【モバマス×ニンスレ】「ライク・シング、ライク・ダンス」back

【モバマス×ニンスレ】「ライク・シング、ライク・ダンス」


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1:
アイドルマスターシンデレラガールズ
×
ニンジャスレイヤー
第1部
「ライク・シング、ライク・ダンス」
前スレ
【モバマス×ニンスレ】「ドリンク・ディペンダンス」
2:
黒々とした雲がうろこ状になって浮かび、赤く不気味な月を朧げに滲ませている。
平安時代の詩聖にしてアイドルプロデューサーであるミヤモト・マサシならばこの空気をポエットに書き残しただろう。
だが今はマッポーの世だ。
心の荒んだ人々は誰も空に興味を示さない。 1
3:
代わりに人々の心を癒やすのはアイドルたちだ。
街のどこかからうら寂しい空を切り裂いて13色のサーチライトが踊っている。
1色1色が765プロダクションのアイドルのイメージカラーであり、また街のどこかでライブを開いているのだろう。 2
4:
光の根本では常夜灯が輝き、街を不夜城に変えている。
灯りの1つ1つの元にサラリマンがいて、終わることのない仕事に追われているのだろう。
それは実際彼らの命が燃えているような儚い瞬きだった。 3
6:
サギサワ・フミカはそんなセンチメンタルなことを思いながら、自分もまたその灯の1つであることに気づく。
窓際に座ったその大理石めいた白い肌は部屋のすぐ側の毒々しいネオンに彩られている。
自室の電気は消され、手にした本を広げたまま、何時間も外の景色を見つめ続けていた。 4
7:
時にサギサワはこうして何時間も物思いに耽ることがあった。
それでも最近は特に多く、毎日のように眠る時間を削ってまで、夜景を眺めながら考え事をするのだった。 5
8:
その原因は、夜毎にニューロンの網にかかる記憶によるものだった。
交わしたことのない会話、作ったこともない笑顔。
自分に微笑みかけてくる、見知らぬが、しかし、どこか懐かしい顔。
それぞれが切れ切れに浮かんできてはサギサワを苦しめるのだった。 6
9:
……ミヤモト・マサシのコトワザだよ。エート、ホラ、なんて言ったっけ?」
「私に聞かれてもわかりかねます」
「ダヨネー…… 7
10:
サギサワはこうした偽りの記憶に襲われる度に、本で読んだものと自分を納得させ、別人の物語として再構成していた。
そうでもしなければ何故自分の知らない記憶持っているのか、その恐ろしさから逃れることができないのだった。
ビョーキは気分の問題。そうやって自分を納得させていた。 8
11:
……さあ、顔を上げて。前を向いて。そう、良いね。雰囲気があるよ」
「雰囲気がある、と言われても……どんな雰囲気なのかさっぱり……」
「良い雰囲気だよ。遥かにイイ…… 9
12:
だが記憶を順序立てて並べようとする度に、頭の奥で痛みが走る。
体が記憶を思い出すのを拒絶しているかのようだ。
わけも分からず、サギサワは知らずうちに涙を流していた。
頭痛と涙が溢れだす混乱の中でも、容赦なく記憶が漏れだしてくる。 10
13:
……いいかい、フミカ。フォー・セル・ベイビィ・シューズ・ネバー・ウォム、だよ」
「どういう意味ですか、それ……」
「さあ?俺も詳しくは知らないんだ」
「だけど、これだけ分かってほしい。お前の物語はお前だけのものだ。お前が、お前の、物語を伝えられる存在になるんだ…… 11
14:
「私が、私の……物語を伝える……」
顔も知らない人にかけられた言葉。
アイドルとしての活動方針を定められない自分に示してくれた初めての道。
それを気付かせてくれた言葉。それがどうして今になって……。
記憶は夜の闇に浮かぶネオンめいて明滅し、その全体像を掴ませることはない。 12
15:
「はっぴはっぴパウダー」「高品質な」「安らかな眠り」
サギサワは内と外から自身を苛む光の嵐に疲労を覚え、頭を窓に押し付けて目を閉じた。
ガラスの冷たい感触が、頭の痛みを和らげてくれるような気がした。
閉じたその目からは涙がとめどなく流れ落ちて、本に黒いシミを作っていた。 13
16:
朝を迎えるまでこうしていれば眠って全てを忘れることが出来るだろうか。
サギサワは信じたこともないブッダに祈った。
だが、サギサワの淡い期待を叶えてくれるほどマッポーの世のブッダは優しくはないようだ。 14
17:
夜明けまでまだ遠く、サツバツとした闇がいつまでもサギサワを包んでいた。 15
18:
――――― 
16
25:
次の日、サギサワは担当Pに呼ばれ、普段アイドルやプロデューサーたちが集まる階から更に上階の部屋に通されていた。
「じゃあ、フミカ。ここで待っていてくれ」
「ハイ」
部屋には普段使っているソファーやチャブ台より遥かに高価な調度品が並べられている。 17
26:
部屋の中は隅に置かれたマネキネコ型の空気清浄機から清浄な空気が循環し、微かにセンコの香りも漂わせている。
ここは事務所が迎える特別な来客のために用意されたものだ。
どのような目的があってこの部屋にサギサワを呼んだのだろう。
不安げにプロデューサーを振り返るが、彼もよく知らないようで、曖昧に笑っている。 18
27:
「大丈夫。チヒロ=サンがちょっと話をしたいっていうだけだから」
フミカPがネンゴロにサギサワを諭す。
「すぐに終わるから大丈夫。終わったらすぐに迎えに来るから」
「……ハイ」
なんとか安心してもらおうという姿勢にサギサワは折れ、力なく返事をする。 19
28:
フミカPはほっとした表情をして、サギサワの頭をなでた。
「そうだ。何か欲しいものはあるか?まだ誕生日には早いけど、プレゼントを……あるいは……」
彼はサギサワの関心をなんとかして引こうと色々な提案を試みた。
だが、どれも無粋なものばかりであり、サギサワは黙って首を横に振るばかりだ。 20
29:
フミカPが諦めて部屋を出て行くと、サギサワは少しの逡巡した後に手近なソファーに座った。
革張りのソファーは体を預けると強く反発し、身を落ち着けられるものではない。
サギサワは居心地悪そうに身動ぎした。
早く面談を終わらせてここから出たい。サギサワは無表情な仮面の下で思った。 21
30:
長い間無表情を保ち続けたせいか表情筋は固く強張ったままで、覇気を無くした瞳は輝きを失っている。
それでも整った容姿は失われておらず、ジョルリ人形めいた美しさはオリエント・インダストリのオイランドロイドにも似た危うい色気が漂っていた。 22
31:
この数週間喜怒哀楽を無くしたロボットのめいて無表情を貫き通しているのも、連日のように漏れだす自分の知らない記憶を辿っているためだった。
それは長い時には朝になり日が昇り始めるまで続けられることもあり、必然的にサギサワは寝不足になっていたのだ。 23
32:
このまま寝てしまおうか。
捨て鉢な気分になったサギサワは奥ゆかしくソファーに寝転がった。
だが眠ればまた謎の記憶がソーマト・リコールめいてフラッシュバックするだろう。
それが怖い。 24
33:
この時部屋の外の階段から微かなカラテシャウトと悲鳴が聞こえたが、眠ろうか眠らずにいるか思案しているフミカの耳には届かなかった。 25
34:
――――― 
26
35:
フミカP――キークローゼットは後ろ手でドアを閉めながらため息をついた。
最近彼女とろくにコミュニケーションがとれていない。
感情が抜け落ちたかのように無表情で、声をかけても反応が薄くなってきた。
強く出れば従わせることもできようが、それではアイドルとプロデューサーの関係ではない 27
38:
このままでは仕事にも支障が出始めるだろう。
そのような事態が起きる前に何か対策を打たねばならない。
チヒロもそれに気づいて今日のサギサワとのセッションを開くように求めたフシがある。
普通に考えれば、彼はプロデューサーとして失格であり、ケジメを強いられる流れだろう。 28
39:
実際彼のアイドルプロデューサー力は高くない。
それでもキークローゼットはチヒロからケジメされない自信があった。
その理由は、アイドルプロデューサーとして彼が持つ特殊なジツにあった。
その能力がある限り、ケジメされるどころかフミカPの担当を外れることもない。
彼はそう確信していた。 29
40:
キークローゼットがそのようなことを考えながら階段を降りていると、反対側からフロシキを背負った男が登ってきた。
髪を長く伸ばしてうつむきながら歩いているので顔はわからない。
見慣れぬ姿格好だが、仮に事務所のレッサープロデューサーならばこの先の立ち入りを禁止されているはずだ。 30
41:
「おい、誰だお前」
キークローゼットが呼び止めると、男はゆっくりと振り返った。
階段の下から見上げる格好になったキークローゼットは、男の顔を見て悲鳴を上げた。
「アイエエエッ!?」
その顔は痩せて肉が落ち、こけた頬骨が突き出している。
その分目が異様に大きく強調され、ギラギラと輝いている。 31
42:
まるで江戸戦争に負けた落ち武者めいた容姿だ!
その男はキークローゼットに呼び止められるとゆっくりと大儀そうにアイサツした。
「ドーモ。フミカPです」
「ド、ドーモ。キークローゼットです」
アイサツを返しながら彼は混乱の極みにあった。
(((フミカPだと!?フミカPは俺だぞ!?))) 32
43:
「フミカ……サギサワ・フミカはこの先にいるのだな?」
フミカPと名乗った男はキークローゼットに問うのでもなく呟いた。
(((こいつ……フミカを奪いに来たのか!)))
つまりは対立するプロダクションからの刺客!
キークローゼットはカラテを構え、男の攻撃に備えた。 33
44:
だが頭の中では、この不審な男がどうやってここまで侵入してきたのかを考えていた。
上層階はチヒロのオフィスも含まれるため、当然セキュリティもレッサープロデューサーどもが働いている階より厳格な物が使われているはずだ。
(((ナリコ・トラップは!?カメムシ=サンは何をしているのだ!?))) 34
45:
カラテを構え敵対しながら考え事をするというウカツさ!その油断を男は見逃さなかった。
「イヤーッ!」
「アバーッ!?」
背負っていたフロシキをキークローゼットの頭に叩きつけた。
相手よりも上方に立っているというチノ・リを活かし、回転ジャンプをしてさらに衝撃力を加えたため破壊力倍点だ。 35
46:
なんというプロデューサーカラテの実力か。
実力不足のキークローゼットでは足元にも及ばないカラテの持ち主である。
アワレキークローゼットは頭蓋が砕かれる音とともに階段下へ転がり落ちていった。
「アバッ……か、カタイ……」
キークローゼットは血の涙を流しながら呻いた。 36
47:
あのフロシキに何がつめ込まれているのだろうか。何か石のような……。
そこまで考えたところで階段から降りてきた男によって思考は中断された。
「悪いが、しばらく眠っていてもらうぞ」
男の声とともに足が頭に向かって振り下ろされた。足の裏は過たずキークローゼットの意識を刈り取った。 37
48:
―――――
38
52:
フミカPと名乗った男はキークローゼットから足を退けると、踏みつけた相手の血で靴が汚れたことにため息をついた。
彼はフロシキを降ろし、ポケットからテヌグイを引っ張りだすと、靴を丁寧に磨きあげた。
さらにライブバトルで乱れた服を丁寧に整えるとサギサワの待つ部屋に歩き出した。 39
53:
(((もうすぐだ。もうすぐでフミカに会える)))
男はプロデューサーとして活動していた日々を思い返していた。
四国の片田舎から見出した逸材……
アイドル活動に積極的になろうとしないサギサワをなだめすかす日々……
幾つもの困難を乗り越えて信頼関係が生まれ、サギサワがアイドルとして活躍し始めた矢先のことだった。 40
54:
プロダクション対抗のフェスティバルが開催されて、男とサギサワもそのイベントに参加することになった。
自分たちの実力を試そう、という軽い気持ちであった。
しかしアイドルがライブを行うその裏ではプロデューサーたちが密かに暗躍し、暗黒非合法ライブバトルを繰り返していたのだ。 41
55:
サギサワはライブでは最高のパフォーマンスを見せた。
日頃の特訓の成果だった。
だが、イベントの真実を知らなかった男はプロデューサー同士のイクサにあっさりと負けた。
負けた代償にサギサワは他の事務所へと強制的に移籍させられ、その行方は男のもとに知らされることはなかった。 42
56:
失意と後悔、そしてアイドル真実を知らなかった己のウカツへの怒りが男を苛んだ。
サギサワと引き離されたショックからオハギとサケに溺れるジゴクのような日々を送った。
時にはハッパに手を出すこともあった。
そんな生活を続けていたある日、元事務所の同僚から意外なノーティスが届けられた。 43
57:
それはスパイとして送り込んでいるプロデューサーによって、サギサワ・フミカがシンデレラガールズプロダクションに所属している、という事実が判明したのだった。
さらにサギサワの情報は立て続けに届けられ、男の尻を叩いた。
何故助けに行かないのか、と言わんばかりに。 44
58:
男が意を決して事務所に潜入すると、拍子抜けするほどあっさりとサギサワの元へとたどり着けた。
何かの罠か、とアイドルプロデューサー第六感が働くには彼はオハギを摂取しすぎていた。 45
59:
男がドアを開けると、高級そうなソファーで横になるサギサワの姿が目に入った。
離れ離れになった時から何も変わっていない。
白髪の混じった長い髪も、微かに覗く白く輝く肌も、コバルトブルーの澄んだ瞳も。 46
60:
サギサワが顔を上げると、驚きに目を見開いて、ソファーから飛び起きた。
その反応は見知らぬ人間のエントリーを見たかのようで、少し傷ついた。
(((無理もないか……実際やつれた)))
ソファーを離れ窓際へ移動して男から距離を取るサギサワを見ながら男はため息をついた。 47
61:
「フミカ。待たせて済まなかった」
男はソファーに腰掛けると、サギサワの方を見ずに言った。
「だがもう大丈夫だ。ここの責任者と話をつける準備も整えてある。だから……」
「あの……どちら様ですか……」
男は話を遮るようにして呟かれたサギサワの言葉に驚愕して振り向いた。 48
62:
「俺が……わからないのか?お前がここに来る前のプロデューサーを……」
男はサギサワに名前を伝えるが、怯えたような表情は変わらない。
何かがおかしい。
容貌は変わり果てているが、名前すら忘れるほど長い間離れていたわけではないはずだ。
「どういうことだ……?」 49
63:
だが迷っている時間はない。この瞬間にも潜入が露見するかもわからないのだ。
階段下で昏倒させたやつもすぐにでも気がつくかも知れない。
かくなる上は無理矢理にでもここから連れ出すしかない。男は覚悟を決めた。
キヨミズ!
すると、その時の事だった。 50
64:
「待たれよ」
声が部屋の中に響いた。
「全く、先の油虫騒ぎ以来どうも警備体制が緩んでいるようでいかんな」
驚いた2人が部屋を見回していると、窓の下から手が伸びてきた。
「アイエッ!?」
驚いたサギサワが窓から飛び退ると、外側から窓を開け、モバPが部屋の中にエントリーしてきた。 51
65:
「貴様、どこから……」
「アイサツも無しにプロデューサー問答か、ドブネズミが強く出たものよ」
モバPは厳然と男の声を遮った。
「ドーモ、モバPです」
「ドーモ、モバP=サン。フミカPです」
モバPはフミカPのアイサツを聞くと面白くなさそうに鼻で笑った。 52
66:
「フミカP?戯言を。元・フミカPだろう」
「違う!俺は今でもフミカのプロデューサーだ!貴様らの卑劣な罠のせいで俺は……!」
男は憤激して叫ぶがモバPは平然として罵倒を続ける。
「女々しい男よ。知っているぞ?自分の力の無さからプロデュースすることを諦めた男だと」
「違う!違うんだ!俺は……」 53
67:
フミカPと強弁する男は更に何かを言い募ろうとするが、モバPがそれを無視しジュー・ジツを構えた。
「さあ、カラテを構えよ。ライブバトルの時間だ」
「ネズミ、死すべし」
「待て!待ってくれ!俺はライブバトルを申し込みに来たんじゃない!」 54
68:
男はそう言って後退ると、背負っていたフロシキを床に置き中身を晒した。
(((やはり、これを使うしかないのか……!)))
フロシキに包まれていたのは、コーベインめいて積み重ねられた大量のエナジドリンクであった。
 「1000本ある!」
男は叫んだ。
「このエナジドリンクでフミカを返してくれ!」 55
69:
「違うとか返せとか……よくよく大声で喚くネズミよ」
モバPはうんざりとした顔をする。
「大体、そんなものでフミカを移籍させることが出来るものか」
モバPがばっさりと切り捨てると男が慌てて始めた。 56
70:
「スタミナドリンクじゃないぞ、エナジドリンクを1000本だぞ!?どういう価値を持つのかわかっているのか!?」
肉の落ちた頬を限界まで開いて抗議する。
「ならぬものは、ならぬのだ」
そもそも、とモバPは言う。
「オーゴンだとか、ドリンクだとか……そういうもので人の価値を測るものではない」 57
71:
抜け抜けと正論を言ってのけるモバPの図太さに、男のニューロンは沸騰する。
どの口がそれを言うか。
貴様らの流儀に合わせた取引をしようと思えば今度は正道を説くか!
正義もなく道理もなくアイドルを汚し獣へと堕した暗黒プロデューサーが!
男は最大限の罵倒を口にしていた。
「ケツ・ノ・アナ!!」 58
72:
「まぁまぁ、そう汚い言葉を大きな声でいうものではありませんよ。フミカ=サンも驚いているではありませんか」
サツバツとしたアトモスフィアに似合わないのんびりとした声が、部屋の入口から届いた。
その声の主の姿を認めると、モバPは即座に膝をつき、恭しく頭を垂れた。 59
73:
男が振り返ると、そこに蛍光緑色のスーツを着た女が立っていた。
ブッダエンジェルめいたその柔らかな表情と物腰からは考えられないほどの常人ならざる気配を漂わせている。
この事務所には何も関係のない男ですらも、女の持つ圧倒的なアトモスフィアに負けて膝をついた。 60
74:
蛍光緑色の服を着た女――チヒロはその様子に満足気な笑みを浮かべた。
「まぁまぁ、他所の事務所からのお客さんとは珍しい。特段おもてなしもできませんが、これをどうぞ」
そう言ってチャブにおいたのはパックに詰め込まれたオハギであった。
(((こいつ……俺のことをどこまで知っている!?))) 61
75:
脂汗を流し動揺する男に対して、チヒロは常と変わらないアルカイックスマイルを浮かべたまま男に近づいて言った。
「お話は聞いていますよ。確か、フミカ=サンを移籍させてもらいたい、ということですよね?」
優雅にソファーに座り、男にもイスを勧めながら言った。 62
76:
物分りの良い女性だ、と男は思った。
状況が好転してきたことに、普段信じてもいないブッダに感謝もしていた。
だがモバPは知っていた。
このサディスティックな事務員が、エモノを目の前にして簡単に狩りを終わらせないことを。 63
77:
そう。男は考えるべきだったのだ。
オハギ中毒の自分にオハギを差し出すほど素性を調べあげている相手が、どんな結末を用意しているかを。 64
84:
(これまでのあらすじ)
(シンデレラガールズプロダクションのアイドル、サギサワ・フミカは夜毎に自分の知らない記憶がソーマト・リコールされていた)
(この記憶は何なのか、と訝るサギサワの前に自分の元・プロデューサーだと名乗る男が現れる)
(その男は事務所側と交渉をしてサギサワを移籍させようとするのだが……?)
85:
―――――
65
86:
「チヒロ=サン。どういうことだ」
「どう、とは?」
モバPがチヒロの側に駆け寄って囁いた。
それに対しチヒロはまるでどこ吹く風と言う感じだ。
チヒロはフミカPと名乗る男からの要求を聞くと、少し相談をする時間が欲しいとモバPと連れ立って部屋から出て行ったのだ。 66
87:
今2人は元いた応接間の隣の部屋に移動していた。
その部屋は事務所の幹部たちがザゼンに使うのか、綺麗にタタミが敷かれ「不如帰」のショドーが掛けられている。
「元々腹は決まっていただろう。サギサワ=サンを移籍させるつもりなど毛頭ないはずだ」
「ウフフ……そうでしょうか?」 67
88:
モバPのインタビューにもまるで素知らぬ風を装っているが、この嗜虐心の塊のような事務員は見ず知らずのプロデューサーのための情など欠片も持ち合わせていないはず。
当然あちらの要求など相談するまでもなく決めているはずなのだ。
モバPはチヒロの反応を無視して話を進めた。 68
89:
「何故私をあの場から遠ざけた?あの男は今すぐにでもサギサワ=サンを抱えて飛び出しかねない狂人だぞ」
「よく観察していますね。スバラシい。ですが、それだけではタダシくありません」
チヒロはモバPに向き直りにっこりと微笑んで言った。 69
90:
「狂人には狂人のメソッドがあります。そのメソッドに従えばいかな暴れ馬であろうと御すことも不可能ではありません」
「この場合、自分の生活もままならないはずの人間が、自分の生活を犠牲にしてまで換金性の低いエナジドリンクを1000本もわざわざ抱えてやって来るという行動を評価してみましょう」 70
91:
「つまり、最初から自分の生活の核であったエナジドリンクを取引に使うことを考えていたのであり、それ以外の行動は非常手段として取るべきものなのです」
「その取引に応じると答えれば、彼がフミカ=サンをさらって逃げるという非常手段は取らないでしょう」 71
92:
ゴウランガ!
なんという見事なサイコロジカルな理論であることか!
数多くのプロデューサーを束ねアイドル事務所を急拡大させてきた手腕の一因はここにあったのだ!
「相手のメソッドを理解し、それに従うことでそれ以外の行動を制限することに繋がるのです」 72
93:
だがモバPはチヒロの言葉を聞いても腑に落ちないと言った表情で繰り返した。
「だがそれは移籍を許さないはずのオヌシが要求を受け入れた理由にはならないはずだ。一体何が目的で……」
「……少しお話をしすぎましたね。何か飲みませんか?」 73
94:
チヒロは不意にモバPから離れ、ザゼンルームに備え付けられているクーラーボックスに向かった。
話はこれで終わりと言わんばかりに。
「何故私を利用する。オヌシの悪巧みの尖兵となるのはゴーメンだぞ」
「悪巧みなんて、そんな」 74
95:
憤りを込めた言葉もにこやかな顔で受け流される。
まるでベイビー・サブミッションのごときである。
モバPのアイドルプロデューサー力ですら手玉に取るチヒロの力に、諦めて手渡されたアイスマッチャに口をつけた。 75
96:
ザゼンルームで向き合いながら何を話すでもなくチャをすすり、時間をつぶすとチヒロは立ち上がった。
「さぁ、時間もちょうどいいくらいに潰れましたし、そろそろ戻りましょうか」
有無を言わせないにこやかな顔にモバPは何も言わずにそれに従った。 76
97:
そのモバPの従順な様子にひとしきり忍び笑いを漏らした後、ご褒美にと先ほどの質問の答えを、見たこともない酷薄な笑みを浮かべながら回答した。
「あの薄汚い中毒者が二度とこの事務所のシキイを跨がないような記憶を植え付けてやるためですよ」 77
98:
―――――
78
102:
チヒロとモバPが部屋を出て行った後、男は窓際で小さくなっているサギサワのところへ、タタミ一枚分の距離を置いて近寄った。
男が距離を縮めると、サギサワはさらにリスめいて部屋の隅に逃れようとした。
その仕草に初めて出会った時のことを思い出しながら、サギサワに語りかけ始めた。 79
103:
「なあ、今は何の本を読んでいるんだ?」
「……っ」
サギサワは声をかけられるとビクリと身を震わせるが、何も答えない。
この事務所の連中から前の事務所の人間とは関わってはいけないとでも方針があるのだろうか。
すっかり見知らぬ人扱いされてしまっているようだ。 80
104:
せめて他愛もない雑談を続けながらサギサワとの会話の糸口を探ろうとする。
「確か、前は詩集も読んでたよな。お勧めの詩人を教えてくれって言われたから、本を貸したこともあったよな……」
サギサワは黙って首を振る。 81
105:
「……ホラ、あれは?分厚い表紙の割にはスゴイメルヘンな挿絵が書いてあった絵本。あの本の名前は確か……」
だが何を話してもサギサワは首をふるばかりで満足に会話にならない。
そのうちに男はある可能性を思い当たった。
「もしかして……昔読んだ本のことも、覚えてないのか……?」 82
106:
サギサワは黙して語らない。
だが、それが答えだ。
サギサワは男のことだけでなく、過去に読んだ本の事すら覚えていないとは。
どういうことだ、これは。
男が真綿を喉に詰め込まれて殺される感覚に陥っていると、サギサワが口を開いた。 83
107:
「あの……昔の私のことを知っているというのは本当でしょうか?」
「あ、ああ……さっきも言った通り、俺はお前の元プロデューサーだ」
「そ、それでは、私が昔読んでた本って、どんなものでしたか?」
「さっき言った本とか、難しい音楽論を読んでいたこともあった。画集も開いていたこともあったし……」 84
108:
男は思いつく限りの本の名前を挙げた。
だがそれらの名前にもサギサワは首を振って答えた。
重苦しい沈黙が続いた後、サギサワは何かを悟ったように口を開いた。
「……全て記憶にありません。ですが、どれも読みたいと思っていた本です……」
「それは、つまり……」 85
109:
「今、初めて思い出しました。私がどうやってアイドルになったのか。それを忘れていたということに……」
「……私は記憶をなくしていたようなのです」
おお、ナムサン!
これはいかなることであろうか?
チヒロはどのような方法を使えば人間から違和感なく記憶を奪うことが出来たのであろうか? 86
110:
しかし、それ以上に男の体を怒りが支配していた!
人との大切な思い出を奪い踏み台としたプロデューサーたち!
下が非道を働いても見て見ぬふりをする管理者!
このプロダクションは上から下まで全て腐っている!
男はあまりの怒りにめまいを覚えるほどだった。 87
111:
オタッシャだ。
この事務所の奴らを全員オタッシャさせてやる。
今、すぐに、ここで。
今にも爆発しそうな男の怒りを鎮めたのはサギサワだった。
怒りに震える拳に手を添え、ゆっくりと言ったのだ。
「全てを思い出したわけではありませんが、あなたが私の元プロデューサーということは理解出来ました……」 88
112:
「先ほど挙げてくれた本の全てが、私の趣向と一致するものでした」
「そう……私のことを分かってくださっている人だから、元プロデューサーだということに、嘘はないと理解出来ました」
サギサワは顔を上げて男と目を合わせた。
深い蒼の瞳は、涙で潤んでいる。 89
113:
「私が今アイドルとして活躍できているのも、プロデューサーさんの指導があってこそなのです」
「これで移籍が成立してまた元のように一緒に仕事が出来るなら……何も前と変わりません」
「だから……どうか私のために、早まるようなことはなさらないで下さい……」 90
114:
おお、ナムアミダブツ……。
サギサワのブッダマザーめいた訴えに男の怒りは溶けるようになくなった。
記憶が封じられようとも、心の繋がりまで奪うことは出来なかったのだ!
フミカPは涙した。頬を伝った涙は重ねられたサギサワの手の甲に落ちていった。 91
115:
サギサワもまた大粒の涙をこぼしていた。
その涙が髪に伝って光るのを見て、男は笑った。
「お前まで泣くなよ」
男はテヌグイを取り出し、サギサワの顔を拭った。
「フミカ。この事務所から移籍したら、また本を読もう」
男が涙を拭いながら言った。その顔は晴れやかで、先ほどの怒りは微塵も見られない。 92
116:
「読んだ内容を覚えてないっていうなら、また本を貸すよ。それとも、別な物がいいかな……」
2人はチヒロが戻ってくるまでの間、どんな本を読みたいかを話し合った。
だがそれはコトワザに"言う捕らぬフェレットの皮算用"であることを、彼らが知らぬはずはないのだ。 93
117:
ほどなくしてチヒロが応接間に戻ってきた。
表情は先ほどと変わらないにこやかなものだ。
モバPは部屋の中に入らないままドアが閉められたが、それについては何も言わないままチヒロが口を開いた。
「お時間を取らせてしまい申し訳ありませんね。さぁさ、どうぞ話の続きと参りましょう」 94
118:
「こちらはもう何も言うことはない。このエナジドリンク1000本でフミカを移籍させてくれ」
中央のソファーに向き合う形で座った2人の間に、エナジドリンクが置かれたままになっている。
だがチヒロはそれに目もくれず、男を真っ直ぐに見つめたまま言った。
「相談の結果、やはりやめました」
「……は?」 95
119:
「ですから、フミカ=サンを移籍させる話は取り止めになった、ということです」
「ど、どうして……」
「やはり、フミカ=サンはうちの事務所に必要な方なんですよねえ。アイドルアカデミーも受賞できるかもしれない逸材であることですし、そうなると手放すのは実際惜しい……」 96
120:
チヒロは移籍させない理由をだらだらと述べ立てるが、それに納得するフミカPではない。
「それに、あなただって移籍させた後はどうするんです?金もないツテもない何にもないじゃロクに活動だって出来ないでしょう?」
「何を……自分の戻るプロダクションも、サポートする同僚だって存在している!」 97
121:
「おや?それは本当ですか?」
「あ、当たり前だ!プロデューサーならばそれらを頼る時だってある!」
「なるほど、なるほど。やはり協力者がいたわけですか」
チヒロの巧みなプロデューサー問答によって情報を吐き出してしまっているが、激高した男はそれに気づく様子もない。 98
122:
「ともかく!移籍させないというのであれば、力づくにでもフミカを頂いていくぞ!」
「ええ、どうぞ。出来るのであれば、ご自由に」
あらかた情報を聞き出し終えたチヒロは、ゆったりとソファーにもたれかかった。
その余裕のある態度に男が不審に思った時、背後のサギサワの元から物音が聞こえてきた。 99
123:
男が驚いて振り返ると……
ALAS!いつの間に部屋に忍び込んだのであろうか、サギサワの両隣にキークローゼットとモバPの2人のプロデューサーが立っているではないか!その光景を見た男は全身の血の気が引く音を聞いたような気がした。
「フミカから離れろ!」
「イヤーッ!」
「グワーッ!?」 100
124:
ソファーを飛び越えサギサワの元へ飛んで帰ろうとした男をモバPがかかと落としで地面に叩きつけた。
モバPは床に寝転がった男にさらにマウント状態を取り、動きを封じた。
「能無しが!そこでブザマに寝転がったまま見ているがいい!フミカの担当プロデューサーは誰なのかを!」 101
125:
キークローゼットはそう叫ぶと、サギサワに向き直って手をこめかみに添えてシャウトした。
「カギ・ジツ!イヤーッ!」
するとキークローゼットの目から光が溢れだし、逃げようともがいていたサギサワを包んだ。
光が収まると、サギサワは抵抗することをやめ、大人しいジョルリ人形のようになっていた。 102
126:
カギ・ジツ!
相手の記憶に錠前めいて鍵をつけることで記憶を封じ込める謎めいたアイドルプロデューサー・ジツだ。
アイドルプロデューサー力が低くまともにアイドルをプロデュース出来ない彼がフミカの担当Pとしてマルナゲされていたのも、この特殊なジツを見込んでの事だった。 103
127:
「こうなってしまえばフミカ=サンもまた元のように記憶を失って、あなたのことなど知らん振りをするということです」
床に転がった男の顔の近くにしゃがみこんだチヒロが解説する。
「私のところに彼がいる限り、彼女は昔の記憶は常に封じられ続けます。つまり、あなたとの記憶は永久に元に戻りません」 104
128:
「ウオーッ!」
「イヤーッ!」
「グワーッ!?」
マウントから逃れようとした男が暴れるが、モバPによってまたすぐに制圧された。
「そしてあなたが彼女を無理矢理に連れだそうとしても、アイドルプロデューサーカラテでモバP=サンに勝てないあなたにそれは出来っこない作戦です」 105
129:
チヒロはアクマじみた囁きを男の耳元で繰り返す。
それは男の心を絶望感でジワジワと塗りつぶしていく。
「そうそう、あなたには協力者もいるそうですね。大勢で攻めて来られても困りますし、早いうちに探しだしてスレイさせておきましょう」
何事も早め早めに。
チヒロはにっこりと微笑んだ。 106
130:
「あなたの才能は実際惜しい」
チヒロはもったいぶって言った。
「そのカラテのワザマエ、熱いソウル。どれをとっても野良のプロデューサーにしておくのは惜しい。どうですか?ここで働きませんか?」
「それはつまり……」
チヒロの最後の慈悲にすがろうと、ドゲザするかのように頭を床に擦り付けた。 107
131:
「ああ!もちろん、フミカ=サンとは一緒に働けませんよ?」
チヒロの最高のスマイルから放たれた止めの一撃を食らった男の心は完全に砕かれ、がっくりとうなだれたまま涙を流し続けた。
「フミカ……すまない」と守りきれなかった担当アイドルへの謝罪を繰り返しながら。 108
132:
その様子を見たチヒロはこの日一番の哄笑をあげた。
男がブザマな姿を見せていることに満足したキークローゼットはサギサワを引っ立てて行こうとする。
そのサギサワは、見知らぬ相手であるはずの男に顔を向けて、涙を流していた。
どういう涙なのか、彼女自身にもわからないまま涙を流し続けていた。 109
133:
―――――
110
134:
サギサワはうたた寝から目が覚めた。
どれくらい寝てしまっていただろうか。
周りはまだ闇の中であり、それほど長い間寝てはいなかったようだ。
嫌な夢を見たような気がするが、どうしてもその内容を思い出せない。
夢なんだから、当たり前といえばそれまでの話だが、何かが引っかかるような気がする。 111
135:
何かを忘れてしまったような、何か大切なことを……
思い出そうとすると頭の奥に痛みが走り、体が思い出すのを拒否するかのようだ。
サギサワは諦めて元のように窓に頭を預けて目を閉じた。
「超得ショップ開催」「実際安い」「おマミ」
部屋の外の明滅するネオンの煩わしさに、閉じた目をすぐに開けた。 112
136:
すると、目に入ってきたのは、水で濡れて黒くシミが出来た読みかけの本だった。
いつからこんな本を読んでいただろう。分からない。
開いたページにはメルヘンな挿絵が描かれている。
分厚いカバーに似つかわしくない、スカートの端をちょこんと上げてはにかんでいるカワイイイラストだ。 113
137:
それを見た途端、前にもこの本を読んだデジャヴに襲われた。
記憶の糸をたどってもそんなことは決してないのだが、どこか懐かしさと安らぎを感じるのだ。
この本をどこかで……。 114
138:
夜明けまではまだ遠く、寄る辺を失ったサギサワの周りには空虚な闇がいつまでも渦巻いていた。
彼女はその闇の中を、あるはずのない記憶を求めてさまよい続けるのだった。 115
13

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