど」
戦士「アレでしょ? 行く先々で敵と遭遇するってことでしょ?」
勇者「……気づいてたの?」
魔法使い「さすがにここまで露骨だとね」
戦士「ていうか。スパイの可能性については、前の街のときから考えていたよ」
勇者(だとしたら俺、すげえマヌケじゃないかっ!)
戦士「ついでに、気づいてたよ。キミがこのことに気づいたってことにね」
勇者「……」
536:
戦士「考えてよ。先日の戦いにしてもそうだし、連中に加担する理由がそもそもない」
勇者(そうだ。リザードマンやサキュバス、ヤツらの殺気は本物だった)
勇者(魔物に手を貸す理由も、ありそうで浮かばない)
戦士「だとしたら、こう考えるのが自然じゃない?」
戦士「魔物たちは教会の情報を、なんらかの手段で得ている」
勇者「……」
僧侶「ここまでの話で、勇者様はどう考えますか?」
勇者(バカの考え休むに似たりか。俺はもっときちんと考えるべきだった)
勇者「その、疑ったりして……すみませんでした」
戦士「謝らなくていい。疑ったことで、とりあえずは疑念も氷解したしね」
537:
魔法使い「それから朗報があるんだよ。ねっ、猫ちゃん」
猫「前回の戦いで、ヤツらは痕跡を残していったにゃん」
勇者「痕跡?」
猫「そう。ひょっとしたら、魔王城の場所がわかるかもしれない」
547:

勇者「つまり。痕跡っていうのはあの魔物たちの魔力ってことか」
魔法使い「多かれ少なかれ、生物は常に魔力を放出してるからね」
戦士「あの強さのリザードマン、魔力の放出量も並の連中とは比較にならない」
猫「匂いと魔力の痕跡をたどるのは俺様がやる」
僧侶「ひとつだけ問題が……」
戦士「教会のことだね。それなんだけどさ、今までどおりでよくない?」
魔法使い「ダメだよっ。また同じ目にあっちゃう」
戦士「そのときは返り討ちにしてやればいいじゃん」
戦士「なにより。敵との遭遇は、情報を得るチャンスでもある」
僧侶「ですが、あの盗人たちのようなことが起きるかもしれませんよ」
548:
戦士「ああ、アレね」
勇者(成功はした、あの盗人どもを捕まえることには)
勇者(問題は尋問だった。ヤツらは記憶を失っていた)
勇者(教会によると、後催眠のようなもので記憶を操作されたとのこと)
戦士「そのときはそのときだよ」
魔法使い「じゃあ『緑の街』に行くって方向で決定ね」
戦士「それと、次の行き先については教会以外には知られないように」
猫「なんでにゃん?」
魔法使い「確証を得るためだよ。情報が本当に教会から漏れてるのかどうか、ね」
猫「そういうことか」
549:
戦士「とりあえずの方針はこんなところかな」
魔法使い「方針は決まっても、しばらくはこの街を離れることはできないけどね」
戦士「いやあ、面目ない」
勇者(特に戦士はリザードマンとの戦闘で、からだ中ボロボロだからな)
僧侶「この街に滞在してる期間は、術の特訓などに時間を充てるしかありませんね」
戦士「うんうん。特訓したまえよ、魔法使い」
魔法使い「うっさい」
勇者(特訓って……。魔術の扱いに一番長けてるのは、魔法使いのはずだよな?)
勇者(このふたりの会話の意味がわかったのは三日後のことだった)
550:

勇者(道具屋。魔法使いは店主と客としゃべってる。俺は待ってるだけ)
魔法使い「うん、これに決めた。この眼鏡買います」
店主「ついでにそっちの外套なんかもどうだい?」
魔法使い「んー、今は金銭的に余裕ないから」
客「金に余裕がないのはこの店も同じだよ。なあ?」
店主「まったく、この前の魔物には参ったもんだ」
魔法使い「この店、魔物の被害にあったの?」
客「直接の被害はなかったんだよな?」
店主「ああ。だが、今回の騒動で『夜の街』から『魔物の街』に変わっちまった」
客「外からの客のほとんどが、尻尾をまいて逃げちまった」
551:
客「魔物の存在は百害あって一利なしだよ」
店主「さっさと滅んじまえばいいのにな。嬢ちゃんもそう思うだろ?」
魔法使い「えっと……」
店主「ほかの連中もみんな言ってるし、そうねがってるよ」
客「ていうか勇者はなにをやってるのかね。早く魔王を滅ぼしてほしいよ、本当に」
勇者「暴れようとするなよ」
猫「ふん、そんなことするか」
勇者(世間の魔物に対する感情は、どこへ行ってもだいたいこんな感じ)
勇者(魔物は人類の敵、人類は魔物の敵。それが一般的な認識だ)
553:
魔法使い「ごめんね、待たせちゃって」
僧侶「魔法使い様は目が悪いのですか?」
魔法使い「ちがうよ。この眼鏡はオシャレだよ」
魔法使い「……ほら、私って年齢のわりに、その、アレでしょ?」
猫「アレってなんだ?」
魔法使い「と、とにかく! これですこしは大人っぽく見えるかなって思ったの!」
猫「声がむだにデカイ」
魔法使い「ムダにデカいって、ひどいなあ」
魔法使い「ていうか。猫ちゃん、ひょっとしてご機嫌ななめ?」
猫「……」
554:
魔法使い「もしかしてさっきの会話、気にしてる?」
猫「……あの連中、好き勝手に言ってくれたにゃん。魔物は滅べだと?」
魔法使い「あれはお客さんが来なくなっちゃって、店主さんもイライラしてたんだよ」
猫「そんなこと知るか。勇者はなにも思わなかったのか?」
勇者(なんで俺にふるんだ)
猫「剣の一つも握らんくせに、文句だけは一丁前と来たもんだ」
勇者「……」
猫「魔物は滅べというなら、自分でやればいい話だにゃん」
勇者「……少なくとも、あの人たちに戦ってくれとは思わない」
猫「なぜ?」
555:
勇者「あの店主にしても、自分が選択した人生を全うしようとしてるんだし」
勇者「それに。みんながみんな、魔王をたおしに行ってみろ。
 俺たちの旅も成立しなくなるぞ」
勇者「戦うっていうのはなにも、剣を握ることだけじゃないだろ」
僧侶「……」
魔法使い「……」
勇者「……えっと、どうしました?」
魔法使い「ビックリしちゃった。勇者が普通にしゃべるんだもん」
僧侶「猫相手だと、本当に流暢にお話されますね」
魔法使い「私たちには、今みたいにおしゃべりできないの?」
勇者「え? あ、いや……」
魔法使い「うん、普段どおりの勇者だね」
556:
猫「勇者に聞いた俺様が、バカだったみたいだにゃん」
勇者(好き放題言いやがって)
魔法使い「猫ちゃんはどう思ってるの、私たち人間のこと」
猫「……なにも思わん。そもそも俺様は、人と関わったことがあまりない」
魔法使い「じゃあ私のことはどう思う?」
猫「とりあえず頬ずりをやめろ」
557:
魔法使い「……それにしても、本当にこれでよかったのかなあ」
僧侶「なにがですか?」
魔法使い「教会に次の行き先を伝えたこと」
勇者(もう三日もたってるのに、なにを今さら)
魔法使い「勇者。三日前のことなのに、なに言ってんだって顔したでしょ」
勇者「……」
猫「相変わらずよく顔に出るヤツだにゃん」
僧侶「……三日前といえば、戦士様との会話で気になってたことが」
魔法使い「んー?」
僧侶「なぜ戦士様は、魔法使い様だけに魔術の訓練を促したのでしょうか?」
魔法使い「それは……」
558:
魔法使い「えっと……実はね。あの杖から煙を出す術、あるでしょ?」
僧侶「ええ。空間系の類の術ですよね?」
魔法使い「あれね、魔力で煙に量をもたせて、拘束するだけの術なの」
僧侶「じゃあ空間系の魔術ではない、と?」
魔法使い「うん。そもそも空間操作系の術って、魔術師の中でも賢者クラスじゃないと扱えないし」
魔法使い「ずっと前からいろいろと練習はしてるんだけどね」
僧侶「それで、戦士様は魔法使い様に?」
魔法使い「うん」
勇者(煙に質量をもたせるだけでも、十分すごいと思うけどな)
559:
魔法使い「空間系魔術は習得しときたいんだよね、今後のためにも」
僧侶「敵はさらに手ごわくなりますからね」
魔法使い「うん。勇者、術の訓練につきあってね?」
勇者「……」
魔法使い「……露骨に不服そうな顔しないでよ、悲しいよ」
勇者「あ、はい」
勇者(個人的には、僧侶の術のタネのほうが気になるんだよなあ)
勇者(戦士ですら、僧侶の術に関しては聞こうとしないし)
僧侶「……そんなにジッと見つめられても困ります」
勇者「あ、すみません」
575:

魔王「これですこしは満足できたか?」
リザード「……っ」
魔王「余の言いつけを無視しあまつさえ、勝手に勇者と交戦したこと」
魔王「今回だけは不問に付す。だが、次はないと思え」
リザード「はっ!」
姫(呼び出されて魔王の間に入ったら、リザードマンが床に膝をついていた)
姫(広間が滅茶苦茶になってる。戦いらしきものがあったのは、あきらかね)
魔王「サキュバス、卿は残れ」
サキュ「了解しました」
姫「呼び出されたから来たけど、いったいなにが……」
魔王「気にすることはない。こちらの問題だ」
576:
姫「それで? ここに私を呼び出して、なんの用ですか?」
魔王「これから話す。しばし待て」
サキュ「お冷になります、魔王さま」
魔王「うむ」
姫(魔王がひたいをぬぐって、水を飲んでる……今の戦闘がこたえたのかしら?)
サキュ「すごい汗ですわ。いまだに緊張なさるんですか?」
魔王「むぅ、いつもこれだ。リザードマン相手だとつい暴力ですましてしまう」
魔王「こういうとき、緊張して回らなくなる自分の舌が嫌になる」
サキュ「口下手なのは今に始まったことじゃないですよ、魔王さま」
姫(その冷や汗は戦いが原因じゃなくて、人見知りが原因なのね)
577:
魔王「姫よ。この世界、五つにわけられることを知っているか」
姫「ええ、いちおうは」
姫「第一の世界。人間たちの世界」
姫「第二の世界。魔物たちの世界」
姫「第三の世界。人間と魔物が共存する世界」
姫「第四の世界。エルフやヴァンパイアといった、存在自体が珍しい魔物の世界」
姫「そして第五の世界。いわゆる未開拓地、フロンティア」
姫「もっとも第三世界はごくわずかしか存在してない」
姫「第四世界に関しては住民も含めて存在自体があやしい」
姫「第五世界も、まだ残っているのかは定かではない」
魔王「そのとおりだ」
578:
魔王「いつか余が言った言葉、おぼえているか?」
姫「もしかして『手伝ってほしい』のこと?」
魔王「おぼえていたか」
姫「あのときは聞けなかったけど手伝ってほしいって、なにを?」
魔王「そなたの術だ。余が築く世界のためにその力、使わせてほしい」
姫「本気で言ってるの? 理解できない、私の術は……」
魔王「インプリンティング。
 対象にした生物の思考に、無意識レベルの刷りこみができる」
姫「……前にも疑問に思ったわ。どうして私の力を知ってるの?」
魔王「答えるつもりはない。だがそなたの能力の使い道、それには答えよう」
魔王「簡単な話だ、新たなる世界の住人たちの思考を書き換えるためだ」
579:
姫「……あなたのねらい、だいたい理解できたわ」
魔王「余が築く世界において、人間は魔族の支配下に置かれる」
魔王「だがこれまでの歴史において、人間と魔族は常に対立してきた」
魔王「それどころか近年では、魔族の世界は人間の手に落ちようとしている」
姫「人間を支配下に置いたとしても難しいでしょうね、私たちを服従させるのは」
魔王「宗教や教育で人々の思想を操るにも限界がある」
魔王「だからだ。そなたの術で、人間の意識を塗り替えるのだ」
姫「……私が従うとでも思って?」
魔王「逆に聞こう。させられないとでも?」
580:
姫(私の力はインプリンティングのほかに、もう二つある)
姫(それすらも彼は把握しているのか。聞き出すべき?)
魔王「どちらにしても、そなたの能力が必要になってくるのは先のこと」
姫「……」
魔王「サキュよ、姫を部屋にまで連れていけ」
サキュ「かしこまりました」
姫(私はそれ以上、言うべき言葉を見つけられなかった)
姫(魔王の顔を見ても、私には彼の表情の変化すら読み取れなかった)
581:

サキュ「あーん、やっぱり姫さまのベッドやわらかーい」
姫「……」
サキュ「あら、お姫様。かわいい顔がこわーい」
姫「……魔王が言ってたこと、あれは本当なの?」
サキュ「あたしは聞いたことない、魔王さまの口から出たジョークなんて」
サキュ「ていうか今日の魔王さま、すごく流暢に話してたと思わない?」
姫「そうかも、しれません」
サキュ「ずっと練習してたのよ、姫様とお話するために」
姫「魔王が?」
サキュ「そう。あなたと話すために、あたしといっしょにねー」
姫「しゃべることを練習する魔王、なんだか不思議ね」
582:
サキュ「滑稽だと思わない?」
姫「え?」
サキュ「魔王さまはあたしたちにとって、唯一無二の存在なの」
サキュ「そんな存在が、一人の人間のためにおしゃべりの練習をしてたの」
姫「……」
サキュ「あの方は口下手だし、考えてることも全然読めない」
サキュ「だけどはっきりとした意志がある」
サキュ「それだけじゃない。あなたたち人間さえも、可能な限り救おうとしてるの」
姫「私にあなたたちの味方をするなんて……無理です」
サキュ「どうして?」
姫「それは……」
583:
サキュ「こんなこと、あたしが言うのもなんだけど」
サキュ「あなたって今までの人生で、自分で決めた選択肢ってあるの?」
姫「あ、あなたこそ! ただ魔王に従ってるだけでしょ!?」
サキュ「あたしはそうよ。魔王さまの命に従うだけ」
サキュ「でもそれは、あたしが決めたこと。あたしがそうしたいから、そうするの」
姫「……どうして? どうして魔王に?」
サキュ「命を救われたの、あの方に」
姫「……だから従うの?」
サキュ「……そうね、あなたにだけ。特別に教えてあげる」
サキュ「あたしね、もともとは人間だったの」
590:
姫(限りなく人間に近い容姿をしている、とは思っていた。でも……)
サキュ「あー、うん。だいたい予想通りの顔してる」
姫「突然、魔物が自分は人間だったって言ってきたのよ。驚かないほうが無理よ」
サキュ「でーも、事実だもん」
姫「信じられないわ」
サキュ「まあね。でもさ、魔族の研究って年々進んでるじゃない?」
サキュ「今では魔族を操ることができる人間もいるんでしょ?」
姫「詳しくは知りませんが。近年になってそういう職業が生まれたことは耳にしています」
サキュ「そして魔族は、人間以上に魔族の研究を進めてきた」
サキュ「特に人間を支配下に置いていた時代、人間と魔族の研究が同時に行われていた」
591:
サキュ「あたしはその研究の副産物ってわけ」
サキュ「物心つくころには、両親も頼れる親戚もいなかった。そのうえ、戦争孤児」
サキュ「で、その戦争で死にかけたあたしを拾ってくれたのが、魔王さまだった」
姫「……あなたはそれで、魔物になったっていうの?」
サキュ「そっ。あたしは人間から淫魔に生まれ変わっちゃってわけ」
姫「……」
サキュ「でもね、あたしには選択肢がふたつあったの」
サキュ「魔族に成り代わって、あらたな人生を歩む。
 治療してもらって、人間のまま今までどおりに生きる」
姫「そしてあなたは……」
サキュ「うん、あたしは魔族になることを選んだ」
592:
姫「理解できないわ。あなたは人間だったのでしょう? どうして?」
サキュ「あのとき、考えたのよ。自分が仮に戦争で負傷しなかったらって」
サキュ「おそらく、ひどい目にあうってことは容易に想像がついた」
サキュ「戦争の渦中に放り投げられた天涯孤独の幼い子ども」
サキュ「どのみち、長くは生きられなかったでしょうね」
サキュ「生き残ったとしても、そのために必要な犠牲を考えたら、ね」
姫「……あなたは後悔してないの?」
サキュ「ここまで来るのに色々あったけど、うん」
サキュ「後悔はしてない――だって、自分で選んだ道だもん」
姫(本人が言ったとおり。サキュバスの笑顔には、一片の後悔も見えなかった)
593:

?「お食事の時間になりました、姫様」
姫「……」
?「お昼の食事にも手をつけていませんでしたが。食べてもらわないと、困るんですがね」
姫「……私の父は、私を生むのをためらったらしいの」
?「なんのことでしょうか?」
姫「父上は様々な土地をめぐり、たくさんの人々と交流したの」
姫「民の上に立つ以上、民を知らなければならない。これが父上の口癖だった」
姫「だけど、後継ぎの子どもが生まれれば政務に拘束されることになれる」
姫「もっとも、周りに促されて私を生むことになったけど。父上は私にいつもこう言ってた」
姫「『お前にも、少しでも早く世界を知ってほしい』って」
594:
姫「だけど、幼い私を外の世界へと連れ出すことを、周囲は反対した」
?「大事な後継者です、万が一があってはならないでしょう」
姫「……私はなにも知らないまま、ここまで生きてきてしまった」
?「焦る必要はないでしょう。あなたの人生はまだこれからなんですから」
姫「ええ、私もずっとそう思ってた。将来のために学問も学んできた」
姫「だけど……」
サキュ『あなたの意思、それってホントにあなたの意思?』
サキュ『あなたって今までの人生で、自分で決めた選択肢ってあるの?』
サキュ『後悔はしてない――だって、自分で選んだ道だもん』
姫(私は……私は……)
姫「――あああああああああああああああああああああああああああ!」
595:
?「……姫様?」
姫「……頭の中がぐちゃぐちゃになって、どうしようもなくなったら、天井に向かって叫べばいいって」
姫「ある人が、そう教えてくれたの」
?「はぁ、そうですか。
 ……姫様、どこへ行くつもりでしょうか?」
姫「魔王のところよ」
?「……」
姫(正直、まだ頭の中はぐちゃぐちゃで、なにがなんだかわからない)
姫(でも、もうじっとなんてしてられない!)
597:

魔法使い「あのぉ……その、ほんと、すみませんでした……」
勇者「……」
戦士「……」
猫「……」
魔法使い「ううぅっ、みんな冷たいよお! ツララみたいだよぅ、僧侶ちゃん……」
僧侶「私もなんて言ったらいいか……」
戦士「そりゃあね、文句も言いたくなるよ」
戦士「見知らぬ場所に連れてかれた挙句、一日中さまようことになったらね」
魔法使い「ううぅ……」
勇者(いったいなにがあったのか、簡潔に説明しよう)
598:
勇者(魔法使いが空間転移魔術の練習をしようと言い出したのが、事の始まりだった)
魔法使い『空間系魔術、その中でも転移系の魔術の練習をしたいんだよね』
魔法使い『転移の魔術は、基本的に魔法陣がふたついるの』
魔法使い『どうしてかって? その魔法陣を行き来するのが転移系の術だから』
魔法使い『まあ魔法陣ひとつでも、できないことはないんだけどね』
魔法使い『ただ、どこに飛ぶかわかんないんだよね、魔法陣がひとつだけだと』
魔法使い『厄介な敵をどこかへ送り届けちゃう、なんて使い道はあるけどね』
魔法使い『とりあえず時間がもったいないし、さっさと練習しちゃおっ』
勇者(冷静に考えると、この術の練習に俺が付きあう必要なかったよなあ)
勇者(しかも病室を抜け出した戦士と、猫まで練習の場にいた)
勇者(練習の場所は病院の屋上。魔法陣は屋上と、病院の入口に施したらしい)
599:
勇者(で、魔法使いが空間転移の術をやった結果)
勇者(俺たちは見知らぬ場所にいた。荒れ果てた荒野のような場所だった)
勇者(丸一日さまよっても、町や村にもたどりつかず、人にすら遭遇しなかった)
勇者(結局魔法使いが何度も術のトライをして、ようやく病院に帰ってこれた)
戦士「とにかく。今後、空間系魔術の使用は禁止だからね」
魔法使い「えー……」
戦士「『えー』じゃないっ」
戦士「そもそも、こっちとら病人なんだよ。今回の件で入院が長引いちゃったし」
魔法使い「……ごめんなさい」
600:
猫「ったく、俺様の足が棒になりそうだったにゃん」
勇者(お前はほとんど俺の肩に乗ってて、歩いてないだろうが)
僧侶「この話はここまでにしませんか? 魔法使い様も反省していますし」
魔法使い「うん、私ってばすごく反省してるよっ!」
戦士「……」
勇者「……」
魔法使い「……ごめん。これからもっと反省します」
戦士「まあ、過ぎたことに拘泥するのはよくない。今度からは気をつけてね」
魔法使い「はい! 『……次の転移系術の練習場所と方法を考えなきゃなあ』」
勇者(こいつ、反省する部分を間違えてるぞ)
601:
戦士「まあ、かわいいナースにお世話になれると思えば、それほど悪いことでもないかもね」
勇者(こうしてる間にも姫様は……って考えたら、そんなこと言ってられないけどな)
勇者(戦士いわく、人質だから殺されることはないそうだけど、心配だ)
コンコン
勇者(ノック……ナースか?)
戦士「はいはい、どうぞ勝手に入ってー」
女騎士「失礼する」
魔法使い「あっ、あのときの騎士さん」
戦士「おや、まさかキミがボクのお見舞いに来てくれるなんてね」
女騎士「見舞いに来たのではない。用件があってきたんだ」
602:
戦士「用件ね、デートのお誘い?」
女騎士「私も暇ではないんでな。手短に話すぞ」
戦士「つれないなあ」
女騎士「おそらくお前たちは、すでに次の行き先を決めていることだろう」
魔法使い「はい、もう教会にも伝えてます」
女騎士「その行き先、変更してほしい」
戦士「それは、上からの命令ってことでいいのかな?」
女騎士「ああ。次にお前たちが行くのは、『柔らかい街』だ」
603:
魔法使い「柔らかい街? 変な名前……。
  ていうか、どこ?」
女騎士「あとで説明する。それから私ともうひとり、お前たちに同行させてもらう」
僧侶「勇者様、なんだか変な顔になっていますよ」
勇者「……」
勇者(そりゃあ、変な顔にもなる。俺はこの女騎士がすごい苦手だった)
勇者(それに。柔らかい街は、俺にとって非常に思い出深い街でもある)
勇者(柔らかい街。そこは、数少ない魔物と人間が共存する場所だった)
634:

女騎士「リザードマンとサキュバス。奴らと同時に街に現れた魔物のことは覚えてるな?」
女騎士「私の部隊がその魔物たちを捉えたが、ほとんどが未確認のものだった」
女騎士「調査を行った結果。魔物たちの出どころがわかった」
戦士「それが柔らかい街だった。で、ボクたちに調査してほしいってことね」
魔法使い「でも、魔王城の探索はどうするの?」
女騎士「問題ない。そっちに関しては別の部隊が動いてる」
勇者(女騎士に指示を出してるのは教会だ。つまり)
勇者(俺たちや他の部隊の情報から、大まかな魔王城の場所は特定できたってことか?)
戦士「命令だから従わなきゃならない。けどねえ」
女騎士「なにか問題でも?」
勇者(俺たちの行動は、教会を通して筒抜けになっている可能性があるんだよな)
635:
戦士「まっ、なるようになるか。了解したよ」
僧侶「……ひとつ質問があります」
女騎士「なんだ?」
僧侶「あの街はここから船を乗り継いで、いくつかの街を経由しなければたどり着けないはずです」
僧侶「例の魔物たちは、どうやってこの街に現れたのでしょうか?」
女騎士「そのことか。この夜の街と柔らかい街を繋ぐ魔法陣があったんだ」
女騎士「調査隊の調べでは、魔法陣はこの街の入り口に設置されていたらしい」
僧侶「なるほど。つまり作為的なものである、と」
女騎士「だが、魔物たちが空間転移の術を使える話など聞いたことがない」
女騎士「以前になんらかの目的で、誰かが魔法陣を設置したのかもしれない」
636:
魔法使い「魔術研究に関しては、人間のほうが魔物よりも進んでるもんね」
勇者(魔物との戦争。あれも一役買って、魔術研究の差は広がる一方だそうだ)
女騎士「魔法陣に関しては、まだ調査中だ」
女騎士「どちらにしても。戦士、貴公が退院しないことには、この街から出ることもままならん」
戦士「いやあ、面目ない」
女騎士「そこで、だ。教会本部が回復魔術を得意とする者を寄こした」
戦士「ボクのために? すごいね」
女騎士「あとからこの病室に来るだろう。
 私はまだ仕事があるのでな、一旦失礼する」
女騎士「それと……貴様は相変わらずだな、勇者」
勇者「……」
勇者(それだけ言うと、彼女は病室を去っていった)
637:

魔法使い「勇者って女騎士さんに嫌われてるの?」
勇者「……」
魔法使い「勇者を見るあの人の目、すごくコワかったよ」
戦士「ははっ、実際に嫌われてるんじゃない?」
勇者「まあ、たぶん」
魔法使い「なんで? あっ、前に話してた訓練が関係してるとか?」
戦士「鋭い。ボクと勇者がギルドの訓練キャンプで、彼女と同じ班だった話はした?」
魔法使い「したした」
戦士「うん。ボクらの班のリーダーは、最年長かつ実績がある彼女だったんだよ」
戦士「基本的には問題のないメンツがそろってた、一人を除いてね」
魔法使い「その一人って……」
戦士「そう。勇者だよ」
638:
戦士「このグループキャンプって、訓練生の協調性や素質なんかを見るのが目的なワケ」
戦士「勇者はべつに課題自体はきちんとこなしてたんだよ」
戦士「ただ、ひとつ非常に大きな問題があった」
魔法使い「わかった。グループの人たちと交流しなかったんでしょ?」
戦士「そういうこと。しかも、女騎士にはとんでもなく無愛想な奴だと思われてね」
勇者「……」
猫「容易に想像がつくにゃん」
戦士「それで、訓練期間中に彼女が勇者に勝負をもちかけたんだよ」
戦士「『その舐めきった態度を二度ととれなくしてやる』ってね」
魔法使い「勝負の結果は?」
戦士「勇者の圧勝。見てるこっちが気の毒になるぐらいの」
641:
魔法使い「女騎士さんが、勇者を嫌う理由もすこしはわかるね」
戦士「それだけじゃないんだ。勇者を目の敵にする理由は」
魔法使い「まだあるの?」
戦士「訓練班には一人、品定めをする人間がいるんだよ」
魔法使い「ってことは、勇者が落ちる可能性は十分あったんだね」
戦士「女騎士はそう思ってたんだろうね。いや、実はボクもそう思ってた」
勇者(そういえば。戦士は戦士で、俺に突っかかってきたもんな)
戦士「ところが蓋を開けてみたら、勇者は見事に選ばれていた」
魔法使い「なんか、勇者のイメージが悪くなったかも」
戦士「まあ実際は無愛想ではなく、人見知りってオチだったけど」
642:
魔法使い「それにしても、ギルドの加入方法っていろんな種類があるんだね」
戦士「魔法使いは学校からの推薦だっけ?」
魔法使い「うん。ていうか、勇者や戦士とは部門がちがうんだけどね」
僧侶「戻りました」
戦士「悪かったね、教会への報告を頼んじゃって」
僧侶「いえ、ちょうど外の空気を吸いたかったので。それより、よかったのですか?」
戦士「うん。行き先変更の命令には、きちんと従うよ」
戦士「女騎士のおかげで、仮説がにわかに真実味を帯びてきたしね」
猫「どういうことだ?」
戦士「魔法陣の話さ。空間転移の魔術を魔物が使った、なんて前例はないんだよ」
644:
猫「ん? あの騎士は、人間が仕込んだものだと言ってなかったかにゃん?」
戦士「人間にしか扱えないって点、これが問題なんだよ」
猫「さっぱりわからん」
魔法使い「人間の街を襲った魔物と、人間にしか使えない転移系の術。これがヒント」
猫「……魔物側に人間の協力者がいる、ってことか」
僧侶「そうです。あなたはご存知ないのですか?」
猫「知らん」
戦士「即答だね、予想通りだけど」
魔法使い「でも、いちおう今後に大きく関わってくることだから、ね?」
猫「な、なにをする気だ……?」
戦士「苦しみ悶えること」
646:
勇者(魔法使いや戦士が情報を吐かせるために、猫にくすぐりの刑が執行された)
猫「はぁはぁ、世の中にはこんな拷問もあるのか……」
コンコン
戦士「はいはい、どうぞ。彼女が戻ってきたかな?」
勇者「……」
僧侶「勇者様、露骨に顔がこわばってますよ」
青年「あ、どうもっす」
戦士「……どなた?」
青年「あ、オレ。派遣されてきた『魔物使い』ってもんっす。
 戦士さんの病室ってここであってます?」
魔法使い「じゃあ、あなたが戦士の回復を?」
青年=魔物使い「そーなんすよ! オレが戦士さんを全回復させちゃいますよ!」
勇者(うわあ。すさまじく暑苦しい)
647:
戦士「えー、キミなの? 癒し手だから、お姉さんを期待してたのに」
魔物使い「申しわけねえ! でも回復は全力を尽くすんで!」
戦士「……冗談だよ。こっちはお世話になる身だし。よろしく」
魔物使い「ありがてえ! 勇者パーティーの一人である方の言葉……感無量っす!」
戦士「あの、ごめん。もうすこし声のボリューム落としてもらっていい?」
魔物使い「そうっすね! ここは病院! お静かに!」
猫『耳が痛いにゃん』 
勇者『我慢だ。それと今はしゃべるな』
勇者(女騎士とは別のベクトルで苦手なタイプだ。関わりたくない、できるかぎり)
魔物使い「ところで、勇者さんって誰っすか?」
勇者「……」
649:
僧侶「この方です」
勇者(僧侶!?)
魔物使い「お初にお目にかかるっす! 魔物使いってもんっす!」
勇者(顔が近いっ。ていうか自己紹介を二回もするな)
魔物使い「まさか生で勇者さんを拝めるとは、オレ、マジで感動っす!」
勇者「ど、どうも」
魔物使い「ていうか握手してもらっていいっすか?」
勇者「は、はあ」
魔物使い「くぅ?、ありがてえ! 三日は手洗えないっすわ!」
魔物使い「しかも一時的とはいえ、勇者さんと一緒に旅できるなんて!」
勇者(なん、だと……?)
650:
魔法使い「女騎士さんが、同行者がもう一人いるって言ってたけど」
魔物使い「そうっす。オレがその同行者なんすよ」
勇者「……」
猫「……」
魔物使い「あれ? その反応、もしかして知らなかったって感じ?」
僧侶「今、はじめて知りました」
魔物使い「女騎士さん、いつも説明が足りてないんすよね。」
魔物使い「緑の街から行き先までわざわざ変えてもらってるのに。申しわけねえ!」
戦士「まあ、癒し手が増えるってのはありがたい。ねっ、勇者?」
勇者「……うん」
勇者(俺の胃と耳はすでに痛くなりはじめていた)
660:

勇者(俺たちは魔法陣を介して、無事に『柔らかい街』にたどり着いた)
魔法使い「ううぅ?、まだ気持ちわるいよぉ」
猫「んにゃぁ……」
戦士「この魔法陣っていうのは移動距離によって、かかる負担に差が出るみたいだね」
僧侶「いちおう酔い止めならありますけど」
魔法使い「ちょうだいっ!」
戦士「この調子だと魔法使いが転移術を扱えるのは、まだ先のことになりそうだね」
魔法使い「戦士とか勇者は気持ち悪くないの?」
戦士「影響がないわけじゃないよ、でもこの程度じゃね?」
魔法使い「病み上がりのくせに」
勇者(あの暑苦しい魔物使いの術によって、戦士はあっさりと退院できた)
勇者(さすがに教会から派遣されただけあって、腕に関しては本物だった)
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