律「変貌」back

律「変貌」


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1:
律「み?お?!」
澪「どうしたんだ律?」
律「今日家に行ってもいい?」
澪「急だな…別にいいけど、ノートは見せないぞ?」
律「そ、そんなー!別に見せてくれたって減るもんじゃないだろー!」
澪「あんまり甘やかすのは良くないからな」
律「ついでにさ、今度のテストのとこも教えてほしいんだけど…」
澪「ひ、人の話を聞け!」
私がふざけて、澪は呆れながらもしっかりと私に勉強を教えてくれる。
そんな、いつも通りの澪とのやり取り。
これからも、大学に入ってもそんな日々がいつまでも続くと信じていた。
この日までは…。
 ̄ ̄ ̄
6:
律「お邪魔しまーす!」
「あっ、律ちゃんいらっしゃい!」
緩い笑顔で玄関に立っていた澪のお母さんが出迎えてくれた。
相変わらず子供のような、可愛らしい笑顔を浮かべている。
律「こんばんわ!おばさん、今日もちょっと澪に用事があるんでお邪魔しますね?」
澪母「あら?今日も澪ちゃんにノート見せてもらうの?」
律「うぐ……ど、どうしてそれを?」
澪母「だって澪ちゃんが毎度毎度、律ちゃんが来る度に『やっぱり律は私が居ないとダメだな』って心配そうに言うから…」
澪「よ、余計な事は言わなくていいから!それより律、早く私の部屋行こう!」
悪気の全くない笑顔を見せる澪のお母さんに見送られ、私は引きずられる様にして二階の澪の部屋へとやって来た。
8:
戸を締めて溜息をもらすと、鞄から数学のノートを取り出して澪は言った。
澪「ほ、ほら…写すなら早く写せ」
律「よっしゃ!ありがと澪!」
私は自分のノートと筆箱を取り出すと、机の上で澪のノートに書かれた小難しい公式を自分のノートに書き写す。
律「あのさー、ここなんだけど…」
澪「まったく、今日先生が熱心に説明してたじゃないか…ここは――」
私が理解できないところは、澪が私にも分かりやすいように説明してくれる。
澪は正直、本当に凄かった。
勉強や運動はもちろん、今は軽音部でも無くてはならない存在だった。
部長は一応ながら私が勤めていても、今までやってこれたのは澪のしっかりした性格があってこそだ。
本当に私の幼馴染みには勿体ないぐらい。
9:
澪「――ここがこうで…って、聞いてるのか律!」
律「あっ!ご、ごめん!今のとこもう一回教えて!」
澪「まったく、しょうがないな…」
呆れたように溜息を吐きながらも、どこか口元を緩ませて澪は私が聞き逃した箇所を丁寧に教えてくれた。
だんだんと年をとって大人になるにつれて私の耳には必要、不必要な情報が次々と入ってくる。
その中でも、特に新鮮味のある単語の事を思い出した。
恋。
早い奴は幼稚園の頃から覚えるし、遅い奴は一生を通しても得られない感情。
10:
今、こうして澪と向き合って勉強を教えてもらいながら感じる…この満ち足りた気持ちが恋なんだろうか?。
気が付けば、私は澪の顔をまじまじと眺めていた。
澪「ど、どうかした?…私の顔に何か付いてる?」
律「…いや、何でもないや」
バカバカしい。
そもそも私達は女同士だぞ?。
胸に浮かぶモヤモヤとした気持ちを無視して、目の前のノートを写す事に神経を集中させた。
 ̄ ̄ ̄
11:
律「たはーっ!!な、何とか終わった…」
シャープペンシルを机に放ると、そのまま軽く伸びをする。
一時間以上机に向かっていただけでどっと疲れた気がした。
澪「暑いだろ、麦茶でも持ってこようか?」
律「あぁ、いいよいいよ…それよりさ、澪の部屋のテレビってDVD見れたよな?」
澪「?…見れるけど?」
澪の返事を聞くと、私は鞄を漁りお目当ての品を手に取った。
それは何の変哲もない一枚のディスク。
中に一時間程度の映像が収められたDVDだった。
律「息抜きに映画でも見ようぜ!」
澪「こ、怖いのはダメだぞ?…」
律「大丈夫だって、普通の映画だからさ!」
澪「ほ、ほんと…?」
12:
不安げに私を見つめてくる澪の視線を背中に浴びながら、私はテレビの電源スイッチを押す。
そして、手に持った真っ黒なデザインのディスクに書かれたタイトルを見つめた。
百合姉妹。
タイトルからはその内容は全く想像できなかったが、普通でない内容なのは確かだ。
これはいわゆる、アダルトビデオと呼ばれるもの。
そのDVDは同じクラスの友人から借りたものだった。
この年にもなれば、当然そういう話題で盛り上がる。
私は場の盛り上がった雰囲気でこのアダルトビデオというものを友人から借りてしまった。
一人だけ置いてけぼりにされたくない、そんな感情もあったのかもしれない。
13:
理由が何であれ私は卑怯だ、一人で見る勇気がなくてこうして澪と一緒にDVDを見ようとしてるんだから。
多分、誰かと見ないとマトモに見る事ができないと思う。
それほどに私は恋愛とか性とか、そういう話題が苦手だった。
リモコンの再生ボタンを押すと、プレイヤーが起動してテレビの画面に映像が流れ始める。
鼓動が早くなり、無意識の内に私は隣に座っていた澪の手を握ってしまっていた。
澪「り、律?…何で私の手を……」
律「えっ!?…ご、ごめんごめん!」
澪「や、やっぱり怖い映画なのか!?…そうならそうって先に言ってくれ!」
律「安心しろって!ホラー映画ではないから!」
そんな事を話している間にも、映像はちゃくちゃくと進んでいった。
14:
画面には二人の女性が映っている。
どうやら二人は血の繋がった姉妹という設定らしかった。
まぁ、顔を見る限り全然似てないから実際は違うんだろうけどさ。
澪「よ、よかった…普通っぽい映画だな」
律「それはどうかな?…」
澪をからかいながらも、正直気が気じゃなかった。
心臓はさっきからドキドキしっぱなしだし、顔も緊張のせいか熱くなっている。
暫くは仲のいい二人の姉妹の日常風景が描かれていた。
しっかり者の姉と甘えん坊の妹、どこかの姉妹とは正反対だな。
画面の中では寝室のベッドで仲良く座る二人の姿。
そろそろ、二人の前に男性が現れる頃だろうか。
生唾を飲み込んでテレビを見つめていると、画面の中の二人は信じられない事を口走った。
『お姉様、いつもみたいにキスして…』
『ふふっ、しょうがないわねあなたは…』
15:
おい。
ちょっと待て。
そして、更に信じられない事に二人は当たり前のようにキスをしていた。
何なんだよ…これ。
『お姉様ぁ…んっ……んぅッ……ちゅっ……』
『ふぁッ……ん……んんッ……』
待て待て待て。
こんなの、絶対に変だろ!?。
その…女同士でこんな事するなんて。
私の疑問もいざ知らず、画面の中の二人の行為は更にエスカレートしていく。
姉が優しく妹を後ろから抱きしめると、服の上から胸を触りだした。
16:
律「う、嘘だろ……」
思わずそんな声をもらした。
これ以上見ちゃダメだ…。
私はそう思ってリモコンに手を伸ばした。
だが…その手が、横から伸びてきた別の手にガシリと掴まれる。
見ると、澪が画面に目を向けたまま私の手を掴んでいた。
律「っ……み、澪?……」
澪「もうちょっと…見よ?……」
17:
澪が怖いと思ったのはこれが初めてだった。
掴まれた手首から痛みと一緒に震えが伝わる。
震えてるのは澪じゃない、私の方だった。
 ̄ ̄ ̄
19:
『ンあッ!!あ、あぁぁッ!!お、お姉様…私、もう!!…』
『わ、私ももうッ!!イ、イキそうよ!!あっ、あぁぁッ!!』
再生時間を確認すると、永遠とも思える時間がようやく終わりに近づいた事を知る。
安堵のあまり溜息がもれる。
画面の中ではクライマックスを迎えた二人がベッドの上で身体を重ねて、お互いの秘部を舌で舐め合っていた。
興奮なんてしない、むしろキリキリと胃が締め付けられて今にも吐きそう…。
それぐらい、この映像は私に深刻なショックを与えた。
ベッドで重なる二人が悩ましい絶叫と共に果てる。
モザイクで覆われた秘部から透明な液体がほとばしって、お互いの顔を汚した。
21:
切なげに息を切らす二人は、向かい合うと顔についたその液体を舌で舐め合った。
やめろよ…。
こんなのって…こんなのって絶対におかしいだろ。
女同士で、しかも姉妹でこんな事するなんて…。
律「あ、あはは…こんなのって変だよな!女同士でこんな事するなんてさ!」
なぁ、そう思うだろ澪!?。
続けようとした言葉を飲み込む。
澪は頬を赤く染めて、ボンヤリとテレビの画面を眺めていた。
22:
何か、言いようのない嫌な予感がして私はリモコンに手を伸ばすとすぐに停止ボタンを押した。
律「じゃ、じゃあ私帰るからさ!ノート写させてくれてありがと!」
プレイヤーに入ったDVDもそのままにして、鞄にノートと筆箱を突っ込むとそのまま部屋を出ようと扉まで足を進めた。
その時だった。
澪「りつ……」
背後から、まるで別人のような甘ったるい声がした。
振り向くと、いつの間にか私に息が掛かりそうな程の距離に澪の顔があった。
やめろ…やめてくれ。
そんな目で私を見るな…。
23:
澪「私さ……ずっと諦めてたんだ……」
瞳を潤ませた澪の顔が徐々に近づいてくる。
澪「女同士だからって……律の事ずっと諦めてた……」
やめろ…見るな。
逃げようにも、澪の両手が肩を掴んで離さなかったし、何より体に上手く力が入らない。
澪「律……好き……」
私の唇と、澪の唇が重なった。
澪の舌が私の口の中に入ってくる。
手に持った鞄が床に落ち、ドサッと音を立てた。
24:
律「っ!!」
慌てて密着していた澪の体を突き飛ばすと、渾身の力を込めて頬に平手打ちをした。
律「何て事…してくれたんだよ……」
澪「…ごめん」
視界がどんどん、涙で滲んでいく。
鞄を手に持つと、振り返る事なく私は逃げ出すように澪の部屋を飛び出した。
澪母「り、律ちゃん!?どうしたの?…」
そんなおばさんの声にも耳を貸さずに、靴を履くと玄関の扉を乱暴に開け放って一心不乱に走った。
ひたすら走った。
やがて、足がもつれて転んで…その痛みが引き金になって私はボロボロと泣いた。
悔しかった。
少しだけとはいえ、澪と唇を重ねた瞬間に胸を高鳴らせてしまった自分が堪らなく嫌になった。
25:
ぼーっと部屋の天井を眺めていると、いつの間にか時刻は朝を迎えていた。
窓の外に目を向けると、まるで今の私の心境みたいな淀んだ曇り空が広がっていた。
ベッドから身を起こすと、私は両手で頬を叩いて気合いを入れる。
こんな風にうじうじと考え込むなんてらしくない。
昨日までと同じ、普通に接すればいいんだよ!。
胸にはまだ不安感があったものの、私は無理矢理自分にそう言い聞かせた。
 ̄ ̄ ̄
26:
こんなにも教室の扉が重々しいと感じたのはその日が初めてだった。
教室に入ると、すぐに澪の姿を探した。
律「や、やっほー澪!何か元気ないな!」
澪「………」
妙にハイテンションな私な言葉は盛大に澪に無視される事になった。
どれだけ虚勢を張って澪に明るく話しかけても、彼女は私に視線すら合わせようとしてくれない。
その態度が妙にイラついて、私はついカッとなって口調を荒げてしまう。
27:
律「何だよ…こっちが話しかけてんだから返事ぐらいしろよ!!」
必死だった。
何でもいいから澪に、声をかけて欲しかった。
後から後悔しても、もう手遅れ…。
そこでようやく、澪は私に目を合わせてくれた。
澪「律」
律「な、何だよ?……」
澪「うるさい」
その目は、いつもの呆れたような感じじゃなくて、本当に相手を拒絶する時に見せる冷たい瞳で…。
まるで後頭部をハンマーで殴られたようなショックが、頭の中を真っ白にする。
28:
放心したままつっ立っている私の目を睨みつけると、澪は吐き捨てるようにして私のヒビの入った心に止めを刺した。
澪「二度と私に話しかけるな」
 ̄ ̄ ̄ ̄
「あれ?姉ちゃん今日も学校休むの?」
「まぁ、風邪みたいなもんだからほっときなさい」
「そっか…じゃあ、行ってきます!」
階下で行われているそんなやり取りを聞き終えると、私はモゾモゾと布団から顔を出した。
31:
今日で学校を休んで三日目になる。
携帯電話を開くと、今日も唯やムギ、梓から私を心配するメールが届いていた。
皆には悪いけど、今は返信できるだけの気力なんてない。
溜息を吐いて携帯を机に置けば、再び布団を頭まで被り、ベッドの中で膝を抱えた。
幸いにも雨が降っているおかげで気温はそこまで高くない。
私は気兼ねなく自分の殻に閉じこもる事ができる。
「律、起きてる?」
戸がノックされ、母さんが部屋に入ってきた。
返事をするでもなく、私はベッドで膝を抱えたまま動かない。
33:
律母「ご飯は作ってあるから、またお腹が空いたら食べなさい」
律「う、うん…」
律母「それにしても、あんたが学校を三日を休むなんて…変な事もあるもんね」
母さんがどんな顔をしているかは分からなかったが、多分呆れてるか怒っているかのどっちかだと思う。
律「いいからほっとけよ…」
目に溜まった涙を見られたくなくて、布団をギュッと握った。
律母「澪ちゃんと喧嘩したからって、そこまで落ち込む事ないでしょ」
律「??っ!!」
図星を突かれて、私は思わずベッドから飛び上がった。
律母「あら、おはよ」
律「な、何で知ってるんだよ…」
律母「こないだ澪ちゃんのお母さんから電話があったのよ、『律ちゃんが泣きながら家から飛び出してった』ってね…」
35:
私が休んでる事に特に口を出してこなかったから不思議に思ってたけど。
なるほど、そういう事だったのか…。
律母「何があったの?話してみなさい」
今更隠し通す意味もない、私は全てを母さんに話した。
私が悪ふざけで澪と一緒にアダルトビデオを見た事。
そのビデオは女同士であーんな事やこーんな事をするような内容だった事。
ビデオを見た後に澪が私に強引にキスをして迫ってきた事。
そして、その次の日から急に彼女が私を突き放すような態度を取り始めた事。
包み隠さず全てを話した。
36:
律母「へぇ?、そりゃ色々と大変だったわね」
ニヤニヤと実に楽しげな笑みを浮かべながら母さんは言った。
こりゃ話さない方がよかったかもな。
律「ったく、他人事だと思って…」
律母「それで、あんたは澪ちゃんの事好きなの?」
律「そ、それは…その…」
そこまでストレートに聞かれると返事に困る。
友達として好き。
そういう卑怯な言い訳もできる。
でも、それは本気で私の事を好いてくれている澪の気持ちを裏切る言葉。
だから、軽々しく好きなんて言えなかった。
37:
頬を掻きながら言葉を詰まらせていると、突然母さんが目尻に涙を溜めて笑い出す。
律「な、何だよ!そんなに可笑しいか!」
律母「ごめんごめん、普段は自信満々で調子のいい事言ってるあんたがそんな可愛い顔するなんて思わなくて…ぷっ、くっくっく!」
たちまち顔が真っ赤に染まっていき、慌てて母さんから目を逸らした。
何年経ってもこの人にだけは勝てる気がしないな…。
律母「まぁ、あんたがそうやって悩むのは分からないでもないけど…それであんたはいいの?」
ひとしきり笑い終えると、母さんが静かな声で聞いた。
律「えっ?…」
律母「だから、この先に澪ちゃん以外の相手と付き合う事になっても後悔はしないの?」
律「……そんなの、わかんないよ」
38:
正直いって想像もつかない。
男の人と結婚して、子供を産んで育てて…そんな、当たり前の未来すら思い描けない。
一生その相手を信じて連れ添っていく自信なんてなかった。
でも、その相手が澪だったら…話はまた変わってくるかもしれない。
律母「それに、私だって今でも気になってる女の子がいるしね…」
律「えっ?」
律母「高校の時に一緒だった子でね、完璧に一目惚れして…綺麗だし勉強できるし、運動だって陸上部でエースやってるぐらい凄かったの」
どこか遠い目をして母さんは窓を見つめた。
40:
律母「気に入られようと必死だったわ、寝る間も惜しんで勉強して、部活だってその人と一緒に居たくて陸上部に入ったのよ?」
律母「そんなこんなで仲良くなって高校生活を送ってたんだけど…でも、やっぱり女の子同士だから自分の気持ちが伝えられなくてね」
律母「高校卒業してからすぐに、その人に彼氏ができて私の片想いはおしまい…」
そこで小さく溜息を吐けば、少し寂しそうに母さんは笑った。
律母「別に今の旦那と結婚してあんたを産んだ事を後悔してるわけじゃないけど…今でも会う度に気になっちゃうのよね」
律「…その人ってこの町に住んでるの?」
律母「教えるわけないでしょ、女は謎多き生き物なのよ」
律「何だよそれ…」
久々に心の底から笑った気がする。
42:
母さんの話を聞いてほんの少し安心した。
律母「とにかく、本当にあんたが澪ちゃんの事が好きなら自分の気持ちを素直に伝えなさい」
律母「人生で一番大事なのは、自分に正直に生きる事よ」
律「……うん」
無気力だった体に力が入っていくのが分かる。
もう自分に嘘は吐かない。
私は澪が好き。
澪とずっと、一緒に居たい…。
今からでも遅くなんてない、学校に行って正直に澪と話をしてこよう。
私はベッドから降りると、部屋を出ていく母さんの背中に声を掛けた。
44:
律「今から学校行ってくるよ!多分走ってけばホームルームまでには間に合うからさ!」
律母「そう…なら、早くご飯食べて行きなさい!」
律「あ、あとさ…」
律母「何?」
律「ありがと…」
小さな声でそういえば、私は母さんに背を向けて着替えを始めた。
「頑張ってね」
そんな呟きを確かに私は聞いた。
 ̄ ̄ ̄ ̄
45:
何とかホームルームが始まる直前に教室に辿り着く事ができた。
そっと教室の戸を開く。
私に気付いたクラスの友人達がすぐに声をかけてきた。
母さんがどうやら風邪という事で話を通しておいてくれたらしく、皆はしりきりに私の体調を心配してくれた。
その時、誰かの視線を感じた。
見ると、慌ててそっぽを向く澪が居た。
私は小さく深呼吸をすると、澪の席へと足を運ぶ。
律「おはよ!」
澪「………」
私が声をかけても、やはり澪は返事をしてくれない。
47:
構わず、私は澪の耳元で声を潜めていった。
律「今日、ちょっと話したい事があるんだけど…部活が終わった後にいいかな?」
澪「…別にいいけど」
澪の返事を聞くと、そのまま私は自分の席へ向かった。
 ̄ ̄ ̄
久々の部活が終わると、音楽室には私と澪だけが残る。
お互い喧嘩してるのを知ってか、事情を話すと皆は気を利かせてくれてそそくさと部屋から出ていった。
澪「それで…話って?」
腕を組んでソファーに腰掛けて、澪は冷めた目を私に向けてくる。
48:
拳をギュッと握ると、私は震える声で言った。
律「……澪……わ、私と…」
澪「え?……」
律「わ、私と付き合ってくれ!」
精一杯勇気を出して、自分の本当の気持ちを澪にぶつけた。
律「澪じゃなきゃダメなんだ…」
初めて出会った頃から抱いてきた感情だった。
ただ、素直な気持ちを伝えられずに照れ隠しのように私は澪をからかったりしてきた。
律「…澪以外の人と付き合うなんて考えられないんだ!」
律「それぐらい…私は澪の事、信じてるし……好きなんだ……」
50:
肩で息を切らせば、堅く閉じていた瞼を開いて…恐る恐る澪を見る。
私を真っすぐ見つめる澪の両目からは、涙が溢れ出ていた。
律「み、澪?……」
澪「ぐすっ…ひっく……ごめん……りつ……」
嗚咽をもらすと、いきなり澪は私を抱き締めた。
澪「……律に嫌われるのが怖くて……自分から律を突き放そうと思って……」
澪「悪いのは私の方なのに……ごめん、律!……」
律「……私の方こそ、叩いちゃったりしてごめん…」
澪の頭を優しく撫でてると、そのまま私は唇を重ねる。
前の時と違って、怖さも何もない。
感じたのは、胸を優しく包み込む澪に対する愛しさだけだった。
 ̄ ̄ ̄ ̄
52:
澪母「あぅぅ……」
律母「ったく、あんたは毎度毎度と飲み過ぎなのよ…」
夜中の雑踏の中で、私は酔い潰れてしまった友人を引きずる様にして歩く。
アルコールが回って頬を紅潮させた彼女は力なく顔を私の肩に預けていた。
行きつけの居酒屋で酒を飲み交わしていた私達はお互いの悩みとか、そういう事を話し合っていた。
ちょっと強めの焼酎を煽った彼女は目に涙を溜めて語り出した。
最近、澪ちゃんと喧嘩をしたらしい。
それは律が澪ちゃんの家を飛び出した日の夜の事。
53:
それは律が澪ちゃんの家を飛び出した日の夜の事。
突然、家を飛び出して行った律を見て澪ちゃんに事情を聞いた。
家の素直じゃない娘と違って、澪ちゃんは自分のした事を正直に話したそうだ。
この普段はマシュマロを人間にしたようなポヤヤンとした彼女は珍しく本気で怒った。
娘の頬に平手打ちをして、律にした行為を本気で叱ったらしい。
澪ちゃんも気難しい年頃で、当然怒った。
それから家に帰る度にお互い口も聞いてないらしい。
54:
澪母「ひっく…ぐすっ……ごめんね……ごめんねぇ……」
そんな訳で今も私の肩で絶賛号泣中というわけ。
律母「安心して…多分、あの二人ならもう大丈夫よ」
澪母「ぐすん……どうしてぇ?…」
上擦った声で聞いてくる彼女に、私は口元が緩むのを抑えようともせずに言った。
律母「ほら、私達だって昔はよく喧嘩したじゃない?」
澪母「そういえばそうね…」
律母「でも、三日以上喧嘩した時あったっけ?」
澪母「あぅ…で、でもほとんどは田井中さんの方が勝手に勘違いして起きた喧嘩じゃない…」
拗ねたような口調でそう言った。
そう、私も彼女とはたくさん喧嘩をした。
56:
そう、私も彼女とはたくさん喧嘩をした。
だって、どうしようもなく好きだったから。
同じクラスや同じ陸上部の男子生徒と仲良くしてる度に、嫉妬してた。
澪母「おかげで私…ずっと高校時代は好きな人できなかったんだから…」
律母「さて、何の事やら…」
澪母「もう!いっつもそうやってごまかすんだから!…」
私もちょっと飲み過ぎちゃったのかな…。
何だかやけに自分に素直になれて…。
私は高校時代に聞けなかった質問を口にしていた。
律母「私の事…好き?」
言ってから、酔いが覚めてしまうほどの気恥ずかしさを感じた。
私の肩にしがみついている相手は無言だった。
57:
多分、顔がだんだんと赤くなっていくのはお酒のせいだけじゃない。
私は真っ赤になった顔を隠そうと俯いた。
暫く、沈黙が続いた後…。
澪母「大好き……」
背中からそんな声が聞こえた時、胸が確かに高鳴るのを感じた。
でも、彼女の手の薬指に通された指輪を見て現実に引き戻される。
そう、彼女は親友として私を好いてくれている…。
ただ、それだけの事。
照っていた体から体温が抜けて、思考が冷静さを取り戻していく。
私にも彼女にも、旦那がいて…家庭がある。
今も私の心の片隅に残り続けている気持ちは多分、永遠に伝える事はできない。
58:
首を動かすと私の肩には、人の気も知らないでスヤスヤ眠る無防備な寝顔があった。
律母「まったく…ホントにほっとけないんだから……」
優しく彼女の髪を撫でる。
相変わらずサラサラで心地好くて、思わずもう一度撫でてしまう。
起きる気配のない友人をしっかりと支えると、私は月明かりの照らす夜道を歩きはじめた。
律、澪ちゃんを幸せにしなさいよ…
また泣かせるような事があったら承知しないんだからね。
おわり
62:
ほんとは澪が病んでバッドエンドにしようと思ったけど、最近ロクでもない澪律ばっか書いてたからハッピーエンドにしてみました
63:
おつー
面白かったよ
りっちゃん澪ちゃんは母親達の分まで幸せになってほしいね
65:
おい!
支援しようと思ったら、終わってた。今から読む。
乙!
59:
律澪の二人が幸せになってよかった乙
6

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