ひき娘「け、ケーサツ呼びますよっ」back

ひき娘「け、ケーサツ呼びますよっ」


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2:
----------------------------------
 一日目 ひき娘の部屋前
 こんこんこん
ひき娘「開けません。
 泥棒さんはお引取りください……っ」
男「わたしは泥棒ではありませんよ。
 まったく、顔を見ていきなり逃げ出されると、
 案外傷つくものですね……。
 御家族から話をされていませんか?
 今日から家庭教師が来ると」
ひき娘「き、聞いてないですっ。
 とにかく、そんなウソを言ってもダメです。
 今ならまだ無かったことにするので、
 お引取りくださいっ」
元スレ
ひき娘「け、ケーサツ呼びますよっ」
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3:
男「そう云われましても。
 よく考えてください。
 鍵がかかっていた玄関の扉を開いて、
 堂々と入ってきたんです。
 いきなり出くわして驚かれたでしょうが、
 もしわたしが泥棒であれば、
 もう少し行動を考えているはずですよ」
ひき娘「……堂々とした泥棒さんかも」
男(確かに。白昼の住宅街では、
 ピッキングなどの技術に自信があれば、
 帰宅するような自然さで侵入するらしいですね。
 あながち穿った意見ではありませんが、
 立場を悪くしても意味がありません)
4:
男「そんな人がいないとは、まあ言えませんが。
 では、ひき娘さん。
 わたしがひき娘さんのお名前を知っているという事で、
 わたしへの不信を解いてもらえませんか」
ひき娘「家の表札に、
 削ってなければ私の名前があるはずです」
男「……そういえば、眼にした気がしますね」
ひき娘「それに、今更家庭教師とか変ですよ。
 私がひきこもり始めたのは二年も前ですもん!
 いまさら学校に行くとか、ムリですよ」
男「しかし、間にカウンセラーが来ませんでしたか?
 お母様から、三人ほど過去にカウンセリングをしたと、
 そのように聞いていますが」
ひき娘「……それは、確かに何度か。
 カウンセラーさんは来ましたけど」
5:
男「しかし、結局ひき娘さんは扉を開かず、
 通ってきていたカウンセラーも帰してしまった。
 違いますか?」
ひき娘「……はい」
男「そこで、ひき娘さんのお母様から、
 今すぐに部屋から出てきてもらう事より、
 いざ出たときのために、
 最低限の学力を維持して欲しいというご依頼があり、
 わたしがこうして出向いてきました」
ひき娘「それは、お母さんが考えそうだけど……」
男(わたしも一応カウンセラーとしての、
 資格は持っていますが。
 ここは普通に家庭教師としたほうが、
 抵抗は少ないでしょうね)
6:
男「であれば、わたしがひき娘さんの家庭教師と、
 信じていただけますね?」
ひき娘「……少しですけど」
男「今のところ、警察を呼ばれなければ構いませんよ」にこっ
ひき娘「それで、その――」
男「申し遅れました。
 わたしは男と云います。
 この近くの塾で中高生を対象として、
 文系科目を中心に学んで貰っています。
 良ければ、名刺でもいかがですか?」
ひき娘「えっと……
 それじゃ、扉の下から、お願いします」
男「はい、どうぞ」すっ
7:
ひき娘「確かに、塾と家庭教師ってありました……」
男「もちろんです。
 信用していただけたのなら、
 扉、開けてくれませんかね?」
ひき娘「はい……って、ソレとこれとは、関係ないですっ」
男「ドサクサにまぎれてみましたが、
 開けていただけませんか」
ひき娘「ダメです」
男「では、少し大変ですが、
 今日の授業は扉越しに行いましょうか」
8:
ひき娘「その、本当に家庭教師さんなんですか?」
男「はい。ですから、勉強をしましょう」
ひき娘「……」
男「何やら、にらまれているような気配がしますね」
ひき娘「……」
男「今度は少し泣きべそをかいているような」
ひき娘「もしかして、見えていませんか?」
9:
男「まさか。
 長く教師を続けていると、
 それなりにそうした空気が分かるものです」
ひき娘「……そういうものなんですかね?」
男「はい。そういうものです。
 では、まず第一歩として。
 扉の前に教材を置いて、少し距離をとるので、
 回収して、勉強できる状態になってください」
ひき娘「その、勉強は苦手なんです……」
男「得意にするのが私の役目です。
 大丈夫ですよ、優しく教えて差し上げます」
10:
 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
男「ふむ……少し意外ですね」
ひき娘「何が、ですか?」
男「とりあえず、どの程度までさかのぼる必要があるか。
 それを判断するために、今のテストを受けてもらいました」
ひき娘「……」
男「ひき娘さんが学校に通わなくなった頃の生徒さん、
 中学二年生を対象とする全国模試の過去問題です。
 正確な統計とはなりませんが、
 その得点でおおよその得手と不得手、
 そして学力が分かるわけです」
ひき娘「その、どう、でした?」
男「そうですね。
 まだ足場を固めたい部分はありますが、
 総じて悪い評価ではありません。
 むしろ、ブランクを考えれば大変よく出来ているでしょう」
11:
ひき娘「……よかったです」
男「これで勉強が苦手と言ってしまっては、
 立つ瀬が無い人もいますよ」
ひき娘「その、本当に苦手で。
 でも、その、やることもなくて」
男「退屈しのぎに、ですか。
 では、多少宿題が多くても、大丈夫ですね」めもめも
ひき娘「……それは、ちょっと」
男「大丈夫ですよ。
 無理な事は要求しません。
 ひとまず今日はこれで終わりにしましょう。
 実は、十七時からは塾でわたしの授業がありまして……
 ひき娘さんのための勉強メニューを組むため、
 今回のテストは持ち帰らせてもらいます。
 次回には、採点と赤ペンを入れて御返ししましょう。」
13:
ひき娘「……もしかして、少し」
男「車で来ているので、大丈夫ですよ。
 しかし、今日はこれで失礼しますね」
ひき娘「あ、はい」
男「そうそう、宿題ですが。
 次回は明後日ですからね。
 それまでに、英語のドリルは終わらせてください。
 数学も、基礎編を終わらせてください」
ひき娘「……え、その、終わらせる?」
男「はい。大丈夫ですよ。
 大した量ではありません。
 ほどよい努力で達成できる量です」
ひき娘「その、ムリだと思うんですけど……っ」
男「わたしは結果重視主義ですが、
 努力すればその分実力はつきます。
 がんばってください」にこっ
 とことことこ
15:
----------------------------------
 一日目 ひき娘の部屋
ひき娘「ふはっ」
ひき娘「……こんなに喋ったの、
 久しぶりで、喉、痛いかも」
ひき娘「気がついたら、
 案外普通に話してた、かな?」
ひき娘「お母さんとも、
 最低限しか話さないのに」
ひき娘「……男先生」
ひき娘「丁寧な人?
 でも、怖そうな人」
ひき娘「顔、ちゃんと見えなかったな」
ひき娘「優しそうだといいけど」
ひき娘「笑顔の優しい人は、すき」
ひき娘「……」
16:
ひき娘「でも、やっぱり」
ひき娘「外には、出たくない」
ひき娘「勉強は、いいけど。
 学校とか、友達とか、先生とか、
 まだ、怖いよ」
ひき娘「もう、外には出たくない」
ひき娘「痛くて。
 辛くて。苦しくて。怖くて。
 外には、いいことなんて、何にもないもん」
17:
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 一日目 男の車
 ぶろろろろ
男(ひきこもりの子に授業なんて、
 初めての体験で、戸惑いますね)
男(いきなり警察を呼ばれそうになるとは、
 さすがに思っても居ませんでした)
男(しかし、そうしたアクシデントを除外しても、
 簡単には済まないようですね)
男 ぺらり
18:
男(ひき娘さん、今年で十六歳。
 保護者は母親のみ。昼は仕事。
 中学二年で不登校に。
 以来、部屋からも出てこない)
男(これしか情報が無くては、
 作戦の練りようもない。
 どうして引きこもってしまったか。
 せめて趣味や好きな食べ物でも分かれば……)
男(非効率的でいまいち不本意ですが、
 完全にゼロから親しくなるしかないですか)
19:
男(しかし、その点を除けば、
 大人しく、利発で、
 勉学への忌避感などは感じられません。
 他の生徒さんたちよりは、
 幾分か伸びやすい気がしますね)
男(難しい子ですが、
 ソレを疎んでは教師として立ち行きません)
男(嫌われない程度に、
 がんばるとしましょうか)
男(ひとまず、中学二年生までの復習と足場固め。
 普通の生徒と違って、
 時間つぶしとしてドリルなどをやるような、
 パズルとして楽しんでくれる雰囲気がありますからね。
 焦りは禁物ですが、それなりに早く終わるでしょう)
男(それが終わる頃には、
 もう少し距離を縮めておきたいものです。
 廊下での授業はさすがに寒いですし、
 お尻も、腰にも負担が厳しい……)しみじみ
20:
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 一日目 TL:sugomori
sugomori 今日、久しぶりに、
 私にお客さんが来ました。
 どうやら、明後日また来るみたいです。
kuro sugomoriに、お客さん?
 そんな話題が出たの初めてよね。
 どんな人?
sugomori 顔は見てないです。
 っていうか、kuroさんは私がひっきーって、
 知ってるじゃないですか。
21:
kuro ちゃんと『会った』のかなーと。
 本当に来ただけなのね。
megane お客さんですか。
 キチンと対応しなくてはいけませんよ。
 お会いしたことはありませんが、
 どうやらsugomoriさんは、どこか……
sugomori その、気を使ったみたいで、
 気を使っていない省略はやめてください(>_<*)
 どこか、なんですか? meganeさん。
megane どこか、ユーモラスな方なのでと、
 そう言いたかっただけですよ。
 なにか、邪推をなさいましたか?
22:
sugomori megane さんのニヤニヤ顔が目に浮かびます!
kuro megane さんって、性格イイですよね(笑)
megane 良くそのように褒めてもらえますね。
kuro あぁん、惚れちゃいそう!
megane おや、どこかで猫が鳴いているような。
kuro 私は発情期の猫じゃありませんよーだ。
sugomori は、はつじょうきって、kuroさん。
23:
kuro この年になって恥ずかしがらない。
 カマトトぶってちゃダメよ?
 今は女も肉食の時代!
megane 秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず。
 世阿弥のお言葉ですが、
 今の時代ほど、これを実感する時もありません。
kuro え、meganeさんは女性幻想持ちなの?
megane これでも男性の一翼として。
kuro ちょっといがーい。
megane どう見えていましたか?
24:
kuro 結構リアリストに。
megane 否定はしませんが、
 男女関係に幻想は必要ですよ。
 それを楽しみたいのであれば。
sugomori なんか、おとなの会話……
kuro sugomoriがオコチャマなのよ。
sugomori それは傷ついた……(><。)
megane おっと、そろそろ用事が。
 また夜にでもお話しましょう。
kuro 私もー
sugomori え、ふたりとも?!
25:
kuro みんなsugomoriとは違って、
 普通はひきこもってないの。
sugomori ショボ━(´・ω・`)━ン
megane 夜になったら、
 確か今夜はガンダム00の再放送でしたね?
sugomori はっ、そうです。楽しみな00です!
megane 実況で盛り上がりたいので、
 その時はお付き合いください。
 それでは、失礼しますね。
sugomori がんばってください。
 ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ
kuro meganeさんって、さりげなくタラシね。
 それじゃ、私も暇だったら夜にお話しにきてあげる。
sugomori まってるね!
31:
ほとんど同じ感じ状況だったからびっくりした
寝てるかオ●ニーか勉強ぐらいしかやる事ないけど、外には出れないみたいな
61:
>>31
たぶん、あんまり状況は変わらないと思うww
36:
----------------------------------
 一日目 男の教室:近代史
男「では、そろそろ授業も終わるので、
 では、総括に入りましょう。
 今日は一時間かけて産業革命と、
 十九世紀イギリスを代表する一人の思想家について学びましたね。
 産業革命については前半にまとめを終えてますから、後者を。
 十九世紀に発生した市民による運動の名前、
 また、その目的はなんですか」
生徒1「プロレタリア運動、もしくは労働者運動です。
 当時、急激に格差が広がった、
 労働者と雇用者の関係是正が目的でした」
男「事象的には正解です。
 彼のその考えの根底にあるのは疎外論ですが、
 その疎外論では何をいっていますか?」
37:
生徒2「確か……
 人間の手によって生み出された物が、
 人間の手を離れて、
 逆に人間を支配して、
 その人間性を失わせることです」
男「はい、その通りです。
 この場合、その生み出されたものとは金銭ですね。
 『人間が生み出したお金という価値に追い立てられ、
 自らの価値を奪われた人々が、
 真に尊厳を取り戻すための運動』
 というわけです。
 人々は尊厳を奪われたと感じるほど、
 金銭に追われるようになってしまったのでしょう。
 ではなぜ、それほど労働者と雇用者の格差が広がりましたか?」
生徒3「えっと、労働の価値が下がったからです」
男「説明としてはちょっと足りませんね。
 誰か補足を」
38:
生徒4「それまでの労働の価値とは、
 材料から生産物を作るまでの価値の変化と等量でした。
 パンを十個作る程度の能力は、
 パン十個から材料の価値を引いたものと等量です。
 しかし、そのためには材料を用意する必要があり、
 それは少量のほうがコストがかかります。
 そこで、大量に安く材料を用意できる人が、
 その材料から生産物を作るための労働力を雇って働かせます。
 それが資本家です。
 資本家は、パンを十個作る『労働量』そのものを安く買い、
 本来より安くパン十個を手に入れて売ります。
 こうして、労働の価値が下がりました」
男「いいですよ。
 労働力の価値を決めるのが、
 物ではなく、資本家の判断になった事がきっかけですね。
 その考えから、労働者運動の発案者は、
 どのように主張を行いますか」
39:
生徒5「共産主義を主張しました。
 人が金銭によって使われる事なく、
 金銭を使う事によって豊かさを得られる社会を目指しています。
 具体的には、富の共有や平等な分配です」
男「はい。では、その発案者の名前。
 そして代表的な著書を、年代入りで」
生徒6「K.H.マルクスさん、1818年から1883年です。
 代表的な著作は、共産主義宣言と、資本論で、
 前者は1848年、後者は1885年から1894年です」
男「その通りです。
 現在、彼の目指した共産主義を実践する国家はありませんが、
 大きな力を持った思想なのは確かでしょう」
 きーんこーんかーんこーん
男「というところで、時間ですね。
 質問があれば、一時間程度なら教員室にいますので、
 聞きに来てください。
 もちろん、近代史以外でも大丈夫です」
生徒たち「「「はーい」」」
40:
----------------------------------
 一日目 塾教員室
男「はい、では、このレポートは預かりますね。
 次回の授業後に評価を伝えましょう」
女生徒「はい、お願いします」
男「努力している人は好きですよ。
 応援させてもらいます」
女生徒「はいっ!」
 たったった
男「これで、質問も終わりですかね。
 くっ、ふー」せのびー
41:
 すっ
黒髪「授業お疲れ様です、先生」肩もみもみ
男「ん、おや、黒髪さんですか」
黒髪「いつも通り、丁寧な授業で助かります」もみもみ
男「それが仕事ですので。
 黒髪さんも、お金を払っている生徒さんですから、
 こんな事はしなくていいんですよ」
黒髪「これは趣味ですから」もみもみ
男「単純に趣味ですか?」じっ
42:
黒髪「だいぶ肩がこってますよ」もみもみ
男(黒髪さんにしては分かりやすい)
男「……ずいぶんお上手ですね」
黒髪「お父さんの御機嫌取りのため、
 ずいぶん勉強しましたから」もみもみ
男「はは、それはご苦労様です。
 それで、質問ですか?」
黒髪「帰ろうとしたら、
 先生が疲れた様子だったので気になって」もみもみ
43:
男「やはりこの歳になると、
 体はだんだん重くなる物でしてね」
黒髪「先生おいくつでしたっけ?」もみもみ
男「今年で三十路に」
黒髪「やだ、もうちょっと……」もみもみ
男「もうちょっとなんですか?」
黒髪「……先生ってふけ顔ですね」もみもみ
44:
男「よく言われます。
 さて、あまりこうしているのも良くありません。
 御用がなければ、今日は帰りますが」
黒髪「あぁん、もう冷たいですね」くねくね
男「わざとらしいですよ」
黒髪「わざとですから。
 そういえば、先生ってひどいですよね。
 猫の声がするとか言って」
男「本当に猫の声を聞いただけですよ」
黒髪「あの時隣にいたじゃない。
 猫なんて居ませんでしたよ。
 ここ、防音しっかりしてるから、
 猫の声なんて聞こえる場所じゃなし」
45:
男「……そういえばそうでしたね」
黒髪「まったく。それこそわざとらしい。
 ところで、彼女、どうですか?」
男「例の巣篭りさんですか」
黒髪「可愛いでしょ」
男「嫌いなタイプではありませんが。
 そういう話ではありませんからね」
黒髪「ノリが悪いわね。
 折角、カウンセリングが出来るって聞いて、
 ひきこもりの彼女に先生を紹介したのに、
 なんでガンダムとか話してるんですか」ぷぅ
46:
男「そういう風に頬を膨らませるのは、
 女性では媚びているように見られて、嫌われませんか?」
黒髪「見られなければいいのよ。
 たまには可愛らしいぶりっ子をしてみたい時もあるの」
男「そういうものですかね。
 お約束として、わたしは頬を突くべきでしたか?」
黒髪「それはイヤ」
男「難しいところで」
47:
黒髪「話をもどしましょ。
 それで、巣篭りちゃんはどうです?」
男「わたしは友人として紹介されましたが、
 カウンセリングの相手として依頼されたわけでは、
 ありませんからね」
黒髪「むう」
男「そういう話をする時期では、まだないですよ。
 ただでさえ顔を合わせない会話は難しいものですから」
黒髪「顔を合わせられるなら、
 ひきこもりになんて成らないわよ」
48:
男「確かにそうですね。
 とりあえず、また別件で、
 ひきこもりの子のお相手をすることになりましてね。
 こちらはお仕事で」
黒髪「あまり熱心にコチラの事情にかまえない、ですか」
男「少し忙しくなる、程度です。
 カウンセラーとしてのわたしに頼みがある、
 と云われたときに断っていれば、話は違いましたが。
 一人の大人として、関わることにしましたからね。
 それなりに責任を自覚しながら行動しますよ」
黒髪「甘いですね、先生」
49:
男「甘いからわたしにかまうんですよね、黒髪さん」
黒髪「否定はしませんわ、ふふ」
男「たくましいことです。
 それでは、そろそろビルも閉じる時間です。
 また次の授業でお会いしましょう」
黒髪「あら、twitterではかまってくれないんですか?」
男「気が向けば、お相手しましょう」
黒髪「楽しみにしています」にこっ
 とことこ
50:
男「ふう……
 どうにも、彼女のお相手は楽ではないですね」
友「おつかれーって、どうしたよ、男」
男「お疲れ様です。
 今まで黒髪さんと話していましてね」
友「特別親しいって、例の生徒か。
 ウチの生徒に手ぇだすなよ?
 って、にらむなよ、冗談だ」
男「にらんでいませんよ。真顔なだけです」
51:
友「怖いっての。
 もし良かったら、この後どうだ?」くいっ
男「そうですね……
 深夜までは少し時間が有りますし、
 少しで有ればお付き合いしましょう」
友「よし。じゃ、男の車で、
 いつものトコ行こう!」
52:
----------------------------------
 一日目 居酒屋
友「いやー、やっぱ、
 仕事の後はビールだなっ!
 って、またお前、日本酒かっ」
男「ビールは口に合いませんからね。
 いつもの事でしょう」
友「俺がツッコミ入れるのもいつもの事だろ。
 んで、さあ、話せ! 吐け!
 俺に砂を零させろ!」
男「なんの事ですか?」
53:
友「あの黒髪って娘と、
 お前の仲だよ。
 高校の時からなんだかんだ一緒にいるが、
 あれだけ仲がいい女なんて、いなかったろ」
男「失敬ですね。
 何人かお付き合いもしていましたよ」
友「でもって、
 『律儀すぎて、お付き合いしてる気がしないの』
 なんていわれて、毎回俺が痛飲に誘われてな!」けらけら
男「……」
友「あー、悪い」
男「悪気がないのは分かっています」
友「そう、悪気はない!」
54:
男「頭が弱いだけなんですよね」
友「そう、頭が――ってなんでやねん!」
男「とりあえず、黒髪さんについてですが、
 特別親しいという事はありませんよ。
 わたしにとっても、彼女にとっても」
友「ん? そうは見えなかったが」
男「彼女の友人に引きこもっている子がいるということで、
 ちょっと相談に乗ってあげて欲しいと云われましてね。
 なんでも、元はわたしの勤めていた、
 あの中学校にいた生徒だとか」
友「あー、そこに責任感感じちゃう?」
男「多少は」
55:
友「確かに、お前の勤めてた中学はひどかった。
 一介の個人塾にすぎないウチまで、
 悪評が漂ってきてたからな」
男「恥じ入るばかりです」
友「お前は恥じるなよ。
 そこに反発して辞めるなんざ、漢だろ」
男「子供のような所業でしょう」
友「んで、その、
 お前さんにとっての『恥じ』につけいれられて、
 友人の面倒を見てくれと」
56:
男「最初はただの相談でしたがね。
 わたしがカウンセラーの資格を持っていると聞いたようで。
 自分の世界にひきこもった友人との付き合いに、
 助言を求めに来ただけでしたが、
 わたしの方が放って置けなくなりまして」
友「……ホントに、不器用だな」
男「ありがとうございます」
友「褒めてネェから!」
男「不器用は、褒め言葉だと云ったのは友さんですよ?」
友「そうだっけか?」
男「教育委員会ににらまれたわたしに、
 ウチで働けと声をかけてくれた時、
 理由をきいたら『見捨てられネェからな』と云いましてね。
 わたしが不器用ですねと云った時、
 そう、返されました」
57:
友「あー、ちょっと後悔してる」
男「御迷惑をおかけして……」
友「おう。大迷惑だ!
 俺より教えるのがうまいだの何だの、
 なんで女生徒の質問者はみんなお前に行くんだ!」
男「……」
友「せっかくジジイのやってた塾継いで、
 女子高生うっはうっはな、
 俺様パラダイスだったのによ。
 奥様は女子高生計画が台無しだ!」
男「……そうですか」
58:
友「そうですってんだよ!
 あーくそ、酒飲みながら顔色一つ変えやしねぇ」
男「飲まれるようでは未熟ですからね」
友「せっかく、
 お前が来てから塾の人気が上がったとか、
 生徒が口コミで増えて嬉しい悲鳴だとか、
 言ってやろうと思ったのによ」
男「……照れくさいですね」
友「だろ? 酔った方がいい時もあるってもんだ」
男「あなたの隣にいるのが照れくさいです」
友「ぶふぅっ、な、な、なに言ってやがる」
男 ふきふき
友「あ、悪い……だが、その、なんだ、
 男同士でそういう趣味は、俺には……」
59:
男「恥ずかしい方向で、照れくさいです」
友「もげろ!」
男「元気ですねぇ……」
友「お、俺の純情が弄ばれたっ……」だだだっ
男「どこに行く気ですか……
 って、お手洗いですか。
 まったく騒がしい……」
男「しかし、その騒がしさに、
 昔から救われていますからね……」
男「それにしても。
 ひき娘さんに、巣篭もりさん……
 他にも多くの子供たち。
 これからの日本、いえ世界を担うべき子供たちが、
 自分の世界に閉じこもらなくてはならないこの『今』……
 なんとも、なんとも悲しいですね」くいっ
69:
----------------------------------
 二年前 中学校校長室
校長「ふむ、では男くん、
 君が生徒に暴力を振るったと、
 肯定するのかね?」
男「はい」
理事「まあ! なんてことザマショ。
 そんな恐ろしいことをして、
 悪びれもしないなんて」
男「恐ろしい、ですか」
理事「当然ザマス!
 ウチの息子は、
 顔に真っ赤な痕をつけて、
 帰ってきたんザーマス!
 きぃぃ、思い出しただけで、
 はらわたが煮えくり返る思いザマス!」ぜぃぜぃ
70:
校長「まあまあ、
 教育委員会理事様。
 どうか落ち着いてください」
理事「きっ」じろり
校長「……う、むむ。
 とにかく男くん。
 暴力事件はまずいんだよ」
男「そうでしょうね」
校長「ここは、ホラ。
 僕も一緒に頭を下げるから、
 誠意を込めて、理事様に謝罪しよう。な?」
男「……」
校長「君だって将来を嘱望される身だよ。
 まだ、えっと、二十八だったかな?」
男「はい」
71:
校長「その若さで、いくつか重要資格も取って、
 たしか論文も出していたね。
 大学も、旧帝大だとか。
 運がよければ、あと数年で校長への道もあるって。
 それを台無しにするのは、良くないよ」
男「つまり、
 校内で暴力を振るっていた生徒に対し、
 指導を行ったことを謝罪せよと、
 校長はそうおっしゃっていますか?」
校長「いやぁ。それはね。
 指導はいいよ。
 でも、暴力はやりすぎじゃないかい」
男「では、何によって彼らは、
 自分達の行為の重さを知ることができますか。
 人を、その身体を傷つけ、暴言で弄り、
 笑っていた彼らに」
72:
校長「根気強く言い聞かせるしかないのさ」
男「そうして卒業してくれるのを待つわけですか」
校長「言い聞かせきる前に卒業してしまうのは、
 遺憾だが仕方の無いことだよ、男くん」
男「……」
校長「普段は冷静な男くんらしくもない。
 なぜそれほどムキになるんだね」
男「わたしには、
 そのような消極的手段で、
 一生の傷を負う生徒達を守れるとは、思いません」
73:
理事「だから、ウチの子に暴力を振るうと?!
 ウチの子は、信頼する先生のあなたに暴力を振るわれて、
 一生残る心の傷を負ったザマス!
 どう責任取るザマスか!」
男「では、アナタのお子さんが、
 他の生徒を傷つけたことについても、
 正しく責任をとる必要があることを、
 誰が教えますか?」
理事「そんなのは誤解ザマス。
 ウチの子に限って、そんな事はありません」 キリッ
校長「なあ、男くん、頼むよ。
 つまらない意地を張っていないで、
 キチンと謝罪をしてくれないかねえ。
 わたしの任期中にこの学校で事件なんて困るよ、
 まだローンもあるし、娘も社会人になってないんだ」
男 ぎり……っ
74:
校長「なに、ちゃんと謝罪すれば、
 理事様も悪いようにはしないはずさ。
 ですよね、理事様」
理事「それはウチの子が決めるザマス。
 許せる態度の謝罪であれば、
 節度ある親としてひきさがるザーマスヨ」
校長「な、ほら。謝って来よう」
男「何を……」ぐっ
校長「決まっているだろう。
 君が暴力を振るったことをだよ」
男「何をいってるんですか、あなたたちはっ!!」
校長「……」
75:
男「彼らによって暴行された生徒は、
 入院していると聞いている!
 にも関わらずその子を嘲笑い、
 説得からも逃げようとした奴らを、
 改心させるために振るった平手に、
 何の謝罪だ!」
理事「そ、そんな事実はないザマスよ!」
校長「ウチはそんな危険な場所じゃないよ。
 その生徒さんは、足を滑らせたのさ。
 めったな事は言わず、
 今ならまだ間に合うから、ほら、なっ」
男「……もみ消す気か」ギリリッッ
男「ふざけないでください……」ジロッ
76:
理事「なんザマスか、その態度は!」びくっ
男「コレが今の教師ですか。
 コレが今の教育なんですか!」
校長「そうだよ。
 そんなねぇ、若くないんだからさ。
 現実を見よう。
 教師が手を上げれば保護者が動く。
 保護者が動けばマスコミが、
 マスコミが動けば、社会が動くんだよ。
 今時、教育的指導なんて言葉ははやらないんだ」
男「……」
77:
校長「とにかく、事件は困るんだよぉ」
男「なら、わたしは今日から無関係です……」
校長「へ?」
男「わたしは否定します。
 そんな教育を。こんな現場を」
校長「辞めるのかい?」
男「当然です」
校長「……そっか。わかったよ。
 コッチで処理はしておくから、
 今日中に荷物をまとめていって欲しいな」
男「分かりました……」くるっ
 ばたん
78:
校長「いや、すみませんね。
 彼、流行のツンデレってヤツなんでしょうか。
 大変申し訳なく思っているようですが、
 素直になれなくて、
 引責辞任もあんな言い方なんですよ」
理事「引責辞任なんて、そんなの!
 明らかに反省の色もなかったザマス!
 これはもう、知り合いの新聞記者に書いてもらうザマス」
校長「いやぁ、それは困るんです。
 理事様も、困るでしょ?
 イジメの証拠が、もし、万が一出てきたりしたら」
理事「なっ、そんな事はウチの子は関係ないザマス!」
79:
校長「そうともいえないんですわ。
 実は、その現場を見たという教員、生徒はいましてね。
 なかなか、派手にやっていたようで……」
理事「そんな事は……」
校長「若さの暴走っていうのは、あるものです。
 ここは一つ、事故って事にしては、くれませんかね?」
理事「……」
校長「教育委員会の理事様の息子さんが、
 暴行傷害なんて、大見出しですよ?
 あなた自身も、危なくなってしまいます」
理事「……しかたありませんわね」
校長「いやぁ、お話が通じてよかった、よかった。
 大丈夫ですか? お顔の色が優れませんが。
 良ければ保健室で寝ていかれませんか」
80:
理事「大丈夫ザマス。
 わたしも、失礼するザーマス!」どたどた
 ばたん
校長「……ふぅ。
 若いのは嫌いじゃないけどねぇ。
 僕に関係のないところで、やって欲しいよ。
 そう、ドラマの中やなんかでやって欲しい」
校長 ピポパポ
校長「ああ、守衛くん。
 お客さんがお帰りだから、
 うん、お車までお見送りしてあげてくれないかな?
 僕を置いて出て行っちゃってね」
校長 がちゃ
校長 ぎしぃっ
校長「まったく。
 現場と保護者と自称有識者と。
 それぞれ鮫みたいに僕をにらんでくれる。
 鮫皮にそんなにこすられちゃ、
 すぐに僕なんて削りきられちゃうよ」
81:
----------------------------------
 三日目 男の部屋
 ちゅんちゅん……
男(……夢、ですか)
男 せのびー
男(もう二年。
 まだ、二年でしょうか)
男 ふらふら
男(顔を洗って、
 着替え、食事……)
男(啖呵を切って出てきたものの、
 喧嘩の相手が教育委員会理事ですからね。
 それが公然の秘密では、行く先もなく……)
82:
男(友さんが拾ってくれなければ、
 今頃飢え死にしていたか、
 それとも日雇いになっていたでしょうか)
男 ばしゃばしゃ
男(今頃こんな夢を見て、
 実は後悔していたのでしょうか)
男(……両親に顔向けできないとは、
 今も思っていますが)
男(当時交際していた彼女も、
 すぐに別れることに……)
男(でも、後悔は、
 していないハズです)
83:
男(もしあの場で屈していては、
 それこそ後悔していたでしょう)
男(恥じることは、していません……)
男 ごそごそ
男(さて、ひき娘さんは、
 ちゃんと宿題を終わらせているでしょうか。
 少々多めに出しましたが……)
84:
----------------------------------
 三日目 ひき娘の部屋前
男「では、今日の授業はココまでとしましょう。
 お疲れ様でした」
ひき娘「お、お疲れ様、です」
男「疲れていらっしゃいますね」
ひき娘「うう、信じられないです。
 百ページ以上の英語ドリルと、
 数学の問題集も五十ページ……
 徹夜して必死に終わらせたら、
 さらに宿題が増えました」
85:
男「増えてはいませんよ。
 終わらせたのなら、
 一日あたりの換算量は、
 むしろ少し減らしています。
 多く見えるのは、次が三日後だからですよ」
ひき娘「ううう……」
男「今は三月で間に合いませんが、
 次の入試には挑める程度にしたいですからね。
 普通の人の倍以上の勉強は必要ですよ」
ひき娘「わ、わたし引きこもりなんで、
 そんなに勉強しても……」
男「受験の有無はお任せしますが、
 ひき娘さんにしっかりと学力をつけてもらう事が、
 わたしの仕事ですので」
86:
ひき娘「実は先生って、
 わたしの事をいじめて楽しんでませんか?」
男「藪から棒ですね。
 なぜそのような事を?」
ひき娘「いえ、なんとなく声が笑っているような」
男「笑ってなどいませんよ……くく」
ひき娘「笑ってるじゃないですか!」
男「気のせいです。
 さて、ではそろそろ、私は塾での講義のため、
 失礼させてもらいます」
ひき娘「あ、はい……。
 その、がんばってください」
87:
男「次の授業は三日後です。
 徹夜は情報が劣化するのでお勧めしません。
 適切に計画を立てて、宿題を終えてください」
ひき娘「絶対量が多いんですよ……」
男「そうですね。
 がんばって今回の宿題を終えたら、
 見直しを検討しましょう」
ひき娘「ホントですか?!」がたたっ
男「ええ。お約束します」
ひき娘「がんばりますっ」
男「では、がんばってください」すたすた
88:
----------------------------------
 三日目 ひき娘の部屋
ひき娘「今回の宿題が出来たら、
 量の見直ししてくれる……」
ひき娘「それなら、がんばらないと!」
----------------------------------
 三日目 男の車
 ぶろろろろ
男「ひきこもりをしているという事で、
 打たれ弱い人だと考えていましたが。
 いやいや、それほどでもないですね」
男「無理な量では無かったですが、
 少しサボれば難しい量です。
 案外、努力家な側面がありますか」
男「もう少し増やす方向で、
 スケジュールの前倒しも有りですね」
90:
----------------------------------
 六日目 ひき娘の部屋前
男「そういえば、ひき娘さん」
ひき娘「ひゃぃ……」
男「返事が死んでいますね」
ひき娘「……」
男「大丈夫ですか?」
ひき娘「らいじょうぶれす……
 ちょっと、つかれたらけれす……」
92:
男「体調が悪いようでしたら、
 もう少し手加減しましたが」
ひき娘「悪くなかったれすけど、
 手加減ほしいれす……」
男「三時間にテスト四本は、
 やはり少しやりすぎましたか……」
ひき娘「ぷしゅー……」
男「すみません。
 普段で有れば顔色を見て判断しますが、
 分からないとつい、
 自分の学生時代が基準になりまして」
93:
ひき娘「先生は、
 学生時代は……」
男「もう少し多かったですね。
 基本的に自主学習だったため、
 効率とロスを考えると、
 量で補う形にならざるをえませんでした」
ひき娘「そ、そうですか……」
男「しかし、考えてみれば、
 ひき娘さんは女性ですからね。
 男性のわたしと比較して、
 体力が無いのは当然です。
 次回以降はもう少し、
 ひき娘さんの体力を考えたペースで、
 授業やテストを行いましょう」
ひき娘「うう、お願いします」
94:
男「ああ、後……
 先ほど聞こうと思ったのですが、
 ひき娘さんは好きなものなど有りますか?」
ひき娘「好きなもの、ですか?」
男「たとえば、イチゴやチョコレートなど、
 甘いものは如何でしょうか」
ひき娘「好きですよー。
 イチゴもチョコも。
 でも、しばらく食べてないですね……
 しばらく……ずっと……」
男「ひき娘さん?」
ひき娘「あれ……
 引きこもってから、実は食べてない?」
95:
男「ひきこもっていれば、
 確かにそうなるかも知れませんね」
ひき娘「うう、思い至らなかったら、
 忘れていられたのに……」
男「……実は今、
 ひき娘さんが勉強をがんばったご褒美に、
 『イチゴミルク練乳・オ・レ
 〜とっても濃厚なお味を召し上がれ〜』
 というジュースをコンビニで買ってきていますが」
ひき娘 ごくり
男「飲みたいですか?」
ひき娘 こくこく
男「もしかして、首を振っていますか?
 扉越しに雰囲気は伝わりますが、
 見えないですよ」
96:
ひき娘「飲みたいです……」
男「では、お顔を見せてくれたら、
 差し上げましょう」
ひき娘「……え?」
男「いい加減、
 扉越しの授業は難しいですからね。
 声も通りにくいので、
 今日も何度か聞き返してしまいましたし。
 警察騒ぎになった初日に、
 少しだけお会いしたわけですが、
 ここで改めて顔合わせをしましょう」
ひき娘「えっと、その」
男「もちろん、強要はしませんが」
97:
ひき娘「ほっ。それなら、
 その、顔合わせとかはまた、
 いつか機会があればで」
男「しかしそうなると」
ひき娘「はい?」
男「私はこのジュースを、
 廊下において立ち去ることになりますよね」
ひき娘「ですね……?」
男「実は祖父母から、
 飲み物や食べ物を床に置くなと、
 厳しく言われて育ったため、
 床においていくのは抵抗があるのですよ。
 いっそ自分が飲んだほうがと、思う程度に」
98:
ひき娘「……っ!
 ひ、卑怯です!」
男「卑怯とはなんですか。
 わたしの買ってきたジュースですからね。
 どのように扱っても文句は言われないはずです」
ひき娘「それは、その、そうですけど……」
男「今年のイチゴは出来が良かったと聞きます。
 季節限定のこのジュースも、
 今だけしか味わえない最高の甘さと香りを、
 という謳い文句でした。
 実はわたしも興味があるから買いましてね……」
ひき娘「う、」
男「ちょっと、ストローを差し込んでしまいましょうか」
ひき娘「……」
99:
男「ああ、コレは……
 実に芳醇な香りです。
 みずみずしいイチゴの、
 口いっぱいに広がる甘酸っぱさが伝わるような香り。
 練乳のしとやかな風味もいいですね」
ひき娘 ごくり
男「やはり、わたしが飲んでしまいましょうか」
ひき娘「うう……」
男「お部屋から出なくなって、
 いえ、人のいないお昼は出ているようですから、
 人と会わなくなって、でしょうか。
 既に二年ほどですか?」
ひき娘「はい……」
男「二年ぶりのイチゴ。
 わたしであれば、大層おいしく感じるものだと思います」にやっ
100:
ひき娘「…………うううう」
男「それほど、わたしと会いたくないですか?」
ひき娘「そういうわけでは、
 ないですけど……その、いろいろ」
男「ああ、そうでした。
 女性には気にかける事がいろいろと、
 有るようですからね」
ひき娘「そ、そうです!
 だから、その、今日は……」
男「では、妥協案で如何ですか?」
101:
ひき娘「妥協案、ですか?」
男「姿を見せなくて構いません。
 右手を扉から出していたらければ、
 手渡ししましょう」
ひき娘「……その、
 のぞきこんだりは」
男「レディの部屋を覗くのは、
 紳士ではありませんね。
 配慮しましょう」
ひき娘「…………うう、
 それくらい、なら」
102:
 かちゃ
 こそっ
男「では、どうぞ」
 すっ
 ぱたん
ひき娘「あ、ありがとうございます」
男「いえいえ。
 それでは、今日はコレで失礼しますね。
 次回は明後日です。
 宿題はいつもと同じように、
 扉の前においてありますので」
ひき娘「はい。では、その、
 がんばってください」
103:
男「ええ。では、失礼します」とことこ
男 とことこ
男(心理学的に、扉を開くという行為自体に、
 距離を縮める、壁をなくすという意味があります。
 こうして何度か扉を開くことを繰り返せば、
 自然と距離も縮まるでしょうかね)とことこ
男(しかし、まるで小動物のような動きで……
 鷹におびえる子猫や子ネズミのようでしたね。
 からかってはいけませんが、しかし……)とことこ
104:
----------------------------------
 六日目 ひき娘の部屋
ひき娘「……えへへ。
 イチゴなんて久しぶり〜♪」
ひき娘「あれ。でも、未開封って……」
ひき娘「なんていうか、
 すごく手のひらで踊らされている感じだよね」
ひき娘「うう。
 twitterで書いちゃお……」
105:
----------------------------------
 六日目 TL:sugomori
megane:実は最近、
 小動物を観察するのが楽しくて……
kuro:うーん……
 meganeさんに小動物って、
 イメージ違うかも。
megane:どんなイメージですか(苦笑)
kuro:どんなって言われても、
 ちょっと分からないけど。
 たとえば自然公園にデートで行っても、
 動物とかに思考を割くくらいなら、
 その間仕事について考えてそうな?
106:
megane:否定はしませんが、
 そこまで無粋な人間ではありませんよ。
 月に一度、プラネタリウムに行くのが趣味です。
kuro:ちょ、そんなwwwwwwww
megane:そこまで芝を生やさなくても。
kuro:だってぇー。
 meganeさんに星とか、
 ロマンチックなのがすごく、
 えーっと、ステキです☆
megane:おや、今度はこうもりが。
kuro:どっちつかずって事ですか?
megane:むしろ、真っ黒という意味です。
107:
sugomori:ちょっとkuroさん、
 聞いてください(>_<*)
kuro:んん?
 わたしとmeganeさんの愛の語らいをさえぎる、
 すごいニュース?
sugomori:え、お二人って……
megane:わたしがからかわれるような間柄です。
kuro:えーそんなー。
 あたし、からかってなんかいないですよ?(棒読み)
megane:御丁寧にどうも(苦笑)
108:
sugomori:えっと、その……
kuro:で、なに?
 じゃれてるだけだから、
 気にしないでいいのよ?
sugomori:えっとね。
 今日はまた、あの人が来たんだけど!
kuro:おおー。
 竹取物語の求婚者みたいね。
sugomori:そういうのは、ないけど。
 でもね! すごく意地悪だったんですよ!!
 (ノω・。)
kuro:んー。
 まあ、わかるかも?
sugomori:何がです?
109:
kuro:いやー。
 sugomoriって、いじめて楽しいタイプだし?
 あ、そうだ。
 こんど遊びに行かせてよ!
 いっぱい可愛がって、あ・げ・る♪
sugomori:Σ(・□・;;;
megane:む。
 すみませんが、時間来たので、
 今日は失礼しますね。
kuro:あ、あたしもー。
sugomori:そんな、
 このもやもやした気持ち、
 どうすればいいんですかっ!
110:
kuro:それはもう、自家発電で!
sugomori:自家発電?
kuro:あー
sugomori:ググって来たほうがいい?
kuro:いやいやいや!
 しないでいいから。
 あんたはそのままでいいの。
 うん。
sugomori:??
kuro:じゃ、わたしも行かないと!
sugomori:後で教えてくださいねー。
kuro:考えておくっ。
118:
元不登校として通じるものを感じる
(買い物行ったり映画見に行ったり、ボーリングやゲーセン行ったりバイトしてたけどww)
120:
----------------------------------
 十五日目 ひき娘の部屋
男「はい、それでは今日の授業はココまで。
 今日の範囲は重要なので、
 よく復習しておいてください」
ひき娘「ううう、はいぃ……」
男「いつもそんな声ですね。
 そろそろ半月です。
 慣れてもいいと思いますが」
ひき娘「半月もこんな調子じゃ、
 すぐ死んじゃいますよ……
 がんばって生き延びてるほうです……」
121:
男「確かに、がんばっていますね」
ひき娘「で、ですよね……」
男「英単語テストも平均点が上がってますね。
 基本千二百語は現段階で、
 七割くらいでしょうか。
 最初が四割だったことを考えれば、
 悪くない上昇率だと思います」
ひき娘「おー。
 それなりに上がってますか」
男「それなりに、ですがね。
 この努力を維持して、
 四月半ばにはマスターしましょう」
ひき娘「ううう……」
122:
男「数学も伸びていますね。
 いえ、使い方を学んだという事でしょうか。.
 中学一年生の範囲を中心とした基本総復習テストは、
 九割ほど出来ていますね。
 苦手な図形を補いつつ、
 やっていない範囲がある二年生の範囲に、
 足を踏み入れても良い頃でしょう」
ひき娘「よかった、
 必死に思い出した甲斐がありました……」
男「国語については、
 文法に多少苦手意識が見られますが、
 それ以外は最初から高いレベルでしたね」
ひき娘「そうなんですか?」
123:
男「センスが良い、という言葉はどうかと思いますが、
 そんな印象がありますね。
 読書量の多さがそこに結びついているのでしょう。
 特にすばらしいのは古文ですね」
ひき娘「あー……あはは」
男「どうかしましたか?」
ひき娘「なんでも、ないです。
 褒めて貰ったのが久しぶりだから、
 ちょっと浮かれただけです」
ひき娘(ネオロマにハマったから、
 なんて言えないよー)
男「なるほど。
 僕は出来るようになれば褒める主義です。
 これからも努力すれば、
 認めますよ」
124:
ひき娘「それなら、
 もっと褒めて貰えるように、
 がんばります」
男「はい。
 では、今回は少し多めに宿題を出しましょうか」
ひき娘「ひぃ、ソレは許してください……」がたっ
男「冗談です。
 では、無理しない程度に、
 がんばってください」
ひき娘「はい……」
男「よっこいしょ……と、おややっ」ぐらっ
 どたーん!
ひき娘「だ、大丈夫ですか?!」
125:
男「ええ、大丈夫ですよ。
 大した事は……痛たた……」
ひき娘「…………っ」
 かちゃ
ひき娘「………………」そっ
男「ああ、すみません。
 心配をおかけして」
ひき娘「そ、その――」こそっ
男「実はちょっと、
 腰を悪くしていましてね。
 立ち上がり損ねてしまいました」
126:
ひき娘(少し恥ずかしそうな苦笑い。
 初めて見た時はただ、
 泥棒だと思って怖かったけど、
 優しそうな人)
男「よいしょ、つっ。
 歳は取りたくないですねぇ」
ひき娘(そっか。
 廊下で教えるって、
 ずっとココで座ってるって事で)
男「どうして、
 申し訳なさそうな顔をするんですか?」
ひき娘「あ、あの、その……」
男「はい」
127:
ひき娘「え、えっと……」
男「ちょっと、深呼吸しましょうか。
 はい、すってー」
ひき娘 すー
男「はいて」
ひき娘 はー
男「すってー」
ひき娘 すー
男「はいて」
ひき娘 はー
男「さらに吐いて」
ひき娘 っ、はー……けほっ
ひき娘「ひ、ひどいです……」じっ
128:
男「すみません。
 緊張しているようだったので、つい」
ひき娘「う、うう……」(////
男「緊張は解けましたか?」
ひき娘「少しだけ……」
男「はい。
 御心配をおかけしてすみませんでした。
 ただ、お会いできて嬉しいですよ。
 ひき娘さん」
ひき娘「あ……。はい……」
男「改めてはじめまして。
 男と云います」にこっ
ひき娘「……ひき娘、です。
 その、ずっと、廊下なんかで授業させて、
 ごめんなさい」へこっ
129:
男「気になさらないで下さい。
 コレも仕事です」
ひき娘「……」
男「さて、今日は失礼しますね。
 そろそろ塾の授業の準備があります……」
ひき娘「はい。
 その、えっと……」
男「どうしましたか?」
ひき娘「じ、次回は、その、
 お部屋の片付け、しておきます」
男「……はい」にこっ
130:
----------------------------------
 十五日目 黒髪の部屋
 prrr prrrr
黒髪「はい。黒髪です」
ひき娘<あ、黒髪さん……>
黒髪「あら、こんばんは。
 ひき娘から電話なんて、久しぶりね。
 今日はtwitterじゃないの?」
ひき娘<うん。
 その、久しぶりに、
 黒髪さんの声が聞きたくて>
131:
黒髪「嬉しいこと言ってくれるわね。
 ふふ、何も出ないわよ?」
ひき娘<嬉しいの?>
黒髪「そりゃもちろんね。
 人間不信しちゃってる子が、
 自分から電話してくれるのよ?
 嬉しいに決まってるじゃない」
ひき娘<別に、そんなんじゃ……>
黒髪「そんなんでしょ。
 人間恐怖症のひきこもりだし、
 いらない見栄張らなくていいの」
ひき娘<う、うん>
133:
黒髪「それで、
 どうしたの?
 声が聞きたかったの――とか、
 そんな可愛い理由かしら」
ひき娘<えっと、その。
 ちょっと話したいけど、
 大丈夫?>
黒髪「いいわよ。
 あ、ちょっとだけ、
 雑用済ませてからでいいかしら」
ひき娘<うん。いいよ>
黒髪「じゃ、いったん切るわね。
 改めて電話するから」
ひき娘<待ってるね>
 つーつーつー
134:
黒髪「ふふ、
 あの子が自分から電話、ね。
 それにしても――」くるっ
黒髪「せっかくひき娘から、
 電話もらったっていうのに……」
黒髪父「すまんな」
黒髪「いいわよ。
 これでも外務省官僚の娘として、
 心得ているわ」
黒髪父「その友人を待たせんためにも、
 早々に済ませてしまおう」
黒髪「そうね。
 それで、確認だけど、
 ロシア外相との秘密会談について、
 本当にリークするの?」
135:
黒髪父「全てではないがな。
 夕日新聞の政治部に渡せるか?
 表向き、私にかかわりが無い場所が望ましい」
黒髪「できるわよ。
 それなら、談合社のゴシップ雑誌にも声をかけるわ。
 こっちも私のコネクションだから、
 父さんにはつながらないし。
 ロシアって事は、流すのは四島問題について?」
黒髪父「いや、不意打ち訪問とその接待についてだけだ。
 四島問題はまだデリケートだから、
 下手に触れればあたり一帯を吹き飛ばすぞ。
 今のロシア駐在大使を追い落とすのが目的だ。
 そこまでする必要はない」
黒髪「追い落とすの?
 ……もしかしてこの不意打ち訪問、
 もう一つ何か裏があるの?」
136:
黒髪父「もちろんだ。
 親露派が接触を取って、
 四島問題とレアメタル貿易について、
 極秘会談が行われた。
 ついでに、メタンハイドレートについても、
 いくつか採掘技術の交換提案が有ったみたいだが、
 まあ、それはどうでもいい」
黒髪「どうして?
 地中のハイドレート採掘技術は、
 日本ならかなり高い水準で実用化できるでしょ?
 水中じゃないんだし」
黒髪父「日本の研究機関はスパイ対策が弱いからな、
 手札なんぞ最初から相手に丸見えだ。
 技術分野で日本が諸外国に対抗するには、
 研究機関への意識改革からはじめねばならんよ。
 ちなみに、会談は親露派から提案したらしい。
 連中ははなから舐めきられていたのが印象的だったよ。
 結局、大した会談にはならなかったようだ」
黒髪「……どこでそんな情報、
 手に入れてくるのよ」
137:
黒髪父「さてな。
 とりあえず今回は、
 その親露派の男が駐在大使でなくなればいい。
 各部に根回しをして、
 不意打ち訪問自体をもみ消したつもりらしいが……
 連中はまだまだ詰めが甘い。
 せっかくの機会だ、使わせて貰おう」
黒髪「流しておくわ。
 ホント、インターネットって便利ね。
 確度が高い情報屋として、
 あっさりコネクションが出来ちゃったわ」
黒髪父「不本意なように言うが、
 違うだろう?」
黒髪「そうね。
 刺激的で、楽しいわよ。
 コネクションを作るのも、
 父さんの仕事を継いで外務官僚になりたいって、
 私の夢のためにとても有用ね。
 だから、一部を除けば不本意じゃないわ」
138:
黒髪父「ほう、その不満はなんだ」
黒髪「お仕事のお手伝いをする、
 頭が良くて気が利いて可愛い健気な娘を、
 お父さんが褒めてくれない事よ」
黒髪父「……わざとらしい事だ。
 今度、休みが取れたら、
 どこか連れて行ってやろうか?」
黒髪「どこにだって自分で行けるわよ。
 そういう時は、
 頭を撫でてくれるのが一番よ」
黒髪父「くく、そうか。
 確かにそうだな」なで、なで
黒髪「……ありがと。
 それじゃ、ひき娘が待ってるから」
黒髪父「確かに任せたぞ」とことこ
 ぱたん
139:
黒髪「ふぅ……疲れる人」
 かたかたかたかた
黒髪「何が外務省のクロマクよ。
 父親としては最低……」
 かたかたかたかた
黒髪「ま、人としては嫌いじゃないから、
 その点はいいけどね。
 リークした情報は私のコネの維持材料になるし」
 かたかたかたかた
 たたんっ
黒髪「さて、用も終わったし、
 ひき娘の声でも聞いて、
 リラックスしようかしら」
140:
 prrr prrrr
ひき娘<はい、ひき娘です>
黒髪「お待たせ。
 今良いかしら?」
ひき娘<うん。大丈夫だよ。
 黒髪さんこそ、大丈夫?>
黒髪「父さんとちょっと話しただけ。
 問題ないわ」
ひき娘<良かった。
 えと、それで……
 実はこないだ話したお客さんなんだけど>
黒髪「そういえば熱心に来てるみたいね。
 その後どうなの?」わくわく
ひき娘<えっとね、
 今日はじめて顔を見て>
黒髪「あんたが自分から顔出すなんて、
 ひきこもってから初めてじゃない?
 妬いちゃうわー」
141:
ひき娘<妬いちゃう?>
黒髪「だって、
 ひき娘ったら、親友の私に対しても、
 今は会いたくないからって、
 ずっと扉閉じきってたじゃない」
ひき娘<……まさか、
 窓から入ろうとしてくるとは、
 思ってなかったからね……>
黒髪「親友が人間不信で寂しい思いしてるのよ?
 押し付けたくなるくらい、
 あんたの事を大切に思ってる人がいるって、
 とりあえず伝えないと」
ひき娘<おかげで、ちょっとだけ救われたからね>
黒髪「だって私が乗り込んだのよ?
 人の一人や二人救われるわよ」
142:
ひき娘<あはは、ありがとー>
黒髪「どういたしまして。
 それで、どうなの? その人とは」
ひき娘<えっと、その。
 次に来たときには、
 お部屋に入ってもらおうかなって>
黒髪「おおー、良いわね。
 この二年で部屋に入るの、
 二人目?」
ひき娘<うん。
 お母さんはやっぱり、
 ちょっとまだ距離があるからね……>
143:
黒髪「……そっか。
 じゃ、とりあえず、
 うまくいく事を願っておくわ」
ひき娘<うまくいくって、何が?>
黒髪「何かよ。
 その出会いが良かったって、
 言えるものになるように、とか。
 イロイロね」
ひき娘<……うん>
黒髪「話はそれだけ?」
ひき娘<うん。聞いてくれてありがと>
黒髪「気にしないでいいのよ。
 お礼は今度、ディナーでね」
ひき娘<えっ?!>
144:
黒髪「その後は添い寝とかしてくれると、
 私としては嬉しいなー」
ひき娘<あ、お泊りしに来るの?>
黒髪「そう。小さい頃みたいにね」
ひき娘<うん。
 たぶん、今なら、大丈夫……>
黒髪「よかった。
 またメールとかで、
 詳しい日とか決めましょう。
 今日はちょっと疲れたから、
 そろそろ寝る事にするわね」
ひき娘<おやすみ、黒髪さん>
黒髪「おやすみ、ひき娘。
 いい夢見なさい」
 つーつーつー
162:
----------------------------------
 十七日目 ひき娘の部屋
 こんこんこん
ひき娘「は、はひっ」とことこ
 かちゃ……
男「こんにちは」にこ
ひき娘「こ……こんにちは。
 ……その、どうぞ」へこっ
男「……お邪魔します、と、
 言いたいところですが、
 本当に大丈夫ですか?」
163:
ひき娘「えっと、その。
 緊張しますが……
 でも、廊下で教えてもらうのは、
 やっぱり礼儀として、
 どうかとおもいますし」ぶつぶつ
男「それでも、必要以上に緊張しては、
 身に付くものも身につきません。
 もしお加減が優れないようでしたら、
 わたしは構いませんよ?」
ひき娘「い、いえ。
 大丈夫、です」
男「……それでは、
 失礼して、お邪魔させていただきます」
 とことこ
164:
ひき娘「えっと、その。
 緊張しますが……
 でも、廊下で教えてもらうのは、
 やっぱり礼儀として、
 どうかとおもいますし」ぶつぶつ
男「それでも、必要以上に緊張しては、
 身に付くものも身につきません。
 もしお加減が優れないようでしたら、
 わたしは構いませんよ?」
ひき娘「い、いえ。
 大丈夫、です」
男「……それでは、
 失礼して、お邪魔させていただきます」
 とことこ
 ぱたん
165:
男(思ったより部屋が質素ですね。
 片付いているというより、
 あまりモノが無いような。
 置かれていた跡も見えません)
ひき娘「その、こちらに、
 おかけください」
男「ありがとうございます。
 
ひき娘「その、粗茶ですが……」こぽぽぽ
男「ありがとうございます」
ひき娘「考えてみたら、
 今までお茶もお出ししないで……
 ごめんなさい」
167:
男「大丈夫ですよ。
 実は今日も、自分の飲み物は買ってきていますからね」
ひき娘「はい……」
男「……」
ひき娘「……」
男(か、会話が)
ひき娘(会話が続かないですっ)
男「そ、それじゃ、
 そろそろ勉強を始めましょうか」
ひき娘「は、はいっ」
男(予想よりも早く、
 こうして隣に座ることができるようになりましたが……
 話題にできるものが見つからず、
 積極的に会話する子でもない……
 わかっていましたが、これは難しいですね)
168:
----------------------------------
 十七日目 ひき娘の部屋
男「では、ペンを置いてください」
ひき娘「はい。……ふぅー」
男 ぺらぺらぺらー
男 とんとんとん
ひき娘「何度やっても、
 やっぱりテストは慣れないなぁ……」
男「そもそも、ひき娘さんには、
 その絶対量が足りていませんからね。
 学力の確認もありますが、
 テストの経験をつむ目的もあります」
169:
ひき娘「うう……」
男「さて、今日はコレくらいにしましょうか」
ひき娘「え、でも。
 今日はまだいつもの半分くらいしか……」
男「半分ではありません。
 三分の二ですよ」
ひき娘「……やっぱり、いつもより少ないですよね」
男「御不満ですか?」にやっ
ひき娘「そういうわけでは、無いですけど。
 ちょっと違和感があって」もじもじ
男「そうですね。
 こうしてお話できる程度には、
 まだ余力があるようです。
 ただ、集中力はどうでしょうか」
170:
ひき娘「え?」
男「いつもより誤答率が高いです。
 それも、いつもより些細な点で。
 普段隣にいないわたしがいること。
 そして、寝不足でしょうかね?
 少し眠そうに見えます」
ひき娘「その、ごめんなさい」
男「……何に対する謝罪ですか?」
ひき娘「えっと、
 せっかく来てもらってるのに」
男「仕事ですから」
ひき娘「……」
男 ちらっ
男「まだ少し時間が有りますね。
 もしよければ、少し雑談などいかがですか?」
ひき娘「雑談、ですか?」
171:
男「はい。
 ……このお部屋の窓ですが、
 この時間に日が差しこむという事は、
 西と北にありますね」
ひき娘「えっと、
 たぶん、そうですね」
男「窓の外を見る事はありますか?」
ひき娘「たまに、
 電話をしながら、くらいですけど」
男「なるほど、
 では今夜は北の窓に目を向けてみませんか?」
ひき娘「なにか有るんですか?」
男「四月はまだですが、
 春の星座として、
 こぐま座とおおぐま座というのがあります。
 それが見えるんですよ」
172:
ひき娘「星、ですか」
男「わたしは歴史や神話に興味を持って、
 民俗学を学ぶために、
 大学に行きましてね」
ひき娘「民俗学……」
男「はい。
 その国の人たちが何を思い、
 どんな風に暮らすことを求め、
 その歴史を積み重ねてきたかを見る学問です。
 古い物や、人々の話、物語から、
 その文化を読み解くのが民俗学です」
ひき娘「それが、どうして星座なんです?」
173:
男「……そうですね。
 ひき娘さんはどうして、
 星座なんてものがあると思いますか?」
ひき娘「どうしてって……」
男「わたしが生まれるはるか昔。
 日本が日本と呼ばれる前から有るわけです。
 それがどうしてかなんて、
 想像することしかできませんがね。
 テストと違って正解はありません。
 想像してみてください」
ひき娘「…………」
男「…………」
ひき娘「ずっと昔の人ですよね、
 星座を考えたの」
174:
男「そうですね。
 最古はエジプト文明だと言われています。
 その流れを汲んで、メソポタミア。
 そしてギリシアへ伝わった、といいます。
 明確にいつから規定されたかは、
 さすがに私も研究ノートを見ないと思い出せませんし、
 また新たな発見によって更新された、
 と云う可能性もあるので、言及は避けますが……
 紀元前九世紀、ホメーロスの二大叙事詩で、
 すでにいくつかの名前があります」
ひき娘「えっと、今は二十一世紀だから、
 三千年まえかな?」
男「二千九百年前です。
 コレはテストで出しましたよ」
ひき娘「はうっ」
男「一世紀は西暦1年から始まり、
 西暦100年までを言います。
 しかし、紀元前一世紀は紀元101年から、
 西暦0年までをあらわします。
 紀元前ゼロ世紀が無い分、
 混乱が生じやすい部分ですね。
 これは、再テストでしょうか」にやっ
175:
ひき娘「うう、せっかく教えてもらったのに、
 ごめんなさい」
男「構いません。
 来週に伝えるつもりでしたが、
 再来週には今月のまとめテストの予定でしたから。
 一ヶ月経って覚えている知識は、三割あれば上等です。
 三度繰り返して、ようやく覚えきれるというところでしょうか。
 ペースもいですからね。
 忘れても、覚えなおせば良いのですよ。
 繰り返しこそが、力になります。
 そして、わたしは何度でも教えますよ」
ひき娘「……はい」
男「さて、では話を戻しましょうか。
 彼らはなぜ、星座を考えたと思いますか?」
ひき娘「…………えっと、必要だったから?」
176:
男「悪くはないですよ。
 ただ、足りません」
ひき娘「えーっと、えーっと……」
男「降参しますか?」
ひき娘「……はい」
男「必要だから、というのはその通り。
 古代エジプトでは、
 暦を作るうえで、星は重要な資料でした。
 一年をかけてめぐってくる星を見分け、
 その行き来で時期を明確にしたわけです。
 そしてその覚え方として、
 いくつかの星を一まとめにするという方法があり、
 それが星座の始まりだと言われています」
ひき娘「はい」
177:
男「では、足りなかったのは何か。
 ……ロマン、ですよ」にやっ
ひき娘「ろ、ろまん、ですか」
男「目を閉じてください」
ひき娘「はい?」
男「目を閉じて、
 深呼吸してみてください」
ひき娘「……はい」
ひき娘 すー、はー
男「いま、ひき娘さんは、
 一面の広い昼の草原に立っています。
 太陽の光に照らされた、
 緑の豊かな草原。
 深呼吸をするごとに、
 ひき娘さんの想像する草原は、
 少しずつ現実的になっていきます」
178:
ひき娘「……はい」
男「遠くを見つめれば、
 小さく森があります。
 そして後ろを見れば、遠くに山が。
 それ以外は何もない、
 たださわやかな風が吹き抜けて、
 草が囁くばかりの草原です」
ひき娘「……」
男「草原を照らしていた太陽が、
 ゆっくりと傾いて、
 ひき娘さんの足元の影を伸ばしながら、
 やがて赤く色を変えて、沈みます」
ひき娘「……」
男「そして空の青色が濃くなって、
 広い空の向こうに、
 ぼんやりと星が輝き始めます」
179:
ひき娘「でも、
 星なんて、見たこと無くて」
男「……想像でいいですよ。
 さて、そんな時にあたりを見回して、
 ひき娘さんには何が見えますか?」
ひき娘「えっと、草原と、森と、山と……」
男「本当に、見えますか?」
ひき娘「え?」
男「月が昇らなければ、
 夜はひどく暗いものです。
 近ければうっすらと見えますが、
 遠くの小さな森などは見えませんよ」
ひき娘「……そっか」
180:
男「そんな時に、
 空を見上げて、満天の星空があったら。
 そして、毎晩やってくる夜に、
 その星しか見るものがなければ」
ひき娘「星を見るくらいしか、できない」
男「そして、ふと気がつくんです。
 いくつかの強い光を結びつけると、
 何かの形になるのではないか、と」
ひき娘「そうやって想像を膨らませたのが」
181:
男「はい。きっとそれが、
 今の星座の成り立ちです。
 蝋燭も油も貴重だった時代。
 人は日がくれると眠り、
 日が昇ると目を覚ます。
 それでも眠れない夜はあり、
 また、眠りたくない夜もあったでしょう。
 恋人と語り明かしたくなるような。
 そんな時には空を見つめて、
 きっと星を肴にお酒を飲んだり、
 会話の手がかりにした事でしょう……
 想像に過ぎませんが」ぽりぽり
ひき娘(少しだけ照れくさそうにわらって。
 頬をかく仕草が、子供みたい)
182:
男「そして、
 春の星座であるこぐま座は、
 そんな紀元前九世紀、
 ホメーロスが見ていた星です。
 その二千九百年。
 どれだけの人たちが、
 何を思ってその星を見つめたか。
 それを思うだけで、
 なんとなく幸せになったり、
 切なくなったりしませんか?」
ひき娘「……はい」
男「そして、星座には、
 神話をはじめとした様々な物語があります。
 実は、有名な星座の神話には、
 少し悲しい話が多いのですよ」
ひき娘「そうなんですか?」
183:
男「厳密に統計を取ったわけではないですが、
 おおよその実感として。
 そこからまた、
 僕達民俗学者は想像するんです。
 その神話が生まれた時代の人たちが、
 どんな物語をこのんだのか。
 どんなものを使っていたのか。
 どんな神を信仰していたのか。
 そうした神話は、
 二千九百年かけた長大な伝言ゲームです。
 同じ星、同じ神についての話でも、
 どの民族が伝えたか、
 伝えられた先の民族の文化や、
 風習、その時の流行によって微妙に変わり、
 同じ神話でも大きな違いが生じます。
 想像して、その想像を裏付ける証拠を集めるわけです。
 その伝わり方の違いからも、
 それぞれの人たちの事がわかるわけですね」
184:
ひき娘「……なんだか、
 すごく不思議ですね」
男「もっとも、星座の基本は同じです。
 星をつなげて、その形から想像する。
 つなげた形から、その星を覚える」
ひき娘「はい」
男「実は、現代でも、
 多くのある職業の人たちが、
 星座とその逸話を作っているんです。
 どんな人たちだと思いますか?」
ひき娘「う……
 今度こそあてたいけど……」
男「……」
185:
ひき娘「……ごめんなさい」
男「少し意地悪な話ですからね。
 答えは、教師です」
ひき娘「……先生、ですか?」
男「その通りですよ。
 国語、英語、歴史、地理、
 倫理、政治・経済、
 数学、地学、化学、
 物理学、生物学……
 これらの教科は高校で触れますね。
 そして、この中にはそれぞれ、
 単元ごとに違う名前の星が詰まっています」
ひき娘「その星をつなげて、
 名前をつけて、逸話を?」
186:
男「はい。
 系統立てて、掛け算は足し算の発展だとか。
 高校で倣う三角関数の問題には、
 中学生が習う、三角形の相似形の問題が隠されているとか。
 そうした話をするわけです。
 でも、それだけじゃ、ないんですよ」
ひき娘「違うんですか?」
男「コレは私の恩師の言葉ですがね。
 『学問とは、星の発見のようなものだ。
 まずは肉眼で見てわかるものを、
 人は結びつけた。
 次に、望遠鏡を手に取った。
 やがて宇宙から眺めるようになる。
 そこには一歩一歩の積み重ねが見えるはずだ。
 そして星座という形でその連なりが見えるはずだ』と」
187:
ひき娘「その、つまり……」
男「いま古代ギリシアの星座の話をしましたが、
 この古代ギリシアという『歴史』の一ページと、
 天文学――高校生では『地学』として学ぶ分野が、
 後で学んで貰う『三角関数』という『数学』に、
 結びつくことになります。
 古代ギリシアには、
 ピタゴラスという人がいるのですが、
 知っていますか?」
ひき娘「えっと、ピタゴラスの定理って、
 名前だけは」
188:
男「その定理を発見した人ですね。
 三つの辺、辺a、辺b、辺cによってできる、
 直角三角形の三辺の比率は、
 cを斜辺(直角に触れない辺)とすると、
 aの二乗とbの二乗を足したものが、
 cの二乗と一致するというものです。
 そして彼は数学者であると同時に、
 哲学者でもあり、音楽家であり、宗教家でした」
ひき娘「え、え……」
189:
男「この世は全て数字によって説明できると、
 そういう考えだったのです。
 だから、音楽家でも宗教家でも数学家でも、
 彼の中では矛盾してないんですよ。
 そして、そのピタゴラス的な考えは、
 当時のギリシアではとても流行しました。
 数学という証明手段で、
 それまで神の恩恵と呼ばれていた、
 世界の神秘を知ることこそが、
 一つの信仰の形となったのです。
 そして、そんな考えを受け継いで、
 星がどうして空を回るのかを考えたのが、
 ヒッパルコスという、
 紀元前二世紀の学者です。
 星がどうしてどのように回るのか。
 それを、数学的に考えるために、
 『ピタゴラスの定理』や、
 ひき娘さんが今苦手にしている、
 『三角形の相似』を整理、研究されて、
 『三角関数』が生み出されました」
ひき娘「うわ……」
190:
男「どうです?
 星座は見えましたか?」
ひき娘「うん、あ、はい。
 なんとなく、それまではただの計算で、
 三角形の相似とか、
 使わない無駄なものみたいだったのに」
男「現代ではあまり使いませんが、
 特に図形の三角法を先に学ぶのは、
 そこから派生した物が多いからです。
 日本史でやりますが、
 十八世紀から十九世紀にかけて、
 伊能忠敬という人が、
 日本中を歩いて地図を作っています」
ひき娘「あ、それは小学校とかでも、
 ちょっと見た気がしますよ」
191:
男「その伊能忠敬さんが、
 正しく測量するために駆使したのが、
 先ほどの三角法でした。
 それによって、
 現在使われているものとほぼ変わらない、
 高精度な地図が作られています。
 つまり、つい二百年ほど前まで、
 三角法による測量は現役だったんです。
 コレは『歴史』と『地理』の分類ですね」
ひき娘「すごい。
 どんどんつながって……」
192:
男「さらに、測量は海の上でも重要でした。
 『歴史』で大航海時代と呼ばれる十六世紀末。
 スペインが他の国を差し置いて、
 黄金があふれる新大陸と呼ばれたアメリカと、
 頻繁に交易することができたのは、
 その測量技術が優れていたからです。
 大航海時代は多くの人々が海を行きかい、
 その人たちは、
 自分達の文化を他に伝え、
 また他の文化を持ち帰る役目もありました。
 彼らがその往来によって伝えたのは、
 数学や言語学、医学、本草学などもそうですが、
 神話や民間伝承などもその伝え広まった文化です。
 そうして文化が混ざり合う中で、
 いつの間にか人々は、
 本来自分達が持っていた文化を忘れそうになります。
 そこで、ソレを再発見するための研究が、
 わたしが学んでいた『民俗学』なのです」
ひき娘「ぐるっと、一周しちゃった……」
194:
男「文系、理系。
 それぞれの各教科の系統立てた分類は、
 参照する場合には非常に有効です。
 また、テストをする場合にも有効です。
 しかし、人の記憶は、
 星の位置だけを覚えることには向いていません。
 人の記憶が覚えるのは、
 星のつながりであり、
 そのつながりを覚える補助として、
 物語や歴史があります。
 星を見るだけなら、誰でもできます。
 しかし、そこに星座というつながりと、
 その物語(ロマン)を伝えられるのが、
 教師なのだと、わたしは思っています」
ひき娘「…………」
195:
男「ひき娘さん?」
ひき娘 ぽけーっ
男 手ふりふり
ひき娘 はっ、びくっ
男「どうしました?」
ひき娘「そ、その。
 今まで勉強したのが、
 全部そうやってつながってたらって、
 そう考えたら、すごく、
 すごいなって気分で……」あせあせ
男 にこっ
ひき娘「今日は、その、
 先生が帰ったら、星を見てみます!」
男「はい」にこっ
196:
男「と、それでは時間ですね。
 次は週明けなので、三日後ですか」
ひき娘「あう……」
男「残念ですか?」
ひき娘「その、勉強が楽しそうかもって、
 お話を聞いて、そう思ったんですけど」
男「では、多めに宿題を出しても平気ですね」
ひき娘「へ?」
男「このドリルの後半のまとめ全てと、
 それから、英単語も今回は多めにやりましょう。
 後は歴史の資料集のここからここまでを読んで、
 重要部分をまとめてください。
 後、ここからここまでの漢字の暗記と――」
197:
ひき娘「ま、まま、まって下さいっ。
 そんなにあったら寝られないですよ!」
男「大丈夫ですよ。なんとかなります」にぃっ
ひき娘(意地悪な笑顔だっ。
 この人、悪人ですよっ。
 今更だけど悪い人ですっ!)
男「がんばったら、
 御褒美があるかも知れませんよ?」
ひき娘「え、えっと、それは」
男「がんばってからのお楽しみです。
 それでは、失礼しますね」
198:
ひき娘「あ、はい。
 今日もありがとうございました」
男「いえいえ。仕事ですから」とことこ
 ぱたん
ひき娘「……」
ひき娘「ご褒美かぁ……
 ちょっと楽しみだし、がんばろうかなー♪」
ひき娘 かきかきかきかき
ひき娘「……そういえば、
 最後は殆ど緊張しなかったかも。
 もしかして、大進歩?」
ひき娘「えへへ……」
ひき娘 かきかきかきかき
199:
見事な飴と鞭だなww
200:
----------------------------------
 十七日目 男の車
 ぶろろろろ
男「さて、進行度は順調ですね……」
男「今日の遅れも、
 宿題で取り戻してもらえそうですし、
 問題だった空気も、
 何とか保てましたか……」
男「一番の懸念でしたからね。
 やはり教師と生徒には、
 信頼関係は必須ですよ」
男「信頼関係……」
男「ふっ……」
男「どうなりますかね、この後は」
203:
----------------------------------
 二十日目 ひき娘のへや
ひき娘 かきかきかきかき
男「……終了五分前です」
ひき娘「はいっ……」
ひき娘 かきかきかきかき
男(やはり、良いですね。
 わたしがいる事にさえ慣れれば、
 コレだけの集中力が出せる……)
204:
男(そう、問題は環境……
 ひき娘さんの集中力は良いですが、
 この程度ならまだ、他の生徒さんでも……)
男(しかし、ひき娘さんには、
 他の人の数倍するハンデがある)
男(人間が、怖いという)
 pipipipi pipipipi
男「はい、ではペンを置いてください」
ひき娘「……はいぃ」べちゃぁ
205:
男「テストが終わって、
 気が抜けるのはわかりますが、
 抜きすぎはよくありませんよ」
ひき娘「あ。そっか、はい……」ごそごそ
男「わたしが隣にいること、
 忘れていましたか?」
ひき娘「忘れていたというか、
 気にしている余裕が無かったというか……
 だいたい、先生のテストはひどいですよっ!」
男「はい?」ぱちくり
ひき娘「一つの単元で百問以上あるって、
 すごく多いですよ……」
男「ああ、その事ですか。
 たしかに、この手のテストでは多いですね。
 しかし、意味はあるのですよ?」
206:
ひき娘「意地悪じゃ、ないんですか?」じぃっ
男「いやですね。
 わたしは誠意ある教師ですよ。
 意地悪なんてとんでもない」にぃっ
ひき娘(絶対ウソじゃないですか。
 そんな意地悪な笑顔で!
 わかっててやってるあたり、
 先生はもう、ひどい人ですよ)
男「それに、その百問以上のテストですが、
 私はその問題を作って、
 かつソレを採点までしているわけです。
 手間としては私のほうが多いですよ」
ひき娘「あ、そっか……」
207:
男「わたしがひき娘さんに課すテストは全て、
 簡単なものから難しいものまで織り交ぜて、
 得点式ではなく、
 正答率でいつも判断していますね」
ひき娘「はい……。
 だから、百点とか無くて」
男「百点は無くても、百パーセントはありますがね。
 しかし、言いたい事はわかりますよ。
 やはり得点というのは、頑張る目安にしやすいですからね。
 ただ、わかった上で、コレが良いと言いましょう」
ひき娘「どういうことです?」
男「今回の三角形に関しての数学のテストは、
 百四十問ですか。
 それを一時間でやって貰ったわけです。
 一分に二問でも間に合いませんが、
 一分に三問なら、おおよそ四十七分。
 十分以上の時間が余ります」
ひき娘「……計算上は、ですけど」
208:
男「ええ。それでは遅いくらいです。
 一分五問程度が目標ですからね」
ひき娘「……」うるうる
男「さて、採点が終わりましたよ。
 現段階では、と注釈がつきますが、
 正答率は七割で悪くありません」
ひき娘「でも、やっぱり、
 全部正解って、できないですよ」
男「現段階であれば、
 解ける問題だけを集中して解けばいいです。
 いずれ、イヤでも全問正解になります」
ひき娘「イヤでも、って。
 どういうことです?」
209:
男「私がひき娘さんに対して、
 こうして毎回科しているテストは、
 市場に出回っている各社の問題集や、
 模試で使われた問題、
 日本各地の高校入試問題から、
 数字だけを変えたものなんですよ」
ひき娘「高校入試って、
 そんな、初めて半月じゃ解けませんよ……」
男「そんな事は有りませんよ。
 見てください。
 コレとコレと、それからコレがそうです。
 きちんと解けていますね」
ひき娘「ホントにコレ、
 入試問題なんですか?」
男「本当ですよ。
 誤解されることが多いですが、
 入試程度で出題される数学問題は、
 基本的に練習量で対応できます」
210:
ひき娘「でも、
 数学って頭の回転がくないとって、
 よく聞きますよ」
男「否定はしませんが、肯定もしかねます。
 たとえばひき娘さんは、
 全く新しい料理、と云うのを知っていますか?」
ひき娘「えっと、
 たまに遊びに来てくれる友達が、
 そんな宣伝のついたお菓子とか、
 買ってきてくれますけど……」
男「では、たとえばそのお菓子が、
 焼き菓子だったとしましょうか。
 たとえば、納豆とケチャップ味のマドレーヌなんて、
 新しいと思いませんか?」
ひき娘「うっ……
 新しいは新しいですけど、
 食べたくは無いですね」
211:
男「でも、本当にこれは新しいんですかね?」
ひき娘「そんなのを思いつくの、
 先生だけでいいです……」
男「そういう話ではないのですが……
 それにわたしだって悪食じゃありません。
 ソレは美味しくなさそうだと思います。
 この『納豆ケチャップ・マドレーヌ』というのは、
 納豆も、ケチャップも、マドレーヌも、
 全て既存のものですよね?
 それなのに『新しい』のでしょうか」
ひき娘「……確かに、
 材料はぜんぜん新しくないですけど」
男「ちょっと例えが悪かったですかね……
 要するに『見たことが無いもの』というのは、
 たいてい『見たことが有るもの』の、
 新しい組み合わせに過ぎないのですよ」
ひき娘「でも、納豆ケチャップは、
 マドレーヌに合わせちゃダメですよ」うるうる
212:
男「例えが『あんこときな粉のマドレーヌ』だったら、
 どうですかね?」
ひき娘「……それなら、ちょっと美味しそう?」
男「実際にありそうですがね。
 これにしても、あんこもきな粉もマドレーヌも、
 全て既存のものに過ぎません。
 しかしコレを考えた人がいたら、
 今までにない物を考えた人、と呼ばれます」
ひき娘「確かにそうだと思いますけど……」
男「数学の問題だって同じですよ。
 特に高校入試程度の問題なんて、
 今までに見たことがない材料は使われません。
 全て、既存のものの組み合わせです。
 その組み合わせ方や、使い方に新規性が見えても、
 落ち着いてよく考えれば、
 どれも見たことがあるもののハズなんです。
 たくさん、問題を見ていれば」
213:
ひき娘「つまり、
 先生が山ほど問題を出すのは、
 見たことがない問題を無くすため、ですか?」
男「そういう事です。
 詰め込みとか批判されるかも知れませんが、
 道具を使いこなせるようになるには、
 理論を学んだ後にしっかりと経験をつむ事が重要です。
 そのためには、
 宿題という形で授業の予習を多く行って貰い、
 授業時間はその穴埋めと復習、
 そして使い方の実習を行うわけです。
 そして、高校入試程度であれば、
 問題を出す側にしても、
 どの道具を使ってよいかという幅が狭く、
 新しい組み合わせなんて、無いに等しいです。
 つまり、新しい組み合わせが無くなるまで、
 既存の組み合わせに習熟することで、
 イヤでも誤答が無くなるというわけです」
214:
ひき娘「あはは、効率的なのか、
 非効率的なのか、わからないですね」
男「テスト勉強に王道はありません。
 王道とは近道の事です。
 教師がどこに星があるかを示して、
 それを覚えるための物語を提示しても、
 その星の使い方を知らなければ、
 意味がありませんからね」
ひき娘「でも、
 そんな事、学校じゃ教えてくれまないですよね……
 知ってたら、もっとがんばりやすかったり、
 もっとテストで点が取れたりするのに」
215:
男「かなりぶっちゃけた話ですからね。
 でも、ちゃんと教えているはずですよ。
 『努力をすれば報われる』と、
 オブラートに包んだ話し方になりますが」
ひき娘「その努力って、
 何を、どんな理由で、
 どういう方法で努力すればいいかが、
 わからないですよ……」
男「仕方ありません。
 これは私だって、
 教員をしていた時には、あまり考えませんでしたから」
ひき娘「……先生って、学校の先生だったんですか?」
216:
男「話していませんでしたか?
 数年前まで、この近くの学校で教師をしていましてね。
 いろいろ有って、今の塾に転職したんです。
 教員のときの私は、
 いかに勉強が楽しいかをと伝えるのが使命だと、
 そう思っていました」
ひき娘「ちがったんですか?」
男「違ったようです。
 確かに、あの先生の授業は面白いと、
 そういってもらう事は嬉しかったですがね。
 保護者さんや生徒さんには、
 それでもテストの点が取れなければ意味が無いと、
 そう言われた方が多かったですよ」
ひき娘「せっかく、
 楽しい授業をしてるのに」
217:
男「私以外の教員も、
 楽しい話をしようと思えば、
 そんなものはたくさん出てくるのです。
 そういう意味では、
 私はまだまだ未熟なほどに」
ひき娘「そ、そんな事ないです。
 先生の解説、面白いし……」
男「ありがとうございます。
 ただ、授業の面白さなんて関係なく、
 与えられた指導要綱にしたがって、
 一定程度の能力を持っている生徒が、
 一定以上の割合でいるクラスを量産することが、
 いまの教員の役割のようです。
 そして、それ以上を望むなら、
 塾などを頼るべきだと」
218:
ひき娘「なんだか、工場みたい……」
男「まさに工場ですよ。
 塾はさしずめ、上級工場。
 家庭教師はオーダーメイドの工房ですか。
 どれも、生徒を情報処理機械として、
 生産する事が目的であることに、
 変わりはない気はしますがね。
 教員は、与えられたマニュアルに従って、
 機械を動かすように、チョークと口を動かし、
 流れ作業を繰り返す……
 安定した品質の製品を大量生産することが求められる、
 工業国家らしい指針です」
ひき娘「……」
219:
男「もちろん、良い先生もたくさんいます。
 勉強会に参加し、工夫を重ね、
 より楽しんで貰えるように、
 より人生に役立つようにと考えて、
 そのために努力する人たちも多いです。
 役所にだって、そういう人たちを応援しようと、
 学校そのものを変えようとしたりするために、
 努力する人たちがいます。
 私もそんな教師で在りたかったんですが……」
ひき娘(寂しそうな目。
 先生はまだ、そんな夢を諦めてないのかな?)
220:
ひき娘「先生は、どうして先生を辞めたんです?」
男「………………
 ……事件を起こしてしまいましてね」
ひき娘「事件、ですか」
 pipipipi pipipipi
男「すみません、もう、
 塾の授業が始まってしまいますので、
 失礼します……」 ガサガサ
ひき娘「あ、はい……」
221:
男「宿題は、数学はここからここまで。
 英語はここから、ここ。
 歴史はこの章をまとめてから、
 資料集を参考にこの事件についてレポートを。
 漢字と文法のドリルは、
 一年生の部分は全てやってください」
ひき娘「……」
男「できませんか?」
ひき娘「あ、いえ。大丈夫です」
男「では、これで失礼します」とことこ
ひき娘「ありがとうございます」
男「いえいえ、仕事ですので」へこっ
 ぱたん
222:
ひき娘(窓から差し込んだ夕焼けの、
 赤い光のせいなのかな……)
ひき娘(先生の顔がすごく、
 すごく怖く見えた……)
ひき娘(ものすごく、
 怒っているような、
 同時に、泣き叫びたいのを我慢してるみたいな)
ひき娘(事件って、なに?)
223:
----------------------------------
 二十日目 黒髪の部屋
黒髪「ふーん、それで私に?」
ひき娘<うん。
 その、黒髪さんなら、
 何か調べられないかなって>
黒髪「どうして私ならわかるのよ」苦笑
ひき娘<なんとなく、
 噂とか、詳しそうだから……
 その、知らないなら知らないで、
 いいからねっ>
224:
黒髪(情報屋まがいの事をしてるなんて、
 知らないはずなんだけどね、この子。
 相変わらず人を良く見てるっていうか……)
ひき娘<黒髪さん?>
黒髪「そうね。
 名前と特徴と、その人のいた学校について――
 それだけわかれば、
 ある程度なら調べられるわよ」
ひき娘<そうなの?
 良かった……>
黒髪「でも、どうかしらね」
225:
ひき娘<どう、って?>
黒髪「今は辞めたけど、勤めていた学校で、
 その人が起こした事件について知りたい。
 その気持ちはわかるわよ。
 私だって、
 そんな風にあいまいで、
 意味ありげな事を言われたら気になるわ。
 でも、聞いていた限り、
 その人はかなりしっかりした人よね?」
ひき娘<うん、すごく、大人な人>
226:
黒髪「しっかりしている事と、
 大人であることが同じであるとは思わないけど。
 まあいいわ。
 後で用事があるなら、
 そういう人は余裕を持ってタイマーを仕掛けるわね。
 つまり、何をしたかという一言さえ、
 言う暇がなかったとは思えないわ」
ひき娘<秘密にしてるのかな?>
227:
黒髪「現象的にはそうね。
 不利益になるから隠しているか、
 後悔してるからごまかしたのか、
 大した事で無いから言わなかったか、
 改めて言うつもりが有るから後回しにしたのか。
 私が言うのもなんだけど、
 ヒミツには相応の理由があるものよ。
 それを暴き立てるなら、
 暴く側にも相応の覚悟が必要よ。
 後悔したり、怒ったり、悲しんだり」
ひき娘<……>
228:
黒髪「ひき娘には、
 そんな覚悟はないでしょ」
ひき娘<……うん。そうだよね>
黒髪「悪い事は言わないわ。
 忘れちゃいなさい。
 で、相手が語ってくれる時が来たら、
 思い出せばいいのよ」
ひき娘<……わかったよ>
229:
黒髪「それじゃ、今日はもう寝なさい。
 宿題いっぱいあるんでしょ?
 よく寝て、頭すっきりさせてから、がんばりなさい」
ひき娘<うん>
黒髪「それじゃ、おやすみ
 ――って、そうそう」
ひき娘<どうしたの?>
黒髪「一応、名前だけ聞かせてよ。
 いつまでも、例のその人、じゃ呼びにくいわ」
230:
ひき娘<あ、そうだよね。
 男さんって、いうの>
黒髪「そっか。わかったわ。
 じゃ、男さんと仲良くね」
ひき娘<うん。
 あ、近いうちにまた遊んで欲しいな>
黒髪「いいわよー。
 こないだのお泊りもまだしてないしね。
 お菓子いっぱい持って、
 お泊りしにいくわ」
231:
ひき娘<待ってるね。
 それじゃ、おやすみなさい>
黒髪「おやすみ。いい夢みなさい」
 つーつーつー
黒髪「……そうよねー、やっぱり。
 時期が一致。
 伝わってくる人格が、双方一致。
 距離も近いし、行動時間に整合性有り。
 男さん意外の可能性なんてないじゃない」
232:
黒髪「そもそも、引き合わせようとは、
 思っていたけどね。
 因縁のある二人だから。
 でも、それはもうちょっと先のハズだったのに」
黒髪 がさがさがさ
黒髪(計画表のリストでも、
 後半年は時間が有るはずだった。
 ひき娘がもっと人になれて、
 少しくらいあの過去を思い出しても、
 今度は人に頼れる位になってからって)
黒髪「でも、二人は出会った」
233:
黒髪「……だめねぇ。
 どこぞのクロマクさんと違って、
 私はまだまだ読みが甘いわ」
黒髪「……それなら、
 状況の設定をしなおさないと。
 なるべく自然に。
 でも大胆に。
 先生にもひき娘にも、
 できるだけ痛みが無い方向で、
 あの事件を乗り越えて貰わないと……」
黒髪「………………」
黒髪「だって、そうじゃないと」
黒髪「…………私のせいなのに」
236:
点数重視の教え方をするのはどちらかというと塾の方じゃないかな
270:
>>236
学校が点数重視しているというか、
一定程度、教科書の内容を「聞いた覚えがある」子を量産する、
という部分を、工場みたいと言ったでござる。
教師やってる友人から、
十人十色の子供に画一的な指導要領なんて用意しても、
「できる子」が自分から歩調を合わせないといけない内容で、
教師として歯がゆいばっかりだー。
とか、そんな聞いた愚痴が反映されていたり><
237:
----------------------------------
 二十一日目 ひき娘の部屋
 こんこんこん
ひき娘「はい、どうぞー」
 がちゃ
ひき娘「いらっしゃいっ」にこっ
黒髪「おじゃまします。
 悪いわねー、昨日の今日で、
 急にお邪魔したい、なんて」
ひき娘「そんな事ないよ。
 黒髪さんだったら、いつでも歓迎するからね」
238:
黒髪「嬉しいこと言ってくれるじゃない」にっ
ひき娘「とりあえず、お荷物はコッチにおいて……
 今日は、泊まっていけるの?」
黒髪「ええ。私は大丈夫よ。
 ひき娘こそ、平気なの?
 何度か会いに来てるけど、
 泊まるのは初めてじゃない」
ひき娘「う、うん……」
黒髪(やっぱり、
 まだ少し緊張っていうか、
 躊躇いはあるみたいね……)
ひき娘「でも、大丈夫だから。
 だって、黒髪さんだし」にこっ
239:
黒髪「まったく、かわいいわねー」ぎゅっ
ひき娘「きゃ、ちょっと、黒髪さん」(////
黒髪「まあ、気分が悪くなる前に言いなさい。
 家も近いし、
 帰る手間なんて無いも同然だから」にこっ
ひき娘「うん。ありがと」
黒髪「さて、それじゃ……
 早勉強でもしましょうか」
ひき娘「え、え?」
黒髪「宿題、いっぱいあるんでしょ?」
ひき娘「それは、あるけど」
240:
黒髪「それじゃ、さっさとやっちゃいましょ。
 やることやってからの方が、
 気持ちよく遊べるじゃない」
ひき娘「うん、がんばるー」しゅん
黒髪「そんなに気を落とした風に言わないの。
 わからない所は私も教えてあげるから」
ひき娘「うん、それなら、
 何とか終わる、かな?」
黒髪「なに、そんなに有るの?」
ひき娘「うん。
 ここから、ここまでと……」
241:
----------------------------------
 二十一日目 風呂場
ひき娘「ふわー……」
黒髪「おつかれさま、ひき娘」
 ちゃぷちゃぷ
ひき娘「うう、せっかく、
 黒髪さんに手伝ってもらたのに、
 やっぱりこんな時間までかかっちゃったよ」
黒髪「とはいっても、
 私は殆ど何もしてないけどね。
 いくつか計算のコツとかは教えたけど、
 ホントに自主学習用の内容じゃない。
 出る幕が無かったわ」
242:
ひき娘「あはは。
 そうだよねー。
 漢字の書き取り頼んでもしょうがないし」
黒髪「まあ、その間、
 ひき娘がお気に入りのアニメ、
 山ほど見させられたけどね」
ひき娘「面白かったかな?」
黒髪「確かに、いくつか面白かったけど……
 男の子向けのが多くなかった?」
243:
ひき娘「そ、そうでもないよ。
 00はゆん先生がキャラクターデザインで、
 ガンダムはガンダムでも、
 平成三部作の中では一番とっつきやすいんだよ。
 さらにいろんなタイプの男の子がいるから、
 友情のキラキラが好きな人も、
 私はこんな彼氏が欲しいなーって人も、
 もちろんそれ以上を想像して楽しみたい人だって大満足だし!
 それに、Fateはあの赤い弓兵さんと、
 青い槍兵さんだって、
 二人ともそれぞれにすごくかっこよくて、
 粋でいさみはだな生き方がもう最高で、
 キュンキュンが止らないって、
 男女に普遍の人気があるし!
 
 あと見てもらった中だと、
 完全に男の子向けだったけど、
 私としてはあのクーガーさんのかっこよさは、
 女の子として一度は見ておいて、
 胸をときめかせておいて欲しかったりだし……」
244:
黒髪「ちょっとちょっと。
 落ち着きなさいよ。
 まったく、アニメのことになるとすごいわね」
ひき娘「あ、あう」(////
黒髪「確かに、夢中になるのもわかるけど、
 ひき娘って前からそんなに、
 アニメとか好きだった?」
ひき娘「え、あ、それは……
 あの、黒髪さんから紹介されたmeganeさんとの会話で、
 『最近の若い子の好みがわからなくて、
 苦労してるんですよ』
 なんて話が出て……」
黒髪「まあ、彼なら言いそうね」
245:
ひき娘「どうせ暇だし、
 最近の人はどういうのが好きなのかなーって、
 見て回ってるうちに、
 夢中になっちゃって……」(////
黒髪「ミイラ取りが……、
 っていうほどじゃないけど、
 思うところができちゃったわけね」
ひき娘「うん。
 ネットで評判を調べて、
 アニメチャンネル?
 っていうので、見てたら、はまっちゃって」(////
黒髪「でも、アニメの話なら、
 それだけ話せるのね……
 なんだかもう、
 ひきこもらなくても平気なんじゃない?」
246:
ひき娘「そ、そんな事ないよっ。
 やっぱり、外に出ようとすると怖くて、
 扉の前で足がすくんじゃうし」
黒髪「試したの?」」
ひき娘「そ、その……
 等身大ガンダムが見たくて……」
黒髪「あはは、いいわねソレ」
ひき娘「わ、笑わないでよっ」
黒髪「気にしないでよ。
 そんなひき娘を想像して、
 ちょっとほほえましくなっただけだから、ぷぷ」
ひき娘「むぅー」
247:
黒髪「でも、外に出ようって気には、
 なったのねー……」
ひき娘「出られなかったけどね」
黒髪「いいんじゃない?
 そんな気になっただけで、
 また一歩前進よ。
 それに――」
ひき娘「それに、何?」
黒髪 にやー
ひき娘「な、なに?!」
黒髪「ひ・み・つ♪」 
ひき娘「えー」
248:
黒髪「さ、そろそろ体洗って出ましょ。
 背中流してあげる」
ひき娘「そんなの悪いし、
 別にいいよー」
黒髪「まあまあ任せなさいよ。
 ほら、こっちに座りなさい」
 ちゃぷちゃぷ
ひき娘「自分で洗えるよ?」
黒髪「洗うだけならねー。
 こうやって手にボディソープをつけて、
 泡立ててから、
 指先、手のひら、手首……」
 ぎゅっぎゅ
249:
黒髪(勉強がんばりすぎよ。
 すっかり手のひらの筋が固くなって、
 腕も、肩もつっぱっちゃってるじゃない)
ひき娘「ん、んぅ。
 ちょっと痛いけど、
 気持ちいいかも?」
黒髪「でしょ。
 ここまでなら自分でも普通にできるけど……
 二の腕、肩……」
黒髪(昔はお父さんのために、
 少しでも出来る事をしたくて、
 詳しい人に習ったのよねー……
 今じゃ、そんな気にはならないけど)
250:
ひき娘「ひゃぁん。
 ちょっと、黒髪さん、そこはくすぐったいっ」
黒髪「ちょっとくらい我慢なさい。
 ほら、ここをぐーっと」
 ぎゅー
ひき娘「あ、いたいいたい!
 ムリッ、むりむりだよっ、
 ギブアップ! ビリビリするよっ!」
黒髪「4,3,2,1……
 はい、いいわよー」ぱっ
251:
ひき娘「い、痛かった……」うるうる
黒髪「ちょっと腕、回してみなさい」
ひき娘「こんな感じ?
 って、わわ、すごい、肩が軽いよ!」
黒髪「最近ずっと勉強がんばってたみたいだし、
 ちょっと肩重かったでしょ。
 勉強しながら何度も腕を動かしてたから、
 ちょっとほぐしてあげたわけ」
252:
ひき娘「うわー、すごい。
 黒髪さんは何でもできるんだね」
黒髪「……そうでも無いわよ」
ひき娘「黒髪さん?」
黒髪「さ、続きやるわよー。
 たっぷり気持ちよくしてあげる」にこっ
ひき娘「えっと、もう痛いのは」
黒髪「大丈夫よ。
 痛くなくなるようにするのが目的だから」
ひき娘「えっと、それって」
253:
黒髪「痛くなくなるまでは、痛いかも?」
ひき娘「その、それはまた次で……」
黒髪「今日これから痛いのと、
 次に三倍痛いのと、どっちがいいかしら?」
ひき娘 ぴしっ
黒髪「ほら、わがまま言ってないで観念しなさい。
 第一、普段から運動してないのが悪いのよ。
 ちゃんと運動してれば、
 こんなにすぐに固まらないんだから」
 ぎゅーっ
ひき娘「――――ッッ?!?!?!?」
254:
----------------------------------
 二十一日目 ひき娘の部屋
 ぎしっ
ひき娘「ふぇえ、やっと布団に入れたよ」
黒髪「あ、こら。
 ちゃんと髪の毛乾かしなさい。
 痛むわよ?」
ひき娘「ううー。
 大丈夫だと思うよ……」
黒髪「そんな根拠のないこと言わないの。
 ほら、ちょっと座って」
ひき娘 ごそごそ
黒髪 さらー、さらー
255:
黒髪「それにしてもひき娘ったら、
 あんなに大きな声で叫ばないでよ」
ひき娘「だ、だって。
 ホントにそれくらい痛くて……」(///
黒髪 さらー、さらー
黒髪「それにしても加減ってものがあるでしょ。まったく……」
ひき娘「むう、
 じゃ、黒髪さんに同じ事しても、
 そんなに叫ばないの?」
黒髪「……まあ、それはそれね」
黒髪 さらー、さらー
256:
ひき娘「もー」
黒髪「ふふ、まあ、
 痛くてもちゃんと効果があるからやってるのよ」
ひき娘「それは、確かに効果はあったけど……」
黒髪 さらー、さらー
ひき娘「……黒髪さん」
黒髪「何かしら?」
ひき娘「明日は、最初だけでも、
 男さんの顔見たいって言ってたけど……」
257:
黒髪「迷惑だったらいいわよー」
黒髪 さらー、さらー
ひき娘「迷惑じゃなくてね」
黒髪 さらー、さらー
ひき娘「もしかして、黒髪さんは」
黒髪「っ」 さらー、さらー
ひき娘「んー、やっぱり、なんでもない」
黒髪「ほんとに、なんでもないの?」
ひき娘「うん。なんでもない。
 ところで、ソロソロ終わった?」
258:
黒髪「はい。これで終わり。
 って、言いたいけど、
 ちょっと待ってね。
 これと、これをー」
黒髪 ペタペタ
ひき娘「それは何?」
黒髪「大したものじゃないわよ。
 百均で買ってきた化粧水。
 寝る前と起きた後に軽くつけるだけで、
 多少は髪質が良くなるってわけ」
ひき娘「そんなのいいよー」
黒髪「だーめ。
 乙女でしょ?
 ちゃんと髪のお手入れくらいしないと」
259:
ひき娘「黒髪さんみたいにきれいだったら、
 意味はあるかもしれないけど」
黒髪「ひき娘の髪じゃ変わらないって?
 バカ言ってんじゃないの。
 こんなジョークを知らない?
 『英国のカントリーハウスに観光に訪れた夫人が、
 そこの庭師に、良いお庭ですね、とくに芝が美しいとほめた。
 続けて、どんな工夫をしたら、
 こんなにきれいな芝生になるんです?
 とたずねたけれど……』」
ひき娘「化粧水?」
黒髪「……面白いところに接続されたわね。
 『特別な事は何もしてませんよ。
 せいぜい二百年、毎日朝露を拭いて、
 時期が来たら長さを整えてやるだけです』
 って言われたそうよ」
260:
ひき娘「うわぁ……
 さすがイギリスっていうか……」
黒髪「ブルジョワジーって感じよね。
 ま、そんな長期間でなくても、
 髪のお手入れくらい、
 女の子だったらサボっちゃだめよ」
ひき娘「うー……」
黒髪「それにね。
 顔の形とか胸の大きさとか、
 そういうのはどうにもならないし、
 体型とかも難しいわよね。
 でも、髪の手入れなんてそんなに難しくないから、
 きれいになりたいなら、
 まずはそこからよ。
 今時、男の子だってやるわよ」
261:
ひき娘「お、男の子も?」
黒髪「男の子に髪のきれいさで負けると、
 ずいぶんショックらしいわよ。
 ま、私だったら、そんな男なんてごめんだけど」
ひき娘「確かに、そうかも……」
黒髪「だからね、それくらいはちゃんとしなさい。
 この化粧水置いていって……
 って、そういえば、
 ひき娘は普通の化粧水とか、乳液とか……」
ひき娘「え、えへ」
黒髪「あーもう、
 今度、何種類か持ってきてあげる。
 試供品の中から、
 ひき娘に合うの見つけましょ」
262:
ひき娘「は、はーい……」
ひき娘(なんで黒髪さんって、
 こう美容とかの話になると怖いのかなー……)
ひき娘「と、とりあえず、もう終わり?」
黒髪「そうね。ちゃんと乾いたみたいだし、
 いいわよー」
ひき娘 ばたーん
ひき娘「もう駄目ーねるー」
263:
黒髪「私も隣で寝ていいの?」
ひき娘「うん、いいよー」
黒髪 もぞもぞ
ひき娘 もぞもぞ
ひき娘「それじゃ、おやすみ、黒髪さん」
黒髪「おやすみ、ひき娘」
264:
黒髪「……」
ひき娘 すーすー
黒髪「無防備にすぐ寝ちゃって……」
黒髪「ま、それだけ疲れてたって事でしょうけど……」
黒髪「……ほんと、
 あどけない顔しちゃって」
ひき娘 すーすー
265:
黒髪「…………ふぅ」
黒髪(今は、こうやって話せてる。
 でも、二年前は、そんな事もできなかったのよね)
黒髪(あの日から、
 こうやって話せるようになるまでに、
 費やした時間は二年)
黒髪(短いか長いかは、
 私では判断が付かないけど。
 それでも、ひき娘が努力してる事は、
 間違いなく伝わってくる)
黒髪(人間が信じられなくて、
 怖くて、嫌いで。
 人が近寄るだけで、
 その忌避感から吐きそうになってた)
266:
黒髪(当時のひき娘は、
 ずっとずっと、
 泣いてた印象がある)
ひき娘『もう、やだよ。
 生きてるの、辛いよ。
 なんでこんなに、苦しいの?
 なんでこんな思いをして、
 生きてないといけないの?』
ひき娘『死にたいよ。
 死にたいけど、怖いの。
 痛いのも、苦しいのも、もうやだよ』
黒髪(そんな言葉を言う自分も嫌いで、
 でも言わないと揺れる心が保てなくて。
 そんなのが口にしないでも伝わるような、
 聞いてるだけで突き刺さるような、言葉)
267:
黒髪(私にできたのは、
 扉の外でそんな声を聞くことだけ。
 それも、学校が終わってから、
 他の習い事の間の、ほんの少し)
黒髪(それでも、
 声を聞かせてくれるだけ、
 私には心を許していて。
 他の人にはずっと、黙りきってたみたい)
黒髪(やっと最近になって、
 少しずつ外に目を向けるようになったと、
 そう思ってたら)
268:
黒髪(いつの間にか、
 男さんとすっかり仲好くなったみたいで。
 男さんに対しては、さすが専門家、かしら)
黒髪(でもやっぱり、
 悔しくないって言ったら嘘ね)
黒髪(親友のあたしを差し置いて、
 なんて言えた義理はないけど。
 それでも、なんだかさらわれた気分)
黒髪(難しい処ねー……)
269:
黒髪 うとうと
黒髪「私が、守ってもらう側、だったのにね」
黒髪 うとうと
ひき娘 ぎゅー
黒髪「……」
ひき娘 すー、すー
黒髪 そっ
ひき娘 にへー
黒髪 にこっ
黒髪 すー、すー
275:
----------------------------------
 二十二日目 ひき娘の部屋
 こんこんこん
ひき娘「はい、どうぞー」
 がちゃ
男「失礼します……おや」
黒髪「はろー」
男「どうして、黒髪さんがコチラに?」
ひき娘「えっと、その」
黒髪「偶然ってあるものねぇ。
 ひき娘のところに熱心に通ってるのが、
 先生だったなんて、いがーい」しらじら
ひき娘「だ、だって家庭教師さんだし」
男「…………ふむ」
276:
男(どこからドコまでが、
 黒髪さんの『仕込み』でしょうか。
 家庭教師から?
 それとも何かがその前から?
 偶然、でしょうか。
 しかしなぜこのタイミングで、
 わたしとバッティングしたのか……)
男「とりあえず、細かい事は後回しです。
 これからひき娘さんの授業ですが、
 黒髪さんはどうしますか?」
黒髪「間接的に出て行って欲しいって、
 言われてる気分になりますね。
 二人っきりが良かったですか?」にやっ
277:
男「授業の邪魔になるようであれば」苦笑
ひき娘「あ、あの。
 先生と黒髪さんが知り合いかもで、
 私から黒髪さんに、一緒に授業を受けない? 
 って聞いたんです」おどおど
黒髪「そんなにキョドんないでよ。
 やましいことも無いんだから」
男「ひき娘さんからの提案でしたか。
 では、一緒に授業を受けますか?
 黒髪さんにとっては、
 あまり有用では無いと思いますが」
黒髪「そうなの?」
278:
男「基本的に、
 今は中学一年生から二年生まで、
 既に行ったはずの単元の、
 総復習ですからね」
黒髪「そういう内容なら、
 私にとっても復習になるし。
 現役がどれだけのさで解答するか、
 ひき娘にも目に見える目標に、
 なれるんじゃない?」
男「……そうですね。
 そうしたメリットを考えれば、
 さほど悪い話でもありません」
279:
黒髪「その切れ味の悪い解答、
 まさかホントに、
 先生ったらひき娘と二人きりがよかったの?」
男「僕はひき娘さんのお母さんから」
ひき娘 ぴくっ
男「授業をして欲しいと頼まれていますが、
 黒髪さんはそこに含まれていませんからね。
 デメリットしかない話なら、
 当然受ける事はできません」
黒髪「解答が真面目すぎて面白くないけど、
 確かにそうよね」
ひき娘「そ、その。
 それじゃ、二人で授業でも」
男「わたしとしては、
 一向に構いませんよ」
280:
ひき娘「じゃ、今日は一緒にお勉強だね♪」
黒髪「うふふ、
 よろしくお願いしますね、先生」
男「……大丈夫とは思いますが、
 問題があれば出てもらいますよ?」
黒髪「大丈夫よー。
 ちゃんと友達のためになるように、
 私だってがんばるから」にこっ
ひき娘「ありがとー」にぱっ
男「……では、授業をはじめますか」
281:
男(普段よりひき娘さんの緊張が、
 幾分か少ないようですね。
 建前もあって、
 口では渋っていますが、
 それだけでも悪くない話です)
男(しかし、本当に何が目的でしょうか)
男(私の見る限り、
 黒髪さんはあまり、
 無駄なことに時間は使わない人です)
282:
男(塾でも、
 友人同士の馴れ合いなどは、
 必要以上に行っていない様子……
 もちろん、空気を悪くしない程度に、
 適度に、ですが)
男(……考えても仕方ありませんね。
 黒髪さん自身が提案した利点もあります。
 それは存分に活かさせてもらいましょうか)
283:
----------------------------------
 二十二日目 ひき娘の部屋
男「はい、それでは手を置いてください」
ひき娘「はんにゃー……」ぐったり
黒髪「ふぅ……」こきこき
男「では少しだけ休憩です。
 その間に二人の答案を見ますので、
 ストレッチやお手洗いなど、
 済ませて置いてください」
ひき娘「はぁい…………
 ん、くぅー」せのびー
黒髪「じゃ、私はちょっと、
 お花を摘んでくるわね」
ひき娘「うん、どうぞー」
 かちゃん
285:
男 さらさらさらっ
ひき娘 ちらっ
男 さらさらさらっ
ひき娘「あ、あの……」
男 さらっ
男「はい?」
ひき娘「えっと、その……
 黒髪さんとは……その……」
男「はい」
ひき娘「もしかして、恋人とか、」
286:
男「へ? 黒髪さんとは、
 多少仲が良いとは思いますが、
 ただの教師と生徒です。
 どう聞いていますか?」
ひき娘「えっと、そ、それは」
男「ああ、女同士の秘密、
 というやつでしょうか。
 ムリに云わなくてもいいですよ」
ひき娘「そうしてもらえると、
 その、たすかります」
287:
ひき娘(ど、どうなのかな?
 『場合によっては、
 恋人になるって選択肢もある仲、
 って云えば良いかしら』なんて、
 黒髪さんは言ってたけど……)
ひき娘(黒髪さんが、
 先生に片思いしてるって事かな?)
男 さらさらさらっ
288:
ひき娘(確かに、ちょっとわかるかも。
 眼鏡だからっていうのもあるけど、
 すごく頭が良さそうで、
 実際、大学もいい所を卒業してるとか……)
男「…………」さらさらさらっ
ひき娘(普段はすっごく真面目で、
 話から伺える限りだとすごい努力家みたい。
 一度大切にするって決めたら、
 ずっと大切にしてもらえそうかも)
289:
男 さらさらっ
ひき娘(それでいて、
 時々とってもいたずらっ子な笑顔があって……
 普段の真面目さとのギャップに、
 なんだか……なんだか?) じーっ
ひき娘 ふるふる
ひき娘(体力とかは普通そうだけど、
 それでも何か有ったら頼りになるような、
 落ち着いた安定感っていうのかな、
 守ってもらえそうっていう感じがするかも)
ひき娘 じーっ
男「……ひき娘さん」
290:
ひき娘(小さい頃に離婚しちゃって知らないけど、
 恋人にしたい人っていうより、
 お父さんになって欲しい人、みたいな)
男「ひき娘さん?」
ひき娘「はっ、ひゃい?」ばっ
ひき娘「い、痛い……」
男「ああ、噛んでしまいましたか。
 大丈夫ですか?」
ひき娘「だ、大丈夫です」(///
291:
男「ひき娘さんと黒髪さんは、
 どういうつながりだったんですか?
 失礼ですが、
 黒髪さんはあまり、その……」
ひき娘「あ、えっと、
 その、それは――」
 こんこんこん
ひき娘 びくっ
男「はい、どうぞ」
292:
 がちゃ
黒髪「あら、取り込み中じゃなかったの?」
男「取り込もうとしていたら、
 黒髪さんが帰ってきてしまいました」
黒髪「えっとそれは……
 ちょっと散歩にでも、
 行ってきた方がいいかしら?」にやっ
ひき娘「そ、そんなの冗談だから!
 私も、お手洗い行ってきますっ」
 どたどた
293:
黒髪「……まさか、本当に?」
男「いえいえまさか。
 そういう勘繰りは、お里が知れますよ?」
黒髪「知られて困るような里じゃないわよ。
 それで、どうなの?」ずいっ
男「近いですよ、黒髪さん」
黒髪「どきどきしちゃいます?」
男「違う意味でなら」にやっ
黒髪「違う意味?」すっ
男「黒髪さんに迫られると、
 何かの術中に落ちそうな気がします」
黒髪「私って信用ないかしら」
294:
男「信用はしていますよ。
 信頼はできませんが」
黒髪「まだまだ若いって、
 云いたいわけね」
男「否定はしません。
 ただ、それ以上に」
黒髪「それ以上に?」
295:
男「私は友人として、
 黒髪さんをかっていますからね。
 アナタは自分を、
 それほど安く扱う人ではないと」
黒髪 ばんざーい
黒髪「降参よ。
 そんな落とし文句を口にされて、
 いけしゃあしゃあとしていられるほど、
 私もできてないわ」
男「では、降参させた褒美に、
 一つ教えてください」
黒髪「何かしら?」
296:
男「なぜ、今日、こちらに?」
黒髪「…………怖い人。
 ドコまで見通してるのかしら?」
男「それはコチラのセリフですよ」
黒髪「後でちゃんと話す、
 という事でどうかしら。
 先生はここには車かしら?」
男「電車ではいささか不便ですから」
黒髪「それなら、
 塾まで送ってもらえるかしら?
 話は車で」
297:
男「……迷うところですが、
 いいでしょう。
 ここで授業を終えた後では、
 場合によっては遅刻させる事にも、
 なるかもしれませんからね」
黒髪「ありがとー、
 先生大好きよ☆」
男「現金な大好きですね」苦笑
男「さて、では、
 ひき娘さんが戻ってきたら、
 テストの解答を渡しましょう」
298:
----------------------------------
 二十二日目 車の中
 ばたーん
黒髪「あーもー、ダメ。
 今日は授業休ませてー……」ぐたっ
男「何を云ってるんですか、まったく。
 さ、シートベルトをしめてください」
黒髪「私を椅子に縛りつけて、
 身動きしにくいようにしたいなんて、
 先生ったらやらしー……」にやにや
男「疲れてますねえ。
 いつもより冗句に品が無いですよ」
黒髪「むっ……」いそいそ
男「発車しますよ」
 ぶろろろろ
299:
黒髪「…………たぶん、
 もうわかってるんでしょ?」
男「何がですか?」
黒髪「私とひき娘の事」
男「まあ、少しして、
 冷静に考えられるように、
 なってからですが」
黒髪「そして私の恋心も」
男「それは知りません」
黒髪「む、それは気がついてよ」
男「ふふ、とはいっても、
 煙ばかりで火は見えませんね」
300:
黒髪「火の無いところに煙は立たず、
 って云わせたいの?」
男「中国の周に幽王という人がいましてね」
黒髪「周っていうと、
 封神演義の頃ね」
男「それはフィクションですがね。
 コチラは紀元前八世紀の史実です。
 ある日、敵襲を知らせる狼煙が間違って上がり、
 敵襲だと騒いだ諸侯が集結しました。
 その慌てぶりを幽王の愛する寵姫が目にして、
 たいそう可愛らしく笑ったため、
 以来、しばしば無用に狼煙を上げたとか。
 その結果、諸侯の機嫌を損ねてしまい
 本当に反乱が起きたときには、
 誰も助けに来なかったそうです」
301:
黒髪「その心はなによ」むすっ
男「あまり大人をからかわないように、
 といったところです。
 ウソは言葉を軽くしますからね」
黒髪「でも、オオカミ少年でも幽王も、
 最後は本当のことを言うでしょ?」
男「では、最後という機会であれば、
 本当のことが聞けると、
 そう覚えておきましょう」
黒髪「ふふっ、後で後悔しないでね?」
男「本当だったなら、
 後悔しないとは云いません」苦笑
黒髪 むっ
302:
男「さて、
 では雑談はこの程度にして、
 そろそろ本題を話しましょう」
黒髪「……そうね。
 結論から言えば、
 先生に紹介したsugomoriと、
 あのひき娘は同一人物よ」
男「やはり、そうですか」
黒髪「見覚えはないの?」
男「私の担当学年では無いので、
 さすがに憶えていないですよ。
 その頃の話をすれば、
 もしかしたら思い出すかもしれませんが……」
303:
黒髪「それと一緒に、
 あの子のいじめの記憶も」
男「呼び覚ましてしまうかも知れません。
 なので、しばらくは、
 その話はしないつもりです」
黒髪「私も気をつけるわ。
 うっかり云わないように」
男「それがいいですね……ただ」
黒髪「なにかしら」
男「私は、私だと云ったものか、
 悩んでいます」
黒髪「……ああ、twitterのことね。
 先生がmeganeさんですって」
304:
男「はい。
 ウソは嫌いなので、
 もし聞かれれば肯定しますが。
 自分から言い出す必要もないかなと」
黒髪「私からは、
 特にどちらという気もないけど……
 バレると問題があるの?」
男「おそらく、問題はないでしょう。
 ただ、利点はありそうですね」
黒髪「たとえば?」
305:
男「私の事について、
 なにか気に障る点などが有れば、
 数少ない異性の知り合いとして――」
黒髪「唯一ね」
男「唯一の異性の知り合いとして、 
 その不満を打ち明ける相手になれば……
 彼女に今以上にストレスなく、
 接してもらえるだろうと思います。
 卑怯な考えですが」
306:
黒髪「卑怯ね。
 でも、間違ってはいないわ。
 ひき娘みたいに、
 悩みを抱え込むような子が相手なら、
 武器は多いほうがいいとは、
 私も思うもの」
男「同じ見解で何よりです」にこっ
黒髪「そうと決まれば、
 私からは何も云わないわ」
307:
男「わかりました」
黒髪「ただ――」
男「はい?」
黒髪「いえ。
 また何か有ったら教えて。
 共通の『友人』も、
 できたことだし」
男「……そうですね」苦笑
315:
----------------------------------
 二十二日目 教員室
黒髪 ひょいっ
女生徒「それでですねー、
 うちの教師ったら私の胸元ばっかりみてー」
男「それは嬉しくないですよね。
 とはいえ、教師もやはり男です。
 もう少し隠していただけたほうが、
 わたしとしてもやりやすいですが」苦笑
女生徒「えーやだー、
 せんせーも興味あるの?」にやにや
316:
男「それは男性ですからね。
 とはいえ、
 やはり目を見れば、
 相手がどこを見ているかは分かります。
 だからわたしは、
 できる限り相手の目を、
 見るようにしています」
女生徒「あはは、
 せんせーったらなんかかわいー」
男「だから、
 女生徒さんが授業中、
 ずっと黒板以外を見ていたのも、
 もちろん知っていますよ」にこっ
317:
女生徒「うわ、
 マジかんべんなんだけど」
男「女生徒さんが見つめていたのは、
 斜め前の……」
女生徒「すとっぷすとーっぷ」
男・女生徒「あははは」
黒髪「忙しそうね……」とことこ
319:
 とことこ
友「ん、よぉ……たしか」
黒髪「こんばんわ、友先生。
 黒髪です」にこっ
友「あーそうそう、黒髪ちゃん。
 どう、勉強の調子は」
黒髪「先生たちのおかげで、
 模試も志望校に問題ないと」
友「ほー。確か志望校は、
 俺らと同じだったっけ?」
黒髪「あら、
 名前は覚えてないのに、
 志望校は覚えているんです?」
320:
友「そういう言い方はないぜ」苦笑
黒髪「ごめんなさい。
 ちょっとした冗句です」にこっ
友「……まああれだ。
 もしよけりゃ、
 この後少し時間はねえか?」
黒髪「時間、ですか?」
友「先輩の俺から、
 対策をちょいとね」ウィンク
黒髪「……」
友「ま、一時間したらちゃんと送るよ。
 心配なさんな」にかっ
321:
黒髪「……では、一時間だけ」にこっ
友「そんじゃ、俺は男に一言残してくる。
 このビルの下……はマズいな。
 駅前のアーケードあるの、わかるかな?」
黒髪「はい、わかりますよ」
友「その通りにある第一書森のところ、
 右に一本入ると小さなビルが有ってな。
 その二階の店で落ち合おう」
黒髪「……ずいぶん用心しますね」
友「用心っつーか。
 俺の秘密の巣なんだ。
 だから、大勢に教えちゃいけないぜ?」
黒髪「わかりました。
 では、お先に」へこっ
友「おう」
322:
----------------------------------
 二十二日目 BAR琥珀亭
 からんからーん♪
友「じゃまするぜー」
店主「……」
友「俺の連れが来てるはずだけどよ」
店主 くいっ
友「あいよ。
 あ、ついでにいつものと、
 なんかノンアルコールの。頼む」
店主 こくっ
323:
 とことこ
友「やーやー。
 悪いね。待たせちゃって」
黒髪「構いませんよ」にこっ
友「……あの店主、
 愛想ないだろ」ぼそぼそ。にやっ
黒髪「ええ。びっくりするくらい……
 でも、優しい方ですね」
友「そうかぁ?
 ま、そうかもな」
324:
黒髪「サービスって言って。
 こちらのジュースをくれて」
店主 とことこ。ことっ。
友「ども、サンキュですよ」
店主 こくっ。とことこ
友「ま、美人サービスだな。
 俺に対してはただの無愛想だ」
黒髪「あら、それって、
 間接的にほめてもらってます?」じっ
325:
友「ま、まあ、な」たじっ
黒髪「ふふっ、ありがとうございます」にこっ
友(うあー。
 男ったら、こんな女とよくいられるな……)
黒髪「それで、
 ご用件はなんです?」
友「それはほら、さっき言った……」
黒髪「建前はいりませんわ。
 志望校への試験対策なら、
 教材の充実している塾の教員室の方が、
 どう考えても向いていますよね」
友「…………」
326:
黒髪 かたっ。こくっこくっ
黒髪「美味しいですね」
友「……無愛想だが、味は確かだからな。
 まあ、あれだ。
 試験とか勉強を餌に釣った事は、
 まず謝る」ふかぶか
黒髪「釣られたわけではないですが、
 面白くないお話なら、
 途中で帰らせてもらいますよ」にこっ
友「あー。面白いかどうかってなら、
 面白くないかもしれんな」
黒髪「……」
327:
友「男にずいぶん近づいてるみたいだが、
 何が目当てなんだ?」じっ
黒髪「……目当てなんて。
 勉強を教えてもらってるだけですよ。
 塾の生徒と、講師として」
友「ついでに友人の面倒も、か?」
黒髪「……」
友「男は――あいつは、
 基本的に他人を頼らんやつだ。
 友達甲斐のかけらもねぇ」
黒髪「そう、ですね」
328:
友「だがまあ、
 あいつだって木石じゃねえ。
 見せないようにしてるが、
 悩みがあるならそれなりに影ができる。
 苦しんでたら、その分だけ元気がなくなる」
黒髪「……苦しんでますか?」
友「苦しんでるな」
黒髪「……」
友「……俺と男は、幼馴染でな。
 かなり古い付き合いだ。
 だから他の奴よりは、あいつに関しちゃ気がつくつもりだ」
黒髪「見間違いなどでもないと」
友「苦しんでるな。
 おまえさんがあいつに絡むようになってから」じいっ
黒髪「……」すぃっ
329:
友「もっとも、俺はおまえさんを責めちゃいねえよ。
 あれであいつも、三十路の男だ。
 悩むのも悩まねえのも、
 苦しむのも苦しまんのも、
 立つも座るも歩くも、
 あいつが選んですることだ」
黒髪「……ではなぜ、
 私を呼んだんです?」
友「難しいところだが、
 しいて言えば、あいつの尻拭いだ」
黒髪「しりぬぐい、ですか」
友「おう」
330:
友 ぐいっ
友「っかー。やっぱり仕事の後は酒だな!
 とくにこんな時は、酒だ」ぐいっ
黒髪「こんな時?」
友「気にすんなよ。
 まあ、それでな、
 俺は基本的に一人の男として、
 あんまりあいつの事情に首を突っ込む事はしないが。
 やっぱ、向き不向きはあってな」
黒髪「……」
友「あー、もうめんどくせぇ。
 ぐちゃぐちゃ前置きはいい。
 おい、黒髪ちゃんよ」
黒髪「はい」
友「お前さんな、悩んでるだろ」
331:
黒髪「……」じっ
友「悩みの内容なんざ、
 俺は魔術師でもなけりゃ超能力者でもねえ。
 ロクにわからんがな。
 伊達や酔狂で『先生』やってるわけじゃねえんだ。
 悩んでるガキくらい見りゃわかる」
黒髪「そうなんですか?」
友「おうよ。
 ……ま、何も悩んでないって言うなら、
 それはそれでいいが」ぐいっ
黒髪「……」
友「ほれ、氷が解ける前に飲んじまえ。
 足りなくなったら頼んでやるから」ずいっ
黒髪「はい」ごくっ、ごくっ
友「おう。
 酒じゃねえが、いい飲みっぷりだ」
332:
黒髪「……ふぅ。
 落ち着きました」
友「そうか。
 んで、どうだ。
 俺の勘はあたりか?」
黒髪「…………確かに、悩んでます」
友「ほう」
黒髪「通ってる塾の先生に、
 塾の外で合わないか、なんて強要されて」ううっ
友 ずべぇー
黒髪「あら、大丈夫ですか?」
友「じゃかぁしぃ!
 なんだ、人がせっかく気を回したのによ」
黒髪「そうなんですか?」
友「そうなんですよっ。
 くそっ。男のヤツの周りには、
 なんでこんなヤツらばっか集まるんだ」
333:
黒髪「類が友を呼ぶのでしょう。
 ねえ、親友さん」にこっ
友「けっ」
黒髪「……そうですね。
 確かに、本当に悩んでます」
友「知ってる」
黒髪「でも、ちゃんと隠してたはずですけどね……」
友「うぬぼれるな。
 これでも教師歴十五年だ!
 ガキなんざ見慣れてらぁ」
黒髪「えっと、今年でおいくつでしたっけ?」
友「男と同じで三十路だがな、
 あの塾は祖父のやってた塾だからな、
 年少クラスで手伝いしてたんだ」
黒髪「ああ、なるほど……」
334:
友「んで、どうなんだ?
 悩みが有るのはわかるが、
 話す気がないならわざわざ聞かねえよ。
 俺としちゃ、
 あくまで幼馴染の友人が困った顔してるから、
 ちょっとおせっかい焼いてるだけ、だからな」
黒髪「……ここでの言葉は、
 秘密にしてもらえます?」
友「それが望みならな」
黒髪「では、他言無用で」
友「あいよ」
335:
黒髪「…………
 どこから、話しましょうか」
友「最初からだろ」
黒髪「……では、三年前の、
 四月から、ですかね」
友「つまり、中学の入学式か」
黒髪「はい。
 最初は普通のクラスで、
 みんな仲良くやっていたんですが……
 しばらくすると、
 女子にまとまりができて、
 そのまとまりに居ない子を、
 いじめというほどではないんですけど、
 はじくようになりましてね」
336:
友「……女はおっかないな」
黒髪「まあ、そんなのは良くある事ですよ。
 男子だって、多かれ少なかれ、あるみたいだし。
 そこでその時は少し体が弱かった私が、
 女子からあぶれましてね。
 体育とかも休みがちで、
 そういうのって女子の中だと……」
友「あー、まあわかる。
 協調性がないとかいいだすアホがいるもんだ」
黒髪「そんな理由で、
 女子から無視される事が何度か有って……
 それだけなら良かったんですけどね、
 私だけが、一部と中が悪いだけだったから」
337:
友 からからっ、ぐびっ
黒髪「二年生になって、
 どういう理由かは分からないんですけど、
 急に男の子たちが、私に好意を伝えてきて」
友「二年か……
 確か、それなりに進学のいい私学だったよな」
黒髪「はい」
友「なら、ちょうど修学旅行の少し前だろ」
黒髪「……なるほど。
 そういうワケね」
友「中学二年の男子なんざ、
 頭の中は乙女よりもピンク色だからなー」
338:
黒髪「話を戻しましょうか。
 それで、そういった事を伝えられたけど、
 私としては、
 他にやりたいことが有ったから、
 すべて断ってたんです」
友「あー、なんか読めてきた」
黒髪「たぶんそのとおりですよ。
 クラスでも人気の男子を断ったら、
 翌日からはもう、
 クラス中の女子から無視されたり、
 机とか物に落書きされたり……」
友「もし受けてても、
 今度はまた違う排斥が有ったろうがな」
黒髪「否定はしないですよ。
 まあ、そんなこんなで、
 いい加減私の方も、
 なにか解決策を打とうとしたところで……」
339:
友「なんだよ、そんなの有ったのかよ」
黒髪「それは色々と」にこっ
友(な、なんだ、急に背筋がぞくっとしたぞ?!)ガクガク
黒髪「そこで、
 ひき娘っていう子がみんなの前に立って、
 『黒髪さんをいじめないで』なんていっちゃって」
友「あー、アウトだ」
黒髪「はい。
 確かに私への行為は減ったけど、
 減った分の倍くらい、
 ひき娘にそのいじめが向いて……」
友「……そうか」
340:
黒髪「私としては、
 それが原因でひきこもった友人をたすけたい」
友「それで、アイツに相談したわけか」
黒髪「そういう事です。
 ただ、思った以上に先生が気にしちゃって」
友「……それは嘘だろ?」苦笑
黒髪「……ばれました?」
友「わかるっての。
 男を巻き込むつもりは満々だった。
 理由は知らんがな」
黒髪「……」
友「別に責めちゃいないさ。
 さっきも言ったが、
 どうするにしたって、あいつも大人だ。
 巻き込まれたくなければ関わらん。
 関わったのなら、あいつにやる気があったって事だ」
黒髪「そうですかね?」
341:
友「でだ。
 あいつが乗り出した事で、
 俺から考えりゃ、悩みは無くなったハズだが。
 どうにも、まだ何かあるだろ」
黒髪「……厄介ねぇ」
友「……」
黒髪「友先生みたいに、
 『鼻の利く』人って、苦手なのよ」
友「なんだ、迷惑か?」
黒髪「迷惑なら帰ってるわよ。
 わかってて聞いてるでしょ」
友「いや、わからん。
 俺は男と違って、
 気取ってるやつの機微なんざわからんからな」
342:
黒髪「友先生が気取らなさすぎでしょ」
友「よく云われるな」きりっ
黒髪「ほめてないわよ。
 まあ、そうね。
 悩んでるわよ。とっても」
友「何をだ?
 話せば楽になるかもしれねえよ?」
黒髪「…………
 私ね、きっとどこかで、
 ひき娘の事を嫌ってるのよ。
 ……見ていてイライラするの」
友「……」
黒髪「無邪気な笑顔。
 努力家なところ。
 良くないものを良くないって云える高潔さ。
 ちょっと抜けてる可愛らしさ」
343:
友「褒め続けだな」
黒髪「ええ。
 だって、そんな風に、
 私が持ちたくて持てないものを、
 たくさん持ってるところが、
 妬ましくて疎ましいから」
友「……なるほどなぁ」
黒髪「あの子の事は大好きよ。
 助けてくれてた恩人だし、
 実は中学は別だったんだけど、親友だったわ」
友「過去形か?」
黒髪「今でも親友よ。
 むしろもう、恋人みたいな?」にこっ
友「茶化さんでもいいぜ」苦笑
344:
黒髪「何よ、人がせっかく……
 とにかく、私としては、
 ひき娘は大切にしたい相手なの」
友「それで、男を巻き込んだのか」
黒髪「…………そうよ」
友「……それでいいのか?」
黒髪「…………」
友「なんとなく俺には、
 それだけじゃねえように見えるぜ?
 黒髪ちゃんよ。
 お前さん、実は男を巻き込んだ理由は――」
345:
黒髪 ふるふる
友「……まあ、俺は別にいいぜ。
 友達の友達が悩んでるから、
 善意で協力しようとしただけだ。
 だが、悩みたいってなら、あえて何も言わん」
黒髪「…………」
友「さて、そろそろ約束の一時間だ。送ろう」
黒髪「…………はい」
351:
----------------------------------
 三十日目 TL:sugomori
sugomori:おおー、ついにナドレが変身!
megane:さっきのフォーメーションといい、
 今日のメンバーはヤル気ですね。
sugomori:だってだって、
 幸せそうな罪の無い人を殺したんですよ!
 ソレスタルビーイングと、
 AEUの紛争の理由を増やしたんです、
 立派な紛争幇助ですよ!
352:
megane:そうですね。
 おや、おもったよりあっさり、
 彼らが撤退しましたね。
sugomori:あうー。
 なんでわざわざ、
 ロックオンさん飛んでくるんでしょうか。
 大気圏外狙えるなら、
 水平線くらいから狙えばいいのにっ。
megane:……なかなか物騒ですね。
353:
sugomori:むうむぅ(>_<)
 スローネさんたちは嫌いですからね!
 エクシアとヴァーチェはいいとしても、
 ロックオン兄さんには、
 長距離で倒して欲しかった(>_<)
megane:まあ確かに、
 狙撃兵がわざわざ、
 すぐ目の前にやってきて、
 ライフルを振り回されても(笑)
sugomori:ですよねっ!
megane:大気圏外を狙えるなら、
 おおよそ五キロ程度の距離、
 レーザーの減衰も気にせず、
 撃てば良い気もしますが……
sugomori:五キロって、
 どういう計算です?
354:
megane:先ほど、
 sugomoriさんが、
 水平線からーと云いましたよね。
 水平線はまでの距離はおおよそそれくらいなんですよ。
sugomori:なんと。案外近いです……
megane:もちろん、
 高さがあればもう少し遠くから見ることもできますがね。
sugomori:ええっと、どうしてです?
megane:水平線というのは、
 地球という球体の上に視点をとって、
 その点から引いた直線と、
 球体の接線の点だと考えましょう。
355:
sugomori:めもめも
megane:その水平線の向こうに、
 直線に交わるものが有った場合……
 現実から考えれば、
 水平線という『壁』よりも、
 高さのあるものが存在すれば、
 当然見ることもできますよね。
sugomori:おお、そうですね!
megane:相手が低くても、
 コチラの高さがあれば、
 同じように接線は遠くなります。
 そうすると、
 球体の接線より手前に相手がいる状態になり、
 やはりコレも狙うことができます。
356:
sugomori:おおー
megane:地球の円周は12700キロちょっと。
 計る場所によって違いますが、
 この数字を関数に代入して使えば、
 簡単におおよその接点を見つけられますよ。
 また、この演習の数字はセンターなどでも、
 教科によっては時々出題される数字です。
sugomori:なんとっ。
megane:また、ギリシャ時代には、
 二点の距離と、
 その点で作られる影の長さから、
 円の関数を使って、
 地球の大きさがある程度求められていますね。
sugomori:…………
357:
megane:方程式というのは、
 変数を変えることで作られる、
 比例式ともいえます。
 この使い方に習熟しておくと、
 工夫をすることで、イロイロと便利ですよ。
sugomori:meganeさんって、なんだか……
megane:はい?
sugomri:いえ、ちょっと、
 知り合いの先生ににてるなーって。
megane:先生ですか。
 もし私が先生なら、
 きっとアニメの話だけで、
 授業時間がおわってしまいますよ(笑)
358:
sugomori:あはは、それはそれで、
 喜ばれそうな先生ですねd(・ー<*)ウィンク☆
megane:おや、続きが始まりましたよ。
 ああ、沙慈君、辛そうですねぇ……
sugomori:そうですよ、
 だってせっかく彼女に指輪を……
 指輪を……
 うわぁん(ノ_<。)
megane:ああ、日本に……
sugomori:スローネなんて大嫌いですよー><
359:
----------------------------------
 三十一日目 ひき娘の部屋
ひき娘 かりかりかりかり
ひき娘(テスト始めてから、
 いつもより時間の読み上げが少ないかな?)
ひき娘 ちらっ
男 こくり……こくり
ひき娘(なんだか、眠そうだよ……)
ひき娘 かりかりかりかり
ひき娘(今日は寝不足なのかな?
 先生も、昨日のガンダム見てて寝不足だったりして)
360:
ひき娘 ふるふる
ひき娘(先生はアニメとか、
 見なさそうだよね。
 でも、寝不足なのは心配……)
 pipipipi pipipipi
ひき娘「あっ」
男「むっ。では、ペンを置いてください」
ひき娘「は、はいぃ……」
男「どうしました?」
ひき娘「えっと、その、
 先生が眠そうだなって、
 気になってたら時間で……」
361:
男「む、気付かれてましたか」
ひき娘「けっこう、お船こいでたので」
男「本番のテストでも、
 寝ている子はいるかもしれません。
 集中を乱すのはダメですよ?」ふいっ
ひき娘(ちょっとだけ、
 先生の頬が赤くなってるみたい?
 もしかして、ちょっと照れてるのかな?)
男「…………それはそれとして、
 集中をそいでしまって、
 すみませんでした」へこっ
362:
ひき娘「い、いえ。
 ただその、体調は大丈夫ですか?」
男「はい。
 ちょっと夜更かしをしてしまっただけなので」
ひき娘「えっと、その。
 これから十五分だけ、
 休憩しませんか?」
男「……」
ひき娘「あの、やっぱり、
 眠いのは辛いし、
 先生はこの後塾で授業ですよね?」
363:
男「そうですが」
ひき娘「じゃ、その十五分で、
 私はテストのダメだったところ、
 もう一度自分で見直したいです!
 お手洗いも行きたいですが……」おずおず
男「……すみません。
 では十五分だけ、
 お時間を下さい」
ひき娘「はいっ」にこっ
男「えっと、コチラのクッション、
 お借りしても良いですか?」
364:
ひき娘「あ、その。
 寝るならベッドで」
男 ちらっ
男「いえ。
 やはり女性の寝具を借りるわけにはいきません」
ひき娘「気になりますか?
 そうですよね、
 その、一応整えてますけど、
 私がねた後じゃ、気になって……」
男「そういうわけでは、ないですが」
365:
ひき娘 じっ
男「…………わかりました。
 確かに、効率的な疲労回復には、
 寝具も重要な役割があります。
 ここはお借りします」
ひき娘「はいっ」にぱっ
男 ごそごそ
ひき娘「じゃ、私は一度、
 お手洗いに行ってきますね」
男「はい……」
366:
ひき娘 とことこ
 ぱたん
ひき娘(いつものやり取りだったら、
 私がからかわれてるけど、
 ホントに疲れてるみたいで、心配)
ひき娘(そういえば、
 テストの問題とかって、
 先生が自分で準備して、
 さらに私の宿題とかテストの採点、
 他にも塾のお仕事があって……)
ひき娘(うん、疲れて当然だよね……)
 とことこ
 がちゃ
 じゃー
 ぱたん
367:
 とことこ
ひき娘(先生、
 もう寝てるかな?)
 そっ。かちゃり
ひき娘 そーっ
ひき娘(あ、寝てるみたい)
ひき娘 そーっ、そーっ
ひき娘(先生の寝顔……)
368:
ひき娘(いつもより、
 なんか優しい顔?)
ひき娘(先生っていつも、
 ぎゅっと眉をしかめてるみたいだから、ちょっと意外)
ひき娘 そっ
ひき娘(先生の髪、
 ちょっと硬くて、
 男の人ーってかんじ)
369:
ひき娘(前に黒髪さんが泊まった時は、
 やわらかい髪っていいなーっておもったけど)
ひき娘 なで、なで
ひき娘(こういう硬い髪の人も、
 撫でるのに、気持ちいいかも。
 なんだか大きな、
 そう、シェパードみたいなわんちゃんみたいで!)
ひき娘 なで、なで
男 すぅ、すぅ
370:
ひき娘 なで、なで
男 すぅ、すぅ。にっ
ひき娘 どきっ
男 すぅ、すぅ
ひき娘(……いま、笑ってました、よね。
 いつもみたいに、
 すこし皮肉っぽい笑顔じゃなくて。
 無防備な)なで、なで
男 すぅ、すぅ……つぅ
371:
ひき娘「っ」ぴくっ
ひき娘(なんで、涙を)
男 すぅ、すぅ
ひき娘(無意識に、ですかね。
 何か、つらいユメでも、
 見ているんでしょうか……)
ひき娘 なで、なで
ひき娘(大人の、男のひとなのに)
ひき娘 なで、なで
372:
ひき娘(大人の男の人、だから?)
ひき娘(先生は、
 誰かに甘えられるのかな?
 つらい時に、
 誰かに辛いって云えるの?)
ひき娘 なで……
ひき娘(寂しい時に隣にいてくれる、
 恋人さんとか、いないのかな?)
ひき娘 つくん
ひき娘(なんで、胸、痛いのかな?)
男 すぅ、すぅ
ひき娘「……っ」ぽろ、ぽろ
373:
ひき娘(なんで、
 今度は私が泣けて来ちゃうのかな?)
男 すぅ、すぅ
ひき娘(分かんない。
 なんだか、ぜんぶ、
 ぜんぜんわからないよ……)
男 すぅ、すぅ
ひき娘 ぐしぐし
ひき娘 なで、なで
男 にっ。すぅ、すぅ
ひき娘 にこっ
374:
ひき娘(丁寧で、
 まじめで、
 少しかたくて、
 ちょっとだけロボットみたいな先生)
ひき娘 なで、なで
ひき娘(でも、先生だって……)
ひき娘 ぎしっ
385:
ひき娘 ちゅ……♪
375:
ひき娘(ほっぺただけど、しちゃった……)
ひき娘 とたとた
ひき娘(つ、つつつつつ、
 つい、いきおい、勢いあまって!)
ひき娘(なんだか恥ずかしい?
 恥ずかしいよね!
 恥ずかしくなってきた!!)(////
ひき娘(うわわわわ)
ひき娘 ちらっ
男 すぅ、すぅ
376:
ひき娘(へ、平常心ですよ。
 深呼吸して!)
ひき娘 ひーひーふー
ひき娘(って、ちがーう!)
ひき娘 ばたばた
ひき娘(うわーもう、
 なんでこう、
 考えないで行動しちゃうかなー)
ひき娘(もう、もうなんだか、
 わけ分かんないですよ!
 なんでほっぺたとはいえ!)
ひき娘 ごろごろ
377:
ひき娘(……でも、でも。
 いやなドキドキじゃ、
 ない、よね)
ひき娘(……)
ひき娘「にゃぁ……」
男「……猫のまねですか?」
ひき娘「ふにゃぁっ?!
 って、か、噛みました!」
男「大丈夫ですか」ぎしっ。とことこ
ひき娘「あ、あの、その。
 いつから、起きてました、か……」さぁーっ
ひき娘(も、もし、
 寝てなかったら。
 あの時、起きてたら……)
378:
男「なにやらばたばたなさっていたので、
 それで目が覚めましたけど……」
ひき娘(い、いまだよね。
 そう、今のはず、今に違いないですっ)
男「顔が赤いですが、
 大丈夫ですか?」
ひき娘「……だい、じょうぶ、です」
男「……」すっ
ひき娘「ひぅっ」びくぅっ
ひき娘(ひひひ、ひたい、が、
 当たってて、
 それ以外にも、
 目とか、鼻とかくちびるとか、
 ちかいです、近すぎですっ!)
379:
男「……少し熱が有るようですね。
 すみません、
 こちらばかり気を使わせて」へこっ
ひき娘「あ、えっと、その」
男「しかし、体調が悪いようなら、
 きちんと申告をしてください。
 今日は、もう授業は終わりますか?」
ひき娘「だいじょうぶ、です。
 その、ちょっと、部屋が暑くて。
 空気の入れ替えしたら、
 それで大丈夫です!」
男「そ、そうですか」
男(なんだか、
 今日はひき娘さんがいつもより、
 ずいぶん押しが強いですね)
380:
ひき娘 とことこ
 がらっ
 そよそよー
ひき娘「……良い風です」
男「そうですね」
 そよそよー
ひき娘「その、
 もうちょっとだけ涼んだら、
 授業再開しましょう」
男「ムリはしていませんか?」
ひき娘「はい」にこっ
男「では、少ししたら、
 再開しましょう」
 そよそよー 
381:
ひき娘(さっきのは、
 ほんの気まぐれ、ですよ……)
男 せのびー
ひき娘「……先生、
 なんか、ネコみたいですよ。ふふっ」
男「そうですか?
 犬のよう、とはよく言われますが」
ひき娘「そう言われると、そうかも?」
男「どっちですか」苦笑
ひき娘(優しくて、少しだけシニカルな笑顔。
 でも、この人の中には、
 あんなに素直な笑顔と涙があって)
ひき娘「……明日、
 晴れると良いですね」
男「ふむ。晴れますね」
382:
ひき娘「晴れますか」にこっ
男「西の空の夕焼けがきれいなら、
 翌日に雲が届きそうな範囲に、
 雨雲がないということです。
 なので、基本的には晴れます」
ひき娘「……ちょっと、ロマンはないです」ぼそっ
男「はい?」
ひき娘「なんでもないです。ふふっ」
男「?」
ひき娘(夕焼けに染まる、
 赤い部屋の中で。
 私のベッドで眠る先生のほっぺたに。
 私は、キスを、してしまいました)
388:
----------------------------------
 三十三日目 ひき娘の部屋
ひき娘 かきかきかきかき
黒髪 かきかきかきかき
ひき娘「でね、ちょっと意外だったのが、
 先生って少し子供みたいなところがあってね」
黒髪「へー。どんなところ?」
ひき娘「時々コンビニでね、
 私が好きって云った、
 イチゴのジュースとか、
 買ってきてくれるの」
黒髪「あ、そういう人よね。
 朴念仁な生真面目に見えて、
 そういう気配りは忘れないタイプ」
389:
ひき娘「そ、そんな風に、
 分類されるほどいるんだ……」
黒髪「探せばいるわよー。
 個人的には、友達にしたいタイプね。
 彼氏とかダンナには、
 ちょっと不向きかも……
 って、ほら、ひき娘、
 手が止まってるわよ」
ひき娘「む、黒髪さんもだよ。
 こんな調子じゃ、
 宿題おわらないかも……」
黒髪 かきかきかきかき
ひき娘 かきかきかきかき
黒髪「どんな言い訳よ。
 いま終わらなかったら、
 お肌荒れるの覚悟で徹夜よ」
ひき娘「う……
 それはイヤかなー……」
黒髪 かきかきかきかき
ひき娘 かきかきかきかき
390:
黒髪「で、子供っぽいって、
 どんなところがそうなの?」
ひき娘「えとね、そういう時って、
 先生も自分の分を買ってくるけど、
 帰る頃には先生のジュースだけ、
 ストローがぐにょぐにょで」
黒髪「ストロー噛んじゃうって、
 確かに子供みたいよね。
 ちょっと意外かも」苦笑
ひき娘「ね、ね。
 なんかそんなところが、
 普段よりちょっと子供みたいで、
 かわいいなーみたいな」
391:
黒髪 かきかきかきかき
ひき娘 かきかきかきかき
黒髪「うーん、
 その可愛いは、わかるような、
 わからないような……」
ひき娘「えー」
黒髪「ああ、でも。判るかも……」
ひき娘「何かあったの?」
黒髪「こないだね、
 塾の教員室に顔をだしたら、
 先生がすっごく真剣な表情でね」
ひき娘「……な、なにがあったの?」
黒髪「食べたガムの包み紙で、
 折り紙してたのよ」
ひき娘 ずるぅっ
392:
黒髪「器用ねー。
 すわったままそんなにスベるなんて、
 ドリフもびっくりよ?」
ひき娘「もう、からかわないでよー」
黒髪「折り紙の話はウソじゃないわよ。
 でね、そこまではいいのよ。
 あの生真面目な先生が、
 っていう驚きだけで」
ひき娘「うーん。
 確かにそうかも?」
黒髪「それでね、
 出来上がったものを前に、
 真剣に腕を組んで悩むのよ」
ひき娘「出来上がったのを前に、
 って……たとえば、
 端っこがズレてたとか?」
393:
黒髪「確かに先生なら、
 ソッチのほうがありそうよね。
 でもそうじゃなくて。
 こどもの日によく作る『兜』って、
 わかるかしら?」
ひき娘「うん、なんとなく」
黒髪「それを前に唸っててね、
 ボソっと。
 『鶴は、違いますよね……』って!
 もー、それ聞いて大爆笑よ!
 あの瞬間はなんていうか、
 不覚にもあの堅物に萌えたわ、ぷぷ」
ひき娘「鶴、兜……
 ああ、確かになんだか、
 間違えそうな気が……
 する……え、しない?」
黒髪「鶴の折り方よー。
 日本人なんだから、
 間違えるわけ無いじゃない、あはは」
394:
ひき娘「そ、そうだよねっ。
 って、また話込んじゃったよ」
黒髪「あら、ついつい。
 でもなんとなく判ったわ。
 男先生、ちょっと萌えキャラ……ぷ」
ひき娘「もー、
 笑ってたら宿題終わらないよー」
黒髪「はーい」
ひき娘(……で、鶴って、
 どうやって折るのかな……あうぅ)
黒髪 かきかきかきかき
ひき娘 かきかきかきかき
ひき娘「あう、間違えちゃった……」
ひき娘 けし……けし……
395:
黒髪「……ねえひき娘、
 その消しゴム、使いにくくないの?」
ひき娘「え?」
黒髪「かなり磨り減ってるじゃない。
 小指の爪くらいしか残って無いし……
 消しにくいでしょ」
ひき娘「う、うん」
黒髪「……?」
ひき娘「でも、この消しゴム……
 先生にもらったのでね」
黒髪(優しい微笑。
 大切な物に向ける眼差しで、
 小さな消しゴムをじっと見つめて)
396:
ひき娘「ほら、私ひきこもってるから、
 この部屋にはほとんど、
 まともに筆記用具がなくてね」
黒髪「確かに、中学生が使ってそうな筆箱よねー」
ひき娘「中学生が使ってたんだもん」むー
黒髪「ふふ、むくれないでよ。
 可愛らしくていいじゃない」にこっ
ひき娘「ううー…… 
 それで、この消しゴムはね、
 先生が何日か前に、
 よくがんばってるからって、
 プレゼントしてくれたの」にこっ
黒髪(どこにでもあるような、
 可愛いけれど、安っぽい消しゴム。
 そんな物をぎゅっと握って、
 幸せそうに微笑むなんて)
397:
黒髪「とりあえず、ひき娘」
ひき娘「?」
黒髪「可愛くは無いけど、
 消えやすいから気に入っててね、
 良かったら使って」ごそごそ
ひき娘「え、いいの?」
黒髪「何かあった時のためにって、
 いつも一つは予備を持ち歩いてるのよ」
ひき娘「でも、それなら……」
黒髪「おばかねー。
 いまどき消しゴムなんてドコにでもあるんだから、
 帰る時にコンビニで買うわよ」にこっ
ひき娘「あう、そっか、
 外にはコンビニとかあるもんね」(///
398:
ひき娘「それじゃ、使わせてもらうね」にこっ
黒髪「はいはい」
ひき娘 ごそごそ
黒髪(小さくなって、
 もう使えない消しゴムを、
 枕元の宝石箱にそっと入れて)
黒髪「……まったく。
 いじらしいわね」苦笑
黒髪(気がついたら、
 自分の口からそんな言葉が零れて、
 誰よりも驚いたのは私自身。
 そんな事を言いたいわけじゃないのに)
ひき娘「いじらしい?」
399:
黒髪「ひき娘の、その恋の仕方が、よ」
黒髪(私は自分がいま、
 どんな顔をしているのかわからない。
 見守るような笑顔?
 支えるような笑顔?
 それとも――)
ひき娘「こ、恋なんて……」(////
黒髪「恋でしょ、ソレ」
ひき娘「その、えっと」
黒髪「わからないの? 本当に」
ひき娘「……」
黒髪「もう、ごまかしきれてないじゃない。自分にも」
400:
黒髪(逆さに向けた砂時計のように、
 私の言葉はとめることができない。
 それとも私には、
 すでに止めるつもりもないのか)
黒髪「もし恋じゃないなら、
 ひき娘のソレは、なんて名前なのよ」
ひき娘「…………うーん、その、ね。
 確かに、先生の事は、嫌いじゃないの」
黒髪「……でしょ?」
ひき娘「でも、なんていうか、
 今の私にはわからないんだけど。
 先生には、
 私の知らない先生があって、
 私の知ってる先生は、
 きっとまだ表だけなの」
401:
黒髪「そんなの、
 誰だってそんなもんよ?
 本音は尊いとか、
 ウソは良くないとか、
 確かにそれは正論だけどね、
 それじゃ世界は回らないのよ」
黒髪(違う)
ひき娘「違うの。
 それは確かにそうなんだけどね、
 私が言いたいのは、
 そういう事じゃなくて」
黒髪(聞きたい。
 ひき娘の思いを。
 でも聞きたくない。
 ひき娘の思いだから)
ひき娘「先生をね、
 包んであげる人に、
 なれたらいいなーって」にこっ(////
402:
黒髪(そんなのを聞いたら)
黒髪「ばかねー」苦笑
ひき娘「ば、ばかじゃないもん」(////
黒髪「ばかよ。ばーか。大ばかよ」
ひき娘「……黒髪さん?」
黒髪「それをね」涙ぽろぽろ
黒髪「愛って、呼ぶのよ」
403:
----------------------------------
 三十三日目 教員室
友「男ー、
 出勤したばっかりで悪いが、
 ちょっと時間もらえるか?」
男「はい?
 大丈夫ですが」とことこ
友「ま、そこ座れよ」
男「はぁ……よっこいせ、と」
友「おいおい、
 お前さ、それやめろよ」
男「はい?」
404:
友「生徒が見てないからいいが、
 見てたら確実に、
 おっさんって、呼ばれるぜ?」
男「はあ、まあ、
 年齢的にはもう三十路ですから、
 さして間違った表現とは思いませんが」
友「ちがうだろ!
 三十路だからこそ若々しく、
 雄雄しく、猛々しく!」
男「……さて、授業の準備をしますか」
友「うぉおい!
 せめてツッコミくらいしてくれよ」
男「まったく、面倒な人ですね」
友「真面目な顔で云うなよ、
 いくら冗談でも傷つくだろ?」
405:
男「え?」
友「は?」
男「冗談を言ったつもりはないですよ」
友「……なんで、
 なんで俺コイツ雇ったんだろ……
 って、そうじゃなかった。
 ちょっと話があったんだよ」
男「何ですか?」
友「この前、長い時間じゃなかったが、
 黒髪ちゃんだったか?
 彼女と話す機会があってな」
男「……生徒を口説くのは関心できませんよ?」
友「そんなんじゃねえよ!」
406:
男「しかし、確か黒髪さんの外見って、
 完全に友の好みですよね?
 小学校のときのあの子や、
 中学の時に当たって砕けたあの子、
 高校のときの――」
友「だぁぁあああ! ダマレッ!
 コレだから幼馴染ってヤツは!
 どれもコレも振られて、
 未だに彼女いない暦
 =人生の俺を舐めてんのか……」うぐぅ
男「かわいそうなので話を戻しましょうか」
友「おい、本音出てるぞっ」ぐすっ
407:
男「それで、黒髪さんが何ですか?」
友「コレはあくまで俺の勘だがな。
 黒髪ちゃん、お前に惚れてるぜ」
男「……」
友「……」
男「え、それだけですか?」
友「それだけ、ってなんだよ。
 云いたいことがあるならはっきり言え」
男「いえ、なんというか、
 時間を取って損したなーと」
友「はっきり言いすぎだ!
 あんな美少女が!
 しかも逆玉確実な子に惚れられて、
 その反応は何だよ」
408:
男「いえ、そういう冗談は、
 本人からよく言われているので」
友「……冗談じゃないんだが」
男「黒髪さんとしては、
 そんな惚れたのなんだのではなく、
 単純に会話を楽しんでいるだけでしょう」
友「……あのな、
 お前がそう考えるのは勝手だが、
 一応言っておくぜ」
男「はい」
友「それでも一度でいい、
 黒髪ちゃんを恋人とか、
 そういう相手として、
 考えてみてやってくれよ」
409:
男「……」
友「俺の推測が多いが、
 黒髪ちゃんって子はお前が好きだ。
 そして友達のひき娘ちゃんも好きだ」
男「まあ、好意は感じていますが」
友「口を挟むな。
 もしお前らがこのまま、
 ひき娘ちゃんと親しくし続けるなら、
 黒髪ちゃんは、
 そのまま大人しく身を引くだろうぜ」
男「……」
友「お前とひき娘ちゃんが、
 どういう関係になるのか、
 それともどうにもならんのかは、
 俺にはわからん」
410:
男「そんな……」
友「だから黙ってろ。
 あの黒髪ちゃんって子は、
 俺の見立てじゃ強い子だ。
 自分の欲しいもののために、
 戦うことができる。
 だからたとえばお前が、
 そこらの女と付き合うってなら、
 彼女は手段を選ばず、
 お前を奪いにくるだろうさ」
男「……」苦笑
友「だが、あの黒髪ちゃんって子は、
 ひき娘ちゃんが相手なら、
 戦おうとすらしないだろうぜ。
 お前は、
 黒髪ちゃんがひき娘ちゃんに対して、
 どうしてあんなにこだわるか、わかるか?」
411:
男「元々親しかったから、と」
友「それもある。
 だがな、それ以上に、
 黒髪ちゃんはひき娘ちゃんに対して、
 強い劣等感と、恩義を感じてるんだ」
男「……」
友「ひき娘ちゃんを助けて欲しいと、
 お前に対して頼んだのは、
 お前がひき娘ちゃんを助けられると思ったからじゃない」
男「……それは」
友「ひき娘ちゃんは助けたいだろうが、
 それはそれ、コレはコレだ。
 そこでまずお前を選んだのは、
 お前と一緒にいたかったからだと、
 俺は彼女の話を聞いて思ったぜ」
412:
男「……」
友「だから一度でいい。
 彼女と向き合ってみろ。
 黒髪ちゃんって子は、
 周りのガキより段違いに賢い。
 可愛がってもらえる仮面や、
 鬱陶しく思われない仮面を、
 きちんと使い分けている、
 そこらの大人より大人なヤツだ。
 戦うって事がどんな事かも、
 おそらく分かってる。
 喧嘩とかじゃないぜ。
 金や情報、人の動かし方、
 そういった戦いだ。
 だからこそ、黒髪ちゃんは、
 友達を傷つける事を、恐れてる」
413:
男「だからわたしに」
友「ああ。
 お前は一度、
 一人の男として、
 あいつに向き合うべきだ。
 その事に気がつかないで、
 冗談だろうと笑ってたら、
 お前は絶対にいつか後悔する」
男「……わかりました」
友「時間取らせたな」
男「いえ、その価値は、
 十分以上に有ったと思います」
414:
友「それじゃ、
 俺はもう授業だからいくぜ」
 とことこ
 ぱたん
男「……」
男「黒髪さんの気持ちと向き合え」
男「……それならむしろ、
 友さんが、友さん自信と、
 向き合うべきでしょうね」
男「いったいどれだけ、
 心から向き合えば、
 それだけ相手の事が見えるのか」
41

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全スロッター入場ッッッ!!!!!

友達の姉の子[煌]

老婆「あいにく、死にたくないのでね」

恐らく史上最低のプリングルストラップ

セコ過ぎる子連れに思わず・・・( д) ゚ ゚

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ヒトはなぜ体毛を失ったのか― その原因が明らかに?

あかり「みんながあかりの事を無視するよぉ……」

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