勇者「百年ずっと、待ってたよ」【後編】back

勇者「百年ずっと、待ってたよ」【後編】


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4:
第零章 SEULE!
645:
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剣士「……首を掻き切ったはずなのに、血がいっぱいでたのに、どうして私はまだ生きてるのかな」
剣士「……傷が治ってる」
剣士「なんで?」
剣士「これじゃ死ねない」
グサッ グチャッ ザク ブチュッ ザグッ グサ
剣士「死ねない、死ねない、死ねない、死ねない、死ねない、死ねないっ!!」
剣士「みんなのところにいかせてよおっ!!」
剣士「はあっ……はあっ……あ゛あああぁぁぁっ……痛い、痛い、痛いよ……」
カランッ……
剣士「……はあ、はあ……」
剣士「……?」
剣士「……剣……」
剣士「剣だ」
646:
剣士(私の剣じゃない……王都の図書館の地下にあった……あの剣)
剣士(私も勇者も鞘から抜けなかった緋色の剣)
剣士(さっきまで、ここになかったはずなのに……)
カチャッ
剣士(…………)
剣士「ねえ」
剣士「君の名前、もう一度教えて」
剣士「……ああ、そう」
剣士「『魔剣』……『アルファルド』。孤独の星」
剣士「だから、あのときの私には抜けなくって」
スッ
剣士「今の私に、抜けるんだ」
剣士「……」
剣士「いいよ。君に私の命も心も――全部あげる」
剣士「だからいっしょに、戦ってよ」
647:
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少女「お願いだから、どこにもいかないで」
少女「ここにいて……!」
少女「外の世界は危ないんだよ」
少女「どうしても、行くって言うんなら、私もいっしょについていく」
少女「君のこと、私が守るから!」
少女「……えっ……あれ?勇者? どこ行っちゃったの?」
少女「……勇者! どこ?」
剣士「ばーか」
剣士「勇者はもういないよ」
少女「えっ……」
剣士「お前のせいで死んだんだ」
剣士「弱いくせにそうやって我儘言って困らせて、結局いっつも守られてる」
剣士「……でも……」
剣士「ひとりでなんて戦ってほしくなかったから……っ」
剣士「…………もう何もかも遅いけど」
剣士「罪を犯したなら罰を受けて償わなければならない」
剣士「私が償う」
剣士「お前が罰を受けるんだ」チャキ
少女「……や、やめて」
少女「勇者っ……!」
剣士「……だから」
剣士「もういないって」
ザシュッ
648:
第一章 夢のあとに
649:
太陽の国 王都
騎士団長「国王様の避難が完了した! まかせて悪かったな、私もいま戦う。戦況は?」
副団長「団長!……戦況ははっきり言って最悪です」
副団長「上から竜族が火吹いて街を燃やすわ、地上からはオークやミノタウロスなんかの魔族が押し寄せてくるわで住民の避難もままなりません!」
副団長「上にいて手出しできないドラゴンは弓兵が、地上の魔族は騎士が抑えてますが……
 もう間もなく第三区も突破されそうです」
団長「特にドラゴンが強敵だな。弓が全く効いておらんではないか!なんて頑丈さだ……!」
オーク「……」
副団長「くそっ!絶対にここから先の侵入は許さない」
副団長「うおおおおお!」
オーク「がああああああっ!」
魔術師「好き勝手燃やしてくれてるわね!……もう!こんな中心街にまで火の手が!まだ人々の避難が完了してないのに」
魔術師「そうそこ。建物が火で崩れそうなところ! みんなで一斉に結界を張るよ。せーの」
魔術師「……うん、ここはあなたたちにまかせるから!私は前線に行って弓兵のサポートを……」
部下「あっ!魔術師さん!」
魔術師「!? ドラゴン!」
バリーンッ
魔術師「い、一撃で数人態勢の結界を? そ、そんなぁ」
竜「……」カパ
部下「魔術師さん!!逃げてください! 竜のブレスです!」
魔術師「じゃあこんなの、どうやって防ぐのよっ……!」
ピシャーン!
竜「ガッ」フラフラ
魔術師「……!?」
650:
弓兵「な、なんだ!? 空から雷が竜にいきなり落ちて……」
副団長「……! これは、」
副団長「勇者の魔法だ!!!!!!!!!!!!!」
団長「うるさい! 報告が聞こえんだろうが!!」
副団長「あいつっ! 帰ってきたのか!!!」
副団長「どこに…… あっ」
副団長「剣士くん……!?!? 剣士くんじゃないか!!!!!!」
剣士「……」
副団長「この血は一体……怪我をしているのか!? 神官!こっちに来てくれ!!負傷者だ!急ぎで頼む!!」
剣士「無傷だよ」
副団長「そ、そうかっ!!よかった……!! 魔王との話し合いはどうなったんだ?」
副団長「それに、勇者はどこだ?転移魔法で一緒に帰ってきたのだろう?」
剣士「勇者はいないよ」
副団長「……?? どういうことだ……? さ、さっきの雷魔法は勇者しか使えない魔法だろう!?」
剣士「……竜……」
剣士「炎竜……」
副団長「……剣士くん……? どうした? 勇者に何か……あったのか?」
ダッ
副団長「あっ おい!!剣士くん!!どこに行くんだ!」
651:
時計塔 螺旋階段
タッタッタッタッタ……
剣士「『勇者』のものであるはずの魔剣を抜いたのは私」
剣士「転移魔法を使ってここに帰ってきたのも私」
剣士「勇者が使ってた雷の魔法を使えたのも私……!」
剣士「そんな馬鹿な話ってある?……偶然じゃあり得ないよね?」
剣士「あはははっ!そうだよね、そっちの方が……『おもしろい』もんねっ!!」
剣士「ああ神様っ!!! 神様!! 私たちの尊き創造主様!!」
剣士「いつかあなたも殺しに行きます!!」
バンッ!!
炎竜「……む」バサバサ
剣士「最後の四天王。炎竜」
剣士「死んで」
炎竜「なんだ貴様は?」
炎竜「……その剣は……」
652:
炎竜「その剣は貴様が持っていいものではない!! 今すぐ返せ!!」
剣士「お前たちこそ返せ」
剣士「私から奪ったもの全部返せ」
剣士「それができないんだったら、黙って今すぐここで死ね」
炎竜「随分と生意気な口をきく……いいだろう、その身全て燃やしつくしてくれよう」
剣士が襲いかかってきた!
炎竜のドラゴンブレス!
剣士は炎に突っ込んだ!
剣士「……」タンッ
炎竜「!?」
剣士は剣を振りかぶった!剣士の攻撃!
――――ヒュッ……
炎竜「がっ……」
炎竜「な……にぃ……!!」
剣士「あは。真っ二つだ」
炎竜は地に落ちた。
炎竜を殺した。
653:
ドサッ!!
神官「!? いま屋根のうえに落ちたのって……!!」
神官「ひい、ふうふう…… ああっやっぱり剣士さん!全身ひどい火傷だ……!!というか何故上空から……!?」
神官「すぐに治癒魔法をっ」
剣士「いい」
神官「へっ!?い、いや放っておいたら死んじゃいますよ!!」
剣士「すぐ治る」タッ
神官「ちょっと!!剣士さんっ!!?」
剣士「時間がないんだから」
剣士「邪魔しないでよ」
654:
* * *
国王「王都の半分が燃えてしまい、死傷者は約600人……住民の三分の一か」
国王「……傷は大きいな。しかし……よく竜族たちの攻撃を凌いでくれた。
 王都が完全に陥落しなかったのもここを守ってくれたお主たちのおかげだ」
団長「……いえ、それが。その……我々だけではもっと被害は甚大だったかと……」
魔術師長「あの子です。勇者の仲間の剣士。あの子が急に現れて、魔族を斬っていきました」
国王「剣士はいまどこに?」
副団長「魔族の襲撃から姿が見えないのです。……いま部下に探させております」
国王「そうか……。しかし、剣士とともに魔王城に赴いた勇者はどこなのだ?」
団長「あれから勇者の姿を見た者は……おりません」
魔術師長「恐らく……」
魔術師「そんなっ」
国王「勇者が……。……もしそうだとしたならば……もう我々が魔王軍に対抗できる術はない」
魔術師長「もう、終わりですね……」
バタン
剣士「…………………………………………………………」
副団長「剣士くん!!一体いままでどこにっ……」
魔術師「剣士っ……」
655:
魔王城
ざわざわ ざわざわ
竜「炎竜様がやられた……赤い剣をもったやたら強い人間がいて、仲間が次々と沈んでいった」
魔族A「炎竜様も! ということは王都制圧は失敗に終わったのか?」
魔族B「四天王様が全員やられた……数百年四天王を務めてきたあのお方たちだぞ、そうそう後釜なんているもんか」
側近「加えて魔王様も……お亡くなりになりました」
魔族C「でも勇者は死んだんだろう!?」
魔族A「し、しかし次期魔王様の王子も……い、いまお休みになられてるそうじゃないか」
側近「利き腕と魔力半分を勇者との戦いで失われました。大変お疲れのようで、仰る通りお休みになられてます」
竜「魔力半分って……」
魔族B「なんか随分流れが変わってしまったじゃないか。
 魔王様も、四天王様もいなくなって……姫様も亡くなって……王子も深手を負った……」
魔族B「これで、勝ち目はあるのか……?」
魔族A「俺たち魔族の未来はどうなるんだ?」
魔族C「もう……終わりだ………………」
側近「……滅多なことを言うものではありませんよ」
ガチャッ
兄「…………………………………………………………」
側近「あっ……まだお休みになられていた方が」
656:
「「まだ終わっていない」」
657:
剣士「戦争はまだ続いてる」
兄「そして、俺が終わらせる」
剣士「人類の勝利と」
兄「魔族の勝利と」
剣士「魔族の敗北によって。」
兄「人間の敗北によって。」
剣士「私が絶対終わらせるよ」
兄「俺が、必ずこの手で終わらせてやる」
勇者「私が勇者だ」
魔王「俺が魔王だ」
658:
勇者「魔王が何人でてきたって四天王が何人でてきたって、どうでもいいよ」
勇者「邪魔する奴は全員斬り伏せる」
勇者「とくにあいつ。赤い目のあの男。あいつが……きっと今の魔王なんだ」
勇者「あいつだけは楽に死なせてなんかやらない」
魔王「王都に現れた赤い剣の娘だと?そいつは魔王城に来ていた勇者の仲間だ」
魔王「……赤い剣……魔剣か? ならばその人間が新しい勇者だな」
魔王「ハッ……勇者が何人いようが全員仕留めるだけだ」
魔王「俺の邪魔はさせん」
勇者「次会うときまで待ってて、魔王」
魔王「次相まみえるときまで首を洗って待っていろ、勇者」
659:
「「ぶっ殺す」」
664:
第二章 おお死よ、星屑よ
665:
副団長「ふう……。どうだろうか」
魔術師「なかなかいいと思うよ。花も供えて……っと」
勇者「……」
副団長「王都にも彼の墓がつくられたが、やはり故郷に眠りたいだろうと思ってね……。
 あっちにあるもののように立派なものではないが」
魔術師「……ねえ、本当に彼は……死んでしまったの?」
勇者「死んだよ」
副団長「……。しかし、彼が死んでそのすぐ後に剣士くんが「勇者」になることなど、あり得るのか?
 それに勇者の魔法が後天的に使えるようになるなど聞いたことがない」
勇者「後天的に使えるようになることはあったみたいだよ。司書が言ってたもん」
魔術師「し、司書?だれ?」
勇者「あの人が死んですぐ後に私が勇者になったことから、私分かったの。
 勇者の選別は偉大な偉大な神様によって、確かになされてるってね」
勇者「……。行かなきゃ。星の国に」
勇者「魔女族は厄介な魔法を使ってくるから、早めに潰しときたいんだ」
魔術師「……剣士……あのね……」
勇者「うん。魔術師さんと副団長さんが言いたいこと、分かります」
勇者「私はこれからあの人とは正反対の道を選ぶ……だけど」
勇者「私、分かっちゃったの。
 いま、この世界で、どちらの種族も生きるなんてことはできない」
勇者「一方が生き残るためには、もう一方を全滅させなければならない。
 中途半端に取り残せばどっちの種族も滅ぶ運命なんだ」
勇者「だったら私はあの人が守ろうとしたものを守るよ」
勇者「……あの人が生きてたら……もしかしたら別の道もあったかもしれないけど
 私にはできない……これだけしか選べない」
666:
勇者「そうだ。魔術師さんに訊きたいことあったんだ。
 誓いを破ったらその人の命を奪う魔術ってあるの?」
魔術師「あるけれど、それは私の分野じゃないから詳しくは知らないな。
 それは神殿の魔術だよ」
勇者「……ふーん……神殿ね」
勇者「……ん」
勇者「ここ、あの人と一緒に種を埋めたところ。芽、出たんだ……」
副団長「……」
勇者「もう意味、ないけどね」
667:
一週間後
星の国 魔王軍侵略地区
勇者「……はあ」
勇者「やっと終わった」
勇者「!」チャキ
騎士「ち、違います!俺は人間です!あのっ、勇者様でいらっしゃいます……よね」
勇者「……」
騎士「星の国王様より勇者様にお伝えすることがあって参ったのですが……」
勇者「なに?」
騎士「魔王が雪の国の王都を制圧したそうです。
 雪の国は国境も封鎖され、全域魔王軍に制圧されました」
勇者「へえ。あいつ、自分でも動くんだ」
騎士「そ、それから太陽の国と雪の国の塔、どちらも破壊されました。
 修復は困難であり、神殿によるともう女神様お二人とも……消滅してしまったようです」
勇者「あ、忘れてた」
騎士「え?」
ビッ……!
騎士「…………え!?」
騎士「な……なんてことをしているんですかっ!?
 我が国の塔を……は、破壊するなんて!!」
騎士「塔の守護神を殺してしまうなんて……!!あなたは今とんでもないことをしてしまったんですよ!」
勇者「神様になんてもう頼らない」
勇者「私、神様って大っ嫌い。私たちを盤上の駒みたいに扱う神様なんてさ」
勇者「おもちゃじゃないんだよ。お前の娯楽のために存在してるわけじゃない……」
騎士「ゆ……勇者様、なんてことを……」
勇者「この国にいた魔族は全部殺したからもう帰るね。じゃあ」
騎士「ああっ、ちょっと!!」
668:
太陽の国
国王「雪の国が魔王軍の手に落ちた……勇者よ、雪の国奪還に行ってくれるか」
勇者「嫌だよ」
騎士団長「なっ……!?」
国王「……何故だ?」
勇者「雪の国に行ったら今度はまた別のところが占領されて、どうせ同じことになると思うし」
勇者「もう後手に回るのいや」
勇者「だから魔族領に攻め込むよ」
魔術師長「でも、雪の国を助けに行けるのは勇者だけなのよ。
  国境は封鎖されてしまったから、転移魔法を使えるあなただけがあの国に行ける」
勇者「魔王もそう考えてる。あいつの思い通りになるだけじゃ勝てない」
騎士団長「しかし、それではあの国の国民はっ……虐殺にあうのだぞ」
勇者「はあ……じゃあ戦争に負けて人類全部滅ぼされてもいいって言うの?」
勇者「それに、ならこっちも虐殺し返せばいいだけだよ」
副団長「……!?」
勇者「あっちは自分が優勢だと思ってるだろうけど、そろそろ自分たちの立場思い知らせないと」
669:
国王「……」
国王「分かった」
神儀官「素晴らしいですね。
 たった一週間で星の国の魔族を殲滅した実力、それにその決断力」パチパチ
神儀官「あなたこそ勇者に相応しいです。その前の彼は……些か優柔不断でしたからね。
 平和条約などという提案までしてくるほど、」
ダンッ!!
勇者「あの人の悪口はやめてね。うっかり手が滑って殺しちゃうかも」
神儀官「ふふ。ああ、怖い怖い」
勇者「……。ねえ、そうだ。神殿の人にね……訊きたいことあったんだ」
勇者「もしかして……あの人に…………」クラッ
勇者「……ん……」
魔術師「剣士っ! どうしたの、大丈夫?」
神儀官「あら……どうされたのです?お身体は大事になさりませんと。
 では、私は神殿会議の時間なので失礼しますね。ごきげんよう、勇者様」
671:
宿
魔術師「本当に大丈夫なの? だって顔色が……」
勇者「平気。ここでいいよ」
魔術師「……あのね、剣士……頼ってくれても全然いいんだよ。
 私とあなたはあんまり長い時をいっしょに過ごしたわけじゃないけれど」
魔術師「彼が王都にいた2年間、あなたのこといっぱい話してくれたの。
 私、いつもにこにこ笑ってたあなたのこと好きだよ」
魔術師「彼だって、あなたがまた笑ってくれることを望んでると思う……。
 ……傷が勝手に治るって言ったよね。どんなに傷ついても必ず癒えるって」
勇者「そうだよ。なんでか知らないけど」
魔術師「あなたに魔法がかかってるのよ」
魔術師「……なんだかね、それ、彼の魔法の気配がするんだ」
勇者「…………」
勇者「もう行くね」スタスタ
魔術師「あ……」
672:
バタン
勇者「……ふう……」
 「おかえり」
勇者「……」
 「どうしたの? 具合が悪い?」
勇者「……ちょっと目眩がするだけ……」
 「魔剣を使う対価か。時間があんまりないのかな。思ったより早いね」
勇者「そうだよ、時間がない。1カ月か……2カ月か……たぶんそれくらい。
 それまでに終わらせないと……」
勇者「ねえ、私に魔法をかけたのって君なの?」
勇者「あのとき意識がぼんやりしてて、君が話してるの全然覚えてないんだ……。
 最後になんて言ってたの……」
 「……」
 「さあ」
勇者「……わかるわけないか」
勇者「君は私の幻覚だもんね。私が知る以上のこと知ってるわけないよね」
勇者「……はは」
673:
第三章 とつぜんジャックは泣き崩れ、叫んだ。「あの馬鹿野郎ども、自分らが何を殺したかわかってるのか!」
674:
* * *
勇者「……え? なんで。転移魔法で行くからいいよ」
副団長「いや、昨日の会議で決まったことなんだ……。
 騎士と魔術師と神官で編成された軍とともに、魔族領へ続く大河を渡って行ってほしい」
副団長「大河にも魔族が待ち構えているだろうから、君の力が必要なんだ」
勇者「だからそんなことしなくっても、私一人ですぐあっちに行けるって。
 ……だれ? 提案したの」
副団長「……神殿さ」
勇者「……あの女」ギロ
神儀官「……」ニコ
勇者「監視のつもり? 余計なことを」
勇者「時間がないのにっ……」
675:
魔族領
神官「こ、ここが魔族の地……気を引き締めてかないと……っ」
騎士「勇者様とご一緒なんだ、そこまで怯えなくても大丈夫さ。
 なにせ大河のどでかいモンスターも一撃で沈めちゃう人なんだからな」
勇者「自分の命は自分で守ってね。私、守らないから」
神官「は、はい」
シーン…
騎士「勇者様、どこから手をつけるおつもりですか」
勇者「ドラゴン邪魔だから竜族のいるとこ……竜の谷だっけ。
 そこ目指しつつ手当たり次第通った村破壊するつもり」
神官「でもそれでは、谷につくのは随分先になってしまうのでは?
 いくら私たちが大勢いるとしても、村を全て破壊するとなると」
騎士「騎士神官魔術師あわせて総勢150人くらいいますけどね」
勇者「すぐ終わるよ」ヒュッ
神官「え……」
騎士「…………!! ふ、伏せろっ」
神官「うわっ!」
―――・・・……
勇者「ね」
騎士「……信じられない。村ひとつ、さっきの一振りで?」
神官「まるで跡かたもなかったかのように……」
勇者「生き残らせても、治めとく人間がいないでしょ。反乱起こされたら振り出しだし」
勇者(……別にこんなこといちいち話さなくていいのに。いいわけしてるみたい……)
勇者「やだな」スタスタ
神官「あっ、待ってください……」
676:
エルフの里
エルフ母「起きなさい!起きなさいったら!!」
女エルフ「へ……? なによう……お母さん?」
エルフ母「すぐにここから逃げるわよ!人間たちが……勇者が侵略に来たみたいなの!
  ここから北の村は全部一瞬で消されたみたいだわ。鴉が教えてくれたのよ」
女エルフ「勇者……? でも……勇者はもう……」
エルフ母「ここももう危ないわ!みんなもう逃げはじめてる。
  先祖代々受け継いできた地を捨てるのは……惜しいけど、命には代えられません。逃げるわよ」
女エルフ「わ、私ちょっと話してくるっ。お母さんは先に逃げてて!!」
エルフ母「どこいくのっ!? こらっ!!」
女エルフ「……あっ……剣士!」
女エルフ「剣士が……勇者になったの……?」
勇者「……」
女エルフ「剣士が、ほかの村を消したの?」
勇者「そうだよ」
女エルフ「……っな、なんで!剣士あのとき言ってくれたじゃん……!
  戦争は終わりにするって!」
勇者「それを妨げたのは、君たちの魔王でしょ?」
勇者「どけ。どかないならお前から殺す」
女エルフ「! エ、エルフの里も消すの? やめなさいよっ!!
  そんなの許さないよ。ここはどかない!!」
勇者「あっそ」チャキ
女エルフ「……なんでよ……なんでこんなことするの?……」
女エルフ「私と……と、とっ、友だちになってくれたじゃん。
  人間と魔族でも友だちになれるからって……勇者も言ってたのに」
勇者「友だち」
勇者「そんなものじゃない」
680:
女エルフ「どうしてよ?魔族も人間も違いなんてないって……」
勇者「そう言ってたあの人は魔族に食べられちゃったよ」
勇者「エサ。家畜。食料。同等だなんて、思ってない。
 でもさ……それ、人間もいっしょなんだよね」
勇者「村の人が人魚食べてたの知ってる。見ちゃった。私も食べちゃったんだもん」
勇者「いいところも悪いところも気持ち悪いくらいいっしょで、だからこそ共存は無理なんだって。
 種族の違いよりも文化の違いが、お互いへの認識がまず立ちはだかってる」
勇者「積み重ねてきた歴史が重すぎたんだね。そうそう変えられるものじゃない」
勇者「だから、無理なんだよ」
勇者「ここでどっちかが滅ばないと、またいつか戦いが起きちゃうよ。
 こんな辛いの、もうたくさん。被害を最小限に抑えるためにここらへんで終わろうよ」
女エルフ「私たちを殺すの? それもあんたにとって辛いくせに」
勇者「……。あのときは……ちゃんと友だちだって思えたよ。
 でも今はだめ。人じゃない、魔族の君の姿かたちを見てるだけで……吐きそう」
女エルフ「……それならさ、こんな風にごちゃごちゃ喋ってないで最初に私から殺せばよかったのに。
  どうせ里も私も消すなら、順番なんてどうだっていいじゃん」
女エルフ「なのに『どかなきゃお前から消す』なんて言ってさ。
  やっぱり、剣士は心のどこかで迷ってるんだよ」
勇者「黙ってよ」
女エルフ「迷ってるくらいならやめてよ!私たちの里を消さないで!!」
勇者「迷ってなんかない。適当なこと言わないでよ」
勇者「……ッ」ググ
女エルフ「うっ……!」
勇者「……」
女エルフ「……ほら、迷ってる。手だって震えてるじゃん……やめてよ」
勇者「黙れ」
681:
「……敵の怪我まで治して、最初見たときから思ってたけど、勇者ってほんとヤサシイんだね。
 ばっかみたい。こんなことされても私は人間なんて大嫌いなんだからね」
「どうせ戦っても死んじゃうんだから、無駄だって!だからやめなよ!
 で……でさ、勇者と剣士の二人だけなら、私が匿ってあげてもいいよ。大叔母様もいいよって言ってくれたし……」
  
「そうだね。平和が一番だよね。
 あのとき……やっぱりあのエルフを殺さなくてよかった」
「なんだか、えーと……えっと……うまく言えないけど、今ちょっと嬉しい」
「そうしたら、私たちと女エルフも戦わなくて済むね!」
勇者「うるさいな……!」
勇者「うるさいっ!!」
ドッ……
女エルフ「あ……っ」ドサ
女エルフ「……」
勇者「……ぁ」
勇者「っ……はあ……変なことばっか言って…………はあ……
 ほら、やっぱり違う。ちゃんと殺せたもんね」
勇者「あはは、はは。 もう何だって殺せる。私はちゃんとできる」
勇者「できるんだから」
神官「勇者様、よろしいですか? 西の方角に村が……」
勇者「……うん今行く」
682:
* * *
王都
騎士「救援物資の受領は完了しました。
 3時間後に国王様との謁見、そして明日に戦場に転移して頂くので、それまでお身体をお休めください」
勇者「ああ、うん」
バタン
勇者「……」
 「おかえり」
 「ねえ、ひどいよ剣士。どうして私を殺したの?痛かったんだよ?」
勇者「……はあ……増えてる……」
勇者「休ませてよ」
 「友だちだって言ってくれたのに。裏切ったんだ、ひどいじゃない剣士」
 「勇者の守りたかったものを守るためとか言って、そんな大義名分、殺される方にとっちゃ何の関係もないの。
 私だけじゃなくて、私の里にいたみんな、お母さんもお父さんも大叔母様も殺したんだね。ひどいよ、あんまりよ。
 エルフだけじゃない、ほかの種族もみんなみんな、全部殺しちゃったんだ」
 「魔族領の北部から入って、続いて西部も全滅させて……どれだけの数を殺したの?その剣で。この、大量虐殺者。
 むしろ虐殺を勇者のためって言ってる時点で、責任転嫁だよね?自分のせいじゃないって思ってるんでしょ?」
勇者「あの人のためじゃない……私が……」
 「あーあみんな恨んでるよ。勇者も今の剣士の姿見たらどう思うだろうね?あ、本物の勇者のことだよ。
 でもさ、一番ずるいのは、幻覚である私にこんなことを喋らせて少しでも楽になろうとするあんただよ」
 「責めてほしいんでしょ、詰ってほしいんでしょ」
 「でも、本当は、死んだらもう喋らないよ」
勇者「ねえお願い。静かにしてよ……眠りたい……」
 「いやよ、眠らせてなんかあげない。ねえ、死ぬのってどんな感じだか分かる?
 暗くて静かで、怖かった……。痛かったよ」
 「私のお腹、刺したよね?すっごく痛かった!!!! ねえ分かる?
 こんな風に一気にグサってやったよねっ!!血がいっぱいでて痛くて痛くて痛くて痛くて泣きそうだった!!」グッ
勇者「いっ……!」
 
683:
コンコン
魔術師「剣士?いる? 王都に今帰ってきてるって聞いてちょっと寄ったんだけど……」
魔術師「剣士……?」
魔術師「きゃあっ ちょっと、なにやってるのよ!!やめなさい! 剣を抜いて!!」
勇者「……」
魔術師「どうしてこんなことしたの……剣士」
勇者「私じゃない、あのエルフが」
魔術師「エルフ……?」
勇者「……何でもない。傷は塞がるから大丈夫。何か用ですか……」
魔術師「あのね、今度から私も王都を離れて戦場に行くことになったから。
 何度も前から上に頼みこんでたんだけど、やっと許可もらえたから」
魔術師「副団長……あいつも行きたがってたんだけど、どうも騎士団の方は難しいみたい」
勇者「人手は足りてるけど」
魔術師「私もあいつもあなたが心配なのよ。見る度痩せてるじゃない。
 それに……さっきみたいなことは、もしかして何度もしていたの……?」
勇者「私は大丈夫です。何に邪魔されたって絶対やります」
魔術師「……そう」
684:
魔術師「……もうご飯食べた?王様に会うまで時間あるでしょ?
 食べ物持ってきたわ。いっしょに食べましょうよ」
勇者「ありがとう。でも、水でいいの」
魔術師「水って食べ物じゃないわよ。ちゃんと食べて、元気出さないと!ねっ!
 色々持ってきたんだよ、えーとパンに魚に肉に果物にお菓子に……ほら、おいしそうでしょ」スッ
勇者「やめてっ!! ……あまり近づけないで」
魔術師「わっ……!?」
魔術師「……剣士、どうして食べないの? 食事をしないと死んじゃうよ」
勇者「死なないから平気。水でいい」
勇者「食べないんじゃなくて……食べれません。あの日からずっと」
魔術師「まさか……うそでしょ?剣士」
勇者「それ、悪いんですけど持ち帰ってくれますか……私はいりません」
勇者「……眠いの」
685:
* * *
勇者「……報告はこれで終わり」
国王「うむ。お主はよくやっておるな……感謝する。
 次はいよいよ魔王城のある中央部か」
国王「魔王軍は雪の国に続いて星の国の王都も制圧した。
 これで残るのは我が国だけだ」
騎士団長「勇者。王都で魔王を待ち構えるわけにはいかんのか?」
勇者「あいつは絶対私のところに来るよ」
勇者「それに、あそこで戦いたいの。あそこで私が勝つことに意味がある」
勇者「だから……、ぐっ…… ゴホッ、ゲホ」ビチャ
副団長「どうした!? 血が……」
魔術師長「神官、すぐに治癒魔法を!」
神儀官「治癒魔法では、治せません」
団長「なにを言っている、早く!」
神儀官「魔剣の対価ですね、勇者様。その剣は命を燃やす剣なのですから」
魔術師「どういうこと?」
勇者「……」
勇者「…………」
勇者「なんで知ってるの?」
勇者「私、だれにも言ってない」
686:
神儀官「禁術も魔剣も管理していたのはこの国の女神様だったでしょう?
 神の領域、すなわち我々の管轄です」
神儀官「もっともその存在について詳しく知っているのはほんの数人ですけれど……
 私もその一人です。あら、申し上げていなかったでしょうか」
勇者「…………え?」
勇者「ずっと……知ってたの?剣がこういう剣だってことも……
 禁術を使う度に何が奪われるのかってことも……ずっと知ってたの?」
勇者「知ってて黙認してたの? いや、違うか。知ってて、それでも使わせようとした。
 本人には教えないで、自分からすすんで使わせようとしたんだね。あの人の優しさにつけこんで」
勇者「だからだよね?」
勇者「あの人が勇者だった頃と、今の状況はさして変わらないのに、
 あの人は少人数で旅立たせて……私が勇者になったときは」
勇者「――私がこの魔剣を手にしてからは、嫌になるくらいの大人数をお供につけたね。
 一人でいいって言ってるのにさぁ……」
神儀官「それは些か邪推しすぎではないでしょうか?」
勇者「どうせ剣を抜ける条件だって知ってたんでしょ」
勇者「ねえ、もうひとつお前に訊きたいことがある」スラッ
団長「! 勇者!!王の御前であるぞ、剣をしまえ!」
勇者「そんなこと、どうだっていいんだよ」
勇者「前にも訊こうとしたんだった」
勇者「あの人に何を誓わせたの?」
688:
神儀官「……」
神儀官「彼が申し出たのですよ」
神儀官「戦争が終わった後に、危険な魔法を使える自分が残っていたら人々が安心できないだろうから
 その時には自分は表舞台から消えることを約束する、と……」
神儀官「ですから神殿の魔術の下に誓って頂いただけです。何か問題が?」
勇者「は、は、は、は」
勇者「ふざけんのも大概にしてよ」
勇者「ああ……『世界中から逃げて』って……あの人が言ってたのはそういうことだったんだ。
 私はてっきり……まさか人間から逃げるって意味だとは……思わなかったよ」
勇者「彼が自分から申し出た? 違うでしょ。お前が言ったんだろ」
勇者「ねえ……あんまりじゃない?あの人が何のために……辛い思いいっぱいしたと思ってんの?」
神儀官「英雄には英雄なりに始末をつけて頂きませんと、我々平民は日々の暮らしもままなりません」
勇者「英雄って本当に思ってる?『勇者』だなんて名前つけて祀り上げて
 ボロボロになるまで使い古して用済みになったら死んでくれなんてさ」
勇者「それじゃ人柱とか奴隷とかの名前の方があってるよ」
神儀官「……戦争には、そして平和には犠牲がつきものです」
勇者「あははっ」
勇者「同感」チャキ
副団長「剣士くんっ!!やめるんだ、君はっ……」
勇者「邪魔しないで」
副団長「ぐっ」
689:
魔術師長「ちょっとちょっと……なんなの!止めるわよ!」
団長「もうやってる!くそっ」
魔術師「剣士っ!!だめよ、やめて!!」
魔術師「気持ちは分かるけど、そんなことしたらあなた処刑よ……!!」
勇者「どいてて」
神儀官「……私は人ですよ。あなたが慕っていたあの彼が、守ろうとした人類です」
神儀官「魔族ではなく人を今殺してしまっていいのですか?」
神儀官「あなたの剣はその瞬間から、戦争解決のために振るわれるものでなく……
 個人的な欲求から殺戮のために振るわれる虐殺者の剣となるのです」
勇者「そうだよ」
神儀官「え?」
勇者「元からそうだよ。私は徹頭徹尾私のためだけに戦ってるんだから」
神儀官「…………まさか、本当に今この場で私を殺そうと言うのですか?」
神儀官「この私を?」
勇者「?」
勇者「なんで殺されないって思ってたの?」
――ヒュッ……!
ゴトッ……
690:
副団長「ああ……なんてことだ」
神官「ヒッ……! 神儀官様の、く、首っ……」
勇者「王様はどこまで知ってたのかな」スタスタ
団長「勇者。それ以上国王様に近づくんじゃない!!」
団長「いくら勇者とて国王様に剣を向ければ、その瞬間から貴様はこの国全ての者を敵に回すぞ」
勇者「別にいいけど……負けるのそっちだし」
国王「……よい。皆、勇者をわしの元に通すのだ」
魔術師長「国王様!?」
国王「勇者…………すまなかった。殺したければそうするがいい。
 わしは神殿がそのような誓いを彼にさせていたことに気付かなかった……」
国王「しかし、魔剣や禁術のことを黙っていたのは真実だ。
 わしはその代償のことも知っていたが……告げることはしなかった」
国王「……この国の国民を守るために、彼にそれを使ってもらわねばならなかった。
 万が一にでも、彼が代償を恐れて魔法を使わないなどということがあってはいけなかった」
国王「魔剣についても、お主が言った通りだ……謝っても謝りきれん。
 旅立ちの時に、神殿が持ちかけた案をわしは受け入れた」
国王「わしは最低の王だ。大多数を守るために少数の犠牲を生まずにはいられない」
勇者「……」
勇者「うん最低。この国もこの世界もみんなも……私も」
勇者「全部最低……」
691:
「神儀官様が勇者に斬り殺された」
「国王様にまで剣を向けたらしいぞ」
「王は無事らしいが」
「なんてことだ」
「あの勇者は罪人だ」
「殺人罪」
「弑逆」
「危険だ。今すぐ処刑を」
「しかし、勇者がいなくなったら戦争はどうなる?」
「……」
「人殺しの罪人が国の英雄などと後世にとても語り継げない」
「あの者の名を勇者として歴史に残すことを禁じよう」
「そうだ」
「それが妥当だ」
「罪人の名を……」
「それを刑としよう」
「それがいい」
「あの者の存在を――消そう」
692:
* * *
魔族A「来たぞ……勇者だ!!」
魔族B「後衛部隊が魔法を放ったら、一斉に前後左右から斬りかかれ……!
 一瞬だぞ、気を抜くなっ!!」
魔族C「やってやる……!!」
勇者(あーあ)
勇者(ずっと一番近くにいたのに、全然気づいてあげられなかったなあ……)
魔族A「うおおおおおおっ!!死ねっ勇者!!」
勇者(どうしてあんな風に笑えてたのかな)ザシュッ
魔族B「く、くそっ!よくもっ! ぎゃああああぁぁぁっ」
勇者「どんな気持ちでさっ……ああ、もう最悪だよ。全部遅すぎるよ」
魔族C「がはっ」
ドサッ
勇者(謝りたい)
勇者(会いたい……会いたい。会いたい。会いたい。会いたい)
勇者(会いたい)
693:
勇者(あの人に会いたい……)
……ザッ……
勇者「………………!」
勇者(……)
勇者「…………」
勇者「…………」
勇者「あの日から」
勇者「ずっと……会いたかったよ」
勇者「……魔王」
魔王「……」
魔王「俺もだ」
勇者「ぐっちゃぐちゃにして生まれてきたこと後悔させてあげる。
 お前が一体何を殺したのか自覚して。生を呪って惨めに死ね、この野郎」
魔王「意気がるなよ小娘が。この世全ての苦痛を味あわせてからじっくり殺してやる。
 貴様らによって世界から何が失われたのかをその容量の少ない脳みそで考えろ」
「「死ね」」
694:
第四章 G線上のアリア
695:
――キィン!
魔王「盗人猛々しいとはこのことだな。
 魔剣を返せ。それは貴様が振るっていいものではない!」
勇者「……」
勇者「知るかよ」
勇者「ねえ!その片腕、あの人に取られたんでしょ!?」
勇者「あはははは! 無様だね。バランスよくなるようにもう片方も?いであげるよ」ブン
魔王「余計な世話だ」ヒュ
魔王「それに……無様なのはどっちだか。
 お前の連れの男の死体を見せてやりたかった」
魔王「剣が刺さってまるで針鼠のようだったな。あれは傑作だった」
勇者「…………」ヒクッ
勇者「…………じゃあお前も同じようにしてやるよ……!」
魔王「!」
ビッ
魔王「俺に一太刀浴びせるとは」
魔王「……だが間合いを誤ったな。剣に頼りすぎだ」グッ
ダンッ!
勇者「っ……!!」
魔王「ちょこまかとよく動く……目障りだ」
メリッ ゴキグギグキグシャ
勇者「い゛っ……たいなあ!!いつまでその足乗せてんだよっ!!」ヒュッ
魔王「チッ」
696:
―――――――――――
――――――――
――――
勇者「ハァ……はあ……」
魔王「しぶといな……さっさと死ね」
勇者「私の台詞なんだけど」
勇者「……どうしてこんなことになっちゃったんだろ」
勇者「こんなはずじゃなかったのに。どこで間違っちゃったのかな!」キンッ
勇者「生まれてこなければよかった。この世界もお前も私も全部……
 どうせこんなことになるなら、最初からなければよかった」
魔王「ならその首、今すぐ差しだせ」ザシュッ
勇者「お前にだけは絶対あげない」ズバッ
勇者「ねえ、何回殺したら死ぬの?そろそろ本当に死んでよ」
魔王「それこそ俺の台詞だ。いい加減貴様の面も見飽きたわ」
勇者「……」
魔王「……」
魔王「貴様をここで殺して……残った人間を絶滅させる。
 それを成し遂げるまで、俺は死なない」
勇者「あははっ」
勇者「お前もほかの魔族も、私によって殺されるんだよ。
 残念だね……」
魔王「そんなことはさせない」
勇者「お前がどう言おうと関係ない。私がするって決めたんだから」
697:
勇者「……」
勇者「お前さえ……いなければ」
魔王「貴様さえいなければ」
「「あのとき全てが終わったものを……っ!!」」
ダンッ!
勇者「死んじゃえっ……!!!」ズバ
魔王「……貴様がな……!」
グチュ
勇者「っああぁぁ……っ!!うっ……」
勇者「あぁ……ああ、あははははははっ!!」ガシ
魔王「!?」
勇者「お前の左腕を塞ぐためなら、……お前を殺すためなら!!」
勇者「片目が潰れるくらいどうってことない!!」
勇者「死ねよ。死ね」
勇者「魔王!!!」
ドスッ!!
698:
魔王「……」
魔王「がはっ……!」
グサッ ドス グチャ ゴキッ ビチャッ
魔王「ぐ……」
魔王「…………」
勇者「……死んだ……?」
勇者「やった。私の勝ち」
勇者「あはははははははははははっ!!私が勝ったんだ!」
勇者「うっ……はあ……はあ……」
勇者「……疲れちゃったな……ははは」
699:
お母さん。お父さん。
勝ちました。
狩人ちゃん。
僧侶くん。
勇者。ハル。
勝ったよ。
笑って。
私はこれから、もう二度と笑えません。
700:
第五章 タイスの瞑想曲
701:
勇者「…………」
勇者「……」パチ
魔術師「あ……よかった。目がさめたのね」
勇者「ここは?」
副団長「王都だ。まだ寝ていた方がいい」
副団長「剣士くん。魔王はいなくなった。君は本当によくやってくれた……」
副団長「心から礼を言わせてくれ。……それから謝らせてほしい」
魔術師「私も。ごめんなさい。
 彼とあなたがどんな思いをして戦ってたのかなんて全然気づきもせずに……」
勇者「……?」
副団長「俺たちは間違っていた。もっと早くからこうしていればよかった。
 剣士くん、その魔剣は俺に託して、もうゆっくり休んでくれ」
副団長「俺がこれからは前線に立とう。王都を離れる許可は既に団長にもらっている」
副団長「命を奪う剣など君に握らせていいものではなかった。
 あいつに申し開きができない」
勇者「……さっきから」
勇者「彼とかあいつとか、一体だれ」
副団長「ん……?」
魔術師「だれって、あなたとずっといっしょにいた勇者だよ」
勇者「勇者は私でしょ」
魔術師「えっ……いや、……ハロルドのことだよ。ハル。知ってるでしょ?」
勇者「…………」
勇者「さあ。知らないけど」
魔術師「……冗談だよね?」
勇者「……?」
702:
副団長「……。ほかの仲間のことは覚えてるか?」
副団長「僧侶や狩人くんのことは……?」
勇者「わかんない……」
勇者「私は記憶をなくしているの?」
魔術師「…………」
副団長「……これも剣のせいなのか」
副団長「……なんてひどい。もういい、魔剣を俺にくれ。
 あとは俺がやる」
カチャッ
副団長「ぬっ……ぐぐ……なんだこれは?なんて固い……ぐぐぐ」
魔術師「し、しっかりしてよ!」
副団長「うぐぐ」
勇者「剣を返して。あなたじゃ抜けない。無駄だよ」
勇者「行かなきゃ」
魔術師「ちょっと待って。どこに行くの?」
勇者「私がいるべき場所に。もう時間がない」
勇者「やり残したままじゃ、死んでも死にきれない……」
勇者「剣を返して」
勇者「私の剣だよ」
704:

悲しすぎる
707:

辛いけど、凄く続きが気になる引き込まれる。
708:
* * *
数週間後
魔族領 最南端 森林奥
勇者「…………」
勇者「最後の……村……」
勇者「雪の国と星の国にいる魔族は全て消したから……」
勇者「だから、今日で全て終わる……」
ズルッ……ズッ……
魔族「くそっ……もうだめだ、逃げろ!俺たちじゃ敵わないぞ!!」
魔族「逃げ、…………ああっ!!奴ら……村に火を放ちやがった!」
魔族「火の手に塞がれて南は無理だ!ほかの出口を……」
魔族「…………うわああああっ!!」
ドサッ
勇者(熱い)
勇者(肺が燃える……)
勇者「火をつけたのはだれ?」
騎士「はっ……隊長です」
騎士「疫病が流行ったら……困りますので」
勇者「ああ、そう」
勇者「……」
709:
パキッ
騎士「勇者様。手から今、なにか……指輪でしょうか?」
勇者「?」
勇者「指輪なんてつけてたっけ」
勇者「……外れちゃったし、いっか」
ズルッ……ズル……
「き、きた!勇者が来た!!逃げろっ何でもいいから逃げろ、早くっ」
「頼む、助けてくれ……妻と子だけでも……」
勇者(……)
勇者(私、なんでこんなことしてるんだっけ)
勇者(わかんないけど、やらなくちゃ)
勇者(やらなくちゃ……やらなくちゃ……やらなくちゃ……やらなくちゃ……)スッ
710:
―――――――――――――
―――――――――――
――――――
ガタン
魔族の子ども「…………っ!!」
勇者「家の中に隠れてたら火で燃えちゃうよ……」
勇者「あのね……君で最後」
勇者「この世界で、生き残っている魔族は君で最後なんだ」
子ども「ううっ……うう」
勇者「……なんだ。手負いか」
勇者「血がいっぱいでてる。それじゃ君も……すぐ死んじゃうんだね……」
勇者「はあ……はあ…………」チャキ
子ども「母さん、父さん、姉さん……!」
子ども「ゆ……許さない。許さないぞっ!!殺したきゃ殺せよっ!!祟ってやる!!呪ってやる!!」
子ども「みんなを殺したお前のこと、いつか絶対殺してやるっ!!」
勇者「……君の言葉、わかんないんだけど」
勇者「不思議となに……言ってるか……わかるよ」
勇者「復讐したいんでしょ……。ほら、この剣……使いなよ」
カランッ……
子ども「!?」
子ども「な、なんだよ……っ!?」
勇者「ひとりぼっちの君なら……その魔剣を使えるよ」ドサ
勇者「どうせ……私ももう……だから……」
勇者「急所は、ここと、ここ。……分かった?」
711:
子ども「……」
子ども「っ……!」チャキ
子ども「う、ああぁぁっ!」
勇者「……うん」
ドスッ
勇者「……」ガクン
パタッ……
712:
子ども「ぜえ、はあ、はあ、はあ……」
子ども「! 勇者の体が……砂に変わってく」
子ども「……」
子ども「……う……」
子ども「もう、立ってられない……ううう」
子ども「母さん……父さん……姉さん……」
子ども「死んだら……みんなに会えるかなぁ……」
子ども「…………」
ドサッ……
713:
第六章 「わしにどうしてあんたを救うことができよう?おのれを救うことさえできぬわしに?」
  微笑をうかべて、「まだわからんかね? 救済はどこにもないのじゃ」
714:
勇者「……」パチ
勇者「ここは……?」
勇者「夜……屋外。花畑……」
勇者「!」
勇者(遠くから……誰かこっちに来る。フードのマントをかぶった小さな人……いや、子ども)
勇者「だれ」
??「おかえりなさい」
鍵守「ボクは冥界の番人です……せかいをつなぐトビラの鍵をまもる者」
鍵守「だからカギモリってなのってますけど、べつにどうよんでもいいです」
勇者「……」
勇者「冥界……」
勇者「じゃあ私……死んだんだ」
勇者「ああ……やっと」
鍵守「たいへんでしたね……。……あの、つぎのせかいでは……きっとしあわせになれます」
鍵守「とびらはあっちです。ボクが案内します。さあ」
勇者「……は?」
勇者「次の世界……?」
勇者「いらないよ。そんなの」
715:
勇者「ここで私の存在を完全に消して」
勇者「また生きるのなんて絶対いや」
鍵守「えっ……でも……こまります」
勇者「困るのはこっちだよ。私は消えたいの!!」
勇者「あんなにたくさん殺した……もういやだ……いや」
勇者「やっと死ねたって思ったのに、どうして……ひどい……」
鍵守「おちついて。だいじょうぶ」
鍵守「つぎのせかいでは、なにもかも一からまたやりなおせます」
鍵守「それに……あなたのことを待ってる人がいます」
勇者「誰にも会いたくなんてない!!!!」
勇者「誰にも見られたくないの……!」
勇者「……はなしてよ」パシッ
鍵守「あっ」
勇者「冥府がそういうところなら……もう用はない」
鍵守「あっ だめですよ……ガケに立ったらあぶないです」
鍵守「そっちは……あぶないので、こちらにきてください」
勇者「……」
タッ……
鍵守「あっ……!」
鍵守「だめだってば!」
716:
鍵守「ああ……どうしよう」
鍵守「落ちていってしまった……」
鍵守「もうボクの手ではたすけられない」
鍵守「あの子がじぶんでこちらにきてくれないと……うう……こまったな」
鍵守「やっぱりこうなっちゃうのか……」
717:
第七章 幽霊は丘の上で自分が消えるのを待つ
718:
* * *
気づくとその子はどこかの山の上の小さな墓場にいました。
雨風に晒され続けた簡素な十字架や墓石といっしょに、曇り空の下立っていました。
かわいそうな子。
もう、自分の名前も思い出せません。
なにもかも忘れてしまいました。
ただ勇者として自分が行ったことだけはちゃんと覚えてました。
冥府の番人の導きを拒絶した魂は、現世に取り残されて幽霊になってしまうのです。
その子は空っぽの幽霊となりました。
719:
左胸にはしるズキズキとした痛みをのぞけば、体は軽く、どこにでも行けそうでしたけれど。
別に行きたいところなどなかったので、幽霊はずっとその墓場にいました。
膝を抱えて、丘の上。
日が昇っているうちは流れる雲と空の色を。
日が落ちてからは動く星座と藍の空を。
飽きることなくずっと眺めて過ごしました。
戦争が終わって、だんだん世界は平和になりました。
壊された建物は新しく建て直され、血で汚れた道は舗装され、人々の傷も癒えました。
幽霊のその子の名前はどこにも刻まれることはありませんでした。
720:
でも、ちゃんと覚えていてくれる人もいたみたいですよ。
その子がいる墓場にはめったに人が訪れることはなかったのですけど
たまに、男と女の二人連れが来ることもあったんですね。
決まって白い花束を持ってきて、丘の縁に一番近いところに並んでる二つの墓に添えるんです。
そしてちょっとだけ泣いて、馬車で帰って行くのでした。
幽霊は、いつもその二つの墓のうち一つに寄りかかっていたのですけど
その時だけは少し離れたところに座って、不思議そうに、涙を流す二人を見つめます。
本当は、二人は、幽霊に色々と世話を焼いてくれた人たちです。
でもやっぱり幽霊の記憶からは消えていました。
悲しいですね。
721:
幽霊が幽霊になってからしばらくたったころでしょうか。
ある日突然気づきました。
墓の横に小さな木が生えているって。
墓場の周りは焼け野原になってたので、木が生えてくるなんて珍しいことでした。
10年もたたずに立派な枝葉を広げる木に育ちました。
幽霊は墓石に寄りかかるのをやめて、木にもたれかかって無限に思えるような時をずっと過ごしました。
雨の日は青々とした葉っぱが幽霊を雫から守ってくれました。
カンカン照りの日は木のつくる影にはいって暑さをやり過ごしました。
幽霊は死んでるので、濡れも日焼けもしないのですが。
そうしていると左胸の、いまはもうないはずの心臓が痛むのもちょっと忘れられるものでしたから。
722:
20年……30年……50年……
どんどん木は大きく空に向かって伸びました。
もう大樹といっていいような威厳を持ち合わせていました。
ただ不思議なことは、その木は1年中ずっと緑色の葉っぱをつけていることです。
幽霊は、寒くなる時期に葉を落として、暖かくなったらまた葉をつける木しか知らなかったので
変な木だなあと思ってました。
そういう木のこと、常緑樹っていいます。
幽霊が知っているのは落葉樹でした。
幽霊は枯れ木にどこか寂しい印象をもっていたので、常緑樹の方が好きになりました。
723:
50年を少し過ぎたくらいでしょうかね。
人の声がせず、寂しかったその山に人が住みはじめました。
どこからか流れてきて自然と集まった人々が、この山に新しく村をつくることにしたようです。
丘の上の墓場を発見して、どでかい大樹を見てびっくりしていました。
村は大樹の村と名付けられました。
そうして一度竜に焼かれてしまった村は、名前を取り戻しました。
724:
子どもが生まれて、人口が増え、どんどん村はにぎやかになっていきました。
幽霊はその少し前くらいからだんだん何かを考えるとか、感じるとか、そういうのがなくなってきてました。
このまま、静かに消えていくのだろうと。
風に溶けてなくなっていくのだろうと。思っていました。
けれどある日突然、幽霊の心は平穏を失いました。
その日、その村で一人の男の子が生まれました。
産声が上がって数日後。王都から馬車がやってきて告げました。
「その子は勇者だ」と。
勇者!
幽霊は閉じかけていた目を見開きました。
勇者が生まれた。
725:
勇者が生まれた同じ日に、世界のどこかで
いずれ魔王となる女の子も生まれていました。
幽霊は気が狂わんばかりになって地面に突っ伏しました。
「取り逃がしていたんだ!」
「全員やったと思っていたのに……」
「一体どこに隠れていたんだ?」
「あの子どもが最後の一人じゃなかった!!!」
「私はしくじったんだ」
このままでは。
せっかくもう戦争が起きないようにとあんなことをしたのに、
また勇者と魔王による戦がはじまってしまうのです。
幽霊のしたことは全て無駄になってしまう。
でももう死んじゃってるのでね。
幽霊にはなにもできませんでした。
ただ後悔して嘆くことしか。
726:
さてそんなことは露知らず勇者は赤ん坊から少年へ成長しました。
剣の修行に明け暮れる毎日です。
あの日、祖母が丘の上の墓場に忘れ物をしたと言い、
祖母の代わりにそれをとりに勇者は丘に向かいました。
そこで幽霊に会いました。
真昼間です。幽霊の体を透かして真っ青な空が見えました。
勇者は、びっくりしてうわあ、だとかうぎゃあ、とかそんなことを叫びました。
それまで幽霊を見ることのできる人間はいなかったので
幽霊もびっくりしました。
びっくりしつつも、うるさく喚く少年にむかついたのでアイアンクローを掛けました。
勇者はさらに驚いて飛びあがりました。
まさか出会いがしらに幽霊にアイアンクローをされるとは思っていなかったのでしょう。
そりゃそうです。
このことは勇者のトラウマになって、
背が今よりずっと伸びた後でも、彼は一人で夜に墓場に行くことは控えます。
勇者ですが、怖いものは怖いのです。
736:
勇者はその日は一目散に墓場から逃げ帰って、
夜ベッドの中であの恐ろしい体験を思い返してはぶるりと震えました。
なかでも一番恐ろしかったのは、幽霊の左胸……人間なら心臓があるはずところから
だらだらと真っ赤な血が流れ出ていたことです。
なんてグロテスク……鳥肌がたってしまいますね。
次の日……
勇者は傷薬を持って、恐る恐る墓場へと行ってみました。
幽霊は昨日と同じように、大きな木の下で蹲っていました。
いつでも逃げ出せるよう距離をとって、傷薬をひょいと投げてみると
幽霊はきょとんとしました。
不思議なことに、勇者の言葉は幽霊には聴こえていましたが、
幽霊の言葉は勇者に届きませんでした。
傷薬は効きませんでした。なので投げ返しました。
勇者はそれからなんやかんやと喋ってきましたが
幽霊にとってはそれがうるさくてたまらかったので、チョーククローをかけました。
勇者のトラウマは深まりました。
737:
…………やがて勇者は魔王討伐のために旅立ちました。
苦難を乗り越えた末にやっと辿りついた魔王城。
ですが、戦いは起きませんでした。
魔王が勇者にある提案をしたのですよ。
「見逃してほしい」って。
詳しくはまた別の機会に語るとしましょう。
勇者はそれを受け入れて、魔王たちは地の果ての島でこれまで通りひっそりと生きることになりました。
けれどそううまくはいかないものです。
幽霊が剣を振るっていたときのように。
人間の国の王は魔族を一人残らずこの世から消したかったのです。
もっとも、二人の行動理由は異なっていたみたいでしたけれど。
738:
あーあ……勇者のうっかりから、魔族の居場所がばれてしまいました。
魔族が圧倒的に強かった昔に比べ、全体的に見ていまは人間の方が強いみたいです。
もっとも、魔族たちは人々を殺さないように戦っていたので
本当のところは分かりません。
勇者は、魔王に協力することに決めました。
魔族と人が共に生きることのできる世界を目指そうと。
二人は手を取り合いました。
幽霊は。
幽霊は……信じられない思いで、ただ一言吐き捨てました。
「馬鹿が」
どうせ裏切られます。どうせ何もかもうまくいきっこない。
祈っても悩んでもどうせ悲劇につながるようこの世界はできているのだから。
幽霊は暗澹たる気持ちで、ただ見まもりました。
また戦いがはじまる……
あの悪夢のような……殺し合いの日々が……
739:
ですが、幽霊の予想ははずれました。
魔王と勇者は決してお互いを裏切ることがありませんでした。
時に笑いあい、時にふざけあい、まるで種族の垣根などないように。
幽霊と……幽霊が大切に思っていた誰かさんが夢見ていた光景のように。
幽霊があの日、血濡れの部屋でかなぐり捨てた夢のように……。
そして運命の日を迎えました。
勇者の処刑。
魔族のためにクーデターを起こそうとしてたことが国王にばれました。
ギロチンの刃が勇者の首を真っ二つに分けようとしたとき……
魔王が助けに来ました。
王子を見つけ出せたことで、太陽の国の王が変わりました。
新しい王は、かなりふざけた野郎ですが、寛大です。
魔族は人とともに生きることを許されました。
種族の垣根を越えて、人と魔族はともに歩みはじめました。
よかったですね。
よくなかったのは幽霊です。
740:
戦争は起きませんでした。
虐殺は行われませんでした。
平和が再び訪れました。
「そんな……」
「うそだ……」
幽霊は膝から崩れ落ちました。
もう二度と立ち上がれないような気がしました。
「じゃあ……私がしたことの意味って……」
「いったいなんだったの……」
「あんなにがんばって」
「ぜんぶむだだったの……」
幽霊は間違っていたと思いますか?
もしかして、幽霊がもし違う行動をとっていれば、百年前の戦争は犠牲なしに終結したでしょうか?
どうでしょうね。
ちゃんと答えてくれる人はどこにもいません。
741:
でも少なくとも幽霊は、自分が間違っていたと思ったみたいです。
間違っていたことは分かっても、どうすれば正解だったのかは、やっぱり分かりませんでした。
ずっと考えても答えは出ないままでした。
やがて幽霊は、幼子みたいに声をあげて泣きじゃくりました。
泣いたのなんて久しぶりで、さいしょは透明な血が流れたのかと思ったくらいです。
「うーーっ……ううっ……うっ……ごめんなさい……」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、」
「ごめんなさい…………!」
もし、いまこの場に『時の剣』があったならば、
きっと幽霊は時間を巻き戻して、母親のおなかのなかにいる自分を殺すのでしょうね。
いずれ世界の害悪になる自分自身が生まれないように、存在を消すでしょう。
742:
ずーっとずっとひとりで泣き続けていた幽霊は、
ある日自分以外の泣き声が聞こえたのに気付きました。
ちょっと離れた墓で、魔王の小さな女の子がしくしく泣いてました。
その墓は、あの勇者の墓です。
勇者は魔王の命を助けるために『時の剣』を使って、
その代償にこの世からいなくなってしまったのです。
幽霊は魔王を見つめました。
赤い瞳が、剣を交えたあの男そっくりで……
でも何故かあのときとは違って、静かな気持ちでその瞳を見つめることができました。
魔王の女の子が行ってしまって、また墓場は静かになりました。
幽霊は村を振りかえりました。
遠くで風車が音もなく回っていました。
大樹の枝に、ツバメが巣をつくっていました。
焼け野原だったこの辺りも、ずいぶんと景色がよくなりました。
743:
「あーあ。馬鹿じゃないの」
「魔王なんか助けて、自分は死んじゃってさ」
「魔族だよ。魔族なのに……」
「……馬鹿だなぁ」
「仕方ないから……助けてあげるよ。勇者」
幽霊は立ちあがりました。
100年いたこの墓場とも、今日でお別れです。
744:
第八章 エヴァーグリーン
745:
ずっといっしょに永い時を過ごした大樹を仰ぎ見ました。
これからもこの木は、この村と山を見まもっていくのでしょう。
一枚の葉っぱが幽霊の頭にひらりと舞い落ちてきました。
それを手にとって、じっと見つめます。
その緑色は、エヴァーグリーン……朽ちることのない永遠の色ですね。
誰かさんの目の色そっくりです。
幽霊は、その色を見ているとなんだか懐かしい気持ちになります。
その木の種を誰かさんといっしょに植えたことも、
そのとき交わした会話も、涙も、笑みも、
もう幽霊が思い出すことはありません。二度と。
746:
そういえばその木の種は女神様がくれたものなのでしたっけ。
そうですね。
もしかしたら、この葉と同じ目の色をした誰かさんの、自分でも気づいてなかった本当の願いは
いつか一人ぼっちになってしまう女の子のそばにいてあげたかったのかもしれません。
幽霊の手のひらの葉っぱは、しばらくしてから風に吹かれて
またひらひら飛んでいきました。
その葉を追うようにして、幽霊は歩きだしました。
時の神殿へ。
時の女神の元へ。
自分の終わりへと。
747:
時の神殿
少女「……」
少女「ここかな」
時の女神「…………」
女神「…………あら……お客さんなんて珍しい」
少女「こんにちは」
女神「あなたは……先代の勇者ですね。どうやってここに来れたのですか?」
少女「さあ。自分でもよく分からないよ……」
女神「そうですか」
少女「いまのが今の時代の勇者だよね」
女神「ええ。時を巻き戻した代償として、消えてしまいましたけれど」
少女「……」
少女「知ってる?先代の魔王と勇者は、相手にできるだけの苦痛を味あわせて殺したかったから、ほとんど剣術で闘ったんだ」
少女「魔力を使ったのは、せいぜい己の身の治療のみ」
 
少女「だから二人ともほとんど魔力を残して死んだんだ……」
女神「ええ。見てましたから」
少女「先代魔王……あいつの魔力は、いまの魔王の命を救ってたね」
少女「はい。これ使ってよ。さっきの彼、助けてあげて」
女神「魔力、ですか。でもこれは契約なのです。魔力ではだめなのです……命でなければ」
少女「意外と面倒くさいんだね」
748:
少女「魔力ある者にとって、魔力の枯渇はすなわち死を意味する。……ってことは、魔力=命ってことなんじゃないの?」
女神「屁理屈です」
少女「君だって、彼に生きてほしいくせに」
女神「見ていて飽きませんからね」
少女「頼むよ。先代勇者として……世界を無茶苦茶にした功績を称えてよ」
女神「意味が分かりません」
少女「……先代勇者が成し遂げられなかったことを、やってのけたんだ……」
少女「私は間違えてしまったから……」
少女「だから彼にはご褒美が必要なんじゃないの?
 ほら、受け取っちゃいなよ。ほらほら」
 
女神「もう…………分かりました。一応理屈が通っているってことで、大目に見ましょう」
少女「やったね」
女神「ただし、あなたの魔力で購われるのは、彼の命の半分だけですね。結構消費してるじゃないですか」
少女「そう?ごめんごめん」
少女「ま、命があるだけいいよね」
749:
女神「では、もう一度彼の魂を呼び戻しますよ。あなたの魔力を使ってしまえば、あなたはここに存在できなくなります。
 よろしいのですね?」
 
少女「よろしいよ。覚悟はできてる」
女神「そうですか。…………では」
女神「……あなたも、長い間お疲れ様でした。どうか向こうの世界ではお幸せに」
少女「……」
750:
第九章 さよならだけが人生だ。
751:
冥府
少女「…………」
少女「また来ちゃったな」
少女「もう戻れない」
752:
ザッ……ザッ……
少女「鍵をあけて、扉を抜けたらまた生きなければいけないんだ」
少女「一から……またひとつの命として」
少女「……」
少女「足が震える……」
ザッ……。
少女「……」
……。
少女(いきたくない……)
少女(足が動かない)
少女「はあ……」ペタン
少女(無理だ。もう歩けない)
753:
少女(……これは……湖かな)
少女(なにか底でたくさん光ってる。魚……?蛍?)
少女「なんだろう」
ザッ………ザッ…………
少女「……?」
少女「だれ」
少年「……、…………」
少年「……そっか」
少女「?」
少年「……冥府はいつも夜なんだ」
少年「月はないけれど、そのかわり星がたくさんある」
少年「湖に沈んでるのは落ちてきた星……地面に落ちたのは白く光る花を咲かすんだ」
少年「となり、いいかな」
少女「……いいけど」
少女「あなたも死んだの?」
少年「うん。ずいぶん前だけどね」
少女「前……どうしてすぐ扉を開けないの」
少年「人を待ってたんだ」
少年「ここは鍵守のあの子がつくった再会のための世界だから」
少年「どうしても、なにを差しだしてもいいから……」
少年「もう一度……会いたくて」
少女「……」
少女「そう」
754:
少年「きれいだね」
少女「え?」
少年「きれいな眺めだと思わないか?」
少女「きれい…………?」
少女「……きれい……」
少女「そう……かも……ね」
少女「……うん。そう思うよ……」
少女「こんなきれいな世界を……」
少女「並んでいっしょに見たかった人が、私にもいたはずなんだけど……ね」
少女「ぜんぶ忘れちゃったよ」
少女「ぜんぶ……」
少女「自分の名前すら、もう思い出せないの」
少年「ニーナ」
少女「え?」
少年「君の名前はニーナだよ」
少女「……ニーナ…………?」
少年「いい名前だ」
少女「……そうかな」
755:
少女「あなたの名前はなんていうの」
少年「……僕は」
少年「僕の名前は、ハロルドっていうんだ」
少女「そう」
少女「ぅ……」ズキ
少年「…………その傷」
少女「もう死んでるのに、血が止まらないんだ」
少女「変だよね」
少年「剣が刺さってるんだ」
少女「……?」
少女「剣なんて刺さってない。傷だけ」
少年「いいや、刺さってる。君を道連れにしようとしてるんだ」
756:
少年「ちょっと痛いかもしれないけどじっとしていて。剣を抜くよ」
少女「……!」ズキ
少年「境遇には同情するけど……お前なんかにこの子を渡すつもりはない」グッ
少女「いたい……っ やめて!!」
少女「もういいよ、傷なんてどうでもいいから触らないでよ!!」
少女「ずっと刺さってた剣なら、いまさら抜けるわけない! ほうっておいて!!」
少年「……君はもうひとりじゃない。独りなんかじゃないから」
ズッ……
少女「うぅっ……!」
少女「…………あ……血がとまった」
少女「傷が塞がってく……」
少年「もう痛くはない?」
少女「痛く……ない」
少年「よかった」
少女「……」
757:
少年「じゃあ、そろそろいこうか。扉へ」
少女「……え」
少女「………………」
少年「どうしたの?」
少女「……」
少女「…………こわい……」
少年「……大丈夫」
少年「僕もいっしょにいくから。ほら、手をつなごう」
少年「ひとりなら怖いことも、ふたりでいれば怖くないよ」
少女「……」
少年「って、これは受け売りなんだけどね。はは」
少年「さあ、行こう」
少女「……うん」
758:
ザッ……ザッ……
少女「さっき、人を待ってるって言ってたけど、いいの?」
少年「もういいんだ」
少女「ふーん……」
少女「……ねえ。そういえば、どうして私の名前を知ってたの」
少年「ん?」
少女「さっきはじめて会ったのに」
少年「…………」
少年「……本当は、はじめてじゃ、ないんだ」
少年「前にも会ってる」
少女「そうなの?」
少年「……うん」
759:
少年「僕たち、ずっといっしょにいたんだ」
少年「僕が待っていたのは……君なんだ」
少女「え?」
少年「…………会いたかった。会って謝りたかった。会って、もう一度君の声が聴きたかった」
少年「もう一度君の笑顔が見たかった」
少年「……百年……ずっと、君のことを待ってたんだ」
少女「……」
少女「でも、わかんないよ」
少女「そんなこと……言われても……」
少女「…………ごめんなさい」
少年「そうだよね、こんなこといきなり言われても困るだろうね」
少年「ごめん」
少年「君がそんな顔する必要ないんだ。本当に……会えただけで嬉しいから」
少年「会えてよかった……」
760:
少女「でも、あなたの目。あの木の葉っぱの色にすごく似てる」
少女「なんだか懐かしい色……」
少女「……きれい、だね」
少年「君の目の方がずっときれいだ」
少年「ひとつだけ、お願いがあるんだけど……聞いてもらってもいいかな」
少女「……なに?」
少年「僕の名前を呼んでほしい」
少年「『勇者』じゃなくって、僕の本当の名前を」
少女「いい……けど」
少女「えっと…………ハロルド」
少年「……ありがとう」
少年「ありがとう。ニーナ」
761:
鍵守「……ああ」
鍵守「よかった。おかえりなさい……」
鍵守「かえってきて……くれたんですね」
少女「うん」
鍵守「ハロルドくん。あえてよかったですね」
少年「ああ……本当に」
鍵守「じゃあいまからトビラに案内しますけど……」
鍵守「その……ハロルドくんにはずっと昔に……説明しましたが……」
鍵守「あなたにも知っておいてもらわないといけないことがあります」
少女「なに?」
鍵守「現世で死んだ者は、魂の状態で冥界にきて、トビラをぬけてまた、新しい体をもらいます」
鍵守「新しい、生をはじめることになる……のです」
鍵守「あなたたちふたりは……いま魂の状態です」
鍵守「ですけど……あの……ちょっとあなたたちはとくちゅ……特殊で……」
鍵守「というのも、この冥界は、死者が死に別れた大切な者を待てるように、そしてもう一度会えるようにと……
 ボクがつくった世界なのですけれど」
鍵守「ふつうは人間だったら5年とか……10年とか……長くて50年とか……。魂のままでいるのはそのくらいなんです」
鍵守「待ってる相手もそれくらいでこっちにかえってくるので……」
762:
鍵守「でも、ハロルドくんは冥界で100年。ニーナさんは現世で幽霊として100年」
鍵守「魂の状態でいるのが、ふつうよりだいぶながいんです……」
少女「うん」
鍵守「じつは、種族の寿命を基準にして……あんまり長い間魂のままでいると……
 トビラの先の世界で、ちょっと問題がおきてしまいます」
鍵守「人の寿命がいま大体60年。それを考えると、100年はちょっと長すぎました……」
鍵守「魂のままでいた時間が長ければ……長いほど、因果がこじれて、来世での問題が大きくなってしまうんです」
鍵守「こればっかりはボクもどうしようもなくて……ごめんなさい」
鍵守「具体的にどんな問題かっていうと……」
鍵守「ほかの人より、ちょっと生きるのが大変な状態に……なります」
鍵守「自分の体だったり境遇だったり……人それぞれなんですけど」
鍵守「そこのところご了ちょ……ご了承いただきたいんです」
少女「私は……自分で逃げた結果だし、いいよ」
少年「僕も自分で決めたことだから、かまわない」
鍵守「そ……そうですか」
763:
鍵守「これがトビラです。ボクがいまカギをあけるので」
鍵守「トビラを開いたら、なかにすすんでください」
鍵守「なにもこわいことはありません。おちついて、ゆっくり……すすんでください」
少年「うん」
鍵守「…………ボクは、あなたたちにあやまらなければ……いけません」
鍵守「……」
鍵守「すくってあげたかった……。かなしい運命から」
鍵守「でも……できませんでした。ボクにできたのは、冥界をつくることくらいで……」
鍵守「ごめんなさい」
少女「……」
少女「神様でも……創世主様でも、できないことってあるんだ」
鍵守「ボクは確かに創世を手伝いましたが、実際に行ったのはもうひとりの方です。
 様なんて……つけないでください。しがない番人です」
少女「……」ピラ
鍵守「あっ、フードはめくらないで……。おこりますよ……」
鍵守「……じゃあ、カギをあけますからね」
764:
ガチャン
鍵守「……はい。それでは、いってらっしゃい」
少年「鍵守、ありがとう。世話になったね」
鍵守「あの赤目の女の子もちょっと前に彼といってしまったし……
 すこしだけここもさびしくなってしまいますね……」
鍵守「こちらこそありがとう。いってらっしゃい」
少年「行こう」
少女「……」
少女「……う……ん」
―――バタン
765:
コツ……コツ……コツ……コツ……
……コツッ……
少女「……」
少女「……はあ……はぁ……」
少女「……やっぱりだめ。こわいよ……っ」ギュッ
少女「また……間違っちゃったらどうすればいいの」
少女「私は生まれちゃいけないんじゃないかな……」
少年「……」
少年「あのとき、僕たちは必死に正解を探してたけど」
少年「正解も間違いも……どこにもなかったんじゃないかって思うんだ」
少女「なかった……?」
少年「僕たちみんながみんな間違えていた。と同時に正しかったんだ」
少年「同じ気持ちを僕も君も、魔王も持ってた。みんないっしょだったんだ」
少年「だから、どうか自分を嫌いにならないで」
少年「もう……戦いはなくなったんだ。終わったんだよ」
少年「あのときもってた気持ちをみんなで持ち続ければ、同じ戦争はもう二度と起こらないはずだ」
766:
少年「それでも君が自分を責めて、自分を痛めつけ続けるのなら……」
少年「次の世界で、僕がまた君に会いに行くよ。苦しみも悩みも全部分かち合おう」
少年「生きるのって、たぶん本質的に辛いことだ」
少年「親しい人たちとの別れは突然訪れるだろう。いつか必ず」
少年「誰かに自分の生を呪われたり……死を望まれることもあるかもしれない」
少年「岐路に立ったときには、誰も正解なんて教えてくれない」
少年「間違いだったんじゃないかって、いつだって後悔しながら歩き続けるしかないんだ」
少年「……それでも、僕が昔感じたように、きっと『生きててよかった』って思える瞬間が絶対あるよ」
少年「絶対に」
少年「だからいっしょに探そう」
少年「生きよう。またここにかえってくるまで……」
少年「君にまた会いに行くから」
少女「…………無理だよ」
少女「鍵守が言ってたじゃん。私もあなたも、自由に動ける体じゃなくなる」
少女「私、もう追いかけられない……」
少女「走っていけない……」
少女「あなただって、絶対私のこと見つけられないよ」
少女「……できない約束なら最初からしないで!」
少女「私……そういうの嫌い。大っ嫌い……!」
少年「どんな体だったとしても必ず君のこと探しに行くよ」
少年「絶対見つけに行く。誓うよ。そうしたら……今度こそ」
少年「今度こそ、いっしょに生きよう」
767:
少女「あ……。体が」
少年「うわっ、本当だ」
少年「もうそろそろ……みたいだね」
少年「……」
少年「約束は必ず守るよ」
少年「それまで…………さよなら」
少女(消えちゃう……)
少女「待って……」
少女「待って」
少年「…………」
少女「………………………………………ハルっ……」
少年「!」
少年「……呼んでくれて、ありがとう」
768:
――――――――――――――――
―――――――――――
―――――
鍵守「いってしまいました……」
鍵守「『さよならだけが人生』……ですか」
鍵守「さて……ええと……あなたはどうしますか?」
鍵守「魔剣さん……」
鍵守「そうですか……ここにいることにしたんですね」
鍵守「わかりました……」
鍵守「よろしくね」
鍵守「じゃあボクはまた仕事にもどります」
鍵守「落ちた星を空にはりつけてあげないと……」
鍵守「カンテラ、カンテラ……ええと」
鍵守「ふう。でもなんだか……ひと仕事おえた気分です」
鍵守「みなさんお幸せに……」
鍵守「あなたたちの幸せを、ずっとここでいのってます」
769:
最終章 Mais les yeux sont aveugles. Il faut chercher avec le coeur.
 (目ではなく、心で)
770:
「家庭……ですか」
「そうですね……でも、まだちょっとそういうの考えられないですね」
「いつか、そのうち。じゃあ御馳走様でした。お代はここにおいておきます」
銅貨を何枚かテーブルにおいて、騒がしい店内を後にしたあの日から数年の月日が経った。
薬師はある町の波止場のベンチに腰かけて、がっくりと項垂れていた。
ついにこの日を迎えてしまった……。
30回目の誕生日である。
「ついに三十路か……」
あの日軽く流した言葉も、今になれば若干の真剣味を帯びてくる。
なんだか最近疲れやすい気もするし、この間は足首を捻った。
年だろうか。年のせいなんだろうか。
771:
ずっといっしょに旅をしてきた愛犬も、そろそろ歩きまわるのが辛い年だろう。
家庭うんぬんはとりあえずなしにしても、どこかに腰を落ち着かせる時期がきたのかもしれない。
彼は背を反らして、天を仰いだ。
そもそも――どうして今まで旅をしてきたのだろう。
あの酒場の主人のように、何度か村や町に留まって暮らすことを勧められたことがある。
まだ少年だったころは一緒に暮らそうと誘ってくれた老夫婦さえいた。
その全てを断って、今のように薬を調合しながら根なし草の生活を続けていた理由は……
不思議な縁が続いて偶然自分が手にすることになった4通の手紙。
やはりそれが心のどこかに引っかかっているのかもしれない。
5通目は自分にしか見つけられないと思っていたのかもしれない。
772:
でもきっと、5通目の手紙などなかったのだろうと彼は思った。
もともとこの広い海で、あと一通手紙を受け取ることができる可能性など天文学的なものだが
手紙が存在しないことはあまり考えていなかった。
手紙の差出人の女の子は、戦争を終えた後、勇者とともに平和に過ごしたに違いない。
海のない地で。二人仲良くいつまでも。
だからもう手紙を海に流すことはなかったのだ。
「定住するとしたら、どこらへんに住もうか……」
愛犬に話しかけてみる。フンと鼻を鳴らす音だけ返ってきた。
旅はやめちゃうんですか、と言ってるように聞こえた。
「お前もそろそろどこかでゆっくりしたいだろ」
大昔に時計屋の青年からもらった懐中時計を取りだして、蓋を開いた。
ラの音4つ、微かに鳴り響く。
そろそろ船出の時間だったので彼は立ちあがった。
旅の最後に向こう岸にある離れ孤島を訪れることに彼は決めた。
ウミネコの鳴き声が波音に絡み合う穏やかな夕暮れだった。
773:
「お兄さん薬師?だったらあの孤島に行く必要ないよ」
「薬草に詳しい婆さんがずっと前から住んでるからね」
「なんだ。そうなんですか」
船を出してほしいと、港で暇そうに煙草を吸っていた船乗りに頼むと
そんなことを言われた。
若干肩すかしに感じたが、それならわざわざ行く意味もないだろう。
この港町からなら陸から移動するより海路をとった方が早いと判断したので、
船乗りに別の目的地を告げた。
定住の地として頭に浮かんだ場所のひとつだった。
子どもが多く、秋には金木犀の香りがひっそり漂う小さな田舎町。
近くの森では珍しい薬草もとれる。
そこで犬とともに静かに暮らそうと決めた。
「オーケー、あの町ね。じゃあ西だ。はい、乗った乗った。こっちね」
774:
船の縁に片足をかけたときだった。
彼は動きを止めてきょろきょろと首を動かした。
「なんだ?」
船乗りが不審に思って声をかける。
「いま、なにか聴こえませんでした?」
「いや、何も。ウミネコじゃないのか」
「……」
聴覚に意識を集中させると、やはり気のせいではなかった。
海の向こうから、何かの音色が聴こえる。
そう、音色だった。
誰かが楽器を弾いている。
775:
有名な曲だろうか。
彼は音楽に明るくないのでよく分からない。
――よく分からなかったが、心惹かれるものがあった。
まるで水平線の向こうから、誰かが自分の名を呼んでいるような……
呼び声のような音色だった。
「音楽なんて、俺には全然聴こえないけどなぁ」
「昔から耳はいいんです」
彼は笑って言った。
「……すいません。やっぱり進路変更して、あの島に行ってもらっていいですか」
776:
* * *
女「はい。じゃあ今日はこれで終わり!」
女「みんな気をつけて帰ってね。寄り道しちゃだめだよ」
「「「はーーい」」」
エルフ「早く先生みたいにうまく弾けるようになりたいなー」
男の子「ぼくが一番先にうまくなるよ。ねっ先生」
女の子「ちがうよ。今日はあたしが一番上手だったもん」
女「みんな上手だったよ!大丈夫、すぐみんな私よりうまくなるよ」
女「今度は新しい曲教えてあげる。楽しみにしててね」
エルフ「楽しみー!」
ガチャ
女「気をつけてね。また今度」
男の子「さようなら!」
女の子「またね、先生!」
女「うん。またね!ばいばい」
女「……ん……?」
女「…………?」
777:
男「……あの」
女「この島にお客さんなんて珍しいですね」
女「こんにちは」ニコ
男「こん……にちは」
女「何にもない島だから、港町からの定期船くらいしか来ないの」
女「だから顔見知りじゃない人なんて久しぶりに見ました。ふふ」
女「なにかご用ですか?よければ案内します」
男「……用というか」
男「……さっきのはヴァイオリンですか?」
女「え?」
男「あっちの町の港でその音色が聴こえて……」
男「なんて曲なんですか」
女「タイトルは、まだ」
男「まだ?」
女「私がつくったの」
778:
―――――――――――――
――――――――――
――――――
女「お茶いれるますね」
男「いや、おかまいなく。本当に」
女「気を使わないで。大抵のことは一人でできるから」
ギイ キィ……
女「それに、私のヴァイオリンを聴いてこの島に来たってことは、私のお客さんでしょ?」
女「せっかくのお客さんなんだもの。お茶くらいいれさせて。
 このあいだおいしい茶葉を薬師のおばあさんからもらったんです」
男「薬師の……」
女「はい。どうぞ」
男「ありがとう」
女「あなたも薬師さんなんですよね」
男「ええ」
女「じゃあ明日おばあさんに会いに行ってみたらどうかな。
 いろいろおもしろい話聴けるかも」
女「私も昔お世話になったんだ」
男「あなたの足は薬で治療中なんですか……?」
女「ううん。私の両足は生まれつき全然動かないの。薬でどうにかなるものじゃないよ」
女「ただちょっと痛い時があるから、そのときにおばあさんに薬もらってる」
779:
男「……そうですか」
女「でも、別にいいの。車いすがあるから一人でも動けるしね。
 階段がひとりじゃ上れないのがたまに不便だけど」
女「小さいときは足が動かないことで色々悩んだよ。人よりちょっと大変だし。
 あなたも、分かると思うけど……」
女「……でも、大変なのって私だけじゃないよねって思って」
女「それにもし足が動いたとしても、やっぱり別の悲しいことや辛いことがあると思うんだ」
女「そう考えたら、足が動かない今も、嬉しいこととかおもしろいことたくさんあるし、
 結局どんな私でも私にしかなれないんだから、今はちっとも悩んでないよ」
女「ヴァイオリンは足が動かなくても弾けるしね。
 本当はチェロの方に最初憧れてたけど、今はヴァイオリンの方が好き」
男「……強い人ですね」
女「あはは。そんな真面目に捉えないで、話半分に聞いて」
女「……なんだかあなたってあまり初めて会った気がしなくて、つい話しすぎちゃうな」
女「ごめんなさいね」
女「ねえ、旅をしているって言ってたけど、どうして?」
女「よっぽどの理由があるんでしょ?」
男「いや、それほどの理由も実はないよ」
女「手紙とか、職業のこととかだけが理由じゃないでしょう?」
女「だって……盲目で旅をするなんて、人より何倍も大変なはず」
女「全盲なんですよね」
780:
男「本当に理由はない。強いて言うなら、なんとなく、としか」
男「実際、もう旅も終わりにしてどこかに住もうと思ってたくらいだ」
女「そうなの」
女「この子は盲導犬? かわいい。寝ちゃったね」
男「いや、特別な訓練は受けてないけど、随分助けられたよ。この子は僕の目だ」
男「オリビアがいなければ……ああ、それがこの子の名前なんだけれど」
男「もし僕一人で旅をしていたら今頃どっかの山奥で白骨死体になっていたに違いない」
男「僕は人より道に迷うのが得意なんだ……残念なことに」
男「目が見えていれば全然そういうことなかったと思うんだけどね。目が見えていればね」
女「本当にそうかなぁ……」クスクス
女「……」
女「……あの」
男「?」
女「変なこと、言っていいかな」
男「え?」
女「初めて会ったのに、こんなこと言うの絶対変だと思うんだけど……」
女「…………髪、切った?」
781:
男「…………」
男「……それ、旅をしていた間に何度かほかの人にも言われたよ」
男「みんな初めて会ったときにそれを言うんだ」
男「この懐中時計をくれた時計屋の人も……手紙を渡してくれたあの夫婦の奥さんの方も。
 髪を切ったも何も、これ以上長くしたことはないよ」
男「僕は男だし……貴族でもないから、髪なんて伸ばさないって。邪魔だしね」
女「ああ、そうだよね。なに言ってるんだろ、私」
女「あはは、ごめんね。気にしないで」
男「……あなたは……髪が長いんですね」
男「……」
女「どうして分かるの?」
男「音で分かるよ」
女「へえ……すごいね。そう、昔から伸ばしてる」
男「似合うよ」
男「短くても長くても……どっちも似合う」
女「え……?」
男「…………え?」
男「な……なにを僕は言ってるんだろう。す、すみません。決してその、ここには口説きにきたわけではなく……」
男「あ、怪しい者ではないんです。本当に!」
女「えっ、いや、あ、はいっ……怪しい者とは思ってないけど!」
女「えっと……あっ! そうだ。私もね、海から手紙の入ったビンを拾ったことがあるの。いま見せるね」
男「あ、はい。ぜひ」
782:
ギィ……ギイ
男「……はあ」
男(ほんと何口走ってるんだ……なんかおかしいな)
男(ここに来てからなんだか変だ。妙に落ち着かないような……今までこんなことなかったのに)
男(お茶を飲んで落ち着こう)ゴクゴク
女「あったあった。これだよ、はい……」
女「……あ、そっか。 私が今読むね。えっとね、差出人は書いてないんだけど、書き出しはこう」
女「『結婚おめでとうございます』」
男「ゴボッ!!」ビチャ
女「えっ!?」
男「げほっごほごほげほ! すっ……すみませっ……」
女「大丈夫!? 服が汚れちゃってるよ。いまタオルもってくるから」
男「いや本当に大丈夫。気にしないで。それより」
男「けっ……けけ、結婚なさってたんですね……。旦那さんは今どちらに?」
783:
女「あはは。私は結婚してないよ。これは浜辺で偶然拾っただけだから、私宛じゃないと思う」
男「えっ? ……あ、そうか」
男「……続きを読んでもらえますか?」
女「うん。ただちょっとよくわかんないこと書いてあるから、悪戯かなにかだと思うけどね」
『結婚おめでとうございます。
 あなたたちがそうなってくれて本当にボクもうれしいです。
 さよならだけが人生です。
 ですけど。
 さよならだけが人生ならば、また来る春はなんでしょう。
 さよならだけが人生ならば、めぐりあう日はなんでしょう。
 未……ちがう。末永くおしあわせに。 
 P.S. こちらとそちらではじかんの流れがちょっとずれているので
  もしかしたらこれがとどくのも変な時期かもしれません。』
女「文字も子どもの字みたいだし……とくに誰かにあてた手紙でもないのかな」
男「確かによく分からない内容だね」
女「うん」
男「でも、いい言葉だな。また来る春」
女「……そうだね」
784:
女「……」
男「……」
女「……」
男「……なにか僕の顔についてるかな」
女「えっ!?」
女「な、なんで私が見てること分かったの」
男「なんとなく分かるんだ」
女「ええっ……」
女「………………ひとつ、お願いがあって」
男「?」
女「……嫌なら断ってくれてもいいんですけど……」
女「目を……開けてもらってもいい……かな」
女「あなたの目、見てみたいの」
男「……」
男「……」スッ
男「見ても……面白いものじゃあないよ。はは」
女「…………」
女「あなたの目の色、自分で見れないなんて……本当に……もったいない」
女「……すごくきれいな緑色……してるんだね」
女「緑色っていうのは……森の色。木の色だよ。……優しい色」
女「……私……」
ぽたっ
男(……水?)
女「わっ……!? なにこれ? やだ、勝手に…………ひっく」
女「きゃーーごめんなさい!お客さんの前でこんな……うぅっ……なんか……
 自分でもよく……分からない……んだけどっ……」
785:
女「涙が…………ひくっ……止、まらなくってっ……ごめんなさ……」
男「…………………………気にしないで」
男「何故か僕も……全く同じ症状に見舞われて大混乱なんだ」ボロボロ
女「へ……? ああっ ほんとだ! ぐすっ…… 大丈夫!?」
男「三十路になってまでこんな滂沱のごとく涙を流すことになろうとは……」
男「…………今日は……なんだか……おかしくて」
男「ここに……来てから、ずっと……変なんだ」
男「………………今からもっと変なこと言ってもいいだろうか」
女「……はい」
男「……今日が初対面のはずなんだけれど……」
男「ずっと君を探していた。……そのために……旅をしていた」
男「自分でもおかしなこと言ってるって分かってる。でも、今言わなければいけないような気がするんだ」
男「生まれる前から、ずっと会いたかった……」
786:
女「…………私も変なこと言うね」
女「…………ずっと」
女「ずっと、ずっと……君が見つけてくれるの待ってたよ……」
女「……会いたかった……私も、生まれる前から、君に会いたかった……」
ガシッ
男「……あの!!」
女「えっ」
男「……………………っ」
男「たぶん一番変なこと、今から言うよ」
男「色々順番ふっ飛ばしてるっていうのは分かってる!」
女「えっ?え?」
男「………………僕と」
―――――――――――
―――――――
――――
787:
――――
―――――――
―――――――――――
女「…………!」
女「…………っ」
女「……」
女「……、…………は……はい」
女「…………」グス
女「…………よろこんで……っ」
女「……私も。……君と…………」
女「……今度は」
女「……おいていったり……しないでね……」
788:
エピローグ letters from the SEA to SEE her.
  the color of the dress SHE wears today is...
789:
冥府
鍵守「……」
鍵守「……」
時の女神「創世主様」スタスタ
鍵守「……ん……?」
女神「何用でごさいましょうか」
鍵守「……?」
鍵守「なにが……?」
女神「えっ。あなた様が今日冥府に私をお招きになったではありませんか」
鍵守「……そうでしたっけ……?」
女神「えーー、お忘れになってたんですか」
鍵守「ごめんね……。ここはちょっとだけ時間の流れがいびちゅ……歪だから
 たぶんボクにとっては大昔に、あなたのこと呼んだんだとおもいます」
鍵守「……それより、ボクのこと創世主なんてよばないで」
鍵守「ボクは確かに創世のてつだいをしたけれど……あくまでてつだい。
 いうなれば副創世主みたいなものです」
鍵守「本当の創世主はもうひとりの彼ですので……ボクはしがないただの番人です」
女神「と申されましても。私にとってはあなた様もあの方も等しく、尊き創世主様です」
女神「……あの方にはまだお会いしたこと、ありませんけれどね」
790:
鍵守「まだ彼は自我をもっていないから……」
女神「自我がなく、この世界を創造したというのですか?」
鍵守「うん。そういうものです……」
女神「は、はあ」
女神「でも、人々は創世主様が『勇者』をお選びになっていると思っているようですが……
 そこのところはどうなのです?」
鍵守「彼は……創世主は……まだ自分が神だと気づいてません」
鍵守「だから彼はこの世界そのものの意志……手は風、足は大地……意志は人々の総意」
鍵守「『勇者』を選ぶのは創世主であるといえるし、この世界そのものの意志だともいえますね……」
女神「あら。初耳ですね」
鍵守「きかれてなかったので……」
女神「……『まだ』自分が神だと気づいてないということは、今後気づくこともあるのでしょうか」
鍵守「あるかもしれません。ボクのときのように……いつか……ね」
女神「そうしたらいつかお会いしたいものです」
鍵守「ボクもです」
791:
女神「ところで、なにをなさっていらっしゃるのですか?釣りですか?」
鍵守「はい。釣れるの、まってます」
女神「魚でしょうか」
鍵守「いいえ……」
鍵守「釣れるまで」
鍵守「少し昔話につきあって、もらってもいいですか……」
女神「はい。勿論」
鍵守「ボクは……ボクはほんとに、あの子たちのことたすけてあげたかったんです……」
鍵守「あんな悲しいことはやめてほしかった」
鍵守「でも……どうしてもできませんでした。
 もし無理に流れをねじまげてしまったら、この世界が根本からむじゅんをはらんでしまいますので」
鍵守「そしたら世界はぱらどっくすに飲み込まれてぜんぶ死んじゃうんです」
女神「ええと……矛盾を孕むとはどういうことですか?それで消えてしまうって?」
女神「私の名にかけて言いますが、時の流れは一方通行で、戻ることなどありません」
鍵守「うん……それは、そうですけれど、そうじゃない次元もあるということです」
女神「いや、ないです!!時間を管理する私が断言しますが、そんな次元ありません!!
 あるとしたら、どこにあるんですか!?鍵守様!?」
鍵守「あっ……うん……、やっぱりなかったかも……」
女神「はぐらかさないで教えてください!!私の沽券に関わります!!」
鍵守「ねえ……お菓子たべますか?」
女神「お菓子なんかに私は釣られませんよ!!!」モグモグ
792:
鍵守「あなたが管理している時間は、『あなたが存在している時間』なので……
 それ以外の時の流れを観測することはできません……」
女神「……」
鍵守「例えば……5分前にこの世界ができたとして、あなたはそれを感知することができるでしょうか」
鍵守「『世界がたった今つくられたことを知らないあなた』が創造されたら、それは可能でしょうか……」
女神「それは、無理でしょうね」
鍵守「……そういうことです」
女神「あなた様はそれを観測できるということですか?」
鍵守「ボクと、彼だけ……」
鍵守「……この世界をつくったとき、ボクたちはとっても無邪気でした」
鍵守「でも、ボクがあるキッカケを経て、神になる資格があるのだと気づいたとき……」
鍵守「……なんてことをしてしまったんだろうって……」
793:
鍵守「いまだからはなすけれど……」
鍵守「あの日、大きな分かれ道の日……道はふたつしかなかった」
女神「……?」
鍵守「『勇者』が勝って、魔族が全滅するか。『魔王』が勝って、人間が全滅するか……」
鍵守「実際は前者の方になったわけだけど……もし後者になってたら、
 百年後の次の世代の魔王と勇者は、立場が完全にぎゃくになっていたでしょう」
女神「勇者を討伐しに魔王が勇者のもとへ?」
鍵守「そう。そして見逃してくれと頼むのが勇者だったでしょう。
 魔族に戦争をいどむつもりはないといって……」
鍵守「どっちがどっちだったとしても、道はけっきょくひとつにもどります」
鍵守「あの和平の日を経て、現在へと……」
女神「……それはおかしいです。道はふたつしかなかったなんて……変です」
女神「未来は未定事項です。各々の五万とある選択肢の果てに決定されるものではないですか。
 二つしかなかったなんて信じられません」
鍵守「うん……それも、あなたたちの次元のはなしです」
鍵守「既定事項から遡ってつくられた未定事項という可能性もあるんです」
鍵守「この世界の根幹はあの日にありましたから……」
女神「……。ならば本当に人間か魔族、どちらかは必ずあのとき全滅しなければならなかったのですか」
鍵守「そう……なぜならば」
鍵守「仲直りのためには仲違いが必要で」
鍵守「和平のためには諍いが必要です」
鍵守「絶対的な平和のためには……徹底的な戦争が」
794:
鍵守「ボクが気づいたときには、なにもかもおそかった」
鍵守「……さっき言った通り、だからむじゅんをはらませずにボクができることといったら」
鍵守「ここをつくることくらいでした」
鍵守「……あのまま、人の彼らも、魔族の彼らも、愛する人にもう会えないのは……あんまりかわいそうだったので」
鍵守「さよならだけじゃない世界をつくりました。それが冥界」
鍵守「ボクにはそれくらいしかできませんでした……だから」
鍵守「創世主なんて、よばれるほどのものじゃないんです」
女神「……それくらいしか、だなんて仰らないでください」
女神「正直に申し上げて、あなた様の今のお話は……よく分からなかったのですが」
女神「冥界があるこの世界が私はすきです。再会のチャンスが与えられているこの世界が好きですよ」
女神「あの二人も……無事会えましたしね」
女神「……まあ……出会った初日にあんなことを言いだしたのにはちょっと驚きましたが」クス
鍵守「ボクは……かおが赤くなりましたね……」
女神「あらまあ」
鍵守「わかいって……いいですね」
女神「子どもの姿のあなた様がそういうとちょっとシュールですねぇ」
795:
女神「あれも、運命ですかね」
鍵守「運命だなんてことばで形容するのは、ふたりにしつれいですよ」
鍵守「たしかに冥界においての再会はボクが機会を用意ちたけれど」
女神「……」
鍵守「用意、し、た、けれど……二度目の再会は彼らだけの力で果たしましたから」
鍵守「神の力も……ボクの力も、運命の力も借りずに……」
鍵守「あの子が呼んで、あの子がさがしだした……」
女神「……そうですね。仰る通りです」
796:
鍵守「かたちあるもの、いつかはすべてなくなります」
鍵守「ほんとうに大切なものは、いつだってかたちのないものですから」
鍵守「目ではなく心で探さなければ……みつかりません」
女神「ええ」
鍵守「だから……」
鍵守「あなたは永遠をしんじますか」
女神「……信じたいですね。神すら知り得ぬその果てに続くものを」
鍵守「永遠があるとしたら……きっとそれもかたちのないものに宿るのでしょうね」
鍵守「そしてもし色がついているとしたら……」
鍵守「たぶん緑色なんじゃないかなってボクはおもいます」
女神「……どうしてですか?」
鍵守「えびゃー……」
女神「……はい!?」
鍵守「…………エヴァーグリーンです」
鍵守「朽ち果てぬ緑ですよ」
797:
ピクッ
鍵守「……あ」
女神「あら……浮きが動きましたね。かかったんじゃないでしょうか」
鍵守「きたっ……」
女神「…………ビン?」
鍵守「はい……あの子からの返事がはいってるんです」
鍵守「これをまってたんです……」
鍵守「だれかから返事もらえるのってボクはじめてで。うれしいものですね」
鍵守「あけてくれますか。ボクにはコルクがかたくて、あけられません」
女神「え? あ、はい。分かりました。……ってもしかして」
女神「……まさか、このために私を呼んだんじゃ……」
鍵守「はい。このためだけにあなたをよびました」
女神「ええええっ……せっかくあなた様に冥府にお招きいただいたと思ったのに!」
女神「用事ってこれですか!!もうっ!私も暇で仕方ないというわけではないんですよっ!」
798:
* * *
母「…………また言うけど」
母「全く、電撃どころじゃないわね」
女「お母さん。その話題はもうやめて」
女「だって……しょうがないでしょ。いまそうしなきゃって思ったんだから」
女「時間は無限じゃないんだよ」
母「別に責めてるわけじゃないわ。からかって遊んでるだけ」
女「なお悪いよ!私で遊ばないで」
母「まあ、でもほんとにいい人が見つかってよかったね」
母「あの人ならお母さんも安心してあんたを預けられるわ」
母「それになかなか……ねえ? あんたも結構面食いね。私そっくりよ。
 お父さんも昔はね〜〜そりゃあ色男でね〜〜」
女「わっ……私は違うよ。別にそんなので選んでないもの。ってだから、からかうのやめて!!」
母「ほほほ」
女「……いままでありがとね。……本当に」
母「よしてよ。遠くに行っちゃうわけでもあるまいし」
母「……二人で幸せにね。支え合って生きてくのよ」
母「ほら。鏡見なさい。あなた今とってもきれいよ」
女「…………ありがと」
母「じゃあ、私はみんなと外で待ってるからね。楽しみにしてるわ」
799:
コンコン ガチャ
女「あ……」
男「あれ?もしかしてお義母さんいない?」
女「もう外でみんなと待ってるって」
男「そっか」
女「……」
女「……すごく似合ってるよ」
女「惚れなおしちゃいそう。なんちゃって。あはは」
男「僕は……今日ほど自分が盲目であることを悔やんだ日はないよ」
男「でも、見えなくたって分かる。とても素敵だ」
男「だれよりもきれいだよ。愛してる」
女「……………………」
女「……あのね……そういうこと真顔でさらっと、しかも急に言うのだけはやめてほしいかな」
女「やめてほしいかなっ!!」
男「そんなに照れなくてもいいじゃないか。頬が熱いよ」
女「照れてないよ!この部屋が暑いだけ!私も愛してる!!」
男「ありがとう」
800:
男「そろそろ行こうか。時間だ」
女「うん。外でみんな待ってるよ。なんか緊張するね」
女「君が旅してるときに出会った人たちも来ているんでしょう?」
男「ああ。ありがたいことに」
男「初対面でプロポーズしたって言ったら、呆れられたけど」
女「だろうね……まあオーケーした私も私なんだけど……」
男「はは。じゃ、つかまって」ヒョイ
女「え!? ちょっと……なにしてんの!?」
男「なにって……車いすで行くつもり?」
男「せっかくのドレスなのに、それじゃあんまり見えないじゃないか」
女「いいよ車いすで!こんな……私もそんなに若いお嬢さんってわけじゃないんだから恥ずかしいよ」
男「触れてた方が君がちゃんといるって分かって安心できるんだけど、だめかな」
女「……うぐ……。…………でも重いでしょ」
男「軽いよ」
女「……もう。また絶対みんなにからかわれるよ……もう!わかったよ」
女「……絶対……はなさないでね」
男「もちろん」
801:
ゴーン……ゴーン……ゴーン…………
女「あ、鐘が」
男「そろそろ行こうか。扉の先に」
女「うん……」
女「……いっしょにね」
男「ああ。今度こそ……二人で生きよう」
女「……ねえ」
女「私……今、生きててよかったって思ってるよ」
女「本当に幸せ」
男「……僕も」
802:
女「迎えにきてくれて、ありがとう……」
男「……君に会えて本当によかった」
男「……待っててくれて、ありがとう」
――ガチャッ……
――バタン
     おわり
804:
おつ!
最高だった
805:
前作と空気ちがいすぎてやべーなとは思ったんですが
それでも最後まで読んでくれた方、どうもありがとうございました
なにか質問とかあれば もにゃっと答えます
パンツの色とか柄とかやらしいことはだめですよ だめですからね
806:
お疲れさま
良い話だった
807:
乙!素晴らしい、本当に面白かった。
前作を前に読んでなんとなーく心に残ってたら、偶然このスレ開いたらあれの続きで驚いたよ。とにかく乙。
808:
救いはないのか…とおもっていたらこんなに幸せな終わりだったとは…
本当に乙です!
810:
おつ
途中の章題の意味を教えてください
813:
>>810
2章の意味分からんやつのことだったら、
右から読んで区切り変えればおk
811:
乙でした!!
本当に良かったよ!!
魔王の妹の子どもはどうなったのでしょうか。書いてあったっけ?
813:
>>811
魔王の妹の子どもは消息不明ですが
前作主人公の魔王(元幼女)が生まれたということは
逃げのびながらどこかでひっそり生きて子孫を残したんでしょう
冥府でお母さんと再会したと思います
812:
おつでした
魔王や狩人、僧侶はその後どうなったのか気になるな
813:
>>812
薬師に手紙を渡してくれた奴らは全員勇者(ハロルド)が会ったことある奴
魔王の息子と娘も「生きづらい」状況にあったこと
薬師の髪の長さに言及した奴らが女のほかにいたこと
など……まあ狩人と僧侶は何回か死んだ後ですが
それにしても魔王と勇者が出てきすぎてややこしいですな
やむを得ず二人にだけ固有の名前つけたんですが何とも
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