【艦これ】ボンクラ提督とぽんこつ系ビッグセブンback

【艦これ】ボンクラ提督とぽんこつ系ビッグセブン


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2:
― 0 ―
最初に思い浮かぶのは暗い海に包まれる感覚。
目を凝らしても、そこにあるのは深い闇。
耳を澄ませば自分から漏れる水泡が浮上していく音が聞こえた。
ふわふわと浮いているのか、こぽこぽと沈んでいるのか。
全てがあやふやで、曖昧なまま。 捻じ曲がった体の軋みと焼けるような痛みだけが妙に鮮明で。
今感じている辛さを誤魔化すように一呼吸しようと、少しだけ口を開けたら塩の味が舌を刺激した。
辛くて飲めたものではないその味は、海の塩水なのか、それとも私から零れた涙なのか。
3:
深い海へと着底して、ようやく自分が重力に縛られていた事を思い出す。
丘の上ならば地に響く重い音が聞こえてきそうな衝撃だが、実際にそのような事はなく、水底の砂塵が舞って自分の体を包むだけだった。
仰向けになったまま、空の方向を見上げてみる。
銀色に輝く月が水面を照らしているのだろうか。それとも星屑が降り注ぐような満天の夜空かもしれない。
今こうして光の届かない場所から夢想すると、つい口元が緩んでしまう事に気づく。
どうやら私は自分が思っているよりも穏やかな気持ちで最期を迎える事が出来そうだ。
4:
憤怒の情に心を染められ、後悔の念に楔を打ち込まれ、絶望に身を焦がしている。
そう考えていた。
強大な力を持ちながらも、襲い来る敵や仲間を守れなかった自分自身に怒りや憤りを覚えた事など数え切れない。
もし、たら、れば、の様々な事に悔やみ、後出しの可能性にばかり苛まれる歯痒さに眠れぬ夜も幾度となくあった。
出撃回数の少なさから、せめてどこかの海域にて特攻で役目を全うする事が出来たならば、と。
そんな思考に包まれたまま、私は白い光に焼かれて今に至る筈なのに。
それでも尚、こうして心が穏やかなのは。
きっと、最期まで誇りと矜持を持って私を育んでくれた船員たちの御霊がそうさせるのだろう。
5:
おつかれさま。
よくがんばった。
もういいんだ。
ゆっくりねむれ。
6:
軍服に身を包んだ名も知らぬ人々が、とても眩しい笑顔で私に敬礼をしながらそう伝えてくるような。
輩(ともがら)達の優しい幻。
夢とすら呼べない瞬き程度の時間、そのたった一瞬で私の心を満たしてくれる刹那の見切り。
ありがとう。 誰に向けるわけでもない感謝の念が自然と零れた。 
7:
そんな万感の想いと、戦いで沈めなかったという消し去りきれない一匙程度の無念が。
時化(はいぼく)の風に吹かれて湿気た私の心に撃鉄を起こす。
8:
鉄屑へと成り下がった私の副砲がぴくりと動いたような気がした。
火傷まみれになった艦体が浮上しようと音を立てた気がした。
握り拳を形作るかのように主砲が天を向こうとしている。
敵艦との殴り合いを求めていながらも空を切り続けた砲台が、責務を果たしたいと吼えているかのようだ。
次に目覚めるときは、遺憾なくこの力を行使して。
知らない誰かの為に全てを守れる私で在りたい。
9:
今際の信念を胸に秘めた所為か、思った以上に肩が張っていたようだ。
ふっと軽く溜息をつくと、力が抜けていくのを感じる。
それと同時に霞がかったような緩やかな眠気を纏っている事に気付いた。
目を瞑りながら思考を巡らせると、未練ばかりが思い浮かぶ。 この悔しさは、いつかどこかで晴らしてみせよう。
永い眠りから手を曳かれるように、最後に一つ大きく水泡を吐き出すと。
おやすみなさい。
またどこかで、優しい声が聞こえた気がした。
戦艦、長門。
それが私の名前。
12:
― 1 ―
提督「なんかえらく仰々しいモノローグが見える気がするんだがなぁ、長門さんよぅ」
長門「なんだ提督か。私の前に現れるならせめて貴方の横に駆逐艦を同行させてくれ。 視力が下がるじゃないか」
提督「汚物扱いとはご大層だなこの女郎」
長門「軽い挨拶だ。 それで、何か用か?」
提督「ウェットに富みすぎな挨拶すぎるわ。 まぁいい、今日の用件は進捗の確認みたいなもんだ」
長門「それなら先ほど帰港した際に報告しただろう」
提督「流石に冗談だと思ってな」
長門「作戦の結果にまで冗談を言うと思われていたのは心外だな。 無論、ありのままを伝えたぞ」
提督「冗談であるように願っていた俺の気持ちを鑑みてほしかったわ……」
13:
提督「改めて状況を報告してくれ」
長門「第一艦隊、フタヒトマルマル帰港。 海上護衛作戦の任に着くも、途中離脱。
 2隻小破のごく小規模な損傷にて作戦終了。 後日改めて同任務に着手する予定になっている」
提督「海上護衛作戦か。 長門、その出撃任務は提督間で略称されている数字で表すなら何だ?」
長門「愚問だな、1?3だ」
提督「成る程。 ちなみに目安となる難易度の星数は?」
長門「2つ。 このような海域は序の序もいいところだな。 初級者ですら口笛を吹きつつ攻略しているぞ」
提督「うむ、流石の分析力だ」
長門「当然だ。世界のビッグセブンを侮ってもらっては困る」
提督「最もな意見なのかも知れんな。 だが、俺の言い分を一つだけ聞いてもらえるか?」
長門「良いだろう。 筋の通っているものならば大歓迎だ」
提督「ではお言葉に甘えて……」
15:
提督「なぁ、長門」
長門「む?」
提督「なんで世界のビッグセブンがいて未だに1?3が越えられてないんだよ!!!」
長門「どこぞの貧乏鎮守府に着任した結果が如実に現れているだけではないか」
提督「よく言ったテメェ。労いにお前の頬に俺の男女平等パンチを刻んでもいいぞ」
長門「ふむ、私の41cm連装砲パンチが陸でも火を吹く機会を貰えるのは光栄だ」
提督「おぅ暴力に訴えるのはやめろや」
長門「鸚鵡返しという言葉が輝く瞬間だな」
16:
提督「くっそぅ……ビギナーズラック狙いで奮発して工廠の戦艦レシピを初めて回した結果がこれだよ……」
長門「それこそ心外だな。 自分で言うのも何だが、結果として最強の艦娘を手に入れる事が出来たじゃないか」
提督「確かに、確かにお前を我が艦隊に招くことが出来たのは感無量だった」
長門「ならばそれで良いじゃないか」
提督「いやでも、なんというか。流石に1?2未クリアの時点で来るとか思う訳ないだろ」
長門「やれやれ。 ビギナーズラックが功を奏しているのに何が不満なのやら」
提督「このド新米提督を資源のやりくりで馬車馬のように使ってんじゃねぇって言いたいの!
 フリーターの家に一国の姫様が来たくらい生活に無理があるの! お前メシ食いすぎなの!」
長門「ひ、姫様か……そのような扱いも、まぁ、まんざらではないな……」
提督「違う食いつくのはそこじゃない! お願い分かってビッグセブンさん!」
20:
提督「それに、だ」
長門「なんだまた小言か? 流石の私でもそろそろ付き合いきれんぞ」
提督「お前にとっての小言はマイ鎮守府を揺るがしそうな大事になるんだよ。いいから正座」
長門「むぅ、このビッグセブンを正座させるとはな。
 無論、私の提督だから特別に従うが、これは高くつくぞ」
提督「お前を養う以上に高くつく何かがあるとか今の俺には想像つかないインフレだわ」
22:
提督「さすがに資源の枯渇がこれ以上深刻化するのは問題だと先日相談したよな?」
長門「ああ。 結果としては“第一艦隊を主力班と遠征班に分けて運用する”という流れだった筈だ」
提督「よろしい。では先日の遠征に関して、秘書艦のお前は当然結果を知っているだろう」
長門「無論だ」
提督「報告書もしっかり貰っているが、中々どうして簡潔明瞭にまとめてあるので一度目を通しただけでほぼ理解できた」
長門「事務作業もビッグセブンの嗜みだからな。報告書やレポートなどはお手の物だ」
提督「それを踏まえて、もう一度先日の遠征結果を口頭にて教えてくれ」
長門「つくづく二度手間が好きな提督だな。まぁいい、相分かった。 更に簡潔に伝えよう」
23:
長門「艦隊名“お姉さんと胸熱駆逐艦隊”、警備任務にて遠征出向。 
 私を含む6隻、作戦成功にて無事帰港」
提督「資材備蓄の遠征に行った筈だよな?」
長門「それ以外に何があるというのだ?」
提督「はっはっは、それもそうか」
長門「全く…提督がうっかりものだとこちらの気が休まる間もないな」
提督「アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!! お前の脳みそは拳一つ分の大きさも無いの!? そうなの!?
 なんで遠征後の方が資材ごっそり減ってんだよ! 駆逐艦だけでいいのになんでお前ついて行っちゃったんだよ!!」
長門「それこそ愚問だな。可愛い駆逐艦たちが遠征中に敵から襲われたら一大事だろう?
 万が一の事態に備える為に同行しただけに過ぎない。 今回も滞りなく任務を終えれて何よりだったぞ」
提督「内容に関しては電からの伝聞があってな。
 “長門おねえさんが私たちに向けて終始カメラを回していました。資材確保を手伝う様子がなかったのです”とあるが。
 これについて何か弁明は?」
長門「私の駆逐艦これくしょんに新しく資材が増えただけの話じゃないか」
提督「そういう任務じゃねぇんだよコレ!」
24:
提督「おかしいと思ったわ……なんでお前遠征に行ったのにずっとキラキラ状態になってんだよってさ……」
長門「途中で間宮アイスを買い食いしているのが要因かも知れないな」
提督「原因の7割を占める要因が見つかったわ。 お前しばらくお菓子代無しな」
長門「パワハラだ! 駆逐艦ちゃん達と同様の扱いを求める!」
提督「うっせぇ!」
25:
提督「そもそも現状を打破したいんだったとっとと1?3クリアしてこい! 
 俺の提督レベルも上がってお前らの給料上げれるんだから現状最優先でこなしてこいや!」
長門「それは現状だと無理な話だな」
提督「あぁん? 今は誰も入渠とかしていないだろ? 練度を高めるがてらに駆逐艦を連れて行ってこい」
長門「弾薬が足りない」
提督「じゃあ半刻くらい経ってから出かけてくれ」
長門「28」
提督「誰もお前の年齢なんて聞いてねぇよ」
長門「今の言葉はしっかり心に刻んだからな、私は絶対忘れんぞ。 ……今の数字はそうじゃない」
提督「なんだよ怖えぇよ、じゃあ何の数字だよ」
長門「弾薬」
提督「は?」
長門「鎮守府に備蓄されている弾薬の残り数だ」
提督「すまん、もう一回だけ備蓄弾数を教えてくれ」
長門「だから 28 だ」
26:
提督「どうしてそこまで減っているのか、今の俺には理解できない」
長門「それに関しては提督が一番知っているだろう?」
提督「……」
長門「なぁ、提督。 私に一つ教えてくれ」
提督「……」
長門「資源が少ないと知っての上で、なぜ46cm砲を開発しようとしたんだ……?」
提督「長門くん、君が何を言っているか分からないよ」
長門「またしても鸚鵡返しが必要のようだな」
27:
提督「いや、まぁ、どっかの誰かさんが燃料と弾薬食べるから、どうせ無くなるなら早いか遅いかの差だけかな?って」
長門「それをどっかの誰かさんは正当だと思って、ギャンブルのように開発を繰り返したわけか」
提督「どっかの誰かさんは結局46cm砲どころか電探すら持ってきてくれなかったなぁ」
長門「どっかの誰かさんはそれで資材が枯渇しているんだから本末転倒だなぁ」
提督「どっかの誰かさんが持ってくるのは41cm砲ばかり。 きっと論者積みされたい脳筋なんだろうなぁ」
長門「どっかの誰かさんはそれを運用できるほどの甲斐性すらないんだろうなぁ」
提督「あ? やんのかコラ?」
長門「ほぅ、この鎮守府で初の轟沈が生身の人間か。魚たちもさぞ喜ぶだろうな」
提督「おぅ暴力で人を屈服させるのはやめろや」
長門「気が強いのか弱いのか分からない人だな……」
28:
提督「そもそも男の子の憧れだろうが、大和砲は!」
長門「結婚適齢期の男性が“男の子”と自分を名乗る発言には飯粒を吹き散らしそうになるからやめてくれ」
提督「やかましいわ! 見た目の年齢的には長門だって俺とどっこいどっこいくらいだろうが!」
長門「ほぅ、そんなにお姉さんに見えるのか。お似合いとでも言うつもりか? プロポーズするなら予約の無い今のうちだぞ?」
提督「味覚だけは駆逐艦級のお子様が何か言ってるぞオイ」
29:
提督「むぅ、小言が長くなってしまった」
長門「すっかり夜もいい時間帯だな、提督」
提督「よし、明日は改めて遠征班を組んでみるか。出撃班は休みって事で全艦娘にシフトを伝えてくれ」
長門「相分かった。第一艦隊にして秘書艦のこの長門、用件を承った」
提督「確認事項は?」
長門「特に無し」
提督「よし、では回れ右。 駆け足はじめ!」
長門「はっ!」
30:
?翌日?
長門「作戦終了だ、艦隊が帰投したぞ」
提督「うむ。 では報告を頼む」
長門「了解。 では今回の遠征班こと“お姉さんと胸熱駆逐艦隊”の結果報告だが……」
提督「だからお前が遠征行ってどうすんだっつってんだろ!!」
37:
― 2 ―
提督「そこのレベル7、本日の状況報告をとっとと話してメシ食いに行くぞ」
長門「ビッグセブンだと何度も言っているだろう、赤貧提督。
 そもそも私がレベル7から練度の上がらないのは出撃の頻度が極端に低いからであってだな」
提督「うちの艦隊に“生ける溶鉱炉”がいるもんでな。新米少佐の俺提督にはそいつを養うことで精一杯なのよ」
長門「なるほどそうか。今日もおかわりを所望のようだな」
提督「おぅ一緒にメシ食うだけなのに謎のプレッシャーやめろや」
38:
?食堂?
提督「ほぅ、今日のA定食は値段の割に豪華だな」
長門「なんだ提督。大和男子たるものが、たったその程度の量で戦に向かうとは片腹痛いぞ」
提督「そのまま両腹壊してメシ控えめにしてくれるのを願って止まないわ」
長門「失敬な。今日の私はいつもより控えめに注文をしたというのに」
提督「お? もう注文したのか、早いなお前」
長門「席は私が確保しておくから、提督も早く注文を済ませてくればいい」
39:
提督「A定食も捨てがたかったけれど、結局カツ丼セットにしちまった」
長門「まさか挑発に乗って食べる量を増やすとは……。
 煽られ易いのは性根ゆえに致し方ないが、作戦指揮くらいは冷静に頼みたいな」
提督「いや別にお前の原価0円の発言を気にして変えたわけじゃねぇよ。今日のカツ丼はが一切れ多いサービスやってたんだ」
長門「……なぁ、提督」
提督「なんだ神妙な顔して?」
長門「今からでも注文は変えられるだろうか? 
 もしくは増えた一切れを秘書艦への労いで受け渡す心の大きさは持ち合わせてないか?」
提督「ビッグセブンの威厳暴落待ったなしじゃねぇか」
40:
間宮「お待たせしました。 カツ丼セットになります?」
提督「おっ、きたきた! 相変わらずここのご飯は五感全てを刺激する至高の品だ。
 カツを一切れサービスする太っ腹ぶりも兼ねて最高の食堂と言わざるを得ないな」
長門「提督」
提督「なんだ?」
長門「一切れ」
提督「駄目だ」
長門「くっ……半分!」
提督「駄目ったらダメ」
長門「けち!」
提督「なんとでも言え」
長門「どけち!」
提督「ふはは、効かんなぁ」
長門「甲斐性無しのバクテリア級ど貧困超新参底辺演習全敗ヘタレ提督!」
提督「お願いやめて、泣いちゃう」
41:
提督「安らぐ時間の筈だろ、昼飯の時間って。なんで俺ハートにちょっとキツめの傷受けてるんだよ……」
長門「素直にカツをくれないからだ」
提督「くっそ、この業突く張りめ。 分かった分かった、一切れやるよ」
長門「本当か!?」
提督「無駄にキラキラしやがって、ほら皿よこs……」
長門「あーん」
提督「何の冗談だ?」
長門「あーん」
提督「……」
提督「……ほれ」
長門「うむ、美味いな! やはり間宮さんの作る料理はどれも絶品だ!」
提督「……」
長門「どうした? 口元押さえているが何かあったのか?」
提督「うるせぇニヤニヤしちまうだろがクソが、こっちみんな」
42:
長門「しかして美味しいものを頬張ると、食欲が更に増すのは不思議だ」
提督「何てことない発言の筈なのに怖い! 不思議!」
長門「むぅ、私だって淑女なんだぞ。この提督は本当にデリカシーというものを知らないな」
提督「さっきまでカツ一切れを食べるのに必死だった艦娘からデリカシーという単語を聞けるとはな」
長門「お、私が頼んだ料理が来た。悪いがその不毛な会話を続けるのは後にしてくれ」
提督「はいはい」
間宮「お待たせしました、こちらA定食7人前です」
長門「やはり普段より3人前も減らすと量の少なさが一目瞭然だな」
提督「A定食セットを満漢全席みたいに並べて食うヤツが、カツ一切れを必死に懇願……腑に落ちねぇってレベルじゃねぇぞ」
長門「それはそれ、これはこれだ」
提督「そんだけの量のメシ見るだけで胸いっぱいになるわ」
長門「おいおい提督、今から人がご飯を食べるんだぞ。もんじゃを作られては流石に食欲が減退するから勘弁してくれ」
提督「デリカシーどこいったテメェ」
43:
長門「ご馳走様でした」
提督「ぺろりと平らげたな」
長門「いいや、まだまだ。 むしろ今からが本番だ」
提督「ふざけんな阿呆かこれ以上何を求めてるんだよ鎮守府はノーマネー気味っつってんだろ!」
長門「まぁまぁ、そんな早口でまくし立てなくてもいいじゃないか。
 その件に関しては夏季限定のスイーツを食べながらしっかり聞かせてもらおう」
提督「しっかり聞き流す気満々じゃねぇか」
44:
間宮「お待たせしました。季節限定のアイス盛り合わせです?。いつもご贔屓に有難う御座います」
長門「礼を言うのはこちらの方だな。いつも美味しい食事を提供してくれて感謝している」
提督「……いやでも、毎度の事ながらホントよく食べるよなお前」
長門「先も言ったように、腹が減っては何とやら。食えるうちに食べておくのが勝負事の鉄則だろう」
提督「お前の場合は食えない状況でも平然と食いそうだから杭を打ってるんだよ」
長門「それは食えない状況になったら考えよう」
提督「ったく、この大飯喰らいは器がでっけぇな」
長門「ふふ、褒め言葉と受け取っておこうかな」
45:
長門「それに大飯喰らいというなら大和型と一航戦の面々がいるじゃないか」
提督「この鎮守府はな、そんな超強力な方々をお呼びできる状態じゃないんだよ」
長門「情けない事を言うな。 備蓄方法をもう少し検討すればきっと普通の艦隊のように運営できるさ」
提督「修復材用のバケツに間宮アイスたらふく詰めて食ってる口がそんな事を言ってくれるのか」
長門「今の調子だったらおかわりも可能だぞ」
提督「今のお財布事情を絶対お分かりになってねぇだろテメェ……」
長門「それにほら、“いっぱい食べる君が好き”という甲斐性満点のフレーズの歌もあるじゃないか」
提督「それ歌ったヤツもこの光景みたら“ほどほど食べる君が好き”って歌詞変えるわ」
46:
提督「よっし、そろそろ腰を上げるか」
長門「了解した」
提督「午後から向かう1?3攻略の前祝だから奮発したんだぜ?」
長門「皆まで言わせるな。 ビッグセブンの力、侮るなよ?」
提督「頼もしい限りだ」
長門「それに風の噂で聞いた。1?3最終領域には戦艦級の深海棲艦が潜んでいるらしいと」
提督「その情報は正しい。なので1?3を突破した艦隊は基本的に戦艦を差し置いておくらしいが……」
長門「敵戦艦との殴り合いか……胸が熱いな……!」
提督「弱小提督のジャイアントキリング、お前に一任するぞ」
提督「目標、製油所地帯沿岸の突破。及び、戦艦ル級の撃沈を含む完全勝利。 武運を祈る」
長門「了解した! 戦艦、長門……出撃する!!」
47:
??
長門「作戦終了だ、艦隊が帰投したぞ!」
提督「無事で本当に何よりだ。では早だが報告を頼む」
長門「第一艦隊、ヒトナナマルマル帰港! 海上護衛作戦の任に着くも、途中離脱!
 うずしおによる弾薬消費、及び度重なる深海棲艦との交戦により作戦続行不可と判断。今に至る。 以上だ!」
提督「長門」
長門「なんだ!? 提督っ!!」
提督「勢いで誤魔化せると思うなよ。 1?3突破までお菓子とアイスは没収、これ決定事項な」
長門「そんなっ……駆逐艦ちゃん達は関係ないだろう!?」
提督「そこで突拍子もなく駆逐艦を引き合いに出すお前の狡猾さが怖いわ!!
 これはお前だけへの特例だから気にするな。 駆逐艦への待遇は通常の3時おやつ間宮アイスで変わらない」
長門「ぬぐっ……!」
提督「なお、駆逐艦へアイスをねだるようなビッグセブンはいないと思うが、もし見かけたら禁止期間は更に延びるだろう」
長門「び、ビッグセブンの誇り、こんな所で失うわけには……っ!」
提督「顕微鏡で確認してギリギリ見えそうな細胞レベルの小ささだな、その誇り」
長門「ビッグセブンの誇りは、ありまぁす……っ!」
提督「その言い方だとあるかどうか絶妙にあやしくなってるじゃねぇか!」
※なお、この3日後に余裕で製油所地帯沿岸を突破した模様。
 レベル一桁にも関わらず敵戦艦をワンパンで沈めた艦娘がいるという都市伝説が新米少佐群に瞬く間に広まった。
 その艦娘の正体は不明だが、背中に修羅を背負いながらも一心不乱にアイスを求めていたようだ。
53:
― 3 ―
提督「おい長門、本日の小言タイムだ」
長門「お手柔らかに願いたい」
提督「お前ついさっき箪笥のカドに小指ぶつけた程度でカスダメくらってたろうが! 
 アホみたいな怪我して駆逐艦4隻分の資材を使わせるなよタコ!」
長門「おいおい提督。 随分な物言いだな。誇り高きビッグセブンがそんな醜態を見せる筈ないだろう」
提督「入渠(ふろ)上がりの今のお前ほど説得力の無いものは稀だな」
54:
提督「他にもあるぞ。お前に買出しを頼んだ際、どうにも出費がかさむんだよな。何に使ってる?」
長門「提督から渡された紙に書いてある通りのものだが」 フーフー…フーフー…♪
提督「誤魔化すの下手すぎるわ! せめて口笛ちゃんと吹けるようになってからその縁起をしろっての!」
長門「べ、別にお駄賃としてちょっとくらいお菓子を追加で買ってもいいだろう!?」
提督「おぅ、ちょっとくらいなら目を瞑ってやるわ! 
買出しの材料の倍くらいお菓子代に使ってるから怒ってんだよ!」
長門「で、では今後は1.5倍くらいなら許可してくれるというのか?」
提督「違うそうじゃない! 無断で買うなっつってんだよこのながもん!」
長門「そうぷりぷり怒るな、提督。 そのままだと前髪が更に後退するぞ」
提督「今すでにハゲてるみたいな言い方やめろ。もし仮にそうだとすれば原因の9割5分3厘はテメェの所為だ」
55:
提督「ったく、ホントどんだけ困らせるつもりなんだよ。財政難って単語をお前の部屋の前に貼っとこうかな」
長門「男を振り回すのは私が魔性の女たる所以だからな。この性(さが)だけはどうにも変えられんよ」
提督「お前が魔性の女とかヘソで茶を沸かすところか鉄すら溶かせるわ。 
 食い意地以外のどこに魔性を感じさせるのか教えてほしいくらいだ」
長門「…………………色気?」
提督「自分で一番自信なさそうな部分に目をつけやがったな…」
56:
提督「そもそも魔性の女ってんなら、色っぽいポーズの一つでもとってこの殺伐とした執務室を色鮮やかにしてほしいわ」
長門「殺伐としている原因は提督の小言にあると思うんだが」
提督「俺の小言の要因が何か言ってるが気にせんぞ」
長門「仕方が無い。 提督がそこまで望むのなら、このビッグセブン、お色気満載のポーズをとってやろうじゃないか」
提督「うわーい、全然期待できなーい」
長門「刮目せよっ!! せりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
提督「色気を感じさせる気が微塵もない掛け声だなオイ」
57:
【着任時のポーズ】
長門「……」
提督「……」
長門「……」
提督「……」
長門「……」
提督「……」
長門「どうだっ……」ドヤァ
提督「ただただ勇ましいわ。ドヤ顔できるハートの強さを含めてな」
58:
長門「むぅ、では提督は私に女性としての魅力を感じないとでもいうのか?」
提督「ノーコメント。俺からの小言も終わりだ。
 そんな事より今日も買出し頼む。 ほれ、これが一覧表とお財布な」
長門「相分かった。 む? 提督、いつもより少し財布の中身が多くないか?」
提督「まぁアレだ。 無駄遣いしない程度になら買ってもいいから、買いすぎるなって事を肝に銘じておけ」
長門「て、提督ぅ……」
提督「ほれ、小言も終わりだ。 とっとと行ってこい」
長門「了解。 では早急にお菓子を買いに出かけてくるぞ!」
提督「お菓子が目的じゃねぇからな! 勘違いすんなよ!?」
長門「ふふ、提督。私は知っているぞ? それは俗に言う“フリ”というやつなんだろう? 任せておけ!」
提督「おい待て長門、フリじゃない、いやホントにフリじゃないって! ちょっ、待っ……くっそ足えぇなチクショウ!!」
59:
― 4 ―
長門「そろそろフタフタマルマルか。業務を終えたい時間帯に差し掛かってきたぞ」
提督「そうだな。今日はこの辺りで切り上げるとするか」
長門「うむ、ちょうと資料の作成も区切りがついた頃合だったのでベストタイミングだ」
提督「俺も似たようなもんだったわ。たまには早めに仕事終えるのも良いな」
長門「この時間を周って早上がりと呼ぶのか……ブラック鎮守府でこき使われるビッグセブン、まるで悲劇のヒロインだな」
提督「どんだけメシがっつり食うヒロインだよ。 しかも言わせておけばブラックだの何だのって…。
 言っておくが俺の所は割とホワイト寄りだと思うぞ」
長門「嘘つきは泥棒の始まりか。 これは提督になる前の経歴すらブラックの疑いが出てきたな」
提督「よく言ったテメェ、力士に肩を並べるような突っ張りを喰らいてぇようだな」
長門「つまり私の張り手を受ける意思があるということか、首にコルセットが巻かれるだけで済めばいいな」
提督「おぅ穏やかな声で血を流しそうな連想させるなや」
60:
長門「まぁ私はここの鎮守府以外を知らないという事が大きいか。
 他の提督方がどのような業務を行なっているか分からぬ所もあるので、とりあえずブラックと言ってみただけさ」
提督「激戦区のラバウル基地で日を跨がずに業務を終えているのは俺の所だけ。そういえば分かり易いか?」
長門「……凄まじいな」
提督「他の提督に聞いてみれば、朝方まで業務を執り行って、新規任務が張り出される日の出と共に出撃している所が殆どだ」
長門「そんな情報をどこから手に入れているんだ?」
提督「俺の同期達からだよ。 元帥から少将まで階級の高い奴らばかりで、俺達の新兵時代は未だ黄金期と呼ばれている」
長門「ちなみに提督の階級はいくつだったか?」
提督「新米少佐だがなにか? てかテメェ知ってるのに言わせるんじゃねぇよ!」
長門「これほどボンクラという呼び名が相応しい人も稀有だな」
提督「泣くぞ? 俺絶対泣くぞ? すぐ泣くぞ?」
61:
長門「だが他の提督方のやる気は見習うものがあるだろう」
提督「止めとけ止めとけ。艦娘たちの疲労も抜かずに酷使する輩から見習うもんなんてねぇよ」
長門「しかし出撃する機会が多いというのはそれだけ昇進に繋がるという事でもある。
 提督が立身出世する様をみるのも秘書艦の喜びかも知れんな」
提督「……そこまで言うなら、明日にでも試してみるか?」
長門「ん?」
提督「日の出と共に出撃して、デイリー任務をこなしてみるかって事だよ」
長門「ほぅ、戦場を求めるこの長門にとってこれ以上ないほどの機会だ! 是非とも試してみよう!」
62:
? 翌日 AM 11:00 ?
長門「おはよう、提督」
提督「おはよう」
長門「朝からまたえらく不景気な顔をしているな」
提督「どこぞのIQ7が早朝出撃しようと言い出したんで集合かけてみたら、肝心のそいつが寝坊したらしくてな」
長門「ほぅ、それは大変だったな。 
 まぁ“春眠暁ちゃんを覚えず”とも言うし、睡眠で体調を整えるのもきっとその艦娘の仕事だったのだろう」
提督「しかもおまけに通常業務はマルキュウマルマルからなのに2時間も寝過ごした様子でな。どうしたもんかと考えていた」
長門「きっと早朝出撃が楽しみすぎて夜更かしした結果の事だろう。
 やる気だけはあったのかも知れないと考えれるし、そう責めるものではない」
提督「ふむ、なるほどなぁ。 はっはっは」
長門「はっはっは。 ではそろそろ私は遅めの朝食をとってくるから失礼するぞ」
提督「せめて少しだけでも反省している素振りくらいくれませんか長門さん!?」
63:
― 5 ―
長門「壁ドンというのが巷で流行しているらしい」
提督「へぇ、初耳だ。だが生憎俺はその壁ドンとやらを知らなくてな」
長門「なんでも気になる異性にそれを行なうと効果的だそうだ。人によっては胸の高鳴りがしばらく治まらないとか」
提督「そこまで効果抜群なのか。その行為に少し興味が出てきたわ」
長門「なんなら実践してみるか? 私も知識だけあって実際に試したことが無いんだ」
提督「上等だ。で、どうすりゃいいんだ?」
長門「えーと、確か。 おぉそうだ、提督。ちょっと部屋の壁に背をくっつけてくれ」
提督「へいへい。 これでいいか?」
長門「うむ、問題ない。 では行くぞ!」
ズドォォン!!
提督「……」
長門「これが、壁ドンだ」
提督「新技みたいな口調で言ってんじゃねぇよ。 戦艦級の深海棲艦を一撃で沈める拳が飛んでくるのが壁ドンなのか」
長門「どうだ提督、胸は高鳴っているか?」
提督「今死ぬほど高まっているのを感じてる最中だ」
長門「ほぅ。 本当に効果があるんだな、この壁ドンとやらは」
提督「俺が今抱いている感情は間違いなく恐怖以外の何物でもないんだが」
64:
提督「全く、阿呆な事でいちいち壁を壊してんじゃねぇよ」
長門「提督が見たいと言ったから見せただけなのに」
提督「せめて加減を知れと言いたいわ。常に全力とかどこの戦闘民族だよお前」
長門「むぅ、失敗か。 それによくよく思い出したら、これは男性から女性に向けての行為だった」
提督「お前のうっかりで鎮守府からまた諭吉様が飛び去っていったぞ。給料から修繕費さっぴかれても文句言うなよ」
長門「よし、提督。 次は貴方から私に向けてやってみてくれ」
提督「普通の人間はコンクリ壁に風穴を空けるような怪力なんぞ持ち合わせてないわ」
長門「いやいや。 確か相手を壁際まで追い込んでから、手の平をドンと壁について脅迫するような形が正解だった気がする」
提督「その言い分だと壁ドンはカツアゲ専用の技っぽくしか聞こえないんだが」
65:
提督「まぁ業務も一段落しているし、仕方ないから付き合ってやる」
長門「よし提督ばっち来い。この長門、壁ドン如きに遅れをとるような戦艦でない事を見せてやる」
提督「はいよ、これでいいのか?」 ドン
長門「……」
提督「何だこれ。実際やってみると顔すっげぇ近くなるんだな」
長門「……」
提督「おいおいビッグセブン。 せっかくやってんだから何か感想くらい言ってくれよ」
長門「……」
提督「長門さん? おーい、長門さーん」
長門「あ、ああ、すまない。 予想以上の衝撃に驚いてしまったようだ」
提督「なんだ本当に効果覿面なのかコレ」
長門「なんだこんなものか、と」
提督「上等だ表に出ろコラ。 バット7本粉砕する提督キックをそのムチムチの足にお見舞いしてやるわ」
長門「ほぅ、義足と車椅子の準備が出来ているようで何よりだぞ」
提督「おぅ真顔で歩けなくなるようにしてやる宣言やめろや」
66:
長門「全く、どこの誰だ。このような行為が胸キュンを呼び寄せるとか言い出した輩は」
提督「執務室の隅に大きめの鏡あるから見てこいやビッグセブン」
長門「む? おや、もうこんな時間か。 これから駆逐艦ちゃん達の鍛錬に付き合う予定があるので、そろそろ失礼する」
提督「業務ご苦労さん。 ただ、そのハンディカムとデジカメは置いていきなさい」
長門「おいおい提督。私のコレクションが潤う機会に水を差すのは頂けないな」
提督「さっき俺が言ったご苦労さんの言葉を返してくれ」
67:
長門「では、この辺りで私は席を外そう」
提督「長門」
長門「なんだ?」
提督「お前さっきからなんで目を合わせようとしないんだよ、俺提督のハート傷ついちゃうだろうがオイ」
長門「なに、気のせいだ。さっきからどうにも不整脈でな、治ったら目くらい合わせてやるから安心してくれ」
提督「不整脈とか安心とは縁遠い単語すぎんだろ。無理すんなよ」
長門「心遣い痛み入る」
68:
?執務室の外にて?
長門「……ふぅ」
長門「……」
長門「……壁ドン、か」
長門「……」
長門「……これは、アレだな」
長門「……遅効性で威力があるのか」
 電「はわわ!? 長門さん、顔が真っ赤なのです! 風邪でも引かれたのですか!?」
70:
― 6 ―
提督「そういやお前さ、明日休みだよな」
長門「という事は……明日は日程的に駆逐艦ちゃん達の遠征か!?」
提督「お前を行かせるわけには断じてならんから、明日は一日基地内で待機な。これ提督命令だから」
長門「なんだ、つまらん」
提督「お前の趣味で破産しそうになっている鎮守府があるのをそろそろ学習しなさい」
71:
長門「そうなると明日は読書が捗りそうな一日だな」
提督「なんだお前、読書なんてしていたのか」
長門「ああ。 だが小説ではなく、第六駆逐隊のみんなから借りた漫画の消化が殆どになる」
提督「へぇ、お前が漫画を読むのは正直以外だったわ」
長門「あまり興味は無かったんだが、可愛い子たちから薦められると断れなくてな。
 それでいざ実際に読んでみると、これがまた中々どうして面白い」
提督「あの子たちが読んでそうな漫画って、やっぱりあれか?」
長門「少女漫画だが?」
提督「題材としてロマンチックな恋がよく描かれているあの?」
長門「その系統だな」
提督「好き嫌い惚れた脹れたでヤキモキする?」
長門「その葛藤がまた良いんじゃないか」
提督「それをお前が読んでるのか?」
長門「うむ、相違ない」
提督「ぶっふぉwwwwwwwwwwww長門ちゃんがwwwwww少女漫画wwwwwwwww」
長門「おいなんだ殴り合いを所望か? よし任せろ提督」
72:
提督「いやすまんかった、ギャップに思わず驚いてしまって吹き出したんだよ」
長門「驚いていたのか。それならそうと早く言ってほしいものだな」
提督「マウント取られた挙句にデンプシーロールを顔面に浴びせられてる最中、人は喋れると思うかい長門くん?」
長門「おや。 顔に傷がついたからか、男前によりいっそう箔がかかったな提督」
提督「口の中が鉄サビの味でいっぱいだよチクショウ……。
 顔真っ赤にしてくるところまで辛うじて可愛かったのに、飛び掛ってきた瞬間には夜叉かゴリラにしか見えんかったわ」
長門「わ、私が可愛く見えていた瞬間なんてあったのか!?」
提督「むしろ後半の部分を耳に入れてほしいんだが」
73:
提督「まぁでも、お前が読んでいる漫画に興味があるってのも本当だ。どういう本を借りたんだ?」
長門「私の部屋にいくつかあるんで、取ってこよう。 少し待っていてくれ」
??
長門「待たせたな。借りている本をそれぞれ2巻まで持ってきたぞ」
提督「ほぅ、どれどれ……」
長門「私のお薦めはコレだな」
・伊8と陸奥とクローバー
提督「何これ?」
長門「通称“ハチムツ”。複雑な人間模様の中で芽生える恋がいいんだ」
提督「へ、へぇ……」
74:
提督「さっきのは微妙にツッコミどころのある漫画だった気がするわ」
長門「あとは提督だったら読みやすそうなのは、これかな」
・となりの改陸奥ちゃん
提督「あれ、デジャヴ?」
長門「入学初日から騒ぎを起こした主人公と、感情の起伏が乏しいヒロインの恋愛ものだったな」
提督「なんかそれっぽい少女漫画のタイトルは俺も見た事あるような……」
75:
長門「そして次はこれ。まぁ少女漫画っぽくはない内容なんだがな」
・陸奥目友人帳
提督「……」
長門「田舎に越してきた主人公が、そこでワンコ先生こと夕立ちゃんを筆頭にした駆逐艦たちと心交わしていくという
 なんとも心温まる物語だな。 これがまた本編に出てくる駆逐艦ちゃん達はみんな天使で可愛いんだ」
提督「……ちなみに他の漫画タイトルは?」
長門「他は確か、こんな感じだな」
・あんむつ姫
・陸奥雪ランデブー
提督「なんか知らん間にお前の姉妹艦が少女漫画のスターダムにのし上がってんぞオイ」
76:
提督「でもこれでお前が“壁ドン”なんていうワードを知っていたのか腑に落ちたわ」
長門「少女漫画でよく見る場面だったからな。私だって憧れたりもするさ」
提督「まぁ結果は散々だったけれどな」
長門「うむ、やはり提督ではアレだったようだな」
提督「アレって言うオブラートの包み方が逆にハートに突き刺さるからやめれ」
長門「まぁ何だ。また提督がやってみたいというなら、私としてはやぶさかではないぞ」
提督「え、ヤダよ。だってお前全然反応なかったもん。 
 それならまだ曙相手に壁ドンしてクソ提督呼ばわりされた方が幾分かマシだわ」
長門「……」
提督「なんで不貞腐れてんだよビッグセブン!?」
77:
長門「まぁ今は業務時間外だろう? モノは試しで一回読んでみるといい」
提督「へいへい。じゃあ2巻までくらいなら読んでみるわ。お前も適当にゴロゴロしていいぞ」
長門「許可を頂く前からすでにその姿勢に入っていた私に隙なぞ無かった」
提督「ちょっとウチの秘書艦は自由すぎるんじゃなかろうか……」
? 一時間後 ?
提督「おい、長門」
長門「なんだ?」
提督「まぁ何だ、その」
長門「どうした、歯切れが悪いな?」
提督「……」
提督「……ハチムツの続き貸してくれ」
83:
― 7 ―
長門「今日は久々に非番か。空は快晴、海も穏やか。休息を取るには絶好の日和だな」
長門「だがいざ休みの日になると、どう時間を潰していいか分からないのは困ったものだ」
長門「提督でも誘ってみようかと思えば、何やら呼び出しを受けて遠出してしまったようだし」
長門「さて、どうするか」
長門「む? あの前方に見えるのは……暁ちゃんと響ちゃん?」
84:
 暁「あ、長門おねえさん!」
 響「おはよう、長門さん」
長門「おはよう。二人とも今日も可愛いな。 ……そうか、第一艦隊の皆々は全員休みだったな」
 暁「そうよ。だから第六駆逐隊の皆で一緒にお買い物に行きましょうって約束してたの!」
 響「どこぞの長女が寝坊した結果、私達は少し遅れて現地に赴くんだけどね」
 暁「れ、レディが寝坊するわけないでしょう!? ちょーっと身支度に準備がかかっただけなの!」
 響「ん、今気付いたけれど右の髪がハネてる。 暁、寝ぐせは治さなかったのかい?」
 暁「うそ、ヤダー!? もーぅ、もっと早く起こしてくれたらセットに時間とれたのにぃー!」
 響「……やれやれ」
長門「ふふ、相変わらず仲が良さそうで何よりだ」
85:
 響「ところで、長門さんは何をしていたんだい?」
長門「今日は何をしようかと考えていた。まぁ多分このまま鍛錬と昼寝で日がな一日を過ごすだろうな」
 暁「え? じゃあ一日ずっと鎮守府にいるの?」
長門「そういう事になる。 おっと、それよりいいのか? 私なんかと話し込んでは折角の休みが勿体無いぞ」
 響「……暁」
 暁「……うん! ねぇ、長門おねえさん」
長門「どうした?」
 暁「今日はね、暁たちと一緒に過ごさない? きっとすっごーく楽しいわよ!」
 響「うん、そうしよう。きっとそれがいい」
長門「え、でも、いや、私は」
 響「まぁ無理にとは言わないさ。 でも、私達は貴方と一緒に遊びたいんだ。
 それはきっと雷や電だって同じ気持ちだろう」
長門「……いいのか?」
 暁「勿論よ! 一人前のレディは遊びの誘い方すらエレガントなんだからっ♪」
87:
長門「ふふ、淑やかなレディ方からのお誘い感謝する。ではお言葉に甘えさせてもらおうか」
 響「ハラショー。 こちらこそ快諾感謝する」
 暁「やったぁ! 私、一度長門おねえさんと遊んでみたかったの! 
 ……も、もちろんレディとして更に磨きをかけるために勉強させてもらうためにね!」
長門「では済まないが、忘れ物をしてきたので少しだけ時間をくれないか?
 電ちゃん達を待たせているのに申し訳ない限りだが」
 響「構わないさ。 どうせ長女が寝坊して遅くなるだろう、と事前に伝えてある」
 暁「なんで私が寝坊するの前提なのよーっ!?」
長門「では財布を取りに行ってくる。数分だけ待っていてくれ」
 暁「はーい。レディはちゃんと待てるし」
 響「了解。 ゆっくりでいいよ」
88:
【長門の部屋】
長門「……」
長門「……」
長門「……」
長門「……」
長門「……」
< かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁわいいいぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃいいッッッ!!
 暁「な、なに轟音!? 鎮守府が振動で揺れてるぅっ!?」
 響「て、敵襲!?」
89:
? 集合場所にて ?
 雷「もぅ、やっぱりお寝坊さんだったじゃない!」
 響「今日が楽しみすぎて昨晩は夜更かしだったんだ、仕方ないさ」
 暁「ちょっと響! なんで夜更かししてたの知ってるのよ!?」
 電「でも空き時間が出来たおかげで、美味しいクレープのお店を知れたのです♪」
 雷「そうそう! 電と一緒に歩いてて、すっごい良い所を見つけたの! 後でもう一度行きましょ!」
 電「賛成なのです!」
 雷「……あれ? 長門お姉ちゃん!? お姉ちゃんも買い物に来たの!?」
長門「あ、いや、私は……」
 響「私達と今日は一緒に遊んでくれるそうだ」
 電「え! 本当なのですか!? はわわ、う、嬉しいのです!」
 暁「ふふん、長門おねえさんを誘ったのは暁よ」
 雷「なるほど、お姉ちゃんを誘っていて遅くなったのね! もぅ、それならそうと早く言ってくれるといいのに?」
 響「いや、遅れたのは紛れもなく暁のねぼ……むぐっ」
 暁(しぃ?っ! このまま誤魔化せそうなんだから静かにしててよぅ!)
長門(天使が四人もいる。 なんだ、ただの楽園じゃないか)
90:
長門「みんなで楽しんでいるなか恐縮だが、私も混ぜてもらえるか?」
 雷「もちろんよ! 私とお姉ちゃんの仲じゃない!」
 電「いつも旗艦のお勤めお疲れ様なのです。 
 こうして横に並ぶときは戦場ばかりでゆっくりお話できなかったら、今日はいっぱいお喋りしたいのです」
 響「長門さんがいてくれるのは凄く新鮮だな。 いい休日になりそうだ」
 暁「おねえさん、レディの嗜みを色々教えてね!」
長門「ああ、勿論だとも」
 響「……鼻血、でてるよ?」
長門「うむ、失敬」
91:
長門「よし、今日は私の奢りだ。 みんなで存分に羽を伸ばそう」
 響「いやいや、流石にそれは悪いよ。 誘ったのはこっちなんだ」
長門「何を遠慮することがある? 誘ってくれて嬉しかったんだ。少しくらい気持ちを出させてくれ。
 それにいくら鎮守府が赤貧だとはいえ、腐ってもこのビッグセブン、秘書艦としての蓄えは充分にあるつもりだ」
 雷「なんだか頼もしい発言ね。 じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかなっ」
92:
長門「それにほら、これを見てみろ」
 電「はわわ、胸の谷間から物を取り出す仕草がセクシーなのです!」
 暁「お、大人の女性っぽい仕草だわ……」
長門「ふふ、そんなに褒めるんじゃあない」
 電「ちなみにそれは何なのですか?」
長門「全てのダメージが提督の懐へ向かうダメコンを搭載している、ちょっとした魔法のカードさ」
 雷「長門お姉ちゃんって魔法使いだったの!?」
長門「ああ、これで皆に沢山お菓子を買ってあげようじゃないか!」
 響「ハラショー……こいつはテンション上がるのを禁じえない」
93:
? 夕刻 ?
 響「ん、もうこんな時間か」
 雷「そろそろ鎮守府に帰る頃合ね」
 暁「いっぱいお洋服を買ってもらっちゃった。ありがとう、おねえちゃん!」
長門「そんなに喜んでもらえると私としても嬉しい限りだよ」
 電「また一緒に遊びましょう! 次は電おすすめの雑貨店に行きたいのです」
長門「ああ、勿論。 この長門、次の機会を楽しみにしておこう。
 私は少し寄り道をするのでここで解散か。 みんな気をつけて帰るようにな」
 雷「はーい。 じゃあお姉ちゃん、また夕食のときに会おうねー!」
 電「なのです!」
 響「スパシーバ。今日はありがとう……おねえちゃん」
 暁「ありがと! お礼はちゃんと言えるし」
長門「うむ、こちらこそ。 本当に良い休日だった。 楽しかったよ、有難う」
94:
? 数日後 ?
提督「よぅ電ちゃん。今日もかわいいな」
 電「お疲れ様です、提督。 ……あの、その手に持っているのは軍刀ですか?」
提督「ん? 違う違う、そんな物騒なものを電ちゃんの前で翳すわけないだろう。 
 これは軍刀に限りなく近いレプリカのような要素を持ち合わせている、鋭い切れ味だけが持ち味のサムシングさ」
 電「軍刀をオブラートに包みすぎてボンタン飴みたいになっているのです……」
提督「ちなみに、今朝から探しているんだけれど秘書艦のビッグ穀潰しセブンを見ていないかい?」
 電「長門お姉ちゃんですか? そういえば提督宛に手紙を預かっているのです」
提督「お手柄だな。では早見せてくれ」
 電「確かこの茶封筒だったかな……?」
提督「どれどれ……」
提督へ
 めんご。 しばらく遠征に行ってきます。
       長門
提督「ぬぅぅぅぅぅぅぅわぁぁぁぁぁぁぁぁがぁぁぁぁぁぁとおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
108:
― 8 ―
?昼食時?
 曙「ねぇ、クソ提督!」
提督「……」モグモグ
長門「……」ガツガツ
 曙「私ずっと遠征しかしてないから、演習でもいいんで戦わせろって言ってたわよねクソ提督!」
提督「……」モグモグ
長門「……」ガツガツ
 曙「直談判したそのすぐ後にまた遠征に向かわせるとか、ホント冗談じゃないわ! このクソ!クソ提督!」
提督「……」モグモグ
長門「……」ガツガツ
 曙「ねぇ聞いてるのクソ提督! ご飯食べながら聞き流すとかほんと踏ん切り悪いわねクソ提督!? ねぇちょっとクソ提督!?」
提督「おぅカレー食ってるときにNGワード連発やめぇや」
109:
長門「提督」
提督「あん?」
長門「おかわり!」
提督「おかわりは三回までだっつってんだろ胃袋セブン」
長門「む、人を牛みたいに言うのは失礼だぞ。流石の私でも七つは持ち合わせてないな」
提督「その言い方だと胃袋をマジで複数持ってるみたいに聞こえて恐ろしすぎるんだが」
 曙「……夫婦漫才も大概にしなさいっての」
110:
提督「曙ちゃんは遠征組が不満なのか?」
 曙「他にどう聞こえるか教えてほしいくらいよクソ提督」
長門「曙ちゃんもそう言ってるじゃないか排泄物提督」
提督「つまり前衛で戦いたい、と」
 曙「わざわざ言わないと分からないからクソ提督なのよ」
長門「こんなに可愛い子の話もロクに聞けないから味噌提督なんだろうな」
提督「適材適所。曙ちゃんが輝ける場所はちゃんとある。今は遠征枠として頑張ってくれないか」
 曙「……いつかちゃんと出撃させてくれるんでしょうね?」
長門「うっかり騙されちゃダメだぞ。この白痴提督は言葉巧みに罠にかけるからな。私も何度それにかかったことか」
提督「少し間は空くが、とある島では駆逐艦だけで戦ってもらう事になる。そこの旗艦になれるよう邁進してほしいんだ」
 曙「ふん。 ホント、冗談じゃないけれど……クソ提督がそこまで言うなら考えてやろうじゃない。 
 ま、午後から行く長距離航海の結果でも見て、精々ほえ面かきなさい!」
長門「流石は曙ちゃんだ。 その健気さ、素晴らしいと言わざるを得ない。
 カレーのおかわりすら許さないような甲斐性と根性を前世に置き忘れてきた提督とは器が違うな」
提督「おぅビッグセブンちょっと表出ろや、今日こそ白黒つけてやるわ」
長門「上等だ。もし私の拳を見事受け止められたら人間卒業を認定してやろう」
提督「殺る気満々なところ恐縮だが、涅槃でもらっても嬉しくもなんともねぇよ」
 曙「……イチャイチャするなら余所でやってくれないかしら」
112:
― 9 ―
提督「なぁ、長門よ」
長門「どうした?」
提督「“I love you”って日本語に訳すとどうなるか、知ってるか?」
長門「“貴方のご飯は最高です”だろう」
提督「不覚にもちょっと感心しちまったじゃねぇか」
長門「他にも有名どころだと、“月が綺麗ですね”や“君の為なら死ねる”だな」
提督「さすがに知ってたか」
長門「では“I hate you”はどう訳すべきだろう」
提督「“月は綺麗ですね”とかどうだ」
長門「なるほど、奥深いな」
113:
長門「つまり、日々の何某を共に分かち合えるのが愛の表現ということか」
提督「愛とまで深くはなくとも、親しんだ仲の表現法としては良い形なのかも知れないな」
長門「ふむ。 では私と提督もそういう親しい仲として何か分かちあってみるか?」
提督「俺とお前が分かち合えることねぇ……開発とか?」
長門「一理ある」
提督「46cm砲が出来たらもれなく“月が綺麗ですね”と叫びたいわ」
長門「ペンギンは3体作成できたぞ」
提督「……」
114:
長門「他にはアレか、間宮さんのアイスを共に食べて美味しさを分かち合うのはどうだ?」
提督「それは妙案。美味いものは同意し易いから良い着眼点かも知れん」
長門「では早向かおう」
提督「もちろん折半でな」
長門「いやそこは話の流れ的にも提督の奢りだろう」
提督「お前が駆逐艦級の食欲なら考えたわ」
長門「淑女とのデートだぞ?」
提督「バケツ3杯分もパフェを食う淑女とか、アイス食べる前から腹が痛くなるわ。腹がよじれるのが原因か」
長門「それに折半なら給料の前借り待ったなしになるがいいのか?」
提督「おい待てや、最近だろ月給渡したの!? お前一体何をどんだけ買ってんの!?」
長門「ヒントは駆逐艦、とだけ答えておこう」
提督「それもう答えじゃねぇか! あんだけ無駄遣いすんなっつってんのに!」
長門「むぅ……」プクー
提督「頬を膨らませてもダメに決まってんだろ」
115:
長門「……」
提督「……」
長門「……」
提督「……」
提督・長門 「「 月は綺麗ですね 」」
提督「あ?」
長門「お?」
 電「ふ、二人とも! 凄い形相でメンチ切り合うのはやめてほしいのです!」
121:
― 10 ―
長門「ふぅ……」
提督「アンニュイな溜息だな。何か悩み事か?」
長門「む、失敬。 少し考え事をしていたんだ」
提督「お前が物憂げだと槍でも降ってきそうだ。 俺でよければ話くらい聞くぞ」
長門「なんだ、今日の提督は妙に優しいな。それこそ槍が降りそうだ」
提督「このハンサムが優しくないときなんて無かっただろうが」
長門「ハンサム、か……」
長門「なぁ提督、ラーの鏡というものを知っているか?」
提督「なんの真実を俺に見せようとしているんだお前は」
122:
提督「何があったか話してみろよ。そういうのは相談すりゃ意外と早く片付くもんだ」
長門「気遣い痛み入る。 ではその言葉に甘えさせて頂こう」
提督「おぅ、どんとこい」
長門「これはあくまで、もしもの話題になって恐縮だが……」
提督「もしも?」
長門「提督は週に一度の楽しみにしている番組があったな」
提督「その条件でいうと、大河ドラマくらいか」
長門「確かそれをデスクに置いてあるPCに撮り溜めていた事はうっすらと覚えている」
提督「そういや最近は何週か見逃していて消化しきれてなかったわ。
 思い出させてくれてサンキュー。 で、それがどうかしたのか?」
長門「その、だな。 まぁなんだ、あれなんだ」
提督「歯切れが悪いな、お前らしくもない」
長門「提督が楽しみにしていた“軍師官○衛”が“プリ○ュア”に上書きされていたらどうする?」
提督「その艦娘を見つけ出して、そいつの艤装を浮き輪に変えて演習に出すくらいかな」
長門「鬼か貴様」
提督「どの口が言うか」
123:
提督「はぁ……。どこぞのぽんこつ戦艦様のおかげて、俺がアンニュイな溜息ついちまったじゃねぇか」
長門「まぁまぁ提督。 言ったじゃないか、これはあくまでもしもの話だと」
提督「いやホントそうであるように願わざるを得ないわ」
長門「安心しろ。このビッグセブン、“プリ○ュア”はリアルタイムで駆逐艦の皆と見る。そう決めているんだからな!」
提督「誇らしげな所が一つもねぇよ」
124:
提督「まぁ、違うってんなら一安心か。 ついでの機会だし、まだ見てない分を仕事しながら垂れ流すかな」
長門「そうか。 では私は鍛錬でもしてこよう」
提督「なんだよ、付き合い悪いな。今回の大河ドラマ面白いんだしお前も見ていけよ」
長門「え、いや、その、と、途中から見ても分からないかなと思ってな」
提督「そりゃ雰囲気で楽しめばいいだろ。 どれ、さっそく溜めていた分のデータファイルを……ッ!」
長門「……」
提督「……」
長門「……」
125:
提督「……」
長門「……」
提督「……確かに“プ○キュア”は上書きされていないな」
長門「だろう?」
提督「不思議な事にデータ名が“love ○ive!”で埋められているんだが、心当たりはないかね長門くん?」
長門「きっとドラマのサブタイトルだな」
提督「“軍師○兵衛 ?love li○e!?”とか世界観ぶち壊しってレベルじゃねぇだろ」
長門「意外と見てみると中身はそのままという可能性もあるぞ」
提督「一縷の希望、という単語をこんなしょうもない機会に使うとは思ってもみなかったわ」
126:
提督「じゃあ再生してみるか」
長門「ワクワクするな」
提督「悪い意味でドキドキしかしねぇよ」
?本編再生中?
提督「なぁ長門」
長門「なんだ提督、今いい所だから邪魔をしないでほしいのだが」
提督「岡○准一っていつの間に栗色のサイドテールになったんだ?」
長門「ちょんまげを縦で結うか横で結うかの違いだろう」
提督「なるほどそうか、はっはっは」
長門「はっはっは。 ほら見てみろ提督、このライブシーn……合戦シーンは迫力満点だろう?」
提督「年の為に外付けHDDにドラマを焼いていて良かったわ……」
128:
― 11 ― 
普段の仕事として事務作業を捌いていた際、何か音楽でも聴くかという提督の案により執務室に有線放送が響き渡った。
アップテンポなメロディからバラードまで多種多様な曲が私の耳をほのかに彩る。
自分の知っている曲が流れると、どちらからともなく小声で歌を口ずさんだ。
そうしてそれをもう片方が「下手くそ」と罵倒し、二言三言と軽口を叩き、何事もなかったかのように業務に戻る。
執務室を満たす音楽に、カリカリとアクセントをつける鉛筆の音。
いつもどおりの私達。 
いつもどおりの日常の風景。
私と提督の、二人だけの時間。
129:
柱時計の振り子と紙を捲る音に包まれるだけの日もある。
窓を開けると、外の方から駆逐艦たちの楽しそうな声が聞こえてくる日もある。
しとしとと夏色の雨がトタンの窓を優しく叩く日もある。
ふわりと一陣の風が執務室内に招かれて、資料がパラパラと拍手のように音を立てる日もある。
このビッグセブン。
困った事に鎮守府で感じる情景が愛しくてたまらないようだ。
130:
自然と笑みが零れた。
海域にて戦艦同士でぶつかり合うときのような、牙をちらつかせる獰猛な笑顔ではなく。
口元がふわりとたわむような、甘い微笑み。
そして同時にハッとする。 
この長門が笑っていたのか。 戦場を求めて彷徨う亡霊の身でも、自然に笑顔を作れるのか。
とにかく業務を怠っているのではないかと勘違いされないよう、慌てて口を手で隠す。
動揺した影響か、もう片方の手で抑えていた紙束がくしゃりとずれる音が聞こえた。
131:
この程度で狼狽するなど誇り高き戦艦としては恥そのもの。
先ほどの表情こそが気の迷い。 顔にグッと力を込め、眉間に少し皺を寄せる。
駆逐艦ちゃん達に立派なお姉さんの見本としていつも見せている凛々しい顔の出来あがりだ。
再び資料を頭に叩きこむ前に、ふと顔を見上げる。 
すると机を挟んだ向こうにいるあのボンクラ提督と目があった。
132:
むぅ、と聞こえてきそうなくらいの不景気な面構え。 
提督の目元に刻まれているクマが不景気加減を倍増させている。
不味い。 呆けた表情を見られてしまったら、堰を切ったの如くからかわれてしまう。
今回の非は私にあるので一概に言い返せないのがまた痛い。
さも仕事を続けていたかのように装い、慌てて目線を手元の資料に下げた。 
恐る恐る前方に耳をすませてみる。
対面からの言葉は無い。 これは安堵してもいいのか。
あまりに静かなので戸惑いを覚え、ふと彼の方に目を向けると。
提督が、微笑んでいた。
133:
目元を緩ませ、唇は薄く三日月を描いている。
視線自体は資料に向けているが、きっと遠巻きに見ている人がいるなれば
あたかも親愛なる人からの恋文を読んでいるかと間違うような愛おしさに満たされた表情。
なんと優しい顔をするのだろう。
その笑顔を見ると胸の中心が鼓動を強める。
艤装は解いてあるのに、タービン周りの故障なのか。
私の考えに肯定なのか否定なのか、外している筈の主砲がカリカリと音を立てて首を振る動きを見せたような気がした。
134:
その表情は、とても淡くて、甘くて、鮮やかな笑顔。
もし私が先ほどそんな表情を浮かべていたら、貴方はどう思うだろうか。
万が一兵器としての艦娘が人間のような情で戦えば、軽蔑するのだろうか。
それとももっと別の感情を抱いてくれるのだろうか。
軽く頭(かぶり)を振る。 今は業務に集中せねば。
先ほどの答えなんて、その時にならないと分からない。
ならばこのビッグセブン。 来るときまで邁進し、どのような形も受け入れる器で在ろうじゃないか。
私の目先で暢気に筆を滑らせる人には気付かれぬよう、拳をそっと軽く握った。
135:
次の曲が部屋に設置されているスピーカーから流れてきた。
少し古いが、間違いなく名曲に属される素晴らしい一曲だ。
提督が軽く歌を口ずさむ。 相変わらずテノールの通る良い声をしている。
その歌声が妙に心地いい、とは相手の方から言ってくれるまで絶対に口に出すつもりはない。
だから、いつもの如く私はこう告げるんだ。
136:
「??♪ ??♪」
「……」
「??♪ ??♪」
「おい、提督」
「なんだよ」
「下手くそ」
「うっせ、そういうなら自分だって歌ってみろよ」
「せいぜい聞き惚れるなよ」
「へいへい」
「??♪ ??♪」
「お前だって下手くそじゃねぇか」
「……ふふっ」
「……くくっ」
137:
― 12 ― 
※ 11話から約3分後
提督「長門」
長門「なんだ?」
提督「念仏みたいに歌をブツブツ唱えんな、メッチャ気が散る。
 覚えてないラップを人前で口ずさむとか恥ずかしすぎて俺なら死ねるわ」
長門「ほぅ、このビッグセブンのカラオケレパートリーを愚弄するとは良い度胸だな」
提督「お前さっきどんだけ適当に歌ってたと思ってんだ。
 しかも合いの手だけ完璧とか俺提督の腹筋を壊す気かてめぇ」
長門「我ながら自信があるものにケチをつけられると躍起になるのは艦娘の性か」
提督「どんだけ自信あったんだよ。 試しにもっかい歌ってみろや」
長門「まかはんにゃ?♪はーら?みーた?♪ ふふん、ふんふん ははんふん、チェケふんふ?ん♪」
提督「ラップに般若心経のミキシングとかすげぇなおい」
138:
提督「なんか気も抜けたし、どうにも手が進まねぇ。 こりゃ休憩いれるべきか」
長門「茶菓子は適当でいいぞ」
提督「ノータイムの返答で上司をパシろうとすんなや阿呆」
長門「じゃあ私が持ってくるから提督秘蔵の“長崎土産カステラ”を出してもいいんだな」
提督「食われぬよう金庫にまで入れて保管してたブツを何故知っている!?」
長門「長門、見ちゃいましたというやつだ」
提督「どこで見たのか一言お願いします」
139:
提督「見られたものは仕方ないとして、眠気覚ましを兼ねたクイズとかどうだ?」
長門「クイズ?」
提督「お前が1フレーズを歌いきれたら俺提督が茶を入れてやる。
 それまでに俺が何を歌っているか当てることが出来たら、長門がパシりで茶を入れるってのはどうだ?」
長門「ふふ、けっきょくは休憩するんじゃないか」
提督「おいおい長門。俺が仕事一辺倒の提督に見えるか?
 息抜きがてらの遊びだよ。 いいから付き合えって」
長門「相分かった。 秘書艦思いの提督の温情、有り難く賜ろう」
140:
提督「お前が不利な条件だから、歌うジャンルくらいは縛り無しでいこう」
長門「了解。極力分かりづらいものをチョイスするとしよう。
 では、早行くぞ」
提督「おぅよ」
長門「ぼんぼんぼん、ぼんっぼん♪ ぼんぼんぼん、ぼんっぼん♪」
提督(まさかのイントロときた)
長門「ぼんぼんぼん、ぼんっぼん♪ ぼんぼんぼん、ぼんっぼん♪」
提督「……」
長門「ウェンザナイッ!」
提督「……stand by me」
長門「正解! 流石は提督だな、やるじゃないか」
提督「なめてんのか」
長門「何故だっ!?」
141:
― 13 ―
長門「常日頃からの疑問ではあるのだが」
提督「あん?」
長門「提督は何故に私を演習に出さないんだ?
 いつも練度不足の駆逐艦ちゃんばかりで編成を組むから、勝てる勝負も落とすと思う」
提督「んな事を気にしてんのか。 そもそも演習は殺し合いなんかじゃねぇ。
 互いの艦娘の練度を上げる為に大本営様が考えた、ノーリスクで実用的なレベリングってなだけだ」
長門「ふむ」
提督「新米少佐には不釣合いなくらい練度の高いお前を連れて行くと、周りの提督たちが萎縮しそうでな。
 それに演習はいくら負けても罰則は特に無し。こっちの艦娘も強くなる一方だし万々歳だ」
長門「成る程。 それなら私を連れて行かない理由も頷けるな」
提督「……」
142:
 ? とある日の演習にて ?
A督「おい、あの人ってもしかして……」
B督「ああ、間違いない。あの提督をラバウルで知らない人なぞ居ないだろう」
C督「やはり威厳が違うな。 目の下に刻まれたクマが威圧感をさらに醸し出している」
D督「あえて練度の低い艦娘だけを連れて、新兵の俺達に勝利を献上してくれるとは……相当な器の大きさまで持っておられる」
E督「その素晴らしい胆力、流石は“新米少佐になってしまった”御方なだけはあるな」
A督「しかして、今日も提督の懐刀は姿を見せず、か」
B督「戦艦殲滅用艦娘(バトルシップスレイヤー)、長門。 一度でいいからその姿を拝んでみたいものだ」
C督「しかも恐ろしいのは、戦艦に限らず“敵旗艦を必ず狙い撃ちにする”というその砲撃の精密さ。
 噂だけにしか留まらないが、もし件の長門が演習に来たら俺達はひとたまりもないだろう」
D督「一撃で沈めきれなかった戦艦の胸元に三式弾を素手で撃ち込んだという逸話もあながち誇張ではなさそうだな」
E督「いつの日か俺達も伝説の艦娘と相見えることが出来るよう、あの方に今日も胸を借りていこう!」
提督群「「「 応ッッッ!! 」」」
提督(…………)
143:
長門「しかし、たまには演習に出向かせてくれ。 この長門、他の艦娘がどのような強さか非常に気になる所だからな」
提督「そのうちな、そのうち」
長門「む? 見ろ提督、雷ちゃんが外から手を振っているぞ」
提督「おお本当だ」
長門「今日も駆逐艦は可愛いな」
提督「おぅせめてヨダレくらい拭く努力しろや」
長門「これは失敬。 先月出た給料で買った時雨ちゃんハンカチを使わざるを得ない」
提督「この前もそれ買ってなかったか?」
長門「あれは保存用だ。 複数持ち合わせるのは淑女として当然の嗜みだろう」
提督「なに真顔で格好つけて言ってんだ駆逐艦フェチ」
提督「まぁ、お前を演習に連れて行かない理由を強いてあげれば……」
長門「挙げれば?」
提督「憧れは憧れのままがいい、というやつか」
152:
― 14 ―
長門「提督、酒はいける口か?」
提督「嗜む程度だよ」
長門「今宵は良い月だ。たまには席を一緒にしないか?」
提督「珍しい誘いだな、別に構わんぞ」
長門「快諾感謝する」
提督「ただし、俺達の目の前に山の如く積んである書類を片してからだがな」
長門「片付けていたら夜が明けてしまいそうになるだろう。今日くらい放っておけばいいさ」
提督「……それもそうだ。 お前は先に酒を持って屋上に行ってろ。間宮さんに何か肴を作ってもらってから俺も上がろう」
長門「うむ、了解した。 提督が来ずとも肴さえ来てくれたら私としては十二分だな」
提督「花より団子か」
長門「その言い様だとまるで提督が花みたいじゃないか、失敬な」
提督「その失敬という単語をブーメランで返したるわ」
153:
? 鎮守府屋上 ?
提督「ほぅ、本当に綺麗な月だ」
長門「夏名残の夜空に浮かぶ銀月の美しさ、これを一人で楽しむにはあまりにも勿体ないだろう」
提督「この景色を俺みたいなボンクラに分けて貰えて光栄だな」
長門「気にするな。私が貴方と一緒に見たかっただけさ」
提督「そりゃ尚更嬉しい限り。 どれ、そろそろ酒の席でも設けるか」
長門「うむ、楽しみだ」
154:
提督「じゃあ……何に向けて乾杯って事にする?」
長門「この夜の美しさと、この世の素晴らしさに」
提督「大仰だな」
長門「では私達が出会えた奇跡にでもするか?」
提督「ニヤニヤしながら言うんじゃねぇよ」
長門「ふふ、照れる顔だけは可愛いぞ提督。本当にからかいがいのある人だな」
提督「うわもう超腹立つ。“だけ”って強調するあたりメッチャ腹立つわ」
155:
長門「では、この夜の美しさと」
提督「この世の素晴らしさ」
提督「そして、もう一つ」
長門「?」
提督「お前と過ごせた最初の夏に、乾杯」
長門「……乾杯」
156:
長門「……おい」
提督「なんだ?」
長門「……ニヤニヤするな」
提督「お前も充分からかいがいがあるわホント」
157:
提督「そういや、最初の一杯は何故か決まってビールなんだよな」
長門「どういう風習でそうなったのかは分からないが、確かに開幕でのビール乾杯は鉄板だな」
提督「さっきの乾杯もお互いビールだったか」
長門「いつもの癖という奴だろう」
提督「ん? いつの間にかお前ジョッキ空っぽじゃねぇか。もう飲み終わるとか早えぇなおい」
長門「ビール如きサクッと一気に流し込むに決まっているだろう?」
提督「いやそんな『当たり前だろう?』みたいな顔されても困るわ。学生の飲み会じゃねぇんだから」
長門「だらしないな。最初の一杯は即空けするくらいの勢いが提督には足りないぞ」
提督「その言い分だと酒の強さには自信がありそうだな」
長門「まぁな。4ガロンくらいなら余裕だぞ」 ※ 1ガロン=約4kg
提督「お前胃袋以外にも複数臓器を持ってたんか……」
158:
長門「なぁ、提督」
提督「なんだ?」
長門「酒の席は無礼講だろう?」
提督「そりゃ目上の人が言って初めて成り立つんだが……まぁいい、今日は確かに無礼講だな」
長門「有り難い。 無礼講ついでに色々と聞いてもいいか?」
提督「美味い酒は口元を緩くするからな。 普段話せないこともうっかり話しちまうかも知れん」
長門「成る程。 うむ、今日の酒は美味しいな」
提督「ああ、極上だ」
159:
長門「思い返せば、最近はよく海域に赴いて戦っているなぁ」
提督「思い返すも何も、今日だって戦ってきたじゃねぇか」
長門「小破一隻で退却、碌に戦果も上げれぬままで帰港が今日の結果さ」
提督「貧困鎮守府だとドックの空きは少ないほうが備蓄を食わずに済むんだ、合理的じゃねぇか」
長門「なかなか貧乏が肩を掴んで話してくれないのは困り者だが」
提督「大飯喰らいと年頃の子を養ってると、必然的に足りなくなっちまうんだよ」
長門「やれやれ……ようやく年頃の子という認識をしてくれたのか。 全く、時間がかかりすぎだぞ」
提督「今の流れで前者以外にお前が当て嵌まらないとでも思ってる事に驚きだわ」
160:
長門「他の艦隊は任務を併行して出撃しているそうだぞ」
提督「へぇ」
長門「任務報酬で賄っている軍が殆どで、そこから遠征で燃料などを備蓄しているんだとか」
提督「よそはよそ。うちはうち。 良い言葉だな」
長門「今こうして思えば、提督は今まで殆ど大本営発案の任務をこなしてないな。
 いつも目を通している資料に任務に関する業務が提起されていないのを知らないとは言わせないぞ」
提督「うっかり忘れていたんだよ、うっかりな」
長門「はぁ……ほら提督。酒が足りてないぞ」
提督「おっと悪いな。 次は水割りで頼むわ」
161:
長門「即断即決。海域における敵艦隊の主戦力を見誤らない分析力。
 引き際は早すぎるが、艦隊の半数以上がほぼ無傷で帰航しているこの現状を鑑みて、稀に思うんだ」
提督「ん?」
長門「我が鎮守府の主は昼行灯を演じており、あえて戦果を上げていないのかと」
提督「買い被りすぎだ。 なんだもう酒に酔っているのか長門」
長門「……ああ、そうかも知れないな。 酔ったついでにまた酌でも願いたい」
提督「あいよ。日本酒でいいか?」
長門「せっかくだから提督も飲め。ほら、また盃を交わそうか」
提督「おぅ、乾杯」
長門「乾杯」
162:
長門「提督、知らないとは言わせない」
提督「ん?」
長門「“私達は中破でも戦える”」
提督「……」
長門「それでも何故、頑なに撤退を繰り返す? 駆逐艦の皆も、小破なら戦況にさほど影響は出ない筈だ」
提督「……」
長門「何をそんなに怯えているのか、教えてくれないか?」
提督「……酒が足りないぞ、長門。 次は焼酎のロックで作ってもらおうかな」
長門「……うむ、失敬。 たらふく飲んでくれ」
163:
提督「……」
長門「……」
提督「……大本営から目をつけられたくないだけだよ。 強すぎる、ってのは俺に言わせれば悪目立ちだ」
長門「どういう意味だ?」
提督「上から“使える”と認識されたら、有無を言わさず出世コースになっちまう。 するとどうだ?
 練度なんてお構いなしに最前線や未開の海域へ駆り出される事になるんだよ」
長門「必然的に轟沈の確率が跳ね上がる事になる、か」
提督「お上の連中は最悪な事に、他所の艦隊を勝手に指揮する事もある。
 大破していて満足に動けない艦娘はデコイ扱い。 敵の戦力をただ探るだけの為に暗い海底へ落ちていく。
 人為的に事故を誘発させ、自分が命じた指揮のくせに結果を提督に押し付ける。なんとも素晴らしい仕事だよ」
提督「逆らえば銃殺。かといって逆らわなければ轟沈。 進退窮まる最低の二択が待っていることになりかねない」
長門「嫌なジレンマもあったものだ」
提督「好きな人が沈む姿は何度も見たくないんでな。 俺はボンクラくらいが丁度いいのさ」
164:
長門「要するに、私たちが可愛くて仕方ないと」
提督「今日の酒は自白用に最適な一品だな。 言わなくていいことばかり喋らせてくれる」
長門「おっと私のお猪口が空になってしまったぞ提督。 ああ、これは困ったな。このままでは喋る言葉も乾いてしまうなぁ」
提督「へいへい。お注ぎ致しますよっと」
長門「有り難い。 どれ、折角なので一杯頂こう」
提督「良い飲みっぷりだな。惚れ惚れするわ」
長門「そのまま惚れておけ。損はさせんぞ」
165:
長門「そもそも、貴方は心配性すぎる」
提督「何がだよ。大胆と剛胆を十で乗法したのが俺だろう」
長門「では肝胆に隠しているのは臆病風と思いやりのどちらだろうな?」
提督「おいおい。一体何を根拠にそう言ってんだか」
長門「先日の演習が主な要因だ」
提督「ああ、あれか。相手の提督が非常に畏まってやりづらかった事この上なかったなぁ」
長門「いやな、提督。ようやく私を出撃させてくれたのは非常に有り難いのだが」
提督「うん?」
長門「私の装備一式を守りで固めて出撃させただろう」
提督「それが?」
長門「死ぬほど恥ずかしかったぞ、あれは。いや本当に。 
 道行く提督から『ガチケッコン予定艦か……』と聞こえてきたときは流石にどうしたものかと」
提督「なんで照れくさそうな顔してんだよ」
長門「……乙女心を分からん輩め」
166:
長門「演習だから全力で迎えるのが礼儀だろう? なのに防御一辺倒な装備はあまり好ましくないのだが」
提督「いいじゃねぇか。演習でも油断すんなっていう戒めってやつだ」
長門「ほら、酌をしてやる。 注ぎすぎて酒が猪口から零れる前に本音が漏れるといいんだがな」
提督「おま、これむっちゃ高い酒なんだぞ!」
長門「ほれ、ほれほれ。 もうすぐ溢れるぞ?。」
提督「ビッグセブンにあるまじき悪い顔してんな!? お前もしかして本気でちょっと酔ってんじゃねぇの!?」
長門「銘酒の森伊蔵が零れるまでのカウントダウン開始。 3、2、1……」
提督「分かった分かった! お前が怪我するの地味に嫌なの!」
長門「やっと喋ったかボンクラめ」
提督「うるせぇよポンコツ。 脅迫に限りなく近い何かだろこれ……」
167:
長門「しかして、さっきの言葉は非常に嬉しい限りだ。 だがな提督、あの時の私の装備を思い返してくれ」
【装備】
 ・41cm連装砲 ・応急修理女神
 ・応急修理要因 ・応急修理要因
長門「相手の提督が真面目にやれ、と目で訴えてきたのも致し方ないだろう」
提督「そこは猛省してるわ」
長門「我ながらこれでよく相手旗艦を打ちのめせたものだと自賛する」
提督「この装備で結果を出せるお前のポテンシャルどうなってんだよ」
168:
長門「なぁ提督。心配してくれているのは本当なのか?」
提督「知らん」
長門「おいこっち向け」 ガシッ
提督「万力みたいな握力で肩掴むのやめろや」
長門「ん?」
提督「あ、いや嘘です冗談です、マジでちょっとだけでいいから力をほんの少し緩めてもらえませんでしょうか?」
長門「回答次第だ」
提督「……俺の秘書艦だからそれくらい察せよ」
長門「……相分かった。勝手に解釈させてもらおう」 
提督「長門くん、照れているのは分かる。
 だがな、照れ隠しで更に握る力を増すのを俺提督の肩の軟骨が爆ぜる前に止めてほしいのだが」
169:
長門「む、酒がそろそろ切れそうだ」
提督「頃合的にも良い時間帯だな。明日に差し支える前にそろそろ切り上げるか」
長門「まだ飲み足りないぞ」
提督「飲み足りないのは同意見だが、流石にお酒を足そうにも間宮さん閉まってるだろうなぁ」
長門「おいおい、酒の在り処はもう一箇所あるじゃないか」
提督「マジかよビッグセブン。有能じゃねぇか」
長門「提督の部屋だ」
提督「おぅ褒めた言葉分の労力返せや」
170:
提督「そもそもお前な、こんな夜更けに俺の部屋に来るってどういう事か分かってんの?」
長門「勿論だ」
提督「……長門」
長門「二次会に決まっているだろう」
提督「……色恋沙汰とか一瞬でも考えた俺が不埒なのか?」
長門「なんでそこで色恋の話が出るんだ?」
提督「あ、ダメだこいつ天然だ」
171:
長門「さぁ、提督! 飲みなおしだ、部屋に行くぞ!」
提督「はいはい。 まぁ俺の部屋だと娯楽もあるし、ゲームでもしながら二次会すっか」
長門「勝負事には全て全力でいかせてもらうぞ? 提督が泣きを見なければいいのだがな」
提督「ぬかせ。 お前が泣きべそかいて自室に戻る様がありありと思い浮かぶわ」
長門「ふふ、今からが楽しみだ」
提督(ほんと綺麗な顔して笑うなぁ、こいつ。 可愛いなぁ)
172:
?翌日?
提督「おぅ生ける不渡り手形。とっとと資料作成の準備しろや」
長門「流石は提督だ。開口一番で人の心を自然とささくれだたせる事に関しては天才だな」
提督「なんだ図星つかれて返す言葉もないのか?」
長門「呆れてものも言えないだけだ」
提督「ほぅ、昨晩マジで泣きべそかいてたビッグセブンは言う事が違うねぇ」
長門「コントローラを床に叩きつけようと何度も葛藤していた提督も中々のものだったぞ」
提督「よっしゃ言ったな良い度胸だ。また今晩俺のとこ来いや。
 次は全力で泣かせるからバスタオル忘れんなよ」
長門「ついでに私の部屋から予備のコントローラを幾つか持ってきておこう。
 いい大人が物に当たることが出来る様を心おきなく楽しめそうだ」
提督「あ?」
長門「お?」
時雨「なんで二人とも朝からあんなにバチバチ火花散らしてるんだい?」
夕立「夜遅くまでゲームして遊んでたんだけど、なんかそこでケンカしたっぽい」
時雨「……僕が貸したドカポンが原因じゃありませんように」
181:
― 15 ―
? 自販機前にて ?
 暁「……」ピッ
 暁「……」ガシャン
 暁「……」
 暁「……」
182:
 暁「ついに、ついに購入してしまったわ」
 暁「大人への第一歩。一人前のレディになるには避けて通れない道」
 暁「普段から憧れていたけれど、いざこうして手に取ると緊張するわね」
 暁「でも、でも提督だって普段から手にしてるし、私が買っても問題ないわよね!」
 暁「前に買おうとしたら『暁ちゃんにはまだ早いっ!』なんて止められたけれど」
 暁「あ、暁だってもう大人なんだから! こんなの全然余裕に決まってるじゃないっ」
 暁「これを越えればレディとしての経験値がすっごく高くなる。
 雷や電にもあとで体験した事を話せば、姉としての威厳はさらにアップ。いいこと尽くめね」
 暁「誰だって初めてはあるわ。挑戦あるのみよ!」
 暁「……ブラックコーヒー、見てなさい!」
183:
 暁(でもコレって凄く苦いらしいのよね)
 暁(前に響が飲もうとしていたけれど、少し口に含んだ瞬間に無表情で吹き散らしていたわ)
 暁(そのあとにずっと歯磨きとうがいしてたから、相当なものだったんでしょうね)
 暁(べ、別に暁ならへっちゃらだし!)
 暁(でも美味しくないのよね……や、やっぱり甘いカフェオレにしておけばよかったかな)
 暁(どうしよう、もう買っちゃったから返品できないし。 もう飲むしかないのかな…?)
 暁「むぅぅ???っ!」
長門「どうした、缶コーヒー片手に考え事か?」
 暁「長門おねえちゃん!?」
184:
 暁「どうしてここに?」
長門「少し休憩をしようと思ってな。飲み物を買いに来たんだ」
 暁「長門おねえちゃんは大人のレディだから、やっぱりコーヒーを買うのかしら?」
長門「いや、私は……」
 暁「あ、暁もいつものようにコーヒーを買ってみたわ。やっぱり午後の一服はこれが一番よね」
長門「そうか? 私はどちらかと言えば……」
 暁「やっぱりブルマンやキリマンジャロじゃないと、コーヒー飲んだ気にならないわ。
 長門おねえちゃんもそう思うでしょう?」
長門(手に持ってる缶の銘柄はアメリカンという事は突っ込んではいけないのだろう……)
 暁「一人前のレディは、海風にあたりながらブラックを嗜むものよね」
長門(……なるほど、そういう事か)
185:
長門「どれ、私も飲み物を買おうかな」 ピッ
 暁「あっ」
長門「おや?」 ガシャン
長門「おっとしまった、間違えてカフェオレのボタンを押してしまった。
 これは困ったなぁ。うっかりうっかり」
 暁(あ、ミルクたっぷりの甘くて美味しいカフェオレだ)
長門「今はコーヒーを飲みたい気分なのに、私とした事が迂闊だった。
 そうだ、もし良ければ暁ちゃんのコーヒーと交換してくれないか?」
 暁「え、えぇ…!?」
長門「なに、大まかに言ってしまえばこれもコーヒーみたいなものだろう。
 ブラックを飲むのはまたいずれの機会にして、まずは少しずつ慣らしてみればいいさ」
 暁「あ、暁は無理なんてしてないわ!」
長門「何の事だか分からんよ。それよりどうだ、交換の件は前向きに考えてくれたかな?」
 暁「……しょうがないわね。 おねえちゃんのお願いなら交換してもいいわ。
 それに一人前のレディは交渉だって優雅に承諾できるのよ!」
長門「ふふ、流石は一人前のレディだ。このビッグセブンも感服せざるを得ない」
186:
長門「暁ちゃん」
 暁「な、なに?」
長門「ゆっくりでいい。 ゆっくりでいいんだ」
 暁「……」
長門「先ほどのはもちろん、飲み方の話だ。慌てて飲むと零したりして大変だからな。
 ただ、もしも暁ちゃんが他に思い当たる事があるのなら、そう受け取ればいい」
 暁「……」
長門「ほら、しょんぼりするな。美味しいカフェオレでも午後は一服できるだろう?
 次は私と一緒にカフェオレでも飲みながら海風にあたろうじゃないか」
 暁「……うん、そうね。 そうするわ! じゃあ今度一緒にお茶しましょうね、長門おねえちゃん!」
長門「うむ、了解だ。 素敵なレディからのお誘いとあらば断るわけにはいかないな」
187:
長門「じゃあ私は執務室に戻るとする。また後でな」
 暁「うん、またね!」
 ??
長門「ふふ、背伸びする子も可愛いものだ」
長門「急いで大人になっても、心が追いつかなければ意味が無い。
 あの子ならきっとその本質に気付けるはず」
長門「それに気付くまで、あの子たちが大きくなるまで。
 ビッグセブンとして守り続けるのが我が使命の一つなのだろう」
長門「しかして……」
長門「……」
長門「カフェオレ、飲みたかったな……」
188:
長門「ブラックか……」
長門「……」
長門「……」
長門「……」ゴクッ
長門「にがっっッッ!!」
191:
― 16 ―
 電「司令官さん、おはようなのです」
 暁「本日はお日柄もよく、なのです」
提督「おぅ、おはよう。 朝から元気が良いな、なんだか励まされるわ」
 雷「今日もはりきっていくずち!」
 響「そうだね。遠征でしっかり結果を出してくるびき」
提督「!?」
192:
 暁「どうしたのです、司令官?」
 電「何かあったのなら相談してほしいのです」
提督「いやまぁ、電と暁はまぁ分かるんだが……」
 響「何か不自然なことでもあったのかいびき?」
 雷「そうそう、いつもどおりの私たちじゃないずち!」
提督「不自然しかないぞ、特に後半の二人。
 なんだよ語尾に“びき”やら“ずち”やら急につけだして」
 響「その気になれば語尾は“ぬい”に変えることだって出来るびき」
提督「そういう事を言ってるんじゃないのよ響ちゃん。あとゴメンね練度足りないからその語尾は当分先だわ」
193:
 暁「なーんだ、すぐにバレちゃった」
 電「さすがは司令官さんなのです」
 響「だから言ったじゃないか、司令官はすぐに気付く人だと」
 雷「……まぁ我ながら語尾に無理がありすぎるとは思ってたのよねー」
提督「おいおい、どういうこった。 なんかの遊びでもしていたのか?」
194:
 響「実は昨日の就寝前に長門さんと喋ってたんだけど、その際に口癖の話題があってね」
 電「私と暁は、語尾に『なのです』とつけちゃう口癖があるのですが……それが中々治らなくて」
 暁「一人前のレディを目指す身としては、由々しき事態と思ったわけ」
 雷「そしたらね、長門お姉ちゃんがこう言ったの。
 『むしろ個性は伸ばすべき。いっそ雷ちゃんと響ちゃんも名前の一部を語尾につけてみては?』って」
提督「ほぅほぅ」
 電「『ついでに提督がいつツッコミを入れるかイタズラでもしてみるか』という流れになったのです」
 暁「長門おねえちゃんは『私も参戦してみるが、あのボンクラ提督の事だから夕暮れまで気付かないだろうな』って…。
 あっ、今のなし! なんでもないわ、別にそういう話をしたって夢を見ただけなんだから!」
提督「……あのぽんこつにはあえてツッコミ無しで一日過ごしてみるか」
195:
? 執務室 ?
コンコン、コンコン
< 提督、私だ。
提督「入っていいぞ」
ガチャ
提督「よぅ、おはようさん」
長門「提督、おはようだもん。 今日も一日頑張ってみるもん!」
提督「アカン言いたい事が多すぎてがツッコミが渋滞してる」
204:
― 17 ―
長門「提督、髪が伸びたな」
提督「言われてみればそうだな。ここ数ヶ月は髪切ってねぇや」
長門「私がしてやっても構わんぞ?」
提督「なんで戦意高揚しているときみたいにキラキラしてんだよお前」
長門「一度やってみたかったんだ、誰かの髪を切るという行為を。
 だが駆逐艦ちゃん達にそれを頼むのは流石に憚られてな」
提督「なんだ、そんなに俺提督の髪に触ってみたかったのか」
長門「提督なら失敗しても軍帽かぶればどうにかなるだろう」
提督「おぅ遠まわしな実験台扱いやめろや」
長門「流石にぞんざいな扱いにはせんよ。人身御供とでも捉えてくれ」
提督「その失敗前提で話を進めるなっつってんだよ、あんぽんたん」
205:
提督「まぁいいや。理髪店に行く手間も省けるし、一つお願いしてみるわ」
長門「相分かった。このビッグセブンに任せておくがいい」
提督「ちなみにどういう髪型にするのか考えてるのか?」
長門「こういう時は雑誌を見るのが普通なのだろうが、それでは二流だな」
提督「やだ三流未満のド素人がすごく怖いこと言い出した」
長門「私の愛読書から参考になる男前を脳内で選んでみたから安心してくれ」
206:
提督「ちなみに愛読書のタイトルは?」
長門「“北○の拳”」
提督「今回のカットでモチーフとなる人物を一言で言えば?」
長門「聖帝」
提督「失敗したら?」
長門「モヒカン!」
提督「よしこの話は無かったことにしよう」
209:
― 18 ―
提督「そういや長門、明日は間宮デパートが港に着くぞ。駆逐艦ちゃん達は皆行くらしいが、お前はどうするんだ?」
長門「いくぞ提督、通帳の残高は充分か?」
提督「おぅ待てや。会話を3段くらいぶっ飛ばして話を進めんなや」
長門「提督が私とデートをしたいという話ではなかったのか?」
提督「デートどうこうは置いといて、まぁ一緒に買い物行こうか誘おうとしたのは事実よ。
 だが何でお前は俺提督の残金を確認したのかね?」
長門「“ゴチ”という概念を説明するべきだろうか」
提督「“割り勘”という一般常識を説明してやろうか」
210:
長門「まぁ先ほどのは冗談だ。ちゃんと自分の給与から出すつもりだよ」
提督「おぅ心底ホッとするわ。で、明日は暇なら昼過ぎに時間空けとけよ」
長門「昼食はどうするつもりだ?」
提督「とりあえず先に食っとけ。俺提督は昼前にちょっと仕事があるんでな。
 そこまで遅くはならないだろうから、ヒトサンマルマルに間宮デパート内のカフェ集合でいいか?」
長門「了解した。 ふふ、楽しみだな」
提督「ああ、全くだ」
211:
?翌日 間宮デパート内にて?
提督「遅いな、アイツ」
提督「予定時間と集合場所はちゃんと伝えた筈だが、もしかしてどこのカフェか分からなくなってるのか?」
提督「まぁ何だかんだで長門も女の子だ。身支度に時間でもかかっているのだろうし、こうして待つのも悪くない」
提督「それにしても、デートか」
提督「……紅茶の女神を思い出すわ」
212:
提督「……あれ? あいつマジで遅くね?」
提督「流石にお茶のおかわり5杯目となると店員の目が気まずいわ」
提督「ホントどんだけ気合を入れてきてるんだ」
ピーンポーンパーンポーン
提督「ん、館内放送か?」
213:
< 迷子のお知らせをします、迷子のお知らせをします
提督「まぁ間宮デパートは内装かなり広いからな。もしかしたらうちの駆逐ちゃんかも知れんし、耳すませてみるか」
< ラバウル基地よりお越しの? 凪原提督、凪原提督さま?
提督「俺提督の名前じゃねぇか!?」
< 長月ちゃんがお待ちですので、迷子センターまでお越しの程、お願い致します
提督「うち長月いねぇよ!?」
214:
?迷子センターにて?
提督「……」
長門「……」
提督「……いつの間にお前は睦月型の駆逐艦になったんだ?」
長門「駆逐艦、長トゥキだ。敵駆逐艦との殴り合いなら任せておけ」
提督「うるせぇぶっとばすぞビッグセブン」
215:
長門「まさかここまで間宮デパートが広いとは思わなくてな。呼び出すにはこのセンターが手っ取り早かったんだ」
提督「お前の他には誰も迷子になってない時点でお察しだわ」
長門「恥ずかしながら、間宮デパートはいつも迷子になってな。未だに慣れないんだ」
提督「ったく、ほら手ぇ出せ」
長門「?」
提督「しょうがねぇから手ぇ繋いでやる。 迷子を保護するのは提督の務めだからな」
長門「……」
提督「ほれ、早くしろ。俺が色々耐え切れんぞ」
長門「……」ギュッ
提督「全く、とっとと繋げってんだ。恥ずかしさなんて迷子センターの世話になってる時点で臨界点突破するだろうが」
長門「……」
提督「なんか喋ってくださいマジで恥ずかしくて顔見れないんですが」
216:
??
雷「今日はたーっくさんお買い物できたわね!」
電「集めていたふかふかクッションの新作が買えて嬉しいのです!」
響「暁は何を買ったんだい?」
暁「基本的にはお洋服ね。あとはレディとしての嗜みでお花の香りがする香水を買ったわ!」
電「はわわ、香水なんて大人っぽいのです!」
暁「ふふん、そうでしょ」
雷「ちなみにどんなお花の匂いなの?」
暁「ラフレシアっていうお花よ。 熱帯地域で咲くお花だから、きっと太陽のような匂いと思うわ」
電「お部屋に帰ったら早使ってみてほしいのです」
響「どうやら窓は全開にしておいた方がよさそうだね」
218:
響「おや、あれはひょっとして……」
暁「司令官と長門おねえちゃんじゃない? おーい、二人と……むぐっ!」
雷「しーっ! レディならあの光景は見れば分かるでしょ?」
響「二人とも手を繋いでいるからデートかな」
電「でも、なんで二人とも下を向いて歩いているのです?」
暁「遠目からだからよく分からないけれど、なんか顔も真っ赤な気がするわ」
雷「……ふふ、そっとしておきましょ♪」
219:
― 19 ―
提督「おいレベルビッグセブンティーン」
長門「外見年齢で人を呼ぶのは止めてほしいものだな」
提督「次の入渠では耳の中までしっかり洗って来いや。 
 そんな事よりも、だ。 我が艦隊で発生している由々しき事態について相談がある」
長門「由々しき事態か。慢性的な資材不足はもう慣れたが、他に何かあったのか?」
提督「それ以外にあるとでも思ってんのか?」
220:
提督「我が艦隊は駆逐艦が多いのは周知の事実だろう」
長門「楽園だな」
提督「真顔で危険な発言をぶっこんでくる戦艦様はおいといて、最近はその辺りが少し問題かと思っている」
長門「む?」
提督「よくよく思い返したら、駆逐艦とお前しか艦娘がいなかった」
長門「ピーキーすぎる鎮守府選手権が開催されたら上位入賞は間違いないな」
提督「憲兵が抜き打ちでマイ鎮守府に来る程度には周囲にロリコン疑惑が流れてんだよ阿呆」
221:
提督「で、だ。 そろそろ軽巡か軽空母でもほしいと思ってたところに……」
長門「ところに?」
提督「燃料不足ときたもんだ。これでは建造はもとい、出撃すらままならん」
長門「ほぅ、大変だな。 まぁその辺りは提督の運用方法が問われているんだろう」
提督「ときに長門よ」
長門「なんだ?」
提督「先日の報告会で電から聞いたのだが、備蓄燃料で流しソーメンをした大馬鹿者がいるとのことだが」
長門「……」
提督「心当たりは?」
長門「ふふん、ない筈がないだろう」
提督「おぅその清清しい顔立ちで堂々とした自白やめろや」
222:
提督「まぁ無い袖は振れないからな。 むしろ今後どうするかを考えるべきだろう。
 そこで第一歩としてどうやって節約をするべきかをお前に相談してみたのよ」
長門「そうだな、むぅ……」
提督「なんか良いアイデアはあるか?」
長門「素人の私が口を出すのもなんだが、提督に一つ “いい話” がある」
提督「マジで!?」
長門「少し長くかかるが構わないか?」
提督「全然構わんぞ。内容の良し悪しは聞いてから判断するわ」
長門「では、僭越ながら……」
223:
すぐに再就職できると思っていたが、なかなか見つからず、
仕方なく親戚が支配人をやっているファミレスに三ヶ月ほどバイトすることになった。
その時、たくさんの家族連れやカップルを見てきたが、
子供の世話ってどの家族連れも母親がするもんなんだな。
暖かい食事を持っていっても、嫁さんは子供に食べさせたりして、暖かかった皿はどんどん冷めていく…。
逆に旦那は、子供が何をしようが嫁さんの飯が冷めようが、お構いなしに自分の分を平らげていく。
旦那が食べ終わると、子供の世話をする人もいれば、そのまま新聞なんかを読み出す人もいる。
どっちにせよ、暖かい食事を食べる嫁さんというのは結構少ない。
多分、家でもこうなんだろうな。
もし、俺に子供が生まれて、外で食事する時は、俺も面倒みてやろう。
嫁さんに暖かい食事を食べさせてやろう。
そう思った。
それからしばらくして、俺は前より給料は安いものの、それなりに待遇の良い会社へ再就職した。
そして子供にも恵まれた。
ファミレスに食べにいった時、子供の世話をする嫁さんとその皿を見てふと思い出した。
「あぁ。俺、あの時の旦那と同じことしてるな」と。
「俺が面倒みるから、お前、先に食えよ」
そういうと嫁さんは驚いた顔をした。
家にいても滅多に子供の面倒をみることもないから。
嫁さんは「悪いから……」といったが「いいから、ほら」と嫁の手から娘用のスプーンを取り、娘に食べさせた。
嫁は小さく「ありがとう」と言い、暖かい食事を食べ始めた。
嫁はいつもより早口で食事をし、俺と交替した。
俺の手からスプーンを受け取る時、「ありがとう……本当にありがとうね……」と何故か涙ぐんでいた。
俺の皿には冷めた料理がのっていたが、それでも美味く感じた。
224:
提督「……」
長門「……」
提督「……」
長門「……」
提督「バガヤロ゛ウ……誰がマジでいい話しろっつった……」
長門「ずまな゛い゛……本で読んですごくいい話だっだがら゛……」
 曙「節約の話はどこいったのよ……」
231:
― 20 ―
?執務室?
提督「むぅ、こりゃひどい」
提督「いざこうして出ないもんだと実感するとヘコむなぁ」
提督「いやホント出ないな」
長門「どうした便秘か?」
提督「お前と一緒にすんなや」
長門「ほう、随分堂々としたセクハラだな」
提督「見事な放物線を描くブーメランだな」
232:
長門「改めて、一体どうしたんだ。何とも辛気臭……深刻な顔をして思い悩んでいたようだが」
提督「はっはっは、憂いを纏ったハンサム顔で悪かったな」
長門「……」
提督「無言で眉間にシワを寄せるのは勘弁してください」
233:
提督「まぁ、さっきのはマイ鎮守府の装備資料を見ていたんだ」
長門「私も拝見していいか?」
提督「あいよ」
長門「ふむ、これはまた砲台特化の装備一覧としか言いようがないな」
提督「46cm連装砲狙いでレシピを回した結果よ。 ながっちゃん、そろそろ本気出してもいいんだぜ?」
長門「おいおい提督、心外だな。 むしろレシピが間違っているという可能性もあるだろう?」
提督「確かにこんだけ出ないとその件も考慮すべきかも分からん。
 ……うっし、今日は工廠で声出し確認しながらやってみっか」
長門「了解した」
234:
提督「妖精と資材の準備はどうだ?」
長門「うむ、問題ない」
提督「では早取り掛かるぞ」
長門「相分かった。声出し確認を頼む」
提督「燃料」
長門「10」
提督「弾薬」
長門「251」
提督「鋼材」
長門「250」
提督「ボーキ」
長門「10」
提督「以上四点、不備無し確認、良し!」
長門「精製開始!」
 【 61cm三連装魚雷 】
長門「うむ、駆逐艦ちゃんへの土産ができたな」
提督「おぅこらちょっと待てやビッグセブン」
235:
提督「こりゃ今日もアカン流れじゃないのかね長門くん」
長門「そんな私から一つ案がある」
提督「利が出そうなものなら聞いてやるわ」
長門「普段どおり淡々とこなすから結果も自然と普段のままではなかろうか?」
提督「ほほぅ」
長門「精神論は前時代的かも知れないが、やはり応援などの励ましがあると結果が違うかも知れん」
提督「応援?」
長門「提督が気合を込めて私にエールを送れば46cm連装砲への道が開ける可能性だってある、ということだ」
提督「何やらオカルトチックではあるが……現状の打開という意味合いで試してみるか」
236:
提督「では、改めて声出し確認をするぞ」
長門「了解」
提督「燃料!」
長門「10」
提督「弾薬!」
長門「251」
提督「鋼材!」
長門「250」
提督「ボーキ!」
長門「10」
提督「以上四点、不備無し確認、良し! 流石は稀代のビッグセブン!」
長門「精製開始!」
提督「あ、そーれ! なっがっと! なっがっと!
 よさこいえんやこーら! なっがっと! なっがっと!」
 【 61cm四連装魚雷 】
長門「提督、少々うるさいぞ」
提督「今ものっすごく応援した事を後悔してるわチクショウ」
237:
長門「他に理由をつけるとすれば……」
提督「すれば?」
長門「ただ弾薬や鋼材を練り込んで武器を作る、という過程の作業こそが原因になってるかも知れん」
提督「そりゃどういう意味だ?」
長門「イマジネーションの問題だ。 
 燃料や弾薬などに具体的な内容を持たせることで、作り手側の私や妖精に影響が出る場合もあるだろう」
提督「昔で言う“油の一滴は血の一滴”みたいに、なんらかの比喩表現を持たせりゃ変わるかもって事か」
238:
提督「では、再三言うが声出し確認をするぞ」
長門「了解」
提督「業火の種とも成り、万物を守る盾とも成る、無限大のパーセンテージリキッド。 燃料!」
長門「10」
提督「吼える魂を乗せて敵を貫く為の寄り代。心が柄なれば、その剣の名前は。 弾薬!」
長門「251」
提督「よく見れば命を刈り取る形をしているだろう? 鋼材!」
長門「250」
提督「そしてそれらを顕現せしめん、胎動する一律無二の産物を示せ! ボーキ!」
長門「10」
提督「出でよ、46cm連装砲!」
長門「精製開始!」
 【 14cm単装砲 】
長門「これは笑うなという方が不可能だ」
提督「……頬めっちゃ膨らませて笑いを堪えている今のお前のフェイス、腹立つ事この上なしだわ」
239:
長門「中学生の妄想みたいな事を淀みなくつらつらと話すとは……恥ずかしい人だな」
提督「今手元に自決用の拳銃があれば、躊躇なく自分の頭を打ち抜ける自信あるわ」
長門「これしかないが大丈夫か?」
提督「さっき作った14cm単装砲を差し出してくれるとは優しいやつめ、はっはっは」
長門「妖精たちも一緒に聞いていたが皆がみな赤面していたぞ、はっはっは」
提督「なにこれもうしにたい」
250:
― 21 ―
提督「むぅ、ながとー。今日は朝からずっと資料とにらめっこ状態でしんどいぞー」
長門「なんとなく思うのだが、ここの鎮守府はどうにも事務業が多い気がするな」
提督「どこの鎮守府だってこんなもんよ。 それよりどうだ、昼下がりで良い頃合だしがっつり休憩でもとるか?」
長門「賛同する。 休憩がてらにとりあえず出前でうな重とピザと寿司でも頼むとしよう」
提督「とりあえず、で頼むにしては重すぎませんか長門さん? 俺の知らないこの数秒の間で祝い事でもあったの?」
251:
長門「まぁ先ほどのは単なる冗談だ。 缶コーヒーでも買ってくるとしよう」
提督「いや、缶コーヒーはいい。俺提督にとって仕事しながら飲むもんだな、あれは。
 思ったよりも業務が捗って随分と捌けているから、ちゃんと一時間くらい休もうぜ」
長門「む?」
提督「とりあえずお前は座ってろ。ちょいと紅茶をいれてくるわ」
長門「それは有り難い。 だが待っているのも申し訳ないから、お茶請けの準備くらいはしておこう」
提督「おぅ、頼んだぞ」
長門「紅茶と言えばスコーンか。 確か前に買っていたものが残っていたはず……」
提督「へぇ、お前も以外と女子力あるんだな。 スコーンを食べる姿はあまり想像できなかったわ」
長門「二言三言と多い人だな、全く以って失礼だ」
提督「悪い悪い。 まぁ意外性を持っているのは良い事じゃねぇか」
長門「そんなものか? おっと、あったあった。 やはり買い溜めしておいて正解だったな」
提督「……」
長門「なんだその苦虫を噛み潰して反芻しているような渋い顔は」
提督「いや、しっくりきたわ。 お前がスナック菓子のスコーンをぼりぼり食う姿、実になじむわ」
長門「……他にもスコーンという名前のお菓子があるのか?」
提督「英国紳士が聞いたら卒倒しそうな台詞だなオイ」
252:
提督「バーベキュー味のお茶請けで飲む紅茶はさぞ美味かろう」
長門「他にもカ○ムーチョやらポ○ンキーもあるから味のバリエーションは豊富だな」
提督「……まぁいいわ、紅茶ついでに今日はスコーンも作ってみるか」
長門「今から揚げるとなると地味に時間がかかりそうなのだが大丈夫か?」
提督「スナック菓子から離れろっての。なんか普通にそっちのスコーン食いたくなるわ……」
253:
?30分後?
提督「あいよ、ウヴァのミルクティーとイングリッシュ・スコーンの出来上がりっと」
長門「おお……これは、なんとも上品で美味しそうではないか……!」
提督「だろ?」
長門「では、早頂いてもいいか?」
提督「召し上がれ。 出来立てだから熱いんで火傷には……」
長門「あっつッッッ!!」
提督「ほんと期待を裏切らないぽんこつっぷりですわ」
254:
長門「いや、しかして本当に美味しい。スコーンもさながら、紅茶はそこらの喫茶店より味が上だと思う」
提督「お前も味の良し悪しが分かるのは意外だが、褒め言葉は素直に受け取っておくか」
長門「味も私好みで、素晴らしい」
提督「お前の事ばかり考えて作ってたら自然と美味しくできるんだなぁ」
長門「……うん」
255:
長門「こうしてちゃんとした休憩時間には紅茶を振舞ってくれるのは有り難い」
提督「ティータイムは大事にしないとね、ってのは恩人からの教えなんだよ」
長門「以前から不思議に感じていたのだが」
提督「ん?」
長門「提督はなんで紅茶をいれるのがこんなにも上手なんだ?」
提督「そりゃ淹れ方を教えてくれた人が上手だったからな」
長門「ほぅ、師がいたのか」
提督「まぁな。紅茶は自分で何度もいれてきたけれど、未だあの人を超える味は出せてないわ」
長門「ほぅ」
提督「あの人を思い出して作る紅茶は何故か塩辛くなるんで、中々うまくできないってのもあるが」
長門「そうか」
提督「でもな、お前にいれる際は自然と上手にできるのは本当に不思議だ。
 カップに注ぐとお前の笑顔が紅茶の水面に浮かぶようで、妙に美味いものができる」
長門「……そうか」
提督「なんで笑ってるんだよ。俺提督なんか変なこと言ってた?」
長門「……ふふ、言ってたぞ。本当に鈍感な人だな」
提督「?」
256:
― 22 ―  ※21の後日談
長門「提督、お茶をいれてくれ」
提督「阿呆かお前が淹れてこいや。どっちが秘書艦だよ」
長門「いいではないか。 なんだか紅茶が飲みたい気分なんだ」
提督「ほらよ、130円やっから漢字四文字のミルクティー缶でも買ってくればいいだろに」
長門「むぅ、私は提督の淹れたものが飲みたいんだが」
提督「やだよ面倒だし。 それに休憩にはまだ早すぎる時間だぞ」
長門「……では、一つゲームをしないか?」
提督「ん、ゲーム? まぁ話してみろや」
長門(本当に乗りやすいというか何というか。これがボンクラの所以か)
提督「お前なんか失礼な事考えてないか?」
長門「何のことだか」
257:
長門「俗に言う“利き紅茶”というやつだ。
 提督の淹れた紅茶の種類を当てることが出来たら私の勝ち、外したら提督の負けというルールでどうだ?」
提督「おぅ待てや。お前の勝率が10割になってんぞコラ」
長門「チッ」
提督「まぁいいぞ、気晴らしに乗ってやろう。
 俺の淹れた茶の銘柄をお前が当てるか外すか、ってな勝負内容な。 賭けるものは?」
長門「今日のB定食デザート、杏仁豆腐をベットしよう」
提督「なにっ!? お前がデザートを賭けるとか、まさか余程の自信があるのか!?」
長門「ふふん、違いの分かる女っぷりをそろそろ見せ付けておこうと思ってな」
提督「面白い、受けてたとう。 作ってくるから10分待ってろ」
長門(計画どおり……っ!)ニヤリ
258:
長門(この計画のキモは杏仁豆腐を賭けた戦いではない)
長門(むしろもっと前半、勝負することそのものが私の狙い)
長門(この賭けの真の目的は、『提督のいれた紅茶を飲むこと』なのだから!)
長門(利き紅茶を行なうことで提督は図らずとも紅茶を振舞うことになる)
長門(その味が堪能できれば計画のほぼ8割は完遂される)
長門(残りの2割は賭け事になるが、そのための布石も準備済)
長門(アップルティ・セイロン・ダージリンの三つのみをティーボックスに準備して、他の紅茶は別所に保管しておく)
長門(必然的にその三択になるが、味として分かり易いアップルを出すのは除外するだろう)
長門(残るはセイロンとダージリンの2つ。これは……勘でどうにかする!)
長門(確率5割で当たるギャンブルは充分に勝負する価値があるというものだよ、提督)
長門「くっくっく……」
提督「悪い顔してんなぁ、お前……」
259:
提督「色で判断されると公平性を期すから、タンブラーに入れて準備しておいたぞ」
長門「なるほど。確かに色を見ればかなり絞れそうだからな」
提督「さぁ、飲んでみれ」
長門「では、いただきます」
長門(ふっ、勝ったな……) グビッ
長門「!?」
長門「な、なにっ!?」
提督「何をそんなに驚いてるんだ、ほれ回答はよ」
長門「す、少し考えさせてほしい」
提督「20秒くらいは待ってやろう」
260:
長門(おかしい、おかしいぞ…)
長門(普段は紅茶を飲まない私が、これを飲んだときに感じたもの)
長門(それは、『安心感』…ッ!)
長門(これでなければならない、とまで思わせそうな程の慣れ親しんだ味)
長門(違和感というものすらも溶かしきった、何杯でも飲みたくなるようなこの素晴らしさ)
長門(何だ、何なんだこれは!?)
261:
長門(アップルではない、それだけは言える)
長門(だが、裏を返せば『それだけしか言えない』ということでもある)
長門(セイロンなのか、ダージリンか? それとも提督秘蔵の茶葉を出してきているのか!?)
長門(くっ、分からない。 この美味しさが何なのか、皆目検討がつかない!)
262:
提督「はいタイムオーバー。 さぁながっちゃん、回答をもらおうか」
長門「くっ、わ、私が飲んだのは!」
提督「飲んだのは?」
長門「……ダージリンだ!」
263:
?昼食?
提督「あー美味い。今日の杏仁豆腐はおいしーなー。普段よりも甘みが増していて不思議だなー」
長門「……」
提督「なんでこんなに美味しいのかなー。 何か隠し味があるのかなー?」
長門「……」
提督「あ、なるほど分かったぞー。これは勝利の味なのかー。 こいつぁ美味しい筈ですわー!」
長門「…る、いぞ…」
提督「ん?」
長門「ずるい、ずるいぞ!」
提督「なに言ってんだか。 業務の合間に飲んでるグリーンティ(緑茶)は格別だっただろう?」
長門「紅茶じゃないだろうあれは!」
提督「いーえ、大定義で言えば紅茶の一種です。それに普段飲んでて分からなかったお前もどうなのよ?」
長門「ぐっ……」
提督「さて、午後からもう一勝負するか?」
長門「……遠慮しておこう」
264:
― 23 ―
長門「最近はすっかり涼しくなったと思う」
提督「夜なんか冷え込んでるから、寝巻きに使っていた甚平もそろそろ押入れにしまわないとな」
長門「潮風も寂しさの気配を滲ませている。もう夏は過ぎたのだな」
提督「今年は夏っぽい事あんまり出来なかったのが悔やまれるわ」
長門「今からでも擬似的に夏を味わるのなら良いのだが」
提督「夏、ねぇ。 季節外れに俺提督の語る怪談ナイトとか?」
長門「おいおい、提督の怖い話なぞどうせ飲みかけのビールに蛞蝓が大量に忍び込んでいたとかだろう?」
提督「なにそれクッソ怖いんですけど」
265:
提督「どれ、じゃあ何か怖い話でも語ってみるか」
長門「ふむ、聞いてやろうではないか」
提督「そう言いながら耳栓の準備すんなや」
266:
これは俺の先輩が中学生の頃に体験した話。
当時は写真の裏にその人への思いを書いて、一学期間ずっと隠しておくと思いが叶う、というジンクスが流行していた。
皆が生徒手帳に思い人の写真を入れる場合がほとんどだったから、手帳を落とした際の女子はかなり慌てていたんだと。
男子も例外ではなかったが、この手の話は女子の方が浸透しやすいみたいだな。
ただ、人間ドロドロした感情の方が割と強いというか、悪質なものが結構あったみたいで
とあるクラスでは女友達同士がお互いの写真を隠していて、
その両方の写真の裏にはマジックで大きく「死ね」って書かれていたケースもあり
学校側としてはこの流行を問題視してた。
そのジンクスが蔓延していた頃には
帰りのHRで担任が遠まわしに、「おまじないや占いに頼りすぎるのは良くないよ」と言われていたくらいだと。
267:
そんなある日、先輩のクラスでも一つ事件があった。
男子の中でも結構イジられているけれど底抜けに明るい生徒、俗に言う愛すべき馬鹿的な立ち位置の奴だな。
朝みんなが来たときに、その男子の生徒手帳が彼の机の上でビリビリに破かれていた。
これには流石に普段その子をイジってる男子も、「これ誰がやったんや?」と割と怒っていたそうだ。
更に性質が悪いのは、その生徒手帳は最初のページに生徒本人の写真を貼る部分があって
そこだけページごと無くなっていた。
先生や生徒たちも、例のおまじないを試そうとした奴の愉快犯、って事で考えて
結局犯人探しとかはせずに、生徒手帳の再発行という形で 有耶無耶のままその話は終わり。
ただこれ、実は一人だけ犯人見てる奴がいたんだ。
そう、俺にこの話をしてくれた先輩本人だよ。
268:
その先輩、家に居づらい時期があったそうで、誰よりも早く学校に行ってた頃にこの事件に遭遇したんだと。
その日、いつもどおり学校に早く着いて教室の鍵を開けたら既にその男子の生徒手帳が机の上に散乱していたという。
ただ、その男子の机の前に、古めかしい制服の女の子が立っていて
先輩が教室に入ってきた途端に、スッと姿が見えなくなった。
我が目を疑って何度も目をこするも、そこに残るのはがらんとうの教室だけ。
「こんな話をしても、どうせ嘘と思われるし、もう終わった事だから別に誰にも言わなくていいや」と
思っていたから喋らずにいようと決めていたそうなんだが
その事件があって以来、誰もいない朝の教室に入る度に件の男子の机の前に女学生が立ちすくんでいる姿が見えて、
先輩が「あっ!」と思うと同時にスーッと消えていく。 気配にやたら敏感なんだろうな。
269:
流石に何度も繰り返していると慣れてきたのか、教室に入るたびに驚くことはなくなった。
ただ一度、どんな顔をしているのか気になって教室の外窓からこっそり覗いてみた事があった、とは先輩談。
その時にどんな顔をしていたか聞いてみると、先輩曰く「ゾッとした」。
その女学生の顔、男の子の席をじっと眺めてから にやぁ……っ って笑い続けていたんだって。
さらにその女子生徒の幽霊らしきもの、授業中にも見え始めてきたと。
何気なく後ろのロッカーを振り返ったら、その人が手帳破られた男子を睨むようにずーっと見つめている。
なんとなく先輩は感づいた。
ああ、この幽霊が多分手帳を破ったんだな、と。
270:
それからしばらくして、夏休み前最後の学校、終業式の頃。
先輩は家に居づらかったから、正直夏休みはあまり嬉しくないなあと思いながら
帰りのHRを終えて下駄箱から家路に着く頃、学校近辺にある小さな雑木林っぽい場所に、何か人影が見えたんだと。
ギョッとしながら目をこらすと、自分の学校の制服っぽい格好の人だったんで
その人が林の奥に進んでいくのが見えたから
「何やってんだろうな」と思いながらも 野次馬根性でその後をそっとつけてみた。
雑木林自体はそんな広くないから追いつけるかと思ったけれど、いざ林の中に入っても
実際にその人をいざ探すと見つからない。
ただ、少し奥まった所に古い漫画雑誌が不自然に一冊捨てられていた。
なんだろうな、と思いながらも軽くページを捲ろうとしたら、
とてもか細い声で「やめて……」と聞こえてきたそうで。
でも先輩は幻聴だと思い、雨に濡れてくたびれたその雑誌を捲ったら
その本から何かヒラヒラ落ちてきたんですって
その紙切れを見てゾッとしました。
以前あの生徒手帳が破られていて、写真のページが抜け落ちていた男子。
その無くなっていたページの部分そのものがそこに挟まれていた。
そして件のおなじないの事を思い出す。
一学期間、写真の裏に自分の思いを書いてバレなければ、それが叶う、と。
271:
おそるおそる写真の裏を見ると、そこにはさっき聞こえてきたような声のような
薄くて細い文字で一言だけ書かれていました。
 “ 好き ”
ふと後ろを見ると、今まで見えていた例の幽霊が、はにかんだ顔をしながら口に人差し指を縦に一本立てていました。
まるで、「内緒にしてね」といわんばかりに。
人間が人間相手に醜い感情を潜めながら写真を隠す一方で、下手すりゃ幽霊の方がまともなんじゃないか。
なんて事を思わずにはいられなかったって先輩は語ってたよ。
ちなみにこの幽霊、先輩が最後に見たのは中学校の卒業式。
最後のHRで後ろを振り返ると、あの古めかしい女子生徒の姿が一瞬見えた、と。
その視線は相変わらず、例の男子生徒を見ていたんだと。 なんともまぁ一途な幽霊だ。
その先輩、来月末に中学の同窓会が開かれるんだよ。
その同窓会に例の男子が来てくれて、まだあの幽霊が憑いていたら面白いな、と彼は秘かに思っている。
272:
提督「……ってな話なんだが」
長門「む、終わったか」キュポン
提督「お前まさかずっと耳栓していたんか」
長門「いや、しっかり聞いていたぞ。まさかあの場面でシンディが撃たれるとは予想外だった」
提督「俺めっちゃ長い独り言を喋ってたことになってると気付いて疲労困憊だわ……」
280:
― last ―  
数多の艦娘が沈んだ屍山血河の体現であり、秋風と共に訪れた鬼灯色の絶望。
“鉄底海峡”。
その阿鼻叫喚で構成された地獄絵図を踏破し、それどころか他の艦隊に紛れて周回を四度も重ねた伝説の艦隊名。
“お姉さんと胸熱駆逐艦隊”。
とある戦艦を旗艦にしたその艦隊は、鉄底海峡の三周目に挑んだ頃には誰からともなくこう呼ばれていた。
“salvager of ironbottom sound”。
鉄の屍と成って海底に眠る魂を救助する、偉大なる艦娘たちと。
281:
??
提督「さて、久々に大きい案件がきたぞ。 今回は敵軍の詳細がほぼ全てアンノゥンだとよ」
長門「ほぅ。敵側の新勢力というわけか」
提督「ご名答。 霞の如きその有体を、軍部は通称“霧の艦隊”と呼んでいる」
長門「霧の艦隊、か」
提督「一説によれば未確認のレーザー兵器を積んでいたり、規格外でもある弩級の潜水艦もいるとか」
長門「ふむ」
提督「不安か?」
長門「いいや、全く。 むしろこういう危機に飛び込んでこそ、見えてくるものがあるだろう」
提督「そりゃ頼もしいかぎり」
長門「名言で喩えれば……シチューにカツ有り、というやつだ」
提督「随分とコレステロール高そうな名言だなおい」
282:
長門「むしろ不安なのは提督の方だろう?」
提督「あん?」
長門「あの戦いで上層部から随分と『お気に入り』になっているからな。
 我らが艦隊が未確認敵艦の迎撃戦に選ばれたというのは、即ち『そういう事』だ」
提督「……」
長門「ノーブル・オブリゲーション。 持つべき者として責務を果たし、向かい合え、提督。
 戦果を残してしまったからには、そろそろボンクラの仮面も外さなければならないぞ」
提督「なんだ、お見通しじゃねぇか」
長門「どれだけ提督の傍にいると思っているんだ。 健やかなときも、病めるときも一緒だったろうに。
 なに、このビッグセブンが居るんだ。安心するといい。文字通り、大船に乗ったつもりでな」
提督「今日のお前は饒舌だな」
長門「そうか?」
提督「ありがとう、長門。 俺は涙が出そうだよ」
283:
長門「さて、辛気くさいのはここまでだ。 腹が減っては何とやら。 そろそろ夕食でも食べようではないか」
提督「おぅ、今日は気分がいいからメシくらい奢ってやる。 なんでも好きなのを頼んで良いぞ」
長門「ん?」
提督「おぅその『今なんでもいいって言ったよな?よっしゃ遠慮せず高いヤツ食うか』っていうニヤけ顔やめろや」
長門「だが確かに言ったではないか」
提督「常識と良識を弁えた程度に、って言葉の裏くらい読めるだろ阿呆」
長門「仕方ない、寿司・すき焼き・テンプラのどれか…」
提督「そうそう。そういうのなら財布の紐くらい多少は緩くなるもんよ」
長門「を、15人前くらいで遠慮しておくか」
提督「今緩んだ筈の紐が三重くらい固結びにしてキュッと絞まったわ」
長門「おいおい財布の紐が固すぎるのも考え物だぞ、ボンクラ提督」
提督「大食いすぎるのもそりゃどうなんだ、ぽんこつビッグセブン」
長門「お?」
提督「あ?」
 響「……いい話かなと思ったらこれだ」
 電「……ヤクザ顔負けの迫力で睨みあうのはやめてほしいのです」
284:
後に海軍の生ける伝説となる、とある提督。
かの者が率いた艦隊は誰一人として沈む事無く、そして何より所属する艦娘の全てが幸せそうだったという。
285:
その提督は秘書艦と顔を合わせれば小言や軽口の応酬、喧嘩ばかりをしていた。
だが不思議なもので、お互いとても楽しそうに言葉を交わすその様は
声の聞こえぬ遠目からは稀に愛を囁いているようにも見えたとか。
毎日が痴話喧嘩で溢れていた艦隊は、傍から見ればバカップルっぷりを毎日の如く見せ付けられていたようなもので。
その鎮守府では壁の修理が毎日のように行なわれていた。
286:
片方はその愛しい艦娘をぽんこつと呼び。
片方はその愛しい提督をボンクラと呼ぶ。
これは、生涯のうちで一度たりとも秘書艦を変えることが無かった提督の物語。
 ? END ?
287:
これにて終了。
読んで頂いて有難うございました。
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NARUTOのないジャンプを何かに例えるスレ

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