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薔薇師の水晶 第8話〜第14話


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846 :
847 :
木鬼「さっきから何回『待った』かましてるんだよ」
河童「いや、ちげーし。将棋のルールが俺の知ってるのと違うから戸惑ってるだけだし。初心者には優しくしてくれYO!」
木鬼「将棋のルールなんて全国一緒だろうが」
河童「だって盤の端から端にワープできないとかありえねーし」
木鬼「アホか。そんなルール許したら一手目で玉が王取って終わるだろ」
河童「あ…」
木鬼「……」
河童「そ、それはともかくYO! 水晶ちゃん、今日はまだ帰ってこないの?」
木鬼「一週間は多分帰ってこないと思うぞ」
河童「えーッ!! なんで? そんなに!?」
木鬼「お前と言う奴は全く人の話を聞いていないな。あの子は薔薇師なんだ。
  薔薇の怪異の噂が有れば全国どこでも津々浦々、出っ張るんだよ」
河童「そうでしたっけ」
木鬼「第一の目的は、上位の薔薇が宿っていたとされる人形の遺体探しだが
  僕が薔薇の尾を引いて探せる範囲内には今、それらしき薔薇の気の渦巻きは見つからなかった」
河童「難しい話は苦手DEATH」
木鬼「近場に目当てが無ければ遠出するしかなかろう」
河童「あ、それ分かりやすい。最初からそう言ってYO!
  それと水晶ちゃん、折角左目あげたのにまた眼帯してたけど、ナンデ?」
木鬼「水晶の左目の穴は義眼と眼帯のセットにした方が呪いの抑制効果が高い。
  前、眼帯外していたのは義眼の移植直後だったからだ」
河童「ほへぇ?」
木鬼「…何が悲しゅうて妖怪もどき相手に何度も同じ講釈せにゃならんのだ」
河童「俺だって何が悲しくて男やもめの相手を…毎日水晶ちゃんを見ることだけが楽しみで、やって来てたのに」
木鬼「じゃあ、もう帰って冬眠でもしてろよ」
河童「まだ冬じゃねーし。あ、でも槐先生の冷たい視線で冬眠できそう」
木鬼「じゃあ見ててやるからここで寝ろ。眠ったら土に埋めてやる、深めに」
河童「なんか理不尽なぐらいキツイっすYO! 槐先生だって水晶ちゃんいなくて寂しくて暇なんでしょう?」
木鬼「そんなことは無い」
河童「だって今日、俺朝からいたけど、だーれもお客さん来なかったじゃない。
  開店休業、閑古鳥がピーチクパーチクさえずってますYO!」
木鬼「医者に閑古鳥が鳴くのは村が平和な証拠だ。大体ピーチクうるさいのは貴様だろう、アヒル口」
河童「そ、それじゃあこうしましょう。河童界隈で大流行の将棋特別ルール、将棋相撲!!」
木鬼「何が『それじゃあ』だ。それにお前、正確には河童じゃないだろう」
河童「まあまあ。ルールは簡単、お互い将棋を一手指した後に相撲を一つ取る。
  相撲を取り終えたら、またお互い一手指す。体力が尽きた方が負けってやつですYO!」
木鬼「それ殆ど相撲じゃねーか、ナマモノ」
河童「ふっふっふ、槐先生ともあろう方が怖いんですか?」
木鬼「なんだと?」
河童「水晶ちゃんも言ってたなぁ…『私、千代の富士みたいに強い人が好きなんです』って」
木鬼「…いいだろう、挑発に乗ってやるよ。それに前から言いたかっただけど
  お前が喋ると時代背景とか世界観とか片っ端から崩れていくんだよ」
河童「うるせぇーーー!! 行司を呼べぇーーー!!」
木鬼(勢いで無視しやがった。タイミングといい、声の大きさといい、できる…)
848 :
河童「かっかっか! 勝負ありだな槐先生」
木鬼「つ…強い。『くるくるエンちゃん』と呼ばれたこの僕の土俵際の粘りが通じないとは!」
河童「俺の実力を見誤っちゃあ困るYO! 伊達に人外に身を落としてないってばYO!」
木鬼「くっ、ふざけたキャラのせいで奴のポテンシャルを過小評価していたか…」
河童「それじゃあ約束通り、娘さんを僕に下さい」
木鬼「あんまり調子に乗ってっと皿割るぞナマモノ」
河童「…すんませんでした。これ皿に見えるけど普通に頭皮なんで勘弁して下さい」
木鬼「やれやれ。で、もう晩飯の時間だがどうする?」
河童「え?」
木鬼「食べていくのか? いかないのか?」
河童「え、槐先生! 何だかんだ言って優しいあなたが俺は大好きだ」
木鬼「味は保証できんぞ。いつもは水晶に作ってもらってるからな」
849 :
木鬼「さあな。あの子はそもそも一週間位なら食事をしなくても困らないからな」
河童「ええ!? 餓死とかしないのかYO! 本当に人間ですかい、あの娘?」
木鬼「お前が言うな河童モドキ。だが、あの子のことを『人間だ』と胸を張って言ってやれない僕がいるのも事実だ」
河童「?」
木鬼「いや、なんでもない。些細なことだ」
河童「何かよく分からないけど、槐先生も大変なんですね。あ、醤油とってくれません?」
木鬼「…ほら」
河童「ども。ところで彼女、薔薇の怪異を求めて遠出したって話でしたが、どんな異変があったんです?」
木鬼「西国から流れてきた噂話に薔薇の怪異の匂いがしたんで水晶に現場まで行ってもらった。
  実際、どんな薔薇の仕業かは水晶が帰ってからの報告待ちだな」
河童「じゃあ、せめてその噂話の内容だけでも教えてくださいYO!
  薔薇の仕業のスメルがするってんなら何か見当つけてるところもあるんでしょう?」
木鬼「いいだろう。まんざら、お前にも関係のない話でもないしな」
河童「へ?」
850 :
河童「ふむふむ」
木鬼「しかし、妻がその面を夫の家に持ち帰る途中の山道で雷に打たれて死亡。面と死体は沼に落ちた」
河童「ありゃりゃ、可哀想に」
木鬼「同行していた召使いの証言から沼をさらったが妻の死体は見つからず、般若面だけが見つかった。
  しかも、その般若の面は妻の顔とそっくりだったという」
河童「不気味っすね」
木鬼「夫である富豪は、周囲が諌めるのも聞かず、その般若面を妻の形見として保管していた」
河童「気持ちは分かるYO!」
木鬼「ところがある日、富豪は衝動的にその面を被って以来
  般若面が取れなくなってしまい、他人の前に姿を見せなくなったとさ」
河童「怪談にしちゃオチが弱くねえですか?」
木鬼「誰が怪談だと言った」
河童「冗談だYO! で、この話のどこに薔薇の仕業があるんDIE? 大方、その同行していた使用人ってのが
  あやしいYO! 適当ぶっこいて富豪のワイフと駆け落ちしたんじゃないのかYO!」
木鬼「発想が下世話な奴だな。途中、死体と面が沼に落ちたと言ったろう。
  沼には、落ちた死体を適当に合成する癖をもつ薔薇がいることがある」
河童「あ、それって」
木鬼「そう、翠物(みどりもの)の欲張り型だよ。般若面も見方を変えれば『木の死体』だ」
河童「でも、そりゃちょっとこじつけが過ぎませんかい?」
木鬼「二つの死体が沈んで、その両方の特徴を持った一つが見つかる。
  偶然にしちゃあ出来過ぎだと思うがな。般若の面が緑色に変わっていたなら確定なんだが…」
河童「噂話じゃあ、そこまではインコンプリート! 分かんなかった…と」
木鬼「黒薔薇師なんかは、人為的に合成獣を作る際に翠物を利用することもあるというが。
  植物と動物の合成というのも、前例…と言えるのは多くない」
河童「槐先生、また話が難しくなってきていますYO!」
木鬼「…七薔薇の一つに、翠星石と呼ばれる薔薇がいる。エデルロゼでは、その姿は海に棲む
  巨大な鮫(フカ)とされているんだが、目の前にある物を何でも食べる大食いだったらしい」
河童「先生?、僕は早くも話についてけません」
木鬼「その時に大量の海水も飲みこむもんだから定期的に空に向かって鰓や口から水を噴き出す。
  近くの陸地には塩気を含んだ雨が降り、植物を枯らした」
河童「先生?、僕を置いてかないでYO!」
木鬼「これは翠星石のゲップ、あるいはもうちょっと洒落て翠星石の如雨露と呼ばれる現象だが…
  まあとにかく植物は枯れるし、金属は錆びるしで迷惑だったらしい」
河童「……」
木鬼「もっと困ったのは翠星石が水と一緒に吐き出すペレット(未消化物)だ。
  なんでも丸呑みにするもんだからペレットがまだ生きていたということがある」
河童「……」
木鬼「食われた生き物がペレット内で混じり合ってたって言うのもザラだ。
  海藻とクジラが合体してたりな。エデルロゼ内の記述だから確かめる方法は無いが」
河童「…zZZ」
木鬼「だから栄養源となる相手を融合させる性質を持った薔薇に
  翠物って名前がつけられたのも、この翠星石の伝説にあやかってだ」
河童「…zZZ」
木鬼「一方で翠星石は多食の薔薇とされながらも多産の性質も持つとして、食う以上の生命を育んだとも…」
851 :
  まさか富豪の般若面の怪異がこんな事態になっていたとは、とても私の手に負える事件じゃない)
商人「よぉ! そこなお嬢さん、店の前でずっと悩んでないで何か買って行っておくれ! 美味しいよ!」
水晶「あ…いえ…」
商人「なんでぇ、ひやかしかい?」
水晶「す、すいません。ちょっと考え事を」
商人「なら、他のお客の邪魔だよ。どいたどいた…」
一樹「おっと、旦那。その鼈甲飴二つくれ。俺と、このお嬢さんの分だ」
水晶「か…一樹さん!?」
商人「へ、へい毎度!」
一樹「久しぶりですね水晶さん。飴をどうぞ」
水晶「あ、ありがとうございます。私も一樹さんにこんなところで、お会いできるとは」
一樹「俺は、また薔薇退治の話がたまったので桜田様の家にでも向かおうかと思って旅していたところです。
  それより、どうされたんです? 随分と悩まれていたようだが」
水晶「実は…」
852 :
  恥をかいた富豪が人に合わす顔が無く引きこもってただけだと!」
水晶「笑いごとじゃありませんよ」
一樹「いや失礼した。でもまあ、薔薇師の職業病ですよ。変わった話を聞いたら
  薔薇の仕業に結びつけてしまうのは。俺も何度か早とちりしたことがあります」
水晶「富豪の妻の顔が最初から般若に似ていたという事実がもう…」
一樹「はっはっは。事実は小説よりも奇なりってとこか?
  そのせいで般若の顔が妻に生き映しだとか、逆の噂が出ちまったんですな」
水晶「どっと疲れました」
一樹「いやいや全く、富豪も使用人も般若面の奥方のどこに惚れたんだか。
  他人様の好みに文句は言えませんが、それも不思議っちゃあ不思議ですな」
水晶「……」
一樹「ええと、水晶さんはこれからどうされるので?
  もうしばらく、このあたりで薔薇の怪異を探します? 何だったらお手伝いしますよ」
水晶「いえ、一旦、実家に戻ろうかと思います。随分と遠出をしてきたものですから。そろそろ帰らないと」
一樹「なるほど」
水晶「そうだ。一樹さん、良ければ私の家で槐先生と一度会ってくれませんか?
  ここからなら桜田君の家に行く途中、少し寄り道するだけですから」
一樹「そういうことでしたら喜んでお供しますとも。
  いやあ、水晶さんからお父上の槐先生に紹介してもらえるなんて夢のようだ」
水晶「?」
一樹「ああ、いやいや槐先生は高名ですから。紹介してもらえて嬉しいなあ?」
水晶「…その後で、私も桜田君の家へ一緒に行こうかと思います。
  大して薔薇退治の話は増えてませんが、話しておきたいこともあるので」
一樹「何言ってるんですか。今の富豪の話をしてごらんなさい。
  大ウケですよ、きっと。真紅封じには役立たないでしょうが、桜田様は他人の失敗談とか大好きだから」
853 :
一樹「すいませんね。路銀さえあれば駕籠を使っても良かったんだが」
水晶「いえいえ、私も駕籠などは数えるほどしか乗ったことありません。
  来る時にも泊ったのですが、この山の向こうは綺麗な宿場町です」
一樹「ああ、私も何度か泊ったことがあります。いいんですよね、海が近いからか魚が旨くて。
  水晶さんは好きな食べ物とか苦手な食べ物とかあります?」
水晶「……」
一樹「? 好き嫌いないんですか。それは何より」
水晶「ところで一樹さん。庭師の片鋏、あれから変わりありませんか」
一樹「ああ、今も肌身離さず持っていますよ。
  お陰様で薔薇が必要以上にまとわりつかなくなって、ありがたいことこの上ないね」
水晶「それは良かった」
一樹「前はこんな月夜には、とても山歩きできなかったもんです。水晶さんの方は片鋏をどうされました?」
水晶「槐先生に預かってもらっています。片刃でも、私が持ち歩くには少し大それた代物なので」
一樹「そうですか。あ、それと人形絡みの薔薇の怪異ですが、いくつかそれっぽい話も仕入れてあります」
水晶「本当ですか?」
一樹「いやしかし、どれも不確かなもので」
水晶「かまいません。僅かな手掛かりでも。全て、お話して下さいませんか?」
一樹「勿論そのつもりです。しかし、こう歩きながら話すよりも
  落ち着いて腰を据えて話した方がいい。今は、まず宿場町に着くのが先決です」
水晶「確かに」
854 :
河童「おっかえり?水晶ちゃん! いやあ、おじさん、君に会えない日々のストレスで甲羅が柔らかくなっちゃったYO!」
水晶「あら、河童さんもいらしてたのですか」
木鬼「毎日ここに入り浸りだよ、この河童は。お陰でいい退屈しのぎにはなったけど」
水晶「槐先生」
木鬼「お疲れだったね、水晶。後で富豪の件、話してくれないか」
水晶「は、はい…」
木鬼「?」
水晶「あ、そうだ。そんなことより実は紹介したい方が。一樹さん、お待たせしました。どうぞ入って下さい」
一樹「ど、どうも、お初にお目にかかります。流れの薔薇師をやっております一樹と申します」
木鬼「お…ッ!」
河童「男を連れ帰ってきただとーーーーッ!!?」
水晶「…え?」
木鬼「水晶ッ! 僕は、僕はねぇ! 君をそんな風に育てた覚えは無いよ!!」
水晶「いや、一樹さんですよ。槐先生、以前にもお話しした。迷い蛾の山で一緒に庭師の鋏を見つけた…」
木鬼「アーアーキコエナーイ! モウナニモ、キキタクナーイ!」
水晶「せ、先生。槐先生、しっかり聞いて下さい」
木鬼「2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37, 41…」
水晶「…どうしよう。完全に心を閉ざされてしまった。意味もなく、素数を数え始めている」
一樹「す、水晶さん。俺、出直しましょうか?」
水晶「い、いえ。すぐにいつもの槐先生に戻るはず…」
河童「おうおう、カズキだかスズキだか知らねーが、テメー随分と俺の水晶ちゃんに馴れ馴れしいじゃんかYO!」
一樹「いえ、そんなつもりでは…と言うより、失礼ながら、あなたは一体?」
河童「あ!? 薔薇師のくせに俺を知らないのかYO? さてはモグリだな? テメー」
水晶「一樹さん、彼は例の重瞳の沼の河童さんです」
一樹「ああ、翠物の…」
河童「何だその目はYO! お前も肌の色で人種差別するのかYO!」
一樹「いえ、翠物に人間が合成されたというケースは稀なもので…
  できれば、皮膚の一部でも採取させてもらえませんかね?」
河童「研究対象として俺を見るな! もう、皿に来た! がっぺむかつく! はいドーン!」
一樹「あいたっ!」
河童「ぜってー泣かす! 将棋相撲で勝負だテメー! 俺に勝てたら水晶ちゃんはくれてやるYO!」
水晶「え?」
一樹「河童さん、俺は別に…」
河童「うるせぇーーー! 行司を呼べーーッ!!」
一樹「なんなんだ一体」
水晶「あ、あの一樹さん?」
一樹「すいません。この流れではもう河童さんの相手をしてあげるしか…」
855 :
一樹「どうです。もう降参しますか」
河童「つ、強いねぇアンタ…」
一樹「鍛えてますから」
河童「ぐ…! まだまだぁ!! どっせーいっ!!」
一樹「なんの!」
水晶「良く分からないけど河童さんと一樹さん、仲良くなってくれたのかしら? あとは…」
木鬼「すいへーりーべーぼくのふね…」
水晶「槐先生をなんとかしないと」
河童(く、何故だ。何故、河童の俺がただの人間に相撲で負ける!?
  いや、何かおかしい。こいつとがっぷり四つに組んでいると、なんか、こう…いい匂いが!?)
一樹(な、なんだこの河童? さっきと相撲の取り方が変わって来て? しかも、無駄に腰を押しつけてくる…)
河童「くー! もう辛抱たまらん! 堪忍やでーー!!」
一樹「うわああああああああ!!」
水晶「どうしました?」
一樹「い…今、この河童が、お、俺の股間に手を突っ込んで!!」
水晶「尻子玉でも抜こうとしたのでは?」
一樹「そ、そうか。相撲は油断させるための演技で…」
河童「違うってばYO! 俺そんなダーティーな真似しないYO!」
水晶「じゃあ、ホモだったんですか? 河童さん」
河童「いや、ちげーし! 俺ホモじゃねーし!! てか、水晶ちゃん発想が飛び過ぎDE☆SU☆YO!」
一樹「なら、どうして…」
河童「いや、何か…その、肌と肌のぶつかり合いをしている内に盛り上がってしまって…」
水晶「……」
一樹「変態」
河童「ヘンタイじゃないもーん」
一樹「可愛く否定しているつもりだろうが全然可愛くないですよ。むしろ気持ち悪い」
水晶「…まさか」
河童「?」
水晶「一樹さんは元来、薔薇を寄せ付ける体質。その肌に直に触れた河童さんの中にいる翠物が反応して…?」
一樹「なるほど、そういう可能性もありますな」
河童「んだYO! そーゆーことかYO! やべぇやべぇ、美少女一筋の俺様が野郎にときめくなんざ」
一樹「……」
河童「何はともあれ、勝負は無効だ無効! ノーカウントッ!!
  お前みたいな変な体質の奴に俺の水晶ちゃんはやれねーな!!」
一樹「鏡見てからもう一度その台詞を言ってみてくださいよ」
薔薇師の水晶 08/21 花と紛う(前編) 【終】
856 :
前回、西国まで出張ったわりには無収穫であった薔薇水晶は
たまたま再会した一樹を槐に紹介するべく自宅へと招いた。
だが心配症のお父さんである槐はその場で取り乱し、自失。偶然、居合わせた河童は
一樹に剥き出しの敵愾心をぶつけるも、薔薇を寄せ付ける体質だった彼に本能的に欲情してしまう。
理性では水晶なのに、本能では一樹を求めてしまう河童。冷静と情熱の間に翻弄される人外の明日はどっちだ。
そして翌日、槐はと言うと―――
857 :
木鬼「だぁ! だぁ!」
―――まだ元に戻ってはいなかった。と言うよりも悪化していた。
一樹「え?と、大丈夫なんですか槐先生? 本当に」
水晶「一晩経てば元に戻るかと思ったのですが」
河童「てめぇら、槐ちゃんはやっと掴み歩きができるようになったんだYO!
  これ以上のエボリューション、つまり進化を望むなんて、どんなスパルタカスだYO!」
一樹「河童さんも少しおかしくありませんか?」
水晶「どうやら一晩の間に母性が目覚めてしまったらしくて…」
木鬼「あぁぶぅ…」
河童「駄目! それはおしゃぶりじゃなくて
  オオグンタマの卵だから口に入れちゃ駄目だYO! ペッしなさい! ペッ!」
一樹「オオグンタマってなんだよ。薔薇師の俺でも聞いたことねーよ、おっかねぇ」
水晶「槐先生は、薔薇に限らず色々と調査されていますから」
木鬼「うぅ…」
河童「どうちたんでちゅか? もうおネムでちゅか? おー、よちよち。
  それじゃあ、ネンネちまちょうね?。おいカーチャン、槐ちゃんのお布団用意してくれ」
水晶「…分かりました」
858 :
河童「ふふ。可愛い寝顔。まるで天使みたい。なぁカーチャン」
水晶「ええ、まぁ…」
河童「この子も弟か妹が欲しかろう。どうだいカーチャン? 今夜…」
一樹「はい、ストーーップ」
河童「おいおい、外野は口を出さないでくれYO!」
一樹「やけに甲斐甲斐しいと思ったら結局魂胆はそこか、この河童」
河童「さんをつけろよデコ助野郎。槐先生だって、ごく初期は俺に敬語だったぞ」
一樹「あなたを少し見直そうかと思い始めてた俺が馬鹿でしたよ、全く」
水晶「しかし、槐先生がやけに河童さんになついているのも事実…」
河童「そりゃあもう、水晶ちゃんが出張に行っている間
  朝も昼も夜も俺が槐先生を慰め続けてたんだから。これぐらいお茶の子YO!」
水晶「河童さん…」
河童「なに、いいってことYO!」
水晶「槐先生はノンケですが」
河童「だから俺はホモじゃねぇってば!」
一樹「そんなことより、槐先生このまんまじゃマズいでしょ。村のお医者さんなのに」
木鬼「…zZZ」
河童「あらあらうふふ。涎だらけじゃないの。拭いてあげなきゃ」
水晶「確かに、今、急患でも来られたら…」
河童「なぁに、いざとなりゃあ俺が一肌脱ぐYO!」
一樹「自分の干物でも患者に与えるつもりですか?」
河童「そうそう、文字通り一肌脱いで天日に晒して乾燥させて…てアホかーーーッ!!」
水晶「あ、ノリツッコミだ」
859 :
河童「ああ、ごめんごめん。おっきな声出してごめんYO! ほ?ら、坊や?良い子だネンネしな?♪」
水晶「……」
河童「YO! YO! ねんねんころりYO! おころりYO! 坊やの子守はロリコンYO♪」
一樹「なんちゅう子守唄歌うんだ、この河童は…」
木鬼「…zZZ」
河童「しかし効果は抜群だ」
一樹「人魚の歌みたいに催眠効果でもあるんですかね。流石、妖怪」
河童「伊達にあの世は見てねぇぜ」
一樹「少なくとも、今のお前の得意気な顔には人を無性にイラつかせる効果がかなりあるのは確かだ」
水晶「しかし、一樹さんの言う通り…本当に何か手を打たないと。
  このまま放置しているだけで槐先生の正気が戻ってくるとは思えない」
一樹「ふむ。河童さん、少しよろしいか?」
河童「なんだYO! 改まって?」
一樹「あなた、俺達が帰ってくるまで一週間以上、槐先生と一緒に生活していたんでしょ?
  その間、先生に何か変わったことなどありませんでしたか?」
水晶「一樹さん、何を?」
一樹「俺の聞いた評判の限りじゃあ
  槐先生ともあろう方が、こんな精神的ショックでいつまでも呆けたままでいるとは思えない」
河童「いやあ、こればっかりは娘を持つ親にならんと分からんぜYO!」
一樹「俺のことでショックを受けたのは単なる引き金で、何か元から体に異変をきたしていたのかもしれない」
水晶「まさか、薔薇の仕業で?」
一樹「それは早計に過ぎますよ水晶さん。富豪の般若面の件で、懲りてるでしょ?」
水晶「…そうでした」
河童「そう言えば槐先生、水晶ちゃんいなくて暇すぎるから
  ダイアリーつけるって言ってたYO! 俺の話よりも、そっち見た方がいいんでないかい?」
860 :
夕飯を食べさせてやったら、何故か河童が泊まり込むことになった。
一晩中ポーカーをやって身ぐるみはいでやったが流石に甲羅までひん剥いたのはやりすぎだったのか、泣いていた。
患者は来ず。
○月☆日
朝から河童と相撲将棋百番勝負をやっていたら、あっという間に夜になった。今日も河童は泊まっていくらしい。
患者は今日も無し。村は平和なようだ。
○月△日
河童が一向に帰る気配を見せないので、家の掃除を手伝わせる。数十分後、肥溜めに落ちた豚のような
悲鳴が聞こえたので見に行ったら、隠しておいた庭師の片鋏を河童が見つけて遊んでいて、指を切ったらしい。
再生するだろうと思って放っておいたが、どうやら庭師の鋏がつけた傷はすぐに治らないようだ。
暇を見て、庭師の鋏が対薔薇に特化するようになった経緯についても考察してみよう。河童には絆創膏を貼ってやった。
患者は指を切った河童のみ。
○月□日
今日は河童が夕飯を作ってくれた。恩返しだから作っているところを見るなと言われた。
結構、美味しかった。見かけによらず料理が上手い。
患者は来ず。
○月◆日
今日も河童が夕飯を作るとかで、見るなと言われたが好奇心には勝てず、こっそり覗いたところ
河童が自分の体で出汁をとっていた現場を取り押さえる。何故か逆ギレされて僕が悪いみたいな感じになった。
今日も患者は来ず。
○月†日
朝、起床後から腹部に刺すような痛みあり。昼過ぎに嘔吐、及び下痢が続く。
念のため吐瀉物、排泄物を検査するが原因特定には至らず。河童は縁側で一日中、日なたぼっこをしていた。
今日も患者は来ず。正直来られたら困っていた。
○月♪日
朝から高熱。体中がだるく、関節が痛む。さらにリンパ節に若干の腫れ。念のため総合薬を飲む。
水晶が旅立ってから一週間が過ぎたが帰ってくる気配はなし。早く水晶の顔が見たい。緑色の河童面はもうウンザリだ。
患者は来ず。
○月◎日
からだ中 あついかゆい。
みどり色の痰が湯呑み一杯ほどでた。
いったいぼく どうな て
かっぱが今日もめし つくった
うまかっ です。
○月¶日
かゆい
うま
861 :
水晶「ここに座りなさい!」
河童「うほっ! いいユニゾン」
一樹「槐先生めちゃくちゃ体調崩してんじゃねーか!! それもお前が原因っぽいぞ、コラ!!」
河童「えー、うっそー。やだー! 超シンジランナーイ!!」
水晶「どうしてこんなになるまで放っておいたのです。
  むしろ私が帰ってきた時に、何故か普通の対応できてたことが奇跡みたいな感じじゃないですか」
河童「だって、槐先生ずっと元気だったYO! 俺の作る料理をマイウーマイウーって言って食ってたもんYO」
一樹「その料理、お前は自分で出汁取ってたそうじゃねーか」
水晶「なんでそんな真似を?」
河童「いや、俺ってカメとアヒル混じってるじゃん? だからボイルするといい出汁とれるんだYO!」
一樹「カメとアヒル以外に駄目なもの混じりまくってるだろ、お前は!」
河童「オーマイガッ!」
水晶「翠物が腹に入ったのでしょうか? いや、それ以外にもこの河童さんには
  見た目だけじゃ分からないものが合成されている可能性もある」
河童「MA☆JI☆DE!?」
一樹「とんだバイオハザードだな。こいつは」
水晶「とりあえず、薔薇下しの薬を飲ませないと…」
一樹「ある意味これも薔薇の仕業か。ところで、薬をすぐ用意できるので?」
水晶「勿論。ここは槐先生の家ですよ。大概の薬なら既に調整済みのが、この棚に」
一樹「おかしいな。だったら槐先生も自分の不調に気付き次第その薬を飲みそうなもんですが。
  実際、日記には『薬を飲んだ』とありましたよ」
水晶「そう言えば、確かに。河童さん、槐先生がこの薬を飲んでいるところ見ませんでしたか?」
河童「な?んだ、それ薬だったのかYO! うんうん、槐先生はそれを食後に飲んでたYO!」
一樹「やはり飲んでいたか」
水晶「ということは、この薬では効き目が無いってことに…あ!」
一樹「どうしました!?」
水晶「これ…よく見たら中身が違う。これは確か、黒薔薇師から押収した『薔薇の異常促進剤』!!」
一樹「ええ!?」
水晶「何で中身が入れ替わって!?」
河童「…あ、ちょっと用事を思い出したYO!」
一樹「そこの妖怪、どこ行く気だ?」
河童「いや、うちのガス栓ちゃんと閉めたかなぁ?…て」
水晶「河童さん、槐先生から掃除を頼まれていたようですが、それはどこの掃除でしたか?」
河童「何? 水晶ちゃん。女の子が凄みを利かせるのって、おじさんは感心しないんだけど…」
862 :
木鬼「うん、もう大丈夫だ。しかし、ははは、まいったまいった! ひどい目にあった」
水晶「笑いごとじゃあ済みませんよ。
  河童さんが誤って薬ぶちまけたのを怒られると思って手近の別な薬を瓶に詰め直していただなんて」
河童「反省してます」
木鬼「僕も紛らわしいもの(異常促進剤)を適当に置いといたのが悪かったんだよ」
一樹「随分と寛容なんですね」
河童「槐先生は、水晶ちゃんがいる時といない時とで態度が露骨に変わるYO!」
水晶「私は551の豚マンですか?」
一樹「俺の解毒薬が効いて、槐先生が治ったからいいようなものの」
河童「だから反省してるってばYO!」
木鬼「一樹君にも手間かけさせちゃったな。君が薬を新しく調合してくれたんだろ。あとでレシピ教えてよ」
一樹「は、はい。それは勿論」
水晶「…行っても帰っても踏んだり蹴ったりでしたが、なんとか元の鞘に収まったようで一安心です」
木鬼「あ、そうそう。富豪の般若面の怪異、何の薔薇の仕業だった? この河童と賭けてたんだよ」
水晶「賭け?」
河童「そう言えばそうだったYO! 噂が胡散臭いから、俺はこれは薔薇の仕業じゃなくて
  使用人と富豪のワイフのアバンチュールに賭けたんだYO!」
水晶「……」
一樹「……」
木鬼「僕は勿論、面と妻が落ちた沼に翠物がいる方に賭けたんだが」
水晶「……」
一樹「……」
木鬼「ん? どうした二人とも? 何で声を押し殺して笑っている?」
河童「言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれYO!
  そういう二人だけの秘密的な態度、おじさん達は一番気になっちゃうYO!」
薔薇師の水晶 09/21 花と紛う(後編) 【終】
863 :
864 :
水晶「……」
河童「歌おう?朗らに?共に手をとり♪ ランララララララ♪」
木鬼「……」
河童「ララララ♪ あひるさん♪」
一樹「ガァガァ…」
河童「ララララ♪ 山羊さんも♪」
水晶「メェー…」
河童「ララ♪ 歌声合わせYO♪ 足並み揃えYO♪ 今日?は♪ ゆか?いだ?♪」
一樹「おい河童、不愉快だ。お前は静かに山歩きも出来んのか?」
河童「なんだYO! 皆のテンションあげ↑あげ↑してあげてるのに、その物言いはあんまりだYO!」
水晶「正直テンション上がってるのは河童さんだけかと」
河童「つれねーなァ。槐先生もそう思ってるんDEATHかい?」
木鬼「…zZZ」
河童「Oh! ファンタスティック! 歩きながら寝てるYO! どこでそんなアビリティを身につけたのYO!」
一樹「お前のせいだろが妖怪」
水晶「前回の病気が思わぬ後遺症を残しましたね」
河童「?」
一樹「お前、本気で忘れてんのか?」
河童「テヘッ!」
一樹「だから、可愛くないって」
水晶「槐先生は河童さんの歌を聞くと、のび太君並の早さで眠ってしまうようになったのです」
河童「Oh! なんと可哀想な槐先生。ホームで休んでいれば良かったのに…」
水晶「私もそう思ったのですが」
一樹「いやいや水晶さん。こいつ、この河童さえ付いてこなければ何も問題なかったんですよ」
河童「俺だけをのけ者にするなんて許さないYO!
  そのサクラダだかサラダバーだか知らないけど付いてくYO!」
一樹「桜田様だ。向こうについてもあまり失礼なこと言わないでくださいよ。
  基本的に薔薇師の中で一番偉い人なんだから」
河童「まかせてYO!」
水晶「あなたのその無根拠な自信は何処から湧いてくるのですか?」
木鬼「全くだ。僕達は遊びに行くわけじゃないんだからな」
一樹「槐先生、目覚めたんですね」
木鬼「うん。だが、まあ河童を連れて行くことには僕は反対しないよ。桜田君も見れば気に入るだろう」
河童「さっすが槐先生。話が分かる」
水晶「それはそれとして、槐先生まで桜田君の家に行くのは…」
木鬼「だ?いじょぶだって! 君がいない間も村で怪我したのは河童だけだったし、しばらく医者不在でも問題ないさ」
水晶「……」
木鬼「それに今回ばかりは、僕も直接桜田君と話しておきたいこともあるからね。庭師の鋏のことや黒薔薇師について」
865 :
水晶「…ッ!?」
木鬼「……」
河童「どうしたんだYO? 三人とも急に立ち止まって?」
一樹「山が…」
水晶「閉じた?」
河童「へ?」
木鬼「何だろうね、急に? これはおかしいよ」
河童「おいおい、おかしいのは御三方だYO! 何言ってるのか分からないYO!」
木鬼「山が閉じられた。僕達はこのままじゃあ、この山を越えることも戻ることも出来ない」
河童「MA☆JI☆DE?」
水晶「マジです」
河童「ナンデ? マジでナンデ?」
木鬼「河童の耳障りな歌がこの山の薔薇主の気に障ったか、もしくは誰かが僕達を狙って閉じ込めたのか
  はたまた全然別の理由で、単に僕達の運が悪いだけか」
河童「薔薇主(ばらぬし)って?」
水晶「その地域単位に棲む薔薇達の頂点にいる存在です」
河童「ボスってことか」
一樹「主は普段は、俺達、人間なんて気にも止めない大きな存在なんだがな。
  半人半薔薇の河童さんの歌には、よほど不快な思いをしたと見える」
河童「うそーん!」
木鬼「はっはっは。まだ、そうと決まったわけじゃないよ。
  取り敢えず、こうなっては薔薇の尾を引いて調べるしかない。一樹君、サポート頼むよ」
一樹「はい、勿論」
木鬼「よいしょっと」
一樹(うわ、接続早ッ! 流石、槐先生…)
866 :
水晶「どうでした? 槐先生?」
一樹「……」
木鬼「おめでとう、河童」
河童「へ?」
木鬼「どうやら、ここの薔薇主は君の歌を大変に気に入ったらしい」
河童「は?」
木鬼「要するに君を自分のものにしたいってことさ。僕達は君を差し出せば問題なく山を出れそうだ」
一樹「良かったな河童さん。主に見初められるってのは、そうそうありませんぜ」
河童「いや、ちょっと待てYO! 何この展開! そんなの聞いてないYO! 俺には俺のフリーダムってものが」
水晶「河童さん。薔薇主の決定は絶対です。末永くお幸せに。私もこの左目の御恩は忘れません」
河童「ちょっと! ちょっとちょっと!! 少しは俺を引きとめる努力をしようYO!」
木鬼「すまない。本当にすまない。もうすぐ主が君を連れ去りに来る。僕達にはもうどうすることも…」
河童「諦めないでYO! 諦めたらそこで試合終了だYO!」
一樹「人生諦めが肝心な時もあります。河童さん」
河童「ブッダアスホール! 一樹、テメー本当は心ン中で笑ってるだろ!!」
水晶「…来ましたよ! 主です」
木鬼「!」
867 :
河童「へ…ヘビッ!?」
一樹「大きいな。10メートルはあるぞ」
木鬼「化蛇(かだ)だね。水晶、こいつの解説できるかな?」
水晶「化蛇。脱皮したヘビの抜け殻をヤドカリの様に被っている薔薇。
  ただし、その大きさは抜け殻の数を集めて吸収、繋いでいくことで際限なく大きくなることができる」
木鬼「その通り。一樹君、何か付け加えることは」
一樹「いえ、何も。ただ敢えてもう一度言うなら薔薇主となるまで巨大化した化蛇の力は
  俺達の手に負えるものではないということです」
木鬼「ま、そーゆーことなんで、河童。短い付き合いだったけど僕達は君を忘れない」
河童「いやー! 後生ですから助けてYO! あいつ、絶対俺のこと食べる気だYO!」
化蛇「ヂッ…ヂッ…」
水晶「河童さん。薔薇主がおいでおいでしてますよ。尻尾で」
河童「違うYO! 蛇が尻尾振るのは威嚇だYO!」
木鬼「あー、しびれ切らしてるな、ありゃ。下手したら襲ってくるかも」
河童「助けて槐先生! ヘルプ! ヘルプミー!! なんでもするから助けてYO!」
木鬼「なんでもする? 本当に?」
河童「本当、本当でございます。何でもしますです、ハイ。軽いボディタッチぐらいなら微笑で返すYO!」
木鬼「じゃあ、今度から物壊したりしても僕に嘘つかないこと」
河童「はい、ヨロコンデー!!」
木鬼「寝つきが悪い時は、安眠枕代わりに歌わせに呼ぶけど、嫌がらず来ること」
河童「はい、ヨロコンデー!!」
木鬼「これから3ヶ月間は僕のところで助手としてただ働きすること」
河童「はい、ヨロコンデー!!」
木鬼「よし、じゃあ助けよう」
河童「はい、ヨロコンデ…て、え!?」
868 :
一樹「はい」
水晶「はい」
化蛇「ヂッ…ヂッ!?」
河童「え? あれ? 何始めるの? ねぇ!?」
木鬼「助けてあげるんだよ、君を。 あ、水晶はその位置で止まって。そう、そのまま。
  一樹君は、化蛇の真後ろまで回ったら、尾の動きを見張ってて」
一樹「はい、まだ横振りです」
木鬼「オッケー。縦振りになったら教えてね」
河童「なんかみんな、落ち着いてるんですけど。薔薇主相手には勝てないんじゃあ…」
木鬼「ごめんね。この化蛇、よく見たら主じゃなかった」
河童「はぁッ!?」
化蛇「ヂッ…!?」
木鬼「残念。僕相手には威嚇するよりも、さっさと襲い掛かってきた方が正解だった」
化蛇「ヂヂューーーー…ッ!!」
河童「消えた…!? あのでかい化蛇が」
水晶「お見事」
一樹「お見事です。化蛇の奴に尻尾を縦に振る暇さえ与えなかった」
木鬼「いやいや」
河童「何だYO! これ残っているのは大量に繋ぎ合わされたヘビの抜け殻だけ!?
  あのでっかい奴はどうなったってんだYO! 槐先生、アレに向かって手をかざしただけじゃんかYO!」
木鬼「散らしたんだよ。これで」
河童「これって? 何を握ってんの? 草?」
水晶「薬灸です。薔薇を成長させる効果のある」
木鬼「ま、黒薔薇師の薬を参考に改良した外法だけどね。効き目は見ての通りだ」
河童「どゆこと?」
水晶「言ったでしょう? 化蛇はヤドカリのように蛇の抜け殻を借りていると。
  だから中の薔薇を急激に太らせると、中に入りきらず外に出てしまうのです」
木鬼「殻から出た化蛇は途端に弱気になるからね。
  痩せて、この元の抜け殻に戻れるようになるまでは、隠れてるだろうさ」
河童「えっと、じゃあ水晶ちゃんと一樹は何をしてたんだYO?」
水晶「私は槐先生に、先生と化蛇の間の風向きを知らせる役目を」
一樹「俺は化蛇が攻撃態勢に入る兆しを見ていました。横振りは威嚇だけど化蛇が実際に襲い掛かろうとする時は
  地面を尻尾で叩いて跳躍するから、その準備として縦振りに変わるので」
木鬼「その間に、僕がこの薬灸を準備して火をつけて水晶の合図を確認して化蛇に吸わせてやったってわけ」
河童「そ、それじゃそれじゃ、なんであいつが薔薇主じゃないって分かったんだYO! みんな最初はびびって…!」
木鬼「そりゃまあ…ね。でもあいつが威嚇を始めた時に、この化蛇は主じゃないって分かったんだよ」
河童「ど、どうして?」
一樹「主は人間側から危害を加えない限りは人間を歯牙にもかけない。つまり、いきなり威嚇するわけが無いんだ」
869 :
木鬼「ま、そういうわけで約束は約束だから。守ってね」
河童「アーーーッ!!」
一樹「ちゃんと自分が言ったことは守りませんとね。河童さん?」
河童「卑怯だ!! アンフェア! 騙しやがったな槐先生YO!」
木鬼「さて、なんのことですやら」
河童「ちくしょーーーーー!!」
木鬼「どうやら山も開いたみたいだし、先を急ごうか」
水晶「はい」
一樹「あの、槐先生…」
木鬼「?」
一樹「薔薇の尾を引いた時点で、全て気付いていたのでは?」
木鬼「いやあ、まさか。あの化蛇が河童を気に入ってたのは本当さ。
  山を閉じるだなんて、主のフリをしてまで迫って来たとは意外だった」
一樹「……」
木鬼「さ、行こう行こう! 桜田君が待ってる。ほら河童、いつまでも凹んでないでテンションあげてけー」
一樹(…水晶さんはどう思います? 槐先生の手際が良かったせいかもしれませんが
  さっきの化蛇が、山を閉じるほど力のある薔薇だとは、俺にはとても)
水晶(槐先生は、ここでそれを話すべきことではないと思っているのでしょう。今は桜田君の屋敷に着く事が先決かと)
一樹(?)
水晶(これを見てください。あの化蛇の抜け殻の一部です)
一樹(…これは!)
水晶(そういうことです。今は気付いてない振りをして先を急ぎましょう。また、山が閉じられてしまうかもしれない)
薔薇師の水晶 10/21 化け比べ 【終】
870 :
871 :
木鬼「なかなかに人の縁とは不思議なもんでね」
桜田「水晶も」
水晶「御無沙汰してます」
桜田「一樹、君が人と組んでいるなんて珍しいな。水晶に協力することになったと聞いた時も驚いたけど」
一樹「はは、そんなことありませんよ」
桜田「…で、この河童のコスプレした方はどなた?」
河童「……」
水晶「翠物にヒトとアヒルとカメその他諸々が合成された河童さんです」
桜田「半人半薔薇か? 珍しいな」
河童「……」
一樹「どうした? 河童さん、やけに大人しいじゃないか」
河童「桜田さん!」
桜田「はい?」
河童「僕と結婚しよう」
桜田「は?」
河童「そして京で卑猥な形のキュウリを作って生活しよう」
木鬼「何、本気っぽい夢を語っているんだ河童」
河童「いや、だってこんな美少女ほっとくなんざ…」
一樹「本当にお前は人の話を聞いてないな…桜田様は男だぞ。見た目は完全に少女だが」
河童「MA☆JI☆DE!?」
桜田「御先祖様が真紅を怒らせて受けた呪いらしくてね。そういうわけで残念ながら結婚はしてあげられないなぁ。
  京でキュウリ作るってのは楽しそうなんだけど」
河童「…構わんですたい」
桜田「へ?」
河童「男でも全然構わんですたいッ!!」
一樹「落ち着け妖怪」
桜田「面白いやつだな。しかし、僕は完全に男ってわけでもないんだよ。
  半分は呪いのせいで女だし、両性具有ってやつだ」
河童「両性…」
一樹「やっと桜田様の身の上を理解したか」
河童「っつーことは、やっぱチンポついてんすか!?」
一樹「失礼なこと聞くなーーーッ!!」
桜田「いや、外見は完全に女だからチンポはついてない」
一樹「桜田様もさらりと答えないでーーーッ!!」
872 :
木鬼「お前のがっかりするポイントが分からん」
河童「いや、こんな美少女の見た目にブツが付いてるってだけで、おじさん血沸き肉躍っちゃうからYO!」
木鬼「変態」
一樹「変態」
水晶「変態」
河童「ヘンタイじゃないもーん」
桜田「…君ら薔薇師やめて旅芸人でも始める気か?」
水晶「そんなつもりは…」
一樹「河童のせいで調子狂わされまくりでしたが、そろそろ桜田様に真面目な報告をします」
桜田「薔薇師としての成果の話だね、楽しみだ」
873 :
水晶「……」
桜田「いやいや、薔薇の仕業と間違えるのも仕方ないと思うよ、うん。
  そこの一樹だって一時期そんなことばかりだったこともあるからね」
一樹「ちょ、ちょっと桜田様」
桜田「ネコの盛りを見ては、やれ『薔薇の仕業だ』。暴れ牛が出ては、やれ『薔薇の仕業だ』ってね」
一樹「そ…それは」
水晶「一樹さんも間違えたことはあると言ってましたが…、そういう風に」
一樹「わ、笑わないで下さいよ。もう?」
桜田「で、通常の薔薇の怪異の話はこれで二人とも一通りお終いかい?」
水晶「はい」
一樹「はい」
桜田「よし、薔薇草紙に仕立てるのは後に回すとして…、オオトリの槐先生の話を聞こうか?」
木鬼「では…」
桜田「ん? すまない、ちょっと待って。あの河童はどこ行った?」
一樹「そう言えば、いつの間にか」
水晶「庭でブレイクダンスの練習しています」
一樹「小一時間じっとしていることさえできんのか、あいつは」
桜田「元気があるのはいいことだ。槐先生、いきなり話を中断させて悪かった。始めてくれ」
木鬼「…水晶と一樹君の話と多々重なるところもあるが改めて言わせてもらうと黒薔薇連が活発化している」
桜田「それはこちらの紅薔薇衆でも確認している」
河童「黒薔薇連とか紅薔薇衆ってなんだYO!」
一樹「うわ、河童さん。どこから湧いた」
河童「踊り疲れたからお茶飲みに」
水晶「黒薔薇連とは、自分達の私利私欲のために薔薇を行使する黒薔薇師達の横のつながりです。
  構成その他、幹部などがどの程度の者なのかは不明です」
桜田「で、紅薔薇衆ってのは対黒薔薇師用に特別な訓練を積んだ薔薇師の中のエキスパート集団だ。
  お飾りだけど、紅薔薇衆のトップは僕だということになってる」
河童「へ?」
木鬼「水銀痘をばら撒いてた黒薔薇師の持ってた帳簿がこれだ。僕なりに注釈もつけてある。どうぞ」
桜田「どうも。槐先生が調べた後じゃあ
  紅薔薇衆でも新しい発見があるかどうか分からないが一応、解析を頼んでおくよ」
水晶「確か、村々から盗んだ家財の収穫の記録でしたっけ?」
木鬼「それだけじゃない。ノルマも記されていたんだ」
一樹「ノルマ!?」
874 :
木鬼「ええ。個人的な金儲けにしては荒稼ぎし過ぎていると思ったら、こういう裏があった」
一樹「あいつら、そんなに金を貯め込んで何を」
木鬼「僕達と同じだ。大々的に人形の遺体を探し始めている。そのために人を動かすのに必要な資金だ」
一樹「人形を!?」
桜田「……」
木鬼「どこで人形のことを嗅ぎつけたかは知らないが…」
桜田「槐先生、この際もう少しぶっちゃけちゃいましょうか。その人形、何だとお思いで?」
水晶「……」
木鬼「七薔薇の依り代だ」
一樹「七薔薇の!?」
河童「七薔薇だってェーーー!?」
一樹「…河童さん。無理に驚かなくてもいいんだよ。あなた七薔薇のこと知らないでしょうが」
河童「いや、俺、槐先生にエデルロゼ写本を見せてもらって
  ちゃんと読んだもんYO! その証拠に七薔薇全部言えるYO!」
木鬼「へぇ、物覚えの悪いお前がね。ちょうどいい、言ってみな」
河童「月野うさぎ、火野レイ、水野亜美、木野まこと、愛野美奈子、天王はるか、海王みちる…」
一樹「それはセーラー戦士だ!!」
河童「Ouch!」
木鬼「しかも、そのチョイス。土星と冥王星ディスってんのか? お前」
桜田(セーラー戦士さらさら言えるのも、それはそれで凄いと思うが)
一樹「河童さんに付きあってると話がどんどん脱線するな」
木鬼「ともかく、七薔薇の人形をだな…」
桜田「槐先生、そこだがどうも腑に落ちない点がある」
木鬼「どこだい?」
桜田「エデルロゼや他の薔薇関連の古文書には人形という単語は出てこない。なのに、槐先生は人形が重要だと?」
木鬼「意図的に消されているとしたら?」
桜田「?」
875 :
水晶「……」
一樹(そうなんですか? 俺はエデルロゼより古い時代のことを書いた本なんて、あまり読んだ事ないんですが)
水晶(はい、槐先生の言う通りです。が、だったら、どうしてセーラー戦士を知ってたんですか一樹さん)
桜田「初代桜田が昔話を参考にしたと?」
木鬼「神話は自然現象を擬人化したものが、その由来だ。しかし、エデルロゼはその真逆の成り立ちになっている」
河童「?」
一樹「人が行ったことを自然現象レベルまで誇張している?」
木鬼「誇張と言うよりも実際にそれに近いことが起こったのだと思う。だが、人が起こしたことには違いない」
桜田「エデルロゼ曰く、水銀燈が闇を呼び、金糸雀が光を呼ぶ。
  翠星石は雨を降らし、蒼星石は雲を切る。真紅は火を吐き、雛苺は土を吐く…」
木鬼「どれも怪獣と言った方が正しい容姿と能力だが
  七番目の名前を伏せられた白薔薇だけが人間と同じ姿をしていたという」
桜田「それが人形?」
木鬼「神が自らに似せて作ったのが人ならば、人が自らに似せて作ったのは人形だ」
桜田「いくら槐先生といえど、少し無理がある説明だな。仮にそうだとしても人形なのは白薔薇だけか?」
木鬼「……」
水晶「……」
桜田「しかし全くの嘘であるようにも思えない。槐先生、他にもまだ言うことがあるのでは?」
木鬼「……」
水晶「槐先生…」
桜田「言えない…か」
木鬼「すまない」
桜田「いや、いじめて悪かった。見てもらいたいものがある」
木鬼「?」
桜田「少し待っていてくれ、今持ってくる」
876 :
木鬼「これは!?」
河童「?」
一樹「右腕!? まさか人形の?」
桜田「つい先日、紅薔薇衆がある黒薔薇師を捕まえ、押収した物だ」
木鬼「その黒薔薇師は?」
桜田「尋問の最中に死んだ。奥歯に自害用の薔薇を仕込んでいたらしい。見る間に薔薇に分解されて塵になった」
水晶「……」
木鬼「水晶、この腕、誰のだか分かるか?」
水晶「雛苺の右腕です」
桜田「そのとおりだ。黒薔薇師から唯一聞き出せたのも、これが雛苺のものだということだけ」
一樹「……」
桜田「逆に言うなら、この腕が雛苺だという証拠は、その黒薔薇師の言葉だけだ。
  だが水晶、君は一目でこれがそうだと分かった」
水晶「……」
桜田「いつか、その理由を聞かせてもらえる日が来ることを願うよ」
水晶「すいません」
一樹「雛苺の右腕…本当にこれが? こんなに小さな手が?」
桜田「信じられないか。僕もまだ半信半疑だが」
一樹「だってエデルロゼでは、雛苺は無数の尾を持つ、山より巨大な猫だと…」
木鬼「そうやって人に薔薇を畏怖させるのがエデルロゼの目的かもしれない。簡単に手を出してはいけない領域だと」
水晶「……」
桜田「現に、雛苺の腕はここにある。紅薔薇衆も色々と調べたが
  非常に力の強い薔薇の依り代だったことは確かだ。それこそエデルロゼの記録に匹敵するほどね」
一樹「そんな」
河童「化蛇が蛇の抜け殻を住処にしていたのと同じようなものかYO?」
木鬼「なんだ河童、静かだから寝てたかと思いきや、ちゃんと聞いていたんだな。
  化蛇と全く同じとは言わないが確かに似たようなものだ」
河童「中身は何処に行ったんだYO?」
水晶「昔は何処にもいなかった。しかし今は何処にでもいる」
河童「?」
水晶「薔薇です。あなたを構成する翠物も七薔薇の中にあった魂の欠片から生まれた。おそらくは翠星石でしょうね」
河童「Oh!」
877 :
桜田「戦いの後に勝者は無く、七体の薔薇はお互いにお互いを八つ裂きにし、千に万にと砕け散った」
水晶「エデルロゼにある記述です」
河童「ほへぇ?、分かったような分からんような」
桜田「槐先生、紅薔薇衆は七薔薇の遺体を全て揃え元の人の形に戻せれば世に散った薔薇も全て
  源形(イデア)としての七薔薇に還ると予想している。七薔薇が怪獣ではなく人形だったならばとの前提でだが」
木鬼「僕も同意見だ。おそらくは黒薔薇連も…」
桜田「既にいくつか、黒薔薇連も七薔薇の遺体の一部を確保していると見ていいだろう。
  奴らがまともな目的に七薔薇を使うとは思えない」
一樹「こちらが手に入れているのは雛苺の右腕だけか」
木鬼「何を言ってんのさ、一樹君」
一樹「へ?」
水晶「庭師の鋏は蒼星石が使ってた鋏ですよ」
一樹「え? これが? 七薔薇の? え? 本当に? えーーーーーーっ!?」
河童「何そのリアクション?」
桜田「一樹はお墨付きとかそういう権威的なものに弱いからな。それよりも、ねえ、その鋏を見せてくれないか?」
木鬼「勿論。その前に一旦、一樹君のをこっちに貸してくれない? 僕のと合わせて両刃に戻そう」
一樹「あ、はい。すぐ渡します」
木鬼「よし。さ、どうぞ桜田君」
桜田「どうも…!?」
一樹「!」
桜田「僕の右腕が!?」
水晶「右腕の紅が一気に薄くなった」
桜田「これは、真紅の呪いがかなり弱まっている。どうして…?」
878 :
一樹「槐先生は予想していたんですか? この効果を」
木鬼「うまくいけば完全に解呪できるかと思ったが流石に真紅の呪いはしぶとい」
桜田「この鋏は薔薇を切るためのもの…?」
木鬼「最初はきっと、そうではなかった。しかし、蒼星石の呪いが鋏に宿った」
桜田「呪い…、僕の身に真紅の呪いがあるように?」
水晶(蒼星石もアリスゲームの末期には庭師の鋏をひたすら対姉妹用に使わざるを得なかった…?)
木鬼「あなたがその鋏で一晩に千の命を摘むのなら、わたしはこの如雨露で一日に千と一の命を育もう」
一樹「それもエデルロゼにある、蒼星石と翠星石の戦問答での一節ですね槐先生」
水晶(そう、庭師の如雨露もきっとどこか、この世界のどこかに…)
木鬼「ともあれ、この庭師の鋏は水晶と一樹君に憑いた『迷い蛾』を祓ったし
  河童はこれで指を傷つけたところ、なかなか治らなかった。薔薇に対してかなり実際、強力な鋏です」
桜田「しかし、危険でもあるな。それだけの力をほぼ無制限に発揮し続けているとは。だからこそ呪い…か」
木鬼「そういうわけで、片刃ずつに分けて水晶と一樹君が
  別々に保管していたんだが、この鋏も紅薔薇衆の解析に回すかい?」
桜田「片刃だけ預からせてもらえないか。調べるだけならそれで十分だ」
木鬼「片刃だけ?」
桜田「代わりにこちらは雛苺の右腕を預けたい。あらかた調べ終わってるしな」
水晶「……」
桜田「そもそも黒薔薇連もこれらを狙っていることを考えると遺体を一所に集めておきたくない」
木鬼「それもそうか。じゃあこっちの片刃は今まで通り一樹君に」
一樹「いいんですか?」
桜田「一樹になら僕も安心だ。これからも鋏を守ってくれ」
一樹「は、はい!」
木鬼「こっちを雛苺の右腕と交換と言うことで」
桜田「ああ。紅薔薇衆には遺体探しを強化するようにお願いしておこう。ただ、他の普通の薔薇師達には
  人形についてはしばらく伏せる。勿論、黒薔薇連に気を付けることはしっかり伝えておく」
一樹「あいつらとの衝突は避けられないでしょうね」
桜田「そうだろうな。既に紅薔薇衆や他の薔薇師達まで
  黒薔薇師に襲われたり、協力を強制させられそうになったとも聞く」
木鬼「あ、そうそう。僕達も襲われたんだよ。ここに来る途中にさ」
河童「?」
一樹「やっぱりあの化蛇は…!」
河童「え? なに? あの化蛇が黒薔薇師だったのかYO?」
水晶「いえ違います。あの化蛇は黒薔薇師の飼育した薔薇だったのです」
河童「MA☆JI☆DE!?」
一樹「あの化蛇の抜け殻の中に、この地域では見られない蛇のものがたくさんあった。
  少なくとも、遠方から連れてこられた薔薇だ」
木鬼「しかし、薔薇に人を襲わせるなんて真似をする奴は黒薔薇師以外にはいない」
一樹「目的は庭師の鋏だったのでしょうか?」
木鬼「さあ、どうだろうね。それにしては化蛇の躾がなってなかったが。
  もしかしたら、単なる金か労働力目当てだったのかも」
河童「おいおい、どうしてすぐにそれを教えてくれなかったんだYO!」
木鬼「近くにその黒薔薇師がいたからだよ」
河童「なんとーーー!?」
879 :
木鬼「僕達があっさり化蛇を退けたから、手を引いてくれたけど。
  あそこで黒薔薇師の存在にまで僕達が気付いていたことを向こうに知られていたとしたら…」
一樹「敵の余計な警戒まで招いて、面倒なことになっていたかもしれません」
河童「おいおい、でも、それじゃ俺達もしかしてここまでストーキング、つまり尾行されてたかもしれないじゃんかYO!」
木鬼「何言ってんだよ。黒薔薇師は皆、もともと薔薇師だった連中だ。
  桜田君の存在とか僕達の手の内なんかは大抵を知ってるさ」
河童「あ…そうか」
桜田「さて、話はこれで全部終わりかな。皆お疲れだった。今日は泊っていくか?」
木鬼「そうだな。今日はお言葉に甘えさせてもらうか」
一樹「では桜田様、私も」
水晶「あ、忘れるところでした桜田君」
桜田「はい?」
水晶「絵、見せてください」
桜田「絵?」
水晶「私がモデルの絵があるんでしょう?」
桜田「ッ!?」
河童「そうなの?」
木鬼「へぇ」
桜田「ど、どうして水晶がそれを知って…!?」
一樹「…あ、ちょっと用事を思い出しました」
河童「おい、そこのデコ助野郎。どこ行く気だ?」
一樹「いや、うちのガス栓ちゃんと閉めたかなぁ?…て」
桜田「カーーズキーーーーー!!」
880 :
河童「いやまあ桜田ちゃんの気持ちも分からんでもないYO! 流石の俺もあの絵の気合の入れっぷりには
  軽くひいたし。モデル本人に見られるってのは下手したらトラウマ一直線だYO!」
木鬼「本人隠してるつもりだろうけど、桜田君は水晶のこと大好きだからな」
河童「興奮する!」
一樹「黙ってろ変態。でも水晶さんは…」
木鬼「まあ気付いてないよねぇ。あの絵見ても普通に褒めてただけだし」
河童「そう言えば、水晶ちゃんは?」
木鬼「桜田君が薔薇草紙を描き始めたから付き添っているよ」
一樹「そうか、彼女だけは立ち会いを許されていたな」
河童「それじゃあ、おじさんも花の園に突入しますYO!」
木鬼「やめとけ河童。呪われるぞ」
河童「え!?」
一樹「桜田様が執筆する時、部屋の中には薔薇草紙へ移らせる真紅の呪いがどうしても一時的に充満する」
木鬼「あればっかりはどんなに訓練した薔薇師でも防げない」
一樹「水晶さんだけは真紅の呪いがうつらないと聞きました」
木鬼「ま、あの子はもっと大きな呪いをもらっちゃってるからね」
河童「左目のやつかYO?」
木鬼「そうそう。そのお陰って言うのもおかしいけど他の大概の薔薇の呪いは受け付けないんだよ」
一樹「他の大概の…て、真紅の呪いは桜田家が何代も苦しんでいる呪いですよ。
  それに真紅は七薔薇の一つ。それよりも強力な呪いをかけられるなんて一体どういった事情で…」
木鬼「……」
一樹「その理由も今は言えないというわけですか」
河童「秘密は良くないYO!」
木鬼「悪いね。いずれ話そうとは思っている」
一樹「……」
木鬼「二人とも」
一樹「?」
河童「?」
木鬼「虫のいいお願いかもしれないが…、この先に何があってもあの子を嫌いにだけはならないでやってほしい」
薔薇師の水晶 11/21 紅に誓う 【終】
885 :
886 :
  見ての通り、この間の台風で増水した川がまだ引いてない。もう2?3日は待ってくれなきゃ」
水晶「……」
―――桜田屋敷で一通りの報告を終えた後、薔薇水晶はまた薔薇の怪異を求めて一人旅に出た。
一樹が旅先で集めた人形関連の怪異の噂
さらに紅薔薇衆からもらいうけた情報を整理し、彼らとの分担調査を始めたのである。
水晶(こんなところで足止めを食うわけにはいかないというのに)
水夫「悪いことは言わないから待ちなさい。ついでに言い足しておきますが、他を当たっても無駄ですぜ」
水晶「?」
水夫「何年か前に、こんな大水の日に無理に船を出して流されちまった渡し船があるんでね。
  以来、大水の日には絶対船を出すな、と船頭から達しが出てる」
水晶「…分かりました。無理を言って申し訳ありません」
887 :
―――化野とは、とどのつまりnのフィールドのことだが
現在のnのフィールドは非常に複雑な構造と化しており現実世界の薔薇とは異なる薔薇どもが蠢いている。
薔薇師は特殊な薬や儀式を用いることで、化野へ入ることができるが深入りはしない。
どれぐらいの広さなのか全く分からないからだ。時空の法則すら乱れているとさえ噂される。
かつて薔薇水晶が入った化野も端見(はしたみ)が化野の表層に自分の巣として構成した屋敷周辺だけである。
紅薔薇師の情報では、化野に人形の遺体の一部が隠されている可能性も示唆されていたが
化野をあてもなく捜索することは、松明を持たずに洞窟を探検するのに等しい。
水晶(自然には勝てない。今日はどこか近くで宿をとって…)
老人「もし、そこのお嬢さん」
水晶「?」
老人「そう、そこのあなた。川が渡れなくてお困りのようですな。この大水では仕方のないことですじゃ」
水晶「ええ、全くその通りです。船頭さんが全ての水夫に禁令を出しているのも道理ですね」
老人「先を急ぐ旅人さんには申し訳ないことじゃが、これも人命第一ですからな」
水晶「…?」
老人「申し遅れました。儂がここら一帯の渡し守の船頭です」
水晶「あなたが…」
老人「水が引くまでの滞在はお決まりですかな? 儂の家は宿も兼ねておりますが」
水晶「商売上手な事で」
老人「お安くしておきますよ」
888 :
老人「夕飯はお気に召しましたか」
水晶「はい、とても。ところで大水、明日には引くでしょうか?」
老人「明日は微妙なところですな」
水晶「そうですか…」
水夫「かしら! かしらーーー!!」
水晶「?」
老人「!?」
水夫「お頭! ここにいたんですかい!」
老人「大声出すんじゃないよ。客人の間だぞ?」
水夫「す、すいやせん。それがどうしても船を出せって暴れてる奴が…」
老人「何?」
水夫「俺達が出さないなら、自分で出すから船を売れとまで」
水晶「……」
老人「随分と横柄な奴じゃの」
水夫「自分のガキが急病らしいんだ。川向こうの村の医者に診せたいらしい。それでなりふり構わず暴れてる!」
老人「それは困ったな」
水晶「あの、よければ私が診ましょうか?」
老人「?」
水夫「お客人、お医者様で?」
水晶「本業ではありませんが…」
889 :
水晶「何とか手持ちのもので対応できる病気だったのが不幸中の幸いでした」
水夫「しかし、お頭。今回はたまたま助かったから良かったですが」
老人「分かっとる。医者の募集は続けておるが…」
水夫「こんな川べりに好き好んで来る奴は少ないですよね」
老人「残念ながらの」
水夫「先生さえ生きてれば…」
老人「すまん」
水夫「あ、いや、すいやせん! お頭を責めてるわけでは…」
老人「いや、儂のせいじゃよ」
水晶「昔はここにもお医者様が?」
水夫「あ、ああ」
老人「5年前の大水の日、逆に当時は医者のいなかった川向こうの村へ往診へ行くと言ってな。
  そのまま、渡し船の水夫とともに流されちまった。あの時、儂が何が何でも船を出すのを止めておれば」
水晶「……」
老人「失礼、客人には気持の良い話ではないですな。今日はもう布団でお休みになられてはどうかな?」
水晶「そうさせていただきます。お休みなさい、船頭さん」
890 :
水夫「お、あんた…確かお頭の所に泊ってる水晶さんだったよな? 昨晩はありがとうよ」
水晶「いえ」
水夫「ところで、川の様子を見に来たようだが、この通りだ。今日も船は出せないぜ」
水晶「でしょうね」
水夫「…お頭、今朝もまだ変に落ち込んだりしてませんでしたか」
水晶「少し」
水夫「しまったな?。うっかりでもお頭の前であんなこと言うんじゃなかった。
  誰もお頭のせいだなんて思っちゃいないのに…」
水晶「……」
水夫「昨日は黙ってたが、医者先生は生真面目な性格でな。大水で何日も往診に
  行けてない川向こうの村へ『今日こそは何が何でも行かなくては』と焦ってたんだ」
水晶「確かに、昨日の様なことが川向こうの村でも起きていたらと思うと
  お医者様ならば、気が気でならないでしょうね」
水夫「お頭も『どうしてもと言うなら』て、当時の一番の凄腕水夫に船を任せたんだが」
水晶「…流されてしまった」
水夫「一緒に流された水夫は、お頭の息子だ。いい跡取りになるって皆の評判だった。
  年いってからの子だったし、お頭も溺愛していた」
水晶「……」
水夫「奥方もその時のショックがたたって、あとを追うように。
  誰よりも大きなものを失ったのはお頭本人だ。なのに、俺としたことがあまりにも無神経だった」
水晶「……」
水夫「いけねぇ、つい話しこんじまった。川を見張ってなくちゃいけねえのに…」
水晶「見張る?」
水夫「え、あ、いや…」
水晶「もしかして、その流された船の破片などが一部ずつ、大水の度に遡ってくるとか?」
水夫「ど、どうしてそれを!?」
水晶「…水夫さん、賭け事とか弱いでしょ?」
水夫「な! なんでそんなことまで!?」
水晶「隠し事が、すぐ顔や言葉に出るタイプみたいですね」
水夫「…よく言われます」
水晶「それはさておき、遡る船の破片についてですが似たような怪異を
  別の地域でも見たことがあります。間違いありません。薔薇の仕業です」
水夫「薔薇?」
水晶「申し遅れました。私の本業は薔薇師なんです」
891 :
  誰も俺の話なんか信じてくれなかった。『どうせ流木か何かの破片だ』と。けどお頭だけは信じてくれてる」
水晶「……」
水夫「きっと船がこの故郷が懐かしくて戻ってきたんだ。俺達はそう思ってる」
水晶「遡ってきているのは船の破片だけですか?」
水夫「ああ。医者先生かお頭の息子の骨の一つでも一緒に帰って来てくれれば、と俺は思っているんだが…」
水晶「流されたのが5年前、探すなら今年が最後のチャンスか」
水夫「…?」
水晶「少し付き合っていただけますか? 運が良ければ、あの船頭の息子さんと医者先生の骨が拾えます」
水夫「!?」
水晶「行きますよ、こちらです」
水夫「は、はい!」
892 :
水晶「鮭のように、生まれた川と海とを行き来する薔薇がいます。名は沙汰門場(さたもんば)」
水夫「沙汰門場…」
水晶「鮭もそうですが、広大な海に出た後で自分の生まれた川へ戻るためには何かしらの目印が必要です」
水夫「……」
水晶「沙汰門場はその目印を匂いに頼っています」
水夫「匂い?」
水晶「はい。川を下って海へ出る旅の途中で川底の砂や藻を体内に取り込み保管するのです。
  そしてその匂いを頼りに海から帰ってくる」
水夫「じゃあ、その沙汰門場が船を沈めた張本人!?」
水晶「残念ながら違います。沙汰門場は…確かに巨大なウナギのような見た目に成長する薔薇ですが
  船にぶつかれば自分の方が潰れてしまうほどの脆い薔薇です」
水夫「そ、そうか…」
水晶「おそらくは海に向かう沙汰門場の幼生のうちの何匹かが川底に沈んだその船の破片を匂いの元として取り込んだ」
水夫「……」
水晶「川を下る沙汰門場の幼生は、その時点でも1?2mです。
  そして、海に出た沙汰門場の回遊期間は3?5年。その間に最大で100mにまで成長する」
水夫「100m…ッ!?」
水晶「故に沙汰門場が川を遡上するのは大水で川の水かさが増えた時だけ。それでも生まれた川の上流にまで戻れるのは
  ごく僅か。川が狭まるにつれその身は割かれていく。多くは身切れに耐えれず力尽き、薔薇は姿も残さず溶け去る」
水夫「……」
水晶「しかし沙汰門場は消えても、匂いの元として持っていた物は残る。そうやって、ここに船の残骸が来たのでしょう」
水夫「と、いうことは…もしかして今も?」
水晶「ええ、何体かの沙汰門場はこの川を遡っているでしょうね」
水夫「そんな大きなものが、この川を遡っていただなんて」
水晶「薔薇は普通の人には見えにくい存在ですし、特に沙汰門場は大水で濁った川を遡上しますから」
893 :
水夫「こ、これは医者先生がいつも持っていた道具鞄に…こっちはあの日、船頭の息子が身に着けていた衣服!」
水晶「滝壺を中心に人のものと思われる骨もあります。どうやら、私の予想が当たったようです」
水夫「ありがとう水晶さん。これで二人の墓に…骨を入れてやることができる」
水晶「……」
水夫「そうだ、水晶さん! 大水が引いたのなら川を渡るのでしょう?
  その時は俺を使ってください。今日のお礼でタダでお送りします」
水晶「…それはありがうございます。是非ともお願いさせていただきますわ」
894 :
船頭達から骨を見つけてくれたことに対する感謝を背に薔薇水晶は約束通り、あの水夫の船に乗り川を渡る。
水晶「昨日までの大水が嘘のよう」
水夫「全くで」
水晶「……」
水夫「あの二人、本当によく帰って来てくれたもんだよ」
水晶「……」
水夫「あっ! 勿論、水晶さんが見つけてくれなきゃ何にもならなかったですよ、本当」
水晶「……」
水夫「ところで水晶さんの故郷は何処なんです? 薔薇師さんとやらの仕事柄はよく分かりませんが
  旅ばかりじゃあ、帰る暇も多くは無いのでしょう?」
水晶「故郷と呼べる場所が…故郷と呼んでいい場所が自分にあるのか分かりません」
水夫「失礼。余計なことを聞いてしまったようで…」
水晶「いえ、でも今お世話になっている村を私は気に入ってます。予定の仕事が終われば、すぐに帰りたいと思える場所です」
水夫「そう思える場所があるのはいいことです。いつか、そこが自分の故郷と言えるようになればもっといい。
  ひょっとして、待っている人がいたりするんじゃないですか?」
水晶「……」
水夫「おっと、また口が滑って余計なことを。許してください」
水晶「水夫さん、私…」
水夫「?」
水晶「今、『帰りたい』って…言った」
水夫「へぇ、確かに」
水晶「みんな何処かに帰りたがっている…」
水夫「?」
―――船頭の息子と医者先生も、きっと此処に帰りたかったのだろう。
それをこうして見つけてあげた自分は、きっといいことをしたのだろう。
沙汰門場も生まれ育った川の水源に帰りたかったのだろう。
けれども、あの二人の骨を運んだ沙汰門場は滝を越えられず力尽きた。だから、あそこで二人を見つけられた。
人も薔薇もみんな何処かに帰りたがっている。帰る場所を見つけたがっている。
薔薇は、この世に千切れ飛散した薔薇乙女達の魂の変化。
彼女達の魂は今も元の体に戻りたがっているに違いない。遺体を揃えて直せば彼女達の魂はきっと帰って来る。
その時に自分の帰る場所は何処にあるのだろうか。水晶ではなく、薔薇水晶として帰る場所は。
ローゼンメイデンを騙り、アリスゲームを煽り、単なる自己主張の戦を招いた自分が帰るべき場所はどこだろう。
薔薇師の水晶は、薔薇水晶が世を忍ぶ仮の姿。そのはずだった。
ローゼンメイデンを、仮初にも姉と呼んだ者達を復活させることだけが自らの贖罪。
それができるのなら、何も惜しくは無いはずだった。
が、沙汰門場が川を下る際に故郷を忘れぬために川の砂や藻を身に宿すように
自分の心の中に、強く匂い立つ思い出が宿り始めている。
桜田君、一樹さん、河童さん、村医者として働く槐先生。
しかし、それは水晶が帰る場所。薔薇水晶の帰る場所ではない。
水晶(私は水晶? 私は薔薇水晶? 私は、私は…誰? 私は何処に帰ればいいの?)
薔薇師の水晶 12/21 帰り迷う 【終】
895 :
896 :
図士「くだらないね。鬼など…地元の村の迷信だ。所詮は、この砂丘内で迷った人の恐怖の産物だろう」
水晶「私も鬼が出るという噂を全ては信じていません。ただ…」
図士「鬼の手の平に出る人形は信じると?」
水晶「…それを確かめに来ました」
図士「折角、この砂丘内の地図が久しぶりに他人の役に立つ日が来ると思ったが、よりによって鬼探しとは…」
水晶「まあまあ。製図士のあなたにも興味はあるのでしょう? 村人や商人が口をそろえて言う『鬼の手』とやらに」
図士「私は地図を作るために、この砂丘内のあらゆる場所を踏破したのだぞ。鬼の手らしき物など欠片も無かった」
―――いくつかの川を越え、またそれ以上の数の山を越え薔薇水晶がやってきたのは、とある広大な砂丘。
ここに人形絡みの怪異がある。『月下腥風に鬼眠る』…月夜の晩、血なまぐさい風が吹く時
地下の巨大な鬼が獲物を求めて砂丘のどこかからその手を突き出して伸ばすというのだ。
図士「昔から言われている砂丘の地下の鬼の迷信だ。腹をすかせた鬼のうめき声を聞いたとまで言う者もいる」
水晶「ところが最近になって、この話に続きができた。鬼が人を誘うために『その手に操り人形を携える』ようになった」
図士「誰かの目撃談だそうだが話の展開としても無理があるし、とってつけたような噂の引き延ばしだ」
水晶「確かに突拍子もない。しかし、現実とは突拍子もないことが良く起きるもの」
図士「……」
897 :
その時、噂を嗅ぎまわる胡散臭い者がいると聞きつけた男が突っかかってきた。
彼は砂丘の地図を作り上げた製図士だった。
村の経済は付近の村との交易に大部分を依存している。商売相手の村へ向かうには砂丘を大きく迂回せねばならない。
図士「私が地図を完成させたというのに村の誰も鬼の噂を恐れてなかなか砂丘には入らん。
  この砂丘を突っ切れば、大幅なショートカットなのだぞ」
水晶「……」
図士「何度も言うようだが、私はこの地図を作るために何ヶ月も砂丘内にいた。しかし、鬼の手など一目も…」
水晶「鬼の手の平を見つけるには、いくつかの好条件、偶然が重ならないと駄目なのです」
図士「……」
水晶「迷信と言うのも馬鹿に出来ませんよ。『月下腥風に鬼眠る』、これは薔薇師にとっては大きなヒントです」
図士「薔薇師…か」
水晶「嫌いですか? 薔薇師は?」
図士「あまり好きではないな。どうも薔薇師という奴らは、人の生活のためというよりも
  自分の好奇心だけのために珍しい薔薇を追いかけ続けとる気がする」
水晶「確かにそう言った人種がいるのも事実です。どちらかと言えば、私もその部類でしょうか」
図士「ふん。だが、薔薇師の仕事には敬意を払っとるよ」
水晶「同じ自然の探究者として…ですか?」
図士「私のはただの地図作りだ。そこにある物をそこにあるままに記すだけ。探究などしない」
水晶「……」
図士「私がわざわざ砂丘内にまで水晶さんに付いて来たのもそれが理由だ」
水晶「?」
図士「薔薇師は世にある奇々怪々な現象を薔薇の仕業として説明してくれる。
  村の皆も『鬼の手』が薔薇の仕業に過ぎないと知れば安心する。人が驚異を感じるのは、そこに謎があるからだ」
水晶「そうでしたか。私はてっきり道案内をしていただけたのかと思ってました」
図士「道案内など、その地図があれば充分。
  現に水晶さんは地図だけを見て、私に尋ねることなく、この砂丘の中心地へ向かって歩いている」
水晶「…とても分かりやすい地図です。村人の役に立つように、と心がこもっている。いい仕事をされるのですね」
図士「…ふん」
水晶「しかし、砂丘に入ってみて改めて驚くことも多い。
  話には聞いていましたが、本当に方位磁針(コンパス)が使えないとは」
図士「この砂丘で人が迷う一番の理由がそれだ。目印になる物がほとんどない砂丘。それに方角も分からんとなればな」
水晶「空気も熱く、澄みすぎている。蜃気楼なのか、太陽の位置もコロコロ変わってあてにならない…。凄い場所です」
898 :
図士「左様」
水晶「ここからなら、私の実力でも薔薇の尾を引けば砂丘全域が調べられる」
図士「薔薇の尾?」
水晶「地図作りを生業とされているのならダウジングを御存知でしょう?」
図士「無論」
水晶「薔薇師も似たようなことができます。
  私も今からそれを行って鬼とやらを探したいのですが、協力していただきたいことがあります」
図士「…何だ?」
水晶「私は未熟故、一人で薔薇の尾を引くと意識が簡単には帰って来れなくなる可能性が高い」
図士「意識が?」
水晶「同じ薔薇師であれば呼び戻す方法も心得ているのですが
  それも今すぐ伝授できるものではありません。そこで少し手荒い方法をとります」
図士「……」
水晶「簡単に言うと、私がこれから合図した後
  300秒経っても私が座ったまま動かないようであれば、気を取り戻すまで顔をはたいてください」
図士「おいおい。女の顔をはたくなんて真似を私にさせるのか?」
水晶「意識が戻らなければ私は死んでしまいます。かなり強くはたくか、殴ってもらわないと起きないかもしれません」
図士「……」
水晶「お願いします」
図士「いたしかたあるまい。承知した…。気は乗らないがな。それしか方法がないんだろ」
水晶「では、始めます。300秒後、くれぐれもよろしく。お願いしましたよ」
図士「ああ」
899 :
図士「き、気がついたのか? 良かった…」
水晶「何秒です?」
図士「280秒だ。300秒経つ前に自力で起きてくれて助かったよ。嫁入り前のお嬢さんの顔を殴らずに済んだ」
水晶(夢轍に深みまで引き込まれることもなく、戻ってくることができた。それも私の自力だけで。
  私が薔薇師として成長しているのだろうか? それともこの砂丘の夢轍の力が普通より弱いのか?)
図士「水晶さん。大丈夫かね?」
水晶「何も問題ありません。そして見つけました。鬼の手を」
図士「本当か? 何処に?」
水晶「あなたの地図で言えば…このポイントです」
図士「馬鹿な!? ここは来る途中に通ったところだぞ」
水晶「知らない内に上を通り過ぎていたようですね」
図士「上を? まさか本当に噂通り、鬼が地下に!?」
水晶「いえ。見つけたのは鬼の手です。鬼ではない」
図士「どういう意味だ?」
水晶「…ちょうど日も暮れてきましたし、謎解きにはよい頃合いです」
図士「ああ、もうこんなに暗くなり始めていたのか。今明かりを…」
水晶「結構です。今日は」
図士「満月…!」
水晶「ええ、それでは目的の地点を目指しながら謎解きを始めましょう」
900 :
  何でもいいというわけではない。鬼の手に限っては満月の晩にしか現れない」
図士「……」
水晶「満月に間に合って良かった。実は旅の道中、大水で渡れない川がありまして随分と足止めを。
  この機を逃していれば一月待たなくてはいけなかった」
図士「だが、私は満月の晩にも地図作りでこのポイント付近は歩いたことが…」
水晶「『月下腥風に鬼眠る』の条件その2…、腥風。血生臭い風が吹かなければ鬼の手は見つからない。
  こればかりは地図士さんの運が悪かった、いえ、良かったと言うべきでしょうか」
図士「血生臭い風だと? この砂丘にそんな匂うほど血を大量に流すような大型動物は…。
  風なら嫌というほど吹いてはいるが」
水晶「…感じませんか?」
図士「何を…ッ? まさか、これは…血の匂い!?」
水晶「ここからでも見えてきましたね。あれが鬼の手です。そして風に混じるこの音。動物の唸り声にも似た…」
図士「これが鬼の声?」
水晶「さあ、行きましょう地図士さん。間近でその正体を見てください」
901 :
水晶「5m以上はあるでしょうか。実に見事です。ここまで大きいとは予想していなかった」
図士「こんな巨大なものが…」
水晶「そしてよく見てください。この列石あちこちに穴が空いている。ここを風が通り抜けるときに独特の音…」
図士「鬼の唸り声がしているのか。しかし、こんなものが砂の中に埋まっていたとは。
  そうか! 水晶さん、これがこの地の薔薇とやらか! こいつは生きているのか!?」
水晶「それはYESでもありNOでもあります」
図士「?」
水晶「『赤子の手(アカゴノテ)』という名の薔薇がいます。この鬼の手と同じように五本の赤い柱状の形が特徴です」
図士「……」
水晶「人間のネーミングセンスは大体共通のようですね。五本並んでいる物を見ると手指を連想してしまう」
図士「赤子と鬼じゃ大きな違いだと思うがな」
水晶「赤子の手はせいぜい3cm程度の高さまでしか成長しないと思われていた。
  もし、今の私達の前にあるサイズなら…やはり鬼の手という名前になっていたでしょう」
図士「それじゃあ、こいつだけ異常にでかいのか? 何故?」
水晶「…匂いに慣れたせいで気付きませんか? 血生臭いのは、この鬼の手…列石そのものです」
図士「…! 確かに。しかも、この表面の赤茶けた色は『鉄』か!!」
水晶「その通り。赤子の手は鉄分を好みます。
  鉄分を多く含む土地に生息し、その鉄分を自らの巣として列石状に建築する」
図士「これが巣? いや、それよりも鉄分ということはコンパスが働かないのも、そのせいでか」
水晶「『赤子の手』が『鬼の手』になるほど巨大化した。
  それを可能にするほどの莫大な鉄分がこの砂丘の地下には含まれている」
図士「……」
水晶「そして赤子の手は鉄分を求めて移動する。あなたが以前の満月の晩にもここを通ったことがあるのに
  鬼の手を見なかったのは、その時は、ここにいなかったから」
図士「動くだと? これが? 砂に潜ったりするだけでなく?」
水晶「満月以外の時期、地中を少しずつ…ですが。今、見えている部分は巣でもあり、手でもある。
  地面の中には無数の触手状の足が存在している」
図士「……」
水晶「土に埋まったヒトデがそれぞれの足の先だけ90度折り曲げて地上に伸ばしている。
  そう想像していただけると分かりやすいかと思います」
図士「ヒトデ…か。また『手』だな」
水晶「そして外に出ている部分はサンゴだと思って下さい。サンゴは石灰質で巣を作るが、赤子の手は鉄分で巣を作る」
図士「まさか砂丘でヒトデやサンゴを思い浮かべるとはな…待てよ、サンゴ? それに今夜は満月、まさか?」
水晶「流石に勘付くのが早いですね。そうです、赤子の手が地上に姿を見せるのは満月の夜。産卵の時だけです」
図士「卵を…産むのか。これが本当に…? どんな風に?」
水晶「説明するよりも見ていただいた方が早いかと思いますが。…見たいですか?」
図士「それは勿論だとも! どうすればいい? このまま待っていればいいのか!?」
水晶「残念ながら今、まさに卵を産んでいます。
  あなたにはそれが見えていない。薔薇は…人には普通、見えにくいものなのです」
図士「!?」
水晶「この鬼の手の列石の部分は正確には薔薇が作った鉄の建築でもあるから、あなたにも見えているだけ」
図士「そんな…」
902 :
  そのお礼と言うわけではないですが、これを」
図士「何だこりゃ? 酒?」
水晶「光酒(みす)。薔薇を液化、純化したもので、薔薇師が秘術などに用いる酒です。
  これを飲めば一時的に薔薇が見えるようになります。本当は禁忌ですから、ご内密に」
図士「ありがたい。それじゃあ早いただこう」
水晶「…さあ、どうです。見えますか」
図士「…凄い」
水晶「見えているようですね」
図士「夜空に向かって、鬼の手に空いた無数の空洞から丸い卵が飛んでいく。こんなに多く…あんなに高く…」
水晶「ええ、余程ここの土が赤子の手にあっているようです。卵もかなり大きい」
図士「まるで、満月が夜空中に満ちて流れているようだ」
水晶「…地図だけじゃなく詩の才能もあるみたいですね」
図士「昔話で聞いたことがあるんだ。旅人が鬼か狐に化かされた話。
  空に一つしかないはずの満月が、いくつもに増えて沈んだと思ったらまた昇る。そうして人をおかしくする。
  昼の太陽の蜃気楼と同じようなことかと思っていたが、本当はこっちだったんだ…!」
水晶「……」
図士「薔薇師は、いつもこんなのが見えているのか。素直に羨ましいと思えるよ」
水晶「私もここまで壮大な薔薇の仕業を見たことは、ほとんどありませんよ。それに…」
図士「それに?」
水晶「人と違う物が見えているということは幸せなことばかりではありません」
図士「……」
水晶「けれども今、あなたと同じに、この満月達が流れる空を見ている。こういう時は薔薇師をやっていて良かったと思う」
図士「ああ、そうだとも。こんな光景を見せてくれてるんだ。凄いよ本当に。手を空に伸ばせば満月に触れられるようだ」
水晶(…光酒が回ってきたようですね。地図士さんが遠近感を失いだしている)
図士「そうだ。この鬼の手だって空に向かって掌を…こいつが掴まえたいのは人間じゃない。月だ」
水晶「確かに、迷信とは違い、この鬼の手は人を捕らえるために出てくるわけではない。
  ただ、自らの子をより高く飛ばすため。満月の夜だけに産卵を行うのも、そのためです」
図士「人間達のことなんか見向きもしていない。勝手に私達が勘違いして、恐れて…」
水晶「必要以上に恐れる必要はありませんが、あまりに好意を寄せるのも危険です」
図士「?」
水晶「赤子の手は人には無害な薔薇ですが。人に害を及ぼす薔薇も少なくは無い。
  薔薇とは奇妙な隣人、気を許し過ぎてはいけない」
図士「この美しくも恐ろしい夜空のように?」
水晶「はい」
薔薇師の水晶 13/21 掌を空に(前編) 【終】
903 :
904 :
地元の村の地図士の協力のもと赤子の手を発見し、その産卵を見守る薔薇師と地図士。
地図士は光酒の助けを借りて、初めて見る薔薇の生命の営みに年甲斐もなく興奮していた。
薔薇師としては経験の浅い薔薇水晶も、鬼の手の産卵の壮大さに感じ入り胸の内に熱いものを感じていたが
すぐにその熱は納まり始めていた。自分がやるべき仕事はまだ半分残っている。
それはきっと、心凍てつかさなければ完遂できない。
図士「あ…れ…?」
水晶「……」
図士「おかしいぞ。鬼の手の指…列石が増えて? 5本だったはずが、7本? いや8?」
水晶「……」
図士「水晶さんも…二人に増えて?」
水晶「酔いが回ってきたようですね」
図士「あ、足にも力が…」
水晶「申し訳ありませんが、あなたに飲ませた光酒には少し細工をさせていただきました」
図士「な…」
水晶「これから先の仕事は大恩あるあなたにもお見せできません。
  もし見てしまったら、あなたにも迷惑をかけることになるかもしれない」
図士「……」
水晶「そのまま良い夢を、地図士さん」
905 :
そして静かな寝息を立て始めたのを確認すると薔薇水晶は視線を鬼の手の中心に移した。
5本の列石を鬼の指に見立てるのなら今の薔薇水晶が見つめているのは手の平に当たる地面。
目は口ほどに物を言うのか
薔薇水晶は一言も発していないにもかかわらず『それ』は砂の中から静かに浮上した。
人形「あなたは…誰?」
水晶「……」
―――薔薇水晶は答えない。眼前に現れたのは間違いなく一目でそれと分かる人形。
モチーフは市松人形か。おかっぱ頭にしては長髪の…ワンレンに近い黒髪に、橙色の着物。
人形「あなたは…誰?」
水晶「……」
―――薔薇水晶は答えない。
薔薇の中には端見(はしたみ)のように質問に答えることで次のアクションを起こす薔薇がいる。
しかし、薔薇水晶が黙っている理由はそれだけではない。
鬼の手の平に埋もれていた人形。このような薔薇の情報は、少なくとも記録にも記憶にもない。
人形「答えて頂けない。では、私が答えを。あなたは水晶。眼帯の薔薇師」
水晶「…!」
―――やはり沈黙が正解だった。相手が人形ということで薔薇水晶は正直、少し戸惑っていたが
彼女は自分を『水晶』だと言った。つまり『薔薇水晶』のことを知らない。
この人形は前時代のローゼンメイデンとは直接的な関わりを持たない存在だ。
水晶「黒薔薇連…?」
人形「正解、眼帯の薔薇師。私は新たな七薔薇の器となるべく黒薔薇連に作られた人形」
水晶「……」
人形「眼帯の薔薇師、水晶。私を見つけたことを後悔する。まだ、力は吸い足りない。しかし未熟な薔薇師、倒すは可能」
水晶(力を吸っていた…? この地の薔薇を吸収していた?
  七薔薇に成り変わろうと言うのなら、その程度の芸当は出来て当然か…)
人形「最後の獲物、巨大な赤子の手。砂丘の薔薇主」
水晶「……」
―――水晶は相手の話に耳を傾けながらも、辺りを警戒していた。
明らかに眼前の人形は喋りすぎている。そして、こいつは嘘がつけない。
人形の機能レベルを、人間に近いという観点からランク付けするならば『嘘をつく』というのは非常に高度な機能だ。
このような産まれ立てに近い状態の人形を黒薔薇師が監視もせず放置しておくだろうか?
水晶(しかし、先ほど薔薇の尾を引いた限りでは鬼の手と、この人形以外見当たらなかった)
人形「眼帯の薔薇師、光酒を持ってる。それ飲んで帰れば予定以上の私の力。お父様も喜ぶ」
―――語らずとも落ちた。少なくとも、この砂丘内には人形以外に敵はいない。
906 :
  最後の獲物としていた。ということは、やはり夢轍も弱っていたということ)
人形「……」
―――砂上の人形が黙った。喋ることがなくなったのだろう。そろそろ攻撃してくる。
その前に一つだけ、薔薇水晶は言っておくことがあった。
水晶「本来、私はあなたのようなお喋りはあまり好きではない。ですが、私はあなたに
  奇妙な親近感を持っています。自らの分をわきまえ、退くのならあなたを壊しはしない」
人形「壊す? 私を? 新たな七薔薇となる私を半人前の薔薇師が? それは不可能。理解不能」
水晶「……」
―――言い終わるが早いか、人形は飛びかかる。が、薔薇水晶は難なくかわす。
人形「何故避けた? 眼帯の薔薇師、水晶、半人前。今ので終わっているべき」
水晶「いいえ、今ので終わっています」
人形「……」
水晶「確かに薔薇師の水晶ではあなたに勝てない。しかし、あなたは七薔薇の名を口にして私の前に立った」
人形「……」
水晶「七薔薇とは薔薇乙女。ただの薔薇ではなく薔薇乙女との対峙なら
  相手をするのは薔薇師の水晶ではない。捨てた名を拾い、薔薇水晶となる」
人形「……」
―――薔薇水晶の言葉を人形は聞いていなかった、いや聞こえていなかった。砂上に少し強い風が吹くと
その五体は瓦解した。薔薇水晶がかわしざまに相手を紫水晶の剣で幾重にも刻んでいたのだ。
これが薔薇水晶だ。かつて紛いなりにも七薔薇の四つを…水銀燈、金糸雀、翠星石、真紅を打倒した薔薇水晶。
ローゼンメイデンを騙り、アリスゲームを煽り、さらにその先を、その上を目指した薔薇水晶。
水晶「…新たな薔薇乙女になろうと思うのなら、せめて『嘘をつく』ことを覚えるべきでしたね」
907 :
村人「目が覚めたかい?」
図士「ここ…は? 砂丘じゃあ…ない? 村か」
村人「今朝、例の薔薇師さんがあんたを担いで砂丘から出てきたんだ。
  そんで『そのうち起きる』ってあんたをここに置いてった」
図士「……」
村人「いや、びっくりしたよ。女の子なのに凄い力持ちだ、あの薔薇師さん。
  鬼の手の正体もみんなに説明してくれた。不気味なだけで実害はないとな」
図士「…そうか」
村人「地図士さんも見たんだろう、鬼の手を? どうだった?」
図士「私には…あれは美しいものに見えた。この手に届かぬものを、必死に掴もうとしているように。空に満月がある限り…」
村人「?」
図士「いや、なんでもない」
村人「…そう言えば、あんたの地図が欲しいって人が急に増えだしたよ。鬼の手がでかいだけの
  生き物だと分かったってのもあるが、あの薔薇師さんがしきりに褒めてなさったからな」
図士「分かった。すぐに用意しよう」
村人「あ、体調が戻ってからの方が」
図士「いや、月身酒をして酔っぱらってしまっただけだ。もう大丈夫。
  それに娘っ子に運ばれて帰って来ただなんて何ともバツが悪い。早めに仕事をして名誉挽回といきたいね」
村人「酔い潰れてたのかい。そりゃ確かに格好悪いさね」
図士「しかし、いい夢も見れた」
―――夢の中。紫水晶の城。そこの天辺に立つは、あの薔薇師、水晶。
ずっと掌を空に向けて、何かを掴もうとする所作を繰り返していた。
図士「私が欲しいもの、目指すものは地面の続く先にある。それが地図士の宿命。歩く時も前と下を見ていることが多い」
村人「?」
図士「けれども、あの薔薇師さんは歩く時、よく空を見上げていた」
村人「へぇ、そうだったのかい」
図士「あの娘の欲しかったものは、この地上にはもう無いのだろうな。だから空を見つめては
  つい、手を伸ばす。あの鬼の手のように…いや、産まれたての赤子のように…か」
908 :
木鬼「水晶! 無事だったんだね、良かった!」
河童「水晶ちゃん!!」
水晶「どうかしたのですか? 二人とも慌てて」
木鬼「一樹君が黒薔薇師に襲われて怪我をしたんだ」
水晶「一樹さんが?」
河童「大丈夫だYO! 命には別状ナッシング!! 奥で寝てるYO!」
水晶「ここで治療中なのですか?」
木鬼「待て水晶。君は通すなと頼まれている」
水晶「え?」
木鬼「黒薔薇師は一樹君から庭師の片鋏を奪おうとした。だが、一樹君はそれを返り討ちにした。そこまでは良かったが」
河童「庭師の片鋏を奪えないならデストロイしちまえって感じで最後っ屁に腐食性の薔薇毒をぶちまけたらしいんだYO!」
木鬼「彼は庭師の片鋏をかばって、その毒を自分の背中で受け止めた」
水晶「で、でも庭師の鋏は薔薇の類に対しては、ほぼ無敵の…」
木鬼「何にでも限界はある。僅かでも庭師の片鋏に悪影響が出そうなら…、そういう風に一樹君は考えた」
水晶「……」
木鬼「そして、命からがら僕の所まで助けを求めてやって来た。
  今は治療の甲斐あって、快方に向かっているが全身が爛れていてひどい姿だ、君には見せたくないらしい」
水晶「理由はそれだけですか? 私が近付くことで病状が悪くなると言ったワケではなく」
木鬼「ああ、そうだが…」
河童「水晶ちゃん! 男心って奴を汲んでやってくれYO!」
水晶「関係ありません。一樹さんと会います」
河童「ワッザ!?」
水晶「どいてください。河童さん」
河童「そうはいかねぇ! こりゃメ?ンとメ?ンの誓いなんだYO! どうしてもと言うのなら、この俺様を倒しブハァッ!」
水晶「……」
河童「ノ、ノータイムで殴られちゃったYO! それもグーパンチで!?
  水晶ちゃん! そりゃ横暴だYO! 槐先生、どういう育て方してんNO!?」
木鬼「いや、すまん。でも、水晶が本気で殴っていたら今頃は君の首の骨折れてるから」
909 :
一樹「水晶…さん…?」
水晶「お久しぶりです。一樹さん」
一樹「まさか、あなたにこんな姿を見られてしまうとは…、ウッ?」
水晶「そのまま、起きあがらないで寝ていてください」
一樹「悪いが…、そうさせてもらいます。槐先生から大体のことは聞きましたか?」
水晶「はい。庭師の片鋏をかばってこのようなことに…」
一樹「とんだお笑い草さ、実際は俺の方が、この庭師の鋏に命を救われていた」
水晶「?」
一樹「俺が槐先生の家まで何とか辿りつけたのは庭師の鋏が薔薇毒を弱めてくれたからだ」
水晶「それは違います。もし、庭師の鋏が腐食の毒の直撃を受けていたら
  そのような力さえ失われていたかもしれません」
一樹「優しいな水晶さんは。だからこそ、そんなあなただからこそ…
  どうしても、あなたに今のこの姿を見てもらいたくは無かった」
水晶「私はどうしても、あなたの今生きている姿が見たかった」
一樹「…敵わないな水晶さんには、本当に。敬意にすら値しますよ」
910 :
水晶「はい、一樹さんの姿を見て安心しました」
河童「だから命には別状ないって言ったじゃんかYO!」
木鬼「一樹君はこのまま寝させておいてあげて、僕達はこっちで話そう。おいで水晶」
水晶「はい」
木鬼「君がいない間に結構進展があってね。黒薔薇連の狙いが見えてきたのはいいんだが…」
水晶「それに関しては私もお土産があります。今、鞄から出します」
木鬼「っ! こ、これは」
河童「ば、バラバラ死体!? 水晶ちゃん! ついに猟奇殺人犯に!?」
木鬼「アホか河童、よく見ろ。これは人形だ」
河童「Oh! ソーリー! ということはこれ全部七薔薇の依り代? こんなに一杯集めたの? やるじゃん!」
水晶「いいえ、これは私達が探しているものとは別の人形です」
河童「へ?」
木鬼「…もしかして、動いていたのか?」
水晶「はい。動いていました。襲って来たので、やむを得ず…」
河童「動いていた!? これが? どーゆーこと?」
水晶「実は…」
木鬼「ちょっと待ってくれ水晶。こちらから先に話そう。それからの方が君も情報を整理できるだろう」
水晶「……」
木鬼「桜田君から手紙が届いてね。紅薔薇衆はいくつかの七薔薇の遺体のパーツの回収に成功した」
水晶「本当ですか?」
木鬼「ああ、だが七薔薇の内、どの薔薇の遺体なのか判明していないものが殆どだ。
  近いうちに、君に鑑定に来て欲しいとさ」
水晶「はい」
木鬼「もう一つ、紅薔薇衆は黒薔薇連のアジトを複数襲撃した。
  連れ去られた薔薇師や盗まれた金品の奪還のためだが…そこで予想外の物を発見している」
水晶「まさか…、動く人形?」
木鬼「そうだ。黒薔薇師に対しては熟練の紅薔薇衆も思いのほか手こずったそうだ。何人か犠牲も出た」
水晶「……」
木鬼「なんとかその人形を機能停止させて、つまりバラバラにして解析を始めた。
  もしかしたら、これが七薔薇の復活した姿かもしれない…とね」
水晶「…違う」
木鬼「そう、違う。紅薔薇衆もそれにはすぐに気付いた。その人形は新し過ぎた。それは黒薔薇師が作った人形」
水晶「……」
木鬼「黒薔薇連は七薔薇の遺体を参考に既に自分達で人形を作り始めているんだ」
水晶「バラバラに散らばった遺体を残さず集めるより自分達で作った方が早いと?」
木鬼「そういうことだろうな。しかもかなり研究は進んでいるようだ。
  水晶、君が倒したこの人形もそうなのだとしたら…既に何体も用意されているに違いない」
水晶「……」
911 :

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