やよい「はいたーっち!」 P「えいっ」ふにっback

やよい「はいたーっち!」 P「えいっ」ふにっ


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1:
やよい「はわっ!?」
P「あっ」
やよい「う、うー……プロデューサー……そこじゃないです……手ですよぅ……」
P「あ、ああ……すまんやよい、つい……」
やよい「うー……こ、今度からは気を付けてくださいね……」
P「あ、ああ。もちろんだとも。ほんとごめんな、ほんと……」
やよい「…………」
劇場版『THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ! 』挿入歌 ラムネ色 青春 (初回限定盤) (Blu-ray Audio付)
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2:
?翌日?
P「おはようございまーす」
小鳥「あ、おはようございます。プロデューサーさん」
P「おはようございます、音無さん。やよい来てますか?」
小鳥「ええ、来てますよ。やよいちゃーん。プロデューサーさん、来たわよ」
やよい「あ、プロデューサー。おはようございます!」
P「ああ、おはよう、やよい。今日は朝イチでCMの収録だから、早車で移動するぞ」
やよい「はいっ」
3:
P「やよい、もう台詞は頭に入ってるか?」
やよい「はいっ」
P「よし、いいぞ。じゃあ乗って」
やよい「…………」ガチャッ
P「え? やよい……後ろに乗るのか?」
やよい「え、あ……はい。今日は後ろに乗りたい気分かなーって」
P「? そうなのか? まあ、別にいいけど……」
やよい「…………」
P「…………」
4:
はいたーっち!ではなくぱいたーッち!であると?
6:
ほっぺたーっち!であってくれ……
7:
?収録終了?
やよい「お疲れ様でした!」
P「お疲れ様、やよい。すごく良かったぞ!」
やよい「そうですか? ありがとうございます!」
P「…………」
やよい「…………」
P(……あれ? 何だ? この間……)
やよい「……えっと、じゃあ、今日はもうお仕事無いから帰りますね!」
P「あ、ああ。じゃあ家まで送ってくよ」
やよい「あ、えっと……大丈夫です! 電車で帰りますから!」
P「え? で、でも……」
やよい「それじゃあプロデューサー! お疲れ様でした! また明日、よろしくお願いします!」
P「あ、ああ……お疲れ様」
P「…………?」
P(……何だ? なんかやよいが、妙によそよそしいような……)
P(……俺、何かしたっけ……?)
9:
P(だが、やよいの俺に対する態度が妙なのはその日だけではなかった)
P(その次の日も、さらにその次の日も……仕事上の事務的なやりとりは問題ないものの、それ以上に俺と関わろうとはしなかった)
P(これまでのやよいを考えると明らかにおかしい……何かをきっかけに変わったとしか思えない)
P(俺に非があるのなら、謝りたいが……)
P(今のところ、これといって心当たりもない……うーむ……)
ガチャッ
やよい「おはようございまーす」
P「あ、やよい。おはよう」
やよい「はい。おはようございます」
P「…………」
やよい「…………」
P(今日もか……くそっ)
P(今日でもう一週間ほどになるな……仕方ない、考えても分からないなら……)
P「なあ、やよい」
やよい「! は、はい」ビクッ
P「…………?(なんだ? そんなに怯えるように……)」
10:
やよい「な、なんでしょうか……」スッ
P「え、えーと、だな……。(両手を身体の前で交差させて、まるで俺から防御するように……なんなんだよ、くそっ……)」
やよい「…………」
P「お、俺……やよいに、何かしたか?」
やよい「えっ」
P「あ、いや、その……俺の気のせいかもしれないんだが、その、ここ最近、なんかやよいから避けられてるような気がして……」
やよい「…………」
P「いや、お、俺の気のせいならいいんだ! 別に無視とかされてるわけじゃないし!」
やよい「…………」
P「ただもし、その、俺が何か気に障るようなことをしてしまったのなら、その、謝りたくて……」
やよい「…………」
P「俺も色々考えてたんだけど、その、どうも心当たりがなくて……」
やよい「…………」
P「だからやよい、もし俺に何か非があるのなら、遠慮せずに言ってくれないか?」
やよい「…………」
11:
P「…………」
やよい「…………」
P「…………」
やよい「……だ、大丈夫です!」
P「……えっ」
やよい「何も、何もないです! 別に私、いつも通りですから!」
P「……やよい?」
やよい「だから別に……プロデューサーが気にするようなことなんて、何もないです!」
P「…………」
やよい「むしろ、その、私の方がプロデューサーに変な気をつかわせちゃったみたいで、ごめんなさい!」
P「……やよい……」
P(……嘘だ。どう考えても普段のやよいじゃない)
P(目は泳いでるし、声も上ずってるし……明らかに、やよいは本当のことを言っていない)
P「なあ、やよい」
やよい「! は、はいっ!」ビクッ
P「……本当のことを、言ってくれ」
やよい「……えっ」
P「今のやよいは、嘘をついてる。それくらいは、俺にでも分かる」
やよい「う、嘘なんか……ついてないですよ……」
P「やよい。頼むから本当のことを……」
やよい「あ! わ、私、お花のお水入れ替えなきゃ!」ガタッ
P「! ま、待ってくれやよい! まだ話は――……」
ガシッ
やよい「! い、いやっ!!」バッ
P「!」
やよい「あっ……」
P「…………」
12:
P(やよいが、俺の手を振り払った。自分の手首をつかんだ、俺の手を……)
P「…………」
やよい「あ、えっと……」
P「……やよい……」
やよい「ご、ごめんなさいっ!」ダッ
P「! や、やよ……」
P「…………」
P(……俺は、事務所から駆け出して行ったやよいを追いかけることができなかった)
P(……行っても、どうすることもできないような気がしたからだ)
P(……そして結局、この日――……やよいは事務所に戻ってこなかった)
14:
?二週間後?
小鳥「もう今日で二週間ですね……やよいちゃん」
P「え、ええ……」
小鳥「ただの体調不良にしては、ちょっと長過ぎる気がしますけど……」
P「そう……ですね……」
小鳥「……プロデューサーさんは、何か心当たりがあったりしませんか?」
P「え! な、ないですよ……俺には、何も……」
小鳥「ですよねぇ……」
P「…………」
P(二週間前のあの日、やよいが事務所を飛び出して行ったときに事務所にいたのは俺だけだった)
P(だから俺は、社長や音無さん、他の皆には、『少し目を離した隙にやよいがいなくなっていた』と嘘の説明をした)
P(やよいが俺の前から逃げ出した本当の理由が分からない以上、下手に事実を伝えて、あらぬ誤解を招くのは良くないと考えたからだ)
P(まさか手首をつかまれたから逃げ出した、ってわけではないだろうし……)
P(…………)
13:
これは両方キツいな……
16:
100%自業自得じゃねぇか
17:
これは生まれ育っての人間の屑ですね…
19:
スレタイでここまでのシリアスは予想できなかった
18:
バタン!
伊織「ちょっとプロデューサー! 一体どうなってるのよ!」
P「うお!? な、なんだ伊織。来るなりそんな大声で……」
伊織「やよいよやよい! あんたやっぱりやよいに何かしたんじゃないの!?」
P「は……はぁ!? 何言ってるんだいきなり!?」
小鳥「ちょ、ちょっと伊織ちゃん……?」
響「もー伊織! ちょっと一旦落ち着いて……あ、はいさい! プロデューサー! ぴよ子!」
小鳥「お、おはよう。響ちゃん」
P「ああ、おはよう響。響も一緒だったのか」
響「うん。実は昨日、伊織と二人でやよいの家に行ってきたんさ」
P「! そ、そうなのか?」
響「うん。やよいが二週間も休むなんて流石にちょっとおかしいって思ってさ。メールも全然返ってこないし」
伊織「私が電話しても出ないのよ! 今までこんなこと絶対なかったのに!」
響「まあそれでも最初は、本当に体調が悪いんだろうなって思ってたんだ。でもなんだかんだで結構長くなってきたし……家の電話に掛けても、家の人にすぐに切られちゃったりで」
小鳥「それで、直接家に……?」
伊織「そういうこと。でもそれで行ったら行ったでどうなったと思う? 門前払いよ、門前払い!」
P「も……門前払い?」
響「うん。一応、お母さんが出てきてくれたんだけど、『やよいは今、誰にも会いたくないんです。悪いけどお引き取り下さい』って……」
P「……そ、そうだったのか……」
20:
小鳥「でもそれで、何でプロデューサーさんがやよいちゃんに何かした、ってことになるのよ?」
伊織「だって! やよいが事務所からいなくなった日、最後にやよいと一緒にいたのはこいつなのよ! こいつが何かしたって考えるのが自然じゃない!」
P「あ、あのなあ伊織……」
小鳥「そうよ伊織ちゃん。流石にそれはひどい言いがかりよ。プロデューサーさんに謝りなさい」
伊織「だ、だって……」
小鳥「あの後、すぐに私が事務所に来て、やよいちゃんがいないことに気付いたけど、プロデューサーさんもそのときに『あ、あれ? そういえばいませんね?』って言ってたんだから」
伊織「だからそれがおかしいじゃない! なんでもっとちゃんとやよいを見とかないのよ!」
P「そ、そう言われてもな……俺も自分の仕事してたし……」
響「そうだぞー伊織。それにやよいだって、ずっと目が離せない幼稚園児ってわけじゃないんだから……」
伊織「そ、それはそうだけど……」
小鳥「それで、その後私が電話したら、やよいちゃんすぐに出てくれて、『ごめんなさい。今日は体調悪いので帰ります』って言ってたんだから。プロデューサーさんは無関係よ」
伊織「むぅ……」
P「……まあ、やよいの体調に気付けなかったのは、俺の落ち度でもあるけどな……」
小鳥「そんなことないですよ、プロデューサーさん。……でも、確かに心配ですよね」
P「え?」
小鳥「あのやよいちゃんが、『誰にも会いたくない』なんて……やっぱりただの体調不良じゃないってことよね……」
P「…………」
22:
ガチャッ
社長「おはよう」
P「あ、社長。おはようございます」
小鳥「おはようございます。今日はお早いですね」
社長「あ、ああ……ちょっとね。……君、今いいかね?」
P「え? あ、はい」
社長「じゃあ、ちょっと社長室へ来てくれたまえ」
P「は、はあ……」
小鳥「…………?」
伊織「…………」
響「…………」
25:
?社長室?
P「えっと……何でしょうか……」
社長「うむ……まあ、予想はついていると思うが、高槻君のことだ」
P「! は、はい……」
社長「……先ほど、高槻君の親御さんから私の方に連絡があってね……」
P「…………」
社長「……うちを辞めたい、と……」
P「えっ!? や……辞める!?」
社長「うむ……まあ正確に言うと、うちとのマネジメント契約の解除という形になるが……。しかもそれだけではなく、だね……」
P「……な、なんですか……?」
社長「……近日中に、この件に関し……弁護士から、我が社宛に書面で通知が来るそうだ」
P「べ……弁護士!?」
社長「き、君、ちょっと声が……」
P「あ、す、すみません。で、でもなんで弁護士なんかが……」
社長「うむ……それは私も聞いたんだが、『今後の連絡はすべて弁護士を通じて行います』の一点張りでね……結局、何も分からないままなんだよ……」
P「そ、そんな……」
27:
社長「そこで、だ……とりあえず私としては、弁護士から連絡が来る前に、高槻君の担当プロデューサーだった君に、もう一度話を聞いておきたいと思ってね」
P「は、はあ……」
社長「まあ、高槻君が事務所に来なくなったときにひととおり聞いたことではあるんだが……もう一度、思い出してみてはくれんかね? どんな些細な事でもいい。何か、思い当たることがあれば……」
P「そ、そうですね……」
P(……な、何なんだ一体……? 弁護士だって……?)
P(そもそも、何でこんなことになったんだ……?)
P(やよいが事務所に来なくなったとき……あの日、俺の前から逃げ出したとき……)
P(そうだ。あのとき俺は、やよいに何かを聞こうとして……)
P(ああ、そうだ。やよいが俺を避けているような気がしてたから……)
P(じゃあ何でやよいが俺を避けていたのか? 俺がやよいに何かした……?)
P(…………)
P(……駄目だ。やはり分からない。そもそもそれが分からなくて、やよいに聞いた結果ああなったわけだし……)
P(でもせめて、それならそれで、今分かる範囲のことを社長に言うべきか?)
P(……いや、それも良くない。やよいが逃げ出した件で俺は嘘をついてしまっているし……今になって真実を説明するのもかえって怪しまれる)
P(…………)
P(……まあ、弁護士から書面が来るっていうなら、とりあえずそれ待ちでいいか……)
P「……すみません、社長。やはりちょっと思い当たりません」
社長「そうか……分かった。それならば仕方ない。とりあえず弁護士からの連絡を待つとしよう」
P「はい」
29:
?一週間後?
P(やよいの親が、やよいがうちの事務所を辞めると言ってきてから一週間か……)
P(一応、弁護士からの連絡が来るまでは様子を見るということになったため、今現在、このことを知っているのは俺と社長、そして音無さんと律子の四人だけだ)
P(しかし理由が何であれ、やよいが辞めると知ったら皆悲しむだろうな……特に伊織とか)
P(まあでも、本人の意思ならどうしようもないよな……)
P(しかし気になるのは弁護士からの連絡だ……普通に考えて、たかが契約解除のためだけに弁護士雇ったりしないだろうし……)
P(いくらやよいの収入に助けられているとはいっても、やよいの家はそんなに余裕があるとは思えないしな……)
P(まあでも……俺にも何かしらの原因があるのかもしれないし……来るなら来るで早く来てほしいな……)
ガチャッ
配達員「すいませーん。書留郵便です」
小鳥「あ、はーい」
P(書留? 書留なんて珍しいな……)
小鳥「! ぷ、プロデューサーさん……」
P「? どうしたんですか?」
小鳥「これ……」
P「! ……差出人:○×法律事務所……」
小鳥「しゃ、社長を呼んできますね……あと、律子さんも……」
P「は、はい……」
33:
これが現実…!
34:
バットコミュニケーション…
28:
…雪歩なら大丈夫なのに
35:
?社長室?
社長「そうか、遂に来たか……」
P「…………」
律子「…………」
社長「……よし。では音無君……封を開けてくれたまえ」
小鳥「……はい……」
?????????????????????????????????????????????????????
平成○○年○月○日
〒○○○?××××
東京都△△区□□7?6?5 ○○ビル 2F
 株式会社765プロダクション
 代表取締役 高木 順二郎殿
〒○○○?××××
東京都△△区○○1?2?3
 ○×法律事務所
 電話  ○○?××××?△△△△
 FAX  ○○?××××?□□□□
 通知人 高槻○○(高槻やよい親権者父)
 同 高槻××(高槻やよい親権者母)
 代理人弁護士 ○○ ××
 ご 通 知
前略 小職は、高槻○○氏及び高槻××氏(以下「通知人ら」といいます。)の代理人として、貴社に対し次のとおりご通知いたします。
 さて、通知人らは、同人らの長女である高槻やよいさん(以下「やよいさん」といいます。)の親権者として、平成××年×月×日、貴社との間で、やよいさんを貴社の専属アイドルとするアイドル業務マネジメント契約を締結し、以降、やよいさんは、貴社の専属アイドルとして種々のアイドル活動を行ってまいりました。
 しかし、そんな折、平成○○年○月△日、貴社社員でありやよいさんの専属プロデューサーである□□□□氏(以下「□□氏」といいます。)が、やよいさんに対し、下記のわいせつ行為を行いました。
 すなわち、□□氏は、同日、貴社事務所内において、□□氏に対して、いわゆる「ハイタッチ」をしようとしていたやよいさんに対して(やよいさんは、□□氏とのコミュニケーションの一環として、日常的に「ハイタッチ」を行っていたとのことです。)、その機に乗じ、やよいさんの左胸部に右手の平を強く押し当てるというわいせつ行為を行い、もってやよいさんに著しい精神的苦痛を与えました。
 このため、やよいさんは、同日以降、業務上やむをえない場合を除いては、極力□□氏との接触を避けようと努めていましたが、同月×日、やよいさんは、□□氏から、「なぜ自分を避けているのか」などと語気鋭く詰問されました。
 そして、やよいさんが、まるで上記わいせつ行為に及んだことを棚に上げるかのような□□氏の態度に耐え切れなくなり、その場を離れようとしたところ、□□氏から、自身の左手首を□□氏の右手で強く掴まれるといった暴行を受けました。
 やよいさんは、上述のとおり、当初の□□氏のわいせつ行為によって著しい精神的苦痛を受けていたところ、さらに上記暴行をも受けたことから、もはや□□氏、ひいては貴社に対する信用・信頼を維持することが完全に不可能となり、同日以降、貴社へ出社することが不可能な状況となりました。
 以上の経緯により、もはややよいさんは貴社との間のアイドル業務マネジメント契約を継続することができなくなりましたので、通知人らは、まずは同契約を解除する旨、本書をもって貴社に対し通知いたします。
 また、齢14歳に過ぎないやよいさんに対する□□氏の上記わいせつ行為及び上記暴行は、民事上不法行為(民法709条)に該当するものと思料いたしますが、これらの行為は、貴社事務所内において、□□氏が、やよいさんの担当プロデューサーとしての立場で、かつその執務中に行ったものですので、貴社においても、使用者責任としての損害賠償義務(民法715条1項)が生じるものと考えます。
 さらに、□□氏がやよいさんに対し働いた上記わいせつ行為及び上記暴行につきましては、それぞれ、刑事上も強制わいせつ罪(刑法176条)及び暴行罪(刑法208条)に該当するものと思料いたします。
 つきましては、やよいさんの逸失利益として6か月分の報酬金300万円(前年度のやよいさんの収入額を基礎として算定しております。)、慰謝料金300万円の合計金600万円を、すみやかに下記口座までお振り込み頂きますようお願い申し上げます。
 なお、本書面到達後二週間以内にご連絡を頂けない場合には、すみやかに訴訟提起等の民事上の法的措置をとりますほか、□□氏に対する刑事告訴等も検討しております。
 最後に、本件につきましては、小職が通知人らから全ての委任を受けておりますので、今後の連絡は全て小職宛てにお願いいたします。
 以上のとおり、取り急ぎご連絡いたします。
 草々
 【振込口座の表示】
 ○○××銀行 □□支店
 普通預金 ○○○○○○○
 預り金口 ○○ ××
?????????????????????????????????????????????????????
36:
ζ*'ヮ')ζ<とりあえずここまで
次回『それでも俺はやってない』
37:
やってるがな乙ー
38:
え、結局どこに触ってたんだ?
39:
胸って書いてんだろ
読む気失せるのは仕方ない
41:
出オチかと思いきやなんか長くなりそうな気配
実際にセクハラで訴えられたらこうなりまっせって話なん?
42:
最低なやよいだな。そこまで汚いやり方して、お金欲しいのか…
43:
>>42
いや待て
俺たちは勘違いをしているのかもしれない。
企んでいるのはやよいの親…なのでは?
PにPタッチされて頭のなかppなってたやよいをここぞとばかりに利用したやよいの親という設定だと信じたい俺P
45:
OFAでパイタッチはランク上がってからにするか…
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00HHKO7KA/
48:
改めてお堅い文章にすると物は言い様だなとしみじみ思う
62:
この後の展開がとても気になる
70:
社長「……こ、これは……」
小鳥「えっ、と……」
律子「ぷ、プロデューサー……?」
P「…………」
P(……やっぱり……)
P(……え? 俺今なんて言った? いや、思った?)
P(『やっぱり』? 『やっぱり』って思ったのか? 俺……)
P(……違う……)
P(……そうじゃない。そうであるはずが……ない……)
社長「え、ええと、君……?」
P「えっ、あっ、はい」
社長「その、なんだ、ここに書かれてあることは……」
P「え、ああ、えっと、その、これはですね……」
小鳥「…………」
律子「…………」
P(ぐっ……。社長はともかく、女性二人の俺を見る目が……)
P(やばい……これはやばいぞ……)
P(落ち着け……まずは落ち着いて、今の状況を整理するんだ……)
71:
P(ええとまずは……そうだ、記憶を整理しよう……)
P(ここに書かれてある日……そうだ、あの日確かに、やよいは俺とハイタッチをしようとして、俺に向かって手の平を差し出してきた……そう、いつものように……)
P(そして俺は、そこで……そうだ、ほんの一瞬、魔が差してしまって……)
P(……やよいの、胸を……?)
P(い……いやいや!)
P(違うだろう! それは違うだろう! お、俺がやよいにそんなことするわけ……)
P(…………)
P(……いや、でも確かにあのとき、俺はやよいの身体に触った……手の平ではない、他の場所に……)
P(…………)
P(……でも、それだとやっぱり……)
P(い、いや違う。そんなことあるはずがない。ああそうだ、あるはずがない)
P(確かにあのとき、変な魔が差してしまった。それは認めよう)
P(あるいはそのとき、そう、ほんの一瞬だけ……『やよいの胸を触ろう』……と、思ってしまったかもしれない)
P(でも、でも決して……そう決して! 実行には移していないはずだ! ただ心の中で思っただけで!)
P(だってそうだろ? もしそうだったら……真っ先に、そのことを疑うはずじゃないか! やよいが俺を避けている理由として!)
P(だから違う……違うんだ。俺は……俺はそんなことはやってない!)
社長「……き、君……?」
P「あ、ああ社長、すみません。少し、記憶を整理していまして……結構、日が経っていましたので……」
社長「あ、ああ……そうかね……」
小鳥「…………」
律子「…………」
社長「そ、それでその……なんだ。その……こ、この書面に書いてあることは……事実なのか、どうなのか……」
P「……はい。今から、記憶の通りに、お話致します」
P(やってない……俺は絶対に、やってない!)
72:
P「ええと、まずですね……確かにこの日、やよいは俺にハイタッチをしようとしてきました。それは事実です」
社長「ふむ……」
小鳥「あの、いつもの『はい、たーっち!』ってやつですよね?」
P「ええ、そうです」
律子「…………」
P「(律子の視線が怖いな……)そ、それでですね、俺もまあ、いつものように、手の平にパシン、ってしてやればよかったんですが……」
社長「……しなかった、と……?」
P「……はい」
小鳥「…………!」
律子「…………」
社長「で、ではやはり……」
P「ああ、待って下さい。違います。俺は……やよいの胸なんか、触ってはいません」
社長「? と、いうと……?」
P「俺が触ったのは……やよいの、お腹です」
社長「えっ……」
小鳥「お、お腹……ですか?」
P「はい」
律子「…………」
社長「も、もう少し、詳しく話してくれんかね?」
P「……はい。これもまあ、ふとした出来心というか、魔が差してしまったというか……」
社長「…………」
P「ほら、お腹って、急に突っつかれたりしたら、ビクッてなるじゃないですか」
小鳥「そ、それはまあ……」
P「だからその、ちょっと、やよいをからかってやるつもりで……」
社長「……高槻君のお腹を触った、と……?」
P「……はい」
律子「…………」
74:
P(そうだ……そう考えれば、全ての辻褄が合う)
P(俺がやよいの胸なんか触るはずがない……でも、俺がやよいの身体のどこかに触れてしまったのは事実)
P(だとしたら、胸以外で、つい魔が差して触ってもおかしくないような場所は……お腹しかない)
P(確かにあのとき、俺はやよいに対して謝った……でもそれは、やよいがびっくりしたような反応をしたからだ)
P(誰だって、手の平に来ると思っていた感触がお腹に来たらびっくりするだろうし……)
P(それに俺が謝ったら、やよいも、今度から気を付けてくださいね、って感じですぐに普通になったし……)
P(本当に胸を触っていたら、それどころじゃ済まなかったはずだ。うん、だからこう考えるのが自然だ)
P(だからやよいも翌日以降、普通に事務所に来ていたし……俺も俺で、この件がそんなに尾を引くなんて思っていなかったから、だから……やよいが俺を避けている理由として、この件が思いつかなかったんだ)
P(……まあ、もしかしたらほんの一瞬、『やよいの胸を触ろう』とか、思ってしまったかもしれないが……)
P(……今、そこまで言うと話がややこしくなるし……実際触ってないんだから、あえて言う必要も無いだろう)
律子「でも……それって、変じゃないですか?」
P「えっ」
社長「……律子君?」
律子「だって、触った方はともかくとしても……触られた方は、胸を触られたかお腹を触られたかなんて、間違えるはずがないと思うんですが……」
小鳥「それは……確かに」
社長「……ふむ……」
P「……そ、それは……」
律子「やよいが間違えているのでなければ、やよいが嘘をついている、ということになりますが……」
小鳥「それは……いくらなんでもないでしょう」
社長「うむ。高槻君がそんな無意味な嘘をつくとは思えん」
P「…………」
75:
この時点で泥沼決定っぽいじゃないですか…
律子も信じてなさそう
76:
P……もう無理だ、諦めろ
77:
諦めるな!!認めたら敗けだ!!!
80:
P(あ……あれ? なんか変な方向になってきたぞ……)
P(い……いや、大丈夫、大丈夫だ。……落ち着け、俺。俺は何も……そう何も! やましいことなんて……やってないんだから!)
社長「では……君の方は、どうだったのかね?」
P「え? な、何がですか?」
社長「いや、その、なんだ、女性の前でする話としては、適切ではないかもしれんが……場合が場合だけに、大目に見てほしい」
小鳥「…………」
律子「…………」
P「……と、言いますと?」
社長「つまりその……感触だよ、感触」
P「感触……?」
社長「ああ。今、律子君は『触った方はともかくとしても』という言い方をしたが……実際、やはり触った方としても、感触で、胸だったのかお腹だったのかくらいは、分かるんじゃないかと思うんだが……そのあたりは、どうだったのかね?」
P「……それは……」
P(……感触? あのときの感触って、確か……こう……)
P(……『ふにっ』って……感じで……)
P(い……いやいや! 『ふにっ』だと、なんかいかにも胸を触ったときの感触みたいじゃないか!)
P(そ、そんなはずはないだろう……だって俺は、やよいの胸なんか、触ってないんだから……)
P(えーと、ってことは、つまり……そうだ、もうちょっと、こう……『ぷにっ』って感じだったんじゃないか?)
P(うん……そうだ。きっとそうだ。今思えば、そうだったような気がしてきた)
P(やよいはあんまり筋肉質じゃないし……お腹を突っついたとしたら、きっとそういう感触になるはずだ。うん)
P「……そ、そうですね……こう、『ぷにっ』とした感触だったように思います」
社長「……『ぷにっ』……か……」
小鳥「それはどう……なんでしょう?」
律子「まあ……お腹のようにも思えるし、胸のようにも思えます、かね……?」
P「うっ……。(ま、まあそうか……。『ふにっ』か『ぷにっ』かなんて、感覚的な違いでしかないよな……)」
81:
律子「すみません、プロデューサー」
P「……え?」
律子「私も何も、あなたが嘘をついていると思っているわけじゃないんです。そもそも、あなたがそんなことをするなんて、とても思えませんし」
P「……律子……」
律子「ただ、あなたの話を前提にすると、どうしても腑に落ちないというか……納得のいかない部分があって」
P「…………」
社長「……ふむ。しかし、私も彼が嘘をついているとは思えん。これはやはり、高槻君の勘違い、あるいは思い込みという線が濃厚なんじゃないかね……?」
小鳥「いや、でも社長。胸とお腹ですよ? さっき律子さんも言ってましたけど、ちょっと勘違いというのは……」
P「…………」
社長「うーむ。でも君としては、お腹を触ったという記憶なのだろう? 感触も『ぷにっ』というものだったそうだし」
P「え、ええ」
社長「それならやはり、お腹だったのではないかと思うんだが……」
律子「……では、こういう可能性はどうでしょうか?」
P「え?」
律子「プロデューサーは確かにやよいのお腹を触ろうとしていた……そして実際、触った」
P「…………」
律子「でもそれは、実際には、やよいのお腹ではなく胸だった。つまり……何かの拍子に、お腹を触ろうとしていたプロデューサーの手が、やよいの胸に当たってしまった……という可能性です」
社長「ほう」
律子「ただそれは一瞬の事だったから、元々やよいのお腹を触ろうと思っていたプロデューサーは、意図通りにやよいのお腹を触ったものと認識していた。しかし実際に触ったのは胸だったから、やよいの方は、単純に『プロデューサーに胸を触られた』という認識を持った……こう考えると、両者の認識の齟齬にも説明がつきませんか?」
P「…………」
社長「ふむ……確かにそれは、一理あるかもしれんな。……君は、どう思うかね?」
P「え? えっと、ですね……」
P(お、お腹だと思って触ったら胸だった? そ……そんなことってあるのか?)
P(い、いやでも、確かにあのときの感触はどっちかというと……)
P(…………)
P(……それに確かに、やよいの方が間違えているとは考えにくいし、ましてややよいが嘘をつくはずもないし……)
P(で、でもどうなんだ? ここで『触ってしまったかもしれません』なんて言ってしまってもいいのか?)
P(く、くそ……お、俺はどうしたらいいんだ……?)
83:
小鳥「うーん……でもやっぱり、さっき社長が言っていたように、触った方でも、感触で分かるような気はするんですけどね……」
P「…………」
律子「でも小鳥さん。やよいは胸が大きい方じゃないですし……一瞬触れただけなら、お腹と勘違いする可能性も否定できないと思いますよ」
小鳥「そういうものでしょうか……。でもそれ以前に、お腹を触ろうとしていた手が胸に当たる、っていう状況も、ちょっと想像しにくいような……」
P(……確かに……)
律子「まあでも、プロデューサーとやよいとじゃ30センチ近い身長差がありますからね。上から手を伸ばす形になる分、多少は手元が狂ったりとかも」
小鳥「……うーん……」
社長「あるいは、お腹を触られそうになった高槻君が驚いて、咄嗟に身体を動かした結果……ということも、あるかもしれないな」
P(……あるか実際? そんなこと……)
小鳥「……プロデューサーさんは、どう思います?」
P「えっ」
小鳥「今、社長や律子さんが言ったようなことがあったかもしれないって……思いますか?」
P「そ、そう……ですね……」
P「…………」
P(……流石に、ここで全面否定するのはおかしいよな……そうしたら、やよいが勘違いをしているか、嘘をついているか、ってことになっちゃうし……)
P(でも俺、さっき、『お腹を触った』って明言しちゃってるしな……)
P(……よし。ここは少し、曖昧な感じに……)
P「……まあ、俺としては、あくまでも、お腹を触ったという認識ですが……確かに、やよいが勘違いをしているとか、ましてや嘘をついているなんてとても思えないので……今、律子や社長が言ったような可能性も……否定はできないかもしれませんね」
小鳥「……そう、ですか……まあ、当のプロデューサーさんがそう言うなら、そういう可能性もあるのかもしれませんね……」
社長「うむ……。高槻君が勘違いをしているなどというよりは、まだ、その可能性の方が高そうだな」
P(……でもこれだと、意図はともかく、俺がやよいの胸を触ったってことにはなるんだよな……それってやっぱまずいんじゃ……)
85:
律子「ああ、それとプロデューサー」
P「な、何だ?」
律子「実際に触ったのがお腹か胸かはさておくとしても……実際、そのときのやよいはどんな様子だったんですか?」
P「え?」
律子「つまり、あなたに身体を触られた時のやよいの反応ですよ。それによっても、ある程度は、触った部位の推測ができるのではないかと思うんですが」
社長「ああ、確かにそこは重要なポイントになるね」
小鳥「……どうだったんですか? プロデューサーさん」
P「あ、ああ……えっと……」
P(あのときのやよいの反応……あのときは確か……)
P(……『はわっ』って感じで驚かれて、その後、確か……)
P「確か……『プロデューサー、そこじゃないです』って……言われましたね」
律子「『そこじゃない』……ですか?」
P「ああ」
社長「ふむ……そう聞くと、割と普通の反応、というか……」
小鳥「少なくとも、不意に胸を触られた際のリアクション、という感じじゃないですね……」
律子「……じゃあ、やよいは『胸触らないでください』とかは言ってないんですね?」
P「ああ。それは絶対に言ってない。『胸』という単語自体、絶対出てない」
律子「…………」
社長「では逆に、お腹を触られていたとしたら……」
小鳥「……『そこじゃないです』……つまり『お腹じゃないです。手の方です』という程度の意味で、言葉を返していたとしても……特におかしくはありませんね。まあ多少、びっくりはしていたかもしれませんが」
社長「うむ。しかしそうすると、やはり高槻君が勘違いをしていたということに……?」
小鳥「……うーん……」
律子「……まあ、とりあえずこの点についてはこのへんにしておきましょう。プロデューサーの記憶からも、今以上の内容は出てこないでしょうし」
社長「……そうだな。とりあえず、君の認識としては、高槻君の胸ではなくお腹を触った。しかし実際には、何かの拍子で、お腹ではなく胸に手が当たってしまったという可能性も否定はできない、と……とりあえず今は、こういうことでいいかね?」
P「は……はい」
P(だ、大丈夫だよな……うん。大丈夫……)
87:
社長「しかし君、こういうことがあったのなら、何故私が聞いたときに言ってくれなかったのかね?」
P「えっ」
社長「高槻君が事務所に来なくなった時と、一週間前、高槻君の親御さんから連絡があった時だよ。私はいずれも聞いたじゃないか。どんな些細な事でもいいから、心当たりがあるなら言ってくれと……」
P「あ、ああ、それはですね、その……」
律子「…………」
P「お、俺としては、本当に、お腹を触ったという認識しかありませんでしたし、実際、やよいも、さっき言ったような反応しかしなかったんで、その……そのまま、取るに足らない出来事として、忘れてしまっていたんです……すみません」
社長「ふむ……まあ、過ぎたことを言っても仕方がないが……今後は、こういったことはないようにしてくれたまえよ」
P「はい」
社長「で、次だが……この、高槻君が最後に事務所に来た日の事だがね……」
P「あ…………」
社長「これは……どういうことなのかね? 君から聞いていた話と、かなり違う印象を受けたが……」
P「え、ええと……これはですね……」
律子「…………」
小鳥「…………」
P(そうだった……俺、この部分、皆に嘘ついちゃったんだよな……)
P(今思えば、ここで嘘つく意味なんてなかったよな……なんで嘘ついちゃったんだろう……)
P(…………)
P(……まあ、仕方ない。正直に言うしかないか)
P(やよいが直接、皆の前で当時の状況を説明でもしたら、流石に誰も疑わないだろうしな……やよいがそんな嘘をつく意味も全く無いし……)
88:
P「……すみません、社長。この部分については、嘘をついていました」
社長「!」
小鳥「えっ!」
律子「! …………」
社長「で、では……ここに書いてあることは、実際にあったことなのかね?」
P「ええ、まあ……概ね……」
小鳥「…………」
律子「…………」
社長「な、何故そんな嘘を……?」
P「え、えっとですね……とりあえず、順を追って説明します」
社長「う……うむ」
P「まず、この頃……俺が、やよいから避けられているような気がしていたのは、本当です」
社長「…………」
P「ですが、当時の俺には、その理由が全く思い浮かびませんでした。さっきも言ったように、『ハイタッチ』の件は、その日のうちに終わったこととして、記憶から抜け落ちてしまっていたので……」
社長「……ふむ……」
P「だからこの日、やよいに、『最近、やよいに避けられているような気がする。もし俺に非があるのなら謝りたいから、理由があるなら教えてほしい』と……確か、こういうことを言いました。ただ、この書面に書かれているように、『語気鋭く詰問した』とか、そんなことはしていません。あくまでも、いつも通りの口調で聞いただけです」
社長「……それで?」
P「はい。ただ、やよいは『大丈夫です』とか『何もありません』とか言うばかりでした」
社長「…………」
P「でも俺には、やよいが、どこか無理をしているというか、嘘をついているようにも思えたので……もう一度、聞いたんです。『本当のことを言ってくれ』と」
社長「…………」
P「そしたら、やよいが急に……ええと確か、花の水替えをしなきゃ、とかなんとか言って、部屋を出ようとしたんです。それで、咄嗟に……」
社長「……高槻君の手首を掴んだ、と?」
P「……はい。あっ、でも、そんな、全然強くとかじゃないです。こう、パッって感じで、反射的に」
律子「……で、あなたに手首を掴まれたやよいは、どうしたんですか?」
P「あ、えっと……咄嗟のことだったから、やっぱり驚いたみたいで、こう、振り払われて……」
社長「……ふむ……」
小鳥「……それで、そのまま事務所を出て行っちゃったんですか? やよいちゃん……」
P「え……ええ。そうです」
律子「…………」
90:
社長「なるほど……まあ、話は分かった。しかし何故、君は嘘をついていたのかね?」
P「えっと……あの後すぐ、音無さんが事務所に来られたんです。それで、いつもなら朝早くから来ているやよいがいなかったから、音無さんが気付いて……」
小鳥「ええ、確かにそうでした。でもそのときのプロデューサーさん、やよいちゃんがいないことに気付いてなかったみたいでしたけど……」
P「……すみません。あのとき、正直に言えばよかったんですけど、俺も気が動転してて……。やよいが出て行った理由が自分にあるのかもしれないって思ったら、その……言えなかったんです」
社長「ふむ……つまり咄嗟に誤魔化してしまった、と」
P「……はい。で、音無さんに最初に嘘をついてしまったものだから、その、社長や他の皆にも、本当のことを言うことができなくなってしまって……つい、そのままに……」
小鳥「……そうだったんですか……」
律子「…………」
社長「なるほど……。まあ、上司である私にまで嘘をついていたことは非常に問題だが……今は他に対処すべき問題があることだし……この際、不問としよう。今こうして、正直に話してくれたことだしな」
P「すみません社長……どうもありがとうございます」
社長「ただし次は無いからね。肝に銘じておいてくれたまえ」
P「はい」
91:
P屑杉ワロタ
92:
小鳥「まあでも、これで一応、やよいちゃんが事務所に来なくなった理由は分かりましたね」
社長「うむ……真実がどうであれ、高槻君としては、『プロデューサーに胸を触られた』という認識を持っていたであろうことは、ほぼ間違いないだろうからね……」
P(……そうだよな……でもそれって本当に大丈夫なんだろうか……俺……)
律子「…………」
小鳥「でも、そうするとどうします? 社長……この、弁護士さんからの書面への回答……」
社長「そうだね……うちに顧問弁護士はいないが……私の古くからの知り合いで、弁護士をやっている者なら何人かは知っている。とりあえず、相談だけでもしてみるとするよ。その上で、回答内容を検討しよう」
小鳥「分かりました。あと、事務所の他の子たちには……」
社長「そうだな……とりあえず、高槻君が当分事務所に来れなくなったということは、言わざるをえないだろう。そしてその理由は、本人のプライバシーに深く関わる問題だから教えられない、ということにしよう。加えて、今は本人も気持ちが不安定だから、連絡を取らないように……と」
小鳥「分かりました」
社長「……君も、そういうことでいいかね?」
P「はい。大丈夫です」
社長「よし。ではこの書面への回答の件については、後は私の方で対応しよう。君達は、残ったアイドル諸君の活動に支障が出ないよう、いつも以上に緻密なケアを心がけてくれたまえ。特に、高槻君の件で色々と問い詰められるだろうと思うが、決して、今言った以上のことは言わないように。いいかね?」
P「はい」
小鳥「はい」
律子「……はい」
93:
P(やよいが当面、事務所に来れなくなったこと――名目上は、長期休暇となっている――については、音無さんと律子が、『やよいのためにも、今はそっとしておいてあげてほしい』と懇切丁寧に話したことで、他の皆も、そこまで大きく取り乱すようなことはなかった)
P(……といってもやはり、伊織だけは、最後まで納得のいかないような表情をしていたが……)
P(まあ何にせよ、これで事務所内では一段落ついたといえるだろう。しかしあとは、事務所外のこと……)
P(俺自身、この先どうなるのかと考えると……正直、不安で仕方がない)
P(どこまで本気か分からないが、あの弁護士からの書面には、刑事告訴も検討する、みたいなことも書いてあったし……)
P(まあ、社長も知り合いの弁護士に相談するって言ってたから、今俺にできることなんて何もないんだけど……)
P(…………)
P(それにしても……頭に浮かぶのはやはり……やよいのことだ)
P(今もつい考えてしまう。やっぱり俺はあのとき、やよいの胸を……)
P(…………)
P(……いや、違う。そんなはずはない……決してない)
P(確かに、何かの拍子で手が当たってしまったとか、そういう可能性は否定しきれないが……)
P(間違っても、俺が故意にやよいの胸に触ったとか……そんなことは、絶対にない。そう、あるはずがないんだ)
P(……そう。決して……)
P「…………」
ガチャッ
律子「……プロデューサー?」
P「ああ、律子か。お疲れ。もう上がり?」
律子「ええ。……プロデューサーも、ですか?」
P「そうだな……俺ももう上がろうかな。今日は色々あって、疲れたし……」
律子「……プロデューサー」
P「ん?」
律子「……お疲れのところ、すみません。今、少しだけお話……良いですか?」
P「…………え?」
94:
P「は……話って……やよいのことか?」
律子「……ええ」
P「別にいいけど……正直、昼に社長室で話したこと以上には……」
律子「……そのこと、なんですけど……」
P「?」
律子「プロデューサー、言ってましたよね? ……『やよいのお腹を触ったことは事実だが、取るに足らないことだったから、記憶から抜け落ちていた』って……」
P「あ、ああ……それが、どうかした?」
律子「それって……本当にそうだったんですか?」
P「…………え?」
律子「……すみません。あなたを疑ってるわけではないんです。ただ、どうしても腑に落ちなくて……」
P「ど、どういうことだよ律子? お、俺は嘘なんかついてないぞ」
律子「……ええ、分かっています。あなたにその、意識がないってことは」
P「い……意識?」
律子「……はい」
P「どういう……ことだよ?」
律子「えっと、ですね……私も、上手く言えないんですが……」
P「…………」
律子「……もしかしたら、プロデューサーは……例のやよいとの『ハイタッチ』の件……忘れていたんじゃなくて……考えないようにしていたんじゃないですか?」
P「えっ……?」
律子「……それも多分、無意識のうちに……」
P「ちょ、ちょっと待ってくれ律子。律子が何を言っているのか、分からない」
律子「……すみません。私もまだ、完全には整理できていないんです。でも、そう考えると納得がいくというか……」
P「…………」
律子「……やっぱり、変なんですよ、普通に考えて……やよいが事務所に来なくなったとき、いいえ、もっと言えば、やよいに避けられてると、あなたが感じるようになったとき」
P「…………」
律子「……何故そこで、『ハイタッチ』の件が頭に浮かばなかったのか……」
P「だ、だからそれは……」
律子「……ええ。分かってます。あなたとしては、やよいのお腹に触っただけという認識で、しかもやよいの方も、特に過度な反応もしていなかったから、些末な出来事だと片付けて、忘れてしまっていた……そういうことでしたよね?」
P「あ、ああ……そうだよ」
律子「でも、たとえそうだとしても……他に思い当たる理由が無い以上、そのことが一切脳裏をよぎらないというのは……やはり、おかしいと思うんです」
P「……………」
96:
よくあるクズの典型だな
事実を自分の中で捻じ曲げてる
95:
このプロデューサーには何か秘密が隠されている
99:
律子「……プロデューサー。よく思い出して下さい。『ハイタッチ』の日の事……」
P「…………」
律子「本当は……もっと何か、あったんじゃないですか? やよいがあなたを避けるようになるだけの、理由となるようなことが……」
P「…………」
律子「そしてあなたも、本当はそのことに気付いていた。だから無意識のうちに、そのことを考えないようにしてしまっていた。考えてしまうと、自分がやよいに避けらるような行為をしたこと、そして、自分の所為でやよいが事務所に来なくなってしまったことを……認めてしまうことになるから」
P「……ち……」
律子「……そして、それを認めてしまったら、もう、アイドルのプロデューサーなんて続けられなくなる。だから、あなたは――……」
P「違う!」
律子「!?」ビクッ
P「お……俺は……俺は皆の……765プロのアイドル皆の、プロデューサーなんだ!」
律子「……ぷ、プロデューサー……?」
P「そ、そんな俺が、そんな、そんなこと……するわけないじゃないか!」ドンッ
律子「!」ビクッ
P「なあ律子! お前だって、俺と同じプロデューサーだろ!?」ガシッ
律子「! ちょっ……!」
P「今までずっと、ずっとずっと! 苦楽を共にしてきた仲間じゃないか! なのに何で……何で今になって、急にそんなこと言うんだよ!?」
律子「ぷ……プロデューサー……いた……」
P「お、俺は……765プロのプロデューサーで……皆の夢を……そう! 担当アイドルを、全員! トップアイドルにするっていう、夢を持って……なあ、律子!」
律子「……っ」
P「だから俺たちは、その夢のために、毎日一生懸命……」
律子「……て」
P「…………え?」
律子「……離して……」
P「えっ……あっ! わ、悪い!」バッ
律子「…………」ハァハァ
100:
P「ご、ごめん律子、えっとその……今のは……」
律子「……大丈夫、です。別に、今ので暴行どうこうなんて、言うつもりはありませんよ」ニコッ
P「……律子……ほ、本当に、ごめん……」
律子「……いえ……気にしないで下さい。私の方こそ、憶測でものを言って……すみませんでした」
P「あ、いや……」
律子「……やっぱり、私も疲れていたみたいですね。本当にすみません。さっき言ったことは、全部忘れてください」
P「……律子……」
律子「……それでは、お先に失礼します。お休みなさい」
P「あ、ああ……おやすみ」
バタン
P「…………」
P「……くそっ……」
P「……何やってんだ、俺は……」
P「…………」
P(……なあ、やよい)
P(……お前は今、何してる? もう随分長い間、お前の笑顔を見てないような気がする)
P(…………)
P(……なあ、やよい)
P(……やっぱりお前は、そう思ってるのか? 俺にひどい事されたって、そう……思ってるのか?)
P(…………)
P「……やよい……」
102:
?高槻家・やよいの部屋?
コンコン
高槻父「……やよい。お父さんだ。入っていいか?」
やよい「あ……うん。いいよ」
ガララ
高槻父「どうだ? 調子は……」
やよい「うん……大丈夫だよ」
高槻父「そうか……」
やよい「…………」
高槻父「やよい」
やよい「……ん?」
高槻父「……お前は、何も心配しなくていいからな」
やよい「……お父さん」
高槻父「大丈夫だ。何があっても、お父さんとお母さんは、絶対にやよいの味方だから。な?」
やよい「……うん」
高槻父「…………」
やよい「……お父さん?」
高槻父「ああ、いや……なんでもない。じゃあまた明日な。お休み、やよい」
やよい「はい。おやすみなさい」
ガララ
高槻父「…………」
高槻母「あなた……やよいはどう?」
高槻父「ん? ああ……昨日よりは元気そう……かな」
高槻母「そう……」
高槻父「くそっ……。なんで、なんでやよいがこんな目に……」
高槻母「でも、あなた……」
高槻父「ん? なんだ?」
高槻母「その……弁護士の先生にお願いしてる件だけど……これって、やっぱりどうなのかしら……」
高槻父「? どうって?」
高槻母「なんというか……これでいくらお金が支払われても、やよいの心の傷が癒えるわけじゃないし……」
高槻父「それは……まあ……そうかもしれんが……」
高槻母「いくら、もう辞めるといっても、やよいにとっては、お友達がたくさんいる事務所だし……こういう紛争みたいな状態をこの先も続けるのは、正直どうなのかなって……」
高槻父「……でも、だからってこのまま泣き寝入りってのは……あまりにもやよいが……」
高槻母「……うん。そう、ね……」
高槻父「…………」
高槻母「…………」
103:
先の展開が読めないな…一体どうなるんだ
104:
高槻一派も一枚岩ではないな
105:
やよい「…………」
やよい(……今日も、家族の皆としか話さなかったな……)
やよい(……学校も、そろそろ行かないとな……)
やよい(…………)
やよい(……ああ、そうか。私、もう765プロ辞めちゃったんだ……)
やよい(……皆、元気にしてるかな……)
やよい(…………)
やよい(……プロデューサーは、……)
やよい(…………)
やよい(……いや、いいや)
やよい(…………)
やよい(……今日はもう、寝ようっと……)
やよい(…………)
106:
ζ*'ヮ')ζ<今日はここまで
次回『和解と訴訟』
107:
おつ!楽しみに待ってるぜ!
159:
?一週間後・社長室?
社長「では今から、例の……高槻君の件についての経過報告をしようと思う。皆、いいかな?」
律子「はい」
小鳥「はい」
P「……はい」
P(……俺、一体どうなるんだろう……まさか、いきなり解雇とかはないよな……)
社長「……えーまず、先日の弁護士からの書面についてだが……」
律子「…………」
小鳥「…………」
P「…………」
社長「……私が何人かの知り合いの弁護士に話を聞いた結果、概ね同じような見解だった」
社長「今から、それを順を追って説明していくわけだが……まず一般論としては、大体次のように考えていいそうだ」
P「…………」ゴクリ
社長「……率直に言うと、『突っぱねて良し』と」
P「……えっ?」
律子「突っぱねる……ですか?」
社長「ああ。要するに、『貴殿の主張されるような事実は一切ありません。よって当方としては、1円たりともお支払いすることはできません』とな」
律子「えっ」
小鳥「そ……そんなこと、言ってしまって良いんですか?」
P「そ……そうですよ社長。だって支払わなかったら、訴訟起こされちゃうんじゃ……。(さらに俺の場合、刑事告訴までされるかもしれないんじゃ……)」
社長「うむ。つまりこれは『訴訟するならどうぞお好きに』ということになるな」
P「なっ……」
律子「え、で、でもそれじゃ本当に……」
社長「ああ。訴訟を起こされてしまうだろうね」
P「そ、そんな……」
社長「まあまあ、続きを聞きたまえ。ではなぜ、そこまで強気に言えるのかというと……端的に言って、証拠が無いからだ」
小鳥「……証拠……ですか」
P「…………」
161:
社長「うむ。証拠といっても、ここでいう証拠とは客観的証拠……つまり、監視カメラの映像や録音テープといった類のものだ」
律子「あー……まあ確かに、そういうのはまず無いでしょうね。うちのビル、外や共有スペースにしかカメラ付いてませんし……」
小鳥「まさかやよいちゃんが事前にレコーダーを回していたとかも……まず考えられないですもんね」
P「…………」
社長「うむ、そういうことだ。要するに、訴訟となったら原告側……つまりこの場合の高槻君側が、その主張する事実……すなわち、彼からセクハラ被害を受けた、という事実を立証しなければならないことになるわけだが……」
律子「……やよいの方には、それを根拠づけるような証拠が無い。だから立証できない……ということですか」
社長「うむ。そういうことになるな」
小鳥「えっ、でも……少なくともやよいちゃん自身は、『胸を触られた』って証言できますよね? それって、一番有力な証拠になるんじゃないんですか?」
社長「……確かに、一般的にはそのように考えられがちだ。事実、お恥ずかしながら、私も今回、知り合いの弁護士に話を聞くまでは、そのように考えていたよ」
律子「ということは……実際は、そうじゃないってことですか?」
社長「ああ。実際の裁判で、何よりも重視されるのは客観的証拠……つまり、さっき言った監視カメラの映像や録音テープなど、らしい。逆に、こういった客観的証拠が何も無く、原告本人の証言くらいしかめぼしい証拠が無いようなケースでは……原告側の訴えが認められる可能性は、極めて低いらしいんだよ」
小鳥「へぇ、そういうものなんですか……」
社長「まあ、少し考えればわかることだが……人の発言、供述というのは、得てして信用性が低いものなのだよ。嘘をついているという可能性があることはもちろん、そうでなくても、勘違いや思い違いがあったり、また時間の経過に伴う記憶の変容、などということもありうる」
律子「確かに……」
社長「ゆえに、今回のようなケースだと……高槻君側が、その主張する事実を根拠づけるような客観的証拠を有している可能性は極めて低いといえるだろう。だから、『訴訟するならどうぞどうぞ』となるわけだ」
小鳥「なるほど……」
P「…………」
166:
律子「あ、でも待って下さいよ社長」
社長「ん?」
律子「事務所に対する訴訟提起とは別に、プロデューサー個人は刑事告訴されてしまう可能性もありますよ」
P「!」
小鳥「あ、そういえば、弁護士さんからの書面に書いてありましたね……」
P「…………。(そ、そうだよ……もしそれされたら、お、俺は……)」
社長「ああ、もちろんその点についても聞いてみたよ。しかしまあ、これについても、概ね民事訴訟の場合と同様に考えていいそうだ」
律子「……ってことは、『告訴するならどうぞどうぞ』……ですか?」
社長「うむ。結局はこの場合も、告訴した本人……つまり高槻君自身の証言くらいしか証拠が無い、ということになるからね。それでも、こちらがセクハラの事実を認めていたりすればまた別だが……仮に、全面否認という姿勢を貫くのであれば、告訴した側の証言だけで、逮捕されたり起訴されたりすることはまずないのではないか、とのことだよ」
P「そ、そうなんですか……」
小鳥「あ、でも、電車の痴漢事件とかだと……よく、被害に遭った女性の証言だけで有罪になったりしてません?」
社長「うむ、そういう刑事裁判の実態は確かにある。だからこそ、冤罪も多く起こっているわけだが……」
P「えっ……」
社長「ただまあ、電車内の痴漢の場合は、事件発生直後に取り押さえられたりしているケースがほとんどだろう。要するに現行犯だな。こういう場合だと、そもそもその場で取り押さえられている、という事実自体が有力な証拠になるといえるわけだ。また、被疑者自身が最初から自白していることも多い」
律子「社長……なんかまるで弁護士みたいですね」
社長「いやなに、全部受け売りだよ」
小鳥「……えっと、じゃあ今回のやよいちゃんのケースは、そういう電車内での痴漢事件とかとは違うっていう風に考えていいんですか?」
社長「うむ。今回の場合、例えば、高槻君が、彼に身体を触られた直後にその場を逃げ出していたとか、あるいはその日のうちに誰かに被害を訴えていたとか……そういう事実があればともかく、現実には、高槻君としては、そのような行為は一切していないからね。むしろ、翌日以降も普通に出勤して、彼ともほぼ普段通りに接していた」
律子「……となると、ここでもやはり、やよいの主張を裏付けるような証拠は、やよい本人の証言以外に無い、ということになるわけですか」
社長「うむ、そういうことだ。だから仮に告訴されても……まあそもそも、警察が告訴届を受理しないという場合もあるようだが……仮に受理されたとしても、せいぜい1?2回取り調べに呼ばれる程度で、そこで明確に容疑を否認しておけば、おそらく嫌疑不十分か証拠不十分で不起訴になるだろう……ということだよ」
P「……えっと、じゃあ仮に俺が告訴されても、逮捕されたりとかもしないんですかね……?」
社長「うむ。この類の事案で、身元や住所さえはっきりしていれば、逃亡したりするおそれもまず無いと考えられるから、基本的には、在宅のまま、任意で取り調べを受ける形になるだろう、とのことだ。ただ、正当な理由もなく取り調べに応じなかったりしたら、そのことを理由に逮捕されてしまったりすることはあるらしい」
P「えっ!」
社長「いやなに、そういうこともある、という程度の話だ。基本的には、そこまでの心配はしなくてもいい」
P「そ、そうですか……」
167:
律子「ええと……じゃあこちら側としては、『訴訟も告訴もどうぞぞうぞ』というスタンスで、向こうの要求には一切応じない……という回答を行うわけですか? 社長」
社長「いやいや、最初に言ったように、今言ったのはあくまでも一般論だ。通常、この類の請求を受けた場合には、そのような対応をするのが一般的である、ということを述べたに過ぎんよ」
小鳥「? と、いうと……?」
P「…………?」
社長「つまり、果たして我が社の場合も……『本当にそれでいいのか』を、十分に吟味しなければならない、ということだよ」
律子「『本当にそれでいいのか』……ですか?」
社長「うむ。例えば律子君。我々が今言ったような対応をした場合、実際に、高槻君側から訴訟が起こされたらどうなると思う?」
律子「……えっと、今の話を前提にすると……やよいの方は、やよい自身の証言以外にめぼしい証拠が無いから、請求としては認められない可能性が高い……ってことですよね」
社長「うむ。つまり、うちが勝訴する可能性が高い、ということだな」
小鳥「? 別に、勝訴するなら問題無いんじゃ……?」
社長「……よく考えてみてくれたまえ。この訴訟が現実に起こった場合のことを。訴訟の原告は高槻やよい君、我が事務所に所属していた、世間でも高い人気を誇るアイドルだった少女だ。そしてその訴えの内容は……担当プロデューサーからのセクハラ被害だ」
小鳥「あっ……」
P「…………!」
律子「そうか……もしこれが、マスコミにでも嗅ぎ付けられたら……」
社長「そういうことだ。それに嗅ぎ付かれる以前に、訴訟提起の段階で、原告代理人の弁護士自らが、マスコミに対し訴訟提起の事実を発表する……十分、ありえることではないかね?」
小鳥「そ、そんなことされたら、うちは……うちのイメージは……」
社長「うむ。一気に失墜するだろうね。そして当然、他のアイドル諸君の活動にも多大なる影響が出るだろう」
P「…………!」
律子「で、でも最終的に裁判で勝てば……」
社長「うむ。確かにそれで、ある程度の信用回復は図れるだろう。しかし、訴訟の判決が出るのはずっと先だ。控訴、あるいは上告までされたら、判決が確定するのは何年後になるか分からん。そのときまでに、一体我が社にどれほどまでの損害が生じているか……」
小鳥「…………」
P「…………」
社長「またそもそも、裁判にしたって100%勝てる保証などない。あくまでも、『勝てる可能性が高い』というに過ぎん。裁判で徹底して争った上に敗訴までしたら……もう、我が社が世間からの信頼を回復することなど不可能だ」
律子「……要するに、訴訟を起こされた場合、想定されるリスクがあまりにも高過ぎるってことですね……」
社長「うむ。そういうことだな」
P「…………」
小鳥「……それに、やよいちゃんから裁判を起こされてるなんて知ったら、うちの子たちは……」
社長「ああ。彼女たちの精神状態にも大きな影響が出るだろう。そしてそのような状態で、今まさにセクハラの嫌疑を掛けられているプロデューサーの彼と――……果たして、それまでと同じような信頼関係を維持できるかどうか……という問題もある」
P「…………!」
律子「確かに……皆にとっては……もちろん、私たちにとってもですけど……やよいもプロデューサーも、どっちも大切な仲間ですからね……」
小鳥「……その二人が、法廷の場で相争うなんて事態になったら……皆、とても……平静な状態でお仕事なんて続けられないと思うわ」
P「……………」
社長「……とまあ、そういうことだ。結論から言うと、訴訟になった場合、訴訟自体はうちが勝つ可能性の方が高い。しかし――……その代償として、あまりにも多くのものを失ってしまう可能性がある」
律子「……単純な経済的損失だけでも、現在、やよい側から請求されている金額を軽く超えるでしょうしね……」
社長「……そのうえ、世間からの信頼の失墜、アイドル活動継続への影響、アイドル諸君らの精神状態の乱れなど……無形の損害も甚大になることが予想される」
小鳥「……ということは、うちとしては……」
社長「うむ。訴訟提起の回避を最優先とし、ある程度の線で……金銭的解決を図るのがベストだと考える」
律子「確かに……その方がいいでしょうね。それに、この紛争自体の早期解決にもなりますし……」
小鳥「訴訟にさえならなければ……このこと自体、他の子たちには知られずに済みますしね」
P「…………」
170:
小鳥「それで……実際、どれくらいの線で折り合いをつけるつもりなんです? 社長」
社長「うむ。それについても聞いたみたがね。まあ先に言ったように、請求してきた側にこれといって有力な証拠が無さそうな場合は、そもそも一切支払わない、と応対するのが普通だそうだ」
P「…………」
社長「しかしそうはいっても、実際に訴訟となると色々と大変ではある。時間も労力も費用もかかるからね」
律子「それはまあ……そうでしょうね」
社長「そこで……あくまで紛争の早期解決、という目的で、こういったセクハラ事案で訴訟前に和解する場合……大体10?30万円程度が相場だそうだ」
小鳥「えっ! そんなに低いんですか」
社長「まあもちろんこれは、証拠が弱く、訴訟提起しても勝つ見込みが薄い事案の話だがね。要するに、訴える側としても、訴訟提起までしたのに結局1円ももらえない、なんてことになるくらいなら、和解して少しでももらった方が得だからだ」
律子「それはまあ……そうでしょうね。コストも低く抑えられるわけですし」
社長「うむ。だが今回のうちの場合は、あくまでも訴訟回避が最優先だ。そのためには、あまりに低い金額を提示してしまうのはリスクが高い。向こうに『そんな金額では到底応じられません。やかに訴訟提起いたします』などと言われてしまっては、元も子もないからね」
小鳥「ふむ……なるほど」
社長「ただ、だからといって、流石に向こうの請求金額である600万円全額を支払うというわけにもいかん。そもそも彼の認識では、『お腹を触った』に過ぎないわけだからね」
P「…………」
律子「確かに……まあ無いと思いますが、もし後にこの件が外部に漏れて、『765プロが、元所属アイドルのセクハラ被害の賠償で600万円全額支払った……』なんてスクープでもされたら厄介ですしね」
小鳥「その時点で、会社として全部認めてるように思われそうですもんね……」
社長「うむ。なので私としては……まあ向こうの請求金額の半分、300万円程度で和解できたらいいのではないか、と考えている」
律子「300万……それでも、さっきの一般的な場合の10倍ですね」
社長「リスク回避のためだ。和解というのは、双方が合意しないと成立しないからね。いくら一般的な相場がどうだといったところで、600万円請求している相手に30万そこらで納得しろというのも無理な話だろう」
小鳥「そうですね……まあ幸いにも、今は事務所にもある程度資金的な余裕もありますから、そのくらいなら……」
社長「うむ。ただそれはあくまで最終的に想定すべきラインだ。最初からその額を提示してしまうと、合意ラインは必然的にそれより上がってしまう」
律子「というと、最初はそれより下げて……?」
社長「ああ。とりあえず最初は200万円で提示してみようと思う。このあたりなら、『話にならない。即訴訟』とはならないラインであろうし、かつこちらの最終想定ラインまでは十分余裕がある」
小鳥「なるほど……」
社長「よし、では一応、そういう方向で話を進めてみようと思うが……君は、どう思うかね?」
P「……え?」
社長「いや、元々は君が当事者なわけだからね。今の案でいいかどうか……君にも、意見を述べてもらいたいんだが」
P「あ、そ、そうですね……良いと、思います」
社長「うむ。では、これで提示をしてみるとしよう」
律子「あ。それと社長」
社長「ん? 何かね?」
律子「えっと、金額の方は分かったんですが、肝心の、プロデューサーがやよいにしたとされる行為の点については、どのように回答するんですか? ……今の社長の話を前提にすると、当然、そのまま認めるというわけではないんだと思いますが……」
社長「ああ、それについては、まあ、彼の認識、記憶を前提にしても、高槻君に誤解を与えかねないような行為をしてしまった、ということ自体は事実だからね。だから、その点については率直に非を認めたうえで、やかな紛争解決のために一定額をお支払いしたい……という風に、伝えるつもりだ」
律子「なるほど……」
小鳥「まあ確かに、プロデューサーさんの認識としても、お腹には触ってるわけですしね……」
社長「……君も、それでいいかね?」
P「えっ、あっ、はい。大丈夫です」
173:
社長「うむ。後は今の内容を書面にまとめて、向こうの弁護士へ送るとしよう。ではこの件については、今日のところはこのへんで。皆、通常業務に戻ってくれたまえ」
律子「はい」
小鳥「はい」
バタン
P「あっ……あ、あの、社長」
社長「ん? 何かね? 君も早く業務に……」
P「あ、えっと、いや、その……」
社長「?」
P「お、俺は……このままでいいんでしょうか?」
社長「え?」
P「あ、いや、その、なんというか……この問題って、真実はどうあれ、俺がやよいにしたことに原因があるのは間違いないですよね? なのにその、俺には何もお咎めとか、その、責任とか……」
社長「……何を言っとるんだ」
P「え?」
社長「君は、ふとした悪ふざけで、高槻君のお腹を突っついただけなんだろう?」
P「え? ええ……まあ」
社長「そりゃあまあ確かに、高槻君はお年頃の女の子だ。君のその行為が、軽率なものだったことは否めない」
P「…………」
社長「しかし君は、少なくともそれまでに、その程度の悪ふざけなら許されると思えるほどには――……高槻君との信頼関係を、築けていたのではないのかね?」
P「……それは……」
社長「まあ、結果的にこういうことになってしまったことは非常に残念だが……それでも私は、君の事を信じているし、高槻君にしたって、君を陥れるようなことをするはずがないと思っている」
P「…………」
社長「だからこれはきっと、誰のせいでもない、ただ何かのタイミングが悪かっただけの……事故のようなものだと思うんだよ」
P「……社長……」
社長「だから私は、この件で君に何らかの処分を下すことなどは一切考えていない。高槻君への賠償金も、たとえ、600万円全額を支払うことになったとしても、全て会社の方で負担する。君が不安になることは何も無い」
P「…………」
社長「まあ、私に報告すべき事項を失念していたこと、そして私に嘘をついていたことについては……この場を借りて、厳重注意とさせてもらうがね」
P「! すっ、すみません! 社長!」
社長「はっはっは。まあ私から君に言えるのはそのくらいだ。後はこれまで通り、残ったアイドル諸君のプロデュース業に専念してくれればいい。また君にとっても、そうすることが、最も会社に報いることとなるだろう」
P「はっ……はい!」
社長「うむ。分かったらもう戻りたまえ。何、心配は要らん。社員の尻拭いは、社長の仕事だからな。はっはっは」
P「あ……ありがとうございます!」
175:
なんか不安だなあ
176:
というか社長が聖人君子すぎる…
177:
Pが何考えてるのか謎すぎる
179:
?同日・TV局スタジオ内?
P(社長の計らいで、とりあえず首の皮一枚つながったな……)
P(実際、マジで一発解雇もありえるんじゃないかと思ってたからな……)
P(まあでもこれで、少なくとも当面は大丈夫か……)
P(いやでも結局、最終的に和解交渉が決裂して、訴訟提起でもされたりしたら……)
P(いや……訴訟ならまだましか。それより何より一番まずいのは、刑事告訴……)
P(社長の話だと、仮に告訴されても逮捕とかまではされないだろうってことだけど……実際どうなんだろう……)
P(…………)
P(……い、いやでも俺は、そもそも逮捕されるようなこと自体やってない……はず……だし……)
P(そ、そうだよ……。それにさっき、社長も言ってたじゃないか。俺はやよいのお腹を触っただけだって。ただの悪ふざけだったんだって)
P(……うん。それに、確かに今思えば、やよいの身体に触った時の感触も、なんとなくお腹っぽかったような気がするしな)
P(まあ、それ自体がセクハラだって言われたらしょうがないけど……)
美希「……プロデューサー?」
P「うおぉう! み、美希!? な、なんだいきなり?」
美希「なんだって……ミキ、今お仕事終わったんだけど」
P「え……?」
美希「……見てなかったの……?」
P「あ、あー! 見てた見てた! うん、ものすごく見てたよ! 流石美希! もう最高! アハハ……」
美希「…………」ジトー
P(……やばい。めっちゃ怒ってる……)
美希「……まあ、いいの」
P「え?」
美希「……あとでイチゴババロア奢ってくれたら、許してあげるの」
P「わ、わかった……。(相手が美希で、まだ助かったかな……)」
美希「なんか言った?」
P「い、いや何も」
美希「じゃあ早く戻ろ! ミキもうお腹ぺこぺこ!」
P「おう、じゃあ早いとこ駐車場に……」
美希「? 何?」
P「……なんでもない。ほら、早く行くぞ」
美希「あー! 待ってなのー! 歩くの早いよー! プロデューサー!」
181:
?車内(信号待ち中)?
P「…………」
美希「? 何? ミキのこと、じーっと見て」
P「いや……美希は助手席に乗るんだな、って思って」
美希「? 何で? ダメだったの? でも、いつも乗ってるよね?」
P「……ああ、全然ダメじゃないよ。むしろ、そこに乗ってくれて嬉しい」
美希「? ふーん? あっ、もしかして、ミキみたいなかわいい子が助手席に乗ってたら、彼女みたいに見られるから?」
P「ああ、そうだな」
美希「…………」
P「…………」
美希「…………」
P「……あ、青」
ブロロ……
P「…………」
美希「……プロデューサー、なんかあったの?」
P「えっ」
美希「…………」
P「別に……何も」
美希「……やよいのこと?」
P「…………」
美希「…………」
P「……あのな、美希。その、やよいのことは……」
美希「わかってる。ミキ、聞かないよ」
P「…………」
美希「小鳥と、律子……さんから、すごく言われたし。それにミキだって、人に話したくないことの一つや二つ、あるしね」
P「……そうか」
美希「……それに、『約束』もしたし」
P「……約束?」
美希「あ、ううん。なんでもないの。……こっちのハナシ」
P「……そうか」
美希「…………」
P「……なあ、美希」
美希「? 何?」
P「……美希は、さ。自分に嘘をついたことって……あるか?」
美希「? ……自分に、嘘……?」
P「……ああ。なんていうか、本当はそうじゃないって、心の奥ではわかってるのに、それを認めたくなくて……無理やりそうだって、自分に言い聞かせるような感じ……というか」
美希「……うーん……」
P「……なんて、ちょっと分かりにくかったかな」
美希「……あるよ?」
187:
P「えっ」
美希「自分に嘘……でしょ? ……うん。あるよ」
P「……もしよかったら、だけど……聞かせてくれないか? ……その話」
美希「……ん。いいよ。ミキ的には結構嫌な思い出だけど……もう、昔の事だしね」
P「…………」
美希「あれはね、まだミキがアイドルになってすぐの頃だった」
P「…………」
美希「ミキ、あの頃は、今みたいにアイドルのお仕事楽しくなかったし、レッスンとかもすっごく嫌だったの」
P「…………」
美希「それでね、ミキ、ある日、どーしてもレッスンに行きたくなくなっちゃって、もう家を出ないと間に合わない時間になってたのに、どうしても行く気が起きなかったの」
P「…………」
美希「それでね、ミキ、こう思うことにしたの。……『あ、そういえば今日はレッスンの日じゃなかった。レッスンは明日だった』って」
P「…………」
美希「それで、『今日はレッスンの日じゃないから、遊びに行こう!』って決めて、ケータイ、ベッドに放り出して、そのまま外に遊びに行っちゃったの」
P「……それ、どうなったんだ?」
美希「ものすっごく、怒られた。レッスンの先生からも、律子……さんからも」
P「ま、そりゃそうなるよな……」
美希「それでね、ミキ、思ったの。自分に嘘をつくだけならともかく、それで他の人に迷惑掛けちゃうのは、すっごく駄目なことなんだって」
P「…………」
美希「……なんて、当たり前のことなんだけどね」
P「……なんで、そんな回りくどいことしたんだ? 美希」
美希「えっ?」
P「あ、いや……そんなにレッスンが嫌だったんなら、仮病でも使えばよかったんじゃ……」
美希「うーん……。確かにそれも考えたけど、でもそれだと、レッスンの先生とか、他の皆に嘘つくことになっちゃうから。ミキ、それは嫌だったの」
P「…………」
美希「だから、自分に嘘をつくことにしたの。そうすれば、誰にも嘘をつかずに済む、って思ったから」
P「……誰にも、嘘を……」
美希「まあでも、それで結局、いろんな人に迷惑掛けちゃったから……意味なかったんだけどね」
P「…………」
188:
美希「……まあ、そういう話だったわけだけど……」
P「…………」
美希「でも、なんでミキにこんなこと聞いたの? プロデューサー?」
P「……さあ……」
美希「え?」
P「何で、だろうな……ごめん、自分でもよく分からないんだ」
美希「?? ヘンなプロデューサー……」
P「悪い。気にしないでくれ」
美希「……まあ、別にいいけど……」
P「…………」
美希「…………」
P「……なあ、美希」
美希「? 何?」
P「……嫌な思い出だったのに、話してくれてありがとうな」
美希「べ、別に……お礼を言われるほどの事じゃないの」
P「何だ美希。照れてるのか?」
美希「照れてないの」
P「ははは」
美希「笑わないの」
P「ごめんなさい」
P(……美希と談笑しながらも、俺の心はどこか穴が開いたようだった)
P(……俺は美希に……いや、美希でなくてもいい)
P(……自分以外の誰かに……今の自分を、正当化してもらいたかったのかもしれない)
P(……途中で寄ったコンビニで、美希にせがまれたイチゴババロアを手に取りながら、俺はふと、そんなことを思った)
189:
ζ*'ヮ')ζ<今日はここまで
次回『それぞれの想い』
190:
乙!楽しみにしてる
192:
やよい本人の話か回想が楽しみだなあ
193:
Pが保身と対症療法しか考えてなくて屑すぎるのが問題
194:
かっこよく全部を肯定したら物語にならんちゃ
195:
普通こんなもんだろ
196:
普通はどうしてこうなったか考えると思うんだけど
見に覚えがないならなおさら
214:
?一週間後・○×法律事務所?
弁護士「……こちらが、先日、765プロ側から届いた回答の書面となります」スッ
高槻母「あ……ありがとうございます」
高槻父「……ありがとうございます」
弁護士「……ここに書かれてある内容を、端的に申し上げますと……765プロ側としては、?□□氏がやよいさんの身体に触ったのは事実だが、それは胸ではなくお腹であって、かつ、あくまでコミュニケーションの一環として触ったものに過ぎない?それでも、やよいさんに不快な気分を味わわせてしまったことは事実なので、やかな紛争解決のために200万円を支払いたい、と……こういうことになりますね」
高槻母「……え、えっと……先生……これは、その、どうなんでしょう……?」
高槻父「…………」
弁護士「そうですね……率直に申し上げて、破格の提示額だと思います」
高槻母「……それは……普通より高い方、という意味でですか?」
弁護士「はい」
高槻父「…………」
弁護士「最初にもご説明しました通り……この種の事案、つまり被害者ご本人の証言くらいしか有力な証拠が望めないような場合において、請求された側が最初に行う回答としては……事実関係を完全に否認したうえで、損害賠償にも一切応じない、という姿勢を示すのが通常です」
弁護士「しかしそうはいっても、普通は訴訟なんて起こされたら事実上大変なので……その煩雑さを回避するために、そこそこのお金を支払って紛争を終わらせる、ということはよくあります。ただし、この種の事案では、その場合の和解金額は高くても30万円程度でしょう。50万円を超えることはほとんどないと考えていいと思います」
弁護士「その点でいくと、この765プロの初回提示金額の200万円というのは、はっきり言って異常な金額です。向こうにしてみれば明らかに勝ち筋なのに、最初からここまでの金額を提示してくるというのは、よっぽどの理由があるのだろうと考えられます」
高槻母「よっぽどの、理由……ですか?」
弁護士「はい。要するに……『絶対に訴訟だけは起こされたくない』……と、いうことでしょうね」
高槻父「…………」
弁護士「……まあ、社員が元所属アイドルからセクハラで訴えられた――……などと報道されたら、765プロとしての企業イメージは一気にガタ落ちしますからね。ゆえに、将来的な利害得失までをも見据えたうえでの判断だと思います」
高槻母「……なるほど……」
高槻父「…………」
弁護士「……そのような状況を踏まえた上で、こちらとしては、次にどのような回答をするのか……。それを、高槻さんには考えて頂く必要があります」
高槻母「……はい」
高槻父「…………」
弁護士「……たとえばまず、今この時点で、向こうの提示額である200万円での合意に応じてしまう。これも、一つの方法ですね」
高槻母「えっ、もう……応じてしまって、いいんですか?」
高槻父「…………」
弁護士「はい。勿論、あくまでも一つの方法として……ですけどね。そもそもこの事案は、訴訟でいえば完全に負け筋です。判決までいってしまうと、こちらが敗訴する可能性が極めて高い。仮に和解に持ち込めたとしても、この金額には到底達しないでしょう」
弁護士「それならば、訴訟前の現段階で、200万円での和解に応じれば、訴訟を提起した場合以上の経済的利益を得られるうえ、コストもほぼ最小限に抑えられます。また何より、紛争自体をここで終了させられるというメリットもある」
弁護士「訴訟提起となると、私に対しても追加の着手金をお支払い頂く必要が生じますし、何よりも時間が掛かります。これは一般論ですが――……請求している側からしても、紛争自体が長期化するのは、精神的に非常に辛いものがあります」
高槻母「…………」
高槻父「…………」
弁護士「……次に考えられるのは、このまま和解交渉を継続し、もう少し増額が見込めないかやってみる、というものです。通常、請求を受けた側はある程度の限界ラインを想定しています。つまり『ここまでなら和解できる。しかしこれを超えるようであれば訴訟もやむを得ない』というラインです。そのため、交渉初期の段階では、最初からこの限界ラインを提示せずに、ある程度の増額幅を持たせたうえで、そのラインより低い金額でまず打診してみるのが一般的です」
弁護士「ただ今回の場合は、最初から200万円という、極めて高額の提示をしてきていますので、そこまで極端な増額は見込めないかもしれませんが……それでも、250万円くらいまでならば、上げられる可能性はあると考えます」
高槻母「……なるほど……」
高槻父「…………」
弁護士「最後に、ここでもう和解交渉を打ち切り、やかに訴訟を提起する、という方法もありますが……正直これは、おすすめしません」
高槻母「…………」
高槻父「…………」
216:
弁護士「それはまず、今言ったように、訴訟を提起しても敗訴する可能性が高いこと、仮に和解に持ち込めたとしても、到底、現段階で相手方から提示されている金額には及ばないであろうこと、そのうえ、高槻さん側には、今以上に金銭的、時間的コストがかかること……などといった理由からです」
弁護士「それに何より、訴訟となった場合……こちら側の証拠がやよいさんご自身の証言しか無い以上……勝訴するためには、やよいさん自らが証言台に立って、ご自身の受けた被害事実を、裁判官の面前で、詳細に話さなければならなくなります」
高槻母「! ……そ、それは……」
高槻父「…………」
弁護士「つまり、裁判官に対し、『これは、本当にセクハラがあったんだろうな』という心証を抱かせるためには、やよいさん自身が、当時の状況を、克明かつ具体的に供述しなければならない、ということです。……これは、やよいさんにとっては、極めて大きな心理的負担になると考えられます」
弁護士「しかも、本人尋問は通常、訴訟の終盤に行われます。その頃には、おそらくこの訴訟の存在はマスコミの、すなわち世間の知るところとなっていることが予想されます。そうなると、まず間違いなく傍聴席は満席となり、やよいさんは、多数の傍聴人――当然、興味本位の野次馬根性で来ている人も大勢いるでしょう――の前で、自らが受けたセクハラ被害について話さなければなりません。それも、裁判官に分かってもらえるよう、詳細かつ具体的に……です」
弁護士「そしてそこまでしても、結局、敗訴する可能性が高いことに変わりはありません。そして実際に敗訴となると、やよいさんは世間から、『虚偽の事実で元所属事務所を訴えたアイドル』などと非難されてしまうことも……十分にありえると思います」
高槻母「……そんな……」
高槻父「…………」
弁護士「……ですので、こういった点からも、私は訴訟を起こすのはリスクが高過ぎると考えます。その理由は今言った通りですが、何よりも……訴訟を通じて、今既にやよいさんが負っている心の傷が、より一層深くなってしまう可能性が高いからです」
弁護士「……したがって、私としては、先ほどご説明させて頂いた二つの方法……?今の提示金額の200万円で和解する?もう少しの増額を目指して交渉を継続する、のいずれかが良いのではないか、と思います」
弁護士「?の方法であれば、今すぐに紛争を終わらせられるというメリットがありますし、?の方法であれば、経済的利益が増加する可能性があります。……もっとも、最終的な解決までに、もう少し時間はかかりますが」
弁護士「この両者の選択であれば、どちらの方が絶対的に良い、ということは無いように思います。紛争の早期解決を選ぶか、経済的利益が増加する可能性を選ぶか……そのいずれのメリットを重視するのか、ということですので」
弁護士「なので、私としましては、やよいさんご自身の現在の心境なども踏まえたうえで、ご決断頂ければと思います。やよいさん自身が、『もう早くこの事件の事は忘れてしまいたい』などと強く思われているようであれば、?の方が良いだろうと思いますし」
弁護士「……では、今言った点についてご検討の上、方針が決まりましたら、またご連絡頂いても宜しいでしょうか」
高槻母「……はい。分かりました。……どうも、ありがとうございます」
弁護士「……お父さんも、それで宜しいでしょうか」
高槻父「…………」
弁護士「……もし、何かご不明な点があれば、遠慮なく言って下さって結構ですよ」
高槻父「…………」
高槻母「…………」
弁護士「…………」
高槻父「……先生」
弁護士「はい」
高槻父「……私どもは、法律の事については、てんで素人です。ですので、基本的には……先生のご判断で、良いと思うように進めてもらえたら、と思っております」
弁護士「…………」
高槻父「……ただ……」
弁護士「……ただ……?」
高槻父「……この、向こうが言っている、『触ったのは胸じゃなくてお腹だ』ってとこ、なんですけど……」
弁護士「…………」
高槻父「……ここを、その、向こうにちゃんと認めさせて、謝らせるってことは、やっぱり……難しいんでしょうか」
弁護士「……つまり、『触ったのは胸である』ということを認めさせたうえで、かつ謝罪をさせることはできないか……と、いうことでしょうか」
高槻父「……はい」
弁護士「…………」
高槻父「…………」
高槻母「…………」
弁護士「……最初に、ここに相談に来られた時にも申し上げましたが……それは、難しいですね」
高槻父「…………」
高槻母「…………」
220:
弁護士「向こうが最初から認めているのならともかく、否認している内容を後で認めさせるというのは……基本的には、まずできないものと思って下さい」
高槻父「…………」
弁護士「仮に後で認めたとなると、『じゃあ何故最初は認めていなかったのか。嘘をついていたのか』ということになりますからね。なので向こうの言い分の中の、『触ったのは胸ではなくお腹である』という部分は、おそらく最後まで変わらないと思います。こちらが、有力な客観的証拠でも出さない限りは」
高槻父「…………」
弁護士「ただ、まあ……そうですね、具体的な内容は明らかにしないで、『不適切な行為を働いたことを認める』という程度ならば、向こうも書面上、記載していることですし……合意書の中に、入れ込むことは不可能ではないかもしれません」
弁護士「ただ、『謝罪』というレベルまで要求するのは……基本的には難しいと思って下さい。たとえそれが『お腹を触ったこと』についてであったとしても、です」
高槻父「…………」
弁護士「元々、和解というのは、互譲……つまり、お互いに譲歩することによって成立するものです。要するに、どちらの方が悪いとか、悪くないとかをあえてうやむやにしたままで、紛争を解決させるという手段なのです。だから、どちらかだけが一方的に非を認め、相手に対して謝罪する……などということは、たとえ書面上の事だけでも、基本的には難しいと思って下さい」
高槻父「……じゃあ、たとえば、直接、やよいに謝らせるってことは……」
弁護士「尚の事、難しい……いえ、それはもう無理だと思ってもらった方がいいと思います」
高槻父「…………」
弁護士「向こうにも会社としての面子がありますからね。流石にそこまでの要求には応じられないでしょう」
高槻父「…………」
弁護士「…………」
高槻父「……先生」
弁護士「はい」
高槻父「……正直言いまして、私ら、お金は……別にいいんです」
高槻母「…………」
弁護士「…………」
高槻父「……ただ、ただ……悔しい。悔しくて、仕方が無いんです」
弁護士「…………」
高槻父「……あの日、やよいが……プロデューサーから胸を触られたって日、私は、そのことにまったく気付かなかった」
高槻父「いつも通りに夕食の準備の手伝いをして、いつも通りに弟や妹たちの世話をしているやよいを見て、私は、何ひとつ、違和感を持たなかったんです」
高槻父「それから一週間くらいの間も、やよいはずっと、いつも通りで……私も、何とも思ってませんでした」
高槻父「そしたらある日、やよいが事務所早退してきたって、妻から聞いて……。でも理由を聞いても何も答えない、って……。それで私、職場に無理言って、午後から早退して、家に帰ったんです。そしたらやよいは、部屋に籠ったままで……一歩も、外に出てこようとしませんでした」
高槻父「それでも、何とか話をしてくれって、私らずっとドア越しに声を掛け続けて……そしたらようやく、出てきてくれて……開口一番、こう言ったんです」
高槻父「……『お父さんお母さん、ごめんなさい。私もう、アイドル続けられない』って。何でそんなこと言うのかも分からなかったですけど、とりあえず、私は、『何があったか知らないけど、アイドルを続けるのも続けないのもお前の自由だ。だから別に、そんなことで謝らなくていい』って、言ったんです。……そしたら、やよいは、『だって私がアイドルやめちゃったら、もうおうちにお金、入れられなくなるから……』って。『だからごめんなさい』って……」
弁護士「…………」
高槻父「……それでその後、話を聞いたら、一週間前の日に、プロデューサーに胸を触られてた、って……。しかも本人は、そのことを、全然覚えてないみたいだって……」
高槻父「それ聞いて、私はもう、居ても立ってもいられなくなって……やよいが、まだ中学二年生のやよいが、一人で悩んで、苦しんで、親である私らにも言えないままで、極力心配掛けさせないようにって、なるべく普段通りに振舞っていたのかと思うと、もう……」
高槻父「それで私、すぐさま事務所に乗り込んでやろうと思ったんです。でもそしたら、やよいが、『それだけはやめて』って。『他の皆に迷惑が掛かるから』って……」
高槻父「やよいは……あいつは、ああいう子なんです。自分がどんなに辛い目に遭っても、自分より周りの事を考えてしまう」
高槻父「自分が一番辛いはずなのに、自分が一番泣き出したいはずなのに……そういうの全部飲みこんで、『家に迷惑を掛けてしまう』とか、『事務所の皆に迷惑を掛けてしまう』とか……そういうことを、考えてしまう子なんです」
高槻父「なので先生、どうか、どうか……。765プロの社長と、その例のプロデューサーに、やよいにしたこと、認めさせて……やよいの面前で、謝罪させてやりたいんです。そうじゃないと、やよいは、やよいは……」
弁護士「……高槻さん。お気持ちはよく分かりますが……」
高槻父「……先生。私らには、もう先生だけが頼りなんです。本当は、私らが直接事務所に行って、その場で、他のアイドルの子たちとかも居る前で、謝らせてやりたかった。……でもやよいが、『それだけはやめて』って、泣きながら言うから、だから……」
高槻父「……だからこうして、先生の所へ相談に来させていただいて、法律的に、きちっと手続き踏んで、やってもらおうと思ったんです。だからどうか、どうか……」
224:
弁護士「……高槻さん。最初にもご説明したとおり、法律も万能ではありません。ましてや和解ともなると、当然、ある程度の妥協はしなければならないんです」
高槻父「で、でも……」
高槻母「あなた、もう先生も困ってらっしゃるし……。それに、『謝罪まで求めるのは難しいだろう』って、最初からご説明して下さってたじゃない」
高槻父「……ああ、分かってる。俺が無理を言っているってことくらい……。でも、でも先生……」
弁護士「……それでは、現状ではなかなか難しいとは思いますが、ある程度増額の交渉をしながら、少しでも高槻さんのご納得のできる和解条項となるよう、相手方と話をしてみる……というのは、いかがでしょうか」
高槻母「増額交渉をしながら……ですか?」
弁護士「ええ。あまりにあれもこれもと要求して、交渉を打ち切られたら元も子も無いので、加減を見極めながら、ですが……。要は向こうも、『金銭的支出が抑えられるなら、ある程度は向こうの言い分に沿った条項にしてもいいか』と考える可能性はありますからね。もっともその場合でも、先ほど言ったように『不適切な行為をしたことを認める』という程度の記載が限界だと思いますが」
高槻父「……そうですか……」
弁護士「まあいずれにせよ、やよいさんご自身のお気持ちも重要になりますので、その点も再度ご確認された上で、今後どのように進めていきたいのか、ご検討頂けますか」
高槻母「はい。ありがとうございました」
高槻父「……ありがとうございました」
弁護士「それでは、ご連絡をお待ちしておりますので」
高槻母「はい。失礼します」
高槻父「……失礼します」
バタン
弁護士「…………」
事務員「……先生、お疲れ様です」コトッ
弁護士「おお、ありがとう」
事務員「……で、どうなりそうなんですか? 高槻やよいちゃんの件」
弁護士「んー……まあ、300?350ってとこだろうな。400いけたら御の字かな」
事務員「えっ! セクハラでそんないくんですか? しかも胸一回触っただけでしょ?」
弁護士「そりゃあ普通の会社ならこうはいかんだろ。でも何せアイドル事務所だからなあ」
事務員「あー、訴訟になったらすごそうですもんね。報道とか」
弁護士「そうそう。まあそのへん考えての金額なんだろ。いきなり200とか普通まず考えられんからな。何の証拠も無いのに」
事務員「へー。お金あるんですねー。まあ今765プロの子って至る所で見ますもんね」
弁護士「……ま、後は依頼者次第だな……」
事務員「ってことは、200万でまだ納得してないんですか?」
弁護士「いや、『お金じゃないんです。ただ謝ってほしいんです』って」
事務員「あー、そのパターンですか。でもそういうこと言う人に限って、最後は結局お金だったりするんですよね」
弁護士「まあね。それに訴訟になったら完全負け筋ってのは口酸っぱくして言ってるし、仮に訴訟上の和解でも絶対200にはならないって言ってるからな」
事務員「訴訟になっちゃったら、もう向こうとしては大枚はたいて和解する意味無いですもんね」
弁護士「というか多分、和解の話にすらならんだろうな。起こされた以上、向こうはもう勝つしかないし」
事務員「じゃあ後は依頼者をどう説得するか、ですか」
弁護士「ああ。まあ一応250くらいまではいけるかもしれないって言っといたから、それで最終的に300とか350とかになったら多分うんって言うと思うんだけどな」
事務員「でも、謝罪の件はどうするんですか?」
弁護士「そこはまあ上手いこと、どっちからも好意的に解釈できるような条項にするしかないだろ。こっちからは向こうが非を認めてるように見えて、向こうからは体裁を守れてるような感じに見えるやつに」
事務員「うーん、なかなか難しいですね……」
弁護士「ま、お金で納得してくれたらそれが一番なんだけどな」
事務員「そうですね、本当……」
弁護士「結局、いくら謝られたって……それで心の底からすっきりすることなんか、ないんだから」
229:
?同日夜・高槻家?
高槻母「……ねぇ、あなた」
高槻父「……ん」
高槻母「その……やよいの件なんだけど」
高槻父「…………」
高槻母「やっぱりその、向こうもある程度は非を認めてるんだし……もう、今の段階で合意してしまった方がいいんじゃないかしら」
高槻父「…………」
高槻母「そりゃあ私だって、やよいがあんな目に遭ってるんだから、謝罪くらいはしてもらいたかったけど……でも、やっぱりそれは難しいって話だし……」
高槻父「…………」
高槻母「それならもう、いつまでもこんな紛争を続けるよりは、早いとこ終わらせた方が、やよいのためにも……」
高槻父「…………」スッ
高槻母「? どこ行くの?」
高槻父「……やよいに、向こうの言い分を伝えた上で、今の気持ちを聞いてみる。先生も言ってただろ、やよい本人の気持ちが大事だって」
高槻母「……でも、変に相手の言い分を伝えると、あの子、またショック受けちゃうんじゃないかしら……。向こうは結局、肝心なところは認めてないわけだし……」
高槻父「だったら尚の事、やよいにもちゃんと現状を伝えておくべきだろ。その上でやよいが『もういい』って言うのなら、やめにすればいい。でも逆にやよいが望むなら、訴訟だって何だってやるべきだ」
高槻母「訴訟って、あなた……」
高槻父「……たとえばの話だよ。とにかく、今から話してくるから」
高槻母「…………」
?やよいの部屋?
コンコン
高槻父「やよい? まだ起きてるか?」
やよい「……うん。起きてるよ。どうぞ」
ガラッ
高槻父「すまんな、こんな夜更けに」
やよい「ううん。どうしたの?」
高槻父「えっとな……実は今日、お父さんとお母さんで、弁護士の先生の事務所に行ってきたんだ」
やよい「!」
高槻父「そのことで、ちょっと、話があるんだが……いいか? もちろん、やよいが聞きたくないなら無理強いはしないが……」
やよい「……わかった。いいよ」
高槻父「……じゃあ、話すぞ。あのな、やよい。……ちょっと、ショックを受けるかもしれないが……」
やよい「……えっ、な……何?」
高槻父「……765プロの方はな、その……プロデューサーがお前の身体に触ったことは認めるが、それは胸じゃなく、お腹だった、って言ってるようなんだ」
やよい「! ……えっ……」
高槻父「あとそれは『コミュニケーションの一環だった』とも、言ってるようなんだ」
やよい「…………」
高槻父「なあやよい。もう一度だけ確認させてくれ。あのときお前が胸を触られたっていうのは、間違いないことだよな?」
やよい「……そ、それは……」
233:
やよい(……胸じゃなくて、お、お腹……?)
やよい(そんな……そんなはずないよ。だってあのとき、確かに……)
やよい(……私の胸に、プロデューサーの手が……)
やよい(…………)
やよい(……うん。間違い、無いと思う……)
やよい(……いくらなんでも、触られたのが胸だったかお腹だったかなんか、間違えるわけないもん……)
やよい(……それにあのとき、すごく嫌な気持ちになったし……)
やよい(…………)
やよい(でも、じゃあ……プロデューサーは今、嘘をついてるってこと……?)
やよい(…………)
高槻父「……やよい?」
やよい「あっ、ごっ、ごめんなさい、お父さん。え、えっと……」
高槻父「……ああ。ゆっくりでいい。やよいのタイミングで良いからな」
やよい「う、うん。えっと……やっぱり、胸を触られたのは間違いない、と、思う……」
高槻父「……ああ、そうだよな、うん。ごめんな、辛いこと思い出させて」
やよい「う、ううん……」
高槻父「それでな、今後の事だが……やよいは、どうしたいと思う?」
やよい「えっ、ど……どうしたい、って?」
高槻父「まあ簡単に言うと……今の状況で、765プロを許せるかどうか、ってことだ」
やよい「……許せるか、どうか……」
高槻父「そうだ」
やよい「…………」
高槻父「……正直、お父さんとしては、許すことはできないと思ってる」
やよい「…………」
高槻父「だから弁護士の先生にもお願いして、なんとか向こうに、やよいにしたことを認めさせて、謝らせてやりたいと思ってるんだ」
やよい「…………」
高槻父「……なあ、やよい。やよいはどうだ? 許すことができるか? さっき言ったような、子供騙しみたいな嘘を平気でつく、こんな会社を……」
やよい「……そ、それは……」
高槻父「…………」
やよい「…………」
高槻父「…………」
やよい「……えっと、ごめんなさい、お父さん。ちょっと……よく分からないよ」
高槻父「…………」
やよい「私にとっての765プロは、やっぱり今でも素敵な場所で、そこにいる人たちも皆良い人で……」
高槻父「…………」
やよい「だから、その……許すとか許さないとかは、ちょっと、よく分からないけど……でも、やっぱり私は今でも、765プロの事……悪くは、思えないよ」
高槻父「…………」
234:
お互いにはっきり覚えてないのか
これはめんどくさいな
237:
高槻父「……そうか」
やよい「……ごめんなさい。なんか、上手く言えなくて……」
高槻父「いや、いいさ。こんなこと急に聞かれても、上手く答えられなくて当然だ。お父さんも悪かった。……今日はもう遅いから寝なさい」
やよい「……うん」
高槻父「お休み、やよい」
やよい「……おやすみなさい」
ガララ…
やよい「…………」
やよい(……胸じゃなくて、お腹……)
やよい(……プロデューサー、なんでそんなこと言ったのかな……)
やよい(プロデューサーは、そんな嘘をつく人じゃないと思うけど……)
やよい(でも、それを言ったら、そもそもプロデューサーって、私の……女の子の胸を、悪ふざけで触ったりする人じゃないよね……)
やよい(…………)
やよい(もしかして、本当にお腹を触ろうとしてたけど、何かの拍子に胸に手が当たっちゃった、とか……)
やよい(…………)
やよい(……ううん。そんなことないよね……。あのときの感触って、そんな、『偶然当たっただけ』みたいな感じじゃなかったもん……)
やよい(……………)
やよい(……なんで、こんなことになっちゃったんだろう……)
やよい(……………)
?高槻家・居間?
ガララ…
高槻父「…………」
高槻母「あなた。どうだった? やよい……」
高槻父「……うん。話したけど、やっぱりちょっと混乱しているみたいだったよ」
高槻母「……そう」
高槻父「それと、今後の事だけど……とりあえず、先生が最後に言っていた方針で進めてもらうようにしよう」
高槻母「……増額交渉をしながら、和解条項を調整するってやつ?」
高槻父「ああ。まだやよいの気持ちがはっきり固まっていない以上、できることはしておいた方がいい」
高槻母「……そうね」
高槻父「そして最終的には、なんとか、謝罪までもっていってもらいたいもんだが……」
高槻母「……それは……やっぱり、難しいんじゃないかしら」
高槻父「たとえそうだとしても……俺たちは、今できる限りのことをやるべきだ。もう一度、やよいに笑顔を取り戻させるためにも」
高槻母「……ええ。そうね……」
241:
?数日後・765プロ事務所?
P(社長が向こうの弁護士宛に書面を送ってから、もう一週間くらい経つな……)
P(もうそろそろ、何かしらの返事が来る頃かもな……)
P(……まさかとは思うけど、『200万円なんて到底納得できません。やかに訴訟提起致します』とか……無いよな……。まあ、社長は無いだろう、って言ってたけど……)
P(……ただそれはそれとしても、俺個人に対する刑事告訴の可能性もまだ消えてないんだよな……ああくそっ……落ち着かん……)
春香「プロデューサーさん?」
P「うおぉう! は、春香!? ……って、なんかちょっと前にもこういうやりとりあったような……」
春香「? 何の話ですか?」
P「ああいや……何でもないよ、こっちの話。それよりどうした? 今日は確か、現場から直帰する予定じゃなかったか?」
春香「ええ、そうだったんですけど……でもやっぱり一日の最後は、ここに来ないと落ち着かなくって」
P「……そっか」
春香「はい!」
P「…………」
春香「あ、プロデューサーさん、コーヒーかなんか飲みます? 私、淹れますよ?」
P「ああ……今はいいよ。せっかくくつろぎに来たんだろ? ゆっくりしていけよ」
春香「そうですか? えへへ……じゃあ、お言葉に甘えて」ポフッ
P「…………」
春香「なーんか、このソファに座ると、つい眠たくなっちゃいますね……美希みたいに、このまま寝ちゃおうかな」
P「こらこら。今から寝たら帰れなくなるだろ。お前家遠いんだから」
春香「冗談ですよ、冗談。……って、あれ? この手すりのとこ、ホコリがついてる」
P「あれ、本当だ。珍しいな」
春香「そうですよね。だっていつもやよいが……あっ」
P「あ…………」
春香「…………」
P「…………」
春香「……すみません。私、その……」
P「あ、謝ることないだろ別に……誰もやよいの名前を口にするな、なんて言ってないんだし」
春香「そ、そうか。そうですよね……はは……」
P「…………」
春香「…………」
P「……この前、美希と話してる時も思ったんだけどさ」
春香「? はい」
P「その……皆、聞かないんだな。やよいのこと……」
春香「そりゃあ、まあ……聞くなって、言われてますし。それに……」
P「それに?」
春香「……私達、『約束』したんです」
P「……約束?」
春香「はい!」
246:
P「(そういや、美希もなんかそんなこと言ってたような……)なんだ? 約束って……」
春香「はい。私達、『当分の間、やよいが事務所に来れなくなった』って聞いた日に……皆で集まって、決めたんです」
P「…………」
春香「まず、これから先、やよいがお休みしている理由については、誰にも聞かないでおこう、絶対に詮索したりしないようにしよう、って」
P「…………」
春香「そして……いつかまた、やよいが765プロに戻ってきたときに、以前とまったく変わらない私達で、迎えてあげられるようにしよう、って。……そしてそのために、今まで以上に、アイドルのお仕事頑張って……いつ、やよいが戻ってきても、大丈夫なようにしておこう、って。……そう、皆で『約束』したんです」
P「! …………」
春香「だってほら、いざやよいが戻ってきたときに、事務所に活気が無かったら、やよいも不安になっちゃいますよね? だから、そんなことないよ、って! 私達は元気だよ! って。いつやよいが帰ってきても、そう胸を張って言えるように、しておきたいんです」
P「……春香……」
春香「……なんて、ちょっとかっこつけすぎですかね? えへへ……」
P「…………」
春香「……って、あ! そういえばこれ、私達だけの『秘密の約束』だったんだ! す、すみません、プロデューサーさん! い、今のは、ここだけの話ってことで……」
P「…………え?」
春香「! ……ぷ、プロデューサーさん……。もしかして、泣いてます……?」
P「……えっ!? なっ、泣い……? あ、あれ? ち、違うぞ春香! こ、これは……これは、目にゴミが!」
春香「…………」
P「…………」
春香「……そっか」
P「……え?」
春香「……随分、大きなゴミだったんですね!」
P「……あ、ああ……まあ……」
春香「……じゃあ私、今日はこのへんで帰りますね! また明日、宜しくお願いします! お疲れ様でした!」
P「お、おう。お疲れ……」
春香「では、失礼しまーす!」
バタン
P「…………」
P(…………)
P(……ごめんな、春香……)
P(…………)
P(……やよいはもう、この事務所には戻ってこないんだ)
P(……だって、やよいは、もう……)
P(……765プロのアイドルじゃ――……ないんだから)
P(…………)
P(……俺の、所為で……)
P(…………)
248:
?事務所からの帰路?
プルルルル……
千早『……はい』
春香「あっ、千早ちゃん? 私。春香だけど」
千早『ああ、春香。どうしたの?』
春香「うん。私、今、事務所出たとこなんだけどね」
千早『? 事務所? あなた……今日は確か、現場から直帰じゃなかったかしら?』
春香「まあまあ、そんな細かいことは置いといて……あのさ、千早ちゃん」
千早『? 何?』
春香「私達……明日から、今まで以上に、もっとも?っと、アイドルのお仕事、頑張ろうね!」
千早『? え、ええ……そうね。でもどうしたの? 急に……』
春香「……んーとね、えへへ……ちょっとした、決意表明ってやつかな」
千早『?? 相変わらず唐突ね……春香の言うことは……』
春香「あ、あはは……ごめんね。いきなりこんなこと言われて、ちょっと迷惑だった、かな……?」
千早『ううん。そんなことないわ。こんな時だからこそ……私達には、春香みたいな元気が必要なんだと思う』
春香「……千早ちゃん……」
千早『――頑張りましょう、春香。いつかまた、高槻さんが――……笑顔で、事務所に帰って来られるように』
春香「……うん! 頑張ろうね! み?んなで、いっしょに!」
249:
ζ*'ヮ')ζ<今日はここまで
次回『白と黒』
251:
1乙
気が滅入る展開だな…
ハラハラするわ
256:
やよいの記憶に負の思い出補正がかかってきてる……かな?
258:
>>256
やよいは天使だといってるだろ!
いい加減にしろ!
277:
面白い
279:
?数日後・765プロ事務所・社長室?
社長「……さて、例の高槻君の件だが……」
P「…………」
律子「…………」
小鳥「…………」
社長「昨日、私のもとへ、向こう側の弁護士から電話で連絡があった」
P「! 電話でですか」
社長「うむ」
小鳥「そ、それで……向こうの弁護士さんは、何て?」
社長「ああ。金額としては、450万あたりでどうか、と言ってきたよ」
律子「450万ですか」
小鳥「こちらの提示金額の倍以上ですね……」
社長「うむ。だが向こうの初回提示額からは150万下がってきたともいえる」
律子「確かに」
P「…………」
社長「……それとあと、訴訟前の和解ということであれば、こちら側が一定の非を認めるような文言を和解条項内に挿入してほしい、とも言われたよ」
小鳥「それは……どういうことです?」
社長「たとえば『不適切な行為をしたことを認める』とかいう文言だね。こういうのを入れてほしいと」
律子「あー……まあ、謝罪に代わるようなものですか」
社長「そういうことだな。もっとも、もし可能であれば、直接的な謝罪文言も入れてほしい、とも言われたが」
小鳥「その場合だと、もう少し違う内容になるってことですか?」
社長「うむ。その場合だと、『不適切な行為をしたことを認め、深く謝罪する』とかになるかな」
律子「それは……どうなんでしょう?」
社長「まあ書面に残ってしまう以上、あまり好ましくない形ではあるが……金額面でもう少し譲ってもらえるなら、その程度の記載はやむを得ないかもしれんな」
小鳥「まあこちら側も、お腹に触ったことは認めているわけですしね」
P「…………」
律子「それならむしろ、書面上は何も記載せずに、和解の際に直接謝罪する……とかの方がまだいいんじゃないでしょうか?」
社長「ああ。それは私も電話の際に聞いてみたんだがね。向こうの弁護士が言うには、対面の謝罪などをすると、最後の最後に、一番紛争がこじれてしまうことが多いらしいんだよ」
小鳥「? それは……何でですか?」
社長「要するに、相手が下手に出ているのをいいことに、いざ謝罪を受けても、『誠意が感じられない。そんな謝罪じゃ納得できない』とか、『今この場で土下座しなければ、絶対に和解には応じない』などと言い出すケースが多くあって、その結果、成立間近だった和解が全部パーになってしまったりすることもあるそうなんだよ」
P「! …………」
律子「あー……つまり、向こう側にとってもリスクが高いってことなんですね」
社長「そういうことだ。弁護士としても、依頼者に最後の最後で翻意されるなどということは絶対に避けたいはずだからね。その点、書面上の謝罪だけで終わらせる、ということで事前に依頼者の了解を得ておけば、そのようなトラブルは極力回避できる。またこちらにとっても、ギリギリで和解を撤回されてしまうような危険が残る手段よりは、少しでもそのような危険を回避できる手段の方が良いというわけだ」
律子「なるほど。双方にとってメリットのあるやり方ってことですね」
社長「うむ。ただまあその場合、先ほども言ったように、こちらには書面上の記載が残ってしまうというデメリットはあるがね」
小鳥「あー……まあでも、その程度は呑み込まないといけないってことですかね」
社長「うむ。まあそういうことだな。だが現時点ではまだ向こう側に対する回答はしていないからね。金額面とあわせて、今後どのように回答していくか……それを考えるのが、今の我々の課題ということになる」
P「…………」
282:
社長「……君は、どう思うかね?」
P「えっ」
社長「いや、今の点についてだがね。金額とか、謝罪の文言をどうするのかとか……」
P「あ、ああ……そうですね。えっと……」
P(……一番気になってるのは、俺がこの先どうなるのかってことなんだけど……流石にそれを俺の方から言うのははばかられるしな……)
P「……まあ、俺としては……穏便にこの件が解決できるのなら、それで……」
社長「ふむ。まあ確かにそれが一番だな。これ以上この紛争をこじれさせることは、我が社にとってはもちろん、高槻君自身にとっても、決して良いことではないだろうからね」
小鳥「……実際のところ、この件について……どう思ってるんでしょうね。やよいちゃん……」
律子「それは私も気になりますけど……弁護士がやよい側の代理人となっている以上、こちら側からは、弁護士とやりとりするしかないですもんね……」
社長「まあねぇ。高槻君の方から、この事務所に来て直接話をしてもらう分には一向に問題無いんだが……現状からすると、それもまず難しいだろう」
小鳥「できれば、直接聞いてみたいですけどね……本当のところというか、やよいちゃん自身の本心を」
P「…………」
社長「……まあ気持ちは分かるが、望みの薄いことを考えていても仕方あるまい。我々は我々で、今すべきことをしなければならんからな」
律子「そうですね」
小鳥「……はい」
P「…………」
社長「では、先の提案に対する回答の件だが……こういうのはどうだろう? ?金銭支払いのみ応じることとし、その金額は250万円とする?金銭の支払い額は200万円とするが、それに加えて、『不適切な行為をしたことを認める』という条項を挿入する……という二つの案を提示する、というのは」
律子「あー、つまり二つの案を示して、向こう側にいずれかを選択してもらうってことですか」
社長「うむ。要は、金銭賠償なのか、それ以外の部分なのか……つまるところ、高槻君側がどちらをより求めているかによって、より納得できる方を選んでもらうということだ」
小鳥「確かにそれだと、相手側にも配慮している提案に感じられますね」
律子「うん、いいんじゃないでしょうか? いずれの案になっても、金額的には、こちらの想定ラインの300万にはまだ余裕がありますし」
P「…………」
社長「うむ。君はどうかね?」
P「えっ。あ、ああ……そうですね……」
P(……別に、謝罪とかするのはいいんだけど……その、肝心の……)
社長「ああ。心配しなくても、和解成立時には、当然、今後、我が社または君に対する一切の金銭的請求をしないこと、そして君個人に対しても、刑事告訴や被害届の提出といった刑事手続も一切取らないこと、という条項は必ず入れてもらうようにするからね。そこのところは安心したまえ」
P「! そ、そうですか! ありがとうございます! それなら、社長の案でお願いしたいです」
社長「うむ、分かった。ただし、これですぐに向こうが応じてくる可能性は低いだろう。すなわち、?の案であれば更なる金額面での増額を、?の案であれば謝罪文言の挿入までを、それぞれ要求してくる可能性が高いだろうな」
律子「つまりこちらとしても、そこまで見据えた上での条件提示ということですね」
社長「そういうことだ。最初から、こちらの呑める条件を全て限界まで提示してしまったら、それ以上の条件を求められた時に、返答に窮してしまうからね」
小鳥「…………」
社長「? どうかしたかね? 音無君?」
小鳥「あ、いえ……本当は、こんな交渉なんかしなくて済んでたら、それが一番だったのにな、って……。今更言っても仕方ないんですけど、ちょっと、思ってしまって……」
律子「小鳥さん……」
P「…………」
社長「まあ、その気持ちももっともだ。私としても、代理人の弁護士を介してとはいえ……本当ならば、高槻君やそのご両親と、こんな交渉事などはしたくはない、というのが本音だよ」
律子「まあでも、こうなってしまった以上、仕方ないですもんね……」
小鳥「そうですね……。それは私も、分かってるんですけど……」
P「…………」
285:
社長「……では、向こうの弁護士にはそういう内容で伝えてみるとしよう。それではこの件については今日はこのへんで。各自、通常業務に戻ってくれたまえ」
律子「はい」
小鳥「はい」
P「はい」
バタン
律子「……まだどうなるか分かりませんけど、うまく、円満に解決できたらいいですね……」
小鳥「そうですよね、本当……」
P「…………」
P(このままいけば、なんとか刑事告訴とかもされずに済みそうだな……)
P(いくらなんでも、交渉継続中に不意打ちでやられるってことはないだろうし……)
P(やよいの両親が、お金を求めてるのか謝罪を求めてるのかまだよく分からんけど……まあいずれにしても、何らかの形で和解できるよな……多分……)
P(何にせよ、早く終わってほしいな……そしたらまた、やよいと……)
P(…………)
P(……って、そうか……)
P(やよいはもう、765プロを辞めてるんだから……いくら円満に和解できたとしても、やよいが、この事務所に戻ってくることは、もうないのか……)
P(…………)
P(……やよいのプロデュース、中途半端なとこで終わっちゃったな……)
P(…………)
律子「……プロデューサー?」
P「……え?」
律子「え? じゃありませんよ、もう。今、私の話、聞いてました?」
P「え、あ……ごめん。聞いてなかった」
律子「もう……そりゃまあ、気が気じゃないのは分かりますけど……。仕事は仕事で、ちゃんと集中してくれないと困りますよ。あなたはこの事務所のプロデューサーなんですから」
P「ああ、そうだな……悪い。で、なんて?」
律子「ええ。実は今日、竜宮小町のレッスンを見てやる予定だったんですが、ちょっと別件で、今日中にしないといけない仕事が入っちゃいまして……。それで悪いんですが、プロデューサー、私の代わりに見に行ってやってくれませんか?」
P「ああ。それくらいお安い御用だよ。何時から?」
律子「ありがとうございます! 13時からです。今、亜美とあずささんにも、プロデューサーに代わりに見てもらう旨、伝えますから」
P「? 亜美とあずささんだけ? 伊織は?」
律子「ああ、なんか急に、家の用事が入ったから今日は来れなくなったって……さっき、連絡があったんです。大したことじゃないから、明日からは普段通りに来れる、って言ってましたけどね」
P「? ふーん……」
288:
?同日夕刻・やよいの家近辺?
伊織「…………」【電信柱の陰から、こっそりとやよいの家を見つめる伊織】 
伊織(……一目見るだけ……一目見るだけ……)
伊織(……一目見たら、すぐに帰るから……だから……)
伊織(…………)
長介「……伊織さん?」
伊織「でちょっ!?」ビクッ
長介「……何やってんの? こんなとこで……」
伊織「あ……」
長介「……姉ちゃんに用事? 姉ちゃんなら……」
伊織「……あ、ああああ! あ、あんたこそ何やってんのよこんなとこで! ていうか、急に後ろから声掛けないでよびっくりするじゃない!」
長介「え、いや、そんなこと言われても……俺は普通に、学校帰りに姉ちゃんと買い物行って帰ってきたとこなんだけど……」
伊織「……え?」
やよい「……もう、長介歩くのいよ?……って……えっ?」
伊織「あっ……」
やよい「…………」
伊織「…………」
やよい「……いお」
伊織「ッ!!」ダッ
やよい「あっ!」
長介「逃げた!?」
やよい「……長介、これお願い!」ドサッ
長介「うわっ! ちょ……ね、姉ちゃん!?」
やよい「すぐ戻るから! 長介は先に帰ってて!」ダッ
長介「……な、何だ……?」
長介「伊織さんも、なんか様子がおかしかったし……」
長介「姉ちゃんが最近ずっとアイドルの事務所休んでることと、何か関係あんのかな……」
長介「…………」
長介「……まあ、姉ちゃんもああ言ってたし、とりあえず先帰っとくか……荷物重いし。……よいしょ、っと」
290:
やよい「伊織ちゃん! 待って!」
伊織「…………ッ!」
やよい「―――伊織ちゃん!」ガシッ
伊織「あっ!」
やよい「…………」ハァハァ
伊織「…………」ハァハァ
やよい「……伊織、ちゃん……」
伊織「…………」
やよい「……私に、会いに来てくれたの……?」
伊織「…………」
やよい「…………」
伊織「……一目、だけ」
やよい「……え?」
伊織「……一目だけ、見たら……帰るつもりだったのよ。……やよいの、元気な姿を……」
やよい「……伊織ちゃん……」
伊織「…………」
やよい「……ねえ、伊織ちゃん」
伊織「……え?」
やよい「……ちょっとだけ、お話……していかない?」
伊織「えっ……」
やよい「ここのすぐ近くに、公園、あるから……」
伊織「…………」
やよい「……だめ、かな……?」
伊織「…………」
やよい「…………」
伊織「…………わかった、いいわよ」
やよい「! じゃあ、いこっ!」グイッ
伊織「あ、ちょ、ちょっとやよい! ひ、 引っ張らないで……」
やよい「えへへ……ごめんね、伊織ちゃん! でも、こうしないと伊織ちゃん、また逃げちゃうかなーって!」
伊織「……に、逃げないわよ、もうっ……」
やよい「えへへ……」
293:
?近所の公園?
【園内のブランコに、二人並んで腰掛けているやよいと伊織】
やよい「…………」
伊織「…………」
やよい「……えっ、と……」
伊織「…………」
やよい(……何から話せばいいんだろう)
伊織(……何から聞けばいいのかしら)
伊織(……って、バカ私。違うでしょ。聞きたいことは山ほどあるけど――……)
伊織「……あのね、やよい」
やよい「! うん、何? 伊織ちゃん」
伊織「えっと……まず、最初に言っておくけどね」
やよい「うん」
伊織「私は……えっと、他の皆もだけど……今、やよいが事務所をずっとお休みしてる理由とか、そういうの、聞くつもりは一切ないからね」
やよい「えっ」
伊織「その、あんたのプライバシーに深く関わることだからって……律子とかから言われてて。だからその、そこについては本当、一切聞く気はないし、やよいも言わなくていいからね」
やよい「…………」
伊織「だから、その、なんていうか……やよいが話したいように話してくれたらいいっていうか。別に無理して、言いたくないことまで言わなくていいっていうか……そういうこと。だから先にそれだけ、分かっておいてちょうだい。ね?」
やよい「……伊織ちゃん……」
やよい「…………」
やよい(事務所をずっとお休み……そっか、伊織ちゃん達はそういう風に聞いてるんだ)
やよい(それに、今の感じからすると……私の事も、プロデューサーの事も……多分何も、聞かされてないんだ)
やよい(そりゃそっか……そうだよね。プロデューサーは、今も事務所でお仕事続けてるんだろうし……)
やよい(今の私との事、皆が知っちゃったら、プロデューサーも皆も、お仕事やりづらくなっちゃうよね……)
やよい(じゃあ、ええと……私は……)
やよい「…………」
伊織「あ……や、やよい?」
やよい「え? な、何? 伊織ちゃん」
伊織「えっとだから、その……本当、無理しなくていいのよ。別に何も話さなくたって。私はこうして、久しぶりにやよいに会えて、話ができただけでも十分……嬉しいんだから」
やよい「……伊織ちゃん……」
伊織「それに、思ってたよりも大分、元気そうだったし……」
やよい「……え?」
伊織「あ、いやほら、もしかして病気とかなのかな、とも思ってたから……」
やよい「…………」
やよい(……元気? 今の、私が……?)
やよい(…………)
やよい(……でも確かに、なんか久しぶりかも。こういう、今みたいな感じ……)
やよい(…………)
297:
やよい「……えっとね、伊織ちゃん」
伊織「! ……うん」
やよい「えっと、確かにその……今、私が事務所をお休みしてる理由は……色々あって、まだ言えないんだ」
伊織「……うん」
やよい「……でも、私自身は、最初の頃に比べたら、大分ましになってきたっていうか……その、今は学校にもちゃんと行ってるし」
伊織「……それは、見れば分かるわよ」
やよい「あ、そっか。制服……」
伊織「……ふふっ」
やよい「えへへ……えっと、でもやっぱりまだ、完全に元に戻ったわけじゃなくて」
伊織「……うん」
やよい「多分、全部元通りになるには、もっと時間が必要かなって……。それに、本当に元通りになれるのかどうかも、今はまだ、ちょっとわかんなくて」
伊織「…………」
やよい「……でも今日、伊織ちゃんが来てくれて……よかった」
伊織「やよい」
やよい「だって私、分かったもん。今日まで色々あったけど……でも、伊織ちゃんと一緒にいるときの私は、いつも通りの私なんだって。嫌なことも辛いことも、全部忘れられるんだって」
伊織「……やよい……」
やよい「……だからその、これからもこうやって……時々でいいから、会いに来てくれると嬉しいかなーって……」
伊織「……ばかね」
やよい「え?」
伊織「時々なんて言わないでよ。毎日でも毎晩でも、やよいがそれを望んでくれるのなら、私はいつだって会いに来るわよ」
やよい「! 伊織ちゃん……」
伊織「だって親友でしょ? 私たち……」
やよい「……うん!」
伊織「ならそれくらい、当然のことよ。もちろんやよいも、いつでも私の家に来てくれていいんだからね」
やよい「……伊織ちゃん……」
299:
伊織「……いい? やよい」
やよい「? 何? 伊織ちゃん」
伊織「どこにいようが何をしていようが、やよいはやよいなの」
やよい「……私は、私……?」
伊織「そう。だから、事務所に来ていようが来ていまいが、そんなことは関係ないのよ。その理由が何なのか私には分からないけど、それすらも関係ないわ」
やよい「…………」
伊織「あんたがあんたでいる限り、あんたは私の親友なんだから」
やよい「! 伊織ちゃん……」
伊織「……違うかしら? やよい」
やよい「…………」
伊織「…………」
やよい「……じゃあ、もしも……」
伊織「? 何? やよい」
やよい「……もしも私が、765プロを辞めちゃっても……?」
伊織「! …………」
やよい「…………」
伊織「……ええ、もちろん」
やよい「!」
伊織「……そりゃあまあ、やよいと一緒にステージに立って、歌ったり踊ったりできなくなっちゃうのは寂しいけどね」
やよい「…………」
伊織「……でもそんなことは、私とやよいとの関係には何一つ影響を与えないわ。だってそうでしょ? 私たちは今もこうして、765プロとは全く関係の無い世界で、ちゃーんとつながってるじゃない」
やよい「…………」
伊織「ね?」
やよい「…………」
伊織「……って……やよい……?」
やよい「……い」
伊織「え?」
やよい「いおりちゃああああん!!」ダキッ
伊織「きゃっ」
やよい「いお、いおりちゃ……いおりちゃああああん!」
伊織「……やよい……」
やよい「わ、わたしっ……あ、ありがっ……えぐっ……りがとっ……ぐすっ……えうっ」
伊織「……よしよし」
やよい「う、ぐすっ……ふぇ、うぇええええええ」
伊織「……今までよく頑張ったわね、やよい」
やよい「う、ううぅ、うぐっ……ひっく……」
伊織「……今日は好きなだけ、泣いたらいいわ。これからのことは、またこれから考えればいいんだから」
やよい「う、うんっ……えっく……うぁああああああん」
308:
?十数分後?
伊織「……落ち着いた? やよい……」
やよい「……うん。ありがとう。伊織ちゃん……」
伊織「……じゃあ、そろそろ行くわね。結構遅くなっちゃった」
やよい「あ、ご、ごめんね伊織ちゃん。私のせいで……」
伊織「何言ってるのよ。元はといえば、私が勝手に押しかけたようなもんじゃない」
やよい「で、でも……」
伊織「いいから。もうそんなことでいちいち責任感じなくていいの、あんたは」
やよい「……伊織ちゃん……」
伊織「……ふふっ。じゃあまたね、やよい。長介にもよろしく」
やよい「……うん! またね、伊織ちゃん!」
伊織「ええ。またメールするわ。それじゃ」
やよい「…………」
やよい(……ありがとう、伊織ちゃん……)
309:
?同日夜・高槻家・居間?
高槻母「…………」
高槻父「…………」
高槻母「……ねぇ、あなた」
高槻父「……ん……」
高槻母「……その、今日、先生から連絡のあった件だけど……」
高槻父「ああ……」
高槻母「やっぱりもう……早めに終わりにしてもらった方がいいんじゃないかしら」
高槻父「…………」
高槻母「今なら向こうも、250万は払うって言ってきてるんだし……」
高槻父「…………」
高槻母「どのみち、全てを認めさせて謝罪させるなんてことはできないみたいだし、それなら……」
高槻父「……それで、やよいの気持ちはどうなる」
高槻母「やよいの……?」
高槻父「……そうだ。信頼していたプロデューサーに裏切られた、やよいの気持ちだ。あの子はまだ14なんだぞ」
高槻母「そりゃあ……私だって、謝ってもらえるのなら謝ってほしいけど……でも……」
高槻父「…………」
高槻母「それが難しいっていうんなら……もう、お金で解決してもらうしか、ないんじゃないかしら……」
高槻父「……金さえ払えば、それでいいってもんじゃないだろう。それにその金にしたって、こっちが請求してる額の半分にも満たないんだぞ。それで誠意を示しているつもりか?」
高槻母「……じゃあ、どうするのよ。先生に、もっと増額してもらうように交渉を頼んでみるの?」
高槻父「……金の問題じゃないと言ってるだろ」
高槻母「じゃあ、あくまでも謝罪を求めるの? 先生からも、あれだけ無理だって言われてるのに?」
高槻父「……だからそれはだな、もっとこう、先生にも頑張ってもらって……」
ガララッ
やよい「…………」
高槻父「! やよい……。どうしたんだ? こんな夜更けに」
高槻母「眠れないの? やよい」
やよい「……お父さん、お母さん」
高槻父「?」
高槻母「どうしたの、やよい」
やよい「……えっと……」
312:
やよい「今の、その……765プロとのこと、なんだけど」
高槻父「! ああ……」
高槻母「…………」
やよい「私としては、もう……終わりにしてほしいかな、って……」
高槻父「! えっ……」
高槻母「……やよい……」
やよい「えっと、私もずっと考えてたんだけど、やっぱりもう、その方がいいかなって……」
高槻父「……でもやよい、お前……いいのか? それで……」
やよい「……うん。やっぱり私は今でも……あのとき、『プロデューサーに胸を触られた』っていう感触は覚えてるし……多分きっと、あれは偶然や事故なんかでもない、と思う」
高槻母「…………」
やよい「でも今、プロデューサーが、『触ったのはお腹で、胸じゃない』って言ってるって聞いて……。私も何で、プロデューサーがそんなこと言ってるのか、分からないけど……」
やよい「……でも多分、プロデューサーがそう言ってるってことは、プロデューサーにとってはそうなんだと思う。嘘ついてるとか、そういうんじゃなくて……それにそもそも、プロデューサーはそういう嘘つく人じゃないし……」
高槻父「……やよい。お前まだ、あんな事した奴のことを……」
高槻母「あなた。最後まで……」
高槻父「……ああ、すまん。……続けてくれ、やよい」
やよい「うん。えっと、だから多分……この問題って、もうこの先、どれだけ時間が経ったとしても……白黒がはっきりつくような、そういうものじゃないんじゃないかなって……。それならもう、ここで終わりにしてしまって、私も、次に進んでいきたいかなって……」
高槻母「……次に……?」
高槻父「……まさかやよい。お前また765プロに戻って、アイドルを再開したいとか言うんじゃ……」
やよい「……ううん。流石にもう、765プロには戻れないよ。今のままでプロデューサーと会っても、私、もうどんな顔していいのか分からないし……向こうも、私にどう接していいのか分からなくて、困っちゃうと思うし」
高槻父「…………」
やよい「それに、私とプロデューサーがそんな感じでぎくしゃくしてたら、他の皆も、おかしいって思い始めて、色々心配掛けちゃうと思うから……」
高槻母「……そう……」
高槻父「……じゃあ……765プロ以外の、他のアイドル事務所に入りたい……とかか?」
やよい「……ううん。それも今は考えてないよ。やっぱり今でも、私にとってのアイドル事務所は765プロだし……もう、そこ以外の事務所は考えられないよ」
高槻母「じゃあ……やよいはどうしたいの? この先……」
やよい「うん。とりあえず今は……学校の勉強、頑張ろうかなって」
高槻父「……学校の、勉強……?」
やよい「うん。今までは、私、アイドルのお仕事が忙しかったから、正直、あんまり勉強できてなくて……お父さんもお母さんも知ってると思うけど……学校の成績も、良くなくて。……それで、学校の先生からは、『高槻、お前このままだと行ける高校無いぞ』とかまで言われちゃってて」
高槻父「…………」
高槻母「…………」
やよい「だからまずは、今までの分を取り返すくらい、勉強いっぱい頑張って、少しでも良い高校に行きたいなって」
やよい「そしてちゃんと高校に入れたら、そこでもいっぱい勉強して、できたら、ちゃんとした大学にも行きたいなって」
やよい「……今まで私は、自分のこと、『アイドルとしての自分』としてしか考えてこなかったけど……これからは、もっと、色んな可能性っていうか……そういうのを、探していきたいかなって」
やよい「だからいっぱい勉強して、いろんなこと知って、高校に行って、大学にも行って、いろんな人と出会って……そんな中で、自分が本当にやりたいこととか、目指したい夢とか……そういうの、見つけていけたらいいなって」
高槻父「…………」
高槻母「…………」
317:
やよい「だから、その、もう……今回の件については、その……」
高槻父「…………」
高槻母「…………」
やよい「……えっ、と……」
高槻父「……そうか……」
やよい「お父さん……?」
高槻母「……他でもない、やよいがそう言うのなら……ねぇ、あなた……」
高槻父「……そうだな……うん、そうだな……」
やよい「あ、ええと……ご、ごめんね……お父さんもお母さんも、私のために色々してくれてたのに、その……」
高槻父「……何を言ってるんだ、やよい」
やよい「えっ?」
高槻父「前に言っただろう? 『何があっても、お父さんとお母さんは、絶対にやよいの味方だから』って」
やよい「……お父さん……」
高槻父「だから、やよいがそう決めたのなら……お父さんとお母さんは、もう何も言うことはないよ」
やよい「! ……うん、ありがとう」
高槻母「でも、やよい……何かあったの?」
やよい「えっ?」
高槻母「いや、その……心境の変化というか、きっかけみたいなのが……」
やよい「ああ……うん。えっとね……」
高槻父「…………」
高槻母「…………」
やよい「……結局は……何があっても、『私は私なんだ』ってこと……かな」
高槻父「……それは……?」
やよい「うん。なんていうか、アイドルであっても、そうじゃなくても……『私は私なんだ』って」
高槻母「…………」
やよい「765プロを辞めても、アイドルじゃなくなっても……私は、やっぱり私のままで。でも、今までのことが、無かったことになるわけでもなくて」
やよい「これまでのこと全部含めて、それが今の私で……だからそのままの私で、また前を向いて歩いていきたいなって」
やよい「これから先、私がどういう風になるのかはまだ分からないけど……。でも、たとえ歩き方が変わっても、歩く道が変わっても……私の道を歩いていけるのは、私しかいないから……」
やよい「だから、全部が全部、すっきりしたわけでもないし、正直、胸の奥にまだつっかえたままみたいになってるところもあるけど……それでも、そういうのも全部込みで、私は前に進んでいきたい」
やよい「……そんな風に……思えたんだ」
高槻父「…………」
高槻母「…………」
319:
高槻父「……分かった」
やよい「お父さん……」
高槻父「やよいは、やよいの思うように生きなさい。それがきっと、正しい道につながるはずだから」
やよい「……うん! あ、それから……」
高槻父「ん?」
やよい「……えっと、今すぐにってわけにはいかないけど……私、高校に行けたら、ちゃんとアルバイトとかもするから。そしたらまた、家にもお金、入れるようにするから……」
高槻父「……やよい」
やよい「? はい」
高槻父「……お前はもう、そんな心配はしなくていい」
やよい「えっ。で、でも……」
高槻父「……大丈夫だ。それくらい、お父さんがなんとかしてみせる。それにやよいは、勉強を頑張るんだろ?」
やよい「……うん」
高槻父「なら、まずは自分の決めたことをしっかりやりなさい。今はそれで十分だから。……な?」
やよい「……うん。わかった!」
高槻父「……よし。じゃあ、今日はもう寝なさい。……765プロとのことは、明日、弁護士の先生に連絡して、すぐに終わらせてもらうようにするから」
やよい「うん! ありがとう! じゃあおやすみなさい! お父さん! お母さん!」
高槻父「ああ、お休み」
高槻母「お休みなさい、やよい」
ガララ…
高槻父「…………」
高槻母「…………」
高槻父「……子どもっていうのは、知らないうちに……成長しているもんなのかもな」
高槻母「……そうね……」
高槻父「…………」
高槻母「…………」
高槻父「……結局……『765プロの奴らに謝罪させてやりたい』っていうのは……『やよいの為だ』と自分に言い聞かせていただけで……俺のエゴでしか、なかったのかもな」
高槻母「……そうかも、しれないわね」
高槻父「…………」
高槻母「でも……親っていうのは、そういうものよ」
高槻父「……そうか」
高槻母「……そうよ」
高槻父「…………」
高槻母「…………」
323:
?翌日・○×法律事務所?
プルルルル……ガチャッ
事務員「はい、○×法律事務所です。……あ、はい。いつもお世話になっております。はい、少々お待ち下さい」ピッ
事務員「……先生」
弁護士「ん?」
事務員「1番に、高槻さんからです。お父さんの方」
弁護士「高槻さん? ……えらく早いな」ピッ
弁護士「はい、もしもし。弁護士の○○です」
弁護士「ええ、昨日の件ですかね。ええ、はい……えっ、そうですか」
弁護士「はい……はい……。えっとじゃあ、謝罪文言とかも……」
弁護士「あ、そうですか。……ええ、分かりました。はい、それではその内容で……はい」
弁護士「ええ、では私の方で和解条項の文案を作りますので、またすぐにお送り致しますね」
弁護士「はい、はい。……いえいえ、とんでもないです。……ええ、それではまた……はい。失礼します」ガチャッ
弁護士「…………」
事務員「……先生? 高槻さん、何て……」
弁護士「……合意、するってさ。250で」
事務員「えっ! 昨日の今日で、もうですか?」
弁護士「ああ。まさに急転直下だよ。流石に驚いたな……」
事務員「じゃあ、あの、謝罪の件とかは……?」
弁護士「ああ、もういいってさ。とにかくもう、早くこの紛争を終わらせたいそうだ」
事務員「へぇ?……あんなに、謝罪にこだわってたのに……じゃあ結局、最後はやっぱりお金だった、ってことなんですかね?」
弁護士「うん、まあ……そういうことなんだろうな」
事務員「なんていうか……いっつも最後はこうなるんですよね。『お金じゃないんです!』って言う人に限って、最後は結局お金、っていう……」
弁護士「まあねえ。なんだかんだ言ったって、『一回の土下座と100万円のお金、さあどっちか選べ』って目の前でちらつかされたら、やっぱり後者を選んじゃうもんだよ。人間って」
事務員「……なんか、ちょっと寂しい気もしますね」
弁護士「ま、それを言っても仕方ないさ。……ただ、どうせなら、もうちょっと上げさせたかったけどな。あの社長の電話の時の態度からすると、多分300はいけたと思うし」
事務員「あー……それは惜しかったですね」
弁護士「まあ、依頼者が『それでいい』って言ってる以上、こっちはそれで進めるだけさ。……さて、じゃあちゃっちゃと和解条項作っちまうかな」
324:
?数日後・765プロ事務所・社長室?
社長「……というわけで、先方から、和解条項の文案が送られてきた。……それが、これだ」スッ
律子「……解決金として250万円の支払い……そして今後、名目の如何を問わず、うちとプロデューサーに対する一切の金銭的請求を行わない……」
小鳥「……プロデューサーさんに対する、刑事告訴や被害届の提出等も一切行わない、っていうのも……ちゃんと、入ってますね」
P「……ってことは、これで……」
社長「うむ。この内容で問題無ければ、すぐにでも和解してしまおうと思うが……どうかね?」
律子「問題なんて、あるはずないです。そもそもこれ、こっちが出した案そのままですし」
小鳥「私も、律子さんと同じ意見です」
P「……お、俺も、この内容で和解してもらえれば、と思います。社長」
社長「うむ。では、その方向で進めるとしよう。そしてこれで、この件は完全に解決となるな。いやあ、良かった……本当に」
律子「しかも和解金額も、こちらの想定金額より低くて済んだわけですから……本当、言うこと無しですね」
小鳥「それにこれで、この件自体、他の子たちに知られずに済みますし……」
社長「ああ……本当に良かった。肩の荷が下りた気分だよ」
P(……よ、良かった……本当に……良かった……)フラッ
律子「っと! ぷ、プロデューサー! 大丈夫ですか!?」ガシッ
P「あ、ああ……すまん律子、ちょっと気が抜けてしまって……」
律子「もう……しっかりして下さいよ」
社長「はっはっは。まあ無理も無い。彼にとっては、なかなか気の休まる時が無かっただろうからね」
P「はは、本当ですよ、もう……いつ警察が家に来たりするんじゃないかって思ったら、なかなか夜も寝付けなくって……」
律子「……プロデューサーって、案外小心者なんですね」
P「……あのなあ、律子。そうやって他人事みたいに言うけど、いざ自分が逮捕されたりするかもしれないって思ったら……」
小鳥「……でも……」
P「……え?」
律子「? 小鳥さん?」
社長「どうかしたのかね? 音無君」
小鳥「……これでもう、やよいちゃんは……完全に、うちとは関係が無くなっちゃうんですよね……」
P「!」
律子「あっ……」
社長「それは……まあ、そうだな……」
P「…………」
小鳥「……寂しいですけど……仕方、無いですよね……」
律子「……小鳥さん……」
P「…………」
325:
社長「まあ……高槻君のことは確かに残念だが……こればっかりはもう、致し方あるまい」
律子「そう……ですね……」
小鳥「…………」
P「…………」
社長「いくら和解ができるとはいっても、それはあくまで、『今生じている紛争状態を解消することができる』というに過ぎん。……決して、『紛争が起きる前の状態』にまで、事態を戻すことができる、ということではないからね」
律子「……となると、流石にもう……言わないといけないですよね。他の子たちにも……」
小鳥「そうですよね……いつまでも『長期休暇』ってわけにもいかないでしょうし……」
P「…………」
社長「……うむ。だがまあ今は、和解の成立が優先だ。無事に和解が成立し、この件が完全に解決となった後で……他のアイドル諸君に、高槻君のことを伝えるとしよう」
律子「……分かりました」
小鳥「……気、重いですね……」
P「…………」
P(そうか……そうだよな……)
P(俺自身はこれで良かったと思ったけど……やよいは……)
P(やよいはもう、この事務所には……)
P(…………)
P(……でも、今更もう、俺にできることなんて……)
P「…………」
律子「……プロデューサー?」
P「……え?」
律子「あ、いや……戻らないんですか? 事務室」
P「え? あ、ああ……事務室ね。戻るよ、うん……」
律子「…………?」
328:
P(……その後すぐに、社長は弁護士と連絡を取り……三日後には、自ら弁護士の事務所に赴いて、和解を成立させてきた)
P(解決金の250万円については、社長が和解成立時にその全額を現金で支払ったため、後に何らかの債務が残ったりすることもなく……これで、この件は完全に解決となった)
P(そして今日は、その翌日……いよいよ、やよいが765プロを辞めたという事実を、皆に伝えなければならない日だ)
P(勿論、本当の理由は伏せたままにして、あくまでも、『やよいが個人的な理由で事務所を辞めた』という体で伝えることとなっているが……)
P(それで果たして、皆の納得が得られるのだろうか……? 特に、伊織とか……)
P(不安が胸中を渦巻く中、遂に『その時』がやってきた――……)
?765プロ事務所・事務室?
社長「えー……今日、皆に集まってもらったのは、他でもない。……高槻君のことについてだ」
アイドル一同「…………」
社長「……まあ、率直に言うと……長期休暇中だった高槻君だが……実はこのまま、事務所を辞めることとなった」
アイドル一同「! …………」
社長「……諸君らが驚くのは、百も承知だ。また、すぐに納得できないのも、当然の事だと思う。……しかし、前から伝えているように、このことは高槻君の内面……いわゆるプライバシーに、深く関わる問題なのだ。ゆえに、私の口からでも、その理由を君たちに伝えることはできない」
社長「そしてまた、その理由について、高槻君に直接尋ねるようなことも……控えてもらいたい。これは、私からのお願いだ」
社長「……高槻君は高槻君で、また新しい、自分の人生を歩み始めていることだと思う。だからどうか……そう、君たちが、高槻君の幸せを願ってくれるのなら……どうかこの件について、彼女を追及したりせずに、そっとしておいてやってほしい。……この通りだ」スッ
律子「! しゃ、社長……」
小鳥「…………!」
P(……社長が、頭を……って、お、俺も下げた方がいいんだろうか……?)
春香「……頭を上げてください、社長」
社長「! ……天海君」
春香「……心配して頂かなくても、私達……そんなことはしません」
P「……春香……」
美希「……まあ、ショックはショックだったけど……全く予想してなかった、ってわけじゃないしね」
P「美希。それは……?」
響「……実は自分たち、なんとなく思ってたんだ。……やよいは多分、もうこの事務所には戻ってこないんだろうな、って……」
P「響……」
千早「……単に、高槻さんが長く休んでいるだけの頃は、そこまで考えてはいなかったんですけど……」
雪歩「伊織ちゃんから、その……今のやよいちゃんの様子、聞いて……」
P「……えっ。伊織から? どういうことだ? それ……?」
伊織「……その通りの意味よ。私、少し前に……やよいと会って、話をしたの」
P「えっ!」
社長「! そ……それは本当かね? 水瀬君」
伊織「……ええ、本当よ。……律子、ごめん。あのとき、家の用事でレッスン行けなくなったって言ったけど……あれ、嘘だったの」
律子「え!? ど……どういうことよ? 伊織?」
伊織「私、あの日……やよいの様子を見に行ってたのよ」
小鳥「やよいちゃんの……?」
伊織「……ええ。と言っても、本当に文字通り、様子を見るだけのつもりだった。やよいの姿を一目見たら、それで帰ろうと思ってたの。……本当よ」
P「……それで?」
333:
伊織「そしたら、思わぬ形でやよいと鉢合わせちゃって……。私、逃げようとしたんだけど、追いつかれちゃって」
P「…………」
伊織「そしてやよいの方から、『ちょっとだけお話しよう』って言ってきたから、それで……」
社長「で、では……高槻君自身から、聞いたのかね? その……」
伊織「いいえ。私の方から、最初に言ったの。『やよいが休んでいる理由を聞く気はない。だからやよいも言いたくないことは言わなくていい』って。……だから結局、その部分については何も聞いてないわ。今でもそうよ」
社長「そ、そうか……」
伊織「でもね。私……久しぶりにやよいと話して、実はすっごく安心したの。そりゃまあ確かに、前と比べたらちょっと元気無かったようにも思ったけど……。でもほとんど、今まで通りのやよいだったから。しばらく会えてなかったけど、それでも、あの子があの子のままでいてくれたことが、何より私は嬉しかった」
律子「伊織……」
P「…………」
伊織「だから私、そのときに言ったの。どこにいようが何をしていようが、やよいはやよいなんだって。だから事務所に来ていようが来ていまいが、やよいはずっと、私の親友なんだって」
伊織「……そしたらその後、やよいが、『私が765プロを辞めても?』って、聞いてきて……」
P「! …………」
伊織「私は当然、『もちろんよ』って答えたわ。でもそのときに、なんとなく、やよいはもうここを辞めるんだろうな、もう戻ってはこないんだろうな、って……そう感じたの」
小鳥「そういうこと……だったのね……」
伊織「正直言って、やよいがここを辞めちゃうのは寂しいけど……。でも、それでもやっぱり……やよいはやよいだし、私の親友であることに変わりはないわ。ただ会う場所が、事務所じゃなくて、やよいの家になったり、私の家になったりするだけのことよ」
P「……伊織……」
春香「私たちも、その……伊織にそう聞いたとき、やっぱりショックが大きかったんです。それまでずっと、『いつかやよいが事務所に戻ってくる日まで、皆で一緒に頑張ろう!』って……『約束』してましたから。……でも、やよいと一番仲の良い伊織が、自信満々に、『やよいは大丈夫。たとえやよいが事務所を辞めても、やよいと私たちとの関係は何も変わらない』って言うから……それなら……うん、大丈夫なのかなって」
真「確かに、やよいとボクたちは765プロでつながった仲間ですけど……でもだからといって、765プロにいなければつながれない、仲間じゃいられない、ってことには……なりませんから」
貴音「左様。たとえこの先何があろうとも、この絆は、決して揺らぐことはありません」
P「……お前ら……」
律子「……皆……」
美希「……ただまあ、本当にどうなるかは分からなかったから、とりあえず、社長さんからお話があるまではそのままにしとこうってことで、今のところ、やよいと直接連絡取ってるのは、でこちゃんだけなの」
伊織「でこちゃん言うな。といっても、私もメールを日に何度かやりとりしてる程度よ。またそろそろ、会いに行こうかなって思ってたところではあったけど」
亜美「まあ亜美たち的には、やよいっちがアイドル辞めちゃったとしても、実はそんなに関係無いんだよね」
真美「うんうん。やよいっちがカタギの世界に戻っちゃっても、真美たちとはずーっと、永遠に友達だかんね!」
P「カタギってお前……まあでも、そうか、うん……」
社長「……いやはや、まさか君たちの間でそんなことになっていたとはね……」
律子「予想外ではあったけど、まあ良かった……ですね」
小鳥「そうですね……やよいちゃんにとっても、皆との絆が、この事務所で得た、何よりの宝物でしょうし……」
千早「……私たちはもう……家族みたいなものですから。たとえ一時会えなくても、もはやそれくらいで、失われてしまうような関係ではありません」
あずさ「家族か……本当、そうよね。じゃあさしずめやよいちゃんは、皆の妹ってところかしら」
亜美「まあ亜美たちに対しては、結構お姉ちゃんっぽく振舞ってきたりもするけどねー」
真美「そーそー。やよいっちって、たまにすごくお姉ちゃんぶるよね!」
真「それは亜美と真美が変な事ばっかりするからでしょ……イタズラとかさ」
亜美「むー。まこちんだって、『真さん、お食事はもっとゆっくり食べた方が良いですよ』とか、よく注意されてたじゃんか!」
真美「そーだそーだ! この早食い大王!」
真「う、うるさいな……。しょうがないじゃないか、くせなんだから……」
雪歩「さ、三人とも……今はそういう話はちょっと……」
真・亜美・真美「雪歩(ゆきぴょん)は黙ってて!」
雪歩「あうぅ……ひどいぃ……」
335:
響「……まったく、もー。皆揃うと、一気にうるさくなるんだから……」
貴音「真、賑やかで楽しき事ですね」
あずさ「……ふふっ。本当ね。また近いうちに、やよいちゃんも呼んで……皆で、集まったりしたいわね」
春香「あ! いいですねそれ! あずささん、名案ですよ、名案!」
美希「あはっ。やよいの送別会……じゃなくて、新たな門出を祝う的な集まりだね!」
春香「そうそう、そんな感じそんな感じ! それでさ、皆で料理とか持ち寄ってさ!」
響「あ、じゃあ自分、サーターアンダギー作ってくるぞ!」
貴音「響! その際には、是非私の分は多めに……!」
あずさ「もう、貴音ちゃんったら……。……でも、せっかくだから、私もちょっとだけたくさん、貰っちゃおうかしら? ねぇ、響ちゃん?」
響「うん、わかったぞ! 自分お手製のサーターアンダギーはカロリー控えめだから、いくつ食べても太らないさ!」
あずさ「ふ、太……って、もう、響ちゃんったら……」
美希「ミキ的には、やっぱりおにぎりは欠かせないって思うな!」
春香「よーし! じゃあ早日程決めて、準備の方を――……」
ワイワイ…… ガヤガヤ……
P「……な、なんか収集つかなくなってきたな……」
小鳥「……まあでも、これが本来のうちのあるべき姿、っていう気もしますけどね。……ふふっ」
P「はは……まあ、確かに……」
律子「…………」
社長「……あ、あー……ウォッホン。すまん諸君、ちょっといいかね」
春香「! あ、す、すみません!」
社長「……うむ。まあ、なんだ。君達が、高槻君のことで……私の想定以上に理解を示してくれたことは、本当に助かるよ。心から、感謝している」
伊織「……別に、お礼を言われるようなことじゃないわ。やよいの親友として、仲間として……当然の事よ」
社長「ああ……そうだね。まったくもって、その通りだ。……そして先ほど、水瀬君らが言っていたように、高槻君にとってもまた……この事務所を辞めたからといって、当然、君達との繋がりがなくなるわけではない。……だからこれからも、君達には、高槻君の良き友人として……彼女を支えていってもらいたい。……頼めるかね?」
アイドル一同「はい!」
社長「……うむ。良い返事だ。そしてこれから先は、各々、高槻君の分まで……アイドル活動に精進してくれたまえ。また私達としても、これまで以上に……君達を、万全の体制で支援していくつもりだ」
社長「……では、この話についてはこのへんで。それでは各自、本日のスケジュールに従って動いてくれたまえ」
アイドル一同「はい! ありがとうございました!」
P「…………」
336:
?同日夜・765プロ事務所・事務室?
P「…………」
P(……なんか、奇跡的に全部上手くいったな……)
P(……刑事告訴もされずに済んだし、和解金も想定ラインより低く済んだし……まあ、といってもこれは、どのみち俺が払うわけじゃないんだけど……)
P(……それから、謝罪とかも結局しなくて済んだし……)
P(社長が言うには、謝罪をするとしても書面上の記載だけになるってことだったけど……もし相手側が、本気で対面の謝罪とかを要求してきていたら、どうなってたか分かんないもんな……)
P(まあ俺自身がする分には、土下座でも何でも全然良かったんだけど……流石に、社長に頭を下げてもらうのは申し訳無かったからな……)
P(……それとあと、他のアイドルの皆も……やよいのことを聞いても、パニックになることもなく、やよいが辞める理由を問い詰めてきたりすることもなく……本当に、ごく自然に受け容れてくれたしな)
P(……本当、良かった。本当……)
P(…………)
P(……まあ、でも……正直に言うと……うん)
P(……やっぱり、残ってるな……心の奥に)
P(まあ、当たり前か……。結局、やよいと直接話し合うこともないまま、真実がどうだったのかも不明なままで……すべてをうやむやにして、終わらせちゃったんだからな……)
P(765プロとしては、間違いなく、これがベストな解決方法だったと思うけど……)
P(……俺としては、どうだったんだ……?)
P(……あるいは、やよいにとっては……?)
P(…………)
P(……そもそも何で、やよい……というか多分、やよいの両親は……一転して、謝罪の話を取り下げてきたんだ?)
P(……伊織がやよいと会ったって話と、何か関係があったのか……?)
P(…………)
P「……………」ピッ
P(……やよいの番号、メールアドレス……もしまだ、使えるのなら……)
P(……って、何考えてんだ俺。せっかく和解したのに、今ここで俺がいきなり、やよいに直接連絡なんかしたら……絶対、やばいことになるだろ)
P(…………)
P(……もし仮に、今後俺がやよいと話をするとしたら……まずはやよいの両親を通すのが筋、だよな……)
P(事件としてはもう和解で終わってるから、向こうの弁護士を通す必要までは無いと思うし……うん)
P(……まあ、今すぐどうこうってわけじゃないにしても、一応、両親の連絡先くらいは控えとこうかな……。やよいが辞めた以上、そのうちデータも廃棄されるだろうし……)
P「……えっと、確かこのあたりに……」ガサガサ
P「? あれ? おかしいな……。音無さん、配置いじったのかな……」
律子「―――探し物はこれですか?」
P「!?」バッ
律子「……どーも」
P「律子……? お前、さっき帰ったんじゃ……っていうか、そのファイル……」
律子「……ええ。お察しの通り、うちのアイドル達と、そのご家族の連絡先が書いてあるファイルです」
P「! …………」
律子「当然、まだやよいとそのご家族のデータも入ったままです。……近々、廃棄する予定ではありますが」
P「……何で……」
律子「……すみません。一瞬帰ったふりをして……あなたの挙動を観てたんです」
P「! …………」
338:
律子「……プロデューサー。あなた今……何をしようとしてたんです?」
P「……そ、それは……」
律子「……なんて、聞くまでもないですよね。大方、やよいの連絡先……はまあ、既に持ってるとして……そのご両親の連絡先を控えようとしていた……ってとこでしょう?」
P「! …………」
律子「……プロデューサー」
P「…………」
律子「今更、やよいのご両親に連絡を取って……何をするつもりだったんですか」
P「…………」
律子「謝罪でも、するつもりだったんですか?」
P「……別に、必ず連絡を取るって決めてたわけでもないさ。……ただ一応、念の為に……」
律子「……いいですか? プロデューサー」
P「? ……な、何だよ……?」
律子「この一件は……もう、終わってるんですよ」
P「…………」
律子「うちが金銭的負担をして、それで双方合意の上で……和解が成立したんですよ」
P「わ、分かってるよ……そんなことくらい」
律子「なのにあなたは、またこの紛争を蒸し返すつもりなんですか?」
P「む、蒸し返すなんて、そんな……俺はただ、その……やよい本人と、直接話もしないままに終わってしまったから、その……」
律子「……直接、当人同士で話をしてすっきりしたい、ってことですか?」
P「すっきりっていうか……まあその、なんていうか……今みたいに、心の中にわだかまりが残ったままっていうのも、良くないかなって……」
律子「……じゃあ、そこで認めるんですか? 『俺はあのとき、確かにやよいの胸を触った』って」
P「! そ、それは……」
律子「…………」
P「それは……できない、けど……」
律子「……じゃあ、あなたはやよいに、一体何を話すっていうんですか」
P「……それは……」
律子「……プロデューサー。確かにあなたは、やよいと会って、直接話をすることで……今、あなたが心に抱えているわだかまりとか、そういった類のものを……あるいは、すっきりさせることができるかもしれません」
P「…………」
律子「でも、やよいにとってもそうであるとは……限らないんですよ」
P「…………」
律子「真実がどうであれ、やよいは今でも、『プロデューサーに胸を触られた』という認識を持っている可能性が高いんです。そんなやよいが、あなたと会って、『俺は今でも、触ったのは胸ではなく、お腹だったと思っている』と……直接、あなたの口からそう告げられて、それで……やよいがまた傷ついたりしないって、言い切れますか?」
P「……それは……」
律子「あるいはそもそも、あなたがやよいのご両親に連絡を取ったこと自体によって、せっかく収束した紛争状態が再燃しないと、断言できますか?」
P「…………」
律子「……プロデューサー。もうこの件は、あなた一人の問題じゃないんですよ。ましてやそれが解決した今になって、あなたが独断で、やよいのご両親に連絡を取ったり、あるいはやよいと直接会って話をしたりする、なんていう行為は……もはや、あなたの自己満足でしかありません」
P「…………」
341:
律子「……すみません。少し、きつい言い方をしてしまって……」
P「……ああ、いや……いいんだ、うん。……確かに、律子の言う通りだよ」
律子「…………」
P「……うん、そうだよな。今更……だよな」
律子「……プロデューサー……」
P「……分かった。もう、この件は……胸の内にしまうことにするよ。それがきっと……一番良いんだと思う」
律子「……ええ。私も、それが良いと思います」スッ
P「! そのファイル……もう、元の場所に……戻すのか?」
律子「……ええ。色々言いましたけど、最後はやっぱり、私も、あなたのこと……信じてますから」
P「……律子……」
律子「それに大体、そんなところまで疑いだしたら……この先、一緒に仕事なんてやっていけないじゃないですか」
P「……はは。まあ、それもそうか」
律子「では、今度こそ本当に、失礼しますね。また明日!」
P「……ああ、お疲れ様。……っと、律子!」
律子「? はい?」クルッ
P「……あ、えっとその……ありがとう、な」
律子「……えっ」
P「ああいや、その、律子が今、ちゃんと止めてくれてなかったら、俺……また、皆に迷惑掛けるようなこと、しちゃってたかも、って……」
律子「……とんでもないです。私だって、逆の立場だったら、それくらいの気の迷いは、起こしていてもおかしくないと思いますし」
P「……律子……」
律子「だからそんな、全然、気にしないで下さい! あ、それと私の方も、色々ときつい言い方しちゃって、どうもすみませんでした!」ペコリ
P「あ、謝らないでくれよ……律子。そこまでされたら、俺の立つ瀬がない」
律子「えへへ……まあ一応、ケジメってやつですよ。……それじゃあプロデューサー! また明日、よろしくお願いしますね!」
P「……おう、また明日」
バタン
P「…………」
P(……自己満足、か……)
P(……確かに、そうだったのかもしれないな……)
P(……俺は多分、きっと、やよいに会って……)
P(…………)
344:
P(……こうして、やよい及びその両親と、765プロとの間に起きたこの紛争は、一応の解決を迎えた)
P(この件は、最後まで公になることはなく、また、うちの他のアイドルたちにも知られることのないまま……関係者の記憶にのみ残る事件となった)
P(また、やよいが事務所を辞めてからも、ちょくちょく、他のアイドルの皆はやよいと会ったりしていたようだが……やよいが事務所を辞めた理由が分からない以上、皆も気を遣ってか、あまり事務所でやよいの話はしなくなっていた)
P(そして俺もまた、あの件を自分の胸のうちにしまっておこうと決めてからは……極力、やよいのことを考えないようにしていた)
P(……時折疼く、胸の奥に棘が刺さったような感触に、気が付かないふりをしながら……)
P(―――そうこうしている間にも時は流れ……気が付けば、やよいが事務所を辞めてから、もう7年もの歳月が経過していた)
P(幸いにも、あれ以来、対外的にも対内的にも、目立った問題などは起こらず、765プロとしても、年を追うごとに所属アイドルの数が増え……今では、50人以上のアイドルを抱える大所帯となっていた)
P(そして俺も、今では後輩のプロデューサー数名を統括する、総合プロデューサーという役職に就いている)
P(そのため、今はもう、俺自身が直接アイドルのプロデュースを担当することはほとんどなくなっていた)
P(そして今日……俺が直接プロデュースを担当していたアイドルのうち、最後の二人が引退を迎えた)
?765プロ事務所?
亜美「兄ちゃん兄ちゃん! 今日の亜美達の引退ライブ、どうだった??」
真美「んっふっふ?。ばっちりちりちりせくちーだったしょ??」
P「……ああ。二人とも本当に最高だったよ……ってこれ、ライブ直後にも言ったし、ここに戻ってくる途中の車内でも飽きるほど言ったと思うんだが……」
亜美「もー! 兄ちゃんのいけずー! こういうのは何回でも聞きたいのが、オトメゴコロってやつっしょー!?」
真美「そーだよもー! 兄ちゃんのニブチン!」
P「ああ、はいはい、悪かったって……」
亜美・真美「はいは一回!」
P「……はい」
小鳥「はい皆、どうもお疲れ様」コトッ
P「あ、音無さん。どうもありがとうございます」
亜美「ありがとピヨちゃん! あーでも、ピヨちゃんのお茶もこれで飲み納めかあ……」
真美「実に寂しくなりますなあ……」
小鳥「もう、そんなこと言わずに……またいつだって、事務所に遊びに来てくれていいんだからね?」
亜美「ホント? んじゃー、早明日来よっか真美! ピヨちゃんのお仕事邪魔しにー!」
真美「お、いいじゃん亜美! 大さんせーっしょー!」
小鳥「ちょ、ちょっと、もう、二人とも……お手柔らかにね?」
P「……はぁ。まったく、お前らももう20歳になったんだから、もう少し落ち着きをだな……」
亜美「えー! 何言ってんのさ兄ちゃん! ハタチなんてまだまだコドモだよー!」
真美「そだよー! コドモコドモー! オトナ扱いはんたーい!」
P「ったく……昔はあんなに、子ども扱いされるの嫌がってたくせに……」
小鳥「ふふっ。……でも、やっぱり寂しくなりますね」
P「そうですね……。なんだかんだで、これで、俺が入社した時に在籍していたアイドルは、全員……引退しちゃいましたからね」
小鳥「……ですね……」
P(……正確に言うと、一人を除いて、だけど……)
346:
ブブブ……
P「ん? メールか?」ピッ
P「……えっ……?」
小鳥「? どうかしました? プロデューサーさん?」
P「ああ、いえ……すみません。……ちょっと、外します」ガタッ
小鳥「? え、ええ……」
亜美「あれあれー? 兄ちゃんもしかしてー?」
真美「んっふっふ?。秘密のアレやコレですかな??」
P「――――」
バタン
P「…………」
P(……亜美や真美の軽口に、応対している余裕は無かった)
P(……なぜならそのメールの差出人欄には……ありえないはずの名前が、表示されていたからだ)
P「……嘘、だろ……」
P(……しかし、何度目を凝らしても、何度受信画面を開き直しても――……それが目の錯覚や、液晶表示の不具合などでないことは明らかだった)
P(……俺は最後にもう一度、メールの差出人名を確認し……いつ以来になるのかすらも分からない、その名をようやく――……口にした)
P「…………やよい…………」
347:
ζ*'ヮ')ζ<今日はここまで
次回最終回『罪と罰』
349:
乙でした。
次回ラスト楽しみです。
352:
罪と罰か…
403:
?一週間後・765プロ事務所近くの公園?
P「……さて、と……」
P(……噴水を過ぎてすぐの、白いベンチ……)
P(……約束の時間までは、まだ15分ほどあるが……)
P(…………)
P(…………いた)
P「……やよい」
やよい「! ……プロデューサー」
P「…………」
やよい「…………」
P(そこに立っていたのは――……間違いなく、高槻やよいその人だった)
P(7年振りに見るその姿は、一瞬で、俺の脳内にある中学二年生のやよいのイメージと、実に見事に重なった)
P(しかしながらその顔立ちは、昔の面影を残しつつもしっかりと大人びていて、俺に確かな年月を感じさせた)
やよい「……久しぶり、ですね」
P「……ああ」
P(やよいの髪は、肩に少し掛かるくらいのセミロングで……その毛先には、ゆるくウェーブが掛かっていた)
P「……ツインテールじゃ、ないんだな」
やよい「はい。高校卒業と同時に、卒業しました」
P「……そっか」
やよい「はい」
P(服装は全体的に落ち着いた印象で……上は暖色系のカーディガン、下はややゆったりした感じのロングスカートを身に着けている)
P「……なんていうか……大人っぽくなったな」
やよい「そうですか?」
P「……うん。大人っぽくなった」
P(身長は……150センチ台前半、といったところだろうか。相変わらず小柄ではあるが、それでも、かつての姿から比べると、十分な成長が見てとれた)
やよい「プロデューサーも、ちょっとダンディになりましたね」
P「……それ、暗に老けたって言ってる?」
やよい「あはは。言ってないですよ」
P(いつ振りだろうか。……屈託のないやよいの笑顔は、ひどく懐かしさを感じさせた)
やよい「じゃあ、まあ、立ち話も何ですし……」
P「……ああ、そうだな」
P(玄関先で世間話をしていたかのようなノリで、俺とやよいは、並んでベンチに腰掛けた)
P(そうして座った俺達の間隔は……およそ1.5人分ほど)
P(……俺達の空白の7年間を、象徴しているかのようだった)
404:
P「…………」
やよい「…………」
P「……えっ、と……」
やよい「…………」
P「(……な、何か話さないと……)や、やよいは今……大学生か?」
やよい「はい。今、三年生です」
P「そ、そうか。じゃあ、就職活動とかしてるのか?」
やよい「いえ。私、今、教員試験目指して勉強中なんです」
P「! 教員試験、ってことはつまり……」
やよい「はい。……私、学校の先生になりたいんです」
P「先生か! いいなそれ、やよいにすっごく合ってるんじゃないか?」
やよい「そうですか?」
P「ああ。だってやよい、昔からよく弟さんや妹さんの面倒とか見てたし……」
やよい「あー……それは確かにあるかもです」
P「だろ? それにほら、覚えてるか? 昔、『生っすか』でも、幼稚園に出張して、子ども達と『スマイル体操』した……り……」
やよい「…………」
P「……あっ……」
やよい「…………」
P「……ご、ごめん……」
やよい「いえ……いいんです」
P「…………」
やよい「今日はそもそも……そういう話をしようと、思ってたんですから」
P「……やよい……」
やよい「…………」
405:
やよい「……プロデューサー」
P「……ん?」
やよい「……あれからもう、7年も経ったんですね」
P「! ……ああ、そうだな……」
やよい「私、最近まで……あの時のことは、ずっと……考えないようにしてたんです」
P「…………」
やよい「考えたところで、もうどうにもならないことだし……それよりは、前を向いて、自分の今の人生を、しっかり生きていった方が良いって……そう、思ってました」
P「…………」
やよい「でも、それでもやっぱり、心のどこかで、『それでいいの?』って声が……聞こえてたんです。『ちゃんと向き合わなくていいの?』って。……でも私はずっと、その声が、聞こえていないふりをしていました」
やよい「『もう終わったことなんだ』『もうどうしようもないことなんだ』って、自分に言い聞かせるようにして……胸の奥の方へ奥の方へと、ずっと、しまいこもうとしていました」
やよい「……そうやって誤魔化しているうちに、少しずつ、でも確実に時間は流れていって……。あの時のことも、段々、自分の中で過去の事になっていって。……次第に、思い出すことも少なくなって」
やよい「それでも時々、胸の奥のところが、ちくっと痛むような、そういう感触はあったんですけど……。でも、それにもなるべく気付かないふりをしながら……ずっと、やり過ごしていました」
P「…………」
やよい「……そして、私がそうやって日々を過ごしている間も、765プロの皆は、ずっと、アイドルとして頑張っていて……」
やよい「その一方で、皆、私が事務所を辞めた理由も知らないまま、そのことには一切触れずに、昔と同じように、私とちょくちょく会ってくれていて」
やよい「私、本当に嬉しかったんです。事務所を辞めても、皆と変わらずにつながっていられたことが」
やよい「しかも皆、私に気を遣って、あんまり仕事の話とか、事務所の話とかはしないようにしてくれていて。だから、ある程度月日が経って、一人、また一人と引退していくようになっても、皆、そういう話も、あまりしないようにしてくれていて……」
やよい「もちろん私は、テレビでも皆の事、観てましたから、誰がいつ引退するのかとか、事前に全部分かってたんですけど……それでも皆、決まって、私に引退した事を話してくれたのは……全部、事後報告の形ででした」
P「……そうだったのか」
やよい「はい。多分……私一人だけ、『引退』という形でアイドルを終えられなかったことを……気遣ってくれてたんだと思います」
P「…………」
やよい「でも、今年に入って、亜美と真美の引退ライブが告知されてから……『ああ、もうこれで亜美と真美が引退したら、私が事務所にいた頃のメンバーは全員引退なんだ』って思ったら、なんか、こう……『本当にこのままでいいのかな』って気が、すごくしてきて」
やよい「それで私、具体的なことは何も考えてなかったんですけど、とりあえず、亜美と真美に連絡して、『引退ライブのチケットちょうだい』って、頼んだんです」
P「えっ! じゃあやよい、お前……」
やよい「はい。私……一週間前の、亜美と真美の引退ライブ、会場で観てました。もちろん関係者席じゃなくて、一般席ですけど」
P「そうだったのか……」
やよい「それで、ステージの上の亜美と真美の姿を観て……。テレビでは、自分が事務所を辞めてからも、他の皆のステージ、よく観てましたけど、やっぱり、久しぶりに観た生のステージは全然違くて。亜美も真美も、すっごくキラキラしてて」
P「…………」
やよい「そんな二人を観て、私、思ったんです。『ああ、これで二人は何の悔いも無く、765プロを“卒業”できるんだろうな』って。そして『きっとこれまでに引退していった皆も、そうだったんだろうな』って」
やよい「それで私……ふと、思ったんです。……『やっぱり私も、765プロを“卒業”したい』って」
P「…………」
やよい「……7年前、中途半端な形で辞めちゃった765プロを……自分の中で、しっかり決着つけて、きちんと“卒業”したいって……そう、思ったんです」
P「……やよい……」
やよい「でもそのためには、7年前にやり残した、『宿題』に向き合わないといけなくて」
P「…………」
やよい「今更向き合ったところで、100点満点の解答なんかできない。でも、それでも、この『宿題』に真正面から向き合わない限り、多分私はずっと、765プロを“卒業”できないって……そう、思ったんです」
P「……じゃあそれで、あの日、俺にメールを……」
やよい「……はい。そうしないといけないって……思ったんです」
P「……なるほど、な……」
414:
P「じゃあ、やよいがその……7年前にやり残していた『宿題』っていうのは……」
やよい「はい。プロデューサーと……あなたと、きちんと向き合って……話をすること、です」
P「…………」
やよい「…………」
P「……そう、だよな……」
やよい「……はい」
P「……実はさ」
やよい「? はい」
P「俺も、7年前……765プロと、やよいの方とで和解が成立した直後に……今のやよいと、同じことをしようとしていたんだ」
やよい「えっ」
P「……といっても、俺の場合はまだ揺れていて、そこまで確定的にそうしようって思ってたわけじゃなかったんだけどな」
やよい「…………」
P「……でも、律子に止められた」
やよい「……律子さんに、ですか?」
P「ああ。『もう事件は終わっているのに、今更、俺の独断でやよいと会ったりするのはただの自己満足だ』みたいな風に言われてさ。……ショックだったけど、でも実際、その通りだなって思って」
やよい「……じゃあ、それで……」
P「ああ。もう俺の方から何かをするのはやめよう。この一件は胸のうちにしまっておこうって……そう決めた」
やよい「…………」
P「だからその後は、やよいがそうしていたのと同じように、ずっと自分に言い聞かせていたよ。『もう終わったことだから』って。そうしてなるべく、もうあの時のことは考えないようにして……それでも時折、胸の奥が疼いたけど、それにも気付かないふりをしていた」
やよい「…………」
P「まあそれでも何度かは、衝動的に、やよいに連絡を取りたくなったこともあったんだけどな。やよい自身の連絡先は、ずっと俺の携帯に入ってたし」
やよい「! ……そうだったんですか」
P「ああ。でもその度に、律子に言われたことを思い出して、自分を抑えていたよ。……もう何もするな、これ以上何もしないのが一番なんだ、って」
やよい「…………」
P「……でも、一週間前、突然―――やよいから、メールが来て」
P「最初は本当に驚いたし、自分の目を疑った。正直、何が書かれているのか想像もつかなくて……なかなか、本文を開けなかったよ」
P「でも、いざ勇気を振り絞って、開いてみたら……7年前のやよいをそのまま大人にしたような感じの、温かみのある文章が目に飛び込んできて……すごく、ほっとした」
P「……ただ反面、迷いはあった。やよいは、『久しぶりに一度会ってお話がしたいです』って書いてくれてたけど……本当にそれに応じていいのか? って。それに応じることで、また結果的にやよいを傷つけることになったりしないか? って」
やよい「……プロデューサー……」
P「でも、そう思ってからすぐ、こうも思った。……『違う。俺が本当に心配しているのは、やよいを傷つけてしまうことじゃない』って」
P「……『自分が傷ついてしまうかもしれないのが、怖いだけだ』って……」
やよい「…………」
P「……そう思ってから、俺は、やよいに会おうと決めたんだ。たとえ傷ついてもいい。7年かけてやよいが出した答えがこれなら、俺にはそれに応じる義務がある、って……そう思ったから」
やよい「……プロデューサー……」
P「……なんて、かっこつけたこと言ってるけど……本当は、今でも怖いんだ。……心臓、ずっとバクバクしてるし」
やよい「! ふふっ……やだな、もう……そんなこと言わないで下さいよ。お話、しにくくなるじゃないですか」
P「はは……そうだな、ごめん」
416:
P「でも……ありがとうな、やよい」
やよい「えっ」
P「勇気……出してくれて」
やよい「…………」
P「……俺も、心のどこかでは、『このままではいけない』って、分かってたんだ。でも結局、その一歩を踏み出すことができなかった」
やよい「…………」
P「それはもちろん、律子に言われたから、っていうのもあったけど……でも本当は多分……怖かったんだ。あの時のことに向き合うのが。……やよいに、向き合うのが」
やよい「……プロデューサー……」
P「だから……勇気を出して、俺にメール送ってくれて……ありがとう。やよい」
やよい「そんな……」
やよい「怖かったのは、私だって同じです。……本当はもっと早く、こういう機会を持てたはずなのに」
やよい「でも、私は怖くて……ただその勇気が持てなかった。この7年間、その気になれば、いつでもできたことなのに」
P「……やよい……」
やよい「あるいは、プロデューサーがそうしようとしていたのと同じように……和解が成立した直後、あるいは、その前でも」
やよい「……たとえば、私が事務所に行かなくなった頃でも、話し合おうと思えば、話し合えたはずなんです」
やよい「さらにもっと遡るなら、私が最後に事務所に行った日……プロデューサーに、『何で自分を避けているのか』って、聞かれたとき」
P「! …………」
やよい「あるいはその日、プロデューサーに……手首を掴まれたとき」
P「…………」
やよい「……本当、いくらでも機会はあったはずなんです。なのに私、私……」
P「やよい」
やよい「その前だって、話そうと思えば話せた。仕事の合間、終わり際……プロデューサーが、車で送ろうか? って言ってくれたとき」
P「…………」
やよい「私が後部座席に乗って、プロデューサーが不思議そうな顔をしていたときだって」
P「…………」
やよい「……でも多分、本当に一番、ちゃんと向き合わないといけなかったのは……」
P「…………」
やよい「……一番初めの……プロデューサーに、『ハイタッチ』をしようとして……身体を、触られたとき」
P「! …………」
やよい「…………」
417:
やよい「あのとき、私……一瞬、何が起こったのか分からなかったんです」
やよい「でも、胸に何かが当たった、っていう確かな感触は残っていて……それを自覚したら、すごく嫌な気持ちになって……」
P「…………」
やよい「それがプロデューサーの手だったんだって、頭ではすぐに理解できたんですけど、感情が追いついてなくて」
やよい「何で? どうして? って……」
やよい「何が何だか分からないまま、とりあえず、『そこじゃないです』とかなんとか、自分でもよく分からないこと、言っちゃって……」
やよい「プロデューサーの方も、『すまん、やよい』って感じで、なんていうか、すごく軽い感じだったから……あれ? 今のは何かの間違いだったのかな? って、よく分かんないままに、その場は終わっちゃって……」
やよい「……でもその後も、やっぱりずっと、そのことが心に残ってて」
やよい「あれは何だったんだろう? 私は夢でも見ていたのかな? って……」
やよい「次の日も、その次の日も……ずっとずっと、そのことが頭の中を回ってて」
やよい「……それで私、気が付いたら……プロデューサーのこと、無意識に避けるようになってて」
P「…………」
やよい「そしたらあの日……私が最後に事務所に行った日に、プロデューサーから、『俺、やよいに、何かしたか?』って、聞かれて」
やよい「それでますます私、分かんなくなっちゃって。プロデューサーに自覚が無いってことは、じゃあやっぱり私の勘違いだったのかな? とか、思っちゃって。でも一方で、あのときの感触は、確かにちゃんと覚えてて……」
やよい「その後もプロデューサーは、私に色々と聞いてきて。私ももう、訳分かんなくなっちゃってたから、上手く答えられなくて……」
やよい「それでもう、適当な嘘ついて、その場から逃げようとしたら……プロデューサーに、手首掴まれちゃって。……その瞬間、『ハイタッチ』の時のことが頭をよぎって、私、考えるより早く、反射的に……プロデューサーの手、振り払っちゃったんです」
P「…………」
やよい「その後はもう、どうしたらいいか分かんなくなっちゃって……結局、私、そのまま、事務所から逃げ出しちゃって……」
P「…………」
やよい「…………」
P「……そのときが、最後だったな。俺とやよいが、事務所で会ったのは……」
やよい「……はい」
P「…………」
やよい「…………」
421:
P「…………」
やよい「…………」
P「……やよい」
やよい「! はい」
P「……すまなかった」
やよい「……プロデューサー……」
P「…………」
やよい「…………」
P「……本当は、俺も……ずっと考えてたんだ」
やよい「…………」
P「……『本当のところは、どうだったんだろう?』って……」
やよい「……本当の、ところ……?」
P「……ああ」
やよい「…………」
P「……俺が、今から言うことは……やよいにとっては、聞きたくないことかもしれない。……それでも今、やよいが俺にちゃんと向き合って、あの時のことを、自分の抱えていた気持ちを、全部ちゃんと話してくれたから……俺も、やよいにそれを伝えたいと思う。……いいか?」
やよい「……はい、もちろん」
P「……やよい」
やよい「……今日は、そのために来たんですから」
P「……ああ、そうだな」
やよい「はい」
P「……じゃあ、話すな」
やよい「…………」
P「……俺さ、今も言ったけど……いまだに、『本当のところ』が……分からないんだ」
やよい「…………」
P「あの時……俺がやよいの身体に触れたのは、間違いなく覚えてる。そのとき交わした会話も、なんとなくだけど覚えてる。そしてそれはさっき、やよいが言ってくれた内容で、ほぼ間違い無いと思う」
P「でも、肝心の……『俺がやよいの身体のどこに触ったのか』ってことについては……やっぱり今でも、分からないんだ」
P「ただ俺が覚えてるのは、手の平ではない、やよいの身体のどこかに触ったこと、そしてその瞬間、やよいの表情が強張ったこと、その後慌てて、何かを取り繕うような会話を交わしたこと……」
P「……これだけなんだ」
やよい「……プロデューサーの記憶では、『お腹に触った』ってことじゃ……なかったんですか?」
P「ああ。それは……今思えば、完全に後付けの記憶だった」
やよい「後付け……ですか?」
P「ああ。あの時……そう、弁護士から書面が来た時……俺は、こう思ったんだ。『俺がやよいの胸になんか触るはずがない』『でも、やよいの手の平以外の部位に触ったことは間違いない』『じゃあ、それはお腹に違いない』……って」
やよい「…………」
P「要するに、俺は……自分の記憶を捏造したんだ。いや、より正確に言うと……捏造しようとした」
やよい「……プロデューサー……」
P「『お腹に触った』っていう記憶なんか無いのに、そうだと思い込ませようとしたんだ。……自分自身を。それ以外の可能性なんか、あるはずがないって……切り捨てて」
やよい「…………」
P「……怖かったんだ。『自分が故意にやよいの胸に触った』なんて、認めてしまったら……今の自分が、自分じゃなくなるような気がして……ただただ、怖かった」
やよい「…………」
424:
やよい「……そうだったんですか」
P「ああ……」
やよい「……でも、えっと……『本当にどこを触ったのか』ってことについては……今でも、覚えてないんですよね?」
P「……ああ」
やよい「……それは……?」
P「……多分、無意識のうちに……記憶を封じ込めてしまったんだと思う」
やよい「無意識のうちに……ですか?」
P「……ああ。実は当時、律子にも言われたんだ。『やよいとのハイタッチの件、無意識のうちに、考えないようにしていたんじゃないですか?』って」
やよい「…………」
P「……そのときの俺は、『自分が故意にやよいの胸に触った』という事実を認めたくない一心で、律子のその指摘を、必死になって否定したけど……今思えば、その通りだったんじゃないかと思う」
やよい「……じゃあ……」
P「……そう。つまりあの時、俺はおそらく、故意に……やよいの胸に触った。それはやよいの認識からしても、多分もう、間違いの無い事実なんだと思う」
やよい「…………」
P「そしてその動機についても、憶測になるが……多分、本当に軽い気持ちで、悪戯心で……また、やよいとの信頼関係も、十分に築けていたという自負もあったから……『これくらいなら許されるだろう』という甘えが、俺の中にあったんだろうと思う」
P「それで、本当に深く考えずに、軽い気持ちで……『はいたーっち』って、手を伸ばしてきたやよいの胸に……触ってしまったんだと思う」
やよい「…………」
P「でもそしたら、やよいが、予想以上に驚いた反応をしたから……多分その瞬間、俺は、『あ、やばい』って、直感的に感じたんだと思う」
P「そしてそのときすぐに、俺は、自分の中で、事実を歪めたんだと思う。……『今、俺は何もしなかった』……って」
やよい「…………」
P「『俺は何もしていない』『何も知らない』『だから、何の問題も無い』……と、おそらく無意識のうちに、俺は、自分の記憶を、思考を、認識を……書き換えたんだと思う。……自分にとって、都合の良いように」
P「……だから俺は、その後、やよいが自分を避けるようになっても、本当に心当たりが無かったし、弁護士から書面が来ても、その内容を認めることができなかった。……そのときの俺には、もう……『真実の記憶』が、無かったから」
やよい「…………」
P「……そして、その延長線上に……今の俺がいる。だから俺は、今でも……あの時のことは、さっき言った程度でしか、覚えてなくて……『故意にやよいの胸に触った』ということも……本当に、覚えていないんだ」
やよい「…………」
P「……信じてくれなくていい。また、許してほしいとも思わない」
P「ただ、今の俺の本当の気持ちを……やよいに、伝えておきたかった」
やよい「…………」
P「……もっとも、俺の気持ちがどうであれ……俺が故意に、やよいの胸に触ったであろうこと……そしてその結果、やよいを、本当に深く傷つけてしまったであろうことは……間違いの無いことだと思う」
P「……だから、やよい。さっきも言ったが……」
P「……本当に、すまなかった」
やよい「…………」
425:
ζ*’ヮ’)ζ<ちょっと中断します。続きはまた夜に
426:
クライマックスだな…
登場人物みんな真面目なのはわかるんだが、スレタイ見るとなんか気が抜ける
422:
やっぱやよいにパイタッチはだめだよな
高ランクになってからにしなきゃ
44

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海外企業のネット配信に課税 法案を提出=野党4会派

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漫画家松山せいじ「最近漫画家の貧乏自慢が多くて困る、僕程度でも一時期この収入っすよ?」 

外国人が日本のピザに衝撃 「アメリカのジャンクフードこそが最強だと思ってたのに・・・」

男「超能力を手に入れた」

地球に高度な知的生命体が繁栄したのは今回が初めてか?

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