【閲覧注意】死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?『にょうらいさん』back

【閲覧注意】死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?『にょうらいさん』


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8:
絵金祭り
話下手なので恐怖感を煽る表現なんかはうまくできないので
もしかしたら全然怖くないのかも。
ただ自分にとっては物凄い恐怖体験でした。
どうか長文がだるい方はスルーして下さい。
去年の事、高知県の赤岡という町に行った。
絵金祭りという祭りを一度この目で見てみたかったというのが第一の理由。
絵金祭りというのは祭りの夜にろうそくの火で絵金の描いたを見て回れるという祭り。
第二の理由と言うのは、まぁオカ板住人なだけにオカルト的な事が好きな自身を
満足させるような事があると言うこと。
率直な話自分は差別と言うのは好きではない。ただ部落の話は好きなのだ。
部落の話と言っても、そこにある昔からの伝承や、昔から守られてきた風習の
謎とも言うべき物の知識を得ることが快感だったのかもしれない。
そもそも日本には色々な風習があるが、不思議と狭い社会で作られた
ディープな話程興味をそそるというもの。それに触れるのは部落関連の話というのが
自分なりの安易な解答だったのだ。
「赤岡の町には部落があり、何か祀りたてている。」
こんな話を聞いたのが事の発端だった。
その土地の神聖な存在と言うのは概ね地元の神社、寺などを廻ると分かるのだ。
例えば神社に行き、神主さんに郷土史について調べていると言えば、
少なからず話してくれる神主さんもいる。
埼玉に住んでいた自分にはただ単純にそういった興味を満たすためだけに
その遠い土地を訪れるのは少々の抵抗もあったのだが、赤岡という事で絵金を一度
見てみたいとかねてからの想いも後押しして、結局行くことにした。
9:
赤岡と言う町は現在では高知市のすぐ側にあり、空港からもさほど遠いわけではな
い。埼玉でもかなり東京よりで割と発展した場所に住んでいた自分からすれば、
という話になるが、そんな場所にも関わらず随分とさびれた町だったのを今も不気味
ながらに鮮明に覚えている。
到着してから初めに向かったのは神社。
その神社は星神社と言い、なんとも変わった名前だし行って見たいという
好奇心もそそられた。
知ってる人も多いと思うが「星」と「信仰」というのは物凄く濃い関係を持っており、
それは日本に留まらない。
そんな事を考えながら到着した。
なんの変哲もない普通の神社だった。
それから自分の好奇心を満たす為、結局宿の近くで散策しようと向かった。
そこから車で随分と行った所に森という名の場所が何箇所も地図上にあり、
なおかつ面白い名前だなと想いつつ、その森の方へと足を向けた。
「長者ヶ森」「平家ヶ森」「三辻森」である。
詳しい人は知ってると思うが、三辻という苗字がある。
その名前は非常に珍しい事もあるが、昔はとてつもなく位の高い苗字だった。
時の左大臣や右大臣もいた。果ては天皇家と言っても良いほどの家だ。
しかしある時反乱に加担し、島流しや地方送りになったのである。
その名に加えて平家ときたらもう大好きな次元の話になってくる。
そこにはもう一つの森があり、清水の名前が着くのだが長者と清水には深い繋がりも
伺えると思う。
三辻→平家→長者→清水→加えて「熊王」「秋葉「龍河洞」ときたらもう大変である。
僕は今でも四国の詳しい郷土史は知らないし、そこに実際に平家や三辻が流れたかも分からない。
元々歴史には明るくないので。申し訳ない。
11:
そういった妄想も膨らみつつ、宿の方へと向かった。
まず初めにしたのは聞き込み。
「平家」「三辻」「熊王」など色々な事を古い日本家屋へ行っては聞き込んだ。
大体の老人の話では、天皇家の血筋だとか平家の偉い人だかが四国に流れてきた。
という事。
最後と言うべきか、寧ろ満たされた自分の好奇心が最後にしたのか、ともかく最後に
訪れた家の方はこう話した。(方言の再現は不可能ですw)
爺「好きな人もおるんじゃのぉ」
婆「勉強の為だしいいかも知れませんね」
爺「私も昔の年寄りに聞いた話だけしか言えんけどいいか?」
そんな事を言われて「駄目です」などとは当然言えるわけもなく、
「お願いします」と丁寧に頭を下げた。
爺は語る
「昔平家の落ち武者がある日猫を連れて落ちてきた。
自分が言うにはとても偉いんだと言うこと。
なんでも猫を使ってある儀式がしたいと言いだした。」
12:
婆「不老不死じゃな。」
爺はそういう変な言い方するなと婆に言って舌打ちをしながらこちらに向きなおした。
続いて爺
「山やら森の名前で分かるかも知れんが昔は随分とそういう事が実験に近い形で
行われてた。ワシのじじいの代でもそういう事があったと聞いておる。
しかもその時使われていたのは人間、今では差別になるんだが、
分かりやすく言えば部落じゃな。そういう土地柄を利用しつつやっていたと聞いておる」
僕は聞き返す
「人体実験のようなものですか?」
爺「昔はそういうこともあったという話だ。あんた間引きや姥捨てというのを知っとるか?」
静かに頷く自分の内心は『うひょひょひょ、キタキタキタキタキターーーー』という感じだった。
爺「そういう対象の人間が『使われた』んだな。しかし今でも猫に関しては神聖視す
る社会もある。あんた今日は絵金に行くのかね?」
僕はただ単純にうなずく作業を2,3度繰り返した。
爺「あの辺りには一部だが、いわゆる部落っつーもんがある。猫だけは決して殺しては
いかんぞもし間違って何かの拍子に殺してしまったら、何も言わずにすぐ逃げなさい。
今でも何かといい噂はない社会だから。年寄りの間でだけだがな。」
「わしが話せるのはこのぐらいかの。」とその話を締めた。
13:
僕はそのお爺さんとお婆さんに深々と頭を下げてお礼を言いつつ、東京土産ですと
東京ばななを渡して赤岡に向かった。
向かう途中に考えた。
実はあの爺さんは肝心の儀式については何も話してくれなかった。
方言だからかもしれないが、最後に「ワシが話せるのはこのぐらい」と言った。
それ以上は話せなかったのだろうか?
妄想が大好きな僕は監視なんかがあり話せないとか、近所の人に後で色々と言われるのが
怖くてそこで止めたなど色々考えながら赤岡に向かった。
当然あんな話をされた後なので、赤岡での聞き込みはとてもじゃないが出来ず、
おとなしく予約した宿に車を走らせた。
その夜、絵金は静かな祭りで皆がたまに見れる絵金を楽しみにしていたという表情が
うっすらと蝋燭の火で灯され、皆が楽しんでいる様をまるで第三者のように見つめながら
絵を楽しんだ。
祭りは終わり次の朝には宿を出た。
宿を出るときにはおかみさんが外まで見送ってくれた。
2,3定型文とも取れる会話をしつつ一路空港まで向かうことにした。
空港に向かう途中の話、旅館から出てまだ10分程度の場所。
広場のような場所で車を止めて道路の反対側にある自動販売機で地図を確認していた。
要は道に迷ってコーヒーを飲んでいたのである。
その辺りは細かい道がとても多く、空港方面に出る道路に出るためには
少々遠回りをしなくてはいけなかった。
自動販売機の裏に森に向かってるベンチに腰掛け、コーヒーを飲みながら地図
と格闘していると、ふと『キキーッ!』という車の緊急停車といった感じの音が聞こえてきた。
車はそのまますぐに発進した音がしたので、そのまま気にせず地図と睨めっこをしてたわけだ。
14:
何事かと思い自動販売機から覗いてみると、10人近い男がごちゃごちゃ話している。
儀式をしないといけないとか、犯人を捕まえる意外に方法がないとか。
多分地域の住人だと思う。田舎のじじいを連想させるようなランニングとモモヒキの
おっちゃんもいた。
嫌なことに僕が借りたレンタカーを入念にチェックしている
「血がついとらん」
「あほ、血なんぞ出とらんわ!」
「凹みもないようだぞ?」
「この車じゃないのかも知れん」
もう僕は怖くなって怖くなって仕方がなかった。
ここで出て行ってあらぬ疑いを掛けられるのは嫌だ
しかし出て行かなくて見つけられたら多分お終いだろうと思った。
結局僕は出て行くことにした。
僕「すいませーん、なんか車にありましたか?僕が借りたレンタカーなんですが?」
すると一人の男が前に出てこう言う。
「あんた猫轢いたか?というか何してんだ、こんなとこで」
僕は事実轢いてないので「いいえ。迷って地図を確認してただけですよ、
自動販売機の裏のベンチで」と答えて笑顔を作る。
すると他の男が言う。
「こいつは他所もんだし関係ない、もしこいつでも仕方のないこっちゃ」
他の男が言う
「そうだな…」
なにやら不穏な空気を感じつつ空港に方面へ出る道を聞いた
「この辺りは入り組んでたり直線というわけにはいかんからそっちの大通りいけ」
結局この場は逃げられるようである。」
15:
そして最後に他のじじい(多分一番年上)が寄ってくる。
「なんも聞いてないな?」
「な?」
「な?」
「な?」
「な?」
「な?」
「な?」
「な?」
「な?」
「な?」
「な?」
「な?」
……………… …… …
何度同じ一文字を聞き続けただろう。
返事をしようとしても制され、同じその一文字を繰り返す。
そして無言になったかと思えば「全員が無言でこっちをじっとみつめている」
目が冷たい。
初めて心の底からそう思った。
不気味に笑顔になっている人もいた。当然目は笑っていない。
僕は仕方なく
「はい…。」
と返事をしてその場を立ち去った。
あの土地で猫がどういう存在なのか、
また差別的に言うとその部落ではどういう儀式があったのか
色々果てぬ疑問は残りつつも今に至る。
誰か詳しい人がいたら教えて下さい。
怖くないかも知れませんが、僕にとっては本当に恐怖体験でした。
23:
おささる恐怖
オカ板「おささる恐怖」より抜粋
216 :本当にあった怖い名無し :2007/03/12(月) 01:59:02 ID:F4ae2DDj0
日光東照宮神厩舎は、厩舎を囲む八枚の猿の浮彫で有名であり、
中でも、「みざる、いわざる、きかざる」の「三猿」の木彫が名高い。
しかし、厩舎内の北面に彫られたもうひとつの「三猿」、
「みざる、いわざる、おささる(をささる)」
の彫像については、一部の社殿関係者が知るのみで、
一般にはほとんど知られておらず、また公開もされていない。
24:
217 :本当にあった怖い名無し :2007/03/12(月) 01:59:49 ID:F4ae2DDj0
この彫像は「三猿」といっても、外見を窺うことができるのは、
「みざる、いわざる」の二猿のみで、
残る「おささる」は、上から厚く漆喰で塗り固められ、その姿を見ることはできない。
社伝によると、「おささる」像は神厩舎の建立当初から漆喰によって覆われていたらしく、
像の姿形についての記載は残っていない。
また、「おささる」像が、漆喰で覆い隠されている理由も記されていない。
25:
218 :本当にあった怖い名無し :2007/03/12(月) 02:00:34 ID:F4ae2DDj0
安政の大地震の折、「おささる」像を覆う漆喰の一部が剥がれ落ちたことがあった。
神主達は像の姿を眺めることを忌み嫌い、厩舎に足を踏み入れようとせず、
その修復を社殿に出入りしていた馬子に命じた。
長押に梯子をかけ、漆喰を塗り直した馬子は、翌日、飼葉桶に頭を突っ込み死んでいたという。
以上、「おささる像の謎」。
31:
ドアを叩く音
中学2年の時の話。
俺、自室に鍵があるんだけど、以前に部屋の鍵をかけたまま昼寝して、台所でボヤがあったとき気付かず逃げ遅れた。
俺は一度寝たら、なかなか起きない。毎朝二度寝は当たり前。学校には遅刻ぎりぎりで行ってた。
そんな俺は、親にドアの向こうから怒鳴られ、ドアをガンガン叩かれ、ようやく起きた。
起きてみてびびったよ、部屋が煙だらけ。
まあ、台所のコンロの近くの物が燃えたり、タイルが焦げたりする程度で済んだけど。
だから、親には「お前はなかなか起きないから、寝るときは鍵かけるな。死ぬぞ」って言われた。
32:
でも、俺は鍵かけるのが癖になっていたから、親の忠告を忘れてそれからも鍵をかけて寝てた。その度に、親に注意されてたけど。
それからしばらく経った、ある夜(GWの前日)。
俺は自室がある2階へ上がり、いつも通り鍵をかけ、テレビを点ける。しかし疲れがピークだったためか、テレビを点けたまま寝てしまった。最後に時計を見た時間は21時ちょっと前。
夜中、ドアをガンガン!と叩く音で目が覚めた。
この俺が起きるんだから、ものすごい音。ドア外れんじゃねぇかってくらい。ドアを見たら揺れてる。
俺は「んだよ、また親父か母さんか」って無視した(以前も鍵をかけたまま寝て、ドアを叩かれて起こされたことがある)。
こっちは睡眠不足で眠いんだよ!って俺はキレた。勿論、無視。
いつもなら、無視する俺に諦める両親が、今日はやけにしつこい。しかも、ドア叩く音がうっさいのなんの。いつもの倍。
33:
時計をちらっと見ると5時。点けっぱなしのテレビでは朝のニュース。未明に殺人事件があったらしい。被害者の名前が聞こえる…犯人はまだ捕まっていないらしい。
「朝っぱらから親もよくやるよ。てか俺は睡眠不足なんだよ」と、俺はぶちキレて「うっせえんだよ!」と怒鳴った。
しかし音は止まない。
「眠いから無理!」と俺が本気で怒鳴ると、音が止んだ。
即効爆睡。
翌日。GW。
俺は休日はいつも昼頃に起きる。
居間でテレビを見ている両親に「昨日ドア叩いたでしょ? ドア壊れるかと思った」と言った。
「昨日の夜、あんたが2階上がってすぐに、おばあちゃんの具合が急に悪くなったって電話あったから、病院行ってた。帰ってきたの10時頃」と眠そうな母さん。
「俺も」と大あくびの親父。
俺が2階上がってすぐだから…21時30分にはもう家を出ているわけだ。
つまり、ドアを叩かれた時間帯は、家に俺しかいなかった。
じゃあ、ドアをあんなにめちゃくちゃに叩いたのは誰だ?
俺には兄弟姉妹なんかいないし…
泥棒かと思い、両親に「部屋とかなんか変わった様子ない? 物の配置が違ったり、荒らされたりとか」に聞いてみるが、答えはNOだった。
「寝ぼけてたんだ。それか夢だな」と思っていたら、テレビで殺人事件のニュースが。俺がドアを叩かれて起きた時、点けっぱなしのテレビから聞こえた殺人事件のニュースと同じ内容(被害者の名前が同じ・犯人捕まっていない)だった。
その日の夜、びくびくしながら寝た。怖がりで小心者だから、電気とテレビを点けっぱなしで寝た。
ドアは叩かれなかった。
それからは鍵をかけなくなり、注意されることもなくなった。また、ドアをガンガン叩かれた事はあれからもうない。
そん時はめっちゃ怖かった。叩かれてるとき、両親が家いないという事を知ってたら、失神か失禁してたと思う。
ちなみに両親は、未だに俺が寝ぼけていたと思っている。
37:
トミノの地獄
眠れないから投下。
怖くないかも、ごめん。
この前、妙に肝の座ったメル友Jと
『トミノの地獄』の話になったんだが、
Jが「音読する!」と言い出した。
携帯で電話してたんだが、
1度目は多少つっかかりながらも
漢字確認の為にゆっくりと読んだ。
2?4度目は練習、
5度目になると慣れてスラスラと読める様になった。
内心ビビりまくっていた私、
2人で「何もおこらない」と言いつつも 正直すごく安心した。
「じゃあ今度はあたし読むわw」
そういって、私が音読仕出すと、
「可愛いトミノは」辺りまで行った所で
いきなり変な笑い声(明らかにJのじゃな)とともに電話が切れた。
とりあえずパニクった。
Jに電話かけるもつながらない。
メールも帰ってくる。
そんな訳で、Jともう2日連絡がとれない。
何かあったのか、担がれてるだけなのか……
後者ならいいけど、ちょっと心配。
長文ごめん。
怖くないね。
42:
お経
子供の頃…
もたれていた壁から、幾人ものお坊さんと思われる人の声で
お経の大合唱が聞こえました
壁を隔てた向こうは、普通に四畳半の部屋だったのですが…
43:
写真が無い
ちょっと前の話。
俺は受験生だった。受験前日に気付いた出来事。
母が「爺ちゃんが満面の笑みで写ってる写真あるけど、お守りにどうだろう」
と言うので、取り合えず写真を見せてもらうことにした。
故人のものなので、持って行って失くしたりしたらやだなぁ・・・とか思いつつ。
内心、一見して礼言って返して次の日の試験に備えるつもりだった。
問題はその数分後に起きた。
「・・・写真が無い・・・」
母が顔を青くして俺に言った。
俺は少し残念だったが、「そっか。じゃ明日試験だから、そろそろ寝る」
と言って部屋に戻ろうとした。
母は背を向けた俺に呟いた。
「おめぇ、爺ちゃんの写真があるアルバムの場所知らねぇよな」
勿論俺は知らない。
その日の二年前に爺ちゃんが亡くなった時にそのアルバムを母は実家から持ってきたらしいのだが、
俺はそれを母が持ってること自体知らなかった。
「知らない」と答えると、母はさらに顔を青くした。
「無くなってるんだよ。一枚だけ」
どういう意味か分からず、俺は問い返した。
「他の写真は全部あった。でも一枚だけ抜き取られてるみたいに無いんだよ」
母はそう言った。
「抜け落ちた、とかは無いの?元々無いとかは?」俺は少し気味が悪くなって言った。
「無い。有り得ない」母の話によると、それは写真の四方を留めるといったものではなく、
きちんとしたミニアルバム式になっていて、フィルムを剥がして貼り付け、その上にまたフィルムを貼り付けて保存していたそうだった。
抜け落ちる筈が無い。フィルムが勝手に剥がれるくらい劣化している訳でも無さそうだった。
しかも母はアルバムを家に持ってきてから内容を確認していたらしく、その時は一つも抜けていなかったらしい。
俺も自分で血の気が引いていくのが分かった。
44:
母の家は代々霊的なものを感じ取りやすい体質らしく、
爺ちゃんが亡くなった時も母はしばらくうなされたりした。
それらの経験談が余計に「爺ちゃんが来て写真を抜き取った」という考えに説得力を持たせた。
俺は取り合えず寝ることにした。
恐い思いをした筈なのに何だか眠くて堪らなかった。
俺は一通り戦慄すると、部屋に戻って電気を消し、すぐに眠りに付いた。
翌日。試験は難なく終わり、数日後に俺の合格が分かった。
未だに何で写真が無くなったのかが分からないが・・・これには後日談がある。
45:
それから二週間くらいして、俺と母が母方の実家に爺ちゃんを拝みに行った時の事。
母は車の中で口を開いた。
「この間爺ちゃんの夢を見た」
「へー。早く拝みに来いっていう催促じゃね?w」
俺も冗談半分で返したが、様子がおかしい。
「そう思うか」
不謹慎だったかと反省しつつ俺は何があったのか興味があり、訊いた。
母は時々思い出すようにして話し始めた。
「爺ちゃんな、薄暗い所に座ってるんだわ。何だかゴミとか玩具とか?が一杯散乱してる所に。
 そんで、奥に・・・何だろな。何か幕があってな。ホラ、学校の体育館にある感じの奴。
 アレの真っ赤な奴が上に張ってあって、爺ちゃんの座ってるとこの上がそれに囲まれてるの
 そんで何か、正座か体育座りみたいな感じで座って、おれの方をじぃーっと見てくるんだ」
「・・・夢だろ。考え過ぎじゃねーの?」
「かもしれねぇけど、二回も三回も見ればなぁ・・・」
俺もさすがに背筋が寒くなった。母の夢はあることに符合していたから。
実家に到着。扉を開け、仏間に入るとそこは・・・
・・・洗濯物やら玩具やらが散乱してた。部屋の半分くらい。
実家には伯父伯母夫婦と子供二人が居るんだが、整頓されているとは言い難い状況だった。
俺も母も爺ちゃんが亡くなってから何度も見ているのでショックは受けなかったが、母は自分のかつての家の面影が無くなっていくのを寂しがっていた。爺ちゃんが生きている時は綺麗に整頓されていた家だったから。
仏壇には三個入りで、既に一個食べられているプリンが備えてあった。俺も母もそれを見て思わず絶句する。
線香が燃え尽きてから、席を立って母が一言、呟いた。
「夢と同じ・・・」
背筋が再び寒くなるのが分かった。爺ちゃんが寂しそうな目で見つめている気がした。
ごめんなさい、と訳も無く謝りたくなった。
46:
にょうらいさん
あれは俺が4、5歳の夏だった。俺の実家は凄い田舎で蛇や野犬はよくいた。
俺はその日じいちゃんと祭に行ったんだ。御輿が3つくらい集まって櫓のまわりを廻るみたいな小さい祭だったけど楽しかった。
祭りが終わってじいちゃんと二人で田んぼ沿いの道を帰ってるとき向かいから御輿がきた。
47:
その御輿には先だって大きな白い犬が2匹並んで歩いていた。
俺は祭りがまだやるもんだと思って嬉しくなった。隣を歩いていたじいちゃんに「じいちゃん!御輿だよ!」と言って駆け寄ろうとした。
するとじいちゃんは俺の腕をつかんで突然「いかん!」と怒鳴った。
普段俺には優しいじいちゃんは怒鳴るなんてこと俺には絶対しなかったから凄いびっくりした。(祖母には怒鳴るし親父には蹴る)
じいちゃんは「静かにして頭を下げてるんだ…」といって地面に土下座させるみたいにした。
48:
御輿が通り過ぎる間じいちゃんと俺はずっと頭を下げてた。
でも俺、動物大好きでさ。最初に犬が御輿の前歩いてたから興味津々なんよ。
だからじいちゃんに頭押さえられてたけどつい見ちゃったんだ。
今考えるとあれは御輿ていうより牛車だと思う。牛車を犬が引いてるみたいなかんじだった。
その牛車の周りには人間なんかいなかった。
動物だけだったんだよ。
その牛車の周りには色んな動物がいてその中に狐が2匹いたんだけどそのうちの小さいほうが俺に寄ってきてじっと俺を見つめるんだ。
49:
俺は恐くなってまた目線を下に戻した。
それから随分長い間頭を下げてたと思う。やがてじいちゃんが「もういいぞ」といって俺は頭を上げた。
帰り道に「あの御輿はなに?」と聞いてもじいちゃんは答えてくれなかった。
家についてじいちゃんはばあちゃんに「にょうらいさんに出くわした」とだけ言っていた。
にょうらいさんがなんなのかはいまだにわからないがこれには後日談がある。
50:
俺は祭の日を境に夢遊病になってしまったらしい。
夜寝てると突如、ケケケー!と叫んだり上半身だけ起こして笑いながら首を回したり、酷いときは4つん這いで布団の周りを走ったりしたそうだ。
それがにょうらいさんのせいなのかそれとも狐のせいなのかは分からない。
103:
古戦場
初書き込みっす。どうぞよろしく!
霊感MAXの俺の祖母の話。
中学生の時、母は祖母の仕事の都合で岐阜の市内をいろいろと回っていた。
そしてある時、関ヶ原古戦場(周りが原っぱだったらしい)を車で通ったんだと。
運転しているのは祖母の知り合いで祖母は助手席。母は後部座席に。
んで、母はすごい吐き気に急に襲われて、頭もがんがん痛くなったらしい。
母はすぐ祖母に訴えた。
「お母さん・・・・・、やばい気持ち悪い・・・・。」
そしてすぐさま祖母は十字を切り始め、
「武者たちが必至に車にすがりついてきてるなぁ」と言い、祝詞を唱え、
「もう大丈夫だ」と一言。母は一瞬で体調が戻り、祖母に詳細を訪ねた。
祖母曰く、この辺にはうじゃうじゃ落ち武者がうろついてると。んで人が通ると
5,6人がしがみついていく。そんな状況だったそうな。
104:
続き。
古戦場はかならず浮かばれない霊がうろうろしてるからあまり近づかないほうが身のため
であると教わったんだって。
変なしめになっちゃった(^^:)駄文でよみずらくスマソ。。
祖母関係の話はたくさんありますよ。
106:
>>104

>古戦場はかならず浮かばれない霊がうろうろしてる
うちからそう離れてないところがそんな感じです・・・
111:
>>106
祖母がいうには、踏み入れただけで纏わりつかれるとかそういうのは「当たり前」だそうです・・・・。
112:
>>111
事情知ってるその付近の住人はそこには家など建てない
他所から来た方がそこに建てて住んでるが大丈夫なのかな?
113:
>>112
やはりそうっすよね。
多分知らない人はなんらかで影響がでるんじゃないっすかね??
浮かばれない霊って自分を成仏させてくれると思いこんで取りつくみたいなんで。。
115:
聞こえた
怖くはないけど不思議な話
晩飯時、兄貴と二人でリビングでテレビ見てたら
「あっはっはっはっはっ」
っておばさんの笑い声が聞こえた
しかも二回。全く同じ笑い声
隣の部屋のばぁちゃんのテレビか近所のおばさんかと思ったんだけど
普通そういう声ってこもって聞こえるよね
でもその笑い声はクリアに聞こえた。自分のすぐ右上から
もちろんリビングのテレビからではない
兄貴に聞こえたか聞いたら「聞こえた」って言ったんだけど、
二日後くらいにまた聞いたら覚えてないって
我が家の不思議体験のうちの一つ
117:
>>115
そりゃ十分怖いよ
116:

ゲーム板で読んだやつ スレ名失念。
ゲーセンで音ゲー(確かポップン)やってたら、何故か掌がチクチク痛む
プレイ後手が血塗れになっていて、驚いて匡体へ眼を遣った
ボタン部分に粒状の何かが着いてる。よくよく観察してみると
細かく砕かれたガラス片が撒いてあったそうな。
117:
>>116
酷い事する奴がいるんだな
119:
写真
最近、バイト先の店長から聞いた話投下します。
その店長の兄が10年ぐらい前に経験した話らしい。
その兄は当時とある中小企業に勤めてたんだけど、まだ2月の寒いある日、
後輩の女の子が無断欠勤した。
休むとの連絡も無いんで、上司がその子の自宅(アパートで一人暮らし)に電話をしても出ないし、
携帯にかけても出ない。
次の日も欠勤したんで、普段まじめな彼女が、2日続けての無断欠勤とはおかしいという事で、
彼女の実家に電話した。
電話に出たのはその子の母親だったが、娘からは何の連絡も無いと。
とりあえずご両親がその子のアパートに行って見るという事になった。
その子のアパートは実家から電車で1時間ほどなので、後でまた会社に連絡くれるとのこと。
で、その日の夕方、会社にその子の父親(以後Aさん)から電話があったんだが、
大家さんに鍵を開けて貰い部屋に入った所、娘は居ないとの事。
部屋も別に荒らされている様子も無いし、書置き等も無いし、ご両親もかなり困惑している様子で、
警察に届けるべきかどうか迷っているらしい。
電話の対応をした会社の上司も、誘拐等の犯罪に巻き込まれたんじゃないかと不安になったが、
とりあえずご両親に会社に来て頂いて、そこで話し合って対応を決めようという事に。
120:
暫くしてご両親が来社し、社長交えて話し合った結果、
やはり警察に通報した方が良いと言う事になり、警察に電話した。
そして、警察が来るまでの間、彼女の机やロッカーを調べて何か手がかりが無いか探そうという事になり、
まずは机を調べたところ、引出しから一枚の写真が出てきた。
写真には、人で賑わうスーパーの前で、半袖のTシャツとジーンズ姿でこちらを向き、
ピースサインで微笑んでる彼女が写っていた。
いつ撮られた写真かもわからないし、今回の事に関係あると思えないんだけど、
Aさんは何故か知らないけど違和感を覚えたみたいで、しきりに写真を見つめ考えこんでいたらしい。
そうこうしている内に警察がやってきたんで事情を説明し、社員への軽い事情聴取の後、
(店長の兄はその子の同期で、結構仲も良かった為に疑われたのか聴取が長くて凹んだらしいw)
ご両親と社長が署に同行し、捜索願いを出すことになった。
先程の写真も、警察に事情を説明したところ、何かの手がかりになるかも知れないと言うことで、
預かってもらった。
で、小さな会社がちょっとした騒ぎになりつつも何とか業務をこなし、
それから2日経った日、Aさんから会社に電話があった。
娘らしき人物が警察に保護されたようなので、今から病院に行くと。
121:
病院は彼女の実家から電車で3つほど先の駅の近くにある病院で、
とりあえず社からは上司と店長の兄がその病院に向かう事になった。
病院に到着した上司と店長の兄が病院の待合室に居た母親から話を聞いたところ、
保護された人は娘で、目立った外傷も無くやや衰弱しているだけで意識はハッキリとしているとの事。
母親もホッとしたのか、涙ぐみながら本当にご迷惑おかけしてすいませんと平謝りだったらしい。
今ちょうど警察の人が娘に事情を聞いている最中で、面会はまだ出来ないとの事なので、
上司と店長の兄も、無事で良かったとホッとして社に戻った。
その数日後、Aさんがお礼とお詫びをかねて来社し、今までの経緯を報告してくれた。
それによると、彼女は保護されるまでの記憶が全く無いらしい。
仕事の後、帰宅して食事を取り、入浴後睡眠したところまでは憶えているが、それからの記憶が全く無く、
気が付いたら見知らぬ住宅街の歩道を歩いており、急に恐ろしくなり、道端で座り込んで泣いている所を、
近所の人が通報して保護されたとの事。
精密検査の結果も、暴行された痕跡は勿論、目立った外傷も無く、脳にも異常は見られないが、
とりあえず、あと2?3日は大事をとって入院するらしい。
まぁでも、とにかく無事で良かったと社長含め一同で話をしていたが、
Aさんが、でもちょっとおかしな事があるんですよと切り出した。
122:
娘らしき人が保護されたと警察から連絡があったので病院に急いで車で向かったんだけど、
その途中で思わずあっ!と声を上げてしまったと。
あの写真に写っていたスーパーが通り沿いに見えた。
立ち寄って確認したかったが、娘の安否が気にかかるし、とりあえずその場は病院に急いで、
夜に妻を娘の病室に置いて、一人で確認しに行った。
スーパーの前の路肩に車を止め、降りて確認すると、時間も遅く閉店してるし、
夜で景色は違うけどあの写真のスーパーに間違いない。
住所を確認し、急いで病院に戻り警察に電話して、担当の刑事さんに調べて欲しいと訴えたけど、
今回の事については、室内で争ったり拉致された形跡も無く、異性との交友トラブルも無い等、
事件性が薄い上に、あの写真も今回の件との関連性は薄いので難しいとの事。
警察の対応にやや憮然とはしたけど、やはりあの写真には気になることがあったので、
娘にそれとなく聞いても、そんな写真は知らないし、何の事かわからないという。
んで、翌日そのスーパーをもう一度尋ねてみたが、そこで見た光景に背筋が凍ったらしい。
123:
写真では小さく写っていてわからなかったけど、スーパーの入り口にのぼりが立っていて、そこには、
「2月○日?△日まで、OPEN記念セール中!」みたいな事が書かれてあった。
○日といえば、彼女が行方不明になった日。
店内に入り店員に話を聞くと、そのスーパーは間違いなく4日前に開店したばかりだと言う。
そんな馬鹿な話がと思いつつ、その時点でAさんが写真に覚えた違和感がわかってハッとしたんだって。
あの写真、彼女は半袖だけど、写ってる周りの人は皆ジャケットなりセーターなりの防寒服着てたと。
んで、止めが、
あの写真・・・一体誰が写して、いつあの子の机に入れたのか・・・と。
その場の一同、唖然を通り越して絶句。
スーパーを訪れた翌日、警察署に立ち寄って事情を話したけど殆ど相手にされず、
例の写真も返却してもらった。
んで入院中の娘にその写真を見せても、やはりと言うかこんな写真は知らないし、こんなスーパー行った事も無い。
それに、こんな服はあたし持ってないと。
もう一家揃ってかなり気味が悪くなったので、写真は燃やして捨てたそうな。
ちなみに、彼女はその後元気になり無事に退院したけど、小さい会社でこういう騒ぎになったので、
流石に居づらくなり辞め、父親の家業(飲食店)を手伝っているとの事。
以上っす。
文章構成下手で長文になって申し訳ない。
しかし、聞いた話をわかりやすく文章にまとめるのって、難しいわ・・・。
125:
>>123
うーん、不気味な話だ
129:
帰れなくなる
いきなり飛び入りすいません。初めて書き込みます。
長いのでスルーして下さっても結構です。ちなみに私の体験話です。
では・・・
この話は、地元の心霊スポットとして有名なトンネルに行った時の話です。
そこには遠足や、ちょっとした遠出での寄り道として普通によく通っていました。
随分前ですが、中学生の頃、遠足でそこを訪れた時、友人3人と並んでそのトンネルを通りました。
中は薄暗いのですが、そんなに距離もないしいつも通っていると言う事と、
普通に何人もの人が通っていたので、特別恐くはありませんでした。
ところがトンネル内の途中で、一人で歩く4?5歳程度の男の子を見つけました。親も居ないみたいだし、つい目で追っていました。
その子からは嫌な感じはなく・・・寧ろ温かいような懐かしいような感覚がその時したと思います。
ですが、その時は特に気にせず、そのまま出口に向かいました。
そろそろ出口付近だと言う所で、今度は白いワンピースを着た髪の長い女性を見かけ、
この時はなんとなくですが「あぁ、この人は生きてない」そう思ったんです。
その人は悪寒の塊のような感じがして、体全体が彼女を拒否しているかのようで、ともかく気持ちの悪い人でした。
と言っても、顔は見えてません。ぱっと見は綺麗そうでした。
雰囲気が気持ち悪いのです。
そしてその人を通り越した所で、何故か凄く後ろを振り向きたくなりました。
背中はゾクゾクと寒気が走っているのに、駄目だと脳が訴えているのに、
どうしても後ろが気になるのです。
続きます。
130:
続きです。
もう、無理だ・・・
そう思い振り向こうとした瞬間、袖を引っ張られるような気がして下を見てみると、
トンネルの途中で見た男の子がいました。
とても悲しそうな顔をしてこちらを見ています。
何で?と思った瞬間、声が頭に響きました。
「見ちゃ駄目だよ、お姉ちゃん。帰れなくなっちゃうよ」
僕みたいに・・・。
そう頭に言葉が響き、聞き終えた瞬間涙が流れてきました。
何故かはわからないのですが、トンネルからだいぶ離れるまで涙は止まりませんでした。
涙が止まるまで、背中にはずっと悪寒にも似た寒気が走っていましたが、
治まるまでその男の子は袖を引いて一緒に歩いていてくれました。
そう言えば、その男の子は友達や、同じ学校の人達には見えていなかったみたいです。
同じ班の友達が心配してくれていたのですが、その時の私は泣くばかりで何も言えませんでした。
寒気が通り過ぎた後、男の子も消えてしまったのですが、
私はあのトンネルに帰ったんだな・・・そう思いました。
まだ続きます(´д`;
131:
最後です。
その後は無事に遠足を終え、バスで帰りました。
帰りのバスの中で、霊感があると言っていた友達が・・・(私の前の席に座っていたのですが)
「あの子が助けてくれたんだ、良かったね」
と急に声をかけ言ってきて、さらに。
「あの子も一緒に帰らせてあげたかったね、きっともう随分と前からあそこにいるんだよ。○○(私の名前)みたいな子を、ずっと前から助けてあげているんだろね」
「・・・・・・誰から?」
私はなんとなく分かっていましたが、聞いた。
「あの般若のような顔をした女からだよ・・・連れて行きたかったみたいだよ、あんたの事」
「・・・えっ・・・!?」
その言葉を聞いて、私は口を開けて暫し放心状態になっていました。
霊感の強い彼女にはしっかりと見えていたらしいです。
般若のような恐ろしい形相の女が、物欲しそうに私を見つめながら、後を追いかけていた姿を・・・
暫くしたら諦めたようで、トンネルに帰っていったそうです。
きっと男の子が消えた時の事だと思います。
あの男の子が何者何かは分かりません、調べる気もありません。
ですが、その日以来そのトンネルを通っても、男の子もあの女も見ることが出来ませんでした。
あの女には出会いたくないですが、男の子だけには、どうしても会いたかったです。
会ってお礼が言いたかった。
その時以外、私には霊的出会いは何もありません。
でももう一度だけ・・・もう一度だけで良いので、あの子に会いたいです・・・。
怖くないかもしれませんが、私にとっては洒落にならない話しでした。
最後まで見てくださり、有難うございました。
132:
>>131
いや、怖かったよ
でも、助けられたんだね・・せめて成仏を祈ってあげてくれ
199:
あかずの間
見た訳ではないのですが、感じたことならありますよ
京都の旅館に泊まった時に、私の部屋があかずの間だったんですよ
普段は貸さない部屋らしいですけど仕事の関係で泊まったんですね。。。
部屋に入った時の第一印象が、なんか薄暗い部屋だなって思ったんですね
夕食まで時間もあるし疲れていたのもあって、仮眠を取ろうと思い押入れの戸を
開けました
・・・・でもそこには布団なんて入ってないんです
あるはずの空間がないんです・・・・板が隙間無く貼られてあって、その上にお札が一枚貼ってありました。
200:
それを見た瞬間鳥肌が立ちました、ビックリして直ぐ戸を閉め直して・・・・
先程から感じてた嫌な空気(薄暗い)の原因はこれだったんだって思いました。
そして一人でこの部屋に居るのは危ないと思い同室の人を呼びに行ったんです
(その時は四人部屋でした)。 この話しを聞いて驚くかなって思ったんですけど、
そんな様子もなく平然としてるんですね。
何で驚かないのって聞いたんですよ、そしたら「そんな事で驚いてたら仕事にならない」
って言うんですね。仕事の性質上(ガイド添乗員)全国を飛び回るのでよくあるって言うんですよ
ホテルとか旅館って業者(安く泊まる)には普通貸さないような部屋を貸すんだそうです
なんか納得できなかったんですけど、部屋を替えて貰えるはずもないし
仕方がないので我慢して(一人じゃないので)その日の夜は寝る事にしました。
201:
ミーティングが終わったのが深夜1時頃でした。
案外賑やかにやってましたので、その頃にはあまり怖くなくなってたんですね。
で、お風呂に入って(イイお風呂でしたw)みんなで布団に入ったのが2時過ぎでした
おやすみをして部屋の電気を消してから10分位たった時です。
みんなはもう寝息をたててたんですけど(私は枕が変わると寝れないほうなので)
私だけがその異変に気付きました。
最初のうちは何か聞こえるなって程度だったんですが、そのうちにハッキリとした
音が聞こえてくるようになりました。
天井裏を誰かが歩いてるんです・・・・私達の寝ている上の辺りをぐるぐると回り歩いてるんです。
しかも一人の足音じゃないんですね、
少しズレてもう一人歩いてるんですよ・・・・何か喋りながら。
203:
何を喋っているのかまでは聞きとれなかったのですが、男女が揉めてるような感じでした。
怖いしみんなを起こそうと思い部屋の電気を点けたんです
照明の明かりが点くと同時に音は止みました・・・・足音も話し声も。
隣の子を起こして今あった出来事を話しました。
すごく驚くと思ったんですよね、でも反応は違いました。
・・・・最初からいわゆる出る部屋だって知ってたんですよ。
なんで教えてくれなかったのって聞いたら「知ったら怖くて眠れなくなるから」って、言うんですよ。
教えないことが親切だったんですね・・・・
聞くと、この旅館もこの部屋も初めてじゃないそうです。
そして毎回出るそうです、人によって音だけだったり見えたりもするそうですけど。
それから朝まで布団を被って過ごしました、殆ど眠れなかったです。
後日聞いた話しなんですけど、その部屋の押入れで悲しい事件があったそうです。
長文失礼しました。。。
207:
メモリー
実話。
家の電話がおかしくなった。
たまに、メモリーされている電話番号がディスプレイにすごいさで次々と表示されるようになった。
もちろん、手は一切触れてないのに。
そのさは目で追えないくらい。
しかもなぜかその現象を目撃するのは、家族で俺だけ。
あまりに気味が悪かったので、メモリーに伊勢神宮とか、有名な神社仏閣の類をいくつか入力してみた。
すると、その時からそんな現象はパタリとなくなった。
その電話機は、まだ我が家にある。
208:
>>207
そんなんめっちゃこわいわー!!!
210:
がんばりました
63 名前:ななしのいるせいかつ 投稿日:2005/06/27(月) 02:46:35
小学生の時いじめられていた。
悪口とか物隠し程度だったが小学生にはかなりキツかった。
ある日いじめをしていた主要人物五名がいきなり転校。
数日後下駄箱の中に「がんばりました あなたもがんばってください」
と書かれた匿名の手紙が入ってた。
わけがわからんくて怖かった。
284:
このお家怖い
2年前のことです。
当時家を買おうとしていた私たち家族は、不動産屋に特選物件という中古住宅を紹介されました。
立地もよく、広くてしっかりしたつくりの家で、相場よりもかなり安く、心が動きました。
ただ気になったことがありました。
当時3歳だった下の娘が、内見のときに「このお家怖い」と言ってひどくおびえたのです。
特に、特定の部屋に入るのを怖がり(その部屋は日当たりのよい、何の変哲もない洋間でした)
「お部屋の中におばちゃんがいて怖い顔で見てる」などと言うのです。
契約当日になって不安になり、念のため、地元で有名な霊感のあるという人に見てもらいました。
娘の言葉などは伝えず、「家を買うつもりなので念のために見て下さい」とだけ言い、その家につれて行きました。
285:
その霊能力者の人は、家を一目見て
「買うのはやめたほうがいいよ」と言いました。
「どうしてですか」
「あそこの部屋にね、人がいて、あなた達が来るのを拒んでいる」
その霊能力者の人が指差した部屋は娘がおびえて入ろうとしなかった部屋でした。
娘は「おばちゃんとおじちゃんとおねえちゃんがいる」と言っていましたが、霊能力者の方も同じことを言いました。
「除霊できますか」と聞いたら「出来るけどすごく大変」という答え。
その家はすぐ近くに斎場、神社などがあり、いわゆる「霊道」になっているとのことでした。
そして内見を終えて玄関から出たとき足がすくむ出来事がありました。
286:
玄関の前の地面に錆びた包丁が突き刺さっていたのです。
入るときはそれはありませんでした。
誰かのいたずらだろう、と思いながらもぞっとしていると霊能力者の方が「警告かも」と言いました。
そして振り向いた妻がひどくおびえた顔になり「見た・・・」と。
例の部屋の窓際に、男女の姿を見たというのです。
結局買うのを止めました。売主にはかなり嫌味を言われました。
ただ不動産屋の担当者が「実は・・」と言って後でいろいろ教えてくれました。
曰く、前の住人がばらばらに離散していること、敷地内に祠があったのをつぶして建てた家であること、などです。
私自身は最後まで、誰かいる、とは感じませんでした。
ただ、嫌な感じはずっとしていました。
その家は破格の値段ながら、
そのあともずっと買い手がつかず1年以上空家になったままでしたが、最近見に行ってみたら入居されてました。
家の周りには花が飾られ、感じが明るくなっていましたが、妻と娘は「やっぱり怖い」と言っていました。
【洒落怖】洒落にならない怖い話『神戸市北区の一軒家いらないか?・三つの条件』
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4589719.html
357:
ママもやってたもん
重複スレに投稿してしまったものに加筆、修正を加えた。
結婚、家庭を巡って何年にも渡って恐ろしい目に遭った。
先日やっと心が落ち着き、誰かに聞いてほしくてこの話を投稿する次第だ。
長文になることを許してほしい。
元妻と結婚したのが10年ほど前。私の会社でバイトとして入ってきたのが出会いだった。
同棲を経て結婚に至ったのだが、元妻は家族とは仲が悪かった。
お互いの家族には散々反対されたが、私たちはそれを押し切って結婚した。
まもなく子供が生まれた。女の子だった。(仮にAとする)
それから3年ほど経って、第二子が誕生。男の子だった。(仮にBとする)
二人ともすくすくと成長し、Aが来年幼稚園に入園となった年。 Bがよく怪我をするようになった。
擦り傷や打ち身という大したことのない傷だが、転べば泣き喚くのが子供だろうに、
元妻はまったくそういった現場に居合わせていないという。
最初は元妻の虐待を疑ったが、どんなに子供が泣き喚こうと
根気よくなだめたりしていて、ストレスを溜めている様子はなかった。
元妻はBから目を離さないように、料理や洗濯のときも必ず視界に入る場所にBをいさせるようにした。
ある日、元妻がトイレに行って戻ってきたときのことだった。
Aが嫌がるBの口を手で塞ぎ、顔を力いっぱいつねっていたのだという。
元妻は動転しながらBからAを引き離し、叱ったそうだ。
「どうしてこんなことするの!?」と。 するとAはあっさりとこう答えたそうだ。
「だって、ママもやってたもん」
元妻は背筋が凍ったという。確かに家族とは仲が悪かったという話は聞いていた。
私たちが結婚するというとき、最後まで止めようとしていたのは妹さんだった。
元妻は否定するが、おそらく妹さんは、元妻にいじめられていたのだろうと、
このときおぼろげながら思った。
358:
「ママがそんなことしてたって、どこで聞いたの?」
さりげなく元妻が聞いてみたらしいが、Aはまったく答えなかったという。
ただただ「知ってるから知ってるんだもん!」と叫ぶばかりだったそうだ。
Bの怪我の原因はすべてAだったらしい。BはすっかりAといるのが嫌になったようで、
Aが部屋に入ってくると、元妻の足元に逃げ込んでくるようになってしまったらしい。
それから元妻はBを自分の周りから離さないようにした。
それがさらにAには面白くなかったらしく、とうとう元妻がいる目の前でBを叩いたりするようになった。
止めて叱っても「ママだってやってたからいいんだもん」と聞く耳を持たない。
そうしている間に、Aが入園の時期を迎えた。
これで少しはBも気楽に家ですごせるだろうと元妻が安堵していると、幼稚園から電話が入ったそうだ。
Aが他の園児と毎日のようにケンカをしているのだという。それも、悪口を言い合ったり、
多少の取っ組み合いだったりなどという生半可なものではないらしい。
Aとケンカになった園児の一人は、後ろから押されて前のめりに倒れ、口の中を切ったとか、
気の弱い園児は校庭?の真ん中でパンツを脱がされたりと、ハイレベルないじめ行為だったらしい。
元妻は騒ぎの度に幼稚園に行っては謝り、被害者の園児の家に行っては謝り、かなり疲れ果てていた。
幼稚園の先生が叱っても、やはり返事は「ママがやってたことだもん」の一点張り。
当然ながら、元妻の評判は園内ではガタ落ち、それも元妻の負担になっていた。
家に帰ってきたら帰ってきたで、Bのおもちゃを隠す、壊すなど。
Aは私の言うことにもまったく耳をかさず、元妻もノイローゼ気味になりとにかく家は家庭崩壊寸前だった。
そんな折、決定的な事件が起こった。
Bが死んだのだ。
私たちが寝ている間の真夜中、寝かしつけたはずのAが、Bの首の上に馬乗りになり、
「おうまさんごっこ」をやっていて、窒息したのが原因だった。
最初は息があった。トイレに起きた私が急いで病院に連れて行ったのだが、助からなかった。
医師にいろいろ聞かれたが、何と話していいかもわからず、わからないとしか言えなかった。
359:
元妻はいよいよ心労が募り、胃を壊したり、高熱を出すことが多くなった。
Bの一件から、Aの様子はほとんどかわらない。幼稚園から小学校に上がっても
悪戯はエスカレートする一方でしかなかった。ママがやっていたことだと主張しながら・・・
元妻には悪いと思いつつも、私は元妻の両親に連絡を取り、彼女の子供時代の話を聞くことにした。
Aがあんなになってしまう原因が何かわかれば、と思ったからだ。
私はそれまで元妻の両親とは連絡を取っていなかったが、意を決してAの事をすべて話した。
予想通り、元妻は妹さんをいじめていたらしい、両親に隠れて。
元妻の両親は青ざめて、
「確かにいじめてはいたけど・・・そこまで酷いことは・・・」
とのこと。
現に妹さんは結婚して家を出てしまっただけであって健在だ。
だが、妹さんの小さい頃の写真を見せてもらったのだが、Aにそっくりだった。
妹さんとの関連の疑いが濃くなってきたので、
妹さんに話を聞けないか、と掛け合ってみたところ、電話をしてくれた。
しかし彼女は両親から話を聞いただけで私と話すことは拒否、
関係ない人間に責任を問うのはやめてほしいと言われてしまったそうだ。
しかし、Aの病気?の原因は元妻と妹さんの関係にある気がしてならない。
私は妹さんに、元妻は連れて行かない、私とAだけであなたに会いたいと
両親を通して伝えてもらい、最初は嫌がっていた妹さんだったが
渋々会ってくれることになった。
360:
Aを連れて待ち合わせの場所に着いたとき、
妹さんはAの顔を見た途端、絶句した。自分に似ていることにすぐ気づいたのだろう。
彼女もさすがに驚いたらしい。
下手に疑うような目で見るのも失礼だったので、そこには触れずに彼女から過去を聞いた。
具体的な話はできないが、兄弟間の諍い程度で済む話ではなかったことは確かだ。
だからといって、やはりこれをAと結びつけるのにも無理があった。
しかし、妹さんも、あまりにも自分に似ているAを見て、動揺したようだ。
とりあえずその日は、私は妹さんに私の連絡先を教えて帰った。
帰ったら、またとんでもないことになっていた。
Aが寝込んでいる元妻に馬乗りになっている。
Bの時の悪夢を思い出し、動転しながらAをどかした。
元妻は多少咳き込んだだけで、意識もしっかりしていたし、怪我などもなかった。
私も妻もこの頃には完全に疲れ果てていた。
離婚の話が持ち上がったのがこの事件のすぐ後だった。元妻が限界に達したのだ。
普通の親なら親権を奪い合うものだが、私たちは押し付けあった。
散々もめた挙句、元妻の実家が引き取ることになった。
妻はその後、私の援助を受けながら精神病院に入院し、程なくして自殺してしまった。
Aと妹に罵られ、追い回される夢にうなされ続けたらしい・・・
離婚とともに引っ越して、身の回りが落ち着いた頃、会社に元妻の妹さんから電話が来た。
(当時は携帯は普及してはいたけど持っていなかったので、会社の内線番号を教えていた)
別れたと両親から聞き、気になって連絡を遣したのだという。
元妻が精神病院に入院した後自殺たという話をしたら、なんとも複雑な声で
「あの・・・つい先日Aちゃんに会ったときに、「よかったね」って言われたんです・・・
 何のことだかわからなかったけど、ひょっとしてそのことだったのかも・・・」
やっぱりAには彼女の生霊がついていたんだろうか。
彼女は何も知らない振りをしながら元妻に復讐したんだろうか・・・
今ではもう妹さんとも連絡は取れず、私も元妻とその周りとはは関わりを絶ったので
真相はわからない。 長文ではあったが、これで終了。後味の悪い話ですまない。
362:
こわ…
370:
蝋人形の部屋
実話ですが、信じられない事、本当に恐ろしい事ってあるんだなと身震いした事件です。
今、僕は大学2年。普通に大学生やっています。
その件で取り憑かれた、呪われたとかはありません。
ただ、なんであんな場所が。あんな事が…
今でも鮮明に思い出します。
長文お許しください
??????????
K県の海に向かう市。その片田舎に僕達は住んでいます。
漫画の題材にされる事が多い地域で、場所柄やんちゃに育ちやすく、当時名前だけの進学校と呼ばれる高校に通っていた僕も、
休みになるとDQN(古w)な地元の友達と遊んでいました。
それは高2の夏休みでした。
友人宅で5人(僕、A、B、C、Dとしましょう)で飲んでいたのですが、。
特にすることもなく、「何か面白いものを見よう」と誰からともなく言い出しました。
A「そういや俺最近怖いビデオ?ってやつはまっててな」
C「おっいいね夏だし」
僕「レンタルショップで借りてくっか」
そんな感じで呪いのビデオシリーズ(?)を夜通し見ていると空気的にも「肝試しがやりたい」となりました。
Aはバイクを早くにとり、先輩に連れられて色んな所に行ったせいか、心霊スポット好き。
そんな彼に原付でよくついていったのを、今でもよく覚えています。
B「けどここら辺の心霊スポット殆ど行ったよな?」
C「Kトンネルも例の病院もたいした事ないじゃん」
僕「ん?どっかねえもんかなぁ」
A「Cん家の前の墓は?」
C「バカ!先祖眠ってるわw」
D「俺、いいとこ知ってるぜ」
唐突にDが言い出しました。
そいつは高校を中退して土木関係の仕事をやっていたため、
周りのメンバーより地元を知る機会が多かったようです。
371:
D「ちょっと幽霊とは違うかもだけどさ、」
「何何それ!?」とみんな興味津々
D「この前※※大学の近くで仕事だったんけど、立ちションしに森ん中入ったらな、
何か家?っていうか石でできた剥き出しの部屋みたいなのがあったのよ」
「? 全然分からん。家?建物?」
D「いや、いってみりゃわかる。で。明らかにそこ人住んでるわけ。
布団とか冷蔵庫とか、色々置いてあんだよ」
「???剥き出しなのに?」
D「そう。で家の外とか旗立ってて。
小さい字で書いてあったんで読もうと思ったら急に妙な気配感じて逃げた」
C「わっけわからんw」
B「その気配とやらも疑わしいわw」
僕「さすがDw」
A「まぁ要は不気味だと」
D「そう!!何かおかしい感じ!」
A「いいじゃん!たまには自分達で発見するのもわるくねー」
幸いそこは原付で5分もかからないところにあり、完全に勢力範囲。
夜3時。絶好の肝試し時。
ほどなく目的地に着き、好奇心でいっぱいでした。
今思えば、何でそんなことになったのか…
372:
Dがいう森ではなく竹林で、結構深いのですが、人が入っていった跡があります。
近くの人が頻繁に使ったのでしょうか。大勢でも支障ありません。
A「ここか?」
D「そう。ここはいってった」
妙にくねくねした道で、
なんでこんなところに立ちションきたんだろうと思いつつ、
数分歩くと道がなくなり、前が広がりました。
そこの真ん中に、Dが言ってた物はありました。
Dの拙い説明どおり、そこには子供の頃積み木で作ったような、
石造りの建築物があります。7段ほどしかない階段もあり、山の休憩所の出来そこないみたいな感じです
(説明ひどくてごめんなさい。大きさは公園のアスレチックレベルと考えてください)
そして、冷蔵庫(電気どっからでてんだ)を始め、人間の生活を支える家具がいたるところに。
どれもがそこそこ綺麗なため、人がすんでいると見て間違いありませんでした。
D「あっそういや旗!」
僕「電気で照らそうぜ」
『爆弾を落とす事は正義である。殲滅すべし。敵は亜細亜と…』
A「??なんじゃこの電波な文章。右翼かなんかかな。」
C「建物といい文章と言い、ほんと意味不明だな」
近くにはお経のような文章が書いてあるぼろきれも落ちていました。
アホな高校生を引き込むには、十分すぎるネタでした。
B「おーい!こっち!!みんなこーい」
一人でその建築物見回っていたBからです。
はしゃいだ声でみんなを呼びます。
373:
「どした?」
B「これ!」
Bの指差すほうには、真っ暗な階段
何かを隠すように、ただただ下へ続いていました。。
夜のせいもあって、一層暗く、不気味に佇んで。
A「こわっ…」
C「こりゃやばい」
僕「なにあんだろ」
D「入ってみようぜ!」
B「バカ!俺はやだぜ!」
A「ジャン負け2人だなー」
「じゃんけん、ぽん!」
結果、僕とDが行く事になりました。
僕はメンバーの中でももやしでヒヨリなので、Dについていく形で。
それでも半分残った好奇心でゆっくり進んでいきました。
(長い…)
人家の階段にしては長すぎでした。
本当に真っ暗で、携帯のライトがもう入り口まで届きません。
一段一段降りていくたびに、不安がより近くに感じてきました。
D「痛っ」
僕「行き止まりか?」
D「いや、ここだけ木だぞ」
僕「ドアか」
D「あけてみよ」
思ったより簡単に開いたドアの向こうは、信じられない光景、いや、異様な光景が広がっていました。
部屋の中央に置かれた、大きすぎる蝋燭。
そしてそれを見つめるように小奇麗に並べられた、無数の人。
374:
それが蝋人形だとわかるまで、時間はかかりませんでした。
小さい時ロンドンの博物館で見た、それと一緒。
ただ、この部屋と闇がとてつもなく不気味に見せる。
心なしか笑っているようにも見えるそれらは、今にも動き出しそうで。
僕「やっやっyば…」
D「なんなん…なんだこれ???」
僕「帰ろ!」
D「…いや、もうちょい見ようぜ」
ビクビクしながらもDに言われるまま、部屋を調べました。
部屋は割と広く、十畳以上はありそうな。
窓はなく、蝋の明かりがなければ完全に暗黒。
中央の蝋の下は絨毯と皿がひかれていて、等身大の蝋人形は壁に立てかけるように置かれていました。、
ライトで照らしてみると、どれも精巧な蝋人形と言う様相。。
男、女、姿、形。
そのどれもがバラバラで。一見人と勘違いしても無理はなさそうなくらい。
部屋は定期的に磨かれているようで、ほこりすらありませんでした。
D「ん?」
2人ともほぼ同時に、一つの蝋人形を見つけました。
やけに古そうな、上半身のみの人形。
中でも目立って不気味で、何かを発するような異様な雰囲気。
よせばいいものの、Dが面白そうにそれを手にとりました。
裏返すと、いかにもいかついお札のようなものが貼ってあり、
何か黒い線が、お札に隠れるように少し顔を出して。
僕「何か書いてあるな」
D「はがすか」
僕「やめろって!」
D「ここまで来たらやるしかないだろ!」
『ビリッ』
??
375:
『3』
それだけ書かれていました。
数字で「3」と。
D「これだけか?」
僕「いや、やばいってこれ!そろそろ出ようぜ!」
D「まぁ、そうだな」
そういって振り向いた時でした。
開いてる?
確かに来る時、扉は閉めたはずでした。
僕「ひっ!」
D「な、なんかのひょうしに開いたんだろ!!ボロいし!」
僕「じゃあ何で俺らが来た時しっかり閉まってたんだよ!?…ノブ回しただろ」
D「…! そんな…ホラーじゃあるまいし…」
例の蝋人形を放り投げ、一目散に階段に向かう二人。
走って、走って。
外が見え、安心してその建物からでると…
灯りを持った人が。
一目でA達ではないと気付きました。
あいつら、いないじゃんか。どこだよ。
周りを見渡しながら、驚き硬直しながらも目はすぐにしっかりとその人物を注目し、識別する。
浴衣のような一見古風な服を着た男。ぼさぼさした髪。ホームレスのような出で立ち。
手には、鎌。
「…お前ら一体なんなんだ!?」
その一言を言い終わるか終わらないか、再びダッシュで逃げ出しました。
来た方向とは逆の道を。
後ろから何か声を上げながら追ってくるのが感じられます。
部活の時より数倍真剣に走って。
来た道と繋がっていたのか、僕達が止めた原付がとめてありました。
A達の分も一緒に。
376:
(そんな…あいつら一体どこに。。。)
気付いたら、Dもいません。
声もしなくなってたので少し後ろを振り返ると、Dがついてきていない。
どこではぐれたのか。
『ガサッ』
すぐ近くの竹林から人が飛び出しました。 
追いつかれた!そう思ってすぐ走り出すと
「俺!俺だって!」
Dでした。
僕「とにかく逃げんぞ!」
D「おう!」
1km近くは走ったかもしれません。大学の近くのコンビにまで。
とにかく、少しでも灯りの近くに行きたかった。
あの蝋人形の闇から離れたくて。
入口に、3人組が座っていました。
どれだけ安堵した事か。いなくなったA達でした。
A「お前らもあいつにか?」
僕「そーだよ!すぐ消えやがって!お前らのバイクあったから殺されたかと思ったじゃねーか」
C「いやエンジンかけるよゆーもないくらいだったし。」
D「はぁはぁ…とりあえず今は取りいけねーよな…」
それから小一時間、そこで話しました。
わくわくしながら待ってるとそこに鎌男が現れた事。
急いで走って逃げた事。
僕達が見た蝋人形のこと。
数字の『3』…
話せば話すほど、謎は深まるばかり。
鎌男はあそこに住んでるキチガイか?
それともあの部屋を守ってる地元の住人か?
どんなことを話しても意味はなく、全員に共通するのは「あそこには二度と行きたくないという」事。
377:
朝が来るまで近くのC宅にお邪魔し、学校行く前くらいにバイクを取りにまたあの場所へ。
竹林は気配も何もなく、本当に静かでした。仕事が休みのD以外、それぞれ学校に向かい解散となりました。
僕は学校に行ってもやる気は起きず、屋上の階段で友人とサボってました。
学校終わって、バイトして、高校の友達と遊んで…呆けて一日を過ごして、夜遅くに帰って。
普段と変わらない生活の後、ぐったり寝ました。
――原付に乗っている僕がいる。
あれ、音が何にもない。
どこに向かうんだろう。
これって、あの竹林の方じゃ…
止めろよ!何やってんだ!
竹林の前で原付を降りて…――
起きたら10時過ぎでした。寝汗をかいていました。
なんて夢だ。。やべっ!遅刻だ!
禁止のはずの原付で、学校に向かい、授業を受け、放課後遊んで、帰って寝て。
寝る前にAから電話がありました。
A「おーい明日遊ぼうぜ!夜12時集合」
僕「おそっ!はいよwってか昨日の夢見たんだけど。マジ嫌な夢だった」
A「あー鎌男俺も夢でた!こわかったなー」適当に話をして、眠りにつきました。
――竹林を歩く僕がいる。
えっ。これ昨日の続きの夢?
待て!止まれよ!
うっ建物の前まできちまった…
やめろよ!何が見たいんだ俺は!
階段?それはやめろ!!
ゆっくりと足を踏み出して…――。
はっと目がさめました。
やばい。こんな頻度で夢を見ない人間なはずだ。出来すぎてる。。絶対におかしい。
378:
その日も学校に向かい、バイトの後、例のA達との約束のため、A宅に向かいました。この前のメンツ。遅れてCも来ました。ただ、Dを除いて。
僕「あれ?Dは?」
A「いや昨日電話した時来るっつったんだけど…」
妙な悪寒がしました。まさか…お札の呪いとか…。
C「電話したら?」
B「いや、したらかーちゃんが出てさ。なんか爆睡してるってさ」
C「かーちゃん人の携帯でんなしww」
そんなこんなで普段通りだべり、あの事もほとんど忘れて飲んでいました。
むしろ、酒のつまみ、ネタとして始末してるようでした。
C「でもやっぱびっくりしたなー」
B「俺夢出たぜ?あの建物」
A「なー!!鎌男!今度会ったら殴るw」
僕「ほんとかよw」
A「うっせwってかDも夢見たとよ。二日続けてとかどんだけビビりだしw」
え!?
僕「ちょ、二日続けてって?」
A「あ?何か夢の続き?をそのまま見たとか言ってたな…」
僕「!??」
A「なんか一日目竹林に着いて、二日目階段までいったんだと」
…。違う。A達は夢に『出た』んだ。俺とDは夢を『見て』る。
主体的に。夢の中の自分たちから!次、夢を見たときは階段の続きだ!あの部屋にはいっちまう!
あの蝋人形がいる…。上半身だけの…。
379:
その時、ふとあの数字を思い出した。
『3』
(333333333333…。3って 3!? 今日は、あの日から、あの夢を見始めて、3、にち、め…?)
血の気が引いた。そういうことか!?この意味なのか?だとしたら、今寝てるDは!!
僕「今すぐDをたたき起こそう!!!!」
A「は!?なにが!?」
すぐに説明をした。二日連続で夢を見た事。あの日、お札をはがした事。『3』の数字…。
霊なんて信じない。興味本位の心霊とか、面白そうなものが好きなだけだった。
冷やかし半分だった。初めて恐怖した。本物の恐怖だった。
いくら電話しても、Dは出ない。家の電話もつながらない。
結局、半狂乱になった僕をA達が静め、「三日目を寝なきゃいいんだ」という事で一日中一緒にいてもらいました。。
「こういうの当てになるか分からんが」
体に塩をまき、日本酒を頭からかぶせたり、近くの寺の自称例の事に詳しい坊さんとこにも行きました。
「別になんも憑いてる雰囲気もないけどなぁ」
言われるままに一応のお経も唱えてくれて、寝ないわけにいかないので彼らの前で寝ました。
夢は、見ませんでした。
みんな安心しました。やはり3夜連続でなければならなかったのか。今ではどうでもいいですけど、とにかく安心しました。が、
380:
次の晩、Bに一通の電話が。A、Dとの共通の先輩(Eとします)、Dの仕事場の上司のようです。
 
E「おう!お前D知らん?」
B「いや、うちらも電話しまくってんすけどでないんすよ」
E「なんか昨日の夜あそこのおとなりさんからDん家が引っ越したとか聞いてな」
B「は!?」
E「いや詳しくは知らんけど、手紙があったとか。D自身はうちやめるとかいってないっぽくて」
B「そんな…」
E「なんでだろな?確かにあそこ裕福じゃないけど、夜逃げするほどでもねーだろうし…」
それからDは行方知れずです。本当に急な引越しだったのかもしれませんが、話が出来すぎてるような気はします。
あれからあの竹林での出来事を人に話しても「お前らそこまでしてネタ作りたいかw」とか言われるだけでした。
全ては謎なまま…。
ただ、後輩に「あの竹林は今でもある。」と聞きました。
このDの失踪との関連は話していません。A、B、Cとは今でもよく会いますが、ほとんどあの話はタブーになっています。
一体、あの蝋人形は、鎌男はまだいるのか…。もし3夜目を迎えていたら…。僕達自身は、あれから一度もあそこへは近づきません。長文失礼しました。 
385:
真っ黒
兄ちゃんのお嫁さん(儀姉)さんから聞いたんだけど
大学の頃に義姉の祖父が亡くなって、その一週間後位にに祖母も急に入院してそれから数日で亡くなったらしい。
周囲の大人たちは「すごく仲が良かったから旦那さんが寂しくないように逝ってあげたのね」的な事を言ってたらしいんだけど
お見舞いに行った義理姉に祖母は
「”真っ黒い”おじいちゃんに引きずられる?怖いよう怖いよう…引きずられるぅ」
っと、泣きながらすがり付いて来たらしい。その形相がすごくって忘れられないそうです。
仲が良すぎるのも考えものだなぁ・・・
386:
リフト
東北の田舎に住んでる者です。
中学時代に皆でスキーに行ったときの話なのですが、
リフトで上ってる最中に急に気分が悪くなってきてヤバイなぁーって思ってると、
上から(下りリフトね)着物を着た女性がにらみながら降りてきたんですよ。
前方に乗っている友人は見えてないようで、俺ばっかりにらんでるんです。
もう、怖くなってね。
すれ違う瞬間、耳に痛みが走って、下りリフトみたらソレはもういませんでした。
何だったのか。。
今でも耳にアザがあります。
445:
人を呪わば穴2つ
15 : ◆9BseuZTcX. :2007/03/31(土) 22:04:33 ID:6k4uq4xb0
空気読まずに投下します。
人を呪わば穴2つ、という言葉がありますよね。
呪いを返されれば、自分もそれなりの覚悟をしなくてはいけません。
例え、自覚がなくても。
これは私の母の話。
母の実家は福岡にあります。
その昔は福岡県を流れる某川沿いで、運搬業の方を対象とした宿を経営していました。
母が生まれた頃には既に宿の経営はしておらず、お客さんを泊める棟に祖父母(私から見た曾祖父母)、母屋の半分を母一家で使用していました。
そして、母屋のもう半分は安価で貸していました。
母が中学生の頃、ある母子家庭がそこを借りたそうです。
子供は母と同じか1つ上くらいで、大人しい男の子だったそうです。
元々母と叔父(母の兄)は人見知りだったこともあり、あまり親しくはしていなかったらしいです。
446:
16 : ◆9BseuZTcX. :2007/03/31(土) 22:05:47 ID:6k4uq4xb0
隣人が住み始めてから少し経ったある日、学校から帰ってきた叔父が洗面器から溢れる程の鼻血を出して倒れました。
救急車で病院に運ばれて検査を受けた結果、胃に癌と思われる影があるということでした。
ただ、色々と不審な点も多いので、叔父はそのまま検査を兼ねて入院。
また、その数週間後、学校でテストを受けていた母が気分を悪くして早退しました。
その晩のうちに激しい嘔吐を繰り返し、高熱を出して倒れ、病院に運ばれました。
検査の結果は不明でしたが、しばらくは自宅で安静にするようにと言われたらしいです。
私の祖母は、「これは何かある」と思ったらしく、以前から頼っていた祈祷師さん(石鎚さんみたいな)のところへ母を連れて行きました。
祈祷師さんは母を見るなり、「大変なことになりましたね」と言ったそうです。
話によると、これは呪いだということでした。
ある人が祖母を妬んで呪っているのだと。
呪いというものはその対象の一番大切にしている人に向かい易いらしく、祖母の子供へと向かったのだそうです。
その祈祷師さんは言いました。
「呪いを返しますか」と。
祖母は、もちろん返して欲しいと言ったそうです。
祈祷師さんは、
「昔から人を呪わば穴2つと言います。人を強く妬んだり、恨んだり、不幸になればいいと念じれば、本人が呪った意識がなくても呪いになるのです。」
「呪いを返せば、やはりその人の一番大切なものに降りかかります。それも、より強く。」
と言うと、祭壇の蝋燭に火をつけました。
母はその言葉を未だにしっかりと覚えているそうです。
祈祷師さんがお経を唱え始めてすぐに、母の体を包んでいた倦怠感や吐き気が消えたらしく、帰る頃にはいつもより元気な様子だったそうです。
447:
17 : ◆9BseuZTcX. :2007/03/31(土) 22:06:25 ID:6k4uq4xb0
その翌日、叔父のレントゲンからは癌だと思われていた影が消え、退院。
兄妹揃ってすぐに学校へ行けるようになったそうです。
ところで、皆さんはもう気付いていらっしゃると思います。
祖母に呪いをかけた人物のことを。
それから数週間後、隣人の母息子は福岡市内へと引っ越していきました。
息子さんの胃に大きな癌ができた為、入院したそうです。
隣人と祖母はあまり関わりがなかったそうですが、何か些細なことで隣人に妬まれてしまったのだと思います。
457:
紫鏡
みなさん「紫鏡」と言う言葉をご存じでしょうか。
この言葉を知っている人は、二十歳の誕生日迄に忘れてしまわないと、鏡の世界に引き込まれ死んでしまうと言う話です。
この話の発端となるのは私が小学3年生の時の担任の先生が住んでいた東京都八王子市にあると聞きました。
昔、八王子にはライ病患者の隔離施設が存在し、ライ病患者達が不治の病と供に生活していました。
ライ病とは皮膚病の一種で、肌がただれ、人によってはただれた肌が紫色に見えることから、
「鏡に鏡に映った自分が紫色に見えた。」ら、ライ病が発生し死に至るという事でが紫鏡の発端だったと聞きます。
先生が子供の頃もこの話しは有名で、
「今A君が紫色に見えた。」
「B君だって紫色の服着てるじゃん。」
など、冗談混じりながらも怯えていたそうです。
休み時間ともなれば、小学校で鏡の前に立ち、自分が紫色では無いことを確認すりのを面白がってやっている時、
ふとA君が 「今、鏡の中の僕が笑ったよ。」と言いました。
「A君はいっつも笑ってるじゃん。」
丁度チャイムが鳴ったので、みんな笑いながら教室に向かいましたが、A君だけは青ざめた顔をしていました。
先生は子供ながらに、何か嫌な予感がしたらしくA君に大丈夫だよと促しました。
翌日になると事態は一転しました。A君が学校に来ていません。
「先生!A君はお休みですか?」
クラスの誰かが聞きました。すると先生から、
「悲しいお知らせですが、A君は昨夜心臓発作で亡くなりました。A君の為にもお通夜には参加しましょう。」
クラス中が動揺する中、先生はピンと来ました。
458:
昼休みにいつものように友達と集まっている時に、言いました。
「昨日、A君さぁ。鏡の自分が笑ったって言ってたよね。何か関係あるのかな?」
周りのみんなは、そんなことある訳がないと怯えながらも強い言葉で否定しました。
自分だって信じたくはありません。
でも、もし…
お通夜でA君の家に家族で行きました。みんな黒い服で、カラスの集団のようでした。
花と線香をあげると、先生は 「A君が見たい。おばちゃん、最後にお別れが言いたいからA君を見せてよ。」
しかし、おばさんは幼い息子を失ったショックでか浮かない顔をしていました。
先生も子供ながらも、それを察知して無理強いはしなかったそうです。
お葬式も終わり、クラスの皆も落ち着きを取り戻した頃、先生はA君の家に線香をあげようと言いました。
学校が終わり、友達とA君の家に行った時の事です。
おばさんに、線香をあげに来たと言い上がらせてもらいました。
そして、皆が線香をあげて帰ろうとした時におばさんが
「〇〇君、ちょっといい…?」
先生は残り、他の友達は帰宅しました。A君と一番仲のよかった先生だけが残るように言われたからです。
459:
「実はAが死んだ朝、最初に見つけたのは私なのよ。」
おばさんは続けて言いました、
「時間になっても起きてこないから起こしに行ったの。
最初に見た時、Aの体が黄色になっていることに気付いたわ。
横向きになっていたんだけど、触れたら体が冷たいから急いで顔を見たら…
言葉では言い現せない程、怯えた表情だったの…」
先生は、最後まで聞きました。
目は白目をむいていて、舌が飛び出し、腕が間接とは逆に曲がっていたそうです。
お通夜で、見せられなかった理由もそれだったと、おばさんは伝えてくれました。
先生も大学生になり、線香はあげていたもののA君の死因を忘れかけていました。
当時所属していたサークルでも人気で一番可愛い女の子と付き合っていたそうです。
先生の家族が旅行でいない時に彼女を家に呼びました。テレビを見たりしながらイチャイチャしていたそうです。
先生がお風呂に入り、次に彼女が入りました。洗面所で髪を乾かしている彼女がこう言います。
「ねぇ〇〇くん、今ね鏡の私が笑ってた。幸せだからかな?」
その言葉を聞いた瞬間、背筋がゾッとし全てが走馬灯のように記憶として甦りました。
今夜、何が起こるんだ?いや、たんなる病気だし何も起こらないかも知れない。でも、もし…
記憶を押し殺すかのように、先生は何も知らないふりをして夜を迎えました。
何かがあるなら見届けようと…
460:
時間は午前2時半になろうかと言う時です、彼女は先に寝ていましたが先生はテレビを見ていました。
するとベッドで寝ていた彼女が突然動き出したのです。先生は恐る恐る布団をはぎ取りました。
すると、足元には見たこともない手鏡から笑顔の彼女が足引っ張っています。
必死で引っ張りましたが、あまりに強い力にとうとう彼女は鏡の中に吸い込まれてしまったそうです。
先生は怖くなり電気を付け、警察に連絡しましたがそんな冗談のような話を信じてくれるはずもなく、ただただ待ちました。
すると、突然ずしりと肩に重さがかかりました。よく見ると黄色い人間の手です。
振りほどいて見ると、見るも無残な姿の彼女がいたそうです。
さすがに警察も乗り出し、死因を調べましたが心臓発作によるものと断定されました。
先生はその影響によるショックで髪が白くなってしまい、しばらく入院しました。
私が小学生の時、先生は27才でしたが真っ白い白髪でした。若爺さんとも呼ばれていました。
先生はこの話をした後、言いました。
「誰もが一生に一度は訪れる現象です。もし鏡の中の自分が笑ったら、決して誰にも言わないように。
そして恐がらず、やさしくほほ笑み返して下さい。」
と、涙ながらに喋る姿は小学生ながらも、クラス中が本気なんだと感じました。
この話を知らない友達が、仲間内で「鏡の中の自分が笑った。」と言い、心臓発作で亡くなったことが、私の周りでも一度だけあります。
笑いかける鏡の自分は、鏡ではなく水面やガラス、会話している人の目に写ることもあるそうです。
ひょっとすると、自分の知らない間に笑いかけているかも知れません。
迂闊に鏡の中の自分を、他人に語らないようにした方が賢明だと思います…。
461:
余談ですが…
鏡の自分が笑うのには年齢は関係ありません。
必ず、誰にでも訪れますが、決して他言しないことのみが対処方法になります。
なお、私の身近な人物でこれにより死亡したと思われるのが、高2の時の友達の彼女です。
健全な高校生でしたが、夏休みに心臓発作で亡くなっています。
東京都〇市M原町に住んでいました。
523:
>>461
それに似た話しなら彼女から聞いた事がある。彼女は熊本県のある養老型病院の看護士。
おばあさんが自分の掌を鏡に見立てて髪をといたり、独り言を言い出したら要注意らしい。
死期が近い老人はかなりの確率で「手鏡」をするらしくこんな場合は他の科に回すらしい。
自分の所から死人を出すのはちょっとって言ってました。
577:
おかあさん
心霊じゃないけど。
怖いというよりは、今考えるとかなりやばかったのでは、という実話。
私が保育所に通っていた頃…3?4歳くらいかな?
いつも朝、母親に連れられて保育所に着くとそのまま友達と遊んでいました。
で、母親は先生達とちょっとおしゃべりをしてから仕事に行く… というのが毎日の流れでした。
もともとあまり泣かない、気の強い子供だった事もあり 、母親と離れる事をぐずって泣く、というようなことはしたことありませんでした。
門から出て行く母親に「ばいばーい」と手を振って見送るのは日課でしたが。
そんなある日、いつものように保育所に着くと、すぐに友達と遊んでおりました。
母親はおそらく先生方としゃべっていたと思います。
で、たまたま友達とはなれて玄関の方に行った時、ひとりのおばちゃんに声をかけられたのです。
女「お母さんは?」
私「所長室(先生方の部屋。職員室みたいなもの)で先生としゃべってるよ」
女「え?さっき帰っちゃったよ!」
私「?!」
女「お母さんのところに連れて行ってあげようか?」
そう言われて、突然寂しくなったのを何となく覚えてます。
そのおばちゃんに頷いて見せると、おばちゃんは「じゃあカバンを取っておいで」と言いました。
普段寂しくない、と思っていてもやはり母と一緒にいられるほうがいいに決まっていた
自分は、「門のところで待っているから」というおばちゃんの言葉に従い教室へ走って戻りました。
自分のカバンをとり、上着を着ていると友達に「どうしたの?」と聞かれたので
「おばちゃんがお母さんのところに連れて行ってくれるって」とか何とかニコニコしながら答え
玄関に向けて走りました。
で、玄関を出て門へ走っている途中で先生に捕獲されw
「おかあさーーーーん!!」とか泣き叫んでいる所を抱きかかえられながら教室へ連れ戻されたのです。
その後のことは覚えてませんし、門にたどり着くか否か、のところで捕まったので、おばちゃんがいたのかどうかも覚えてません。
でももしかして今頃、私は生きていないか身代金事件まで発展していたか、それともうっかり全く違う名前で呼ばれていたのかもしれない…
あの時の先生、ありがとう
605:
幼虫
幼稚園に通ってた頃の話
当時、俺の通ってた幼稚園は小さい木に囲まれたとこで、
そこには蛾の幼虫とか得体の知れない毛虫とかがたくさんいた。
んで、なぜかその幼虫取りがやたら流行ってて、砂場とかで使う小型シャベルなんかで
ひたすら幼虫取りをしてた。
まあ、たくさん捕まえても最後は捨てるんだけど・・・。
ある日、友達のAが誤って蛾の幼虫を飲み込んでしまう事件が起きた。
俺たちはAを心配したが、Aは強がったのか格好つけたかったのか分からんが、
「幼虫うまかった!」と俺たちに言って余裕さをアピールした。
そんなことがあって、今度は度胸だめしに幼虫を食べることが流行りだした。
食べない奴は勇気がないと思われ、意気地なしといじめられた。
ある時、Aが「俺は何匹でも食えるよ!今日の給食の時間に20匹食う」
と宣言した。
凄い!と歓声があがり、みんなで手分けして給食までに20匹の生きた蛾の幼虫を捕獲した。
そして給食の時間。
Aは山盛りになって蠢いている幼虫を口いっぱいに含んで、みんなのほうを向きもぐもぐ口を動かした。
何匹かが口から落ち、白い汁がAの口から滴った。
その時、奥から給食を持った先生が現れて何か食べているAに向けて
「おやつを持ってきているのは誰!?」と大声で怒鳴った。
その声に驚いたAが、口の中の幼虫をゲェッと吐き出した。
潰れた幼虫の塊がクチャっと床に落ちた。
先生は悲鳴を上げてその場に倒れ、事態を知らない他の子たちは何人かが吐いた。
それからというもの、幼虫取りは禁止。
Aやその事件に関与した人は全員怒られた。
今でもたまに、白い液を口から垂らしたAの姿を思い出す。
あの幼虫・・・・毒なくてよかった。
690:
いや、怖いかどうかは微妙。俺はいやな気分になったけど
なんていうか、閉鎖的な村のじとっとした因習とか、そういうの
そういうのでもおk?
691:
まさしくこのスレに相応しいぞ。投下しる!
693:
>>691
じゃあ投下するわ。つまらんかったら適当に流してくれ
人柱
俺の親父の実家がある村の話だ
父親の実家、周囲を山にぐるっと囲まれた漁村(もう合併して村ではないけど)なんだ
元の起源は落ち延びた平家の人間たちが隠れ住んだ場所で、それがだんだん村になっていった感じ
まぁそんなこと、村で一番の年寄りの爺さんがガキンチョに聞かせるだけで
ほとんどの人間は意識していない。若い子とかは知らない子のほうが多いくらいだ
俺の住んでいる市街(といってもすげー田舎)とそれほど距離があるってわけじゃないんだが
地形の関係で周囲と孤立している
今でこそ道路もきちんと整備されて簡単に行き来できるようになったけど
20年前なんかはろくに道路も整ってなくてまさに陸の孤島って言葉が似合う、そんな場所だった
よく田舎では余所者は嫌われるって言われてるけど、全然そんなことないんだよな
村の人たちは排他的ではないし気のいい人たちだよ。土地柄的に陽気な人が多い
親族内でお祝い事があったら、明らかに親戚じゃない知らないオッサンとか混じってて
それにも構わずみんなでわいわいやったりとか。基本的に飲めや歌えやっていう感じ
俺は半分身内みたいなもんだからそれでよくしてくれてるところもあるんだろうけどさ
正確な場所はさすがに訊かないでくれ。俺まだその村と普通に交流してるからあんまり言いたくない
言えるのは九州のとある地方ってことだけだ
694:
親父の実家自体は普通の漁師の家。でも家を継いだ親父の兄貴(親父は九人兄弟の真ん中)が
年を取ってさすがに堪えるって言うんでもう漁業は止めてる
実家は親父の兄弟姉妹とその家族が何人か一緒に住んでたり、親父の叔父叔母が同居してたりでカオスだ
俺も親父も親戚関係は全然把握できてない。誰が尋ねてきても「多分親戚」ってくらい親戚が多いんだよ
で、俺の家は何かあればちょこちょこ実家に遊びに行ってた。俺がガキの頃はかなり頻繁だった
小さい頃は楽しかったけど、中学生にもなるとさすがにそういうのもうざくなってくるが
それ俺って一族の中では年少者だったから可愛がられててお小遣いとか結構貰ってて
そういうの目当てで大人しく親についていってた
近所の爺さん婆さんたちも子供は独立して滅多に帰ってこないっていうので寂しかったのか
俺や俺の弟や妹たちをすげー可愛がってくれてさ、俺もう20越えてるのに今でも俺が来ると喜ぶんだよな
そんな年寄りたちのなかで一番に俺たちを可愛がってくれたのがシゲじいさんっていう人だった
695:
シゲじいさんはもともと海の男だったんだけど、とうの昔に引退して気ままな道楽生活を送っている人だった
俺がガキの頃の時点で90超えてたと思うが、口は達者で頭もしっかりしてた
奥さんもずいぶん前に亡くなってて、子供のほうは東京に出たっきり正月や盆にも帰ってこない
だから俺らの遊び相手をして寂しさを紛らわせてたんだと思う
豪快なじいさんで、俺との木登り勝負に余裕に勝ったり、エロビデオ毎日観てたりと、俺にエロ本読ませてくれたりと
殺しても死なないんじゃないかというような人だった
でもそんなじいさんもさすがに死ぬときは死ぬ。俺が中学生のときに病気になって半分寝たきり状態
夏休みのときに実家に長期滞在したんだが、じいさんの病気を知ってからは親戚付き合いそっちのけで
じいさんの家に見舞いにいきまくってた
じいさんはもう自分は長くないからと、昔話を聞かせてくれた
そのときじいさんの話を聞いたのは俺と弟だったわけが
あれを子供に聞かせていいような話だったのかとあの世のじいさんにツッコミを入れたい
じいさんの話は、生贄の話だった
698:
じいさんは、昔ここらへんではよく生贄を捧げていたとかぬかしやがる
それも何百年も昔ってわけじゃなくて、昭和初期から中期に差し掛かる頃まで続いていたとかなんとか
俺「いや、そげんこと言われても……」
弟「……困るし」
俺たちの反応のなんと淡白なことか
でもいきなりそんなこと話されても実感沸かないし、話されたところで俺らにどうしろと?って感じだった
俺「生贄ってあれだろ? 雨が降らないから娘を差し出したりうんたらかんたらとかいう……」
弟「あと生首棒に突き刺して周りで躍ったりするんだよな?」
じいさん「ちげーちげー(違う違う)。魚が取れんときに、若い娘を海に沈めるっつーんじゃ」
俺「あー、よく怖い話とかであるよな。人柱とか」
じいさん「わしがわけー頃には、まだそれがあった」
俺「……マジで?」
じいさんの話はにわかには信じられないものだったが、まぁ昔だし、日本だし……
そんな感じで当時若い姉ちゃんの裸よりも、民俗学だの犯罪心理だのを追求することに生きがいを感じている
狂った中学生だった俺はショックではあったが受け入れてはいた感じ
弟のほうはよく分かっていないような感じだった。多分漫画みたいな話だなーとか思ってたんだと思う
生贄を捧げるにしても、なんかそれっぽい儀式とかあるんだろうけどじいさんはそこらへんの話は全部端折った
俺としてはそっちのほうも聞きたかったんだけど、当時若造だったじいさんも詳しいことは知らないそうだ
当時の村の代表者(当然、既に故人)とか、そういう儀式をする司祭様みたいなのが仕切ってたんだろうけど
そのへんのことも知らないらしい
じいさんが知っているのは、何か不可解なことが起きたときや不漁のときに決まって村の若い娘を海に投げ込んでいたというだけ
699:
親父の実家は先にも言ったように陸の孤島みたいなところだ。そういう古臭い習慣がだいぶ後まで残ったんだと思う
じいさんがなんでそんなこと俺らに聞かせたのかは未だによく分からないんだけど、その生贄の儀式っていうのは
神の恩恵を求めたものっていうよりは、厄介払いの意味を含めたものであったらしい
村中の嫌われ者、身体・知的障害者や、精神を病んだ人(憑き物ってじいさんは言ってた)を海に投げ込んでハイサヨウナラって感じ
だから捧げられるのは若い娘だけじゃなかったらしい。その裏で、多分こっちが本当の目的なんだろうけど厄介者を始末する
実際、近所の家にいたちょっと頭のおかしい人が、生贄を捧げた次の日から見かけなくなったというのがよくあったそうだ
あまりにも頻発するんで、村の中枢とはそれほど関わっていなかったじいさんも薄々は気づき始めたらしい
俺の妹が軽度の知的障害者だから、聞いたときは本当に嫌な気分になったorz
俺「でもさ…、それっておかしいとか思わなかったの? 娘さんは最初から沈められるって決まってるけど、そういう厄介払いされる人たちって行方不明じゃん」
じいさん「いやー、……娘さんにはむげー(可哀想・酷い)とはおもうたけんど、ほかんしぃが消えたあとはまわりんしぃ、むしろ厄介者が消えてせいせいって感じやったなぁ」
俺「……」
701:
生贄の儀式が実は厄介払いのための建前っていうことは、当時の村の人間の暗黙の了解みたいなものだったんだと思う
誰も何も言わなかったってのは、そういうことなんじゃないかな
ちなみにこの風習も、昭和の中ごろになる前に自然消滅していったそうだ
村の人間も戦後あたりに家を継ぐ長男以外は出稼ぎで全国に散らばっていったから
生粋の地元人ってのもあまりいないし、事実を知っている人間は年寄りばかりで、そのほとんども亡くなっている
今生きているのは当時子供で詳しくは知らない人とかそういうのばっかりだ。そういう人たちもわざわざ話したりしない
だから生贄関連の話、記録とかには残っているんだろうけど(慰霊碑があるし)知らない人のほうが多いみたいです
まぁ自分の地元の郷土史なんて興味なけりゃ、ごく最近の出来事でも周囲の認識はこんなもんだと思う
結局、シゲじいさんはなんで俺と弟にこんな話をしたのかわからない
俺が民族学やらなんやらが大好きってことを知っていたから、それで聞かせてくれたのかもしれないけど
あの人、変人だったし。もう墓の下だけど、死ぬ直前まで口の達者なじいさんでした
でもあのじじいがこんな話をしてくれたもんだからしばらくは大変だったよ
今まで(今でも)可愛がってくれた年寄りたちの何人かはこの事を知っていて、実際に身内の中に生贄を出した家ってのもあるかもしれない
そう思うと嫌な気分になるっていうか、気のいい彼らに対する認識が少し変わったんだよな
彼らがいい人ってのはよく分かってるから、それで交流を止めたりはしないんだけど
以上、あまり怖くはないんだが俺個人としては気分の悪くなった話
俺は相変わらず実家に訪問することが多いのだが、まだ他にも普通じゃない話はいくつか見聞きしている
それは、話すときがあるかもしれないし、ないのかもしれない。さすがに地元特定されるようなネタとかは話せないし
個人的に、かつて村の有力者だったという家の話は、もっと凄かった……
以上、長文・乱文、失礼しました
712:
>>701
おもしろかった。
私も民俗学の分野は好きで、
個人的に色々と調べているので、
またお話をお聞きしたいです。
85

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