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いろは「せーんぱいっ」八幡「」


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3:
冬休みが明けてもう数日がたつ。
今思い返すと冬休み前、要するに昨年は本当に色々あった。
俺の人生においてあそこまで色々あった年は過去にも、そして今後の未来においてもないんじゃないか…そう思える程色々あった。
…………自分で言ってて辛くなるぜ。
だが俺はぼっちだ。
リア充様方の様にイベント毎に友達ができて、遊んで、笑って、泣いて、みたいな青春は起こりえない。
だがそれで良い。
俺には孤どk…いや、孤高が丁度良い。
そんなしょっちゅう何かのフラグが建ってたら疲れるし面倒だ。
5:
つまるところ、俺は辛いことも面倒事も嫌いだ。平穏が一番良いと心からそう思う。将来は専業主婦になって穏やかな家庭を築きたいと思う。
だが………!
近頃俺の平穏は壊されつつある。
せっかく生徒会選挙からクリスマスイベントを経て奉仕部にも穏やかな日々が流れていたのに!
あいつの…。そう!あのゆるふわビッチこと、一色いろはによって…。
現に今も奉仕部へと繋がる廊下の数メートル先で
いろは「せんぱーいっ!」
とあざとく手を振っている。
いや、きっと俺のことではない。先輩は学校に沢山いる。
そこで俺は見なかった事にしてあいつ
の横を素通りしようとした。
6:
一色の横を通り過ぎて3歩ほど歩いたときだった。
ぐいっ!!
八幡「おえっ?!」
思いっきり後ろから制服の襟を掴まれて尻もちをついた。目の前に笑顔で仁王立ちしている一色いろは。おい、パンツ見えそうで見えねぇとか生殺しかよ!
とりあえず首がしまったせでかなり咳き込んでいる俺に一色が話しかけてくる。
いろは「せーんぱい、何で無視するんですかー?」
どうやらあの先輩コールは俺宛てだったようだ。
八幡「げほっ、げほっ。いや悪い、俺じゃないかと思ってたわ」
いろは「わ、わたしが先輩って呼ぶのは先輩だけですよー。だいたい普通顔見知りが目の前に居たら一声かけてから通り抜けるのがマナだと思いますけどー。」
ぷくーっと頬を膨らませる一色。…うーん、やはりあざとい。だがそれに関しては最もだな。
八幡「確かにそうだな、それに関しては悪かった」
いろは「せ、先輩が素直に謝るなんて!で、でも私は傷付きました、す・ご・く!傷付きましたー」
なんか行動も言葉も全てあざとい。どこでそんなにあざとさ学んでんだよ…。
7:
それはさておき、この流れはまずい。近頃の経験からこの流れが不味いことを俺は知っている。
八幡「おいいっしkーーーー」
いろは「なので今日の部活終わり、お買い物付き合って下さいね」
八幡「」
やっぱり…。俺の悪い予想はかなり当たる。もしろ良い予想は一度も当たったことはない。何それ悲しい…
いろは「まぁ実際はこんなことがなくても誘うつもりで来たんですけどー。まっ、これでもう逃げれませんよね?」
きゃぴるんっといった調子、ではまた後で、と付け加えると一色は行ってしまった。
はぁ、面倒くせぇ…
…………とりあえず奉仕部行くか…
8:
ガラガラと音をたてて開いた戸の向こうにはすでに奉仕部の2人が来てそれぞれ読書とケータイいじいじに集中していた。
俺が来たのに気付いた2人が顔を上げ、視線が俺に集まる。
八幡「……うす」
雪乃「こんにちは、遅企谷くん。」
結衣「やっはろー。ていうかヒッキー遅いよ!何してたの!」
いやいや、別に遅かろうが早かろうが大して問題なかろう、人滅多に来ないんだし…
八幡「いや、まぁ、ほら、アレだよアレ。」
なぜか言葉が出てこない。いや、その理由はわかっているのだが…
結衣「アレじゃ分かんないよ!」
八幡「いや、だからアレで?、その?……」
俺が言い淀んでいると由比ヶ浜がはっとした様な顔をする。
結衣「……いろはちゃんでしょ」
その単語が出てくるとまた読書に戻っていた雪ノ下がピクッと反応して顔を上げる。
八幡「…………はい。」
結衣「またー・冬休み終わってから何度目・ていうか毎日じゃない・」
八幡「…………はい。」
雪乃「比企谷くん、そろそろどういったことか説明して貰えるかしら?」
雪ノ下は本を閉じ少し眉間にしわを寄せている。由比ヶ浜はんんー?と机に前のめりになる。……由比ヶ浜さん、双丘が!そしてチラリと見える鎖骨がぁっ!!
つかなんで俺は浮気した夫みたいな状態になってんだよ…
9:
冬休み明けてから本当に一色は毎日の様に放課後、俺の元に来ては今日のように帰りの買い物に付き合わせる。
そのことについてこの2人はどうやらあまり良く思っていないようなのだ。なので言葉にも詰まってしまう。まぁ実際俺も面倒なので付き合いたくはない。
八幡「い、いやむしろ俺が聞きたいくらいだぞ。俺だってこういうの面倒だし、か、買い物付き合ったら荷物持ちで疲れるだけだし…」
だからなんで俺は浮気した(ry。
雪乃「…そう。つまりあなたは付き合いたくもない買い物に無理矢理連れ回されて迷惑していると、そういうことなのね?」
八幡「い、いや、迷惑ってわけでは……」
なんで若干怒ってるんだよ…?
どうやら俺の返答が更にイラッときたらしく、
雪乃「どっちなの?はっきりしてくれるかしら?」
なんか絶対零度みたいな冷やっとした目で睨まれる。俺はそんな目で見られてビクンビクンってしちゃう変態じゃないわけだが…
八幡「や、やっぱり迷惑な方だな…?」
この返答にはご満悦のようでふふんと鼻を鳴らして口元に笑みを浮かべた。
雪乃「そう?では今度一色さんと会った時、比企谷くんがそう思っている、としっかり懇切丁寧に彼女に伝えておくわね?」
こ、怖い!なんなのこの娘っ?!
さすがにそれは一色に悪いので俺も反論する。
八幡「なにも別にそこまでしたくても良いだろ!俺も一色には迷惑をだな…」
雪乃「何を言っているの比企谷くん?あなたはここの部員なのよ?部員が困っていたら助力するのが部長の務めよ」
八幡「それはーーー」
雪乃「それに、これはあなたの為でもあり一色さんの為でもあるのよ?」
10:
八幡「一色の?」
雪乃「ええ、だって彼女は他ならぬあなたとお買い物に行っているのよね?」
八幡「あ、あぁ。それがどうしたってーー」
雪乃「分からないの?なら教えてあげましょう。一色さんに限らず、女性があなたのような目の腐った男と二人で歩いていたら周りの人間はその女性があなたに脅されていると思うはずよ?ましてや、それがここの生徒だったら?それ以上の事はあなたでも分かると思うわおどし企谷くん。」
ひ、ひどすぎるっ!!!クリスマスイベントでできたと思っていた確かな繋がりはどこへ?!
結衣「ーーーーーねぇ」
ここまで空気化していたガハマさんが口を開いた。居たんですか?嘘です気付いてました。ただ俺が雪ノ下と喋ってる最中も前のめりのまま俺の顔をじーーーっと見ていたのでそっちを向けませんでした、はい。
由比ヶ浜は一旦間を置き、すっと息を吸い込んだ。そしてかなり真剣な眼差しを向けてくる。
結衣「…ヒッキーは、その、いろはちゃんの事が、す、すす、好き、、なの……?」
16:
八幡「…」
そんな伏し目がちに頬を紅く染めながら噛むなよ…。何か変に意識しちゃうだろうが。
俺はその問いに対して即答はできなかった。由比ヶ浜はより一層前のめりになる。……近くないですかねぇ?なんでこいつを含むリア充どもはこう人との距離が近いんでしょうか…あっ、俺が離れ過ぎてるだけか。もはや離れ過ぎて認知されないまである。………悲しい。
八幡「ちょっ、お前近いから…」
結衣「…へっ?あ!はわわ、ごめん!」
とっさに体勢を戻してすっと彼女は目を逸らした。頬は紅く染まっており、眉を寄せて不満顔をしていらっしゃる。
結衣「…そ、それで!どうなの?いろはちゃんのこと…」
だんだんと声はか弱くなっている。
俺はその問いに関して少し考える。すると雪ノ下までもが口を開く。
雪乃「そうね、そこには私にも興味があるわ。今後の参考にさせてもらうわ。」
………何の参考にするんですかねぇ?今後の俺の罵倒にでも使うつもりか?おいやめろよな。恋愛事をネタにしたからかいや罵倒はマジでトラウマになるから。
八幡「……別に好きとかじゃねぇよ…。まぁでも確かに一人の後輩としては好き、かもしれないが、お前らの言う様な恋愛みたいな好きとは違う。」
なんだか二人ともほっしていらっしゃる。そんなに俺に好かれた時の一色がかわいそうなんですか?俺は誰も好きになっちゃいけないんでしょうかね…
それに、と俺は続ける。
八幡「第一、このずっと話し掛けられてるのも、買い物に付き合わされるのも俺からじゃねーだろ。つまり、その問いは俺じゃなくて一色に対してするべきものだろ?」
すると二人とも顔を見合わせ確かに、と頷いている。
17:
最近の、いやわゆるクリスマスイベント以降の奉仕部はこんな感じだ。こんな、他愛の話をして、雪ノ下のいれる紅茶を3人ですすり、由比ヶ浜の持ってきたお菓子を食べて…俺が失いたくなかったものは、きっと守れている。友達なんて曖昧な関係じゃなくて、もっと強くて、ずっと優しい、そんな本物。
こんならしくない思考をしていると、不意に教室のドアが勢いよく開けられた。3人の目線がそちらに動く。
そこにいたのはなんと、いや、やはり一色いろはだった。なぜか息を切らしている。
いろは「はぁ…はぁ、、先輩、迎えに、来ました、よぉ」
かなり息が切れている。…全力で走ってきたようだ。顔はにこりとしているが何かこっちが心配になってくる。
結衣「い、いろはちゃん、そんな息切らしてなどうしたの?」
由比ヶ浜がオドオドしながら聞くと一色は頬を少し朱に染めさっきよりもにこーっとした笑顔をして口を開いた。
いろは「はぁ、はぁ、そんなの、先輩に1分でも1秒でも、早く、逢いたかったからに、決まってるじゃないですかっ」
結衣「」
雪乃「」
八幡「」
世界が、止まった気がした。
19:
いつもならここで一色の発言に対してサラッと流したりツッコミを入れたりするんだが、今の俺は何も言えなかった。本当に俺の時間が止まってしまったのだろうか。そんなはずはない。ただ、本当に何も応えられなかったのだ。なぜならーーー
雪乃「あ、あの一色さん……?」
結衣「それってつまりーーーー」
いろは「ーーーーえっ?!ち、違いますよー!嘘に決まってるじゃないですかー!」
結衣「だ、たよねー。そんなわけない、よ………ね?」
いろは「は、はははいっ!ちょっ、先輩も何で黙ってるんですかー!!あー、もしかして勘違いしちゃいました?普通に考えて私が先輩を、だなんてありえませんし、私は葉山先輩一筋ですから先輩とかまだちょっと無理ですごめんなさい。」
一色がいつものように早口でまくしたてる。そこで俺も我に返っていつもの如く一色に言う。
八幡「だから俺はお前に何回フラれれば済むんだよ。そもそも俺は過去のトラウマから勘違いなんて起こさない様に訓練されてんだよ。そこらの弱小ぼっちと一緒にすんな。俺はぼっちのエキスパートだぞ。」
雪乃「そんなことを自慢気に言えるのがあなたの唯一すごいところよね。」
雪ノ下がこめかみに手を当ててため息混じりに言う。お前ホントそれ好きだな。似合ってるけど。
八幡「つか黙ってたのも他の考え事してたからだしな。」
いろは「ちょっ、酷くないですか?!可愛い後輩が来てあんな事言ってくれてるのに他の考え事とか!」
八幡「へーへー、悪かったよ。つかお前そんな早口でよく噛まないよな、いつも関心するわ。」
そんな会話をしていると最終下校のチャイムが校内中に鳴り響く。それを機に俺たちも帰り支度をして、校門へ向かう。
その後の一色の買い物はまた何やら生徒会の備品の買い溜めやグッズなどを見て回り、必要そうな物を買っては俺に持たせ、という感じだった。
一色に話を振られればきちんと応えてはいたし、必要そうな物を見つければこれとかどうだ?と普通に話をしていた。
だが俺の心はここに在らずって感じだった。
なぜなら俺は、あの部室で見せた一色の顔が、あの笑顔がーーーーー
ーーーーーあいつの、一色いろはという女の子の素の顔であることを、知っていたからだ。
20:
気付けばすでに家。なんだかあの部室からここまで一瞬で時が動いたようだ。
小町「お兄ちゃん?箸止まってるよ?」
我が最愛の妹、小町がじとっとした目で睨めつけてくる。あぁ悪い悪い、とまた晩飯を口に入れる。
ここ最近一色の買い物に付き合わされる事が多いため、当然帰宅も遅くなる。最初の頃は帰って来てから1人で晩飯を食べていたのだが、この頃は小町が晩飯を食べずに待っていてくれる。
八幡「…なぁ小町。」
俺が話しかけると箸を口に咥えたまま ん?小首を傾げて俺を見る。あー、あざと可愛い。
八幡「この前も言ったけどお前も腹空かして帰ってくんだから、俺を待たずに先食ってて良いぞ?俺が帰ってくるまで腹空かしたまま勉強してるんじゃ頭入んないだろ」
高校受験は2月の頭の方にある。すでに1月の半ばであり、勉強も大詰めといったところだろう。どうしたって合格して喜んだ小町の顔が見たいので家族みんなが小町のためにできることは惜しみなくしてる。俺だって当然こんな可愛い妹の小町の邪魔はしたくないのだ。
だがそんな俺の気持ちを差し置いて、小町は少しムスっとした顔になる。
小町「その時にも言ったけど良いの!ご飯はやっぱ1人で食べても美味しくないし…それに小町はお兄ちゃんと一緒に食べたいの!あ、今の小町的にポイント高い!」
その最後の言葉がなけりゃあな。にへらっと笑う小町に、そうか、と言うとまた食事に戻る。
確かに小町の言う通りだ。飯は大勢で食った方が美味い…と思う。いや、本当にそうか?家族以外と食わねえからよく分かんねえよ…。
家庭科で作った物を班で一緒に食べる事は何度かあったが、どれも話に入れなくて正直そんな美味しくなかったぞ…。
小町「ね、お兄ちゃん。」
そんな思考をしていると小町がクイクイと手招きしている。小町は向かい側に座っているので自然と顔を前に出す。
八幡「なんだよ?」
すると小町はニカっとして、俺の頬に着いていたと思われるご飯粒をとってパクッと食べた。
小町「ど?今のは八幡的にポイント高かったですかな?」
21:
八幡「…あー高い高い。だからほら、馬鹿やってないでとっと食え。」
小町「んもう!小町がこんなことするのはお兄ちゃんだけだよ!あ、いまの小町的にポイント高い!」
他の誰かにこんなことしてたらソイツ[ピーーー]自信あるわマジで。
至って平静を装っていたつもりだが、正直先ほどの言動に内心ドキッとしてしまっていた。いかん、相手は妹、その道へは進まないぞ絶対にだっ!!!!
こんな食を終えて先に風呂に入る。小町は一緒に入る?と言ってきたが阿保、とデコピンをしてやった。
実際は小町も先に風呂に入ると眠気がきて勉強できないとか何とか。
身体を洗い終え、顎まで湯船に浸かる。冬はこの風呂に入った時の身体の表面から内側にぐわーっと熱が染み込む感じが堪らん。
八幡「極楽、極楽?っと。」
独り言を呟きながら目を閉じる。
小町も受験もうすぐだな。あんな顔して内心緊張してるだろうし、風呂上がったらココアなり作って持っていってやるか。ホント小町が俺の妹で良かった。
そういや一色もあのキャラと後輩という面も含めて妹みたいだよなぁ。あぁ、だから俺なんだかんだアイツの言う事に従っちまうのか納得。
つか最近ホント一色とよく居るな。昨日も、今日も…。
………………今日……。
そんな物思いにふけっている時だった。
今日の一色のあの笑顔が一瞬にしてまるで写真で撮ったかのように頭の中で鮮明に蘇る。
22:
その瞬間俺は目を見開き思いっきり立ち上がった。湯がザバーッと音を立てて浴槽から飛び出る。
なんだ?…顔が熱い。でもこれは風呂のせいじゃない。曇った鏡を拭いて自分の顔を見る。頬から耳まで真っ赤だ。
その後風呂を出て髪を乾かした後、リビングのソファに座って考え込んだ。
確かにあの時、一色の顔は素の顔だった、と思う。アイツの事だってまだほとんど知らないが、分かることだってある。アイツは猫を被ってはいるが、薄っぺらい。
故に本心かそうでないかの区別ははたから客観的に見ていれば分かりやすい。
アイツのあの笑顔と、あの言葉を考えないようにしてきたが、それはもう無理だ。そもそも考えないようにしている時点で考えている。
ならあの笑顔と言葉の意味は、何度考えても答えはそこに行きつく。
一色が、俺を、……………好き?
23:
いいや!騙されるな俺!!俺はこの持ち前の自意識過剰で何度黒歴史をつくってきたと思ってる!!!そろそろ月光蝶が出せそうだよ∀のお兄さんっ。
そうだ、だからこそ俺は他との関わりを絶った。俺は受動的ぼっちじゃない。能動的ぼっちだ。俺はぼっちにしてぼっちかいのエキスパート。もう勘違いなんてしないしつねに理性的であると決めたじゃないか。そうだ、思い出せ。あの時の俺を。孤高という己の中の心理に行き着いたあの瞬間を。
OK。落ち着いた。
つまりあれもアイツの被り物の一つだ。そう、あれは素なんかじゃない。俺の知らなかった、勘違いしていた一色いろはの一面が出てきただけだ。
何かある事にそこに意味を見い出そうとするのは三流のすることだ。
よし、これで明日からもアイツと普通に接していける。これにて本日の自分会議は終了だ。
25:
思考がまとまった?ところで2人分のココアを作り小町の部屋のドアをノックする。
はいはーいっと、中から軽快な声がするので入るぞと言って中に入る。
小町「およ?何?お兄ちゃん」
机に向かったまま首だけこちらに向けてくる。ん、と机の空いたスペースにココアを置く。
小町「さすがお兄ちゃん!気が聞くぅ」
八幡「まぁな。気が聞き過ぎるから他と関わらない様にしてるといつの間にか空気よりも軽くなっちゃうのが俺だからな。」
辛過ぎる自虐ネタを披露したところでそれじゃ頑張れよ、と言って部屋を後にしようとすると小町が話しかけてきた。
小町「お兄ちゃん、最近奉仕部上手くいってるみたいだね。」
とても暖かい声音だった。
八幡「なんだ?由比ヶ浜からでも聞いたのか?今度アイツに小町の邪魔すんなって言っt」
小町「違うよ。お兄ちゃんの顔見ただけで小町は何でもわかっちゃうの!……ホント、良かったね、お兄ちゃん。」
お前は臥煙さんかよ…
八幡「別によく何かねえよ。また毎日雪ノ下に罵倒される日々だぞ。今にも精神崩壊しそうだわ」
小町はクスッと笑い、でもね、と続けた。
小町「ちゃんとあの2人とは本当の意味で向き合ってあげてね。そればっかりはお兄ちゃんがやるしかないって小町は思いますな」
八幡「…………あんま遅くまで無理すんなよ。お休み」
ふふんと鼻を鳴らす小町の言葉に何も言えないまま、小町の部屋を出て俺は眠りに就いた。
27:
翌日の登校時、自転車小屋にチャリを置いて振り返ると一色が立っていた。
昨日の夜、俺は自分のエキスパート性を再確認していたので何一つ取り乱すことなく普通に挨拶を交わした。
八幡「うす。」
いろは「おはようございます先輩!先ほど見かけたので昨日のお礼をと思いまして」
八幡「いらねえよ、そんなもん。つかここ最近ずっとなんだから今更だろ」
いろは「ま、そうですねー。私も実はそんな感謝してませんし」
八幡「いや、しろよ。俺は生徒会役員でも何でもねぇんだぞ」
いろは「だって、先輩には私を会長にした責任がありますからー。むしろー、当然の事だと思いますよー」
八幡「んぐっ!」
それを言われると何も言い返せない。あぁ、そうか。俺がこいつの言う事に付き合ってやるのは妹みたいだからじゃなくて、責任をとらなくちゃいけないからか…。何それ逃げられないorz…
いろは「ということでー、今日もお願いしてもいいですか?」
八幡「い、いや、今日はアレで、その…」
いろは「責任…」
ボソッとしかし確実に聞こえる声で言う一色。こ、こいつ、なんて野郎だっ!
八幡「………はぁ、分かったよ。」
いろは「さっすが先輩!では今日は部活終わりに校門で待ち合わせしましょう!」
それでは、と言ってタタターと駆けていく一色。はぁ、面倒くさい。でも、こんな事で責任を果たせているなら安いもんか…。
28:
その日の放課後、部活に行く前に平塚先生に呼び出されたので職員室へ行くと、職員室脇にある個室に連れて来られた。
個室に着くなり平塚先生はソファにドスッと座りポケットから取り出した煙草に火をつけ、スパーッと一度吸ってから話を始めた。
静「比企谷、君の妹の調子はどうかね?間も無く高校受験だろう。やはりここに入学希望なのか?」
八幡「えぇ、そのようですね。まぁ大丈夫じゃないっすかね。我が妹ながら俺よりちゃんとしてるんで。」
静「そうか、それは何よりだ。前にも言った様に、私たち教員もまた一人の人間だ。私は君を含めた奉仕部の子たちのことはお気に入りだからな、他の子よりも君の妹には合格してほしいと思っているよ。」
煙草の吸殻をトントンと落として続ける。
静「あのクリスマスイベント以降、奉仕部はどうだ?」
八幡「……困ったもんすね。」
静「…ほぅ。何に困っているのだ?」
八幡「また雪ノ下の罵倒が飛んでくることが…」
平塚先生は目をパチクリさせてたかと思うと急に笑い出す。
静「はっはっは。なんだそんなことか!また何かあったのかと心配したよ!」
笑い事じゃねぇ!こっちは日々心が抉られてるんですよっ!!
ふふっと笑って平塚先生は俺の目を見据える。とても優しい目だ。
静「はー、本当に君は面白い子だよ。それにそれは雪ノ下なりの照れ隠しだよ。君も気付いているだろう。あの子は誰よりも遠くにいる様に見えるが案外近くにいるのさ。特に君と由比ヶ浜の前ではな。」
うっ……。何かこのままだと不味いと思ったので話を変えることにした。
八幡「ところで、要件はなんすか?このために呼び出したわけじゃないっすよね」
静「確かにそうだが、君とは話が合うし面白いからな。たまに理由がなくても呼びそうになる。」
呼ばないで下さい。
…独身こじらすと生徒との会話に花を咲かせてしまうのか。誰かもらったげて!
29:
静「さて、本題に入らせてもらうが。近頃、とりわけ冬休み明けから妙な噂を聞いてな。」
八幡「噂?」
静「あぁいや、実際は噂というか目撃情報でな。情報提供者は私の友人の友人だ。」
何か胡散臭いな…。
静「なんでもその私の友人の友人によると総武高校の生徒が毎日夜の19時前あたりからから20時半前後までデ、デデ、デートをしているというのだ。」
八幡「は、はぁ」
なんでその歳にもなってデートって単語で詰まるんだよ…。もしかして、したことないのか…。
八幡「それと俺の何の関係が?」
静「まぁ最後まで聞け。その私の友人の友人によると、総武校の生徒で男の方は何とも言えないほど目が腐っているんだそうだ。」
ツーッと背中を嫌な汗が通る。
静「女生徒の方は何だかふわっとした、まるで生徒会長の様な顔をしているそうなんだがーーーー」
平塚先生の言葉はどんどんと熱を帯びてきて今にも爆発しそうだ。
俺は全身汗だくである。
静「ーーー比企谷、どういうことだぁぁぁぁぁああああっっっ!!!!!」
クワッと音がしそうな勢いで見開かれた目からは今にも火が出そうだ。だが急にショボショボとなっていく。次第にはソファの上で膝を抱えて下を向いてしまった。
静「なぜなんだ、比企谷。私はお前の事は信じていたのに…グスッ。私の目の前でイチャコライチャコラと…ズズッ。だいたいこの世界はおかしいのだ。こんな目の腐った男に女ができるより、私に男ができる方がよっぽど確率は高いはずではないか…グスッ。そんなの、国語教師の私でも直感的に分かることなのに…ズズッ。」
泣き出してしまった。ていうか情報提供者アンタ自身かよ…。
八幡「あの、先生。俺は別に一色と付き合っていませんよ。ただ生徒会の手伝いをしてただけです。それに先生は本当に美人なんで男の方が近寄り難いだけじゃないっすかね…」
何か酷い事言われてたのは俺の方なのに慰めてしまった。
そうこうしている内に先生は泣き止み、俺も職員室を後にした。
誰か今すぐもらってあげてっ!!!!
31:
その後、奉仕部に行くとまた遅れて来た事にいちゃもんを付けられたが今日のは本当に平塚先生の用事(あれを用事と呼んでよいのこ疑問だが)だったので難を逃れた。
奉仕部が終わった後、俺は自転車小屋から自転車を取り出し、一色との約束があるので校門へと向かう。どうやらまだ一色は来ていないようだ。
ーーーー5分後。
ーーーーーーーー10分後。
ーーーーーーーーーーーーー20分後。
あっれー?おかしくない?あの子来ないよ?もう校門周りを歩いている生徒は誰もいないし。あれ?世界って俺一人しかいないのん?何かそれかっこいい…
じゃなくて!も、もしかしてこれは!トラウマが脳内に蘇る。こ、ここ、これは待たせといて実は先に帰ったパターンじゃ…。絶対今友達とネタにしてるよ。
『ホントあの先輩キモくてさー。』『もしかして今もまだ校門で待ってたりしてー』『あはは、まじそれキモいわないわー。』『だよねー、超ウケる。』
ふっ、ふふふ、そういうことか一色いろは。貴様はこの俺で遊んだのか。誰にも迷惑をかけないように自らぼっちにまでなったこの俺を、更に痛めつけようと…。許すまじ一色ぃぃぃいいい!!
と校門前でしゃがみ込んで脳内で妄想を繰り広げていると後ろからトントンと肩を叩かれた。
楽しい楽しい妄想を一旦やめて、振り返ると驚いた顔をした一色が立っていた。
32:
いろは「な、何してるんですか先輩!こんなところで!」
八幡「な、何って…お前が言ったんだろ。ここで待ち合わせだって。」
いろは「でも!待ち合わせの時間だってもう30分以上経ってますし、今1月ですよ?!風邪ひいたらどうするんですか!だいたいこんな所に座り込んで何してたんですか!」
八幡「……お前にすっぽかされたと思ってたった今自分を戒めてたとこだよ。」
いろは「私がすっぽかすわけないじゃないですか!ただ生徒会の仕事が長引いただけですよ!」
な、なんでこいつはこんなに怒ってるんだ?つうかここは俺が怒るところだろ
でも先に怒られるとこっちが悪くなくても謝らなきゃいけない気がしてくる。これが社畜の気持ちだろうか…
八幡「よく分からんが悪かった」
いろは「ホントです!反省して下さい!」
だから何をだよっ!
すると一色が急にしゃがみ込んだ。下を向いてしまいその表情は分からない。そのまま顔を手で覆い隠した一色はポツリポツリと言葉を紡ぐ。
いろは「……ホント、何で待ってるんですか…。もう、帰ったと思ってたのに…。…………こんな事して、また私の好感度上げる気ですか…………本当に急上昇しちゃってるんで、やめて下さいよ………」
最後の方はよく聞こえなかったが俺は何も言わずただ一色の目の前に立ち尽くしていた。
いろは「先輩」
八幡「ん?」
いろは「頭」
八幡「頭?痛いのか?」
するとバッと顔を上げる一色。
……………え?なんで泣いてんの?
いろは「違いますよ!頭!!その……………な、撫でて下さい」
八幡「……………は?」
36:
いろは「泣かせた罰です。撫でて下さい。」
……そうは言われても中々撫でられるものじゃない。
そもそも一色が葉山に告白したあの日の帰り道、泣く一色の頭を撫でてやらなかったよな俺。それはほら、頭を撫でるという行為は俺の愛する妹専用コマンドだからだ。それは今も昔も、そしてこの先も変わらないはずだ。
だから俺はしゃがんでいる一色の頭にポスッと手を置いた。
いろは「…………?先輩、早く撫でて下さいよー」
八幡「残念だが一色、ここまでだ。撫でるのは妹専用なんだよ」
いろは「……何ちょっとカッコつけて言ってるんですか。ただのシスコンじゃないですかそれー」
もういいです!とスクッと立ち上がった一色は少し先を歩き出した。俺もカバンをとってその後ろを付いていく。
数歩歩いたところで一色がクルリと振り返り、にこっと笑みを浮かべる。
いろは「今日はとことん付き合ってもらいますね、せーんぱいっ」
八幡「…………はいよ」
まぁ泣かせちまったしな。俺が悪いのかよく分からんが…。
37:
何だかおかしい。
とことん付き合ってもらう、と言った割にはただずっと歩いているだけだ。時折俺の顔をチラチラと見てくるが、話しかけてくる風もないし、どこかの店に入ってもずっと歩いているだけで何も買わない。
八幡「今日は何も買わないのか?」
いろは「………んー、何か良いものがあったら買いますよー」
こんな会話をすでに何度かした。
…………何も買わないなら荷物持ちの俺いらないんじゃないですかねぇ…
そのまま何も買わないまま時間だけが過ぎていく。気付けばすでに帰路についていた。こうして一色の買い物に付き合った帰りは毎回、俺と一色は違う駅だがさすがにこんな闇夜に女の子一人帰らせるわけにもいかないので一色の家の近くまで送る。
そろそろそのいつもの場所だ。
ほとんど喋ることなく、何一つ買い物をすることもなかったが、まぁ俺としてはどちらでも良かった。
八幡「一色、そろそろーーーーー」
俺が別れの挨拶をしようとすると一色の言葉がそれを遮った。
いろは「先輩、もう少しだけ、良いですか?」
39:
そう言うと一色は俺の返答を待たずにスタスタと家とは違った方向へと歩いていく。
俺もそれに習って後ろを付いていった。着いた先は小さな公園だ。2人一緒にベンチに座る。
こんな夜に後輩の女の子と公園で2人きり…だが俺は知っている。こんな絵に描いたようなシーンでも俺にラブコメの神は降りては来ない。
俺も一色も制服の上にコートを羽織ってはいるがすでに1月の半ばだ。夜に外でじっとしているのはまるで修行よようだ…。
なので正直俺も早く帰りたかった。それに一色も先ほどから手を擦り合わせて手に息を吐いている。その白い息が手にかかるのが電灯に照らされて妙に艶めかしい。
一色が喋りそうにもなかったので俺から口を開くことにした。
八幡「何かあったのか?」
一色が目をパチクリさせて俺を覗き込んでくる。何で?とでも言いたげな顔だったので先に喋る。
八幡「いや、ほら、…何かお前、あんま喋らねえし、何も買わねえし…。なんとなくそう思っただけだ。」
すると一色はクスッと笑って言う。
いろは「いえ、別に何でそう思うか?が聞きたい訳でわなくてですね、先輩が心配してきた事がなんだか可笑しくて…」
八幡「悪かったな、柄にもないことして…」
いろは「……いえ。」
また少しの沈黙があった後、今度は一色が先輩、と言って切り出した。
40:
いろは「私ってほら、葉山先輩に告白したじゃないですかー。」
俺はそうだな、と首肯する。
一色はそれを見るとふいっと顔を前にし遠くを見つめる。
いろは「それで完璧にフラれてしまって、その後帰りの電車の中で、先輩の前で、泣いたじゃないですか。…なんだか自分で言うと恥ずかしいですねー」
そう言う一色の頬は確かにほのかに紅い。でも、と一色は続ける。
いろは「私、葉山先輩に告白して、良かったです。あれからもう一カ月近く経ちますけど、あの時は泣いちゃいましたけど、でも今思い返すとあの時を誇らしく思えるんですよねー」
遠くを見つめる一色の目は確かに優しいものだった。だが少し引っかかる。
八幡「そうか。だけど一色、お前の今の言い方だとまるでもう葉山の事がーーー」
いろは「その通りです。」
一色は俺の言葉を遮る。
いろは「好きじゃ、ない、です。正直、あの時も葉山先輩を好きだったかは分かりません。」
八幡「おい、それはないだろ。だってお前は生徒会長になるのだって、葉山との事をーーー」
いろは「そうです。確かに私は葉山先輩のことを好きだと確信していました。」
まるで話が掴めない。つまりこいつはあの頃から葉山の事を何とも思ってなかったのか?いや違う。葉山隼人の事となると目を輝かせていたし、食い付いてきた。俺だってそれで作戦を立てて一色を生徒会長にしたんだ。
41:
俺が思考していると一色はまた口を開く。
一色「あの時も言ったじゃないですか。私も、本物、が欲しくなったって。」
あぁそうだ。こいつは確かに葉山にフラれた後そう言った。
いろは「本当はですね、私、葉山先輩に告白する時にはすでに、葉山先輩を好きじゃない自分に気がついていたんです」
八幡「……は?ならお前は好きでもない相手に告白してフラれたっていうのか?」
ますます分からなくなってきた。好きでもない相手に告白してボロクソにフラれるだと?そんなの罰ゲームでもない限りしねーだろ。自分からわざわざ不幸になりにいく奴なんているはずがない。
一色は首肯しながら応える。
いろは「その通りです。だってアレは私の、私がこれから求める、本物のためのケジメでしたから。」
そこまで言われて俺ははっと気付く。この可能性は昨日散々自分を戒めた際に消していた。だが、あの可能性が当たっていたのかもしれない。これは一色の言葉を最後まで聞かなければ確信にはならないが、直感として、これ以上一色に喋らせるわけにはいかないと思った。
一色「先輩、私hーーーーーー」
八幡「一色!!」
俺の声が夜の静寂の中へ一際大きく放たれた。
46:
突然の声にびくっとして一色は俺の方を向く。
八幡「もうそろそろ帰った方が良いんじゃねえか?親も心配するだろ」
いろは「せ、先輩?」
八幡「俺ももう帰るわ。身体も冷えたし、腹も減ったからな。お前も家すぐだろうけど気を付けて帰れよ」
そう言ってスッと立ち上がり来た道に踵を返す。最後に振り向くこともせずじゃあな、と言ってその場を後にした。
…………足が重い。駅からここまで来るのは何とも思わなかった。でも今はほんの一歩が、辛い。
ーーー俺はあの時から変わっていない。由比ヶ浜の言葉を聞けなかった、聞かなかったあの時からーーー
だがさっきの雰囲気はヤバかった。一色の言葉を最後まで聞かなかったので、実際のところどうなのかは断言できないが、まるで告白されそうな勢いだった。
だが冷静に考えてみれば一色が俺に告白?ありえないだろ。俺のどこに惚れる要素があるんだ?うーむ…やっぱ何一つねぇな。
でももしアレが本当に告白だったら?なぜ俺はそれを遮ろうとしたんだ?…そんなの分かってる。
俺はここ最近のあいつとの関係を壊したく、なかったんだ。
49:
あいつが毎日のように話しかけてきて、他愛のたい会話をしながら買い物に付き合って…
そうだ、俺はそんな関係が心地良かった。楽しかったんだ。だからこそ、壊したくなかった。
壊れそうな予兆はあった。でもそこに気付かない様にして、あえて俺は『いつも』を送ってたんだ。
ーーーーはっ、笑えるな。俺はそれを欺瞞だと、ほんの1、2ヶ月前に体験していたじゃないか。
あの奉仕部で、彼女たちとーーー。だが今は違う。あそこには確かな繋がりが、本物が、ある。本物、そんなの抽象的過ぎて説明するのも難しい。でも確かに感じるんだ。ならなぜ俺は彼女たちとそんな上手く説明できないような関係を求めたんだ?そうだ。
欺瞞であると分かっていながらもその関係を求めたからこそ、俺は本物が欲しいと願ったんだ。
欺瞞であったとしても、失いたくなかった。それはつまり、大切に思ってたんだ、あの空間を、あの関係を、彼女たちのことを。
ーーーーーでもーーー
50:
本物を求めた俺が奉仕部で今の関係を築けたのはなぜだ?それはクリスマスイベントがあったからだ。そう、自分の気持ちと向き合うことは時間さえあればできるけど、行動するのにはきっかけが必要なんだ。
俺は今こうして思考している中で、欺瞞を求めた=大切に思ってる、という等式をたてたわけだが、それはつまり、一色の事も当て嵌まる。
だからこそ、変わろうと決意したからこそ、俺はこのままではいられない。そう、何か一つきっかけがあれば、行動を起こせるものがあればーーーーー
足に鉛が乗っているかの様な足取りで俺は歩いていた。足を止めて場所を、確認する。気付けばまだいつも一色と別れを言う辺りだ。
これだけ時間がかかってここまでしか来れてないのに、一色は来ない。つまりまだあの公園にいるのだろう。
心配ではある。でも俺は後ろを振り向けない。俺は彼女の言葉を遮り、逃げたのだから絶対に後ろは振り返れないのだ。
自分の中のそんな小さなプライドに嫌気を感じながらまた一歩踏み出そうとした時だった。
タッタッタと一瞬、足音が聞こえたと思ったら、ドンッッッ!と背中に強い正直が走る。
一瞬息がつまり、ぐぇっと変な声が出てしまう。
跳ねられた?いいや違う。車はもっと硬くてひんやりしてて、強烈な痛みだ。だがこれは違う。
これはもっと柔らかくて、そして暖かいものだった。
51:
これはいくら俺でも分かる。一色いろはが抱き付いてきたのだ。いや待て、全然分かんない。
時折小さく嗚咽を漏らしては鼻をすする音がするのできっと、いや間違いなく泣いているのだろう。
八幡「お、おい一色?」
後ろにいる一色に声をかけるが一色は何も応えず、さらに強く抱き締めてくる。
あれれー?一色さんじゃないのかなー?
いやいや、そんなはずはない。ていうか一色じゃなかったら怖いのでやめて頂きたい。一色だったら良いというわけではもちろんない。
腕ごとホールドされてはいるが肘は動くのでそのまま一色の手をどかそうと思ったが、一色の喋り出したことでやめた。
いろは「グスッ…先輩、ちゃんと聞いて下さい…。」
喋りながら一色はなおも腕の力を強める。うーむ、このまま潰す気だろうか…
八幡「聞くも何も、もうお前言っただろ。葉山の事を好きじゃない、ケジメをつけれたって。それで話は終わりだろ。」
俺はこの先を言わせるわけにはいかない。もう一色が俺を好きじゃないなんて思わない。この一色の涙が、握り締める手が、背中の確かな温もりが、それを証明している。
確かに本物は欲しい。この一色とだってそういう関係を築きたいとは思う。だが、そこに恋愛事を絡める気はない。俺は友達と同等以上にその関係を信じられないからだ。
そして何よりその関係は友達以上に、怖いからだ。
52:
いろは「先輩!違うんです!まだ話はーーー」
八幡「終わってる。これ以上何を話すんだ?明日も買い物付き合って下さいってか?それとも生徒会の事か?それとも何かの愚痴か?俺が聞いてやれるのは…そんくらいだ。」
いろは「そんな事じゃないです!でも、先輩に聞いて欲しいんです!先輩にだけ聞いて欲しいんです!!先輩、私は先輩のことg」
八幡「やめろっつてんだろ!!」
再び静寂が俺たちを包み込む。
こんなに怒鳴ったのはいつぶりだろうか。
それきり黙りこんでしまった一色は、それでも腕の力を緩めようとはしなかった。その手はもうずっとカタカタと震えている。寒いからなのか、俺に怒鳴られたからなのか、それともここまでするのに勇気を振り絞っているのか、俺には分からない。でもここは分かってやるわけねはいかないんだ。
八幡「離せ」
いろは「…嫌です」
八幡「離せ」
いろは「嫌です!だから、話を聞いて下さい」
八幡「断る」
このままだと埒があかない。一色もそれを感じとったのか、再び沈黙が流れた。
59:
沈黙の中で俺は冷静さを少しずつ取り戻していった。後ろで泣いている女の子を俺はどうするべきなのか。
嫌な沈黙ではあったが、一旦冷静になって考えるには充分な時間だった。
八幡「一色。さっきは、怒鳴って悪かった。」
いろは「………いえ。グスッ…先輩でも、ああゆう声を出すこと、あるんですね…。ちょっと、グスッ…ビックリしました……」
八幡「………俺はお前がこんなことしてる方にビックリしてる」
少し場の空気が和んだところで、一色、と切り出した。
八幡「お前が今抱いてる感情は偽物だ」
いろは「………え?」
八幡「…だからそれは、偽物の気持ちだ」
いろは「ち、違います!!それは絶対に違います!!なんで!…なんで、そんなこと、そんな酷いこと…言うんですか…」
それは当然、一色が傷付くだろう言葉を選んでるからだ。俺だってこんな場面で相手にそんな事を言われたらその場ではさすがになくとも、家に帰ってから泣き崩れる自信がある。でも言ってやる。ここでコイツのこの思いを終わらせる。
八幡「本当のことだろ?ならなぜお前はそんな気持ちになってるんだ?」
いろは「それは!……先輩はいつも私のこと助けてくれますし、それにーーー」
それだ。そこまで聞けたら充分だ。
俺はあの時、由比ヶ浜に言った様に一色の言葉を遮る。
八幡「別に俺は、お前だから助けたわけじゃない」
一色の手がピクッと動く。
60:
八幡「たまたま依頼に来たのがお前で、たまたま俺がその依頼を受けただけだ。実際のところお前じゃなくても、誰でも良かったんだ。雪ノ下を落選させられればな。」
なんで相手を傷付ける言葉を言うと胸の奥がズキズキとするのだろう。こんな酷いことを今までに何度も言っているのに、俺にもまだ良心があるのだろうか。
八幡「それに、お前は言ったな。葉山の事を好きじゃなかったって。それこそ偽りだ。俺の前でカッコつけてアピールしてるだけだ。お前はあの時、確かに泣いてた。あれはお前の素だ。好きな葉山にフラれて悲しくて涙が出たんだよ」
普段喋んないのにこういう時だけ饒舌になってしまうから喉の奥はカラカラだ。だがさらに俺は畳み掛ける。
八幡「だからお前が求めるべきなのは葉山との本物だ。さっきも言った様に俺は雪ノ下を落選させたかった。それは俺が奉仕部を守りたかったからだ。俺が求めた本物はあの場所と、あの2人だ。お前のことは求めてねぇんだよ」
俺が言い切ると一色の腕の力はフッと抜けそのまま一色は地べたに座り落ちた。それと同時に俺も振り返る。下を向いてはいるが噛み締めた口に手を当て必死に声を抑えてはいるが、目から溢れる涙は止めどなく流れ落ちていた。
61:
言い過ぎたとも思った。俺もここまで言われると泣くを通り越して自殺願望が芽生えると思う。でもこれしか思い浮かばなかった。
もう少し優しく言ってもきっと一色は諦めない。なぜならこいつは由比ヶ浜よりも強引だからだ。
由比ヶ浜も強引ではあるが、彼女は空気を読むことにおいてプロフェッショナルだ。その空間の空気と相手の事を直感的に理解して身を預けるか引くかを判断する。
でも一色は違う。
確かに空気は読めるだろうが、あえてそこで居座るのが一色だ。
嗚咽をもらしながらずっと泣き崩れている一色に、俺は頭を撫でてやることも、謝罪の言葉をかけてやることも、しない。
きっとコイツの思いも、この瞬間も時間が経てば俺への恨みに変わり、やがて風化して最後には記憶にも残らない。それでいいんだ。
しばらく時間が流れた。次第に一色の嗚咽も小さくなり、気持ちが落ち着いてきたようだ。そして一色はフラッと立ち上がって涙は零しながらも喋った。
いろは「先輩は、グスッ、ばか、です。ヒッグ…わだし、何を言われだって、先輩が、グスッ、好ぎ、なんです」
67:
今にも消え入りそうな声で、でもしっかりとそう言った一色は俺に身体を預け今度は我慢することなく、盛大に泣き始めた。
………不意打ちではあったが言われてしまった。言わせてしまった。さっきからずっと避けていた言葉を。
一色が泣き止むのに時間はかからなかった。
いや、その間完全に俺、比企谷八幡は空白で、時間の流れも、わんわんと泣いている一色の声も、涙に濡れてカッターシャツの中が湿っていくのも、何も感じられたかった。
だから時間はだいぶ過ぎたのかもしれない。だがもう俺には時間なんて概念は存在しなかった。
八幡「…聞かせろよ。お前の話」
一色が泣き止んで、止まった思考が動き出して、ようやく口を開いた。
あの言葉を言われてしまっては、もう一色の話を聞かない理由なんて俺には思い浮かばなかった。
78:
そうしてまたあの公園である。
八幡「ほれ」
公園の出入り口にある自販機で2人分の飲み物を買って一色に手渡す。俺も先ほど喋り過ぎたせいで喉は乾いてたし、一色も泣き過ぎて乾いているだろうと思い買ってやる。
いろは「ありがとうございます。ホント、先輩は人のことあざといって言いますけどー、先輩のこういうとこも充分あざといです」
八幡「………。やっぱ返せ。俺が飲む」
渡したジュースを奪い取ろうとすると一色はふいっとその手を交わしていたずら顏をつくる。
いろは「ダメです!なんですか先輩?あざといって言われて怒っちゃいましたか?それとも照れちゃいましたかー?」
う、うううざい!!うざすぎる!!
ここはあえて無視して一色の横に腰を下ろす。
そんな他愛のない会話をしながら互いに気恥ずかしさを払拭するよう努める。
………はぁ、ホントこいつ強いよな。仮にも告白して、それでいてまだ返事をしてくれないような相手と一緒にいるのに、普段通り喋れるなんて。むしろ俺の方がさっきからドキドキしちまってるじゃねーか。これが経験の差なのかちくしょー。
だが何とかこんな空気を作り出しても本題に入る勇気は互いになかった。ていうか俺から話を振らなくちゃダメなの?何て言えば良いんだよおい。
『それで、なんで俺の事、す、すすす、好きになったんだ?』か?
いや、キモいな。自分を好きになった理由を尋ねるなんて難易度高過ぎるし。つか想像の中でもこんだけ噛んじゃうとかないわ。想像でこれなら実際その単語を言う時には黙ってしまうまである。
うん、やめとこう…。
こんなしこうをしていると一色の方から切り出してきた。
いろは「それで先輩、話、ちゃんと聞いてくれますか?」
86:
八幡「お、おう。つか聞くに決まってんだろ。ここまで来て何も聞かずに帰るとか気になって眠れねぇよ。」
いろは「あははっ、確かにそうですよねー」
一色はケラケラと笑うとこちらの顔を覗き込んで聞いてくる。
いろは「でも先輩、お腹空きませんか?もうこんな時間ですし」
言われて携帯で時計を確認すると、ふむなるほど、確かに時刻はすでに21時30分を回っている。
まぁ空いたっちゃ空いたが…でもここで帰るわけにはいかないのでーーー
八幡「お前こそどうなんだよ。その話題振ってくるってことは腹減ったのか?」
会話の流れを利用してこちらは答えないまま相手に話を振り返すという我が奥義。いや、日本人なら大半がこの技使ってそうだな…
いろは「少し空いてきました。なのでこれを食べましょう!」
かばんの中から目当ての物を探し、じゃーんっ!と言ってトッポを取り出した。
…イメージ通り、女子高生は常に無難なお菓子を持ち歩いていた。女子高生のかばんの中はお菓子と化粧道具しか入っていないという噂は本当っぽい。
トッポの箱の中身は一袋しか入っておらず、2人で食べるとあっという間になくった。
いろは「人の物たくさん食べて図々しい先輩ですねー。」
八幡「いや、大半お前が食っただろ。俺は3本くらいしか食ってねえぞ」
いろは「いちいち数えてたんですかー?小さい男はダメですよー」
八幡「いや、3本程度数えてなくても覚えるてるだろ普通」
トッポを食した後は、2人ともジュースを飲んだ。
そしてふぅーと少し息を吐いて間をおいた一色はゆっくりと話し始めた。
89:
いろは「先ほど先輩に言われて気付いたことがあります。それは私が葉山先輩の事を確かに好きだった、という事です。ここは訂正しておきます。」
喋りながら一色は顔を上げ、また遠くを見やった。俺もその視線の先を追いかけたが、そこにはただの暗闇が広がっていて俺には何も見えない。
いろは「でも、好きよりも憧れが強かったと思うんです。葉山先輩にはもちろん憧れてましたし、その葉山先輩と付き合ってる私に憧れてたんですねきっと。」
ふむ。それならなおさらこいつが葉山を諦める理由が分からない。いや、本当に分からないのは別のことだ。
自分では手が届かないと悟って葉山を諦めたとしても、そこでなぜ俺にベクトルが向くんだ?俺と葉山はまさしく象と蟻。いや、天と地ほどの差があるのに。
八幡「分かんねーな。憧れてたんなら葉山を追いかけるべきだろ。そこが無理でも葉山みたいな奴はいくらでもいただろ」
思っていることを素直に言ってみる。
すると一色はクスッと笑みを浮かべた。
いろは「確かにそーですよねー。葉山先輩が無理だったとしてもそこから先輩になびく人はまずいませんよねー」
おいこら待てどういうことだ説明されなくても分かるがもっとオブラートに包めよこの野郎!
でも、と一色は続ける。
91:
いろは「私は先輩を好きになっちゃったんです」
そう言って身体を傾け俺の目をじっと見つめる一色。俺もその視線から目を離せない。
いろは「………やっぱ、理由も言わなくちゃダメ…ですよね?」
八幡「そりゃ言ってくれるとありがたい。考えるのも返答するのもしやすくなるからな」
ここでしばしの沈黙が訪れた。一色は言う言葉をまとめているのか少し下を向いているが時間が経つにつれ顔を紅くしている。
……熱?
ちょっと心配になってきたので声をかけることにする。
八幡「おい、大丈夫か?」
やはりこうゆう時におデコを手で触ったりおデコとおデコをコツンしないところが悲しくも俺の主人公性のなさを証明してやがるぜ。
俺がしたら即タイーホだからな……泣きそう
いろは「い、いいいいいえ!ぜんっぜん大丈夫ですよ!気にしないで下さい!」
手を振って思いっきり否定する。…オーバー過ぎだろ。ほんとあざとい。
92:
再び一色はふぅーと白い息を吐いて調子を整える。だが顔は紅いままだ。
…うむ、もしやこいつこんな空気で何かイヤらしい事でも考えていたのか?いや、一色に限ってそれはないだろう。そんなのは海老名さん一人で充分だ。
いろは「あのですね、先輩」
八幡「おう」
再び上げた顔をまた下に向けて喋る一色。なるほど、単に恥ずかしいのか。まぁ俺もかなり恥ずいしな。
そりゃ当然だ。面と向かって俺を好きになった理由を聞かされるわけだし、コイツは本人の前でそれを言うわけだし。
そもそも俺は自分から本気で告白したことはあったがされたことはない。同様に一色もこの前の葉山以外には自分から告白したことなんてないのだろう。
一色はそのまま続けた。
いろは「先ほど先輩が言ったように、確かに私は生徒会選挙で先輩に背中を押してもらいましたし、クリスマスイベントでは助けてもらって、それらのことでも先輩には感謝してますし好意も抱いています。」
でも、と付け足すと一色は顔を上げ俺の目を真っ直ぐ見てくる。
いろは「それだけが好きになった理由じゃありません!そんなのは私の中で些細な事なんです!」
八幡「……は?ならお前はいったいなにをーーー」
言いかけた言葉を一色の言葉が遮る。
いろは「それを今から言うんで先輩は黙ってて下さい!!」
怒られてしまった。
どうやら一色はもう迷いも恥ずかしさも吹っ飛ばしたようだ。本当に凄いなと感心する。
93:
一色はすっと息を吸い込むとカッと目を見開き続けた。
いろは「先輩は私を認めてくれるんです!あざとい、って言いながらもちゃんと話を聞いてくれます!私の素が出た時でもちゃんと返事してくれます!私が猫被ってることにちゃんと気付いてくれています!泣いてたら優しい言葉でそっと包んでくれます!こんな風にどんな私でも先輩は認めてくれるんです!だから私は、先輩のことがーーーーー!」
八幡「ちょ、ちょっと待て一色!」
俺が止めに入ると は?ていう顔をしなさる一色さんマジこえぇっす…
八幡「と、とりあえず落ち着け。近いから」
一色はふと我にかえり自分と俺の位置を確認する。
もう少しで俺が一色に押し倒されそうな格好だ。おかげでこちとら腰が痛い。
コホンッとこれまたあざとく咳をすると体勢を整える。
いろは「すみません取り乱してしまったようです。でも先輩、良いところで話を折るなんて酷いですっ!」
ふーんだっとでも言いたげに身体の向きを変えて背中を向けてくる一色。
…なんかリアクションが一々面倒くさいしあざといよなコイツは。
97:
八幡「それに関しては悪かった。でもお前が言うような人間は俺以外にも、それこそお前のクラスの中にだっているだろ」
俺が謝ると一色は再び身体を俺の向きに変えた。
いろは「いません。…確かに女子は私が猫被ってる事に気付いてますが大半は私を嫌っています。たまに男子でも私が素じゃないことに気付く人もいます。昔告白してきた人にも居ました。『いろはちゃん、俺の前では素で居て良い。だから付き合おう』って」
八幡「良いじゃねえかそういう奴。ま、まさか顔で選んだのか…?」
恐る恐る問いかける。
いろは「いえーーーー」
よ、良かったぁ。もしそうなら怖くてチビってたわ。
いろは「ーーーそれもありますけど」
あるのかよっ!!やっぱこの子恐ろしいわっ!
やっぱり女はおっかねぇ。やはり俺の道を照らしてくれる天使は戸塚と小町と戸塚と戸塚くらいだな。戸塚のお義父さんお義母さん、戸塚を産んでくれてありがとう。
101:
下らない事を思考しているうちにも一色の話は続く。
いろは「確かにじゃがいもみたいな顔でそんな台詞をキメ顔で言われた時は鳥肌ものでしたが、今はそういうことを言いたいんじゃないんです。いちいち話の腰を折らないで下さいっ!」
また怒られてしまった。
でも俺がショボーンとしていてもキモいだけなので、極めて平静に努めて、すまん、とだけ言っておく。
いろは「私は自分が素を出せる場所が欲しいんじゃないんです。確かに素でいられたらそれが一番良いんでしょうけど、きっとずっと素でいたらその素までが自分の仮面になっちゃうと思うんですよね」
ふむ、確かに言わんとしてる事は分かる気がする。
きっと素であるということは本当の自分を晒すというだ。そんな本当の自分を見せていてもある時ふと自身を冷静にみると、それさえも本当の自分なのか分からなくなる。きっと俺たちは自分が分からないという感覚を恐れているのだろう。
いろは「だから私が欲しいのは素の私で居られる場所じゃない。どんな私でもそれを私だと受け止めてくれる、そんな場所が欲しいんですっ」
なーるほど、一色の気持ちはよく分かった。でも一つ引っかかる。
八幡「お前の言いたい事は分かった。でもそれなら尚のこと、葉山で良いじゃないか。あいつはお前の全てを受け入れてくれるぞ」
そう、葉山隼人。
あいつは他人の全てを受け止めるはずだ。他人の悪い部分でさえも肯定してやり、むしろそれをそいつのプラスな面だと評価してやれる。俺には到底真似できん様な事をあいつはサラッとしてのける。
いろは「そうですね。仮に私が葉山先輩と付き合ったとすると葉山先輩は私の全てを包み込んでくれそうです」
102:
ならそれで良いじゃないか、そう言おうと思ったが一色がでも、と続けたことでその言葉は喉の奥まで戻っていく。
いろは「葉山先輩の優しさは、んー、なんと言うか、なんだか温度がないんですよねー。冷たくもないけど、温かくもない、みたいな」
………それはつまり俺の優しさが温かいという事なのか?
な、なんだか耳の裏まで一気に熱くなってきたぞ…!
まぁこれまたコイツの言う事には納得だ。
この大方一年、何かとあいつとは一緒だった。あいつの事はそれなりに見てきた…なんていったら海老名さんが発狂しそうだが。
俺はあいつと接していく中であいつの人間性を少しは理解した。あいつのあの優しさが残酷だと言うことを。
いろは「だから先輩、私は先輩の事が好きですっ。もう嘘はつきません。私は欲しいんです。先輩との……本物……」
俺は正直に感動していた。
俺を好きになった理由、自分が本当に求めるもの、それらを包み隠さず言った一色いろはに。
俺はあんな酷い事を言ったのにそれでもなおかつ、好きだと断言する一色を、俺は凄いと思った。
だがそれとこれとは話が別である。
103:
八幡「一色、それでも俺はお前の想いにはまだーーーー」
いろは「分かってます。先輩が一筋縄ではいかない事も、それに奉仕部のあの2人を特別に想ってることも」
俺の言葉を遮る一色。
そう、俺はここで一色の気持ちにすぐに返事をしてやる事はできない。
なぜなら一色が話している最中もあいつ等の、あの2人の顔が脳裏に思い浮かんでいたからだ。
いろは「先輩の中でもう答はでてますか?」
俺はその問いには応えられなかった。
まだ胸の奥を様々な想いと感情が渦巻いていたからだ。
あたかもそんな俺を見抜いていたかの様に一色はクスリと笑みをこぼすと言った。
いろは「明日、あの教室で4人で話し合いませんか?」
八幡「………は?」
いろは「いえ、話し合わせてもらいます。もう決めました。これは会長命令ですよっ」
俺が事態を呑み込めないでいると一色は ほっ、と言ってベンチから立ち上がった。そうしてニコッと笑顔を作りながら俺の顔を見る。
いろは「せーんぱいっ、帰りましょ」
105:
その後いつもの別れをする所で一色とわかれた。別れ際に一色は今日のことの謝罪ともう一言だけ付け添えて自宅へと帰っていった。
『良い返事を期待してますよ』
別れ際にこういう台詞をすっと吐くあたりに彼女の包み隠さないあざとさが出ていた。むしろもはやそれが一色らしいと思えて笑えてくる。
家に着くとすでに時刻は23時を回っており、こんな時間帯に帰宅するのは初めてだった。
初めに一色に呼び止められた際に小町には遅くなることは伝えておいたので、すでに自室で勉強をしているか、あるいは寝ているのだろう。
俺も風呂に入り、自室へと上がる。
ベッドに飛び乗り再び今日の事をざっと思い返す。
あまりにも色々あった1日だった…。
本当に今日は疲れた。
でも今日が台風なら明日はスーパーセルが来そうだな…と予感している。
…………はぁ、憂鬱だ……
そんな思考をしている内にいつの間にか睡魔に呑まれ、気付かぬ内に深い眠りへと落ちていた。
116:
翌朝、激しく揺さぶられて重い瞼を開けた。
さすがは冬だ。まだ暗い、真っ暗だ。
俺は枕元の携帯で時刻を確認する。
まだ5時過ぎじゃねぇかっ!!!!
俺をこんな非常識な時間に起こすのは我が家では1人しかいない。なので当然ベッドの横には小町が立っている。
寝ぼけ眼で小町を見やると小町はニコーッと笑顔をつくる。
小町「どーんっ!!」
そう言ってジャンプした小町は寝転がっている俺の上に大ジャンプした。当然俺は避けられず小町の下敷きになる。
ぐべっ!!とこれまた気持ち悪い声が出てしまうが小町はそんなのお構いなしにモゾモゾと動き騎乗体勢へと移行した。
小町「天使かと思った?残念、小町でしたっ!!!」
にっしっしと少年のような笑顔で小町は言う。
………天使よりも天使に見える(確信)
118:
八幡「…うっせ、早くどけ」
小町「んもう、お兄ちゃんノリ悪いよ!小町がこんなことしてあげるのお兄ちゃんだけなんだよ?あ、今の小町的にポイント高い」
八幡「ノリも何もこんな時間に起こされてるのにあるかよ。何の用だよ?」
俺以外にこんなことしたらそいつ月まで吹っ飛ばせそうな気がするぜ。
小町はえへへーと笑う。…全く悪いと思ってねぇなこいつ。
小町「それでそれでぇー、昨日はどうだったのかなお兄ちゃん?例の生徒会長さんとっ」
それが聞きたかったが為にこんな時間に起こしやがったなちくしょー。
八幡「……別に何ともねえよ」
小町「そんなわけないじゃん。小町に嘘とは頂けませんなお兄ちゃん。何があったの?言うまで小町はここをどきませんっ」
むしろどくな、ずっと俺の側にいろ。と言いそうになったが何とか押し込める。
んーむ、昨日昨日…。
脳が動き出した事で昨日の事をゆっくりと思い出す。
…そういや俺、昨日一色に告られたんだ。
俺が思い返していると小町の目が輝いた。
小町「お兄ちゃん一級鑑定士の小町は分かってしまったのですっ!!!」
なんだその需要の欠片も感じられないやつ…。
つか朝からテンション高過ぎてうぜぇ。
小町「ズバリ!!お兄ちゃんは昨日!!例の会長さんに!!告白されましたっ!!!!」
119:
………なん……だと…
一発で言い当てられた。
さすがは一級鑑定士だ…。
いや、関心している場合じゃない。
なんで分かったの?もしかして顔に出てた?もしかして今俺の顔真っ赤っかなの?
それとも顔に書いてあるの?おい一色、俺の気付かぬ間に何してくれてるっ!!
俺が黙っていると、実際は動揺して何も言えなかったのだが小町が目を見開く。
小町「………え?ホントに?」
八幡「…は?お前気付いてたんじゃ…」
小町「冗談に決まってるじゃん!お兄ちゃんが告白されたなんて誰も思わないし信じられないよっ!!」
酷過ぎませんかねぇ。お兄ちゃんを何だと思ってるんだ。これでも俺はハイスペックなんだからな。
頭脳明晰(国語学年3位)、目を閉じて微笑めば貴公子、目を開ければゾンビ、の俺だぞ!!
……最後が致命的過ぎるだろ。もう俺目開けないわ。
120:
小町「お、お兄ちゃんが、告白…」
何やらぶつぶつ言ってどさっと前に手を出し項垂れる。
おいおい小町さん。小さなお胸がほとんど見えちゃってますよ。
そのまま前かがみで何やら思案している小町はふっと顔を上げる。
小町「…小町、お兄ちゃん離れ、ちゃんとするね」
涙目になって俺に笑顔を向ける小町。
そんな事言われたら俺も泣きそう…
八幡「いやしなくていいから、つかするな。俺も妹離れする気ないから」
小町「お兄ちゃん…」
八幡「小町…」
兄妹の愛がより強まった瞬間だった。
感動でホントに泣いてしまいそう…
だが小町はすでに、ケロッとした顔をしていて尋ねてくる。
小町「ってことでお兄ちゃん!話、聞かせてっ」
………はぁ、こいつも負けじ劣らずあざといよなぁ。
俺の感動を返せこの野郎。
122:
八幡「…はいよ」
もうこうなったら本当に聞くまでどかないのが小町なので俺は諦めて了承した。
そして所々省かれてはいたかもしれないが昨日の事を話した。
俺が話している間、小町はほえーとかうんうんとか相槌は打っていたが話の腰を折ったりはせず、じっと聞いていた。
俺が話し終えると、うーんと唸ってから小町は口を開く。
小町「…お兄ちゃん、これはマジだね。本気でお兄ちゃんを狙ってると小町はみた!」
あぁ、もうそりゃ分かってんだ。
昨日のあいつが嘘をついてたなんて思わないし、もし嘘だったら今すぐ[ピーーー]る。
小町「んー、でもー、話を聞く限りじゃその会長さん、お兄ちゃんにとって妹キャラっぽいよね?それって小町とキャラ被っててそこは小町的にはあんまポイント高くないかなー」
お前のポイント制度はほんとよく分からん。
それとキャラなんて言うな。小町はキャラじゃなくて本物の妹だからな、俺は妹キャラなんて偽物より小町を愛し続けるぜっ!
八幡「…それで小町、俺の相談にーー」
そこで小町が手をピシッと俺の顔の前に出して言葉を遮った。そして手をぐーにした後、人差し指を立ててちっちっちとする。
125:
小町「それはダメだよ、お兄ちゃんっ。小町はあと少しで受験なんだし」
八幡「そう、だな…。すまん…」
俺はアホか。
小町はもう少しで受験だ。こんなケロッとしている様に見えるが、実際は肉体的にも精神的にもかなり辛い時期のはずだ。そんな小町を頼ろうとしてしまうなんて、最低だな…
頭の中で自分を責めていると、でも、と小町は続けた。
小町「せっかく話してくれたお兄ちゃんにヒントくらいはあげちゃいますっ。さっきの話からすると今日の放課後その3人と話すんでしょ?」
八幡「あぁ。考えただけで恐ろしくてチビっちまいそうだが…」
小町「もう、これだからゴミいちゃんは。良い?今日その時になったらお兄ちゃんは喋らなくて良いの!」
八幡「は?どういうことだよ」
小町「ただ黙ってあの3人の話をしっかり聞いて。そしたらきっと、早いうちに答は見つかると思うよ。これが小町からのヒントですっ」
………さっぱり意味が分からん。
俺はその場で無になってれば良いのか?だが一色が話す内容は当然昨日の事だろう。そして俺は当事者だ。きっと話を迫られるし、何かしらフォローしていかないと一色がアホな事を言いそうだし…
だが、小町の助言はいつだって有力だ。今までも何度も俺を助けてくれた。ならやはり、従うのが吉なのだろうか…。
126:
俺が思案していると、小町が、それにね、と続けた。
小町「結衣さんや雪乃さんとは何度も接してきたし、その会長さんも話を聞く限りだと、皆ちゃんとお兄ちゃんの答を待ってくれるし、ちゃんと聞いてくれると思うな。だからこれはお兄ちゃんが自分一人で考えて、答を出すべきだよ」
俯きながらそう言うと小町はすっと俺の上からどいた。そしてそのままドアの方へと歩いていく。
八幡「………小町?」
小町「……頑張ってね、お兄ちゃん。小町も、頑張るから…」
語尾になるに連れ、だんだんと小さくなる小町の声。
振り返ることもせず、俺に小さな背中を向けてそう挨拶すると小町は部屋を後にした。
俺はそんな小町の小さな背中に声をかけることができなかった…。
127:
学校への登校時、すでに俺の目は濁っているがそれに更に拍車が掛かっていた。
朝から何だか疲れた…。昨日の疲れも取れてないし、こんなんで放課後はあいつらと…
…………嫌だ、帰りたい。
だがここで引き返さないあたり、俺の社畜根性が発揮されていた。もう俺は働いたら絶対社畜決定だよな。定年迎えるまでもずっと社畜でいられる自信があるぜ。
うん、絶対に俺は働かないっ!!!専業主婦に俺はなるっ!!
頭の中で自分の夢を語り終える頃にはすでに自転車置き場に自転車を置いて玄関へと歩いていた。
歩きながら今すぐ時が止まることを、放課後にならないことを願っていると、後方からドンッと背中をカバンで叩かれた。
後ろを見やるとニコッと満面の笑みの由比ヶ浜が立っている。
………うわ?、できれば放課後まで会いたくねぇ奴と早会っちまった…
結衣「ちょっ、なんでそんな嫌そうな顔するわけっ?!せっかくヒッキーに声かけてあげたのに!」
別に頼んでねぇし、他の生徒が見てくるからやめろよな。
八幡「あぁはいはい。ありがとうございます。では俺こっちなんで」
結衣「適当だっ?!ていうかヒッキーとクラス一緒だから道変わんないし」
いや、それは他の生徒に見られると何かと面倒だから(主に由比ヶ浜が)別々に行こうという提案なわけだが…
そんな考えもお見通しのように由比ヶ浜は俺の横に立つと微笑みかけてくる。
結衣「大丈夫だよっ。だから一緒に行こっ?」
………はぁ、俺も雪ノ下もこいつの頼みになると断れないんだよなぁ。
渋々はいよ、と了承すると由比ヶ浜は満足した様でトコトコと歩き出したので、俺もそれに続いた。
128:
靴を脱いで上履きに履き替え歩き出したところで由比ヶ浜が話しかけてきた。
結衣「ヒッキー、今日も部活行くよね?」
八幡「ん?あぁ、そりゃ行くが…」
なんだ急に?
結衣「だよね。来なくちゃ、ダメだよね」
八幡「あ?どういう意味だ?」
なんだか背中を冷たい汗が走った気がする。
結衣「大事な話、あるんだよね?」
笑顔で俺の顔を見るとそう言った。
な、なんだ?この笑顔がすごく怖い…
八幡「あ、あぁ。で、でもなんでそれを?」
結衣「今朝ね、小町ちゃんからメール来たんだ。今日は兄から大事な話があるんで聞いてあげて下さい、って」
こぉまちぃぃぃぃいいいいいっ!!!
何してくれてんだよ、さっそくヤバそうな展開だよぉ。
笑顔を崩すことなくーーー逆にそれが怖いのだがーーー由比ヶ浜は続けた。
結衣「楽しみにしてるね!どんな話なのかすっごく気になるし」
129:
いつの間にか教室の前に着いていた様で、それだけ言うと由比ヶ浜はそれじゃ!とだけ言って中に入って三浦たちの元へと駆けて行った。
俺はその姿を見送ってから自分の席へと着いた。そしてそのまま頭を抱え込んだ。
………ヤベェよ。由比ヶ浜さんマジ怖ぇよ。なんだか今にも後ろから刺されそうなわけだが、小町何してくれてんだよ…。
何も喋るなってこういう事か、下手に喋ったりしたらお前死ぬぞって意味だったのか…。
そうだな、俺は今日はもう何も喋りません。
そんな事を考えていると肩をトントンと叩かれた。そちらを見やるとジャージ姿の天使が立っていた。
彩加「おはよ、八幡」
戸ぉぉ塚ぁぁぁぁぁぁあああああ!!!
おっと、俺はつい今しがた今日は何も喋らないと決めたばかりじゃないか。
ま、戸塚になら良いよな?な?
八幡「ああ、今日も可愛いな戸塚」
彩加「もう!僕は男の子だよ八幡!」
何言ってるんだこの子は。男の娘の間違いだろう。
彩加「……?八幡、なんかあった?」
130:
八幡「い、いやそんなことないぞ?なんで……?」
彩加「んー、なんか元気なさそうに見えたから。違うなら良いんだ!でもまた何かあったらいつでも相談してね。僕も八幡の力になりたいからっ」
一生俺の側で俺を支えてくれ、と言いかけてやめた。何か嫌な視線を感じたからだ(主に海老名さん方面から、てか海老名さんから)。
戸塚はまたね、と手を振って自分の席へと戻っていった。
はぁ、戸塚最高ぉ……と余韻に浸っていると見慣れた顔が教室へ入ってくる。
川山?川上?とりあえず川なんとかさんだ。俺と目が合うと少し気恥ずかしそうに顔を背ける川なんとかさん。
川越「……おはよ」
川島が挨拶してくる、がすまんな川中、俺は今日は誰とも喋らないと決めているんだ。戸塚は例外だがな。
なのでコクッとだけ頷いて顔ごと逸らした。
いやだって、ほら見てみろよ向こう。なんだか由比ヶ浜が睨んできてるしさ…。
するとガシッと肩を掴まれる。そのまま川崎は(あ、川崎だ。まぁ分かってたけど)俺の前に回り込むとギロッと睨めつけてくる。
131:
沙希「ちょっと、挨拶したんだからちゃんと返しなよ」
んーむ、どうしよう。コイツがこうして俺の前に来てから由比ヶ浜の視線が一層強まった気がするんだが…。
俺が考えあぐねていると、川崎はなぜか少し涙目になる。……可愛い。
うん、これは不味い。
八幡「悪い悪い、考え事してた」
沙希「……それなら別に良い。アンタ、何か考え事してる時多いし…」
チョロいなこいつ。
プイと顔を逸らした川崎だったが少し口角が上がっている。
やめろそれ、何か意識しちゃって告ってフラれちゃう所まで見えたぞ。
そのまま川崎も自分の席へと戻っていく。
ふぅ、危ない危ない。川崎ルートを選んで由比ヶ浜に殺されるとこだったぜ。
そんなこんなで俺の本日の学校生活は大して喋ることなく終わった。
と言ったらあたかも俺が普段喋っているようだがそんなことはない。普段から喋ることがないし、喋る相手がいないので俺はほぼ無言で学校生活を終えている。
…おいどうした、俺の青春が上手く起動してないわけだが……。
132:
時間というものは残酷だ。
面倒くさい授業の時は遅く流れているくせに、嫌な事ーーー例えば中間・期末テストとか、この後の奉仕部に行くこととかーーーが目前に迫っているととても早く流れる。
まぁ実際は自分の脳の感じ方次第だろうから残酷なのは時間というより俺の頭の中だ。
最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると教材やらを詰めてそそくさと教室を後にする。
足取りは重いが、いつまでも教室に残って談笑する相手がいないのと、由比ヶ浜と一緒に行きたくないという思いから早めに歩いた。
気付けばすでに奉仕部の前である。
ガラガラっと音を立てて中に入るとすでに雪ノ下雪乃は来て読書を始めていた。
俺が来た事に気付くと雪ノ下は顔を上げる。
雪乃「あら、今日は早かったのね早企谷くん。どうせクラスに喋る相手もいなかったのでしょうけど」
八幡「うるせ。だいたいお前こそどうなんだよ」
雪乃「と言うと?」
八幡「お前はいつも俺より早いじゃねぇか。俺はいつだって授業終了と共に教室を出るのに俺よりも早いのはおかしい。どうせお前こそ喋り相手がいない教室が居づらくて全力ダッシュでここに来てんだろ」
雪ノ下が全力ダッシュでここまで走って来る姿を考えたらシュール過ぎて今にも吹き出しそうだ。
133:
俺の言葉に はぁ、とため息を吐いてコメカミを抑える雪ノ下。
雪乃「走って来るわけないでしょう。ただあなたの足が軟弱なだけじゃないかしら?それに残念だけれど私は教室を出る際クラスの人からちゃんと挨拶されるわ。ただ、わざわざ立ち止まって無駄話をするのは苦手ではあるわね。」
くっ、これが容姿、成績全てにおいて学年1位を連ねるものと容姿も成績もパッとせず性根が腐っている者の差か…
雪乃「それはそうと比企谷くん、今日は私と由比ヶ浜さんに何やら大事なお話があるようだけれど…」
……小町か由比ヶ浜に聞いていたのか。
まぁ良い、これで一々説明をしないで済む。
八幡「あぁ、だが由比ヶ浜が来ないことにはーーー」
それと一色もな。そもそもあいつが言い出した事だしな。
俺の言葉を遮って奉仕部の扉が開かれる。やっはろー!と元気よく笑顔で入ってくる由比ヶ浜。
タイミング良いな。
そして由比ヶ浜の後ろからひょこっと一色が顔を出した。
いろは「どうもですっ」
雪乃「一色さん?依頼かしら?悪いけれど今日はーーー」
結衣「違うみたいだよゆきのん」
雪乃「………。どういうことかしら?」
いろは「あーそれはですねー、今日お話があるのは先輩ではなく私からだということですー」
………あぁ、ついにこの時が来てしまった。
138:
由比ヶ浜と一色が来てからすでに15分近くたっているが、誰も一言も喋らない。
俺の横に座っている一色はこの沈黙が気まずいようで、ずっと下を向いている。
雪ノ下も顔は正面に向けているが目線は下げている。
……ヤバいのはこいつだ…。
そう由比ヶ浜である。
無表情でじっと俺の顔を見てくるのだが怖すぎてまともに見れない。俺と目が合うとにっこりと笑顔を作るのだが、、あの笑顔はヤヴァい。
普段はバカでうるさい由比ヶ浜なので、その変容は凄まじいものがある。
全員が揃った後、皆黙って自分の席に着いたが、当然一色の席はないので、教室の後ろに積んである椅子を持ってきて俺の横へと座った。
その行為を雪ノ下も由比ヶ浜もじっと見ていた。
それから訪れた沈黙を破ったのはわずか5分後、ガラガラと音をたてて開かれたドアだった。やっとるかねー? と入って来た平塚先生だったが、俺たちが無言で机を囲んでいる姿を見て、
静「すまん、失礼した」
とだけ言って教室のドアを閉めるとそそくさと帰っていった。
うん、俺でもそうする。この空気は体に毒だ…。なので今すぐ俺もここから立ち去りたい。
それからも沈黙は続いて今に至る。
誰も喋らないし動かない。
………まさしく冷戦だ……
139:
それからまた少し時間が経った後、痺れを切らした雪ノ下が はぁ、とため息を吐いて口を開いた。
雪乃「一色さん、そろそろ話してくれないかしら?黙っていても何も分からないし、話があるということで来たのはあなたでしょう?」
うん、さすがは雪ノ下だ。
口調に若干イラつきがみえるが、ゆっくりと一色を諭すように話を促すあたりが如何にも雪ノ下雪乃らしい。
いろは「あ、はい。ですよねー、すいません。それではーーー」
話し始めるきっかけを得て喋ろうとする一色の言葉を由比ヶ浜が遮った。
結衣「待って。ゆきのんダメだよ。こういう時はいろはちゃんが自分で話し始めるまで待たなきゃ。いろはちゃんもそこでゆきのんに甘えないで。自分で話があるって来たんだから、自分からちゃんと話し始めるべきだと思うよ」
いろは「で、ですよねー。すみません」
雪乃「そ、その通りね、悪かったわ」
ゆ、雪ノ下が素直に謝っているだと…
由比ヶ浜の言ってる事はものすごく正論だが、あの雪ノ下を一喝するあたり、すげぇ。
由比ヶ浜は案外、保育士や学校の先生なんかが合っているかもしれない。
141:
再び訪れる沈黙。
一色が由比ヶ浜に非を指摘され、しょぼんとなってしまったからだ。
はぁ、これじゃあ一向に話が始まらねえな…
八幡「由比ヶ浜、お前の意見は正論で大事だが、今は話を進める方が先決だろ?説教なら後にしてやってくれ」
結衣「で、でも!………………ヒッキーのバカ………なんでいろはちゃんの味方するの………………」
何やらブツブツ言っているが気にしない。悪いな、由比ヶ浜。
八幡「一色もほれ。ちゃんと話せ。それとも代わりに俺が言ってやろうか?」
俺が耳打ちすると一色は、 いえ自分でできますっ!と言って顔を上げた。
いろは「では改めまして、お二人にお話がありますっ!」
一色の声に下を向いて何やらブツブツ言っていた由比ヶ浜も、視線を下ろしていた雪ノ下も、顔を上げ、真っ直ぐに一色を見る。
二人の視線が集まるのを確認すると一色はすっと息を吸って目を見開いた。
いろは「実は昨日、先輩に告白させて頂きましたっ!」
147:
雪乃「…………はい?」
結衣「…………え?」
………一色さん、ついさっきまで冷戦だったのになんでいきなり水素爆弾投下すんだよ…プーチンさんもビックリして腰抜かすぞ…
二人とも固まっていたが、時期に雪ノ下が額に手を当て一色に尋ねる。
雪乃「一色さん、もし私の聞き間違えでなければ、いえ聞き間違えであって欲しいのだけれど、この男に告白したと言ったのかしら?」
いろは「はい、その通りです」
雪乃「それはつまり、その………一色さんが比企谷くんの事をす、す、好き、という事で良いのでしょうか?」
なんで敬語になってんすか雪乃さん…
いろは「だからそうだと言ってるじゃないですかー。当然Likeの方じゃなくてLoveの方ですよ?」
雪乃「」
喋り出したことで腹をくくったのか、もう恥ずかしみもなく堂々と応える一色。
聞いてる俺の方が恥ずかしくてヤバい。
そんな一色に唖然として両手で額を支える雪ノ下。
そんな時だった。
148:
ガラガラァッと申し訳なさそうに教師雨ドアが開けられる。が、誰も入って来ない。なぜだか足音だけが遠ざかっていく。
おい、開け逃げか…?
皆がそちらに怪訝な視線を送っていると、遠ざかる足音が消え、逆にドンドンと近くなっている。一歩一歩がドスンドスンと鈍い音を立てている。
もしや………
嫌な勘は本当によく当たるもので、その足音の主はドアより2、3メートル前から声を発する。
材木座「助けてよ、ハチえもーーーんっ!!!」
見事に走り込んできた材木座。
そのまま俺の元へ駆けてこようとしたが、いくら材木座といえど教室内の空気を感じとった様で、ぬぽん?っと奇怪な声を上げる。
材木座「………これはいったいどういう事でござるか?我はまだ魔界を抜けておらなんだか?」
意味の分からん設定を口にする材木座。
そんな材木座を見て一色はドン引きしているが、雪ノ下と由比ヶ浜は違った。
雪乃「…今は相手にしてる時間がないの。正直言って邪魔よ」
結衣「悪いけど出てってくれる?」
もはやゴミを見るかの様な無表情で材木座を見る由比ヶ浜と雪ノ下。
材木座の方を見るともはや泣きそうな顔をしている。
うん、これは仕方ないな。まぁ材木座だからどうでも良いけど。つか涙目の材木座とかキモいだけだし。
149:
すると口をワナワナさせて喋り出す材木座。だからキメェよ。
材木座「信じておったのに…ここの住人だけはなんだかんだ言いつつも我を構ってくれると信じておったのに…。見損なったぞ、八幡っっっ!!!」
俺かよ…。
材木座「こんな三次元の女などにうつつをぬかしおっtーーーー」
結衣「帰って」
材木座「はい、失礼しました。」
おい、素になってんぞ。
そのまま材木座はマジで泣きそうな顔をしながら一礼すると教室を後にした。
そして由比ヶ浜は無言のまま席を立ち、教室の鍵をかける。
材木座をたった一言で一喝して帰らせ、自分の席に着いてから俺の顔を見てニコッと笑顔をつくる由比ヶ浜は今にも身体中から炎を出しそうだ。
願わくば、異能バトルは日常的に起こってほしくない。
150:
この教室内の誰もが由比ヶ浜のその笑顔に恐怖を感じていた。
本当に恐くて強いのは雪ノ下よりも由比ヶ浜の方な気がする。ラスボス臭がハンパじゃない!
一色も雪ノ下も完全に顔を伏せている。俺も目を横にそっと逸らした。
結衣「なんで目ぇ逸らすのヒッキー?」
肩がビクッと跳ねる。
あ、やばい。本当にチビりそうだ…。
笑顔のまま喋る由比ヶ浜だが声が冷えきっている。
八幡「いや、これはその……」
由比ヶ浜「何か後ろめたい事でもあるのヒッキー?」
その語尾にヒッキー持ってくるのやめてくれ。
ユッキー…って言われてるみたいで怖い。お前は我妻さんなの?愛する人の為ならその人でも殺しちゃう1周目の世界からやって来た狂乱の女の子なの?
ここは話題転換だっ。
八幡「い、いやー、由比ヶ浜が後ろめたいなんて言葉知ってるなんて驚きだなぁ」
結衣「話逸らさないで。何かアタシに隠したい事でもあるの?」
無理だった。隠したいのは自分の身です。
いろは「その、結衣先輩、今話があるのは先輩じゃなくて私なので、そのぉーーー」
151:
一色から助け舟が出される。
ありがとう一色!
だがそれは由比ヶ浜には焼け石に水、いや火に油を注いでしまった様で目がキッと一色を捕らえる。
結衣「なんで2人して庇いあってるの?」
いろは「い、いえ、そういうわけではぁ…」
一色はその由比ヶ浜の眼光に射竦められ、再びしゅんと下を向く。
もう由比ヶ浜の顔は笑っていない。そのまま下に俯くと由比ヶ浜はゆっくりと口を動かす。
結衣「…もう2人は、付き合ってるの……?」
とても小さくて今にも消えてしまいそうな声が確かに教室中にこだました。
先ほどまで視線を下げていた雪ノ下もゆっくりと顔を上げて、俺と一色を見やる。
一色も顔を上げる。その目には少しの涙が溜まっていて彼女の口を微妙にわななかせていた。
由比ヶ浜は下を向いたまま動かなかった。先ほどまでの彼女とはうって変わり、その型はとても小さい。
いろは「まだ、貰ってないんです、返事。」
言葉と同時に一滴の涙が一色の頬を伝った。
158:
こればかりは俺の中にわずかに残る良心がひどく痛んだ。
彼女は、一色いろはは、今日、いったいどんな気持ちでここに足を踏み入れたのだろう?
どんな想いで俺と顔を合わせたのだろう?
どんな思惑で俺の横に座っているのだろう?
どんな感情で俺と雪ノ下と由比ヶ浜の言葉を聞いていたのだろう?
彼女は今、どんな顔をしている?
そうだ、泣いているんだ。
俺は何も考えていなかった…。いつも通りの接し方の横で涙を流す少女の事を置き去りにして雪ノ下と由比ヶ浜から目を背ける方法しか考えていなかった。
ホント、自分が嫌になるな…。
いろんな建前を設けて、人の想いから逃げて、人の想いを引き裂く。
残酷なのは誰だ?葉山か?世間か?世界か?違う。
葉山が残酷なのは自分に近付いて来る者に対してのみだ。
世間が残酷なのは大衆に対してだ。
世界が残酷なのはこの世界全てに対してだ。
だがここは違う。
この空間で、彼女に、彼女たちに、最も残酷なのは他でもない、俺だ………。
俺をまっすぐ見つめる雪ノ下が、俯いている由比ヶ浜が、一色の涙が、それを完璧なまでに証明していた。
159:
雪乃「どういう事かしら?」
八幡「それは……」
雪ノ下の視線に射竦められ思わず言葉をなくしてしまった。
ここで、ここでもしこの奉仕部のお前たちの事を思って、なんて言ったらこいつらはどんな気持ちになるだろう?
俺が答が出せないのを自分たちのせいにされて良い気分でいられる奴なんていないだろう。
俺が言葉を考えあぐねていると、一色が涙を袖で拭い取り口をはさんだ。
いろは「それは、雪ノ下先輩と結衣先輩の事を思ってです」
言っちゃったよ、この娘。
案じた通り雪ノ下の眉根がピクッと動く。
雪乃「私たちの事を思って?それこそどういうことかしら?まさか私たちを体の良い理由に使ったという事かしら?それならまことに遺憾なのだけれど」
いろは「それは違います」
雪乃「何が違うというの?比企谷くん、あなた私たちを厄介者として思っていたのね?」
いろは「違いますよ!先輩はそんなことーーー」
雪乃「一色さん、あなたに聞いていないわ。私は今、比企谷くんに聞いているのよ。さぁ、どうなの?」
雪ノ下はジリッと俺を睨んだ。
160:
…………あぁ、こんな時に俺はなんてことを考えているのだろうか…。
今、雪ノ下の言葉を聞いて、一瞬にしてパズルが解けたかの様な感覚に陥った。
そうか。これが、答だったんだ……
涙目で俺を見上げる一色。
俺に言い逃れをさせない様な鋭い視線を向けてくる雪ノ下。
先ほどから黙ったままの由比ヶ浜。
なんて酷い状況だ。
俺はこんな空間が欲しかったんじゃないんだ。それだけは、唯一にして絶対の、俺の本物の想いだ。
今の俺にこんな現状を変える事が出来るか?答えはYesだ。
それが俺が彼女たちに向ける答だ。
嫌になるなぁホント。
こんな酷い状況で、こんな酷い事を一瞬で思いついちまうなんて。
でも見えちまった。
現状を変える術シナリオが。
ならそれに従うしかない。
だって俺はーーーーーーーーー
八幡「……その通りだ」
ーーーーーこんなやり方しか、知らない。
167:
いろは「ちょっ、先輩?!」
一色が驚愕して俺を見てくるし、雪ノ下はギロッと睨めつけてくるが今はそんなの気にしてられない。
八幡「ようやくこれを言える時が来たわ。すまんな一色。実はもう俺、昨日のうちに答出てたんだ」
いろは「……え?」
八幡「お前が明日奉仕部で4人で話し合いましょう、って言った時からだいたいな。確実に答が出たのはその後の帰り道だった」
雪乃「あなた、何を……?」
先ほどまでと打って変わり雪ノ下も動揺し始めた。はぁ、と大きく溜め息を吐いて俺は続ける。
八幡「わからねえのかよ雪ノ下。言わなくても分かり合える、そんな関係を望んだのはお前だろ?」
雪乃「そ、それは…」
八幡「はぁ、だからさ 何を?って、さっきお前が言ったじゃねえかよ。使わせてもらったんだよ、お前らを理由に。一色を確実にフってやる体の良い理由にな」
170:
雪乃「あなたは、あなたはまたそうやって……」
八幡「また?何のことだ雪ノ下?あぁ、なるほど。また俺の勝手な自己犠牲がどうたらこうたらと言いたいのか。それは違うぞ」
雪乃「……何が違うというのかしら?」
八幡「それだとまるで俺が何かを守るために悪者になっているように聞こえる」
雪乃「…違うと言うの?あなたは今、ここで悪者になることで現状を変えようとしている、そういう風に見えるのだけれど」
八幡「違うな。それは俺が一色をフリたくない時に成り立つものだ。なら俺が一色の事を本気で迷惑に思っていて今後一切関わらない様にフりたかったらどうだ?全てが逆になるだろ」
雪乃「そ、それは…。でも現にあなたは今まで………」
八幡「あぁそうだ。それは認める。自己犠牲だなんて思わないが、俺は今まで問題を解消するためなら何だってやってきた。自分が汚れ役になることだって厭わなかったのは事実だ」
これぞ必殺、自分の非をあえて認める事でその後の話に説得力を持たせる!だ。
長ぇな……。
八幡「でも今回は違う。本気で一色の事を迷惑だと思ってたんだ。ここ毎日買い物には付き合わされるし、昨日は告白してきてフったら大泣き、バカみたいに食い下がって別にどうでもいい話を延々と聞かされ、家に着いたのは23時過ぎだぞ?たまったもんじゃねーよ。俺は自分の時間を奪われるのが嫌いなんだよ」
173:
一色の方をちらりと見ると今にも泣きそうなのをグッと堪えている様に見える。
俺は昨日からコイツを泣かせてばかりだな。
八幡「だからお前らを使わせてもらったんだ。でも良いだろ?だって俺たちは、そんな事で壊れない様な本物になれたんだから」
雪ノ下の目にみるみる内に力がこもる。
だが俺はその目から視線を逸らさない。
俺の本気さを伝えるために。
雪乃「あなたの言う通り、私も目には見えずとも確かに感じる強い関係になれたと思っていたわ。けれどそれは私の傲慢だったようね。あなたが望んだものがこんなものだったなんて思いもしなかったわ。そんな関係ならお断りよ」
雪ノ下が言い終えると俺はたっぷりと間をとった。
八幡「………そうかよ。ならもう終わりだな。…………帰るわ」
俺は机の上のかばんを手に取り帰ろうとする。
これで終わりだ。雪ノ下も由比ヶ浜も一色も、こんだけ言った俺を軽蔑するだろう。俺は晴れて悪人になったわけだ。
手に入れた本物を手放してでも、俺は、こいつらだけは守りたかった。
席を立つと一色を一瞥する。
八幡「つーわけでお前への答はNoだ。今後一切、俺に話しかけてくるな」
そして歩き出してからドアの手前で止まる。
八幡「じゃあな。もうここにも来ねぇわ。お前ら2人とは本物のkーーー」
俺が言い終える前に1人が席を立ち俺の前まで歩いてくる。
由比ヶ浜だ。
その瞳は潤んでいるがキッと俺を睨みつける。
パシンッ!!
教室中に音が響き渡った。
175:
雪ノ下も一色も驚いてその光景を見ていた。かくいう俺も驚いて由比ヶ浜を見る。
叩かれた左頬はジンジンと痛い。
先ほどまでの目つきとは変わり、由比ヶ浜はニコリと微笑んだ。その笑顔は今日の怖い笑顔ではなく太陽のように朗らかで眩しい。
結衣「だめだよ、本物本物って、そんなに言ったら。ヒッキーがあの時言った本物は、そんな気安く言っていい様なものじゃないよ。だからこれはその罰だよ」
俺がただ呆然と立ち尽くしていると今度は雪ノ下のもとまで歩いていく。
パシンッ!
俺よりは優しくではあるが、それでも雪ノ下の顔をぶつ由比ヶ浜。雪ノ下はぶたれた頬を手で押さえ完全に混乱している。
雪乃「ゆ、由比ヶ浜さん、え?これは、えっと…え?」
結衣「これはヒッキーの言ってる事が本心じゃないって分かってるくせにヒッキーの案にわざと乗るゆきのんへの罰」
そして今度は一色のところへ。
見上げる一色の頬を同じ様に叩く由比ヶ浜。
結衣「いろはちゃんへのは女としての嫉妬。だからいろはちゃんもアタシの事叩いて」
少し逡巡していた一色だが由比ヶ浜の頬をぶった。
176:
…………何がどうなってる?
この状況はなんだ?
由比ヶ浜は叩かれた後俺の方へくるりと振り返る。
結衣「えへへ、やっぱ痛いね。ごめんねヒッキー、ゆきのん、いろはちゃん。でもアタシ、これがヒッキーがあの時言った本物だと思うんだ」
由比ヶ浜の目にはとても強くて温かな力が入っている。その瞳から目を離せない。
静まりかえっている教室に由比ヶ浜の声が澄み渡る。
結衣「あたし、今日、冷静じゃなかった。今朝小町ちゃんからメール来て、ヒッキー昨日夜帰ってくるの遅かったって、そんなヒッキーから大事な話がある、って書いてあったから、ずっとモヤモヤしてた。朝からヒッキー、彩ちゃんやサキサキに話しかれられたらいつも通りなのに、アタシが話しかけるとめっちゃキョドってるし…。ここ来て話聞いたらいろはちゃんが告白したって言うし」
みるみるうちに由比ヶ浜の目に涙が溜まり次第に頬を伝う。
だが彼女は話をやめない。彼女の瞳の中に灯る温かな火を涙は消せないようだ。
結衣「酷いよヒッキー。夏祭りの時はアタシの言葉聞いてくれなかったのに。そりゃアタシは冷静じゃいられないよ。ヒッキーにちゃんと聞いて欲しかった、伝えたかった想いがあったんだもん」
でもね、と彼女は続ける。
177:
結衣「それでも嬉しかった。ヒッキーがいろはちゃんにまだ返事してないって聞いて、アタシ達の事をちゃんと考えてくれてるって思って、嬉しかった。だって絶対その言葉に嘘なんてないもんっ。ヒッキーがアタシとゆきのんの事を本当に大切にしてくれてるのアタシが、アタシ達が、一番よく分かってるもん!ヒッキーからもらった本物、ずっと感じてるもんっ!」
由比ヶ浜の言葉になぜか俺の視界がゆらぐ。目から出そうになる俺の想いを必死に堪える。
結衣「アタシだって、ゆきのんだって、またヒッキーが一人で抱え込もうとしてるって分かっちゃうんだよ。だってアタシ達とヒッキーは、もう、繋がってるんだよ?それはいろはちゃんだって同じだよ。ヒッキーが、本当のヒッキーが、どんな人かって分かってるから、きっといろはちゃんはヒッキーの事好きになったんだよ」
目を閉じる由比ヶ浜。
その顔は何よりも綺麗で、儚くて、温かい。
そのまま由比ヶ浜はだから、と続けた。
結衣「応えてあげてヒッキー。いろはちゃんの言葉を聞いて、本当の想いに、本当の想いで応えてあげて。それが、それが今回の奉仕部からの、解答だよっ」
ニッコリと笑顔を向ける由比ヶ浜。
チラリと雪ノ下を見ると、雪ノ下の目も濡れており、コクリと首を縦に振った。
そうか、俺はもう繋がってたんだ。
こいつらと。
他愛のない会話をして、由比ヶ浜の持ってきたお菓子を食べながら雪ノ下のいれる紅茶を飲んで、時にぶつかりあって、間違えて、でもそこから更に強く繋がれる。
なんだかんだ言って、実際は気付けてなかった。
俺たちはもう、本物だ。
183:
そう言うと由比ヶ浜は自分の席へと戻っていった。席に着くと再び由比ヶ浜は俺に温かな眼差しを向けてくる。
結衣「ヒッキー、ヒッキーがどんな答を出したって、それが本心ならアタシたちは変わらないよ。これからもずっと一緒にいられるよっ」
由比ヶ浜が喋り終えると雪ノ下も目に溜まった涙を指で払い、俺に温かな笑みを向ける。
雪乃「まことに遺憾ではあるけれど由比ヶ浜さんの言う通りよ。私たちはあなたのせいで切っても切れない関係になってしまったのだから」
八幡「…………あぁ」
2人に背中を押してもらって俺はようやく決心がついた。俺が守りたかったモノに、俺は守られていたんだ…。
2人の言葉をしっかりと胸に刻み込んでから、一色へと向き直る。
八幡「一色、さっきはすまなかった。その、お前さえよければーーー」
いろは「良いに決まってるじゃないですか。昨日も言いましたけど、何を言われたって私は先輩が好きなんですっ」
190:
一色の言葉に由比ヶ浜はうわー、うわーと顔を手で覆い赤面している。
おい、さっきまでのお前と変わり過ぎだろ!つか、お前がこの状況作ったんだろうが。そういうのされると本人達は余計に恥ずかしくなるんだからやめてくれよマジで…。
一色も由比ヶ浜の反応に耳の先まで真っ赤に染めている。
八幡「そ、そうか…。でもお前には昨日から酷いこと言って何度も泣かせちまってるし……」
俺の言葉に一色が目をパチクリさせる。
顔はまだ紅い。
いろは「いえ、私がさっき泣いてしまったのは先輩に酷い事言われたからじゃないですよ」
八幡「………えっ?」
いろは「私が先ほど泣いてしまったのは、そのぉ、……………自分で泣いた理由言うのはこれまた恥ずかしいですね……。もう先輩のご想像にお任せします」
八幡「お、おぅ」
いろは「………それで先輩、先輩の本当の答はなんですか?もう答は出てますか?」
八幡「それは、その……」
答…………わかんねぇのが本当だ。
いや、ほら一色は可愛いぜ?
確かに猫被ってるが俺の前ではそれがバレてるの承知で接してくるし、腹黒そうに見えて実は純情な乙女だって事はあの葉山に告った時からわかってたし。
そもそも妹っぽいし。小町には法的に手を出せないがそれを一色に出来rーーーおっと、これはこれ以上考えるのは止めておこう。
それはおいておいても一色と付き合う事にデメリットがあるとは思えない。
そもそも一色といる時間は普通に面白いし、なんか和むし…。
だが、それが好き、という感情なのかが分からん。
ん?アレ?好きってなんだ?
俺が思考スパイラルに陥っていると由比ヶ浜が口を開く。
結衣「ヒッキーはいろはちゃんの事、嫌いなの?」
194:
その聞き方はかなりセコい気がする。
例え俺が一色を嫌いでもさすがに嫌いだ、と答えられるわけがなかろう。
自信を持ってそこで嫌いだ、と言えるのは材木座相手くらいだろう。
八幡「………嫌いでは、ない」
結衣「でも少しくらいは意識してるよね?」
八幡「す、少しくらいは、な……」
俺の返答に一色がキラリと目を輝かせる。いや、この話の流れは完全に不可抗力だから、だからそんな期待してる様な顔するな。
結衣「つまりヒッキーは自分の中の気持ちがいろはちゃんをラブな方で好きかどうかが分からないってことだよね?」
八幡「……あぁ」
この辺はさすが由比ヶ浜である。相手の気持ちを読み取るのが上手い。だがその解決法が見つからない様で、それからうーんとか唸って思案し始める。
一色も俺の答が出るのをモジモジしながら待っていた。
そんな時である。
雪乃「交際してみてはどうかしら?」
先ほどまで顎に指をたて、思案していた雪ノ下が口を開いた。
は?何言ってんのこいつ?
197:
結衣「それだっ!」
八幡「それだじゃねーよ。俺は一色を好きかどうか分かんねぇんだぞ」
結衣「だからこそだよっ!それにヒッキーが分からないのはいろはちゃんを好きか嫌いかじゃなくて、好きがどういうものかって事でしょ?」
雪乃「そうね、まぁいずれにせよここで早急に答を出すのは今までの議論を無駄にしかねないわ」
八幡「そ、それはそうかもしれんが…。
だけどそんな俺と付き合っても一色が辛いだけじゃねぇか」
雪乃「それはあなたではなく一色さんが決める事だわ」
そう言って雪ノ下は一色へと視線を動かす。俺と由比ヶ浜もそれに続く。
いろは「つまり私が先輩と擬似交際をして先輩を振り向かせれば良いという事ですか?」
雪乃「そういうことになるわね」
一色はふむぅ…と少し考え込む。
だが答が出るまでに大した時間はかからなかった。
いろは「それでいきましょうっ!」
198:
八幡「それで良いのか?それでもし俺がお前をフったらどうすんだよ」
いろは「その時はその時ですっ!でも今はまだどうなるか分かりませんよねっ。だからせーんぱいっ、よろしくお願いしますっ」
これで本当に良いのだろうか?
だけど俺には今はどうすることもできない。それに自分の気持ちを知る良い機会だとも言える。なにより一色がそうしようと言っているのだ。俺はそれを拒むわけにはいかない。
よって俺は首肯した。
雪乃「そうと決まれば今日はここで終わりにしましょう」
八幡「つってもまだ少し時間あるぞ?」
結衣「早目の前でイチャつかれても困るし、今日はここまでにしとこうよっ」
八幡「いやイチャつかねぇし、そもそも本当に付き合ってるわけではーーー」
雪乃「部長が終わりと言ったら終わりよ。私は鍵を閉めていくから先に出てもらえるかしら?」
結衣「あたしも鍵閉め手伝うよゆきのんっ」
冬なので窓は開いていない。
だから二人掛かりで閉める必要なんてないだろ、と言おうとしたがやめた。
八幡「………わかった。じゃあまた明日な。ほれ行くぞ一色。」
いろは「へ?あ、はい。ってちょっと待って下さいよーせんぱーい」
一色がパタパタと後ろを付いてくる。
そしてそのまま奉仕部を後にした。
きっと彼女たちは2人で閉めるのだ。
俺の人生も周りの空間や人も俺の主観のみで決まる。だから彼女たちがこれから何の窓を閉めるのか俺には分からないし、知る権利もない。ただそれは2人で閉める窓なのだ。
だから心の中でそっと呟こう。
ありがとう、そして、ごめん………と。
由比ヶ浜に叩かれた頬はずっと温かった。
199:
奉仕部を出てから玄関で靴を履き替え自転車置き場から自転車を取り帰路につく。最終下校まではまだ時間があるので校門付近に人の影はほとんどなかった。校門の外で待っていると一色がやってくる。
八幡「今日は買い物、良いのか?」
いろは「はい。ていうか本当に毎日買いたい物があるとでも思ってたんですか?」
八幡「は?」
どういう意味だ?じゃあ今までのは何だったんのだろうか。
一色は はぁ、と大きな溜め息を吐いて続ける。
いろは「これだから先輩は困ったものですね。いくら女子高生でも毎日の様に買い物には行きませんよー。お金だってかかりますしー、面倒ですしー」
八幡「つまり?」
いろは「………なるべく先輩と一緒に居たくて、毎日少しずつ買って日を稼いでたんです」
八幡「ふーん」
いろは「ちょっ!その反応酷くないですかーっ?!」
俺の腕を横からポカポカ叩いてくる。
うっわー、あざとーい。
でも実際ドキッとしてしまった。
やめろよ、素で女子にそんな事言われた事ねぇから全く耐性ねぇんだよ。
200:
いろは「なので先輩、今日はここまでで良いです。何だか昨日今日と色々あり過ぎて、ちょっと頭ついてきてないので今日は1人で帰って頭の中整理したいと思いますっ」
八幡「………そうか、なら気をつけてな」
はいっ、と返事をすると一色はスタスタと歩いていった。正直1人で帰らせるのは不安ではあるが、ここは彼女の意見を尊重すべきだろう。
遠くから一色が手を振ってくる。俺も少しだけ手を挙げてそれに応えると踵を返して自宅へと進路をとった。
帰り道、冬の寒さは自転車に乗ると一層強く感じる。コート、手袋、マフラーと装着しているが、無防備の耳を吹き抜ける風がもはや痛く感じられる。
一色の言う様に俺も頭の中はまだ混乱している。
だがなぜか心の中はクリアだった。
そこには暖かくて心強い何かだけがある気がする。
今日の由比ヶ浜の言葉が何度も混乱している頭の中で唯一鮮明に反芻していた。
冷えた風が目に入ると涙が出てくる。
止まらなかった。誰もいない路地を風に吹かれて涙を流しながら帰った。
風のせいで出てくる涙が何度も何度も俺の身体を温めてくれた。
201:
家に着く頃には涙は止まっていた。
おかしい、家に着くまで冷たい風を浴びていたはずなのに…
俺が玄関を開けて中に入る。家の中はしーんとしていた。だがリビングへの戸を開けた瞬間、ばぁっ!!!と小町が死角から飛び出してきた。
一瞬たじろぎはしたが、すぐに小町のおでこにチョップをくらわす。
小町「DVだっ!これDVってやつだ!この前保健の授業で習ったもんっ!小町はお兄ちゃんにDVされましーーー」
喚く小町に今度は少し強めにデコピンをする。
小町「いったぁ???………。うぅ、お兄ちゃんが小町を虐めるよぉ。これは雪乃さんに連絡だっ!」
後ろを向いて携帯を取り出す小町の後頭部を再びチョップする。
小町「うっ、うぅ。なんで黙って痛い事するのお兄ちゃん?そういう趣味なの?親父にもぶたれた事ないのにぃっ!」
八幡「そんな趣味ねぇよ。ただお前にはお説教が必要なだけだ。それとお前が親父なんて呼んだら絶対自殺しちまうからやめろよ」
小町「お説教?」
はて?と首をかしげる小町。
んーむむむ、と自分が何かしたのかと少し考え込んだがさっぱり心当たりがなさそうだ。
202:
八幡「お前、昨日俺の帰りが遅かったことまで由比ヶ浜と雪ノ下に教えただろ」
小町「違うよっ!それを教えたのは結衣さんだけだよっ!雪乃さんに言ったらその場で警察に連絡されそうだから言わなかったの。あぁ、なんて小町は兄思いの良い妹n」
再びチョップ。
八幡「ばか、由比ヶ浜にも言うなよ。おかげで今日の由比ヶ浜はビーストアウトすっ飛ばしてビーストオーバーしちまってたんだぞ。俺が殺されるかと思ったわ。お前の方がDVだ」
小町「ぷっ、お兄ちゃんはばかだなぁ。DVは身体を傷付けることを言うんだよ?」
八幡「お前の方がバカだろ。DVは精神的暴力も含まれるんだよ」
小町「うそっ?!」
俺の方が嘘だと信じたいよ。この前聞いた内容をもう忘れちゃってるなんて、受験生として大丈夫なのかお兄ちゃん心配しちゃうよ。
小町「まぁそんなのはどうでも良いんだけどさ、どうだったの?ちゃんと答出せた?」
203:
DVの内容範囲はどうでも良いけどお前の記憶力はどうでもよくねぇよ。
俺が黙ったままでいると、あちゃーと言って倒れこむ小町。
だが およ?と声を出してすぐに顔を上げる。
小町「じゃあなんでこんな早いの?きっとそれならかなり暗黒な世界になってたんじゃない?」
八幡「……確かに俺の答は出てねぇけど奉仕部としての答は出たんだよ」
小町「ん?どゆこと?」
204:
八幡「俺のこんな話より勉強の方は良いのか?さっきまでしてたんだろ?」
炬燵の上には勉強道具が広がっている。
だが小町は良いの良いのっと手を振って俺の話を促す。
…………良いのかホントに……。
小町「ちゃんと話聞かなきゃ勉強にも身が入らないよっ。だから教えて、お兄ちゃんっ」
はぁ、と溜め息をついて、カバンを近くに下ろすと炬燵の中に入る。小町もそれに続くが、広くもない炬燵なのに小町は俺の横へと押し入って来た。そして肩と肩をキッチリ合わせると にししっと笑顔を向けてくる。
………絶対に誰にもやらん、絶対にだ。
自分の中で決意表明してから、1つ咳払いを入れる。
それから今日の事をザックリ話した。
その間、小町は黙ってじっと聞いていた。
209:
小町「これだからごみぃちゃんは…」
俺が話し終えると小町は額に手を当てやれやれと首を横に振る。
そのポーズ雪ノ下みたいだからやめろ。
そのまま小町は続ける。
小町「そもそも小町言ったよね?その時になったらただ黙ってるだけで良いよ、って」
八幡「いやだって俺は当然話を振られるだろ?そもそも誰も喋ろうとはしねぇし。つかなんで黙ってるだけで良かったんだ?俺には全くそうは見えなかったが…」
小町「こぉれだからごみぃちゃんはごみぃちゃんって言われるんだよっ!」
いや、言うのお前だけんですがねぇ…。
小町「初めは誰も喋んなくたっていづれ誰かが口を開くでしょ。その後お兄ちゃんは何にも喋らなくても良かったんだよ。そしたら皆さんお兄ちゃんの気持ちを知りだがって、勝手に自分の想いぶちまけて、お兄ちゃんはその間皆さんの意見を聞きながら考えれて最終的には答を出してた、っていう感じになってたと思うな小町的に」
211:
八幡「いや、そんな上手くいかねーだろ。一色はまぁアレとして、雪ノ下が自分の気持ちを素直に言うとは思えねぇし、今日の由比ヶ浜はバーサーカーだぞ?そんな風にはなんねぇよ」
今回ばっかりは小町の言う通りにしなくて正解だったぜ、と胸を撫で下ろしていると、小町は深く溜め息をついて遠くを見やる。
小町「お兄ちゃんどんだけ結衣さんと雪乃さんと過ごしてきたの?小町よりもずっとたくさん一緒にいたくせに。本気で言ってるなら小町的にポイント低ーい」
八幡「あのなーーー」
小町「結衣さんも雪乃さんもすっごく分かりやすい人だよ。むしろあそこまで分かりやすい人達はそうそういないと思うけどーーーー、あそっか!お兄ちゃん滅多に人と関わんないからそういうの分かんないかっ。ごめんねお兄ちゃん」
八幡「おいやめるんだその同情の目を。それに俺は人を見る目は他の追随を許さんほどだぞ?千里眼と呼ばれる日も近ぇんだからな」
俺が言うと小町は あーはいはいと面倒くさそうにあしらう。………酷ぇ…。
でも、と今度はキャピッとした口調で喋り出した。
小町「仮に、とはいえ彼女を作るなんて小町的にポイント高いよっ!そのまま本当に付き合って結婚までしちゃいなよっ!」
八幡「あほ、話が飛び過ぎだ」
そう言って横にいる小町の頭をコツンと叩く。
全く、なんでこうリア充どもは恋愛=結婚みたいな発想なんだよ。だから別れた時に辛いんだろ。なんだよ、わざわざメアドまで彼氏や彼女の名前入れて後ろに.Fam@?みたいなよ。お前らまだファミリーじゃねーだろいい加減にしろっ!
しかしおかげでアド変してきた時にそういうのとれてたら爆笑もんだけどな。
まぁ誰からもアド変とか来たことねぇけどな。
つかリア充って、小町は俺の妹なのにリア充なのか?
…………川崎太志か。今度あったら瞬殺だな。あんな可愛い姉まで居て、そのくせ小町にも手を出すだと?ただじゃおかねぇぞあのゲスチン野郎っ!!
213:
心の中で憎しみの炎を燃やして写輪眼を開眼しかけていると、隣にいた小町は自分の元いた席に戻り勉強を始めようとしていた。
よって俺は席を外そうとする。
そんな俺の背中に小町がお兄ちゃん、と優しく喋りかけてくる。
小町「よく、がんばったね。小町的にポイント、高いよ」
八幡「…………うっせ」
俺はそのまま部屋を後にした。
帰って来た時から小町の目元が赤かった事には俺は最後まで触れなかったーーー。
ーーーその日、久々に早く晩飯を食べ、現在は風呂から上がりベッドの上である。
なんだったんだ今日は…。長い様で、短い1日だった。
とりあえず今日の大事なこと、それは俺に彼女ができたことだ。
………まぁフェイクだけどな。良かった、幼馴染がいなくて。修羅場にならなくて済みそうだ。
…もうそれ以上の恐怖を味わった気がするが。
でも、ホントあの二人には頭あがんねぇな。
由比ヶ浜との約束のディスティニー、いつか近いうちにちゃんと行ってやろう。
雪ノ下の願い事だって聞いてやろう、できる範囲でだが……。ならそこから飛び降りてくれるかしら?とか言いそうだなアイツ。いや、確かに出来ること事だけれどもっ!!
そんな事を考えている内に俺は深い眠りに落ちていた。
昨日今日と、本当に、疲れたーーー。
221:
次の日の朝。
時計を見るとすでに8時を回っている。遅刻が決定した瞬間である。
昨日は21時過ぎくらいからの記憶がない。大方11時間も寝てしまっていたわけだ。
それってほぼ半日寝てたってことだな。
冬の朝晩の冷え込みは流石といったところだ。
おかげで布団から出たくなくて気付けば布団に数時間も包まっているなんてのはよくあることだ。
2日連続で疲れる日々を送ったので今日はなんだかとても気が楽な1日だった。
まぁバリバリ遅刻していったので、平塚先生にはラストブリット決められたし、昨日の事もあって由比ヶ浜が話しかけてきたりした時はなんだか気恥ずかしいかったが…。
部活も難なく終了。
すでに帰宅した今日この頃。
…………おかしい。
…………昨日の事は嘘だったのか?
…………確かに昨日、仮とはいえ俺は一色と付き合ったはずではなかったろうか。
確かに仮の関係だ。だが今日は一度も一色の姿を見かけなかったぞ…。
風邪か何かで休んでるのだろうか。
リビングの炬燵でMAXコーヒーを飲んで至福の一時を噛み締めながら思案していると携帯のバイブ音が鳴り響いた。
長ったらしくて煌びやかな名前が表示される。
なんだスパムメールか。
…………晩飯後、風呂に入って自室へとあがる。
ふぅ、と椅子に腰掛けると携帯のバイブ音が再び鳴り響いた。今度はやたらと長い。見てみると由比ヶ浜からの電話だった。
227:
結衣「ちょっとヒッキー!!なんでメールしたのに返してくんないの?!」
通話ボタンを押すなりいきなり由比ヶ浜が大声で怒鳴ってくる。
あぁ、あのメールこいつからだったのか。スパムかと思ったぜ。まぁ分かってたけど。
八幡「………現在、この電話は使われておりません。ピーっという発信音のあとーーー」
結衣「使われてないのに留守電とるのっ?!」
………ミスったぜ。
八幡「でなんだよ。用がねぇなら切るぞ」
結衣「酷過ぎだっ?!もう!ヒッキーのばか!意地悪すんなしっ!」
八幡「すまん…。んで何の用だよ?」
結衣「あぁ、あのね、今日いろはちゃん休みだったでしょ?」
八幡「いや知らんが…」
結衣「それでねーーーって、えっ?!もしかしてヒッキーいろはちゃんのアドとか知んないの?!」
こいつ、ホント声デカ過ぎ。10cmくらい話してた方が丁度よく聞こえるな。
八幡「そうだが、別に問題ねぇだろ。それでなんだよ」
結衣「それ問題あり過ぎだから…。一応付き合ってるんだよ?まぁそれでね、いろはちゃん風邪みたいなんだ。だから明日土曜日だし、お見舞い行ってあげたら?」
八幡「………いやいいわ。どうせ向こうの親だっているだろうしな」
結衣「明日は昼からはいないんだって。だから行ってあげなよヒッキー」
230:
絶対行きなよっ!とだけ言って由比ヶ浜は電話を切った。
ほとんど一方的に喋って切りやがったアイツ…。
マジかよ、明日行かなきゃダメなのん?
つかいきなり行っていいものなのか?
いや、問題はそこじゃねぇ。
絶対顔をあわせたら気まずくて無言になってしまう。アイツは大丈夫でも俺が大丈夫じゃない。
いや、本当に問題はそこだろうか…。
そんなこんなで夜が明け現在、一色家の前である。
家の前で俺の様な腐った目をした人間が立ち止まっていても不審者確定なので、覚悟を決め、インターホンを鳴らした。
いろは「はい」
少ししてから一色がインターホンに出る。
八幡「俺だ」
いろは「っ?!せ、せせせせんぱッッッゴホッゴホッ…!」
来客が俺で相当驚いているようで、咳込む一色。
しばらく咳込んでいたが落ち着いた様で、今開けますね、と言ってインターホンを切った。
232:
おそるおそる開かれたドアの先にはパジャマ姿で、おでこに熱さまシートを貼った一色が立っている。
さっきまで咳込んでいたせいか、若干涙目だ。
いろは「そ、それでどうしたんですか先輩?」
八幡「お前が風邪だから見舞い行けって由比ヶ浜が。ほれ」
そう言って来る途中コンビニで買ったゼリーやらポカリやらの入った袋を渡す。
渡す物は渡した。言われた通り見舞いにも来た。うむ、完璧に任務はこなしたな。
八幡「それじゃ帰るわ。お大事に。じゃあn」
いろは「え?はっ?ちょっと待って下さいよ!え、帰るって帰るってことですか?」
八幡「………大丈夫かお前。帰るっつったらそれしかねぇだろ。ゴーホームだよ。まだ熱あんだろ、寝とけよ。じゃあn」
いろは「だから待って下さいってば!え、なんで?なんで帰るんですか先輩。それっておかしくないですか?」
八幡「いや、おかしいのお前だろ。俺は由比ヶ浜に言われた通りちゃんと見舞いに来た。小町に言われた通り風邪ひいた時に欲しくなりそうな物を買ってちゃんと渡した。パーフェクトだ。任務に一つのミスもない。俺も晴れて忍の仲間入りだ。そして任務を遂行したらマイホームに帰るだろ普通。だから帰るんだ、我が家へ」
いろは「な、なるほど。確かにおかしいの私だったかもです。ありがとうございました。先輩もお気をつけて」
八幡「おう、じゃあな」
そう言って俺は玄関から出て後ろ手でドアを閉めるとふぅ、と一息付いて歩き始めたーーー。
239:
一色家玄関から三歩ほど帰路を進んだところで勢いよく玄関が開いて、中から一色が飛び出してくる。
いろは「ーーっておかしくないですか先pゴホッゴホッッッッ!!」
また大声で喋ろうとしてむせる一色。
少しして落ち着いてから深呼吸して呼吸を整えると今度は咳き込まない様にゆっくりと静かに喋った。
いろは「先輩、普通お見舞いにきたなら看病までしていくのが常識なんですよ?」
八幡「は?そんなリア充みたいなことできるわけねーだろ。つかそんな常識知らねーよ。じゃあn」
いろは「あぁ、先輩のせいで外に勢いよく出てきて風邪ぶり返しそーだなー。一人だとご飯も食べれませんねー。はぁ、どうしようかなー。誰か看病してくれませんかねー」
うわっ面倒くせ!
思わず溜め息が出る。一色はそんな俺を見て目を輝かせる。
八幡「……わかったよ。ちょっとだけだぞ」
いろは「はいっ!ありがとうございますー先輩っ!」
えっへへ?と笑う一色に連れられ一色家の中へ。そのまま一色の部屋へと案内された。
240:
ふむ、少し物が出てはいるがわりかし綺麗な部屋だ。潔癖症でもないので特に気にならない。
俺は一色に促され絨毯の上のクッションに座った。一色はボスッとベッドに腰を下ろした。
八幡「……風邪ひいてんだからベッドん中入れよ」
いろは「………ベッドに横たわる私を襲う気ですか?まだちょっと心の準備できてないんで無理ですごめんなさい」
八幡「いやしねぇから。心の準備もしなくていーから」
いろは「それはそれでショックというかー、まぁ確かに先輩は普段から雪ノ下先輩や結衣先輩と一緒にいますから目が肥えてるとは思いますけどー」
なんだこいつ、襲って欲しいのか?さすがはゆるふわと言えどビッチなだけはある。
いや、リア充はこんな思わせぶりなことを言うのはお手のものだ。からかっているのだろう。
残念だったな一色。俺はその手には乗らんのだよ。フフフフフフ、フゥーーハッハッハッッー!!
八幡「バカ言ってねぇでとっとと寝ろ。マジでこれで風邪ぶり返されたら洒落にならん」
いろは「わかりましたよー」
ブーブー言いながらも布団にくるまる一色。
よし、これで看病も任務達成だな。帰るか。
241:
いろは「先輩」
帰ろうと立ち上がりかけた俺に一色が声をかけてくる。
なんだよ、と聞き返すと一色は布団から顔を出した。
いろは「え?ちょ、なんで帰ろうとしてるんですか?!」
八幡「あ?お前を寝かせつけたんだから看病終了だろ。だから帰ろうとーー」
いろは「バカですか?先輩はバカなんですか?看病といったら今日うちの親が帰ってくるまでですよ」
八幡「おい待て冗談だろ。お前の親はいつ帰ってくんだよ?」
いろは「早くて明日のお昼ですねー」
八幡「なん…だと……。つかそれ今日ですらねぇじゃねえか。お断りだ。せめてお前の言うように今日までだ。そこまでが俺の最大の譲歩だ」
いろは「……………」
う?む…と目を閉じて考え込む一色。
いや考えるほどのことでもねぇだろ。
明日までってことはつまり今日俺はここに泊まるってことだろ?無理だ。精神的に無理だ。
いろは「わかりましたよー、それで手を打ちましょう。その代わり、今日は先輩は私の言うことちゃんと聞いて下さいね」
八幡「……………倫理的で理性的で俺にできる内容ならな」
………はぁ、面倒くさいし、最悪だ…。
242:
いろは「では先輩、私は少し疲れたので寝ます」
一色はそう言うと再び布団に包まったが、しばらくすると顔を出してこちらを睨めつけてくる。
なんだか頬が紅い…。
いろは「あの、先輩。あたし寝ますよ?」
八幡「あ?んなの見りゃわかんだろ。おやすみ」
いろは「えっ、あ、いや、ホントに寝ちゃいますよ…?」
八幡「いや寝ろよ。風邪ひいてんだろ。約束したから別に帰ったりしねぇよ」
いろは「そ、そうじゃなくてですねー…。はぁ、こりゃ攻略大変そうですねー……」
何やらブツブツと言っているが、再びこちらを見てくる一色。
なんだかさっきよりも顔が紅い…。
いろは「…なら、眠るまで頭撫でて下さい」
うぅ、と鼻まで布団に隠して一色は恐る恐る言葉を出す。
やべぇ、理性という名のシードが弾けそうだぜ…。
八幡「断る」
いろは「えっ?!なんでですか!」
八幡「前にも言ったがそりゃ妹専用コマンドなんだよ。だから無理だ」
いろは「か、仮にも私は先輩の彼女ですよ?!そのくらいなら別に良いじゃないですか?」
バカ、その単語を口にするな。意識しちゃうから。マジでやめろ下さい。
243:
いろは「うぅ、彼女なのに妹よりも扱いは下…。せめて同等に扱ってくれたって……」
八幡「仮だからな。それじゃまだ俺の小町への想いに割って入ることはできん」
そう言ってベッドに腰掛け一色のおでこに手を乗せる。
ふぃ?、緊張するぅ……!!
いろは「ホントに気持ち悪いシスコンですねー。でもまぁこれでも許してあげます」
そう言うと一色はスッと目を閉じる。
いろは「寝てる間に変なこと、しないで下さいよ?」
八幡「しねぇよ」
いろは「勝手に帰らないで下さいよ?」
八幡「帰らねぇよ」
いろは「私が起きるまで手を取らないで下さいよ?」
八幡「…善処する」
いろは「……ずっと、ずっと側にいて下さいよ?」
八幡「………お前が起きるまでな」
俺がそう言うとフフッと口元に笑みを浮かべて一色は眠りについた。
245:
ふと気がつくと部屋の中はだいぶ暗くなっていた。部屋の時計を確認するとすでに時刻は17時を回っている。
つまるところ俺もあのあと寝てしまっていたらしいが、さすがは俺。ベッドで横になることなく、座ったまま壁にもたれかかって寝ていた様だ。
この辺が俺とリア充とを完全に差別化できる所だろう。まぁそんなことしなくても性格も種族値的にも俺は完全にダメだからな。しかもいくら敵を倒しても努力値は上がらない。
俺の不憫ポケモン性を脳内で確認したあと、一色の方を見る。
まだすぅすぅと寝息を立てて寝ていらっしゃる。
どうやら俺は自分の手をずっと一色のおでこに置いていたようだ。一色の熱がしっかりと伝わってくる。
…………ってダメじゃねぇか。かなり熱いぞ。こりゃ熱上がってんな。
…………俺のせいか……?
考え込んでいると一色が寝返りをうった。少し髪の毛が顔にかかったのでそれをそっと払いのける。
………こんなシチュエーションは二次元の中にしかないと思ってた時期が僕にもありますた。
少し顔に汗も浮かんでいるのでタオルで拭いてやろう。タオルを探しに行かなきゃな…。
ちなみにおかゆくらい作っといてやるか。
その後一色家の風呂場に行きタオルをとってリビングの冷蔵庫の中の氷を包むとそれを一色の頭に乗せてやる。
人ん家の物を勝手に使っていると思うと罪悪感はあるが仕方ないだろう、と思って割り切った。
次はおかゆである。
246:
小町『ーーーーうん、そこで少し塩入れちゃって。風邪ひいた時は塩分欲しくなるからね。うん、でね、次はぁーーー』
おかゆなんて家庭科で作ることもなかったので小町に頼った。電話で工程を聞きながらせっせと手を動かす。
八幡「わりぃな。小町の邪魔して」
小町『およ?ううん、全然いいよお兄ちゃんっ!むしろお兄ちゃんがそうやって会長さんと愛を育んでくれて小町的にポイント高いよっ!」
八幡「育んでねぇよ。ただ約束を守ってるだけだ」
小町『まぁた照れちゃってぇ。このこのぉ。でもちゃんと看病したげるんだよ?なんなら今日は帰ってこなくても良いからね?』
八幡「……あほ。さすがに泊まるわけにはいかねーよ。つかそんな事したら明日の朝のプリキュア観れねーだろうが」
そんなこんなでおかゆを作っている時だった。
ドタッと一色の部屋から鈍い音がする。
八幡「わり、一旦切るぞ」
小町の返事も待たずに電話を切ると一色の部屋へと向かった。
部屋を開けると一色が絨毯の上にうつ伏せで寝転がっていた。
249:
一色というよりは布団の塊がモゾモゾと動く。
………ホラーかよ。
とりあえず電気をつけて声をかけてみると布団からひょこっと顔を出した。
八幡「……何してんだよ」
いろは「せん…ぱい?」
八幡「何寝ぼけてんだ。ほれ、とっととベッドの上に戻れ」
俺がすぐ側まで寄ると一色はがばっと抱き付こうとするが反射的にそれをかわす。
当然一色はドタッと床に顔から落ちた。
………かわさなければJKと抱き合えたのにっ!!自分の反射神経(対人用)が憎いぜ!!
いろは「何で避けるんですかっ?!せっかくこんな可愛い後輩、がーーはれ?」
急に立ち上がろうとした一色の身体はフラッとよろめく。
気付いた時には俺の身体は動いていて一色の手を取り、前に引きながら背後へと身体をまわした。
当然しりもちをつく形になって、更に一色の下敷きとなる。
250:
八幡「いって…」
いろは「す、すいません先輩っ!」
八幡「……だからベッドで寝てろっつってんだろ。自分じゃ分からんかもしれんが熱が上がってんだろ。大人しくしとけ」
いろは「す、すいません……」
八幡「……いいから早くそこどいてくれ」
未だに一色は俺に抱きかかえられている様な状態である。
俺がそう言うと一色はなぜか黙り込んで動こうとはしない。
八幡「……一色?早くそこをだなーー」
いろは「も、もももう少しっ!もう少しだけこのままでいましょうよ先輩っ」
八幡「は?何言ってんだ早くどけ」
いやマジで早くどいて。早くどいてくれないともう一人の僕もとい相棒が深い眠りから覚醒めてしまうだろうがっ!!
うむ、見舞いに来ることによって生じる最大の問題はコレだ。
だが俺はエロゲやギャルゲーの主人公でもない。こんな夢のようなシチュエーションに出会えてもToLoveるは起きないんだよリト先生のバッカ野郎ぉぉぉおおっ!!!
251:
俺がそう言っても一色は頑なにどこうとしない。耳まで紅く染めながらも後ろに少しずつ体重を、かけてくる。
いやそういうのいいから、だからマジでどいてぇぇぇえええ!!
…………はぁ、こうなったら必殺技を使うしかねぇか。
八幡「………重いからどいてくれ」
いろは「ーーーおもっ?!?!」
一色は飛び跳ねる様に俺から離れベッドの端まで駆け込むと顔だけ出して布団にくるまる。
どうだ見たか。これぞ我が必殺技だ。
これならレオやリリも瞬殺できる。
八幡「悪かった冗談だ。本当は空気みたいに軽かったから安心しろ」
いろは「冗談でもその言葉は女の子に絶対に言ったらダメなやつですよっ!ていうか空気みたいに軽いのは先輩の存在ですからね」
八幡「ばっかお前、それは冗談でも本気でも俺には絶対に言ったらダメなやつですよ?」
いろは「………ぁあ、先輩のせいでまた熱が上がってきたみたいです…」
八幡「言わんこっちゃねぇ。そこに座ってねぇでとっとと横になれ」
いろは「はぁい……」
一色は不満顔をしながらも横になった。
俺もそれを見届けるとスックと立ち上がる。
252:
俺が部屋から出ようと歩こうとすると一色は俺の顔をジッと見ながらベッドの空いたスペースをポンポンッと叩く。
………なんだ?
俺が考えていると再び同じように叩く一色。
ふむ、どうやら来いという意味らしい。
俺が側まで行くとまたその場所を叩く。
………?座れということか?
俺がそこに腰を下ろしたところで一色は喋り出す。
いろは「もうっ!なんべんやったら分かるんですかー?普通ポンポンッて叩いたらこっち来て座れって意味ですよ?」
八幡「いや知らねーよ。俺はぼっちだからそんなリア充同士のジェスチャーされても伝わんねぇよ」
つかそんなジェスチャー何べんもするよりも口で言った方が普通にかろう。なんでリア充共はこんな無駄なことに時間を使うのが好きなんだろうか?
八幡「んでなんだよ?」
いろは「先輩こそどこ行く気ですか?まさか家の中漁って私のパンツとか探してます?」
八幡「なわけあるか。つかお前のパンツ探すならこの部屋探した方がいだろ」
いろは「確かにそうですね。………はっ!ならお母さんの……?」
八幡「バカか、そんな趣味ねぇよ。お前が腹減った時の為におかゆ作ってやってんだよ」
俺がそう言うと ほぇ?とあざとく目をパチクリさせると今度は顔を真っ赤に染める。
253:
いろは「ま、またそうやって好感度荒稼ぎする気ですか?!せこいですけど、でもダメですっ!先輩は約束破りですからねー」
八幡「いや守ってんだろ。ちゃんと看病してるじゃねぇか」
いろは「いいえ!破りましたっ!だって私が起きるまで側に居てくれなかったじゃないですかー」
八幡「いやそれは仕方ねぇだろ。お前の熱が上がってたっぽいから氷タオルを作ってだなーーー」
いろは「な、なんで私の熱が上がってることに気付いたんですか?まさか私の身体触ったんですか?寝ている女の子の身体を触るなんて最低ですホント無理ですやめて下さい」
八幡「いや、お前が言ったんだろ。ずっと手乗せとけって。これは冤罪だ。俺は何も悪くない。むしろ感謝されても良いくらいだ」
いろは「それはそのっーーーすいません。ありがとございます……」
一色の声はだんだん小さくなり何だかプシューッと音が聞こえそうなほど顔を紅潮させて鼻まで布団をかぶる。
やめろ、その反応やめろ。こっちまで恥ずかしくなるからホントやめろ。
ここは話題を変えねば恥ずかしくてヤバイ。
八幡「お、お前こそなんで布団から落ちてんだよ」
いろは「それはそのぉ………起きたら先輩いなくて…先輩がいなくなっちゃったと思って……探しに行こうと思いまして……っていうかなんというか………」
255:
八幡「お、おう。そうか………」
いろは「はい…………」
何やってんだ俺はぁぁァァァアアアッッ!!!
一番ダメな方向へベクトル変換しちまったぜ。もうこりゃベクトルの原点に対しての対称移動だな。よく分からんがベクトルの一次変換を使ってだな…ちっくしょぉぉお!!数学の授業聞いてないからまるで分からん!!
素数ってなんだよ。1が入らないってどういうことだよっ!!1以外の約数がない数のこと!わかっちまったじゃねぇか。
じゃあ自然数ってなんですか?赤ちゃんが自然に数えれる数ぅ?なら0だって含まれるんじゃねぇのかよっ?!
ホント数学はクソだなっ!ただ極限ってのはカッコよかったな。なんだよリミットって。中二魂燃えるわ。
とりあえず数学への怒りで冷静さを取り戻したわ。
ホント理系の奴ら怖いわ。
なんだよ今日の気温は340m/sか、って。℃で喋れよっ!!
ふぅ、落ち着くにはこれが一番だな。
いろは「先輩?おーい、せんぱーい。せーんぱーいっ」
何やら言っているが気にしない。俺の怒りはこんなもんじゃねぇんだぜぇ?
………こんなことでも考えてなくちゃ顔から火出そう。なんだよこの可愛い生き物っ!
256:
八幡「お、俺そろそろおかひゅっ、おかゆの様子みてくるわ、卵産んでたらアレだし」
いろは「え?あ、はい。…ん?卵?産む?」
めっちゃ動揺してるな俺。
頭の中真っ白だ。存在も真っ白なのに。
あれ?僕どこにいるのん?
とりあえずベッドから立ち上がると一色に袖をくいっと掴まれる。
八幡「な、なんだ?」
いろは「あ、あのですね先輩。そのぉ………お、おトイレ、連れてって下さい……」
いや一人で行けよ、と言いかけたがやめた。こいつフラフラだっしゃねーか。
俺が恥ずかしさを捨てれば良いだけだ。
あれ?どうやって連れてくんだ?
八幡「お、おおう分かった。じゃあ肩かしてやるか歩けるか?」
いろは「なんでそんな熱い男の青春みたいなことしなきゃいけないんですかっ。………おんぶ……」
八幡「は?」
いろは「だ、だからっ!おんぶ、して、下さいよ……」
何だと?!
くっ!何が起こった俺の青春時代っ!
八幡「………了解した」
257:
八幡「…ほれ、手ぇかけろよ」
いろは「は、はい」
再びベッドに腰掛けて体勢をやや低くすると一色の腕が肩から首へと優しくかけられる。それから一色はゆっくりと身体を起こすと膝立ちで俺に密着する。
くそっ、なんでお互い服越しなのにこんな柔らかくて温かいんだよっ!
八幡「…んじゃ、ちゃんと掴まってろよ」
いろは「はい…」
そのまま前に出てから一色の腿裏に手を回す。
柔らけぇっ!!
そのまま部屋を出てトイレへと向かった。一定したリズムで一色の鼻息が首にかかる。その度に全身をゾワゾワ?っと電流が走った。今ならジブリの中に溶け込めるかも。
トイレの扉を開けてから振り返り、一色を降ろす。
いろは「あの、先輩」
八幡「ん?」
いろは「なるべく離れて下さいね。呼ぶまで近付いたらダメですよ?」
八幡「分かってるよ」
いろは「良かった、先輩にそういう趣味があったらどうしようかと思ってましたー」
八幡「アホ、んじゃまた後で呼んでくれ」
いろは「はいっ」
もちろん、興味がないというわけでは断じてないっ!
だが俺は俺としての尊厳を守るため、後ろ手でトイレのドアを閉めるとそこを後にした。
261:
ーーーー5、6分後。
一色からお呼びがかかり、トイレまで迎えに行くと、同じように一色をおんぶして部屋まで連れていき、ベッドの上に寝かせる。
八幡「おかゆ、できたが食えそうか?」
いろは「少しだけ」
八幡「そうか」
キッチンに向かい、おかゆを少しだけお椀に盛る。それとお茶を入れて部屋まで持っていく。
俺がそれらを手渡すとむすっとした顔で俺を睨んでくる。
八幡「………なんだよ」
いろは「普通こうゆう時はあーんするんですけどねー。先輩はしてくれないのかなーと思いましてー」
八幡「別に手くらい動かせるだろ。とっと食って熱計ったら寝ろ」
いろは「ホント先輩は冷たいですねー。こんな可愛い女の子にあーんできるチャンスですよー?先輩の人生でもう二度と来ないかもですよ?」
八幡「余計なお世話だ。だいたいそんな事に夢なんて持ってねぇよ。俺は将来俺を養ってくれる人と一緒になれればそれで良いからな、そこに愛だの何だのなんて感情はあってもなくてもどっちでも良いんだよ」
言い終えて一色の顔を見てからしまったと思った。
267:
一色は俯き手に持っていたお椀を膝の上に降ろす。
いろは「…それって……遠回しに、フってますか…?」
八幡「い、いやそうゆうわk」
いろは「あはっ、すいません先輩。先輩がお見舞いに来てくれて一人浮かれてました。迷惑でしたよねー、ごめんなさい。もう帰って頂いても結構です…」
八幡「一色……」
普段通りの会話を普段通りにしているから俺たちの関係を頭の隅に追いやれていたが…
俺たちは告白された者、した者の関係なんだ。特に俺の返事待ちをしているコイツは何気ないフリをしているが心の中は色んな想いが渦を巻いているのだろう。
俺はなるべく優しい声で一色に話しかける。
八幡「一色。さっきはすまん。悪気があったわけじゃない。ただ実際に本気でそう思ってたんだ。今だってそう思ってるかもしれない」
一色は俯いたままだが俺は話を続ける。
八幡「でもお前とのことはちゃんと考えてる。考えたいと思ってる。だからきっきのはフったわけじゃない。本当にすまない」
いろは「………。本当に悪いと思ってますか?」
八幡「あぁ」
いろは「なら1つだけ私のお願い聞いてくれますか?」
八幡「あぁ、できる範囲でな」
いろは「なら今日ちゃんと看病して下さいね」
八幡「あぁ分かった」
いろは「じゃあ一回だけあーんして下さい」
八幡「……あぁ了解した」
いろは「今日泊まってって下さいね」
八幡「あぁ、分かっt………は?!」
270:
八幡「いや、お願いは一つだろ?」
いろは「はい、一つですよ?先輩大丈夫ですかー?」
さっきまでとは変わり、えらく華やかに笑みを浮かべてらっしゃる一色さん。
いろは「だってー、看病するのは元々の約束じゃないですかー?だからー、泊まってって下さいっていうのがお願いですよっ」
八幡「そんなバカな…。だがあーんはどうした?アレもお願いだろう?」
いろは「何言ってるんですか先輩?あーんも看病の内の一つだって教えてあげたじゃないですかー?」
なん…だと……。
俺が絶句している間に一色は俺の手にお椀とスプーンを渡してくる。
いろは「はい、あーん……」
目を閉じて口を開ける一色。
ヤバい、これはヤバいっ!心臓の音がヤバい!!
静まれっ!静まりたまえぇっ!!
名のある俺の息子とみるが、なぜ一色を襲ってやろうと思うのかっ?!
八幡「じゃ、じゃあいくぞ」
スプーンにおかゆを少量のせ、一色の口まで運ぶ。
口の中まで入ってきたと感じると一色はパクッと口を閉じる。
そしてスプーンを少し上に傾けるとスッと口外へと運ぶ。そのスプーンに付いてくるように動く一色の唇が妙に艶めかしい。
その一連の行為がスプーンという媒体を通してなのになんだか自分の身体全体にぶわ?っと鳥肌がたつ。
いろは「もう、一口だけ…」
八幡「お、おう…」
再び一連の動作をする。
また終わると一色はもう一度、もう一度、と囁くように呟く。
俺もなぜかそれに従ってしまう。
気がつくとおかゆは全てなくなっていた。
いろは「んふふー、先輩、美味しかったですよっ」
八幡「そ、そうか。それはなによりで…」
たかだかおかゆを食わせるのに俺の体力はかなり消耗されたのだった……
274:
八幡「とりあえず熱測るか。体温計どこにある?」
いろは「確かリビングのーーー」
一色に指示した通りの場所で体温計を見つけ、一色に手渡す。
いろは「もうっ、普通体温測る時はおでことおでこをコツンさせるもんですよー?」
八幡「アホか。そんなよくアニメや漫画である様なことしたって実際は測れねぇだろ。こうして数値で出せるモンがあるんだから一々そんなことしなくて良いと毎回アニメとか観てて思うわ」
ぶーぶー文句を言いつつも一色は自分の服の中へ体温計を入れて脇ではさむ。
そういやアニメとかで体温計を口に咥えさせたり尻穴に突っ込んだりする事があるが本当はそうするものなのだろうか?
そんな事をせずとも脇で良いではないか。体温計を口に咥えてるのも顎疲れそうだし、尻穴に入れるなんてされる側はもうお嫁にいけないだろう。
昔はあぁしてたのか?
それとも制作側の趣味なのか…?
そんなどうでもいい事を考えてる内にPiPiPiと体温計が合図を出す。
いろは「あちゃー。38.2℃ですねぇ。昨日よりも上がっちゃいましたー。先輩のせいですねー」
275:
八幡「うっせ。ほれ、もう寝てろ」
そう言って一色から体温計を預かろうとするが一色は何やら逡巡している。
俺が視線でそれを促すと一色は目を背け少し頬を染めた。
いろは「先輩、なんかやらしい事考えてませんか?」
八幡「は?何が?」
いろは「………だってこれ、さっきまで私の脇に挟まってたから…」
それを聞いて一気に耳まで熱くなった。
た、確かにそうだ。それはさっきまで一色が脇に挟んでいた物。JKの生脇にギュッと挟まれていた物。
誰だよ脇で良いじゃねぇかとか言った奴?
家族間なら何とも思わんがそれ以外ならこの破壊力も相当なモンだぞっ?!
一色に体温計の入れ物をポイと渡す。
いろは「あ、やっぱやらしい事考えてたんですねー」
八幡「バカ野郎、お前が変な事言うから意識してなかったこと意識しちまったんだよ。本当に何も思ってなかったからな」
いろは「あはっ、照れてる照れてるー。先輩も可愛いトコありますね?」
うぜー。
……まぁこの調子なら早く治りそうだな。
それから一色は入れ物に入れた体温計を俺に手渡した。
なんだか入れ物越しでも生温かい気がしてしまう。
くっ、何も考えるな比企谷八幡っ!!考えるな感じるんだ。……今は感じたらダメだな。
276:
一色の食べた食器を台所で洗い、再び一色の部屋へと戻った。
いろは「それで先輩、お返事は?」
八幡「ん?何の?」
いろは「今日泊まっていくかどうかです」
八幡「あぁ、そういやそんな事言ってたな。それ強制じゃないのか?」
いろは「いえ強制ですよ」
八幡「だが断る」
いろは「自分にできる範囲ならお願い聞いてくれるんじゃなかったんですかー?」
八幡「くっ……」
いろは「まぁ確かにこれはお願いなのでそんな強制力はないですが、でも先輩には私への責任がありますからねー。こっちには強制力有ると思うんですよねー」
八幡「お前ってホント良い性格してんな。………分かったよ、泊まって看病すりゃ良いんだろ?」
一色は目をキラリと輝かせると はいっ!と満面の笑みを浮かべる。
くっそ、俺は知ってんだよ、その顔が素だってことを……。
そんな俺を差し置いて一色は でも、と続ける。
277:
いろは「どうしますー?先輩ご飯も食べてないしお風呂にも入らなきゃだし」
八幡「飯は別に良い。人間もともと晩飯は食わなくても良いらしいしな。ふろはぁ………」
いろは「なら私と身体の拭きっこしますか?」
恥ずかしい言葉、冗談でも、平気、言える、リア充、すごいっ!
チャイカ純粋で白くて可愛いなぁ…
一色の言葉に思わずぶふっと吹き出しそうになったが、すぐに何だか自分の中が冷たくなるのを感じた。
八幡「……このビッチめ」
いろは「ビッチじゃありませんよっ?!酷過ぎですー。冗談じゃないですかー」
八幡「……冗談でも、そういう事さらっと言っちまう女は正直好きじゃねぇな…」
いろは「ぇ」
八幡「もしそれで俺が襲ってきたらどうすんだよ。お前は今、熱も高くてまともに動けやしない。男なら俺くらい貧弱な奴でも楽に襲えるんだぞ。男なんて性欲が服着て歩いてる様なモンなんだぞ?つうかそういう台詞をサラッと言えるのは普段から言ってる証拠だ。俺は………俺はそんな軽い女は、嫌いだ」
さっきまで和やかな空気だったのに、一瞬で変わる。
一色の言葉が冗談だと分かってるのに、それを許容してやれない自分がいる。
自分でも驚いてる。
普段は流してやるような言葉なのに、なぜか勝手に口が動いてしまったのだ。
あの一瞬で身体の中が冷えていく感覚はなんだ?そしてその後不必要に攻め立てたのはなぜだ?
一色の顔を見るとその瞳は潤み、今にも泣き出しそうだ。
279:
八幡「……わり、ちょっと出てくるわ」
なんだかその場に居づらくて、一色の言葉も待たず俺は持ってきたバッグを持って外へと飛び出した。
そのまま黙々と歩き、以前一色と話した公園で足を止めた。
…………しまった…。
歩いている最中は何も感じなかったのに、ベンチに座り込んでいると冬の寒さが一瞬で身体を冷やした。
それもそのはずだ、一色の部屋にコート忘れた…。
あ、しかも携帯も忘れた…。
これじゃ早く戻らねえと風邪ひくな。まぁすでに一色から菌を貰ってる可能性が高いが。格好つかねぇな。格好つけてるつもりもないが…。
…………。
…………。
…………寒ぃ……。
公園の出入り口の自販機まで足を運び、お目当ての物を見つけるとお金を入れてそれを取り出す。
真冬の乾いた喉にでぇっかい甘みぃ!その名も、MAX・コーフィーッ!!
やっぱ冬にあったかいMAXコーヒーは最強だな。
その場でカコッと開けて一口飲んでから再びベンチに座る。
そして一口、また一口と少しずつ飲んでいく。冷えた身体が内側から熱を帯びていくのが分かる。
ほんと甘いよな、MAXコーヒー。
………マジで甘い、甘過ぎる。飲料者を糖尿病にする気かよ……。
ほんと……ほんと、ほんと、ほんと、ほんとに人生は苦いから、コーヒーだけは甘くて良い……。
281:
別に、涙が出るとか、そういうことはなかった。ただ空虚だった。
その理由が分からない。なぜ一色を冗談と分かっていながらも責めたのかも分からない。
今の俺に分かること。空気の冷たさと、MAXコーヒーの甘さと、きっと今一色が泣いている、ということ。
…………どうすりゃいいんだよ…。
何も思い浮かばなかった。
寒さで脳は冴えているのに、何も答は見つからない。
暗闇を走っているというよりは、何もない真っ白な空間に居る様な感じだ。
そこには答なんてないかの様な、いや、むしろ全てが答である様なそんな感覚。
ーーーMAXコーヒーを飲み終える頃には俺の身体は充分に冷えていてくしゃみを連発した。
マジで風邪ひきそうだ…。
八幡「…………帰るか…」
独り言をポツリと空気に馴染ませるとスッと立ち上がり、空いたMAXコーヒーを捨てると帰路へついた。
………帰ったらどんな顔して会えば良いんだ?何て言ったら良い?
そんな事を考えている間に一色家に着く。
立ち止まっていても風邪をひくだけなので中へと入った。
一色の部屋のドアは空いていた。
………俺が出た時開けっ放しにしちまったのか?
恐る恐る部屋の中を見る。
八幡「……ん?」
部屋の中には、誰もいなかった。
289:
全身から嫌な汗が出る。
まさかアイツ、俺の帰りが遅いから探しに出たのか…?あんな状態で…?
俺がここを出てから戻ってくるまでおよそ20分くらいは経っている。
だがあんなフラフラな状態の一色がそう遠くに行けるとは思えない。
だが、そんな状態だからこそ何かあったらどうする?フラフラ歩いていて車に轢かれなら?変な奴らに絡まれてたら?
考えれば考えるほど心臓の鼓動が加する。
……考えてる場合じゃねぇ。考えるよりも先ず、アイツを探しに行かなくちゃダメだ。
俺は踵を返し再び外界へと出ようとした時だった。ザァァーッと水の流れる音がする。風呂場からだ。
一色の親は早くても明日の昼までは帰らない。としたらやはり一色しか考えられない。だがあんな状態で風呂に入るとは思えない。
俺はすぐに風呂場へと向かった。
風呂場のドアは開いており中にはシャワーを手に持ったまま浴槽に腕をかけてグデっとしている一色がいた。
八幡「おい一色、大丈夫か?」
いろは「あ、せんぱーい、帰って来たんですねー」
一色は俺を確認するとニコッと笑顔をつくった。
292:
八幡「…何してんだよお前」
もし俺に言われた事を気にして手首を切っていたりしたらどうしようかと思っていたがそんな心配はなさそうだ。
一色が立ち上がろうとするがフラッとぐらついたので再び後ろから抱え込む形になって一色を補助する。
いろは「たはは、すいません」
八幡「いや、これは別に良いんだが…」
とはかっこつけて言うものの、実際は女の子を抱きしめているという現状で、何度体験しても心臓はバクバクと脈うってしまう。
そのまま一色はひしっと全体重を預けてくると、一色を抱える俺の腕を少し触れてくる。
いろは「先輩やっぱ身体冷えてますねー」
八幡「ん、あぁ、まぁ外にいたからな」
いろは「どこまで行ってたんですかー?」
八幡「………あの公園」
なぜかそこで二人して黙ってしまう。
一色はどこうとせず、かくいう俺もどかそうとはしなかった。冷えた身体に一色の熱が心地良かった。
少し沈黙が続いた後、一色に問いかけた。
八幡「んなことは良いとして、お前こそ何してんだよ。立ったらフラつくくせにこんなトコで」
いろは「…心配してくれてるんですか?」
八幡「……看病の一環だ。俺は自分のことしか考えてないからな」
一色はクスッと微笑むと照れ臭そうに話す。
いろは「きっと先輩帰って来たら寒いだろーなぁって思って、お風呂沸かしてあげとこうと思っただけです」
293:
な、なんだこいつ…。
こんなキャラだったか?ゆるふわビッチから天使へと昇格しなさったのか?!俺の人生における天使は戸塚と小町だけじゃなかったのか?!
俺が黙ったままでいると一色は得意げな声音で喋る。
いろは「ーーーって言ったら先輩の好感度を一気に稼げるかなーと思いましたが、どうでしたかー?」
八幡「……俺の感動を返せ」
してやったり!といった感じで一色は笑った。
やっぱ怖いよこの娘。
…………。
本当はわかってる。
さっきのコイツの言葉は本当だったこと。じゃなけりゃこんな状態なのにここまでしねぇよ。
だから今のコイツの言葉は照れ隠しであり、俺に気を使ってのことだと言うことも当然わかってる。
八幡「……ほれ、部屋に戻るぞ」
いろは「せんぱ?い、おんぶ?」
八幡「………分かってるっつーの」
一色を支えながら身体を前に持っていき、一色をおぶる。
そのまま一色の部屋へと向かった。
いろは「今日はおんぶしてもらったりしてるから先輩に風邪うつしちゃったかもですねー」
背中でクスクスと笑う一色。
それだったら本当嫌だなぁ。
ぼっちは風邪で寝込んだりしたら授業付いていけなくなっちまうからなぁ…(泣
一色の言葉にそっと応えておく。
八幡「……もううつされてんぞ、変な熱…」
自分でも、きっと医者でも、よく分かんない変な風邪を、きっと俺はもううつされている…
298:
いろは「先輩?何か言いましたかー?」
八幡「……いや、別に」
聞こえてなかったならそれでも良い。
それから一色の部屋に戻り一色をベッドの上に寝かせた。
その後、俺は一色宅の風呂を使わせてもらった。当然着替えはなく、服はそのままだが…
風呂から上がり一色の部屋へ戻ると一色は俺が風呂に入っている間に自分で着替えたようだ。
八幡「悪いな、風呂使わせてわらって」
いろは「いえいえ、看病してもらってるのでこれくらいは」
八幡「そうか。ところで寝るとこだが俺はどこで寝れば良い?別の部屋のソファなんかがあったらそこで寝るがーーー」
いろは「この部屋で良いじゃないですか」
八幡「あぁ、ならこの部屋でーーーって、は?何言ってる」
流暢な会話の流れに流されかけたが何とか踏みとどまる。ホント、こいつ何言ってるんだ?
いろは「だってほら、きっと先輩も私の風邪菌もらってるじゃないですかー。なので家中に菌をばら撒くよりは良いかと思って」
299:
八幡「な、なるほど。一理ある。けどな…」
女の子と同じ部屋で二人きりで寝るだと?何それどこの天国?
いや待て、これは現実だ。
いやだからこそマズいわけであって…
あぁクソっ!どうすれば良いんだよ!!
いろは「やっぱ命令ですねこれは。ここで寝て下さい先輩。私は良いですからっ。家主の命令ですからねー」
俺がよくねぇんだよぉぉぉおお。
なんでそんなニコニコしてんだよ。にっこにっこにーしろよちくしょー。あなたのハートにラブニコしろよぉぉ。
俺が考えあぐねていると、一色はポンポンとベッドを叩いた。
ふむ、それはこっち来て座れというジェスチャーだったな。
よって俺がベッドに腰掛けると同時に一色は身体を起こした。
いろは「よく覚えてましたねー。えらいですよ先輩っ」
そう言って俺の頭を撫でてくる。
やめろ恥ずいからコレ。そういや前に由比ヶ浜にもされたなコレ。結構落ち着くし気持ち良いよなコレ。
俺が木ノ葉丸化している間、一色は良し良し、と言いながらずっと撫でていたが、その手が不意に止まる。
不思議に思った俺がそちらを向くよりも先に身体に強い力が加わる。
いろは「どーーんっ!」
一瞬の出来事に思考が追いつかなかった。身体に柔らかな感触が広がる
どうやら横向きにベッドの上に倒された様だ。
俺が混乱していると再び力が加わり俺の身体は逆向きにされて一色と向かい合わせになった。
すぐそこに一色の顔がある。
いろは「このまま、寝ましょうよ、先輩」
300:
八幡「ぬぁ、にゃに言ってりゅ」
めちゃくちゃ動揺して噛んでしまう。
コホン、と一つ咳払いを入れて呼吸を整える。
八幡「お、俺はこの部屋で寝るとしても床でだなーーー」
そんな俺の言葉を遮る様に一色の腕が俺を包んだ。
その行為に更に俺の鼓動は加する。
何が起こってる?別の世界線に来てしまったのか?だがリーディング・シュタイナーは発動していないぞっ?!
そのまま一色はモゾモゾと下に動いて胸の高さまで来ると俺の胸に顔を埋めた。
………すまんな一色。俺にはパフパフさせてやれる胸がねぇんだよ…
いろは「………嫌いに、なりましたか…?」
八幡「ぇ?」
いろは「…こんな事する女は、軽くて、ビッチっぽくて、嫌い、ですか…?」
………………。
やっぱ気にしてたか…。
別に軽い女が嫌いなわけじゃない。そんなのアニメとかなら多いし、そういう女ってヒロインと対照的な存在として扱われる事多いから可愛いキャラデザだし。
ただ、こいつや雪ノ下や由比ヶ浜達にはそうであって欲しくないと思ってしまうんだ。
俺が黙ったままでいると一色は再び口を開いた。
いろは「……確かに、先輩の言う通りでした。私、あぁゆう言葉、普段から使ってました。あぁゆう言葉や話題って誰とでも盛り上がれるし、ネタに困りませんから」
顔を埋めたままでその表情は見れないが何となく想像がついてしまうくらいには一色のことを理解できていた。
でも、と一色は続ける。
いろは「先輩を、先輩を好きになってからは使ってませんっ!男子とだって遊びませんっ!だって私………先輩と付き合いたいから…」
304:
俺はただ黙って彼女の言葉を聞いていた。
より強く俺を抱きしめる腕、より強く胸に擦りつけてくる顔、これは彼女のあざとさなんかじゃなく、素の想いから来る行為だろう。
いろは「…だから、嫌いにならないで下さいよ。嫌いになられたらもう、付き合うことも、喋る事もできなくなっちゃって………私、そうなったら生きていけません…」
重ッッ!!
こういうのって8割方強制してるよな。
これで優男な主人公は死なれたら困るからヒロインよりこっちの娘を取るんだよな。でも結局自分の想いに気付いてヒロインとゴールイン、お決まりですねわかります。
八幡「……大袈裟だ」
いろは「はれ?こう言ったら99%男を落とせるハズなのに…」
………演技だったのかよ…orz。
まぁ演技なのは最後だけだろうけど。
……つかそうじゃなきゃ無理。そうでなくちゃもう俺の方が生きていけなくなるからそうであってくれ。
八幡「残念だったな。俺はその1%側の人間らしい」
ちっ、と舌打ちをする一色。
それも演技だよな?そうであってくれ。
10数秒の静寂。
一色は俺から一向に離れようとはしないので、すでに俺も諦めた。と言いつつも実際まだ心臓はバクバクである。
それでも努めて平静に一色に喋りかけた。
八幡「………その、悪かったな。……嫌い、とか言って……」
いろは「ほぇ?」
八幡「た、ただ別にお前の事が嫌いなわけではなくてだな、そういう事を言う奴が嫌いなだけであって、そういう事を言うならお前の事も嫌いになるかもしれないという意味であって、本当にお前の事が嫌いなわけではないわけで、えっとつまり…………」
305:
自分でも何を言っているのか分からなくなってしまい言葉に詰まってしまった。
いや、マジで俺何が言いたいんだっけ?
俺が黙っていると、一色はヌッと顔を持ち上げ、下から俺を見上げてくる。
いろは「なら、好き、ですか…?」
八幡「……は?」
いろは「嫌いじゃないなら好きですか?それとも普通ですか?普通なら普通でも上中下のどれですか?先輩が、先輩が私を好きになってるくれる可能性はある、ですか……?」
語尾になるに連れ声は萎んでいく。
下から俺の目を見据えてくる一色の瞳は、不安と期待、その他諸々な感情が混ざりあっている様に見える。
一一色は再び俺の胸に顔を埋めると、俺が応えるより先に先輩、と優しく問いかけてきた。
いろは「好き、ってどんなのだと思いますか?」
………んーむむむ。恋愛的な好きならば、今すぐ逢いたいとか話したいとかずっと一緒にいたい、とかそういうのじゃないのか?
こ、こんな事を口で言わなくちゃならんのか?恥ずかしいな…
いろは「きっと誰よりもその人と一緒にいると楽しい、とか一緒にいたい、とか今すぐ逢って話したい、とかそういう風に思ってません?」
八幡「エスパーかよ…。………違うのかそれ」
いろは「きっと違いませんよ。私だってそう思ってました。でも、今は違います。………だから、先輩は私のこと嫌いですか?それとも普通ですか?」
八幡「嫌いじゃない。それに、別に普通でも、ない………」
つまりそれって好きってことじゃないっ!!
………分からないわ、ただ、一色と
いるとポカポカするの…。
脳内で八幡補完計画を進行していると一色に現実へと連れ戻された。
あぶねぇ、LCL化するとこだったぜ。
いろは「そ、そそそそれなら!……その好きとは別の好きになった時に、告白、して、下さい…」
306:
八幡「こ、告白ならすでにお前からされてるんだけど…」
いろは「は?」
しおらしくなったと思ったら急に顔を上げて睨みつけてくる。お前何言ってんの?[ピーーー]よ?みたいな目だ。
え、なんかしたっけ?超怖いんですけど…
一色は大きくため息を吐くとジト目で俺を見上げてくる。
いろは「先輩はおバカさんですか?死にたいんですか?普通告白は男からするものですよ?あー、でもメールや電話はダメです。面と向かって言って下さい。そ、そしたらこっちも嬉しい、ですから…」
自分で言いながらそんな未来を想像したのだろうか。一色は頬を朱に染め、ボフッと再び俺の胸に顔を埋めた。
八幡「あ、あぁ分かった…」
よく分からなかったが一応了承しておく。いや分からない、というのは当然告白についてではなく、好きという、感情についてだ。
恋愛的な好き、にアレら以外の好きがあるのだろうか?
いや、きっとあるのだろう。おそらくそれは現在一色が抱いているものであり、それと同様のモノを揃えて来い、と言っているのだから。
だがそれはいったい何だ?逢いたいでもなく、一緒にいたいでもない。
…………………はっ!!!!
好き=エロい事したい、かっ?!
キィマシタワァァァァァアアアッ!!
いろは「さて、疲れたんで寝ましょー。先輩電気切って下さーーーいえやっぱ自分で切ります」
307:
一色は身体を起こすと俺を左手で押さえつけたまま右手で電気を消した。
急に世界が暗闇に包まれ何も見えない。
八幡「なぁ、本当にこのまま寝るつもりかよ。ホント俺は床で良いかーーーぐふぇっ!!」
仰向けの俺の身体に強い衝撃が走った。
何が起こったのかは直感的にわかる。
一色が俺の上に覆い被さったのだ。
首に腕を回され、鎖骨あたりに一色の鼻息がかかるのを感じた。
いかん、いかんぞコレは!
下腹部に血液が巡っていく。上には一色のお腹あたりが乗っかっている。
やめろ、やめるんだ!これよりテーマを実行する必要ないからっ!!
八幡「お、お前ってここまで積極的な事する奴だったか…?」
いろは「何のことですかー?たまたま身体がフラついちゃって倒れこんだらたまたま先輩の上に乗っちゃっただけですよー?」
八幡「くっ、お、重いぞ。だからどくんだ…」
いろは「あれ?私は空気の様に軽いんじゃなかったですか?」
八幡「ち、違うっ…くぅっ……。空気より軽い、のは俺の存在だっ、から。い、良いから、そこどけって」
いろは「えー、もうちょっとだけ良いじゃないですかー」
やべぇ、すでに半勃ち状態っ!
マジでどきそうにねぇぞコイツ。
ここは男・八幡。力の見せ所だ!
右手を一色の後頭部に乗せ、左手で一色の腰を抱え込む。
いろは「ぇっ?せ、せせ先輩?」
そのまま右に力を加えて一色をベッドに落とした。
ふぅ、これで万事解決である。
しかも落ちた時の事も考えて頭のクッションになるように右手を頭に向けてやる俺、ん?む、エレガント。
俺もこれでイタリア紳士の仲間入りである。いやでも俺がイタリア紳士になって真摯に振る舞っても需要あるのか?
いやあるな!だって欧米の人たちは人を顔で判断しないもんな!ハートさえあればそれでおk。だから俺でもモテる!
つか俺ヒッキーだから人と触れ合うことねぇじゃん。顔以前の問題だったわ…
314:
いろは「あ、ああの先輩…」
八幡「あ?」
いろは「……この手は…」
ん?俺と一色の顔がやけに近いぞ。
現状を脳内で整理してみる。
最初から一色は俺の首に腕を巻いて抱きついていた。俺はヤバいと思って一色の頭と腰に手を回した…。
し、しまった!完全に抱き合っている!
八幡「すまん、どかすから少し頭あげてくれ」
いろは「お断りです」
八幡「わかった。………は?いや頭くらい上げれるだろ」
いろは「今わかったって言ったじゃないですかー」
八幡「いやそんな返しが来ると思ってなくてだな…。まぁんなことは良いから頭上げろよ」
いろは「お断りします」
八幡「………なら勝手に思いっきり引き抜くぞ」
いろは「…なんだかいやらしいですその言い方」
うん、自分でもそう思いました。
いろは「良いじゃないですかこのままでも。それとも嫌なんですかー?」
八幡「嫌とかそういう問題じゃねーだろうが。つうかいつまで俺の胸に顔うずめてんだ離れろよ」
いろは「だ、誰がこんな薄っぺらい胸に顔うずめるもんですかっ。、ホント薄すぎで女子みたいで、全く、こんな頼りない身体してるとモテませんよ!」
八幡「おい一色、そこまで言うなら今すぐ離れろ」
いろは「お断りします」
321:
八幡「意味が分からんぞ。ディスるなら離れてくれないか?いや離れろ。いい加減離れろ」
いろは「私がくっついてる前提で話をされても困りますー」
八幡「お前な…」
呆れるを通り越して感動してきたぞ。
もはや俺の人生にありえるはずのないこの現状に慣れてきてしまった。
興奮とかそういうものはすでに収まっちまったしな。そう、すでに悟りの境地だな。仙人モード会得したわ。
だから俺の下腹部もーーーおっと、まだ意識を集中させてはダメだな。
いろは「良いじゃないですか…」
八幡「は?」
一色の声はか細く、弱々しい。
もごもごと一色が喋る度に一色から吐き出される空気が俺の胸元をくすぐった。
いろは「良いじゃないですか。……好きな人に、お見舞い来てもらって…おんぶしてもらって…おかゆ作ってもらって…一緒の部屋で、一緒の布団で、一緒に寝ようとしてて………良いじゃないですか、このくらい。他のことは、我慢、しますから。だからこのくらい…」
八幡「お、おおう。なら良い…のか…?」
いろは「いいんですーっ。これも看病の内なんですっ」
顔をグリグリと俺の胸に押し付けてくる一色が素直に可愛いと思えた。
あぁ、こんな事を小町や戸塚にもして欲しいぜ。
小町なら言ったらやりそうだが、戸塚は…やべぇ、想像しただけで鼻血出そう。
八幡「………看病なら、仕方ねぇな…」
いろは「はいっ、仕方ないですよ」
その後互いにに特に喋る事もなかった。
本当に良かったのだろうか…。
仮に付き合っているとしても、それ仮であって本当に付き合ってるわけじゃない。
なのにそんな二人が一つ屋根の下で、一つのベッドの上で抱き合って寝る、という現状はいかがなものだろうか…
だが仮にも付き合っているのだからこのくらいなら…ん?ならどのくらいまでが良くてどこからがダメなんだ?
あれ?付き合うってなんだ?どうしたら付き合う事になるんだ?付き合ったら何したら良いんだ?仮の付き合いならどんな距離でいたら良いんだ?
八幡「……なぁいっしkーーー」
俺の胸元からすー、すー、一定のリズムで音が鳴っているのに気付いて思わず口をつぐんだ。
どうやら一色はもう深い眠りについたらしい。
まぁなんだか濃い1日だったしな。
…………俺も寝るか…。
ーーー気が付けば俺も夢の中。
人は眠っている最中に頭の中を整理しているらしい。
だとしたら俺とは裏腹に頑張り屋な脳みそだ。さぞや明日目覚める頃には頑張った証として色々な疑問への答が出ていることだろう。
………いや、頑張っても報われないのが世の常というものだ。
でもきっと明日目覚める頃には忘れてるけど、今脳が見せてくれてる夢はきっと良いものに違いないだろうーーー
322:
ーーーー冬晴れの本日。
一色の看病に行った土曜日からすでに2日。現在憂鬱な月曜日。1月ももうすぐ終わる。
2月に入ればお冬様がラストスパートをかけて超寒くなる。
その嵐の前の静けさとでも言うのか、今日は本当に晴れやかで、空には雲がのんびりと浮かんでおり、肌寒くはあるが朝から過ごしやすい1日となりそうだ。
そんな風に世界が明るく包まれている中、俺こと比企谷八幡は風邪をひいていた。
ーーーさすが俺。常に世界とは逆の方向へ進む男だ。んーむ、そう言ったらかっこいいけど、常に世界に背を向けている男だ、なんて言ったら何かダサいよな。いやダサいってか辛くなる。そんな悪役いたらそっと抱き締めてあげたくなっちゃうよなーーー
まぁ熱が高いわけでもないので普段通り自転車で学校に向かっている最中なわけだが、なぜかすれ違う生徒たちからの視線が痛い。
いろは「せーんぱいっ」
自転車小屋にチャリを置いていると後ろから肩を叩かれ、振り向いた先には一色が立っていた。
………何か近い…
八幡「うす、よく分かったな俺だって」
いろは「そりゃわかりますよー。だって今日の先輩目立ち過ぎですからっ」
八幡「は?」
何?背中から漆黒の翼みたいなの出てた?やべー、隠してるつもりだったのに…
別にテイルズシリーズの漆黒の翼じゃない。まぁアイツら結構好きだけど。
いろは「だって今日の先輩、いつも以上に目は腐ってるしー、しかもマスクしてるしで完全に不審者みたいですもんっ」
八幡「うっせ、誰のせいだと思ってやがる」
いろは「やっぱ私と抱き合って一緒に寝たからですかね?」
八幡「っ?!」
カァァッと顔が紅くなるのを無視して周りを見渡す。
………よし、誰にも聞かれなかったようだ一安心。
一色はニコニコとイタズラ気な表情を浮かべている。
……コイツ、俺をからかって楽しんでやがるな…
せっかく貴重な休日にコイツの看病をしてやったというのに、このやろう…
325:
八幡「お前な、そういう事をこんな所で言うなよ。困るのはお前だぞ」
俺が注意を促しても一色は んふふーとただ笑顔のままだった。
聞く気ねぇな…
はぁ、と心の中でため息を吐いてからチャリカゴからカバンを取り出し玄関へ歩みを進めた。一色も後ろからテコテコと付いてきていたが、すぐに俺の横に並んだ。
いろは「もし先輩が熱で寝込んだら私が看病しに行ってあげますねー」
八幡「来んな」
いろは「は?!ちょっとそれどういうことですかーっ!」
八幡「騒ぐな。他の奴らが見てくるだろうが」
いろは「………別に良いのに……」
八幡「……俺が寝込んだら小町に看病してもらうからな。その座を他の誰かにやることはできん」
いろは「うわー、相変わらずのシスコンぶりには呆れるを通り越して感動しちゃいますねー」
ほっとけ。
………こいつに看病してもらう?家族じゃない女の子に?想像しただけで寝込みたくなるからやめろマジで。
八幡「ほれ、1年はあっちだろ」
いろは「あっ、はい。では先輩、また」
そう言うと一色はテクテクと自分の教室へと向かった。
…アイツといる所誰かに見られてなきゃ良いが、まぁそれは無理だろう。全校生徒の登校してくる時間だし。
……つか、誰も勘違いすることねぇか。こんな目の腐ってマスクしてる不審者再現度100%な奴と一緒にいたら脅されてるとか思うに決まってる。挙げ句の果てには誰かが先生に話して厳重注意くらうとこまで見えたわ。何それ俺かわいそう…
327:
教室に入ると中は多彩な声音が鳴り響いていた。
冬休み明け以降、この朝のトークはもはや喧騒である。特に俺の様なぼっちからしたら騒音でしかないわけだが、おそらくは冬休みが明けて、もうじき3年生になることを強く意識しているのだろう。
3年生になるということは当然このクラスではなくなる。つまりこの1年間でできた友達と別れることになるかもしれないのだ。
だからこそ最後の時を楽しむかの様に、いやむしろその時が訪れる事を頭の隅に追いやるかの様に騒ぐこの連中は見てて滑稽だ。
クラスが別れようとも所詮は高等学校という狭い檻の中にいるのだ。会おうと思えばいつでも会える。
むしろこいつらは今話している友達と遊ぼうが遊ばまいがどっちでもいいのだろう。結局は自分が遊んで楽しけりゃそれで良い。つまり他人は自分を楽しませる為のツールに過ぎないのだ。
まぁせいぜい楽しんでくれ。お前らみたいな奴らは必ず失敗する。近いうちで言えば受験の時にでもな。楽しい思い出作りに没頭するあまり、人生の分岐点では苦い思い出を作るのだ。
まぁそういうアホなリア充どもがいてくれなきゃ俺たち日の光を浴びることのない闇の住人は報われない。
そう、お前たちが俺を楽しませるツールなのだ。
沙希「何さっきからキモい顔してんの?」
おっと、俺から滲み出る闇のオーラをもう一人の闇の住人が感じ取ったようだ。
こいつの名前は川梨、いや川友、いや川本?川、川、川なんとか沙希さんだ。つまり川崎沙希だ(まぁ最初から分かってたけど)。
八幡「……何か用か?」
沙希「マスク、してるけど風邪?」
八幡「風邪予防にだってマスクは付けるだろ」
沙希「さっき…自転車置き場で、生徒会長とだ、だ、だだ、抱き合って、ねね寝た…とか、言ってたじゃん……」
八幡「」
俺の人生オワタ。
329:
沙希「…なんで、嘘つくわけ?」
八幡「………聞いてたのかよ…」
沙希「べ、べ別に聞きたくて聞いたわけじゃないからっ。あ、あんたがマスク付けてたから話しかけようと思って追っかけたら生徒会長と話してるのが聞こえちゃっただけで、別にわざと聞いたわけじゃ…………むしろ聞きたくなかったし…」
八幡「…別になんでもねーよ。ただあの生徒会長さんちょっと特殊な妄想癖があるだけだから。アイツの言ってたことは気にするな、むしろ忘れてくれ」
沙希「で、でも…」
モジモジすんな。
普段から強気な女がモジモジしてたらこっちはモンモンとしちまうからっ。朝からエッチぃ妄想して楽しんじゃうからっ!
沙希「………まぁあんたがそういうなら信じる…」
な、なんだ?なんなんだ今日のコイツの破壊力はっ?!
それ言った後、頬をちょっと染めるのやめてくれよ。思わず目が離せなくなるから。マジで攻略したくなるからっ!!
しばらく川崎の顔をじっと見つめてしまっていた。
沙希「……な、なにっ?」
八幡「あ?あ、あぁ、悪い。あー、ほら、なんだ、何だか妙に信頼してるなと思って。俺お前に信頼されるようなこと何かしたかなーとか考えてただけだ」
沙希「べ、別に信頼とかっ!……た、ただ他の奴よりかは信用できるし、結構、頼りにも、なるし…」
八幡「お、おぅそうか…」
な、なんだと言うのだ今日のコイツは。
と、とりあえずこの空気は何かがマズい。
しばしの沈黙が続いたが時計を一瞥してから川崎に向き直る。
八幡「そ、そろそろHR始まるぞ」
沙希「あ、そう……じゃあ、また…」
八幡「お、おぉ」
席に戻った後も川崎は俺の方をチラチラと見てくるが無視することにした。
あ、あっぶねぇぇぇぇ!!
何が危ないかはよく分からんがとにかく危なかった。
…………朝から疲れた…
こりゃ風邪は長引きそうだ…
思案している内に平塚先生が入ってきてHRは始まり、終わっていた。
351:
さすがは冬である。
朝・昼はあんなポカポカと暖かったのに、夕方になり太陽が沈み始めると一気に冷え込む。
いや、単に俺だけが寒いのかもしれない。その理由は風邪をひいているからなのか、それともこれから部室に行くからなのか、答は後者だろう。
なぜなら土曜に俺が一色宅にお見舞いに行ったことを由比ヶ浜は知っているからだ。
まぁしかし由比ヶ浜が行けと言ったので行ったわけで、そこは別に責められることはなかろう。
ただ、何かあった?とでも聞かれたらそれは俺の人生終了のゴングが鳴り響いたのと同意でる。
俺はその問いをされたらまず間違いなく言葉につまるだろう。そうなればもう後のカーニバルである。
そしてこの話題になったら絶対に由比ヶ浜はこの問いをしてくる。
これは間違いない。
そんな不安を胸に奉仕部の戸を開けた。
そこにはいつもの様に一人の少女がまるで絵画のように座っている。
その少女は俺を見るなりすぐに携帯を取り出し耳にあてる。
ちょっと待ったぁぁぁああ!!!
八幡「俺だ」
装着していたマスクを外して顔をあらわにする。
するとその少女は携帯をすっと耳から離すと はて?といった感じで首をかしげた。
雪乃「誰?新手の俺々詐欺かしら?」
八幡「顔を完全に見せた状態で俺々詐欺とか流石にしねぇだろ。そんなの80のばあさんでも騙せねぇぞ」
そう言いながら自分の定位置の椅子を引き、腰を下ろすと再び雪ノ下が話しかけてくる。
雪乃「悪いけれどそこは比企谷君というヒキガエル科の生物の席よ。彼が来た時困るでしょうから別の席に座ってくれないかしら」
八幡「お前な…」
雪乃「何かしら?」
八幡「俺が比企谷八幡だ。よく覚えとけ」
雪乃「何を言っているの?比企谷君は確かに目が腐っていて今にも臭ってきそうだけれどあなたほどではないわ。比企谷君の目は死んだ魚のような目なのだけれどそれだけなのよ。あなたの目には遠く及ばないのよ」
八幡「風邪ひいてんだから仕方ねぇだろ」
雪乃「驚きね、死者も風邪をひくだなんて。論文にあなたを付けて出したらノーベル賞確実だわ」
ふふんっ、と鼻を鳴らす雪ノ下。
人を貶して喜んじゃうとかもう人としてどうなんですかねぇ?
それにしても彼女、なんだかとても楽しげである。
352:
八幡「なに?お前の今日の切れ味どうなってんの?空色こえちゃってんじゃねーの?」
雪乃「意味の分からない言葉を羅列しないでもらえるかしら」
八幡「つかお前俺のことヒキガエル科って言ったよな?」
雪乃「事実でしょう」
八幡「そんな事実ねぇよ。つーか、それならお前その後に彼、って言ったよな?カエルのことを彼呼ばわりなんてお前も相当アレだよな」
雪乃「…………」
無言になる雪ノ下の顔からは血の気がひいている。
勝った…
ふ、ふふ、ふははははははっ!
勝った、勝ったぞ雪ノ下雪乃にぃ!!
雪乃「………覚えていなさい。近いうちに生まれて来たことを後悔させてあげるから」
やべーよ。
雪ノ下相手に勝てる気しねぇよ。
雪ノ下はフンッとそっぽを向くと再び読書へともどった。
俺もカバンから本を取り出しそれに続こうとして、ふと雪ノ下の方をチラリと見ると、彼女の口角は少し上がっていた。
しばらくすると部室の戸が開き、由比ヶ浜がやっはろーといつも通り変な掛け声と共に入ってきた。
その後はいつも通りだ。
どうやら由比ヶ浜は自分が金曜に言った事を忘れてしまったらしい。
さすがはアホの娘。
まぁこちらとしては助かったわけだが。
そうこうしている内にチャイムが鳴り、それぞれその教室をあとにした。
353:
結衣「ヒッキー!!」
自転車置き場で自転車の鍵を開けるとちょうど由比ヶ浜が少し先から小走りでこちらへと向かってくる。
俺のもとへ着くなり、少し息を切らしてえへへーと笑顔を向けてきた。
八幡「んだよ。何か用か?」
結衣「んー、今日はいろはちゃんと一緒に帰るの?」
八幡「いや、そんな約束はしてないが…」
由比ヶ浜はパァっと笑顔になると じゃあさ!と切り出した。
結衣「一緒に帰rーーー」
八幡「断る」
結衣「即答だっ?!せめて言い終わるまで待ってよーっ!」
八幡「そしたら明日になっちゃうだろうが」
結衣「アタシそんな喋るの遅くないよねっ?!」
八幡「…んでなんだよ」
結衣「えへへー、一緒に帰ろうよっ、ヒッキー」
八幡「断る」
結衣「だからなんでだしっ?!」
八幡「………お前バスだろ」
結衣「んー、そうだけどぉ………よし、なら次の次のバス停までで良いからっ」
八幡「次じゃダメなのかよ…」
結衣「えー、それじゃあっという間じゃん。それともヤなの?」
んーむ、どうやら引く気はないらしい。
こいつのこういう時は何を言ってもダメだからなぁ…
これはこっちが折れるしかないな…
よって、少しため息をついてから わかったよ、と首肯した。
359:
由比ヶ浜と歩き始めてから少しして由比ヶ浜が先に口を開いた。
結衣「何か意外っ。ヒッキーが最後まで断る!って言わなくて」
八幡「どっかの誰かさんが全然引き下がろうとしなかったからな」
結衣「困った人だねその人」
八幡「全くだ。せっかく早く帰って小町の抱擁を受けようと思ってたのに」
結衣「そんなことしてるのっ?!それもう普通の兄妹じゃないよ…」
八幡「ばっかお前、千葉の兄妹はこれがデフォだぞ。高坂さんとこなんて恋人になっちゃうくらいだからな」
結衣「誰だしその人。全然普通じゃないからねソレッ!」
ホントなんで兄妹で結婚できねぇんだよ…
だけど法律では結婚が認められてないだけで、付き合う事には触れられてないのだろうか。
あれれ?なら良くね?僕は妹に恋をしても全然おkなんじゃないの?
運良く妹に腹パン食らわせて妹をアヘらせる幼馴染もいねーしな。
あれ?俺の人生実は薔薇色じゃね?
俺勝ち組やったんや…
八幡「……んで、今日はどうしたんだよ。何か悩み事か?」
結衣「んーん。……ただヒッキー風邪ひいてるなぁって思ってさ…」
八幡「なら尚更俺を早く帰すべきだろ」
結衣「だって……いろはちゃんとお、お見舞い以外のことっ!…したのかなぁ、って……」
ほーん、つまるところ土曜日の事を聞かせろカスってことか。なるほど。
八幡「お前の思ってる様ないやらしい事はなかったからな。ただおかゆ作ってやったりしただけだ」
結衣「い、いやらしい事なんて考えてないもんっ!!…あっ、でもやっぱお見舞いだけじゃなくて看病もしてあげたんだ……………羨ましい……」
………俺、難聴じゃねぇからそういうの聞こえちゃうんだよ。やめろよマジで。
今すぐ看病しちゃうぞっ!
376:
まぁ実際はおかゆ作ってやっただけじゃなくて、おんぶしてトイレ連れて行ってやったりもして、最終的にはアイツの家で一緒の部屋で一緒のベッドで抱き合ったまま寝たわけだが…あれ?いつから俺の人生ギャルゲーになってんの?
その後はただ黙々と歩いているだけだった。
二人の距離は近過ぎず、遠過ぎず、人1人が間に入れるくらいの空間が空いている。
由比ヶ浜の歩調に合わせてトボトボと遅く歩いてはいたが、気付けば約束の次の次のバス停である。
人は誰もいない。
バス停に着くと由比ヶ浜は少し俺の先まで歩き、くるりと振り返る事もせずに喋り出した。
結衣「やっ、でもほら、お見舞い行くの提案したのアタシだしっ、ヒッキー目は腐ってるけど優しいからきっと看病もしてあげるんだろうなぁとは思ってたからさっ、うん、だから、全然…」
八幡「………」
くるりと振り向いた由比ヶ浜はたははーと笑ってはいるが、その声ははどんどんと小さくなっていく。
俺はただ黙って聞いているだけだった。
由比ヶ浜の言葉の中に多少俺をディスる言葉が混じっていても俺はなぜか口を挟む気にはなれなくて、だからいつもは神経を張り巡らして警戒している言動も容易く彼女に許してしまう。
結衣「………ヒッキー……アタシ、ヒッキーのこと……好き、だよ…」
379:
俺が黙ったままでいると再び由比ヶ浜はくるりと180度回って俺に背中を向けた。
結衣「ご、ごめんねっ、こんなの今言われても迷惑っていうか、いや、アタシも全然今言う気はなかったていうか、ほらどうせなら死んじゃうとこに持っていくっていうかさっ…」
墓場までだろバカ。
結衣「いやー、にしてもヒッキー変わったよねー。前ならアタシがこういうの言いかけてたらバリアっ!みたいな感じで壁つくってたのにさー」
……そうだな。ほんの少し前までの俺ならお前にこんな言葉は言わせなかった。
由比ヶ浜はたはは…と力なく笑うと少し俯いた。その肩はとても小さくか弱く見える。
結衣「………ほんと、なんで、何も言ってくれないの…?」
その小さな肩は、フルフルと小刻みに震え、下に垂れた拳がキュッと握り締められている。
それでも俺は依然として何も喋らなかった。
結衣「……ごめん、ほんとこうゆうの迷惑だよね…。ヒッキーは仮にもいろはちゃんと付き合ってるんだし、そうさせたのアタシとゆきのんだし、なのにこんなの言われたらヒッキーだって困っちゃうよね…。あ、あはは、アタシ空気読むのだけが取り柄なのに、今全然読めてないよねっ。ごめんね、ヒッキー…。でも、返事だけは聞かせてくれると、嬉しい、かな……?」
そうだ。俺は言わなくちゃならない。由比ヶ浜と、雪ノ下と、そして一色と向き合わなくてはならない。
だからこそ、彼女たちの想いから俺はもう逃げるわけにはいかないのだ。
彼女たちの言葉をちゃんと聞いて、想いを受け止めて、それに全力で応えなくてはならない。
………ほんと、対人関係って相手と距離が近付くほどクソみてぇに大変だな…
でも俺は、こいつらからは、逃げない!
八幡「……由比ヶ浜、こっち向けよ」
380:
結衣「……そっち向いたら良い返事、してくれる?」
八幡「……さあな。こっちを向くまでは言わん」
結衣「良いじゃん、このままで。どうせ返ってくる言葉なんてもう分かってるもん…。わざわざ向き合う必要なんて…」
八幡「俺にはある。確かに答はお前の想像通りだろうな。良い返事じゃない」
結衣「ならーーー」
八幡「それでも!……お前らとは、ちゃんと向き合わなくちゃ、ダメ、だと思う…」
今までたくさん逃げてきた。
俺は俺で、俺だからこそ、この先もいろんな事から逃げ続けるだろう。
逃げる事が悪い事だなんて全く思わない。人が変わる事だって結局は現状からの逸脱、いわゆる逃げだ。
俺のこんな言葉遊びも当然逃げにあたるだろう。
でも、やっぱ逃げるわけにはいかない。こいつらの事に関してだけは。
八幡「だから…だから俺を、逃げさしてくれるな…」
384:
結衣「ヒッキー…」
由比ヶ浜は再び俺へと向き直る。
そして少し涙の溜まった瞳を閉じて笑顔をつくった。
結衣「やっぱ、、変わったねっ…」
八幡「……さあな。でもお前は変わったかもな」
結衣「へ?アタシ?」
八幡「さっき自分で言っただろ。今全然空気よめてないって」
結衣「あ、そういえば言ったかも…。うん、アタシも変わったかもだね」
事実、こいつは変わった。
空気を読めてない云々ではなく、こういう事を言った、という事実が由比ヶ浜の変化を証明している。
恋に恋する女の子、それが由比ヶ浜結衣。
優しいのが由比ヶ浜結衣。
一生懸命なのが由比ヶ浜結衣。
無駄に空気を読んでしまう、否、読めてしまうのが由比ヶ浜結衣。
おっちょこちょいで、バカなのが由比ヶ浜結衣。
料理は壊滅的で、金銭感覚は狂ってないリア充なのが由比ヶ浜結衣。
胸はでけぇし、男を勘違いさせる様な態度とっちまうビッチくせぇのが由比ヶ浜結衣。
……でも…それでも…
由比ヶ浜結衣はいつだって太陽の様に朗らかで、何よりも温かい
きっと俺だって何度も意識してたさ。
実際、いつかこいつが他の奴と付き合ってるとこでも見たら、その日は一日中泣く自信がある。
でも、俺は……
八幡「お前とは付き合えない。悪い」
392:
俺は頭を下げてそう言った。
由比ヶ浜に許しをもらうまではこの頭を上げるわけにはいかない。
なぜなら俺はあの夏祭り、いや、その他いろいろな所でコイツの想いを避けてきたからだ。
適当な理由を付けて逃げてきたのだ。
きっと告白されていたら由比ヶ浜と付き合っていた、という未来があったかもしれない。
そんな未来があったかもしれないのに、俺の身勝手な思考で由比ヶ浜の望んだ未来を壊してしまったのだ。
そして今、勇気を振り絞って告白してくれた彼女を、俺は、他に想ってる奴がいるから、という理由でフった。
そして、そんな俺を今まで何度も助けてくれた。
それゆえの感謝も込めた謝罪だ。
つかもう由比ヶ浜には土下座しても良いくらいだな。いや、もはや土下寝しても良いな。
あー、ちくしょー。なんであんなにあーみんとタイガー可愛いんだよ生きるの辛いよぉ。
あっ、おれと高須の目似てね?ヤンキー高須とゾンビ比企谷菌…似てねーな、うん、全く。
結衣「そっか…」
きっと由比ヶ浜は泣いてしまうんじゃないかと思っていた。
けれど彼女は俺の目の前まで歩み寄ると、俺の下げた頭にそっと触れて優しく撫でた。
コイツに頭を撫でられるのは2度目である。
…え?なんでフった俺が撫でられる側たのん?
結衣「やっぱ、結構クるね、好きな人にフられるのって…」
結構クるほどに俺の様な奴を好きになってくれて、ホント感謝の言葉しかない。
でもね、と彼女は続けた。
結衣「ヒッキー、ありがとねっ」
393:
八幡「へ?」
予期せぬ由比ヶ浜の言葉に思わず変な声が出てしまう。
この辺でふぇ?と言わない所がさすが俺だ。いや、俺が言ったらもうアレだな。うん、もうほんとアレ。超キモいな。
結衣「こういうの、ちゃんと目を見て言いたいとか、何かヒッキーらしくなくてヒッキーらしいから」
…つまり俺らしさってなんだよ…。
コンビニの雑誌コーナー行ったら表紙に太字で書いてあるのかよ…。
つか俺、今も昔も変わらない宝物とかねぇよ。理解されない建前だけなら一人前だが…。
結衣「ちゃんと言ってくれた方が、やっぱ良いね。辛いけど、なんかスッキリっていうかさ…」
八幡「……そうか」
少しの沈黙。
こういう時、俺は何て言えば良いのか知らない。
だからただこうして頭を下げて詫びることしか、俺にはできない。
結衣「やっぱり、いろはちゃんの事、好き?」
もう何度も聞かれた問い。
その度にあやふやにして、答えられなかった問い。
でも、由比ヶ浜に告白されて気付いた。
いや、もう好きになっていた事は認める。当然恋愛的な意味でだ。
今回気付いた、というのは一色に言われた“その好きとは違う、別の好き”についてという事だ。
だから、俺はようやくこの問いに答える事ができる。
八幡「あぁ」
394:
結衣「………そっか…。ヒッキー、顔、上げて…」
そう言われて状態を起こした瞬間、トスッと柔らかな感触を胸に感じた。
下を見ると由比ヶ浜が抱きついてきている。
背中に回された腕には力はない。
ぅうっ、と小さく嗚咽が聞こえる。
結衣「うっ、ぐす、ねぇ、ヒッキー…もし、もしも、アタシが、ひっく、もっと早く、ぐすっ、告白、して、たら、どう、ぅっ、なってた、かな…?」
八幡「………さぁな…」
コイツだって分かっているのだろう。
きっと俺たちが付き合っていたであろう未来があったことを。
でももうそれはこの世界線では叶わない。
そんなありえたかもしれない可能性を言っても俺たちにはもうどうしようもないのだ。
それを由比ヶ浜自身も理解しているからこそ、その小さかった嗚咽は次第に大きくなり、そして由比ヶ浜は俺の胸の中で盛大に泣いた。
ちらほらと行き交う人々が俺たちを見てくるが、特に気にはならなかった。
コイツのこの涙を俺は全部受け止めなければならない。
俺はそのまま泣き続ける由比ヶ浜の頭をそっと片手で抱え込んだ。
でも時とは無情なもので、そんなに時間が経たないうちに遠方からバスがやってくるのが見える。
八幡「……由比ヶ浜、バス、来たぞ」
俺がそう言うと由比ヶ浜は少しずつ泣き止み、嗚咽を抑えてつつ俺から離れた。
結衣「ぐすっ、ご、ごめんヒッキー、制服濡らしちゃって…」
八幡「いや、別に良い。…もう、大丈夫そうか?」
結衣「…うんっ」
395:
バスはもう数十メートル先だ。
由比ヶ浜はそれを確認すると、目に溜まった涙を指で払う。
結衣「ねぇ、ヒッキー…もしも、アタシがいつか他の誰かと付き合ってたらヒッキーどう思う?」
八幡「………」
超嫌だ。いや、フったのは確かに俺である。えぇ、俺ですとも。
でも嫌だ。なんか、こう、うん、嫌だ。
俺の沈黙にクスッと笑うと由比ヶ浜は踵を返す。
するとちょうどバスがやってきてプシュッと音を立てて停車するとドアが開く。
結衣「なら、良かったっ」
八幡「…俺、何も言ってないぞ」
結衣「うん、でも良いんだっ!それがヒッキーらしくてっ」
だから俺らしさってなんだよ。
コンビニの雑誌(ry
結衣「じゃあ、また明日ね、ヒッキー」
八幡「…おぅ」
由比ヶ浜が乗車すると、ドアは閉まり、出発した。
由比ヶ浜は最後尾に座り、後ろを向いて手を振ってきたので俺もそれに片手を上げて応える。
ーーーその日の夜は冷え込んだ。
日中はあんなにお日様ポカポカだったのになぁ…。
でも、なぜだろうか?
寒いはずなのに、ずっと胸の辺りが温かかい。
ふむ、今日も良い夢が見れそうだ…。
400:
……………ふぅむ。
ーーーーー由比ヶ浜をフって数日、現在金曜。
一色から頂いた風邪もついに比企谷菌に喰われたようでーーーどんだけ強いんだよ比企谷菌、そろそろ休めよ…まぁバリア貫通するくらいだしなーーーすこぶる快調だ。
由比ヶ浜との関係も懸念していたが、フった翌日には互いにいつも通り会話ができた。なぜだろうか?由比ヶ浜もかは分からないが、俺の心の中はフる前に比べてずっとクリアだ。まぁつまり良好である。
部活も滞りなく平凡で、むしろ今まで以上に安住できる。まぁ千葉県横断お悩み相談メールは相変わらず剣豪将軍様から多数頂いていて、そろそろイライラが爆発しそうではあるが…
ちなみに一色とは火曜水曜と一緒に帰った。
…………ふむぅ。
そして現在金曜ラストの授業が終わった後、平塚先生に呼び出されて小言を言われ、部活に向かう途中、であったはずだ。
というのは、そうでなくなったからである。
つまり本来起こりえない事象が発生したせいで俺は悩んでいた。
その悩みというのは現在俺の置かれている現状である。
説明は長くなるので避けよう。
端的に言うと、三浦に連行されている。
………えっ?なにそれ意味ワカンナイ…
うん、いやホントに意味分かんないから今悩んでるんだよね。
ただ為されるがままになっている俺があまりにも理不尽で泣きたくなる。
優美子『ちょっとヒキオ、付いてきて』
平塚先生の小言が終わり、職員室を後にすると職員室前には三浦が居て、俺を一瞥するとそれだけ言って先を歩きだしたので俺も躊躇いながらも後に続いた。
俺が職員室に入った時、三浦も中に居て別の教師と話をしていた。
そこで目が合ったのを覚えている。
えっと、、つまりこれは目合わせてんじゃねぇぞマジお前シバきな、みたいなヤツかな……やだなにそれ怖い…。
まぁ当然女王のあーしさんに逆らう事なんてカースト最下位の俺には無理な話だったというわけだ。
………俺、マジでどうなっちゃうのん…?
415:
八幡「…おい、三浦。どこまで行くんだ?」
優美子「人が居なさそうなトコ」
うーむ、やはりボコられるのか?
まぁいざという時は土下座するしかねぇ。
と、冗談はさておき、実際この三浦優美子はそこまで野蛮ではない。
見た目はまぁホント今時のJKって感じでカーストもトップ、その口調と態度、時折見せる鋭い眼光は女王様っぽいが別に悪逆非道ではない。
今まで数度喋ったことがあるが、たまに女の子らしかったりもする。
そう感じさせるのは雪ノ下に言い負かされて泣いた事があったからだろう。
あぁ、俺もこの女王様の泣き顔見たかったなぁ…
優美子「ここら辺でいっか…。ヒキオこっち」
ふむ、確かに人がいない。
あぁ、もうホントどうなっちゃうんだろうなぁ俺…
八幡「…それで、何の用だ?早くしねぇと雪ノ下に殺されるんだが…」
三浦は俺の言葉を無視して んー、と少し考え込んでから口を開く。
優美子「あーし、やっぱこういうのあんま好きじゃないんだけど、最近結衣と何かあった?」
八幡「……なんでそう思うんだよ」
優美子「やっぱあーしと結衣っていつも一緒だし?だから、ちょっとした事でも結衣が変わったのが分かるんだよね。で大体結衣が変わるっていったらアンタ絡みじゃん?」
八幡「………」
まぁもう思い当たる事は一つしかない。
だがどんな風に変わったのだろう?
あの日から見ていて、由比ヶ浜は別段そんな変わった様には見えない。
少なくとも悪い変化は見られない気がするが…
八幡「…どんな風に変わったんだ?」
優美子「は?今聞いてんのあーしなんだけど?まぁ良いや、何かすごい女の子らしくなったていうか、可愛くなったっていうか、まぁそんな感じ」
とりあえず一安心。
悪い変化だったらどうしようかと思った。
ん?ならなんでこいつは…
八幡「それって良い事なんじゃないのか?可愛くなって損はねーだろ」
優美子「………」
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