江戸時代のトリビア書いてけback

江戸時代のトリビア書いてけ


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1:
時代劇でよく見る大八車は軍事転用が可能であり幕府のご禁制だったので、
そこらの町民が大八車引いているような光景は実際は存在しなかった
転載元:http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1401365357/
江戸時代って意外に先進的でワロタwwwwww
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4511051.html
江戸時代の物価表おもしれえええええwww
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4320732.html
6:
参勤交代の時に「下に、下に」と言う掛け声が使えたのは徳川御三家の大名行列だけだった
なので他の藩の大名行列は「下がれー! 下がれー!」とか「避けろー! 避けろー!」とかなり直接的な文句で人をどかせていた
8:
蕎麦は音を大きく立てて啜るのが粋、というのは間違い。これには落語の影響があると思われる
そもそも蕎麦を食べることは「蕎麦を手繰る」と表現されており、江戸時代にはそもそも啜って食べるものですらなかった
15:
>>8
そもそも蕎麦が現在の形式に近くなるのは江戸末期、そして明治以降
落語で描かれる事の多い江戸中期とは全く違う
鰹出汁に醤油、砂糖で作った汁に、ネギとワサビという定番の薬味の形になるのなんて
古典落語が成立する遥か後
18:
>>15
さらに今日よく蕎麦屋でよく見られる、タレが入った容器と薬味が乗った皿がセットになっているあの器は、
平民宰相・原敬の嫁さんが旦那のために発明したものだと言われている
話はそれるけど、そもそも麺を「すする」という行為は人体の構造上、非常に高度な動きなので
外人はもちろん出来ないし、現代の日本の子どもたちにも麺を啜れない子が増えてきている
9:
水戸黄門はそんなに旅してない
11:
江戸時代の居酒屋にカウンターやテーブル席はなく、
主人から受け取った一杯の酒を手に持ち、茶屋のように座ってただ黙々と飲む場所だった
12:
伊達政宗は百万石のお墨付きを家康にフイにされたことを生涯根に持っていたらしく、
仙台藩の最高時は実質石高は六十万石なのに実質石高は百万石をゆうに超えていた
13:
昔って酒薄めて出してたんだろ?
だから酒豪の記録も怪しいもんだな
19:
>>13
酒税が酒の生産量に対して掛けられていたので
濃厚で強い酒を作って売り、酒屋はそこに水を追加して
適度な味になるように調整していたという話を誤解してると思われる
薄めて出す悪徳酒屋がいないわけじゃないが
基本的に酒は飲む段階で薄めて出すように作られていた
26:
>>19
なるほど
また聞きなんで確信ないし誤解してたわ
ウイスキーを原液じゃきついから水割りにするようなもんか
当時の度数とかわかる?
38:
>>26
20%から25%程度
これを今店頭で普通に売ってる10代前半から15%程度になるまで薄めて出すんだが
酒の味や風味はばらつきがあるので応じて美味く感じる濃度にするのが酒屋の腕の見せ所
16:
「め組の辰五郎」は、史実では「を組」
単なる火消しの親分ではなく、戊辰戦争の最中には主がいなくなった江戸城に突撃して
徳川家伝来の金扇大馬印を保護するという大手柄を取っている
22:
「大名行列を横切れるのは産婆だけ」という話があるが、実際は飛脚も横切ることが出来た
というよりも、名前も有名でない弱小藩だと、そもそも見物客が前をどいてくれない場合も度々あった
ちなみに、よく時代劇で見るように大名行列の側で平伏する必要はなく、単に道の端っこに避けるだけでよかった
28:
「斬捨御免」は現在で言う「正当防衛」に非常に近い
無礼を働かれたその場で相手を斬ったのでなければ単なる殺人扱いとされ、
さらに明確な殺意を持って殺すつもりでぶった斬ってしまうと「過剰防衛」扱いされてやはり処罰された
しかも相手に口頭で厳重注意した上で、なおかつ相手の態度が改まらなかった場合でないと「斬捨御免」が適用されない場合があった
29:
時代劇で有名な町奉行の同心はたったの臨時周りを含めて24名しかいなかった
この24名で100万都市の江戸の治安を守っていた
しかも町奉行には時代劇にあるような看板すら掲げられてなかった
30:
鉄砲鍋とは所謂フグ鍋の事だがその名前の由来は「あたると死ぬ」事にかけて
31:
平賀源内は人を殺めて獄中死
34:
みそ汁が御御御付けと呼ばれる理由は戦国時代大豆が軍馬の餌として使われていて、
貴重品だったことの名残。
35:
切腹というのは、実際に腹を切る小刀が扇子に変わっていたり、
はてまた実際に小刀で腹を切る直前に首を落としたりする場合が多かった
新撰組の鬼の副長・土方歳三がことあるごとに新撰組隊士に切腹を申し付け、しかも実際に腹を切らせていたのは、
形骸化した切腹の作法を拒否し、武家社会に挑戦するためだったとも考えられている
39:
世界で最初のファストフードは江戸前寿司。
握りずしは江戸っ子が箱寿司を作るプロセスをめんどくさがってできた。
41:
10歳くらいで嫁に行くこともあったとか
42:
江戸時代に一番農民一揆が起こったのは南部藩、今の岩手県である
江戸幕府が存在した約260年間の間に、南部領内で記録されただけでも156回の農民一揆があった
一年半に一回、どこかで一揆が起こっていたことになる
43:
画狂老人卍という謎の作家が人気を博した
48:
吉宗の目安箱はしっかりと皆将軍本人が読んだが
記名制だったので迂闊なことは書けなかった
53:
>>48
でも対応は早かったらしいぞ。
49:
江戸時代の銭湯は、湯気を逃さないために窓が極端に少なく、しかも小さかったために真っ暗だった
さらに銭湯の二階は休憩ルームとなっており、皆褌一丁でタバコを飲んだりちょっとした博打に通じていた
「裸の付き合い」というのは、どちらかというとこの銭湯の二階に由来する言葉であると言える
92:
>>49
ついでに初期は混浴
とはいえ、年頃の娘は時間をずらして入浴したり
金持ちや武家の娘は下男や下女にガードされながらはいった。
中期以降は時間帯で男女がかわり、その内完全に男女に別れるが同心などの役人は女風呂に入れた(盗み聞き捜査のため)
ちなみに湯屋の二階は有料で男限定利用だったとか
女風呂の覗き穴があった為
51:
ペリーはクジラから鯨油だけ取って本体は捨ててた
52:
江戸時代の遊郭には、当時の建築様式には珍しく、二階に便所があった
そのため「二階で便所してきた」というのは遊郭に行ってきたという意味であった
54:
主要な街道は道が荒れるから基本走るの禁止
60:
稀に「楊枝の使用後は必ず折って捨てないと化けて出る」と言い伝えられている地方があるが、
これは今のように歯をシーシーするための楊枝ではなく、歯磨き用に先を叩いて潰して房状にした房楊枝のことである
この房楊枝は遊郭で朝を迎えた場合に出されるものであり、使用後は一緒に出された丼にへし折って返すのが習いだった
61:
薬食いといって健康食として一部で食肉されてた。
彦根藩が幕府に牛肉の味噌漬けを献上したという文献がある。
63:
日本で一番最初にラーメンを食べたのは水戸黄門だっけか
あと家康は天ぷらがあたって死んだ
64:
徳川家康が天ぷらに中って死んだというのは俗説で、現在の医学的には家康の死因は胃がんだったと言われている
ちなみに言うと、織田信長は重度の糖尿病であり、秀吉はアルツハイマー病ないし脳梅に冒されていたと思われる
66:
>>64
秀吉は脚気。朝鮮から送られてきた虎を食してた。
家康の死因は天ぷらだと期間が合わない。
68:
>>64
さらに家康は自前で薬は調合する事に凝っていたため亡くなる前夜にも自分の薬が一番効くといって服用していた
72:
江戸時代は火事の原因になるという理由で内風呂は基本的に禁止されていた
風紀を乱すという理由で男女別湯になった後
町奉行の同心だけは女湯に入ることができた
79:
>>72
朝方の女が家事をしてる時間に入って
男湯での会話を盗み聞きして情報を集めてたってどっかで聞いた
73:
明智光秀の娘は細川ガラシャ
明智秀満の子孫は坂本竜馬(という説がある)
斎藤利三の娘は春日局
75:
江戸時代は地球の小氷期に当たっていたため、基本的に毎年米は不作だった
世界史的にもこの辺りの時代は重要で、欧州では農作物の不作が政治的不満を高め、
結果北半球にボコボコと近代国家が生まれるきっかけになったと言われている
76:
家康・・・鯛の天ぷら食べ過ぎて死亡。
秀忠・・・律儀。
家光・・・色白でアウトドア派。病弱体質。医者に何か言われると逆ギレ。
家綱・・・温厚な人柄で絵画や魚釣りが趣味。
綱吉・・・マザコン。
家宣・・・生類憐みの令撤廃で庶民から人気者。
家継・・・4歳で征夷大将軍。
吉宗・・・お米大好き。経費削減のために大奥の女を50人ほど解雇する際、あえて美女だけを解雇しブスを大奥に残した仕分け上手。
家重・・・言語不明瞭、精神障害。さらに排尿障害で死因は尿路感染。四六時中歯ぎしり。
家治・・・将棋が趣味(7段)。マナーが悪く、対局中に難局の場面で、待ったをして、駒を元に戻した。
家斉・・・ビッグダディ。作った子供は53人(男26人女27人)
家慶・・・生姜が大好物。ないと激怒する。
家定・・・病弱で言葉も不明瞭。お菓子作りが趣味
家茂・・・31本中30本が虫歯だった。
慶喜・・・写真撮影が趣味だったが下手だった。雑誌にもたびたび投稿したが、全然採用されなかった
78:
遠山金四郎の刺青のイメージはまったく肌を見せなかったため、
刺青をしているという噂が立ったから。
80:
火事になるとまず先に燃えた家を壊す
長い棒はそのために用いる
82:
市中引き回し中の罪人は最期の一服くらいお願いできたが
罪人「あの可愛い子、俺の妹なんだ。最期に一言話したいんだよ(´・ω・`)」
役人「よしわかった。お嬢さん、お兄さんがお別れを言いたいそうで」
町娘「えっ、あんなの全然知らない人ですけど」
役人「えっ」
罪人「やーいやーい引っかかったー(o´∀`o)」
ってことがあって役人激おこ
以後、引き回しの距離がぐっと短くなった
84:
徳川家茂はすげえいいやつ
85:
>>84
毒舌の勝海舟が徳川家茂は擁護したんだよな。
91:
マジ、ぶっちゃけ、タメなどは江戸の方言
いわゆる東京弁
93:
和算も有名だが、天文学も割と進んでた
麻田剛立という人は月のクレーターを研究したりヨーロッパより早く惑星の公転軌道を研究してた
94:
めちゃくちゃ江戸時代が平和だったというエピソード
江戸城の門の警備は仕事なくなって暇になった60代70代の武士がやることが多かった。つまりただの名誉職のようなものだった
ヨーロッパで城の門番を老人がやるというのはあり得ないだろ?
95:
生類憐れみの令ばかりが有名な綱吉、実はかなり有能だった
家柄ではなく実力を重視して側近を選んだり、それまで親が死んだりすると何年も喪に服してた風習を改めたりした
100:
>>95
生類憐れみの令も長い目で見ると日本人を平和的にしたとされていて
悪法ではなかったという説が最近出てきたな
96:
藩という用語は江戸時代にはほとんど使われていなかった
ただし長州だけは江戸時代中期から藩という語を既に使っていた
幕府は公儀と呼ばれていた
102:
飛脚は江戸・京都を通常で90時間位、達で55時間位で運んでた。
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