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響「赤月の夜空に、ごきげんよう」


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1:
秋の夕方。
今日はとっても、特別な日。
「ねぇねぇひびきん! 今日何の日か知ってる?」
事務所のドアを開けると、亜美がいきなり飛びついてきた。
「知ってるよ。皆既月食でしょ」
「ちぇーっ……ひびきんも知ってたか……」
「そりゃ、テレビでいっぱい言ってたし、学校でも話題になってたしね」
三年ぶりの皆既月食に、みんなワイワイ盛り上がってた。
自分もずっと、今日を心待ちにしてたんだけどさ。
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2:
ただ、自分の場合は、みんなとはちょっと違う理由で。
「亜美、貴音来てる?」
「お姫ちんなら給湯室にいるよん」
荷物を置いて給湯室を覗きこむと、亜美が言った通り、姿があった。
「ああ、らぁめん。何故あなたは三分もの時間、わたくしを待たせるのでしょうか」
「自分なら二分ちょいで食べちゃうけどね」
びくんと、貴音の肩が跳ねる。
わっかりやすいなぁ。
「……響、いつからそこに?」
「今来たとこ」
人を驚かせてはなりません、とちょっぴり怒られた。
4:
「貴音はもう上がり?」
「はい。本日のレッスンは終わりました故」
貴音と話していると、コーヒーカップを片手にプロデューサーがやってきた。
おかわりに来たのかな。
「ん? 響、今日スケジュール入ってたか?」
「ううん、何もないよ。貴音と待ち合わせしてたから寄っただけ」
「ああ、それで貴音はレッスンを早めにしたのか。コーヒーあるか?」
「プロデューサー、カップを」
「お、ありがとう」
貴音はプロデューサーからカップを受け取り、傍のメーカーからコーヒーを注ぐ。
貴音、やっと使い方を覚えられたんだな……。
5:
貴音はカップラーメン。
プロデューサーはコーヒー。
自分は冷蔵庫に入ってたプリンを貰った。
「二人とも、待ち合わせしてた用事っていうのは長いのか?」
「ん、なんで?」
「春香が月食を見ようって言い出してな。みんなで屋上から見るんだけど、二人はどうかなと」
「あー……」
折角のお誘いだけど……。
「ごめん、プロデューサー。自分たちは行けないや」
「お誘いを無下にしてしまい、申し訳ありません」
「いやいや、気にしない気にしない。居るやつだけの突発イベントだしな」
プロデューサーはぐいっとコーヒーを飲み干すと、お疲れ、と言い残して仕事へ戻った。
自分たちもそろそろ行こうかな。
「再び三分待てと申すのですか。いけずです」
……貴音が二杯目を食べ終わったら。
7:
結局、四杯目を死守してから事務所を出た。
やや物足りなくも満足げな貴音を見てると、ちょっとむかっとする。
「ずるいぞ。貴音ばっかりいい思いして」
「そう拗ねなくとも良いのですよ。良い子良い子」
「うがーーー! 子ども扱いするなよー!!」
高身長の貴音がちっちゃい自分を撫でると、本当に自分が子どもみたいだ。
悔しいよ……神様、あと二十センチ伸びたいです。
「少し急いだ方がよさそうですね」
「あ、もうそんな時間?」
腕時計を見ると、時刻は18時。
もうすぐ、始まる。
8:
「この辺りでいいかな」
「そうですね。ここなら人目もつかないでしょう」
「あっ、ここの芝生ちょうどいい! ほらっ、貴音貴音!」
「少し落ち着きなさい、響」
小さな丘の上にすとんと腰を下ろすと、貴音も少し遅れて隣へやってきた。
「綺麗な満月だね」
「ええ、まことに」
「貴音の髪の色だ」
貴音は珍しく、はにかんで頬を赤らめた。
「そういうことは、あまり軽々しく言うものではありません」
「自分は思ったことを素直に言うタイプだからな」
「……むぅ」
小さく唸って俯く貴音も、これまた珍しいなぁ。
9:
「あ」
月が。
自分が声を上げると、貴音も空を見上げた。
「18時15分。欠け始めたぞ!」
「相変わらず、眼がいいのですね」
「貴音は分からない?」
「月が欠けているところは見えません……が」
二人して、貴音の足を見た。
「欠け始めたことは、分かります」
消えたつま先を撫でながら、貴音は穏やかな声で言った。
10:
座りなおして、また月を見上げる。
先はまだ長い。
「まだかなー」
「ゆったり待ちましょう」
あと一時間と少し。
夜空に瞬く月の下で、二人で他愛もない話を続ける。
この前のCM収録が楽しかったこと。
撮影先で会った黒井社長が罵りながらジュースを奢ってくれたこと。
それに対抗心を燃やした社長がコーヒーメーカーを買ってきたこと。
得したのがプロデューサーだけだったこと。
実はついさっきまで亜美が追いかけてきてたこと。
「……え、ホント?」
「響は気付いていなかったのですか?」
「全然……だからあんな変な道歩いてたのか」
11:
そんな世間話が、ぴたりと止んだ。
「あ、小指が……」
「おや、思っていたよりも時間が経っていたようですね」
貴音の右手の小指が徐々に消えてく。
気付くと、膝下もほとんど見えなくなってた。
「みんな、今の貴音を見たらびっくりするかな」
「二人だけの秘密ですよ、響」
「うん、分かってるって」
事務所に入るよりも前。
三年前からの、二人だけの秘密。
「月、だいぶ欠けてきたね」
「ええ、これほどまでに欠ければ、わたくしの眼でも分かります」
僅かに残った貴音の手のひらが、自分の手に重なった。
12:
そのあとは、何も話さなかった。
二人でただただ、月を見上げる。
重なってた貴音の手は、とっくに消えてた。
「19時00分だ」
隣にいる貴音は、もう上半身から下は見えなかった。
腕も、二の腕から下は消えてる。
ウェーブがかかった長髪も、先の方が少しずつ欠けてく。
「……」
「どうしたのですか、わたくしを見て黙り込んで」
「……別に」
ぽつりと返事をすると、貴音は目をぱちくりさせてから、クスッと笑った。
14:
「わ、笑うことないだろー!」
「ふふふっ。響はまこと、可愛らしいですね」
「うがぁーー! またそうやって子ども扱い!」
ぷんすか怒ってたら、僅かに残った腕で、貴音はぎこちなく自分を抱きしめた。
あったかいなぁ、貴音は。
「大丈夫ですよ、響。そのまま消え尽きてしまうわけではありません」
「それは……分かってる、けど」
今日という日を、自分もずっと待ってたけど。
でも頭では分かってても、貴音が消えていくのは、とっても寂しいんだ。
15:
月がどんどん、影に食われてく。
その姿と同じように、貴音の身体もどんどん消えていく。
「そろそろ、全部なくなっちゃうね」
「泣いては駄目ですよ、響」
「な、泣くわけないだろ! そうやって馬鹿にして!」
「それなら良いのですが」
貴音が楽しそうに笑う。
顔が消え始めると、あとはあっという間だった。
時計を見ると、針がまさにその時刻を指そうとしてた。
「あ……」
綺麗な銀髪が、上質な砂糖菓子が溶けるようにさらさらと消える。
「そんな顔を、してはなりませんよ」
最後にそう言って微笑み、貴音は夜の闇へと溶け込んだ。
16:
「……貴音、居なくなっちゃった」
呟いても、返事は返ってこない。
丘の上には、一人きり。
空を見上げると、三日月のように欠けた月があった。
「貴音……」
三年間。
二人で待って待って、待ち続けた時。
そして。
「……あっ……!」
欠けていた月が、鈍い光を放ち始める。
ゆっくり、うっすらと、その姿を現し始める。
18:
その姿は、さながら月の現し身のようで。
「響」
空から手が差し伸べられる。
清水のように透き通った肌。
そこにかかるのは、月の色に光る長髪。
風にたなびく、紅い髪。
「ごきげんよう」
赤い瞳が自分を見つめた。
待ちわびた時が来た喜びを胸に、その手を取った。
「おかえり、貴音」
貴音に手を引かれるまま、とんっと地面を蹴った。
20:
赤銅の月に照らされ、二人の影が空へ舞う。
貴音に誘われた空は、吹きつける風が冷たかった。
「寒いね」
「動いていれば、寒さなどすぐになくなります」
「そうだね。じゃあ――」
月を背にして、どちらからともなく。
「月のワルツを、踊りましょう」
夜空の舞踏会が、静かに始まった。
21:
風に乗って、虚空を蹴って。
赤月の夜空を、軽やかに舞う。
「あははっ! この空全部がステージみたい!」
「はて。ステージということは、どなたかご覧になっているのでしょうか?」
「貴音ったら何を言ってるのさ」
「?」
不思議そうな表情をする貴音は、何だかおかしかった。
「自分はずっと、貴音のことを見てるぞ」
「……ふふっ。ならばわたくしも、響のステージを拝見するとしましょう」
手を取り合いながら、もっともっと、空高く。
22:
踊りましょう、天高く。
奏でられるのは、夜風のさえずり。
赤いスポットライトに照らされ、二人で踊る。
赤月の刻は、まだまだ長い。
手を放せば、しばしの遊覧飛行。
三拍子のリズムは鼓動を刻み続ける。
薄い雲を破ると、ふわりと再び上層へ舞い上がる。
そうしてしばらくの間、自分たちは二人きりの空で踊り続けた。
23:
「響、行ってみませんか」
「ん、どこまで?」
「あそこまで」
貴音は赤い月を指さした。
丘の上から眺めるよりも遥かに大きな月。
その妖艶な輝きは、全てを吸いこんでしまいそうだった。
「うん、いいねそれ」
「それでは競争しましょうか」
「おっ、自分、足のさなら負けないぞ!」
自分がそう答えるや否や、貴音はいたずらっぽく笑って飛んだ。
24:
そのあとを追って自分も飛ぶ。
赤い赤い、月を目指して。
貴音の赤い髪が風にたなびく。
「貴音」
「何でしょう?」
「あそこに行くのは、今度にしよっか」
自分の言葉を聞いて、貴音は赤い長髪を手に取った。
先の部分が、欠け始めていた。
25:
「おや……いつの間にか、時間が経っていたようですね」
「楽しいことはあっという間だね」
「ええ、まことに」
再び貴音の手を取って、ゆっくりと空を降りてく。
後ろを振り返ると、赤い月。
「また今度、行こうね」
名残惜しく思いつつ、背を向けた。
26:
「最後にちょっと、寄り道しようよ」
「寄り道?」
「――」
行き先を告げると、貴音はちょっと驚いたような顔をしてから微笑んだ。
「行きましょうか、あの場所へ」
「うんっ、行こう!」
手をつないだまま、出来る限りの早さで、空を駆けた。
27:
――――――――――――
――――――――
――――
「おい、春香、亜美。風邪ひくぞ。律子もあずささんも、もう下に戻ろうってさ」
「いいじゃんいいじゃん! もちっとだけなんだから!」
「プロデューサーさんも、折角ですから最後まで見ましょうよ」
「お前たちは体調管理とか、もう少しプロ意識というものをだな……」
「……あれ?」
「亜美、どうしたの? 変な声出して」
「ううん……変だなぁ」
「風邪ひいたか?」
「違う違う! なんか、誰かが近くに居た気がしたんだって!」
「えっ、私たち以外の人が屋上に?」
「うーん……屋上、なのかな?」
28:
「んー……なんかすっごく見られてる気がするんだってば」
「そんなこと言っても、私たち以外にはお月さまくらいしかいないよ?」
「……はるるん。結構ロマンチストだったんだね」
「うえぇっ!? そそそそんなつもりじゃないよぅ!」
「お月さま、ねぇ……」
「ぷ、プロデューサーさんまでぇ!!」
「いや……案外、そうだったりしてな」
「え?」
「さっ、いい加減に中入ろう。雪歩がお茶入れてくれてるから」
「よっしゃー! お茶受けは貰ったー!」
「あっ! ま、待ってくださいよぉ!」
29:
――――――――――――
――――――――
――――
丘の上へ戻ってくる頃には、貴音の身体は再び消える直前だった。
夜空の赤銅色が薄れてく。
「響、楽しんでいただけましたか?」
「すっっっごく楽しかったよ!」
「それなら何よりです」
貴音はにっこりと笑い、月を見上げた。
「そろそろ、終わりのようですね」
先程は溶けるようだったのとは対照的に、身体と赤い髪が燃え上がるように消えてく。
ついその髪を撫でると、貴音はちょっとくすぐったそうに身を捩った。
「わたくしにとっても、とても心地良い時間でしたよ」
満面の笑みを浮かべながら、貴音は燃え尽きた。
30:
再び一人きりになり、丘の上に座り込んだ。
見上げた夜空には赤みが抜けた三日月。
何もすることがなく、ただ茫然と月が丸くなっていくのを見つめていた。
「次の月食は、来年の春だそうです」
しばらくすると、隣から声が聞こえてきた。
「今度は結構近いんだね」
「ええ。今回の三年に比べればかなり」
「自分、貴音が三分三分騒いでる間、ずぅっと待ってたんだからな」
「いいですか響、かっぷらぁめんを待つ間の三分間の重要性というのは」
「ああうん、そういうのはいいや」
横を見ると、既に身体もほぼ元通りとなった、銀髪の貴音が居た。
「もうちょっと?」
「はい。月もまだ、少し欠けております」
見上げると、月は少し窪んでた。
31:
それから、またしばらくして。
月が完全に丸くなったのを見て、二人して立ち上がった。
「貴音、お腹空いてる?」
「お腹、ですか」
ぐぅ、という音が、貴音のお腹から代わりに応えてくれた。
「じゃあうちに寄っていきなよ。ご飯作ってあげるぞ!」
「それはまことに良き考えですね。わたくしお腹が空いておりますので、そのおつもりで」
「どういう脅迫だよ……何食べたいか、スーパー着くまでに考えといてね」
「心得ました!」
わくわくした表情で、貴音はあれこれと思案している。
そんな姿を見てると、ついさっきの空旅行が嘘みたいにしか思えない。
32:
次の月食は、約半年後。
その時はきっと、あの赤銅に輝くお月さままで。
「響」
「えっ、あ、うん。何食べたいか決まった?」
「わたくしはお待ちしておりますよ。響が、あの月まで来て下さる時を」
自分の心を見抜いているかのような言葉に、思わず面喰った。
やっぱり貴音はちょっと変だぞ。
「待ってる……?」
「はい」
貴音は柔らかく微笑んだままで、それ以上の答えはなかった。
でもきっと、言葉通りの意味なんだと思う。
33:
貴音は、待ってる。
あの赤銅の月が昇った、夜空の向こうで。
「なら、もうちょっと待っててね」
いつまでかかるか分からないけど。
「必ず、そこまで行くからね」
もう、一人ぼっちじゃないよ。
手を握ってそう答えると。
貴音は、嬉しそうに手を握り返してきた。
終わり
34:
家に帰ってみたら月食で、月と言ったらお姫ちんやん、と衝動に駆られた結果がこれだよ
お読みいただき、ありがとうございかぶとがに
>>13
ごめんなさい、恐らく人違いだと思われる
そういえば雪歩SSって書いたことないかも
36:
良い雰囲気だった

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