水銀燈は動かない『薇戻しと黒い風』back

水銀燈は動かない『薇戻しと黒い風』


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めぐ「水銀燈?っ! ちょっと、もうちょっとゆっくり歩いてよ」
水銀燈「……」テクテク
めぐ「水銀燈ってば?…」
水銀燈「…ふうっ。さっき休憩したばっかりでしょ」
めぐ「だってぇ、私は病人なのよ?」
水銀燈「幽霊になったくせに、まだ病人ぶるつもり?」
めぐ「ええっ!? 水銀燈がそれを言うのぉ? 病気のまま死んじゃった人は
  幽霊になっても病気の状態で固定されるって言ったのは水銀燈じゃない!」
水銀燈「……」
めぐ「て言うかぁ、何で水銀燈に振り回されて、あちこちnのフィールドを歩き回らなくちゃいけないわけぇ?
  もう?、マジ意味不明なんですけど?? チョベリバって感じ?! プゥよね?」
水銀燈「そんなコギャルみたいな喋り方、冗談でもするもんじゃないわ。
  それに目的なら、とうの昔に話したはずよ」
めぐ「え? そうだったっけ?」
水銀燈「やれやれって感じだわ。病気の幽霊だとか、どうでもいいことばっかり覚えていて…」
めぐ「えへえ、ゴメンゴメン」
362 :
めぐ「え!? うっそ! マジ話? それ!? やぁだ?、超ファンタジー!」
水銀燈「……」スタスタ
めぐ「ああっ! ご、ごっめーん! 茶化さないから! 続き、続きを話してぇ?」
水銀燈「…あなたが死んだことで、マスターからドール…つまり私に供給される力が減った」
めぐ「うんうん」
水銀燈「本来ならマスターが死人となった時点で契約は解除されるものだけど、私は…」
めぐ「そうそう、水銀燈はまだ律儀に私と契約しているのよね。もう、いいんじゃない?
  水銀燈はちゃんと私の命を使ってくれた。契約…約束は果たされた。
  マイスターローゼンになったジュン君に鞍替えしても、私は平気…」
水銀燈「冗談言わないで。私はあのボウヤがお父様の後釜だなんて認めない。
  槐の方がまだマシよ。それに、めぐとの約束だって果たせたのは半分…」
めぐ「半分?」
水銀燈「ともかく! 今の私、いえ私だけでなくあなたにも新たな力が必要なの。
  それは分かるでしょ? 幽霊が一人でnフィーをフラフラしてたら…。
  いくら生死の概念があいまいなこの世界でさえ、9秒前の白のような領域だってある」
めぐ「……」
水銀燈「黒庭師や野薔薇、東果の不良社員みたいな不逞の輩(※)だって何処に潜んでいるか…。
  私が今みたいに四六時中あなたと一緒にいられるわけでもない」
※水銀燈は動かない『とある野薔薇の要望』等参照
363 :
水銀燈「そうよ」
めぐ「何だか今一、話の筋道が立ってない気がするのよね…。そりゃnフィーには色々と
  びっくりドッキリ生物がいるってのは知ってるから、ドラゴンくらいいても不思議じゃないけど」
水銀燈「そうね。けどドラゴンはこのnフィーでもかなりの希少種。
  ただデカいだけの蛇やトカゲとは違う。特に私達が今、探している種族はね」
めぐ「へ?、特別なドラゴンなんだ。それ、どんな竜なの?」
水銀燈「私よりもあなたの方がよく知ってるかもね」
めぐ「私にドラゴンの知り合いなんていないわよ?」
水銀燈「ジャバウォック」
めぐ「…!」
水銀燈「流石に、こっちは少しは覚えているようねぇ?」
めぐ「うん」
水銀燈「ジャバウォックは真紅達に倒されたけれども、その後に二度、私はジャバウォックに遭遇している」
めぐ「え? 本当!?」
水銀燈「お父様が作った不思議の迷宮の宝の番人、いえ番竜か…。
  それと世界樹の根元に棲みついて、夢見人達のアストラルを啜っていた黒竜(※)」
※薔薇乙女のうた『こんにちは赤ちゃん/不思議のダンジョンのアリス』
※水銀燈と竜の骸に湧く蝿 参照
364 :
めぐ「そうだったんだ」
水銀燈「ラプラスの魔が仕組んでいたこととは言え、ジャバウォックの母親はあなたよ、めぐ」
めぐ「……」
水銀燈「つまり、あなたが生きていた頃にばらまいた絶望の欠片という種が育っている。その力を回収する」
めぐ「回収?」
水銀燈「まあ、具体的には私達のペット、下僕にするって腹づもりなんだけどね」
めぐ「ドラゴンを私のボディガードにするってこと?」
水銀燈「そういうこと。これほど心強いガーディアンはいないでしょ」
365 :
水銀燈「迷宮の番竜は消息不明。お父様かラプラスの魔なら居所を知っているでしょうけど
  それを頭を下げて教えてもらうのは、あまり面白くない」
めぐ「お父様、ローゼン相手でも?」
水銀燈「……」
めぐ「ごめん。ちょっと意地悪を言っちゃった。じゃあ、黒竜は…?」
水銀燈「あれはもう私が見つけた時には死んでいた。黒竜の正体がジャバウォックだと
  他者にばれたら後々、厄介になるかもと思って燃やしておいたんだけど…
  こうなると分かっていれば死体を隠して、保管しておくべきだったわ」
めぐ「それで、今は新しい四匹目のジャバウォックを探しているというわけね」
水銀燈「ええ」
366 :
めぐ「えっ?」
水銀燈「薔薇水晶!」
めぐ「な、なんで急に薔薇水晶がここに」
水銀燈「待ち伏せ? それともずっと尾行して…?」
薔薇水晶「どちらでもありません。ただ、あまり大声で喋りながら歩かない方がいいのでは」
水銀燈「…私達に何の用よ」
薔薇水晶「いえ、お土産を持ってきただけです。私、お父様と温泉旅行に行ってきましたので」
水銀燈「お土産ぇ?」
薔薇水晶「はい。いつもお二人がいる廃墟の街へ行っても、もぬけの殻」
水銀燈「だから、この距離をずっと追いかけてきたっていうの? 馬鹿じゃなぁい」
薔薇水晶「自慢ではありませんが、私の脚力はローゼンメイデンを基準に作られていますので
   水銀燈あなたが地面の上にいる限り、いずれ追いつけると思っていました」
めぐ「お土産ひとつで、本当、生真面目ね薔薇水晶って」
薔薇水晶「賞味期限の長くない物でしたので…出来るだけ早めに渡したかったのです。どうぞ、お饅頭です」
水銀燈「ふんっ、ま、くれるってんなら貰っておくわよ」
めぐ「あ、私も私も。ちょうど、お腹減ってきてたところだったんだ。
 何日も歩きっぱなしなのに、水銀燈ったらロクに食べ物を…」
水銀燈「幽霊は食べなくても死にはしない。第一、あなたは生きてた時だって…」
めぐ「あーあー、聞こえなーい」
水銀燈「ちっ」
薔薇水晶「…ふふっ」
水銀燈「薔薇水晶」
薔薇水晶「失笑でした水銀燈」
367 :
めぐ「いやー、食べながら歩くのって行儀悪いけど楽しいわねぇ」ボロボロ
水銀燈「饅頭カスをこぼしまくってるわよ、めぐ。雛苺じゃあるまいに」
めぐ「あ、いや、これはその…ヘンゼルとグレーテル的なあれで」モグモグ
薔薇水晶「結局…役に立たないってことですよね、それって」
めぐ「うっ…」
水銀燈「て言うか薔薇水晶、何であなたがちゃっかり同行しちゃってるのよ?」
薔薇水晶「邪魔ですか?」
水銀燈「邪魔よ」
薔薇水晶「つれないことを。昔はアリスゲームで共に手を組んだ仲でしょう?」
水銀燈「いつの話をしてんのよ、いつの。…どうせ聞かれていたんだから
  隠すつもりはないけど、ジャバウォック探しにあなたが一緒にいるのは少し困る」
薔薇水晶「…シュバルツヴァルト(黒い森)」
水銀燈「ッ!?」
薔薇水晶「あなた達お二人の目的地ですよね? シュバルツヴァルト(黒い森)には
   シュヴァルツェア・ヴィンド(黒い風)が吹いているとの噂があります。
   黒い風こそは、ジャバウォックの一形態であるとも聞き及んでいます」
水銀燈「よく調べてるじゃないの。やっぱり、あなた最初から私達の…」
薔薇水晶「いえ、私はお父様の書斎で黒い森に関する文献を読んだことがあるまで。
   黒い風とジャバウォックの関係性については、先ほど水銀燈の話を受けてです」
水銀燈「どこまでが本当の話なんだか」
めぐ「いいんじゃないの。薔薇水晶にも手伝ってもらえば」モシャモシャ
水銀燈「…バカルテット(金糸雀・翠星石・真紅・雛苺)や末妹の手を借りるよりはマシか。
  と言うか、めぐ、あなた一人で全部の饅頭を食べきったわね」
めぐ「え? 水銀燈も食べたかった?」
368 :
水銀燈「さて、お目当ての黒い森に到着よ。早だけど、めぐ何か感じない?
  あなたとジャバウォックの間には絆があるはず。だから連れてきた」
めぐ「うーん、そう言われれば、何かこう…さっきから、お腹にずしんと来るものを感じるわ」
薔薇水晶「…それは膨満感です柿崎めぐ」
水銀燈「ちっ」
ガサッ
水銀燈「ッ!? 誰!? そこに隠れているのはッ!」
薔薇水晶「ッ!?」
369 :
めぐ「…子供?」
水銀燈「子供だろうと関係ない! 誰よアンタ! 私達のことをそこに隠れて見ていたでしょ!」
子供「いや! あ、あの…オラは」
水銀燈「返答次第では容赦しない…」
子供「!?」びくっ
薔薇水晶「水銀燈、子供相手に凄むなど大人げないですよ」
水銀燈「……」
薔薇水晶「柿崎めぐのこととなると余裕がなくなるのはあなたの悪い癖です」
水銀燈「く…」
子供「え、えと?」
薔薇水晶「怖がらせてごめんなさい、ボク。私達は…旅の者で…あらっ? 君、足に怪我を?」
子供「え、と…。これ、さっき木の枝で切って」
薔薇水晶「そうですか。私、ちょうど少し薬の持ち合わせがあります。さあ傷を見せてください」
子供「で、でも…」
薔薇水晶「悪いバイキンでも入ると大変ですよ? さ、遠慮せず、こちらに来て」
子供「うん…」
370 :
めぐ「もう?、水銀燈ったら、すぅぐそういうこと言っちゃう…」
薔薇水晶「軽く消毒をしてから、薬を塗ります。少し沁みますよ?」
子供「…ッ!」
薔薇水晶「我慢です。男の子でしょ?」
子供「……」
薔薇水晶「はい、これで大丈夫です。泣きませんでしたね、偉かったですよ」
子供「ありが…とう、お姉ちゃん」
めぐ「けど、薔薇水晶もよくnのフィールドに住んでる人間用の傷薬なんて持ってたわよねぇ」
薔薇水晶「お父様が色々と持たせてくれたのです。nフィーを遠出するなら何があるか分からないから、と」
子供「じゃ、じゃあオラはこれで…」
薔薇水晶「待ってください」
子供「?」
薔薇水晶「君はこの近くに住んでいるのですか? 親御さん等は…?」
子供「住んでるのはすぐそこだ。おかあは病気で…おとうが薬草を取りにこの森に入った。
  けど、全然おとうが帰ってこないから…オラ」
薔薇水晶「…!?」
水銀燈「ちょっと薔薇水晶、どこまでこのガキに御節介を焼く気よ? あなたってそんな親切キャラだった?」
薔薇水晶「水銀燈こそ、そんな冷血キャラでしたか?」
水銀燈「わ、私は用心しているだけよ、ただ…」
薔薇水晶(この少年が何者かだと怪しんでいるのならご安心を。傷口を見た時に調べました。
   正真正銘、nフィーに住まう人間の血と肉です。未知の野薔薇等ではありません)
水銀燈「……」
めぐ「それにこの子のお父さん、薬草取りにこの森に入るぐらいなんだから
 黒い森については結構詳しいんじゃない? 黒い風のことだって知っているかも」
薔薇水晶「…ですね」
水銀燈「はいはい。これ以上ごねたら私が完全に悪者ね」
子供「え、と…お姉ちゃん達?」
薔薇水晶「ああ、ごめんなさい。私達も君のお父様を一緒に探します」
子供「本当!? ありがとう!」
薔薇水晶「はい。それでは行きましょう。早く見つけないと」
子供「うんっ!」
371 :
水銀燈「あのねぇアンタ、んなもん見つけてないで、この子のパパを探しなさいよ」
めぐ「え、あ、うん…。でも、珍しくない? こんな時節に」
子供「この黒い森にいるセミは特別なんだって、おとうが言ってたことある」
めぐ「ふぅん。あ、見て水銀燈、このセミの抜け殻、背中の割れ目が水銀燈と同じ逆十字よ。お揃い、お揃い!」
水銀燈「めぐ…っ!」
めぐ「ご、ごめん! 大丈夫よぉ、ちゃんと人も探しているから」
薔薇水晶「逆十字の割れ目…? 確かに珍しいですね、それは。普通は縦一文字に割れているはずなのに」
水銀燈「薔薇水晶、アンタまでこの話題に食いつかないでよ…」
薔薇水晶「それにセミの鳴き声も全然しない、これは一体?」
子供「この森にはメスのセミしかいないんだって、これもおとうが言ってた」
薔薇水晶「……」
372 :
子供「うん。おかあ、ずっと病気で寝ている。けど、年に一度ひどくなって全然動かなくなる。
  そしたら、おとうが森に入って薬草を取ってくるんだ。
  それを飲ませると、おかあはまたちょっとだけ動けるようになる」
水銀燈「……」
薔薇水晶「君のお父様はお医者様なのですか?」
子供「ううん、違う。けど、おとうは昔、庭師連盟にいたんだ」
薔薇水晶「昔…ですか」
めぐ「今は違うの?」
子供「おかあが病気になって、庭師の仕事ができなくなったんだって。
  それで治療のためにもってことで、薬草の採れる森の近くに引っ越してきたんだ」
薔薇水晶「……」
水銀燈「薔薇水晶? ちょっと険しい表情になってるわよ?
  庭師連盟の名前が出てきて、急に緊張でも? あなたらしくない」
薔薇水晶「いえ、そういうわけではない…のですが」
めぐ「?」
薔薇水晶「とにかく今は、この子のお父様を見つけるのが先決です。全てはそれから」
373 :
薔薇水晶「!?」
めぐ「あ! 男の人!」
水銀燈「て、ことは、こいつが!」
子供「おとう!」
父親「お、お前? どうして、この森は危険だから入るなって…!」
子供「だって、おとうが! おとうが全然帰ってこないから!」
父親「そうか、心配かけてしまったのか。悪かった、…薬草がなかなか見つからなくて。
  ん? どうした、お前その足? 包帯…?」
子供「ちょっと怪我したんだ! でもお姉ちゃんが、これを…」
父親「ええ!?」
薔薇水晶「軽い擦り傷でした。包帯は念のためです」
父親「そ、そうだったんですか。息子がお世話になり、感謝の言葉もありません。
  それどころか先ほどは大声を出してしまって申し訳ない」
薔薇水晶「いえ、気にしていませんわ」
父親「そう言ってもらえるとありがたい。ところで、あなた達は…?」
薔薇水晶「旅の者です。薔薇水晶と申します」
めぐ「柿崎めぐです」
水銀燈「…水銀燈」
父親「そうでしたか」
薔薇水晶「要らぬお世話かもしれませんが、早く奥方に薬を届けられた方が良いのでは?」
父親「…息子から聞いたのですか?」
薔薇水晶「すいません。家庭の事情に立ち入るつもりではなかったのですが…」
父親「いや、それほど隠し立てするようなことでも…。 それに薔薇水晶さんの言う通り早く帰らなくては。
  そうだ、薔薇水晶さん達も一緒にどうです? うちでなら、ちゃんとしたおもてなしもできますし」
子供「オラも! オラも薔薇水晶お姉ちゃんにおもてなしがしたい!」
薔薇水晶「…では、お言葉に甘えます。実は私達もあなたに聞きたいことがありますので」
水銀燈「……」
めぐ(薔薇水晶が一緒に来てくれてよかったわよねぇ。
  水銀燈って、こんな風に他人とコミュニケーションとれないでしょう?)
水銀燈(…うるさい)
374 :
父親「汚い家ですが、自由になさってください。俺は早、奥で寝ている妻に薬を…。
  おい、お前、お姉ちゃん達にお茶を」
子供「うん!」
薔薇水晶「あ、おかまいなく」
水銀燈「……」
子供「いいからいいから! お姉ちゃん達は座ってて!」
めぐ「……」
父親「では少し失礼します」
375 :
薔薇水晶「手馴れていますわね。家事は良く手伝うので」
子供「うん。料理や洗濯はオラの仕事だ。おかあはずっと病気だから
  動ける時もオラとちょっと遊んでくれることぐらいしかできないんだ」
めぐ「いい子なのね、君は」
子供「そうなの?」
めぐ「ええ、いい子よ。君は本当に…」
水銀燈「……」
薔薇水晶「…よくありませんね、これは。あまり」ボソッ
水銀燈「何か言った? 薔薇水晶?」
薔薇水晶(水銀燈、あなたの瞳力でこの子がお茶を用意し終わった後に眠らせてやってくれますか?)
水銀燈(え、ええ。それぐらい容易い。けど、どうしてそんな真似を)
薔薇水晶(この子の父親と大事な話がありますが…子供の前では言いにくい)
水銀燈(ふーん…何だか知らないけど面白そうじゃない。分かったわ)
376 :
薔薇水晶「いえいえ、それより奥様は?」
父親「おかげさまで回復の兆しが…て、あれ?」
子供「…zzZ」
父親「やれやれ、お客様の前で寝るなんて…」
水銀燈「この子はわけあって眠ってもらっただけよ」
父親「それは…? 一体どういうことで?」
薔薇水晶「あなたはかつて庭師連盟に属していたそうですね」
父親「え? ええ。それも息子から?」
薔薇水晶「はい。実は私も正式な連盟員ではありませんが、庭師連盟にはお世話になっています」
父親「そう…でしたか」
377 :
   僭越ながら…私に奥様を診せていただけないでしょうか」
父親「息子のことは感謝しているが、妻のことまでお世話になるつもりはない。
  俺は今の生活で充分に満足しているんだ」
薔薇水晶「では後学のために、今日…黒い森で採られたという薬草だけでも見せてもらえませんか」
父親「薬草はもうない。妻に全て飲ませてしまった」
薔薇水晶「それは少しおかしいですね。普通、予備も採取するはずでは?」
父親「保存がきかないタイプの薬草なんだ」
薔薇水晶「なるほど、筋は…通っています」
父親「……」
めぐ(何か急に少し険悪な雰囲気なんですけど。黒い風のことを聞くんじゃなかったの?)
水銀燈(しっ。めぐ、ここは薔薇水晶に任せるのよ)
378 :
   もし、この推測が間違っていたら私達はすぐにこの場を去りますので、お許しを」
父親「?」
薔薇水晶「…逆十字の空蝉」
父親「ッ!?」
薔薇水晶「あなたが奥様に与えたのは薬草ではない。背が逆十字に割れている空蝉…抜け殻ですね?」
めぐ「逆十字の抜け殻って…? 黒い森で私が見つけた…あれ?」
水銀燈「……」
父親「……」
薔薇水晶「間違っているのであれば、そう仰ってください」
父親「……」
379 :
父親「……」
薔薇水晶「…何年前からです?」
父親「五年前、この子が生まれてすぐのことだ」
子供「…zzZ」
薔薇水晶「奥様が亡くなられた」
めぐ「えっ!?」
水銀燈「……」
父親「死んでなんかいない! 産後の肥立ちが悪くて体調を崩しているだけだ!」
水銀燈「ちょっとぉ、大声出すと子供が起きちゃうわよ? お父様?」
子供「…zzZ」
父親「く…」
めぐ「どういうことなの? あの逆十字の抜け殻が一体…?」
父親「薇戻し(ゼンマイモドシ)…だ」
水銀燈「薇戻し?」
薔薇水晶「庭師連盟のデータベース内にも登録がある虫です」
めぐ「特別な能力のあるセミなの?」
父親「いや、薇戻しはセミじゃあない。メスのセミだけに寄生する特殊な虫だ。
  寄生されたセミの見分け方は単純。抜け殻の背が逆十字に割れていること」
380 :
薔薇水晶「いえ、薇戻しは宿主が羽化しても抜け殻に籠ったままです」
めぐ「えっ! じゃあ私が拾ったあの抜け殻の中にも寄生虫が!?」
薔薇水晶「小さな細い糸状の寄生虫なので肉眼でそれを捉えることは難しい。
   だから、この方も奥様にセミの抜け殻ごと服用させていた」
水銀燈「それを飲ませれば死人が生き返るとでも言うの?」
父親「……」
子供「…zzZ」
薔薇水晶「この子の話を聞く限りでは、かろうじて…というところでしょうね。
   しかし、それは死んでいないだけで生きているとはとても言えない」
めぐ「……」
381 :
   しかし、その生態は自然なセミとは一線を画す」
父親「ああ、そうだな。あれは毎朝、羽化する」
水銀燈「?」
薔薇水晶「日の出とともに羽化したセミが、日の入りとともに抜け殻に戻ってくるのです。
   そして抜け殻を再び被り、幼虫になって地面の下に潜る。そして朝が来れば、また…」
めぐ「そんなセミが…」
父親「セミが特殊なんじゃあない。薇戻しだ。薇戻しがそうさせている。
  宿主を奴隷にして、吸わせた樹液を夜に地面の下で自分の栄養へと転化する」
薔薇水晶「薇戻しが地上と地下を行き来する目的は完全には解明されていません。
   ただの栄養摂取が目的なら、地下だけで事足りているはず…。
   そして薇戻しに寄生されたセミは死ななくなる。いえ、死を許されなくなる」
めぐ「死が…許されない?」
水銀燈「要はセミがゾンビになってしまっているってことでしょう。
  ワタハミ(※)と似たような寄生虫ね。nのフィールドはこんな生き物ばかりか」
※薔薇乙女のうた『ある野薔薇とワタハミの樹』 参照
382 :
父親「だが、俺の妻は…」
薔薇水晶「年に一度、強制的に薇戻しを与えて、かろうじて動いているだけの人形」
父親「…ッ!」
めぐ「ば、薔薇水晶…」
父親「……」
薔薇水晶「奥様に…会わせていただけますね?」
父親「ああ…」
383 :
母親「うー…あー…」
父親「起きてたのか、ほらほら布団をしっかり被りなさい。体に障る」
母親「おー…」
薔薇水晶(呻くだけか…しかし呼吸はしている。見たところ脈拍も体温もあるようだが)
水銀燈「……」
めぐ「……」
父親「俺は…どうすればいいと思う?」
薔薇水晶「もう一度言いますが…奥様は既に死んでいます。今、動いているのは寄生虫がそうさせているだけ。
   それも本来の宿主ではない肉体に宿らされてのイレギュラーな反応。もって、また一年。
   ひょっとして奥様が動かなくなる時期が来るのはだんだんと早くなっているのではありませんか?」
父親「なんとかならないのか」
薔薇水晶「死者は安らかに眠らせてあげるべきだと私は思います」
父親「……」
384 :
   この灸を奥様に嗅がせれば、薇戻しは体内から出ていくでしょう」
父親「ま、待ってくれ! そうだ! もう一年! この一年だけは大目に見てくれ! もう薇戻しを飲ませることはやめる」
薔薇水晶「一年も一晩も同じです。やると決めたなら今やらないと」
父親「頼む、この通りだ! あいつだってまだ母親が恋しい時期なんだ!」
薔薇水晶「子供を言い訳に使うのはやめて下さい」
父親「ッ!」
薔薇水晶「お子さんは、あなたを心配して森の中まで探しに来たのですよ。
   子供は時に、残酷ながらも正しい決断をします。彼は母親よりも父親を必要としています」
父親「……」
薔薇水晶「奥様をよく見てごらんなさい。ただ呻くだけの彼女が、子供の遊び相手の真似ぐらいしか
   できない彼女が母親と言えますか? 彼を立派に育てることが出来ますか?」
父親「う、うう…」
薔薇水晶「あなたも決断しないといけません。死んだ妻か、生きている息子か」
父親「そんなの…子供が大事に決まっているだろう! 妻だって、言葉が喋れれば
  自分よりも子供を選んでくれと言うさ! 俺と妻の立場が逆だったとしてもそうだ!」
薔薇水晶「だったら…」
父親「けど今は! 今だけは! もう一年、いや半年だけは待ってくれないと駄目なんだ!」
薔薇水晶「…?」
父親「頼む…見逃してくれ。あと少しだけ。今、妻には…」
めぐ「?」
385 :
父親「……」
水銀燈「…!」
めぐ「妊娠っ!? で、でも、妊娠してるってことはつまり、その…」
父親「疑うのなら妻の腹に触れてくれていい。はっきり分かるはずだ」
薔薇水晶「いえ、嘘でないことはあなたの眼を見れば分かります」
父親「薔薇水晶さん…」
薔薇水晶(しかし…妊娠!? 薇戻しが寄生させられているとはいえ、母体は屍。
   それが子を宿したと? なら、その子は…!?)
父親「せめて腹の子が生まれてくるまでは…」
薔薇水晶「……」
父親「頼む」
薔薇水晶「く…」
386 :
父親「!」
薔薇水晶「この虫下しの灸は念のため置いていきます。もし必要だと感じたなら…その時にお使いください」
父親「すまない。恩に着る」
薔薇水晶「私達はもう発たせていただきます。息子さんにはよろしくと…」
父親「ああ、分かった」
めぐ「え? ちょっ、薔薇水晶…」
水銀燈「ほら、いいから。行くわよ、めぐ」
父親「本当に世話になった。…ありがとう」
薔薇水晶「……」スッ
父親「…ん? なんで灸を二つ置いて行くのです? 種類が違うので?」
薔薇水晶「いえ、どちらも同じ薬灸です。しかし、二つ使うことがあるかもしれない」
父親「何故?」
薔薇水晶「生まれてくる子が…人の形をしているとは限りませんので」
387 :
水銀燈「ふ、小気味良い捨て台詞だったわねぇ。あの男の最後の顔ったら…」スタスタ
薔薇水晶「そういうつもりで言ったわけでは…ありません」テクテク
水銀燈「ああ、そう」
薔薇水晶「私は、ただあの家庭を破壊しただけなのかも。父親に対して『子供を言い訳に使うな』と
   言っておきながら私は…その子供をダシに彼に決断を迫った」
水銀燈「どうせあの家庭は放っておいたとしても近いうちに壊れていたわよ。もっと凄惨な形でね」
薔薇水晶「水銀燈…」
水銀燈「やるだけやってから後悔するだなぁんて、薔薇水晶も随分と神経がか細くなったと言うか何と言うか…」
めぐ「ねえ! ちょっとぉ! 二人とも…! 待ってってば!」
水銀燈「何よぉ、もう? のろまな子は嫌いよ?」
めぐ「そうじゃなくて! 黒い風のこと! 全然あの人に聞かなかったけど、いいの?」
水銀燈「……」
薔薇水晶「……」
388 :
薔薇水晶「……」
水銀燈「どうすんのよ薔薇水晶?」
薔薇水晶「今から戻ってあの父親に聞いてきます」クルッ
めぐ「ええっ! 家の中をあんな空気にしておいて!?」
薔薇水晶「はい」スタスタ
水銀燈「前言撤回。アンタはかなり図太くなったわぁ…」
この後、父親に黒い風について尋ねるも単なる噂以上の情報は得られず
結局ジャバウォックの手がかりは掴めないまま帰路に向かうこととなる三人であった。
水銀燈は動かない『薇戻しと黒い風』 完
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- アントンメイデン
- 真紅「ジュン、相談があるのだけど」
- 水銀燈「出してぇ! ここから出してよぉ!」
2014/04/20(日) 16:05:19コメント(13)ユーザータグ ローゼンメイデン -->
コメント
※110123 :-:2014/04/20(日) 16:20:56なんとなくだけど綿吐の話を思い出したな
それにしても小説版まで絡めてくるとは・・・※110124 :-:2014/04/20(日) 16:34:46新たなロゼリオンの可能性…か?
黒竜の遺骸を薇戻しで蘇生できる(確信)※110125 :-:2014/04/20(日) 16:36:06妖怪六壁坂みたいな流れと言いばらしーの捨て台詞と言い、何とも良い雰囲気だ※110126 :-:2014/04/20(日) 16:36:22このコメントは管理人のみ閲覧できます※110127 :SLPY:2014/04/20(日) 16:49:12※110126さんへ
黒い風(シュヴァルツェア・ヴィンド)表記は同名のローゼンメイデンノベライズ作品が元ネタであるためです。
ドイツ語発音に従うのであればシュヴァルツェア・ヴィン「ト」なのは御指摘の通りですが
元ネタ小説の表紙ではSchwarzer Windにシュヴァルツェア・ヴィンドのルビがふられているため、そちらを採用しています。※110129 :110126:2014/04/20(日) 18:55:22元ネタのルビがそうだったのか……これは失礼を
ケツ差し出しますから許してください※110132 :SLPY:2014/04/20(日) 19:27:23元ネタのルビが敢えてそうしているのか、ただ間違えているのかは分かりませんが
私も指摘されるまでヴィントの方が独語に忠実だとは知りませんでした。
だけど、とりあえずケツ穴は貰っておきますね。※110133 :-:2014/04/20(日) 19:37:50とうとう本性を表しやがったなホモ野郎め! 
これから毎日ローゼンSSとネタスレを書かせてやるから覚悟しておけ!※110134 :-:2014/04/20(日) 20:20:18貰っておくのか…(困惑※110135 :-:2014/04/20(日) 21:27:31やっぱりホモかよォ!※110139 :-:2014/04/20(日) 23:48:50SLPYはホモ(確信)※110142 :-:2014/04/21(月) 10:26:34やっぱりホモじゃないか(戦慄)
「人の形をしているとは限りませんので」でハガレンを思い出した
久々にダークな雰囲気の話だな※110145 :
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ジョジョリオン #031 ウルトラジャンプ 2014年 05月号分感想ベラー通常版を書店で買ったら定助の絵入り封筒に入ったショッピングバック?がついてきたョ水銀燈は動かない『薇戻しと黒い風』折角シリアスでクールな銀様ばらしー回だったのに、※欄で無茶苦茶じゃないか……
アニメの中で衣装の色が変わるのは荒木先生がイラストとかでも自由に変えてるし、そのうちフ
ホモじゃないよ
> 料金以下云々のシーンはハンバーグだったような・・・間違ってたらお尻さしあげます管理人
じゃあ間を取ってハンバーグスSLPY水銀燈は動かない『薇戻しと黒い風』やっぱりホモじゃないか(戦慄)
「人の形をしているとは限りませんので」でハガレンを思い出した
久々にダークな雰囲気の話だな
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