走れエロスback

走れエロス


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1:
山田太郎は激怒した。
必ず、かの桃色卑猥の本を取り戻さねばならぬと決意した。
太郎には勉強が分からぬ。太郎は、中学の学生である。
授業では居眠り、宿題はせず、いつも悠々自適に遊んで暮らしてきた。
けれどもエロに対しては、人一倍に敏感であった。
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2:
放課後を告げる鐘が鳴る。
太郎は人がはける折を見て、隣のクラスに足を運んだ。
同志の一人、岡勝(おかまさる)に猥本を借りる約束をしていたのだ。
扉を引いて中に入ると、勝は窓際の後ろの席に座り、ぼんやりと外を眺めていた。
案の定、一人しかいない。
その事実を確認した後、太郎は後ろ手でゆっくりと扉を閉めた。
「勝、レポートは捗ってるかい?」
言いながら隣の席に腰を降ろす。
3:
『レポートは捗っているか』
これは仲間内で決めた暗号であり、『モノは持ってきたか?』という意味になる。
「エロ本持ってきた?」などと単刀直入に聞けるはずもない。
今でも人目を忍んでいるが、万一聞かれても問題無いよう、彼らは二重の保険をかけていた。
4:
勝は太郎の方へ向き直った。しかしどこか浮かない様子であった。
目線を外して下を向き、床に向かって言葉を漏らした。
「いや、途中から難しくなって……」
「難しい?」
太郎は思わず聞き返した。何故なら否定を現す言葉だったからだ。
モノを持っていれば『簡単』、持っていなければ『難しい』と返す。
よって勝は猥本を持っていないという事になる。
5:
しかし太郎は、勝の言ったある単語が引っ掛かった。
『いや、「途中から」難しくなって……』
つまり勝は猥本を持ってきていたのだ。
持ってきてはいたものの、放課後までに失ってしまったという事だ。
太郎は座っていた椅子を前に引き寄せ、勝の耳元へ小声で詰め寄る。
「何かあったのか? まさか、没収?」
「……うん」
不吉な予想がピタリと当たる。
エロに対しては人一倍に敏感であった。
6:
「誰だ?」
端的な問いに、勝は「鈴木」とだけ言葉を返す。
その名前を聞くや否や、太郎はすくりと立ち上がると足早に教室を後にした。
後ろから「止めろ」という声がしたが、太郎はその言葉を振り払った。
「呆れた奴だ。生かして置けん」
鈴木は分かっていない。
健全たる、思春期真っ盛りの少年からエロを奪う。
それがどれ程の愚行であるか、鈴木はまるで分かっていない。
7:
中学生はエネルギーの塊である。
若く、日々その熱量を持て余す彼らは毎日その捌け口を探しており、
溜まったエネルギーは何かしらの方法で発散させなくてはならない。
その方法とは『勉強』であったり、『部活』であったり、
あるいは『エロ』であったり、『中二病』であったりする。
よく看護師のお姉さんが「溜め過ぎると体に毒ですよ」と言うが全くその通りであり、
行き場を失ったエネルギーを暴走させた結果、彼らはしばしば『エロ』か『中二病』のどちらかに走る。
所詮『勉強』や『部活』で発散できるエネルギーなど些細なモノであり、
場合によっては却って色々と溜め込む原因にもなりかねない。
真面目な話をしている途中、誰かが「おっぱい」と言っただけでゲラゲラ笑い転げるのも、
そうした暴走エネルギーを少しでも発散させる為の、人としての生存本能と言っても過言ではない。
8:
では、そんな中学生からエロを取り上げたらどうなるか。
タダでさえ若きエネルギーが有り余っている所へ上記の相乗効果によって
他の場所も色々モリモリエネルギーを余らせ始めるのだから
そうなればどうなるかと言うと火を見るよりも明らかである。
彼らは夜な夜な悶々と眠れぬ日々を過ごし、慢性的な睡眠不足はもはや必然の理と化す。
9:
さて、ここからが負の連鎖の始まりである。
睡眠不足は授業への集中力低下させ、集中力の低下は学力の低下へと繋がってゆく。
若者の力が衰えれば、近い将来、国力の低下は避けられない事態になるだろう。
社会は停滞し、失業者が世に溢れる。両親のリストラもその多分に漏れない。
大人は酒に溺れ、暴れ、子供をストレスの捌け口にする。
そんな大人を見て、被害を受けて、育った子供はどうなるか。
非行や犯罪に手を染めないとは言い切れない。
治安はさらに悪化。ますます国力の低下を誘発させて━━━━━━。
悪循環、ここに極まれり。
「それでも教師か!」
10:
さらに言えば、先程の例は人間の三大欲求、即ち『食欲』『性欲』『睡眠欲』のうち、
『性欲』と『睡眠欲』の実に二つもが踏みにじられている。
太郎は何かの授業で次のような言葉を習った。
『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』
では、人間の生存本能を奪われた人間が、
果たして『健康で文化的な最低限度の生活』を営んでいると言えるだろうか?
否。
「人権侵害だ!」
11:
大体、鈴木も男なのだ。
男であれば、過去に自分が受けた苦しみが分からない訳でもないだろう。
例え猥本を見つけたとしても、「もう持ってくるんじゃないぞ」と注意すれば良い。
それが男同士の社交辞令というものだ。
それがどうだ。教師という立場を利用して奪い取る。言語道断。
担任だろうが生活指導主任だろうが体育教師だろうが、職権濫用も甚だしい。
「死ね!」
そんな事を憤然と頭に巡らすうちに、太郎はとうとう職員室の前まで辿り着いた。
12:
職員室の扉を勢いよく開ける。
ズカズカと中へ大股で踏み込む。
鈴木はいる。自分の机に座っている。
ヨレた白いYシャツを着た、がっしりと幅広の背中が目に映った。
他の教師が「何事か」と目線を向ける。
だが視線が突き刺さろうが矢が刺さろうが、今の太郎は歩みを止めない。
鈴木は何やら書き物をしているらしく、周囲のざわめきを気に留めた様子はない。
太郎はその背中に向かって猪突した。
13:
「先生!」
怒鳴りにも似た声を鈴木の背中に浴びせかける。
だが鈴木は別段気にした様子もなく、
「お」と呟いて手を止めると、椅子をクルリと回して向き直った。
「山田か。丁度お前に用があった」
「え!?」
太郎はギクリと動きを止めた。
14:
何かまずい事をしただろうか。
いや、『今日は』いかがわしいモノなど持っていない。
何か言われる筋合いは無い。何か取られる筋合いも無い。
太郎の頭は半秒でその結論を導き出し、すぐさま落ち着きを取り戻した。
「何でしょう?」
努めて冷静に切り返す。
出鼻を挫かれてしまったため、一先ず相手の出方を伺う事にした。
15:
「家庭訪問をしようと思ってな。お前、自分の成績がどうなっとるか分かるか?」
鈴木は声色を落として喋りながら、太郎の前にB5大の白い封筒を二つ突き出した。
「こないだのテスト結果と、クラスの成績表だ。親御さんに渡しとけ。
 ちょっと用事を片付けたらすぐに行くからな。帰って待ってろ」
「もう一度最初からお願いします」
エロ以外に対しては、人一倍に鈍感であった。
17:
太郎は矢の如く職員室を飛び出した。当初の目的は保留とする。
何故なら、自身も猥本没収の危機に瀕しているからだ。
会談は太郎の部屋で行われるだろう。理由は家の間取りにある。
太郎の家は、小ぢんまりとした一軒家である。
そして生活スペースの都合上、応接間なんていう
客人をもてなす為の気の効いた部屋など存在しない。
そして今、太郎の部屋には猥本が出しっぱなしになっている。
18:
単純に考えるなら、このまま急いで帰って猥本を隠せばよい。
しかし太郎の頭は最悪の事態を想定していた。
鈴木が家に一報を入れるという事である。
ともなれば、母が部屋に掃除機くらい掛けるだろう。
そうなってもアウトだ。今のままでは間に合わない。
ならば電話には電話を。
太郎は校門脇の電話ボックスへ一目散に駆け込むと、
受話器をむしり取り、投入口に十円玉を叩き込んだ。
19:
太郎には竹馬の友があった。佐藤健太である。
健太も勝と同じく、志を同じくする者の一人である。
彼らは、
東に卑本の自販機があれば行って有り金を全てを投入し、
西にレンタル屋が建てば物色の為に足を運び、
南に雨雲が出来れば下着が透けないかと周囲を徘徊し、
北に風が吹けば河川敷に下りて土手を歩く女性を仰いだ。
そういう仲なのである。
20:
コールがやけに長く感じる。
太郎はトントンと爪先を地へ打ち続けた。
6回目のコールの後、ガチャリと受話器を上げる音がした。
「はいー、佐藤ですー」
少し間延びした、気の抜けた声がする。
健太本人に間違いない。
太郎は「しめた」と拳を握った。
「健太、例のアレが出しっぱなしで至急回収を頼む!」
「……了解!」
それだけで全てが伝わった。そういう仲なのである。
21:
太郎は受話器をフックに叩きつけ、すぐさま駐輪場へと駆け出した。
鍵を外し、ヘルメットを被り、颯爽とサドルに腰を据える。
そして両手でハンドルをガッシリと握る。
大地を支える左足で勢い良く体を押し進めると、ペダルに乗せた右足を力の限り踏み込んだ。
22:
黒い風が大地を駆ける。その勢いや疾風怒濤。
カバンが大気を切り裂きながら、太郎の後ろを横一文字に追従する。
額から飛び散る汗だけは、その場に残って太郎の背中を見送った。
23:
あらゆるものが風を避ける。
電柱、看板、ゴミ箱、家屋、コンビニ、横断歩道、街路樹、ガードレール、そして、自転車、道行く人々。
彼らは驚然として道の端へと跳び退いてゆく。
中には罵声を浴びせる者もいたが、太郎はその言葉を我関せずと引き離した。
一度だけ危うく猫を轢きそうになったが、
すんでの所でハンドルを捻り、事無きを得たのは幸いであった。
24:
さて、健太は受話器を置いてすぐさま太郎の家に向かった。
二人の家は目と鼻の先にあり、竹馬に乗って行っても2分と掛からない距離にある。
呼び鈴を鳴らすと、程なくして太郎の母が出迎えた。
「あら健太君、太郎はまだ帰ってませんけど?」
それは健太も承知の上だ。
「そうですか、実は約束をしてましてー。
 もし太郎が戻ってなければ、部屋で待っておくよう言われたんですがー」
「あらそうなの? じゃあ上がんなさいな」
健太の言葉に、太郎の母は何の疑いも持たなかった。流石は竹馬の友である。
かくして健太は二階の部屋へ突入した。
25:
ドアを開けると、真っ先に桃色の本が目に入る。
机の上に堂々と鎮座したソレは、
桃色の表紙にデカデカとした金文字で『月刊エロティカ999』と書かれている。
「不用心だなー」
健太は友の迂闊さに嘆息を漏らした。
卑本の隠し場所として、机の上は下策も下策。
机の上に置くなら、せめて『秘技サンドイッチ』で挟んでおくべきである。
『秘技サンドイッチ』とは━━━━、まあ、取り立てて説明するまでもない。
木を隠すなら森の中。本を隠すなら本の中という事だ。
26:
本の表紙はうら若き女性が飾っていた。
ただ今絶賛売り出し中の新人グラビアアイドルらしい。
名前まで覚えていないものの、健太もしばしばその顔を見かけている。
カメラは彼女を少し下から、見上げるように写していた。
紺色の短いスカートを履き、白いYシャツを纏っている。
しかしそのシャツは彼女の手で半分ほどボタンが外され、
無駄な贅肉のない、滑らかな凹凸を残す白い腹部が惜しげもなく露わになっている。
27:
上から下へ、ゆっくりと表紙を視線で舐める。
黒くツヤのある滑らかなショートヘア。
物欲しそうに訴える黒い瞳。
軽く開かれ、息使いが聞こえそうな濡れた唇。
綺麗に浮き出た艶かしい鎖骨。
シャツの上からでも分かる、形の良い二つの膨らみ。
滑らかな凹凸を残す白い腹部。
もう少しで秘部に手が届きそうな、紺色の短いスカート。
健康的でハリのある白い太もも。
その一つ一つが健太の欲望を刺激して止まない。
「いいね!」
28:
健太は合掌して頭を下げた後、その本を背の中、即ち上着の下に滑り込ませた。
そして腰とベルトの隙間に差し込み、落ちないようにしっかりと体に固定する。
同時に下の階から電話が鳴った。
すぐさま太郎の母が出たらしく、コールは数回で途絶えた。
しばらくすると、ドアが開いて太郎の母がその隙間から身を乗り出した。
「健太君、何だか今から鈴木先生が来るらしいの。
 太郎と約束あるみたいだけど、大丈夫?」
ここで健太は自分が呼ばれた訳を理解した。
だが、既に目的は果たしている。
後は「任務完了」とアイコンタクトを交わして出て行けば良い。
「大丈夫です。すぐに終わりますから」
健太は取り合えず待つ事にした。
29:
太郎は道半ばに差し掛かっていた。
学校周辺は人通りが多いが、ここまれ来ればその心配も殆ど無かった。
だが良い事ばかりではない。ここ暫くは緩やかな上り坂が続く。
流石に少々勢いが死に、太郎の息使いも荒くなってきた。
そんな時、前方に三つの巨大な塊が現れた。
横並びに広がって太郎の進路を塞いでいる。
人のようだ。
30:
太郎は遠目にその姿を観察した。
全員仲良く丸坊主。無駄に脂肪の乗った頬と顎。
パツンパツンに着膨れした体躯から、ムチムチした手足がニョキニョキと生えている。
察するに、隣の高校に所属する相撲部員に違いない。
しかし何をしているかまでは察しがつかない。
よもや鉄砲柱よろしく、電柱相手に突っ張りを打ちつけているいる訳でもなし。
ただ道一杯に広がって、進路の邪魔をしているだけである。
31:
やむなく太郎は、道の端に寄って一人の脇をすり抜けた。
だがその刹那、太郎の倍はあろうかという野太い腕が、その首筋にぬっと伸びた。
太郎の体が軽々と浮く。
乗り手を失った自転車はそのまま直進。勢い良く電柱に激突した。
「は、放してください!」
太郎がわめく。
「どすこい放さぬ。有り金全部、置いてくでごわす」
「小銭しか無いですよ!」
「その小銭が欲しいでごわす」
32:
「うわああああああああっ!」
太郎は目を閉じ、矢鱈目っ鱈に両腕をブンブン振り回した。
その回転たるや、まるで壊れた猫車。拳は空しくクルクル宙を回り続ける。
相撲部員はそんな攻撃など意に介さず、太郎を掴む逆の腕で、顔面に張り手を叩きつけた。
「これもチャンコの為でごわす」
バシンと小気味良い音がして、太郎の体が数メートルは吹っ飛んだ。
その一撃で太郎は昏倒。三人はその隙に落ちたカバンを漁り始める。
33:
だが取り出した財布を開けるや否や、三人は揃って渋い顔をした。
本当に小銭しか、しかも86円しか入っていなかったのだ。
「シケてごわす」
三人は太郎の上に財布を投げ捨てると、ズシズシと大地を揺らしてその場からゆっくりと離れていった。
何も取らなかった。恐らく取る気も失せたのだろう。
幸か不幸か、小遣いの殆どを猥本に費やした結果である。
34:
太郎は暫くの間、地面に伏てウンウンと唸っていた。
やがて痛む頬を擦りながら、ゆっくりと上体を持ち上げた。
散らかった書類や教科書を掻き集め、財布と一緒にカバンの中に仕舞い込む。
そして地面に横たわる自転車を目指し、フラフラとその元まで歩み寄った。
35:
もはや使えない。火を見るより明らかだった。
前輪はパンクし、フレームも大分曲がっている。
やむなく自転車を置いて行く事にした。今は兎に角、時間が無い。
太郎は震える足に渇を入れ直すと、カバンを脇に抱えて走り出した。
36:
2キロ程走ると川に出た。
幅50メートル程の小さな川で、片側一車線の橋が一本だけ架かっている。
この橋を渡れば、太郎の家までもう少しだ。
しかし何やらいつもと様子が違う。
赤いパトランプがそこら中に光り輝き、救急隊員が慌ただしく橋の上を駆け回っている。
いくらか人だかりが出来ており、遠巻きにその様子を眺めていた。
心なしか、黒い煙が上がっているようにも思われた。
そして橋の手前には『全面通行止』の看板が。
事故だ。
37:
橋の前では、警官が誘導棒を振っていた。
小走りに近寄り、太郎は事の次第を確かめる。
「通れないんですか?」
「通れないな。向こうに1キロほど行けば別の橋があるから、そっちを渡ってくれ」
しかし太郎は食い下がる。
「歩道も使えないんですか?」
「車が乗り上げててね。駄目だ」
太郎は茫然と立ちつくした。
38:
ここまで来て間に合わないのか?
太ももがパンパンになるほど自転車を走らせたではないか。
相撲部員に絡まれても猛然と立ち向かったではないか。
犠牲になった自転車を捨て、ここまで全力で走ったではないか。
それがこんな所で、事故の一つで無に帰しても良いのだろうか。
1キロほど走れば別の橋があると言う。
しかし迂回などしては間に合わないのではないか。
間に合わなかったらどうなるか。
玄関を開けた途端、怒髪天を突いた母の姿があるだろう。
直ちに部屋中の捜索が始まるだろう。
そうなればベッドの下も、枕の下も、押し入れの中も、本棚の裏も、机の引き出しも、
カーペットの下も、パソコンの中も、天井裏の隠しスペースも、タンスに仕掛けた二重底も。
人生に注いできた全ての努力が、血と汗と涙の結晶が、赤裸々に、一つ残らず公になるに違いない。
39:
嗚呼、帰りたくない。
このまま何処かへ行ってしまおうか。
2、3日姿をくらましてやろうか。
息子が帰らなければ母はきっと心配するだろう。
猥本どころではないはずだ。
鈴木も家庭訪問を中止せざるを得ない。
どうせ「お宅の息子さんは云々かんぬん」と小言を延々と聞かされるのだ。
そんな説教が何の役に立つというのか。
本人にやる気が無いのだから、無いものは幾らねだっても無いものは無いのだ。
時間の無駄だ。
このままバックレるのが一番いい。
そうだ、それがいい。やんなるかな。
40:
太郎は交通整理している警官から離れ、ヘナヘナと土手に座り込んだ。
ぼうっとして空を仰ぐ。
白い雲が西から東へ、亀の歩みでたゆたっていた。
少しずつ雲の形が変わってゆく。
太郎はそれをボンヤリと眺めながら、「あの膨らみならCカップだな」などと呟いた。
41:
続いて三角形の雲が視界に映る。スカートのようだ。
しばらくすると三角形の雲はだんだんと崩れ始め、ついには丸く姿を変えた。ショートヘアに見える。
そうだ、例の本で表紙を飾るグラビアアイドルだ。
「流石にあんな所に出してれば、健太も気付かない訳がないよなぁ」
その言葉を口にした瞬間、太郎は勢い良く立ち上がった。
42:
そうだ、友がいた。
出発前、友に全てを任せたではないか。
彼ならきっとやってくれる。
彼なら全て回収してくれるに違いない。
目の前に一筋の光が見えた。お釈迦様の垂らした蜘蛛の糸だ。
太郎はすぐさま手を伸ばした。
だが、糸に触れるか触れないかの刹那、太郎の心に影が落ちた。
果たして自分にはこの糸を手にする資格があるのだろうか、と。
43:
健太のエロに賭ける情熱は、太郎のそれに引けを取らない。
二人はお互いにお互いを認め合う、唯一無二の盟友であった。
東にゴミ捨て場があれば行って猥本を探し出し、
西に廃品回収と聞けば行って戦利品を物色し、
南に本屋が出来れば足が付かないよう電車で行き、
北に河原があれば手に入れた物をひっそりと置き、次なる同志へ心を託す。
志を同じくする者は何人かいるが、その中で彼の行動力には敬意を表した。
そして粋。
名も知らぬ同士の為に、せっせと河原に物を置き続ける。
これを粋と言わずに何と言おう。
このような友がいる事を、太郎は改めて誇りに思った。
44:
だが今の自分はどうだろう。
我が身の可愛さ一心に、魂の拠り所を手放そうとしているではないか。
我らの存在意義を否定しているではないか。
糸を伝って雲の上に出た時、そこで待つ友は果たして喜んでくれるのだろうか。
いや、却って幻滅するのではないか。「悪魔に魂を売ったな」、と。
45:
改めて心に問う。
ここで全てを諦める気か?
答えは否。
健太なら決して諦めない。
もし友が今の太郎を見たならば、必ずや叱咤激励の言葉を掛けるだろう。
ならば立ち止まっている暇は無い。
友の期待に答えるために。
走れ! 太郎。
46:
「行こう」
太郎は誰に言うでもなく呟き、橋の下へと降りていった。
警官に見つからないよう影に隠れ、ズボンを脱いでカバンに入れた。
そしてカバンは頭の上へ。
そのままえいやと川に飛び込む。
足が着くのは分かっていた。
小さい頃からここは太郎の遊び場である。
深い所でも、せいぜい腰の高さで収まるはずだ。
後は誰にも見つからぬよう、音を立てずに橋の影を移動する。
47:
健太は太郎の母と一緒に部屋で待っていた。
どうせ使うのだからと、部屋の真ん中には小さなテーブルが出されている。
その上には冷えた麦茶が置かれ、
二人は「遅いですねー」などと取り留めの無い話をして時間を潰していた。
と、不意に階下から誰かの声が。
「帰ってきたかな? 僕、ちょっと行ってきますねー」
健太は立ち上がると、部屋の入口へと向かう。
が、
その途中、在ってはならぬ物の存在を認め、健太は全身の血が凍り付いた。
48:
入口の脇にあるベッド。
その枕元に、黒い表紙がチラリと頭を覗かせていた。
『貴方のハートもガッチリ拘束 束縛悦楽術 百八手』
なんというマニアックな。
健太は「無いわ!」と叫びたい衝動を頭の片隅に追いやると、
自身の置かれている状況に対し、冷静に思案を巡らせ始めた。
49:
まず第一。『本は一冊ではなかった』。これは動かぬ事実である。
太郎の電話を受けた時、思えば数までは言われなかった。
単に言う暇が無かったのだと思われるが、
太郎の性格を考えれば、その可能性に辿り付いても不思議ではなかったはずだ。
しかし桃色の雑誌が余りにも分かり易い場所にあったため、
これの事だと独り合点してしまったのだ。
健太は自らの過失を認めざるを得なかった。
50:
そして第二。『太郎の母はまだ気が付いてない』。
ベッドは入口の脇にあり、入る時は死角になる。
そして太郎の母は麦茶を持ってきた後、一度もこの部屋からは出ていない。
仮にもし気が付いていたのなら、これまで何事も無かったはずが無いだろう。
しかしこのまま見過ごす事はできない。
何故なら部屋を出る時は嫌でも目に付いてしまうからだ。
さて、どうするか。
51:
健太は以上の結論を2秒で叩き出すと、
新兵の行進よろしく、ぎこちない歩みで太郎の部屋を後にした。
『第三の存在』を否定する事は出来ないが、
あの場で不審な動きを見せれば太郎の母に感づかれてしまう。
後は信じるしかない。
52:
健太が玄関まで出迎えた時、そこに居たのは太郎ではなかった。
鈴木だ。
太郎が土手で腐っていた時、鈴木は太郎を追い抜いてしまったのだ。
「お? 佐藤、いたのか。今から家庭訪問なんだかな……」
言いながら鈴木は頭を掻いた。
短く刈り揃えた角刈りの頭が、ジョリジョリと小気味よい音を立てる。
健太は「面倒になったぞ」と焦りつつも、平然を装い笑顔を作った。
「ええ、山田君のお母さんから聞いています。
 僕の用事は数分で終わりますから、それまで一緒に待っていて良いでしょうか?」
その答えに鈴木は「まあそれなら」と了承したので、健太は二階の部屋まで案内した。
53:
「しかし遅いな。俺の方が早く着くとは思ってなかったんだが……」
その言葉に太郎の母が表情を曇らせた。
「まさか事故にでも……」
「いえ、それは無いと思いますよ」
鈴木が落ち着いた言葉をかける。
「来る途中に橋で何かあったんですがね、警官が沢山動いてました。
 もしこの近くで事故があれば、すぐに発見されるはずなんです。連絡も来るでしょう。
 ですから安心して下さい」
「それでしたら……、そうですねぇ」
言いつつ、太郎の母は二杯目の麦茶を注いで口を付けた。
54:
さらに15分が経った。
「まさか逃げたんじゃないだろうな?」
鈴木が腕時計を睨んでぼやく。
「あの子に限ってそんな事は……」
太郎の母が庇護するが、いささか言葉の切れが悪い。
不穏な空気が流れる中、おもむろに健太が口を開いた。
「いや、来ます。アイツは必ず帰って来ますよ」
確かな意思をもって言った。
55:
階下から玄関を開ける音がした。今度こそ太郎に違いない。
健太は「ちょっと行ってきます」と二人に会釈し、すぐさま部屋から出ていった。
玄関に下りたその時、健太は友の姿に目を疑った。
見るも無残とはこの事だろう。
不気味なほど荒い息使い。そして全身上から下まで水まみれ。
上は汗かもしれないが、下は何やら藻らしき緑色の物体が付着している。
顔は右側が腫れ上がっており、青黒い内出血がその痛々しさを物語っている。
56:
「すまない、僕の注意が足りないばかりに……」
健太は頭を垂れながら、背中から桃色の雑誌を取り出した。
太郎の身に何が起こったかは聞かなかった。
健太にとっては友が帰って来だけで十分であり、
そして何より、まだ全てが終わった訳ではないのだから。
57:
太郎はカバンに雑誌を仕舞いながら健太に聞いた。
「ベッドのヤツか?」
健太は小さく首を縦に振る。
「なら行かないと」
言って太郎が脇を過ぎる。健太は咄嗟にその腕を捕まえた。
二人の目線が交差し、しばらく沈黙が支配する。
健太は「もう駄目だ。無駄だ。行くのは止めろ」と訴えているようでもあった。
58:
太郎の母、そして鈴木のいる前で本を回収するなど無理無謀の極みである。
交番の前を全裸で歩くに等しい行為だ。見つからない訳がない。
健太は泣きそうだった。友は死ぬ気なのだ。
しかしそんな健太の肩を、太郎の両手が強く叩いた。
「力を貸してくれ。二人なら出来る」
笑顔で言う。
そして太郎は耳打ちすると、先頭に立ってゆっくりと階段を上っていった。
59:
ドアを開けて中に入る。
太郎の姿に母と鈴木は息を呑んだ。
しかしその二人が何か言う前に、太郎はすぐさま行動に移る。
「健太、俺を殴れ。力一杯に頬を殴れ! 俺は、途中で一度、悪い夢を見た。
 君がもし俺を殴ってくれなかったら、俺は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ!」
健太は頷き、部屋一杯に鳴り響くほど音高く太郎の左頬を殴った。
殴ってから優しく微笑み、
「太郎、僕を殴れ。同じくらい音高く僕の頬を殴れ! 僕は一度だけ君の趣味を疑った。
 君が僕を殴ってくれなければ、僕は君と抱擁できない」
太郎は腕に唸りをつけて健太の頬を殴った。
健太がベッドの上に吹き飛ぶ。
そしてモゾモゾと起き上がると「ありがとう、友よ」と二人同時に言い、ひしと抱き合い、
それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。
全て茶番である。
60:
「さあ、家庭訪問を始めましょう」
「え…………? ああ、そう、だな」
何が何だか分からぬ二人は、突如真顔に戻った太郎にただ混乱を深めるばかりであった。
その隙に健太は退場。ベッドに吹き飛んだ時、背中にはしっかりと黒い本を滑り込ませていた。
「あー……。じゃあ、まずはー……、書類をお母さんに見てもらわんとな」
「はい」
太郎はカバンから書類を取り出した。うやうやしく重ねてテーブルに置く。
61:
鈴木は一つ目の白いB5大の封筒をを手に取ると、「これがこの前のテスト結果でして」と説明した。
そして二つ目の桃色の雑誌を手に取ると、「これがクラスの成績表でして」と説明した。
テーブルの上にはもう一つ、B5大の白い封筒が残された。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
その技は正しく『秘技サンドイッチ』。
無心のうちにこの秘技を繰り出そうとは━━━━、南無三。
太郎は自身の技の業の深さに、ただ戦慄を覚えるばかりであった。
63:
もはや言い逃れは出来はしない。没収は必至。
ならば後は自身の保身に全力を向ける。
太郎はすくりと立ち上がると足早に部屋を後にした。
後に残されたのは母と鈴木。
彼らが我に返ったのは、太郎が出て行ってから10秒後の事であった。
「ま、待て山田!」
「太郎待ちなさいっ!」
だが待ってほしい。待てと言われて待つ奴がいるだろうか?
否っ!
64:
家路につく健太の後ろを、三つの影が風のように追い抜いていった。
健太はその理由を半秒で理解したが、もはや自分に出来る事は有りはしない。
ベストは尽くしたのだ。
健太は友の背中に敬礼し、せめてもの激励を心の中で繰り返した。
走れ、太郎。
走れ、エロス。
━━ おわり ━━
65:
乙乙!
66:
最後までくだらなくて面白かった
乙でした
68:
太宰治に並ぶ名文
7

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