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「進撃の江頭2:50」
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1:
その足音は、歴史を動かす。
この“世界”では土地の大部分が人を食らう巨人によって支配されており、
人類は巨人の侵入を防ぐために高い壁を作り、長らく平和に暮らしていた。
しかし845年、50メートルを超える超大型巨人によって、先端の壁
「ウォール・マリア」は破壊され、人類の活動領域は二つ目の壁、「ウォール・ローゼ」まで後退。
その一年後の846年。
人類は奪われた領土の奪還をすべく総攻撃を仕掛けるも、失敗。
人口の約二割と領土の三分の一を失う結果となった。
だが巨人の“進撃”はそれだけでは終わらなかった。
元スレ
進撃の江頭2:50
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2:
850年――
ウォール・マリアの破壊から五年後、人類は再びあの超大型巨人の攻撃を受ける。
「超大型巨人出現! 繰り返す、超大型巨人出現!」
「駐屯兵団の兵士は直ちに戦闘態勢に入れ!」
「現在の状況は!」
「壁が破壊されました! 巨人が侵入してきます」
混乱する前線の中で、訓練兵のエレン・イェーガーは仲間と共に駐屯兵団の本部へと集結
していた。
「お前たち訓練兵も卒業演習を合格した立派な兵士だ! 今回の作戦でも活躍を期待する!」
上官の心にもない言葉を後目に、エレンは戦闘準備に入る。
「ガスの補給は十分か?」
「おい! こっちの刃が無いぞ! どういうことだ!」
すでに現場は混乱していた。
実戦経験の少ない訓練兵ならば当然とも言える。
だが、そんなことも言っていられない。
「アルミン、そっちは大丈夫か!」
エレンは自分の準備をしながら幼馴染のアルミンにも話しかける。
彼の横顔はすでに血の気が引いており、手元も小刻みに震えていた。
3:
「無理をするなよアルミン」
そう言ってエレンはアルミンの肩に手をかける。
手のひらから彼の緊張が痛いほど感じ取れた。
「僕は大丈夫だよ、エレン」
アルミンは引きつった笑いを見せる。
それが彼にとっての精一杯の強がりであったことは明白だ。
「こんな震え、すぐに収まるさ。むしろ武者震いだよ」
何が「むしろ」なのかよくわからないけれど、彼の不安は十分に理解できる。
もちろんエレンとて怖い。
だが彼はそれ以上に巨人を憎んでいた。
五年前の襲撃で彼は家と母親を失った。
破壊されるウォールマリアを見ながら、彼はこの世界からの巨人の駆逐を固く誓う。
その怒りと憎しみがあったからこそ、彼は辛い訓練を乗り越え、全体でも第五位の成績で
兵士としての訓練課程を終えることができたのだ。
「し、しかしまずいぞ。現状では、まだ縦8mもの穴をすぐに塞ぐ技術はない!
穴を塞げない時点でこの街(トロスト区)は放棄される……。
そうなったらウォール・ローゼが突破されるのも時間の問題……」
アルミンは早口で現状をまくしたてる。
不安は人を饒舌にさせるというが、こんなにも積極的に喋るアルミンを見るのは久しぶりかもしれない。
4:
「そもそも、巨人(ヤツら)はその気になれば、人類なんかいつでも滅ぼすことができるんだ!!」
「アルミン!」
「ッ!」
「……落ち着け」
頭脳は明晰だが悲観主義に支配されやすい親友の思考を断ち切らせるように、彼はエレンは声をかける。
エレンの言葉に気が付いたアルミンは、少しの間沈黙を続けてから、
「……ごめん、大丈夫……」
やっと落ち着きを取り戻した。
*
トロスト区は、ウォール・ローゼから突出した防衛のための城塞都市である。
長大な壁をすべて守ることは困難であるため、出丸のような形に土地をせり出させる
ことによって、警備のための兵士を集約させる狙いがある。
仮に前線の都市が陥落しても、その間に本体のウォール・ローゼを護ることができれば人類は
活動領域の大部分を護ることができる。
だがそれは、前線都市に住む兵士やその家族を危険に晒すことにほかならない。
例えは悪いけれど、いわゆるトカゲの尻尾のような存在であろうか。
5:
「それでは訓練通りに格班ごと通路に分かれ、駐屯兵団の指揮の下、
補給支援・情報伝達・巨人の掃討等を行ってもらう」
エレンたちの所属する訓練兵団も、都市を護る駐屯兵団の指揮下に組み込まれ
作戦を実施することになった。
「前衛部を駐屯兵団が、中衛部をお前たち訓練兵団が、そして後衛部を駐屯兵団の
精鋭部隊が担当する」
エレンの担当班は中衛部の掃討。
つまり前衛が取り逃がした巨人を刈り取るのが役目だ。
「我々はタダメシのツケを払うべく、住民の避難が完全に完了するまで
このウォール・ローゼを死守せねばならない」
「……」
「なお、承知しているであろうが、敵前逃亡は死罪に値する。みな、心して命を捧げよ……解散!!」
エレンたちは右腕の拳を左胸につける、敬礼をしてから持ち場に向かう。
「くそう、なんでよりによって今日なんだよ。折角内地に行けると思ったのによお」
「ぐおおおお」
「オロロロロ」
昨日訓練課程を終えたばかりの新兵たちは不安を隠せない様子である。
そんな中、一人の女性兵士がエレンに声をかける。
「エレン」
「ミカサ。お前も無事だったか」
6:
「うん。無事」
ミカサ・アッカーマン。
エレンにとってもう一人の幼馴染であり、訓練兵の教育課程をトップの成績で修了した優秀な
兵士でもある。
スラリとした体形、美しい黒髪。そんな外見に似合わずその戦闘能力は他の追随を許さない。
この数年間、巨人と戦うために努力を重ねてきたエレンであったが、彼女にはかなわなかった。
「どうした、ミカサ」
「エレン。戦闘が混乱してきたら、私のところにきて」
「は? 何言ってんだお前。俺とお前は別々の班だろうが」
「混乱した状況下では筋書き通りにはいかない」
「ミカサ」
「私はあなたを守る!」
「……!」
幼い頃家族を亡くしたミカサにとって、エレンはもう一人の家族である。
ゆえに彼女はエレンのことを異常なまでに心配する。
「心配すんなミカサ。俺はもうあのころの俺じゃない。今こうして、戦うための翼も用意された」
そう言うと、エレンは腰につけた立体機動装置と攻撃翌用の刃を触る。
「戦いはどうなるかわからない。だから、混乱したら真っ先に私を――」
7:
そこまで言いかけたところで、駐屯兵団の上官がこちらに近づいてきた。
「ミカサ・アッカーマン訓練兵だな」
背の高いその男は硬質な声でこちらに話しかける。
この街で訓練兵団でもトップの成績だったミカサを知らない兵士はいない。
にもかかわらず、わざわざ名前を呼んだということは何か特別な意味があるのだろう。
エレンはそう直感した。
だが、ミカサのほうはあまりピンと来ていない様子である。
「お前は特別に駐屯兵団の精鋭部隊に編入させる。後衛で住民保護の部隊に行け」
「ですが私は!」
「これは命令である。貴様の意見など聞いていない」
「……」
戸惑うようにこちらを見るミカサ。
明らかに自分のことを心配している、とエレンは思った。
「住民の避難が遅れている今、少しでも多くの精鋭が必要なのだ」
「し……しかし……!」
「オイ!」
エレンはミカサの肩を掴んだ。
「いい加減にしろよミカサ」
そう言うと、エレンは彼女の額に自分の額をぶつける。
8:
痛かった。見かけによらず彼女は石頭だ。
「ッ!」
「人類滅亡の危機だぞ。なに勝手なこと言ってんだ」
「……」
ミカサは少しだけこちらを見つめ、やがて冷静になる。
「悪かった。私は冷静じゃなかった……」
口調がいつものミカサに戻った気がした。
「でも、頼みがある。一つだけ……、どうか……」
「ミカサ?」
「死なないで……」
そう言うと、ミカサは振り返ることなく後衛部隊へと向かった。
(死なないさ。こんなところで死んでいられない)
エレンは心の中でつぶやく。
(巨人を一匹残らずこの世から駆逐するまでは……!)
「戦闘前にイチャイチャしてんじゃねえぞ、糞野郎」
そんなエレンの決意に水を差すような言葉を耳に飛び込んでくる。
「あん?」
振り向くと金髪で長身の男がこちらを見ていた。
9:
「ジャンか」
ジャン・キルシュタイン。
訓練課程では、エレンに次ぐ第六位の成績の男である。
皮肉屋で現実主義者な彼は、やや理想主義的なエレンとは正反対の性格であり、
当初からよく喧嘩をしていた。
今でも時々殴り合いをしている仲でもある。
「もっとミカサとしっかり話をしていたほうがよかったんじゃねえのか?」
「なんだと?」
「これが今生の別れになるかもしれないからな。死に急ぎ野郎だしよ」
そう言ってジャンは乾いた笑いを発する。
だがその笑いが心からのものではないことは明白であった。
「無理するなよジャン。脚が震えてるぜ」
「ああ? エレン。そう言うお前だって唇紫色じゃねえかよ」
緊張しているのはお互い様か。
動揺している仲間を見て逆に冷静になれたのは皮肉なものである。
「くだらねえこと言ってる場合か。お前と俺は別の班だろ」
「ったく、お前と同じ班じゃなくてよかったぜ」
「なんだと」
「お前みたいな死に急ぎ野郎と一緒だと、命がいくつあっても足りねえ」
「こっちこそ、お前みたいな腰抜け野郎と同じ班じゃなくてよかったと思うぜ。
士気にかかわるからな」
10:
「おい、よせよジャン」
そう言ってジャンを止めたのはマルコ・ポットだ。
曲者揃いの訓練兵団の中でも珍しく穏やかな性格の彼は、同期からの信頼も厚い。
「そうだよエレン。本番前に争ってどうするんだよ」
エレンのほうもアルミンが止める。
「わかってるぜマルコ。おいエレン!」
「なんだ」
「お前との決着はまだ着いてねえんだ」
「……」
「だから死ぬんじゃねえぞ。こんなところで」
「わかってる」
「無事に戻ったら、俺が巨人の代わりにお前をぶっ殺してやるよ」
「言ってろ」
そう言うと、ジャンはマルコと一緒に集結地点へと向かう。
エレンも、アルミンと一緒に街へ出る。どいつもこいつも素直じゃねえな、と思いつつ。
*
11:
駐屯兵団本部から数百メートル離れた場所にある民家の屋上。
そこから前線を見ると、いくつか火の手が上がっていると同時に、建物よりも大きい巨人の姿が
何体も確認できた。
「あいつら、もうあんなに入ってきたのかよ……」
「というかもうこっちまで来てるじゃねえか。前線部隊は何をやっているんだ」
巨人の予想以上の侵攻のさに驚愕しつつ、エレンたちの班は戦闘態勢に入る。
しかし、
「はぐっ、はぐっ」
「何やってんだサシャ」
同期生のサシャ・ブラウスは何かを食べていた。
「なんだそりゃ」エレンが聞く。
「蒸かした芋ですよ。駐屯兵団本部の食堂で見つけてきました」
「お前またやったのかよ!」
同じく同期生で坊主頭が特徴的なコニー・スプリンガーがツッコミを入れる。
ちなみにサシャは盗み食いの常習犯だ。
「さすが本部ですよね、いい芋を使っています。はぐはぐ」
黙っていれば美人の部類に入るであろうサシャは、その行動がきわめて特異なため、
教官たちも手を焼いていた。
むろん、訓練兵団の同期生たちも未だにどう接していいのかよくわからない。
「うっ!」
「どうした!」
12:
「んー! んー!」
サシャは苦しそうに胸を叩く。
どうやら芋がのどに詰まったようだ。
「お水ならここにあります」
そう言って水を差しだしたのはクリスタ・レンズ。
成績はそこそこ優秀だが特に目立った特技があるわけでもないただのかわいい少女である。
そんなクリスタから水を受け取ったサシャはいっきにそれを飲み干す。
「おおー! ありがとうございますクリスタ。助かりました。巨人よりも先に芋に殺されるところでしたよ」
「そのまま[ピーーー]ばよかったのによ」
ボソリとコニーは言った。
「酷いですよコニー」
「コニー、そんなこと言っちゃ可哀想だよ」
そう言ったのはアルミンだ。
「ほら、一寸の虫にも五分の魂って言うでだろ?」
「私は虫ですか?」
「お前らいい加減にしろよ! 緊張感なさ過ぎだろう。もう巨人はすぐそこまで来てんだぞ!」
エレンは怒鳴った。
もちろん現実逃避したくなる気持ちもわかる。
13:
だがどんなに目を背けたところで目の前の脅威は無くならない。
「前線部隊はほぼ壊滅か?」
遠くから立体起動装置の音が響く。
「どうやら、訓練兵団(ウチら)の中でも交戦がはじまっているようだな」
「そ、そうだね」
エレンの言葉に反応するように、隣りのアルミンが答える。
腹をくくったのか、先ほどよりは落ち着いた表情をしている。
「さっさと行こうぜアルミン。それにみんな」
「おうよ!」
「わかってます」
「はい」
「はっ、てめーが指揮ってんじゃねえぞ」
緊張はしているものの、エレンのいる班の気合は十分のようだ。
「行くぞ!」
エレンたちは腰につけた立体起動装置を作動させる。
立体機動装置はアンカーを射出し、それをどこかに刺す、またはひっかけ、ガスの力で
アンカーに着いたワイヤーを巻き戻すことによって機動する構造(システム)だ。
街中で使うと、建物の壁や屋根が壊れてしまうので本来はあまり奨励はされていないけれど、
今は緊急事態なので仕方がない。
14:
まるで枝と枝の間を渡る猿のように移動する兵士たち。
「前方五メートル級一体!」
先行(ポイントマン)のコニーの声が響く。
(群れからはぐれたのか? だとしたらチャンスだ!)
エレンはそう考えた。
巨人の存在は確かに脅威だが、一番の脅威は何よりその数の多さだ。
一体を倒してもまた別の個体に襲われることによって命を落とす兵士は多い。
ゆえに、訓練隊でもいかに巨人を孤立させるかを教育している。
エレンたちの班の目の前には、やたら頭のでかい、約五メートルの巨人がいた。
時々壁の上から見ていた巨人が今目の前にいる。
不気味な表情、そして裸。
それが巨人の特徴と言える。
そして何より、人を食うことを最優先させるという謎の行動。
巨人は人類最大の敵であると同時に、謎の存在でもある。
「立体機動戦闘用意!」
「まずは俺だ!」
戦闘のコニーがアンカーを射出させる。
アンカーは見事に巨人に当たり、巨人は少しだけ苦しむ。
15:
だが巨人の回復力は驚異的だ。
人類が巨人に勝てない理由の一人に、その驚異的な回復力がある。
腕を切り落としても首をもいでも、いつのまにか再生してしまうのだ。
だが、巨人にも弱点がある。
「どりゃああああ!」
後ろの首筋、つまり「うなじ」の部分を上手く切り取れば、奴らは再生しない。
理屈はわからないが、そういうことになっているのだ。
“しなり”のある特殊な鋼(スティール)で作られた剣を振りかぶるコニー。
彼の振り下ろした刃が巨人の背中に突き刺さる。
「やったか!」
「まだ浅い!」
ダメージは与えられたかもしれないけれど、致命傷には至っていない。
巨人を倒すためには正確に弱点に攻撃を当てなければならないのだ。
大きな巨人も脅威だが、小型になると逆にその弱点の範囲も小さくなる。
エレンたちは巨人を囲むように戦闘態勢を取る。
続いてサシャが剣を振りかぶった。
「ひ、ひえええ」
だが恐れがあるのか、背中の下あたりに刃が食い込む。
攻撃翌用の刃は使い捨てなので、すぐに武器を放棄してサシャはその場を離れた。
「演習の時の勢いはどうしたサシャ!」
16:
「すすす、すいません!」
実戦と演習とは違う。
そんなことはエレンにもわかりきっている。
だが、演習でも実戦でもおそらく同じように行動できるであろう兵士をエレンは知っている。
ミカサ・アッカーマンだ。
(ミカサならどうする)
先ほどもそうだが幼馴染の彼女は、いつもエレンのことを心配していた。
そのことがエレンには子ども扱いされているようで不満であった。
だが今はそんなことを言ってもいられない。
もっとも上手い奴の真似をする。
それは基本中の基本なはずだ。
アンカーを射出させ、巨人に接近する。
「アルミン!」
「うん!」
エレンはアルミンとのコンビネーションの戦闘を開始。
実力的にはアルミンよりもサシャやコニーのほうが上であるけれど、
昔からよく知っている彼と戦うほうがエレンにとっては安心できる行為であった。
「右、角度四十度!」
「どりゃああ!」
17:
アンカーを射出させるアルミン。
彼は基本となる背中ではなく、あえて正面からやや横から攻撃を加える。
巨人が攻撃を避けようと手を出したところで、
「ここだあ!」
真後ろにいたエレンが刃を振りかぶる。
アルミンは囮だ。
巨人が彼に気を取られている隙に、一気に巨人の弱点を狙う。
「どりゃあああああ!」
ガキッ、と固い手ごたえを感じる。
エレンはもう一方の手に持った白刃で巨人のうなじを削り取る。
「アギャアアアアアア!!」
気色の悪い叫び声と同時に、大量の血液がエレンの身体にかかった。
ドロドロとして、熱い。
まるで煮込んだトマトソースのような血液。だがトマトソースと違い生臭い。
数秒して、巨人は地上に倒れた。
「……やったのか、俺は」
初めての討伐。
生まれて初めて、エレンは自らの手で巨人を葬った。
小さな巨人ではあったけれど、それは彼にとっては大きな――
「おい! エレン!!」
18:
高翌揚感に浸る暇もなく、コニーの声が響く。
「どうした!」
「大変だ! すぐ前方」
「なに?」
エレンは立体起動装置を作動して、建物の上に上がる。
「がっ!」
そこには巨人の群。
巨人、巨人、巨人、巨人、巨人、巨人、巨人、巨人……。
五メートル級との戦闘に気を取られている間に、彼の周りに巨人が集まっていた。
先ほどの巨人よりも小さい三メートル級や、大きな十メートル級もいる。
あの巨人は餌だったのだ
人類をおびき寄せるための餌。
エレンはそう感じた。
(どうする、一旦引くか)
エレンの中で誰かが囁く。
たった一体の巨人にも苦労していというのに、こんな複数の巨人相手にできるはずがない。
「他の部隊は?」
空を見ると、赤い煙弾がいくつも上がっている。
『我交戦中、至急援軍求ム』
の合図。
19:
つまり、戦っているけれども戦力が圧倒的に足りないので助けてくれというサインなのだ。
冗談じゃない。
援軍が欲しいのはこっちだって同じだ。
エレンはそう思ったがすぐに思い直す。
この巨人の多さは尋常じゃない。
五年前の襲撃時の比ではない。
誰だって不安になる。
「エレン! どうしますか」
すっかり混乱したサシャが聞いてきた。
「路地に誘い込んで、できるだけ多くの巨人をここに釘づけにする」
エレンは答える。
恐らくこれが今、できる最良の選択肢だろう。
「はあ? 俺たちに餌になれってことか」
コニーは言った。
相変わらずこの坊主頭は理解力が低い。
「このままこいつらを無視(スルー)したら、一気に後衛にいる住民たちを襲ってしまうだろう。
少しでも長く巨人(こいつら)をここに留め置くことが今、求められているんだよ」
「僕もエレンの意見に賛成だよ」
そう言ってくれたのはアルミンだった。
「私も同意見です」
クリスタも同意する。
20:
「あくまで巨人の足止めが目的だ。間違っても掃討しようなどと考えないように」
「エレン、お前自分が一匹掃討したからって、余裕こいてんのか?」
「掃討ならこの先いくらでもできる。今は住民の安全が最優先だ」
「わーったよ。でもあれだろう?」
「は?」
「別にアイツらを倒してしまっても構わんだろう?」
「コニー!」
「な!」
いつの間にか、比較的大型の巨人がやたら長い腕を振り上げていた。
まるで斧のように振り下ろされたその腕は、建物を真っ二つにしてしまった。
寸での所でジャンプしたエレンたちは立体機動装置のワイヤーを使って別の屋根の上に移る。
「アルミン! クリスタ!」
名前を呼ぶと、十数メートル離れた別の建物の上で二人が手を上げる。
「サシャ! コニー!」
「平気だ! 俺は死に急ぎ野郎じゃないからな」コニーはそう言って親指を立てる。
「私も芋も無事です」
サシャはまだ芋を持っているらしい。
「目標を絞るぞ! 先頭の一体を倒せば奴らは足止めを食らう!」
「倒すってどうやって!」
21:
「足を狙うんだよ足を!」
立体機動装置は通常、巨人よりも高い位置に飛んで奴らの弱点であるうなじを狙うために
開発された“兵器”だ。
だが、空を飛ぶだけがこの装置のすべてではない。
「先頭は俺がやる! みんなはバックアップ」
エレンは、比較的高い建物の屋根にアンカーの一本を突き刺すと、一気に駆け下りた。
先ほどの攻撃で刃をダメにしてしまったので、新しい刃でもって巨人の足元を狙うのだ。
柔らかい感触の直後に鉄のような硬い感触が手を襲う。
再び“臭いトマトソース”がエレンの身体にかかった。
が、先ほどよりも出血量は多くない。
どうやら手足にはあまり血が通ってはいないようだ。
不意な攻撃で膝から崩れ落ちる巨人。
その巨人につまずいてこける巨人。
狙い通りだ。
「あ……」
立ち上がるまでに少し時間がかかるかと思った。
その間、わずかな間だけ隙ができると思っていた。
手間取ったところで、他の仲間が別の巨人を攻撃しようとしていたと思っていたのだが――
22:
「な!?」
後ろにいた巨人は手前に倒れた巨人を踏み潰して前進した。
(こいつら、仲間を踏み潰しやがった? ……いや、違う!)
互いに巨人だから食べないだけであった、こいつらは仲間でもなんでもない。
ただ、たまたまそこに居合わせただけの“他巨人”なのかもしれない。
「くそっ、前進のスピードが上がった?」
「先頭だ、先頭を狙うぞアルミン!」
もう一度飛び出そうとするエレン。
しかし、交戦中のコニーが誤って転落してしまう。
「コニー!」
「私が行きます」
コニーを救出に行ったサシャ。
そこにに巨人が襲い掛かる。
「はあ!」
「そりゃああ!」
サシャとコニーを護るためにクリスタとアルミンが白刃を振るう。
頭に響くような鈍い金属音が鳴った。
上手く急所には当てられなかったようだ。
しかし、動きを止めることくらいはできた。
「サシャ、こっちだよ!」
「ああ、神様」
「コニー!」
「すまねえ」
23:
サシャはクリスタが、コニーはアルミンが救出した。
「目障りなんだよ、あんまりジロジロ見るなよ!」
エレンは目の前にいる巨人の目を攻撃する。
巨人は苦しむ。
視界を奪うことは巨人への攻撃の中でも特に有効だ。
もちろんすぐに再生するけれども、ほかの部位の攻撃よりも少しだけ戦闘行動や捕食行動が止まる。
「いやあああああ!!」
「誰だ!!」
人間の叫び声が聞こえた。
アルミンたちの声ではない。
だとすれば別の班。
(どうする。救援に向かうか)
そんな余裕などないことは、目の前にいる大量の巨人を見れば明白であった。
唯一の救いは、巨人自体が多すぎて自ら前進のスピードを遅くしているといったところだろうか。
「三番道路! 奇行種だ!」
「くそっ、そっちを優先だ」
通常巨人は人間を捕食することを第一の目的とするけれど、時々それ以外の行動をとる巨人が存在する。
行動が予測不可能なそれを、エレンたち人間は「奇行種」と呼んでいる。
24:
奇行種の中には、普通の巨人と違って動きが鈍い者も存在する。
「奇行種を優先! そっちを叩くぞ」
「了解!」
奇行種は、近くにいる兵士たちを無視して街の奥に前進していく。
なるほど、紛うことなき奇行種だ。
「全前進! いや、この場合は下がるから後進かな」
「いえ、転身ですよ。そっちのほうがカッコイイです」
コニーとサシャがアホな会話をしているのを止めて、エレンたちは奇行種を追う。
「くそっ、い!」
「グズが! 何やってんだ!」
「ジャン!」
別の班にいたジャンが並行して移動している。
「喧嘩は後だ。あの奇行種を止める!」
「わかってる」
ジャンとエレンは同時にアンカーを射出し、奇行種の脚に絡める。
「ぐおっ!」
当然ならが二人は一気に引っ張られた。
そこで、残ったもう一方のアンカーを射出し、建物にそれを絡める。
ピンと張ったワイヤー。だがこの程度で巨人の前進は止まらない。
「アルミン! クリスタ!」
25:
「うん!」
「は、はい!」
アルミンとクリスタもワイヤーを射出。
脚を引っ張られた巨人は、ついにバランスを崩して転倒。
大きな音を出して、うつ伏せに倒れた。
そしてトドメは――
「コニー! サシャ!」
「よっしゃあ!」
「ははははいいいいい!!」
倒れた巨人のうなじを削り取る。
さすがに今度ははずさなかった。
「討ち取ったあ!」
コニーとサシャの白刃と戦闘服が赤に染まる。
「た、倒したんですか、私。巨人を」
サシャはまだ信じられないという顔をしている。
「ばーか。俺とお前で倒したんだよ。いや、違うか。みんなで倒したんだ」
「や、やった」
「おい芋女! 喜んでる暇はねえぞ!」
そんなサシャに声をかけるジャン。
「ジャン! 私は芋女ではありません」
26:
「今はそこは重要じゃねえよ。巨人はまだまいるんだ」
「確かにジャンの言うとおりだ。サシャ、コニー」
ねぎらいの言葉もそこそこにエレンは言った。
一体や二体倒したところでどうこうなる問題ではない。
「おいお前ら、大丈夫か!」
不意に別の方向から声が聞こえてきた。
「お前たち……。無事だったのか!」
エレンたちの同期(104期生)、眉毛が特徴的な大柄の兵士、ライナー・ブラウンと
その親友で長身のベルトルト・フーバーだ。
「俺たちは班の連中とはぐれちまった」
ライナーは言った。
「どうなったんだ」
「わからん。だが無事とは言えないだろうな……」
「本当、無事だといいんだけど……」ベルトルトは独り言のようにつぶやく。
苦虫をかみつぶしたような二人の顔には疲労の色がにじんでいた。
自分たちと同じ、いやそれ以上に過酷な戦闘が行われていたであろうことは容易に想像がつく。
「ここで油売ってても仕方ないわ。補給をうけないと」
いつのまにか合流していたアニ・レオンハートが言った。
金髪碧眼の彼女は、どんなに辛い訓練でも涼しい顔でこなしていた、成績優秀な優等生だ。
27:
やや協調性に欠けるものの、女子の中ではミカサに次ぐ優秀な兵士であるとエレンは
思っている。
そんな彼女の顔にも疲労の色が見える。
それほどこの戦いは厳しいのだろう。
「アニ、そっちの班は」
「残念ながら総崩れ。バラバラになったわ」
「そうか」
予想通りの答えだった。
もしかすると、まともに集まっているのはエレンたちの班だけかもしれない。
「そんなことより補給どうするよ。こっちは剣もガスも底をついた」
そう言って、予備の刃を入れるケース見せたジャン。
「補給部隊はどうした」
「全然見えない。集結地点にはいなかったみたい」
そう言ったのはアニである。
「本部にはまだ備蓄があっただろう。そこに行くしかない」
「そうだね」
駐屯兵団の本部。
そこにはまだ食糧や武器の備蓄があるはずだ。
「なあ、エレン」
28:
「どうした、ジャン」
不意にジャンが声をかけてくる。
「マルコを見なかったか?」
「マルコ?」
マルコ・ポットは温厚な性格で仲間からの信頼も厚い。
喧嘩っ早いジャンを止めるのはいつも彼の仕事だった。
そしてジャンにとっては親友でもある。
「……いや、見なかった」
「そうか」
親友の動向は気になるよな。
「大丈夫、マルコは生きてるさ」
エレンは言った。
「当たり前だろうが。あのマルコが死ぬはずがねえ」
ジャンはそう言って顔を背ける。
「とにかく、早くガスと剣を補充して奴らを倒さないと」
「ああ、そうだな」
バラバラになった仲間たちを集めて駐屯兵団の本部に向かうエレンたち。
だが、仲間と合流したことによって生じた心の余裕はすぐに雲散霧消してしまう。
「バカな、本部が……」
29:
本部の周りにはすでに巨人が集まっていた。中央の戦線はまだ維持されているはずだから、
最右翼から迂回されたのだろうか。
だとしても早すぎる。
まるで誰かに指揮されているような動きだ。
「おい! 後ろからもくるぞ!」
殿(しんがり)にいたコニーが叫ぶ。
数体の奇行種がこちらに向ってきていたのだ。
動きもい。
「くそ、やるしかないのか」
「エレン! 予備の刃はあるか」
「ライナー!」
「こっちはもう無いんだ」
「こっちはガス欠だ」
「ジャン!」
仲間とは合流したものの、まともに戦えるのは自分たちしかいない。
そう思ったエレンは覚悟を決める。
「俺たちが止めている間に、お前らは後ろに下がれ」
「敵前逃亡は銃殺だぞ」
「言ってる場合か! 武器もないのにどう戦えっていうんだよ! 後方にはまだ精鋭部隊もいる!」
「ここで死ぬなよ糞野郎!」
30:
「当たり前だ腰抜け野郎! 機動戦闘用意!」
勝ち目があるわけではない。
エレンは立体機動装置を動かして巨人に接近する。
しかし次の瞬間、別方向から現れた巨人にワイヤーを掴まれてしまう。
「しまった!」
一瞬の判断で左右両方の腰にあるワイヤーのうち、左側を切り離したエレンは、
そのままバランスを崩して地上に落下してしまった。
「ぐはっ!」
「エレン!」
遠くにアルミンの声が聞こえる。
幸い、下には天幕があったため石畳に直接身体を叩きつけられることはなかった。
それでもダメージは残る。
クラクラする頭で立ち上がり、再び装置を起動させようとするが。
(動かない!?)
ガス欠か、それとも故障か。
機動力を失った人間は翼の無い鳥と同じ。
ただ、無力な人形――
「……!」
目の前には大きく手を開いた巨人の姿が。
31:
終わりか?
俺の人生はここで終わりなのか?
エレンはそれ以上のことは考えられなかった。
遠くでアルミンの声が聞こえる。
だが、何を言っているのかよくわからない。
とにかく、ただ頭の中が真っ白になり……。
《ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!》
32:
不意に転を切り裂くような大きな叫び声が聞こえた。
目を見開くと、目の前の巨人が動きを止めている。
まるで凍りついたかのように。
(助かったのか?)
「エレン! 大丈夫!?」
アルミンに抱きかかえられて、エレンは、付近でも比較的高い建物の上に避難する。
そこにはジャンや他の仲間たちも集まっていた。
「何やってんだお前たち。早く避難を」
彼らは皆、同じ方向を見ている。
「え?」
その視線の先には――
《イヨオオオオ!! ここはどこなんだああ!!》
人間の言葉を発する巨人がいた。
頭の髪の毛は薄く、顔はゴリラのようで胸のあたりにはうっすらと胸毛が見える。
だがそれ以上に特徴的なのが下半身の黒タイツ。
「……黒タイツの巨人?」
黒タイツの巨人は周りを見渡す。
当然、周囲には巨人が多数いる。
33:
《お前らあ! 裸で変な動きしやがってえ! 俺とキャラ被ってるぜえ!?》
「巨人が、喋った?」
巨人はこれまで叫び声や鳴き声のような言葉は発したことはあるけれど、
このようにはっきりとした人間の言葉を喋っている姿は初めてだ。
《なんとか言えよお! 寂しいじゃねえかよ!》
「……」
巨人の群は黙っている。
《お前らリアクション下手だなあ。いいか! 俺が見本を見せてやる》
「……」
エレンたちも黙っている。
《ヘアアアアアアアアアアアアア!!!》
黒タイツの巨人は身体をのけぞらすと同時に奇声を発した。
その後、腕を組んで足首だけで奇妙に横移動を繰り返す。
《イービチュビチュイービチュビチュイービチュビチュヒャアアアアアアアア!!!》
「!!!!!!」
その気持ち悪い動きと奇声に、エレンたち訓練生は絶句する。
ただ一人を除いて。
「……カッコイイ」
「サシャ!?」
34:
仲間の予想外の言葉に同じ女性であるクリスタは驚く。
《お前ら本っ当にリアクション悪いなあ〜。出川さんを見習えよ〜。素人だってリアクションを求められる
時代だぜえ〜?》
黒タイツの巨人が何を言っているのかエレンには半分しか理解できない。
《ちょっとギャグやってみましょうか》
ギャグ?
《はい、取って入れて出す、取って入れて出す、取って入れて出す》
尻を突きだし、何かを出したり入れたりしている奇妙の動きが見る者の心を不安定にさせる。
《取って入れて出す、取って入れて出す! 取って入れて出す! 取って入れて出す!
取って入れて取って入れて取って入れて取って入れて ドーン!》
「……!」
不意に黒タイツの巨人は自身の黒タイツの中に右腕を突っ込んで、それを突き上げる。
当然タイツは伸びて盛り上がる。
「ドーン! ドオオオオン!!!」
「ぷっ」
真っ先に噴き出したのは意外にもアニであった。
「アニ?」
「何でもない」
口元を抑えて顔を背けるアニ。
35:
彼女はこういうのが好きなのだろうか。
《ほーらほら。俺のイチモツ、ワイルドだろ〜?》
そう言うと、黒タイツの巨人はタイツ越しに自分の腕をさする。
触り方がいやらしい。
《あ、ゴメン。今のは無しで》
何かヤバいと思ったのか、黒タイツの巨人はタイツから手を抜き、誰かに謝った。
《ああー! もうお前ら! 全然反応しないじゃねえか! かあああああああ!
がっぺむかつく 》
「クククッ……!」
「アニ! 大丈夫か」
「触らないで! ゴホッゴホッ!」
どうやら黒タイツの巨人の動きはアニのツボにはいったらしい。
《ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!》
再び叫びだす黒タイツ。
《ヌオオオオオ!》
巨人たちが後ずさりして広くなった街の広場で何を思ったか横に倒れ込む。
物凄い音と砂煙の中、ビタンビタンと左右に倒れた黒タイツの巨人は、
最後にキレイな三転倒立を見せた。
36:
「おおおおお! カッコイイですよおお!!」
興奮したサシャがしきりに手を叩くも、周りは完全に呆れていた。
ただ夕日の中でそびえたつ黒タイツは、(あまり言いたくはないが)神々しかった。
再び立ち上がった黒タイツの巨人は、再びタイツの中に腕を突っ込み、
《ドーン!》
「……」
《お前らも一緒にやれえ!》
不意にこちらを指さす巨人。
「ど、ドーン」
エレンは遠慮がちに右腕を上げた。
「え、エレン? 一体何を」
驚いたアルミンが聞く。
「いや、よくわかんないけどやらなくちゃいけないかなと思って」
「エレン?」
「ドーンって」
《ドーンだあ!》
「ドーン」
《恥ずかしがってんじゃねえぞ! 自由になれ! 自分を解き放て!!》
(自分を、解き放つ?)
37:
《ドーン!!》
「ドーン!」
《ドーン!!!!》
「ドーン!」
《ドオオオオオオオオオオオン!!!!》
「ドオオーン!!!」
《ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!》
「ドーン!!!」
「ドーン! ドーン! ドーン!」
《バクテンするぞおお!!》
え?
《とりゃあ!》
なぜかいきなり宙返りを試みる黒タイツの巨人。
だが、
ドゴオオオオン!
当然ながら後ろにあった建物に激突してしまう。
《ウオワアアアアア!!》
「ンー! ンー!」
口元を抑えてもだえるアニ。
「大変だ! アニが呼吸困難になってる!」
「カッコイイよ! ねえ、クリスタ!」
サシャは同意を求めるも、
38:
「え? 普通に気持ち悪い」
クリスタは冷静であった。
「ドーン!」
エレンやジャン、それにライナーたちは休まずに右こぶしを振り上げる。
《痛ええじゃねえかコノヤロー!》
「知るかあ! 自分でやったんじゃねえか」
思わずツッコんでしまうエレン。
《ついでにドーン!!》
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
よく見ると、エレンたちだけでなくほかの訓練兵や駐屯兵団の兵士たちも拳を突き上げていた。
「おいエレン! あれを」
ジャンが指を差す、その先には――
「え? ウソだろ……」
「エレン! アルミン! これは一体どういう状況なの!」
聞き覚えのある声がしたと思ったら、ミカサが立体機動装置でこちらに駆けつけてきた。
「こっちが聞きたいさ。何がどうなってるんだ……」
それはエレンたちにとって信じ難い光景であった。
「巨人が、帰っていく……?」
なんと、街の中に溢れていた巨人たちがぞろぞろと壁の外に出ているのである。
そしてわずか十数分後には、巨人の姿は一体も見えなくなっていた。
もちろん、街の中心で変な動きをしていたあの黒タイツの巨人も例外ではなかった。
黒タイツの巨人の姿は、どこにも見えなくなっていたのだ。
*
39:
「おいハンジ。これは一体どういう状況だ。説明しろ」
戦闘が行われた街の中に立つ一人の兵士。
刈り上げられた髪型と氷のように冷たい瞳が特徴的な男である。
「そんなことを言われたって、こっちだって帰ってきたばかりなんだからわかんないよ」
ハンジ、と呼ばれたメガネをかけた兵士はそう言ってポニーテールの頭をかく。
「ただ一つわかることがある」
そう言って立ち上がるハンジ。
「“彼”が、物凄く貴重な人間であるということはね」
ハンジの前には、白衣姿の研究員によって担架に乗せられる上半身裸で黒タイツを履いた男性の姿があった。
進 撃 の 江 頭 2 : 5 0
第一話 黒タイツの巨人
つづく
42:
ワロタwwwwwwwwww
ドーン!
ドーン!
46:
第二話 プロローグ
長い夢を見ているような感覚。
今、自分がどこにいるのかわからない。
ズキズキと続く頭痛に気づきつつ、“彼”は目を覚ました。
「あ、お目覚めだね」
「ん?」
まだ覚醒しきっていない目をこすりながら彼を前に出る。
女?
いや、男か?
性別のよくわからない髪の長い人物がこちらを見て喜んでいる。
「……ここは」
彼は起き上がり周囲を見回す。
家具などほとんどない、ベッドと近くに机のある殺風景な部屋だ。
「ああ、まだ無理しちゃだめだよ。どんなに身体に負担がかかっているかわからないし」
「あなたは……」
「ああ、自己紹介がまだだったね。私はハンジ・ゾエ。調査兵団で分隊長をやっている」
「調査兵団?」
聞いたことがない。
47:
というか、話が通じたのか。
「んふ。やはり報告の通り。言葉が通じるね。やはりキミがあの黒タイツの巨人で間違いないんだね」
「黒タイツの巨人……?」
「あれ? 覚えてないのかな。残念だなあ」
「巨人? んん……」
頭が混乱してきた。
一体全体何がどうなっているんだ。
あの時のことは夢じゃなかったのか。
薄くなった髪の毛を触りながら彼は首を振る。
頭痛と混乱が収まらない。
「そ、そうだ。キミの名前を教えてくれるかい?」
「名前……」
「そう。わかるかな。キミの名前」
ハンジと名乗るメガネの人物は先ほどから興味深そうにジロジロとこちらを見る。
いや、観察していると言ったほうが正しいのかもしれない。
以前会ったことのある、大学の研究員がこんな感じだった気がする。
「俺は江頭2:50。お笑い芸人だ」
「エガシラ・ニジゴジュップン……」
進 撃 の 江 頭 2 : 5 0
第二話 訪 問 者
48:
「エガシラ? それがキミの名前だね。それでお笑い芸人というのは」
「俺の仕事……」
「仕事? キミの仕事がお笑い芸人というものなのかい?」
「ああ」
「具体的には何をするのかな」
「人を笑わせるのが仕事だ」
「人を笑わせるって、そんな仕事があるの?」
「え? まあ、たくさんいるよ」
「喜劇俳優みたいなものかな? キミはどこの生まれ? どんな食べ物が好き?」
立て続けに質問を続けるハンジ。
顔が近い。
よく見ると手元では物凄い勢いでメモを取っている。
「ちょっちょっちょっと。ちょっと待ってくれよ」
「え?」
「俺のほうからも一ついいか」
江頭は聞いた。
「なんだい? 私に答えられる質問なら」
「ここはどこだ」
「ここはウォールローゼ内にある調査兵団の支部だよ」
49:
「ウォールローゼ? 支部?」
「知らないのかい? キミは一体どこから」
「俺は東京にすんでいるのだが」
「トーキョー?」
「?」
「聞いたことないな」
「出身は佐賀県だ」
「サガケン……」
やはり反応が悪い。
日本語が通じるのに、東京や佐賀県のことを知らないというのは奇妙だ。
からかっているのか?
そんな風には見えない。
江頭は再び周囲を見回す。
ドッキリのカメラでもあるのかと思ったからだ。
しかし、カメラどころか電気製品すら見つかりそうにない。
「どうしたんだい? エガシラくん」
「いや……」
(この人は俺のことをからかっているのか?)
人(主に大川総裁)に騙されたことは数知れないけれど、詐欺師はこんな風に真剣な顔をして
ウソをつくものなのだろうか。
50:
そんなことを考えていると、不意にドアをノックする音が聞こえた。
「誰?」
「失礼します。ペトラ・ラルです」
「ああ、入っていいよ」ハンジは言った。
「黒タイツの人の様子はどうです? あ……」
「やあペトラ。彼、もう起きてるよ」
「どうも」
江頭は軽く頭を下げる。
「普通に喋るんですね」
「いや、私も驚いたよ。話も通じるみたいだ。ところで何を持ってきたんだい?」
「食べ物と着替えです」
「なるほど」
「それと、もうすぐピクシス司令が到着されますのでその報告を」
「うん。わかった。ちょうどいいタイミングだね」
「???」
二人が何を喋っているのかは辛うじてわかるけれど、その意味がわからない。
ピクシス司令?
一体何者だ。
「ああそうだ。ペトラ。キミにも紹介しておくよ。彼の名前はエガシラ。そうだったよね」
51:
「え? ああ」
「エガシラさん、ですか?」
ペトラは聞き返す。
「あ、はい。江頭2:50です」
「なんだか不思議な名前ですね」
「ペトラ、彼はお笑い芸人という仕事らしいよ」
ハンジは先ほど江頭が言ったことを得意気に説明する。
「お笑い芸人?」
「人を笑わせるのが仕事なんだって」
「人を笑わせる……、ですか」
「ねえペトラ」ハンジはペトラに近づく。
「はい?」
「さっきからキミはエガシラくんのことを全然見てないじゃないか。何してるんだ」
「な、何ってその……」
「どうして」
「いや、だって。エガシラさんって男の人ですよね」
「そうだよ。さっき調べたから間違いない」
「!!!!」
(俺が寝ている間に何やってんだコイツ)江頭はそう思ったが口には出さなかった。
52:
「だってその……、裸ですし」
「んふ〜? もしかしてペトラってば照れてるのかい?」ニヤニヤしながらハンジは言った。
「ありゃ……」
毛布をめくると、江頭は下着すら着用していない。
「ウブな生娘じゃあるまいし。かわいいなあペトラは」
そう言うとハンジはペトラを抱き寄せて頭を撫でる。
「ひゃっ、やめてください班長」
「あのー」
「ん?」
「できれば、何か着る物を」
「そ、そうだね。裸で司令に会うわけにもいかないものね」
*
53:
渡された服を着た江頭は、少しの間ハンジとペトラからこの世界の事情を
色々と聞き出していた。
「なるほど。この世界には巨人というものがいて、その巨人を寄せ付けないために
あの高い壁が作られたと」
「そういうこと。理解が早くて助かるね」
「……」
(こういう展開の映画。色々見たことがあるな)
江頭は年間120本以上の映画を見る映画マニアであるため、海外の比較的マイナーな
映画にも詳しい。
「でもそんな巨大な壁、一体誰が作ったんだ?」
「わからない」
そう言ってハンジは首を振る。
「巨人の目的は?」
「それもわからない」
「わからないって」
「そう。この世界はわからないことが多い。だから調べる必要があるんだよエガちゃん」
いつの間にか、ハンジの呼び方がエガシラくんからエガちゃんになっていた。
「いや、まあそうなのかな」
「キミの住んでいた世界のことも、色々と教えてくれよ」
「まあ、いいけど」
54:
江頭は自分の住んでいる地球や日本の話を簡単にしてみる。
江頭にとっては取るに足らない日常的な知識も、ハンジは興味津々で目を輝かせ、
必死にメモを取っていた。
5時間後――
「でね、それで巨人の重さ何だけど、体積に対して質量が軽すぎるんだよ。わかるかな。
うん。一度蹴っ飛ばしたこともあってさ」
「うう……」
最初のうちは熱心に話を聞いてメモを取っていたハンジだが、いつの間にか巨人や
この世界に対する独演会になっていた。
昼食に出されたパンをかじりながら話をするハンジを見ると、悪い人ではないと思うのだが
とにかく話が長い。
辟易としたところで、いつの間にか席を外していたペトラが戻ってきた。
「ペトラ! どこ行ってたんだよー」ハンジは言った。
「ごめんなさいエガシラさん。ちょっと用があったもので」
55:
だがペトラはサンジを無視して、とりあえず江頭に謝る。
「いえ、別に構いませんよ」
本当は一人でかなりキツかった江頭なのだが、そこは言葉に出さなかった。
「実は司令に会う前に、リヴァイ兵長も話をしたいって」
「へえ、リヴァイがねえ。まあ当然と言えば当然かな。で、今どこに?」
「すぐそこに来て――」
ペトラが言い終わる前に、小柄で目つきの鋭い、かりあげくんみたいな髪型をした
男が大股で入ってきた。
「おい!」
「……!」
ドカリ、と江頭の前に座る男。
こいつがリヴァイか?
江頭が目の前の制服姿の男を観察していると、細い目を更に鋭くさせてこちらを睨みつける。
「おい、聞きたいことがある」
「リヴァイ、まずは自己紹介を」
ハンジはそう言ったが、リヴァイと呼ばれた小柄な男はそれを無視して江頭に質問する。
「お前は、人間か」
「え……?」
「答えろ」
56:
警戒しているのか、リヴァイの目が更に険しくなる。
考えろ。
答えを間違えたら殺される。
北朝鮮やイラクで感じたあの空気だ。
人を躊躇なく殺すことのできる、この男はそんなサイコパス的な感覚の持ち主だと、
江頭は直感的に理解する。
ではどう答えればいいのか。
「質問の意図がわからないのですが」
「お前は“俺たちを同じ人間”か、と聞いている」
「……」
江頭はもう一度考える。
そして、
「……違うかもしれない」
「ん……」
リヴァイの眉がピクリと動く。
頭の中で何かのスイッチが入った、そんな感じがした。
「俺は、少なくともそこにいる人の話が本当であるならば――」
そう言って江頭はハンジとペトラに目をやる。
「私は別にウソなどついていない!」
57:
ハンジは大げさに両手を広げて主張した。
ペトラは、無言でコクコクと素早く頷く。
「恐らく……、この世界の人間ではないだろう」
「…………」
江頭のその言葉に、リヴァイはじっと彼の目を見据えていた。
今すぐにでも目を逸らしたい。
そんな衝動にかられる。
だが、彼の野性的な勘はそれをすることを拒否した。
そんなことをすれば絶対に殺される。
いくつもの死線をくぐったことのある江頭はそう確信した。
彼は今、バイアグラ一気飲み事件以上の恐怖を感じているのだ。
「なるほど、異世界からの訪問者(ビジター)ということか。それなら説明もつく」
そう言うとリヴァイは視線を逸らし立ち上がる。
「訪問者か……。まあ、私もそう思ってたんだけどね」
サンジはそう言って笑った。
「あの、訪問者って」
と、ペトラ。
「この世界とは異なる場所から来たという意味だ。俺も詳しくは知らん」
「異なる場所って」
「少なくとも壁の内側ではないね」
58:
「外の世界?」
そう言ってペトラは江頭を見る。
「ほら、さっきエガちゃんが言ってた地名があったじゃない。トーキョーとかサガとか、
あとナカノだっけ? そんな地名、ウォール・ローゼ内はおろか、ウォール・マリア内に
だってないよ。まあ、似たような地名はあるけど」
「……」
「公式の記録ではないが、実は三年前にも異世界からの訪問者が出たという報告がなされている」
と、リヴァイは言った。
「本当なのか?」
それに真っ先に反応したのは江頭だった。
「ほう、関心があるのか」
「当たり前だろう。ここに来れたというんだから、帰るためのヒントがあるかもしれない
じゃないか」
「そうだな」
「それで、その異世界からの訪問者は、どうなったんだ」
「まあ、俺も直接見たわけじゃないんだが、エルヴィンの話だと――」
「エルヴィン?」
59:
「ほらリヴァイ。ちゃんと説明しないと。キミはいつも話を端折る癖がある」
江頭の疑問に反応するようにハンジは口を挟む。
「お前みたに何度も同じ説明を繰り返す趣味はないだけだ」
「とりあえず補足しておくと、エルヴィンという人はエルヴィン・スミスと言って、
調査兵団の団長をやっているんだ。つまりここにいる私やペトラ、それにリヴァイの上司だね」
「話、続けていいか」
表情を変えずリヴァイは聞く。
「どうぞ」
「エルヴィンの話だと、三年前にもお前と同じように異世界から来たと思われる少年がいたらしい」
「どんなやつです?」
「確か、お前と違って髪の毛がいっぱいあってツンツン頭で、『不幸だあ〜』が口癖の奴だったらしい」
「それで、そいつはどうなったんです」
「『その幻想をぶち殺す』とか言って巨人に立ち向かった挙句、右腕一本残して巨人に食われた」
「巨人に……、食われた」
「異世界の住人らしく、変な能力を持っていたことは確かなんだがな」
「そうなんだ、あの能力は貴重な研究対象だったのに」
「能力?」
「お前も持ってるだろう」
60:
「……?」
「大きくなる能力だよ」
「大きくなる?」
「とぼけるな。大きくできるんだろう?」
「いや、俺の場合はあまり大きくならないというか、普段とそこまで変わらない」
「ん?」
「え?」
「まあ、元が小さから」
「おいっ“そっち”の話はしてないぞ!」
「え?」
すぐさまハンジがフォローを入れる。
「大丈夫だよエガちゃん。“リヴァイのリヴァイ”もそんなに大きくないから」
「クソメガネ! なぜそれを!」
「アハハハ」
「え? え???」
ハンジは笑い、リヴァイは怒り、そしてペトラは首をかしげていた。
リヴァイは怒っていたけれど、今の彼にはそれほど恐怖を感じない。
心の戦闘態勢を解いているからだろうか。
見た目ほど戦闘狂というわけでもなさそうで少しだけ安心した。
*
61:
「ゴホン。つまりアレだな。お前は“あの時”のことをよく覚えてないと」
「微かな記憶があるけど、あれは夢だったんじゃないかとは思う。
正直自分の身体が大きくなるなんて信じられない」
トロスト区と呼ばれる城塞都市で、巨大化した自分が踊りを踊って、その結果
巨人が逃げ出した。
そう言われてみればそうかもしれないけれど、記憶としては曖昧だ。
「どうやって巨人になったのかも覚えていないわけだな」
「よくわからんが必死だった」
「必死?」
「なんつうか、目の前で若い子が何人も死にそうになってて。そいつらをどうにか
助けてやれないかと思った。そしたら身体が勝手に動いて……」
「勝手に動いて……か」
リヴァイはそう言うと少し何かを考える仕草をする。
ハンジは興味深そうにメモを取っていた。
「お前自身が確証を持てないというなら、証人に確認を取ってもらう必要があるな」
「証人?」
「実はトロスト区で戦った兵士たちの中で、キミの雄姿を間近で見たという子たちがいるんだよ。
その子たちと直接会ってもらおう。
そうすればキミがあの『黒タイツの巨人』かすぐにわかるらしいよ」
ハンジは嬉しそうに言う。
62:
「巨人は通常、人型だが人間とは明らかに違う外見をしている。だが例の黒タイツの巨人は
皮膚もあって完全に人の形をしていたというから、実際にツラを見れば何かわかるかもしれん」
と、リヴァイ。
「キミは発見されたとき、巨人と同じ黒タイツを履いていたからね」
「そういえば俺のはいてたスパッツは」
「大丈夫。ちゃんと保管しているよ。痛みが酷いけどしっかりとした生地だね。
見たことの無い生地だけど」
「ブランド物だからな」
「そんなことより、行くぞエガシラ」
そう言ってリヴァイは立ち上がる。
「え? どこへ」
「面通しだ。さっきも言っただろう。お前を見たと言うやつに確認させる」
「はあ」
(俺が黒タイツの巨人……)
江頭はそんなことを考えつつ、借りた靴を履き、リヴァイと共に別の部屋へと向かった。
つづく
63:
現在後悔可能な情報1
・バイアグラ一気飲み事件
1997年、中野のキャバクラで江頭2:50が当時認可前であったバイアグラ5錠を
水割りで一気飲みして、その後卒倒して病院に運ばれた事件。
当時マスコミでも大きく報道された。
バイアグラを5錠、それもお酒で飲むことは自殺行為に等しいので良い子は決して
真似してはいけない。
ちなみに彼は塩を一気食いして病院に運ばれたり、自宅で睡眠薬をお酒と一緒に
飲んだ直後に倒れ、前歯を折ったこともある。
64:
現在公開可能な情報2
・江頭のタイツ(スパッツ)
江頭2:50が使用するタイツは、バレエやダンス用品の総合メーカー「チャコット株式会社」製の
レギンスタイツである。
江頭の激しい動きに対応可能なしっかりとした生地と作りがなされている。
値段は税込6,195円(チャコットオンラインショップより)。
色はお馴染みの黒の他に白もある。
なお、江頭は仕事で白タイツを使うこともある。
66:
乙
やってる内容的に後悔も公開もあまりかわらないような
…いやエガちゃんが後悔するわけないか
71:
神に祈る。
現実主義者の彼にとってその行為は無駄なもののように思えた。
しかし今、彼は祈る人の気持ちを少しだけ理解する。
「おい……」
目の前の現実。
認めたくない現実。
「お前……、マルコか」
彼、ジャン・キルシュタインの同期生であり仲間からの人望も厚い冷静なリーダー。
そして何より、ジャンにとって最大の理解者であり親友でもあった男。
マルコ・ボットの亡骸は片腕を食いちぎられた状態で発見された。
「見ねえと思ったらこんなところにいやがったのか」
物言わぬ親友との再会に、ジャンはどうしようもない悲しみと苛立ちを感じていた。
点呼には戻ってこなかったけれど、もしかしたら助かっているのではないか。
そんな期待が彼の中で微かにあった。
ジャンはゆっくりと首にかけられた認識票を確認する。
そこに書かれた名前はマルコ。認識番号も一致している。
確認するまでもなく、奇妙なほどキレイな死に顔はマルコ以外にありえない。
自分の目で見た現実は、微かな希望の光をも消すことになる。
「あれ?」
不意に、ジャンはマルコの亡骸を見てあることに気が付いた。
72:
「なんで立体機動装置を着けていないんだ?」
戦いで引きちぎられていた、というものではない。
マルコ・ボットの身体からは、キレイに立体機動装置だけがはぎとられていた。
850年。
再び現れた超巨大巨人による城門の破壊と、それにともなう巨人の侵入によってはじまった
ウォール・ローゼの防衛戦は、人類側の勝利によって終結した。
後に“トロスト区の奇跡”と呼ばれたその勝利は人類にとって画期的な出来事であり、
世論は大いに盛り上がる。
だがその一方で、大勢の駐屯兵団や訓練兵団の若い兵士たちが命を散らせていったことも事実だ。
「何でお前なんだよ……」
ジャンは何度も何度も、自問自答を繰り返していた。
進 撃 の 江 頭 2 : 5 0
第三話 ハイリスクノーリターン
73:
黒タイツの巨人――
それはトロスト区の軌跡を起こした張本人である。
その正体については不明。
目撃した兵士たちも、その存在を口外にしないよう厳命されたものの、人の口に戸は立てられるというか、
そのうわさはすぐさま広まり、王都にまで達していた。
とはいえ、実際の目撃者の数はそれほど多くないので、噂に尾ひれがついたことは言うまでもない。
あれが巨人か?
そう問われればジャンは巨人であると答えることに躊躇するだろう。
彼にとっての巨人とは、人間に近いけれど人間とは思えない不気味な外見をしている巨人のことである。
大きな目や大きな口。
手足が異常に長いか、もしくは短いか。
だがそれ以上に彼を驚かせたのはその動きだ。
およそ人間のものとは思えない動き。さりとて、巨人のものでもない。
巨人でもなければ人間でもない、そんな不思議な生物があの黒タイツの巨人なのだと、
彼は勝手に認識していた。
ウォール・ローゼ防衛戦から数日後。
遺体の回収や街の復興に追われる中、ジャンを含む数名の訓練兵が呼び出された。
理由は不明。
74:
「ジャン・キルシュタイン訓練兵だな」
「え……? はい」
あまり見覚えのない将校が紙に書かれたジャンの名前を呼ぶ。
「なんでお前がいるんだよ死に急ぎ野郎」
ジャンは自分の隣りにいる兵士に小声で言う。
「こっちが聞きたいな、腰抜け野郎」
ジャンと同期の訓練兵、エレン・イェーガーも同じように呼び出されていた。
「何か理由は聞いているか?」
「わからねえよ」
「ったく、使えねえな」
「お前に仕えた記憶はない」
「ほら二人とも、静かにしないと」
エレンの隣りにはアルミンもいる。
というか、この日集められた人間はジャンの知り合いばかりだ。
エレン、アルミンの他には、ライナー・ブラウン、ベルトルト・フーバー、コニー・スプリンガー、
サシャ・ブラウス、クリスタ・レンズ、ミカサ・アッカーマン、そして、アニ・レオンハートに、
ジャンを合わせた十名だ。
「どうしましょう、盗み食いがバレたんでしょうか」
そう言ってサシャは震えていた。
「だったらもっと早くに捕まってるだろうが。っていうか、まだ盗み食いとかやってたのかよ」
75:
呆れながらもサシャの相手をするコニー。
エレンとアルミンは、相変わらず外の世界や巨人に関する話をしている。
ライナーとベルトルトは基本的に無口。
だが時々ライナーの視線がクリスタに向いていることはわかっていた。
こいつは気の無いふりをしているけれど、彼女を意識しているのはバレバレだ。
一方エレンに対する気持ちを隠そうともしないミカサ・アッカーマンは、相変わらず
エレンのほうばかり見ている。
そしてアニ・レオンハートは面倒くさそうに宙を見つめていた。
こいつは、正直何を考えているのかよくわからない。
「貴様らはこれから馬車に分乗してもらい、とある場所へ行ってもらう。
目的地は教えられない。質問も一切受け付けない、以上だ」
グンタ・シュルツと名乗るいかにも堅物そうな眉毛の薄い男性兵士はそう言うと、
すぐに歩き出す。
「あの、食事は出るのでしょうか」
サシャが身を乗り出して聞いた。
(この状況で食事の心配とは、ある意味ぶれないなこの女は)
サシャを見ながらジャンはそう感じた。
「先ほど質問は受け付けないと言ったはずだ。聞こえなかったのか」
「ですが……」
「ふう」
76:
グンタは軽く首をふる。
そして、
「馬車の中にパンと干し肉、それに飲料水を用意している。目的地まで時間があるので
各自の判断で喫食せよ」
「本当ですか? やりましたよコニー」
「うるせえ。俺はお前ほど食い意地張ってねえよ」
コニーはそう言ったけれど少しだけ嬉しそうである。
「急げ、時間が無い」
そう言うと再び歩き出すグンタ。
どうやら見た目ほど堅物、というわけでもなさそうだ。
そう思うと少しだけ安心した。
*
77:
それから数時間後、調査兵団の拠点においてジャンたち十名は調査兵団の兵士に迎えられた。
「訓練兵諸君、ようこそ調査兵団の秘密基地に。いや、別に秘密でもなんでもないんだけどね」
そう言って笑ったのは、ポニーテールにメガネ、それに大きめの鼻が特徴的な兵士である。
「私は調査兵団のハンジ・ゾエだよ。調査兵団では巨人の生態調査を担当している」
「そろそろ俺たちをここに呼んだ目的を教えてくれもいいんじゃないですか、上官殿。
まさか、俺たちの生態も調査しようとするんですか?」
思わず声を出してしまうジャン。昔からの悪い癖だ。
「不味いよジャン」
心配したエルミンが小声で注意する。
「キミたちの生態調査か。それも悪くないかな」
ハンジはそう言って笑いながらジャンに顔を近づける。
「ちょうど巨人の身体にも飽きてきたところだからさ」
口元は笑っているけれど、目は笑っていない。
自分たちはマジでやっているんだ。
そんな訴えをしているような目でもあった。
研究畑とはいっても査兵団の兵士。そこいらの一般兵よりは十分強いだろう。
「冗談はこれくらいにして、今日はキミたちに確認してもらいたいことがあるんだ」
確認?
全員が顔を見合わせる。
78:
「はい注目。疑問はあるだろうけど、質問は後で受け付けるよ。話を続けてもいいかな」
そう言うとハンジは背中を向け、そしてダンスのようにリズムよく振り向く。
「駐屯兵団の各指揮官から出された戦闘報告書によると、キミたちは現在機密扱いされている
“アレ”を間近で見たそうだね」
「……」
全員が押し黙る。
アレとは、まさしくアレのことだろう。
上層部からは口外を固く禁じられたアレ。
「ここには関係者しかいないから、そこまで警戒する必要はないよ。もう皆もわかっている通り、
アレっていうのは『黒タイツの巨人』のことだ」
「な……!」
ざわつく一同。
黒タイツの巨人。
誰もが忘れたくても忘れられないインパクトを持った巨人。
あんな巨人は見たことがない。
ある意味奇行種ではあるけれど、それ以上の存在と言っていいだろう。
特に女性陣に対する精神的な影響は深刻なようで、クリスタは涙目になっており、アニは口元を
抑えて顔を背けている。サシャとミカサはよくわからない。
「実は、我々はその黒タイツの巨人をこの調査兵団の支部で『保護している』、と言ったらどうだろう」
79:
「えええ!!?」
全員が驚く。
そりゃそうだろう。
あんな得体のしれないものを保護するとはどういうことなのか。
調査兵団は頭がおかしくなったのだろうか。
ジャンは本気で心配する。
(だが待てよ?)
そこで冷静になってジャンは考えてみる。
確かにこの調査兵団の支部は大きいけれど、巨人が隠しておけるほどの大きさが
あるとは思えない。
三メートル級ほどの“小型巨人”ならば何とかなりそうだけども、十メートル以上の
巨人がはたして建物の中に入るだろうか。
しかも、ジャンの記憶ではあの黒タイツの巨人は十五メートルはあった。
とてもこの建屋の中に入る大きさではない。
もしかしたら地下に広い部屋があるのかもしれないけれど、想像が追いつかない。
「まあ驚くのも無理はないね。ウォール・ローゼを救った張本人がここにいると聞いて、
驚かないほうがおかしい」
「それで、巨人は……」
震えながらエレンが聞いた。
80:
それに対してハンジは、
「まあ待ってくれキミたち。私は『保護していたらどうする?』と聞いただけだ。
本当に保護しているとは言っていない」
「え?」
「正確には“黒タイツの巨人らしき人物”を保護している」
「なに?」
「というわけで、今日はその人物が本当に黒タイツの巨人なのか、アレを間近で見た
キミたちに確認してもらいたいんだ」
「はあ?」
集められた全員の頭の上に浮かんだ?マークは先ほどから全然消えない。
それどころか謎が謎を呼んで脳がパンク寸前だ。
「私たち調査兵団は、戦闘が終わってから現場を調査した。そのため黒タイツの巨人を
直接見たわけではない。その代わり、例の巨人が消えた場所で巨人と同じ格好をした
人物を見つけたのだよ」
「それが黒タイツの巨人だと?」ジャンは聞く。
「私たちはそう考えている」
「そんな」
「まあ百聞は一見にしかずとも言うし、ちょっと来てもらおうか」
「来てもらうって」
「黒タイツの巨人にさ。入ってきて」
81:
そう言うと、ハンジは部屋の入口の方向を見る。
「失礼します」
そう言って入ってきたのは――
「あ、彼女は調査兵団の子だよ。ペトラって言うの」
ボブカットの女性兵士である。かなりの美人だ
「いや、わかってますよ。兵団の制服着てますし」
「エガシラさん、こちらです」
ペトラと呼ばれた女性兵士に連れられて入った来たのは、
*
「こちらです、エガシラさん」
調査兵団のペトラに連れられて、江頭はとある部屋に入る。
そこには約十名の制服姿の兵士が横一列に並んでいた。
みんなまだ若い。まだ子供じゃないか。
心の中で江頭がつぶやく。
「彼がエガシラ・ニジゴジュップンだよ。どうだい? 黒タイツの巨人と同じかい?」
ハンジは彼らに聞く。
82:
だが反応はイマイチのようだ。
「確かに似ているかもしれませんけど……」
一人の少年が言った。
「でもなんか違うよな。ちょっと似てるってだけだ」
丸坊主の少年も言う。
「そうですね、巨人の中にも実在の人間に似ている者もいますし」
「全然キモくないですし」
「……笑えない」
「何かの間違いではありませんか? 上官殿。普通の人ですよ、この人は」
皆、江頭を見て口ぐちに言う。
彼は黒タイツの巨人ではない、と。
まあ江頭自身もあまり記憶にないのだが、自分自身のアイデンティティである黒タイツを
否定されてはあまりいい気分ではない。
(確かに小人と巨人のいる街で芸をやった記憶はある。だがあれは夢だったんじゃないのか?
あれがもし現実だっとしたら、俺はやはり……)
気が付くと、無意識のうちに江頭はハンジの肩をつかんでいた。
「エガちゃん?」
「ハンジさん。俺のスパッツはどこにある」
*
83:
「調査兵団の人は何考えてんだよ、あんな普通のオッサン見せてよ」
「あれが巨人だったら苦労しねえな」
ジャンとコニーはそんなことを言い合っていた。
ハンジの指示で少し待つように言われた十人は、そのまま部屋で椅子に座って
待っていることにした。
ただし、椅子は横一列のまま。これもハンジの指示である。
「一体何をする気なんだ」
「何か考えはると思うんだけど……」
エレンとアルミンがそんな会話をしていたその時である。
ドンドコドンドコドンドコドンドコドコドコ……
不意に太鼓の音が鳴り響く。
「何事だ!」
部屋に集められた全員が警戒する。
そして、
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」
「!!!!」
この声は!
ジャンには聞き覚えがあった。
いや、ジャンを含め全員に聞き覚えのある声だ。
というか、簡単に忘れられる声ではない。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
バンッ、とドアをブチ破るような勢いで入ってきたのは、先ほどのオッサンであった。
84:
違うのは、上半身裸で黒タイツを履いている。
その姿は、まるであの時の黒タイツの巨人!
「イヨオオオオオ!」
ビタンビタンと左右に倒れ込む男。
痛くないのだろうかと周りは心配する。
「いけえエガちゃん!」
太鼓を叩きながらハンジは言った。
というか、コイツが太鼓をたたいていたのか。
「オリャアアアアア!!」
キレイな三転倒立をきめた江頭。
その姿は、あのトロスト区の夕日を思い出す。
「どうもおおお! 江頭2:50ですうううう!!!」
「……!」
絶句する一同。
ただ一名を除き、
「きゃああああ! また会えたやんねええ!!!」
サシャである。
興奮しているのか、いつもと喋り方が違う。
しかも何を言っているのかよくわからなかった。
隣にいたクリスタは再び涙目になっている。
85:
どうもあの日の戦いは彼女にとってはトラウマになっているようだ。
「今日のギャラリーは若いなおいい!」
ギラギラした目を持つ黒タイツのオッサンこと、江頭は一人一人の顔を舐めるように見ていた。
「だ・れ・に・し・よ・う・か・な」
「んほ〜」
そして興奮するサシャを無視し、江頭はライナーの前に立った。
「な、なんだ」
「お前! 名前は何て言うんだあ!」
「ら、ライナー・ブラウンですが」
実直な性格の彼は正直に名を名乗る。
「ライナーだな。よーし」
そう言うと、江頭は後ろを向く。
何かを考えているようだ。
背中を見ると細身だがよく鍛えられた筋肉だな、とジャンは思った。
江頭は素早く振り返ると、ライナーを指さして言った。
「ライナーブラウーン!!! 貴様に一言モノ申おおおおおす!!」
「え!?」
唐突に始まったモノ申すに一同は更に驚く。
「お前ら、全員顔見知りだろう」
不気味な笑みを浮かべながら江頭が聞いてくる。
「そ、そうですが……」
86:
「結構な美人も多いじゃないか」
「ぬ……」
「ライナー!! お前、この中で好みのタイプとかいるのか?」
「そ、それは……」
まあクリスタ(女神)だろうな。次点でベルトルト(男)か。
ジャンは心の中で予想してみる。
「いや、別に……、だが強いて言うなら――」
「とうっ!」
「ぶはあ!」
江頭の強烈なヒップアタックがライナーを襲う。
「え? え?」
思わず倒れ込んだライナーは、物凄く戸惑っている。
何が起こったのかすぐには理解できなかったのだろう。
「エガシラアタック!」
「ブー!」
江頭のその言葉に思わずアニが噴き出す。
それにつられてエレンやアルミンも笑い出した。
「よーし、ここで前回失敗したバク転をやってやる!」
そう言うと江頭は数歩下がる。
そして、
「とうっ」
ゴチンっと、鈍い音が鳴った。
87:
後ろ回転をした拍子に頭を床にぶつけたのだ。
「いってえええええ!!」
「ぐううう……!」
ベルトルトは口元を抑えて肩を震わせていた。
「キャッハッハッハッハ、何だこのオッサン!」
ベルトルトと違ってコニーは素直に笑い出す。
しばらく転げまわっていると、急に江頭の動きが止まる。
「!?」
そして次の瞬間、
「ピチピチッ、ピチピチッ!!」
寝ている状態から急に跳ねはじめたのだ。
その動きは、まさ陸に上がった魚!
「ギャッハッハッハ!!」
「ヒーッ」
コニーとサシャはその動きに大笑いしており、先ほどまで我慢していたライナーや
ベルトルトも思わず吹き出す。
最初から口元を抑えっぱなしだったアニはついにその場に座り込み、大笑いする
エレンとアルミンを見たミカサはなぜか満足げであった。
「とうっ!」
魚のモノマネから急に三転倒立に以降する江頭。
そこから素早く立ち上がり、こちらを見た。
「まだ笑ってない奴がいるな」
彼の視線の先にはジャンと、そしてもう一人。クリスタ・レンズがいた。
88:
親友が死んで意気消沈しているジャンは、笑うどころではなかったし、クリスタは
クリスタで、最初から江頭のことを怖がっていたので笑いどころではない。
「よーし、こうなったらこのデンデン太鼓で」
そう言うと江頭は、紐のついた小さな太鼓のようなものを持ち出す。
あれで何をするつもりだ。
ジャンがそう思った瞬間、ハンジが止めに入った。
「はい、エガちゃん。もう十分だよ」
「え? いや、でもまだ二人ほど笑ってないし」
「エガちゃん。今回の目的は、キミが黒タイツの巨人か否かを確認するためのものだから、
芸はまた今度にしようね」
「お、おう……」
江頭は残念そうにデンデン太鼓をタイツの中に入れる。
「はい、注目! 十分見たと思うけど」
ハンジは手を叩いて全員の視線を集める。
「ここにいるエガちゃんが、黒タイツの巨人で間違いないかな?」
そう聞くと、
「間違いなし!!!」
全員一致の答えが返ってきた。
大きさが違う?
89:
そんなものは大した問題ではない。
大きかろうが小さかろうが、エガシラはエガシラなのだ。
それが彼の凄さであり脅威でもある。
「エガシラさん!」
ハンジに止められて、半ば冷静に戻りつつあった江頭に、真っ先に近づいたのはサシャであった。
「え? なに」
「わたし、サシャ・ブラウスっていいます! エガシラさんの動き、感動しましたあ!」
かなり興奮しているらしく鼻息が荒い。
「はあ」
その勢いに、江頭も戸惑っているように見える。
「そこでお願えがあるんやけど!」
また喋り方が変わった。
「なにか」
「ウチを弟子にしてください!!」
「弟子?」
「そうです! 弟子にしてほしいです! 師匠!!」
「いや、俺は弟子はとらないから」
「そんなこと言わないでくださいよ師匠!」
「いや、だから俺はね」
90:
猛烈にアタックするサシャに対し、江頭は若干引いていた。
先ほどまで大暴れしていた野獣と、同一人物とは思えない。
「サシャ、彼が困っている」
そう言ってサシャを止めたのはミカサだ。
「ちょっとミサカ。邪魔しないでくだっ、オゴオゴオゴオ」
ミカサがサシャの口にパンを突っ込むと、途端にサシャは大人しくなった。
「あ、あの……」
続いて別の少年が江頭に声をかける。
「キミは?」
「エレン・イェーガーと言います」
少年はそう名乗った。
「何か」
「実は俺、エガシラさんにお礼が言いたくて」
「俺に?」
「はい。実はあの時……、その、トロスト区での戦闘の際、自分はエガシラさんに助けられました」
「助けた覚えはないが」
「いえ、助けられたんです。あの時、エガシラさんが街に現れる直前、俺の立体機動装置が故障して、
もうすこし現れるのが遅かったら、俺、巨人に食われてしまっていたかもしれません……」
「はあ」
91:
江頭は戸惑った表情を見せていた。
それはそうだろう。
彼としては、いましがたやった“奇行”のように人を助けようとする意識はなかったのだから。
「エレンの恩人は私の恩人。私のほうからもお礼を言いたい」
そう言ったのは、さっきまでサシャの口にパンを突っ込んでいたミカサであった。
「キミは」
「ミカサ・アッカーマンと言います。エレンを救ってくれて、ありがとうございます」
「キミはその、そこにいるエレンの……」
「え?」
「恋人なのかい」
「!!!?」
ミカサの顔が急に紅潮する。
「……その、……家族です」
ためらいながらもミカサは言った。
「あ、……そうか」
何かを察したような口調で江頭は納得する。
どうやらどこかの鈍感野郎と違って女性の気持ちにも敏感らしい。
そこがまた気に入らない。
92:
「へっ、その勢いで俺の親友も助けてくれたらよかったのにな!」
室内が、半ばいい雰囲気になりかけたところで、ジャンはあえてその空気をぶち壊すように
わざと汚く、そして大きな声を出した。
「ジャン!」
明らかに敵意を帯びた目でエレンはジャンを睨みつける。
「エレン、お前も随分丸くなったじゃねえか」
ジャンはエレンを挑発するように言う。
「何だと?」
「お前訓練所にいた時言ったよな。巨人を一匹残らず駆逐してやるってさ」
「だから何だ」
「そこのエガシラってオッサンも巨人じゃないのか? だったらお礼なんて言ってねえで、
さっさと討伐したらどうなんだ」
「何言ってんだジャン」
「ちょっと命を助けられたからって簡単に尻尾振ってんじゃねえぞ。お前の決意ってやつは
その程度だったのかよ。腰抜け野郎はお前のことじゃねえかよ」
「この野郎……!」
エレンが一歩踏み出そうとしたその時、
乾いた音が室内に鳴り響く。
「ミカサ」
ミカサがジャンの頬を平手打ちしたのだ。
「おいミカ―― おごお!」
93:
「ライナー!!!」
慌てて止めに入ったライナーにまで肘打ちをかますミカサ。
「うぐ。俺が一体何を……」
予想外の肘打ちに驚いたライナーはその場に倒れ込んでしまった。
「ジャン。さっきは叩いてしまってごめんなさい」
「ミカサ……」
ジャンはとりあえずライナーにも謝ったほうがいいんじゃないか、という言葉を辛うじて飲み込んだ。
「マルコが亡くなってショックなのはわかる。でも今のあなたの態度は良くない」
「別に俺は……!」
「他にも亡くなった戦友は多い。悲しんでいるのはあなただけじゃない」
「俺は……、こんな状況なのにヘラヘラ笑っている連中が気に入らなかっただけだ」
「ジャン……」
「外で待ってる」
そう言うとジャンは部屋を出る。
(最悪だな……、俺は)
自己嫌悪を心に抱えたまま、ライナーは建物の出口へと向かった。
*
94:
若い兵士たちとの面会を終えた江頭は、その後服を着替えて別の部屋へと連れて行かれた。
その部屋は、先ほどの場所と違ってかなり暗く狭い場所である。
「ここは……?」
そう江頭が聞くと、
「もう一人の、今度はもっと重要な人との面会です」
やや緊張した面持ちで案内役のペトラは言う。
この様子だと相当偉い人物のようだ。
「失礼いたします」
ドアを開けると、薄暗い部屋の中央に灯りが。
いや、違う。頭が光っているのだ。
(スキンヘッドか)
そこには禿頭で髭を生やした小柄な老人がいた。
だが、老人にしてはやたら迫力がある。
「あの……」
ペトラに何か聞こうとしたその時、
「貴様があのエガシラか。話はハンジやリヴァイから聞いておる。なかなかの面構えをしているな」
「へ?」
ペトラが喋る前に、ハゲ頭の老人は喋り出した。
95:
「ワシの名はドット・ピクシスじゃ」
「ドット・ピクシス?」
一体何者だ。
江頭がそう思った時、
「ピクシス司令は南側領土の防衛を任された最高責任者だ」
「ぎょっ!」
予想外の場所から出た言葉に驚く江頭とペトラ。
「団長!」
(団長?)
どうやらペトラの知っている人物らしい。
しっかりとセットされた金髪と長身。ニューヨーク辺りのビジネスマンを彷彿とさせるその風貌は、
江頭と正反対の外見と言ってもいい。
「失礼。私は調査兵団の団長をやっている、エルヴィン・スミスだ。エガシラ・ニジゴジュプン殿。
はじめまして」
「エルヴィン・スミス……」
江頭は心の中でその名前を反芻する。
普段、人の名前をあまり覚えない江頭も、今目の前にいるドット・ピクシスとエルヴィン・スミスの
名前だけは覚えていたほうがよさそうだ、と感じた。
「まあそう固くなるなよエガシラ殿。硬くなるのはアソコだけで十分じゃよ」
「司令。女性隊員もいるのですから、そのようなネタは」
エルヴィンがそう注意すると、
96:
「まったく、エルヴィンも堅物じゃのお。かたいのは――」
「いい加減にしてください」
「わかったよ。じゃあ話をしようか」
「はあ」
このピクシスという男がかなりの曲者であることは、少し話を聞いただけでもすぐわかる。
その一方でエルヴィンという男は性格にそれほど癖はない。
だがビジネスマンか高級官僚のような雰囲気の中に、何かを隠し持っていそうなニオイは感じ取った。
「エガシラ殿は異世界からの訪問者ということらしいがの」
「そのようですね」
「何でも巨人化できる能力を持っているとか」
「自分ではあまり自覚はありません」
「どうやったら大きくなるのかの」
「いや、自分でもまだよくわからんのですが」
「そうか。もしかしたらその、エッチなことを考えたりしたら――」
「司令」
「冗談じゃよ。まったく、エルヴィンは冗談が通じないから困る」
「……」
「コホン。それはともかく、エガシラ殿。キミは我々人類にとって貴重な存在じゃ。
外の世界を知っている数少ない人物じゃからの。
97:
そこで、我々はキミに対して二つの選択肢を用意した」
「選択肢、ですか?」
「そうじゃ。色々あるけれど、とりあえず有力なものを二つ。
この選択はキミの今後の身の振り方に直結する」
「なるほど。それで、選択肢というのは」
「一つはキミを憲兵団に引き渡し、内地に連れて行くこと。
内地というのは、ここウォール・ローゼから更に内側に行ったところじゃの」
「つまり首都に近い場所と」
「うむ。その通りじゃ。理解が早くて助かる」
「それはなぜ」
「キミには興味深い能力があるようなので、それを徹底的に調べることを目的としておる」
「人体実験みたいだ」
「当たらずとも遠からず。もちろん命の方は保証しよう。少なくとも内地に行って死ぬことはないじゃろう」
「それで、もう一つの選択肢というのは」
「そう焦るな。もう一つの選択肢というのは、そこにいるエルヴィンがおるじゃろう」
「え? はい」
「そいつの指揮する調査兵団に入ることじゃ」
「調査兵団に?」
98:
「そう。調査兵団は壁の外に出て外部の調査をすることを目的とした兵団じゃ。
調査兵団に行けば、壁の外の世界のことも、そして何よりキミが元いた世界に
帰る方法も見つけられるかもしれん」
「……」
「ただし、死ぬ可能性はグッと高くなる。少なくとも内地にいるよりも百倍は危険じゃろうな」
「百倍……」
「大げさではないぞ。それだけ壁の外は危険なのじゃ。ほいじゃけえ、この選択は慎重にしたほうが――」
「調査兵団に入る」
「は?」
「いや、だから調査兵団に入る。この世界のことを調べるなら、調査兵団に入ったほうがいいんだろう?」
「おいおい、もっとよく考えたらどうじゃ。死ぬかもしれんのだぞ」
「人間いつ死ぬかわからない。明日には死んでるかもしれない。だったら、自分の目で外の世界を
見たほうがいいに決まってる」
「エガシラ殿」
「いくら命の危険がなくとも、安全地帯でじっとしているなんて俺にはできそうもないね」
「危険じゃぞ」
「ハイリスク・ノーリターン!」
「!?」
「それが俺の生き方さ」
「……わかった。エルヴィン、彼を頼む」
「はっ、承知いたしました」
そう言うとエルヴィンは江頭の前に立つ。
「エガシラくん。これからよろしく」
そして右手を差し出した。
「は、はい」
エルヴィンは江頭の手をガッチリと握る。
まるで何かを確かめるように。
つづく
99:
現在公開可能な情報3
・一言モノ申すのコーナー
フジテレビのテレビ番組、『めちゃめちゃイケてる』がまだ面白かった頃の名物コーナーの一つ。
江頭2:50が様々な話題の人物や芸能人に対して「一言モノ申す」とか言って、色々な質問をする。
相手のことをよく知らなければならないだけに、事前の予習は欠かせない。
最終的に、江頭が暴走してパンツを脱いだりするのがいつものパターン。
俳優の佐藤浩市がマジギレしたのもこのコーナーである。
100:
エガさんかっけー
102:
なぜこんなにも脳内再生が余裕なのか
104:
江頭がこの世界に来てから十日目。
彼も少しずつその環境に慣れつつあった。
しかしこの世界を知れば知るほど、色々と疑問も出てくる。
とある晴れた日、江頭は調査兵団の駐屯地内にある庭で立体機動装置を見せてもらっていた。
「そんなに珍しいですか? 立体機動装置」
「ええ、そうですね。俺の住んでいた世界には無い代物ですから」
江頭はそれほど機械が好きというわけでもないのだが、この不思議な構造の装置は実に珍しく、
見ていて飽きなかった。
そんな江頭に、ペトラが装置の説明をしてくれる。
この世界において最も江頭に興味を示しているのはハンジ・ゾエだが、日常の世話や
案内は調査兵団のペトラ・ラルがやってくれている。
「まずここに付いているガスの力でファンを回します。そしてその圧力でアンカーを射出し、
高い建物や木々、それに巨人などに突き刺します。
突き刺したら今度は逆の圧力でワイヤーを巻き取って移動します」
(なんだかスパイダーマンみたいだな)
江頭はペトラの説明を聞きながらイメージする。
「今度、駐屯兵団との統合演習がありますので一緒に見に行きましょう」
「そうですね。ありがとうございます」
江頭は礼を言うと、再び機動装置に目を向ける。
ガスを使ってファンを回し圧力を作る。
その圧力でモノを動かす。
105:
これはジェットエンジンの原理に似ている。
装置に付属しているワイヤーは鉄製だ。
細い鉄線を何重にも巻いて作られている。
原理は、江頭の元いた世界で使われているワイヤーと同じ。
そしてもう一つ注目したのが彼らの武器である。
(カッターナイフに似ているな……)
巨人の固い皮膚を切り取るために作られたという兵士たちの武器は付け替え可能なものに
なっている。
刃は固く、それでいてよく“しなる”。
「気を付けてくださいね。それは切れ味が鋭すぎますから、無闇に触ると手を切ってしまいます」
「ああ、すみません」
超硬質スチールと呼ばれているらしいその刃の素材の詳細は不明。
ウォールシーナ内、つまり都の近くにある工場都市においてのみ作られる対巨人用の
特殊兵器。
工場都市以外では作れず、その製法は秘中の秘とされているという。
(詳しいことはわからないけど、この手の素材を作るには高度な冶金技術が必要なんじゃないのか。
だけど――)
江頭は外に目をやる。
その視線の先には、乗馬の訓練に勤しむ兵士の姿があった。
106:
(交通機関は基本的に馬車や馬。建物内には電気もない。
一方で、高度な技術が必要な武器を生産し、もう一方では前近代的な生活。
このアンバランスさは一体何なのだろう。
異世界と言ってしまえばそれまでだが、世界の秘密に何か関係があるのだろうか)
ふと、横にいるペトラの顔を見る。
「ん?」
ペトラは江頭の視線の意味がわからず、はにかみつつ軽く首をかしげた。
進 撃 の 江 頭 2 : 5 0
第四話 守 る も の
107:
軍隊と言っても、何もない時は平和なものである。
この日もよく晴れた気持ちの良い日和で、許されるなら裏山で日向ぼっこでもしたい気分であった。
「エーガちゃあああん!!!」
そんな気分をぶち壊す声の主が参上。
「会いに来たよおおお!!」
大きく手を振りながら中庭に入ってきたのは、調査兵団で巨人の生態調査を担当する、
ハンジ・ゾエだ。
「ハンジ分隊長、またですか」
立体機動装置を片付けていたペトラがあきれ顔で言う。
「そう冷たい言い方しないでよペトラ。今日はいい物を持ってきたんだから」
そう言ってハンジはペトラの頭を撫でまわす。
「やめてくださいよ。どうせまた、トビトカゲの干物とかでしょう?」
「いや、違うよ。おーい!」
ハンジが別方向を見てから誰かに声をかける。
「分隊長、待ってくださいよお」
すると、若い隊員が何やら大きい、それでいてあまり厚くない箱を持ってきた。
「何なんですかそれ」
「うふふ。やっとできたんだよ。意外に早かったけど」
「ん?」
「早着てみて、エガちゃん」
108:
「着る?」
どうやら箱の中に入っている物は衣類のようである。
それから10分後――
「これでいいんですかね」
「お……」
「……」
ハンジとペトラは少しの間絶句していた。
「何か」
「凄い!! よく似合ってるよエガちゃん!!」
ハンジは力強く叫ぶ。
「……カッコイイ」
「え?」
「いや、何でもないです」
ペトラはなぜか恥ずかしそうに視線をはずした。
「しかし、なんかまだ違和感あるなあ」
江頭がそうつぶやくと、
「そんなことないよ。すごくいいね」と、ハンジは言った。
「制服か。大川興業の新年会以来だ」
江頭が着ているのは、ハンジやペトラなどが着ている調査兵団の制服である。
109:
(ジャケットの丈が短い)
大川興業の舞台ではコートのように丈の長い、いわゆる長ランを着ていた江頭だが、
調査兵団の制服は防衛大学校の制服、もしくはドラゴンボールのトランクスの着ていた
服のように丈が短いものであった。
おそらく上着の丈が短いのは、先ほど見せてもらった立体機動装置を装着するためであろう。
あれを付けると背中のほうに小さな樽のようなものを腰の辺りに装着しなければならず、
丈が長いと引っかかってしまいそうだからだ。
「でもエガちゃんって意外と背が高いし痩せてるから、何着ても似合うよね」
「そうっすか」
「なんかさあ、制服でもリヴァイよりも似合ってるよ」
「――小さくて悪かったな、クソメガネ」
「はあっ」
「リヴァイ兵長!」
調査兵団の小さな核弾頭、リヴァイ兵士長の登場である。
いつの間にか登場していた。忍者かコイツは。
「リヴァイ、久しぶりじゃないの!」
「一昨日も会っただろうが」
だがハンジもさるもの。突然の登場にもまったく動揺した様子は見られない。
110:
「ほら、リヴァイも思うだろう? エガちゃんの制服姿。よく似合ってるって」
ハンジはそう言うとリヴァイの肩を抱いて江頭のほうを指さす。
「……まあ、馬子にも衣装ってところだな」
(諺……?)
「まったくリヴァイは素直じゃないなあ」
「触んな変態」
「ノンノンノン、私は変態じゃなくて変人」
「まあいい、それよりエガシラ」
リヴァイはハンジを無視して話を進めることにしたようだ。
「はい」
「半月後には壁外遠征を実施する」
「もうはじめるのかい? 随分と早いなあ」
そう言ったのはハンジだ。
調査兵団の主な仕事が壁外の調査であることは知っているけれども、どれくらいの頻度で
行われているのかは、江頭にはわからない。
「上の方針だ。龍の月がはじまる前に一度、それから蛇の月までに、二度の壁外調査を
実施するよう言われている」
「ふうん。結構忙しくなるね」
「明日にも新兵が調査兵団(ここ)に入団してくる。まずそいつらの慣らしも兼ねた
遠征を実施しなくちゃならん」
「そうか。演習は大事だもんね」
111:
先ほどからリヴァイは江頭に話しかけているのに、返事をしているのはハンジばかりである。
「お前もそこに含まれるんだぞ、エガシラ」
「え?」
「言っておくが壁外では素人の面倒など見てはいられん。自分の身は自分で守れ」
「はあ」
「立体機動装置を使えるようになれとは言わん。だが、せめて乗馬だけはできるようになっておけ。
外では馬に乗れないと命はないぞ」
「わかりました」
「ペトラ」
「はいっ」
不意にペトラに声をかけるリヴァイ。ペトラは反射的に背筋を伸ばした。
「遠征までの間、エガシラのことはお前に任せる。準備の仕方や注意事項など、色々と
教えておけ」
「了解しました、リヴァイ兵長」
「今日の所は以上だ。あとハンジ」
「なんだい?」
「あんまりエガシラばかりに構ってないで、仕事をしろ」
「私の仕事はエガちゃんだよ」
「それ以外にもあるだろうが」
そう言うと、リヴァイは踵を返し建物の中へと向かった。
112:
「何だかんだで、リヴァイもエガちゃんのことを心配しているようだね」
リヴァイの後ろ姿を見つめながら、ハンジは言った。
「実際は監視役って意味合いのほうが強いんじゃないかな。俺はあなた方にとっては、
得体の知れない存在なわけだし」
「そうかなあ。私はエガちゃん個人の魅力もあると思うんだけどなあ」
「俺が? まさか」
「そう思うだろう? ペトラも」
「え?」
再び話を振られて驚くペトラ。何か考え事でもしていたのだろうか。
「え、ええ。まあそうですね。“普通の格好”をしていればカッコイイですし」
「……」
それは褒められているのだろうか。
江頭は若干複雑な気分になる。
「それに、調査兵団のみんなも少しずつエガちゃんのことを受け入れてくれているみたいだよ」
「そうっすかね」
「おーいエガちゃああん!」
遠くから、調査兵団のエルドが声をかけてきた。
手には木刀を持っている。
「剣の稽古しようぜ!」
113:
何だか楽しそうだ。
「ダメですエルド! エガシラさんはこれから私と乗馬の訓練があるんですから!」
「固いこと言うなよペトラあ!」
「壁外遠征まで時間が無いんです」
のんびりと過ごしたい江頭であったけれど、この世界でも覚えることはたくさんありそうである。
(だがあの壁の外に出れば、何かがわかるかもしれない)
江頭の視線の先には、誰がどうやって作ったのかよくわからない高い壁が、遠くの方までずっと続いていた。
*
その日の午後、江頭はペトラと一緒に乗馬訓練をしていた。
「上手ですねエガシラさん。馬に乗ったことがあるんですか?」
「え、まあ。番組の企画でちょっとだけ」
「番組?」
「仕事のことです」
「仕事ですか……」
「それから、ペトラさんの教え方も上手いですし」
114:
「え? 私ですか? いや、全然そんなことないですよ」
「いや、本当に」
「ああ、エガシラさん」
「はい。なんですか、ペトラさん」
「さん付けはやめてください。ペトラで結構です」
「いや、でも」
「今は調査兵団の制服を着ているんだから、仲間ですよ仲間」
そう言うと、ペトラは満面の笑みを見せる。
暖かな日差しの中で、その笑顔は輝いて見えた。
「ところで、エガシラさんの元いた世界でも、馬がいたんですね」
「そりゃいましたよ。でも、あまり乗る機会はありませんけど」
「馬に乗らなかったら、何に乗るんですか? まさか牛……」
「いや、基本的に動物には乗りません。そうですね、自動車とか電車とか」
「ジドウシャ? デンシャ?」
ペトラは首をかしげる。
確かに、見たことの無い人物に文明の利器を説明するのは難しいかもしれない。
「乗り物がいっぱいあって、空を飛ぶものもあるんですよ。飛行機とかヘリコプターとか」
「ヒコーキ? それって、空を飛ぶんですか?」
「ええ。個人用の小さいものから、たくさんの人を乗せて飛ぶものもあります」
115:
「それって、一体どれだけのワイヤーが必要なんでしょうかね」
「ワイヤー?」
「いやだって、飛ぶためにはワイヤーが必要でしょう?」
「……」
江頭はペトラの腰に目をやる。
(そうか。この世界の人たちにとって、空を飛ぶということは、立体機動装置の
ワイヤーを使って移動するという認識なのか)
「ワイヤーは使いませんよ。エンジンなどの動力で空を飛ぶんです」
「鳥みたいなものですか?」
「いや、それともちょっと違う」
「エンジンってなんですか?」
「ああええと、どこから説明したらいいのか」
常識が異なるということはこれほど会話に苦労するものなのか、と江頭は改めて思う。
彼自身、元いた世界では相当「常識外れ」と言われていたけれども、普段の江頭は
人一倍常識に敏感である。常識を認識しているからこそ、非常識を演出できるのだから。
「おい、あんま調子に乗ってるんじゃねえぞ異世界人」
不意に、別方向から声がした。
「え?」
ふと、視線を向けるといつも不満そうな顔をした調査兵団の兵士がいた。
116:
江頭たちと同じように馬に乗っている。
「あなたは」
「俺はオルオ・ボザド。そこにいるペトラ・ラルと同じくリヴァイ兵士長の直轄部隊
に指名されている」
「はあ……」
「もうすぐ実施される壁外遠征では、お前はリヴァイ兵長や俺らと行動をともにするのだが、
そいつはお前を守るためじゃない」
「……」
「お前が『暴走』した時に始末するためだ」
「オルオ!」
ペトラが止めようとするが、陰気な顔のオルオは話を止めない。
「行っとくけど、俺の討伐数は39体だ。いざという時、お前を始末するくらいなんてことはない」
「そうですか」
「お前、エルヴィン団長やリヴァイ兵長に目をかけられ、あまつさえペトラに甲斐甲斐しく世話をされて、
実にうらやま――」
「ん?」
「ガフッ」
オルオは急に口元を抑えて俯く。
どうやら舌を噛んだようだ。
117:
「あの……」
江頭は隣にいるペトラのほうを向くと、
「ああ気にしないでいいですよ。いつものことですから」
「血が出てますけど」
「ツバ付けとけば治りますよこのくらい」
「はあ」
そんなペトラの言葉に、口元を拭ったオルオが言った。
「おいペトラ、その言い方はいくらなんでも冷たいんじゃないのか?」
「ねえオルオ。あなた、昔はそんな喋り方じゃなかったよね」
「あ?」
「もし、仮にそれがリヴァイ兵長の真似をしているなら、本当にやめてくれない?
いや、共通点とかまったくないから」
「フッ……、俺を束縛するつもりかペトラ?
俺の女房を気取るにはまだ必要な手順をこなしていないぜ?」
「舌を噛みきって死ねばよかったのに……」
「戦友へ向ける冗談にしては笑えないにゃ」
「黙れよ」
*
118:
翌日、調査兵団の入団式が慌ただしく行われた。
入団する新兵の中には見知った顔もいる。
「エガシラさああああん!」
一人の少年兵が元気よくこちらに手を振りながら近づいてきた。
「キミは確か」
「エレンです。エレン・イェーガー」
「そうだったな。エレン。キミも調査兵団に」
「はい。小さいころからの目標だったので」
「でも危険じゃないか」
「確かに危険ですよ。外は巨人がいっぱいだし。でも俺はやるんです。
外に出て、この世界の全てを見てみたい」
「そうか」
「それにしても、エガシラさんが調査兵団に入ったなんて、驚きですよ」
「え?」
「その制服も似合ってますね」
「いや、格好だけさ。キミたちが使っているその、あの機械も使えないし」
「立体機動装置ですか? 確かにアレは難しいかもしれませんね。俺も訓練兵時代は
なかなか上手く扱えなかったし」
「そうなのか」
そんな風にエレンと話をしていると、
119:
「ししょおおおおおおおおおおおおお!!!」
物凄い勢いで別の兵士がこちらに接近してきた。
「うわあ!」
「ハア、ハア、ハアッ、やっと会えましたね師匠。これもやはり運命か」
「運命?」
江頭の頭の中に、ベートーベンのジャジャジャジャーンが鳴り響く。
「キミは確か、サシャ・ブラウス」
「覚えていてくれたんですか!? 光栄です師匠!」
「だから師匠はやめてくれと」
「師匠、倒立教えてくださいよ。もしくはあの変な踊りでもいいですから」
「いや、ここでは」
「っていうか、なんで服を着てるんですか。早く脱いで」
「おいっ、やめろ!」
「師匠おおお」
サシャが江頭の服に手をかけた瞬間、
「サシャ、いい加減にしなさい」
そう言うと、一人の女性兵士がサシャの後ろ襟の辺りを掴んで江頭から強引に引き離す。
「た、助かったよ。ええと、キミはこの前会った」
「ミカサ・アッカーマンです」
120:
黒髪が美しい、体格の良い女性であった。
「キミも調査兵団に入ったんだね」
「はい」
「エレンがいるから?」
「……はい」
ミカサは顔を赤らめつつ正直に答える。
「かなり危ない任務だと聞くけど」
「大丈夫です」
「ん」
「エレンは私が守ります。何としても」
「そうか」
頼もしい……、のだろうか?
「ミカサ、酷いですよ! 私と師匠との時間を邪魔するなんて」
「サシャ、ハウス!」
「ヒー!」
江頭が視線を上げると、以前この駐屯地で面会した兵士たちのほとんどがいることに気づく。
「調査兵団は人気なのか?」
江頭が独り言のように言うと、
「そうでもありませんよ」
121:
と、エレンが答えた。
「というと?」
「そりゃ、調査兵団は不人気ですよ。だって、駐屯兵団や憲兵団に比べて巨人と遭遇する
可能性が高いわけですからね」
「そうなのか」
「アニは憲兵団に行きました」
「兄?」
「ああいや、アニっていうのは名前です。アニ・レオンハート。エガシラさんを見て一番笑ってた女の子です」
江頭は、ふとあの冷たい目をした少女のことを思い出す。
「確か金髪の」
「そうですね。でもほかの連中はほとんど調査兵団(ここ)に来ましたよ。
ライナーとかベルトルトとか、あとはジャンにクリスタ、アルミン、それから――」
エレンは、以前江頭と会った新兵たちを指さして教えてくれた。
確かに見覚えのある顔ばかりだ。
特に、ジャンは自分につっかかってきたので覚えており、それからクリスタという
少女は江頭の芸を見ても全然笑わなかったことが印象に残っている。
「確か、ジャンっていう子は親友が死んだって言ってたな」
「ああ。あのことですか。マルコっていうんですけど、トロスト区の戦闘で……、戦死しました。
この前エガシラさんに辛く当たったのも、そのことのショックがあったからなんで」
122:
「わかってる」
「おいエレン! 余計なこと言ってんじゃねえぞ!」
後ろからジャンが叫んだ。
そしてジャンは江頭にも視線を向ける。
「いいかオッサン! 俺はお前のことを警戒してる!ちょっとでも暴走するようなら、
その首を攻で斬りおとすからな。覚悟しろよ!」
そう言うと、ジャンは踵を返した。
背中には、調査兵団のシンボルである自由の翼の紋章が見える。
「すみませんエガシラさん。あいつ、素直じゃないんで」
「いや。親友の死ってのは辛いものだ」
「エガシラさん」
「なあ、エレン」
「はい」
「キミは死ぬなよ」
「え?」
「生きていれば何かいいことがある」
「当たり前ですよエガシラさん」
「ん?」
「俺はこの世の全てを見るまで死にませんから」
「そうか。長生きしなきゃな」
「ええ」
123:
「エレンは死なせない。私が守るから」
不意にミカサが顔を出す。
「うわ! ミカサ。何やってんだよ」
「エレン。あなたは私が守る」
「もういいんだよそんなのは。俺はお前に守られなくてもやっていけるから」
「エレン。あなたはいつもそう言って無茶をする」
微笑まし光景だと思った。
だがこんな様子がいつまでも続くとは思えない。
ふと空を見上げると、高く上った太陽が厚い雲に覆われ、日光を遮る。
*
江頭がこの世界にきてから28日目。
調査兵団の壁外調査がはじまった。
今回は新入団員の演習も兼ねた調査遠征であり、壁外(ウォール・マリア内)に
おける前線拠点の選定とその構築を目的としている。
エルヴィン団長指揮のもと行われるこの壁外調査に、江頭も参加する。
「エガシラくんは前にも言った通り、リヴァイと行動を共にしてくれ。くれぐれも
彼から離れないように」
124:
「はい」
久しぶりに見たエルヴィンは、相変わらず戦士というより証券街のビジネスマンのような
雰囲気を醸し出している。
人並み外れた集中力で乗馬訓練をこなした江頭は、リヴァイ兵長率いる特別班に
編入され、そこで壁外調査に同行することになった。
「エガシラ」
出発前、リヴァイは江頭を呼ぶ。
「はい」
「俺は命令だからお前と行動を共にする。だが、前にも言った通り最低限自分の身は自分で守れ。
誰かがいつも守ってくれるほど壁外は甘くない」
「わかっています」
「よし、乗馬」
リヴァイの号令で、リヴァイ以下数名の班員が乗馬し、壁の出入り口へと向かう。
途中、またいつもつまらなそうな顔をしているオルオ・ボザドが話しかけてきた。
「勘違いするなよ。俺たちはお前を守ることが目的じゃない。
お前がもし暴走した時、斬り殺すのが役目なんだ」
また同じようなことを言っている。
「……」
「わかったなら、でかい顔せずに大人しくしやガッ!」
口元を抑えるオルオ。
125:
「……」
どうやらまた舌を噛んだらしい。
「気にしなくてもいいですよ、エガシラさん」
そう言ったのはペトラだ。
「大丈夫。エガシラさんは私が守りますから、安心してください」
ペトラはそう言って笑顔を見せた。
(どうでもいいけど、この世界では女が男を守るのか……?)
そう考えると少しだけ複雑な気持ちになる江頭であった。
つづく
126:
現在公開可能な情報4
・大川興業と学ラン
江頭2:50が所属する芸能事務所。
1983年、大川興業初代総裁の大川豊が明治大学在学中に「大川興業」を結成。
1985年に株式会社大川興業を設立。テレビ出演や舞台など、幅広い活動を続ける。
現在は大川豊興業に改名。
江頭は同社の筆頭株主であり、第一回大川興業総裁選挙に出馬し、大川興業第二代総裁に
就任したこともある。
大川興業の正装(制服)は学ランであり、江頭がデーモン小暮のツテで琴富士関の断髪式に
出席した際も、総裁の大川豊と共に学ランを着ていた。
127:
乙
脳内再生率が半端無いんですけど・・・
128:
筆頭株主っておい……
エガちゃん、そういうイメージ全くなかったわ
130:
江頭達が壁外遠征に乗り出す数日前。
今年入団したばかりの新兵たちは緊張した夜を過ごしていた。
クリスタ・レンズもその一人である。
彼女を含む第104期訓練兵は、あの“トロスト区の奇跡”に参加し、実際に巨人討伐
の成果を上げた者もいた。
だが華々しい勝利の裏で、多数の兵士が命を落とし、何より間近で見た巨人に多くの
人々が恐怖した。
実際に戦ったからこそわかる巨人の恐ろしさ。
本物の巨人は、訓練で標的となる模擬巨人とは異なり硬く熱い。
そして何より、容赦なく人を食らう。
壁外に出れば、多くの巨人に出会うことになるだろう。
その否定しようもない事実が、クリスタの心を不安にさせる。
闇に染まる空の下で、彼女の心は暗く沈んでいた。
自分で選んだ道であるにも関わらず、彼女の心は恐怖で押しつぶされそうになっていた。
こんなことなら、調査兵団なんかに志願しなければ――
そんな本音が口から零れ落ちそうになったその時、
「いい星空だね」
不意に背後から声をかけられた。
「あなたは……」
「驚かせちゃったかな」
131:
江頭2:50であった。
黒タイツの時と異なり、今の彼は柔らかな表情をしている。
「ああ、すまない。邪魔してしまったかな」
不意に江頭は言った。
「邪魔って、何をですか?」
クリスタは聞き返す。
「いや、その。あんまり星がキレイだったんで、ずっと見ていたのかなと思って」
「星……」
クリスタは夜空を見上げる。
「あ……」
そこには満点の星空があった。
確かにキレイだ。
この日は特に空気が澄んでおり、小さな星々もよく見える。
正直気づかなかった。
こんなにキレイな星空があることに。
言うまでもなく、クリスタの頭の中は明日以降の壁外遠征のことで一杯だったからだ。
方角や位置を知るため以外で、星など見ている余裕はない。
だが、江頭に言われて少しだけ心に余裕ができた。
「あの」
132:
「ん?」
「エガシラさんって、その……」
「うん」
「怖いって思ったことはないんですか?」
「怖い?」
「はい。その、明日から壁外遠征なわけで……」
「ああ、そういうことか」
江頭は、クリスタの気持ちを察したようで、話を進めた。
「俺はね、元いた世界ではお笑い芸人をやっていたんだ」
「お笑い、芸人?」
「ああ、芸人は舞台に上がって芸をして、人を笑わせるのが仕事」
「はあ」
「それでな、初めて舞台に上がるときはそりゃあ緊張したよ。前の日に眠れなかったし、
吐き気もした。震えが止まらなかったこともある」
「それで、どうやって克服したんですか?」
「そうだな。俺はもうかれこれ20年以上芸人やってるけど、舞台が怖いって“思わなかったこと”
はないね。一度たりとも」
「え……」
「正直さ、今でも怖いんだよ。キミたち兵士とは事情が違うかもしれないけど、
仕事をしていく中で恐怖を感じない日はない。
そしてその恐怖を払拭する方法は、おそらくないんじゃないかな。
俺たちはそんな怖さや痛みを抱えて芸をする。それがプロってものだと、俺は思う」
(そうか……、この人も)
遠くで光る松明の灯りと、星明りの中で照れた笑いを見せる江頭を見て、クリスタは
少しだけ安心する。
(私一人じゃないんだ)
彼女は大きく息を吐き、もう一度星空を見上げた。
133:
進 撃 の 江 頭 2 : 5 0
第五話 決 断
134:
850年 龍の月の20日目――
江頭がこの世界にきてから一ヶ月半となるその日、調査兵団による壁外調査が実施される
ことになった。
エルヴィン団長を主軸とする調査兵団約一個中隊が一団となって壁外調査を実施。
目的は壁外における補給拠点の確保。
そして何より、今年入団したばかりの新入団員たちの演習のためでもある。
壁周辺を守る駐屯兵団の鐘の合図とともに、一気に壁外に躍り出た調査兵団の部隊は、
概ね菱形の陣形で持って荒野を進んだ。
かつては畑や田圃のあった場所も、今はかなりの荒れ地となっている。
ウォール・マリア陥落から早くも五年。
何年もかけて人が手を加えてきた土地は、数年のうちに自然へ帰ろうとしているようであった。
それはともかく、江頭は陣形のおよそ中央にあるリヴァイ兵長直轄班にいた。
「今年はやけに巨人の数が少ないな」
リヴァイが独り言のようにつぶやく。
ただし、声はかなり大きいので、誰かに同意を求めているようでもある。
「確かに少ないですね」
そう言ったのは、この班のナンバー2でリヴァイの信頼も厚いエルド・ジンであった。
135:
リヴァイ直轄班は、エルドの他に堅物そうなグンタ・シュルツ、江頭の世話を焼いてくれた
ペトラ・ラル、そしてよく馬上で舌を噛むオルオ・ボザドの四人しかいない。
こればかりは量より質、と言ったところだろうか。
彼らの戦闘力は、一人で四人分以上はあるだろう。
何より班長は「人類最強」とも噂されるリヴァイだ。
彼らと一緒にいる限り、巨人に食われることはないと言ってもいい。
しかし、
(嫌な予感がする)
馬を走らせながら江頭は思った。
彼の嫌な予感は大抵当たるのだ。
「どうしました? 江頭さん」
江頭の表情を見たペトラが声をかける。
「いや、何でも」
自分では感情を顔に出さないポーカーフェイスのつもりであったけれど、
どこかで見抜かれてしまったか。
そんな自分の迂闊さを、江頭は反省した。
*
136:
調査兵団最右翼。
調査兵団の行軍は全体的に広がった状態で行われる。
巨人は人だけを追う性質があり、人が固まっているとそこに集まりやすい。
そのため、できるだけ大きく広がり、誰かが巨人を発見すると、煙弾(信号弾のようなもの)
で周囲に知らせるシステムを取っている。
調査兵団に入ったばかりのエレンとジャンはこの日、陣形の最右翼に位置していた。
「なあジャン」
馬を走らせながらエレンはジャンに声をかける。
「んだよ」
ジャンは面倒臭そうに返事をした。
「俺たち、今最右翼にいるんだよな」
「んなことわかりきってるだろうが」
「ってことは、俺たちが一番最初に巨人に遭遇する可能性が高いってことだよな」
「だからそりゃ当たり前のことだろうが。どうしたエレン。ビビってんのか?」
「そうじゃねえよ。巨人を見つけたらぶっ殺してやる」
「おいおい勘違いすんじゃねえぞ死に急ぎ野郎」
「なに?」
「今回の壁外調査は、壁外における拠点づくりのための調査が主目的だ。
戦闘は二の次。わかってんのか?」
137:
「わかってるけど……」
「だったらそこに集中しろ。巨人見つけたってすぐに戦闘開始するんじゃねえぞ。
ここは壁内じゃないんだからな」
「……わかってる」
ジャンは臆病なところはあるけれど、状況を正しく認識し、自分が今何をするべきか
をよく理解している兵士でもある。
個人の技能ではジャンに勝っていたエレンだが、組織的な動きではジャンに負けているのではないか、
と常々彼は思っていた。
(認めたくはないが、こいつはリーダー向きかもしれないな。認めたくはないが)
そんなことを思いつつ、エレンたちは馬を走らせる。
「オラ新兵ども! 索敵を怠るな! お前らが巨人を見逃したら、他の仲間たちの命に関わってくるんだぞ」
分隊長である先輩兵士がそう言って注意を喚起する。
「はい!」
「了解!」
二人は勢いよく返事をする。
「見逃すんじゃねえぞエレン」
と、ジャン。
「だったら勝負だジャン」
エレンはそう切り返す。
138:
「勝負?」
「どっちが先に巨人を見つけられるか」
「あまり勝ちたくねえ勝負だな」
「ビビってんのか? ジャン」
「んなわけねえって。目には自身があるんだよ畜生が――」
ジャンの言葉が止まる。
「おい、ジャン」
「なあエレン」
「ん?」
「この勝負、いきなりで悪いんだが」
「ああ」
「俺の勝ちだ」
「な!」
ジャンの視線の先をエレンも見る。
そこには、勢いよく走る巨大な影があった。
*
139:
空に煙弾が上がる。
緊急事態を示す紫の信煙弾。
3〜10メートル級の巨人が現れた程度ではまず発射されることのない煙弾だ。
江頭が行動を共にしているリヴァイ班は、ほぼ陣形の真ん中からやや後方にあり、
煙弾の位置はおよそななめ後方に見えた。
「どういうことだ?」
班長のリヴァイは独り言のように言う。
そして、
「お前たち、止まれ!」
そう言って、江頭を含む自分の班員を止めた。
「何か問題でもあるのか?」
「江頭が聞いた」
しかしそれにリヴァイは答えない。
煙弾の行方を見ながら、何かを考えているようだ。
「ちょっとおかしいですね」
リヴァイの代わりに説明してくれたのはペトラであった。
「おかしい?」
「ええ。あの位置から多数の煙弾が発射されるということは、陣形の右半分の
前進がほぼ停止していると見ていいかもしれません」
「前進が停止?」
「つまり、前進できないほどの緊急事態が右翼側で行われていると」
「緊急事態……」
140:
江頭の中にある嫌な予感がどんどんと大きくなる。
「口頭伝達!」
不意に、後方から来た兵士が叫ぶ。
「どうした」と、リヴァイ。
「部隊本部および補給部隊が巨人の大群に襲われております!
リヴァイ班及び前衛部隊は至急後方の本部への増援に行くようにとのことです」
「わかった」
リヴァイは短く返事をする。
「ちょっと待て兵長」
そう言ったのは江頭であった。
「どうした」
「行くのか、本部に」
「当たり前だ。後方の本部が潰れたらこの調査団は持たない。チェスと同じだ」
「しかし、あっち側でも助けを求めているじゃないか!」
江頭は先ほど信煙弾の上がった右翼側を指さす。
「お前は右翼側の救援を優先しろというのか?」
「まあ、そうだ」
「どうしてだ。その根拠は」
「……勘だ」
「勘?」
141:
「なんつうか、嫌な予感がするんだよ。右翼側を放置していたら、不味い気がよお」
「おい異世界人! 立体機動も使えねえ素人がリヴァイ兵長に意見するなんざ、
百年早いんだよ」
そう言ったのは、オルオであった。
「けど……」
「生きて帰りたきゃ、兵長の指示に――」
「口頭連絡!」
オルオの言葉を遮るように、一人の騎乗兵士がこちらに近づいてきた。
「キミは」
「エガシラさん!?」
小柄な女性兵士、クリスタ・レンズであった。
「どうした」
リヴァイはクリスタに聞く。
「う、右翼側に現れた巨人が、多数の巨人を引き連れて索敵班を襲撃。
壊滅的な打撃を受けています! 中でも、15メートル級の新種の
巨人の戦闘力が強力らしく、一刻も早く救援を待っています」
「新種?」
「え、はい。私も詳しくはわかりませんが、通常種でも奇行種でもない、強力な巨人
とのことです。恐らく、トロスト区や五年前にシガンシナ区を襲った巨人の類では
ないかと……。失礼、これは私の憶測です」
142:
「そうか」
リヴァイは再び考える。
「ど、どうしますか兵長」
ペトラが心配そうに聞いた。
「当初の予定通り、我々は本部の救援に向かう」
「ちょっと待てよ! さっきほ報告聞いただろう。右側がヤバイ状況なんだよ」
江頭はその決定に意見する。
クリスタの報告によって、自分の中の不安が現実になって表れたと思ったからだ。
しかしリヴァイの決定は冷徹であった。
「我々は本部を優先する。理由は、本部が潰されると建て直しが難しいからだ」
「リヴァイ!」
「おいお前、いい加減にしろよ!」
怒ったオルオが馬ごと江頭に詰め寄ろうとしたのをリヴァイは止める。
「止まれオルオ」
「でも兵士長」
「うるさい。ここの指揮官は俺だ」
「……はい」
オルオは渋々引き下がった。
「エガシラ」
143:
リヴァイは江頭を見据える。
小便を漏らしてしまいそうになるくらい鋭い眼光ではあるけれど、今の江頭はここで
怯むわけにはいかないと思った。
「なにか」
「お前が臨時とはいえ、この調査兵団の一員であるならば、上官の俺に従ってもらう義務がある」
「……はい」
「もし俺の命令に従えないというのであれば――」
「……」
「今すぐその制服を脱げ」
「兵長、いくらなんでも」
ペトラが間に入ってなだめようとするも江頭は、
「わかった」
そう言って下馬した後、外套を脱いだ。
「江頭さん?」
そして上のジャケットもシャツも脱ぎ始める。
「きゃっ、一体なにを」
更にズボンを脱ぐと、下から例の黒タイツが姿を現した。
「え?」
「……ほう」
戸惑うペトラや他の団員の中で、リヴァイだけは冷静であった。
144:
「世話になったな。お前の判断は軍人としては正しいと思うよ。だが従えねえ」
そう言うと、江頭はブーツから黒の運動靴に履き替える。
そして屈伸運動をはじめた。
「エガシラさん。馬は」
ペトラのその言葉に、
「走ったほうが早い」
江頭はそう言って笑った。
そして、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」
雄たけびを上げながら走り出した。
い。
確かにかった。
風を切りながら、黒タイツの江頭は荒野を駆ける。
*
145:
江頭が走り去った後、伝令役のクリスタは茫然とその後ろ姿を見送っていた。
「おい、新兵」
そんな彼女にリヴァイが声をかける。
「はい」
「名前は」
「クリスタ、クリスタ・レンズです」
「そうか、クリスタ」
「はい」
「今からお前に仕事を与えるが、いいか」
「は、はい」
リヴァイの視線の先には、先ほど江頭が脱ぎ捨てた制服と、彼が乗っていた馬があった。
*
146:
ジャンとエレンは互いに背中合わせで立っていた。
互いに肩で息をしているのがわかる。
体力はもう限界に近い。
「おいジャン。武器は残ってるか?」
エレンが聞いてくる。
「刃は多少残っているが、問題はガスだ」
「実は俺も、もうガスがない」
「糞が。死に急ぎ野郎と心中することになるとはな」
「それは俺のセリフだろうが」
互いに悪態をついてみるも、事態が好転するわけでもない。
廃村の納屋に身を隠しながら、ジャンたちは周囲を見回す。
かなりの数の巨人が密集している。
(こんなことなら、殿(しんがり)なんて志願しなきゃよかった)
己の決断に後悔はない、と思いつつも、やはり心の中の弱い部分は隠せない。
「後悔してんのか? ジャン」
唯一生き残った仲間がそう問いかける。
「んな訳ねえだろう。それに、俺は死ぬつもりはない」
「だな。今に仲間が助けにきてくれる。精鋭のリヴァイ班が来てくれれば、こんな巨人どもなんて」
エレンのその言葉に、ジャンの心は少し切なくなった。
147:
(恐らく助けは来ないだろう。ここで巨人を食い止める役を担った時点で、
俺たちは死ぬ運命だったんだ)
「しかしあの巨人を引き連れていた巨人、見たか?」
エレンは聞いてきた。
話をしている余裕などもはやないはずなのに、今の二人は妙に多弁である。
恐らく死の恐怖から逃れるため、身体が勝手に口を動かしているのだろう。
「巨人って、あの女みたいなやつか」
ジャンは聞き返す。
「そう、女型の巨人。あんなの、訓練隊の授業やトロスト区の戦いでも見たことはない」
「しかも動きがやけにシャープだったな。まるで格闘技でもやってるみたいな」
「そうだな。普通の巨人とは違う。奇行種でもない。あれはむしろ、俺たち人間のように
知性を持っているような」
「バカバカしい。巨人に知性だなんてよ」
ジャンは吐き捨てるように言った。
「だけど、俺の故郷を襲った超巨大巨人や鎧の巨人は、明らかに知性を持っていたぞ」
「……」
「巨人の中には、人を食らうだけの巨人とは違う、別の個体がいるのかも」
「ストップ。そういうのはハンジ分隊長とか、専門の連中に任せればいい」
「でも」
148:
「今俺たちがしなきゃいけないことは、ここからどうやって生き延びるかだ」
と、ジャンは言った。
「生き延びる」
「時間は十分に稼いだ。だったらここから脱出してもいいだろう」
「敵前逃亡じゃねえか」
エレンは言う。
「これは敵前逃亡じゃねえ。戦略的撤退だ。いいかエレン」
「なんだよ」
「今ここで、俺たちが巨人の一体や二体倒したところで状況は変わらない。
だったら、今俺たちがすべきことは、ここから何とか生き延びて、この状況を
本部や、他の仲間たちに知らせることだ」
「ジャン……、お前、色々と考えているんだな」
「当たり前だろうが。俺を何だと思ってんだ」
「馬面」
「殺すぞ」
「いや、ジャンの言うこともわかるんだが」
「あん?」
「この状況でどう生き延びるのかなって」
「囲まれてんな」
ジャンとエレンは、すでに十メートル級の巨人多数に囲まれていた。
巨人どもの目が彼らを見る。
149:
今にも襲い掛かりそうだ。
「まだガスはある。行くぞエレン」
「わかってる」
二人が立体機動装置を作動させようとしたその時、
《ううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!》
聞き覚えのある声が天高く響く。
「まさか……!」
巨人どもの動きが、まるで金縛りにかかったようにピタリと止まる。
「チャンスだ! エレン!」
「おう」
一斉に立体機動装置のアンカーを射出した二人は、身体を浮かせて一気に巨人の包囲を
突破した。
「やはり」
そして、開けた視界から彼らは“あの姿”を確認するのだった。
《ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!》
「エガシラ……?、いやっ、違う。あれは――」
150:
「黒タイツの巨人だああ!!!!」
《うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!》
勢いよく走り込んできた江頭2:50はすでに巨大化していた。
体長約15メートルくらいであろうか。
《どりゃあああ!!》
そして、走り込んできた勢いをそのままに左右に激しく倒れる。
ビタンビタンと倒れる姿は、通常時の何倍もの迫力だ。
地面も揺れる。
そしてすかさず、三点倒立(シャチホコ立ち)!
《おりゃああああ!!》
「おおお!!!」
「ウオオオオオ!!! エガちゃあああああん!!」
思わず声を上げるジャンとエレン。
《1クールのレギュラーよりも1回の伝説!! 江頭2:50ですううう!!!》
「いえええええい!!」
《ドーン!!!!!》
「ドーン!!!」
《ドオオオオオン!!!!》
「ドーーーーーン!!!」
151:
江頭の声はまるで雷のように腹に響く。
「エガちゃん! バク転バク転!!」
調子に乗ったエレンが叫んだ。
それに対して江頭は、
《とうっ》
素直にバク転を試みて、
《ぐわああああ!!》
案の定バク転に失敗。後頭部を強打して地面の上をのたうち廻る。
《いてえええええええ!!》
「プッ」
その光景を見て、思わず吹き出しそうになったジャックは、急いで口を手でふさいだ。
(くそっ、俺としたことが。こんなので笑うなんて)
ジャンは、心の中でなぜか「負けた」と感じてしまった。
(だがこれ以上は負けない!)
そう思った次の瞬間、
《シャチホコ!!》
「ぶはあああ!!」
再び江頭倒立をかます江頭の姿に、とうとう我慢できず涎と鼻水を吹き出してしまった。
「あがああああああ!!」
152:
「ぬわおおおおおお!!!!」
そんな江頭の動きを見て、巨人の群は逃げ出して行った。
二十体以上はいたであろう、多数の巨人が走って逃げだすのである。
巨大な地響きと砂埃、そして奇妙な湯気を辺りを覆った。
「エガちゃああん! 助かったよ!」
そう叫んだのはエレンだ。
《おうエレン! ジャック! 無事だったか》
巨大な江頭はそう言った。
「俺はジャックじゃねえ! ジャンだ!」
《悪い悪い! 二人とも無事でよかった! 他の連中は!》
「残念だけどエガちゃん。かなりの数がやられたよ! 大半は逃げ延びたみたいだけど」
《そうなのか……》
エレンのその言葉に江頭は少し暗い顔をする。
だが、感傷に浸っている暇はなかった。
「おいエレン! あれ……!」
ジャンは砂煙の中に、大きな影を見つける。
そこには、一体の巨人が残っていた。
段々と砂煙が晴れてきて、その姿がはっきりと見えるようになる。
「あれは! おいエレン!」
153:
「ああ、間違いない」
皮膚らしきものがなく、筋繊維がむき出しになったようなグロデスクな外見の巨人。
だがその髪の毛や体型、特に大きな乳房と尻は女性そのものの形である。
「女型の巨人!」
エレンたちにとって今日までに見たことのない巨人だ。
だがそれは外見だけでなく、行動もそうだった。
普通の巨人は人を食らうのだが、女型の巨人はそうではない。
攻撃してきた人を倒す。
通常の巨人は喰うために殺す。だが女型の巨人は殺すために殺していた。
「気を付けてエガちゃん! そいつ、普通の巨人じゃないよ!」
エレンの声が響く。
確かに、江頭の変な動きを見ても他の巨人のように逃げださなかった。
それだけでも、もう他の巨人とは違うのだ。
そんな巨人を見て江頭は一言。
《お、なかなかいい女じゃねえか》
「ぶっ!」江頭の言葉にジャンは吹き出す。
「エガちゃん! 気持ち悪くないのかよ!!」
エレンは叫んだ。
《やれるぜえ、あれくらいだったら十分やれる》
154:
「何がやれるってんだあ! オッサン!」
思わずジャンも叫んでしまう。
《俺は橋田壽賀子とキスした男だぞ! あんなんでもやれるに決まってるだろう》
「ハシダスガコって誰だよ一体!」
自分の知らない人物(?)の名前に、おもわずツッコミを入れるジャン。
「とにかくエガちゃん! あの女型の巨人に仲間をたくさんやられたんだ!
あいつを何とかしないと、俺たちは全滅してしまうかもしれん!」
エレンは叫ぶ。
確かにその通り。調査兵団のような精鋭ならばともかく、駐屯兵団の下っ端クラス
だと、1000人集めても全滅させられてしまいそう。
それだけ女型の巨人の動きは恐ろしかった。
巨人の群が来てからは、疲れたのかあまり動かなくなったけれど、巨人どもがいなくなった今、
戦えるのは自分しかいないと悟った彼女は、腕を上げて戦いの構えを見せる。
《なんかよくわからんが、アイツを倒せばいいんだな?》
女型の巨人だけでなく、江頭もやる気だ。
《うおおおおお! なんか興奮してきたぞおお!》
「頑張れエガちゃん!」
「頑張れってくれよオッサン!」
ほぼガスも尽きて、戦闘らしい戦闘の続行が不可能になっていたエレンとジャンの
二人は、もはや黒タイツの巨人(江頭)を応援するしかなかった。
つづく
155:
現在公開可能な情報5
・橋田壽賀子キス事件
江頭自らも認める伝説(黒歴史)の一つ。
2001年、江頭が『笑っていいとも』に出演した際、同番組に出演していた脚本家の
橋田壽賀子を黙らせるため、江頭が橋田に口づけをした事件。
その結果、担当ディレクターは正座させられ、江頭は2014年3月まで笑っていいとも
出入り禁止となった(いいとものスペシャル番組は除く)。
156:
橋田先生は卑怯だろクッソwwwwwwwwwwwwwwwwww
157:
エガちゃん、カッケーわーwwwwwwww
マジクールwwwwwwwwwwww
158:
ちきしょうwwwwwwwwww
地の文がクールな分、エガちゃんのテンションが余計にウケルwwwwwwwwww
159:
ウォール・マリア陥落後、無人となっていた農村の一角で、巨大化した江頭2:50こと黒タイツの巨人と、
女の姿をした女型の巨人が対峙していた。
それを見つめるジャンとエレンの二人。
本当は、エレンたちも協力して戦いたかったのだが、残念ながら立体機動装置の
燃料(ガス)が不足しており、今は応援することくらいしかできない。
「頑張れエガちゃん!」
エレンの声が空に響く。
「本当にやれんのか?」
一方、ジャンは心配していた。
女型の巨人の戦闘力はすでに見ている。
通常の巨人とは比べ物にならないくらい硬く、何より強い。
「……」
女型の巨人はゆっくりと両手を上げて構えた。
格闘技をやっているような構え。
「あの構え」
「どうした、エレン」
「いや、なんでもない」
エレンはそう言って首を振る。
何かを思い出したような顔をしているけれど、今はそれを追求している暇はない。
「それにしても、あのオッサンって強かったのか?」
160:
彼が戦っているところをジャン見たことがないので、実はよくわからない。
トロスト区の戦闘でも、彼が変な動きをすると巨人たちが帰って行ったので、
本当の戦闘というものを見たことがないのだ。
「でもさ、ジャン」
再びエレンが口を開く。
「あん? なんだよ」
「あの筋肉、凄くないか」
江頭の上半身を見ながらエレンは言った。
「あれならライナーのほうが……」
そう言いかけてジャンは言葉を止める。
確かに江頭の筋肉は引き締まっていた。無駄な脂肪が一切なく、腹筋も割れている。
胸毛や乳毛は気持ち悪いけれど、背中の筋肉もしっかりしており、ある意味理想的な
肉体とも言える。
三転倒立や不思議な踊りなど、人間離れした動きができるのなら、格闘も強いのかもしれない。
《安心しろ二人とも! 俺はハッスルにも参戦したことがあるんだ!》
江頭は言った。
(ハッスルってなんだよ)
江頭は時々、ジャンたちにわからないことを言う。
《おい、そこの女巨人! 押し倒してマ〇コに腕ツッコんでヒーヒー言わせてやる!!》
161:
「……」
女性陣がいたら確実に好感度が20ポイントは下がるであろう言葉を発して、
江頭は相手を挑発する。
その言葉に反応したのか、女型の巨人がジリジリと距離を詰めた。
息をのむジャンとエレンの二人。
緊張の瞬間だ。
そして、戦いが始まる――
進 撃 の 江 頭 2 : 5 0
第六話 お笑いと戦い
162:
いきなりの平手打ち、
そして接近してからの肘!
最後の仕上げはハイキック――
《ぬおわああああああああ!!!!》
女型の巨人の攻撃に、江頭は吹き飛ばされてしまった。
「なにが『ぬおわあああ』だ! お前全然弱いじゃねえかコノヤロー!!!」
勢いよく転げまわる江頭に、ジャンは叫んだ。
《だってしょうがねえだろう!》
頬を抑えつつ、素早く起き上がった江頭が言った。
「何がしょうがねえんだよ!」
《この女強いぜえ! 間違いなく強い。松本キックよりも強いんじゃねえか!?》
「だから知らねえよそんな奴!」
「うわあ、エガちゃん!」
エレンが叫ぶや否や、女型の巨人は再び江頭に接近し、ストレートを何度も
繰り出したあげく、素早いローキックをかました。
《がああああ!!!》
足払いのように蹴られた江頭の身体は宙を舞う。
巨人の身体があそこまで飛ぶとは思わなかった。
(いや待てよ。確か訓練隊の教育では、巨人はその体積に対して質量が軽いという話があったな)
163:
ジャンは少しだけ昔のことを思い出す。
《くっそ、いてええ!》
再び立ち上がる江頭。
このままでは何度も転ばされそうだ。
ジャンとエレンがそう思った時、
《…………》
江頭は無言で右手を挙げた。
そして女型の巨人ににじり寄る。
「まさか……」
《力比べだコラアアア!!!》
そう、江頭は力比べをしようとしているのだ。
「ダメだエガちゃん! いくらなんでも無茶だよ!」
エレンは叫ぶ。
「いや、エレン。実はいい考えかもしれんぞ」
其れに対してジャンは言った。
「ジャン?」
「よく考えてみろ。格闘センスでは圧倒的に女型の巨人のほうが上だ。
だが力はどうだ? 女の巨人よりも男のほうが強いかもしれないだろう」
「そうか、つまり自分の得意なフィールドに持ち込んだってわけか」
「そう言うことだ」
164:
《イタタタタタタタ!!!》
「負けてるし! 何やってんだ!!」
江頭は右手を掴まれたまま、その場に跪く。
どうやら“力”でも江頭は女型の巨人に敵わないようだ。
「おい、どうすんだこりゃ。万事休すか?」
ジャンがそう言ったその時、
《心配すんなお前たち!》
江頭はまた言った。
「何がだよエガちゃん!」
《俺はお笑い芸人だ。お笑い芸人としての戦いをしてやる》
「え?」
そう言うと江頭は立ち上がる。
すでに身体の所々が女型の巨人の攻撃によって痣になっていた。
「エガちゃん……」
「オッサン」
不安そうに見つめる二人の前で立ち上がり、再び背筋を伸ばす江頭。
《行くぞおおお! 取って入れて出す! 取って入れて出す! 取って入れて取って入れて
ガッペムカツクドゥーンドゥーン ドオオオオオオン!!!》
165:
いつものギャグをかました江頭は、不敵な笑みを浮かべた。
なぜか、女型の巨人は攻撃もせず、その様子をずっと見ている。
《行くぞおおお! 江頭2:50! モノマネ百連発!!!!》
人差し指を立てた右手を高々と上げる江頭。
そして、
《エレン・イェーガーですう》
《ブッ》
全然似ていない、というかモノマネですらない行為に、思わず目を背けて口元を抑える女型の巨人。
「おいエレン。見たか?」
「ああ、見た。女型の巨人、笑ってたよな」
「ああ、笑った。あの全然似てないモノマネで!」
「そうだ。全然似てないモノマネで笑った!」
二人のその会話に、女型の巨人は首を振る。
166:
(人間の言葉がわかるのか。やはりコイツは)
「いいや笑ったね! 明らかに笑った! コイツはエガちゃんのギャグが好きなんだ!!」
ジャンは挑発するように大声で叫ぶ。
「なあ、エレンもそう思うだろう!?」
「あ、ああ。確かに女型の巨人は笑ってたぜ! さすがエガちゃん。巨人を笑わすなんて!」
《……》
女型の巨人の動きが止まる。
「な!?」
と、思った瞬間に巨人は素早くジャンたちに接近し、こちらを踏み潰そうとしてきた。
「ぎゃあああ!」
「なんでコッチを攻撃してくるんだよお!」
エレンが涙目になりながら叫ぶ。
「よくわからんが狙い通りだ!」
ジャンは言う。
「何が!?」
「やーいやーい、シモネタ好きの女型の巨人! ド淫乱!!」
ジャンのその声に、更に攻撃をヒートアップさせていく女型の巨人。
言葉が理解できる。感情もある。
167:
間違いなくこの巨人は、人間だ。
ジャンはそう確信した。
だが、
(ヤバイ。死ぬかもしれん)
巨人の激しい攻撃に、立体機動装置に残った最後のガスを使おうとした瞬間、
《どりゃああ!!!》
黒い影が、飛び込んできた。
そして、女型の巨人のその巨体が数十メートル先に吹き飛ぶ。
《危なかった》
「エガちゃん!」
江頭2:50のヒップアタックが女型の巨人を突き飛ばしたのだ。
《エガシラアタック!!!》
技名を高らかと宣言する江頭。
「うおおおおお!」
「やったぞおお!」
思えば、江頭にとっては初めてとなる反撃らしい反撃であった。
見ると、女型の巨人は尻餅をついていた。
これはチャンスだ。
「チャンスだオッサン! 攻撃しろお!」
168:
ジャンは叫ぶ。
《よおおおし! やるぞおお!!》
江頭はそう言って女型の巨人に走って接近した。
そのまま飛び蹴りでもかますのかと思ったら、思いもかけない行為にうつったのだ。
《テポドンンウォッシュだあ!》
そう言って、黒タイツの中に腕を突っ込む江頭。
そして、
《ドーン! ドーン! ドーン! ドオオオオオオンン!!!》
『ドーン』の要領で、女型の巨人の顔をタイツ越しに攻撃する江頭。
「何やってんだオッサン! 普通に殴ったほうが早いだろうが!」
頭を抱えるジャン。
お笑い芸人の行動は予想も理解もできない。
「いや、待てジャン」
そんなジャンにエレンは言った。
「なんだエレン。あの攻撃に意味があるとでも言うのか?」
「その通りだ」
「何だよ」
「もしお前が女型の巨人の立場だったら」
「なに? それが」
169:
「普通に攻撃されるのと、あんなふうにふざけて攻撃されるの、どっちが屈辱的だろうか」
「そりゃあ、後者だろうなあ」
当たり前だ。
本気で喧嘩しているのならなおさらだ。
ジャンはエレンと喧嘩をしていた日のことを思い出す。
(もし、エレンがあんな風に変な攻撃をしてきたら、おそらく俺は一生奴を許さなかっただろう)
そう、ジャンは確信する。
《うわあ!》
体力を回復させたのか、急に立ち上がる女型の巨人。
気のせいか、彼女の周りに立ち上る湯気の量が増えたような気がする。
先ほどと違い、素早く間合いを詰める女型。
《ぬお! おわ!》
それをギリギリで避ける江頭。
時々当たるけれど、致命傷にはならない。
だが、防戦一方なのでやられるのは時間の問題。
「おい、こりゃやべえぞエレン。あのオッサン、本気で殺されるかも」
「何言ってんだジャン! よく見てみろ。女型の巨人の動き、おかしいと思わないか」
「さっきより攻撃的?」
「それもある。だが其れ以上に大振りだ。蹴りも殴りも」
170:
「大振り」
「さっきまで、コンパクトに攻撃を当てることに集中していた女型が、今は大振り。
一方エガちゃんは、それを見越してか、女型の巨人の攻撃をかわしている」
そういえば、エレンの対人格闘成績はミカサに次いで二位だったはずだ。
ミカサほどずば抜けた才能はないものの、努力と研究は誰にも負けていない。
「でもこのまま防戦一方なら、いずれにせよジリ貧だ。何とかしなけりゃ」
そう言うと、ジャンは立体機動装置に手をかける。
ガスは残りわずか。
先ほど使ってせいで、ほとんど残ってはいないけれど、あと一回分くらいはある。
「待てよジャン。二人同時に行くぞ」
「わかってる」
「タイミングを合わせ――」
そこまで言ったところで、二人は言葉を止めた。
「あれは」
《ぐおおお!》
女型の巨人の攻撃を必死に耐える江頭。
その視線の先、女型の巨人の背後に一つの人影が見えた。
太陽の光に反射する白刃と、美しい金髪。
「クリスタ!!」
171:
立体機動装置で飛び上がったクリスタ・レンズが白刃を振るう。
「えいっ!」
彼女の一振りが女型の巨人、というか巨人全般の弱点である首の後ろのあたり、
つまり“うなじ”を切り裂く。
《ギャアアアアアア!!!!》
女型の巨人の叫び声が響いた。
「やったか!」と、エレン。
「いや! まだ浅い」
ジャンが状況を冷静に分析する。
女型の巨人の背中から蒸気が噴き出す。
巨人は人間よりもはるかに強力な自己回復能力を持っているのだ。
「回復させる気だ!」
「させるか!」
エレンとジャンは最後のガスを使い、立体機動戦闘に入る。
だが、
女型の巨人の右腕が彼らを襲う。
左手は、弱点であるうなじへ。
「その手をそぎ落としてやるよ!」
辛うじて右腕の攻撃を避けたジャンが左腕を攻撃する。
しかし、
「ぐわっ!」
172:
硬化されているのか、ジャンの持っている剣の刃が砕けてしまった。
「こいつ、固いぞ!」
次の瞬間、ジャンとエレンのガスが切れる。
「くそっ、あとちょっとなのに!」
「二人とも、大丈夫?!」
二人に声をかけるクリスタ。
「クリスタ! 今は敵に集中しろお!」
ジャンは叫ぶ。
「そうだ」
「でも!」
《コイツは任せろ!》
そう言った江頭が女型の巨人に接近する。
そして、
んちゅっ――
「え?」
「へ?」
「ああ……」
女型の巨人に口づけをしたのだ!
「きゃああ! きゃああああ!」
あまりの衝撃的な光景に、赤面して騒ぐクリスタ。
173:
《んぷううう!!!!》
あまりに予想外の行為に驚いたのか、女型の巨人のうなじから火山ガスのごとく蒸気が噴き出した。
「うわあああ!!!」
その蒸気は周囲を包む霧となって行く。
「アチチチッ、あちいいい!」
まるで温泉街のような湯気。
いや、もうそれ以上だ。
「エレン! クリスタ! 無事かあ!」
ジャンが叫ぶ。
「俺は無事だあ!」
エレンが返事をした。
「私も無事です!」
クリスタも返事をする。
二人が無事、ということはあと一人――
江頭2:50の行方は。
十数分後、すっかり霧が晴れたころには女型の巨人はどこにもいなくなっていた。
(逃げたのか? それとも他の巨人と同じように死んでしまったか)
巨人は死ぬと、身体が消えてなくなるのだ。
理由はわからない。
174:
「それよりエガちゃんは!?」
エレンは叫んだ。
「消えたんじゃねえか? あの女型の巨人と一緒に」
「そんなバカな!」
二人がそんな会話をしていると、
「あ、あそこ!」
クリスタがとある方向を指さす。その先には、
「エガちゃん!」
「エガシラさん!」
江頭が横たわっていた。
しかも大きさは巨人サイズではなく、普通の人間サイズだ。
いつの間に、どうやって戻ったのかはよくわからない。
だが視線の先に横たわっている人間は間違いなく江頭2:50である。。
「エガシラさん! しっかり」
真っ先に駆け寄ったのは、意外にも彼を気持ち悪がっていたクリスタであった。
江頭を抱き起すクリスタ。
「エガシラさん」
そして再び名前を呼んでみた。
すると、
「ん、んん……」
175:
意識はあるようだ。
「エガちゃん!」
「オッサン、生きてるか」
エレンとジャンも声をかける。
「あれ。女型の巨人は?」
「いなくなったよ。死んだのか、もしくは逃げたのか……」
ジャンが自信なさげに言う。
「生きてるよ」
だが江頭は確信を持った声でそう言った。
「え?」
「生きてる。あの女は生きている」
「どうしてわかる?」
「勘だ。そうとしか言いようがない。少なくとも死んだって感覚はなかった」
「なんだよ、いい加減だな」
「それが俺だからな」
「でもよかった。エガシラさんも無事で」
そう言ったのはクリスタだった。
「どうしてクリスタがここに?」
エレンが聞く。
176:
「あの、リヴァイ兵長から言われて、江頭さんの馬と服を持ってきました」
「あいつが」
江頭が一瞬だけ遠い目をした。
何かあったのだろうか。
「とにかく、ここを早く移動したほうがいい。もしそのオッサン、ああいや、エガシラ
さんの言うことが正しければ、また女型の巨人が襲ってくるかもしれないからな」
と、ジャンは言った。
「そうだな」
そう言って全員が立ち上がる。まずは、自分たちの馬を探すことからしなければならないけど。
「と、ところで……」
「ん?」
全員が歩き出したところでジャンが江頭を呼び止める。
「どうした」
「その……、エガシラさん。助けてくれてありがとうございます。本当、ダメかと思ったから」
「何、気にすんな。生きてて良かったな」
そう言って江頭は笑った。
初めて見た時、気持ち悪いと思っていた彼の笑顔が、今のジャンには一際眩しく映るのだった。
つづく
177:
現在公開可能な情報6
・松本キック
本名松本真一。お笑いコンビ「松本ハウス」の片方。相方はハウス加賀谷。
加賀谷の病気で一時期コンビを解散し、ピン芸人として活動していたが、
加賀谷の復帰を機にコンビを再結成させる。
江頭の事務所の後輩で、2007年まで大川興業に所属していた。
格闘技の達人であることも一部では有名。
179:
俺、進撃の巨人知らないんだけど……
面白いわ、これwwwwwwww
181:
夕焼けにそまりつつある草原で、アルミンは馬を走らせていた。
午後から戦闘に次ぐ戦闘であったため、疲労困憊気味であるけれど、
仲間の班員や部隊全体から遅れることは許されない。
「おーいアルミン!」
不意に後方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ライナー! それにベルトルトも」
訓練隊で同期だった二人だ。
馬を走らせながら三人は併走する。
「そっちも大変だったみたいだな」
ライナーは言う。
「うん。かなり大勢の巨人が襲ってきたみたいだからね。
僕らは本部の護衛につきっきりだったよ」
「そうか。俺たちもだ。あと、班長がやられた」
「そうなんだ……」
調査兵団の遠征に犠牲はつきもの。
だが毎回こんなにも犠牲が出ていたのでは、同期で入った仲間たちもいずれ
いなくなってしまうのではないかと、エルミンは心配していた。
「エレンはどうしてる」
ライナーは聞いた。
「わからない」
「確かあいつとジャンは、右翼側の班にいたはずだよな」
182:
「そうなんだ。右翼側は後方(ここ)よりもかなり酷くやられたみたいだから、
ちょっと心配だよ」
「部隊からはぐれていないといいがな」
「うん。僕も少しの間、部隊から取り残されそうになったけど、なんとか追いついたよ」
「煙弾、見えたのか?」
「うん。黄色の煙弾。『西に進路を取って前進』って合図だったよね」
「ああ。俺たちもそれを見つけたからな。助かった」
「壁内の戦闘と違って、こんな壁外で部隊からはぐれるのは命にかかわるからね」
「そうだな。もうすぐ日も暮れる」
「うん。夜になると大変だ」
(エレン。何とかこちらに合流していてくれ)
アルミンは祈るように馬を走らせた。
すでに西の空は闇に染まり始めている。
進 撃 の 江 頭 2 : 5 0
第七話 夜
183:
女型の巨人との死闘を何とか生き抜いたエレン、ジャン、そして江頭2:50。
救援に来たクリスタからエレンとジャンは予備のガスタンクを受け取り、江頭は再び服を着て、
馬に乗った。
「本当にこっちでいいのか? ジャン」
不安そうにエレンは聞いてくる。
「ああ。さっき遠くの煙弾が見えた。色は緑。『東に進路を取って前進』という合図だ」
「なあ、東っていったらさあ」
「確か街があったな。少し規模の大きい街だ」
「そこに集結するのかな」
「まあ、この広い平原で野宿するよりはマシかもしれんけど」
「大丈夫かな」
「とにかく進むしかないだろう。早く本隊に合流しないと、もうすぐ日が暮れる」
「そうだな」
いつも顔を合わせれば喧嘩ばかりしていたエレンと、今は普通に話をしている。
こんな時に喧嘩をしていたら命にかかわるからだ。
(気に入らねえ部分は多々あるけれど、それは駐屯地に帰ってからの話だ。
今は我慢我慢)
ジャンはそう自分に言い聞かせながら馬を走らせた。
彼らの後ろには、クリスタと江頭もいる。
*
184:
ウォールマリア内にある交易都市の一つ。
五年前までは名の知れた都市だったのかもしれないけれど、巨人の支配下になってからは、
街の名前すら誰も思い出せなくなっていた。
そんな見捨てられた街に江頭たち四人は到着した。
闇に染まる街は不気味だ。
人の気配が全くない。
これまでの調査では、人の住んでいた場所に巨人が出没するという報告が多数寄せられていたので、
こういう“外”の旧市街には近づかないことが鉄則であった。
しかし、改めて来てみると巨人はおろか狐狸の気配すらしない、まったくのゴーストタウンであった。
「なあジャン。全然人がいねえじゃんかよ」
エレンは不満そうに言う。
「うるせえなあ。この方角だとここしか目指すべき地点はないだろうがよ!」
ジャンは反論する。
しかし実の所、自分も間違えたかもしれないと心の中で思っていた。
その焦りと苛立ちがエレンへのキツイ言葉となって外に絞り出されてしまう。
「二人とも喧嘩はやめて。今は言い争っている場合じゃないでしょう?」
そんな二人の間に、クリスタが割って入った。
「悪いクリスタ。でもさ、早くみんなと合流しないとまずいだろう。急いで移動しないと」
185:
「気持ちはわかる。でも、これ以上動くのはよくないと思う」
「どうして?」
「今は夜よ。周りが見えない状況で動くのは危険。更に迷ってしまう可能性もあるから」
クリスタはそう主張する。
「でもさ、夜なら巨人の動きも鈍くなるから、逆に安全なんじゃないか?」
そう言ったのはジャンだ。
確かに巨人は夜よりも昼間、活発に行動する。
太陽の光が何かに関係しているのだろうか。詳しいことは未だにわかっていない。
夜は見通しが効かない反面、巨人の行動が不活発になるので、夜に動くことは
ある意味合理的である。
だが、
「夜でも活発に動く奇行種もいるよ。それに方角が分からなくなり危険性もある」
「じゃあクリスタはどうするべきだと思うんだ?」
ジャンは聞いた。
答えは、概ねわかっていたけれどあえて聞いたのだ。
「ここで一泊するべき、……だと思います」
最後は少々控えめにクリスタは言う。
「ここでか……」
186:
巨人に破壊され、いくつか壊れているけれど、それ以外の建物は未だに建材である。
五年前から放置され続けているため、清潔さは期待できないけれど。
「しかしクリスタ、一泊するのはいいけど、どうしてここで休もうなんて」
エレンは聞いた。
「いや、だって、エガシラさんが」
「エガちゃん?」
「……」
エレンの視線の先には、元気のない江頭の血の気の引いた顔が飛び込んできた。
昼間の黒タイツ姿の巨人とは似ても似つかぬ大人しい中年男の姿である。
「これ以上の移動は危険かなって思って」
確かに、長時間の移動には耐えられそうにない。
乗馬に慣れていない江頭には、馬で移動するだけでもかなりの体力を消耗したことだろう。
*
187:
火を起こすと、煙や光で巨人が寄ってくる危険性があるので、灯りは蝋燭一本という、
心もとないものになった。
だが、暗い夜の中で光る小さな光は人を安心させるものがある。
これでもう少し暖かければ問題ないのだが、今は贅沢など言ってられない。
馬に乗せてあった携帯用の食料を皆で食べる。
「見た目はカロリーメイトみたいだな」
そう言ったのは江頭であったが、誰も『カロリーメイト』というものを知らない。
不味くも無いが、そう美味くもない携行食をみんな無言で食べる。
それでも戦闘に次ぐ戦闘で全員消耗しきっていたので、こんな食事でも美味しくかじられるのは不思議だ。
何日も続けていると鬱になりそうだが、栄養価だけは高いので死ぬことはないだろう。
「……」
油断していると眠ってしまいそうになる。
だが、話をするほどの元気はない。
全員疲れ切っているのだ。
特に江頭の疲労は目に見えて酷そうである。
「休んでもいいよ、エガちゃん」
エレンは言った。
「いや、危険性があるなら休むわけにはいかないだろう」
江頭そう主張する。
188:
頑固そうな表情がそこにあった。
「でも休まないとヤバいだろう」
「それはお前たちも同じだろう?」
「ふう」
エレンは大きく息をつく。
確かに休まないと不味い。
周りを見ると、ジャンもクリスタも疲れた表情をしている。
「じゃあこうしよう。二人一組になって、一組が見張りをしている間にもう一組が
休む。それならどうだい?」
「なんで一組なんだ? 一人ずつでもいいじゃないのか?」
ジャンがそう言った。
「うん。でも一人だと眠ってしまう危険性もあるだろう? 二人なら、どちらかが
起きていることもできるし」
「なるほどな」
ジャンも納得したようだ。
しかし問題はまだ残っていた。
「それで、組み分けはどうするんだ?」
「……」
そこまでは考えてなかった。
189:
「くじ引きでいいんじゃないですか?」
と、クリスタは言った。
「じゃあそれでいい」
エレンはそう言い放つ。
「じゃあってなんだよじゃあって」
それに対しジャンがつっかっかってきた。
「何か不満でもあんのかよ」
「お前と組になったら、また悪いことが起こりそうな気がする」
「気がするってなんだよ気がするって。なんか根拠でもあんのか?」
「根拠はある。お前と一緒の班になった時、確か冬山演習の時だったけど、
吹雪に巻き込まれて危うく死にかけただろう。
トロスト区の戦いだってアレだ。お前と合流したばっかりに」
「トロスト区は関係ないだろうが。それに訓練隊の時はだな」
「二人とも、言い合いは止めてください」
クリスタの仲裁で喧嘩を止めた二人は、不満そうな顔でくじ引きを開始した。
「では、ここに四本の紐があります。このうちの二本に赤い印が付いているんですが、
赤い印が付いているのを引いた人同士がペアになり、印が付いていない紐を引いた
人同士がもう一方のペアです」
「わかった」
「異議ナーシ」
190:
二人はそれに納得したようだ。
「江頭さんもよろしいですか?」
「俺は別に誰とでもいいよ」
江頭は疲労感をにじませた表情で言う。
「では、引きましょう」
クリスタが握った紐を、他の三人が一斉に持つ。
そして、
「だああああ! やっぱりかあ!」
「くそがあああああ!」
見事(?)、エレンとジャンがペアとなった。
そうなると当然、もう一方のペアになるのは――
*
191:
最初は何も見えなかった闇夜だったけれど、しばらくその中にいると段々目が慣れてくるもの。
誰もいない街の中、見晴らしの良い建物の屋上に江頭とクリスタは並んで座っていた。
二人の間の距離は人二人分と言ったところか。
不自然に離れているわけではないけれど、だからと言って近いわけでもない。
(気をつかってくれているのかな)
ふと、クリスタは思った。
「あ、あの……、エガシラさん」
「ん? どうした」
「その、ずっと言おうと思ってたんですけど」
「ああ」
「この前は、ありがとうございます」
「この前?」
「あの、駐屯地の夜に声をかけてもらったと思うんですけど」
「ん……、ああ。あのことか。それが何か」
「いえ、その。ずっと心配で怖かったんですけど、エガシラさんに声をかけてもらった
おかげで、少しだけ恐怖というか、不安が和らいだ気がするんです」
「本当に」
「ええ。だから、ちゃんとお礼が言いたくて」
192:
「そうか。まあ、それならいいんだけど」
江頭は照れながら顔を背ける。
(なんだろう。ちょっと可愛い)
自分よりもはるかに年上の男性の存在は、クリスタにとっては新鮮であった。
なぜなら、今までずっと同世代か、少し上の世代の男性としか交流がなかった
わけだし、何よりも彼女は父親のことを――
そこまで考えてから、一旦思考を止めるクリスタ。
(そんなの、今考えててもしかたがない)
そう思い、彼女は大きく息を吸った。
「……」
「……」
そして沈黙。
沈黙が重い。
何か話をしなければと思うけれど、彼女は年上の男性と何を話していいのかよくわからない。
不意に強い風が吹く。
冷たい北よりの風だ。
「なんか、寒いな。昼間は暖かかったのに」
江頭は言った。
確かに今の時期、夜は寒い。
193:
「まだ龍の月ですからね。馬の月や羊の月になれば逆に暑くて眠れなくなるかもしれませんけど」
「この世界にも、そういう季節はあるんだな」
「季節ですか?」
「ああ、そうだよ。春夏秋冬。春は暖かく、夏は暑い。秋は涼しく、冬は寒い」
「そういう気候の移り変わりこの世界にもありますよ」
「どの季節が好き?」
「え?」
「いや、その。好きな季節」
江頭の質問にクリスタは戸惑う。
「そんなの聞かれたの、初めてかも」
「どうして」
「ああいえ、季節って当たり前すぎて、好きとか嫌いとか、そんなの考えたこともなかった」
「そんなものかね」
「はい」
「ちなみにエガシラさんは、どの季節が好きですか?」
「やっぱ夏かな」
「それは」
「俺、上半身裸の仕事してるから、寒いよりは暑いほうがマシかなって思うんだけどさ」
194:
「……それは」
コメントに困るクリスタ。
「ああでも、夏の営業とか汗がガッペ出るから、やっぱ秋のほうがいいのかな」
「はあ」
「へっくし」
不意にくしゃみをする江頭。
「大丈夫ですか?」
「いや、ちょっと寒気がしただけだ。気にしなくていい」
「そうだ。江頭さん」
「ん?」
「実は毛布があるんです。緊急用なんで一枚しかないけど、使ってください」
「いや、悪いよ。キミが使えばいい」
「遠慮なんてしないでください。もし江頭さんにもしものことがあったら、人類にとって損害です」
「だったら未来を担うキミが使ったほうがいい。若いんだから」
「大丈夫です。わたし、こう見えて兵士ですから」
「俺はお笑い芸人だよ」
「ええ、あの」
その後も言い合いが続いたけれど、江頭は頑として毛布の使用を拒否した。
頑固そうな顔をしていると思ったけれど、これほど頑固だとは思わなかったクリスタ。
「……わかりました」
195:
「ん?」
「それでは“一緒に”使いましょう」
「おい、どういう――」
戸惑う江頭に対し、クリスタは近づいて毛布を広げる。
「な、何をやってるんだ」
「こうすれば、一緒に仕えるでしょう? 全然寒くないですし」
「でも……、いいのか?」
「何がですか?」
「いや、その」
江頭は顔を背けてモゴモゴしている。
「?」
「俺、男だしよ」
「べ、別に、そんなことはあまり気にしませんし。今はそれどころじゃないと思いますので」
「いや、確かに、今はそれどころじゃないと思うぜ。だけどよ、キミくらいの歳の子って、
俺くらいの世代を嫌うもんじゃねえかと思ってさ」
「嫌う? どうしてですか?」
確かに嫌うというか、江頭のことを苦手だと思ったことはあった。
だがそれは、年齢が原因ではない。
196:
「俺の知り合いにも、キミくらいの年ごろの娘がいる男がいるけど、なんつうか、
高校生くらいの娘だと、父親を嫌うものらしいぜ」
「コウコウセイ?」
「キミと同じくらいの年代ってことだ」
「別に、気にすることはありませんけど」
「親父さんの臭いが気になったりしないか?」
「オヤジ? お父さんのことですか?」
「ああ。父親と距離を置きたがる年頃って聞いたけどな。俺には娘がいないから
わからないけど」
「べ、別にそんなことは、ないと思います。それにニオイとかも」
言われたクリスタは微かに江頭の臭いを嗅ぐ。
不思議な匂いである。
ほとんどは、調査兵団の制服の匂いなのだが、微かに今まで嗅いだことの無いような
男の匂いが彼女の鼻孔を刺激した。
(エレンやジャンはこんな匂いじゃなかった。こんなの初めてかも)
「でも別に不快では、ありませんよ」
「そりゃ、よかったけど」
「はい」
「親父さんとは仲がいいのかい?」
「父ですか!?」
197:
「あ、何か不味いこと言ったかな」
「父は……、父親は――」
言葉が詰まるクリスタ。
どういえばいいのか、よくわからない。
「父は、いません」
「え?」
「……いません」
そう言って俯く。
「そういえば、何年か前に凄い戦闘があったって言ってたな。すまなかった、辛いこと聞いて」
「いえ、別にそんな」
江頭は何かを察したように謝る。
その気遣いがなぜか痛い。
それは彼に対する後ろめたさがあるからなのだろうか。
改めて毛布を体にかけた二人は、当然ながら先ほどよりもかなり近づいていた。
クリスタの腰には立体機動装置がついているので、その分だけ江頭との間に隙間ができ、
身体が密着することはない。
それでも、彼の息遣いや温もりが伝わってくる。
「あのさ、少し考えたんだが」
198:
沈黙を破るように江頭は言った。
クリスタには気をつかって話しかけてくれているようにも思える。
「なんですか?」
「壁の外には巨人がいっぱいいて、人は移動できないんだったよな」
「……はい。そうですね。馬を使えば、辛うじて移動することもできますけど、
それにも限界はありますけど」
「それじゃあさ。空を移動すりゃいいんじゃないか」
そう言って江頭は夜空を見上げる。
「空、ですか?」
「ああ」
「で、でも。そんなに都合よく巨木や建物があるわけではないので、ずっと空中を
移動するわけにはいきませんよ」
クリスタは反論する。
しかし、其れに対して江頭は意外そうな顔をしてこう言った。
「え? なんで巨木とか建物が必要なんだ?」
「いや、だから立体機動装置を使うなら、そういう高い物がないと空高く飛べないんですよ。
もちろん、ガスの力を利用して高く飛び上がることもできますけど、それもわずかな
間だけで――」
「ああ、ちょっと待って」
199:
クリスタの説明を止めるように江頭は声を出す。
「なにか?」
「いや、別に空を飛ぶためにその立体機動装置を使う必要はないんだ」
「え? でも立体機動もなしにどうやって空を飛ぶんですか?」
「ああー」
江頭は何かに気が付いたように、顔を上げて顎の辺りを指でかく。
「?」
「キミにはあまり想像できないかもしれないけど、俺たちの世界では立体機動以外にも
人間が空を飛ぶための機械が色々あるんだよ」
「空を飛ぶための機械?」
「そう。鳥みたいにね」
「信じられない。どうやって」
「飛行機とかヘリコプターって言っても、わからんだろうな」
「?」
クリスタは首をかしげる。
立体機動以外で空を飛ぶなんてことは、生まれてこの方考えたこともなかった。
辛うじてムササビのように滑空する、という発想はあったけれど、いずれにせよ
継続的に空を飛び続けることにはならない。
「この世界の発想でも理解できるもの……」
200:
江頭は独り言のようにブツブツとつぶやく。
そして、
「そうだ! あったあった」
「え? 何がですか」
「空を飛ぶための道具で、尚且つこの世界の技術水準でも理解可能なものが」
「それって、なんですか?」
「熱気球だよ」
「熱気球?」
「ああ。空気っていうのは、温めると上昇する原理があるんだ。
それを利用して、こういう袋の中にあったかい空気を入れるだろう?」
そう言うと江頭は水の入った皮袋を見せる。
「入れるって、どうやってですか?」
「まあそうだな。バーナーとかを利用して、中の空気を暖める。すると中に入っている
空気が暖かくなって、浮かび上がるんだ。水素やヘリウムガスを使って飛行船を作る
ってこともできないことはないが、こっちは危険性が高いかもしれない」
「本当に作れるんですか?」
「キミの持ってるその立体機動装置が作れるくらいの技術力があれば、多分できると
思うんだけどな」
「はあー、上手く想像できない」
201:
「そうかな」
「でもなんだか」
「ん?」
「楽しそうです」
「そうか?」
「ええ。どんな風に飛ぶんですか? 凄く早く?」
「ああいや。俺も乗ったことはないんだけど、こうゆっくり浮かび上がるような感じで。
風にふかれて」
「風に」
「そう。風に吹かれてゆっくりと進む――」
江頭がそこまで言いかけたところで、強烈な光が街の大通りから放たれた。
まるで大きな爆発が起こったような光。
光からほんの一瞬遅れて強烈な爆風がクリスタたちを襲う。
「ぐわっ!」
「なに!?」
天高く上る光の柱。やがてそれは消え、柱の根本の辺りに見覚えのある人型の
影が見えた。
月明かりに照らされたそれは、この日の昼間に死闘を繰り広げた巨人であった。
「女型の巨人……」
「なぜこんな所に……」
202:
「はっ、エレンとジャンに知らせないと」
そう言ってクリスタが立ち上がると、
「待てクリスタっ」
江頭が止めた。
「え?」
「今動くと女型(アイツ)に気づかれてしまうかも」
「エガシラさん!」
「な!」
いつの間にか距離を詰めていた女型の巨人が大きく腕を振るう」
「があああ!!!」
「エガシラさあああん!」
振り下ろした腕は、石造りの家を真っ二つに割り、飛び散った石が身体に当たる。
「助かった、クリスタ」
「いえ」
寸での所で、クリスタは江頭の腕を掴み、立体機動装置で移動した。
「もっとしっかりつかまってください。腕が抜けそう」
「悪い」
そう言うと、江頭は斜め後ろからクリスタに抱き着く。
「ひゃふっ!」
「ああ、すまん。大丈夫か」
203:
「だ、大丈夫です」
(こんなふうに男の人と密着したのは久しぶりな気がする)
クリスタはそう思うと顔が熱くなってきた。
(何考えているのよ私)
別の建物の屋上に着地したところで、月明かりに反射したワイヤーが見えた。
「エレン! ジャン! 無事だったんだ」
エレンとジャンが夕方に補給したガスを使って、立体機動装置を動かしている。
だが、女型の巨人はハエを追い払うようにその攻撃を防ぐと、再びこちらに向かってきた。
(間違いない。女型の巨人の目的は――)
クリスタは隣にいる江頭を見た。
「エガシラさん! 行きます、つかまって」
「掴まるってどこに」
「後ろ! 早く!」
「お、おう」
江頭がおぶるように抱えたクリスタは、立体機動装置を作動させる。
「アチチッ!」
装置の発する排ガスを熱がる江頭。元々この装置は一人用なので、他人を抱えて
移動するようにはできていない。
「ごめんなさい江頭さん」
204:
「クリスタ! ここは任せろ!」
遠くからエレンの声が聞こえる。
「死なないで……」
クリスタは独り言のようにつぶやく。
その声がエレンやジャンに届くはずもないけれど。
「クリスタ、高く飛んだら不利だ。低く飛ぼう」
そう、江頭が言った。
「はい」
確かにその通りかもしれない、とクリスタは思う。
できる限り月明かりの影に入り、女型の巨人から逃れなければならない。
ドカドカと足音が響く。
こちらに近づいてきた音だ。
*
205:
「くっそ! 女型の巨人のやつ。こっちを全く見てねえ!」
刃こぼれをした刃を捨てながらジャンは叫ぶ。
「なあジャン!」
そんなジャンにエレンは呼びかけた。
「なんだエレン」
「もしかして、女型の巨人のやつ、俺たちのことを見えていないんじゃないのか?」
「はあ? 何言ってんだよ」
予想外のエレンの言葉に、ジャンは立ち止まる。
エレンも屋根の上に立って言った。
「だってさ。昼間に攻撃した時は、もっと正確に反撃してきたじゃないか」
「そういえば」
「でも、今は腕を払う程度で全然攻撃してきていない。確実に殺すなら視界の利く朝方に
やったほうがいいのに、あえて真夜中にやるってことは」
「焦っているとか」
「なぜ……」
ふと、視界が暗くなった。
月が雲に隠れたのだ。
外灯など一切ない街は再び闇に包まれた。
「おいエレン! いるか」
「ああ! こっちだ」
「なあ、巨人の動きが」
「ああ」
*
206:
「巨人の動きが、止まった?」
立体機動と走りを繰り返していた江頭とクリスタは、急に静かになった街に警戒しつつも、
呼吸を落ち着かせるために停止する。
「ハアハアハア」
命がけの追いかけっこの直後、いくら酸素を送り込んでも呼吸が落ち着かない。
「月が隠れた。そうなると行動できないのか?」
建物の影に隠れた江頭はそうつぶやく。
「エガシラさん」
「どうしたクリスタ」
「もし、また巨人が動き出したら私が囮になります。その隙に逃げてください」
「おい待てクリスタ」
「江頭さんの脚なら逃げ切れるはずです」
「クリスタ」
「はい」
「何言ってるんだ。危険だろうが」
「わ、私は兵士です。いつでも命を捧げる覚悟はできています」
そう言うと、クリスタは自分の胸に拳を叩き付けた。
自分の心臓を捧げる。
207:
そういう意味の敬礼。訓練部隊で一番最初にならう行為でもある。
「クリスタ。悪いけどキミに死なれちゃ困る」
「どうしてですか? 私なんかよりもエガシラさんのほうがよっぽど重要じゃあ」
「『私なんか』とか言うな。俺はちょっと思ったんだけどさ、キミはあまり自分を
大事にしていないんじゃないか。もっと自分のことを大切にしたほうがいい。
女の子なんだし」
「知ったような口きかないでください」
「え?」
「あなたに、私の何がわかるっていうんですか。何も知らないくせに!」
「クリスタ?」
クリスタは一瞬「しまった」と思ったが、もう後には引けない。
だから彼女は最後まで建前で通すことにした。
「私は兵士として自分の生を全うしたいだけです。そのためには命を惜しまない。
これまでの戦いで亡くなった先輩方のように」
「クリスタ」
「え?」
不意に、江頭はクリスタの頭を撫でる。
予想外の行動にクリスタは戸惑ってしまった。
「確かに俺にはクリスタがどんな人生を歩んでいたか、それはわからない。
でも、今お前はこの場で生きている。どんなクソみたいな人生でも、
生きている限りはいくらかの可能性はある。でも死んだら終わりだ」
208:
「わかってます……、そんなこと」
次の瞬間、江頭は今まで撫でていた右手の人差し指でクリスタを指さす。
「糞みたいな人生ならそこから自分でキレイな花を咲かせりゃいいじゃねえかよ!
簡単に諦めてんじゃねえぞ!
どんなにどん底だっていいじゃねえか。そこから這い上がれよ!
地獄を知ってる奴は強いぜえ!」
「エガシラさん、そんなに大声出したら」
クリスタは止めようとするが、江頭は止まらない。
「俺を見ろ! どんなにバカにされても後ろ指さされても、警察に捕まったって
生きているぜ! もちろん俺は芸のためなら死んだっていいと思ってる!
だけど無駄に死ぬことだけはごめんだ!
俺が死んだときは、みんなが笑ってくれたら最高だ!
あいつは最後までお笑いだったって言ってくれたら最高だよ
俺はな、俺は“死ぬまで生きるぜ”!」
「……!」
クリスタは胸がいっぱいになり、もう声が出ない。
「それにな。俺にはまだ心残りがあるんだ。だからお前に死なれたら困る」
「心残り?」
209:
「お前まだ俺のギャグで笑ったことないだろう。なんつうか、冷めてんだよなあ。
そんなんじゃ面白くねえよ!」
「あ、あの……」
「いいか、絶対に笑わせてやるからな! 俺の芸人生命をかけても笑わせてやる。
だから、絶対に死ぬんじゃねえぞ!わかったか!」
「……あ」
「わかったか!」
「はい!」
クリスタはいつの間にか流れ出てきた涙と鼻水をすすりながら答えた。
「泣くな! 明日を創るのは涙じゃなくて笑いだこん畜生!」
そう言うと、江頭はおもむろに服を脱ぎ始めた。
「江頭さん? 何してるんですか」
「戦いに行くにきまってんだろうが!」
素早く上下の制服を脱いだ江頭は、上半身裸で、下半身は黒タイツというあの出で立ちになった。
「あ、バイトの時間だ」
「江頭さん!」
江頭が建物から飛び出すと同時に、雲に隠れていた月が顔を出す。
*
210:
月明かりの中、江頭は走る、走る、走る。
それを追いかける女型の巨人。デカイ、そしてい。
そりゃ巨人なんだから歩幅が圧倒的に違うよな。
と、江頭は冷静になって思うけれど、今はそれどころではない。
街の狭い道を右へ左へと避けるけれど、女型の巨人はそれでも追いかけてくる。
(なんかバイオハザード4を思い出す)
かつて、鈴木史朗から借りたゲームのことを思い出しながら江頭は走った。
「あっ!」
気が付くと彼の目の前に腕が!
「ぐわあ!」
女型の巨人が先回りをしたらしい。
「しまった」
急ブレーキをかけるものの、引き返すわけにもいかない。
「くそっ」
江頭がそう思った瞬間、体がふわりを浮きあがった。
「エレン!」
「大丈夫、エガちゃん!」
立体機動装置を使ったエレン・イェーガーが、江頭の身体を掴んで飛び上がったのだ。
しかし、女型の巨人も諦めず更に追いかけてくる。
「エガちゃん! 大きくなれないの!?」
211:
エレンは聞いた。
「なれねえんだよ!」
「前はどうやって大きくなったのさ」
「必死に走ってたらいつのまにか大きくなってたんだよ! 今回もそれでいけるかと
思ったけど全然ダメだ!」
「だあ! くそ!」
「あれは!?」
不意に、女型の巨人の首にワイヤーが絡む。
「止まれくそ女!」
ジャン・キルシュタインだ。
女型の巨人に自分のワイヤーを絡みつけたのだ。
それを見た江頭は思わず叫んだ。
「ジャン! ワイヤーを外せ! 死ぬぞ!!」
「え?」
一瞬の判断。おそらくそれが遅れていたら死んでいたかもしれない。
素早くワイヤーを掴んだ女型の巨人はそれを引っ張ろうとした。
巨人と人間。力の勝負で勝てるはずもない。
「くそっ」
212:
ジャンはワイヤーを外し、残ったもう一つのワイヤーで別方向に飛んだ。
「危なかった」
もしも、このままジャンがワイヤーをつけたままにしていたら、女型に引っ張られて
グルグルとヌンチャクか鎖鎌のように回されていたかもしれない。
「よく気づいたね、エガちゃん」
感心したようにエレンは言った。
「俺は若い頃から修羅場をくぐっているからな! 鮭フェ〇事件とか」
「シャケ〇ェラ事件?」
「そんなことより、とにかくあいつを何とかしねえと!」
「そ、そうだねエガちゃん」
「あそこだ! あそこに連れて行ってくれ!」
江頭が指さしたその先は、おそらく街で最も高いであろう教会の塔の上。
「エガちゃん!?」
*
213:
「見せてやるぜ女巨人! この江頭2:50最高のお笑いをな!」
エレンに連れられて塔の上に上った江頭は、月を背景にしてタイツの中に腕を入れる。
「見やがれ! ドオオオオオオオオオン!!!」
江頭の声が闇夜に響く。
塔の上で、江頭はドーンをやったのだ。
「ど腐れアマがああああ!!! 俺の芸を見ろおおおおおおお!!!」
江頭の声がさらに響く。
不意に距離を詰めた女型の巨人が右ストレートで塔を破壊した!
当然、足場を無くした江頭の身体は宙を舞う。
「かかったなアホが!」
江頭の身体の前には、女型の巨人の顔。
ピトッ。
江頭が巨人の顔に張り付く。
だが、ただくっついたわけではない。
いつの間にか、江頭はタイツを脱いでいたのだ。
そう、女型の巨人のすぐ目の前には“江頭の江頭”が……!
《ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!》
214:
この世のものとは思えない声を上げて騒ぎ立てる女型。
「ぬわああ!」
暴れる女型に振り落された江頭の身体が宙に投げ出されてしまった。
「エガシラさん!」
そんな江頭を空中でキャッチしたのはクリスタだった。
「サンキュークリスタ!」
江頭はさわやかな笑顔で言った。
だが、
「エガシラさん! 早くタイツをはいてください!」
「お、おお」
江頭はズラしていたタイツとパンツを素早く履く。
さわやかな笑顔も台無しだ、と思った。
「でも不味いですよ。女型の巨人、相当怒っています」
「わかってるよ」
女型の巨人の身体には、湯気どころか、所々赤い光が見えた。
燃えているのだろうか。
だが次の瞬間、
ガキンッ、と何か金属が割れるような音が響いた。
《グギャアアアアア!!!》
215:
再び叫ぶ女型。
その背後には小さな影。
「エレン!?」
クリスタは言った。
「いや、違う」
それを江頭が否定する。
月夜に舞う黒髪、それはミカサ・アッカーマン――
更に、身体ごと回転して女型に刃を当てる兵士が一人。
物凄いスピードだ。
ミカサと同等か、其れ以上の実力者。
「リヴァイ!」
江頭が叫んだ。
リヴァイ兵士長である。
「手こずらせやがって、迷子の子猫でもここまで手はかからねえぞ」
リヴァイはわざわざ江頭の前に来てからそう言った。
ミカサやリヴァイだけでなく、調査兵団が誇る十数名の精鋭たちが女型の巨人に襲い掛かる。
が、しかし、
《ギャアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!》
216:
女型は叫び声とともに、蒸気と光を発して、
「ぐっ!」
「うわああ!」
あまりの衝撃に吹き飛ばされる兵士たち。
江頭も当然ながら吹き飛ばされる。
「エガシラさん!」
手を伸ばすクリスタ。
手を伸ばす江頭。
二人の距離は――
「生きるぞおおおおおお!!!!」
「うがあああああああああああああ!!!」
ガッチリと二人は手を握り合う。
「痛いっ、けど!」
クリスタの細く柔らかい腕に男の手が食い込む。
だが、
217:
転落寸前のところでクリスタの立体機動装置が作動し、なんとか地面への激突は避けられた。
「エガちゃん!」
「エレン!」
爆風を逃れたエレンが、同じく立体機動装置で江頭の身を支える。
「もう大丈夫!」
「女型は!」
「いや、それが……」
後で聞いた話だが、あの光の後、女型の巨人の姿は再び跡形もなく消えていた。
夜明けを前に捜索を打ち切り、江頭たちは本隊と合流して、調査兵団の駐屯地へと
帰還することになった。
つづく
218:
現在公開可能な情報7
・鮭フェ○事件
1991年、江頭がまだ無名だったころ。福島県の鮫川で行われた鮭のつかみ取りに
参加した江頭が、遡上した鮭に自分の性器をくわえさせて「鮭○ェラ」を実行した事件。
その様子はラジオ中継されており、番組にゲスト出演していた鮭の専門家が
「この時期のメス鮭は危険ですよ」などと冷静にコメントしていたことが笑いを誘った。
なお、この事件は一部のスポーツ新聞(言うまでもなく東スポ)に報じられたことで
有名になり、江頭がブレイクする一つのきっかけとなった……、かどうかは定かではない。
219:
今更、本当に今更だけど、進撃の巨人のネタバレ注意です。
220:
江頭の江頭っぷりにネタバレを喰らっても微塵も気にならないから困る
222:
ダメだ、ワロタwwwwww
226:
「熱気球、なかなか面白いね」
江頭にとって最初の壁外遠征から一週間。
ようやく落ち着きをとりもどしつつある調査兵団部隊の中で、江頭はいつものように
ハンジ・ゾエ分隊長と話をしていた。
「キミのいる世界ではこういうものがあるんだ。うん。確かにこれなら私たちの
技術でも作れそうだ」
遠征中、クリスタと話をした熱気球の話をハンジにしてみたのだ。
好奇心の塊であるハンジは当然それに食いついた。
江頭の描いた簡単なスケッチを何度も眺めながら、上機嫌に鼻歌まで歌っている。
「ガスで作った熱で浮かぶ。その発想はなかったな。確かに、いつも高い場所にいれば、
巨人に捕まる心配もない。いや、本当に革命的な発想かもしれない」
いつになく目をキラキラさせたハンジはそう言って、江頭を見つめる。
「やっぱりキミは私の期待通りの人だ」
「それは言い過ぎじゃあ」
「そんなことはないよエガちゃん。早、上層部(うえ)に提案してみよう。
これを使ったら、壁外遠征がぐっと楽になる。もう、毎回犠牲者を出すような
ことにもならないかもしれない」
確かに犠牲者を出さないことは重要かもしれない。
壁外調査を毎回するたびに死人が出ていたのでは、調査兵団の兵士が何人いても
足りないはずだ。
227:
(しかし、この世界の人間はなぜ、こんなにも人の死に鈍感なのだろう)
不意に考える江頭。
異世界だから、と言ってしまえばそれまでなのだが、その感覚の違いには未だに違和感を禁じ得ない。
「そうだ。いいアイデアを貰ったんだから、何かエガちゃんにお礼をしないと」
「いや、別にお礼なんか」
「いやいやいや、何かお礼をさせてよ。分隊長として何もしないわけにはいかないよ」
「それじゃあ……」
江頭が要求したもの。それは――
進 撃 の 江 頭 2 : 5 0
第八話 江頭の休日
228:
「エガシラさん」
「ん?」
よく晴れた昼下がり。
調査兵団駐屯地内で、聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。
「クリスタか」
「はい。どうしたんですか? その本」
「ん? ああ、これな」
江頭の手には一冊の本があった。
「ハンジさんから借りたんだ。ちょっと興味があってさ」
「へえ、なんの本ですか?」
クリスタは覗き込むように本の表紙を見た。
江頭は意外と長身なので、小柄なクリスタとはかなり身長差がある。
「あ、立体機動装置の」
「ああ。マニュアルだって」
立体機動装置のマニュアル、それが江頭の要求したものである。
本当は、装置そのものが欲しかったのだが、初心者がいきなり使ったら危ない、
ということでまずはマニュアルを読んで勉強しようと思ったのだ。
「でも困ったことがある」
「なんですか?」
「いや、実は俺はこの世界の文字が読めないんだ」
229:
「え? エガシラさんって文字が読めないんですか?」
「いや、そりゃ読めるさ。義務教育があったんだし。だけどこの世界の文字はわからん」
「ギム教育?」
「まあ、俺のいる世界では文字が読めるように教育するのが国や親にとっての義務なんだ」
「へえ、いい国なんですね」
「まあ正直、俺も外国に行くまで国の良さなんてわからなかったけどな」
「そうなんですか」
「つうか、今は外国どころか異世界にいるんだけど」
そう言って江頭はマニュアルをパラパラとめくる。
だが、目の前に飛び込んでくる文字は訳がわからない。
辞書などもあるはずがなく、江頭は一つため息をつく。
(しかし、なんで文字は読めないのに言葉は通じるんだ)
そんなご都合主義的な設定に対する疑問を思い浮かべていると、
「あの、エガシラさん?」
クリスタは少し恥ずかしそうに声を出す。
「どうした」
「もし、よかったらなんですけど」
「うん」
「私が読んであげましょうか?」
「読む?」
「え、はい。その、声に出して読んだら、意味がわかるんですよね」
230:
「そうだな」
「全部が全部ってわけじゃないですけど、大事なところだけでも知ることができたら」
「いいのか?」
「はい。エガシラさんには色々と助けられましたし」
「え? 確かあの遠征で助けられたのって、俺のほうじゃあ」
江頭は一週間前の戦いを思い出す。
「いいから、行きましょう? 歩きながら読んでると危ないですよ」
「そ、そうだな」
江頭はクリスタに引っ張られるように、近くのベンチまで歩いて行った。
そんな二人を見つめる男女が三人ほど。
エレンとエレンの幼馴染のアルミン、そして同じく幼馴染のミカサである。
「なんかさ、クリスタって最近よく笑うようになったよね」
そう言ったのはアルミンだった。
彼は幼い頃からよく人を観察している。
「そうかな。ああー、言われてみれば確かにそうかもしれない」
エレンはそれほど他人に興味を示すほうではない。
「私にはよくわからない」
231:
そしてミカサはエレン以外の人間にはまったくと言っていいほど興味を示さない。
「なんていうか、訓練兵団にいたころはもっと、悲壮感が漂っていたような気もするけど、
今は心底楽しそうにしている気がする」
「やっぱエガちゃんに会ったからかな」
「そうだね」
「不思議だよな。なんていうか、自然と笑顔が出るというか」
「それが“お笑い芸人”っていうものなのかな」
「エガちゃんが元いた世界って、なんだか楽しそうだな」
「エレン! 行ってはダメよ」
不意にミカサが口を挟む。
「行かねえよ。っていうか、どうやって行くんだよ」
「わからない。でも、安易に知らない場所に行くことはよくない」
「うるせえな。別にエガちゃんのいた世界に行こうとは思わないさ。
だけど、壁の外にはいきたい。俺たちの知らないせかいだからな。
なあ、アルミン」
「う、うん。そうだね」
「エレン」
「ああもう、うるさいな。あっちいけよミカサ。サシャが待ってるぞ」
「待ちなさいエレン。勝手は許さない」
「アハハ、仲良しだね」
*
232:
調査兵団司令部、団長室。
薄暗い室内では、団長であるエルヴィン・スミスと兵士長のリヴァイがいた。
エルヴィンは椅子に座り、リヴァイは立っている。
といっても、一般兵のように直立不動というわけではなく、かなりリラックスした立ち方である。
「ここだけの話、ということだな」
唐突にエルヴィンは聞く。
「ああ、そういうことだ」
リヴァイはエルヴィンのほうを見ずに言った。
部屋にはエルヴィンとリヴァイ以外は誰もいない。
外には見張りもいるので、今の所だれかに聞かれているということはないだろう。
「女型の巨人についてか」
「ああ」
「報告の内容に間違いが?」
「いや、本部(うえ)に上げる報告に間違いはない。ただ、いくつか報告していないことがある」
「それはなんだ」
「女型の正体だ」
「正体」
「言うまでもなく、俺はエガシラを救出する際、調査兵団内から実力者を十三人ほど
抽出した。そのことは覚えているな」
233:
リヴァイは念を押すように言う。
「ああ、間違いない。許可したのは私だ」
エルヴィンは答える。
「連れて行った十三人は俺が直接見て決めた。全員、顔と名前、それに必要ならば討伐数、
討伐補佐数も言える」
「だろうな」
リヴァイの凄いところは、個人の戦闘力だけでなく、仲間の顔や名前、それに兵士としての
能力もよく覚えていることだ。
エルヴィンは作戦を立案する際、部下の隊員の能力を知る上でリヴァイの助言を参考にすることもある。
「何人もの兵士たちが報告しているはずなので、俺は女型の巨人の特徴について
とやかく言うつもりはない。だが気になることがある」
「気になるとは?」
「あの夜、女型を討伐した日の夜だ。女型は皮膚の一部を固く硬化させることができるようで、
その硬化の能力を使って巨人の弱点であるうなじを上手く守っていた」
「……」
「だが、度重なる攻撃で硬化の能力が切れたのか、一部の攻撃が女型に入るようになった」
「報告は聞いている。女型に刃を入れたのはミケ・ザカリアスとお前、そしてミカサ・アッカーマンの三人だ」
「手応えはあった。通常の巨人に近い手応えだ。ただ、討伐できたかと言われれば疑問が残る」
「疑問?」
234:
「確かに“巨人自体は殺った”だが、奴の息の根を止めたかと言われれば、やったとは言い切れない」
「どういうことだ」
「あの夜。月明かりの中であったが、俺は十四人目の兵士を視認した」
「十四人?」
「俺が連れてきたのは十三人。だから一人多い」
「見間違いじゃないのか」
「いや、違う。見間違いではない」
「現場には、ジャン・キルシュタイン、エレン・イェーガー、そしれクリスタ・レンズと、
三人の新兵がいたと聞いているが」
「そいつらでもない」
「……」
「エルヴィン。俺は“そいつ”が巨人の中から出てくるのを見た」
「なんだって?」
「蒸気が酷かったので、はっきりとではないが、確かにそいつは女型の巨人から
出てきて、夜陰に紛れて消えた」
「顔は、見たのか」
「はっきりとは見ていない、だが」
「だが?」
「見覚えはある――」
*
235:
不思議な感覚であった。
言葉はわかるけれど文字が読めない。
単なる文盲とはわけが違う。
江頭は自分の世界の文字は読めるのだ。
しかしこの世界の文字は読めない。
一体何がどうなっているのかわからないけれど、この世界の文字は、この世界の
人間に読んでもらうのが一番、ということなのだろうか。
駐屯地内のベンチで、江頭とクリスタは並んで立体機動装置のマニュアルを読んでいる。
ベンチのすぐ傍には木が植えられており、初夏を思わせる強い日差しを少しだけ和らげていた。
「ここから、立体機動装置の緒元になります。基本的な使い方は次の頁からなんですけど、
このマニュアルはちょっと分かり辛いですね」
「ああ、そうだな。一応図解はあるんだけど、いくつか消えてる部分があるんだが」
「ああ、それは秘密情報らしいので私たちもわかりません」
「秘密?」
「ええ。立体機動装置はいくつかの部分がブラックボックスになっていて、
構造がわからないようにしているんです」
「どうしてそんなことが。というか、整備が大変なんじゃないのか?」
236:
「整備ですか? それは大丈夫だと思いますけど。ワイヤーやアンカーなど、
必要な部分は分解してもいいことになっています。こういうのは、図で見るより
実際にやってみたほうがいいかもしれませんね」
以前、江頭はペトラに立体機動装置の本物を見せてもらったことがある。
ガスの力を利用して、射出と巻き取りを両方行う。
それは決して単純な構造ではないはずだ。
ましてや、伸ばしたワイヤーで姿勢を制御するとなると、更に難しい。
「立体機動装置は、個別に調整はされているので、私たちが兵士になった時から、
ずっと同じものを使用しています」
「そうなんだ」
「整備の不備は命に係わりますから、みんな真剣に整備しますよ」
(現代の軍隊で言えば、小銃のようなものだろうか)
江頭は思った。
「しかし、ワイヤーで飛んだり、さらに姿勢を制御するなんて、未だに信じられんね」
「そんなものでしょうか。私が小さい頃からあった装置ですし」
「小さいとき……」
江頭はふと、今までの疑問を持ち出す。
「そういえば、この装置はガスを使うと言っていたな」
「はい。兵団から支給されるガスで、作動します」
「当然熱は出るな」
237:
「え? はい。そうですけど」
女型の巨人から逃げる時、江頭は立体機動装置の排ガスで危うく火傷しそうになったこともある。
「このガスは料理とかに使わないのか?」
「え?」
クリスタは大きな瞳を更に大きくして聞き返す。
「どういうことです?」
「いや、だから。その、お湯を沸かしたり料理したりするのに、なんでガスを使わないのかな、
と思って」
「お料理に、ガスですか」
「俺が見たところ、この世界の食堂では料理に使う火には薪を使っているだろう?」
「そうですね」
「なんで、ガスがあるならガスを使わないのかな、と思って」
「……考えたこともありませんでした」
「本当に。ガスは貴重品だったりするのか?」
「いえ。それほどでもないと思います。訓練でも、わりと頻繁に使っていましたし」
「だったらなんで使わないのかな。あと、お風呂とかにも」
「江頭さんって」
「ん?」
「本当、不思議なことを言いますね」
238:
「そうかな。俺のいた世界では普通だったけど」
料理と言えば、ガスコンロ。
まあ最近は電化住宅というものもあるのだけれど、あまり家で料理をしない、
というか食べ物自体にあまりこだわりのない江頭には関係のない話である。
「あの、もしよかったら。今度、わたしの料理も食べてくださいますか?」
「クリスタ、料理するのか」
「ええ。まだ練習中ですけど。時々厨房の人にやらしてもらっています」
「どうして」
「ど、どうしてって。その……」
「ああ、悪い悪い。変なこと聞いちまったな。女の子には色々あるよな」
「……あの」
「ん?」
クリスタが何か言いかけたその時、
「師匠おおおおおおおおおおおお!!!!」
驚いて、思わず身体がビクッと痙攣するクリスタ。
この声は、
「師匠、こんなところにいましたか」
「サシャ?」
サシャ・ブラウスだ。
初めて会った時から、なぜか江頭に憧れている奇妙な女性でもある。
239:
「どうしたんだ一体」
「師匠、いい芋が見つかったのでご一緒に食べようかと思いましてね。あれ?
クリスタ。こんなところで何をやっているんですか」
「え? いや、その……」
クリスタが戸惑っていると、
「サシャ」
サシャの肩をつかむ者が一人。
「ミカサ、どうかされましたか」
ミカサ・アッカーマンである。
「サシャ。あなたは人の気持ちを察するということを覚えたほうがいい」
「痛い痛い。ちょっとミカサ。痛いですよ。私が何をしたというんですか!」
「こっちに来なさい」
「やめてください! 肩がはずれてしまいます!」
「大丈夫。たとえ脱臼しても、ターレン先生が治してくれる」
「私まだ死にたくありませんよおおお!」
こうして、サシャはミカサに連れて行かれてしまった。
よく見ると、建物の陰から若い兵士たちがこっちを見ている。
ジャンやエレンといった、江頭も知っている若者もいた。
「ミカサ、なぜここにライナーが倒れているんですか?」
240:
「サシャ。この世には知らないほうがいいこともある」
(あそこに倒れている大柄な男はライナーという名前なのか。どこかで見たことがある気がする)
江頭は少しだけ思い出した。
それにしても、
「?」
クリスタは首をかしげる。
(迂闊だったな)
江頭は思った。
こんな昼間から、男女が肩を寄せ合った同じ本を読んでいれば、誰だって誤解するはずだ。
「ごめんなクリスタ。変な誤解させちまったみたいだ」
江頭は謝る。
「どうして謝るんですか?」
「いやほら。なんか、俺たちがその、変な関係だと思われたら迷惑がかかるだろう」
「変な関係?」
「とにかく、ありがとう。マニュアルについてはまた頼む」
そう言って江頭は立ち上がった。
「あ、江頭さん!」
241:
「まあ後」
「はい」
「料理、楽しみにしてる」
「……はい!」
クリスタは、少しだけ力強く返事をした。
いい笑顔をするようになったな。
そう思うと嬉しくなる反面、少し不安になる江頭でもあった。
*
早足でその場を離れると、聞き覚えのある声が後ろからしてきた。
「昼間から若い女の子とデートですか? エガシラさん」
「ペトラ」
そこにいたのはペトラ・ラルであった。
242:
リヴァイ兵士長から直々に江頭の世話役を任されていた彼女だったけれど、
最近は江頭自身もこの世界に慣れてきたことと、エレンなどほかの若い団員が
進んで世話を焼いてくれていたので彼女と一緒にいる時間が少なくなっていた。
「随分と呑気なものですね。本当に元の世界に帰る気があるんですか?」
ペトラは腕組みをしており、言葉の端々にトゲのようなものを感じた。
どうやら機嫌が悪いらしい。
あの日だろうか。
「別にデートとかじゃないよ、ペトラ」
「そうですか? すごく楽しそうにしているように見えたのですけど」
(見てたのか?)
「別にやましいことは何も」
「この前の遠征の時」
「……」
「確かあの子と一緒にいましたよね。クリスタ・レンズでしたか」
「いや、まあ確かに。たまたま一緒にいただけで」
「何かあったんですか?」
「何かってのは、女型の巨人に襲われて」
「それ以外では?」
(なぜ俺が責められているんだ)
243:
江頭が精神的に追い詰められていたその時、救いの髪、ではなく神は意外な方向から表れた。
「あー、いたいた。エガちゃん」
「ん?」
エルド・ジンという兵士がこちらに声をかけてきた。
金髪で長身、それに薄ら生えたあご髭が特徴的な男性だ。
江頭とは、剣術の稽古を通じて仲良くなった。
「エルドか。どうした」
「リヴァイ兵長がお呼びだ。団長室に来てくれと」
「団長室?」
「行ったことあるだろう? 途中まで案内する」
「ああ、ありがとう。すまないペトラ。話はまた後で」
江頭は振り返りそう言った。
「あ、はい」
ペトラは少し恥ずかしそうに返事をする。
「何かあったのか?」
歩きながらエルドは聞いてきた。
「いや、何も?」
「罪な男だね、エガちゃんも」
「どういう意味だ」
244:
「そういう意味だよ」
そう言って、エルドはペトラのほうを一瞥する。
「やめてくれ。少なくとも俺が元いた世界で俺は、抱かれたくない男ナンバー1だぜ」
「なんだそりゃ」
「雑誌の企画で、そういう投票があるんだ」
「面白いことをやるんだな、お前のいた世界は」
「ちなみに、嫌いな芸人でも、十年連続で一位をとったことがある」
「嫌われてたのか?」
「まあな」
「じゃあなんで、『芸人』なんてやっていられたんだ? 俺の知ってる限り、
喜劇役者は人気商売だろう?」
「まあ、アレだ。そういう立ち位置だから」
「立ち位置?」
エルドは少し首をかしげた。
「憎まれっ子世にはばかるってな。俺たちの世界では、そんな言葉もある」
「まあ、よくわからんが、あんまり女を泣かすんじゃないぞ」
「泣かしてねえよ」
テレビ番組で、女性タレントにセクハラをして泣かせたことは何度もある、
ということは言わなかった江頭であった。
*
245:
(何やってるんだろう、私)
駐屯地の敷地に一人残されたペトラは、自己嫌悪に頭を抱える。
(エガシラさんって、ああいうのが好みなのかな)
そんなことを思いながら、ペトラは髪の毛を触る。
(あの子、可愛かったな。確か今年の新兵で、クリスタとかいったっけ。キレイな金髪
で目が大きくて、背が小さいけどそれが可愛らしいというか)
空にはトンビが舞っている。
「あ、何考えてるのよ私。ああもう、私にはリヴァイ兵長というものがありながら」
思わずそう言って首をふるペトラ。
「何やってんだ、ペトラァ」
「オルオ?」
同じ調査兵団のリヴァイ直轄班に指名されたオルオの登場である。
相変わらず眠そうな目をしているが、腕は確かだ。
「どうした。冴えない顔がさらに冴えなくなっているぞ」
「リヴァイ兵長の口真似するのやめてくれる? 全然似てないし、それに兵長はそんなこと言わない」
「ああ? 俺はそんなのしてねえし。いつも通りだし」
「わかった。何か用? 用がないなら、私行くわね」
「おい待てペトラ。エルヴィン団長からの命令を伝えにきた」
「団長から?」
「ああ、なんでも秘密作戦みたいでな。俺にも内容は言ってくれないけど」
246:
「秘密作戦をこんな場所でべらべら喋ってるんじゃないわよ。誰が聞いてるかもわからないのに」
「いや、すまんな」
「ったく、しっかりしなさいよ。何年調査兵団やってるのよ」
「ペトラ。お前やっぱり機嫌悪いのか」
「悪くありません」
「あの日か?」
「死ね!」
その後、ペトラのローキックでオルオの身体が一回転したことは言うまでもない。
*
247:
調査兵団本部、団長室――
ここに来るのは随分と久しぶりな気がする江頭。
何回か来たことがあるけれど、こういう“偉い人”の部屋はあまり慣れない。
「エルド・ジン、ほか一名入ります」
ノックの後、エルドはそう言って団長室に入る。
「エガシラ・ニジゴジュップンンを連れてきました」
エルドは直立不動で言った。
軍隊組織にしては上下関係のあまり強くない調査兵団だが(部下が分隊長にタメ口など)
団長だけは例外のようだ。
やや緊張した表情のエルドから視線を外し、部屋の中を見ると、そこには団長の他に
見覚えのある人物が二人。
一人はリヴァイ兵長。これはわかる。だがもう一人は、
「エレン」
「エガちゃん」
新しく入団したばかりのエレン・イェーガーだ。
「なんでエレンがここに」
「いや、わからない。急に呼び出されて」
「呼び出し?」
「お前ら、無駄話はそれくらいにしろ」
248:
リヴァイは言った。
「……」
「エルド、ご苦労。下がっていいぞ。お前にはまた後で話をする」
「了解しました」
そう言うとエルドは、宇宙戦艦ヤマトみたいな敬礼をしてから部屋を出て行った。
一体何の話がされるのか。
「今日、キミたち三人をここに呼んだのは、今回行われる特別作戦のためだ」
淡々と話し始めるエルヴィン。
江頭はふと、エルヴィンの髪に目が行く。
(生え際が危ないのではないか)
命を何度も危険に晒している江頭であったが、髪の毛に関しては保守的であり、
手入れも欠かさない。
「エガシラくん。聞いているかね」
「あ、はい。すいません。聞いています」
江頭は慌てて視線をエルヴィンの髪の毛から外す。
「今回の任務は、とある人物と接触して欲しい」
(まるでスパイ映画のようだな)
江頭はそう思った。
「参加者は、ここにいるリヴァイ、エレン、そしてエガシラくんの三人だ」
「あのお……」
249:
エレンが恐る恐る右手を上げる。
「なにかね?」
「人物と接触、というのはどういうことでしょうか」
「考えすぎることはない。簡単なことだ。我々が指定する人物に会って、少し話をするだけだ」
「それが任務と」
「任務だ」
エルヴィンははっきりと言い切った。
彼なりの考えがあってのことだろう。
「わかりました」
何かを察したのか、エレンはすぐに引き下がる。
接触、というのも曖昧な言葉だ。
江頭はエレンの代わりに質問することにした。
「よろしいですか」
「結構」
「接触と言いますが、誰でしょうか」
「それは当日我々が指示する。キミたちは指定された街に行き、そこで待機していて欲しい」
「???」
250:
ますますわからない。一体何を企んでいるのか。
「会ったこともない人間と会って、何がわかるのでしょうか」
「その心配はない」
「え?」
「その心配はないと言っている。少なくとも、ここにいる三人にとっては初対面ではない。
特にそこにいるエレンにとっては、浅からぬ関係と言ってもいいだろう」
「へ? 自分ですか」
急に名前を言われて驚くエレン。
エレンの知り合い?
しかし、自分とも面識がある人間と言えば、そこまで候補は多くないはずだ。
だとしたら……。
つづく
251:
現在公開可能な情報8
・日経エンターテイメント嫌いな芸人
江頭は日経エンターテイメント(エンタメ)の実施するアンケートで、毎年『嫌いな芸人』の一位に何度も選ばれていた。
また、アンアンの『抱かれたくない男』部門でも一位をとったことがあり、
江頭はネガティブなイメージを逆手に取って自身を売り込んでいた。
ちなみに日経エンタメの嫌いな芸人部門では、十年連続の一位という偉業を達成。
2011年に、島田伸介(現在は引退)に一位を明け渡すまで、圧倒的な強さ(?)
を誇っていた。
なお、『来年消える芸人』部門でも何度もランクインしているが、今日まで(一応)消えていない。
追記:2013年に行われた『日経エンターテイメント』の調査でも、江頭は「嫌いな芸人」部門で1位を獲得している。
しかし同調査では、「好きな芸人」の部門でも7位にランクインしており、江頭は極端に好き嫌いの別れる芸人とも言える。
252:
あれだけハチャメチャな事をするオッサンだからしゃーないわな
255:
「エガちゃん、こっちだよ!」
馬に乗ったエレンが呼ぶ。
江頭はそれに着いて行った。
「エガちゃん。なんか変な臭いがする」
「これは、潮の匂いだ」
「シオの匂い?」
「ああ、海が近いぞ」
「海って、あの塩が沢山とれるっていう海かい?」
「ああ、塩だけでなく魚や貝なんかの食べ物もたくさん獲れるぞ」
「塩って凄い貴重品だよ! まさか!」
「あの丘を越えてみよう」
目の前にある小高い丘を越えると、そこには広い砂浜が見えた。
当然、その砂浜の先には大きく広がる海。
「すげええええ! なんだこの湖!」
「湖じゃないぞ。これが海だ」
「海? 本当に? 幻じゃなかったんだ」
「この匂いは間違いないな。あの水、舐めてみな。きっとしょっぱいぜえ」
256:
江頭がそう言うや否や、エレンは馬を走らせて砂浜へと向かった。
「おいっ、気をつけろよ!」
「わかってるよ」
いつの間にか馬を降りたエレンは、波打ち際の水を手ですくって、舐める。
「うわああ! 辛い! 辛いよエガちゃん!」
「これが海だ」
「お塩、取り放題だね!」
「まあな。いくらとっても取りつくすなんてことはないだろう」
そう言いつつ、江頭は馬をゆっくりと進めた。
「どこ行くんだよ」
「砂浜を調べてくる」
「なんだよ。気が早いなあ」
「安心しろ、海は逃げやしない」
「俺も行くよ」
そう言うと、エレンは再び馬に乗って江頭を追いかけた。
しばらく馬を歩かせていると、不意にカモメの声が聞こえた。
「……まさか」
「どうしたのエガちゃん。あっ!」
257:
目の前の光景にエレンは声を上げる。
「なんだアレ。巨人か?」
「……巨人じゃない」
江頭はポツリと言った。
「どうしたのエガちゃん」
エレンは心配そうに呼びかける。
「この世界は、この世界は」
そう言うと、江頭は上手から降りて、砂浜の上に膝をついた。
「エガちゃん」
「なんてことだ……」
江頭はもう一度顔を上げる。
「ここが地球だったなんて」
彼の目の前には、巨大な自由の女神が身体半分ほど斜めになった状態で砂に埋まっていた。
258:
「はっ!」
不意に飛び起きる江頭。
「夢か」
室内はまだ暗いけれど、微かに白み始めた空の光が窓の隙間から入ってくる。
「なんつうか、不吉だな。『猿の惑星』みたいな夢を見るなんて」
そう言うと江頭は、薄くなった自分の髪の毛をかいた。
進 撃 の 江 頭 2 : 5 0
第九話 極 秘 任 務
259:
目的地までの道のりは壁外遠征の時のような馬ではなく、馬車であった。
「なんで馬車なんですか? 馬のほうがいんじゃあ」
向かい側の席に座るリヴァイに対し、エレンが聞いた。
「馬だと疲労が残るだろうが。できるだけ疲労の少ない方法で移動するべきだと、
上が判断した」
リヴァイはそう言いきった。
確かに、乗馬経験のない者にはわかり辛いかもしれないけれど、乗馬はかなりの体力を使う。
馬自体の疲れもあるけれど、乗っている者も徒歩ほどではないが、かなり疲れるのだ。
「それで、目的地はどこなんだ。この方向は確か」
江頭がそう言うと、
「ああ、内地だ」
リヴァイは江頭が言い終わる前に答えた。
「内地?」
「この世界に三つの壁があることはもう知っているだろう」
「ああ」
「五年前に破られたウォール・マリア、そしてお前たちが守ったウォール・ローゼ。
そして首都を護るのがこれから行くウォール・シーナだ。
ウォール・シーナは最後の壁となり、あそこが破られればすべては終わる」
「……。それはわかるが、その内地に何しに行くんだ?」
「お前は説明を聞いていなかったのか、エガシラ。とある人物と接触する、と言っているだろうが」
「とある人物って」
「行けばわかる」
*
260:
ウォール・シーナ東部城壁都市、ストヘス区。
城壁都市とは、トロスト区のように壁の外側に創られた出丸のような都市である。
王国の方針によって、優先的に公共投資が行われている一方、有事の際には最前線に
なる可能性の高い場所でもある。
ストヘス区は、そんな城壁都市の一つであり、ウォール・シーナの東側に位置する。
「朝……」
そんなストヘス区の憲兵団に、アニ・レオンハートは配属されていた。
「やっと起きたのねえ」
自分よりも早く集まっていた同期の隊員たちを見ながらアニは列の端に並ぶ。
上官はまだ来ていない。
「アニ、遅いよー。またお寝坊さん?」
横に立った女性兵士(確かヒッチとかいう名前)が、軽口を叩く。
「あんたのさぁ……、寝顔が怖くて起こせなかったんだ。ごめんねー、アニ」
「アニ、お前は最近たるみ過ぎだぞ」
ヒッチの横に立つ、長身のマルロがアニのほうを見ずに言った。
微かに漂う香水の匂いを残したヒッチとキノコのような髪型をした鼻の大きいマルロ。
どちらもあまり好きなタイプではない。
ヒッチは要領が良く、他人に取り入るのが上手い。もう一方のマルロは逆に不器用で、
訓練隊の成績だけはやたらいいらしいけれど、実戦では役に立ちそうもない。
「……」
261:
「なにー? もー、怒ってんの?」
「愛想の無い奴だな」
面倒くさいので黙っていると、二人はそんなことを言い出す。
いつものことだ。
上官が来れば黙るだろう。
そう思っていると、コツコツと廊下にブーツの音が響く。
気配に気づいた班長が号令をかけた。
「気を付け! 敬礼!」
全員が一斉に敬礼すると、上官は書類をバサバサ揺らして行った。
「いーって、そんなのいいから」
「直れ」
全員が敬礼をやめ、休めの姿勢を取る。
「今日はいつも通りの雑務だが、アニ・レオンハート」
「……」
「おい、いるのかレオンハート」
「はい」
アニは少し遅れて返事をした。
「お前には特別な任務がある」
「特別な……、任務ですか?」
「上からの命令だ。俺もよく知らん」
262:
先日からの深酒が効いているのか、それともクセなのか。上官はしきりに自分の肩を
触っていた。
「で、どうすればよろしいのでしょうか」
アニは聞いた。
「本日の正午に、指定された場所に行くこと。格好はなんでも構わないが、武装は解除
しておけとの命令だ」
「場所と言うのは」
「それについては追って伝える。では解散」
「一つ、いいでしょうか?」
そう質問したのはアニではなく長身のマルロだった。
「なんだ」
上官はいかにも面倒くさそうに答える。
「なぜアニだけ特別な任務を付与されているのでしょうか。何かあるのですか」
「ああ? んなもん、お前には関係ないだろう」
「ですが、一応同じ班ですので」
「知るか。上が決めたことだ。俺は命令を伝えただけ。上官たちは忙しい。
さっさと仕事にとりかかれ」
そう言うと、上官は首を回しながら幹部室へと入って行った。
中では酒の瓶が転がり、タバコの煙が漂っている。
特別な任務。
263:
一体それは何か。
憲兵団に来て一ヶ月あまり。
そのような任務を言われるようなことは今までなかった。
アニの中で疑念が募る。
「でもさあ、アニの特別な任務ってなんだろうねー」
ヒッチがニヤニヤといやらしい笑いを浮かべながら独り言のように言う。
「さあ」
アニは適当に流す。
「もしかして、上官様のアレかな? ウフフ」
「何言ってんだお前は」
別の隊員が言った。
「だってさあ。この前、別の上官にアニのこと色々聞かれたんだよねえ。
もしかしたら、あの上官、アニに気があるのかなと思ってさ」
「ヒッチ、そういうことをしてるのはお前だけだ」
「ああ? なに? そういうことって何かなあ? 言ってみろよ」
「おい、お前らよせ」
そんな二人をマルロは止める。
「俺たちは俺たちの課業がある。行くぞ」
「なによマルロったら。真面目か?」
264:
「うるさい」
「……」
一人残されるアニ。
(嫌な予感がする)
彼女の勘がそう囁いている。
だが、ここで逃げるわけにはいかない。
*
正午。ストヘス区内にあるとある食堂の前にアニはいた。
その店はオープンテラスとなっており、数人の住民がそこで昼食をとっていた。
「アニ!」
不意に聞き覚えのある声が耳に飛び込んでくる。
「エレン……?」
訓練兵団で同期だったエレン・イェーガーである。
「おおい、どうしたんだよアニ。なんでこんなところに」
屈託のない笑顔は感情と脳が直結しているとしか思えないほどの単純さ。
だが、人を出しぬくことばかり考えているジメジメした思考の人間が多い、
ウォール・シーナの中では、その性格はむしろ彼女を安心させる。
265:
「それはこっちのセリフよエレン。なぜあなたがここに? 調査兵団に入ったんじゃないの?」
「いや、それなんだが、よくわからなけどここに来るように言われて」
「え、それって」
「俺が呼んだ」
二人の間に割って入るように、現れた一人の青年。
身長は低いが、その目つきと髪型には見覚えがある。
「リヴァイ……、兵士長」
「知っていたのか」
「一度お会いしたこともありますし」
「そうだったな」
調査兵団のリヴァイだ。
人類最強とも呼ばれるその人物がなぜストヘス区(ここ)に。
「リヴァイ兵長。これは一体」
エレンが聞いてきた。
「エレン。お前は少し下がっていろ」
「え?」
「いいから下がっていろ」
「……はい」
リヴァイはエレンから目線を外すと、アニを見据えて言った。
266:
「アニ・レオンハート。少し話がある」
大きなローブを羽織ったリヴァイ。
おそらくあの下には立体機動装置があることは明白だ。
対して自分のほうは丸腰。
何かあれば斬られる。
リヴァイはそんな雰囲気を醸し出していた。
「早で悪いが、先月。龍の月の20日目。お前はどこで何をしていた」
「今から、12日前ということですか」
「そうだな」
「憲兵団の宿舎にいました。その日は体調が悪く、一日中寝ていたと思います」
「証言できる者は」
「同室のヒッチ・バネットが」
「当日、そのヒッチとかいう女は、副司令官の別荘に行っていたはずだ」
「……!」
ヒッチは“あの日”、外泊をするから口裏を合わせてくれと頼んできた。
アニはそれを了解し、夜はヒッチと共にずっと部屋にいたということになっている
はずだった。
だが、目の前にいる男はそのこともすでに調べている。
ヒッチのあの性格だ。
仲間を売ることに何のためらいも見せないだろう。
267:
むしろ、副司令官との “関係” を不問にすると言えば、喜んで上に協力するであろう
ことは想像に難くない。
「ずっと部屋にいました」
「それを証明できる者は」
「いません」
「アニ・レオンハート」
「はい」
「本当は、何をしていたんだ? あの日……」
「何も、していませんでした」
「壁外に出るということは」
「できません、不可能です」
「なぜ」
「壁外に出る手段がありません」
「手段?」
「普段、ストヘス区の城門は固く閉ざされています。特別な許可がなければ開けられません。
出入りする者は一人ずつ記録されています」
「確かにそうだな」
リヴァイほどの人物がそこに気づかないはずがない。
「だが立体機動装置を使えばどうだ。壁を超えることも不可能ではないだろう」
「待ってください」
268:
「ん?」
「立体機動装置は兵団の管理下にあります。たとえ個人の支給物品だとしても、
普段は武器庫に収められているので、勝手に持ち出すことはできません」
「そうか?」
「はい」
「だが、別に自分の装置である必要はないだろう。例えば、他人の装置を使えば」
「他人の装置……」
「トロスト区防衛作戦では多くの兵士が犠牲になった。そのことは言うまでもないだろう、
レオンハート。お前も参加していたのだからな」
「はい」
「実は戦闘後報告の中で、奇妙な記述を見つけた」
「奇妙な記述?」
「戦死者の一人、マルコ・ボット。知っているはずだ。お前の同期だからな」
「……」
アニは声を出さず、静かに頷く。
「そいつの持っていたはずの立体機動装置が、キレイにはがされていた」
「何が言いたいのです?」
「もし巨人が引きはがしたなら、もっと雑になっているはずだ。立体機動装置は、
複数のベルトやハーネスなどで固められた複雑な装着方法をしているからな」
「……」
269:
「だが、マルコ・ボットの服には、まったく引きはがされた後は無かった。
“ まるで自分で脱いだか、もしくは人間によって外されたかのように ”」
「……」
「実はあの時、憲兵団で検死もしていたんだ。知っていたか?」
「……いえ」
「確かにマルコ・ボットは片腕を巨人に食いちぎられた。だが、本当の死因はそこじゃない。
腕が無くたって人は生きていけるからな」
「……」
「何者かによって心臓を一突き。それが致命傷になった」
「ちょっと待ってください兵長!」不意に声を出すエレン。
「チッ、なんだ。下がっていろと言ったはずだ」
先ほどまで、離れた場所で話を聞いていたエレンがリヴァイの前に出る。
「疑っているんですか? アニのことを」
エレンの顔は青ざめている。
「どういう意味だ」
「だからその、マルコを殺した犯人がアニだって……」
「“ その件 ”は、今はどうでもいい」
「どうでもいいって、そんな」
「今重要なのは――」
270:
そう言ってリヴァイは再びアニを見据える。
「こいつが“ 女型の巨人か否か ”ということだ」
「……!」
「そんな、ありえないですよ。だってアニが」
エレンは動揺しながら言う。
そんな彼に対してリヴァイは言い放った。
「エレン。俺が知りたいのはお前の意見なんかじゃない。目の前の事実だ」
「証拠は、あるんですか」
「何がだ」
「今まで兵長がおっしゃった話は、すべて推測にすぎませんよね」
「そうだな」
「証拠も無しに、私を巨人だとか殺人者だとか、どうして言えるんですか」
「証拠はないかもしれなが」
「え?」
「だが確かめることならできる」
「一体何を」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
271:
聞き覚えのある叫び声が通りから聞こえてきた。
そして、見覚えのある黒タイツの男が立ち止まった。
「どうもおおおお、長瀬智也でえーす!!」
(ナガセ・トモヤ? 一体何者だ?)
あっけにとられるアニの前に現れたのは、かつてトロスト区を救った英雄(?)、
江頭2:50であった。
「あなたは……」
「いよお! やっと俺の出番かよ!」
江頭は今までずっと大人しくしていたせいか、テンションがおかしかった。
「畜生、待ちくたびれたぜえ」
「エガシラ」
そんな江頭に、真顔のリヴァイが呼びかける。
「どうした」
「今、目の前にいるこの小柄な女兵士。コイツには女型の巨人の容疑がかけられている」
「そうなのか!」
「ひっ」
カッと見開いた両目がアニを突き刺すように見据える。
「そいつが本当に女型なのか否か、お前に確かめることができるか」
「できるぜぇ」
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