後輩女「あなたはわたしと結婚するべきです」男「……そうなの?」back

後輩女「あなたはわたしと結婚するべきです」男「……そうなの?」


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1:
後輩女「おはようございます」
男「おはよう」カタカタ
後輩女「男先輩、今日も早いですね」
男「いつも通りだよ」カタカタ
後輩女「今日もよろしくお願いします」
男「はいよろしく」カタカタカタカタ
元スレ
SS報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)
後輩女「あなたはわたしと結婚するべきです」男「……そうなの?」
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2:
後輩女「今は何をしているんですか?」
男「来週の予定を作成中」カタカタ
後輩女「まだ水曜日です。早くないですか?」
男「面倒事は早めに片付けたくてね」カタカタ
後輩女「今週の予定が狂ったらどうするんですか? 訪問先に問題があったら組み立て直しです」
男「その時はその時にやるよ」カタカタ
後輩女「今日は一日内勤ですけど、明日と明後日は木更津と相模原です。事前連絡しているとはいえ問題が無いとは言い切れません。来週の予定は監査訪問を終えてから作成するべきです」
男「金曜日は夕方からミーティングがあるから、相模原から帰ってきてからだと遅くなる。必然的に今日しか無いんです」カタカタ
後輩女「男先輩は行き当たりばったりなのか、きちんとしているのかわかりません。はっきりするべきです」
男「そうかもね」カタカタカタカタ
3:
男「んいっ」バキバキッ
後輩女「凄い音です」カタカタ
男「うーん、煙草吸ってくるね」
後輩女「……煙草は止めるべきです。しかもそんな重い煙草」
男「ロングピースね。これしか吸いたくないんだよ。他は軽過ぎて吸った気にならない」
後輩女「身体は全然平和じゃないです。名称詐欺です」
男「身体はもう諦めてるから問題無いよ。君を一人前にしてしまえば俺は必要無いから、そろそろ死んでも大丈夫」
後輩女「そういうことをわたしに言わないでください。まだ一人前のつもりはありません」カチカチ
男「この前の一関での指導も中々良かったよ。見る目も確実に出来てきているから、本当に俺はいらないかもね」
後輩女「……ばか」カチカチ
男「すぐ戻ってきますよ」バタン
4:
後輩女(男先輩遅いなぁ……)カチカチ
後輩女(あ、相模原からメール……)カチカチ
後輩女(………………)カチ
後輩女(イレギュラー発生……やっぱり対処がわかんない)
後輩女(まだまだ、男先輩がいないと……)
男「ただいま」ガチャッ
後輩女「遅いです。もっと早く帰ってくるべきです」カチカチ
男「少し前はお帰りなさいって言ってくれたのに……」
後輩女「はいお帰りなさい」
男「棒読みだねぇ。まぁ良いけど」
後輩女「相模原からイレギュラー案件の問い合わせが来ています。アドバイスをお願いします」
男「了解。三分待ってて。確認するから」カタカタ
5:
後輩女「うー」
男「どうかした?」カタカタ
後輩女「どうして問題箇所がメール一発でわかるんですか?」
男「相模原は元々いたところだから、かな。他の拠点なら写真送ってもらうくらいはお願いするかもしれない。
 そもそも相模原のラインを確立させたのは俺だし、向こうが考えてることは大体わかってるからね」カタカタ
後輩女「やっぱり、こういうことをするにはラインを経験するべきなんでしょうか」
男「どっちもどっちだね。ラインを経験してしまうと考えがライン工員向けになる。
 ユーザー向けの考えはラインを経験していない人間の立場からの方が豊富に出ると思うよ」カタカタ
後輩女「でも、ライン構築のアイディアは男先輩のほうがたくさん出しています。わたしは全然……」
男「全然じゃないでしょ。埼玉のライン再構築のベースはほとんど書いていたじゃない?」カチカチ
後輩女「あれは男先輩が作ったラインを参考にしただけで、わたしのオリジナルじゃないです」
男「誰だって最初は真似から入るものだよ。初めから出来てたらノウハウなんて必要無くなる。
 そもそも完全なオリジナルなんてこの世界にはもう無いんじゃないかな。全部何かしらを参考に作られてるから、
 あまり気にすることなく良いと思うものを作ってみなさい」カタカタカタカタ
7:
後輩女「男先輩」
男「はい」カタカタ
後輩女「お昼です」
男「はいいってらっしゃい」カタカタ
後輩女「今日は男先輩と一緒に行きます」
男「同期の子とは良いの? いつも一緒に行くあの子は」カタカタ
後輩女「はい、今日は行けないと言ってあります」
男「……ふむ、でも俺は今日は――」カタターン
後輩女「一緒に行く人なんていないんですよね? いえ、お返事を頂かなくてもわかってます。男先輩のことは私が一番わかっていますから。
 私が男先輩と一緒にお昼に行ってあげます。いえ、男先輩は私とお昼に行くべきなんです。異論は認めません」
男「了解。三分待ってて。メール出すから」カタカタ
後輩女「今日はお外に食べに行きましょう。社食は飽きてしまいました」
男「そうだね。何が食べたい?」
後輩女「奢りですか?」
男「ものによるね」
後輩女「親子丼が食べたいです。桂花庵に行きましょう」
男「それなら出させて頂きます。行こうか」
8:
後輩女「………………」モグモグ
男「………………」モグモグ
後輩女「こくん、男先輩、何か話してください。静かな食事も良いですけど、コミュニケーションも大切です」
男「午後の予定とか?」
後輩女「お昼休みに仕事の話はいりません。男先輩の私生活の話などなどをするべきです」
男「私生活、ね。また難しい話題だよ」
後輩女「彼女とか、彼女とか、そういう話をするべきです」
男「あいにく、浮ついた話は無くてね。平日は帰ったら寝るだけだし、休日は秋葉原とか図書館かな」
後輩女「寂しい生活してますね。お友達もいないんですか?」
男「最近連絡とって無いかな。まぁ良いけどね、一人で気楽だから」
後輩女「……じゃあ、わたしが休日付き合ってあげても良いですよ?」
男「や、無理して付き合わなくて良いよ。それに休日に仕事関係の人と会いたくないし」
後輩女「……可愛い後輩の提案は素直に受け入れるべきです」
男「………………」モグモグ
後輩女「受け入れるべきです!」
男「……考えておきます」
9:
男「君は休日何しているの?」
後輩女「お買い物とか、お料理とかしてます」
男「彼氏と買い物? 彼氏に手料理?」
後輩女「………………」キッ
男「何で睨むの?」
後輩女「彼氏なんていません。今までいたこともないです」モグモグ
男「あぁそう。でも学生時代は人気だったでしょ? 告白されたりとか」
後輩女「こ、告白は……確かにありましたけど、自分じゃ人気かどうかなんてわかりません」
男「そんなに可愛いんだから、人気あっただろうにね」
後輩女「……わたし可愛いですか?」
男「あぁ、可愛いと思うよ」
後輩女「……ほんとに可愛いですか?」
男「二回訊くのね。本当に可愛いです」モグモグ
後輩女「えへへ」テレテレ
男「ご馳走様」
後輩女「済みません、食べるの遅くて」
男「ごゆっくり。待ってるから」
10:
後輩女「………………」カタカタ
男「………………」カタカタ
後輩女「………………」カチカチ
男「………………」カタカタ
後輩女「………………」カタカタ
男「………………」カチカチ
後輩女「……静かですね」カタカタ
男「静かなのはいつも通り。もっと大人数で仕事がしたい?」カチカチ
後輩女「いえ、二人が良いです。二人きりでやるべきです」
男「一人で四拠点の品質管理は少し辛いからね。三人いたらやや物足りない仕事量かもしれないけども」
後輩女「男先輩が三人分くらいやっていると思います。リーダー一人で下が二人、計三人で本来ならこの仕事はキツキツです」
男「俺はもうそんなにやっていないよ。今はメインは君がやっているから、極端なイレギュラー処理と上への報告くらい」
後輩女「そのイレギュラーがわたしには処理し切れません。男先輩はまだまだ前線にいるべきです」
男「謙遜しなくとも大丈夫だよ。じきに慣れて何でも出来るようになるから」
後輩女「……わたしは男先輩のことわかっているのに、男先輩は全然わたしのことわかっていないです」ポツリ
男「仕事を再開しましょう」カタカタカタカタ
11:
<2/16・THU>
後輩女「おはようございます」
男「おはよう」カタカタ
後輩女「男先輩、いつも通り早いですね」
男「あぁ、いつも通りだよ」カタカタ
後輩女「今日は木更津拠点に訪問ですが、お昼前に会社を出ますか?」
男「そうだね。着いたら挨拶して向こうの食堂で食事して、それから点検ね。終わったらミーティング」カタカタ
後輩女「わかりました。今日もよろしくお願いします」
男「はいよろしく」カタカタ
後輩女「……ドライブ楽しみです」カタカタ
男「そういう時くらいはね、仕事抜きで良いと思うよ」カタカタカタカタ
12:
先輩女「おはよー」ガチャッ
後輩女「っ!?」
男「はいおはようございます」カタカタ
後輩女「……おはようございます」カタカタ
先輩女「男くん、調子はどうかな?」
男「いつも通りです」カタカタ
先輩女「それは結構。いつも言ってるけど、男くんも同じチーフなんだから敬語は使わなくて良いよ?」
男「女先輩は先輩ですから」カタカタ
先輩女「一年だけじゃん。それにあたし早生まれだから、生まれ年はおんなじでしょ? 同級と思ってくれて良いよ?」
後輩女「………………」カタカタ
先輩女「ね、男くんは同い年と年上と、どっちが好み?」
男「さ? どちらでしょう?」カタカタ
後輩女「………………」ガガガガ
先輩女「もしかして……年下がお好み?」チラッ
後輩女「っ!?」ガガ
13:
男「さ? どうでしょう?」
先輩女「相変わらずクールね。ま、そこが良いんだけどね!」
後輩女「………………」イライラ
男「それはどうも。それで、用件は何です?」
先輩女「うん、今日の夕方空いてるかなって」
後輩女(はぁ!?)
男「ミーティングですか?」
先輩女「金曜日夕方のミーティングの前にちょっとだけね。前にあった機材メーカーへの改善要求も通りそうだから
 話しておこうと思って」
男「わかりました。今日は木更津拠点に行くので、先にその内容のメールを送ってください。五時半には戻りますから」
先輩女「あれ、今日はお出かけなんだ……二人で?」チラッ
後輩女(……また見た)カタカタ
男「そうです。昼前には出かけます」
先輩女「……あたしも行こうかしら?」
後輩女「はぁっ!?」
先輩女「そんなふうに言われちゃうと傷付くなぁ。駄目なの?」
後輩女「あ、いえ……」
16:
男「木更津に用でも?」
先輩女「んー特に無いけどね。強いて言うなら機材について? そろそろあそこのはボロいでしょ」
男「じゃあ私が訊いてきますよ。木更津のKマネからも温度が下がりにくいって指摘がありますから」
先輩女「あたしと行きたくない?」
男「そうは言っていません。機材を入れ換えるわけでもないし、見るだけなら女先輩が出る必要も無いでしょう。
 私が訊いて夕方に報告します」
先輩女「うーん、わかった。じゃ、お願いね」
後輩女(ほっ……)カチカチ
男「了解しました。会議室の予約はお願いします」
先輩女「うん、まとめてメールするから。……それとさぁ」
男「はい」
先輩女「金曜日の夜って空いてる? 二人で呑みに行かない?」
後輩女(あああぁあぁあぁああぁああぁっ!?)ガンッ!!
先輩女「ね、行こうよ? 見附の駅前にしゃぶしゃぶの食べ放題のお店があるからさ。この前の新年会もパスしたじゃん?
 その時の面白い話してあげるから。男くんお笑い好きだよね? あたしも好きだからたまには話そうよ」
17:
後輩女(おとこせんぱい……)ハラハラ
男「いえ、遠慮しておきます」
後輩女(信じてましたっ!)
先輩女「えーなんでなんでっ?」
男「就業時間外に仕事関係の人と会いたくありませんから」
先輩女「……まったく。そんな格好付けなくとも格好良いんだから、たまにははしゃぎなよ?」
男「いつも家ではしゃいでますからご心配無く」
先輩女「あたしの前ではしゃいでってこと。むー、じゃあまた今度誘うからね! 後輩女ちゃんも夕方よろしくね!」
後輩女「はい」
先輩女「じゃーまた」バタン
後輩女「………………」カタカタ
男「机蹴ってたね?」
後輩女「気付かれていました?」
男「気付いてました」カタカタカタカタ
18:
後輩女「ちょっと思うところがありまして」
男「備品は大切にね」
後輩女「はい……すみません」
男「イレギュラーなミーティングが入ったから早めに出るよ。点検も早めに終わらせる。仕掛かりは巻きで処理して」ガタッ
後輩女「はい。男先輩はどこへ?」
男「煙草吸ってくる。すぐ戻るよ」
後輩女「……煙草は止めるべきです」カタカタ
男「煙草はね、俺の娯楽だから。他はどうでも良いけどこれは譲らないよ」
後輩女「せめて本数を減らすとか、身体のことも考えるべきです」
男「一日に一箱も二箱も吸ってるわけじゃないよ。せいぜい十本。それくらいは楽しませてよ」
後輩女「………………」カタカタ
男「すぐ戻ってきますよ」バタン
後輩女「……ばかです。ばかでばかで……ばかなのに……すき」カタ
26:
後輩女「男先輩、そろそろ行きましょう」
男「うーん、俺が仕掛かりを処理出来ていないとは……」カタカタ
後輩女「十分前に同時に三つ来た案件は仕掛かりとは言いません。そもそもそんな短時間で処理出来ませんから
  それはあっさりばっさり諦めるべきです」
男「一つは返信したけど……仕方がない、残りは木更津でやろう」ガタッ
後輩女「ドライブ中は仕事の話は無しですよ? あ、わたしを褒めるのは大いに結構です。むしろ褒めるべきです」
男「君は褒めても褒めきれないよ。一年目なのによくやってる」
後輩女「えへへ。早く行きましょう、今日は一番新しい社用車ですよね」
男「あぁ、この前の一番古いボンゴより遥かに快適だよ。エアコンもちゃんと効くし」
後輩女「あれはポンコツです。社用車とはいえ許せるレベルではありません。スクラップするべきです」
男「総務に訊いたら修理するらしいよ、あれ。また車が無かったらあれになっちまうんだな」
後輩女「あんな車でドライブしたくありません。男先輩、頑張って一番新しい社用車を取り続けてください」
男「あのね、仕事しに行くんだからね? ドライブがメインじゃないから」
後輩女「暖かくなったらお弁当作りますね。広い公園に行って芝生にシートをひいて、二人で食べましょう」
28:
男「飴ちゃん舐める?」
後輩女「はい、飴ちゃん頂きます」
男「今日は天気悪いなぁ……昨日は天気良かったのに。高乗るから雨は降らないでほしいね」
後輩女「明日も降らないでほしいです。明日は行きだけはわたしが運転しますから」コロコロ
男「今日も運転して良いよ? 君の好きな新しいノート」
後輩女「全力で遠慮しておきます。今日は男先輩に全てお任せです」コロコロ
男「出発するよ。シートベルト締めたね」ガチャッ
後輩女「もちろんです。男先輩が免停になったら一緒にドライブに行けませんから」コロコロ
男「突っ込みたい箇所が二点あるけど、もう突っ込まないよ。ラジオをかけよう」
後輩女「NACK5にしましょう。それが一番好きです」コロコロ
男「了解。NACK5って確か埼玉だよね。今から千葉に行くのに埼玉のラジオ聴くなんてシュールだね」
後輩女「このまま男先輩のおうちに行っても良いですよ? 千葉ですよね?」コロコロ
男「や、同じ千葉でも逆方向だよ。木更津はアクアライン通るからね」
後輩女「海ほたるに寄って行く時間はありますか?」コロコロ
男「ありません」
29:
後輩女「暖かくなってきました。上着脱ぎますね」ヌギヌギ
男「暖房弱めようか?」
後輩女「いえ、そのままで良いです。暑くなったらもう一枚脱ぎます」
男「ブラウスを脱いだら下着じゃないの?」
後輩女「そうなったら男先輩の視線を独り占めですね」テレテレ
男「事故になるから暖房弱めるよ。俺も少し暑い。寒くなったら上着を着なさい」
後輩女「ドキドキして暑いんですか? 全然遠慮しなくても良いのに。事故になって二人とも死んだら一生一緒です」
男「……なんだかんだで君は生き残るような気がするよ」
後輩女「か弱い女の子に対して失礼ですね。もし男先輩だけが死んだら、一生わたしに取り憑いてくださいね」
男「発言する側が逆だよな。俺が『取り憑いてやる』じゃなくて君が『取り憑いてください』だなんてね」
後輩女「わたしだけが死んでも一生一緒ですね。もちろん二人とも生きていても一緒ですが」
男「あぁ、どっちにしても君が取り憑いてくれるのね。結局俺だけが死ぬしか選択権が無いわけだ」
後輩女「飴ちゃんもう一個頂いて良いですか?」
男「はいどうぞ」
30:
男「今日はいつにも増して絶好調だけど、何かあった?」
後輩女「そうですね、何かありました」コロコロ
男「訊いても良い内容?」
後輩女「この楽しい時間の前に楽しくないことが起きましたから。きっと爆発しちゃっているんでしょう」コロコロ
男「女先輩?」
後輩女「……はい」コロ
男「何か気に入らない? 彼女には俺もお世話になってるし、君にも良くしてくれていると思っているけど」
後輩女「……ちょっと苦手なんです。女先輩って賑やかじゃないですか。わたし、基本的にその対極にいますから」
男「さっきまでの君も女先輩と同じような感じだったけど?」
後輩女「………………」
男「ごめん、茶化すところじゃなかった」
後輩女「いえ、良いんです。昔からガーッて来られると引いちゃうんです。でも、わたしも話が合う相手には結構ガンガン
  話しかける人間というか、信頼出来る相手には……」
男「それは先輩冥利に尽きる話だよ。特にこのチームは二人だから、お互いに信頼関係が無いとやっていけないよ」
後輩女「男先輩は、わたしのこと信頼してくれていますか……?」
31:
男「当然。仕事ぶりも性格も全部含めて、去年の四月に君が来てくれて良かったと思ってる」
後輩女「……良かったです。そう思っていて頂いて」
男「実はね、君のポジションには女先輩が来るかもしれなかったんだ」
後輩女「それは……初耳です」
男「うん、品質管理部の現部長と、前部長と俺しか知らないと思う。現部長が俺の元上司だったのは知っているよね?
 今は俺がチーフながら課長みたいにやっているけど、去年現部長が課長から昇進する際に代わりの適任がいなかったんだ。
 その時に課長無しのダブルチーフで……という案もあったんだけど、俺が却下した。女先輩は生産管理部のエースだから、
 抜けられたら向こうが困る」
後輩女「理解出来ます。生産管理部からの情報はまず女先輩からですから」
男「課長の適任者がいなかったというのも厄介な話でね。営業とか開発とか購買とか、そういう部署に比べると品質管理部は
 華が無い。人気が無いから品質管理の仕事がすぐ出来る人なんてごく僅か。拠点のライン管理から引っ張るにしても、
 またそのポジションも人気が無い。代わりの人が見つからない。だから、新入社員を初めから入れてしまおうと……」
後輩女「その時にちょうどわたしが品質管理部を希望していた、と?」
男「そう。幸いそっち方面を専攻していたみたいだから半分即戦力として見てた。始めからスパルタで申し訳なかったけど、
 しばらくしてこの子は喰らい付いてくると感じたよ。今となってはいつ独り立ちしてもおかしくないくらいに成長した。
 まだ一年も経っていないのに、ね」
32:
後輩女「そんな……わたし、まだまだです」
男「うん、まだまだ足りない部分はある。経験とか周囲との連携とかね……でもそれは時間が経てば自然と身につくもの。大丈夫。
 俺は小さかった雛が大きくなっていく様子を見ているのが楽しいから、異動しろって言われても『まだ嫌です』って答えるよ」
後輩女「それだと昇進に響きませんか?」
男「じゃあ異動して良いかな?」
後輩女「駄目です。男先輩はまだまだわたしと仕事をするべきです」
男「即答だねぇ。さっきの心配はなんだったんだろう?」
後輩女「電波じゃないですか? 一度病院で検査を受けるべきです」
男「そこまで言うかい……」
後輩女「主に肺の検査を」
男「肺はもう良いって。きっと真っ黒だよ」
後輩女「全部切り取ってわたしのを分けてあげましょうか?」
男「遠慮しておきます。手術とか考えるだけで身体がちくちくしてくるよ」
後輩女「わたしも鳥肌が立ってきました。上着を着ます」ゴソゴソ
男「飴ちゃん舐めよ」ガサガサ
後輩女「わたしももう一つ頂きます」
39:
後輩女「エアーシャワーって」
男「うん」
後輩女「風が凄くて真っすぐ立っていられないですよね。あれを通るだけで疲れてしまいます」
男「俺は平気。君は見るからに軽そうだし、小さいし」
後輩女「今の発言で深く傷付きました。わたしに謝罪するべきです」
男「はいすみません。勘違いさせたようだけど、小さいというのは背が低いという意味です」
後輩女「『勘違いさせた』という発言でフォローになっていません。もう一度謝罪するべきです」
男「はいすみません」
後輩女「ちなみに男先輩の身長はおいくつですか?」
男「175センチだよ。ごく普通だと思うんだけど、このクリーンウェアのサイズにいつも困るんだよ。Mだと腕が短いし、
 Lだと丈が長くて」
後輩女「わたしはSSがぴったりです。けどマスクと帽子が大きくて」フガフガ
男「顔がほとんど見えないね。でも体格ですぐ誰だかわかるから大丈夫か」
後輩女「……もはやわざと言っていると判断します。男先輩は大いに反省するべきです」
男「さ、仕事をしましょう」
41:
後輩女「機具の洗浄は?」
Kマネ「高圧洗浄機で一掃してから煮沸です。その……マニュアル通りに」
後輩女「外観の汚れがちょっと気になります。内側だけでなく外側もやっています?」
Kマネ「はぁ……しかし手間が掛かりますから」
男「………………」
後輩女「それでは機具の洗浄は出来ているとは言えません。徹底してください」
Kマネ「しかしそれでは工数が掛かって……減らせるところは減らしたいと……」
後輩女「作業場は消毒して綺麗になっているところで、機具が汚れていても良いということはありえません」
Kマネ「はぁ……わかりました」
男「………………」
後輩女「前回見た時はこんなに汚れていなかったようでした。この部分は工数として洗浄をなくして良い部分では
  ないはずです。マニュアルの確認と定型の書面で報告をしてください」
Kマネ「いや、そんな……それもまた手間が――」
男「Kマネ」
42:
Kマネ「は、はい……」
男「担当者が変わったからってやり方が変わるわけではありませんから。マニュアルは最低工数だということを作業者全員と
 再認識してください。マニュアルの改定提案は品質会議をもって正式に受け付けます」
Kマネ「あ、でもこれは作業者の残業も減らせて効果が出ているのでぇ……」
男「機具の洗浄は基本中の基本です。これが守れないならこの前の埼玉みたく作業をストップさせます。本来ならば
 それがわかった今、作業は止めさせて一掃清掃させるところです。そうしていないのは、埼玉が再稼動したばかりで
 生産が安定していないからです。とにかくダルいこと言っていないで確認と報告をお願いします」
Kマネ「はい……わかりました」
男「とはいえ、マニュアル不徹底は生管には報告しておきます。残業は人員確保で何とかしてください」
Kマネ「そ、それは……パートも募集しているんですが、なかなか人手が集まらなくてぇ……そのぉ……」
男「人員確保が難しいのはわかっています。私もマネージャー経験者ですから。しかしそれを何とかするのが上役の
 仕事です。目先の工数削減ばかりでなく、まずはマニュアル遵守を基本としてマネージメントをしてください」
Kマネ「はぁ……わ、わかりました」
男「じゃあ、次ね」
後輩女「はい、では行きましょう」
43:
後輩女「わたしってやっぱり舐められているのでしょうか?」コロコロ
男「それだけじゃない。木更津は昔から独自にやりたがるんだ。脅すくらいしないとちゃんとマニュアル通りにやらないんだよ」フーッ
後輩女「Kマネだけでなく、ですか?」コロコロ
男「そう。木更津生産拠点全体で管理がヌルい。人員総入れ替えでもしない限り体質は変わらないだろうね」トンッ
後輩女「……わたしが言うだけじゃ効果は無さそうですね」コロ
男「人間事態の対応は実績を残していけば変わるさ。いち生産拠点のマネージャーだった人間が全拠点を管理出来て
 いたんだから、時間をかければ信用してくれるよ」
後輩女「男先輩はもうすぐ三年ですよね? わたしは五年くらい必要かもしれません」コロコロ
男「俺と君を比べる必要はないよ。俺の場合はマネージャーという下地があったから。君にそれが無いのなら、俺がサポート
 するから。好きなようにやりなさい」フーッ
後輩女「そうですね。男先輩が後ろにいてくれるのであればやれると思います。今日もありがとうございました」
男「気にしないで。ふぅ……そろそろ戻ろう。最後の確認のミーティングをして本社に戻ったらまだミーティングだ」
後輩女「はい……結局、雪降っちゃいましたね」カリッ
男「アクアラインが通行止めにならないと良いけど。遠回りしたら五時半に間に合わないよ」
後輩女「……間に合わなくて良いです」ポツリ
男「戻ろうか」
53:
男「済みません、お待たせしました」
後輩女「……遅れました」
先輩女「二分遅刻。男くん、罰として明日の夜は付き合ってね」
後輩女「………………」ギリギリ
男「メールは確認しました。お聞きしたいことが数点あります」
先輩女「無視? 無視は駄目よ。最初に返事を頂戴?」
男「遠慮しておきます。お待たせした分はこれでチャラにしてください」コト
先輩女「やだー。缶コーヒーなんかじゃやだー」ジタバタ
男「ミキサーの羽ですが、緩み問題のあった一枚だけでなく三枚全て交換ですよね?」
先輩女「男くんって仕事人間なの? うん、そうだよ、全交換」
男「どうして交換の費用が半々なんですか? メーカー責で費用は向こう持ちに出来ないです?」
先輩女「これさぁ、うーん……色々とめんどくさくてねー」
55:
先輩女「このミキサー、ってかナベ全体ね、設計したのがウチとメーカーの共同らしくて、その時にもボルト箇所が足りないかもって
  議論になったらしいのよ。その時はウチが見積もり見て安い方で決めたっぽいけど、それが十何年経過した今になって
  問題が出てきたみたい。メーカーからすれば『昔言ったじゃん?』って感じで」
男「半分出してくれるだけありがたいってことですか。その時にメーカーは安全性や将来的な不具合予測は説明はしてくれたか
 わかりますか?」
先輩女「してくれたと言えばしてくれたってとこかな。でも昔のことだから向こうもあんまり記録が無いみたい」
男「メンテ費用ってことでも無理でした?」
先輩女「それで半分出すって。向こうの担当者も結構頑張ってくれたみたいだけど、上が経年劣化ってことにしたかったらしいよ。
  それを何とかやってくれたみたいだから、これ以上は可哀想かな」
男「そうですか、わかりました」
先輩女「後輩女ちゃんは何か聞きたいことある?」
後輩女「ん……そうですね」
先輩女「何でも良いよ。」
後輩女「えっと、ミキサーの羽を交換すれば、生産の歩留まりは上がるんですよね?」
先輩女「もちろん。その為に交換するからね」
後輩女「歩留まりが上がった後で、交換費用を取り戻せるのはどれくらいの期間が必要ですか?」
先輩女「あー、なるほど。そうくるかー……」
56:
男「以前と比べて歩留まりは5%落ちていますよね?」
先輩女「だね。えーっと……交換すると前よりも歩留まりは上がるって説明があったから、今より最低8%改善ってとこかしらね。
  生産量が……で、えーっと……処理時間短縮も加味して、遅くても七年ってとこかなぁ?」
後輩女「その歩留まりもミキサーを使っていけば徐々に落ちていきますよね? 減衰率……というんですか? それも込みで
  七年で良いですか?」
先輩女「うん、その考えでオッケー。減衰率なんてよく知ってるね? 生管とか拠点が使う言葉だけど」
後輩女「男先輩に教えて頂きました。ラインの経験は無いですが、仕組みと流れは大体把握しています」
先輩女「男くん、しっかり調教したんだね?」
後輩女(調教……)テレテレ
男「彼女が育っているということです。どこに行っても通用しますよ?」
先輩女「そうなんだ? ……ね、あたしとトレードしない?」
男「それはむ――」
後輩女「無理です」
男「無理……って言いたかったんじゃなくて、難しいです。女先輩の後釜がいない現状では」
57:
先輩女「だいじょぶだいじょぶ。後輩女ちゃんが来てくれれば、生管の男連中は皆やる気になるから」
後輩女「………………」
先輩女「後輩女ちゃんね、生管だけじゃなくて拠点の人にも人気なのよ? 知らなかった?」
後輩女「いえ、興味ありません」
先輩女「そりゃそうよねぇ……だって」チラッ
男「………………」
先輩女「夢中だもんね?」コソッ
後輩女「……わたしは仕事に夢中です。それ以外は考えていません」
先輩女「ふーん、そっかそっかー。じゃ、良いのね?」
後輩女「何のことかわかりませんが、良いのではないですか?」
先輩女「念の為もいっかい確認するけど、良いのね?」
後輩女「はぁ、良いですよ」
先輩女「じゃあ後輩女ちゃん、今からあたしの邪魔しちゃ駄目よ?」
後輩女「……えぇ」
58:
先輩女「じゃ、男くん、結婚しようよ」
後輩女「……はぁ!?」
男「………………」
後輩女「いきなり何を言っているんですか!? 男先輩も絶句してます!」
先輩女「嬉しくてでしょ? 答えなくてもわかってるって。男くんのことはあたしが一番わかってるんだから」
後輩女「そ、そ、そ、そんなわけ無いです! 同じ部署で一緒に仕事もしていないのに!」
先輩女「付き合い自体は男くんが相模原にいた時からだから、もう丸五年だし。そろそろ結婚してもおかしくないでしょ?」
後輩女「意味わかりません! どんな思考回路でそんな答に辿り着くんですか!?」
先輩女「後輩女ちゃん、邪魔しちゃ駄目って言ったじゃない?」
後輩女「邪魔……邪魔? 邪魔じゃまいです!」
先輩女「邪魔じゃまい……」プークスクス
後輩女「か、からかわないでくださいっ!」
先輩女「で、男くん、いつ式にする? 明日? それとも六月?」
59:
後輩女「そ、そんな式なんて……付き合ってもいないのに式なんて……」
先輩女「結婚を前提としたお付き合いなら、遅かれ早かれやるものなんだから。今決めちゃお?」
男「ミーティングは終わりですか?」
先輩女「このタイミングでそれ? うん、終わりだから結婚の話をしようよ」
男「では私は先に失礼します」ガタッ
後輩女(男先輩……?)
先輩女「駄目だよ、帰さない。今までことごとく『遠慮します』で傷付いてるんだから。『遠慮します』は無しで返事してよ」
男「………………」
後輩女(何だろう……雰囲気が……)
先輩女「返事、して。あたし真剣だよ? 男くんのこと好きなんだから。今すぐ結婚したいくらい好き」
後輩女(男先輩の……雰囲気がいつもと違う……?)
先輩女「お願い……はっきりした返事が欲しいの……」
男「わかりました。はっきり言います。お断りです。女先輩と私の関係は会社の先輩と後輩です。昔から、今後も、その関係だけです」
60:
先輩女「……うん、そっか。恋愛対象外……ってことか」
後輩女(女先輩……)
先輩女「あはは……はっきり言ってって言ったけど、男くん容赦無いなぁ……結構ショックかも……」
男「では、私は行って良いですね。失礼します」
先輩女「あ、あ、ちょっと待ってよ……あたしが先に出るから。二人とも時間差で出てよね?」タタタ
男「わかりました。お疲れ様です」
後輩女「………………」
先輩女「男くん……クールだね。すん、ざ、残酷なくらい……」バタン
男「………………」
後輩女「……男先輩」
男「うん?」
後輩女「女先輩、泣いてましたよ……?」
男「そうだね」
後輩女「次に会った時……謝っちゃいけないような気がします」
61:
男「俺もそう思う。このことは見なかったことにしておいて」
後輩女「はい……」
男「もう少し時間を潰そうか」
後輩女「男先輩、訊いて良いですか……?」
男「どうぞ」
後輩女「女先輩を……その、振ったのは……女先輩が、同じ会社の人だからですか?」
男「………………」
後輩女「………………」
男「それもある、とだけ答える。それ以上は答えたくない」
後輩女「そう……ですか」
男「くだらない理由だよ。自分でも辟易するくらい。ゴミより価値の無いものだ」
後輩女「………………」
男「もう戻ろう。デスクに戻ったら今日は上がりなさい。明日は運転するんだろう? きちんと休んで体調を整えなさい」
後輩女「はい……了解です」
66:
<2/17・FRI>
後輩女「おはようございます」
男「おはよう。時間ギリギリなんて珍しいね。電車遅れてた?」カタカタ
後輩女「いえ、ちょっと色々とありまして……」
男「そう。来週の予定をメールで送っておいたから見ておいて」カタカタ
後輩女「了解です……あの、男先輩?」
男「はい」カタカタ
後輩女「男先輩は……いつも通りですね」
男「そうだね。いつも通りだよ」カタカタ
後輩女「そうですよね……変なこと訊いて済みません」
男「構わないよ。知りたいことがあれば訊いて良いよ。出来る限り答えるから」カタカタ
後輩女「はい……ありがとうございます」
後輩女(訊きたいけど……訊けない)
67:
男「あぁ、そうだ」
後輩女「はい」カタカタ
男「昨日の件、女先輩にメールしておいてよ」
後輩女「き、昨日のって……それは……」
男「君から頼むよ」
後輩女「そういうのって、当人同士が……」
男「さらっとで良いよ。ccに俺も入れておいてね」
後輩女「え、だって……男先輩が、女先輩から言われて……」
男「そうだけど、二人で訊いて来たでしょう? 木更津で」
後輩女「……木更津?」
男「冷凍庫の温度が下がりにくい件。霜取りの調子が悪いからっていうところ」
後輩女「………………」
男「勘違いした?」
後輩女「……あ、あたりまえです! わかりにくすぎです! 何の件なのか最初に言うべきです!」
68:
男「はいすみません。で、やってくれる?」
後輩女「……ふん」
男「その態度は傷付くなぁ……頼むよ。仕事だよ?」
後輩女「むぅ……了解です」
男「ありがとう。助かるよ」
後輩女「その代わり、一つ答えてください」
男「なんだい?」カタカタ
後輩女「……男先輩から女先輩にメールしないのは、昨日のことがあるからですか?」
男「や、違う。単純に君に社内問い合わせ対応を覚えてほしいから」カタカタ
後輩女「……それだけですか?」
男「それだけだよ? 仕事、仕事だよ」カタカタ
後輩女「………………」
男「………………」カタカタ
後輩女「……ばかっ!」
男「えー」
後輩女「ばかっ! 男先輩はほんとにばかですっ!」
69:
男「飴ちゃん舐める?」
後輩女「いりません」
男「昨日はあんなに舐めてたのに。キシリトール」ガサガサ
後輩女「ふん。男先輩がそんなに仕事ばかだとは思いませんでしたから」
男「口元に持っていけば食べてくれるかな……あーん」
後輩女「ちょっ!? 運転中に止めてください! せめて赤信号で――」
男「嘘だよ。やらないって……口が開いてるね? 入れてほしかった?」
後輩女「き、期待なんてしてませんから!」
男「あぁそう……うーん、どうすれば君がいつも通りに戻るかなぁ」
後輩女「昨日の今日じゃ、難しい……というか、無理です」
男「来週には戻ってる?」
後輩女「……かもしれません」
男「君のことじゃないに。他人が気にすることじゃないよ?」
後輩女「そうですけど、昨日の男先輩は冷たかったです。もっと言葉を選べたと思います」
70:
男「『はっきり言って』って言われたから言っただけだよ」
後輩女「それでも言い様はあったと思います。男先輩ならなおさらに」
男「それは過大評価。仕事以外では俺に期待しないで」
後輩女「嫌です。わたしの中の男先輩は素晴らしい人間のはずです。素晴らしい人間であるべきです」
男「さっきはばかばか言ってたのに。……素晴らしい人間ねぇ。そうではないことは自信を持って言うよ」
後輩女「わたしはそう思っています。去年の新入社員研修の時から」
男「懐かしいね。去年のことだけど、随分昔のように感じるよ」
後輩女「……い、今だから言います。男先輩が品質管理部だったから、わたしは品質管理部を希望したんです」
男「また物好きだねぇ。じゃあ俺が生産管理部だったらそっちを希望していた?」
後輩女「どうでしょう……男先輩の部署であればどこでも希望したかもしれません」
男「あー、なんかコメントし辛いなぁ」
後輩女「品質管理部の業務の説明だけでなく、目の前にある事象の裏側にある物の考え方とか、それを学びたいと思ったんです。
  なんというか……男先輩の説明には全て裏付けがあるんです。単なる希望的観測だけじゃないその考えを、わたしは
  していきたいんです」
男「まぁ、品質管理部ではいつもそれを取るために走り回っているわけだよね」
71:
後輩女「昨日の女先輩への言葉にはそれがまったくありませんでした。もちろん仕事ではなくプライベートな内容ではありますけど、
  そこが男先輩らしくないと感じてしまいました」
男「………………」
後輩女「済みません。出しゃばった言い方ですよね? でも、わたしは、丁寧に説明してくれる男先輩が『いつも通り』の男先輩だと
  思っています」
男「そうか……うん、ごめん。俺も今日は『いつも通り』じゃなかったね」
後輩女「謝罪してほしいとは言いません。男先輩は相変わらず『いつも通り』にしてください。女先輩にも、もちろんわたしにも」
男「あぁ、わかったよ」
後輩女「でも、わたしに何かしてくれると言うのであれば、わたしとしてもやぶさかではないですよ?」
男「お、君は『いつも通り』になってきたね。じゃあ、俺は何をすれば良いのかな?」
後輩女「……飴ちゃんをください」
男「飴ちゃん? はいどうぞ」
後輩女「………………」
男「……? はい飴ちゃん」
後輩女「……あーん」
男「あぁ、なるほどね……あーん」
後輩女「ん……美味しいです」
男「はい恐縮です」
77:
<2/22・WED>
先輩女「こんにちわー」ガチャッ
後輩女「女先輩……こんにちは」カタ
先輩女「あれ、後輩女ちゃん一人? 男くんは?」
後輩女「ついさっき煙草に行きました」
先輩女「そっか。今日もロングピース二箱くらい消費するつもりなのかねー」
後輩女「……? 男先輩はそんなに吸わないって言ってましたよ?」
先輩女「そうなの? へぇ、節煙してるんだ」
後輩女「一日十本くらい、って前に聞きましたけど……前はそんなに?」
先輩女「相模原にいた時からしょっちゅうぷかぷか吸ってたみたいよ。デスクの引き出しにカートンで入ってたりね。でも彼、仕事が早いから。
  そんだけ席外してても仕事はきっちりだった」
後輩女「………………」カタカタ
先輩女「あんなに強い煙草を一日二箱も吸ってたら、男くんも長生き出来なさそうだねぇ」
後輩女「同感です。少しは身体のことを考えるべきです。十本でも多いのに……」
先輩女「後輩女ちゃんからも言ってあげてよ。あたしからじゃ意味無いと思うし」
後輩女「………………」
78:
先輩女「それに言っても言ってもいつまでも敬語だしね。直属の後輩にも丁寧語使うくらいだから、あの体は仕事用なのかな?」
後輩女「男先輩、普段は砕けてますよ? わたしと話す時は『俺』って言いますから」
先輩女「そうなの? そんなのあたし聞いたこと無いなぁ」
後輩女「そう……なんですか」
先輩女「……後輩女ちゃん、よほど気に入られてるのね。羨ましいわ……」
後輩女「………………」
先輩女「ま、嫉妬したってしょうがないよね。きっぱり振られちゃったし」
後輩女「いえ……そんな」
先輩女「自虐しないとね、やってらんないのよ。それくらい本気で想ってたから。他の男を見ようとしてもね……どうしても彼と比べちゃうの。
  そうするとどんな人でも物足りないのよ。彼より格好良い人も、彼より仕事が出来る人も世の中にはいるだろうけど、何かオーラが
  違うって感じ。表面は明るいんだけど、心の底に何かを持ってる……わかんないけど、そういうとこが好きなんだな」
後輩女「何かを……」
先輩女「うん、多分『信念』みたいなものなんだろうな……それが彼の中であたしは合わないと判断したんだと思うよ」
後輩女「………………」
後輩女(あの時のいつもと違った雰囲気は……そういうもの……なのかな)
80:
男「ただいま……あぁ、女先輩、お疲れ様です」ガチャッ
先輩女「男くんおかえり。ちょっと話があってね」
後輩女「……おかえりなさい」ポツリ
男「話とは?」
先輩女「後輩女ちゃんも聞いといてね。先週のミキサーの羽の件ね、不具合が出た相模原だけじゃなくて一関も取り替えることになったから」
男「あぁ、承認通ったんですか。両方同じもの使ってますからね」
先輩女「そこで相談なんだけど、二ヶ所とも交換後に品質チェックしてもらいたいんだけど、良いかな?」
男「もちろんです。機具の交換直後は積極的にやりたいです」
先輩女「うん、ありがと。交換は今週の土日にラインが止まってる時にやるから、チェックは出来れば来週中にはお願いしたいのよ」
男「わかりました。チェックする順番に指定はありますか?」
先輩女「無し。でも早めが良いわね」
男「じゃあ日曜日に一関に前入りして、月曜日の午前中にチェック。新幹線に乗って帰ってきて夕方に相模原のチェックで」
先輩女「一日で? それキツくない? いくら早めって言ってもそんな強行じゃなくても良いよ?」
男「私は大丈夫です。それより生産ラインのチェックが無いまま動く方が不安ですね」
81:
先輩女「でもそれじゃ後輩女ちゃんも辛いでしょ?」
後輩女「わたしは――」
男「いえ、彼女は赤坂で待機です。そこまでの強行に同行はさせません」
後輩女「え、でも……」
先輩女「それは無いんじゃないかな? 今のメイン担当は後輩女ちゃんでしょ? 普通は同行じゃない?」
男「定常業務の担当は彼女です。しかし今回はイレギュラーですし、早めにやらないと生産計画に支障が出ますから」
先輩女「来週中でチェック完了なら生産は問題無いって。ストックもあるし」
男「そういう問題ではないです。ラインが動く以上は品質チェックは必須です」
先輩女「じゃあわかった! ラインが動かなければ良いんでしょ? ミキサー使わないとこだけやってもらえば、日にちはずらせる?」
男「それであれば問題無いです。初動を見て問題無ければオンライン、それから二週間後くらいにもう一度見ます」
先輩女「じゃあそうしよ。ストック聞いてラインストップのリミット見るから、それがわかってから日程をも一回教えて?」
男「わかりました。ストックの詳細と生産キャパもメールでください。原料の調達具合も出来れば。私も確認します」
先輩女「用心深いのね……そこまでしなくても大丈夫よ」
男「念の為です」
83:
後輩女「あの……わたしは?」
男「日程が固まり次第、同行させるか判断します」
後輩女(丁寧語……女先輩がいるから?)
先輩女「同行は必須でしょ? スケジュールに余裕があるんだから」
男「八割そうですね。本当に来週中で良いのなら、木曜日に相模原、金曜日に一関かと」
先輩女「新幹線乗るから休日前が良いよね。金曜日に帰って来ないで一緒に平泉でも行けば?」
男「いえ、私はこの前世界遺産登録された日に行きましたから」
後輩女「え?」
先輩女「は? 何それずるい!」
男「その時は月曜日の朝から作業だったので、日曜日に前入りしたんです。観光で行ったらその日に世界遺産登録されていました」
先輩女「それ知ってて行ったの?」
男「いえ、知らずに。夕方ホテルに帰ってテレビを観たらニュースでやっていて、それで知りました」
後輩女(わたしが行けなかった時だ。でも初めて聞いた……)
先輩女「ラッキーマンね……」
男「知ってて行きたかったですよ。やけに『世界遺産登録!』ののぼりが多いと思いましたが」
87:
男「定時過ぎたよ。切りの良いところで上がりなさい」カタカタ
後輩女「はい……了解です」カタカタ
男「メール捌き切れない? 何かやろうか?」カタカタ
後輩女「いえ、あとこれだけです」カタカタ
男「タイピングも早くなったね。俺より早いんじゃない?」カタカタ
後輩女「比べるまでも無く男先輩の方が早いです。変なところで持ち上げないでください」カチカチ
男「はいすみません。そういった部分でも是非追い抜いてください」
後輩女「……男先輩、訊いて良いですか?」
男「どうぞ。メールは終わった?」カタカタ
後輩女「はい、今終わりました。……わたしがここに来た時、男先輩はずっと丁寧語でしたよね? いつの間にか砕けた感じで話してくれる様に
  なりましたけど、えと……なんというか、どうしてですか?」
男「ん、そういう方が話し掛けやすいかと思ってね」
後輩女「相模原にいた時も、後輩の方には砕けた口調でした?」
男「うーん、どうかなぁ。品管に異動する時に引継ぎした新人の人はひと月しか一緒に仕事しなかったし、年上だったから丁寧語だったと思うよ」
後輩女「事務にわたしくらいの女性の方がいましたけど、その方は後輩でした?」
男「あぁ、俺の一年後輩だね。あの人は高卒だったかな? あんまり関わりが無かったからずっと丁寧語だったね」カタカタカタカタ
88:
後輩女「それって男先輩の中で基準とかあるんですか?」
男「基準? 具体的にどういう?」
後輩女「その……口調を切り替えようと思う基準です。わたしの時の基準でも良いです」
男「君にはしっかり業務を教えないといけないし、変に遠慮されても嫌だったから……ていう答えで良い?」
後輩女「仕事の為……ですか?」
男「そうかな……うん、そうだよ。でも、この感じで話すのは今じゃ君だけだね。友達とも会ってないし。貴重な人だよ」
後輩女「………………」
男「……睨んでるの? 笑ってるの? 凄い顔してるよ?」
後輩女「複雑です。ていうか凄い顔って、女の子に言う様な言葉じゃありません。謝罪しゅるべきです」
男「………………」プイッ
後輩女「どうして口元を押さえて顔を背けるんですか!?」
男「笑うの堪えてるのバレバレだし、『しゅるべき』って言ったし……」
後輩女「うぐぐ……また噛んだ……」
男「可愛いな、君は」
後輩女「は……かわいい?」
後輩女(また……言ってもらえた)
89:
男「あぁ、来た来た」
後輩女「あ、え? 何がですか?」
男「女先輩からメール。生産拠点のストックうんぬん。早内容確認しよう」
後輩女「男先輩、今日も残業ですか?」
男「最近はそんなに残ってないよ。遅くても八時には上がってるし」
後輩女「二時間も残ってるんですか?」
男「遅くても、ね。普段は七時過ぎから七時半くらいかな。予算だのナンだのがあって仕方ないんだよ。まだ慣れてないし」
後輩女「そっか……課長代理ですもんね」
男「役職自体はチーフだけどね。手当ては課長と同額もらってるけど、残業代は出ません」
後輩女「男先輩はイレギュラーなんですね?」
男「上手いこと言うね。けど雑談はこれくらいにしてもう上がりなさい。六時半になるよ」
後輩女「……そうですね」
男「お疲れ様」カタカタ
後輩女「………………」
男「………………」カタカタカタカタ
後輩女「……男先輩」
90:
男「うん? もう帰りなさいって」
後輩女「一関に行くのが来週の金曜日で決まったら、翌日の土曜日に平泉に連れて行ってくれませんか?」
男「平泉? 行きたいの?」
後輩女「はい。十二月頭に一関に行った時は週中だったので行けませんでした。すぐそこなんですよね? 一度くらい行ってみたいんです」
男「そうだねぇ……新幹線代は出張費で落ちるし、あとはホテル代と食事代くらいだからね。ホテルは安いところなら一人五、六千円だし、
 まぁ……女先輩の資料を見て出張日は決めるよ」
後輩女「男先輩はわたしと平泉に行くべきです。いえ、もう決定です。異論は認めません。出張も金曜日で」
男「や……そんな決められても。まだ資料見てないし」
後輩女「可愛い後輩の提案、受け入れると考えてくれていましたよね? それが今です。今以外ありません」
男「あー、なんかそんな話もしたね。でも仕事だから。仕事仕事」
後輩女「たまには自分の都合で決めても良いじゃないですか。土曜日に平泉に行く為に金曜日は一関」
男「平泉に行くとしたらその日程しかないけどね、うーん、まだ何とも言えないよ。ストックが無ければ機材チェックは早めないといけないし」
後輩女「じゃあ、約束してください。ストックに余裕があれば金曜日に一関出張、土曜日は平泉。男先輩は約束するべきです」
男「あー、うん……わかった、そうしよう。そうなったら宿泊先は君が決めておいてくれる?」
後輩女「了解です! バッチリ決めておきます! 男先輩ありがとうごじゃいます!」
男「くくっ、また噛んだね……可愛いなぁ」
後輩女「むー」
93:
なんていうか…幸せになって欲しいよな、こういうキャラってさ
95:
<2/24・FRI>
先輩女「じゃあ相模原が水曜日、一関が金曜日ね」
男「その日程で品質チェック出来れば生産は問題無いです。それにしても相模原の生産管理体制は流石ですね。在庫をちゃんと絞っていて」
先輩女「それって遠回しに自分を褒めてるよね。相模原を立て直した元マネージャーさん?」
男「現在の結果は現在のメンバーの功績です。過去の人間は関係ありません」
先輩女「そんな寂しいこと言わなくていいじゃん。男くんが頑張った過去なんだから」
男「大切なのは今ですよ。頑張っているのは今のメンバーです」
後輩女(大切なのは今……か)
先輩女「じゃあ来週はお願いね。急に行けないってことは無しでね?」
男「わかっています」
先輩女「じゃーまたね。バイバイ」バタン
後輩女「……男先輩、今日中に宿泊先は予約しておきますね」
男「はい? ……あぁ、金曜日の夜ね」
後輩女「温泉入りたいですよね? ネットで調べたら、一ノ関駅の近くってあんまり温泉無いみたいです。駅の近くじゃなくても良いですか?」
男「君の好きに決めて良いよ。主役は君なんだから」
96:
後輩女「平泉では案内をお願いしますね? わたしに黙っていたからには何かあるんでしょうから」
男「黙っていた? 何のこと?」
後輩女「わたし、おととい初めて男先輩が平泉に行ったことを聞きました。だから、えっと……五ヶ月くらい黙ってたんですね」
男「俺言っていなかったっけ?」
後輩女「聞いてませんでした。そんなことなら無理をしてでも行けばよかったです」
男「あの時は秋だよね……確か体調不良だったんじゃなかった?」
後輩女「はい、風邪を引いていました。あの時の自分が憎いです。あのタイミングで行けば世界遺産登録の当日に男先輩と行けたのに」
男「憎むまでする? 風邪引いてたんだし、来週行くんだから許してあげなよ」
後輩女「まぁ、今回は宿泊場所までをわたしが決めますので。それに金曜日の晩ご飯から土曜日のお昼ご飯まで、きちんと下調べしますね」
男「あぁ、うん、まぁ、良いけど、部屋はもちろん別々ね?」
後輩女「シングルが二部屋取れなければ、ツインとか……ダブルとか……一緒ですよ?」
男「それは駄目だ。別でなければ俺は金曜日で帰るよ」
後輩女「……そんな悲しいこと、言わないでください。わたしと一緒の部屋じゃ嫌ですか?」
男「嫌ということではないよ。常識として同室では駄目、ということだよ」
後輩女「………………」キッ
男「そんな睨んでも駄目だよ。部屋は別、それが無理なら俺は金曜日に帰る」
98:
後輩女「だ、駄目です。それの方が駄目です。部屋は……だって、もしかしたら二部屋取れないかもしれないじゃないですか」
男「二人で同じホテルじゃなくても良いじゃない。別々のホテルに泊まって、朝に合流しても」
後輩女「……何だか嫌です。晩ご飯も一緒と思っているのに、泊まる場所が別って何だか……」
男「気持ちはわかるような気もするけど、同室は駄目。とりあえず、同じホテルで二部屋取れれば良いんでしょ?」
後輩女「うーん、何とかして同室に出来ないかなぁ……。混んでそうなホテルに電話してみようかな」ブツブツ
男「聞こえてる。聞こえてるよ」
後輩女「でも混み具合なんて気付かないよね? 取っちゃえばこっちのもの……」ブツブツ
男「お嬢さん? 黒いお嬢さんが出てるよ? ブラック後輩女になってるよ?」
後輩女「お酒で酔わせちゃえば……気付かないままチェックインして、そのまま同じベッドに……」テレテレ
男「………………」カタカタ
後輩女「あ、そんなこと……でも男先輩なら……って、わたしが思ってるだろうなって思っていません?」
男「全然」カタカタ
後輩女「男先輩は謝罪するべきです! 即答なんて酷過ぎです!」
男「今の時間少し使って、ホテルを探して予約しておきなさい。それくらいは許してあげるから」
後輩女「謝罪! するべきです!」
男「何を謝ればいいの? 悪いことした覚えは無いんだけど」
99:
後輩女「わたしが……男先輩と二人きりになって、男先輩を意識していないと思っています?」
男「………………」カタカタ
後輩女「………………」
男「この一年近く二人きりでやってきた。だから、そういうことは起きないと思ってる」
後輩女「……だから、謝るべきなんです。男先輩はわたしのこと全然わかっていません」
男「わかってない……か。うん、俺は君のことをほとんど知らない。誕生日も好きな食べ物も知らない。それで良いと思ってる。君とは仕事上の
 上司と部下だ。それ以上でもそれ以下でも無いんだよ」
後輩女「だから、わたしのことを知る必要なんて無い……と思っているんですか?」
男「……否定はしない。でも、肯定もしたくない。君のことは……その……」
後輩女「男先輩……?」
男「………………」
後輩女(……男先輩? また……雰囲気が……)
男「……煙草」
後輩女「え?」
男「煙草吸ってくる」ガタッ
後輩女「男先輩? どうして急に……?」
男「逃げたと思ってくれて構わない。煙草吸わせてくれ」バタン
105:
<2/27・MON>
後輩女「おはようございます」
男「………………」カタカタ
後輩女「男先輩……?」
男「……あ、ケホッ、おはよ」カタカタ
後輩女(……?)
男「……ゼィ……ゼィ」カタカタ
後輩女「男先輩、どうかしたんですか?」
男「いや……何も……」カタカタ
後輩女「男先輩、目のクマが凄いです。顔も真っ青ですし……何かあったんですか?」
男「いや……ゼィ、何も無いよ」
後輩女「そう……ですか」
男「何も無い……ゼィ、何も無いから。俺はいつも通りだから……」
後輩女「………………」
男「ちょっと煙草……吸ってくるよ……ゼィ」バタン
後輩女(変……あんな男先輩、初めて)
106:
男「……ゼィ……ゼィ」カタカタ
後輩女「………………」カタカタ
男「……ゼィ……ゼィ」カタカタ
後輩女「………………」カタカタ
男「……ゴホッ……ケホ」カタカタ
後輩女「……風邪、ですか?」
男「ヒュー、違う……何も無い。俺はいつも通り」カタカタ
後輩女「今日の男先輩はいつもと違っています。ぜいぜい言ってますし、苦しそうな咳もしてるじゃないですか?」
男「違う……熱は無い……ゼィ、いつも通り」カタカタ
後輩女「一回病院で診てもらうべきです。肺の病気とか、そんなところも心配です」
男「君が、ゴホッ……心配してどうする。仮に体調が悪いとしても、ゼィ、俺の問題だ。病院に行くより、ゼィ、仕事をしていた方が、ゼィ、よっぽど良い」
後輩女「『仕事なんて後でどうにでもなる』って、わたしに言ってくれたじゃないですか……。だからわたし、前に一関に行かなかったんですよ?
  男先輩がそんなんじゃ、全然説得力が無いです」
男「……ゼィ……俺は良いんだよ」カタカタ
後輩女「良くありません! 男先輩が抜けたら誰が品質管理をリードするんですか!?」
男「仕事はする。仕事をしていれば……何も、ゼィ、考えなくて良いんだから……」カタカタカタカタ
107:
後輩女「何も考えなくて良い……? 男先輩、いつも何を考えているんですか?」
男「何を……俺は……ゼィ、違う、何も、何も考えていない。仕事のことしか……ゼィ、仕事のことを考えてる」
後輩女「それは嘘です。仕事のことだけだったら、男先輩はこんな苦しそうにしません。品質管理のことならわたしにも話してくれるはずです」
男「違う、これは……俺だけのことだから。ヒュー、君に話す必要なんて、どこにも無い」
後輩女「これだけ答えてください! 仕事についてですか!? それともプライベートについてなんですか!?」
男「答えたくない……頼むから、ゼィ、これ以上は訊かないでくれ……!」
後輩女「………………」
男「頼む……頼むよ……ゴホッ」
後輩女「わたしがどれだけあなたを心配しているか……どうしてこんなに心配しているのか……わかってるはずですよね?」
男「……ゼィ……ゼィ」
後輩女「男……先輩……」
男「……くっ」ガタン
後輩女「あ……先輩、どこに」
男「……ゼィ、煙草に」
後輩女「また……ですか」
男「………………」バタン
108:
後輩女(本当に何があったんだろう……? 朝からずっと苦しそうに沈んでる)カタカタ
後輩女(前は……それでも今日みたいじゃなかった……。何か会話のきっかけで男先輩の雰囲気が急に変わった……)カタカタ
後輩女(金曜日は……わたしについて話そうとした時。結局話してくれなかったけど……)カチカチ
後輩女(その前は、女先輩からの告白……急な話で吃驚して逆に冷静になったから、とも思ったけど……それは違うかも)カタ
後輩女(心の底の何か……深くて暗くて、それがなんなのかわかんない)
後輩女(わたし……何も出来ない?)
男「……ただいま」バタン
後輩女「あ……おかえり、なさい」
男「さっきは申し訳なかった。今は煙草吸って、少し落ち着いたよ」
後輩女「いえ……わたしも、答えたくないことを訊いてしまいました。済みません……」
男「いや……心配してくれているのは重々わかってる。でも、話せない。話したくないんだよ」
後輩女「それでもわたしは聞きたいです。聞いても何が出来るかわからないんですけど……」
男「大丈夫。君に迷惑は掛けない。だから、何も訊かないでほしい」
後輩女「……嫌です」
男「君も頑固だな」
109:
後輩女「あなたの力になりたいんです。いつまでも教えられてばかりなんて嫌です」
男「力になんてならなくていい。俺には何もしなくていいから」
後輩女「そうやって一人で抱え込んで、苦しくなったらまた煙草ですか?」
男「あぁ……これしかないから」
後輩女「煙草で自分の身体を傷付けないで、わたしにぶちまけてしまうべきです。その方がきっと、あなたもわたしも楽です」
男「煙草で自傷行為をしてるわけじゃないよ。落ち着くんだ。ロングピースは二本も吸えば頭がくらくらして何も考えられなくなる。それを求めて
 吸ってるのが大半だ」
後輩女「昔からそんな一時凌ぎの為に煙草を?」
男「誰かに話すよりはましだ……でも、君にはこんなに話してしまった。出来れば忘れてくれ。今後も話題に出さない様に……」
後輩女「そんな……ここまで話しておいて、忘れるなんて無理です。もし明日もその調子なら、わたしはずっと訊きます。毎日でも訊きます。
  ウザがられても、嫌われても、話してもらうまでずっと訊き続けますからね!」
男「さっきは訊いたことを謝ってくれたのに、ずっと訊き続けるのか?」
後輩女「訊く度に謝ります。根競べで負けるつもりはありません」
男「……ふぅ、君はしつこそうだからな」
後輩女「わかっているなら初めから話すべきです。わたしはいつでも構いません」
男「いや、遠慮しておこう。……もうこの話は止めよう。仕事をしないと土曜日に行けなくなるよ?」カタカタ
後輩女「男先輩がそんな汚い人だとは思いませんでした」カタカタ
男「嫌いになったろう?」カタカタ
後輩女「全然です」カタカタカタカタ
112:
後輩女「ただいま戻りました」パタン
男「……おかえり」カタカタ
後輩女「男先輩、お昼はちゃんと行きました?」
男「あぁ、煙草は吸った」カタカタ
後輩女「何か食べましたか、と訊いたんです。煙草は駄目です」
男「食欲が無い。それに仕事を中断するとまた朝みたいに駄目になる気がする」カタカタ
後輩女「ご飯くらい食べてください。今は何を? そんなに仕事溜まってるんですか?」
男「各生産拠点でマニュアルの書式が統一されてないから直してる」
後輩女「それって急ぎでは……?」
男「まったく無い」カチカチ
後輩女「はぁ……」
男「………………」カタカタ
後輩女「ヨーグルトとかなら、食べられますか?」
男「正直何も入れたくない。水もいらない」カチカチ
後輩女「わたしが何か買ってきます。男先輩は大人しくそれを食べてください」
男「……買ってくるのなら財布を渡そう……はい」
113:
後輩女「男先輩、いくつか訊いて良いですか?」
男「何を訊かれても話さないよ」
後輩女「いえ、不調の原因ではないです。今回は男先輩の好みについて聞きたいです」
男「……俺の好み?」
後輩女「はい。わたし、男先輩がどんな食べ物が好きか知らないんです。男先輩の食べるものを買ってくるのに、好きなものを知らないのは
  ちょっとまずいと思います」
男「好きな食べ物か……特に好きな物は無いよ。嫌いなのはトマトとレバー。それ以外なら大抵は大丈夫」
後輩女「好きな物も是非知りたいです。今度お弁当を作る際の参考にもしますので」
男「お弁当? そんなの彼氏にでも作ってあげなさい」
後輩女「だから彼氏なんていません! 男先輩に作るんです!」
男「俺に? ありがたいけど……」
後輩女「ありがたく受け取ってくださいね。それで、好きな食べ物ですが?」
男「………………」
後輩女「好きな食べ物、です」
男「好きな食べ物……そうだな、エビが好きかな。エビフライとかエビマヨ、エビチリ……」
後輩女「エビフライとかハードルが高いです。もう少しお手軽な料理を」
男「素直に答えたのに内容にクレームを入れるのは君ぐらいだろうね。本当に、来た時より図太く成長してくれたよ」
後輩女「男先輩の後輩ですから」
男「どういう意味だい?」
114:
後輩女「ただいま戻りました」パタン
男「おかえり」
後輩女「エビマヨのおにぎりがありました。それとからあげ串とヨーグルトとお茶を」
男「ずいぶん買ったね。食べきれるかな」
後輩女「残さずどうぞ。ご所望なら『あーん』してあげます」
男「大変魅力的な提案だが遠慮しておこう。まだ介護はされたくない」ガサガサ
後輩女「わたしは自分で買った雪見だいふくを食べますね。一つ食べます?」
男「ヨーグルトを頂くよ……アロエか」
後輩女「もしかして嫌いでした?」
男「や、結構好きな方だ。てっきりプレーンヨーグルトを買ってくるものと思ってた」パカッ
後輩女「わたしがアロエヨーグルト好きなのでつい……でも良かったです。男先輩も好きで」
男「これを嫌いな人っているのかね?」
後輩女「別に苦くもないですし、おもしろい食感ですから……はむっ」
男「……ぎゅうひがCMみたいに伸びるね」
後輩女「むーっ! ひれないでふ……」
男「切れるまで見守ってあげるよ……なんだ、すぐ切れた」
後輩女「もぐもぐ……おいしいですよ? 一つ食べません?」
男「唇が粉で白くなってるよ」
116:
男「あぁ……お腹いっぱいだ」
後輩女「ヨーグルトとおにぎり半分じゃないですか」
男「だから無理だって言っただろうに……」
後輩女「でも、少しだけ安心しました」
男「ん?」
後輩女「少しだけいつも通りの男先輩でした。受け応えとか、突っ込みとか」
男「そう……かな?」
後輩女「やっぱり、いつもと違う自覚があったんですね?」
男「………………」
後輩女「いえ、答えなくて良いです。済みませんでした」
男「君は律儀だな……こんな俺に」
後輩女「そんな男先輩だから、です。男先輩に何があったのかわたしには想像も付きませんが、現在の男先輩より先週までの男先輩の方が
  わたしは好きです。早く戻ってほしいと思っていますから」
男「……申し訳ない」
後輩女「そう思うなら、話してくれるなり元通りになるなりしてください。わたしが夜に眠れなくなってしまいます」
男「そうか……ごめんな。こんな俺のせいで……」
後輩女「……やっぱりいつもの男先輩じゃないです。いつもだったら『添い寝してあげようか?』って言ってくれますから」
男「俺ってそんなキャラだっけ?」
後輩女「わたしの中ではそうです。添い寝してくれますか?」
男「考えておきます」
118:
後輩女「………………」カチカチ
男「はい、出力です。いや、最大だと良品も飛びますよね? ……当たり前です。そこは範囲内で調節してください。後は原料の水分量が
 低いとどうしても……調べてない? 調べてから問い合わせてください。何の為に開発が横にいるんですか? パイプはあるはずです」
後輩女(とっくに定時過ぎてるのに……)カチカチ
男「えぇ、えぇ、数字は? 大体ではなくて、重さを量ればわかるでしょう? やらずに問い合わせですか? ……もう良いです。生管に全部
 報告してください。そこから情報を見て指示します。そもそもこれってまずは生管に報告する内容ですよね?」
後輩女(男先輩、いらついてる……?)
男「はい、失礼します」ガン
後輩女「………………」
男「………………」ガタッ
後輩女「男先輩? 煙草ですか?」
男「……あぁ。定時過ぎてるんだから君は帰りなさい」
後輩女「もう少し、男先輩といます。心配ですから」
男「喫煙所まで付いてくる気?」
後輩女「はい」
男「……好きにしなさい」
後輩女「はい、好きにします」
119:
男「ふぃーっ」
後輩女「紅茶おごってもらっちゃって済みません」
男「構わないよ。どうせ金なんてろくに使わないから」
後輩女「さっきは木更津のKマネですか?」
男「あぁ。とんちんかんな人だ。生管に全部説明してもらうから君は何もしなくて良いよ」
後輩女「はい、了解です」
男「ふぅーっ」トントン
後輩女「……あの、煙草っておいしいですか?」
男「突然だな。興味でもあるのか?」
後輩女「男先輩が吸ってますから、多少興味はあります」
男「……おいしい時はおいしい。しかし気分が悪ければまるで味が違ってくる」
後輩女「一度だけ、吸ってみて良いですか?」
男「……いつもの俺なら止めただろうけど。吸いかけのロングピースで良いなら、軽く吸ってみるといい。ほら」
後輩女「えっと……どのくらい吸えば良いんですか?」
男「いっぱいは吸わない。二、三秒ゆっくり吸って、煙を口に含んだまま煙草を離して、今度は空気を吸う。それからふぅ、と吐く」
後輩女「や、やってみます」
120:
男「無理はしないように」
後輩女「はい……すぅ、……ふぅー」
男「むせなかったね」
後輩女「……意外と……あ、でも……ちょっと頭がくらくらします」
男「それがヤニクラってやつだよ。重い煙草はくらくらする」
後輩女「うーん、煙草の匂いです。特においしいとは感じませんでした。すぅ……」
男「あ、また……」
後輩女「……ふぅー。なんだか、大人になった気分です」
男「もう今年で二十四だろう? 十分大人だよ」
後輩女「初めてお酒を飲んだ時とは違う気分です……いけないことをしてるような」
男「煙草は合法だよ。お酒みたいに飲み物を飲む、みたいに近しい行為が無いからね。初体験は緊張するものだ……すぅ」
後輩女「……間接キスですね」
男「何をいまさら。嫌なら新品にしてほしいと言えば良い」
後輩女「嫌じゃ、ないです。男先輩ですから」
男「そ。俺も君なら――」
後輩女「……ん? 何ですか?」
男「……いや、何も。また調子が悪いみたいだ」
後輩女「それなら今日はもう上がりましょう? 駅まで一緒に帰りましょう、ね?」
122:
後輩女「二月も終わりですけどまだまだ寒いですね」
男「あぁ……」
後輩女「こうして一緒に会社を出るのって初めてですね。出張で直帰だと途中まで一緒ですけど」
男「そうだね……」
後輩女「金曜日の夜は何が食べたいですか? 岩手で有名なものってなんでしたっけ?」
男「さぁ……わからない」
後輩女「……調子悪いですか?」
男「……ちょっとね。また苦しくなってきた」
後輩女「調べたんですけど、今朝のは過呼吸とかじゃないですか? ストレスなどが主な原因って書いてありました」
男「………………」
後輩女「済みません。また、謝らないとですよね」
男「いや……申し訳なくなってね。今日は君に迷惑かけてばかりで」
後輩女「今までわたしが迷惑をかけてきましたから。男先輩の調子が悪い時は、わたしがフォローします」
男「……ありがとう。助かるよ」
後輩女「やっぱり一度病院で診てもらいませんか?」
男「いや……遠慮という以上にそれは嫌だ。そうなったら過呼吸の原因になったことを医者にも話さなければならないだろう? それは嫌だ」
後輩女「……わたしに相談するのも、どうしても嫌ですか?」
123:
岩手は赤牛だ!
単角和牛‼
124:
男「君には……」
後輩女「………………」
男「……どこかで、話したいと思ってる。でも――」
後輩女「それ以上は、今日は良いです。少しでも話したいと思ってくださってるのなら、わたしは待ちますから」
男「……あぁ」
後輩女「わたし、土曜日の平泉はデートだと思ってます。それまでに男先輩がいつも通りに戻っていればな、って期待していますから」
男「デート、か」
後輩女「そうです。やっとデートです」
男「………………」
後輩女「……あの、変なこと訊きますけど……不調の原因ってもしかして……わ、わたし……ですか?」
男「………………」
後輩女「………………」
男「……関係無いと言えば嘘になるが」
後輩女「か、関係は、しているんですね?」
男「君には何の落ち度も無い。俺の感じ方が問題なんだよ。気にしないでほしい」
後輩女「何がいけないのか……自分でも心当たりはあるんです。男先輩に不快な思いをさせているのなら、はっきり指摘してください……」
男「違う。君にいけないところなんて何も無いよ。何が駄目なのか決めるとすれば、それは俺の感じ方なんだよ」
後輩女「でも、わたしのやったこと言ったことが男先輩の感じ方に合わないのなら、それはわたしが駄目ということに……」
125:
男「それは違う。はっきり言うよ、君は何も悪くない」
後輩女「………………」
男「……君は南北線だろ? 俺は千代田線だから、ここで」
後輩女「まだ納得がいってないです……多少なりともわたしにも責任があるというのなら、家まで一緒に付いて行きたいです」
男「責任だなんて、そんな風には言っていないよ。俺は子供じゃないから、心配してくれなくても大丈夫。家にはちゃんと帰れるよ」
後輩女「明日も調子が悪かったら、本当に家まで付き添います。わたし、何でもしますから」
男「そこまで迷惑は掛けられない。それに……明日はきっと治ってるよ」
後輩女「本当に? 信じて良いですか?」
男「うん……」
後輩女「……指切りはしない方が良さそうですね。男先輩の指が無くなっちゃいそうですから」
男「そうしてもらえると助かる」
後輩女「でも……一つだけ、約束してください」
男「何?」
後輩女「男先輩が家に着いたら、わたしに電話してください。『ちゃんと着いた』って、声で教えてください」
男「君は過保護だな」
後輩女「男先輩にだけですよ。……それから、お話しましょう? 他愛の無いことで良いんです。今度のデートのこととか、水曜日のドライブでは
  何のCDを持っていくとか、そういうこと」
男「……あぁ、わかった。必ずかけるよ」
後輩女「電話の前で正座して待ってますね。お疲れ様でした」
130:
後輩女「番号はお互い知っていますけど、こうして電話で話すのは初めてですね」
男『いつも一緒にいるからね。電話を介する必要無いから』
後輩女「そうですね。晩ご飯は食べました? それとも帰宅してすぐ電話をくれたんですか?」
男『家に着いて、着替えただけ。食事は食べる気がしないな』
後輩女「ちゃんと食べないと駄目ですよ? 冷蔵庫の余りものでも良いから食べないと」
男『冷蔵庫は無いんだ』
後輩女「え……冷蔵庫無いんですか?」
男『いつも食べる分しか買わない。買い溜めを習慣にしたくないんだ』
後輩女「そうなんですか……」
男『こういうこと言うと変人みたいに思われるかな?』
後輩女「良いと思いますよ。そういう生活の人もいないわけじゃないでしょうから」
男『うん……ありがとう』
後輩女「ふふっ、どうしてお礼を言うんですか?」
男『なんとなく、ね。君は晩ご飯は?』
後輩女「軽く済ませました。夜にいっぱい食べると太っちゃいますから」
男『節制しなくても十分細いじゃない』
後輩女「節制しないと体型が維持出来ないんです。男先輩はぽっちゃりした女の子の方が好きですか?」
男『ん……あんまり考えたこと無いな。顔とのバランスが取れてれば良いんじゃないか?』
後輩女「わたしの体型って……どう思います? やっぱり胸は大きい方が好きですか?」
男『君は今のバランスが一番良いと思うよ。幼い顔立ちに細い体型で、とても可愛いと思う』
後輩女「本当ですか? えへへ……可愛いと思いますか?」
男『うん、前も言ったけど、君は凄く可愛いよ』
131:
後輩女「じゃあお勧めのCD持って行きますから。水曜日に一緒に聴きましょう?」
男『あぁ、あのノートならCD聴けるし。CDが聴ける社用車はあれ以外無いかもね。全部乗ったこと無いからわからないけど』
後輩女「男先輩、車って持ってますか?」
男『一応ね。でも今はあまり運転しない』
後輩女「そうなんですか? もったいないですね」
男『相模原にいた頃は通勤で使ってたよ。今は電車だけど』
後輩女「その車ってってCDは?」
男『古いけど付いてるよ』
後輩女「じゃあ、いつか男先輩の車でドライブしたいです」
男『うん……』
後輩女「……もしかして地雷でした?」
男『……気にしないで。うん、大丈夫だから』
後輩女「ごめんなさい……もうだいぶお話しましたね、一時間半くらいですか。電話代お任せして済みません」
男『どうせ誰にも電話しないから、無料通話は余ってるよ。まったく問題無い』
後輩女「男先輩、わたしの我侭に付き合って頂いてありがとうございます。今朝の様子を見ていたら、やっぱり不安で……」
男『こっちこそ不安にさせてしまって申し訳ない。今はだいぶ楽だよ。君と話していたから』
後輩女「気付いてますか? 今日の男先輩、わたしといる時、一度も笑ってないんです」
男『……そっか』
後輩女「明日は笑ってください。そうじゃないとわたしの不安は続いてしまいます」
男『何とか……どうにか、頑張るよ』
後輩女「無理はしないでくださいね?」
男『うん、ありがとう……ごめんね』
132:
<2/28・TUE>
後輩女「おはようございます」
男「おはよう。昨日はありがとう」
後輩女「いいえ、こちらこそ夜遅くに済みませんでした。あの後はちゃんとご飯食べました?」
男「いや、疲れてたからシャワーを浴びてすぐに寝たよ」
後輩女「そうですか……朝ご飯は?」
男「いつも食べないから、食べてない」
後輩女「はい、予想通りでした。コンビニで少し買ってきましたから、一緒に食べましょう?」
男「用意が良いんだね……食べないと駄目?」
後輩女「駄目です。菓子パンとアロエヨーグルトと、プリンもありますよ。お好きなものを選んでくださいね」
男「……じゃあ、三食パンとアロエヨーグルトをもらうよ」
後輩女「はいどうぞ。今日は大丈夫そうに見えますね。顔色も良くなってます」
男「昨日の朝よりかなり楽になってるよ。一昨日は寝たのかもよくわからないくらいだったから」
後輩女「……ちゃんと食べてください。明日はドライブですよ?」
男「相模原に交換した機具のチェックね。わかってる。後で女先輩にストックと生産計画の再確認をしよう」
後輩女「わたしから確認しておきます。それくらいはやらせてください」
男「任せるよ。……そういえば今日は昼からミーティングがあった。夏に向けての新商品についてだから、資料をもらったら君にも転送するよ」
後輩女「了解です。確認しておきます」
133:
後輩女「はい、わかりました。ありがとうございます……はい、失礼します」
男「………………」カタカタ
後輩女「男先輩、相模原の生産計画、問題ありません。予定通り明日のチェックでいけます」
男「あぁ、ありがとう。木曜日には一関のも確認出来る?」カタカタ
後輩女「了解です。そろそろお昼ですけど、どうしますか?」
男「朝に食べたからいらないくらい」
後輩女「うーん、じゃあ、またわたしが軽く買ってきますね」
男「ん……買いに行かせてばかりじゃ悪いから俺も行くよ。そこのコンビニでしょ?」
後輩女「はい。ミーティングの時間は大丈夫ですか?」
男「二時からだから問題無い。その間は留守番を頼むよ」
後輩女「了解です。ご心配無く」
男「アロエヨーグルトはもういいか。違うヨーグルトにしよう」
後輩女「角切りりんごヨーグルトとか、わたし好きですよ。プレーンはあまり食べませんね。何か入っていた方がやっぱりおいしいです」
男「ま、確かにね。今日はアイス買うの?」
後輩女「昨日はお昼を食べた後だったのでデザートで買ったんです。今日はどうしましょう?」
男「俺を見上げながら訊かれても……。買えば良いんじゃない?」
後輩女「じゃあ、雪見だいふくを一個ずつ食べましょう? 昨日は結局もらってくれませんでしたから、今日こそ」
男「……良いけど、そんなに食べさせたいの?」
後輩女「フォークが一つしか入ってないから……です」
男「うん? 君は時々不思議なこと言うね」
後輩女「早く行きましょう。今日も寒いです」
139:
後輩女「今日はちゃんと晩ご飯食べました?」
男『昨日と同じだよ。家に着いて着替えただけ。今日も何も買ってない』
後輩女「もう。ちゃんと食べないと駄目じゃないですか。今から男先輩のおうちに行きますよ?」
男『時間遅いから外に出たら駄目だよ。良い子は寝る時間だ』
後輩女「子供扱いしないでください。わたしはちゃんとした大人なんですから」
男『君はパッと見ると未成年に感じる時もあるよ。何で会社に子供がいるんだろう? みたいに』
後輩女「んふふ、わたしが目の前にいる時に同じ台詞が言えますか? 聞こえた瞬間にその口を塞いじゃいますから」
男『窒息死させる気か? 怖い怖い』
後輩女「そんな長い時間塞いだらわたしも死んでしまいます。わたしはまだ死ぬつもりはありません」
男『やり残したことでも?』
後輩女「まだ男先輩とデートしてませんから。それからお弁当も作ってあげていませんし、男先輩の車でドライブも行きたいです」
男『うん……先輩を立ててくれてありがとう。俺は良い後輩を持ったよ』
後輩女「………………」
男『どうした? 電話で無言だと放送事故だよ?』
後輩女「今のは聞かなかったことにします……明日、雪みたいですね」
男『んん? あぁ、そうみたいだね。どうする? 行き帰り両方俺が運転しようか?』
後輩女「その方が良いと思います。わたしは雪道を運転したことが無いので自信無いですよ」
男『俺も数回だけどね。怖いから度は出せないし、視界が悪いから本当に危ない』
後輩女「明日は余裕を持って出ましょう。あ、明日はわたしがお弁当作っていきましょうか?」
男『君の手間になるから、俺の分は作らなくていいよ』
後輩女「じゃあおにぎりでも。それとも……わたしの作ったものは食べられませんか?」
男『……声にドスが効いてて怖いよ。怖い怖い怖い……』
140:
男『俺はカフェベローチェによく行くかな。あそこはコーヒーが安いんだよね』
後輩女「ベローチェは何となく入りやすいイメージがありますね。わたしはドトールのミルクレープが好きです。コーヒーだけならタリーズも」
男『タリーズはコーヒーがおいしいね。でも行くと何故かいつも混んでるんだよ。仕方ないから近くのベローチェを見てみると席が空いてて、
 悩んでそっちに行くことが多いな』
後輩女「スタバはどうですか?」
男『無理です』
後輩女「わ、即答ですね」
男『無理だよあんなの。メニュー見るだけじゃどんなものなのかわからないし、大体トールだのグランデだのってサイズの名前が気に入らない。
 SMLでいいじゃん』
後輩女「そこまで知ってるってことは、行ったことあるんですか?」
男『スタバでソイラテは飲んだことある』
後輩女「それってタリーズにもありましたよね?」
男『ソイラテは好き。それ以外はどこでもブレンドしか飲まない』
後輩女「フレーバーとかは?」
男『俺はコーヒーを飲みに行くのだよ。で、そこで読書をする。余計な香りはいらない』
後輩女「たまには、バニラの香りとかクリームを浮かべたり、とかは?」
男『注文が面倒くさい。ブレンドM。その一言』
後輩女「それベローチェですよね? タリーズはスタバと似たようなサイズ表記ですから」
男『ホットのソイラテトール。あーもう考えただけで面倒くさい。やっぱりベローチェが一番だよ。注文楽だし』
後輩女「理由はそこですか」
141:
<2/29・WED>
男「飴ちゃん舐める?」
後輩女「はい、飴ちゃん頂きます」
男「あー、お腹いっぱいで眠たいよ」
後輩女「おにぎり二つしか食べてくれなかったじゃないですか。たくさん作ってきたのに」コロコロ
男「……あのね、部活やってる高校生じゃないんだから五個も食べられません」
後輩女「持って帰って今日の晩ご飯にしてくださいね。あ、テレビ電話で食べてる姿を見せてください」コロコロ
男「過保護にも程があるよ。ちゃんと頂きます」
後輩女「この季節ですから悪くはなりませんよね。中身も梅干がありますから大丈夫だと思いますが」コロコロ
男「夜までなら大丈夫だよ……あぁ、地下から出ると雪が舞ってるのがわかるね」
後輩女「朝も凄かったですね。転びませんでした?」コロコロ
男「途中若干滑って腰イわせた」
後輩女「はい?」
男「腰がちょっと痛いかも」
後輩女「用心して歩かないと駄目ですよ? 怪我したら大変ですから」コロコロ
男「もうすぐ三十のおっさんだからね。気を付けます」
後輩女「男先輩は二十八歳に見えませんから大丈夫ですよ」コロコロ
男「子供っぽい?」
後輩女「対応はとても紳士ですけど、外見はお若いです。素敵だと思いますよ」コロコロ
男「気を使ってもらって恐縮です。君はいつも可愛いよ」
後輩女「本音として頂戴しますね。ふふっ」コロコロ
142:
男「………………」
後輩女「………………」コロコロ
男「………………」
後輩女「………………」コロコロ
男「………………」
後輩女「………………」カリッ
男「……良い唄だね」
後輩女「はい、とっても優しい唄。お父さん目線の唄です」
男「唄も聞き取りやすいし、メロディーも難しくないし、歌詞も良い。派手さは無いけどそれが良いのかな」
後輩女「お父さんとお母さんが子供にとっての補助輪で、いつか独り立ちする時には補助輪は外れるけど、ずっと見守ってくれてるんですよね」
男「君は実家暮らしだっけ?」
後輩女「はい、そうです」
男「親孝行はしてる?」
後輩女「手伝えることはしてるつもりですけど、今までしてくれたことを思うと全然足りません」
男「本当に、君は良い子だね。そう思っていればご両親は喜んでくれると思うよ」
後輩女「……でも、両親はわたしに早くお嫁に行ってほしいみたいです」
男「そっか。良い人が見つかると良いね」
後輩女「………………」
男「………………」
後輩女「……飴ちゃんください」
男「どうぞ」
150:
<3/2・THU>
後輩女「もうほとんどいつも通りの男先輩ですね。月曜日が嘘みたいに」
男『君と話していると凄く楽だよ。でも、君の都合もあるからずっとは頼っていられない』
後輩女「わたしは大丈夫ですよ。だって……」
男『だって?』
後輩女「えっと……」
男『うん……どうした?』
後輩女(わたし……勇気無いな。はっきり伝えて断られるのが怖い……)
男『放送事故? 思い付いたことをパッと言えば良いんだよ』
後輩女「ちょっとまだ……もう少し、時間をください。必ず言いますから」
男『………………』
後輩女「ほら、男先輩も放送事故ですよ?」
男『今飲み物飲んでたから。もらったおにぎりも全部食べたよ。ありがとう』
後輩女「おにぎりだけじゃなくて、ちゃんとしたご飯も作れますよ。これでも料理は得意ですから」
男『何が得意なの?』
後輩女『お父さんが和食好きなので、煮物とか、白和えもよく作ります』
男『白和えをよく作るの? 今時珍しいね』
後輩女『入れるものを変えるだけでレパートリーが増えるので、わりと手抜きかもしれませんけど。食べたいですか?』
男『食べてみたいし、作ってる姿も見たいかな。いつもの君からはあんまり想像出来ないから』
後輩女「良いでしょう。家庭的なわたしを見て驚いてください」
151:
男『そういえば聞いてなかったけど、明日のホテルは取れた?』
後輩女「残念ながらシングルが二部屋取れました。一関駅から少し遠いんですけど、近くに温泉のある旅館があります」
男『そっか。ありがとう。電話が終わったら泊まりの準備をしないとね』
後輩女「まだ準備してないんですか? わたしなんて昨日から枕元に用意してあるのに」
男『それは早過ぎ』
後輩女「先週からとても楽しみでしたから。でも何を持っていくか迷っちゃいました」
男『一泊だからそれ程いらないよね。俺は下着だけで良いかな』
後輩女「土曜日もスーツで行くつもりですか? 男先輩も私服にしてください」
男『スーツは荷物が減らせるから便利なんだよ。それに、私服はそれ程持ってないし』
後輩女「せっかくのデートなのに。男先輩も私服で行くべきです」
男『良いじゃない。俺なんて誰も見ないんだし』
後輩女「誰が見なくてもわたしが見ます。いつもと違う姿の男先輩が是非見たいです」
男『ネクタイ外してカーディガンで良い?』
後輩女「それじゃいつもと全然変わらないですよ」
男『俺の私服ってそんなもんだよ。君は?』
後輩女「土曜日のお楽しみです。朝一番に男先輩に見せますから、絶対コメントしてくださいね」
男『うん、楽しみにしてる。でも俺には期待しないでよ』
後輩女「嫌です。期待しています」
152:
<3/2・FRI>
男「あぁ、もう新幹線来てるよ」
後輩女「自由席は空いてそうですか?」
男「だいじょう……ぶ、だと思う。うん、結構空いてる」
後輩女「良かった……間に合って本当に良かったです」
男「ずっとお弁当どれにするか迷ってたからね」
後輩女「そもそも男先輩が最初にカツサンドなんか選ぶからです。せっかく新幹線に乗るんですから駅弁を食べるべきです」
男「……今『カツサンドなんか』って言ったかい? 俺の聞き間違いだったらスルーするけど」
後輩女「言いま……いえ、言ってません。そんなこと言ってませんです……」
男「そ。俺はこの辺に座るよ」
後輩女「別々で座らないで、三列シートに一緒に座りましょう? その方がお話しやすいです」
男「ぼーっと景色を見たり、寝たりしないの?」
後輩女「そんなのもったいないです。それに、男先輩のお弁当も少し頂きたいですし」
男「あぁそうか。結局食いしん坊さんの君が食べたい弁当を二つ選んだからね」
後輩女「食いしん坊さんは止めてください。店員さんにも笑われて恥ずかしかったです」
男「事実だろう?」
後輩女「むー、意地悪。そんなにわたしをいじめたいんですか?」
男「煙草吸いたいな……これ喫煙車両無いんだよなぁ。ホームの喫煙所は遠いし」
後輩女「ほら、もう出発しますって。時間が無いですから諦めてください。良い機会ですから煙草を止めてしまいましょう」
男「それは嫌だ……くそぅ、君の所為だ。駅弁選ぶのにあんなに時間をかけるからだ」
後輩女「わたしに意地悪した罰ですね。神様はちゃんと見ているようです」
153:
男「もう駅弁食べる?」
後輩女「どうしましょう? 時間的にはいつもより早いですけど、お腹空いてます?」
男「少しくらいは。じゃあ話しながらつまむくらいで良いか」
後輩女「そうですね。じゃあお弁当を広げましょう」ガサガサ
男「『牛肉弁当』か……一人暮らしじゃ牛肉なんて高くて買わないよ」
後輩女「こういう時くらいは贅沢にいくべきです」
男「俺のお弁当なのに完全に君の好みで選ばれたけどね。『男先輩はこれにするべきです』って」
後輩女「今度ものまねしたらその口を塞ぎますね。わたしは『30品目バランス弁当』です。やっぱり健康が一番ですから」
男「結構色々入ってるね。和食料理を得意とする身としては、こういうお弁当とかは参考にするの?」
後輩女「いいえ、こういうものは冷めた状態のお弁当で食べるからおいしいのです。そういう作り方がされているようですよ」
男「あぁ、聞いたことあるよ。じゃあ温かいとおいしくないのか……?」
後輩女「冷めてもおいしいのなら温かくてもおいしいのでは?」
男「うーん、わからんな」
後輩女「温かい状態を食べられませんからね……いただきます」
男「電子レンジも無いからな。温めるのは無理か。頂きます」
後輩女「牛肉一枚頂きますね」
男「いきなりこっちの弁当からかい……」
後輩女「味は濃い目です……おいしいですよ」モグモグ
男「そうですか……」
154:
後輩女「うわぁ、東北はやっぱり寒いです」
男「耳が取れそうだ……」
後輩女「生産拠点までタクシーですよね……あれ、一台もいないですよ」
男「おわぁ……そんな時もあるか。すぐ来るだろうから待合室で少し待とう」
後輩女「はい。おみやげでも眺めてましょう」
男「おみやげね。帰りにずんだ餅でも買って帰ろうかな」
後輩女「ご家族にですか?」
男「あぁ。でも誰も食べなさそうだ」
後輩女「男先輩って、ご兄弟は?」
男「妹がいるよ。君より一つ上かな? 君は?」
後輩女「わたし、一人っ子なんです」
男「そっか。じゃあおみやげはご両親とお友達に?」
後輩女「そうですね。それから同期の女の子にも」
男「あぁ、いつものあの子ね。あの子さ、君をお昼に誘いに来る度に俺を睨んでくるような気がするんだけど、気のせいかな?」
後輩女「気のせいだと思いますよ?」
男「そうか。あんまり話したこと無いけど嫌われてるような感じがあるんだよね」
後輩女(まったく……どうしてあの子は余計な心配を……)
男「機会があったら訊いてみてくれる? 毎回ちょっと気になってて」
後輩女「大丈夫です。わたしから言っておきます。あの子のことは気にしないでください」
男「あぁ、頼むよ」
155:
男「羽は新しいですけど、動きに違いは無さそうですね」
Iマネ「でも明らかに歩留まりは良好です。目に見えない部分で違いが出てますよ」
男「そうですね、原料も飛んでませんし、作業スピードも良さそうに見えます」
Iマネ「やはり経年で羽の鋭さが鈍っていたんですね。動かしているうちに原料を粉砕する部分が平たくなるので、その影響でナベから弾かれて
 しまうものが多くなるのかと思います」
男「や、その通りでしょうね。これであればナベの形状を変えずにいけそうでしょうね」
Iマネ「そんな話もあったんですか?」
男「まだ議題には挙げていないらしいです。ナベの上の縁にフタのようにかぶせるものを置こうとしていたみたいで。でもこの結果を報告して
 もらえばその必要も無さそうですよ」
Iマネ「いやいや……またラインが止まるのは勘弁ですよ」
男「私も一関は止めたくないです。再稼動の度にチェックに出向かなくてはなりませんから」
Iマネ「はははっ、出張は面倒ですか」
男「Iマネも月一のミーティングで東京に来ているからわかるでしょうけど、新幹線も結構しんどいですよね」
Iマネ「いや確かに。しかし私は他の拠点のマネージャーと違って前日にホテルに泊まれますから。夕方に東京に着いて少し観光したり」
男「へぇ、余裕ですね。一関は他と比べてもしっかりしてますからね」
後輩女「男先輩、チェック中です」
男「はいすみません。じゃあここはこのまま回しておいてください。他の部分をちょろちょろ見て回ります」
Iマネ「わかりました。何かありましたら、お願いします」
156:
後輩女「やっぱりIマネとは仲が良いんですね」コロコロ
男「彼、昔は相模原にいたみたい。俺とは相模原にいた時期がかぶらなかったけど、俺も同じマネージャーだったから顔は知ってるし、
 結構同じことを知ってるし考えてるみたいだから」
後輩女「そうなんですか……確かに他のマネージャーより報告の仕方がわかりやすいですよね」コロコロ
男「彼が気になる?」フゥ
後輩女「は?」
男「Iマネは格好良いからね。いわゆるイケメンじゃない? 背も高いし」トンッ
後輩女「何の話ですか? わたし、そんなことまったく考えていません」
男「そうなんだ。まぁ、Iマネはもう結婚されてるし」
後輩女「ふぅん、そうですか」ガリガリ
男「……怒ってる?」
後輩女「怒ってません。呆れたんです」
男「何で?」
後輩女「……自分で考えてください」
男「……ふぅ」
後輩女「………………」
男「………………」
後輩女「……あの、そんなに考えることですか?」
男「ん、そんなに考えてないよ。大体わかってるから」
後輩女「じゃあ……何でだと思いますか?」
男「うーん、俺が言って良いの?」
後輩女「………………」
男「……良い?」
後輩女「駄目……です」
男「うん、わかった。言わないよ。俺もその方が良いと思うから」
157:
後輩女「部屋、隣同士でしたね」
男「禁煙の部屋を取ってくれたのね。ほんと、しっかりしてるよ、君は……」
後輩女「そこしか空いてなかったと思えば良いんです。荷物を置いて少し休んでから温泉に行きましょう」
男「温泉か……久しぶりだなぁ」
後輩女「温泉は旅館にあるみたいで、そこでご飯も食べられるみたいです。同じ場所で済ませてしまいましょう」
男「温泉は混浴かな?」
後輩女「そこまでは……でも違うと思います」
男「そっか……」
後輩女「……男先輩、何を期待したんですか?」
男「世の男が期待するようなこと、かな?」
後輩女「……エッチです」
男「混浴じゃないのか。君と入りたかったなー」
後輩女「明らかに棒読みです。からかわないでください」
男「君は、俺と一緒に入りたかった?」
後輩女「え? あ、えっと、その……それは……」
男「……ごめん、冗談だよ。そんなに困るとは思わなかった」
後輩女「………………」
男「ほんとに、ごめん……部屋で待ってるから、出る時に声かけてよ」ガチャ
後輩女「わたし……」
男「また、後で」バタン
後輩女「一緒でも……一緒が……いいです」
158:
後輩女(もう、男先輩もわかってるよね……?)
後輩女(あなたが好きです……これだけなのに、言えない。やっぱり怖がってる……)
後輩女(はっきり伝えれば、はっきり返ってくる……それがわたしの知る男先輩)
後輩女(今の関係が壊れてしまうのはとても怖い……でも、それ以上になりたいの……)
後輩女(何で……涙が出るんだろう……臆病だから……?)
後輩女(いつも通りに……しなきゃ)
後輩女「男先輩?」コンコン
男「――はい。そろそろ?」ガチャ
後輩女「えぇ、そろそろ温泉に行きましょう。お夕飯が遅くなってしまいますから」
男「そうだね、少し待ってて。すぐ用意するから」
後輩女「お部屋に入っちゃいますね。お邪魔します」
男「着替えとタオルと……洗面道具と……」
後輩女「……ホテルの一室に二人きりですね」
男「女の子がそういうこと言わないの。はしたないよ?」
後輩女「やっぱりダブルかツインの部屋にしたかったです。そうすればずっと男先輩と一緒にいられるのに」
男「……駄目だよ。自分は大切にしなさい。一緒に仕事しているからって、俺を信用し過ぎては駄目」
後輩女「そんなこと言われても、もうわたしの中で男先輩の存在はかなり大きくなってます。男先輩を疑わない方が難しいです」
男「そこを意識して、俺の行動とか存在を疑いなさい。それが君の身を守ることになるんだから」
後輩女「……あなたの前だけは、わたしは自分を守る必要なんてありません。それだけはわかってください」
男「でもね――」
後輩女「わかってください……いえ、わかっているはずです。男先輩は、もうわたしの想いに気付いてるはずです」
男「それは……あ――」
159:
後輩女「どうしたんですか?」
男「携帯が……鳴ってて」
後輩女「メールですか?」
男「……いや、電話だ……」
後輩女「……出ないんですか?」
男「………………」
後輩女「……男先輩? わたしは良いですから電話に出てください」
男「うん、出るよ……はい」
後輩女「………………」
男「あぁ……久しぶり。いや、大丈夫。あぁ……あぁ……」
後輩女(なんだろう……すごいドキドキする……胸が苦しい)
男「そうか……あぁ、聞いたよ。……いや、覚えてない。申し訳ない……いやいい。お前から謝って――」
後輩女(誰から? 不安で気持ち悪い……)
男「……あぁ、ゼッ、この前はごめん。突然だったから……うん……そうか」
後輩女「……?」
男「ゼィ……いや、覚えてない。あぁ、ごめん。メモしてなくて」
後輩女(何……? 何の話をしてるんですか……?)
男「本当に覚えていなくて……う……ん……わかった。ヒューまだ、予定がわからないから。あぁ、じゃあ返送はするよ……あぁ、また」
160:
後輩女「どうしたんですか……?」
男「………………」
後輩女「男先輩……?」
男「……ハァ……ゼィ」
後輩女「男先輩……また……」
男「はは、突然過ぎて……ゼィ、日にち覚えてなかったみたい」
後輩女「落ち着いてください。話すのはそれからで良いですから」
男「ゼッ……だめだよ」
後輩女「え?」
男「話せないよ……君にだけは、ヒュー、話せないよ……」
後輩女「どうして……? どうしてわたしには話せないんですか? 何があなたを苦しめてるんですか!?」
男「俺は……ゼィ俺は……」
後輩女「男先輩……」
男「だめだ……ゼィ、だめだから……俺が……俺の……問題だから……」
後輩女「……っ」
男「っ!! 何を――」
後輩女「今は何も話さないでください。落ち着くまで、わたしに抱かれていてください」
男「……ゼィ……ゼィ」
後輩女「苦しくなくなるまでこうしてます。大丈夫だから。わたしを信じてください……」
161:
後輩女「もう落ち着きました?」
男「……あぁ」
後輩女「お茶でも入れましょうか? ホテルにあるものですけど」
男「……この前電話があった後も、こうやってうずくまってた様な気がする」
後輩女「ホテルの床は案外綺麗じゃないですから、ベッドに来てください」
男「………………」
後輩女「こっち、こっちです」ポンポン
男「………………」ノロノロ
後輩女「また、抱きしめますか?」
男「いや……」
後輩女「わたしが抱きしめたいです。もっとこっちに来てください」
男「………………」
後輩女「ん……男先輩の髪って、少し茶色いんですね」
男「本当は君に甘えてはいけないのに……俺は……弱い人間だ」
後輩女「もっと強く腕を回しても大丈夫ですよ。女の子だってそんな簡単には壊れませんから」
男「君に話したい……でも、話したくない……」
後輩女「朝まではまだまだ時間はあります。あなたのタイミングで良いから」
男「何で……君はそんなに俺を……」
後輩女「わたしは好きじゃない男の人を抱きしめられる人間じゃないです。あなたのことが一番好きだから……」
男「………………」
後輩女「だから、あなたが話してくれたら嬉しい。わたしはそれまで待ちますから……もっと強く抱いて良いですよ」
男「この前……」
後輩女「はい」
男「……大切な人から電話があった」
後輩女「え……?」
男「……大切な人が、今度……け、結婚、するんだって……」
後輩女「………………」
男「もう何年になるだろう……二十年近い。出会ってから、それくらいになる人……」
後輩女「幼馴染ということですか?」
男「……そこまで、幼い頃からじゃない。小学生の頃からの同級生……」
後輩女「……女の人、ですね?」
男「うん……そう。可愛い人なんだ。昔は病弱で、肌が白くて、大人しい子供だった。いつも『ごめんね』って謝られてた」
後輩女「……好き、だったんですか?」
男「……少し、違う」
後輩女「………………」
男「今でも、好きなんだ……」
162:
女『男くん、今日もごめんね』
男『大丈夫。これ、今日のプリント。わからないところがあったらまた訊いてよ。休み時間でも放課後でもいつでも教えるから』
女『うん……でも、男くんが遊べないよ?』
男『良いんだよ。俺の復習にもなるから。遠慮なんてしなくて良いからさ』
女『ごめんね、男くん。私、頑張って毎日学校行けるようになるから』
男『無理はしない方が良いよ。勉強なんて後からでもどうにでもなるし』
女『違うの……男くんに迷惑、掛けてるから』
男『迷惑だなんて思ってない。だから、良いんだよ』
女『……ごめんね。ほんとに、ごめんね』
男『謝らないでって、いつも言ってるでしょ? 君は気にしないで良いから』
後輩女「昔から優しかったんですね。小学生の頃って、一番男女が素直になれない年頃なのに」
男「単純に下心があったから。同級生にからかわれても、彼女が休んだ日はいつもプリントを届けに行ってた」
後輩女「家は近かったんですか?」
男「近いといえば近かった。でも、例え遠くでも届けに行こうとしてたと思う」
後輩女「それぐらい……」
男「あぁ、その頃から好きだった」
163:
女『男くん、部活とか入らないの? もう仮入部期間は終わったんでしょ?』
男『あぁ、でも入りたい部活も無いし、今まで通り君と話したりする方が楽しいかな』
女『私とお話してもつまらないよ? ずっと寝てるだけだから、お話出来ることも無いし……』
男『つまらなくなんてない。君が話せることが無いなら、俺が話すから。それで、たまに君の考えを聞かせてよ』
女『なんか……ごめんね。いつも気を使わせて……』
男『気なんて使ってないよ。俺がしたいだけだから、君が謝ることじゃない』
女『うん……』
男『君は部活はどうするの?』
女『え? だって週に二、三日しか行けないから……それじゃ入っても意味無いし。学校行けても早退するかもしれないし……』
男『そうかな? 美術部とか、こつこつ作業するようなところなら週に一日でも良さそうだよね。夏休みとかも体調が良い日に行けば完成すると
 思うけど』
女『でも……私、絵とか上手くないし』
男『あとは写真部とかあったかなぁ……どこにも仮入部してないからイマイチ把握してないんだよね』
後輩女「男先輩は部活は何も?」
男「あぁ、入ったこと無い。だから運動も何も並以下だ」
後輩女「何でも出来る万能な人だと思ってました」
男「買い被らないでくれ。俺は何も出来ない」
後輩女「何も出来ないなんて……」
男「本当に、何も……」
164:
女『男くん、高校って決めた?』
男『君は?』
女『私が訊いてるんだよ? 先に答えて?』
男『うーん、どこでも良いと思ってるからね。近場のT高校かなぁ』
女『え? 男くんならW高校でも行けると思うけど……偏差値20くらい低いところだよ? 正直私くらいの学力の人の学校なのに』
男『電車で一時間半もかけて通うより、自転車で十五分の方が楽だからね』
女『そんな理由なの? もったいないよ。せっかく成績良いのに』
男『高いレベルの授業じゃなくても大学はきっと行けるし、足りなければ自分で勉強するよ』
女『男くんならそうかもね……将来の夢とかあるの?』
男『夢か……そうだね、幸せな家庭を築くことかな』
女『……何か中学生の夢じゃないね?』
男『そうかな? 好きな人と一緒にいることって、素敵なことだと思うんだよ』
女『……ね、男くんは好きな人とかいるの?』
男『え……?』
後輩女「それで……伝えたんですか? 好きって」
男「伝えられなかった。言う勇気が無かった。その時の関係を壊したくなくて……」
後輩女「わたしだって同じです。昨日までのわたしには男先輩に素直に告白する勇気がありませんでした」
男「俺と彼女は、その時で五年以上の付き合いだったはずだ。それで言えなかった……本当に、臆病だった。だから……」
165:
友『なぁ、男?』
男『何だ?』
友『女さんって、可愛いよな?』
男『……あぁ、可愛いよ』
友『小学校から高校まで付き合いは長いけど、お前たち二人は付き合ってないって言ってたよな?』
男『あぁ……』
友『じゃあ、おれと女さんの仲を取り持ってくれないか?』
男『………………』
友『なぁ、良いだろ? おれ、女さんが好きなんだよ。真剣だぜ? あの人しかいないって思ってんだ。だからさ』
男『………………』
友『頼むよ……お前がさり気なくやってくれれば、女さんも警戒しないだろうからさ』
後輩女「それで取り持ってしまったんですか?」
男「断れなかった。友は彼女にとっても数少ない友人だったし、あいつも俺の友人だった。そこで断れば友が俺から離れて、彼女からも
 離れてしまうかもしれない……それが嫌だった」
後輩女「女さんの為……ですか?」
男「あぁ……そう思って、二人きりにしたりした」
後輩女「自分の気持ちに嘘を吐いて……」
男「そんなもの……彼女の幸せに比べれば安いものだ」
166:
友『興奮したよな、ベルギー戦』
女『そうだね、ワールドカップってあんなに盛り上がるなんて知らなかった』
友『そりゃ世界一のスポーツの大会だからな! 盛り上がらない国の方がおかしいって。それが日本でやってるなんてちょー興奮する!』
女『友くん、サッカー好きだもんね? 部活も頑張ってるし、夢はJリーガー?』
男『………………』
友『そうだなぁ……ガキの頃からいつかプロになれたらって考えてるよ。プロになって、凄い選手たちと同じピッチでプレー出来たらって』
女『子供の頃からずっと?』
友『そう、ずっと。……応援してくれるか?』
女『もちろん! 友くんならなれるって。男くんもそう思うよね?』
男『あぁ……俺も応援してるよ』
友『よし! 女が応援してくれるなら、次の練習試合で絶対ゴール決めるからな!』
女『友くんて守りの人だよね? ゴール出来そう?』
友『守り? 何それおいしいの?』
女『あはは、だめだよ。役割はしっかり守らないと』
男「友と話している彼女はいつも楽しそうだった。俺と話している時はそんなに笑わなかったのに……」
後輩女「………………」
男「その頃から、彼女の隣にいるべきなのは俺じゃないとわかってきた。俺は少しずつ二人から離れていった……邪魔しないように」
167:
友『男、お前行かないのか?』
男『何に?』
友『TDLだよ。皆で計画したろ?』
男『あぁ……行かない』
友『何でだよ。卒業旅行だろ? 何で誰も一緒に行かないんだよ』
男『お前ら二人に遠慮してんだろ?』
友『あ、いや……だってよ、皆で行った方が女も喜ぶだろ? まして一番仲が良かったお前なら』
男『……俺なんか気にするなよ。あの子はもう友しか見てないんだから』
友『そんな訳ねぇよ。俺と二人でもお前の話が大半なんだよ。いつも楽しそうに話してる。お前が昔からしてくれたこととかをさ』
男『……俺の話なんてしてんじゃねぇよ。ちゃんとお前の方を向かせろよ!』
友『な、何だよ……?』
男『あいつが好きなんだろ!? じゃあ他の男の話なんてすんじゃねぇって言ってやれよ!』
友『お、お前、泣いて……』
男『男なんかに二度と連絡するなって言えよ! もう……もう俺と会うなっ言ってくれよ!』
後輩女「それからは……?」
男「高校卒業から一度も会ってない。連絡も来なかった。彼女からも、友からも……」
後輩女「二人がどうしてるかは知らないんですか?」
男「時々別の友人からちょっと聞くくらい。続いてることだけはわかってた……」
後輩女「………………」
男「でも……土曜日の夜に電話があった。連絡するなと言ったのに……」
168:
女『男くん、久しぶり』
男『あぁ、久しぶり。どうした?』
女『うん、報告をね、しようと思って』
男『何の……報告?』
女『友くんとね、結婚することになったの。今度の六月に結婚式もする。十年もかかっちゃったけど、やっとゴールイン』
男『………………』
女『男くんにね、最初に報告したかったの。ずっとずっと、長い間良くしてくれた男くんに……』
男『そう……か』
女『うん……結婚式、来てくれるよね?』
男『………………』
女『………………』
男「気が付いたら月曜日の朝だった。電話は切れてて、会社に行く時間だった」
後輩女「男先輩……」
男「涙は出なかった……『おめでとう』も言えなかった……ただ、終わったと思った」
後輩女「終わった……? 何が……ですか?」
男「俺の……これまで生きてきた全てが」
169:
仕事をしていれば彼女のことは忘れられた……でも愛はまだそこにあったんだ。
伝えてはいけない想いを抱え続けるのは辛かった……だからいつも煙草を吸って煙と一緒に吐き出そうとした。
どれだけ吐き出しても無くなりはしなかった……想いは奥深い底にあったから……。
自分の想いなんてどうでも良かったのに……彼女が幸せになるならと思って二人の関係を取り持ったはずだった。
免許証も車も、彼女から連絡があればすぐに駆けつけられる様に用意した……彼女のところへ車を運転する機会は一度も無かった。
品質管理部に異動して仕事はさらに忙しくなった……馬車馬の様に働いている時間だけは彼女への想いを忘れられた。
就職と同時に引っ越した部屋に荷物は増えていかなかった……欲しいものはたった一つだけだったから……。
時間が経てば経つほど彼女への想いが重くなっていく……煙草の本数ばかりが日に日に増えた。
コンビニに行けば自然とカートンで煙草を買った……灰皿も大きいものを用意した。
俺が吐き出していたものは煙と無為な時間だけじゃないのか……そう感じても本数は減りはしなかった。
あの二人の噂を聞くことも無くなった……元々友人は多くなかったから……。
自分が何をしているのかわからない時もあった……ライターのオイルを飲みそうになったこともあった。
壊れるのも間近だろう……もう壊れてるのか……煙草で指を焦がして思った。
そんな頃……後輩の女の子がやってきた。
170:
小さくて可愛い女の子だった……おっとりしていた彼女とは反対に、少し気が強そうだと感じた。
女の子は緊張しているようだった……それもそうだ、初めての就職なのだから。
女の子は物覚えがとても早かった……勉強が苦手だった彼女に教えていた俺は物を教えることにはそこそこ自信があったが、それでも早かった。
女の子はやはり気が強かった……『するべき』が口癖の、少し変わった女の子だった。
わからないことはいつも遠慮がちに訊いてくる……子猫にも似た女の子はいつからか俺の安らぎになっていた。
『煙草は止めるべきです』
いつ頃からだろう……あれだけ吸っていたのに、気が付いたら一日一箱も吸わなくなっていた。
『おかえりなさい』
いつか愛する人から言ってもらいたかった言葉……君に言ってもらえて嬉しかった。
『彼女とか、彼女とか、そういう話をするべきです』
君には言えないよ……いつまでも昔の想いを引き摺る様な馬鹿な男だと思われたくないから。
『……じゃあ、わたしが休日付き合ってあげても良いですよ?』
一度断ってごめん……本当は凄く嬉しかったよ。
『だから、わたしのことを知る必要なんて無い……と思っているんですか?』
知りたい……けど怖かった。君が何も無い俺を知って、今の関係が壊れるのが怖かった。
君に……嫌われたくなかった。
優しい時間だった。君といる穏やかなその時は、彼女への想いを忘れられている自分に気付いた。
女の子と出会ってもうすぐ一年になる頃……彼女から電話があった。
男「俺は許せないんだよ……二十年近くも愛していた人の結婚を祝福してやれない自分も、いつまでも変わらないと思っていた愛がありながら、
 こんな短い時間の付き合いで君を好きになってしまったこの心も……!」
171:
後輩女「………………」
男「わかっただろう? 俺は自分勝手で心の脆い、冷血で他人に依存し切った人間だ。一人で生きていけないから、こんな自分になったことを
 彼女への愛の所為にしてる……クズだ」
後輩女「違う……あなたは――」
男「それに、このことを話して君の同情を貰おうとしてる……まったく、死んだほうが良いよ。君には本当に申し訳無いと思ってる」
後輩女「あなたはただ思い出の中の神格化した女さんを愛していただけです。この十年間は女さんはあなたの傍にいなかった」
男「俺が現実の彼女を愛していなかったと言いたいのか?」
後輩女「少なくとも、女さんと会わなかった期間はそう思います。この十年は、きっと」
男「じゃあこの十年はやっぱり俺は無駄な時間を過ごしてきたんだな。妄想の中の彼女を愛してるってことは二次元を愛するオタクなんかより
 酷い有様じゃないか。二次元はそこにあるけど妄想は完全に頭の中。小学生がいつか正義のヒーローになりたいと願うこととまったく同じだ。
 でも俺の精神は小学生以下だ。小学生の夢はいつか醒めて現実を見る。それは十年という年月も必要としないだろう。俺が見てた妄想は
 十年を経過してもまったく色褪せなかった。彼女と会えなかった十年の間も彼女を愛していた。俺の頭の中にいる彼女を……ははっ! 笑える
 だろう? もうすぐ三十にもなるいい大人が現実に存在しない女を待ち続けてるんだ! 君の言った通り病院に行った方が良かったみたいだ。
 そして二度と社会に出られないように拘束してもらうかそもそもこの存在を消してもらうべきだったんだな!」
後輩女「違う……違う……」
男「違う? 何が違うと言うんだ? 何も違わないだろう? 俺は現実に生きていなかった。ひたすら自分の妄想の中だけで生きていた変人で
 狂人だ。そんな存在が世界にましてや君の近くにいるべきじゃないだろう?」
後輩女「わたしが言えるのは……言いたいのは一つです」
男「何でも言ってくれ。こんなガラクタみたいな男なんて……蔑まされて当然だ」
後輩女「わたしはあなたが好きです。それはあなたがどんな存在であろうと変わることはありません」
男「………………」
後輩女「あなたと話すのが楽しい。あなたの優しさが嬉しい。あなたといると幸せです。だからずっと一緒にいたい……あなたに愛されたい……
  あなたと結婚したいくらい――」
男「ふ……そうくるのか……君の物好きにも程があるよ。こんなジャンクを……」
後輩女「……いえ、言い間違えました……今のはわたしらしい言葉ではありませんでした。最後の言葉は聞かなかったことにしてください。
  リテイクします……ふぅ……」
172:
後輩女「あなたはわたしと結婚するべきです」
男「……そうなの?」
後輩女「そうなのです。これは決定事項です。異論は認めません」
男「……そうなんだ」
後輩女「わたしはあなたを愛しています。だから、あなたから愛されたい。それだけがわたしの望みです」
男「………………」
後輩女「念の為、返事をください。はいかイエスで受け付けます」
男「……君はやっぱり我侭だな」
後輩女「あなたの愛がほしいからです。それ以外、何もいりません」
男「愛以外いらない……か。俺にもそんな時期もあったな……」
後輩女「昔のことはもう良いんです。いつまでも眺めていないで、思い出の中に置いていくべきです。それは、今のわたしたちにはいらない。
  わたしを見てください……現実のあなたの目の前にいる、後輩女という存在を」
男「そうかもしれない。俺は今も思い出の中で自分のしなかったことを後悔してる。どうして早く想いを伝えなかったんだろう……でもわかってる。
 こんな俺じゃ、彼女を幸せに出来ない。それは俺の役目じゃない。それを知っていたから俺は……」
後輩女「そうです。それはあなたの役目じゃなかった。だから目の前にわたしがいる。あなたのしなかったことは間違いじゃないです」
男「君に惹かれている感情はきっとまだ愛に満たない。子猫に対する保護欲のようなものだよ……」
後輩女「これからで良いんです。あなたが初めからわたしを愛してくれていたら、わたしはこんなにもあなたに夢中にならなかったかもしれません。
  初めからあなたに愛されていなかったからこそあなたを好きになって、こんなにもあなたの愛を欲しがっています」
173:
男「こんなに何も無い俺を……君は愛しているのか?」
後輩女「信じられませんか? あなたに何が無くても、わたしは愛しています」
男「例えばの話……君は、俺が金も時間も……昔からの友人も無くしても、それでも愛せるのか?」
後輩女「はい。愛します」
男「じゃあ、夢も情熱も、地位も無くしても……!」
後輩女「変わりません。愛します」
男「なら! 仕事も! 車も!! 免許証もっ!! 馬鹿馬鹿しい思い出も無くした俺を、まだ君は愛せるかっ!?」
後輩女「そんなこと何の問題にもなりません。わたしはあなたを愛します」
男「……っ!!」
後輩女「愛します。あなたにそんなものが無くたって、わたしはいつも通り、相変わらず、あなたを愛し続けます」
男「なんで……」
後輩女「決まっています。わたしはあなたを愛しています。あなたを愛することにそれ以上の裏付けなんて必要ありません」
男「………………」
後輩女「そんな顔、しないでください。信じられないのなら、わたしはどんなことでもします。キスでもセックスでも、婚姻届に捺印することでも。
  あなたが望むこと、何でもしてあげたいんです。それがわたしの為でもあるから」
男「そんな……そんなに自分を蔑ろにするなよ……自暴自棄に……俺みたいになるなよ……」
後輩女「あなたは自分を蔑ろになんてしてない。だって……そうしてきたからこそわたしはあなたに出会えた。あなたを好きになった」
男「そう……なのか? でも俺は……」
後輩女「あなたが今までの自分を卑下するのなら、わたしは今までのあなたに拍手を送ります……それから、悲劇の主人公が報われる
  アフターストーリーに、わたしも堂々と参加します。主人公の後輩なんかじゃない、生涯のパートナー、という役で」
男「………………」
後輩女「でも、煙草はもう少し控えてほしいです。少しでも長く一緒にいたいですから……ね?」
181:
ちょっと泣いた
182:
誰か俺の涙腺を直してくれ
水漏れが激しくて…ポロポロ…落ちてくんだよ
185:
男「君は暖かいな……」
後輩女「わたし、女性にしては結構体温が高いみたいです。男先輩もあったかいですよ」
男「ほんと、抱き枕にちょうど良いサイズだ。やわらかくて、抱きやすくて気持ち良い」
後輩女「もう朝ですね……」
男「うん、ごめん……」
後輩女「何がですか?」
男「温泉。結局行けなかったね。泣き喚いて、そのまま疲れて寝ちまったし」
後輩女「泣き喚いていたのはわたしです。先に寝たのも、きっとわたしですから」
男「……うん」
後輩女「あ……ちょ、ちょっと苦しいです。いくらなんでも強過ぎ……」
男「胸もあんまり無いんだね……可愛いなぁ」
後輩女「聞き捨てなら無いことが聞こえました。あなたは謝罪するべきです」
男「可愛いって言ったこと?」
後輩女「違います。わたしだって、ぬ、脱いだら凄いかもしれな……いえ、なんでもないです……」
男「途中で言うのを止めたってことは、結局無いんでしょ?」
後輩女「むー、わたしだって気にしてるんですよ? だって中学生の時からサイズが変わってないし……」
男「まぁまぁ。そういうのにも少なからず需要はあるって」
後輩女「あなたは……大きい方が好き?」
男「正直考えたこと無い。一人しか見てなかったから」
後輩女「そう……ですよね」
男「でも、君が無いなら……その方が良いかな?」
187:
後輩女「………………」
男「あ、少し鼓動が早くなったね。嬉しいの?」
後輩女「………………」
男「痛い痛い痛い。髪引っ張んないで」
後輩女「わたし、シャワー浴びてきます」
男「そうか……寂しくなるな」
後輩女「あなたもシャワーを浴びてくださいね。その後で朝ご飯を食べて、平泉観光に行きましょう?」
男「そうだな。今日はそれが目的だからね」
後輩女「お昼に温泉に寄って、夕方の新幹線に乗りましょう。今夜はそのままあなたの家に泊まります」
男「俺の家? 何も無いよ?」
後輩女「あなたがいます。わたしはそれで十分です」
男「……ははっ」
後輩女「……何かおかしかったですか?」
男「や……君のね、言葉のオブラートが無くなったと思って。今までは回りくどくアピールしてくれてたからさ」
後輩女「あなたと同じ、臆病だったのです。でも、もう隠す必要もありません。これからはストレートにあなたへ愛を表現します」
男「そうか……それじゃあ、俺は真正面から受け止めないとね」
後輩女「もちろんです。もう受け流すのは禁止です」
男「うん……今までごめん」
後輩女「謝らなくて良いです。その代わり、これからはわたしにあなたの愛をください」
男「うん……」
後輩女「返事が少しおざなりです。愛が伝わって来ませんでした」
男「もう少し、時間が必要かな。彼女のことも整理しないといけないから」
後輩女「大丈夫です。わたし、いつまででも待ちますから……でも、必ずわたしのところに来てくださいね」
188:
後輩女「どうですか? 似合ってますか?」
男「うん、似合ってるよ。ポンチョっていうんだっけ?」
後輩女「はい。今日のデートの為に用意したんですよ?」
男「今日の為に? 何だか申し訳無いなぁ」
後輩女「何を言ってるんですか。あなたに見せる為なんですから、もっと見るべきです。もっと褒めるべきです」
男「はい、とても可愛いですよ。君しか見たくないくらい可愛い」
後輩女「……そ、そんなに?」
男「本音だよ? 真っ白いポンチョが雪の妖精みたいで、本当に可愛いよ」
後輩女「お、お、お、男先輩のテンションがおかしいです……今までそんなに褒めてくれたこと無いのに……」
男「もっと褒めろと言ったのは君だろう? 褒め言葉はちゃんと受け取ってくれよ」
後輩女「あ、あ、ありがた過ぎてどどうしたら良いか……」
男「褒めてくれないと思ってた?」
後輩女「違います違います! 今回もさらっと言われると思ってました。そんなにたくさん言ってくれると思ってなくて……」
男「気恥ずかしかったんだ。期待させてはいけないとも思ってた。でも、これからはちゃんと思ったことを言うから」
後輩女「……はい、お願いします」
男「さ、チェックアウトして平泉に行こう。一ノ関駅に着いたら手荷物はコインロッカーに預けようか」
後輩女「……お、男先輩」
男「何?」
後輩女「その……部屋を出る前に、もう一回だけ、抱きしめてください……」
男「うん? 良いの? せっかく着替えたのに」
後輩女「はい、大丈夫です。服は問題ありませんから……」
男「……はい、ぎゅー」
後輩女「子供扱いは……駄目って言ったじゃないですかぁ」
198:
男「ほら、新幹線来たから乗るよ」
後輩女「うん……」
男「眠たいの? 本当に子供だねぇ」
後輩女「違うの……疲れちゃったから……」
男「それが子供なんだって」
後輩女「ん……席まで引っ張って」
男「はいはい。こっちだよ」
後輩女「……どこまで?」
男「着いたよ。はい座って」
後輩女「ここ?」
男「お嬢さん、上着脱ぐ?」
後輩女「うん……脱がして?」
男「昼間はあんなにはしゃいでたのに。楽しかった?」
後輩女「うん、楽しかったです。金色堂も綺麗でした……」
男「良かった良かった。上野に着いたら起こしてあげるね」
後輩女「お話ししたいです。あなたともっと……」
男「今は休みなさい。俺の家に着いたらゆっくり話も出来るから」
後輩女「うん……肩に寄りかかって良い?」
男「良いよ。喉が渇いたらお茶もあるから言ってね」
後輩女「……お母さん、みたい」
男「旦那さんじゃないの?」
後輩女「そう……あなたは、わたしの旦那さんです」
男「お母さんは、ねぇ。そういう気持ちも今は無きにしも非ずだけど……」
後輩女「あなたは楽しかった?」
男「もちろん。楽しかったよ」
後輩女「わたしは、今も楽しいですよ」
199:
後輩女「この辺りは初めて来ました」
男「そうか……ここだよ」
後輩女「はい……このマンションですね」
男「緊張してるの?」
後輩女「き、緊張は、してます。だって好きな人の家ですから」
男「何も無さに驚くと思うけど……どうぞ」
後輩女「お、お邪魔しま……す?」
男「語尾が上がったね。それはそうだと思うよ」
後輩女「………………」
男「コーヒーでも飲もうか。牛乳も買ったし」
後輩女「……ほんとに何も無いですね」
男「だから言っただろう? 何も無いって」
後輩女「テレビとテーブル……だけ。ホテルよりものが少ないなんて」
男「他に必要なものなんて無いし、欲しいと思うものも無かったから」
後輩女「それにしても……」
男「俺に失望した?」
後輩女「……いいえ。わたしを甘く見ないでください。あなたが何にも興味が無いのなら、わたしに夢中になってもらえば良いのです」
男「君らしい言葉だ。俺が好きになったのもそんなポジティブな君なんだろうな」
後輩女「ちなみにテレビとテーブル以外には?」
男「クローゼットに布団と身の回りのものを入れたスーツケースが入ってる。それくらいかな」
後輩女「……シンプル生活ですね」
男「いや、いつ死んでも良いようにって思ってた」
後輩女「………………」
男「今はそんな風に思ってないよ。少しでも長くって思ってる」
後輩女「当たり前です。わたしが生きている限りはあなたも必ず生きてください」
男「あぁ……わかってる。コーヒー入れたよ」
後輩女「はい、いただきます」
202:
男「煙草吸って良いかな?」
後輩女「……あなたがここでどんな生活をしていたか、わかる気がします」
男「どんなイメージ?」
後輩女「見もしないテレビを付けて、煙草を吸ってるイメージ……それとコーヒーも」
男「当たりだよ。家にいる時は……ふぅ、大体そんな感じ」
後輩女「本当に、何事にも興味が無いんですか?」
男「んん……どうだろう。物欲は無いし、物には執着が無い。でも、知識は増やしたいし深めたいと思ってる」
後輩女「図書館によく行くって言ってましたね。それと確か秋葉原も……?」
男「よく覚えてるね。本は、買わないで図書館で借りてる。秋葉原は……ジャンク品がね……」
後輩女「ジャンク品?」
男「うん……秋葉原の電気街の方って、小さな電気屋さんがたくさんあって。そこに……B級品って言えば良いのかなぁ……動作が保障されない
 ジャンク品もあって……ジャンク品って、俺みたいだなって思ってたんだ」
後輩女「どうして、あなたとジャンク品が?」
男「うん……上手く説明出来ないと思うんだけど、一般の人間から見れば俺は精神的に正常ではないと思うんだ。正常じゃない自分が、きちんと
 動作しないかもしれないジャンク品と同じだなって思って、そのよく売られてる場所を歩くと、仲間がいっぱいいるなぁ……って」
後輩女「………………」
男「馬鹿みたいだろ? でも、そこを歩いてるとどうしてか落ち着くんだよ。帰属意識かもしれない。何も買わないけど、そんなことの為にたまに
 行ってた」
後輩女「……ほんと、馬鹿みたいです」
男「そうだろう? 嫌いになった?」
後輩女「なるわけありません。あなたはわたしに嫌われたいんですか?」
203:
男「俺は俺自身を好きじゃないから、どうも……ね」
後輩女「昨日も言いましたけど、わたしはあなたを愛しています。あなたがどんな存在であろうと、愛し続けます」
男「それを信じてないわけじゃないよ……あぁ、違う、信じてる。君を信じてるよ。けど……」
後輩女「けど……何ですか?」
男「まだ、切り替えられないんだ。引き摺ってると言った方が正しいかな。思い出の中に置き切れてないものがまだある」
後輩女「昨日の今日ですから、それは仕方ないと思うべきです」
男「それでも、もう終わったことだし、君にも、とても申し訳ない」
後輩女「無理はしないでください。焦っても良い結果になるとは思いません」
男「そうだろうね。でも君の為に……いや、これは言い訳だ。俺は自分の為に、早く今を見つめられるようにしたい」
後輩女「大切なのは今、ですよね?」
男「あぁ、そうだね。過去よりも今が大切だよね」
後輩女「あなたからの受け売りですよ? あなたが言ったことです」
男「俺? そんなこと言った?」
後輩女「言いました。つい先週じゃないですか?」
男「全然覚えてない……本当に俺が言った?」
後輩女「本当に言いました。わたしを疑ってるんですか? あなたのことならわたしが一番知っているんですから」
男「そうか……じゃあ俺の誕生日も知ってる? 言った覚えは無いけど」
後輩女「六月四日です」
男「おおう……ストーカーさんです?」
後輩女「ストーカー? 酷い言い方ですね……。わたしはあなたの生涯のパートナーです」
男「昨日の夜に聞いたねそれ。その前は?」
後輩女「………………」
男「……答えてよ?」
210:
<3/7・WED>
先輩女「こんにちわー」ガチャッ
後輩女「あ、こんにちは」
先輩女「おぉ? また後輩女ちゃん一人? 男くんはサボりかぁ」
後輩女「はい、そうです。煙草というサボりです」
先輩女「もう駄目だねあれは。パカパカ吸っててほとんど病気でしょ」
後輩女「最近はそうでもありませんよ。十本も吸ってない日がほとんどです」
先輩女「ふーん、そっか……ちなみに昨日は?」
後輩女「九本でした」
先輩女「……一昨日は?」
後輩女「七本です」
先輩女「それって会社だけ?」
後輩女「いえ、本当に一日のトータルです」
先輩女「……何で知ってるの?」
後輩女「あの人がズルしないようにちゃんと数えてますから」
先輩女「……どうやって数えてるの?」
後輩女「ふふ……知りたいですか?」ニヤリ
先輩女「なん、だと……?」
後輩女「うふふ……」
先輩女「何その笑顔。怖いよ後輩女ちゃん……」
後輩女「わたしから言うのは止めておきます。あの人のこともありますから」
先輩女「あの人……?」
男「ただいま……あぁ、女先輩、お疲れ様です」ガチャ
211:
後輩女「おかえりなさい」
先輩女「お、おぉ……お、おかえり」
男「どうかしました?」
先輩女「あ、いや……なんかこの子の印象が今までと違うから……」
男「その子がですか?」
後輩女「わたしがどうかしました?」
男「……いつもと違いますか?」
先輩女「男くんが帰ってきたからだよ! わたしと二人の時はもっと黒かったもん!」
男「そうなの?」
後輩女「わたしは黒くなんてないです。むしろ白いです。雪の妖精って言ってくれましたもんね?」
男「確かに言ったね。あれは可愛かったから」
後輩女「また今度着て見せますから、その時にも褒めてくださいね」
先輩女「………………」
男「楽しみにしてる。それで、女先輩はどうしてここに?」
後輩女「あなたに用があるみたいですが……女先輩?」
先輩女「……黒いよ黒い! この子真っ黒だよ! 男くん、騙されちゃ駄目だよ!?」
後輩女「女先輩、酷いです……わたしそんなこと言われたら……うぅ」
先輩女「嘘泣きだよ! 絶対泣いてないよこの子! 何これ!? どうしたのよ!?」
男「その子の黒さは私が一番わかってますよ。気にするだけ損です。今日はどうしました?」
212:
先輩女「わ、わかってんだ……なら良いのかな?」
男「大丈夫です。黒いは黒いですが、嘘の吐けない黒さなので問題ありません」
後輩女「むー、貶してますね?」
男「からかってるんです。気にしないで」
後輩女「……ふん、後で覚えておいてください」
先輩女「……あたしお邪魔?」
男「私にご用ですよね。何かありました?」
先輩女「う、うん、木更津についてなんだけど、向こうから来た報告内容で相談があってね」
男「先週私の方に電話があった内容ですかね。品質マニュアルの通りにすると歩留まりが異常に悪くなる……とか?」
先輩女「そうそう。急に来たからこっちも驚いちゃって」
男「木更津に出向いた方が良さそうですか?」
先輩女「それも含めて話し合いたいと思ってるのよ。今日はもう時間無いから、明日にでも時間くれない?」
男「わかりました。こちらは二人で参加します」
先輩女「うん、ありがと」
男「木更津から来た資料を送ってもらえますか? こちらでも確認します」
先輩女「オッケ。戻ったらすぐに送るね」
男「えぇ、お願いします」
213:
<3/10・SAT>
後輩女「本当は、今日も一日一緒にいたかったです」
男「ごめん。急に実家に呼び出されたから」
後輩女「そういえば、わたしのことをご両親には?」
男「まだ言ってないよ」
後輩女「わたしは言いましたよ? 結婚したい人がいるって」
男「そうか。早いね」
後輩女「まるで他人事みたいに言わないでください。両親は驚いてましたけど、喜んでくれてました」
男「いやぁ、心配してるんじゃないか? 大切な一人娘なんだし」
後輩女「どうでしょう……わたしの両親はとても仲良しで、二人だけで旅行とか行ってしまうんです。だから、わたしも早く相手が見つかればって
  思ってたみたいです」
男「良いご夫婦なんだね」
後輩女「端から見ればそうでしょうね……一人で家に残された身としては、ちょっとやるせなさもありますけど」
男「そうか……寂しかったか」
後輩女「……ちょっとベランダに出ませんか? 夕日が凄く綺麗です」
男「うん。全部茜色だ」
後輩女「……あれから一週間ですね」
男「そうだね。あれはもう先週か……」
後輩女「ちょっと気になったことがあるんです……訊いて良いですか?」
男「どうぞ」
214:
後輩女「二週間前ですか……最初に女さんから結婚の連絡があったのは?」
男「そうだよ。二週間前の土曜日の夜だ」
後輩女「で、先週の一関のホテルにいた時の電話……あれは何についてだったのか、訊いても……良い?」
男「大丈夫だよ。あれは友からだった。彼女から俺の様子がおかしかったって聞いたみたい。それと、もう一つ報告だった」
後輩女「報告?」
男「うん、ちょっと待ってて……これ」
後輩女「これは……結婚式の招待状?」
男「招待状を出したからって。最初の彼女からの連絡は、結婚することと式の日程だったんだ」
後輩女「そう……だったんですか」
男「これは出欠席を返送しないといけない……けど」
後輩女「………………」
男「行くかどうか、まだ決めてない」
後輩女「それは……」
男「どうしたら良い? 俺は行った方が良いかな?」
後輩女「……決めるのは、あなたです」
男「そうなんだけど……正直行きたくないな。二人に会いたくない」
後輩女「………………」
男「会ったらさ、また過呼吸になったり、情緒不安定になるかもしれない。幸せな席にそんな男はいては駄目だろうから」
後輩女「でも、行かなかったら行かなかったで、ずっとずるずる引き摺り続けるかもしれません」
男「そうなんだよね。今までを思い出にする為には、いっそ二人に会って祝福するのが正解だと思う」
215:
後輩女「それなら、答えは決まってるじゃないですか」
男「そう……だけど……怖いよ。正直怖い」
後輩女「怖くても、行かないと先に進めません。二人にちゃんと会ってください」
男「うん……」
後輩女「行きますよね?」
男「……なぁ、いつもみたいに言ってくれないか?」
後輩女「いつもみたい?」
男「『あなたは結婚式に行くべきです』って。君にはっきり言ってほしいんだ」
後輩女「背中を押す、みたいにですか?」
男「ごめん。個人的に、背中を押すって言葉は好きじゃないんだ。この場合は……進む道はこっちだよって、未来を照らしてほしい」
後輩女「……わかりました。あなたの進む道は、わたしが知ってますから」
男「うん……頼む」
後輩女「はい……あなたは、女さんの結婚式に行くべきです。そこで今までの物語を終わらせて、あなたが報われる次の物語に進むべきです」
男「……ありがとう」
後輩女「次の物語には、もちろんわたしが隣にいますからね?」
男「あぁ、信じてる。俺も、君を支えられる様に隣にいるから」
後輩女「はい、わたしも信じてます……が」
男「が?」
後輩女「ちょっと、屈んでください」
216:
男「何? 何? なんか怖いよ?」
後輩女「いいから! 屈みなさい! 立ったままじゃ届かないんだから!」
男「あ、あぁ、キスですか。びっくりした……」
後輩女「はむ……」
男「……んん?」
後輩女「ん……んん……は……ちゅ」
男「ん? ん!? んんっ!?」
後輩女「んむ……ん……ぴちゅ……」
男「んん!? はっ!? んんんんんっ!?」
後輩女「ちゅっちゅっ……ぴちゃ……」
男「んん!? んーっ!? ぷはっ!? 長い長い長いよ!! 首痛いよ引っ張り過ぎ!!」
後輩女「はっ、はー、はぁ、この前、わたし、言いましたよね?」
男「はー、な、何を?」
後輩女「今度、ものまねしたら、その口を塞ぐって」
男「……聞いた様な気も……しないでもないけど」
後輩女「まだ、お仕置きが足りません。もっと」
男「ちょっとあのー、さっきのは息が出来なくて死ぬ勢いだったんだけど……」
後輩女「一緒に死んでくれますよね?」
男「まだ嫌だよ。その愛は重いよ」
後輩女「全部、受け止めてください……わたしの全て」
男「受け止めるよ。でもキスで死ぬのは嫌だ」
後輩女「むー」
男「や、そんなむくれられても……」
後輩女「じゃあ」
男「じゃあ?」
後輩女「今日は、このまま……ね?」
217:
ここでこの物語は完結とさせて頂きます。お読み頂きありがとうございました。
また同じトリップでスレ立てした際はよろしくお願いします。
二人のアフターストーリーは、需要がありましたらsage進行で続けて書こうかなとは思っています。
ではまた。
219:

面白かったよ
アフターストーリーも是非やってほしい
220:
アフターストーリーまっとる
222:
乙でした
期待して待っていますよー
225:
乙でした。綺麗な終わり方だな
そしてアフターストーリー待ってる。ageてくれて結構であります!!
234:
たくさんのレス、ありがとうございます。アフターストーリーも不定期でageたいと思います。
アフターストーリーは二人の微妙な雑談がメインとなります。お付き合いが可能な方は、
少しの間よろしくお願いします。
236:
男「今週もお疲れ様」
後輩女「はい、お疲れ様でした」
男「ごくごく……ふぅ、ほんと、お疲れ様。木更津の件、引き受けてくれてありがとう」
後輩女「こくん、お礼を頂く程のことじゃないです。いずれはわたしの仕事になることですから」
男「君の覚えの早さにはいつも驚かされてるよ。日に日に身に付いてるよね」
後輩女「あなたの教え方が良いのです。全部あなたのおかげですよ」
男「それはどうも」
後輩女「こくっこくっこくっこくっ……ぷはっ、仕事のお話はこれくらいで止めましょう。明日はお休みですから、今夜も色々お話したいです」
男「あぁ。時間を気にしないで、疲れて眠くなるまで話そうか」
後輩女「ゆっくり、二人きりで……ふふっ、いつも二人ですけど、やっぱりあなたの家に二人でいるとドキドキします」
男「そうかい? もう何回か来ているだろう?」
後輩女「何回来てもこれは変わらないです。近いうちに一緒に暮らすことになったら、ずぅっとドキドキしたままかもしれません」
男「それじゃ身体がもたなそうだねぇ。君は心臓が悪そうかい?」
後輩女「あなたが肺でわたしは心臓ですか……また他人事の様に言ってますけど、あなたはドキドキしないの?」
男「それはね、ドキドキしてるよ。出てないかな?」
後輩女「こくっこくっこくっ、けぷっ、良いじゃないですかそんな無理して隠さなくても」
男「それ空いた? はい、次」
後輩女「ありがとうございます。桃ですね、ももももももも、ももももも」
男「隠してるつもりはないんだけどね。出ないんだよ」
237:
後輩女「こくっこくっこくっ、ふひゅぅ、意識して出してくれないと、わたしがわからないのっ。ちゃんと表現して」
男「ドキドキしてる姿は自分から見せる必要無いだろう? そうでなくてもいつでも君のことを考えてるよ」
後輩女「あなたはクール過ぎ。もっともっと色んなあなたを見せるべき」
男「善処しますよ」
後輩女「善処じゃなくて、見せて」
男「どんな俺を?」
後輩女「ごくごく……ふぅぅ、そうねぇ……」
男「エビフライもう一本食べて良い? 今度は醤油で食べたい」
後輩女「ふぅむ……怒ったあなたは見たこと無い」
男「君に怒ったことは一度も無いよね。良い子だから」
後輩女「子供扱いは駄目。はい、キスして」
男「………………」
後輩女「ん……そんな軽く?」
男「どうせ後で酔ったお姫様に襲われるから、今はこれでお仕舞い」
後輩女「嫌なの?」
男「まさか。ただ、痛いのと苦しいのは勘弁してくれ」
後輩女「痛くしてるつもりなんてない」
男「それでも俺は痛い時があるんだよ。頭を掴んでる手が強かったり、舌を噛んだりするだろう?」
後輩女「こくっこくっ……」
男「そういう時も俺は怒ってないけど、いい加減にしないと俺も限界があるからね?」
後輩女「わたし……」
238:
男「言うこと聞いてくれないなら、君のタイミングでは始めなくするよ?」
後輩女「酷い……わたしがキスしたくても拒否するの?」
男「そうなるよ? それから、俺からする時は君はなるべく動かない……所謂マグロだね」
後輩女「嫌っ! そんなの嫌! わたしだってあなたを感じたいのに!」
男「じゃあもう両手でヘッドロックしたり、首を掴んで無理やり屈ませたり、寝てる時に服を脱がせたりしないでね?」
後輩女「むー、最後がおかしい気がする……」
男「同意の下じゃないんだからねぇ……あれは無いよなぁ」
後輩女「わ、わたしだって寝ぼけてて……意識は半分無かったし……」
男「あれで君の性欲の凄さがわかったような気がするよ」
後輩女「は、恥ずかしがりなんてしませんからねっ! それが、あなたへのあ、愛なんですから!」
男「無意識の愛か。それも怖いね。もう一度同じことがあったら、結婚しても寝室は別にしないと駄目かな」
後輩女「やーっ! そんなのいーやーっ! ずっと一緒に寝るのっ!」
男「あれからはずっとビクビクしながら寝てるんだからね? 君が寝返りを打つ度に目が覚めるよ」
後輩女「むー! さてはまた言葉攻め!? わたしをいじめて楽しんでる!?」
男「違うよ。つまり、あれがちょっとしたトラウマってこと。一人の時は安心してぐっすり寝られる」
後輩女「ごくっ! ごくっ! ごくっ!」
男「信頼回復にはしばらくかかりそうだね。ま、君が普通に寝てくれれば問題無いから」
後輩女「……ふにゅぅ、これも空いたから、次!」
男「はい、シークワーサー」
後輩女「嫌いって言ってるでしょ!? 意地悪!!」
男「くくくっ、君は怒ってても可愛いよなぁ」
242:
壁がいくつあっても足りない
245:
      / /  /
    /  .   /
    .   ./   .
     /  / 壁殴り代行だったよ
     ______ 
 ゙"  "''"  "゙" ゙"/::ヽ_____ ヾ" あらゆる壁を
 ゙" ゙"  "  ゙"'' ゙" |ヽ/::    ヾ''" 殴るすごい奴だったよ
゙"  ゙'"  "゙"   ゙" .|:: |::: Kabe-naguri | ゙ "
  ゙" ゙  ゙" ゙"''  |:: l: Dai-Koh   |  
  ゙" ゙  ゙" ゙"''  |:: l:   |  
 ゙"  ゙" "゙" ゙"|: :|: Death by | ''゙"
゙"  ゙"  ゙""'"Wv,_|:: l: overwork |、w"゙"
゙" ゙"''"  ".wWWlヽ::'ヽ|::::::_::_______:.|::\W/ ゙"゙''"
"'' ゙"''"゙" V/Wヽ`―――――――――lV/W  "'
゙""'  ゙"''"  "゙"w''―――――――w'  ゙"゙''"
256:
男「飴ちゃん舐める?」
後輩女「はい、飴ちゃん頂きます」
男「どこまで行きたい? 君のリクエストを聞こうか」
後輩女「そうですね……海も行きたいですし、景色の良い山道のハイウェイも行きたいです」コロコロ
男「女の子がハイウェイなんて言うの、初めて聞いたよ」
後輩女「好きなアーティストの歌詞にあるので影響されてしまったようです」コロコロ
男「そうだな……箱根でも行こうか。途中で海沿いも走れるし、山も近いし」
後輩女「この時期は混んでますか?」コロコロ
男「夏でもないし、混んでないと思うよ。ま、箱根付近はあまり走ったこと無いけど」
後輩女「混んでても、わたしは大丈夫です。密室にあなたと二人なら……」テレテレ
男「周りから見えるから迂闊なことはしないでね。恥ずかしいし、事故るから」
後輩女「わたしは常識人です。心配無用なのです」コロコロ
男「………………」
後輩女「返事をするべきです。わたしは常識人です」
男「……そうだね」
後輩女「わたしとしては誰が見ていようと構いませんが、あなたが恥ずかしいのが嫌なのであれば、迂闊なことはしないと約束します」コロコロ
男「………………」
後輩女「返事をするべきです。わたしを信じてください」
男「……よろしく」
後輩女「返事が遅過ぎです。もっとわたしに集中するべきです」コロコロ
男「運転中ですから……」
257:
後輩女「男さんはブレーキは左足ですか?」
男「そうだよ」
後輩女「オートマで両足を使うんですね。でも、ハンドルはいつも左手だけ……」
男「昔から癖でね。右手で頬杖したいから、曲がる時とウインカーくらいしか右手は使わない」
後輩女「それは真似しませんが、左足のブレーキはわたしも挑戦したいです」
男「言ってくれればいつでも車を貸すよ。社用車でも試してみると良い」
後輩女「あなたは右利きでしたよね? ペンもお箸も」
男「そうだよ。でも、たまに左の方がやりやすいものもあるんだ。運転とか、煙草を持つ手も左」
後輩女「わたしは全部右ですね。完全に右利きです」
男「でも左足ブレーキに挑戦したいの?」
後輩女「だってあなたがそうやってるから……」
男「真似しなくても、ちゃんと運転できてるじゃないか?」
後輩女「あなたに比べたら全然……ブレーキの……余韻、って言うの? まったく違うのがわたしでもわかります」
男「そうかな? 俺はただ自分が不快じゃない運転をしてるだけだよ」
後輩女「あなたは自分に対して凄く厳しいから、あなたがミスだと思うレベルでもわたしには上手に思えるの」
男「そう? ありがとう」
後輩女「……ほら、今もブレーキの反動が全然無かった。滑らかに止まって、滑らかに走り出す……凄い。わたしも、やりたい」
男「長い時間乗れば、誰でも出来るよ」
後輩女「わたしでも?」
男「もちろん、君なら当然出来る」
後輩女「出来たら……褒めてくれますか?」
男「あぁ、飴ちゃんあーんしてあげるよ」
後輩女「それはいつでもしてほしいです」
258:
男「まだちょっと海は寒いかな?」
後輩女「風がありますね。日差しはありますけど、少し寒いです」
男「車に戻ろうか?」
後輩女「ん……もう少しだけ」
男「わかった。……海、好きなの?」
後輩女「好き……という程でもないですね。たまに見たくなるくらいです」
男「そうか……」
後輩女「あなたは好き?」
男「うーん……俺は生まれ育ちが海に近い場所だから、海に来ると安心するかな」
後輩女「波の音が聞こえたりするんですか?」
男「いやいや、そんなに近くはないよ。でも、夏には潮の香りがする町だった。東京湾の奥だから汚い海だけど、砂浜のある公園はよく歩いてた」
後輩女「……一人、で?」
男「……いや、二人で」
後輩女「………………」
男「つまんないだろ? 俺の話は」
後輩女「……思い出話で嫉妬する程、わたしは傲慢じゃありません」
男「……そうか」
後輩女「さ、手を繋いで車に戻りましょう?」
男「あぁ、冷えてきたからな……君の手も冷たい」
後輩女「ね、車に戻ったら、キスしてください」
男「……舌なめずりは止めなさい」
後輩女「未来永劫あなたはわたしのものですから、昔を思い出すのも程々にしてくださいね?」
男「君にはほんと、敵いそうにないよ……」
266:
<6/3・SUN>
男「久しぶりだな」
友「よ、よぉ……久しぶり」
男「タキシード、決まってるじゃないか」
友「そうか? これちょっと窮屈なんだよな」
男「それぐらい我慢しろよ。今日だけなんだから」
友「そうだな……な、なぁ?」
男「何だ?」
友「あの、さぁ、その……恨んでるか?」
男「は?」
友「女のこと……好きだったんだろ? 俺、それ知ってたのに……お前に――」
男「俺は思い出話をしに来たんじゃない。結婚する友達二人を祝福しに来たんだ。恨むとかそういう話はするなよ」
友「でもよ……俺この十年ずっとお前に申し訳なくて……」
男「良いか? 俺は恨んでなんていない。彼女を幸せに出来るのは友だけだ。それは俺が一番わかってる」
友「………………」
男「彼女をずっと見てきた俺が言うんだから間違いない。胸を張って彼女の横に居ろよ。じゃないと、俺はその方が腹が立つ」
友「……あぁ」
男「俺に殴られたくなかったら、二人でずっと幸せでいろ。俺なんか忘れちまうくらいに、な」
友「わかったよ……でも、殴られた方が逆にスッキリしたかも」
男「タキシード姿の友は殴れないな。着替える前だったらボコボコにしてやれたけど」
友「……お前、変わったな? 昔は冗談なんて滅多に言わない奴だったのに」
男「冗談だと思うか?」
友「冗談にしておいてくれ……。女にも会っていくだろ? 控え室にいるから、行ってやってくれ」
男「そうだな……行ってくるよ」
267:
男「……や、久しぶり」
女「男……くん」
男「……綺麗だな。その一言しか出ないよ」
女「………………」
男「さっき友に会ってきたよ。あいつもタキシードが似合ってた。お似合いの二人だな」
女「私……」
男「うん?」
女「男くん……ごめん、なさい……」
男「俺が言ってたこと、覚えてる?」
女「……うっ……ううっ……」
男「『謝らないで』って、いつも言ってただろう? 君は何も悪くないんだから」
女「うっ……でも……私……」
男「君は友を選んだ。それは君が幸せになる為に必要な判断だったよ。君がしたことは正しいんだから、謝らないで?」
女「私、男くんの気持ち、わかってたのに……知ってたのに……」
男「そうか……でも、今あえて言わせてもらうよ」
女「………………」
男「俺は、君が好きだった。小学生の時からずっと……君が友と一緒にいる時も、会わなかった十年の間も好きだった」
女「……うん」
男「今でも友人として大切に思ってるし、幸せになってほしいと思ってる。でも、君を幸せに出来るのは友だよ」
女「そう……思う?」
男「もちろん。でなきゃ、俺は友を許さないよ」
268:
女「だよね……幸せにならないと、駄目だよね?」
男「友にもさっき同じことを言ってきた。俺を忘れるくらい幸せになれって」
女「うん……でも、男くんのことは忘れられないよ? 男くんにはどれだけ感謝しても足りないくらい色々してもらったから……」
男「二人が幸せならそれでも良いよ。……俺も、今は幸せだから」
女「そうなの?」
男「うん……今はね、君じゃない人を愛してる。君のことを忘れてしまうくらい、あの子のことを考えてる」
女「そうなんだ……そんなに想ってもらえるなんて、その人も幸せなんだろうね?」
男「どうだろうね? あの子が幸せなのか俺にはわからないけど、俺はあの子の傍に居られて幸せだよ」
女「男くん……変わったね」
男「そう?」
女「うん、変わった。高校生の時は……どこか張り詰めてた感じだった。今は全然そんなこと無いみたい」
男「そうだね……変われたのは、あの子のおかげだよ」
女「……ねぇ? その子、今度紹介してくれる?」
男「あぁ。生活が落ち着いたら連絡してよ。俺の可愛いパートナーを紹介する」
女「ふふっ、男くん、やっぱり変わったね?」
男「ん?」
女「『可愛いパートナー』って。そんなキザなこと言ったこと無かったのに」
男「可愛いものは可愛いんだよ。ちょっと変わった子だけどね」
女「そっか……可愛いんだ」
男「うん」
女「………………」
男「結婚おめでとう。お幸せにね」
269:
これで良かった……二人の関係を取り持った時もそう思ったはずだ。でも、その時とはその言葉に込めた意味が違っている。
俺の選択は間違っていなかった……式の最中、主役の二人はずっと笑っていた。それがとても嬉しかった。
心が軽い。どこまでも飛んで行けそうなくらいに。飛んで行くとしたら……そこには必ず、あの子がいる。
今までの俺は間違っていなかった……それは断言出来る。誰が否定しようと、あの子が今までの俺に拍手をくれる。
それだけで俺は報われる。今までが悲劇だったとしても、これからは幸せな物語が待っている。
笑顔の君と……。
わがままな君と……。
怒った君と……。
扉を開ければ、今までが終わる。それから、きっと、次の物語……。
後輩女「おかえりなさいっ!」
君が笑顔で出迎えてくれる……それが、凄く嬉しい。
男「あぁ、ただいま」
さぁ、次のページへ。
270:
アフターストーリーまでお読み頂きありがとうございます。
皆さんのレスのおかげでいつも楽しく書けました。本当にありがとうございました。
また同じトリップのスレを見かけましたらよろしくお願いします。
ではまた。
271:
乙ー!
壁を殴りすぎて手が痛い
272:
これで本当に終了かー…
乙でした
278:

いいSSだった
280:
乙!
本当に良かった!
28

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『エスカ&ロジーのアトリエ 黄昏の空の錬金術士』1話感想 雰囲気良くていいイチャイチャ

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