エリカ「あなたが勝つって、信じていますから」back

エリカ「あなたが勝つって、信じていますから」


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1:
・ポケモン初代
・地の文あり
・レッド×エリカ風味
2:
 開けた草原の中に一定の間隔で点在する家屋。
 マサラタウンで起こる出来事、噂は大小関わらず一時もすれば街全体に広がっていく。
 そんな場所で唯一世界に発信出来る場所、ポケモン界の権威オーキド博士の研究所内で、新しい二人のトレーナーが初戦に望んでいた。
「泣き虫でしかもポケモンも満足に扱えないのな! レッド」
「……」
 レッドとグリーン、この街に住む二人の少年の力関係はこの会話で推して知るところだ。
 グリーンはヒトカゲと共ににやついた顔でポケモンバトル勝利の余韻に浸り、レッドは目から零れそうになる雫を必死でこらえ、手を震わせながら倒れ伏したフシギダネにモンスターボールのリターンレーザーを当てた。
(勝負とは残酷なものじゃな)
 オーキド博士は孫の勝利を喜ぶわけでもなく、ため息を必死でこらえるような表情でレッドを見ていた。
 悲しくはないが少々虚しくはある。レッドは昔から口下手で、年の近いグリーンには毎度合うたびいじめられており、そのたびグリーンの姉やオーキド博士がグリーンを叱りつけるものの、劣等者を痛めつける喜びを覚えてしまった子供、グリーンを御しきれていなかった。
 レッドが精神的に強くなってくれればあるいは、またポケモントレーナーとして二人に共通の話題ができればと思っていたのだが……。
「よさんかグリーン!」
「うるせえじじい! 俺はもう姉ちゃんからタウンマップもらって旅に出るからな! ばいびー!」
 そそくさと出て行くグリーンをオーキド博士はあっけにとられたまま見送ってしまった。顔を伏すレッドとオーキド博士の間で沈黙だけが残る。
「レッド……」
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エリカ「あなたが勝つって、信じていますから」
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3:
 レッドのポケモンを回復させる。レッド自身も慰めなければならないだろう。
 しかしいつもならレッドがぐずりだすところだが……。
「……っ!」
「レッド!」
 レッドは涙を振り払い一目散に研究所から駆け抜ける。
「あら?」
「!?」
 レッドはドアまで走った所で人にぶつかりそうになり、少し減した。
 マサラでは見ない女性だった。肩まで伸びる黒い髪、山吹色の和服からにじみ出る優雅な立ち振る舞いと気品。しかしレッドは彼女と目を合わせるのを避けて駆け出して行く。
「オーキド博士、あの子は?」
「おお、エリカさん。この前言っていたポケモンをあずける予定だった子の一人なんじゃが……。初戦に負けたショックで飛び出してしまってなあ」
「まあ……どんなバトルでしたの?」
「相手はわしの孫でグリーン、使ってたのはヒトカゲじゃ。今飛び出していったのがレッドで使ったのはフシギダネ。二匹とも今日が初めてだから、ひっかくと体当たりの応酬じゃったのう」
「なるほど。本当に初めてでしたのね」
「おお、しまった。旅立ちのついでにトキワタウンから荷物を持ってきて欲しかったんじゃが、二人に頼みそびれてしまったわい……」
「それなら私にお任せください。飛行ポケモンを持ちあわせていますので」
「おおすまんのう。ジムリーダーにおつかいなんてさせてしまって申し訳ない」
「いえいえ。オーキド博士のお役にたてるのなら、些細なことでも光栄なことです。それと一つ教えていただけたいのですけど」
「なんじゃ?」
 エリカはふわりと微笑む。
「レッドくん、どこに行ったのか心当たりはございますか?」
4:
 彼は弱かった。
 彼は負け続けていた。年の近いグリーンを相手に、喧嘩でも、かけっこでも、川泳ぎでも。
 グリーンは口々にレッドを罵り、レッドは言い返せない歯がゆさと悔しさで逃げ出すしかない。
 それでもレッドは新しい勝負からは逃げなかった。グリーンに勝てることを一つでも、その負けん気の強さだけは誇りだった。
 そしてポケモン勝負。自分だけじゃないポケモンの強さを借りれば、あるいは。
 しかし、結果はいつもの敗北だった。
「……」
 草原に雨が降っていた。どこまで走ったのか、帽子と服が水分を吸って体に張り付いていたが、レッドからすれば大した問題じゃない。
「……」
 少し疲れた。レッドは座り込み、雨に打たれる水たまりをなんの意味もなく見つめていた。
(なぜ、勝てないのだろう)
 グリーンと自分は何が違うのだろう。グリーンはいつも自信満々だ。いつも自分は勝てるという確信があり、好戦的な笑顔を張り付かせて勝負に望んでいる。
 しかしレッドはそうではない。きっと勝てる。今回は勝てる。そんな想いと裏腹に、また負けるんじゃないか、自分はグリーンには勝てっこないんじゃないか。
 そんな感情が目の前を覆ってくる。いつもそうだ。
(一生、勝てないのかな)
5:
 俯いた顔、雨が後頭部から目尻まで垂れてきて、地面に1つ2つと雫となって落ちていく。
「そんなところにいると、風邪を引いてしまいますよ」
 その言葉とともに、レッドの頭上に傘があった。しかしレッドから落ちる雫が止まらない。
 レッドは目元を一度拭ってから目線を横に移し、先ほどすれ違った和服の女性を視認してから、またすぐに地面へと顔の向きを戻した。
(ありゃ)
 エリカは肩を落とした。噂に聞いていた少年は大分敗北が堪えているらしい。
 彼を知るグリーンの姉曰く、
「レッド君、けっこう無口だからグリーンが調子にのっちゃうのよね……」
 オーキド博士曰く、
「レッド自身は優しい子なんじゃがなあ……。グリーンが一度怪我をしたことがあったんじゃが、すぐに走って大人を呼びに来てくれたんじゃよ。しかしグリーンは"レッドに見捨てられた"って勘違いしてしまってのう。後でグリーンに訳も話したんじゃが、それ以来グリーンとレッドが勝負事をするようになってしまったんじゃよ」
 そしてレッドは連戦連敗中。彼が逃げ出すと大抵この場所で塞ぎこむという。
 エリカは別にレッドに一目惚れしたとか、泣き虫な男の子を叱咤激励したいとか、そこまでの思いがあってレッドを追ってきたわけじゃあない。
(新しいポケモントレーナーの門出に、少しだけ手助けしてもかまわないでしょう)
 聞けば彼が使うポケモンは草ポケモンのフシギダネだという。エリカも草タイプを司るジムリーダーの一人。
「レッドさん」
6:
「!」
 レッドの体がぴくりと動いた。
「オーキド博士にお名前をお聞きしました。私はエリカ、ポケモントレーナーをしております」
 レッドはなおも動かない。
「グリーンさんに、ポケモンバトルで勝ちたくはありませんか?」
 エリカは返答を待つ。数秒の沈黙の後、レッドはゆっくりと口を開いた。
「無理だよ。どうせ勝てない」
「どうして?」
「いつもそうなんだ。こっちがどんだけ頑張っても、グリーンはいつも僕よりも上なんだ。どうせ頑張ったって、無理だよ」
「なるほど……」
 中々手強い。さてどんなアプローチがいいだろうか。
「……レッドさんは、ポケモンの公式試合を見たことがありますか?」
 レッドがエリカの方を見ずに応える。
「テレビで、ニドリーノとゲンガーが戦っているのは見た」
「最近の公式戦ですね。あれはいい試合でした」
7:
 エリカが弾むように続ける。
「ポケモンバトルに必要な戦略、戦術、技術……それら必要な要素が全て噛み合った試合はとても心躍るものです」
 レッドは無感動に、
「勝てなきゃ意味無いじゃん」
 とにべもない。
「ええ。試合、特にプロの公式試合はなによりも結果が求められます。しかしプロの公式試合だろうと、ポケモンを初めて持ったトレーナー同士の試合であろうと、ポケモンバトルで最後に勝敗を分ける、不変の要素があります」
 エリカは一度言葉を区切って、
「何だと思いますか?」
 レッドに微笑みかけた。
 レッドは不思議そうな顔をして、
「ポケモンの強さじゃないの?」
「いいえ違います」
 ばっさりと切り捨てられた。
「わかんないよ、ポケモンの強さより必要なものなんて」
「……ポケモンバトルで勝つために一番大切な要素、それは」
 雨が、勢いをなくしてきている。
「トレーナーとポケモンとの、絆です」
8:
「……絆?」
「レッドさん、フシギダネを出してみてください」
 レッドは手元のモンスターボールを地面に放った。
「ダネフシッ!」
 地上に出たフシギダネは、雨の中嬉しそうに背中を揺らしている。
「なんで、喜んでるんだ?」
「レッドさん、オーキド博士からいただいたポケモン図鑑をフシギダネに向けてみてください」
「えっと……」
 レッドはポケットから赤い電子図鑑を取り出し、フシギダネへ向けた。
 フシギダネを感知した図鑑から電子音が響く。
『フシギダネ。たねポケモン。生まれてからしばらくの間は、背中の種から栄養をもらって大きく育つ』
「たねポケモン……そうか、雨で背中の種から栄養もらえて喜んでいるんだ」
「ええ。レッドさんこれを」
「これは……?」
 レッドはエリカから茶色い種子のようなものを受け取る。
「ポケモンフードです。これをフシギダネに」
「あっ」
9:
 レッドがかがみフシギダネに差し出すと、フシギダネは一度匂いを嗅ぎ、はむはむと頬張った。
「ポケモンは剣や盾では決してありません。この地上に住む生物の一つ。好き嫌いがあり、感情があります」
 食べ終わったフシギダネが、もっと欲しいとキラキラした目でレッドを見つめる。
「ポケモントレーナーとはひとつひとつのポケモンを知り、そして相手に知ってもらい、絆を育み共に強さを目指す……。レッドさんあなたは今、フシギダネの一部を知りました」
 エリカがレッドにポケモンフードの箱ごと手渡す。
「しかしフシギダネの全てではありません。これからレッドさんはもっとフシギダネの事を知り、そしてフシギダネにあなた自身を知ってもらう必要があります」
「僕自身をフシギダネに知ってもらう?」
「ええ」
 フシギダネがまだかまだかと、レッドの周りを回り始める。
「互いの事を知り、共に切磋琢磨して絶対に切れない絆のもとに、望む勝利の光がある……。それがポケモントレーナーです」
「……」
 レッドは餌を食べるフシギダネを見つめる。初めてグリーンのヒトカゲと戦った時、自分はなにを考えていただろうか。
『グリーンに勝ちたい!』『このポケモンバトルでなら!』
『なんであっちの攻撃の方が強いんだ!』『あっちのポケモンにすればよかった!』
『どうせまた、勝てない』
「……」
10:
「……僕も」
 レッドは初めて、エリカの瞳を真正面から見つめた。
「僕も、なれるかな。そんなポケモントレーナーに」
「なれるかどうかは、この世界の誰にもわかりません。大事なのは」
 エリカは抱擁力がこもった声で言う。
「"なりたい"という意思があるかどうか。レッドさん、ポケモントレーナーになりたいですか?」
 レッドは目をつぶった。
『レッド、お前ポケモンバトルも弱いんだな!』
『レッド、少しはグリーンに言い返したらどうじゃ?』
『レッドくんごめんね。グリーンにはいつも言ってるんだけど……』
 強くなれるだろうか。
 もうあんな目で見られることはなくなるだろうか。
 ポケモントレーナーになれば、グリーンに勝つことができるのだろうか。
……いや、勝つことができるかどうかじゃない。
 自分は望んでいる。なににも変えがたい強さを。
 勝利の光を。
「……ポケモントレーナーになりたい。なって、グリーンに勝ちたい」
「はい。それでは、レッドさんはまずなにを始めますか?」
「もっとフシギダネの事を知りたい。ポケモンのことも、ポケモンバトルの事も」
「ええ」
 エリカが本当の意味で微笑む。
「その、エリカ、さん」
「はい?」
 レッドがフシギダネを抱え上げる。
「よかったら、少し教えてくれませんか? ポケモンのこと、ちょっとでいいんで」
「もちろん。構いませんわ」
 雨はもう止んでいた。
11:
 トキワシティ。ここにはトキワジムの他、ポケモントレーナーの殿堂であるセキエイ高原に続く道がある。
 その途上に目を合わせたポケモントレーナー二人の姿があった。
「ようレッド。この先はジムバッジが8個ないと進めないってよ! まったくケチンボだぜあの警備員」
 レッドは答えない。グリーンは気にした様子もなく言葉を続ける。
「そういやレッド、あれからお前ポケモンは捕まえられたか? じいちゃんの言葉に従うのは癪だけど、俺は一応集めてる。もう4匹も捕まえちゃったぜ。レッドは何匹だ?」
「……2匹」
「俺の半分かよ! そんな調子じゃポケモン図鑑の完成も俺が先にしちゃうかもな!」
 はははっ! とグリーンは軽く笑う。そして腰のモンスターボールに手をかけた。
「知ってるかレッド、旅の途中でポケモントレーナーの視線が合ったら、やることは一つ」
「……」
 レッドが身を低くしてモンスターボールを構える。さまになっているレッドの姿に以外だったのか、グリーンが口笛を吹いた。
「へへっ。今度は長くもてよ。レッド! いけっ! オニスズメ!」
「いけっ!ポッポ!」
12:
 鳥ポケモンのそれぞれの鳴き声が響く。
「オニスズメ! つつく!」
「ポッポ、すなかけだ!」
 オニスズメの攻撃に耐え、ポッポは正確にオニスズメの目にすなをかけていく
「相手のHP(ヒットポイント)を減らさなきゃ勝てないんだぜ、レッド!」
 グリーンが電子図鑑でポッポのHPを確認する。
「ポッポ、すなかけ!」
「はっ、つつくだ! オニスズメ! この前と一緒だなレッド!」
「……」
「なあレッド。お前とお前のポケモンのために言っとくぜ、ポケモントレーナーなんてやめちまえよ」
「!」
「ポケモントレーナーていうのはな、ポケモンを道具のように自在に扱って勝利を勝ち取るもんだ! どんなに強いポケモンを使おうが、命令してる奴がヘボだと勝てねえんだよ」
「……」
「お前て弱い上に口下手だろう? 使われてるポケモンがかわいそうだぜ! 俺なんかじいちゃんの孫だからポケモンのことだってお前よりわかってるし、バトルも強い! そうだ、俺が勝ったらポケモンよこせよ! お前の分も頑張ってやるよ。このグリーン様が、未来の世界チャンプのポケモントレーナー様がな!」
「…………」
 ポッポにオニスズメの攻撃が続く。レッドは顔を伏せ、帽子のつばで目線を隠す。
「…………違う」
 確かな、しっかりとした言葉だった。
「あん?」
「ポケモントレーナーは、そんなものじゃない!」
13:
 レッドは顔を上げ、グリーンを正面から見据えた。
「ポケモントレーナーとはポケモンとの絆を育み、勝利の光を目指すものだ。好き勝手に命令して、道具のような扱いをして勝てるようなものじゃあない!」
「なっ!?」
 グリーンは知らない。こんな、こんな意思をもった煌きを放つ瞳のレッドなど、知らない。
「それを証明してやる! ポッポ! かぜおこし!」
 攻撃に耐えていたポッポの眼が開き、一気にオニスズメから距離をとって羽ばたく。
「くっ! オニスズメつつくだ!」
 しかしオニスズメの攻撃は外れた!
「なに!どうして!? もう一度だ!」
 グリーンは気づかない。オニスズメの攻撃がポッポのすなかけによって、途中から空を切っていたことを。
 レッドはオニスズメの命中率が十分に落ちてから、反撃にでたことを。
「トドメだ! かぜおこし!」
 ポッポが一段と甲高く鳴き、羽ばたいて作り出した風のかたまりをオニスズメにぶつける。
 オニスズメは力のない鳴き声を上げて、倒れ伏した。
14:
「そんな……俺の、オニスズメが……」
 グリーンが呆然とした表情でオニスズメをモンスターボールに戻す。
「こんな……こんなの認めねえ! 畜生!」
 グリーンはバトルを中断して、走り去っていく。
「待てグリーン!……」
 レッドは追うのをやめて、ポッポに近寄った。
「よくやったぞポッポ。頑張ったな」
「ポー♪」
 ポッポにキズぐすりを使って背中を撫でると、ポッポが陽気にレッドへ擦り寄ってくる。
「皆、出ておいで」
 レッドが残り二つのモンスターボールをほおる。フシギダネとコラッタが元気に飛び出した。
「お前たちの出番、今回はなかったな。でも油断せずに行こう」
 フシギダネとコラッタ、そしてポッポがレッドの周りに集まる。
「さて道を変えて、まずはトキワの森か、今度はどんなところかな」
(あっ……そういえば、僕、グリーンに勝ったのか)
 しかし、今は些細な事に思える。不思議だ。
「ダネフシ?」
 もっと大事なことが、できたからだろう。
「……なんでもないよ。さて行こうか皆。まだまだ旅は始まったばかりだよ」
 少年は本当の意味で歩み始める。
 ポケモントレーナーになるために。
 タマムシシティであの人に礼を言うために。
 ポケモン達と共に勝利の光を目指す旅に。
21:
 ニビシティ。そこではニビ科学博物館で宇宙博覧会が行われており、多くの観光客や研究者が訪れている。
 
 またニビシティにもトキワシティと同じくポケモンジムがあり、代々岩タイプを司るジムリーダーが訪れるポケモントレーナーの挑戦を受けていた。
「……ふう」
 ここはニビシティジムリーダーの事務室。
 普段は多くの関係者が出入りし、隣接するバトルスペースには多くの掛け声やポケモン達の咆哮が響く場所だったが、今はガランとして静かで、一人の男のため息だけが漏れていた。
 コン、コン。
「はい」
「入るわよ、タケシ」
「カスミか」
 ニビシティジムリーダータケシはデスクで片付けていた書類を置き、同業者であるハナダシティジム所属のカスミを出迎えていた。
 タケシは茶色いTシャツに緑のズボン、カスミは丈の短いTシャツとショートパンツのへそ出しルック。互いにかしこまった関係ではないことが見て取れる。
 ハナダシティはニビシティと隣接しており、またカスミとタケシは歳が近いこともあって、ポケモンの事を話すことは少なくなかった。
 二人の間の空気は静かだった。
 タケシは元来口数が多い方ではなかったが、今日は一段と寂しげな雰囲気を纏っており、カスミもそんなタケシを認めながらもさして興味なさげに人のいないジムを眺めていた。
 カスミはただの広い空間になったジムの天井を見上げ、声を響かせる。
「本当にやめるのね。ジムリーダー」
「ああ、明日がニビジムの、いや、ジムリーダータケシの最後の営業になる」
「ふーん。代わりの人はすぐ来るの?」
「もうポケモン協会の方が新しいジムリーダーを選定しているそうだ。長くても一週間もすれば新しい人間が来るだろう」
「そう、一週間ね。その間旅のトレーナーは待ちぼうけってわけ」
 カスミの語気は強くない。ただ事実を言っているだけだった。
「俺を止めに来たわけじゃなさそうだな」
「そりゃそうよ。止める理由がないもの」
「……そうだな」
22:
 カスミが今は誰も居ないバトルスペース中央、モンスターボールを模した白線の中央に立つ。手を頭の後ろに組んで目をつぶった。
 タケシはカスミの大分後ろに立って、明日で最後になるバトルスペースを眺めた。
「じゃあカスミはここに何しに来たんだ? バトルならまあ、今なら付き合うが」
 タケシは苦笑しながら言った。カスミは水のエキスパート、対してタケシは岩。自分で言っといて勝ち目は薄い。
 カスミは目を開ける。タケシを見ない。どこか中空を見ている。
「バトルは別にいいわ。あんたがどんな顔してるか、興味があっただけ」
「なんでやめるのかは聞かないのか?」
「別に興味ないわ。まあでも、あんたの顔が見れてよかったわ。少し判断材料になった」
「ジムを姉に任せて、最近ハナダに戻ってないって聞いたぞ」
「別に問題ないでしょ。ジムバッジ譲渡の権限は私達4姉妹なんだから、誰かいればいいわ」
「お前が4姉妹の中で一線を画す強さなのにか?」
 カスミはタケシに返答せず、タケシの横を通りすぎて手をひらひらと振る。
「明日最後の挑戦者を待つつもりだ。暇だったら来てくれ」
 タケシの言葉にカスミは何の反応もせずジムを去った。
「……さて、書類を片付けるか」
 
23:
 タケシが庶務を終えた時にはもう日が落ちていた。街灯に沿った道のりに人通りは少ない。
「今だ、フシギダネ! ようし、いいぞ!」
「ん?」
 道から少し外れた場所、家々から離れた場所で掛け声が聞こえた。
 見たところ、10歳そこそこの子供。フシギダネというところからまだポケモンをもらったばかりのトレーナーだろう。
 いいコンビネーションだな、とタケシは感じていた。フシギダネの行動と反応を見てから、ちゃんと次の命令を繰り出している。
「いい連携だな、少年」
「え?」
「すまない、邪魔をしてしまったかな」
 タケシは気づいたら声をかけていた。ジムリーダーという仕事はジム所属のトレーナーの指導も多い。タケシはそれが嫌いではなかった。
「君は、ニビシティの子ではないのかな? あまり見ない顔だけど」
「うん、マサラタウンから来たんだ。ここではジムに挑むつもりで、今はその練習」
「名前は?」
「レッド」
「そうか。俺はタケシ」
 フシギダネがレッドの腕に飛び込み、レッドもフシギダネを抱きかかえながら笑顔で撫でる。
31:
 タケシが庶務を終えた時にはもう日が落ちていた。街灯に沿った道のりに人通りは少ない。
「今だ、フシギダネ! ようし、いいぞ!」
「ん?」
 道から少し外れた場所、家々から離れた場所で掛け声が聞こえた。
 見たところ、10歳そこそこの子供。フシギダネというところからまだポケモンをもらったばかりのトレーナーだろう。
 いいコンビネーションだな、とタケシは感じていた。フシギダネの行動と反応を見てから、ちゃんと次の命令を繰り出している。
「いい連携だな、少年」
「え?」
「すまない、邪魔をしてしまったかな」
 タケシは気づいたら声をかけていた。ジムリーダーという仕事はジム所属のトレーナーの指導も多い。タケシはそれが嫌いではなかった。
「君は、ニビシティの子ではないのかな? あまり見ない顔だけど」
「うん、マサラタウンから来たんだ。ここではジムに挑むつもりで、今はその練習」
「名前は?」
「レッド」
「そうか。俺はタケシ」
 フシギダネがレッドの腕に飛び込み、レッドもフシギダネを抱きかかえて笑顔で撫でる。
24:
「タケシさんもポケモン持ってるの?」
「……ああ」
 タケシは少し考えてから腰のモンスターボールを選び、自らの隣に放る。
「コンっ!」
 
 現れたのは赤い毛にこじんまりとした6つの尻尾が特徴的なポケモン、ロコン。
「わっ。はじめて見るっ!」
「ロコンというんだ。この辺では珍しいかもしれないな」
 タケシはかがみ、ロコンの体を撫でる。ロコンは心底リラックスしたように、タケシに体を任せた。
「すごく懐いてるね」
「ありがとな。なあ少年、一つ聞いてもいいか?」
「ん、なに?」
「ジムに挑むということは、その先にあるポケモンの殿堂、セキエイ高原を目指すんだろう? どうしてそうしようって思ったんだ?」
「どうしてって……? ポケモントレーナーは皆目指すんじゃないの?」
25:
「ポケモンとの付き合い方は様々だよ。セキエイ高原を目指す人は多いだろうが、中にはポケモンをペットとする人、ポケモン研究者や、土木作業や治水工事、ポケモンのケアや健康を扱うポケモンブリーダーという職業もある」
 タケシはロコンから手を離し、レッドに向かい合った。
「人それぞれのポケモンとの付き合い方がある中で、どうして君はポケモントレーナーになったんだい?」
 タケシは努めて優しく言った。別に糾弾しているわけじゃない。このフシギダネと良い関係を築いている少年がどうしてバトルの道に行ったのか、純粋な興味だった。
「……勝ちたいから、かな」
「勝ちたいから?」
「うん。ポケモンバトルってさ、僕だけじゃなにもできないじゃない。でもポケモンだけがいても、なにもできない。ポケモンがいて、トレーナーがいて、二つの心が通じあって初めて、勝てる」
「……」
「一人だけじゃできないことでも、ポケモンと力を合わせれば。仲間と一緒に勝ちたいから、喜びを分かち合いたいから、バトルで勝ちたいから、かな」
 少年の表情はキラキラしていた。タケシは憧憬にも似た感情でそれを眺める。
「ごめん、ちょっとうまく言えないかも」
「……いいさ。立派だな、君は」
26:
 ニビシティジムで毎日連戦する日々。しかしタケシはある日、傷ついたポケモンを癒やすポケモンクリニックでのブリーダーたちの献身さを見て、迷いが生まれていた。
 自分はポケモンに戦いを強制してしまっていないか。もっと他の、ポケモンを愛する者としての付き合い方があるのではないか……。
 そんな迷いが生まれていた矢先、先日ヒトカゲを伴った挑戦者が来た。
 一度目はタケシが退ける。相性から見て当然の結果で、タケシはがまんやタイプ相性の事をレクチャーしようと思ったのだが……。
「……うっ」
 その時、ヒトカゲを連れた少年から放たられた憤怒の視線。強烈な敵意。それに圧倒され、声をかけれずに彼を見送ってしまった。
 時を置かずしてその少年は再来した。今度はリザードを伴って。
 タケシは相手が持っているジムバッジの個数によって使うポケモンが決められている。
 リザードの力はタイプ相性をものともせずに、タケシのイシツブテとイワークを撃破していった。
 力技で押し通るのは悪いことじゃない。しかし、バトル相手に対しギラついた視線で攻撃してくるトレーナーとリザードの姿が、どうしても脳裏から離れなかった。
(俺がやっていることは、正しいことなんだろうか)
 この迷いに対して、タケシは考える時間が欲しかった。気づけば空いた時間、1から始めるポケモンブリーダー教本なんてものを読んでいる。
(今の俺は、ジムリーダーをやるべきじゃない)
 周囲の反対をよそに、タケシは一度自分の道を見直すことを決めた。
27:
「そういえばレッド君は、ポケモン博物館に行ってみたかい?」
「ううん」
「貴重なポケモンの化石や、ポケモンに関わる岩石を展示している。時間があれば行ってみるといい」
「うん、そうするよ」
「今日はもうほどほどにしときなさい。明日ジムに挑戦するなら、体調もポケモンも万全にしとかないと」
「わかった。ありがとうタケシさん!」
「ああ、おやすみ」
 少年が駆けていくのをタケシは笑顔で見送る。
 自分もさっさと今日は寝よう。明日は朝一番に元気なフシギダネ使いが来るだろう。
(……俺の、ラストマッチのためにも)
32:
心地良い朝だった。天気は快晴。湿度も程よく、ポケモンたちのコンディションが万全であることは一目見て分かった。
「おはよう皆」
 ニビジムにタケシ他、ジム所属のトレーナー達が勢揃いしている。皆一様に、複雑な顔をしていた。
 タケシの門出を祝うべきなのか、寂しさから彼を引き留めていいのだろうか。
「タケシさん、やめないでください! 俺……まだまだ1000光年だってタケシさんに教わりたいっすよ!」
「光年は距離の単位だぞ、まったく」
 タケシがジムリーダーになってからジムに所属した少年が、こらえきれない涙を流しながらタケシに懇願する。
「ありがとな。今日の挑戦者の前座試合は、お前に任せる」
「……はい!」
「良い返事だ。さあ皆、俺の最後のジム戦だ。気合入れていくぞ!」
『はい!』
(今の俺には、ジムリーダーとして悔いが残っているかどうかすら自分でもわからない。だが、君のバトルに応えるくらいはできるだろう)
 ジムに開業のベルが鳴り、入り口のシャッターがゆっくりと音を立てて上がっていく。
 バトルスペースに朝日が差し込むと同時に、赤い帽子を被った少年の影が伸びる。
「ようこそ、未来のチャンピオン!」
 朝一番の挑戦者を受付が元気に向かい入れた。
33:
 タケシは自分の出番が来るまで、自室で精神を集中させていた。
 手持ちは相手のジムバッジの個数に合わせ、イシツブテとイワークの二体。イワークは耐久力を活かしたカウンター技、がまんを備えている。
 正攻法で来る初心者相手に、相手を見る戦術性を教える極めて簡潔なデモンストレーションとも言える。
(ポケモン同士で傷つき傷を付け合うバトルにおいて疑問をもった俺でも、これから夢を目指す者の手助けくらいできるだろう。イシツブテ、イワークどうか俺に付き合ってくれ)
「!?……なんだ……!?」
 今まで聞いたことのないような歓声だった。自室までバトルスペースの轟音にも似た人々の声が響いてくる。
「タケシさん、出番ですよ」
「あ、ああ。しかし、この声は……?」
「いけばわかりますよ、皆待ってます」
 バトルスペースへの道を行く。いつもの数倍の眩しさと熱を感じるのは、気のせいではなかった。
「これは……!?」
 まるで一級スタジアムのようだった。突貫で作ったのであろうイワーク達を利用して作った階段上の観客席。
 そしてその席を埋める老若男女の大勢の観客たち、ニビシティの人口を考えれば驚異的な人数が集まっている。
『タケシさーん!』『頑張れー!』『その坊主つええぞー!!』『やめないでくれー!』
「にいちゃーん!! がんばれ〜!」
 タケシの弟と妹達まで勢揃いしている。
34:
「なっ……俺がやめることは、ジムの皆に口止めしていたはず……いや」
(……あのおせっかい娘め)
「すいませ〜んタケシさん……負けちゃいました〜……」
「わかった。後は任せろ」
 タケシはバトルスペースに立つ。相対するは、
「タケシさんって聞いて驚きました。でもすごく光栄に思います!」
 レッド。タケシの心に徐々に、熱い衝動が沸き起こってきている。笑っていた。
(馬鹿だな俺は。初心者にレクチャーなどど何を偉そうに。この観客達と、レッド君、そして俺のポケモンが望んでいることは)
「……俺はニビシティジムリーダーのタケシ。岩ポケモンを操るポケモントレーナーだ!」
「マサラタウンのレッド!」
『バトル開始い!』
「行くぞぉ! 行けぇ! イシツブテェ!」
「行け! コラッタ!」
35:
 ポケモンの挙動ひとつひとつにジムが揺れる。
 
「コラッタ! 体当たりだ!」
「イシツブテ! 体当たりだ!」
 文字通り低レベルの争い。しかし、観客たちと、戦うトレーナーとポケモンが持つ熱気はどうだ。
『そこだぁ!』『いいぞぉ!』『頑張れー!』
「コラッタ! もう一度体当たり!」
「イシツブテ! かたくなる!」
(この少年は本気だ! ポケモンが持つ力、ポケモンとトレーナーとの絆を信じて戦っている! 俺はどうだ!)
 タケシが久しく忘れていた感情が、目を覚ましかけている。
「コラッタ、しっぽをふる!」
(ここだ!)
 相手がこちらの防御をさげようとした隙をつく。タケシとイシツブテの考えはシンクロしていた。
「イシツブテ! たいあたり!」
(イシツブテがこんなに早く! いや、俺の考えをイシツブテがわかってくれた)
 コラッタを倒したイシツブテがタケシをちらりとみる。タケシも頷いた。
36:
「さあ、レッド。まだまだこれからだぞ!」
「くっ! いけ! ポッポ! かぜおこし!」
 
 イシツブテも連戦では長くもたなかったが、ポッポにある程度の打撃を与えることには成功していた。
「よくやったイシツブテ。もどれ」
 レッドはたまらず、タケシに叫ぶ。
「タケシさん! 俺今、すごいわくわくしてる! これがジムリーダーとの戦いなんだね!」
「ああ! 俺も久しぶりに熱くなってきたぜ!」
 タケシのポケモンは本気の編成ではない。だがそれがどうした。今持ちうる全ての力を出しきり、勝利を得ることになんの疑いを持とうか。
「これが切り札だ! いけ! イワーク!」
 舞い降りる巨体。種族値こそ見た目に反しているが、その巨影はマサラからやってきたレッドを圧倒する。
(でかい……だけど、俺と俺のポケモン達の熱い闘志が囁きかけてくる。トレーナーとポケモンとの絆があれば、勝利の光をたぐり寄せることができる!)
「いくぞ! フシギダネ!」
37:
「草ポケモンか。だがその小さな体で、イワークの硬い体を打ち砕けるか?」
「超えれない壁などないと、俺は教わりました。俺とフシギダネの力を合わせれば、また一つ、見えなかった強さを身につけることができる!」
「なら見せてみろ! イワーク! たいあたり!」
「フシギダネ! たいあたり!」
(最初は体当たりの応酬、このフシギダネの火力なら耐えることができる! よし)
「イワーク、がまん!」
 イワークの動きが丸まってとまり、フシギダネのたいあたりに対し反撃しなくなる。
「これは……一体?……まて! フシギダネ!」
(気づいたか。だが遅い、とめるのがあと一瞬早ければな!)
 
 既に数発フシギダネの体当たりがヒットしている。
「イワークのがまん、知っていたのかレッド?」
「いえ、初めて聞く技です。だけど、イワークの挙動から予測はできる。フシギダネ! やどりぎのタネ!」
「なに!?」
 フシギダネの背中のつぼみから種子が発射され、イワークの体を覆う!
「だが、イワークのがまんは開放される。イワーク! こうげきだ!」
「あとは削りきるまで! フシギダネたいあたりぃ!!」
 イワークとフシギダネの額が激突し、あたり一面に砂埃が舞う。
「……」
「……」
38:
砂埃が晴れた時、立っていたのは巨影だった。フシギダネは倒れ伏している。
『……フシギダネ戦闘不能! ……え?』
 イワークの巨体が傾き、ずしんと大きな音を立てて倒れた。その巨体からは地面を伝って、フシギダネへ養分を送るやどりぎが伸びていた。
 それが一度脈打つと、フシギダネがゆっくりと立ち上がる。
『しっ失礼!……イワーク戦闘不能! 勝者! 挑戦者レッド!』
『うおああああああああああああああああ!!!』
「勝った…‥? 勝った……!! 勝ったぞ!!」
 レッドがフシギダネに駆け寄って抱き上げる。
「やった……!!」
「おめでとう。レッドくん」
「タケシさん……」
 イワークを戻したタケシが歩み寄る。
「こんな清々しいバトルは久しぶりだった。おめでとう。君にジムリーダーが認めた証、グレーバッジを進呈しよう」
「あ、ありがとうございます!」
 レッドは副品としてがまんのわざマシンも受け取る。
「俺、こんなに楽しいバトル初めてでした。ジムリーダーのポケモントレーナーって、本当に憧れます」
「憧れ、か」
「だって、イシツブテもイワークとも息ピッタリだったじゃないですか。俺も、そんなトレーナーになれるように、頑張ります!」
「……ありがとう。君のフシギダネの扱い方も見事だった。誰かに教わったのかい?」
「教わったってほどではないんですけど……でも、今の戦い方見たら、優雅じゃないって言われそうです」
「優雅……?……!!」
 草ポケモンを優雅なんて言う人は、タケシには一人しか思い浮かばない。
「いい師に巡りあったようだね。タマムシまで気が抜けないな」
「はい、それじゃあ」
「ああ、いい旅を」
39:
 少年はまた駆け出していく。
 しかし去ろうとするタケシに対し、歓声と拍手がなりやまない。
 それを見て、ハナダのおてんば娘は微笑んでジムを後にした。
 ジムのトレーナーたちがタケシに駆け寄ってくる。
「タケシさん、俺、俺」
「皆、話したいことがある」
 ポケモンバトルで、ポケモンとの絆を証明している者達がいる。自分もそのうちの一人になりたい。熱いバトルを通して。
「書類を片付けたのが無駄になってしまうが、どうか俺を、ジムリーダーとして鍛えさせてもらえないか。まだまだ、ジムリーダーとして学ばなきゃいけないことがありそうなんだ」
「……!!」「もちろんです!!」「やった!! タケシさん!!」
『タ・ケ・シ・!』『タ・ケ・シ!』『タ・ケ・シ!』
(ありがとう、レッド。君ならばきっと……!)
 またひとり、ポケモントレーナーとして新たな扉を開く。
 レッドの旅はまだまだ続いてく……。
44:
「おーし皆、集まってくれ」
 オツキミ山のニビシティ側麓にある草むらの中、レッドはフシギダネ、コラッタ、ポッポ、バタフリーといった手持ちのポケモンたちをモンスターボールから外に出していた。
「俺達の新しい仲間だ。出てこい! コイキング!」
 光とともに跳ねまわる魚影。地上におけるその姿は川から打ち上げられて身悶える魚の姿そのものでしかない。
「こいつはコイキング! 技は今は……攻撃技じゃない"はねる"しかないけど、俺達にとって貴重な水ポケモンの仲間だ。レベルアップして水の技を覚えれば、岩ポケモンの多いオツキミ山できっと活躍してくれる。皆サポートよろしくな!」
 レッドの言葉にポケモンたちがそれぞれ鳴き声を上げて答える。皆レッドに大事に育てられて強くなってきたことをわかっており、新しい仲間のサポートにも理解を示してくれているようだった。
「さて、それじゃあオツキミ山の入り口を少し探索してみようか。ポケモンセンターにもよって、もう一度あの人にお礼を言っておこう」
 
 ポケモンが500円で売っている。しかも草むらでは中々お目にかかれない水ポケモンということもあり、レッドはすぐに心惹かれコイキングを購入した。
 純粋な少年は売ってくれた男性に対して深く感謝している。
(あれ、なんだろ?)
 ポケモンセンターから警察であるジュンサーが複数人現れ、布を被せた男を連れて行っている。
「あいつ、ポケモン売買の許可証を持たずにポケモンを販売してたのよ」
「え」
45:
 レッドが振り向くと、そこにはノースリーブのTシャツにショートパンツといった様相の短髪の少女がいた。可愛さとワイルドさが同居している、そんな格好だった。
「売買って……」
「ってあら!? あなたこの前ニビジムに挑んでた子じゃない!?」
 少女の声のトーンが急に上がり眼がきらりと光った。
「えっと、確かにこの前タケシさんと戦ったけど……」
「やっぱり! あの試合私も見てたの! 凄く楽しい試合だったわ!」
 少女がはしゃぎながらレッドの手を握ってくる。こんな直接的に喜びをあらわしてくる同年代の少女に対し、レッドは気恥ずかしさと嬉しさから少したじろいだ。
「あっありがとう……」
「えっと確か、レッド君だったわね。私はカスミ。私もポケモントレーナーなの」
「え、そうなの!?」
「そうよ。あなたとポケモン息ぴったりって感じで最高だったわ。イシツブテもイワークもレベルが上なのに力を合わせてぎりぎりの勝利……! あなたみたいなポケモントレーナーって本当に素敵」
 今度はうっとりとした表情でカスミはレッドを見つめてくる。
 
 可愛らしい少女の好意を帯びた視線に、レッドの頬が純粋に紅潮する。
「そ、そこまで言ってくれるなんて……。でも、俺だけの力じゃないよ。皆がいてくれたから、あきらめずに頑張ってくれたから勝利できたんだ」
46:
「そうね……」
 カスミが急に声のトーンを落とし、レッドから距離をとって背を向ける。
「?」
「ねえ、レッド君。君はこれからオツキミ山に入るんでしょ?」
「? うん。でもしばらくはオツキミ山でポケモンのレベルを上げるつもり。新しい仲間が入ったばかりなんだ」
「そう……」
 カスミは体をよじり、レッドを流し目で見ながら、
「私も一緒に行っていいかな?」
 と首を傾げた。
「う、うん。でも、しばらくここのポケモンセンターを行き来するけど……」
「構わないわ。さ、行きましょ!」
 カスミがレッドの手を掴みぐいぐいと引いていく。レッドの初めての洞窟探検には、大きな渦が待ち構えていた。
 オツキミ山内部、入ったレッドとカスミにはすぐさま野生のポケモンが出迎えた。
「野生のズバットよ」
「行け! コイキング!」
(!?)
 カスミが声を上げそうになるが、喉で押し殺してレッドの動向を見守る。
47:
「よし、もどれコイキング! 行け! バタフリー!」
「……」
 バタフリーがズバットを念力で倒し、ボールを収めたレッドは一息つく。
「ねえ、レッド君。そのコイキングって攻撃技もってないんでしょ? どうして育てているの?」
 彼は知っているのだろうか。そのポケモンのポテンシャルを。
「えっと……初めて手に入れた水タイプのポケモンってこともあるんだけど、なんていうのかな」
 レッドがぽりぽりと頭をかく。
「確かに今は強くないけど、これから戦いの経験を積めば、きっと強くなるって、そう思ったからかな」
 レッドがコイキングの入ったモンスターボールを期待に満ちた目で見る。
 育てれば進化するという知識をひけらかすわけではない。かといってとぼけているようにはとても見えない。
 普通知識のない人間がコイキングを見ればなんと役に立たないポケモンと判断するだろう。
 しかしレッドは、期待している。努力の積み重ねの先にあるものを。
「レッド君はさ」
「?」
「もし絶対に勝てない相手、何度戦っても実力の差を見せつけられるような相手がいたら、どうする?」
 カスミはレッドではない虚空をみて質問している。
48:
(絶対に勝てない相手……)
『やい、泣き虫レッド!』
「……あきらめない。例え一時的に逃げることや、落ち込むことはあっても、でも絶対勝ってやるって、頑張るかな」
 レッドの顔は真剣そのものだった。
「今は、一緒に頑張ってくれる仲間もいるしね」
 そして手に握るモンスターボールを見てほころんで笑顔になる。
 カスミはレッドの答えに高揚していた。
「うん、そうよね。私やっぱりレッド君のこと、好き」
「え!?」
「ポケモントレーナーとして、ね。そういう風に頑張れる人が、私は好き」
「あ、ああ、そういうこと」
 レッドはいつになくどぎまぎしていた。
「……」
「カスミさん?」
(……)
49:
 ハナダジム、カスミ達4姉妹がジムリーダーになったばかりの頃。
「カスミ! いい加減にしなさい! もう勝負はついていたわ!」
 泣きながらジムから走り去った挑戦者に見向きもせず、カスミは姉の声に苛立っていた。
「はあ? 相手のヒットポイントは残っていたわ。そこに全力で技を放って何が悪いの?」
「相手に降参する隙を与えなかったでしょう。最初の一撃で力の差は明らかだったわ。相手もあきらめてた」
(くだらない)
「それがなに? ポケモントレーナーだったら最後の瞬間まで勝利を目指すのは当たり前でしょ?」
「ポケモンは戦いの道具じゃない。私達と同じ生き物なのよ。ポケモンとの正しい付き合い方、自分達の力量を把握して正しい決断をするのもトレーナーの仕事。そういうトレーナーとして必要な事を教えるためにジムがあるのよ」
「冗談じゃないわ! ポケモンバトルを行うトレーナーなら常に勝利が一番大事。ボタン姉達がそんな甘い考え方だから、私に一度も勝てないのよ」
「カスミ!!」
「スターミーも言ってるわ。もっと強い敵を圧倒的に倒す。……ジムリーダーになればカンナさんに近づけると思ってたけど、とんだ勘違いだったみたいね」
「カスミ、待ちなさい! カスミ!」
50:
(タケシもレッド君も、最後までポケモン達と勝利を目指したからあんな素晴らしい戦いができた。どうしてわからないの、お姉ちゃん……)
「カスミさん?」
「……? わっ!?」
 気がつけばカスミの目の前にレッドの顔があった。
「ごっごめん! カスミさんすごくぼうっとしてるみたいだったから……」
「あはは、ごめんなさい。そのとおりでーす。ねえ、そのカスミさんっていうのむず痒いから、カスミって呼んで? 私もレッドって呼ぶからさ。お互い堅苦しいの無しにしようよ」
「そう? じゃあカスミ、そろそろフシギダネ達のHPが少なくなってきたから、ポケモンセンターに戻ろうと思うんだけど、いいかな」
「ええいいわよ。行きましょうか」
 姉たちの考えが間違っていることを、この子も証明してくれている。勝利にむかって邁進する姿がポケモントレーナーの真の姿なのだ。
「うん? この石ってもしかして……」
 レッドがきれいな鉱石を拾う。光が顔に反射して、あどけなさが残りながらもたくましさを備えつつある男子の瞳が洞窟に浮かび上がっていた。
(レッド、本当にいい子だな……。年下だけど結構……)
 カスミが持つレッドへの感情がゆるやかに上がっていく。しかし、そんなところに空気を読まない闖入者。
「待て、そこの二人! 俺達はロケット団だ!」
「有り金とポケモン全部置いてってもらおうかあ!」
54:
 前方に一人、後方に一人。洞窟の道を塞ぎレッドとカスミ二人を閉じ込める黒尽くめの男たち。
「ロケット団……!?」
「気をつけてレッド。やつらはポケモンを使って悪事を働く不逞者よ。まさかこんな場所にまでいるなんてね……」
 驚くレッドと対照的にカスミは落ち着いていた。少女の一人旅、この程度の修羅場は慣れているし、打開できる実力があると自身確信している。
「行くぞ、坊主の相手は俺だ」
「じゃあ俺は女の子だな。任せてよ兄貴!」
 しかし位置がまずかった。前後ろに陣取られてはカスミが二人同時に相手にできない。
(まずいわね……レッドは今回復に向かおうとしていたばかり。戦えるポケモンは)
「大丈夫だよ、カスミ」
「え」
 カスミの心配を悟ったのだろう、レッドが落ち着いた言葉を発する。
 レッドの手持ちはコイキング以外大分疲弊している事をカスミはわかっていたが……。
「わかったわ。レッドはそっちをお願い」
「うん」
 相対する4人が一斉にモンスターボールを構える。試合とはまた違う、息の詰まる戦いはレッドは初めてだった。
55:
「行けっ!ズバット!!」「イシツブテ!」
「行きなさい! ヒトデマン!」
「行け! コイキング!」
『えっ!?』
 驚愕。この状況でレッドが繰り出したのはコイキング!
「ぶっはははあははっは!!! なんだそのポケモンは! やけくそか!?」
「兄貴ぃ! 楽勝じゃないっすかあ!」
「れッレッド! 今はレベル上げなんてしてる場合じゃないのよ!?」
「ふざけてなんかないさ」
 レッドは大真面目だった。帽子から垣間見える鋭い眼光にレッドに対していたロケット団の笑い声が止まる。
「……ほう。なら存分に痛めつけてやる! ズバット! きゅうけつ!」
「レッド! もうっ!」
「やっちまえ兄貴!」
(すぐにこいつを倒してレッドの援護に向かわなきゃ!)
 カスミからすればレッドが何を考えているかわからない。幸いイシツブテを出したこの相手は大したことなさそうだった。
56:
「ヒトデマン! ハイドロポンプ!」
「ぐえっ!?」
 カスミがイシツブテを出したロケット団の手持ちを蹂躙していく。
 対して、レッドは全員の予想通り苦戦していた。
「どうしたどうしたぁ! この程度かよ」
「……頑張れ、コイキング」
 レッドは静かに待っていた。勝利のチャンスを。
「ぐああ! 兄貴!」
「レッド! 今行く!」
 そうこうしているうちにカスミが決着をつけたようだった。しかし、
「うおお! 兄貴の邪魔はさせねえ!」
「え!? しまった!」
 カスミは逸る気持ちで油断していたのだろう。相手がまだ一体残していたことに気がつけなかった。そして最後に繰り出してきたイシツブテの狙いは、天井。
「いわおとしだ!」
「あっ!?」
 狭い通路の中で岩の天井が崩れる。カスミは間一髪でかわしながらヒトデマンを操りイシツブテとロケット団の一人を戦闘不能にしたが、レッドと完全に分断されてしまった。
「レッド!」
57:
「ははは、そんな弱っちいポケモン出してよくカッコつけれたもんだな坊主!」
「……」
 しかしレッドの眼光の鋭さは変わらない。コイキングもよく耐えていた。
「ちっ! 気に入らねえなその眼! ズバット!」
「ギャア!!」
 コイキングを襲っていた刃がレッドの頬をかすめる。
「あっあんた! レッド! どうして他のポケモンを出さないの!」
 岩をどかし、かろうじて顔が見える程度に穴が空いた土砂からカスミの悲鳴が響く。
「違う」
「なに?」
 レッドの声は、憤怒に満ちていた。
「あんたにはわからないのか。ズバットの気持ちが」
「ズバットの気持ちだあ? なにを訳のわからないことを」
「コイキングがここまでなぜ耐える事ができていると思う。あんたの命令に対して、どうして俺がこの程度ですんでいると思う?」
「なにぃ?」
 ロケット団の男はレッドの顔を見る。確かに顔を切り裂いたつもりだったが、かすり傷程度ですんでいる。コイキングも思えば、硬すぎるような……
58:
「ポケモントレーナーはポケモンと息を一つに合わせ、お互い理解しあわないと力を発揮できない。あんたが何回ズバットに命令しようと、俺と俺のポケモンは倒せない」
「何を馬鹿な! いい加減とどめを刺せ! ズバット!」
 ズバットが何度もレッドの顔や体を襲う。しかし、レッドを守るかのようにコイキングがズバットの回りを跳ねまわった。
「ちょこざいな魚が! ……え?」
 そこでロケット団の男は初めて気づいた。ズバットが傷んでいる。
 水ポケモンのエキスパートであったカスミも、その言葉でやっと気づいた。
(コイキングははねてたんじゃない! あれは、"わるあがき")
「想いが通じあっていない力など、ありはしない! あんたもポケモントレーナーのはしくれなら、ズバットの声に耳をかたむけてみろ!」
「なっ……!?」
 ズバットの羽ばたきが疲労からか、がくんと落ちた。
「そこだコイキング!」
 コイキングのわるあがきは急所にあたった! ズバットは倒れた。
「嘘だろ……!?」
「嘘……!?」
 カスミですら目を疑った。こんな勝利見たことがない。
59:
「ぐっ……!」
「レッド!」
 レッドも経験したことのない痛みに膝をつく。しかし、それでもなお彼は語りかけた。
「くっ……ポケモンを道具になんか使わないでくれ。俺は……あんなつらそうに戦うズバットを……見たくない……」
「なっ……!?」
(つらそうだと……こいつ、ポケモンの気持ちがわかるとでもいうのか!?)
「レッド!!」
 カスミがレッドに駆け寄る。ロケット団の男の手持ちは残っていたが、コイキングが見せた常識外のガッツ、そして年端もいかない少年の感情に満ちた言葉に、なぜか体が動かない。
「小僧……お前は」
「あっ……兄貴! ジュンサーが!!」
 オツキミ山で誰かが騒ぎを聞きつけて通報したのだろう。ロケット団二人はあっという間にお縄になった。
「レッド……」
「大丈夫、ありがとうカスミ」
 レッドがカスミの手を借りて、なんとか立ち上がる。
60:
「小僧、一つ聞かせろ」
 ジュンサーに手錠をかけられた男が、レッドに問う。
「どうして、お前はコイキングで勝てると思った」
 レッドは迷わずに言った。
「コイキングの熱い闘志が、伝わってきたからだ」
 シラフでこんなことを言う奴がいる。ポケモントレーナーという称号は、こんな少年を生むのか……
「熱い、闘志……」
 
 カスミも思わず、レッドの言葉をつぶやく。
「……そうか。俺のズバットは、なんて言っていたのかな……」
「ちゃんと向き合うんだ。その手にモンスターボールを掴んだのなら。聞こえる日が来るはずだ」
「……」
「兄貴……?」
 ロケット団の男は連れいてかれる最後に、微笑んだような気がした。
61:
「ふう、もうすぐ山頂だねカスミ」
「……そうね」
 一度ニビシティまでもどった二人はレッドの傷の回復を待ち、オツキミ山の踏破に望んだ。
 正直カスミは途中でレッドを残して引き返すつもりでいた。カスミはただ今家出中である。
 しかしレッドと別れるのが名残惜しく、結局ここまでついてきてしまった。
「カスミ! あれピッピだよね!」
 洞窟から外に出た山頂付近、満月の下の円形にくぼんだ場所にピッピが群れで円を作って踊っている。
「えっうそなにあれ!? 私もあんなの初めて見た……」
 そのうちの一匹が円から外れ、レッドとカスミの手を引く。突然の友好的な動きにポケモンを出すという選択肢が頭に沸いてこない。
 戸惑いながらも円の中心に導かれるレッドとカスミ。一匹のピッピが、レッドのポケットをしきりにつついている。
「あっ……そうか、博物館で見たのとやっぱり同じ、これは月の石か」
 レッドはそれをピッピに導かれるまま、天高くかかげる。月の石が輝き、円になって踊っていたピッピ達が光の粒子をまとって宙に浮いていく。
 可愛らしい鳴き声と共に夜空に光のカーテンを作りながら、月の石の力を得たピッピが夜空に舞いながらピクシーへと進化していく……
「綺麗……」
「すごい……」
62:
「レッドへの、ご褒美かもね」
「ご褒美?」
「オツキミ山の平和を魔の手から守ってくれたっていう、ご褒美」
「それだったら、カスミも同じじゃないか」
「私は別にいいわ」
 光のカーテンが終わり、ピクシーが夜空へ消えていく。
 それと同時に、カスミはレッドから距離をとった。
「カスミ?」
「ここからは一本道だから、ハナダシティまで迷うことはないわ。私は一足先に行ってるね」
「カスミ……?」
 カスミがレッドへ背中を向ける。
「ハナダで待ってる」
 その一言でカスミは闇に消え、レッドから見えなくなった。
 
 カスミが待っているであろう場所が、レッドの頭に浮かぶ。
 なんの根拠もなかったが、不思議な確信があった。
 コイキングの勝利を疑わなかったのと同じような確信が。
63:
(私があの時、レッドと同じ状況だったらコイキングを勝利に導けただろうか)
 ハナダジムは波立っていた。久方ぶりの帰還。ジムリーダーだけが許される最奥の間、出て行く時は陰鬱でしかなかったこの場所が、今は妙に馴染んでいる。
「一体どういう風の吹き回し、カスミ」
「お姉ちゃん……」
 姉はカスミを咎めなかった。今の言葉も笑顔で言っている。
「勝手してごめんね、おねえちゃん。私がここで抱いた疑問、お姉ちゃんに言われた言葉……私の心に霧がかっていたものの形が見え始めてる」
 あのロケット団の男の心には確かに、ポケモントレーナーの火がくすぶり始めていた。そうさせたのは間違いなく……。
(ただ勝つだけじゃない。ポケモンと人との心のつながり)
「その霧は、あの子によって晴れるのかしら」
 姉が入り口に現れた男の子を見つめる。
「わからない。でも私は、確かめたい!」
 おてんば娘はモンスターボールを手にする。
64:
「待っていたわレッド」
「カスミ……」
「ふふっ。驚いた?」
「少しね。でも、納得したかな。今のカスミはきっと、俺が今まで相手してきた誰よりも手強い気がする」
「気がする、じゃないわよ」
 水辺のバトルスペース。互いに好戦的な笑顔を向け合い、構える。
「私はハナダジムリーダーのカスミ。水を司るポケモントレーナーよ!」
「マサラタウンのレッド!」
『バトル開始ぃ!』
65:
「行け! フシギソウ!」
「行きなさい! ヒトデマン!」
 フシギソウのつるのムチを、ヒトデマンが水鉄砲の水圧ではたき落とす。
(私は勝利こそがポケモントレーナーの至上の喜びだと思っていた。勝利を目指せない奴はただの根性無しで眼中に入れる必要なし。そう思っていた。だけど、レッドの考えは違う。ポケモントレーナーで一番必要なのは勝利じゃない! ポケモンは私達と同じ、感情のある生き物)
 フシギソウのつるのムチが逃げるヒトデマンを追い詰めるが、ヒトデマンはひるまずフシギソウに肉薄する。
 カスミは懸命にヒトデマンを見つめる。今草ポケモンに追い詰められたヒトデマンになにを命令すればいい。
(ヒトデマンはフシギソウを恐れてない! ならば!)
「ヒトデマン! スピードスター!」
「なに!?」
『フシギソウ戦闘不能!』
(昔の私だったら、ヒトデマンをあきらめて即効で次のポケモンで仕留めようと考えてたわね……)
「さすがだ。カスミ」
「当然よ。さあまだ終わりじゃないでしょ」
「もちろん。行け! コイキング」
「容赦しないわよ」
 しかし、ヒトデマンの動きが鈍った。蔦が絡みついてる。
(やどりぎ!?)
「コイキング、たいあたり!」
『ヒトデマン、戦闘不能!』
66:
(そうよねレッド。私達は強くなれる。ポケモンと二つ心を合わせれば、どこまでも!)
「行きなさい! スターミー」
 コイキングが光がかやき、青き龍となってスターミーに相対する。
 レッドが図鑑を確認し微笑む。
「すごい……やったなコイキング。いや、ギャラドス! 行くぞカスミ!」 
「ええ、この戦いで決めるわよ!」
「バブルこうせん!!」
「かみつく!!」
 大口を開けたギャラドスがスターミーに迫り、その口めがけてスターミーのバブルこうせんが炸裂する。
 迫るギャラドスの動きはゆっくりになるが、確実にスターミーに迫る。スターミーのバブルこうせんの勢いは止まらなかったが、ギャラドスの勢いもまた、止まらなかった。
 ガシッ!
「行けっ! ギャラドス!!」
「スターミー!!」
 カスミは勝利のためスターミーを懸命に見た。そして、理解した。スターミーが引いている。
(あ………あんた、結構臆病だったのね……ごめん)
『スターミー戦闘不能! 挑戦者レッドの勝利!』
67:
「新しいポケモンかと思ったわ……」
「まさかあれが預かりボックス開発者のマサキさんとは……」
 戦いが終わり、レッドはカスミにそのまま腕を引かれハナダの岬にまで来ていた。
 名目はポケモントレーナーならば一度ポケモン預かりボックス開発者のマサキさんに会った方がいいという事だったが、どうやら本命はその帰り道にあったらしい。
「かっカスミ……ここって」
「ふふ、なに恥ずかしがってるの?」
 二人がいるのはハナダで話題のデートスポット。夕焼けが綺麗に見えるハナダの岬。レッドとカスミの回りには多くのカップルが自分たちの世界に浸っている。
「私達もそう見えるかしら?」
 カスミはいたずらっぽい笑みを浮かべて舌を出す。レッドからすれば本気なのか冗談なのかわかりかねる。
「えっと……」
「レッド、目をつむって」
「え」
 レッドの顔が赤くなる。恐る恐る目を瞑ると、カスミがレッドに近づき……
「はい、これ」
「あ」
 カスミがレッドの手を取り、何かを握らせる。目を開けるとハナダジムバッチが輝いていた。
「ハナダジムリーダーカスミがレッドの実力を認め、これを進呈します」
 
「ぷっ、似合わないよ」
68:
 二人静かに笑い合う。そして、ゆっくりと見つめ合う。
「私、もう一度ジムで頑張ってみる。ポケモントレーナーとして強く、大きくなりたいから」
「そっか、じゃあお別れだね」
「レッドは、これからどこへ?」
「とりあえず、タマムシシティを目指すよ。フシギダネとの付き合い方を教えてくれた、大切な人がいるんだ」
「それって……」
 カスミに芽生えた静かな対抗心。
「レッド、眼を瞑って」
「え、さすがに二回目は……」
 と言いながらも目を瞑るレッド。
 
 チュッ
「…………!?!?!?」
 呆然としたレッドをよそに、真赤になった顔を悟られまいとカスミが逃げ出し、距離があいたところで振り返って叫ぶ。
「中途半端な所であきらめちゃだめよ! レッド!」
「……ああ!」
 ハナダの岬で、二人のポケモントレーナーが一つ扉を開く……。
73:
「そこだフシギソウ!」
「フシ!」
 フシギソウが木々から落ちる葉っぱをつるのムチで正確に撃ち落としていく。
 豪華客船サントアンヌ号が停泊する港町クチバシティ。レッドは3個目のバッチ、クチバシティジムへの挑戦のため郊外でポケモン達とトレーニングを進めていた。
「OKだフシギソウ。少し休憩にしよう」
「フシー」
 レッドは地面から突き出た木の根に腰を下ろし、フシギソウにポケモンフードを投げた。フシギソウは元気に口で受け取る。
 レッドの気分は期待で高揚していた。ニビのタケシ、ハナダのカスミ、二人共ポケモン達と強い絆で結ばれている素晴らしいポケモントレーナーであり、そのバトルは非常に心躍るものだった。
 クチバシティジムリーダーとはどんなポケモントレーナーなのか、どんな熱いバトルができるのか。今から楽しみで仕方がない。
「わあ、すごい!」
「ポケモンだぁ!」
「ん?」
「フシ?」
 レッドよりも背の低い男の子と女の子。二人はフシギソウの事を物珍しそうにキラキラとした目で見つめている。
74:
「フシギソウを見るのは初めてかい?」
 レッドは優しく微笑んで二人に話しかける。
「うん!」
「ねえ、触ってもいい?」
「ああ、フシギソウ」
 レッドが声をかけるとフシギソウが二人に近づいていく。二人は歓声を上げてフシギソウに手を伸ばして頭をさすった。フシギソウも嬉しそうだ。
「ねえ、お兄ちゃんはポケモントレーナーなの?」
「ああ。ジムバッジ8つ集めて出場できる、ポケモンリーグを目指してるんだ」
「すごい! 今何個?」
「今は二つ。これからクチバシティのジムに行くつもりだよ」
「いいなあ」
「私もポケモン欲しい……」
「慌てなくても大丈夫さ。10歳になれば誰だってポケモントレーナーになれるんだ。君たちだってすぐに……?」
「……」
 そこまで言って、レッドは二人の顔が沈んでいることに気づいた。レッドも戸惑う。
75:
「旅の方、その子たちはポケモントレーナーになれないんじゃよ」
「え」
 レッドたちから少し離れたところから、紳士服に黒のシルクハット、白い立派なひげにサングラスをかけていながら、丸々とした体で愛嬌のある老人が歩いてきていた。
「あなたは……?」
「失礼、わしはこの街に居を持つポケモンだいすきクラブの会長じゃ」
「ポケモンだいすきクラブ?」
「ポケモンが好きな者達が集まる集会のことじゃ。その子たちの親もポケモンだいすきクラブの会員なんじゃよ」
「そんなクラブが……えっ、でもそれならなぜこの子たちはポケモントレーナーになれないんですか?」
「……ポケモンだいすきクラブへの入会にはいかなる制限も設けておらん。ただポケモンが好きならば誰でも歓迎するクラブなんじゃ。じゃが……」
 老人がサングラスの奥に悲しさを臨ませる。
「中にはポケモンを好きなあまり、ポケモンを戦わせるのを良しとしない者達もいるのじゃ。他人のポケモンでもバトルを見るだけで拒否反応をしめしてしまう。その子たちの親もな……」
「……!……だからポケモントレーナーにはさせないと……!?」
 レッドは驚愕で目を見開き、固まってしまった。フシギダネと出会い、バトルを通して様々な人とポケモンと大切な絆を築き上げてきたレッドからすれば、この事実は晴天の霹靂だった。
「ねえ、お兄ちゃん。ポケモンで戦うことってだめなことなの?」
「無理やり戦わせることは、野蛮なことなの?」
「え……」
76:
 二人の少年少女の純粋な視線が突き刺さる。会長もレッドを見ていた。
 レッドは目をつむり、心を落ち着かせる。そして湧き上がる自分の正直な気持ちを伝えた。
「そんなことはないさ。俺とフシギソウは今まで様々なトレーナーと戦ってきたけど、戦わなかった方がよかったなんて思ったことはない」
 レッドがフシギソウを手招きし、フシギソウがレッドが差し出したてに頬を寄せる。
「ポケモンは感情のある生き物。だからこそ共に心を通わせて自分たちが目指す高みに一緒に登ることができる。喜びも悲しみも分かち合い、辛くて諦めそうになっても自分の中の弱さに打ち勝ち、新しい自分に成長できる」
 あの人が最初に教えてくれた、ポケモントレーナーで最初に必要で、もっとも大切なこと。
「熱いバトルを通して絆を深めることができる、それがポケモントレーナーのポケモンバトルなんだ!」
 
 二人の少年少女にレッドの熱が伝染したのか、二人は拳を握りしめて頬を緩ませわくわくしている。 
 老人は一度下を向き、なにか意を決したのかレッドに向き直る。
「旅の方、その心意気を見込んで、一つ頼まれてはくれんか」
「頼み?」
「クチバシティのジムリーダーマチスは、戦争帰りのポケモントレーナー。戦いを冗長させるとして、最近うちの一部の者達と一悶着おきてしまってのう」
「……それで、俺がなにを?」
「クチバシティジムリーダーに挑むさい、マチスとトラブルを起こした者達を観戦させたいのじゃ」
「え!? でもそれって」
「ポケモンと人とはそれぞれに合った千差万別の付き合い方がある。ポケモンをだいすきと称する者達として、ポケモンバトルに好悪があっても理解はして欲しいのじゃ……」
「会長さんは、バトルのことは?」
「積極的に戦いはせんし、観戦する趣味も持っとらん。だがのう、ポケモンと人とが一つになれる舞台であるとは思うておる」
「……」
「君はポケモンと確かな絆を築いているようにわしは見た。どうか、ポケモンを愛するが故視野が狭くなった者たちに、あっと目を覚まさせるようなバトルを見せてくれんか」
77:
(俺は……)
 レッドの脳裏に、穏やかな草ポケモン使いの淑女が浮かぶ。
『ポケモンに一つ命令するのもこんなに難しいんだね。フシギダネと呼吸を合わせられない……』
『なら諦めますか』
『まさか。……でもフシギダネは、命令を聞くのが嫌なのかな』
『最初から心が通じ合うことはそうありません。相手の気持ちを考え、そして自分の考えを伝える。通じるまで伝え合うことが肝要です』
『通じるまで、か……。でも例え全部伝え合っても、考えが違ったら? 考えの違いで衝突することもあるんじゃない?』
『結構なことじゃないですか。お互いの本音をぶつけ合わずに得た絆など、紙のように薄いものです。一体何を目指しているのか、目指しているものがぶれなければ、その道程で曲がりくねっても引き返しても、歩みは決して無駄なものではありません』
『目指している、もの……』
 レッドの瞳を真っ直ぐに貫き、厳しさと優しさを伴った彼女の言葉を、レッドは心に刻んでいる。 
『"その先にある喜びを、大切な仲間と共に"。……その心を忘れなければ、ポケモン達はきっと、応えてくれますよ』
「……やります。俺と仲間で、ポケモンとポケモントレーナーとして、できることがあるなら」
80:
 クチバシティジム、そこは電気ポケモン達の館。
 ゴミ箱に秘められた電磁ロックを解き明かした先に待ちかまえるは、ジムリーダーの中でも屈強な経歴を持つアメリカン。
(元軍人……一体どんな……)
 レッドの短い人生経験では想像もつかない。文字通り命をかけて戦場を駆けたポケモントレーナーが、レッドの実力を量るために待ち受けているのだ。
 目に見えぬプレッシャーに耐え、ゆっくりと扉をくぐる。そこには……。
「ヘーイ! コン、ニチハ! ミーがここのジムリーダーのマチスね! プアリトルボーイのチャレンジャーでもぉ、フゥルパワーネェ!」
「……は?……はい……?」
 迷彩服の上からでもわかる分厚い胸板に大柄な体、四方に尖った金髪にいかつい顔。その全てに似つかわしくないハイテンションな笑顔で、マチスはグッと拳を突き出したポーズでレッドを歓迎した。
 だいすきクラブの会長から聞いた話から、もっと厳格な壮年の男性を想像していたのだが……。いや、見た目は割りと想像通りだが、纏う空気が斜め上に行っている。
「オー、あれは……」
 マチスが観客席を見て目を細める。レッドも気づいた。ポケモンだいすきクラブの会長と大勢の大人達、そしてレッドに以前話しかけてきた二人の子供もいる。
「お兄ちゃーん!」
「頑張ってー!」
「ああ!」
 はしゃぐ子供と笑顔で応えるレッドをよそに、他の大人達は皆一様に渋い顔だった。会長がどう言って連れてきたのかは知らないが、彼らはこの状況が面白くないのだろう。
「マチスさん」
「オー! ソーリーネ! ユーとのバトル、ミーもとっても楽しみネー!」
「はい、俺もです。一つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「モチロンネー!」
81:
「マチスさんはどうして、バトルを嫌うあの人達をポケモンバトルに誘ったのですか? それが原因で喧嘩の一歩手前までいったと、会長さんから聞きました」
「……」
 マチスの纏う空気から陽気さが消える。
「ユーには関係ないネ」
「!」
 マチスは別にレッドを睨みつけたわけでもなければ、語気を強めて言ったわけでもない。むしろ余計な事には首を突っ込むだけ面倒になるというような、気遣いすら感じた。
 しかしここで引くわけにはいかない。
「俺も考えていました。もし俺と俺のポケモン達が続けてきたバトルが否定されたら、どんなに悲しいか。バトルを嫌う人たちにも考えがあるのはわかってる。だけど、俺の感情がどう動いてしまうのか想像もつかない。あの人達になんて言えばいいのか、答えがでない」
 レッドは声を張り上げる。観客席にも聞こえているだろう。
 
「やめるネ。ボーイみたいなチルドレンは純粋にバトルを楽しめばいいネ」
「俺は昔、無口で泣き虫だった。ずっと自分を変えたくても弱い自分に打ち勝つ勇気がなかった。そんなときフシギダネと出会って、ポケモンとの絆の大切さを教えてくれた人がいた。努力と研鑽の上に、人とポケモン二つの心を合わせたバトルの勝利が、新しい世界の扉を開いてくれた!」
「……」
 観客からざわめきが聞こえる。マチスは笑顔を消し、レッドの言葉を待っている。
 レッドはフシギソウが入っているモンスターボールを握りしめる。
「見方を変えれば暴力のぶつかり合い。だけど、バトルを通して得られる確かな光があることを伝えたい。言葉では言い表せない、心を震わせる光を!」
「……ユーは本当にホットなポケモントレーナーネ。タケシとカスミの言うとおりネ」
「え」
 レッドが疑問の声を上げるまもなく、マチスがモンスターボールを構える。戦場で好敵手と相対した時のような笑顔を張り付かせて。
82:
「それじゃあ、エキセントリックなバトゥ! 見せてみるネェ! 電気を操るクチバシティジムリーダー、マチス!」
「マサラタウンのレッド!」
「GO! ライチュウ!」
「行け! フシギソウ!」
『バトル開始ぃ!』
「そこまで言うならミーの一撃、耐えてみるネェ! ライチュウ! 10万ボルト!!」
「ラーイィ!!」
 レッドが今まで見たことない痛烈な一撃。あまりの電撃の眩しさにレッドは目を細める。
「フシギソウ!!」
「フシぃ……!!」
 フシギソウの立っている場所、その横の地面にすざましい焦げ跡残っている。
「なんとかダイレクトを避けたネ。だけど……」
「よしフシギソウ、反撃だ!……えっ!?」
「フっフシ」
 フシギソウの様子がおかしい、動きがぎこちなく反応が遅い。
83:
「ミーのライチュウの10万ボルトは凄いパワーを持ってるネ! 足が止まれば、エレキトリカルカーニバルネ!」
「まずい! フシギソウ! はっぱかったー!」
「フッ……!?」
(ダメだ! しびれて動けない)
「今度は直撃ネ! ライチュウ! 10万ボルト!!」
「ラー……イィ!!」
「避けろ、フシギソウ!」
 無情だ。レッドの悲鳴は意味が無い。
「フシィァァァ!!?」
 フシギソウに10万ボルトが直撃する。草タイプは電気技に強いとは言え、強烈な一撃にフシギソウの悲鳴が響く。
「ああっ!」「フシギソウ!」
 観客席の二人の子供の声が木霊した。それだけじゃない。
「一気にとどめね! ライチュウ! 10万ボルトワンモア!!」
「くっ……フシギソウ! つるのムチ!」
 しかしつるはライチュウに伸びず、10万ボルトがまたもフシギソウに直撃する。
「フシィィィ!?」
(耐えてくれ! フシギソウ!……この声は!?)
『……なんてかわいそう』『やっぱり野蛮ねバトルなんて』『会長に言われてきたが、これはよくない』
「ほら二人共、帰るわよ。ポケモンが苦しむところなんて見てどうするの」
「え……でも」
「ん………」
(レッド君……)
 会長は何も言わず、戦況を見つめている。
84:
(違う……)
「……悲しいけど、これもポケモンバトルネ」
 マチスの顔から好戦的な笑顔が消えていた。ただ、戦場で傷を負う相手を介錯するようにライチュウに命令を下す。
(違う)
 ライチュウが帯電し、マチスの命令を待つ。フシギソウは動かない。
(違うよなフシギソウ)
「ジ・エンドネ。ライチュウ! 10万ボルト!」
 特大の電光がフシギソウへ走る。
『おめでとうレッド君。こんな清々しいバトルは久しぶりだった』
『中途半端な所であきらめちゃだめよ! レッド!』
『"その先にある喜びを、大切な仲間と共に"。……その心を忘れなければ、ポケモン達はきっと、応えてくれますよ』
(俺達のバトルはっ! なによりも強靭な……絆の証だあ!!)
「……今だあ!! フシギソウ!!」
 フシギソウの眼がかっと開き、フシギソウの体から伸びていたつるのムチが脈動する。
(ワッツ!? あの動きは何ネ!? ……あ!)
 フシギソウのつるのムチはしっかりと発動していた。しかし目的は攻撃ではなく、地面。地面に突き刺さったつるのムチが地表をすくい上げるように張り巡らされ、一気に跳ね上がる。
(地面を、めくり上げる!!)
 つるによって繰り上がった地面がフシギソウの前方に展開され、電撃と相殺する!
『なっなんだ!?』『いつあんな命令をしたの!?』『あのフシギソウ、痛くないのか……?』
「……すごい!!すごいよお兄ちゃん!フシギソウ!!」
「こ、こら……!」
「頑張れー!!」
 地面と電撃の衝突でライチュウとフシギソウの間に砂埃が舞う。レッドは畳み掛ける。
「はっぱカッター!!」
「フッシー!!」
「ラィィ!?」
「オーノー!?」 
 砂塵を切り裂き現れたはっぱカッターがライチュウに直撃する。
85:
「フシギソウ!」
「フシ!」
 それだけで二人は通じあっていた。ライチュウが怯んでいる隙にフシギソウがレッドのもとに駆け戻り、レッドは回復アイテムを施す。
「卑怯とは言いませんよね?」
「モチロンネ! 状況を見て的確にアイテムを使うのも、ポケモントレーナーネ!」
 ライチュウが体制を立て直すと同時に、マチスがレッドに笑顔でサムズアップする。
「さあ、仕切りなおしだ! 勝つぞ! フシギソウ!!」
「フシ!!」
「迎え撃つネ! ライチュウ!」
「ラァイ!」
『なんて息のあった動きが……』『どうやったらあんなに分かり合えるんだ?』『戦っているのに、どうして』
「楽しそうなのか、かな?」
「え」
 連れてきた観客のつぶやきに、会長が答える。
「傷ついても、倒れてもなお、フシギソウは前を向いて戦う。それは、レッド君が強制させているからじゃろうか」
 フシギソウとライチュウの技がぶつかる。二匹は、笑っていた。
「皆、あの子、レッド君とフシギソウを見てどう思う」
「……」
「……かっこいい!」
 小さな男の子は、眼を輝かしている。
「私も、ポケモンとあんな関係を築きたい」
 小さな女の子は、胸に手を当ててポケモンから目を離さない。
「……わしもじゃ。ポケモンとトレーナー、共に頑張り、共に理解し、共に苦難に立ち向かう。そんな事ができるのは彼らが」
 戦う彼らが輝いて見える。
「ポケモンが、大好きだからじゃろう」
『……………!!!!』
86:
「行けー!お兄ちゃーん!!」
「フシギソウも頑張ってー!!」
 二人の子供の声援が、観客席から届く。
「……ああ! やれるよなフシギソウ!」
「フシ!!」
「…………頑張れー!」
(!!今のは!?)
 子供の声じゃない。この声援は……!?
『頑張れー!』『そこだー!行けー!』『もっといいとこ見せてー!!』
「レッドくーん! 頑張るのじゃあー!!」
 あの大人たちが、ポケモンバトルに反対していた大人たちが叫んでいる。会長まで。
「……凄いね、ユーは」
 レッドは首をふる。
「俺のフシギソウとあなたの素晴らしいライチュウの熱い闘志が、伝わったんです。彼らが傷つき、それでも立ち上がって見せる不屈の精神と頑張りが、暖かく熱を持った声援となって帰ってきた」
 ポケモン達が中央で対峙する。帯電するライチュウ、葉っぱカッターを蕾の発射台に備えるフシギソウ。
「さあ、決めるぞ。フシギソウ」
「フシ!!」
「クライマックスね! ライチュウ!」
「ラィ!」
87:
 戦いの中、ライチュウの位置取りは絶妙だった。フシギソウが追い詰められていたのは自分がめくり上げた地面の場所。土が柔なかくなっておりこれでは砂埃しかあげられない。
「もう地面のバリアは使えないネ! ライチュウラストアタック! 10万っボルトォォォ!!」
 レッドも慌てない。フシギソウもしっかりと前を見据えていた。
「はっぱ、カッタァァ!!!」
「ノー!? はっぱカッターが曲がる!?」
 フシギソウが放ったはっぱカッターはライチュウの電撃には真向から当たらず、フシギソウの左右から弧を描くようにカーブしてライチュウに直撃した。
 しかし当然、フシギソウに10万ボルトが直撃する。
「フシっ!?……フシィィィィ!!」
「ラァァァァイ!!」
 悲鳴ではない、勝利を得るための戦士の雄叫び。痛みに耐えながら、フシギソウが、ライチュウが絶え間なく相手に攻撃し続ける。
「ゴオォォォォォォ!!! ライチュウ!!!」
「行けええぇぇぇぇ!!!」
 少年と少女は、この日を一生忘れないだろう。
「凄い……」
「これが、ポケモントレーナー……」
 決着がつこうとしている。
88:
 フシギソウがライチュウの10万ボルトに押され、後退している。
「ライチュウ!! ユーアーザ・ベストネー!!」
「フシギソウ……!!」
「フシィ……!!」
 それでもフシギソウは、はっぱカッターのカーブを正確に制御して打ち続ける。
(フシギソウの闘志は、決して諦めていない!! 俺がここでフシギソウの力になってやらなければ! なにか、なにか勝利の手立ては……)
 レッドは閃く。しかしこれは大きな賭け。失敗すれば均衡がやぶれ敗北は確実。しかしこのままでは。
『やれる!!』
(!!)
 幻聴か。いや。
「……フシギソウ! つるのムチ!!」
「ワッツ!?」
 信じられないことが起きた。フシギソウはライチュウの10万ボルトを受けながら、はっぱカッターを放ちながら、つるを勢い良く伸ばしてライチュウに叩きおろした!
「ラ!?」
 ムチは正確にライチュウの脳天を叩き、10万ボルトの勢いが弱まる。そして、
「ラァ……ィ」
 10万ボルトとはっぱカッターの放出の終わりはほぼ同じ。しかし地面に伏すライチュウと、悠然と立つフシギソウ。
 
 レッドは両の拳を天に突き上げて、感情を爆発させた。
『ライチュウ戦闘不能! 勝者、挑戦者レッド!』
89:
 クチバシティジムのバトルスペース。今は回復させたライチュウと共に、マチスは観客達を招いてバッジの授与式を行った。
「ナイスファイトネ! これがジムリーダーが認めた証、オレンジバッジネ! コングラッチュレーション!」
「ありがとうございます……! やった……!」
「わしからも言わせてくれ。おめでとうレッド君」
「会長……!」
「お兄ちゃん!おめでとう!」
 
 男の子と女の子もレッドに駆け寄ってくる。
「けどミーもびっくりしたネ! あそこでつるのムチを使うなんて! ユーにはなにか確信があったノ?」
 レッドは気恥ずかしそうに答える。
「フシギソウの、声が聞こえた気がしたんです。やれるって。今思えば、変な話なんですけど」
「全然、変じゃないヨ!! それはユーとポケモンの心が通じあってる証、スペシャルフレンドなら当然ネー!」
 笑顔でレッドを称えるマチスに、会長が連れてきた大人の一人が近づく。
「マチスさん、私達はあなたを誤解していた。あなたが話しかけてきた時、ロクに話も聞かずに敵視して……」
「ミーの経歴を考えれば仕方ないね。でもミーはただ、最近ロケット団がポケモン泥棒を行ってるから、ポケモンをセーブするための講習に誘いたかっただけネ」
「なっ……そうだったのか……。私達はそうとも知らず……」
「お母さん、受けよう」
「そうだよ。バトルのやり方くらい覚えとかないと、なにかあった時に守れないよ! 大切なパートナーなんだから!」
 二人の子供が親に訴える。いや、ここにいる全員に訴えていた。
「! あなた達……そうね。そうよね」
90:
「マチスさん」
 会長がマチスに話しかける。
「ポケモンだいすきクラブを代表してお願いしたい。どうか私達に、大切なパートナーを守る術を授けてはくれまいか」
「モチロンネ! バット、一つだけ条件ありまーす!」
「条件とは……?」
「ミーも、ポケモンだいすきクラブに入れてほしいネ! ミーはピカチュウがだーいすきネ!」
 後ろでライチュウがおいとツッコミを入れてる気がするが気にしないほうがいいだろう。
「……っ。もちろんじゃ!」
「イヤッホー!! じゃあさっそく、今日の午後からネー!」
「それと、レッド君。本当にありがとう、心ばかりの礼に、これを……」
「これは……!」
 レッドが受け取ったのはポケモンだいすきクラブの会員証。そしてもう一つは高級マウンテンバイクの引換券、レッドの年齢ではまず手が出せない代物だ。
「ありがとうございます! でもこの引換券は……」
「君とポケモンとの絆には、それ以上の価値があるとわしは思っているよ」
「はい……ありがとうございます!」
91:
 クチバシティジムを出ると、レッドは旅支度を整えてクチバシティの端に来ていた。
「もう、行っちゃうの?」
 見送りには少年と少女、そしてポケモンだいすきクラブの会長が来ている。
「ああ、まだまだ新しいポケモンと冒険が待っているんだ。またクチバシティに寄ることもあるだろうから、その時は……」
「違うよ」
「え」
「私達、こことは遠い場所の出身なの、もう何日かしたら、サントアンヌ号で帰っちゃう」
「そうだったのか……。じゃあこれならどうかな」
 レッドが二人の手を握る。
「俺はここで、誰よりも強いポケモントレーナーになって有名になる。そしたら君たちもポケモントレーナーになって名を挙げるんだ。そうすればどこに行ったってお互いの事がわかるし、会うことができるだろう?」
「そっか」
「うん、そうだね」
「……っと。そいういえば二人の名前を聞いてなかったな。聞かせてくれないか?」
「ブラック!」
「私はホワイト」
「ブラック、ホワイト。俺は絶対に、二人を忘れないよ」
「「うん!!」」
92:
「レッド君、ポケモンだいすきクラブは、いつでも君を待っている」
「はい、また必ず伺います。会長もお元気で」
「うむ」
「ヘーイ! プアリトルボーイ!!」
 大声をあげながら走ってくるマチスは怖い。
「マチスさん!?」
「オーキド博士から伝言ネ! ニビシティの博士の助手に元に行って、届け物を取りに来て欲しいって言ってマース!」
「ニビシティ!? 仕方ないか。少し遠回りになるけど……」
 レッドはタウンマップを開く。すると会長が指差し、
「ニビシティならここからディグダの穴を抜けてすぐじゃ。それからハナダに行けば引換券の使える自転車屋がある。今ヤマブキへは通行止めになっているから、ハナダからイワヤマトンネルを通ってシオンタウンに行き、地下道からタマムシシティに行くのがいいじゃろう」
「なるほど……ありがとうございます!……それじゃあ、行ってきます!!」
 レッドは会長、マチス、そして未来のポケモントレーナーに手を振って旅立つ。
 ポケモンを大好きな心と、熱い闘志をその胸に宿して。
99:
 シオンタウン。そこはイワヤマトンネルを抜けた先にひっそりと軒を連ねる小さな町。
 目を引くのはカントー地方全体を見ても一二を争うであろう高さを誇る、ポケモンタワー。
(タケシさんと特訓したり、カスミを自転車の後ろに乗せて遠乗りに行ったりで、妙に時間がかかってしまった)
 イワヤマトンネルを悪戦苦闘の末に突破したレッドは、自転車を降りてこの小さな町が放つ異様な雰囲気に戸惑っていた。
(なんだか、寂しげなところだな……。とりあえず、今日はこの街で一泊しよう)
「おや、旅の方かい」
「!?」
 静かな町で不意に穏やかな声で話しかけられたために、レッドは珍しく体をびくつかせた。
 しかし見れば、話しかけてきたのはこれまた声と同じく穏やかそうな御老人。レッドは向き直り、
「はい、マサラタウンから来たレッドと言います」
「おや、マサラ……つい先日もマサラタウンからポケモントレーナーがこの町に訪れたよ」
「え」
 マサラタウンのポケモントレーナー。レッドの頭に浮かぶのは一人しかいない。
「その様子だと、君のお知り合いかな」
「ええ多分。そのポケモントレーナーの名前って……?」
「すまんねえ。その子は名乗らずにさっさと町を出て行ってしまったんだ。お礼を言いたかったんじゃが……」
「その子って俺と同じぐらいの年頃で、茶髪でツンツンとした髪の子ではありませんでしたか?」
「おおそうじゃ。その子の名前を教えてくれんか?」
「……グリーンです。オーキド博士の孫の……」
 レッドは努めて落ち着いて言った。レッドの心には、まだグリーンへの複雑な感情が残っている。
100:
「おお、あれがユキナリの……。長く生きていると、不思議な事もあるもんじゃ……」
「さっきお礼と言ってましたが、グリーンが何か?」
「ふむ、そうじゃな。立ち話もなんじゃし、わしのポケモンハウスに案内しよう」
 ポケモンハウスとは、外から見れば一般的な住宅と変わらない。しかし中は、ポケモンたちが窮屈を感じずに動けるよう広く改造されている。
 家の中央ではニドリーノとコダックがのんびりと昼寝している。レッドは老人に案内されて椅子に腰掛けた。
「わしはフジという。町の皆にはフジ老人と呼ばれているから、そう呼んでもらっても構わんよ」
「はい。ここのポケモン達は……」
「このポケモンハウスでは、捨てられたり傷ついたポケモン達の保護を行っているんじゃ。保護したポケモンの里親になってくれる者も探しておる」
「そうなんですか……」
 ニドリーノとコダックが眼をこすりながら起き、レッドが物珍しいのか興味深そうに近づいてくる。
 レッドは微笑んでモンスターボールを取り出し、
「遊んでおいで、フシギソウ、ラッタ」
 レッドが出した二匹のポケモンがニドリーノとコダックに近づき、友好的に鳴き声を出す。ニドリーノとコダックもそれに答え、4匹でじゃれあいながら家の中を駆けていく。
101:
「話の続きじゃったな。レッド君は、ポケモンタワーには行ってみたかな?」
「いいえまだ。ポケモンタワーとは一体どういうところなんです?」
「ポケモンタワー、あれはポケモンたちのお墓じゃ。死んだポケモンたちを埋葬し、安らかな眠りにつかせる場所なのじゃ」
 レッドが家の窓からポケモンタワーを眺める。
「そうなんですか……。それで、グリーンは」
「事の始まりは、あのポケモンタワーをロケット団が占拠したことから始まる」
「ロケット団……! でも、ポケモンのお墓を占拠って……?」
「狙いはわしじゃった。昔わしはポケモンの研究に携わっていてな。ロケット団はわしの知恵を必要としていたのじゃ。しかし愚かにもわしがそれに気づいたのは、占拠をやめるよう単身乗り込み、奴らに捕らえられた後じゃった……」
 遊んでいたニドリーノとコダックが、部屋の隅に置かれていたぬいぐるみに近づく。いや、ぬいぐるみではなかった。
 部屋に入ってからぴくりとも動かなかったため、レッドは勘違いをしていた。
 茶色い小さな体に、頭に被ったポケモンの頭部の骨、そして手に持つホネこんぼう。
 そのポケモンはニドリーノに小突かれて遊びに誘われていたが、悲しげに声を出すだけだった。
「カラァ……」
「あのポケモンは……?」
「ポケモンタワーには野生のポケモンが住み着いていてな。その内の一匹のカラカラじゃ」
 カラカラはニドリーノに応えない。しばらくすると、また部屋の隅で背を向けて動かなくなった。
「……あのカラカラの親のガラガラは、ロケット団がシオンタワーを占拠した時に、奴らに殺さたんじゃ」
「!」
102:
「わしはそれを見ていることしかできず、挙句の果てに捕らわれて奴らに連れて行かれるのも時間の問題じゃった。しかしそこで助けてくれたのが、マサラタウンから来た少年、グリーン君じゃった」
「あのグリーンが……」
 グリーンとはトキワシティで戦って以来会っていない。ポケモントレーナーとして旅は続けているだろうと思っていたが、まさかこんな人助けをしているとは……。
(……いやグリーンだって、目の前でこんな事が起きればロケット団を許せないだろう。けど、やっぱり驚いたな……)
「わしはロケット団が拠点を作っていたシオンタワーの最上階で捕らえられていた。グリーン君がやってきたのは、大勢いたロケット団が野生のポケモンを痛めつけていた時じゃ……」
 数日前のシオンタワー最上階。そこでは多くのロケット団員が、縛り上げられたフジ老人をにやついた目で見下していた。
「まったく手間取らせやがって。あんまりにも来るのが遅いから、この辺のポケモンを暇つぶしに狩り尽くしちまったぜ」
 回りにはシオンタワーに住んでいたであろう多くのポケモン達が倒れている。
「経験値をかせぐならここまで痛めつける必要はなかろう! 野生のポケモンといえども殺していいはずはあるまい!」
「俺たちロケット団は悪事を働いてなんぼ。人だろうがポケモンだろうが、ロケット団の行動一つ一つに全ては恐れおののくさ」
 倒れ伏しているガラガラに、その子であろうカラカラが泣きついている。
「こんなふうにな!!」
 ロケット団が手持ちのポケモンをけしかけ、泣きじゃくるカラカラに迫る。
「やめるんじゃ!!」
 その攻撃はカラカラに届かなかった。ガラガラが最後の力を振り絞って立ち上がり、カラカラを庇ったのだ。
 庇ったガラガラは壁にたたきつけられ、今度こそ完全に動かなくなった。
「なんてことを……!」
「はっは! よかったじゃないか死んだのが墓場で。埋葬にも時間を取らないぜ」
「そうだな。ここには墓石もたくさんあるし、新しく人が埋葬されたって構いやしないよな」
「!?」
 聞きなれない少年の声、ロケット団員達は一斉に階段の入り口に振り返る。
103:
「おい、小僧てめえはなんだ。下にいた奴らは……」
「少し小突いたらすぐに裸足で逃げ出してったぜ。ったく、野生のポケモンより根性がねえとは、呆れてものも言えねえぜ」
 尖った茶髪、紫色のTシャツに黒のズボンというスマートな出で立ちに、圧倒的な敵意がこもったギラついた瞳。
 言いながらその手に握っていたモンスターボールを放り、相方を君臨させる。
 
 現れたのは、古に伝わるドラゴンそのものの容姿を誇るオレンジ色の炎の龍。
「リ、リザードンだと!? こんなガキが!?」
「グルルルル……!」
 リザードンにグリーンの怒りが伝染している。
 それでもグリーンはニヒルに笑い、ロケット団を指で招く。
「こいよ、遊んでやる」
「っ!? ガキが! 野郎ども!!」
「おうっ!」
 ロケット団はルール無用だった。全ての団員がポケモンを出現させ、一斉にリザードンへ襲いかかる、
「いかん! これはいくらなんでも、逃げるんじゃ!!」
 フジ老人の言葉はもっともだった。しかし、
「リザードン。かえんほうしゃ」
 グリーンの心境に変化はない。リザードンが炎の意思を代弁する。
 ロケット団のポケモンは一匹残らず火炎放射に吹き飛ばされ、ロケット団員達は唖然とした表情で手元に戻すしかなかった。
104:
「くっくそ、こうなったら……!!」
「ありがとなストライク」
「なっ!?」
 いつの間にかフジ老人の後ろに回っていたグリーンのストライクが、フジ老人の縄を切り、そのまま老人を足で抱えてグリーンの元へ運んでいた。
「さてと、こうなったら確かに、このまま俺のリザードンに焼かれるか、下で待ち構えてるジュンサー達に捕まるかの二択かな。さてどうすんだ?」
「そっ……そんな……」
 ロケット団員達は一人残らず膝をつき、完全に戦意喪失していた。グリーンは一息つく。
「あんたがフジ老人だよな?」
「あっああ。君は?」
「町の人に頼まれてな。ゴーストポケモンも手持ちに欲しかったから、そのついでだ」
 グリーンにとってはあくまで手持ちを強化するついでだったらしい。
「ったく、このポケモン達に死なれちゃさすがに目覚めが悪いな。おいあんたら」
 グリーンがロケット団員達を睨みつける。
「ひっ!?」
「言わなきゃわかんねえか?」
 倒れているポケモン達を回復させろということだろう。
「わ、わかった……」
 ロケット団員達が回復アイテムを取り出し、野生のポケモン達にほどこしていく。程なくジュンサー達がやってきたが、ロケット団のやっていることを認め、ポケモン達の回復を手伝っていった。
105:
 それを見ていたグリーンは倒れたまま動かなくなったガラガラに近づいていく。
「……」
 グリーンはポケットからげんきのかたまりを取り出したが、やめた。既に無駄であると気づいてしまった。
 その傍らには泣きじゃくって鳴き声をあげるカラカラが立ち尽くしている。
「悪いなフジ老人。このカラカラ頼む」
「あっああ。しかし君は……」
「俺もまだまだだ。あんな連中に手間取らなければ、こんな事には……マサラタウンのポケモントレーナーが聞いて呆れるぜ」
 グリーンはリザードンを戻しガラガラを抱えあげ、階段へ歩いていく。
「ま、待ってくれ。君のおかげで本当に助かった。礼を言う。君が来てくれなければ、もっと酷い事態になっていたよ」
「さあな。フジ老人、カラカラに後で伝えてくれ。世の中には辛いことがあってその度に泣くようなやつでも、何度も立ち向かって勝利を目指してくる奴がいる。自分を最強だと思ってた俺はそんな奴がいるとは気付かず、冷水を浴びせられた。情けねえ話だがな」
 グリーンは立ち止まる。
「つまりだ。辛くて認められないことがあっても、絶対立ち直れる。他人に助けられたっていい。色んな物に助けられたっていい。絶対立ち直るんだ。そうすれば前を向いて、また歩いていける」
 グリーンは腰のモンスターボールを見る。彼もまた旅を通して感じることがあったのだろうか。
「カラカラが立ち直ってるかどうか、また会いに来るぜ。バイビー」
 そうしてグリーンはガラガラを埋葬して去っていった。彼に依頼した町の住人のお礼も受け取らず、疾風のように。
106:
 聞き終えたレッドは、呆然として動けなかった。
 ロケット団の横暴もそうだが、なによりグリーンの行動と強さに驚嘆した。
 レッドも認めざるをえない。グリーンに一度勝利したとはいえ、グリーンはまだまだレッドの先を行っている。
「さすが、グリーンですね……。彼は昔からなんでもうまくこなしたけど、そこまでとは……」
「うむ。わしも長年ポケモントレーナーを見てきたが、あそこまで圧倒的な強さを見せつけられたの初めてじゃった。それにポケモンへの優しさも……」
「……」
 レッドはそれを聞いて無言で考えた後、立ち上がって壁の隅のカラカラへ近づいていく。
「レッド君?」
 グリーンはガラガラを埋葬し、カラカラの回復を願った。
 自分もなにかしたい。ポケモンを愛するものとして、心に深い傷を負ってしまったカラカラに。
「カラカラ、俺はレッド。フシギソウ達と一緒に旅をしてるんだ」
 背を向けるカラカラに話しかける。言葉は通じていないだろうが、カラカラはすこしばかりレッドに振り返る。
「親を失った悲しみは、俺には想像もできないほどだ……立ち上がって元気を出せなんて言えるわけもない」
 レッドはカラカラに手を差し伸べる。この旅でレッドは、多くの人から優しさと暖かさを貰って来た。今、自分からカラカラに伝えたい。
「カラカラ、悲しみを乗り越えるのは自分のペースでいい。ゆっくりと自分の心を癒やす方法を探していこう。俺も、君の力になるよ」
 レッドの手はカラカラの背に触れないで中空で止まっている。
 カラカラはレッドを見たまま、動かない。潤んだ瞳は何を思っているのだろう。
107:
 レッドは辛抱強く待った。カラカラが今回手を取らなくても、カラカラの助けになれるまで、この町を離れない。そう心に決めていた。
(カラカラ……)
 カラカラが背負っている悲しみを想うと、レッドの瞳に涙が溜め込まれていく。
 それを見たカラカラは……。
「あっ……!?」
「おおう……!?」
 カラカラの手がゆっくりと伸び、レッドの手のひらの上に置かれる。フジ老人も驚いて声を上げた。
 レッドはその手を優しく、しっかりと握った。
「カラカラ……?」
 カラカラが立ち上がると、レッドの手を引いて歩いて行く。
「どこかに行きたいのかい?」
「ああ、カラカラは、多分……」
 フジ老人は察していた。カラカラが行きたいのはおそらく……。
 シオンタワー。その墓石が立ち並ぶなかで、カラカラに手を引かれたレッドもどこに連れて行かれるか察した。
 ポツンと立つ墓石の一つに多くの献花が手向けられている。つい先日起こった悲劇で犠牲になった、一匹のポケモンに対して。
108:
「カラァ……」
 カラカラがその墓の前で止まる。目には涙があふれ、寂しげな鳴き声が響く。
(カラカラ……)
「レッド君、これを」
「あっ」
 レッドはフジ老人から献花用の花を託される。
「……カラカラ、祈ろう。ガラガラの安らかな眠りを……」
 レッドはカラカラと合わせた手の間に花を差し込み、共に墓へ供える。
 ゆっくりとカラカラの手を離すと、カラカラは上を向いて、叫んだ。
「……カラー! カラー! カラー! カラー! カラー!……」
 母へ捧げる雄叫びが、いつまでもシオンタワーに木霊する。あの日、カラカラが母を失った時から続く悲しみを受け止めるための、最初の一歩だった。
 レッドは程なく、旅立ちの時を迎えた。カラカラはもう、一人でちゃんと立っている。
「色々ありがとうございました。フジ老人」
「礼を言わなければならないのはこちらじゃよ。元気でな」
「はい、カラカラ、また会いに来るよ」
 レッドは体勢を低くしてカラカラに視線を合わせ、頭骨をかぶる頭をなでた。
 しかしカラカラはその撫でる手を無視し、レッドの服の裾を掴んで離さない。
「カラカラ?」
「……連れて行ってくだされ。カラカラはあなたについて行きたいようじゃ」
「えっ!? そうなのか、カラカラ……?」
「カラァ……」
 その瞳が、レッドを真っ直ぐに見つめる。
「グリーン君が来た時にはわしから言っておこう。信頼できるトレーナーに託したとな」
「……わかりました。それじゃあフジ老人、お元気で」
「レッド君とカラカラも息災でな。カラカラに広い世界を見せてやってくれ」
「はい。行こうか、カラカラ」
「カラ……!」
 カラカラの手を引いていく。今度は共に旅を歩む仲間として。
 そしてレッドはカラカラへの優しさと、今もなお先を行くライバルを想い、前を向いて一歩一歩新たな冒険へと足を踏みしめていった。
113:
 マサラタウン、レッド旅立ちの日。レッドは自室で荷物をまとめ、最後にパソコンの電源を落としていた。この部屋に帰ってくることは、当分ないだろう。
(行ってきます)
 快く送り出してくれた母に感謝し、町の外へ繋がる草むらに向かう。
 レッドが現時点で知る最高のポケモントレーナーは、その場所でレッドの見送りに来ていた。
 緑と赤を基調とした袴姿の淑女。それでいて少女と言っても過言ではない艶のある黒髪のボブカットと可憐な唇と瞳。
「エリカさん、ありがとう。僕はフシギダネと一緒に……立派なポケモントレーナーを目指します」
「ええ。期待していますよ」
 穏やかな微笑みと共に可愛らしく首をかしげる。レッドはドキンとした胸の高鳴りに戸惑いながら、紅くなった顔を隠すように帽子のつばでエリカの視線をさけた。
 しかしそんなレッドをお構いなしに、エリカはレッドに数センチというところまで近づき、レッドの両肩を優しく掴んでほぐす。
「力を抜いて……。旅は長く、つらいこともあるかもしれません。それに奮起するのもよし、けれど人に頼ること、ポケモンに頼ることも忘れないで。あなたは決して、一人ではないのですから」
「……うん」
 レッドは立派な敬語を言えたものではなかったが、エリカは気にしなかった。ポケモントレーナーとして高みを目指す同士、彼とは近い関係を望んでいる。
「セキエイ高原へ行く手順は大丈夫ですか?」
「うん。各地のジムバッチを8つ集めるんだよね。エリカさんも、セキエイ高原を?」
「……いいえ」
 意外だった。彼女がレッドの指導の中で見せてくれた草ポケモンの扱い方は、初心者のレッドから見ても凄まじい練度であることが見て取れたからだ。
「各地にはポケモンと様々な付き合い方をしている方たちがいます。私もその一人……例えポケモン達と戦いに赴く身でも、目指すものがセキエイ高原とは限りません」
「……」
 レッドには想像もつかない。一体彼女は、どうしてポケモンバトルをしているのだろう。
「私はタマムシシティにいます。レッドさん、あなたがその町に来るとき、私がどこであなたを待っているのか、わかってくれるのを期待していますよ」
 彼女の声は優しさに満ち、それでいて人を発奮させる魅力と愛が込められている。レッドはその全てを飲み込んで心体に循環させ、前を向いた。
「……はい」
「それでは、行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
114:
 街を見下ろせる丘でレッドは目をつむっていた。そして今、傍らのフシギソウと共にゆっくりと目を開く。
 
 眼下にあるはタマムシシティ。そこはタマムシデパートやマンションが存在感を放つ、栄えある街。
「……ついに来たな。フシギソウ」
「フシ!」
 ポケモントレーナーの最初の扉を開く、その時に背を押してくれた人がこの街で待っている。 
 レッドの心には熱い感情が二つ渦を巻いて高揚している。新しいバトルへの期待。そして大切な人に自分の成長を見せたい。
 戦力も心も整えた。あとはあの人に恥ずかしくないようなバトルをし、仲間たちと勝利を手にするだけ。
(あの人が待っている場所は、きっと……!)
 タケシ、カスミ、マチス。彼らとの熱い戦いの経験がレッドに囁いている。レッドは叫び出したい気持ちを懸命におさえながら、フシギソウと共に彼女が待つ場所へと向かって走りだした。
 タマムシシティジム。そこは草木に囲まれ、このジムがどのタイプを司るのか外観から物語っていた。
 レッドとフシギソウはそれを前にしてごくりとつばを飲む。
「……」
 レッドは扉のドアノブを掴む。逡巡する理由はない。この先であの人が……!
「あれ、挑戦者の方? エリカさんいないよー」
 と、がっくりとバランスを崩しドアに頭をぶつけた。なんて軽い声色で確信を持つことになろうとは……。
「なにやってんの?」
 レッドに話しかけたジム所属のミニスカートの少女はレッドの行動を訝しげに見つめる。
「……ええと。ジムは今日お休みですか?」
「ちょっとジム戦だけ臨時休業なのよ。エリカさん、今ロケットゲームコーナーにどうしても外せない用事があるみたいで。あっこれ言っちゃいけないんだっけ? まいいや」
「ロケットゲームコーナー……?」
 レッドは不思議がった。ロケットゲームコーナーをレッドは知らないが、名前からしてどういうところかは想像できる。
 エリカがゲームコーナーに……彼女の外見からすれば、ちょっとミスマッチに過ぎはしないか。
115:
(ロケット……まさかね)
「わかりました。それじゃあまた出直します」
「ごめんね〜」
 さて、出鼻をくじかれた形になったが仕方がない。レッドは一気に退屈そうになったフシギソウをモンスターボールに戻し、これからどうするか検討する。
(幸い時間を潰せるところは多そうだな。エリカさんが行ってるロケットゲームコーナーも気になる……)
 どこから行くか。タマムシデパートの品揃えも気になるが、特別な用事があるわけじゃない。
(やっぱり気になるな、ロケットゲームコーナー。ここから行こう)
 ジムから歩き程なく到着すると、レッドは見たことない喧騒空間に驚いた。ロケットゲームコーナーの内部に鳴り響くゲーム音とコインの音、そして人の歓声。
 ゲームを一通り見てみたが、どうやらエリカはいないようだ。次いで壁に貼られた張り紙とポップを見る。
(コインでポケモンの交換も行ってるんだ……。ストライク、ポリゴン、聞いたことないポケモンだ)
 そういえばこういったゲームはグリーンが得意だったなと、レッドは思い出してくすりと笑った。協力ゲームでは常にレッドをリードして助けてくれた……。
(あ、今俺……)
 グリーンの事を思い出して明るい気持ちになれたことなど、かつてあっただろうか。レッドは手持ちのカラカラの入ったモンスターボールに手をやる。
(早く追いこさないとな。カラカラ見たらどんな顔するだろう)
 先を行くライバルを思いながら、レッドはゲームコーナーの端にたどり着く。
(特にこれといって変なところはなかったな。エリカさんもいないし、少し遊んでくか……? あれ?)
116:
 レッドが視界の端にとらえた、黒い制服。オツキミ山で見覚えがある。
(まさか!?)
 レッドはやつを追い詰めたと確信し、曲がり角を曲がってロケット団が入っていった死角を見た。
(あそこはポスターが貼ってあるだけでなにもない!)
 レッドはやつを追い詰めたと確信し、曲がり角を曲がってロケット団が入っていった死角を視認した。
「え……!?」
 ロケット団員が消えた。そこには壁にそって貼られたゲームポスターしかない。
(馬鹿な!? 奴は一体どこへ……!?)
 驚愕しているレッドをよそに、一枚のポスターの端がペラリと剥がれる。
「……?」
 レッドは気になって、一部が剥がれたポスターに手をやった。
(裏に何かある……?)
 少し力を入れて剥がす。するとそこにあったのは一つのスイッチ。
「……」
 レッドは恐る恐る押してみる。ポチっと音がなったあと、スイッチがあった壁の一部が横にスライドしていく……。
 現れたのは下へと続く階段。
(ロケットゲームコーナー。エリカさんの臨時休業。消えたロケット団員……)
 レッドの脳裏に描かれる予想絵図。ポケモンとの絆を説いたあの人が、故郷に巣食う悪を許せるだろうか。
(……行こう)
 この先で、今何かが起こっている。
121:
 階段を降りた暗闇の先。そこが悪がはびこるロケット団のアジトということは、フロアに点在する黒い団員達の姿ですぐに理解できた。
 しかしレッドは警戒よりも、戸惑いの方が大きかった。 
(皆寝てる……? 手持ちのポケモンは出してるみたいだけど……どういうことだ?)
 あるものは地ベタで、あるものは椅子に座って。ポケモンを出していても主人ポケモン共々深い眠りに落ちている。
(……)
 いつどこでなにが出てくるかわからない。レッドはフシギソウを出して周辺を警戒したが、人の話し声や動く音は聞こえず、ただ寝息しか聞こえてこない。
(あそこのエレベーターで下に行けそうだな。お)
 よく見れば先ほどレッドが追っていた男が道端で寝入っている。しかも倒れた拍子にだろうか、ポケットからエレベーターで使うであろうカードキーが覗いている。
(ラッキー)
「うわ!?」
 レッドが取りに行こうとした瞬間、フシギソウがレッドの前をつるで制する。
「どうしたフシギソウ?……!」
 これ以上進んではならないとフシギソウは暗に言っている。皆寝入っているこの状況、そして争った形跡はない。
 フシギソウはレッドを見ながら鼻を鳴らす動作をしたあと、花粉を舞い散らせるかのように背の蕾を揺らす。その動作のおかげでレッドは気づいた。
「ねむりごなが漂っている……。行け、ピジョン。ふきとばし」
 ピジョンが男の周りの空気をふきとばすと、フシギソウもつるを降ろした。レッドはピジョンとフシギソウの頭をなでカードキーを手に取る。
 エレベーターに差し込むとすぐに動き出し、レッドは乗り込んで地下へ降りていく。
(フシギソウが気づいたことから、草ポケモンによるねむりごなだろう。やはり、エリカさんか?)
122:
 エレベーターが開くと、これまたロケット団員の二人組とニャースが寝入っている。
「なんだ……かんだと……聞かれたらぁ……むにゃ……」
「答えて……あげるが……世の情けぇ……むにゃ……」
「待ってる……むにゃむにゃ……」
(あれ今しゃべんなかったか?)
 気になったが今はそれどころじゃない。先に進むと、今度はさらに開けた場所に出た。ジムで見るバトルスペースに似ている。
 大型のポケモンが闊歩できるほどの十分な奥行きがあり、天井も高い。
(地下にこんな場所が……)
 レッドはあたりを伺いながら、バトルスペースのトレーナーゾーンに立つ。
 その瞬間、レッドと対面のトレーナーゾーンにスポットライトが集中する。
「! なんだ!?」
 突然の光にレッドは目を細めたが、懸命に対面の相手の顔を確認しようとした。そして、ゆっくりと鮮明になっていく。
「ほほう。こんなところまで、よく来た」
 壮年の男性の声。スーツを着込んだ落ち着いた佇まい。しかし、その眼光は鷹よりも鋭い。
(っ!? この圧力は!?)
 畏怖と威厳が入り混じった圧倒的な戦意が、レッド一人に向けられている。
(あいつもポケモントレーナーなのか!?)
「エリカ嬢がしかけたねむりごなの罠、ここのわたしの部下は誰一人として潜り抜けることができなかったが、君みたいな子供が踏破するとはね。中々に楽しめそうじゃないか」
「あなたは誰だ!?」
「ふむ、色々と肩書は持っているが、サービスだ。子供の君にもわかりやすく教えてあげよう」
 男は自らの顔を親指で指差し、笑った。
 レッドは生まれて初めて他人に恐怖した。
「世界中のポケモンを悪巧みに使いまくって金儲けするロケット団! 私がそのリーダー、サカキだ!」
「……サ……カキ……!」
 この男が。いや、あいつは聞き捨てならない名前を言った。
「そうだ、エリカさんはどうした!?」
「彼女ならここだ」
「!」
123:
 スポットライトがサカキのさらに後方の壁に集中する。そこには壁に付けられた鎖で両手を吊るされたエリカの姿があった。傷は見えず、身につけている袴が乱れている様子はないが、エリカはぐったりとして動かない。
「なっ……!?」
「安心して欲しい。さすがにタマムシの名士の娘を傷つけたとあっては、この街で金を握らせている連中も黙ってはいないからね。少々実力を知ってもらいはしたが」
「実力……まさか……!?」
(エリカさんが、負けた!?)
「さて、今私の手持ちは回復をしているから、部下のポケモンを借りるが……。せめてワンサイドゲームは避けてくれよ」
 サカキがどこからともなくモンスターボールを手にする。レッドは激高した。
「おまえ、こんな状況で……! エリカさんを開放しろ!!」
「ふむ……。元々エリカ嬢や君にアジトがばれる体たらくの稼ぎ口だ。今日引き払うのが潮だろう。そうなると、どんな条件がいいか? よし、それではこうしよう。君が勝てば、エリカ嬢をこの場で開放する。しかし君が負ければ、君が持っている技能、知識、ポケモン、その全てをロケット団員として悪事に捧げるのだ」
「貴様……!! ポケモンバトルをなんだと思っている!!」
「君こそなんだと思っているのかね? まさか一トレーナーとして勝負から逃げるのか? 案外弱虫なのだな」
 
 ブチッ。
「お前のような人間がトレーナーを語るな! 恥を知れ!」
「難しい言い回しをよく知っている。さてはエリカ嬢の関係者かな? 男としていいところを見せるチャンスだぞ?」
 レッドの眼が血走り歯が軋む。初めて怒りのままモンスターボールを握り構えた。
 
 対してサカキは一貫して笑みを浮かべている。
「ロケット団リーダー、サカキ」
「貴様に名乗る名前はないっ!!」
「ふははっ、バトル開始。行け、イワーク」
「行け! フシギソウ!」
(レッド……さん……いけ……ません……。その人は……カントー最強の……)
 おぼろげな意識のエリカの声は届かない。
124:
「イワーク、いやなおと」
「フシギソウ、つるのムチ!」
(このまま攻めきってやる!)
「いい攻めだ。思い切りがある。イワークは捨て石にするかな。いやなおと」
「捨て石だと……!?」
 タケシならば絶対に言わないし思わない。
(こんな奴に負ける訳にはいかない!)
「フシギソウ、やどり」「戻れ、イワーク。行け、ガルーラ」
「なっ!?」
「れんぞくパンチ」
「フシっ!?」
 流れるような攻撃だった。イワークの戻り際もガルーラを出すタイミングも、そして攻撃に移るタイミングも一切のムダがなく、フシギソウが乱打を浴びて一瞬で地に沈む。
 奇しくもレッドが学び信奉してきた、ポケモンとトレーナーの連携が為せる技だった。
「くっ戻れ! 行け、ギャラドス!」
「それが切り札か? 少し期待しすぎたか」
「ぬかせえ! かみつく!!」
「ガルーラ、かみつく」
125:
「ギャ!!」
 ギャラドスがガルーラの肩にかみつき、ガルーラも負けじとギャラドスの長い首にかみつく。
(ギャラドスの方が力が上だ。このまま押し切る!)
「ポケモントレーナーとは常に、物事を大局で見なければならない。ギャラドスには手足がないが、ガルーラには4つの手が残っているぞ、少年!」
「! しまっ!?」
 ガルーラからすれば相手が至近距離で固定さえされればよかった。
「れんぞくパンチ」
「ガルゥ!」
 ガルーラの腹袋の中の子ガルーラが吠え、母親とともに痛撃のラッシュをギャラドスに浴びせる。
「ググ……グググ……!!……ギャラァ!?」
 ガルーラに痛手を負わせることには成功したが、ギャラドスは耐え切れず倒れる。
(……やけにギャラドスが耐えたな。ガルーラの消耗も激しい。……! 宿り木か。あの一瞬でよく当てたものだ)
「まだだ! 行け! ピジョン!」
「戻れガルーラ。行け、サイホーン」
(くっ……タイプ相性が……!)
 レッドの思考は狭まっていた。元々が怒りで捕らわれ、現状は二体のポケモンが倒されて不利。結局なんのきっかけも掴めないまま、ピジョンはサイホーンに競り負ける。
「……戻れ、ピジョン」
126:
「座興としては少し足りんな。もう少し頑張ってくれたまえ」
「……っ! 行け、バタフリー!! ねんりき!」
 バタフリーの攻はサイホーンに攻撃の隙をあたえなかった。レッドは3体を失い、やっと一匹目を撃破する。
「行け、イワーク。いやなおと」
「ねんりき!」
(……くっ、やっと意識が……。レッドさんは……!?)
 エリカは顔を上げ、なんとかレッドを視認する。なんてことか、レッドの顔は焦りで満ちている。
「グォォ……」
「やったぞ! バタフリー!」
 蝶によってその巨体が沈む。元々消耗していたイワークの犠牲、サカキにとっては予定調和だった。
「ガルーラ、れんぞくパンチ」
「ああっ!?」
 体力が満タンだったバタフリーが一瞬で沈む。
127:
「……行け、ラッタ……!」
 もうレッドに最初の威勢はない。ガルーラだけは別格、フシギソウとバタフリーが一瞬で倒され、ギャラドスですら倒すには至らなかった。このままではラッタも……。
 しかし、ラッタは雄々しく吠える。
「ラッタ!」
(ラッタ……お前……)
 ラッタが微塵も諦めていない事はレッドにも分かった。しかしレッドは……。
(あのエリカさんですら勝てなかった相手だ。……あのサカキは戦略もポケモンとの練度も、今まで会ってきたどのトレーナーよりも上だ。……俺が、勝てるような相手では……)
 レッドはガルーラとサカキを見る。ここまで敵が大きく見えたことは今までない。後ろには、捕らわれたエリカがいるというのに……。
(ごめんなさいエリカさん……俺は……)
 最後にエリカの顔を見た。なにか薬でも打たれたのか、顔色が悪い。
 しかし、エリカの口が動いている。
(なんて……?)
 お・ち・つ・い・て。
 そしてエリカは、微笑む。頬に汗を流し、身に残る苦痛に耐えながら。レッドの勝利を、レッドの成長の成果を、期待しているかのように。
(エリカ、さん)
 そこで初めて、レッドはラッタの異変に気づいた。さっきまでガルーラを威嚇していたラッタが吠えるのをやめ、振り返ってレッドをじっと見ている。
(…………!)
 ラッタはコラッタの頃にレッドが初めてゲットしたポケモンだ。付き合いはフシギソウの次に長い。
128:
 今、ラッタは何をしている? 焦る主人に戸惑っているのか? レッドと同じく戦意を無くしたのか?
(ラッタは待っている。俺の命令を。俺を待っているんだ。俺に信頼を寄せ、勝利を勝ち取るために、俺の命令を待っているんだ)
「ははっ」
 レッドは下を向いて吹き出す。本当にかっこ悪いところを見せてしまった。
 そしてレッドは顔を上げる。もう、恥ずかしい姿は見せてられない。あの人にも、自分を信じて待つ仲間にも。
 
 そしてサカキのガルーラの動きを冷静に把握し、レッドはラッタに命令を下した。
(奴の動きが鈍くなったな。万全を期させてもらおう)
「ガルーラ、回復だ」
「ガルっ」
 ガルーラがサカキの近くに寄り回復を施される。この距離ならば攻めにきたラッタを充分に迎撃できる。
 サカキからすれば、少年にさらなる絶望を与えるための示威行為も兼ねていた。
(さあ、どんな命令を下したか……ん?)
 ガルーラの回復が終わったが、ラッタが攻撃にこない。
「ラッタ、きあいだめだ」
(ほう……こちらの回復をみこし、唯一のくもの糸を見つけたか。確かにラッタの火力を考えればそれしかない。自棄にならなかったのは評価しよう)
129:
「だが、うまいくかな。れんぞくパンチ」
「ラッタ、ひっさつまえば!!」
 ラッタは駆ける。ガルーラのパンチを四方から浴びるが、一切ひるまない。
(むっ!? このラッタ、避ける気がない!)
 ラッタのひっさつまえばは、ガルーラの脂肪が薄い首筋の急所にあたった。そしてラッタは距離を取り、なおもあきらめない。
「くっ。ガルーラ、かみつく!」
「でんこうせっか!」
 れんぞくパンチより命中率が高いかみつく、サカキがとった安全策が仇となった。ガルーラが顔を前面に出したため、ラッタのでんこうせっかがまたも首筋の急所に当たる。
 それでもなんとかガルーラはかみつくを命中させ、ラッタを仕留めた。
「よくやったラッタ。後は任せろ」
(たぐりよせた強運が戦意を呼び起こしたか。少し舐めすぎていたかな)
130:
「ガルーラはあと一撃といったところだ。さあ少年、勝ちきれるか?」
「既に答えは俺のポケモン達に貰っている。行け、カラカラ!」
「カラァ!」
「一瞬で決める。ガルーラ、れんぞくパンチ!」
「カラカラ、ホネブーメラン!」
 ガルーラがカラカラに突進する中、カラカラが先手を打ってホネブーメランを投合する。
「カラぁ!」
「良い技を持っている。だが甘い!」
 迫り来るホネブーメランをガルーラは首を傾けて躱す。ホネブーメランは後方に吹っ飛んていく。
 しかしレッドとカラカラは微動だにしない。既に勝負は決まったとばかりに。
(……あの少年! そうか!)
「ガルーラ、かがめ!」
 ガルーラが即時に反応し、走行を中断してかがむ。その上をカーブして戻ってきたホネブーメランが通過する。
「……惜しかったな少年」
 しかしレッドは笑い、地面に消えたカラカラにサムズアップした。
「”あなをほる”。ナイスだカラカラ」
 かがんだガルーラは目の前を地面が盛り上がるのを確認した途端、現れた骨被りの小さな闘士に顎を正確に撃ちぬかれ、バトルスペースにその身を沈ませた。
131:
「……君はとても大事にポケモンを育てているな。そんな子供に私の考えはとても理解できないだろう。……! ここは一度身を引こう」
 ガルーラを戻したサカキが奥の闇に消えていく。去り際に指をパチンと鳴らすと、エリカをつないでいた鎖が解かれた。
「君とはまた、どこかで戦いたいものだ……!」
「まて……!」
 レッドの声も空しく、サカキが暗黒に消えると同時に扉の締まる音がした。もう、追っても無駄だろう。
(サカキは本当の手持ちではなかった……。あんなに強い人がいたなんて……)
「……エリカさん!」
 レッドは鎖から解かれて地面に手をついているエリカに駆け寄る。
「レッドさん……」
「エリカさん、手を……」
「あっ……」
 エリカがバランスを崩し、レッドが抱きとめる。エリカの声は、弱々しい。
「強くなりましたね……レッドさん。それに比べて……私は……私は……!」
「いいえ……! そんなこと、そんなことないです! エリカさんがいなきゃ、僕は……」
 抱きしめられたエリカがレッドの肩に顔をうずめ、レッドもエリカを抱きしめる強さを強くする。
 カラカラが骨棍棒を首の後ろに回して回れ右し、主人の逢引を邪魔すまいと空気を呼んだ。
140:
 ロケットゲームコーナーはこの後通報したレッドによって、地下で睡眠をとっていたロケット団員のほとんどが御用となった。
 しかし当然、その中にサカキの姿はなかった。
 エリカが単身乗り込んだのは、突入を図る治安機構からロケット団員への密告者が出ても手遅れにするためだったらしい。ロケット団員が街で大手を振って稼ぐゲームコーナー、街の有力者に賄賂が及んでいることは想像に難くない。
 そのための草ポケモン達によるねむりごなの罠によって、エリカの思惑は8割方成功したと言えた。ただ最後、サカキに敗れるまでは……。
 エリカが受けたのはサカキが使ったニドクインからの毒針だったらしい。しかしエリカは草のエキスパート、草ポケモンは毒タイプとの複合タイプが多く、解毒は自家製漢方薬で済ませてジムに出向いた。
 レッドとタマムシジムの所属トレーナーは、まさかエリカはポケモンの技を受けた身で即日ジムを再開するのかと勘違いしエリカに思い直させようとしていたが、それは杞憂に終わった。
「皆さんありがとう。ここには今日忘れ物を取りに来ただけですから、どうか安心してください。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
 エリカは深々とジムのトレーナー達に頭を下げる。
「謝らないでくださいエリカさん!」「エリカさんが無事でよかった……!」「街では既に悪を打ち倒したエリカさんって話題が持ちきりですよ!」
 エリカの薫陶を受けてきたジムトレーナーの女性たち。皆一様にエリカの無事と功績に歓喜している。
「でもー、私達に心配かけるのはこれっきりにしてくださいね! 大事な私達のリーダーなんですから!」
 レッドにエリカの行く先をもらしたミニスカートの少女がぴしゃりとエリカに言う。エリカも申し訳無さそうに今一度謝罪した。
 そしてミニスカートの少女はレッドにウインクする。
(あの時言ったのは、わざとだったのか?)
 レッドが驚いていると、エリカが用を済ませたのかレッドのそばまで来る。
「今日は本当にありがとうございました。あなたが来なければ、私はどうなっていたか……」
「いえそんな! ぼ……俺が勝てたのは、エリカさんのアドバイスがあったからだよ。"落ち着いて"って。それがなければ、俺は大切なものを失っていた……」
「レッドさん」
 エリカはレッドにさらに近づき、レッドの手を取り両手で包む。
141:
「そうかもしれません。しかし、一番の勝利の要因はあなたとポケモンが最後まで勝利を信じたからです。それを忘れないで」
「……はい」
 しかしレッドの心には、靄がかかっていた。
『さて、今私の手持ちは回復をしているから、部下のポケモンを借りるが……』
 おそらく、サカキの言葉はエリカとのバトルによるものだったのだろう。レッドはサカキの3体のポケモンに対し6体でやっとの勝利だった。
 別にポケモン達の頑張りを否定するつもりは全くない。
(もし、サカキが万全の手持ちだったら……)
 それが脳裏からどうしても拭えなかった。
「レッドさん。タマムシにいる間はどうか、私の家を宿として使ってください。私とタマムシを救っていただいた礼を、是非させてください」
 驚くレッド、そしてジムの女性たちが歓声を上げる。
「えっでも……」
 エリカはレッドだけに聞こえるよう耳元でつぶやく。
「サカキの事で、お話したいことがあります」
「!……わかった」
 そんな二人に割って入るようにミニスカートの少女がレッドを指さす。
「ちょっとあんた! エリカさんに手を出したら承知しないわよ!」
「いやいや子供になに心配してんのよ……」
 大人のお姉さんが呆れたように言い、屈んでレッドに視線を合わせ、
「ありがとね坊や。私達のリーダーを助けてくれて……あら?」
 レッドはグラマラスな大人の女性の接近に、つい頬を紅潮させ顔を背けてしまう。
(む)
「……行きますよ、レッドさん」
 するとエリカが口を尖らせながらレッドの手を引き、そそくさとジムを後にする。背中にジムトレーナーの冷やかしやら暖かい視線を受けながら、エリカはレッドを伴って帰路についた。
142:
 レッドが案内されたエリカ宅は、見たこともないような和の邸宅だった。庭だけでレッドの家の敷地の何倍あるかわからない。
 多くの使用人がレッドとエリカを出迎え、客室に案内されたレッドはそわそわと最初は落ち着かなかったが、部屋から見える庭でのんびりと過ごす草ポケモン達を見ていくらか和んだ。
 程なくエリカが部屋に来て、夕食をそのまま二人で馳走になった後、エリカから今日の話を切りだした。
「あのポケモントレーナー、サカキについてお話します。彼はかつて、カントー地方で"大地のサカキ"と恐れられた伝説のポケモントレーナーです。当時はカントー最強の呼び声高く、ポケモンリーグ優勝も時間の問題と言う人もいたほど。しかし彼は何の前触れもなく、表の世界から姿を消しました」
 レッドは戦慄したが、しかし驚きはなかった。あれほどの実力者が世に知られていないはずがない。
「私がロケットゲームコーナーの最深部に到着した時、彼と対戦になりました。……結果は、言うまでもありません」
「エリカさん……」
 エリカの顔は沈鬱だ。レッドは声をかけるが、あまり彼女を慰める有用な言葉が思いつかない。
 それでもエリカは顔を上げ、レッドへ笑顔を向ける。
「本当のタマムシの英雄はレッドさんです。サカキを退け、私を助けてくれました。あなたには、ジムリーダーが認めたこのバッジを……」
 レッドが信じられないような目をしながらエリカを止める。
「ま、待ってエリカさん。俺はまだ、エリカさんと直接バトルをしてない。気持ちは嬉しいけど、今まで正規の方法で手に入れてきたし、これじゃあ他のジムバッジを目指すトレーナーに申し訳が立たないよ……」
「しかし……」
 なおも渋るエリカに、今度はレッドが優しくエリカの手を取る。
「俺にとって一番のお礼は、エリカさんがまた元気な姿で元のジムリーダーに戻ることだよ。俺に協力できることがあったら、なんでもするから」
「あ…………」
 エリカはしばしポカンとしていたが、すぐに穏やかな笑みを作りレッドの手を優しく握り返す。
「本当に見違えました。あなたに教授した身として、恥ずかしい姿は見せられませんね。わかりました。このジムバッジは、また改めて」
「はい」
 あとは他愛無い雑談に変わり、夜も更けたためレッドは来客用の寝室に案内された。
「さて……寝るかな」
 レッドは厠から縁側を通って寝室に向かっていた。月が綺麗な夜空、庭にはポケモンの寝息が聞こえてくる。
(ん……エリカさん?)
 庭にエリカがクサイハナを伴って立っている。
(……え?)
 心配そうにエリカを見上げるクサイハナ、エリカはモンスターボールを握った手を、目を細め口を一文字に結んで見つめている。
 声をかけられるような雰囲気に見えない。レッドは寝室に戻ったあと目を瞑ったが、どうにも寝れなかった。
 庭で見たエリカの表情が、何故か忘れられない。
(なにか、心配事でもあったのだろうか)
 明日、機会があったら聞いてみようか。そんなことを考えていたが、レッドも昼間の緊張感が切れたのか、久々の暖かい布団の中で深い眠りについた。
143:
 明くる日。
(ジム戦は休みか……)
「レッドさん、申し訳ありません……」
「そんな、むしろ当然だよ」
「そうですよー。ジムに来るのだって心配なのに」
 ミニスカートの少女がエリカをジト目で見る。ジムのスタッフ達の判断で、タマムシジムのジム戦はエリカの大事を取り今日も休みとなった。
 それでもなんとかエリカはスタッフに掛け合い、せめてトレーナーたちへの簡単な指導だけでもと譲らなかった。
 結局スタッフたちが折れたため、エリカはジムに残りレッドもそれを見守っている。
「今のタイミングを忘れないで。もう一度技を使ってみましょう」
「はい!」
 レッドよりも年下の少女が今エリカの指導を受けている。
「エリカさん! ちょっとお手本見せて」
「ええ、もちろん……」
 エリカが少女に変わり、ポケモンの前に立つ。すると……。
(エリカさん……?)
 レッドはすぐにエリカの異変に気づいた。エリカが声を出そうとした状態で呆然としたように固まっている。
「……は、はっぱカッター」
「わあ! エリカさん、ありがとう!」
 少女は自身のポケモンに駆け寄ってあやす。エリカのそばに寄ったレッドの顔はひどく心配そうだった。
「エリカさん、あなたは……」
「大丈夫です」
 エリカは振り向き、レッドへ微笑む。
「大丈夫」
 そう言われてしまっては、レッドはエリカを見ているしかない。
「エリカさーん! モンスターボールの投げ方教えて!」
 また別の少女が、エリカに羨望の眼差しを向けながらポケモンの捕獲方法を乞う。既に街中にエリカの功績が知れ渡っていたから、新しくジムに来る子供が大勢いた。
「ええ。まず相手を弱らせたあと、ボールを握って……」
 エリカが少女からモンスターボールを受け取る。しかし、なんでもないはずの動作の中で、エリカはボールを落とした。
 彼女の手が、震えている。
「ご、ごめんなさい。相手を弱らせた後に、ボールをこう握って投げます。ボールを当てる位置も気をつけて」
「はい!」
(……)
 
 レッドはその一部始終を見ていた。険しい顔になり、覚悟を決めた顔になる。
 エリカはジム戦の再開を明日にすることをジム関係者に告げ、レッドを伴い笑顔で帰路についた。
144:
(明日はちゃんと、レッドさんとのジム戦を行わなければ……)
 夜半、エリカはまたもクサイハナを伴い邸宅の庭に立っている。
(せめて、せめてこの震えだけは……)
 エリカはモンスターボールを手にしている。しかし、今にも手から零れ落ちそうだった。エリカの顔が悲痛にそまる。
(どうして……!)
「エリカさん」
「!」
 エリカはすぐさまレッドに顔を向けたが、すぐに表情を崩した。
「まあレッドさん。こんな時間まで夜更かしなんて感心しませんよ」
 いつもの穏やかな笑みでことなげな事を言う。しかし、レッドの視線はエリカを貫いていた。
 エリカはその意思と闘志がこもったレッドの瞳に気づき、表情を引き締める。
「俺の夜更かしよりも、大事なことがあります」
「なんでしょう?」
「とぼけないで。あなたは今、ジム戦に復帰するべきじゃない」
「心配は嬉しい限りです。しかし、体はもう大丈夫。医師の許可もとっています」
「かもしれない。しかし、あなたのポケモンは敏感に気づいているはずだ。そこにいるクサイハナも……」
 その言葉で初めて、エリカの体がぴくりと震えた。
145:
「私がポケモンバトルをこなせる状態ではないと、そう言いたいのですか」
 今エリカが言葉の刺を隠せないことが、なによりの証拠だった。
「あなたのポケモンに対する接し方に迷いがあった。あなたはサカキとの戦いで、深い傷を負ってしまったのではないのか?」
 レッドのその言葉で、エリカの目が見開かれる。心優しい少年と思っていた相手から信じられないような言葉を聞いて、エリカは感情のまま放つ。
「あなたにっ……あなたに何がわかるんですか! ポケモンとの絆も、努力も研鑽も! 負けてしまったら何の意味もない! あのゲームコーナーでは、多くのポケモン達が金儲けの道具にされ、各地に出荷されてしまった……。もう救うことができない! サカキも取り逃がして、私はなにも、することができなかった……!」
 レッドは、エリカの言葉を真正面から受け止める。
「サカキを倒さなければならなかった。あんなポケモンを金儲けの道具に使う人間を倒し、ポケモンとの信頼を築き、絆を得ることが正しい道だと、示さなければならなかった。私達ポケモントレーナーが進む道が正しいのだと……、でも私はできなかった。ポケモン達が蹂躙されるのを、見ているだけしか、できなかったんです……」
 エリカがどれほどの絶望を味わったのか。正しいと信じて進んできた道が、圧倒的な力によって破壊された。結局レッドもエリカもサカキの気まぐれによって平穏無事でいることを理解している。
 理解しながら、レッドは前を向いていた。
「勝てないならば、勝てるようになればいい」
 エリカはレッドの言葉に顔を背けて自嘲した。
「……勝ち目があると、本当にあなたは思っているのですか」
 レッドはあの日変わった。そしてあの日から、
「結果はこの世界の誰にもわかりはしない。大事なのは」
 レッドの気持ちは、変わっていない。
「勝ちたいという、意思があるかどうか」
(……!)
 エリカは目を見開く。その言葉は、かつてエリカがレッドを導いたときと同じ道。
「自分のポケモン達が傷つくのは、誰だって嫌だ。それでもバトルの道を選んだのは、ポケモンと共に得られる光があるからだ。何にも変えがたい絆の力があるからだ!」
 レッドはモンスターボールを放り、フシギソウを出現させる。フシギソウはレッドの意思を汲み取り、咆哮する。
「俺はあなたから学んだ。ポケモンとトレーナー二つの心を一つにすることを。仲間の力を! 正義の心を! 不屈の闘志を! あなたが道に迷い戸惑っているというのなら!」
 レッドは帽子をかぶり直し、フシギソウと共に熱い闘志を魅せつける。
「俺があなたを導く! 今まで旅をし、仲間と培ってきた全ての想いをのせて! 一人のポケモントレーナーとして!!」
 エリカはゆっくり顔を上げ、月を見た。クサイハナがエリカの裾を引く。
 このクサイハナは特別だ。エリカが幼少の頃にはじめて手に入れたポケモンナゾノクサ。このポケモンだけは家で大事に育て、レベルこそ上げたものの、荒事には程遠い生活をしてきた。
(それでも、あなたは……)
 クサイハナは全身で語っている。主の役に立ちたいと。エリカの中で縮み燻っているものを、今一度新しく芽吹かせたいと。
 そのために力になると。
 時計の鐘がなった。レッドとエリカの静寂の中、日を跨いだ。
「……!」
 レッドはプレッシャーを感じた。揺らぐようにエリカがクサイハナを携えて、レッドに向き直る。
 しかし、その瞳には戻っている。レッドを導いた光が。
 ポケモントレーナーの意思が。
 清廉なる戦士が、レッドの前で月を背に桜色の唇を開く。
「……草ポケモンを司るタマムシジムリーダー、エリカ」
「マサラタウンのレッド!」
 バトル開始。
151:
 ジムリーダー。それは、栄光を目指すポケモントレーナー達の登竜門。
 あるときは高き壁として。あるときは次への踏み台として。またある時は良き友として、ポケモンとトレーナー達に戸を開けて栄光への道を示す。
(私はその職務を、全うしていると思っていました)
「フシギソウ、はっぱかったー!」
「クサイハナ、しびれごな」
 タマムシジムにエリカが赴任してから、その人柄とポケモントレーナーとしての強さを慕い多くのトレーナーがジムに集まってきた。
 ポケモンと過ごす日々に不満などあろうがはずがなかった。うまくいかない苦しみも絆ある仲間と共に立ち向かえば、心暖かな喜びへの途上に変わる。
(そう確信していた。だのに、圧倒的な力の前に積み上げてきた努力と絆が全て無力であったと証明された。タマムシの危機の前になにもできず、私の心は、泣き崩れていた……)
「クサイハナ、はなびらのまい」
「ひるむなフシギソウ! つるのムチ!」
 しびれて動きが鈍るフシギソウに、クサイハナが猛然と襲いかかる。エリカはまだ、戦うクサイハナを直視していない。
(手の震えは未だに止まらない。あの時、サカキの圧倒的な力の前に蹂躙される仲間の姿が瞼の裏に焼き付いて離れない。悲鳴が耳から離れない。私が戦う選択をしなければ、私のポケモン達が傷つくことはなかった!)
「よく耐えたぞ! やどりぎのタネ!」
「クサイハナ。すいとる」
(私のやり方は間違っていたのか。もしジムのトレーナー仲間たちがサカキと出会ったら、勇気を持って立ち向かう。だけどその結果……)
 傷つき倒れていく仲間が脳裏にフラッシュバックする。勇気でなく無謀。勇者でなく愚物。果ては諦念と悲劇の墓石。
 わかっている。わかっているはずなのに。
「クサイハナ、メガドレイン」
「フシ!?」
(私はどうして、まだ戦っているの?)
152:
 草ポケモンの扱い方の差は、段違いだった。クサイハナは闘いながら自ら回復して、戦うにつれて活力を増していく。
 対してフシギソウは、クサイハナの緩急つけた戦いに翻弄され、既に満身創痍。
 その姿が、かつて敗北した時のエリカのポケモン達に重なる。
「……もう、降参なさい。フシギソウに勝ち目はありません」
「まだだ……!」
「! ポケモンが傷ついている事がわからないのですか? 勝ち目のない戦いにポケモンを付きあわせても、それはトレーナーのエゴでしかありません!」
 エリカには闘志が戻り始めている。しかしその叱責には、涙が混じっていた。愚かな自分がたどった道を、前途有望な、大切なレッドに歩ませたくない。
 それでもレッドの闘気は、いや、レッドとフシギソウの闘気は、さらに輝きを増している。
「フシギソウが戦いたいと言っている。俺の魂が勝ちたいと叫んでいる。その心意気があれば、自分たちの限界を超えることができるっ」
「そんなこと……!!」
「俺があの時サカキに勝てたのは! あなたが思い出させてくれたからだ。俺の心に雨が降っていたあの日に傘をさして、光射す道を示してくれたからだ! 多くのポケモンとトレーナーと出会い、絆が形作る素晴らしい世界の扉を開いてくれたからだ!!」
「!!!!」
「俺達は決してあきらめない。ポケモンとトレーナーが織りなすこの世界で、真実の絆が、心震える真の強さを花開かせるまでは!!」
 フシギソウが傷ついたからだを揺り起こし、底なしの闘気を眼光に宿らせる。蕾が、光を放っている。
 そしてゆっくりと開花する。
「……戦っているさなかに、進化……!? っはなびらのまい!」
「これが、俺達の! 築いてきた絆の力だ!! ソーラー!、ビームウウウウウ!!!!」
 花から放たれた、夜を照らす太陽の光。それが完全に発射しきる前に、クサイハナが相手の花弁へ突撃する。
 しかし、その光は一切勢いを弱めることなく、輝きを増していく。
「行けえええええ!!」
「っ!!」
 激しい爆音と発光があたりを覆い、レッドとエリカは自分たちのポケモンを見失う。
153:
『これが、私の初めてのポケモン……!』
『ナゾ〜』
『私はエリカともうします。あなたとはいい関係を築きたいですわ』
『ナゾ?』
『ふふ、さあ共に頑張っていきましょう。これから一緒に。新しい世界に……』
 静寂と砂塵の先、光の中心だった場所に、2体のポケモンが倒れている。
 レッドとエリカがすぐに近づく。どちらも満身創痍、立てる状態ではないのがすぐわかった。だが……。
(こんな、満ち足りた顔が……)
 決して思い込みではない、2体のポケモンは最高の戦いができた喜びで、安らかな顔をしている。
 そして愛する主人に2体とも気づき、目を開けて鳴き声をもらす。
「よく頑張ったな、フシギソウ」
 レッドが抱えげ、回復を施す。
「! あっ……」
 フシギソウの蕾は閉じていた。あの時エリカには確かに開いたと思ったのだが……。
(いえ、開いたのでしょう。レッドさんの気持ちに応えて……)
「頑張りましたね、クサイハナ」
「ハナ……!」
 本来悪臭を放つはずのポケモン、しかし今は芳しく、花畑にいるかのような甘い匂いを放っている。それがクサイハナの今の気持ちを雄弁に物語っていた。
 エリカもクサイハナに回復を施す。
 熱い健闘。二人は相棒を誇りながら視線を交わす。
「エリカさん。ポケモンが戦いの経験で強くなるように、ポケモントレーナーもポケモントレーナーとの戦いで強くなれる。俺達はどこまでも、無限に高みへ行ける」
 レッドがエリカへ手を差し伸べる。
「生きとし生けるもの全てが持つ可能性……。私は、こんなに当然で大切なことを、一時の敗北で忘れてしまっていたのですね……」
 エリカがレッドの手を両手で包み、胸元に抱き寄せて、瞳から頬を伝った雫を落とす。
「俺の中の弱さを認め、一歩進む勇気を与えてくれたのはエリカさんだ。そのおかげで、俺はここまでこれた」
「レッドさん……!」
154:
 エリカが涙を拭い、なんとか顔を引き締めて、レッドへジムバッチを差し出す。
「……どうか、どうかこれを、受け取っていただけますか。」
 差し出されたのは雨上がりにかかる光の架け橋の証、レインボーバッジ。
「はい。ありがたく、光栄に思います!」
 レッドはエリカの前でジムバッジを身につける。そこには既にグレー、ブルー、オレンジのバッジがレインボーバッジと共に輝きを放っている。
 それを見て、またエリカから涙があふれ、たまらず顔を下に向ける。
 あの日出会った少年が、こんなにも……。
(ああなんて)
「……レッドさん……。あの日、ひっく、あなたに会えた事は」
 エリカが顔を上げ、レッドへ向ける。くしゃくしゃの顔で、なんとか微笑みを作る。
「私が生きてきた中で、一番の、幸運です……!」
「エリ……!」
 エリカがレッドの腕の中に飛び込み、レッドの首へ腕を回して泣き声をあげた。
 レッドは戸惑い、顔を赤くしながらも、彼女の役に立てた喜びと嬉しさで顔を綻ばせ、彼女を優しく抱きしめる。
 そんな二人を、フシギソウとクサイハナは誇らしく見上げていた。
155:
 翌日の昼下がり。
「おいしい水でいいの? エリカさん」
「ええ」
 ガコンと、タマムシデパート屋上の自動販売機はサイコソーダが入った缶ジュースとおいしい水が入った缶ジュースをはき出す。
 レッドとエリカ並んで二人ベンチに座り、缶ジュースを空けて口につけ、そして空を見上げた。
「今日は有難うエリカさん」
「いえいえ。私も楽しかったですから」
 エリカに案内されて多くの買い物をしたレッドのカバンはパンパンだった。後で整理しないといけないだろう。
 買い物の最中はいつも楽しく会話して時を忘れるほどだったが、今は二人沈黙している。しかし決して居づらくはない。お互いがそばにいる、それだけで安心できる時間。
 しかし、それももう長くはない。レッドの旅は、やっと折り返し地点に差し掛かったばかり。
 エリカはそれを十分に理解していた。名残惜しい気持ちを誤魔化さず、レッドへ言葉を紡ぐ。
「あなたがタマムシに来る前にタケシやカスミ、マチスさんから連絡が来た時は驚きました。熱くて面白いトレーナーが来たと。タケシにはあなたの差金かと冗談交じりに言われ、カスミには何故かライバル宣言されてしまいましたが……」
「そんなことが……。なんか、恥ずかしい」
「どうして?」
「いや、結構ギリギリの時のほうが多かったから。今思えば、もうちょっと皆の気持ちに応えられたかなって」
 レッドは腰のモンスターボールを軽く叩く。
「ジムバッジを得られたのだからもっと胸を張っていいんですよ。じゃないと、まるでバッジを託した私達が見る目がないみたいじゃないですか」
 エリカが目に見えて拗ねる。
「ごっごめんなさい!! そんなつもりは……!」
「ふふっ、冗談ですよ。あなたのもっと強くなりたいって想い。わかってますから」
「……はは、敵わないな」
 お互いが笑みをこぼし、ゆるやかに静寂が訪れる。
 寂しげな一陣の風。もう、行かなくてはならない。
156:
 エリカは最後に、レッドに案内したいところがあると連れ出した。
 そこはタマムシの郊外にある人里はなれた場所。そこから一本道でとなり町のヤマブキに行けるが、エリカはさらに道を外れ樹木森林の間の小道に入る。
 エリカのクサイハナが先導し、レッドのフシギソウも後に続く。
 森を抜けると、そこには秘密の花園。エリカとその側近数名しか知らない、草ポケモン達のエデン。
 一面の極彩の花々、レッドも感動し息を呑む美しさだった。
「あなたを送り出すのは、ここしかないと決めていました。私とポケモン達にとってかけがえのない大切な場所。私がはじめてポケモンの手を取った、始まりの場所……」
 花畑の中、エリカはレッドと手をつなぎ見つめる。
「ここで私は、もう一度歩き出します。勝ちたいから。自分の中の弱い自分に、もう一度……」
「……応援しています。あなたならきっと、身につけることができる」
「ありがとう……レッドさん」
 二人の手が離れる。 
「それじゃあ、エリカさん」
「待って」
(今まで意識してなかったけど、カスミの言っていることは、こういうことだったのね……)
 弟のように思っていた。しかし今は、エリカを支え手をとってくれる、共にいて心温かくなるこの少年のことが……。
 エリカは自身の指を唇に長く当てる。レッドが何をするのかと疑問に思っていると、エリカはその指をレッドの口に優しく押し付ける。
 呆然としていたレッドだったが、その意味を悟ると途端に顔を赤くして口をパクパクとさせたあと下を向いてしまう。フシギソウがやれやれと首を振った。
 エリカも最初はそんなレッドを可愛く思っていたが、次第に大胆な事をしてしまったと自覚し始め、結局レッドと同じく顔を赤くして俯いてしまった。
 顔をあげると視線が重なりあい、お互い吹き出して軽く笑い合う。
「また、会いに来ます。必ず」
「はい。私もレッドさんと、また……」
 もう一度手を握り合う。名残惜しげに指先が少しずつ離れていく。
 だけど、もう大丈夫。
 エリカは祈りを込めて。レッドは元気な姿を見せて。
「ハナ〜」
「フシ!」
「ご武運を。……行ってらっしゃい」
「はい!……行ってきます!」
 二人の道が交わる、その日まで。
164:
 ヤマブキシティの入り口の関所、レッドはそこに向かう途中、多くの通行人にそこが通行止めになっていることを聞いていた。
 
 しかしどうしても諦めきれず、またそれでも駄目なら、せめていつ開通になるのか直接聞きたいがために関所まで訪れていた。
 レッドが関所まで入ると、やる気のなさそうな警備員が肘をついてこちらを見ている。
「ダメダメ。今はここは通行止め……あれ、君は……」
「?」
 警備員がレッドの顔をまじまじと見る。
「……いや、失礼。今開通になった。通っていいよ」
「え、本当ですか!?」
「嘘言ってどうする。早くとおりな!」
 警備員が笑顔でレッドを手招きする。
「は、はい!」
 レッドもそう言うならばと足早に関所を通り抜ける。
「……すまねえな。坊主」
 レッドが通り抜けた後の警備員のつぶやきと、すぐさま通行止めになった関所にレッドは気づかなかった。
 ヤマブキシティ。そこは多くの企業オフィスを内包した高層ビルが立ち並ぶ、カントー地方の中心地。
(……これは、一体? 経済の中心地って聞いてたけど……、こんなに人通りがないものなのかな……?)
 街の大通りはレッド以外人っ子一人いなかった。しかしこの街を初めて訪れたレッドからすれば、今のこの状態が異常なのか正常なのか判断しかねるところだった。
(……とりあえず、ポケモンセンターとジムに向かおう。そこに人がいないことはないだろう)
 が、レッドの思惑は外れた。ポケモンセンターは臨時休業。その後に向かったヤマブキジムもまた、臨時休業。
「嘘だろ……」
 レッドは呆然とジムの前で立ち尽くすしかない。
「おっ! 少年。そこのジムは今日は休みだぞ!」
「!?」
 突如レッドは後ろから話しかけられた。振り向くと道着を着たガタイのいい男性がいる。
165:
「えっと……」
「ふむ、見たところ君はヤマブキジムへの挑戦者だな! しかし休業と知ってどうすればいいか悩んでいると見える」
「え、ええ、その通りですが……」
「ならば腕試しに、隣のこちらの施設はいかがかな!? かつて現在のヤマブキジムと覇権を争った格闘道場だ! 旅のトレーナー達を格闘ポケモンのエキスパート達が出迎えるぞ!」
 そう言って道着の男性は誇らしく格闘道場を見上げる。レッドも閑散とした街中で明るく話しかけてくれた男性に対して安心したのだろう。
「そうですか。それじゃあ、胸を借りたいと思います!」
 トレーナーとして断る理由もない。それに、ポケモンセンターが休業だというならこの街の宿についても誰かに聞かなくてはならないだろう。バトルの後にここの人たちに情報を貰えばいい。
「それではご案内だ!」
 レッドが入ると、そこには同じく道着を着た格闘ポケモン使い、俗に空手王と呼ばれるポケモントレーナー4人が出迎えた。
 そして外からレッドを案内した空手王も入れて5人。
 さっそくレッドもモンスターボールを構える。
「押忍! よく来たぞ挑戦者! 俺達空手王5人衆を見事突破してみよ!」
「わかった。行け、バタフリー!」
「まずは俺だ。行け、ワンリキー!」
「バタフリー、サイケこうせん!」
「ぬお!? 一撃で!?」
 レッドの采配は冴えていた。時に引き、時に怒涛のように攻めるポケモン達は空手王の扱うポケモンを次々に撃破していく。
「いいぞピジョン! その調子だ。つばさでうつ!」
「お、オコリザル!? つ……強い……!」
 気づけばレッドのポケモンは一匹も力尽きることなく4人の空手王のポケモンを撃破した。
「む……! それでは最後は俺だ! 行けエビワラー!」
 最後の空手王が扱うのはパンチのエビワラーとキックのサワムラー。しかし、ジムを4つ突破しサカキとの激戦をくぐり抜けたレッドの敵ではなかった。
「フシギソウ! はっぱかったー!」
「……ぐっサワムラー戻れ……。見事だ少年」
「こちらこそバトルありがとうございました。その、一つ聞きたい事があるんですが、いいですか?」
「む、なにかな?」
166:
「この辺で安く泊まれる宿はないでしょうか? ポケモンセンターが臨時休業しててどうしようかと……」
 ポケモンセンターはポケモントレーナーに対して無料で宿を貸している。しかし休業中ならば他に泊まるしかない。
「……そのことか……」
「?」
 レッドの言葉に空手王達が皆一様に顔を暗くした。レッドが不安げに問う。
「ポケモンセンターに、なにかあったのですか?」
「実はセンターだけではないのだ……。君、この街をおかしく思わなかったかい?」
「街……? 確かに人がいないなあとは思ってたけど……」
「本当は昼間もっと賑やかな街なんだ。だけど、ロケット団の奴らが来てから……」
「ロケット団!?」
 レッドは声を上げる。脳裏に浮かぶは大地のサカキ。あの男のロケット団が、この街にも……。
「ロケット団が、一体この街に何を!?」
「この街にあるカントーいちのポケモンアイテム開発企業、シルフカンパニーを占拠したのだ。そこからこの街はロケット団のいいなりになって、街の皆は外に出ないよう戒厳令がしかれてしまったんだ……」
「なんでそんなことを……!?」
「おそらくシルフカンパニーの機能を麻痺させ、ポケモンアイテムを独占するのが目的だろう。そうなればトレーナーがアイテムを買えなくなるのはもちろん、センターでの回復も滞ってしまう……」
「そんな……!? どこまで卑劣な手を……!!」
 レッドは目に見えて怒りを滾らせる。
「格闘道場の我らとヤマブキジムのトレーナー達もシルフカンパニーの開放のため、奴らに戦いをしかけた。戦いは熾烈を極めたが、ロケット団のある一人の男によって均衡は崩れた……恐ろしい地面ポケモン使いの男だった……」
(……サカキだ)
「じゃあ、ヤマブキジムが閉鎖しているのは……!?」
「ヤマブキジムリーダーナツメは、奴らに人質に取られたのだ」
「!?」
167:
「それだけじゃない。我らと共に戦ったポケモンの一部も、奴らに人質に……」
(なんてことだ……!)
 タマムシでのことなど、まだまだ序の口だったというのか。ロケット団のとどまることを知らない外道ぶりに、レッドの感情が悲しみと怒りに支配されていく。
 しかし、傍らにいたフシギソウはすぐに主の危うい感情を察し、声を上げた。
「フシ!!」
「! ありがとうな、フシギソウ」
(……いや落ち着け俺。感情はあくまで行動の理由でいい。為すべきことを為す時は、頭は冷静でなければ)
 そうレッドが自分を戒めている内に、空手王の面々が一斉にレッドへ頭を下げる。
「すまない少年! その強さを見込んで、どうかシルフカンパニーのロケット団を倒すのに協力してくれないか!?」
「み、皆さん……! それを聞いて、断れるはずなんてありません。俺も奴らとは因縁があります。是非こちらこそ協力させてください!」
「なんと……ありがとう少年。それではさっそく、我らの反攻作戦を聞いてくれ!」
「はい!」
 作戦は単純な陽動作戦だった。レッドがシルフカンパニーの正面から突入し、ロケット団を引きつける。
 その隙に空手王とジムのトレーナーが裏口から侵入し、捕らわれたポケモンとナツメを救出する。
「危険な役目だが……頼めるか?」
「任せて下さい!」
(エリカさんが受けた傷、そしてサカキとの決着。こんなにも早く精算できる機会が訪れるなんて、願ってもないことだ!)
 レッドがサカキに勝てるかどうかはわからない。しかし、また何時戦えるかもわからない相手だ。
(今の俺達で、勝つんだ。勝たなくちゃいけない)
 レッドがフシギソウを見つめると、フシギソウも頷いた。
「それじゃあ、時刻通りに。少年、頼んだぞ!」
「はい、皆さんも、シルフカンパニーで!」
168:
 レッドは格闘道場を後にする。そのあと、罪悪感に満ちた顔をした空手王達の背後の物陰から、赤いRの文字が書かれた黒い制服を着た男があらわれる。
「はは、お前ら役者になれるぜ。よくやった」
「……これでいいんだろう。早く俺達のポケモンを解放してくれ!」
「ああ。全てが終わったら無事に解放してやるよ」
「なっ!? 約束が違う!!」
「おいおい、こっちは作戦の途中でこれは作戦の一部だ。約束が違うなんて場違いな事言わないでくれよ。……人質を取っているのを忘れるな」
「くっ……」
 空手王の言っていることはほぼほぼ真実だった。彼らが敗北した後、人質によってロケット団の言いなりになっていることを除けば……。
(すまない……少年!……どうか無事で……) 
 しかしレッドはそんなこと知るよしもなく、シルフカンパニーの前まで来た。
 遠慮の必要はない。レッドは初めて6体全てのポケモンを出現させ、突撃体勢をとる。
 レッドを中心に囲むのはフシギソウ、バタフリー、ギャラドス、ピジョン、ラッタ、カラカラ。
「行くぞ皆。……ポケモントレーナーとポケモンの絆にかけて、ロケット団を倒す!」
 レッドのポケモン達が一斉に雄叫びを上げ駆け出す。それを見たシルフカンパニー入り口にいた多くのロケット団が驚愕する。
(エリカさんの想いを受け取った今の俺が、負ける訳にはいかない! この街とナツメさんを救い、サカキを倒す!)
 
 レッド達のやる気と正義が全て筋書きであることは、彼らはまだ知らない。
174:
 シルフカンパニービル前は荒れに荒れていた。
「ラッタ、でんこうせっか! カラカラ、ホネブーメラン! バタフリー、サイケこうせん!」
「うわあ!? なんだこいつは!?」
「援軍だ! 人をこっちに回せ! 止まんねえぞ!」
 水流とサイケこうせんが相手を押し流し、ホネブーメランが飛んでは相手のポケモンを撃ち落とし、つるが地面を砕き葉っぱが敵を切り裂いていく。
 1階ロビーから出てきたロケット団員達が次々にポケモンを繰り出すが、レッドはお構いなしに攻撃を続ける。
「くそ! 俺のポケモンがぁ!」
「引け! 引けぇ!」
(よし、ポケモンが倒れたら引いてくれる……)
 人に攻撃を向ける気がないレッドからすればありがたい。しかし、逆に言えば彼らにとっては戦いにおいて人にポケモン技を向けるのが当然ということでもある。
(サカキもエリカさんを……! いや、その怒りは後だ)
「ピジョン、ふきとばし!、ギャラドスたたきつける!」
 二匹のポケモンが一気に敵をなぎ払う。ロケット団員達の気勢が削がれた。
「屋外じゃ不利だ! 一旦引くぞ!」
(む、仕方ない。中に入って戦うか)
「いくぞ、皆!」
 レッドは小回りが効かないギャラドスを一旦引っ込めて1階ロビーに突入する。
175:
 1階ロビーの戦いは長引かなかった。ロケット団員達のポケモンを数匹撃破すると、
「くそ! 上で態勢を立て直すぞ!」
「いや待て! おい小僧! こっちには人質が……」
(人質!? いやこの距離なら!)
 ロケット団員の一人が縄で縛られた黒い長髪の女性を盾に取ろうとする。レッドの判断は早かった。
「ラッタ! ひっさつまえば! ピジョン! 空をとぶ!」
 ラッタが地上から跳ね上がって縄を前歯で切り裂き、ピジョンがロケット団員の顔に急接近する。
「うわ!?」
 ロケット団員がひるんだところでピジョンは女性の肩を掴んで舞い上がり、そのままレッドの所へ運んだ。
「しまった! くそ、二階に引くぞ!」
「よくやったラッタ、ピジョン。お姉さん、大丈夫ですか?」
 ピジョンから降ろされた女性はバランス感覚が取れないのか、その場で前かがみになって地面に手をつく。 
 近くで見ると、凛とした顔立ちの女性だった。長い黒髪の艶からか、神秘的な雰囲気がある。
 そして、たゆんとしたリッチな胸。
「ん……」
(…………………………いやいやいや。それどころじゃないだろ俺!……そうだ、確かヤマブキジムのリーダーは、神秘的な女性のエスパータイプ使いと聞いている。もしかしたら)
「……まったく、あの男覚えてなさい。ありがとう、きみ。助けられたわね」
 女性はレッドの顔を一瞥してすぐに立ち上がり、黒髪を翻しながら向き直った。
「あなたはもしかして、ナツメさんですか?」
176:
「ええその通りよ。私がこの街のジムリーダーのナツメ……情けないことにね。見たところ、あなたは私を助けに来てくれた、でいいのかしら?」
 長い髪をかきあげながら極めて静かな口調、感情の起伏の乏しい女性だった。しかし、その瞳にはしっかりとした闘志と意思が感じられる。クールビューティとはこのことだろう。
 レッドはエリカとベクトルの違う女性の魅力に少し見とれていた。だがすぐに頭を切り替える。
「ええ。格闘道場とジムのトレーナーとの協同で、あなたと捕らわれたポケモンを救いにきました。とりあえずナツメさん、一緒に外に……」
「待って、私はポケモンが捕らえられている場所を知っているわ」
「! 本当ですか! それじゃあすぐに他の人に連絡をとって……」
 ナツメは首を振った。
「ダメよ。時間をかければ奴らに場所を移されてしまうかも。時は一刻を争うわ」
「……確かに。じゃあ教えてください。俺が先に助けに行きます。バタフリーをつけますから、ナツメさんは他の方と合流して」
「ダメよ」
「え」
「説明しにくい場所なの。私が案内するわ」
 そう言いながらナツメは自身の服を首からボタンを外していき胸元を開く。レッドは突然のナツメの行動に軽く悲鳴を上げ目を背ける。
「なっなにを!?」
 ナツメはすぐに胸元を直す。その手には2つのモンスターボールが握られていた。
「さすがにここまでは奴らも調べなかったわ。足手まといにはならない、いいでしょ?」
「え、ええ」
(そういうことか……………………)
 リッチがリーズナブルになっている。
「どこを見てものを言っているのかしら?」
「はっ!?」
 ナツメがビキビキとこめかみを痙攣させている。
「い、いえ! なんでもないですよ。……俺はレッド」
「レッド……。トレーナーとしての腕は信用して良さそうね。それじゃあ行くわよ。こっち」
 ナツメは即座に階段への道を早歩きで行く。レッドも慌ててナツメについていき、徐々に度をあげるナツメにならって上階へと駈け出した。
182:
 人質に取られたポケモンの救出、その道程には多くのロケット団員達がレッドとナツメを出迎えた。
「一気に行くわ、フーディン!」
「はい、ラッタ!」
 四方から襲い来るロケット団員のポケモン達。しかしフーディンのサイコキネシスで動きがピタリと止まると、階段への道に近いポケモンをレッドのラッタが撃して道を開ける。
 強行突破のための戦術はピタリとハマり、ナツメとレッドは数分もしない内に二階フロアを踏破し上階へと進む。
「戻ってフーディン。行ってバリヤード、バリアー! これで階段はしばらくシャットアウトできるわ」
「なるほど……。でもエレベーターは?」
 登り切った所でナツメがバリヤードのバリアーで下からの階段口を塞ぐ。
「誰かがエレベーターを壊したみたいね。意図はわからないけど……とりあえず階段で先を急ぎましょう」
「ええ。幸いここはロケット団員が少ないみたいですし……」
「……そうね」
 
 ナツメが訝しげな顔をする。 
(おかしいわね……。1階にいた人数を考えればまだまだ先にいるはず。なにかあったのかしら?)
 1階と2階の戦いが嘘のように、3階は誰一人としてレッドとナツメの行く手を阻まなかった。
「この階は誰もいないみたいですね……。ナツメさん、ポケモンたちは何階に?」
「5階よ、油断しないで行きましょう。シルフカンパニーを占拠した時の人数を考えれば、まだまだ奴らが来るはずよ」
「わかりました。……格闘道場の人たちは大丈夫だろうか……」
「……」
 レッドの呟きにナツメは答えず、足早に次への階段を登る。
 そして4階。
「なっ……!?」
 一足先に到着したナツメが4階フロアの光景を見て立ち尽くしている。レッドも後れて見て、驚愕した。
「ロケット団員のポケモンが……全滅!?」
 ポケモンがそこかしこに倒れ、そのトレーナーであったロケット団員達はエレベーターに押し固められている。ロケット団員達は皆一様に怯えた表情、無理やり押し込められたのだろう、道理でエレベーターが動かないわけだった。
 そんな中4階フロア中央に佇むは一匹のポケモン、そしてトレーナー。
 赤き竜リザードン。そして。
「そっちは……ジムリーダーのナツメか。お、レッドじゃねえか!」
「……グリーン!?」
183:
「よう奇遇だな。こんなところでなにやってんだ?」
 ニヒルなにやつき顔は見間違いようがない。しかしレッドは敏感に感じていた。
 確かな力に裏打ちされた畏怖。サカキにも似たそのプレッシャーを、あのグリーンが放っている。
「グリーンこそ……! ここは今ロケット団に占拠されてる場所だ!」
「ああ、そんなことは聞いたな。俺はただ、フレンドリィショップの在庫がここで抑えられてるって言われてな。買い物でサービスしてもらうかわりに取りに来ただけだぜ」
「あなた、どうやってここに……って聞いた私が馬鹿だったわね」
 ナツメの言葉通りだった。4階の窓が盛大に割れている。レッドとナツメが2階で戦っている間にリザードンで突っ込んできたのだろう。
「さて、トレーナーとトレーナーが出会ったらって言いたいところだが、連中のポケモンを始末している間に俺のポケモンも消耗してな。リザードンも在庫持ってひとっ飛びしないと行けないから、勝負はおあずけだ。突っ込んだ場所にものがあって助かったぜ。他のロケット団も倒そうかと思ったが、レッドとジムリーダーがいるなら任せても良さそうだな。じゃあ後頑張れよ、バイビー」
 そう言うとグリーンはリザードンに飛び乗り疾風のように割れた窓から去って行った。レッドとナツメは呆然と見送るしかない。
「お……俺達はもう、戦えるポケモン持ってねえ! 勘弁してくれ!」
 エレベーターのロケット団員達はよっぽど怖い目にあったのか、動こうとしない。中には腰が抜けて立てないものもいるようだ。
(グリーン、一体何やったんだ……)
「……上に行きましょう、レッド」
「……はい。あの、ナツメさんもグリーンと面識が?」
「シルフカンパニーが占拠される前にジムで挑戦を受けたわ。結果は彼の勝ち。あの実力を持ったトレーナーは中々いないわね。ここまでとは思わなかったけど……」
(というかまだ街にいたのね……予知で見えなかったなんて)
「さあ、この階段を昇った先よ。……途中にまだトレーナーがいるわね。ここまで来たら、一気に突破しましょう」
「ですね」
 レッドがフシギソウを出し、ナツメもフーディンを繰り出す。
「む、侵入者だな! 行けゴルバット!!」
 階段の途中にいたロケット団員が気づきゴルバットを繰り出す。
「ここは任せて、毒タイプは相手じゃないわ」
 ナツメが一歩出てフーディンに指示を送る。ロケット団員はにやりと笑った。
184:
「!? 後ろだ! つるのムチ!」
「!?」
 レッドの叫びにナツメが振り返る。背後から襲いかかろうとしていたのはもう一匹のゴルバット。天井に付いて待ち伏せていたのだろう。
「ちい。だがそんなつるじゃ、ゴルバットは止まらないぜ!」
 ゴルバットはフシギソウのつるを切り裂き、今度はフシギソウ本体へと標的を変える。フシギソウのいる場所はどういうことか、階段下と防火扉に挟まれた袋小路。
 しかし、今まさにゴルバットの牙が迫る所でレッドはフシギソウを引っ込めた。
「ナツメさん、走って!」
「!? ちょっと!」
 フーディンが最初のゴルバットをサイコキネシスで止めている間に、レッドはロケット団員とナツメの横をすり抜ける。慌ててナツメもレッドを追った。
「なっ! 貴様ら勝負から逃げる気か!」
「地の利を得ただけだ! 行けピジョン! ふきとばし!」
「! フーディン、テレポート!」
 ピジョンの突風はテレポートで避けたフーディンを除き、2体のゴルバットを階段下へと吹き飛ばす。
「ぬう! だがそれしきの突風で!」
「ゴ……ゴル……!」
「な!?」
 ロケット団員の言葉とは逆に、ゴルバットは吹き飛ばされて着地した場所から動けない。
「どうした!? 動けゴルバット!」
 ナツメも訳が分からなかったが、すぐにその場所が先ほどまでフシギソウがいた袋小路だと気づく。
「しびれごなを散布させていたのね……ゴルバットを追い込んだ風は袋小路で巻き上がり、とどまった敵にしびれごなが振りかかる……」
「ある人の受け売りの技なんですけどね」
(エリカさんなら、草ポケモンへの指示一つで散布場所を点在させられる)
「ふふ、やるじゃない。あなたはどうする? 2体とも動けないようだし、フーディンでまとめでトドメをさしてもいいけれど」
「くっくそ! 戻れゴルバット! 覚えてろ!」
 ロケット団員はゴルバット2体を回収し、下階と逃げて行く。
185:
「もう、敵はいないようね。行きましょう。すぐそこよ」
「はい!」
 5階フロア、そこにはシルフカンパニーの重役室と会議室がある。
 廊下も今までの場所とは違い小奇麗で、あまり人が出入りしたような形跡がない。
(こんなところにポケモンが……?)
「ここよ」
 レッドの疑問をよそに、ナツメは社長室と書かれた部屋の前でとまる。
「……よし、それじゃあさっそく」
「レッド君」
「?」
「さっきはありがとう。後ろの敵から守ってくれて」
「…………ナツメさん?」
 ナツメはレッドの方を向かず、扉を開けてレッドを誘う。レッドも入るしかない。
「そして」
 レッドとナツメが部屋に入ると、ナツメは後ろ手にドアの鍵を閉めた
「ごめんなさい」
「え」
 レッドが声を上げると、部屋の奥、社長席の椅子が回転し、座っている人物が露わになった。
 鷹の眼光、紳士服の胸のRに強大な悪意を集約させた冷徹なる首領(ドン)。
「ナツメ殿、ご苦労だった。タマムシ以来だな少年。いや、マサラタウンのレッド」
「!?!?………サカ、キ………!!」
186:
「少々予定外の事が4階で起きてしまったようだが、大勢に影響はない。よくここまで来てくれた、レッド君」
 サカキはゆっくりと立ち上がり、社長机に片手をつきながら机を軽やかに飛び越える。そしてレッドと距離を保ったまま仁王立ちした。
「なっ……どうしてお前が! それにナツメさん……!?」
「……」
 レッドは部屋の隅へと引いたナツメを見るが、ナツメは顔をうつむかせたまま反応しない。
「借りたポケモンとはいえ、久方ぶりに私に土をつけたトレーナーだ。君のことは調べさせてもらった。是非もう一度会いたくてね。ああそれと、彼女は我がロケット団の一員だ」
「なんだって!?」
「我らロケット団の意思に彼女も同調してくれてね、はは、とういうのは冗談だが。彼女にも色々あるのだよ。まずは君のことだレッド君」
 サカキよりも背の低いレッドをあからさまに見下す視線。完全に子供を見る目だった。
「レッド君。君は私が仕掛けたテストに見事合格してくれた。格闘道場の空手王、シルフカンパニーの我が部下、人質の救出、そして階段にいたゴルバット使いはロケット団の中でもそれなりの使い手だったが、君はナツメ殿を援護しながら見事に突破した。その腕は見事、私の片腕となる素質がある」
「どうしてお前が格闘道場のことを……!? まさか!」
「もう一度わかりやすく言おうか。関所から格闘道場、そしてここに到達するのが私が君に仕掛けたテストだ。まあ、及第点を上げるとしよう。ナツメ殿も名演技だっただろう」
「なん……だと……?」
 愕然とする思いだった。格闘道場の空手王もナツメも、レッドは微塵も疑いはしなかった。
187:
「及第点と言うのがそこだ。君はバトルの素質はあるが、人を疑う事を知らなすぎる。人は自らの利益のためなら他者にたやすく嘘をつく。いい教訓になっただろう」
「……どうせ、お前がポケモンを人質にとるなりして無理やり従わせたんだろう!」
「まあそうだが。しかしそこのナツメ殿は例外だぞ。彼女のポケモンを私は捕らえていない。彼女は彼女の意思で従っている」
「……そうなんですか?」
 レッドの再度の問いかけにもナツメは無反応だった。ただ、拳をいたく握りしめている。
「なんだ、ナツメ殿の事を知らないのか。彼女はエスパータイプのエキスパートというだけでなく、彼女自身がエスパー少女なのだよ。幼少の頃からその筋では有名だった」
「!?」
「彼女のエスパー能力はテレポート、テレパシー、サイコキネシス、そして未来視。彼女は未来視によって、自ら我らに身を捧げた。街の人々に手を出さないことを条件にではあったが、私にとっては些細な事だ」
「未来視……?」
「教えてやろう、彼女が見た未来視、それは」
 サカキが自信たっぷりに微笑む。
「我がロケット団のカントー制覇、ジムリーダー共々全てのトレーナーがロケット団に膝をつく未来だ!」
「!?」
 ナツメがサカキの言葉を聞くと、顔をそむけて目尻から雫を飛ばす。それだけでサカキの言葉が事実だと告げていた。
188:
「当の本人もそれなりに考え、先んじてロケット団に入ることで中から暴力の抑止力になろうとしたのだろう。あくまで傷つく人間が少なくなるようにな。はは、殊勝なことだ」
「……ごめんなさい」
 ナツメの謝罪は消え入るような声だった。
 レッドの握られた拳は震えている。
「さて、ここまで来たらナツメが君をロケット団に入るよう説得しそうなものだが、それも無駄だと未来視で見えているようだな。ナツメの顔を見る限りは、結果ももうわかっているのかな。どうする少年? それでもバトルをしたいというのなら」
「ナツメさん、質問があります」
「え?」
 レッドはサカキを黙殺した。虚をつかれたナツメがつい声を上げる。
「あなたの未来視は、百発百中なんですか?」
「……そうよ。生まれてきてから今まで、外れたことはないわ。レッド君は、負ける」
 ナツメが顔を上げる。レッドを見つめるその表情は、レッドを心底心配している、優しい女性のものだった。
「お願い。いたずらに傷つく必要はないわ。私がサカキに口利きするから、どうかレッド君も……」
「ナツメさん。あなたは優しい人だ。フーディンとバリヤードを見ていればわかります。俺がこの旅で学んだことは、ポケモンと硬い絆を結んでいる人に悪い人はいないということ。そしてもう一つは」
 レッドが帽子をかぶり直し、モンスターボールを手に取る。
「ポケモントレーナー、それはポケモンと人との絆で、不可能を可能にする人を言うこと。あなたが自分の中の未来視に屈したというのなら、俺が代わりに証明します。超えられない壁はないということを!」
「レッド! 駄目!」
「止めるなよナツメ殿。この少年には私も借りがあってね。どの道バトルは避けられん」
 レッドとサカキ、対峙した二人モンスターボールを構えて睨み合う。
「エリカ嬢は息災かな? もうショックから立ち直っているといいが」
「あんたは人もポケモンも見くびりすぎだ。あんたの言うとおり、俺は人を疑うことを知らなかった。だが、あんたが知らない価値あることを俺は知っている」
「ほう? なんだね? 絆とでも言うつもりか?」
「言うつもりさ。わかっていながら見下して笑うのなら、俺が今一度気づかせてやる。俺と、俺の仲間と! このポケモンバトルで!」
「相変わらず口だけは一丁前だ。面白い! ロケット団リーダー、サカキ!」
「…………ポケモントレーナー、レッド!」
 二人の声が重なった。
「「バトル開始!!」」
196:
「行けえ! ピジョン!!」
「行け、ニドリーノ」
お互いに繰り出したポケモンは共に最終進化を残したポケモン。レッドのピジョンはまだレベルが足りないにしても、ポケモントレーナーとしてキャリアが段違いのサカキが使うにしては、ニドリーノは小粒に見える。
事実、サカキがレッドを見る目は変わらない。あくまで生意気な子供を見る余裕の笑み。
レッドはサカキのその顔を歪ませると誓う。
(サカキ! お前がその気なら、俺は全力でお前を倒す!)
「ピジョン! つばさでうつ!」
「ニドリーノ、どくばり」
ピジョンの翼とニドリーノの角が激突する。吹き飛んだのはニドリーノだった。
「いいぞ! ピジョン!」
「充分だ、もどれニドリーノ。行け、サイホーン」
「……ピジョン! すなかけ」
「ほう? さすがに以前とは違うアプローチでくるか。つのでつく」
「くっ!?」
(あたったか。ピジョンの消耗がやけに激しい……? ニドリーノの毒針か!)
「戻れ、ピジョン。行け!」
「ポケモンが出た所は大きな隙となる。サイホーン、ふみつけ」
モンスターボールが割れ、光輝くところにサイホーンが先手を打って踏み潰しにかかる。
しかし、躍り出た青き龍によって逆にサイホーンがひっくり返る。
「これは不利だな。戻れサイホーン。行け」
「今だギャラドス! バブルこうせん!」
負けじとレッドもサカキの交代の隙を狙う。
(大地のサカキ。異名通りならこれでまず一匹……!)
しかしサカキの繰り出したポケモンはバブルこうせんを耐えた。現れたのは……
「……ガルーラ!」
「さて、今度はどうさばく?」
197:
「サカキ……お前、また部下のポケモンか」
「ジムリーダーと同じさ。君のバッジの個数に合わせて戦力を整えた。だが今回は特別に、部下のポケモンを突破した後、私の本気の一匹が控えている。言い訳はしないさ。私の今の手持ちを倒すことができれば、ヤマブキシティからロケット団は撤退しよう」
「その言葉、忘れるな! ギャラドス、かみつく!」
「ガルーラ、かみつく」
タマムシと同じ。ギャラドスがガルーラの肩、ガルーラがギャラドスの首にかみつきあう。
「ギャラドス、バブルこうせん!」
「ほう?」
ギャラドスはそのままかみついたままうなり、口内からバブルこうせんを発射する。ガルーラは肩に痛撃をくらい思わず口を離し、バブルこうせんによって壁にたたきつけられた。
社長室の壁が崩れ、廊下があらわになる。
(思い切りがいいな。読みも悪くない。短い間でいい経験をしたようだ)
「ギャラドス、たたきつける!」
「ガルーラ、れんぞくパンチ」
しかしガルーラの猛攻は激しく、レッドはギャラドスが不利と見るやすぐにフシギソウに切り替え、しびれごなでガルーラの足を止めにかかる。
今度はサカキがすぐにガルーラを引っ込めて、ニドリーノでフシギソウを相手に時間を稼ぐ。
一進一退の攻防。プロリーグと比べ扱っているポケモンのレベルは双方少し足りないが、ポケモンとの連携、戦術、思考スピードは遜色ない程であることを、ナツメはひしひしと感じていた。
(あのサカキと戦術で渡り合ってる……!? レッドのポケモンの扱い方は、既に全国のトレーナーと比べても一線を画している。だけど……私の予知は……)
ナツメの脳裏に写る予知の光景、レッドとその配下のポケモン達が倒れ、サカキが無感動にそれを眺めている。レッドがどれだけ素晴らしい戦いを見せようとも、ナツメがどんな行動を取ろうとも、変わらない未来。
(私に……なにができるの……?)
「フシギソウ、つるのむち!」
198:
戦いつづけるレッドとサカキ。そして見守るナツメ。そんな三人は、5階に上がってきたもう一人の男に気が付かなかった。
「くそ! あの二人め。どこに行った!」
現れたのは一般的なロケット団員制服を着る男。レッドとナツメに対し、ゴルバット2体を伴って立ちはだかった男だった。
ナツメがロケット団に与した事をサカキは一般団員に伏せていたため、ゴルバットを麻痺から回復させた男は血眼になって二人を探していた。
男は5階に上がると、すぐに社長室から響く轟音に気づいた。廊下には先ほどガルーラによって壊された社長室の壁の残骸が散らばっており、壁の穴から中の様子が伺える。
「あれは……サカキ様とあの小僧! 戦っているのか……まてよ」
(あの小僧。サカキ様に夢中だ)
「先ほどの礼だ。行け、ゴルバット!」
ロケット団員の男は壁の穴からモンスターボールを投げ入れる。まもなく社長室にゴルバットが出現する。
「ゴルバット、切り裂く!」
「え」
ゴルバットは風を切りながらレッドに急接近し、その凶刃によってレッドの体を切り裂きながら吹き飛ばした。
レッドは壁にぶち当たったあと、地面に倒れ伏す。
「……え」
ナツメがかすれた声を出しながら目を見開く。サカキのニドリーノとレッドのフシギソウの戦いも止まった。
ロケット団員の男ははしゃぎながら社長室に飛び込む。
「やりましたよサカキ様! 侵入者を一人排除しました。あとはお前だけだ! ジムリーダーナツメ!」
サカキから笑みは消えていた。サカキは心底つまらなそうにため息を吐いたあと、
「……よくやった。ナツメはもう戦う意志はない」
ロケット団員に声をかけた。興が削がれたと、全身で語りながら。
「む! そうなのですか。ならば……」
「ちょ、ちょっと! なにをする気? 早く手当を!」
「動くなナツメ」
いつの間に出したのか、サカキのポケモンであろうニドキングの爪がナツメの首筋でとまる。
ロケット団員の男は動かないレッドに近づく。途中でフシギソウがレッドに駆け寄ろうとしたが、すぐにゴルバットに行く手を阻まれた。
「意識はあるようだな。サカキ様、こいつのポケモントレーナーとしての実力は脅威です」
「いいだろう。心を折ってやれ」
199:
サカキは社長机に体重を軽くあずけ、ロケット団員を顎でしゃくった。
ロケット団員はにやつきながら、
「起きろ坊主。ポケモンを借りるぞ」
「う……ぐ……」
ロケット団員はレッドの腰からモンスターボールを取り出し、残りの5体のポケモンを出現させる。空になったボールは全て踏み潰された。
皆サカキのポケモンとの戦いで傷ついている。
「な……なにを……!?」
レッドが辛うじて意識を覚醒させたが、状況が掴めず混乱している自分の仲間たちを見ることしかできない。
「こうするのさ。お前ら、動けばご主人様が傷つくぞ!」
ロケット団員はレッドの首にゴルバットの羽の切っ先を押し付ける。
その光景を見て、気性の荒いギャラドスですら愕然として動きを止めた。他のポケモンは言うまでもない。
そしてロケット団員はもう一匹のゴルバットを出現させる。
「ゴルバット、奴らを切り裂け!」
「や……やめろ!!」
レッドの叫びは無意味だった。ゴルバットが飛び回ってレッドのポケモンを攻撃する。レッドを人質に取られたフシギソウ達は、攻撃を受け続けるしかない。
「……こんな、こんなの無意味よ! やめさせて!」
ナツメもたまらず叫ぶ。しかしサカキは、あい変わらず無感動に見ながら、非情な要求をする。
「レッド君。君がロケット団員に入るのなら、すぐさま攻撃を中止しよう」
200:
「ぐ……!!」
レッドのポケモン達のくぐもった声が響き、また一匹、また一匹と倒れていく。レッドは苦悶の表情。
「おっと動くなよ坊主。ゴルバットが力の加減を間違えちゃうといけねえ」
「さあ、どうするレッド君」
しかし、サカキとロケット団員の言葉はレッドに届いていなかった。レッドの心にあるのは、ただひとつ。
(皆が……傷ついている。俺が……俺が……守って……守らなければ……!!)
「くっうおおおお!!」
レッドは駆け出す。ゴルバットの羽がレッドの首を浅く切ったが関係ない。
「無駄だ、ゴルバット!」
レッドに羽を突きつけていたゴルバットがレッドの背後に迫る。しかし、
「フシ!!」
「フリー!!」
フシギソウのはっぱかったーとバタフリーのサイケこうせんがレッドの背後のゴルバットをとらえ、吹き飛ばした。
「しまった!? くそ、だがもう一匹を忘れるな!」
しかし、フシギソウとバタフリーは直後にもう一匹のゴルバットに攻撃をくらい倒れ伏してしまう。
これ以上攻撃を受けたら、死んでしまう。ゴルバットの攻撃がレッドのポケモン達に迫る。
「やめろお!!」
レッドは今まさに攻撃を受けようとしていたギャラドスの首に覆いかぶさる。そして、レッドの背中に激痛が走り、また吹き飛ばされる。
「ぐあっ……!!」
「レッド!!」
「この小僧、馬鹿か?」
「……」
201:
しかし、レッドの起き上がりは早かった。動けないバタフリーを襲おうとしていたゴルバットの攻撃を、またしても庇う。
今度は、踏みとどまる。
「ぐっ……!!」
「なっ……お前……なんで」
レッドの全身が焼けるように痛い。しかし、レッドの足は止まらない。またしてもゴルバットの攻撃を、動けないラッタに覆いかぶさって庇う。
「……ぐ……はは……」
(この坊主……いっちまったのか?)
「レッド……?」
ナツメもレッドが分からない。そんなことはやめて逃げろといいたいが、レッドの突拍子もない行動に驚きの度合いの方強くなってしまった。
サカキは、先程から動かない。
レッドは、笑っていた。
「痛い……痛いな……。こんな痛い思いをしながら、皆は今まで、俺の指示で戦ってくれてたんだな……。凄いよ……」
(レッド……! あなた……!)
ナツメの心が一気に締め付けられる。レッドの意図にやっと気づいた。レッドが袖に懸命に隠して使っている、キズぐすりに気づいた。レッドは勝負を諦めて自暴自棄になっているのではない。
レッドは一瞬足りとも、目指す道から外れていない。
(レッド……あなたは本当に……どんな状況でも、あきらめないのね……。私は……)
なんて情けないことかと、ナツメの頬に涙が伝う。自分よりも年下の少年が、圧倒的な暴力の前でも膝を屈さない。
(それに比べて私は……ロクに戦いもせず、敗北が決定した未来を受け入れて……このざま。ロケット団の内部に入って彼らを軟化させるなんて、なんて甘いことを……!)
202:
ナツメが見た予知が、目の前で完成しようとしている。
(だけど……、その先はせめて……、レッドとレッドのポケモン達を……救うことだけでも……)
ナツメの首には相変わらずサカキのニドキングの爪。モンスターボールを投げた瞬間、その爪はナツメを襲うだろう。
しかし、ナツメは覚悟を決めた。未来は変わらないかもしれない。抗うことはできないのかもしれない。
だが、真のポケモントレーナーを見殺しになんて出来はしない。
(……レッド、あなたを救う。ジムリーダーが膝を屈しても、あなたなら……。私の命に代えても、あなたを救う!)
ナツメは自身のエスパー能力、テレパシーを使いボールの中のフーディンとバリヤードに命令を先送りする。
あとは、ボールを投げるだけ。
(レッド……。どうか、生きて!)
ナツメは自身の首に食い込む爪を無視して、両手から2つのモンスターボールを投合した。現れたバリヤードとフーディンがレッドへと向かう。
ナツメは瞼を強く絞り、最後の時を待つ。が、
「え……?」
いつまでも来ないニドキングの爪。ナツメが目を開けると、ニドキングは腕をおろしており、サカキは腕を組んだままレッドを眺めている。まるでそれ以外なんの興味もないように。
(……今はレッドの方が先!)
ナツメはレッドの元へ駆け出す。
「レッド!!」
ナツメのバリヤードがレッドたちの前に躍り出て、バリアーを展開する。フーディンはゴルバットをサイコキネシスで弾き返す。
「なっ、ゴルバットかみつく!」
「フーディン、サイコキネシス! レッド、返事をして! レッド!」
203:
ラッタを守るようにして抱きしめていたレッドへ、ナツメが懸命に語りかける。
「ナツメ……さん」
「!! 良かった……!! ……フーディンと私の力を合わせてテレポートを使うわ。すぐにビルの外へ行くわよ」
ナツメのテレポートは最終手段だった。これだけのポケモン達と共にテレポートを使えば、ナツメも消耗してろくに動けなくなるだろう。
(だけど、今は逃げるしかない! サカキが動かないうちに!)
それはごもっともだがレッドの考えは違った。
「待って……ください。俺と、サカキのバトルは、決着が、ついてない……」
「……っ!? 馬鹿な事を言わないで! 今そんな場合じゃ……」
「……決着が、ついてないんです! 俺とポケモン達のバトルが……!」
「!?」
レッドの闘志に満ちた瞳に、ナツメは吸い込まれた。
「お願いがあります、ナツメさん。俺の、ポケモンたちに……この薬を……」
「…………」
ナツメは迷った。だが、ここで彼の戦いを否定したら、いけないような気がする。
「……わかったわ。任せて」
バリヤードとフーディンが時間を稼いでいる間、ナツメはレッドのポケモン達に回復を施していく。ナツメが緊急用に取っておいた最高級品、かいふくのくすりも惜しみなく使った。
(この子たちも、レッドと同じ……。どうして、こんな瞳ができるの?)
レッドとそのポケモン達の、魂が燃えている。
204:
「くそ、サカキ様! どうか援護を! 俺だけのポケモンでは……うわ!?」
バリヤードがバリアーを解除し、攻撃態勢に写る。
「いい加減に、しなさい! フーディン、バリヤード! サイコキネシス!」
「ぐわああああああ!?」
一点集中させた念力がゴルバットを吹き飛ばし、ロケット団員の男もそのゴルバットに巻き込まれて社長室の扉を壊しながら彼方に飛んでいった。
ナツメはすぐさまサカキに向き直る。奴がその力をこちらに向ければ、ナツメも全力で反抗しなければならない。
(レッドと私で勝てるかどうか……。いえ、今のレッドにやっぱり無理は……)
ナツメのそんな思惑は、なんとか立ち上がったレッドの一言で却下される。
「仕切りなおしだサカキ。お前もポケモンを回復させろ」
「!?!?」
「……本気かね。レッド君」
「ああ……本気だ」
レッドだけじゃない。先ほどまで倒れ伏していたフシギソウ、ピジョン、ギャラドス、カラカラ、ラッタ、バタフリーが、傷こそ治療されたものの疲労困憊の体で立ち上がる。
そして、例外なく戦意で満ちている。
「レッド……」
ナツメは呆然と眺める。
(なぜこんな瞳ができるの? 人も、ポケモンも!)
サカキが組んでいた腕をとき、自身のポケモンたちを全て出して懐からかいふくのくすりを取り出す。
205:
「レッド君、どうしてそこまで君はポケモンバトルにこだわる。君自身骨が折れているかもしれない体で、どうして中断されたバトルにこだわる?」
レッドとレッドのポケモン達の眼光は、全てを圧倒していた。
「俺がポケモントレーナーだからだ。信頼できる仲間たちと共に、正々堂々と戦った先にこそ、本当の勝利を得る事ができるからだ。俺の魂に刻まれた想いだけは、例えどんな状況であろうと、例え相手が悪の根源であろうと、変わりはしない」
ふらつくレッドの体を、ナツメが慌てて支える。レッドはありがとうとナツメへ微笑む。
「レッド……、せめて、あなたをこのまま支えさせて。倒れないように……」
ナツメの涙が被った願いを、レッドは優しく受け入れた。
サカキがポケモンの回復を完了させる。
そして初めて、笑顔をなくしてレッドに対峙する。
「……レッド君。私は君を見誤っていた。君は私の片腕候補では決してない。今持てる私の全てを持って君を敗者に落としめなくてはならない、私の敵だ」
レッドは笑った。その敵意、バトルでもってサカキの全力を後押しするならばこれ以上のことはない。
最後に、レッドは振り返って自らのポケモン達を見渡した。
「皆、行けるか?」
「グオオオオオオオオオ!!!」
一際声量があるギャラドスの雄叫びが響いたが、レッドの全てのポケモンが沸騰する激情で叫んでいる。
皆思いは同じ、正々堂々と戦い、勝つ。
206:
「レッドのポケモンが戦闘不能と判断したら、私のバリヤードがバリアーを張って、フーディンで回収するわ。両者異論はないわね」
「いいだろう」
「ありがとうナツメさん。バトル再開だ。行け! バタフリー!」
「行け、ニドリーノ」
「バタフリー。っ……サイケっこうせん!!」
声と共にレッドの全身に激痛が走る。しかし倒れる訳にはいかない。
「ニドリーノ、きあいだめ」
「バタフリー、もう一度だ!」
(すごいなバタフリー。キャタピーの時はあんなにちっちゃかったのに……本当に強くなったな)
「ニドリーノ! つのでつく!」
サカキの采配は全く曇らない。ニドリーノがサイケこうせんを耐え、バタフリーが息をついた瞬間渾身の一撃を与える。
バタフリーの急所にあたり、バタフリーは一気に吹き飛んで地面を転がる。ナツメがすぐさま判断する。
「バタフリー、戦闘不能」
レッドには見えた。バタフリーが最後、確かに笑った。
(お前の想い、無駄にはしない!!)
「行け! ピジョン! 空をとぶ!」
ピジョンの突撃をニドリーノが迎撃する。ニドリーノの角がピジョンに迫るが、ピジョンはすんでの所で体をずらし、ニドリーノを弾きとばして戦闘不能に追い込む。
「戻れニドリーノ。む」
サカキの手が止まる。レッドのピジョンが光り輝いている。
現れたのはポッポの最終進化系、ピジョット。優雅な羽ばたきとともに、高らかに叫ぶ。
(なんだポッポ。そんなに綺麗だったのか……)
207:
「行け! サイホーン」
サカキは動じない。岩タイプとひこうタイプの激突、その相性を遺憾なく発揮してサカキは肉弾戦をものにした。
サイホーンとピジョンとのお互い渾身の力込めた正面衝突は、サイホーンの硬い体にヒビが入ったものの、ピジョットは力を使い果たして倒れる。
「ピジョット、戦闘不能」
「行け、カラカラ。ホネこんぼう!」
カラカラはサイホーンの突進を読んでかわし、ピジョットがヒビを入れた場所を正確に打ち砕く。サイホーンは唸り声を上げて倒れた。
サカキがサイホーンを戻す。そして、カラカラの体が光り輝く。
(悲しみを乗り越えたお前は、冷静に状況が見る事ができる勇者だ。お前の力、存分に見せてくれ! ガラガラ!!)
勇敢に自身を守った母と同じ姿、ガラガラは溢れ出る闘気を雄叫びに変える。
「行け! ガルーラ!」
「ガラガラ、ホネブーメラン!」
ガラガラがガルーラへホネーブーメランを投合する。
「二度同じ手は通用しないぞ。……なに?」
サカキの予想に反し、ガラガラは投げたあとすぐにガルーラへ走る。ガルーラはホネーブーメランをかわし、ガラガラに肉迫する。
「よけろ! ガルーラ!」
カーブして後ろから戻ってきたホネブーメランをガルーラが身を捩ってかわす。しかし、ガルーラが避けた所でガラガラが飛び上がり、ホネブーメランを片手で受け取る。
「ホネこんぼう!」
そのままガラガラはガルーラへの脳天へと振り下ろす。しかし、サカキのガルーラは真剣白刃取りでホネこんぼうを受け止める。
「れんぞくパンチ!」
ガルーラが手を離し、中空のガラガラにパンチのラッシュを浴びせた。
「ガラガラ、戦闘不能」
208:
「行け、ギャラドス!」
(ガラガラのホネこんぼうと今のラッシュで、ガルーラの拳はもう使えんな。だがガルーラにはまだ牙がある。そして!)
「ギャラドス! 噛み付く!」
「ガルーラ! 噛み付く!」
(ギャラドス! お前は進化する前から勇敢な戦士だった! お前の勇猛な姿は、俺をいつだって勇気づけてくれた!)
三度のかみつきあい。顎の力はギャラドスに分があり、今ガルーラは拳を封じられている。
「そのまま押し切れるぞ! ギャラドス!」
いや、ガルーラに拳はあった。ガルーラの腹袋の中に。
「ガルーラ……れんぞくパンチ!」
腹袋の中の子ガルーラが雄叫びを上げる。そして母に変わりギャラドスへ、拳、拳、拳、拳のラッシュ。
「ガルガルガルガルガルガルガルガル!!」
マシンガンのような子ガルーラのラッシュがギャラドスの首裏を殴り続ける。ギャラドスの顎が、開いた。
「トドメだ。ガルーラ、そのままかみ砕け!」
「ギャラドス! バブルこうせん!」
ギャラドスが倒れ伏す直前、バブルこうせんでガルーラの脚をすくった。
ガルーラの戦意はまだ途切れていないが、膝が震えている。
「ギャラドス、戦闘不能!」
209:
「行け、フシギソウ!」
フシギソウとガルーラは一切の迷いなく駈け出し、お互いの距離を詰めていく。
しかしガルーラは途中で脚がおぼつかなくなり、バランスを崩す。
「フシギソウ! つるのムチ!」
「ガルーラ! かみつく!」
口を開けて前傾姿勢になったガルーラの足を、フシギソウはつるで正確に掴んだ。そして自身はサイドステップしてガルーラの牙を避ける。
ガルーラは前のめりになったまま転ぶ。
「フシギソウ、しびれごな!」
「ガルーラ!」
(しびれて動けんか……)
「フシギソウ! ソーラービーム!!」 
ガルーラが動けないところを、フシギソウは蕾をガルーラの顔の前へと持って行き、0距離でソーラービームを炸裂させた。
「戻れ、ガルーラ。……久々だよ。私の本当の手持ちを使うのは、行けニドキング!」
悠然と立つニドキング。
対して、ポケモンとして最後のピースを得たフシギソウが光り輝きながら、背の花を開かせる。
(これが……ポケモンとトレーナーの持つ力……)
ナツメは手が震えていた。恐怖ではない、魂を震わせる何かによって。
(行こう、相棒。どこまでも!)
「フシギバナ、勝つぞ!」
「バナアアアアアア!!」
210:
お互い最後のポケモン。奇しくもレッドとサカキの考えは一致していた。
小細工一切なし、今自分の相棒が放てる最高の技で相手を葬り去る。
フシギバナの花の中心に光が集中する。ニドキングの角が緩やかに回転し始め空間を振動させる。
二匹とも、主の考えとシンクロしていた。
「フシギバナ!!」
「ニドキング!!」
お互いに手をかざす。勝利を信じて。
「ソーラー! ビームウウウ!!」
「つのドリル!」
フシギバナの大輪から放たれた煌々と輝く太陽の光。ニドキングは一歩も引かず、その光を超回転する角で受け止める。
「行けええええ!!!」
「くっ!!」
ニドキングが角でソーラービームを受け止めながら、ゆっくりと一歩ずつ地面にヒビを作りながらフシギバナに近づいていく。その角でフシギバナを貫くために。
対して、フシギバナのソーラービームは輝きを増すばかりだった。ニドキングの角へと放たれるビームが時をおう毎に太さを増していく。
しかしニドキングもひるまない。角をさらに高回転させて、放たれるソーラービームを拡散させる。拡散したビームが放射状に広がって部屋の壁、天井、窓、床を破壊していく。
「レッド!!」
ナツメがたまらず叫ぶ。このままではビルが持たない。
だが、遅かった。
「!?」
すさまじい轟音と共に、レッド達が立っていた床が大きく波打ち、ひび割れる間もなく完全に崩れ去る。天井も落ちてきた。
ニドキングへと向かっていたソーラービームの軌道が逸れてビルに風穴を開ける。
211:
「サカキ!!」
レッドは中空に放り出されながら、瓦礫に消えていくサカキとニドキングに叫ぶ。
「勝負はおあずけだな。待っているぞ!」
サカキはそうレッドに叫んだ後、崩れ落ちる瓦礫で見えなくなった。
レッドはその一言を聞いて、緊張の糸が切れた。
(皆……今度は絶対に、勝とう……)
レッドは浮遊感を気にする間もなく、意識を闇に沈ませていく。
しかし、最後に頼りがいのある綺麗な声を聞いた。
「レッド!! フーディン力を貸して……! テレポート!!」
212:
ヤマブキシティ。ロケット団によって封鎖されていたこの街は、一人のリザードン使いの通報によって、各地のジュンサーとジムリーダーが包囲していた。
タケシとカスミもヤマブキシティの北から進入し、逃げ出してきたロケット団達を捕らえるのに協力している。
しかし、突然シルフカンパニーから光の筋が天に伸び、轟音ともに崩れ去っていくのを二人は目撃する。
「なにが起こっているんだ……!?」
「早く! タケシ! あそこに向かうわよ!」
「待てカスミ危険だ! おい!」
シルフカンパニーへと走りだすカスミ。タケシも追うしかない。
「あれは……」
西から駆けつけたジムリーダーエリカも、シルフカンパニーから伸びる光を目撃していた。草ポケモン使いの彼女は、あれがなんの光がすぐにわかった。
(レッドさん……!!)
彼女は走る。胸に宿るは確信と焦り。なにか、いやな予感がする。
(ここは……一体……)
ナツメは目を覚ます。体の節々が痛いが、動けない程ではない。また、やけに回りが暗いことに気づいた。
(どこかの……洞穴? レッドたちは!?)
無我夢中で行った最後のテレポート。ここがどこかもわからないが、レッドたちのテレポートがうまく行ったかも確信が持てなかった。
だが、ナツメは気がついた。やけに体が重いと思ったら、レッドがナツメの上にのしかかって気絶している。レッドとナツメのポケモンたちも傍らにいるようだ。
「レッド……息、あるわね。よかった……」
ナツメがレッドの口に手を当てて確認し、安心する。また、少し離れた場所に光があるのにも気づいた。外は遠くないようだ。
(でも動ける状態じゃないわね。なんとかして外に助けを……)
213:
「ラッタ!」
「! あなた……」
ナツメが鳴き声の方を振り向くと、レッドのラッタが光がある方角から駆けて来た。サカキとのバトルでは出番が来なかったために、余った力で回りを偵察してきてくれたようだ。
そして、ラッタの背後に迫る黒い影。
「ゴルバッ!!」
「!?」
突如としてゴルバットがナツメ達の前で羽ばたく。ナツメは戦慄した。まさか、あのロケット団員が……!
「あれ……このゴルバット……」
「レッド! 気がついたのね!」
レッドはナツメに支えられながら体を起き上がらせる。レッドはゴルバットの頭を軽く撫でる。
「オツキミ山の時の……。助けに来てくれたんだ」
レッドは微笑む。そして、光の方から声がした。
「おーい! ジュンサーさん来てくれ! 俺のゴルバットが見つけた。おーい!」
徐々に声の主の顔が鮮明になる。
「オツキミ山の時ぶりだな少年! まさかとは思ってロケット団用の秘密通路をあたってみたが、大当たりだ!」
「いい、ゴルバットですね。あの時のズバット……」
「ああ。俺もロケット団から足を洗って、今回ジュンサーに協力してたんだ。ロケット団員だけが知ってる秘密通路はいくつもあるからな!」
そして多くのジュンサー達がレッド達の元に駆けつける。レッドもナツメも、やっと本当の意味で安心した。体から力がどっと抜ける。
「ラッタ、よくやってくれたな……」
レッドがラッタを撫でると、ラッタも心からホッとした顔でレッドに身を任せる。
「ナツメさん、ありがとう。あなたがいてくれて、本当によかった」
レッドも気を失う前の脱力感に身を任せ、ナツメにもたれかかって顔を寄せた。
ナツメはそんなレッドに、微笑みながら涙を流す。
「バカ。私にお礼なんて言っちゃ駄目よ……でも、お疲れ様。格好良かったわ」
ナツメは自身の予知を初めて覆した存在をそっと抱き寄せ、腕の中のレッドの頬に口付ける。
少年はポケモンたちと共にやっと、休息を得た。
218:
レッドが目を覚ましたのは、白い病室。
体がひどくだるい。しかしポケモン達の事が頭に浮かび、ゆっくりと体を起こそうとする。
「おはようレッド。無理しない方がいいわ」
「! ナツメさん……」
レッドが病室のドアへ顔を向けると、ちょうどナツメが入ってきたところだった。
「あなたのポケモンは皆無事よ。安心して」
「!……よかった。そうだ! 人質に取られていたポケモンは!?」
「私も気になってたんだけど、前にグリーンがフレンドリィショップの在庫を回収しに来てたでしょ? あそこに混ざってたみたいなの。持ち主への返却は昨日までに終わったわ」
「……そうなんですか。グリーンが……あれ?」
 椅子に座りながらレッドのベッドへ突っ伏している誰かがいる。レッドが起き上がった際に毛布が被ってしまったのだろう。
(誰だ……?)
レッドはゆっくりと毛布をめくる。すると現れたのは、タマムシの淑女。
「エ……エリ……!?」
驚きの声を喉で飲み込む。エリカは眠りが深いのか、規則正しい静かな寝息を立てながら安らかな寝顔をレッドに晒していた。
「あなたが入院してから一時もここを離れなかったのよ。あとでお礼を言っておきなさい」
「……ええ」
レッドの手がエリカの頭を優しく撫でる。エリカが少し微笑んだ気がした。ナツメが茶化すように笑う。
「レッドも今は体をゆっくり休めて。あなたに面会したい人が大勢いるわ」
「わかりました。ナツメさん、俺のポケモン達は……」
「すぐ持ってくるわ。あなたの新しいモンスターボールに入れてね。……どうしたの?」
「いや……」
レッドはベッドに体を預けて天井を見る。
(グリーンにも助けられちゃったな。それに、あの時のリザードン……。それに、サカキ)
脳裏に浮かぶは果てしなき強者。
もっと強くなりたい。レッドは決意を新たにしながら、来てくれたエリカにお礼を言おうと彼女の覚醒を待つ。
219:
 その時は程なく訪れた。
「ん……あれ……私……」
「おはよ、エリカさん」
「レッ……!?」
 レッドの声掛けと同時にエリカがすぐさま顔を上げる。
 エリカは涙を耐えている顔で、ゆっくりレッドの顔へと両手を伸ばして頬を包む。
 そして顔を近づけていき、頭を前に倒してレッドと額を合わせて目を瞑り、微笑んだ。
「本当に……もう……。心配したんですから……」
「ごめんなさい……。ありがとうエリカさん。看病してくれて……」
 レッドもエリカの頬へ手を伸ばし、エリカの瞳からこぼれた涙を指で拭う。
 エリカも耐え切れなくなったのか、レッドが怪我をしている部分を刺激しないように、ゆっくりと抱きしめる。
「あなたが目を覚まさなかったら……! こんな再会、もう二度とごめんですよ……」
 エリカがレッドの肩へ顔をのせ、レッドに頬ずりするように首を傾ける。
「うん。……約束します」
 レッドもエリカの背へ片腕を回す。
220:
 ちなみにナツメが部屋の隅にいた。
(…………むう)
「ごほんっ」
「「はっ!?」」
 ナツメの咳払いで二人が顔を赤くしながら素早く離れる。
「そろそろ皆を呼んできてもいいかしら?」
「は、はい。よろしくナツメさん」
「ええ、私も後で来るから。またね。そうだレッド」
「はい?」
「レッドが気を失う前にしたあれ。私のファーストキスだから。んっ」
 ナツメはウインクしながらレッドへ投げキッスして退室した。
 レッドが呆然と見送る。エリカの顔が見えない。
「……事情を聞かせていただいても? レッドさん?」
「い、いや待って!? 一体何のことだか……!?」
「女性の唇を奪っておいて、知らぬふりをするのですか?」
「エ、エリカさん! 本当になんのことだかわからないんだ! 信じて!」
「つーん」
221:
 閑話休題。レッドの面会者は多種多様だった。
「レッド君、少し無茶をしすぎだぞ」
「そうよ! もう、心配させないでよ……バカ」
「ありがとう、タケシさん、カスミ」
「ミーもいるよ! ボーイは本当にデンジャラスね!」
「はは、すみませんマチスさん」
 ジムリーダー達。彼らが集まったのはヤマブキシティを包囲してロケット団を捕らえるためだったが、奇しくも全員レッドが戦ってきた者達だった。
 タケシが安心したように微笑み、カスミはレッドを心底心配している顔でレッドの手を握る。マチスだけはレッドの勇気をたたえているようだった。
 そして次に訪れたのは、ヤマブキの空手王達。
「すまなかったあああ!!!」
 見事な五連土下座だった。レッドも乾いた笑いをするしかない。お礼にと格闘道場免許皆伝の証であるポケモン、サワムラーかエビワラーを受け取ってくれとせがまれたが、レッドはそのポケモンを使ってヤマブキシティを守ってほしいとやんわりと断った。空手王達はレッドの一言で男泣きし、医者と看護婦によって強制退場させられた。
 そして次に訪れたのは、シルフカンパニーの社長と社員達だった。
「ご、ごめんなさい! 俺のせいで、ビルがあんなことに……!!」
「いやいや。君の活躍のおかげで、ヤマブキにいるロケット団が壊滅したとグリーン君から聞いたよ。ビルはまた立て直せばいい」
「グリーン!? どうしてグリーンのことを社長は……」
「在庫をとりかえしてくれるように頼んだのは私なんだよ。ビルが占拠されたとき、ナツメさんとジムトレーナー達、そして空手王達が社員の逃げる時間を稼いでくれてね。私もその隙にフレンドリィショップに避難して、店員に身をやつしてロケット団の目をくらませていたんだ」
「成る程……」
「これは心ばかりのお礼だ。是非受け取ってくれ」
「……マスターボール! こんな貴重なものを……!!」
「ポケモンアイテムはトレーナーに使われてこそだ。君のこれからの良き旅路を祈っているよ」
 
 レッドは深々と頭を下げると、社長は朗らかに笑いながら去って行った。
222:
「さて、皆さん出て行かれましたね。とりあえず今日は私達が最後です」
「そうね」
 今部屋にいるのはエリカとナツメ。しかし甘ったるい雰囲気は一切ない。
 真面目な顔をしたエリカが話を切り出す。
「レッドさん。怪我をしている所恐縮ですが、正直に言いますね。私は……あなたを病院で見た時、身も心も凍る想いでした。あの時別れてから、こんなにも早く、こんな形で再会することになるなんて……」
 レッドもエリカの気持ちがわかる。故に、彼女を心配させてしまって申し訳ない気持ちがあり、また自分の実力のなさが情けなかった。
「心配かけて、本当にごめんなさい……」
 レッドも頭を下げて謝罪する。そんなレッドに、ナツメが助け舟を出す。
「エリカ、レッドがこんなことになったのは、私が……」
「そのことについては、特に怒りはありません。ただ一つ別に、私がナツメさんに怒っていることがあります」
「? それは……?」
 ナツメには予想がつかない。
「ナツメさん。ポケモン協会に辞表を出しましたね」
「!」
 レッドが目を見開いてナツメを見つめる。
「……当然よ。私は街のジムリーダーでありながら、誰よりも早くロケット団に膝を屈した。それだけでなく、レッドを、こんな目に合わせてしまった……!」
「そんな、ナツメさん!! 俺は!」
「レッドさん?」
 エリカの笑顔でありながら語気のこもった声にレッドが押し黙る。
 しかし、エリカはふっと表情を柔らかくして言葉を続けた。
「その辞表は私がポケモン協会に言って握りつぶしてもらいました。ナツメさんには追って数日の謹慎処分がくだるでしょう」
「エリカ!? 私はもうジムリーダーにふさわしくなんてっ」
「少し黙ってください。レッドさん、ナツメさんはレッドさんに対して罪の意識を感じています。レッドさんはどんな償いをしてほしいですか?」
「償いなんて……あ」
223:
(そういうことか……)
 レッドはエリカの考えを理解した。
「それじゃあナツメさん、俺と今度ジム戦してください。全力でポケモンを操る元気な姿を見せるのが、俺にとっては最大の償いになります」
「……馬鹿。いえ、本当の馬鹿は、私ね……。わかったわ、レッド。ありがとう……」
 今までで一番綺麗なナツメの微笑みをレッドは見た気がした。レッドもつられて微笑む。
「……レッドさん、私からは最後に一言」
「は、はい!」
 急にまたエリカの語気が強くなった。レッドは思わず背筋を伸ばす。
 しかし、エリカは目を閉じてレッドの手を両手で包むように握り、自身の顔まで持ってきて鼻と唇を軽くレッドの手の甲につける。
「……どんなときでも、無事に帰ってきて。元気でいてください。あなたの体は、決して一人のものではないのです」
「……はい……!」
「……はい、終わり。レッドさん。それじゃあ私はタマムシジムに戻ります。いつまでも空けてはいられないですから」
「はい、また」
「ええ、また。……ナツメさん」
 エリカは去り際、ナツメの耳元でつぶやく。
「譲る気は毛頭ありませんので」
「!?」
 ナツメが驚いて振り返るが、エリカは気にした風もなく病室を去って行った。
「どうしたのナツメ」
「……いえ、なんでもないわ。レッド、私の謹慎が終わる頃には、体治っているといいわね」
「もちろん! ナツメさんとのバトル、楽しみですから!」
「ええ! 私も、とっても楽しみ……」
 レッドとナツメが二人で笑いあう。ナツメは一つ、心に決めた事がある。
(楽しい未来は、予測できないからこそ、ね)
 数週間後、レッドが退院と共に向かった先は……。
224:
「おーす! 未来のチャンピオン! ここのジムリーダーは……っていう必要はなさそうだな! 奥で待ってるぞ!」
 ヤマブキジムの受付兼案内人が笑顔でレッドを見送る。
 レッドがワープゾーンに翻弄されながらもたどり着いた先、そこには……。
「ようこそ。私はジムリーダーのナツメ。あなたが来ることは既にわかっていたわ……なんてね?」
 ナツメが首を傾げながらレッドに微笑む。レッドは帽子をかぶり直し、好戦的な笑みをナツメに向ける。
「それじゃあ、俺が今から何をするかもわかりますか?」
「ええ、もちろんわかるわ。でもそれは、私がエスパー少女だからじゃない。私が、ポケモントレーナーだから」
「……行きます!、マサラタウンのレッド!」
「エスパータイプを司るジムリーダー、ナツメ!」
『バトル開始ィ!』
「行け、ラッタ!」
「行きなさい、ユンゲラー!」
 心地良い高揚感で体が軽く感じ、自然と声がはずむ。レッドとナツメから溢れ出る熱くて楽しい感情が、二人のポケモンにも伝染する。
「ユンゲラー、サイケこうせん!」
「ラッタ、でんこうせっか!」
 ユンゲラーがテレポートで移動しながらサイケ光線を放つと、ラッタも負けじと高移動してかわしていく。
(レッド……。サカキと戦うあなたは、逞しくも危うく見えた。そして、対峙して初めてわかる事が一つある。あなたの純粋な魂は、戦っている相手ですら熱くさせる)
「負けるなラッタ! ひっさつまえば!」
「ユンゲラー、サイコキネシス!」
 ラッタのひっさつまえばがユンゲラーにクリーンヒットするが、ユンゲラーも苦い顔しながら最後の力を振り絞りサイコキネシスをラッタに当てた。
『ラッタ、ユンゲラー、戦闘不能!』
225:
「戻れラッタ。行け! ガラガラ!」
「行って、バリヤード! さすがねレッド」
「ナツメさんこそ! でも俺も負けません!」
(私、笑ってる。ポケモンバトルを笑いながらできるなんて、思っても見なかった……)
 ナツメにとって、未来予知は絶対だった。しかしもう違う。予測できない勝負がこんなに楽しいなんて知らなかった。
 そして、それを教えてくれたのは目の前の少年。
「ガラガラ、ホネこんぼう!」
「バリヤード、バリアー!」
(バリヤードの考えていることが伝わってくる。エスパーじゃない、今まで共に過ごしてきたからこそわかる。心の繋がり……)
「バリヤード、サイコキネシス!」
「今だ、ホネブーメラン!」
 バリヤードが攻勢に移ったのを見計らい、ガラガラはバリアーを迂回するようにカーブをかけてホネブーメランを投合する。 
 しかし、投げた時にはバリヤードのサイコキネシスがガラガラに届いていた。
「ガラ!?」
 しかし、ホネブーメランもすぐにバリヤードの後頭部に直撃する。
「バリ!?」
『ガラガラ、バリヤード、戦闘不能!』
226:
(羨ましいな……。レッドはこんなバトルを、ずっと前から知っていたのね)
「さあ、これが最後よレッド。用意はいい?」
「もちろん! 行けギャラドス!」
「行きなさい! フーディン! サイコキネシス!」
「ギャラドス、バブルこうせん!」
 フーディンが攻でギャラドスを削っていくが、ギャラドスは持ち前の体力で耐える。ギャラドスの攻撃は当たれば、防御の低いフーディンを一撃で倒せる威力がある。
 ナツメはそれがわかっているから、万全の策を取る。
「テレポート。そう、その調子よ」
「くっ! ギャラドス、バブルこうせん!」
 ヒットアンドアウェイのフーディンを、ギャラドスのバブルこうせんが追う形。
(このまま行けば、ギャラドスを削りきれ……あっ!)
 ナツメがレッドの策に気づいた時にはもう遅かった。バブルこうせんの泡がバトルフィールドにとどまり、フーディンの動けるスペースがなくなってきている。
 テレポートとはいえ、泡がまとわりつけば行動が遅くなるのは必定。
「ギャラドス、かみつく!」
「!? テレポート!」
 フーディンの動きが遅くなり、すんでのところでギャラドスのかみつきをかわす。しかし、慌てたフーディンはテレポートする場所を誤った。
「フッ!? フー……!!」
 フーディンがテレポートしてしまったのはフィールドの泡溜まり。体にまとわりついて次の行動が遅れる。
「たたきつける!」
 レッドのギャラドスも、今度は外さなかった。
『フーディン、戦闘不能! 挑戦者レッドの勝利!』
227:
 バトルが終わり、お互いのポケモンを手元に戻す。
(負けちゃった……)
 
 しかし、ナツメの心には涼やかな風が吹いている。一度目をつむって感慨にふけった後、レッドへと近づいてく。
「バトルありがとうございました」
「ええ。私も楽しかったわ。それじゃあ、はい。ゴールデンバッジ。つけてあげるわ」
「わっ」
 ナツメがレッドの上着を軽く持ち上げ、ゴールデンバッジをつける。
 つけ終わると、また二人向い合って微笑みあう。
「ねえレッド。もし助けが欲しかったら、なんでも言って。レッドのためなら、どこへだってすぐに駆けつけるわ」
「ありがとう、ナツメさん。それじゃあもしものときは、頼りにさせてもらいます」
 残念ながらレッドは女性の魅力についてはわかっても、自分自身が色恋に積極的になるにはあと少し年齢が足りないようだった。
(あら。でもこれなら、私にも……。ファッションとか気をつけた方がいいわよね……)
「そういえば、あなた本当に覚えてないの?」
「? なにをですか?」
「……シルフカンパニーの時、ロケット団の秘密通路であなたが気を失う前の事……」
「……?」
 レッドはキョトンとしている。本当に覚えてないようだった。
(レッドって天然ジゴロ……? まあ、いいわ)
「そう、じゃあ今度は忘れないでね。私の、感謝の証なんだからっ」
「え、わっ!?」
 ナツメがレッドを抱き寄せ、レッドの頬には……。
「へくちゅっ。あら……風邪かしら?」
 タマムシの淑女も、ただ想い人を待つだけではまずいかもしれない。 
236:
 タマムシシティ。レッドは次のジムがあるセキチクシティを目指すため、ヤマブキシティを離れ、タマムシシティの西からセキチクシティへ繋がるサイクリングロードを目指していた。
 レッドは怪我から回復した姿をエリカに見せるためタマムシジムに寄り、エリカに見送られながら再び旅立とうとしていた。
「怪我のないようになさってくださいね。ハンカチとティッシュは持っていますか? 回復の薬と食料の携帯は? ポケモン達の回復は? 怪我の具合は本当に……」
「だ、大丈夫だよエリカさんっ。本当にもう怪我は治ってるし、準備も万全だよ!」
 ベタベタとレッドの体を触りまくるエリカ。本人は心配であるがゆえに行っているために、レッドも無碍に振り払えず、声を上ずらせながら答えるしかない。
「……わかりました。でも、本当に気をつけてくださいね」
 エリカもやっとレッドから離れる。以前タマムシでレッドと戦い旅に送り出した途端、再会したのが彼の病室だったショックを、エリカは表面上大丈夫そうにしながらも引きずっているようだった。
「うん。エリカさん。これを……」
 そんなエリカを察して、レッドは用意しているものがあった。それは日記帳。
「これは……?」
「俺がマサラタウンを出た時からつけている、旅のレポート」
「え……そんな大事なものを、私に……?」
「エリカさんに持っていて欲しいんだ。これからも、カイリュー便でエリカさんに届けるよ。それにエリカさんはタマムシ大学でポケモンの研究をしてるんでしょ? ポケモン達と一緒にいて気づいた事も書いてあるから、役に立てるかなって思って」
 レッドがポケモン達と辿ってきた旅の記録。エリカはその重みをひしひしと感じながら、大事に受け取る。
「……わかりました。ですが、一時的に預かるだけです。必ず、取りに来てください」
「……もちろん。それじゃあ、行ってきます」
「……行ってらっしゃい。サイクリングロードは最近暴走族が出ると聞いています。どうか、お気をつけて……」
「うん!」
 さよならは言わない。レッドは後ろ髪が引かれる思いを振り切り、自転車にまたがってエリカへ手を振りながらサイクリングロードへ向かった。
237:
 サイクリングロード。そこはタマムシシティから西南へ降った半島の先から、海上に架かってセキチクシティへの道を繋ぐ二輪車専用橋。
 橋そのものがセキチクシティへ下る坂状になっており、タマムシシティからセキチクシティへ向かう自転車搭乗者はペダルをこがずに一気に抜ける事ができる。
「おー!!」
 レッドも多くの利用者の例にもれず、自転車に座っているだけで風を切ることができる楽しさに興奮していた。海上を通っているだけあり、自転車から見える景色はまるで空を飛んでいるかのような光景だった。
(そういえば、こんな場所に暴走族ってどういうことだろう? この坂では皆坂に身を任せてスピードを出すだろうから、暴走も何もないと思うけど……。でも、あんな怪我をしたあとだ。気を引き締めて行こう。もう、仲間達に心配かけるわけにもいかないしね)
 そんなレッドの気の引き締めは、無駄に終わった。レッドが降っていた先、自転車の前輪の高さに合わせて張られたワイヤーが、猛スピードで来たレッドの自転車にひっかかる。
「へ」
 レッドが見る景色が空に舞い上がり、逆転した。自転車がワイヤーによって空に跳ね上がり、乗っていたレッドもまた、自転車のサドルから大きく上方に投げ出される。
 幸か不幸か、レッドが投げ出された場所は走者が緩やかに減するためのカーブ地帯。レッドは自転車と共に落下防止柵を高々に超えて海上に投げ出され、どぼんという水音と共に気を失った。
(ん……あれ……? ここは……)
 潮の香りと共に、さざ波の音が聞こえる。また、レッドがいる場所がゆらりゆらりと揺れていた。海上に浮かぶ小舟だった。
「気がついたよ、ちちうえ」
「!? え……」
 レッドの顔を覗いていたのは覆面の忍び装束の少女。高い声とレッドよりも低い背丈、その少女が小舟の先端に立つ人物へと報告する。
「うむ! お主。怪我はないようだな」
 落ち着いていて少ししわがれた男性の声だった。しかし、少女と同じく彼も覆面、忍び装束を着ている。レッドは状況を把握した。どうやらサイクリングロードから海に投げ出され、彼らによって救われたのだろう。
「助けていただき、ありがとうございます。あ、俺の荷物……」
「ここだよ」
 少女がレッドの寝ていた横を指さす。荷物は水に濡れているが、中を荒らされた形跡はない。自転車も無事だった。
「あの、あなた達は……」
「すまぬな。お主をすぐに陸へ届けたいところだが、拙者達の用事がすんでからとなる。今は体を休めておくといい」
「え、ええ。あの、どうして覆面を?」
「あたいたちにも、事情あるのだ!」
 少女が舌足らずなしゃべり方で胸を張る。覆面の男は特に反応しなかった。
(答える気はないってことか……。悪い人たちじゃあなさそうだけど。仕方ない、今は言うとおり体を休めとこう)
 ピジョットを使って空をとぶ事も考えたが、現在地がつかめない場所でいたずらに飛ぶのはかえって危険だと思い直し、レッドは目を瞑った。
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